masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

事件・ニュース

介護の社会化はいまだ遠い道のり



今週22日、関西と関東でそれぞれ、子が親を殺害するという事件が起こったが、両事件ともに介護問題が絡んでいた。

兵庫県姫路市では、64歳の息子が91歳の母親の首を絞め殺害するという事件が起こった。母親は要介護状態で、容疑者は約5年前から母親の介護を始め、今月から一緒に住み始めたという。

その後、容疑者や容疑者の姉が介護をしていたそうだが、逮捕後に容疑者は、「寝たきりの母の介護に疲れて殺してしまった」と供述しているという。

今月から同居するようになったということは、母親の状態変化によって、通いでは介護ができなくなったのかもしれない。しかし同居して介護を行ってみたところ、毎日繰り返さねばならない終わりの見えない介護に疲れ果てての犯行であったのだろうか・・・。

容疑者と被害者の二人暮らしの家庭に、介護サービスが入っていたという情報は今のところない。

介護保険制度の一つの目的は、「介護の社会化」であり、家族間で介護しなければならない負担を抱え込まなくて済むように、公的支援の手を届けるというものであるが、少なくとも姫路市のこの家庭には、公的支援の光は届かなかったのだろう。

もしかしたら容疑者は、介護保険制度というものの存在さえ知らなかったのかもしれない・・・。

介護保険制度施行から24年も経っているのに、公的支援の影に隠れるこうした家庭・こうした問題をどうあぶり出していくのか・・・地域包括支援センターは、「発見する福祉の拠点」であるはずだが、それは果たして機能しているのか・・・。

今回の事件を十分検証して、問題解決につなげるための知恵を出し合わねばならない。
介護の社会化の道は遠い
東京都国立市では、70歳の長女が102歳の母親の首を絞めて殺害するという事件が起こっている。

容疑者は「ポータブルトイレに母が移動できなくなり、自分が移動させるようになった。介護がきつくなって殺してしまった」と供述しているそうだ。

母親には週1回・入浴支援の訪問介護が提供されていたとのことであるから、担当ケアマネもいたのだろう。

そうした関係者が、容疑者の介護負担に気が付かなかったのかというような非難をするつもりはない。全くそのような様子を見せないで、ある日急に衝動的行為に及ぶケースはないとは言えないからだ。

だが殺人という行為に及ぶほど、介護に負担感を持っていた容疑者が、なぜ担当ケアマネ等に相談できなかったのかとう検証作業は不可欠だろう。

そうできない事情とか、切羽詰まった事情とかがあるのだろうとは思うが、それらをあぶり出して同じことが起きないような対策を練る努力はしなければならない。

同時に全国各地で利用者支援に関わる居宅ケアマネはじめ関係者は、顔で笑いながら心で泣いてる状態を誰にも見せずに、煮詰まって衝動的行為に及ぶ人がいるという事実に向き合い、それらの事件を対岸の火事と見ず、自分が担当するケースの中で、そのようなことが起きないようにするにはどうすればよいのかを真剣に考えてほしい。

介護する家族の、ちょっとした変化に気づかねばならない・・・表情が乏しくなった、口数が少なくなった、問いかけに上の空のことが多くなった・・・それは目に見える危険信号ではないかと思う。

どちらにしても介護の社会化は、スローガンとしては存在するが、その実現は道半ばである・・・しかし途中の道端に、要介護者の屍が累々と横たわるような社会はおかしい。

制度の光が創る影・・・そこに光を当てるために必要なことを日々考えたいと思う。
メディカルサポネットの連載、菊地雅洋の波乱万丈!選ばれる介護経営の7/25更新記事は、介護事業経営を左右する加算算定の考え方です。
菊地雅洋の波乱万丈!選ばれる介護経営
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利用者に薬を盛る看護師の心の闇につながるもの。



東京商工リサーチが6/7に公表したレポートによると、今年1月から5月の倒産は34件となり、この期間としてはこれまでで最も多くなった。

倒産した事業所のうち半数近い34件が訪問介護の事業者であったが、その他のサービスも他人ごとではない。

例えば通所介護は、今年度の介護報酬改定で基本サービス費はわずかなアップでしかなく、物価高を補填できないために今後の事業経営戦略の練り直しが求められる。

特に従前から個別機能訓練加算気離を算定していた事業所はマイナス改定であり、今後の事業経営に不安もつ経営者は少なくない。(参照:通所介護は実質マイナス改定。

こうした状況は、一人の顧客から得られる収益は減ることを意味している。だからこそ今後の通所介護の事業戦略は、ひとりでも多くの利用者を確保して、事業規模を拡大して収益アップを図り、そこから人件費アップ財源を確保して、従業員の待遇改善や人員確保に努めていくしかない。

幸い、通所介護の利用ニーズがある要介護者数は増え続けている。団塊の世代の方々が、全員75歳となって通所介護を利用する人が増えているからだ。

その方々をいかに取り込むかという戦略が必要だ。地域密着型通所介護は、都道府県指定型通所介護にステップアップするためのサービスの質づくりの規模と考え、できるだけ早い時期に事業規模を拡大していかねば経営は続けられない。

こうのような事業規模の拡大路線は、国の敷いている事業規模拡大施策ともマッチする事業戦略となり得る。(参照:事業規模拡大誘導への布石

だがそうした課題を持つ通所介護事業所が、地域住民の信頼を損ねる事件を起こしたりしている。

僕の自宅から歩いて数分の場所に、通所介護事業所がある。
総合ケアセンター登別ライフプラス
住宅街の中に立地し、小学校が隣接するその事業所は、場所としては通所しやすい良い立地ではないかと思う。

しかしこの10年間を見ても名称が3度変わり、少なくとも最初の経営者はいなくなっている。つまり少なくとも一度は廃業の憂き目を見て、経営母体が変わっているのである。

その事業所で事件は起こった。「総合ケアセンター登別ライフプラス」で、5/30利用者の男性(81)に睡眠作用などがある薬物を摂取させ、薬物中毒によって加療2日の意識障害にさせたとして、看護師、渡辺裕一容疑者(35)が6/10に傷害の疑いで逮捕された。

さらに昨日、別の利用者にも同様の行為を行っていたとして再逮捕されている。

事件は、被害者が意識朦朧となって搬送された病院から、「通所介護事業所から搬送された患者に異常が認められる。口の中が青くなっていて、睡眠薬を飲んだと疑われる」という通報を受け発覚しているが、当該通所介護事業所では、半年間で同様の搬送が複数回あったと報道されている。

容疑者である看護師は、利用者の男性(76)と女性(81)に、容疑者の自宅から持ち込んだ薬を投与したもの・・・行動制限が目的だったのだろうか?

それにしても機能維持と心身活性化のために利用していたデイサービスで、意識を失う薬を飲まされ、病院搬送さえる状態になるなんて、これほど理不尽なことはない。逮捕された容疑者は、即日懲戒免職にしたというが、それだけでこの通所介護事業所は、地域住民の信頼を回復できるだろうか。

果たしてこの事業所に通っている利用者は、今後もそこに通い続けるだろうか・・・新規の利用者が確保できるだろうか。

さらに今後、二人の被害者の損害賠償という問題も出てくるだろう・・・事業経営は続けられるのだろうか?

どちらにしても、一旦このような事件を起こすと、事業経営の危機に陥る。だからこそ人材確保が難しいからと言って、募集に応募してきた人を闇雲に採用してはならないし、採用後の教育は最も大事になる。

特に利用者は顧客であるとして、きちんとサービスマナーをもって接することを当たり前にしていかないと、顧客に薬を盛るなんて信じがたい事件が引き起こされるのである。

全ての介護関係者は、こうした事件を対岸の火事と見ずに、反面教師として見つめ、そのような状態に陥らない職場環境を整えていかねばならない。

それにしても・・・こういう事件が報道されるたびに、それが氷山の一角であるかのような云われ方をされ、多くの介護事業者が同じ穴の狢的にみられるのが残念である。

そうならないために、誰から見ても適切な対応ができるように、サービスマナー意識を全職員に浸透させてほしいと思う。

そうした意識の浸透した場所では、人命や人権を危うくする対応が行われるわけはないのである。


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無常(むじょう)



福祉援助の場は、命の儚(はかな)さを思い知る場でもある。

先天的な障害を持って生まれた子供たちが、いとも簡単にその生を閉じる場面を多々経験する医療保育の場から始まり、枯れ行くように老い衰えて命の灯を消していく高齢者介護の場まで、あらゆる場面を経験してきた身であるがゆえに、命の尊さに思いを馳せることが多い。

命は儚いがゆえに尊い・・・だからこそその命を護り、命あるものを敬うことが、何よりも重要であると思う。

しかし世の現実は、それとは真逆なことが引き起こされることがしばしばある。例えば、幼い子供の命が無残に、そして理不尽な理由で奪われる事件報道に接すると、胸が張り裂けそうになる。

この世の中の一切のものは常に生滅流転 (しょうめつるてん) して、永遠不変のものはないとはいえど、せっかくこの世に生を受け、そこで生きている罪なき幼い命が、大人の身勝手な理由で奪われることに憤ると共に、激しい怒りの感情を覚えざるを得ない。

先月5/22の午後から未明にかけて品川で起こった母子4人殺傷事件も、決して許すことができない事件である。

しかもその加害者は、殺された母親の夫であり、3人の子の父親であるというのだから、何をか言わんやというしかない・・・亡くなられた4人の方々にかけるべき追悼の言葉も見つからない。
灯篭流し
6/19に逮捕された後藤祐介容疑者(46)の実家は品川で代々続く美容室を営んでおり、自身も美容師として働いていたという。その後、同容疑者は介護職に転職し、介護施設で働いくようになったそうだ。

今回の事件で被害者となった元・妻(※事件発覚3日前の5/20に離婚が成立)は、この施設で介護福祉士として勤務していたとのことで、容疑者と職場恋愛を経て結婚に至ったようだ。

同施設では夫婦は同じ職場で働くことはできないという規定があったことから、元妻は別事業所に配置替えとなったそうである。しかし移動先で元妻は、上司と意見が相違し、ぶつかり合うこともあったとのことで、精神的に不安定になり1年ほど前に退職している。

容疑者も、妻の看病や育児分担のために介護施設を退職し、フリーランスの動画編集の仕事を自宅からテレワークで行っていたものの、仕事の受注がほぼなかったようで無給状態であったとのこと。

そのような中でお互いの不安定な精神状態が影響したのか、夫婦仲の悪化〜離婚という過程を経て事件に至ったようだ。

容疑者の供述によると事件は、「(事件当日に)『今すぐ出ていけ!』と言われカッとなって刺しました。怒りを抑えきれませんでした」という衝動的なものだが、幼児たちの目の前で母親を殺害した後、逃げ惑う子供たちを次々に刺し殺したという凄惨なもので、その理由も、「母親が死んだうえに父親が逮捕されたら可哀想だと感じました。親が殺人犯になったら子供たちが不憫。(家に火をつけたのは)子供も自分も燃えてなくなってしまえばいいと思ったからです」という余りにも身勝手なものである。

一体子供の命を何だと思っているのだろう。自分の所有物とでも勘違いしているのではないのか・・・。

介護という職業を通じて、人の暮らしに寄り添っていた容疑者が、そこで『人間尊重』という福祉の価値前提を学ばなかったのかと言いたい。

心身に何らかの障害を抱える人たちに手を差し伸べる仕事を通じて、人間という存在の尊さ・人の命の尊さを知る機会はなかったのだろうかとも思う。

そちらにしても、やるせない事件である。4人の被害者には、ただただお気の毒というしかなく、安らかにと祈るしかない・・・合掌。
CBニュースの連載、快筆乱麻〜masaが読み解く介護の今は今朝5時に更新アップされています。今月のテーマは、介護DXによる生産性向上の光と影です。文字リンク先を参照ください。
快筆乱麻masaが読み解く介護の今



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繰り返される介護施設の虐待報道



介護事業者に対する社会の信頼を失わせる元凶となっているのが虐待事案である。

だからと言って大多数の介護事業者が虐待を行っているわけではないし、ほとんどの介護事業者は高齢者の暮らしを支える支援に努めていることは間違いない。

しかし虐待とは無縁であると思っていたその場所で、ある日一人の特定職員が信じられない虐待行為に及ぶこともある。だがそれは、利用者の尊厳を奪い、時には命さえ失わせるという、取り返しのつかない結果に結びつく。

そしてそのことは介護事業全体に対する世間の信頼を損ない、介護事業必要悪といった世論に結びつく・・・それは事業経営の危機に直結するだけではなく、介護給付に財源を支出することの足かせになりかねない問題でもある。

そうした社会的影響や、重大なる事案の結果や責任を考えると、虐待に結びつく要素を限りなく少なくするための対策にやりすぎはないと考えなければならない。

勘違いしてはならないことは、虐待しないのは良いことではなく当たり前であるということだ。

だからこそ虐待をしてはならないという教育ではなく、どんなふうに意識が低下し、虐待に結びつくのかということをもっと伝えなければならない・・・集団生活であるなどというサービス提供側の勝手なルールの押しつけが、不適切サービスに繋がり虐待を生む温床にもなることを強く従業員に意識させ、介護事業も歴としたお客様に対するサービスであるとして、その際に必要なマナー教育を徹底すべきである。

そのことは「虐待防止措置未実施減算が新設されたという恥」でも指摘している。
虐待という介護の闇
しかし道内の特養でまたもや恥ずべき虐待事件が発生した。

昨日事件概要がネット配信されたので、それを転載する。
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HBC NEWS 6/6 19:33ネット配信記事より
北海道函館市の高齢者施設で、元職員の男が、97歳の女性入所者の顔をひざ蹴りし、鼻を骨折させた疑いで逮捕されました。

傷害の疑いで逮捕されたのは、函館市日吉町の無職、石垣寛和容疑者27歳です。

警察によりますと、6月3日、石垣容疑者は勤務していた函館の特別養護老人ホームで、97歳の女性入所者の顔をひざ蹴りした疑いが持たれています。

女性入所者は、鼻の骨を折る重傷です。

施設によりますと、女性入所者は、重度の認知症で歩行が困難ですが、深夜、ベットから降りて這いずって、ホールに移動していました。

そこへ石垣容疑者が来て、ひざ蹴りをしたということです。警察の調べに石垣容疑者は「故意でやったことではない」と容疑を否認しています。(転載ここまで
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事件が起きたのは社会福祉法人函館鴻寿会・ケアステーションこうじゅ地域密着型 特別養護老人ホームこうじゅである。

文字リンクを張り付けた公式サイトには、今現在まで事件概要や謝罪文が掲載されていない。本来なら事件報道が出る前に、取材を受けた段階で経緯と謝罪を掲載すべきである・・・公式サイトが何のためにあるのかということも考えてほしい。

容疑者は故意の暴行ではないと供述しているようだが、施設側が防犯カメラの映像を確認したところ、同容疑者が居室を出ようとする女性を蹴る様子が写っていたとのことで、言い逃れはできないだろう。

認知症の人が深夜に這って徘徊することにイラついたのだろうか・・・しかしそれは利用者を膝蹴りして怪我をさせるという非道な行為に及ぶ理由にはならない。

密室化した夜間にこのような行為に及ぶ兆候は、この容疑者にはなかったのか、何を見逃していたのかという検証作業が不可欠だ。

そもそもこの法人・施設における、従業員の利用者対応はどうなっているのだろう。

日ごろからしっかり顧客に対するサービスマナーが徹底され、タメ口対応が行われていなければ、このような状態になるはずがないと思う。

そういう意味で、事件後にどういう対策がとられ、今現在、利用者対応がどのような状態になっているのかを確認したいところである。

介護事業経営者や管理職の方々には、この事件を対岸の火事と見ずに、自分の経営・管理する施設や事業所に、不適切対応と虐待につながる要素が見逃されていないかを考えるきっかけにしてほしい。

繰り返しになるが、虐待防止対策にはサービスマナー教育は不可欠であるし、そうした教育にやり過ぎはないのである。


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介護の社会化はいまだ遠い先



介護関係者であれば、介護の社会化という言葉を知らない人はいないだろう。

この言葉は1980年代を通して、介護の負担が多くの家族を苦しめていることが大きな社会問題になっていた際に盛んに使われた言葉である。

介護問題を個人の問題と放置せず、社会問題としてとらえ、介護の負担を個人や家族で抱え込むのではなく、専門的な介護サービスを皆の負担で(税や保険料で)確保していこうとする考え方である。

そのために新たな国の財政支出及び国民負担が増えたとしても、社会的に介護を保障することが必要だとする意見が90年代に急速に強まったのである。

その考え方が介護保険制度の創設につながったことは今さら言うまでもないが、当時の政治的流れなどを知らない世代が、介護関係者にも増えてきた。

当時のことを鮮明に記憶していない方や、経緯をよく知らない方々には是非、「介護保険・夜明けの雷鳴1」・「介護保険・夜明けの雷鳴2」・「介護保険制度へと続く道」・「介護保険制度誕生前に吹き荒れた嵐」という一連の経緯をまとめた過去記事を参照いただいて、介護保険制度ができるきっかえや経緯、その中での紆余曲折などの歴史を理解していただきたい。

リンクを貼った記事を読むとわかるように、介護保険制度の創設は、戦後初めて社会保障制度の抜本的改革が行われたという意味であり、大改革であったのだ。

だが介護保険制度創設から24年・・・来年は四半世紀を経る制度ということになるにもかかわらず、介護の社会化が実現したとは言い難い。
まだ険しい道のり
先週も次のようなニュース報道がネット配信されている。
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ABCニュース:関西ニュース(05/14 10:03 配信記事の転載)
大阪市で90歳の男性が首を絞められた状態で見つかり、その後、死亡が確認されました。警察は息子を逮捕していて、介護疲れが動機とみて調べています。

5月14日午前4時半ごろ、大阪市港区の理髪店で「父親が死んでいます」と消防に通報がありました。警察がかけつけたところ、店内で王森一民さん(90)が意識不明の状態で見つかり、その後、死亡が確認されました。当時、店内には理髪店を経営する息子の王森浩嗣容疑者(61)がいて、警察は殺人未遂の疑いで逮捕しました。

(近所の人)「仕事もあるし介護と両方1人でするのは大変だったのかなと。私らにできることがあれば」

王森容疑者は父親の一民さんと2人暮らしで、調べに対して「介護に疲れた」と容疑を認めているということで、警察は容疑を殺人に切り替えて調べを進めています。
ネット配信記事転載ここまで
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事件は決して介護放棄の結果、起きたわけではない。容疑者となった長男は、日ごろ自営の理髪店を切り盛りしながら、父親の生活全般の面倒を見ていたのだろう。61歳の男性一人でそのような暮らしを続けることは決して簡単なことではなかったと想像がつく。

被害者は介護サービスも利用していた模様で、毎週通所介護を利用していたという報道記事もある。そうであれば居宅ケアマネが担当していた可能性も高いし、訪問サービスなども利用していたのかもしれない・・・決して長男ひとりで、父親の介護負担を抱え込んでいたわけではないのだ。

にもかかわらず、「介護に疲れた」という理由で父親を死に至らしめてしまったケースである。このような悲劇をどう防ぐことができたのだろう。

本件のような事件が起きると、担当ケアマネや居宅サービス事業所の担当者が、主介護者の介護疲れなどの煮詰まった状態に気が付かなかったのかと非難されることもあるが、そうした状態に気が付くのは容易なことではない。

介護サービス利用者に接する機会が多くとも、主介護者に接する機会はさほど多くない。通所介護の送り迎えや、毎月のケアマネのモニタリング訪問の際にそうした機会があったとしても、心の弱さを他人に見せまいと取り繕う家族も少なくない。多少元気がない様子が見られても、日ごろ献身的に介護を行っている人が、このような事件を起こすなんてことを想定することは困難だ。

むしろ事件が起きるまで、そんなことが起こる兆候も見えないというケースがほとんどであり、関係者が気づかなかった責任を負う必要なんてないケースが多いのである。

だからと言って、こうした事件が起きたことは仕方がないと投げ出すようなことがあってはならない。

少なくとも介護関係者は、こうした事件が繰り返されないように何か対策ができないかと考え続ける必要がある。

主介護者が誰にも相談できずに煮詰まってしまわないように、心の底に巣くう思いを打ち明けられる関係性をケアマネジャー等が作るためにどうしたらよいのか・・・その方法にエビデンスはないので、あくまで個別の対策として、対象者の人となりを見据えて考え続けなければならない。

答えは見つけられなくとも、考え続けることや、想像し続けることをやめてしまえば、解決策は永遠に見つけられなくなることだけは間違いない。

そうした袋小路を創らないようにアプローチする責任が、社会福祉援助者にはあるのだと思う。

そういう意味で言えば、ケアマネジャーは自分はケアプランを作る人ではなく、相談援助の専門家であることを利用者や家族にアピールして、どんな時でも、どんなことでも相談を受けられるような関わり方をしなければならないと思う。


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函館の特養における虐待報道に触れて



今年度の介護報酬改定では、ほぼすべてのサービス横断的に高齢者虐待防止措置未実施減算が新設されており、それは我が国の介護事業者の民度の低さの象徴ではないかということを先月論じた記事を書いた。(参照:虐待防止措置未実施減算が新設されたという恥

そんな折も折、残念なことに道内・函館市の特養で虐待が行われていたとの報道がされた。NHK 北海道 NEWS WEBに昨日配信された記事の内容を下記に転載する。
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NHK 北海道 NEWS WEB 5月14日 19時48分配信記事
ことし3月、函館市の特別養護老人ホームで、入所者の体に複数の不自然なあざが確認され、虐待が行われた可能性のあることがわかりました。市が関係者から聞き取りを行うなど詳しく調べています。

市が調べているのは、函館市釜谷町にある特別養護老人ホーム「潮寿荘」です。
関係者への取材や情報公開請求で入手した資料によりますと、ことし3月、この施設に入所する86歳の女性の胸や脇の近くに打撲の痕のような複数のあざが確認されていたことがわかりました。
施設側の聞き取りに女性は、特定の職員の名前を出し、「この人の介助はもう嫌だ」などと訴えたということです。

市は女性がみずからぶつけて出来るあざではないことなどから、特定の職員が夜間や早朝などに虐待を行った可能性があるとみて詳しく調べています。

また、この施設では去年10月、職員が夜勤中に酒を飲み、入所者に決められた量の薬を与えないなどずさんな介護を行った上、その事実を同僚と口裏合わせをして隠そうとしていたこともわかり、市は、十分なケアをしないネグレクトの疑いでも調べています。

特別養護老人ホーム「潮寿荘」の柏原美之施設長は、NHKの取材に対し、「関係者に謝罪を行うとともに、防犯カメラを導入するなど再発防止策を検討しています。市の調査には協力していきます」と話しています。(転載ここまで
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虐待が行われた潮寿荘
※画像は虐待が起きた特別養護老人ホーム「潮寿荘」
本件の虐待の半年前には、夜勤者2名が飲酒していたという。これは普通の職場では考えられない大事件で、コンプライアンスに重大な欠陥のある職場と言われても仕方ないだろう。

事件を起こした特別養護老人ホーム「潮寿荘」の母体である社会福祉法人 戸井福祉会の公式Webを見ると、この特養は入所定員50人+ショート定員2人となっている。すると前年度の入所+ショートの利用者平均が50名以下であれば、夜勤者は2名でよいことになるが、その2名の夜勤者が酒を呑んで業務放棄していたということだ。

これはネグレクトというより、もはや職場放棄であり、懲戒免職とすべき由々しき問題である。そのような勤務実態があるということは信じがたいことで、法人内で由々しき事態として改善の取り組みを行っていることと思うが、いったいどうのような改善策がとられてきたのか・・・。

普通の職場ではあり得ないひどい勤務実態があったということは、この施設の職場風土が乱れに乱れていたと云わざるを得ない・・・これほどの重大事件が起きるような職場の意識と環境を改善するためには、相当の覚悟を持った大手術が必要である。

そのような中で今回さらに利用者の身体にあざを創るほどの虐待行為が繰り返されたということは、半年前の事件を踏まえた意識と環境の改善策が十分取られていなかったということになり、この法人の意識の低さは非難されてしかるべきだろう。

現時点で社会福祉法人 戸井福祉会の公式Webには、昨年10月の飲酒事案をはじめ、今回の虐待経緯や謝罪文を載せていないことも当事者意識の低さをあらわすものと言わざるを得ない。

取材に応えている施設長の口にする虐待再発防止策が「防犯カメラ導入」であるというのも情けない・・・監視体制の強化でしか虐待を防止できないというのか・・・このような対策が一番に口にされるという状態である法人は、社会福祉法人の体をなしていないと思う。

もう一度社会福祉法人 戸井福祉会の公式Webを読んでみると、ここには『人間愛』が一番の理念に掲げられている・・・空しい看板である。

昨年のネグレクト疑い事案から、今回の身体への暴力が疑われる虐待という経緯を考えた場合、法人理事長・施設長という両トップの責任は重たい。お詫びして終わりでは済まされないケースだろうと思う。

このような職場を正常な状態に戻すには多大なエネルギーを要する。何より入所者を顧客と意識して接するサービスマナー教育が必然である。それも実効性のある、実務に生かせるマナー教育でなければならない。

全ての介護事業関係者は、こうした事件を対岸の火事として眺めるのではなく、自らの職場をこうした劣悪な職場にしないために、日ごろから従業員に対してサービスマナー研修を行っておかねばならない。

そのことが利用者の人権と尊厳を護る対応に繋がっていくのである。少なくともサービスマナーが徹底された職場で、虐待が起こることはないのである。


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隠ぺいは事業者を護らない



今月11日に更新した、「虐待防止措置未実施減算が新設されたという恥」でも書いたが、介護サービスの場で高齢者が虐待されるケースが後を絶たない。

本来、人の暮らしを護るはずの介護事業者が、人の暮らしを壊し、人の心を殺している実態が「高齢者虐待防止措置未実施減算」という恥ずべき費用減算を新設させた背景にあるということだ。

残念ながら大型連休を前にして、そうした恥ずべき虐待行為が新たに明らかとなった。

今月22日滋賀県は、野洲市にある特別養護老人ホーム「野洲篠原すみれ園」の運営法人に対して5/1〜1年間新規利用者受け入れ停止の行政処分を言い渡した。

この施設では、2023年の10月までに施設の介護スタッフ3人が入居者12人に対して、叩いたり、押さえつけるなどの虐待が15件もあったことが確認されており、その行為とは下記のように報告されている。
・利用者の顔や腕をたたくなどの身体的虐待
・利用者が介護を求めても「あなたの体が悪いから」と暴言を吐いて介護をしない心理的虐待


それだけではなく施設長はこうした介護スタッフの虐待を認識していたにもかかわらず、市に報告をせず、虐待による内出血のあった入居者の家族に対して「事故が原因だった」と虚偽の説明をし、虐待を隠蔽していたそうである。

今日の情報社会で隠ぺいは通用しないし、悪をはびこらせる結果にしかならないことに、なぜ気が付かないのだろう。

報道によると隠ぺいの理由は、「市から指導を受けたあとも、連続で虐待が発生し言いづらくなって隠ぺいした」というものだ・・・まったくガキっぽいとしか言いようがない理由である。

こうした人物が特養のトップを担っているのだから、利用者の尊厳をも護るなんてことはできないだろう。

この施設の公式サイトには、「心のこもったおもてなしをぬくもりのある空間で安心して暮らせる自分らしい暮らし」という理念が掲げられているが、それは皮肉にしか思えない・・・看板に偽りありといったところだ。

同サイトにはお詫びとお知らせ【不適切なケア及び法令遵守体制についての状況と改善策】が掲載されているが、ここでは隠ぺいの事実は載せられていない。当然そのことの反省や改善策も書かれていない。隠ぺい行為自体をなかったことにしたいのか・・・。

隠ぺい工作を行った施設長は、理事を解任されただけで、異動して終わりである。当該法人の別施設でトップを務めているのだろうか・・・本来なら解雇が最もふさわしい処分ではないのか?

虐待当事者は刑事責任も問われる可能性があるのだから、そうした行為を隠蔽した当事者には、もっと重たい処分を課すべきだと思う。

行政処分については、利用者の不利益を考慮して指定取り消しにはならなかったが、1年間の新規利用者の受付停止は経営に相当な打撃を与える。

特養の場合、年間退所者は平均2割程度だろう。この施設は100名定員だから20人強の退所者が出ることが予測されるが、そのベッドが埋められないということは収入的には大打撃である。物価高に対応したプラス改定がなかったことを考えるとかなり痛い・・・しかも処遇改善加算は、収入に対する加算だから、この施設ではその算定額も大幅に減ることになり、そのために従業員はもっと給料が高いところに転職してしまう可能性もある。

どちらにしても施設経営に大きな影響が出る問題だ。だからこそ経営者や管理職は、こうした虐待が起きないように、その予防策に真剣に取り組む必要があるのだ。

では、こうした虐待をなくすためにはどうすればよいのだろう。

高齢者虐待防止措置未実施減算が適用されないためには、 従業者に対し虐待の防止のための研修を定期的に実施することとされている。少なくとも年度ごとにこうした研修を行わねばならないわ毛であるが、「虐待をしてはならない」ということ自体は誰しもがわかっているわけである。

そうであればこうした研修で、虐待予防効果が期待できるようにするためには、その内容が問題になる。単に虐待行為を挙げて、そうした行為をしてはならないということに留まるような研修では意味がないということだ。

日常の介護の在り方や、その考え方が問題になることを強く意識し、どんな行為が不適切ケアに結びつき、それがどのようにして虐待行為に発展するのかということを、過去の具体例から示したうえで、そうした行為に繋がらないための考え方・職場環境の整備について具体的に示す必要がある。

しかもその具体策とは、「頑張らなくともできること」・「日常の業務の在り方をほんの少しだけ変えれば実現すること」でなければならない。

従業員全員が毎日必死に頑張らねばできないことなど実現しないからだ。

さらに一度虐待が起きてしまえば、どのような状態になるのかも、過去の例を紐解いて明らかにせねばならない。

僕は、そうした実効性のある「高齢者虐待防止講演」を全国各地で行っているので、是非講演希望の連絡を入れてほしい。

まずは問い合わせだけでも構わないので、あかい花公式サイトの右上の✉マークをクリックしてメール連絡してください。


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訪問介護員の絶滅に拍車をかける事件



訪問介護員の募集に応募がなく、利用者がいるのにサービス提供できるヘルパー人材が居ないために訪問介護事業所が閉鎖されるケースが相次いでいる。

このように訪問介護員の成り手が枯渇している現状は、「絶滅危惧職種の懸念で基盤が揺らぐ地域包括ケアシステム」でも解説し、そもそも若い人は訪問介護員という仕事を選ばないので、ヘルパーの9割以上が40代であるという問題があることを指摘した。

これは待遇の問題だけが原因ではない。密室化せざるを得ない利用者宅で、1対1の関係で向かい合って臨機応変の対応を求められる訪問介護という仕事には、「人をあしらう」というある程度人生経験が必要な対応が求められるという理由もあろうと思う。

若い女性なら要介護者であったとしても、男性利用者と1対1で対応することに不安を感じる気持ちは容易に理解できる。ましてや対応する利用者や家族が、威圧的な対応をとる人であればなおさらだ。

だからこそ事業者としてカスタマーハラスメントを許さないという毅然とした対応と、それを予防するシステムの構築が求められるわけである。
※2021年基準改正で、介護事業者のハラスメント対策が義務化された際に、カスタマーハラスメント対策もそこに含まれることになったのは、訪問介護員への利用者の暴言・暴力が問題になったからである。

しかし、そうした対応をとっても防ぐことが不可能な問題もある。そんなことを考えさせられる事件が先週引き起こされた。
訪問先でヘルパー刺される
横浜市港北区で16日、利用者宅を訪問した60代の女性ヘルパーが、利用者の息子に包丁で腹などを複数回刺されるという事件が起きている。

幸いヘルパーは軽症で済んだが、「家に入ったらいきなり刺された」と証言しており、ヘルパー業務のために利用者宅に足を踏み入れた瞬間、理由もなく襲われたらしい・・・これでは自分の身を護りようもない。

事件当日、路上で凶器を持ったまま逮捕された容疑者は、「なんでやったかは答えられない」と動機を語っていない。もしかしたら精神疾患があったのではないかとも疑われる。

こうした事件に対して、訪問介護事業者がとり得る対策はあるのだろうか・・・ヘルパーに対してどのように注意すべきか悩む問題でもあり、防ぎようがないと云わざるを得ない。

こうした事件が起きると、利用者宅に訪問するのが恐ろしくなって、ヘルパーを辞めようと考える人が出かねない。

ヘルパー以外の介護関係者も、自分の家族がヘルパーという業務を行っていたら心配になるのではないだろうか・・・自分の子が介護の仕事をしたいといっても、ヘルパー業務だけは避けてほしいと思う人も出てくるかもしれない。

さらに訪問介護のヘルパー業務を忌避する人が出てくるだけではなく、小規模多機能居宅介護などの訪問サービスに従事することも避けたいと思う人が出てくるかもしれない。

そうなれば地域包括ケアシステムは崩壊の一途を辿らざるを得ない。

どちらにしても恐ろしい事件で、こうした事件によってヘルパーの成り手がまた少なくなる恐れもある。

そういう意味では、ヘルパー絶滅に向けたカウントダウンの時計の針を早める事件が起きたと言えるのではないだろうか。


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通所介護送迎事故の報を受けて



先週、通所介護の送迎中に死亡事故が発生したというニュースが流された。事故概要は以下の通りである。

先週金曜日(4/12)の午後5時ころ、茨城県八千代町平塚の県道で、同町の社会福祉法人紬(つむぎ)会の「デイサービスセンターじゅげむ」の送迎車が、道路脇の住宅の塀と電柱に衝突した事故では、同乗していた利用者の女性(92歳)が下大静脈損傷で死亡したほか、70〜92歳の利用者5人が両足を骨折するなどの重傷を負い、介護士の女性(23)と運転手の男性(69)が打撲などの軽傷を負ったという。

事故現場は片側1車線の直線道路で、送迎車は走行中突然センターラインを越えて右側の塀に突っ込んだという。(※下記画像は当該事故車両と事故現場
茨城県八千代町通所介護じゅげむの送迎車事故
この事故を起こした社福法人は、公式サイトで、4 月12日 八千代町平塚でのデイサービス送迎車の事故について というお詫び分を掲載している。

ここでも書かれているが、事故原因については現時点で調査中であるとのこと。その原因がわかる前に、まずは世間一般に向けて謝罪文を公式サイトに掲載していることは、できる限り真摯に対応しようという姿勢の表れではないかと評価して良いと思う。

公式サイトがあるにもかかわらず、事故に即応して情報を流さないこと=当事者意識に欠けるとされ、それは即ち隠蔽体質につながりかねないと揶揄されるような世の風潮なので、こうした情報発信をリアルタイムで行うように努めることは重要だ・・・今後の事故再発に向けた事故原因の特定などの情報発信にも心掛けてほしいものである。

現在までの報道では、事故原因は運転手の体調不良である確率が高まっているようだ。

14日の毎日新聞ネットニュースは、事故原因につながる要素として、次のような取材内容を掲載している。
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紬会によると、運転中に運転手の意識がもうろうとなり、同乗していた介護士が「止まりましょう」と声をかけたが、その直後に事故を起こした。出発前に運転手は「調子が悪い」などと話していたが、同会は「健康診断でも問題がなく重大な疾病はなかった」としている。複数の目撃者によると、運転手は事故後、路上に倒れ込んで嘔吐(おうと)していた。
※毎日新聞ネットニュースより転載
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当該事故を起こした送迎車の運転手の年齢が気になるところだ・・・。介護人材不足は、介護職員の数が足りないだけではなく、介護事業に携わる様々な職種の数が足りない状況を生んでいるが、通所サービスの運転手も例外ではない。

その為、運転専門の従業員として、一度定年でリタイヤした高齢者を雇用している通所サービス事業所も増えている。そうした事業所はこの事故のニュースを対岸の火事と眺めている心境ではないだろう。

昨年9月にも、さいたま市の通所介護事業所敷地内で、明らかに加齢による認知機能もしくは運動機能の低下に起因すると思われる死亡事故が起きている(参照:高齢者を送迎ドライバーとして雇用するリスク

今回の事故も高齢ドライバーの体調不良ということではないのかが問題だ。

それにしても送迎運転前に、「調子が悪い」と運転手が訴えた際に、「今日は運転を休みましょう」と諭すなり、運転をしないよう指示する勇気がなぜ事業所側になかったのか・・・それが残念でならない・・・それができていれば92歳の女性利用者の命は奪われることはなかったのである。

その事実は重たい・・・だからこそ、運転手がいつもと違う体調を報告し、その場合は送迎運転を行わないというルールなりシステムを創るべきである。

そのために運転前のチェックは、義務化されたアルコールチェックだけではなく、体調チェックも重要であり、特に高齢者をドライバーとして雇用している場合は、ドライバーのバイタルチェックも必要であると認識を改めてほしい。

すべての通所サービス事業者が今回の事故の教訓として、こうした対策をおざなりにしてはならないことを再認識し、事業者内でそのルールの確立を急いでほしい。


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虐待死亡事件の背景にあるもの



僕は複数の出版社から自著本を上梓しているために、プロの物書きとみなされることがある。

今現在も毎月、原稿料収入を得ていることから考えても、そうした見方は間違っていないし、場合によっては作家と名乗っても詐称ではないのだろうと思う。

そんなこともあってか、最近は介護業界誌のみならず、一般の週刊誌等から執筆依頼を受けることがある。週刊○○と聴いてピンとくるような雑誌に、ひそかに記事を書いていたりする。(※おそらく多くの介護関係者は、僕がそのような記事の執筆者であることに気が付いていないだろう

それは当然介護に関連した記事であり、介護業界の内部事情を知る立場の物書きとして依頼を受けるわけである。
虐待介護という闇
例えば介護事業における虐待死亡事件・・・その背景に介護業界の古い体質や因習が存在するのではないかという問題。一見普通の人に見えたり、良い人と評価されている人が、密室化された介護事業所の中で、悪魔のように人を傷つけ命を奪う理由・・・そんなことに切り込んだ記事を数件書いている。

当然そうなると取材が必要になる。裏をとらなければ書けない問題も多いからだ。勿論その際は、原稿執筆料とは別に取材費もいただいて仕事を受けることになる。

そうした取材を行うと、新聞やネットニュースの虐待報道が、いかに表面をなぞった浅い報道でしかないことが見えてくる。そこには表面化した事実はあっても、事件の真相や真実はほとんど存在していない。

昨年、某地域の特養で、利用者の背中を車椅子の背もたれ越しに蹴り、内臓破裂で死に至らしめた介護職員がいた。

内臓を破裂させるほどの強い力で利用者を蹴り殺した男が口にする犯行動機は、「忙しいときにいろいろ頼まれて腹が立った」というものである。介護職員は利用者に頼んでもらってなんぼの仕事ではないか・・・それにいちいち腹を立てて、蹴るという野蛮な行為に及ぶ理由が、単純に利用者の言動に腹が立ったというだけなのだろうか・・・。

果たして被告はどのような人物だったのだろう。

事件直後、当該施設の事務長等は新聞社の取材に対し、「被告は勤務態度は良好で、仕事ぶりも評価されていた」と答えていた・・・そういう人物がなぜ、利用者を蹴り殺すほどの非常な行為に及んだのか・・・。

しかし取材して見えてきたものは、事務長が口にした評価とは異なる被告の姿である。被告の勤務態度が良好であったという評価とは、単に決められた仕事がそつなくこなせるという意味にしか過ぎないことが分かった。

上司や同僚に取材を積み重ねて見えてきたものは、被告の利用者に対する顧客マナーに欠けた日ごろの態度である。

利用者が手を差し伸べてほしいと訴える声を無視したり、ナースコールに応ずる際に荒々しく対応したりする行為もあったらしい。被告の利用者に対するタメ口や舌打ち、下品な声かけは周囲の従業員の耳にも入り、それをストレスと感ずる同僚も存在していた。

しかしルーチィンワークは滞りなくこなせる人物であったために、そのことを注意してへそを曲げて辞められたら困るという意識が上司をはじめ、周囲に広がっていたのである。

つまり本件は、タメ口や節度のない対応に対する注意や指導が行われないまま、業務をこなせることだけを評価した成れの果てに起こったものであると結論付けられる。

このように辞められることを恐れて注意ができないというケースは数多く耳にする。しかしその状態は、本件のような事業継続を危うくするような事件の原因にもなるし、そうした職員の態度を放置しておくことは、志の高い職員をバーンアウトさせることにもつながりかねない。

サービスの品質などそこには存在しなくなるだろう。

そもそも不適切な勤務態度に対して、注意も指導もしない結果、それで人材が充足した事業者がっ存在するのだろうか・・・そんな事業者があるということを、僕は一度も耳にしたことがない。

正当な指導に腹を立てて辞める人物は、そこに必要がない人物なのである。辞めてくれればラッキーなのだ。

そういう経緯を積み重ねて、志が高い人材が定着することによって、はじめて人材は充足するということを忘れてはならないのである。

そして顧客に対するサービスマナー意識のない従業員は、本件のような事件をいつ引き起こさないとも限らないし、そうした従業員の態度を放置し許しておく介護事業者は、そのしっぺ返しとして、社会的・道義的責任を負うということを理解せねばならない。

従業員にサービスマナーを浸透させない場所で、利用者の人権を護るという意識など生まれないのである。それはもう対人援助とは程遠い、人権蹂躙の密室と言わざるを得ない。


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介護人材争奪戦を勝ち抜く差別化



先週からこのブログの中でお知らせしている、函館市の特養における身体拘束に関連して続報が入ってきた。(参照:身体拘束は虐待ではないと強弁する恵山恵愛会・理事長 ・ その点滴や経管栄養は本当に必要なのかという視点

函館市の特別養護老人ホーム「恵楽園」で職員が一部の入居者に不適切な身体拘束を行っていた問題に関し、この事実を同市に内部通報したことを理由に違法に懲戒解雇されたとして、元職員の女性が施設の運営法人を相手取り、慰謝料など165万円と職員としての地位確認などを求める訴訟を函館地裁に起こすそうである。

女性は昨年10月、同施設で入居者のベッドを柵で囲うなどの身体拘束が日常的に行われていることや、職員が入居者に「くたばれ」「死ね」といった暴言を吐いていたことなどを同市に内部通報した。その後、同法人に退職を勧められ応じなかったところ、同12月に「施設利用者や同僚にハラスメント行為を繰り返した」と身に覚えのない理由で懲戒解雇されたという。

当初この法人の理事長は、身体拘束を行ったのは人手不足が原因で、虐待の意識はなかったと強弁していたが、職員が入居者に「くたばれ」「死ね」といった暴言を吐いていたことが事実であるとしたら、身体拘束もそうした虐待行為の成れの果てという意味でしかないように思う。

そもそも人手不足を身体拘束の理由にすること自体が理解できないが、人手が足りないからこうした不適切な状態になったということではなく、利用者の人権や尊厳を護ろうという意識がない場所で、不適切行為が虐待に発展しているからこそ、そこに人材が集まらなくなり、さらにサービスの質が下がるという負のループが生まれているのではないのだろうか・・・。

そのようなニュースが報道された折も折、今朝の北海道新聞・朝刊では、「介護施設人材争奪戦」と題する特集記事が書かれており、カフェのような職員休憩室や、長期間のリフレッシュ休暇などの多様な特典で、職員を囲い込む取り組みなどが紹介されている。
カフェ風職員休憩室
労働環境をより良くしていく取り組みは必要だろう。他の介護事業者との差別化を図っていかないと、人材が張り付いてこない時代であることにも異論はない。

しかし休憩室の環境改善は、いずれその環境に慣れてしまえば特段の魅力とは言えなくなるのではないだろうか。そもそもそうした環境づくりは、やろうと思えばどこの事業者でも取り入れられることだ。大きな差別化にはならない。

長期間のリフレッシュ休暇取得を喧伝して、応募者が一時的に増えている介護施設のオーナーが自己満足している事例は多いが、長期的にみるとそれらの施設の人材不足は解消するどころか、深刻化していることが多い・・・休暇取得ができるという一面は、休暇をとっていない期間中に、休暇取得者の仕事をカバーしなければならないということに繋がり、逆に過重労働となってしまうのである。

それは介護バーンアウトの一番の原因と直結していく。

そうしない方法で、より他事業者との差別化を図って、人材が張り付く方法を考えるならば、対人援助という仕事に携わろうとする動機づけとリンクした考え方が求められる。

職業として介護を選ぶ人が何を求め、逆に何に挫折するかを考えた対策である。

他産業より平均賃金が低く、労働環境も決して良くないと言われる介護事業で、『働きたい』という動機づけとは、人の役に立って社会に貢献したいという動機づけである。

そんな若者が就職先で、先輩職員が利用者を物のように扱い、介護ではなく作業を機械的にこなす姿を見て、「介護という職業は、人の役に立つ仕事ではなかった」といって辞めていくのである。

先輩職員の利用者に対するタメ口や罵りのような汚い口調に、ストレスを感じて辞めているのである。

逆に言えば、利用者に対するサービスマナー意識が浸透し、言葉かけや対応が丁寧な職場を、志が高い若者は求め、そういう職場で働きたいと望んでいるのだ。

そうであれば、徹底的にサービスマナー教育を行い、それを基盤に利用者の人権と尊厳を護ることが、本音で行われている職場づくりをすることこそ、有能で将来法人の財産となり得る人財が張り付き、定着する職場になるのである。

職場全体で利用者の人権意識を高め、サービスマナーを徹底することで、ホスピタリティ精神を育む職場づくりは、口で言うほど簡単ではなく、そのハードルは高い。だからこそ実現できれば大きな武器になるし、他の介護事業者との大きな差別化につながるのである。

そうした環境づくりのための、サービスマナー教育のお手伝いもしているので、ご用命のある方は是非気軽にメールで連絡してほしい。まずは気軽に問い合わせから始めてもらいたい。

メールは公式サイトの右上の📩マークをクリックしていただきたい。


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その点滴や経管栄養は本当に必要なのかという視点



僕は今、富良野行きの列車の中でこの記事を更新アップしている。今朝8:25に東室蘭駅を経って、札幌と旭川で列車を乗り換えて、最終目的地に向かっている最中だ。

今日と明日の2日間、中富良野町の特養の職員研修として、「虐待を予防し、身体拘束をしないケア」をテーマにした講演を行う。(参照:masaの講演予定

その講演を前にして、タイムリーな話題といっては失礼だが、道内函館市で不適切な身体拘束が行われていたことが発覚し、「身体拘束は虐待ではないと強弁する恵山恵愛会・理事長」という記事を書いて批判した。

この記事を書いたその日に、事態は再び動いた。

身体拘束は虐待ではないと強弁していた恵山恵愛会の菅龍彦理事長が、そのインタビュー映像が流された翌日に記者会見に応じ、「短時間ならよいという甘い考えがあった」と述べたのである。一応の謝罪といってよい。

だが同時に、職員が新型コロナに感染して人数が減り、「こういう対応をせざるを得なかったというのがあったと思う。人手不足の中(身体拘束をする際は同意を得るなどの)手順を飛ばしてしまった」と語るなど、言い訳がましい会見に終始している。

事の重大さを理解していないとしか思えない。「私自身が利用者、職員とのコミュニケーションを取ることが必要。事例の周知や外部研修への参加を促したい。信頼を取り戻してもらえるよう、地道な努力をしていきたい」と語っているが、本当にこうした人物の元で、人権を尊重するケアが実現するのだろうか・・・大いに疑わしく思う。
恵山恵愛会の菅龍彦理事長
※画像は、シーツを体にまいた身体拘束について記者に説明する恵山恵愛会の菅龍彦理事長

しかし介護関係者の中には、「身体拘束はゼロを目指している。ただ、人手不足が深刻化する中(恵楽園の件は)理解できないわけではない」とマスメディアのインタビューにコメントする輩もいる。

なんでも人手不足のせいにして有りとする考え方は、人権侵害をもたらすこともやむを得ない場合があるという誤解や意識低下を助長するだけで、マスメディアに向けてこうした発言をすることは軽率すぎると思う。こうしたコメントをするや輩は知性が足りない・見識が低いと言わざるを得ない。

勿論、やむを得ない身体拘束はあり得る。しかしそれは人手不足に対応するものではなく、切迫性・非代替性・一時性の3要素が備わって緊急やむを得ず行うことが認めらえているだけだ。人手が足りないなら、ベッドの一部を休止するなど、不足に対応してできるサービスを考えるのが先である。

切迫性・非代替性・一時性の3要素が備わって身体拘束を行わざるを得ない行為の代表的なものは、経験栄養や点滴のチューブを引き抜く行為だろう。この行為を注意して止めてくれる人はいないため、やむを得ず一時的に手を縛る拘束などが行われる。

しかしそれは本当に必要な経管栄養や点滴なのだろうか?老衰は自然死なのである。その自然死に向かっている人に、経管栄養や点滴は必要がないだけではなく、かえって苦しめる要素にしかならないことは、このブログで何度も指摘している。不必要な点滴で痰を作って、その痰を吐き出せずに苦しむ人が、さらに喀痰吸引によって苦しめられながら終末期を過ごして、そのままの状態で死んでいく・・・こんな悲惨な死があってはならないのだ。

終末期以外の経管栄養にも、不必要なものが少なくない。医療機関から特養に入所してくる人で、どうしてこんな人が経管栄養で栄養補給させられているんだろうと首を傾げるケースに何例であったことか・・・それはまるで看護師の食事介助の手間を省くためだけに、経管栄養にさせられているとしか思えない状態である。

僕が総合施設長を務めていた特養でも、入所時から胃瘻造設しており、胃ろう部をいじる行為が頻繁に見られた方がいた。その方については日中の活動性を高め、離床して胃ろう部に意識が向かないよう、洗濯物畳みなどを手伝ってもらうなどしたことに加え、医師に相談し看護職員が摂食機能訓練を行うこととした。すると訓練実施から2月後に全粥・ソフト食が食べられるようになった。

今日と明日は、こうしたケースをいくつか紹介して、身体拘束をしなくてよい知恵を授けてくる予定である。

職員研修は、このように具体的に実践できる内容を伝えなければ意味がない。

ということで徹底した実践論・実務論を学びたい方、職員に学ばせたい方は、是非気軽にメールで連絡してくれると対応できる。まずは問い合わせから始めてください。連絡お待ちしています。

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特養・浮間こひつじ園入所者殺害事件の判決に思うこと



一昨日、道内滝川市で虐待防止研修講師を務め、昨日自宅に帰ってきた。

我々の介護事業から虐待・不適切サービスをなくしていかない限り、介護事業に闇がつきものとなる。そしてその闇に覆われるのは、我々の子や孫といった身内になるかもしれない・・・いや、もしかしてその闇に絡みとられるのは将来の自分なのかもしれない。

決して他人事ではない問題として虐待防止に取り組んでいかねばならない。

ところでこの問題に絡んでは、昨年末の慌ただしい時期に、介護施設の中で起きた虐待殺人事件の判決が下っていたことに気づいた方も多いだろう。今日はその時思ったことを改めて書き綴ってみようと思う。

2022年9月、東京・北区の特別養護老人ホーム浮間こひつじ園で、夜勤中に入所者の92歳の女性を暴行して殺害した罪に問われた施設の元職員菊池隆被告(51)に対し、12/15東京地方裁判所は懲役17年の判決を下した。

この事件概要については下記のリンク先を参照いただきたい。
(参照:夜勤専任者が指名手配された特養の評判とその教訓
浮間こひつじ園入所者殺害事件
判決で裁判長は、「安心して生活できるはずの施設で殺害に及んだことは、非常に強く非難されなければならない」として判決理由を述べている。

さらに、「介護職員は利用者の理不尽な言動をある程度は受け止め、感情的になっても自分を抑える心構えが求められる。利用者が安心して生活できるはずの施設で適切に介護する立場にありながら殺害に及んだことは、非常に強く非難されなければならない」と戒めてもいる。

至極当たり前の判断であり、的を射た指摘であろうと思う。「理不尽な言動をある程度は受け止める必要がある」としていることに反発を感じる人も居るかもしれないが、そうした指摘も真摯に受け入れる必要がある。

私たちが向かい合う利用者の中には、認知機能が低下している方もいるし、感情をコントロールできない人も居られる。

私たちは対人援助のプロとして、そうした方々に向かい合い、利用者の方々の感情に巻き込まれない統制された情緒関与の原則※援助者は自分の感情を自覚し、利用者の感情に引きずられることなく、自分の感情をコントロールして援助する)を貫き、自らの感情をコントロールして冷静に対応する姿勢が求められているということだ。

間違えてはならないことは、暴力や暴言がある利用者に、職員が怒りの感情を持ってはならないという意味ではないということだ。

対人援助のプロといえど感情を持った一人の人間である以上、何らかの理由でサービス利用者に対して怒りの感情を持ってしまうことはあり得ることだ。自然と湧きあがってくる怒りの感情は抑えようがないし、そもそも何かに対して怒るということは人間として極めて正常な反応である・・・そのこと自体は認めてよいのだ。

怒りや悪感情を抱かないようにすることは不可能なのである。人は万能の神ではないのだから・・・。

しかし我々は対人援助の場で、様々な人々に関わる専門家であるのだから、相手の感情に巻き込まれたり、自らの感情のままに利用者をも着込んではならないのだ。よって利用者に対して自分が抱いた感情をストレートにぶつけて良いわけがないのである。

援助すべき対象者に抱いた負の感情が、対人援助という業務に影響を与えては困るわけなのだから、その感情をうまくコントロールしてお客様に失礼がない対応に終始しなければならないのである。

そうであるがゆえに、自分がどのような時に、利用者に対して怒りの感情を覚えるのか、悪感情を抱くのかということを、自分自身が自覚して、日頃からその傾向を知ろうと務めることが求められているのだ。それが「自己覚知」である。それによって我々は自身の感情をコントロールすることが可能になるのだ。

対人援助のプロとして利用者に接するためには、私たちが対人援助・介護サービスを通じて生活の糧を得ているということを強く意識し、利用者は顧客であり、顧客に対するサービスマナー意識は常に欠かせないものであるという意識を持つことだ。

介護事業経営者や管理職は、このことを常日頃から職員に対し教育しておかねばならないのである。

浮間こひつじ園の経営母体である社会福祉法人千葉育美会は、2023年6月16日付で「再発防止のための改善計画のご報告」を公式サイトで公開している。

しかしその内容を読むと、うわっ滑りの形だけの虐待防止策にしかすぎないように思える。顧客対応とか、サービスマナー意識という言葉は皆無であり、改善状況報告とか研修実施・ガイドラインの整備という内容でしかない・・・本当にこれで二度と同じ事件を起こさないと確証が得られるだろうか。

僕はここに書かれている研修内容も含めて、大いに疑問を持たざるを得ないし、今後の懸念はぬぐえないと思う。

それにしても判決を受けた被告・・・満期まで受刑したら出所するのは70歳目前となる。その後の人生も随分生きづらいものとなるだろう。ある意味、事件を起こしたことによって人生が詰んだと言われても仕方ない状態ではないのだろうか。

対人援助の場に関わっている人すべてが、こうした事件の加害者のその後の人生も悲惨なものとなるという教訓を得て、そうしたことを決して起こさないように強く胸に誓ってほしいものである。






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元日早朝に起きたサ高住での暴行死



今年は元日に能登半島地震という大災害で幕を開けた感があるが、その地震が発生する前に、北海道では介護事業所内でまたぞろ虐待死事件が起きていた・・・。事件概要は以下の通り。
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今月1日早朝、札幌市南区澄川のサービス付き高齢者施設「リーフィール澄川ヒルズ」で、94歳の入所者の女性に暴行を加えけがをさせたとして、介護職員・藤井孝輔容疑者(29歳)が14日逮捕された。

藤井容疑者は、今月1日午前5時ごろ、勤務する札幌市南区入所者の94歳の女性に対し、額を殴るなどの暴行を加え、けがをさせた疑いが持たれている。

女性は8日に施設で心肺停止となり、その後、運ばれた病院で死亡が確認されたが、司法解剖で外傷性ショックが死因とわかり、藤井容疑者の暴行が判明したという。

警察は傷害致死容疑を視野に調べを進めているそうだが、取り調べに対し藤井容疑者は、女性を殴ってけがをさせたことを認めているという。
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介護事業者で従業員が利用者に暴力をふるって死に至らしめた事件は、昨年も複数起こっている。

仮に死に至らしめることがなかったとしても、介護事業者内で利用者に対して暴力をふるうという行為は決して隠すことはできないし、その行為によって自分の人生を狂わせかねないことは誰しも理解できるはずだ。

それなのになぜこのような事件が続くのだろう。己の一時的な感情に任せて、後先を考えずに突発的な行為に及ぶなんてことは、まともな大人として成熟していないとしかいようがない。

だからといって、こうした行為をなくすために、アンガーマネジメントみたいな技法に走ってもしょうがない。

そんなことよりもまず、対人援助という仕事が人間尊重の価値前提に基づいて提供されるサービスであるという根本を理解できるような教育と共に、同時に私たちが向かい合う利用者は、れっきとしたお客様であるという意識を強く植え付け、タメ口対応が親しみやすさの表現であるなんて言う誤解を与えない教育が大事になるのである。

虐待は悪だ・・・虐待はしてはならない・・・そんなことは云われなくとも、誰しもがわかっていることだ。そうであるにもかかわらず、自分が虐待当事者だということが明白にされるような状況で、なぜ虐待行為に及ぶのかという根本を考えなければならない。

対人援助の価値前提や、顧客に対するサービスマナー教育を行っても、その考え方についてこれない人間や、理解しようとしない人間は、対人援助サービスに関わらせてはならない人なのである。

犯行の舞台となったリーフィール澄川ヒルズの公式サイトにアクセスすると、「その人らしい、暮らしを支える」なんていうくだらない理念が掲げられている・・・こんな昭和の遺物のような理念を掲げているから駄目なのだ。

そもそもその人らしさって何だ?意味不明瞭で、これでは理念が達せられているか測定不能で、達せられる方向に向かっているのかさえも不明確になるではないか・・・もっと顧客対応にふさわしい理念づくりをしないと事件は繰り返される。(参照:家庭的・アットホームという理念は昭和の遺物

このような事件が立て続けに起こると、介護事業に対する社会全体の信頼と信用が大いに揺らいでいく。その結果、国費をかけてまで残さねばならない事業なのかという論調に振れるとしたら、それは由々しき状況といえる。

介護報酬が思うほど上がらない理由にもされる。

そんなことがないように、介護事業関係者すべてが自浄作用を発揮すべく、自らの所属する事業者における意識改革への取り組みを進める必要があるのではないだろうか。






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虐待法人に存在価値はあるのか



介護事業者における虐待が表面化するケースが増えている。

顕在化される虐待が増えているということは、密室の中で虐待が潜在化してなかったことにされるよりはよほどマシだとは言える。

しかし利用者にとって最も安全で安心できる場所でなければならない場所で、虐待という卑劣な行為が存在し続けるということは大問題であり、それは日本の介護業界の恥部であるといってよい。

そうした虐待数が減っていないということは、介護事業者が自らの首を絞めている状態とも言え、いつか社会全体からしっぺ返しを受けるのではないかと懸念せざるを得ない。

そもそも介護を専門技術として、そのサービスで生活の糧を得る人間によって、虐待というおぞましい行為が繰り返されることは決して許されることではないだろう。人としての品性の欠片もないとさえいえる。

虐待という行為とは無縁の、普通の介護事業にしていかないとこの世は闇になるということは、特別に高い倫理観なんてもたなくても、ごく普通に考えてわかるはずだ。。

特に非課税法人である社会福祉法人は、社会の公器として虐待のない質の高いサービスを実現する先頭に立つ組織でなければならない。しかしそうした社会福祉法人でおぞましい虐待行為が繰り返されている。

哀しいかな昨日も道内で虐待事件が発生したと報道されている。
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ネット報道などの抜粋
胆振管内むかわ町内で社会福祉法人「愛誠会」が運営する障がい者支援施設で、男性職員が入所者の女性に対し、体を触るなどのわいせつな行為を繰り返していたとして、同町が障害者虐待防止法に基づく性的虐待と認定した。

性的虐待をしたと認定されたのは、同施設の60代の男性職員。職員は施設に勤務していた3〜10月、知的障害がある入所者の女性1人の体を触るなどした。虐待は職員数が少ない夜勤の時間帯などに繰り返されていたという。
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同法人の小沢政明常務理事は取材した報道陣の前で、「深く反省している。再発防止に努めたい」と話しているが、僕はこの言葉を本気とは思えない。なぜなら同法人の不祥事はこれが初めてではないからだ。
虐待法人・愛誠会
※画像は虐待法人・愛誠会
2021年にも同法人の高齢者グループホームで職員が利用者に暴言を吐くなどの精神的虐待があり、町が改善指導を行っており、そのことは、「GH虐待が発覚したむかわ町穂別の社会福祉法人の人権軽視」で論評している。その教訓が全く生かされていないということだ。

道からも心理的虐待と認定され指導を受けるという大きな事件を起こしたにもかかわらず、それから2年しか経たないのに、今度は利用者に対する強制わいせつという破廉恥極まりない行為に及ぶ職員が出たということは、実効性のある虐待防止教育が行われていなかったと言って過言ではない。

そもそも虐待防止の根幹は、利用者をきちんと顧客であると意識して、顧客に対するサービスマナーを徹底することなのである。

そのような教育がこの法人内で全くできていないことは、この法人が運営する特別養護老人ホーム・愛誠園という施設でも、職員の利用者に対するタメ口対応が横行していることでも見て取れる。

法人全体での危機意識の欠如で、事業所が異なれば対岸の火事であるとしか観ていないのだろうか・・・。

鵡川町という北海道の地方部だけで歴史を刻みながら法人規模を拡大して、おかしな権力と勘違いのブランド意識を持った社会福祉法人の厚顔さが垣間見られる。

法人名の愛と誠が聞いてあきれる。このような虐待行為を繰り返して、その名称を恥ずかしく思わないのだろうか。社会福祉法人の冠を捨てて、虐待法人とでも名乗った方が良いのではないのかといいたくなる。

愛誠会という法人は、北海道の恥・社会福祉法人の恥を象徴する組織と印象付けられたと言ってよく、そこからの脱却は茨の道である。

本当に実効性のある職員教育ができるかどうか・・・むしろ解散した方が世のため人のためかもしれない。

それほどの事件を引き起こし、繰り返いしているという意識はあるのだろうか。

どちらにしても理事長はじめ役員は、全員責任をとって退任すべきだろう。






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顧客意識を持てない職員の成れの果て



介護サービスの利用者は単なるユーザーではなくお客様である。

この極めて当たり前の意識が介護事業従事者に浸透しないのは何故だろう。

介護関係者の中には、介護サービス利用者を顧客というのは違うのではないかと口に出して云う人も居る・・・利用者が顧客でないと云うなら、ボランティアで介護を行い、家族同様にケアを行う対価を求めるなといいたい。

介護サービス利用者が間違いなく顧客であるという意識を持てない人は、そもそも顧客という意味を分かっていない知識のない人間でしかない・・・その知性も疑われても仕方がない。

顧客とは一般的に、「自社の商品やサービスを購入してくれている、または購入したいと考えている人」のことを指すものであり、介護サービスは一般的な商品とは異なり目に見えない形のサービスではあるが、そうした目に見えない介護サービスであっても、お金を支払って利用する人は間違いなく顧客そのものであり、今後自社の介護サービスを利用したいと考えている地域住民もまた顧客なのである。

そうであるからこそ介護サービスの提供主体(事業者及び従業員)は、「顧客サービス」の在り方を常に考え、そのニーズに合わせていく必要がある。

そこで必要となることが、介護サービス利用者の方々に対するサービスマナー意識であり、サービス提供者は、顧客である利用者に対して礼儀をもって接する必要があることを30年近く前から訴えてきた。
雪景色
僕が唱える、「介護サービスの割れ窓理論」は、その理解を促すために僕が提唱している理論である。(※文字リンク先は安全な場所なので、警告文字が出ても安心してつなげて問題ありません

全国各地で行ってきた、「介護事業におけるサービスマナー講演」でもそのことは詳しく説明してきた。そのことを多くの関係者に理解してほしい。

このことをおざなりにしている事業者において、利用者対応が適切に行われない先には、事業経営を危うくする問題が起こるだけではなく、対応を誤った従業員自身の人生終了という事態にもつながりかねない。

そのような問題が続々と明るみにされている。今月はまだ8日しか経っていないのに、介護事業者における利用者への暴行致死事件で、従業員が逮捕されたという事件報道が相次いだ。下記に2件の暴行逮捕事件の概要をまとめているので参照してほしい。
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事件1
大阪府警は5日、大阪府泉大津市の特別養護老人ホーム「オズだいすき倶楽部」(泉大津市池浦町3)で入居者の高齢男性を暴行して死なせたとして、元職員白井宏次朗容疑者(31)=大阪府吹田市=を傷害致死の疑いで逮捕した。白井容疑者から暴行を受けたと訴える入居者が他にもおり、府警が捜査している。

逮捕容疑は2020年12月20日夜〜21日早朝に起きた。容疑者は入居していた福田功さん(死亡時90歳)の胸を何らかの方法で圧迫。胸骨や肋骨(ろっこつ)計9本を折り、翌21年3月に呼吸器不全で死亡させたとしている。

事件2
奈良市の住宅型有料老人ホーム、「かさね奈良六条」の職員・西山弘樹容疑者(33)が、11月19日夜から翌日の午前にかけて施設内の部屋で入所する90代の女性に暴行を加え顔にけがをさせた疑いが持たれ逮捕された。防犯カメラには西山容疑者が被害者の女性(90代)の部屋に入った後、女性が「痛い、痛い」と叫んでいる音声が残っていた。西山容疑者は警察の調べに「夜中に何度も呼び出されて腹が立った。」と供述している。

この施設では別の入所者の高齢女性にも不審なケガが確認されている。
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上記のように2件の加害者共に、他の利用者への暴行が疑われている。

利用者が顧客であるという意識を持っていたら、ものを頼まれるのは当たり前だと思うはずで、「夜中に何度も呼び出されて腹が立った。」などということにはならないはずだ。

利用者に対して、自分が施しを行う上から目線しか持てないから、このような事件が相次ぐ。しかも本件のみではなく、他に複数の利用者に被害を及ぼさせていたということは、常習的犯行が当該施設内で日常的に行われていたということだ。

当然、経営法人や経営者・管理職の責任も問われてくるだろうし、地域の信頼を失い利用者確保に苦労することになって、場合によっては事業経営に多大な影響が出るかもしれない。

加害者は罪を償った後も、卑劣な犯行を行った者として、周囲から蔑視されて生きなければならなくなるかもしれない。

利用者=顧客であるという意識をもって、適切なマナーを護ったサービス提供をお行うという教育を怠った先には、このような末路が待っているのである。

それは対岸の火事ではなく、自らの問題であるという当事者意識を持つ必要がある。

利用者に対するタメ口対応が日常化している介護事業者は、そのことで明日事件を引き起こすかもしれないと覚悟するべきである。






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野獣死すべしといいたくなった事件。


僕が社福法人の理事と総合施設長を務めていた頃、地域の社会資源として訪問リハビリがなかった時期がある。

その為、社福の母体である医療法人が経営する訪問看護ステーションからリハビリ専門職(以下:リハ職と略)の派遣を行って、実質訪問リハビリ資源を創ろうとしたことがあった。

幸い医療機関のリハ部門には、PT・OT・ST等のリハ職が複数のがいて、地域への訪問リハビリに興味をもってくれたので、話はトントン拍子に進んで、訪問看護サービスとしてリハ職を派遣し、利用者の自宅でのリハビリテーションが実現できた。

そのことは地域の方々に大変喜ばれたという記憶がある。

ところが今、診療報酬改定と介護報酬改定の両方の議論で、リハ職による訪問看護の提供に対して、「訪問看護の本来の役割に沿ったサービスではない」という議論が展開され、「評価の差別化」(※要するにリハ職の訪問看護の算定単位を低くしたり、看護師の訪問回数の一定割合に制限すること筆者注)が提案されている。

そうであれば同時に、訪問リハビリテーションがもっと地域展開できるようにルール改正すべきである。

訪問看護の指定事業所に比べて、訪問リハビリの指定事業所数が延びない理由は、リハ職の独立開業を阻むバリアが存在するからだ。それを撤廃して、リハ職が独立開業できれば、訪問リハビリが増えて、訪問看護からのリハ職派遣は必要無くなるのではないかと思う。
美瑛の蒼い湖
ところで訪問看護に限らず、訪問サービスには厄介な問題が存在する。それは利用者宅という密室で、異性介助が行われることに対する抵抗感である。

例えば、前述したように僕が関わって実現した訪問看護ステーションからのセラピスト派遣も、男性のセラピストしかいなかったという点で、利用拒否されるという問題が生じた。

自宅でのリハビリニーズがある要介護高齢者であっても、女性でひとり暮らし方は、男性のサービス提供者は受け入れてくれない人が多いのである。

女性が密室化する自宅で、専門職とは言え、男性に身体に触れられてリハを受けることに懸念があることついて当時の僕は、「サービス利用者である要介護高齢者に対し、サービス提供者が卑猥な行為に及ぶようなことはあり得ないだろう」と考えており、「心配し過ぎではないか」とも感じていた。

しかしそれは高をくくった安易な考え方であると気づかされた。下記のような事件が実際に起きているからである。

11/9、静岡県御殿場市の訪問介護員の男(53)が80歳代の訪問介護利用者の女性に、わいせつな行為をした疑いで準強制わいせつの疑いで逮捕された。女性は1人暮らしで、女性の息子が日常生活の見守りカメラを確認したところ、男の行為がおかしいと警察に相談したことで事件が発覚したとのことで、男は容疑を認めているという。

準強制わいせつ」とは、被害者が心神喪失または抗拒不能に乗じてわいせつな行為に及ぶ行為であるから、被害者の女性は認知症だった可能性が高い。そのような方に対して、1対1で身体介護を行うヘルパーは、誰よりも信頼できる人間でなければならないのに、わいせつな行為に及ぶとは卑劣極まりない。人でなしの行為である。

被害に遭われた80代の女性利用者の方は、本当にお気の毒だ。それまでどんなに幸せな人生を歩んできたとしても、最も安心して自らの身体を委ねることができるはずであった介護サービス提供者に、わいせつな行為で穢されたことによって、幸せな人生が不幸で哀しい人生に変わってしまったかもしれない・・・それほど汚らわしい犯罪である。

このような野獣がヘルパーという衣をかぶって、ひとり暮らしの利用者宅という密室の中で犯罪に及べば、利用者は逃げ場がない。全く救いようがない胸糞が悪くなる事件である。

本件の容疑者のような人間が従業員に交じっていたら・・・と考えると背筋が寒くなる。こういう手合いは、教育して良くなるものではないだろう。できるだけ実務に就かせる前に、その性癖に気づいて排除する以外ないと思う。

こうした人物は、改心したふりをしても同じことを繰り返す手合いと思え、訪問サービスに従事させてはならないのである。しかしその性癖を見抜くことは至難の業でもある・・・。

そういう意味では、訪問サービスで女性利用者に対応する場合は、できる限り同性派遣を心掛けることがだいじかもしれない。

特にサービス提供者と女性利用者しかいない場面での訪問サービスは、同性介護を行うことが最重要と考えることが、リスクマネジメントにつながるのではないだろうか。






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実効性のある虐待防止に取り組まない介護事業者の末路


介護保険施設での暴行死亡事件として、現在一審の審議が進行中で、11月27日に判決言い渡しが予定されている裁判がある。

2022年10月、福島県小野町の特別養護老人ホーム「つつじの里」で入所者の女性が死亡した事件をめぐり、当時94歳の女性に暴行を加え、死亡させたとして介護福祉士の冨澤伸一被告(42)が傷害致死の罪に問われている裁判である。

11月8日の初公判で冨澤被告は、「暴行などは行っていない」と起訴内容を否認した。

これに対して冒頭陳述で検察側は、冨澤被告が「故意に暴力をふるった」と指摘した上で、事件当時同僚に対して「警察に逮捕されるかもしれない」などと話していたと主張した。

一方、弁護側は「暴力は振るっていない。被害者が自ら転倒した可能性もある」などと無罪を主張し、双方の主張は真っ向から対立している。

判決は11月27日に言い渡されるが、被告の主張が認められて、無罪放免となる可能性は低いと予測されている。
癒し
というのも、判決に先駆けた2023年10月19日、小野町が本件が冨澤の犯行であることを認定するとともに、他の虐待行為も存在したと認定し、特別養護老人ホーム「つつじの里」に対し、介護保険法に基づき、事業者の指定の効力の一部を停止し、新規入所者の受け入れ停止6カ月の行政処分を行っているからだ。(※処分は同日付で、期間は来年4月18日まで。

小野町の調査によると昨年10月8日深夜から翌朝にかけて入所者の女性1人が死亡した事件では、介護福祉士冨沢伸一被告(42)による身体的虐待が認められた。そのほか、事件後に町が7回にわたって行った監査で、別の職員1人が大声を上げるなどの心理的虐待をしていたことも判明。施設の虐待疑いに対する予防が一時的なもので、対応を放置しており、介護などの放棄が認められたとした。

こうした調査報告と処分内容も判決に影響してくると思われる。11/27にどういう判決が出されるか注目したいところだ。

この事件に関しては、被害者の親族らが損害賠償を求める訴えも起こされている。訴えによると親族らは、冨澤被告と施設を運営する「社会福祉法人・かがやき福祉会」に対し、女性の死亡による慰謝料などあわせて約4.975万円を求めている。

小野町の調査で、「施設の虐待疑いに対する予防が一時的なもので、対応を放置していた。」と結論付けられている以上、母体法人が損害賠償責任を負うこともほぼ間違いないところだろう。

このように一度このような事件が起きると、その法人及び施設の社会的信用度が一気に低下するにとどまらず、損害賠償という形の金銭補償が必要になる。場合によってそのことは、今後の事業経営に大きな支障となり、廃業に進む道につながりかねない。

虐待予防対策がアリバイ作り的な形式なもので、本当に人の暮らしを護ろうとする人材育成をしてこなかったつけであるとしても、その結果はあまりも代償が大きいものといえる。

そうならないための唯一の方法は、虐待などが起きてから対処するのではなく、日ごろから不適切対応が起きないように対策することだ。

その基盤になるのが、従業員に対して定期的にサービスマナー教育を行って、利用者はお客様であり、家族とは違う存在であるという理解を促し、顧客対応としてふさわしい対応の基本姿勢を身に着けたうえで、その上にさらにお客様におもてなしの精神をもって接することができる、「ホスピタリティ精神」を醸成することだ。

そうした精神はマニュアルで作ることは不可能である。精神とは自然と心の中に湧きあがってくる気思いなのだから、湧き上げろと言ってどうなるものでもないのである。

そうした精神は、日常的お客様に対するサービスマナー意識をもって接する先にしか生まれないのである。

そんな精神基盤のない場所で昨日も事件が明らかになっている。
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道新Webより転載
札幌中央署は9日、傷害の疑いで、札幌市中央区宮の森、介護職員・成田匡徳容疑者(30)を逮捕した。逮捕容疑は、10月29日午後5時ごろから同30日午前8時50分ごろにかけ、勤務する介護付有料老人ホームで、入所者の女性(73)をベッドに放り投げるなどし頭や腕などに軽傷を負わせた疑い。
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こんな哀しくて情けない事件が繰り返されることがないように、対人援助のプロとして、人として、ごく普通に人を護る介護支援に携わるようにしていかねばならない。

その為には利用者を人として敬い・人間愛を寄せて手を差し伸べる基盤を創り上げなければならない。

良い介護をする前に、当たり前の介護を毎日繰り返すことができる対人援助のプロを育てていく必要がある。

今日は19:00〜20:30の予定で、長崎県島原市に向けて島原市グループホーム連絡協議会主催研修として、「サービスマナー講演」をオンライン配信する予定だ。日勤を終えた方も受講できる時間帯ということで、遅い時間の配信となるが、受講者の皆様の心に響いて、ごく当たり前にマナーを忘れずに利用者対応できるように伝えたいと思う。

島原市の介護関係者に向けて、エールを送る動画も作成しているので、ぜひ下記参照願いたい。

島原市の皆さんと午後7時から、オンラインを通じてお愛できるのを楽しみにしています。どうぞよろしくお願いいたします。






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逮捕者が続出の介護事業に未来はあるのか・・・。


先月から今月にかけて、わずか一月に満たない期間の中で、介護事業者で起きた利用者虐待によって、加害職員が逮捕されるという報道が相次いでいる。

記憶に新しいそれらの事件を数件羅列してみよう。
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11/4報道された事件
神奈川県厚木市愛名の県立知的障害者施設「愛名やまゆり園」で入所者に暴行し重傷を負わせたとして、厚木署は3日、施設職員で介護士の有泉祐斗容疑者(37)=同市=を傷害の疑いで緊急逮捕逮捕した。容疑は2日午後2時15分ごろ、男性入所者(29)の右足を引っかけながら背中を押すなどの暴行を加え、右脚骨折の重傷を負わせたとしている。容疑を認めているという。
11/3報道された事件
東京都八王子市の高齢者グループホームで、入所女性に「殺してもいいんだぞ」と暴言を吐き、胸を蹴るなどしてけがをさせたとして、警視庁八王子署は2日までに、傷害と脅迫の疑いで介護職員の兼城優斗容疑者(29)を逮捕した。逮捕容疑は10月2日夜、施設の2階個室内で、入所する90代の女性に「殺してもいいんだぞ」「死んじまえ」などと暴言を浴びせ、頭をたたいたり、胸を蹴ったりして胸部打撲など1週間のけがをさせた疑い。被害者は今年1月ごろから深夜に徘徊(はいかい)するようになっていた。
11/3報道された事件
勝浦市の特別養護老人ホーム「名木緑風苑」で、91歳の女性の入所者の顔面を複数回にわたり平手打ちをするなどしてけがをさせた疑いで、介護職員の関谷拓海(25歳)が逮捕された。
10/28報道された事件
北海道北斗市の障害者支援施設「ねお・はろう」に入居している男性(41)を蹴り、顔にけがを負わせたとして、施設に勤務する介護士、冨原健龍(けんりゅう)容疑者(34)=北斗市追分=が逮捕された。容疑者は7月26日午前11時ごろ、入居する男性を蹴って突き飛ばし、顔を切るけがを負わせたとしている。男性はドアに顔を打ち付けたという。
10/25報道された事件
東京都足立区の介護老人福祉施設「ケアホーム花畑」で8月19日正午ごろ、利用者の久保栄治さん(81)の顔を右手で殴り、翌20日に搬送先の病院で急性硬膜下血腫などで死亡させたとして、介護福祉士の福沢薫容疑者(54)=足立区=を逮捕した。容疑者は、「昼食の介助中に右太ももをつねられて腹が立ち、左目付近を強く殴った」と容疑を認めている。
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10/25〜11/4までに全国的にニュース報道された介護事業者における逮捕事案だけで、上記のように5件の虐待事件が挙げられる。あまりに異常な多さであると共に、虐待内容も悪質だ。

犯行動機については、「腹が立った」などいろいろな動機が語られているが、介護という職業を生活の糧にしているプロである以上、仕事の最中に利用者がとる態度にいちいち腹を立てていては、その職務を果たせないだろうという問題である。

すなわち容疑者はすべて、まともな基礎知識・援助技術を持たない状態で、対人援助のプロとしてふさわしい態度を身につけないまま、介護の場で我流で気ままな作業を行うだけの状態であったと言える・・・それは果たして仕事といえるのだろうか。
岩手県介護福祉士会現任者研修
※画像は11/4に岩手県釜石市で行った筆者の講演
特に家庭的であることと、無礼で馴れ馴れしいことを混同し、マナーのないタメ口で利用者対応するような状態を放置している介護の場では、こうした何でもありの、素人同然の利用者対応が起こり得ることを、介護事業経営者や管理職の皆さんは理解すべきである。

介護サービス利用者の方々は、顧客であるという意識を強く従業員に求め、顧客に対するサービスマナーに徹する態度を身につけさせないと、いつ上記のような事件を引き起こす従業員が生まれかねないという危機意識をもって介護事業を経営しなければならない。

特にサービスマナー意識を喪失させる、利用者に対する「タメ口対応」を放置している介護事業者は、犯罪者発生予備軍であるという意識を持たねばならない。

ここを理解できない経営者や管理職しかいない介護事業者は、上記の事件は明日は我が身であり、その時になってはじめて、事業継続の機器に陥り慌てふためくこと間違いなしである。






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入所者に「うるせえばばあ」と罵声を浴びせる背景


千葉県袖ケ浦市野里の「袖ケ浦瑞穂特別養護老人ホーム」で、職員が入所者に罵声を浴びせるなどしたことが発覚し、市が心理的虐待と認定したそうである。

本件は虐待情報が市高齢者支援課に寄せられ、同施設で職員12人に話を聞き、全職員35人にアンケート調査も行ったうえで虐待認定したものだ。それによると1人の職員が80代女性の入所者に対し「うるせえばばあ」や「たたくぞ」、「水あげないぞ」などと発言したことが判明している。

それだけでも許しがたいことであるが、さらに問題なのは、同施設での虐待認定が今回が初めてではないということだ。
終焉介護
同施設では昨年も職員の暴言が発覚し虐待と認定されており、改善計画及び結果報告を市に提出していたにも関わらず、まったく実効性がなかったという意味だ。

運営する社会福祉法人「瑞光会」は「1度目の対応が不十分だった懸念がある」と説明しているが、非課税法人として社会的に大きな責任を負うべき社福の姿勢が、このような暢気なものでよいのだろうか。

暴言による虐待認定を受けながら、それからわずか1年も経ない時期に同じような行為が繰り返されているということをもっと重大事と考える必要がある。「対応が不十分だった懸念がある」ではなく、「対応ができておらず、社福としての責任を果たしていない」と認識すべきだ。

そもそもこの法人は、最初の虐待認定をどう捉えていたのだろうか。社会福祉法人の公益性と鑑みて、あってはならない事件を引き越してしまったという認識があったものかどうか・・・ただ単に改善報告を提出し、アリバイ作りのように虐待防止の学習会を行えば虐待がなくなるなんてことはないのだ。

虐待につながる問題の根はどういうところにあったのかを、法人全体で深刻に検証する必要がある。

多くの場合それは親しみやすい対応と、無礼で馴れ馴れしい対応を勘違いして、後者の利用者対応がエスカレートして、虐待へと発展するのだ。

だからこそ対人援助における顧客対応として、利用者の方々に対するサービスマナー精神を忘れないように、しっかりその視点を備えて信頼を寄せられる顧客対応に終始できる介護事業を創り上げる必要がある。

毎日繰り返される日常の介護における声掛けにも。顧客対応としてふさわしい言葉を選択して使い分けるコミュニケーションスキルを身に着けさせる必要がある。

介護に必要な日常の会話の中であっても、お客様に対して使ってよい言葉と、使ってはならない言葉を取捨選択し、最もふさわしい言葉を使いこなすスキルを磨く訓練も、介護事業者として必要不可欠な内部訓練だ。

同施設は、昨年虐待認定を受けているのだから、徹底的に職員の再教育を行い、利用者が単なるユーザーではなく、大切なお客様であるという教育を行いなおして、職員全体にサービスマナーの徹底を図る必要があったのだ。その過程では信賞必罰の原則を取り入れて、その流れについていけない職員は、役職などから外れたり、昇給ベースをカットするなど、流れに乗れ事ができる職員との差別化も図る必要があったはずである。

ところが同じ暴言虐待が繰り返されているという事実は、こうした教育が行われておらず、意識向上の徹底が図れていなかったということになる。職員教育もおざなりだった可能性が高い。

虐待防止の研修は、ユーチューブ等で配信されている動画を職員全員に一度視聴させて効果があるというものではない。

虐待とは何を意味し、それがどのように人の心を殺してしまう行為であるのか、そうした虐待と無縁の介護事業の在り方について、介護という職業の使命と誇りという面と絡ませて考える学習機会を創る必要があるのだ。

今回問題となった職員は、おそらく本件以外にも日常的に利用者に罵声を浴びせていたのではないか・・・それがあまりにひどいために、通報されたということだろう。それが外部通報ではなく、内部通報であったならば、少しは救いがあるのかもしれない。

こうした罵声は、他の職員の耳に届かないわけがないのだから、そうした状況が少しでも見られたときに、職員間で「それはないでしょ」と云い合って、その場で改善を図ることができる職場環境を創ることが本来である。

」という言葉は、云うという文字がついているから、人の健全なる心を表す意味になるのだ。「」という文字から、云うを取り去ってしまえば、魂は「」に変わってしまうのだ。

私たちが携わる対人援助・介護サービス事業を、鬼の心持ちを持つ人間が取り仕切ることがないように、魂を持つ私たち自身が、不健全なるものは徹底的に排除するための「云う」を忘れてはならない。






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驚愕の介護施設殺人事件から学ぶ介護事業経営管理


先週の木曜日に北海道の自宅を経って、東京講演〜愛媛県八幡浜講演を終え、今日は明日の講演に備えて大分県日田市まで移動予定である。

東京と八幡浜の講演も、盛況利に終えることができた。何よりうれしいことは、そこで新しい出会いがあり、素晴らしい人との繋がりが新たに生まれたことである。会場での対面講演は、こうしたつながりができることが一番の財産だ・・・がしかし・・・僕自身は、名刺入れを自宅に置き忘れて、名刺をいただいた方に、自分の名刺を渡すことができないという大失態を演じた。

名刺をいただいた方には、この場を借りて深くお詫びしたい。帰宅後できるだけ速やかにお詫びの手紙に名刺を添えて送らせていただくので、どうぞよろしくお願いいたします。

さてそんな講演の旅の最中に、またぞろ介護事業に対する社会の信頼を揺るがす事件のニュースが入ってきた。介護施設を舞台にした事件は決して少なくはないが、それにしてもひどい事件が起こったものである。

事件概要を以下にまとめてみる。
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長野県塩尻市内の「ケアハウスえんれい」で同僚に向精神薬入りの飲料を飲ます傷害などの罪に問われ、逮捕後に保釈され公判中だった元介護職員の男が、塩尻署により入所者殺人疑いで先週11日に再逮捕された。

再逮捕されたのは望月大輔容疑者(40)。容疑は去年5月に入居者の前田裕子さん(当時77)に薬物を飲ませ殺害したというもの。

事件があった昨年5月28日は、前田さんから体調が悪いと申告があり、望月容疑者が対応。望月容疑者は「おなかの調子が悪いので夕飯は要らない」と言われたとの記録を残していた。

その翌朝前田さんが死亡しているのを他の職員が見つけて消防に通報したが、目立つ外傷はなかったという。

容疑者は、被害者が死亡した翌月の6月に自分から退職していた。しかしその後、前田さん名義の通帳を使って金融機関の現金自動受払機(ATM)から現金7万円を引き出した窃盗容疑や、同僚女性に薬物入りの飲料を飲ませた傷害容疑で5回逮捕され4回起訴されている。

裁判では現金を不正に引き出した理由について、検察が「女性との交際に金が必要だった」などと主張している。

このほか容疑者は、役場に偽の火事通報もしたことも明らかになっている。

知人らによると、望月容疑者は持病のため向精神薬を常用していたといい、処方されていた向精神薬と同様の成分が、死亡した入所者女性の体内から検出されているため、望月被告が自身の向精神薬を女性に服用させたとみて調べているが、被告は殺意を否認しているそうである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以上である。
介護事件
死亡した前田さんは穏やかな性格で礼儀正しく、他の入所者や職員とのトラブルなどはなく、鍵付きの個室に入所して通帳も自身で管理していたという。

容疑者は被害者の個室に入ってケアを行う立場を利用して、被害者が自己管理していた通帳を勝手に持ち出しATMから預金を引き出していたということになる。その発覚を恐れて殺害にまで及んだことだろうか・・・。そのような犯罪が、いとも簡単に行われているとしたら非常に恐ろしいことであり、介護保険施設や居住系施設に対しての世間の信頼を大きく損なわせる重大事件と言える。

容疑者に対する周囲の評価は、「おっとりとしていて物静かなタイプ。おとなしくて優しく、介護向きの性格だった」と言う。リーダーシップを取るタイプではなかったが、「利用者からの評判も良く、周囲の人に好かれていた」という声もあるそうだ。

そうであるがゆえに、経営陣・管理職などは、同容疑者が利用者の財産を搾取するなどの行為を行うような危険人物には見えなかったのだろうし、ましてや殺人や傷害という行為に及ぶ危険性のある人物などと考えもしなかったのだろう。

このようなサイコパス的人物は、採用面接やその後の人材評価などでも、真のパーソナリティを見抜くことは難しい。そういう人物が、従業員として混じっていないかということは、介護事業経営者が常に不安視している問題でもある。

しかし経営者や管理職の立場からは見えていないものが、同じ仕事をする同僚などには見えている場合がある。

例えば本件では、容疑者が向精神薬を処方され、服薬していたという事実を、管理職以上が把握していなかったという。しかし同僚はその事実を知っていたのである。

こうした個人のプライバシーにかかわる情報を、告げ口のように上申することには大きな抵抗があることは理解できる。

しかし利用者に心身をゆだねてもらい、そこに介入していく仕事をしている者自身が精神的不調を抱えながら業務に就いている状態を、管理職等が把握していないことは大問題であり、後々大きな問題に発展しかねないことは容易に想像がつくことである。

つまり精神的不調を抱えて介護業務に従事していることは、秘密にしてよいプライバシーではなく、少なくとも上司には報告すべき事柄なのだ。その状態を管理職が把握しておくことは労務管理上、必要不可欠である。

よってそのような情報を同僚等が知った場合、上司にその情報を伝えることも、労務管理上必要なことであり、プライバシーの侵害には当たらないのである。こうしたことを、きちんと従業員に伝える教育を行っておく必要があるのだ。

そのための報連相のシステム確立と、報連相の意味を伝える教育がしっかりできているかどうかが問題である。

管理職は、ただ単に年数を重ねてその地位に就かせるだけではなく、そうした教育を行って、教育内容を理解させたうえで、自らがそうした教育を部下に対して行うことができる能力を持つと判断したうえで、その地位に就かせる必要があるのだ。

そのことを介護事業経営者・管理職は、今一度確認・理解してほしいと思う。






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短期間で利用者への暴行・逮捕が繰り返された特養が問われる責任


要介護者にとって、自宅を離れて住み替えの居所として選ぶ介護施設は、終の棲家ともいえる場所である。

そこには自分の尊厳を護り、暮らしを支えてくれる信頼できる介護支援者がいるはずである。

利用者はそう信じて、不自由になった自らの身を介護施設に委ねるのである。

私たち介護関係者は、そうした利用者の信頼に応えるために、対人援助に必要な知識と技術を常日頃から磨く義務がある。介護という職業で生活の糧を得ている以上、そう考えるのは極めて当然のことである。

そうした考え方や覚悟を持つことができず、努力をしない人は人の暮らしに関わる職業に就いてはならない。

なぜなら対人援助に向かない人が無理にその職業を続けても、自分にとっても、サービスを受ける利用者にとっても、双方ともに不幸な結果にしかつながらないからだ・・・。そんな事件が巷では、繰り返し短い期間に起こっているという哀しい現実が存在する。

安心でぬくもりのある家庭的雰囲気の中でサービスを提供します」・「彩り豊かで実りのある暮らしを」・・・介護事業者が掲げる理念としてはよくあるフレーズであるが、これは今年5月と今月6日に、利用者に対する暴行事件を起こして、2名の逮捕者を出した特養のパンフレットに掲載されている言葉である。

事件を繰り返し起こしている施設のこうした理念は、ただただ空しい・・・。今となっては、その文言をパンフレットに掲載していること自体が恥ずかしいことでしかなくなる。

その事件を振り返ってみよう。

社会福祉法人・湖星会が経営する札幌市中央区の特別養護老人ホーム、「ラスール苗穂リバーサイド」で、10/5:午前0時半ころ、介護職員の女が入所している女性(87)にけがをさせたとして逮捕された。

容疑者は施設の共用スペースで、被害女性を床に引き倒して右足の骨を折る重傷を負わせている。犯行動機については、「夜中に言うことを聞かず歩き回るのでイライラしてやった」と容疑を認めているとのことだ。
暗闇
しかしこの特養で、職員が介護者に暴行して逮捕された事件はこれだけではない。今年5月にも男の介護職員が、入所している男性の腹を蹴ってけがをさせる事件を起こしているのである。

利用者を引き倒して床を引きずる行為、そして利用者の腹を蹴るという行為・・・どちらもはずみであるとも言えないし、そんなつもりはなかったとも言えない、言い訳のきかない暴力そのものである。

このように利用者の身体に直接暴行を働くという卑劣な暴力行為が、なぜ短期間に繰り返されるのだろう。

どんなに採用条件を厳しくして、職員教育を熱心に行っても、その網をすり抜けて利用者に対し不適切行為に及ぶ人間を完全に排除できない。そのため介護事業経営者にとって、サイコパスのような人間が混じって、何か重大な問題を引き起こさないかという懸念は尽きない。

そういう意味では、ある日急に上司や同僚の目の届かない場所で不適切行為に及ぶ職員がいたことが発覚する可能性は、どの職場にもあると言えるだろう。・・・しかし一旦、そうした不適切行為が発覚した場合は、早急にその原因を探り、同じ行為が繰り返されないように徹底的に改善措置をとるのが経営者や管理職の務めである。

しかるにこの特養では、半年にも満たない極めて短期間に重大な虐待行為が繰り返されているという事実がある。これは加害者の責任にとどまらず、管理責任が厳しく問われなければならないケースである。

最初の事件が起きた後、徹底的に原因追求と再発防止措置が取られていたのかという再検証が必要だ。

アンガーマネジメントの基盤となる自己覚知の教育は行われていたのだろうか。利用者を単なるユーザーとみなさず、顧客であるという意識をもって、サービスマナーを護る意識教育がされていたのかが問われてくる。

本来なら、こんな短期間に暴力事件が起きる特養など廃止すべきであるが、利用者がいるという問題がある。その方々に不利益が生じないように、経営法人は襟を正して健全なる施設経営への再スタートを切らねばならない。虐待の芽を摘むために、徹底的にうみを出して改善しなければならない。






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人権意識がない人がトップに立つとこうなるかな


介護施設における不適切な対応という残念なニュースが、また飛び込んできた・・・。

愛知県豊橋市が運営する特別養護老人ホーム「つつじ荘」が、エアコンの故障を理由に3人の入所者を3〜4週間にわたり廊下で生活させていた問題で、市は2日、間仕切りを置かずにおむつ交換をする介護が常態化していたと認めたというニュースがそれである。

廊下生活はACの修理が終わるまで3週間続いていたそうであるが、それ以前にも今回の3人を含む男女6人を廊下で4週間生活させていた経緯があるそうである。

つまりそのような対応が、ごく当たり前に行われ、その不適切さを指摘する人間がそこに誰もいなかったということか・・・トップである所長の人権意識の欠如が、施設全体の人権意識の欠如に繋がっていたのではないかと疑われる。
震える老人を廊下に裸で放置
この施設は市の運営ということだから、いわゆる公立施設であり、所長も市の一部署にしか過ぎず、定期的に市の職員が移動して務めているのかもしれない。しかしそんなことは人権侵害の言い訳にはならないだろう。

その職務に応じた見識や知識を身に着けられないのならば、降格したり退職するしかないと思う。

そもそもこの事実が発覚するまでの経緯をみると、事実を隠ぺいしようとする意図が働いていたように思われる。

なぜなら職員の聞き取り調査によって、廊下で間仕切りを置かずにおむつ交換をする介護が常態化していた事実が発覚した昨日以前、大井英昭所長は「パーティションを配置していた」と説明していたからだ。

そのことについて取材記者から問われた所長は、「現場責任者からパーティションを配置していたと聞いていた」と述べている・・・現場責任者が虚偽報告していたのか、はたまた所長自身が虚偽のコメントを出しているのかは今のところわからない。

それは今後明らかにすべきであるが、それにしてもこの所長は責任感がなさすぎる。実際におむつ交換場面を見ていなくとも、プライバシーに配慮したケアがされているかどうかは察することができるからだ。

一時的であっても、利用者を居室ではなく廊下で寝起きさせるということは重大事態だ。所長に報告が挙がらないはずはない。そうであれば報告が挙がった時点で、所長自らがその状態を確認して、プライバシーに配慮されるように、仕切り等が設置されているのか、設置される準備ができているのかなどを確認すべきであるからだ。

僕ならば、そのような事態が生じたなら必ずその場に出向き、利用者一人一人に声を掛け、お詫びをしたうえで、要望等がないかを確認したことだろう。仮に利用者が意思疎通ができない場合、家族に連絡を取って同じ対応をするだろう。・・・こうした対応は、施設トップ自らが行うべき管理責任なのだ。

しかるにこの施設は、家族へ連絡もしていない。取材に対しては廊下で対応していた事実を少しでも覆い隠そうとするためか、ロビー対応と答えている。事実をありのままに明らかにして、謝罪する姿勢が全くないと批判されても仕方のない対応だ。

社会全体が護るべき基準(ルール)にのっとり、行使できる権利が「人権」である。対人援助とは、この「人権」を護ることを何よりも重要であると考えるべき場である。

言い換えれば、人権が「日常」や「あたりまえ」をつくっていると言っても良い。

その人権が守られないところからは、あらゆる「日常」や「あたりまえ」が消えてゆく。そして感覚麻痺から虐待へと不適切行為がエスカレートしていく。

廊下で利用者を寝起きさせ、性器を露出するおむつ交換という行為を、仕切りのない状態で行っていたこの特養の行為は、性的羞恥心を与えるもので性的虐待とされても仕方がない行為だ。

このような人権侵害を行う先には、自分自身の人権がないがしろにされても何も言えなくなることに繋がる。

そうならないように人権を護るということに、何よりも配慮すべき職業が介護事業であり、そうした配慮ができない人間は、この職業に携わるべきではないのである。

そういう意味で、この施設のトップである所長の管理責任は重たいものであり、相応の処分を受けなければならないものと思われる。






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私たちの手は何のためにあるのですか?


一昨日(9/27)茨城県日立市の介護施設で、入所中の85歳の女性の頭を殴り、全治1週間ほどの怪我をさせたとして、青木宥磨(あおき ゆうま)容疑者(25)が逮捕された。

事件は9/26に別の職員から「介護職員が入所者を虐待している」と110番通報があり発覚している。(※介護施設の種別は報道されていない。

取り調べに対し、青木容疑者は容疑を認めているということで、警察が詳しい動機などを調べているそうである。・・・がどうせ介護のストレスとか、かっとなってつい手を出したとか、おざなりの動機が語られて終わりなのだろう。

しかし介護事業者における職員の暴力行為は、そのような単純なものではない。

そもそも採用時に、対人援助に適したスキルや考え方を持っているのかという評価ができていないまま採用し、やりたい放題やらせている事業者も多い。利用者を護るための職業という本質を理解しないまま、自分の機嫌や感情の赴くままに、我がままに仕事をこなしている結果が、ちょっとした行為に腹を立てて手を出すという馬鹿な行為に繋がっていくことが多いのである。
介護の闇
この事件の容疑者も、そんな環境に甘えた人物でなかったのかどうかをまず検証すべきだ。(※FBでこの容疑者ではないかと思われる石岡市在住の人物を発見したが、容姿で判断してはならないけれど、とても真面目そうな人物には見えない。)

同時に容疑者のパーソナリティが対人援助に向いているか・向いていないかという以前に、介護という職業を通じて生活の糧を得る、対人援助のプロとしての適正評価も教育もしていない中で、サービスマナー意識を植え付けることなく、数合わせで人を採用して、ろくな教育もせずに介護の場に放り出して、先輩職員のやり方を見て仕事を覚えさせるような職場では何でもありだ。

利用者に暴力をふるうことをなんとも思わない人間が混じって当然である。

こうした事件が起きないようにするために、採用時の人物チェック採用後の適正確認とふるい落としOJTに入る前の基礎教育としての座学の徹底計画的で統一した方法で行うOJT入職1年間程度の地租期と技術取得のフォローアップという実効性のあるシステムを創り上げておかねばならない。

プロの対人援助者を育てるための、実効性のあるシステムのないところは、それ自体が経営リスクであることを理解すべきである。

本件だけではなく、今週は介護事業者の不適切対応が、続々と報道されている。

同じく9/27に和歌山市の認知症対応型共同生活介護での某両事件に対する処分が明らかになっている。

和歌山市は、同市内の認知症対応型共同生活介護施設「グループホームすずらん内原」を運営する、和歌山市内原の有限会社ライフパートナーに対し監査を行い、6ヵ月間の新規受け入れ停止と介護報酬の請求上限を7割とする処分を行ったと公表した。

その理由は、GHにおいて女性管理者(56)が、今年6月頃、70歳代の利用者の頬を手で叩く暴行を加えたほか、今年7月頃には男性職員(62)が別の利用者の額を手で叩く暴力を加え、身体的虐待を行ったことによるものだ。同グループホームは9月末で廃止になるという。

そもそも人を殴る、人の顔をはたくという行為を、いとも簡単に行う人は、いったいどういう思考回路なんだろう。果たして自分が働く職場の顧客に手を挙げることに、ためらいとか、後悔とかはないのだろうか・・・。

顧客である利用者に手を挙げるような管理者がいては、そこの従業員の人権意識なんて無きに等しくなるのは当然だ。こんなGHが廃止になるのは当然だが、加害者である管理者と従業員も、当然逮捕してしかるべき処分を受けるべきだと思う。逃げ得を許してはならない。

それにしても連日のように、介護事業者での虐待・暴力事件が報道されると、すべての介護関係者が同じ穴のムジナとみなされてしまう。

普通に人を護る対人援助サービスを行っている人にとって、これほど迷惑なことはない。

目の前に存在する介護サービス利用者の方、その一人一人を愛おしく見つめ、最大限の配慮を行いつつ、日々の日常支援に努めている介護関係者にとって、これほど腹立たしいことはないのである。

私たちの手は、利用者の顔を殴るためにあるのではなく、温もりを利用者に届けて、心安らかになってくれるように差し伸べるためにあることを忘れてはならない。






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あまりに杜撰な利用者の通帳管理


岐阜市の養護老人ホーム「寿松苑」(岐阜市社会福祉事業団)で、出納責任者であった元職員の女が利用者の預金を横領していたという事件が発覚した。

元職員は入所者が日常生活で使用するために金庫で管理していた預かり金を所長決裁を経ずに持ち出したり、預かっていた通帳から現金を引き出したりして、33回にわたり不正に出金していたという。1人あたりの被害額は最高で95万円。

元職員は2015年度から同苑の出納責任者を務めており、所長が交代した2021年度から、異動する2022年3月末まで預かり金の管理をほぼ一任されていたという。元職員の退職後の今年5月、入所者の親族から使途不明の出金があると同苑に申し出があり、調査していた。
預金通帳
岐阜市社会福祉事業団は22日に記者会見を開き、この元職員を警察に刑事告発し受理されたということを明らかにしたうえで、入所者には全額返金することを表明している。

それは当然のこととして、この事業団の預かり金管理はあまりにも杜撰すぎる。

養護老人ホームは、特養利用者よりADLが高い方で、認知症ではない人が数多く入居している施設である。しかし多額の預金を自己管理するのは紛失等の問題も懸念されることから、ホームに預けて管理してもらう人は少なくない。

その為、預かり金管理に間違いがないように、旧厚生省の時代に、「預り金管理規定」のひな型が示され、それを参考にして厳重に不正の入り込む余地がないように、預かり金管理を行うように指導・通知されていた。

今回の盗難の疑いがある事案は、そのシステムが全く機能していなかったという問題で、厳しく管理責任が問われなければならない。

そもそも預かり金管理を不正が入り込まないようにするシステムなんて、さほど難しいシステムではない。要は特定の従業員一人に管理業務を担わせずに、相互監視のシステムを構築すればよいだけの話である。

仮に信頼が置ける人物で、その人に任せておけば大丈夫であろうという人物であったとしても、その人物だけに権限や責任が集中してしまえば、人には「魔が差す」という状態があり得るわけで、何千万円にも上る預り金を自分一人の考えで処理できるとすれば、その一部を懐に入れてしまえと考えないとは言い切れないのだ。

そうならないように複数の従業員が、預貯金管理、預金引き落とし業務に関り、お互いの業務に齟齬が生じていないかを確認し合うシステムは不可欠である。

僕が総合施設長を務めていた社福でも、措置費時代から僕が退職するまでずっと、100人の特養利用者の預かり金を管理していたが、一度も間違いを犯したことはなかった。システムがきちんと機能していたからである。

本件は、元職員が所長決済を得て預金を下ろすというルールを無視したことが原因と報道されているが、そのような行為が長期間発覚しなかったことがより大きな問題だと思う。

預り金管理規定では、毎月利用者預金の収支状況を確認するための、預金元帳や試算表の作成が求められている。

つまり月締めで預り金元帳を作成し、預金を預かっている利用者のそれぞれの預金通帳について、当該月にいくらの金額が、何のために引き出されているかを確認することが求められているのだ。

この際に預金元帳・試算表を作成する職員と、預金を金融機関から引き出す職員を別にしていることにより、決済を受けずに勝手に預金を引き出した行為は、元帳・試算表の作成段階で必ず明らかになるわけである。

岐阜市社会福祉事業団では、こんな簡単なシステムの運用さえできていなかったという意味ではないか。

それは管理責任のあるすべての人物が、責任をとらねばならないという問題でもある。






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ごく当たり前の優しさを失わない人でありたい



見ず知らずの人に、声を掛けるという行為は勇気がいる行為だと思う。

しかし道端に倒れている人が居たら、「大丈夫ですか?」と声を掛けるのは決して難しいことではないし、人として当たり前の行為ではないだろうか・・・。

ましてや自分の行動と関係して人が蹲っているとしたら、そこで声もかけずに我関せずと放っておき、その場を離れようとすることは、人として決して許される行為ではないと思う。

だが、人の優しさの欠片も感じ取れない事件が起きている。なんとも情けない世の中である・・・。
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ネット配信ニュースから抜粋した事件概要
9月6日午後3時50分ごろ、東京・池袋駅の脇・東口と西口をつなぐ最短通路となる歩道付近でレンタル電動キックボードを運転していた伊藤明理那(めいりな)容疑者(23歳)が、60代の女性と衝突後、救護活動もせずに逃走をはかった。
逮捕された伊藤明理那(めいりな)容疑者(23歳)
※画像は伊藤明理那(めいりな)容疑者(23歳)
しかしその場で同容疑者は、取り押さえようとした警察官の腕をペットボトルで叩いたとして、公務執行妨害の疑いで現行犯逮捕されている。その後9月9日、自動車運転死傷処罰法違反と道路交通法違反の疑いで再逮捕された。

事故現場は多くの歩行者が行き交うこともあって自転車通行は禁止の場所であるが、電動キックボードは最高速度を時速6キロ以下の設定に切り替えるなどしていれば、歩道や路側帯での走行も可能となっている。ただし伊藤容疑者が使用していた電動キックボードは最高速度20キロに設定されており、法律上は歩道を走行できない状態だったそうである。

目撃者によると容疑者は、「おばあさんが転倒しても悪びれる様子なく、謝りもせず、まるで『勝手に転んだだけでしょ?』って感じで逃げようとしたみたいです。すごく態度が悪くて警察に対して口答えしてるような口調でした」とされている。
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数多くの人が行き交う歩道上を、時速20キロものスピードが出る電動キックボードで走行するということ自体が非常識の誹りを免れないが、その行動の影響で誰かが倒れたとき、申し訳ありませんの一言も言わないどころか、黙って逃げるという行動がなぜとれるのだろうか。

それは若気の至りでは済まない行動であるし、人として許されない行動であると思う。

容疑者のような女性が、将来産んで育てる子供がいるとしたら、いったい親として何を教えることができるというのか・・・末恐ろしいとさえ思う。

勘違いしてほしくないことは、社会全体が優しさにあふれかえり、人が皆んな親切心を振りまくような世の中が当たり前だと言っているわけではないとうことだ。それは理想であっても現実としてはあり得ない。

世の中が善行に満ち溢れるなんていうフィクションを期待しているわけではないのである。

悪も無関心も存在し続けるのが人間社会である。善行を重ねる人間だとしても、ある場面だけを切り取ったら、別な一面を見せてしまうことがあるかもしれないのが人間である。僕自身もそんな一面を持っていることだろう・・・それは2面性とも揶揄されるが、そうではなく人は間違える生物であるという意味だと僕は思っている。

しかし人として生きることにおいて、最も必要とされる最低限の人間愛は失わないようにしたいと思う。人としてこのように生まれたからには、人として当然持つべき優しさというものはあるのだろうと思うのである。

特別に優しくなくても良い。特別な人でなくても良い。しかし人としてごく当たり前の優しさを持つ人でありたい。そうした人間性は失いたくない。

だから次の画像のフレーズを大切にしている。これからもずっと大切にしていこうとも思う。
明日へつなぐ言葉






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高齢者を送迎ドライバーとして雇用するリスク


昨日、介護事業所の敷地内で悲惨な事故が発生した。

さいたま市の通所介護事業所、「ビッグスマイルリハビリセンター」で9/14、駐車場で送迎車が3人をはね、利用者2人が死亡するという事故が起きたのである。(※そのほか職員1名が怪我

ネット上にアップされているニュース映像では、事故車両が通所介護事業所の玄関前スロープに前方から突っ込んでいる画像が映っている。
事故車両
※スロープに突っ込んでいる当該事故車両

ニュース映像の中では、この事業所の運営会社代表が、「玄関付近で送迎車両を(利用者が)待っていたところノンストップでスロープに突っ込み。ご遺族の方にも、本当に申し訳ありませんでした」と謝罪しているシーンを見ることができる。

運営会社や代表に直接過失があるわけではないが、2人の利用者の命が奪われたという結果を考えたときに、事故が起きた責任をとらねばならないことは当然だろう。

悔やんでも悔やみきれない事故が起きたということで、心中察するに余りある ・・・。

それにしてもこの事故の原因は何だろう。事故車両を運転していたのはアルバイトの運転手・窪島達郎容疑者(75)であり、昨日過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕されている。

画像のようにスロープに前から突っ込んでいる状態・・・ここが事業所の駐車場であるということ・・・運営会社代表が目撃証言として、「ノンストップでスロープに突っ込み」と語っている事実。

これらのことを総合的に考えると、単純な不注意とか、運転操作ミスで片づけられないのではないかと思う。ドライバー自身に運転に影響を及ぼす認知機能低下という状態があったのではないかと疑われても仕方がない。

それにしても当該ドライバーは、これまで敷地内で他の車にぶつけるなどの物損事故を2、3回起こしていたという・・・事業者側の管理責任が問われてもおかしくない状況が見て取れる。

今後、これらの点を含めて事故原因を検証してほしいと思うが、介護関係者のすべての人に送迎担当職のあり方を考えるきっかけにしてほしい。

このブログには、「カテゴリー高齢ドライバー問題」というカテゴリーも設けており、高齢ドライバーの認知機能低下が、いかに悲惨な事故を引きおこしているのか、それを防ぐために運転からの勇退という考え方も必要ではないかということを再三指摘してきた。

通所介護の業務がより専門性を帯びて、サービス提供時間以外に行わねばならない記録業務等が増えていることから、通所介護サービスを提供する専門職(機能訓練指導員や相談員や介護職員等)が送迎を担当しない事業所が増えている。

しかし運転専門職員を雇用するにも、社会全体の人手不足と、その業務に特化した職種の人件費負担を重くできない事情などを鑑みて、退職高齢者を運転業務担当者として雇用する事業所が多くなっている。これは通所介護や通所リハビリだけではなく、介護施設等のショートステイの送迎など、送迎サービスが伴う介護事業に共通してみられる特徴だろう。

しかし運転技術も様々な要因で老化することを理解しておかねばならない。加齢に伴う運動機能の低下のみならず、知らず知らずのうちに低下する認知機能によって運転機能は劣化するのだ。

そもそも現在65歳以上で7人に一人(※2025年には5人に一人と予測)が認知症であると言われている。軽度認知障害(MCI)であれば、65歳以上の4人に一人がそれに該当すると言われている。

65歳以上の高齢者をドライバーとして雇用するということは、そのリスクを背負っているということだ。

ましてや当該事故の加害者となったドライバーは75歳である。送迎という利用者の命を預ける行為を担当させる当事者として、適性年齢と言えるのだろうか・・・。

少なくともこうした高齢者をドライバーという職種で雇用する場合は、アルコールチェックと同様に、毎日の運転業務前の認知機能検査は必須ではないだろうか。

そうした議論が行われなければならないと思う。

9/16AM7:10追記
事故を起こした運転手の履歴書や運転免許証のコピーなどの生年月日が、実際より7歳若くなる昭和30年5月になっていたため、運営会社のビッグスマイルの代表取締役は、「事故が起きるまで運転手は68歳だと思い込んでいて、75歳と報道されて驚いた」と取材に答えています。しかしこれも余りに無責任。採用時に住民票もしくは戸籍謄本などをとらないのは何故でしょう。免許証も原本確認が原則です。労務管理の徹底的な見直しが必要と思います。






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送迎担当職員が居宅内介助中に起こした下劣極まりない事件


介護事業にまつわる事件は数あれど、まさか通所サービス送迎担当者が利用者宅で卑猥な行為を行って逮捕者が出るなんて事件を想像したことがある人はいるだろうか・・・。

昨日(9/12:火)15:51に中国放送がネット配信した記事をいかに転載する。
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転載ここから)「介護職員の動きがおかしい…」家族が自宅にカメラを設置 映っていたのは男の“下着擦りつけ” 介護職員の男(26)を住居侵入と器物損壊の疑いで逮捕

住居侵入と器物損壊の疑いで逮捕されたのは、広島県三原市本郷町の介護職員の男(26)です。

男はこの家に住む高齢男性の迎えのためにこの家を訪れていて、業務とは関係のない部屋に干してあった男性の孫(30代)の下着を手にとって股間に擦りつけたということです。

以前から男の動きを不審に思っていた同居する別の孫が、部屋に防犯カメラを設置したところ、男の姿が映っていたということです。(転載ここまで
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この報道がされた際に、加害者は被害者宅の90歳の男性を担当していたという記述もあったことから、訪問介護に訪れた自宅での犯行かと思った。しかしその後、複数の報道記事で、「介護サービスの送迎で訪れた住宅で・・・」という記述がみられる。

上に転載した中国放送のネット配信ニュースでも、「この家に住む高齢男性の迎えのためにこの家を訪れていて」というふうに書かれているので、おそらく通所サービス(通所介護もしくは通所リハビリ)の送迎担当職員が、送迎時に居室内介助を行っているケースと思われる。その際に利用者の居室とは関係のない場所に入り込み、卑猥な犯行に及んだということではないかと思う。
清流
このような犯罪が起こると、通所サービスの送迎職員全員が悪者のような目で見られかねないので、本当に迷惑に思う。

特に自宅での必要な介護を行う際に、疑いの目を向けられかねないと危惧している。送迎職員による自宅での介護は、利用者ニーズに応じた必要不可欠なサービスであるからだ。

2015年の介護報酬改定時、通所介護の送迎時に居宅内で介助した場合は 30 分以内であれば所要時間に参入してもよいとされ、それまで認められなかった送迎担当者の自宅での介助行為が報酬評価された。

それまでは自宅での介護については、通所サービスの送迎職員が行うのではなく、別に訪問介護を導入して対応する以外なかった。

しかしそれでは利用者負担も増えることになる。

さらに送迎時に居室内で着替え・移乗・移動・戸締りなどの介助を要する人がいるというニーズがあることに対して、訪問介護員の人材確保が難しい訪問介護事業所が、そのニーズにすべて対応しきれないという背景があった。そうしたケースでは、送迎担当者が無償で送迎準備行為を行わざるを得なかったケースも少なからず存在した。

その為にルール改正されたのである。

せっかくそのようなルールになって、その恩恵を受ける人が増えているのに、そのルールを悪用して卑劣極まりない犯罪に及ぶ人間がいることに強い憤りを感じる。

それにしても今回の犯行は下劣極まりないものだ。逮捕の罪状は、「住居侵入器物損壊」であるが、実際の行為は性犯罪というべき行為である。

利用者の孫の下着を股間に擦りつけて、性的興奮を覚えるということ自体が僕の想像範囲を超えるゲスの行為であるが、その下着を着用していた人にとってはたまったものではないだろう。今自宅にある下着が、変態男の股間が擦りつけられていたものだと考えたら気持ち悪くてしょうがないのではないだろうか・・・。場合によっては、全部買い替えが必要と感じるかもしれない。反吐が出るほど醜い行為である。

今回の犯罪は防犯カメラによって発覚した。そういう撮影が特殊技術ではなくなったこと自体は良いことだ。それによって犯行が発覚するだけではなく、未然に犯罪予防につながるかもしれないからだ。

しかし防犯カメラ・隠し撮りカメラがあるかどうかで、自らの行為のあり様が変わってしまうというのは本当に情けないことである。

プロとして自らの行動を律して仕事に携わるという、ごく当たり前の感覚を持ってほしいと強く思う。「心の中に自らを写すカメラを持っていよう」という記事もぜひ読んでいただきたい。






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コロナ禍がもたらす感覚麻痺はなかったかに気を配る時期


僕が住む登別市の東隣は白老町という小さな町である。

ここはアイヌ文化を伝える国立施設ウポポイがある町として知っている方も多いと思う。もともと大手製紙会社の企業城下町で、財政事情も良い町である。

その白老町の議会が開かれている最中であるが、先週の一般質問において町長は、町立の介護老人保健施設の収支改善が困難と判断し、休止および廃止を検討していることを表明した。

実はこの老健「きたこぶし」(定員29名)・・・昨年12月、複数の利用者が柵で囲まれたベッドに寝かせられたり、排せつ時に「汚い」「臭い」などと暴言を浴びせられたとして、道から改善指導を受けている。(※虐待事案自体は昨年10月に発覚している。

それをきっかけに新規入所者を受け入れず、在籍していた人も転所・在宅復帰を図るなどして現在入所者はゼロとなっている。さすれば道の指導を受けたことをきっかけに、確信犯的に事業廃止に向けて動いていたということではないのだろうか。

職員を教育しなおして経営立て直しを図る意欲もないということだろう。町立施設とはなんともお気楽である・・・。

民間経営母体なら、とてもではないがこのように簡単に休止や廃止に踏み切れない。何とか経営の立て直しに躍起となるところだろう・・・。
白川郷
しかしながら一度虐待事例が発生すると、このように事業経営危機に直結するのも事実だ。大きな法人の一部門でも、こうした事件が起きると法人全体のイメージに傷がつく。

だからこそ顧客対応を意識した、最低限のサービスマナーを身に着けるような従業員教育が不可欠である。これをおざなりにしている事業者は、いつそのしっぺ返しを食らうかわからない。そのような経営危機を孕んだままの介護事業経営は綱渡りと言える。そんな不安定な状態にしてはならない。

介護事業者の顧客の中心層はもう団塊の世代の人たちになってきている。その人たちはしっかり自己主張する人であり、介護事業に従事する職員のプロ意識に欠ける対応を許してくれない人たちも多いことに注意しなければならない。

なぜなら団塊の世代は日本の経済成長を支えてきた人々であり、従業員が顧客対応する際にサービスマナーを護るのは当たり前で、それに加えてホスピタリティ精神が求められることの指導・教育の先頭に立ってきた世代でもあるからだ。

その世代の方々は、自分が介護サービスを受ける身になった際に、適切な顧客対応されない状況に不満を持つだけではなく、自分自身がそういう対応を受ける身になったことを誰よりも嘆くことになる。

人の暮らしを豊かにするための介護事業が、人を嘆かせるために存在して良いのだろうかと考えたならば、人権を侵害する要素を排除するために、利用者から誤解されないための、「サービスマナー」を身に着ける必要があるということだ。

馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる人でなければならず、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ対人援助のプロとして、いつでもどこでも、マナーをもって接することができるように訓練する必要がある。

それは私たちに求められるコミュニケーション技術であり、それができないならプロ失格として別な職業を探さねばならない。

この問題に関して言えば、コロナ禍の3年間という特殊事情も大いに影響があると言える。

外出・面会制限が当たり前という風潮の中で密室化した介護事業者は、外部の目が行き届かない状況が生じた。その中で従業員に甘えと感覚麻痺はないかという検証をすべき時期に来ている。

面会者が誰もいない状況で、第3者の目が届かないことに緊張感を失い、従業員の利用者対応に乱れがなかったかということや、顧客意識の薄れた言動が目立っていないかということを確認し、必要なら修正・改善していかねばならない。

そうした意識の高い介護事業者からは、サービスマナー研修講師依頼が増えてきている。

先日も社福祉法人さんの職員研修として、「介護事業におけるサービスマナー」をテーマに講演を行ってきたが、 受講された方々から、「介護の基本的姿勢を再確認できました」・「なあなあになってた事を改めて感じることが出来た」・「様々な場面、具体的事例から思いやり、ホスピタリティーについて学び直すことができた」等の感想意見が挙がってきた。

気付きを得ていただき、講師としてありがたい気持ちである。それと共に、法人内の職員研修を行う時に気が付いたこともある。それはコロナ禍以後に初めて介護事業者に就職した人も決して少なくないということである。

それは何を意味するのか・・・そのことはまた明日続きを書くとしよう。






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身内が認知症になった場合の心構えはあるか。


今月15日、東京都世田谷区に住む71歳の男性が、自宅の寝室で68歳の妻の腹部などを殴ったり蹴ったりする暴行を加え、外傷性ショックで死亡させたとして逮捕される事件が起きた。

死亡した妻は、今年に入ってから認知症を患っていたとみられ、容疑者となった夫が介護していた。

事件当時、就寝しようとした容疑者に被害者が何回も話し掛けたといい、龍雄容疑者は調べに「煩わしくなり殴った」と供述しているそうである。被害者は暴行後に入浴したところ意識を失い、龍雄容疑者が119番通報して事件が発覚している。

腹が立ったにしろ、自分の妻を死ぬまで殴るけるする必要はないなどと、容疑者を批判することはたやすい。

しかしある日急に自分の家族が認知症になった備えをしている人などいないことを考えると、その状態に大きな戸惑いを感じて、その状態が積み重なることでストレスが生じて煮詰まってしまい、普段の自分からは考えられないような異常な行動をとってしまうことはあり得ることだろう。

そもそもこうした事件当時者は、認知症の専門家でもないし、介護の専門家でもない場合が多いのである。専門知識も介護技術も持たない人が、ある日急に認知症の家族を介護しなければならなくなる・・・。その人たちに、きちんと身内のケアをしろというだけでは、こうした問題は解決しないであろう。

この事件の報道などを目にしたり耳にしたりした人の中で、一度でも認知症の家族を介護した経験のある人は、自分もそういう負の感情を抱いたことがあり、容疑者の気持ちもわからないではないという人も多い。

認知症の人に対するケアの蘊蓄(うんちく)を持っている人でも、いざ自分の身内が認知症となり、毎日終わりの見えない介護を行わねばならない立場になると、その蘊蓄を生かすことができなくなってしまう場合もある。

だからこそ認知症に対する理解を今以上に進めねばならない。特に介護関係者ではない、一般市民の皆さんに、認知症とは老化現象の一つに過ぎず、社会的地位や日頃の行いや、本人の性格に関係なく発症するものであることを伝え続けなければならない。

誰しもが認知症になり得ること、誰しもが認知症の身内を介護する立場になり得ること、そしてその時の備えや心構え、具体的なケアの方法論、相談できたり支援の手を差し伸べてくれる機関や制度・・・そうしたことを広く伝え続ける必要がある。
葛飾認知症研修ポスター
9/23(土)の秋分の日に、東京都葛飾区のテクノプラザかつしかで、葛飾区介護サービス事業者協議会主催認知症研修会が行われるが、そこで僕は講師役を務めて「認知症を知り、地域で支え合おう〜愛を積みながら認知症の人とともに歩む介護 〜」というテーマで、13:30〜120分講演を行う予定になっている。

この研修会はコロナ前には毎年行われていたものであるが、コロナ禍以後中断しており、今年が4年ぶりに復活した会場研修である。

どなたでも無料参加できる研修で、申し込みも必要ない。

参加希望の方は、葛飾区介護サービス事業者協議会主催認知症研修会の文字リンクに張り付いたポスターを参照いただいて、当日直接会場までお越しいただきたい。

それでは秋分の日に会場で愛ましょう。






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仕事のストレスを虐待の言い訳にするほど卑怯なことはない


昨日(8/3)東京・小金井市の介護付き有料老人ホーム「アプリコ武蔵小金井」で、入居者の90代の女性を暴行しけがをさせたとして、介護職員・中川忠容疑者(41歳)が逮捕された。
アプリコ武蔵小金井
※画像は事件が起きたアプリコ武蔵小金井
事件が起きたのは先月20日。中川容疑者が夜勤巡回中、失禁した女性(90代)のベッドのシーツを交換しようとしたが拒否され、激高し女性(90代)が着ていた服の襟をつかんで引き倒すなどの暴行をして、けがをさせた疑いが持たれている。 被害女性は認知症の症状がある利用者だそうである。

女性は腕を打撲するなどしていて、中川容疑者は施設側に「暴れてけがをした」と説明していたが、それは真っ赤な嘘であった。

不審に思った親族が、設置していた部屋の防犯カメラを確認したところ、中川容疑者が暴行する様子が映っていたことにより事件が発覚したそうである。

ところでこの防犯カメラは、事前に親族が部屋に設置していたもので、施設の設備ではない点が注目される。ということは親族はかねてより、施設側に何らかの問題があるとか、施設職員が虐待などの行為に及んでいるなどという疑いを持っていたのではないかと思える。そうだとしたら施設側の労務管理の在り方も問われる問題である。

虐待がネット動画で拡散される時代の介護」でも指摘しているように、簡単に動画撮影ができ、その動画がネットを通じて拡散することが当たり前になっているのだ。そしてその動画の中には、当然のことながら利用者のプライベート空間に隠しカメラを置いて撮影した画像も含まれてくる。

だからこそ、いつ誰に見られても恥ずかしくない態度で利用者対応できるように、職員を教育指導しなければならないし、なおかつ撮影された動画の一部が切り取られて配信され時に、「ひどい対応だ」と誤解されるようなことがないように、マナーに欠けるタメ口対応などを早急に止めさせなければならない。

利用者と従業員の関係性とは、顧客とサービス提供者との関係性であって、家族や親しい友人の関係性とは異なるのだから、介護という職業を通じて生活の糧を得ているプロとしての態度や対応が求められることを日ごろからきちんと教育していかないと、本件の中川容疑者の予備軍のような人間を大量発生させてしまうことになる。くれぐれもご注意いただきたい。

それにしても容疑者が口にしている犯行動機はあきれたものである・・・取り調べに対し中川容疑者は「日頃の仕事に対するストレスがあった。女性が言うことを聞かず、かっとなって暴力を振るった」と容疑を認めているという。

どんな仕事にもストレスはつきものだ。ストレスのない仕事などないと言っても良い。

対人援助という仕事に就いていながら、利用者に対する暴力という行為でうっぷん晴らしをするような人間は、もともと対人援助には向かない人間でしかない。そもそも利用者を虐待して、介護の仕事のストレスなど解消できるわけがないことは、ストレスコーピングを少しでも学んだことのある人にはわかりきったことだ。

この施設はグループ企業の一部門であるが、多角経営している母体グループ法人は、従業員教育としてストレスコーピングや自己覚知・アンガーマネジメントなどを行っていないのだろうか。行っていないとしたらリスクマネジメントに欠けた法人という誹りは免れない。

本件のような事件が起き、犯行動機が仕事のストレスだと報道されると、介護という職業がいかにもストレスフルな職業であると誤解されがちである。しかし介護の仕事が、他の仕事に比べて特別ストレスが高い職業であるという科学的データはどこにも存在しない。

精神科医療機関に入院している患者を調べても、職業上の悩みが主因で「うつ病」などを発症している人の中で、介護職の割合が突出して多いなどという事実もない。むしろ職業うつの患者の多くは、金銭ノルマを過度に掛けられた人や、上司のパワハラを受けた人であって、介護の職業が原因となっているケースは少ない。

どちらにしてもストレスを利用者虐待の理由にしているのは、卑怯な犯罪者の言い訳にしか過ぎない。こんな卑劣な犯罪者の言い分を、そのまま報道するマスコミも見識に欠けるといって過言ではない。

このような虐待事件が起こると、それが氷山の一角で、多くの介護事業者が虐待・不適切サービスという闇を抱えていると思われがちであるが、大部分の介護事業者は、虐待や不適切サービスとは無縁ンの、人の暮らしを豊かにするケアを行っているのだと声を大にして言いたい。

だがそのこと自体は何の自慢にもならず、対人援助に関わる事業を行っているのであれば、虐待とは無縁の高品質サービスを成し遂げることが、ごく当然のことであると言うべきである。
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恐ろしい見落としミスで悲惨な絶望死か・・・。


介護事業者のシステムエラーと、その際の確認ミスで人命が奪われるという恐ろしい事件が起こった。

大阪市生野区の特別養護老人ホーム・瑞光苑(ずいこうえん)(社会福祉法人・慶生会が経営母体)で、7/12に利用システムのトラブルが発生。復旧に伴うデータ確認作業で、同園のショートステイを利用予定だった被害者など、複数の予約情報が見落とされたという・・・。

その結果、7/15〜21までショート利用予定だった80歳代の独居男性宅に、利用開始日だった15日に、同園から迎えがなかった結果、この男性は6日後に自宅で亡くなった状態で発見されたことが分かった。

ショートステイ利用終了予定日であった21日は、男性が帰宅後、自宅でショート事業所とは別事業所のサービスを受ける予定になっていた。その為、サービスを提供するため男性宅を訪問した別事業所の職員が男性の遺体を発見したとのことである・・・。

この独居男性は要介護5のであったそうだ。さすれば身の回りのことは、すべて他者支援が必要な状況だったのだろうから、ヘルパーは毎日サービスに入っていたのではないだろうか。逆に言えば、毎日ヘルパーの訪問がない状態では、日常の暮らしが成り立たない方であったのではないのだろうか。

しかしショート利用後から終了までの間は、当然自宅でのサービスは必要ないのだから、他のサービスは計画されていなかったはずである。
見捨て死・放置死
ところがショートを利用していると思われてた男性は、この間、誰からの支援も受けらずに自宅という密室に放置されていたのである。

計画担当の居宅ケアマネは、まさかショート事業所が送迎することを失念して行っていないなどとは想像もつかないので、ショート計画期間中に何も連絡がないということは、無事に変調なくショート利用している証拠であると考えるのが普通だ。よって通常その間にショート事業所を訪問したり、連絡したりしないのも普通である。

つまり本件で「」があるのは、ショート事業所のみだろう。

この方は独居という暮らし方を選んでいるのだから、意思や判断力はかなりあった方ではないのだろうか。さすれば自分を迎えに来るはずのショート事業所から誰も迎えが来ず、何の連絡もない状況の理解もあったのではないのか・・・。訪問介護の職員もショート利用期間中は訪問してこないということも理解していたのではないか。

そうであれば、その恐怖と絶望は想像に難くない。恐ろしいことである。

食事や水分を口にすることもできず、排泄物も垂れ流しの状態で、「苦しい・辛い・助けて」という声はどこにも・誰にも届くことなく、絶望と悲嘆の中で死を迎えたとしか思えない。

死因は明らかになていないが、餓死・衰弱死の可能性もある。このような悲惨な死に方がほかにあるだろうか。

この結果を単に、「システムエラーの確認ミスで申しわけない」という謝罪だけで済ませられる問題なのか。道義上の責任として、この社会福祉法人は、地域社会に対してどのような姿勢を今後示すべきなのだろうか。

当該事件に関しては、社会福祉法人の理事長の責任は当然問われるものと思われるが、そうであったとしても無残に、見捨て死させられた男性の命は戻ってこない。

その無念は察するに余りある。ただただご冥福をお祈りするしかない。合掌。
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常識が通用しないクレーマーの存在を意識しなければならない時代


介護事業者側に非がなくとも、いわれなきクレームが利用者やその家族から挙がってくることがある。

その際にも真摯に対応し、説明責任をきちんと果たそうとする姿勢は必要だろう。

しかしそれにもおのずと限度というものがある。過度にへりくだって必要以上の対応になってしまえば、結果的に不当なクレームを挙げている当事者が勘違いをして、その要求がさらに過激なものに結びつく恐れがある。

そういう意味で、真摯さや丁寧さのさじ加減も必要になってくるのではないかと思う。

そこで思い出してほしい事件がある。それは、「介護事業者にとって他人ごとではない『たてこもり殺人事件』」でも論評した、今年2月に埼玉県ふじみ野市で起きた殺人事件である。

被害者が殺害された現場は亡くなった患者宅である。懸命に治療にあたっていたものの、その甲斐なく死亡した患者の息子が、対応が気にくわなかったとして、葬儀が行われていた自宅まで医師ら治療スタッフを呼び出し、医師を猟銃で撃ち殺したという事件である。

犯人は、母親がサービスを受けていた様々な事業者にクレームを挙げ続けていた人物だそうだ。

そのような人物の呼び出しに応じて、真摯に説明しようとした被害者には何の落ち度もない。地域では親切で腕が良いと評判だった医師が犠牲となったこの事件は、被害者やその関係者にとっては理不尽極まりないものである。

このようなことが二度と起きないように、事業者側も対策を練っておく必要がある。

仮に事業者側に非があって、顧客がそのことに正当なクレームを挙げたとしても、そのことに対する謝罪対応などの要求が、社会通念に照らして相当でない場合はカスタマーハラスメントに該当するのである。

ましてや前述した事件のように、事業者側に非がないケースについては、クレームそのものが、カスタマーハラスメントである。

よって利用者宅に呼び出された場合は、いかなる状況であっても、その要求には応じてはならない。

クレーム対応は密室化しない場所(事業者の応接室など)で受けるべきで、どうしてもそれに応じない顧客に対しては、しかるべき機関(※介護保険サービスの場合は、国保連や都道府県・市町村に苦情受付窓口が設置されている)に訴えるように通告すべきである。

これらの対応について、7/26(水)15:00〜16:00アクセス札幌で、「理不尽なクレームから施設と職員を守るカスタマーハラスメント対策」をテーマに講演を行う予定だ。(※参加申し込みはこちらから。事前登録で無料入場できます
CareTEX 札幌2023講演
ケアテック札幌2023
ケアテック札幌2023 - コピー
この講演は、北海道の介護業界においても最大級の商談型展示会となるCareTEX札幌2023の中で行われるセミナーである。

事前登録することで無料入場できるそうなので、是非お早めに登録して、当日会場で僕の講演を聴くほかに、最新の介護機器等の情報を仕入れていただきたい。

カスタマーハラスメント対策は、介護事業経営を行う上で最重要なリスクヘッジである。この対策をしっかり取ることで従業員が護られ、働きやすい職場環境も生まれる。そういう意味では人材マネジメント対策の一つともいえる。

その対策を充実させることが、介護事業経営主体の体力を強化することは間違いのないところで、当日の講演を聴いて、是非今後の介護事業経営に生かしていただきたい。

それでは当日7/26会場で愛ましょう。
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心情をすべてさらけ出すことの難しさを理解すべし


先週水曜日(7/5)に横浜地裁小田原支部で開かれた刑事裁判の初公判は、介護殺人と言われる事件の裁判である。

昨年11/2に、神奈川県大磯町の港で車イスに乗った79歳の妻を海に突き落とし、殺害した罪に問われている81歳の夫がその裁判の被告となり証言台に立った。

その事件が起きた際にも、関連記事を書いているので参照していただきたい。(参照:制度の影をアンタッチャブルにしないために・・・。
介護裁判初公判
被告は約3年前から体力の衰えを感じ、力が出なくなり介護が困難になっており、長男らが本件の被害者となった妻を施設に入所させるよう説得を続けていたそうである。

公判でこのことに関連し検察側は、「施設に入所させるくらいなら殺害してしまおうと決意した」と指摘し、犯行に及んだと主張した。

これに対して弁護側は、「被告は妻の面倒を一生みるという強い決意でおよそ40年にわたり介護をしていた」としたうえで、「妻の体調悪化で将来への不安が募り、自分が元気なうちに2人で死のうと考えるようになった」と主張した。

事件が起きた日までは、献身的に要介護である妻の介護をし続けてきた被告が、被害者を疎ましく思ったとか、憎くなって殺したとかいう状況ではないだろう。弁護側の主張のように一緒に死のうとして、発作的に妻を海に突き落としてしまったというのが真相に近いのではないかと個人的には思っている。

被告は起訴内容を認めているので、判決は早い時期に示されるだろう。温情ある判決が出されることを期待したい。

本件を巡っては周囲の関係者が、「なんでもっと、みんなに助けを求めなかったかな」という声を挙げている・・・。しかし介護を巡って事件が起きたときに、そういわれるケースは実に多い。つまり心の悩みを他人に明かせないまま、自分の中で煮詰まって取り返しのつかない事件を起こしてしまうケースは少なくないという意味だ。

人は困り切っていたとしても、その心情を素直に他人に明かすことが難しい生き物なのかもしれない。

プライドがあるがゆえに、困りごとをすべてさらけ出すことを躊躇っているうちに、どうしようもなく自分自身を追い詰めて、パニック反応を起こしてしまうことは珍しくはないのだろう。

本ケースの被害者もデイサービスを利用していたとのことなので、担当ケアマネジャーも関わっていたはずである。当然、担当ケアマネも在宅介護の限界点がどこかという視点を持ちながら、日常の支援計画を練り、モニタリングで確認していたことだろう。

そうしたケアマネジャーにも、被告は相談する姿勢を見せられなかった。その為、被告の心の闇に気が付く人は周囲に居なかったのである。

しかしそれは誰の責任でもなく、当事者や関係者が置かれた様々な環境要因が相まって生じた状況だろうと思う。

居宅ケアマネが、その被告の心情に気が付かなかったことを責めるのは、あまりにも酷だ。それほど人間の心は簡単に理解できる代物ではないからだ。

だからこそ私たち対人援助の関係者は、心を開いてなんでも相談してもらうことができる関係づくりの努力をし続けることが求められると共に、そうした努力をしても届かないものがあると考えながら、心情を吐露できない人に心の内側にアプローチするためのあらゆる努力をしなければならない。

感情ある人間に寄り添い、その心を推し量ることは、言葉でいうように、あるいは文字で表すようには簡単なものではない。

しかし100%の結果は出せなくとも、100%の努力をし続けなければならないのが対人援助の職業に就いている者の使命と責任である。

そういう難しい職業が対人援助であることを嚙みしめながら、ひとり一人の利用者と向かい合っていきたい。・・・ここは科学的ではなく、心情的に寄り添う部分であるとしかいようがない。
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人員確保の網を広げるリスク


5/30に新潟市中央区内の介護施設内で、入所中の60代女性にわいせつ行為をした疑いで71歳の男が逮捕された。

男は介助に乗じて女性の着衣に手を差し入れ、直接胸を揉むわいせつ行為をした疑いが持たれている。本件は被害者家族の通報により発覚した事件であった。

この介護施設はどうやら特養らしく、男はここで「介護補助者」として働いていたようである。(※容疑者は事件後依願退職している。

介護補助者」とは、「介護助手」と同じ意味だろう。主たる介護業務には当たらないが、配膳や移動介助などの介護職の補助的業務に携わっていたのだと考えられる。

71歳という年齢からすると、定年退職者を助手として再雇用したのではないかと思われる。それも介護と関係ない他業種の退職者の再雇用かもしれない。

そういう人たちが、すべて介護の仕事に向かないというつもりはないが、このような事件が起きると、人材不足対策として国が推奨する助手活用のリスクもあぶりだされてくるような気がする。
高齢者が介護助手を担うとどうなるのか
介護報酬改定議論が本格化する中で助手活用が議論の俎上に上り、場合によっては助手活用を介護職員配置基準緩和とリンクさせようとする向きもある。

しかし人手確保の網を広げるということは、本件のような事件のリスクも広げるという意味である。それを防ぐ手立てはあるのだろか・・・。

助手として再雇用される人は高齢者が多くなるのだから、介護保険施設の利用者で、要介護者が自分より若い異性であるというケースも多くなるだろう。

そうであっても普通の感覚なら、利用者に性的欲求を感ずるなんてことは信じられないが、数が増える高齢介護助手の中には、よこしまな欲求を胸深く抱え込んでいる人が含まれてしまう恐れがある。

こうした事件を防ぐ手立ての一つとして、同性介助を徹底するという方策が考えられる。しかし介護保険施設の状況を鑑みると、女性利用者が8割方を占める施設が多い中で、その比率に応じた職員の男女別配置ができるかと言えば、それは極めて難しいといえ現実的な対応策とはなり得ない。

教育訓練・再教育などというワードが頭に浮かぶが、何十年もの間、介護とは関連性のない職業を勤め上げた人がそこで培った価値観を、簡単に変えることができるとは思えない。

年齢を重ねた人ほど、教育効果というのは出にくくなるだろう。定年退職して再雇用された人であればなおさらだ。そもそも性格自体は変えられないし、雇用の網を広げれば広げるほど、性格むき出しで仕事に向かい合う人も多くなることだろう。

その中には、心身に障害を持つ人に対する偏見を持っている人も居るかもしれない。人として存在していることそのものに価値があるという人間尊重の価値前提など理解できない人がいて、要介護者に対して施し意識や上から目線が抜けない人がいるのかもしれない。

そのような人たちは、平気で要介護者の方々の尊厳を損なう対応に終始する恐れもある。

定年退職後もなおかつ働きたいと思う理由は様々で、中にはお金に困って働き続けなければならない人も居るのかもしれない。そういう人たちが密室化されやすい介護事業者の中で、認知症の人の財産などを搾取するケースも増えるのではないかという危惧もぬぐえない。

そうであれば介護事業での助手活用は、安易な採用をしないという前提条件が必要不可欠になる。採用前の人物評定を厳格に行い、採用後の人事考課も厳しくしていく必要があるだろう。

どちらにしても安易な助手活用・安易な他職種の定年退職者の再雇用は、介護事業経営リスクに直結しかねない問題を孕んでいることを理解して、リスクマネジメントに努めていかねばならない。

それにしても先が思いやられる・・・。
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信じがたい虐待死をなくすために何をすべきか・・・。


今年5/9、埼玉県飯能市の特養で、入居している90歳の男性の背中を車いすごと蹴ったとして40代の職員が暴行の疑いで逮捕された事件・・・男性入所者はその後、搬送先の医療機関で内臓破裂で死亡しており、本件は傷害致死事件となったわけである。

この事件報道に触れて、よくこんな非道なことを昼日中の職場でできるものだと唖然とした。同時になぜこんな卑劣な行為が、利用者に対して行えるのだろうと憤りを感じた。

そもそも48歳の元施設職員の男が口にしている犯行動機が理解できない。

被告は、「忙しいときにいろいろ頼まれて腹が立った」と供述しているそうである。しかし介護職員は利用者からものを頼まれてなんぼの商売である。

僕自身は人からものを頼まれることは嬉しく感ずることはあっても、煩わしく思ったことはない。特養の生活指導員として就業し始めた当時、経験もなく知識も足りない僕に、僕よりずっと年上の利用者の方々が物を頼んだり尋ねたりしてくれることが嬉しかった。

それに応えようと知らないことは調べたし、できないことは他の職員に手伝ってもらいながら、できるだけ希望に沿うように努力した。

物を頼まれる=信頼されているという意味だと僕は思うのだ。その期待に応えることが対人援助という職業を選んだ僕の生きがいやモチベーションにも通ずるのである。

そもそも利用者からものを頼まれて、いちいち腹を立てていては介護の仕事なんて成り立たない。ものを頼まれることがストレスならば、人と向き合って行う職業は不向きである。そういう人は、人に向かい合わずに黙々と機械的作業に終始できる仕事に就くしかない。

そういう意味では、この被告は選ぶ職業を間違えてしまたのだろうか・・・。しかし職場内のこの被告への評判は悪いものではなかったようだ。

被告はこの施設に1年ほど勤務し、勤務態度は良好という評価であり、上司からも期待されていたとの報道がされている。

某報道機関のインタビューに答えてる他の施設職員によると、被告は「寡黙だが淡々と業務をこなしていた」という。「過去にトラブルになったこともない。」との報道もされている。
心の闇
さすれば事件の際に魔がさしたというのだろうか・・・。しかしというのには、あまりにも酷い行為である。

犯行は5月9日13:50分頃、2階の食堂で行われている。つまり被害者のほかにも多くの利用者がいたであろう時刻と場所であり、他者に見られることも構わずに行われていることになる。そのような被告が、果たしてその時以外は利用者に真摯に接することができていたのであろうか。

もしかしたら他の職員が見ていない場所では、とても人に見せられない態度で利用者対応をしていたのかもしれない。そんなことを疑いたくなるほどひどい犯行である。

それにしても、内臓が破裂するほどの強さで車いすの背もたれを蹴るほどの怒りの感情・・・被害者は、お身体が不自由な要介護の方でありお客様である。そういう方に対して、単にものを頼まれただけでそのような行為に至るほどの怒りの感情が噴出するだろうか・・・。ここは今もって理解不能だ。

この事件から教訓を得るものがあるとすれば、従業員全てが自己覚知を得る機会を常に意識して作る必要があるということだろう。

介護従事者は自分の感情を自覚し、自分の感情をコントロールして援助する必要があることを忘れないでほしい。仮に利用者が負の感情を自分に抜つけたとしても、その感情に引きずられて冷静な判断力を失わないように訓練する必要がある。

その時に必要となるのが、「自己覚知」であることは、このブログで何度も指摘している。自分が今、どのような行動をとり、どのように感じているかを客観的に意識することが大事なのだ。

つまり自己覚知とは自分をあるがままに受け入れること。そしてその感情をコントロールすることであり、自己覚知のない人は、自分の怒りが深刻な問題にならないように上手く制御し管理することは不可能であることを理解すべきだ。

アンガーマネジメントをいくら学んでも、「自己覚知」のない状態のテクニックは付け焼刃でしかない。いざという時に使い物にならないのである。

だからこそ日常的に職員教育の場で、「自己覚知とは何か・なぜそれが必要か・どのようにしたら自己覚知につながるのか・自己覚知を常に意識できる研修スタイルはどうあるべきか」についてしっかり考えてほしい。

このあたりは希望に応じて、僕の講演内容に取り入れて話をしているので、是非講演希望の連絡を頂ければお手伝いしたいと思う。

今日のブログで論じた事件の現場でも、「自己覚知」について、もっと真剣に学び取る場があれば、状況は変わっていたのではないかと考えるのである。
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死刑囚の告白〜Sアミーユ川崎幸町3人殺害事件の真相


神奈川県川崎市の有料老人ホーム『Sアミーユ川崎幸町』で、入所者3名を3階のベランダから投げ殺した事件(2014年)について、昨日から今井死刑囚の犯行を認める告白文の内容を報道する記事がネットをにぎわせている。

死刑判決を受けていた今井隼人被告(30)が、最高裁への上告を取り下げた件については、「川崎老人ホーム連続殺人事件被告の上告取り上げ報道に触れて」で解説・論評している。

そこでは、上告取り下げの理由もただ疲れたというだけで具体的ではなく、なおかつ事件の真相にも触れずに被害者への謝罪もなく、さぞ遺族の方々は悔しい思いだろうという意味のことを書いた。

しかしその後、今井死刑囚の上告取り下げ理由と、犯罪動機・事件への後悔の念と謝罪の気持ちが綴られた告白文がネットで公開されていることが分かった。

死刑囚への取材を続けるノンフィクションライターの高木瑞穂さん(47)が5/31、自信の投稿サイトNoteに、川崎唐人ホーム殺人事件で死刑が確定している今井死刑囚が執筆した告白文を公開したものである。
今井死刑囚の手紙
そこには犯行動機として、「入居者がいなくなることによって、全体の入居者数と業務量が減ることは事実。そういった気持ちからやったのかもしれない」・「(専門学校で身に付けた心肺蘇生法の)技術を周りに見せつけたいとの気持ちが強くあった」と綴られている。

業務負担の軽減を目的にした殺害動機・・・それはあまりにも理解し難い動機である。救急救命士という資格を持つ今井死刑囚が、その技術を見せつけようとした自己顕示欲からの殺害動機というのも、転落死させては救急救命もままならないだろうと思え、これも理解しがたい。・・・そもそも身体に障害を持つ高齢者を、3階から転落させて、「死ぬとは思わなかった」という感覚自体が理解不能である。

おそらくこの犯行には、同死刑囚の発達障害とも思われる心的要因が関係しているのだろう。そこから発生した常人には理解できない、「心の闇」が深く事件と結びついており、その複雑な心情については、本人と言えど言葉で表すことができないものなのだろうと思う。

よってどのように考察を深めようと、同じ事件を防止できるような教訓を得ることなんて不可能だと思う。

介護事業経営者などの関係者は、自分の経営管理する職場に、このような人物が存在しないことをただ祈るしかないという思いではないのだろうか・・・。

告白文中には、「いまは転落させてしまったことについて、ただただ申し訳なく思っています。」という一文が見られる。

遺族の方々にとって、それはあまりにも軽い謝罪の言葉にしか思えないかもしれない。だが同死刑囚が上告審を争うことをずっと悩み、その悩みが限界に達して上告取り下げに至ったこと、そして告白文の中に謝罪の一言を遺していることを、怒りと苦悩を少しでも和らげる要素として受け入れていただければと願うばかりである。

もし重ねて願うことができるとすれば、今井死刑囚に対して、謝礼を伴う取材元への告白文だけで謝罪するのではなく、遺族の方々に直接お詫びの言葉を送る努力をしていただきたいと思う。

改めて本事件の被害者の方々のご冥福をお祈りし、このような事件が二度と起きないことを祈念したい。合掌。
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川崎老人ホーム連続殺人事件被告の上告取り上げ報道に触れて


2014年に川崎市の有料老人ホーム『Sアミーユ川崎幸町』で、入所者3名を3階のベランダから投げ殺した罪で、死刑判決を受けていた今井隼人被告(30)が、最高裁への上告を取り下げたと5/15に報じられた。
(※事件詳細は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の川崎老人ホーム連続殺人事件を参照していただきたい。

これによって今井被告の死刑が確定し、あとは執行を待つだけになったわけである。

上告の取り上げ理由について、今井死刑囚から手紙を受け取ったテレビ朝日は、同社のニュース番組の中で、「ここまで長く戦ってきて気持ち的にも疲れがたまっていました。限界であると思い上告の取り下げをしようと考えています。」と、送られてきた手紙に書かれていた言葉を伝えている。

しかしこの言葉には合点がいかない。

一審や控訴審と異なり、上告審は被告自身が出廷して尋問を受ける機会はほぼない。最高裁による審議の結果を待つだけの期間に、気持ちの疲れを理由に、その期間さえなくしてしまう意味が果たしてあるのだろうか。

上告取り下げには別に真意があるのではないのか。例えば贖罪の気持ちはなかったのか。

もしそんな気持ちが一片もないとしたら、亡くなった被害者や遺族は救われない思いではないのか・・・。
テミスの剣
この被告は、裁判で一度も罪を認めていないわけである。逮捕直後はいったん犯行を自供しているが、それは「マスコミから母親を守ってやると捜査員に言われ、やってもいない犯行を自供してしまった」という理由だと後の裁判で述べている。

よって犯行動機も自供されていないし、被害者や遺族への謝罪の言葉も一切ない。

控訴審最中に書かれた今井被告の手記は、本件が「冤罪えんざい」であると強く主張する内容となっている。

しかし事件の被害者は3名とも自力ではベランダの柵を自らとび越えることは困難な状態であった。しかも事件があったすべての日に、夜勤に就いていた職員は今井被告ただ一人だった。さらに自供には事件の当事者でしか知りえない情報が含まれているとも言われており、本件が冤罪である可能性は極めて低い。
それにしても2件目の転落死が起こった際に、対策はできなかったのだろうか。同じような転落死が、同じ職員がワンオペ夜勤の日に発生しているのだから、この際に事件を疑って何らかの対策を講じておれば、少なくとも3人目の被害者は生まれなかったのではないかと、つくづく残念に思う。

そのような背景の中、気持ちの疲れという理由だけで上告が取り下げられ、犯行動機も不明のまま被告が死刑台の露と消えようとしている。・・・遺族は納得できない思いだろう。

介護を受けるために住み替える場所とは、本来ならば、人生の最終ステージを含めて安心して暮らしを送るための場所であったはずである。そこが安住の地ではなく、恐ろしい殺人鬼がひとり夜勤をして殺人を繰り広げる場所であったのである。

運悪くそのような場所に住み替え、被害に遭った方々は、なんと不幸で理不尽な出来事であろうか・・・。ただただご冥福をお祈りするしかない。

そして私たちが介護サービスを提供する場から、そのような要素をすべて排除して、安心して安楽に過ごせる場所にする努力を続けるしかないと思う。
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内部告発者の正義は護られたと言えるのか・・・。


もしあなたが組織内部で、他の従業員が利用者を虐待している事実を把握したらどうしますか?

利用者や家族が虐待を受けたという訴えをしているのに、それを組織内で握りつぶして、訴え自体をなかったことにしようとしていることを知ったらどうしますか?

普通の感覚ならそうした事実を知った場合、証拠となる記録等を添えてしかるべき機関なり、窓口なり、担当者なりに訴えると思います。

しかしそんなふうにして事実を告発して改善しようとし、証拠となる内部資料を持ち出して公益通報したのに、それが就業規則違反だとして懲戒処分を受けたとしたら・・・あなたはどう考えますか。

そのような懲戒処分は、単に事実を隠蔽して知られたくない事実を闇に葬ろうとする行為だと憤りませんか。臭いものにふたをして終わらせようとする卑劣な行為だと思いませんか?

しかし実際にそのような行為が、京都市という公的機関を舞台に起こっていたのです。

事件の発端は8年前に遡ります。2015年に京都市の児童相談所に勤務していた男性職員が、京都市が性的虐待に関する相談を放置していることを把握し公益通報しました。

もっと具体的に書きます。通報した男性職員は当時40歳代で、児童相談所に勤務していました。そこに市内の児童養護施設の元施設長が入所者の少女に性的虐待をしようとしたという相談がもたらされたのです。ところがその相談が表ざたにされることなく、児童相談所内で放置されてしまっていました。そのことに気が付いたこの男性職員は市が設けた外部の窓口に通報したものです。

ところが京都市は、この職員が通報するにあたり相談記録を自宅に持ち出したことが就業規則違違反に当たるとして停職3日の懲戒処分としたのです。

これに対し懲戒処分を受けた職員が、「資料の持ち出しは『公益通報』を目的として行われたものだ」としたうえで、「処分は重すぎる」として訴訟を起こしたところ、2021年1月、最高裁判所で原告の訴えが認められ、当初の「停職3日の懲戒処分」という処分は取り消されました。
主文
その際の判決主文を参照してください。

ところがこの判決が出された後の京都市の更なる判断が物議を呼びます。

京都市は処分について改めて検討した結果、内部資料を自宅に持ち帰って保管し、その後、無断で廃棄したことは市の管理基準に違反するとして、2021年4月13日付けで男性職員を懲戒より軽いけん責の処分としました。

改めて処分を受けたことについて男性職員は「京都市からは停職の懲戒処分が誤りであったとの謝罪は一切なく、また苦しめられるのかと思い、納得がいきません。資料の持ち出しは隠蔽が行われるのではないかなどの不安を抱き、自宅以外に適切な保管場所を思いつかなかったためです。廃棄については、了解を得たものと理解していましたが、判決で軽率と指摘されている点については反省しています。犯罪行為を見逃すことはできなかったので、公益通報をしたことへの後悔は今もありません」とし、市から受けた懲戒処分は違法などとして、市に計約620万円の損害賠償を求めました。

その訴訟の判決が先週27日、京都地裁であったのです。

本裁判における判決で裁判長は、違法な懲戒処分で男性が精神的苦痛を受けたとして、市に約220万円の支払いを命じました。そのうえで改めて市の処分の違法性を認定しています。処分がなければ、男性職員が最高裁まで訴訟を続ける必要はなかったとして、処分取り消し訴訟にかかった弁護士費用と慰謝料の支払いも命じています。

このように裁判結果は、原告である告発者の勝訴という形で終わりました。それは京都市の懲戒処分が不当であると裁判所が断罪したという意味でもあります。

そのことはとても良かったと素直に思います。正義がまかり通った判決と評価もします。不正を公にするために書類を持ち出すことまで懲戒対象になるなら、不正は隠し放題になりますから・・・そうならなくて本当に良かった。

しかしこれですべて、「めでたし・めでたし」ということになるのでしょうか。終わりよければすべて良しという結果だと言えるのでしょうか。

僕にはどうもそう思えません。なぜなら原告は自ら所属する組織を訴えて、勝訴したことによって、組織自体にダメージを与えたとのレッテルを今後も貼られ続けられる恐れがあるからです。

内部告発者を護ろうとするどころか、懲戒処分にしようとした組織の中で、内部告発を行った人が健全に所属し続けられるでしょうか・・・。昇進などに影響はないでしょうか?

告発者が今後定年まで、京都市という組織の中で、いわれのない中傷を受けることなく勤め続けられるかと考えたとき、それは決して保障されていないし、場合によっては茨の道を歩まねばならないのではないかと危惧します。

そんな僕の危惧が、取り越し苦労に終わることを期待します。

それにしても内部告発者をつぶそうとするかのような、今回の京都市の対応には憤りしか感じられません。その民度の低さ、醜い隠ぺい体質をどうにかしろと言いたくなります。
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命綱を切る介護であってはならない


先月、道内旭川市の住宅型有料老人ホーム「グレイス神居」で虐待行為が発覚した。

虐待と認定された内容とは、下記の行為である。
・2021年5月から22年9月の夜間に複数回、職員が1フロアの入居者約10人の居室のナースコールを鳴らない設定にし、介護を放棄した。
・2021年の夜間に数回、職員が一部の居室でドアの取っ手の下に外側からテーブルを置き、ドアが開かず入居者が自由に出られないようにした。


虐待の発覚は市民情報だったそうだ。そのため旭川市は昨年9月から今年1月にかけて監査を行い、運営会社に2/3付で老人福祉法に基づく改善命令を出している。(参照:旭川市福祉保険部指導監査課の命令文

施設側は、「虐待などの意図からではなく、利用者が勝手に外に出てケガをしないようにと考えての事だったと思う」と苦しい言い訳をしているが、部屋に閉じ込めることがそのような理由で正当化できるわけもなく、ましてやナースコールを切った理由にはならない。

同社は今月3日に謝罪文書を入居者家族に送付し、3月中に説明会を開くとしている。
グレイス神居
虐待のあった有料老人ホームは住宅型であり、特定施設の指定を受けた介護型ではない。その為比較的介護の必要性が薄い人が入所しているのではないかと思われる。しかし利用者にとって、何かあった際のナースコールは、「命綱」であることは、どのような施設であろうと、どんな状況であったとしても変わらない。

そのコールを受けないようにすることは、介護を放棄したしたというだけにとどまらず、利用者の方々の身を護ることを放棄したということに等しい。場合によってはそのことは命の危険に及びかねない。

この有料老人ホームで虐待が起こった時期は、ちょうどコロナ禍から1年を経た時期である。このころ各地の介護施設・居住系施設では面会制限が長期化し、世間一般の目が届かない状況が当たり前になり、密室化することでなんでもありの状況が生まれかねないのではないかという懸念が生じていた時期でもある。

果たしてこのホームの運営会社、ホームの管理者・職員に世間の目が届かないことによる感覚麻痺が生まれてはいなかっただろうか。制限をできることを当たり前と考えることによって生じた不遜な考え方が、不適切な行為に結びついてはいなかったのか・・・。

虐待とは無縁と思える他の介護関係者も、コロナ禍による制限ありきの介護事業経営・運営の中で、「介護の常識は、世間の非常識」という状況が生まれていないかという検証作業が早急に求められるのではないか。そんなことを考えざるを得ない。

それにしても介護施設等の、「ナースコール」・・・。ほかに呼び名はないものだろうか。

医療機関と異なり、その通報は看護職を呼び出すものではなく、多くがケアを求めるコールだ。

その中には、「寂しいの、私のそばに誰か来て」という願いにも似た心の叫びが含まれている。だからこそ「ナースコール」という乾いた響きの呼称ではなく、利用者の心の叫びが伝わる言葉で表現した方が良いのではないかと思ったりする。

かといってケアコールでは芸がない。何か良い言葉はないものだろうか。

良い言葉・新呼称を思いついた方は、是非コメントをお願いしたい。
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悲劇の舞台に自らを立たせないためにできること


僕がケアマネ実務をしていたのは、介護保険制度開始直後の2000年からの数年間である。

その際は、社福の相談室長を兼務していたので、自分自身が施設サービス計画書の作成実務をはじめとしたケアマネジメント実務を行いながら、他の施設ケアマネと居宅ケアマネ両者のスーパーバイザー役も務めていた。

その時、僕が用いていたアセスメントツールは、現在のインターライ方式である。
※当時は施設版はMDS-LAPS、居宅版はMDS-CAPS-HCと呼ばれていたが、現在はインターライ方式として両者が統一されている。

インターライ方式は、要介護高齢者等にに起こりやすい問題領域を27領域に分けて設定して生活課題を引き出す方法を取っているが、この問題領域設定につながる「トリガー(引き金)」として、「利用者の身体の痛み」を重視している点に特徴がある。

その方式を使い始めた当時の僕は、40歳になったばかりだったから、慢性的な体の痛みというものを実感として感ずることはできなかった。ただ単にインターライ方式のロジックが痛みにトリガーするようにできているんだと感じただけである。

しかしそれから20年以上経って、慢性的・持続的な身体の痛みというものが実感としてわかるようになると、それがいかに暮らしに影響しているのかが理解できる。

膝や腰の痛みがあることが当たり前になると、無意識のうちにその痛みが軽減できる動作を取ろうとして、不自然で遅い動作に繋がっていくのだ。厭う動作も多くなっていく。この点の理解ができると、より深い課題解決の視点が見えてきたりする。ここは、「老いる」という経験をしないとわからない点かもしれない・・・。

どちらにしても自分も確実に老いている。過去に高齢者の特徴だと感じていた現象が、自分の身の上に起こってくるのだ・・・。そう考えると、認知症・認知機能低下も自分と縁遠いものではないと思うし、認知機能が正常なうちに自動車の運転免許は返上する必要があると思うようになった。・・・その時期は70歳を目安にすべきか、それ以上か・・・。

というのも、僕が長年所属していた社会福祉法人の母体は医療機関であったことに関係している。そこは精神科が中心でベッド数も550床あり、様々な人たちが入院していた。

その中には自分が運転する車で、自分の最愛の孫を自宅前でひき殺してしまった認知症の人が居る。

事故当時も認知症があるにもかかわらず、手続き記憶が残っているために運転動作ができてしまうために起こった悲劇だ。(参照:手続き記憶だけでは運転できない車を作ってください
徘徊の理由
その方は、自分が孫をひき殺すという事故を起こした記憶も失って、可愛い孫がいたという記憶だけが残り、終日認知症専門棟内を孫の姿を求めて徘徊している。

しかし愛する我が子をひき殺された両親(徘徊男性の長男夫妻)は、この方の面会に来ることはなく、一切の縁を切っているように連絡にも応じてくれない。

認知症が原因となった悲劇によって家族関係が絶たれてしまったわけである。

こうした悲劇の舞台に自分が立つようなことがことがないように、自分自身で運転からの勇退の時期をきちんと決めておく必要があると思う。

そういえば先週金曜日(2/17)にも、認知症が原因ではないかと疑われる交通事故が起きている。神奈川・横浜市で、乗用車が次々とバイクや車に追突し、4人が重軽傷を負った事故で警察は、現場から逃走し、乗用車を運転していた78歳の男を、ひき逃げなどの容疑で逮捕している。しかし容疑者は、「車を運転して散髪に行きましたが、事故を起こした記憶もなく、逃げたという認識もありません」と容疑を否認しているそうである。

容疑者が事故後に何食わぬ顔で散髪をしている事実と照らし合わせると、この供述はとぼけているのではなく、認知症で本当に事故の記憶を失っているためであることが考えられる。

そうであればまた別の意味で深刻な事故ということになる。

社会全体で高齢者の運転と、認知機能低下による悲劇という問題を議論する必要があると思うが、何よりもまず、60歳を超えたならば、自分の運転からの勇退時期をしっかり決めておくことが大事ではないのかと思う。

とりあえず僕は、今年の誕生日から毎年、二人の息子に自分の運転能力は大丈夫かを確認しながら、今年の誕生日以降も運転を続けるべきかを検討したいと思う。
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制度はすべての人を救えないが・・・。


昨日、北海道釧路地裁帯広支部で一つの判決公判が開かれた。

そこで判決が言い渡された被告とは、昨年11/4、十勝管内音更町で72歳の妻の腹部を包丁で刺すなどして失血死させた夫(72歳)であった。

下された判決は、懲役2年6カ月・執行猶予5年(求刑懲役3年)というものだった

実はこの殺人事件とは・・・妻に頼まれて殺害した嘱託殺人罪であり、「苦渋の決断に至った経緯や動機には同情する余地がある」として執行猶予のついた判決につながった。
裁判
事件要旨は下記の通りである。
------------------------------------------------------
夫婦は一軒家で2人暮らしであった。被害者である妻は1999年、抑うつ状態と診断されていたが、昨秋以降、症状が悪化し、包丁で自身を刺すよう促したり、ネクタイで首をつろうとしたりと自殺行為を繰り返した。

夫は2018年に脳卒中を発症し、右半身にまひがある中で妻の介護をしていた。夫は証言台で、「妻は優しいから、私が病気になりストレスをため込んでしまった」と述べており、妻は精神を病んでいる自分を、障害を持つ夫が介護しなければならない状態となったことが、さらに心の負担となって、自分さえいなければ夫も救われると思い込んで死を求めたものと思われる。
------------------------------------------------------
制度ですべての人を救うことは不可能である。そして制度の光をあまねく地域へ届くべく活動する地域包括支援センターなどの機能にも限界がある。地域のすべての介護問題を発見・解決することは不可能である。

だからと言って、「仕方ない」と言って、こうした事件から教訓を得ようとしなければ、何も変わらない。悲劇は繰り返されるだろう。

そうしないように、こうした事件の経緯を振り返って検討することは必要だと思う。それは誰かの責任を問うのではない。

例えば、周囲の人々が何かできる余地はなかったのか、あるいは必要な社会資源をつなげる方法はなかったのかを検討する必要はあるだろう。

本ケースでは被告となった夫が2018年に脳卒中を発症している。右麻痺になっている状況をみると、この時点で入退院が行われたと想像する。すると退院支援の最中に、二人暮らしの家庭に残されている妻に、抑うつ状態の既往があることがわからなかったものだろうか。

もしわかったとしたら、妻による夫の介護は難しいだろうと想像できる。夫には介護が必要ではないとしても、夫の状態変化で妻のストレスが増して、抑うつ状態が悪化することも容易に想像でき、何らかの介入が必要だと考えられたのではないだろうか。

そこで支援介入ができなかったとしても、その後、問題発見につながる可能性が高い大きな事象が起きている。

それは妻が自殺未遂をして病院に緊急搬送されたことである。この時点で夫婦二人世帯に隠れていた問題をあぶりだす機会はあったはずだ。

この自殺未遂という明確なSOSに気付き、自殺のリスクが極めて高い状態にあったことを問題視して、専門家が介入する余地はなかったのだろうか。そのことが今後検討される必要があるだろう。

そのようにして自らSOSを発することができない人に対する、「アウトリーチ」の方法もさらに検討されなければならない。発見できる福祉は、実現不可能ではないはずだ。

当事者が自ら救いの手を差し伸べてほしいと訴え出られるような方法・・・何か大変そうだと思われる人に気が付いた人が気軽に相談できる窓口。地域包括支援センターが、より発見できる機関になり得る方策。居宅介護支援事業所の介護支援専門員に、こうしたケースがつなげられる体制。・・・そうした事柄を地域ケア会議等で話し合うことも必要ではないか・・・。

どちらにしても、夫婦の最終的な愛の形が、「嘱託殺人罪」で幕を閉じる社会はあまりにも哀しい。

そうならない社会を目指して、私たちができることはないかを考え続ける必要があると思う。
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社会福祉法人理事長はなぜ責任を取らないのか?


非課税法人である社会福祉法人に対する批判として、最も多く指摘されている点が、「同族経営」と「事業零細」である。

どういうことかと言えば、一族で経営権を独裁する個人商店的な社会福祉法人が、行政事務の受託的な業務だけを行って、公費や介護保険料を財源とした費用を受け取っているだけで大きな利益を得ているのも関わらず、収益を溜め込んで社会に還元しない姿勢が問題視されているのである。

数ある社福法人の中に、そんな法人があることも事実であり、その批判をきちんと受け止める必要がある。そうならないように社会貢献にもきちんと努めていく意識を持たねばならない。

そういう意味で、「道内の社福が行っていた問題に関する嫌なニュース」で糾弾した社会福祉法人の理事長には、社会貢献とは何ぞやと問いたいと思う。

それにしても社会福祉法人の理事長に、器の小さい人間が多すぎると思う。

同族経営している2代目・3代目の理事長がぼんくらで、経営能力がないだけではなく、社会の公器を預かっているという責任感に乏しい人間があまりにも多いと思う。

例えば、「西興部村虐待特養施設長の言い訳に見る問題の本質」という記事で論評した事件を起こした社会福祉法人「にしおこっぺ福祉会」。

施設長という人物のスキルにも大いに疑問符が付くが、それにも増して疑問なのが、なぜこの法人の斎藤理事長が責任を取らないのかということだ。

村内の二つの施設で、複数の職員が悪質な虐待を繰り返していながら、虐待を行った職員をそのまま勤めされておくという鈍感さもひどいが、自らその責任を取って辞職する姿勢が見えないのはなぜだろうかと思う。

言うまでもなく社法人のトップは理事長である。その法人内で職員が事件を起こした管理責任を取らねばならない立場だ。しかも今回は利用者の尊厳を著しく気づつけるという虐待行為を、信じられないくらい多くの職員が日常的に行っており、理事長の責任は免れず、その罪は万死に値すると言っても過言ではない。

即刻辞職したうえで、後進に法人改革を任せるべきである。
波濤
ところで僕が7年前まで勤めていた社福法人も今年不祥事事件を引き起こしてる。

先の国政選挙の際に、施設長と事務員が不在者投票で不正を行い罰金刑に処されている。その件について同法人の公式サイトでは、「職員の不祥事に関するご報告とお詫び」という文章を掲載している。

しかしこれもとかげの尻尾切りとしか思えない。国政選挙の支持候補なんて、社福法人の雇われ施設長が勝手に決められる問題ではないからだ。それは母体法人を含めたグループ全体で取り仕切る問題で、そのグループのトップでもある、社会福祉法人・登別千寿会の千葉泰二理事長(特定医療法人・三愛病院、理事長・院長)が最高責任者である。

罰金刑に処され、法人からけん責処分を受けた施設長は、僕が同法人の総合施設長を務めていた当時、老健施設の事務長を務めていた人物である。その人は僕のように理事長に逆らったり、意見を言えたりする人物ではない。

むしろ究極のイエスマンとして、そこまでのし上がってきた人であるから、彼が単独判断で公選法違反に問われるような行為を行ったとはとても思えないのである。明確な指示がなかったとしても、何らかの忖度が働いたのではないかと想像している。

どちらにしても自法人の施設長と事務担当部門のトップが罰金刑に処されるような不祥事を起こしたのにもかかわらず、その法人トップである千葉理事長が、何も責任を取っていないのは、無責任にもほどがあると言いたい。

僕が退職した後、理事長は特養の一室を改装して理事長室を設けたそうである。そんな無駄金を使ってまで、自分の部屋を創ったのだから、特養の運営には目を光らせていたはずである。その責任を取れと言いたい。

非課税という恩恵を受けたうえで事業経営をさせてもらっているのだから、その事業において利用者を物のように扱って、人の心や身体を傷つけたとしたら誰よりもその責任を重く受け止めて、きちんとした責任を取らねばならない。利用者や家族の信頼を失うような行為も同様に責任を取る必要がある。

選挙権という個人の権利をないがしろにするような不正につても、もっと重大な問題と捉え、トップが率先して責任を負わねばならない。

しかしそうしない社会福祉法人のトップが多くて情けなくなる。口出しはするが、責任は取らないのでは、従業員を護ることなんて念頭に置いていないことは明白だ。そんな法人に勤めていても未来はないと思う。

このところ社会福祉法人の不祥事が相次いでいる元凶は、理事長が責任を取らずに逃げて許されるケースがあまりにも多すぎるからではないのだろうか。
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道内の社福が行っていた問題に関する嫌なニュース


社会福祉」の概念は様々に示されているが、わかりやすくその意味を紐解くとすれば、「みんな(社会)が幸せ(福祉)になるための取り組み」という意味ではないかと思う。

その社会福祉の担い手である社会福祉法人は、「みんな(社会)が幸せ(福祉)になるためには、何をすべきか」を問い続ける組織運営をしなければならない。それも時代に沿う形で、文化国家としての我が国における今・現代の福祉レベルを担保する主体であるという気概を持たねばならない組織だと思う。

そんな社会福祉法人の姿勢が問われるような問題が、今朝の北海道新聞朝刊一面トップで報道されている。
12/19北海道新聞朝刊
檜山管内江差町の社会福祉法人「あすなろ福祉会」(樋口英俊理事長)が運営するグループホームで、知的障害がある男女の同居や結婚を認める際、男性はパイプカット手術、女性は避妊リングを装着する不妊処置を20年以上前から条件としており、拒めば退去要求を行っていたとのことである。(参照:『江差の「あすなろ福祉会」、知的障害者の結婚に不妊処置 20年前から条件化、8組に実施 拒めば退去要求』 ・『江差の元入居者「不妊処置受けた人5、6人知ってる」 会話はご法度、当事者は「泣き寝入り」』)

いつの時代の記事かと思うほど時代錯誤な対応ではないかと思ったというのが正直な感想だ。

この社福法人の理事長のインタビュー記事も道新Webで配信されている。(参照:不妊処置「ルール守ってもらう」 江差「あすなろ福祉会」樋口理事長の一問一答

リンク記事は数日後に消されるため、理事長の主張の要点を転載しておく。
・授かる命の保証は、われわれはしかねる。子どもに障害があったり、養育不全と言われたりした場合や、成長した子どもが『なぜ生まれたんだ』と言った時に、誰が責任を取るんだという話だ
・『子どもが欲しい』と言った場合、うちのケアから外れてもらう。強制するわけではない。うちが関わる場合は一定のルールは守ってもらう
・生まれた子どもを育てるために職員を雇っているのではない。われわれは障害のある当事者のケアはするが、生まれてきた子どものケアまでしなければならないのか。その法人の考え方、支援の幅でいいんじゃないか


この発言を通じて感じるのは、不遜・おごり、そして器量の狭さ・・・でしかない。

本来、そのどれか一つでも私たちの中に潜んでいれば、知識や技術もいつか自分を裏切るものである。

社会福祉法人という組織のトップを担う者が、人の幸せを追求する姿勢がないのは何とも嘆かわしい。

障害がある方々であったとしても、結婚適齢期の男女が暮らす場であれば、当然恋愛や結婚、そして出産という事柄に結びつくのは当たり前だと思う。その過程を支援するのは、社会福祉という以前に、「人の道」ではないのか・・・。それができない人、理解しようといない輩が、社会福祉の実践者であって良いはずがない。そんな輩が社会福祉の担い手を標榜して良いわけがない。

子どもを産み・育てる権利を簡単に奪う人、奪って当然と思う人が社会福祉法人の理事長職に就いている。・・・そのことを同じ道内の関係者として恥ずかしく思う。
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西興部村虐待特養施設長の言い訳に見る問題の本質


今年5月から6月に職員が入所者を全裸で長時間放置したり、羽交い絞めにするなどの虐待をしていたことが明らかになった北海道西興部村の障がい者施設を運営する社会福祉法人「にしおこっぺ福祉会」。

その法人が同じ西興部村で運営する村唯一の特養でも虐待行為が行われていたことが明らかになった。
虐待が行われたにしおこっぺ興楽園
その内容をネット配信記事から一部転載させていただく。
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HTB北海道ニュース - 12/13・ 18:59ネット配信記事より
去年3月、西興部村にある『にしおこっぺ興楽園』で、職員が入所者80人全員の裸や下着姿の写真を撮影していた問題。その写真は少なくとも160枚以上ありました。いったいなぜ、裸の写真などを撮影していたのか。施設側が取材に応じました。

にしおこっぺ興楽園 松岡晃司施設長:「何かあった時に画像を引っ張り出して、前日はけががなかったとか、そういう画像を撮ろうということだったんですけれども。」

すでに退職した前の施設長らが、入所者のけがが見つかった際に、いつできたか確認するため、写真を撮ることを決めたということです。しかし、その指示が他の職員に正しく伝わっていなかったと、施設側は説明します。

にしおこっぺ興楽園 松岡晃司施設長:「打ち合わせの時にちゃんとしたミーティングをしなかったものですから、画像の撮り方も、手とか足ではなくて全身の画像を撮ってしまった。職員の中でこれはダメでしょうという意見もあったんですけれど、それが上に行かなかった。」

この虐待があった翌日、村に問題を指摘する情報提供があり、写真はすぐに消去されました。道はこの施設に対し今年5月に是正勧告をしています。(転載ここまで
--------------------------------------------------------
この特養の虐待については、様々なメディアから報道されているので、事実関係については既に把握している関係者が多いことだろう。

上に転載した記事については、当該虐待施設の施設長が、虐待行為についてコメントした内容が詳しく報道されている。そこに注目していただきたい。

本件の虐待事案となった写真撮影については、「直前に入所者が骨折する事案があり、毎日のボディーチェックでは気付かなかったため、現状確認の目的で記録に残した」とその理由が明らかにされている。

それに対して松岡晃司施設長は、「手とか足ではなくて全身の画像を撮ってしまった。」と言い訳している。

僕にはこのコメントは当事者意識に欠ける責任感のないコメントに思えてならない。

事件当時の施設長は、すでに退職しているそうであるが、現施設長としての責任感があまりにも薄いような気がする・・・この法人の危機管理意識の低さを垣間見る思いだ。

松岡施設長のコメントから垣間見えるのは、入所者のけがを見つけるためには、事前にけがのない体の状態の手足を撮影しておく必要があるのだということだ。そして全身ではなく、手足を撮影して、画像を保管しておく必要はあるし、それは不適切な行為ではないという意味だ・・・そんなことはあり得るのだろうか。

全国のどこの特養で、そんな撮影をしているというのだ?

問題の本質はもっとほかのところにある。それは利用者の骨折という重大な事故に気が付かない従業員の鈍感さだ。

仮に意思疎通ができない人が骨折して自ら訴えられないとしても、骨折部位は腫れて、通常の状態とは思えないほどの著変が見られる。発熱もあるのが普通だ。何より意思疎通ができない人でも、痛みは感ずる・・・骨折の痛みとは、我慢できるような痛みではないので、表情やしぐさに必ず痛みの訴えは現れるはずだ。

そんな状態に気が付かない場所で、手足の状態を撮影して何の対処になるというのだろうか。骨折対策として、けがのない状態の身体状況を撮影しなければならないと思うその知識の拙さ、常識のなさ、感覚麻痺こそ改善しなければならない問題ではないのか。

そういう意味で、そうした考えに及ばない現施設長のもとで、この施設の状況が改善できるか甚だ疑問である。

この法人は、「辞められたら運営が回らない」という理由で、虐待が発生した2施設ともに、虐待に関与した職員を現在も働かせている。人手が足りないことを理由に、職員募集に応募してきた人を闇雲に採用しているという状態も見られるそうだ。

しかし障がい者施設で虐待を行った職員6人のうちの一人は、今月10日に入所者が夕食の時間になっても部屋から出てこなかったため、「早く部屋から出てこい」と怒鳴るなどの行為を続けていた。そのため12日から在宅勤務を命じられているそうで継続調査中という。

結局、そんな職員をやめさせられないことで、職場環境は改善しないし、虐待はより密室化し深い闇となって残ってしまう。

そんな場所で職員教育もまとめにできていないのが実情だ。

例えばこの特養では年に一度、権利擁護や虐待防止の研修を行ってきたというが、アリバイ作りのための形だけの研修を行っても意味がない。「こうしなければなりません」という掛け声だけでは誰も何も変わらない。実務に即して何が不適切なのか、その不適切行為が何を生むのかを具体的に示す実践論しか伝わらないのである。

こんな特養で、意識が低い施設長が旗を振っている状態を考えると、今後この特養で状態が改善する見込みは薄い。虐待とは言えなくとも、身体の小さな変化を見逃す品質の悪いケアが続けられ、不適切ケアもそこかしこに存在することになるだろう。本件のほとぼりが冷めたころに、また虐待事案が発生しないとも限らない。

少しでも志のある人は、このような法人に就職しようとは思わないことだ。そんなことをすれば自らの人としての生きる道を失い、品性を汚すだけに終わりかねないからだ。

はからずも本日午後2時より、「リブドゥコーポレーション主催オンラインセミナー心の通うケアを目指して 禅埖塰瓢澆里燭瓩傍瓩瓩蕕譴觴己覚知」というオンライン講演を配信する予定になっている。
リブドゥコーポレーション主催オンラインセミナー
こうした実務に即し、実務に即取り入れられる本物の虐待防止セミナーを受講してほしいと思う。

ただ話を聴くだけの講演では、受講者の行動を変えることはできない。心に響き、やってみようという意欲が湧き、介護の仕事ってきちんと行うだけで、こんなに素晴らしい結果をもたらすんだということが理解できる研修を受講しなければ何も変わらないのである。

ということで本日の講演では、ここに紹介した虐待事案も含めて考察しながら、介護の場から虐待という行為を完全になくすための、本物の介護の在り方を伝えたいと思う。受講予定のみなさま、画面を通じてお愛しましょう。
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信頼を失う介護には何が求められるか。


北海道のコロナ禍第8波はピークダウンの様相を呈しつつあるが、全国的にはまだピークに達していない地域が多いようだ。

そのような中で高齢者施設のクラスター感染は、12/5・0時までの直近1週間で723件となり、前週から48件増えた。増加はこれで7週連続となり第7波のピーク時に迫ってきている。

そのため面会制限が続けられている介護保険施設が多いが、社会の反応は必ずしも、「やむなし」というものだけではない。「家族を今施設にいれると、まともに会えなくなって可哀想」・「中に入れないだけに、どんな対応をしてもらっているのかわからなくて不安」という声も少なからず聴こえてくる。

このように外部の第3者の目が届きにくい介護施設でも、きちんと適切なケアサービスを提供できていることを証明しなければならない。サービスマナーの確立はそのための重要アイテムである。

そういう思いを込めて昨日、「陽だまり」という記事を書き、そこで道内西興部村の障害者支援施設における虐待事案も論評した。

しかしこの記事を書いている最中に、僕が住む登別市と隣接する白老町の老健施設での虐待報道が飛び込んできた。

白老町立介護老人保健施設「きたこぶし」で、複数の職員が入所者4人に対し、緊急性がないのに身動きしにくい介護衣を着せたり、四方を柵で囲んだベッドに寝かせたりする身体的虐待を加えた。さらに排せつ中の複数の入所者に「汚い」・「臭い」と暴言を浴びせたというニュースである。

さらにこの施設では、入所者2人の頭にたんこぶができているのを確認しており、「職員にたたかれた」と話しているという。おそらくこれも職員の暴力によるものだろう。
冬の一本松・美瑛町
続けざまに飛び込んでくる介護現場での虐待報道・・・世間はこのことを氷山の一角であり、隠された虐待がもっと多くあるのだと思うだろう。そして介護施設の多くが虐待と無縁ではないと思い込むのではないか・・・。

それは事実ではない。我々はそんな氷山ではないし、日常的に虐待を行っている施設が多数派ということでもない。しかしいくらそうはいっても、こうした虐待事案が月単位で見ると、必ずどこかで訪づされるという現実は、介護事業の信頼性を失わせることに繋がって仕方のない状態ともいえる。

この状態をどのようになくしていけばよいのだろう・・・。こうした虐待報道を受けて専門家と言われる人が、「原因は利用者軽視。もっと利用者に対する人権意識を高めて、尊厳を護るように意識改革せよ。」なんて評論しているが、言うは易し行うは難しである。

そんな評論などなんの役にも立たない。そもそも人権意識ばかり前面に出しても何も変わっていないことは歴史が証明している。人権意識を前面に出して、介護事業に携わる人間が人権を護る最前線に立っているような勘違いをさせるから、「施し」意識が抜けずに、上から目線で、「助けてやってる」的な対応がはびこるのである。

そうして介護支援者の心づもり一つで、何でもありの介護現場となり、簡単に利用者の行動制限を行う行為や、言葉による心理的虐待がなくならないのである。

人権意識も大事だが、その前にもっと意識させなければならないことがある。それは利用者はお客様であるという、「顧客意識」である。

我々の仕事は利用者がいることで成り立ち、利用者が居なくなれば運営費用も、我々の給与原資もどこからも入ってこないという、「ごく当たり前のこと」をしっかり意識し、お客様に対して失礼のない対応に終始するのが、対人援助のプロとして必要不可欠である。そういう意識をもっと強く意識させなければならない。

家族そのものにはなれない介護従事者が、介護支援の場で利用者に関わるときに求められる態度とは、家族と同じ遠慮ない態度ではなく、介護のプロとしての態度である。信頼のおける知識と技術に基づいた介護支援と接遇ができることである。

利用者によそよそしさを感じさせないように、タメ口を使い続けるような勘違いした職員がいなくなるように、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる職員教育を徹底することである。その教育になじまない職員は、介護の仕事に向かない人と判断して、別の職業を探してもらう覚悟も必要だ。

虐待防止のためには、「専門家や他施設の職員など外部に現場をチェックしてもらう仕組みが必要だ。」という意見もあるが、外部のチェックに頼るサービスの質は、外部のチェックが届かない場所に深く沈んで、闇を創る結果にしかならないことを知るべきだ。

このことに関しては、けっして妥協しないことが、利用者を護り、職場を護ることに繋がることを忘れてはならないのである。
事前申し込み不要無料視聴できるオンラインセミナーの紹介
人生会議
事前申し込み不要の無料で視聴できるオンラインセミナー「エンディングをデザインする〜人生会議」を12/16・14:00〜配信します。チラシ画像のIDとパスコード、もしくは張り付いたリンク先のチラシのQRコードをカメラで取り込んでZoomウエッビナーにつなげてください。つなぎ方ですがZoomが使えるPCやタブレット、スマホなどでZoomに入ります。そして各自のアカウント(無料登録してください)でサインインして画面右上の、「ミーティングに参加する」をクリックしてください。するとIDを入力する画面が出てきますので、IDを入れて参加するをクリックすると、パスワードを入力する画面になります。そこにパスワードを入力すると入室できます。マイクをミュートにして視聴ください。1/19の第2回目も含めてお見逃しなく。
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陽だまり


人が生きるためには、その人にとって柔らかな日差しと温もりがある場所が、どこかに存在している必要がある。

暗闇をさまよい迷っているときも、寒さにこごえ震えているときも、そこに行きさえすれば陽だまりができていて、不安も恐怖も悲しみも慟哭も消し去ることができる。

人間が長い人生を歩んでいるときに、そんな場所を欲するときがある。そんな居場所が必要になるときがあるのだ。

大学生時代、社会福祉学を専攻していた関係で、様々な困難を抱えて暮らしを送る人と出会った僕は、そんな人達もホッとできる場所がどこかにできないかと思った。

せめて社会福祉援助の場をそんな場所にしたいと思って、介護施設を経営する社会福祉法人に勤める道に進んだ。

それは僕の中では理想ではなく、かといって実現可能なゴールでもなく、単なる「思い」でしかなかった。だが、その思いと反するものとは徹底的に戦ってきた。その思いを邪魔するものとは争うことを厭わなかった。

そのために若い頃の僕は、ずいぶんとんがった嫌な奴と多くの先輩方から思われていたろうと思うし。しかも年を取った今現在も、相変わらず戦い続けているので、アンチmasaがたくさんいることを知っている。

でもそんなことはどうでもよいことだ。

思いが実現するかどうかはともかく、実現できない前に妥協してしまうことが一番駄目なことだと思っている。思いを現実に近づける途中で前のめりに倒れることはあるかもしれないが、機会と方法がある限り、消えない思いを追いかけようと思う。

そのために今も信じた道を進んでいる。その思いに共感してくださる人たちとつながりあって、答えを探し続けている。
陽だまり
私たちは、自分自身が光輝く太陽になる必要はない。私たちの役割とは、何かが発した光や誰かの温もりを、利用者に届けるために工夫をすることだ。

光の届かない場所に光を届ける工夫、光の届かない場所に居る人を光の届く場所に連れていく工夫、光のある場所の温もりをできるだけ護る工夫・・・。それができる人が本物の社会福祉援助者だと思う。

介護保険制度にしても、その他の社会福祉制度にしても、所詮は人間が作り出したルールに過ぎない。そんなものがすべての人の救いになるわけがない。

だがその制度を運用する人々が知恵を働かせて、制度の光の部分をできるだけ周囲の人々に届けることはできるはずだ。対人援助のプロとして、私たちはそうした立場で制度を運用する役割を与えられているのだと思う。

この国には、介護サービスを利用する必要があるものの、実際にサービス利用したとたんに、心身の障害を持つというだけで、年端のいかない人生の後輩である若い介護職員にため口対応されて悔しがる介護サービス利用者が存在する。

よそよそしくならないようにという屁理屈で、無礼ななれなれしい言葉遣いを直さない介護職員によって、心を殺される要介護高齢者がなくならない。

そんな偏見やバリアを、一つ一つ壊していくのが僕の役割だと思う。

そのためには特定の介護事業所の民度の低さ・特定の介護職員の知性の低さを遠慮せずに指摘しなければならない時がある。それも厭わずに続けていこう。そのことで誰かに忌み嫌わたとしても本望だ。

今週も北海道の障碍者支援施設を舞台にした虐待が明らかになった。今朝、僕は自分のフェイスブックに下記のように書き込んだ。
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オホーツク管内西興部村の障害者支援施設「清流の里」での虐待が明らかになっています。男性職員6人が男性入所者13人に対し、全裸で長時間放置するほか、器から盆にこぼれた食事を食べさせたり、病気により身体を動かしづらくなっているのに無理やり動かしたりするなどの行為です。

なぜここまで人は人を傷つけることができるのでしょうか?自ら職業として選んだ職場で、他人に誇ることができない仕事を続けて、楽しいことがあるんでしょうか?

障害者支援施設では、職員が暮らしの伴奏者ではなく、生活指導の教官と勘違いしている人も居ます。障害を持つ方にとって、施設は暮らしの場=逃げ場のない場所です。もっとそのことを重く考えて、利用者対応の在り方を根本から考え直すべきです。
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こんなことをつぶやかなくてよい社会にならないものだろうか・・・。悪や不正、暴力や非正義をすべて排除する社会は非現実的なのだろう。しかし僕たちの目の前から、少しでもそのようなものがなくなるように、できることをコツコツと続けていくしかないと思う。

傷ついた誰かがその心を癒し、ホッとできる陽だまりをなくさないようにすること・・・その方法を探し続けること・・・それが唯一僕たちができることだ。

そんな知恵と力しか持たない僕ではあるが、その意思を曲げずにその思いを広げるために、志を同じくする仲間とつながり愛たい。
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虐待の改善意思がないと運営停止された老健


大阪市の老健施設が虐待認定を受け改善勧告を受けた後も、繰り返し虐待を行い改善意思がないとして、運営停止処分を受けた。

運営停止とは、一定期間の全指定事業の活動が停止されることだ。

介護保険施設で過去に事業の一部停止処分(新規入所者受け入れができない)が下された記憶はあるが、全部停止された事例はあっただろうか?どちらにしても前代未聞の重い処分だ。

このような重い処分が行われた経緯を報道記事から確認してみよう。以下に報道記事を転載する。
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2022/11/15 09:00 朝日新聞デジタル配信記事より
入所者を殴るなど職員による虐待があったとして大阪市は14日、同市城東区の医療法人史隆会(出口晃史理事長)が運営する介護老人保健施設「幸成(こうせい)園」に対し、介護保険法に基づき、来年3月1日から半年間の運営停止にあたる処分(許可・指定の全部効力の停止)にしたと発表した。

市によると、今年5月、施設職員や入所者家族からの通報を受けて調査を実施。今年働き始めた男性の介護職員1人が、80代以上の女性入所者計6人に対して殴ったり、胸を触ったりするなどしたという証言を確認した。職員はすでに退職している。市は大阪府警に相談したという。

施設では2020〜21年にも、入所者への身体拘束や別の職員による暴言などがあったとして、市は計3回の虐待を認定。21年11月には改善勧告を出していた。今回の虐待を受け、市は施設管理者に改善の意思がないと判断し、運営停止にあたる処分を決めた。

入所者62人(10月1日時点)は、来年2月末までに施設を出る必要がある。(転載ここまで
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虐待改善せず運営停止となる幸成園
前述したように指定の効力の全部の停止(介護保険法77条1項各号等)とは、一定期間の事業活動の全部が制限されるという意味で、老健施設としての運営ができなくなるということだ。

そのため今入所している利用者は、運営停止の効力が発効される来年4月までに退所しなければならない。当該老健は運営停止処分期間経過後は事業を再開できる(※再申請は不要)というものの、経営的には大きな痛手だろう。

このような重い処分が下された背景というものは必ず存在するはずだ。現に入所してる利用者が、ほかの行き先を探さねばならないような処分が、軽々しく行われるはずはないからだ。

それほど過去から現在に渡る虐待認定行為がひどいものであったということだろうし、それに対して改善に向けた真摯な態度が皆無だとみなされたのだろう。大阪市の怒りが処分に直接現れているかのようだ。

それにしても3度にわたる虐待認定と、それに伴う改善勧告を受けた後も、繰り返される非人道的行為・・・たまたま態度の悪い職員が潜んでいたという問題ではなく、この老健の構造的な問題がそこに潜んでいるのではないかという疑念がぬぐえない。

改善勧告後の職員指導が行われていなかった可能性も高いが、どちらにしても虐待とはっきり認定される行為が長期間繰り返されているということは異常事態であり、実効性のある職員教育がまともに行われていなかったであろうことは容易に想像がつく。

特にサービスマナー意識を向上させるための取り組みは皆無だったのではないだろうか。そうでなければ複数の利用者に対し、「殴ったり、胸を触ったりする」行為がいとも簡単に行われるわけがないからだ。

老健施設は医師が経営し施設長も務め、医療機関での看護経験の長い職員が数多く雇用している。そのため医療機関における患者見下し体質にどっぷりつかって、利用者へのタメ口対応が当たり前のところも少なくない。(※筆者が1年間務めた、北海道千歳市の精神科医療機関を母体とする老健もそうだった

そのような体質にメスが入らないまま、利用者がお客様であるという意識も持つことができず、上から目線でマナーのない対応に終始しているところも少なくない。

その意識を変えないと、運営停止という事業経営を左右しかねない処分につながることが、本事件で明らかになったわけである。

老健関係者のみならず、すべての介護関係者が本件を教訓として、改めて介護事業におけるサービスマナー教育の必要性を自覚し、マナーあふれる対応でホスピタリティ意識を全従業員に芽生えさせて、適切かつ高品質な介護サービスを提供する土壌を作っていただきたい。

勘違いしてはいけないのは、虐待のない介護事業が優れているわけではないということだ。虐待を行わないことは、当たり前のことでしかなく、対人援助サービスが社会に求められている役割とは、関わる利用者の暮らしの質を向上させることなのである。

そのためには、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる考え方が必要である。

介護は、目の前の人を幸せにすることで、その背後にいる家族や親せきや知人が皆、どこかでそのことを喜んで幸せになてくれる仕事だ。介護はそんなふうに、「しあわせの樹形図」を描くことができる仕事であるが、タメ口対応をはじめとした、サービスマナー意識のない対応は、哀しみの樹形図を無限に広げる元凶になりかねないという一面もある。

大阪の老健では、「哀しみの樹形図」しか描けない人間が、暴力で利用者を支配していたのである。

その元凶となるものが、サービスマナー意識のない、日常の利用者対応であったということに、強い危機意識を持ってほしと思う。・・・すべての介護関係者が、そう感ずるべきだと思う。
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制度の影をアンタッチャブルにしないために・・・。


私たちが仕事をして報酬を得るサービスは介護保険法に則ったサービスです。よって法令ルールが適用されるのですから介護保険制度の詳細を知ることは必要不可欠なことです。

仮に保険外サービスで大きな収益を挙げているとしても、主たる業務は保険給付サービスに関する業務であり、法制度と切り離して保険外サービスを所管することはできません。そのため制度に精通することは保険外サービスを続ける上でも大事なことです。

当然、その制度は持続可能性を高めるために変えられていきますので、その議論内容や方向性を知る必要もあります。

しかしいくら制度に精通しても、自分以外の他者の暮らしに寄り添う対人援助サービスでは、「人間理解」という根底がなければ、私たちが寄り添う人を救うことはできません。

制度論を好む傾向のある人に対しては、それも良いのだけれど、もう一つ大事なことを忘れないでほしいと言っておきたいのです。

制度の光をあまねく人々に届けられるのは、制度に精通するだけではなく、人を理解しようする態度や、対人援助のプロとしての確かな援助技術が何よりも求められるのだということを、自分自身の戒めとして常に考えておく必要があります。

そのような思いを持たざるを得ない出来事が起きました。

介護事件ともいわれるその一報が届いています。
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11/3 (木) 13:29発ANNネットニュースより転載
2日夕方、神奈川県大磯町の漁港で79歳の妻を海に突き落として殺害したとして81歳の夫が逮捕されました。無職の藤原宏容疑者は、午後5時半ごろ、大磯町の漁港で妻の照子さんを海に突き落として殺害した疑いが持たれています。

警察によりますと、釣りをしていた人が人が浮いているのを見つけ、照子さんは病院で死亡が確認されました。照子さんの身元を確認していたところ、藤原容疑者の息子から「父が母を海に突き落としたと言っている」などと通報があり、夫である藤原容疑者が浮上しました。

取り調べに対し、藤原容疑者は容疑を認めていて「40年近く介護をしていて疲れた」「散歩に行こうと誘い、車いすごと突き落とした」などと話しているということです。照子さんは足が不自由で車いすを使っていました。
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制度の光が届かないところに影ができると言いますが、この事件の加害者と被害者となったご夫婦には、制度の光は届けられていたのではないでしょうか。
制度の光と影
40年もの長期間に渡って介護を続けていた夫が、22年前から存在する介護保険制度を知らなわけがないし、何らかのサービスを利用しながら介護を続けてきたと思うのです。

しかし制度の光が届かない真っ暗な闇とは別の場所にも、影は生まれてくるのだということを、この事件によって気づかされました。

光を浴びた影に、ほんの少しだけ存在する闇が、ふとしたはずみで感情のある人間の心理にしのび込む瞬間があるのでしょう。

この事件の加害者は、被害者となった妻を散歩に連れ出した時に、まさか海に妻を車いすごと突き落そうと考えていたわけではなかったのではないでしょうか。たまたま海の近くを散歩させていた時に、40年間の介護に疲れた思いと、これからそのことが何年先まで続くのか考えたときの絶望に似た思いが、心の隙に闇となってしのび込んだのではないでしょうか。

私たちソーシャルワーカーは、この闇に手が届くのでしょうか・・・。少なくとも制度サービスだけで、この闇を払うことはできないことを自覚しておく必要があるでしょう。

例えばケアマネジャーが、利用者に対して上から目線で自分が立案したサービス計画書の通りサービス利用して暮らして居ればよいと考え、その計画内容にいちゃもんをつける利用者や家族を排除しようとすれば、それは自らが闇になっているという意味であって、自分と同化して見えなくなる利用者の心の闇を見つけることはできなくなります。

だからこそソーシャルワーカーは、利用者と目線を合わせて、「ともに生きる姿勢」が求められるのだと思います。

他者からは決して伺うことができない利用者の思いを、いつも素直に吐露できる相手が、担当ケアマネジャーであるという関係性を築く必要があるのだと思います。だからこそ、「立派なケアマネになる前に、どうぞ感じの良いケアマネでいてください。」と思うのです。

そういうケアマネであれば、利用者の心にしのび込んだ闇を、利用者自身が素直に聞かせてくれるのではないでしょうか。

そのことによって、少しだけでも手が届く部分が増えていくのではないでしょうか。

私たちの仕事は、そういう小さな努力の積み重ねによって成り立つ仕事なのだと思います。
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特養でまた事件・人権教育をないがしろにする成れの果て


つい先日、東京都北区の特養職員が夜勤業務中に利用者の言動に腹を立て、殺害した後、逃亡先の札幌市で逮捕されるというショッキングな事件があり、「夜勤専任者が指名手配された特養の評判とその教訓」という記事で、人材の見極め人権教育をおざなりにするつけがいかに重たいかを指摘したばかりだ。

その記憶も新しいこの時期に、また都内の特養で、夜勤中の介護職員による利用者への暴行逮捕事件が起こった。

様々なネット報道から得られる情報により、明らかになった事件概要は以下の通り。
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事件の舞台となったのは、青梅市新町の特別養護老人ホーム「あゆみえん」。ここで9月13日午後7時10分ごろ、入所女性(93)に暴行を加えて重傷を負わせたとして、介護職員・森田航平容疑者(23)が傷害容疑で逮捕された。

容疑者は調べに「忙しい時に『トイレに行きたい』と介助の申し出があり、かっとなって5、6回殴ってしまった」と容疑を認めているという。

施設は取材に対し「被害にあわれた利用者とご家族に深くおわびいたします。このような重大な事件を起こしてしまい、誠に申し訳ございません。職員全員に権利擁護教育を実施して参ります」とコメントしているという。(※ここまでネット上の情報をつなぎ合わせてみた。
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この事件も夜勤時間帯に起こっている。おそらくフロア単位でみればワンオペ夜勤という状態だったのだろう。容疑者は、すべての行為を自分で判断し、自分の考えで実行できる状態だ。

一部の報道では、容疑者を介護福祉士としているものもあるが、正確な情報かどうかは不明。どちらにしても23歳という若者が、自分の職場である特養内で利用者に暴行するという、今後の人生を棒に振りかねないひどい事件を起こしたことになる。

しかもその動機が、「利用者がトイレに行きたいと言われたことに腹を立てた」というあきれた理由である。

介護職員の基本業務はADL支援である。その上にQOLの向上支援などを積み上げるのが介護という仕事であり、最も根底にある一番重要で、かつ当然しなければならないADL支援。その中でも排泄介護は、人の暮らしを護るために一番重要視されてよい業務である。その支援業務を差し置いて、何をしようとしていたのか・・・。「忙しいときに・・・」という理屈は、全く通用しないといえよう。

そもそもそのような理由で腹を立てる職員がいるという職場環境はどうなっているのか。(※参照:介護老人福祉施設 あゆみえんの口コミ・評判

排泄支援を差し置いて、忙しくて手が離せないとさせる何を指せていたのか。介護業務とは何たるかという教育がされていたのか・・・。人権教育はできていたのだろうか。

しかし実際に容疑者が行った犯行を鑑みると、そこには人権意識の欠片も感じられない。
枯れ花
彼は、誰かの心に咲く花になれない、枯れた花でしかない。そういう職員に夜勤を任せて起きた犯行であるともいえる。

被害者は車いす生活で、トイレに行く際には職員の介助が必要だったという。本人から被害の訴えはなく、事件翌日に別の職員が被害女性のあざに気づいて上司に報告し、上司が男から事情を聴いたところ、暴行したことを認めたため署に通報したという経緯から考えると、被害者は認知機能障害もあったと想像できる。

さすれば本人が被害を訴えらないことを容疑者が知っており、暴行がはかっくしないと高をくくっていた可能性も否定できない。そうであればなおさら悪質な事件である。

母体の社会福祉法人・徳心会の公式サイトでは、「特別養護老人ホームあゆみえん職員によるご入居者への虐待傷害事件について」という理事長のコメントが掲載されている。

しかし犯罪が起きてから謝罪しても、被害者にとって何の意味もない。被害者は今回事件で肋骨や左腕の骨が折れるなどの重傷を負ったとのことで、さらに身体機能が低下することが懸念される。それは一片の謝罪文で許されるような被害ではない。理事長や施設長は、経営責任や管理責任をきちんととるべきである。

そう考えると、こうした事件を起こさないような人権教育は、実効性の伴う内容でなければならないことが理解されると思う。表面上・形式上の教育では意味がないのが。

そうであれば人権教育とは、対人援助を行うにふさわしい適性を判断し、人間尊重の価値前提を理解できない人物を排除するということが伴う教育だということも理解してほしい。そうした覚悟がないと夜勤を伴う対人援助サービスなんて労務管理できない。

介護事業経営者や、管理職を務めている人たちには、どうかそういう覚悟をもって経営と管理に当たっていただきたい。サービスマナーの徹底を図る教育は、最も重要な基盤である。

実践的な、「サービスマナー研修」は、介護事業経営上、欠かすことのできない事業戦略上の必須事項であることを理解しなければならない。そうした研修定期的に実施するシステムを構築することを急がねばならない。

そうしないことには、いくら制度改正や報酬改定の内容を理解したとしても、介護事業はそれとは関係のないところで、足元から崩壊せざるを得ないのである。
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