masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

割れ窓理論 を含む記事

こもれび


病院という場所は、病を治すために行く場所だ。・・・だが、時としてその場所がそのまま死に場所になることもある。

患者にとって、それは人生の最期に過ごす場所が病院であったという意味にもなる。

しかしその場所が、死を目前にした患者やその家族にとって必ずしも温かい場所ではない場合がある。

その場所が患者にとって冷たければ冷たいほど、その患者の人生の豊かさが削り取られ、貧しい生き方に変えられていくのではないかと思う時がある。

患者は医療機関の中で病気を治すために様々なルールや制限を強いられ、治療のために医師や看護師の指示を護らねばならない。・・・それはやむを得ないことではあるが、その時に医師や看護師に、患者を思いやる姿勢が見られないとき、医師や看護師の指示の言葉は、そのまま患者の心をえぐる刃(やいば)になる。

病をいやす願いを込めて、そうした冷酷な言葉に耐えた先に、「」があるとすればなんと残酷なことだろう。

そんな実態があるからこそ、「あんな場所で、○○を死なせる結果になって悔しくて、哀しくて・・・。」・「なんで死を目前にした患者に、あんな冷たい態度をとるんだろうね」と嘆く遺族が存在する。

そんなつもりはないという言い訳は、ここでは一切通用しない。

そういう思いを抱かせてしまったという、その結果を受け止める必要があり、そういう結果をもたらした自らの態度を振り返って考える必要があるのではないだろうか。
メルヘンの丘
私たちが働く介護の場も、同じ状況を生み出す危険性がある場所だ。

他者への配慮、利用者へのいたわり、すべての人に対する慈しみの気持ち・・・それらが欠けたとき、私たちは知らず知らずのうちに人の心を殺す存在になってしまう。

だからこそ関係者には、「言葉に気をつけなさい」・「態度に気を付けなさい」と繰り返し警鐘を鳴らしている。

それは介護サービス利用者の心を、そんなつもりもなく殺してしまわないための警鐘だ。

自ら欲しない状況で、他者を深く傷つけてしまうという罪を犯さないための戒めである。

人の心はそれほど強いものではない。泰然自若としているように見える人でも、誰しもどこかに弱さを持っている。そうした人間であるからこそ、体と心が弱った状態のときは、いつも以上に心を配って温かい言葉を掛けなければならないと思う。

そもそも高齢者を子ども扱いするのが、親近感の表現と勘違いしている人が多すぎるのではないだろうか。

高齢者とか要介護者とかいう烙印を外して、一人の人間として個別化してほしい。尊厳を持つ一個の人間として見つめてほしいと思う。

介護サービスの割れ窓理論とか、サービスマナーとかを訴えると、言葉遣いにうるさすぎるという人がいるが、言葉遣いに気を遣わな過ぎて、利用者に向ける態度に緩すぎるのが医療と介護の実態である。

そのことがいかに多くの患者・利用者・その周囲の人々の心を傷つけ、場合によっては心を殺し、尊厳を奪ってきたのかという事実を見つめてほしい。

せめて自分自身は、他者に向かって刃となる言葉を投げつけるような支援者にはならないと考えてほしい。

それが対人援助という場で暮らしの糧を得ている者の、せめてもの責任ではないだろうか。
言霊
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組織風土を良くするには覚悟と根気と権限が必要です


介護事業者も様々な形態・規模・特徴がありますが、事業を続ける中でいろいろな色がついてきます。

そこには事業者独自の価値観や暗黙のルールなどが生まれてきます。それが組織風土と呼ばれるものです。それには良いものもあれば、悪いものもあるのです。

悪い組織風土に気が付いて変えようとする人が組織の中にいたとしても、組織内部の力だけでそれを変えるのは非常に困難です。変えようとする人に一体どんな権限や力があるかということが重要な問題となるからです。

一般的には、組織内で人事権を持った一定の権力のある人が本気で変えようと思わない限り、悪いとわかりきった組織風土であっても、変えることはできません。

あらたなリーダーを外部から連れてきて、「変えてください」と期待しても、そのリーダーに権限を何も与えず、かつ経営者や管理職が強力にそのリーダーを護ろうとしないとすれば、志がいくら高いリーダーでも、古くからの組織風土につぶされるのが落ちです。

結果、何も変わらないどころか、つぶされたリーダーが精神的に崩壊するという悲劇を創り出します。

本気で組織風土を変えようとするならば、変えるための旗振り役に強力な権限を与えて、そのことを職員全体に知らしめて、信賞必罰のルールを護り、できない職員には罰則を与えるという覚悟が必要です。

ただしそれを行ってもなおかつ、組織風土が良くなるには時間がかかることを理解せねばなりません。
原野にそびえる一本の木
改革には現場でリーダー役になる人がいることも重要ですが、現場のリーダーを荒野にそびえる一本の木のように放置せず、権限のある管理職がしっかり後方支援して支えることが必要になります。

そうした体制と覚悟がない限り、組織風土は決して変わることはありません。

そもそも内部情報は、外部情報を取り込んで初めて更新されるものなので、本気で組織風土を変えようと思うならば、外部の人の力を借りる必要も生じてきます。組織風土の改革をスピードアップしようとすれば、優れた外部指導者を取り込んで風を入れるという考え方も必要になります。

内部の職員同士という関係は、様々な葛藤が生ずる関係でもあります。「言っていることはわかるが、あいつの言いなりにはなりたくない」という感情が先走り、改革の足かせになることも多々あります。そこには内部の出世争いなど、様々な要素が生ずるからです。

だからこそ外部から風を吹かせる方策が求められます。同じことを言ったとしても、外部の有識者から言われると素直に聞くことができたり、心に響いたりすることは多いのです。

僕がサービスマナー講師として、特定の法人さんなどに招待を受けて講義をすることも、そうした意味をもつものです。

しかも僕の場合は実績があります。僕が経験してきた介護実践の場も決して優れた介護実践を行っていた施設ではありませんでした。むしろ素人が寄せ集められて、知識も技術もつたない状態の職員が多く、利用者に対する接遇意識にも欠ける態度の職員が多かったのです。

そこを改革し、北海道の片隅の田舎町で、どこよりも先進的に看取り介護を実践するなど、様々な介護実践の方法論を生み出してきました。そこで作成した看取り介護指針を、全国の介護施設や居住系施設が手本とするなど、外部に発信できる介護実践を行うまでになりました。

さらに介護事業において、サービスマナー意識などの概念さえない時期に、「介護サービスの割れ窓理論」を提唱し、言葉遣いをはじめとしたマナー意識の向上を訴えてきたのです。

僕はそのような歴史と事実を背負って、真実を伝えています。

そんなふうにフィクションの存在しない実践論を語ることができるのが、僕の講義に説得力を与えているのだと思います。ですから僕の講演や講義を聴いてくれた多くの方が、僕の言葉を心に刻んで、介護実践の場にその方法論を持ち帰って改革に努めようと気持ちを高揚させてくれます。

ただその気持ちを、僕の話を聴いていない人に同じように伝えるのが難しいのでしょう。ですからできれば職場単位で、職員全員が僕の話に耳を傾ける機会を作っていただければと思います。改革のテンションの高まりは、直接話を聴くことでより効果が挙がるのです。

またサービスマナー意識については、繰り返しその必要性を訴えて、定期的にその意識の低下がないようにチェックする必要があります。そうしないとマンネリズムは、マナーの低下に直結して、元の木阿弥になりかねないのです。

サービスマナー研修は、一度開催して終わりでは効果が薄くなります。繰り返し何度も、定期的に行ってください。勿論それをすべて外部講師に委ねる必要はありません。定期研修は管理職や実践リーダーを講師すればよいのです。講師役になる人は、誰よりもマナーある介護実践に努めなければ説得力がなくなりますので、自らの態度を正すという意味で、それは効果のある研修方法となります。

ただし前述したように、内部情報の更新は外部情報を取り入れて初めて有効なものになりますので、年に一度とか、2年に一度程度は、外部の有識者であり、実践者として成果を挙げている人を講師として招いて、外からの風を入れるようにしてください。

僕の場合は、全国どこでもお招きいただければ、いつでも飛んでいきますので、まずはメールでお気軽に連絡いただければと思います。メールは、北海道介護福祉道場あかい花の文字リンク先の右上の✉マークから送信してください。

必ず返信しますので、返信がない場合は何らかの障害で届いていないものと思って、サイトの上部のグレーの帯部分に書いてある方法で、連絡してみてください。

どうぞよろしくお願いいたします。
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死の短期入所生活介護


昨日、「ひどい」としか言いようのない虐待事件(傷害致死事件)のニュースが全国を駆け巡った。

事件が発生したのは昨年3月。名古屋市緑区の特別養護老人ホーム「緑生苑」の短期入所生活介護(ショートステイ)を利用していた女性が、骨折して医療機関搬送後に死亡したという事案である。

この件について昨日(8/17)愛知県警は、元職員の福島栄行(ひでゆき)容疑者(34)(名古屋市緑区)を、傷害致死の疑いで逮捕した。
介護の闇
報道によると、亡くなったのはショート利用していた角谷三枝子さん(81歳)。両脚を骨折し、頭や首・胸などに内出血があったというのだから、尋常ではない大怪我である。

この件に関して被害者がショート利用していた特養からは、「緑生苑における死亡事故の報道について」という文書がネット配信されている。どうやら被害者が死亡した直後にネット配信した文書のようだ。SNSでも拡散されている文書画像が下記である。
緑生苑における死亡事故の報道について
この文書を最初に読んだときの僕の感想は、「まずい配信文書だな」だった。

ここでは、「職員や第三者が関与した可能性については、警察の方が事故と事件の両面で捜査しているため、全面的に協力をし、結果を待ちたい。」と事件化した後に備えた予防線を張っているものの、通知している趣旨とは、「夜間帯、ご自身で居室からトイレへ何度か往復している中で複数回、転倒をされ、内出血事故、骨折事故につながった可能性が高いと認識しております」である。つまり施設側の責任はないという言い訳文書でしかない。

ということはこの施設では被害者の死亡を、「転倒事故」として処理し終わっているということか?

しかし被害者の怪我の程度を見ると、転倒事故による怪我としてははあまりに不自然である。しかも「複数回の転倒の骨折」と分析しているのはどう考えても納得いかない。なぜならそうである場合、一度骨折した身でさらに独歩を行って転倒を繰り返し、別の部位を骨折したということになるからだ・・・そんなことはあり得ない。

しかも昨日の段階で、「被害者の両脚のすねの骨は、水平方向に折れていた」と報道されている。ということであれば受診後、施設はその状況をすぐ把握できているはずである。さすればそのような骨折は、通常転倒によって生ずることはなく、水平に骨が折れるように外部の圧力がかかったと考えるのが普通だ。

つまり事件当初から、暴力による怪我であると容易に想像できる状態ではないかと思われるのである。

そうであるにもかかわらず、ちょっとあり得ない「複数回、転倒をされ、内出血事故、骨折事故につながった」などという結論にもっていこうとしているのは、事件隠しと言われても仕方がない・・・この件をSNSでつぶやいた際には、「組織ぐるみではないか?」というコメントが付けられたほどである。

本件はその後の取り調べで、容疑者が被害者に対して脚や背中を蹴るなどの暴行を加え、外傷性ショックで死亡させた容疑を認めている。虐待による傷害致死事件であることがほぼ確定したわけである。

福島容疑者は、事件当日夜勤で女性の部屋があるフロアをほぼ一人で担当していたそうであるが、今後は虐待暴行に至った動機などが解明されていくことになるだろう。

同時に、本件を単なる事故として処理しようとし、転倒骨折の可能性が高いなどと言い訳分を公にした施設の責任も問われることになる。

施設長はその地位にとどまっていられないだろう。辞職は当然として、法人として今後の適正運営に向けた体制作りをどうするのかが問われてくる。

それにしても介護施設という、要介護者が護られなければならない場所で、短期入所利用している最中に、複数個所を骨折するほどの暴行を受けてお亡くなりになった方はお気の毒であり、不憫でならない。

人生の最期の終わり方が、このような哀しい終わり方であって良いはずがない。本当に理不尽としか言いようがない。

心よりご冥福をお祈りすることしか僕にはできないが、同時にこうしたことが繰り返されないように、介護サービスの割れ窓理論サービスマナーについて、介護事業にもっともっと浸透するような活動をしなければと強く思っている。

介護事業経営者や管理職の皆様には、こうしたことが起こらないようにサービスマナー教育に努めてもらいたいと思う。講師依頼はいつでも受けるので、「虐待を未然に防ぐサービスマナー研修」をご希望の方は、気軽にメール等で連絡していただきたい。

メールは、「北海道介護福祉道場あかい花」の右上のメールマークをクリックして送信してください。
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割れ窓理論が浸透している施設職員の表情


やっと春が来た感がある登別。外の気温もやっと春らしい温かさを感ずるようになり、家の近くの桜も芽吹いてきている。

この陽気に誘われ、寒さと道の悪さを理由に冬の間中断していたウオーキングを今週月曜から再開している。僕の家は登別と室蘭の境にあるため、ウオーキングコースは室蘭市が中心ということになるが、東室蘭と言われる地域・室蘭市中島中を歩いていると、満開に近い桜の木があった。
4/25の室蘭市の桜
今年の桜は、いつもの年より1週間ほど早い開花のようである。

この後、続々と登別・室蘭市内のエゾヤマザクラが満開となっていくことだろう。僕のインスタグラムには、しばらく桜だよりが載ることになりそうだ。興味のある方は、友達申請してそちらもご覧になっていただきたい。

さて話は替るが僕は現在、フリーランスとして講師業・作家業などを主たる仕事にしている。さらに介護事業者と顧問契約やコンサルタント契約を結んで、定期的に経営相談に応じたり、職員研修を担当したりしている。

そのため、この時期は新年度の事業経営に関わるコンサルタント業務などのために、契約を結んでいる介護事業者を訪ねて、そこで1日かけて業務を行うことも多い。

先日も1日がかりで近くの介護型有料老人ホーム(特定施設)にお邪魔して、コンサル業務を行ってきた。

この時期に、こんなふうに介護事業者を訪問して感じることは、教育・指導の違いによる職場風土の違いである。

昨日お邪魔した有料老人ホームは、今月からそこで働きだした新人職員の方々が、楽しそうに元気に働いておられた。僕がお邪魔した際にも、そうした職員が元気に挨拶してくれた。

それは極めて当たり前の状態といってよいのだが、介護事業者を訪ねた際に、来訪者の僕と出逢ってもまったく挨拶もなく、声もかけてくれないという職員がたくさんいる事業者もある。職場全体が挨拶を軽視して、教育もしていないのだろう。

往々にして、そうした挨拶ができない事業者の職員は、利用者対応も横柄だ。タメ口対応がそこかしこで行われており、サービスマナー教育なんか受けていないのだろうなと感ずる。

それに比べて先日お邪魔したところの職員は、僕のような外来者に対する応接が丁寧なだけではなく、利用者に対する応接も丁寧だ。タメ口対応なんて使われておらず、入職間もない若い職員が利用者に対して普通に、「かしこまりました」と応接している。

挨拶ができるという、ごく当たり前のことを徹底している事業者は労務管理が行き届いているということだろう。『たかが挨拶、されど挨拶』といってよいのだろうと思う。

それは礼儀の基本であり、職場では礼儀をもって上司や先輩、そして何よりお客様である利用者に接するのが当たり前であるという意識を持たないと、いずれ顧客から見放されるという事態に陥りかねない。

この時期に、相手を選ばずに丁寧な言葉が流暢に使えるのは、単にサービスマナー教育を受けているということだけではなく、その職場の風土として丁寧な顧客対応が当たり前になっており、8大接客用語も日常的に使われているという意味だろう。(参照:職場全体でサービスマナー向上に取り組んだ成果

新人教育を担当する職員のみならず、すべての職員の利用者対応・サービスマナーがお手本になっているからこそ、こうした短期間に丁寧な言葉遣いで、自然に顧客対応ができるようになっているのだと思う。

職場風土がいったんこのように整えられてしまえば、後輩は先輩の背中を見るだけで自然と育っていくのだから楽である。
介護サービスの割れ窓理論
ただし組織風土は、整えるのには時間がかかるが、崩れるのはあっという間である。

一部の職員のなれ合いを許したり、崩し言葉を少しでも認めてしまえば、せっかく整った組織風土はいとも簡単に崩壊してしまう。管理職の役割とは、そうした崩壊の予兆を察して、自らの職場のどこかに、割れ窓が生じていないかを探り、もし窓が割られていることに気がついたならば、できるだけ小さなひび割れのうちに、その窓を修繕しておくことである。

組織を護るために、「介護サービスの割れ窓理論」を理解し、それを決して忘れないようにしてほしい。
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サービスマナーを確立するための唯一の方法


今週はもう年度末最後の週である。金曜日にはいよいよ新年度がスタートし、全国の介護事業者にもフレッシュな新入職員がたくさん入職してくることになる。

そのため何かと準備に忙し方が多いと思うが、金曜日の新入職員入社に向けた準備は整っているだろうか?

しかし一番大事な準備とは、入社式典・セレモニーの準備ではなく、人材教育の準備であることを忘れてはならない。

その中でも新人職員に入職初日からしっかりと介護事業におけるサービスマナー意識を植え付ける教育を行わねば、入社初日から新入職員が利用者に対して、タメ口で接するのが当たり前の職場になりかねない。

そんな職場で志の高い人材が育まれるわけはないのだ。そしてそんな職場では、「何でもあり」の機運の中で、「そんなつもりはなかった悪気はなかった」という不適切対応が横行する。

そこでは世間の常識は介護事業者の非常識という状態が生まれ、介護サービスの品質は向上しないどころか劣化の一途をたどらざるを得ない。

そこは働き甲斐のない職場に成り下がって終わりである。志の高い人ほどそんな職場で働きたいとは思わず、そこで働く人に介護という仕事の誇りや喜びなど生まれるわけがない。自分の職場がそんな働いて面白くもなんともない職場になってよいのだろうか・・・。

そうしないように、新人職員にサービスマナー意識を植え付けるために、現在いる職員が見本となるマナーを身につけるべく、今月は数多くの介護事業者を対象として、「介護事業におけるサービスマナー講演」を行ってきた。

そんな僕の講演を受講された方から、質問を受ける内容で一番多いものとは、「サービスマナーの重要性は分かったけれど、それをどのように実践して職場内に意識を浸透させることができるのか?」というものだ。

しかしこの質問に対する答えは難しい。全員が同じ熱量で同じ方向を向く方法論なんて存在しないからである。

サービスマナーのない職場で起こっている様々な不適切対応が、その職場のもたらした経営危機という事実を僕の講演によって知り、サービスマナーの大切さと、サービスマナーのある接遇の具体的方法を学んだのだから、あとはその職場でその方法を推し進める不断の努力の結果によるとしか言いようがない。

ただ一つ言えることは、サービスマナー確立は経営者や管理者が覚悟を決めて取り組まないと、全職員がそれに従うということにはならないということだ。サービスマナーをもって利用者に接するという方針をいったん決めたら、その規律を守るべく断固とした態度で臨むことだ。

そのためには、マナー意識に欠けるけれども仕事はできるという職員を放置していてはならないのである。そうした職員は職場の決め事・ルールを護っていないのだから、作業はできていても仕事はできていないと評価し、地位を下げたり給与を上げなかったりするという一方で、規律を護ってマナーに徹している職員は給与等で評価するという信賞必罰(しんしょうひつばつ)の原則を厳格に適用しなければならない。

同時にサービスマナー向上の旗振り役となるリーダーも、覚悟を決めて自分自身がマナーに欠ける態度を決してとらないようにしなければならない。

マナーを護って利用者に接するということ自体は決して難しい行為ではない。自分がやる気にさえなれば誰もができることであって、特別な知識や技術が必要となる事柄ではないからである。

難しいのは、自分がそうした態度をとっても、周囲の職員が全員一斉にその態度を真似るとは限らないということだ。自分がマナーある対応に徹しているにもかかわらず、周囲の職員すべてにその態度が浸透しないときに、自分自身がマナーある接遇に徹し続けることが最も困難なことなのである。

志を高く抱き、やる気があったリーダーが、周囲の無関心や不徹底に負けてあきらめてしまえば、そこに新たな光景は生まれなくなってしまうのだ。

職場で新たに掲げたビジョンや目標が達成されるには、それなりの時間がかかるのである。
介護サービスの割れ窓は言葉遣い
僕が、「介護サービスの割れ窓理論」を提唱し、利用者に対するタメ口をやめようと訴え始めた時期に、その意見に賛同する職員はごくごく少数派だった。

しかし自分自身が信念をもって、良かれと考えた利用者対応を続け、同時におかしな態度はその都度、そうした態度をとった職員に対して正すように正面から批判し続けたことで、僕の考え方に賛同する職員が増え、同時に職場内で僕の立場も上がっていった。

そうして権限も与えられるようになって、マナー意識に欠ける職員には職場を去る選択肢を与えたり、主要な業務から外すなど、時間と労力を掛けながらマナー意識の高い職員が働きやすく、マナー意識が欠如した職員が居ずらくなる職場が作られていったのである。その改革は少なくとも3年ほどの期間を要している。

その間に、僕が少しでもマナーに満ちた職場づくりをあきらめたとしたら、改革は実現しなかったことは間違いないだろう。そうした状況下では、能力とかセンス以上に、あきらめないで続けようとする忍耐力が必要だったのだと今にして思う。

そういう意味では、サービスマナーを確立するための唯一の方法とは、自分がサービスマナーに徹した対応を身に着け、それに徹し続けることではないかと思う。

だから・・・サービスマナー意識の向上を目指す人は、まず自分自身がマナーに徹したサービスを続けてほしい。それだけで少しだけ職場全体のマナーは向上すると信じて、一人一人職場内で仲間を作り、他の職員から信頼されて権限を持つ地位に就いてほしい。そうすればその権限基づいた指揮・命令によって、職が改革はより実効性が高まるのである。

当然そこでは、サービスマナー意識をもって利用者に接するという職場のルールと規律に反する職員を、何らかの形で介護の場から切り離さねばならない。

そういう荒療治も伴ってはじめて、職場改革は実現するのである。

このことは改革を実現した実践者である僕がいうことであり、事実に基づいて言い切っていることなので、ただ一つの真実である。
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割れ窓をふさぎ環境を整えるサービスマナー


今日午後4時から、「Livedoオンラインセミナー 〜虐待を未然に防ぐサービスマナー」を配信する予定になっている。

先週16日(水)の気紡海完結編である。受信申し込みしている方は、お忘れなく視聴していただきたい。(※ただし第1回目を含めて、受講予約した方には見逃し配信ありとされているのでそちらをご利用いただきたい。)

最近何度かこのブログで指摘しているが、新年度から入職してくる新卒者などが正しいサービスマナーを身に着けて、介護実践の場で利用者に適切な態度で向かい合うかどうかは、その見本となる先輩職員の介護実務に臨む姿勢にかかっている。

だからこそこの時期に新人の見本となる全職員の意識を高めておく必要がある。

新人の見本となる職員には是非、「介護サービスの割れ窓理論」を知っていただきたい。

一般的に使われる窓ガラスは割れるものだ。

窓ガラスが決して割れないようにすることは不可能なのである。だが窓ガラスは完全に割れ崩れていないのであれば、ひび割れを修繕することで元通りに戻すことができる。しかしひび割れを早めに修繕しないことには、ひび割れは必ず広がり窓ガラスは割れて修繕不能となる。そうした窓が増えていくと、建物全体が荒廃して廃墟になってしまうのである。
高齢者を馬鹿にしたタメ口対応
介護事業においては、介護サービスに携わる職員が日常的に利用者に相対する際の、「言葉遣い」こそがその割れ窓となるのである。

言葉の乱れを放置しておくことで、心の乱れや感覚麻痺が生まれ、「虐待したつもりはない」と言いながら、利用者の心を殺すひどい仕打ちに至る職員がいるのが、この国の介護事業の実態だ。

例えば利用者を、「〜さん」と呼んでいた特養で、ある一人の職員が特定の利用者を、「〜ちゃん」と呼び始めたことで、その職場では利用者をちゃん付けして呼ぶ職員が増え、ちゃん付けで呼ばれる利用者も増え、挙句の果ては利用者に対して、「お前」と呼ぶ職員まで出てきた。(参照:介護のプロとしての矜持を失わない人でいてほしい

そんなふうに言葉遣いの乱れによって、介護の場に割れ窓が広がり、職場環境もケア品質もどんどん低下していくのである。

今の時期に職員のマナー意識を高めておかない職場で、来月入職してくる職員がマナー意識を持つことができるわけがないのだ。そんな場所では、利用者を小ばかにしたような声掛けが横行することになる・・・あなたは、そんな職場で働き続けたいと思っているのだろうか・・・。

僕はそんな職場では働きたいと思わない。

貴方の職場を、マナーのない無法地帯にしないためにも今日のオンラインセミナーをはじめとした、僕のサービスマナー講演を、どこかの場所・いつかの機会に受講してほしい。

なお今回配信されているリブドゥコーポレーション・オンラインセミナーは今後も続く予定で、僕の配信予定は以下のようになっている。

8月17日(水) 13:30〜15:00 経営者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
 《介護現場の働き方改革と離職率削減

12月14日(水) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第1回《心の通うケアを目指して〜虐待防止のために求められる自己覚知
12月20日(火) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第2回《心の通うケアを目指して〜身体拘束廃止の取り組みと課題》 

3月13日(水) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第1回《生きるを支える看取りの介護実践〜基本の知識
3月28日(火) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第2回《生きるを支える看取りの介護実践〜心構えと具体策》 

現在申し込みはオンラインセミナー通年パック予約で行われているが、配信日が近づいたら、単発プランからの申し込みも可能となると思うので、ぜひ視聴してほしい。
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介護事業にもサービスマナーが求められる理由


(株)マイナビが運営する介護の総合情報サイト、「メディカルサポネット」の僕の連載、「菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 〜選ばれる介護事業所であり続けよ〜」の新年第1弾が昨日アップされました。
激アツ!介護経営塾
第4回目のテーマは、「vol.4 介護事業におけるサービスマナー〜丁寧で真摯な対応が顧客と人材を呼び寄せる〜」です。

全文を読むには登録が必要ですが、料金はかからず無料で登録できます。僕以外の著名な先生方の貴重なコラムも読むことができますので、ぜひ登録してください。

さてサービスマナーについては、このブログでも何度も繰り返し僕の考え方を書いてきましたが、その中でも今回メディカルサポネットの連載で書いたことは、家庭的な雰囲気を感じてもらおうと言葉を崩すことがなぜ駄目なのかをわかりやすく解説したつもりです。

さらに、サービスマナー教育を行っても職場にマナー意識が浸透しない事業者の特徴と、そこでの大きな勘違いを指摘しています。我ながらわかりやすく解説できたと自負できるコラムになりましたので、是非参照していただきたいと思います。

介護に携わる職員の中には、良かれと思ってわざと態度を崩して、利用者の方々に接している人も多いと思います。その態度を良しと思う利用者がいたとしても、同じ態度を不快に思う利用者が同じ数だけいて、その人たちは不満をどこにもぶつけられずに壊れていくのです。

良い感情は表出しやすいし、見つけやすいけれど、悪い感情は隠れやすく、見つけにくいうことをしっかり理解せねばなりません。

マナーのある対応は、隠れて見つけられない悪い感情を生まないための防波堤です。言葉を正しく使いこなすコミュニケーションスキルは、介護サービスの品質を護る、「介護サービスの割れ窓理論」の根幹をなすものです。

サービスマナーを護って利用者対応できるようになるためには、たった一度きりのマナー研修を受けてもどうしようもありません。一度の研修で、全員がそれを理解して歩調をそろえることにはならないからです。

なんの動機づけも持たない人が、たまたまサービスマナー研修を受けたからと言って、それだけで思考や行動が変容するなんて言うことはあり得ないのです。

でも研修を受けた人の中で一人でも多く、「なるほど」と感じて、「やってみよう」と熱い思いを持つ人が増えていくことが大事なのです。

たった一度の研修では、歩調を合わせようとしない職員にジレンマを感じて、その思いも時間所経過とともに燃え尽きてしまうかもしれませんが、その思いが間違っていないことを確認するために、繰り返し定期的にマナー研修を行うことで、思いは継続できるのです。

そもそも時期に関係なく新人職員が入職する介護事業においては、新人職員にきちんとマナー教育を行って、介護の現場でOJTや実務に携わるという流れをつくらねば、姿勢としてマナーは身につかないのです。

新人教育としてマナー研修を必須とし、その際に新人以外の職員にもできるだけその研修受けるようにし。、できれば新人にマナー教育ができる人材を事業者内で育てることが大事になるのです。

そのようにしてサービスマナー教育が充実し、マナー意識が浸透した事業者では、日常の業務の中で、『利用者の方々にものを頼まれたら「わかりました」ではなく「かしこまりました」というのが当たり前ですよ。』という教育が普通に行われ、先輩たちが普通にそうした言葉を使いこなすようになるので、研修としてサービスマナー講演を受講する必要すらなくなります。

そうなれば利用者に対する丁寧で、心づかいがある対応が伝統化して、上司や同僚の汚らしい言葉遣いにイライラするというストレスもない状態で働くことができる職場環境になるのです。

僕がサービスマナー講師として、実際に教育を担当した事業者のいくつかは、既にそうした状態になって、僕の講義から卒業しているのです。そうならなきゃあ・・・。
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報われない努力は、足りていない努力と思おう


何かと話題の日本ハムファイターズ・新庄剛志新監督。

明日30日はファイターズのファンフェスタが札幌ドームで行われる予定だが、新庄ビックボスが参加するということで、北海道では民放地上波で、フェスタが完全生中継されることになった。

19時〜21時までのゴールデンタイムと呼ばれる時間帯のテレビ番組を変えてしまうのだから、すさまじい新庄フィバーである。

そのビックボスが自身のTwitterで、「努力」についてつぶやいている。

努力をしてない人間ほど、すぐ人のせいにし、不貞腐れ自分から逃げる」・「地味な努力こそ派手になれる…。

新庄ビックボスは、派手なパフォーマンスのイメージで捉えられることが多いが、現役時代誰よりも練習を怠らない人であったということを、多くの関係者が証言している。

メジャーリーガーだった当時は、そんな努力に見向きもされず、日本人であるという理由だけで干されて、自分よりずっと成績の悪い白人選手を使い続けた監督の下でもプレーしていた時期もある。それでも決して腐ることなく、努力をし続けたのである。誰も見ていない場所で・・・。

そんな努力を現役を終えるまでずっとやり続けたことが、今につながっていると言えるのではないのだろうか。

そうした努力とは、スポーツだけに求められるものではないことは今更言うまでもない。努力の必要のない仕事なんてあり得ない。

しかも求められる努力とは、決して表に出るものではなく、終わりのあるものでもない。毎日コツコツと、地味に続けていくのが努力の本質である。

なぜなら努力は誇るものではなく、当たり前にするものだからである。

僕たちも介護の場で、そうした努力を続けていかねばならない。人の暮らしに関わっているのだから、これで十分というで立ち止まってしまえば、昨日までの利用者ニーズにしか対応できなくなる。

それは明日からの暮らしに対して、利用者が求めていることには少しずつ足りなくなることかもしれないのである。

介護サービス利用者の方々が、今日良かったと思ってくれることをし続けることも必要だ。しかし介護を必要としている人は、日々困ることが違ってくるのだ。特に高齢になればなるほど心身の衰えは、どんなに頑張ろうと止められないのである。

自立支援が大事なことはわかっているし、人の手を煩わせず自分で何もかもできたらと願う気持ちは誰しも持っている。

その願いや思いも通じなくなる状態変化というものに直面するというのが、介護サービス利用者の方々の現実問題なのである。

そこでは昨日良かれと思った方法論が、今日から全く通用しなくなるということも、ごく普通にある。その変化や新たな対応に、「気づく努力」は、僕たちに毎日求められていくのである。

しかし努力は必ず報われるとは限らない。人の頑張りはすぐに結果に結び付くものではないからである。

でもそれは努力も時には人を裏切ると考えるのではなく、今は努力の途中であって、それに報いる結果は努力をし続ける先にきっと現れるのだと思ってほしい。決して途中であきらめてほしくない。

利用者に丁寧で温かい対応がしたいと思って日々努力しても、周囲がちっとも同調してくれない、変わってくれないと思っている人がたくさんいると思う。だからと言って、あなた自身がその努力をやめてしまえば、その努力に報いる結果は決して現れることはなくなってしまうのである。

あきらめずに努力をし続ける限り、その先には新しいステージが存在することを信じてほしい。

他人と過去は変えられなくとも、自分と未来は変えることができるのである。

僕は北海道の片田舎から毎日コツコツと情報発信をし続けている。インターネットを通じた情報発信を行うようになったのは、介護保険制度創設と時期をほぼ同じくしているので、21年以上そのことを続けている。

もしそんなことを続けていなかったら、出版社数社から自著本を何冊も上梓することもなかったろうし、今のように執筆や講演という仕事をいただいて、そのことによって対価を得ることもなかったろう。

何より僕の主張に耳を貸してくれる人はいなかったろう。

しかし地道な活動をし続けていることによって、「介護サービスの割れ窓理論」を知ってくれる人や、賛同してくれる人もたくさん増えたし、介護事業におけるサービスマナーの必要性を意識してくれる人も全国にたくさん増えている。

竹内理論による水分の大量強制摂取という、根拠なき悪魔のごとき不適切ケアを、批判糾弾する声は僕だけしか挙げていなかった時期もある。

しかし情報発信をし続けたことによって、虐待ともいえる強制水分摂取の実態を告発する情報が集まりだし、僕の意見に賛同する声が増え、それは竹内理論実践施設の声を席巻していった。そして今ではその方法論が間違っていたと、その方法論を推奨していた団体も自己批判するようにまでなった。

介護事業者の数は、介護保険制度がスタートした2000年以降に急激に増えている。だからこそ知識の浅い状態で、過去の間違った方法論に洗脳されたまま、ちっともそこから抜け出せないで、品質の低いサービスにとどまっている状態も見受けられる。

だからこそそうした人々に、変える努力を促すとともに、その人たちが間違った状態に気が付くための、伝える努力もし続けなければならない。

その努力に終わりはないのだと思う。逃げないで続けて、介護によってこの国の未来に光が射すようにしたい。

介護支援が必要な人たちの豊かな暮らしの実現・・・それが介護にとっての「派手さ」であると思っている。
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DNAを引き継いでくれる若い力


僕たちには、後進に引き継ぐべき財産がある。

それは介護保険制度以前から介護業界に関わり、介護保険制度創設という戦後初の抜本的社会保障構造改革・福祉制度改革の真っただ中で、介護事業に携わってきた経験を持つという財産だ。

経験だけが財産なのかと揶揄する向きもあるが、「走りながら考える」とされてきたこの制度の20年以上にわたる歴史の生き証人としての財産は、私たちの世代が確実に手にしているのである。

例えば、その真っただ中にいた者の責任として、制度創設の経緯については、「介護保険・夜明けの雷鳴1」・「介護保険・夜明けの雷鳴2」・「介護保険制度へと続く道」・「介護保険制度誕生前に吹き荒れた嵐」などで解説してきた。
※今後の経営戦略にもかかわるこの経緯を、介護関係者は十分理解しておくべきであるので、まだ読んでいない方は、リンクを張った4つの記事を是非読んでいただきたい。

そのほかにもこの制度の変換を身をもって体験した者にしかわからないことがある。

例えば介護保険制度創設時のショートステイは、区分支給限度額の別枠管理とされており、要介護状態区分ごとに利用日数上限が定められていたこと・・・。それが平成14年に、「区分支給限度額の一本化」という改正が行われ、ショートステイも他のサービスと同様の区分支給限度額管理は行われるようになったことで、連続利用カウントルール・31日目の全額自己負担利用によるリセットルールや、認定期間の概ね半数以下の利用ルールが定められたことについても、生き証人として伝えねばならないことがある。

それはルールが単に変わったということではなく、そこでどのような議論が沸騰し、どんな混乱が見られたのかということである。利用者や国民に対して真摯に福祉制度として対応しようとした人たちと、お金儲けだけのために議論に参加していた人たちとの軋轢を伝えることで、何を将来の財産として残すべきかが見えてくるのかもしれないし、私たちの次の世代が、この制度をどのように変えていこうとするのかを考えるための一助につながるかもしれないのだ。

それは国を良くすることにつながることだと思うから、後進に歴史を正しく伝えることは大事なことだ。特に高い志を持つ人ならば、その志を受け継ぐ後進を見つけ、己のDNAを継承していくことが大事だと思う。

そんな志を受け継いでくれる若者の一人が、奈良の若き介護事業経営者・片山海斗(かたやま かいと)クンで、22歳の青年である。
友遠方より来る
今週月曜(9/13)東室蘭駅前の「ふなや」で会食した際に撮影。当日の料理は、【この魚は鯉ですか?フナや!!】を御覧ください。ちなみに写真は勿論、向かって右が海斗である。(間違えようがないですね…汗!!)

彼との出会いは、かれこれ3〜4年前にさかのぼる。我がよき友であり、株式会社 グローバルウォークの代表取締役でもある幸地伸哉(こうち しんや)シャッチョーからの紹介で出会ったのがきっかけだ。

幸地クンから、「面白い若いもんがおる」と紹介されたとき、海斗はまだ18歳だった。

高校を中退した後、最初に就職した介護事業者で、海斗は先輩職員が利用者を虐待する様を目撃したそうである。

海斗の偉いところは、そのことで介護事業や介護職に幻滅するのではなく、こんなことを介護業界からなくさねばならないと思い、そのためには虐待を徹底的に排除する介護事業を自ら経営するしかないと考えたことだ。

最初に出会った頃の海斗は、まだ介護事業経営を行う前であったが、そのことを僕の前で高らかに宣言していた。ただその頃の海斗は、ずいぶんとがって危うい雰囲気も醸し出していた。

しかし幸地伸哉という優れた介護経営者が、応援団として傍らにいるのだから、何とかうまく成長してほしいと願っていた。

そんな海斗が訪問介護事業所を皮切りに、介護事業経営に携わるようになった。そして、「日本一働きやすい会社を創る」と宣言し、実績を挙げている。

訪問介護員の日本全体の平均年齢は55.5歳で、しかも50歳以上が全体の73.0%を占めており、20代は1.0%という現状から、訪問介護事業は絶滅危惧サービス種別と言われている。そのような情勢でも、海斗の事業所では人材確保に困っておらず30人以上のヘルパーを雇用し、かつ従業員の平均年齢が30代であるという。

勤務は基本フレックスタイム制で、在宅ワーク中心で、出社しなくとも仕事に支障がない体制をとり、職員の福祉を何よりも大事にする会社である。そこに海斗の理念に共感した人材は集まり、経営者として海斗はその人達を何より大事に思い、素晴らしい職場環境が生まれているのだと思う。

おそらく事業経営も山あり谷ありで、決して平たんな道のりではなかったと思うが、なんと今や海斗は、介護事業経営者としてだけではなく、IT関連事業を含めて8社の経営に携わっている。

その中には、厚労省関連の仕事も受注している事業もあるし、ベトナム等の海外にも業績を伸ばしているじぎょうもある。

その一つである、「介護経営ラボ」は、介護事業者のコンサルタントを行う会社で、既に国内全体で総合コンサル37社という実績も挙げている。今後の発展が益々期待できる会社だ。介護事業経営相談を求めている方は、リンク先のサイトを参照して、是非一度相談してほしい。

今週約4年ぶりに再会した海斗は、顔がすっかり大人になって、経営者としての人間の幅ができていた。18歳の頃のとがった雰囲気は、いまや全く感じさせなくなっている。人間として急速に、そして著しく成長した海斗を見て、とても嬉しくなった。

もともとであった時から、僕が推奨する、「介護サービスの割れ窓理論」にも、「サービスマナーを持った利用者対応」にも、「竹内理論という悪魔の所業を否定・排除する」ということにも共感していた海斗であるから、僕が今まで培ってきたノウハウや、様々な知識と経験を彼が継承して言ってくれればと願っている。

僕がこの業界で何かをし続けることができる年数も、そう長くはない。だからこそ海斗のような若い力が、僕たちのDNAを継承し、次の時代の新しい介護のステージを創ってもらいたい。

皆さんも、この若者を是非育てることに手を貸していただきたい。どこかで出会ったら、肩に手を当て応援してやってほしい。
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目に見える改革の成果


いくつかの介護事業者に顧問やコンサルタント・外部講師として関わっている。

関わり方は個々の契約事項なので様々な形だが、その中には既に5年以上にわたって関係を持ち、定期的に訪問している介護施設もある。

職員の虐待が明らかになったことがある介護施設では、それ以前から当時の施設長の独善的な方針と態度によって、やる気を失った職員に不平・不満が広がっていた経緯もあり、一時期職員の退職者が大幅に増え、それに対して欠員補充もままならずに、慢性的に職員不足・業務過多という状況が続いていた。そのため、ますます働くずらい職場・従業員が集まりにくい職場になっていた。

こういう職場は職員募集の方法を工夫して、応募者が増えるようになっても職員が充足することにはならない。採用する職員が増えたとしても、定着せず短期間に辞めてしまう人数が増えるだけの結果にしかならないからだ。

この施設の場合、経営者である理事長が覚悟を決めて、当時の施設長をはじめとした管理職等を大幅に刷新したうえで、僕をはじめとして幾人かの外部の専門家とアドバイザー契約をして、経営刷新・現場改革に取り組んだ。

この時点でお金と時間を掛けて改革に取り組む覚悟を持った理事長の英断がこの施設を大きく変えていくことになったのである。

人が少ないからそれ以上の人員減少がないように、辞めるのを恐れて十分な教育上の注意・指導ができなくなっていた風潮を改め、スタッフ教育も一からやり直して、法人としての方針を明確にしたうえで、それに従うことができない従業員は辞めていただいても良いという方針を取った。

加えて介護施設のケアサービスの本質は、利用者の暮らしを豊かにするものであるとの理念を実現するために、介護マニュアルの見直しから始まり、スタッフ間の業務分掌の明確化、コミュニケーションの改革、サービスマナーの確立などの課題解決に心を折ることなく取り組んできた。

その後紆余曲折があり、その途中では指定ベッド数の補充率が一時7割を切り、ショートステイも一時休止せざるを得ないという厳しい経営状態に陥る時期を経てきたが、改革をあきらめずに続けてきた。

その成果は職員の充足率の改善に直結している。

昨年度1年間で介護スタッフの退職者は、「寿退職1名」のみで、補充採用も既に終えており、出産育児休業者が数名いるものの、その人たちも復職意思が強くあり、新年度の求職者には、「次の募集があるまで応募をお待ちください」というアナウンスができるようになった。

勿論、ベッド稼働率は入院者を除いて100%である。何より異なるのは、職員のモチベーションである。今いる職員の半数以上は、虐待事件が起きた当時の施設を知らない人であるが、彼ら・彼女らの表情は豊かで、笑顔も多く見られている。

上司の呼びかけに返事も返すことなく、殺伐とした空気の中で、いくつもの小さな仲良し集団に分かれて、他のグループとはまともな会話も交わさずに、業務が流れ作業のように行われていた当時とは同じ施設とは思えない雰囲気である。

この施設では今でも年1回だけ、「サービスマナー研修」を担当させてもらっているが、それも確認するというレベルでしかなくなった。職員間にはマナー意識が確立され、新人職員も先輩の態度や言葉遣いを見て・聴いて、正しい対応方法を覚えている。20代の若い職員が利用者に対して、「かしこまりました」と普通に応えている姿は頼もしく見える。

毎月マナー研修を行って、それでもなかなか成果が出なかった時期を思い出すと、それは隔世の感がある。

しかしここまで来るのには、約5年間という月日を要しているのだ。良い方向に流れるようになったことを実感できるようになったのも、改革を実行して1年半を過ぎたころからであったように記憶している。

この間、僕は何人のスタッフに、「介護の仕事に向いていないんじゃないの」・「その考え方では、ここで働き続けるのは難しいのではないですか」と肩たたきをしたことだろう・・・それだけ一旦荒れた職場を元に戻し、それ以上に引き上げていくには時間とエネルギーが必要になるということだ。

だから今、健全な状態の職場であればあるほど、その状態を保つための検証とメンテナンスは欠かせないと考えなければならない。マンネリズムは転落の大きな落とし穴になるし、言葉や態度のちょっとした乱れが、大きな感覚麻痺を生むので、「介護サービスの割れ窓理論」は常に意識の内に置いておかねばならない。

健全な状態を保つことは、今のままに留まっていることでは実現しない。健全なる職場環境とは、改良を常に続けていくことでしか保持しえないことを思い知らねばならない。
5/22鷲別川沿いの八重桜
※画像は、今朝5/22午前7時頃の鷲別川沿い(自宅横)の八重桜です。
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まずは「感じの良い介護支援者」を目指そう


今更言うまでもないことだが、介護の仕事は、利用者の暮らしに深く介入し、自分以外の他者の最もプライベートな領域に踏み込む仕事である。

そんなことは解り切っているという人が多いだろうが、このことは常に介護支援者が自分の胸に置いておかねばならないことだ。

なぜなら、介護の仕事が利用者が羞恥心を持つような行為にまで及ぶことの配慮を忘れたときに、介護支援は人の心を傷つけることに気が付かない、デリカシーに欠ける業務に変貌するからだ。

介護が必要な高齢者にとって、介護支援者の対応の仕方そのものが、自分の暮らしの質に直結するものであり、介護支援者の言動一つで、心が踊ったり沈んだりすることも多い。

だからこそ介護を職業としているすべての人は、常に利用者に対してベストのパフォーマンスを心掛けるべきである・・・。

しかし人間である以上、間違いは犯してしまうし、感情も揺れ動くのは当然のことで、常に一定のパフォーマンスに終始することは極めて困難であると言わざるを得ない。

ましてや経験の浅い人であれば、援助技術の基本を忘れて、間違った方法で失敗をしてしまうことがあるかもしれない。

そんなことはあってはならないと言うが、技術というものは実地の中で経験を重ねて、時には失敗を教訓として、初めて身につくものが多いのだ。感情のある人間が、同じく感情のある人に対して行う仕事の業(わざ)とは、教科書に書くことができない、文字や言葉に置き換えられない様々な領域に及ばざるをものなのである。経験でしか得られないものが必要とされるのが介護という仕事の宿命でもある。

そんなふうにちょっとしたコツが必要になるデリケートな仕事が介護である。だからこの仕事は決して、AIを搭載したロボットでも替わることができないのである。

そのような介護の仕事だからこそ、利用者と初めて向かい合った当初からベストのパフォーマンスを展開するということは難しい。

だからと言ってその状態を当たり前であるから利用者に対して、「我慢しろ」という態度であってはならない。それはプロとして恥ずかしい態度でしかない。

そうであれば私たちにはいったい何が求められるのだろう・・・。

私たちが介護という仕事の中で、利用者に対して最低限担保すべきこととは、ベストのパフォーマンスを展開できない場面でも、決して嫌な思いを利用者にさせないようにする態度を身に着けることだと思う。

申し訳ございません」は優しい言葉であり、「ありがとうございます」は温かい言葉だ。そうした優しくて、温かい言葉を介護の仕事をする中で、普通に使いこなせるようにしたいものだ。

そうした優しさと温かさをもって介護の仕事に励むならば、あなたはきっと素晴らしく立派な介護支援者になることができるだろう。しかし最初から立派な介護支援者にならなくても良いのである。

利用者の方々に、嫌な思いを味合わせない対応。利用者の方々が不快にならないための対応。そういうことを繰り返す先に、仕事を通じてあなた自身が人間的に成長し、いつか人から見習われるような介護支援者になるのである。

だから私たちが最初に目指すのは、「感じの良い介護支援者」である。

サービスマナーを身に着けることは、感じの良い介護支援者になるための絶対条件であり、「介護サービスの割れ窓理論」を理解することは、誰からも求められる介護支援者に成長するための必要条件なのである。

是非そうした態度と理論を身に着けて、この国を支える介護支援者になっていただきたい。

家族と同じように言葉を崩して会話しなければ、親和性を伝えられないとか、タメ口が家庭的な雰囲気につながると勘違いしている輩は、いつまでも「感じの悪い奴」のままである。

その醜い姿に一日も早く気づいてほしいものだ。
感じの良い支援者
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虐待防止が研修テーマとなる意味


北海道は今日、初雪が降った地域が数カ所あるなど、冷えた朝を迎えた。本格的な冬ももうすぐそこである。

ところで今朝のCBニュースのトップ画面は、僕のアップ画像がでかでかと張り付いているので、アクセスした方々は、どうかびっくり仰天しないでほしい。

リンク先を文字に貼り付けてはいるが、このトップ画像は明日には消えているだろうから、記念にこのブログ記事にも張り付けておこうと思う。CBニュースさん、画像借りますのでよろしくお願いします。
快筆乱麻・masaが読み解く介護の今
ちなみに、昨日の続編となる後編記事はこちらなので参照いただきたい。

ところで今日は、この後13:30〜京都府京丹後市の社会福祉法人さん職員研修として講演を行なう予定になっている。

とはいっても僕は今、京都にいるわけではなく、北海道登別市の自宅でこの記事を更新している。これからZoomを使ってオンライン講演を自宅から配信する予定になっているのである。

コロナ禍でリモートワークは10年先に進んだと言われるが、本当にそうだと実感している。講演を北海道の自宅から全国に向かって配信するという行為を、専門的な知識のある人に頼ることなく、特別な機器も備えることなく自分一人で準備し、自分のPCのみを使ってできるようになるなんてことは、昨年までならほとんど想像できなかった。

それが今では当たり前になってきている。京丹後市という魅力あふれる場所に行くことができないことは残念であるが、講演主催者の方に移動費や宿泊費という費用負担をかけることなく、講演を受講していただけることは大いにメリットであろうと思う。オンライン講演も是非お気軽にお申込みいただきたい。

今日の講演テーマは、「利用者虐待の要因と虐待防止の視点〜人権はどのように奪われるのか、どうしたら護ることができるのか」としている。

これは講演主催者側からの要望で設定したテーマであるが、こうしたテーマが望まれるという意味は、必ずしもそれを望む主体が、虐待が起きるような体質があって悩んでいるからではない。

むしろ講演主催者は、介護という職業の使命と責任という観点から、気づかぬうちに利用者の心を気づつけてしまうことがないような、細心の注意を払った介護サービスの提供に心がけたいというポジティブな思いから、虐待防止というテーマを希望されることが多い。

そもそも虐待を行わないサービス事業者が良い事業者という訳ではない。対人援助を職業としている事業者なり従業員は、利用者を虐待しないというのは極めて当然のことである。「利用者虐待を行わない事業者」なんていうキャッチコピーはあり得ないし、そんなことは売りにならないわけである。

だからこそ、介護サービスという職業を通じて顧客と向かい合う事業者やその職員は、虐待とは無縁の就業態度を身に着けておかねばならないということになる。

つまり虐待防止の本当の意味とは、介護サービスの場から、世間一般からみた場合に、「非常識で普通でない状態」をなくすということになるのかもしれない。

自分の所属する法人・事業所は、虐待と無縁だから虐待防止研修は必要ないということにはならず、虐待と無縁の状態を護り続けるためにも、虐待防止研修は定期的に行っていく必要があるのだ。

虐待は大きく分けると、心理的虐待・身体的虐待・ネグレクト(放棄・無視)・性的虐待に分けることができるが、高齢者介護の場ではかつて身体的虐待の比率が高かったが、近年は心理的虐待とネグレクトの比率が高くなってきているという問題がある。

そのことは、虐待している当事者が、「そんなつもりはなかった」という無意識の虐待が増えているという意味でもある。

しかし虐待する側にその意識があるかどうかに関係なく、虐待される側が受けるダメージは大きい。悪意はなくても人は傷つくということを忘れてはならないのである。

そうした無意識の虐待は、サービスマナー意識に欠ける従業員の言動によってもたらされるもので、虐待防止研修には、必ずサービスマナー研修と被る内容が含まれてくる。「介護サービスの割れ窓理論」もそこに加わってくることになるのも必然だ。

繰り返しになることを恐れずに書くとすれば、虐待防止が研修テーマとなる意味の一つは、当事者が虐待とは思っていない行為で、利用者を傷つけているという事実が存在するからである。しかし人に関わり、個人のプライバシーに深く介入する職業に就いている者にとって、そのような鈍感さは決して許されないのである。

そうならないために何が必要か。どんな考え方が求められるのか。私たちは何をすべきかを具体的に語るのが、僕の虐待防止講演である。

それは虐待防止という一つのテーマだけに収まる内容ではなく、介護支援とは何か、対人援助では何が求められるのかというメッセージを含んだ講演であり、できるだけ多くの方々に聴いていただきたい講演でもある。

介護という職業は、介護支援を必要とする人たちを、心にかけて護るために存在する職業である。だからこそ自らの心無い言葉で人を傷つけてしまうことを誰よりも恐れる必要があるということを、すべての介護従事者に理解してほしい。

特に高齢者介護とは、人生の最晩年期に関わるという責任があることを自覚し、心無い態度や言葉で、利用者の心を傷つけてしまったときに、その失敗を取り戻す術(すべ)を失う可能性が高い仕事であることを自覚してほしいと思うのである。

心が殺されたまま、人生が終わってしまう・・・。介護事業をそのような哀しい職業にしてはならないのである。
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広島の空・長崎の空2020


今年も暑い夏がやってきた。

戦後75回目の広島原爆の日と長崎原爆の日は、コロナ禍で式典の規模などが縮小する中で行われることになった。しかし人々の平和を祈る気持ちは決して変わることはない。そしてあの戦争で失われた多くの御霊、広島と長崎の原爆投下で失われていった御霊を悼む気持ちも決して変わることはない。

ところで、今年の平和式典における首相のあいさつの文面が、両会場とも酷似しているとして、被爆者から「何のために被爆地まで来たのか。ばかにしている」と怒りの声が挙がっているそうだ。しかし一国の首相とはいえ、たかが政治家の挨拶の言葉に目くじらを立てたってどうしようもない。そのような挨拶しかできない人を可哀そうだなと思えばよいだけである。

ただし世界で唯一の被爆国である国のトップが、自らの言葉で平和の祈りと誓いを語らないのは、残念であるというより、勿体ないことであると思う。自分の思いを伝えようとしない言葉は、何の意味もなさないからだ。

そういえばこの国は、国連で決議されている核兵器禁止条約に署名・批准を拒否している国である。その国のトップが、平和式典で何を言おうと、天国でその言葉を聞く御霊には何も響かないだろう。そんな言葉は単なるセレモニーでの空しい騒音でしかないのだから、そんなものに腹を立てたり、憤ったりすること自体が無駄なことである。

心を静かにして天に召された御霊を悼み、平和を祈り続けることが何よりも大事ではないかと思う。

平和式典が75回目ということは、あの戦争が終わってから75回目の夏が来ているという意味だ。すぐ近くに敗戦の日である8月15日も迫っている。戦争の生きた語り部はどんどん減っているが、まだこの国にはあの戦争を体験した多くの方々が残っている。それらの方々の戦争体験が、生の声として後世に伝えられていく期間もそう長くは残されていない。そうであるからこそそうした機会を貴重に思わねばならない。

同時に高齢者介護・対人援助に携わっている私たちは、あの戦争を経験して、たくさんの愛する誰かを失った哀しい人々の最晩年期に関わっているのだということを強く自覚しなければならないと思う。

戦争で心に深い傷を負った人々を、私たち自身の心無い言葉や態度で傷つけることがないように最大限の配慮をしなければならない。それが介護サービスの割れ窓理論の意味でもある。

対人援助・介護サービスに携わる私たちが、誰かのあかい花になろうとすることは、この国に生まれ育ったすべての人々が、平安の暮らしを送るために必要な最強アイテムでもある。

この国の平和と、人々の心の平安を祈りながら、「LOVE〜明日につなぐ言葉・長崎編」を御覧になっていただきたい。そして私たち一人ひとりが、介護サービスの場で何ができるのかを、改めて考えていただきたい。

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クラスター感染発生施設の実像に触れて思うこと


今日のタイトルを読んだとき、今から更新する記事がコロナウイルスに関する内容だと思っている人が多いと思うが、実は今日の主要テーマはそのことではない。

今日僕がこれから書こうとしていることとは、他者の尊厳を護るとはどういうことなのかということであり、このブログで何度も提唱している、「介護サービスの割れ窓理論」や、「介護事業者のサービスマナー」という立場から、そのことを検証する内容になっている。

具体的には、今回のコロナ禍でクラスター感染が発生施設にも、「割れ窓」があり、それが感染発生や被害拡大への関連性があるのではないかという個人的な見解を書き綴ろうと思っている。

そのため被害が広がった中で、一生懸命に対応に追われた一部の当事者の方には不快な思いを与えかねない内容も含まれてくると思うが、それは個別の事業者や個人への批判ではなく、介護業界全体として今後にわたって考えていかねばならない重い課題を明らかにし、それに対応するための提言であることをご了承願いたい。最初からそれを受け入れる気持ちがない人は、ここまで読んだ時点で、どうぞ読むのをやめていただきたいと思う。

特に介護サービスにマナーなど必要なく、無礼な「タメ口」で利用者対応することを何とも思わず、それがフレンドリーな対応だと思い込んでいる人は、このブログがある場所につないでくることもやめにしていただきたい。

ということで本題。

道内でクラスター感染が発生した老健施設では、5月24日以降新たな感染者がいないことや、基礎疾患を持ち長期入院している入所者以外は全員退院して施設に戻ってきたことから、約1か月設置した現地対策本部を6月22日に解散し、7月3日付でクラスター感染の終息を宣言している。

そのため道内の地方新聞や放送局では、今回のクラスター感染の発生から終息に至るまでの動きを特集して記事にしたり、放映したりしている。

そこでは人手が少なくなる中で最後まで頑張り続けた職員の姿も浮かび上がっていたし、たくさんの方が感染したり死亡したりする中で、利用者の家族からずっと信頼し続けられた施設や職員の姿も感じ取られ、日ごろから良い介護サービスを提供しようと努めてきたのであろう姿勢も垣間見られた。

今日までの一連の報道内容に接して、そうしたことも理解できたという前提の上で、取材対象となった施設や、そこに勤める従業員の方々に対して、あえて対人援助として人の暮らしに寄り添うプロとしての姿勢を問いたい部分がある。

先週土曜日にテレビで特番報道では、当該施設について、「アットホームな対応をしてくれる職員が多く、地域住民の信頼も得られている。」という内容がテレビ画面を通じて伝えられており、その具体例として、「職員が利用者の頬にチューしてくれることもある施設」というナレーションが流されていた。(※メモを取っていなかったので言葉は正確ではないが、意味はその通り。)

僕はこのナレーションを聴いた途端がっかりした。

赤ん坊や幼児ではあるまいし、赤の他人が人生の先輩でもある高齢者の方の頬にキスすることが、「アットホーム」だと考えるテレビ局や家族にもがっかりしたし、そういう行動をとっている施設職員にもがっかりする。

他のどの職業で、顧客の頬にキスすることが許される職業があるというのだろう。介護の職業だけそれが許されるとすれば、それはもう世間の常識とは異なる特殊な職業としか言えない。そもそも世間一般的にみても、大の大人同士が親しみを込めるために他人の頬にキスする習慣なんてこの国にはないはずだ。

介護施設の中でそれが許され、それがアットホームな対応だと思い込むことは、利用者をまともな大人だとは見ていないということに他ならない。馬鹿にしているとしか思えないのだ。

例えば自分の親が介護施設に入所したとして、そこで親が職員から頬にキスされたとして喜ぶだろうか。少なくとも僕は喜ばない。自分の親を子ども扱いするなと言いだろう。たとえ自分の親が認知症になったとしても許すことができる行為ではないと思う。

私たちは介護サービスの場では、介護支援のプロに徹する必要がある。そこではどんなに我々が親身になって関わろうとしたとしても、我々は家族そのものにはなれないし、なってはならないのである。プロの介護支援者として適切な距離感を保ったうえで、利用者に親愛の情を伝えるのがプロの仕事だ。(参照:プロ意識を持つという意味。

過去の虐待事例には、高齢者の体を触ったり、抱きついたり、ここで行為内容を書くのもはばかられるような許されざる性的虐待が存在している。それを考えれば、介護事業においてはいつであっても・誰であっても李下に冠を正さずの精神は求められるのだ。キスをするなんてことを許しておくのは、その労務管理がなっていないとしか言えない。当該老健の施設長や管理職はこの一点で批判を浴びてやむを得ないだろう。

感染予防という観点から云っても、頬にチューはいただけない。これからの介護事業はwith感染症の意識が欠かせないが、そんなこと以前に介護支援という場で、生活習慣にない、不要な濃厚接触は戒めるというのが今までだって常識だ。今回この施設にクラスター感染が発生したことの一因に、こうした行為を許していたことが関係ないとは言えないわけである。

そういう意味でも、利用者の頬にチューしてしか家庭的雰囲気を表現できない施設の発想や介護の質は貧弱この上ないとしか言えない。

そのおかしな意識をなくさないと、本当の意味で地域の信頼を得られるプロ集団にはならないし、こんな報道で、その施設が良い施設だと紹介される介護業界の幼稚さをなくさないと、介護の職業は、本当の意味で国民から信頼を得られる職業にならない。

その特番報道では、最後に入院先から帰ってきた利用者に職員が、「良かったね。また戻ってこれて〜。」・「うれしいかい。」的な声を掛けている場面が放映されていた。その職員の言葉遣いはタメ口そのものであり、上から目線の声かけ」にしか僕には聞こえなかった。思わず、「それが死線をさまよって戻ってきた利用者に対して掛ける言葉か。」と言いたくなった。

このような映像を見てこの施設の実像に触れると、当該施設が万全の感染予防対策を取ったにもかかわらず、やむを得ない状況で感染拡大したということも額面通りに受け取れないくなる。その施設にはプロとしてあるまじき、「言葉の割れ窓」があったのだからに、対応にも割れ窓があって、それが原因でウイルスがフロアを横断・縦断して感染が広がったのではないかと疑う人も出て当然だ。

サービスマナー意識を軽視して、プロとしての顧客対応に徹していない施設は、世間から何でもあるだろうなと思われてしまうのである。その恐ろしさを知るならば、職員に対するサービスマナー教育は、さらに徹底されなければならないことに気が付くであろう。
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言葉を崩した先にたどり着く場所


介護事業経営者や管理職の人の中には、「利用者との距離を置きすぎてはいけない。」という理由で、接客用語や丁寧語を使わないという人がいる。

そういう人たちは、利用者に対するタメ口は許されないとしても、フランクな物言い・口調は許されると主張する。

しかしフランクな口調とタメ口は紙一重である。しかもフランクな口調でタメ口ではないと思い込んでいる物言いの中にも、相手にとってはタメ口でしかない物言いも存在する。

丁寧語を崩してフランクな口調といっても、その口調がフランクなのか、無礼なのかは、その言葉を操る人間が決めるべき問題ではなく、その口調で話しかけられる人がどう感じるのかという問題なのである。

言葉を操る人がフランクであると思い込んでいる言葉に、傷つけられ、心を殺されている方々が、介護業界には星の数ほど存在しているのだ。

そもそも言葉を崩すこと自体が、タメ口への第一歩であることに気が付かねばならない。

さらに言えば、人間とは一定の線引きをきちんとしていない場所では、低きに流れる傾向が強いのである。そのことを対人援助というサービス事業を経営したり、管理したりする地位の人間は十分に理解しなければならない。そうしなければ人権は簡単に蹂躙されてしまうからだ。

例えば、介護施設等でナースコールに対応する際の職員の最初の応答は、「どうなさいましたか。」であり、それ以外の言葉で応答する必要はない。

しかしその口調がフランクではないと思う人が、「どうしたんですか。」と言葉を崩したとする。するとその職場では、日常的に「どうしたんですか。」とコール応答する職員が徐々に増えていく。そしていつの間にか、「どうしたの。」とコール対応する職員が出てくるかもしれない。そしてそこでは、「どしたの?」・「なに?」・「あっ。」とコール対応する職員が出かねないのである。

それはもう言葉の暴力でしかない。そしてこれこそが接客用語・丁寧語を崩す弊害でもある。

こんなふうに言葉を崩すことを許容することは、ガラス窓の小さなひび割れを放置するということであり、その先には、ガラス窓の小さなひび割れが、ガラス事態を粉々に砕け散らせる結果にしかならないということだ。ひび割れを放置している限り、ガラス窓は元に戻らないのである。それが、「介護サービスの割れ窓理論」でもある。

接客用語や丁寧語は、お客様に使うべき言葉であり、介護を職業としている介護のプロフェッショナルが介護サービスの場でそうした言葉遣いを崩さないことは、誰からも非難を受けるようなことには絶対にならない。

一方で、言葉を使う側が、良かれと思って本来使うべき接客用語や丁寧語を崩した結果、顧客に不快な思いをさせたとすれば、それは非難を受けるべき行為となるのである。

そもそも介護サービス利用者に丁寧語で接する理由は、相手がサービス提供者より年上だからではない。介護サービスを利用する人は、顧客であり、顧客に対してサービス提供者が丁寧語で接するのは、世の常識だからである。

丁寧語を崩すことが、フランクな口調だとへ理屈をこねる人間は、その当然の常識も持っていないということだ。そういう人物が経営者を名乗っているのは笑止千万である。

ところでサービスマナー改革をしたいと考える介護事業経営者にとっては、その思いに現場のリーダーが応えてくれるかということは大きな課題だ。

そのためにサービスマナーがなぜ必要で、どのようなマナーが求められるのかを職場全体で学ぶことは一番求められることだ。そこに現場リーダーは全員参加することが大事なことだ。だからこそ職場単位でサービスマナー研修を行いたいという事業者には、僕はできるだけ協力して、現場リーダーが得心(とくしん)できる話をしている。ある意味それは僕にしかできない話であるとも言われている。

そうした職場内研修としては、全体の職員を一堂に集めて研修をすることもあるし、管理職・リーダー職員と、一般職員を分けて研修することもある。その職場の状況を聴きながらベストな方法を選ぶようにしている。

研修が職場単位となると、小規模事業所では受講者が少なくなることがある。特に管理職・リーダーのみを対象にした研修会は、受講人数が10名に満たない場合もある。それを気にかけて、僕に講師依頼することをためらったり、恐縮に思う人がいたりするが、そんな必要はない。

受講人数や研修規模は、僕にとってほとんど関係のない問題であり、僕を講師として求めてくれる熱意のある人がいる場所であれば、全国どこでも駆け付けるつもりだ。

その点でもどうか敷居を高く感じないで、まずは気軽に相談願いたい。

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動画が簡単にネット配信される時代の介護事業危機管理


介護保険サービスを利用している人の家族が、自分の身内がサービス利用している際に、職員からどのような対応を受けているのかを知りたいと思うことはごく当然のことである。

しかしそのことを知ろうとしても、その術(すべ)を持たない人が多かった。例えば身内と職員の対応場面を隠し撮りして確かめたいと思っても、そんな技術も知識もない人が多かったのがつい最近までの状況と言えたであろう。

しかしこれだけスマホやタブレットが普及して、動画が簡単に撮影できるようになった今日、様々な場面を撮影するという行為自体、簡単にできるようになっている。しかも様々な場面や自分以外の被写体を撮影するという心理的バリアもかなり低くなっている。

ホームセンターでは興信調査用の隠し撮りカメラが簡単に購入できるが、そのような特別な機器を購入しなくとも、日常的に所持している機器を使って簡単に隠し撮り動画が撮影できる時代になっているのである。

そのために介護施設に入所している認知症の人の家族が、自分の親が介護職員と1対1の場面で、どのような対応がされているのかを確かめようとして、居室に小型デジカメやスマホを隠してセットし、隠し撮りを行うことなど、そんなに難しいことではなくなっているのである。

家族が隠し撮りをしなくとも、介護職員の不適切対応が撮影される場面も増えている。

例えばつい最近も宮崎市の有料老人ホームで、夜勤中の20代の男性介護職員が90代の女性入所者に対し馬乗りになり暴言を吐くなどの虐待行為を、同じく夜勤をしていた同僚がスマホで撮影し、翌日にツイッターにその画像を挙げたことで問題が発覚している。家族が隠し撮りしなくとも、異変に気が付いた誰かがその行為を撮影し、簡単にネット配信できる時代なのである。

このことは介護の闇が、闇のまま終わらずに、白日の下にさらされるという意味では悪いことではない。虐待や不適切対応があるとすれば、そのことは白日の下にさらされ、世間の糾弾を受けて、行為に及んだ当事者は裁かれなければならないからだ。

しかし介護事業経営者は、このことにもっと危機感を持たねばならない。職員の利用者に対するタメ口をはじめとしたマナーの悪さ・マナーの無さに危機感を抱いていない経営者や管理職は、そのことによって事業経営が危うくなる危険性を認識しているのだろうか。

タメ口はしばしば荒い言葉遣いと見まごう場面をつくり出す。顧客に対する言葉遣いに配慮のない会話は、第3者から見れば異様に映ることも多い。なかには若い職員が高齢者を罵倒していると感じる場面もみられる。そのような場面が切り取られてネット上に動画配信されたときに、「あれは親しみやすい言葉として使っているだけで、関係性ができているから問題ない」という言い訳が世間に通用すると思っているのだろうか。

先日、道内千歳市の老健施設で心を殺されたNさんのケースを紹介したが(参照:マナー意識のない対人援助は誰かの心を殺すかもしれない)、排泄介助を頼んでいる利用者に向かって、お金を払わないと介助できないような言葉をかけている動画がネット配信されたとき、あれはジョークだという言い訳で世間が許してくれるだろうか。そもそもこのケースは、不適切な言葉をかけられた利用者自身が被害感情を訴えているのだから、その場面が切り取られてネット配信された場合には、当該施設に対して世間の糾弾の声が寄せられ、事業経営の危機にさえつながりかねない。

だからこそタメ口が親しみやすい言葉だという誤解を失くし、関係性ができておれば利用者に対して言葉遣いを丁寧にする必要ないなどという素人考えを捨て去らねばならない。「介護サービスの割れ窓理論」は、介護事業を続けていくためにも必要不可欠なセーフティネットなのである。

つまり介護事業経営者や管理職は、「隠し撮りされないように」注意をするのではないのである。そんなことに注意しても技術進歩は日進月歩であり、一般の人であっても隠し撮りしようと思えば、様々な技術や知識が普通に備わってくる世の中になってきているので、それを防ぐことは不可能なのである。

そうであるからこそ、すべての従業員がいつ隠し撮りされても良いように、人から後ろ指さされるような行為を決して取らないように自覚できる職員教育を徹底すべきである。(参照:心の中に自らを写すカメラを持っていよう

サービスマナー教育は、そのために必要不可欠な基礎教育である。日常の教育プログラムにサービスマナー教育を取り入れていない事業者の経営者や管理職は、近い将来マスメディアの前で、「お詫び」の記者会見を開くことになるかもしれない。そして介護事業から退場しなければならないかもしれない。

そんな自分の姿を一度想像してほしい。そしてそうならないように何をすべきかを、当事者意識を持って考えてほしい。

この記事を読んだ経営者や管理職の方々には、今一度自分の事業職員の対応場面は問題ないかと、今日一日事業者内を歩いて回って、一つ一つの場面を切り取って映像化してみてほしい。その場面が世間に誤解を与えるような映像にならないかと考えてみてほしい。

場合によっては実際に動画を撮影し、職員と一緒にその動画を観て、それが問題ない姿となっているかを確認してはいかがだろうか。

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自分だけは変えられるから、未来は変わる可能性がある。


全国各地の介護事業者の経営者や管理者が、自らの事業者の従業員の顧客マナーの悪さに問題意識を持ってくれるようになりつつある。

そのため従業員の意識改革をしたいとして、「介護事業におけるサービスマナー研修」の依頼が増えている。経営者や管理職の方々が、マナーの欠如が事業運営危機につながるという意識を持って職員に対するマナー教育の必要性を感じてくれることは、職場全体の意識改革にとっては重要な要素になる。

そうした意識が事業経営者や管理職に全く存在しない介護事業者は、多様なニーズを持つ団塊の世代が顧客の中心層になってきて、スマホやタブレットを使いこなしながら、ホスピタリティ意識の高い職員のいる介護サービス事業者を選択していくという時代に、淘汰され倒産する事業者の予備軍んとなっていく運命しかない。

また動画が簡単に撮影できる時代において、密室の中で従業員の顧客対応が隠し撮りされて、ユーチューブやSNSで簡単に拡散されるケースは確実に増えるため、顧客マナーに欠ける従業員の態度を放置しておく事業者は、見る人聴く人によっては罵声と受け取られかねない利用者に対する「タメ口対応」が対応がネットで拡散され、多額な損害賠償責任と刑事責任を負うリスクも背負っているということを忘れてはならない。

そうした意味でも職員に対するサービスマナー教育は必要不可欠なものとなっている。

仕事をする上でのサービスマナーに関連して話ができる講師はたくさんいる。そうしたマナー講師の中には大企業の従業員を指導する実績と名声のある講師もおられる。

ただしそうした有名講師であっても、介護の仕事をしたことがなく、介護事業者の実態をわかっていない人も多い。そして介護事業者がそうした介護事業に携わったことがない有名講師を招いて、職業人として求められるマナーを職員に学ばせたとしても、介護事業におけるサービスマナーに限って言えば、改善効果はほとんど見られないというのが現状だ。なぜなら保健・医療・福祉・介護業界のマナーレベルの低さという実態を、それらの有名な講師は理解していないからだ。

他の産業では、「お客様にタメ口で話しかけてはいけません。」という指導はあり得ない。それは常識中の常識だからである。介護業界では、そのレベルからマナー教育を始めなければならないのである。

電話の応接や挨拶の仕方、外来者への対応の前に、介護サービスを利用する方々を、顧客と認識しなければならないという話から介護事業のマナー教育は始めなければならないのだ。そのうえで顧客対応にふさわしい態度と言葉遣いで接するといったマナー教育を展開せねばならない。この辺りは介護業界以外のマナー研修をしてきた講師には理解できないところだ。

それはある意味、介護業界のマナー意識レベルの低さの実態であり、そこまでの実態を知らない講師には改善実績がない場所から実践論を語らねばならないわけで、そんなものは本物の実践論にはなり得ないのである。

そもそもサービスマナーについては、いくら理想論を語っても何にもならない。良い話を聴いたけど実践できないで終わっては意味がないのだ。それは何も変わらないことを意味し、研修を受講することは単なる時間の無駄にしかならない。

その点、僕は自分自身の実践の中で、「介護サービスの割れ窓理論」を生み出し、僕が総合施設長として経営していた社会福祉法人で、職員にそのことを実践させてきたという事実と根拠に基づいて、やろうと覚悟すればできる、「実践論」を話すことができる。やろうと覚悟しなければならない根拠も示すことができる。

そして僕は知っている。介護事業の中で、マナーのかけらもない方法で利用者に接する上司や同僚や部下の姿を見て、心を痛めたり、心の中で舌打ちしている人が、考えられている以上に数多く存在していることを・・・。その人たちの思いが前面に出る方法と伝えればよいのだ。その人たちが今ここからできる方法を伝えればよいのだ。

そのために受講者の方々にお願いすることがある。それは、「言葉遣いを変える」・「利用者との必ず丁寧語で会話する」ということは、そうしようと思えば今からすぐにできることであり、誰でも実践できることであるということだ。

他人がその必要性に気づかずに実践しようとしなくても、自分だけは変わることができるし、自分一人でも実践することができるということだ。

自分だけであってもそのことを実践しやり続けることによって、時間はかかっても、確実に未来は変えられるのだ。そのことを信じてます自分自身が丁寧な言葉を使いこなして会話する、「実践者」になってもらいたい。

汚い言葉遣いが飛び交っている介護事業者の中にも、きっとその言葉遣いに疑問を持っている人はいる。そんなひどい言葉遣いにストレスを感じている人がいるはずだ。そういう人たちは、あなた一人が変わって、丁寧な言葉でマナーを持って利用者に接している姿を見ることによって、何かを感じてくれるはずだ。そしてその姿をまねてくれる仲間がきっとできるはずだ。

そうした仲間を時間をかけて増やしていく先に、マナー意識が高まり、節度ある態度で利用者に対応できる職場生まれる。それがいかに気持ちよく働くことができる職場であるかということを想像してほしい。

そしてそうした職場には、介護事業におけるマナー意識の欠如に疑問を持っている人が、職員募集に応募してくれるようになるのだ。そういう人たちは、貴重な人材であり、貴重な戦力になる人たちなのである。

僕は社会福祉法人のトップに立って、職員全員にその考え方を浸透させたが、その前には長い期間の努力と、仲間づくりの期間があったのである。丁寧な言葉でしか利用者と会話しないという習慣を、たった一人から始めて、ずっとそのことを続けてきたという実践の先にそれは実現したのである。

今日やろうと決めて、明日何かが変わるとすれば、それは自分自身が変わることしかない。しかしたった一人の小さな覚悟によって、1年先・3年先・5年先の未来は確実にステップを踏むように変わっていくのである。

そのことを信じられる人にしか、信じる明日は来ない。
【※10月に大阪でどなたも参加できるサービスマナー研修を2ケ所で行います。
一般職員向けサービスマナー研修としては、10月28日(月)16:30〜18:30・「社会福祉法人あさか会主催・人権講演会 」を行います。こちらは参加料も無料となっています。
管理職・リーダー向けサービスマナー研修としては、10月29日(火)14:30〜16:30・クレオ大阪中央・研修室2にて「大阪介護福祉事業者協同組合主催・管理者、中間管理職向け接遇セミナー」を行います。こちらは参加料が4.000円となっております。
どちらも定員に達するまで申込受付しておりますので、文字に張り付いたリンク先から詳細を確認し、ご応募いただきますようにお願い申し上げます。】

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マナー意識のない対人援助は誰かの心を殺すかもしれない


僕が依頼を受けるサービスマナー研修は、依頼者の希望に応じて60分、90分、120分、150分、180分、240分などと様々な時間設定でお話ししている。

できれば120分は欲しいところだが、様々な事情があるので時間を短縮しても大事な点はきちんと伝えられるように工夫している。そのため単純に120分の講演の一部を削って90分にするとか、120分の内容をそのままにして上乗せして240分にするとかではなく、講演受講者のカテゴリーを含めて、様々な状態に合わせて内容を決定している。

だから120分のサービスマナー講演とはいっても、当然のことながら管理職やリーダー向けと、一般職員向けの内容は異なることになる。前者には指導の要点を盛り込むし、後者には組織の一員としての責任という内容を盛り込むことになる。よって講演スライドは1講演1スライドが基本となり、何度も同じスライドを使いまわすことにはならないので、事前準備にはかなり時間をかけることになる。

それだけこのテーマの研修は大事だし、一度でも受講したすべての方々にサービスマナーの重要性を知っていただきたいという思いがある。

僕は自分がトップとして経営していた特養では、「介護サービスの割れ窓理論」をキーワードにして、早くから職員のサービスマナー教育に力を入れ、その成果を挙げていたため、ある意味その状態を当然と感じていたが、その施設を退職した後、「介護施設ってこんなひどい状態のところもあるんだ」という経験をした。

僕が特養の総合施設長を辞めて独立するまでの間、1年間だけ医療系サービスの実態を知ろうとして勤めた老健では、壁に「利用者には丁寧な言葉で対応しましょう」みたいな標語が張られていたが、それは建前のレベルで終わっていた。

老健という特徴からか、看護・介護職を含めて、「看護師長」という立場の者が仕切っており、強い権力を持っていたが、現場リーダーともいえるその看護師長は自らが、「カンフォータブルケア」の実践者で、利用者対応には自信があるかのような発言を繰り返していた。しかしチームとしてそのことを実践しているわけではないので、「ひとりカンフォータブルケア」と揶揄してよい状態で、看護・介護職の言葉の乱れは相当ひどい状態であった。

その中で被保護者であり、日常の小遣いにも事欠くNさんという女性が、トイレでコールを鳴らして介護職員を呼び、便器から車椅子へ移乗介助を受けようとしたときに、介護職員から「高いよ」と言われて心を殺された。

当該職員はジョークのつもりだったかもしれないが、お金のないことが心の負担になっていた人に対し、言ってよいことと言ってはならないことの区別さえつかなくなるのが、マナー意識のかけらもない現場で起こることだ。そのことも悪例として、「サービスマナー講演」で紹介することもある。
クリアコート千歳の虐待事件
こんなことが対人援助の場で起こってはならないが、今もその老健では汚い言葉が飛び交い、ジョークにならない言葉で利用者を傷つけながら、職員はそのことに気が付かない(あるいは気が付いていないふりをしてた)状態のままでいるのだろう。そうであっても特定加算という費用を算定し、高い給料を受け取ることになるのかもしれない。それは対人援助のプロとしてとても恥ずかしいことだと思う。

トイレ介助が必要な人に対して、「排泄の手伝いは高いよ」と言ってはならないという教育が必要な介護施設など下の下だ。そんなことは当たり前であるという感覚を身に着けていない場所では何でもありになる恐れさえある。それは人としての感性が疑われる状態と言っても過言ではない。

世間一般の常識感覚を麻痺させた輩が、自分たちの創り出す密室で行うことほど恐ろしいことはない。

しかしその感覚を麻痺させるものは常識の無さに他ならない。サービスマナー意識のない状態から、世間知らずの若者が日常的に人生の先輩である高齢者に、「タメ口」で接するという非常識から、問題は発生するのである。

そうしないためにもサービスマナー研修は必要不可欠だ。

僕はそのことの実践者であり、伝道者でもある。全国どこでも駆けつけ、サービスマナーとは何か、どのようにそれを身に着けるのか、マナーのある接し方を続ける先にどのような職場環境ができるか等について、具体的に伝えることができるので、このテーマでの講演を希望する方は、ぜひ一度メール等で打診していただきたい。

一度連絡してみても条件等が合わずに、結果的に依頼しないということも有りなので、お気軽に声をかけていただきたい。
(※ちなみに10月30日(水)の午前、大阪でぽっかりと予定が空いている。大阪市内の事業者が、その時間帯にマナー研修他、僕の講演を希望するなら、滞在費や交通費が掛からずにお受けすることもできるので、希望される方はメール等で連絡ください。)

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ガンバレ海斗


介護業界に必要とされる人間になるためには、ある程度の経験と実績が必要なのかもしれない。しかし最初からこの業界に求められて生まれてきたのではないかと思う人材が確かに存在することも事実だ。

経験の浅い若い人の中には、なぜその年でそのようなことを考えられるのだろうと才能あふれた人がいたりする。僕よりずっと若い人たちが、僕がその年齢では到底できなかったことを、いとも簡単に行っている。そうした若い人材に学ぶことも多くなった。僕たちのバトンは、確実に彼らが繋いでいってくれるのだろう。

そういう若い人たちを応援したいと思う。そういう若い人たちが、もっともっと活躍できる介護業界にしていきたいと思う。

例えば奈良で活躍している若者で、若干21歳の介護事業経営者・片山海斗(かたやま かいと)という青年がいる。彼のプロフィール読むと、高校2年生の時に足を踏み入れた介護業界で、お客様が職員から虐待を受けているのを目撃し、その被害者が死亡した後、亡骸を収めた棺桶の前で「介護業界から虐待をなくす」と誓ったという。

その後彼は、虐待のない介護を実現するための答えを求めて、18歳で介護保険外サービス・職場改善コンサルタント・介護に関する講師として起業し、19歳で合同会社NARBREを設立。20歳で個人事業主としてデザイン事業BoomStyleを立ち上げ現在に至っている。

その彼が先週24日に、「尊厳という言葉が独り歩きしている。」というブログ記事を更新している。

その中で彼は、「どれだけ忙しくても相手に対して敬意を払うことはできる。」と主張し、その方法とは、「敬語で接する事」であるとして、僕の「介護サービスの割れ窓理論」を紹介してくれている。(※菊池→菊地が正解だが、この間違いは彼の人柄に免じて目をつぶっておこう。)

そのブログに書いてあるように、彼自身も初めて介護事業者で働いた時期は、「ため口で話す一人だった。」と告白している。そしてその理由は、「私よりもずっと前に働いている人がため口でお客様に対して接していたから、ため口で話す事が当たり前だと思ったからである。」とも述べている。

その通りだと思う。高校2年生という社会常識も身についているかどうかわからない時期に、高齢者を介護する場に飛び込んだのだから、そこで先輩職員が行っていることが、良いものも悪いものも、すべて手本になってしまうのが当然だ。そんな中で「マナー教育」が行われていないのだから、「タメ口」で人生の先輩に接することがいかに失礼で、そのことによって傷つけられる高齢者が、全国にたくさん存在するなんてことが理解できるわけもない。

いま全国各地でマナーのない利用者対応がされている理由とは、マナーを教えられない・マナーのない先輩職員が新人教育に携わっているからに他ならない。それによって傷つけられるのは、現在の高齢者だけではなく、将来の自分自身であり、自分が愛する子や孫であることにさえ気が付いていない。

しかし「タメ口」を直そうとしない輩の中には、尊厳などという意識も全くない中で、人まねでタメ口を使っているのに過ぎないにもかかわらず、その口調が顧客である利用者にとってフレンドリーな関係作りに役立つなどと、お馬鹿な屁理屈を口にする輩がいたりする。こうなるともう、その輩のおつむのレベルが中学生以下としか言いようがなく、その人格レベルの低さは救いようがないと言うしかない。

そてに比べてわずか16歳とか17歳という若さで、そのおかしさに気が付いた海斗は偉いと思うし、それだけで終わらず、そのことを変えるための具体的な行動を起こし、その行動がもはや一個人レベルの行動では終わらず、立派なソーシャルアクションに結び付けているところはすごいと思う。尊敬できる若者だ。

海斗のような若者が介護業界を変えようとしている。僕たちベテランは、その時彼らかと疎まれて、消えて無くならないとしょうもないと思われてしまう存在になるのではなく、彼らがもっと広く・強く活躍できる場をつくるための手助けをしなければならないと思う。

彼らが歩むスピードをもっともっと上げるために、僕たちの世代がしっかり地ならしをする必要があると思う。

彼らが介護業界でイノベーションを実現するために、しなければならないことはまだたくさん残されている。

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masaのラーメン道・新千歳空港ラーメン道場編


先月30日に沖縄から北海道に戻ってから18日間、道内に籠って秋に出版を予定している新刊の構想を練ったり、連載原稿の執筆をしたり、新たな講演スライドづくりに時間を費やしていた。

おかげさまで予定していた仕事は滞りなく進めることができて、締め切りが今週に設定されていた連載2本と、スライド1本を今朝までにメールで送ったところだ。

今日からはいよいよ道外講演の再開となる。という訳で新年度最初の講演は、四国の愛媛県松山市と高知県高知市での講演である。

今日は四国では唯一・北海道からの直行便のある松山空港に飛んで、夕方から松山市のとある法人さんの職員研修で講演を行なう予定となっているため、この後14:25発の便に乗り、松山着は16:45の予定だ。そして講演は17:40〜開始予定なので、到着から講演開始までにあまり時間がない。到着時間が遅れないように祈るのみである。しかし今日の北海道は天気も良いし、現地の松山も晴とのこと。新千歳空港も混雑していないので、予定通りのフライトが期待できそうである。

今日の講演を終えた後、明日も同じ法人で講演を行なう予定があり、その後オフ会も予定されているので松山には今日から2泊する予定だ。そして金曜日は移動日としており高速バスで2時間半かけて高知市まで移動する。その翌日となる土曜日は高知市内の介護福祉士養成校で、福の種合同会社の社員の皆様と平成福祉専門学校の学生さんの合同研修で講演を行ない、翌21日(日)9:00〜12:00まで高知市安心センターで行う「高知市・福の種合同会社共催・介護保険セミナー」で、「医療福祉における問題点と今後の介護保険制度の方向性について(特定処遇改善加算の算定・支給構造も解説します)」・「割れ窓理論を踏まえた介護サービス事業所のサービスマナーについて」という二つのテーマの講演を行なう予定だ。

なお21日(日)の講演はどなたでも無料で参加できるオープン講演会なので、お近くの方は今からでも、文字リンク先から事前申し込みを行ったうえで、是非会場までお越しいただきたい。

今この記事は新千歳空港のラウンジで更新中だ。今日は早めに空港に着く旅程を組んで、搭乗までの時間を利用して空港内でPC作業を行っているという訳である。その作業も順調に進んでいるので、こうしてブログ記事をいつもの時間に更新している。

そんなわけで先ほど空港内で昼ご飯を食べ終わったところである。新千歳空港の食事のお店は、国内の他の空港と比較しても、非常に充実していると思える。そんな中で今日のランチは、空港内の「ラーメン道場」で摂ったところだ。空港のラーメン店は、正直値段が高くて味もはずれのお店が多いが、今年に入って新たに出店した、「飛燕」のラーメンが食べたくなったからである。

飛燕・焙煎塩ラーメン
飛燕の売りは、「我流・札幌焙煎塩ラーメン」である。これは先日初めて入店した際に食べたラーメン画像。その塩もうまかったが、やはり僕は味噌が良いと思い、2度目に来店したときに下記画像の味噌ラーメンを食べてみた。

飛燕・味噌ラーメン
これも濃厚で大変おいしかった。空港内のラーメン店の味噌ラーメンでは今現在はこれが一番ではないかと思っている。ちなみに僕は空港内のラーメンは、全店のすべての味を食べているが、一番行列が長くできている「一幻」の「海老味噌ラーメン」より、こちらの味噌ラーメンの方が断然うまい。というか一幻のラーメンをうまいと思う人の感覚が理解できない。あのお店で食べてよいと思えるのは、「海老おにぎり」だけである。またラーメンの中で少々ましなのは、「海老塩ラーメン」だ。味噌は落第ラーメンといえよう。

おっと話がそれた。ところで今日は味噌ラーメンが目当てでもない。これだけ味噌ラーメンが旨いのだから、「辛みそ」もきっとうまいだろうと期待して、それを食べに来たわけである。我流辛みそラーメンは1,000円という空港価格だが、これに300円をプラスすれば、デフォルトに加えて半熟塩ゆで卵1個とチャーシュー4枚、海苔3枚が追加された特製ラーメンとなる。

特製辛みそラーメン
ということで特製辛みそラーメン・1,300円。張り切って奮発して食ってはみたが、味はというと・・・普通の味噌にしておけばよかった。この辛さは味噌のうまみを消している。合わないと思う。次からはデフォルト味噌ラーメンにしようと思った。やや残念。まあこんなこともある。

気を取り直してラウンジでコーヒーを飲みながら、まったりと講演準備だ。それでは松山と高知でお会いする皆さん、会場でお愛しましょう。是非声をかけてください。よろしくお願いします。

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上司の寛容心が改革を頓挫させる


介護事業者に勤務する従業員が、対人援助のプロとして、いつでもどこでもマナーをもって接することができるように訓練する必要があるという意味は、すでに職業倫理を超えて、事業戦略としても必要になってきていると言ってよい。

なぜなら高齢者介護サービスの利用者の中心層も、今後は「団塊の世代」の方々に移行していくからだ。それらの方々は日本の高度成長期を支えた企業戦士やその妻であり、そしてそれらの方々を商売の相手としていた人々なのだ。顧客サービスとは何かということが身に染みているそれらの世代の方々は、顧客に対して、目上の人に対して、「タメ口」で接することを許すような寛容心を持っていない。

そうであるからこそ介護サービスという目に見えないサービスを売りものとしている、介護サービス事業者の職員が、その顧客である利用者に、マナーのない態度で接することを許してくれないから、そういう事業者は選ばれないことになる。

そんな中で日本の社会情勢と経済状況も変化してくる。一人の高齢者に掛けられる社会保障費は半減されると言っても、介護給付費自体は2018年と比較すると2028年には、10兆円から20兆円に増えるわけである。介護給付費だけで10年間で10兆円増えるとすれば、その周辺費用を含めると、そこには100兆円を超えるお金が転がっているということになる。景気の減退に入った感がある我が国で、来年にはオリンピックも終わり、さらなる景気減退が予測される。そんな中で介護市場に回されるお金は魅力的である。

だから民間営利企業で、現在介護サービスに参入していない企業の中で、新たに介護事業に参入する企業は必然的に増えることになる。このことは必然の結果で、外れる可能性のない予測と言える。しかし一人の高齢者に配分される介護給付費は、現在より低額化が図られていくのだから、収益を上げるためには顧客数を一人でも多く確保せねばならない。

その時、顧客としても最大数の塊となる団塊の世代の方に選択されるサービスとは、顧客を顧客とみて、きちんとサービスマネーを持った対応ができる事業者であり、マナーの上に「ホスピタリティ」の精神を持った従業員を数多く雇用できる事業者が、事業経営上の勝ち組になっていくのは目に見えている。

だからこれからの介護サービス事業経営の命運を握るものが、職員のサービスマナー意識であり、コミュニケーション技術は特に重要となってくるものであり、日常的にごく自然に利用者に対して、丁寧語を使いこなして会話できる従業員教育は非常に重要になる。すべての従業員が8大接客用語を使いこなせるように教育しなければ、介護事業経営はままならなくなる。

しかし組織風土は、あっという間に悪化するが、よくなっていくのには時間がかかる。時間をかけてサービスマナーを浸透させるためには、経営者や管理者には例外を認めないという覚悟が求められる。例外を認めた職場で良い方向に改善できた職場は存在しない。

例外なく言葉遣いを正すことができない職員を排除していった職場では、汚い言葉遣いにストレスを感じていた職員が輝きだし、今では20歳代の職員も、「利用者にとの会話を丁寧語で行うなんて当たり前で、それ以外は考えられない」と普通に言っている。

そういう職場にせねばならない。なぜならサービスマネーを浸透させるということには、もう一つの重要な意味があるからだ。

横柄な態度、無礼な言葉遣いは、しばしば人権侵害につながる問題を引き起こしている。「そんなつもりはなかった」という言い訳は、人の心を傷つけ、人の心を殺してしまったあとでは、なんの言い訳にも免罪符にもならない。そういうことがないように、相手から誤解されない対応の基盤となるのが、「サービスマナー」であり「介護サービスの割れ窓理論」で示している、言葉遣いに注意することの意味なのだ。

団塊の世代の人々は、介護サービスの従業員が顧客に対し「タメ口」で接することを許すような寛容心を持っていないと書いたが、そうであるがゆえに、自分が心身の障害を持った時、心身の状態が低下したときに、誰かの手助けを必要としなければならなくなったことで、年下の従業員から、「タメ口」で話しかけられることに、誰よりもショックを受け、誰よりもそのことに哀しむのだということを知るべきである。

人の哀しみに思いを寄せられない人は、対人援助を生業(なりわい)としてはならないのである。

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利用者への不適切対応を放置する経営への対抗手段


最初にお断りを記しておく。現在ライブドアブログのトラブルで、アクセスカウンターが動いていないので、カウントゼロ表示を気にしないでもらいたい。(※追記:16時頃カウンターが動き出したが、そこからのカウントなので、この日のアクセス数は極端に少なく表示されてる。

さて本題。僕の講演を受講してくれる方の中には、僕が誰かということも知らずに、たまたま職場命令や友人・知人に誘われたからという理由で受講される方もいる。

そんな方が僕の講演を聴いて、共感することが多かったとか、今まで疑問に感じていたことの答えが見つかったとして感想やお礼の連絡をくれることがある。その中には僕を講師として自らの地域に招きたいという打診の連絡も含まれていることがある。それはとてもありがたいことである。そのおかげで僕の講演機会は毎年のように増えているし、人間関係も広がっている。それが何よりの財産である。

その一人が高知市の福の種合同会社の木村 徹社長である。

木村社長は僕のことはまったく知らなかったとのことであるが、昨年11月に愛媛県松山市で行われた、「えひめ医療福祉従事者連絡会つどい」さん主催のセミナーをたまたま受講しており、その時の講演内容に共感し、その話を高知市でもしてほしいということで、その日のオフ会の席で講師依頼を受けた。その後の調整で高知市でのセミナーが今月実現する。

4月21日(日)に高知市安心センターで行う講演については、高知市介護保険課、福の種合同会社(アルコデイトレセンター)の共催であり、かつ高知市居宅介護支援事業所連絡協議会・高知県介護支援専門員連絡協議会・高知県通所サービス事業所連絡協議会が協賛しており、県内外の関係者の方に広く受講案内をしているオープン講演会である。(参加料は無料。)

テーマについては第一部が、「医療福祉における問題点と今後の介護保険制度の方向性について(特定処遇改善加算の算定・支給構造も解説します)」・第二部は、「割れ窓理論を踏まえた介護サービス事業所のサービスマナーについて」となっている。詳しくはこちらに張り付いたリンク先から案内をダウンロードしたうえで事前申し込みいただきたい。

ところで講演を受講した人から相談を受けることもある。時間があればそうした相談にはなるべく真摯に、丁寧に答えたいと心がけている。

先日もある講演の受講者から相談を受けた。その内容とは次の通りである。
利用者に対する言葉遣いはとても大切で、それが利用者に対するサービスマナーの基本となることが分かったが、自分の勤めている職場は全くそのことに関心がない。そのため従業員の利用者に対する言葉遣いにもマナーも最悪で、利用者に対する「タメ口」が日常的に繰り返され、中には利用者を罵倒する職員もいるが、どうしたらその状況を変えられるでしょうか。

おそらくこうした職場は全国にたくさんあるのだろう。しかし一職員の立場でいくら頑張っても、その状況を劇的に変えるのは難しいと思う。

利用者に対するマナー意識のない職場を改革するには、経営者の覚悟が必要なのだ。マナー教育の過程で、教育効果が表れない職員、指導と注意が念仏化して聞き流す職員は必ず出てくる。その時信賞必罰の原則を貫いて、マナーの身についた人と、身につかない人の待遇を変えるためのキャリアパスの仕組みなり、給与体系なりがないと大きな改革はできないのである。

だから経営者や管理職にそのことの必要性を気づいてもらわねばならない。それ以前にいかに現場レベルの利用者対応が劣悪な状態なのかを知らしめないとならないと思う。

改善の必要性があると感じている職員と、経営者や管理職の実態把握の内容に温度差があると、経営者が改革に取り組みは遅々として進まなくなるからだ。「そんなこと言うけど、利用者から苦情があるわけではないし、君以外からそんな話は聞かないよ」と言って放置されることになっては何も変わらないのである。

しかし過去に虐待が発覚して、経営危機に陥った事業者はほぼすべて、虐待行為という事件が発覚するまで不適切対応が放置されていたという事実があり、利用者からの苦情や多数の職員からの通報がある状態になった時にはもう遅いともいえるのだ。

だからこの問題は不適切な対応がエスカレートする前に、できるだけ速やかに利用者へ対するマナーのある対応の重要性を教育して変えていかねばならないのだ。それが介護事業経営上の危機管理と言えるのだ。介護事業経営者や管理職はこのことを強く自覚すべきである。

よって経営者や管理職に、サービスの場で横行している不適切な言動の実態を正確に知ってもらう必要がある。そのためには職員が利用者に対して横柄な態度で接したり、罵声に近い不適切な言葉をかけている場面をスマートホンなどで動画撮影して、その状況を画像と共に報告すべきだ。勿論この場合は、「隠し撮り」と言われる状態になるが、それは仕方のないことだと思う。

場合によっては不適切な対応を取っている職員の姿を、その職員自身に見てもらって、「このような姿で良いと思う?」と問いかけることも必要になるが、それは動画を撮影した職員が行うべきではない。そうしてしまえば人間関係は最悪になるからだ。

こうした役割は通報を受けた経営者もしくは管理者の役割で、誰が撮影した動画かということを秘して、職員に注意・指導を行う際に、画像を示す必要があるだろう。

現場レベルで志を同じくする仲間を増やして、コツコツと改善に努める努力も必要であるが、それでは時間がかかりすぎるし、永遠に共鳴しない職員の不適切行為は亡くならない。サービスマナーの確立は、職場全体で取り組んで初めて実効性が挙がるので、経営者が覚悟を決めて、管理職が改革の責任を負い、現場リーダーが中心になって指導と注意を繰り返すことが必要なのである。

近道はないのである。地道に毎日、意識向上の取り組みを続け、あきらめないで良い方法を取り続ける職員を増やしながら、できない職員は待遇差をつけ、場合にっては介護の現場から外すということも必要だ。

人手が足りないからそんなことができないと躊躇している職場は、一生そういう状態から抜け出せず、そのような不適切な言動にストレスを感じる「人財」が流出し、やがて不適切対応に感覚麻痺した職員によって、重大な事故・事件が引き起こされて、経営危機に陥るだろう。

逆に覚悟を決めて改革に努め、サービスマナーを確立した職場には、そうした対応に共感する優れた人材が集まり、やがてそれらの人が「人財」に成長していくだろう。当然そうした職場では、利用者に対するホスピタリティ精神が自然発生するから、利用者に選ばれる事業者として、経営も安定していくだろう。

どちらになるのかは、事業経営者の覚悟にかかっていると言えるだろう。

そしてもう一つだけ言っておきたいことがある。志がある職員が、上司や同僚や部下の不適切な対応を、「隠し撮る」のには、それ相応の覚悟がいるのだから、そうした覚悟を持って撮影した画像を無視して、なんの対策も行わないとしたら、その画像は様々な形で世に出てしまう危険性が高いということだ。

そうなれば不適切対応を行っていたことに加え、それを放置した、あるいは隠そうとしたという罪を重ねたという世間からの批判は免れない。それは事業経営を不可能にすることに直結する問題なのだ。

放置してきた不適切対応の映像は、いつ爆弾となって爆発するかわからないのである。

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4年半ぶりの高知講演は制度の行方とサービスマナー


昨年11月に愛媛県・松山市で行った講演会場に、高知県から参加・受講しておられる方がいた。

その方とは、オフ会でもご一緒させていただいた。その席で、「今日の話を聴いて、とても感銘を受けたので是非高知でも同じ話をしてほしい。」と依頼され、その場で新年度のスタートである4月に、高知県での講演が決定した。

ということで今回、僕を高知県に呼んでくださったのは、福の種合同会社の木村 徹社長である。(参照:いま注目の社長

今回は20日(土)と21日(日)に高知市の2か所で講演を行なうが、このうち初日の講演(平成福祉専門学校)は、福の種合同会社の社員の皆様と、平成福祉専門学校に通う学生向けの講演会である。基本的にこちらはクローズの研修会となっている。

しかし21日(日)に高知市安心センターで行う講演については、高知市介護保険課、福の種合同会社(アルコデイトレセンター)の共催であり、かつ高知市居宅介護支援事業所連絡協議会・高知県介護支援専門員連絡協議会・高知県通所サービス事業所連絡協議会が協賛しており、県内外の関係者の方に広く受講案内をしているオープン講演会である。(参加料は無料。)

内容は、 第一部 が「医療福祉における問題点と今後の介護保険制度の方向性について」、 第二部 が「割れ窓理論を踏まえた介護サービス事業所のサービスマナーについて」となっており、それぞれ85分間の講演を予定している。制度の動向とサービスマナーを一度に両方学ぶことができる 贅沢な研修会である。

全国にはたくさんの介護関連講師がいるが、この二つの異なるテーマを介護現場の実情に沿って、同時に解説できる講師は、おそらく僕以外にはいないだろう。少なくとも他では聞くことができない内容であることは間違いないし、最新情報の深い考察も各地で評判になっている。

そんな風にオリジナリティが高くて、かつ今後の仕事の参考になる情報満載の講演にするつもりであるし、受講者の皆様の貴重な時間を決して無駄にはさせないつもりである。しかも参加料は無料であるので、お近くの方は是非勤務を調整して会場にお越しいただきたい。
高知講演
このポスター画像は見ずらいだろうから、現物は「高知市・菊地雅洋講演会」をご覧いただき、参加を希望される方は、ここに添付されている申込書で事前申し込みをしていただきたい。

このブログを見て申し込む方は、高知県内の方も県外の方もどちらも上記の申込書を利用していただきたい。(※県外と書いているが、県内の方もこちらで申し込んでください。)

事前申し込みいただいた方は無料で参加できるが、受講定員が200名となっているため、定員に達ししだい募集は終了する。申し込んだのに受講できない場合 は 4/17 以降、個別にご連絡を差し上げる予定になっていることをご了承いただきたい。

講演会場で僕の本を買いたいという希望の方も多いが、今回のオープン講演会場では本の販売が許可されていない。どうしても購入したい方は、初日の講演会場である「平成福祉専門学校」までお越しいただけると、そちらの会場では本の販売も行っている。

高知市内では過去に2度の講演を行なっているが、前回の講演は2014年の9月だったので、実に4年半ぶりとなる。

高知と言えば食べ物もお酒もおいしい。特に高知で食べる「カツオのたたき」は絶品である。塩たたきもうまいが、僕はゆずたっぷりのポン酢で食べる「藁焼きの鰹たたき」が大好きだ。そのほかにもおいしい食べ物と、おいしい地酒がたくさんある高知行きを今から心待ちにしているところだ。

今回は松山市での講演を終えた後、19日(金)に松山市大街道からバスで高知入りする予定だ。帰りは22日の月曜日の予定だから、3泊4日という日程で高知の旅を楽しむことができる。

それにしてもこの記事を書いている最中、高知と打ち込むたびに、「幸地」と変換されて、西宮の奴の姿がちらついて腹が立つ。幸地クン、いっそ高知市までいらっしゃい。

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看取り介護計画書作成の要点


僕は今新千歳空港の搭乗口に居る。今日から4日間、愛媛県松山市に滞在し、明日・明後日と講演予定が入っている。

今年から新千歳空港〜松山空港間は、ANAの直行便が復活したので便利になった。JALがホームの僕は、ANAの搭乗口はややアウエー感があり、ラウンジも使えないことは不便ではあるが、経由便より断然時間短縮となる直行便を利用しない手はないというものだ。

明日は松山市男女共同参画推進センターコムズで行われる、「えひめ医療福祉従事者連絡会つどい」という任意団体が主催する講演会で、2講演を予定している。テーマは、『医療福祉における問題点と今後の介護保険制度の方向性について』と『割れ窓理論を踏まえた介護サービス事業所のサービスマナーについて』である。

この研修では制度改正・報酬改定の意味を紐解きながら、今後予測される社会情勢の変化とそれに対応する制度の方向性を読んでいく。その中で今後ますます介護事業者に必要とされる「サービスマナー」を学ぶことができるという、盛りだくさんの内容だ。

参加申込者も既に定員いっぱいの150名程に達しているようである。受講者の皆さんの貴重な時間を無駄にしないような話をしてきたい。

その翌日の明後日は、愛媛県総合福祉会館で行われる、『愛媛県老人福祉施設協議会主催・看取り介護研修会』となる。

愛媛県老人福祉施設協議会さんには、ここ数年の間に何度も講師としてご招待いただいており、今年も3回目の講演となるが、今回のテーマは「看取り介護計画の作成方法」というである。

看取り介護の実践論は、今まで全国各地で何度もお話ししているし、その中で「看取り介護計画」に触れる内容にも触れているが、看取り介護計画作成に絞ったテーマは、僕にとっても初めてである。

当日は午前中110分の講義を行った後、午後からは120分のグループワークとなる。そこでは事前に提出いただいたケースを検討して、グループごとに看取り介護計画を策定してもらうことになっている。

僕の講義はその策定演習につながるものであるが、単に看取り介護計画書の作成技術を教えることにとどまらない。

看取り介護計画の法的位置づけや作成ルール、作成の視点などを細かく解説する必要はあるが、そもそも看取り介護には何が求められ、どういうふうに支援者が関わっていくことが求められているのかという根底部分に話が及ばないと、計画は立案できるけど、人の暮らしとしてふさわしい支援方法に結び付かないという本末転倒が生じてしまうことになりかねない。そうであっては困るわけだから、誰かの人生の最終ステージに関わる人々が、常に考えなければならないことは何かということを、十分に理解してもらう必要がある。

そもそも特養で作成する看取り介護計画書については、施設サービス計画書そのものであり、標準様式を使って作成するのが原則であるし、そうであれば指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準第十二条 (施設サービス計画の作成)1〜12までの一連の過程に沿った計画作成になる。

そのルールをしっかり押さえておくことが前提になるが、この場合、サービス担当者会議と担当者に対する照会は同列であり、居宅サービス計画書作成ルールとと異なり、やむを得ない理由がなくともサービス担当者会議を開催せず、担当者に対する照会によって「看取り介護計画書」を作成することは可能であるということも確認・理解してもらわねばならない。

それに加えて、施設サービス計画書の第1表に、「看取り介護」として必ず記入しておきたい要点などについてのお話をすることになる。

例えば看取り介護の場合、余命がほぼ1週間以内と予測される短期間の介護であるという場合があるが、その際の長・短期目標の考え方なども示してくる予定だ。

しかし一番大事なことは看取り介護計画書は、あくまでツールであり、使いこなすものであって、そてに縛られて実際の支援方法が硬直化し、できることよりできないことを数多くするものになってしまっては困るということだ。

看取り介護期間中には、想定外の様々なことが起こり得るが、その際に「計画書に書かれていないから、そこまでする必要はない。」として、できること・しなければならないことをしないということがあってはならないわけである。サービス提供側の都合に沿ったアリバイ作りのために「看取り介護計画書」が存在するわけではないことを徹底的に理解してもらう必要がある。

そういう意味では、看取り介護計画書を使いこなす「看取り介護」がその日の講演のテーマになるのかもしれないと思っている。

ということで今回の3泊4日の愛媛県松山市講演は、盛りだくさんの内容で、皆さんと学びの場に立つことになる。

手前味噌であるが、制度論や実践論を交えたこの3つのテーマの講演を一人でできる講師というのも、全国を見渡してもさほど多くはないのではないかと思う。講演できるテーマは、もっと広いし、具体的なケースも数多く持っているので、講演講師をお探しの方は、「masaの講演予定」を参照いただいて、講演依頼の相談をお気軽にお申し出いただきたい。よろしくお願いします。(※ちなみに1/28:水曜日、東京方面で体が一日空いております。その日投球周辺でしたら講演料のみで、交通費と宿泊費がかからないで講演を行うことだできますので、ご相談ください。早い者勝ちです。)

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人が行うことで生まれる価値


少子高齢化が進行する中で、人口減少社会に突入した我が国では、生産年齢人口の減少がさらに加速して、日本中の全産業で人手不足感が広がっている。

そんな中で人に替わってロボットをはじめとする機械が仕事をする場面が増えている。

某大手中華料理チェーン店では、人気メニューである炒飯の鍋振りは、人に替わって「鍋振りロボット」という機械が行ってご飯を炒めている。火加減の調整や作業の終了もオートマチックである。その時に人間がすることは、鍋にあらかじめ決められた分量のご飯と調味料を入れてスタートボタンを押すだけである。

このような形がさらに進化していくと、いずれ料理自体も人に替わってすべてロボットが行うようになるのかもしれない。

しかしそうであっても人の手をかける必要性はなくなるわけではないだろうし、機械化が進めば進むほど、人がやることで価値が生まれる場面も増えることになるだろう。

機械化が進んだハイテクノロジー社会の差別化とは、機械に替わって人手をかけるということであるのかもしれない。

介護事業でも、人に替わって介護ロボットが仕事をこなす場面が増えるのかもしれない。今の現状を見ると、人に替わって介護を行うことができるロボットは存在しないし、人の行為を助ける介護支援ロボットも、介護現場で実用化するのには様々な問題が多すぎて使えない。唯一見守りロボットだけが実用化されているのが実態だか、ITやICTの急速な技術進化という現実を見ると、介護ロボットもあながち夢の世界ではないように思える。

介護ロボットが現実化したときに、人は介護ロボットに勝ることができるのだろうか。人に替わることができる介護ロボットができたときに、介護という行為の中で、人が行うことにこそ価値があると思われる行為は存在するのだろうか?

料理の場合は、味覚のないロボットに、味覚のある人が勝る場面は容易に想像がつくが、介護という職業を取り上げたときに、力のいる行為と、巧緻性の必要な行為の両方ができて、その行為をつなげることがAIによって可能になった時、そういうロボットに人間が勝ることができるだろうか。

コミュニケーションは人間の方が勝るだろうという意見があるが、汚らしい言葉で、馴れ馴れしく話しかけることが、「フレンドリー」であると思い込む輩によって、人生の大先輩である高齢者の心が傷つけられている現実を見たときに、そうとも言えないと思ってしまう。

むしろ心のないロボットに、AIによって会話ができる機能を組み込んで、常に丁寧語で受け答えができるようにした方が、言葉遣いで傷つけられる人がいなくなるというメリットははるかにあるだろう。

ましてや生活の疲れを仕事に引きずるような人は、その人の機嫌によって介護の質が変わってしまうし、利用者は常にその人の顔色を窺って介護を受けなければならなくなるので、そんな人に介護を受けるくらいなら、感情もなく機嫌に左右されない介護ロボットに介護を受けたいと考える人が多くなるのは当然の帰結だ。介護ロボットを早く作ってほしいと考えるの人が増えることも至極当たり前ともいえる。

そう考えると、人間ができることで、ロボット以上の価値を生み出すためには、その場にいる利用者の表情を見て、言葉を聴いて、感情を読み取りながら、より適切な対応に終始できる感性を磨くことでしかないような気がする。その際に言葉遣いをはじめとしたサービスマナーを身につけているということは付加価値ではなく、絶対条件であることに気が付かねばならない。

本来、介護ロボットとは、介護に従事する人を助けるもので、人が利用するものである。それらと人間が勝ち負けを争うという考えは間違っているが、そのことを考えなければならないほど、現状の介護事業従事者の態度には目に余るものが多すぎる。目を覆いたくなる人や場面があまりにも多すぎるのである。

将来、介護の現場でロボットをはじめとした機会を使いこなし、それらに支配されないためにも、今から、介護事業におけるサービスマナー意識を高め、介護のスタンダードを変えてほしいと切に願っている。

本当の意味の「介護イノベーション」とは、顧客に対するサービスマナーが確立された介護支援が、全国のどの場所でも、どの介護種別でも、くまなく行われることであると考えている。

そのために介護事業におけるサービスマナーの伝道師になりたいと思っている。「介護サービスの割れ窓理論」に基づいた、サービスマナー研修を行いたいと考えている方は、是非ご相談くださればありがたい。連絡はメールでお気軽にお願いしたい。

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愛媛県松山市で制度改正・報酬改定の見込みを見据えながらサービスマナーを同時に学んでみませんか


約1年ぶりとなる3泊4日の島根県講演が昨日で終わった。

昨年は初の島根講演として、松江市と浜田市にお邪魔したが、今年は大田市と益田市の2会場で講演を行うことができた。両会場とも受講者の皆様の反応は良かったと思うが、実際に講演を聴かれた方々の役に立っただろうか。講演会場で抱いた思いを、ぜひ職場に持ち帰って、今後の仕事に生かしてもらいたいと思う。

今回は大田市の講演から始まって、益田市の講演会場に移動したわけであるが、両市はJR特急で約85分かかる距離にある。島根県は東西に長いので、出雲空港から始まった旅ではあったが、帰りの便は萩・石見空港から飛び立つ予定である。

空港に向かう前に今回僕を招いてくださった雪舟園・中村施設長さんに津和田まで連れて行っていただき、北海道ではすでに散ってしまった紅葉を愛でる機会をいただいた。その後空港近くのお店で食事を摂って、先程空港に到着した。

ということで今日は、初めて利用する萩・石見空港のロビーで記事更新している。今日はこの後一番早くに行われる僕の講演の中で、どなたでも受講できるオープン講演の紹介をさせていただきたい。

この後の予定としては、今週末は「あかい花道場」で5本のあかい花を鍛える講座予定が入っている。

さらに月の半ばである15日を締め切り設定されておる連載原稿もある。現在6本となった連載は、この後締め切り日が20日、25日、月末と設定されており、執筆作業は永遠と続くことになる。月末の愛媛県老人福祉施設協議会主催・看取り介護研修会の「看取り介護計画の作成方法」をテーマとした講演スライドも、今週中に仕上げて主催者に送らねばならない。

遊んでいる暇も、休んでいる暇もないというのが個人営業主の日常である。

さて次の講演は愛媛県松山市の講演であるが、前述した愛媛県老施協研修の前日となる11月29(木)13:30〜16:30には、松山市男女共同参画推進センターコムズで行われる、「福祉従事者連絡会つどい主催研修」で次のテーマで2つの講演を行う予定となっている。

13:30〜14:55(第1部)
医療福祉における問題点と今後の介護保険制度の方向性について

15:05〜16:30(第2部)
割れ窓理論を踏まえた介護サービス事業所のサービスマナーについて

この講演のスライドは作成済みで、島根講演に旅立つ前日に事務局に送っている。その際に事務局担当者から、「11月8日時点で正式な申し込みが105名となっております。1月20日が受付締切としていますので、最終的には150名ほどの参加申し込みとなると予測しています。」という内容で返信いただいた。

ということで当日の席にはまだ余裕があるようである。申し込み期限はあと1週間ということで、まだ申し込み可能である。

講演はオープンであり、どなたでも参加可能となっている。しかもこの濃いテーマと内容で、参加費1000円というのは、かなりお得感があるのではないだろうか。

詳しい案内と申し込みはこちらからダウンロードできる。

お問い合わせは、「えひめ医療福祉従事者連絡会つどい・会長 石川達也様宛、連絡先:アユーラ居宅介護支援事業所(愛媛県松山市日の出町10-72)TEL:080-8630-9648 FAX:089-947-7081までお願いしたい。

なお翌日の愛媛県老施協研修については、会員のみの参加となっており、すでに申し込み受け付けは終了しているのでご了承願いたい。

それでは愛媛県の皆様、月末は松山市でお愛しましょう。

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対人援助におけるサービスマナー確立の課題1


先週金曜日(10/5)に、飯田坂で行われた東社協主催のサービスマナー研修講師を務め、介護事業者におけるサービスマナーの必要性と、マナーを意識したサービス提供の方法論を講義してきた。

東京都社会福祉協議会が、サービスマナー研修を始めたのは介護保険制度が始まった当初からである。

その動機と理由は、措置制度という、「行政が決めた施設に入所させる仕組み」の中で、サービスを提供する側と、サービスを受ける側との間に明らかな上下関係が生じ、サービスを提供する職員には「お世話をしてあげる」という感覚が生まれ、サービスを受ける利用者には、「お世話をしていただいている」という感覚が生まれ、その結果人生の大先輩である高齢者に対して、幼児言葉での叱り、友達感覚での話し方が横行し、やがてそれが指示的・威圧的な口調につながって、虐待と見まごうような不適切な対応が目についたからであるとのことだ。

そのため武蔵野大学の岩本操准教授が講師を務めるサービスマナー研修を続け、同時に岩本准教授が執筆した「サービスマナー実践テキスト」などを発刊している。(参照:サービスマナーの実践は専門的行為である  ・ サービスマナーの軽視がもたらす人権侵害

僕も東京都社会福祉協議会さんからは何度か講師として招かれており、その中で「介護サービスの割れ窓理論」を提唱する立場から何度かお話をさせていただいていたところ、岩本准教授が僕の講演を聴いてくださる機会があり、その後のオフ会でもご一緒して、「今度是非一緒にサービスマナーについてのコラボ講演を行ないましょう」という話をしたのが一昨年のことであった。

そのことがきっかけで、今回岩本准教授の定例講座の露払い的な内容で、僕が講演を行なうことになったわけである。

ところで介護事業者を対象にしたサービスマナーの研修の難しいところは、対人援助サービスを利用する方々は、施しを受ける人ではないし、単なる利用者でもなく、「顧客」であるという説明から入らねばならないことだ。

介護関係者の中には、利用者が顧客であるという理解ができておらず、その定義に疑問を投げかける人さえいる。

しかし介護を職業として、そこで生活の糧を得ている限り、そのサービスを利用する人は間違いなく、「顧客=お客様」なのである。

そもそも「顧客」とは、自社の商品・サービスを販売する対象であり、すでに購入(あるいはサービス利用)してくれている顧客だけでなく、購入の可能性のある範囲までを含めてとらえる必要がある。そのことは他産業では常識とされているのに、介護関係者(医療関係者も同様だが)で、この意味を理解していない人が多すぎるのだ。

利用者は顧客ではないだろうと考えるオツムのレベルが疑われる人もいることが最大の問題だ。

顧客が「買う」と考え、「買う」決断し、「買う」行動をとり、「買う」ためのお金を支払うのだ。介護サービス事業も、サービスを利用してくれる人がいないと経営できないという常識が分かっていないのかと疑いたくなる。

サービスマナー研修は、保健・医療・福祉・介護分野以外の営利産業・サービス業でも行われる機会が多いが、そこでは「お客様に対して、ため口で接してはならない」と教えることはない。それはあり得ないのが常識だからだ。

ところが保健・医療・福祉・介護分野のサービスマネー研修では、そのことを教えなければならない。そこから始めなければならないくらい、礼儀という面ではレベルが低いのだ。

他産業では顧客に対してため口で接してよいかどうかなど議論にさえならないのに、保健・医療・福祉・介護分野ではいまだに、ため口で接することが「親しみやすさ」の表現であると勘違いしている輩が多すぎるのである。その結果、親しみやすい職員どころか、馴れ合いを日常とする無礼で失礼な対応に終始する職員を生んでいるのだ。

利用者は顧客であり、顧客に対しては好ましい言動の作法が必要不可欠で、なおかつ他の事業者より多くサービスを利用していただくためには、真のおもてなしの心が求められるというところから話を始めなければならない。そして丁寧語で会話しても「親しみ」は十分伝わるというを説明し、顧客にため口で接するのは礼儀を欠く失礼な行為でしかないところから話を始めなければならない。

この状態こそ現在の対人援助サービス、介護業界のサービスマナー意識のレベルの低さを表しているといっても過言ではないだろう。それはスキルの低さであるといっても過言ではない。なぜなら介護とは、コミュニケーションースキルが求められる職業なのだから、丁寧な言葉遣いで対応し、コミュニケーションを交わすことができないというのは、介護を職業とするプロフェッショナルとしての技術を持っていないという意味になるからだ。

この意識レベルの低さを変えて、ホスピタリティの基盤となる「サービスマナー」の確立を急がないと、介護という職業は、無意識に人の心を傷つけ、人の心を壊しながら、無礼を押し付ける状態がなくならないまま、安かろう悪かろうサービスとして存在し続けることになりかねないのである。
対人援助におけるサービスマナー確立の課題2に続く)

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サービスマナーは利用者のために必要とされているわけではない


伝統的な日本の地域社会では、向こう三軒両隣の関係性が保たれ、そこではサービス業も常連客が顧客の中心で、客を迎えるためのマナーよりも馴染みの会話が求められる傾向が強かった。

しかし地域における住民間の人間関係の希薄化が進むにつれて、そこにおけるサービス業に求められるものにも変化がみられ、接客は馴染みや親しみより、一人一人のお客様への丁寧なもてなしが求められるようになった。

それとともに「馴染みと親しみやすさの接客法」は、個人の資質で左右され、場合によっては乱暴で馴れ馴れしく、ずうずうしい客対応に変化するという性質が明らかにされるようになった。そのため個人商店も、大手チェーン店の接客技術を取り入れるようになった。

今、介護サービスを利用する顧客の多くが、そうした接客に慣れ親しんだ人々なのである。

そのため僕は日ごろから、介護事業においてもサービスマナーが必要だと主張して、それに関する講演も行っている。僕が提唱する「介護サービスの割れ窓理論」も、サービスマナーの基盤となる、「言葉遣い」に関する理論である。

そんなこともあり、世間が3連休だった先週土曜日から昨日にかけて、僕は10/5に飯田橋レインボービルで実施される、「東京都社会福祉協議会主催 サービスマナー研修会」のための講演スライドづくりを行っていた。同会では武蔵野大学の岩本先生の「高齢者福祉施設におけるサービスマナー研修会」を毎年行っているが、10/5はそれにつなげる露払い役の研修会という位置づけで、マクロの視点から介護事業者におけるサービスマナーの必要性を説くものである。

しかし東京都社会福祉協議会のように、サービスマナーの研修を計画的・継続的に行っている団体は他にほとんどないといってよい。

それは介護事業の職能団体にも、介護事業経営者にも、サービスマネーを確立する動機づけがないか、その意識に欠けるという理由ではないかと思えるが、これは由々しきことである。

時代の変化は、介護サービス事業の事情も大きく変化させ、顧客確保に苦労しない介護事業はなくなりつつあり、待機者であふれていた特養でさえ、営業しないと空きベッドが生ずる状態になりつつある。

そんな中で、今後介護サービスの顧客となる中心層は、団塊の世代の方々となっていくが、それらの方々は高度成長期の日本経済を支えてきた世代である。その世代の方々が大きな塊であるからこそ、団塊の世代に売れる商品を開発すれば、ほかの世代に売れなくとも儲けることができたという意味では、あらゆる場面でニーズが最大限に配慮されてきた世代であり、顧客として手厚く遇されてきた世代なのである。

そういう世代の人々から、どうやって選ばれるのかということは、介護事業者にも求められる視点なのである。

別の角度から考えると、いつまでも介護事業者が利用者に対して「ため口」で接することが親しみやすさだと勘違いする場所では、サービス提供者の上位意識がなくならず、施し意識が抜けない状態の中で、感覚麻痺と不適切対応がはびこり、それが虐待につながっていく。そのことは大きな経営リスクなのである。

先日も熊本県のグループホーム「ゆうしん三丁目」で虐待事件が発生した。入所者の88歳の女性を殴って死亡させたとして、介護職員の男性(49歳)が傷害致死容疑で逮捕されているが、被害者は腹部を殴打されて腹部内で内出血を起こし、腹部内の出血性ショックで死亡したという信じがたい事件が起きている。こうした事件につながる行為も、サービスマナーのかけらもない対応に終始していることが根本原因である。

このような事件が起きると、その事業者は経営継続が困難になりかねない。今現在、経営状態が良好で、業績が順調に右上がりである事業者であっても、こうした事件が起きた途端、経営継続が難しくなることは、介護サービス大手のメッセージ(岡山市)の事例が証明している。

つまり介護事業者においてサービスマナーを確立することは、職業倫理や顧客に対する礼儀という意味合いを超え、事業戦略上必要不可欠な職員教育になりつつある。労務管理としてそれができない事業者は廃業への一途をたどり、サービスマナーを持たない職員は、業界で職を続けても底辺の収入しか得られないのである。

介護事業経営者は、そうした意識をしっかり持って、職能団体がサービスマナー研修を実施しているならば、積極的に職員を参加させるとともに、できれば事業者の内部研修として、全職員を対象に最低年1回程度は、サービスマナー研修を開催すべきである。

そうした研修には、声をかけていただければいつでもお手伝いしたいと思っている。

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サービスマナーが命綱となる介護事業


生産労働人口が減り続けるわが国では、全産業において労働力の確保が最大の課題となる。

その中で若者が選ぶ仕事として決して人気があるとは言えない介護事業は、人材確保面ではさらに厳しい状況を迎えざるを得ない。

そのため介護事業経営は、顧客確保戦略を盛り込んだうえで、人員確保・育成システムを織り込んだ経営戦略を立てていかないと破綻するのは必然である。

だからといって人をかき集めさえすれば、その質は二の次かといえば決してそうではない。対人援助である介事業は、人の感情と向かい合う職業であり、その感情を害する質のサービスは、常に破綻の危機を抱えることになる。

特に昨今のスマートホンの普及は、誰でもどこでも簡単に動画撮影を行うことができる状況を生み出し、頻繁に報道される介護事業者による虐待・不適切サービスを耳にする人が、自分の親が受けている介護サービスの実態を知ろうとして、隠し撮りを行うことはごく自然な成り行きといってよい。

その時介護事業に従事する人々は、隠し撮りされることに憤りを感ずるのではなく、いつでもどこでも隠し撮りされた自分の姿を見られて恥ずかしくない仕事をすることに努めるべきである。隠し撮りのカメラに注意するのではなく、隠し撮りされても堂々とその姿を見てもらって恥ずかしくない介護サービスを実現することが、介護のプロといえる姿勢であり、矜持である。

また昨今の介護経営事情を見ると、顧客を確保できず事業経営が成り立たない事業者が増えつつある。介護給付費の単価アップが期待できない情勢では、顧客を増やして定員を増やしたり、ベットの稼働率を上げていかない限り、人材を定着させながら事業経営を続けることができる収益を挙げることはできないからだ。

虐待報道などの影響で、世間からより厳しい視線を受けざるを得ない社会情勢の中で、顧客確保につながるのは、施設設備などの表面上の豪華さではなく、実際の暮らしの質=高品質な介護サービスである。

そうであれば管理職のみならず、介護事業従事者のすべてが法令を正しく理解したうえで、それを遵守することはは当たり前であり、そんなものは顧客確保の要素にさえならないということ理解したうえで、その先のホスピタリティ意識を従業員全員が持つことが安定経営には不可欠となる。

そのためには、顧客満足を軸にした教育訓練の実施は不可欠である。介護サービス技術、福祉用具の利用方法、高齢者疾患に対する医学的知識、衛生管理、緊急時の対応、介護事故防止といった教育も重要であるが、それ以外に接客マナー、利用者の秘密保持、利用者とのコミュニケーションなどについての教育訓練が、介護事業経営の上では非常に重要となる

このようにホスピタリティの基礎となるサービスマナー研修を定期的に行っていない事業者は、それだけでも経営危機を内包しているといえるのだ。

各事業者は内部研修の中で定期的に「サービスマナー研修」を実施すべきである。

こうした研修を定期的に行っているのが、東京都社会福祉協議会である。同会では武蔵野大学の岩本先生の「高齢者福祉施設におけるサービスマナー研修会」を毎年定期的に行っているが、僕が唱える「介護サービスの割れ窓理論」もサービスマナーの基礎をなす理論であるとして、今年から僕も同会のサービスマナー研修の先駆けとなる研修講師を務めることになっている。

平成30年10月5日(金)13:00〜17:00、飯田橋レインボービル 7階で行われる、「介護施設のサービスマナー」という講演では、自身の体験例や理論、思いなどを含めてサービスマナーの重要性をお話しさせていただく予定である。

対象者は経験の浅い職員ということであるが、若いうち、経験の浅いうちにしっかりとしたマナーを身に着けないと、古いさび付いた無礼さで、人を傷つけることに鈍感になってしまうので、この研修は非常に重要となるだろう。

認知症の人に対する「タメ口」によって、行動・心理症状につながる事例も含めて、サービスマナーが意識されないサービスの貧困さを改めて理解していただけるようにしたいと思う。

こうしたサービスマナー研修は、本来であれば事業所職員全体で受講したほうが効果が上がるので、ぜひ各事業所でそうした研修を企画してほしい。その時に外部講師が必要なら、いつでも気軽に声をかけて相談してほしい。予算が限られている場合も、その予算に応じて日程調整するので、メール等でご連絡いただければ幸いである。

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仕事ができる人とは、業務をこなせる人ではない


保険・医療・福祉・介護の職業以外で、顧客に対して「ため口」で話しかけて許される職業はない。他の職業では、顧客に対して丁寧語で会話すべきかどうかということは議論にさえならない。そのことは至極当然の姿勢といえるからである。

介護業界は、そうした常識を持ちあわせていない異常な業界である。

介護業界ではいまだに顧客に話しかけるときには、丁寧語を使うべきではないかという議論がされ、各事業者で丁寧語で会話をする指導がされているという状況は、この職業がいかに未成熟で、品性に欠けているかという証明でもある。

有名な講師が壇上で、顧客である高齢者を「じいさん、ばあさん」と呼んで、それが親しみのある表現だと勘違いした輩が、実践レベルがその講師の域に達していないにも関わらず、その講師の汚い言葉だけを真似することによって、介護サービスの場で心づかいのない言葉に傷つけられる人がいなくならない。そのことを考えると、そのような不適切な言葉を使って講義する人間が、いかに高い介護技術を持っていて、達人の域に達していようと、その利より害の方の影響が大きいという意味で、バリアでしかない。それは前時代的存在といってよく、さっさとこの業界から去ってほしいと思うのである。

自分自身は30年以上介護施設などで働き続けてきたが、就職したばかりの一時期を除いて、ずっと利用者に対しては「丁寧語」で接してきた。その姿勢自体は、自分自身の中では誇りでも何でもない。ごく当たり前のことというレベルでしかない。そうしない他の人たちがどうかしていると思っている。

この職業を通して、社会の一員として認められ、この職業のおかげで生計を維持し、家族を養ってきた僕の身としては、いつまでも介護という職業を、顧客に向かってため口を使って話しかけるのが当たり前という恥ずべき状態に置きたくはない。自分や自分の家族が胸を張って、介護という職業に誇りを持てる状態にしたい。そのために『介護サービスの割れ窓理論』を20年以上前から唱えてきたし、全国各地で行う講演会でも、そのことを提唱し続けている。

この理論に共鳴して、自らの職場でこのことを実現させようとしている管理職の方も徐々にではあるが増えてきている。しかし僕と共通した思いを持つ介護経営者や管理職の皆さんの悩みとは、一度浸透してしまった、「ため口での会話」に慣れ親しんだ職員が、なかなかその習慣から抜け出せないというものだ。

しかし言葉遣いの改善は、単に事業経営者や管理職の思いとして職員に伝えるだけではなく、「職場の掟」としてのルールを定め、実践できない職員には、実践できている職員との差別化を図るために、何らかのペナルティを課すなどして、経営者が本気で取り組まねばならない問題なのである。おざなりの姿勢で、長年にわたって培われた悪習が変わるわけがないのである。(参照:説得ではなく納得の職場改革が求められている

利用者に対するため口を改めることができない職員は、昇給時期が遅れるだとか、役職に就けないだとか、様々なペナルティが考えられるが、そのことを就業規則として定めるべきである。

その時一部の管理職の方から、「言葉遣いを改めることはできないけど、仕事ができる職員」であれば、ペナルティを課すことで辞められては困るという意見がある。そもそも介護職員が足りないご時勢で、仕事ができる職員に対して、言葉遣いを直せないという一つの欠点のみを指摘して、へそを曲げられて辞められては困るとして、「叱る」ということすら躊躇する上司がいたりする。

しかしそれでは言葉の改革などままならない。仕事さえできれば言葉遣いのルールなど無視してよいと思われるからだ。

そして「仕事ができる」と思われている、言葉遣いの荒い先輩職員の姿を見た後輩は、低きに流れていくのは必然の結果で、そうした職場で「利用者には丁寧語で話かけましょう」という掟は、お題目・スローガンの域から脱することはできなくなる。

しかし仕事ができるって何だろうか。事業経営者の思いとは経営理念である。理念とは理想でも幻想でもなく、たどり着くべき究極の目標を達成するための考え方そのものである。その経営理念に沿って定められた職場のルール・職場の掟を護ることができない職員は、仕事ができているといえるのだろうか。

その職員は、単に日々の業務をこなすことに長けているだけではないのか。それが対人援助の中で、どれほど評価できることだというのだろうか。

むしろそうした職員の存在により、職場の掟が形骸化して、利用者に丁寧な言葉遣いと態度で接するという、介護のプロとしてのサービスマナーが無視され、すべての職員にホスピタリティの精神を持ってもらいたいという経営者の思いが実現しないのなら、その職員は仕事ができるとは言えない。むしろ経営理念に反した行動に終始するいらない職員だ。百害あって一利ない職員だと考えるべきだ。

現にある職場では、仕事ができると言われていた、そのような職員を降格させ、自主退職した後、職場の雰囲気が変わり、丁寧な言葉遣いが浸透していったという実例がある。

介護経営者の方々は、この部分で決して勘違いしないことだ。本当に変えたいと思うときは、その思いについてこれない職員については、日常業務に精通していたとしても、その職場では不要な人材であると考える覚悟も求められるのである。

サービスマナーが確立されていて、利用者に対してごく当たり前のように職員が丁寧に語りかけられる職場には、「利用者に思いやりをもって接する介護をしたい」という動機づけを持つ、志の高い人が募集に応募してくる傾向がある。

介護事業経営者の方々には、単なる人員ではない、人材が集まる職場を創るための重要な要素が、サービスマナーと言葉遣い教育であることに早く気が付いてほしい。

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割れ窓理論を職場に浸透させるために


五島列島福江島滞在3日目の朝を迎えた。

昨日は社会福祉法人・明和会さんの開設20周年記念式典での記念講演を行い、今日は五島老人福祉施設協議会さんと五島市介護支援専門員協会さんとの合同研修会での3時間講演を行って、もう1泊五島市に滞在した後、明日は夜の長崎市講演に向けて福江空港から長崎空港に向かう予定になっている。

今日はこれから五島市をプチ観光した後、そのまま講演会場に向かうため、いつもより早い時間に記事更新しているところだ。

こんなふうに全国各地で講演を行わせていただいているが、そのテーマも様々で、制度論から経営論、虐待防止やケアプラン作成法、介護実務からソーシャルワークまで多種多様なお話をさせていただいている。(参照:masaの講演予定

それらはすべて講演主催者の方から依頼を受けて、相談のうえで決めているテーマである。

そうしたテーマ相談の際に、職員の接遇やサービスマナーを問題視して、日ごろから従業員の態度を苦々しく思いながら見ている経営者や管理職の方から、「介護サービスの割れ窓理論」をテーマとして依頼されることも多い。その場合は介護実務の話の中でその理論の意味をお話しして、言葉遣いがいかに大切であるかという例を示すとともに、悪気のない「ため口」によって深く傷つく人々の例を紹介したりしている。

考えてみれば利用者と会話する際に、言葉遣いに注意して丁寧語を使うようにするということは、さしたる能力を必要とせず、知識や技術に関係なくすぐに実践できることだ。しかしそのことが実行されないということは意識の問題で、言葉を丁寧に使うことの重要さを理解できておらず、顧客である利用者に対して「ため口」で接している己の醜さと、その恥ずべき姿勢に気が付いていないということだ。

それを経営者や管理職の人々が一生懸命変えようとしているのに、なかなかうまくいかないという。

しかし介護サービスの割れ窓理論を、職場に浸透させて、すべての従業員が丁寧語を使いこなせるようになるためには、相応の覚悟が必要だ。研修を受講してそれだけで職場が変わるということはなく、職場が変わるために経営者や管理者がしなければならないことがあるのだ。

他人と過去は変えることができない。しかし自分と未来は変えることができる。」という言葉があるように、自分以外の他者が変わることを期待する前に、まずは自分自身の姿勢を変えなければならない。そうしないと職場の未来も変わらない。

利用者に対しては常に、どのような状況に置かれても、丁寧語で対応できる自分を創ることがまずは大事である。さらに自分が利用者に対しては、決して「ため口」で接することがないことを、職員に対しても宣言すべきだ。そのうえで職員にも、利用者に対して日常会話は丁寧語を使って行うことをルールとして課すべきである。そのためには職務規定として利用者に対して丁寧な言葉で接するというルールを盛り込むべきである。

ルールとして課す以上、その意味を十分に伝え職員に理解してもらわねばならないので、一方的に朝礼等でそのことを宣言するのではなく、ひとりひとりの職員に、その思いを伝え実践の理解を得るべきである。特にその姿勢がなかなか身につかない職員に対しては、個別面接を行い、なぜその姿勢が身につかないのか、今後自分はどうしたいのかなどを聞き取るべきである。

とかく介護事業の経営理念は、抽象的でどうとでも取れる内容になることが多いが、利用者に対する言葉遣いに関しては、そうした抽象論ではなく、丁寧語を使って会話するという具体論であるのだから、だれもが実践できるはずだし、実践しているかいないかの評価は、これほど簡単明瞭なものはない。

それを服務規定に定めるのだから信賞必罰の原則を貫き、日常的に丁寧語で利用者に接することができない職員は、リーダーや管理職などに昇進させず、次元報酬(給与の上位等級への引き上げ)評価も行わないとすべきである。当然、習熟報酬として、年度ごとに測定する能力の向上に対する評価である給与の定期昇給の際にも、この能力を評価することはあってよく、満額の定期昇給を行わないという評価があってよい。

そもそも経営者が理念の実現のために職員に課すルールを、守ることができないという職員がいるとすれば、それはその職場で働く資格や意味がないということなのだから、そうした職員には別の職場を探してもらうように促すべきである。

職員募集になかなか応募がない人材不足だからといって、こうした経営の根幹にかかわる問題において、経営者や管理職の職務命令に従わない職員を罰することもなく、職務命令に従って適切な利用者対応をしている職員と同じ待遇を与えているのであれば、そのような職場で自己改造意欲など生まれるわけがないのである。

そういう意味で、職務命令に従うことができない職員を切るという覚悟も、介護事業経営者には求められるのだ。


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説得ではなく納得の職場改革が求められている


僕が提唱する「介護サービスの割れ窓理論」に賛同してくれる介護事業経営者や管理職の方は多い。

しかしいざ職場で職員にその実践を求めても、その考え方がなかなか浸透せず、丁寧語で利用者と会話することが実践できずに利用者に対してため口で会話する職員がいなくならないと訴える人も多い。その中には、「口が酸っぱくなるほど、注意しているのに直らない」と嘆く人もいる。

しかし経営者や管理者の方々には、「口を酸っぱくして何度も注意している」という労力は念仏化して、実を結ばないことが多いことを知ってほしい。注意を受ける職員にとって、それは「また施設長の例の注意が始まった。」という程度の響きしかないから、何度も同じ注意を受けても行動変容につながらないのである。

行動を変える動機づけは、上司が言い続けることで生まれるわけではないのだ。

介護サービスの割れ窓理論」とは、職員が利用者に対してため口で接することはプロとして失格であると考えるだけではなく、言葉を崩すことが態度の乱れに通じるリスクを考えたうえで、日常的に丁寧な言葉で接することが、そうした行動の乱れを防ぐ効果があるとして、一定程度以上の介護の品質を担保する対策として実践しようという理論である。

それを業務の中で職員に実行させようとするならば、そのことをきちんと法人のルールとして定め、その法人に努める職員が遵守しなければならない義務であることを伝える必要があるのだ。

つまり業務の中で利用者に対して丁寧な言葉遣いをすることは、法人の憲法であって、法人の「常識」であることを、経営者や管理者が職員に向かって宣言しなければならない。

そのうえでその実行を職員に求めることは、「労務管理」の一環であるという意識を待たねばならない。

その際に経営者や管理者は、職員に対して説得するのではなく、納得できるように伝えることが求められているのである。当然、納得できる説明力も管理者の、「交渉術」・「交渉能力」として求められているという意味になる。

そしてそのルールを守ることは、労務管理上は職員の義務なのだから、それに納得できない職員や、それを実行できない職員は、信賞必罰の原理により、何らかのペナルティを与えられる必要も生ずるだろう。丁寧な言葉で利用者に接することができない職員は、昇格機会を失うとか、人事考課上のマイナス査定にするなどが具体策として考えられてよいものだ。

もともと職員が急に眼の色を変えて働きだすという人事制度はない。こうした言葉の改革も同様で、一人一人の職員に経営者や管理者の思いを丁寧に伝え、まずは幹部職員の実践の徹底から始めて、徐々に職場全体にその風土を広げていくという地道な努力が必要不可欠である。

何よりも職業を行う上で、利用者(顧客)に対するマナーは不可欠であるという教育が必要だ。

組織風土は、あっという間に悪化するが、よくなっていくのには時間がかかるのである。しかし時間がかかるからこそ財産になると考えてあきらめないことだ。

そうであるがゆえに、経営者や管理者は、部下に思いを伝える。丁寧に説明して、厳粛に実行する覚悟が求められる。さらにこうした風土をつくるためには、組織全体で外部の講師を招いた場で、学ぶ機会が得られることが有効な手立てとなる。

僕は法人単位のサービスマナー講習の講師も行っているので、そういう機会を持ちたいと考えている法人及び職能団体等の組織団体の方がおられたら、ぜひ気軽に講師依頼の相談をしていただきたいと思う。

組織の財産となるサービスマナーを創りあげるお手伝いをさせていただきたい。

繰り返しになるが、口を酸っぱくして説得することはあまり意味がないので、納得のための「学びの機会」をぜひ職場全体で持ってほしいものだ。

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介護事業においてどのような人材を評価するべきなのか


僕が社会福祉法人の特養で総合施設長を務めていた当時、人事考課は実施準備を進めている段階で、それを賃金と結びつける成果報酬制度も始動していなかった。

そのため法人内の人材評価は、昇格という人事評価で行っていた。当然、その最終決定権は僕が持っていたわけであり、そこでは僕自身の人材評価のスキルが問われていたといってよいだろう。

当然、その人事に不満を抱く人もいたと思う。しかし僕の評価基準は常に同じ基準であって、それはぶれることはなかった。

僕が管理していた範囲は、100人定員の特養と12人定員の短期入所生活介護、30人定員の通所介護と居宅介護支援事業所であった。

そこでは季節ごとの歳時・年中行事を大切にするという意味で、特養でも通所介護でも、様々なイベントやアトラクションが行われてきた。それらのイベントを行う際に、ほかの人が考え付かないようなすごいアイディアを出して、イベんと全体を企画できる人がいた。そのことによってイベントは大いに盛り上がり、利用者の皆さんも大喜びする姿が見られていた。

そうした企画をする本人も、そのことが得意であるという自覚があり、それが自分の才能だと感じていたと思う。

しかし僕はその人を現場リーダーとして昇格させることはしなかった。むしろ同じ経験年数の別の人を昇格させることがあった。そのため最終的にその人は自分の企画力が正当に評価されていないと不満を持ち、やがて退職していった。だが僕は今でもそのことを後悔していないし、今でも間違った評価だとは思っていない。

なぜならその人はイベントの企画力に優れてはいたが、日常業務の様々な場面で、「漏れ」が見られたからだ。例えば当然上司に報告すべきことをしていなかったり、提出期日が決められている記録の提出期限を守ることができなかったりするなどの傾向があった。僕はそれではリーダーは務まらないと判断したのである。

もちろんそのことは本人に改善すべき点として告げていたが、目に見えての改善は見られなかった。

僕が対人援助という介護事業の中で、一番大事にしているのは特別なことではなく日常である。特別な行事も大事だが、それは日常の暮らしがあって初めて存在するものだと思うので、日常支援をおざなりにした特別な行事はあり得ないと思っている。

そのため職員に対する評価も、日常の当たり前の行為がきちんとできるかをまず見ていた。

遅刻しないで出勤し、始業時刻と同時にコツコツと目立たない作業を行いながら、利用者への気配りや整理整頓ができたり、他の職員を助ける行為などをやり遂げている人材を評価してきた。

つまり凡事徹底を行える人材の評価に努めてきたという意味である。

そのために僕自身が、法人内の全体を見なければならないと思ってきたし、その中で法人の「当たり前」を周知徹底する役割があると思っていた。法人内で「介護サービスの割れ窓理論」を唱え、利用者への丁寧語を徹底することもその一つである。そんな風に経営者や管理者は職員の心を鼓舞し、地道に働く人にスポットを当てる役割を持つと考えてきた。

そのことを信念としながら組織を方向付けてきたつもりである。今でもその考え方は基本的に変えていない。

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フィクションは書けない


現在、機関誌・新聞・インターネット等に合計7本の連載を持っている。先週の木曜日と金曜日は、そのうち6本の今月の記事の〆切案内が届き、それに向けて執筆活動を行っているところだ。

それらの連載コーナーに何を書くかについては、編集者が指定する場合と、僕が勝手にテーマを選ぶことができる場合とに分かれている。

テーマ指定とされている連載については、その都度書いてほしい内容と共に、締め切り日が指定される場合と、半年や3月間など、ある一定期間を定めてテーマをあらかじめ複数指定される場合がある。

僕の連載を担当する冊子や新聞等の編集者は、僕の著作本やブログ記事を読んで、僕に連載依頼をしてくれている方なので、テーマの指定といっても、かねてから僕が主張している考えから遠く離れたテーマを指定してくることはない。例えば「介護サービスの割れ窓理論」を唱えている僕に対して、連載担当編集者が、「介護現場において利用者に対するため口での会話も、親しみにつながる場合は許される」などと言うテーマを依頼してくることはない。僕が主張していること、僕が書けるであろうことの中から、テーマを選んでくれる。

しかし年度が変わるときに、たまたま編集担当者が変わって、新担当者が僕の著書等を読んでいない人で、依頼すれば何でも書いてくれると勘違いしている場合は、そうではない場合がある。そんな時にぼくの考え方と違う指定テーマの依頼がされることがあるが、その場合は拒否することになる。その際には、勘違いしないようにはっきり書くことができない理由を告げることになる。

基本的に僕が書くことができるテーマは、僕が今まで実践現場でやってきたことだけであり、できもしないことを、さもできているように書くことはできないし、自分ができないことを誰かにやれともいえない。

今回も連載の一つで担当者が変わり、5月以降の半年分のテーマ依頼がされたケースがある。そのテーマのうち、いくつかは僕の主張と違うテーマであったり、僕が実践できないテーマであったので、お断りさせていただいた。

具体的に言うと、まず一つ目は「育たない職員がいた場合、リーダーはどのように対応すべきか」というテーマがあった。リーダーにどのような能力があったとしても、すべての職員が教育で育つということはない。中にはどう教育してもまったく芽が出ない人・介護人材として不向きな人はいるのだ。それをリーダーだからどうにかしろ的な論理で教育論を展開しても始まらない。きゅうりは茄子にならないのだから、育たない職員がいた場合、辞めてもらうだけの話だ。だからこのテーマで僕は執筆できない。

次に、「人が育つ褒め方、叱り方」というテーマがあった。世の中の教育本には、これと似たテーマで書かれているものがたくさんある。しかし人が育つ褒め方のエビデンスなど存在していないところを見れば、「人が育つ褒め方、叱り方」も存在していないというのが僕の考え方だ。そもそもそんな方法を僕は知らないから書けない。叱られたことを怒られたと勘違いする人は、叱る方の態度や言葉に関係なく、己の問題として勘違いする人の方が多いのだ。叱るほうに一定の法則を求めても、叱られる方の受け取り方は様々で、それは叱られる側の性格や環境に影響されるものであり、このテーマは成立しないというのが僕の考えだ。

もう一つ、「方針の変更など、大きな転換時に職員がついてきてもらうリーダーのあり方とは」というテーマがあった。これもリーダーの能力に頼りすぎたテーマだ。こんなリーダーに職員はついていくということを書いても、それは幻想だ。素晴らしい資質のリーダーも、すべての職員がそれを肯定するなんてことはなく、反対分子は常に存在するものだ。それをどうまとめていくかは、一人のリーダー論として語るのではなく、組織運営の在り方として語らねばならない。政権政党だって、すべての党員が同じ考え方ではなく、主流・反主流が反目しあいながら、ある一点でまとまるというものだ。大きな転換時に皆が同じ方向を向くのはリーダーの力ではなく、組織の力なのだ。

ということでこれらのテーマは書けないとお断りした。その際には今後のお付き合いをしていくうえで勘違いされても困るので、奥歯にものが挟まったような言い方をしたくないので次の通り書いて送った。

余りに幻想的、理想論に満ちたテーマ設定と思います。そのテーマで書ける人もごまんといますよ。でもそれすべて嘘八百。」

これで嫌われて連載が中止になっても仕方がない。自分ができもしないフィクションを書く作家ではないのである。

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新・藤ケ谷明子さんの切れ味


明日、15:00〜行われる第157回社会保障審議会介護給付費分科会(参照:開催案内)において、介護報酬改定に向けた諮問・答申が行われる予定であるが、報酬単価が示されるのは、さらに1週間後の26日にずれ込むそうである。

どちらにしても明日以降、12月に示された平成30年度介護報酬改定に関する審議報告の変更点などがないかどうか、確認作業が続くので、その前の今日までに、現在抱えている連載原稿を仕上げておこうと、昨日からずっとデスクにかじりついて執筆作業を続けているところだ。

幸い今月中に書き上げてしまわねばならない原稿は、ほぼ書き終えて、あとはじっくり推敲するだけである。すべて〆切に間に合いそうである。

そんなふうに現在僕は、業界紙やインターネットで連載を7本抱えているが、その中でも一番長く連載を続けているのは、僕の執筆本人を語らずして介護を語るな」シリーズや、介護の詩〜明日につなぐ言葉の出版元であるヒューマン・ケア・システム社の季刊誌「シニア コミュニティ」である。

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連載がいつ始まったのか記憶にないほど前から執筆を続けている。その年月はゆうに10年を超えているだろう。

執筆陣のなかには、日ごろからお世話になっている、「介護・福祉系法律事務所 おかげさま」の外岡 潤弁護士もおられて、「弁護士直伝!介護トラブル解決塾」を毎回愛読しているところだが、もう一人、毎回そのコラムを楽しみにしている人がおられる。

それはジャーナリストの藤ケ谷 明子氏である。彼女のコラムについては5年前に「藤ケ谷明子さんの切れ味」という記事を書いて、このブログでも紹介させていただいたが、5年経ってもその切れ味が鈍ることなく、毎回鋭い指摘で勉強させられているところだ。

シニア・コミュニテイ1・2月号(最新号)で、藤ケ谷氏は『自立支援を妨げる「はじめの一歩」の踏み違え』というコラムを書かれているが、これがまた鋭くて、読みごたえがある。

氏はこの中で、「自立支援とはそれほど難しいことなのだろうか」と問いながら、利用者に対して、いわゆるタメ口で話す施設職員やヘルパーがいると指摘したうえで、そのタメ口の具体例を示している。そして高齢者に幼児向けの言葉で話す輩がいることは、世間ではありえないと指摘したうえで、返す刀で『粗雑に扱われた言葉が飛び交う中で「自立」に向かうことができるのだろうか』と問題提起している。

さらに、「言葉を使えない者に引退勧告を」として、「凶器」と呼ばれる「言葉」を軽視する現場に人を支える資格はないとし、ぶった斬っている。

強い言葉が随所に使われているが、氏の育ちの良さがわかる上品な批判文となっており、僕のように乱暴・下品一辺倒ではないため、決して気分が悪くなる内容でもなく、何とも気持ちの良い文章である。

詳しくはシニアコミュニティ1.2月号から、同氏の連載コラムを読んでいただきたい。

多くの読者の方が気づいたであろうが、その内容は僕が日ごろ提唱している、「介護サービスの割れ窓理論」と共通するものではないかと考える。

利用者の暮らしと尊厳を護るというなら、粗雑な言葉や幼児言葉がそれを阻害することに気が付かねばばらないし、自立支援を建前ではなく本年の介護実践とするためには、高齢者の自立を支える丁寧な言葉が必要であることを、あらためて意識するきっかけになるだろう。

それができない人は、今後も藤ケ谷さんの切れ味鋭い文章で、どんどんぶった斬られてほしいものである。
2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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すぐやろうとしてくれる人達の背中


先週木曜日に自宅を経って、大阪と愛媛で3講演を行った後、昨日は松山空港〜羽田空港に飛び、東京駅で新幹線に乗り継いで仙台に入った。

台風の影響で、松山からの飛行機は到着が1時間以上遅れ、気流も悪くフライト中も所々で大きな揺れを伴い、飛行機に慣れている僕でもさすがに怖かった。

幸いなことに新幹線は遅れもなく動いており、仙台には無事到着できた。しかしその日は雨ふりで、宿泊ホテルは仙台駅のすぐ近くなのだが、ちょうど雨の強い中、傘のない移動で濡れそぼってしまった。

こんなふうに旅の途中では、様々なハプニングが生じたりして、それなりに大変なことが多いのだが、大変であればあるほど、印象は強く残って、それはすべて僕にとっての思い出になる。それも貴重な僕の財産である。今回も携帯用の傘を持ち歩くのを面倒くさがったことが一番の問題で、備えあれば憂いなしを肝に銘じて、次からは小さくて軽い携帯傘をきちんと持ち歩こうと思った。

ところで愛媛県で行った講演でうれしい出来事があった。

今回はいつも講演を行う松山市ではなく、久万高原町で3時間の講演を行ったのであるが、介護施設の方だけではなく、医療機関の職員さんもたくさん受講してくれた。

講演終了後、とある医療機関のスタッフ(若いお医者さんと、セラピスト、相談員さんなど)の方々から、食事介助時の座位姿勢等について質問を受けて、僕なりの考えを述べさせていただいた。その中で話は膨らみ、医療機関の中で座ったきり高齢者にさせられて、ホール等に放置状態で置かれている患者さんや、認知症の方の行動・心理症状をアプローチしようとしないスタッフの問題など、様々な問題点まで話が及んだ。

そんな話を終え、受講者の皆様が帰られた会場での後片付け等を終えて、オフ会会場ともなっている宿泊ホテルに向かおうと外に出てみると、先ほどお話しした医療機関のスタッフの皆さんが、会場の玄関前で話をされていた。何気なく流れてきた会話を聴くと、スタッフが患者さんに、「ため口」で話しかけたり、横柄で不適切な態度になったりすることについて、僕が提唱する、「介護サービスの割れ窓理論」を聴いて、改めて問題であると再認識して、何とかそれを是正したいという話であった。

そして本来動いているはずの、「接遇委員会」が実質機能していないことが問題であるとして、「月曜日に出勤したら、早速、接遇委員会を再稼働させて、職員の言葉遣いや態度の適正化に努めよう」という話をされていた。

その方々が僕の姿を見つけ、「ありがとうございました。」と言い残し、駐車場に向かう背中を認めているとき、その姿はとても頼もしく見えた。きっと今日から、病院の中で改革に努めてくれているのだろうと思う。そういう人たちに、エールを送り続けたい。その人たちの心が折れないように、根拠のある介護実践と、人を幸せにしない介護はあり得ないということを訴え続けたい。

こんなふうに僕の講演を聴いたことがきっかけで、具体的に行動につながるのであれば、これほどうれしいことはない。そしてそのことによって久万高原町の介護の新しいスタンダードが生まれ育ってくれることで、きっと幸せの樹形図を描く仲間が増えてくれることだろう。

全国の介護施設、介護サービス事業所、そして医療機関で、部下や同僚や上司の心無い言葉遣い、乱暴な利用者への対応に心を痛めている人がいる。誰かのあかい花になることができる介護という職業なのに、それを貶めている人がいることに心を痛めている人がいる。そんな人たちが、それは違うという声を挙げ、アクションを起こすために何が必要かということに気づくために、全国でお話をさせていただいている。

その結果、今やるべきことに気が付く人が、僕の講演会場では何人も生まれている。

僕が話すことは、あくまで実践論であり、話は分かるけれど、実行できないという内容は皆無である。なぜならそれはすべて、僕が実践してきた事実だからである。だから是非僕の話したことを今日から、明日から実践してもらいたい。そうした誰かの「あかい花」になろうとする人が、一人でも多くなってほしい。介護サービスの実践の場に、あかい花が咲き乱れてほしい。

僕は今日仙台で講演を行う。今日の講演は、「リズムタウン仙台」という11月にオープンする総合施設の、オープニングスタッフ研修である。

今までになかった地域に開放された施設で、本当の介護を実践したいと考えて創られた総合施設で、これからその理念の実現のために働くスタッフが、就業初日から根拠に基づいた介護実践ができるように、今日は4時間の長時間講義を行ってくる。

魂を込めて伝えてきたいと思う。

介護の誇り出版記念セミナー
介護の誇り出版記念セミナー開催日程

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介護事業経営リスクをなくすためのサービスの質向上


僕の最新刊本である『介護の誇り』という本を書こうとした直接的な理由は、昨年8月にホリエモンが、「介護のような誰でもできる仕事は永久に給料上がりません。いずれロボットに置き換わる」とツイートし、それに対してたくさんの人が支持するかのような状態が見られたことがきっかけである。

まじめに、真剣に介護の職業に従事している人は、このことには本当に腹が立ったであろう。腹を立てるより、まとめに相手にする様な人物でもないし、議論するに値しない見識の持ち主だと思った方もいるだろう。

しかしホリエモンが語っていることを、すべて荒唐無稽な意見として無視してよいかと問われれば、僕はそうも思わなかった。彼の指摘は、介護を職業とする人の多くが、介護のプロとは言えない専門性とは無縁の素人レベルだろうという指摘でもあるが、事実そうした仕事しかできない人が、この介護業界にたくさんいるからだ。それをすべて待遇の悪さだとか、人手不足の問題にしてしまうのもどうかと思った。

その状況をどうにかしないと、ホリエモンのように介護を職業とする人の多くが、専門性とは無縁の素人レベルだろうと思う人はなくならないと思った。

そのためには、介護が誰でもできると思われている原因となっている不適切サービスという事実を抉り出し、そうならないための方法論を示したうえで、本来我々が目指している介護という職業の生み出すことができるものを示したいと思った。そうすることで介護という職業に誇りを抱き、生き方としてその職業を選択する人が一人でも増えることで、世間の介護に対する偏見とか、差別的な見方をなくせないかと考えたのだ。そんなことを新刊本の中で語っている。
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その本の出版記念セミナーが、10/22の日曜日の大阪セミナーから始まった。台風が近づく中、大阪は強い雨となり、当日欠席する人も多かったが、20名の方が会場に足を運んでくださった。

このセミナーでは、虐待につながる不適切事例を、過去の事件・事故を紹介しながら、一つ一つの事案に潜む影を生み出したものを解説しながら、そうならないための考え方、実践法を明らかにするところから始まり、そうした不適切サービスとは無縁の、高品質サービスが展開されている事例を紹介したり、その結果何がそこで起きているのかを紹介し、そうした高品質なる介護サービスにつながる方法論を明らかにした。

そのための職員研修の在り方や、高品質サービスを支える人材の選び方、そうした人材が定着するためのメンタルヘルスケアなどの在り方などにも話題を広げた。

セミナー後、11人の方がアンケートに答えてくださった。アンケート内容は今のとおりである。
1. プロフィール
2. 参加動機
3. 満足度の理由
4. 不要なところなど
5. その他


4の不要なところについては、すべての受講者が「なし」と回答してくれたので、座学5時間のセミナー内容の構成・内容自体は問題なかったようだ。ただ実際にお話ししてみて、削ったほうが良い内容や、加えたほうが良い内容も、僕自身は講義の中で感じたので、11/11の東京会場からは少し主精しようと考え、昨日まで主催者に修正ファイルを送ったところだ。

開催が決まっていなかった11/11(土)の東京セミナーも開催が決まり、翌11/12の名古屋会場セミナーと合わせて、よりパワーアップ・整理整頓した内容でお話ができると思う。そのあとの札幌会場、仙台会場も受講希望者を募集中であるので、是非お申込みいただきたい。

なお大阪会場のアンケートの「満足度の理由」について、いただいたご意見を下記に紹介しておく。

・介護の割れ窓理論、虐待発生のメカニズム、日々のケア、ストレスマネジメントをとても分かり易く、また明日からすぐに現場で取り組める内容が充実していました。

・虐待の背景要因から具体的な事例、アプローチの方法など「根拠ある」対策、対応が「良質なサービス」につながる事をよく学べました。大変ありがとうございました。

・もやもやして悩んでいた事があったが、先生の話を聞いて、こうして以降と言う目標が出来た

・沢山のヒントをいただくことが出来ました。

・今、特養の中で出来ていること、できていないこと明確になりました。

・以前から職場で「腑に落ちなかったこと」について、目からウロコの説明を受けまして、非常に満足しました。日々の実践で生かしていけるように、自分尾スキルアップを目指し、職場の改革にも取り組みたいと考えました。

・いかに利用者様への「普通」「当たり前」をわすれかけていました。日頃できていないことがいっぱいで反省しています。私の施設での任期はあと半年ですが、限られた期間、利用者様のために少しでも質の向上に向けて職員、スタッフの指導していきます。カンフォータブルケア、初めて聞きました。感激しました。もう少し、勉強します。簡単な方法だけど難しいでも実践したい!!ありがとうございました。

・基本的な内容であるが、改めて研修で聞くと「やる気」になる・また目指す方向性が間違っていないと自信をもってスタッフに伝える事ができると思った。


以上貴重な意見をいただき感謝申し上げたい。これから来年2月までに東京・名古屋・札幌・仙台・福岡・岡山とこのセミナーを続けていく予定なので、ぜひよろしくお願いします。なおこのセミナーは参加希望者が19名以下だと開催されない場合があるので、ご了承ください。そしてそのようなことがないように、是非たくさんの方にお申込みいただきたい。

一緒に、ホリエモンに馬鹿なことを言われない介護現場を作っていきましょう。

介護の誇り出版記念セミナー
介護の誇り出版記念セミナー開催日程

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サービスの基礎となるマナー教育


介護サービス事業以外の他産業から、介護業界に転職した多くの方が、介護業界の人々の言葉遣いに違和感を抱く。

顧客である利用者に対して日常的に、「ため口」で話しかける職員が多いことに対して、いったいどのような基礎教育を受けているのかと疑問を口にする人が多い。

しかしそんな思いは、介護業界以外の職業を経験したことのない人も同じく持つ思いであり、上司や同僚や部下の、利用者に対するため口に心を痛めている人たちもたくさんおられる。

しかしいったん言葉が乱れた職場において、言葉遣いの改善を図ろうとしても、なかなか全員の言葉遣いが正されず、結局一度良い方向に向かいそうになっても、利用者に対する言葉遣いを正そうとしない職員によって、全体が低きに流れて、元の木阿弥の状態に戻るという例が枚挙にいとまがない。

言葉を正しく使うことが感覚麻痺を防ぐ唯一の方法であること、利用者との会話における言葉遣いは、「丁寧語」を基本とすることが介護のプロとしての基本姿勢であることを、「介護サービスの割れ窓理論」として常日頃から主張している僕の講演を聴いた方からも、「どうしたら言葉遣いの改善が図れるでしょうか?」という質問を受けることがあるが、それに対して特別な処方箋や、特効薬は存在しない。

言葉遣いはプロのサービスマナーとして当然正されなければならず、それはサービスの品質を司る基盤であることを事業管理者が自覚して、覚悟を決めて、言葉の改革に努めなければならない。

事業管理者自身が、職員の手本となる言葉遣いをすることは当たり前であるが、同時に介護サービスという場のピッチに立つ職員の中で、リーダー役を担う職員には、徹底的に言葉の改善の大事さを理解させ、ピッチに立つリーダー自身も、利用者に対しては常に丁寧語で会話できるスキルを身につけさせて、言葉遣いに問題のある職員に対しては、叱ることを恐れない態度を身に着けさせるべきである。

その際の覚悟とは、どうしても言葉遣いを改善できない職員は、「必要ない」という決断を伴う覚悟である。人手不足など、様々なことを理由にして、この部分の妥協を許してしまう職場では、言葉の改善は掛け声倒れに終わってしまうだろう。

これからの介護事業においては、全サービスにおいて、安定的に顧客を確保するという必要性が高まる。そんな中で、権利意識の強い団塊の世代以降の高齢者がサービスを選ぶ際に、サービスの質が一番重要になる。ただ単にサービス提供できるだけではなく、どの部分でサービスの質を差別化するかが問われてくるが、自分の身を預けて身体に直接影響を受けるサービスであればあるほど、コマーシャルベースでよいことを謳っても、実質が伴わないところに顧客は張り付かない。

建物や宣伝文句が立派でも、やぶ医者にかかりたい人はいないのと同じことである。

その際のサービスの質とは、介護サービスに限って言えば、基本サービスができることは当たり前である。例えばオムツ交換ができない介護施設はないだろうし、排泄ケアができない介護職員もいないだろう。しかしそうした羞恥心が伴う部分の介護の際に、いかにその羞恥心に配慮しながら、プライバシーと尊厳を護るかという部分になると、それは介護技術や知識にとどまらない問題で、そこに一人一人の職員にいかに、「心からのおもてなし」=ホスピタリティの精神が存在するのかという問題になる。

しかしその精神は、「持ちなさい」と指導して湧き上がってくるものではなく、日ごろの心配りの延長線上にしか存在しないものなのである。

そうした心配りは、プロとしての矜持がない場所には存在しなくなる。そうした矜持は、サービスマナーの存在しない場所には生まれてこないものである。そうしたサービスマナーの基盤となるものが、利用者に対する正しい言葉遣いであり、その乱れは介護現場では常に割れ窓を広げるリスクになるだろいう。

そういった意味では、事業を立ち上げる時に、しっかりと職員教育を行い、お客さまである、介護サービス利用者の皆様に対して、普通に丁寧語で日常会話ができる職員を配置するというのは、今後の生き残りの事業経営として、必要不可欠であるともいえるわけである。


新刊「介護の誇り」出版記念セミナー・感覚麻痺・不適切ケアの芽を摘む!〜介護保険施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策の詳細と申し込みはこちらからダウンロードしてください。
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スピーチロックや心無い発言はサービスマナー教育の欠如の結果


日本認知症グループホーム協会が8/9、会員向けの「権利擁護・虐待防止に関するアンケート調査」の結果を公表した。

それによると「不適切なケア」に及んでしまったケースが「ある」と答えた施設が、全体の60.1%だったと報告している。
※「たまにある」は47.6%。「時々ある」は11.6%、「よくある」は0.9%で、「ない」は37.0%・・・「たまにある」と「時々ある」の違いはよくわかりません・・・。

ここでいう「不適切なケア」とは、強い言葉で利用者の自由を奪う「スピーチロック」や心無い発言、プライバシーの軽視などを想定しており、深刻な虐待の一歩手前の行為としている。

それらの不適切な行為が全体の6割強のグループホームで発生しているというわけだ。しかもそのうち11.4%の施設が、虐待があると報告している。これは由々しき事態である。

このブログ記事で何度も指摘しているが、職員が意識して行う虐待にしても、無意識のうちに行われてしまう虐待にしても、それは日常の何気ない行為の中で、慣れと惰性が生まれることで生ずる、「感覚麻痺」が原因となっており、それは多くの場合、職員の利用者に対する「言葉の乱れ」から発生している。

顧客である利用者に対して、無礼な馴れ馴れしい言葉遣いが、親しみやすさだと勘違いした職員は、顧客に対するサービスマナーを意識することもなく、ため口で日常会話を行うことにより、調査結果でいうところの「心無い発言」が頻発し、それが「心無い行為」につながる例は枚挙にいとまがない。

そんな場所で、利用者に対するホスピタリティの精神など生まれようもなく、いくらサービスの質を上げようと声を高めて定期研修を行おうと、それらはすべてアリバイ作りにしか過ぎない、職員の自己満足に終始するだけである。

僕が唱える介護サービスの割れ窓理論とは、こうした意味のない研修より、日常の実践の質を上げるための実践が何より大切であるという意味で、言葉の乱れが常識ではない感覚麻痺を促進させ虐待に繋がるとして、言葉を正しくすることで心の乱れをある程度までは防ぐ効果もあることに着目して、ホスピタリティの基盤として、職員が利用者に対して日常会話を行う際の言葉遣いを、丁寧語に統一すべきという理論である。

このことが徹底されていない職場では、職員に悪気があるわけではないが、結果的に利用者を傷つける行為が日常化してしまう。しかし「悪気がない」ということは何の免罪符にもならない。

例えば僕が経験した実例を示そう。

その介護施設では、掛け声としてよい介護とか、接遇とか言われていても、具体的に言葉遣いを正しくするという教育が行われていなかったため、職員間で日常の言葉遣いの「差」が激しく、丁寧語で会話ができる職員がいる反面、ため口が当たり前という職員も大勢いて、そのうちの幾人かは、まるで利用者を罵倒するような言葉遣いだった。

そういう職員は、冗談も冗談に聞こえず、ある利用者がトイレ介助を求めたときに、「○○円かかります。」などと言って、利用者を傷つけ泣かせていた。本人は冗談のつもりで言ったのかもしれないが、その言葉で傷つく利用者は、その後、トイレ介助を誰かに頼むたびに、そのことを思い出して嫌な気持ちになったり、職員に声をかけるのをためらってしまったりしていた。これはもう不適切行為というより虐待と言って過言ではない。

いくらカンフォータブルケアという新しい介護を取り入れたとしても、そのことの研修を行ってよい気持ちになっていたとしても、特定の職員だけがそのことを実践するだけで終わっては意味がなく、それ以外の職員の汚い言葉遣いや、乱暴な態度に、深く傷つけられる利用者がいつも存在している実態は、なんのための研修なのかと言いたいところである。

こんなふうに介護サービスの場では、まだまだなくしていかねばならない負の遺産がたくさん存在する。特に利用者を傷つける、配慮に欠けた言動が無意識に行われる状況を何とかせねばならない。

そもそも悪意のない不適切サービスは、自覚がないから厄介だ。そうしたプロ意識に欠ける状況をいつまでも放置してはならない。

まずはすべての職員が言葉遣いを正して、顧客でもある年上の利用者に、ため口で会話することの恥を知らしめなければならない。プロとしても矜持として、言葉遣いに気を遣うスキルを持たねばならない。

そして対人援助の仕事は、自分自身の感情の表し方や感じ方をコントロールしなければならない、「感情労働」という側面があるという理解が必要で、「感情のコントロール」という、意識的かつ持続的な労力が求められることを知らねばならない。普段の生活では、怒りっぽい人でも仕事中は笑顔を振りまかなければならないのだ。それが介護のプロとしての使命と責任なのである。

冒頭で紹介した調査結果を受けて、グループホーム協会の担当者は、「事業者・職員の研修も重要。引き続き力を入れ、さらなる改善につなげていきたい。」と話しているというが、研修内容自体が問題で、ホスピタリティにつながるサービスマナーの教育として、ため口が割れ窓になるという教育をきちんとしなければ何も変わらないだろう。


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家族の面会を拒否する権利が施設にあるのか?


神奈川・三浦市の特養に入所していた85歳の男性が、肋骨や尾骨の骨折や顔のあざなどを負う虐待を受けた疑いが浮上し、容疑者不詳のまま刑事告訴するとともに、法人および介護担当の男性介護福祉士を相手取って慰謝料など計約1,680万円の損害賠償を求める民事訴訟を横浜地地方裁判所横須賀支部に提訴した。

この件に関する報道記事をリンク先からご覧いただきたいが、リンク先の記事が消える可能性があるので、要旨を抜粋させていただく。
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訴えを起こした男性は、昨年11/24の施設入所。12/24に右目の腫れや左腰打撲のけがをしたということで、ホーム側から家族に「男性が転倒したのでこれから医師に診せる。骨折などはないが、身体中に痛みがあり、車いす生活になるかもしれない。ただしベッドからの転落は今回なかった」といった主旨の電話連絡をしたとされる。そのご医師の往診をうけてホーム生活に戻り、同30日に家族側が男性への面会に訪れようとしたが、「男性の状態が悪い」との理由で会うことを拒否されたという。

今年1月1日になって再び家族が面会に訪れると、車いすに乗ってホーム職員に連れられてきた男性利用者は、両目まぶたや頬・手にあざが出来ていた。男性の状況に驚いた家族側が救急車を呼び、別の病院に緊急搬送。搬送先の別病院による診断では、新たに左右の肋骨計7本の骨折と尾骨骨折、さらに両目・後頭部・腹・背中などが皮下出血していることも確認された。

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そのほか記録の改ざんが疑われる内容などが記事に書かれているが、怪我の程度や部位を考えると、単なるt転倒であるとは考えにくく、暴力的行為が行われていた可能性が高い。しかし被害者である元入所男性は軽度の認知症もあるそうだから、何が起こったかという真実は明らかにされない恐れもある。

しかしそうであったとしても、この施設が不適切運営を行っていることは明らかだ。感染症の発症などの正当な理由もなく、家族の面会を拒否しているからだ。この一点をもってして糾弾されてよいものだ。

恐らく怪我をさせていた事実を覆い隠そうとして、面会拒否につながったものであろうが、生活施設において本人の拒否がない限り、それ相応の正当な理由なく家族の面会を拒むことはできないはずである。「男性の状態が悪い。」との理由は、正当な理由に当たらず、状態が悪いなら、その状態を確認していただくのが、本来必要な対応である。

過去にも面会を拒否するケースについて批判記事を書いたことがある。例えば2006年に指定取り消しになった札幌のグループホームのケースについて、『介護サービスの「割れ窓理論」再び』で論評したが、このグループホームでは、日常的に家族の面会拒否が行われていたことが後に明らかになった。ホーム側の言い分は、「会うと自宅に帰りたくなる。」というものであった。まったくひどい理由だ。このグループホームでは面会を断られ続け、一度も会えないまま、やせ細って入所〜2月に入院したとの連絡を受けたというケースも報告されている。

面会を拒むというホームには、隠したい何かがあると考えてよいだろう。そんな施設やサービス事業所に、大事な家族を任せてはならない。

そもそもこれからの介護経営リスクマネジメントには、組織力の強化が欠かせないが、その組織力とは、組織内部で行われたことを包み隠す力ではなく、すべてを公にして恥じない状態を作り出す組織力である。組織にとって不都合な状態が生じた場合も、その情報を公開して、改善するという自浄作用を高める組織力である。

これからの時代のコンプライアンスとは法令の遵守を含めた「社会的要請」へ応えることである。法令に違反しているのか、いないのか、のみを基準として画一的に考えるのではなく、介護サービス事業者に社会が期待していることに応えられるように事業運営することが生き残っていく事業者につながる。

そのためには法令に精通した管理部門が内部監査等を含めて違法性をチェックするとともに、サービスの質を管理する必要がある。そうした安全と安心の担保がない事業者は、介護給付費が削減される波の中で、利用者の選択肢が広がり、選ばれて使ってもらえる事業者しか生き残れない時代に、消滅の危機に瀕していくだろう。

事業者のビジョンに反する行為や疑いが生じた場合は見過ごさずに素早く対応し、発生した問題とそれに関連する事実を全面的に把握し、その原因を究明して再発予防の是正措置をとるという治療的コンプライアンスの視点がない事業者は、生き残ることができない事業者になっていくのだ。不適切サービスを密室化させる事業者からは、利用者だけではなく、従業者も消えていなくなっていくだろう。

そうならないために、対人援助サービスの使命を感じ、介護業務にプロとしての誇りをもって従事する人材を育てていく必要がある。

10月から全国7ケ所を廻るセミナーが、その一助になれば幸いである。
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希望を確信に変える介護の場が求められている


年度末の週である。この週が終わると来週月曜日には、たくさんの事業者に新入社員が入職してくる。今年ももうそんな時期になった。

我々介護サービス事業者にも、新卒者をはじめとした新しい仲間が数多く入職してくる。その中には、この春に介護福祉士養成校を卒業して、介護の職業に自分の夢を託して、心弾ませて入職してくる若い人々も含まれている。そうした貴重な人材が、将来介護業界を背負って立つことができる人材へと成長させうるかどうかが、我々の手にかかっているということになる。

先輩職員の皆様は、その責任を忘れないでほしい。

僕が2年間、介護福祉士養成校で教えた生徒たちは、今頃どんな気持ちで新しいスタートラインに立とうとしているのだろうか。介護の道を志すように教えてきた教師という立場で言えば、彼ら、彼女らの志が報いられる職場であってくれと祈るのみである。

見習うべき先輩職員がいて、しっかりとした教育をしてくれる職場だと、数年もしないうちに学生は見違えるように成長してくれるが、当初の志を失って、どうして短期間にこんなにも堕落してしまったんだろうという卒業生に出会うこともある。教育に携わったものとして、それは非常に哀しい現実である。

職場の雰囲気、先輩となる人々の態度は、それほど大きな影響があるものだ。

この時期の入職者は、真っ白いキャンパスのような心に、いろいろなものを吸収していく。しかし彼ら、彼女らは、良いものだけを選んで吸収する能力を持つ段階には至っておらず、悪いものさえも「素直に」受け入れてしまいがちである。

志を高く抱き、利用者の幸福な暮らしに寄り添いたいと思っているはずの学生が、笑顔と丁寧な言葉で対応していたにもかかわらず、職場の全体の雰囲気が、サービスマネーに欠け、ぞんざいな言葉が飛び交い、横柄な態度が許されているようならば、ものの一月もしないうちに、新入職員の感覚は麻痺して低きに流れ、無礼ななれなれしい言葉と、横柄な態度をなんとも思わなくなり、彼ら・彼女らが学生時代に批判していた醜い対応を平気にとるようになってしまう。

それを自己責任という言葉で切り捨てないでほしい。人は誰しもそんなに強くはないのだ。この時期にしっかり基礎をつくり、護るべきものは何かということを噛み砕いて教える必要があるのだ。

それもこれも先輩と呼ばれる職員の対応にかかっているのだ。

職場全体で、サービスマナーの意識が高く、横柄な言葉を注意する土壌があるなら、そうした職場で「タメ口」で利用者に話しかける新入職員は居なくなる。それだけでも職員教育の初期目標は達せられるのだから、いかに職場環境がその水準に達していることが、教育にかける時間を削減できるかという証明にもなる。そうした職場で、燃え尽き症候群は発生しにくいし、職員の離職率も減り、常に職員募集と、新人教育・OJTに振り回されるということもなくなる。

サービスマナー意識と、ホスピタリティ教育は、そういう意味でも大事なのである。そしてその基礎を成すものが「介護サービスの割れ窓理論」であり、言葉は運命になるという教育なのである。

厚生労働省が、介護サービス従事者の虐待が増加しているという調査結果を公表し、関係者向けの研修会の開催などを促していく方針を示しているが、すべての職場で顧客意識を持ったサービスマナーの教育がされておれば、この状況は大幅に改善されるのではないかと思っている。

介護現場の不適切なサービスを、介護という職業にまつわるストレスに結び付けても始まらない。ストレスとは関係のない感覚麻痺による不適切サービスが虐待につながっていることを考えると、その原因は、親しみやすいという意味を間違って捉えている顧客意識のない職員対応であることに気がつかねばならない。

わずか数ケ月しか働いていない新入職員が、年上の高齢者に対し、タメ口で話しかけるようになる環境を変えなければ、感覚麻痺や不適切サービスから虐待につながるケースは、なくならないのである。
新刊「介護の誇り」(5月11日刊行予定)の紹介ページはこちらをクリックしてください。

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カンフォータブル・ケアとは何か。


医療機関の職員の言葉に違和感を覚えた人からのメール、から続く)
カンフォータブル・ケアとは、北海道札幌市の北仁会・旭山病院の看護師長である南敦司氏が命名し、同病院で実践されているケアだそうである。

それは認知症の人に、心地良い快刺激を与えるケアとされており、認知症の人の行動・心理症状(BPSD)を鎮静化するとともに、看護者・介護者にとっても、ストレスフルな感情の払拭や、患者への陽性感情をもたらし、技術を高めるプロ意識の発生とモチベーション向上により、燃え尽き防止にもつながっていくとされている実践法である。

僕はその方法論を専門的に学んだことはないので、正確にその方法論をここで示すことはできないが、カンフォータブル・ケアを実践している看護師さんなどを見ると、認知症の人に対して、笑顔で視線を合わせて接していることが分かる。笑顔は人に伝染するということの実践ではないだろうか。そのことは日ごろ僕が示している考え方とも共通する。(参照:笑顔はプロの心得なり

そして認知症の人に話しかける言葉も、敬語であることが分かる。

認知症の人は、毎日親しく接する看護職員・介護職員であっても、毎日その人の顔を忘れてしまう。そのためいきなりタメ口で話しかけられたら、恐怖か不快しか感じないのである。カンフォータブル・ケアの基本は、快刺激を与えることなのだから、言葉がそのことに重要な役割を果たしているという意味は、いかに敬語・丁寧語以外が認知症の人にとっての不快要因であるかの証明であり、そのことは僕の提唱する、「介護サービスの割れ窓理論」とまったく同じ考え方であるといってよいものだと思う。

さらにカンフォータブル・ケアの実践者を見ていると、適切なスキンシップを大事にしていることも分かる。そして快刺激を与える=その人にとって不快な話題はできるだけ避ける、ということにも注意が向けられている。

認知症のケアの方法論として、バリデーションとか、パーソンセンタードケアという考え方があって、利用者を中心に、利用者本位で考えることが、認知症の人の気持ちを理解するために求められることであることは広く知られているが、同時に関わる看護・介護職員等の表情を含めた接した方を、快刺激・不快要因として重視する方法は、対人援助のプロの自覚を促すという意味でも、とても優れた方法に思える。

このように医療と看護の現場が、薬剤に頼る治療ではなく、看護者としての自分たちの対応の仕方により、認知症の症状を改善する取り組みがされ、その中で看護のプロとしての対応方法として、正しい言葉遣いがされるようになってきているわけである。

本来この方法論は、介護の現場でこそ先進的に行われるべきではないのだろうか。いや、それはどっちだって良いが、すべての看護者・介護者が、親しみやすさと勘違いして使う、馴れ馴れしい無礼な言葉が、言葉をかけられる人にとっては不快要因であることを自覚して、新しい言葉のスタンダードを作っていくという意識に目覚めてほしい。

そしてせっかく看護の専門家が、そのようなケアを実践している場においても、それを見習って同じ言葉遣いをしようとしない介護職員が居ることを恥じてほしい。

今現在、教育課程でも、資格取得過程でも、看護のそれは介護より高いレベルにあるというのが常識だ。そのような中で、誰でも実践可能な言葉の改革さえも遅れをとるようなら、介護職員の大幅な待遇改善など期待できない。介護を悔悟にしないためにも、看護の場に負けない適切な言葉遣いを7、介護サービスの場からの発信としていく必要があるのではないだろうか。

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医療機関の職員の言葉に違和感を覚えた人からのメール


SNSなど、インターネットを利用した情報媒体の拡散力・影響力はすごいものだと思うが、だからといってそれだけに頼っても、情報の広がりには限界があるのかもしれない。

むしろアナログの情報媒体しか見ない人もいるので、アナログをまったく無視してしまっては、それらの人にはいつまでたっても伝えられないこともある。インターネットを使いこなしていても、SNSは好まないという人もいる。そういう意味ではデジタル、アナログの別もなく、様々な情報媒体を利用することで、情報伝達の広がりを持たせることができるといえるのだろう。

不特定多数の多くの人々に、伝えたいものがある人にとっては、そのことは大事な考え方であると思う。特に介護というすべての人にとって無縁でないものについて、それをよりよいものにしようとするための情報伝達は、あらゆる媒体を酷使して伝えたいものだと思う。

というのも、先週金曜日のブログ記事で紹介した、「みやざき中央新聞」に載った僕の講演内容が、思わぬところで拡散しているからだ。その新聞を読んだある人から、次のようなメールが届いた。氏名を伏せて紹介させていただく。
--------------------------------------------------------
こんにちは、初めまして。群馬県で高校の教員をしている○○○○○と申します。
「みやざき中央新聞」の記事を読みました。自分の中にあった理解できない思いが理解できました。

以前、父が入院していた時に、看護師さんの言葉がタメ口で何となく気になってました。でも、看護師さんも一生懸命な人ばかりで、そして、病院ではタメ口が普通で当たり前なんだ・・・と思ってました。でも、違和感というか、何となく父が子ども扱いされてるようでモヤモヤするものがありました。

この「みやざき中央新聞」の菊地さんの記事で、モヤモヤの原因がわかりました。やっぱり、丁寧な言葉が必要ですよね。とても、スッキリしました。ありがとうございました。

自分は女子校に務めており、看護(介護)希望も多い学校です。生徒にこの記事を読ませて、生徒が「言葉」について考える機会になればいいなと思ってます。

突然のメールすいませんでした。次号の「みやざき中央新聞」を楽しみにしてます。ぜひ、これを機会に今後もよろしくお願いできたらと思ってます。

---------------------------------------------------------
医療機関の看護師の言葉に違和感を覚える患者さんや家族は、決して少なくないのである。しかしそれらの人々も、そうした言葉を使う人に、直接その違和感を訴えることはない。そんなものかとあきらめてしまうか、不快な思いを胸の奥にしまいこんで黙ってしまうのだ。

それに甘えて、いつまでも顧客である患者さんや利用者さんに「タメ口」で話しかけることを恥ずかしく思わなくて良いのだろうか。その姿は対人援助のプロとしてはみっともないことこの上ない。

介護サービスの従業者も同様だ。医療現場の看護師を始めとした様々な関係者が、自らの口から発する言葉に鈍感なままだからといって、介護サービスの場も、その物まねのような汚らしい言葉遣いのままでよいわけがないと自覚すべきである。

無礼な馴れ馴れしい言葉遣いが、いかに利用者の尊厳を奪うかということを自覚し、お客様である利用者に適切に対応し、その心と暮らしを護るために僕が提唱しているのが、「介護サービスの割れ窓理論」である。

この理論を提唱して20年以上経つが、なかなか介護サービスの場に浸透しないのが現状だ。勿論一部の人々には受け入れられて、実践されているものの、すべての介護サービス従事者が、「タメ口」という醜い言葉遣いを捨て去らない現状は続いている。そのことは本当に残念に思うとともに、利用者やその家族の立場に立って考えたときには、本当に哀しくなる。果たして介護は、哀しみをつれてくるものなのか・・・。そんな疑問さえ持つ。

介護サービスの場で、利用者を傷つけたり、不快感を与える危険性を排除できない言葉遣いが続けられているうちに、その原因であるとして僕たちが批判してきた、看護の現場の言葉遣いには変化の兆候が見られる。それは一部の看護現場に過ぎないといえども、言葉遣いを見直そうという機運がみられる。

反面教師としてその言葉遣いや、態度を見るべきだとしていた看護サービスの場で、明らかに以前と違う考え方が生まれている。

それが認知症の人の看護に携わる医師や看護師によって実践されているカンフォータブル・ケアである。

ではカンフォータブル・ケアとは何か?今日は時間がなくなり、字数も長くなったので、明日の記事でそのことを書こうと思う。(明日に続く)

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介護に携わる全ての人に勇気と元気を


今僕は、新千歳空港のJALラウンジで、コーヒーを飲みながら、飛行機への搭乗待ちの時間を使って、徒然なるままに記事を更新しているところだ。平日の仕事に忙しい思いをしている方々には、まことに申し訳ない思いである。しかし僕とて、普段は意外と忙しい暮らしを送っているのである。

例えば人が暮らしていく以上、何らかの形での行政手続きは欠かせないが、僕の今の暮らしの中では、この手続きの時間がなかなか取れないでいる。

現在僕が勤務する千歳市の老健施設は、自宅から距離にして片道約90キロ離れた場所にある。毎日の通勤は一般道路を使って片道2時間弱かかるため、仕事が終わった後に、居住地で行政手続きをしようと思っても、とっくの間に閉庁時間が過ぎている。土日に窓口が空いていない限り、平日に休みをとって手続きをするしかないのが不便なところである。

そうであるからこそ今日のような平日の休みは貴重である。今日は静岡県三島市の講演に向かうために休みをいただいているのだが、講演は明日なので、今日は移動するだけの予定のため、朝早くから動く必要はなく、自宅近くのバス停から10:40発の高速バスに乗って、先ほど新千歳空港に着いたところである。

そのため今朝は、バス時刻まで十分余裕があったので、朝一番で登別市役所に出向き、今日から始まった確定申告のための必要書類を取って来た。申告自体は後日行うが、これでなんとか3/15までに申告を終えられる目途がついたというところである。一安心といったところか・・・。

そのほかにも今朝のうちに連載原稿を2本仕上げるなど、時間を有効に使うことができた。少し幸せな気分である。

まだフライト時間には間があるが、本日、羽田空港に降り立つのは15:40の予定だから、おそらく三島駅には午後5時過ぎには到着できるだろう。今晩は地元の人と一献酌み交わしながら、明日の講演内容につながる話に盛り上がるかもしれない。愉しみである。

話は変わるが、一昨日九州の、「みやざき中央新聞」が僕の手元に送られてきた。
みやざき中央新聞
これは昨年7/3に東京都港区で行われた、介護甲子園主催セミナーでの僕の講演で話したことがまとめられた記事である。一面トップの半分のスペースが僕の講演内容で埋まっている。なかなかの壮観である。

対人援助の専門家として持つべき使命感や、抱くべきホスピタリティの精神について、「介護サービスの割れ窓理論」をベースに語っている部分が紹介されている。

このことは時代がどう変わろうとも、地域包括ケアシステムがどう運用されようとも、僕たちがベースに持っていないとならない考え方だと思う。明日もそんな話を入れようと思っている。そして今後も全国のいろいろな場所で、そんな話をし続けようと思ったりしている。

そういえば、いよいよ新著作本を上梓する話も具体化してきた。書く書くといいながら、転職のあわただしさや、通勤時間の長さを理由に時間がないと言い訳しながら、執筆を先延ばししていたが、6月に日総研出版社から新刊を出版する方向で、今原稿を書き始めている。そこで主張する大きなテーマは、「介護の誇り」になるだろう。介護に携わる全ての人に勇気と元気を与える内容となる予定だ。

これからの問題は、6月の出版に向けて、うまく時間を見つけながら3月いっぱいまでに原稿を仕上げられるかということだ。頑張ろう。

予定通りに行くと、6/10(土)田村駒ビル(大阪市)で行う、日総研出版主催看取り介護セミナー会場で、初版本の出版記念販売ということになると思う。そのあと、全国の講演会場で、新刊販売ができるだろう。全国の皆さん、どうぞよろしくお願いします。

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事業戦略を見直さない介護事業者は死ぬ


介護事業者のリスクマネジメントの最たるものは、経営リスクマネジメントであり、顧客確保ができないリスクに対する備えが、最重要課題である。

それはとりもなおさず事業経営戦略に繋がる問題である。ここの意識の差が、これからの事業経営の明暗を分けるだろう。

要介護高齢者の、「暮らしの場」は、その環境の差異はともかくとして、確実に増えており、要介護者の選択肢は広がっている。

そんな中で増えすぎたサ高住の、空き部屋活用のための利用料ダンピングの動きや、訪問介護事業所などの顧客確保戦略として、老築化したアパート等を買い取って、そこに事業所を構え、要介護高齢者を住まわせ、アパート内で支給限度額いっぱいまで訪問介護サービスを提供するような動きが強まる中、後期高齢者や要介護者の数は増加しても、介護施設の入所者確保は容易ではなくなる。

つまり昨日書いた、「利用者確保に困り始めた特養」の内容は、他の介護保険施設も対岸の火事ではないという意味も含んでいるのだ。

特養の待機者が減り、空きベッドが生じてくるということは、老健において特養待機目的で入所する人がいなくなるということだ。

在宅復帰型老健は、特養待機するのが目的ではないから、そんなことは関係ないといっていられない。あらかじめ3ケ月しか入所できないという条件で在宅復帰型老健に入所してくる人の中には、当座は行き場所が無いから在宅復帰型老健に入所して次を探すという人が数多く含まれる。特養の空きベッドができるという意味は、当座の老健入所ケースが減るということを意味するのだ。

療養型医療施設も同様で、空きベッドを埋めなければならない特養の顧客確保戦略は、介護の差別化の方向に向かうのは必然だから、医療機関がバックにある特養などでは、経管栄養や点滴などの医療行為が必要な人を重点的に受け入れようとする動きが強まるだろう。それは特養の医療サービスがマルメではなく、介護報酬の外付けである点から考えても、バックボーンとなっている医療機関とのパックで収益を見込むという戦略として成り立つのである。
(※マルメではないことによって、介護報酬と診療報酬をそれぞれ算定できるために、医療依存度の高い人の特養入所=医療機関で診療報酬を算定できる外来患者の増加、という構図が成り立つのである)

居宅サービスは、これから軽介護者の給付抑制が進み、要介護1と2の人は、順次地域支援事業化され、そこから保険外自己負担サービス化されていく。

どちらにしても、要介護者の数が増える中で、介護給付費を抑制していくのだから、顧客一人当たりの単価は減ることになる。よって今後の事業継続のためには、顧客数をしっかり増やして、事業経営が成り立つ顧客数を確保していく戦略が必要不可欠となるのだから、今後は施設サービス及び居宅サービスを問わず、顧客の奪い合いが激しくなることは容易に予測できる。

その中で選ばれる事業者になっていくためには何が必要なのか。

その際のサービスの差別化とは、結局は介護サービスの高品質化に尽きると思う。

それは利用者確保ではなく顧客確保であることを忘れてはならないし、顧客を確保するために相談員は、営業周りをするのではなく、顧客に選ばれるケアの品質管理をする役割だということを自覚してほしいと思う。いや施設長がそれを理解しないとだめである。

そうであるなら、介護事業者は従業員の接客態度の向上にも努めて当然であり、僕が提唱する、「介護サービスの割れ窓理論」を積極的に実行しようと取り組む事業者が増えていることは、喜ばしいことである。

そういう事業者は、従業員の顧客対応意識を高めようと、日常的に使う用語の改革にも力を入れており、例えばショートステイのお客様に、より心地よく対応していただくためには、「入所・退所」という言葉は違和感があるのではないかとして、「チェックイン・チェックアウト」という言葉を日常的に使うようになったりしている。

その言葉がベストかどうかは分からないが、職員の意識改革という点からは有効である。

このように、お客様により良いサービスを実現するために、既存のあらゆるものの改革の必要性を自覚する事業者と、そうでない事業者には差ができ、それは生き残ることができるか、そうでないかの分かれ目にも繋がっていくだろう。

介護にほとんど興味の無い安定政権が、経済効果でしか社会保障費を見つめない現状において、介護サービス事業者に優しい制度改正などあり得ないわけだから、今後の介護事業経営は、より厳しいものとなり、運営しかできない管理者のいる介護サービスを利用する人は、いなくなるだろう。

サービスを利用する人は、単なるユーザーではなく顧客であり、お客様意識を持ってサービスの質を高めないと、誰も選んで利用してくれないという意識のもと、職員のホスピタリティ意識を高め、介護サービスの質を向上させていく事業者だけが生き残り、それ以外の事業者は野垂れ死にしていくしかないだろう。

そういう意味で今の時代、介護サービスの割れ窓理論は、企業倫理としてだけでなく、リスクマネジメントとして求められているという自覚が、介護事業者しいては介護経営者に必要とされるのである。

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始まりはいつも一人



自分とはまったく縁もゆかりもない場所の、新設された特養の職員募集に応募したとき、誰にも相談しなかった。就職試験に合格して、実家を離れることも一人で決めた。

就職した特養で、働いているうちに感じた様々な疑問の中で、利用者本位という言葉が実践されていないことに異を唱え、様々な改革を行う提言をしたとき、孤立無援の立場に立たされたこともある。
(その戦いの結果については、人を語らずして介護を語るな THE FINAL 誰かの赤い花になるためにの、第1章 道標のないたび人生――社会福祉援助者としての自分史を振り返りながら【書き下ろし】を参照していただきたい。)

地域の中で、同業者の集まり(勉強会等)で、利用者に対する言葉遣いが間違っているのではないかと、丁寧語を基本として顧客対応すべきであると主張したとき、その言葉を鼻で笑われた。そもそも入所者という言葉しかなかった当時、顧客と発言すること自体が、周囲に違和感を与えた。あれから30年近くたっても、介護サービスの場での、顧客に対するタメ口はなくなっていないが、「介護サービスの割れ窓理論」に賛同してくれる仲間は確実に増え、全国でその輪が広がり続けている。

インターネットが普及しつつあった当時、まだ老人ホームの公式サイトなどが一般的でなかったころから、施設の公式サイトを創り、そこに情報交換の掲示板を設置しようとしたとき、そんなものに金をかけても、誰も見ないだろうといわれた。その掲示板は、今毎日アクセス数が10.000件を超えており、業界屈指の情報掲示板となっている。

今僕がここにいることができるのは、支えてくれた仲間がいるからだ。一人では決して何もできなかっただろう。

でも・・・僕を支えてくれる仲間が、最初からいたわけではない。最初は一人で始めたことが多い。

たった一人で、孤独を味わいながら、そこから逃げる手段も考えながら始めたこともある。それでもしなけらばならなかったことがあるのだ。

一人になるのは怖いことだ。一人になるのはつらいことだ。でもいつか志を同じくする仲間が、手をつなげてくれることを信じて、しなければならないことがある。

介護サービスの場では、正論が暴論につぶされる場面が、しばしばみられる。ごく当たり前のことをしようとする人が、世間の非常識が介護の常識の典型である人々から浮き上がってしまうことがある。

しかしそれを放置していく場所では、利用者の笑顔も心も奪われてしまう。正論がつぶされないように、正しいことが正しく行われるように、たった一人で始めなければならないことがあるのだ。

人の役に立ち介護という基本に立ち返って、そのことを奪わないために、一人で始めなければならない人を、僕は応援して、志を同じくする人とつなげていきたい。

いきものがかりの楽曲に、「エール」という名曲がある。その中に次のようなフレーズがある。

翼があるのに、飛べずにいるんだ。一人になるのが怖くて、つらくて。
やさしい陽だまりに 肩寄せる日々を越えて、僕ら孤独の旅へと歩く
サヨナラは哀しい言葉じゃなく、それぞれの夢へと僕らをつなぐエール
ともに過ごした日々を胸に抱いて、飛び立つよ一人で、次の空へ。


この歌が僕は好きだ。この歌詞が僕は好きだ。僕もこの春、新しい旅立ちの時を迎えた。その時にも、この歌を口づさんで、自らの心を鼓舞して過ごしてきた。そして僕にとっての次の空も、今青空が広がっている。

僕のように、一人で次のステージに踏む出した人たちに、心からのエールを送りたい。
始まりはいつも一人

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サービスマナーの軽視がもたらす人権侵害


以前にもここで紹介した、「高齢者福祉施設におけるサービスマナー実践テキスト」(東京都社会福祉協議会)は、僕がかねてから主張している、「介護サービスの割れ窓理論」とまったく同じようなことが書かれている。

この本の編集者は、岩本操・武蔵野大学人間科学部准教授(前で紹介した記事の写真にも写っている方)であるが、僕との違いは、岩本淳教授のほうが、文章に品があるということだ。

しかしその指摘しているところは、まさにストライクゾーンど真ん中をついていて、非常に説得力がある。

例えば「親しみやすさと、馴れ合いの混同」という点では、次のように指摘している。

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高齢者施設におけるサービスマナー実践テキスト(東京都社会福祉協議会)より引用

老人ホーム等の生活施設では、利用者と職員との関係が長期化し、家族のようなかかわりが見受けられます。このこと自体が悪いわけではありませんが、それが「馴れ合い」関係になっていることには注意が必要です。その典型が「言葉遣いの乱れ」でしょう。若い職員が、自分の祖父母くらい年長の利用者に対して「~だよ」「何をやっているの」という場面も少なくありません。こうした言葉遣いを「親しみやすさ」の表れだという話も聞きますが、丁寧な言葉遣いや敬語を使っても「親しみやすさ」は十分表現できるはずですから、利用者の心地よさよりも職員が慣れた楽なやり方を続けているだけかもしれません。マナーは自分の損得ではなく、相手の得にあるわけですから、これはサービスマナーの実践とはいえません。

こうした「馴れ合い」関係について、利用者も安心して満足しているという反論もありますが、これは大いに疑問です。人間は小さな子供からお年寄りまで、環境に適応しようとする力があります。母親から引き離された子供は、最初は母親を求めて泣き叫びますが、其れが長引くと、母親を求めることを「あきらめる」ことによって、その状況に適応しようとします。また精神病院に何年、何十年も入院してきた人は、入院当初は退院を繰り返し主張しますが、次第に何も言わなくなり、退院を「あきらめて」病院に適応していることが多くあります。忘れてならないのは、そうした人々も始めから適応することを望んでいるわけではないということです。人は誰もが、環境の良し悪しにかかわらず、どうしたらここで自分が生き延びていけるか、環境に応じた構えを作っていくわけです。高齢者施設に入所した利用者も、そこで安定して生きていくために環境や職員の対応を受け入れ、それに合わせていると考えたほうが自然です。「馴れ合い」関係は、利用者が本来望んでいたものではなく、じつは利用者の努力の結果なのです。  
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介護施設を利用している高齢者は、若い人のため口に親しみを感じているのではなく、その言葉を受け入れないと、そこでは生きていけないために適応させられているというわけであり、そこでは「飼いならされている」というイメージが浮かんでくる。

こうした状態を異常と思えないほうがどうかしている。

されに岩本順教授は、【サービスマナーの軽視がもたらす人権侵害】にも筆を及ばせている。

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高齢者施設におけるサービスマナー実践テキスト(東京都社会福祉協議会)より引用

サービスマナーの取り組みは労力がかかる一方、職員が対応をしたところで利用者に良好な変化が見られず、徒労感が募るという話を聞きます。利用者の介護度は高く、重い認知症を抱えている人が多くなってきるので、職員が一生懸命コミュニケーション技術を身につけても、その言葉の変化に利用者が気づき反応してくれることが難しいのは事実です。このため職員の中には「何を言っても通じない」「何をやっても同じではないか」という思いが生ずることも稀ではありません。しかし、こうした考え方の根底には、深刻な人権問題がかかわっていることに警戒しなければなりません。

社会福祉実践の価値前提として「人間尊重」の視点があります。「人間尊重」とは、人は「何を持っている」とか「何ができる」ということにかかわらず、「ただ人として存在していることに価値がある」という人間観です。福祉施設の理念に掲げられている「人としての尊厳」も、この人間観によって支えられています。もし、重い認知症をもつ利用者や意識障害のある人に対して、「どうせ分からないから」とサービスマナーを軽んじる言動があるとしたら、それは利用者を「価値あるもの」と「そうでないもの」とに選別していることになるのです。その感覚はとても怖いもので、常に自戒し社会福祉の価値前提を確認していないと、知らず知らずのうちに利用者の人権を侵害し、虐待につながる恐れもあるのです。

サービスマナーは利用者を変えるために行うものではありません。社会福祉や社会福祉の理念に基づき、利用者の状態や反応にかかわらず「あなたを大切に思っています」というまなざしを持って向き合うことです。福祉施設でサービスマナーを考えるときに、常にこの視点に立ち戻ることが大切です。
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なるほど。社会福祉援助に関係する僕たちが、決して忘れてはならない「人間尊重」の視点こそ、サービスマナーにつながっているのだと、あらためて考えさせられた。その為の「介護サービスの割れ窓理論」であり、介護事業者の「ホスピタリティ」は、単に顧客確保のためだけではなく、僕たちのアイデンティティともいうべき、福祉観に深くかかわるものだ、ということをあらためて感じた。

そうした視点を持つこともなしに、安かろう悪かろうサービスのままでよいし、言葉遣いなど大きな問題ではなく、タメ口も時には許されると考える輩には、僕たちのステージから一日も早く退場してもらわねばならないという気持ちが、一段と強くさせられた。

このような考え方を、もっと広めていかねばならないと、あらためて覚悟を決めた。・・・誰かの赤い花になるために。

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介護に求められるホスピタリティ


アミーユ川崎幸町で、3人の利用者の命を奪った犯人の犯行動機は何なのかと問う議論の中で、介護支援の場のストレスが原因であるかのような論調が一部にみられる。

馬鹿なことを言うなと言いたい。仕事にストレスがあるからと言って、罪なき高齢者の命を、冷静で計画的に奪うという犯罪行為が、あれほど連続して行われるわけがない。あの事件の犯人は、サイコパスが疑われると思うし、機会さえあれば、どのような職業に就いていたとしても、犯行を行っていた可能性が高い。この犯罪と、介護ストレスを同じテーブルで論ずることはできない。それは間違った議論である。

一方でこの施設では、犯人以外の職員が、利用者に暴言を吐きながら介護を行っていたことが、家族の隠し撮りカメラ映像によって明らかになっている。それはストレスの結果なのだろうか。そうだとしたら、それはやむを得ない部分があり、情状酌量の余地があるとでもいうのだろうか。

確かに介護をはじめとした対人援助の職業は、他人の身体に直接アプローチするということにおいて負担感はあるし、他人の感情と直接向かい合わねばならないことが多く、その感情に巻き込まれたり、精神的負担を感ずることも多いだろう。

だからと言って、全国で約177万の介護職員が、ストレスのために多かれ少なかれ、虐待行為に走っているという事実はない。

多くの介護職員は、何らかのストレスを抱えていたとしても、それ以上に介護という職業の使命感や誇りを感じ、やりがいを感じて、対人援助の仕事を続けることに喜びを抱き、利用者の笑顔を求めて仕事を続けているのだ。マジョリティは、虐待行為と無縁の仕事をしている職員であり、それはごく普通の光景である。

隠し撮りビデオ映像に写っていた姿が、「氷山の一角」などというのも間違った考え方だ。我々が漕ぎ出している海に、そんな氷山など浮かんでいない。隠された部分に闇を抱いている職場では決してないのだ。

あの隠し撮りビデオ映像の姿は、介護サービスにも、お客様である利用者に対するマナーが必要であるという教育を受けていない結果であろう。しかしどのような理由があろうとも、あの行為は許されるものではないし、情状酌量の余地もない。

マナーを欠く不適切サービスの原因が、「感覚麻痺」であり、それは利用者に対する言葉遣いの乱れから生ずるものであるという、「介護サービスの割れ窓理論」であることは以前から主張してきている。

お客様である利用者に対する言葉遣いは、「丁寧語」であるべきだし、親しみやすさを理由にして、言葉を崩す必要はないことを何度も主張してきた。

しかし言葉遣いを正しくすることを、「気取っている」とか、「杓子行儀」だとかいう言葉で否定する輩がなくならない。それは低き精神に流れているだけで、学びの精神のかけらもない、スキルの低い人間のたわごとだ。

誇りある職業であるならば、気取りだって必要になる時があるだろう。それともそれらの人々は、自らの職業を卑下しているのだろうか。その精神の貧困さは救いようがなく、そうした精神構造はみじめでしかない。

介護サービスは、人の暮らしに直接向かい合う仕事である。そこでは人の暮らしに深く介入して、時にはもっともぱらいべーとな部分で、他人に知られたくはない部分にも踏み込んでいかざるを得ない。そうであるがゆえに、人の感情には敏感であるべきで、笑顔で対応したり、素早く対応したり、丁寧に対応するなど、我々の支援行為を気持よ利用・享受していただくための配慮は必要である。それができるのが対人援助のプロであり、できなければただの素人だ。そんな素人が、生活の糧をそこから得ていることがどうかしている。そういう人は、さっさと別な仕事を探しなさい。

そういう意味で、これからの介護には、「ホスピタリティ」の視点が求められてくる。求められる介護イノベーションとは、ポスピタリティが求められるということが、普通に考えられる介護である。

「ホスピタリティ」とは、「思いやり」「心からのおもてなし」という意味であり、「マナー」は相手に不快感を与えないための最低限のルールを守ったうえで、そこに「心」が加わると、「ホスピタリティ」になる。

目に見えない心が大切な介護という仕事であるがゆえに、マナーは当たり前、そこに心を加えてホスピタリティ意識を高めようというのは、至極当然の帰結であると考えるのである。

ホスピタリティ

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サービスマナーの実践は専門的行為である


アミーユ川崎幸町で隠し撮りされたビデオには、殺人事件の犯人以外の複数の職員が、利用者を罵倒しながら乱暴に取り扱う姿が映されていた。

その姿は虐待そのものであるが、こうした暴言は、日常会話の乱れから始まり、乱れた言葉がエスカレートして心を乱し、その心の乱れから感覚麻痺が生じた結果ではないだろうか。

しかしあの隠し撮り映像を見て、「あれほどひどい状態は自分たちの職場とは無縁だ。」と安心してよいのだろうか。「それでは、どの程度までならば許されるのか?」と考えたとき、自分自身の対応が、顧客サービスとして適切かどうかという線引きしかできない。介護サービスにおいて職員が利用者に接する際にも、利用者の尊厳を損なわないという意識が必要で、そのための最低限のマナーが求められ、それは顧客対応としてふさわしい態度を守ることでしか実現しない。

そのために僕は、「介護サービスの割れ窓理論」を提唱し続けているわけであるが、僕とほとんど同じ考え方で、介護サービスの場でも、福祉援助職としてサービスマナーを実践するという考え方を示し、教本を作って、「サービスマナー研修」を行っている機関がある。

サービスマナー実践テキストそれは東京都社会福祉協議会であり、同協会が発行しているテキスト教本が、「高齢者福祉施設におけるサービスマナー実践テキスト〜施設の理念を具体化する方法」(編著者:岩本 操・武蔵野大学人間科学部准教授)である。

ここでは、「サービスマナーは、施設の理念を具体化する行為」、「サービスマナーの実践は、あらゆる業務の基盤となる専門的行為」と述べ、「親しみやすさと馴れ合い」を混同することの危険性を指摘している。

そして、「丁寧な言葉遣いや敬語を使っても、親しみやすさは十分伝わる」と指摘し、介護施設で若い職員が、利用者に対して、「〜だよ」、「何をやっているの」などと話しかけている状態は、言葉の乱れであり、馴れ合いだとして、「マナーは自分の損得ではなく、相手の得にあるわけですから、これではサービスマナーの実践とは言えません。」としている。

これを読んで気が付いた人がいるだろう。それはこの内容が、僕が提唱する「介護サービスの割れ窓理論」とほぼ同じであり、僕が講演などで主張・提言している内容と、まったく同じことだということである。

このテキストが、僕の意見を参考にして作られているわけではない。また、僕自身は20年以上前から「介護サービスの割れ窓理論」を提唱していることでもわかる通り、このテキストを参考にしているわけでもない。

そうであるにもかかわらず、両者の主張が非常に似通って、部分部分を取り上げると、全く同じ主張・提言となっているということを考えると、言葉を正しくして、お客様に対してふさわし対応に心がけるということは、決して突飛で特別な考え方ではなく、ごく当たり前の考え方であり、医療・保険・福祉・介護の場で、そのことが守られていないことの方がおかしいということだ。

顧客に対して丁寧な言葉や態度で接することができない状態が、いかに異常であるかという証明でもある。そのことが守られていない職業とは、未成熟で幼稚な職業であるともいえよう。

サービスマナーの確立は、介護サービスの品質の向上とイコールである。今後、介護サービスの利用者に増えることが予測される「団塊の世代」の方々は、そうしたマナーには我々の世代よりも敏感である。

そうであれば介護サービスの場で、言葉遣いに気を遣わず、乱れた言葉で話しかける職員に対し不快感を持つ人は多くなるし、サービスマナーに気を遣わない職員から、介護支援を受けることを悲しむ人も多くなるだろう。

その結果が選ばれない事業ととなって、事業経営ができなくなることで終わるならば、それは自己責任だから良いだろう。

しかし介護サービスを必要とする人の数が増える時期なのだから、そうした品質の悪いサービスを使わざるを得ない人達がいることを考えると、マナーのないサービスを使うことに、陰で泣きながら、「こんな思いをするなら、もっと早く死ねばよかった」という嘆きの気持ちを抱きつつ、心遣いのない、マナーの低いサービス提供を我慢せねばならない人が出てくる。

介護という職業が、そのような状態を創りだしてよいのだろうか。よいはずがない。だから僕らの時代で、介護のスタンダードを変え、ごく普通に丁寧な言葉遣いがされ、サービスマナーをもって対人援助に携わるというスタンダードを創り、いつの日か「言葉づかいとか、マナーが議論されるような時代があったんだ」と言える状態にしなければならない。

顧客である利用者に対し、丁寧な言葉で対応するというのはごく当たり前のことで、そんなことがよいのか悪いのかということの説明が必要とされたり、議論になったりする職業がどうかしているのだ。

なおこのテキストは、東社協から1.429円+税で購入できる。1冊あればそれを参考に施設内研修も可能となろうから、是非職場内研修などで、サービスマナーを学んでいただきたい。その時には、ぜひ介護サービスの割れ窓理論もご紹介いただきたいと思う。

このテキストの編著者:岩本 操・武蔵野大学人間科学部准教授(下の画像左から2番目)とは、いつかサービスマナー講座で、コラボしたいとお話ししてきた。ぜひ実現したいものである。
東社協に皆さんと岩本教授
3/11(金)東社協主催研修の講演後のオフ会。東社協の櫻川施設長(左)と堀施設長(右)に挟まれた、僕と岩本先生。)

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国の虐待防止対策は効果があるのか


今月7日に行われた会議の中で、厚労省は全国の自治体職員に向けて、介護施設の「抜き打ちの実地指導」を行うよう指示した。

これはSアミーユ川崎幸町で起きた、利用者連続転落殺人事件を受けての措置で、虐待防止のための指導の在り方を考える中で決まったものである。これによって今後の実地指導は、「虐待の疑いがある場合は、抜き打ちで実施」することとし、厚労省は近く通知を見直す方針とのことだ。

この報道に触れて感じたことは、「これって実地指導なの?」ということだ。「虐待の疑いがある場合は〜」という条件が付いていることを考えると、これって実質的には、「監査」ではないのかという疑問がまず生じた。

そうであるなら、現在の対応とさほど変わらないのではないかと思う。だって今だって、「監査」は、不適切運営が疑われるとして抜き打ちでも行っているではないか。どこが違うのだろうか・・・。
(※介護保険制度上の実地指導とは不適切運営を行っている事業所に処分を行うことを前提にした者ではなく、適正運営を行っているかどうかを確認するためのもので、運営指導が必要かどうかを判断し実施するもので、原則として施設サービスが2年に1度、居宅サービスは指定更新の期間内に1度実施するものである。)

どちらにしても、適切な運営を行っている施設にとっては何ほどのことはないし、どうぞいつでも抜き打ちで運営確認にきてくださいよ、というようなものだろう。

ところでこの措置によって、虐待は本当に防止できるだろうか。その抑止力は期待できるだろうか。

そもそも行政指導は、警察の役割りではなく、事前に不適切運営を防ぐのが一番の目的である。そうであれば「虐待の疑いがある場合は、抜き打ちで実施」する目的が、単に虐待事実を明らかにして、処分を行うことであっては意味がないことになる。

そこには抑止力となる効果が期待されなければならない。

しかし書面審査が中心となる行政指導や監査で、どれだけの虐待行為が明らかになるだろうか。アミーユ事件でも、3人の転落死については、行政は全く無力であったではないか。(行政処分の対象になったのは、利用者家族の隠し撮りビデオ映像に映っていた行為と、殺人犯がそれ以前に警察の御縄になっていた窃盗事件である。)

行政職員の確認作業など、隠し撮りビデオほどの効果さえないという意味である。しかもいくら抜き打ちだからと言って、行政職員がそこに来たという瞬間に、職員は構えて対応するだろうから、記録に残る行為以外を明らかにすることは難しい。つまり行政指導をいくら強化して、そのために方法を変えたとしても、根本原因に手を入れない限り、感覚を麻痺させた人間による虐待はなくならないということだ。

Sアミーユ川崎幸町で隠し撮りされたビデオには、事件の犯人以外の複数の職員が、利用者を罵倒しながら乱暴に取り扱う姿が映されていた。その姿は虐待そのものであるが、こうした日常的な暴言は、施設長はじめ管理職の耳に届いていなかったのだろうか。

そもそもそうした職員の利用者に対する日常会話における言葉遣いはどうだったのだろう。おそらくそれは丁寧語とは程遠い、乱れた言葉であったと想像できる。施設の管理者が、職員の言葉遣いに鈍感であれば、乱れた言葉遣いがエスカレートし、乱れた心を生み、虐待に発展するというケースは少なくはない。殺人という行為は論外だが、この施設では職員の暴言が常態化し、不適切な対応につながり、それが次第にエスカレートしていったことが容易に想像できる。

このような状況改善を、後追いの行政処分に期待しても始まらないのである。

行為がエスカレートする以前に、その行為につながる感覚麻痺をなくすような方策をとらねば、行政対応はただのアリバイ作りで終わるだろう。

こうした問題を解決するためにも、「介護サービスの割れ窓理論」を浸透させてほしいと思うのである。

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