昨日の更新記事、「ケアマネ殺害事件の衝撃」で論評した川口市のケアマネ殺害事件・・・。

この事件に関して日本介護支援専門員協会が声明を出した。

その内容は文字リンク先を参照してほしいが、そこでは「このような事件に屈することなく、これからも高齢者およびその家族の生活の安寧のために邁進してまいることを、ここに宣言いたします。」という一文が書かれている。

しかし僕が思うに、そんな根性論ではこうした事件対策には結びつかないと思う。

そもそも本事件によって尊い命を奪われたケアマネジャーがいるという事実を前にして、ケアマネの使命感だけを前面に押し出してケアマネ業務に邁進すべきとする声明は、亡くなられたケアマネに対して不遜な態度であり、失礼極まりないものだと思う。
ケアマネ根性論はいらない
それは全国のケアマネ諸氏の心の支えにも結び付かず、モチベーション低下を防ぐ効果も無きに等しい現場の空気感からはかけ離れた的外れな声明でしかないと思う。

昨日の記事は最初10:12に更新アップしたが、その後12:20に追記しているが、その理由はその時点で本事件の動機と思しきものが明らかにされたからである。

それによると犯人の男が110番した際、「女性にお金をだまし取られたので殺そうと思った」などと話していたとのこと。しかし女性との間にトラブルは確認されておらず、男が一方的な思い込みで女性に危害を加えた可能性が高い犯行である。

しかも犯人の男(殺されたケアマネの担当利用者の息子)は、普段おとなしい性格で、粗暴な行動をとるような人には見えなかったと報道されている。

つまり本事件の加害者はハラスメント気質であったとか、危ない雰囲気を持っていた人物ではなかったのである。

殺害されたケアマネも、まさかこんな人に襲われるとは思ってもいなかったのではないだろうか・・・そうだとしたら居宅介護支援事業所がどんなに緻密にカスタマーハラスメント対策を講じていたとしても本事件は防ぐことができなかったように思う。

そう考えると全国のケアマネ諸氏の中に、ケアマネの仕事が恐ろしくなって屈する気持ちを持つ人がいてもおかしくないと思う。

そういう弱い心を持つのも人間の一面である。そうした事件に屈しそうになるケアマネの心に、職能団体が寄り添わなくてどうすると云いたい。

ケアマネの仕事が高齢者およびその家族の生活の安寧につながる仕事であることは否定しないが、だからと言って自分の身を犠牲にしてまでその目的を果たせというかのような声明はいかがなものかと思う。

それよりも予測できない家族からの暴力を防ぐ手立てとして、例えばモニタリング面接は必ずしも自宅で行う必要はなく、場合によってはサービス利用中の通所サービス事業所等でも可のとしてはどうかとか、モニタリングは原則としてオンラインで行うことに変更してはどうかとか、ケアマネの安全に直接つながる提言をすべきではないかと思う。

そういう意味で、相も変わらず日本介護支援専門員協会とは、ケアマネ実務者の声を代表しない、頭脳役としての機能を果たせない団体であるとしか言いようがない。
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