masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

人材育成

勝ち残る事業者と倒れ去る事業者の決定的な違い


人材育成のシステムがない介護事業者が、今いくら収益を確保していようとも、それは砂上の楼閣である。

就業初日からOJTと称して、金魚の糞のように先輩職員について歩かせ、根拠のない、「見て覚えろ」的な作業指導を、教育と勘違いしている介護事業者に未来はないと言える。

きちんとした介護事業者は、実務教育に入る以前に、社会人としての心構えを含めた基礎教育を行っている。座学による基礎教育のなかで介護の基礎知識もしっかり叩き込んでいる。そのため実務に入る以前の教育期間は2週間〜1月にも及んでいる。そうした基礎学習の期間に、泊まり込み合宿も行いながら、徹底的に基礎知識を学ばせ、サービスマナーの教育も徹底している事業者も存在する。

そうした事業者においては、総じて職員の定着率も高くなるし、教育訓練をしっかりしてくれるということが評判となって、経験・未経験の人がどちらも安心して働くことができるということで、募集に応募してくれる人も増える傾向が強い。

だからそうした事業者では、職員が慢性的に不足して業務が回らなくなることがない。そのため新人教育にそれだけ時間をかけて、採用したばかりの職員が数週間から一月もの長期間、介護サービス実務に携わらなくとも現場が廻り、人手が足りなくて困るということにはなっていない。

むしろ後々の業務がスムースに廻るように、もっと期間をかけてでも実効性のある十分な就業前訓練をしてほしいという声さえ挙がっている事業者もある。

しかもそれだけの期間をかけて教育した新人に対して、OJTツールをしっかり準備しながら、座学の知識を実務の中で確認できる本物のOJTを行うので、新人が伸びていくことができ、仕事もきちんと覚えることができる。そのため戦力になるのも早いという好循環が生まれる。

つまり実務に入る期間が先になろうとも、就業前の基礎座学・基礎訓練に時間をかけている事業者の方が実務に入った後で業務に溶け込むスピードは速くなるので、全体から見ると従業員の業務負担が減り、働きやすくなるのである。

そのようなシステムが全くないところは、就業初日から根拠のない実務指導と称した、作業労働しか教えない状態になるので、新人職員がきちんと仕事を覚えられるかどうかは、個人の能力に頼り切ってしまう結果となる。そのため業務を覚えるスピードも個人の能力に大きく左右されることになり、中途退職者も増え、結局いつまでたっても人手が充足することはないという悪循環に陥ってしまうのである。

仕事を十分覚えることができない職員が配置だけされているという状態は、仕事ができる職員に過度な負担をかけているという意味だから、そうした職場では熟練した仕事ができる職員がバーンアウトしていく。そして未熟で、手より口だけ動かす職員だらけになって、不満ばかり口にして仕事はさらに停滞し職場の雰囲気は悪くなる。そしてサービスの質も劣化の一途をたどり、定着率はさらに低下し、職員募集に応募してくる人も、他事業所で使えないと烙印を押されたスキルの低い人ばかりになる。

それでも人が足りないからと言って、募集に応募してきた人をとりあえず採用する事業者では、仕事ができない職員でも辞められたら業務が回らなくなるから困るという理由で、不適切な行動に対して、適切な指導さえ遠慮して、叱れない・教えられない状態となり、サービスの質はさらに劣化する。やがてその状態は不適切サービスに結び付き、従業員の感覚麻痺が進行して虐待が引き起り、事業経営ができなくなるケースさえある。

このブログで何度か指摘しているが、介護福祉士養成校から卒業して介護事業者に就職する学生は、「人の役に立ちたい」という思いを抱いている人なのである。

その動機付けを護り育てる新人教育が、将来人財となる若い芽を育てる。それが人材確保という面で他事業者との競争に勝ち残っていく唯一の方法だ。

そのための内部研修は何より重要で、その研修をおざなりにしないためのチェック機能や修正機能を持つためには、理念に沿った実践指導ができる現場リーダーの育成が何より大事だ。この部分にいくらお金をかけても無駄にはならない。

人の役に立つことをあきらめざるを得ない職場からは、近い将来必ず顧客離れが始まり事業経営が悪化する。入社式の日が、志高く介護の仕事にやりがいを求めて就職してきた人たちにとって、その志を「あきらめる」初日にしないための職員教育が不可欠だ。

2020年代に勝ち残る介護事業者とは、行政指導受けないためのアリバイ作りの職員教育に終始せず、人を育て定着させるための、本物の職員教育を行う事業者なのである。

実は今日も僕は、そうした教育のお手伝いのために東京に来ている。夕方からとある社会福祉法人さんで、職員研修講師を務めるためである。10月から月1回のペースでお邪魔した法人研修の締めくくりを今日行う予定だ。こうした職員研修を定期的に行う事業者には、きっと明るい未来があるだろう。

そうした教育のお手伝いが必要ならば、「北海道介護福祉道場 あかい花」の公式サイトに掲載しているメールアドレスや電話番号に連絡いただくか、FBのメッセンジャー等で連絡ください。全国どこでも駆けつけます。

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人材マネジメントには腐ったミカンの方程式の視点が欠かせない


介護保険制度改正や介護報酬改定の1丁目1番地は、「自立支援」と、その評価だという人がいるが、僕はのその意見には反対だ。

自立支援は理念の一つとして重視されることにいちゃもんを付ける気はないが(結構いちゃもんつけているっしょ、という声は無視する)、それが最も重要だという価値観にはついていけない。

高齢者はいつまで尻を叩かれ頑張り続けなければならないのだ。むしろ頑張り続けて自立を強要されている人より、必要な支援を受けることによって幸せな暮らしを送ることができ、人生を全うしている人もいることに目を向けて考えなければならない。共立という視点があるからこそ、多様な幸福が存在するのだ。そういう意味でも、自立支援にだけに価値観を見出してはならない。

そもそも我々が向き合っているのは物ではなく人なのだ。

感情のある心を持った人間と向き合う仕事であるという本質を考えれば、「自立支援」というただ一つの価値観を1丁目1番地に置くなんていう冷酷な考えにはならないはずだ。むしろそうした考えは、暮らしの多様性を否定してしまうものであり、自立支援よりも大切なのは、「生活の質」であり、それを担保するには、誰か手を借りるシーンがあったって良いのである。
(※参照:「洗脳された人たちの脅迫介護」・「給付制限ありきの自立支援は地獄支援でしかない」)

じゃあお前は1丁目1番地に何を置くかと聞かれれば迷うことなく、「人材確保・人材育成」であると答える。

制度をどう整えても、それを動かず人材がいないと、制度あってサービスなしという状態に陥る。

サービスをなくしては困るからと言って、人材が見つからない場所で誰でもよいから採用してしまえば、サービスあって品性なしという状態に陥る。

人員にしかならない職員によってサービスの質は劣化していくしかない。その結果、サービスの質が低下するだけではなく、不適切サービスや虐待が生まれる。そうした場所では利用者の尊厳など護られるわけがなく、サービスを受けることによって、豊かな暮らしが実現するのではなく、逆に傷つけられてしまう利用者が生まれてしまう。それは介護サービスの本来の在り方とは対極に位置すべき状態であり、あってはならない状態である。

そのような劣悪なサービスの原因となるものとは、働く従業員そのものであり、それは人員とも言えず、「人罪」としか言いようのない存在である。そういう人間を対人援助の場に居させてはダメなのだ。だからこそ介護事業経営者や、介護事業者の管理職の方々には、人員配置だけに目を奪われずに、人材確保と人材育成に目を向けてほしいと思う。そこを1丁目1番地に置いてほしいのである。

しかし採用時点で人物を完全に見極めるのは至難の業だ。だからこそ試用期間を設けることができるのであり(試用期間は労働基準法等の労働法規で、設けなければならないとはされていない。)、就業規則にきちんと試用期間を定め置いて、その期間中に人物の見極めを行うべきである。

勿論、試用期間と言えども労働契約自体はすでに成立しているために、理由なく事業者都合だけで従業員を解雇することはできない。しかし試用期間中の解雇については、通常の解雇よりも広い範囲で裁量が認められており、過去にも「能力の大幅な不足」や「入社前に期待していた能力が入社後には全く発揮されず、担当業務をいくつか変えても勤務成績が上がらない」、「入社後の勤務態度が極めて悪く、協調性もなく、周囲の業務にも悪い影響を与える」などの理由により使用者が解約権を行使できるものとして、いくつかの判例が示されている。

対人援助としてのスキルに欠ける従業員を、試用期間中に選別して労働契約を解約することはできるわけである。その時に、「人の役に立つ職業」であるはずの対人援助において、人を傷つけるような対応しかできない職員についても、「対人援助のスキルに大幅に欠ける」として選別して、労働契約を解約することが求められるのだ。

試用期間中にサービスマナーを身に着けることができない従業員もしかりである。それは人の心と暮らしを護るべき対人援助の場では、致命的なスキルダウンであるとして排除されるべき従業員である。

職場全体でサービスの品質をアップさえようとして、サービスマナーを身につけようとしているときに、一向にそうしたマナーを身につけない従業員も同様に排除されていかないと、職場全体のマナーは向上しないし、サービスの品質もアップしない。

ミカン箱の中に、腐ったミカンが一つでも存在すれば、箱の中のミカンはすべて腐っていくのである。箱の中全体を腐らせないためには、腐りかけたミカンをできるだけ早く箱から取り出して捨てなければならない。たった一つであっても腐ったミカンを残しておいてはならないのである。

介護サービスの場でも、腐ったミカンを取り出しもせずに、そこに存在するままで放置してしまえば、職場全体が腐っていくことを肝に銘ずるべきである。だからこそ、人材マネジメントは、人を探し、職場に張り付け、育てるという一方で、ミカンが腐らないように環境を整えることが重要になるし、間違って腐ったミカンを発見して、取り除くシステムも同時に求められるのである。

腐ったミカンによって、フレッシュで未来が期待できるミカンも腐らせられるのだ。そんな腐ったミカンがある場所で、いくら新人教育に力を入れても、新人が職場を変えられるわけではないし、腐ったミカンに侵食されて、当初の志も腐っていく。

将来人材から人財となる素質を持つ若者が、腐ったミカンタメ口にストレスを感じて、マナー意識の低い職場から辞めていくという現状も見受けられる。

一方で、丁寧な対応ができる職場で働きたいという動機づけを持っている人は、考えられている以上に多いという現状がある。その人たちは、今きっとどこかで、腐ったミカンを取り除いて、浄化作用が働く職場を探している。

そういう意味では、腐ったミカンを取り除く先に、人員不足に陥るなんて言う心配はいらないのだ。フレッシュなミカンが、取り除いた腐ったミカンの数以上に集まってくるからだ。

そうした覚悟を持って介護事業経営にあたっていただきたい。そうした事業者としての理念やビジョンに共感できない職員は、組織の秩序は壊す要素にしかならないのだから、寄ってこなくてよいと割り切って考えるべきである。

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リーダーに資質がないと逆パワハラが起こる


骨太の改革で社会保障費の自然増を抑える政策が続く中でも、高齢化はますます進行し、要介護者の数は増え続ける。そのため2018年に比べ、2028年には介護給付費が10兆円増えることになる。

この数字は介護給付費だけの数字なので、それに付随する費用(例えば、介護に必要な給付費に含まれない費用など)を含めると、その金額は100兆円を超えることになる。それだけ大きな伸びしろがある経済市場であるというのが、介護業界の一面である。

だからこそこの市場を狙って、大手営利企業の介護サービスへの参入が続いていくことになる。

つまり骨太の政策で顧客単価が減る中で参入企業が増えるのだから、顧客確保のための競争はより激化するということになる。

この競争は顧客から選ばれる競争の前に、顧客から選ばれるために一番大事なサービスの質を左右する、「人材確保の競争」でもある。

特定加算という大きな財源をうまく使って、質の高い介護職員をより多く集めた事業者が、加熱する競争社会を勝ち抜くことになる。だからこそ特定加算の配分範囲を「その他の職種」まで広げた介護事業者は、それだけで経営リスクが高くなっていることに気が付かねばならない。

あの加算を最も活かす方法は、配分はaグループのみに絞ることだと僕は感じている。それはまた別の機会で、詳しく論ずることとしよう。

前述したように、人材確保が介護事業経営の肝になることは言うまでもないが、人材は自然発生しないし、育てるという観点が何よりも必要だ。そして育った人材が定着する事業者にしなければならない。

このことを経営者がいくら自覚して頑張っても、経営者だけではどうにもならない問題でもある。経営者が着雪的に職員を育て定着させられるわけではない。経営者はもっと高い木の上から、戦略を練らなければならないので、現場のリーダーがそれぞれの部署の人材を育てなければならないのだ。

つまり経営者は、信頼できる管理職を育て、管理職は、人材を育成しまとめるリーダーを育てるという役割分担が必要になる。

どちらにしても介護事業者において、人材が育ち職員が定着する職場環境に欠かせないのが、介護職員を束ねるリーダーの存在なのである。だからこそ、このリーダー役にどういう人を選ぶかということが、経営者や管理職が一番考え抜かねばならないことだ。

資質のない人をリーダーに据えた事業者では、人材が育たず定着しないだけではなく、人間関係を含めた職場環境が劣悪な状態に陥る例がみられる。

例えば現在の人材不足を憂いて、職員が退職することを何よりも恐れる雰囲気のある職場では、リーダーが職員を叱って指導できない状態になっていたりする。

しかし人材が育ち定着する職場には、必ず部下を適切に指導できるリーダーが存在するのだ。上司や先輩がきちんと仕事のやり方を教えてくれないという不満や不安で多くの職員が辞めていく現状を考えると、部下をきちんと指導できるリーダーの存在が必要なのである。つまり従業員が気持ちよく働くことができる職場のために、上司が部下に媚を売るような職場環境が求められているわけではないのである。

リーダーに求められている指導力とは、技術指導と人間指導の両面持つものだ。だからこそ指導するためには愛情を持って叱る態度は不可欠なのである。その一方で、ただ単に感情的に怒るリーダーであっては、職場環境を悪化させるだけだという認識も必要だ。

時には厳しく指導しながらチームをまとめるリーダーがいれば鬼に金棒だ。

ところが技術指導が十分できず、チームをまとめる資質もないリーダーであっては、部下の心は離れていくだけではなく、リーダーの指示が行き届かなくなる。そうした職場では得てしてリーダーの命令に背く部下が結束して、リーダーを無視してそれぞれ勝手に仕事をこなす状態に陥る。

こうしてリーダーが孤立して、無視され逆パワハラの状態に陥っている職場は決して少なくない。

こうなってしまっては、職場内のチームをいったん解体しないことにはどうしようもなくなり、場合によっては職場崩壊となりかねない。そうならないためにも、年功序列ではなく、資質によってリーダーは選ばれるべきなのである。

だからこそ介護経営者や管理職にはリーダーの資質を見出す・見抜く能力が求められるのである。

リーダーの資質が、その事業者の命運を握ると言っても過言ではないことを肝に銘じて、リーダー探し・リーダー選びに尽力してもらいたい。

なお僕は講演等で、介護事業者における、「求められるリーダーの資質」や、「部下を伸ばす教え方」についてもレクチャーしているので、ぜひ一度お聴き願いたい。

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なぜ実習生に作業しか教えず、愛を失くせと説教するのか。


介護人材不足の問題は解決の糸口さえ見えず、全国どこへ行っても、人がいないと愚痴をこぼす人が多い。そして介護事業経営の最大のリスクも、「人がいなくなって事業が継続できなくなること」であり、そのことに危機感を持つ介護事業経営者の方も多い。

介護サービスの場で働く人にとっても、それは自分の職場がなくなるかもしれないという危機感につながっていくと思うが、それ以前に、今現実に行っている仕事が回っていかないという深刻な状態に向かい合っている人が多い。

だから多くの介護事業経営者及び介護従事者は、介護の仕事に就こうとする人が、もっと増えてほしいと願っているはずだ。そのためには介護福祉士の養成校に入学する学生も増えてほしいと思っているはずだ。

そうした介護関係者に自覚してほしいことがある。知ってほしい実態がある。

それは介護福祉士養成校に入学する学生は減り続けているが、その中で養成校に入学する学生は、それなりの高い動機づけを持つ人たちだ。ところがそうした学生の動機づけをつぶし、介護の仕事に就こうとする意欲を失くさせる元凶が、今介護現場で働いている人の姿勢や考え方そのものであるということである。

例えば現役高校生が進路希望として、「将来介護の仕事をしたいので、介護福祉士の資格を得るために専門学校に入学したい」と表明した途端、その学生は職員室に呼び出され進路指導を受けるという実態をご存知の方はどれだけいるだろうか?

学生はそこで、担任教師と進路指導の担当教師に、「将来を考えて、その進路を見直しなさい」と説得されるのだ。介護の職業に就こうとする学生が減っているのは、こうした実態が全国各地に存在しているからである。

そのように説得されてもなおかつ介護福祉士養成専門学校に入学してくる生徒とは、他に行き場のない能力の低い学生ではない。多くの入学希望者は、「人の役に立つ仕事をしたい」・「体の不自由な人の支えになりたい」等という高い動機づけを持っている若者なのである。

そうした動機づけを持つ若者たちは、そうした考えに至る経験と理由を持っている場合が多い。

例えば、「自分が大好きだった祖母が特養で亡くなったのだけれど、そこにはとても尊敬できる介護職員がいて、祖母がなくなる瞬間までとてもお世話になった。私もそんな介護職員になりたい」とか、「自分の母親がヘルパーをしているのだけれど、いつも生き生きとしてお年寄りの暮らしを支えている姿を見て、私もそんな母親と同じ仕事をしたい」とか、「ボランティアで初めて訪れた特養で、若い介護福祉士の方が働く姿が格好良くて、利用者の方々もとても幸せそうだったから」とかいう理由である。

それはまだ幼い考え方の中で生まれた理由かもしれないが、同時にそれはとても尊い考え方であり、大人はその考え方を大切にしなさいと教える人であるはずだ。ところが介護事業で生活の糧を得ている先輩たちが、そうした若者の尊い考え方を、「理想と現実は違う」という言葉でつぶしにかかるケースが実に多い。そうしたスキルの低い職員が数多く存在するこの国の介護の場の実態である。そんな国で介護の仕事に就きたいという若者が増えるわけがない。

介護実習もあまりにも現場の意識レベルが低すぎる。学生は実習の場で、知識と技術を学ぼうとしているのだ。そんな学生になぜ、その職場の作業を教えなければならないのか・・・。ルーチンワークを学生に教え込んで、何の勉強になるというのだ。

職場の動きに合わせて何時何分に何をしたり、物品の置き場所はどこであったりというのは、その職場で働いている労働者が覚えればよい作業であり、学生が実習中にそのことをしっかり覚えたとして何の意味もないことだ。それは社会人として実際に仕事に就いた後で覚えればよいことである。

教えなければならなことは、対人援助のプロとして介護支援を必要とする人にどのように向かい合う方法論である。身体の不自由を抱える人に対して配慮すべき点や、そこで使うべき介護技術とは何かを、その根拠とともに指導するのが実習先に求められていることだ。

実習中に学生が利用者とコミュニケーションを交わしている姿を見て、職員が注意するような職場も多い。「そんな風話ばかりしていると、実習がいつまでたっても終わらないわよ。もっと決められた仕事をしなさい」なんて注意する職員は、実習指導者としてのスキルはゼロである。そういう方法で人材となる卵をつぶしているから、現場の作業が回らなくなるほど人材が枯渇しているのだということに、なぜ気が付かないのだろうか。

どんな状態に置かれた人に対しても、人間愛を忘れずに接しようとしている若者に、そんな青臭いことを言っていると仕事は終わらないと説教する実習に何の意味があるのか。愛なんて介護にいらないというのは指導になるのか。科学的根拠に愛情というエッセンスを添えて初めて、介護が人の暮らしを造る行為につながるのではないのだろうか。

仕事を教えるのが実習ではない。あなたが行っている仕事を覚えるために学生を実習させているわけではなく、教室で学んだ知識や技術が、介護支援の現場でどのように生かされているかを確認するのが実習である。・・・しかし現状では、そんな知識や援助技術なんて持っていない職員ばかりだという認識しか持つことができずに、介護の仕事に夢も希望も失って学校さえ去っていく学生が生まれている。

正しい介護技術を使うことで、暮らしぶりが良くなる人がいて、丁寧なコミュニケーション技術で接することで心豊かになる人がいることを確認できるのが本当の実習だ。コミュニケーション技術を高めることにより、認知症の人でも落ち着いて暮らすことができるという事実と、その方法を伝えることが本来の介護実習である。そうした対人援助のすばらしさを伝えるのが実習指導者の務めである。

それをしないで作業労働しか教えず、忙しい現場のルーチンワークをこなす手助けに、猫の手よりはましな学生を駒として遣おうとする介護実習先で、学生は「介護の仕事は人の役に立つ仕事だと思ったけれど、そうではなかった」と動機づけを失っていく。

実習後の報告会で、学生は実習先で教えられた方法を振り返って、「利用者への対応が流れ作業になってしまっている」と報告してくる。同時にそんな方法に胡坐をかいている多くの職員の姿を見て、「あんな鈍感な人たちの中で働くのは不安だ」・「こんなやり方が、人のためになっているとは思えない」として介護福祉士養成校を中途退学してしまう人もいる。

つまり実習先が介護現場の金の卵である若者をつぶしているという実態があるのだ。そのことを変えない限り、この国の介護人材不足は永遠に解消しないだろう。

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中堅リーダーの役割り


毎年講演のお仕事をいただいている愛媛県老施協さんの研修会では、一昨年と昨年は管理職の方々を対象に人事・労務管理(離職予防、面談、内部異動、管理職の育て方等)・将来を見据えた事業運営(組織改革、地域貢献、アプローチ方法等)・人材マネジメントストレスマネジメントについて講義を行った。

しかもすべての会員施設の管理職がくまなく受講できるようにということで、年2回同じ内容で4時間の講義を1回目と2回目の期日を1月ほどずらして行ってきた。

その2年間の取り組みが一段落したので、今年度は管理職を支える、「中堅リーダー」の方々を対象に研修を行うことになった。しかし松山市だけでそれを行っても、参加できない地域の方もおられるかもしれないということで、今年は今月20日(火)〜22日(木)までの3日間、松山市〜今治市〜伊方町の3地域を廻り、同じ講義を行うことにしている。

テーマは、「中堅リーダーの役割り」としており、講義の目的は、リーダーとして知っておくべき情報と知識を得ていただくこととして、その内容については、「部下を叱って指導できない職場環境であってはならない」という記事の中で少しだけ内容をお知らせしている。

職員の定着率が低い介護事業者の原因調査を行うと、現場リーダーに指導者としての資質が欠けるのが一番であることがわかる。

次に来るのは経営者及び管理職の問題である。叱ると怒るの違いを判らずに感情のまま職員に当たるような管理職のいる職場では、日常的にハラスメントが起きており、こういう職場の環境が良いはずがなく、若い有能な芽が摘まれていく。その結果残った職員は、どうしようもないほどリーダーシップやキャプテンシィーに欠けてしまうことになり、職員の定着率はますます下がる。これこそが大手術が必要になる典型的なパターンでもある。

そうした事業者に陥らないように、管理職の研修に引き続いて、中堅リーダー研修を任されているので、各事業で重要なキーパーソンとなり得るリーダーを育てる一助になるような講義をしてきたいと思って構想をまとめた。そのことは、「部下を叱って指導できない職場環境であってはならない」という記事でも紹介しているところだ。

職員が安心して働き続けることができるように、根拠のある方法で介護技術が伝承できる職場が求められており。そのことを言葉で伝え指導できるリーダーが求められている。

同時に介護という職業の、「魅力」を伝えられなければ人は定着せず育たない。その魅力とは、人の暮らしを豊かにする魅力であり、人を幸福にできるという魅力であるはずだ。

人がいない、時間がないという理由を挙げて、人を幸せにしない方法で、仕事をこなせばよいという場所からは、「こんな方法が利用者のためになっているとは思えない」といって人材が去っていく。そうしないために介護の魅力を再発見できる様々な事例も紹介したいと思っている。

それはフィクションではなく、僕がやってきたこと。仲間と一緒に作り上げた方法論だから、誰にも否定はできない事実である。

ということで愛媛県老施協主催の、「中堅リーダー研修会」の講演スライドも完成し、これから最終チェックしたうえで事務局に送るところだ。

この研修のお問い合わせは、愛媛県社会福祉協議会・福祉人材部人材研修課。(089−921−8566)までお問い合わせいただきたい。それでは当日受講予定の皆様、どうぞよろしくお願いしたします。

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文例を教えるな。文例を学ぶな。


介護業界には文例を教えようとする馬鹿講師がいる。

特に介護支援専門員に向けた研修講師で、ケアプランの文例を教えようとする大馬鹿者がいてどうしようもない。そんな輩が本でも出版したら目も当てられない。本の中に「文例集」を掲載する馬鹿っぷりである。ケアプラン作成のノウハウ本に文例を載せる人間は、どうしようもない勘違いした輩だなと思う。

文章の良否は、伝え方の良否とイコールだから、利用者や関係者に伝わるような文章の書き方を指導することは必要な場合がある。文章の書き方を指導できる能力がある人なら、それを行うことは悪いことではないだろう。そういう意味ではケアプランの書き方も、伝わる文章の指導という意味で、教えることはあってよいと思う。

しかし文例を教えてはならないのだ。それは文例を教えられる側の人が、それを頭の中でフォーマット化してしまうことにつながり、それは即ち想像力と応用力を削ぐ結果にしかならないからである。

そもそも相談援助職に求められているのは「答え」という名の「支援する側の価値観の押しつけ」ではない。相談する側がいかに自身の問題に気づいて、自身で解決の道筋を見出すことができるのかを「手伝う」ことである。そのためには想像力と応用力が何よりも必要なのに、安易に文例を使って、自分の言葉で文章を作成する機会を失わせて、個性のない定型文にはめ込むことによって、それらの能力を低下させてしまうのは、相談援助職としてのスキルを低下させる以外の何ものでもないのである。

答えを導き出す、「言葉」や「文章」を定型にはめ込むような押し付けは、おせっかいを通り越してバリアそのものである。

そもそも文章表現に、「決まり」などないのだ。故人となって久しい司馬遼太郎さんはかつて、「小説というものの表現形式の頼もしさは、マヨネーズを作るほどの厳密さもないことである。小説というものは一般的に、当人もしくは読み手にとって気に入らない作品がありえても、出来そこないというものはありえない。」というふうに小説の持つ形式や形態の無定義・非定型という本質を語っている。これは即ち文章表現の多様性と非定型性を表した言葉でもある。

ケアプランの生活課題や目標も同じことだ。千差万別の様々な暮らしを営む人をアセスメントして、引き出した課題や目標にも、個性ある表現があってよいのだ。そこに正解や不正解があるわけではなく、ケアマネジャーがどう評価して、どう伝えて、どうアプローチするかという問題なのだから、自分の手法に沿った表現方法であるべきだ。

要はその表現によって、利用者が自分にとって何が必要とされて、どのように社会資源と結び付けられようとしているのかが理解でき、結び付けられた結果がどうなっているのかを把握出来さえすればよいわけである。

文例・定型文の押し付けは、その入り口で支援者の思考回路の一部を閉ざすものでしかない。

そういう意味でも、司馬さんの千分の一の文章力もない馬鹿講師風情が、自分の書いたものによって、自分の作った文例を他人に押し付けるなど一万年早いと言いたい。

文例を紹介したり、本に掲載する馬鹿どもに言いたい。

自分の文章が一番などと勘違いはしていないだろうが、文例を紹介するという意味は、その勘違いと少しも変わらないということだ。そして自分の知識が一番だと思っているという意味だ。しかし知識がすべてとは思わないことだ。

知識とは人類が短い歴史の中で知り得た、ささやかな情報に過ぎない。我々はまだ真実に無知である。知識は大事だが真実とは限らない。真実はもっと先にあるかもしれない。

そういう意味では、介護の現場で問題に直面した専門家に求められるのは、最新の知識ではなく応用力であり、それを支えるのは信念である。そしてそれは書物では学べない。特に文例を安易に使うことは応用力をそぐことに他ならない。

そして文例に頼る限り、文例を教えた講師のコピーにはなり得ても、その人物を超えることはできない。そのことをしっかり理解してほしい。

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部下を叱って指導できない職場環境であってはならない


介護事業者の最大の課題は、人材確保であることは言うまでもない。

しかしその方法論が間違っていると思われる事業者が思った以上に多い。人材確保のためには、どういう人材を採用するかということも重要になり、数合わせの採用がいかに職場をダメにするかについては、「妥協のない人材選びと育成が未来を切り拓く」で問題提起を行っているが、しかしこの記事を読んで勘違いしてほしくないことは、大事なことは良い人材を選ぶだけではなく、良い人材となり得る人を見抜いて採用し、そうした金の卵を育てる必要もあるということだ。

その卵は、介護の専門的な教育をまだ受けたことがない人かもしれないのだ。

だからこそ募集に人材が集まってくれる職場を創る以前に、職場で人材が育ち定着させることが最重要課題なのだ。しかしそこの順序を間違っている職場が多い。底割れの人材対策など、何の意味もないことに気が付かなければならない。

人材となり得る人を育てるためには、管理職だけが頑張ってもどうしようもない。現場で本当の意味のOJTができる、リーダー職員が存在しなければならない。そういう意味ではリーダーの養成と教育から先に始めなければならないわけである。

介護事業者の最重要課題は、OJTを任せることができるリーダー職員の育成に他ならない。そしてそのリーダーが常に介護の品質をチェックし、お客様に提供するにふさわしいサービス提供ができていない職員に対して指導する必要がある。

いくら新入職員教育に力を入れて、実務に入る前にサービスマナーを教え、根拠に基づいた基本的な介護技術を教えたとしても、実務に入った場所で、それを実践している先輩がいない限りそのようなマナーや技術が浸透するわけがない。そのために現場レベルでマナーや技術を指導するだけではなく、チェックできるリーダーの存在は不可欠になるのだから、新人を教育する前に、リーダーを養成し、徹底的に鍛えることが大事なのだ。

このことに関連して、来月8月20日(火)〜22日(木)まで、愛媛県で中堅リーダーを対象にした研修を実施する予定になっている。その研修は、「中堅リーダーの役割」をテーマに愛媛県老施協と地区老施協が共催するものであるが、それぞれの地域のリーダーの方がくまなく参加できるように、3日間で松山市・今治市・伊方町の4地域を廻り、それぞれ同じ内容で3時間の講義を行うことになっている。

そこではリーダーとして知っておくべき情報と知識として、介護施策・制度に関連する社会情勢や社会保障制度改革の中での介護保険制度の方向性を伝えるとともに、リーダーとして求められる資質として次の3点を重点的に伝える予定にして、現在講演スライドを作成しているところだ。
・人を育てる資質
・根拠のある介護を指導する資質
・対人援助の本質を護り・伝える資質


ところで最近は部下を叱れないリーダーが増えており、そのことは大問題だと思っている。叱ったらやめてしまうと、叱れないのでは人は伸びない。部下の成長のために愛と誠意をもって叱ることを憤って辞めていくのであれば、そんな職員は、「人材」にはなり得ないのだから、やめさせれば良いのだ。だからこそ叱ることをためらうリーダーであってはならない。

そもそも叱ることと、怒ることは違うのである。叱って育てることは、上司の感情のままに怒りを部下にぶつけるようなパワハラとは異なるわけである。叱られることで、はじめて問題を認識できる部下も多い中で、叱ることができずに、部下のプロ意識が育たずに腐敗していく職場を数多く見てきている。

職員が定着するための条件として、上司が部下に媚を売るような職場環境が求められているわけではないのである。媚を売るようなリーダーは、結局部下に馬鹿にされて、笛吹けど踊らずという職場環境に陥るのだ。

求められていることは部下をきちんと指導できる職場環境である。そのために指導できるスキルがリーダーには求められるが、指導とは技術指導と人間指導の両面持つ必要があるから、指導する際に叱ることも必要となる場合があるのだ。愛情を持って部下を叱る態度は、リーダーには不可欠なのだ。

勿論その対極に、感情的に怒る上司が職場環境を悪化させるという理解も求められることは言うまでもない。

愛媛の中堅リーダーの皆さんには、このことを3時間という時間の中で伝えてくる予定なので、是非日程調整をして、数多くの方にこの研修を受講していただきたい。そして職場で若手を育てる方向性を見出していただきたい。

質問があったら何でも会場でお応えしますので、よろしくお願いします。

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妥協のない人材選びと育成が未来を切り拓く


骨太改革で社会保障費の自然増を年間5.000億円に抑え込んだとしても、介護給付費は2028年には、2018年と比較して10兆円増大する。

今後の10年間に関して言えば、介護給付費だけで確実に100兆円増えるという市場の中で、保険サービスの顧客を増やすという戦略を、介護事業経営者が練ることができさえすれば、確実に事業は成長させられるわけである。

しかしもっと長期的な事業戦略を見据えて、将来長く介護事業経営を続けようとした場合、高齢者の数の減少社会に入っていることを考え、いずれかの時期には介護給付費に頼り切った事業経営に見切りをつけて、保険外事業でも収益を挙げていく構造へと転換を図らなければ、事業経営は頭打ちとなることは明白である。

その時、どのような保険外事業を選択できるのかは、時代の流れを見据えて見つけ出していくしかない。しかし保険外事業が簡単ではないことは、「保険外事業で誰もが稼げるわけではない」という記事においても問題提起しているところだ。

だからこそ保険内外両事業を支える基盤は、人材であることを忘れてはならず、保険給付サービスより厳しい競争を強いられる保険外サービス競争で勝ち残るために、そこを担う能力がある人材を確保していかねばならない。

そのためには座して人材が来るのを待っていても始まらない。どういう人材が必要かを明確に意識し、そうした人材を確保するために、他の介護事業者との差別化を図って、独自の方法で人材確保という面でも勝ち残っていく必要があるし、職場の中で人材を確実に育て伸ばしていかないと、必要な人材確保はできなくなる。

そのためには人材がどういう場所に集まり、どういう場所で育っていくのかをきちんと見据えて、人材が集まり育つ具体策を取っていくしかない。

職員募集に応募してきた人を、とりあえず全員採用してしまおうと考える事業者であっては、人材は育つことはない。そのような事業者に居座る、「能力のない職員」の存在によって、職場環境は悪化し荒廃する。そこからは人材が流出するだけでなく、人員さえも逃げていくため常に職員募集をし続けなければならず、人員が足りない分、さらに誰でもよいから採用しようということになり、益々職場環境が悪化するという悪循環が永遠と続くことになる。そんな事業者は消えてなくなる運命の途上であると言ってよいだろう。

そもそも事業経営に理念は大事だが、理念を念仏化しても何にもならない。理念を標語のようにして職員のネームプレートに記入して、首からぶら下げさせても、犬の首輪の役目さえ果たさないのである。

「未来につながる介護」・「尽力・誠意」・「心配りの介護」・「地域住民の福祉の向上」。どれも大事だが、それを標語にするだけで実質が伴っていなければ介護事業者の発展は見込まれない。

介護事業の経営理念を高く掲げて、他の介護事業者の追随を許さない高品質なサービスの提供を目指さねばならないのはいうまでもないが、それが標語で終わってはならないのだ。高い理念を掲げるならば、それを実現するために妥協のない職員教育が必要になる。それによって重度障がい者への高品質ケアや認知症ケアや看取り介護も、他の追随を許さないレベルで提供できる高品質な介護サービスの技術力を持つ結果につなげていくという結果を出さねばならない。

それができたとき必然的に地域住民から選択されるだけではなく、職員のサービスも洗練されていくのだ。

そうした職場には、「高品質なサービスを実践したい」・「自分の技能を高めたい」と考える有能な人材が集まってくるのだ。そうした職場であるからこそ人材は自然に集まり、定着率は格段に上昇するのである。

技術力・サービスマナー意識の低い職員がいても、人手がなくなることを恐れて、そうした職員を排除できない介護事業者に、洗練された介護技術など持てようはずがない。そうしたところは顧客から選ばれずに、人員にもなり切れない無能な労働者しか寄ってこないだろう。そしてそうした職場環境は、何事も怠惰と退廃に傾くだけに陥る。

要するに凡庸な介護に終始する介護事業者ほど、理念を空想化し標語にこだわる傾向に陥り、職場環境も良くならず、人員確保にさえ汲汲としてまともな介護事業経営などできなくなるということだ。

高品質な介護技術によるサービス提供と、五つ星ホテル並みの職員教育をうまく融合させていくところがあるとすれば、それは日本の介護の先頭に立って、安定した事業経営が続けられる介護事業者として成長を続けられるだろう。

生き残りをかけた事業戦略を真剣に考えるならば、事務職員の電話対応から、看護・介護職員の言葉遣いや所作まで、厳しい躾(しつけ)を行き渡らせる必要があることを、事業経営者は心するべきである。この部分に妥協が多すぎるから、いつまでも経営者の目指す職場は実現できないのだ。できない人員は辞めさせるしかないことを事業経営者は肝に銘ずるべきである。

つまるところ介護事業者は人なのだ。介護施設にいくら最新の介護ロボットを導入したとしても、人に恵まれなければ、その介護施設は資材置き場と化すだけである。

だからこそ人材確保と育成のためにこそ労力とお金を使うべきなのである。

ただし実効性が見込めない方法、実際に効果が出ないで漫然と続いている方法に労力とお金をかけても死に金になり無駄になるだけだからその見極めは必要だ。経営コンサルに丸投げして、資金だけかけてもさっぱり人材問題が解決していないというのは最悪である。

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人材から選ばれる事業者という意識


全国各地、どこへ行っても介護事業者の人材が充足しているという地域はない。

多くの事業者で人材確保に悩みと不安を持っているのが現状だ。しかしそのことに具体的に対策をしていない事業者も多い。介護事業者がなくなっては困るのだから、国が何とかするだろうと甘えた考え方を持っている事業経営者もいる。

しかしこのブログのカテゴリー「介護人材確保」で何度も指摘しているように、日本の人口構造と、外国人労働者の特性を鑑みたときに、国の政策によって介護人材が充足することはあり得ず、人材確保ができずに事業経営が続けられなくなる事業者は相当数出てくるだろうという予測は、決して外れない予測と言ってよい。

しかし人材不足が叫ばれる現在であっても、しっかり人材を確保し、職員が充足しているという事業者もある。そこでは他事業者との差別化を図り、求職者にそのことが認められて選ばれ、そうした人材が定着しているという意味である。

つまり介護人材確保という面で言えば、既に勝ち組と負け組の差が付き始めているということだ。

ではその差別化とは何だろう。勿論そこには給与やキャリアパスを含めた待遇面の差という要素も含まれてくる。そしてその差は事業規模によって開きが出てくるために、大規模事業者の方が有利となるという側面がある。しかし大規模事業者の中でも、人材確保に苦労しているところと、そうではないところがあるという差が生じていることを考えると、待遇面以外の差というものが確実に存在するはずだ。

そもそも介護給付費を主な運営費としている以上、サービス種別と事業規模が同じであれば、給与という部分で大きな差はつかないはずなのに、事業種別と事業規模別に細かく人材確保の状況を見ていくと、そこでも差が生じていることが明らかになってくる。この差は何だろう。

ちょっと角度を変えて、若い人で介護の職業に就こうとしている人の視点から、このことを考えてみたい。

高校生が介護の仕事を進路として希望すると、担任から職員室に呼び出され、「そのような将来性のない仕事に就いてはならない。考え直しなさい。」と指導する学校がまだ全国にたくさんある。そんな中で、なおかつ介護の職業を目指そうとする高校生には、高い動機づけがある。それだけを考えても、高校卒の新人は「金の卵」であり、「宝」だと言ってよい。

そんな中で介護福祉を専門に学ぶコースを設けている高校もある。その数も減りつつあるのだが、そうしたコースにのある高校を選んで進学する学生もいるのである。そうした学生は明確に、介護の職業に就きたいという動機づけを持った人たちである。

その動機付けを得た理由が、祖父母の介護経験であったり、介護施設を訪ねて見聞きした経験であったり様々ではあるが、介護の職業にある種の「憧れ」を持って、希望を胸にして進路を定めているのである。

そういう人たちは、介護の知識や技術を学び取ろうと熱心に勉強している。若く経験がない中でも、懸命に介護とは何たるかを学び取ろうとして勉強しているのだ。その知識や技術は拙いとしても、その人たちが貴重な人材であることは間違いない。そういう人たちが介護職員の募集に応募してくれる事業者とならねば、金の卵を獲得できないのである。

しかしその金の卵たちは、漠然と募集を待っているわけではない。職業安定所の募集内容だけを見て、応募するかどうかを決めるわけではないのである。

介護福祉コースで学ぶ学生にインタビューを行ってわかることは、彼ら・彼女らは、職員募集に応募する前に、ほとんど現地を訪ねているという事実が浮かび上がる。職員を募集している職場で、実際にどういう人が働いていて、どういうふうに利用者対応をしているのかをしっかり見定めたうえで、「あんなふうに介護ができるなら、そこで働きたい」と応募先を決めているのだ。

だから多くの学生が、複数の介護事業者を訪問見学している。その時に訪問先の職員の利用者への対応が、「なんとなくぞんざいな感じがする」・「乱暴に利用者に対応している職員がいる」という評価を学生が下していることを、当の介護事業者の職員は意識しているのだろうか?

少なくとも「接遇」を学んでいる学生は、顧客である利用者に、日常的に「タメ口」で接する職員のいる事業者を、入職したい事業者であるとは希望しないのである。

実習という場面でも同じである。実習先がそのまま就職希望先になる場合と、絶対に就職したくない場所に分かれてくる理由は、前者はマナーの優れた職員が多い事業者であり、後者はマナーに欠けている事業者であることが多い。

現在の介護職を目指す学生は、介護という職業に理想を持っているのだ。介護という仕事が「人に役立つ職業である」ことを信じて介護職を目指しているので、人に役立たないサービスの実態が見える事業者には就職したくないと思うのだ。

東京の高校で介護福祉を学んで、去年の春に特養に就職した19歳の女性は、その施設を選んだ理由を、「見学したときに、職員さんの言葉遣いが一番丁寧だったから」と言った。その若者を「宝」と公言している施設長さんのいる特養で、彼女は今も活躍している。

そんな風に将来「人財」となり得る「人材」は、事業者から選ばれる前に、事業者を選択しているのである。単なる人員を集めて、将来そうした職員が、「人罪」となってしまうような事業者に、そういう人材は集まらないわけである。

だから良い人材を集めて、定着率が高く、サービスの質が高い事業者にはさらに良い人材が集まる。逆に人員確保に汲々として、いつも職員を募集し、職員教育もほとんど行われずにサービスの質も低いような事業者は、人材から振り向きもされず、ずっと人手不足は解消されないことになる。

後者のような負のスパイラルに陥らないためには、サービスマナー教育と徹底するとともに、教育の手の及ばない職員は排除するという強い考えが必要である。そして一時的な人員不足を耐え忍んで、誰でもよいから採用する体質から抜け出し、人材から選ばれ、人材を採用して教育し、高品質なサービスを提供できる事業者へ脱皮することが求められる。

そうしないと事業経営ができない時代になってきているのである。

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令和という時代に介護イノベーションを


新元号が「令和:れいわ」となると決まった今日は、新年度のスタートということで、新入社員が入職し入社式を行う介護事業者も多いのだろう。

職員の配置転換をする場所のないほど、事業規模が小さな事業者では、退職者が一人もいないために、新入社員の募集も行っていないというところもあるのかもしれない。

しかし事業規模が大きくて、必要に応じて職員の配置転換も行っている事業者であれば、職員の入れ替わりが全くないということは考えにくい。それにもかかわらず、新年度のスタートの日に入社式を行わない事業者の場合、年度の途中で絶え間なく職員の退職があり、常に職員が足りず、いつも職員募集をしている状態で、募集に応募があるたびに職員を採用して、年度替わりなど関係ないという状態のところもある。

そういう事業者は、職員がなぜ定着しないのか、なぜいつも職員確保に困っているのかということについて、その根本原因を検証しなおすべきである。その根本原因の対策がない限り、永遠にその状態は継続し、やがてそれは事業を廃止せざるを得ない結果につながっていくのだ。

職員募集のテクニックを模索する前に、定着率を上げる対策が求められるのだ。そのためには職員が辞めていく根本原因をさぐり、人材が定着するシステムを早急に構築しない事業者は、人手不足がさらに深刻化し、令和という時代を駆け抜けることは不可能なのだと自覚してほしい。

その時に考えなければならないこととは、事業者として集めたい人材とは、単なる人員なのか、将来人財となり得る人物なのかということである。前者の人員は、職場に害をなす「人罪」となり得る危険性もある。そういう人間がいる職場からは、本来必要とされる人財や人財となり得る才能ある職員が逃げていく。

有能な職員が退職する理由の一つが、人罪でしかない職員の、利用者に対する汚い言葉遣い・荒々しい対応がストレスになって、「こんなやり方が、人の役に立つ方法とは思えない」・「こんな職場にいては自分も駄目になる」という理由である。

逆に、利用者に対する対応が丁寧で、根拠ある介護実践を行っている職場には、有能な人財が集まり定着する傾向がある。そうであるからこそ、そうした差別化を図って、有能な人財を集めることが、将来の事業経営を考えると必要不可欠になるのだ。なぜならこのブログで何度も指摘しているように、どんなに人材対策を取ろうとも、日本全体・地域全体で介護人材が充足する見込みはなく、人材集めでも勝ち組と負け組に分かれざるを得ないのが、現在と近い将来にわたる日本の状況だからである。

そんな情勢の中で新入職員が入職してくる。その人たちが、利用者に適切な言葉遣いと態度でもって、マナーのある対応ができるかどうかの分かれ目は、今日という日に入職したその場所で、先輩職員たちがどのような言葉遣いと態度で、利用者に向かい合っているかにかかっている。その自覚はあるのだろうか。

新しい入管法によって、日本の介護現場に飛び込んでくる外国人も増えるだろう。その人たちは事前の日本語教育で、「です」・「ます」という言葉遣いを教えられて、「タメ口」の会話法は教えられていない。そういう人たちが介護現場で先輩職員の口調をまねて、入職して数日も経たないうちに、利用者に対して「タメ口」で接するようになるとしたら、これはもう悲劇を通り越した喜劇でしかない。

自分の職場がどういう職場になるかは、自分自身の実践にかかっているのかもしれないと自覚する職員が一人でも増えてほしい。

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新入社員の教育訓練に関して思うこと。


僕は今、新千歳空港から沖縄に向かっている。

僕がいつも利用するJALの場合、沖縄へは乗継便しかない。しかしANAの場合は、沖縄直行便が数年ぶりに復活しているので、今日は慣れないANAに乗っている。この便は当初新千歳空港を10:40発に経ち、沖縄には14:35着の予定となっていたが、那覇空港の混雑のため40分遅れで運行中だ。那覇空港はいつも混んでいる。運行ダイヤの見直しが必要ではないのだろうか。どちらにしても約4時間の空の旅の途中でこの記事を更新しているところだ。

今朝の新千歳空港周辺は小雪交じりの天候で、気温も氷点下まで下がって寒かった。日中も3度くらいまでしか気温が上がらないというのに、これから向かう沖縄は那覇の最高気温が26度とのこと・・・沖縄ではコートは邪魔になるので家に置いてきたが、JRのホームではさすがに凍えていた。この時期はこのギャップに悩む時期でもある。

さて、今回の沖縄講演では、今日と明日で二つの講演を行なう予定になっている。

今日の講演会場は豊見城市の「デイサービス華々2号館」である。そこではデイサービス華々と琉球介護コミュニティ協会が共同開催する「サービスマナー研修」を行う予定で、時間は18:30-20:00となっている。

明日はうるま市の「うるマルシェ」で、13:30〜16:15で行われる琉球介護コミュニティ協会主催セミナーの中で、14:15〜「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」をテーマに120分の講演を行う。

年度末もギリギリに押し詰まったこの時期に、しっかりサービスマナーを身に着けて、すぐ来週に迫っている新年度初日から、そのことを新入職員に伝えなければならない。最初にしっかりマナー教育をしなければ、マナーのないぞんざいな態度で、利用者に相対する方法論が新入職員の身に沁みついてしまう。そうなっては修正することが非常に困難になる。だからこの時期に、新人指導担当者がサービスマナー研修を受けて、新入職員に伝えなければならないことを確認しておくことは非常に重要である。

加えて、今後すべての介護関係者が携わる必要性が高まる「看取り介護」のスキルを高めておくことも必要不可欠である。自宅で看取り介護を受けながら最期の時間を過ごそうという人が増える過程では、看取り介護の真っ最中の方が、デイサービスを利用するというケースも増えてくる。だからデイサービスの職員が終末期支援の意味や方法論を学んでおくことも必要不可欠なのだ。

僕自身がそのことをしっかり自覚して、すべての関係者に看取り介護とは何かということをわかりやす伝えてきたいと思う。

ところで今年は4/1が月曜日である。月初めで週初めの日が新年度のスタートという区切りの良い年だ。同時にその日が新入職員の入職する日であり、新人教育のスタートであるという職場も多いだろう。

新年度に入る前に既に新人教育に入っている職場もあるかもしれないが、本来新人研修は採用日からが原則である。特に新社会人となる学卒者は、社会人となる準備期間として新年度という区切りの日まで時間を与えてやりたい。卒業から入職の日まで心構えと自覚を持つため、そして学生生活の名残をかみしめる期間として、3月いっぱいまでは自由に時間を使わせてあげたいと思う。だから個人的には教育期間を3月中に前倒しすることには感心しない。

さて新人教育であるが、まさか就業初日から介護職員を現場に放り出して、現場リーダーに任せてOJTと称する作業の丸暗記を行わせている事業者はないだろうな・・・。そんな方法では人材は育たない。人財にはならないのである。

基礎教育は座学で、ある程度の期間を費やして行う必要がある。座学と言っても、年金や健康保険がどうのこうのという事務連絡はそれとは別ものであり、きちんと基礎的な介護の知識と技術を吸収できる内容にせねばならない。

とある社会福祉法人は、この期間を2月に設定し、新入職員は研修所でみっちり教育を受けて、実際の現場に配置されるのは6月からというところもある。さすがにそこはきちんとした技術を持って、品質の高いサービス提供をしており、職員の定着率も高くなっている。

しかし多くの職場では2月もの基礎研修時間は取れないだろう。しかしせめて2週間程度は、耳学問でみっちり鍛えて現場に送り出すという準備期間の考え方が必要だ。そこでマナー教育をはじめとした基礎研修をしっかりと行い、新人職員を鍛えておくことが、後々事業者にとっての「財産」である 「人財」を作る基盤となるのである。ここを大事にしている事業者は、職員の定着率が高くなっており、人材確保の苦労が大幅に減っていることも事実だ。

人が少ないからと言って焦って採用し、教育期間もほとんどとらずに、素人と変わらない知識の職員を現場に放り出す職場では、「こうしていた」という経験に寄りかかるだけで根拠のない技術指導が行われ、場合によってはそれは人によって方法がバラバラで統一されていなかったりする。そのような根拠のない方法論で現場は混乱し、疲弊し、バラバラに空中分解するのである。

そういう場所では職員の定着率は上がらず、いつも人が足りず、いつも人を募集し続け、応募する人が来るたびに一から仕事を教えることになるが、そのうちの幾人かは、完全に仕事を覚える前に辞めてしまうことの繰り返しになる。そうなると仕事を教える職員も疲弊していく。そもそもその状態では、仕事を教えると言っても、それは作業を覚えさせるにとどまり、技術を伝えられない。そうした職場で職員は充足することはないし、仕事も順調に回らない。サービスの質も上がらないから、有能な人財は集まらない。このように永遠の悪循環が続くことになるのである。

そのような職場に放り出させる新人も可哀そうである。僕が手塩にかけて育てた若者たちには、そのような職場を決して紹介しないようにしている。

そういう悪循環に陥っている場合には、どこかで覚悟を決めて、根本の問題解決に向けて舵を取り直す必要があるのだ。今がその時期であるという事業者も多いのではないだろうか。まさに「今でしょう」という死語に近い言葉が必要になるのである。

僕も北海道に帰ってきた後は、いくつかの法人の新入職員研修の教育のお手伝いの予定が入っている。今からでも遅くはないので、そうした教育・訓練の場に呼んでいただければ、少しでもお手伝いができるだろう。

どうぞ気軽に声をかけていただきたい。いつでも連絡をお待ちしています。

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新人教育の備えはできていますか


3月もこの時期になると新年度の準備で何かと忙しい方が多いのではないでしょうか。年度末処理に加え、新年度に切り替わる準備も必要だと思え、連日残業という人も少なくはないでしょう。

僕も特養等の総合施設長を務めている間は、この時期、肉体的にも精神的にも大変疲れていた思い出があります。その中でも気を使ったのが新人教育です。皆さんはその備えは万全にできているでしょうか。

4月1日には、各職場にフレッシュな職員さんが入職してきますが、新人職員に対しては、最初の教育が何より大事です。入職した時期に徹底的に学び取るべきことを叩き込んで理解してもらわねば、将来職場を支える人材とはなりません。

特に職場の理念を実現するために、その内容をしっかりと理解してもらわねばなりませんし、社会人として職場で求めるルールは完璧に理解して守ってもらう必要があります。ここをおざなりにすると、職員は育たず、それは即ち職場の損失に直結します。だからこそ今この時期に、その準備はできているのかを、今一度振り返って穴のないようにしておきたいものです。

特に新人教育について、OJTと称して現場に丸投げしていないかどうかを検証しなおすことが求められます。そのような状態に陥ってしまっていては人材は育ちませんよ。

4月1日に朝礼で新入職員に挨拶させ、先輩職員達に紹介した途端、介護サービスの場に新人を放り込んで、先輩の尻に金魚の糞のようについて歩かせることをOJTとは言えません。

その時期は座学を中心に、1週間なり2週間なりの期間を費やして、基礎知識を耳学問として学んでもらう必要があるのです。それを経て初めてOJTに移行して、耳学問を実地の場で、目で見て確認し、体で覚えてもらう必要があります。

しかもそこで行うOJTに不可欠となる要素とは、教える側の職員が教える内容について、きちんと根拠を持って説明できるということです。

こうする決まりになっている」とか「自分は今までこうやってきた」というのは、OJTの際に教える根拠とはなりません。そもそもOJTとは、作業行程や仕事の手順を教えることではありません。介護サービスにおけるOJTでは、利用者の暮らしを支えるための援助技術を教える必要があるのです。

1日のルーチンワークをこなすための作業工程を教えて終わるのでは困るのですよ。そんなことは何の意味もないし、人材育成にも結びつきません。教える内容も担当職員によってばらばらで、教えるべきことの統一を図っていない職場は最悪ですよ。新人教育のためには、教育する職員の事前学習が不可欠なのです。

もしそのようなシステムが存在せず、教育が現場任せで不統一な状態になっている事業者があるとしたら、今日この瞬間からその見直しに着手すべきです。完璧なシステム変更は4/1までに間に合わなくとも、できる改善は行っておくに越したことはありません。特に新人職員に対するマナー教育は、今後の介護事業経営には不可欠です。

いつまでもお客様に対して、「タメ口」でしか接することができない職員がいる状態を放置して、職場としての成長の13;00  ない場所には、「団塊の世代」の人々寄り付かなくなります。それらの人々に選択されるサービスとはならなくなってしまうのです。

しかしマナー教育ができる職員とは、自分自身が介護サービス事業におけるサービスマナーの必要性を意識し、マナーのある対応が実践できる人でなければなりません。今からでもしっかり先輩となり、教育係となる職員に対して、サービスマナーの徹底を図ってください。

沖縄の関係者の方々には、そのことの確認ができる機会が年度末に予定されています。「琉球介護コミュニティ協会」と豊見城市の「デイサービスセンター華々」が共同開催する、接遇マナー研修「介護事業におけるサービスマナー〜選ばれる事業所になるために」が3/29(金)18:00〜「デイサービスセンター華々2号館」で開催予定です。張り付いた文字リンク先で詳細を確認して、ぜひたくさんの方にご来場いただきたくお願い申し上げます。

また3/30(土)13:00〜うるマルシェ(うるま市)では、琉球介護コミュニティ協会主催の看取り介護セミナーも開催されますので、こちらの会場にもぜひお越しください。年度末の沖縄の介護業界を熱くする講演なので、ぜひたくさんの方のご参加を賜りたくお願いいたします。
沖縄サービスマナー研修
沖縄看取り介護講演

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スタッフの本音を引き出すための交換日記


介護事業者の管理職や職員の教育のお手伝いを申し付かる機会がある。

母体法人から直接依頼されて、スタッフのスキルアップのお手伝いをしたり、コンサル会社の依頼を受けて、経営コンサルの一部として管理職や現場スタッフの教育部分の講義を請け負ったりしている。

研修のテーマとしては、経営陣に向けた介護事業経営戦略、管理職に向けた労務・人事管理、制度改正の方向性などのほか、スタッフ研修として介護実務について、根拠に基づいた知識や技術を獲得するための講義、認知症ケアや看取り介護などという個別のケアをテーマとした講義など、多岐にとんだ講義を行っている。
(※それらの講演テーマについては、masaの講演予定及び履歴、から確認してください。)

それらは依頼者の方の希望と研修趣旨をすり合わせて決定するようにしている。

法人内の管理職やスタッフに向けた講演の場合、大きなテーマで一度に長時間の講義を行うのではなく、2〜3時間の講義を何度かに分けて、テーマもその都度変えつつも、複数回の講義にそれぞれ関連性を持たせながら行うことが多い。当然それは数カ月とか1年間とかいうスパンで計画的に研修を実施することになる。

そこでは僕が一方的に講義して、講義のあといくつかの質疑応答に応えて終わりというのでは、本当にスタッフが段階的に知識を得て、それを現場に生かすことができるのかを確認することはできない。それでは一定期間に渡って、貴重な勤務時間の合間に講義を受講する意味がないと思う。

僕の講義を聴いたスタッフが、職業人として成長して業務改善されるという変化がないと意味がないと思う。受講したスタッフがそこで何を理解したのか、何が理解できないのか、理解したことを日常業務にどのように生かすのかなどを、より強く意識することができる、効果の上がる研修にしたいと思っている。

そのために法人内の職員研修として、複数回の講義を担当する場合には、受講者が講義を聴いて終わりではなく、講義の後に一人一人の受講者が振り返りの機会を持つ必要があるのではないかと考えている。そのため僕が作成した課題分析整理表という簡単な書式に、意見や疑問、質問などを記入してもらう時間をとって、記入後に一人一人に、講義を受けた後の城や意見、今後に向けての抱負など、自由に意見を述べていただく時間も作っている。

意見発表の際には、課題整理分析表に書いたことをそのまま述べるとは限っていないので、記入した表については、僕が持ち帰って、次回の講義までにそこに書かれた疑問や意見などについて、僕からの回答やアドバイスを細かく書いて記入者に返すようにしている。

この表はあくまで、受講者個人と僕との間で交わす書類であり、他の受講者や法人のトップなどにも提出することはない。ある意味、それは受講者と僕との「交換日記」のようなものである。

そこにはいろいろな質問や意見が書かれている。受講者の素直な意見は、僕の気づきを促してくれることもあって僕にとっても貴重な学びであり、得難い機会だ。

勿論、受講者の中には大きな悩みや迷いを抱えていて、介護の仕事を続けることができないのではないかと不安を持っている方もいる。それらの方の悩みを僕の講義がすべて解決して、悩みが消え去るわけではないことも事実だ。しかしそうした人の悩みの声に、真摯に耳を傾けることで、その悩みの本日に触れて、その思いに共感することで、元気になってくれる人もいる。

そんな風にして、一人でも多くの人に勇気と元気を与える、根拠のある介護実践論を広めていきたいと思う。交換日記はそのための貴重なツールである。

そのような研修講義も行なっており、いつでも、何処へでも駆けつけるので、お気軽にご相談いただければ幸いである。もちろん費用についても、予算の範囲で調整させていただくこともやぶさかではない。

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人を育てることは、人の成長に感謝すること


人材難を嘆く介護事業経営者の方が増えている。

人材確保が困難で、将来の介護事業経営に不安を持つ経営者の声を聴く機会も増えている。

人口減少社会の中で、生産労働人口が大幅に減るわが国では、全産業で人手不足感が助長されており、その中で他産業より待遇が悪いと認識されている介護事業から、人材が枯渇するのではないかという不安は現実化する恐れがある。

ところで人材難を嘆く介護経営者の中には、座して待っていても人材が湧いてくると勘違いしているように見受けられる人もいる。しかし人材は湧いて出てくるわけではない。何の努力も工夫もしないところに人材は寄ってこないし、人材は生まれないのである。

今求められることは、自らが人材を育てることである。介護事業経営で大事なことは、営利主義に走ることではなく、人を育て進化に目を向けた経営をすることだ。

自らの組織が、人を育てる組織としてのガバナンスが確立されているのかを含め、介護事業経営者は人を育てる組織を目指さねばならない。

僕は今、そうした組織をつくるお手伝いをしており、社会福祉法人等の職員研修講師の依頼もたくさん受けている。来週からは仙台の特養で全3回の職員研修もスタートする。そんな僕が今、感じていることは、人を育てるということは、とても難しいという至極当たり前のことだ。

人を育てるためのマニュアルなど、「あってなきが如し」である。人の器はそれぞれ異なるので、一つの方法ですべての人が育つわけではないからだ。百人の生徒がいれば、百通りの人を育てる方法論んが必要になる。人を育てる仕事に携わっていると、つくづくそのことに思い至る。

ただ大事なことは見えてくる。人を育てるために絶対的な方法はないからこそ、人が育つということに感謝する気持ちを持たない指導者の下には、人材は集まらないし、人材は育てられないということだ。

自分の講義を聴いた人、自分が教えた人が必ず何かを掴んで成長するという考えは、指導者のおごりでしかない。人が育つということはそれだけ難しいことなのである。

そうであるがゆえに人材育成にかかわる人は、誰よりも人が育ってくれることに感謝する人でなければならない。人を育てることは、人の成長に感謝することなのである。

指導者として心得ておかねばならないことは、その人の長所を見つけるであり、長所を認め結果が良ければ褒めることである。そして快適な職場環境を作ることを目標に、継続して職場をリードしていくことが大事だ。

指導者として目標にすべきことは、すべての職員が一定レベルの仕事ができるように育てることであり、自分で考えて行動する職員を育てることである。

そのために勇気をもって、温かく、かつ厳しく注意を行うことを厭ってはならない。

育む(はぐぐむ)とは、親鳥がひなを羽で包んで育てることを意味するように、人材育成とは、そこに居る後輩たちを大事に守って発展させることでなのである。大事に守って発展させるためには、ある人はそっと肩を抱く必要があり、ある人は背中を強く押す必要があり、ある人はじっくり話をする必要がある。優しい言葉が必要な時と、強い叱咤激励が必要な時がある。そこをどう見極め、どう使い分けるかが指導者の力量として問われてくる。

当然そこに必要になるエッセンスが「愛情(人間愛)」であることは今更言うまでもない。

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介護事業においてどのような人材を評価するべきなのか


僕が社会福祉法人の特養で総合施設長を務めていた当時、人事考課は実施準備を進めている段階で、それを賃金と結びつける成果報酬制度も始動していなかった。

そのため法人内の人材評価は、昇格という人事評価で行っていた。当然、その最終決定権は僕が持っていたわけであり、そこでは僕自身の人材評価のスキルが問われていたといってよいだろう。

当然、その人事に不満を抱く人もいたと思う。しかし僕の評価基準は常に同じ基準であって、それはぶれることはなかった。

僕が管理していた範囲は、100人定員の特養と12人定員の短期入所生活介護、30人定員の通所介護と居宅介護支援事業所であった。

そこでは季節ごとの歳時・年中行事を大切にするという意味で、特養でも通所介護でも、様々なイベントやアトラクションが行われてきた。それらのイベントを行う際に、ほかの人が考え付かないようなすごいアイディアを出して、イベんと全体を企画できる人がいた。そのことによってイベントは大いに盛り上がり、利用者の皆さんも大喜びする姿が見られていた。

そうした企画をする本人も、そのことが得意であるという自覚があり、それが自分の才能だと感じていたと思う。

しかし僕はその人を現場リーダーとして昇格させることはしなかった。むしろ同じ経験年数の別の人を昇格させることがあった。そのため最終的にその人は自分の企画力が正当に評価されていないと不満を持ち、やがて退職していった。だが僕は今でもそのことを後悔していないし、今でも間違った評価だとは思っていない。

なぜならその人はイベントの企画力に優れてはいたが、日常業務の様々な場面で、「漏れ」が見られたからだ。例えば当然上司に報告すべきことをしていなかったり、提出期日が決められている記録の提出期限を守ることができなかったりするなどの傾向があった。僕はそれではリーダーは務まらないと判断したのである。

もちろんそのことは本人に改善すべき点として告げていたが、目に見えての改善は見られなかった。

僕が対人援助という介護事業の中で、一番大事にしているのは特別なことではなく日常である。特別な行事も大事だが、それは日常の暮らしがあって初めて存在するものだと思うので、日常支援をおざなりにした特別な行事はあり得ないと思っている。

そのため職員に対する評価も、日常の当たり前の行為がきちんとできるかをまず見ていた。

遅刻しないで出勤し、始業時刻と同時にコツコツと目立たない作業を行いながら、利用者への気配りや整理整頓ができたり、他の職員を助ける行為などをやり遂げている人材を評価してきた。

つまり凡事徹底を行える人材の評価に努めてきたという意味である。

そのために僕自身が、法人内の全体を見なければならないと思ってきたし、その中で法人の「当たり前」を周知徹底する役割があると思っていた。法人内で「介護サービスの割れ窓理論」を唱え、利用者への丁寧語を徹底することもその一つである。そんな風に経営者や管理者は職員の心を鼓舞し、地道に働く人にスポットを当てる役割を持つと考えてきた。

そのことを信念としながら組織を方向付けてきたつもりである。今でもその考え方は基本的に変えていない。

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5本の赤い花たちとともに考えたこと


先週土曜日は月に一度の「あかい花道場」の日だった。

もともと「北海道介護福祉道場・あかい花」は、僕が北海道の福祉を担う人材を育成するために、ボランティアで行っていた講座が発展して、立ち上がった任意団体である。(参照:五本の赤い花

現在2期目の受講者が、2年目の講座を受講している。この五本の花たちが巣立つのは来年の3月の予定だ。もうすでに僕と1年以上付き合って、僕の考え方はすべて知っている若者たちである。その若者たちが日々の業務に励みながら、そこで迷いや悩みを持ちつつも、月に一度の会合で、それぞれの揺れる思いを語り合いつつ、一つ一つの課題を克服していく姿がそこにはある。

北海道の明日の福祉を担うべき若者が、自分の花を咲かすために、頑張って土中に根を張っているのが今の時期である。僕はその根が少しでも強くあるように、栄養分を与える役割である。

介護という職業は、決してキラキラポエムですべて語ることができるような仕事ではない。ドロドロした人間関係や、3K4Kといわれる職場環境も存在する。苦しくて、辛くて、汚くて、どうしようもない空間もそこかしこにあるだろう。しかし介護の職業は、対人援助という役割を担う中で、人生を考えることができる仕事でもある。人としてこの世に生まれ生きてきたという人生の意味を、そこで感ずることができる人もいようし、職業を通じて社会貢献することの喜びを感ずることができる人もいるだろう。

あかい花道場は、何に喜びを感じ、どのように人とかかわっていくのかを2年かけて考える場所でもある。土曜日の講義を終えた後、みんな良い顔をして帰ってくれたのが何よりである。

勿論、介護という職業に喜びなんか感じないで、ストレス以外の何ものでもないという人もいるだろう。高齢者や障害者に関わること自体に嫌悪感を感ずる人もいるのも事実だ。だからといってそういう人や、そういう感情を否定するつもりはない。人は様々だから自分に合う合わないという感情はどうしようもないものであり、介護の職業に誇りも喜びも見いだせない人は、他の職業を探せばよいだけの話だ。

人手が少ないからといって、介護の職業に合わない人が、この業界に居続けることが問題なのであり、合わない人、スキルのない人はさっさとどこかに行ってほしい。

介護の職業が合わずに、介護の職業が嫌いであるにも関わらず、他に行き場所も探せずに、介護という職業の中でストレスを抱えて、利用者にそのはけ口を向けたり、精神的なダメージを負ったりするのは、介護という職業のせいではなく、自分の適性を見つけられなかったり、適正ではない場所にしか居場所を見いだせないという自分のパーソナリティやスキルの問題だと思う。そういう輩が束になって、介護という職業そのものを批判しても、なんの説得力もない。

それにしても介護業界の経営の在り方は、今一度考え直さねばならない。

今僕が教えている5人の若者だけを見渡しても、たいして年も替わらず、経験年数がほぼ同じであるのに、年収レベルで80万以上の開きがみられたりする。一方が高いのではなく、一方が極端に低いのである。例えば経営規模の大きな社会福祉法人なら、周囲の民間企業と比べてもそん色のない年収ベースとなっているが、グループホームや小規模デイサービスなどの単独事業者では、給料表もなく、昇給規定もあいまいで、年収もかなり低い事業者が数多く存在する。経営者の考え方ひとつで賞与もあったりなかったり、あるいは支給率がその時にならないとわからないという事業者も存在する。介護事業者の平均給与ベースを引き下げている元凶が、こうした小規模事業者である。

介護事業経営者は、福祉や介護への思いだけではなく、そこで働く従業員の「暮らし」を護るという視点も必要だ。つましくても社会人として暮らしが成り立つ給与ベースを作り護る責任が経営者にはある。長年まじめに働いても、家族の援助を受けないと生活できない給与ベースでしかない事業者の経営者は、経営者失格である。

そんなことも考えながら、この若者たちが、将来北海道の福祉人材として大きく羽ばたいてくれる未来を想像するのが、僕の今現在の一番の愉しみである。

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国民の福祉の増進という目的を達成するための介護事業経営


介護保険法第1章・総則、第1条は、この法律の目的を定めている。

そこではこの法律が、「国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。」としている。

よってこの法律に基づいて介護サービス事業を行う者は、その目的を達成するための目標を定め、その達成に向けて努力しなければならないことは言うまでもない。

かつて、とある大学教授(故人)は、『介護保険は社会保険であって、社会福祉ではない。』と言ったが、この法律の目的が、「国民の福祉の増進」である以上、その法律を拠り所にして事業展開する介護事業者が、社会福祉の視点を無視して、営利にだけ走ることは許されないのである。

同時にその目的が「国民の福祉の増進」であるとしても、それを実現するための社会資源として介護サービス事業が存在する限り、経営的な視点を無視して事業継続ができるわけもなく、介護事業経営者には、国民の福祉増進と事業経営が成り立つ収益確保という、二つの視点を常に意識した事業経営が求められてくるわけである。

介護保険制度以前の措置制度では、措置費というぬるま湯に胡坐をかいているだけでも、事業運営が成り立った。そのため経営能力のないトップが、社会福祉という言葉をお題目のような唱えているだけで介護施設等の運営もできたわけだが、今の時代はそうではなく、経営能力のないトップの運営だけで、事業継続はままならない状態になっている。そんな中で、利用者の福祉はどのように護っていくべきなのだろうか。

その時に考えなければならないことは、介護事業者の様々な活動場所で働く人々の中に、社会福祉の視点を護り、それを部下に学ばせる現場リーダーの存在が不可欠になるということだ。

収益を挙げながら従業員にそれを適切に分配しつつ、安定した事業を続けていくという経営視点は、経営者が最優先して考えるべきことである。

勿論、従業員にも経営視点は必要で、介護事業の収益構造を知り、運営実態を把握することは求められることであるが、最優先して考えるべきことは、「私たちの支援の手が、利用者の福祉の増進につながているのか」ということである。利益を挙げるために利用者の福祉の増進が無視されることがあってはならないのである。

介護事業の経営者と従業者は、「利用者の福祉の増進が収益に結びつく方法論」を常に模索し行く必要があるが、それを経営者は経営視点から、従業者はお客様目線から考えていく必要があるだろう。

そのために現場で職員を指導し、それらの職員の先頭に立って引っ張るリーダーは、経営視点以上に介護の本質にかかわる視点を大事にしなければならず、利用者の福祉増進のための目標設定を行う存在である必要がある。

そもそも福祉とは「しあわせ」や「ゆたかさ」という意味なのだから、介護事業の本質とは、人の暮らしぶりをよくして、人が心豊かに幸せでいられることを目指して支援することだと考えるべきである。

そうであればリーダーとは、人を幸福にするための理念と、その理念を実現するための方法論を持つ人のことを言い、かつそれらを部下に的確に伝えるスキルが求められてくる。それは自分の仕事ぶりを見て覚えろ的な職人技を部下に求める人材ではなく、きちんとした実践理論と基礎技術を身に付けたうえで、言葉で知識と技術を伝えられる能力を持つ人材である。

そして知識や技術を伝える相手が、現場レベルで抱いた不安や疑問に対して、常に真摯に的確に答えられるのが真の現場リーダーといえるのである。つまり単にティーチング(指導する)する人材ではなく、コーチング(相手に考えさせる・気づかせる)ができる人材が現場リーダーとして求められているのである。

高齢者に対する介護事業であれば、リーダーには、誰かの人生の最晩年期に関わる使命を部下に伝え、その実現を図るためのコーチングも求められる。誰かの人生の幸福度に、決定的な影響を及ぼしかねないという責任感を使命感に替えて、提供するサービスが誰に対しても、一定以上のレベルが担保された適正な状態であることを、常に検証し、保証する役割りも求められるであろう。

介護の職業を選ぶ人達は、「人の役に立ち、やりがいのある仕事だから」という動機づけを持っている。そうした動機づけを持つ人たちのやる気を失わせることがないように、自らの介護実践の結果、誰かが心豊かに、幸せになるという結果を示し、そのことに誇りを抱くことができる人を育むのがリーダーの資質であり、役割りでもある。

その思いを決して忘れないでほしい。

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新人が利用者にタメ口で話しかけている職場って哀しくないですか


4月も最終週を迎えている今、4月1日付で新任の辞令交付を受けた人たちは、今どの様な心持ちで利用者と相対しているだろう。

新人職員を見つめる先輩職員たちは、どのような目で新人職員の利用者対応を観察し、どんな指導をしているのだろうか。

初々しく新任の挨拶をしていた新人職員たちも、やっと仕事を覚えてきた時期だと思うが、新たな職場で希望を抱いていた時期の大切な気持ちを失っていないだろうか。日々の仕事に追われて、接遇に注意力を欠く新人に対して、先輩が適切に指導しているだろうか。心に余裕をもって、丁寧な言葉遣いに徹することが大事だと指導できているだろうか。このことが今後の介護事業経営に重大な影響を与えることに気付いている人が何人いるだろう。

最初は利用者に対して丁寧語で接していた新人が、日を追うごとに言葉遣いに気を使わないようになって、今では「ため口」が当たり前のような状態で、利用者と会話をしている状態になっていないだろうか。そのような状態を放置している管理者は、介護事業の管理能力を問われるだろうし、そのような状態を「不適切」と思わない職場には、顧客も人材が集まらずに、事業経営が困難とならざるを得ない日は確実にやってくる。しかもそれはすぐ近い将来の話である。

新人職員が、わずか1月で利用者に「ため口」で接するようになる職場は、新人を教育すべき先輩職員たちが、日常的に「ため口」で利用者対応している場合がほとんどだ。プロ意識がない職場といえよう。そういう職場で働くことが喜びにつながるだろうか。勤労意欲は維持できるだろうか。

新人教育研修で講師役を務める管理職が、利用者対応に関する丁寧な対応をいくら教育しても、実際の介護支援の場で、介護職員のタメ口・不適切対応を放置して、是正していない職場では、座学指導も管理職の訓示も、すべてお題目の域を出ない。お題目しか唱えられない管理者も管理職もいなくてよい存在でしかない。

そういう職場では、言葉の乱れが心の乱れに変わり、いつしか横柄な態度で、介護職員が利用者に接するようになり、そのことが日常風景となることによって、不適切な対応に気が付かなくなるという感覚麻痺が生まれる。

虐待は、こうした日常的な感覚麻痺が引き起こすのだ。事件・事故になってそれが大きな問題になってから、そのことに気が付いても遅いのだ。

例えば日常介護の場面で、介護職員が利用者に対して「ちょっと待ってね。」なんて言っている場面があるとする。その言葉は暴力的な表現とは言わないのかもしれないし、その言葉を発している職員に悪気はないのかもしれない。しかしその言葉は命令口調であるとされても仕方がないし、年下の介護職員が、人生の先輩である利用者に対して、そのように声をかけることは適切とは言えない。場合によってそれは「言葉の暴力」と指摘されても仕方がない。

少なくともそうした言葉かけは、顧客に対する言葉かけとしては適切ではないだろう。

時に人は、他人の言葉を刃と感ずる生き物だ。対人援助の場では、身体等にハンデキャップを持つ利用者が、誰かの支援を受けるのだから、その心には常に「負い目」が存在する可能性がある。その負い目が心をデリケートにさせ、何気ない一言に傷つきやすい状況をつくるのだ。

そうであるがゆえに、対人援助に携わる者には、そのデリケートな心を思いやるという配慮を身に付けて関わるという心構えが求められている。それも介護職の専門性の一つと考えてよいのではないか。

李下に冠を正さず」という言葉があるように、人の暮らしに寄り添う我々の職業では、暴力的な言葉・暴言と思われかねない誤解されるような言葉を、日頃から使わないようする心がけが大事だ。それは少しでも人の心を傷つけかねない要素を排除するという心がけである。

堅苦しさを感じさせないようにフレンドリーに言葉を崩すことも誤解を受けるリスクが高い。そもそも親しみやすさを示すために言葉を崩すのは間違っている。適切かつ丁寧な言葉遣いでも、真心は伝わるはずだからである。

介護サービスを必要とする顧客層は、今後団塊の世代の人々が中心となる。それらの人々は日本の高度経済成長を支えてきた人たちで、顧客対応や、そのためのサービスマナー・ビジネスマナーに敏感な人がほとんどだ。

顧客に対して従業員がタメ口で接せることを簡単に許してくれる人達ではない。

同時にそれらの人々は、サービスマナーに敏感であるがゆえに、自分が介護を受ける立場に立って、介護してくれる職員に遠慮して、自分に対する「ため口」に我慢すざるを得ない状況に陥った際に、誰よりもその言葉に傷つく人々でもある。そんな人たちをたくさん産んでしまうのが、言葉遣いに配慮のない介護事業者である。

我々の職業を、我々の職場を、そんな悲しいものにしてしまってよいのだろうか。

わずかひと月の間に、新人職員が利用者に対して、日常的に「ため口」を使っている職場は、このことを今一度考えてほしい。そのことに問題意識を持ってほしい。

そんな状態を良しとする職場には、志の高い人が募集に応募しなくなる。人材が集まらなくなるばかりではなく、人材はどんどん離れていく。そのために事業経営も困難になるのが、団塊の世代が全て後期高齢者となる2025年という区切りの年だ。それはもう目の前である。

今後の介護事業経営において求められる意識は、事業継続のための顧客確保と職員確保のためには、職員のポスピタリティの意識を育てることが最重要となる。ポスピタリティの基盤は、サービスマナーであり、マナーは、社会人として己が存在するための基本姿勢である。

筆者が主宰する、「北海道介護福祉道場 あかい花」では、今後室蘭登別地区を中心に「介護事業におけるサービスマナー研修」を開催していく予定である。このことをテーマにした研修を希望される方は、講演依頼のメールを送っていただきたい。

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あきらめの始まりにならないように


今日から新年度の仕事が始まるという人も多いことだろう。

そして多くの介護事業者で、新入職員の入社式が行われていることだろう。他の介護事業者から転職した人や、別な職業から転職して介護の仕事に初めて従事するという人もおられるかもしれない。介護福祉士の養成校を卒業して社会人としてのスタートをきる新卒者も多いはずである。

それらの皆さんが、介護事業者を支える人材に成長してくれることを願ってやまない。そのためにも各事業者の先輩指導者は、新入職員が介護の仕事にやりがいを感じて、その仕事を長く続けてくれるように適切に導かねばならない。

今日はじめて従業員として出社したにもかかわらず、基礎研修もないままに、いきなり介護サービスの場で先輩職員の後について歩き、介護知識や技術指導とは言えない指導しかできない職場に未来はない。日ごろ職員が行っているルーティーンを覚えさせようとするだけの職場では、多くの場合指導担当の先輩職員が、経験と勘に頼った指導しかできず、それは単に作業を教えるだけだから根拠ある介護実践につながらない。根拠もわからず、人によって異なる方法で行われている介護に不安を感じる職員は、短期間で職場を変えようとするか、我流の介護にどっぷり遣り、しなければならないことより、自分ができることしか考えなくなる。そうした職場の介護の質は当然下がるし、顧客や必要な人材からもそっぽを向かれることになる。

一方、基礎知識をこの時期にしっかり身に付けさせたうえで、OJTとして現場の実務で耳学問を確認することができるシステムを創りあげている職場では、新人教育を担当する指導者も知識と技術を備えているだろうから、根拠のある介護実践につながる。そのため介護の仕事の経験がない職員も安心して介護技術を学び取ることができる。そこは人材が集まり育ち、定着する職場となる可能性が高い。

そういう意味では、この時期(あるいは就業前の3月の時期)にきちんと座学の時間をとって、基礎知識を耳から覚えさせることが大事だ。目で見て、手足を使って実際に行ってみるのは、耳学問をしっかり学んだあとである。それができない職場の職員の定着率は低いことは既に証明されている。そうした職場では介護の品質も上がらないから、志の高い人材が集まらなくなる。そして人手不足はますます深刻化し、品質の高い介護より、今できる介護で終わってしまい、働きたい職場からはますます遠のく。そのような悪循環が生まれて、常に人材と人員が足りずに、綱渡りの介護事業運営が続くような状態に陥る。

こうした負の連鎖を防ぐ唯一の方法は、アリバイ作りの新人教育を改めて、介護労働の方法論に根拠を持たせ、介護という職業の目的は何かということを明確にして、人の役に立つ職業に就きたいという人々の職業選択の「動機づけ」を護り、そのことが実現する職員教育を行うことだ。(参照:新入職員への教育プログラムについて

そもそも新人教育がアリバイ作りに終わり、意味をなさない一番の原因は、教えたことを実践していないことに尽きるのだ。

入社式で職場のトップが、「礼儀正しく、言葉遣いも丁寧に利用者に接しましょう。」などと訓示するのは良いが、本当に職員が介護の場でそのことを実践しているか知ろうとしなかったり、現場レベルで態度や言葉のが生じているのに、それを問題視せず、改善もしないのであれば、その訓示は意味をなさない。そんな簡単なことにも気が付かない管理職が多すぎるのだ。

どんなに良い研修を行っても、現場レベルで職員の利用者に対する言葉遣いが乱れていたら、新人がそれに染まってしまうのは至極当然のことである。

研修でしっかり身に付けたサービスマナーを、介護実践で生かすように、管理職や介護リーダーが、日々繰り返しチェックし、少しほころびでも注意喚起し、修正していく役割があるのだ。このことを決しておざなりにしてはならない。

介護の仕事を選ぶ人は、「人の役に立ちたい」という思いを抱いている人だ。その動機付けを護り育てる新人教育が、人材確保という面で他事業者との競争に勝ち残っていく唯一の方法だ。

今、日本の介護業界を見渡せば、人材がいなくて介護の質が保たれないという事業者が実に多いのが現状だ。それに加えて人員不足で事業が継続できない事業者も出始めている。つまり介護事業経営の一番の課題は、いかに人員を集め、その人たちを人材となるように育て、人材が長く定着する職場づくりである。内部研修は何より重要で、その研修をおざなりにしないためのチェック機能や修正機能を持つためには、理念に沿った実践指導ができる現場リーダーの育成が何より大事だ。この部分にいくらお金をかけても無駄にはならない。

人材育成のシステムがない介護事業者が、今いくら収益を確保していようとも、それは砂上の楼閣である。

就業初日から、人の役に立つことをあきらめざるを得ない職場ではどうしようもないのである。今日という日が、志高く介護の仕事にやりがいを感じて就職してきた人たちにとって、そのことを「あきらめる」初日であってはならないのである。

介護経営者は、新年度のスタートに当たって、このことも肝に銘じ、人の役に立とうとする動機づけ、誰かのあかい花になろうとする動機づけを実現できる職場にしていかねばならない。

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新入職員への教育プログラムについて


4月は介護サービス事業者に、たくさんの新入社員が入職してくる時期である。

そのためこの時期になると、4月に入職する職員に対する事前研修を始めている事業者も多い。現場指導を行うに先駆けて、基礎知識を座学でシッカリ教え込む期間をつくる職場が増えてきた。その方が職員が育ち定着し、常に人員が足りずに職員募集をしなくて済むことが証明されているからだ。

4/1の入職と同時、にいきなり介護の現場でOJTを開始するような無謀な事業者には、職員は定着しないことが明らかになってきたためである。
(※勿論4/1〜座学による基礎研修をはじめ、それを終えてから4月半ばで現場指導を行うという方法でもよいだろう)

座学による基礎研修期間を組み込んだ、きちんとした研修プログラムをシステム化している事業者の管理者の方々は、必然的に高い意識を持った方々でもある。高い理念を掲げて、その理念を実現するために、職員にも高い目標を持ってほしいと考え、正しい介護知識や介護技術を持つように期待をかけている。

そのためにいろいろなことを、たくさん教えたいという思いが強い施設長さんが多い。自分が介護に対して抱いている熱い思いをすべて伝えたいと考えているからだ。

しかしここで少し冷静になってもらいたい。

伝えたいことがたくさんあるとは思うが、新入社員にそれをすべて吸収できるキャパがあるかどうかということだ。

新入職員の立場で考えると、この時期は職場の雰囲気に慣れ、職員や利用者の顔と名前を一致させ、仕事の手順をはじめ、いろいろなことを覚えなければならない。そのような時期であるからこそ、詰め込み過ぎずに、基礎部分だけをしっかりと確実に伝えたいものだ。管理者の思いを、すべてこの時期に詰め込こもうとしても、その思いは新入職員という器には入りきれないことにも配慮が必要なのだ。

また座学でいくら思いを伝えても、実際の介護場面で先輩職員が、その思いとは裏腹な対応をしているとしたら、座学による基礎研修は意味のないセレモニー化して、まったく無駄なものにになってしまう。

例えば言葉遣いを含めた利用者対応について、お客様として接するにふさわしい丁寧な対応の必要性をいくら唱えても、現場の実務についた瞬間、それがお題目に終わって、職場の全体の雰囲気がサービスマネーに欠け、ぞんざいな言葉が飛び交い、横柄な態度が許されているようならば、ものの一月もしないうちに新入職員の感覚は麻痺して低きに流れ、無礼な慣れ慣れしい言葉を親しみやすい言葉かけであると勘違いし、横柄な態度をなんとも思わなくなる。

これでは貴重な時間とお金をかけて、基礎研修を行う意味がなくなってしまうのだ。それは絶対避けなければならない。

逆に、職場全体でサービスマナーの意識が高く、横柄な言葉を注意する土壌があるなら、そうした職場で「タメ口」で利用者に話しかける新入職員は居なくなる。それだけでも職員教育の当初の目的は達せられるのだ。つまりこの部分は、職員が日常的に利用者に適切な態度と丁寧な言葉遣いを行っているだけで、あえて座学で伝えなくてもよいことになる。

このあたりの意識を強く持って、座学による基礎研修で伝えるべきこと、伝えなくて良いことを区別してプログラムをつくってほしい。もちろん、わかりやすい伝え方をまずは心がけるべきであり、簡単なことを難しく伝えることがプロだという勘違いをなくすことは最も重要である。

忘れてはならないことは、職員研修というのは、入職時研修で終わるものではなく、一生続くものであるし、入職後1年間は、新人職員として定期的に段階を踏んだ教育が行われる必要があるということだ。

鉄を熱いうちに打つことは大事であるが、熱い管理者の思いを、この時期だけですべて伝えようとすると、管理者の熱すぎるエネルギーに燃え尽きてしまう新人も出かねないという配慮も必要となるのである。

ゆっくり確実に、少しずつ水や肥料を与えることで、小さな種は素敵な花びらを開いてくれるようになるだろう。誰かのあかい花になるために・・・。

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新入職員に向けた身体的拘束適正化研修の内容について


国が発出すべき解釈通知をいち早く載せていた埼玉県のサイトから、解釈通知と留意事項が今朝になって削除された。フライングを国にとがめられたのだろうか?どちらにしても1日も早い国からの正式文書の発出が待たれるが、今のところ解釈通知は22日までには出そろうという情報が入っている。しかしQ&Aはそのあとになるので、場合によっては4月にずれ込む恐れがある。事業者は大変だろう・・・。

さて昨日の書いた「身体拘束廃止未実施減算が適用されないための準備は終わっていますか」の中で、身体的拘束適正化のための定期的な研修実施の頻度は、年2回以上とされたが、同時に「新規採用時には必ず身体的拘束適正化の研修を実施することが重要である。」とされたが、Q&Aで、「施行以後、最初の身体拘束廃止に係る委員会を開催するまでの3ヶ月の間に指針等を整備する必要があるため、それ以降の減算になる。」とされたために、身体拘束廃止についての新人研修も6月まで実施しなくとも良いことになっている。

しかし同時に考えなければならないことは、このような研修を採用月内に行うことができない施設でよいのかということだ。新人教育の在り方が問われる問題である。

経験不問は応募動機にはなるけれど・・・。」という記事の中でも指摘しているが、、就業初日から、OJTと称して先輩職員に金魚の糞のように張り付いて、仕事を手伝いながら、先輩職員の仕事のやり方を覚えるだけの業務指導はOJTとは言えないし、それは新人教育の方法としては最悪の方法である。

職員募集に応募があり、採用した新人が事業を支える人材としてしっかり育つ職場には、それなりに特徴があるのだ。そうした職場で共通しているのは、新人教育に費用と時間をかけて、じっくり新人を育てるシステムが存在しているということだ。

そういう事業者では、実務に入る前の基礎研修システムがしっかり組み立てられており、基礎知識を得るための座学研修期間を経たうえで、その知識を現場の実務で確認するためにOJTが行われている。そして一定期間は指導者が固定化されて根拠あるOJTが行われ、振り返りの相談指導がきちんと組み込まれているのだ。

きちんと人材を育てようと思えば、1週間なり2週間なりの座学指導期間がなければならず、その期間中に最低の基礎知識として、「身体拘束廃止の原則」を学ぶ機会がなければならない。

つまり身体的拘束適正化のための新人向け研修の実施は、減算対策として行われるような問題ではなく、事業者の基礎となる新人教育の一環として行われるというのが正しい理解である。そのことは事業者のアイデンティティー(identity)にもつながる問題であろう。

よって来月、新人が入職する予定の事業者については、きちんと来月中の早い段階で、この研修を行うべきであり、それを行わない事業者・行えない事業者であっては、人材が育たず、人材が張り付かない事業者となる危険性が高いという意味にもなろう。

ところで新人教育として、身体拘束廃止についてどの程度の内容を盛り込むべきかという問題がある。この時期には、たくさんの知識が詰めまれるので、身体拘束廃止に関しても、あまり深い知識を求めるのは、新人にとって酷である。

入職月の研修はいわば入門編なのだから、身体拘束廃止についても、概論でよいだろう。知識を深めていくのは仕事を徐々に覚えていく時期にリンクさせていけばよいので、2回目以降を見据えてプログラムを考えたい。するとこの時期に学んでほしいことは、以下の3点である。
1.身体拘束が原則禁止となっている施設はどう規定されているのか。
2.身体拘束の対象となる具体的行為とは何か
3.身体拘束を例外的に行う「緊急やむを得ない場合」はどのように規定されているか。

以上の3点に絞って、30分程度の講義を行えば十分ではないだろうか。この研修は最低でも年2回は行わねばならないので、具体的なケースの分析などは、その後の研修で行えばよいと思う。

講師役は相談援助職員など、施設内の職員で問題なく実施できるだろう。そのほか、施設内研修として、虐待防止など総合的な研修を行いたい場合などは、是非僕にも講師依頼をいただければと思う。

※すべての居所で看取り介護・ターミナルケアの取り組みがますます必要になります。年3月24日(土)午後14:00から、電気ビル共創館(福岡県福岡市)で看取り介護セミナー行いますので、お近くの方はぜひおいでください。
無題
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人材確保と人材育成を考える視点


先週の木曜日から始まった佐賀〜福岡〜岡山〜一宮の旅も、今日の5時間講演でクライマックスを迎える。

今日は午前10時から、一宮市の社会福祉法人・愛知慈恵会さんで職員向けの講演を行っている。現在昼休憩のさなかであるが、この後午後1時から午後4時まで引き続き講演を行う予定になっている。

受講者の皆さんは、午前中の2時間、熱心に集中して僕の話に耳を傾けてくれているが、さらに3時間、もっとモチベーションを高める話をしたいと思っている。

最近、こうした法人さん単位での講師依頼が増えている。それは極めて当然の帰結で、これからの介護経営を考えた場合、事業継続のためには収益を出すための経営戦略が必要とされるだけではなく、それを支える人員をどう確保して、その中でどう人材を育てていくかという視点が不可欠で、職員教育が肝になる。

そして職員教育のためには外部研修にお任せでは限界があり、内部研修の充実が求められるのである。なぜなら外部研修に派遣された職員は一時的にやる気とテンションが上がっても、他の職員にその気持ちを伝える伝達研修には限界があり、講義に長けた講師ほどの温度が伝達研修では維持できないからだ。そこで思いが共有できないことで、やる気とテンションの高まりは持続しないのである。

だから実務に長けた内容のある講義ができる講師を招いて、定期的な内部研修を実施することが職員成長には欠かせない。それをしないと職員募集に人が集まらず、定着率も低い結果を招き、顧客も確保できなくなって、事業経営が難しくなるのである。

日本の人口構造を見ると、いわゆる団塊の世代の方が後期高齢者となる2025年から、その方々が90歳になって数がどんどん減っていく2040年くらいまでが、高齢者介護問題の正念場であるという見方がある。

しかし団塊の世代の方々が減っていく2040年以降に、1970年代に生まれた団塊ジュニア世代(第2次ベビーブームで誕生した世代)の方々が70歳となって、生産労働人口はさらに減り続ける。つまり今後、介護事業所の数が今のレベルで必要とされなくなって、事業所数も減っていく過程においても、介護従事者の成り手の減少数の方が大きくなるために、人員・人材確保はますます難しくなる。

この国、その県、あの市町村レベルで、どのような政策をとっても、全事業所の人員を確保する手立てはなく、人材確保に限って言えばウイン・ウインの政策は幻想である。厳しい人員確保競争の中で勝ち残っていかねばならず、内部研修の充実と、それによる職員のスキルとモチベーションアップは何より求められることなのである。なぜなら介護事業者への就業動機は、「人に役立つ仕事をしたい」という動機が常にトップに来て、業務を続ける中での成長動機がそこに含まれるからであり、学びと成長のない職場、人の不幸に鈍感な職場からは、本来求められる人材から先に居なくなる傾向にあるからだ。

離職率が高い職場は、人材育成に費用をかけていないという特徴が見て取れることでも、そのことは証明されている。

かけたお金が無駄になるか、そうでないかは、それが死に金になるか、生きるのかによって左右されるものだ。それは金額の多寡で左右されるものではない。職員を確保して、人材となるスキルの高い職員を育て、そのことで職場全体のモチベーションが上がり定着率が高まるのであれば、そこにかけたお金は1円たりとも無駄ではない。さらにそのことが顧客確保につながるのであれば、そのお金はどんなに費用をかけても付加価値が上乗せされた「生き金」である。それは経費ではなく投資として、未来につながるお金だ。

そういう意味で今日の法人研修のような学びの場を、定期的に作っている法人の未来は明るいと言えるのではないだろうか。そしてその未来を、確実に照らすためには、実効性のある考え方や方法論を示さなければならないという意味で、講師の責任は重たい。

そのことを十分自覚しながら、講義に臨んでいるところである。そうした責任をもって伝えるので、内部研修講師のご要望がある方は、是非お気軽に相談いただきたい。

今回の旅は、連日の講演が午前中から始まる予定だったために、講演地に前日に入り、講演が終わったその足で、次の講演地に移動するというあわただしい旅となったが、一宮講演が終わった後は、現地でもう一泊して、明日ゆっくりと北海道に帰る予定である。今晩は講演事務局の方々とオフ会を楽しむ予定である。

今週末には再び九州入りして、鹿児島市と唐津市で講演を行う予定になっているので、よろしくお願いします。


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咲こうとする人の姿からもらう勇気と希望


介護×経営で「介護現場から未来を変える」人材を輩出する、をスローガンにしているKAIGO LAB SCHOOLの修了式(卒業論文発表会)に参加し、6名のファイナリストの卒論発表を聴いてきた。

どなたも情熱にあふれ、かつ理論的な発表であった。しかもそこにはソーシャルアクションにつながる提言が含まれており、中には地域の中で新しい実践活動を始めて、介護支援の新たな基盤づくりをしている人もいて、大変感銘を受けた。

発表者の中には、他産業に従事している際に、「うつ病」になって仕事ができなくなった後、たまたま介護の職業に就く機会を得ることができた中で、介護の職業を通じて「うつ病」という病気に向き合い、乗り越え、それを治癒することができたという発表があった。

その方は今、介護事業所の管理者を務めているわが身を振り返って、介護はストレスが多く、「うつ病」になりやすい職業ではなく、「うつ病」の人を立ち直らせることができる職業が介護であるという立場からの提言をされていた。

発表者が「うつ病」という病気を、介護という職業の中で克服した理由や条件もいくつか挙げられていた。

介護という新たな未知な職業に就いたとき、自分ができないことはともかく、できることだけを確実に行おうとしたことが、精神科領域の行動療法の効果をもたらしたのではなかという点。

ちょっとした行為で、利用者や同僚から、「ありがとう」といわれ、感謝されることが多い職業に、喜びを感じることができる自分がいたこと。

何より、うつ病という病気で働けなくなったことに、家族を含めた周囲の人々の理解が得られず、怠けているとか、さぼっているという誤解を受け続けたことで、人が自分のありのままを受け入れることの難しさを知る反面、それを理解的に受け入れる喜びやうれしさを知る自分がいたため、介護の職業の中で出会う、認知症の人や、障害を抱えた人の気持ちを理解することに努めた結果、そのことで心の繋がりが生まれたことなどが挙げられていた。

とても良い発表を聞いた。6人の若者には心より感謝したい。

僕も北海道の登別という場所で、毎回2年をかけて5本の「あかい花」を育てている。(参照:5本のあかい花

あかい花道場は、KAIGO LAB SCHOOLと異なり、どこからも資金提供を受けず、あくまで僕のポケットマネーだけで行う活動だ。その理由は、今まで僕が介護という職業を通じて得てきたいろいろな対価を、社会にお返しするという意味だからだ。さらにどこからのしがらみも束縛も受けないためには、わずかであっても資金提供を受けることはできないと考えたためでもある。

そしてその活動内容も、表に出すことはほとんどなく、生徒が誰かも紹介することもない。彼らと僕は師弟関係ではなく、僕はあくまできっかけと兆(きざ)しに過ぎず。彼らは実践の中で、彼らの花を咲かせる必要があるからだ。

KAIGO LAB SCHOOLが、毎年20名の卒業生を送り出しているのとは異なり、僕の道場は、2年間で最高5人の卒業生しか出せないが、そんな小さな活動であっても、体と資金が続き、希望者がいる限り継続していこうと思う。

そんな思いを新たにする一日だった。それにしても、「ありがとう」といわれることを当たり前と思いこまず、その言葉に喜びを見いだせる感性は素敵だ。その言葉に喜びを感じることができる人は幸せだ。
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本当にありがとう。君たちの未来に幸多かれと祈っています。

どうぞ日本の介護の新しいスタンダードを創る人になってください。
2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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経験不問は応募動機にはなるけれど・・・。


介護労働安定センターが8月4日に公表した調査結果では、介護職員が足りないと考えている介護サービス事業所が、昨年10月の時点で62.6%にのぼり、前年度より1.3ポイント増えたと報告されている。

恐らく今年の数字は、それをさらに上回り、介護事業者の人材・人員不足はさらに深刻化しているだろう。

なぜなら7月28日に公表された総務省・労働力調査(基本集計) 2017年6月分(速報)によれば、就業者数は6,583万人と、前年同月比61万人増となり、54カ月連続で増加しているにもかかわらず、産業別では医療・福祉の就業者数は836万人と9万人減となっているからだ。これは深刻な数字である。

だからと言って医療・福祉の離職者数は飛びぬけて多いということではなく、離職率は平均以下(離職率が高いのは、宿泊業・飲食サービス)である。

つまりサービス業などは、離職した数以上の新たな就業者を確保しているのに、医療・福祉分野では、離職した数に満たない人しか、新たに就業してくれないという傾向が見てとれる。

そんな中で国の人材確保策とは、新たに入門資格制度を作るだとか、外国人技能実習生を、実習開始から半年後に配置人員としてカウントできるようにするだとか、的外れでなんの役にも立たない対策しか立てられていないのだから、そこに期待しても無理である。

さらに言えば、これだけ人材が枯渇する中では、地域全体で何かに取り組んだところで、介護職員の絶対数を確保できるというのは幻想でしかなく、地域の介護事業者の中で、職員確保という部分で勝ち組と負け組に分かれるのは必然ということにもなる。

そしてそれは事業経営の、勝ち組と負け組に直結する問題である。

その時、勝ち組になるためには、職員募集に応募は少ないということを現実として受け止めたうえで、少ない中でも応募してもらえる事業体制を作り、少ない応募者だからと言って介護の職業に不向きな人を採用しないという覚悟を持ちながら、経験や技術や知識がなくとも、頑張ってスキルを伸ばす可能性を持つ人材を見つけ、育て、そうした職員が定着する組織作りをすることだ。

そう書くと、そんなこと誰でもわかっているという声が聞こえてきそうだが、わかっていてなぜしないのだろうか?それはそのことが掛け声になっていて、具体策を伴わないからだ。その中には、経験のない応募者を不安にさせるだけの事業者も多い。そんな事業者に未経験者が定着するわけもなく、人材が定着するわけもない。結果的に、人材とは言えない人員配置だけがやっとできる結果に終わり、安かろう悪かろうサービスを創るだけの結果に陥ってしまっている事業者は実に多い。

経験不問という募集に応募する人達の気持ちを考えてほしい。経験不問とか、未経験者優遇という言葉に、応募のハードルは下がるかもしれない。しかしそこには同時に、未経験で知識も技術もない私でも続けることができる仕事なの?だとしたらどういうふうに仕事を教えてくれるのという疑問と、不安を抱えている人が応募してくるという意味である。

それに対して事業者は、「経験がなくても、しっかり先輩方が仕事を教えてくれます。」と答えたとしても、実際にはその事業者の仕事の教え方とか、その教育とは、現場の介護職員に丸投げして、就業初日から、OJTと称して先輩職員に金魚の糞のように張り付いて、仕事を手伝いながら、先輩職員の仕事のやり方を覚えるだけの方法であることが多い。

時にそれは根拠のないやり方であり、「今までこうしていたけど何の問題もない」という方法でしかなかったりする。別の先輩についた日には、それとは全く別な方法で指導されて混乱するということもある。これでは職員は育たない。未経験者が安心して働き続けられない。

経験のない応募者の教育システムがない職場からは離職者がなくならないのである。未経験者が安心して働くことができ、定着する職場とは、根拠のある介護指導ができるシステムを持つ事業所である。

就業初日からいきなり介護業務をこなすのではなく、実務に入る前の基礎研修システムをしっかり作り、一定期間は指導者が固定化されて根拠あるOJTが行われ、振り返りの相談指導や座学指導がきちんと組み込まれている事業者であれば、職員の定着率も高くなるだろうし、それはやがて募集の応募者の増加にもつながるだろう。

そのためにはコーチング(相手に考えさせる・気づかせる)ができる現場指導者を育てる職場でなければならず、職場内にこうした職員がいない時期は、そうした職員を育てるために、外部の教育システムを取り入れることも必要だ。経営コンサル以前に、介護技術の指導コンサルを受ける必要性は極めて高い。なぜなら介護事業にとって、サービスを提供する人がいなくなることが最大の経営リスクだからである。

離職率が高い職場は、人材育成に費用をかけていないという特徴が見て取れるが、この部分にお金をかけることは、必要経費というよりも、事業経営に必要な投資であることを忘れてはならないのである。

日総研出版社主催・「介護の誇り」出版記念セミナー・感覚麻痺・不適切ケアの芽を摘む!〜介護保険施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策の詳細と申し込みはこちらからダウンロードしてください。
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スタッフの教育


僕は今、セントレア(中部国際空港)のラウンジの中で、この記事を更新している。これから午後の便で、新千歳空港に飛び、登別の自宅まで帰る予定だ。

セントレアのラウンジは少し変わっていて、空港会社別ではなく、各社共通のラウンジで、JALとANA等のそれぞれの会員が同じラウンジで出会ったりする。ここは、自分でハイボールを作る必要がない角ハイボールのメーカーがあるので重宝している。勿論、この時間から、しっかりハイボールを呑んでいる。周囲は、ビールを飲んでいる人が多いけれど・・・。

それとセントレアは、食事のコーナーが充実していて、「名古屋飯」と呼ばれる名物料理は、ほぼすべて空港の中で食べることができるし、愛知県以外の有名店の支店も出店していたりする。

お土産として世界の山ちゃんの手羽先も持ち帰ることができるし、フードコートもバラエティに富んでいて、御魚屋さん直営の海鮮どんぶりなどは、北海道顔負けの食材の丼が、低価格で食べられたりする。

お店の数は多いが価格設定が高すぎる新千歳空港も、少し見習ってほしいと思う。おっとそんなことはどうでもよいか・・・。それでは本題。

僕は昨日、名古屋入りして、午後6時半から8時まで、名古屋市内の医療法人桂名会・木村病院で、医療法人桂名会さんの職員研修の講師を務めた。病院、老健、サ高住、通所リハなどの職員さん100人以上が仕事を終えた疲れた状態にもかかわらず参加してくださり、熱心に聴いてくれた。その後のオフ会に参加して、今日は午後からゆっくり帰道というわけである。

僕に講演を依頼してくださる人の中には、一事業所で講演依頼するのは申し訳ないと言われる方もいるが、主催規模や受講者数や講演場所は全く選ばないので、気楽に相談してほしい。日程調整さえできれば、どんな少人数の研修会にも出かけるのでよろしくお願いします。

僕の話を聞いてくれた結果、志を同じくする方々が、全国のいろいろな場所で、品質の高い介護サービスを提供して、利用者の皆さんの笑顔を引き出してくだされば、こんな幸せなことはないのだから・・・。

新規に開設する介護事業者であっても全く問題ない。むしろ新しく介護施設や、介護サービス事業所をオープンさせる際に、オープニングスタッフがどういう意識を持っているかが非常に重要になるのだから、喜んで出かけて行く。

最初のスタッフの意識が、サービス事業者の「色」を決めてしまうかもしれないからである。このあたりは、最初からしっかりとした基本知識を身につけ、根拠ある介護を目指さないと、個人別のバラバラの経験則による、バラバラの方法論が現場にはびこり、志の高い職員のモチベーションを下げる結果になる。

経験のある職員がいるからと言って、教育をそうした職員にOJTと称して丸投げする弊害で、後々まで苦しむ事業者は数知れない。今後の厳しい介護事業経営においては、利用者確保のために、選ばれるサービスの質という視点が不可欠になるのだから、この部分にいかに効率よく、お金と時間をかけるのかが、介護事業経営のポイントになる。

言葉遣いをはじめとしたサービスマナー教育は、特に重要である。

ここの部分は最初にしっかりとルールを作り、プロとしてのマナーを浸透させないと、利用者に対するタメ口がはびこってしまう。それを後に改善するのは、最初にルールを浸透させるのに比べ10倍のエネルギーを要し、100倍のストレスがかかるのである。

そうならないようにお手伝いするので、気軽に相談願いたい。

この後、10月と11月に講演予定が立て込んでいるので、9月いっぱいは、しばらく資料とスライドづくりに専念しなければならず、自宅で作業を行う予定だ。次の道外講演は、10/8に碧南市文化会館(愛知県碧南市)で行う、碧南市介護サービス機関連絡協議会・碧南市主催、市民公開講座となるが、その際も使用空港はセントレアである。

そのあとが結構予定が入っており、確定している講演地は、宮城、東京、千葉、愛知、大阪、島根、愛媛、福岡、大分、佐賀、長崎などである。道内も、釧路、根室、北見、札幌と予定が入っている。(masaの研修予定

12月以降は、まだ空いている日が多いので、一度連絡していただければ、希望にお応えできると思う。連絡はメールもしくは電話で、いつでもお待ちしている。連絡先は、北海道介護福祉道場あかい花から確認願いたい。

それと今日は、嬉しい出会いがもう一つあった。かねてよりSNSで繋がりのあった、張福祉コンサルティングの、張 悦代表から連絡が入り、先ほどまで名古屋で会談していた。これを縁に今後の仕事でも繋がりができればと思う。中国にも行く機会ができたらありがたい。


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サービスの基礎となるマナー教育


介護サービス事業以外の他産業から、介護業界に転職した多くの方が、介護業界の人々の言葉遣いに違和感を抱く。

顧客である利用者に対して日常的に、「ため口」で話しかける職員が多いことに対して、いったいどのような基礎教育を受けているのかと疑問を口にする人が多い。

しかしそんな思いは、介護業界以外の職業を経験したことのない人も同じく持つ思いであり、上司や同僚や部下の、利用者に対するため口に心を痛めている人たちもたくさんおられる。

しかしいったん言葉が乱れた職場において、言葉遣いの改善を図ろうとしても、なかなか全員の言葉遣いが正されず、結局一度良い方向に向かいそうになっても、利用者に対する言葉遣いを正そうとしない職員によって、全体が低きに流れて、元の木阿弥の状態に戻るという例が枚挙にいとまがない。

言葉を正しく使うことが感覚麻痺を防ぐ唯一の方法であること、利用者との会話における言葉遣いは、「丁寧語」を基本とすることが介護のプロとしての基本姿勢であることを、「介護サービスの割れ窓理論」として常日頃から主張している僕の講演を聴いた方からも、「どうしたら言葉遣いの改善が図れるでしょうか?」という質問を受けることがあるが、それに対して特別な処方箋や、特効薬は存在しない。

言葉遣いはプロのサービスマナーとして当然正されなければならず、それはサービスの品質を司る基盤であることを事業管理者が自覚して、覚悟を決めて、言葉の改革に努めなければならない。

事業管理者自身が、職員の手本となる言葉遣いをすることは当たり前であるが、同時に介護サービスという場のピッチに立つ職員の中で、リーダー役を担う職員には、徹底的に言葉の改善の大事さを理解させ、ピッチに立つリーダー自身も、利用者に対しては常に丁寧語で会話できるスキルを身につけさせて、言葉遣いに問題のある職員に対しては、叱ることを恐れない態度を身に着けさせるべきである。

その際の覚悟とは、どうしても言葉遣いを改善できない職員は、「必要ない」という決断を伴う覚悟である。人手不足など、様々なことを理由にして、この部分の妥協を許してしまう職場では、言葉の改善は掛け声倒れに終わってしまうだろう。

これからの介護事業においては、全サービスにおいて、安定的に顧客を確保するという必要性が高まる。そんな中で、権利意識の強い団塊の世代以降の高齢者がサービスを選ぶ際に、サービスの質が一番重要になる。ただ単にサービス提供できるだけではなく、どの部分でサービスの質を差別化するかが問われてくるが、自分の身を預けて身体に直接影響を受けるサービスであればあるほど、コマーシャルベースでよいことを謳っても、実質が伴わないところに顧客は張り付かない。

建物や宣伝文句が立派でも、やぶ医者にかかりたい人はいないのと同じことである。

その際のサービスの質とは、介護サービスに限って言えば、基本サービスができることは当たり前である。例えばオムツ交換ができない介護施設はないだろうし、排泄ケアができない介護職員もいないだろう。しかしそうした羞恥心が伴う部分の介護の際に、いかにその羞恥心に配慮しながら、プライバシーと尊厳を護るかという部分になると、それは介護技術や知識にとどまらない問題で、そこに一人一人の職員にいかに、「心からのおもてなし」=ホスピタリティの精神が存在するのかという問題になる。

しかしその精神は、「持ちなさい」と指導して湧き上がってくるものではなく、日ごろの心配りの延長線上にしか存在しないものなのである。

そうした心配りは、プロとしての矜持がない場所には存在しなくなる。そうした矜持は、サービスマナーの存在しない場所には生まれてこないものである。そうしたサービスマナーの基盤となるものが、利用者に対する正しい言葉遣いであり、その乱れは介護現場では常に割れ窓を広げるリスクになるだろいう。

そういった意味では、事業を立ち上げる時に、しっかりと職員教育を行い、お客さまである、介護サービス利用者の皆様に対して、普通に丁寧語で日常会話ができる職員を配置するというのは、今後の生き残りの事業経営として、必要不可欠であるともいえるわけである。


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留学生の増加は人材難を救うか?


公益社団法人「日本介護福祉士養成施設協会」(東京)によると、専門学校や短大など全国の養成校で、2012〜2014年度は年間20人前後だった留学生が、2015年度から徐々に増加し、今年度の入学者7.258人中591人となり、全体の8.1%を留学生が占めているそうである。

この背景には、本年9月に施行される改正出入国管理・難民認定法(入管法)で、在留資格に「介護」が加わり、新たに介護福祉士となった外国人が最大5年の在留資格が得られ、繰り返し更新できることになったことがある。この議論が本格化した2015年から留学生の入学者が増え続けているというわけである。

介護福祉士養成校の入学者は年々減り、学校数やクラス数も減り続けている現状を考えると、介護福祉士を目指す外国留学生が増えて、入学者数が増えてくれることを歓迎しない人はいないだろう。同時にその人たちが、日本の介護福祉士養成校で知識と技術を身に着けて、近い将来日本の介護人材の一翼を担ってくれることを期待する人も多いだろう。

このことを決してネガティブに考える必要はないと思うが、だからと言ってこのことが日本の介護現場の人材不足や人員不足の対策として有効かと考えたとき、甘い考え方は持たないほうが良いという考えに傾かざるを得ない。

外国人留学生は、まじめに介護の勉強をして資格を取ろうとしており、そこに何の疑いを差し挟む必要はないし、多くの留学生が学校卒業後に、日本の介護現場で働きたいという希望を持っていることも疑いのない事実である。

しかしそれらの人々が、そのまま日本の介護サービスの場で主力になってくれるという保証はない。

多くの留学生は、日本の学校で勉強して資格を得て、その資格を生かして日本の介護サービス事業者で働いて、ある程度の技術を身に着けた後は、母国に帰って日本で身に着けた介護知識と介護技術をもって、母国の介護ベンチャーなり、介護リーダーとして働きたいという動機づけを持った人たちである。

出身国の経済事情によっては、日本で3年ほど働いて貯金を貯めれば、母国で一生働いて得られる額の貯蓄を貯めることができる場合もあり、故郷から遠く離れて働き続ける意欲も失せ、貯めたお金をもって母国に帰りたくなるのも人情である。

今までに、EPA(経済連携協定)などにより来日し、介護福祉士の資格を取った人の中にも、優秀で長く日本で働いてくれると期待された人が、その期待を裏切って短期間で母国に帰ってしまっている例もたくさんある。

そういう意味では留学生の介護福祉士養成校への入学者増は、日本の介護事情からすれば、関係者の多くに歓迎されることではあったとしても、人材対策としては、あまり多くの期待を寄せてはならないということになろう。

それよりも、日本で生まれ、日本で育った日本人の若者たちの中で、介護の職業に就きたいと思う人たちをもっと増やす対策が必要だ。そのための啓もう活動が必要だ。それもきめ細かく全国津々浦々で、そういう啓もう機会を設けなければならない。

例えば他業種と比べて待遇が低いと言われている介護の職業であるが、介護保険制度以後、小規模の民間事業者が増えた結果、給料表もない待遇の低い事業所が増えて、全体の平均を押し下げているという実態がある。しかしもともと国家公務員準拠の給与基準を指導されていた社会福祉法人の場合は、現在でもその給与ベースは高いところが多いし、そうした法人が経営する介護事業者の職員待遇は、地域の中の優良企業とそん色のないところも多い。

経営体力にない零細事業者で、パート勤務者が労働者の主力をなしている事業者と、経営体力があって多角経営し、人材豊富な事業者間での待遇格差は、介護業界内部でもあるのだということも含めた情報提供が必要だ。

そうした細かな情報を正しく伝えながら、同時に介護の職業に就いているからこそ得られる充実感や喜びを、経験談や実務論として若い世代に伝えていく必要があると思う。

僕の全国のいろいろな組織・団体から依頼を受けて、そうした人材育成・人材確保のセミナー等で、介護という職業の奥深さや面白さを伝える活動に協力をしているし、今後もそうした活動への協力は惜しまない。

近直では、9月9日(土)北海道北見市の北見工業大学で開催される、「社会福祉法人北見市社会福祉協議会 北見市福祉人材バンク主催 『福祉人材フォーラム』〜福祉の魅力を知ろう!伝えよう! 福祉就職相談会同時開催! 」というフォーラムで、100分間の基調講演「それぞれの生きるを支える〜対人援助職の使命と誇り」を担当することになっている。

ここでは介護という職業の中で得られる喜びを伝え、その社会的意義を伝えたいと思っている。

若者たちが介護の職業を目指すと同時に、今介護サービスの場で働いている仲間が、働く意義や喜びを忘れてし増さないように、働き続ける動機づけを今一度思い出してもらえるように、自分の体h¥県から得た思いを伝え続けたい。

そんなお話でよければ、全国どこでも足を運んで話させていただくので、ご希望者は「北海道介護福祉道場 あかい花」からお申込みいただきたい。


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可愛い生徒のスキルアップに汗してますわ。


介護福祉士養成校の集中授業も、残すところ今日午後からの授業一コマ90分となった。

僕の担当は1講座15コマのみであるから、学生の人となりの深い部分の教育には手が届かないが、自分の受け持つ範囲で、できるだけ個人の力を引き上げようと努力はしているつもりだ。

しかしいかんせん時間が足りない。しかも学生の人数が減っていることに比例して、その資質は下がっているような気がしてならない。優秀な学生もいる反面、同じことを繰り返し教えても、打って響かない学生がいることも事実だ。授業態度や学びの姿勢について、同じことを何度も注意しないとならない学生もいる。

より深刻なのは、コミュニケーション能力の欠如である。考え方を言語化する能力、文章力の低下には危機感を持たざるを得ないレベルである。

恐らくその原因は、本を読む習慣がないことである。高校を卒業した者なら、当然すらすらと音読できなければならない文章を、何度もつかえてやっと読めるならまだましで、漢字を読めないというレベルの学生に、どうやってコミュニケーションスキルを訓練するのか頭を悩ませる毎日である。小中学生のうちから、もっと本を読む習慣を、すべての生徒につけるような教育プログラムの改正が必要なのではないだろうか。

そのため僕の授業の冒頭は、演習に使うテキストを順番に音読させることから始めている。一つの演習授業に使うテキストは、19人の学生がほぼ全員音読にあたる量にしている。つかえつかえで、聞き取りにくい学生や、相変わらず漢字を正確に読み取ることができない学生もいるが、何とか与えられた箇所を、クラス全員に聞き取ることができる声で、音読することはできるようになってきている。・・・ここから始めなければならない学生もいるという事実には、愕然とするものがあるかもしれないが、これが現実である。

加えて自分の考え方を文章化・言語化するための訓練も続けている。演習課題の討議内容は、発表者が下限時間と上限時間の範囲で、発表を行うことにしており、僕の授業の中で一人最低3回は発表しなければならなくなる。下限時間を5分としているから、5分を下回る発表は許されず、実質の発表時間が5分を超えるまで、課題と関係のない話題でもなんでも話さねばならないというのがルールで、演習討議内容の記録だけを読んでも、この時間はクリアしないので、必然的に自分の考えを交えながらの発表になる。

最初の発表でうまくいかなかった学生も、回を重ねるごとに何とか下限時間はクリアできるようになっているので、この部分は当初よりもスキルアップしていると認めてあげても良いだろう。

介護福祉士の資格取得に際し、介護福祉士養成校の卒業者にも、国家試験の合格が必要になるのは2022年度からである。そういう意味で、今教えている学生は、学校を卒業さえできれば介護福祉士になれる。その中には、国家試験を受けたら合格が難しいと思われる学生もいることは事実だ。

そういう意味で、資格取得の新ルールを先延ばしたことは良かったのか、悪かったのか・・・。介護福祉士の数の確保という面では、介護福祉士養成校への入学者がこれ以上減らせないという意味も含めて、先延ばしはやむを得なかったのかもしれないが、質を考えると、先延ばしによって人員確保はされても人材確保はますます難しくなったと言えるのかもしれない。

看護学校でも特別講義を行う機会があるが、教科書を読むことができない看護学生はいないことと比べると、介護福祉士養成校の学生の質の低下は、もっと深刻に議論されても良い気がする。

そうした中で少しでも質の引き上げを図るべく、忍耐と努力を重ねているのが、養成校講師の現状である。

そうは言っても、可愛い生徒であるから、近い将来の飛躍を期待して、大事に磨いてきたつもりである。来春お世話になる皆様にも、どうか長い目で見てやっていただきたい

よろしくお願いします。


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またも的外れな国の人材確保対策


僕はこれから関西国際空港に飛び、関空からリムジンバスに乗って、明日の講演場所である兵庫県尼崎市に向かうが、搭乗待ちしている新千歳空港内で憤っている。

あほか・・・という一言とともに、開いた口がふさがらないニュースがネット配信されているからである。

7/10(月) 12:06配信の読売新聞のニュースによると、介護現場の深刻な人手不足を補うため、厚生労働省は、介護の経験がない人を対象にした全国共通の『入門研修制度』を創設する方針を決めたそうである。

入門研修は、初任者研修と無資格者の間に位置づけられ、初任者研修(130時間)よりも短い30〜40時間程度を検討しているとのこと。研修内容は、介護保険の概要・着替えやトイレへの移動の介助・緊急時の対応など、介護に関する最低限の知識と技術を学ぶとされ、試験はないそうである。

これによって何が変わるというのか?

記事によれば、『修了者は、主に施設で簡単な介助や配膳、掃除など補助的な業務を担う。その分、介護福祉士らが、認知症の人の介護など専門性の高い仕事に専念できるようにする。修了者がキャリアアップのため初任者研修を受ける際には、科目の一部を免除する考えだ』とされている。

もう一度言う。『あほか‼︎』。そんなことで今の人手不足が解消されるわけがないだろう、というより何の役にも立たない。

初任者研修資格が必要なのは、訪問介護サービスにおける、保険給付の訪問介護事業だけだ。

圧倒的に人手不足が叫ばれている(夜勤を伴う)介護施設の介護職員は、何の資格も必要ない。それにも関わらず介護職員の募集に人が集まらないのは、資格がネックになっているのではなく、業務負担に比して報酬が低いと思われているからだ。介護職員処遇改善加算などといういびつな報酬体系でいくばくか給与が上がっても、事業経営を危機的にする介護報酬体系化で、介護事業の将来に不安を感じて他業種へ転職する職員が多い中、ますます業務量が増えることに疲弊しているためだ。

施設での簡単な介助や配膳、掃除など補助的な業務しかできない職員なんて何の役にも立たんわ!!そんな職員が増えて、有資格者が専門性の高い介護に専念なんてできんわ!!簡単な介助や間接的介助しかできない人のしりぬぐいに奔走して疲弊して、みんなやめていくわ!!

そもそも現状では、ヘルパー2級資格も持たず、初任者研修受講経験もない人であっても、施設に就職すれば介護福祉士と同様の業務を行っているし、そのうえで夜勤もしてもらえなきゃあ意味がないだろうが。介護施設のOJTでおこなうような内容の研修を増やして、そんな意味のない有資格者を増やして何が変わるというんだ?

このことが人手不足対策としてまじめに考えられた結果であるというなら、厚労省の役人の頭の中身は相当腐ってるぞ。そうではなく何らかの利権がらみの研修制度だとしたら、心が相当腐っているということだ。例えば入門研修制度を受託する組織が水面下で決まっていて、そこで生ずる利権がらみの資格創設ということであればこの世は闇だ。

どちらにしても、こんな対策しか打ち出せない国に任せていては、人手不足など無策のままと同じである。もっとまともな役人はいないものなのか。これではまるで厄人ではないか。

政治家ももっと勉強して(この程度のことは勉強せんでも判断できそうなものだが・・・。)、下らん厄人の浅はかな考えをたしなめ、正せよと言いたい。

本当に現実を分かっていない暇な役人が考えることは、介護サービスの現状を知るものからすれば荒唐無稽である。つまらないお笑い芸人のコント以下で笑うことすらできない。


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コミュニティロイヤーを目指す篠木弁護士の挑戦


弁護士法人 翼・篠木法律事務所(福岡県)の代表・篠木 潔氏は、本業である弁護士活動の傍ら、介護支援専門員と弁護士との連携のモデルを構築して地域に貢献するために、「ケアマネゼミ・チーム篠木」を立ち上げて、定期的に勉強会を行いながら、セミナーなどを開催している。

僕と篠木弁護士との出会いは、「介護と法律の専門家がタッグを組んで考える地域包括ケアシステム」で紹介しているが、その後も様々な形で繋がりを持ち続けており、リーガルソーシャルワークの一端を学ばせていただいている。

そんな篠木弁護士は、弁護士でありながら法律家の枠を超えて大きく地域に貢献する「コミュニティロイヤー」として、「地域ファシリテーター」を育成し、高い精度で地域の課題を解決し地域づくりもできることを目指し、福岡市南区で地域貢献のあり方を学ぶ「南区・篠木コミュニティゼミ」も主宰している。

そこでは月1回約40名のメンバー(医療福祉専門職、弁護士、行政・包括職員、社協職員、企業関係者、新聞記者等)が、「地域の課題にいかに取り組み、いかに解決していくべきか」(コミュニティデザイン)について学んでいるそうである。

こうした活動に篠木弁護士が取り組む動機は、僕が語るより篠木弁護士自身の熱い思いが込められた文章を紹介したほうが良いだろう。
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私も多くの皆さんも各自本業を持ち、それを通して患者・利用者・ご家族や関係地域に貢献してはいます。しかし、本当にそれだけで良いのでしょうか。

この国は未曽有の財政難で、医療福祉分野をみても、医療保険・介護保険上のサービスにも限界があります。しかもご存知の通り、待ったなしの状況です。それではどうすれば良いのでしょうか?それは、私達が地域の一市民として、福祉医療に携わる一専門職として、同時代に生きる一国民として、公のサービスでは不足する部分について関心を持ち、地域の課題に取り組んで解決していくこと。これが必要だと思われませんか?

そして、これは国が進める地域包括ケアシステムを下支えするということにとどまらず、これまでの自分の本業を超えて、さらにはこれまでの皆様の経験や能力を超えて、自分の新たな世界を切り拓きながら実践する「新たな挑戦」を意味します。それを一緒にやってみませんか。

本業をしながらの挑戦でもあり確かに不安もあるでしょう。しかし、ご自分が関わっている地域のために本業を超えて自分に何ができるのかと自分に語りかけることはご自身の成長にとっても大切な問いかけではありませんか。私も弁護士として、弁護士以外の自分の役割について自分自身に問いかけています。 
〜私は何ができるだろう〜

私に関心があるのは、この問いかけです。これを皆さんと一緒にそれを模索して実践し、皆さんと一緒にお互いの自分自身の新たな世界を見てみたいのです。その対象(テーマ)としては、地域の課題に取り組み、それを解決する力を持つこと、その力を実際に思う存分に発揮して地域に貢献できることは、とてもやりがいがあります。楽しげでもあります。

そのために、私が暮らしている地域で本業を超えて地域に貢献できる福祉医療専門職の人材を育て、ともに学ぶために「南区・篠木コミュニティゼミ」を立ち上げました。そして、福祉医療専門職の皆様や新聞記者や企業の方々と一緒に、この2年間、コミュニティデザイン(地域の課題をいかに取組み解決すべきかという実践学)を学び、地域に根ざした医療福祉専門職が地域の方々から頼られる「地域のファシリテーター」となる時代をめざします。

(※篠木コミュニティゼミをやろうと思った動機〜篠木氏のメールより引用)
------------------------------------------------------------------------
しかし篠木弁護士の思いとは異なり、国が精力的に進める「地域包括ケアシステム」のもとにおいても、「医療福祉関係者や民間企業が、住民の皆様とともに地域の課題を解決し地域に貢献することの重要性」は十分に理解されるには至っていない。

そのため「地域貢献の重要性」と「コミュニティデザイン」を広めるために、シンポジウム「福祉・医療専門職はいかにして地域に貢献すべきか〜コミュニティデザインを学ぼう〜」が開催されることになった。

篠木弁護士が目指しているのは、超少子高齢社会を乗り切るために、地域に根ざした福祉医療関係者が、(福祉医療とは全く無関係の)一般企業を巻き込んで地域の課題に取り組むことあり、これを乗り切ることである。

企業がその社会的責任を果たすために地域貢献や社会貢献をしたいと思ったときに、連携相手として福祉医療関係者を選ぶときに、福祉医療専門職が臆することなく一般企業と対峙できる知識や力量を備える必要がある。そして福祉医療専門職が精度の高い地域貢献を実現するために、コミュニティデザインを学び、地域ファシリテーターになることが求められている。

それを学んでいるのが、南区・篠木コミュニティゼミであり、それを広めるのが今回のシンポジウムである。

そしてこの機会に篠木コミュニティゼミでは新たな取り組みにも挑戦している。それはクラウドファンディングという、インターネットで資金を集める取り組みである。ただしそれは怪しげな資金集めではない。

地域貢献にはお金(資金)の問題が常に付きまとう。思いや人材はあっても、資金がなくて断念した取り組み、失敗した取組みは多数ある。それは極めて残念なことである。そこでそれを克服する方法を皆で経験してみることにし、それが成功すれば、そのノウハウを同じく地域貢献を志す方々に伝えたいと考えているそうだ。

具体的には「Ready for」というサイトを利用し(レディーフォー 篠木 で検索できます。)クラウドファンディングを使って協賛金を募ることである。

協賛金の額により、「資料集に掲載する企業広告」や「懇親会へのご招待」、「篠木弁護士の無料講義」など特典がいろいろあるそうだ。

しかしこれは単なる資金集めではなく、一般企業をも巻き込んで地域の課題に取り組むために、能動的な態度を身につける練習をする機会でもある。

ぜひこのシンポジウムに来ていただきたい。そしてクラウドファンディングにも協力していただければありがたい。

なおこのシンポジウムの開催と運営にはチーム篠木のメンバーが関わっている。軍師・飯山女史は勿論のこと、彼女の僕(しもべ)である高崎クンも頑張っているだろう。そしてチラシの挿絵は、チーム篠木のメンバーの坂本さんが描いたそうである。それはまさしく今回のシンポジウムのテーマにふさわしい美しいイラストである。

今回の地域貢献のシンポジウムは『花の苗植え』と同じである。いろんな人が継続して地道に苗を植えていかないと、心から笑顔で過ごせる地域(花畑)は生まれない。それを示唆するイラストである。

ぜひこのシンポジウムで育つ花となり、花を植え育てる人になっていただきたい。
チームケアマネゼミ・チーム篠木
ケアマネゼミ・チーム篠木のメンバーの方々と僕。
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看取り介護セミナー
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介護業界若手向けに、無料で経営学の教育を行っている人のこと


今、僕は社会福祉法人・秋田県社会福祉事業団実践発表会及び一般公開講演会に参加するために、秋田市のALVE 秋田市民交流プラザに来ている。

昨日のうちに秋田入りして、昼間は男鹿半島観光に連れて行ってもらい、なまはげ博物館などをみて回り、夜は比内地鶏と秋田の地酒を堪能した。

そして今日の午前中は同法人(障がい者福祉サービスが中心である)の研究発表会の助言者役を務め、午後からは、他の法人の介護事業関係者も参加する公開講演会で講演を行う予定になっている。この講演が終わったら、北海道に戻り、新千歳空港に着くのは夜の9時過ぎになる予定だ。

こうした講演も、介護関係者に対する啓蒙・教育活動の一環といえるのかもしれない。その合間の昼休みなので、本日更新する内容は、後身育成に関連した情報としたい。

介護業界にはいくつかの課題がある。その中でも若手人材育成は、将来の人材確保やサービスの質に直結する一番大きな課題である。

今我々は人材難、人員不足の中で事業経営を強いられているが、そのような時代であるからこそ、目先の問題だけではなく、将来を見据えた事業経営や事業展開が求められるし、自分が所属する法人、事業者のことだけではなく、日本全体の介護サービスをどうするかという視点は重要である。

なぜならそれは人の命と暮らしに関わってくる問題だからであり、きれいごとではなく、この国に暮らす民として、自分や自分の家族、そして子孫の暮らしもに関わってくる問題として、取り組まねばならないものだからである。だから若手人材を育成する取り組みは、利害を超えて求められるものである。

僕が主催する任意団体、「北海道介護福祉道場 あかい花」も、そういう観点から生まれた団体で、ここで学ぶ後輩からは、一切の報酬を受けとらず、そのかわりにメンバーも、自費で交通費をかけて手弁当で勉強しているわけである。(参照:5本の赤い花

こうした後身育成の活動は、僕の専売特許であるはずがなく、全国の様々な場所で、様々な人々が取り組まれているのだろう。

そんな活動に取り組んでいる一人として、僕が尊敬している後輩がいる。「きらきら輝く」でも紹介した、飯塚裕久氏である。

彼は今、介護業界の若手向けに無料で経営学の教育を行う KAIGO LAB SCHOOL という活動を行っており、記念すべき第1期生(15名)が卒業となるそうだ。そして特に優秀だった卒業論文の発表と卒業式を兼ねたイベントが、来る2月7日(火)に行われる予定になっている。(参照:KAIGO LAB SCHOOL 第1期生の卒業イベント(卒業論文発表会)があります!

KAIGO LAB SCHOOLが開講された背景については、「KAIGO LAB SCHOOL(介護業界の若手向け / 無料のビジネス・スクール)を開校します!」をに詳しく書かれているが、その目的は、「介護業界で働くことをキャリアへの投資としたい」とのことであり、「新卒が介護業界で働く(ほぼ唯一の)キャリア・メリット」に言及しているので、ぜひ参照記事を読んでいただきたい。

きっとここから近い将来の介護業界を背負うことができる逸材が育っていくのだろうと確信している。それは僕たちにとっても心強いことだ。

いろいろな形で僕も応援をし続けたいと思っている。それは彼らのためではなく、僕自身のためであり、この国の未来のためでもあるのだから・・・。

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期末試験の作成と評価の季節


僕は本業のほかに、登別市の各種委員会の委員として名を連ねているほか、室蘭市内にある介護福祉士養成専門学校の非常勤講師という役割ももっている。

学校の授業は1年中あるわけではなく、本業に支障をきたさないように集中講義を行っているため、今年度の授業はすべて終了した。

集中講義であるがゆえに、ある時期学生は、週2回ほど1日中僕の講義を受けなければならない。そのことを僕の立場で言えば、1コマ90分の授業を1日4コマ行うため、朝9:15〜夕方16:20までずっと講義することになる。

僕にとってそうした授業自体は全く苦にならないし、授業以外での学生とのコミュニケーションも全く苦にならない。そういう意味では、授業を行う者・講師としてだけを取り上げれば、それは自分に合っている仕事だと思っている。

しかし自分は、「教師」としては、必ずしも適性があるとは思えない。その理由は、評価が苦手であるということである。

特に僕の立場は前述したように非常勤講師という立場で、授業も集中講義なので、どうしても学生と接する時間は限られてくる。よって個々の学生の人となりを正確に把握するのは難しい。

現在の介護福祉士資格は、養成校卒業者については国家試験を受けずに、卒業しただけで介護福祉士資格が与えられる。それ故に、養成校教師の評価が、資格付与のお墨付きになるという意味がある。例えば僕の授業を受けた生徒が、成績が悪いとして単位を与えなければ、卒業できず資格も取れないことになる。しかしわずかな時間しか学生と接しない、1科目の授業担当者が、卒業資格と国家資格を阻害するような判断をしてよいのだろうかと悩んでしまう。

だから授業もできるだけ丁寧におこなうのに加え、試験は意地悪な問題避けて、できるだけみんなが単位をとれるような出題に努め、追試や追追試を重ねても何とか僕の授業単位だけは落とさないようにしている。

その背景には、本当に適性がない学生がいたとしたら、僕より責任のある立場の授業担任などが、きちんとした評価をしてくれるという信頼感があると意味もある。

ということで今年度は、もう授業はないが、卒業を目前にしての期末試験の問題作りが残っている。しかも今回は講義形式の授業ではなく、演習指導の授業の試験問題も必要とされている。これが問題である。

講義形式であれば、自分が教えた授業内容の中から、ポイントとなるキーワードを考えて、それをヒントにいくらでも問題は作ることができる。しかし演習はこれが難しい。

あるテーマを与えて、学生同士でディスカッションすることそのものに意味がある演習授業において、そこで出された結論に不正解はなく、ある意味、そこで話し合われた内容と、引き出された結論は、すべて正解である。場合によってそこには、教師の教えなど存在せず、僕が生徒に示したものなどほとんどないといえるかもしれない。そのような場合、どのような問題を作ればよいのだろう。

いろいろ悩んだ結果、今回は試験問題として自己評価を行わせるともに、演習での気づきをレポート形式にまとめる問題とした。

しかしこの方法は自分の首を絞めるような状態とも言える。なぜなら普通の試験問題なら、採点自体は簡単である。答え合わせをして、配点した点数を足し算するだけで、きわめて単純な採点方法である。

しかしレポート形式の採点は、論文審査と同様で、学生の作文を読み込んで、本来なら点数化できないものを、何らかの尺度に基づいて点数化するという、きわめて難解な採点方法をとらざるを得ない。そういう意味では、問題作成以上の労力とエネルギーを要すものだ。

試験問題を送ってほっとしている暇はなく、答案が帰ってきた際に、それを読む時間が十分取れるように、連載原稿や講演ファイルは早めに仕上げておこうと思う。

こんな状態で、たまに講演予定が入っていない土日があっても、ほとんど休んでいられない日々を送っているが、暇ですることがないよりはずっとましだろうと思っている。

ちなみに講演予定がない次の休みは、2/12(日)までない。頑張ろう。

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恥ずべき壁


介護福祉士養成校で学ぶ学生の、最初の壁が介護施設等における「実習」である。

その壁の意味が、介護のプロの知識と技術に触れて、自分がそのようになれるのかというポジティブな高い壁なら良いのだが、現実には、「介護ってこんなことも許されるの?」というように、介護の常識が世間の非常識、という現実を目のあたりにして、そのことを指摘すると、「理想と現実は違う」、「もっと現実に目を向けて仕事を覚えないと、介護職なんてやってられないよ。」というふうに、高い志を押しつぶす、恥ずべき壁が存在している。

その壁に押しつぶされて、志を失ってしまう学生や、介護という職業に誇りを感じられなくなってバーンアウトしてしまう学生が、毎年何人か出てくる。

人材難の折、人の役にたつ職業について、見知らぬ誰かを幸福にしたいと志を抱いている人たちが、そういう形で介護の職業を目指すことうをやめてしまうのは、大いなる損失である。

もちろん実習先がすべてそのような事業者ではないことは言うまでもないが、学生の理想をつぶすことが目的のような指導を行っている実習先が少なからず存在している。恥を知れ。

恥ずべき壁としてそそり立つ彼らの言う「現実」とは、自分たちのスキルを基準に考えている現実でしかなく、それが介護の標準ではないことに気がついていないと言いたい。

ある施設では週2回の入浴介助が、「最高基準」となっている。その施設では、利用者を週2回ずつ入浴させていれば問題なく、そこから一歩も前に進んだケアなど考えられない。それはその施設の現実であるとしても、そんな現実は人の暮らしとしては、きわめて質が低いものであり、そんなものが介護サービスのスタンダードであってはかなわない。

まともな介護施設ならば、法令上定められた、「一週間に二回以上、適切な方法により、入所者を入浴させ、又は清しきしなければならない。」という基準省令の規定を、あくまで「最低基準」と考えて、どのようなり理由があろうとも、少なくとも週に2回は入浴機会があるのが介護施設のサービス原則であり、しかしそれでは護ることのできないものがあるのは当然で、人としてふさわしい暮らしを護るために、創意と工夫を凝らして、それ以上のサービスを実現するのが使命であると考えるのが、介護のプロとして関わるものの普通の感覚である。

そこから毎日入浴できる支援方法や、夜間入浴支援が普通にできる方法論が生まれてくる。

そしてそうした方法論の積み重ねが、介護という職業の面白みと、誇りを生み出して、職員の就業意欲を高め、離職率を減らして、人材が確保され、さらなるいサービスの品質アップに繋がっていくのである。

介護サービスの事業管理者は、そのことをもっとも理解して、職員のスキルアップとサービスの品質向上は、事業経営とリンクするものであると考えなければならない。

そもそも自分が週2回しか入浴できないとしたら、そうした環境に積極的に身をおきたいと考える人が何人いるだろう。毎日入浴しないと落ち着かない人自身が、週にたった2回しか入浴行きかいのない暮らしをなんとも思わないのは、単なる感覚麻痺なのか、人間愛の欠如なのか、僕にはどうも分からない。

法令は護るべきものではあるが、法令さえ護っておれば人は幸せになれるわけではない。

人の暮らしに関わり、人の暮らしに潤いを与え、幸福を運ぶべき職業である介護サービスは、人が何を求めているかということを考えることを止めたとき、人の苦悩に気づかなくなる可能性が高い。そうなったときの姿は、驕慢で醜い姿でしかないだろう。そうなりたい人はいるのだろうか。

どちらにしても、最低保障の法規定に縛られて、人が工夫をしなくなるのは退化でしかない。退化した人によって創られるサービスを甘受しなければならない人は、人としての矜持さえ失いかねない。そんな職業に誇りを持てというのは無理だ。

そういう職業には決してしないように、理想をつぶす壁をなくすために何が出きるのかを考え続けたいと思う。

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希望をつぶすリーダーなど求められていない


介護施設のリーダーとは、どのような資質の人がその役割を担うべきなのであろうか。

リーダーとは、与えられた状況のもとで、特定目標や課題の達成に向かって、人間(個人または集団)の活動に対して影響を与える力(パワー)の行使が出来る人のことを言う。

その能力をリーダーシップと称することが多いが、それは果たして教育や経験で獲得できるものであろうか?そうではない持って生まれた部分があるから、そのリーダーシップを育むことは難しいのではないだろうか。だから介護事業者の管理者には、現場の職員を育てるための、リーダーシップを発揮できる人間を探し出すという考え方が求められる。

少なくとも管理者は、誰もが教育すればリーダーになることが出来るという勘違いを起こしてはならない。リーダーに引っ張られてはじめて、その能力を発揮できるというタイプの人も存在するのである。この部分を理解して、適材適所の人材配置の視点を持たないと、働く人の数だけをいくら増やしたとしても、仕事の質は向上しないのである。

ところで介護施設におけるリーダーとなり得る人が、持つべき目標とはなんだろうか。営利なの?特定の人を一定枠の中で管理することなの?

違うでしょ、といいたい。

介護事業の本質は、人の暮らしぶりをよくして、人が幸福になってくれることにある。介護保険法でも、それは国民の福祉の向上を目的として提供されるものだとされている。

そうであれば、人を幸福にするための理念が必要だ。高齢者に対する介護事業であれば、対人援助とは誰かの人生の一部分に深く関わるという意味において、誰かの人生の最晩年期に関わる理念をための理念を持つ必要がある。

誰かの人生の幸福度に、決定的な影響を及ぼしかねないという責任感を使命感に替えて、提供するサービスが誰に対しても誇りの持てる内容であることが必要とされる。

そのためには、理念を形作る理想を唱えてもよい。それは幻像ではなく、目指そうとする頂(いただき)であり、現実に存在しうるものなのである。

そういう理想を誰よりも高く胸に抱く人が、介護サービスにおけるリーダーとなるだろうし、そういう人材をリーダーの位置に置かねばならない。

僕は、介護福祉士養成校の非常勤講師もしているから、学生たちが就学期間中に変わっていく姿を目にすることがある。介護の使命を実感して、頑張ってよい介護福祉士になろうという方向に変わっていくのであれば、それは歓迎すべきことだが、そうではなく介護福祉士の資格を取ろうとする動機付けを失って、他の職業を選択しようとか、介護の仕事をしたくないという風に変わってしまう学生がいる。

それは多くの場合、はじめての介護実習がきっかけになっている。介護施設やグループホームや、居宅サービスの現場を経験することをきっかけに、介護の仕事に嫌気を感じてしまう人がいる。

介護福祉士養成校に入学する学生の動機第1位は、「人の役に立つ仕事に就きたい」、であることは個々何年も変わっていない。そういう動機を持っている人が、人の役に立ちたいという気持ちを失ってしまうからリタイヤするのだろうか?

そうではない。実際には「人の役に立つ仕事に就きたい」という動機付けを持っている学生が、「介護の職業は人の役に立たない」、「介護という職業を得ている人が、平気で人を傷つけてなんとも思わない」と考えてしまうのが、リタイヤする人のもっとも大きな理由である。

それらの人々は、実習中に一様に、「理想と現実は異なる」と指導を受けたことをショックに思っている。それも実習先の介護リーダーから、そうした指導を受けるのである。理想を持つなと指導する職業とは、なんと惨めな仕事なのだろう。

人の役に立つ仕事に就きたい人の心を折る実習現場のリーダーは、いったい何のために存在しているんだろう。

しかし理想と現実は違うという指導とは、結局のところ、自分たちのスキルの低さを「現実」という言葉で、学生に押し付けているに過ぎない。そこには本当の意味での、リーダーシップは存在しない


何度も言う。理想は目指そうとするゴールであり、幻想ではない。理想を語れない職業に明日はない。僕は介護に関連する職業を、明日ない職業にしたくはない。

そのために志を同じくする仲間とタッグを組んで、真の介護リーダーを育てて生きたい。7月3日(日)13:00〜16:30まで、住友不動産芝公園タワー18階 コミュニケーションラウンジ(東京都港区芝公園2-11-1)
で開催される、masaと介護甲子園のコラボセミナー「介護事業所が2025年まで勝ち残るための人財育成はこれだ!」は、まさに「人を幸福にする理想を実現できる人」を育てるためのセミナーだ。

名刺交換会&雑談会も企画しているので、ぜひこちらに参加していただき、介護の職業に感動を運ぶ仲間と繋がっていただきたい。

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