masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

介護サービスの割れ窓理論とは を含む記事

説得ではなく納得の職場改革が求められている


僕が提唱する「介護サービスの割れ窓理論」に賛同してくれる介護事業経営者や管理職の方は多い。

しかしいざ職場で職員にその実践を求めても、その考え方がなかなか浸透せず、丁寧語で利用者と会話することが実践できずに利用者に対してため口で会話する職員がいなくならないと訴える人も多い。その中には、「口が酸っぱくなるほど、注意しているのに直らない」と嘆く人もいる。

しかし経営者や管理者の方々には、「口を酸っぱくして何度も注意している」という労力は念仏化して、実を結ばないことが多いことを知ってほしい。注意を受ける職員にとって、それは「また施設長の例の注意が始まった。」という程度の響きしかないから、何度も同じ注意を受けても行動変容につながらないのである。

行動を変える動機づけは、上司が言い続けることで生まれるわけではないのだ。

介護サービスの割れ窓理論」とは、職員が利用者に対してため口で接することはプロとして失格であると考えるだけではなく、言葉を崩すことが態度の乱れに通じるリスクを考えたうえで、日常的に丁寧な言葉で接することが、そうした行動の乱れを防ぐ効果があるとして、一定程度以上の介護の品質を担保する対策として実践しようという理論である。

それを業務の中で職員に実行させようとするならば、そのことをきちんと法人のルールとして定め、その法人に努める職員が遵守しなければならない義務であることを伝える必要があるのだ。

つまり業務の中で利用者に対して丁寧な言葉遣いをすることは、法人の憲法であって、法人の「常識」であることを、経営者や管理者が職員に向かって宣言しなければならない。

そのうえでその実行を職員に求めることは、「労務管理」の一環であるという意識を待たねばならない。

その際に経営者や管理者は、職員に対して説得するのではなく、納得できるように伝えることが求められているのである。当然、納得できる説明力も管理者の、「交渉術」・「交渉能力」として求められているという意味になる。

そしてそのルールを守ることは、労務管理上は職員の義務なのだから、それに納得できない職員や、それを実行できない職員は、信賞必罰の原理により、何らかのペナルティを与えられる必要も生ずるだろう。丁寧な言葉で利用者に接することができない職員は、昇格機会を失うとか、人事考課上のマイナス査定にするなどが具体策として考えられてよいものだ。

もともと職員が急に眼の色を変えて働きだすという人事制度はない。こうした言葉の改革も同様で、一人一人の職員に経営者や管理者の思いを丁寧に伝え、まずは幹部職員の実践の徹底から始めて、徐々に職場全体にその風土を広げていくという地道な努力が必要不可欠である。

何よりも職業を行う上で、利用者(顧客)に対するマナーは不可欠であるという教育が必要だ。

組織風土は、あっという間に悪化するが、よくなっていくのには時間がかかるのである。しかし時間がかかるからこそ財産になると考えてあきらめないことだ。

そうであるがゆえに、経営者や管理者は、部下に思いを伝える。丁寧に説明して、厳粛に実行する覚悟が求められる。さらにこうした風土をつくるためには、組織全体で外部の講師を招いた場で、学ぶ機会が得られることが有効な手立てとなる。

僕は法人単位のサービスマナー講習の講師も行っているので、そういう機会を持ちたいと考えている法人及び職能団体等の組織団体の方がおられたら、ぜひ気軽に講師依頼の相談をしていただきたいと思う。

組織の財産となるサービスマナーを創りあげるお手伝いをさせていただきたい。

繰り返しになるが、口を酸っぱくして説得することはあまり意味がないので、納得のための「学びの機会」をぜひ職場全体で持ってほしいものだ。

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スピーチロックや心無い発言はサービスマナー教育の欠如の結果


日本認知症グループホーム協会が8/9、会員向けの「権利擁護・虐待防止に関するアンケート調査」の結果を公表した。

それによると「不適切なケア」に及んでしまったケースが「ある」と答えた施設が、全体の60.1%だったと報告している。
※「たまにある」は47.6%。「時々ある」は11.6%、「よくある」は0.9%で、「ない」は37.0%・・・「たまにある」と「時々ある」の違いはよくわかりません・・・。

ここでいう「不適切なケア」とは、強い言葉で利用者の自由を奪う「スピーチロック」や心無い発言、プライバシーの軽視などを想定しており、深刻な虐待の一歩手前の行為としている。

それらの不適切な行為が全体の6割強のグループホームで発生しているというわけだ。しかもそのうち11.4%の施設が、虐待があると報告している。これは由々しき事態である。

このブログ記事で何度も指摘しているが、職員が意識して行う虐待にしても、無意識のうちに行われてしまう虐待にしても、それは日常の何気ない行為の中で、慣れと惰性が生まれることで生ずる、「感覚麻痺」が原因となっており、それは多くの場合、職員の利用者に対する「言葉の乱れ」から発生している。

顧客である利用者に対して、無礼な馴れ馴れしい言葉遣いが、親しみやすさだと勘違いした職員は、顧客に対するサービスマナーを意識することもなく、ため口で日常会話を行うことにより、調査結果でいうところの「心無い発言」が頻発し、それが「心無い行為」につながる例は枚挙にいとまがない。

そんな場所で、利用者に対するホスピタリティの精神など生まれようもなく、いくらサービスの質を上げようと声を高めて定期研修を行おうと、それらはすべてアリバイ作りにしか過ぎない、職員の自己満足に終始するだけである。

僕が唱える介護サービスの割れ窓理論とは、こうした意味のない研修より、日常の実践の質を上げるための実践が何より大切であるという意味で、言葉の乱れが常識ではない感覚麻痺を促進させ虐待に繋がるとして、言葉を正しくすることで心の乱れをある程度までは防ぐ効果もあることに着目して、ホスピタリティの基盤として、職員が利用者に対して日常会話を行う際の言葉遣いを、丁寧語に統一すべきという理論である。

このことが徹底されていない職場では、職員に悪気があるわけではないが、結果的に利用者を傷つける行為が日常化してしまう。しかし「悪気がない」ということは何の免罪符にもならない。

例えば僕が経験した実例を示そう。

その介護施設では、掛け声としてよい介護とか、接遇とか言われていても、具体的に言葉遣いを正しくするという教育が行われていなかったため、職員間で日常の言葉遣いの「差」が激しく、丁寧語で会話ができる職員がいる反面、ため口が当たり前という職員も大勢いて、そのうちの幾人かは、まるで利用者を罵倒するような言葉遣いだった。

そういう職員は、冗談も冗談に聞こえず、ある利用者がトイレ介助を求めたときに、「○○円かかります。」などと言って、利用者を傷つけ泣かせていた。本人は冗談のつもりで言ったのかもしれないが、その言葉で傷つく利用者は、その後、トイレ介助を誰かに頼むたびに、そのことを思い出して嫌な気持ちになったり、職員に声をかけるのをためらってしまったりしていた。これはもう不適切行為というより虐待と言って過言ではない。

いくらカンフォータブルケアという新しい介護を取り入れたとしても、そのことの研修を行ってよい気持ちになっていたとしても、特定の職員だけがそのことを実践するだけで終わっては意味がなく、それ以外の職員の汚い言葉遣いや、乱暴な態度に、深く傷つけられる利用者がいつも存在している実態は、なんのための研修なのかと言いたいところである。

こんなふうに介護サービスの場では、まだまだなくしていかねばならない負の遺産がたくさん存在する。特に利用者を傷つける、配慮に欠けた言動が無意識に行われる状況を何とかせねばならない。

そもそも悪意のない不適切サービスは、自覚がないから厄介だ。そうしたプロ意識に欠ける状況をいつまでも放置してはならない。

まずはすべての職員が言葉遣いを正して、顧客でもある年上の利用者に、ため口で会話することの恥を知らしめなければならない。プロとしても矜持として、言葉遣いに気を遣うスキルを持たねばならない。

そして対人援助の仕事は、自分自身の感情の表し方や感じ方をコントロールしなければならない、「感情労働」という側面があるという理解が必要で、「感情のコントロール」という、意識的かつ持続的な労力が求められることを知らねばならない。普段の生活では、怒りっぽい人でも仕事中は笑顔を振りまかなければならないのだ。それが介護のプロとしての使命と責任なのである。

冒頭で紹介した調査結果を受けて、グループホーム協会の担当者は、「事業者・職員の研修も重要。引き続き力を入れ、さらなる改善につなげていきたい。」と話しているというが、研修内容自体が問題で、ホスピタリティにつながるサービスマナーの教育として、ため口が割れ窓になるという教育をきちんとしなければ何も変わらないだろう。


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変わるきっかっけ、変わった結果


介護施設の中で、我々は介護を提供することで報酬を得ている。つまり施設利用者は、お客様であり、従業員はお客様にサービスを提供する専門家=プロフェッショナルである。

よってそこで介護の専門家が、お客様に対して使うべき言葉とは、顧客サービスとしてふさわしいものでなければならないはずで、基本的にそれは丁寧語であるべきだというのが、僕の主張である。

さらにこの考え方を推し進めて、僕が提唱しているのが、「介護サービスの割れ窓理論」である。

介護サービスの割れ窓理論」とは、顧客である施設利用者に対し丁寧語を使わず、砕けた言葉のほうが親しみを感じてもらえるとして、言葉を崩すことが小さなほころびとなり、顧客に対するサービス提供という意識が低下し、介護支援が施しであるかのような誤った意識に変容し、やがてそれが、「介護してやっている」的な意識に変わり、利用者に必要なケアを考える前に、サービス提供側の都合によってすべてが決まり、サービス提供側が上から目線で利用者に接するようになり、正常感覚を麻痺させて、世間の非常識が介護施設の常識であるかのような慣習を生み、不適切サービスや、虐待につながっていくと考え、言葉の乱れという、小さなほころびがみられた時点で、そのほころびを、ほころびのうちに繕う必要があるというのが、この理論に基づいた提言であり、警鐘である。

勿論介護とは、良好な人間関係で紡ぐ必要があるものだから、利用者に「感じが良い」と思われて、介護サービス提供者が、親しみやすいと思われることは重要である。

だからと言って、親しみを持ってもらうために言葉を崩すのでは、それはプロの技ではない。ボキャブラリーが世界一豊富な日本語は、丁寧語を使っても十分親しみやすさを表現できる言葉である。丁寧語=堅苦しい言葉、という考え方がどうかしているのだ。現に僕は、施設の中で利用者に接するときは、100%丁寧語で会話し例外はない。だからといって、「あの施設長は、堅苦しくて親しみが持てない」といわれることはない。丁寧語でも、おやじギャグは連発できる。

そもそも言葉を崩して伝わるものは、親しみやすさではなく、無礼な馴れ馴れしさだけだ。企業戦士であり、上下関係に厳しかった団塊の世代の人々が、そろそろ介護施設に入所してきているが、それらの方々は、年下のサービス従事者が、馴れ馴れしい言葉で接することに、心の中で舌打ちする人が多いだろう。

そういうリスクが多分に含まれた砕けた言葉を、状況に応じて使い分けることができ、誰にも不快感を与えない達人もいるのかもしれないが、僕は決してそうはなれない。そもそも達人にしかできないことは、一般論にできない。そんなものはエビデンスにも理論にもならないのだ。だから言葉を崩すことは、それ自体が駄目なことである。いるかいないかもわからない達人を気取って、言葉をわざと崩して使い分けていると思い込んでいる人の姿からは滑稽さと、醜さしか感じない。恥を知れといいたい。

達人でもないのに、達人の真似をしようとして、言葉を崩して、態度も崩す輩はさらに問題である。その醜い姿に気が付かないことの恥を知れといいたい。

とはいっても僕の施設でも、職員全員が100%丁寧語を使っているかといえば、なかなかそうはならない。注意を受けたときは気を付けて丁寧語を使ってはいても、いつの間にか友達に話しかけるような言葉に戻ってしまうような、「どうしようもない職員」も何人か存在している。しかし本人はその姿を「醜い」とも、「どうしようもない」とも思っていないのだから問題の根は深い。

新しく雇用する職員には、まず言葉遣いに注意することが最初に覚えることであると指導している。そして先輩で言葉遣いが悪い職員がいたとしても見習わず、そういう人については心の中でバカにしてもよいと言っている。そして正しい言葉遣いができている職員だけを見習いなさいと指導しているので、新しく採用された職員ほど、言葉遣いは良くなっている。

前述したように、昔からの癖が抜けず、何度言っても言葉が直らない職員がいるというのは事実である。だからと言って、言葉遣いが改まらないことだけを理由に解雇というわけにもいかないし、根気よく注意を続けて、そうした言葉が改められないことを、「恥ずかしい」と感じるようにしていかなければならない。これはこれからも根気よく続けていかねばならないだろう。しかしそんな当たり前で幼稚な指導に、いつまでエネルギーを使わねばならないのかとも思ったりしている。だが人によっては、何かのきっかけで昨日と今日が180度違ってくる、変わってくる職員がいるのも事実だ。

なかなか言葉遣いが改まらなかった職員で、異業種から転職した職員がいた。その職員は転職前にセールスマンをしていたのであるが、事情があってその会社を辞めた後、ヘルパー2級資格を取得したことがきっかけとなり、縁あって当施設の介護職員として就業することとなった。

一生懸命に介護の仕事は覚えていたが、しばしば言葉遣いに注意を受け、本人も気を付けているのであるが、しばらくするとまた友達に話しかけるような言葉で、利用者と会話している姿がみられ、あまり指導効果がみられなかった。

その職員に、職場の飲み会の席で、「君はセールスマンをしていた時に、お客さんに丁寧語ではない言葉で接していたのか」と聞いてみた。するとそうではないというし、顧客に対する言葉遣いの教育は受けてきたというので、どうしてそういう武器を介護の現場で生かそうとしないのかと疑問を呈した。介護職として現場経験も先輩より短く、先輩職員より介護技術も抜きん出たところがあるわけではないのであれば、そうした経験のある職員より抜きん出て評価されるとしたら、セールスマン時代に培った接客技術ではないのか、それを生かさないのはもったいないというような話をした。その場は酒席ではあったが、施設管理者の評価として真面目に話をした。

その結果・・・その職員の言葉遣いは、その日以降たしかに変わった。僕が耳にする限り、現在彼が利用者に対して、丁寧語以外で会話していることはない。聞く耳を持ち、自分を変えようとする気持ちがあり、丁寧語で会話をつづけ仕事を続けるスキルがあったということである。

そういう努力に対しては、施設は正統に評価を行う必要がある。結果彼は介護福祉士の試験合格と同時に、契約職員から正職員となり、待遇も大きく変わったはずである。

自分と未来は変えられる
そのような結果を得ても、なお継続して正しい言葉で仕事をしている彼は、やがてこの施設のリーダー格に成長してくれるのではないかと期待を寄せている。

周囲の何かが変わるのを待っても未来は変わらない。自分が変われば未来は変わるのである。

和歌山地域ソーシャルネットワーク雅(みやび)の皆さんが、素敵な動画を作ってくれました。ぜひご覧ください。


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丁寧語を使うことは「他人行儀」ではない。

僕が提唱する、「介護サービスの割れ窓理論」とは、利用者は単なるユーザーではなく、顧客であるという考え方が根底にあり、介護サービスの場で、世間一般的に顧客に対して使わないような言葉遣いで対応することは非常識であるという「当たり前の感覚」を身につけることが大事であるという考え方である。

どこの世界に、タメ口が顧客サービスになりうる職業が存在するというのだろうか。それは医療や、介護現場の誤った価値観である。

乱れた言葉で顧客である利用者に対応することを放置しておくことが、世間の常識と介護サービスの常識を乖離させる原因になっているのである。言葉遣いを正して、お客様に話しかけるにふさわしい言葉と態度で接するべきであるということを常識化していかなければ、介護はいつまでも、「素人でも、誰でもできる単純労働」という見方から脱却できない。

「割れ窓理論」は、もともと犯罪心理学の中で考え出された理論であり、それは割れた窓を放置しておくと、割られる窓が増え建物全体が荒廃していき、やがてはその地域全体が荒廃していくという理論であるが、 介護サービスにおける割れ窓は言葉であり、言葉の乱れを放置しておくと、世間の常識ではない感覚麻痺を促進させ虐待に繋がる恐れがあるというのが、「介護サービスにおける割れ窓理論」である。

勿論、言葉を正したからといって、必ずしも感覚麻痺が生まれないとは言えないし、心の乱れと態度の悪化を必ず防ぐとは言えないが、しかし言葉を正しくすることで心の乱れをある程度までは防ぐ効果もあるし、言葉の乱れを感覚麻痺の始まりであると考えることができ、同様に虐待につながる不適切な態度へのサインと考えることができる。そのことに気がつけば、取り返しのつかない行為に至る前に、何らかの対策を講じることが可能になるだろう 。

だから我々が介護サービスを提供する場で、お客様である利用者に対応する際に使うべき言葉とは、最低限「丁寧語」であることを常識化させねばならない。

しかしそうした主張に対し、それではあまりに他人行儀ではないかと主張する人がいる。

他人行儀とは、「他人に対するように、うちとけないこと。また、そのさま。」という意味であり、それは「関係を阻害する」という否定的意味を持つ言葉であるから、丁寧語を使うことが他人行儀であるということになれば、介護サービスの我窓理論の理屈は根底から覆されることになってしまう。

しかし丁寧語を使うことは、決して関係を阻害するような打ち解けない雰囲気を作るものではない。正しい丁寧語とは、本来人の心を打ち解かすために存在するものだからだ。

丁寧語で利用者に話しかけることを「他人行儀」であると主張する人々は、自分が顧客としてサービスを受ける場で、砕けたタメ口で話しかけられることを望んでいるとでも言うのだろうか。自分の親が、学校を卒業したばかりの若輩職員にタメ口で話しかけられ、ニックネームや、ちゃん付けで呼ばれることを望んでいるとでも言うのだろうか。

対人援助サービスである介護サービスに関わる我々は、対人援助のプロとして、丁寧な言葉を使ってもなおかつ親しみやすさを失わず、利用者から信頼感を持っていただけるような印象を与えねばならない。そしてそれは決して難しいことではなく、達人技ではない。

利用者に丁寧語を使って話しかけても、親しみが失われることはない。そもそも言葉を乱暴にして伝わる感情とは、親しみの感情ではなく、「馴れ馴れしさ」だけである。それはぶしつけであり、遠慮がなさすぎるという意味でしかない。

世界一ボキャブラリーの豊富な日本語で、人生の先輩と敬うという誇り高き謙譲心を忘れずに、顧客である利用者が不快にならない配慮を持って丁寧語を発し続ける人になることが最も必要であり、そしてそのことはさほど難しいことではない。要は個人の自覚と、介護サービスという職業に誇りを持っているかどうかという問題である。

人の暮らしに直接関わりを持つことの使命感や誇りを持って、正しい言葉でコミュニケーションを取れる人になることが大事である。言葉を汚くすることが親しみやすさの表現であるとか、荒々しい態度がくだけた人間関係を作り、コミュニケーションが円滑になるかのような間違った価値観を徹底的になくすべきである。

誰からも不適切に思われない、正しい顧客に対する言葉遣いを続けるだけで、介護の質はもっと向上するだろう。

このように丁寧語を使ってコミュニケーションを取るという意味は、決して「他人行儀」になるということではないが、一方で我々は利用者にとっては家族ではない、他人であるという自覚は必要である。

そもそも我々は、利用者にとって本当の家族にはなれないし、なってもいけない。我々は家族として介護支援を行うのではなく、他人である第3者として、福祉援助や介護サービスのプロとして関わっているのである。それは家族より以上の、配慮、心配りを求められるという意味であり、言葉遣いに気をつけるという心遣いは、対人援助のプロとして最低限持つべき倫理観として存在するのである。言葉を崩して馴れ馴れしい関係になっていくことは、この倫理観を歪めてしまうことにつながるであろう。

一方でこの業界には、自分が関っている顧客に対し、「じいさん、ばあさん」・「じっちゃん、ばっちゃん」と呼ぶことができることが、利用者からの信頼を得ている証明のように思い込んでいる人がいる。

そういう人が、いろいろな場所で、そのような言葉を使ってレクチャーしていたりする。その人はもしかしたら介護の達人であって、我々凡人と同じ配慮をしなくても、人を不快にせず信頼を得られる特殊な人なのだろう。しかしそう言う人が凡人に向かって、言葉遣いはたいした問題ではないと言い放ち、あたかも汚い言葉で利用者に話しかけることが親しみやすさの証明であるかのような印象を与え、その人の実践力を真似る前に、その汚い言葉だけを真似する輩を全国に大量排出している事実を見ると、その達人と呼ばれる人の存在は、功罪どちらが優っているのか大いに疑問である。
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