僕は大学を卒業してすぐに新設の社会福祉法人に就職した。
そこで最初に配属されたのは、開設したばかりの特養の生活指導員(※現在は生活相談員:以下の文中では現職名の相談員で統一する)という職種であった。
そこで役所から天下った介護については素人の施設長の指揮の元、医療機関の看護職員の経験者が2名いるだけの状態で、そのほかは介護施設の経験ゼロの寄せ集めの従業員で4/1開設の特養のケアを創り上げてきたわけである。
当時の介護職員は寮母という職名で、医療機関の付添婦をしていた人が数名、そのほかはまったくの介護職未経験者で、短大卒で保育士の有資格者が数名含まれているだけだった。
右も左もわからない若い相談員と、医療機関で付添婦の経験を持っている寮母では、後者の方が貫禄も経験も格段上という状態だったろう・・・。
それでも相談員として、自分がどのような役割を持つべきかを暗中模索しながら探り、様々な形で新設特養のケアの品質を築き上げいった。
最初は未熟であったが、荒波にもまれ、もがきながら相談員として成長していったのだろうと思う。
その時に気が付いたことは、利用者100人に対してひとりの配置で良いとされる相談員は、直接利用者に対応する仕事が主ではなく、利用者に直接対応する介護職員や看護職員の対応方法をより的確にコーディネートする頭脳の役割であるということである。
この考え方は、頭脳が手足の上位にあるという上から目線ではない。どちらも大切であるが、それぞれ違った役割を持つということに過ぎない。

介護職員は利用者の日常ケアに携わるのは当然のことだ。そのようにしてケアサービスは日常性になることによって一定の品質が保たれる結果を生む。だが一方で日常性は惰性につながることもある。
例えば、入浴介助が日常化することで浴室誘導から着脱〜入浴〜洗身などの行為は、日々確実に手際が良くなるだろう。しかし一方でそうした熟練が感覚麻痺を生み、洗身介助の際、他人の体を洗ったタオルを平気で他の利用者の洗身でも使いまわしてしまうことがある・・・これが惰性化である。
優しい声掛けが日常化するにしたがって、馴れ馴れしい声掛け〜無礼な声掛けに変わっていくことも少なくない・・・これも日常が惰性を生む結果である。
こうしたケアの惰性化の弊害を防ぐために、ケア実践水準は外部情報が取り入れられて更新されなければならない。外部情報とは事業者外の第3者情報であっても良いが、それ以前に事業者内の他の専門領域からの情報である方が、リアルタイムにスピーディーに更新されやすい。
つまりケアワークの外部補完として、ケアワークとは異なるソーシャルワークの視点からの客観評価が必要とされるのだ。
だからこそケアワークとソーシャルワークは分離されなければならない。
相談員が介護職員と同じことを出来るというスキルは大事だが、同じ業務を行っている状態は、ケアワークをソーシャルワークの視点からチェックするという補完機能が存在しなくなるから不適切問わざるを得ないのである。
このように相談員とは、介護サービスの場において蟻の目と鳥の目との両方の視点から介護サービスをチェックできる存在だと思っている。
僕は今日午後から、顧問先の従業員研修としてオンライン講演を配信する予定になっている。今日のテーマは、「相談業務の基礎知識・技術」である。顧問先は通所介護と短期入所生活介護事業所があるので、そこで相談員業務に携わる方々に向けた研修である。
前述した視点を含めて、相談員実務として具体的にどのような仕事ぶりが求められるのかを明らかにする予定である。
介護の理念を実現する役割・介護サービスに欠けている視点をチェックする役割・スタッフ全員の自己覚知を促す役割り等を具体的に示しながら、相談員として求められる知識や実務を明らかにする予定である。
その講演は午後1時からの配信なので、そろそろその準備にかかろうと思う。
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感動の完結編。
