ALSの女性の依頼を受け、京都市の自宅に出向いて薬物を投与し、殺害した疑いがあるとして、医師2人が嘱託殺人の疑いで逮捕されたというニュースが、昨日日本中を駆け巡り、大きな騒ぎとなっている。

被害者の遺体からは、鎮静作用がある「バルビツール酸系」の薬物が検出されている。この鎮静剤は、脳の興奮を抑える作用があり、睡眠薬や抗てんかん薬などとして通常の医療現場で用いられているが、ALSの患者に用いられることは通常あり得ない。

二人の医師が訪問した際、ヘルパーがサービス提供中であったとのことで、女性の自宅に在室していたヘルパーが、訪問者の氏名を記入するよう促した訪問記録に、二人の容疑者は偽名を書き込んでいたことが捜査関係者への取材で分かっている。そして10分ほどで二人が退出した直後に、被害者が意識不明になっていることに気が付いたヘルパーが通報しており、終末期ではなく普通にヘルプサービスを受けていた状態の人を、10分未満で死に至らしめていることから、投与量は致死量であったと推察される。

逮捕された医師が法律を犯したことは間違いなく、法の下で裁きを受けることは当然である。また安楽死を認めている外国の基準に照らしても、今回の行為はそれに該当しないという批判もあり、倫理上の批判等も受けて当然だろう。

しかしそれだけで終わってよい問題ではないと思う。亡くなられた女性が容疑者に明確な形で安楽死させてほしいと依頼している事実も報道されているのだから、ALS等の治療法がなく死を待つだけの難病の人にどの様な支援が必要なのか、安楽死を望む人にどう対応すべきかなど、本事件をきっかけにして、尊厳死や安楽死も含めて命と死について真剣に議論されることを願う。そしてその議論は、タブーのない多様な建設的議論であってほしいと思う。

ただし僕自身は尊厳死や安楽死について深い理解はなく、現時点でそのことを論評する知識はない。そのため自分自身が尊厳死や安楽死を含めて、人の命と死について今以上に深く考察でき、語ることができるようになるために、本件の事実関係をここに整理して書き留めておきたいと思う。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)について
ALSは運動神経系に障害が起き、手足やのど、呼吸に必要な筋肉が徐々に動かなくなる進行性の病気。やがては全身の筋肉が侵され、最後は呼吸の筋肉(呼吸筋)も働かなくなって大多数の方は呼吸不全で死亡する。発症の原因は不明で根本的な治療法はなく、難病に指定されている。詳しくは病名に張り付いたリンク先(難病情報センターのサイト)で確認していただきたい。

ALSの人の4割程度が30分に1度程度の痰吸引を必要としており、介護者は睡眠も外出もままならなくなって負担も重い。そのため各痰吸引という行為を、医療職と家族以外の介護の一部を担っているホームヘルパーらに認めてほしいという運動が起き、厚生労働省は2003年7月、「在宅ALS患者に限り、医師及び看護師の指導下、患者の同意書により、家族以外のものによる痰吸引を認める」という通知を出し、このことが各痰吸引と経管栄養について、「特定行為」として一定条件下で介護職員にも認められるという現行ルールに繋がっていったことから、この病名は介護職にとっても馴染みのあるものだ。

尊厳死と安楽死について
尊厳死とは、明確な概念付け・定義付けはされていないが、一般的には、「過剰な医療を避け尊厳をもって迎える自然な死。」とされている。最後は自然の死であることが前提とされている。

安楽死は、「医師が回復の見込みがない患者に死期を早める措置を行う結果、もたらされる死。」とされ、「積極的安楽死:苦痛から免れさせるため意図的且つ積極的に死を招く措置をとる場合」と「消極的安楽死:患者の苦痛をながびかせないという目的のため、行われていた延命治療を中止して死期を早める場合」に分けられる。ただし人によってはこれに加えて、「間接的安楽死:苦痛の除去・緩和するための措置をとるが、同時に死期を早める可能性が存在する場合※終末期鎮静」という区分を用いることもある。

尊厳死は消極的安楽死に該当するとされることが多いが、それはそもそも延命治療を中止する場合に限らず、延命治療を開始しない場合も含むために、安楽死より広い概念であると捉えている人が多い。

嘱託殺人により亡くなられた女性について
51歳女性。京都市生まれで、大学を卒業したあと東京のデパートで勤務した後、アメリカに渡航して大学で建築を学び、帰国してからは東京の設計会社で働いていた。40代になった10年ほど前、道路を駆け足で渡ろうとしたときに、突然、足に違和感を感じ、病院を受診したところ、ALSと診断された。その後仕事を辞めて京都に戻り、マンションでヘルパーの支援を受けながら1人で暮らしていた。

亡くなる直前は常時臥床状態で、視線を使ってパソコンに文字入力したり、文字盤の文字を示したりして意思疎通を図っており、昨年9月、ツイッターに「屈辱的で惨めな毎日がずっと続く。ひとときも耐えられない。安楽死させてください」・「自らの生と死の在り方を自らで選択する権利を求める」などと書き込んでおり、死亡するひと月前には、「賃貸マンションで病死したらどんな費用がかかるか心配」「少なくとも腐敗はしなくて良さそうだからそんなにかからないかな?」などと自宅で死亡することを覚悟した書き込みも行っていた。

犯行を行なった二人の医師について
大久保愉一容疑者:42歳)
宮城県名取市で呼吸器内科や心療内科などの診察を行っていて、クリニックにはホスピスがあり、終末期の患者の緩和ケアも行っている。厚生労働省で医系技官として7年余り働いていた経験もある。

自身のブログには、「高齢者を『枯らす』技術」というタイトルをつけ、「一服盛るなり楽になってもらったらいい」などと、積極的安楽死を肯定する死生観を綴っていた。

被害者とはツイッターを通じて知り合っている。
大久保容疑者のツイッターのつぶやき
画像は大久保容疑者のツイッターのつぶやき。ドクター・キリコとは手塚治虫の医療漫画「ブラック・ジャック」に登場し、報酬を得て安楽死を請け負う医師。漫画では患者の命を救う主人公とは対照的な人物として描かれている。

山本直樹容疑者:43歳)
東京・品川区にクリニックの事務所を置き、全国に出張して泌尿器科の治療などを行っている。過去にはED(勃起不全)治療専門病院の院長を務めていた。

人生を『太く』『短く』生きたいというあなたにささげる」というタイトルのブログを開設しており、ALS患者の主治医を受け持った経験から、「彼らが『生き地獄』というのも少しはわかる」と投稿し、「神経難病などで『日々生きることすら苦痛だ』という方には、一服盛るなり、注射一発してあげて、楽になってもらったらいいと思っています」と書き込んでいた。

山本容疑者の口座には、被害者から130万円の現金が振り込まれていた。ブログには、「バレると医師免許がなくなる」「リスクを背負うのにボランティアではやってられない」とも書き込んでいた。

二人の医師はともに弘前大卒。両者のつながりは捜査中。

被害者と容疑者のつながり
被害者は18年4月にツイッターアカウントを開設。19年1月3日午後5時45分「作業は簡単だろうからカリスマ意志じゃなくてもいいです」と安楽死を希望する書き込みをした。それを受けて大久保容疑者は、「訴追されないならお手伝いをしたいのですが」と返信。「お手伝いしたいのですがという言葉が嬉しくて泣けてきました」と被害者が返信している。以下次のようなやりとりが行われた。

(1月5日)「完全安楽死マニュアルみたいな本は海外で売られている。アレンジして俺なりの毒を加えて販売したい:大久保容疑者」→「今から予約します:被害者」
(8月25日)「やはりスイスか?キツイな:被害者」→「定期的に訪問介護や看護が来てしまう。強制的に助けられてしまうという悪条件と理解しています。コナンや金田一どころではない計画が必要です:大久保容疑者」

大久保容疑者は、自宅マンションを訪れる日時や現金の支払いなどを巡るやりとりを終えた後、内容を消去するよう指示。自身の関与が発覚するのを恐れた大久保容疑者が証拠隠滅を図ろうとしたとみられている。被害者はその指示に従っている。

また被害者は昨年10月(事件の約1カ月前)、主治医に「山本医師のもとへ転院したいので、紹介状を書いてほしい」と依頼したが、主治医は「知らない医師には任せられない」と拒否。その後も同様のやりとりは複数回あったという。

被害者の父親の声(NHK7/23のニュースから抜粋)
「娘はどうして自分が病気になるのかとずいぶんと落ち込み、ショックを受けていました。私も初めて聞く病気で何をしてあげればいいか分からず、暗中模索でした。頭はしっかりしているだけにつらかったと思います」

「知っていたらもちろん、止めています。娘の気持ちは尊重したいですが、これでよかったのかとも思われますし、本当に複雑な気持ちで葛藤しています」

「複雑な気持ちです。娘も殺害を委託しているし、犯人を一方的に責めることはありません。娘にとって苦渋の決断だったと思います」

「亡くなる寸前の時に、ひと言話したかった。目を合わせたかった。手を握りたかった。急にこんなことが起きるなんて夢にも思いませんでした。それがいちばん残念です」

大久保容疑者の妻(元衆議院議員)の声:NHK7/23のニュースから抜粋)
「患者からは話をよく聞いてくれるという評判だった。終末期の患者の診療を行った際、『食べることだけが楽しみになるので、好きなものを食べられるようにサポートしたい』と言っていた」

「自分のやったことなので、説明して責任をとってほしい。患者に不安な思いをさせてしまったことを申し訳なく思う」

ALSの当事者である「れいわ新選組」の舩後靖彦参院議員のコメント
「『死ぬ権利』よりも『生きる権利』を守る社会にしていくことが何よりも大切だ」

「インターネット上に『安楽死を法的に認めてほしい』というような反応が出ているが、人工呼吸器を付け、ALSという進行性難病とともに生きている立場から強い懸念を抱いている」

「こうした考え方が難病患者や重度障害者に『生きたい』と言いにくくさせ、生きづらくさせる社会的圧力が形成していくことを危惧する」

本事件の問題点として指摘されていること
(横浜市立大・有馬斉准教授:「死ぬ権利はあるか」の著者)
日本では積極的安楽死は認められていない。合法化されている海外の例と比較しても、今回の事件は患者を良く知らない人間が本人の意向だけで行ったとみられ不適切。

(鳥取大学医学部の安藤泰至准教授:生命倫理が専門)
患者に死期が迫っていないうえ、SNSで依頼を受けた医師が苦痛の緩和を尽くしたともみられず、海外の一部の国が厳しい条件を設けたうえで認めている『安楽死』とも大きくかけ離れた行為だ。

横浜地方裁判所が平成7年3月28日判決で示した医師による積極的安楽死として許容されるための4要件
1.患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること
2.患者は死が避けられず、その死期が迫っていること
3.患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くしほかに代替手段がないこと
4.生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること

参考:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン(平成30年3月改訂)
安楽死や延命中止を巡る主な事件と処分
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※リスクのない方法で固定費を削減して介護事業の安定経営につなげたい方は、介護事業のコスト削減は電気代とガス代の見直しから始まりますを参照ください。まずは無料見積もりでいくらコストダウンできるか確認しましょう。




※別ブログ
masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。