masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

サービスマナー

逮捕者が続出の介護事業に未来はあるのか・・・。


先月から今月にかけて、わずか一月に満たない期間の中で、介護事業者で起きた利用者虐待によって、加害職員が逮捕されるという報道が相次いでいる。

記憶に新しいそれらの事件を数件羅列してみよう。
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11/4報道された事件
神奈川県厚木市愛名の県立知的障害者施設「愛名やまゆり園」で入所者に暴行し重傷を負わせたとして、厚木署は3日、施設職員で介護士の有泉祐斗容疑者(37)=同市=を傷害の疑いで緊急逮捕逮捕した。容疑は2日午後2時15分ごろ、男性入所者(29)の右足を引っかけながら背中を押すなどの暴行を加え、右脚骨折の重傷を負わせたとしている。容疑を認めているという。
11/3報道された事件
東京都八王子市の高齢者グループホームで、入所女性に「殺してもいいんだぞ」と暴言を吐き、胸を蹴るなどしてけがをさせたとして、警視庁八王子署は2日までに、傷害と脅迫の疑いで介護職員の兼城優斗容疑者(29)を逮捕した。逮捕容疑は10月2日夜、施設の2階個室内で、入所する90代の女性に「殺してもいいんだぞ」「死んじまえ」などと暴言を浴びせ、頭をたたいたり、胸を蹴ったりして胸部打撲など1週間のけがをさせた疑い。被害者は今年1月ごろから深夜に徘徊(はいかい)するようになっていた。
11/3報道された事件
勝浦市の特別養護老人ホーム「名木緑風苑」で、91歳の女性の入所者の顔面を複数回にわたり平手打ちをするなどしてけがをさせた疑いで、介護職員の関谷拓海(25歳)が逮捕された。
10/28報道された事件
北海道北斗市の障害者支援施設「ねお・はろう」に入居している男性(41)を蹴り、顔にけがを負わせたとして、施設に勤務する介護士、冨原健龍(けんりゅう)容疑者(34)=北斗市追分=が逮捕された。容疑者は7月26日午前11時ごろ、入居する男性を蹴って突き飛ばし、顔を切るけがを負わせたとしている。男性はドアに顔を打ち付けたという。
10/25報道された事件
東京都足立区の介護老人福祉施設「ケアホーム花畑」で8月19日正午ごろ、利用者の久保栄治さん(81)の顔を右手で殴り、翌20日に搬送先の病院で急性硬膜下血腫などで死亡させたとして、介護福祉士の福沢薫容疑者(54)=足立区=を逮捕した。容疑者は、「昼食の介助中に右太ももをつねられて腹が立ち、左目付近を強く殴った」と容疑を認めている。
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10/25〜11/4までに全国的にニュース報道された介護事業者における逮捕事案だけで、上記のように5件の虐待事件が挙げられる。あまりに異常な多さであると共に、虐待内容も悪質だ。

犯行動機については、「腹が立った」などいろいろな動機が語られているが、介護という職業を生活の糧にしているプロである以上、仕事の最中に利用者がとる態度にいちいち腹を立てていては、その職務を果たせないだろうという問題である。

すなわち容疑者はすべて、まともな基礎知識・援助技術を持たない状態で、対人援助のプロとしてふさわしい態度を身につけないまま、介護の場で我流で気ままな作業を行うだけの状態であったと言える・・・それは果たして仕事といえるのだろうか。
岩手県介護福祉士会現任者研修
※画像は11/4に岩手県釜石市で行った筆者の講演
特に家庭的であることと、無礼で馴れ馴れしいことを混同し、マナーのないタメ口で利用者対応するような状態を放置している介護の場では、こうした何でもありの、素人同然の利用者対応が起こり得ることを、介護事業経営者や管理職の皆さんは理解すべきである。

介護サービス利用者の方々は、顧客であるという意識を強く従業員に求め、顧客に対するサービスマナーに徹する態度を身につけさせないと、いつ上記のような事件を引き起こす従業員が生まれかねないという危機意識をもって介護事業を経営しなければならない。

特にサービスマナー意識を喪失させる、利用者に対する「タメ口対応」を放置している介護事業者は、犯罪者発生予備軍であるという意識を持たねばならない。

ここを理解できない経営者や管理職しかいない介護事業者は、上記の事件は明日は我が身であり、その時になってはじめて、事業継続の機器に陥り慌てふためくこと間違いなしである。






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入所者に「うるせえばばあ」と罵声を浴びせる背景


千葉県袖ケ浦市野里の「袖ケ浦瑞穂特別養護老人ホーム」で、職員が入所者に罵声を浴びせるなどしたことが発覚し、市が心理的虐待と認定したそうである。

本件は虐待情報が市高齢者支援課に寄せられ、同施設で職員12人に話を聞き、全職員35人にアンケート調査も行ったうえで虐待認定したものだ。それによると1人の職員が80代女性の入所者に対し「うるせえばばあ」や「たたくぞ」、「水あげないぞ」などと発言したことが判明している。

それだけでも許しがたいことであるが、さらに問題なのは、同施設での虐待認定が今回が初めてではないということだ。
終焉介護
同施設では昨年も職員の暴言が発覚し虐待と認定されており、改善計画及び結果報告を市に提出していたにも関わらず、まったく実効性がなかったという意味だ。

運営する社会福祉法人「瑞光会」は「1度目の対応が不十分だった懸念がある」と説明しているが、非課税法人として社会的に大きな責任を負うべき社福の姿勢が、このような暢気なものでよいのだろうか。

暴言による虐待認定を受けながら、それからわずか1年も経ない時期に同じような行為が繰り返されているということをもっと重大事と考える必要がある。「対応が不十分だった懸念がある」ではなく、「対応ができておらず、社福としての責任を果たしていない」と認識すべきだ。

そもそもこの法人は、最初の虐待認定をどう捉えていたのだろうか。社会福祉法人の公益性と鑑みて、あってはならない事件を引き越してしまったという認識があったものかどうか・・・ただ単に改善報告を提出し、アリバイ作りのように虐待防止の学習会を行えば虐待がなくなるなんてことはないのだ。

虐待につながる問題の根はどういうところにあったのかを、法人全体で深刻に検証する必要がある。

多くの場合それは親しみやすい対応と、無礼で馴れ馴れしい対応を勘違いして、後者の利用者対応がエスカレートして、虐待へと発展するのだ。

だからこそ対人援助における顧客対応として、利用者の方々に対するサービスマナー精神を忘れないように、しっかりその視点を備えて信頼を寄せられる顧客対応に終始できる介護事業を創り上げる必要がある。

毎日繰り返される日常の介護における声掛けにも。顧客対応としてふさわしい言葉を選択して使い分けるコミュニケーションスキルを身に着けさせる必要がある。

介護に必要な日常の会話の中であっても、お客様に対して使ってよい言葉と、使ってはならない言葉を取捨選択し、最もふさわしい言葉を使いこなすスキルを磨く訓練も、介護事業者として必要不可欠な内部訓練だ。

同施設は、昨年虐待認定を受けているのだから、徹底的に職員の再教育を行い、利用者が単なるユーザーではなく、大切なお客様であるという教育を行いなおして、職員全体にサービスマナーの徹底を図る必要があったのだ。その過程では信賞必罰の原則を取り入れて、その流れについていけない職員は、役職などから外れたり、昇給ベースをカットするなど、流れに乗れ事ができる職員との差別化も図る必要があったはずである。

ところが同じ暴言虐待が繰り返されているという事実は、こうした教育が行われておらず、意識向上の徹底が図れていなかったということになる。職員教育もおざなりだった可能性が高い。

虐待防止の研修は、ユーチューブ等で配信されている動画を職員全員に一度視聴させて効果があるというものではない。

虐待とは何を意味し、それがどのように人の心を殺してしまう行為であるのか、そうした虐待と無縁の介護事業の在り方について、介護という職業の使命と誇りという面と絡ませて考える学習機会を創る必要があるのだ。

今回問題となった職員は、おそらく本件以外にも日常的に利用者に罵声を浴びせていたのではないか・・・それがあまりにひどいために、通報されたということだろう。それが外部通報ではなく、内部通報であったならば、少しは救いがあるのかもしれない。

こうした罵声は、他の職員の耳に届かないわけがないのだから、そうした状況が少しでも見られたときに、職員間で「それはないでしょ」と云い合って、その場で改善を図ることができる職場環境を創ることが本来である。

」という言葉は、云うという文字がついているから、人の健全なる心を表す意味になるのだ。「」という文字から、云うを取り去ってしまえば、魂は「」に変わってしまうのだ。

私たちが携わる対人援助・介護サービス事業を、鬼の心持ちを持つ人間が取り仕切ることがないように、魂を持つ私たち自身が、不健全なるものは徹底的に排除するための「云う」を忘れてはならない。






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特殊事情が通常感覚と思っている人が増えた介護業界


コロナ禍がもたらす感覚麻痺はなかったかに気を配る時期)より続く。
新型コロナウイルスの分類変更以降、会場で人を集めて行われる研修会が増えた。

僕もそうした研修講師としてお招きいただく機会も増えているわけであるが、その中には社会福祉法人等の自社職員を対象とする職場内研修も含まれている。

介護事業を広域展開している大規模な法人さんであれば、できるだけ多くの職員に講演を聴いていただくためにはオンラインの方が便利だろうと思う。しかし直接会場で話を聴き、そこで講師と受講者が直接意見交換して学ぶという機会は貴重であるということで、会場講演とオンラインを併せたハイブリット講演を行う事業者も多くなっている。

どちらにしてもコロナ禍ではなかなか実現が難しかった、会場で対面しながら話をできる機会が増えてとても嬉しい。そこでは様々な繋がりが新たに生まれたりするからだ。オンラインだけでは生まれない人脈というものが、そこでは生まれたりするのである。

会場でお会いする受講者の皆さんとは、質疑応答以外にもコミュニケーションを交わす機会が多くなる。

そこでいろいろな話を聴くことができるわけであるが、そこで気が付いたことがある。それはコロナ禍をきっかけにして、他業種から介護事業者へ転職した人が思った以上に多いということである。

さすれば、その人たちが介護事業者に就職した当時、すでに面会制限や外出制限などが行われてたということになる。それは制限が行われる以前の介護事業者の状況を知らない人が増えているという意味でもある。
介護事業のサービスマナー講演スライド
上の画像は、「介護事業におけるサービスマナー」をテーマにした僕の講演のスライドである。

制限なんて平時にはしていなかったことを思い出して、平時の感覚を呼び戻してほしいと呼び掛ける内容のスライドである。しかしコロナ禍以後に介護事業者に就職した人は、この意味がぴんと来ないかもしれない。なぜならその人たちは、平時を知らない人たちでもあるからだ。

するとその人たちの中には、介護事業者が面会や外出を制限するのは当たり前のことという感覚を持つ人がいるのかもしれない。いや、むしろコロナ禍以前から介護事業に携わっていた人でも、コロナ禍をきっかけにして、利用者に制限を強いることが当たり前という感覚に陥ってしまった人がいるのではないか・・・。

しかしそれは違うと言いたい。人の権利や自由を簡単に制限することは、誰であってもできないというのが普通なのである。それができてしまうのは普通ではない状態のときに限るのである。

利用者本位という言葉がある・・・その意味は、サービス提供側の主観や都合で物事を考えるのではなく、利用者本人が主体的に判断し選択・決定することが本来であるということだ。

対人援助サービスは、この言葉を建前に終わらせてはならない。私たち対人援助のプロとは、利用者本位を本音とする支援者であり、ケアプランはその宣言書であることを忘れてはならない。

コロナ禍で行われた制限は、あくまで非常時の特例であって、平時にそれを繰り返すことは、人の正当な権利さえ奪い取りかねない忌むべき行為になりかねないことを、平時を知る者から、平時を知らない人たちに伝える必要もあるのだ。

本来制限とは、しないに越したことはないものなのである。






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コロナ禍がもたらす感覚麻痺はなかったかに気を配る時期


僕が住む登別市の東隣は白老町という小さな町である。

ここはアイヌ文化を伝える国立施設ウポポイがある町として知っている方も多いと思う。もともと大手製紙会社の企業城下町で、財政事情も良い町である。

その白老町の議会が開かれている最中であるが、先週の一般質問において町長は、町立の介護老人保健施設の収支改善が困難と判断し、休止および廃止を検討していることを表明した。

実はこの老健「きたこぶし」(定員29名)・・・昨年12月、複数の利用者が柵で囲まれたベッドに寝かせられたり、排せつ時に「汚い」「臭い」などと暴言を浴びせられたとして、道から改善指導を受けている。(※虐待事案自体は昨年10月に発覚している。

それをきっかけに新規入所者を受け入れず、在籍していた人も転所・在宅復帰を図るなどして現在入所者はゼロとなっている。さすれば道の指導を受けたことをきっかけに、確信犯的に事業廃止に向けて動いていたということではないのだろうか。

職員を教育しなおして経営立て直しを図る意欲もないということだろう。町立施設とはなんともお気楽である・・・。

民間経営母体なら、とてもではないがこのように簡単に休止や廃止に踏み切れない。何とか経営の立て直しに躍起となるところだろう・・・。
白川郷
しかしながら一度虐待事例が発生すると、このように事業経営危機に直結するのも事実だ。大きな法人の一部門でも、こうした事件が起きると法人全体のイメージに傷がつく。

だからこそ顧客対応を意識した、最低限のサービスマナーを身に着けるような従業員教育が不可欠である。これをおざなりにしている事業者は、いつそのしっぺ返しを食らうかわからない。そのような経営危機を孕んだままの介護事業経営は綱渡りと言える。そんな不安定な状態にしてはならない。

介護事業者の顧客の中心層はもう団塊の世代の人たちになってきている。その人たちはしっかり自己主張する人であり、介護事業に従事する職員のプロ意識に欠ける対応を許してくれない人たちも多いことに注意しなければならない。

なぜなら団塊の世代は日本の経済成長を支えてきた人々であり、従業員が顧客対応する際にサービスマナーを護るのは当たり前で、それに加えてホスピタリティ精神が求められることの指導・教育の先頭に立ってきた世代でもあるからだ。

その世代の方々は、自分が介護サービスを受ける身になった際に、適切な顧客対応されない状況に不満を持つだけではなく、自分自身がそういう対応を受ける身になったことを誰よりも嘆くことになる。

人の暮らしを豊かにするための介護事業が、人を嘆かせるために存在して良いのだろうかと考えたならば、人権を侵害する要素を排除するために、利用者から誤解されないための、「サービスマナー」を身に着ける必要があるということだ。

馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる人でなければならず、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ対人援助のプロとして、いつでもどこでも、マナーをもって接することができるように訓練する必要がある。

それは私たちに求められるコミュニケーション技術であり、それができないならプロ失格として別な職業を探さねばならない。

この問題に関して言えば、コロナ禍の3年間という特殊事情も大いに影響があると言える。

外出・面会制限が当たり前という風潮の中で密室化した介護事業者は、外部の目が行き届かない状況が生じた。その中で従業員に甘えと感覚麻痺はないかという検証をすべき時期に来ている。

面会者が誰もいない状況で、第3者の目が届かないことに緊張感を失い、従業員の利用者対応に乱れがなかったかということや、顧客意識の薄れた言動が目立っていないかということを確認し、必要なら修正・改善していかねばならない。

そうした意識の高い介護事業者からは、サービスマナー研修講師依頼が増えてきている。

先日も社福祉法人さんの職員研修として、「介護事業におけるサービスマナー」をテーマに講演を行ってきたが、 受講された方々から、「介護の基本的姿勢を再確認できました」・「なあなあになってた事を改めて感じることが出来た」・「様々な場面、具体的事例から思いやり、ホスピタリティーについて学び直すことができた」等の感想意見が挙がってきた。

気付きを得ていただき、講師としてありがたい気持ちである。それと共に、法人内の職員研修を行う時に気が付いたこともある。それはコロナ禍以後に初めて介護事業者に就職した人も決して少なくないということである。

それは何を意味するのか・・・そのことはまた明日続きを書くとしよう。






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ケアマネのコミュニケーションスキル


宮城県では過去に数えきれないほど何度も講演を行っているが、そのほとんどは仙台市での講演である。

逆に言えば、僕が知っている宮城県とは仙台のことであって、宮城全体のことではないともいえる。

例えば僕が住む登別市は、宮城県白石市と姉妹都市になっているが、白石市が宮城県のどのあたりに位置して、どのような地域であるのかということは全く知らなかった。

しかしこの度、宮城県ケアマネジャー協会・仙南支部さんからの依頼で、角田市での講演を引き受けることになって、白石市をはじめとした宮城県仙南地域にはどのような市町村があって、どんな名所・名跡があるのかを少しだけ知ることができた。
宮城県仙南地域
8/24に角田市市民センターで行う講演は、「対人援助・コミュニケーションスキルについて」というテーマである。

介護支援専門員として利用者の方々に相対し、信頼を得られる関係性を創るためには、コミュニケーションスキルは非常に重要だと思う。また介護支援専門員はケアプランというツールを用いて、利用者の生活支援を具体化する仕事でもあるから、文章力というコミュニケーションスキルも軽視できない。

そもそも介護支援専門員の仕事は、第3者から見れば非常に不思議な仕事でもある。

なぜなら他人は知られたくない心身の状態や、家庭内環境などを細かく探ることがアセスメントであったりするからだ。

例えば初めて担当者となった利用者宅に伺う、「ご挨拶」のための初回の自宅訪問の場が、そのまま初回アセスメントの場になることは珍しくない。

そこでは、初対面で信頼関係もできていない状態であるにもかかわらず、深く利用者のプライバシーに踏み込んで質問することもある。

人生の先輩である初対面の異性に、「おトイレはどうしてますか」・「お漏らしすることはありませんか」etc・・・。このように排泄の状況などを質問することは、普通の生活場面ではあり得ない。

だからこそ、コミュニケーションの取り方には最大限の配慮が求められると思う。

相手に失礼のないように、最もプライベートな部分に踏み込んで質問する唯一の方法とは、相手の状況に合わせて言葉や態度を変えることではなく、いつでも・どこでも丁寧で真摯に対応することである。

その基盤にはサービスマナー精神が欠かせない。

このことをしっかりと伝えたいし、文章力を磨く方法や、自己覚知にも触れた内容で話をしてくる予定である。

大事なことは介護支援専門員とは、利用者の生活課題を解決する具体的目標を定め、目標達成に必要な生活支援の具体策を立て、実行するチームの中心を担うコーディネーターの役割を持つということだ。そのためのリーダーシップは欠かせない。しかしリーダーシップを発揮するためには、適切なケアマネジメント技術がなければならないということである。

ケアプランは生活援助の手立て、道具に過ぎない。つまり介護支援専門員はケアマネジメント技術をきちんと持ったソーシャルワーカーであって、単にケアプランを作る人(ケアプランナー)ではないという理解が必要だ。

さらにケアマネジメントは仲介・調整技術だという認識も欠かせない。

介護支援専門員の職業倫理の最たるものとは、この役割を果たし、利用者の暮らしの豊かさを向上又は維持することである。

そのためには自らがこの豊かさを削り取るようなマナーに欠ける対応をとっていないか?ということを振り返って自己覚知する必要があるのだ。

初めて訪問する角田市で、仙南地域の介護支援専門員の皆様にそれらのことを伝えるとともに、介護支援専門員の存在によって、日本の福祉の底辺は確実に底上げができていることと、介護支援専門員の存在が地域の高齢者の方々の安心につながっていることも紹介し、勇気を与えてきたいと思う。

宮城県ケアマネジャー協会・仙南支部の会員の皆様にエールを送る動画も作成したので、下記を参照願いたい。宮城県泉南地域の美しい風景が盛りだくさんなので、他の地域・他県の方も是非ご覧になっていただきたい。

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他と同じ人材対策では効果は出ません。


生産年齢人口が減少し続け、その解決策が見いだせない我が国では、全産業において深刻な人材不足が経営危機に直結していく。

人の暮らしを人の手によって支える介護事業では、この状況はより深刻な事態を生み出すことになる。

支え手がいなくなることで事業経営が困難になるだけではなく、そこで介護難民が生まれ、悲惨な暮らしに耐えながら、誰からも手を差し伸べられずに野垂れ死にする人が増えていくからである。

それは国民の福祉の低下そのものであり、より深く広い闇が社会全体を覆っていくことに他ならない。そうなればもはや福祉国家という言葉は死語に近いと言ってよい。

そうならないように国は重い腰を上げて、介護分野で外国人材の就労しやすい対策などをとってはいるが、それも焼け石に水の感があり、国内人材の枯渇の手当には程遠い。しかも円安や物価高なども影響して、外国人材は他国へ流れつつあり、少ない外国人材の取り合いという状況も生まれている。

どちらにしても介護人材不足は日ごと(※年単位・月単位ではない)に深刻化しているのである。

これに対して国が行っていることは、制度改正や報酬・基準改定等で人員基準をできるだけ緩和して、人が対応しなくてよい部分はテクノロジー対応に代えていくというものでしかなく、効果は極めて限定的なものでしかない。

なぜなら介護労働の大部分は、実際には人の手によらざるを得ないことに変化はないからだ。そして介護ロボットを言われるものが人にとって替われる部分が、今後劇的に増えない限りこの状況は変わらないのである。

しかしいくらテクノロジーが進化・発達しても、人に代わるロボットができる可能性は低い。力をかける動作と巧緻性の必要な動作を、絶妙の加減でつなぐことができる人の動作にかなうロボットが生まれるとは思えないのである。

人に替わる介護ロボットが現に存在するというのは事実ではないが、将来的にそうした便利な機器が誕生するということも幻想と言えるのかもしれない。
朝日を浴びるひまわり
よって介護事業者は独自の人材マネジメントで人材不足を乗り切っていくしかない。しかしどのような人材マネジメントが必要なのだろう。

勿論、思い切った給与改善が求められるし、そのための介護報酬のアップが求められる。しかし介護業界全体の対策だけに頼っていてはどうしようもない。地域の介護人材の必要絶対数を確保することは不可能であるからだ。

地域の中で、全介護事業者があまねく人材を十分確保して事業継続できることはあり得ない。人材確保競争に勝利した事業者だけが生き残るのである。そのため少なくなる介護人材から選ばれる要素は何かについて考えを及ばせなければならない。

その要素の一つがサービスマナーが充実した職場環境づくりである。

僕が介護福祉士養成校で育てた卒業生のうち、就職先から短期間にバーンアウトしてしまう卒業生は、「職員が利用者をまるで物のように扱っている」・「聴くに堪えないひどい言葉で、利用者を蔑んでいる」といって退職している。

こんなふうにして、将来人材人財となる素質を持つ若者が、先輩職員の乱暴な介護の仕方やタメ口にストレスを感じて職場を辞めているという実態がある。

さらに卒業生以外であっても、優れた人材であるほど上司や同僚の、マナーのない言葉遣いにストレスを感じてるのである。

そういう人たちは、丁寧な対応ができる職場で働きたいという動機づけを持っている。

だからこそ僕は、そういう人が自然と集まり定着する職場づくりを目指そうと考えた。その為に僕が管理していた社福では、サービスマナーを徹底して、マナーのない利用者対応しかできない人は排除して、マナーをもって対応できる人をリーダーに就けて教育役を任せた。

マナー意識を持てない職員を排除する過程で、一時的に職員数が減る時期はあっても、マナー意識のある職場で働きたいという動機づけを持つ職員が集まってくる過程で、その問題は自然と解決し、マナー意識を徹底することで職員が辞めない、定着率の高い職場となって、人材確保に日々汲々とするようなこともなくなった。

某介護事業者の指導的立場にいる人は、『丁寧語を使って会話するのは良いが、それでは利用者に対して親密になれない。普通に会話した方が良い。』として、職員にタメ口対応を敷いているような現状もある。

こうした民度が低く、コミュニケーションスキルが低い職場は、人材の草刈り場でもある。そうした職場でも志を高くもって、利用者対応をもっと丁寧に行いたいという動機づけを持った人材はいるからだ。そういう人たちを見つけ、声を掛けて働いてもらえるような職場づくりをしていけば、自然と人材不足問題は解消するだろう。

なぜなら介護業界全体では、未だにサービスマナー意識が浸透していないと言ってよいからだ。

ここの部分に着目して、サービスマナー意識のない職場と差別化を図るだけで、有能で志の高い介護人材は確保できるのだ。現に僕が現在、コンサルタントとしてアドバイスしている介護事業者でも、僕が社福で行ったのと同じ方法で、人材を増やし定着率が向上している。

こうした現状把握と対策に遅れをとって、事業廃止に至らななければよいのだが・・・。

どちらにしても人材確保に困っている介護事業経営者は、サービスマナーを重視した新たな経営視点を持つように発想転換が必要であることを理解してほしい。
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マナー欠如減算・・・。


今週14日の参院本会議で、認知症基本法が全会一致により可決・成立した。

この法律は、「認知症の人が尊厳を保持し、希望を持って暮らすことができるよう、施策を総合的に推進する」としている。

しかしこれは自慢できる法律ではないと思う。

平等主義や基本的人権の根拠ともなる、「尊厳」について、認知症の状態の人もそれを保持しているとして、立法化して保護する必要があるということは、この国の実態として、いかに認知症の人の尊厳が無視され、人として尊重されていない場面が垣間見られているという実態を表わしているともいえる。

しかもこの法律の目的の一つが、「認知症の人との共生社会を目指す」ことであるという。

人はどのような状態であっても社会の中で他者と共生するのが当然であるにもかかわらず、あえて認知症の人との共生社会の実現を目指す法律が必要だということは、我が国のどこかで、認知症の人が、認知症ではない人と共生できていない状態が存在するということだ。

しかもそのことが、必ずしも世情に精通していない政治家の目にも見える形で存在しているという意味である。

そういう意味では、この法律は我が国の恥の象徴ともいえるのかもしれない。
恥を知れ
そうした恥の文化を創り上げているのが、対人援助の場で顧客である利用者に対し、「タメ口」で接することを恥と思っていない頭の弱い連中の存在である。

そいつらは、顧客に対し失礼極まりない「タメ口対応」を恥と思わないばかりではなく、その言葉が「親しみ」を表わす言葉だと誤解している。

そんなふうに、「タメ口」という日本語の意味と使い方を知らない、頭の不自由な輩が、介護業界には数多く存在しているのだ。

お客様に丁寧に接しつつ、なおかつ親しみを持ってもらえる接客という行為ができない輩が、家族と同じように遠慮なく、ぞんざいな態度で接することを、「家庭的で親しみやすい態度」と勘違いしてふるまう・・・そのような介護のプロにあるまじき、失礼で素人としか言えない対応に終始する頭の弱い連中が、認知症の人の尊厳を無視して、認知症でない人と差別して接する風潮を生んでいるのではないか・・・。

本来、認知症の人たちが社会の中で共生するなんてことは、法律で定められて実現するような問題ではない。

私たちが人に冠をつけて、曇った目で見ようとしなければよいだけの話だ。認知症の誰々さん、重度障害のそれこれさん、要介護のへのへのもへじさん・・・そうした冠をつけずに、ひとり一人が個性ある人間であるという目で見つめ、個性ある一人一人の人間に、人としての愛情を注いで触れ合うという基本を崩さなければよいだけの話である。

それができないのだから、法律でがんじがらめに人を縛らねばならなくなる。

さすればマナーに欠ける対応に終始する介護事業関係者を変えるためには、倫理や道義と言った観念論ではなく、罰則を伴うルールが必要になるのだろうか。

例えば身体拘束を廃止すために、それを実現できない事業者に課した、「身体拘束廃止未実施減算」を手本にして、「マナー欠如減算」が介護報酬に新設される必要があるのだろうか・・・。

しかしそれこそ恥の上塗りである。顧客に対してマナーをもって接することができない恥と、それを減算ルールでしか正すことができない恥である。

そのような恥ずべき事業に対して、税金と保険料という公費を投入しつづけることに、果たして国民が嫌気をさすことはないのだろうか。そこが一番懸念されることである。

認知症の人を、法律を定めてしか護れない国であるという実態を、私たち介護関係者は自分の日ごろの仕事ぶりを振り返って考えていく必要があるのではないか。

法律や法令ルールは、所詮人が創る文章でしかない。そこから漏れたものは、すべて許されることではないはずだ。だからこそ法律や法令ルール以上の戒めが、私たち自身が他者を思いやる心から発せられなければならない。

それは法律を超えたものであり、人としての生きる道であるはずだ。それを忘れてはならないと強く思う。
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密室化慣れからの脱却


新型コロナの感染症分類が5類に変更されたことに伴い、やっと面会制限を解除する方向に向かっている介護施設・居住系施設が多い。

それにしてもコロナ禍のこの3年間は、様々な場面での異常な状態が、「当たり前」と考えられるようになってしまった。
ちなみにコロナ禍とは、「新型コロナウイルスが招いた災難や危機的状況」を指す。その時期の明確な定義は存在しないが、2020年3月半ば頃から、新聞やネット上でコロナ禍という言葉がよく見かけられるようになっている。

例えばこの3年間、対面による面会制限を一度も解除せず、オンライン面会しか認めていな介護施設も存在する。コロナ禍以後にそこに就職した人は、それが当たり前と思っており、利用者をケアする場は、職員以外の外部の門が立ち入ってはならない場所と思い込んでいる職員もいたりする。

しかし利用者の居住空間を、管理者側の都合で密室化することは許されていない。本来防犯以外の目的で施錠は許されていないので、24時間施錠や外出禁止、面会制限も身体拘束廃止規定に違反する問題である。

コロナ禍という特別な時期だけに許されていた制限を、感染症分類が変更になった今も、ダラダラとt継続していることは、法令上も罰則対象となる恐れがあることを理解せねばならない。

そのような指摘に対しては、「感染症分類が変わったと言っても、新型コロナウイルスが無くなったわけではないので、引き続き注意が必要だ。」と反論したりする人がいたりするが、そんなことを言っていたら未来永劫感染予防対策にがんじがらめになって、社会活動は正常に戻らない。

新型コロナウイルスの感染力や致死率も、季節性インフルエンザと変わらないレベルになっているのだから、コロナ禍以前の正常な社会活動を取り戻すことを第一に考えるべきである。

クラスター感染を恐れて、感染者がいない状況で制限を続けるなんてことであってはならないのだ。
誰かのあかい花になるために
ところで、面会制限を解除した介護施設等の関係者からは、長期間の面会制限中に外部の目が届かなかったことの負の遺産を心配する声も出されている。

面会制限中に接遇意識が緩んで、言葉遣いをはじめとした顧客対応に劣化が生じて、改めてサービスマナー意識の向上が必要とされるという声が挙がっているのである。

本来それは情けのないことである。サービスマナーは、お客様自身に対する意識で、第3者の目があろうとなかろうと護らねばならない意識だからだ。

しかし人間はいつも己を律し続けて生きられる強い存在でもない。心が緩むことがあるのも人間である。面会制限期間中に利用者と職員以外しか存在しない場所で、外部の目が届かず、外部からの声も聞こえなくなったことによって、甘えが生じてしまうということもあるのだろう。

それによってサービスマナー意識の低下による利用者対応の劣化が生じたことを反省しなければならない介護事業者は少なくないのではないかと思う。

その反省に立って、改めてサービスマナー意識の向上に努めることは必要なことであるし、それを行おうとする介護事業者には未来があると言える。

今後は、外部の目の届かない時期や場所であっても、サービスマナー意識を低下させないための根本を、しっかり教育してほしいと思う。

僕もそのお手伝いはできるので、介護事業に通用する本物のサービスマナー教育を求めている方は、是非講師依頼の連絡をしてほしい。

まずはメール等で打診していただければ、条件等を調整できると思うので、公式サイトの右上サイドバーのメールマーク📩をクリックして連絡していただきたい。
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介護事業の常識は世間の非常識と言われ続けて


GW後半に入った今朝の登別は、暖房が必要ないほど温かな朝を迎えた。このところ天気の良い日が続き、きれいな青空が広がっている。

しかし風が強く、満開だったエゾヤマザクラは散り始めた木が多い。
登別市の今朝のエゾヤマザクラ
※画像は、僕の自宅近くにある恵愛病院の敷地内のエゾヤマザクラ。
それに代わって遅咲きの八重桜が咲き始めているので、登別市の桜はもうしばらく私たちの目を愉しませてくれるものと思う。

そのようなGWにシフト勤務で働き続けている方々には感謝の気持ちしかない。

しかし私たちの仕事とは、誰かの暮らしに直接向かい合っていることを忘れないでほしい。勤務してサービスを続けておればよいということではなく、その質が問題となることを忘れないでほしい。

例えば、介護事業の常識は世間の非常識と言われることがある。

介護業界に勤め始めてからは、実際にそのような状態を目の当たりにしたことが何度もある。

学卒者の若い職員が、自分よりずっと年上のサービス利用者に対して、「タメ口」で対応することがその代表例だ。

医療や介護以外の他産業なら決してそんなことは許されない。年齢差に関係なく、お客様に対して目上の者が目下の者に使う、「タメ口」で対応するなんてあり得ないからだ。

そういう意味では、介護従事者の心のどこかに施し意識が存在して、利用者に対して、「介護してやってる」という傲慢な上から目線になっているのだろうと思う。

プライバシーへの配慮の欠片もない排泄介助や、利用者の表情や希望を無視した流れ作業などもしかりである。

そうした無礼で、人情の欠片もない対応に終始している輩ほど、「家庭的」とか「かたぐるしくないように」とか、わけのわからない屁理屈で自分の醜い対応を擁護し続ける。

そんな人間は、はっきり言って知能が足りず知性がないとしか言いようがない。

そんな馬鹿が数多くはびこっているのが介護事業の一面の真実だ。人手が常に不足し、募集に応募する人間を闇雲に採用してしまう結果が、そのようなスキルの低い人間をはびこらせている一因でもある。

介護はサービス業であり、利用者は顧客であるという常識を持つことのできない輩がはびこっている限り、介護の職業が他産業の平均年収より低いままである状態は解消しないだろう。

介護のプロであると誇ることができた初めて、全産業平均以上の年収を求める声が社会に届き、社会が認めるのだということを理解せねばならない。

その為に自らのスキルアップ図り、サービスの質の向上という結果を出さねばならないのである。

それが結果的には、「介護サービス利用者の生活の質の向上」に繋がり、「国民の福祉の向上」となっていくのである。

そこを目指さない限り、介護事業の未来に光は注がない。
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業界用語を変えて意識を変えよう


介護事業とは、サービスを利用する人の暮らしに深く介入しながら、その人の暮らしを護ったり、暮らしぶりを豊かにする職業である。

その為にはサービス利用者の心を護る必要がある。そして心を護るためにはデリカシーのない対応で、利用者の尊厳を傷つけないように細心の注意を払う必要がある。

介護事業におけるサービスマナー意識は、そのための必須アイテムである。

しかしこのことを全職員に理解さえようとしても、なかなか意識が変わらない職員も少なくない。施し意識から抜け切れず、馴れ馴れしい無礼な態度が、堅苦しさを利用者に感じさせない態度だと思いこんだり、年上の人に対しては極めて失礼な言葉遣いであるタメ口が、親しみやすさを表す言葉遣いだと勘違いする輩がなかなかいなくならない。

その為、サービスマナー意識を浸透させて、サービス利用者の方々に適切な態度で接しようとスローガンを掲げても、全職員の足並みが揃わずに、志半ばでサービスマナー意識の向上をあきらめてしまう介護事業経営者・管理職もいる。

そうしないように、全職員にサービスマナー意識を浸透させるには、経営者や管理職の覚悟が必要だと僕は言い続けてきた。

僕が定期的にマナー指導を行っている事業者では、信賞必罰のルールを徹底し、マナーを護って利用者対応している従業員には必ず賞を与え、それができないし従業員がいれば必ず罰している。

そのようにして意識改革を図っているわけであるが、もう一つ行っている工夫がある。

それは実態に合わない業界用語を変えて、マナー意識が向上する方向の新呼称に直すことである。

古来から言葉には、不思議な力が宿っており発した言葉どおりの結果を現す力があるという考え方がある。それが、「言霊」とも言われ由縁である。
誰かのあかい花になるために
誰かの心を癒すために、誰かの心に咲く花のような存在になれるように呼称を工夫してみてはどうだろうか・・・。

思えば介護業界には長く不可思議な職名がはびこっていた。僕が特養に入職した当時の職名は生活指導員であり、介護職員は寮母だった。

人生の大先輩である高齢者の方々に何を指導せよと言うのか・・・寮母に至っては、飯炊きおばさんかと言いたくなるような呼称でしかなかった。

僕がこの呼称を変えたのは、介護保険制度以前である。介護保険制度以後、生活相談員は生活指導員となり、寮母は介護職員となったが、その前から僕が勤務していた特養では、ソーシャルワーカーケアワーカーという呼称に変えていた。

同じように変な呼称はまだ数多くある。例えば利用者・・・。介護サービスを利用する人をそう呼ぶのは必ずしも間違いではない。しかし利用者を単なるユーザーであると思い込むから、馴れ馴れしい態度で対応して良いと勘違いする輩がなくならないのである。だから利用者ではなく、お客様と呼ぶべきだと僕は思う。

そしてお客様に対してふさわしい対応とは、どのような態度や言葉遣いで接することなのかということを理解させるべきであると思う。

僕が今定期的にマナー講師を務めている特養では、数年前から短期入所の入退所の呼び方を変えた。

短期入所は滞在サービスで、一時的に利用するものでしかないから、「入所・退所」ではおかしいと思い、さらに短期入所を利用するお客様に対するサービスマナー意識を向上させる呼び方はできないかと考えた。

すると滞在サービスは宿泊サービスと同様ではないかということに気が付いた。

その為、その特養ではショートステイ利用者の方のサービスの利用を、「チェックイン」と呼び、サービスの終了を、「チェックアウト」と呼ぶようにした。

もともとその特養は、サービスマナー意識の高い特養で(※だからこそ僕が定期的にマナー講師を務めているわけであるが)、この呼称変更で劇的に何かが変わったということはない。

しかしチェックイン・チェックアウトと呼ぶことは、お客様自身には心地よく聞こえているらしい。「何か良いところに泊まりに来たという気分になります」と言ってくださるお客様(利用者の家族も含む)が居られたりする。

お客様が気分良くなる方向への呼称変更は、それだけで大きなメリットであるし、そのことが職員の意識変化につながるなら、それに越したことはない。

是非皆様の職場でも、おかしな呼称・意味が違うのではないかと思える言葉をピックアップして、それを直していくということをしてみてはいかがだろう。

そんなことが、「介護の常識は、世間の非常識」という状態をなくしていく第一歩になるかもしれない。
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介護サービス利用者の生の声から考えてほしいこと


僕は今日、愛媛県久万高原町で午前と午後に渡って2本の講演を行う予定だ。

そのため講演前の、この時間に記事更新している。

午後からは制度改正を見据えた介護事業経営について話をするが、午前中は介護事業におけるサービスマナーを含めた介護実務の方法論をあり方を、介護という職業の使命という観点から話す予定だ。

この講演の中でサービスマナーに関連した話もする予定であるが、このことに関連しては職員の利用者対応の中心となる口の利き方について、いかに間違った考え方をしている職員が多いかという具体例を、「99人の馬鹿と対峙する一人の正義」という記事で紹介している。

その記事にコメントを書いてくれた人がいるので、参照していただきたい。そのコメントを下記に転載する。
------------------------------------------------------------------
80代の婆さんです。
デイサービスで週1回お世話になっています。
この度の文章を読ませていただき思わず涙しました。
若い方のタメグチに辟易してましたので、本当に救われました。
ありがとうございます。ご活躍ください

------------------------------------------------------------------
勇気をもってコメントを書いてくれた方には、心からお礼を申し上げたい。

介護関係者には、このコメントをしっかりと受け止めてほしい。

高齢者の方々は、介護サービス従事者が何気なく使っている「ため口」、あるいは堅苦しく感じさせないように意識して使っている「ため口」に癖癖している人、傷ついている人が少なくないのだ。
茶屋風景
今後の高齢者介護サービスの利用者の中心は、団塊の世代の人々になる。その方々は、日本の高度経済成長期を支えた企業戦士やその妻、それらの人々を相手に商売をしていた人々であり、上下関係には厳しい感覚を持った人々である。

それらの人々は顧客に対してサービス提供者がため口で接することを決して許さない感覚を持った世代の方々である。

しかし、そういう方々がいざ自分が介護支援を受ける身になって、自分よりずっと年下で、自分を敬うべきサービス提供者が、日常的にため口で接してきた際に、文句を言えるかといえばそんなことはない。

介護支援を受ける身で下手な抗議をすれば、適切な介護をしてくれないのではないかという恐れもあるし、こんなことで口うるさいといわれても大人げないと考えて、必要な要求ができない人が多いのである。

しかしその人たちは、抗議せず文句を言わないけれども、そのような失礼な態度を受け入れなければならなくなった自分の身を哀れに思い、心の奥底で悲しんでいるのである。

だからこそ私たちは、利用者に堅苦しいと思われることや、よそよそしいと思われることを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い心を殺してしまうことを恐れる人でいなければならないのである。

誰に対しても不快な印象を与えず、使い分ける必要がない丁寧語を、使いこなすことができるコミュニケーションスキルを獲得しなければならないのである。

それができない人は、いっそのこと人に語り掛ける必要のない別な仕事を探すべきである。そのほうが世のため人のためになるだろう・・・。
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99人の馬鹿と対峙する一人の正義


慢性的な人材不足が叫ばれる介護業界であるが、介護職員数は毎年増え続ける右上がりのグラフ上の中にある。

現在も毎年わずかではあるがその数は増えているのだ。しかし要介護者の数の増加スピードに、介護職員の増加スピードが追い付かないために、介護職員の数はいつも足りず、将来的に必要とされる推定人数の確保も難しい状況になっている。

具体的に言えば、介護保険給付の対象となる介護サービス事業に従事する職員数介護職員の数は、介護保険制度が始まった2000年に54万9千人であったものが、2017年は195万1千人までその数を増やしている。

これだけたくさんの介護職員が増えているのだから、玉石混淆ぎょくせきこんこう)となってしまっており、介護職員と一口に言っても優れたものと、つまらない者が入り混じってしまっているのが介護業界の特徴だ。

そのことが介護業界全体の民度が向上できない大きな原因ともなっている。
心に残る風景
その中でも特に問題なのは、介護サービスを利用されている方々が、「顧客」であるということが理解できず、自分たちが介護のプロとして、介護という行為で生活の糧を得ていることを意識できない馬鹿者どもの存在である。

その者たちは顧客に対して平気で、「ため口」で会話したりする。

そのことを注意しても、まったく修正しようとしない輩どもの理屈とは、『介護は人と人が向き合って暮らしの支援をする職業なのだから、あまり丁寧な態度にこだわり過ぎると、利用者に堅苦しさを感じさせることになる。』というものだ。

おいおい世界一ボキャブラリーが豊富な日本語は、丁寧な言葉であっても相手に心地よく緊張感を感じさせることなく伝達ができるんだぞ。丁寧語を使って堅苦しさを感じさせるのは、伝え方が貧しいからではないのか。丁寧語を使いこなせず、ぎこちない口調になるから、相手に堅苦しいと思われるんだろう。その低すぎるコミュニケションスキルを何とかしろよ。

すると、『関係性ができていれば、表面的な言葉遣いに注意する必要はない』と開き直る馬鹿もいる。

僕たちと利用者の関係性って何よ。家族でもなければ友達でもないぞ。あくまでサービス提供者とお客様の関係性でしかない。それは家族や友人のように、遠慮ない対応やぞんざいな言い回しでも許される関係性ではない。だからこそ介護のプロとしてお客様に接した際に、お客様に少しでも不快な思いをさせないような心遣いが求められるのであって、そのために最低限、「丁寧な言葉遣い」で相対することが求められているのだ。

そんなこともわからない輩は、『家族のように親しみを持ってもらわねばならないのだから、くだけた言葉遣いも必要である。』とも言う。

何度も言うように、僕たちは介護のプロとしてお客様に接しているんだ。そこでは家族のように親身になって相対することは求められても、家族そのものになることは求められていないし、疑似家族化することも許されない。介護のプロとして節度のある対応が求められているのだ。そもそも言葉を崩してしか親しみを表せないボキャブラリーの貧困さを恥じろよ。

ため口を直そうとしない輩は、ため口を親しみを感じさせる表現だと勘違いしているが、ため口とは、「敬語を使わず、なれなれしく話すことで、相手と対等な立場であることを表す口調」である。

タメ口は親しみを表現する言葉遣いではなく、なれなれしいだけなのである。その言葉を年下の者が年長者に使ったり、サービス提供者が顧客に使うことは、「失礼な言葉遣い」ということになるのだ。このことの理解がない輩が多すぎる。

家族そのものにはなれない介護従事者が、介護支援の場で利用者に関わるときに求められる態度とは、家族と同じ遠慮ない態度ではなく、介護のプロとしての態度である。信頼のおける知識と技術に基づいた介護支援と接遇ができることなのに、知識も援助技術も拙い輩が、口の利き方だけ一丁前(いっちょうまえ)に装っておるのは、滑稽を通り越してみじめでさえある。

そしてそのような無礼な言葉遣いは、しばしば人権侵害につながる問題を引き起こしている。そのときに、「そんなつもりはなかった」という言い訳は、人権侵害という結果をもたらした後ではなんの免罪符にもならないことを忘れてはならない。

だからこそ相手から誤解されない対応の基盤となる、「サービスマナー」の視点と姿勢を持ってお客様に相対する必要がある。対人援助のプロとして、いつでもどこでもマナーをもって接することができるように訓練する必要がある。コミュニケーション技術は特に重要なのである。

対人援助のプロとは、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる人でいなければならない。

対人援助が真の意味で利用者の方々の暮らしを豊かにするために、サービスマナーに注意して顧客対応を行う必要がある。そのことを常日頃から実践できている人は、たとえ自らが少数派で、多数派のいわれなき非難や弾圧に見舞われても心を折らないでほしい。
  
例え99人の馬鹿がいても、正義を貫く人間が一人いれば決して間違った世の中にはならない。そういう人間が一人もいなくなった時、日本の介護は終わる。

そのことを忘れず、誰かのあかい花として咲き続けてほしい。
※菊地雅洋にインタビュー!「これからの地域包括ケアシステム後編その2」(最終回)。地域包括ケアシステムを担う訪問介護から小規模多機能、福祉用具、新複合型サービスまで幅広く各事業について語りました。リスクマネジメントに有効にも拘わらず、まだ整備できていない施設が多いというマストアイテムとは?下記参照ください。

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介護という職業の誇りを奪い取るもの


3月は巣立ちの時期である。様々な場所からこの国の明日を担う人々が巣立っていく。

僕が介護福祉士養成校で教えた若者たちも、希望を胸にして社会人として、今まさに巣立とうとしている。

そんな彼らの姿をみながら、彼らの夢や希望がかなえられると同時に、この国の未来の介護を支える人材として育ってくれることを願っている。
福寿草
雪解けの道に、美しく力強く咲く福寿草のように、彼らが誰かのあかい花になることを祈るような気持ちで眺めている。

しかし残念なことに、卒業生が全員、就職した職場で美しく咲き続けてくれたことはいまだかつてない。

志半ばで夢をあきらめて職場を去り、介護業界からも去ってしまう人がいる。

介護という職業が、人の役に立つ誇りの持てる職業だと思っていたのに、就職したその場所で、先輩職員の仕事ぶりを見て、そうではなかったと幻滅して辞めていく若者が少なからず存在するのだ。

そうしてリタイヤしていった卒業生が、僕のもとを訪ねて嘆く言葉とは、「利用者をまるで物のように扱って、仕事も全部流れ作業のようになっている」・「人生の先輩に対する口の利き方を知らない〜赤ん坊や幼児に対する言葉かけをする人がいるのに、誰も注意しない」というものだ。

将来、人材人財となり得る素質を持つ若者が、先輩職員のタメ口にストレスを感じて介護業界を去ってしまうのだ。

この悪しき状況を何とかしたいと思い、サービスマナーについて様々な場所で講演を行っている。テーマがサービスマナーではなくとも、正しい言葉遣いで介護サービスを利用するお客様に接するように訴えている。

例えば先日も、「看取り介護講演」の中で、「旅立つ人をどんな言葉で送りますか?」と問いかけた。

今特養で問題になっているのがこの問題だからだ。看取り介護対象者は、死期が迫っていることを周囲の人が認識しているのだから、普段面会に来たことがない遠い親戚もお別れに面会に来るのだ。その時、若い介護職員のあまりに失礼な言葉遣いに憤慨して、「どうしてこんなところで、ばあちゃんの最期の時間を削り取るの!!」と憤慨してトラブルとなるケースが多いのだ。

普段職員の馴れ馴れしい無礼な言葉に憤慨しても、それに慣れてしまって、文句も言わないキーパーソンとは異なり、お別れのために初めて施設を訪れる親戚は、年下の従業員のあまりに失礼な言葉遣いに憤慨することが多いのである。

ところがこうした指摘をしておなおかつ、その講演を受講した人がアンケートで、「私自身は、利用者と関係性を構築するうえで、方言やフランクな言葉遣いも必要だと考えている」と記している人も居る。

こういう底辺クンが居なくならないからこそ、介護という職業の誇りを感じ取れなくなる若者がなくならないのだ。

フランクな言葉遣いと言うが、自分がそう思っていても相手にとって失礼な言葉遣いと感じられてしまうのが崩し言葉だ。その点、マナーがある丁寧な言葉は、だれしも不快に思わないし、相手や状況によって使い分ける必要もない言葉である。

私たちと利用者の関係性とは、あくまでサービス提供者と顧客の関係性であり、言葉を崩してフランクに話しかけて構築する関係性ではない。そもそも世界一ボキャブラリーが豊富な日本語は、丁寧語を使っても、親しみやすさを伝えることができるし、方言だって丁寧語は存在するのだ。

例えば熊本のある特養で働く職員は、利用者に対して、「〜よかですか?」と丁寧は方言を使いこなし、利用者に目線を合わせて真摯に対応していた。

こうした人たちと比較して、いつまでも崩し言葉でしか、親しみやすさを伝えることができないコミュニケーションスキルの低い底辺クンの存在が、介護を底辺職業に貶めているのだ。

そうならないように、相手から誤解されない対応の基盤となる、「サービスマナー」を身に着けてほしい。

そしての記事の締めとして、次の言葉をすべての介護関係者に送りたい。

どうぞ、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる人でいてください。
旅立つ人をどんな言葉で送りますか
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人材が定着できる職場づくりは待ったなし


年度末の3月に入り、何かとあわただしい日々を送っている人が多いだろう。

介護事業の決算処理はまだ先になるが、この時期は何より新年度に向けた準備に忙しく立ち回る時期である。

その準備になかには、新たな事業計画作りも含まれてくるし、何より大事なのは新年度に入職してくる職員の受け入れ体制づくりである。

教育訓練を含めた受け入れ体制が整備されていない事業者では、職員の定着率は低下することが証明されている。介護人材不足が叫ばれる折、縁あって募集に応募して採用まで結びついた人材が、短期間で離職してしまうことは大損失である。そうしないための対策はされているだろうか・・・。

特に毎年せっかく入職した人材が、短期間で辞めてしまうことが繰り返されている介護事業者は、その根本原因を探って改革を急がねばならない。そうしないことには、いつまでも介護職員の定着率は向上せず、そのことがいずれ事業を継続することを困難にする最大のバリアになりかねないからだ。
冬の支笏湖
介護福祉士養成校の卒業生も4月に大勢介護事業者に入職してくるが、養成校で学んでいる学生は、「介護の仕事は、人に役立つ仕事だ」という思いで入学し、学んでいた学生である。

そのような卒業生は2年間の学生生活で、いろいろな悩みを抱き、壁にぶつあたりながら、介護福祉士として人の役に立ちたいという思いを捨てずに頑張り続けた人たちである。

そうして巣立っていった卒業生が、入職して間もない時期に、「介護の仕事が人の役に立つなんて言うのは嘘だった」と言ってやめてしまうケースがある。しかも毎年、決して少ないとは言えない人数の卒業生が、同じような理由で短期間で介護業界から去っていく。

それはなぜか・・・。OJTと称された、先輩の尻に金魚の糞のようについて歩かされる業務指導の中で、指導者たる先輩職員が、介護サービス利用者を教材のように扱い、人として接している様子が見えないだとか、機械的対応に終始して温かみが感じられないだとか、利用者を物のように扱って冷たい態度で傷つけているといった理由で、毎年数多くの介護福祉士が辞めているのである。

このことは介護業界全体の大損失だと僕は思うのである。

しかしその一方で、定着率が高く、学生にも人気がある介護事業者がある。そうした職場は、介護職のリーダーがきちんと利用者に対して丁寧な接遇を行い、部下である介護職員に日常的に接遇指導をしている。

そのような職場に運よく就職できた卒業生は、生き生きとした表情で働き続けている。介護という職業を通じて、人の役に立つ人間になろうという熱い思いを捨てずに、自分がもっと人に役立つ介護職になりたいとスキルアップの動機づけも持ち続けている。

そういう意味では、サービスマナー意識の浸透度合いが、人を育て人を定着させる職場環境につながると言っても過言ではない。利用者に対する接遇の向上と、介護職員の定着率の向上はリンクしてくるのだ。

だからこそ今この時期に、サービスマナー研修を徹底したい。利用者の尊厳を護ることを建前にせず本音にする職員教育を行うことが不可欠だ。

対人援助のプロとして求められる人権意識を確立するためには、「家庭的で親しみやすい介護」などと言いながら、マナーのない無礼なタメ口対応を許すような体質を残さないようにすることは最も重要である。

人事評価には、そうした視点を入れなければならない。それが真に求められる労務管理だ。

介護事業者におけるサービスマナー意識を浸透させ、接客から接遇への意識改革ができるサービスマナー講演を希望される方は、是非メール等でご一報願いたい。

連絡先は、あかい花公式サイトの上部・グレーの帯部分に記載しているので、まずはお気軽に相談の連絡を入れていただきたい。
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本物の介護技術とは何を指すのか・・・。


介護は最終的には技術です。そのことに異論はありません。

いくら心を込めても技術が伴わなくては、利用者にとって良い状態は生まれないからです。

心は込めたけれど、やり方が拙くて苦しい思い・恥かしい思い・嫌な思いをさせたけど許してね・・・そんな介護支援はあり得ないし、プロの姿勢ではないのです。

しかし同時にいくら技術があっても、利用者感情を無視して機械的に決められた正しい技術を展開したとしても、利用者の表情は硬く、あるいは乏しいもので終わることも多いのです。

それはなぜでしょう・・・。

それは人は物質的満足を唯一の目的として生きるものではないからです。他者から愛されたり、認められたりする精神的満足も生きるためには必要なのです。

心を込めるという意味は、介護支援という行為を行う対象者に、「精神的満足感」を与えることなのです。

勘違いしてはいけないことは、その満足は私たちの満足ではなく、利用者の方々の満足なのです。介護支援の対象者が、「嫌だ」と言うとすれば、それはいなな行為にほかならず、「そんなことはありません」という言葉は、私たちの満足感の押しつけに過ぎなくなります。それでは困るのです。

だから私たちは、介護を必要としている人たちが、私たちのどのような行為や、私たちが介入したことによる、どのような結果に満足してくださるのかを、常に意識して関わる必要があります。

生きるために、何らかの支援を必要とする人たちの居場所が、冷たい風が吹きすさむ場所でしかなかったら「生きがい」なんてなくなります。

その方々を心にかけて、手を差し伸べるべき対人援助のプロとは、誰よりも温かい手の温もりを届ける人でなければならないはずです。技術があっても冷たい態度で、その技術を提供するだけの人には、利用者は決して心を開きません。

それが介護労働=感情労働といわれる側面の1要素でもあります。
心を癒す介護
だからこそ私たちには人間を愛するという心・・・そうした感情を介護支援を必要とする人に伝える力も、求められる介護技術の一つだといえるのではないでしょうか。

何の愛情も伝えられない介護は、空しいだけの動作援助に終わってしまうでしょう。そのような冷たい技術は、大事なものが欠けた技術と言えるのではないでしょうか。

本物の介護技術とは、目に見えない心=思いやりとか、あなたのことを思っているのよと言う人間愛を伝える技術をも含んだものではないかと思います。

介護を受けて暮らす必要なる人に、言葉ではなく態度で安心感を与えられるのが本物の介護技術です。

介護を受けて暮らす人を大切に思う誰かに、「あなたの大切な人を、どうぞ私に任せてください」と言葉で示すだけではなく、そのことを介護を行う姿勢で示すことができることが真の技術です。

どうか、そうした本物の介護技術を追求する人になってください。どうぞ、そうやって介護を受ける人と、その人を愛する誰かの心を豊かにしてください。

私たちが求める、介護はそういうものであるべきではないかと思います。

そのように心から思うのです・・・。だから僕は、誰かのあかい花になるための実践論を探し続けるのです。
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信頼を失う介護には何が求められるか。


北海道のコロナ禍第8波はピークダウンの様相を呈しつつあるが、全国的にはまだピークに達していない地域が多いようだ。

そのような中で高齢者施設のクラスター感染は、12/5・0時までの直近1週間で723件となり、前週から48件増えた。増加はこれで7週連続となり第7波のピーク時に迫ってきている。

そのため面会制限が続けられている介護保険施設が多いが、社会の反応は必ずしも、「やむなし」というものだけではない。「家族を今施設にいれると、まともに会えなくなって可哀想」・「中に入れないだけに、どんな対応をしてもらっているのかわからなくて不安」という声も少なからず聴こえてくる。

このように外部の第3者の目が届きにくい介護施設でも、きちんと適切なケアサービスを提供できていることを証明しなければならない。サービスマナーの確立はそのための重要アイテムである。

そういう思いを込めて昨日、「陽だまり」という記事を書き、そこで道内西興部村の障害者支援施設における虐待事案も論評した。

しかしこの記事を書いている最中に、僕が住む登別市と隣接する白老町の老健施設での虐待報道が飛び込んできた。

白老町立介護老人保健施設「きたこぶし」で、複数の職員が入所者4人に対し、緊急性がないのに身動きしにくい介護衣を着せたり、四方を柵で囲んだベッドに寝かせたりする身体的虐待を加えた。さらに排せつ中の複数の入所者に「汚い」・「臭い」と暴言を浴びせたというニュースである。

さらにこの施設では、入所者2人の頭にたんこぶができているのを確認しており、「職員にたたかれた」と話しているという。おそらくこれも職員の暴力によるものだろう。
冬の一本松・美瑛町
続けざまに飛び込んでくる介護現場での虐待報道・・・世間はこのことを氷山の一角であり、隠された虐待がもっと多くあるのだと思うだろう。そして介護施設の多くが虐待と無縁ではないと思い込むのではないか・・・。

それは事実ではない。我々はそんな氷山ではないし、日常的に虐待を行っている施設が多数派ということでもない。しかしいくらそうはいっても、こうした虐待事案が月単位で見ると、必ずどこかで訪づされるという現実は、介護事業の信頼性を失わせることに繋がって仕方のない状態ともいえる。

この状態をどのようになくしていけばよいのだろう・・・。こうした虐待報道を受けて専門家と言われる人が、「原因は利用者軽視。もっと利用者に対する人権意識を高めて、尊厳を護るように意識改革せよ。」なんて評論しているが、言うは易し行うは難しである。

そんな評論などなんの役にも立たない。そもそも人権意識ばかり前面に出しても何も変わっていないことは歴史が証明している。人権意識を前面に出して、介護事業に携わる人間が人権を護る最前線に立っているような勘違いをさせるから、「施し」意識が抜けずに、上から目線で、「助けてやってる」的な対応がはびこるのである。

そうして介護支援者の心づもり一つで、何でもありの介護現場となり、簡単に利用者の行動制限を行う行為や、言葉による心理的虐待がなくならないのである。

人権意識も大事だが、その前にもっと意識させなければならないことがある。それは利用者はお客様であるという、「顧客意識」である。

我々の仕事は利用者がいることで成り立ち、利用者が居なくなれば運営費用も、我々の給与原資もどこからも入ってこないという、「ごく当たり前のこと」をしっかり意識し、お客様に対して失礼のない対応に終始するのが、対人援助のプロとして必要不可欠である。そういう意識をもっと強く意識させなければならない。

家族そのものにはなれない介護従事者が、介護支援の場で利用者に関わるときに求められる態度とは、家族と同じ遠慮ない態度ではなく、介護のプロとしての態度である。信頼のおける知識と技術に基づいた介護支援と接遇ができることである。

利用者によそよそしさを感じさせないように、タメ口を使い続けるような勘違いした職員がいなくなるように、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる職員教育を徹底することである。その教育になじまない職員は、介護の仕事に向かない人と判断して、別の職業を探してもらう覚悟も必要だ。

虐待防止のためには、「専門家や他施設の職員など外部に現場をチェックしてもらう仕組みが必要だ。」という意見もあるが、外部のチェックに頼るサービスの質は、外部のチェックが届かない場所に深く沈んで、闇を創る結果にしかならないことを知るべきだ。

このことに関しては、けっして妥協しないことが、利用者を護り、職場を護ることに繋がることを忘れてはならないのである。
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こもれび


病院という場所は、病を治すために行く場所だ。・・・だが、時としてその場所がそのまま死に場所になることもある。

患者にとって、それは人生の最期に過ごす場所が病院であったという意味にもなる。

しかしその場所が、死を目前にした患者やその家族にとって必ずしも温かい場所ではない場合がある。

その場所が患者にとって冷たければ冷たいほど、その患者の人生の豊かさが削り取られ、貧しい生き方に変えられていくのではないかと思う時がある。

患者は医療機関の中で病気を治すために様々なルールや制限を強いられ、治療のために医師や看護師の指示を護らねばならない。・・・それはやむを得ないことではあるが、その時に医師や看護師に、患者を思いやる姿勢が見られないとき、医師や看護師の指示の言葉は、そのまま患者の心をえぐる刃(やいば)になる。

病をいやす願いを込めて、そうした冷酷な言葉に耐えた先に、「」があるとすればなんと残酷なことだろう。

そんな実態があるからこそ、「あんな場所で、○○を死なせる結果になって悔しくて、哀しくて・・・。」・「なんで死を目前にした患者に、あんな冷たい態度をとるんだろうね」と嘆く遺族が存在する。

そんなつもりはないという言い訳は、ここでは一切通用しない。

そういう思いを抱かせてしまったという、その結果を受け止める必要があり、そういう結果をもたらした自らの態度を振り返って考える必要があるのではないだろうか。
メルヘンの丘
私たちが働く介護の場も、同じ状況を生み出す危険性がある場所だ。

他者への配慮、利用者へのいたわり、すべての人に対する慈しみの気持ち・・・それらが欠けたとき、私たちは知らず知らずのうちに人の心を殺す存在になってしまう。

だからこそ関係者には、「言葉に気をつけなさい」・「態度に気を付けなさい」と繰り返し警鐘を鳴らしている。

それは介護サービス利用者の心を、そんなつもりもなく殺してしまわないための警鐘だ。

自ら欲しない状況で、他者を深く傷つけてしまうという罪を犯さないための戒めである。

人の心はそれほど強いものではない。泰然自若としているように見える人でも、誰しもどこかに弱さを持っている。そうした人間であるからこそ、体と心が弱った状態のときは、いつも以上に心を配って温かい言葉を掛けなければならないと思う。

そもそも高齢者を子ども扱いするのが、親近感の表現と勘違いしている人が多すぎるのではないだろうか。

高齢者とか要介護者とかいう烙印を外して、一人の人間として個別化してほしい。尊厳を持つ一個の人間として見つめてほしいと思う。

介護サービスの割れ窓理論とか、サービスマナーとかを訴えると、言葉遣いにうるさすぎるという人がいるが、言葉遣いに気を遣わな過ぎて、利用者に向ける態度に緩すぎるのが医療と介護の実態である。

そのことがいかに多くの患者・利用者・その周囲の人々の心を傷つけ、場合によっては心を殺し、尊厳を奪ってきたのかという事実を見つめてほしい。

せめて自分自身は、他者に向かって刃となる言葉を投げつけるような支援者にはならないと考えてほしい。

それが対人援助という場で暮らしの糧を得ている者の、せめてもの責任ではないだろうか。
言霊
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虐待行為にグレーゾーンはありません


秋葉原UDX NEXTで行われる介護事業経営研究会、「C-MAS 全国大会2022」が、いよいよ来週金曜日(10/21)に迫っている。

僕も登壇し、「大胆予想・次期制度改正とこれからの介護事業」というテーマで講演を行う予定なので、まだ申し込みがお済みでない方は、是非文字リンク先からお申し込みいただきたい。

このブログの読者の皆様で東京の近くにお住いの皆様と、この機会に是非つながりあいたいものである。

さて、こんなふうにして全国様々な組織から講演依頼を頂くが、その際は当然のことながら講演テーマも依頼主からいただくとになる。

テーマの決定を手助けするツールとして、北海道介護福祉道場あかい花公式サイトで公開しているmasaの講演履歴と予定を紹介して、それを参考にしていただくことも多い。

勿論、そんなものを参考にするまでもなく、依頼主の方が主体的にテーマを示してくれることも多いし、僕のこのブログ等から、僕の考え方を聴きたいとして、このブログに書いている内容を指定されることもある。

そんなふうにテーマが決まってくるわけであるが、例えばサービスマナーというテーマを複数の講演主催者から同じように依頼されることがある。その場合同じテーマだからと言って、いつも使いまわしの講演スライドを使って話すのは、依頼主に対してあまりに失礼だと思う。

そのため講演受講者の属性等、様々な要素を加味して話す内容を変えているために、同じ講演スライドを複数の講演会場で使いまわすことは、ほぼないと言ってよい。

その時加味する要素の一つとして、講演主催者や受講予定者の方々の希望=「聴きたいこと」というものがある。そのためそうした希望がないかをあらかじめ問い合わせ、できるだけ希望に沿った講演内容にするように心がけている。

勿論、決まった時間内ですべての希望に応えることはできない場合もあるし、講演テーマとまったく関係のない希望を出されても、話がまとまらなくなって得るものがない講演となることもあり、希望に添えない点もあることを理解してもらいながら、受講者にとって最善の内容となるように、日々プロットづくりに励んでいるところだ。

さてそのような講演内容の希望の中に、先日、虐待防止のためのサービスマナー意識の向上に関連して、「虐待につながる前のグレーゾーンケアを効果的に抽出する方法について」という質問があった。

この質問に答えを出すとすれば、「虐待に関して言えば、グレーゾーンケアなんて存在せず、虐待したか・虐待ではないか、という白黒のはっきりした状態しか存在しない。」ということだ。
すすき
お客様である介護サービス利用者に対して、従業員が顧客対応としてふさわしい態度であるかどうかが問われており、ここにはグレーゾーンは存在しないからだ。

例えば、「言葉遣い」について今一度真剣に考えてほしい。

お客様にタメ口で対応する人たちの理屈は、「介護は人と人が向き合って暮らしの支援をする職業なのだから、あまり丁寧な態度にこだわり過ぎると、利用者に堅苦しさを感じさせることになる。」とか、「家族のように親しみを持ってもらわねばならないのだから、くだけた言葉遣いも必要である」といったものである。

しかしタメ口とは、年下の者が年長者に対等の話し方をすることを意味し、親しみを表現する言葉遣いではなく、顧客に対しては、「失礼な言葉遣い」である。

そうした言葉遣いを放置して従業員が顧客に接していた場合、顧客側から、「失礼な言葉遣いをされて傷ついた」と言われてしまえば、それは心意的虐待行為と認定されてしまうのだ。

家族そのものではない介護サービス従事者が、家族と同様のタメ口で利用者に接することで失礼と思われてしまえば、それだけで過失責任は生ずるのだ。ここにグレーゾーンは存在しない。

悪気がないから虐待・不適切行為に当たらないということも間違った考えだ。

虐待当事者に悪気がなくとも、行っている行為が不適切だと認められた場合、その結果利用者が精神的あるいは身体的に傷を負った責任は問われることになる。

だからこそ介護サービスの場では、顧客である利用者に対して、顧客対応としてふさわしい対応ができているかどうかが問題となり、必要最低限の顧客対応が取れるようにしておくことが最大のリスクマネージメントである。

繰り返しになるが、社会常識から考えて道義上問題ある対応の末、利用者が虐待であると訴え出た場合、すべてクロなのだ。逆に、利用者が虐待を訴えても、社会常識から考えて道義上問題ない行為の末の訴えであればシロとされるのである。クレーはないのだ。

よってサービスマナー研修などを定期的に行って、従業員にサービスマナー意識を植え付けて、常にその維持・向上を図らせる務めが、経営者や管理職に求められるのである。

ここをおざなりにした介護事業運営をしておれば、いつ足をすくわれる事態になってもおかしくない。

従業員の顧客に対する不適切対応や虐待が問題視され、社会の批判を浴び、事業経営の危機に陥るという事態は現実のものとなるだろう。

さて今日は午前中から看護学生に、「ターミナルケア」をレクチャーしている。この後15時まで講義は続く。
市立室蘭看護専門学院
将来僕らを看取ってくれるかもしれない学生に、本物のターミナルケアの在り方を伝えようと思っている。

特に人生の最終ステージを過ごす方々に、今わの際にまでマナーに欠けるタメ口で対応して、嫌な思いを引きずったままで、この世から去らせることがないように、日常からマナーを持った看護が大事であるということを・・・眉の上に手をかざして見つめる看護とは、サービスマナー精神にあふれた日常の看護対応によって、はじめて本物になるということを伝えてこようと思う。

白衣の天使になんてならなくてよいから、自分の中の大きな愛を、小さな仕事の中であふれさせることができる、「かんごびと」になってくれることを期待して、魂を込めて話してこよう・・・。
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組織風土を良くするには覚悟と根気と権限が必要です


介護事業者も様々な形態・規模・特徴がありますが、事業を続ける中でいろいろな色がついてきます。

そこには事業者独自の価値観や暗黙のルールなどが生まれてきます。それが組織風土と呼ばれるものです。それには良いものもあれば、悪いものもあるのです。

悪い組織風土に気が付いて変えようとする人が組織の中にいたとしても、組織内部の力だけでそれを変えるのは非常に困難です。変えようとする人に一体どんな権限や力があるかということが重要な問題となるからです。

一般的には、組織内で人事権を持った一定の権力のある人が本気で変えようと思わない限り、悪いとわかりきった組織風土であっても、変えることはできません。

あらたなリーダーを外部から連れてきて、「変えてください」と期待しても、そのリーダーに権限を何も与えず、かつ経営者や管理職が強力にそのリーダーを護ろうとしないとすれば、志がいくら高いリーダーでも、古くからの組織風土につぶされるのが落ちです。

結果、何も変わらないどころか、つぶされたリーダーが精神的に崩壊するという悲劇を創り出します。

本気で組織風土を変えようとするならば、変えるための旗振り役に強力な権限を与えて、そのことを職員全体に知らしめて、信賞必罰のルールを護り、できない職員には罰則を与えるという覚悟が必要です。

ただしそれを行ってもなおかつ、組織風土が良くなるには時間がかかることを理解せねばなりません。
原野にそびえる一本の木
改革には現場でリーダー役になる人がいることも重要ですが、現場のリーダーを荒野にそびえる一本の木のように放置せず、権限のある管理職がしっかり後方支援して支えることが必要になります。

そうした体制と覚悟がない限り、組織風土は決して変わることはありません。

そもそも内部情報は、外部情報を取り込んで初めて更新されるものなので、本気で組織風土を変えようと思うならば、外部の人の力を借りる必要も生じてきます。組織風土の改革をスピードアップしようとすれば、優れた外部指導者を取り込んで風を入れるという考え方も必要になります。

内部の職員同士という関係は、様々な葛藤が生ずる関係でもあります。「言っていることはわかるが、あいつの言いなりにはなりたくない」という感情が先走り、改革の足かせになることも多々あります。そこには内部の出世争いなど、様々な要素が生ずるからです。

だからこそ外部から風を吹かせる方策が求められます。同じことを言ったとしても、外部の有識者から言われると素直に聞くことができたり、心に響いたりすることは多いのです。

僕がサービスマナー講師として、特定の法人さんなどに招待を受けて講義をすることも、そうした意味をもつものです。

しかも僕の場合は実績があります。僕が経験してきた介護実践の場も決して優れた介護実践を行っていた施設ではありませんでした。むしろ素人が寄せ集められて、知識も技術もつたない状態の職員が多く、利用者に対する接遇意識にも欠ける態度の職員が多かったのです。

そこを改革し、北海道の片隅の田舎町で、どこよりも先進的に看取り介護を実践するなど、様々な介護実践の方法論を生み出してきました。そこで作成した看取り介護指針を、全国の介護施設や居住系施設が手本とするなど、外部に発信できる介護実践を行うまでになりました。

さらに介護事業において、サービスマナー意識などの概念さえない時期に、「介護サービスの割れ窓理論」を提唱し、言葉遣いをはじめとしたマナー意識の向上を訴えてきたのです。

僕はそのような歴史と事実を背負って、真実を伝えています。

そんなふうにフィクションの存在しない実践論を語ることができるのが、僕の講義に説得力を与えているのだと思います。ですから僕の講演や講義を聴いてくれた多くの方が、僕の言葉を心に刻んで、介護実践の場にその方法論を持ち帰って改革に努めようと気持ちを高揚させてくれます。

ただその気持ちを、僕の話を聴いていない人に同じように伝えるのが難しいのでしょう。ですからできれば職場単位で、職員全員が僕の話に耳を傾ける機会を作っていただければと思います。改革のテンションの高まりは、直接話を聴くことでより効果が挙がるのです。

またサービスマナー意識については、繰り返しその必要性を訴えて、定期的にその意識の低下がないようにチェックする必要があります。そうしないとマンネリズムは、マナーの低下に直結して、元の木阿弥になりかねないのです。

サービスマナー研修は、一度開催して終わりでは効果が薄くなります。繰り返し何度も、定期的に行ってください。勿論それをすべて外部講師に委ねる必要はありません。定期研修は管理職や実践リーダーを講師すればよいのです。講師役になる人は、誰よりもマナーある介護実践に努めなければ説得力がなくなりますので、自らの態度を正すという意味で、それは効果のある研修方法となります。

ただし前述したように、内部情報の更新は外部情報を取り入れて初めて有効なものになりますので、年に一度とか、2年に一度程度は、外部の有識者であり、実践者として成果を挙げている人を講師として招いて、外からの風を入れるようにしてください。

僕の場合は、全国どこでもお招きいただければ、いつでも飛んでいきますので、まずはメールでお気軽に連絡いただければと思います。メールは、北海道介護福祉道場あかい花の文字リンク先の右上の✉マークから送信してください。

必ず返信しますので、返信がない場合は何らかの障害で届いていないものと思って、サイトの上部のグレーの帯部分に書いてある方法で、連絡してみてください。

どうぞよろしくお願いいたします。
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自分の価値観とイメージの中でしか仕事ができない人は素人


最近できたばかりの介護型有料老人ホーム(特定施設)を訪ねる機会があった。勿論、見学ではなく仕事である。

最近の建物は非常に立派だ。設備調度品も高級感が漂っているが、それだけではない。

セキュリティもしっかりしていて、外部の人間が勝手に玄関ホールに入ることなんてできない。

だからこそ、訪問者の呼び出しに素早く対応するシステムがセットで充実している必要があると思うのだが、呼び出しコールスウィッチを押しても、誰も対応してくれずにオロオロしてしまうことがある。

施設内のどこにいてもコールに対応できる端末を持って歩けばそのような問題は起きないのだから、そうした配慮もきちんとしてほしいと思う。
スマート対応
そうしないと高セキュリティも意味がない。高機能の密室空間を作りたいのなら別な話であるが、介護事業者はそうなってはならないだろう。

サービスを提供する職員の意識も新たにしていかねばならない。

入所・居住系施設も団塊の世代の人々が利用者の中心層を占めるようになっている。その人たちは日本の高度経済成長期を支えてきた人々である。上下関係に厳しい姿勢を持つ人が多いその世代の人々は、サービス提供者の顧客に対する対応にも厳しい視点を持っている。

そうであるからこそ、サービス提供者の馴れ馴れしい無礼な態度に腹を立てたり、傷つく人も多いのである。

そういう意味からいえば、抗議の声を発することができない認知症の人、重度の身体障害を持つ人に対しては、より一層の配慮と注意が必要だ。

いつまでも幼児言葉で利用者に呼びかけることが、家庭的な雰囲気を作り出すという馬鹿げた価値観から抜け出せない人は、新しいシステムを完備した高品質空間には向かない古い体質の人として排除されていかなければならない。

新しい施設には、いろいろな前職の人が介護職員として集まってきているので、その価値観も様々だ。

しかし新しい場所で、新たな仕事を始める以上、自分の価値観は横に置いておいて、新たに所属した事業者の理念を受け入れ、その理念を実現するためのルールを護って業務にあたっていかねばならない。それができない人は、その場所に居てはならない人である。

個人の価値観と、勝手なルールの下で仕事をしたいというなら、自分で事業を起こすか、無法な職場を見つけるしかないことを肝に銘ずるべきである。

僕が訪ねた高機能で最新の有料老人ホームの中にも、いろいろな職員の姿が存在した。

家族対応が丁寧なのに、利用者対応はぞんざいな態度の人も居る。認知症でない人に丁寧語で対応しているのに、認知症のある人にはタメ口対応の人も混じっている。それらの人は無差別平等が原理原則となっている対人援助の場で、その原理原則を犯してふるまう、無法な姿になっている自分に気が付いていないのだろうか。

こういう人たちに、当該老人ホームの経営主体はどのような教育を行って、介護の場に身を置かせているのだろうかと少々疑問を持った。

経営アドバイスを求められた訪問調査であったので、後日問題点として歯に衣着せず指摘させていただいた。

そもそもサービスの品質を維持・向上させるためには、内部情報だけに頼ってはそれは実現しない。内部情報の更新だけで事を収めようとする場所は、惰性によって日常にマンネリズムと感覚麻痺を生み出す結果になるのである。

だからこそ僕に経営アドバイスを求めるなどして、外部情報を取り入れてそれを防ごうとしても、肝心の職員が外部の情報と波長を合わせられない感性のままではどうしようもない。

そうしないために事業主体は、就業時の雇用契約を結ぶ際に、職場の理念とルールを明確に伝え、それを護ることを仕事を続ける条件とする必要がある。

従業員はそれぞれ、長年生きてきた中で自分固有の価値観を持っていて当然だが、職場という社会集団に組み入れられて働く以上、自分の価値観が職場の理念やルールに優先することはないことを理解し、どうしても自分の価値観が職場の理念やルールと合致しない場合は、その職場に勤めないという選択をしなければならないのである。

どちらにしても、自分の価値観とイメージの中でしか身動きできない人は大人とは言えず、それもかなり幼稚で知性に欠ける人であるとしか言えない。

すべての介護従事者は、職場の理念とルールに波長を合わせられる知的な大人に成長してほしいものである。
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人に向かい合う職業であるという意味


私たちの仕事は、「対人援助」とも呼ばれ、様々なパーソナリティを持った人間に向かい合う職業だ。

介護保険サービスの場合は、その主な対象は65歳以上の1号被保険者の高齢者の方々である。よって多くの場合、自分より人生経験を重ねた顧客に対してサービス提供をしなければならないという意味になる。

だからこそ人生の先輩に対して失礼がないのと同時に、お客様に対して失礼な態度を取らないように、「サービスマナー」を身に着けて、適切な対応に心掛ける必要がある。

私たちは対人援助を通して生活の糧を得ているのだから、そこでは対人援助のプロ・介護のプロとしての態度に徹する必要があるのだ。

そこでは相手の最も喜ぶ態度で接しようなんて考えるより先に、相手に失礼がない態度に徹したうえで、おもてなしの心を忘れないことが大事である。

親しみやすさよりも礼儀正しさの方が、プロとして求められる態度なのだ。
誰かの花になる介護
なぜなら他人の気持ちなんて、神様でないとすべて理解することは不可能だからである。親しみやすい態度だと思って接したら、馴れ馴れしく失礼だとされることは良くあることだ。そうならないように、礼儀正しく接することこそが、対人援助のプロとして求められるのである。

ここを勘違いしている人間が多い。言葉や態度を崩すことが、親しみやすさだと勘違いしている輩も多いのが、介護事業従事者の特徴でもある。

その最大の理由は、長引く介護人材不足の影響で、募集に応募した人間を適正判断することなく、闇雲に採用してしまう介護事業者が多いからだろう。

そうした状況で、対人援助としての知性に欠ける頭の不自由な輩が、たくさん介護の仕事をしているのだ。

それと同時に、管理者管理職の中にも対人援助の本質がわかっていない頭の不自由な輩が数多く混じっており、そうした事業者ではトップに立つ人物が率先して、馴れ馴れしい無礼な態度で利用者の心を折ったり、傷つけたりするという状態が見られている。

しかしそんな状態を反省さえしない理由は、そうした傷つきやすい人の心というものを理解できないほど、その連中が知性と知識に欠けているからに他ならない・・・。

そんな恥ずべき存在にならないように、きちんとした知性を身に着けよう。サービスマナー意識は、その知性の一端を成すものである。

私たちは、仕事以外では決して向かい合うことはない他者の、最もプライベートな空間に踏み込んでいくのである。そこでは利用者が他人に見られたくない・知られたくない部分も全てさらけ出させているという側面があるのだ。

介護とはそうした宿命を持つ職業でもある。そうした職業に従事する者としての責任と使命を忘れてはならない。

利用者の心の奥深くまで、私たちの一つひとつの振る舞いが影響を与えていくのだということを決して忘れず、だからこそ人の心を傷つけたり、心を殺してしまう要素があるものをできるだけ排除しなければならないのである。

聖人君子や天使になる必要なんかないが、人生の先輩に対する敬意や、お客様に対してとるべき態度を忘れない人になる必要があるのだ。

このことを理解できない人は、介護事業に携わるべきではない。他者の暮らしに介入する仕事をすべきではないのである。
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「言葉狩り」批判に逃げる卑屈で頭の不自由な輩


介護業界には、対人援助のプロとしての態度に徹することができない「ど素人」が、でかい顔をして居座っているという事実がある。

そういう連中に限って自分勝手な屁理屈でしか動かず、人の意見にも耳を貸さず、都合の悪い考え方には批判に終始するだけの輩が多い。

労務管理なんていう言葉やその意味も知らずに、職場のルールさえも、「価値感の押しつけ」と無視して、自分勝手な考え方と行動しかできない輩がいる。しかしそんな輩の考えとは、知性にも欠け・知能指数もかなり低いレベルでの考え方でしかない。

そのためそれらの輩は、周囲から見ると滑稽極まりない姿でしかない。

対人援助場面で利用者に対する不適切な言葉遣いを直すことができない輩は、その典型例である。

18日に、「利用者を何と呼ぶべきかという問題」という記事を書いて、介護のプロは利用者を、「お父さん・お母さん」と呼んではいけないと書いた。

ところが、その意味を理解できない頭の不自由な輩が、「言葉狩り」だと批判している。

そのような低能者が、常に介護の現場から、「タメ口対応」をなくさせない元凶になっているのである。でかい態度のわりには、情けない知識しか持ってない連中が、でかい面をして跳梁跋扈している介護事業者が、「介護の常識は、世間の非常識」という状態を存在させ続けているわけである。

そもそも言葉狩り(ことばがり)とは、「不当な要求をして特定の言葉を遣わせないようにする事」である。

僕が書いた18日の記事は、「お父さん・お母さん」という言葉自体を遣わせないようにする呼びかけではなく、介護のプロが利用者に対して、業務中にそのように呼びかける態度を改めるように促すものだ。

だから僕の主張は単なる、「言葉狩り」とは言えないのである。

それさえも理解できない低能者が、言葉狩りの意味さえも十分に理解せずに批判しているのである。

それは正論に対して、論理的に反論するのではなく、感情的に悪口で返しているに過ぎない。こうした輩は建設的議論なんて一生できないのだろう。それはまるでガキの態度だ。

こういうガキが、介護業界から排除されなければ、いつまでたっても介護の職業は世間様からすべからく認められる職業にはならない。

利用者の暮らしに深く介入せざるを得ない対人援助職・介護職にとって、最も重要なスキルはコミュニケーションスキルである。その中でも自ら発する、「言葉の力」は重要である。
言霊
言葉の選択に注意を払っていかなければ、いたずらに人を傷つけかねないのが、介護という職業の宿命でもある。

言葉を大事にできない輩や、適切な言葉の選択や言葉遣いができない輩は、介護の仕事を続けるべきではないのである。一日も早く介護業界から退場して、私たちの目の届かない場所で別の仕事をしていただきたい。

コロナ禍をきっかけにして、世間はせっかく介護職をエッセンシャルワーカー(社会機能維持者)と認め始め、介護労働とは人々の生活にとって必要不可欠な労働であると言われ始めたのに、それも単なる建前とされてしまうことになり、本音では、「誰でもできる、同でも良い仕事が介護労働」と言われてしまいかねない。

それもこれも全て問題の本質を理解できない知能の低い人間のせいである。自分の態度を批判されたときに、それを改めようとする努力もせず、「言葉狩り」というピント外れな批判しかできない知性の欠片もない介護職員のせいなのである。

そういう輩を無視するのは簡単だが、その醜い姿や恥ずかしい言動を指摘してやることもある種の優しさだろう。

本当に僕はなんて人が好いのだろうか・・・。

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利用者を何と呼ぶべきかという問題


このブログでは何度も指摘しているが、介護サービス従事者と利用者の関係は、家族でもなければ、友だちでもない。

私たちが介護という職業で生活の糧を得ている限り、そのサービスを利用する方々はすべて顧客であることは間違いのないところだ。そのために私たちは、介護サービスという目に見えない商品を売る対人援助のプロとして利用者と接する必要があるのだ。

そして私たちと利用者の方々の関係性とは、「信頼関係を構築して、はじめて効果が発揮される関係」だという意識が必要とされる。

その信頼関係の構築のために、ことさら言葉を崩して、フレンドリーなふりをするのは下品で知恵のない人のする行為であることに一日も早く気が付いてほしい。

介護という職業を通じて、信頼関係を構築するためには、何より真摯な態度が必要である。よって言葉遣いも丁寧でなければならないのである。
信頼を得る呼び方
そうであれば、どんな風に利用者を呼んだらいいかという問題が出てくる。サービス利用者であり、顧客である方々を、ちゃん付けや、ニックネームで呼ぶなんてことは常識外れも甚だしいが、だからと言って「」を付けて呼ばなければならないのかと悩む人がいるかもしれない。

僕はかねてから、利用者への呼びかけは、「名字+敬称」が最もふさわしいと思っている。その際に、年上の顧客であればなおさらのこと、「○○様」と呼びかけなければならないとか、「様」が最もふさわしいことになるのだろうか・・・。

そもそも「さま」と「さん」はどう違うのだろう。・・・一般的には、「さま」はあらたまった時に使うのに対して、「さん」には「さま」と較べると、敬意だけではなく親しみの気持ちが含まれることになり、「さん」が「さま」より失礼な言葉という意味ではない。

むしろ「さん」は、最も一般的な敬称とされており、口頭でも文書でも使われ、どの場面でも用いることに違和感が少ない敬称である。

さま」より、「さん」という敬称が一段下というわけでもないし、「さま」に替えて、「さん」と呼びかけることは、一段下に相手を見下すことにもならないのである。

むしろ「さん」という敬称は、一定の距離がある相手や、初対面で自分との関係が量れない相手にも付けることができる敬称なのだから、介護サービス利用者に対しても、「○○さん」と呼びかけて問題ないだろうと思う。

ところで昨日西宮で行った、「介護職としての使命」という講演に際して、事前に主催者から次のような投げかけがあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
関西だけかはわかりませんが、男性利用者を「お父さん」、女性利用者を「お母さん」と呼ぶことが非常に多いので、そこの指摘もよろしくお願いします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この呼びかけだけは絶対にしてはならないものである。

赤の他人から、「お父さん・お母さん」と呼ばれることに不快感を訴える人が多い現実は、「赤の他人 お父さん お母さん 呼ばれる」とネット検索すれば、それに対する不満や憤りの声があふれていることでも理解できるはずだ。

では年上の他人に、「お父さん」・「お母さん」と呼びかけることの問題は何なのだろうか?

高齢者の中には、「お父さん」や「お母さん」になりたくて、なれなかった人も少なくないのである。そうした人々は、赤の他人から「お父さん」や「お母さん」と呼びかけられるたびに、自分が親になれなかった悔しさや哀しさを思い出してしまうことになりかねない。

『私を、「お母さん」と呼ぶことができるのは、出征して戦地で亡くなった息子だけだ』と慟哭していたご婦人も居られた・・・。

勿論、そうした呼びかけに悪感情を持たない人も数多くいるのだろう。しかし僅かであっても、悪感情を持つ人がいるという現実がある以上、「お父さん」や「お母さん」という呼びかけ方は、人を傷つけかねないとして排除すべきである。

そもそも介護サービス従事者は、介護サービス利用者の氏名を知っているのだから、どこのだれかわからない人に声をかけるような方法をとるべきではないのだ。

きちんと名字に『さん』をつけるということが、「個別化」にもつながるといえるだろう。

様々な人生を歩んできた人々に、配慮のない声掛けで心を傷つけるというリスクを考えると、名字がわかっている利用者に対して、「お父さん」・「お母さん」と呼びかける必要性はゼロである。

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権限を持つ人間の責任の重大性


(株)マイナビが運営する、「メディカルサポネット」は、医療機関や保険薬局、介護施設向け経営・採用支援サイトである。

ここに、「菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 〜選ばれる介護事業所であり続けよ」という連載枠をとってもらい、毎月僕の書いた記事を掲載してもらっているが、第8回目となる今月のテーマは、「高齢者施設で発生する虐待の背景〜求められる経営者の覚悟とスタッフへのマナー教育の徹底〜」である。

過去にテレビや新聞で報道された介護事業者における虐待について、どのような虐待が何を原因として起こったかを解説したうえで、未然にそうした虐待や不適切ケアを防ぐために何が必要なのかを論じている。

それは過去にこのブログ記事でも何度も論じてきたことであるが、今回はこの時期に改めてそれをまとめて、わかりやすく解説したつもりである。4月に入職した新人さんが、仕事を覚えてシフト勤務にも入るというこの時期に、改めて全職員でそのことを確認する意味で読んでいただきたい。

どなたでも無料登録するだけで全文を読むことができるサイトなので、登録がまだお済みではない方は、さっそく登録したうえで、連載記事を読んでいただきたく思います。よろしくお願いします。

その連載記事にも書いたが、虐待を防いだり、虐待につながる不適切サービスの芽を摘むためには、施設経営者や権限を持つ管理職の覚悟が必要である。

介護職員などの中に、意識が高い職員や、志を持つ職員がいくらいても、それらの人たちが不適切な対応の芽を摘もうという努力にはおのずと限界がある。上に立つ人間の覚悟のない場所では、一握りの腐った職員のよどんだ悪心がじわじわと職場に広がり、腐ったミカンの方程式がごとく、全体を腐らせることになるのである。

介護経営者や、権限を持つ管理職の協力がないところで、職場環境なんて良い状態に保つことは難しいし、ましてやいったん乱れた職場環境を変られるわけはないのだ。

不適切ケアの芽を摘んだり、不適切な状態を良い方向に直すときには、腐ったミカンを排除する必要もある。それだけが唯一の手段であることも多い。そのためには職務権限が必要となる。それがない下々の職員にできることには限界があるのだ。

だからこそ志のある人で、現状を変えなければならないと思っている人には、その場所で自分が偉くなることが必要だと言い続けてきた。権限を得る地位に就くためにどうしたらよいかを考えることを勧めてきたのである。

だがどの職場にも経営者や、権限を持つ管理職は、「今現在も」存在しているのだ。本当はその人たちが介護の本質に気が付いてもらい、断固とした対策をとってもらうことが手っ取り早い方法であることも事実だ。

自分は経営の専門家であって介護は知らないから、そんなことは現場に任せているというのは経営責任を放棄している考え方だ。

自分が経営する事業の本質を知り、その目的を達するために指揮を執ることも経営責任である。

介護事業という公費運営の経営を担っているのだから、公費を得るための公的責任を果たすのも経営責任である。

介護事業は対人援助であり、対人援助とは支援を受けなければならない人の暮らしに深く介入し、その人が暮らしを営むために必要な手を差し伸べる仕事である。そのとき手を差し伸べた相手が、人として豊かな暮らしを送ることができているのかを見極めるという責任も生じてくるのだ。
人を愛しむ介護
支援の手が届いているにもかかわらず、悲しみや苦しみから逃れられない人の肩を抱き、愛を届けるのが本当の意味の介護事業なのである。

介護事業経営者は、職員がそうした態度をとるべく指揮する責任を持っているのだ。

そんな必要ないし、そんな行動はお金にならないと切り捨てる先には、果てしない荒野しか生まれないのである。私たちが就いている職業とは、そうした使命と責任を帯びた職業であると思うのである。

それが介護事業を経営するもの、経営者にかっわって介護サービスの前線で指揮を執るものの使命である。

介護事業者とは誰に言われなくとも、そうした思いを忘れずに経営したり、運営したりする職場ではないのか。

そうした介護事業の責任、そこに携わるすべての人間に与えられている使命について語る研修会があと1週間後に迫っている。

5月17日(火)19:00〜21:00、甲東ホール兵庫県西宮市)で行う講演、「介護職としての使命」((株)グローバルウォークグループ合同研修会)は、どなたでも参加可能なオープン講演である。

お近くの方で参加希望の方は、文字リンクをクリックして事前申し込みをしていただきたい。あなたの貴重な時間を無駄にしない、実務に生かすことができる話をします。介護職の方だけではなく、介護事業経営者の方や管理職の方にも是非聞いていただきたい講演である。

不適切サービスの芽を摘み虐待を防ぐというのは、介護事業経営において事業者が負う必要にある最も大きな責任だということも理解できると思う。

その責任を果たすために高い木の上から全体を見渡して支持する責任が経営者にあり、経営者の意を受けて現場で指揮棒を振る責任が管理職にあることを忘れてはならないのである。
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割れ窓理論が浸透している施設職員の表情


やっと春が来た感がある登別。外の気温もやっと春らしい温かさを感ずるようになり、家の近くの桜も芽吹いてきている。

この陽気に誘われ、寒さと道の悪さを理由に冬の間中断していたウオーキングを今週月曜から再開している。僕の家は登別と室蘭の境にあるため、ウオーキングコースは室蘭市が中心ということになるが、東室蘭と言われる地域・室蘭市中島中を歩いていると、満開に近い桜の木があった。
4/25の室蘭市の桜
今年の桜は、いつもの年より1週間ほど早い開花のようである。

この後、続々と登別・室蘭市内のエゾヤマザクラが満開となっていくことだろう。僕のインスタグラムには、しばらく桜だよりが載ることになりそうだ。興味のある方は、友達申請してそちらもご覧になっていただきたい。

さて話は替るが僕は現在、フリーランスとして講師業・作家業などを主たる仕事にしている。さらに介護事業者と顧問契約やコンサルタント契約を結んで、定期的に経営相談に応じたり、職員研修を担当したりしている。

そのため、この時期は新年度の事業経営に関わるコンサルタント業務などのために、契約を結んでいる介護事業者を訪ねて、そこで1日かけて業務を行うことも多い。

先日も1日がかりで近くの介護型有料老人ホーム(特定施設)にお邪魔して、コンサル業務を行ってきた。

この時期に、こんなふうに介護事業者を訪問して感じることは、教育・指導の違いによる職場風土の違いである。

昨日お邪魔した有料老人ホームは、今月からそこで働きだした新人職員の方々が、楽しそうに元気に働いておられた。僕がお邪魔した際にも、そうした職員が元気に挨拶してくれた。

それは極めて当たり前の状態といってよいのだが、介護事業者を訪ねた際に、来訪者の僕と出逢ってもまったく挨拶もなく、声もかけてくれないという職員がたくさんいる事業者もある。職場全体が挨拶を軽視して、教育もしていないのだろう。

往々にして、そうした挨拶ができない事業者の職員は、利用者対応も横柄だ。タメ口対応がそこかしこで行われており、サービスマナー教育なんか受けていないのだろうなと感ずる。

それに比べて先日お邪魔したところの職員は、僕のような外来者に対する応接が丁寧なだけではなく、利用者に対する応接も丁寧だ。タメ口対応なんて使われておらず、入職間もない若い職員が利用者に対して普通に、「かしこまりました」と応接している。

挨拶ができるという、ごく当たり前のことを徹底している事業者は労務管理が行き届いているということだろう。『たかが挨拶、されど挨拶』といってよいのだろうと思う。

それは礼儀の基本であり、職場では礼儀をもって上司や先輩、そして何よりお客様である利用者に接するのが当たり前であるという意識を持たないと、いずれ顧客から見放されるという事態に陥りかねない。

この時期に、相手を選ばずに丁寧な言葉が流暢に使えるのは、単にサービスマナー教育を受けているということだけではなく、その職場の風土として丁寧な顧客対応が当たり前になっており、8大接客用語も日常的に使われているという意味だろう。(参照:職場全体でサービスマナー向上に取り組んだ成果

新人教育を担当する職員のみならず、すべての職員の利用者対応・サービスマナーがお手本になっているからこそ、こうした短期間に丁寧な言葉遣いで、自然に顧客対応ができるようになっているのだと思う。

職場風土がいったんこのように整えられてしまえば、後輩は先輩の背中を見るだけで自然と育っていくのだから楽である。
介護サービスの割れ窓理論
ただし組織風土は、整えるのには時間がかかるが、崩れるのはあっという間である。

一部の職員のなれ合いを許したり、崩し言葉を少しでも認めてしまえば、せっかく整った組織風土はいとも簡単に崩壊してしまう。管理職の役割とは、そうした崩壊の予兆を察して、自らの職場のどこかに、割れ窓が生じていないかを探り、もし窓が割られていることに気がついたならば、できるだけ小さなひび割れのうちに、その窓を修繕しておくことである。

組織を護るために、「介護サービスの割れ窓理論」を理解し、それを決して忘れないようにしてほしい。
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正論が通り正義が勝ったことを寿ぎたい。


コロナ禍以降、僕の講演もオンラインが主流となっているが、その合間を縫って会場講演も行っている。

そこではオンライン講演にはない、「人との出会い」がある。そんな出会いが貴重なつながりになっていくことも多い。それは僕と受講者の間のこととは限らず、受講者同士のつながりにも結びつていく。だからこそ、そうした機会は必要不可欠であると思う。

昨年もある会場で僕の講演を聴いてくれた方が、「〇〇日の講演の内容が、まさに我職場でのタイムリーな内容でした。うちの話し?と。。。」とコメントを送っていただき、それが縁で現在でもSNSで友達としてつながっている。

その方は介護施設に勤めている方であるが、ある日職場内で職員による利用者への虐待行為を目にしたため、そのことを上司に報告したことがきっかけで、部署内の上司や同僚などからバッシングを受けているとのことだった。

その方から送られてきたメッセージには、『虐待をしたスタッフは退職になりましたが、報告した私と事件に巻き込まれた新人が形見の狭い思いです。』という憤りが書き綴られていた。

そのことについて僕は、昨年4月にこのブログの中で少しだけ触れている。「正論がまかり通る職場づくり」という記事の中で、「ある職場では、虐待事例を上司に報告した職員が、密告者としてやり玉にあがり、肩身の狭い思いをしているそうだ。」と書いた部分がそれである。

その方は上記の記事を読んで、「本当にありがとうございます。毎日、これでよいのか?私は間違っているのか?と、不安でした。が、元気をいただきました。戦えます。ラスボス(悪)に、倒されないように頑張ります。」というメッセージを送ってくださった。

その記事を書いてから約1年を経た先日、その方から再びメッセージが送られてきた。

それによると、虐待者の肩をもち告発者を馬鹿と罵った上司は降格異動となったそうである。その後、虐待の中心人物だった女性職員を初めとした虐待当事者は、体制の変化に着いていけず相次ぎ自主退職し、最後に一人残った要注意人物も4/1付で移動し厳しい監視下に入っているそうである。
頑張り続ける結果
虐待を告発し改善を訴えた方があきらめずに改善に向けて頑張ってきた結果が、職場を変えたのである。

もともとこの施設では、スタッフが利用者を叩いたり、利用者を調教するかのような言動が目立っていたそうである。利用者への暴言は当たり前で、移乗介助の際、利用者を放り投げるような行為が行われたり、不穏となった利用者に対して薬の頻用も目立っていたそうである。

そうした状況を上司に話しても、指導も改善もされずにいたため、虐待発覚後も当事者は、その状況を反省したり改善したりするのではなく、『夜勤やらないくせになにいってるんだ』『他部署の協力体制がないからだ』などと告発者を罵ったり、話をすり替えたりすることに終始している状態だったそうである。

その声につぶされそうになっているときに僕の講演を聴いて、「普段からの言葉づかい、態度すべてが虐待につながった。」ということを改めて認識し、その改善の取り組みをあきらめずに続けた結果が今日の改善状況を生んだのである。

世の中では、正論がまかり通らないことはしばしばみられることだし、正義が必ず勝つとも限らない。正義が権力に屈して惨敗することもあるし、悪を倒しても自らも倒れてしまうことがある。

しかしそうであるからといって最初からあきらめてしまえば、結局何も変わらないのである。

虐待の原因が、日ごろから従業員のサービスマナー精神の欠落によってタメ口をはじめとした汚い言葉遣いが横行し、態度が横柄になっていることではないかと感じていたが、僕の講演を聴いたことでそれが確信に変わり、それを改善するためには僕が講演で示した方向に職場全体を変えることだと確信したのだと思う。

介護支援に際しても、きちんと顧客対応意識をもって、お客様に使ってよい言葉遣いに改めるなど、サービスマナーを向上させるということを訴え続けてきた結果が、今日の職場改善につながったのである。

是非今後も、職場全体のサービスマナー意識を維持向上させ、志の高い人たちが働きやすい職場環境を護っていただきたいと思う。今度は、その職場内研修として僕を講師に招いていただければありがたい・・・なんて妄想もしている。
丁寧な言葉
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サービスマナーを確立するための唯一の方法


今週はもう年度末最後の週である。金曜日にはいよいよ新年度がスタートし、全国の介護事業者にもフレッシュな新入職員がたくさん入職してくることになる。

そのため何かと準備に忙し方が多いと思うが、金曜日の新入職員入社に向けた準備は整っているだろうか?

しかし一番大事な準備とは、入社式典・セレモニーの準備ではなく、人材教育の準備であることを忘れてはならない。

その中でも新人職員に入職初日からしっかりと介護事業におけるサービスマナー意識を植え付ける教育を行わねば、入社初日から新入職員が利用者に対して、タメ口で接するのが当たり前の職場になりかねない。

そんな職場で志の高い人材が育まれるわけはないのだ。そしてそんな職場では、「何でもあり」の機運の中で、「そんなつもりはなかった悪気はなかった」という不適切対応が横行する。

そこでは世間の常識は介護事業者の非常識という状態が生まれ、介護サービスの品質は向上しないどころか劣化の一途をたどらざるを得ない。

そこは働き甲斐のない職場に成り下がって終わりである。志の高い人ほどそんな職場で働きたいとは思わず、そこで働く人に介護という仕事の誇りや喜びなど生まれるわけがない。自分の職場がそんな働いて面白くもなんともない職場になってよいのだろうか・・・。

そうしないように、新人職員にサービスマナー意識を植え付けるために、現在いる職員が見本となるマナーを身につけるべく、今月は数多くの介護事業者を対象として、「介護事業におけるサービスマナー講演」を行ってきた。

そんな僕の講演を受講された方から、質問を受ける内容で一番多いものとは、「サービスマナーの重要性は分かったけれど、それをどのように実践して職場内に意識を浸透させることができるのか?」というものだ。

しかしこの質問に対する答えは難しい。全員が同じ熱量で同じ方向を向く方法論なんて存在しないからである。

サービスマナーのない職場で起こっている様々な不適切対応が、その職場のもたらした経営危機という事実を僕の講演によって知り、サービスマナーの大切さと、サービスマナーのある接遇の具体的方法を学んだのだから、あとはその職場でその方法を推し進める不断の努力の結果によるとしか言いようがない。

ただ一つ言えることは、サービスマナー確立は経営者や管理者が覚悟を決めて取り組まないと、全職員がそれに従うということにはならないということだ。サービスマナーをもって利用者に接するという方針をいったん決めたら、その規律を守るべく断固とした態度で臨むことだ。

そのためには、マナー意識に欠けるけれども仕事はできるという職員を放置していてはならないのである。そうした職員は職場の決め事・ルールを護っていないのだから、作業はできていても仕事はできていないと評価し、地位を下げたり給与を上げなかったりするという一方で、規律を護ってマナーに徹している職員は給与等で評価するという信賞必罰(しんしょうひつばつ)の原則を厳格に適用しなければならない。

同時にサービスマナー向上の旗振り役となるリーダーも、覚悟を決めて自分自身がマナーに欠ける態度を決してとらないようにしなければならない。

マナーを護って利用者に接するということ自体は決して難しい行為ではない。自分がやる気にさえなれば誰もができることであって、特別な知識や技術が必要となる事柄ではないからである。

難しいのは、自分がそうした態度をとっても、周囲の職員が全員一斉にその態度を真似るとは限らないということだ。自分がマナーある対応に徹しているにもかかわらず、周囲の職員すべてにその態度が浸透しないときに、自分自身がマナーある接遇に徹し続けることが最も困難なことなのである。

志を高く抱き、やる気があったリーダーが、周囲の無関心や不徹底に負けてあきらめてしまえば、そこに新たな光景は生まれなくなってしまうのだ。

職場で新たに掲げたビジョンや目標が達成されるには、それなりの時間がかかるのである。
介護サービスの割れ窓は言葉遣い
僕が、「介護サービスの割れ窓理論」を提唱し、利用者に対するタメ口をやめようと訴え始めた時期に、その意見に賛同する職員はごくごく少数派だった。

しかし自分自身が信念をもって、良かれと考えた利用者対応を続け、同時におかしな態度はその都度、そうした態度をとった職員に対して正すように正面から批判し続けたことで、僕の考え方に賛同する職員が増え、同時に職場内で僕の立場も上がっていった。

そうして権限も与えられるようになって、マナー意識に欠ける職員には職場を去る選択肢を与えたり、主要な業務から外すなど、時間と労力を掛けながらマナー意識の高い職員が働きやすく、マナー意識が欠如した職員が居ずらくなる職場が作られていったのである。その改革は少なくとも3年ほどの期間を要している。

その間に、僕が少しでもマナーに満ちた職場づくりをあきらめたとしたら、改革は実現しなかったことは間違いないだろう。そうした状況下では、能力とかセンス以上に、あきらめないで続けようとする忍耐力が必要だったのだと今にして思う。

そういう意味では、サービスマナーを確立するための唯一の方法とは、自分がサービスマナーに徹した対応を身に着け、それに徹し続けることではないかと思う。

だから・・・サービスマナー意識の向上を目指す人は、まず自分自身がマナーに徹したサービスを続けてほしい。それだけで少しだけ職場全体のマナーは向上すると信じて、一人一人職場内で仲間を作り、他の職員から信頼されて権限を持つ地位に就いてほしい。そうすればその権限基づいた指揮・命令によって、職が改革はより実効性が高まるのである。

当然そこでは、サービスマナー意識をもって利用者に接するという職場のルールと規律に反する職員を、何らかの形で介護の場から切り離さねばならない。

そういう荒療治も伴ってはじめて、職場改革は実現するのである。

このことは改革を実現した実践者である僕がいうことであり、事実に基づいて言い切っていることなので、ただ一つの真実である。
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割れ窓をふさぎ環境を整えるサービスマナー


今日午後4時から、「Livedoオンラインセミナー 〜虐待を未然に防ぐサービスマナー」を配信する予定になっている。

先週16日(水)の気紡海完結編である。受信申し込みしている方は、お忘れなく視聴していただきたい。(※ただし第1回目を含めて、受講予約した方には見逃し配信ありとされているのでそちらをご利用いただきたい。)

最近何度かこのブログで指摘しているが、新年度から入職してくる新卒者などが正しいサービスマナーを身に着けて、介護実践の場で利用者に適切な態度で向かい合うかどうかは、その見本となる先輩職員の介護実務に臨む姿勢にかかっている。

だからこそこの時期に新人の見本となる全職員の意識を高めておく必要がある。

新人の見本となる職員には是非、「介護サービスの割れ窓理論」を知っていただきたい。

一般的に使われる窓ガラスは割れるものだ。

窓ガラスが決して割れないようにすることは不可能なのである。だが窓ガラスは完全に割れ崩れていないのであれば、ひび割れを修繕することで元通りに戻すことができる。しかしひび割れを早めに修繕しないことには、ひび割れは必ず広がり窓ガラスは割れて修繕不能となる。そうした窓が増えていくと、建物全体が荒廃して廃墟になってしまうのである。
高齢者を馬鹿にしたタメ口対応
介護事業においては、介護サービスに携わる職員が日常的に利用者に相対する際の、「言葉遣い」こそがその割れ窓となるのである。

言葉の乱れを放置しておくことで、心の乱れや感覚麻痺が生まれ、「虐待したつもりはない」と言いながら、利用者の心を殺すひどい仕打ちに至る職員がいるのが、この国の介護事業の実態だ。

例えば利用者を、「〜さん」と呼んでいた特養で、ある一人の職員が特定の利用者を、「〜ちゃん」と呼び始めたことで、その職場では利用者をちゃん付けして呼ぶ職員が増え、ちゃん付けで呼ばれる利用者も増え、挙句の果ては利用者に対して、「お前」と呼ぶ職員まで出てきた。(参照:介護のプロとしての矜持を失わない人でいてほしい

そんなふうに言葉遣いの乱れによって、介護の場に割れ窓が広がり、職場環境もケア品質もどんどん低下していくのである。

今の時期に職員のマナー意識を高めておかない職場で、来月入職してくる職員がマナー意識を持つことができるわけがないのだ。そんな場所では、利用者を小ばかにしたような声掛けが横行することになる・・・あなたは、そんな職場で働き続けたいと思っているのだろうか・・・。

僕はそんな職場では働きたいと思わない。

貴方の職場を、マナーのない無法地帯にしないためにも今日のオンラインセミナーをはじめとした、僕のサービスマナー講演を、どこかの場所・いつかの機会に受講してほしい。

なお今回配信されているリブドゥコーポレーション・オンラインセミナーは今後も続く予定で、僕の配信予定は以下のようになっている。

8月17日(水) 13:30〜15:00 経営者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
 《介護現場の働き方改革と離職率削減

12月14日(水) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第1回《心の通うケアを目指して〜虐待防止のために求められる自己覚知
12月20日(火) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第2回《心の通うケアを目指して〜身体拘束廃止の取り組みと課題》 

3月13日(水) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第1回《生きるを支える看取りの介護実践〜基本の知識
3月28日(火) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第2回《生きるを支える看取りの介護実践〜心構えと具体策》 

現在申し込みはオンラインセミナー通年パック予約で行われているが、配信日が近づいたら、単発プランからの申し込みも可能となると思うので、ぜひ視聴してほしい。
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マナー低下の防波堤になるものとは・・・。


今日午後4から、螢螢屮疋ゥ魁璽櫂譟璽轡腑鷦膾泥ンラインセミナーとして、「〜虐待を未然に防ぐサービスマナー〜」をたーまとした60分講演を配信する予定になっている。

このオンライン講演は、来週水曜日(3/23)が第2回目となっており、今日と来週を合わせて一つの講演ということになっている。120分講演を60分×2回に分けて、受講しやすいようにしているという意味である。

既に申込者は100名を超え受付は終了しているが、螢螢屮疋ゥ魁璽櫂譟璽轡腑鷦膾泥ンラインセミナー令和4年度予定としては、8月に介護人材の離職防止、12月に虐待防止、来年3月には看取り介護をテーマに講演配信する予定になっているので、「令和4年度LiveDoオンラインセミナー」と、「講師紹介」をご覧いただき、是非お申し込みをしていただきたい。
サービスマナー講演スライド
さて本日の講演テーマ、「介護事業におけるサービスマナー」については、非常に重要なテーマであり、かつ喫緊(きっきん)の課題でもある。

なぜなら今月が終了すると新年度に変わるとともに、新卒者が数多く介護事業者に就職してくるからである。もうその時期は、わずか2週間先に迫っている。

社会人として最初のスタートを切るその人たちが、介護サービス利用者に対し真摯に向かい合って、真心を込めたおもてなしの精神をもって対応できるかどうかが、入職初日からの教育訓練にかかってくるわけである。

そこで指導者や見本となるべき先輩職員が、利用者に心無い対応をしていたとしたら、それを見て新人職員が、「ホスピタリティ精神」を持つことができるなんて言うことにはならない。

利用者に対して丁寧な対応、顧客対応としてふさわしいマナーを教え込むためには、見本となる今いる職員がマナーのある対応をしていなければならないのである。

そうなっているだろうか・・・。

残念ながら、「職員全員が見本となる姿で介護業務に従事している」と言い切れる職場が決して多くないのが介護事業者の実態だ。マナー意識の欠片もない対応が、「よそよそしくない対応で、親しみを持ってもらえる」と勘違いした程度の低い職員が多い状況が存在する。

そんな中では、マナー意識の高い新人は育たないし、護ることができなくなる恐れがある。

だからといって自分自身があきらめてしまっては何も変わらない。

僕は三十数年前に、介護事業者のマナー意識の改革の必要性に気が付いて、自分自身は決してお客様である、「介護サービス利用者」に対してタメ口を使わず、丁寧語を使うことを忘れないでおこうと決心して職場改革に取り組んできた。

当時、「寮母(りょうぼ)」といわれていた介護職員の中には、長年医療機関の付添婦として実務経験を積んできた人が数多くいて、そういう人たちは医療機関で培った介護技術は持っていたが、医療機関で行っていた、「タメ口対応」から抜け出せず、それらの抵抗勢力と戦ってきた歴史を経て、職場改革は実現したのである。

利用者対応の際に丁寧な言葉を使い、サービスマナー意識をもって、挨拶もしっかりできる職場づくりには数年の時間を費やす必要があったのだ。

その時に必要なモチベーションは、自分自身の信念は変えずに、自分がマナー低下の防波堤になろうという強い決意であった。
まごころケア
他人がどうあれ、自分自身はしっかりサービスマナー意識をもって利用者対応を行い、自分の姿を格好いいとか、美しいとか思う仲間を増やしていくことによって、職場全体を変えることが可能になるのである。

そうした対応が職場のスタンダードとなるためには時間がかかるし、その間あきらめない努力が必要なのだ。

丁寧な対応は、やる気になりさえすればできるし、あきらめさえしなければ続けられるのだ。そこには特別な才能は必要ない。誰でもできることである。

それをやり続け、自分自身がサービスマナー低下の歯止めになろうと考えることがまずは大事である。

どうかあなた自身が、その防波堤になってほしい。そして防波堤となる仲間を増やしていってほしい。

そこにきっと希望が生まれるであろうことを信じて・・・。
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勘違いした上司が多い介護業界


先日、面識のない人から突然メールが来て、上司から受けた指導内容についての質問を頂いた。

知り合いではない人からメール連絡を頂くこと自体は問題ないのであるが、ただし一人一人の抱く疑問の質問メールに、一つ一つ回答していては僕の時間が無くなってしまう。

そのためこのブログのリンクを貼っている、「介護福祉情報掲示板」のトップには、「※メールでの質問は、すべて答えることはできませんのでご遠慮ください。」という案内文を載せている。つまりは質問は個人メールで行うのではなく、掲示板で質問スレッドを立ててほしいという意味である。

そのため本来なら、今回送られてきた質問メールにも返信する必要はないのかなと思った。

しかし問いかけられている内容は、介護関係者にとって重要な問題を含んでおり、かねてからこのブログで再三アナウンスしている、「介護事業者におけるサービスマナー」に関連する問題でもあるので、ブログ記事としてその問題を取り上げて、回答として考え方を示すことは意味のあることではないかと考え直した。

そのためメール送信者には、「その上司の指導は間違っています。挨拶は簡潔化せず、丁寧が基本です。このことに関連して詳しくは月曜日に記事更新するブログに書きますので、そちらをご覧ください。」と返信メールを送った。

ということで今日の更新記事は、その質問への回答であるが、質問内容は以下の通りである。
---------------------------------------------------------
利用者さんへの説明は簡潔にしないと相手には伝わりにくいと上司から助言がありました。今後勉強するつもりでいます。ただ「お早う」「ご飯ね」「起きるよ」と言う言い方が引っかかるのです。
職員は「お早う」とあいさつ。それに対し90歳を過ぎた方が「お早うございます」と頭を下げる。
あるいは入ったばかりの方に「よろしくー」とあいさつをする。初対面なのにと心底驚いてしまいます。
認知症の方には言葉は端折るべきでしょうか。またまず気持ちで言葉は二の次でしょうか気持ちがあればそれで良いのでしょうか。
(※質問ここまで
---------------------------------------------------------
私たちが提供する介護サービスについて、利用者の方々やご家族に対して説明責任があるのは当然だ。相手が認知症の方であっても、すべての事柄の理解力がないわけではないので、理解できる部分は理解できるように、わかりやすく説明することは重要である。

その際、制度の内容等は非常に複雑で難しい問題であり、法令の字面だけをくどくどと説明するのでは、説明を受ける人が混乱するだけの結果に終わることも多い。

だからこそ私たちは、「対人援助の専門家」としてのコミュニケーションスキルを酷使して、利用者の方々に対して、「簡潔にわかりやすく説明を行う」ということは大事である。

しかし伝えるべきことを簡潔にわかりやすくするという意味は、略語を使って文章を短くすればよいということではない。むしろ略語は人によっては理解不能の伝わりにくい言葉になってしまうのだから、できるだけ使わないという考え方が求められる。

さらに簡潔にすることにこだわるあまり、大事な本旨が伝わらなければ、それは本末転倒でまったく意味のない行為になってしまう。

だからこそ説明の言葉を短くさえすればよいという勘違いをしないように注意しなければならない。説明を簡潔にわかりやすくすることは、説明すべき内容を私たち自身がよく理解して、そのうえでそぎ落として良い部分と、そうでない部分をしっかりと考え抜き、説明しなければならない要点を抽出して伝えることなのである。

ところがメールで質問を受けた内容とは、利用者に対して、「お早う」「ご飯ね」「起きるよ」言えという指導なんだから、それは説明を簡潔にしているのではなく、挨拶を略して短い言葉にしているだけである。それはあり得ない話である。
言葉は運命になる
そもそも簡潔にすべきは、説明する事柄であって、挨拶まで簡潔にする必要はないし、それはあってはならないことである。

挨拶」はコミュニケーションの基本であり、そこを簡潔にすることや簡略化することは、大事なコミュニケーションの始まりにおいて、相手に誤解や不快感を与えて、以後の意思疎通に支障をきたす恐れを生じさせる問題である。

相手が認知症の人であればなおさら、そのような略語の挨拶は不適切だ。認知機能の低下した人の場合、略した言葉の意味が分からなくなっている人が多いからである。

ましてや私たちが職場で相対する人々は、お客様であり、多くの場合年上の方々である。そのような方々に「お早う」「ご飯ね」「起きるよ」という言葉で相対することを強いる上司とは、コミュニケーションスキルの何たるかをわかっていない輩であり、利用者に対するサービスマナー意識の欠片もない人間である。

そういう人は対人援助の仕事において、人の上に立って何かを指導するという立場になってはならないのである。

こんなふうに勘違いしている輩、コミュニケーションスキルに欠けた人間が上司として職員に指導しているのが、介護事業の一つの実態である。こうした状況がなくならないから、介護事業関係者の民度は低いままである。

サービスマナー研修を一般職員に受講させる前に、こうした勘違いした上司のサービスマナー意識を改善する必要がある。

そうした意味でも、管理職・リーダーを対象とした、「サービスマナー研修」を定期的に実施する意味や重要性をもっと理解してほしいと思う。

なお改めてのお願いとして記しておくが、日ごろの業務で抱く疑問については、「介護福祉情報掲示板」の方にスレ建てして質問していただきたい。

どうぞよろしくお願いします。
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世間が介護事業に向ける不信の根はどこにあるのか


昨日の朝早くに登別を経って、愛媛県松山市にたどり着いた。羽田乗り継ぎだったので東京の雪予報が心配だったが、その影響も受けず予定通り到着でき、昨夜は大街道にあるホテルで1泊した。(※昨夜の「居酒屋ホテル一人飯・冬だし木いま枯れ枝」は、文字リンクをクリックして参照ください)

それにしても南国の夜明けは遅い。北海道は今の時期でも朝6時になればもう空は明るくなるが、松山はその時間は真っ暗である。1時間近く日の出の時間に差が出るのではないのだろうか。その分、日の入りの時間は遅くなり夜も遅くやってくるということだろう。

今朝は講演主催事務局のUさんが、8時過ぎにホテルまで迎えに来てくださり、久万高原町に9時過ぎに到着した。今は午前10時から午後5時までの間に、講演2時間+休憩2時間のまっ最中である。

このブログは、昼ご飯の後の午後の講義の前にアップしているが、この時間に更新記事をすべて書き上げることができるわけではない。そのため朝のうちにあらかたの内容を書いておき、今少し前にそれを仕上げてアップしたというわけである。

だから推敲どころか、十分確認もしない記事になっているので、言い回しが変な部分や誤字・脱字などがあるかもしれないが、それも愛嬌としてお見逃し願いたい。

さて本日、午前中はサービスマナー講演を行ったが、事前に事務局からコロナ禍における介護施設等の面会制限について、町民等から寄せられている声を送っていただいた。

オミクロン株の蔓延によって、クラスター感染が増加している介護施設は、一度緩和された面会制限を再度強化しているところが多いと思うが、それによって利用者や家族はどんな影響を受けて、どんな思いを持っているのだろうか。

久万高原町の地域包括支援センター等に届いている声としては、以下のようなものがあるそうだ。

・家族を今施設にいれると、まともに会えなくなって可哀想
・オンライン面会は高齢な親ではできない
・オンライン面会は人数が限られるし、対応してもらう職員さんにも気を遣うので頼みにくい
・中に入れないだけに、どんな対応をしてもらっているのかわからなくて不安


介護施設の関係者の方々は、「クラスター感染を防ぐためなのだから、面会制限は仕方がない」と開き直らずに、地域にこのような不安を感じている人が存在するという事実を認識する必要がある。

何より施設利用者が、家族と直接会うことができないという状態が、もう2年以上続いているということ自体が、異常な状態であることを認識しなければならない。

この状況で長期間、職員以外の外部の人間と合うことがかなわないまま亡くなってしまった人もいるのだ。それは当たり前だとは言えないし、仕方がないの一言で済ますことができる問題ではないように思う。

いずれ現在のコロナ対応は、必ず歴史的評価がされるだろう・・・。

どちらにしても、このように地域住民・利用者家族・居宅ケアマネなどから不安の声が挙がっている現状を認識するならば、第3者の目が届きにくい今だからこそ、密室化してしまっている介護施設や居住施設の中で、きちんと利用者の尊厳を護る対応をしていかねばならない。

少なくとも世間の人々から誤解を受ける対応があってはならない。

繰り返しを恐れずに書くが、第3者の目が届きにくい場所でも、きちんと適切なケアサービスを提供できていることを証明しなければならない。サービスマナーの確立はそのための重要アイテムである。

密室化された施設の中で、利用者の対するタメ口対応が当たり前になっている場所の職員は、タメ口が家庭的な対応だと勘違いしている。

しかしタメ口は目上の者が目下の者に対して使う失礼な言葉遣いでしかなく、少なくとも年上の、かつ顧客である利用者に親しみを表現する言葉遣いではない。
下品なお笑い芸人
知性の欠片もない下品なお笑い芸人のように、無礼でなれなれしい言葉遣いを親しみやすさと勘違いして、そうした態度を押し売りしてもしょうがないのである。

そもそもタメ口対応を改めようとしない場所の職員は、長期間家族とも親しい知人とも会えないまま亡くなっていく人を看取る時も、「タメ口対応」のままなのだろうか。

そこで亡くなる方々は、最期の瞬間、息を止めようとするときに、若い職員から馴れ馴れしい言葉で話しかけられたいと思っているのだろうか?タメ口で看取ってほしいと思う人がいったい何人いるのだろう?

仮に逝く方が寛大な心で許してくれるとしても、一緒に看取ろうとしている家族は不快な思いを持たないだろうか?他人である年下の職員が、ため口で言葉を掛ける姿を見て、親しみを感じる前に、無礼な馴れ馴れしさに不快感を持たないだろうか?

今特養で問題になっているのがこの問題だ。看取り介護対象者は、死期が迫っていることを周囲の人が認識しているのだから、普段面会に来たことがない遠い親戚もお別れに面会に来るのだ。その時、若い介護職員のあまりに失礼な言葉遣いに憤慨して、「どうしてこんなところで、ばあちゃんの最期の時間を削り取るの!!」と憤慨して、悲嘆感を持つ人もいるのだ。

介護のプロとは、コミュニケーション技術にもたけている必要がある。無礼で馴れ馴れしく、目上の人に対して失礼な言葉遣いしかできない人は、介護のプロとは呼べないのである。・・・いいや違う。そういう人間は介護の仕事をしてはならないのだ。早く辞めてくれ!!

私たちは介護のプロである。だからこそサービスマナー精神をしっかり身に着けて、丁寧な言葉を使いこなして、親愛感を伝えられる介護のプロを目指さないでどうするのだといいたい。

そんなことを伝えた午前の2時間であった。
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エッセンシャルワーカーとして求められる責任


介護サービス利用者の方々は、介護事業者にとって大切なお客様である・・・この論理を否定する人は、介護という仕事を通じて、対価(給料)を得てはならない。

ボランティアとして関わるなら別であるが、介護という行為で給与を得ている以上、介護サービスを利用する人はすべてお客様なのである。その理屈は誰も否定できない。

介護の仕事もサービス業であり、お客様に対して失礼のないように接することは、ごく当たり前の社会常識である。丁寧な言葉遣いや丁寧な態度を、「よそよそしい」とか、「親しまれない」という理屈で否定する人は単なるおバカさんである。

そもそも、「よそよそしくならないようにフレンドリーに接するため」という理屈で、顧客対応する人の言葉遣いが、「ため口」であるというおかしな状態になぜ気が付かないのだろう。

広辞苑でも何でもよいから、「ため口」という言葉の意味を辞書で引いて確認してみろと言いたい。

ため口とは、「目上の者が目下の者に対して使う言葉」であって、それはお客様を含め、目上の人に使うべき言葉ではないし、その言葉遣いが親しみやすさを表すこともないのである。

ため口の正しい意味を知っている人にとっては、ため口対応される状態とは、「人を馬鹿にした言葉遣い」で対応されているという意味でしかなく、失礼極まりない態度と映り、憤っているのだ。

それは決して顧客対応として許されてよい問題ではない。

こうした社会常識のない人が、たくさん介護を職業としているからこそ、介護事業におけるため口対応がなくならないのである。恥ずべきことである。

ところで今現在、巷では新型コロナウイルスのオミクロン株が爆発的に広がって、一時面会制限を緩めていた介護施設等でも、再び面会制限や外出制限が厳重に行われるようになっている。

世界的パンデミックという現在の状況を考えると、それはやむを得ないことであるといってよいとは思う。

しかし対人援助という仕事の、本来の目的は、人の尊厳と権利を護る仕事であることを決して忘れずに、制限をすることが私たちの権限であるという誤解をしないでほしい。

社会状況を鑑みてやむを得ず制限を行う場合であっても、その制限はできるだけ緩やかにできないかと知恵を絞る人が、「対人援助者」でなければならない。制限を当たり前と思わず、申し訳なく思う人が対人援助者でなければならないのである。

面会・外出制限で、ますます密室化する介護施設・居住系サービスは、外部の人の目が届きにくくなってくる。外部の人の声も入ってくなくなる。第3者の冷静な評価も届きにくくなっているのが現在の状態である。

だからこそなお一層のこと己を律して、利用者の方々の尊厳と権利を護る目を曇らせないようにしてほしい。

外部の人の目と耳が届かないからといって、職員の対応が乱暴になっていないかを確認してほしい。状況がどのように変わろうと、利用者の暮らしと心を護ることに変わりはなく、サービスマナーはその基盤となるのである。

コロナ対応下で介護従事者は、「社会機能維持者」(エッセンシャルワーカー)であるとして、濃厚接触者との待機期間が短縮されている。このことをご存じな方が多いだろう。

しかしそれは同時に、エッセンシャルワーカーとしての使命や責任を果たす必要があるとい意味でもある。
サービスマナー
その使命と責任を果たすべき人たちに、人権意識やサービスマナーの視点が欠けてしまえば、それは絵に描いた餅どころの騒ぎではなく、単なる「詐欺」であると言われても仕方がないと思う。

だからこそどうか言葉を正しく使いこなす人になってほしい。そして人に愛を届けるエッセンシャルワーカーとしての責任を果たしてほしい。そう切に願うのである・・・。
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介護事業にもサービスマナーが求められる理由


(株)マイナビが運営する介護の総合情報サイト、「メディカルサポネット」の僕の連載、「菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 〜選ばれる介護事業所であり続けよ〜」の新年第1弾が昨日アップされました。
激アツ!介護経営塾
第4回目のテーマは、「vol.4 介護事業におけるサービスマナー〜丁寧で真摯な対応が顧客と人材を呼び寄せる〜」です。

全文を読むには登録が必要ですが、料金はかからず無料で登録できます。僕以外の著名な先生方の貴重なコラムも読むことができますので、ぜひ登録してください。

さてサービスマナーについては、このブログでも何度も繰り返し僕の考え方を書いてきましたが、その中でも今回メディカルサポネットの連載で書いたことは、家庭的な雰囲気を感じてもらおうと言葉を崩すことがなぜ駄目なのかをわかりやすく解説したつもりです。

さらに、サービスマナー教育を行っても職場にマナー意識が浸透しない事業者の特徴と、そこでの大きな勘違いを指摘しています。我ながらわかりやすく解説できたと自負できるコラムになりましたので、是非参照していただきたいと思います。

介護に携わる職員の中には、良かれと思ってわざと態度を崩して、利用者の方々に接している人も多いと思います。その態度を良しと思う利用者がいたとしても、同じ態度を不快に思う利用者が同じ数だけいて、その人たちは不満をどこにもぶつけられずに壊れていくのです。

良い感情は表出しやすいし、見つけやすいけれど、悪い感情は隠れやすく、見つけにくいうことをしっかり理解せねばなりません。

マナーのある対応は、隠れて見つけられない悪い感情を生まないための防波堤です。言葉を正しく使いこなすコミュニケーションスキルは、介護サービスの品質を護る、「介護サービスの割れ窓理論」の根幹をなすものです。

サービスマナーを護って利用者対応できるようになるためには、たった一度きりのマナー研修を受けてもどうしようもありません。一度の研修で、全員がそれを理解して歩調をそろえることにはならないからです。

なんの動機づけも持たない人が、たまたまサービスマナー研修を受けたからと言って、それだけで思考や行動が変容するなんて言うことはあり得ないのです。

でも研修を受けた人の中で一人でも多く、「なるほど」と感じて、「やってみよう」と熱い思いを持つ人が増えていくことが大事なのです。

たった一度の研修では、歩調を合わせようとしない職員にジレンマを感じて、その思いも時間所経過とともに燃え尽きてしまうかもしれませんが、その思いが間違っていないことを確認するために、繰り返し定期的にマナー研修を行うことで、思いは継続できるのです。

そもそも時期に関係なく新人職員が入職する介護事業においては、新人職員にきちんとマナー教育を行って、介護の現場でOJTや実務に携わるという流れをつくらねば、姿勢としてマナーは身につかないのです。

新人教育としてマナー研修を必須とし、その際に新人以外の職員にもできるだけその研修受けるようにし。、できれば新人にマナー教育ができる人材を事業者内で育てることが大事になるのです。

そのようにしてサービスマナー教育が充実し、マナー意識が浸透した事業者では、日常の業務の中で、『利用者の方々にものを頼まれたら「わかりました」ではなく「かしこまりました」というのが当たり前ですよ。』という教育が普通に行われ、先輩たちが普通にそうした言葉を使いこなすようになるので、研修としてサービスマナー講演を受講する必要すらなくなります。

そうなれば利用者に対する丁寧で、心づかいがある対応が伝統化して、上司や同僚の汚らしい言葉遣いにイライラするというストレスもない状態で働くことができる職場環境になるのです。

僕がサービスマナー講師として、実際に教育を担当した事業者のいくつかは、既にそうした状態になって、僕の講義から卒業しているのです。そうならなきゃあ・・・。
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老健で5人が死傷した事件の初公判


最も安全で、安心できる暮らしの場でなければならない介護施設・・・。

しかし岐阜県高山市の介護老人保健施設「それいゆ」では、2017年7月末〜8月中旬までのわずか半月で5人が死傷するという、安全と安心が脅かされる状況が生じていた。

この状況は後に事故ではなく事件となっていったわけだが、そのことを覚えている関係者は多いのではないだろうか。

事件は同施設の認知症専門棟のある2階で起きたもので、入所者の女性=当時(87)=が折れた肋骨(ろっこつ)が肺に刺さるなどした外傷性血気胸で死亡するなど、80〜93歳の男女3人が死亡。他に当時90代の女性2人が肋骨骨折などで入院したというものだ。

本件については当初、施設を運営する医療法人同仁会の折茂(おりしげ)謙一理事長が記者会見で、死傷した5人について「当時80歳だった男性は病死か自然死、残り4人は事故」との見解を示していた。

しかし死亡状況に不審な点があるとして警察による捜査は継続され、その後2019年2月に捜査本部は、5人に異変が起きた全ての日にただ一人勤務していたとされ、既に退職していた小鳥剛被告(36)を逮捕した。

逮捕までの期間が長かった理由について捜査関係者は、「目撃者などの直接証拠が乏しく、事件か事故かの判断が難しかった」と述べているが、その困難性を裏付けるように事件性が疑われた5人のうち、立件されたのは2人にとどまっている。

しかも被告は逮捕から一貫して事件への関与を否定している。そのため証拠固めなどにも時間がかかたためか、起訴から2年以上という異例の長期に及んだ公判前整理手続きを経て最初の起訴から3年近く経った今月2日に、やっと岐阜地裁での初公判を迎えたのである。
それいゆ事件初公判
しかし今後の裁判も予断を許さないものである。

検察側は、被告が傷害致死の罪に問われている女性(87)の死因について、胸部を前から少なくとも3回、強く圧迫したことで折れたろっ骨が肺に刺さり、右肺には直径約3センチもの穴が開いていたことを詳述。「拳やボールのような鈍体が骨折部位に作用した。損傷は病気では生じない」。何者かが殴った可能性があると指摘した。

そのうえで暴行したのが被告だったとする「犯人性」については、施設の建物構造や立地から第三者が侵入して犯行に及んだ可能性を打ち消し、複数の職員の証言などから犯行可能な時間帯を特定した。さらに防犯カメラの映像解析や職員の勤務シフトから、居室で被害者と二人きりになれた人物を絞り込む中で、犯人を被告と断定する主張を組み立てた。

司法解剖を担当した男性解剖医は、検察側の証人として出廷し、「胸部に相当強い圧迫があった。体重を掛けるくらいの大きな力が必要」とし、事件性があると検察側の主張を裏付ける証言を行っている。

これに対して弁護側は、被害者2人の死傷について「決して暴行によるものではない」と事件性を否定。「2人は骨粗しょう症だった」とすることを根拠に、食堂や浴場への行き来が繰り返されることにより、もろくなった上半身の骨に負荷が掛かり続けて起きた不幸な事故だと主張した。

確かに骨粗しょう症の人の骨はもろく、ちょっとした圧迫で骨折に至ることは多いし、移乗介助の際に利用者の後ろ側から脇の下に手を入れて、肋骨部分を押さえて利用者を持ち上げると骨折に至ることは多い。

だからこそそうした移乗援助方法を取らないように、利用者の脇の下から手をまわした場合は、介助者は自身の腕を組んで、決して利用者の肋骨部分を押さえ付けないように注意をするわけである。

この施設ではそのような基本介護ができていなかったのであろうか・・・。そうであったとしても折れた肋骨が肺に刺さるなどの圧迫は、誤った移乗方法だけでは起きないように思える。そもそもわずか半月の間に、肋骨骨折する人が相次ぐなどは、単なる事故であって、そんな事故が偶然続いたとは考えにくい。

いったい真実はどこになるのだろうか・・・。

被告が全面否認している中で行われる、確たる証拠がない裁判の今後の行方を、介護関係者の多くの方が注目していると思われる。

それにしても・・・本件の状況の中で立件できなかったケースが3件もある。死亡した人ひとりと、けがを負ったふたりについては、いまだにその原因が特定されていないことになる。被害者及びその家族にとって、それは納得しがたいことのように思えてならない。

裁判の対象になっている2人の死亡者を含めて、被害にあった5名の方々は、まさか介護施設という場所で、そのような事件に自分がまきこまれるとは思っていなかっただろうし、被害者の家族の方々にとってもそれは、「青天の霹靂」であったろう。

虐待や暴行事件のない介護施設は良い施設ではなく、当たり前の施設である。少なくとも私たちは、介護の場で虐待や暴行事件が起きることは完全に防いでいかなければならないし、安全な介護の場にしようとするなら、正しい介護方法を貫いて、「もろくなった上半身の骨に負荷が掛かり続けて起きた不幸な事故」さえ起きない安全な介護施設を創っていかねばならない。

本事件の被告については、逮捕前から激昂性があるとか、利用者に不適切な言動が見られていたとの報道もされている。

それが事実かどうかは不明だが、本件のような事件が起こった場合、その場所で利用者に対して、「タメ口」で接している人間は、すべからく、「利用者対応がなってなかった」・「態度の悪さが目についた」と報道されることになる。

その点を踏まえたうえで、あらためて介護事業における職員のサービスマナー教育というものを考え直すべきではないかと思う。そのためには、「街を飾るイルミネーションのように輝くために」も参照いただきたい。

本件の関連報道として以下にユーチューブにアップされている報道動画を貼り付けておく。

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タメ口を放置しておく場所では心理的虐待のハードルは低くなる


11月23日に書いた、「GH虐待が発覚したむかわ町穂別の社会福祉法人の人権軽視」という記事で論評した虐待事案。

そこで日常的に行われていた介護職員による暴言は、北海道が「心理的虐待」と認め、運営指導を行った。

このことについて表の掲示板の当該虐待の情報提供したスレッドでは、「ネイトさん」という方が、「心理的虐待だけでも重大事案と扱ってほしい 」とコメントしてくれた。

まったくその通りと思う。貴重なコメントに感謝申し上げたい。

心に負った傷は目に見えないだけに、その傷をずっと負ったまま癒されることなく見逃され、苦しみ続けている人も多いのである。

むかわ町のケースでは認知症という症状のある人が、特定職員の介護を拒むという状態になってしまっている。

短期記憶や見当識の障害が出やすい認知症の人にとって、個人の顔や名前を憶えて特定するということは一番苦手な行為である。そういう人たちが、「介護を受けるのは嫌だ」と思う人間を特定するということは、感情の記憶が残りやすいという特性をもってしても説明が難しい問題だ。(参照:感情の記憶は認知症の人にも残ります

それだけ嫌な思いを繰り返し体験させられ、心に深い傷を負っているという意味ではないのだろうか。

そうした状態を放置して、具体的改善策を取っていなかったグループホーム及び母体法人の責任は重い。

ここで改めて考えてほしいことがある。虐待行為と認定されたのは、「暴言」であったということに注目してほしいのだ。

暴言とは、「相手の立場や考えを無視した無礼な言葉。」を意味する。すると顧客であり、人生の先輩でもある介護サービス利用者の方々に、サービス提供者である介護事業者の従業員が、「タメ口」対応することは暴言とは言えないのだろうか。

タメ口とは、年下の者が年長者に対等の話し方をすることであり、もともと不良少年の隠語として使われていた言葉である。そのような意味等を考えると、お客様に対してタメ口を使うことも、「相手の立場を無視した無礼な言葉」でしかないと言えるのではないだろうか。

そうした無礼な言葉を使うことを、家庭的な雰囲気を伝えるためとか、堅ぐるしさをなくすためとか、様々な理屈をつけて辞めようとしない輩が多い。しかしそれは丁寧な言葉を使いこなして、親しみや優しさを伝えることができないコミュニケーション能力の欠如した人間の屁理屈に過ぎず、言い訳に過ぎないのである。

このブログで何度も指摘しているように、顧客に対してタメ口で接している職業は、保険・医療・福祉・介護業界だけである。他の職業ではあり得ない非常識を放置しているから、感覚麻痺による心理的虐待もなくならないのではないだろうか。

虐待のあった、むかわ町のグループホーム「みのり」の職員は、普段利用者に対してどのような言葉遣いで接していたのだろう。そして虐待が明らかとなり改善指導を受けた今、職員はグループホームの中で利用者にどのような言葉遣いで接しているのだろう。

どちらにしても、「タメ口対応」を放置して改善しようとしない事業所では、むかわ町の虐待事例のような問題がいつ引き起こされてもおかしくない。

利用者は顧客であるという正しい認識を職員に浸透させ、お客様に接するに当たって失礼のない態度、お客様に使ってよい言葉遣いの浸透を図らないと、行政指導の対象となるだけではなく、世間からバッシングを浴びて、経営が続けられなくなる恐れさえあるのだ。

あと半年もしないうちに新年度を迎え、たくさんの新入職員を迎え入れなければならない。その時、初めて介護の仕事に就く人たちに、正しい顧客対応を教えることができるように、今いる職員が正しい顧客対応ができるようにしなければならない。

そういう意味で、タメ口対応が行われている介護事業者は、危機感をもってその状態を変えなければならない。その時、口を酸っぱくして注意しても、なかなか言葉遣いを直せない職員がいるとしたら、言うことを聴かないとあきらめるのではなく、介護実務から外すという覚悟も必要だ。

むかわ町の事案では、GH施設長が虐待発覚後に、「言葉が荒いことを注意していたが、指摘直後はおさまっても時間がたつと言葉遣いが再び荒くなった」と恥ずかしい言い訳をしている。

それではダメなのだ。注意を聴かない職員に罰則も与えずに、そのまま職務に就かせていることは、管理責任と労務管理の放棄でしかない。そんな管理職であってはならないのである。
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他人の気持ちを常に正しく理解できる人はいません


利用者の置かれた状況に応じて、「言葉の掛け方」を変えているという人がいる。

対人援助に携わっている専門家として、相手や相手の置かれた状況に応じて、言葉遣いや対応の方法を使い分けているという人もいる。

本当にそんなことができるのだろうか?

そういう人は、自分以外の誰かが今何を考えているのか、どのような心持なのか、常に正しく理解できるとでもいうのだろうか。

哀しい気持ちを隠して笑顔でいる人や、恥ずかしさを隠そうとしてひょうきんにふるまう人の、心のひだをすべて読み取ることができるとでもいうのだろうか。

相手の置かれた状況やその時々の気持ちを正確に推し量る能力を、自分が持ってると信じられる根拠はどこにあるのだろう。自信過剰としか思えない・・・。

利用者の内面を理解しようとすることは大事だが、私たちは全能の神ではない。相手の考えている事をすべて読み取ることなんてできないのだ。

対人援助の場で利用者に真摯に関って、利用者に信頼を寄せてもらおうとすることは重要かつ不可欠な態度であるが、その結果がすべて思い通りになるとは限らない。

介護サービスを必要とされる方々は様々なパーソナリティを持った人たちである。生活歴・家族関係もそれぞれ異なった人たちが胸に抱える思いは千差万別だ。その思いを全て正確に把握・理解することはどんな専門家も不可能だ。

自分が受け入れられていると感じていても、ままならない事情で利用者が心に見えない壁を作っていることもある。そしてその壁に気づかれないように取り繕ってふるまう人もいるのだ。

利用者にも事情がある。思いがある。感情があるのだ。

自分の行動や発言が誤解されていると思うことがあるという経験は誰でも持っているだろう。しかしそれはあなたの本意ではないとしても、誤解している人にとっては唯一の真実なのである。

そういう誤解や理解不足は、人間関係上排除できないものであり、対人援助の専門家であれば、そのことが常に援助過程に付きまとうことを想定したうえで支援行為に当たるというのが、プロとしての正しい姿勢である。

自分の言動がすべて利用者に受け入れられるとか、自分が誰よりも利用者の気持ちを理解できるとか、そうした自惚れは捨て去らねばならないのだ。

だからこそ、相手の心を傷つけることなく、できるだけ誤解を受けないように、最低限のサービスマナーを持って接するということは、サービスの質を担保するうえでも必要不可欠なことなのである。

言葉を崩して接することを受け入れてくれる利用者がいたとしても、そのような対応を喜ぶ利用者が存在したとしても、崩した言葉で心を殺されたり、心に傷をつけられたり、憤ったりする人が一人でも存在すれば、それは対人援助の専門家として許されない対応方法だと考えるべきだ。

私たちは個人のプライベート空間に深く介入し、利用者が他人に見せたくない・聴かせたくない・感じさせたくない恥ずかしい部分まで、さらけ出させて支援行為を展開する職種なのだから、利用者の心に負担をかけず、護ることを何よりも優先させなければならない。

マナーのない行為は、その態度を揺るがせる一番のリスク要因だ。

全能の神ではない、間違いの多い人間であるからこそ、対人援助の場では、利用者に対してサービスマナーを持った態度に終始することが即ち、真摯に接することであるという理解が必要だ。

そういう真摯さがない人間は、対人援助サービスの場に居てはならないのである。
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柔らかな笑顔と言葉のキャッチボールが見られる場所


つい先日まで関西の某県に、1週間滞在していた。

その際に感じたことであるが、食ブログの方にも書いたように、ホテルの宿泊料が非常に下落して安くなっている。旅先に居ることが多い僕にとってはそのことはありがたいことだ。

ただ1週間も同じホテルに滞在していると、従業員の方とも親しくなるので、その方々のことを考えると心苦しい思いにもなる。やはり適正価格というものは存在するんだろうから、そこまで戻る社会になってほしいものだと、つくづく思う。

それはさておき、同じホテルにそのように長く滞在していたのには理由がある。

数年前からサービスマナー研修講師として関わっている介護施設にお邪魔して、日勤者と同じ勤務時間内で一緒に行動させていただいていたからである。

その施設の基本サービスをチェックする役目を仰せつかっていたためである。

チェックといっても、厳しく上から目線であらさがしをする目的ではなく、今年のサービスマナー研修に備えて、職員の習熟度や基本サービスの在り方を確認し、気が付いた点を、この法人のサービス向上委員会の参考資料として提出するという目的を遂げるための仕事で、コンサル活動の一環というべき請負業務であった。

そのような外部の目を入れる方法を取り入れ、サービスの品質向上にもお金をかけている法人だから、この施設の現状のサービスの質は低くない。利用者対応もしっかりできているし、基本的な介護技術もできている。

当該施設はユニホームのない職場であるが、服装が自由化されているからと言って、職場にふさわしくない服装の職員はいない。華美になり過ぎず、清潔感のある服装で対応されているので、その部分の常識は皆持っているということだろう。しっかりした人間教育のたまものと言えそうだ。

介護施設のサービスの品質や介護レベルは、利用者の身だしなみが整えられているかどうかを見るとよくわかるが、この施設の利用者で身だしなみが乱れている人は見つからないし、整髪もきちんとできている。目やにがついたままの顔で、ホールの出ているような入所者もいない。

寝巻と日中着の着替えも、当たり前のようにできている。先日、「着たきり雀を正当化する劣悪ケアを許すな」という記事を書いて、着替えの支援を行わないことを正当化する屁理屈を批判したが、その記事に対して盛んにいちゃもんをつけてくる馬鹿がいた。当該記事で指摘した施設関係者と思しき人物の暴言でしかないが、僕のコンサル先の職員にはそのような知性と見識の低い介護職員は皆無である。

このように毎日の着替えなんて当たり前にできている施設はたくさんあるのだ。できないことの屁理屈を声高らかに主張する低能な介護職ばかりではないのだ。

このような施設に、あんまり指摘することもない。

しかし何もしないというわけにはいかないので、いくつかの改善すべき点を示すことは行ってきた。

しかしそれとて、仙骨座りになっている人がいて、正しい座位への修正と座位保持の方法を教えたり、車いすから家具椅子に移乗してもらって食事をした方が良い方について指導したり、歩行介助する際に、介助を受ける方がもっと歩きやすくなる、「コツ」を示したりする程度だ。

コツと言っても大したことではなく、意外と知られていないが、介助する人とされる人の、踏み出す足が左右逆だと、介助を受けている人は歩きづらくなる。

人は歩く際に踏み出す足の側にわずかに体が傾くのだ。それは骨盤の位置が移動するためであり、そのため利用者の左側で介助している職員が、利用者が右足を踏み出しているのに、介護者が左足を踏み出すと、両者の間隔は最も遠くなり、その逆に利用者が左足を踏み出し、介助者が右足を踏み出した際は、両者の間隔は最も縮まってしまう。(※利用者の右側について介助する場合は、その真逆の状態)

これを防ぐためには、両者の目に見えない距離感が変化しないように、出す足を同じ側の足とすることが必要になる。と・・・この程度の指導でしかない。

それに加えて、ホールに居る人が誰も見ていないテレビがつけっぱなしであったので、「あの音は騒音にしかならないので、誰も見ていないテレビは消しましょう」というくらいがせいぜいの指摘事項である。

ということで暇を持て余すほどなので、この施設の介護マニュアル目を通して、実際の新人教育等に使えるマニュアルになっているかなどをチェックした。

読んでみると回りくどい文章や、説明文が逆に介護の方法論を混乱させている部分などがあって、もっとシンプルにわかりやすくまとめる必要がある部分が多かった。ここは手を入れようと思い経ち、滞在中にすべて更新することができた。

介護主任からは、「やっと手に取って使えるマニュアルになった」と言われ、職員の皆様には、「これなら繰り返し読むのもさほど面倒ではない」と好評を博して嬉しかった。

どちらにしてもこの施設は職員が利用者に笑顔で丁寧に接しているので、利用者の表情も豊かに見えた。その利用者の豊かな表情を見ることで、職員の皆さんの介護労働に対するモチベーションが維持されているのだと思う。

しかしその基盤となっているのは、絶え間なく続けられている人材育成教育だ。僕のような外部講師を何人も呼んで定期指導を受けている状況は感心するしかない。

組織風土はよくなっていくのには時間がかかるが、悪化するのはあっという間なので、こうした不断の努力を続けないと、頂点から転がり落ちるのも早いし、その着地点はとんでもないところになりかねない。

ただサービスマナーに関して言えば、一旦その徹底が図られている場所では、そうした態度や言葉遣いが、ごく自然な態度として意識せずに護られているので、この部分に関して言えば、指導者の教育意識がなくとも、自然に新人もそうした態度や言葉遣いを身に着けていく状態になっている。

ここは強みである。そうした文化をすべての介護事業者が創ってほしい。すべての職場がそうした環境になることを目指してほしいものだ。
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失礼だという恨みの深さとネット法廷の怖さ


先週起きた二つの事件から、深く考えされられた問題があった。

まず一つは、「プライド」の問題である。

東京都港区の東京メトロ白金高輪駅で男性会社員(22)に硫酸とみられる液体をかけたとして、傷害容疑で静岡市の大学生・花森弘卓容疑者(25)が逮捕された事件では、被害にあった男性が、事件のきっかけになったと思われるトラブルについて事情聴取の中で、「タメ口が原因」と供述しているというのである。

報道によると、花森容疑者はかつて琉球大農学部に在籍し、映画サークルで被害者である男性と一緒だったそうであるが、男性は「数人でいた時に花森容疑者にタメ口を使ったら『自分が年上なのに、タメ口はおかしい』と怒られた」と説明している。花森容疑者は男性より1年早く入学したが、2年生になって入ったサークルでは同期だった。

サークルで同期と言っても、学年では容疑者が1年上なのだから、タメ口で話しかけられて気分を害すること自体はわからない感情ではない。しかしそれがずっと何年も尾を引いて恨みとして残り、犯行に結び付くというのは常人には理解できないことだ。

本当にこのことが事件の動機になったのかは疑問が残るが、被害者が唯一トラブル原因として記憶している事柄が、「タメ口」によるトラブルなのだから、容疑者は我々の想像以上に、そのことに根深い恨みを抱いて、その恨みを一方的に募らせた末の犯行であったのかもしれない。

現代っ子と言ってよい、22歳と25歳の間のトラブルにおいても、年齢差・人生の先輩後輩・礼儀ということが問題になっていることを考えると、戦後生まれの方が多くなったとはいえ、介護サービス利用者の多くは、儒教道徳の影響を色濃く受けており、長幼の序を重んずることを考えなければならない。

若い介護職員が親しみやすさのつもりで日常的に、「タメ口」で接することは苦々しく思っている高齢者はたくさんいるし、そのことに傷ついて悔しがっている人も多いことを、介護関係者は心に刻むべきである。・・・そのことがまず一つ。

もう一つは、相変わらずなくならない介護事業者の虐待に開いた口がふさがらないのと同時に、世間がそのことに思った以上に憤慨し、糾弾の狼煙をあげていることの怖さについてである。

先週金曜日に報道された事件は、山口県周南市の高齢者入所施設で起きたもので、施設長である片岡加寿子容疑者(60)が、入所者の目や口に粘着テープを貼ったとして、暴行の疑いで逮捕されるという施設長として、介護関係者としてあるまじき恥ずべき行為が行われていたというものだ。

行為そのものが驚くほど常軌を逸したものであるが、おそらくこうした暴行は、日常的に何らかの、「罰則・行動制限」として行われていたのではないだろうか。

容疑者は犯行を認めているとのことで、その行為はいかなる誹りを受けても仕方のないものであるが、この報道がネット上に流されてから2時間も経たないうちに、容疑者の顔写真や自宅を探し当てようとする情報サイトが立ち上がっているという恐ろしいことが行われているのだ。
容疑者をさらすサイト
※報道数時間後にネット上に立ち上がったサイト。

容疑者の顔写真やSNSアカウントを探すサイトが立ち上がったことをきっかけに、それとは別に容疑者を徹底的にたたく掲示板が立ち上げられ、そこでは当該事業所のサイトに容疑者画像は掲載されていないか等々、憶測も交えて様々な情報がたれ流されている状態である。

そこに参加している匿名のネット住民は、みんな清廉潔白な人ではないと思うのだが、事件の糾弾の論調については全員が正義は我にありという論調で、犯人を厳しく糾弾している。

それは繰り返される介護事業者の虐待報道にいら立っての論調だけとは言えないように思え、そこには事件を糾弾する意見を煽って、個人攻撃の炎を燃え盛らせて愉しむことを目的化したような書き込みも多くみられる。

そこはまるでネットの世界が法廷と化し、弁護人のいない被告に対して参加者全員でその罪を糾弾し、罵詈雑言を浴びせて人格攻撃を行い、その状態が果てることがないかのような状態だ。

その罵詈雑言は容疑者のみならず、容疑者が所属していた介護事業者のありとあらゆるものに向けられてゆく。そのことにも限りがない・・・。容疑者が行った行為は恥ずべき蛮行とはいえ、このようにして、容疑者をさらしものにして攻撃し続ける状態は恐ろしいことであると思えてくる。

だがこうした風潮を嘆いても始まらない。ネット社会とは、こうしたことが普通に行われるものなのだということをしっかり認識しなければならない。そして介護事業者のリスクマネジメントも、そうした風潮をも含めて考えていかねばならない。

二つの事件を考え併せると、職員が日常的にタメ口で人生の先輩に接している介護事業者のリスクマネジメントは、なっていないことを改めて認識しなければならない。顧客にタメ口対応しかできないことがネット社会で糾弾されたときに、その事業者の経営者や管理職・リーダー職などは、糾弾される対象になることを自覚して改革に努めていかねばならない。

そういう意味で介護事業経営者や管理職の皆さんに、改めて考えてもらいたいことがある。

従業員がマナーのない顧客対応を行っていることが即ち不適切とされるという問題意識を持っているだろうか。

あなたの所属する介護事業者は、世間から誤解を受けるような対応が全くないと自信を持って言えるだろうか。

それとともに、自分に管理責任のある場の従業員が、利用者に不適切対応をしたことによって、自分が報道関係者の前で、「お詫び」の会見を開き、頭を下げる姿を想像してみてほしい。そうなるとしたら、あなたが会見場で糾弾されながら質問に答える姿を見て、あなたの家族が泣くことになるかもしれないのだ。

そんなことが決してないと言い切れる職場を今のうちに創っておく必要があるということだ。

そのためにはまずあなた自身が、顧客である介護サービス利用者に対し、マナーのある接し方を行うことができる人になる必要がある。
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外国人従業員の態度でわかる事業者民度


東京や大阪等の大きな都市のコンビニで、外国人従業員がレジ打ちしていないお店を探すのは難しい。

それほど接客業に就く外国人は増えているし、むしろ外国人の方々が24時間営業を支えていると言ってよい状態だ。

それらの方々は日本語も堪能で、レジ対応以外でも、客が尋ねたことに対して丁寧に応えてくれる人が多い。

それは外国人を雇用してもサービスの質が落ちないよう、雇用主体がきちんと教育している結果だろう。接客方法はマニュアル化できるので、そのマニュアルに基づいた教育が行き届いている証拠だ。

しかもそのマニュアルは、お客様に対して失礼のない対応を求めている内容となっており、接客マナーを重視しているために、それをきちんと受け入れて護りながら働いている外国人の方々は、ごく自然に接遇意識を高めて、マニュアルに無い客の問いかけにも丁寧に応えてくれるようになる。

マニュアル化できない「接遇意識」も、接客マナーが浸透すればごく自然に身につくという証拠だ。ホスピタリティー精神というものは、こうした積み重ねによって生まれてくるのである。

介護業界でも外国人は貴重な戦力となっており、年々その数も増加している。

例えば、「特定技能」により日本で介護の仕事に就労する外国人の数が、今年3月時点で去年の30倍の1705人となっており、介護福祉士養成校の生徒の3割以上を外国人留学生が占めるなど、今後もその数は増加していくものと思われる。

しかしそれらの外国人介護従事者と、コンビニで働く外国人定員の決定的な違いは、「口の利き方」である。

コンビニ店員の外国人従業員が丁寧語を使いこなしているのに比べると、介護事業者で外国人の「口の利き方」には閉口することが多いのである。「タメ口」対応が当たり前になっている外国人介護従事者がいかに多いことか。

コンビニの外国人店員は、学生アルバイトであることが多いのに、その人たちが使いこなす丁寧な日本語を、正職員として雇用されている外国人介護従事者が使いこなせないという事実は、いかに介護業界の教育スキル・教育レベルが低いのかという証明でもある。

介護福祉士養成校や特定技能取得の過程で、日本語を丁寧語を基本にして覚えた外国人が、介護サービスの現場で日本人介護従事者が日常的に使っている、品のないタメ口を真似するようになって。その口調がスタンダードとなっているのだ。

そこでは無礼で馴れ馴れしい言葉が影響して、丁寧な態度は消えてなくなるし、ましてや接遇意識・ホスピタリティ精神など生まれるわけがないのである。

「民度」とは、ある集団の平均的な知的水準、教育水準、文化水準、マナー、行動様式などの成熟度の程度を指す言葉であるが、コンビニ定員である外国人の言葉遣いと、介護事業者で働く外国人の言葉遣いを比較して考えると、介護業界の民度の低さが目につくのである。

それは「恥の文化」そのものである。

さすれば今後も増え続ける介護事業者で働く外国人労働者が、その所属事業者の中で、どのように顧客対応ができているのか、お客様である利用者に対して、どのような言葉遣いで対応できているのかを知ることで、その介護事業者の民度が測れるというものだ。

介護サービスの顧客の中心層となる、「団塊の世代」の方々は、ネットの口コミ情報として、外国人労働者の対応ぶりをチェックしながら、自分が利用する介護事業者を選択するということも現実的になってくる。

丁寧語で日本語を覚えた外国人の口の利き方が乱れていくのは、決して進化ではなく堕落だということを、すべての介護関係者が知るべきである。

そういう民度の低い介護事業者の未来は、決して明るくないし、手に入る対価もそれなりにしかならないだろう。だから従業員の待遇も、それなりのものにしかならないのである。
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通所介護に吹きはじめた風を掴むために


通所介護に新しい追い風が吹き始めている。

来年から団塊の世代が75歳に達するようになり、後期高齢者数が爆発的に増えていくが、それは在宅で生活する軽介護者の増加と一致する。

その人たちが必要する介護サービスは、身体機能を衰えさせないように、心身が活性化できるサービスである。

疾患後遺症の治療としてのリハビリテーションではなく、健康保持のための機能訓練ニーズも高まってくる。

そのためこのところ通所介護を利用する人が増えている。

それが証拠に、通所介護事業所数が増え続ける中で、過当競争となり顧客確保が困難となっていた地域でも、新規利用の顧客が増えて定員が埋まったという事業所が少なくない。待機者が増えて定員の増加を考慮している通所介護経営者の声も聴こえてくるようになった。

少なくとも今後3年間は、その上昇カーブが続くことは間違いない。定員規模を増やして、経営基盤を強化することも可能となるだろう。

しかしここからが通所介護事業の正念場である。

最速で次期制度改正の際には、軽介護者の通所介護の地域支援事業化という逆風が吹き荒れることを忘れてはならない。

国は2020年度から一般会計予算において、インセンティブ交付金を400億円と増やし(2019年度の倍)、この交付金を「一般介護予防事業」の「通いの場」の拡充とリンクさせて、その確保を図っている。

さらに本年4月から第1号事業(総合事業)の対象者について、「要支援」から「要介護」になっても、それまで受けていた総合事業の利用が継続できるように見直した。これによって要介護認定を受けても、市町村の総合事業である通所型サービス(第1号通所事業)を継続利用する人が増えることが予測される。

要介護1の認定を受けた人が、介護給付の通所介護を利用せず、通所型サービス(第1号通所事業)を利用し続けるということは、それが本人の希望の結果とはいっても、事実上要介護1の対象者の一部の人たちが、通所介護の介護給付除外を受けていることと同じと言える。

2024年の制度改正に向けて、このような準備が着々と進んでおり、市町村の通いの場が充足したと判断されれば、24年から要介護1と2の通所介護は市町村事業に移行させられていくのである。

勿論その際も経過措置期間はあるだろうし、現行のように通所介護事業所が市町村から通所型サービス(第1号通所事業)の委託を受けてサービスを継続することは可能だろう。しかし経過措置は最大で3年間だろうし、給付費単価は今よりずっと下げられることは間違いないところだ。

そうであればその時に、単価の安い市町村の委託偉業を受けながら経営を続けられるように、委託サービス利用者を今以上に数多く受け入れられるようにすることや、要介護3以上の方のサービスも充実を図って、事業が急に萎まないようにしなければならない。

顧客確保に困らないことに胡坐をかいて、経営努力を怠る先には荒野が待っている。利用者の急激な減少という荒波に呑まれ、一気に倒産という憂き目にあう通所介護事業所も少なくないだろう。

そうならないように今からしておくことは何だろう。まずは今通所介護に通っている人、これから新規に受け入れる人のハートをがっちりと掴んでおくことだ。

サービス利用者の中心層は、「団塊の世代」の人々に移っていることを自覚して、その人たちの特徴やニーズに沿ったサービス提供が必要だ。

団塊の世代の人たちは、日本の経済成長の中心にいた人たちであり、上下関係に厳しく、権利意識も強い人たちだ。しかもPCや携帯電話は当たり前に利用しているし、スマホやタブレットを使いこなしている人も少なくないという世代だ。

通所介護の評判もSNSで確認したり、ラインで情報交換することが当たり前になってくる。

顧客に対して、「タメ口」で接することを簡単に許してくれる世代ではないのである。

だからこそ、利用者が増えている今、しっかりと職員にサービスマナー意識を植え付けて、顧客の口コミで顧客が増えていくという流れをつくらねばならない。

サービスメニューも、スマホやタブレットを利用した新たな展開を図っていかねばならない。(参照:地域住民から選ばれる通所介護のサービスメニュー

近い将来には、通所介護の対象者が要介護3以上となることを見越して、重度の人たちを数多く受け入れられるように、職員の知識や技術も高めていかねばならない。

通所リハビリから通所介護への移行が促進されるという風も掴んでいく必要があり、それを見越して通所リハビリ事業所との連携も視野に入れておく必要がある。(参照:通所リハビリの新経営戦略

しなければならないことはたくさんあるが、まずは職員のサービスマナー意識を向上させて、接遇ができる事業所を創り、それを基盤に顧客に対するホスピタリティ意識を高めることである。

それは必ず団塊の世代の人々のハートをつかみ、地域での評判と結びつき、状況がどう変化しても顧客確保に困らず、事業経営に支障をきたさないことにつながっていくだろう。

逆に言えば、職員にサービスマナー意識を植え付けないままで、サービスメニューをいくら工夫し増やしたところで、それは底の浅い対策と言わざるを得ず、荒波の前には何の役にも立たないだろう。

まずは定期的なサービスマナー研修をしっかり実行することが大事だ。そこから始めよう。
追い風を掴め
どうかこの追い風をしっかりつかんで、明るい未来につなげてほしい。
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達人しかできない方法論は意味がない


仕事をするうえで、従業員がお客様に対して失礼がないように気を使うのは、至極当然なことである。そのために言葉遣いや、態度、服装などに気を付けうことも至極当然のことである。

ところが医療・福祉・介護業界では、そのことに疑問を持つ人が大勢いたりする。

あまり丁寧に接すると、よそよそしく思われるのではないかとか、他人行儀ではないかと思っている人が、そこかしこに存在する。

特に介護施設の職員の中には、施設とは利用者にとって暮らしの場であるのだから、家庭のような雰囲気が必要であり、あまり丁寧な対応は肩が凝るといいつつ、馴れ馴れしく無礼な態度に終始する職員も少なくない。

そのような人たちは、自分が介護という職業を通して生活の糧を得ている意味を解っていないとしか言えない。職業として介護業務に従事している責任を理解していない、プロ意識のない人たちである。

家庭的=家庭ではないのである。利用者がリラックスして、過ごすことのできる空間が家庭的なのである。そこは利用者の尊厳や権利がしっかり護られて、心地よく過ごすことができる場所を意味する。

家庭のような温かさを持った介護サービスとは、ぞんざいな言葉遣いで、馴れ馴れしく接する状態をいうのではない。家族がごく普通に家族に人間愛を抱いているように、他人である介護従事者が、愛情を持って温かく利用者に接することをいうのである。

しかしその愛情の寄せ方も、介護のプロとしての姿勢を基盤にするものでなければならない。利用者を可愛いと思うのが、愛情を寄せるという意味ではない。(参照:人間尊重の価値前提を学ぶことができる介護事業にしよう。

家族という遠慮のない関係だからこそ通用する、「タメ口」は、介護のプロとして利用者に温かく接する方法としては不適切極まりない言葉遣いでしかない。なぜなら私たちは、介護サービス利用者の家族にはなれないからだ。

利用者と介護従事者の関係性が、家族の関係性と同じになることはあり得ないのである。

だからこそ介護従事者は、家族とは一段違った立ち位置から利用者に接する態度が求められているのである。

その時に必要とされるのは、誰からも不快に思われない礼儀ある態度である。そうした礼儀のある態度で接してなおかつ、その態度がよそよそしいと思われるとしたら、それは礼儀ある態度を使いこなしておらず、ぎこちなさを前面に出してしまっているという意味でしかなく、それは介護のプロに徹して、正しいコミュニケーションが取れないという意味である。

それは介護従事者に最も必要とされるコミュニケーションスキルの欠落という重大な問題で、そういう人は介護の仕事に向かないので、さっさと別な職業を探した方がよいのだ。

TPOに合わせた態度や言葉遣いを取ることができるとうそぶく輩も信用ならない。それは利用者の置かれた状況やその気持ちを常に正しく察することができるという意味になるが、人間にそのような能力はない。相手の心を読めない限り、それは神業の領域だ。

そんなありもしない能力を求めるよりも、プロ意識をしっかりと持って、温かく接するためのマナー意識を持つことの方がよほど簡単である。利用者に対し礼儀を持って接してなおかつ、よそよそしさを感じさせないプロ技術を得ることに務める方が、より現実的方法なのである。

このことを理解できない輩に、介護の仕事の使命や真髄なんて、一生見つけられるわけがないのである。
大切な人を護る介護
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癒せない心の痛手を与えることがない介護


昨日発出されたQ&A(Vol.7)は読んで笑うしかない。

問1の経過措置を運営規定にどう定めるかなど、過去においても行われてきたごくごく当たり前のことを告知しているに過ぎないし、問2の9月までの上乗せ分の請求方法に至っては、『「令和3年9月30日までの上乗せ分」の計算方法について』を読めばわかることで、現場ではすべて解決済みの今更必要のない解釈である。

この時期にあえて出す必要もない2問のみの疑義解釈通知をあえて発出した意味は、クラスター感染で事務が滞っている批判をかわすためであろうか・・・。お手盛りのQ&Aを出してお茶を濁しているに過ぎないことは明らかだ。

それにしても通所サービスが求める入浴介助加算兇竜慎漸鮗瓩浪浸になるのか・・・。浴室要件など微妙な対応をしている事業者は、とりあえず4月は単位の低い気了残蠅砲箸匹瓩討いた方が良いということになるかもしれない・・・。自粛破りの宴会の影響は、思った以上に長く尾を引くことになったものだ。恥ずべき厚生労働行政と言ってよいのではないだろうか・・・。

しかし人の振り見て我が振り直せと言う諺もあるので、介護事業者は監督官庁のそのような恥ずかしい姿を笑っていないで、自らの襟を正し、利用者に対して恥ずかしくないサービス提供に心がけたいものだ。

特に新人教育真っ最中の今だからこそ、介護サービスの品質を高め、デリカシーに欠ける職員の言動に利用者が傷つくことがないように、介護事業所の職員すべてにサービスマナー意識を植え付ける取り組みが欠かせない。

作詞家の故・阿久悠さんが書き、沢田研二さんが歌った、「時の過ぎゆくままに」には、「体の傷なら なおせるけれど.、心の痛手は 癒せはしない」という一節があるが、対人援助に携わる私たちは、私たちが手を差し伸べている利用者の方々が、私たちの言動で癒すことのできない心の傷を負わないように、常に注意を払う必要があるのだ。

志の高い事業者は、そのことに積極的に取り組んでいる。

先週金曜日の午後も、大阪の介護事業者の職場内研修として、「サービスマナー講演」をオンラインを通じて行った。
サービスマナー講演
この事業者は、もともとサービスマナー意識の高い事業者であると言ってよいが、新年度のスタートから半月を経たこの時期に、いよいよ本格的なOJTに取り掛かることもあり、その時に改めて介護のプロとして、利用者にサービスマナーを忘れない対応を行うことの重要性を認識してもらおうということだろうと思う。それは極めて重要なことである。

横柄な態度、無礼な言葉遣いは、しばしば人権侵害につながる問題を引き起こしている。しかしその中には利用者への態度を丁寧にすることを、「利用者によそよそしさを感じさせる」・「家庭的ではない」という理由で否定してしまう人がいる。

しかし私たちは家族ではないし、介護サービスはインフォーマル支援ではないのである。介護という行為で生活の糧を得ているプロフェッショナルの仕事として、丁寧な言葉や態度で、なおかつ親しみを持たれるサービス提供が求められていることを忘れてはならない。

言葉や態度を崩して接することがフレンドリーな態度だと感違いしている人は、しばしばデリカシーに欠ける無礼な態度で、利用者の心を傷つけてしまうことがある。悪気はなくても心に痛手を与えたとき、「そんなつもりはなかった」という言い訳は、なんの免罪符にもならない。

相手によって、相手の置かれた状況に応じて言葉を使い分けているという人がいるが、利用者の置かれた状況を常に正しく把握できるという神業の持ち主は果たしているのだろうか?相手の置かれた状況に応じて言葉遣いを変えられる人は、相手の気持ちが常にわかる神のような能力を持っているとでもいうのか?

しかしマナーがある丁寧な言葉は、使い分ける必要がないのである。そして丁寧な言葉遣いで利用者に接することは誰しもが、やろうと思えばできることなのだ。

相手から誤解されない対応の基盤となるのが、「サービスマナー」なのだということをしっかり自覚してほしい。

なおサービスマナーについては、来月札幌コンベンションセンターで無料講演を行う予定がある。ブティックス(株) 主催のCareTEX札幌というセミナーの中で、5月19日(水)14時から15時の予定で、「介護事業の明暗を分けるサービスマナー 〜介護業界にはびこる誤解とリスク〜」をテーマに60分話させていただく予定だ。誰でも無料参加できるが、事前申し込みが必要なので、文字に張り付いたリンク先からお申込みいただきたい。

そして今日の記事の締めとして、すべての介護事業関係者に送りたい言葉がある。その言葉とは・・・。

どうぞ、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる人でいてください。
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新入社員に見せられるものは矜持か恥か


早いもので今日で3月も終わりである。介護事業者にとってこの日は年度替わりの最終日で、明日は新年度初日を迎えるとともに、それは新運営基準と新報酬適用の初日ともなる。

そして何より重要となる点は、新年度に入る明日は、多くの介護事業者で新しく入職する職員が初出勤となり、各地で入社式が行われる日でもあるということだ。

初仕事の日を迎える新人の中には、社会人として初めてのスタートラインに立つ人も居れば、他の職業から転職してきた人も居るだろう。正式入社の前に実習と称して既に実務に入っている人や、全く初めて新たな職場で実務に就く人も居るのかもしれない。

しかし区切りは大切で、時間と空間・心と体の区切りという意味で、新年度初日に厳粛な入社式を行うということは大事なことではないかと思う。

そのとき、希望や不安が入り混じった思いを抱える新入職員に何を伝えられるかで、その職場の将来が左右されてくるのだということを、介護事業経営者や管理者・管理職は自覚してほしい。

希望を使命感と誇りにつなげ、不安を夢のある目標に変えるためには何が必要なのかを考えてほしい。

当該事業者職員としての規律ある姿勢が、職場の中では求められることだけではなく、対人援助という職業は誰かの暮らしに深く介入する仕事あるからこそ、そこでは利用者の尊厳を護る配慮が求められることを入社式ではしっかり伝えてほしい。経営者や管理職の思いが伝わる入社式にしてほしい。

そして新人を将来の人財として育てるためには何が必要かを真剣に考えて、そのためのプログラムを構築してほしい。

就業初日から、先輩職員に金魚の糞のようについて回らせ、先輩の行ってきた仕事の手順だけを覚えさせような行為をOJTと勘違いして行わせるようなことがないようにしてほしい。そうした方法では正しい介護技術は伝わらないのである。

就業規則や職場の様々なルール、年金や保険といったものの手続きをレクチャーすることも必要だろうが、介護に必要な基礎知識や基礎技術は、まず座学で伝えなければならない。そうした基礎知識をレクチャーする期間をきちんと設けてほしい。そこで見聞きした方法を実践の場で、計画的に学ぶのがOJTである。座学による耳学問を身に着けて、その知識を基礎として実務の場で耳学問を試すのがOJTである。正しい知識や技術は、「見て覚えろ」では伝わらないことを理解しなければならない。

そして介護事業者における様々な実務に入る前に、正しい接客・接遇方法を理解させることを忘れないでほしい。介護事業という職業を通して人を幸せにする前に、人を不幸にしない方法論を理解させたうえで、新入職員に利用者対応させるようにしてほしい。

これを重要視する事業者と、おざなりにする事業者では貴重な人材が張り付き、定着する割合に大きな違いが出てくる。介護の職業における使命や誇りを伝えることなく、接客の仕方も伝えぬまま、先輩のしぐさを見て覚えさせる職場に良い人材が集まったり、定着したりするわけがないのだ。

何より将来、「人財」となり得るスキルの持ち主は、利用者対応が機械的で流れ作業のようになり、乱暴でマナーの欠片もない状態にストレスを感じて、そこから逃げ出してしまうのである。そのことを経営危機であると自覚する必要がある。

新入職員は最初、右も左もわからずに、先輩の指導についていくだけで精いっぱいだろう。しかしそこでしっかりその職場や職員を見て評価しているのだ。介護ってこんな程度の仕事をしておればよい職業なんだと思ってしまう新人に、将来にわたってよい仕事ができるわけがないのである。

介護の職業は、こんなに素晴らしいエピソードを生み出すことができる職業なのだと知ることで、親友職員はスキルアップの動機づけを持つことができ、学ぶことが面白いと感じ取れるのだ。

ある意味、新入職員が入ってくる時期とは、介護事業者の質が試されている時期でもある。

介護事業の矜持を伝えられるか、恥の文化しか伝えられないのかで、その質は明らかになろうというものだ。

利用者に接する際に、よそよそしくなることを恐れ、馴れ馴れしい失礼な態度が求められている対応方法だと勘違いしている事業者は、恥の文化しか伝えられない事業者だ。

先輩職員の利用者対応が、「タメ口対応」で、それが家庭的で親しみやすい対応であると勘違いしている事業者では、不適切で乱暴な態度さえ当たり前になってくる。それも恥の文化である。

そうした恥しか新人に伝えられない事業者は、消えてなくなってよい事業者と言ってよいだろう。
人材を人財に変える育成
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太陽がいっぱい


介護報酬に今年9月まで上乗せされる感染対策などの乗算対象費用について、昨日の更新記事で国の通知に矛盾があり、どの費用が対象なのかは不明なままであると指摘したが、そのブログ記事を見たためではないと思うが、夕方になって突然、「令和3年9月30日までの上乗せ分の算定対象となる報酬について」という通知文が発出された。

それによれば、指定居宅サービス介護給付費単位数の算定構造の訪問介護費では、『令和3年9月30日までの間は、訪問介護費のイからハまで及び「身体介護に引き続き生活援助を行った場合」についてと書かれている部分が言葉足らずで、昨日発出の通知では乗算対象となる費用については、次のようにはっきりと示された。
____________________________________________
(※)基本部分(「イ 身体介護」〜「ハ 通院等乗降介助」)及び以下の加減算に係る合成サービスコード
 ・身体介護に引き続き生活援助を行った場合
 ・2人の訪問介護員等による場合
 ・夜間若しくは早朝の場合又は深夜の場合
 ・特定事業所加算機銑検

____________________________________________
よって『令和 3 年 4 月報酬改定における介護給付費の様式記載例のパターン』の記載例1の計算方法になるということがはっきりした。

これで疑問は解決したといえる。請求担当者の方は、昨日発出された通知の『サービス種類別「令和3年9月30日までの上乗せ分」の算定にあたり合計するサービスコード』を確認して、乗算する費用を間違いなく計算してほしい。

さてところで僕は、昨日登別を経って沖縄に1年半ぶりにやってきた。

琉球介護コミュニティ協会という団体の理事を務めていたこともあり、ここ数年、毎年沖縄での講演を行う機会をきただいていたが、その務めを終えた後も、その縁でつながりができた、合同会社SYMケアサポートの職員研修での講演を行うためである。

沖縄の講演は、昨年も8月に石垣島で予定が入っていたが、コロナ禍でその講演が中止となり、昨年中は一度も沖縄に行く機会がなく残念だった。

しかしコロナ感染も落ち着いてきた今、やっと沖縄に来ることができた。最高気温がやっと5度に達するかどうかという登別と比べて、昨日の沖縄は26度の気温。コートを着ないでやってきたが、スーツの上着も着ていられないほど温かかった。沖縄は太陽がいっぱいだ。

昨日はデイサービスセンターSYM煌きらりさんで職員研修を行った。
沖縄SYM職員研修会
沖縄SYM職員研修会
午後6時から9時までの時間に、平日の仕事を終えた職員の方のうち、夜勤者を除く方々が集まってくれる講演だから、その時間を無駄にしないように業務に生かすことができる実務論を語ることに努めた。
沖縄SYM職員研修会
介護報酬改定の講演では、LIFEとは何か、それに対する新しい介護事業者の対応として何が求められているのかということについても説明させていただいた。

コロナ禍が完全に終息していない中で、オンラインではなく直接職員に語り掛ける研修会を開いた理由は、「サービスマナーについては、直接masaさんから職員に語り掛け、その空気感も職員に感じてほしかったからである」とSYMの前泊代表が語っていたが、その期待に応えることが出来たであろうか・・・。

介護事業におけて、サービスマナー意識をもって利用者に接することは、介護事業経営者のためではなく、介護という職業にやりがいと使命感を持って働く人のためにいかに大事になるのか、そのことが自分の仕事に対するモチベーションの維持につながるだけではなく、待遇改善にもつながり、介護サービス利用者の尊厳と暮らしの質を護ることにつながることを理解していただければ幸いである。

講演後は懇親会にも参加したが、そこで食べたものはmasaの血と骨と肉、『ミニ春巻きを身に貼るマキ』を参照願いたい。グルメ人気ブログランキングの文字リンクもプチっとクリックいただけるとありがたい。

今日、この記事は那覇空港のJALラウンジで更新しており、これから北海道に向けて飛び立つ予定だ。

24時間に満たない旅だったが、太陽がいっぱいの沖縄はとても楽しく心地よかった。次は夏に再訪したいものだ。沖縄の皆さん、また愛ましょう。

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よそよそしさより馴れ馴れしさを恐れる人になってください


まず最初に読者の皆さんにお詫びとお知らせです。

昨日の記事「9月30日までの上乗せ請求方法が明示されました」で、本年9月までの感染対策費等の報酬上乗せ分について、介護報酬の算定構造のイメージの基本部分に並立されている加算について乗算対象であると解説しましたが、それはどうやら間違った考え方のようです。訂正してアップしていますので、ご確認ください。

さて本日の本題に移ります。

介護従事者が利用者に対して丁寧語を使って会話すると、「よそよそしい」と感じられるという人がいます。

しかしそれは間違っています。正しい丁寧語を使いこなせば誠意とまごころは伝わり、よそよそしさは排除できるのです。日本語のボキャブラリー(語彙)は世界一豊富なのですから、丁寧な言葉でも親しみやすさが伝わる言葉は数多く存在するのです。

現に僕は30年以上、お客様である利用者に丁寧語以外で会話したことはありません。だからと言って僕が利用者から親しまれていないという事実はありません。丁寧語でも冗談を言い合うことは出来ますし、くだけた話題を丁寧な言葉で話すこともできるのです。それが対人援助のコミュニケーションスキルではないでしょうか。

だからこそ対人援助に携わる人であれば、どうぞ高いコミュニケーションスキルを得るように努力してください。

熊本県のある特養では、職員の方々が利用者の方々と目線を合わせて、「よかですか?」と話しかけていました。方言にも丁寧語があって、意識が高い施設の職員はごく自然に方言でも丁寧語を使っているのだということがわかりました。僕の目にはそれはとても素敵な光景に映りました。対人援助のプロとしての凛とした姿勢に思えました。

対人援助という仕事に従事する人に是非理解してほしいことがあります。それは、よそよそしさを恐れるより、タメ口の馴れ馴れしさを恐れる人になってほしいということです。

よそよそしく思われたり、堅苦しく思われたりしないつもりで使う、「タメ口」によって、心が傷つけられている人が数多くいるのです。

介護を受けるということは、誰かに自分の身を委ねないと生きていくのに不便が生ずるという意味なのです。そういう人たちにとって介護をしてくれる人は、ある意味命綱なのです。その命綱が切れないよに、多少の不満があっても口にできない人が数多くいるのです。

介護を受ける身になったことに引け目を感じている人も居ます。他者に訴えることができない劣等感を持った人は、他者の感じの悪い対応に心を痛めても、そのことをおいそれと口にはできないのです。そういう人たちは鬱屈した感情を内部にため込んで、哀しみ、苦しみ、いつか壊れてしまうかもしれません。

自分より年齢が若い人が、自分にタメ口で話しかけるのは失礼だと感ずる高齢者はまだたくさん居られます。そういう人たちが黙して鬱屈を内部にため込まなくてよい介護を目指すべきではないでしょうか。

誰に対しても使うことができる丁寧な言葉で、私たちの真心を伝えましょう。介護支援を必要とする人足りに対して、私たちが美しい日本語を使いこなして、快い気持ちになってもらいましょう。

私たちは素人が介護に携わっているのではなく、介護の職業で生活の糧を得ているプロだということを忘れないでほしいと思います。家族と同じように利用者を愛おしく思ったとしても、家族と同じ存在ではないのです。家族という間柄だからこそ家族同士では使って許される言葉遣いがあるのです。それを真似する必要はないし、真似してはならないのです。対人援助のプロとしての正しい態度や言葉遣いに終始できるスキルこそ求められているのです。

そのことを理解できない人、そうした対応に終始できない人は、対人援助の職業には向いていないと思います。

そういう人は、どうぞ誰かを知らぬ間に傷つけてしまわないうちに、他の職業をお探しになった方が良いと思います。・・・そんな人が介護業界から一日も早く退場することが、世のため人のためになると思います。
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辛抱の時期にも限界があります


自分が縁あって採用された場所で、長く働き続けることは大事なことである。

石の上にも3年というが、難しいことであってもコツコツと努力を重ねれば、いつか物事を成し遂げられるのが人間なのだから、不都合なことから逃げ出さずに、一定期間頑張ってその場所で働き続けることには意味がある。「今いる場所で咲きなさい」とはそういう意味を込めた言葉だ。

しかし物には限度というものがある。人の暮らしを支援すべき対人援助の場で、人の心を傷つける行為や、そうした行為につながる規律の乱れを正そうともせず、不適切な対応に気づくこともなく、「そんなつもりはなかった」と言いながらたくさんの人を傷つけている場所に、我慢していつまでとどまっていたら良いというのだろう。

その状態を変えられない自分自身のスキルを問題視せよという人がいたりするが、経営者や管理職が問題に目や耳をふさいでいる場所で、無規律で横柄な態度のベテラン職員がはびこる場の環境を、数人の職員が反旗を翻したとしても変えられるわけがないのだ。

だからこそ一定期間同じ場所で頑張ってもなにも良くならないとか、流れ作業のように利用者に対応して1日の業務がこなせるだけで良いという風潮が変わらないような場所からは、一旦退場して新しいステージに飛び出した方が良いと思う。

こことは別のブログ・masaの徒然草に、「自分と未来を変えることができる転職」という記事を書いたのは、色々な場所で高い志を折られたり、つぶされたりするたくさんの人を見てきた経験があるからだ。

介護の仕事を職業にして生活の糧を得ている以上、介護を利用する人はお客様であるにもかかわらず、お客様に対して家族しか許されないぞんざいな態度で対応することが家庭的な対応だとか、親しみやすい態度だと勘違いしている人たちによって、介護サービスには深い闇が生まれている。

丁寧語を使って会話すると、「よそよそしい」と感じられるなんて嘘っぱちだ。正しい丁寧語を使いこなせば誠意とまごころは伝わり、よそよそしさは排除できる。日本語の語彙は世界一なのだ。よそよそしさを恐れるより、タメ口の馴れ馴れしさを恐れろと言いたい。

従業員の心無い言葉や投げやりな対応に心を傷つけられ、涙を流している利用者の姿は、そうした場所では、「ないもの」として無視されてしまう。

介護事業に従事している人の中には、「利用者に丁寧語を使うことに気恥ずかしさを感じる」という人がいたりするが、そういう感覚を持つことの方が恥ずかしい。介護のプロに徹していないという意味であるし、お客様に丁寧に接するのが恥ずかしいのであれば、人と接する仕事には向かないという意味だ。

利用者に対するマナーを教育することを、「押し付け」と考える人も居たりする。職場のルールを押し付けと感じて護る必要がないと考えるなら、それは従業員として失格という意味だ。そもそもどんな職場にもルールは存在し、それを徹底遵守する労務管理はあって当然だ。それを理解できない人は社会人として未熟すぎるとしか言いようがない。

経営者や管理職は、従業員の心無い対応で利用者が哀しんでいたり、不平不満を持っているのがわかっていても、そうした不適切な対応をとる従業員に注意して辞められては困ると考え、数合わせだけのために職場の環境を良くする努力を怠っていたりする。

自分のスキルアップを図りたいと考えている人は、そういう職場からは一日も早く飛び出した方が良い。そこにも利用者がいるのに放り出してよいのかと悩む人も居るが、長期的に見ればそういう場所から有能な職員がいなくなって、数合わせの不適切で流れ作業的対応しかできない介護事業者からは、顧客も貼りつかなくなり経営ができなくなる方が世のため人のためである。

そもそも不適切な対応を感じ取ってるのに、自分の目や耳をふさいで我慢しながら仕事を続けていると、必ず精神の健康は失われてしまうのである。自分の心を殺し、心を病むまでそんな場所で働き続ける必要は全くないのである。

どうかそんな時期を見失しなわないでほしい。志やスキルの高い人が、その能力を最大限に発揮できる職場環境を創り出している事業者も必ず存在する。お客様に対するサービスマナーに徹して、ごく自然に従業員の心に、利用者の方々に対するホスピタリティ精神が生まれている職場も少なくない。

そんな職場であなたのスキルを活かしてほしいと思う。
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自分を変えて未来が変えられる新規事業所


ちょうど1週間前の月曜日、僕は高知市で3月に新規開業する小規模多機能居宅介護事業所、「ケセラ介良けせらけら」さんのオープン前の事業所内で、オープニングスタッフとなる職員の皆さんの研修講師を1日務めていた。その日の昼休みには、「出だしが肝心になる新設事業所」という短い記事を書いてそのことを紹介している。

新規事業所の名称である「ケセラ介良けせらけら」の由来は、同事業所が高知市の介良(けら)地域に立地するからであり、「ケセラセラ(物事は勝手にうまい具合に進むものだから、成り行きに任せてしまってなんとなるさ、気をもんでも仕方ない、という意味合いがある)」に掛けた名称である。

当日研修を受講したのは、小規模多機能のスタッフとなる人たちだから数は多くはない。現在までオープンスタッフとして雇用されているのは十数名である。それらの人がオープン初日から、利用者の皆様に対してきちんとマナーを持って接し、根拠に基づいた正しい介護を行うことを目的に、僕が北海道から呼ばれて1日7時間もの研修講師を務めたものである。

研修を受けたスタッフは、母体である福の種合同会社の通所介護事業所に務めていた人や、他の事業者から転職してきた人、全く今まで介護経験がない人など前歴や経験は様々であった。

それらの人が一斉に3月からを合わせて、新規事業所をオープンさせるために、何が必要かということを考えて知恵を絞って研修講師を務めた。

スタッフの中の介護職の経験者の方の中には、今まで利用者に、「タメ口」で接するのが当たり前であると思って仕事を続けてきた人もいるし、根拠もなく水分補給を1日1500mlも強要する竹内理論を信じていた人もいる。そのように自らの経験を唯一の頼りとしてきた人に発想転換をしてもらう必要があった。

それらの人が一旦リセットして、ゼロから新しい知識を得て、その知識に基づいて経営者が目指す高品質で、お客様にとって心地よいサービスを創ることができるかが問題となるのである。

その為に午前中3時間は、根拠に基づいた正しい介護実践の方法をかいつまんでレクチャーするために、「介護の誇り〜職員のやる気を引き出す実践論」というテーマでお話しした。そこでは職員が立ったまま食事介助することは何故駄目なのか、竹内理論の間違いとは何なのかということ等を、詳しくわかりやすく解説したうえで、そのような介護方法論とは異なる、正しい介護実践の方法論を具体的に伝えた。

そこで経験のある職員は、今までの経験の中には役に立たないものもあるということを実感できたと思う。

そのうえで午後からサービスマナーがなぜ求められ、それは具体的にどういう対応方法なのかを4時間にわたって説明した。

午前中の講義で、間違った考え方を捨て去れねばならないこと気づいた人は、自分たちのやるべきことが何なのかがわかりつつある中で、そこにサービスマナー精神を込めることで、真のホスピタリティ精神が生まれ、それが顧客から選択される介護事業者につながること理解してもらったと思う。

しかしそれは介護事業経営者のために実践することではなく、顧客から選ばれて経営が続けられる事業者で、自分自身が長く働くことができ、そこで相応の対価を得ることができることになるのだということも理解していただけたと思う。

そのことが同時に顧客のためにもなることであり、毎日丁寧に対応できる従業員の態度に、顧客が満足してくれる笑顔によって、従業員のモチベーションもさらに上がり、その姿を求めてさらに顧客も、マナーの良い場所で働きたいと思っている人も、そこに張り付いてくるという好循環が生まれるのだ。

現に僕が過去に関わった事業所では、(募集もしていないのに)働きたいと応募してくる介護職や、職員の態度が素晴らしいという口コミを聴いた顧客が続々と集まってくるという現象も生まれている。

そういう事業所を自分たちの力で創ることができる新規事業者はうらやましいと思う。だからこそ「ケセラ介良」のオープンスタッフは、自分が今までどのように介護業務を行ってきたかを別にして、それをすべてリセットし、少なくとも顧客に対する言葉遣いだけは、「丁寧語」を崩さずに接しようと一人一人のスタッフが心に誓ってほしいと思う。いやきっとそうなっていると信じている。それは僕との約束でもあるからだ。その態度を実践できないスタッフについては、管理職等がその場で随時注意を促して修正していくというコンセンサスが得られたことと思う。

全職員がオープンスタッフとして一斉にスタートを切る新規事業所では、既存施設の中で、「タメ口」を直せない先輩職員がたくさんいる中で改革を行うより、ずっと経営者の理念は浸透しやすいのだから、ぜひ結果を出してほしいと思う。

ちなみに福の種さんは、通所介護もリハ専門職の配置が充実していて、今回の小規模多機能事業所も、看護小多機ではないのにセラピストも配置し、リハビリテーションの充実に努めている事業所である。

その為、現在でもセラピスト・看護職員・介護職員は引き続き募集中だということである。それに加えて福の種合同会社全体の経営に携わることができる、管理職候補のスタッフも募集しているそうだ。

高知県外からIターンで就職していただける場合は、最初の2年間は宿舎を用意してくれるとのことだ。木村社長より、「素晴らしい自然と海の幸、山の幸、ケセラ介良が待っています!!」というメッセージも届いている。

僕が今後もお付き合いを続けていく介護事業所でもあるので、高知市内で働きたいと思う能ある鷹は、是非応募してみてはいかがだろう。新しい環境で、志のある素敵なスタッフに囲まれて自分と未来を変えてみたいと思う方は、木村社長(088-821-8996 ✉ momotaro0502@gmail.com)まで直接連絡してほしいそうである。

スタッフの皆さん、どうぞ立派な事業所を目指す前に、感じの良い介護事業所を目指してください。
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出だしが肝心になる新設事業所


新年早々の1月17日に、かつて僕を講師として高知に招いてくれた福の種合同会社の木村社長からメールが送られてきた。

早速メールを開くと、「2月6日に久万高原町で講演を行うのをHPで知ったので、是非その際に高知まで足を延ばして、弊社の新規事業所のオープンスタッフ研修もお願いしたい」という内容だった。

福の種合同会社は、高知市内にリハビリ専門のデイサービス「アルコデイトレセンター」や、それらの事業所に併設して経営する「ふくのたね保育園」などの事業を展開されているが、この3月から新たに小規模多機能居宅介護 ケセラ介良(けせらけら)をオープンさせる予定だという。(※高知市の介良:けらという地域にオープンする事業所のために、このネーミングにしたそうである。)

そのオープニングスタッフに、オープン当初からサービスマナーを護った利用者対応ができるように、教育係として僕にお声をかけていただいたわけで、責任重大だ。

昨日の日曜日は、久万高原から高知市に移動した足で、新規オープンスタッフさんだけではなく、近隣の事業所さんにも向けて介護報酬改定の要点についての講演を3時間半の時間で行ったが、今日はいよいよオープニングスタッフの教育本番である。

朝9時という早い時間から夕方5時までの長時間講演。午前3時間のあと休憩1時間をはさみ、午後からは4時間講演だ。

ということで今、その休憩の合間に記事更新している。午前中は、「介護の誇り〜職員のやる気を引き出す実践論」というテーマで、根拠に基づいた正しい介護実践法をレクチャーした。

立ったままで食事介助することがなぜダメなのかということや、高齢者に対し一律に1500ml/日という大量の水分補給がいかに生命の危険を招いているかをはじめとして、介護の場で当たり前のように行われている間違った方法論が、いかに利用者の心身を悪化させているか、事故や苦痛につながっているかを理解していただいたので、午後からは4時間みっちりマナー教育である。

このブログで何度も書いているように、サービスマナーは意識を変えて、意識を高めて、マナーのありようを替えようとしても無理で、職場のルールとして賞罰を伴って、厳格に実施を促す必要があるものだ。

今回、経営者の肝いりでそれを行い、職員に協力にその実践を推し進めるのだから、期待が高まる。

一旦マナーが身に着いた職場では、ことさらマナー教育を行わなくとも、ごく自然に先輩職員から後輩に日常のマナー教育がOJTの中で行われ、「利用者にタメ口なんで信じられない」とい口にする若者を生み出している。(参照:職場全体でサービスマナー向上に取り組んだ成果 ・ マナー意識が浸透する事業所と浸透しない事業所の違い

きっと数年後には、ケセラ介良(けせらけら)の職員の皆様が、高知市のサービスマナー実践の最高峰に立って。他の事業者の前を走る事業所になるように、僕もこれから長くかかわりを持ちたいと思う。
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子供に返っている認知症の人には子供のように対応すべきなのか?


認知症の人の中には、自分が年を取ったという記憶をなくしてしまっている人がいる。

そういう人は鏡に映った自分の年老いた姿を見ても、それが自分だとは認識できずに、鏡に映った自分を見てそこに知らない誰かがいると思い込む。そして鏡に向かって、「お前は誰だ」とか、「人の家になぜ勝手に入ってきてるんだ」と怒ったり攻撃的になったりする人も多い。

当然その姿は鏡に映っているのだから、目の前にいる自分の知らない誰かが、自分を攻撃しようとしていると思って、鏡にものをぶつけて壊してしまう人もいる。こうした事例は決して少なくなく、僕は過去にそういう人の住む家の鏡や、グループホームの鏡を幕で覆って、必要な時以外鏡を使わないようにして、こうした行動・心理症状を防いだ経験を数多く持っている。

どちらにしても、年を取ったという記憶をすっぽりと失ってしまって、実年齢より若いと思い込んでいる認知症の人はたくさん居られるのは事実だ。

その中には子供の頃に戻っているかのような言動をとる人がいる。いわゆる子供返り・幼児化という現象である。

そのような症状を呈する人に対して、介護従事者はどのように接すべきだろうか。相手が子供に返っており、自分は小さな子供だと思っているのだから、介護支援の場でも、介護従事者がその気持ちを尊重して、子供に相対するように接するべきなのだろうか・・・。果たしてそれは、受容というべき態度なのだろうか。

僕はそうは思わない。

そんな考え方は間違っているし、それは人の心を受容する態度ではなく、相手の状態を深く理解しないまま、自分の狭い価値観や低い見識によって思い込んだ、間違った価値観による不適切な態度だと思う。

以前にも認知症の記憶について何度かこのブログに書いているが、「感情の記憶は認知症の人にも残ります」でも指摘しているように、認知症の人であっても、かなり晩期まで失われない記憶があり、何かの拍子にその記憶がよみがえってきたりする。特に感情の記憶や手続き記憶は残っているのである。

子供返りしている認知症の人であっても、子供そのものになっているわけではなく、自分が生きてきた記憶の中の子供のイメージに返ってしまっているだけであり、そのイメージの中には、自分が大人になった後に、子供に対して抱いた感情も大きく左右しているのである。

そもそも子供返りしている人に対しても、きちんとした丁寧な言葉かけをして問題が生ずるわけではない。幼児言葉で話しかけないと不穏になることなどほとんどあり得ないことだ。

先日書いた、「丁寧語は使い分ける必要がない」でも指摘した通り、節度ある丁寧な言葉遣いは、相手や場所を選ばずに使うことができ言葉であり、そうした言葉遣いをはじめとした、マナーに徹した対応を行うことによって、認知症の人の行動・心理症状は改善するのである。

今では幼児・児童教育の現場でも、教育者が命令調の言葉や幼児言葉を使わずに、正しい丁寧な日本語で幼児や児童に接しようという考え方が徐々に浸透してきている今日、幼児そのものではなく、大人であり、人生の先輩である高齢者に向かいあう介護サービスの場で、専門職と言われる介護従事者が、「幼児に話しかけるような言葉遣い」しかできないのは、介護の貧困さを表すものでしかない。

大人に向かって幼児に話しかけるような言葉遣いしかできない介護従事者のその低能ぶりは、介護業界の恥の象徴でしかない。

介護を必要とする認知症の人の背中には、その人の歩んできた人生が背負われているのだ。その背中を見つめて愛おしく思っている家族も存在するのだ。

そうした方々すべてが、私たちの介護支援を受けてよかったと思うことができる介護サービスでなければならない。

自分の親が、認知症になって子供返りしているかのような言動をとるからと言って、日常支援に従事する介護職員までが、自分の親をまるで子供であるかのように扱うと言って泣いている家族が何千人・何万人いると思っているのか・・・。

そうした恥ずべき対応をなくしていかねば、介護の仕事は誰にでもできる仕事と思われ続け、時に必要悪なんて罵声を受けたりすることがなくならないのだ。

もっと誇り高い仕事を目指してほしい。もっと人を人として敬い、愛おしく思ってほしい。

だからこそもっと勉強してほしい。無知は罪なのだ。

認知症の研修の必要性が高まっているが、講師もきちんと選ぶべきだ。認知症の人に対する本物の介護実務論を語ることができる人でなければ、研修を受けても何も変わらないのである。

そういう意味では今回の介護報酬改定・基準改正の中で、法定資格のない介護職員に義務付けられた認知症介護基礎研修の受講義務も、今の内容のままである限り、介護の質を引き上げる効果にはつながらないと指摘しておきたい。
無題
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丁寧語は使い分ける必要がない


仕事柄、全国各地を飛び回って講演を行なっているので、そこで初対面の人に相対する機会も多い。

そうした初対面の方々に、好印象を持っていただくようにするためには、挨拶や笑顔や言葉遣いは大切にしなければならないものだと思っている。

講演を主催してくださる方は、僕にとって雇用主にも等しい方々なので、少しでも失礼があってはならない。また講演を聴きに来てくださる方がいるからこそ講師業は成り立つので、受講者の皆様もお客様そのものであろうと思う。だから少しでも嫌な思いをさせてはならないと思う。

そのため僕は、様々な場所で出会う人たちの職業や地位や年齢に関係なく、出会った方々に話しかけたり会話を行う際には、必ず丁寧語を使っている。それはことさら意識してそうしているのではなく、僕の中で当たり前のこととして、ごく自然にそうなっているわけである。

ごくたまに、僕より年下の人が初対面の僕に対して、タメ口で話しかけてくることがあるが、それはその人の「人となり」なんだと思って気にしないようにしている。ことさらそのことを注意することはない。なぜならその人は僕にとって仕事上の部下でもないし、近しい人間関係があるわけでもないのだから、いうだけ無駄であると思うからだ。関係性を継続する必要のない人に、いちいち注意したり小言を言っているほど暇ではない。

だがそのような人から、「あなたもタメ口でいいよ。きっと私の方が年下だし。」と言われた場合(過去に実際にあったことだが)、その時は一言意見する。「あなたが丁寧語で話せば解決する問題ではないですか。」って。・・・きっと嫌な奴に思われただろう。

ただそうして出会った人とつながりを持ち、長く交流していくうちに、友人ともいえる関係となって打ち解け合い、親しい関係性が生まれる中で、ごく自然に言葉を崩して会話するのが自然になることもある。それは双方の関係性のなせる業だから、当然それで良いと思っている。

しかし介護事業の中で、利用者に対してタメ口で話しかけることを、「関係性ができているから」と言い訳するのは少し違うと思う。そこで培われた関係性とは、対人援助の中でサービス提供者とサービスを受ける方という関係性であり、サービス提供者がそれを職業として金銭対価を得ている以上、相手はお客様である。

そこにおける関係性とは、顧客とサービス提供者という関係性からは決して外れることができないものであり、家族や友人関係とは根本的に異なるのだから、タメ口を使う理由を関係性に求めること自体が間違っているのである。

お客様に対しては、丁寧語で接するのが当たり前である。保健・医療・福祉サービス以外の職業では、そのことは教育するまでもない常識であり、顧客にタメ口を使った瞬間に、職場に居れなくなることの方が常識なのだ。

しかし介護業界には、このごく当たり前のことを理解できない知能レベルが低い従業員が数多く存在している。介護人材不足は、低能で接客意識を持てない人罪(じんざい)をはびこらせているのだ。

そうした輩は、利用の家族に対しては丁寧語で接しているにもかかわらず、同じその口で、介護サービス利用者にタメ口で接したりする。中には認知症の人にだけタメ口で接する人間もいたりする。そのことを指摘すると、相手の置かれた状況や気持ちに沿って、「言葉を使い分けている」と屁理屈をこねる輩も多い。

しかし利用者の置かれた状況を常に正しく把握できるという神業の持ち主はいるのだろうか?言葉を人によって変えている人は、相手の気持ちが常にわかる神のような能力を持っているとでもいうのだろうか?

残念なが僕はそのような神業を持つことは出来ないし、僕が総合施設長を務めていた特養の部下たちも、そのような能力を持つことができるとは信じることは出来なかった。だからこそサービスマナー意識を持ち、常にお客様に失礼のない態度で接し、丁寧語を日常的に使いこなすことができるように教育を行ってきた。

そもそも態度や言葉遣いを無理に使い分けると、「差別している」という誤解を与えかねない。そんなリスクを持った職員を、介護サービスという第3者の最もプライベートな空間に踏み込む場所に置いておいてよいわけがない。それは人を傷つけ、人を悲しませる最大の要因になるからだ。

そもそもマナーがある丁寧な態度や言葉は、人によって使い分ける必要がないのである。

人の感情は様々であるがゆえに、自分考え及ばない考え方や心の在り方があるのだ。そうした人間そのものに寄り添う職業では、使い分けなくとも、人に不快を与えない一定の態度を身に着け、その態度を守りぬくことこそ、人を護ることにつながるのである。

そもことを理解できない人は、介護という職業を続けてはならない。
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