masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

リハビリテーション関連

卒業が促される訪問・通所リハビリ


介護保険制度が創設された背景の一つには、増大する医療費を抑制するために、介護の仕組みを充実させることによって社会的入院などを減らす狙いがあった。

しかし社会的入院を完全になくすことは出来ないので、介護保険適用の療養病床を創設するなどして、医療費を介護給付費に付け替えることで、社会保障費支出を抑制しようとする方法がとられてきた。

高齢者に多い脳血管性疾患等の後遺症によるリハビリテーションモデルもその一つで、入院期間をできるだけ短縮し外来通院リハに切り替えた後、一定の移行併用期間を設けたうえで、医療リハビリから介護保険リハビリへ移行させることが目的化されている。

このようにリハビリテーションの領域でも、単価の高い医療サービスから単価の低い介護サービスへの付け替えをしようとするのが現在進行形の流れである。

その流れが益々加速されているのが2021年介護報酬改定であり、慢性期のリハビリテーションについては、介護保険給付のサービスであっても、医療系サービスから福祉系サービスへの移行を進めようというのが国の考え方である。

特に要支援者の介護予防サービスについては、長期間の医療系リハビリサービスはそぐわないとして、早期の福祉系サービス利用を促しており、介護予防訪問リハビリと介護予防通所リハビリについては、12 月を超える利用ケースの減算適用ルールが新たに設けられた。(下記参照)
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介護予防訪問リハビリ
指定介護予防訪問リハビリテーションの利用が 12 月を超える場合は、介護予防訪問リハビリテーション費から5単位減算する。なお、入院による中断があり、医師の指示内容に変更がある場合は、新たに利用が開始されたものとする。また、本取扱いについては、令和3年4月から起算して12 月を超える場合から適用されるものであること。
介護予防通所リハビリ
指定介護予防通所リハビリテーションの利用が 12 月を超える場合は、指定介護予防通所リハビリテーション費から要支援1の場合 20 単位、要支援2の場合 40 単位減算する。なお、入院による中断があり、医師の指示内容に変更がある場合は、新たに利用が開始されたものとする。また、本取扱いについては、令和3年4月から起算して 12 月を超える場合から適用されるものであること。
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実際に減算適用されるのは、早くとも令和4年4月からになるが、その影響は決して小さくはないだろう。

さらに介護給付の訪問・通所リハビリについても長期利用の抑制策が設けられ、通所リハについては、通所介護への移行を促す規定が新たに設けられており、改正された老企36号通知では、次のように規定されている。
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訪問リハビリ
指定訪問リハビリテーション事業所の医師が、利用者に対して3月以上の指定訪問リハビリテーションの継続利用が必要と判断する場合は、リハビリテーション計画に指定訪問リハビリテーションの継続利用が必要な理由、具体的な終了目安となる時期、その他指定居宅サービスの併用と移行の見通しを記載する。
通所リハビリ
・指定通所リハビリテーション事業所の医師が利用者に対して3月以上の指定通所リハビリテーションの継続利用が必要と判断する場合には、リハビリテーション計画書に指定通所リハビリテーションの継続利用が必要な理由、具体的な終了目安となる時期、その他指定居宅サービスの併用と移行の見通しを記載し、本人・家族に説明を行う。
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このように上記の両サービスは、利用を漫然と続けるのではなく、維持期で安定しているのであれば終了するか、他のサービス利用に移行することが促されているわけであり、通所リハビリについては、通所介護への移行圧力が益々強まっているということになる。

この規定が即、通所リハビリと通所介護の利用状況に大きく影響することはないだろう。しかしこの規定があることで居宅ケアマネジャーは、通所リハビリの長期的な利用はケアマネジメントの適格性が問われるのではないかと考えるようになるし、通所リハの長期利用の必要性の説明や、終了の目途などの説明を受ける利用者やその家族の中には、通所リハビリの利用は限られた期間においてしか利用できないのだという意識が生まれるだろう。

このように基準改正は関係者には少なからず心理的な影響を与えるだろうし、通所リハ関係者は、常に利用者の長期的利用の理由付けを考えながら、終了目安も設定していかねばならないことで、通所リハから通所介護への移行ケースは増えていくことになるだろう。

それにも増して通所リハ関係者が恐れることは、介護給付の通所リハビリテーション費も、長期利用減算が適用されるようになるのではないかというこ徒ではないだろうか。

しかしその懸念は現実化する可能性が高い。2024年の報酬改定では、この減算が必ず議論の俎上に上ってくると思え、訪問リハと通所リハからの卒業が促されていく流れは止まらないのだろうと予測する。

このことは通所介護事業と、その関係者には追い風となるかもしれない。顧客を今以上に確保して、規模の拡大につなげていくことができるからである。

そうであるがゆえに通所介護関係者には、通所リハビリを利用していた人が移行しても、不満を持つことのないサービスの質を担保していく必要があることを指摘しておきたい。

個別機能訓練の充実を図る必要もあろうし、他の事業所を長期間利用していた人が、気持ちよく利用できるサービスの質という意味では、従業員のサービスマナー教育も一段と重要となってくるだろう。そのことを決しておざなりにしたり、先送りしてはならないのである。

今からその備えができる事業所と、そうでない事業所の差は、数年先に必ず生ずるのである。

ということで、今日は卒業がテーマということで、コブクロの卒業を最後にお届けしよう。なんのこっちゃと言わないでほしい・・・。

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老健と通所リハビリの報酬改定について


今日午後5時40分から60分間の予定で、三重県伊勢市の医療法人さんに向けて、自宅からZoom講演を配信する予定になっている。

日勤の皆さんは17:30まで勤務とのことで、休む間もなく講演を受講する人が多いことだろうが、できるだけ有用な情報伝達に努めるので、ひと時僕の話に耳を傾けていただきたい。

テーマは老健と通所リハビリの報酬改定についてである。日ごろ実務に就いている専門家集団に向けての解説講演だから、報酬改定の表面上の単価だけではなく、中身についても深く切り込んで、事業戦略につながる情報や、その中で職員が心がけるべきことなどを含めて話したいと思っている。

今回の報酬改定は、改定率が平均+0.7パーセントであるが、「報酬改定の主な事項」の53頁には、「別途の観点から適正化を行った結果、引き下げとなっているものもある」と釘をさす文章も掲載されている。

老健も決して簡単に収益アップが期待できる報酬構造にはなっていない。

施設サービスは、栄養マネジメント加算14単位/口腔衛生管理体制加算30単位/が報酬包括されているため、現行の基本報酬部分に15単位上乗せされて初めて今と同じ単価であると言えるが、在宅復帰型老健の従来型個室でその単価を見ると、実質的にマイナス改定になっている。

短期入所療養介護も、医療ニーズのある利用者の受け入れ促進の観点から、要介護1と2の単価が下げられ、要介護3は現行報酬と同じ額、要介護4と5が引き上げで、プラスマイナスゼロになっている。ということは要介護1と2のショート利用者が多い老健は、基本部分だけでみれば収入が下がるということになる。

通所リハビリはプラス改定であるが、リハビリテーションマネジメント加算330単位/が報酬包括されているため、この分を差し引いて考えると、通常規模型の比較では、通所介護より改定率が低くなっているように思える。

どちらにしても老健は、基本部分だけでの収入増は難しいことを前提に、事業経営を考えていく必要がある。そのためにはまず、在宅復帰・在宅療養支援等評価指標が、訪問リハビリの重視等でポイントが変わっていることを踏まえて、単位数の低い区分に落ちないように対策するとともに、新加算や上位区分加算をくまなく算定していきたいところだ。

新設の科学的介護推進体制加算も単位数の高い加算供60単位/月)を算定するために、利用者の心身状況に加えて、疾病や服薬情報を送る必要がある。ただ老健場合は、既に通所リハと訪問リハの、リハビリテーションマネジメント加算靴了残衢弖錣、ほぼこの新加算の要件と同じであり、かつ新加算の要件より豊富な情報提供をしているために、この加算の算定に戸惑ったり、業務負担が著しく増えると感ずることなく、スムースに算定できるのではないかと思われる。

なおこのデータ提出の時期・頻度は、まだ正式に示されていないが、昨年5月に厚労省老人保健課から出された事務連絡に添付されている仕様書の6ページには、「連携頻度について」という記載があり、ここでは月1回を想定と書かれている。新加算が毎月算定できることを鑑みても、データ提出は毎月とされる可能性が高いのではないだろうか。

また施設サービスにおいては絶対に算定したい、「自立支援促進加算300単位/月」については、医師の常勤配置がある老健では問題なく算定できるだろう。

この加算は、医師が入所者ごとに、自立支援のために特に必要な医学的評価を入所時に行うとともに、少なくとも6月に1回、医学的評価の見直しを行い、自立支援に係る支援計画等の策定等に参加することが要件になっている。

そのため嘱託医師が週数時間しか勤務実態のない特養では、その時間がとれるのかが問題となり、もし時間がとれらとしても主勤務している医療機関等を別に持つ嘱託医師が、そのような業務に手を回す余裕があるのかという問題がでてくる。しかし老健の医師の場合、それは本来業務の範疇と言えるので、この部分での壁はなさそうに思える。

3月に一度の支援計画の見直しも、在宅復帰検討を3月ごとに行っている老健では、当たり前に行われていることなので、あとはLIFEへのデータ提出とフィードバック情報のPDCAサイクル活用という要件なので、さして問題なく算定可能だろう。この加算を算定するだけで50人施設で180万(年)の収入増だから、これを逃す手はないわけである。

セラピストの配置がある老健は、入浴介助加算も上位区分の供60単位/)の算定要件の一つとなっている、「利用者宅への訪問アセスメントと、その情報を勘案した計画作成」についてはハードルは高くない。むしろ問題は、「個浴その他の利用者の居宅の状況に近い環境にて、入浴介助を行うこと」という要件クリアできるかどうかである。「新設の入浴介助加算上位区分には意外と高い壁があります」という記事でこの問題を指摘しているが、集団的対応による入浴ケアでは、この加算上位区分は算定できないし、浴槽設備の問題も出てくるので、算定に向けた検討と準備は今から行わねばならない。

入浴介助加算兇鮖残蠅靴燭い箸いζ圧,鼎韻生まれ、職員全体でその方向を目指す過程で、集団的ケアから個別対応に脱皮できるというメリットも考えながら、ポジティブな方向性を見出していただきたい。

コストパフォーマンスも考慮したこうした検討を行いながら、必要な加算をくまなく算定していくことで、増収増益を図る必要がある。それが結果的に自分たち職員の待遇改善にもつながっていくからだ。

しかしそのために介護実務に携わる職員や、提出データのまとめや送信事務に携わる職員の業務負担は確実に増えるのだから、この部分で疲弊してバーンアウトする職員が出ないように、業務の在り方全般を見直して、特定の職員に負荷が集中しないように注意する必要がある。

この部分は事務長職やその他の管理職が見失ってはならない視点であろうと思う。

こうしたことを60分にまとめて話す予定だ。質疑応答は時間を特に制限していないので、できるだけ多くの疑問にも答えたいと思う。オンラインを通じて講演を受講する方々は、なんでも気軽に尋ねていただきた。

それにしても今この時期に、施設・事業所単位の職員研修としてこのような機会を創ることができる法人・職場は素晴らしいと思う。

そのような素晴らしい法人のお役に立てるように僕も頑張る所存だ。それでは受講者の皆様、夕方画面を通してお愛しましょう。
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リハビリの適用関係の明確化を望む


医療保険と介護保険の給付調整に関する留意事項及び医療保険と介護保険の相互に 関連する事項等について」では、医療リハビリと介護リハビリの適用関係について次のように定めている。

8 リハビリテーションに関する留意事項について
(1) 要介護被保険者等である患者に対して行うリハビリテーションは、同一の疾 患等について、医療保険における心大血管疾患リハビリテーション料、脳血管 疾患等リハビリテーション料、運動器リハビリテーション料又は呼吸器リハビ リテーション料(以下「医療保険における疾患別リハビリテーション料」という。)を算定するリハビリテーション(以下「医療保険における疾患別リハビ リテーション」という。)を行った後、介護保険における訪問リハビリテーシ ョン若しくは通所リハビリテーション(リハビリテーションマネジメント加算、 短期集中リハビリテーション実施加算又は個別リハビリテーション実施加算を 算定していない場合を含む。)又は介護予防訪問リハビリテーション又は介護 予防通所リハビリテーション(運動器機能向上加算を算定していない場合を含 む。)(以下「介護保険におけるリハビリテーション」という。)に移行した日 以降は、当該リハビリテーションに係る疾患等について、手術、急性増悪等に より医療保険における疾患別リハビリテーション料を算定する患者に該当する こととなった場合を除き、医療保険における疾患別リハビリテーション料は算 定できない。 ただし、医療保険における疾患別リハビリテーションを実施する施設とは別 の施設で介護保険におけるリハビリテーションを提供することになった場合に は、一定期間、医療保険における疾患別リハビリテーションと介護保険のリハ ビリテーションを併用して行うことで円滑な移行が期待できることから、必要 な場合(介護老人保健施設の入所者である場合を除く。)には、診療録及び診 療報酬明細書に「医療保険における疾患別リハビリテーションが終了する日」 を記載し、当該終了する日前の2月間に限り、同一の疾患等について介護保険 におけるリハビリテーションを行った日以外の日に医療保険における疾患別リ ハビリテーション料を算定することが可能である。ただし、当該終了する日前 の1月間に算定できる疾患別リハビリテーション料は1月7単位までとする。 また、医療保険における疾患別リハビリテーションが終了する日として最初 に設定した日以降については、原則どおり、同一の疾患等について医療保険に おける疾患別リハビリテーション料は算定できないものであるので留意するこ と。

要するに同一の疾 患等については、治療のため医療機関外来でリハビリを受け、診療報酬を算定していた場合に、その患者さんが介護保険の通所リハビリテーションなどに通うことになった場合は、介護保険リハビリを利用した日から2ケ月間は、外来リハビリと通所リハビリを併利用して、診療報酬と介護報酬をそれぞれ算定できるが、併用期間の2ケ月を超えた場合は、外来リハによる診療報酬は算定できないので、介護保険リハビリのみの利用となるという意味である。

しかしこのとき問題となるのは、言語聴覚療法である。通所リハビリにしても、訪問リハビリにしても、理学療法士や作業療法士によるリハビリは備わっていても、言語聴覚士が配置されている事業所はそう多くないことから、介護保険リハビリに移行後に、理学療法や作業療法については問題なくサービス利用できたとしても、言語聴覚療法を受けることが難しい利用者がおられる。

地域によっては、医療保険の言語聴覚療法しか使える資源がない場合もある。

そこで当該リハビリの医療保険と介護保険の給付調整について、適用除外や特例がないかと探したところ、千葉県言語聴覚士会ニュース(NO.24 2007年9月30日)に次のような情報が記されている。

言語聴覚療法において医療保険と介護保険の併用が認められる場合について、厚生労働省より日本言語聴覚士協会宛に回答がありましたのでお知らせいたします。以下の通りです。

医療保険と介護保険の併用については原則禁止となっておりますが、言語聴覚療法においては、以下のような運用になりますのでお知らせいたします。(厚生労働省回答)
なお、この件についてはQ&Aとして明記はされていません

医療保険において言語聴覚療法を実施している疾患が、失語症などの疾患別リハビリテーションの算定日数上限の除外対象疾患であり、当該算定日数上限を超えて疾患別リハビリテーションを行っている場合には、同一の疾患等であっても、
○ 言語療法を医療保険の脳血管疾患等リハビリテーション、
○ その他を介護保険の通所リハビリテーション
を実施することは認められる。

平成20年8月7日付、某県から厚生労働省保険局医療課への疑義照会より

問.医療保険において言語聴覚療法を実施している疾患が、失語症などの疾患別リハビリテーション料の算定日数上限の除外対象疾患であり、当該算定日数上限を超えて疾患別リハビリテーションを行っている場合には、同一の疾患であっても、言語聴覚療法を医療保険の脳血管疾患等リハビリテーションで、その他のリハビリは介護保険の通所リハビリテーションとして同時に実施することは認められるか。

答.認められる。言語聴覚療法は介護保険ではあまり提供されていないことから、医療の言語聴覚療法と介護の通所リハビリテーションとの併用は可能としてよい。疑義解釈資料 (その7) の問25を介護保険のリハビリテーションに置き換えて準用されたい。


このように国に問い合わせた結果、国としてのQ&Aは出していないが、一定の条件下で、同一の疾患であっても、言語聴覚療法を医療保険の脳血管疾患等リハビリテーションで、その他のリハビリは介護保険の通所リハビリテーションとして同時に実施することは認められるとしているのだ。

その一方で、新潟県はQ&A集を出して次のように回答している。

Q45 .利用者が介護保険のリハビリテーションに移行したものの、事業所に言語聴覚士 がおらず、言語聴覚療法が実施できない場合は、医療保険の言語聴覚療養法を併用 できるか

A45 .保険医療機関(医療保険)の言語聴覚療法を併用することはできません。 (厚生 労働省老人保健課に確認済み)


このように例外なく、介護保険リハビリに移行後は、言語聴覚療法も介護保険のリハビリとしてサービスを受けることになり、医療保険の脳血管疾患等リハビリテーションとして言語聴覚法を受けることを認めていないというのだ。

そして新潟県も国に問い合わせたうえで、このQ&Aを示していると明記している。

新潟県の回答と、千葉県言語聴覚士会の回答を比較すると、両者は180度違う回答を国の見解として載せている。これによって千葉と新潟のリハビリテーションの給付調整に違いが出ているという実態がある。

介護報酬と診療報酬は国定費用なので、この部分の給付調整にローカルルールが存在してはならない。

国の回答が、問い合わせを受けた担当者によって違うようなことはあり得ないし、この部分は国として統一したルールを示して、全国での取り扱いを統一してほしい。

言語聴覚法は、言語障害に対するリハビリテーションに限らず、食物の口腔摂取に関連したリハビリテーションとしても重要であり、それはとりもなおさず、食物が口腔から摂取できなくなった後のことを考えると、看取り介護・ターミナルケアにも影響してくる重大な問題であり、地域住民が住む地域によって、取り扱いに差があってはならないのである。

一日も早く、国が統一ルールを示してくれることを強く望むものである。

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理学療法士と作業療法士の違いを考えてみた理由


リハビリテーションの専門職といえば、理学療法士と作業療法士がまず頭に浮かぶが、両者の明確な違いを理解している人はどれだけいるのだろうか?

勿論、両資格をお持ちになられている当事者の方々は、その違いを明確に理解しているのだろう。しかし僕自身の中では、その違いはあいまいである。一般市民レベルでも、その違いを理解している人は少ないだろう。(というか、違いが分かっている人っているのかな?)

一般的には、理学療法士は筋力トレーニングなどを、マットや平行棒等を使って行う人で、作業療法士は手芸等の作業を取り入れた手指を使った訓練を行う人というイメージを抱いている人が多いようだ。

しかしそれはどうも誤った考え方らしい。少なくともそうした考え方は、両者の役割の実態を表すものではないようである。

介護保険制度が施行された当初、特養は機能訓練指導員を看護職員が兼務している施設が多かったが、常勤専従の機能訓練指導員を配置することによって、「機能訓練加算」が算定できるようになったことから、(現在は、配置基準のほかに、個別機能訓練計画の作成と、それに基づく機能訓練の実施により算定できる、「個別機能訓練加算」に変更されている。)専任の機能訓練指導員を配置する施設が、徐々に多くなった。しかしそれも看護師・准看護師を機能訓練指導員に専従配置して加算算定する施設が多かったように思う。

最近では、理学療法士や作業療法士を専従配置する施設が徐々に増えているが、作業療法士が配置されている施設や、通所介護事事業所では、作業療法士によるマット上の訓練や、器械を使った筋力トレーニングも行われているので、作業療法=手芸訓練という理解は、完全に間違っているということだろう。

ということで、インターネット検索で、両者の違いを調べてみた。ネット上のサイトによっては、いろいろな区分の仕方が掲載されているが、例えば、医療―教えてーgoo「理学療法士と作業療法士の違い」では張り付いたリンク先の回答がベストアンサーに選ばれている。

それらの情報から、両者の違いを簡単にまとめるとしたら、 理学療法士は、主に寝返りや起き上がり・立ち上がり・歩行などといった、人が起きてから寝るまでに必要な基本的動作の訓練や、温熱や電気などを使って、痛みなどにアプローチする専門職であるのに対して、作業療法士は、基本的動作を色々と組み合わせて、主に服を着る・調理する・趣味活動を行うなどにより、実際の生活を想定した応用的動作の訓練や、認知症を含めた精神の障害に対してのリハビリテーションも行うことができる専門家であるといえるのではないだろうか。

だからと言って、それらは微妙にまじりあっている部分があり、基本動作と応用動作を完全区分することも不可能だろうから、理学療法士が暮らしに応用する訓練を行うこともあろうし、作業療法士が基本動作の訓練に関わることもあるのではないだろうか。

例えば、転倒により大腿骨頸部骨折した高齢者の、入院から退院までの流れを考えると、骨折〜入院〜手術・治療〜リハビリ〜退院という流れになるのだろうが、この場合のリハビリテーションの開始期は、主に理学療法士によるリハビリテーションが行われ、退院に向けた終盤期は、主に作業療法士によるリハビリテーションが行われて、退院後の生活に結び付けていくことになるのではないだろうか。よってそのイメージは、骨折〜入院〜手術・治療〜理学療法士によるリハビリ〜作業療法士によるリハビリ〜退院となるのではないだろうか。

どちらにしても、僕の理学療法と作業療法に対する知識はこの程度である。つまりその知識は素人に毛が生えた程度にしか過ぎないというものであり、決して自慢できるような専門知識は持っていない。

にもかかわらず今年の2月、北海道作業療法士会の方から連絡をいただき、平成26年度室蘭支部企画研修の中で、作業療法士の方々に向けた講演依頼があった。研修会場は室蘭市で、すぐ近くだから休みの土曜日に数時間を割いてお話しすることはやぶさかではない。しかし作業療法の知識がない僕が、そのような場所で、専門職の方々にお話しできるようなことはないと考えたので、当初は丁重にお断りする方向でお話をさせていただいた。

しかし講演内容は、作業療法のことに関するものではなくてよいということで、たってのお願いということであった。そうであれば作業療法とは直接関連しなくとも、地域包括ケアシステムの中の保健・医療・福祉・介護連携という方向からなら、作業療法士の方々にも役立つお話ができるのではないかと考え、「地域包括ケアシステムにおける医療と介護連携を考える〜作業療法士に期待したい役割」というテーマで講演を行うことになった。

講演は8月9日(土)14:00〜16:00、室蘭市知利別町の老健施設・憩の講堂で行われる。

講演が近づき、テーマに沿った内容を考えてきたが、地域連携だけではなく、施設サービスや居宅サービスの中で、作業療法士が配置されている場合に、こんなことができるのではないかということまで含めた内容になった。

また、例えば高齢者が骨折等で入院し、リハビリテーションを行った後に自宅あるいは施設に帰ってくる際に、生活応用訓練として何がどのように行われているのかというリハビリ情報が入ってくる機会は少ないように思える。リハビリテーションの専門家ではない家族や、施設職員としては、どのような情報を求めているのかということも含めてお話ししようと思う。

作業療法士の方々がその専門性を、我々介護施設や介護事業者に適切に繋げてくれることによって、介護の質が向上していくのではないかという方向性も話してみたい。

その内容が、作業療法士の方々の研修会として的を射たものであるかどうかわからないが、自分なりに今考えていることをお話ししようと思う。

この講演会はオープンで、作業療法士会会員以外も、作業療法士ではない方も参加可能ということで、僕のフェイスブックでつながっているお友達の一人からは、事務局に問い合わせて参加することに決まりました、というメッセージが寄せられて来たりしている。

研修案内は、北海道作業療法士会主催研修からダウンロードできるので、参照いただきたい。

会員以外の方、介護関係者の方、一般の方で参加希望の方は、ここの下のほうに書かれている、「問い合わせ先」に連絡していただくと、参加できるそうである。

和歌山地域ソーシャルネットワーク雅(みやび)の皆さんが、素敵な動画を作ってくれました。ぜひご覧ください。


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暮らしの質に直結する座位姿勢


「座位が変われば暮らしが変わる」(中央法規出版)の著者、大渕哲也氏は、「介護は単に命を永らえさせるためのものであってほしくない。被介護者と介護者と、それぞれの人生をより豊かにする技術であってほしい」(同氏のホームページより引用)をモットーにしている越後のカリスマ理学療法士さんである。

そして大渕氏は全国から拘縮予防や座位姿勢調整の講師として引っ張りだこである。

大渕氏と僕の出会いは10年以上前に遡る。ネットを通じてコミュニケーションを交わしたのがきっかけで、僕が物書きとして業界紙に文章を書くようになったのも、大渕氏が日総研出版社の編集担当者に僕を紹介していただいたのがキッカケになっている。

大渕氏は、僕の施設にも来たことがあるが、その時はあいにく僕は不在。(ファイターズの日本シリーズ観戦で札幌ドームに行ってました。)ということで長年のお付き合いにも関わらず、まだ一度もお会いしたことがなかった。

その大渕氏が、全国高齢者施設看護師会主催のセミナー講師として、札幌で講義をすると聴いて、ぜひ受講したいと頼んだところ、講演主催者のご厚意により、僕と職員の2名を招待いただいた。そのため先週土曜日に講義を拝聴してきた。その会場で初めてお会いした大渕氏は、とても気さくな優しい方であった。しかも講義内容が目からウロコの「暮らしを創るケア」のヒントが満載で、わかりやすいものであった。そのおかげで、まだまだ介護サービス現場で頑張らなければならないと思える力をいただいた。

大渕さんのセミナー14
講義は午前と午後にそれぞれ3時間(10分の休憩が途中に入る)、合計6時間に渡るものである。

まず正しい座位姿勢がなぜ必要で、正しい姿勢とはどんなものかということが、身体メカニズムとともに説明された。

高齢者施設の利用者に多く見られる「すべり座位」(お尻が座面で滑って、座面の前にお尻が押し出され、ひっくり返ったような姿勢)は、本来座位の際に座面にあたるはずの坐骨結節ではなく、仙骨部が座面に当たり、褥瘡が生じやすい不良姿勢で、それは座位と呼べない、臥位であると指摘された。

そしてその姿勢は、身体各部位に必要以上の圧迫・屈曲を強いる姿勢で、筋緊張を増幅させ、高齢者に辛い姿勢を強いるもので、そのために表情も険しくなることを教えられた。さらにその姿勢は、身体変形の増悪を促進させ内臓機能にも悪影響を与えることや、褥瘡の発生につながること、それに加えて、「すべり座位」は呼吸の浅薄化につながり、SPO2を低下させ、それが食事摂取機能の低下にもつながり、「臥床したがる」ことにつながったり、全身の廃用を促進させるだけではなく、栄養状態の悪化から健康不良につながることをわかりやすく解説していただいた。

座位姿勢を利用者の個別の状況に合わせて、正しく変えることで、三大介護(食事、排泄、入浴)の改善に繋がることもよくわかった。食事が自力でうまく摂取できないこと、むせること、詰まること、排泄がきちんとできないことなどは、座位姿勢がいかに影響するかということが理解でき、どうしたら自力で食事摂取できたり、むせないで食べれたり、トイレでスムースに排泄できたり、安全で快適な入浴ができるかということがわかった。

足を体の側に引いて前傾姿勢が取れないと食事がスムースに飲み込めないし、テーブルの位置が胸より低い位置にないと、そもそも食器の中のものが見えず、食事も自力で摂れない。自分の顔をテーブルの位置まで下げて、その状態でラーメンを食べることができるかを考えれば、食器の置かれる位置・高さの重要性が理解できるだろう。排便も、足を体側に引いて、体より前に出さず、前屈して初めて踏ん張ることができる。便器の上でそっくり返っていては排便できない。そのためトイレ内で前屈姿勢を介助するだけで、排便がスムースにできる人がいるということ。むせないで食べることができたり、トイレでスムースに排泄できたり、安全で快適な入浴ができるかには座位姿勢が重要になってくる。

印象的だったのは、すべり座位には、その原因となるものがあるので、それを改善せずに、滑り止めシートを使って、摩擦によってすべらなくするのは、利用者に苦痛を与えるだけの「身体拘束」であるということ。不良姿勢の改善は、リラクゼーションであるという一面があることを忘れてはいけないということである。ポイントは、仙骨骨盤のサポートによって、骨盤起立をサポートすることで、座位は安定して、リラックスできる良恣意に結びつくということ。

僕と一緒に参加した副主任ケアワーカーは講義後、「説明を聴いていると、あの人のことだ、あの人の状態と同じだと、次々と利用者の顔や状態が思い浮かんできて、6時間があっという間に過ぎて、短く感じた」と感想を述べていた。帰りの車中でも、あれはこういうふうに利用できるとか、あの利用者の状態は改善が必要で、こうしなければならない、あれを行ったままではいけないねという話で盛り上がった。具体的に何をどう変えるかというヒントをいくつも得られれた貴重なセミナーであった。

このセミナーには、僕の後援会長でもある?北見市の地域密着型特養フルーツの安達施設長も、夜行バスで5時間かけて受講しに来ていた。(ちなみに朝6:00札幌駅着のバスで着いて、受講後0:00近くに北見市につくバスで変えるという鬼のような強行日程である)僕より先に会場入りしていた安達氏は、そのやせ型の体型を見込まれ、セミナーの中で座位姿勢等を説明するモデルに指名されていたようである。
大渕さんのセミナー4
車椅子の座面であるスリングシートは、畳むためにできているため、いかに座りづらく、体重分散がされにくい。支持性も不良であるということを理解できるように、まず普通の座位の際に、坐骨結節がどのように座面と接しているかをシートの裏側を触って確認したり、体を押したり引いたりするため、女性がモデルでは具合が悪いとのこと。そして骨がよく確認できる、やせ型の体型の人が良いということで安達さんは、これにぴったりはまったということだろう。
大渕さんのセミナー
肩甲骨部分が車椅子の背に当たらないために姿勢保持が不安定となっているケースについて、肩甲骨の一部を保持圧迫することで、いかに姿勢が安定するかの説明。車椅子のこの部分に板を貼るなどの改良型の画像と共に、実際にモデルに安定度を体感してもらっているところ。(ちょっと説明が難しくてわかりづらいかも・・・ごめんなさい。)
大渕さんのセミナー5
大渕さんのセミナー3
体幹保持が難しく体が左側に傾く人に、傾く側に体交枕などを入れてるのは間違いであるという説明。この場合は傾く側にお尻を寄せて坐骨結節の位置調整。
大渕さんのセミナー8
大渕さんのセミナー7
お腹はわざと出している。これは脊柱の位置を確認しながら説明するため。
大渕さんのセミナー9
左側に傾く人の場合で、脊柱が傾いても顔の位置を真っ直ぐにするために骨坐骨結節の位置を調整すれば座位安定する。そのためお尻をずらした反対側にこのような枕等をいれると姿勢が安定する。つまり体交枕などを入れるのは傾く側とは反対側。傾く側にそれを入れると、坐骨結節が安定していないのだから、その枕を乗り越えるようにさらに体の傾きが強くなる。
大渕さんのセミナー10
その人にあった安定した姿勢となる顔の位置などを確認するために、大渕氏がベッド上で個別アセスメントを行う方法を、モデルを使って説明して実技が終わった。
大渕さんのセミナー11
大渕さんのセミナー12
姿勢を保持するの道具は、手作りのものでも構わないということで、これはバスタオルロール。硬さや太さを調整できるので重宝するとのこと。ここの間に紐を通して車椅子のグリップの部分からぶら下げ使用するが、そのときどのくらいの高さや位置が良いかということを、講義が終了後に図々しくも個人レクチャーを受けた。

※大渕さん、説明に間違いがったらコメントで修正の指摘をお願いします。

最後にその日の3ショットを公開。
大渕さんのセミナー2
勉強になる1日であった。

介護・福祉情報掲示板(表板)

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通所介護の新個別機能訓練加算兇琉嫐


日総研出版から年4回出版されている、「相談援助&運営管理」という季刊誌に、「masaの相談員雑感」という3.200字程度の連載コーナーを持っている。

その8月号が昨日出版社から送られてきたので読んでいたら、社会福祉法人池上長寿園・たまがわ事業部門の石井南代表の、「通所サービスにおける時間区分の変更の解釈と加算算定」という小論文が目にとまった。

その中で通所介護の新しい個別機能訓練加算について、石井氏は次のように書かれている。
----------------------------------------------------
(以下、同誌85ページ、86ページより引用)
個別機能訓練加算については、(機砲基本報酬に包括化、(供砲(機砲北松諒儿垢掘⊃靴燭妨鎚無’酬盈加算(供砲新設されました。
 この変更は、今までの(機砲通所介護の基本介護サービス費に包括化されるということから、通所介護サービスに機能訓練効果を求めているのではないでしょうか。つまり、私たちの通所介護サービスも、リハビリテーション的な視点を持って実施しなくてはならないということです。
 例えば、ご利用者様がお手洗いに行くのも、職員が楽なように単に車いすでお連れするのではなく、ご利用者様に介助により歩いてもらうなど、意図的に機能訓練効果を目指す介護計画を作り、身体機能の維持・向上に努めなければならないと思います。
--------------------------------------------------------
僕はこの部分を読んで非常に違和感を覚えた。そうじゃないだろうと反対意見を持たざるを得ない。

この文章中、石井氏は、「機能訓練効果」と「リハビリテーション的な視点」という言葉を使っている。それはどのような意味なのかが若干不明瞭ではあるが、「リハビリテーション的な視点」の意味は、通所リハビリが行う「個別リハビリテーション」をイメージしながら、医学的・治療的リハビリテーションエクササイズという意味で使っているように思えてならないし、新しい個別機能訓練が、それを目指すような意味となっているように思う。そうであればそれは違うだろうという違和感が一つ。

そう言う意味ではないというなら、石井氏は自身が書かれている『機能訓練』と『通所リハビリはリハビリテーション』の意味をもっと丁寧に解説せねばならないし、編集上は、この意味を問う解説を求めるべきである。少なくとも『リハビリテーション的な視点を持って実施しなくてはならないということです』という文章からは、加算兇了残衢弖錣任△覽’酬盈についての解釈通知の内容、『身体機能そのものの回復を主たる目的とする訓練ではなく、残存する身体機能を活用して生活機能の維持・向上を図るもの』とはつながらない。

さらに従前の通所介護の機能訓練イメージを「ご利用者様がお手洗いに行くのも、職員が楽なように単に車いすでお連れするのではなく、」と表現していることに対する違和感だ。これは明らかな不適切ケアの具体例であり、従前の個別機能訓練計画に定めることがあってよい内容とは言えない。それとも石井氏の通所介護事業所における従前の個別機能訓練計画とは、不適切ケアをそこに定めて実施してよいという意味で作成するものだったのだろうか。そこでは歩行可能な人も安易に車椅子でトイレ誘導して、排泄ケアし、それを加算気箸靴道残蠅靴討い燭里世蹐Δ。そうであれば、そんな計画自体が不適切である。こんなことが報酬包括化された機能訓練であるわけがない。

石井論文の一番の問題点はこの部分で、従前の通所介護における「個別の機能訓練計画」があたかも職員側の都合による不適切ケアが、そのまま訓練計画として立案されていたと誤解を生じさせる点である。通所介護関係者はこの点について大いに憤慨すべきであろう。

そもそも今回の報酬改定で、通所介護に求められている「機能訓練」の意味が変更されたわけではない。そして通所介護の機能訓練のイメージを、通所リハビリの個別リハビリテーション等の治療的リハビリテーションに近づけたわけでもない。むしろ通所介護の機能訓練と、通所リハビリのリハビリテーションの概念を、より明確に区分したという意味がある。

体制加算ではなく、実施加算として加算算定できる新・個別機能訓練加算兇陵弖錣砲弔い討蓮△發箸發板冥蟆雜遒竜’酬盈として存在した概念をより具体的にし、それに沿った算定要件としただけである。

つまり通所介護の機能訓練とは、単に身体機能の維持・向上を目指す医学的・治療的リハビリテーションエクササイズではなく、利用者の生活機能向上を目的としたものであり、かつ、身体機能そのものの回復を主たる目的とする訓練ではなく、残存する身体機能を活用して生活機能の維持・向上を図り、利用者が居宅において可能な限り自立して暮らし続けることを目的として実施することに対して、別途加算算定でいるものとしたものである。

このことは報酬告示と解釈通知に明示されていることだ。

だから石井氏が言う、「ご利用者様に介助により歩いてもらうなど、意図的に機能訓練効果を目指す介護計画」が通所介護計画の目指すべき機能訓練の方向というのは大間違いである。つまり通所介護事業所の中で、「介護歩行」ができてもしょうがないというのが、新しい個別機能訓練加算兇琉嫐である。計画としては通所介護の中で、事業所の設備を使って歩行訓練を行うことにとどまらず、そのことを自宅での暮らしにきちんと結びつけて、自宅で歩行して可能となる行為を続ける、あるいは行為と結びつけるということを目標化するという意味である。そういう視点で機能訓練を行いなさいという意味である。決して医学的・治療的リハビリテーションエクササイズの方法論に近づけなさいという意味ではない。

だから日総研出版「相談援助&運営管理」8月号の石井南氏の論文は、大いなる解釈の間違いがあるといわざるを得ない。新しい通所介護の個別機能訓練加算の解説文になっていない。石井論文のような解釈で、個別機能訓練加算兇離ぅ瓠璽犬作られ、それに基づく医学モデル的な発想で個別機能訓練計画が作成されるのは問題だろう。

この冊子で、石井論文の解釈を正しいと思った通所介護計画担当者は、医学的・治療的リハビリテーションエクササイズを個別機能訓練計画とせねばならないと勘違いしてしまうだろう。そうした方向で実地指導が行われ、適切な機能訓練を行なっている現場とミスマッチを起こさせる可能性さえある。困ったことである。

一方通所リハビリは、今回の報酬改定で医学的・治療的リハビリテーションエクササイズとしての個別リハビリテーションの評価がより重視されている。そのために理学療法士等が居宅訪問し、運動機能検査をしながら適切に個別リハビリテーション計画を定める場合に報酬算定でいるようになっている。逆に4-6や6-8の基本報酬が下げられている意味は、そのような長い時間区分の中では、個別リハビリテーションを行っている時間帯は限られており、個別リハビリテーション以外のサービスに対する報酬を減らしたという意味である。

さらに短時間の通所リハビリでも1日複数回の個別リハビリテーションの算定を認めているだけではなく、医療リハビリとの併用期間では、医療保険の疾患別リハビリテーションと、介護保険の個別リハビリテーションの同日実施による両者の算定も認めている。

基準省令で通所リハビリの基本方針は「要介護状態となった場合においても、その利用者が可能な限りその居宅において、その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、理学療法、作業療法その他必要なリハビリテーションを行うことにより、利用者の心身の機能の維持回復を図るものでなければならない。」とされているが、この内容の中心となるのは、あくまで「医学的・治療的リハビリテーションエクササイズ」としての「個別リハビリテーション」であり、通所介護の機能訓練が「身体機能そのものの回復を目的とする訓練ではなく、残存する身体機能を活用して生活機能の維持・向上を図り、当該生活機能を日常生活において発揮することにより居宅での生活の継続を図ることを目的として実施する」としているものと差別化をより鮮明にしたものであると言えよう。

医療リハビリが急性期と回復期をカバーし、それ以後の「維持期リハビリテーション」については、介護保険リハビリ=通所リハビリが中心になって、その役割を担うということがより鮮明にされたのが、今回の報酬改定の意味であり、通所介護に求められる機能訓練が、通所リハビリのリハビリテーショにメージに近づいたかのような三上氏の指摘は的外れであると結論づけることができるだろう。

通所介護関係者のみならず、介護サービスに携わる関係者は、石井氏のような解釈を絶対にしてはいけない。大事な問題なので、誤解が広がらないように、フェイスブックをやっておられる方は、「いいねボタン」を押してシェアして、多くの関係者にこの記事をアナウンスして欲しい。

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新しい個別機能訓練加算兇硫鮗

↓この記事を書いた後に、個別機能訓練加算兇了残衢弖錣痢嵳学療法士等」の配置の考え方が次のように示されました。

当該加算は、気肋鏘个乃’酬盈指導員を張り付けで、そこに兇鬚笋覽’酬盈指導員を別に用意する。そうすることで併算が可能になる。新年度から個別機能訓練加算気鮖残蠅垢觧業所は、兇盪残蠅垢襪砲蓮⊂鏘仞貊召陵学療法士等のほかに、常勤では区手もかまわないが、別に理学療法士等を配置せねばならない。要は2名必要ということですね。

つまり兇了残衢弖錣任△襦嵳学療法士等」は常勤規定がありませんが、だからと言って現在の気鮖残蠅靴討い觧業所のように、看護師と兼務の機能訓練指導員しか配置されていない事業所では兇盪残蠅任ないということのようです。

さらに兇亡悗靴討蓮機能訓練指導員が利用者と1対1、もしくは1対小集団(5、6人を想定)で実施することを必要としているとこのとでした。

※以上により報酬包括される現在の「個別機能訓練加算機廚了残蟷業所の体制のままでは、新個別機能訓練加算兇六残蠅任ないということになります。
------------------------------------------------------------------------------------------

通所介護の新しい個別機能訓練加算については、現行の「個別機能訓練加算機27単位)」が「報酬包括された」という理由で廃止され(下がっているのにどうして包括されたと言えるのという疑問をお持ちの方も多いだろう)、常勤の機能訓練指導員による訓練実施を評価する現行の「個別機能訓練加算供42単位)」がそのまま機42単位)に移行している。

そして新しい個別機能訓練加算供50単位)については以下の算定要件が示されている。

ロ個別機能訓練加算()
次に掲げる基準のいずれにも適合すること。
1; 専ら機能訓練指導員の職務に従事する理学療法士等を一名以上配置していること。
2; 機能訓練指導員、看護職員、介護職員、生活相談員その他の職種の者が共同して、利用者の生活機能向上に資するよう利用者ごとの心身の状況を重視した個別機能訓練計画を作成してい
ること。
3; 個別機能訓練計画に基づき、利用者の生活機能向上を目的とする機能訓練の項目を準備し、理学療法士等が、利用者の心身の状況に応じた機能訓練を適切に行っていること。

以上である。ところで機能訓練指導員の常勤配置を求めた気42単位であるのに、新しい個別機能訓練加算兇蓮崟譴薺’酬盈指導員の職務に従事する理学療法士等」という規定なのだから、常勤配置が求められていないと考えられ、それなのになぜ気茲蟾發50単位なのかという疑問が生ずるところだ。

これについて当初、僕は「機能訓練指導員の職務に従事する理学療法士等」という表現から、この加算は、看護職員等が実施する訓練は含まず、あくまでセラピストと呼ばれる3職種(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士)に限定されて実施される訓練を示しているのではないかと想像したが、それは間違いであることが分かった。むしろこの算定単位の違いは、求められている訓練内容の違いであることが分かったのだ。

手に入れた最新資料から、この加算算定要件を解説する。

新しい個別機能訓練加算兇蓮⇒用者の自立支援を促進するという観点から、利用者個別の心身の状況を重視した機能訓練(生活機能の向上を目的とした訓練)の実施を評価するために新設されたものである

算定要件には「専ら機能訓練指導員の職務に従事する理学療法士等」とされているが、これは「理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、看護職員、柔道整復師又はあん摩マッサージ指圧師」であり、なんのことはない、これは現行の「機能訓練指導員」と同様の基準である。常勤規定はないので、現行の気里茲Δ120分配置の機能訓練指導員でも良いだろう。(配置時間等についてはQ&Aでもっと詳細に示されるが、少なくとも常勤でなければならないという規定ではない)

次に
・機能訓練指導員、看護職員、介護職員、生活相談員等が共同して個別機能訓練計画を作成していること
・個別機能訓練計画に基づき、理学療法士等が直接訓練を行っていること

という要件が示されている。ここで着目すべきは「個別機能訓練計画」という文言である。つまり今までの加算のように「個別の機能訓練計画」ではない。後者の個別は「計画」にかかっていた言葉で、その意味は「個別の機能訓練計画による訓練の実施」であったが、新しい基準の個別は「機能訓練」にかかっているのだ。つまりこの加算は、機能訓練指導員以外が行う訓練だけでは算定できないということだけではなく、必ず機能訓練指導員が1対1の個別対応の機能訓練を行うことを要件としているのだ。

その具体的内容については、
・身体機能そのものの回復を目的とする訓練ではなく、残存する身体機能を活用して生活機能の維持・向上を図り、当該生活機能を日常生活において発揮することにより居宅での生活の継続を図ることを目的として実施する。
・個別機能訓練計画に定めた目標を達成するために必要なADL・IADL訓練を反復的に実施するものとし、その際、個別機能訓練計画に定める日常生活の基本的動作に関する目標を念頭に、必要に応じて事業所内の設備等を用いた実践的な訓練を行う
・同じ目標を持ち同じ訓練が設定された小集団(個別対応含む)に対して機能訓練指導員が直接行う
・生活機能の向上のための訓練を効果的に実施するためには、計画的・継続的に行う必要があることから、概ね週1回以上実施することを目安とする。

とされている。つまりホールで機能訓練指導員が利用者と1対1で歩行訓練を行っているだけでは不十分で算定要件に合致しないのだ。あくまで生活機能の向上を目的とした訓練であるという証明ができる訓練計画の実施が必要だし、生活訓練と身体機能へのアプローチをセットで考えねばならない。

実施計画のイメージとしては
目標
一人でトイレに行く
具体的な訓練内容
1.歩行、ドアを開ける、脱衣、排便(尿)、後始末、着衣、 清潔保持、ドアを閉める【方法:1対1 トイレでの実践的な訓練 】
2.1を実施するために必要な訓練(柔軟体操、座位訓練)【方法:3対1 機能訓練室での訓練】
(いずれも期間は3ケ月)

※なお、一定の要件のもと、同一日の同一者について個別機能訓練加算(機砲箸諒算残蠅可能。

とされる予定である。当然、個別機能訓練加算気鮖残蠅任ない事業所は、兇里濟残蠅垢襪海箸浪椎修任△襦

そこで当事業所の現行の利用者に対する訓練実施状況を鑑みて、これに照らした訓練計画をシュミレーションしてみた。

例えば「立ち上がりや歩き始めに膝に痛みがあり、歩行状態にも不安があるため、家事を行うことが負担となって、自宅でヘルパーによる生活援助を受けている方」という場合。
目標
できるだけ自分で家事を行うため食卓の後片付けを継続する。
具体的な訓練内容
1.昼食時の御膳のセットや、昼食後の下膳、後片付けを行う【方法:1対1 食事の際の実践的な訓練】
2.歩行訓練【方法:1対1 機能訓練室での訓練】
3.チューブやダンベルを使った筋力向上トレーニング【方法:3対1 機能訓練室での訓練】


こんな計画で算定要件に合致しないだろうか?

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介護・福祉情報掲示板(表板)

介護保険サービスに関連する診療報酬改定情報

介護保険制度改正と報酬改定の時期」で解説しているように、介護保険制度は6年を1サイクルとして改正が行われている。

そうなると診療報酬は2年に一度改定されているのだから、介護保険制度改正は必ず診療報酬改定とリンクすることになる。それは単に医療と介護の財源の奪い合いということを示す問題ではなく、介護保険サービスに関連する診療報酬算定ルールの改正もあり得るということを示している。

今回の診療報酬改訂の中で、何が介護保険サービスに影響してくるだろうか。一番関連性の深い問題は、医療保険リハビリと介護保険リハビリの併用期間の延長だろう。

医療保険リハビリと介護保険リハビリの適用関係を整理する」という記事で今年3月までの適用関係を示しているが、この中で、医療保険リハビリから、介護保険リハビリへの移行期間の1ケ月が併用期間(医療保険リハビリを行い診療報酬を算定しながら、介護保険の通所リハビリや訪問リハビリも利用できる期間)とされていたが、4月からはこの期間が2月に延長されている。

そのルールは以下の通りである。

・リハビリテーションの医療から介護への円滑な移行
第1 基本的な考え方
1.医療保険のリハビリテーションから介護保険のリハビリテーションへの円滑な移行を促進するため、介護保険のリハビリテーションへ移行後に医療保険の疾患別リハビリテーションを算定できる期間を、現在の1月間から2月間に延長する。
2.また、介護保険のリハビリテーションへ移行した後に医療保険の疾患別リハビリテーションを算定している期間中は適宜、介護保険への移行に向けた計画を策定することとし、医療保険の疾患別リハビリテーションの算定可能単位数を逓減制とする。

第2 具体的な内容
1.介護保険のリハビリテーションに移行後に医療保険の疾患別リハビリテーションを算定できる期間を2月間に延長する。
現 行 
【疾患別リハビリテーション】
医療保険から介護保険への円滑な移行が期待できることから、1月間に限り、同一疾患等について介護保険におけるリハビリテーションを行った日以外の日に医療保険における疾患別リハビリテーション料を算定することが可能である。

改定案
【疾患別リハビリテーション】
医療保険から介護保険への円滑な移行が期待できることから、2月間に限り、同一疾患等について介護保険におけるリハビリテーションを行った日以外の日に医療保険における疾患別リハビリテーション料を算定することが可能である。

2.また、当該移行期間の2月目については疾患別リハビリテーションを算定できる単位数を7単位までとする。

現 行
【疾患別リハビリテーション】
[算定要件]
標準的算定日数を超えてリハビリテーションを行った場合は、1月13単位に限り算定できるものとする。

改定案
【疾患別リハビリテーション】
[算定要件]
標準的算定日数を超えてリハビリテーションを行った場合は、1月13単位に限り算定できるものとする。ただし、介護保険への円滑な移行を目的として、要介護被保険者等に2月間に限り医療保険から疾患別リハビリテーションを算定している患者については、2月目について1月7単位に限り算定できるものとする。

以上である。勿論このことは、まず医療関係者が知っておかねばならない問題である。特に「介護保険のリハビリテーションへ移行した後に、医療保険の疾患別リハビリテーションを算定している期間中は適宜、介護保険への移行に向けた計画を策定する」というルールは、介護保険サービス関係者はまったく関知すべき問題ではなく、医療機関の問題で、これを行っていないで診療報酬返還命令を受けるのは医療機関である。

また過去のケースを振り返ると、医療保険リハビリから介護保険リハビリへの移行ルールの混乱の中には、医療機関がそのルールを知らずに、介護保険の通所リハビリなどを紹介後も、医療機関での外来リハビリを継続し、そのことの情報提供がないまま、介護保険リハと併用請求してトラブルになるというケースが数多く含まれており、これも介護サービス関係者が関知すべき問題ではなく、このことに関連して介護サービス関係者(特に居宅サービス計画を作成し、通所リハビリ等を計画した介護支援専門員)が、医療機関側から文句をつけられる筋合いは何もない。

しかしこのルールはもともと「リハビリテーションの医療から介護への円滑な移行」であり、そのためには「医療と介護の円滑な連携」が当然求めらてくるわけで、こういうルールを介護支援専門員始め、介護サービス関係者が熟知し、さらに医療機関は「介護保険への移行に向けた計画」を策定しなければならないのだから、その情報をきちんと求めるための知識と姿勢も不可欠である。

このほか、介護保険サービス関連の診療報酬新ルールとしては次のようなものがある。

医療と介護の円滑な連携について
第1 基本的な考え方
1.在宅医療における介護施設との連携等、介護保険との円滑な連携を推進するため、必要な見直しを行う。
2.訪問看護は医療保険と介護保険の両保険制度に位置づけられており、制度間の報酬上の違いについては、利用者の理解を得られにくい点もあるため、診療報酬と介護報酬の同時改定であることを踏まえ、必要な見直しを行う。

第2 具体的な内容
1.特定施設入居者に対する訪問診療料の引き上げを行う。
2.特養における看取りの充実を図るため、特養の配置医師と在支診・在支病といった外部の医師が連携して、特養における看取りを行った場合について評価を行う。
3.総合評価加算を引き上げるとともに、算定可能病棟を拡充する。
4.退院後の訪問看護
医療依存度の高い状態の要介護被保険者等である患者に対し、退院直後の2週間に限り、特別訪問看護指示に基づき訪問看護が提供できることを明示する。
5.訪問看護療養費の早朝・夜間・深夜加算
現在、医療保険においては、標榜時間外の訪問看護について、その他利用料として自費を徴収しているが、早朝、夜間、深夜加算を介護保険と同様に医療保険においても新設する
6.重症者管理加算の名称変更や要件の見直し
介護保険における同趣旨の特別管理加算との齟齬を解消するために以下の見直しを行う。
(1)医療保険の重症者管理加算を特別管理加算とし、名称を統一する。
(2)重症者管理加算および在宅移行加算における「1月以内の期間に4日以上の訪問看護・指導を行うこと」とする算定要件を削除する。
7.医師の指示書の交付範囲の拡大
介護報酬改定における新サービスの新設および社会福祉士及び介護福祉士法の一部改正により介護職員等のたん吸引等が可能となったことにより、医師の指示書の交付範囲が拡大したことに伴う必要な見直しを行う。

ということで、今後の告示内容に、介護サービス関係者も注目しておく必要があるだろう。

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介護・福祉情報掲示板(表板)

根拠を確認しない弊害

表の掲示板では、様々な制度におけるルールの確認の質問が寄せられるが、それに対する回答については、必ず「根拠」を確認したり、それを具体的に示すことを求めている。しかし同時に、その根拠とは法令に求めるもので「行政担当者がこう言っていた」ということは根拠とはならないこともアナウンスしている。

こういう地道な根拠確認を省いてしまえば、間違った理解や解釈で終わってしまう場合があり、それは時には報酬返還とか、運営基準違反指導に結びついてしまう恐れがある。そうでなくとも正しいルールを根拠と共に理解しないと、せっかく使えるサービスや社会資源を使えないという不利益を被ることがある。

今回、医療保険の通院(外来)リハビリと介護保険リハビリの併用制限に対する誤ったルール解釈が生じたケースからそのことを考えてみた。

とある介護サービス関係者から次のような愚痴を聞いた。一旦介護保険の通所リハビリテーションを利用するようになったら、通院リハビリができなくなるので、おちおち別な病気にもなれないというのである。

彼が相談するケースは、脳血管障害後遺症で入院されていた方が在宅復帰し、その後外来リハビリを受けていたが、症状も固定したので、維持期という判断から介護保険の通所リハビリテーションを利用するようになった。この場合医療保険リハビリと介護保険リハビリの併用期間は1月だけで(あくまでその必要性を医師が認めた場合のみ)、その後は介護保険リハビリが優先適用され医療保険の外来リハビリが使えなくなるので、その後に別な病気や怪我でリハビリが必要と判断されても、通所リハビリを使いながら外来リハビリ治療を受けることはできないのは困った問題だというのである。

あれっ?それって一部の理解はあっているけど、一部は違うのではないの?必ずしも外来リハビリと、介護保険の通所リハビリは併用できないとは限らないんではないの?といったら、そんなことはない根拠として、僕の管理する掲示板ではない、別の掲示板のスレッドを紹介された。

当該スレッドはこちら。会員以外はレスポンスが見られないだろうから解説しておくと、この質問に対する最初の回答は「医療保険のリハビリは、介護保険の通所リハ(デイケア)でのリハビリと原則併用不可ですが、通所介護(デイサービス)での機能訓練とは併用可能だから、通所介護は使えますよ」というもので、そのまま結論となっている。

医療の外来リハビリと通所介護の併用は可能という結論は間違いではないが、そこにたどり着く論拠に瑕疵がある。それは「医療保険のリハビリは、介護保険の通所リハ(デイケア)でのリハビリと原則併用不可」という部分である。

こうした掲示板のスレッドのみを根拠にすること自体が間違いだが、間違った解釈を何万人もの人が見て、それが修正されないまま流れてしまうのも問題だと思った。そもそもこのスレッドには併用不可の根拠が何も示されていないことが解釈を間違える一番の原因である。

「医療保険のリハビリは、介護保険の通所リハ(デイケア)でのリハビリと原則併用不可」という解釈を放置したままで、その結論に達して終わりでは正しいルール解釈にはならない。

僕は普段そのサイトは見ないし(そもそも他掲示板を見ることはほとんどない)、そこの情報がどのような頻度で、どのような形で修正されているかは不明であるが、この情報のまま(当該スレッドは時間経過と共に変わるかもしれないので、この記事の投稿時間以前の内容につき評価しているもので、この記事以降の時間の情報については関知しない)流れるのは問題だろうと思う。

現在までの情報では、このスレッドを見た人は単純に、「医療保険リハビリと介護保険の通所リハビリは原則併用不可」という理解にしか結びつかない。

しかし医療保険の外来リハビリと、介護保険の通所リハビリが併用できないルールは『「療担規則及び薬担規則並びに療担基準に基づき厚生労働大臣が定める掲示事項」等及び「保険外併用療養費に係る厚生労働大臣が定める医薬品等」の実施上の留意事項について」等の一部改正について(保医発第0328001号)平成20年3月28日 』で定め置かれたもので、その取り扱いは、「同一疾患で医療保険の疾患別リハビリテーション料算定後に、介護保険の通所リハビリ等に移行した後は、併用期間の1月を除いて医療保険の疾患別リハビリテーション料は算定できない。」というものである。

※当該ルールの最新通知は「医療保険と介護保険の給付調整に関する留意事項及び医療保険と介護保険の相互に関連する事項等について」の一部改正について(保医発0330第1号)平成22年3月30日 」を参照ください。

逆に言えば現在通所リハビリが必要となった疾患とは別な疾患でリハビリテーションが必要になる場合は、「同一疾患で医療保険の疾患別リハビリテーション料算定後」というルールに当てはまらないので、通所リハビリに通っている利用者でも、別な疾患で外来リハビリに通って医療保険の「疾患別リハビリテーション料」を算定することは可能である。

このことは「疑義解釈資料の送付について」の問18に掲載されている扱いである。この場合、現在通所リハビリを利用している方が、そこで行っているリハビリが必要となった疾患とは別な疾患でリハビリテーションが必要になる場合は、あらたに外来受診して「疾患別リハビリテーション料」を算定できるわけであり、この際に、現在利用している通所リハビリテーションを利用してはならないというルールは存在しない。

よって、一旦介護保険の通所リハビリに移行した後に、併用期間を過ぎた後も、通所リハビリの利用継続をしながら、別な疾患の発症により再度医療保険の外来リハビリに通って、両者を併用するケースはレアケースではあっても充分にあり得るのである。(その場合は、元の疾患のリハビリとして通所リハビリを継続し、新たな疾患のリハビリとして医療外来リハを受けるということになる。)だから「医療保険のリハビリは、介護保険の通所リハ(デイケア)でのリハビリと原則併用不可」という考えは正しくない。そんな原則は存在しないのである。

つまり正しい理解は「同一疾患で医療保険の疾患別リハビリテーション料算定後に介護保険リハビリ(通所リハビリもしくは訪問リハビリ:介護と予防の両者)に移行した後は併用期間の1月を除いて医療保険リハビリと、介護保険の通所リハビリ及び訪問リハビリは併用不可」である。

こうした正しい解釈がされずにスレッドが流れれば少なからずルールを誤って解釈して終わりという人が増えるだろう。これはネット掲示板の一番の弊害であり、その弊害を生む原因は「併用不可」の根拠を示していないことにある。この掲示板全体をざっと読んでみても、根拠のない思いこみによるレスポンスが実に多い。これでは正しい知識を得る以上に、あやまった理解と解釈が横行する元凶になってしまうだろう。

僕の管理サイト掲示板でも間違った情報が流れないということはないが、しかし必ず根拠を示すということを推奨しているため、間違った解釈のままで流れることは少ない。

本ケースにしても、根拠となる元通知を示せば、それを読むことで正しいルールを理解できる人もいて、その人が間違った解釈を当該スレッドの中で指摘する可能性もあるのだ。

だから根拠に基づく議論が大事なのである。ネット掲示板では、自分がこのように解釈しているというルールの根拠を確認してレスポンスをつけることが大事だし、「誰かが、こういっていた。」は何の根拠にもならないことをもう一度肝に銘じて正しい理解に努めるべきだろう。

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介護・福祉情報掲示板(表板)

医療保険リハビリと介護保険リハビリの適用関係を整理する

今日はケアマネジャーや、居宅サービス事業所の職員が勘違いしやすい医療リハビリと介護保険制度のリハビリの適用関係について整理してまとめてみる。この4月からケアマネ業務についている方も、今一度このことを確認整理していただきたい。

平成18年の診療報酬改定で、脳卒中などの患者が医療保険で受けるリハビリに日数制限規定が設けられた。それは特定疾患を除き、90〜180日の期間に限定して診療報酬を算定するというものであった。しかしこのことについては「医療保険のリハビリが必要な日数には病気の種類や個人差が大きい、また介護保険で行われるリハビリは医学的に十分とはいえない」という批判の声が高まり、現場の医師・患者から48万人の署名が厚労省に提出され、国会でも野党が激しく反対した結果、翌・平成19年3月14日、柳沢厚労相(当時)が中央社会保険医療協議会(中医協)に対しリハビリテーション料の緊急見直しについて諮問を行い、即日答申を得た。

これによりリハビリによる改善の見込みがある患者は算定日数上限を超えた以後もリハビリを継続できるよう、除外患者(筋萎縮性側索硬化症(ALS)、悪性関節リウマチなど約50種の特定疾患)に新たに急性心筋症梗塞、狭心症、慢性閉塞性肺疾患を追加した。さらに、これらの疾患以外でも改善の見込みがあると医師が判断したときは、リハビリの延長を認めるとした。これにより事実上、18年改正時のリハビリ日数制限ルールは形骸化したのである。

しかし国のリハビリテーション医療に関する基本方針は「急性期のリハビリは医療保険で、維持期リハビリは介護保険で」というものであり、平成20年3月28日・保医発第0328001号・『「療担規則及び薬担規則並びに療担基準に基づき厚生労働大臣が定める掲示事項等」及び「保険外併用療養費に係る厚生労働大臣が定める医薬品等」の実施上の留意事項について』等の一部改正について、を定め医療保険の外来リハビリ(診療報酬)と、介護保険のリハビリテーション関連サービスの適用関係を明確化した。

この50ページでは
6 リハビリテーションに関する留意事項について
要介護被保険者等である患者に対して行うリハビリテーションは、同一の疾患等について、医療保険における心大血管疾患リハビリテーション料、脳血管疾患等リハビリテーション料、運動器リハビリテーション料又は呼吸器リハビリテーション料(以下「医療保険における疾患別リハビリテーション料」という。)を算定するリハビリテーション(以下「医療保険における疾患別リハビリテーション」という。)を行った後、介護保険における訪問リハビリテーション若しくは通所リハビリテーション(リハビリテーションマネジメント加算又は短期集中リハビリテーション実施加算を算定していない場合を含む。)又は介護予防訪問リハビリテーション又は介護予防通所リハビリテーション(運動器機能向上加算を算定していない場合を含む。)(以下「介護保険におけるリハビリテーション」という。)に移行した日以降は、当該リハビリテーションに係る疾患等について、手術、急性増悪等により医療保険における疾患別リハビリテーション料を算定する患者に該当することとなった場合を除き、医療保険における疾患別リハビリテーション料は算定できない。
ただし、患者の状態や、医療保険における疾患別リハビリテーションを実施する施設とは別の施設で介護保険におけるリハビリテーションを提供することになった場合などでは、一定期間、医療保険における疾患別リハビリテーションと介護保険のリハビリテーションを併用して行うことで円滑な移行が期待できることから、必要な場合には、診療録及び診療報酬明細書に「医療保険における疾患別リハビリテーションが終了する日」を記載し、当該終了する日前の1月間に限り、同一の疾患等について介護保険におけるリハビリテーションを行った日以外の日に医療保険における疾患別リハビリテーション料を算定することが可能である。
また、医療保険における疾患別リハビリテーションが終了する日として最初に設定した日以降については、原則どおり、同一の疾患等について医療保険における疾患別リハビリテーション料は算定できないものであるので留意すること。


上記の通り示されており、つまりこの部分の規定と通知全体およびQ&Aで示されているルールをまとめると
1)(特例移行期間の1月を除くと)介護保険で、通所リハビリ、介護予防通所リハビリ、訪問リハビリ、介護予防訪問リハビリを受けている方は、同一疾患では医療保険でのリハビリは受けることが出来ない。
2)一度、介護保険でのリハビリを受けてしまうと、そのサービスを休止しても、その後「疾患別リハビリテーション」と呼ばれる集中して行われるリハビリは受けることが出来ない。

以上のようなルールが設けられた。

これはケアプランを立案するケアマネは当然知っておかねばならないルールだ。なぜなら、通所リハビリなどの必要性を「かかりつけ医」に確認してケアプランに通所リハビリを位置づけた時に、(考えにくいが)その「かかりつけ医」とは別な医療機関で外来リハビリを受けている場合に、通所リハビリを利用することを当該医療機関が知らずに外来リハビリを継続していた場合、特例移行期間の1月以降の外来リハビリは診療報酬を算定できなくなるのに、そのことを知らずに外来リハを実施し診療報酬を請求していた場合、後に診療報酬の返還指導が行われた際に、計画担当者であるケアマネにクレームが挙がってくることが考えられ、それは場合によっては損害賠償という事態にもなりかねないからだ。

このルールはあくまで診療報酬算定ルールで、介護サービス事業者(訪問リハビリ及び通所リハビリ)の介護報酬算定ができなくなるというものではないが、診療報酬を算定する医療機関とトラブルにならないように注意が必要である。

場合によっては、このルールを知らない医師がいて、自分が介護保険のリハビリ導入するように勧めて、なおかつ外来リハビリも続けようとするケースも報告されている。その結果、困るのは診療報酬を算定できない医療機関であり、その責任は当該医師にすべて帰属するのであるが、この場合も、後々のトラブルを避けるためにも、このブログで示した通知文を根拠に、(外来リハの継続は、)できないことはできない旨きちんと説明する必要がある。

通所リハビリや訪問リハビリ事業所の職員もそのことを知っておく必要があり、自分が所属する通所リハビリや訪問リハビリの利用者が、外来リハビリに通っているとしたら「それって変じゃない」という疑問を持ち、担当者に確認するように促すべきである。

ところで、ここで問題となるのは「訪問看護7」はどうなのかということである。

ケアマネなら知らない人はいないと思うが「訪問看護7」とは訪問看護ステーションからセラピスト(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士)が派遣され、居宅に於いてリハビリテーションを実施するものであり、実質「訪問リハビリ」と変わらず、現に訪問リハビリの資源が少ない地域では、その替りに「訪問看護7」を計画に位置付けることが普通に行われている。

しかし通院リハビリとの適用関係通知には「訪問看護7」との適用関係は示されておらず、あくまで「訪問看護7」は「訪問リハビリ」ではないということを鑑みれば、「訪問看護7」と外来リハビリの併用で、診療報酬の算定は不可能ではないという結論を導き出さざるを得ない。

これは大きな矛盾であるが、完全なる法ルールはあり得ないという現実に於いて生じている矛盾で、その理由を説明できる人はいないだろう。

よって通院で医療保険リハビリを受けている人に、「訪問看護7」を計画することは可能である。このことに関し法の網をかいくぐるような不適切プランではないかと主張する人がいるが、そもそも維持期のリハビリテーションが、既存の介護保険リハビリだけで充分で、医療保険のリハビリの必要がないという根拠自体が不明瞭で、適用関係ルールが医療費の給付抑制策として創られたものであることを鑑みると、必ずしもそうしたプランが不適切とは言えないのではないかと考える。

要は担当者会議等で「かかりつけ医師」の意見を踏まえ、訪問看護事業担当者と、医療と介護リハビリの併用の必要性が検証されることが大事ではないだろうか。

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介護・福祉情報掲示板(表板)

法令を知らなきゃ反論できない

介護保険制度には「ローカルルール」という都合のよい言葉があるので、地域によって制度運用方法が違っている場合がある。

しかし本来のローカルルールの意味は、地域事情にあった保険給付のあり方を考えよう、という意味である。つまり所詮文章でしかない法律等の法令で定められる範囲は、人間生活のすべてに及ぶことは不可能なので、その部分は個別の地域事情に基づいて、都道府県や市町村がルールを定めてよいという意味にしか過ぎない。例えば「〜等」という部分の等とは具体的にどういう状況を指すかを決めるなどはローカルルールが必要な場合だろうと思う。

当然ながら、そこには地域行政とは、地域住民の暮らしが良くなるために存在するものなのだから、地域住民の不利益にならない運用や、暮らしが悪くならない視点が強く求められるし、介護サービス事業に対する指導の視点も、現場のサービスというものの目的を充分に理解して、それに沿った運用が可能になるような角度からの見方が不可欠である。

ところが制度理解もなく、ルールの理解もない、一部の行政職員により、みっともないおバカな指導が行われる例が後を絶たない。老企第25号という法令解釈通知で認められている通所サービスの外出行事を、いまだに不可としている県などが存在する。まったくもって通所サービスの本来機能を狭くしか解釈できない脳みその量が足りないか、がちがちに脳みそが凝り固まったアンポンタンの指導である。

特養や、通所介護の「個別機能訓練加算」に至っては、機能訓練とは何たるかも知らない素人のアホタレ担当者が、機能訓練は医学的治療的リハビリテーションしかあり得ないようなおバカな指導をしている。これが間違っているということは「過去の記事」で何度も指摘している。

そもそもこの個別の意味は「個別機能訓練」ではなく、「個別計画を作っているというプロセスを経ていること」であり、そのことは平成18年4月改定関係Q&A Vol.1において「個別に計画を作成するなどプロセスを評価するものであることから」と示されており議論の余地さえないのである。

しかも同Q&Aでは「個別機能訓練を行うに当たっては、機能訓練指導員、看護職員、介護職員、生活相談員、その他の職種が共同して個別機能訓練計画に従い訓練を行うこととしており、機能訓練指導員が不在の日でも算定できる。」とされており、機能訓練指導員だけが行う行為に限らず、日常生活のあらゆる場面で自立支援の取り組みをしており、これが個別計画に落とされておれば問題ないことが示されている。

さらに注目しなければならない点として、ここの計画を共同して立案する職種に「医師」が含まれていないことである。これには重要な意味がある。つまり医師が指導すべき医学的・治療的リハビリテーションは含まれないという以前に「不可」であるということになる。それは例えばROMエクササイズとして関節をどの程度の負荷で、どこまで伸ばすかとか、平行棒で何分間立位や歩行訓練をするかなどであり、こういう計画を医師の介入のない特養の個別機能訓練計画で立案しているのは逆に問題なのである。

だから特養の個別機能訓練計画として次のような内容で充分なのである。

(生活課題)自力で離床できないことから、生活活動範囲が縮小し、心身機能の低下の恐れがある
(長期目標)日課活動に生きがいをもって参加し、コミュニケーション能力が維持され、笑顔あふれる生活を続けられる。
(短期目標)心身活性化のために他者との交流機会を持ち続ける
(援助内容:機能訓練内容)食事はベッド上で摂らずに、きちんと着替えて、髪を直して、食堂でみんと食事前に会話ができるように離床援助します。楽しく会話しながら食事しましょう。

↑このどこが機能訓練計画として不可だというのか。表の掲示板では、この点についておバカな指導担当者が「なぜならそれは普通に生活しているだけだからです。生活の中で立ったり座ったりしてるのを、施設側がそれを機能訓練だと言ってお金(加算)をとっているに過ぎない」なんて言っている。

こんな指導者はその場で罵倒すれば良いのだ。そもそも日常生活動作を支援し続けるのが本当に機能訓練であり、訓練室で何かができても、そのことが日常生活に生かされないことのほうが問題なのである。平行棒の中でいくら立ったり歩けても生活は変わらないけど、車椅子移乗の際に足に力を入れて立位を取れたり、トイレ移動時にトイレ内で歩けて便器移動することができればオムツは必要ないのである。どちらが生活として豊かなのかは考えなくても分かるだろう。

そもそも特養の機能訓練のあり方は、基準省令17条で「その心身の状況等に応じて、日常生活を営むのに必要な機能を改善し、又はその減退を防止するための訓練を行わなければならない。」と定められているもので、日常の移乗や、離床、心身活性化支援はまさに「日常生活を営むのに必要な機能を改善」にほかならず、このことを否定するなにものも世の中に存在しないのである。

ただし個別機能訓練加算の算定要件では「個別機能訓練に関する記録(実施時間、訓練内容、担当者等)は、利用者ごとに保管され、常に当該特定施設の個別機能訓練の従事者により閲覧が可能であるようにすること。」とされており、実施の記録は不可欠なのだから、上記で示したような食事の際の離床援助を心身活性化のための個別機能訓練計画にしているなら、その離床の記録については支援記録や業務日誌に分かるように記載しておくべきである。つまり計画に即した記録の観点は不可欠という意味である。このことさえ職員に教育しておけばよいのだ。同時に支援記録か業務日誌に、それに関するきちんとした記録があれば、どこからも文句をいわれる筋合いはないのである。

こうしたことをきちんと理解し、理論武装し、時には指導担当者と議論し、ごくたまには罵倒しても良いのである。

そもそも特養の個別機能訓練加算は「看取り介護対象者」にも算定できる加算であることを鑑みれば、こんなことが議論になることの方がおかしいのである。

そんな馬鹿な指導をするような行政職員は、顔を洗って出直してくる手間をかけるまでもなく、頭から水をぶっかけてやればよいようなもんだ。

どちらにしても行政という背景をもってふんぞり返る知識のない指導担当者ほど醜く、滑稽な存在はない。

現場の介護の専門家は、もっとそういう連中に対して怒ってもよいのだ。ペコペコしたり、仲よくしてもらうだけが良い関係じゃない。

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介護・福祉情報掲示板(表板)

心が動かない機能訓練はいらない

老人福祉法には通所介護という文言はなく、それは老人デイサービスという言葉で表現されている。また現在は訪問介護という言葉に変えられているが、過去にそれは老人ホームヘルプという用語が使われていたと記憶している。

介護保険法の最初の原案でも、デイサービス、ホームヘルプサービス、グループホーム等の呼称が使われていたが、これが変えられたのは時の厚生大臣・小泉純一郎の命令である。「日本の法律なんだから、カタカナを使うな。」というわけである。だから通所介護や痴呆対応型共同生活介護(当時:現在は認知症対応型共同生活介護)という呼称が法律における正式名になっているわけである。

ここで疑問なのは、なぜリハビリテーションというカタカナだけ、この法律の事業呼称に残されているのか?ということである。通所リハビリテーションや訪問リハビリテーションを「通所機能訓練」「訪問機能訓練」になぜ変えなかったのだろうか?

おそらく国は、医療系サービスと福祉系サービスで使う文言を区分しているということだろう。機能訓練というのはあくまで福祉系サービスで使う文言と考えているから、リハビリテーションというカタカナを機能訓練に変えなかったのだと思う。だから通所介護では「個別機能訓練加算」というふうに「機能訓練」という言葉自体は使っているのである。

よって通所リハビリテーションや訪問リハビリテーションのように、医師の指示と処方に基づく「医学的、治療的リハビリテーション」と、福祉系サービスにおける「機能訓練」は概念も、それに関する費用算定に関する方法論も違っているといえる。

特養や通所介護における個別機能訓練加算の算定ルールでは「個別機能訓練を行うに当たっては、機能訓練指導員、看護職員、介護職員、生活相談員その他の職種の者が共同して、利用者ごとにその目標、実施方法等を内容とする個別機能訓練計画を作成し、これに基づいて行った個別機能訓練の効果、実施方法等について評価等を行う。」というふうに、この中に医師が含まれておらず、医師の指示や介入のない方法論を認めているのである。

このことから考えても、機能訓練を「訓練室」でおこなう医学的、治療的リハビリテーションエクササイズに限定して考えることが間違いであると断定できる。個別機能訓練加算が看取り介護(ちなみにこの言葉も医療系サービスではターミナルケアとされている)対象者にも算定できることを鑑みれば、ここで想定している機能訓練とは非常に広い概念で日常生活上の支援行為の中に「機能活用と維持、心身活性化」の視点を置いた行為について、その対象になることは明白である。

ところで先日の休日の昼下がり、1時間ほど海沿いの遊歩道をウォーキングしていると、向こう側から車椅子を持ちながら歩いて来られる数人のグループと出会った。楽しそうに散歩しているようなので、邪魔にならないように頭を下げ小さな声で挨拶だけして通り過ぎようとしたら、その中の一人のお年寄りに僕の名前を呼ばれた。

あれっ、と思ったら僕の親類のおばさんで(90歳代である)、歩いていたのはおばさんが通う小規模通所介護のお仲間と通所介護事業所の管理者さんと看護師さんである。その通所介護事業所の管理者の方は、昔からお世話になっている方で、その事業所は「人生(たび)の途中」という記事でも紹介しているが、民家改修型小規模事業所で認知症の方を中心に、きめ細かな支援をしている評判の事業所である。

聞けば、毎日昼食後の日課で散歩しているのだという。その事業所からは国道を渡って一本海側に出ればすぐこの遊歩道だから、毎日の散策コースなのだという。それでも事業所から歩いて戻ると、ゆうに1時間はかかりそうな道のりである。そのコースを皆、楽しそうに良い表情で歩いている。

持参している車椅子は、突然大きな声を出す方がいるから、一般の人が通り過ぎるときに落ち着けるようにその際だけ座ってもらうためらしいが、そのような行動がある方も、非常に良い表情で皆と行動を共にしている。

思えば、これらの方々は、その事業所の近隣で長年暮らしてきた人々だから、いつも街の臭いを感じ、海の臭いを嗅ぎながら長い年月を重ねてきたはずである。

そういう人々が、加齢に伴い、足腰が衰えたり、認知症の症状が出るなどして、いつしか街に出るという機会が減り、季節の移り変わりや海の臭いを感じることなく生活するようになってしまい、その表情から笑いを消していったのかもしれない。

それらの方々が通所サービスという場で、新しい人間関係を作り交流する中で、再び住民としての暮らしを取り戻していくことが大事だと思う。だから通所介護は、事業所の中だけで行うことがすべてであってはいけないし、街を感じる、故郷の空気や臭いを感じ取れる支援を行う場でなければならないだろうし、昼食後に自然に利用者同士が、街の中を歩くという楽しみを持てることはとても大事なことだ。

それは決して、足腰を強くするとか、身体機能を維持するとか、心身を活性化するとか意識して行うものではないし、本人は決して機能訓練とは考えていないもので、単に「楽しみ」であるから続けられるものだろうと思う。

しかしこれこそが我々の「福祉系サービス」で目指すべき機能訓練の在り方で、日常生活の支援や関わりの中で、ごく自然に展開されるサービスが結果的に「自律支援」ではないのだろうか。
(あえて自立という言葉を使わない、その意味は「必要なのは自律支援」を参照していただきたい。)

散歩している人々の表情をみながらそんなことを考えていた。

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介護・福祉情報掲示板(表板)

特養における機能訓練のあり方

ある特養の機能訓練指導員の方から、実施指導で「個別機能訓練加算」について、その計画内容が算定要件にあわないと指導を受けたという相談を受けた。

例えば食事時間を利用した定時離床と、座位保持の支援を筋力維持と関連させた「計画」は個別機能訓練計画にはならず、筋力維持なら「足挙げ訓練を何回」とか「「筋力トレーニング」とか「個別の体操」などを組み込まなきゃあならないという指導だそうである。

相談者の方から個別機能訓練計画の内容を、課題と目標、具体的方法に分けて電話で聞かせていただいたが、非常に立派な内容で何の問題もないと思った。医学的リハビリテーションエクササイズの方法になっていないだけで、日常生活のケアの中で機能維持の観点から行うべきことはしっかり網羅されており、算定要件に十分合致した内容である。行政機関の指導担当者の理解不足が指導につながっているとしか思えなかった。

僕が何度も指摘しているように、個別機能訓練加算の「個別」とは「個別リハビリ」を意味せず「個別計画」を指すものであるし、その訓練内容も「医学的リハビリテーションエクササイズ」を意味していない。

その指導担当者がいうような訓練内容なら看護職員などの機能訓練指導員が勝手にプログラムできるものではなく、医師の指示に基づく医学的リハビリテーションエクササイズそのものになってしまい、機能訓練指導員の判断だけでできる問題ではない。

また、その指導担当者は「そういう訓練ではたくさんの利用者全員に実施することはできないのは当然で、全員に算定することを想定していない。」という意味のことも実地指導の際に語ったようであるが、これも大きな間違いである。特養の個別機能訓練加算は、看取り介護対象者も含めて算定してよいもので、しかも基本原則は全員から同意を得て実施算定することが望ましいとされているものである。

あらためてその内容が医学的リハビリテーションエクササイズに限るものではない根拠を示しておきたい。

(平成18年4月改定関係Q&A Vol.1 介護老人福祉施設・個別機能訓練関係)

問76
個別機能訓練加算については、単に体制があるだけでなく、体制を整えた上で個別に計画を作成するなどプロセスを評価するものであることから、入所者の同意が得られない場合には算定できないが、原則として、全ての入所者について計画作成してその同意を得るよう努めることが望ましい。」

※このように個別の意味が「個別リハ」ではなく「個別計画」であることが示されている。さらに「全ての入所者について計画作成してその同意を得るよう努める」とされており、生活リハビリを含めた、全職員が介護サービスの中で行うことができる機能活用と維持の取り組みを計画として良いことが読みとれる。

問77
個別機能訓練を行うに当たっては、機能訓練指導員・看護職員・介護職員・生活相談員・その他の職種が共同して個別機能訓練計画に従い訓練を行うこととしており、機能訓練指導員が不在の日でも算定できる。」

※ここで分かることは、特養の個別機能訓練計画に医師の指示や判断、介入が必要とされていないということである。これは老健や通所リハビリと決定的に異なっている点で、医師の指示がいらない方法を訓練計画とするという意味で、逆に言えば医学的リハビリテーションエクササイズの計画を医師の指示のない状態で計画し実施すれば違法性さえ問われかねない、という意味である。さらに「機能訓練指導員が不在の日でも算定できる」という文章からは、この機能訓練とは、介護職員等、医療や看護の資格がない者が実施できる内容であることが示され、まさに日常の介護行為やレクリエーションや、クラブ活動等の中での機能活用の取り組みが機能訓練として評価できることを示している。

よって、この指導は明らかに間違っていると言えるのである。こういう場合は、説明して埒があかねば、あえて文書指導をしてもらい異議申し立てをした方が良いのではないだろうか。

間違った指導の証拠をきちんと残しておくことも必要である。

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新算定ルールから考える個別機能訓練加算

特養や通所介護の個別機能訓練加算算定に必要な機能訓練について「個別機能訓練」であると考えている関係者がいるが、それは大きな誤りである。

この誤解は平成18年の制度改正時「機能訓練加算」が「個別機能訓練加算」に変更されたことに端を発している。

機能訓練指導員は特養や通所介護事業所に必ず配置されていなければならない職員であるが、個別機能訓練加算を算定していない場合については、特養では機能訓練指導員を常勤換算職員(他職種との兼務や非常勤職員等)として構わないし、通所介護事業所においても毎日配置する義務はない。

しかし個別機能訓練加算を算定する場合は、特養では機能訓練指導員としての常勤専従配置(看護職員等との兼務は不可)が必要だし、通所介護事業所では1単位ごとに120分以上配置が必要である。

このルールについて18年の制度改正以前は、特養では常勤専従の機能訓練指導員が配置されておればそのほかの要件はなかったし、通所介護では120分以上の機能訓練指導員配置がある事業所はその体制だけで機能訓練加算は算定可能であった。つまり18年以前の「機能訓練加算」は、特養・通所介護事業所、どちらも単純な「体制加算」であったのである。

これが18年改正で「個別機能訓練加算」に変更になった。

その理由は加算を算定して利用者負担も増える以上、実際に加算に見合ったサービスを行うべきであるという観点から「当該個別機能訓練加算は、従来機能訓練指導員を配置することを評価していた体制加算を、機能訓練指導員の配置とともに、個別に計画を立て、機能訓練を行うことを評価することとしたもの」(平成18年4月改定関係Q&A・VOL3)という算定ルールに変更された。

これを読んでも明らかなように「個別」という意味は個別機能訓練・個別リハビリテーションを意味せず、あくまで「個別計画」を表す文言なのである。よって機能訓練も個別リハビリテーションを中心にした医学的リハビリテーションエクササイズを意味するものではない。

このことはこのブログ記事でも何度も書いてきており、あらためて確認しておいてほしい。
(参照:通所介護の個別訓練加算に関する記事一覧

本年4月の介護報酬改定では、特養の個別機能訓練加算の変更はなかったが、通所介護には新たな加算項目が増えた。このことを中心にあらためて個別機能訓練加算算定要件である機能訓練のあり方を考えて見たい。

通所介護の3月までの個別機能加算は、4月からは「個別機能訓練加算1」と名称が変更されたが算定ルールの変更はない。それ以外に「個別機能訓練加算2」が新設された。これは常勤専従の機能訓練指導員が配置されている事業所において当該職員が勤務する日に算定できる報酬である。

その算定に当たっては実施する機能訓練の項目を複数準備して、利用者が選択でき、その項目ごとにグループを分けて活動することが定められているが、機能訓練の提供方法そのものの考え方がこれまでと変わったわけではなく、医学的リハビリテーションエクササイズを中心に、個別リハビリテーションを複数項目に分けて提供するという考え方ではない。選択項目は生活リハビリテーションを複数グループに分けて実施する方法も十分認められるものである。

そもそも機能訓練の方法を医学的リハビリテーションエクササイズとした場合、そういう方法を通所介護で行うことは法的に問題となるのではないだろうか。

医学的リハビリテーションエクササイズと考えるのなら仮に機能訓練指導員としてセラピストが配置されていたとしても、その判断により実施できることにはならず、医師の指示が不可欠であろう。

しかし通所介護をサービス計画に組み込む場合、それは福祉系サービスであるため、担当介護支援専門員はかかりつけ医師の意見を求める必要はないし、ましてやかかりつけ医師だからといって通所介護事業所にリハビリの指示・処方を出すことはできない。

老人保健施設や通所リハビリテーションの場合は、医師が配置されており医師の指示の元で、医学的リハビリテーションエクササイズとしての個別リハビリテーション実施が可能であるが、通所介護の場合はこれが不可能である。個別機能訓練加算の算定要件である計画の作成要件(老企36号7の(7)5)においても、その計画担当者に医師は入っていないことを鑑みても、この訓練計画と実施内容は医師の指示の必要がない生活リハビリテーションが中心と考えざるを得ない。

なお医師が計画に参画していなくてもよい規定は、特定施設と特養の個別機能訓練加算も同様であり(老企40号4の(2)3)これらの施設の機能訓練も医学的リハビリエクササイズ以外のサービスを対象にしていることは明白である。

医療保険の外来リハビリテーションの制限が厳しくなったことで、介護保険サービスに求められるリハビリテーションの役割はより大きくなったといえるであろう。しかし医師が配置され指示を行うことができる医療系サービスと、そうではない福祉系サービスの機能は同じではない。

その目的は同じであるとしても自ずと方法論は異なってくる。

通所介護に求められる機能訓練の方法も「治療よりも援助」の視点が中心となり、生活行為と連動させる視点を持った具体的方法が個別機能訓練として計画される必要があるだろう。

そしてそれは通って利用するというサービスの特徴である「社会参加」と「他者との交流機会を持つことによる心身活性化効果」を含め、人と環境の交互作用へも着目した機能改善と介護予防の方法論とすべきであろう。

機能訓練という言葉から医学的リハビリテーションエクササイズしか想像できないこと自体が一番の廃用リスクである。

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人はいつまで頑張り続けなければならないのか。

介護保険制度の創設当初からの理念の一つに「自立支援」というキーワードがある。

現在でもその言葉を「お題目」のように唱え続ける計画担当者や行政担当者は数多い。できる能力を失わないように支援したり、今までできなかった行為ができるようになる可能性を探ること自体は良いことだ。

しかし自立だけが絶対的な価値観であると考えるとしたら、それは違うだろうと思う。人の一生とは成長と衰えの曲線の上を生きているということだ。老年期は、様々な機能が衰えていく時期であり、昨日までできていた行為が今日も明日もできるとは限らない。

しかしそうした機能低下は決して恥ではなく自然の摂理である。

その時に自立だけに価値があるとするのでは、能力が失われてしまった人々は「人」としての価値をも認められないということになってしまう。人の能力には限界があり、頑張ってもできないことは数多くあることを知るべきである。

高齢期の必要な援助の視点は、時には自立ではなく『共立』であるということを忘れてもらっては困る。適切な支援者の援助によりQOLを保とうとする視点こそが求められている場面が多々ある。それを忘れている関係者はいないのだろうか?

頑張るだけが、人の価値でもないだろう。頑張らない人、頑張れない人は人としての価値を失っているとでも言うのだろうか・・。

しかもおかしなことに、介護保険制度は、そのサービスを利用する当事者だけではなく、周囲の人々も頑張らなくてはいけない制度になっている。

制度創設の目的は、家族が担っていた介護を社会全体で支える仕組みに変えるというふうに説明され、今まで頑張っていた介護者が「息抜き」をできる制度になるはずであったのに、いざ強制加入の介護保険制度ができ、保険料が強制的に徴収されるようになると、頑張らなくてよくなったはずの家族の介護能力がサービス提供の是非判断に影響することがある。

極めつけは訪問介護の生活援助で、同居家族の有無でサービスの提供可否が決まったりするが、これがどんどん拡大解釈されていることである。

その視点からは、家族は人間として見られる前に、サービスを提供するインフォーマルな社会資源として見られたりしている。本当にこの制度の有り様は正しいものなんだろうか。

馬鹿にするな。

国民は、ひとりひとり、心のある人間なんだ。いつも頑張れないし、くじけることがある弱い存在なんだ。

社会全体で支えあう保険制度とは、皆がぎりぎりまで頑張らなくてもよくなる仕組みを作るという意味があったんではないのか。

「それは家族が行うべきことでしょ。」と簡単に断じる保険者職員は、強制加入保険で生ずる国民の権利との整合性をきちんと語れるのであろうか。家族が頑張って限界点に達する瀬戸際で、心が壊れていく様をみたことがあるんだろうか。

日中、仕事をしなければ生活できない人々に、日中独居の要介護高齢者の家事が援助できるわけがないではないか。2世帯住宅だって立派な独立した家屋だ。2世帯の家事を専業主婦ではあっても、嫁さんが一人で賄わねばならないということでもあるまい。一律に同居と同様に扱ってどうするんだ。通院だって家族がいて、付き添い支援能力があっても自分のために使う時間を確保するというニーズだってある。それさえ許されない制度を強制加入方式で作り上げたというのだろうか。

人の頑張りを法律で規定できるとでも思っているんだろうか。

しかし介護保険制度はますます被保険者も家族も頑張らなくてはならない制度になってきている。要介護状態になることを予防してサービスをできるだけ使わないように頑張らねばならないし、サービスを使う場合も医学的リハビリ中心の考え方で身体機能を維持向上させることが一番大事であるという考え方に国はルールを変えながら誘導している。おまけにそれに洗脳された都道府県や市町村の担当者は過度にそのことを求めたりする。

現場でサービスを提供する事業者の中にもそういう偏った方向にマインドコントロールされている人々が存在している。

恐ろしいことに、他の制度でも、例えば新しい健康保険制度では太りすぎたら罰則が科せられるシステムが作られている。国民の私生活まで介入するかのごとく誘導政策がとられ、そこで甘い汁を吸う関係者も生み出されている。

しかし国が理想とするものは「国民が健康で文化的な生活を送ることができる社会」ではない。本音は役人が湯水のように税金を使うための財源は別にしっかり確保し、その余りで国民生活を作りあげるためのシステムである。

政治家(日本ではこの文字は「せいじや」と読むべきである。)と官僚だけが豪華でうまいものを食い太って、そうした豚どもが高価な洋服を着て、威張って往来を闊歩する社会になってはいないか。

その中で、うまく立ち回ったり、余得を受けられるコネクションをもったものだけが甘い汁を吸える。(赤字運営なのに国民の血税であるはずの公費6.000万円を補助金名目で支出してもらい救ってもらえる日本介護支援専門員協会もこの部類だ。)

一般市民はそのおこぼれの一部で細々と生を養うのがこの国の真の姿だ。何が先進国なものか。

そして、自分達の浪費を改めようとしない「お上」の財源論により社会福祉にかける費用は厳しく制限され、結果として社会保障の行き渡らない影の部分は切り捨てられている。国家の運営者達はその現場から目を背けるどことか、存在を最初から無視している。

国民だけが汗水たらして「汚い奴ら」が浪費する税金を一生懸命に納め、死ぬまでがんばり続けなければならない。そういう国で我々は、高齢期を過ごさなければならないのである。

持続できる制度であることのみに偏った改正が行われてきたことにより、介護保険制度とは、一面こうした形で国民の尻を叩き続ける制度となってしまった。何かが大きく間違っている。

せめて現場のケアマネジメントの視点は、頑張らなくてもよい介護をも含めた支援方法のあり方を模索しなければならないのではないだろうか。

そして本来の地域保険者の役割は、住民の目線でそのマネジメントの結果を援助するものではないのだろうか。

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光るポータブルトイレ

もう20年以上前の話であるが、施設実習の指導担当だったことがある。

介護実習の場合も現場の指導担当者である介護福祉士のスーパーバイザーの立場から、週末に実習カンファレンスを主催して実習生の指導を行っていた。

実習最終日には総まとめとして、講義に近い形で独演会を行っていた。当時の実習生には迷惑だったろう(笑)

その講義内容は常に同じではなかったが、2点だけ必ず同じことを繰り返し話していた。

一つは、高齢者の性格も様々で「ネアカ」な高齢者だけが幸せだと考えるのは間違いであるが、我々はすべての高齢者に「笑える」という環境を提供するのも大事なことであるという点。これについてはこのブログでも「明るい老後って何だろう。」の中で書いているので参照してもらいたい。

それともう1点。介護者のスキルは想像力と創造力が決め手である、ということである。

例えば今、我々の目の前にいる認知症高齢者の方が、我々に理解できないような行動をとっているとしても、必ずそれには理由がある。その理由を一生懸命考えて、想像した答えの中から、それに対応する個別の方法を創造しよう、という意味だ。想像力が足りないと正しい答えを導き出す可能性は低くなるし、創造力がないと考えるだけで具体的サービスに結び付けられないという意味のない結果で終わってしまう。

つまり既成概念や今までの方法論だけにとらわれないサービスが必要とされるとき、現場の職員はその能力の限り想像力と創造力を働かさねばならないし、この想像と創造の容量が大きければ大きいほど、多くの対象者の個別性に寄り添うことが出来るという意味がある。そこからしか個別ケアは生まれないのである。

ところで、この想像力も創造力も鍛えないと年とともに急激に衰えていく。頑固頑迷とは想像力と創造力が退化した型である。

しかし年をとっても素晴らしい想像力と創造力を失わずに、我々が気付かない「あっと驚く」介護の方法論を考えつく人がいる。今日はその方のことを書くことにする。(年をとってもという紹介の仕方は少々失礼ですが、僕より先輩ですから若くはないことは確かですので、あしからず・・。)

その人とは僕の管理サイトのリンク集に掲載している「老人介護についての個人的HP」のウエッブマスター・越後のスーパーPT大渕氏である。

氏のサイトの中の機器のコーナーのページに載せられている『これがポータブルな「トイレ」です!!』と認識を迫るポータブルトイレ〜 一発ネタ 〜』を見て思わずうなってしまった。

ポータブルトイレが認知できない歩行障害もある認知症高齢者に対するポータブルトイレの工夫として作られた「光るポータブルトイレ」が紹介されている。その詳しい内容については、貼り付けているサイトを直接ご覧になっていただきたい。

何より感心するのは、大渕氏の想像力と創造力の容量の大きさである。

我々なら認知症高齢者のケアを考える場合、馴染みの用具とか昔の習慣という既成概念にとらわれすぎて、このケースのような場合も、光るポータブルトイレなど想像も出来ず、むしろ「便器」そのものを置いてしまうことしか考えつかないだろう。ポータブルトイレが光れば、それはむしろ認知症高齢者にとって「トイレ」と認識されずかえって混乱要素になるのではないかと考えて、このような工夫を行うことはまったく想像できないであろう。

しかし大渕氏のサイトを読むと理解できるが、本ケースでは、きちんと認知症高齢者の混乱可能性もアセスメントがなされている。氏曰く「このおかげで認識が高まり、危険な場面が減ったか?それとも、夜間に暗い部屋の中でボワヮ〜と光るこの物体を、何か怪しい怖いものと認知して、かえって不穏に陥ったか?その後の報告は、まだ届いておりません。最初はちょっと混乱しても、そのうち馴染んで間違いなくこのトイレを認識して使ってくれたらよいのですが・・。ダメならダメで、また次の手を考えましょう。」とあくまでポジティブに可能性を見つめている。

その背景には数多くの経験と、介護用品に対する深い知識があるという意味があることは見逃してはならない点である。

つまりこの取り組みは、突飛な発想による根拠のない試行ではなく、知識と技術に裏打ちされた試行といえるであろう。素人で何も知識技術がなく予後の見込みもないまま「とりあえず試してみる」という対応とはまったく別物である。

そして、その結果として「混乱」が生じる可能性も予測の範囲に置き、しかしそれは致命的なものにはならず、そのときの対応で克服できるという見込みをアセスメントの中に含んでいる。

氏は「本人様にとって真に有益な、必要のある道具であっても、必ずしも既製品があるとは限らない。でも、私たちがきちんとその必要性を認識していれば、このページのように、ちょっとした工夫と手間で、対応できます。」と述べている。

既製品がなければつくっちゃおう。これほど創造性の高いものはない。

残念ながら氏の領域に僕は100年経ってもたどり着かず、想像力と想像力は年とともにさらにその差が広がっていくだろう。その差を補う為に、せっせと大渕氏のサイトを読んで日々勉強するしかない。

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個別機能訓練が目指すべきもの

今日は施設の業務ではない、自分の持つ別の職務の関連でこれから出かける予定のため有給休暇をもらっている。そのため、いつもより早い時間にブログを更新している。

さて月曜から書いている通所介護の個別機能訓練については一応今日で一区切りをつけたい。

通所介護計画は居宅介護支援事業所の介護支援専門員が立てた居宅サービス計画の内容に沿って計画されねばならないし、個別機能訓練加算を算定する場合は、当然その部分の給付管理も必要になる。

ところでここで問題になるのは、介護支援専門員が当該個別機能訓練を特に必要としないと判断した際に、この算定ができないのか、という問題が生ずる。

しかしそれも、この訓練を医療的リハビリテーションと限定して考える誤解による間違った考え方である。

通所介護は基本方針が基準省令で「その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう、必要な日常生活上の世話及び機能訓練を行う」と定められており、機能訓練指導員を120分分以上配置している場合、基本的に全員に個別機能訓練計画を立て、その実施を行い加算算定できる。

これは医学的リハビリを必要としない人もこの対象となるという意味であり、前述したようにグローバルな生活支援の視点からの個別機能訓練は通所介護事業所のインセンティブにて計画実施できるものである。

サービス担当者会議でその内容は、介護支援専門員を中心にしたチームとして検証されるべきではあるが、通所介護の固有かつ必要なサービスとして個別機能訓練計画も居宅サービス計画の中にも位置づけられなければならない。

少し視点を変えて考えたいことがある。社会福祉援助の領域で、個別援助技術(ソーシャルケースワーク)の機能をどうとられるかは、その理論的立場によって異なり、歴史的には「診断派」と呼ばれる人々が提唱した「医学モデル」が主流であったものが「機能派」による「生活モデル」への転換が図られ、これが主流となったという経緯がある。

「医学モデル」とは、医学の診断、治療手順を土台として、利用者をパーソナリティに病理的問題を持つ治療の対象として捉えることに特徴をおいたもので、利用者の生活歴等を診断評価することによって、利用者の人格構造を明らかにし、現在の生活状況の中での自我の働きを解明することによって、自我の強化と人格の社会的適応を図ることが援助者に期待されていた。

こうした治療的側面のみを強調する「医学モデル」に対して「生活モデル」は個人そのものに焦点をあて、個人を取り巻く環境にも関心を強めるという必要性を提唱し、個人だけでなく集団に対する援助についても総合的に考えるという立場に立って、人と環境の交互作用についても着目することに特徴がある。「生活モデル」では、人間だけに問題があるのではなく、人と環境が交互に影響を与え合うこと、即ち、個人や家族の環境への適応力を高めると共に、環境側に位置する(家族もこちらに含まれる)側に、不適切な対応を修正するように働きかけることが中心となる。

その特長は、
1. 疾病の心理学よりも成長の心理学
2. 治療よりも援助
3. 援助者中心より利用者中心
ということが挙げられるであろう。

個別機能訓練の考え方も同様である。筋トレ等の医学的リハビリテーション効果を否定するわけではないが、生活の視点のない体力の維持向上だけでは生活改善にならない。

通って使うサービスの特徴である社会参加と他者との交流機会での心身活性化効果に着目した訓練内容も含め、人と環境の交互作用へも着目した機能改善と介護予防の方法論として、通所介護のサービスメニュー全体の中で、生活行為と連動させる視点を持った計画の具体的方法が個別機能訓練として計画される必要があるだろう。

それが本来の生活支援である。このことは居宅介護支援に携わる介護支援専門員がまず理解していなければならないことであろう。

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通所介護の固有機能から考える個別訓練

個別機能訓練加算に関連して、今日はその個別機能訓練の内容・具体的行為はどのようなものか、ということを考えて見たい。

機能訓練の目的の一つである機能低下を防ぐという意味は、廃用を防いで日常生活動作が維持されるということを意味する。

ではこの廃用とは何だろう。

廃用とは、実際の加齢に伴う身体機能の衰えより以上に、実際の機能低下が進行する状態であり、想定される一般的身体機能低下と実際の低下の差が大きければ大きいほど廃用は進行していると言える。

この原因に的確に対応できれば廃用の進行を遅らせることができ、それが介護予防であり機能維持である。そして廃用に的確にアプローチすることで、日常生活の中において自力でできる行為が増えることが機能改善であろう。

つまり機能維持・改善とは、筋力をいくらアップしても、それだけで目的が達せられるものではなく、生活機能と結びついた動作によって、日常生活の中で必要な機能が活用維持され、生活能力が維持・改善されることを意味する。

大事な視点は医学的リハビリで筋力をいくら維持、向上させても実際の生活においてそれが「生活行為」に結び付けなければ機能維持・改善にならない、ということである。

日常生活の中でできる機能を使う生活を考えることなく、単なる身体能力への対応プログラムに着目しても継続しないのは明白である。そうであれば通所介護における個別機能訓練は筋力アップだけに着目するのではなく、日常生活において自力でできる行為を増やすことで、ごく自然に筋力が維持向上できる方法として考えられるべきだ。

ここの部分が福祉系サービスたる通所介護の個別機能訓練の担当中心領域であり、腕の見せ所である。

生活に機能を生かすためには、その機能を使って過ごせるような「動機付け」が不可欠だ。
これは我々の筋力がどのように保たれているかを考えれば一目瞭然である。普段の生活に使わない機能は、決して維持されたり向上されたりはしないのだ。

辛いメニューや、面白くないメニューは長続きしないし、続かなければその効果は一時的でしかない。それは介護予防や機能改善のエビデンスにはならない。高齢者が継続的に実施できる方法は、実際の日常生活における生活行為に結びつける方法がもっとも適しているのである。

生活機能分類(ICF)の視点をケアプランに取り入れようとする考えも、基本的には生活に活用できる機能を、自然に、かつポジティブに取り入れられるよう介護サービス計画の目標や具体的内容を考える、というものであり、まさに「動機付け」の方法論であろう。通所介護サービスにおける個別機能訓練計画とは、このことを重視した内容とすべきであり、その具体的方法であるべきだろう。

ここにアプローチするのが通所介護における機能訓練の方法論である。

このように考えたとき、個別機能訓練とは何も歩行訓練や、関節可動域訓練を通所介護サービスの中で行うことに限るものでなく、レクリエーションやクラブ活動の中で行うメニューの中で、身体機能を活用し、それが維持・向上できるような目標と方法を考えても良いし、通所介護のサービスメニューとしての生活支援メニューの中で、利用者に個別のリハビリテーションの視点を持って関わることができるサービスであっても良いはずだ。

例えば、利用者の課題が自宅で入浴ができないということであって、その理由が片麻痺があって洗身行為が不十分である、ということであれば、入浴支援の行為の中で、自力で洗身ができるようになって自宅で入浴できる、という目標を立て、具体的な訓練として、片麻痺でも背中などの洗身ができる道具を使った洗身動作訓練を入浴支援の中に位置づけて指導するなど、自立動作への援助を行うことが考えられるのではないだろうか。

また食事摂取に援助が必要な人で、自力で食事をしたいという希望を持つ人に対して、自分で食べることが困難である理由をアセスメントすることで引きだされた課題に対して、その課題を克服すべく機能改善の具体的な目標が立てられ、食事摂取の際の道具の工夫や、それを使うことが可能になるような支援行為を、その目標を達成する為の具体的方法として計画されておれば、これも「日常生活を営むのに必要な機能を改善し、又はその減退を予防する訓練」に該当するであろう。

このように直接的な生活支援の行為と、機能訓練を結びつけて考えることは改正制度のルールの中で否定されていない。アセスメントの結果として、必要な訓練であるとして計画に位置づけられ、その内容が定期的に評価されておれば良いのである。むしろ、このような生活行為を機能訓練計画に結びつけることは、利用者が通所介護というサービス事業所を拠点にして、継続的・連続的な機能活用と維持の取組ができるというメリットとなる。

通所介護で指導を受け行っている「訓練内容」を日常生活行為の中で反復することによって、それは生活行為と有機的に結びつき、ごく自然な形で機能活用され、さらに拠点である通所介護事業所において、定期的にその効果や内容を評価することによって日常生活に必要な機能の維持改善を図ることができるのだ。

また通って通うサービスの大きな特徴は、それにより引きこもりを防いで身体機能、精神機能の活性化を図ることができるという特徴があり、集団的メニューであっても利用者本人がそこに参加して心身活性化に繋がるメニューであれば充分に個別の機能訓練目標と方法になるものであり、ゲームやレクリエーションが個別機能訓練に該当しないなんてことはあり得ない。

通所介護における個別機能訓練とは、こうした視点を含めてグローバルに考えられるべきものであろう。
明日も個別機能訓練に関する関連記事を続けます。)

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機能訓練の加算評価はどのように変わったか。

2006年4月の介護保険制度改正の中で、通所介護における機能訓練への報酬上の評価は、機能訓練指導員を120分以上配置していることで利用者全員に加算算定できる体制加算であった「機能訓練加算」から、計画実施加算としての「個別機能訓練加算」に変更された。

この変更内容を各事業所がどのように捉えているだろう。というのもこの改正が行われて既に2年を過ぎようとしているのにその理解の仕方に疑問のある居宅介護支援事業所のケアマネや通所介護事業所担当者が実に多いからである。

個別機能訓練計画を策定し利用者に同意を得て、その計画内容を通所介護サービスの中で実施するという過程の理解は各事業所とも共通して持たれていると思う。

問題はこの個別機能訓練の内容の理解についてである。その具体的サービス内容についての考え方は「機能訓練加算」から「個別機能訓練加算」に変わったとて解釈上は何ら変更なく、あくまで過程の部分に統一ルールが示されただけである。しかし実際の現場担当者のレベルでは「個別機能訓練加算」となったことで、あたかもセラピストが実施する個別リハビリテーション等の医学的リハビリが必須と勘違いしている向きが見られる。

つまり何をどのように実施するのかということを計画する際に、個別機能訓練を通所リハビリの個別リハビリテーションと同じように捉えてしまう担当者がいるということだ。そのことが個別機能訓練の計画や実施方法を著しく狭め、通所介護の本来のサービスとマッチングしないという問題を生じさせている。

個別機能訓練を医学的方法論に偏ったリハビリテーションと考えるのは間違っている。もっと広い意味で考えるべきだろう。

この個別機能訓練加算については「原則として、当該単位の全ての利用者について計画作成してその同意を得るよう努めることが望ましい。(平成18年4月改定関係Q&A ・Vol.1)」とされていることでもわかる通り、利用者全員が実施できることを前提としており、必ずしも機能訓練指導員との1対1で行う訓練メニューに限定したものではなく、集団的な対応を含めたものであることは明白である。

なぜなら1対1が絶対条件なら通所サービスの時間帯で「全員実施」は困難だからである。

また平成18年4月改定関係Q&A (Vol.1)においては「個別機能訓練を行うに当たっては、機能訓練指導員、看護職員、介護職員、生活相談員、その他の職種が共同して個別機能訓練計画に従い訓練を行うこと」としており通所介護の場合は機能訓練指導員が120分以上配置されている日しか加算算定はできないものの、行為としては機能訓練指導員以外のものが計画に基づき行うものも訓練として位置づけてよいとされている。このことは当該訓練が医学的リハビリに限定されたものではないことを証明していることになる。

むしろ介護職員や相談員が機能訓練としてできる行為とは何か、という視点でこのあり方を考えるべきである。実地指導担当者もこのことをしっかり把握しておくべきだ。

つまり(繰り返しになり恐縮であるが)まとめると個別機能訓練とは、その対象サービスは機能訓練指導員が直接的に関わるサービスメニューに限定されていないし、通所介護の目的とサービス提供方法を考えたとき、それはあくまで医学的方法論に限定されていないと解釈できる。

それは個人の機能活用と維持に資するサービスメニューを個別に機能訓練計画として位置づけてよいものであろう。

そのことは平成18年4月改定関係Q&A (Vol.3)において「当該個別機能訓練加算は、従来機能訓練指導員を配置することを評価していた体制加算を、機能訓練指導員の配置とともに、個別に計画を立て、機能訓練を行うことを評価することとしたものであり、通所介護サービスにおいては実施日において当該加算を算定することが可能である」「行われる機能訓練の内容は、各利用者の心身状況に応じて、日常生活を営むのに必要な機能を改善し、又はその減退を予防するのに必要な訓練を計画されたい」とされていることでもわかる。

具体的な訓練内容が制度改正前と変わるものではなく、プロセスが必須条件に加わっただけであり、その訓練とは「日常生活を営むのに必要な機能を改善し又はその減退を予防する訓練」であれば良いものである。この訓練という言葉を筋力トレーニングに限定するなど狭く解釈してはならないのである。

その具体的内容を明日以降考えて見たい。(明日以降も個別機能訓練に関する関連記事を続けます。)

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日常介護の中でも個別機能訓練はできる

当施設では特養部分について、専任の機能訓練指導員を配置していないので個別機能訓練加算は算定していない。

看護師は基準配置より2名多い5名で、このうちの1名を機能訓練指導員と兼務発令しているのであるが、とても訓練業務に専従できる状態ではなく、看護師業務が主となってしまうからである。

しかし、機能訓練を行っていないというものではなく、個別に歩行訓練や作業療法的な訓練を行うなどの取り組みは行っている。そうした訓練室で行う機能訓練以外にも、日常介護の中では、機能活用と維持の視点を持って行っている。

ところで日常介護の中に個別機能訓練を位置づけていた「とある施設(道外)」が、実地指導で個別機能訓練加算の算定ルールはあくまで訓練であるから、それは介護と別個で算定できない、という指導を受けたという話がある。

その施設では当然、機能訓練指導員は別個に専従配置しているし、個別機能訓練計画も全員分が立案され、同意を得て実施されていた。その中の、日常の離床援助を訓練目的の具体的方法にしているケースなどが指導対象になったという話である。

しかし、これはおかしい。以前書いた「個別機能訓練に対するおかしな理解」でも指摘しているが、それは訓練室で行う医学的リハビリテーションに特化されたものではないし、「機能訓練指導員が行う機能訓練」などにも限定されていないことは、改正された解釈通知でも明らかだ。

だからこの施設の担当者には、指導担当者に直接クレームを挙げるように助言した。でも実地指導で言われたんだから、どうクレームをつければ良いのだろうと言う。

そもそも実地指導は、一方的に言われるがままのことを受け入れるのではなく、分からない点、疑問点はその場で聞くべきだし、施設の主張もきちんと述べるべきだろうと思い、まずそこのとを指摘した上で、解釈通知「指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準について」(老企43号)の機能訓練とその指導内容は整合性がないという点から、あらためて日常介護の中で行う訓練が、なぜ加算対象ではないとされるのかという根拠を確認するようにアドバイスした。

老企43号では機能訓練について

基準省令第17条に定める機能訓練は、機能訓練室における機能訓練に限るものではなく、日常生活の中での機能訓練やレクリエーション、行事の実施等を通じた機能訓練も含むものであり、これらについても十分に配慮しなければならない。」として「機能訓練に限るものではない」ことを明確にした上で「日常生活の中での機能訓練」が挙げられているところであり、そうであれば当然、離床介護を機能維持、活用の為の心身活性化、日課活動参加目的で行うことは、個別機能訓練になり得るものであると解釈されて良いということだろうと思う。

後日、この施設からは、個別機能訓練算定に関する指導担当者の誤解があり、指導を行った際の総括評価の一部訂正があって、報酬加算の返還指導は行わない旨、連絡があった、ということである。

こうした指導担当者の誤解とは本来あり得ないことだろうし、レアケースと思うが、大手介護サービス事業所の指定取り消し問題などでナーバスになっている時期には、こうしたこともあるのかと思った。しかし、そのとき現場の担当者は、自らの所属する事業に関する基準省令や解釈通知から、現在行っているサービスの意味や加算算定の根拠を説明できねばならず、指導担当者の「思い込み」による一方的指導に対して反論できないのでは、専門家としての見識が問われる。

指導担当者は、それなりに勉強した専門家ではあるが、それは行政という立場から、現場のケアの品質をチェックする専門家であって、我々介護サービス事業の専門家とは質が違うという理解が必要で、介護サービスやケアの専門家は我々自身であって、そこで行う介護サービスの意味や目的をきちんと指導担当者にも分かるように説明する場面が必要な場合もあるという理解がないといけない。

それも介護現場の専門家の責任と見識である。

(個別機能訓練加算の考えかた、目標の設定や具体的行為については現在発刊されている日総研出版「通所介護&リハ2007 9・10月号」に「通所介護における個別機能訓練に求められる要件」という小論文を書いておりますので興味がある方は参照してください。)

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通所介護か通所リハビリか〜選択の視点。

研修も最終日になったが2日間机に座り放しで受講していると、さすがに疲れる。演習という名のグループワークも行われているが、結局、小グループ内での情報交換という域を得ず、情報や知識のある側からの小レクチャーになってしまう部分もあって、気分転換にはなっても、あまり得るものは無いように思うのは僕だけだろうか。

今日は午後7時まで最終日の研修が行われる。午後からは面接技術についてロールプレーを中心に行われるということであるが、学生や新任者なら意味はあるだろうが、実務を積み重ねたソーシャルワーカーが今、ロールプレーを行って面接技術が上がるのだろうか、大いに疑問である。

ケアマネジメントリーダー研修でも、同じようなプログラムが行われていたが、単なるセレモニーと化し、あれで面接技術を身につけたり、引きあがった人を僕は知らない。

研修内容は経験年数や属性からもっと精査されるべきで、講義中心は古いから、グループワークやロールプレーを入れてさえおけば、中身があると考えるほうが固定化した考えである。

さて昨日の演習で取り上げられた事例で、少し面白い気付き(僕が勝手に別な方向から考えた問題であるが)があったので、そのことを取り上げてみたい。短いので、まず事例内容を転記する。

事例)
Aさん、78歳、女性、要介護1.市営住宅にて一人暮らし。月額約12万弱の年金収入のみで生活はぎりぎり。これから介護保険サービスを利用したいと思っている。最近、足腰の衰えから通院や買物、ゴミだしなど外出するのが辛くなっている様子。認知症状は無く、これからも在宅生活を長く継続したいと思っており、市外に長男と道外に長女の2人の子供も同意見である。


以上の事例から必要と思える介護保険サービスと介護保険外のサービスを取り上げエコマップを作成する、という演習である。

考えられる支援としては、保険外では、家族や近隣住民、民生委員、緊急通報システム等であろうし、保険内サービスとしては、通所サービスや訪問介護が必要であることは誰が考えても共通していると思う。

また「足腰の衰えから通院や買物、ゴミだしなど外出するのが辛くなっている様子」という状況を鑑みて、安易に訪問介護の家事援助を導入してしまうことは、むしろ、買物機会などを奪って身体機能の低下につながりかねないという認識も共通しているだろう。

訪問介護を導入するなら自分で買物やその他の家事を継続できる支援が必要になるだろうし、そのために障害となっている下肢筋力の衰えを防ぐ為のサービス導入という視点も、誰が考えても同じ結論になるだろう。

しかし注目すべきは、この事例で多くのグループが通所サービスとして、通所リハビリを選択している点である。まあこの情報量だけで結論を出すのだから、その結果はある意味仕方ないのだろうが、ただ下肢筋力維持=医学的リハビリ=通所リハビリ、という考え方であるとすればこれは間違いだろう。

本来結論とすれば、ここでは通所サービスという選択をすべきで、通所リハビリか通所介護か、という選択は、その地域でそれぞれの事業所が、どのようなサービスを行っているかを介護支援専門員がしっかりサービスメニューとしての内容を把握した上で、事業所選択をすべきだ。事業種類としての選択を優先して考えてはいけないし、それが求められるアセスメントだろうと思う。

特に、下肢筋力維持の方法を運動機能と筋力に限定して考えることは危険で(そのことは個別機能訓練のあり方や自立支援のあり方で何度も指摘しているので、ここでは省略する)生活機能に結びつけた機能維持の視点が必要だし、本ケースでは引きこもりを防いで、社会的な交流を促進することで維持できる部分は大きいと思う。

また「月額約12万弱の年金収入のみで生活はぎりぎり。」という状況からは、同じ効果が期待できるのであれば単価の低いサービスとか社会福祉法人等の減免が使えるサービス、という選択肢があってもよいだろう。

介護支援専門員のマネジメントはそういう視点から行われなければならないし、サービス種類からそのサービス効果や対象者を固定観念で捉えてはいけない。

そういう意味では何より必要なことは、介護支援専門員は利用者を充分アセスメントして知ることに留まらず、地域における介護サービスが、誰が、何を、どのような方法で提供されているのかを知ることだと思う。

まさに地域を知ることが、求められている技量のひとつなのである。

介護・福士情報掲示板(表板)

通所介護の個別機能訓練の原稿書き

昨年から今年はじめにかけて1年間、日総研の隔月誌「介護リーダー2006」という冊子に連載していた。それが終了して半年も経っていないのであるが、そのときの担当編集者の方から連絡をいただいて、同社の別の隔月誌「通所けあ」(通所介護&リハ、という名称に変わるらしい)への執筆依頼があった。

数ケ月、原稿執筆は他の冊子や新聞等も含め休んでいたので充電期間もたっぷりあった。しばらくぶりに書いてみようかという気になってお引き受けした。

特集の内容は利用者の生活機能向上を図る個別機能訓練計画作成のポイントということで、通所介護の新しいルール(とはいっても昨年4月からのルールであるが)上での、個別機能訓練計画のあり方、その具体的内容、方法などを中心に書くことになる。

〆切は7月17日で、掲載誌「通所介護&リハ」発刊日は9月21日である。

依頼は1月くらい前にあったが、〆切もまだ先なので、まったく手もつけていないし、考えてもいない状態であったが、ふと気付くと締切日まで1月を切っている。そこで今日からぼちぼち構想を練ろうと思った。(といっても今から考えるということに過ぎないが。)

実際に当通所介護事業所では個別機能訓練加算を算定しているし、担当者が個別機能訓練計画を作っている。その考え方も当初から明らかにしているので、その内容について書けばよいと思う。

特に先日「個別機能訓練に対するおかしな理解」の中で、特養とショートの個別機能訓練の考え方をめぐって、医療的方法論に限定して考えることは間違っているという意味のことを書いたが、通所介護においても、そのことと同様の問題があろうと思え、個別機能訓練加算の算定ルールを基準省令や解釈通知、Q&Aで確認しながら、その算定条件を明確にして、算定対象となる行為を考え、実際の計画は、どのような課題に対し、目標や具体的方法をどう定めるのかを明らかにする必要があるだろうと考えている。

来月7/14には小中学生時代の同窓会を札幌定山渓温泉で行うので、幹事の僕としては、そのときに原稿ができていなくて気にしながら飲むのも嫌だ。思い立ったが吉日だから、なるべく早く原稿を仕上げてしまいたいと考えている。

通所介護の個別機能訓練の内容について興味がある方は是非、9月発行の同誌をご覧になっていただきたい。

多分、僕の執筆した原稿の内容とは正反対の考え方をお持ちの関係者の論文も載せられているだろうし、おそらくそういう人の方が多いのかもしれない。

人の機能は医学的リハビリだけでは維持向上しない、ということと、では他に何が必要で、その内容を通所介護の個別機能訓練計画として、どのように具体化して、何を行うのかを、読む人に伝わる形で書きたいと思っている。

特に通所介護というサービスが持っている固有の機能が果たしてきた役割を、個別機能訓練の計画の中にも生かす考えが必要だと思う。

生活支援は人と環境とが交互に影響を与え合うという視点が重要なのである。

介護保険制度改正における各種サービスの方法論を見ると、社会福祉援助技術が「生活モデル」から「医療モデル」に回帰してしまったのではないかという状況が見られるが、この問題に関しては、そうあってはいけないという視点も書いておかねばならないだろうと思う。

ということで今週、土・日は原稿執筆にかかって仕上げてしまいたい。頑張ろう。

ただ土曜特集の「masaのラーメン道」だけは時間を作って書くつもりなので、明日もこのブログを見にいらしてください。

介護・福祉情報掲示板(表板)

個別機能訓練に対するおかしな理解。

介護支援専門員として実務に携わっている方々は、まさに利用者と日々向かい合っているので、人の機能が医学的な治療アプローチのみでは維持改善しないことを肌で感じ取れているはずだ。

特に高齢者がその機能を維持する為には、生活動作と機能活用が有機的に結びついていないと、単に医学的リハビリをいくら行っても、長続きしなかったり、機能活用に繋がらなかったりするケースが多いことを知っているはずで、筋力トレーニングや個別リハビリテーションが介護予防の切り札になるとは思っていない人も多いと思う。

生活機能分類(ICF)の視点をケアプランに取り入れようとする考えも、基本的には、生活に活用できる機能を、ごく自然に、かつポジティブに取り入れられるように介護サービス計画の目標や具体的内容を考える、というものであるはずである。

ところが、である。介護保険制度改正の中で、特養の施設サービスや、通所介護サービスの機能訓練加算が、個別機能訓練加算という名称とルールに変わった途端に、それらのサービスとして個別リハビリが行われていなければ不適切で加算算定をしておれば不正請求だと思い込んでいる介護支援専門員がいる。

いつから個別機能訓練計画で実施すべき内容が医学的リハビリテーションに特化されたんだ?

そんなことはないぞ。あくまで今までは体制があることの評価にとどまっていたものが、個別の機能活用維持等の計画と、その同意および実施が義務化されただけで、個別機能訓練計画の内容も「機能訓練指導員が行う機能訓練」などとは限定されていない。

特に、特養における個別機能訓練加算の基本原則は、全員に計画を立てて実施することとされていることを考えても、高齢で医学的リハビリが適応ではない方々も対象にしていることは明白で、個別リハビリではなく、心身活性化効果をも含めた広い意味での機能が維持できる取り組みの計画と実施が求められているんだ。

大事なことは、その人にとって、いま何が必要な支援であるかという一連の生活援助の方法論の一つとして、機能活用と維持の計画が考えられることであり、できるだけベッドという、一つの生活空間だけで過ごすのではなく、日中は、そこから離れて活動できる生活、そして自分で出来ることを少しでも行えるような支援、できればその人なりの役割を持てる生活が出来る為の支援行為が、個別機能訓練の計画に取り入れられる必要があり、その中でその人らしい生活がいかに実現できるか、という意味を持たせる必要がある。

同時に、病状が悪化している人であっても、離床が難しい状態の人であっても、個別機能訓練計画は出来る限り全員に策定実施するのであるから、褥創を作らず安楽な状態で過ごせる援助の方法の中に、声をかけて自発、自立動作を引き出すなどの機能維持の視点を取り入れた計画も個別援助計画になるんだ。

要はきちんと個人に目を向けた、一律画一的ではない計画が、機能活用を含めて、その人なりの生き生きとした生活支援という観点から計画が立案できているかが問われており、ここをきちんと利用者や家族、あるいは指導担当者にも説明できる計画であれば可である。

また短期入所においては、この加算はあくまで機能訓練加算という体制加算が残っている。これは短期入所という性格上、機能訓練という状況のサービスが、その期間のみで実施できないことも想定されるので、体制が整っている事業所を使うための加算という意味であり、計画や同意または実施は求められない。

とはいっても、短期入所のサービス内容そのものには自立支援の観点からのアプローチは必要とされているので短期入所時の個別機能訓練計画とその実施は必要ないとはいっても、きちんと短期入所のサービスの中に、出来る機能を使うことができる支援が行われなければならないのはいうまでもない。

しかしおかしなことに、この加算が算定されるからといって、必ず機能訓練としての何かのサービスが行われなければ不適切とする介護支援専門員がいる。体制加算であると説明しても「算定根拠である実施内容はかならず実地指導で見られる」というわかっていない輩がいる。

こと短期入所において算定根拠は、個別機能訓練指導員の配置そのものであり、実施内容の確認という意味が「個別リハビリ」を意味するのであれば、それは間違いだし、実際それは求められていない。

あくまで体制があれば算定できるのがショートの機能訓練加算であり、ショートサービスという内容の質は、サービス全体で判断されるものであり、機能訓練加算の算定にともなう実施状況が個別にリハビリ訓練として確認されるものではない。

どうも、このあたりをわかっていない介護支援専門員が多すぎるし、加算報酬が絡めば、その考え方が医学的リハビリ第1主義に傾く輩が多すぎる。リハビリテーションとは、その意味はもっと広義であることを知るべきである。

介護・福祉情報掲示板(表板)

リハビリ制限と、その緩和をめぐる迷走。

表の掲示板でも話題になっているが医療保険のリハビリ制限と、その緩和をめぐる問題で混乱が生じている。
(表の掲示板「医療保険と介護保険の給付調整が一部改正されています」を参照されたい。)

この問題の発端は、昨年4月の診療報酬改訂におけるリハビリテーションの給付制限である。つまり診療報酬改定によって、失語症などの一部の特定疾患を除き、90〜180日の日数制限が設けられ、脳卒中後遺症を持つ方などが、以後は医療保険のリハビリの対象から外されてしまったことに由来している。

その理由は「長期にわたって効果が明らかではないリハビリが行われている」という国側の論理によって生まれたルールだ。そして医療機関のリハビリの算定外となった対象者については「維持期」のリハビリテーションとして介護保険の通所リハビリや訪問リハビリを受けることが方針として打ち出されたわけである。

しかしこの制限が開始された当初から、医療機関やリハビリ通院の対象者からは「打ち切り」に対し、大きな不満と悲痛な叫びが沸き起こっていた。

介護保険のリハビリに移行するといっても、そもそも介護保険の対象にならない40歳未満の人を救済できないこと、介護保険のリハビリでは充分な必要な個別リハビリが受けられないことなどから状態が悪化してしまう、という声も出されていた。

これに対し、厚生労働省は昨年12月に「医療保険及び介護保険におけるリハビリテーションの見直し及び連携の強化について」という通知を出し、あらためて医療保険のリハビリ制限の正当性を主張し、円滑な介護保険のリハビリに移行することで、対応は充分だという見解を示し、医療機関から介護サービス事業所等へ適切な情報提供と、サービス移行を行うように指導している。

この通知に対して医療現場からは、

 峙詆嫺数制限の撤廃」を求める患者、国民の声、マスコミの批判を全く無視し、行政としての責任を回避して、その責任を保険医や現場に押し付けるものである。

維持期リハビリテーションを医療保険から排除する姿勢になんら変わりなく、なんら改善は行われていない。

F数制限によって医療現場でおきている「医療が必要なのに医療保険では給付されない」という医療保険制度の根幹に関わる大問題は、なんら解決しない。

という指摘がされていた。

この問題の本質を考えたとき、40歳未満の介護保険非対象者の問題を別にしても、上記の通知で示された国の「維持期のリハビリは介護保険で充分対応可能」という考え方自体に無理があるのではないかと思える。

少なくとも通所リハビリの現状をみれば、療法士の配置は0.2でも基準違反ではない。つまりリハビリマネージメントや短期集中リハビリ等の「個別リハビリ」対象者以外のリハビリやその他の生活支援行為のみでサービスが完結している利用者も多いという意味である。通所サービスの目的が、引きこもりの防止や心身活性化機能があることは当然で、個別リハビリ以外のサービスにも費用をかけている、という実態がある。

つまり維持期のリハビリで医療保険に変わる介護保険のリハビリは、少なくとも「個別リハビリ」が行なわれている人に限ると見るほうが正しい見方ではないか。

しかし通所リハビリや訪問リハビリも支給限度額内のサービスであることを考えると、居宅で生活している人には、リハビリ以外にも入浴等の生活援助の支援が必要なんだから、この限度額内で行なえるリハビリテーションには限度があり、当然必要な個別リハビリテーションを十分提供するには介護保険の支給限度額に何らかの上乗せ部分があってしかるべきであるのに、こうした議論がないまま単に給付費抑制策として制限された問題が、さまざまひずみを生み出し、新たなる「生活障害要因」になってしまったという実態があるのだろう。

そうした現状からの不満の声の高まり、業界団体の圧力、その他、国会での政治的な動きも含めて、このリハビリ制限ルールの見直しが4月から行われることになり、日数制限を超えてリハビリが可能になる特定疾患に狭心症などを加えたほか、特定疾患以外でも、「医師が必要と認めた場合」にリハビリを延長する特別措置を講じた。さらに、維持期の患者向けに、月2回を上限とする「リハビリテーション医学管理料」を診療報酬に新設し、「介護保険の受け皿は不十分」との批判にこたえた内容に変更した。(参照:疾患別リハビリテーション料対象患者表

しかし医療費の総額を変えられないところから、日数制限を緩和した分、リハビリテーションに関わる診療報酬を同時に引き下げたわけであるが、加えて今回の「診療報酬の算定方法の制定等に伴う実施上の留意事項について」等の一部改正について(保医発第0330001号)の中で「医療保険と介護保険の給付調整に関する留意事項及び医療保険と介護保険の相互に関する事項等について。」の一部改正について」を示し、
突然のように4月から、「医療保険における疾患別リハビリテーションを実施後、介護保険におけるリハビリテーションに移行した場合は、手術、急性増悪等により医療保険における疾患別リハビリテーション料を算定する患者に該当することとなった場合を除いて医療保険における疾患別リハビリテーション料は算定できない」
「同一の疾患等について、介護保険におけるリハビリテーションを行った月においては、医療保険における心大血管疾患リハビリテーション医学管理料、脳血管疾患等リハビリテーション医学管理料、運動器リハビリテーション医学管理料又は呼吸器リハビリテーション医学管理料は算定できない。」

というルールが示されたわけである。

つまり同一疾患について、介護保険のリハビリ(通所リハビリ、訪問リハビリ)を行いながら、医療保険の外来リハビリを行なうことは介護保険と医療保険の2重給付になるから、これはまかりならん。介護サービスとしてのリハビリテーションを受けているなら外来リハビリは算定対象とはしない、というルールである。

しかしこの通知の発出日が3/30日で、適用が4月からというのは、あまりにも周知期間が無さ過ぎる。ほとんどの関係者がこのことを充分に把握理解できていない。

こうした状況で、どんな問題が起こるかと考えると、医療機関で外来リハビリを受けている方の担当ケアマネが、その医療機関の医師ではない別の医師の情報提供を元に、居宅介護計画に通所リハビリ等を位置づけてしまって、外来診療でリハビリに通っている医療機関に連絡が無いまま、その外来リハビリを続けていると医療保険の算定外で返戻になってしまう。

そうではなくても医療機関への周知度も低いので、このルールを理解していない医師が、通所リハビリへ通うことを認めた利用者の外来通院もそのまま行わせている、というケースだって考えられないことはない。

医療機関は疾患別リハビリテーション料を算定し、通所リハビリ事業所は介護保険の通所リハビリ費を介護給付費として算定しているケースも出てくるだろう。医療保険と介護保険の請求の突合は充分でないだろうから、その時は支払われても、後に疾患別リハビリテーション料は返還指導がされる可能性が高い。

そのとき利用者の自己負担を求められたり、計画した担当ケアマネにクレームが出ることも考えられ、これは大きな問題と思える。そういう問題があること自体、知らない関係者が多いのが現状だ。

この通知を現時点で「知らない、見ていない」という関係者が多いことも問題だが、それはあまりに突然、周知期間もなく出された通知文書であるという証拠で、国の責任は重いと思う。

介護・福祉情報掲示板(表板)

心が動けば体も動く、っていうこと。

集団処遇が否定され個別ケアが叫ばれるのは、昨今の介護現場ではどこも同様だろう。

もちろん集団に埋没して、個人の思いが達せられないような生活は問題だ。個人の思いが実現できる生活支援が重要なのはいうまでもない。

しかしだからといって、集団的な活動全てを否定するような意見にはついていけない。

大事なことは活動参加に選択性があり、参加しない自由も、参加できる自由も、両方が保障されることであり、小単位ではできない利点も集団活動の中にある場合もあるという臨機応変、柔軟な発想が必要だ。

介護の現場は、生活そのものに密着した現場だから、固定観念だけでは適応不能になるし、それを無理に既存の考え方に押し込めるのが利用者より、サービス提供者側の視点からのケアというものになるから、サービス対象集団をいくら小集団化したところで、柔軟な発想や、個人の思いに目を向ける視点がないと、小集団に硬直的サービスを押し付けるスタイルに変容するだけの話で、ハードだけがユニットケアで、実際のソフトは極めて押し付けがましい現場を数多く見てきている。

心が動かないユニットケアなど、導線が短い画一処遇にほかならない。

僕は施設の中で、今でもたまに療育音楽やビデオ回想法の進行役を行なうことがある。どちらも結構大きな集団で行なう。

それを見て集団処遇だとか、活動単位が大きすぎて、個人に目が向いているのかという人がいる。大きなお世話だ!!僕と一緒に歌を歌ったり、ことわざを復唱したり、昔話をしている人々の表情を見て言え。

回想法は集団では効果がない、なんてわかったようなことをいう輩もいる。

誰が精神療法としてのライフレビュー、回想療法を行なっていると言っているのだ。療法なんかクソクラエである。

僕は、単にビデオを見ながら、昔の生活や、家具や、食べ物を思い出しながら、ここに住まう皆さんと談笑して楽しいひと時を過ごす時間を作っているだけだ。

その向こう側に、心身活性化効果による機能維持とか、脳の活性化なんて考えていない。ここでともに暮らす方々に、少しでも楽しいひと時を過ごしてもらおうという意味にしか過ぎない。

それがある人には、ビデオ回想法であり、ある人には読書であり、ある人には外出であり、行事やレクなどの活動であったりする。選択肢がある、ということが大事なんだ。

療育音楽だって、好きな曲のときだけ参加したって良いし、愉しみ方は様々だ。
でも皆で一緒に歌うというのは個別対応の場面にはない別の楽しさがあるのだ。

この時期は卒業シーズンで、舟木一夫の「高校3年生」とか、学校唱歌の「仰げば尊し」なんかを歌ったり、千昌夫の「北国の春」なんかを歌ったり、演奏したりしている。

こういうのは人数が多ければ多いほど乗りもよくなるのだ。4〜5人で寂しく歌ったり、演奏するんじゃなくて、みんなで集団となって声を出しているうちに、口も大きく開いて、気分も高揚してくるんだ。それが嫌いな人は参加しなければ良いだけの話で、そういう活動を全て否定する考えこそ硬直的だ。

だって、そんなの全生活の中の、どれだけの部分よ。時にははじけて声を出せる場があったってよいのである。日常の中の非日常があったって良い。

心が動く方法は、集団であるか、ないか以前に、ひとりひとりの思いに目を向けた眼差しが職員に養われているか、ということが問われるわけで、ユニットケアという方法は、使いこなす道具に過ぎない。

道具を使う人間自身の想像力と創造性が問われてくるのだ。ハードとソフトだって、その中で使いこなすものだ。

介護・福祉情報掲示板(表板)

在宅復帰支援施設(中間施設)に必要なもうひとつの視点

今日は老健の優れた療法士の皆さんに、怒られることは承知の上で、次のような問題提起をあえてしてみたい。

老人保健施設は老人保健法の中で、在宅復帰支援施設(中間施設)を理念として誕生した経緯がある。介護保険法の施行後、それは介護老人保健施設となったわけでが、中間施設の役割を放棄してよくなったわけではない。

ただ一部の老健では、介護保険制度誕生以降、特養と変わらないような長期入所施設に様変わりしてしまったという結果が見られ、15年のルール改正時は「老健の在宅復帰支援施設としての機能強化」という観点から、老健における訪問リハビリを認め、これを活用することが奨励された。報酬も本体報酬は減算されたが、リハビリ関連の加算報酬を作って、リハビリ機能を前面に押し出す誘導が行なわれた。

昨年の改正でも試行的退所の費用算定が新設されたことは、在宅復帰支援機能のさらなる強化という意味がある。リハビリテーションマネジメントや短期集中リハビリも、専門的リハビリの実施をより強く求めたものであろう。

今、介護保険施設は23年末の療養型廃止に伴う再編論の中で、特養と老健の機能見直しが行なわれている最中であるが、老健の中間施設の機能が見直されるということはないと思う。

しかし老健が真に在宅復帰機能を発揮しているんだろうか。
もちろん老健の中には在宅復帰率の高い施設も実際にある。ただ、ここで考えて欲しいのは、単に結果として自宅に戻る高齢者の割合や、数が多いという意味だけではなく、どういう生活を在宅でできるのか、そのために施設入所期間中にどのようなサービスが行われているのか、という意味である。終生生活施設との差別化はどこで図っていくべきなのだろうか。

そこで在宅復帰支援施設としての老健が、あまりにも医学モデルの機能訓練、理学療法や作業療法に偏ってリハビリが考えられていることで見失ってしまっているものはないか、という点を考えてみたい。

勘違いして欲しくないのは、僕は療法士の行なう個別リハビリをすべて否定しているのではなく、それに加えて必要なものはないか、ということを言いたいのである。

まず僕は在宅復帰を支援する施設や事業所の過度な(?)バリアフリー化は必要ないと思う。玄関の自動ドアや段差解消が「当たり前」という感覚ではなく、自分で開けることができる玄関ドアや、上がり框をあえて作ることも必要ではないだろうか。居宅で暮らすために、必要な段差がある暮らしを施設の中に取り入れる視点があっても良いのだ。住宅改修ですべてクリアするのではなく、普通の住宅での暮らしを想定した小さな段差や、不便さを感じながら、そこで暮らすための機能活用を考える視点も必要だろうと思う。その上で、どうしてもクリアできない部分だけを住宅改修や福祉用具貸与で補うことのほうが必要な支援ではないだろうか。

それから施設サービスにおいてもっとも欠けているのは、家事能力に対する機能活用のプログラムではないか。施設サービスの中で、自分で煮炊きしたり、洗いものをする行為、あるいはそれらができなくても何らかの役割を持ってその一部に関わる機会は以外と少ない。

なぜそれが必要かと問われれば、それは居宅には療法士がいない、という意味からである。

在宅復帰できる状態に身体機能が改善しても、その機能を生活の中で使わなければ廃用は進行する。自宅で身体機能を維持する為には訓練を継続するのではなく、生活の中でいかに機能を活用維持できるかという視点も必要ではないだろうか。インフォーマルな支援があったとしても、その中で家庭で高齢者が生活の中で役割を持てる、という生活が必要で、一方的にケアを受けて生活する、ということだけではなく、また家庭でケアできる、という介護者の論理だけではない在宅復帰支援が必要ではないだろうか。

訓練室の中でしか使わない機能では意味がないのである。施設におけるリハビリの視点を、もっと居宅の生活に近い形と場面で機能活用する働きかけが必要だ。そうでなければ在宅復帰施設の機能訓練が、ともすれば本人の生活の為ではなく、介護者がいかに楽に介護できるか、という視点に偏ってしまう恐れが無きにしも非ず、である。なにより生活者としての利用者が居宅でどんな暮らしができるかが求められるべき視点と思う。

ユニット施設で行う高齢者自身の家事参加と、そこで展開する支援は何も認知症の方々のケアに特化して考えなくても良い。家事参加がメインサービスである老健ができたって良いと思う。新型老健はその方向に行くのだろうか。そうあって欲しい。

医療の専門家としての医師や看護師、療法士が配置されている施設に、非専門的な日常のケアへの視点がプラスされれば、これは大きな武器になるのではないか。

なにしろ僕は何度も言っているが人の生活はもっとも個別的で非専門的であるのだから。

介護・福祉情報掲示板(表板)

そんなの自立支援でも、機能活用でもない!!

地域の中で今、介護にまったく関わらない人のほうが少なくなってくる。

自分が介護を受ける身になるという意味のみならず、家族や友人、知人、関係者に介護が必要な人、介護に携わっている人、介護の問題で相談を受ける人、いろいろな形で介護が身近な問題になっていくる。

僕も仕事上いろいろな方々と出会う機会があるが、まったく別な要件でお会いした人が、僕の職業を知って、話しが身内の介護問題に及ぶことも多い。いろいろなお話を聞けて、それはそれで勉強になるし、一般の市民の方々の福祉施設や介護サービスに対する理解の仕方を聞いて、我が施設や事業所の介護サービスを振り返る機会にもなり、何事も学びの機会と思う。

そんな中で、親戚が介護施設に入っている方がいて、その施設の話をいろいろと聞くなかで、その施設が持っている自立支援の考え方、実際の取り組みについて考えさせられることがあった。

その方が「施設というのはただ介護するんではなく、頑張らせるもんなんですねえ」と言われた。

利用者が頑張る、頑張ることができる、というのはいいことだと思って、ウンウンと聞いていた。「あるおばあちゃんが廊下を這っていたんで、どうしたの?と聞いたら、トイレ、って言うんで手を貸して手伝ってあげようとしたら、その施設の職員さんに、自分でいけるから手を貸さないで、と叱られた」と言うのである。

その方は、施設の職員のその時の対応を批判的に語っていたわけではない。むしろいろいろな考えがあって専門家はそこまで考えているんだな、という意味で感心さえしているように見えた。

しかし(本当の現場を見ていないので決め付けることはできないが)僕は、その施設の対応に少し違和感を感じるし、それが必要な自立支援であるとは思わない。

確かに自分でできることを自分で行い、頑張ることが保障され、機能活用して維持できる「生活スタイル」があるということは良いことと思う。しかしそれも時と場合によりけりで、排泄という行為に対してまで機能活用を優先させる必要性は感じない。

排泄という行為は、それを感じて、そのことでトイレで排泄できること、そのものが自立なのだ。排泄感覚が維持できて、訴えることができ、それがトイレでの排泄に繋がっていることだけで充分ではないか。

確かにその方は這ってトイレに向かって間に合っているのかもしれない。しかし、移動能力の維持など別の場面でいくらでも機能活用できる。

トイレまで行くために毎日、廊下を這って「頑張る」ことが普通の生活なのだろうか。

せめて排泄のときくらい、我慢せずに「必要な支援」としての移動介助を行なってトイレで気持ちよく排泄してもらえば充分だろう。こんなところまで頑張る必要もないし、頑張りを強要するのは虐待と紙一重だ。手を添えれば明日から移動能力が失われるとでも思っているのだろうか。

こんな状況は、高齢者が頑張っているんではなく、頑張らねば寝たきりになる、という強迫観念を持たされ、精神的に追い詰められていることと変わりはないのでは、と思ってしまう。

機能活用さえすれば良い、というのは間違いだ。その前にその人らしい、人間として当たり前の生活とは何か、という視点があるべきだろう。
自分の親が、排泄のたびに、廊下やフロアを這って、大変な時間をかけてトイレに通う姿を見るとして、なんとも感じない子がいるのだろうか?

しかし、かく言う僕の施設でも似たような状況に出くわすことがある。

車椅子を自走する方がトイレと訴える際に「頑張ってトイレまでこいできてください」と声かけるケアワーカーがいたりする。

最初に確認すべきことは「間に合いますか?」ではないのか。あやしければ、何より早く移動できるように手伝うことが、この際の適切な支援である。普段、自走できている人に排泄まで絶対に自力移動を強いる必要はない。排泄感とは人にもよるが、それだけ切迫した状況があり得るものなのだ。移動できる人を安易に手伝わない、という意味と、この行為の支援を行わないこととは少し違う。

食事摂取だとて、しかりである。
自分で食べることができる機能を大切にして維持することは必要だが、摂取状況によっては一概に援助が不適切とはいえない。わずか茶碗一杯のご飯と服飾2品を食べるのに、1時間もかかるような摂食状況は好ましいものとは思えない。これでは美味しさとか、楽しみがほとんど感じることができない単なる栄養摂取の行為、かつ苦しい行為に変容してしまう可能性さえある。

上肢機能の活用は食事摂取行為と絡めて考えれば、それは手取り早い方法ではあろうが、本当にその人の生活のためになっているのか、という考察が出来ないと無意味である。

自立支援はそれ自体が目的ではない。それによって生活が良くなる、その人らしい生活が送れる、そのための手段ではないだろうか。

人間らしい生活に目を向けず、行為の自立だけを考えてしまうことで見えなくなってくるものがある。

介護・福祉情報掲示板(表板)

運動器向上トレーニング導入の表裏。(後編)

(続き:昨日のブログに続いて読んでください)
東京都老人総合研究所の推奨する筋力向上トレーニングの方法、特にマシントレーニングの意味について質疑応答の際、会場から大渕氏に対し、「既存の事業所でかつてマシントレーニングを行ってきた事業所もマシンが無用の長物と化して倉庫に眠って使われていない事業所がたくさんある。その二の舞になるのではないか」という疑問が出された。

それに対し大渕氏は「それはハードの問題ではなくハードを使いこなすソフトがなかったからだ。東京都老人総合研究所がおこなっている筋力向上トレーニングはソフトがしっかりあるからそのようなことにはならない」というものであった。

しかし、そのソフトについては誰がその知識を持ち、全国津々浦々の予防通所サービス等の担当者に伝えてくれるものなのか?

東京都老人総合研究所で指導を受けた専門家しかそのノウハウを持っていないではないか。これが全国的な介護予防通所サービスにどのように浸透させるのかということに関して言えば、その「ソフト」はないわけであり、大渕氏の言っていることはある意味で「このソフトによる方法ではない予防メニューの効果は期待できない」ということで、しかも有効なソフトを導入して使いこなす方法については「我関せず」という意味にしかとれない。

本当にそんなサービスが出来るのか、ソフトを使いこなす専門家の配置など出来ない報酬単価ではないか、できないなら我々の事業所の通所サービスはどうなってしまうのか、非常に暗澹たる気持ちになったと記憶している。

ある特定の専門家集団により研究され確立された方法論について、これをわが国の「介護予防」のエビデンスとするには、それが「誰でも、どこでも、いつでも」実施できる伝達実行システムを作らなければ意味がないし、結果として、この国全体の介護予防にはならないではないか。

ソフトはここにあるけれど、それを使いこなせるかは、それぞれの地域や事業所の能力や裁量で、やる気があるなら勝手にもって行きなさい、という意味しかない方法論など、国全体の制度サービスにおいて、どれだけの意味があるというのだろう。ソフトとはそうした伝達システムがあって始めて有効なツールになるもので、ここの部分に具体的方法論やきめ細かい配慮がないこのサービスの前途は暗いと当時も感じたものだ。

実際の結果はどうであったか。

通所サービスの運動器向上トレーニングに求められた「何らかの形での専門家の介入」とは介護予防やマシントレーニングの専門家ではなく、配置職員の中で介護予防能訓練指導員を発令し1時間程度の専従を求めたり(通所介護)、療法士の配置(通所リハビリ)であったり、新たな人の配置をしなくても良い形となった。

というより介護報酬を下げたんだから、あらたな専門家配置を義務付けられなかった、ということである。

事業所としては新たな専門職を雇用したり、契約して派遣してもらったりする必要はないのだから、報酬が下げられても、何とか通所サービス事業を継続運営する為に、予防と介護をパックでサービス提供することで活路を求められるわけで、運動器向上メニューも「予防効果」を中心にメニュー作りするよりも「今いる職員でできる内容」で組み立てられる視点に傾くのは当然といえば当然の結果なのであり、ましてやエビデンスのないサービスだから、現時点で、それが悪いとか、あっちが適切だとか、誰も評価が出来ないわけである。

その結果、メニューもマシントレーニングに限らないどころか、全国的な標準的ソフトがないまま、内容は事業所に丸投げされて各事業所で行われているんだから、運動器向上メニューは、マシン、非マシン、さらにその内容も様々で「何をしよう」というところから始まっているので、その効果など正直「予測できない」というのが実態である。

しかしそんなことはモデル事業の検証過程や、予防サービスメニューの導入の経緯から容易に予測できたことで、つまりは国は、このサービスに対しての介護予防効果など当初から期待していないという裏の顔が見えてくるのである。

いうなればソフトや内容を充実させる手立てや配慮にはコストがかかる。だからそこは放棄したという意味であり、新たな介護予防サービスの「予防効果」 なんか、はじめから期待しておらず、給付費抑制の一つの形としてポーズをとるために、しかも介護予防という国民のニーズを満たす新たなサービスが出来たような幻想を、市民や関係者に抱かせる形で、国民が受け入れやすいルール変更としての効果も含めて、このサービスを導入した、という意味しか見出せない。

介護・福祉情報掲示板(表板)

運動器向上トレーニング導入の表裏。(前編)

僕はこのブログや新聞や冊子に掲載された小論文等で新予防給付の筋力トレーニングについて、予防効果が期待できないという意味のことを書いてきている。しかしよく読んでいただくと解かると思うのだが、筋力トレーニングそのものを全て必要ないとは言っていないし、ある対象にとって、方法によっては有効なツールであることも認めている。

しかし問題は現行の新予防サービスにおける筋トレの方法、特にその導入の経緯や導入されたサービスの内容には様々な問題があり、医療モデルに偏った考え方で現場の方法論が展開されている現状では効果は限定的だと思っているし、どの時期に、誰にそれが必要か、というアセスメントの有効なソフトがない点において、それは介護予防には結びつかないだろうと考えている。

介護予防サービスの中心的メニューは通所サービスとされているところであるが、そのなかでも「運動器向上メニュー」は、介護予防のメインメニューとしてモデル事業でも位置づけられていたと思う。

介護予防のための筋力向上レーニングの必要性や効果、その具体的方法については東京都老人総合研究所が中心的役割を担って研究されてきたし、モデル事業としても先進的な取組が進められ、介護予防の筋力トレーニングのノウハウを確立していると思う。これが将来的に日本的介護予防メニューの一つとしてエビデンスになる可能性はあると思っている。

しかしその方法論がこの新予防サービスにどれだけ反映されているというのだろう。我々の地域を見たとき「そんなソフトは誰も知らない」というのが現状ではないのか。なぜだろう。そのことを介護予防通所サービスにおける運動器向上メニューの導入の経緯から少し考えてみよう。

この内容については昨年2月、まだ介護保険制度の改正における新予防給付の具体的内容が不明瞭であった段階において、通所サービスのあり方を考える為の研修(北海道デイサービス施設長研修)で、東京都老人総合研究所の大渕介護予防緊急対策室室長の講演を聞いて「なるほど、これが通所サービスに求められている選択サービスメニューのひとつなのか」と思ったことがある。

しかし僕がその際に疑問に思ったことは、東京都老人総合研究所が示している筋力向上トレーニングは、あくまで包括的体力トレーニングであり、方法は「マシンによる高負荷筋力トレーニング」であるという点である。

そうなるとこのメニューを行う為には、介護職員ではない専門職の関わりが絶対に必要になると思われ、であればマシンの導入も含めて人員配置としてもコストのかかるサービスにならざるを得ないのではないかという疑問が生じた。つまりご存知のように当時の考え方では(結果もそうであったが)介護予防サービスは、介護給付サービスより介護報酬が低いサービスとなるはずで、単価を下げるのに、専門家の新たな配置が出来るのか、という疑問であった。

その研修には厚生労働省の館石認知症対策推進室室長補佐(当時)も来ていたので、介護予防の筋力トレーニングに東京都老人総合研究所がモデル事業で行っている内容を求めるのであれば、現在の職員配置基準ではサービス提供が出来ないのではないか、という疑問を呈してみた(文書アンケート)。

そのときの館石氏の回答は「何らかの形で専門家の介入を求める」というものであったと記憶している。

介護報酬が下がるのに、あらたな専門家の介入が必要になったら、このサービスはどこの事業所も行えないよ、という声があちらこちらから聞こえた(一番大きな声で言っていたのは僕かもしれないが・・・。)

とここまで書いたところであるが、実は今日はこれから明日午前中にかけてこの地区の老施協・施設長研修があり、出かける時間になってしまった。誠に申し訳ないがこの続きは明日書かせてもらいたい。
(続く)

介護・福祉情報掲示板(表板)

通所サービスは運動器向上がメインサービスなのか

新介護予防についての考え方について、特に予防効果を廃用防止に対する筋力向上プログラムに注目して考えても失敗するであろう事は昨年来、このブログで示してきた。(昨年11月12月のArchivesをご覧いただきたい)

しかし4月からの新予防サービスにそなえて通所サービスの新たなサービスメニューを組み段階になって、通所事業所側の担当者の中から、選択サービスにおける専門メニュー、特に運動器向上プログラムが予防通所にとって最大の目的であるかのような意見が出されている。

もちろん、お気づきの通り今日の表の掲示板の議論である。

運動器向上プログラムにおける運動や訓練も大切であろうが、それは人の機能を維持、向上させる全てではない。

人には合う、合わない、がある。サービス利用の動機付けに運動器向上プログラムが結びつかない利用者も否定されるものではないのだ。

むしろ我々の福祉系サービスにおける通所介護ではアクティビティメニューとして様々な取り組みが効果を挙げてきたではないか。

それは通所サービス利用者が要介護度維持の確率が高いという数字でも表されていたはずだ。

だから事業戦略上、運動器向上プログラムを実施しないでアクティビティサービスを中心的に組み立てて、その中で介護予防効果を引き出すという考えがあっても良いのだ。

かつて風船バレーが、予防になるか、という議論があり、ややもすれば子供だましての集団的メニューの象徴として批判にさらされた経緯があるが、今、通所サービスで行われているアクティビティメニューの中には、本当に工夫され、大人が楽しみながら活動できるメニューや、認知症の方が無理なく実施できるメニューもたくさんある。

そういうサービスメニューの方法論を新予防の通所サービスに取り入れたって良い。

その結果として、運動器向上プログラムではない、特徴あるサービスメニューを中心に事業展開する事業所があれば、これも選択肢の一つであり、まったく否定されるべきものではないのだ。

少なくともそれに対し他事業所の職員が予防効果がないがごとくレッテルを貼って批判するのは大間違いである。

国の敷いたレールに乗らない考えが間違いだとでも言うのだろうか。というより国だって運動器向上プログラムが効果的でない利用者や、現行のデイサービスの効果に勘付いているからアクティビティを真っ向から否定できないのだ。

予防通所の最大目的は定額制と支給限度額の縮小による給付抑制策ではないか。

自らが、先輩たちが作り出した、サービスの効果の検証がもっとされなければ意味がない。

介護・福祉情報掲示板(表板)

新介護予防〜生活モデルか医学モデルか 

社会福祉援助の領域で、個別援助技術(ソーシャルケースワーク)の機能をどうとられるかは、その理論的立場によって異なり、過去において「診断派」と呼ばれる人々が提唱した「医学モデル」が主流であったものが、現在では「機能派」による「生活モデル」への転換が図られ、これが主流となっている。

「医学モデル」とは、医学の診断、治療手順を土台として、利用者をパーソナリティに病理的問題を持つ治療の対象として捉えることに特徴をおいたもので、利用者の過去から現在に至る生活歴等を診断評価することによって、利用者の人格構造を明らかにし、現在の生活状況の中での自我の働きを解明することによって、自我の強化と人格の社会的適応を図ることが援助者に期待されていた。

こうした治療的側面のみを強調する「医学モデル」に対して「生活モデル」は個人そのものに焦点をあて、個人を取り巻く環境にも関心を強めるという必要性を提唱し、生態学的観点を援助技術に導入し、個人だけでなく集団に対する援助についても総合的に考えるという立場に立って、人と環境の交互作用についても着目することに特徴がある。

すこし難解な説明になってしまったが(この理論を簡単に説明するのは極めて困難だ)つまりは、心理療法に偏った「医学モデル」では個人の内面的問題に関心が置かれがちであったが、「生活モデル」では、人間だけに問題があるのではなく、人と環境が交互に影響を与え合う。即ち、いずれも問題の原因あるいは結果ではないと考え、個人や家族の環境への適応力を高めると共に、環境側に位置する(家族もこちらに含まれる)側に、不適切な対応を修正するように働きかけることが中心となってくる。

その特長は、
1. 疾病の心理学よりも成長の心理学
2. 治療よりも援助
3. 援助者中心より利用者中心
ということが挙げられるであろう。

アセスメントという言葉も、実は「医学モデル」で使っていた「診断」という言葉を「生活モデル」に置き換えたことから始まっている。

新予防マネジメントでは、ICFの概念を取り入れた予防プランの作成が提唱されており、それはまさに生活モデルの実践課程といえるが、ここがうまくいくのか。

というのも、新予防の中心的サービスであるところの通所サービスにおける運動器機能向上プログラムに必要とされる計画書や評価のモデル書式は、まさに診断そのものとなっているからであり、そこには環境と人の交互作用に焦点を当てるような視点は含まれていないからだ。

おそらく予防アセスメントの過程と、実際のサービスにおけるアセスメントやモニタリングの過程は、別な専門家グループが個々に作成したもので、両者の摺り合わせは行なわれていないのではないかと想像できる。

となると、予防サービスの展開過程では、このそれぞれのツールが合致して評価することに様々な問題が出てくるだろう。というより、そもそも担当の保健師なり受託ケアマネが、これを使いこなして、定期的評価がある程度の水準を目安に可能なのか、という問題に置き換わる。

生活目標に根ざしたプランを作成したとき、体力測定の結果と、生活力が結びつかない原因を導き出すことができる保健師が何人いるだろうか。

今日は変わった始点から、新予防サービスに対する、取り越し苦労をしてみた。

どちらにしてもこのことを考えてもわかるように、地域支援事業と新予防事業の何百にわたるケースのサービス評価を一人で担う包括支援センターの保健師とは、よほどのスーパーマンを配置するか、あるいは適当に業務をこなすしかない。

介護・福祉情報掲示板(表板)

車椅子 考。

車椅子というものは、歩行困難な方々の移動ツールとしては非常に便利なものである。

しかし、我々がよく間違えてしまうことは、車椅子を使って移動する方の、生活全てを車椅子に乗ったまま完結できると考えてしまうことだ。

例えば、食事である。
食堂への移動ツールとして車椅子を利用するだけでなく、食事中の椅子として何の疑問もなく車椅子を使ってしまうことが多い。

しかし車椅子の座り心地というのは、普通の椅子に比べて極めて悪いものだ。

それは一般的な車椅子の座面が座るという目的のためにできているわけではないことが原因だ。

車椅子の座面は「座る」ことより、「折りたためる」ことに重きを置いて作られているから、どうしても座位時に「たわんで」しまう素材で作られている。つまりそういう状態は、長時間座位には本来適していないし、ということは食事の際に座るツールとしても適していないといえるのである。

この座り心地の悪さを補うために、様々なクッションを工夫して使ったりするのだが、このクッションも使い方によって、背もたれや、フットレストとの位置関係が微妙にずれて、介護者に気付かないところで利用者の「座り心地」をますます悪くする、という例も多々見られる。

最近では、食事などの際には、車椅子から、普通の椅子に移動するという習慣を作っている場合も多いと思われるが、個別のアセスメントの中に、是非、座り心地を考慮した座位ツールの考察を入れてもらいたい。

ただ勘違いしないでほしいのは、あくまで個別にこれらの判断がされるべきで、車椅子座位のまま食事を摂る事が一律駄目だと言っているわけではない。我々の施設でも、椅子への移乗介助を勧めても、様々な理由で、あるいはその時々の気分で、それを拒む方がいるのも事実である。

大切な点は、その方の安楽な姿勢というものに、常に心配りがされているか。ケアの視点にそのことが取り入れられているか、ということなのであり、過程を見ないで結果だけを見ても、どうしようもない。

それと、車椅子に対して考えなければならないもうひとつの重要な問題がある。

それはブレーキの問題だ。

ごく当たり前のことであるが、車椅子は移動ツールであるがゆえに、車輪がついている。

しかし車椅子から立ち上がったり、あるいは車椅子からベッド等、他の場所へ移乗する際、この車輪がロックしていないと転倒の大きな危険因子になる。

つまり移乗の際などは、ブレーキがかかっていないと危険きわまりないのである。

これは何も下肢筋力に障害がある方のみならず、例えば我々が、何気なく車椅子に座って、そこからブレーキがかかっていないことを忘れて車椅子の肘掛部分をつかんで立ち上がろうとしたとき、車椅子自体が動いてしまえば、よろけてしまうことでも実感できる。

ブレーキのかけ忘れた状態で、立ち上がったり、移乗したりすることは誰にとっても非常に危険なのだ。

が、しかし、ブレーキのかけ忘れ、というものは完全に防ぐことはできない。

何も認知症の方のみならず、見当識や記憶に障害がない方でも、「うっかり」することはあるわけで、とりわけ高齢者においては、ブレーキかけ忘れによるインシデントは日常茶飯事である。

じつは介護用品の中には、このブレーキのかけ忘れに対して座面からお尻が浮いたら車輪のスポーク部分をロックする形でブレーキが自然にかかるものが販売されて(当施設でもこれを利用して転倒防止に繋がっているケースもある)いるのだが、いかんせん値段が張る。

毎年、全国で、ブレーキかけ忘れによる転倒事故が何件あるかわからないが、決して少なくないはずである。

車椅子メーカーは、そろそろこの危険にもっと目を向けて、車椅子のスタンダードの中に、自動ロックのシステム(一般化されれば、それほど複雑な機器ではないし、低価格に押さえることもできると思える)を取り入れてよいのではないだろうか。

介護・福祉情報掲示板(表板)

夜間のポータブルトイレ利用は生活の質の低下か?

昨年11月16日のブログ「まな板の上のmasa」で報告したが、今年度の介護支援専門員現任研修に、ケアプラン作成、モニタリングの演習事例の発表者として参加した。

その際、ケースの主要なテーマから外れた部分で、会場から複数・共通の指摘と質問を受けた。

それは排泄ケアに関する部分で、今日はその際のことを、昨日のブログの引き続きのテーマとして書いてみたい。

当該ケースの対象者は90代の女性で、廃用性の下肢筋力低下で、数メートル程度の歩行は体幹を支えて可能だが、日常の主たる移動手段は車椅子を使用し、日中はコール対応でトイレ排泄介助を行い、ほぼ失敗なくトイレで排泄できているものの、夜間をポータブル対応で排泄ケアしていることに対しての疑問である。

当該ケースの主要テーマは、認知症の出現による心気症状等の問題に対するケアであるが、排泄に関しては、特に問題ないと考えていた。

夜間は、習慣化している眠剤服用があるが(一度やめたが本人の不安感が強く、極弱いものを服用継続している)、朝まで2回ほど目覚め、その際にコール対応でポータブル排泄介助を行なっているものである。

しかし質問者には、トイレで排泄できる利用者を、夜間という理由で、ポータブル排泄を行なっているのは「生活の質」の低下に繋がるのではないかという疑問があったと思う。

しかし、これは介護側の都合で「ポータブル介助」としているわけではない。

安易なポータブル利用によりトイレでの排泄機会をなくすようなことは問題外だが、こと排泄ということに対しては、個人毎の諸事情、状態と「夜間」という状況部分に目を向ける必要がある。

身体に障害がない人が、排泄感で夜間目覚め、トイレで排泄する、という場合は、排泄感=排泄行動に即結びつく。

しかし身体に障害がある方の場合、排泄するために目が覚め、そこから排泄動作場所に移動するために、移動手段である車椅子への移乗という行為を行い、さらに車椅子を操作し(あるいは車椅子を押してもらい)排泄場所まで移動し、そこでさらに介助を受け、便器に移乗するために立位をとり、その際下衣を下ろす介助を受け、そしてやっと便器に座って排泄する、という手順になることは誰が考えてもわかるだろう。

さてここで日中と夜間の違いを意識していただきたい。

まず覚醒時の感覚と、寝ている場合の違いで、移動時間中に排泄が間に合うかという問題も出てこようが、それよりももっと大切な視点があると僕は思っている。

つまり一連のトイレへの便器へ移動する、という行為の中で、すっかり目が冴えてしまわないか、という視点である。

これは以外と重要だ。

いつでもどこでも眠ることができる人には、なかなか寝つけない方の悩みはわからないだろうが、高齢者にはこうした悩みを抱える方が多い。

できれば排泄の介助行為が、睡眠を妨げない状況で行なわれるのが望ましい、という視点でケアカンファレンスが進行される必要もあるのだ。

ましてやオムツへの排泄を強いるわけではない。

夜間の2度程度の排泄を、トイレでなく、ベッドサードのポータブルを利用したとて、生活の質の低下といえるだろうか。決して、そんなことはないはずである。

トイレで排泄することの重要性は十分承知しているが、それも時と場合の問題である。

いつ、いかなる状況でも、トイレで排泄することが絶対ではない。この方にとって、夜間のポータブルトイレでの排泄は、必要で適切なケアスタイルだろうと思っている。

大事な点は、介護者の価値観を絶対的なものとして、利用者に押し付けないことだ。

この場合はトイレでの排泄が人間の生活の質として考えるとき、最良の場所という価値観だ。

頑張る場所では頑張ってもらってよいし、頑張れる状況を作ることも大事だ。しかし人間は頑張ってばかりいられないということを忘れてはならない。

ましてや夜間の排泄がトイレで行なわれないことのみをもって「頑張りが足りない」なんていうことにはならない。

介護・福祉情報掲示板(表板)

後期高齢者と重度要介護者の自立支援の考え方4

794681ff.jif北海道でも雪の少ない地域であるはずの当市も、今年は例年以上の積雪である。

施設周辺もご覧のとおりで、毎日の雪かきが欠かせない。デイサービス送迎担当者は毎朝早くから、駐車場の雪をかいてバスを出している。居宅で待つ高齢者の方も、様々な手段で道路までの路を確保せねばならないのが雪国の厳しいところだ。

しかしそういう厳しい自然環境であっても、故郷ほど住みよい場所はない。
そして、どんなに身体状況が変化し生活が不便になっても「家」で生活したいという思いは、ごく当然なことなのだ。

だから我々は、様々な事情で家で生活できない方々に対し、それに近い環境や「安らぎ」を与える義務があるのだ。

さて、そのことも踏まえた上で、昨日までの続きであるが、そういう「生活への思い」をも具現できる、機能訓練活動の意味について考えてみたい。

当施設では、平行棒での歩行訓練や視知技能と手指の訓練を週1回のペースで行っている。

しかし週1回の歩行訓練やOTなど本来さほど意味があるものではないし、訓練室でしか歩行できず、生活行為と結びついていない能力も意味を持たない。

つまりこれはあくまで利用者の動機付けや、やっているという自信に繋がるものであったり、自分の能力の確認という意味があったり、それぞれの利用者の状態や希望に応じた補完的メニューとして行われるもので、参加も強要されるものではなく、自由意志に基づいて楽しめる方が参加するという、機能を楽しく使いながら健康を維持しようという取り組みの一つに過ぎないのである。

そして、それに加える形で毎日の生活の中に立位や歩行訓練等を日課として組み入れている方も多いが、それもあくまで利用者の生活に密着した形で、その希望に沿った内容であることに主眼を置いているものである。

つまり最も重要なことは、個々の持っている能力を、いかに苦痛でなく自然に使うことができる生活様式が確立できるかという点に注目して必要な機能活用の視点を個々のケアプランに落としてケアを提供することであり、例えば身体能力の衰えに最も影響がある下肢筋力は、毎日の暮らしの中で、立ったり、歩いたりする行為を、できるだけ失わないようにケアサービスが提供されることが重要である。

車椅子を移動の手段としている利用者にしても、本当に車椅子でしか移動ができないのか、場面に応じて介助歩行が可能にならないかという視点は常に必要で、介護者の側の都合で移動のツールが車椅子に限定してしまい歩行機会を失わないようにする視点、できる機能を有効に使える介護の方法が必要とされているのである。

今、施設サービスの中で取り組みがすすんでいるユニットケアやグループケアは、こうした個人への目配りがしやすく、そうしたニーズに容易に対応するための方法論の一つなのである。

加齢に伴う病気の発症や病態の変化、重度化自体を止めることはできないが、個人に着目したきめ細かなケアを展開することは当然のことながら個人の状態変化にも即応できる視点が育つし、身辺の保清にも気配りがされやすく、病気の早期発見や感染症予防に繋がる可能性を持ったものである。

例えば昨今、介護予防に重要といわれるフットケアにしても、その内容は「消毒、ゾンデによる角質除去、ニッパーによる爪切り、ファイル(やすりがけ)、マッサージという一連の技術』ということから医療的な行為に思われがちであるが、しかしその必要性は「高齢者はつめの伸び過ぎや深爪により、炎症や足の変形がある人が多い。歩行の不安定や転倒の危険につながっている」ということで、それに対する本来の意味のフットケアの基本的な考え方は、そういう状態になる前に気付いてケアする「快適支援」であろうと思える。 

こう考えたとき入所施設に限らず高齢者の健康維持や状態像の悪化を防ぐ支援とは、常に利用者の体の状態に目配りして快適で正常な状態に保たれるよう対応できているかが重要な要素であり、利用者の重度化予防の手段は目配り気配りが行き届いた高品質なケアサービスそのものに求められるべきものであるといえるのではないだろうか。

介護・福祉情報掲示板(表板)

後期高齢者と重度要介護者の自立支援の考え方3

高齢要介護者の介護予防において大切なのは、実は、機能を良くしてから生活改善を図るという視点でなく、生活を良くする取り組みの中で、利用者の喜びや意欲が生まれ、そのことが機能改善や維持に繋がるという視点である。

4月から始まる新予防給付にこの視点が欠けてはいないだろうか?

それはさておき、具体的な話に戻そう。

現在様々な場面で、筋力トレーニングを含めた機能訓練メニューが重視されているが、これは果たして生活改善、機能維持に最も効果があるメニューになり得るのであろうか。

少なくとも昨日のブログで述べてきた状況や視点からは、我々の施設の中で、それは機能維持や生活改善に繋がるような主要なメニューにならないと考える。

もちろん機能訓練自体を否定するものではないが、まず機能訓練ありき、ではなく、個々の利用者の能力が生かされる暮らしを作る中で利用者は自ら持つ能力や機能を生かすことができ、生き生きとした生活の中でこそ、様々な意欲が持てるのである。

逆に、訓練によって機能を維持しないと、良い暮らしが実現できないという立場に立つとしたら、そうした考えが重荷にならないで数十年の生活を継続できる強い人間はそう多くないであろう。

大事なことは、機能訓練というメニューでさえも、気楽に楽しく、生活と結びついた状況の中でごく自然に行われる、ということである。なぜなら特養は10年20年〜というスパンでの「暮らし」の場なのであり、嫌なこと、痛いこと、面倒なこと、は続かないし、効果を生まないのである。

具体的に言えば、当施設には専任のPTやOTはおらず、訓練指導員は看護師が兼務し、機能訓練加算の算定は行っていない。

その中で例えばボールゲームや風船バレーなどのいわゆる遊びリテーションや療育音楽、回想法などのグループワークを選択メニューとして日課活動に取り入れているが、要は「心が動けば体も動く」という具体策が展開されることが必要なのであり、逆に言えば「心が動かなければ体も動かない」ということである。

今日、施設のケアの提供体制の「集団的処遇」が槍玉に上がり、脱集団処遇と個人の生活行為を中心とした個別ケアの視点が重視されケアの方法が「プログラム化」から「生活支援型」に転換されつつあるが、グループワークが一律、個別性や主体性を軽視したプログラムと考えるのは間違いであり、それに選択性があり、個人のニーズにマッチして動機付けや、意欲の向上につながるのであれば自立支援や生活改善に有効なツールであることに変わりはないし、廃用に対する対策にとどまらず、認知症の方への意欲引き出しや生活改善にも繋がるツールになり得るのである。(明日に続く)

介護・福祉情報掲示板(表板)

後期高齢者と重度要介護者の自立支援の考え方2

昨日トラックバック先のリハビリの考え方が違うというようなことを書いたが、どうやらそれは私の誤解らしい。リハビリの本来の意味が全人格的復権を意味しており、単に身体機能の回復に特化していないという点については同じ理解と思われる。

さて、それでは我々がアプローチせねばならない高齢者の自立支援の意味とは何なのか、より具体的に考えてみたい。

当施設における利用者属性を考えてみると、本年4月の利用者の平均要介護度は3.76となっており、重度介護者が多くを占めている。

そして利用者の8割超の方が脳血管障害等の後遺症で四肢の様々な部分の麻痺や筋力低下を抱えており、それはいわゆる症状固定の状態であるとされている。

また平均在所日数は1789日となっており、このような在所期間の長期化は同時に平均年齢が85.73歳という在所者の高齢化の進行となって現れ、後期高齢者が大半を占めている現状を生み出ている。

85歳を超える方の4人に1人は生活に支障のある認知症状が出現するといわれるが、当施設においてもこのことは例外でなく、認知症の方が5割を超える状況を生み、それは「廃用症候群モデル」に該当しない層が多くなり機能訓練が重度化阻止の有効なツールにならないという状況を生んでいる。

 さて高齢者が要介護状態となるリスクは、加齢と疾病が最大要因で、原因疾患は1番目が脳血管障害、2番目が高齢による衰弱、3番目が骨折である。すると当施設の現状を考えたとき、それらのリスクをすべて抱えた高齢者の方々が生活していると言えると同時に、既に要介護状態が重度のレベルにある高齢者がその大半を占めている現状がある。

ではこうした状況の中で加齢に伴う状態像の悪化を防ぐために、あるいは現在の状況をより改善するために、どのような取り組みが必要なのであろうか。

介護保険制度改正における一連の議論の中で「介護予防」という考え方が注目を浴びている。介護予防とは、できるだけ介護が必要な状態とならないための取り組みや手段を指したものである。

しかし前述したように、当施設の現状では、利用者は既に介護を要する状態で、その症状は固定的に経過しており、かつ生活全般に広範な援助を要す状態である利用者が大半で、これらの方々が介護を要しない状態になるという意味での介護予防の考え方は当てはまらないであろう。

むしろいかに様々な心身機能の悪化リスクを防止して、現状の機能を保ちながら生活状況が悪化しないかということが我々の施設における介護予防の考え方であるといえる。しかしそれは単に要介護度の変化に限定して考えるべきものではない。要介護度というのは心身の状態像を表す尺度の一つに過ぎず、それだけに捉われると「生活の質(QOL)」を含めた生活者としての個人の状態像を正確に捉えることができなくなってしまう。

そこで我々介護者が施設における介護予防を考える視点は、様々な障害を抱えていても、生活者として利用者が生き生きと自分らしく暮らせることというはどういうことなのか、そのためのケアサービスのあり方とは何かという視点が必要になる。

我々は一般的に要介護度が5から4に下がった場合、身体機能や精神機能に改善があったものと考え、生活状態の変化や改善が心身機能の改善によりもたらされたものと考える傾向にある。逆に介護度に変化がなかった場合、生活状態も含めて状況変化がないと考えがちである。

しかし果たして、そうであろうか。

例えば、排泄について考えてみると、要介護度に直接結びつく基準時間に繁栄される排尿や排便の該当調査項目は、自立・一部介助・全介助の3項目である。

しかしオムツを使用し、トイレ誘導することなくベッド上でおむつ交換等の排泄介助を全て行っている場合は全介助であるが、排泄感覚は薄れていても定時誘導や声かけで失禁なくトイレでの排泄ができている場合も、トイレへの移動、便器への移乗やズボン・パンツの上げ下ろしの介助、排泄後の後始末など一連の行為のうち2項目以上の介助行為が行われておれば、これも全介助となってしまう。

つまり両者の要介護度に反映される介護の基準時間は同じということになってしまうのである。

この場合、実際の介護の手間としては前者より後者の方がより多くの労力を要する介護であるといえるであろう。

しかし、ここで考えるべきことは、そういう介護力をかけることにより、トイレで排泄できるという事実であり、トイレで排泄できる生活が継続できることの意味である。これはオムツによって全ての排泄ケアが完結されてしまう生活と明らかに質的差があるといえる。

ただしこの違いは要介護認定調査の基準時間には反映されず、この部分の変化のみによる要介護度の変化はないということである。

食事にしても、例えば嚥下機能に問題はないのに歯の状態や咀嚼能力を個別にアセスメントすることなく、食べやすさの観点のみで厨房から刻み食という形態にして提供し、元の形がわからないものを自力摂取すれば「自立」となるが、食べ物の形がわかるようにお膳には自然の形で配膳し、食堂の食卓において、まさに食べる際に、その方の摂取能力に応じて魚の身をほぐしたり、副食を食べやすくして自力摂取してもらった場合は「一部介助」とされ基準時間も長くなる。

そして、それにより介護度がより高く判定されるということがあり得るのである。

しかし形あるものを意識して食事摂取することは重要で、精神面への影響も大きいと思えるし、何より食事の楽しさや喜びは比較にならないであろう。

私たちが施設の中で、利用者の生活援助に関る中で、こうした生活行為と密着した部分の見逃されがちな小さな改善を積み重ねることが、個人の意欲や希望に結びつく介護予防であり、廃用症候群のみならず認知症の高齢者の方の機能維持にも繋がるケアといえるのではないのであろうか。(明日に続く)


介護・福祉情報掲示板(表板)

後期高齢者と重度要介護者の自立支援の考え方

昨晩から発熱して体がだるかったが、しなければならない仕事もあり無理して職場に出た。

午前中はなんとかもったが、いよいよ調子が悪くて早退させてもらった。
薬を飲んで3時間ほど寝て、少し調子が良くなったので自宅で仕事をさばいている。

そんな状態だから、今日は掲示板の管理とレスポンスだけにして、ブログの投稿は休もうと思った。

しかし昨日の「走りながら考えた」のトラックバックをしてくれた方のトラックバック先の考え方を読んで、少しこれは違うな、と感じた。

「介護保険は自立支援の制度だからリハビリを全面にださねばならないのに、その進めかたがわかっていないからこの制度は失敗している」という論調だ。

それは全然違う。

むしろ自立支援の考え方が、加齢という身体状況変化や疾病の出現という状況変化の中で、その意味をどのように捉えて、生活力の低下を防ぐ介護サービスのあり方について考える、という視点に欠け、自立支援=機能回復訓練という誤った見方をするケアマネ始め、関係者が多いことが間違いの原因なのだ。

リハビリテーションの導入や進めかたがわからないから制度がうまくいっていないわけではないのであり、むしろ「自立支援」というキャッチフレーズ自体が正しかったのか、あるいは、そのキャッチフレーズが高齢者の生活課題を限定的にして、生活の質の向上という大事な要素を見失わせた可能性はないかという考察が必要なのである。

特にこのことは後期高齢者、重介護者の自立支援の視点から考えれば理解できると思うが、もし自立支援=機能回復訓練であるとすれば、回復可能性が低い、機能改善の可能性が薄いケースは制度の対象とならないということになりかねない。

決してそうではない。

ここは、自立支援の正しい視点について考えなければならない。

このことを(今日は体調面で限界なので)明日以降、夏に日総研の冊子に書いた「施設入居者の自立支援」に書いた考え方をまとめる形で、ここで示したいと思う。

明日まで少し待ってください。

介護・福祉情報掲示板(表板)
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