masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

多職種連携

建前の連携・アリバイ作りの担当者会議はチームを機能させない


いくら優秀な人間であっても、能力が高い人であっても、一人で問題を抱え込んで考え込むと、煮詰まってしまって身動きがとれなくなってしまうことがある。迷路に迷い込んだようににっちもさっちもいかなくなる時があるのだ。

簡単な答えがそこにあるのに、それに気が付かない状態に陥ることは誰しも経験していることと思う。

そんな時に第3者が何気なくつぶやいた言葉がきっかけになって、霧を払うように前途を明るくしてくれることがある。

三人寄れば文殊の知恵というが、凡人であっても三人集まって考えれば、すばらしい知恵が出ることは現実にあるわけである。

だからこそチームを組んで、いつでも誰かに相談出来たり、意見を交わし合ったりする仲間と繋がっていることは大切なのである。

ところで介護保険サービスでは、多職種連携のチームケアが重要とされている。しかし居宅サービスにおけるその連携とは、多くの場合お互いが違う職場に所属する人たちの連携である。

指揮命令系統が違う職場で働く人たちが、居宅サービス計画担当者である介護支援専門員の号令でチームを組み、目標を共有し同じ方向を向いて仕事をしなければならないのだから、同じ職場でルーチンワークをこなしておれば自然と情報が共有される流れや仕組みとは異なっているのだという意識を持って、大事な情報漏れがないように伝える努力が求められる。

これで良いだろうと勝手に決めつけるのではなく、これで良いですかという問いかけがより重要になるのである。そうした日ごろのコミュニケーションが、実効性のある連携につながり、それが利用者に対するサービスの質向上に結び付くのである。

ところがこのコミュニケーションがうまく取れずに、必要な情報が伝わらずに終わってしまうケースも多い。

先日僕とFBでつながっている奈良県の介護事業経営者のJさんが、次のように書き込みされていた。
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デイで急変して、救急車を呼んで、入院されました。
それから半年。家族からも、ケアマネからも、
なんの連絡もありません。
入院中なのか。施設に入所されたのか。亡くなったのか。
最終的な顛末が知りたいなぁ。

今月末に1人、住宅型有料老人ホームに入所される方がいます。
昨日の夜ケアマネから電話がありました。
青天の霹靂でした。
入所に向けて動いていることを僕たちデイは知りもしませんでした。

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これはチームケアができていないというより、担当ケアマネにチームを組んで利用者支援を行っているという意識が無いというべきケースだろう。

こうした状態は、利用者の総合支援の視点から居宅サービス事業所の担当者を蚊帳の外に置くことにほかならない。サービス担当者は、お金をもらえないサービス担当者会議に参加して、せっせとサービス情報を送っているのだから、それはあまりにも理不尽だ。

デイサービス利用中に急変した人について、入院後の支援をどうするのかということは最も重要な情報だ。退院・自宅復帰向けて動いているのか、その見込みがないのか、はたまた死亡してケース終了となったのかを支援チームに伝えないということはあってはならないことだ。

また現在支援している利用者の今後の方針として、在宅生活の継続を目指しているのか、施設入所を視野に入れているのかは、支援チームの全員が共有していなければならない情報である。

通常デイサービスを利用している人について、通所介護事業所の担当者は、ケアマネから施設入所を視野に入れているという情報が伝えられない限り、在宅生活を継続するために頑張って通所介護を利用しているのだと考える。そのため機能訓練を効果的に行ったり、家族のレスパイト機能を充実させ、在宅生活継続を目標に効果を高めようと努めているはずだ。その努力に水を掛けるような、情報の途絶はいただけない。

勿論、施設入所の準備を進めているという情報が伝達された場合と、伝達がなかった場合で、デイサービスで行うことに変わりはないかもしれない。しかしチームで大事な方針を共有できていないということは、意思疎通が不十分=信頼し合える関係性になっていない、ということも云えるわけで、そこから水か漏れるように、暮らしの支援に支障が来す危険性を高めるというものだ。

居宅介護支援のために組むチームメンバーに上下関係はないが、その扇の要は担当ケアマネジャーとされており、サービス担当者会議も、ケアマネジャーが招集するのだから、ケアマネにはリーダーシップを発揮する役割も担う必要があるのだ。そのケアマネジャーにチームメンバーと情報共有するという意識が無いと致命的だ。チームケアが機能しなくなるのだ。

サービス担当者会議は、単に法令上開催が義務付けられているから開くという意識ではなく、貴重な時間をひねり出して開催している会議の場で、ケアマネジメントの方向性としての今後の方針なり、共有すべき情報なりをきちんと伝えることが肝になると考えなければならない。

次期介護報酬改定における居宅介護支援事業の論点としては、ケアマネの処遇改善と業務省力化のほか、ケアアンネジャー自身に医療と介護の連携の役割をより一層果たすことが挙げられている。

そでは入院治療は本当に必要な人のみとして、医療から介護への付け替えを進めるからである。療養の場は暮らしの場へ移行し、療養の場で暮らしを支援することにより、介護サービスに医療が深く食い込んでくる。そのために介護・医療連携が必然となるし、多様な利用者ニーズに長く応えていくためには、様々な領域の専門家が関わって、お互いにコンサルティングをしあいながら、チーム力を高め、在宅生活の限界点を引き上げていくことが求められる。

つまり居宅介護支援は、よりハイブリット化することが求められるわけで、そこではケアマネジャーの連携意識や、伝える能力の向上が求められてくるのである。

さらに、所属する母体が違うメンバーとの協働には、より細やかな配慮と気遣いが必要で、細やかな情報伝達というのは、なくてはならない要素であることを常に意識する必要があるのだ。

居宅ケアマネジメントはますます重要になるのだから、ケアマネジャーの皆様には、どうかそういう意識を強く持ってほしい。伝えられるケアマネジャーは、信頼される存在につながることを忘れないでほしい。

多職種連携に命を吹き込むのも、その命の炎を消し去るのも、ケアマネの姿勢一つにかかっていると言って過言ではないのだから・・・。
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自分だけに都合がよい多職種連携によって誰かが壊れる


対人援助では多職種もしくは他職種連携が重要になると言われて久しい。(※本稿では多職種連携に表記を統一する。)

心身に何らかの障害を持つ人のニーズは様々であり、それは日によっても、環境によっても変化するものである。そのことは日常的に暮らしの支援が必要な人が必要とする社会資源が、何か一つに限定されることは考えにくいことをも意味している。

たとえ支援者にたぐいまれな能力があろうとも、誰か一人で心身に障害のある方の支援行為を続け、日常の暮らし全般をカバーし続けることができるわけがないのである。

だからこそ居宅サービスにおいては、居宅介護支援事業所のケアマネジャーを中心とした支援チームを組んで、様々なサービス事業の、様々な職種の人たちが利用者支援に関わるわけである。そこでは所属事業所を超えた多職種連携が求められる。

そうしたチーム内で上下関係はないが、チームを組む上で扇のかなめ役となり、全体をまとめるために指揮を執る役割がケアマネジャーに求められているわけであり、タクトを振る役割を遂行している姿はあって当然で、それを「偉そうな態度である」と批判する方がどうかしているのだ。所属事業所を横断しての多職種協働では、こうした役割分担の理解がより重要になる。

介護施設の場合は、こうした多職種連携が同じ職場に勤めるメンバーによるものとなるわけだから、居宅サービスのように職場が違うメンバーがチームを組むより連携が容易だと思われがちである。

しかし同じ職場だからこそ難しくなることもある。

例えば近親憎悪のような感情的問題は、同じ職場であるからこそ生じやすくなる。介護施設で毎日利用者の暮らしを援助する傍らで、相談員が事務所でデスクワークをしている姿を、否定的に捉える人がいたりする。介護職員はいつの間にか、利用者に直接対応する仕事が、介護施設では一番大事な仕事であり、事務職ではない相談員が介護業務をするのは当たり前だと思うようになりがちである。

しかしこれも大きな勘違いである。職種とは仕事の守備範囲を定める区分であり、介護職と相談援助職が行う業務に違いがあって当然であり、介護業務を直接担うことがない相談援助職が怠けていると考えるのも間違いだ。

このブログでは何度も指摘しているが、相談援助職はソーシャルワーカーであり、介護施設において、蟻の目と鳥の目との両方の視点から現場のサービスをチェックできる存在でなければならず、介護職員と同じことを出来るというスキルは大事だが、同じ業務を行っている状態は、ケアワークの外部からのチェックと補完機能が存在しなくなるために、好ましくないのである。(参照:相談援助職の役割の明確化が必要

こうした職種による役割の違いを理解せず、自分が担っている業務が一番尊いとか、一番重要な業務を担っていると思い込んでいる人がいる場所で、多職種連携は生まれない。行っている業務に尊卑はないことをしっかりと自覚すべきだ。

そもそも連携を取りながら仕事をするという意味は、自分の仕事の一部を誰かに委ねて自分が楽になるという意味ではない。連携の前提は自分の仕事をしっかりこなして、そのうえで他者と協力し合うことで仕事の質を高め合うことが目的なのである。楽をするのが連携の目的ではなく、結果につながる仕事ぶりのために必要となるものが「連携」だということを強く意識しなければならない。

対人援助とは、支援チームが頑張るだけで満足できる仕事ではない。結果が出なければ、その仕事の意味はほとんど失われる結果になりかねない。目標を達成し生活課題が解決し、利用者の暮らしぶりに好ましい効果が出てこその対人援助であり、そのために必要となる方策の一つが多職種協働なのだ。

だからこそ連携するには、それなりのエネルギーが必要になるのである。うまく連携するためにはパフォーマンスを高める必要があるからだ。

このことを理解しておかないと、連携するために余計な仕事が増えるとか、自分の負担がちっとも減らないとかいう不満が生ずるわけである。えてしてそうした不満を持つ人たちは徒党を組んで、不満の声をのべつまもなく挙げ続け、手や足より口を動かすことが多くなり、仕事のパフォーマンスは下がると言う状態に陥りやすい。

そうした不満を言うために仕事をしているかのような連中によって、多職種連携は空中分解するだけではなく、チームの和は崩れ、ぎくしゃくした人間関係の中で仕事はますますおざなりになる。そこでは時には陰湿な、「イジメ」という個人攻撃が始まり、個人攻撃がはびこる職場の仕事は、ただただ辛いだけの動作の繰り返しに成り下がる。

他人のことを考えない自分本位の間違った連携の考え方によって、職場は荒れ、志の高い人ほど心身を病んでいくという実態が、今もどこかで生じている。そうなってしまっては、その職場を健全な状態に戻すには、よほどのエネルギーと時間を掛けねばならなくなり、まかり間違えばよい状態には戻ることはないかもしれないのである。

そうしないために管理職は、健全な多職種連携の要となるリーダーを育て、常日ごろから連携の在り方をチェックし、ほころびを紡ぐ役割を持たねばならないのである。

それができておらず、職員間で足の引っ張り合い個人攻撃が続き、それがなくなる見込みのない職場に未来はない。志を高く持ち、もっと対人援助のスキルを上げたいと考えている人は、そうした職場を変えようとする無駄なエネルギーを使わないで、管理職等がリーダーシップをとり、健全で適切な連携がとれている他の職場を探した方がよいだろう。

なぜなら多職種連携の重要性も理解せず、その構築に努力していないとか、努力の結果を出せないでいるとかいう職場や、その管理職には、その職場を健全化する力がないと言ってよいからである。

そんなところで能力にある人の心身がすり減るのは、介護業界全体の損失だからである。

もしそのような状態に置かれている人がいるとすれば、下記の信頼できるサイトに登録して、届けられる情報から将来のことを考えてみることをお勧めしたい。料金は一切かからず登録利用者のリスクはゼロなので、安心して利用してほしい。
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事件は現場で起こるのだけれども・・・。


介護サービスを利用する人に、直接サービスを提供する場所を、「現場:げんば」と表現することがある。

この表現に嫌悪感を抱く人がいて、「工事現場じゃないんだし、介護は物ではなく人に対して提供するサービスであり、その介護を展開する場所なのだから、現場という言葉を使わないでほしい」と言われた経験がある。

しかし現場とは、実際に作業が行われている場所という意味であり、管理部門に対する実務部門をいうのだから、介護サービスを提供する仕事の場は、「介護の現場」であり、それは人を物扱いする表現ではなく、決して不適切とは言えない。管理部門の職員と実務部門の職員に上下関係があるわけでもない。(※ちなみに作業とは仕事を行うことであり、介護という仕事を行うことを作業と表現することも不適切ではない。)

職員が現に頑張っている場所だから、「現場」で良いのである。

表現方法にこだわりを持つことは否定しないし、こだわった表現に徹するという哲学を持つことも否定しない。しかし自分のこだわりを他人に押し付ける態度はいただけない。

明らかに差別的な表現とか、不適切で人を傷つけてしまうような表現は戒(いまし)めてよいし、否定されてよいだろうが、ごく一般的に使われている言葉を、自分の価値観では許されない表現方法であるというだけで否定することは、「言葉狩り」そのものであり、それは許されない。

なぜなら、「言葉狩り」こそが偏見と差別を生み出す元凶となるからである。介護という職業から最も排除すべきは、差別意識と物事の真実を覆い隠す偏見であるのだから、差別と偏見を生み出す価値観の押し付けはあってはならないのである。

ところで、「事件は現場で起こっている」という有名なフレーズがあるが、まさに介護事業者でも事件は現場で起こっている。介護施設では利用者の居住スペースで、通所介護では利用スペースで事件は起こっているのである。

その事件は、現場で利用者と職員が相対する場面で起こっていることもある。利用者同士の間で起こっている事件もある。利用者と環境との関連で引き起こされる事件もある。まさに介護の現場は、事件の現場でもあるわけだ。

しかしその事件は、現場だけでは解決しない場合もある。現場とは別な場所で、現場にはいない人たちによって解決されなければならないことは多々ある。介護サービスであれば、看護職員や介護職員と利用者が相対する場所以外で、直接サービスを提供しない職種の人たちによってしか解決できない問題は多々ある。

暮らしを支えるのは、直接の介護行為だけではなく、経済的支援や家族関係に対する支援も大事な要素なのだ。それを支える仕事は、現場の職員からは見えにくいが、どちらかが大変で、どちらかが大変ではないという種類の問題でもないし、どちらも必要な暮らしの援助なのである。

ウイルスと戦っている現場の職員が、感染を恐れず働きやすい装備を行うために、感染予防のための正確な情報を獲得していく役割は重要になる。例えば空間除菌に効果があり、クラスター感染を防ぐために必要不可欠な次亜塩素酸水の噴霧について、「次亜塩素酸水は新型コロナに効かない。空間噴霧すると毒性がある」というフェイクニュースが大手を振ってまかり通っている。それを否定する正確な情報を掴む職員がいるか・いないかという差は大きい。(参照として緊急包括支援交付金の実施要綱が示されました。の後半部を読んでください。)

感染対策装備品を準備して現場に提供する管理部門も、ともにウイルスと戦う仲間である。彼らが居ないと現場の職員は安心して利用者対応ができないのである。

今、介護事業所の事務部門は大わらわである。ウイルスとの戦いの中で生ずる感染予防対策の経費増加と収入減に対応するために、国や都道府県の様々な補助の情報を集め、申請や需給に必要な手続きに走り回っている。それだけではなく、様々な特例対応の情報が毎日流されてくるので、それに対応すべき情報処理も行わねばならない。それらは通常のルーチンワークに上乗せされた仕事である。

そもそも介護事業者では、管理部門とされる事務職員等も、「現場意識」を持っている人は多い。看護職員や介護職員のように、直接利用者に対するサービスは行わない職員であっても、介護行為を支える様々な役割を担っていることが多く、そのことを誇りに思っている職員は多い。それは何にも替え難い使命感である。

介護サービス事業者では、誰か一人が大変だということではなく、みんなが大変だし、みんながそれぞれの役割を果たすことが大事なのだ。

こうして各自の職種に応じた様々な責任や任務をそれぞれが果たすことが、「多職種協働」の意味である。しかしこの多職種協働の意味を間違って捉えている人がいる。

そういう人たちによって介護の現場は、愚痴と不満と不平にあふれた場所に変わってしまっていたりする。手足を動かさずに口だけを動かし、罵声や不満の声が飛び交う職場に働き甲斐は生まれない。仕事に対する誇りも存在しなくなる。

どんな職場がそんな状態に陥っているのか、そうならないためにどうしたらよいのかということを書こうと思ったが、長くなってしまったので、この話題については日を改めて近日中に書こうと思う。
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新型コロナウイルスの相談窓口業務の多職種協働はできないものか


各都道府県ごとに新型コロナウイルスの電話相談窓口が設けられている。そこでは主に看護師が電話口で対応して、様々な問い合わせに応答している。

しかし多くの地域では電話での問い合わせが増え、新型コロナウイルスに関する相談窓口はパンク状態だそうである。電話の相談数が増えるにつれ何時間も電話が繋がらないというクレームも増え、さらに自分の体調の不安から電話口で、相談に乗る看護師の対応に感情的に怒る人も増えているという。

相談を受ける看護師にとっては、自分が悪いわけでもないのに、コロナウイルスの感染蔓延に対する責任を問われ、国の対応の不満をぶつけられるのだからたまったものではないだろうと思う。そのような状況でも電話で相談に乗る看護師たちが、すべての相談に真摯に丁寧に答えている姿は、とても素晴らしいことだと頭が下がる思いである。

そこで電話対応している看護師は、電話相談業務に専従している人ばかりではなく、医療機関の看護師として働きながらダブルワークで相談対応している人も多いと聞くが、そういう人たちがそうした精神的に厳しい電話対応を続けていては、体力が限界に達するのではないかと不安になる。そのことが医療機関での看護業務の支障につながれば、医療崩壊は現実的な問題になるからだ。

しかし相談件数が増えるにつれ、相談内容は専門的なアドバイスがいらない内容も増え、人生相談のようにただ話に耳を傾けるだけで長い時間を要するケースも増えているそうだ。

そうであれば相談内容によっては、看護師の資格がない別の領域の専門家がそこを担った方が良いのではないかと思ったりする。特に我々のように社会福祉士や精神保健福祉士などの国家資格を持った相談援助職が、そこの一部業務をお手伝いできれば看護師の方々の負担が軽減され、電話相談窓口のパンクもある程度まで防ぐことができるのではないのだろろうか。

電話相談窓口の対応職員を看護師に限定せず、様々な職種で相談チームを結成するという対応をすでに行っている地域もあると聞くが、全国の電話相談窓口がそういう方向にシフトしていくべきではないかと思う。

そのチームに参加するためには、事前に新型コロナウイルス相談に対する研修は必要だろうが、それは短時間の非接触研修で可能だろう。ある程度の基礎知識を持った相談援助の専門家などを指揮するチームのリーダーに、より高い専門知識を持った看護師を置けばよい。

そういう形で相談電話の受け付けは、看護師がリーダーとなった相談援助職なども入れた多職種のチームで受け、窓口のパンクも防ぐことができるし、多様な相談にも丁寧に応えることが可能になるのではないのだろうか。

むしろウイルスの相談センターに、優秀な看護師さんたちを縛り付けているのはどうなのだろうという議論があっても良いように思う。医療崩壊・看護師不足の不安が叫ばれている状況で、医療の現場で活躍できる看護師の数を一人でも増やすためにも、電話相談窓口の体制を見直すことは必要ではないだろうか。

声を掛けていただければ、僕自身はいつでも協力したいと思っている。ちなみに僕自身は、社会福祉士・介護支援専門員・家庭生活総合カウンセラーなどの資格を持っているので、連絡さえいただければ、どんな形でも要請に応ずる心の準備はあるし、自由に動ける身分なので、時間や場所に制約を受けずに柔軟に対応可能だ。

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他職種を理解する前に他人を理解してほしい


社会保障制度改革が進められる中で、医療・福祉制度改革の方向性とは、本当に必要な人のみが医療機関に入院し、早期治療したうえで、できるだけ早く医療機関から退院して、それぞれの居所(介護施設を含む)で暮らし続ける社会を目指すものである。それが「地域包括ケアシステム」である。

そこでは医療サービスから、介護サービスへの付け替えが進められ、生活の場に医療が深く介入することになり、医療・介護双方のハイブリッド化が進められるのだから、保健・医療・福祉・介護という領域を横断した多職種連携の必要性が高まるのは当然の帰結と言える。

そのような中で、多職種連携の基盤づくりのための研修会も全国各地で行われている。特に連携に必要な、「協力・協調」を促すために、「他職種を理解する」というテーマで講演等が行われることが多くなったような気がする。

それは悪いことではない。大いに他職種を理解するように努めていただきたい。他職種や他領域のことをまったく知らないと、所属意識の弊害が発生して、思考が自分の専門領域のみの利益に偏る恐れがあるのだから、他職種の役割りや思いを理解しようとすることは大事であることは疑いようのないことだからである。

しかしその前に、同職種の間での理解や協力はできているのかということも考えていただきたい。

多職種連携を阻んでいるのは、本当に職種間の意識の違いなのだろうか?同職種間の理解は十分進んでいるのだろうか・・・。どうもそうではないと思える場面にしばしば出会うことがある。同職種とはいっても、地位や立場で考え方やすべきことは異なってくる。この違いも理解していないと、本当の意味での協力や連携はできない。

典型的なのはユニット型施設における、「施設内民族主義」である。

同じ施設内であっても、所属チームごとにサービスの質を高めるための、施設内競争が行われるのは極めて健全な姿ではある。しかしそれはあくまで競争によって、施設全体のサービスの質が上がるという目的を、全職員が意識して行われる、「緩やかな内部競争」であるべきだ。

チームメンバーの力を引き出すためには、協力するだけではなく、競争意識によってメンバーそれぞれのスキルアップが図れることも重要になってくるのだから、メンバー全員が目的と目標を分けて理解しながら、同じ目的に向かってお互いのパフォーマンスを高めていく必要がある。

だからこそ競争に勝つことだけを目的にして、自分が所属しないチームの誰かの足を引っ張って、他のチームの競争力を低下させることで、自分たちが勝者の立場に立つという、「弱肉強食のシャレにならない生存競争」であってはならないのである。

しかしチームが異なり、それぞれのチームの競争意識がおかしな方向に進んだとき、自分のチームさえよければよいという目的と目標を見失った考え方が生まれる。そこではあたかも近親憎悪のごとく、同職種間の対立の方が、異職種との対立よりも激化することがある。

そうなってしまっては全体としてのチームケアは成り立たず、同じ事業者の中で独立国家が乱立し、対立が繰り返される中で、それぞれが疲弊し、生産性は低下の一途をたどらざるを得ない。だからこそ目的が達せられない理由は、職種間の意識の差であるのか、職種とは関係のない場所での対立なのかということを見極めていく必要がある。それなしにはますます複雑化する社会構造の中で、対人援助という極めて個別性の高い援助は成り立たなくなる。

対人援助の本来の目的を達するためには、他職種の理解というより先に、自分以外の他人を理解しようとする姿勢が求められる。他のメンバーの役割りや思いを理解しようとしない限りチームのパフォーマンスは上がらないし、課題解決には結びつかないからだ。それは自分自身が使命を果たせないという意味なのだから、チームケアが不可欠な領域において、チームメンバーを協力者として理解する態度がない限り、プロとしての責任は果たせなくなる。

それは即ち、対人援助という仕事に向いていないという意味である。

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顔が見える関係だけで多職種連携はできない


地域包括ケアシステムとは、住み慣れた地域(自宅とは限らない)で暮らし続けるために、心身の状態に応じた住み替えを勧めながら、医療や介護のみならず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常生活圏域)で適切に提供できる体制のことを言う。

しかし医療や介護や福祉サービスについてもその財源には限りがあるのだから、できるだけお金がかからないようにすることが前提とされている。

そのため医療費もできるだけ抑制しなければならないので、診療報酬改定では、入院期間をできる限り短くして、回復期の一部や慢性期の医療は、医療機関に入院したまま行うのではなく、地域における暮らしの場に戻って、そこで外来治療を中心にして行おうというものである。このようにして慢性疾患を抱えた高齢者については、できるだけ医療機関に入院せず、地域の中で慢性疾患対応を行い、身体機能の低下を防ぐサービスは積極的に取り入れ、それでもなおかつ心身の機能低下による生活障がいが出現した場合には、介護サービスや福祉援助でそれらを補う必要がある。

さらに死者数が増加し続けるわが国では、死ぬためだけに医療費をかけないようにすることが求められており、死ぬためだけに医療機関に入院するのではなく、地域の暮らしの場で死の瞬間を看取ることが重要な課題とされている。そもそも医療機関のベッド数は、死者数が増えることに対応して増えるわけではなく、むしろ減っていくので、地域で看取り介護の体制がなければ、「看取り難民」が生まれるのは必然の結果であり、その数は2030年で47万人にのぼるとされている。

その時に「看取り難民」とは何ぞやという疑問が生ずる。人は必ず死ぬし、どこでも死ねるのだ。そうであれば死ぬ瞬間がどこで、どうあろうと問題はないのではないかという議論がある。

しかし人の死に方は様々であるが、人は死ぬ瞬間まで人は生きているのだ。尊厳を持った人として生きる姿が死の瞬間まで続くのだ。そうであるからこそ、死の瞬間をどこで、どのように迎えるかが問われてくるのであり、人としての尊厳を護りながら、できるだけ不安な思いを抱えることなく、できれば安楽に、生きてきて良かったという思いを持てる形で「看取る」ということは、求められて良いことだと思う。それは決して過度な要求でも、ぜいたくなことでもない。

そういう意味で「看取り難民」とは、死の瞬間を本人が望む状態で迎えられない人のことをいうのではないかと思う。その中には、生から死につながる場面で、必要な介護を受けられずに苦痛と悲嘆の中で死んでいく人の状態も含まれてくるのではないだろうか。そのような死に方が、「仕方ない」とされる社会は寒々しく恐ろしいと思う。

そんな社会にしないためにも、多職種協働による暮らしの場での看取り介護が求められてくる。

死を間近にした人が暮らす様々な場面で、様々な場所で看取るためにも、保健・医療・福祉・介護連携が求められてくるわけであるが、この多職種協働が機能するために、「顔の見える関係」が必要だと言われる。それを否定する何ものもないが、一方で僕は、顔の見える関係だけで多職種協働が機能すると考えるのはずいぶん能天気であるとも思う。

顔の見える関係は、あくまで入り口に過ぎず、それをきっかけに「物を言い合える関係」まで発展させないと多職種協働など絵空事である。バックグラウンドや法人が異なる様々な職種がどう優れたチームを作るのかが一番の課題であるが、チームの中で医者に遠慮してソーシャルワーカーがものを言えなかったり、医療関係者の言葉を介護関係者が理解できないということであっては困るわけである。

そうしないためには、場合によっては相談援助職や介護職の側からも、自分の専門領域については、医師や看護師や理学療法士等にコンサルテーションを行うことができる能力が求められる、そのためにはそれなりの知識と技量が求められるのである。

多職種協働チームにおける相談援助職の役割りは何だろう。それは単に居宅サービス計画を作成したり、利用者の相談に乗るだけではなく、他の職種と比べ、利用者と密接にかかわる場面が多い職種であるがゆえに、他の専門職が気づかないような利用者の訴えや思いをくみ取り、それを本人に代わって周囲に伝えていくような代弁機能が、他の専門職からより強く求められるのではないだろうか。その時医療職種にその思いを伝えるコミュニケーション能力は、最も求められることだ。

そのためにも日ごろ、医師をはじめとした医療職種(看護師を含む)の方々が何を考え、何を課題と認識しているのかを知ることは必要だ。福祉・介護職の人々が、医療関係との合同研修に参加する意味はそうしたところにもあるのではないだろうか。

つい最近も、東京大田区でそのようなセミナーに参加することは「一人称の死を考える」で紹介したばかりである。そのセミナーでも大変貴重な学びをいただいたし、あらたなつながりを得るという貴重な機会にもなった。本当にありがたい機会だった。

同じように医療職の方々と、福祉・介護職の方々が一堂に集って語り合える機会が4/29(日)〜4/30(月:祝日)にある。メインテーマとして「いのちと生活を支える医療介護多職種チームの使命〜病院・行政・市民とともに取り組む街づくり」を掲げた、日本在宅医学会 第20回記念大会は、品川のグランドプリンスホテル新高輪・国際館パミールで行われる。

詳細は、パンフレットを参照いただきたいが、僕も微力ながらこの学会に協力している。

在宅医学会
第1日目(4/29)の午前の拡大シンポジウムのシンポジストとして、午後の基調講演の講師として参加予定である。(参照:4/29日程表)午前のシンポジウムでは、後ろ向きに30年ダブル報酬改定を眺めるのではなく、今後医療介護がどんな方向を目指していくべきなのかについて、制度が目指すべき方向、学会が取り組むべき活動などなど、広い視野で議論するような企画されている。当学会の メインシンポジウムであるため、医療や介護のあり方など大きな方向性を語る場となる。シンポジストにはできるだけ前向きの、未来に向けたメッセージとなるようなプレゼンテーションが求められおり、各演者から20分のプレゼンテーションを行った後、ディスカッションに入る予定だ。

シンポジストの提言内容は以下の予定だ。

1.菊地 雅洋 先生:(内容)「介護の領域からの発表(リビングウィル、ACP)」
2.佐藤 龍司 先生:(内容)「老人保健施設、施設看取り、在宅復帰等」
3.鷺坂 英輝 先生:(内容)「医療・介護保険制度から見た在宅ケアについて話題提起」
4.迫井 正深 先生:(内容)「今後の医療・介護の将来像=“かくありたい、という「夢」を語る”」

午後からは、僕単独で「死を語ることは愛を語ること」をテーマに第8会場で基調講演を行う。看取り介護の場で生まれる「物語」の意味を考えていただきたい。

こんなふうに日本全国から保険・医療・福祉・介護の最前線に立つ錚々たるメンバーが一堂に集まる貴重な機会である。初日の日程終了後には、名刺交換会も兼ねた懇親会も行われ、新たなつながりも作れる機会ともなっている。

ゴールデンウイークのスタートとなる時期ではあるが、国際館パミールという導線の短い会場だけで、バラエティに富んだ様々な講義やデスカッションを聴くことができるまたとない機会である。是非時間をとって、グランドプリンスホテル新高輪までお越しいただきたい。

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特養の看取り介護に新たな医療連携の提案


医療・介護の総合情報サイト、CBnewsが今朝配信したニュースの中に、【中医協】介護施設の看取りケア要件を見直しへ 〜外部の診療所や訪問看護の参入促すというものがある。

8日に行われた中央社会保険医療協議会で、特養等の看取り期介護に対し、外部の機関による訪問診療や訪問看護を導入して、施設側と協働した場合、診療所や訪問看護ステーションでも、診療報酬を算定可能にすることが提案されたものである。

医政局通知「特別養護老人ホーム等における療養の給付の取扱いについて」では、がん末期及び看取り介護加算の施設基準に適合している介護施設が看取り介護を行った場合で死亡日から遡って30日間に行われた訪問診療は診療報酬が算定可能であるし、がん末期の医療保険訪問看護も診療報酬の算定が可能である。しかし当該訪問診療や訪問看護について、介護施設側が介護報酬における『看取り介護加算』を算定している場合、診療報酬の在宅ターミナルケア加算及び看取り加算については算定できないというルールになっている。(参照:気づいてる?特養の療養給付変更。 特養入所者への訪問診療と訪問看護

中医協での提案は、この加算の算定を可能にするものであると同時に、特養等の利用者に、外部の医療機関や訪問看護ステーションから、訪問診療や訪問看護を提供できる条件について、がん末期や、看取り介護加算の施設基準に適合している介護施設が看取り介護を行った場合で死亡日から遡って30日間に行われた場合という条件を緩和し、特養等の看取り介護対象者であれば、原則すべての人に訪問診療や訪問看護の提供を可能にしようというもので、外部の医療機関や訪問看護ステーションと協力しながら、より介護施設での看取り介護の実施を促進しようとするものである。

そもそも訪問診療の「死亡日から遡って30日間に行われたものに限る。」という条件は、実質この訪問診療を不可能にさせている欠陥条文である。なぜなら死亡日は推測・想定しかできない問題で、推測が外れることもあるのだから、いざ終末期で余命いくばくもないからと訪問診療を開始したとして、小康状態が予測以上に続いて30日を超える訪問診療の提供となった場合に、死亡日から30日を超える以前の対応については報酬算定ができないということになるため、訪問診療医はその間、どこからも報酬を得ることができなくなる。そのようなリスクのある訪問診療を行ってくれる医療機関は多くはないだろう。

リンクを貼った記事でも紹介されているが、そもそも医師配置のある特養で、なぜ外部の医療機関の医師の関わりが必要なのかという疑問に対し、診療側委員からは、配置医は非常勤で、入所者の日々の健康管理や療養支援を行う立場なので、看取りへの対応を求められても、外来診療中で対応できないことも多いという説明がされたそうだが、まさにその通りで、利用者の日常の健康管理を行うための配置医師が、看取り介護の際の夜間救急対応や、終末期の緩和ケアの対応がほとんどできないために、看取り介護を行うことができないというケースは実際に存在するので、外部の医療機関や訪問看護ステーションが関わりを持つことができるという選択肢が広がることは悪いことではない。

ただし看取り介護は、チーム内の適切な情報共有と連携が不可欠で、単に外部機関の職員が特養のできない部分を補うということではなく、外部機関の職員であっても、特養内の看取り介護チームの一員として協力し合うという意識が不可欠で、訪問診療医も単に施設職員に指示命令を下すのではなく、利用者が安らかな終末期を過ごすために、特養等の職員が何を目的に何を具体的に行っているのかを理解しながら、そこに終末医療に携わる専門家として、適切な協力を行うという意識が不可欠で、その意識がないと、単に混乱させる私事にとどまり、特養の看取り介護の質は下がってしまうだろう。

どちらにしても2010年と比べ、2030年には我が国の死者数は40万以上増え、そのときに病院のベッド数は減るために、47万人の看取り難民が生まれる可能性がある。

そうならないために、医療機関だけではなく、暮らしの場所で看取り介護ができる体制を全国津々浦々まで作らなければならない。特養等の介護施設も、看取り介護を特別視することなく、日常の介護の延長線上に、ごく普通に看取り介護という時期があり、それは決して特別な介護ではなく、日常介護であると捉え、すべての特養で看取り介護を実施していく必要がある。

現在全国の特養の8割以上が看取り介護を行っているというが、それは単に『看取り介護加算』が算定できると届け出ている特養が、8割以上であるという意味で、本当にそこで誰かの終末期の暮らしを護る、安心と安全が担保された看取り介護が行われているのかは、また別の話である。

本当の意味での看取り介護の実践法を伝えるために、来年度も僕は全国各地で看取り介護セミナーを行うが、夜間の対応や、緩和ケアという部分の医療支援体制に不安をもっているために、適切な看取り介護ができないという施設にとっては、医療や看護支援の提供レベルが高まることにつながる、医療・看護・介護連携の選択肢が広がることは悪いことではない。

要はそれをどう的確に利用して、本来の目的である利用者に対するケアの質を高めていくかということが重要なのである。
2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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多職種連携のためのコミュニケーション


毎週のように飛行機に乗って道外に出かけることを10年以上続けている。

秘書がいるわけではないので、旅程も自分で組み立てて、航空チケット等も自分で手配することがほとんどである。そのため全国各地の空港の特徴や、移動手段にもかなり精通してきた。

北海道からの移動なので、飛行機は必ず利用しなければならない。(※ただし現在は、青森県であれば、登別〜在来線特急で新函館駅まで行き、そこから北海道新幹線で新青森駅まで行くほうが早くて便利かもしれない。)

そのため講演等で出かける場所の最寄り空港はどこか、そこに北海道からの直行便があるのかが最初の注目点となる。

例えば九州の各県を考えると、鹿児島にしても熊本にしても、新千歳からの直行便がないために羽田経由となるので、それなら直行便がある福岡空港に飛んで、博多から新幹線を使って移動したほうが早くて便利だったりする。そんなことを含めた調整も、全部自分でしているのである。

今日現地入りした静岡県も、移動ルートに頭を使わねばならない県の一つだ。富士山静岡空港があり、新千歳からの直行便もあるが、本数が少なくて、静岡の会場のある地域によっては、静岡空港からのアクセスが不便な場所もある。いっそのことセントレアを利用したほうが便利な地域もあるし、便数で言えば羽田空港を使って、品川から新幹線を使ったほうが便利な場合もある。

今回は講演会場が浜松市になっているが、いろいろな条件を考えた結果、本日の浜松入りは富士山静岡空港を使い、明後日の帰りは羽田空港を利用することにした。

面白いのは、静岡空港から浜松への移動手段である。今回は予約制の「乗り合いタクシー」というものを初めて利用した。これは完全予約制で、ワゴン型のジャンボタクシーに、他の(見知らぬ)乗客と乗り合わせるという形である。昔新婚旅行でハワイに行った際に、空港からホテルまで利用した乗り合いタクシーを思い出させてくれた。ちなみに静岡空港から浜松駅前までの料金は、片道1.500円である。今日は満員だ。

今回は静岡県老施協主催の研修で、「介護の奥深さ、必要な視点〜多職種連携のためのコミュニケーション」というテーマをいただいてお話しさせていただく。

多職種連携における協力とは、誰かの力を借りる前に、自分の担当領域を自分自身の力でしっかりカバーするという前提によって成り立つ。その上で自分と異なる専門性をもった人に、自分がカバーしきれない領域のコンサルテーションを受けるという意味として協力を仰ぐものである。

その時に、自分以外の他職種や他領域のことをまったく知らないと、所属意識の弊害が発生して、思考が自分の専門領域のみの利益に偏る恐れがある。そうであるがゆえに他のメンバーの役割りや思いを理解しようとする努力は、メンバー間に当然求められるわけである。

そのなかで介護職を含めた福祉系専門職に求められる医療・看護職とのコミュニケーションスキルとは、医療・介護職と同じ医療知識を持つことではなく、通訳を必要としない程度の、最低限の医療知識や看護知識は必要とされるという意味である。疑問点は何かということを、的確に質問できるコミュニケーション技術があれば十分だろう。

薬剤名と薬効を、ケアマネジャーが全て把握していないとならないという意味ではないのである。過度な専門用語は知ることよりも、専門用語をできるだけ使わないでコミュニケ―ションを交わせるほうがスキルが高いと言えるのである。

また施設サービスにおいては、ケアワークとソーシャルワークは、それぞれの惰性を防ぐ、外部更新情報という意味合いもある。それが機能しない多職種連携はあり得ないのである。だからケアワークとソーシャルワークは融合せず、分離されなければならない。

18日に浜松で行う静岡県老施協研修では、ここのところを前段で語ったうえで、誇りをもって介護業務に携わることができるように、介護の使命とその奥深さと、面白さを伝えたいと思う。

その研修会の前に、今日の夜はもう一つ大事なイベントが浜松で予定されているが、そのことは明日更新の記事としてご紹介する予定である。今晩のイベントのキーワードは、独立・中立性かもしれない。

それとせっかく浜松に来たのだから、浜名湖の鰻で作った「うな重」を食べて帰りたいと思うが、今日はその機会はなく、明日の昼ごはんがその唯一の機会である。しかし明日も研修事務局の方がオフ会を開いてくださる予定で、その開始時間が午後5時という早い時間になっている。そのため昼ご飯をまともに食べるとオフ会で食べる腹がないような気がする。

いっそのことホテルでの朝食をパスして、早めの昼ごはんとしてうな重をいただいて研修講義に臨み、浜松の2日目のオフ会に備えようかとも考えている。

悩みの多い今日この頃である。そんな悩みなら毎日でもするわ、という声は無視させていただきたい。


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医療関係者が連携をとりにくい相手1位はケアマネ


CBニュースが、2017年06月29日 11:00にネット発信した記事で、「医療関係者はケアマネジャーを、ケアマネジャーは医師を、最も連携が取りにくい相手と考えている」というアンケート結果を明らかにしている。

ちなみにこの記事を書いている記者は、快筆乱麻!masaが読み解く介護の今の担当者の方である。まあそれはともかく、このアンケート結果は実に興味深い。

ケアマネが、医師を最も連携が取りにくい相手と考えているのはなんとなく理解できる。いわゆる、「敷居が高い」という状態で、そもそも連携のためのアポイントさえ取れない、とる方法がないと考えているのかもしれない。

そもそも医師の中には、他職種との連携の必要性を感じていない人も多く、患者の担当ケアマネジャーという立場であっても、それがどうしたという態度の人もいる。連絡をすること自体を嫌う人もいる。医師は連携するのではなく、指示命令するものだと決めつけている人もいるから、連絡するだけで怒られたりする場合もあるので、この「敷居高い感」はなくならないだろう。

そういう意味では、医療関係者ではないすべての職種では、最も連携が取りにくい相手は医師であると考える傾向にあるのではないだろうか。

一方医療関係者が、「ケアマネジャーが最も連携が取りにくい相手」と考える理由については、配信記事の中で、「知識が乏しいことが多く明確に状況を説明できない」というふうに、ケアマネジャーの医療的知識について不安を覚える医師が多い、というふうに解説されている。

しかしそうであれば、連携をとりにくい相手としては下位に位置する「事務職」などは知識が乏しくはないと考えているのだろうか。そうではないだろう。

おそらく医療関係者が、ケアマネを連携のとりにくい相手だと考える一番の理由は、「連携しなければならない相手先として、一番に挙げられる職種がケアマネジャーである」という理由だと想像する。それゆえ自身の要求が伝われないことにジレンマを感じている医療関係者が多いということではないだろうか。

医療関係者が連携をとりにくくはないリハビリスタッフなどは、そもそも同一医療機関の中で、連携しあうシステムの中に位置する職種であるという意味があろうし、連携のとりにくい職種として、ケアマネジャーより、ヘルパーが下位にある理由は、医療関係者がヘルパーと直接連携する必要はなく、ケアマネジャーを通じて連携する相手先だと考えているからではないのだろうか。

それにしても医療関係者が指摘する、「ケアマネジャーの知識不足」とは一体何だろう。もっと具体的に、○○の関しての知識というふうに指摘してもらいたい。

まさかケアマネに対し、医師と同じ医療知識を求めているわけではあるまい。どの部分の、どんな知識を求めているかがもっと具体化されないと、知識不足と指摘されたケアマネジャーにとっては心外なことに思える。

その内容によっては、連携の障害となるものの実態は、ケアマネの知識不足ではなく、医療関係者の伝達力不足であったり、連携に臨む姿勢であったりするのではないだろうか。

対人援助における連携とは、「複数の人(非専門職も含む)及び機関が、利用者支援という目的を共有し、単独では解決できない課題に対して、主体的に協力関係を構築して、目的達成に向けて取り組む相互関係の過程」である。そして協力とは、誰かの力を借りる前に、自分の担当領域を自分自身の力でしっかりカバーするという前提によって成り立つものである。

自分と異なる専門性をもった人に、自分がカバーしきれない領域のコンサルテーションを受けるという意味として協力を仰ぐのである。その時に自分と同じ知識をメンバー全員に求めるものではないはずだ。

勿論、他職種や他領域のことをまったく知らないと、所属意識の弊害が発生して、思考が自分の専門領域のみの利益に偏る恐れがあり、他のメンバーの役割りや思いを理解しようとする態度は、多職種連携の基盤であるともいえる。そういう意味でケアマネジャーには、医療関係者とのコミュニケーションスキルとして、最低限の医療知識や看護知識は必要とされるわけであるが、それ以上でも、それ以下でもないはずである。

ケアマネジャーとしても、忙しい医師に対し、ケアマネと同様の介護保険制度の知識を求めているわけではないはずだ。

このあたりのことを踏まえて、指摘されているケアマネの知識不足という部分については、もっと具体的内容を示してほしいと思うのである。
看取り介護セミナー
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地域でつながるということ


最近テレビを見ていると「昔は世界とはつながっていなかったけど、近所の人とはつながっていた。」というフレーズを耳にする機会が増えた。

なるほど、確かに以前のほうが近所とのつながりは強かったように思う。そこかしこに『向こう三軒両隣』の関係性が存在していた。

それに比べ現在は、インターネットを通じて世界と繋がっている人が増えているけれど、それらの人々が近所の人とつながっているとは限らない。むしろ隣や向かいの家に誰が住んでいるかを知らない人も多く、逆にそのことを知ろうとすれば、怪しい人に思われかねないのが現代社会といえるかもしれない。

こうした社会で、要介護高齢者が暮らし続けることは簡単ではない。家族などのインフォーマルな支援者がいるならば良いが、一人暮らしの高齢者で、自分が気づかぬうちに徐々に心身の機能が衰えてきた場合、そのことに気づいてくれる誰かが必要だ。

その状態に気づかぬうちに、誰からも知られない場所で、心身状況が悪化し続けて、住み慣れた地域社会で暮らしを維持できなくなる人が増えている。

地域包括ケアシステムは、こうした人々を発見する地域社会を実現するためにも必要なシステムである。

そのために現代社会のような、つながりが途切れがちの地域社会の糸を、結びなおそうという目的も持っているのだと思う。いつ切れるか分からない糸のような細いつながりを紡いでいく先に、決して切れることのない関係という強固な繋がりをつくりあげるのを目的としたシステムでもあろうと思う。

近隣住民がお互いに関心を向けて、そこで何かあった際にしかるべき機関につなげる関係性がないと、高齢者が増え、様々な生活課題と、そのことに対応するためのニーズを持った人々が、住み慣れた地域社会で「暮らしの場」を確保することが難しくなる。そうしないためのつながりが根底にないと、行政中心のシステムは機能しなくなる。

だから本来このシステムの主役は、地域住民であるはずだ。

しかし医療制度改革や介護保険制度改革で高らかに唱えられる地域包括ケアシステムの構築に必要とされる、保健・医療・福祉・介護のネットワークに、地域住民の姿が見えてこないことが多い。それは本来まずいことだろう。

そういう意味では、今後求められる地域ネットワークには、多職種連携だけではなく、職種を超えた多住民連携の視点も求められるのではないだろうか。

少なくとも住民代表の立場である、町内会などをどのように巻き込んでいくのか、あるいは住民活動に興味を持つ人が、地域ネットワークに参加できる機会を、どのように確保することができるのかということが、『地域ケア会議』等の議題になるべきである。

そこに力を注ぐだけで、地域の社会資源は増える可能性がある。

なぜなら地域包括ケアシステムを支える力の一つは、住民同士がお互いを支えるという力だからである。

住民同士のそうしたつながりを、どのようにつむぐのかが大きな課題だ。

そしてそのときに注意が必要なことは、インターネットで様々な人と繋がっている人が、必ずしも人とつながることを得意としているわけではないということだ。ネット上の仮想世界で饒舌な人が、実際の人間関係の中で、コミュニケーションが上手にできない場合もある。チームワークが必要な機会に参加する経験が少なく、自分や他者の役割りが理解できない日ともいるだろう。

そういう人たちをも排除せず、どう導くかが専門職に問われてくるのだろう。そのためには、専門職であっても、一地域住民であるということを忘れずに、住民目線でものを考える必要もあるだろう。

専門職である以前に、地域住民として、他の地域住民とつながりを持つという意識も必要なのかもしれない。

人と人のつながりが、地域を変えることを信じて、その繋がりを尊く思うことから、真の地域包括ケアシステムは始まるのではないだろうか。

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多職種連携が機能するために必要なこと


多職種連携が求められる理由から続く)
多職種連携と一口に言っても、関係者がチームを組んで集まるだけで、課題が解決するとは限らない。

そもそも人を集めただけではチームは機能しない。そこに集うチームメンバーが全員善意のある人であっても、利用者のために働く良い機能を発揮するとは限らず、意思の統一に時間がかかったり、守秘義務の漏れが出たり、利用者支援に支障をきたす場合がある。

3人寄れば文殊の知恵というが、そういう現象に期待を寄せてはならない。単に人が集まるだけのチームでは、手抜きや足の引っ張り合いが起きて、人数に見合った能力を得ることにはならないのだ。

そのためにチームを組む人々は、チームを組む利点と欠点をよく理解しておくことが大事だ。

チームを組む利点としては、次の3点が考えられる。
1.様々な情報と知恵が集まり、それによって情報が多角的に分析できること
2.多領域の人材が集まることにより、使える資源が増えること
3.チームメンバー間の協力や競争意識によって、メンバーそれぞれのスキルアップが図れること


一方で欠点としては、
1.意見調整に手間ひまがかかり非効率的になりやすいこと
2.役割混乱のために葛藤が生じやすいこと
3.多数決の論理に支配され、少数派の反対意見が出にくいこと、無視されること。


以上のような利点・欠点が挙げられる。このことを意識してチームを組んでチームを運営する必要がある。そこで必要となるのはチームリーダーである。メンバー全員を公平に見つめて、小数意見も取り上げるスキルがあるリーダーによる運営が求められるのである。

そして意見の集約、意思の統一は、会議によって行うという原則を徹底的に守る意識が求められる。阿吽(あうん)の呼吸とか、オフの飲み会などの雑談での決め事をチームの意思として動くことは、チームが機能しなくなる一番の原因となる。

チームを組む場合、チームの目的がチームの維持に向かいがちになるが、保健・医療・福祉・介護の連携チームの目的は、利用者支援にあり、利用者中心のチームで何を目指すのかという目的を決して忘れてはならない。

そのためには会議において、常にチームメンバー全員が、目的と目標を分けて理解しておくことが大事だ。

目的は、何のために行動するかという方向性であり、保健・医療・福祉・介護の多職種連携では、利用者の生活の質向上、福祉の向上という方向性が示されることになるが、それは抽象的で長期にわたるもので、場合によってはどこまで行ってもたどり着かないと思える内容かもしれない。しかしそうであっても目指すものである限り、それはかまわないわけである。

一方、目標とは目的に向かうために、当面達成するべき事柄であり、定期的・定量的に表現でき測定できるもので、かつ具体的で達成可能なものである必要がある。

その内容をチームメンバー全員が、常に確認し共通認識を持つことが、チームを機能させることになる。
(明日に続く)

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多職種連携が求められる理由


保健・医療・福祉・介護の分野で、多職種連携が求められる理由は何だろう。

医療機関に求められるものが、急性疾患の治療のみであれば、病気の治療は医療機関完結型となり、医師を中心にした医療機関内のメンバーだけで問題は解決する。そうであればことさら多職種連携が求められる理由はなくなるだろう。

だから感染症や急性期疾患で多数の死者が出ていた時代であれば、医療機関で疾患を治すことが最大の課題で、多職種連携は主要な課題にはならなかった。

しかし現代社会は、感染症や急性疾患で簡単に死ぬような時代ではなく、長寿化がすすみ高齢者の数が増える中で、医療ニーズも多様化し、生活習慣病を含む慢性疾患を抱えて生活する人が増えている。

例えばインスリンの自己注射が必要な糖尿病の高齢男性が、一人暮らしもしくは病弱で高齢の妻との二人暮らしである場合、医療機関に定期通院していたとしても、それだけでこの男性の疾病管理が可能になるだろうか。それは極めて難しいことだろう。

ましてや慢性疾患を持つ高齢者の暮らし全体を支える視点が必要とされるとすれば、一領域の専門家のみの関わりでは問題が解決しないケースが増えてくる。

高齢化が進行し、慢性期疾患の対応が求められる社会では、医療支援と生活支援の区別がつきにくくなるために支援領域が大きく広がらざるを得ず、一人の専門職での対応というのは現実的に不可能となるのである。そのため関連する多様な機関や職種の連携による、協働が求められてくるのは当然の帰結といえるわけだ。

その状況に拍車をかけているのが医療制度改革である。

例えば平成26年度からの診療報酬改定では、病床区分の変更が行われ、急性期病床と回復期病床及び慢性期病床の区分の明確化がされただけではなく、入院期間の短縮と、一定割合以上の在宅復帰率の達成が求められた。28年度の診療報酬改定では、急性期病床からの在宅復帰率が75%〜80%に引き上げられもした。

つまりこれからの社会では、疾病を完全に医療機関で治してから退院するという考え方ではなく、疾病を抱えた高齢者を地域で支えるという考え方が求められているわけである。

そのためのキーワードが、「病院完結型の医療から地域完結型の医療へ」であり、「治す医療から、支える医療へ」ということになる。

このように入院しても円滑に退院が可能となる仕組み必要とされ、医療が必要な高齢者についても、可能な限り地域で生活できるよう支える仕組みが必要になるわけである。その仕組みが、「地域包括ケアシステム」である。

地域包括ケアシステムとは、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみな らず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常 生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制なのだから、ここには医師や看護師、セラピストやソーシャルワーカーなど多様な職種のかかわりが求められてくる。

当然介護の専門家も必要とされるわけである。それはある意味、利用者の日常の暮らしを支えるという意味で、大変重要な役割りを持つといえるだろう。

そこでは介護福祉士などの資格が求められるわけではなく、介護の専門職としてのスキルが求められてくる。

では多職種連携が機能するためには何が必要だろうか。

また多職種連携ににおける介護の専門職に求められる役割りとはなんだろうか。必要とされるスキルとはなんだろうか。

そんなことを明日以降、記事にしてみたい。
(明日に続く)

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コミュニティロイヤーを目指す篠木弁護士の挑戦


弁護士法人 翼・篠木法律事務所(福岡県)の代表・篠木 潔氏は、本業である弁護士活動の傍ら、介護支援専門員と弁護士との連携のモデルを構築して地域に貢献するために、「ケアマネゼミ・チーム篠木」を立ち上げて、定期的に勉強会を行いながら、セミナーなどを開催している。

僕と篠木弁護士との出会いは、「介護と法律の専門家がタッグを組んで考える地域包括ケアシステム」で紹介しているが、その後も様々な形で繋がりを持ち続けており、リーガルソーシャルワークの一端を学ばせていただいている。

そんな篠木弁護士は、弁護士でありながら法律家の枠を超えて大きく地域に貢献する「コミュニティロイヤー」として、「地域ファシリテーター」を育成し、高い精度で地域の課題を解決し地域づくりもできることを目指し、福岡市南区で地域貢献のあり方を学ぶ「南区・篠木コミュニティゼミ」も主宰している。

そこでは月1回約40名のメンバー(医療福祉専門職、弁護士、行政・包括職員、社協職員、企業関係者、新聞記者等)が、「地域の課題にいかに取り組み、いかに解決していくべきか」(コミュニティデザイン)について学んでいるそうである。

こうした活動に篠木弁護士が取り組む動機は、僕が語るより篠木弁護士自身の熱い思いが込められた文章を紹介したほうが良いだろう。
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私も多くの皆さんも各自本業を持ち、それを通して患者・利用者・ご家族や関係地域に貢献してはいます。しかし、本当にそれだけで良いのでしょうか。

この国は未曽有の財政難で、医療福祉分野をみても、医療保険・介護保険上のサービスにも限界があります。しかもご存知の通り、待ったなしの状況です。それではどうすれば良いのでしょうか?それは、私達が地域の一市民として、福祉医療に携わる一専門職として、同時代に生きる一国民として、公のサービスでは不足する部分について関心を持ち、地域の課題に取り組んで解決していくこと。これが必要だと思われませんか?

そして、これは国が進める地域包括ケアシステムを下支えするということにとどまらず、これまでの自分の本業を超えて、さらにはこれまでの皆様の経験や能力を超えて、自分の新たな世界を切り拓きながら実践する「新たな挑戦」を意味します。それを一緒にやってみませんか。

本業をしながらの挑戦でもあり確かに不安もあるでしょう。しかし、ご自分が関わっている地域のために本業を超えて自分に何ができるのかと自分に語りかけることはご自身の成長にとっても大切な問いかけではありませんか。私も弁護士として、弁護士以外の自分の役割について自分自身に問いかけています。 
〜私は何ができるだろう〜

私に関心があるのは、この問いかけです。これを皆さんと一緒にそれを模索して実践し、皆さんと一緒にお互いの自分自身の新たな世界を見てみたいのです。その対象(テーマ)としては、地域の課題に取り組み、それを解決する力を持つこと、その力を実際に思う存分に発揮して地域に貢献できることは、とてもやりがいがあります。楽しげでもあります。

そのために、私が暮らしている地域で本業を超えて地域に貢献できる福祉医療専門職の人材を育て、ともに学ぶために「南区・篠木コミュニティゼミ」を立ち上げました。そして、福祉医療専門職の皆様や新聞記者や企業の方々と一緒に、この2年間、コミュニティデザイン(地域の課題をいかに取組み解決すべきかという実践学)を学び、地域に根ざした医療福祉専門職が地域の方々から頼られる「地域のファシリテーター」となる時代をめざします。

(※篠木コミュニティゼミをやろうと思った動機〜篠木氏のメールより引用)
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しかし篠木弁護士の思いとは異なり、国が精力的に進める「地域包括ケアシステム」のもとにおいても、「医療福祉関係者や民間企業が、住民の皆様とともに地域の課題を解決し地域に貢献することの重要性」は十分に理解されるには至っていない。

そのため「地域貢献の重要性」と「コミュニティデザイン」を広めるために、シンポジウム「福祉・医療専門職はいかにして地域に貢献すべきか〜コミュニティデザインを学ぼう〜」が開催されることになった。

篠木弁護士が目指しているのは、超少子高齢社会を乗り切るために、地域に根ざした福祉医療関係者が、(福祉医療とは全く無関係の)一般企業を巻き込んで地域の課題に取り組むことあり、これを乗り切ることである。

企業がその社会的責任を果たすために地域貢献や社会貢献をしたいと思ったときに、連携相手として福祉医療関係者を選ぶときに、福祉医療専門職が臆することなく一般企業と対峙できる知識や力量を備える必要がある。そして福祉医療専門職が精度の高い地域貢献を実現するために、コミュニティデザインを学び、地域ファシリテーターになることが求められている。

それを学んでいるのが、南区・篠木コミュニティゼミであり、それを広めるのが今回のシンポジウムである。

そしてこの機会に篠木コミュニティゼミでは新たな取り組みにも挑戦している。それはクラウドファンディングという、インターネットで資金を集める取り組みである。ただしそれは怪しげな資金集めではない。

地域貢献にはお金(資金)の問題が常に付きまとう。思いや人材はあっても、資金がなくて断念した取り組み、失敗した取組みは多数ある。それは極めて残念なことである。そこでそれを克服する方法を皆で経験してみることにし、それが成功すれば、そのノウハウを同じく地域貢献を志す方々に伝えたいと考えているそうだ。

具体的には「Ready for」というサイトを利用し(レディーフォー 篠木 で検索できます。)クラウドファンディングを使って協賛金を募ることである。

協賛金の額により、「資料集に掲載する企業広告」や「懇親会へのご招待」、「篠木弁護士の無料講義」など特典がいろいろあるそうだ。

しかしこれは単なる資金集めではなく、一般企業をも巻き込んで地域の課題に取り組むために、能動的な態度を身につける練習をする機会でもある。

ぜひこのシンポジウムに来ていただきたい。そしてクラウドファンディングにも協力していただければありがたい。

なおこのシンポジウムの開催と運営にはチーム篠木のメンバーが関わっている。軍師・飯山女史は勿論のこと、彼女の僕(しもべ)である高崎クンも頑張っているだろう。そしてチラシの挿絵は、チーム篠木のメンバーの坂本さんが描いたそうである。それはまさしく今回のシンポジウムのテーマにふさわしい美しいイラストである。

今回の地域貢献のシンポジウムは『花の苗植え』と同じである。いろんな人が継続して地道に苗を植えていかないと、心から笑顔で過ごせる地域(花畑)は生まれない。それを示唆するイラストである。

ぜひこのシンポジウムで育つ花となり、花を植え育てる人になっていただきたい。
チームケアマネゼミ・チーム篠木
ケアマネゼミ・チーム篠木のメンバーの方々と僕。
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多職種連携では自らのスキルが問われる


地域包括ケアシステムの必要性が、盛んに唱えられているが、本当にそのシステムが機能するには、そこで所属を超えた多職種連携が、目に見える形で機能していくことが必要となる。

そのためには、システムがあればよいということではなく、そのシステムの中で、所属事業主体が異なる専門職が、お互いにものを言い合える関係づくりが不可欠である。そのことは「地域包括ケアシステムに欠けているもの(その1)」でも指摘しているところである。

そして、そういう関係を作る場として、法制化される「地域ケア会議」を利用すべきではないかということを「法制化される地域ケア会議では何が求められるのか」で提言したところである。

ところで、この「ものを言い合える関係」とは、単に知り合いであって気安く声を掛け合えるという意味ではなく、それぞれの専門性に基づいた会話が成立する関係でなければならない。

様々な専門家が、地域包括ケアシステムの連携軸の中に存在しうるのであるから、話し合いの中で、いちいち通訳が必要となる状態では困るわけである。そこでは極端にわかりづらい専門用語を使わないという配慮も求められるが、基礎的な知識は他分野の知識であろうとも、ある程度理解できるスキルが求められるということだ。

よく福祉系資格に基づいた介護支援専門員が、医療知識に欠けると言われるが、それは介護支援専門員という資格者が、医師や看護師が持つべき専門知識を持たなければならないということではないだろう。逆に医師や看護師だって、介護保険制度の細かな法令とか、ソーシャルワークや介護実務のすべてを知る必要はないわけである。

例えば自分が担当する利用者に医療ニーズはあるのか、ないのかと判断は、ケアマネジメントの中で求められるわけである。その判断をしないと、医療ニーズに的確に対応する社会資源としての「医療」が、利用者に結びつかなくなり、それは健康状態の悪化という形だけではなく、生活課題の解決につながる利用者ニーズを隠してしまい、いつまでも生活課題が解決しないまま、利用者の暮らしぶりが良くならないという形で、暮らしの質を下げてしまうかもしれないのである。

しかし医療ニーズがあるというアセスメント結果を引き出す責任がケアマネにはあるといっても、その医療ニーズに対応する個別の処方を、ケアマネジメントで見つけることまでは求めていない。むしろそれを行うのは、ケアマネジャーの職域を超え、医療法等の違反さえ問われかねない問題である。

医療ニーズに対する処方は、医師の専門行為であり、ケアマネジャーは、かかりつけ医師への照会や、サービス担当者介護で意見を求めるなどで、その処方をケアプランに落とし込むだけである。

この時点で、何もかも通訳を要しないと、処方内容がわからないということでは困るわけであるから、他領域の基礎的な知識をある程度知らねばならない。

例えば、糖尿病を持病として持っている人の、血糖値管理は重要であるという知識を持っていない人はいないと思えるが、そもそも血糖値とは?その管理の方法はどのような方法があるのかを、血糖値が高い状態が続いた場合にどのような症状が起こるのか、逆に低血糖が起こったらどうなるのかということを全く知らない状態であれば、医師の助言や処方内容が適切に理解できずに、ケアプランで血糖値管理の必要性を十分に落とし込むことができなくなるかもしれない。それではまずいということなのである。

同時に、医療関係者と福祉系資格に基づくケアマネジャーの関係を考えたとき、それは常に前者から後者に指示命令を行うという関係ではない。それは連携とは言わないのである。

医療の処方については、その専門家に判断をゆだねることはあっても、自らの専門領域である、ケアマネジメントについては、自らの判断で、その内容を医療や看護の専門家にも理解できるように説明し、その方針に基づいて支援チームに参加してもらうという考え方が必要である。

ケアマネだけではなく、介護の専門職にも同じことが言えるわけで、例えば医療の手が届かない認知症の行動・心理症状に対するケアの専門家の活躍場面は多いわけであるが、この時経験則からの勘だけで発言しても説得力はないわけで、タイプ別認知症の対応法などを根拠に基づいて示したうえで、ケアのコンサルティングを展開できなければ、指示命令を受けるだけの立場になってしまう。

そういう意味では、多職種連携とは、お互いの専門性を尊重しあうという意味でもある。それは常に様々な分野のコンサルティングを受けることができる専門家を、チームの内部に抱えた状態ともいえる。

ということは、自らの専門性を言葉で語ることのできないスキルしかない人は、連携軸に入れないということになる。介護の専門家であるなら、少なくとも介護については、医療・看護職の人々にコンサルテーション機能を持ったスキルが求められる。そういうスキルを持たない連携はありえず、自分の専門性を言葉にできず、自分の専門領域についてのコンサルテーションができない関係とは、それは連携しているのではなく、指揮命令されるだけの存在になることだという自覚が必要である。

建設的意見を、「云い合う」関係。それがなくなれば、多職種協働は言葉だけの形骸化したものとなる。チームの魂を「鬼」にしないためにも、お互いの専門性を発揮して、云い合い、高め合うコミュニケーションスキルが求められるであろう。

ベストナース・ブックレビュー


※北海道医療新聞社から発刊されている、「ベストナース8月号」の寄贈を受けました。

僕の書いたものが載っているわけでもなく、僕の取材記事が載っているわけでもありません。

今回は、4月に発刊された拙著、「介護の詩〜明日につなぐ言葉」の紹介が、Book Reviewのページに掲載されました。紹介分には、「介護に悩んだとき、紐解きたい1冊です。」と書いてくださっております。

本を紹介していただいた上に、冊子までご寄贈いただき感謝です。ありがとうございます。






和歌山地域ソーシャルネットワーク雅(みやび)の皆さんが、素敵な動画を作ってくれました。ぜひご覧ください。


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医療と介護の連携という課題


2012年の制度改正直後に、「居宅介護支援費の改定状況から見えるもの」というブログ記事を書いて、居宅介護支援費の「退院・退所加算」は1入院中3回算定できるのだから、診療報酬の退院時共同指導料2の算定要件も踏まえたうえで、入院先の医療機関の医師とのカンファレンスに介護支援専門員が参加して、上限3回分をきちんと算定しようという記事を書いた。

リンク先の記事にも書いているが、退院・退所加算を3回加算算定することができるのは、医療機関等の職員と面談して情報提供を受ける3回のうち1回について、入院中の担当医等との会議(カンファレンス)に参加して、退院後の在宅での療養上必要な説明(診療報酬の算定方法別表第一医科診療報酬点数表の退院時共同指導料二の注3の対象となるもの)を行った上で、居宅サービス計画を作成し、居宅サービス又は地域密着型サービスの利用に関する調整を行った場合に算定可能というものである。

この算定要件が示された際に、僕が一番疑問に思ったことは、入院先の医療機関の医師が、忙しい診療の合間をぬって、わざわざ居宅介護支援事業所の介護支援専門員のためにカンファレンスを行ってくれるのかということであった。少なくとも介護報酬の加算算定に必要だという理由では、そのようなカンファレンスを行ってくれないだろう。

当然、退院後の支援委必要な情報をやり取りするというのは、医療機関側としてもその責任において行うべき行為であろうが、医師が参加してのカンファレンスがそのために必須条件だということにはならないだろうし、どうすればカンファレンスという形で、医師からの情報提供が得られるだろうかということが最大の課題だと思った。

ところが退院・退所加算を3回算定要件のカンファレンスにおける療養上必要な説明については、カッコ書きで次のような一文がある。

診療報酬の算定方法別表第一医科診療報酬点数表の退院時共同指導料二の注3の対象となるもの

つまり診療報酬の算定ルールをみなければ、この加算算定ルールの意味は見えてこないということだ。そこで早速診療報酬の退院時共同指導料二の注3を呼んだ。そしてこれを読んでなるほどと思った。

2012年は診療報酬と介護報酬のダブル改訂であったが、この時の診療報酬改定の退院時共同指導料2の注3の加算算定ルールの中で、「入院中の保険医療機関の保険医が、当該患者の退院後の在宅療養を担う保険医療機関の保険医若しくは看護師等、保険医である歯科医師若しくはその指示を受けた歯科衛生士、保険薬局の保険薬剤師、訪問看護ステーションの看護師等(准看護師を除く。)又は居宅介護支援事業者の介護支援専門員のうちいずれか3者以上と共同して指導を行った場合に、所定点数に2,000点を加算する。」というルールが設けられているのである。

そうであれば、所定単位数に2.000点=2万円という高額な加算が算定できるというルールを利用しない手はないと思った。つまり退院・退所加算に必要なカンファレンスと、退院時共同指導料2の2.000点加算のカンファレンスとは別に行われるものではなく、ひとつのカンファレンスで介護報酬と診療報酬の加算がそれぞれ算定できることになり、居宅介護支援事業所と医療機関双方にメリットがあるのだ。

だから、医療機関が退院時共同指導料2を算定する場合、近い将来に退院が予定されている方の在宅療養を担う上記3者以上と会議を行えば、医療機関も3.000円の指導料に加えて、さらに2万円が加算できるのだから、ぜひその3者の中に、居宅サービス計画という在宅療養の中心となる計画を立案する担当ケアマネを含めてほしいとアピールする必要があるということを書いたのが、上に張り付けたブログ記事である。

ところで次期介護保険制度改正では、地域包括ケアシステムの基盤強化という目的が挙げられている。

地域包括ケアシステムは、「ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみな らず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常 生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制」(平成25年3月地域包括ケアシステム研究会)であり、「入院しても、円滑に退院が可能となる仕組み」がキーワードの一つになる。

そのために現在各地でバラバラに行われている退院支援について、統一の方法とルールを作るために、2次医療圏内の医療機関と居宅介護支援事業所をそれぞれ組織化し合意形成を図るべく、9府県でモデル事業が行われている。

このモデル事業の結果、新しい退院支援ルールに沿った介護報酬の加算報酬が新設されることになるだろう。それは地域包括ケアシステムの中で、求められる支援であり、このモデル事業の進捗状況は注目されなければならないし、新しい退院支援ルールに沿った援助ができるスキルを獲得していく必要がある。

当然のことながら、そこでは介護支援専門員が、その磯資格が医療系か福祉系かということに関係なく、医療関係者と対等にコミュニケーションを交わすスキルが求められているわけであり、医療や看護の基礎知識を今以上に求められてくることになるだろう。

同時に考えなければならないことは、地域包括ケアシステムの基盤は、行政主導のシステムではなく、専門職同時の人間関係を基礎としたネットワークであることを踏まえ、それは対立する関係性の中では決して形成できないものであり、介護の専門職が、特定の職種の指揮命令系統に埋没する関係性の中でも形成できないものであるという自覚が必要である。

さらに退院支援とは、本来入院患者や家族に向けた視点が最も重視されるべき事柄であり、利用者や家族が不在な場所で、居宅介護支援事業者と医療機関の加算算定ルールのために、退院支援ルールでは困るという理解も必要だ。

それは加算ありきのルールではなく、退院・退所する人が見える形の支援結果を担保するルールを構築する必要があるということだ。

和歌山地域ソーシャルネットワーク雅(みやび)の皆さんが、素敵な動画を作ってくれました。ぜひご覧ください。


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