masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

竹内理論

ブラック事業者からの退職に交渉の必要性はない


昨日このブログに、悲痛な叫びともいえるコメントが書き込まれた。

それは、『竹内理論実践施設職員の悲痛な声』という記事に対するコメントで、以下に転載させていただく。
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今年1月から入職した施設が竹内式推奨でした。衝撃的でした。
介護福祉士になり18年。
色々な理不尽を経験し乗り越えてきた自負がありましたが、4か月保たず心を壊しました。
大量の水分摂取、体調に関わらずの離床に運動、強制排泄。
誰もが、食事は水分に含まれない。栄養補助飲料でさえ水分ではないと口を揃えて言う。
どんなに、違うことおかしいことを唱えても聞き入れてもらえませんでした。
当たり前ですが、無理矢理大量の水分摂取強制などできることもできず他者の行う姿を毎日のように目にし続けた結果…
適応障害とパニック障害を発症しました。
職場のことを考えるだけで発作が起こります。
今は間に人を入れて退職交渉中です。
(転載ここまで。)
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人権を無視した、「竹内理論」の実践を強要されることによって、心を壊してしまう介護職員がいることはよく聞かされることであるが、本ケースは被害を受けた方本人からのコメントであり、『適応障害とパニック障害』を併発しているのだから事は深刻である。

きちんとした治療によって治る病気なのだから、まずは仕事よりご本人の健康を優先させるべきである。一日も早い回復をお祈りしたい。(参照:パニック障害を克服した男

このように竹内理論は利用者だけではなく、介護職員も同時に傷つけているわけだ。介護福祉士としての経験が18年もあり、様々な経験をしながら利用者の方々に寄り添ってきたであろう人にとっても、あの非人間的な強制水分補給法は衝撃であったのである。その衝撃とは、人間の尊厳をここまで奪ってよいのかという衝撃に他ならないと思う。

そして利用者の意思を無視した水分摂取を続け、利用者の嫌だ・助けてという声に目と耳を閉ざす他の職員の姿に接し続けることに耐えられなくなって、心を壊してしまった結果がここで明らかにされているわけである。

日本というこの国の介護現場でこのような悲惨な竹内理論の実践による強制水分補給が行われ続けているのは異常という言葉を通り越して、犯罪的ですらある。それに気づかない介護事業経営者や管理職・職員にその罪を、どのように償わせるべきなのだろうか。

ところでこの方は、「今は間に人を入れて退職交渉中です」としているが、正社員等の「期間の定めのない雇用契約」の場合は、労働者の意思による退職(辞職)は、原則として「自由」である。

ただし民法の規定で、退職(辞職)の2週間前までに、会社に対して退職(辞職)することを伝えなければならないとされているので、これは守らねばならない。この時、事業者の就業規則で1ヶ月前や3ヶ月前までに退職を申し入れることという定めがあったとしても、民法における「2週間前までの退職(辞職)の申し入れ」よりも長い期間の定めは、基本的には無効とされており、就業規則に従うことなく辞めることができるのである。

コメントを書いてくれた方は、間に人を介しているということなので、直接の交渉をしていないことはやや救いであるが、退職を思いとどまるように説得される過程で、心の病気の早期治療ができずに病状が悪化するケースも多いので、この辺りは十分注意してほしい。

特にブラック企業と言われるところで退職交渉をしたケースでは、脅しとも見まごう言葉を事業主から浴びせられて、それが別の病の引き金になることもあるので注意が必要だ。本来退職に交渉は必要ないのである。

僕から云わせれば、竹内理論を介護に導入している事業者は、それだけでブラック企業である。一日も早く退職して、まず心の病を治療して、元気になったらならばもっと自分に合った良い介護事業者を見つけて転職し、そこで本当の意味で、介護が必要な人の支えになってほしいと思う。

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ということでコメントをくださった方にも、一日も早く新しい良い職場を見つけてほしいものである。是非文字リンクを貼ったサイトを一度参照願いたい。下記からも入れます。
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竹内理論実践施設のトップに悲痛な声はなぜ届いていないのか


昨日更新した記事、「竹内理論実践施設職員の悲痛な声」を読んだ方からメールが届いた。

その主な内容とは、「このような職員の悲痛な声がなぜ施設長に届いていないのでしょう?」という疑問である。

例えば昨日紹介した声以外にも、竹内理論を一度でも実践した経験のある人からは様々なコメントが寄せられている。

文字リンクも参照していただきたいが、そのほかにも無理やり水分摂取させる方法として、「密室の中で、スプーン2本を使って無理やり口を抉じ開けていました。その結果その方の舌は血豆だらけになっていました。」という声や、「座位がまともにとれない方であっても、ポータブルトイレへ極力誘導させられ、無理やり座らされており、その時に利用者の苦痛にゆがんだ表情は無視されている。」・「歩くことを奨励すると言っても、そのやり方は、片麻痺・拘縮のある方を3人、4人がかりで歩行器で引きずったりしている。しかもそれは家族には決して見せようとしない。」という声がある。

こうしたたくさんの不適切行為の実態が寄せられているにもかかわらず、なぜ竹内理論実践施設では、施設長がその声を無視して、こうした虐待とも言ってよい行為を続けているんだろうという疑問は当然湧いてくるだろう。

おそらくこうした悲痛な声は施設長に届いていないか、届いていても実践力が低い一部職員の不満の声としか認識されておらず、無視されているのだろうと思う。

もともと竹内理論を全国に広めたのは全国老施協という組織である。その組織で権力を持っていた方(故人)が竹内氏と親しく、その理論を信奉していたため、「介護力向上講習」というものを主催してその理論を広めていたのである。

そのため初期の実践施設は、各都道府県の老施協役員がトップを務めていた施設であり、その理論が優れているかどうかに関係なく、理論実践を広めるために講習会に自分の施設職員を参加させ、その理論を持ち帰って実行することを命じていたという経緯がある。そのため実践方法などの細かな部分は現場任せで、とりあえず結果を出すことが求められており、それに逆らう術はなかったのが実態だろう。

しかも実践施設のトップは、職能団体の役員としての仕事が忙しく、施設にいる時間があまりない中で、理論実践の方法をチェックすることなく、結果だけの報告を受けて、おむつがゼロになったということだけに満足していた人も多かった。(※しかしおむつゼロといっても、それは日中だけで、紙パッと屁の排泄はおむつゼロの範囲とされ、トイレ排せつも長時間便器に座ったまま放置されている人もいる中でのゼロである。)

要するに現場を見て実態をチェックする施設長がいない施設か、実態を知っても、利用者の暮らしの質への考えが及ばず、おむつゼロという看板を掲げることができればよいと考える施設長のいる施設で、こうした悲惨な対応が行われているわけである。

昨日も書いたが、つまるところは対人援助のスキルのない人がトップを務めている施設が、こうした人権無視の方法を行っているのだ。それらの人たちは本来、介護業界には居てはならない人間なのである。

当然こうした施設では、利用者に食事以外に最低1500mlもの大量の水分を摂取させているので、急性低ナトリウム血症とか心不全とかで亡くなってしまう人もいるのではないだろうか。

しかしそうした施設の所属医師にも、こうした大量の水分補給が行われているという情報が送られていない場合もあり(そもそもまともな医師なら、そんな水分補給は駄目だと禁ずるはずだ)、ましてや救急搬送される医療機関の医師が、そんな馬鹿げた水分強制摂取がされているとは思いもしないから、そうした病状の人が送られてきても、その原因が多量の水分摂取が原因とは気が付かず、一般的な病状悪化としてしか処理されていないのだろう。悲惨なことである。

ところで現在、全国老施協は介護力向上講習を行っていない。わずかに県老施協単位で行っているところがあるのみだ。その過ちを悟ったのかどうかはわからないが、竹内理論の推奨・推進を止めているわけである。

それは何故かということを深く考えていただきたい。

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竹内理論実践施設職員の悲痛な声


1日1500ml以上の水を飲ませれば認知症は治り、おむつはゼロにできるというカルト宗教まがいの竹内理論に対する批判記事は、このブログで再三書いてきた。

このカルト宗教まがいの理論に洗脳されている関係者は、(ピーク時からはかなり減ってきているとはいえ)まだ少なからず存在しており、そういう人がトップを務めたり、影響力のある地位に就いている施設では、相も変わらない非人間的水分摂取が今現在でも強制されている。恥ずべきことだ。

そこでは利用者が、捕虜収容所での虐待レベル以下の待遇に置かれていると言えよう。それが証拠に竹内理論を実践する施設で、強制的に水を大量に飲まされている人の表情は、さも苦しそうに、辛そうに、哀しそうにしている。そんな暮らしを望む人がいると思っているのだろうか。

その悲惨さを証明するかのような告発コメントが、このブログについ先日書きこまれている。去年6月に書いた「カルト宗教と同じようにはびこる洗脳ケア」に今年5/7の日につけられたコメントであるが、以下に転記しておく。
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私の施設も竹内理論を展開しています。朝早くたたき起こされ、完全に覚醒していない利用者にトロミをつけて、水分を流し込み、夜勤者は、朝から600cc入りました〜と誇らしげに発言する。

体重40キロ程度で90歳すぎの高齢者に対して、一時間かけて押し込む。しかも、ただただ、はい、飲んで!と強い口調で何度も何度も言われ続け、むせ混みながらも、水分を押し込む。そのあとに出てくる超刻み食介助には、水分さえない。薬も、おかずも、主食も混ぜ合わせ、まるで家畜の餌のような食事。

人権も尊重もない、気付いて欲しい。心のケアを。人間として、個人として、尊重され、その人らしさを取り戻せる環境を整えていきたいと、考えさせられる。

単に、水分をとればいい?

体重40キロの人も80キロの人も、水分量が同じ?心臓、腎臓、糖尿病など、様々な疾患も無視して水分補給?

生理学を一部の視点からだけ見て、水分、運動、排泄、食事と基本をとらえるのは、大きな間違いだ!
(転記以上)
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このコメントを書いた、「 バラ」さんには何の罪もない。馬鹿なトップに命じられてやらされているに過ぎない。

しかしこの行為がいかに間違った行為なのかということを気が付いているバラさんのような方にとって、こうした行為を続けること自体が悲劇になりかねないので気を付けほしい。

多くの介護職員は、人の役に立ち仕事をしたいという動機づけを持って介護の仕事を選んでいる。そういう人たちにとって、竹内理論で施設目標が達成できる過程で、たくさんの利用者の不幸と悲劇に気づくことで自己嫌悪の感情を持つ恐れがある。その時に、思い切って退職するという選択ができればよいが、退職せずに仕事を続け、自分が利用者に苦しみを与え続けることを悩み続けることによって、心と体を壊してしまう人がいるのだ。

そうならないようにくれぐれも気をつけてほしい。真実に気が付いた後にも、自分の良心に反した行為を業務上求められている人は、自分の心や利用者の体を壊す前に思いきって退職し新たな職場を探した方が良い。それが自分が悪魔にならないための唯一の方法だ。理想の条件がみつかる介護職専門の転職サイト・ケアジョブは非公開求人もたくさん紹介してくれるので、無料登録してみてはいかがだろう。

竹内理論を信奉する多くの施設長は、介護サービスの場で実務の経験のない人が多い。特に看護や介護の経験が全くない人の場合、おかしな理論であっても、それに反論する知識がないために、権威があると思われている人の話を鵜呑みにして、闇雲に現業職にそれを行わせることで、自分の知識レベルも大したものだと思い込んでしまう傾向にある。

カルト宗教的な理論も、他の人とは差別化される特別な知識理論だと勘違いして、それを知る自分に酔い、部下に銘ずる施設長の馬鹿さ加減が、多くの介護施設で悲劇を生み出してる。

そもそも介護実践は、介護サービスを利用する人のための方法論によって行われるべきなのに、介護施設の目的が優先されて、その方法論が創られてどうするというのだろうか。

それにしても竹内理論を実践している施設のトップは、バラさんが告発しているような介護の実情を知っているのだろうか。知らないでいるとしたら管理職としての適性はないし、知っていて実践させているとしたら人間として許せない。どちらにしてもいらない人物だ。

はっきり言って、今どき竹内理論を信奉している施設長は、能無しの下劣な人間にしか過ぎない。

水分摂取で認知症の症状がなくなれば誰も苦労しない。水分を取ることで認知症の症状が消えた人がいるとすれば、それはもともと脱水状態にあって、そのために行動心理症状が起きたた事例でしかない。脱水症状のある人は、脱水を直すだけでその症状が消えるのは当たり前だ。しかし1日1500ml以上もの多量の水分摂取は、脱水を起こさなくはするが、逆に過水症状による健康被害の危険性を増すものでしかなく、内臓各器官のダメージにつながり生命の危険に及ぶ危険性が高くなる。

そのような水分補給を、利用者自身が望もないにもかかわらず、利用者の苦しがる表情を無視して強制的に行っている行為は虐待そのものである。

そんなあたり前のことも理解できない施設長は、早々と介護業界から去るべきである。

僕たちの目指す介護の方法論とは、竹内理論のような悲惨な方法論ではない。

僕たちは桜咲く場所で人々が見せる笑顔が、介護実践の場でも生まれる介護を目指している。人々の哀しい涙いよって僕たちの目的が達せられても何も意味がないと思っている。

下記の動画の中に、「立ち止まりうずくまった私を見つめて」というフレーズがある。どうかそこに居る、一人一人の利用者を見つめてほしい。辛そうな表情を見逃さないでほしい。
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カルト宗教と同じようにはびこる洗脳ケア


個別アセスメントを一切無視して、全員一律に食事以外での1.500mlの水分補給を強制しながら尿量を増やし、トイレで排泄介助することだけを目的とする方法が、「竹内理論」と呼ばれる介護の方法論である。

それは「おむつゼロ」が実現できるケアと称されているが、おむつがまったく必要なくなるわけではなく、おむつを使用しないのは日中(概ね日勤時間帯)のみであり、夜はおむつを使用している。しかも日勤時間帯のおむつゼロと言っても、紙パットの使用とそこへの排泄は有りとされており、全員がトイレで排泄できているわけでもない。

しかもトイレで排泄するために行われていることと言えば、利用者のニーズどころか人格さえ無視した方法がとられていることが多く、トイレで排泄するために歩くことを奨励すると言っても、そのやり方は、片麻痺・拘縮のある方を3人、4人がかりで歩行器で引きずったりしている。しかもそれは家族には決して見せようとしない。なぜならそこで引きずられている人の姿は、目も当てられない悲惨な姿であるからに他ならない。

また座位がまともにとれない方であっても、ポータブルトイレへ極力誘導させられ、無理やり座らされており、その時に利用者の苦痛にゆがんだ表情は無視されている。中にはその状態のまま放置され、便器に30分以上座り続けさせられている人もいる。自分でお尻をずらせない人が、そんな状態で放置されたら、お尻の痛みに悲鳴を上げるのは当然だが、その悲鳴さえも無視されることになる。

水分も強制的に目標量が摂取させられるため、呑みたくない人の口をこじ開けることが日常的に行われ、密室の中でスプーン2本を使って無理やり口を抉じ開け、そのために舌の裏が血豆だらけにさせられ泣きながら水分を摂取させられている人もいる。

まさにそれは「悪魔の所業」といっても言い過ぎではない行為であるのに、それが自立支援介護だとか、科学的介護であると洗脳され感覚麻痺した介護事業者によって、今なお行われ続けている。

まるでそれはカルト宗教がこの世からなくならず、増殖していく過程と同じである。介護サービス利用者の個別のニーズを無視し、全員一律の目標を達成するためのスローガンを、事業者職員全員に唱和させ、それに向かって一切の疑問や意見を無視して突き進むことにおいて、竹内理論の実践は宗教化しているといえ、それはもはやケアとはいえない。

そんな罪深いことをしていることに気が付かない人は、いつかその業(ごう)によって地獄の苦しみを味わうことになるだろうが、自分の身にその業の報いが降りかかったとしても、何の罪もなく強制的に過剰な水分摂取を強いられている人が報われるわけではない。ひどいことである。

そんな虐待とも見まごう実践に、疑問を抱いた人から先日も電話をいただき、どう反論したらよいのかと問いかけられたが、「竹内理論に関連する記事」を参照いただき、ここでの反証を参考にして間違っているものは、間違っているのだと主張していただきたい。

竹内理論に関しては、医療の専門家の多くは間違っているという認識を持っているが、医療の世界ではそのような方法論に猛進する知識レベルの低い人は少ないため、まじめに反論する必要もないと考えられている節があって、「それは違う」という反対の声を挙げるよりも無視されているという傾向が強いように思う。無視されていることをいいことに、大きな反論がないとして暴走を続けているのが竹内理論による悪魔のケアだ。

まともな介護事業関係者も、竹内理論の危うさや、おかしさに気が付いているはずだが、僕のように竹内理論の批判記事をネット配信している人はどれくらいいるのだろうか?例えばネット検索すると次のような意見に出会った。

おむつゼロ運動に見る、大衆心理の危険性

なかなかよくまとまった記事である。そこで批判されている竹内理論による、「画一的ケア」の実態も、僕が批判している実態とほぼ同じ内容だ。というか口の中に血豆ができたケースなどは、僕の記事を参考にしているのではないかと思ったりした。(※そのケースは、僕に直接メールで情報提供してくれた人が実際に働いている施設で経験したケースである)

自立支援とかおむつゼロという名のもとに、カルトケアが行われているという現実がこの国の介護の在り方を歪め続けている。実に恥ずべきことである。

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無責任なマスコミに心を痛める〜認知症は水分摂取で治りません


発熱して救急外来受診した経緯については、「久しぶりの40度」でお知らせしたとおりであるが、そこから昨日まで体温が37度〜38度間を行ったり来たりする状態で改善が見られず、結局週末はほぼ寝たきり状態で過ごすことになった。

発熱当日の木曜日に予定していた仕事は、認定審査会も含めて何とかこなしたが、それ以降の3日間の予定は白紙と相成った。幸いこの間は、講演予定が入っていなかったので、その方面で迷惑をかけなかったことが不幸中の幸いだった。

しかしわずか3日とはいえ、仕事が全く手につかない状態はかなりのロスで、これを取り戻すのは容易ではない。サラリーマン時代なら、体調を崩して休みを取っても、自分に替わって補ってくれる人によって、業務が全く停滞するということはなかったので、それと比べるとやはり独立して行う仕事の難しさを感じざるを得ない。体が資本であることを改めて実感させられた4日間であった。

実はまだ体調は完璧とは言えない状態だが、いつまでもベッド上を中心に過ごすというわけにもいかないので、昨日の午後からは通常の暮らしに戻している。しんどいところもあるが、元気になったと思い込むことによってできることもある。

それに昨日は僕の誕生日でもあった。この年になって、今更誕生日がめでたくもないし、家族間でも特別なお祝いをすることもないが、誕生日を寝て過ごすというのも縁起が悪い。普通に起きて、普通に飯を食って、できれば普通にお酒も飲もうと思ったが、さすがに酒はまだ早すぎたようで、たった1杯のお酒で具合が悪くなった。なかなか可愛い58歳のmasaちゃんである。

それにしても世間では、根拠のない思い込みの介護方法が横行して、それがなくならない。それに拍車をかけているのが、知識に欠ける興味本位だけのマスコミ報道だ。

先日もTBSの爆報フライデーという番組で、認知症が水分摂取によって改善されるかのような内容が放映された。そしてその水分量も1.500mlとされており、あたかも竹内理論を彷彿させるものであった。

あの番組で紹介された事例(俳優の布施博さんの父親など2ケース)は、水分摂取によって認知症が改善したものでないことは、専門家から見れば明らかである。そのケースは単に脱水性のせん妄が、脱水が改善されたことによって症状改善しただけに過ぎない。つまりもともと食事摂取量はじめ、水分摂取量がかなり足りていなかったケースであることは明らかだ。3食の食事量も不十分であったから、今現在1.500ml/日もの多量の水分摂取で、内臓ダメージがなく過ごせているという、偶然と幸運の重なったケースにしか過ぎない。

同じことを脱水ではない認知症高齢者に強制的に行えば、深刻な内情ダメージが生じ、場合によっては心不全などで命を落としかねない。猛暑の地域では、電解質などを摂らずに水分だけを大量に摂取することは、低ナトリウム欠症などを引き起こす可能性もある。これも人命にかかわる。

そもそも人が必要とする水分量を、食事摂取量を抜きにして考えるなどあり得ないという常識が、かの番組には欠如している。通常の食事を3食十分摂取できている人であれば、食事以外の水分補給量は、1.000ml/日程度で十分であるケースが大部分である。食事摂取ができていてなおかつそれ以上の水分補給が必要なケースは、治療すべき疾患が別に存在すると思われる。

とにもかくにも無責任なマスコミ報道に踊らされて、必要以上の水分の強制摂取が行われ、人権侵害のみならず、生命を侵害される認知症高齢者が出てくるのではないかと危惧している。あの番組を見て、自分の身内に水分を強制的に与えた結果、病状が重篤化するケースは間違いなく出てくるだろう。その時は、その番組の報道内容を信じて間違った対応で、家族を死なしめた人も被害者だ。この場合、テレビ局自体も被告になり得ることを自覚してもらいたい。今後被害にあわれた方が生じた場合には、被害者をまとめて集団であの番組を提訴してほしいものだ。

それにしても邪教のように広がる、水分強制摂取。これを唱えている張本人が、被害者の実態を顧みることなく、根拠のない方法論を垂れ流していること自体が、すべての元凶である。その存在は、日本ボクシング協会の辞任した会長の存在より始末が悪い。

これを何とかせねばならない。

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街も暮れゆく


日中の最高気温が20度に達した沖縄県名護市での講演を終え、昨日午後の飛行機で北海道に帰り、降り立った千歳空港の午後5時30分の気温は氷点下3度だった。日本は広い。

そういえば南国の沖縄では「紅葉」の季節はないそうである。そうした常緑の沖縄では、桜祭りが1月に行われるというのにも驚く。

こんなふうにして今年も日本全国をまわり歩いて講演を行い、様々な人々との出会いがあった。そんな旅の中で思うことは、南北に長い日本では、その地域地域で様々な慣習があり、暮らしがあるということだ。

地域包括ケアシステムとは、そうした地域の慣習や、そこで暮らす人々の日々の営みを護ることを目指すものでなければならない。そのシステムがお題目に終わってもならないし、その言葉が給付制限の方便として使われることがあってはならない。

そのためには徹底的に人を見つめ、人を思い、人を護ることが、我々対人援助に携わる者の使命だということを自覚しなければならない。保険・医療・福祉・介護は、経営主体の目的が達せられるために存在するのではなく、この国に暮らす人々の命と暮らしを護るために存在するのだという根幹となるものを揺るがせてはならない。

我々のミッションとは、事業者が潤うこと以前に、支援を受ける人々がこの国で幸福な暮らしを送るということが実現するためのものである。勿論、経営母体の基盤が揺らいでは、支援行為自体が成り立たないので、収益を上げながら経営を続けるためのミッションも必要になる。しかしそれが利用者の生命や生活の質に優先されるものではないことを自覚せねばならない。

残念なことに介護業界には、事業者目標さえ達せられれば、利用者の暮らしの質などどうでもよいと考えている人も存在する。科学的根拠のない理論を普及させるために、利用者の悲哀を無視して、根拠のない行為を続けている事業者も存在する。竹内理論による大量の強制的水分摂取は、その最たるものである。しかし今月22日にNHKがその欺瞞的理論を紹介する番組を放送した。これによって水分の大量摂取が行われて命を落とす人が出てくるかもしれない。NHKはその責任をとれるのだろうか?

脱水によるせん妄は、脱水状態でなくなれば改善するだろうが、大量の水分摂取で認知症が治ることなどありえないことがなぜ理解できないのか。アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞が壊死して症状がおこるのであり、脳細胞が再生しないのに、どうして水分摂取で認知症が改善するなどと言うインチキ理論がまかり通るのだろう。

その番組内容を批判したスレッドが、表の掲示板に立っているが、今更こんな議論がされることが残念である。洗脳介護とはかくも恐ろしいものである。

竹内理論による洗脳介護、そこで行われている人権を無視した強制水分摂取は虐待そのものである。そうしたことを行わずとも、認知症の方々の行動・心理症状は改善することは、カンフォータブルケアの実践でも証明されている。

竹内理論の実践としての、利用者を引きずり回す歩行介助や、舌を血豆だらけにして無理やり口をこじ開けて行う水分摂取は、利用者の家族には見えない場所で密室化されて行われる。カンフォータブルケアの実践は、誰にでも目が届く場所でオープンに行われる。どちらが優れた実践なのかということは、今更言うまでもない。

こんな間違った介護方法がこれ以上広がらないように、科学的根拠に基づいた介護の方法論が浸透するように、来年も僕は全国をまわって伝え続けていくだろう。

介護の質を護る実践論を伝え続けていく。2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、「介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策」を行う予定である。

人々の暮らしを護る介護実践の具体策を示すセミナーに、是非たくさんの方においでいただきたい。1月に入ったら、このセミナーに備えて是非2月の勤務調整を行っていただき、多くの皆様に参加していただきたい。ぜひよろしくお願いします。

介護の仕事に携わっている人は、年末年始に関係なく働いている方が多いだろう。今日が仕事納めという人もいるかもしれない。僕は2/1まで講演を一時お休みするが、1/4に締め切りとなっている連載原稿の執筆をはじめ、原稿書きで予定が埋まっている。皆さんも体に気を付けて新年を迎えていただきたい。今年のブログ記事は、今日を書き納めにする予定である。

新年は元旦から記事更新する予定であるが、大晦日の酩酊具合によっては予定を変更するかもしれない。

それでは読者の皆さん、今年も僕の拙いブログ記事を読んでいただき心より感謝申し上げます。どうぞ良い年をお迎え下さい。


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水分摂取は大事だけれど


昨日書いた、「洗脳介護から抜け出せない人、抜け出ようとしない人」を読んだ人が、僕のフェイスブックに質問を寄せてきた。それに対して次のような、やり取りをした。
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(フェイスブックでのやり取り)
質問者:実際水分補給が大事でして、飲んでもらわないとイケないとも思ってます。あれこれ声かけて優しく。優しく。傷つけないように。結果、毎日500ぐらいしか飲んで頂けません。医者からは1800飲んでもらうように言われたが無理です。あれこれ声掛けを工夫しながら無理ない範囲で無理して飲んでもらうのはイケないこと何でしょうか?

個別アセスメントが必要だといっているでしょう。先ずその1800の根拠は何ですか?1800必要な人に頑張ってその量を飲んでもらうことは必要だけど、1000でも多すぎる人がいるんでしょう。そういう知識や計算式を知っての質問ですか?

質問者:要するに根拠のある個別アセスメントあれば無理ない範囲で飲んで頂くような支援はよくて、根拠もなく無理に飲ませるのはダメとゆーことですね。当たり前のことなんですね。

必要な人に必要な量をという当たり前のことなんです。
(以下略)
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何事も個別アセスメントが大事ということだ。根拠に基づいた介護実践が必要だということなのだ。そして必要量を飲んでもらうためには、それなりに工夫が必要だ。シールコップやペットボトルに入れたままの、温いまずい水を飲めといわれて、ハイそうですかと、簡単に全量飲んでくれる人は少ない。お茶が好きな人でも、それをゼリーにして全量食べてくれるとは限らない。必要量を摂ってくれないことにも、それぞれの理由があるのだ。そこには工夫が求められるのだ。

水分摂取支援の必要性と重要性は否定していない。しかしその際に、個別アセスメントなしに、一律全員に食事以外の水分補給を、1.500ml/日以上強制的に行うという考え方がおかしいといっているのだ。人によってはそれだけの水分が必要な人がいるかもしれないが、大多数の人はその量は多すぎるし、その結果、内臓ダメージを受け、心不全や高血圧の悪化等につながりかねないといっているのだ。

このことについては、紹介した質問者とは別な二人の方が、同じくフェイスブックに次のような意見を書いてくれている。

(竹内理論は)今では、一昔前の医師らしい発想で理論ですらないと思えます。断片的には正しいものがあるのは騙しのテクニックに共通するものです。

評価の高いマニュアルがあると、それに固執して個々としてのケアが見えなくなる。経験、知識、感受性、すべてに置いての劣化が懸念されます。

ごもっともである。ただし竹内理論は質の高いマニュアルとはいえない。エビデンスに基づかないのだからマニュアルにさえならない。そもそも脱水を防ぐための必要水分摂取量は、1日に体内から排出される水分を計算して、それを補うものだ。

例えば僕が特養の相談員時代に作成した施設サービス計画の、排泄支援部分をピックアップした次の画像を見ていただきたい。
排泄介護計画
本ケースは1日に排出する水分・汗を100mlとし、不感蒸泄(感じることなく気道や皮膚から蒸散する水分で、発汗は含まない)が900mLとした場合であり、尿や便の排出量を計測して、その量が1.500mlだったために、合計水分排出量は2.500mlと想定した。(※排出する水分・汗及び不感蒸泄で失われる水分量については、医師と相談して想定。)
※特に不感蒸泄には個人差があるので要注意。高齢者の場合、多く見積もっても2.000〜2.500といったところか

この場合、補うべき水分量も2.500mlとすればよいわけだが、まずもって3度の食事でどれだけ水分摂取できているかが問題だ。例えば食事で水1,000mL取れている場合(※これはかなり少ない数字。特養などの食事が全量摂取されているかたであれば、おそらく食事だけで、1.300ml以上取れているだろう。:管理栄養士に確認することをお勧めしたい。)、食事以外で1.500ml水分補給しなければならないという考えは間違っている。

なぜなら体内の代謝水というものがあるからだ。代謝水は、体内での栄養素の酸化的分解過程で生じる水のことで,酸化水ともいう。この分を見積もらねばならず、それはおおよそ200ml/日くらい見積もれるので、結果、このケースの水分補給に必要な量は、1.300ml/日となる。

しかもこれは、不感蒸泄を最大限に見積もり、かつ食事摂取量が少ない人の場合であり、特養等で暮らしている方々で、1.300ml/日もの水分摂取量が必要になる人は、さほど多くはなく、そういう意味で竹内理論の、1.500ml/日という強制的水分摂取量は、尋常な量ではないのである。

水分を多量に摂取しても、尿になって排出されるし、尿量が増えることはそれなりに意味があるという考えも危険であり、その前に水分をとり過ぎると、心不全、肺水腫、高血圧などをおこし、心臓・肺・血管といった、生きていくうえで最も重要な臓器に大きな障害を与えることの危険性を考えねばならない。

どちらにしても竹内理論に一部の理も認めることはできない。それは人の命を危険にさらし、人の尊厳を失わせかねないものだからである。

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洗脳介護から抜け出せない人、抜け出ようとしない人


どこぞの芸能人が、特定宗教がらみで出家引退という報道が駆け巡った先週末。

芸能ニュースにさして興味のない僕は、どうでもよいことだとしか思わないし、本人が辞めたいって言ってるんだから勝手に消えてくれと思うだけであるが、同時にその芸能人の心に悩みがあって、その心の隙に何らかの支配が入り込んだという、洗脳の結果だとしたら恐ろしいことだなと思う。

そのことが頭の隅をかすめたときに、それと似たようなことが介護の現場で行われ、もっと恐ろしい悲劇につながっているという事実を改めて思い出し、そのことを非常に残念に思う。

例えばこのブログ記事で何度か指摘している竹内理論に基づく個別アセスメントのない強制水分補給も、僕に言わせれば洗脳介護そのものでしかなく、その批判記事に対してコメントがたくさん寄せられ、そこで指摘されているように、利用者の直接的被害になってしまうんだから、その影響は一芸能人が、テレビ等の表舞台から消えてしまうこととの比ではなく、よほど重大な問題だ。社会と国民は、この問題にいつまで無関心でいるのだろうか。いつ自分の家族が、この悲惨な介護の被害者にならないとも限らないのに・・・。

しかしこの問題に大きな変化がみられていることは、多くの関係者の方は気が付いているだろう。

まずこの介護を推進していた全国老施協は、今年度から介護力向上講習を主催しなくなった。現在この講習を主催しているのは、都道府県レベルの老施協のうち、全国老施協がなぜこの講習からそっと手を引いたかという本当の理由に気が付かない、間抜けな会長をトップに抱く県レベルの老施協である。

しかしそのような県レベルの老施協も、昨年12/5付で全国老施協が塩崎厚労大臣あてに提出した意見書の存在と、その内容を知らないわけはないはずだ。

その中で全国老施協は、『特養で利用者の意に反して栄養を投与し、リハビリを重ね、歩行器で歩かせることを強いるような「QOLの向上を伴わないADL回復の目的化」が促進されるリスクが強く危惧される。』、『事実上要介護度改善の義務化を課すことは、もはや虐待と言っても過言ではない。 』と指摘している。

ここで批判対象となっている内容は、まさに介護力向上講習で教えてきた方法論であり、現在も竹内理論実践施設で行われている実践内容である。事実上、全国老施協が科学的介護と喧伝していた竹内理論を、一転して全否定した提言と考えてよいわけである。

この意見書を読んでなお、その方法を続けようとする特養の施設長は、何を考えているのだろう。今まで職員の尻を叩いて間違った人権蹂躙を続けていたことを、その方法をやめることによって明らかとなることを恐れてやめられないとしたら、それはもう施設長の資質の問題ではなく、人間失格である。対人援助の場にいてはいけない人物であると言われても仕方がないだろう。

たしかに脱水は心身機能レベルを下げる重大危険因子であり、介護施設ではその対策意識が低かったという問題があることは否定しない。しかしその解決方法が竹内理論という、高齢者の意思や尊厳を無視した方法であって良いわけがない。この理論に一定の理解を示す関係者も存在するが、利用者の意思と個別アセスメントを否定した実践は許されないことは明白で、そこでは利用者の人間性さえ否定しているという批判は免れない。

利用者の苦しそうな表情や、いやだという感情表現がある場所で、そのことを理解できない実践者は、もう理屈が通じない状態としか言えず、まさに洗脳状態である。

あの理論の実践施設が、今すべきことは、過去の過ちはともかくにして、あの間違った理論による実践で苦しむ人をこれ以上出さないことである。即刻あの方法論を取りやめることだ。

この理論の実践施設のトップは、福祉の原点に立ち返って、利用者の苦しむ表情や悲しい叫びを無視せず、声なき声を聴き、人が幸福になっているのかという視点を取り戻すことだ。

僕の批判記事に賛同するコメントを寄せる方の中には、この理論の実践施設では働いている看護・介護職員、管理栄養士の方も大勢いる。それらの人は、この実践法に勇気をもって異を唱えてほしい。その結果、職を失っても、そういう方を求めて好条件で雇用してくれる施設はたくさんあるはずだから、ちっとも洗脳管理者を恐れる必要はないはずである。

介護施設における人権問題が、今後さらに大きな問題になるにつれて、この方法論が問題視されないわけがないということに、早く施設管理者が気が付かないと、大変な事態が待ち受けているぞ。

泣きながら水を飲まされている人の涙の先に、社会の糾弾という矢があることに気が付いたときは、もはや遅きに失するだけでは済まないことに早く気が付くべきである。

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全国老施協も竹内理論を否定か。


介護とは、人と向い合って、向かい合う人に心をかけて護る行為である。心にかけるということは、向かい合う人に関心を持ち、表情を注視し、喜怒哀楽という心の動きに敏感になることである。

そのことに心がける限り、介護の評価は決して難しくない。利用者の表情や感情として表れるものが、介護の結果評価なのだからである。

間違ってはいけないことは、利用者の気もちより、我々が定めた目標の達成度の評価が優先されるものではないということだ。評価は多角的におこなわれることも大事なので、我々の理念の達成度を、目標を掲げて、その達成度で評価することがあっても良いが、それは利用者の心持ち・気持ちを無視して、そちらを優先して評価されるべきものではない。

そもそも事業者目標など、場合によっては事業者の価値観や都合の押し付けなのかもしれないという考え方は常に必要で、闇の迷路に陥らないためにも、利用者の感情や表情に敏感になるという視点は忘れてはならないのである。利用者の気持ちに謙虚に応えようとする姿勢を失った介護者は、傲慢な指示者にしか過ぎなくなる。それは傍から見れば極めて醜い存在である。

しかし闇に迷い込んだごとく、傲慢な介護をしているのが竹内理論実践施設である。3年前にその批判記事を買いあたが、そこに先日もコメントが寄せられている。

そのコメントをここに転記する。

私の施設でも取り組みをした結果が。今まで、聞いたことない病名「低ナトリウム血症」などで沢山の利用者様が入院やお亡くなりされました。 しかし、現在でも信者が多数いるために、「竹内理論を取り入れて良かった」と言っている無能者がいます。 朝起きてから、寝るまで、正確には寝ていても夜中おこしてまで水分地獄。。「先生は最大でも3000mlは飲水してもよい」 「飲めば飲むだけよい・・・」「利尿剤は介護者なら、床に落としたと言って捨てなさい 何故なら乾いたぞうきんを絞るのと同じだから・・」 もうウンザリです。
何故に、殺人理論を行わなければいけないのか。施設全体で行っているから「裏切者」と呼ばれるから反対意見は出せないし(生活のあるので) 研修では嘘の事例を提出しています。多分、殆どの施設が・・理由:水分や利用者様の状態が良い方向に向かってないと研修生の全員からの攻撃、良くできている施設には褒めたたえる。よって嘘の事例を提出=竹内理論は正しいの方程式が出来ています。そろそろ、この悪行に終止符を・・・心からの叫びです。 皆さんの施設や私の施設が早く目を覚ますのを願っています。


こんなひどい状態を、いつまで放置するつもりだろう。利用者はいつまで心を殺し続けられるのだろう。

しかしこの理論を普及させようとして、「介護力向上講習」を主催していた全国老施協は、この講習を実施しなくなった。現在それは、都道府県の老施協レベルが開催しているに過ぎない。

さらに全国老施協は、12/5付で塩崎厚労大臣に充てた発出文書の中で、次のような指摘をしている。

・特養で利用者の意に反して栄養を投与し、リハビリを重ね、歩行器で歩かせることを強いるような「QOLの向上を伴わないADL回復の目的化」が促進されるリスクが強く危惧される。

・事実上要介護度改善の義務化を課すことは、もはや虐待と言っても過言ではない。

↑これはまさに竹内理論実践施設で行っているケアと呼ばれるものが、虐待と同じであると指摘しているのと同じ意味だ。

以前にも書いたが、竹内理論の実践施設の職員の方々が、その方法論の問題点を次のようにコメントしてくれている。

・座位がまともにとれない方であってもポータブルトイレへ極力誘導させられ、無理やり座らされて苦痛にゆがんだ表情は無視されます。
・歩行訓練になるともっと悲惨で、片麻痺・拘縮のある方を3人、4人がかりで歩行器で引きずるのを歩行訓練と称してます。 しかもそれは家族には見せません。
・スプーン1口のゼリーですら、首を横に振って涙目になられ 浮腫で全身腫れあがっている利用者様に、どうしても無理強いする事が出来ず・・いつもユニットリーダーから叱られます。「水分摂取表」に、いつも当然のように「全量」と書き込む先輩介護福祉士の水分摂取介助の方法とは、「密室の中で、スプーン2本を使って無理やり口を抉じ開けていました・・・。」(無理やり口を開けさせられ水分摂取させられていた)利用者の、開いた唇の奥に異変を感じました。「少し、もう少し口を開いて頂けますか?」自分が大きく口を開けて、同じようにして頂くようお願いしたら・・・・舌の裏。血豆だらけでした。(涙が出ました)早出だったユニットリーダーに報告しても「そう。」とだけしか返事はなく。



竹内理論を実践している施設の利用者の家族からは、次のような悲痛なコメントが寄せられている。

・本人が水分を1.500ml飲めないと職員が朝礼等で上司から叱られる為、父にお茶ゼリーを毎食事、口の中に流し込まれ、父は泣きながらそれを飲み込んでいました。就寝前や就寝中も水分補給と称して起こされては水分補給されている父がかわいそうでした。

全国老施協の提言書は、利用者の表情も、QOLも無視して、水分を強制摂取させ、補器器につかまらせて3人がかりで引きずるように歩かせることを強制する竹内理論による介護を「QOLの向上を伴わないADL回復の目的化」と断罪しているといえよう。

竹内理論の実践施設の施設長も、そろそろ目を覚まさんかい。
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水分強制摂取の実践施設は情報公開を


介護力向上講習と水分の強制的補給法に対する批判的な記事を書くと、必ずといってよいほど、「それは講習自体が悪いのではなく、講習を受けた当事者の伝え方が悪いのだ」という言い訳が聞こえてくる。

しかし僕に直接メールを送ってくれる人で、水分の強制補給がいかに人権を無視した方法で行われているのかという情報を教えてくれる人たちの中には、老施協の役員が施設長である施設の職員も居られる。全国老施協から、「おむつゼロ」を達成したとして表彰されている施設の職員も居られる。そうであれば、老施協の役員や委員を勤めている人自身の講習での理解と、職員への伝え方が悪いのだということになる。そうであるなら老施協の役員会なり、研修委員会でもっとそのことを問題視して、改善の議論をしろといいたい。

事実として言えば、僕がこの問題を取り上げる講演では、必ずその地域に、同じような不適切な水分補給を行っている施設が存在するという話しを聞かされる。中には自分の所属施設で僕が指摘する不適切な水分補給を行っていると告白する人も居り、「恥ずかしいことですが、その方法が間違っていると分かっていても、上からの圧力でやめることができないのです」と嘆く方も居られる。

しかしそこには、被害者としての利用者が存在するわけだから、放置してよいわけがない。だからその状態を厳しく糾弾する誰かがいなければならず、何の得にもならないが、その役割を自らになっているのである。

日本中で、決して少なくない数の施設が介護力向上講習の影響により、不適切な水分補給を行っている実態があるのだ。それは受講者側の問題ではなく、伝える側の問題であるというしかないわけで、それが本意でないとしたら、よほど伝える能力が無い人が指導しているとしか思えない。それはそれで別な意味で大問題だ。

ところで僕の批判に対して、ある人は次のような反論をしてきている。

無理やり水分摂取、無理やり座位、無理やり経口みたいなコメントが多いですが すべて、手順があります。1500cc飲めない方には原因があります。』

どんな手順があったとしても、どのような原因があったとしても、個別アセスメントもせずに、全員一律の水分1.500ml/日を、「施設の方針」として強制補給してよい理由にはならない。そもそもそのようは方法で人の暮らしが好くなるというエビデンスは存在しない。そういう方法を行うこと自体が大問題であり、不適切であり、手順がどうだとか、理由が何であるかなどという意味のないことを主張しても始まらないわけである。

しかしこのような反論を書いてくる人も、文章の末尾に次のような本音をボロッと書き込んでしまうのである。

竹内先生が怖いから、早く結果を出そうとして、そういう現象が出るのかもしれません。』

恐怖で支配している講習会ということか・・・。そりゃあ洗脳といわれても仕方がないだろう。

どちらにしても、水分の強制補給を行っている施設のトップは、その実態が不適切なものでないかを、きちんと把握して、情報公開を行うべきである。

公開すべき情報とは、以下の通りである。

・1.500ml/日もの水分補給を行うことについて、きちんと利用者や家族に同意を得ているのか、それは施設サービス計画に載せられているのか。
《※基準省令の(基本方針)第一条の二では、指定介護老人福祉施設は、施設サービス計画に基づき〜以下略とされているので、このような重要なケアの方針を計画同意なしで行うのは、運営基準違反である。》

・水分補給の方法は、ケアとして適切な方法であるのか。利用者が水分摂取を拒否した際には、どのような対応をとっているのか。

・人権を無視した対応が行われていないのか。

・大量の水分摂取による健康被害がないことを、どのような方法で確認しているのか。


最低限、これらのことを情報提供する姿勢がない限り、1.500ml/日もの尋常ではない量の水分摂取を命じている施設のトップとして、世間様に対して道義上の責任を果たしているということにはならないだろう。

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洗脳介護からの解放


洗脳介護の実態から続く)
竹内理論に基づく、「強制水分補給」で苦しんでいるのは、いやいや水分を補給されている利用者だけではない。

勿論最大の被害者であって、もっとも苦しめられているのは、強制水分補給を「施設の方針」として行っている施設に住む人なのだが、それを行っている施設の職員の中にも苦しんでいる人はいるのだ。

そもそも竹内理論の実践施設のすべての職員が、そのことに疑問を持っていないわけではなく、苦しそうな表情で水分を補給させられている利用者の姿を見て疑問を抱くにとどまらず、罪悪感を持つ職員もいるのだ。

密室化した施設の一室で、口をこじ開けて無理やり水分を飲ませる先輩の姿や、水を飲ませるためだけに夜間に安眠を妨害して起こすような先輩の姿に意味を感じられず、やる気を失ってしまう職員もいる。それらの職員が昨日の記事で紹介したように、このブログ記事の中に様々なコメントを書き込んでおられる。

しかし介護力向上講習では、施設長と介護現場のリーダーが洗脳教育を受けているために、末端の介護職員が、いくら疑問を感じて声を挙げても、その声が施設の上層部に届くことはきわめてまれである。洗脳された施設長や介護リーダーは、正論を唱える職員を異分子とみなし、罵倒し声を止ませるか、異端分子として切り捨てようとするのみである。

施設長や現場の介護リーダーが、その悪魔の所業に気がついた施設だけが、この方法論を捨てることができる。そしてこの方法を取りやめて、やっと普通の介護を取り戻したとき、いかに間違った介護を行っていたのかということに気がつくのである。

なぜならこの強制水分補給を行っている最中は、前述したように、このことを批判したり反対したりする職員は、洗脳された人々によって、介護が何たるかを分かっていない職員として糾弾されてしまうので、それを恐れた職員は、なかなか水分を摂ってくれない利用者に対して、なりふり構わない方法で水分の強制補給を行っている姿を隠してしまう。そのため利用者の苦しそうな様子は表面化せず、密室化し潜在化するからである。

逆に言えば、1500mlもの尋常ではない量の水分を、50人とか100人とかの利用者全員に、毎日一律に飲ませようとすれば、端から見て危なっかしい強引な方法でしか摂取させることは難しいのである。

この強制水分補給の間違いに気がついて止めた施設だけが、「○○さん、毎日水を無理やり飲まされて苦しがっていたけど、そんなことが無くなってよかったね」という形で、様々な利用者の苦しんでいる場面、哀しんでいる場面を顕在化させることができ、その罪深さに気がつくことができるのである。

洗脳された施設の職員も、その洗脳から解放されたとき、はじめて人の心を取り戻すことができるのだ。

僕の講演を受講される方の中にも、竹内理論に基づく強制水分摂取を行っている施設の方が含まれることがある。そこでその方法論の危うさ、いい加減さに気がついて、早速それをやめたという人も多い。ただしそのことに気がつくのが、前述したように一職員の立場でしかない人なら、施設の方針を変えられないという場合も多い。そうした方々は、間違っていると感じたまま、不承不承施設の方針に従い続けるか、その施設を辞めるかという選択肢しかなくなる。

罪をこれ以上、重ねないためには、その方針を続ける施設を辞めるほうが良いだろう。そういう形で、志の高い職員が居なくなることでしか、洗脳の解けない施設長がいるからである。

そういう問題はあろうとも、僕はあの講習会が都道府県レベルで続く限り、そのことの批判を続けていくだろう。このエビデンスも人間性も無い水分強制補給法に異議を唱え、まっとうな介護を取り戻すための提言をしていく人がいないと、特養は闇の世界になると思うからだ。
masa
先日の愛媛松山講演でも、この問題について、実際に取り組んでいた施設の職員さんが居られ、その時期の利用者の悲惨な状況を教えてくださった。そういう話しを聞けば聞くほど、この取り組みが行われている施設では、多かれ少なかれ密室作業が発生していることがわかる。そういう施設に限って、施設長は音頭をとるだけで、施設に不在である日が多く、水分補給がどのようにして行われているのかを、施設の隅々まで確認することをしていない。

確認するにしても、水分摂取がスムースにできる、問題の無い人の水分摂取の状況だけを見ているに過ぎず、コメントに寄せられているように、「スプーン1口のゼリーですら、首を横に振って涙目になられ 浮腫で全身腫れあがっている利用者様に無理強いする」ような状態や、「密室の中で、スプーン2本を使って無理やり口を抉じ開けて」いる状況を、見ようとも知ろうともしない。

それが老施協の表彰を受けたり、老施協の役員や研修委員を務めて偉そうなことをいっている人たちの実態の一部でもある。

こんなことをいつまでも続けてよいわけが無い。水分の強制的な大量補給に苦しんでいる人の家族は、その実態を見て、そうした施設のトップを人権蹂躙で訴えることもあり得るだろう。

いずれそういう訴訟ケースが出てくるのではないかと思っている。そしてそこで行われていることはエビデンスのない方法なのだから、その裁判は訴えられた施設が必ず敗訴するだろう。

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洗脳介護の実態


対人援助サービスは、特定個人の「暮らし」に深く関わるのだから、結果を出さなければ意味が無いと思っている。

結果を出すために、日々学ぶ必要はあるし、実践する過程で頑張る必要はあるが、頑張ったという過程だけで満足してはならず、必ず結果を追い求めなければならないと思う。

その結果とは何かといえば、僕たちがかかわりを持ち、何らかの形で暮らしに介入している人達の暮らしぶりが少しでも良くなっていることであり、僕たちが関わっている人が満足されて日々暮らしを送ることができていることだと思う。

仮に僕たちが掲げた目標が達せられていたとしても、関わっている人の暮らし振りが良くならず、満足していないのなら失敗だと思う。その場合は、目標の設定自体が間違っているという意味だ。

目に見えない「こころ」を持つ人間に関わる職業であるのだから、サービスを利用する人の感情を無視して物事を評価してはならず、僕たちが良かれと思っていることであっても、その結果が「だめだ、満足していない」といわれてしまえば失敗なのである。

だがその結果を判断することは意外と簡単である。人に関わる仕事なのだから、そこには関わる人の表情があるからだ。認知症等の理由で、意思表示ができない人であっても、表情で満足度を図ることができるからだ。

しかしながら、そのような考えとは対極に位置する、利用者の満足度を無視した実践を行う介護施設が存在する。そういう実践を指導する職能団体が存在する。

利用者の表情を無視して、利用者の感情を脇において、自分たちの掲げた目的が達成されているかということだけを見ているのが、全国老施協の「介護力向上講習」である。
(※ただしこの講習会は、昨年度から全国レベルでは実施せず、都道府県の老施協レベルでの実施となっている)

そこでは「竹内理論」と呼ばれるエビデンスの無い方法論を、唯一絶対の根拠として受講者に押し付け、介護施設の利用者全員一律に、個別アセスメントの無い1500ml/日以上の水分補給を強制的に行う指導がされている。そして強制水分補給を行う際の、利用者の苦痛にゆがんだ表情は無視される。

そうした方法で実現できるとされる目標とは、「日中おむつゼロ」というものにしか過ぎない。しかも全国老施協基準の「おむつゼロ」とは、すべての人が日中トイレで排泄しているわけではなく、尿取りパットを使って、そこに失禁している状態もありという、なんともお寒い「オムツゼロ」である。

その程度の目標を達成させるために、竹内理論の実践施設では、利用者が毎日毎日苦しさを無視されながら飲みたくもない水分を強制的に飲まされている。

人の尊厳を無視した強制介護を行うに当たって、そのことに疑問を持たないように介護施設の施設長と介護リーダーを集め、順位付けで競わせ、反論を怒号でつぶす講習会は、さながら洗脳セミナーであると語る人も多い。

利用者の意思など関係のないところで、ともかく決められた量を飲ませさえすればよいという何でもありの水分摂取や、多人数で引きずるような人格無視の歩行訓練を強制し、座位姿勢のアセスメント抜きの便座への強制座位を取らせて、苦痛にゆがむ表情を無視して、排泄をさせることにどんな暮らしの質があるというのだろう。

竹内理論の実施施設の職員からも、悲惨な状態がコメントとして寄せられている。密室の中で強制水分補給が行われている実態が、血豆だらけの口腔状態を作り出している事実を知ってほしい。

しかしながら、実際に竹内理論に基づいて、強制的な水分摂取を行っている施設のトップである施設長は、決められた水分が摂取され、全国老施協基準の「お寒いオムツゼロ」さえ達成していれば満足し、その施設の中で、利用者がゆがんだ表情でいることを知ろうとしない。利用者が昼夜の別なく様々な強制的方法で、水分を身体に突っ込まれている状態を知ろうともしない。

恥を知れといいたい。

全国レベルで実施しなくなった介護力向上講習会は、都道府県の老施協レベルで行われているが、県レベルで手を引いたところもある。残念ながら北海道老施協は、この悪魔の講習会を続けている。

北海道老施協とその役員たちよ、恥を知れ。研修委員よ、恥を知れ。(明日書く予定の記事:洗脳介護からの解放に続く)

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