masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

サービスマナー

本物の介護技術とは何を指すのか・・・。


介護は最終的には技術です。そのことに異論はありません。

いくら心を込めても技術が伴わなくては、利用者にとって良い状態は生まれないからです。

心は込めたけれど、やり方が拙くて苦しい思い・恥かしい思い・嫌な思いをさせたけど許してね・・・そんな介護支援はあり得ないし、プロの姿勢ではないのです。

しかし同時にいくら技術があっても、利用者感情を無視して機械的に決められた正しい技術を展開したとしても、利用者の表情は硬く、あるいは乏しいもので終わることも多いのです。

それはなぜでしょう・・・。

それは人は物質的満足を唯一の目的として生きるものではないからです。他者から愛されたり、認められたりする精神的満足も生きるためには必要なのです。

心を込めるという意味は、介護支援という行為を行う対象者に、「精神的満足感」を与えることなのです。

勘違いしてはいけないことは、その満足は私たちの満足ではなく、利用者の方々の満足なのです。介護支援の対象者が、「嫌だ」と言うとすれば、それはいなな行為にほかならず、「そんなことはありません」という言葉は、私たちの満足感の押しつけに過ぎなくなります。それでは困るのです。

だから私たちは、介護を必要としている人たちが、私たちのどのような行為や、私たちが介入したことによる、どのような結果に満足してくださるのかを、常に意識して関わる必要があります。

生きるために、何らかの支援を必要とする人たちの居場所が、冷たい風が吹きすさむ場所でしかなかったら「生きがい」なんてなくなります。

その方々を心にかけて、手を差し伸べるべき対人援助のプロとは、誰よりも温かい手の温もりを届ける人でなければならないはずです。技術があっても冷たい態度で、その技術を提供するだけの人には、利用者は決して心を開きません。

それが介護労働=感情労働といわれる側面の1要素でもあります。
心を癒す介護
だからこそ私たちには人間を愛するという心・・・そうした感情を介護支援を必要とする人に伝える力も、求められる介護技術の一つだといえるのではないでしょうか。

何の愛情も伝えられない介護は、空しいだけの動作援助に終わってしまうでしょう。そのような冷たい技術は、大事なものが欠けた技術と言えるのではないでしょうか。

本物の介護技術とは、目に見えない心=思いやりとか、あなたのことを思っているのよと言う人間愛を伝える技術をも含んだものではないかと思います。

介護を受けて暮らす必要なる人に、言葉ではなく態度で安心感を与えられるのが本物の介護技術です。

介護を受けて暮らす人を大切に思う誰かに、「あなたの大切な人を、どうぞ私に任せてください」と言葉で示すだけではなく、そのことを介護を行う姿勢で示すことができることが真の技術です。

どうか、そうした本物の介護技術を追求する人になってください。どうぞ、そうやって介護を受ける人と、その人を愛する誰かの心を豊かにしてください。

私たちが求める、介護はそういうものであるべきではないかと思います。

そのように心から思うのです・・・。だから僕は、誰かのあかい花になるための実践論を探し続けるのです。
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信頼を失う介護には何が求められるか。


北海道のコロナ禍第8波はピークダウンの様相を呈しつつあるが、全国的にはまだピークに達していない地域が多いようだ。

そのような中で高齢者施設のクラスター感染は、12/5・0時までの直近1週間で723件となり、前週から48件増えた。増加はこれで7週連続となり第7波のピーク時に迫ってきている。

そのため面会制限が続けられている介護保険施設が多いが、社会の反応は必ずしも、「やむなし」というものだけではない。「家族を今施設にいれると、まともに会えなくなって可哀想」・「中に入れないだけに、どんな対応をしてもらっているのかわからなくて不安」という声も少なからず聴こえてくる。

このように外部の第3者の目が届きにくい介護施設でも、きちんと適切なケアサービスを提供できていることを証明しなければならない。サービスマナーの確立はそのための重要アイテムである。

そういう思いを込めて昨日、「陽だまり」という記事を書き、そこで道内西興部村の障害者支援施設における虐待事案も論評した。

しかしこの記事を書いている最中に、僕が住む登別市と隣接する白老町の老健施設での虐待報道が飛び込んできた。

白老町立介護老人保健施設「きたこぶし」で、複数の職員が入所者4人に対し、緊急性がないのに身動きしにくい介護衣を着せたり、四方を柵で囲んだベッドに寝かせたりする身体的虐待を加えた。さらに排せつ中の複数の入所者に「汚い」・「臭い」と暴言を浴びせたというニュースである。

さらにこの施設では、入所者2人の頭にたんこぶができているのを確認しており、「職員にたたかれた」と話しているという。おそらくこれも職員の暴力によるものだろう。
冬の一本松・美瑛町
続けざまに飛び込んでくる介護現場での虐待報道・・・世間はこのことを氷山の一角であり、隠された虐待がもっと多くあるのだと思うだろう。そして介護施設の多くが虐待と無縁ではないと思い込むのではないか・・・。

それは事実ではない。我々はそんな氷山ではないし、日常的に虐待を行っている施設が多数派ということでもない。しかしいくらそうはいっても、こうした虐待事案が月単位で見ると、必ずどこかで訪づされるという現実は、介護事業の信頼性を失わせることに繋がって仕方のない状態ともいえる。

この状態をどのようになくしていけばよいのだろう・・・。こうした虐待報道を受けて専門家と言われる人が、「原因は利用者軽視。もっと利用者に対する人権意識を高めて、尊厳を護るように意識改革せよ。」なんて評論しているが、言うは易し行うは難しである。

そんな評論などなんの役にも立たない。そもそも人権意識ばかり前面に出しても何も変わっていないことは歴史が証明している。人権意識を前面に出して、介護事業に携わる人間が人権を護る最前線に立っているような勘違いをさせるから、「施し」意識が抜けずに、上から目線で、「助けてやってる」的な対応がはびこるのである。

そうして介護支援者の心づもり一つで、何でもありの介護現場となり、簡単に利用者の行動制限を行う行為や、言葉による心理的虐待がなくならないのである。

人権意識も大事だが、その前にもっと意識させなければならないことがある。それは利用者はお客様であるという、「顧客意識」である。

我々の仕事は利用者がいることで成り立ち、利用者が居なくなれば運営費用も、我々の給与原資もどこからも入ってこないという、「ごく当たり前のこと」をしっかり意識し、お客様に対して失礼のない対応に終始するのが、対人援助のプロとして必要不可欠である。そういう意識をもっと強く意識させなければならない。

家族そのものにはなれない介護従事者が、介護支援の場で利用者に関わるときに求められる態度とは、家族と同じ遠慮ない態度ではなく、介護のプロとしての態度である。信頼のおける知識と技術に基づいた介護支援と接遇ができることである。

利用者によそよそしさを感じさせないように、タメ口を使い続けるような勘違いした職員がいなくなるように、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる職員教育を徹底することである。その教育になじまない職員は、介護の仕事に向かない人と判断して、別の職業を探してもらう覚悟も必要だ。

虐待防止のためには、「専門家や他施設の職員など外部に現場をチェックしてもらう仕組みが必要だ。」という意見もあるが、外部のチェックに頼るサービスの質は、外部のチェックが届かない場所に深く沈んで、闇を創る結果にしかならないことを知るべきだ。

このことに関しては、けっして妥協しないことが、利用者を護り、職場を護ることに繋がることを忘れてはならないのである。
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こもれび


病院という場所は、病を治すために行く場所だ。・・・だが、時としてその場所がそのまま死に場所になることもある。

患者にとって、それは人生の最期に過ごす場所が病院であったという意味にもなる。

しかしその場所が、死を目前にした患者やその家族にとって必ずしも温かい場所ではない場合がある。

その場所が患者にとって冷たければ冷たいほど、その患者の人生の豊かさが削り取られ、貧しい生き方に変えられていくのではないかと思う時がある。

患者は医療機関の中で病気を治すために様々なルールや制限を強いられ、治療のために医師や看護師の指示を護らねばならない。・・・それはやむを得ないことではあるが、その時に医師や看護師に、患者を思いやる姿勢が見られないとき、医師や看護師の指示の言葉は、そのまま患者の心をえぐる刃(やいば)になる。

病をいやす願いを込めて、そうした冷酷な言葉に耐えた先に、「」があるとすればなんと残酷なことだろう。

そんな実態があるからこそ、「あんな場所で、○○を死なせる結果になって悔しくて、哀しくて・・・。」・「なんで死を目前にした患者に、あんな冷たい態度をとるんだろうね」と嘆く遺族が存在する。

そんなつもりはないという言い訳は、ここでは一切通用しない。

そういう思いを抱かせてしまったという、その結果を受け止める必要があり、そういう結果をもたらした自らの態度を振り返って考える必要があるのではないだろうか。
メルヘンの丘
私たちが働く介護の場も、同じ状況を生み出す危険性がある場所だ。

他者への配慮、利用者へのいたわり、すべての人に対する慈しみの気持ち・・・それらが欠けたとき、私たちは知らず知らずのうちに人の心を殺す存在になってしまう。

だからこそ関係者には、「言葉に気をつけなさい」・「態度に気を付けなさい」と繰り返し警鐘を鳴らしている。

それは介護サービス利用者の心を、そんなつもりもなく殺してしまわないための警鐘だ。

自ら欲しない状況で、他者を深く傷つけてしまうという罪を犯さないための戒めである。

人の心はそれほど強いものではない。泰然自若としているように見える人でも、誰しもどこかに弱さを持っている。そうした人間であるからこそ、体と心が弱った状態のときは、いつも以上に心を配って温かい言葉を掛けなければならないと思う。

そもそも高齢者を子ども扱いするのが、親近感の表現と勘違いしている人が多すぎるのではないだろうか。

高齢者とか要介護者とかいう烙印を外して、一人の人間として個別化してほしい。尊厳を持つ一個の人間として見つめてほしいと思う。

介護サービスの割れ窓理論とか、サービスマナーとかを訴えると、言葉遣いにうるさすぎるという人がいるが、言葉遣いに気を遣わな過ぎて、利用者に向ける態度に緩すぎるのが医療と介護の実態である。

そのことがいかに多くの患者・利用者・その周囲の人々の心を傷つけ、場合によっては心を殺し、尊厳を奪ってきたのかという事実を見つめてほしい。

せめて自分自身は、他者に向かって刃となる言葉を投げつけるような支援者にはならないと考えてほしい。

それが対人援助という場で暮らしの糧を得ている者の、せめてもの責任ではないだろうか。
言霊
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虐待行為にグレーゾーンはありません


秋葉原UDX NEXTで行われる介護事業経営研究会、「C-MAS 全国大会2022」が、いよいよ来週金曜日(10/21)に迫っている。

僕も登壇し、「大胆予想・次期制度改正とこれからの介護事業」というテーマで講演を行う予定なので、まだ申し込みがお済みでない方は、是非文字リンク先からお申し込みいただきたい。

このブログの読者の皆様で東京の近くにお住いの皆様と、この機会に是非つながりあいたいものである。

さて、こんなふうにして全国様々な組織から講演依頼を頂くが、その際は当然のことながら講演テーマも依頼主からいただくとになる。

テーマの決定を手助けするツールとして、北海道介護福祉道場あかい花公式サイトで公開しているmasaの講演履歴と予定を紹介して、それを参考にしていただくことも多い。

勿論、そんなものを参考にするまでもなく、依頼主の方が主体的にテーマを示してくれることも多いし、僕のこのブログ等から、僕の考え方を聴きたいとして、このブログに書いている内容を指定されることもある。

そんなふうにテーマが決まってくるわけであるが、例えばサービスマナーというテーマを複数の講演主催者から同じように依頼されることがある。その場合同じテーマだからと言って、いつも使いまわしの講演スライドを使って話すのは、依頼主に対してあまりに失礼だと思う。

そのため講演受講者の属性等、様々な要素を加味して話す内容を変えているために、同じ講演スライドを複数の講演会場で使いまわすことは、ほぼないと言ってよい。

その時加味する要素の一つとして、講演主催者や受講予定者の方々の希望=「聴きたいこと」というものがある。そのためそうした希望がないかをあらかじめ問い合わせ、できるだけ希望に沿った講演内容にするように心がけている。

勿論、決まった時間内ですべての希望に応えることはできない場合もあるし、講演テーマとまったく関係のない希望を出されても、話がまとまらなくなって得るものがない講演となることもあり、希望に添えない点もあることを理解してもらいながら、受講者にとって最善の内容となるように、日々プロットづくりに励んでいるところだ。

さてそのような講演内容の希望の中に、先日、虐待防止のためのサービスマナー意識の向上に関連して、「虐待につながる前のグレーゾーンケアを効果的に抽出する方法について」という質問があった。

この質問に答えを出すとすれば、「虐待に関して言えば、グレーゾーンケアなんて存在せず、虐待したか・虐待ではないか、という白黒のはっきりした状態しか存在しない。」ということだ。
すすき
お客様である介護サービス利用者に対して、従業員が顧客対応としてふさわしい態度であるかどうかが問われており、ここにはグレーゾーンは存在しないからだ。

例えば、「言葉遣い」について今一度真剣に考えてほしい。

お客様にタメ口で対応する人たちの理屈は、「介護は人と人が向き合って暮らしの支援をする職業なのだから、あまり丁寧な態度にこだわり過ぎると、利用者に堅苦しさを感じさせることになる。」とか、「家族のように親しみを持ってもらわねばならないのだから、くだけた言葉遣いも必要である」といったものである。

しかしタメ口とは、年下の者が年長者に対等の話し方をすることを意味し、親しみを表現する言葉遣いではなく、顧客に対しては、「失礼な言葉遣い」である。

そうした言葉遣いを放置して従業員が顧客に接していた場合、顧客側から、「失礼な言葉遣いをされて傷ついた」と言われてしまえば、それは心意的虐待行為と認定されてしまうのだ。

家族そのものではない介護サービス従事者が、家族と同様のタメ口で利用者に接することで失礼と思われてしまえば、それだけで過失責任は生ずるのだ。ここにグレーゾーンは存在しない。

悪気がないから虐待・不適切行為に当たらないということも間違った考えだ。

虐待当事者に悪気がなくとも、行っている行為が不適切だと認められた場合、その結果利用者が精神的あるいは身体的に傷を負った責任は問われることになる。

だからこそ介護サービスの場では、顧客である利用者に対して、顧客対応としてふさわしい対応ができているかどうかが問題となり、必要最低限の顧客対応が取れるようにしておくことが最大のリスクマネージメントである。

繰り返しになるが、社会常識から考えて道義上問題ある対応の末、利用者が虐待であると訴え出た場合、すべてクロなのだ。逆に、利用者が虐待を訴えても、社会常識から考えて道義上問題ない行為の末の訴えであればシロとされるのである。クレーはないのだ。

よってサービスマナー研修などを定期的に行って、従業員にサービスマナー意識を植え付けて、常にその維持・向上を図らせる務めが、経営者や管理職に求められるのである。

ここをおざなりにした介護事業運営をしておれば、いつ足をすくわれる事態になってもおかしくない。

従業員の顧客に対する不適切対応や虐待が問題視され、社会の批判を浴び、事業経営の危機に陥るという事態は現実のものとなるだろう。

さて今日は午前中から看護学生に、「ターミナルケア」をレクチャーしている。この後15時まで講義は続く。
市立室蘭看護専門学院
将来僕らを看取ってくれるかもしれない学生に、本物のターミナルケアの在り方を伝えようと思っている。

特に人生の最終ステージを過ごす方々に、今わの際にまでマナーに欠けるタメ口で対応して、嫌な思いを引きずったままで、この世から去らせることがないように、日常からマナーを持った看護が大事であるということを・・・眉の上に手をかざして見つめる看護とは、サービスマナー精神にあふれた日常の看護対応によって、はじめて本物になるということを伝えてこようと思う。

白衣の天使になんてならなくてよいから、自分の中の大きな愛を、小さな仕事の中であふれさせることができる、「かんごびと」になってくれることを期待して、魂を込めて話してこよう・・・。
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組織風土を良くするには覚悟と根気と権限が必要です


介護事業者も様々な形態・規模・特徴がありますが、事業を続ける中でいろいろな色がついてきます。

そこには事業者独自の価値観や暗黙のルールなどが生まれてきます。それが組織風土と呼ばれるものです。それには良いものもあれば、悪いものもあるのです。

悪い組織風土に気が付いて変えようとする人が組織の中にいたとしても、組織内部の力だけでそれを変えるのは非常に困難です。変えようとする人に一体どんな権限や力があるかということが重要な問題となるからです。

一般的には、組織内で人事権を持った一定の権力のある人が本気で変えようと思わない限り、悪いとわかりきった組織風土であっても、変えることはできません。

あらたなリーダーを外部から連れてきて、「変えてください」と期待しても、そのリーダーに権限を何も与えず、かつ経営者や管理職が強力にそのリーダーを護ろうとしないとすれば、志がいくら高いリーダーでも、古くからの組織風土につぶされるのが落ちです。

結果、何も変わらないどころか、つぶされたリーダーが精神的に崩壊するという悲劇を創り出します。

本気で組織風土を変えようとするならば、変えるための旗振り役に強力な権限を与えて、そのことを職員全体に知らしめて、信賞必罰のルールを護り、できない職員には罰則を与えるという覚悟が必要です。

ただしそれを行ってもなおかつ、組織風土が良くなるには時間がかかることを理解せねばなりません。
原野にそびえる一本の木
改革には現場でリーダー役になる人がいることも重要ですが、現場のリーダーを荒野にそびえる一本の木のように放置せず、権限のある管理職がしっかり後方支援して支えることが必要になります。

そうした体制と覚悟がない限り、組織風土は決して変わることはありません。

そもそも内部情報は、外部情報を取り込んで初めて更新されるものなので、本気で組織風土を変えようと思うならば、外部の人の力を借りる必要も生じてきます。組織風土の改革をスピードアップしようとすれば、優れた外部指導者を取り込んで風を入れるという考え方も必要になります。

内部の職員同士という関係は、様々な葛藤が生ずる関係でもあります。「言っていることはわかるが、あいつの言いなりにはなりたくない」という感情が先走り、改革の足かせになることも多々あります。そこには内部の出世争いなど、様々な要素が生ずるからです。

だからこそ外部から風を吹かせる方策が求められます。同じことを言ったとしても、外部の有識者から言われると素直に聞くことができたり、心に響いたりすることは多いのです。

僕がサービスマナー講師として、特定の法人さんなどに招待を受けて講義をすることも、そうした意味をもつものです。

しかも僕の場合は実績があります。僕が経験してきた介護実践の場も決して優れた介護実践を行っていた施設ではありませんでした。むしろ素人が寄せ集められて、知識も技術もつたない状態の職員が多く、利用者に対する接遇意識にも欠ける態度の職員が多かったのです。

そこを改革し、北海道の片隅の田舎町で、どこよりも先進的に看取り介護を実践するなど、様々な介護実践の方法論を生み出してきました。そこで作成した看取り介護指針を、全国の介護施設や居住系施設が手本とするなど、外部に発信できる介護実践を行うまでになりました。

さらに介護事業において、サービスマナー意識などの概念さえない時期に、「介護サービスの割れ窓理論」を提唱し、言葉遣いをはじめとしたマナー意識の向上を訴えてきたのです。

僕はそのような歴史と事実を背負って、真実を伝えています。

そんなふうにフィクションの存在しない実践論を語ることができるのが、僕の講義に説得力を与えているのだと思います。ですから僕の講演や講義を聴いてくれた多くの方が、僕の言葉を心に刻んで、介護実践の場にその方法論を持ち帰って改革に努めようと気持ちを高揚させてくれます。

ただその気持ちを、僕の話を聴いていない人に同じように伝えるのが難しいのでしょう。ですからできれば職場単位で、職員全員が僕の話に耳を傾ける機会を作っていただければと思います。改革のテンションの高まりは、直接話を聴くことでより効果が挙がるのです。

またサービスマナー意識については、繰り返しその必要性を訴えて、定期的にその意識の低下がないようにチェックする必要があります。そうしないとマンネリズムは、マナーの低下に直結して、元の木阿弥になりかねないのです。

サービスマナー研修は、一度開催して終わりでは効果が薄くなります。繰り返し何度も、定期的に行ってください。勿論それをすべて外部講師に委ねる必要はありません。定期研修は管理職や実践リーダーを講師すればよいのです。講師役になる人は、誰よりもマナーある介護実践に努めなければ説得力がなくなりますので、自らの態度を正すという意味で、それは効果のある研修方法となります。

ただし前述したように、内部情報の更新は外部情報を取り入れて初めて有効なものになりますので、年に一度とか、2年に一度程度は、外部の有識者であり、実践者として成果を挙げている人を講師として招いて、外からの風を入れるようにしてください。

僕の場合は、全国どこでもお招きいただければ、いつでも飛んでいきますので、まずはメールでお気軽に連絡いただければと思います。メールは、北海道介護福祉道場あかい花の文字リンク先の右上の✉マークから送信してください。

必ず返信しますので、返信がない場合は何らかの障害で届いていないものと思って、サイトの上部のグレーの帯部分に書いてある方法で、連絡してみてください。

どうぞよろしくお願いいたします。
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自分の価値観とイメージの中でしか仕事ができない人は素人


最近できたばかりの介護型有料老人ホーム(特定施設)を訪ねる機会があった。勿論、見学ではなく仕事である。

最近の建物は非常に立派だ。設備調度品も高級感が漂っているが、それだけではない。

セキュリティもしっかりしていて、外部の人間が勝手に玄関ホールに入ることなんてできない。

だからこそ、訪問者の呼び出しに素早く対応するシステムがセットで充実している必要があると思うのだが、呼び出しコールスウィッチを押しても、誰も対応してくれずにオロオロしてしまうことがある。

施設内のどこにいてもコールに対応できる端末を持って歩けばそのような問題は起きないのだから、そうした配慮もきちんとしてほしいと思う。
スマート対応
そうしないと高セキュリティも意味がない。高機能の密室空間を作りたいのなら別な話であるが、介護事業者はそうなってはならないだろう。

サービスを提供する職員の意識も新たにしていかねばならない。

入所・居住系施設も団塊の世代の人々が利用者の中心層を占めるようになっている。その人たちは日本の高度経済成長期を支えてきた人々である。上下関係に厳しい姿勢を持つ人が多いその世代の人々は、サービス提供者の顧客に対する対応にも厳しい視点を持っている。

そうであるからこそ、サービス提供者の馴れ馴れしい無礼な態度に腹を立てたり、傷つく人も多いのである。

そういう意味からいえば、抗議の声を発することができない認知症の人、重度の身体障害を持つ人に対しては、より一層の配慮と注意が必要だ。

いつまでも幼児言葉で利用者に呼びかけることが、家庭的な雰囲気を作り出すという馬鹿げた価値観から抜け出せない人は、新しいシステムを完備した高品質空間には向かない古い体質の人として排除されていかなければならない。

新しい施設には、いろいろな前職の人が介護職員として集まってきているので、その価値観も様々だ。

しかし新しい場所で、新たな仕事を始める以上、自分の価値観は横に置いておいて、新たに所属した事業者の理念を受け入れ、その理念を実現するためのルールを護って業務にあたっていかねばならない。それができない人は、その場所に居てはならない人である。

個人の価値観と、勝手なルールの下で仕事をしたいというなら、自分で事業を起こすか、無法な職場を見つけるしかないことを肝に銘ずるべきである。

僕が訪ねた高機能で最新の有料老人ホームの中にも、いろいろな職員の姿が存在した。

家族対応が丁寧なのに、利用者対応はぞんざいな態度の人も居る。認知症でない人に丁寧語で対応しているのに、認知症のある人にはタメ口対応の人も混じっている。それらの人は無差別平等が原理原則となっている対人援助の場で、その原理原則を犯してふるまう、無法な姿になっている自分に気が付いていないのだろうか。

こういう人たちに、当該老人ホームの経営主体はどのような教育を行って、介護の場に身を置かせているのだろうかと少々疑問を持った。

経営アドバイスを求められた訪問調査であったので、後日問題点として歯に衣着せず指摘させていただいた。

そもそもサービスの品質を維持・向上させるためには、内部情報だけに頼ってはそれは実現しない。内部情報の更新だけで事を収めようとする場所は、惰性によって日常にマンネリズムと感覚麻痺を生み出す結果になるのである。

だからこそ僕に経営アドバイスを求めるなどして、外部情報を取り入れてそれを防ごうとしても、肝心の職員が外部の情報と波長を合わせられない感性のままではどうしようもない。

そうしないために事業主体は、就業時の雇用契約を結ぶ際に、職場の理念とルールを明確に伝え、それを護ることを仕事を続ける条件とする必要がある。

従業員はそれぞれ、長年生きてきた中で自分固有の価値観を持っていて当然だが、職場という社会集団に組み入れられて働く以上、自分の価値観が職場の理念やルールに優先することはないことを理解し、どうしても自分の価値観が職場の理念やルールと合致しない場合は、その職場に勤めないという選択をしなければならないのである。

どちらにしても、自分の価値観とイメージの中でしか身動きできない人は大人とは言えず、それもかなり幼稚で知性に欠ける人であるとしか言えない。

すべての介護従事者は、職場の理念とルールに波長を合わせられる知的な大人に成長してほしいものである。
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人に向かい合う職業であるという意味


私たちの仕事は、「対人援助」とも呼ばれ、様々なパーソナリティを持った人間に向かい合う職業だ。

介護保険サービスの場合は、その主な対象は65歳以上の1号被保険者の高齢者の方々である。よって多くの場合、自分より人生経験を重ねた顧客に対してサービス提供をしなければならないという意味になる。

だからこそ人生の先輩に対して失礼がないのと同時に、お客様に対して失礼な態度を取らないように、「サービスマナー」を身に着けて、適切な対応に心掛ける必要がある。

私たちは対人援助を通して生活の糧を得ているのだから、そこでは対人援助のプロ・介護のプロとしての態度に徹する必要があるのだ。

そこでは相手の最も喜ぶ態度で接しようなんて考えるより先に、相手に失礼がない態度に徹したうえで、おもてなしの心を忘れないことが大事である。

親しみやすさよりも礼儀正しさの方が、プロとして求められる態度なのだ。
誰かの花になる介護
なぜなら他人の気持ちなんて、神様でないとすべて理解することは不可能だからである。親しみやすい態度だと思って接したら、馴れ馴れしく失礼だとされることは良くあることだ。そうならないように、礼儀正しく接することこそが、対人援助のプロとして求められるのである。

ここを勘違いしている人間が多い。言葉や態度を崩すことが、親しみやすさだと勘違いしている輩も多いのが、介護事業従事者の特徴でもある。

その最大の理由は、長引く介護人材不足の影響で、募集に応募した人間を適正判断することなく、闇雲に採用してしまう介護事業者が多いからだろう。

そうした状況で、対人援助としての知性に欠ける頭の不自由な輩が、たくさん介護の仕事をしているのだ。

それと同時に、管理者管理職の中にも対人援助の本質がわかっていない頭の不自由な輩が数多く混じっており、そうした事業者ではトップに立つ人物が率先して、馴れ馴れしい無礼な態度で利用者の心を折ったり、傷つけたりするという状態が見られている。

しかしそんな状態を反省さえしない理由は、そうした傷つきやすい人の心というものを理解できないほど、その連中が知性と知識に欠けているからに他ならない・・・。

そんな恥ずべき存在にならないように、きちんとした知性を身に着けよう。サービスマナー意識は、その知性の一端を成すものである。

私たちは、仕事以外では決して向かい合うことはない他者の、最もプライベートな空間に踏み込んでいくのである。そこでは利用者が他人に見られたくない・知られたくない部分も全てさらけ出させているという側面があるのだ。

介護とはそうした宿命を持つ職業でもある。そうした職業に従事する者としての責任と使命を忘れてはならない。

利用者の心の奥深くまで、私たちの一つひとつの振る舞いが影響を与えていくのだということを決して忘れず、だからこそ人の心を傷つけたり、心を殺してしまう要素があるものをできるだけ排除しなければならないのである。

聖人君子や天使になる必要なんかないが、人生の先輩に対する敬意や、お客様に対してとるべき態度を忘れない人になる必要があるのだ。

このことを理解できない人は、介護事業に携わるべきではない。他者の暮らしに介入する仕事をすべきではないのである。
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「言葉狩り」批判に逃げる卑屈で頭の不自由な輩


介護業界には、対人援助のプロとしての態度に徹することができない「ど素人」が、でかい顔をして居座っているという事実がある。

そういう連中に限って自分勝手な屁理屈でしか動かず、人の意見にも耳を貸さず、都合の悪い考え方には批判に終始するだけの輩が多い。

労務管理なんていう言葉やその意味も知らずに、職場のルールさえも、「価値感の押しつけ」と無視して、自分勝手な考え方と行動しかできない輩がいる。しかしそんな輩の考えとは、知性にも欠け・知能指数もかなり低いレベルでの考え方でしかない。

そのためそれらの輩は、周囲から見ると滑稽極まりない姿でしかない。

対人援助場面で利用者に対する不適切な言葉遣いを直すことができない輩は、その典型例である。

18日に、「利用者を何と呼ぶべきかという問題」という記事を書いて、介護のプロは利用者を、「お父さん・お母さん」と呼んではいけないと書いた。

ところが、その意味を理解できない頭の不自由な輩が、「言葉狩り」だと批判している。

そのような低能者が、常に介護の現場から、「タメ口対応」をなくさせない元凶になっているのである。でかい態度のわりには、情けない知識しか持ってない連中が、でかい面をして跳梁跋扈している介護事業者が、「介護の常識は、世間の非常識」という状態を存在させ続けているわけである。

そもそも言葉狩り(ことばがり)とは、「不当な要求をして特定の言葉を遣わせないようにする事」である。

僕が書いた18日の記事は、「お父さん・お母さん」という言葉自体を遣わせないようにする呼びかけではなく、介護のプロが利用者に対して、業務中にそのように呼びかける態度を改めるように促すものだ。

だから僕の主張は単なる、「言葉狩り」とは言えないのである。

それさえも理解できない低能者が、言葉狩りの意味さえも十分に理解せずに批判しているのである。

それは正論に対して、論理的に反論するのではなく、感情的に悪口で返しているに過ぎない。こうした輩は建設的議論なんて一生できないのだろう。それはまるでガキの態度だ。

こういうガキが、介護業界から排除されなければ、いつまでたっても介護の職業は世間様からすべからく認められる職業にはならない。

利用者の暮らしに深く介入せざるを得ない対人援助職・介護職にとって、最も重要なスキルはコミュニケーションスキルである。その中でも自ら発する、「言葉の力」は重要である。
言霊
言葉の選択に注意を払っていかなければ、いたずらに人を傷つけかねないのが、介護という職業の宿命でもある。

言葉を大事にできない輩や、適切な言葉の選択や言葉遣いができない輩は、介護の仕事を続けるべきではないのである。一日も早く介護業界から退場して、私たちの目の届かない場所で別の仕事をしていただきたい。

コロナ禍をきっかけにして、世間はせっかく介護職をエッセンシャルワーカー(社会機能維持者)と認め始め、介護労働とは人々の生活にとって必要不可欠な労働であると言われ始めたのに、それも単なる建前とされてしまうことになり、本音では、「誰でもできる、同でも良い仕事が介護労働」と言われてしまいかねない。

それもこれも全て問題の本質を理解できない知能の低い人間のせいである。自分の態度を批判されたときに、それを改めようとする努力もせず、「言葉狩り」というピント外れな批判しかできない知性の欠片もない介護職員のせいなのである。

そういう輩を無視するのは簡単だが、その醜い姿や恥ずかしい言動を指摘してやることもある種の優しさだろう。

本当に僕はなんて人が好いのだろうか・・・。

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利用者を何と呼ぶべきかという問題


このブログでは何度も指摘しているが、介護サービス従事者と利用者の関係は、家族でもなければ、友だちでもない。

私たちが介護という職業で生活の糧を得ている限り、そのサービスを利用する方々はすべて顧客であることは間違いのないところだ。そのために私たちは、介護サービスという目に見えない商品を売る対人援助のプロとして利用者と接する必要があるのだ。

そして私たちと利用者の方々の関係性とは、「信頼関係を構築して、はじめて効果が発揮される関係」だという意識が必要とされる。

その信頼関係の構築のために、ことさら言葉を崩して、フレンドリーなふりをするのは下品で知恵のない人のする行為であることに一日も早く気が付いてほしい。

介護という職業を通じて、信頼関係を構築するためには、何より真摯な態度が必要である。よって言葉遣いも丁寧でなければならないのである。
信頼を得る呼び方
そうであれば、どんな風に利用者を呼んだらいいかという問題が出てくる。サービス利用者であり、顧客である方々を、ちゃん付けや、ニックネームで呼ぶなんてことは常識外れも甚だしいが、だからと言って「」を付けて呼ばなければならないのかと悩む人がいるかもしれない。

僕はかねてから、利用者への呼びかけは、「名字+敬称」が最もふさわしいと思っている。その際に、年上の顧客であればなおさらのこと、「○○様」と呼びかけなければならないとか、「様」が最もふさわしいことになるのだろうか・・・。

そもそも「さま」と「さん」はどう違うのだろう。・・・一般的には、「さま」はあらたまった時に使うのに対して、「さん」には「さま」と較べると、敬意だけではなく親しみの気持ちが含まれることになり、「さん」が「さま」より失礼な言葉という意味ではない。

むしろ「さん」は、最も一般的な敬称とされており、口頭でも文書でも使われ、どの場面でも用いることに違和感が少ない敬称である。

さま」より、「さん」という敬称が一段下というわけでもないし、「さま」に替えて、「さん」と呼びかけることは、一段下に相手を見下すことにもならないのである。

むしろ「さん」という敬称は、一定の距離がある相手や、初対面で自分との関係が量れない相手にも付けることができる敬称なのだから、介護サービス利用者に対しても、「○○さん」と呼びかけて問題ないだろうと思う。

ところで昨日西宮で行った、「介護職としての使命」という講演に際して、事前に主催者から次のような投げかけがあった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
関西だけかはわかりませんが、男性利用者を「お父さん」、女性利用者を「お母さん」と呼ぶことが非常に多いので、そこの指摘もよろしくお願いします。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
この呼びかけだけは絶対にしてはならないものである。

赤の他人から、「お父さん・お母さん」と呼ばれることに不快感を訴える人が多い現実は、「赤の他人 お父さん お母さん 呼ばれる」とネット検索すれば、それに対する不満や憤りの声があふれていることでも理解できるはずだ。

では年上の他人に、「お父さん」・「お母さん」と呼びかけることの問題は何なのだろうか?

高齢者の中には、「お父さん」や「お母さん」になりたくて、なれなかった人も少なくないのである。そうした人々は、赤の他人から「お父さん」や「お母さん」と呼びかけられるたびに、自分が親になれなかった悔しさや哀しさを思い出してしまうことになりかねない。

『私を、「お母さん」と呼ぶことができるのは、出征して戦地で亡くなった息子だけだ』と慟哭していたご婦人も居られた・・・。

勿論、そうした呼びかけに悪感情を持たない人も数多くいるのだろう。しかし僅かであっても、悪感情を持つ人がいるという現実がある以上、「お父さん」や「お母さん」という呼びかけ方は、人を傷つけかねないとして排除すべきである。

そもそも介護サービス従事者は、介護サービス利用者の氏名を知っているのだから、どこのだれかわからない人に声をかけるような方法をとるべきではないのだ。

きちんと名字に『さん』をつけるということが、「個別化」にもつながるといえるだろう。

様々な人生を歩んできた人々に、配慮のない声掛けで心を傷つけるというリスクを考えると、名字がわかっている利用者に対して、「お父さん」・「お母さん」と呼びかける必要性はゼロである。

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権限を持つ人間の責任の重大性


(株)マイナビが運営する、「メディカルサポネット」は、医療機関や保険薬局、介護施設向け経営・採用支援サイトである。

ここに、「菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 〜選ばれる介護事業所であり続けよ」という連載枠をとってもらい、毎月僕の書いた記事を掲載してもらっているが、第8回目となる今月のテーマは、「高齢者施設で発生する虐待の背景〜求められる経営者の覚悟とスタッフへのマナー教育の徹底〜」である。

過去にテレビや新聞で報道された介護事業者における虐待について、どのような虐待が何を原因として起こったかを解説したうえで、未然にそうした虐待や不適切ケアを防ぐために何が必要なのかを論じている。

それは過去にこのブログ記事でも何度も論じてきたことであるが、今回はこの時期に改めてそれをまとめて、わかりやすく解説したつもりである。4月に入職した新人さんが、仕事を覚えてシフト勤務にも入るというこの時期に、改めて全職員でそのことを確認する意味で読んでいただきたい。

どなたでも無料登録するだけで全文を読むことができるサイトなので、登録がまだお済みではない方は、さっそく登録したうえで、連載記事を読んでいただきたく思います。よろしくお願いします。

その連載記事にも書いたが、虐待を防いだり、虐待につながる不適切サービスの芽を摘むためには、施設経営者や権限を持つ管理職の覚悟が必要である。

介護職員などの中に、意識が高い職員や、志を持つ職員がいくらいても、それらの人たちが不適切な対応の芽を摘もうという努力にはおのずと限界がある。上に立つ人間の覚悟のない場所では、一握りの腐った職員のよどんだ悪心がじわじわと職場に広がり、腐ったミカンの方程式がごとく、全体を腐らせることになるのである。

介護経営者や、権限を持つ管理職の協力がないところで、職場環境なんて良い状態に保つことは難しいし、ましてやいったん乱れた職場環境を変られるわけはないのだ。

不適切ケアの芽を摘んだり、不適切な状態を良い方向に直すときには、腐ったミカンを排除する必要もある。それだけが唯一の手段であることも多い。そのためには職務権限が必要となる。それがない下々の職員にできることには限界があるのだ。

だからこそ志のある人で、現状を変えなければならないと思っている人には、その場所で自分が偉くなることが必要だと言い続けてきた。権限を得る地位に就くためにどうしたらよいかを考えることを勧めてきたのである。

だがどの職場にも経営者や、権限を持つ管理職は、「今現在も」存在しているのだ。本当はその人たちが介護の本質に気が付いてもらい、断固とした対策をとってもらうことが手っ取り早い方法であることも事実だ。

自分は経営の専門家であって介護は知らないから、そんなことは現場に任せているというのは経営責任を放棄している考え方だ。

自分が経営する事業の本質を知り、その目的を達するために指揮を執ることも経営責任である。

介護事業という公費運営の経営を担っているのだから、公費を得るための公的責任を果たすのも経営責任である。

介護事業は対人援助であり、対人援助とは支援を受けなければならない人の暮らしに深く介入し、その人が暮らしを営むために必要な手を差し伸べる仕事である。そのとき手を差し伸べた相手が、人として豊かな暮らしを送ることができているのかを見極めるという責任も生じてくるのだ。
人を愛しむ介護
支援の手が届いているにもかかわらず、悲しみや苦しみから逃れられない人の肩を抱き、愛を届けるのが本当の意味の介護事業なのである。

介護事業経営者は、職員がそうした態度をとるべく指揮する責任を持っているのだ。

そんな必要ないし、そんな行動はお金にならないと切り捨てる先には、果てしない荒野しか生まれないのである。私たちが就いている職業とは、そうした使命と責任を帯びた職業であると思うのである。

それが介護事業を経営するもの、経営者にかっわって介護サービスの前線で指揮を執るものの使命である。

介護事業者とは誰に言われなくとも、そうした思いを忘れずに経営したり、運営したりする職場ではないのか。

そうした介護事業の責任、そこに携わるすべての人間に与えられている使命について語る研修会があと1週間後に迫っている。

5月17日(火)19:00〜21:00、甲東ホール兵庫県西宮市)で行う講演、「介護職としての使命」((株)グローバルウォークグループ合同研修会)は、どなたでも参加可能なオープン講演である。

お近くの方で参加希望の方は、文字リンクをクリックして事前申し込みをしていただきたい。あなたの貴重な時間を無駄にしない、実務に生かすことができる話をします。介護職の方だけではなく、介護事業経営者の方や管理職の方にも是非聞いていただきたい講演である。

不適切サービスの芽を摘み虐待を防ぐというのは、介護事業経営において事業者が負う必要にある最も大きな責任だということも理解できると思う。

その責任を果たすために高い木の上から全体を見渡して支持する責任が経営者にあり、経営者の意を受けて現場で指揮棒を振る責任が管理職にあることを忘れてはならないのである。
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割れ窓理論が浸透している施設職員の表情


やっと春が来た感がある登別。外の気温もやっと春らしい温かさを感ずるようになり、家の近くの桜も芽吹いてきている。

この陽気に誘われ、寒さと道の悪さを理由に冬の間中断していたウオーキングを今週月曜から再開している。僕の家は登別と室蘭の境にあるため、ウオーキングコースは室蘭市が中心ということになるが、東室蘭と言われる地域・室蘭市中島中を歩いていると、満開に近い桜の木があった。
4/25の室蘭市の桜
今年の桜は、いつもの年より1週間ほど早い開花のようである。

この後、続々と登別・室蘭市内のエゾヤマザクラが満開となっていくことだろう。僕のインスタグラムには、しばらく桜だよりが載ることになりそうだ。興味のある方は、友達申請してそちらもご覧になっていただきたい。

さて話は替るが僕は現在、フリーランスとして講師業・作家業などを主たる仕事にしている。さらに介護事業者と顧問契約やコンサルタント契約を結んで、定期的に経営相談に応じたり、職員研修を担当したりしている。

そのため、この時期は新年度の事業経営に関わるコンサルタント業務などのために、契約を結んでいる介護事業者を訪ねて、そこで1日かけて業務を行うことも多い。

先日も1日がかりで近くの介護型有料老人ホーム(特定施設)にお邪魔して、コンサル業務を行ってきた。

この時期に、こんなふうに介護事業者を訪問して感じることは、教育・指導の違いによる職場風土の違いである。

昨日お邪魔した有料老人ホームは、今月からそこで働きだした新人職員の方々が、楽しそうに元気に働いておられた。僕がお邪魔した際にも、そうした職員が元気に挨拶してくれた。

それは極めて当たり前の状態といってよいのだが、介護事業者を訪ねた際に、来訪者の僕と出逢ってもまったく挨拶もなく、声もかけてくれないという職員がたくさんいる事業者もある。職場全体が挨拶を軽視して、教育もしていないのだろう。

往々にして、そうした挨拶ができない事業者の職員は、利用者対応も横柄だ。タメ口対応がそこかしこで行われており、サービスマナー教育なんか受けていないのだろうなと感ずる。

それに比べて先日お邪魔したところの職員は、僕のような外来者に対する応接が丁寧なだけではなく、利用者に対する応接も丁寧だ。タメ口対応なんて使われておらず、入職間もない若い職員が利用者に対して普通に、「かしこまりました」と応接している。

挨拶ができるという、ごく当たり前のことを徹底している事業者は労務管理が行き届いているということだろう。『たかが挨拶、されど挨拶』といってよいのだろうと思う。

それは礼儀の基本であり、職場では礼儀をもって上司や先輩、そして何よりお客様である利用者に接するのが当たり前であるという意識を持たないと、いずれ顧客から見放されるという事態に陥りかねない。

この時期に、相手を選ばずに丁寧な言葉が流暢に使えるのは、単にサービスマナー教育を受けているということだけではなく、その職場の風土として丁寧な顧客対応が当たり前になっており、8大接客用語も日常的に使われているという意味だろう。(参照:職場全体でサービスマナー向上に取り組んだ成果

新人教育を担当する職員のみならず、すべての職員の利用者対応・サービスマナーがお手本になっているからこそ、こうした短期間に丁寧な言葉遣いで、自然に顧客対応ができるようになっているのだと思う。

職場風土がいったんこのように整えられてしまえば、後輩は先輩の背中を見るだけで自然と育っていくのだから楽である。
介護サービスの割れ窓理論
ただし組織風土は、整えるのには時間がかかるが、崩れるのはあっという間である。

一部の職員のなれ合いを許したり、崩し言葉を少しでも認めてしまえば、せっかく整った組織風土はいとも簡単に崩壊してしまう。管理職の役割とは、そうした崩壊の予兆を察して、自らの職場のどこかに、割れ窓が生じていないかを探り、もし窓が割られていることに気がついたならば、できるだけ小さなひび割れのうちに、その窓を修繕しておくことである。

組織を護るために、「介護サービスの割れ窓理論」を理解し、それを決して忘れないようにしてほしい。
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正論が通り正義が勝ったことを寿ぎたい。


コロナ禍以降、僕の講演もオンラインが主流となっているが、その合間を縫って会場講演も行っている。

そこではオンライン講演にはない、「人との出会い」がある。そんな出会いが貴重なつながりになっていくことも多い。それは僕と受講者の間のこととは限らず、受講者同士のつながりにも結びつていく。だからこそ、そうした機会は必要不可欠であると思う。

昨年もある会場で僕の講演を聴いてくれた方が、「〇〇日の講演の内容が、まさに我職場でのタイムリーな内容でした。うちの話し?と。。。」とコメントを送っていただき、それが縁で現在でもSNSで友達としてつながっている。

その方は介護施設に勤めている方であるが、ある日職場内で職員による利用者への虐待行為を目にしたため、そのことを上司に報告したことがきっかけで、部署内の上司や同僚などからバッシングを受けているとのことだった。

その方から送られてきたメッセージには、『虐待をしたスタッフは退職になりましたが、報告した私と事件に巻き込まれた新人が形見の狭い思いです。』という憤りが書き綴られていた。

そのことについて僕は、昨年4月にこのブログの中で少しだけ触れている。「正論がまかり通る職場づくり」という記事の中で、「ある職場では、虐待事例を上司に報告した職員が、密告者としてやり玉にあがり、肩身の狭い思いをしているそうだ。」と書いた部分がそれである。

その方は上記の記事を読んで、「本当にありがとうございます。毎日、これでよいのか?私は間違っているのか?と、不安でした。が、元気をいただきました。戦えます。ラスボス(悪)に、倒されないように頑張ります。」というメッセージを送ってくださった。

その記事を書いてから約1年を経た先日、その方から再びメッセージが送られてきた。

それによると、虐待者の肩をもち告発者を馬鹿と罵った上司は降格異動となったそうである。その後、虐待の中心人物だった女性職員を初めとした虐待当事者は、体制の変化に着いていけず相次ぎ自主退職し、最後に一人残った要注意人物も4/1付で移動し厳しい監視下に入っているそうである。
頑張り続ける結果
虐待を告発し改善を訴えた方があきらめずに改善に向けて頑張ってきた結果が、職場を変えたのである。

もともとこの施設では、スタッフが利用者を叩いたり、利用者を調教するかのような言動が目立っていたそうである。利用者への暴言は当たり前で、移乗介助の際、利用者を放り投げるような行為が行われたり、不穏となった利用者に対して薬の頻用も目立っていたそうである。

そうした状況を上司に話しても、指導も改善もされずにいたため、虐待発覚後も当事者は、その状況を反省したり改善したりするのではなく、『夜勤やらないくせになにいってるんだ』『他部署の協力体制がないからだ』などと告発者を罵ったり、話をすり替えたりすることに終始している状態だったそうである。

その声につぶされそうになっているときに僕の講演を聴いて、「普段からの言葉づかい、態度すべてが虐待につながった。」ということを改めて認識し、その改善の取り組みをあきらめずに続けた結果が今日の改善状況を生んだのである。

世の中では、正論がまかり通らないことはしばしばみられることだし、正義が必ず勝つとも限らない。正義が権力に屈して惨敗することもあるし、悪を倒しても自らも倒れてしまうことがある。

しかしそうであるからといって最初からあきらめてしまえば、結局何も変わらないのである。

虐待の原因が、日ごろから従業員のサービスマナー精神の欠落によってタメ口をはじめとした汚い言葉遣いが横行し、態度が横柄になっていることではないかと感じていたが、僕の講演を聴いたことでそれが確信に変わり、それを改善するためには僕が講演で示した方向に職場全体を変えることだと確信したのだと思う。

介護支援に際しても、きちんと顧客対応意識をもって、お客様に使ってよい言葉遣いに改めるなど、サービスマナーを向上させるということを訴え続けてきた結果が、今日の職場改善につながったのである。

是非今後も、職場全体のサービスマナー意識を維持向上させ、志の高い人たちが働きやすい職場環境を護っていただきたいと思う。今度は、その職場内研修として僕を講師に招いていただければありがたい・・・なんて妄想もしている。
丁寧な言葉
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サービスマナーを確立するための唯一の方法


今週はもう年度末最後の週である。金曜日にはいよいよ新年度がスタートし、全国の介護事業者にもフレッシュな新入職員がたくさん入職してくることになる。

そのため何かと準備に忙し方が多いと思うが、金曜日の新入職員入社に向けた準備は整っているだろうか?

しかし一番大事な準備とは、入社式典・セレモニーの準備ではなく、人材教育の準備であることを忘れてはならない。

その中でも新人職員に入職初日からしっかりと介護事業におけるサービスマナー意識を植え付ける教育を行わねば、入社初日から新入職員が利用者に対して、タメ口で接するのが当たり前の職場になりかねない。

そんな職場で志の高い人材が育まれるわけはないのだ。そしてそんな職場では、「何でもあり」の機運の中で、「そんなつもりはなかった悪気はなかった」という不適切対応が横行する。

そこでは世間の常識は介護事業者の非常識という状態が生まれ、介護サービスの品質は向上しないどころか劣化の一途をたどらざるを得ない。

そこは働き甲斐のない職場に成り下がって終わりである。志の高い人ほどそんな職場で働きたいとは思わず、そこで働く人に介護という仕事の誇りや喜びなど生まれるわけがない。自分の職場がそんな働いて面白くもなんともない職場になってよいのだろうか・・・。

そうしないように、新人職員にサービスマナー意識を植え付けるために、現在いる職員が見本となるマナーを身につけるべく、今月は数多くの介護事業者を対象として、「介護事業におけるサービスマナー講演」を行ってきた。

そんな僕の講演を受講された方から、質問を受ける内容で一番多いものとは、「サービスマナーの重要性は分かったけれど、それをどのように実践して職場内に意識を浸透させることができるのか?」というものだ。

しかしこの質問に対する答えは難しい。全員が同じ熱量で同じ方向を向く方法論なんて存在しないからである。

サービスマナーのない職場で起こっている様々な不適切対応が、その職場のもたらした経営危機という事実を僕の講演によって知り、サービスマナーの大切さと、サービスマナーのある接遇の具体的方法を学んだのだから、あとはその職場でその方法を推し進める不断の努力の結果によるとしか言いようがない。

ただ一つ言えることは、サービスマナー確立は経営者や管理者が覚悟を決めて取り組まないと、全職員がそれに従うということにはならないということだ。サービスマナーをもって利用者に接するという方針をいったん決めたら、その規律を守るべく断固とした態度で臨むことだ。

そのためには、マナー意識に欠けるけれども仕事はできるという職員を放置していてはならないのである。そうした職員は職場の決め事・ルールを護っていないのだから、作業はできていても仕事はできていないと評価し、地位を下げたり給与を上げなかったりするという一方で、規律を護ってマナーに徹している職員は給与等で評価するという信賞必罰(しんしょうひつばつ)の原則を厳格に適用しなければならない。

同時にサービスマナー向上の旗振り役となるリーダーも、覚悟を決めて自分自身がマナーに欠ける態度を決してとらないようにしなければならない。

マナーを護って利用者に接するということ自体は決して難しい行為ではない。自分がやる気にさえなれば誰もができることであって、特別な知識や技術が必要となる事柄ではないからである。

難しいのは、自分がそうした態度をとっても、周囲の職員が全員一斉にその態度を真似るとは限らないということだ。自分がマナーある対応に徹しているにもかかわらず、周囲の職員すべてにその態度が浸透しないときに、自分自身がマナーある接遇に徹し続けることが最も困難なことなのである。

志を高く抱き、やる気があったリーダーが、周囲の無関心や不徹底に負けてあきらめてしまえば、そこに新たな光景は生まれなくなってしまうのだ。

職場で新たに掲げたビジョンや目標が達成されるには、それなりの時間がかかるのである。
介護サービスの割れ窓は言葉遣い
僕が、「介護サービスの割れ窓理論」を提唱し、利用者に対するタメ口をやめようと訴え始めた時期に、その意見に賛同する職員はごくごく少数派だった。

しかし自分自身が信念をもって、良かれと考えた利用者対応を続け、同時におかしな態度はその都度、そうした態度をとった職員に対して正すように正面から批判し続けたことで、僕の考え方に賛同する職員が増え、同時に職場内で僕の立場も上がっていった。

そうして権限も与えられるようになって、マナー意識に欠ける職員には職場を去る選択肢を与えたり、主要な業務から外すなど、時間と労力を掛けながらマナー意識の高い職員が働きやすく、マナー意識が欠如した職員が居ずらくなる職場が作られていったのである。その改革は少なくとも3年ほどの期間を要している。

その間に、僕が少しでもマナーに満ちた職場づくりをあきらめたとしたら、改革は実現しなかったことは間違いないだろう。そうした状況下では、能力とかセンス以上に、あきらめないで続けようとする忍耐力が必要だったのだと今にして思う。

そういう意味では、サービスマナーを確立するための唯一の方法とは、自分がサービスマナーに徹した対応を身に着け、それに徹し続けることではないかと思う。

だから・・・サービスマナー意識の向上を目指す人は、まず自分自身がマナーに徹したサービスを続けてほしい。それだけで少しだけ職場全体のマナーは向上すると信じて、一人一人職場内で仲間を作り、他の職員から信頼されて権限を持つ地位に就いてほしい。そうすればその権限基づいた指揮・命令によって、職が改革はより実効性が高まるのである。

当然そこでは、サービスマナー意識をもって利用者に接するという職場のルールと規律に反する職員を、何らかの形で介護の場から切り離さねばならない。

そういう荒療治も伴ってはじめて、職場改革は実現するのである。

このことは改革を実現した実践者である僕がいうことであり、事実に基づいて言い切っていることなので、ただ一つの真実である。
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割れ窓をふさぎ環境を整えるサービスマナー


今日午後4時から、「Livedoオンラインセミナー 〜虐待を未然に防ぐサービスマナー」を配信する予定になっている。

先週16日(水)の気紡海完結編である。受信申し込みしている方は、お忘れなく視聴していただきたい。(※ただし第1回目を含めて、受講予約した方には見逃し配信ありとされているのでそちらをご利用いただきたい。)

最近何度かこのブログで指摘しているが、新年度から入職してくる新卒者などが正しいサービスマナーを身に着けて、介護実践の場で利用者に適切な態度で向かい合うかどうかは、その見本となる先輩職員の介護実務に臨む姿勢にかかっている。

だからこそこの時期に新人の見本となる全職員の意識を高めておく必要がある。

新人の見本となる職員には是非、「介護サービスの割れ窓理論」を知っていただきたい。

一般的に使われる窓ガラスは割れるものだ。

窓ガラスが決して割れないようにすることは不可能なのである。だが窓ガラスは完全に割れ崩れていないのであれば、ひび割れを修繕することで元通りに戻すことができる。しかしひび割れを早めに修繕しないことには、ひび割れは必ず広がり窓ガラスは割れて修繕不能となる。そうした窓が増えていくと、建物全体が荒廃して廃墟になってしまうのである。
高齢者を馬鹿にしたタメ口対応
介護事業においては、介護サービスに携わる職員が日常的に利用者に相対する際の、「言葉遣い」こそがその割れ窓となるのである。

言葉の乱れを放置しておくことで、心の乱れや感覚麻痺が生まれ、「虐待したつもりはない」と言いながら、利用者の心を殺すひどい仕打ちに至る職員がいるのが、この国の介護事業の実態だ。

例えば利用者を、「〜さん」と呼んでいた特養で、ある一人の職員が特定の利用者を、「〜ちゃん」と呼び始めたことで、その職場では利用者をちゃん付けして呼ぶ職員が増え、ちゃん付けで呼ばれる利用者も増え、挙句の果ては利用者に対して、「お前」と呼ぶ職員まで出てきた。(参照:介護のプロとしての矜持を失わない人でいてほしい

そんなふうに言葉遣いの乱れによって、介護の場に割れ窓が広がり、職場環境もケア品質もどんどん低下していくのである。

今の時期に職員のマナー意識を高めておかない職場で、来月入職してくる職員がマナー意識を持つことができるわけがないのだ。そんな場所では、利用者を小ばかにしたような声掛けが横行することになる・・・あなたは、そんな職場で働き続けたいと思っているのだろうか・・・。

僕はそんな職場では働きたいと思わない。

貴方の職場を、マナーのない無法地帯にしないためにも今日のオンラインセミナーをはじめとした、僕のサービスマナー講演を、どこかの場所・いつかの機会に受講してほしい。

なお今回配信されているリブドゥコーポレーション・オンラインセミナーは今後も続く予定で、僕の配信予定は以下のようになっている。

8月17日(水) 13:30〜15:00 経営者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
 《介護現場の働き方改革と離職率削減

12月14日(水) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第1回《心の通うケアを目指して〜虐待防止のために求められる自己覚知
12月20日(火) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第2回《心の通うケアを目指して〜身体拘束廃止の取り組みと課題》 

3月13日(水) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第1回《生きるを支える看取りの介護実践〜基本の知識
3月28日(火) 14:00〜15:00 実務者向け 講師:菊地雅洋氏 見逃し配信あり
  第2回《生きるを支える看取りの介護実践〜心構えと具体策》 

現在申し込みはオンラインセミナー通年パック予約で行われているが、配信日が近づいたら、単発プランからの申し込みも可能となると思うので、ぜひ視聴してほしい。
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マナー低下の防波堤になるものとは・・・。


今日午後4から、螢螢屮疋ゥ魁璽櫂譟璽轡腑鷦膾泥ンラインセミナーとして、「〜虐待を未然に防ぐサービスマナー〜」をたーまとした60分講演を配信する予定になっている。

このオンライン講演は、来週水曜日(3/23)が第2回目となっており、今日と来週を合わせて一つの講演ということになっている。120分講演を60分×2回に分けて、受講しやすいようにしているという意味である。

既に申込者は100名を超え受付は終了しているが、螢螢屮疋ゥ魁璽櫂譟璽轡腑鷦膾泥ンラインセミナー令和4年度予定としては、8月に介護人材の離職防止、12月に虐待防止、来年3月には看取り介護をテーマに講演配信する予定になっているので、「令和4年度LiveDoオンラインセミナー」と、「講師紹介」をご覧いただき、是非お申し込みをしていただきたい。
サービスマナー講演スライド
さて本日の講演テーマ、「介護事業におけるサービスマナー」については、非常に重要なテーマであり、かつ喫緊(きっきん)の課題でもある。

なぜなら今月が終了すると新年度に変わるとともに、新卒者が数多く介護事業者に就職してくるからである。もうその時期は、わずか2週間先に迫っている。

社会人として最初のスタートを切るその人たちが、介護サービス利用者に対し真摯に向かい合って、真心を込めたおもてなしの精神をもって対応できるかどうかが、入職初日からの教育訓練にかかってくるわけである。

そこで指導者や見本となるべき先輩職員が、利用者に心無い対応をしていたとしたら、それを見て新人職員が、「ホスピタリティ精神」を持つことができるなんて言うことにはならない。

利用者に対して丁寧な対応、顧客対応としてふさわしいマナーを教え込むためには、見本となる今いる職員がマナーのある対応をしていなければならないのである。

そうなっているだろうか・・・。

残念ながら、「職員全員が見本となる姿で介護業務に従事している」と言い切れる職場が決して多くないのが介護事業者の実態だ。マナー意識の欠片もない対応が、「よそよそしくない対応で、親しみを持ってもらえる」と勘違いした程度の低い職員が多い状況が存在する。

そんな中では、マナー意識の高い新人は育たないし、護ることができなくなる恐れがある。

だからといって自分自身があきらめてしまっては何も変わらない。

僕は三十数年前に、介護事業者のマナー意識の改革の必要性に気が付いて、自分自身は決してお客様である、「介護サービス利用者」に対してタメ口を使わず、丁寧語を使うことを忘れないでおこうと決心して職場改革に取り組んできた。

当時、「寮母(りょうぼ)」といわれていた介護職員の中には、長年医療機関の付添婦として実務経験を積んできた人が数多くいて、そういう人たちは医療機関で培った介護技術は持っていたが、医療機関で行っていた、「タメ口対応」から抜け出せず、それらの抵抗勢力と戦ってきた歴史を経て、職場改革は実現したのである。

利用者対応の際に丁寧な言葉を使い、サービスマナー意識をもって、挨拶もしっかりできる職場づくりには数年の時間を費やす必要があったのだ。

その時に必要なモチベーションは、自分自身の信念は変えずに、自分がマナー低下の防波堤になろうという強い決意であった。
まごころケア
他人がどうあれ、自分自身はしっかりサービスマナー意識をもって利用者対応を行い、自分の姿を格好いいとか、美しいとか思う仲間を増やしていくことによって、職場全体を変えることが可能になるのである。

そうした対応が職場のスタンダードとなるためには時間がかかるし、その間あきらめない努力が必要なのだ。

丁寧な対応は、やる気になりさえすればできるし、あきらめさえしなければ続けられるのだ。そこには特別な才能は必要ない。誰でもできることである。

それをやり続け、自分自身がサービスマナー低下の歯止めになろうと考えることがまずは大事である。

どうかあなた自身が、その防波堤になってほしい。そして防波堤となる仲間を増やしていってほしい。

そこにきっと希望が生まれるであろうことを信じて・・・。
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勘違いした上司が多い介護業界


先日、面識のない人から突然メールが来て、上司から受けた指導内容についての質問を頂いた。

知り合いではない人からメール連絡を頂くこと自体は問題ないのであるが、ただし一人一人の抱く疑問の質問メールに、一つ一つ回答していては僕の時間が無くなってしまう。

そのためこのブログのリンクを貼っている、「介護福祉情報掲示板」のトップには、「※メールでの質問は、すべて答えることはできませんのでご遠慮ください。」という案内文を載せている。つまりは質問は個人メールで行うのではなく、掲示板で質問スレッドを立ててほしいという意味である。

そのため本来なら、今回送られてきた質問メールにも返信する必要はないのかなと思った。

しかし問いかけられている内容は、介護関係者にとって重要な問題を含んでおり、かねてからこのブログで再三アナウンスしている、「介護事業者におけるサービスマナー」に関連する問題でもあるので、ブログ記事としてその問題を取り上げて、回答として考え方を示すことは意味のあることではないかと考え直した。

そのためメール送信者には、「その上司の指導は間違っています。挨拶は簡潔化せず、丁寧が基本です。このことに関連して詳しくは月曜日に記事更新するブログに書きますので、そちらをご覧ください。」と返信メールを送った。

ということで今日の更新記事は、その質問への回答であるが、質問内容は以下の通りである。
---------------------------------------------------------
利用者さんへの説明は簡潔にしないと相手には伝わりにくいと上司から助言がありました。今後勉強するつもりでいます。ただ「お早う」「ご飯ね」「起きるよ」と言う言い方が引っかかるのです。
職員は「お早う」とあいさつ。それに対し90歳を過ぎた方が「お早うございます」と頭を下げる。
あるいは入ったばかりの方に「よろしくー」とあいさつをする。初対面なのにと心底驚いてしまいます。
認知症の方には言葉は端折るべきでしょうか。またまず気持ちで言葉は二の次でしょうか気持ちがあればそれで良いのでしょうか。
(※質問ここまで
---------------------------------------------------------
私たちが提供する介護サービスについて、利用者の方々やご家族に対して説明責任があるのは当然だ。相手が認知症の方であっても、すべての事柄の理解力がないわけではないので、理解できる部分は理解できるように、わかりやすく説明することは重要である。

その際、制度の内容等は非常に複雑で難しい問題であり、法令の字面だけをくどくどと説明するのでは、説明を受ける人が混乱するだけの結果に終わることも多い。

だからこそ私たちは、「対人援助の専門家」としてのコミュニケーションスキルを酷使して、利用者の方々に対して、「簡潔にわかりやすく説明を行う」ということは大事である。

しかし伝えるべきことを簡潔にわかりやすくするという意味は、略語を使って文章を短くすればよいということではない。むしろ略語は人によっては理解不能の伝わりにくい言葉になってしまうのだから、できるだけ使わないという考え方が求められる。

さらに簡潔にすることにこだわるあまり、大事な本旨が伝わらなければ、それは本末転倒でまったく意味のない行為になってしまう。

だからこそ説明の言葉を短くさえすればよいという勘違いをしないように注意しなければならない。説明を簡潔にわかりやすくすることは、説明すべき内容を私たち自身がよく理解して、そのうえでそぎ落として良い部分と、そうでない部分をしっかりと考え抜き、説明しなければならない要点を抽出して伝えることなのである。

ところがメールで質問を受けた内容とは、利用者に対して、「お早う」「ご飯ね」「起きるよ」言えという指導なんだから、それは説明を簡潔にしているのではなく、挨拶を略して短い言葉にしているだけである。それはあり得ない話である。
言葉は運命になる
そもそも簡潔にすべきは、説明する事柄であって、挨拶まで簡潔にする必要はないし、それはあってはならないことである。

挨拶」はコミュニケーションの基本であり、そこを簡潔にすることや簡略化することは、大事なコミュニケーションの始まりにおいて、相手に誤解や不快感を与えて、以後の意思疎通に支障をきたす恐れを生じさせる問題である。

相手が認知症の人であればなおさら、そのような略語の挨拶は不適切だ。認知機能の低下した人の場合、略した言葉の意味が分からなくなっている人が多いからである。

ましてや私たちが職場で相対する人々は、お客様であり、多くの場合年上の方々である。そのような方々に「お早う」「ご飯ね」「起きるよ」という言葉で相対することを強いる上司とは、コミュニケーションスキルの何たるかをわかっていない輩であり、利用者に対するサービスマナー意識の欠片もない人間である。

そういう人は対人援助の仕事において、人の上に立って何かを指導するという立場になってはならないのである。

こんなふうに勘違いしている輩、コミュニケーションスキルに欠けた人間が上司として職員に指導しているのが、介護事業の一つの実態である。こうした状況がなくならないから、介護事業関係者の民度は低いままである。

サービスマナー研修を一般職員に受講させる前に、こうした勘違いした上司のサービスマナー意識を改善する必要がある。

そうした意味でも、管理職・リーダーを対象とした、「サービスマナー研修」を定期的に実施する意味や重要性をもっと理解してほしいと思う。

なお改めてのお願いとして記しておくが、日ごろの業務で抱く疑問については、「介護福祉情報掲示板」の方にスレ建てして質問していただきたい。

どうぞよろしくお願いします。
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世間が介護事業に向ける不信の根はどこにあるのか


昨日の朝早くに登別を経って、愛媛県松山市にたどり着いた。羽田乗り継ぎだったので東京の雪予報が心配だったが、その影響も受けず予定通り到着でき、昨夜は大街道にあるホテルで1泊した。(※昨夜の「居酒屋ホテル一人飯・冬だし木いま枯れ枝」は、文字リンクをクリックして参照ください)

それにしても南国の夜明けは遅い。北海道は今の時期でも朝6時になればもう空は明るくなるが、松山はその時間は真っ暗である。1時間近く日の出の時間に差が出るのではないのだろうか。その分、日の入りの時間は遅くなり夜も遅くやってくるということだろう。

今朝は講演主催事務局のUさんが、8時過ぎにホテルまで迎えに来てくださり、久万高原町に9時過ぎに到着した。今は午前10時から午後5時までの間に、講演2時間+休憩2時間のまっ最中である。

このブログは、昼ご飯の後の午後の講義の前にアップしているが、この時間に更新記事をすべて書き上げることができるわけではない。そのため朝のうちにあらかたの内容を書いておき、今少し前にそれを仕上げてアップしたというわけである。

だから推敲どころか、十分確認もしない記事になっているので、言い回しが変な部分や誤字・脱字などがあるかもしれないが、それも愛嬌としてお見逃し願いたい。

さて本日、午前中はサービスマナー講演を行ったが、事前に事務局からコロナ禍における介護施設等の面会制限について、町民等から寄せられている声を送っていただいた。

オミクロン株の蔓延によって、クラスター感染が増加している介護施設は、一度緩和された面会制限を再度強化しているところが多いと思うが、それによって利用者や家族はどんな影響を受けて、どんな思いを持っているのだろうか。

久万高原町の地域包括支援センター等に届いている声としては、以下のようなものがあるそうだ。

・家族を今施設にいれると、まともに会えなくなって可哀想
・オンライン面会は高齢な親ではできない
・オンライン面会は人数が限られるし、対応してもらう職員さんにも気を遣うので頼みにくい
・中に入れないだけに、どんな対応をしてもらっているのかわからなくて不安


介護施設の関係者の方々は、「クラスター感染を防ぐためなのだから、面会制限は仕方がない」と開き直らずに、地域にこのような不安を感じている人が存在するという事実を認識する必要がある。

何より施設利用者が、家族と直接会うことができないという状態が、もう2年以上続いているということ自体が、異常な状態であることを認識しなければならない。

この状況で長期間、職員以外の外部の人間と合うことがかなわないまま亡くなってしまった人もいるのだ。それは当たり前だとは言えないし、仕方がないの一言で済ますことができる問題ではないように思う。

いずれ現在のコロナ対応は、必ず歴史的評価がされるだろう・・・。

どちらにしても、このように地域住民・利用者家族・居宅ケアマネなどから不安の声が挙がっている現状を認識するならば、第3者の目が届きにくい今だからこそ、密室化してしまっている介護施設や居住施設の中で、きちんと利用者の尊厳を護る対応をしていかねばならない。

少なくとも世間の人々から誤解を受ける対応があってはならない。

繰り返しを恐れずに書くが、第3者の目が届きにくい場所でも、きちんと適切なケアサービスを提供できていることを証明しなければならない。サービスマナーの確立はそのための重要アイテムである。

密室化された施設の中で、利用者の対するタメ口対応が当たり前になっている場所の職員は、タメ口が家庭的な対応だと勘違いしている。

しかしタメ口は目上の者が目下の者に対して使う失礼な言葉遣いでしかなく、少なくとも年上の、かつ顧客である利用者に親しみを表現する言葉遣いではない。
下品なお笑い芸人
知性の欠片もない下品なお笑い芸人のように、無礼でなれなれしい言葉遣いを親しみやすさと勘違いして、そうした態度を押し売りしてもしょうがないのである。

そもそもタメ口対応を改めようとしない場所の職員は、長期間家族とも親しい知人とも会えないまま亡くなっていく人を看取る時も、「タメ口対応」のままなのだろうか。

そこで亡くなる方々は、最期の瞬間、息を止めようとするときに、若い職員から馴れ馴れしい言葉で話しかけられたいと思っているのだろうか?タメ口で看取ってほしいと思う人がいったい何人いるのだろう?

仮に逝く方が寛大な心で許してくれるとしても、一緒に看取ろうとしている家族は不快な思いを持たないだろうか?他人である年下の職員が、ため口で言葉を掛ける姿を見て、親しみを感じる前に、無礼な馴れ馴れしさに不快感を持たないだろうか?

今特養で問題になっているのがこの問題だ。看取り介護対象者は、死期が迫っていることを周囲の人が認識しているのだから、普段面会に来たことがない遠い親戚もお別れに面会に来るのだ。その時、若い介護職員のあまりに失礼な言葉遣いに憤慨して、「どうしてこんなところで、ばあちゃんの最期の時間を削り取るの!!」と憤慨して、悲嘆感を持つ人もいるのだ。

介護のプロとは、コミュニケーション技術にもたけている必要がある。無礼で馴れ馴れしく、目上の人に対して失礼な言葉遣いしかできない人は、介護のプロとは呼べないのである。・・・いいや違う。そういう人間は介護の仕事をしてはならないのだ。早く辞めてくれ!!

私たちは介護のプロである。だからこそサービスマナー精神をしっかり身に着けて、丁寧な言葉を使いこなして、親愛感を伝えられる介護のプロを目指さないでどうするのだといいたい。

そんなことを伝えた午前の2時間であった。
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エッセンシャルワーカーとして求められる責任


介護サービス利用者の方々は、介護事業者にとって大切なお客様である・・・この論理を否定する人は、介護という仕事を通じて、対価(給料)を得てはならない。

ボランティアとして関わるなら別であるが、介護という行為で給与を得ている以上、介護サービスを利用する人はすべてお客様なのである。その理屈は誰も否定できない。

介護の仕事もサービス業であり、お客様に対して失礼のないように接することは、ごく当たり前の社会常識である。丁寧な言葉遣いや丁寧な態度を、「よそよそしい」とか、「親しまれない」という理屈で否定する人は単なるおバカさんである。

そもそも、「よそよそしくならないようにフレンドリーに接するため」という理屈で、顧客対応する人の言葉遣いが、「ため口」であるというおかしな状態になぜ気が付かないのだろう。

広辞苑でも何でもよいから、「ため口」という言葉の意味を辞書で引いて確認してみろと言いたい。

ため口とは、「目上の者が目下の者に対して使う言葉」であって、それはお客様を含め、目上の人に使うべき言葉ではないし、その言葉遣いが親しみやすさを表すこともないのである。

ため口の正しい意味を知っている人にとっては、ため口対応される状態とは、「人を馬鹿にした言葉遣い」で対応されているという意味でしかなく、失礼極まりない態度と映り、憤っているのだ。

それは決して顧客対応として許されてよい問題ではない。

こうした社会常識のない人が、たくさん介護を職業としているからこそ、介護事業におけるため口対応がなくならないのである。恥ずべきことである。

ところで今現在、巷では新型コロナウイルスのオミクロン株が爆発的に広がって、一時面会制限を緩めていた介護施設等でも、再び面会制限や外出制限が厳重に行われるようになっている。

世界的パンデミックという現在の状況を考えると、それはやむを得ないことであるといってよいとは思う。

しかし対人援助という仕事の、本来の目的は、人の尊厳と権利を護る仕事であることを決して忘れずに、制限をすることが私たちの権限であるという誤解をしないでほしい。

社会状況を鑑みてやむを得ず制限を行う場合であっても、その制限はできるだけ緩やかにできないかと知恵を絞る人が、「対人援助者」でなければならない。制限を当たり前と思わず、申し訳なく思う人が対人援助者でなければならないのである。

面会・外出制限で、ますます密室化する介護施設・居住系サービスは、外部の人の目が届きにくくなってくる。外部の人の声も入ってくなくなる。第3者の冷静な評価も届きにくくなっているのが現在の状態である。

だからこそなお一層のこと己を律して、利用者の方々の尊厳と権利を護る目を曇らせないようにしてほしい。

外部の人の目と耳が届かないからといって、職員の対応が乱暴になっていないかを確認してほしい。状況がどのように変わろうと、利用者の暮らしと心を護ることに変わりはなく、サービスマナーはその基盤となるのである。

コロナ対応下で介護従事者は、「社会機能維持者」(エッセンシャルワーカー)であるとして、濃厚接触者との待機期間が短縮されている。このことをご存じな方が多いだろう。

しかしそれは同時に、エッセンシャルワーカーとしての使命や責任を果たす必要があるとい意味でもある。
サービスマナー
その使命と責任を果たすべき人たちに、人権意識やサービスマナーの視点が欠けてしまえば、それは絵に描いた餅どころの騒ぎではなく、単なる「詐欺」であると言われても仕方がないと思う。

だからこそどうか言葉を正しく使いこなす人になってほしい。そして人に愛を届けるエッセンシャルワーカーとしての責任を果たしてほしい。そう切に願うのである・・・。
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介護事業にもサービスマナーが求められる理由


(株)マイナビが運営する介護の総合情報サイト、「メディカルサポネット」の僕の連載、「菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 〜選ばれる介護事業所であり続けよ〜」の新年第1弾が昨日アップされました。
激アツ!介護経営塾
第4回目のテーマは、「vol.4 介護事業におけるサービスマナー〜丁寧で真摯な対応が顧客と人材を呼び寄せる〜」です。

全文を読むには登録が必要ですが、料金はかからず無料で登録できます。僕以外の著名な先生方の貴重なコラムも読むことができますので、ぜひ登録してください。

さてサービスマナーについては、このブログでも何度も繰り返し僕の考え方を書いてきましたが、その中でも今回メディカルサポネットの連載で書いたことは、家庭的な雰囲気を感じてもらおうと言葉を崩すことがなぜ駄目なのかをわかりやすく解説したつもりです。

さらに、サービスマナー教育を行っても職場にマナー意識が浸透しない事業者の特徴と、そこでの大きな勘違いを指摘しています。我ながらわかりやすく解説できたと自負できるコラムになりましたので、是非参照していただきたいと思います。

介護に携わる職員の中には、良かれと思ってわざと態度を崩して、利用者の方々に接している人も多いと思います。その態度を良しと思う利用者がいたとしても、同じ態度を不快に思う利用者が同じ数だけいて、その人たちは不満をどこにもぶつけられずに壊れていくのです。

良い感情は表出しやすいし、見つけやすいけれど、悪い感情は隠れやすく、見つけにくいうことをしっかり理解せねばなりません。

マナーのある対応は、隠れて見つけられない悪い感情を生まないための防波堤です。言葉を正しく使いこなすコミュニケーションスキルは、介護サービスの品質を護る、「介護サービスの割れ窓理論」の根幹をなすものです。

サービスマナーを護って利用者対応できるようになるためには、たった一度きりのマナー研修を受けてもどうしようもありません。一度の研修で、全員がそれを理解して歩調をそろえることにはならないからです。

なんの動機づけも持たない人が、たまたまサービスマナー研修を受けたからと言って、それだけで思考や行動が変容するなんて言うことはあり得ないのです。

でも研修を受けた人の中で一人でも多く、「なるほど」と感じて、「やってみよう」と熱い思いを持つ人が増えていくことが大事なのです。

たった一度の研修では、歩調を合わせようとしない職員にジレンマを感じて、その思いも時間所経過とともに燃え尽きてしまうかもしれませんが、その思いが間違っていないことを確認するために、繰り返し定期的にマナー研修を行うことで、思いは継続できるのです。

そもそも時期に関係なく新人職員が入職する介護事業においては、新人職員にきちんとマナー教育を行って、介護の現場でOJTや実務に携わるという流れをつくらねば、姿勢としてマナーは身につかないのです。

新人教育としてマナー研修を必須とし、その際に新人以外の職員にもできるだけその研修受けるようにし。、できれば新人にマナー教育ができる人材を事業者内で育てることが大事になるのです。

そのようにしてサービスマナー教育が充実し、マナー意識が浸透した事業者では、日常の業務の中で、『利用者の方々にものを頼まれたら「わかりました」ではなく「かしこまりました」というのが当たり前ですよ。』という教育が普通に行われ、先輩たちが普通にそうした言葉を使いこなすようになるので、研修としてサービスマナー講演を受講する必要すらなくなります。

そうなれば利用者に対する丁寧で、心づかいがある対応が伝統化して、上司や同僚の汚らしい言葉遣いにイライラするというストレスもない状態で働くことができる職場環境になるのです。

僕がサービスマナー講師として、実際に教育を担当した事業者のいくつかは、既にそうした状態になって、僕の講義から卒業しているのです。そうならなきゃあ・・・。
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老健で5人が死傷した事件の初公判


最も安全で、安心できる暮らしの場でなければならない介護施設・・・。

しかし岐阜県高山市の介護老人保健施設「それいゆ」では、2017年7月末〜8月中旬までのわずか半月で5人が死傷するという、安全と安心が脅かされる状況が生じていた。

この状況は後に事故ではなく事件となっていったわけだが、そのことを覚えている関係者は多いのではないだろうか。

事件は同施設の認知症専門棟のある2階で起きたもので、入所者の女性=当時(87)=が折れた肋骨(ろっこつ)が肺に刺さるなどした外傷性血気胸で死亡するなど、80〜93歳の男女3人が死亡。他に当時90代の女性2人が肋骨骨折などで入院したというものだ。

本件については当初、施設を運営する医療法人同仁会の折茂(おりしげ)謙一理事長が記者会見で、死傷した5人について「当時80歳だった男性は病死か自然死、残り4人は事故」との見解を示していた。

しかし死亡状況に不審な点があるとして警察による捜査は継続され、その後2019年2月に捜査本部は、5人に異変が起きた全ての日にただ一人勤務していたとされ、既に退職していた小鳥剛被告(36)を逮捕した。

逮捕までの期間が長かった理由について捜査関係者は、「目撃者などの直接証拠が乏しく、事件か事故かの判断が難しかった」と述べているが、その困難性を裏付けるように事件性が疑われた5人のうち、立件されたのは2人にとどまっている。

しかも被告は逮捕から一貫して事件への関与を否定している。そのため証拠固めなどにも時間がかかたためか、起訴から2年以上という異例の長期に及んだ公判前整理手続きを経て最初の起訴から3年近く経った今月2日に、やっと岐阜地裁での初公判を迎えたのである。
それいゆ事件初公判
しかし今後の裁判も予断を許さないものである。

検察側は、被告が傷害致死の罪に問われている女性(87)の死因について、胸部を前から少なくとも3回、強く圧迫したことで折れたろっ骨が肺に刺さり、右肺には直径約3センチもの穴が開いていたことを詳述。「拳やボールのような鈍体が骨折部位に作用した。損傷は病気では生じない」。何者かが殴った可能性があると指摘した。

そのうえで暴行したのが被告だったとする「犯人性」については、施設の建物構造や立地から第三者が侵入して犯行に及んだ可能性を打ち消し、複数の職員の証言などから犯行可能な時間帯を特定した。さらに防犯カメラの映像解析や職員の勤務シフトから、居室で被害者と二人きりになれた人物を絞り込む中で、犯人を被告と断定する主張を組み立てた。

司法解剖を担当した男性解剖医は、検察側の証人として出廷し、「胸部に相当強い圧迫があった。体重を掛けるくらいの大きな力が必要」とし、事件性があると検察側の主張を裏付ける証言を行っている。

これに対して弁護側は、被害者2人の死傷について「決して暴行によるものではない」と事件性を否定。「2人は骨粗しょう症だった」とすることを根拠に、食堂や浴場への行き来が繰り返されることにより、もろくなった上半身の骨に負荷が掛かり続けて起きた不幸な事故だと主張した。

確かに骨粗しょう症の人の骨はもろく、ちょっとした圧迫で骨折に至ることは多いし、移乗介助の際に利用者の後ろ側から脇の下に手を入れて、肋骨部分を押さえて利用者を持ち上げると骨折に至ることは多い。

だからこそそうした移乗援助方法を取らないように、利用者の脇の下から手をまわした場合は、介助者は自身の腕を組んで、決して利用者の肋骨部分を押さえ付けないように注意をするわけである。

この施設ではそのような基本介護ができていなかったのであろうか・・・。そうであったとしても折れた肋骨が肺に刺さるなどの圧迫は、誤った移乗方法だけでは起きないように思える。そもそもわずか半月の間に、肋骨骨折する人が相次ぐなどは、単なる事故であって、そんな事故が偶然続いたとは考えにくい。

いったい真実はどこになるのだろうか・・・。

被告が全面否認している中で行われる、確たる証拠がない裁判の今後の行方を、介護関係者の多くの方が注目していると思われる。

それにしても・・・本件の状況の中で立件できなかったケースが3件もある。死亡した人ひとりと、けがを負ったふたりについては、いまだにその原因が特定されていないことになる。被害者及びその家族にとって、それは納得しがたいことのように思えてならない。

裁判の対象になっている2人の死亡者を含めて、被害にあった5名の方々は、まさか介護施設という場所で、そのような事件に自分がまきこまれるとは思っていなかっただろうし、被害者の家族の方々にとってもそれは、「青天の霹靂」であったろう。

虐待や暴行事件のない介護施設は良い施設ではなく、当たり前の施設である。少なくとも私たちは、介護の場で虐待や暴行事件が起きることは完全に防いでいかなければならないし、安全な介護の場にしようとするなら、正しい介護方法を貫いて、「もろくなった上半身の骨に負荷が掛かり続けて起きた不幸な事故」さえ起きない安全な介護施設を創っていかねばならない。

本事件の被告については、逮捕前から激昂性があるとか、利用者に不適切な言動が見られていたとの報道もされている。

それが事実かどうかは不明だが、本件のような事件が起こった場合、その場所で利用者に対して、「タメ口」で接している人間は、すべからく、「利用者対応がなってなかった」・「態度の悪さが目についた」と報道されることになる。

その点を踏まえたうえで、あらためて介護事業における職員のサービスマナー教育というものを考え直すべきではないかと思う。そのためには、「街を飾るイルミネーションのように輝くために」も参照いただきたい。

本件の関連報道として以下にユーチューブにアップされている報道動画を貼り付けておく。

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タメ口を放置しておく場所では心理的虐待のハードルは低くなる


11月23日に書いた、「GH虐待が発覚したむかわ町穂別の社会福祉法人の人権軽視」という記事で論評した虐待事案。

そこで日常的に行われていた介護職員による暴言は、北海道が「心理的虐待」と認め、運営指導を行った。

このことについて表の掲示板の当該虐待の情報提供したスレッドでは、「ネイトさん」という方が、「心理的虐待だけでも重大事案と扱ってほしい 」とコメントしてくれた。

まったくその通りと思う。貴重なコメントに感謝申し上げたい。

心に負った傷は目に見えないだけに、その傷をずっと負ったまま癒されることなく見逃され、苦しみ続けている人も多いのである。

むかわ町のケースでは認知症という症状のある人が、特定職員の介護を拒むという状態になってしまっている。

短期記憶や見当識の障害が出やすい認知症の人にとって、個人の顔や名前を憶えて特定するということは一番苦手な行為である。そういう人たちが、「介護を受けるのは嫌だ」と思う人間を特定するということは、感情の記憶が残りやすいという特性をもってしても説明が難しい問題だ。(参照:感情の記憶は認知症の人にも残ります

それだけ嫌な思いを繰り返し体験させられ、心に深い傷を負っているという意味ではないのだろうか。

そうした状態を放置して、具体的改善策を取っていなかったグループホーム及び母体法人の責任は重い。

ここで改めて考えてほしいことがある。虐待行為と認定されたのは、「暴言」であったということに注目してほしいのだ。

暴言とは、「相手の立場や考えを無視した無礼な言葉。」を意味する。すると顧客であり、人生の先輩でもある介護サービス利用者の方々に、サービス提供者である介護事業者の従業員が、「タメ口」対応することは暴言とは言えないのだろうか。

タメ口とは、年下の者が年長者に対等の話し方をすることであり、もともと不良少年の隠語として使われていた言葉である。そのような意味等を考えると、お客様に対してタメ口を使うことも、「相手の立場を無視した無礼な言葉」でしかないと言えるのではないだろうか。

そうした無礼な言葉を使うことを、家庭的な雰囲気を伝えるためとか、堅ぐるしさをなくすためとか、様々な理屈をつけて辞めようとしない輩が多い。しかしそれは丁寧な言葉を使いこなして、親しみや優しさを伝えることができないコミュニケーション能力の欠如した人間の屁理屈に過ぎず、言い訳に過ぎないのである。

このブログで何度も指摘しているように、顧客に対してタメ口で接している職業は、保険・医療・福祉・介護業界だけである。他の職業ではあり得ない非常識を放置しているから、感覚麻痺による心理的虐待もなくならないのではないだろうか。

虐待のあった、むかわ町のグループホーム「みのり」の職員は、普段利用者に対してどのような言葉遣いで接していたのだろう。そして虐待が明らかとなり改善指導を受けた今、職員はグループホームの中で利用者にどのような言葉遣いで接しているのだろう。

どちらにしても、「タメ口対応」を放置して改善しようとしない事業所では、むかわ町の虐待事例のような問題がいつ引き起こされてもおかしくない。

利用者は顧客であるという正しい認識を職員に浸透させ、お客様に接するに当たって失礼のない態度、お客様に使ってよい言葉遣いの浸透を図らないと、行政指導の対象となるだけではなく、世間からバッシングを浴びて、経営が続けられなくなる恐れさえあるのだ。

あと半年もしないうちに新年度を迎え、たくさんの新入職員を迎え入れなければならない。その時、初めて介護の仕事に就く人たちに、正しい顧客対応を教えることができるように、今いる職員が正しい顧客対応ができるようにしなければならない。

そういう意味で、タメ口対応が行われている介護事業者は、危機感をもってその状態を変えなければならない。その時、口を酸っぱくして注意しても、なかなか言葉遣いを直せない職員がいるとしたら、言うことを聴かないとあきらめるのではなく、介護実務から外すという覚悟も必要だ。

むかわ町の事案では、GH施設長が虐待発覚後に、「言葉が荒いことを注意していたが、指摘直後はおさまっても時間がたつと言葉遣いが再び荒くなった」と恥ずかしい言い訳をしている。

それではダメなのだ。注意を聴かない職員に罰則も与えずに、そのまま職務に就かせていることは、管理責任と労務管理の放棄でしかない。そんな管理職であってはならないのである。
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他人の気持ちを常に正しく理解できる人はいません


利用者の置かれた状況に応じて、「言葉の掛け方」を変えているという人がいる。

対人援助に携わっている専門家として、相手や相手の置かれた状況に応じて、言葉遣いや対応の方法を使い分けているという人もいる。

本当にそんなことができるのだろうか?

そういう人は、自分以外の誰かが今何を考えているのか、どのような心持なのか、常に正しく理解できるとでもいうのだろうか。

哀しい気持ちを隠して笑顔でいる人や、恥ずかしさを隠そうとしてひょうきんにふるまう人の、心のひだをすべて読み取ることができるとでもいうのだろうか。

相手の置かれた状況やその時々の気持ちを正確に推し量る能力を、自分が持ってると信じられる根拠はどこにあるのだろう。自信過剰としか思えない・・・。

利用者の内面を理解しようとすることは大事だが、私たちは全能の神ではない。相手の考えている事をすべて読み取ることなんてできないのだ。

対人援助の場で利用者に真摯に関って、利用者に信頼を寄せてもらおうとすることは重要かつ不可欠な態度であるが、その結果がすべて思い通りになるとは限らない。

介護サービスを必要とされる方々は様々なパーソナリティを持った人たちである。生活歴・家族関係もそれぞれ異なった人たちが胸に抱える思いは千差万別だ。その思いを全て正確に把握・理解することはどんな専門家も不可能だ。

自分が受け入れられていると感じていても、ままならない事情で利用者が心に見えない壁を作っていることもある。そしてその壁に気づかれないように取り繕ってふるまう人もいるのだ。

利用者にも事情がある。思いがある。感情があるのだ。

自分の行動や発言が誤解されていると思うことがあるという経験は誰でも持っているだろう。しかしそれはあなたの本意ではないとしても、誤解している人にとっては唯一の真実なのである。

そういう誤解や理解不足は、人間関係上排除できないものであり、対人援助の専門家であれば、そのことが常に援助過程に付きまとうことを想定したうえで支援行為に当たるというのが、プロとしての正しい姿勢である。

自分の言動がすべて利用者に受け入れられるとか、自分が誰よりも利用者の気持ちを理解できるとか、そうした自惚れは捨て去らねばならないのだ。

だからこそ、相手の心を傷つけることなく、できるだけ誤解を受けないように、最低限のサービスマナーを持って接するということは、サービスの質を担保するうえでも必要不可欠なことなのである。

言葉を崩して接することを受け入れてくれる利用者がいたとしても、そのような対応を喜ぶ利用者が存在したとしても、崩した言葉で心を殺されたり、心に傷をつけられたり、憤ったりする人が一人でも存在すれば、それは対人援助の専門家として許されない対応方法だと考えるべきだ。

私たちは個人のプライベート空間に深く介入し、利用者が他人に見せたくない・聴かせたくない・感じさせたくない恥ずかしい部分まで、さらけ出させて支援行為を展開する職種なのだから、利用者の心に負担をかけず、護ることを何よりも優先させなければならない。

マナーのない行為は、その態度を揺るがせる一番のリスク要因だ。

全能の神ではない、間違いの多い人間であるからこそ、対人援助の場では、利用者に対してサービスマナーを持った態度に終始することが即ち、真摯に接することであるという理解が必要だ。

そういう真摯さがない人間は、対人援助サービスの場に居てはならないのである。
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柔らかな笑顔と言葉のキャッチボールが見られる場所


つい先日まで関西の某県に、1週間滞在していた。

その際に感じたことであるが、食ブログの方にも書いたように、ホテルの宿泊料が非常に下落して安くなっている。旅先に居ることが多い僕にとってはそのことはありがたいことだ。

ただ1週間も同じホテルに滞在していると、従業員の方とも親しくなるので、その方々のことを考えると心苦しい思いにもなる。やはり適正価格というものは存在するんだろうから、そこまで戻る社会になってほしいものだと、つくづく思う。

それはさておき、同じホテルにそのように長く滞在していたのには理由がある。

数年前からサービスマナー研修講師として関わっている介護施設にお邪魔して、日勤者と同じ勤務時間内で一緒に行動させていただいていたからである。

その施設の基本サービスをチェックする役目を仰せつかっていたためである。

チェックといっても、厳しく上から目線であらさがしをする目的ではなく、今年のサービスマナー研修に備えて、職員の習熟度や基本サービスの在り方を確認し、気が付いた点を、この法人のサービス向上委員会の参考資料として提出するという目的を遂げるための仕事で、コンサル活動の一環というべき請負業務であった。

そのような外部の目を入れる方法を取り入れ、サービスの品質向上にもお金をかけている法人だから、この施設の現状のサービスの質は低くない。利用者対応もしっかりできているし、基本的な介護技術もできている。

当該施設はユニホームのない職場であるが、服装が自由化されているからと言って、職場にふさわしくない服装の職員はいない。華美になり過ぎず、清潔感のある服装で対応されているので、その部分の常識は皆持っているということだろう。しっかりした人間教育のたまものと言えそうだ。

介護施設のサービスの品質や介護レベルは、利用者の身だしなみが整えられているかどうかを見るとよくわかるが、この施設の利用者で身だしなみが乱れている人は見つからないし、整髪もきちんとできている。目やにがついたままの顔で、ホールの出ているような入所者もいない。

寝巻と日中着の着替えも、当たり前のようにできている。先日、「着たきり雀を正当化する劣悪ケアを許すな」という記事を書いて、着替えの支援を行わないことを正当化する屁理屈を批判したが、その記事に対して盛んにいちゃもんをつけてくる馬鹿がいた。当該記事で指摘した施設関係者と思しき人物の暴言でしかないが、僕のコンサル先の職員にはそのような知性と見識の低い介護職員は皆無である。

このように毎日の着替えなんて当たり前にできている施設はたくさんあるのだ。できないことの屁理屈を声高らかに主張する低能な介護職ばかりではないのだ。

このような施設に、あんまり指摘することもない。

しかし何もしないというわけにはいかないので、いくつかの改善すべき点を示すことは行ってきた。

しかしそれとて、仙骨座りになっている人がいて、正しい座位への修正と座位保持の方法を教えたり、車いすから家具椅子に移乗してもらって食事をした方が良い方について指導したり、歩行介助する際に、介助を受ける方がもっと歩きやすくなる、「コツ」を示したりする程度だ。

コツと言っても大したことではなく、意外と知られていないが、介助する人とされる人の、踏み出す足が左右逆だと、介助を受けている人は歩きづらくなる。

人は歩く際に踏み出す足の側にわずかに体が傾くのだ。それは骨盤の位置が移動するためであり、そのため利用者の左側で介助している職員が、利用者が右足を踏み出しているのに、介護者が左足を踏み出すと、両者の間隔は最も遠くなり、その逆に利用者が左足を踏み出し、介助者が右足を踏み出した際は、両者の間隔は最も縮まってしまう。(※利用者の右側について介助する場合は、その真逆の状態)

これを防ぐためには、両者の目に見えない距離感が変化しないように、出す足を同じ側の足とすることが必要になる。と・・・この程度の指導でしかない。

それに加えて、ホールに居る人が誰も見ていないテレビがつけっぱなしであったので、「あの音は騒音にしかならないので、誰も見ていないテレビは消しましょう」というくらいがせいぜいの指摘事項である。

ということで暇を持て余すほどなので、この施設の介護マニュアル目を通して、実際の新人教育等に使えるマニュアルになっているかなどをチェックした。

読んでみると回りくどい文章や、説明文が逆に介護の方法論を混乱させている部分などがあって、もっとシンプルにわかりやすくまとめる必要がある部分が多かった。ここは手を入れようと思い経ち、滞在中にすべて更新することができた。

介護主任からは、「やっと手に取って使えるマニュアルになった」と言われ、職員の皆様には、「これなら繰り返し読むのもさほど面倒ではない」と好評を博して嬉しかった。

どちらにしてもこの施設は職員が利用者に笑顔で丁寧に接しているので、利用者の表情も豊かに見えた。その利用者の豊かな表情を見ることで、職員の皆さんの介護労働に対するモチベーションが維持されているのだと思う。

しかしその基盤となっているのは、絶え間なく続けられている人材育成教育だ。僕のような外部講師を何人も呼んで定期指導を受けている状況は感心するしかない。

組織風土はよくなっていくのには時間がかかるが、悪化するのはあっという間なので、こうした不断の努力を続けないと、頂点から転がり落ちるのも早いし、その着地点はとんでもないところになりかねない。

ただサービスマナーに関して言えば、一旦その徹底が図られている場所では、そうした態度や言葉遣いが、ごく自然な態度として意識せずに護られているので、この部分に関して言えば、指導者の教育意識がなくとも、自然に新人もそうした態度や言葉遣いを身に着けていく状態になっている。

ここは強みである。そうした文化をすべての介護事業者が創ってほしい。すべての職場がそうした環境になることを目指してほしいものだ。
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失礼だという恨みの深さとネット法廷の怖さ


先週起きた二つの事件から、深く考えされられた問題があった。

まず一つは、「プライド」の問題である。

東京都港区の東京メトロ白金高輪駅で男性会社員(22)に硫酸とみられる液体をかけたとして、傷害容疑で静岡市の大学生・花森弘卓容疑者(25)が逮捕された事件では、被害にあった男性が、事件のきっかけになったと思われるトラブルについて事情聴取の中で、「タメ口が原因」と供述しているというのである。

報道によると、花森容疑者はかつて琉球大農学部に在籍し、映画サークルで被害者である男性と一緒だったそうであるが、男性は「数人でいた時に花森容疑者にタメ口を使ったら『自分が年上なのに、タメ口はおかしい』と怒られた」と説明している。花森容疑者は男性より1年早く入学したが、2年生になって入ったサークルでは同期だった。

サークルで同期と言っても、学年では容疑者が1年上なのだから、タメ口で話しかけられて気分を害すること自体はわからない感情ではない。しかしそれがずっと何年も尾を引いて恨みとして残り、犯行に結び付くというのは常人には理解できないことだ。

本当にこのことが事件の動機になったのかは疑問が残るが、被害者が唯一トラブル原因として記憶している事柄が、「タメ口」によるトラブルなのだから、容疑者は我々の想像以上に、そのことに根深い恨みを抱いて、その恨みを一方的に募らせた末の犯行であったのかもしれない。

現代っ子と言ってよい、22歳と25歳の間のトラブルにおいても、年齢差・人生の先輩後輩・礼儀ということが問題になっていることを考えると、戦後生まれの方が多くなったとはいえ、介護サービス利用者の多くは、儒教道徳の影響を色濃く受けており、長幼の序を重んずることを考えなければならない。

若い介護職員が親しみやすさのつもりで日常的に、「タメ口」で接することは苦々しく思っている高齢者はたくさんいるし、そのことに傷ついて悔しがっている人も多いことを、介護関係者は心に刻むべきである。・・・そのことがまず一つ。

もう一つは、相変わらずなくならない介護事業者の虐待に開いた口がふさがらないのと同時に、世間がそのことに思った以上に憤慨し、糾弾の狼煙をあげていることの怖さについてである。

先週金曜日に報道された事件は、山口県周南市の高齢者入所施設で起きたもので、施設長である片岡加寿子容疑者(60)が、入所者の目や口に粘着テープを貼ったとして、暴行の疑いで逮捕されるという施設長として、介護関係者としてあるまじき恥ずべき行為が行われていたというものだ。

行為そのものが驚くほど常軌を逸したものであるが、おそらくこうした暴行は、日常的に何らかの、「罰則・行動制限」として行われていたのではないだろうか。

容疑者は犯行を認めているとのことで、その行為はいかなる誹りを受けても仕方のないものであるが、この報道がネット上に流されてから2時間も経たないうちに、容疑者の顔写真や自宅を探し当てようとする情報サイトが立ち上がっているという恐ろしいことが行われているのだ。
容疑者をさらすサイト
※報道数時間後にネット上に立ち上がったサイト。

容疑者の顔写真やSNSアカウントを探すサイトが立ち上がったことをきっかけに、それとは別に容疑者を徹底的にたたく掲示板が立ち上げられ、そこでは当該事業所のサイトに容疑者画像は掲載されていないか等々、憶測も交えて様々な情報がたれ流されている状態である。

そこに参加している匿名のネット住民は、みんな清廉潔白な人ではないと思うのだが、事件の糾弾の論調については全員が正義は我にありという論調で、犯人を厳しく糾弾している。

それは繰り返される介護事業者の虐待報道にいら立っての論調だけとは言えないように思え、そこには事件を糾弾する意見を煽って、個人攻撃の炎を燃え盛らせて愉しむことを目的化したような書き込みも多くみられる。

そこはまるでネットの世界が法廷と化し、弁護人のいない被告に対して参加者全員でその罪を糾弾し、罵詈雑言を浴びせて人格攻撃を行い、その状態が果てることがないかのような状態だ。

その罵詈雑言は容疑者のみならず、容疑者が所属していた介護事業者のありとあらゆるものに向けられてゆく。そのことにも限りがない・・・。容疑者が行った行為は恥ずべき蛮行とはいえ、このようにして、容疑者をさらしものにして攻撃し続ける状態は恐ろしいことであると思えてくる。

だがこうした風潮を嘆いても始まらない。ネット社会とは、こうしたことが普通に行われるものなのだということをしっかり認識しなければならない。そして介護事業者のリスクマネジメントも、そうした風潮をも含めて考えていかねばならない。

二つの事件を考え併せると、職員が日常的にタメ口で人生の先輩に接している介護事業者のリスクマネジメントは、なっていないことを改めて認識しなければならない。顧客にタメ口対応しかできないことがネット社会で糾弾されたときに、その事業者の経営者や管理職・リーダー職などは、糾弾される対象になることを自覚して改革に努めていかねばならない。

そういう意味で介護事業経営者や管理職の皆さんに、改めて考えてもらいたいことがある。

従業員がマナーのない顧客対応を行っていることが即ち不適切とされるという問題意識を持っているだろうか。

あなたの所属する介護事業者は、世間から誤解を受けるような対応が全くないと自信を持って言えるだろうか。

それとともに、自分に管理責任のある場の従業員が、利用者に不適切対応をしたことによって、自分が報道関係者の前で、「お詫び」の会見を開き、頭を下げる姿を想像してみてほしい。そうなるとしたら、あなたが会見場で糾弾されながら質問に答える姿を見て、あなたの家族が泣くことになるかもしれないのだ。

そんなことが決してないと言い切れる職場を今のうちに創っておく必要があるということだ。

そのためにはまずあなた自身が、顧客である介護サービス利用者に対し、マナーのある接し方を行うことができる人になる必要がある。
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外国人従業員の態度でわかる事業者民度


東京や大阪等の大きな都市のコンビニで、外国人従業員がレジ打ちしていないお店を探すのは難しい。

それほど接客業に就く外国人は増えているし、むしろ外国人の方々が24時間営業を支えていると言ってよい状態だ。

それらの方々は日本語も堪能で、レジ対応以外でも、客が尋ねたことに対して丁寧に応えてくれる人が多い。

それは外国人を雇用してもサービスの質が落ちないよう、雇用主体がきちんと教育している結果だろう。接客方法はマニュアル化できるので、そのマニュアルに基づいた教育が行き届いている証拠だ。

しかもそのマニュアルは、お客様に対して失礼のない対応を求めている内容となっており、接客マナーを重視しているために、それをきちんと受け入れて護りながら働いている外国人の方々は、ごく自然に接遇意識を高めて、マニュアルに無い客の問いかけにも丁寧に応えてくれるようになる。

マニュアル化できない「接遇意識」も、接客マナーが浸透すればごく自然に身につくという証拠だ。ホスピタリティー精神というものは、こうした積み重ねによって生まれてくるのである。

介護業界でも外国人は貴重な戦力となっており、年々その数も増加している。

例えば、「特定技能」により日本で介護の仕事に就労する外国人の数が、今年3月時点で去年の30倍の1705人となっており、介護福祉士養成校の生徒の3割以上を外国人留学生が占めるなど、今後もその数は増加していくものと思われる。

しかしそれらの外国人介護従事者と、コンビニで働く外国人定員の決定的な違いは、「口の利き方」である。

コンビニ店員の外国人従業員が丁寧語を使いこなしているのに比べると、介護事業者で外国人の「口の利き方」には閉口することが多いのである。「タメ口」対応が当たり前になっている外国人介護従事者がいかに多いことか。

コンビニの外国人店員は、学生アルバイトであることが多いのに、その人たちが使いこなす丁寧な日本語を、正職員として雇用されている外国人介護従事者が使いこなせないという事実は、いかに介護業界の教育スキル・教育レベルが低いのかという証明でもある。

介護福祉士養成校や特定技能取得の過程で、日本語を丁寧語を基本にして覚えた外国人が、介護サービスの現場で日本人介護従事者が日常的に使っている、品のないタメ口を真似するようになって。その口調がスタンダードとなっているのだ。

そこでは無礼で馴れ馴れしい言葉が影響して、丁寧な態度は消えてなくなるし、ましてや接遇意識・ホスピタリティ精神など生まれるわけがないのである。

「民度」とは、ある集団の平均的な知的水準、教育水準、文化水準、マナー、行動様式などの成熟度の程度を指す言葉であるが、コンビニ定員である外国人の言葉遣いと、介護事業者で働く外国人の言葉遣いを比較して考えると、介護業界の民度の低さが目につくのである。

それは「恥の文化」そのものである。

さすれば今後も増え続ける介護事業者で働く外国人労働者が、その所属事業者の中で、どのように顧客対応ができているのか、お客様である利用者に対して、どのような言葉遣いで対応できているのかを知ることで、その介護事業者の民度が測れるというものだ。

介護サービスの顧客の中心層となる、「団塊の世代」の方々は、ネットの口コミ情報として、外国人労働者の対応ぶりをチェックしながら、自分が利用する介護事業者を選択するということも現実的になってくる。

丁寧語で日本語を覚えた外国人の口の利き方が乱れていくのは、決して進化ではなく堕落だということを、すべての介護関係者が知るべきである。

そういう民度の低い介護事業者の未来は、決して明るくないし、手に入る対価もそれなりにしかならないだろう。だから従業員の待遇も、それなりのものにしかならないのである。
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通所介護に吹きはじめた風を掴むために


通所介護に新しい追い風が吹き始めている。

来年から団塊の世代が75歳に達するようになり、後期高齢者数が爆発的に増えていくが、それは在宅で生活する軽介護者の増加と一致する。

その人たちが必要する介護サービスは、身体機能を衰えさせないように、心身が活性化できるサービスである。

疾患後遺症の治療としてのリハビリテーションではなく、健康保持のための機能訓練ニーズも高まってくる。

そのためこのところ通所介護を利用する人が増えている。

それが証拠に、通所介護事業所数が増え続ける中で、過当競争となり顧客確保が困難となっていた地域でも、新規利用の顧客が増えて定員が埋まったという事業所が少なくない。待機者が増えて定員の増加を考慮している通所介護経営者の声も聴こえてくるようになった。

少なくとも今後3年間は、その上昇カーブが続くことは間違いない。定員規模を増やして、経営基盤を強化することも可能となるだろう。

しかしここからが通所介護事業の正念場である。

最速で次期制度改正の際には、軽介護者の通所介護の地域支援事業化という逆風が吹き荒れることを忘れてはならない。

国は2020年度から一般会計予算において、インセンティブ交付金を400億円と増やし(2019年度の倍)、この交付金を「一般介護予防事業」の「通いの場」の拡充とリンクさせて、その確保を図っている。

さらに本年4月から第1号事業(総合事業)の対象者について、「要支援」から「要介護」になっても、それまで受けていた総合事業の利用が継続できるように見直した。これによって要介護認定を受けても、市町村の総合事業である通所型サービス(第1号通所事業)を継続利用する人が増えることが予測される。

要介護1の認定を受けた人が、介護給付の通所介護を利用せず、通所型サービス(第1号通所事業)を利用し続けるということは、それが本人の希望の結果とはいっても、事実上要介護1の対象者の一部の人たちが、通所介護の介護給付除外を受けていることと同じと言える。

2024年の制度改正に向けて、このような準備が着々と進んでおり、市町村の通いの場が充足したと判断されれば、24年から要介護1と2の通所介護は市町村事業に移行させられていくのである。

勿論その際も経過措置期間はあるだろうし、現行のように通所介護事業所が市町村から通所型サービス(第1号通所事業)の委託を受けてサービスを継続することは可能だろう。しかし経過措置は最大で3年間だろうし、給付費単価は今よりずっと下げられることは間違いないところだ。

そうであればその時に、単価の安い市町村の委託偉業を受けながら経営を続けられるように、委託サービス利用者を今以上に数多く受け入れられるようにすることや、要介護3以上の方のサービスも充実を図って、事業が急に萎まないようにしなければならない。

顧客確保に困らないことに胡坐をかいて、経営努力を怠る先には荒野が待っている。利用者の急激な減少という荒波に呑まれ、一気に倒産という憂き目にあう通所介護事業所も少なくないだろう。

そうならないように今からしておくことは何だろう。まずは今通所介護に通っている人、これから新規に受け入れる人のハートをがっちりと掴んでおくことだ。

サービス利用者の中心層は、「団塊の世代」の人々に移っていることを自覚して、その人たちの特徴やニーズに沿ったサービス提供が必要だ。

団塊の世代の人たちは、日本の経済成長の中心にいた人たちであり、上下関係に厳しく、権利意識も強い人たちだ。しかもPCや携帯電話は当たり前に利用しているし、スマホやタブレットを使いこなしている人も少なくないという世代だ。

通所介護の評判もSNSで確認したり、ラインで情報交換することが当たり前になってくる。

顧客に対して、「タメ口」で接することを簡単に許してくれる世代ではないのである。

だからこそ、利用者が増えている今、しっかりと職員にサービスマナー意識を植え付けて、顧客の口コミで顧客が増えていくという流れをつくらねばならない。

サービスメニューも、スマホやタブレットを利用した新たな展開を図っていかねばならない。(参照:地域住民から選ばれる通所介護のサービスメニュー

近い将来には、通所介護の対象者が要介護3以上となることを見越して、重度の人たちを数多く受け入れられるように、職員の知識や技術も高めていかねばならない。

通所リハビリから通所介護への移行が促進されるという風も掴んでいく必要があり、それを見越して通所リハビリ事業所との連携も視野に入れておく必要がある。(参照:通所リハビリの新経営戦略

しなければならないことはたくさんあるが、まずは職員のサービスマナー意識を向上させて、接遇ができる事業所を創り、それを基盤に顧客に対するホスピタリティ意識を高めることである。

それは必ず団塊の世代の人々のハートをつかみ、地域での評判と結びつき、状況がどう変化しても顧客確保に困らず、事業経営に支障をきたさないことにつながっていくだろう。

逆に言えば、職員にサービスマナー意識を植え付けないままで、サービスメニューをいくら工夫し増やしたところで、それは底の浅い対策と言わざるを得ず、荒波の前には何の役にも立たないだろう。

まずは定期的なサービスマナー研修をしっかり実行することが大事だ。そこから始めよう。
追い風を掴め
どうかこの追い風をしっかりつかんで、明るい未来につなげてほしい。
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達人しかできない方法論は意味がない


仕事をするうえで、従業員がお客様に対して失礼がないように気を使うのは、至極当然なことである。そのために言葉遣いや、態度、服装などに気を付けうことも至極当然のことである。

ところが医療・福祉・介護業界では、そのことに疑問を持つ人が大勢いたりする。

あまり丁寧に接すると、よそよそしく思われるのではないかとか、他人行儀ではないかと思っている人が、そこかしこに存在する。

特に介護施設の職員の中には、施設とは利用者にとって暮らしの場であるのだから、家庭のような雰囲気が必要であり、あまり丁寧な対応は肩が凝るといいつつ、馴れ馴れしく無礼な態度に終始する職員も少なくない。

そのような人たちは、自分が介護という職業を通して生活の糧を得ている意味を解っていないとしか言えない。職業として介護業務に従事している責任を理解していない、プロ意識のない人たちである。

家庭的=家庭ではないのである。利用者がリラックスして、過ごすことのできる空間が家庭的なのである。そこは利用者の尊厳や権利がしっかり護られて、心地よく過ごすことができる場所を意味する。

家庭のような温かさを持った介護サービスとは、ぞんざいな言葉遣いで、馴れ馴れしく接する状態をいうのではない。家族がごく普通に家族に人間愛を抱いているように、他人である介護従事者が、愛情を持って温かく利用者に接することをいうのである。

しかしその愛情の寄せ方も、介護のプロとしての姿勢を基盤にするものでなければならない。利用者を可愛いと思うのが、愛情を寄せるという意味ではない。(参照:人間尊重の価値前提を学ぶことができる介護事業にしよう。

家族という遠慮のない関係だからこそ通用する、「タメ口」は、介護のプロとして利用者に温かく接する方法としては不適切極まりない言葉遣いでしかない。なぜなら私たちは、介護サービス利用者の家族にはなれないからだ。

利用者と介護従事者の関係性が、家族の関係性と同じになることはあり得ないのである。

だからこそ介護従事者は、家族とは一段違った立ち位置から利用者に接する態度が求められているのである。

その時に必要とされるのは、誰からも不快に思われない礼儀ある態度である。そうした礼儀のある態度で接してなおかつ、その態度がよそよそしいと思われるとしたら、それは礼儀ある態度を使いこなしておらず、ぎこちなさを前面に出してしまっているという意味でしかなく、それは介護のプロに徹して、正しいコミュニケーションが取れないという意味である。

それは介護従事者に最も必要とされるコミュニケーションスキルの欠落という重大な問題で、そういう人は介護の仕事に向かないので、さっさと別な職業を探した方がよいのだ。

TPOに合わせた態度や言葉遣いを取ることができるとうそぶく輩も信用ならない。それは利用者の置かれた状況やその気持ちを常に正しく察することができるという意味になるが、人間にそのような能力はない。相手の心を読めない限り、それは神業の領域だ。

そんなありもしない能力を求めるよりも、プロ意識をしっかりと持って、温かく接するためのマナー意識を持つことの方がよほど簡単である。利用者に対し礼儀を持って接してなおかつ、よそよそしさを感じさせないプロ技術を得ることに務める方が、より現実的方法なのである。

このことを理解できない輩に、介護の仕事の使命や真髄なんて、一生見つけられるわけがないのである。
大切な人を護る介護
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癒せない心の痛手を与えることがない介護


昨日発出されたQ&A(Vol.7)は読んで笑うしかない。

問1の経過措置を運営規定にどう定めるかなど、過去においても行われてきたごくごく当たり前のことを告知しているに過ぎないし、問2の9月までの上乗せ分の請求方法に至っては、『「令和3年9月30日までの上乗せ分」の計算方法について』を読めばわかることで、現場ではすべて解決済みの今更必要のない解釈である。

この時期にあえて出す必要もない2問のみの疑義解釈通知をあえて発出した意味は、クラスター感染で事務が滞っている批判をかわすためであろうか・・・。お手盛りのQ&Aを出してお茶を濁しているに過ぎないことは明らかだ。

それにしても通所サービスが求める入浴介助加算兇竜慎漸鮗瓩浪浸になるのか・・・。浴室要件など微妙な対応をしている事業者は、とりあえず4月は単位の低い気了残蠅砲箸匹瓩討いた方が良いということになるかもしれない・・・。自粛破りの宴会の影響は、思った以上に長く尾を引くことになったものだ。恥ずべき厚生労働行政と言ってよいのではないだろうか・・・。

しかし人の振り見て我が振り直せと言う諺もあるので、介護事業者は監督官庁のそのような恥ずかしい姿を笑っていないで、自らの襟を正し、利用者に対して恥ずかしくないサービス提供に心がけたいものだ。

特に新人教育真っ最中の今だからこそ、介護サービスの品質を高め、デリカシーに欠ける職員の言動に利用者が傷つくことがないように、介護事業所の職員すべてにサービスマナー意識を植え付ける取り組みが欠かせない。

作詞家の故・阿久悠さんが書き、沢田研二さんが歌った、「時の過ぎゆくままに」には、「体の傷なら なおせるけれど.、心の痛手は 癒せはしない」という一節があるが、対人援助に携わる私たちは、私たちが手を差し伸べている利用者の方々が、私たちの言動で癒すことのできない心の傷を負わないように、常に注意を払う必要があるのだ。

志の高い事業者は、そのことに積極的に取り組んでいる。

先週金曜日の午後も、大阪の介護事業者の職場内研修として、「サービスマナー講演」をオンラインを通じて行った。
サービスマナー講演
この事業者は、もともとサービスマナー意識の高い事業者であると言ってよいが、新年度のスタートから半月を経たこの時期に、いよいよ本格的なOJTに取り掛かることもあり、その時に改めて介護のプロとして、利用者にサービスマナーを忘れない対応を行うことの重要性を認識してもらおうということだろうと思う。それは極めて重要なことである。

横柄な態度、無礼な言葉遣いは、しばしば人権侵害につながる問題を引き起こしている。しかしその中には利用者への態度を丁寧にすることを、「利用者によそよそしさを感じさせる」・「家庭的ではない」という理由で否定してしまう人がいる。

しかし私たちは家族ではないし、介護サービスはインフォーマル支援ではないのである。介護という行為で生活の糧を得ているプロフェッショナルの仕事として、丁寧な言葉や態度で、なおかつ親しみを持たれるサービス提供が求められていることを忘れてはならない。

言葉や態度を崩して接することがフレンドリーな態度だと感違いしている人は、しばしばデリカシーに欠ける無礼な態度で、利用者の心を傷つけてしまうことがある。悪気はなくても心に痛手を与えたとき、「そんなつもりはなかった」という言い訳は、なんの免罪符にもならない。

相手によって、相手の置かれた状況に応じて言葉を使い分けているという人がいるが、利用者の置かれた状況を常に正しく把握できるという神業の持ち主は果たしているのだろうか?相手の置かれた状況に応じて言葉遣いを変えられる人は、相手の気持ちが常にわかる神のような能力を持っているとでもいうのか?

しかしマナーがある丁寧な言葉は、使い分ける必要がないのである。そして丁寧な言葉遣いで利用者に接することは誰しもが、やろうと思えばできることなのだ。

相手から誤解されない対応の基盤となるのが、「サービスマナー」なのだということをしっかり自覚してほしい。

なおサービスマナーについては、来月札幌コンベンションセンターで無料講演を行う予定がある。ブティックス(株) 主催のCareTEX札幌というセミナーの中で、5月19日(水)14時から15時の予定で、「介護事業の明暗を分けるサービスマナー 〜介護業界にはびこる誤解とリスク〜」をテーマに60分話させていただく予定だ。誰でも無料参加できるが、事前申し込みが必要なので、文字に張り付いたリンク先からお申込みいただきたい。

そして今日の記事の締めとして、すべての介護事業関係者に送りたい言葉がある。その言葉とは・・・。

どうぞ、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる人でいてください。
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新入社員に見せられるものは矜持か恥か


早いもので今日で3月も終わりである。介護事業者にとってこの日は年度替わりの最終日で、明日は新年度初日を迎えるとともに、それは新運営基準と新報酬適用の初日ともなる。

そして何より重要となる点は、新年度に入る明日は、多くの介護事業者で新しく入職する職員が初出勤となり、各地で入社式が行われる日でもあるということだ。

初仕事の日を迎える新人の中には、社会人として初めてのスタートラインに立つ人も居れば、他の職業から転職してきた人も居るだろう。正式入社の前に実習と称して既に実務に入っている人や、全く初めて新たな職場で実務に就く人も居るのかもしれない。

しかし区切りは大切で、時間と空間・心と体の区切りという意味で、新年度初日に厳粛な入社式を行うということは大事なことではないかと思う。

そのとき、希望や不安が入り混じった思いを抱える新入職員に何を伝えられるかで、その職場の将来が左右されてくるのだということを、介護事業経営者や管理者・管理職は自覚してほしい。

希望を使命感と誇りにつなげ、不安を夢のある目標に変えるためには何が必要なのかを考えてほしい。

当該事業者職員としての規律ある姿勢が、職場の中では求められることだけではなく、対人援助という職業は誰かの暮らしに深く介入する仕事あるからこそ、そこでは利用者の尊厳を護る配慮が求められることを入社式ではしっかり伝えてほしい。経営者や管理職の思いが伝わる入社式にしてほしい。

そして新人を将来の人財として育てるためには何が必要かを真剣に考えて、そのためのプログラムを構築してほしい。

就業初日から、先輩職員に金魚の糞のようについて回らせ、先輩の行ってきた仕事の手順だけを覚えさせような行為をOJTと勘違いして行わせるようなことがないようにしてほしい。そうした方法では正しい介護技術は伝わらないのである。

就業規則や職場の様々なルール、年金や保険といったものの手続きをレクチャーすることも必要だろうが、介護に必要な基礎知識や基礎技術は、まず座学で伝えなければならない。そうした基礎知識をレクチャーする期間をきちんと設けてほしい。そこで見聞きした方法を実践の場で、計画的に学ぶのがOJTである。座学による耳学問を身に着けて、その知識を基礎として実務の場で耳学問を試すのがOJTである。正しい知識や技術は、「見て覚えろ」では伝わらないことを理解しなければならない。

そして介護事業者における様々な実務に入る前に、正しい接客・接遇方法を理解させることを忘れないでほしい。介護事業という職業を通して人を幸せにする前に、人を不幸にしない方法論を理解させたうえで、新入職員に利用者対応させるようにしてほしい。

これを重要視する事業者と、おざなりにする事業者では貴重な人材が張り付き、定着する割合に大きな違いが出てくる。介護の職業における使命や誇りを伝えることなく、接客の仕方も伝えぬまま、先輩のしぐさを見て覚えさせる職場に良い人材が集まったり、定着したりするわけがないのだ。

何より将来、「人財」となり得るスキルの持ち主は、利用者対応が機械的で流れ作業のようになり、乱暴でマナーの欠片もない状態にストレスを感じて、そこから逃げ出してしまうのである。そのことを経営危機であると自覚する必要がある。

新入職員は最初、右も左もわからずに、先輩の指導についていくだけで精いっぱいだろう。しかしそこでしっかりその職場や職員を見て評価しているのだ。介護ってこんな程度の仕事をしておればよい職業なんだと思ってしまう新人に、将来にわたってよい仕事ができるわけがないのである。

介護の職業は、こんなに素晴らしいエピソードを生み出すことができる職業なのだと知ることで、親友職員はスキルアップの動機づけを持つことができ、学ぶことが面白いと感じ取れるのだ。

ある意味、新入職員が入ってくる時期とは、介護事業者の質が試されている時期でもある。

介護事業の矜持を伝えられるか、恥の文化しか伝えられないのかで、その質は明らかになろうというものだ。

利用者に接する際に、よそよそしくなることを恐れ、馴れ馴れしい失礼な態度が求められている対応方法だと勘違いしている事業者は、恥の文化しか伝えられない事業者だ。

先輩職員の利用者対応が、「タメ口対応」で、それが家庭的で親しみやすい対応であると勘違いしている事業者では、不適切で乱暴な態度さえ当たり前になってくる。それも恥の文化である。

そうした恥しか新人に伝えられない事業者は、消えてなくなってよい事業者と言ってよいだろう。
人材を人財に変える育成
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太陽がいっぱい


介護報酬に今年9月まで上乗せされる感染対策などの乗算対象費用について、昨日の更新記事で国の通知に矛盾があり、どの費用が対象なのかは不明なままであると指摘したが、そのブログ記事を見たためではないと思うが、夕方になって突然、「令和3年9月30日までの上乗せ分の算定対象となる報酬について」という通知文が発出された。

それによれば、指定居宅サービス介護給付費単位数の算定構造の訪問介護費では、『令和3年9月30日までの間は、訪問介護費のイからハまで及び「身体介護に引き続き生活援助を行った場合」についてと書かれている部分が言葉足らずで、昨日発出の通知では乗算対象となる費用については、次のようにはっきりと示された。
____________________________________________
(※)基本部分(「イ 身体介護」〜「ハ 通院等乗降介助」)及び以下の加減算に係る合成サービスコード
 ・身体介護に引き続き生活援助を行った場合
 ・2人の訪問介護員等による場合
 ・夜間若しくは早朝の場合又は深夜の場合
 ・特定事業所加算機銑検

____________________________________________
よって『令和 3 年 4 月報酬改定における介護給付費の様式記載例のパターン』の記載例1の計算方法になるということがはっきりした。

これで疑問は解決したといえる。請求担当者の方は、昨日発出された通知の『サービス種類別「令和3年9月30日までの上乗せ分」の算定にあたり合計するサービスコード』を確認して、乗算する費用を間違いなく計算してほしい。

さてところで僕は、昨日登別を経って沖縄に1年半ぶりにやってきた。

琉球介護コミュニティ協会という団体の理事を務めていたこともあり、ここ数年、毎年沖縄での講演を行う機会をきただいていたが、その務めを終えた後も、その縁でつながりができた、合同会社SYMケアサポートの職員研修での講演を行うためである。

沖縄の講演は、昨年も8月に石垣島で予定が入っていたが、コロナ禍でその講演が中止となり、昨年中は一度も沖縄に行く機会がなく残念だった。

しかしコロナ感染も落ち着いてきた今、やっと沖縄に来ることができた。最高気温がやっと5度に達するかどうかという登別と比べて、昨日の沖縄は26度の気温。コートを着ないでやってきたが、スーツの上着も着ていられないほど温かかった。沖縄は太陽がいっぱいだ。

昨日はデイサービスセンターSYM煌きらりさんで職員研修を行った。
沖縄SYM職員研修会
沖縄SYM職員研修会
午後6時から9時までの時間に、平日の仕事を終えた職員の方のうち、夜勤者を除く方々が集まってくれる講演だから、その時間を無駄にしないように業務に生かすことができる実務論を語ることに努めた。
沖縄SYM職員研修会
介護報酬改定の講演では、LIFEとは何か、それに対する新しい介護事業者の対応として何が求められているのかということについても説明させていただいた。

コロナ禍が完全に終息していない中で、オンラインではなく直接職員に語り掛ける研修会を開いた理由は、「サービスマナーについては、直接masaさんから職員に語り掛け、その空気感も職員に感じてほしかったからである」とSYMの前泊代表が語っていたが、その期待に応えることが出来たであろうか・・・。

介護事業におけて、サービスマナー意識をもって利用者に接することは、介護事業経営者のためではなく、介護という職業にやりがいと使命感を持って働く人のためにいかに大事になるのか、そのことが自分の仕事に対するモチベーションの維持につながるだけではなく、待遇改善にもつながり、介護サービス利用者の尊厳と暮らしの質を護ることにつながることを理解していただければ幸いである。

講演後は懇親会にも参加したが、そこで食べたものはmasaの血と骨と肉、『ミニ春巻きを身に貼るマキ』を参照願いたい。グルメ人気ブログランキングの文字リンクもプチっとクリックいただけるとありがたい。

今日、この記事は那覇空港のJALラウンジで更新しており、これから北海道に向けて飛び立つ予定だ。

24時間に満たない旅だったが、太陽がいっぱいの沖縄はとても楽しく心地よかった。次は夏に再訪したいものだ。沖縄の皆さん、また愛ましょう。

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よそよそしさより馴れ馴れしさを恐れる人になってください


まず最初に読者の皆さんにお詫びとお知らせです。

昨日の記事「9月30日までの上乗せ請求方法が明示されました」で、本年9月までの感染対策費等の報酬上乗せ分について、介護報酬の算定構造のイメージの基本部分に並立されている加算について乗算対象であると解説しましたが、それはどうやら間違った考え方のようです。訂正してアップしていますので、ご確認ください。

さて本日の本題に移ります。

介護従事者が利用者に対して丁寧語を使って会話すると、「よそよそしい」と感じられるという人がいます。

しかしそれは間違っています。正しい丁寧語を使いこなせば誠意とまごころは伝わり、よそよそしさは排除できるのです。日本語のボキャブラリー(語彙)は世界一豊富なのですから、丁寧な言葉でも親しみやすさが伝わる言葉は数多く存在するのです。

現に僕は30年以上、お客様である利用者に丁寧語以外で会話したことはありません。だからと言って僕が利用者から親しまれていないという事実はありません。丁寧語でも冗談を言い合うことは出来ますし、くだけた話題を丁寧な言葉で話すこともできるのです。それが対人援助のコミュニケーションスキルではないでしょうか。

だからこそ対人援助に携わる人であれば、どうぞ高いコミュニケーションスキルを得るように努力してください。

熊本県のある特養では、職員の方々が利用者の方々と目線を合わせて、「よかですか?」と話しかけていました。方言にも丁寧語があって、意識が高い施設の職員はごく自然に方言でも丁寧語を使っているのだということがわかりました。僕の目にはそれはとても素敵な光景に映りました。対人援助のプロとしての凛とした姿勢に思えました。

対人援助という仕事に従事する人に是非理解してほしいことがあります。それは、よそよそしさを恐れるより、タメ口の馴れ馴れしさを恐れる人になってほしいということです。

よそよそしく思われたり、堅苦しく思われたりしないつもりで使う、「タメ口」によって、心が傷つけられている人が数多くいるのです。

介護を受けるということは、誰かに自分の身を委ねないと生きていくのに不便が生ずるという意味なのです。そういう人たちにとって介護をしてくれる人は、ある意味命綱なのです。その命綱が切れないよに、多少の不満があっても口にできない人が数多くいるのです。

介護を受ける身になったことに引け目を感じている人も居ます。他者に訴えることができない劣等感を持った人は、他者の感じの悪い対応に心を痛めても、そのことをおいそれと口にはできないのです。そういう人たちは鬱屈した感情を内部にため込んで、哀しみ、苦しみ、いつか壊れてしまうかもしれません。

自分より年齢が若い人が、自分にタメ口で話しかけるのは失礼だと感ずる高齢者はまだたくさん居られます。そういう人たちが黙して鬱屈を内部にため込まなくてよい介護を目指すべきではないでしょうか。

誰に対しても使うことができる丁寧な言葉で、私たちの真心を伝えましょう。介護支援を必要とする人足りに対して、私たちが美しい日本語を使いこなして、快い気持ちになってもらいましょう。

私たちは素人が介護に携わっているのではなく、介護の職業で生活の糧を得ているプロだということを忘れないでほしいと思います。家族と同じように利用者を愛おしく思ったとしても、家族と同じ存在ではないのです。家族という間柄だからこそ家族同士では使って許される言葉遣いがあるのです。それを真似する必要はないし、真似してはならないのです。対人援助のプロとしての正しい態度や言葉遣いに終始できるスキルこそ求められているのです。

そのことを理解できない人、そうした対応に終始できない人は、対人援助の職業には向いていないと思います。

そういう人は、どうぞ誰かを知らぬ間に傷つけてしまわないうちに、他の職業をお探しになった方が良いと思います。・・・そんな人が介護業界から一日も早く退場することが、世のため人のためになると思います。
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辛抱の時期にも限界があります


自分が縁あって採用された場所で、長く働き続けることは大事なことである。

石の上にも3年というが、難しいことであってもコツコツと努力を重ねれば、いつか物事を成し遂げられるのが人間なのだから、不都合なことから逃げ出さずに、一定期間頑張ってその場所で働き続けることには意味がある。「今いる場所で咲きなさい」とはそういう意味を込めた言葉だ。

しかし物には限度というものがある。人の暮らしを支援すべき対人援助の場で、人の心を傷つける行為や、そうした行為につながる規律の乱れを正そうともせず、不適切な対応に気づくこともなく、「そんなつもりはなかった」と言いながらたくさんの人を傷つけている場所に、我慢していつまでとどまっていたら良いというのだろう。

その状態を変えられない自分自身のスキルを問題視せよという人がいたりするが、経営者や管理職が問題に目や耳をふさいでいる場所で、無規律で横柄な態度のベテラン職員がはびこる場の環境を、数人の職員が反旗を翻したとしても変えられるわけがないのだ。

だからこそ一定期間同じ場所で頑張ってもなにも良くならないとか、流れ作業のように利用者に対応して1日の業務がこなせるだけで良いという風潮が変わらないような場所からは、一旦退場して新しいステージに飛び出した方が良いと思う。

こことは別のブログ・masaの徒然草に、「自分と未来を変えることができる転職」という記事を書いたのは、色々な場所で高い志を折られたり、つぶされたりするたくさんの人を見てきた経験があるからだ。

介護の仕事を職業にして生活の糧を得ている以上、介護を利用する人はお客様であるにもかかわらず、お客様に対して家族しか許されないぞんざいな態度で対応することが家庭的な対応だとか、親しみやすい態度だと勘違いしている人たちによって、介護サービスには深い闇が生まれている。

丁寧語を使って会話すると、「よそよそしい」と感じられるなんて嘘っぱちだ。正しい丁寧語を使いこなせば誠意とまごころは伝わり、よそよそしさは排除できる。日本語の語彙は世界一なのだ。よそよそしさを恐れるより、タメ口の馴れ馴れしさを恐れろと言いたい。

従業員の心無い言葉や投げやりな対応に心を傷つけられ、涙を流している利用者の姿は、そうした場所では、「ないもの」として無視されてしまう。

介護事業に従事している人の中には、「利用者に丁寧語を使うことに気恥ずかしさを感じる」という人がいたりするが、そういう感覚を持つことの方が恥ずかしい。介護のプロに徹していないという意味であるし、お客様に丁寧に接するのが恥ずかしいのであれば、人と接する仕事には向かないという意味だ。

利用者に対するマナーを教育することを、「押し付け」と考える人も居たりする。職場のルールを押し付けと感じて護る必要がないと考えるなら、それは従業員として失格という意味だ。そもそもどんな職場にもルールは存在し、それを徹底遵守する労務管理はあって当然だ。それを理解できない人は社会人として未熟すぎるとしか言いようがない。

経営者や管理職は、従業員の心無い対応で利用者が哀しんでいたり、不平不満を持っているのがわかっていても、そうした不適切な対応をとる従業員に注意して辞められては困ると考え、数合わせだけのために職場の環境を良くする努力を怠っていたりする。

自分のスキルアップを図りたいと考えている人は、そういう職場からは一日も早く飛び出した方が良い。そこにも利用者がいるのに放り出してよいのかと悩む人も居るが、長期的に見ればそういう場所から有能な職員がいなくなって、数合わせの不適切で流れ作業的対応しかできない介護事業者からは、顧客も貼りつかなくなり経営ができなくなる方が世のため人のためである。

そもそも不適切な対応を感じ取ってるのに、自分の目や耳をふさいで我慢しながら仕事を続けていると、必ず精神の健康は失われてしまうのである。自分の心を殺し、心を病むまでそんな場所で働き続ける必要は全くないのである。

どうかそんな時期を見失しなわないでほしい。志やスキルの高い人が、その能力を最大限に発揮できる職場環境を創り出している事業者も必ず存在する。お客様に対するサービスマナーに徹して、ごく自然に従業員の心に、利用者の方々に対するホスピタリティ精神が生まれている職場も少なくない。

そんな職場であなたのスキルを活かしてほしいと思う。
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自分を変えて未来が変えられる新規事業所


ちょうど1週間前の月曜日、僕は高知市で3月に新規開業する小規模多機能居宅介護事業所、「ケセラ介良けせらけら」さんのオープン前の事業所内で、オープニングスタッフとなる職員の皆さんの研修講師を1日務めていた。その日の昼休みには、「出だしが肝心になる新設事業所」という短い記事を書いてそのことを紹介している。

新規事業所の名称である「ケセラ介良けせらけら」の由来は、同事業所が高知市の介良(けら)地域に立地するからであり、「ケセラセラ(物事は勝手にうまい具合に進むものだから、成り行きに任せてしまってなんとなるさ、気をもんでも仕方ない、という意味合いがある)」に掛けた名称である。

当日研修を受講したのは、小規模多機能のスタッフとなる人たちだから数は多くはない。現在までオープンスタッフとして雇用されているのは十数名である。それらの人がオープン初日から、利用者の皆様に対してきちんとマナーを持って接し、根拠に基づいた正しい介護を行うことを目的に、僕が北海道から呼ばれて1日7時間もの研修講師を務めたものである。

研修を受けたスタッフは、母体である福の種合同会社の通所介護事業所に務めていた人や、他の事業者から転職してきた人、全く今まで介護経験がない人など前歴や経験は様々であった。

それらの人が一斉に3月からを合わせて、新規事業所をオープンさせるために、何が必要かということを考えて知恵を絞って研修講師を務めた。

スタッフの中の介護職の経験者の方の中には、今まで利用者に、「タメ口」で接するのが当たり前であると思って仕事を続けてきた人もいるし、根拠もなく水分補給を1日1500mlも強要する竹内理論を信じていた人もいる。そのように自らの経験を唯一の頼りとしてきた人に発想転換をしてもらう必要があった。

それらの人が一旦リセットして、ゼロから新しい知識を得て、その知識に基づいて経営者が目指す高品質で、お客様にとって心地よいサービスを創ることができるかが問題となるのである。

その為に午前中3時間は、根拠に基づいた正しい介護実践の方法をかいつまんでレクチャーするために、「介護の誇り〜職員のやる気を引き出す実践論」というテーマでお話しした。そこでは職員が立ったまま食事介助することは何故駄目なのか、竹内理論の間違いとは何なのかということ等を、詳しくわかりやすく解説したうえで、そのような介護方法論とは異なる、正しい介護実践の方法論を具体的に伝えた。

そこで経験のある職員は、今までの経験の中には役に立たないものもあるということを実感できたと思う。

そのうえで午後からサービスマナーがなぜ求められ、それは具体的にどういう対応方法なのかを4時間にわたって説明した。

午前中の講義で、間違った考え方を捨て去れねばならないこと気づいた人は、自分たちのやるべきことが何なのかがわかりつつある中で、そこにサービスマナー精神を込めることで、真のホスピタリティ精神が生まれ、それが顧客から選択される介護事業者につながること理解してもらったと思う。

しかしそれは介護事業経営者のために実践することではなく、顧客から選ばれて経営が続けられる事業者で、自分自身が長く働くことができ、そこで相応の対価を得ることができることになるのだということも理解していただけたと思う。

そのことが同時に顧客のためにもなることであり、毎日丁寧に対応できる従業員の態度に、顧客が満足してくれる笑顔によって、従業員のモチベーションもさらに上がり、その姿を求めてさらに顧客も、マナーの良い場所で働きたいと思っている人も、そこに張り付いてくるという好循環が生まれるのだ。

現に僕が過去に関わった事業所では、(募集もしていないのに)働きたいと応募してくる介護職や、職員の態度が素晴らしいという口コミを聴いた顧客が続々と集まってくるという現象も生まれている。

そういう事業所を自分たちの力で創ることができる新規事業者はうらやましいと思う。だからこそ「ケセラ介良」のオープンスタッフは、自分が今までどのように介護業務を行ってきたかを別にして、それをすべてリセットし、少なくとも顧客に対する言葉遣いだけは、「丁寧語」を崩さずに接しようと一人一人のスタッフが心に誓ってほしいと思う。いやきっとそうなっていると信じている。それは僕との約束でもあるからだ。その態度を実践できないスタッフについては、管理職等がその場で随時注意を促して修正していくというコンセンサスが得られたことと思う。

全職員がオープンスタッフとして一斉にスタートを切る新規事業所では、既存施設の中で、「タメ口」を直せない先輩職員がたくさんいる中で改革を行うより、ずっと経営者の理念は浸透しやすいのだから、ぜひ結果を出してほしいと思う。

ちなみに福の種さんは、通所介護もリハ専門職の配置が充実していて、今回の小規模多機能事業所も、看護小多機ではないのにセラピストも配置し、リハビリテーションの充実に努めている事業所である。

その為、現在でもセラピスト・看護職員・介護職員は引き続き募集中だということである。それに加えて福の種合同会社全体の経営に携わることができる、管理職候補のスタッフも募集しているそうだ。

高知県外からIターンで就職していただける場合は、最初の2年間は宿舎を用意してくれるとのことだ。木村社長より、「素晴らしい自然と海の幸、山の幸、ケセラ介良が待っています!!」というメッセージも届いている。

僕が今後もお付き合いを続けていく介護事業所でもあるので、高知市内で働きたいと思う能ある鷹は、是非応募してみてはいかがだろう。新しい環境で、志のある素敵なスタッフに囲まれて自分と未来を変えてみたいと思う方は、木村社長(088-821-8996 ✉ momotaro0502@gmail.com)まで直接連絡してほしいそうである。

スタッフの皆さん、どうぞ立派な事業所を目指す前に、感じの良い介護事業所を目指してください。
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出だしが肝心になる新設事業所


新年早々の1月17日に、かつて僕を講師として高知に招いてくれた福の種合同会社の木村社長からメールが送られてきた。

早速メールを開くと、「2月6日に久万高原町で講演を行うのをHPで知ったので、是非その際に高知まで足を延ばして、弊社の新規事業所のオープンスタッフ研修もお願いしたい」という内容だった。

福の種合同会社は、高知市内にリハビリ専門のデイサービス「アルコデイトレセンター」や、それらの事業所に併設して経営する「ふくのたね保育園」などの事業を展開されているが、この3月から新たに小規模多機能居宅介護 ケセラ介良(けせらけら)をオープンさせる予定だという。(※高知市の介良:けらという地域にオープンする事業所のために、このネーミングにしたそうである。)

そのオープニングスタッフに、オープン当初からサービスマナーを護った利用者対応ができるように、教育係として僕にお声をかけていただいたわけで、責任重大だ。

昨日の日曜日は、久万高原から高知市に移動した足で、新規オープンスタッフさんだけではなく、近隣の事業所さんにも向けて介護報酬改定の要点についての講演を3時間半の時間で行ったが、今日はいよいよオープニングスタッフの教育本番である。

朝9時という早い時間から夕方5時までの長時間講演。午前3時間のあと休憩1時間をはさみ、午後からは4時間講演だ。

ということで今、その休憩の合間に記事更新している。午前中は、「介護の誇り〜職員のやる気を引き出す実践論」というテーマで、根拠に基づいた正しい介護実践法をレクチャーした。

立ったままで食事介助することがなぜダメなのかということや、高齢者に対し一律に1500ml/日という大量の水分補給がいかに生命の危険を招いているかをはじめとして、介護の場で当たり前のように行われている間違った方法論が、いかに利用者の心身を悪化させているか、事故や苦痛につながっているかを理解していただいたので、午後からは4時間みっちりマナー教育である。

このブログで何度も書いているように、サービスマナーは意識を変えて、意識を高めて、マナーのありようを替えようとしても無理で、職場のルールとして賞罰を伴って、厳格に実施を促す必要があるものだ。

今回、経営者の肝いりでそれを行い、職員に協力にその実践を推し進めるのだから、期待が高まる。

一旦マナーが身に着いた職場では、ことさらマナー教育を行わなくとも、ごく自然に先輩職員から後輩に日常のマナー教育がOJTの中で行われ、「利用者にタメ口なんで信じられない」とい口にする若者を生み出している。(参照:職場全体でサービスマナー向上に取り組んだ成果 ・ マナー意識が浸透する事業所と浸透しない事業所の違い

きっと数年後には、ケセラ介良(けせらけら)の職員の皆様が、高知市のサービスマナー実践の最高峰に立って。他の事業者の前を走る事業所になるように、僕もこれから長くかかわりを持ちたいと思う。
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子供に返っている認知症の人には子供のように対応すべきなのか?


認知症の人の中には、自分が年を取ったという記憶をなくしてしまっている人がいる。

そういう人は鏡に映った自分の年老いた姿を見ても、それが自分だとは認識できずに、鏡に映った自分を見てそこに知らない誰かがいると思い込む。そして鏡に向かって、「お前は誰だ」とか、「人の家になぜ勝手に入ってきてるんだ」と怒ったり攻撃的になったりする人も多い。

当然その姿は鏡に映っているのだから、目の前にいる自分の知らない誰かが、自分を攻撃しようとしていると思って、鏡にものをぶつけて壊してしまう人もいる。こうした事例は決して少なくなく、僕は過去にそういう人の住む家の鏡や、グループホームの鏡を幕で覆って、必要な時以外鏡を使わないようにして、こうした行動・心理症状を防いだ経験を数多く持っている。

どちらにしても、年を取ったという記憶をすっぽりと失ってしまって、実年齢より若いと思い込んでいる認知症の人はたくさん居られるのは事実だ。

その中には子供の頃に戻っているかのような言動をとる人がいる。いわゆる子供返り・幼児化という現象である。

そのような症状を呈する人に対して、介護従事者はどのように接すべきだろうか。相手が子供に返っており、自分は小さな子供だと思っているのだから、介護支援の場でも、介護従事者がその気持ちを尊重して、子供に相対するように接するべきなのだろうか・・・。果たしてそれは、受容というべき態度なのだろうか。

僕はそうは思わない。

そんな考え方は間違っているし、それは人の心を受容する態度ではなく、相手の状態を深く理解しないまま、自分の狭い価値観や低い見識によって思い込んだ、間違った価値観による不適切な態度だと思う。

以前にも認知症の記憶について何度かこのブログに書いているが、「感情の記憶は認知症の人にも残ります」でも指摘しているように、認知症の人であっても、かなり晩期まで失われない記憶があり、何かの拍子にその記憶がよみがえってきたりする。特に感情の記憶や手続き記憶は残っているのである。

子供返りしている認知症の人であっても、子供そのものになっているわけではなく、自分が生きてきた記憶の中の子供のイメージに返ってしまっているだけであり、そのイメージの中には、自分が大人になった後に、子供に対して抱いた感情も大きく左右しているのである。

そもそも子供返りしている人に対しても、きちんとした丁寧な言葉かけをして問題が生ずるわけではない。幼児言葉で話しかけないと不穏になることなどほとんどあり得ないことだ。

先日書いた、「丁寧語は使い分ける必要がない」でも指摘した通り、節度ある丁寧な言葉遣いは、相手や場所を選ばずに使うことができ言葉であり、そうした言葉遣いをはじめとした、マナーに徹した対応を行うことによって、認知症の人の行動・心理症状は改善するのである。

今では幼児・児童教育の現場でも、教育者が命令調の言葉や幼児言葉を使わずに、正しい丁寧な日本語で幼児や児童に接しようという考え方が徐々に浸透してきている今日、幼児そのものではなく、大人であり、人生の先輩である高齢者に向かいあう介護サービスの場で、専門職と言われる介護従事者が、「幼児に話しかけるような言葉遣い」しかできないのは、介護の貧困さを表すものでしかない。

大人に向かって幼児に話しかけるような言葉遣いしかできない介護従事者のその低能ぶりは、介護業界の恥の象徴でしかない。

介護を必要とする認知症の人の背中には、その人の歩んできた人生が背負われているのだ。その背中を見つめて愛おしく思っている家族も存在するのだ。

そうした方々すべてが、私たちの介護支援を受けてよかったと思うことができる介護サービスでなければならない。

自分の親が、認知症になって子供返りしているかのような言動をとるからと言って、日常支援に従事する介護職員までが、自分の親をまるで子供であるかのように扱うと言って泣いている家族が何千人・何万人いると思っているのか・・・。

そうした恥ずべき対応をなくしていかねば、介護の仕事は誰にでもできる仕事と思われ続け、時に必要悪なんて罵声を受けたりすることがなくならないのだ。

もっと誇り高い仕事を目指してほしい。もっと人を人として敬い、愛おしく思ってほしい。

だからこそもっと勉強してほしい。無知は罪なのだ。

認知症の研修の必要性が高まっているが、講師もきちんと選ぶべきだ。認知症の人に対する本物の介護実務論を語ることができる人でなければ、研修を受けても何も変わらないのである。

そういう意味では今回の介護報酬改定・基準改正の中で、法定資格のない介護職員に義務付けられた認知症介護基礎研修の受講義務も、今の内容のままである限り、介護の質を引き上げる効果にはつながらないと指摘しておきたい。
無題
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丁寧語は使い分ける必要がない


仕事柄、全国各地を飛び回って講演を行なっているので、そこで初対面の人に相対する機会も多い。

そうした初対面の方々に、好印象を持っていただくようにするためには、挨拶や笑顔や言葉遣いは大切にしなければならないものだと思っている。

講演を主催してくださる方は、僕にとって雇用主にも等しい方々なので、少しでも失礼があってはならない。また講演を聴きに来てくださる方がいるからこそ講師業は成り立つので、受講者の皆様もお客様そのものであろうと思う。だから少しでも嫌な思いをさせてはならないと思う。

そのため僕は、様々な場所で出会う人たちの職業や地位や年齢に関係なく、出会った方々に話しかけたり会話を行う際には、必ず丁寧語を使っている。それはことさら意識してそうしているのではなく、僕の中で当たり前のこととして、ごく自然にそうなっているわけである。

ごくたまに、僕より年下の人が初対面の僕に対して、タメ口で話しかけてくることがあるが、それはその人の「人となり」なんだと思って気にしないようにしている。ことさらそのことを注意することはない。なぜならその人は僕にとって仕事上の部下でもないし、近しい人間関係があるわけでもないのだから、いうだけ無駄であると思うからだ。関係性を継続する必要のない人に、いちいち注意したり小言を言っているほど暇ではない。

だがそのような人から、「あなたもタメ口でいいよ。きっと私の方が年下だし。」と言われた場合(過去に実際にあったことだが)、その時は一言意見する。「あなたが丁寧語で話せば解決する問題ではないですか。」って。・・・きっと嫌な奴に思われただろう。

ただそうして出会った人とつながりを持ち、長く交流していくうちに、友人ともいえる関係となって打ち解け合い、親しい関係性が生まれる中で、ごく自然に言葉を崩して会話するのが自然になることもある。それは双方の関係性のなせる業だから、当然それで良いと思っている。

しかし介護事業の中で、利用者に対してタメ口で話しかけることを、「関係性ができているから」と言い訳するのは少し違うと思う。そこで培われた関係性とは、対人援助の中でサービス提供者とサービスを受ける方という関係性であり、サービス提供者がそれを職業として金銭対価を得ている以上、相手はお客様である。

そこにおける関係性とは、顧客とサービス提供者という関係性からは決して外れることができないものであり、家族や友人関係とは根本的に異なるのだから、タメ口を使う理由を関係性に求めること自体が間違っているのである。

お客様に対しては、丁寧語で接するのが当たり前である。保健・医療・福祉サービス以外の職業では、そのことは教育するまでもない常識であり、顧客にタメ口を使った瞬間に、職場に居れなくなることの方が常識なのだ。

しかし介護業界には、このごく当たり前のことを理解できない知能レベルが低い従業員が数多く存在している。介護人材不足は、低能で接客意識を持てない人罪(じんざい)をはびこらせているのだ。

そうした輩は、利用の家族に対しては丁寧語で接しているにもかかわらず、同じその口で、介護サービス利用者にタメ口で接したりする。中には認知症の人にだけタメ口で接する人間もいたりする。そのことを指摘すると、相手の置かれた状況や気持ちに沿って、「言葉を使い分けている」と屁理屈をこねる輩も多い。

しかし利用者の置かれた状況を常に正しく把握できるという神業の持ち主はいるのだろうか?言葉を人によって変えている人は、相手の気持ちが常にわかる神のような能力を持っているとでもいうのだろうか?

残念なが僕はそのような神業を持つことは出来ないし、僕が総合施設長を務めていた特養の部下たちも、そのような能力を持つことができるとは信じることは出来なかった。だからこそサービスマナー意識を持ち、常にお客様に失礼のない態度で接し、丁寧語を日常的に使いこなすことができるように教育を行ってきた。

そもそも態度や言葉遣いを無理に使い分けると、「差別している」という誤解を与えかねない。そんなリスクを持った職員を、介護サービスという第3者の最もプライベートな空間に踏み込む場所に置いておいてよいわけがない。それは人を傷つけ、人を悲しませる最大の要因になるからだ。

そもそもマナーがある丁寧な態度や言葉は、人によって使い分ける必要がないのである。

人の感情は様々であるがゆえに、自分考え及ばない考え方や心の在り方があるのだ。そうした人間そのものに寄り添う職業では、使い分けなくとも、人に不快を与えない一定の態度を身に着け、その態度を守りぬくことこそ、人を護ることにつながるのである。

そもことを理解できない人は、介護という職業を続けてはならない。
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職場改革は職員の意識改革からというのは大間違い


介護事業者の看板さえ掲げれば顧客確保に困ることはなく、経営戦略も立てられないような経営能力のないトップをいただいていても収益が挙がり、事業を継続することに困らなかった時代は過ぎている。

公費運営を中心としなければならない介護事業ではあるが、人員確保が常に困難な状態が続き、この人材難が解消される目途も経たない中で、介護給付費が人件費の伸びを下回る水準でしか上がっていない状況において、今後10年先〜20年先の介護事業経営を考えれば、事業を多角化・広域化・大規模化して、スケールメリットを最大限に発揮させて事業経営の安定化を図らねばならない。

そのために何より必要なことは顧客確保である。一人一人の顧客単価は下がり、収益率は下がると言っても、介護サービスを利用する人の数は今後も増え続け、毎年介護給付費だけで1兆円以上増加していくのだから、顧客確保の競争に勝ち残った先には大きな収益を挙げることが可能になる。それを職員にも還元することで、よりスキルの高い人材を確保することにもつながり、人材確保面でも優位な立場に立つことができるからである。

その為には、既に居宅サービスの利用者の中心層になってきている団塊の世代や、その次の中心層になる団塊ジュニア世代に選ばれる事業者になる必要があり、そのためにこそ家庭的な雰囲気と、無礼な馴れ馴れしい雰囲気を混同しない顧客対応が必要とされ、介護サービスにおけるサービスマナー意識を職場全体で高めることができる改革が必要とされているのである。

ひとりひとりの職員がサービスマナー意識に芽生えて、介護サービス利用者を単なるユーザーと見ずに、きちんと丁寧に顧客対応するためには、職場のルールとしてサービスマナーの徹底を図らねばならない。

ところが多くの介護事業経営者や管理者は、サービスマナーの向上とその徹底に取り組もうとしても、意識改革が先という誤解をしてしまい、このルール作りをしないまま、中途半端な改革に走って失敗している。

マナー教育に失敗している職場は、ほぼ100パーセント何が必要なのかという優先順位を間違って、意識改革を第1番目に挙げて取り組んでいる事業者である。

しかし信賞必罰を伴わない職場のルールを確立させない場所で、意識改革などできるわけがないのだ。職員の性善説を拠り所にするかのような改革は実現しないのである。

職員が意識改革するためには、厳粛な職場ルールが存在し、それを厳守しなければ組織の一員として認められないという前提がなければならない。介護事業経営者や管理職は、意識はルールの下に生まれるということを何よりも理解しなければならない。

巷には、「形から入る」という言葉があるが、それはしばしば本質的な意義を蔑(ないがし)ろにして体裁を繕えるといった意味合いを込めて用いられる場合も多い。しかしそうしたネガティブな意味合いだけではなく、物事に取り組む際に、その意義や内容よりも、外見や格好、活動自体を主眼において取り組み始めることによって、主目的が達せられるというポジティブな意味もあるのだ。

そのポジティブな意味合いに少し似ているが、職場改革では、その形を職場のルールとして求め、形を整えながら実質を求める先に、本質にたどり着けるというトップダウンの指揮命令が必要とされるのだ。それが職場という組織の本質である。

その本質をないがしろにしたところに意識改革は生まれない。

僕がマナー教育に関わり、その徹底が図られている職場では、利用者に対するサービスマナーを護り、仕事の中でその態度に徹底できる人材が賞され、それができない人間は罰を受け、最終的には職場を去らざるを得ないという過程を必ず経ている。

そうした厳しさのない場所で、意識なんて1000年経っても変わるわけがないのである。人材不足だから、職員に辞められては困るという考え方がまずありきの場所で、変化など起きるわけがないのだ。

だからこそこれから10年先やそのずっと先を見据えて、安定的に顧客を確保して、介護事業経営を続けていこうと考える経営者は、職員の意識を改革する前に、自分の意識を変えて、職員の意識が逢わるような職場環境につなげる厳粛な職場ルール作りをしなければならない。サービスマナーの徹底はその根幹に位置づけるべきものである。

自分自身がサービスマナーに満ちた顧客対応ができる職場で働きたいと思っている方々は、ルールを前面に出さずに、意識だけ改革しようとする職場には早く見切りをつけて、下記に紹介している転職支援サイトを利用して、良い職場を探す方が早道である。
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飲食業からの転職者がサービスマナーを職場に持ち込む困難さ


コロナ禍で退職に追い込まれた人は、全国で8万人を超えると言われている。

このように厳しい状況下でも介護事業は、他の産業と比べると倒産事業者の数は目立って増えているわけではない。その理由は、コロナ禍特例などで手厚く補助・助成等が受けられることと、無担保・無利子で、実質審査もほとんどない貸付事業(福祉医療等)があり、当座の資金繰りが不可能になるということは、今年度に限って言えば考えにくい状況があるからだ。

東京商工リサーチが8日、昨年の介護事業者の倒産が118件で過去最高になったと発表したが、この数字は2017年と2019年の倒産件数111件と比べて7件しか増えておらず、コロナ禍で大幅に倒産件数が増えているとは言えないわけである。つまり118件という倒産件数は、近年の介護事業経営の厳しさを表す数字でしかないと言ってよい。

介護事業でコロナ禍を理由に廃業している事業者とは、資金繰りができなくなっての廃業ではなく、そうした国の支援策を受けてまで事業を継続したくないという、事業経営者の経営意欲低下によるものがほとんどだ。頑張って今を乗り切っても、人材集めに苦労し、収益確保も簡単ではなくなった現状をあきらめてしまっての倒産が多いのである。

しかし経営能力のある人材にとっては、介護給付費だけを考えても1年ごとに1兆円近く増え続ける介護事業は宝の山であり、ビックマネーが転がっている市場である。そうであれば経営をあきらめた事業者が増えている今こそ、そこに張り付いていた人材や利用者を引っ張ってきて、経営規模を大きくするチャンスでもある。

しかも前述したように、他産業での退職者が多いのだから、そこから介護事業への転職者も増えるとみて、積極的に自らが経営する事業者に、有能な人材を引っ張てくることも可能であると考えても良い時期でもある。

現にコロナ禍以前より、介護事業者の求人に対する応募は増えており、介護事業者が新入職員を雇用する数も増えている。

そんな中で、特にコロナ禍で倒産が相次いでいる外食産業からの転職者を受け入れることによって、事業者全体の顧客対応能力が向上するのではないかと考える介護事業経営者や管理職が増えている。外食産業経験者は、接客教育を受けサービスマナーが浸透しているから、その影響を期待しての考え方だと思う。

しかしはっきり言ってそうした効果は期待できないと断言しておきたい。

サービスマナーの欠片も存在しない場所に、介護の仕事の経験がないが、接客能力が身についている人が転職してきても、その人がマナー面で今働いている職員に影響力を及ぼす前に、介護の仕事を教わる過程で、介護の場でマナー意識のない先輩による利用者に対するタメ口対応や、荒々しい動作の影響を受けて、それが介護では家庭的対応なのだと思い込まされてしまうのである。

顧客に対してタメ口なんて信じられないと感じたとしても、「自分は利用者と関係性ができている」・「あんまり馬鹿丁寧な対応は、心の壁をつくる」などという、小学生のような程度の低いわけのわからない屁理屈によって、節度のある対応は否定され、それが介護では必要とされる対応だと洗脳されてしまうのである。

そのような屁理屈や低能な考え方に迎合したり、洗脳されない職員に対しては、「介護は飲食業と違うんだ」とか、「気取っても関係性は生まれない」と罵倒されたり、いじめらたりして、正論が暴論につぶされていくのが落ちである。

外食産業等からのマナーが身についた人が、好影響を与えられる介護事業者とは、サービスマナー意識が浸透した事業者である。日ごろから丁寧な態度と言葉遣いが教育されている場では、そこに接客業の人が使う、「8大接客用語」が転職者の影響でさらに浸透して、サービスマナーの品質も向上することがあるが、残念ながらそうした事業者は少数派でしかない。(参照:職場全体でサービスマナー向上に取り組んだ成果

サービスマナー意識の高い職員を育て、顧客から信頼して選んでもらうことができる介護事業となるためには、経営者が覚悟を決め、労務管理として信賞必罰を徹底しながらサービスマナー意識の浸透を図ったうえで、その意識のない職員を排除することも恐れずに良い職場を目指すことが必要とされる。経営者や管理職に覚悟がないとそれは実現しない。

ある程度のサービスマナー意識が浸透している職場に、外食産業で培った顧客対応マナーのノウハウが加われば、鬼に金棒となる可能性があるというものである。
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職員の定着率をアップさせるアイテムを手に入れよう


15日に閣議決定された第3次補正予算案に、介護分野の緊急包括支援交付金の積み増しが含まれている。

そこには介護・福祉分野への就職の後押しや介護ロボットの導入支援、介護施設の防災・減災対策に充てる経費が含まれているが、介護事業者の感染予防対策のかかり増し経費などを支援する補助金や、介護事業者に勤務する職員への慰労金の再支給は含まれていない。

慰労金の再支給が見送られたのは特に残念である。慰労金の支給対象は6月30日までに10日以上対象施設で働いた人だけに支給され、5万と20万の支給金額の違いも、この間の感染者への対応の有無などで分かれているので、7月以降に数多く発生しているクラスター感染に対応している新たな職員等には国からの給付が何も受けられないことになる。それはあまりに不公平で可哀そうなことだと思う。

野党は引き続き慰労金の再支給を求めていくと言うが、今年度中の再支給は非常に難しくなったと言えるのではないだろうか。

ところでこの慰労金が事業者都合で支払われていないという問題を取り挙げたことがあるが(参照:従業員を大切に思う姿勢が問われる慰労金申請問題)、まだ慰労金を従業員に手渡していない事業者の中には、冬の賞与に上乗せして、この慰労金を支給するというところもあるそうだ。

結果的に従業員に慰労金が渡るのだから、その方法も問題ないと言えば問題はないが、事業者が代理受領しているだけで、支給を受ける権利は従業員個人にある慰労金を、事業者が支払うべき労働対価と混同させるような支給方法はいかがかと思う。本来ならばこの慰労金は、給与・賞与とは分けて支給するのが筋ではないだろうか・・・。

本当に職員を大切にする介護事業者は、慰労金の申請や支給の仕方にも従業員に対する誠意を見せてほしい。そうしないと職員にとって長く安心して働くことができる職場にはならないと思う。

そういう意味では職員の皆様にとっては、コロナ禍における一連の事業者対応が、本当に従業員を護ってくれる経営姿勢なのかどうかを測るバロメーターになるかもしれない。従業員を大切に思ってくれない職場と感じたならば、別の職場を探すことも選択肢として持っておいた方が良いと思う。

ところで介護報酬改定では、サービス提供強化加算について、特養や老健、グループホーム、特定施設、通所介護、小多機などに設定されている共通の要件を、現行の勤続3年以上の職員が30%以上から、 勤続7年以上の職員が30%以上に変更し、より長い勤続年数の設定に見直すこととしている。

この加算を算定できなければ、苦しい経営を強いられる事業者も少なくない。それを考えると今後は、ますます職員の定着率を高めていく必要があると思える。

その為には様々なアイテムが必要だ。定着率に影響するのは待遇ばかりではなく、職場環境を良くすることに加え、仕事への誇りを抱くことができるアイテムを備えておく必要がある。

職場のイメージアップ戦略は実質を伴わないと幻滅要因にしかならないことも理解すべきだ。

誰もが安心して利用できるサービスを謳い文句にしている介護事業者で、職員がマナーのない態度で利用者に接し、荒々しく利用者に接する先輩職員の姿を見て、介護の仕事に思いを持って入職した新入職員のモチベーションは奪われていくのである。

介護職の自尊心を下げるような環境が離職を生むのだから、顧客に対して無礼な態度がまかり通る職場では定着率は高まらない。

真実の中でしか仕事の誇りは生まれない。だからこそサービスマナーの確立は、職員の定着率を向上させる最強アイテムとなり得るのだ。

今コロナ禍で介護業界以外の他業種から、介護職に転職してきた人が増えている。それらの人たちの中から顧客に対する従業員の、「タメ口」対応が異常だという指摘が相次いでいる。その姿は醜く汚らしいという人も多い。そのように感じる人たちが、コロナ禍が終息した後にも、介護事業者に残って介護職を続けてくれるだろうか・・・。甚だ疑問である。

先日、「民度が低い介護業界の現状」という記事を書いたが、そこには幾人かの方々がコメントを寄せてくれている。その中には、「タメ口が当たり前の人も介護を辞めて他の仕事をすれば接客言葉になる」という鋭い指摘もある。介護業界の異常さ、民度の低さを現す的を射た指摘であると思う。

こうした民度の低さを打破して、対人援助のプロとして顧客に適切に接するマナーが浸透した職場には、先輩職員の利用者に対する汚いタメ口や、馴れ馴れしいだけで乱暴にも見える態度に嫌気が差している、志の高い職員が転職してくる可能性も高まる。サービスマナーに徹した職場には、良い職員が定着し、良い職員が寄ってくるという好循環が生まれるのである。

専門職としてのあるべき姿を求める厳しい姿勢によってしか仕事の質は高まらないことを、介護事業経営者や管理職の方々はもっと強く自覚すべきだ。

そのうえで介護は底辺職業で、介護職は可哀そうな人というイメージを払しょくする経営努力が求められるだろう。
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悪しき伝統は強権で介入しないとなくならない


職場にはそれぞれ、代々受け継がれていく有形無形の伝統がある。

しかしそれがすべて価値ある伝統とは限らず、なくしていかねばならない悪しき伝統も多い。介護事業者の伝統も同じである。

措置時代のルールを受け継ぎ、何十年も前から変わらない介護施設の運営基準に胡坐をかいて、そこで死ぬまで暮らさねばならないかもしれない人の入浴支援を、週2回しておれば豊かな暮らしだと勘違いした考え方を是正させようとしない伝統もある。

しかしそう考えている人自身は、毎日朝と晩にシャワーを浴びたり、少なくとも毎日入浴している人が多い。自分の暮らしと、自分が支援している人の暮らしぶりに、大きな差があることに何も疑問を感じることなく、職場でその是非を議論さえしないことも、「悪しき伝統」と言ってよいだろう。

そうした悪しき伝統の中でも、一番厄介なのが、利用者を子ども扱いするかのような職員対応の伝統である。

タメ口は目上の者が目下のものに対して使う、「失礼な言葉遣い」であることを理解せず、馴れ馴れしい言葉遣いや態度で利用者に接することが、「家庭的な対応」・「関係性が構築できる」とわけのわからない理屈を正当化する伝統を持つ場所には、必ずそうした対応に泣かされている利用者が存在している。

家族ではない他人が、介護支援の場で利用者に関わるときに必要な態度とは、家族と同じ遠慮ない態度ではなく、介護のプロとしての態度なのだ。信頼のおける介護知識と技術に基づいた接遇ができることが一番求められる態度なのである。

関係性というが、私たちが利用者と結ぶ関係性は、家族関係ではなく、従業員と顧客あるいは、サービス提供者と顧客という関係でしかない。そこでは顧客に対して失礼のない態度、お客様が喜んで受け入れいてくれる、「感じの良い態度」が求められるのであって、無礼で馴れ馴れしいタメ口や、過度なボディタッチが求められているわけではないのだ。

利用者に上から目線で接したり、過度に馴れ馴れしい態度で接するなどの悪しき伝統にメスを入れて、新しい風を吹き込むことは容易ではない。悪しき伝統であっても、それが受け継がれている場所では、それが普通になってしまって、悪しき事であるとは気が付かなくなっているからである。

しかも人間は保守的な生き物なので、現状を変えようとするときには、必ずそれを変えたくないという保守勢力の強い抵抗が生まれる。これを打破し変えるのは容易ではなく、経営者や管理職の強い覚悟と介入が不可欠だ。

一定の期間を示して、態度を改めない人は役職から降ろしたり、昇給をストップしたりする等、職場のルールに従わない人にはペナルティを与えねばならない。性善説で旗を振ればなんとかなるだろうという考え方が一番だめだ。

保守的で態度を改めない人は放っておいて、新人をきちんと教育して職場の伝統を変えようとしても、それは無理難題というものだ。経験年数が長い先輩職員に巻き込まれずに、新人が力強く改革の旗手になることはほぼ奇跡に近い。そうした奇跡を起こそうとする人は、様々な形のいじめや嫌がらせに合って、つぶれていくのが落ちである。

だからこそ先輩が新人の手本になるように、強権で経営者や管理職が現状に介入し、今いる職員の意識や態度を変えていく必要があり、変えられない人は排除していく必要もあるのだ。そうしないことには理想とする職場などできるわけがない。

悪しき伝統に強権で介入できない経営者や管理職が抱く理想は幻想でしかない。目ざるゴールにたどり着くために、覚悟を持って強権介入も辞さないとする人の理想だけが、実現可能な理念になっていくのである。

経営者や管理職の権限とは、そうした方向に振るわれなければならず、職員を恫喝するだけの経営者や管理職は、器がないというべきである。

それは経営者や管理職として恥ずかしいだけではなく、人として恥ずべき姿でもある。
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頭で考える介護・心で考える介護


頭の良い人が、その知能のかぎりを尽くして介護事業経営を考えることで収益は挙げられるだろう。

しかしそのことと介護サービスの品質はイコールではない。頭の良い人が頭で考えるだけではサービスの質は向上しないし、人の暮らしを豊かにすることはできないのである。なぜかと言えば利用者から搾取の限りを尽くして儲ける方法はいくらでもあるからだ。

利用者から搾取するものは、お金だけではなく心も含まれる。利用者の心を奪い、利用者の哀しみや苦しみを無視した介護事業経営を行っている人間は、哀しいことに実在している。

しかし僕はそういう方法で、この仕事に携わることを欲しないし、そうした行為を許されないと憎む立場にいる。

そもそも儲けるためだけなら介護以上に儲かる別の仕事を探した方が良いと思う。

介護という職業には、もっと違うやりがいや喜びがあるからだ。

長年在宅で親を介護していた子にとって、その親を介護施設に入所させるのには一大決心がいる場合が多い。介護している自分も年を取り、体がしんどくなってきたときに、入所申し込みをしていた特養に空きができ、自分の親に入所順番が回ってきたからと言って、すべての人が喜んで親を施設入所させるわけではない。

自分が親の介護を放棄してよいのかとか、施設に入所させることは親を捨てることと一緒ではないかとか、施設が本当に信頼できるサービスを提供してくれる保証はないのではないかと思い悩む人は決して少なくない。

そんな人たちが、やむにやまれず親を施設入所させたときに、心配が杞憂に終わったと安心できるのは、親が家にいるときと同じように介護施設に居場所を見つけ、我が家のようにくつろいで日常生活を送る姿を見ることができたときである。

だからと言ってそこで親が年下の介護職員から、子供が親に話しかけるようなぞんざいな言葉遣いで話しかけられている姿を見て喜んだり、安心したりする子はいない。子ども扱いされている親の姿に心の中で涙を流したり、悔しがったりしている。従業員の礼儀のない失礼な言葉かけに、心の中で罵声を浴びせながらも、表面上はありがたい顔をしている人が多い。人質にとられている親が、自分の見ていない場所で、いじめにあっては困ると考えるからだ。

利用者の家族が本当に安心できる職員の態度とは、いつ見ても丁寧な対応をしてくれることである。言葉遣いも態度も丁寧な職員の姿にホッとして、ここに入所させて良かったと心から思えるのである。

馴れ馴れしい行儀の悪い態度ではなく、家族の介護とは一線を画した介護のプロとして礼儀ある対応に安心感を持つのである。

そういう介護サービスを創り挙げるのが介護事業経営者や管理職の役割である。

対人援助の質を引き上げ、人を幸せにするためには愛情というエッセンスが欠かせないのである。目に見えなくて科学でも説明できない、「人間愛」を加えた介護サービスを設計する視点が、僕たちには求められているのである。

頭だけで介護事業を考えるのではなく、心からケアの本質を考えたいものだ・・・。
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民度が低い介護業界の現状


サービスマナー意識をもって丁寧な対応を心がけるというのは、接客を伴う職業において極めて当然の常識である。

しかし介護事業者に勤める人たちで、このことを全く理解できていない人はかなり多い。自分たちの職業が接客業であり、サービス業であるという基本も理解できていない人も多い。

介護・福祉・医療業界以外で、「お客様にタメ口は使ってはなりません」などという教育は成り立たない。それは極めて当たり前すぎることだから、サービスマナー研修でもそのようなレベルの話をする講師は呼ばれなくなる。

ところが介護業界は、そこからサービスマナーの話を始めなければならないだけではなく、そもそもサービス利用者が、「顧客:お客様」であるという概念から話さねばならないことも多い。それほど民度が低い業界である。

介護職員の中には、家族が家庭内で会話する際に使う言葉遣いが、利用者との距離を縮め、良好な関係に結び付くと勘違いしている人が多い。介護職のみならず、経営者や管理職という労務管理のトップに立つべき人の中にも、自分自身を律することなく、言葉や態度を崩して接することが、利用者が求めている関係性であると勘違いしている人が多い。

要するに丁寧な態度や、丁寧な言葉遣いで、良好な関係性をつくれないほど知性に欠け、コミュニケーションスキルが低い人間が介護業界に数多くはびこっているという意味だ。

お金を支払ってサービス利用する人に対して、そのお金を原資にした給与をもらう側の人間が、タメ口で接することがどうして許されると考えるのだろう。そうした失礼な態度を、「家族的・家庭的」と考える知性の低さはどこから来るのだろう。

私たちは介護のプロフェッショナルとして、介護という職業を通して金銭対価を得ているのだから、家族と同じでは困るのだ。私たちの働く場所が、家庭のように利用者がくつろぐことのできる場所にする必要はあっても、実際の家族ではない私たちが、家族と同じような遠慮ない態度や言葉遣いで利用者に接することが、「くつろぎ」ではないわけである。

そこではプロとしての業(わざ)を期待されているのだから、接客態度として正しいマナーを持って、利用者の方々に満足感を与えられなければならない。そのためのサービスマナーであり、そこから真のおもてなしの心(ホスピタリティ精神)が生まれるのだということを理解する必要がある。

そもそも私たちサービス提供者と、サービス利用者の方々との関係性とは、家族関係でも友人関係でもない。そうはなれないし、なってもいけない。それはあくまでサービス提供者と顧客の関係性でしかなく、そこではくだけた態度は失礼な態度と誤解されても仕方がないのである。そういう誤解を受けないために規律が必要となるのだ。

従業員が規律を守って働く態度を身に着けるために、サービスマナー教育は不可欠であり、それは計画的・継続的に行わなければならない。それは従業員の悪気のない態度や言葉遣いで、利用者の心を傷つけたり、不快な思いをさせないためにも求められることである。

ところがこうした教育を、「従業員への押し付け」と感じる人がいると言われたり、サービスマナーを持って接することが求められることについて、「やらされ感が半端ない」という声が聴こえてきたりする。

これこそ介護業界の民度の低さの象徴である。

職場にはルールがあって当然だ。そうしたルールを護ることが、その職場で働き続けることの条件であり、職場のルールを護ることができないというなら、その人はその職場で働く権利を失うのである。就業規則で定められた礼儀ある態度を、「押し付け」とか「やらされ感」と思うなら、その時点でその人はその職場にいてはならない人とされて仕方がないのである。

学生はなく社会人なのだから、職場のルールに沿って働くことに疑問を持つなんて言ってられないのだ。職場のルールが嫌だったり、おかしいと思うなら、別の職場を選ぶべきなのである。

そのような幼稚な疑問を一つ一つつぶしていかねばならないのが、介護業界の現状である。

ひとりひとりの従業員が、もっと介護業界全体の民度が高まるように、介護のプロとしてのコミュニケーションスキルを向上させる努力をしてほしい。

管理職レベルでその理解ができない人は、顧客に接する以外の別な職業を探した方がよい。

そしてマナー教育に対する理解のない経営者や管理職が幅を利かせている職場で、利用者に対する従業員の心無い態度に心を痛めている知性ある介護職の方々は、一刻も早くそういう職場を見限って、下記のような転職サイトのサポートを受けて、自分に合った良い職場を探していただきたい。
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まずは「感じの良い介護支援者」を目指そう


今更言うまでもないことだが、介護の仕事は、利用者の暮らしに深く介入し、自分以外の他者の最もプライベートな領域に踏み込む仕事である。

そんなことは解り切っているという人が多いだろうが、このことは常に介護支援者が自分の胸に置いておかねばならないことだ。

なぜなら、介護の仕事が利用者が羞恥心を持つような行為にまで及ぶことの配慮を忘れたときに、介護支援は人の心を傷つけることに気が付かない、デリカシーに欠ける業務に変貌するからだ。

介護が必要な高齢者にとって、介護支援者の対応の仕方そのものが、自分の暮らしの質に直結するものであり、介護支援者の言動一つで、心が踊ったり沈んだりすることも多い。

だからこそ介護を職業としているすべての人は、常に利用者に対してベストのパフォーマンスを心掛けるべきである・・・。

しかし人間である以上、間違いは犯してしまうし、感情も揺れ動くのは当然のことで、常に一定のパフォーマンスに終始することは極めて困難であると言わざるを得ない。

ましてや経験の浅い人であれば、援助技術の基本を忘れて、間違った方法で失敗をしてしまうことがあるかもしれない。

そんなことはあってはならないと言うが、技術というものは実地の中で経験を重ねて、時には失敗を教訓として、初めて身につくものが多いのだ。感情のある人間が、同じく感情のある人に対して行う仕事の業(わざ)とは、教科書に書くことができない、文字や言葉に置き換えられない様々な領域に及ばざるをものなのである。経験でしか得られないものが必要とされるのが介護という仕事の宿命でもある。

そんなふうにちょっとしたコツが必要になるデリケートな仕事が介護である。だからこの仕事は決して、AIを搭載したロボットでも替わることができないのである。

そのような介護の仕事だからこそ、利用者と初めて向かい合った当初からベストのパフォーマンスを展開するということは難しい。

だからと言ってその状態を当たり前であるから利用者に対して、「我慢しろ」という態度であってはならない。それはプロとして恥ずかしい態度でしかない。

そうであれば私たちにはいったい何が求められるのだろう・・・。

私たちが介護という仕事の中で、利用者に対して最低限担保すべきこととは、ベストのパフォーマンスを展開できない場面でも、決して嫌な思いを利用者にさせないようにする態度を身に着けることだと思う。

申し訳ございません」は優しい言葉であり、「ありがとうございます」は温かい言葉だ。そうした優しくて、温かい言葉を介護の仕事をする中で、普通に使いこなせるようにしたいものだ。

そうした優しさと温かさをもって介護の仕事に励むならば、あなたはきっと素晴らしく立派な介護支援者になることができるだろう。しかし最初から立派な介護支援者にならなくても良いのである。

利用者の方々に、嫌な思いを味合わせない対応。利用者の方々が不快にならないための対応。そういうことを繰り返す先に、仕事を通じてあなた自身が人間的に成長し、いつか人から見習われるような介護支援者になるのである。

だから私たちが最初に目指すのは、「感じの良い介護支援者」である。

サービスマナーを身に着けることは、感じの良い介護支援者になるための絶対条件であり、「介護サービスの割れ窓理論」を理解することは、誰からも求められる介護支援者に成長するための必要条件なのである。

是非そうした態度と理論を身に着けて、この国を支える介護支援者になっていただきたい。

家族と同じように言葉を崩して会話しなければ、親和性を伝えられないとか、タメ口が家庭的な雰囲気につながると勘違いしている輩は、いつまでも「感じの悪い奴」のままである。

その醜い姿に一日も早く気づいてほしいものだ。
感じの良い支援者
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サービスマナーは経営者のために身に着けるのではない


今日11月11日は、「介護の日」とされている。そのためという訳でもないが、1並びの日なので、この記事も11月11日・11時11分の1並びを目指して投稿した。

ところで今日は19時からYouTubeで、内田洋行主催UCHIDAビジネスIT オンラインセミナーの4回シリーズの最終回が配信される。下記は35秒間の配信動画(シリーズ2回目)なので参照いただきたい。

最終回のテーマは、「職場環境の大切さと顧客確保のための現場マナー」である。このシリーズは、介護事業経営の面から、人材確保と定着に焦点を当てたセミナーになっているが、求められる人材の定着という観点からも、サービスマナーに徹して仕事に従事する職場環境は大事である。

特に利用者に適切なサービスを結び付けて、少しでも良い暮らしに結ぶ付けたいと考えている優れた人材にとっては、マナーに欠ける他の職員の態度はストレスでしかない。そうした人たちが、他の従業員の利用者に対する、「あんまりの行為」にストレスを感じてバーンアウトする職場は、永遠に人材が集まらないということになる。

もういう意味で、今日のテーマで語ることは、行儀作法としてのマナーではなく、人材確保を含めた介護事業経営戦略としてのサービスマナーについてである。

Zoomに習熟していない方も、YouTubeなら問題なく視聴できるという人も多いだろう。どなたでも無料視聴できるオンラインセミナーであるし、今日時点での申し込みも可能なので、19時から50分ほど時間がとれる方は、是非申し込みの上視聴いただきたい。

さて、介護サービスにおける、「サービスマナー」の必要性を理解できない人たちは、今もどこかで、知らぬ間に誰かの心を殺し続けている。

介護事業者は人材不足が叫ばれる中で、多業種からの転職者などが募集に応募してきた場合、人材をきちんと見極めることなく、安易に採用してしまうところも多い。「とりあえず採用してみて、適性を見極めようか」などとして採用する人の中には、教育でスキルが挙がらない能力が低い人や、もともと他人のプライバシーに深く介入し、支援を行うという仕事に適性がない人も含まれている。

介護福祉士養成校の卒業生の中にも、知性に欠けるスキルの低い人が混じっているのも事実だ。そのような中で、適性判断をきちんと行わないで闇雲に採用してしまう介護事業者の中には、サービスマナーの必要性を理解できない知性・知能レベルが低い人が混じっているのだから、困ったものだ。

そんな人の中には、「利用者の家族の位置まで降りて、利用者に気安い言葉を書けた方が良い」などと言い、「タメ口」で接客する異様な姿を直せない人員でしかない人も多い。そういう人には一日も早く、他の仕事を探してもらう方が良いと思っている。

そもそも高齢者にタメ口で接して、それが家庭的な対応で、フレンドリーな関係を構築すると勘違いしている連中は、わずかな知識で人生を割り切ろうとする連中でしかない。

三尺の棒で何丈もある海に深さは測り切れないのである。自分の拙い知識で海を知ろうとして、とち狂っているだけの人によって、介護サービスの場で高齢者の心は殺され続けている。そのように汚い言葉と乱暴な態度で高齢者に接して何とも思わない連中は、熱いトタンの上のアイスクリームのごときだ。

そうした連中は、職場内で徒党を組みたがる。義務や責任から逃げ出し、誇りと知識のない仲間だけが寄り集まって群がり、一つの世界をつくって、自分たちの拙い知識や、低い知性で創り出した方法論から脱しようとしないわけである。

介護事業経営者や管理職は、こうした状態を、数合わせのためだけに放置してはならないのである。

しかし介護サービスを利用する中心が団塊の世代になってきていることを忘れてはならない。

その世代の人たちとは、あらゆる場面でそのニーズに最大限の配慮をされてきた世代なのである。なぜなら団塊の世代に売れる商品を開発すれば、ほかの世代に売れなくとも儲けることができたからだ。

つまり団塊の世代とは、顧客として誰より手厚く遇されてきた世代でもあり、介護サービスを利用するに際しても、自分を遇する人を選ぶ傾向が強い。ホスピタリティの高い介護事業者を、団塊の世代の人たちは積極的に選んで利用するのである。

そんな中、介護市場は100兆円を超える巨大マーケットになっていくのだから、異業種の営利企業がこれからも参入してくる。顧客の奪い合いが今より激化するのかで、顧客を確保しなければ生き残っていけないのである。

そうであるからこそ、団塊の世代の人々に選ばれるための介護事業戦略として、従業員にサービスマナーを徹底して、ホスピタリティを高めていく必要があるのだ。

さすればサービスマナーに徹して仕事ができる人や、サービスマナーを他の職員に教育できる人は、それだけで価値があるということになる。当然そういう人は、他の従業員よりも良い待遇を与えてでも確保したい、「人財」と言えるわけである。

既にそういう人を好条件で採用する企業も現れている。つまりサービスマナーを身に着けることは、経営者や管理職のためではなく、自分が働いている介護事業者のためだけとも言えないわけである。

それは自分自身が豊かになるために身に着けるものだ。しかし豊かになるとは、より高い金銭の対価を得られるという意味にとどまらない。

サービスマナーを身に着け、ホスピタリティの高い対応を身に着けた先には、利用者の心からの笑顔に出会うことができ、自分がかかわった人たちが、より豊かな暮らしぶりとなるという結果に出会うことができるのだ。その姿に触れて、自分自身の心が豊かになるのである。

自分自身のために、自らの自己実現のために、介護サービスの場におけるサービスマナーを身に着けてほしいと思うのである。
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虐待防止が研修テーマとなる意味


北海道は今日、初雪が降った地域が数カ所あるなど、冷えた朝を迎えた。本格的な冬ももうすぐそこである。

ところで今朝のCBニュースのトップ画面は、僕のアップ画像がでかでかと張り付いているので、アクセスした方々は、どうかびっくり仰天しないでほしい。

リンク先を文字に貼り付けてはいるが、このトップ画像は明日には消えているだろうから、記念にこのブログ記事にも張り付けておこうと思う。CBニュースさん、画像借りますのでよろしくお願いします。
快筆乱麻・masaが読み解く介護の今
ちなみに、昨日の続編となる後編記事はこちらなので参照いただきたい。

ところで今日は、この後13:30〜京都府京丹後市の社会福祉法人さん職員研修として講演を行なう予定になっている。

とはいっても僕は今、京都にいるわけではなく、北海道登別市の自宅でこの記事を更新している。これからZoomを使ってオンライン講演を自宅から配信する予定になっているのである。

コロナ禍でリモートワークは10年先に進んだと言われるが、本当にそうだと実感している。講演を北海道の自宅から全国に向かって配信するという行為を、専門的な知識のある人に頼ることなく、特別な機器も備えることなく自分一人で準備し、自分のPCのみを使ってできるようになるなんてことは、昨年までならほとんど想像できなかった。

それが今では当たり前になってきている。京丹後市という魅力あふれる場所に行くことができないことは残念であるが、講演主催者の方に移動費や宿泊費という費用負担をかけることなく、講演を受講していただけることは大いにメリットであろうと思う。オンライン講演も是非お気軽にお申込みいただきたい。

今日の講演テーマは、「利用者虐待の要因と虐待防止の視点〜人権はどのように奪われるのか、どうしたら護ることができるのか」としている。

これは講演主催者側からの要望で設定したテーマであるが、こうしたテーマが望まれるという意味は、必ずしもそれを望む主体が、虐待が起きるような体質があって悩んでいるからではない。

むしろ講演主催者は、介護という職業の使命と責任という観点から、気づかぬうちに利用者の心を気づつけてしまうことがないような、細心の注意を払った介護サービスの提供に心がけたいというポジティブな思いから、虐待防止というテーマを希望されることが多い。

そもそも虐待を行わないサービス事業者が良い事業者という訳ではない。対人援助を職業としている事業者なり従業員は、利用者を虐待しないというのは極めて当然のことである。「利用者虐待を行わない事業者」なんていうキャッチコピーはあり得ないし、そんなことは売りにならないわけである。

だからこそ、介護サービスという職業を通じて顧客と向かい合う事業者やその職員は、虐待とは無縁の就業態度を身に着けておかねばならないということになる。

つまり虐待防止の本当の意味とは、介護サービスの場から、世間一般からみた場合に、「非常識で普通でない状態」をなくすということになるのかもしれない。

自分の所属する法人・事業所は、虐待と無縁だから虐待防止研修は必要ないということにはならず、虐待と無縁の状態を護り続けるためにも、虐待防止研修は定期的に行っていく必要があるのだ。

虐待は大きく分けると、心理的虐待・身体的虐待・ネグレクト(放棄・無視)・性的虐待に分けることができるが、高齢者介護の場ではかつて身体的虐待の比率が高かったが、近年は心理的虐待とネグレクトの比率が高くなってきているという問題がある。

そのことは、虐待している当事者が、「そんなつもりはなかった」という無意識の虐待が増えているという意味でもある。

しかし虐待する側にその意識があるかどうかに関係なく、虐待される側が受けるダメージは大きい。悪意はなくても人は傷つくということを忘れてはならないのである。

そうした無意識の虐待は、サービスマナー意識に欠ける従業員の言動によってもたらされるもので、虐待防止研修には、必ずサービスマナー研修と被る内容が含まれてくる。「介護サービスの割れ窓理論」もそこに加わってくることになるのも必然だ。

繰り返しになることを恐れずに書くとすれば、虐待防止が研修テーマとなる意味の一つは、当事者が虐待とは思っていない行為で、利用者を傷つけているという事実が存在するからである。しかし人に関わり、個人のプライバシーに深く介入する職業に就いている者にとって、そのような鈍感さは決して許されないのである。

そうならないために何が必要か。どんな考え方が求められるのか。私たちは何をすべきかを具体的に語るのが、僕の虐待防止講演である。

それは虐待防止という一つのテーマだけに収まる内容ではなく、介護支援とは何か、対人援助では何が求められるのかというメッセージを含んだ講演であり、できるだけ多くの方々に聴いていただきたい講演でもある。

介護という職業は、介護支援を必要とする人たちを、心にかけて護るために存在する職業である。だからこそ自らの心無い言葉で人を傷つけてしまうことを誰よりも恐れる必要があるということを、すべての介護従事者に理解してほしい。

特に高齢者介護とは、人生の最晩年期に関わるという責任があることを自覚し、心無い態度や言葉で、利用者の心を傷つけてしまったときに、その失敗を取り戻す術(すべ)を失う可能性が高い仕事であることを自覚してほしいと思うのである。

心が殺されたまま、人生が終わってしまう・・・。介護事業をそのような哀しい職業にしてはならないのである。
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感情の記憶は認知症の人にも残ります


生き残るための医療・介護経営のウエッブマガジン、「CBニュース」に連載中の、「快筆乱麻masaが読み解く介護の今(57)」が今朝5時に更新されている。今月はコロナ禍特例に関する厚労省の対策の評価について、僕の考え方を示しているので、明日朝アップされる後編とともに注目していただきたい。

それはさておき本題に移ろう。

対人援助の仕事に就くものにとって、無差別平等の意識は非常に重要だ。この仕事は感情ある人間同士が接しなければ成立しない仕事であるからこそ、好き嫌いの感情が生ずやすく、顧客である利用者に対しても、サービス提供者が好き嫌いの感情を抱くことはやむを得ない。

だからといってその感情に左右されて、利用者のサービスの質に影響が出ることは許されない。プロである以上、その感情をコントロールして、誰に対しても平等にサービスを提供する必要がある。

だからこそ自己覚知による感情コントロールが求められることは何度かこのブログで書いてきた。(参照:価値観が変化する自分を覚知するために

ところが感情のコントロール以前に、最初から人を差別して介護に関わっている人がいる。意識の中で自分より立場の弱い人を見下す人がいるのだ。こうした態度を放置してしまえば、介護サービスを受ける人は、サービスを提供する人の顔色を常に伺っていなければならなくなる。そうなればその行為は援助ともケアとも呼ぶことのできない、劣悪な行為に成り下がる。

例えば、認知症のない人に対しては丁寧語で話しかけるのに、認知症の人に対してはタメ口で話しかけている人がいたりする。こうした態度は、認知症の人を見下しているということに他ならない。

こうした態度を取る人は、無意識のうちに認知症の症状がない人と、認知症の人は違う人間であると考えているのだ。だから言葉遣いが自然と異なってしまうわけである。

無差別平等の精神から言えば、どのような症状があろうとなかろうと、人としての価値は変わらないわけであり、職業として人にかかわる人間が、症状の違いで、接する態度にも違いが出るなんてことは許されないのである。

しかもアルツハイマー型認知症の人は、無礼で馴れ馴れしいタメ口に、一番傷つきやすい人でもある。そのことも理解する必要がある。

アルツハイマー型認知症という症状の特徴の一つに、「海馬」の機能不全というものがある。ほとんどのアルツハイマー型認知症の人は、海馬周辺の血流障害が生じて、海馬が働かない状態になっている。

この海馬というのは、見たり聞いたりした情報をいったん取り込んで、記憶にするための器官である。その器官が機能不全に陥っているのだから、新しい情報を記憶にできないのが、アルツハイマー型認知症の人の典型症状であると言ってよい。

それは何を意味するのかを考えるうえで、こんな場面を想像してほしい。

アルツハイマー型認知症の人が混乱し、行動・心理症状が強く出ているときに、時間を掛けて関わりを持ち、その人の気持ちに寄り添う態度に終始して、落ち着かせることができたとき、認知症の人は、落ち着かせてくれた人を愛おしく見つめてくれるだろう。ありがとうと感謝されるかもしれない。

しかしその時落ち着かせてくれた人の顔も名前も、アルツハイマー型認知症の人は覚えることができないのである。

混乱していた人を落ち着かせて愛おしく思われた職員と、アルツハイマー型認知症の人が、翌朝あった時には、認知症の人にとって、その職員は初対面の人にしか過ぎない。だからその職員が馴れ馴れしいタメ口で話しかけたときに、認知症の人は、「知らない人が、なぜ自分に馴れ馴れしく話しかけてくるのだろう。」・「年下の人間がなぜ自分に横柄な言葉や態度で接してくるのだろう。」としか思わない。それは認知症の人を怒らせ、混乱させる要素にしかならないのだ。

だからこそ、認知症の人に対しては常に、ゆっくり静かに近づいて、丁寧な言葉で目を見て笑顔で話しかけるという態度が求められるわけである。

そういう意識を持つことができない人は、対人援助の仕事に就いてはならないのだ。なぜならそのことに気が付かないことは、即ち人の心を傷つけ、人の心を殺すことを何とも思わないことと同じだからである。そんな人はさっさと別な職業を探した方がよい。

しかしそうであるなら、あんなに時間を掛けて丁寧に接した記憶も失われるのだから、接した時間も労力も無駄になると考える必要はない。認知症の人に時間を掛けて丁寧に接しても、何の意味もないと思う必要もない。

以前に書いた、「記憶を失っても、感情が残される理由」でも触れているが、記憶には種類があって、それぞれ記憶する回路が違うのである。

仕事や家事の手順を覚える、「手続き記憶」は、海馬を通さない記憶だから、アルツハイマー型認知症の人の記憶としても、残されている部分が多々あることと同様に、感情の記憶も海馬を通さず、小脳に残る記憶なのである。

さっき食べたものが何かを記憶できない人であっても、「あの人は良い人だ。あの人は好きな人だ。」ということは記憶できるのだ。

毎朝、最初に出会ったときには、「この人は誰だろう」と怪訝な顔で迎える認知症の人と、丁寧にあいさつを交わし、丁寧な言葉で目を見て笑顔で話しかけるということを続けていると、認知症の人の感情の記憶がよみがえり、「この人は、自分にとって良い人だ」と思えて、昨日や一昨日より時間を掛けなくても落ち着いて会話ができるようになるのだ。

だからこそ、そうした感情の記憶が残され、少ない対応時間で落ち着いてもらえるように、時間を掛けて信頼を得られる対応をするときも必要になるわけである。

そうして時間を掛ければ、その掛けた時間は貯金のように貯まり、後々、その人が混乱しているときに接した際に、さして時間を掛けずに落ち着いてくれたりするようになるのである。

愛をかけずにおざなりに対応するだけの時間は流れ、失われるだけになるが、愛を積めば時間は貯まるのだ。

だからこそ、今何をしたのかという記憶を失っても、感情の記憶は残っているから、認知症の人が一瞬でも楽しい時間を過ごすことには意味があるのだということを理解して、そのことを信じて認知症の人と関わりを持ってほしい。

認知症の人が良い感情を持てる時間や空間を作り出すことには、重要な意味があることを理解してほしい。

感情の記憶はしっかり残るという証拠は確かにある。なぜなら顔と名前を覚えることができない認知症の人でも、ごく自然に好きな介護職員と、嫌いな介護職員は見分けているではないか。

あなたは認知症の人にとって、どっちの職員だろうか・・・。認知症の人の感情のあり様は、私たちのケアの質を映す鏡である。そのことを忘れてはならない。
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ネット上の犯人糾弾という『娯楽』の被害者にならないために


世の中で起きるあらゆる事象がスマホによって動画撮影され、ネット上で「さらしもの」となる危険性があるのが現代社会である。

あらさがしの結果でしかないような誰かの行為がネットにさらされて、ネット住人達にそれが一たび不適切と烙印づけされれば、たちまち糾弾対象となり犯人探しが始まる。

そこではプライバシーも個人情報も、何もかもが無視され、糾弾される者の姿かたちが無遠慮にネット上にさらされ、個人名が特定されていく。それに対して匿名の無数の糾弾者が、批評家気取りで様々な批判を繰り返す。

普段は市井(しせい)の人でしかなく、評論とは無縁の一般人が、ネットの中では正義の斧を振り飾す批評家に変わり、悪を滅ぼすのは自分の言葉であり、自分が書く文章こそが正義・正論であるかの如く、自分が逢ったこともない誰かに罵詈雑言を浴びせ続ける。

そうしたエセ批評家・ニセ評論家連中は、自分は決して傷つくことがない場所で、姿と名前を隠しながら、ネット上にさらされた見ず知らずの誰かを、悪の権化と決めつけて、さらし者にして罰を与え続ける。

しかしそうした行為は、世の中を良くしようとして行われている行為ではない。世を正しく導くために、正論を繰り返すのではなく、ネット住人たちの、『娯楽』として、ターゲットとなった見知らぬ誰かを、みんなで狙い撃ちにしていたぶり愉しんでいるだけである。それは低俗な虐めでしかない。

しかし事が低俗で悪質なだけに、そうした行為で心を殺される人がいる。

ネット上にさらされた自分の行為を、悪意を持って行っていなかった人は、その行為が批判されて初めて重大な間違いを犯したのだと気が付き、それを反省したとしても、後悔も反省も顧みられず、娯楽を楽しもエセ批評家自身が、飽きるまで糾弾されるづけることになるのだ。

介護サービスの場で、マナーに欠けた対応を直せない人たちは、こうしたネット上の娯楽のターゲットになる危険性が高いことを自覚してほしい。

僕のサービスマネー講演でいつも話すことではあるが、タメ口はしばしば荒い言葉遣いと見まごう場面をつくり出すのである。

医療や介護以外の他の職業では、顧客に対してタメ口で接することはあり得ない。そうであるからこそ介護サービス従事者が、顧客である利用者に対して言葉遣いに配慮のない会話を繰り返している姿は、第3者から見れば異様に映ることも多く、若い職員が高齢者を罵倒していると感じさせる場合もある。

現在はコロナ禍で、介護施設や居宅サービス事業者には、従業員と利用者しか存在しない密室状態になっているかもしれない。しかし通常の姿に戻れば、介護事業者にはサービス提供中に、顧客以外に面会の人や、外部の業者が出入りするのが普通だ。職員が利用者と接する姿を、外部の第3者が目にすることが普通になっていくはずだ。

その時に、無礼で馴れ馴れしいタメ口で利用者に接している従業員の姿を不快に感じて、その場面を切り取ってスマホに録画した動画を録画した直後に、#ひでえ口の利き方#態度最悪の介護職員などとハッシュタグをつけてSNSにアップされたとき、「あれは親しみやすい言葉として使っているだけで、関係性ができているから問題ない」という言い訳が世間に通用すると思っているのだろうか。

そんな言い訳は通用せず、その姿自体がネット住民の娯楽のための攻撃対象になってしまうのである。

介護事業においても、サービスマナーを身に着けて顧客である利用者に接するという意味は、利用者の心を護るためだけではなく、そうしたネット上の攻撃から自分自身を護るためにも必要になっているのだということを自覚してほしいと思う。

マナーのない態度で利用者の心を殺した罰が、ネット上の見知らぬ多数のエセ批評家による攻撃で傷を負う結果であるということであってはならないわけだ。そんな罰を与えても、傷つけられた利用者の心は癒されないのだから、そのことを踏まえたうえで、利用者の心も、自らの心も護るために、介護サービスに従事するすべての人が、サービスマナーの必要性に気が付いて、介護が本当の意味で、『人の役に立つ仕事』・『人の暮らしを護る仕事』となるようにすべきなのである。

罰してもとりもどすことができないものを、なくさないように護ることが介護の使命なのだから・・・。
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虐待を防ぐものは精神論にあらず


先週末の僕のミッションは、今週木曜日に北海道の自宅から、長崎県五島市に向けて配信するオンラインセミナーのPPTスライドを完成させることだった。

90分間の講演スライドは9割方できていたが、その最終チェックとまとめを行い、何とか昨日までに最新の虐待防止セミナー用PPTスライドを無事完成させることができた。
虐待防止セミナーのPPTスライド
この講演は、2018年の7月に、五島市の社会福祉法人・明和会さんの法人発足20周年式典の記念講演講師としてご招待いただいたご縁からつながっている。(参照:五島の天の川 ・ 五島の青い海

その際にお世話になった特養・ゆうゆうの郷の門原施設長さんから、「他法人の保育園長から介護系の先生でも良いので、虐待関係の講師を紹介してくれないかと依頼された」という連絡をいただき、仲介いただいた結果、実現に至ったオンライン講演である。

ということで木曜日のセミナーは『みどり丘保育園』の保育士さんが受講するオンラインセミナーであるが、明和会さんとの合同セミナーという形なので、結果的には幼児保育の専門家と高齢者介護の専門家の両方の方々に向けた虐待防止セミナーということになった。

みどり丘の園長先生には、門原施設長が僕の著作を紹介してくださり、それを読んでもらったうえでの講演依頼なので、取り上げる事例は高齢者が中心となることを承知していただいている。しかし僕自身は人間の尊厳を護るという意味では、幼児・児童・大人に関係なく伝えなければならないものもあると思っているし、保育士さんに向けたセミナーも過去に経験しているので、内容を組み立てるにあたって戸惑うことはほとんどなかった。

虐待防止の勉強を行う意味は、そこに発生している虐待事例をなくすという意味合いではなく、保育や介護という対人援助においてあってはならない虐待を、未然に防ぐための知識を得て、体制を整えおくという意味合いが強い。

それは対人援助に関わる全ての人が、必ず一度は受講しておかねばならないセミナーだ。なぜなら虐待は、虐待しようという意志や意識が無い人によって行われることが多いからだ。虐待と無縁だと思っている人にも受講してもらい、もしかしてあのような行動や行為が虐待につながるかもしれないということに気がついてもらう必要があるのだ。

虐待は、「心理的虐待」・「身体的虐待」・「ネグレクト(放棄・無視)」・「性的虐待」に区分されるが、かつては児童・高齢者ともに身体的虐待の件数が最も多かったものの、ここ5年ほどは心理的虐待の件数が増加し、児童では全体の約半数を占めている。高齢者の場合は、ネグレクト(放棄・無視)の増加も目立っている。

身体に被害は及ばないものの、人の心を傷つける虐待行為の中には、虐待している当事者が、「そんなつもりはなかった」という無意識の虐待も数多く含まれてくることになる。

しかし虐待される側が受けるダメージは、意識・無意識に関係なく大きなものであることに変わりなく、虐待を完全になくすためには、何が虐待行為なのかということを根本から理解するとともに、悪意がなくとも、デリカシーのない対応で傷つけられる人が生まれないようにすることが非常に重要となるのである。

その為には幼児であっても、「ひとりの人間」として認めて接する態度が欠かせないし、対応する職員は必要なことをする前にその人に伝えたり、承認を得るプロセスを踏まなければならない。プライバシーに介入する場合、その人の尊厳を損なわないように関わることに最も注意が必要となる。

このように虐待防止の根源的考え方については、幼児虐待も高齢者虐待も変わりないわけである。

そして援助者は自分の感情を自覚し、自分の感情をコントロールして援助する必要性も、両者とも変わらないわけである。

感情をコントロールするために、アンガーマネジメントなどの訓練も必要と言われるが、その前提は自己覚知であり、統制された情緒関与の原則であることにも変わりなく、こうした知識や援助技術を伝えるのが虐待防止セミナーである。

それは、「虐待はあってはならない」という精神論ではなく、自らの行動が虐待につながることがないように、どのような知識を基盤として、どういうふうに援助を行うのかという技術論・実践論でなければならない。

虐待を行わないサービス事業者が良い事業者という訳ではなく、利用者を虐待しないサービス事業というのは極めて当たり前であると言った意識、ストレスは誰もが抱える可能性があるものだが、そのはけ口を利用者虐待という形に求めることは、「当然」でもなければ、「よくあること」でもないことを意識したうえで、職場の組織環境と実践法が虐待を未然に防ぐのだということを理解していただくセミナーとしたいと思っている。

なお昨日から、「介護施設等の人員配置基準緩和(削減)に関するアンケート」を行っている。その結果はこちらからも見ることができ、すでに多くの方々の協力を得ているが、引き続き介護実務に携わる人の生々しい声を集めたいと思っているので、投票がお済でない方は是非協力をお願いしたい。
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介護リーダーの役割をわかっていますか?


介護の職業に就きたいと思う人の動機は様々である。

しかし介護福祉士養成校の入学者の志望動機で毎年1番に挙がってくるのは、「介護職という人の役に立つ仕事に就きたい」という動機だ。

そうはいっても彼ら・彼女らに介護職に対する相応の知識があるわけではない。人に役立ちたいというイメージも漠然としたものである場合もある。しかしその志(こころざし)は良しとせねばならないし、その気持ちをなくさないように、志を実現できる人を大切に育むという役割が教員には求められてくる。

介護実習などで関わる介護関係者にもそのことは理解してほしいし、その志をつぶさないようにしてほしいと思う。されど現実には多くの学生たちが、介護実習という場で志をつぶされたり、くじけさせられたりしている。

だからこそ僕は、介護事業者に勤める全ての職員が手本にはならないと指導せざるを得ない。反面教師として見なければならない職員もいるので、そんな姿を見習う必要はないと教壇から生徒たちに訴えなければならない現実を、すべての介護関係者が恥ずべきことだと認識してほしい。

そんな指導を受けている学生たちは、介護実習の場からいろいろなものを持ち帰ってくる。ポジティブで励みになる指導を受けて、大切な思いを持ち帰る者もいるが、残念ながらそういう生徒は決して多くはない。

某専門学校の介護実習発表会アンケートによると、「利用者をまるで物のように扱って、仕事も全部流れ作業のようになっている」・「人生の先輩に対する口の利き方を知らない〜赤ん坊や幼児に対する言葉かけをする人がいるのに、誰も注意しない」・「理想と現実は違うと注意されるけど、あなたの現実って、そのレベルでいいのと言いたくなる」という批判の言葉が連ねられており、その現実に愕然とせざるを得ない。

しかし多くの学生たちが、そのようは批判の言葉を書きながら介護事業者に就職しているのにもかかわらず、そういう学生たちによって介護現場が変えられたという例は少ない。

志を高く持って卒業していった人たちが、介護の現状を何も変えられずに、批判した現状に甘んじているのは何故だろう。その理由は、それだけ現実のバリアが高いということであり、先輩職員の負の圧力に抗しがたくなってしまうということだろう。

特に介護事業者の現場リーダーの意識が低く、権力だけを持つような状態だと、新人が現場を変えられないうちに現実に流されて、自分が批判していた先輩職員と同じ姿になるか、退職して別な職業に転職するかのどちらかの結果になってしまっているのだろう。

例えば、「介護の恥」で紹介しているような介護リーダーがいる施設に就職してしまった職員は、自分だけが利用者に丁寧に接し続けることは難しくなるだろう。そういう施設に就職してしまった志の高い人は、一日も早く自分の志が生かせる施設に転職するしかないと思う。

希望を失い、自分自身がそのリーダーのような醜い姿になってしまう前に、居場所を変えなければならない。残念ながら、そういわざるを得ない一面を持つのが、介護事業の現状でもある。

志の高い職員がその志を失わずに、その場で成長していく職場には、それなりのスキルを持ったリーダーが必要なのだ。

介護の場におけるリーダーは、利用者対応において誰よりも手本となるサービスマナーを持った顧客対応スキルを身に着けていなければならない。その姿を見ることで、若い人や新人職員は介護の本当のあり様を学び、自身の就いた職業と職場に誇りを抱くことが出来るのだ。

それが介護を職号とする人々の希望につながっていくことを決して忘れてはならないし、リーダーとはそうした、「希望を配るという役割」であることも忘れてはならないのである。
リーダーは希望を配る人
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我、時に狂人にならんと欲す。


先に内閣が示した、「経済財政運営と改革の基本方針2020 について」(骨太の改革2020)を読むと、例年と異なって社会保障費の自然増を5.000億円程度に抑制するという数値目標が書かれていないように思う。

それが僕の見落としでないとしたら、コロナ禍の影響で感染対策費などの支出も増える中で、その数値の達成はますます困難であるという意志が働いたのかもしれないと思ったりしている。

だからと言って骨太方針が国の予算支出を必要不可欠な領域に重点化し、それ以外の予算支出をできるだけ抑制させるための方針であることに違いはないので、そのことで介護報酬のアップが期待できるというものではない。

しかし社会保障費の削減数値が消えたことをポジティブに捉えて、次期報酬改定のプラス改定に向けた関係者の期待値は、少しだけ増しているというところだろうか。

どちらにしても社会保障費自体は、まだまだ増え続けるのだ。介護給付費だけを見ても、2018年の10兆円から2028年には20兆円になる。そこに保険外の周辺費用を含めると、介護市場は2025年には100兆円と言われる巨大なマーケットとなるのである。感染対策費の上乗せ分を考え合わせると、この数字はさらに上方修正ができるものと思える。

そのため今後の介護サービス市場において、顧客のハートをつかんでサービスを利用してもらえるのであれば、介護事業者には今以上の大きな収益が期待できるのである。

だからこそ顧客のハートをつかむ知恵と工夫が必要だ。日本の高度経済成長を支えてきた段階の世代の方々に選ばれるサービスは何かを考えて、介護戦略は常に更新していく必要がある。

ホテルサービス並みの顧客対応を日常化できる事業者には、付加価値に対する保険外の収益を得るチャンスが広がり続けるだろう。お客様に対し日常的に、「○○様。かしこまりました。」という対応ができる事業者だけに、大きな収益は生まれるのである。サービス利用者に対して、「さん付け」で十分だろうと考える事業者であってはならないのだ。

ましてや、「ちゃん付け」や「ニックネーム」で顧客を呼ぶ事業者は、顧客が離れる前に、簡単に撮影される映像がネットに流出して、その言い訳と謝罪に多くの労力がとられていくだろう。

顧客に向かってタメ口対応を批判され続ける介護事業者が存在することは、それを踏み台として利用できるという意味になるかもしれない。サービスマナー意識に欠ける事業者のサービスの品質を批判しながら、その対岸に向かうことができれば、劣悪な事業者との対比を売りにして大きな「財」を獲得できるのだ。その財とは人財も含めての話である。それはサービスマナー教育にお金と時間を掛けない事業者には得ることができない財である。

そのような中で、感染予防への先進的取り組みは、顧客確保の売りになり得るものだろう。昨日の記事で指摘した、新生活様式に沿った面会対応ができるための設備も、顧客ニーズにマッチして選ばれる要素の一つにあり得る。他の施設で導入していない、新たな面会の導線確保という建築アイディアも捨てたものではないのである。地域介護・福祉空間整備等施設整備交付金や感染症対策支援事業(感染対策かかり増し経費の補助)を活用して、いち早く設備改修に取り組む必要性はここにある。

同時に新しい時代の経営として、固定費の削減に取り組む必要性も経営戦略として欠かせない。電気というエネルギーが、介護経営に更なる比重を占める現状で、その経費削減に取り組むことも未来を見据えた経営だ。(※電力の見直し増えてます!【電力料金削減はプロにお任せ!】


愚者は過去を語り・賢者は今を語り・狂者は未来を語るという言葉があるが、それは未来を語る人間が狂っているという意味ではなく、未来を見据えて新しい道を切り拓こうとする者とは、常に時代の常識からは外れて見られ、時には狂者でしかないと思われるという意味でもある。

賢者と言われている人も、今を語るだけであれば、明日は昨日という過去を語る愚者に陥るかもしれないのである。今を語っているつもりの自分が、いつの間にか過去を語っている状態になっていないかを常に確認しなければならない。

未来を切り拓かんとするものは時に狂人にならんと欲すべし。その精神を忘れてはならない。
無題
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