人はこの世に泣きながら生まれてくる。
人が生きることは決してたやすくなく、辛く苦しい道のりも歩まなければならぬという思いがDNAに組み込まれているから泣きながら生まれるのかもしれない。
いやそうではないと云う人もいる。人は生まれ変わるもので、生まれ変わってまた縁のある人と出逢えた喜びを産声に変えて叫んでいるのだとも云う。
どちらにしてもこの世に生を受けた瞬間から、人としての人生が始まり、それぞれの道程を歩んでいくわけである。
しかし人の致死率は100%だ。人がこの世に生を受けた瞬間から、その命はいずれ尽きることが決まっている。それがいつになるのかは、誰もわかっていないし、その命を燃やす時期も人それぞれに違いがあって決して公平ではない。
幼くして不幸な死を迎える人もいる。働き盛りで幸福の真っ最中に突然の死を迎える命もある。老い衰えて死の陰におびえながら死にゆく人もいる反面、幸せな人生だったと満足しながら天寿を全うする人もいる。

そんなふうに人は、どんな死に方をするのか自ら選ぶことはできない・・・死に方も・死に場所も・死ぬ時期さえも自分で選ぶことはできないのだ。(※自死を除いてではあるが・・・。)
だが病死や自然死(老衰)については、医学の発達とともに、ある程度死の時期・生きる期限を予測することが可能となっている。回復不能な状態であるとする終末期判定ができるケースが多々存在するのである。
看取り介護とは、そうした終末期判定が下った人に対する介護である。だからと言って特別なケアが必要になるわけではなく、旅立ちの瞬間まで安心と安楽な時間を過ごせるように、看取り介護対象者の心身の状態を細やかに観察し、求められる身体介護・精神的支援を行うことになる。
同時に終末期判定が下されているからこそ、可能となることもある。
命の期限が予測されているのだから、その間の時間をより大切に思い、限られたその時間の中で、この世で縁を結んだ人々と、お別れの機会を創ることができるのである。縁ある人々と最期になるであろうエピソードを創る時間を刻むことができるのだ。
それは特別なエピソードでなくても良いのである。お別れの時間を意識しながら、「この世で、出会えてありがとう。」と一言告げるだけで良いのである。そういう時間・そうした機会をできる限り創るお手伝いをすることが、看取り介護に関わる介護支援者の役割である。
今日午後3時から、大阪市社会福祉センター3階(大阪府大阪市天王寺区)で大阪市老連主催・看取りケア・ターミナルケア研修会の講師を務める予定になっているが、そのことをしっかりと伝えてきたいと思う。
すでに受講予定者は定員いっぱいとなっている。会場でお愛する方々に心からお礼を申し上げたい。いつもありがとうございます。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
※別ブログ「masaの血と骨と肉」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。
北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。
・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。
・masaの看取り介護指南本「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
人が生きることは決してたやすくなく、辛く苦しい道のりも歩まなければならぬという思いがDNAに組み込まれているから泣きながら生まれるのかもしれない。
いやそうではないと云う人もいる。人は生まれ変わるもので、生まれ変わってまた縁のある人と出逢えた喜びを産声に変えて叫んでいるのだとも云う。
どちらにしてもこの世に生を受けた瞬間から、人としての人生が始まり、それぞれの道程を歩んでいくわけである。
しかし人の致死率は100%だ。人がこの世に生を受けた瞬間から、その命はいずれ尽きることが決まっている。それがいつになるのかは、誰もわかっていないし、その命を燃やす時期も人それぞれに違いがあって決して公平ではない。
幼くして不幸な死を迎える人もいる。働き盛りで幸福の真っ最中に突然の死を迎える命もある。老い衰えて死の陰におびえながら死にゆく人もいる反面、幸せな人生だったと満足しながら天寿を全うする人もいる。

そんなふうに人は、どんな死に方をするのか自ら選ぶことはできない・・・死に方も・死に場所も・死ぬ時期さえも自分で選ぶことはできないのだ。(※自死を除いてではあるが・・・。)
だが病死や自然死(老衰)については、医学の発達とともに、ある程度死の時期・生きる期限を予測することが可能となっている。回復不能な状態であるとする終末期判定ができるケースが多々存在するのである。
看取り介護とは、そうした終末期判定が下った人に対する介護である。だからと言って特別なケアが必要になるわけではなく、旅立ちの瞬間まで安心と安楽な時間を過ごせるように、看取り介護対象者の心身の状態を細やかに観察し、求められる身体介護・精神的支援を行うことになる。
同時に終末期判定が下されているからこそ、可能となることもある。
命の期限が予測されているのだから、その間の時間をより大切に思い、限られたその時間の中で、この世で縁を結んだ人々と、お別れの機会を創ることができるのである。縁ある人々と最期になるであろうエピソードを創る時間を刻むことができるのだ。
それは特別なエピソードでなくても良いのである。お別れの時間を意識しながら、「この世で、出会えてありがとう。」と一言告げるだけで良いのである。そういう時間・そうした機会をできる限り創るお手伝いをすることが、看取り介護に関わる介護支援者の役割である。
今日午後3時から、大阪市社会福祉センター3階(大阪府大阪市天王寺区)で大阪市老連主催・看取りケア・ターミナルケア研修会の講師を務める予定になっているが、そのことをしっかりと伝えてきたいと思う。
すでに受講予定者は定員いっぱいとなっている。会場でお愛する方々に心からお礼を申し上げたい。いつもありがとうございます。
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感動の完結編。
