介護事業者で働いている人がすべて、その仕事に就くことを望んでいたわけではないだろう。
いろいろな事情でたまたま介護事業者に所属するようになったという人は数えきれないほど居ることだろうし、その中には介護という仕事を嫌々続けているという人も居てもおかしくはない。
そもそもこの世の中で、自分の望みのままに人生を過ごせている人は幾人いるのだろうか・・・おそらくそんな人の方が少ないのだろうし、抱いた志(こころざし)が打ち破られた人も数えきれないほどいるはずだ。
子供の頃に夢見た人生を送れる人なんてほとんどいないのである。自分のいる場所にたどり着くことができず、思わぬ場所に居座る結果に呆然となり、そのことに怒りや恨みの感情を持つ人も居るかもしれない。
だが人の長い人生を考えると、どのような経緯でそこに居るかを振り返るより、今そこに居るという事実を大切にした方がよいと思う。幸せは自分が感じ取るものなのだから、その場所にいる自分が幸せだと感じられる方が人生が豊かになる。
自分と縁があるとは思えなかった介護という仕事に就いた瞬間から、自分がそこで生活の糧を得るだけではなく、生きる意味をそこで見出そうとする方が良い人生を送ることができる。

自分がどのような経緯で介護という職業を選んだのかはともかく、今自分が介護サービスの場で職を得ているということは、介護という職業が自分を選んだと考えてほしい。
そうであるからこそ介護という仕事に敬意を払い、その仕事に誇りを見出してほしい。
自分を選んでくれた職業に敬意を払わず、就いている職業を憎む人には、その職業は何も与えてくれず得るものも何もなくなる。
自分を選んでくれた職業に感謝し、敬意を払い、その職業を通じて自分自身の最大限の努力を重ねたときに、その職業があなたに微笑み、大切な何かを教えてくれるだろう。
ときにそれはあなた自身の生きる意味であったり、人生が尊いものであると感じさせてくれるものであったりする。
介護という職業が、すべての人に必要な仕事であるとは言えない。
しかし介護支援を必要とする人にとって、介護のプロが寄り添って手を差し伸べてくれる職業ほど貴重なものはない。その事は紛れもない事実だ。
縁あって介護という仕事に就いている人は、そのために選ばれたプロだと思い込み、そのためにプロとしてふさわしい知識と技術を磨いてほしい。誰かにとって自分は確実に必要とされていることを自覚し、自分以外の誰かを支える仕事に就いていることに誇りを持ってほしい。そう思うことが誇り高い人間としての自分の存在に繋がっていくことだろう。
今自分がその場所に居るという事実に関して言えば、自分の何らかの決断がそこに積み重なっているのだということを忘れないでほしい。
人間を創るものは、自らの決断の積み重ねである。重要な決断を避け、他人に決断を委ね続けている人は何ものでもなくなる。
何ものでもない自分ではなく、意味のある人生を送っている自分自身を誇りに感じてほしい。
それとともに、どうぞ誰かを支えることにプライドを持つ人になってください。
※メディカルサポネットの連載・菊地雅洋の一心精進・激動時代の介護経営の第9回更新記事は、「介護生産性向上のための人材活用と業務改革」をテーマに9/1更新アップされています。

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