masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

政治・経済・社会

鱗雲とケアマネジメント


今朝の登別は雨になった。北海道のこの時期の雨は秋を連れてくる雨だ。

今日の最高気温は21度予報。日中の最高気温が20度に達しなくなる日ももうすぐだ。

登別市の夏と言えば毎年雨や曇りの日が多く、天気が良くないのが当たり前である。しかし今年は少し様子が違った。日中晴れる日が多くて、例年の夏より澄んだ青空を見る機会が多かったような気がする。

暑い日も多くて一日中エアコンのお世話になる日も多かった。ただし最高気温が30度に達する日は一日もなかったと思う。これも毎年のことだ。登別以内の最高気温が30度を超えたのは何年前だったろう・・・。

それでも今年は、全体的には暑くて天気の良い日が多い今年の夏だった。そんな夏が過ぎて、朝晩は涼しい風というより、肌寒い風が吹き始めている。雨になる前の早朝には、鱗雲が広がっており、空はすっかり秋景色である。
鱗雲
もともと登別は、この時期が一番良い季節で、秋晴れの日が多く、空気もさわやかで涼やかだ。食欲の秋という形容もぴったりで、海の幸・大地の恵み、おいしい食材が豊富に出回る時期だ。

しかし今年は食欲の秋も、読書の秋も吹き飛ばすほどの、「値上げの秋」である。

食材料や燃料など、様々なものが9/1を境に値上がりしている。そのため飲食店のメニューもいつの間にか値上げされており、外食も気軽にはいけない感じである。

僕個人の話で言えば、冬に履く車のスタッドレスタイヤが交換時期で、購入を予定していたが、全メーカーのタイヤも9月から値上げされるとのことで、8月中に慌ててネット購入した。

どちらにしても懐具合が気になる今日の物価高である。介護事業者の光熱費、食料費などの急激な高騰も、経営状況を直撃するレベルとなっており、国の何らかの対策が必要と思うが、具体的な動きはまだない状況だ。

よって個人レベルの物価高による生活苦保障は全くされていない。この状況で燃料費の値上がり・高止まりが続くと、北海道の高齢者世帯の冬の生活を直撃しないかと心配になる。

高齢者の方々が暖房費を節約して、体調を崩すことがないようにしてほしい。在宅要支援者・要介護者を担当する予防及び居宅介護支援事業所のケアマネなども、この点をアセスメントの視点に入れてアプローチしてほしい。いつもの居宅訪問の際に、「いつもと少しだけ違うこと」を感じ取る能力がケアマネジメントに求められている。

ケアマネジャーは、全国そこかしこに素晴らしい能力を持った達人と言ってよい人たちが数多くおられる。

その反面として、基礎資格によってケアマネジメントのばらつきが大きいことが指摘されたり、支援内容を導き出した明確な根拠を示し説明できないケアマネジャーの存在が問題となったりしている。

そのため2016年〜10か年計画で行われている「適切なケアマネジメント手法の策定・普及推進」については、ケアマネの質の差の解消が一番の目的とされている。介護支援専門員の法定研修のカリキュラムやガイドラインの改正もその一環として行われる予定になっている。

その際の最大の課題は経験値の共有化・・・。全国に多々存在する有能なケアマネの経験値を他のケアマネにいかに伝えるかという問題とされている。そのためにはアセスメントの結果を言語化することが必要不可欠でもある。

今週水曜日に東京港区のケアマネジャーの皆さんに向けて講演を行うが、そこではそうした課題を明らかにし、その解決を図る提言を含めて講義する予定となっている。その講演に向けてプロットを組み立てスライドを創る過程で僕は、「他の地域の方にも聞かせたいと内容になったな。」と思った。

そんなわけで、アセスメントを中心視点にしたケアマネジメント研修をお望みの方は、是非講師依頼してほしいとも思う。

僕は、施設ケアマネジャー居宅ケアマネジャーのどちらも実務経験があるので、それぞれのケアマネジメントに特化した研修講師も務めることができるので、そのことも頭の隅に置いて考えていただきい。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

社会保障費は歳出削減の主舞台に・・・。


岸田内閣が7月29日に閣議了解した2023年度予算の概算要求基準では、防衛費を増額する一方で、社会保障費の自然増は22年度の6.100億円から5.600億円に圧縮された。

ウクライナ情勢などの緊迫する世界情勢を受けて、防衛費が概算要求基準の対象外となる対極として、年金・医療・介護費用などの社会保障費は歳出削減の主舞台とされたわけである。

23年度は診療報酬・介護報酬の改定がなく、薬価改定のみが行われるため、薬価の大幅な引き下げが避けられない状況となったと言えるが、単年でこうした方針が変わるわけがなく、24年度の診療・介護報酬のダブル改定にもこの影響が及ぶものと考えなければならない。「骨太の方針2022紛糾後の顛末と介護報酬への影響」で指摘した懸念がさらに大きくなった。

そうなるといよいよ次期介護報酬改定は2015年度の過去最大の引き下げ並みか、それ以上の大幅な引き下げが現実味を帯びることになる。
暗闇にわずかな光しか見えない次期報酬改定
思い起こせば2015年改定はマイナス2.27%であったが、この数字は「介護職員処遇改善加算」のプラス1.65%分を含めての数字であった。それを除くと事業収入につながる基本報酬については、マイナス4.48%とされる衝撃的な数字であったのである。

当時僕は社会福祉法人の総合施設長を務めていたが、入所100人+ショート12人の特養の年間収入が、約800万円もの大幅減収となったことを記憶している。この減収分を補うために、それまで算定していなかった加算をこまめにチェックしなおして、できるだけ算定につなげる努力をした記憶もある。

当然次期改定時には、今以上の加算算定ができるように努力しなければ事業経営の危機につながるわけである。

既に算定し得る加算を取得済みの事業者においては、必ず新設される加算はあるので、それを取得する努力をしなければならない。

次の改定時に介護報酬に新設される加算とは、LIFE関連加算であることは間違いのないところだ。

現在この要件の加算のない居宅介護支援訪問介護等にも、LIFE関連加算は新設されるだろう。

そのなかで居宅介護支援は、利用者に直接的なサービスを提供するわけではないので、他のサービス事業のように利用者の情報をLIFEに送ることにはならない。おそらくサービス担当者会議等で、各サービス事業所にLIFEからフィードバックされた内容を持ち寄って話し合い、それを居宅サービス計画書にも反映させることによって、フィードバックのPDCA活用を図るような形を算定要件とするのだろう。

そうなるとLIFEからフィードバックを受ける加算を算定していない居宅サービス事業所は、居宅介護支援事業所から選択されなくなる可能性もある。そういう意味でも現在、「科学的介護推進体制加算」などは、確実に算定しておかねばならない加算である。

この加算を算定すると、提出情報の入力作業が大変になるのに、それに見合った報酬単位になっていないとして、いまだにこの加算を算定していない施設・事業所もあるが、21年度〜23年度まではLIFE要件に慣れて、24年度以降増えるLIFE関連加算に確実に対応する基盤を創る準備期間である。

さぼらず・怠けず、できるだけ早い時期に「科学的介護推進体制加算」を算定するようにしてほしい。

なおフィードバックは現在もまだ暫定版である。5月にこれが新バージョンに替っているが、その際の発出通知でLIFE関連の加算の算定要件であるPDCAサイクルへの活用については、「各事業所において、可能な範囲でご活用ください」と集計条件留意事項に記載されており、極めて限定的に行うだけでよいことになっている。

そうであれば暫定版が正式版になるまでは、フィードバック票をダウンロードした後、全体会議等でその内容を多職種で共有し、検討するだけでよいだろう。議事録にそのことをしっかり記録しておけば問題なく算定できると考える。

つまり加算の算定要件のうち、面倒くさいフィードバックのPDCA活用については、現在緩い状態なのだ。この時期に加算算定して作業に慣れておくべきである。

どちらにしても現在あるLIFE関連加算を確実に算定していかないと、24年改定時に慌てふためくことになるので、十分その備えをしていただきたい。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

副業禁止規定を撤廃しない介護事業者は廃業予備軍


北海道新聞の7/7朝刊では、道職員が副業として農家の労働力不足を補っている様子を伝えている。

高齢化などで人手不足に直面する地域の1次産業を支援するために日高振興局が創設した道職員の副業制度で、就業前の午前5時半から2時間、日高管内浦河町の農家で町特産の夏イチゴの収穫作業に職員2名が従事している記事が大きく紙面を割いている。

副業は道職員としての勤務時間外に行い週8時間以下とし、報酬は「社会通念上相当な範囲」とすることが条件とされているそうだ。

公務員が副業するなんて、つい数年前までとんでもない行為であると思われていたはずだ。しかし時代は変わっているのだ。それも恐ろしいスピードで・・・。

その変化に合わせて国も方針を変えてきている。例えば現在厚労省が推奨している「モデル就業規則」では、過去において原則副業禁止としていた規定を改めている。

具体的に言えば、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」を削除した上で、「労働者は勤務時間外において他の会社等の業務に従事することができる」との規定を新設したうえで、長時間労働を招かないかなどを確認する観点から、会社に届け出をすることとしているのである。

日高振興局の副業制度も、このモデル規定に準拠して創設したものだろう。本業が公務員というお堅い仕事であるということは、社会人としての自覚も高く能力もあると捉えられるので、雇用する農家の方々も安心して仕事を任せられるだろう。それは非常に歓迎されるべきことで、是非こうした働き方が根付いてほしいと期待する。

そうした社会情勢であるにもかかわらず、副業に関して言えば介護事業者は非常に消極的姿勢が目立つ。というより時代に後れを取った就業規則のところが多すぎる。

いまだに副業禁止の規定を存続させたままで、従業員が外部の研修講師の依頼を受けても、講師料を受けとることを認めずに、支払われた講師料を事業者の会計に入れるように求めるところもある。それってや〇ざの上納金と変わらないと思うのだが・・・。

さらに副業禁止を理由に、外部の研修講師を務めること自体を禁止している事業者まであるからお笑い草である。

今後の介護事業経営を考えたとき、人材不足が何より経営リスクになる。そこでは外部から人材を持ってくることがより難しくなるのだから、介護事業者内での人材育成が今以上に重要になる。

そうであれば介護事業者内で、人材を育てるリーダーを育成せることがまずもって必要になる。

ここで間違えてはならないことは、経験を積みさえすれば誰でも教育の役割を担当できると思いこんでしまうことだ。介護業務が滞りなくできる人であっても、その知識や技術を他者に伝えるスキルは別物なのである。

だから経営者や管理職は、実務の場で介護職員を教育し育てることができるリーダーを発掘し、リーダーとしての経験を積ませ、育成スキルをさらに伸ばすことに努めることが重要だ。

つまり管理職がこれから先、一番重要な役割と考えなければならないことは、介護職員の中からリーダーシップのある人を見出し、「他者に伝え指導、育成できる」という能力を引き出し育てることなのである。

事業者内で他の職員を教え育てることができる能力を持った職員は、職場内で新たなノウハウを生み出せる可能性をもつことになる。それは職場内の課題や問題を解決できるスキルにもつながる。人を教え育てるスキルを持つ職員を育てることは、そのように福祉的に事業者に利益をもたらす職員となり得るのである。

そうした職員は、社外に指導・アドバイスができるようになる。そのことを禁じたり、抑えつけるのではなく、事業者や管理職の方から積極的に社外に指導・アドバイスを推奨すべきである。
外部研修講師の副業を推奨しよう
人に教えることは自らのスキルを伸ばさねばできないことなので、対外的指導に当たろうとする職員は、さらにスキルアップしようと勉強することになる。そうしたスキルアップの過程や結果は、必ず事業者内の職員育成にもつながるし、サービスの品質向上につながってくるのである。

しかも職場がそうした対外活動を推奨してくれることになると、そうした活動を行いたいという動機づけをもって、職場内で積極的に職員を育てるリーダー役を担いたいという人が数多く生まれてくる。それこそが職場内の職員育成システムを活性化する源となるのである。

だからこそ副業禁止規定を見直して、社外で指導・アドバイスできる職員を外部研修等の講師として派遣し、講師料は副業の対価として手にしてよいとする必要がある。副業で得た収入は、2月に本人が確定申告すればよいだけの話なのである。

職員が外部研修講師を務めることにデメリットはなく、前述したメリットしかないのだから、それを禁ずるのはどうかしているというより、経営者としてのセンスが疑われることになる。

つまり副業禁止の規定にこだわって、それを変えない介護事業者は、人材が集まらず事業継続できない道にまっしぐらに向かっていると言えるのである。

それは廃業予備軍の最前線に立っていると言ってもよい状態であろう。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

老いる街


マスメディアを通して、「格差社会」というフレーズが聴こえるようになって久しい。

そうした格差は現在進行形であるともいわれている。

同時に格差社会で生まれた貧富の差は、自己責任だとバッサリ切り捨てる価値観も幅を利かせている。

そのような社会の中で政治家や学者は口を揃えて、「日本人がもっと大人になり、国際社会の荒波の中で生き残っていくためには、均一化された社会よりも自由競争を前提とした社会こそが必要なのだ。」と捲し立てている。

そしてこれからの時代に生き残っていくために、最も重要なことは「生産性の向上」なのだと、ありとあらゆる場所で声高らかに訴えられている。

それが本当かどうかは知らないが、僕にもはっきりとわかることがある。

そういったことを言う連中は、誰も彼もが大都会で暮らしているということだ。東京発の意見でしかない。

それらの人にとって、この島国で起こっている変化は、「格差社会の到来」といった程度のものなのだろう。

オラが街の代議士様も生活の本拠は大都会だから、そんな程度の意識でしかない。選挙が終われば、生活の本拠である東京に帰ってしまい、田舎の選挙区の日常がどう流れているかなんて知る由もなく、都会で起こっていることにしか興味が持てなくなる。

しかし地方で起こっていることは、都会で起こっていることとまったく違うのだ。

そこでは格差が問題なのではない。街全体が疲弊し死にかけていることが問題なんだ。
室蘭のシャッター街
僕の生活圏域で言えば、昭和40年代に16万人を超えていた室蘭市の人口は、すでに8万人を割ってピーク時の半分以下だ。かつての繁華街はゴーストタウンの様相を呈し、商店街は干からびていて魚屋や肉屋や乾物屋や洋品店だったところが、今ではシャッターの連なりと化している。(※画像は室蘭市中央町の商店街の現在

そこは昼頃にはわずかな人通りがあるだけで、午前中は通行人さえほとんどいない。

そんな街で住民は老いてゆくのだ。そこに大都会の論理や方法論が通用するとでも思っているのか。

かつて働き盛りの時期に、オイルショックを経験した世代は、今、自らの、「老いるショック」と向かい合って、老いる街で生き続けなければならない。

都会よりもインフラが整備されていない田舎で老いるということは、移動手段がない場所で、生活必需品の確保にも奔走せねばならないことを意味し、そこに都会と同様の物価高などの問題が上乗せされていくのだ。

そういう場所からは若者の姿も減っていく。介護人材不足というが、地方都市は介護人材消滅が現実化しつつあるのだ。

こうした問題に向き合って、その問題を解決にあたるのが地域包括ケアシステムだというが、そんなシステムがどこに存在するというのだ。

それは手段を地域に丸投げして、やってるふり行政とんでもローカルルールを数多く創り出して終わりではないのか・・・。

そんなふうに日本の街は老い、システムは老衰死していくのである。

日本社会は処方箋の出せない自然死社会に入っているかのようである。・・・だから多くの人々が、ネット社会という仮想現実の中で、妄想を大きくしていくしか生きる術のない状態に陥るのかもしれない。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

割を食うのは非介護職員


黄金の3年は介護業界にとっての暗黒の3年にならないか?より続く)
今回の参議院選挙で落選した園田修光氏は、2021年度の改定で介護報酬のプラス改定を強く訴えるなど、介護業界にとっては頼りになる政治家であった。

3年前の参議院議員選では、介護業界の利益を代表してくれる議員を国会に送り出せなかったのだから、園田氏は貴重な存在で、介護業界の防波堤の役割を担ってくれていた。

その人が国政の場から去ることになった今、介護業界は厳しい逆風をはねつける術(すべ)を失ったと言える。

その状態でいよいよ次期制度改正と報酬改定議論が本格化するのである。それは介護業界にとっていばらの道を進むに等しい厳しい戦いとなる。
いばらの道
それを心配する声もあちらこちらで聴こえ始めた。例えば昨日僕のFBには、「園田修光さんの落選は激震が走りました。処遇改善加算はこれからどうなるんでしょう?」というコメントを書いてくださった関係者がおられる。

しかし処遇改善加算自体は、今年10月から新設される介護職員等ベースアップ等支援加算に加えて、更なる上乗せがされるものと想像している。そのため僕は下記のようにコメントを返した。

介護職員の更なる処遇改善は岸田内閣の方針で、骨太改革にも入っていますので、そこは報酬改定でさらに上積みが期待できる部分だと思いますが、その上積み分、基本サービス費などは厳しく削減という形になりかねないと思います。

それを証明するかのように昨日、岸田首相が記者会見を開き「今後の重点施策」を説明する中で、「民間が賃上げをしやすい雰囲気を作っていく」とし、先月に閣議決定した新しい資本主義の「実行計画」の中で、介護職員、障害福祉職員の追加の処遇改善を検討していくと明記されていることに触れて、その実現を図る決意を述べている。

要するに介護職員の処遇改善は、福祉政策ではなく経済政策であるということだ。

岸田内閣の掲げる最も重要なスローガンである、「成長と分配の好循環による新しい資本主義」の実現のためには、210万人以上という団塊の職種である介護職員の給与改善が必須で、そのことが経済政策としての成果に結びつくと考えられているのである。

しかしその見返りとして、基本サービス費は非常に厳しい逆境にさらされかねない。

特に2024年の介護報酬改定は、診療報酬改定とのダブル改定になるのだ。それは限られた財源を、医療と介護で仲良く分け合うという構図ではなく、お互いがお互いの利益を図って足の引っ張り合いをしなければならないということだ。 

その時思い浮かぶことは、園田氏が落選した自民党の比例代表では、日本医師連盟が推した自見英子氏と、日本看護連盟が推した友納理緒氏が当選しているという事実だ。

医師会と看護連盟が推す議員は、3年前の参議院議員選でも当選しており、衆議院議員の中にもいるのだ。さすれば医療と介護の政治的な力関係は、語るまでもない状態になっている。

そこの部分だけをみれば、介護報酬が診療報酬より優遇される要素も、介護報酬が上がる要素も皆無である。

そう考えると24年の介護報酬改定は、15年度のマイナス2.27%並みかそれ以上の厳しい改定予測が成り立つ。大きなダウンを処遇改善加算の上乗せ分でカバーして、大削減の実態が隠されて終わるのではないだろうか。

そうなると多くの介護事業者で事業収入自体は減ることになるだろう。すると今までは、介護職員の給与改善原資が加算で手当てできた分、事業収益から他の職種の給与改善原資として回せる分は増えているのだから、そのことを踏まえて他職種の給与改善を図るということも可能だったわけであるが、そうもいっていられなくなる。

事業経営を続けるためには、一定の収益を出し続ける必要があるわけで、背に腹は代えられないとのことで、加算で手当てできない介護職員以外の職種の給与は上げることができないという事態になりかねないのである。

というより介護職員ほどには上げられない介護事業者が大部分を占めることになるだろう。

LIFEの情報入力で業務負担が増えている事務職員は、24年度の改定ではさらにLIFE要件が増えると予想されていることで、業務負担が益々増えることになるが、その仕事に見合った給与改善を望んでも、それは実現しないことになる。

選挙の敗北という結果の割を食うのは、このように非介護職員ということになってしまうのである。

政治力という問題を軽視して、職員に推薦候補の投票を強力に呼びかけることがなかったつけが、まさに今、介護事業者を襲おうとしているのである・・・。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

黄金の3年は介護業界にとっての暗黒の3年にならないか?


第26回参議院選挙は、自民党単独で改選過半数、自民・公明の与党は参院全体(248議席)の過半数の125議席に加え、改選議席(124)の過半数の63議席を大きく上回る結果となった。(最終獲得議席数は、参議院選挙2022を参照ください。)

その一方で、全国老施協の組織内候補で複数の介護関連団体が推薦した、「そのだ修光氏」は、自民の比例当選者に入ることはできず落選の憂き目を見た。

今日から政治の世界は、衆議院の解散がなければ次の参院選が行なわれる2025年の夏まで、選挙を心配せずに国政の課題に取り組むことができる、「黄金の3年」に入ることになる。

ただしここでいう黄金とは、国民の審判を受ける機会がない期間という意味で、政治家にとって票を気にせず国民に痛みを強いることができるという意味である。

介護保険の国民負担増・給付制限も遠慮なくできるという意味であり、介護業界に吹く逆風の防波堤となる大きな政治的要素である、「組織内議員」を失ってしまった影響は、今後大きなうねりとなって介護業界全体を呑みこんでいくやもしれない。

加えて複数の介護業界団体が推薦した候補者の得票数が低く、自民党の比例順位も下位から9番目に沈んだ結果は、介護は票にならないという印象を強く与え、介護業界の声を政界に届きにくくする要因ともなり得る。

それは政治にとっての黄金の3年が、介護業界にとっては暗黒の3年につながりかねないことを意味する。
国会議事堂
2008年から議論の俎上に上っている、「居宅介護支援の利用者負担導入」も、1〜3割の利用者負担が導入されることによって、年間約590億円の財政効果が見込まれるという声に押され、中立性を損なって御用聞きケアマネが増えるとか、逆に不必要サービスをふやして給付費増加につながると指摘する声がかき消されつつある。(参照:ケアプラン有料化にメリットはゼロどころか・・・。

自己負担の2割負担者や3割負担者の拡大も必至となるだろう。

通所介護関係者にとって最も関心の高い、「要介護1と2の利用者の地域支援事業化」についても、多くの地域でボランティアによるサービス提供が進んでおらず、通いの場の整備が遅れている事情にもかからわず、介護給付からの除外が早まる可能性がある。

当然それは訪問介護福祉用具貸与の軽介護者の介護給付除外に結びついていく。

被保険者の拡大議論にも拍車がかけらられる。もともと介護保険制度は、20歳からの保険料負担という設計で進められてきたので、現在は40歳以上となっている2号被保険者の範囲の拡大議論も進められるだろう。その速度も早まるかもしれない。

3号被保険者創設も現実化する可能性がある。(参照:3号被保険者創設の布石が隠されている制度改正

そんなふうに国民の痛みを伴う利用者負担増と、給付制限が強化される介護保険制度改正・介護報酬改定につながる可能性が高くなった。

暴露ユーチューバーや、政治を語れない元アイドルが大量の得票を得て当選している中で、介護職員だけで210万人を超える数を持つ介護業界が、たった一人の組織内候補・推薦候補を当選させられないという現状が何をもたらすのかを考えると背筋が寒くなる。

それも介護業界全体の自己責任ということに帰していくのだろう。(割を食うのは非介護職員へ続く。)
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

暴虐の銃弾を許すな


悪逆無道・蛮行・卑劣・・・いかなる言葉を連ねても決して言い過ぎではない非道なる犯罪が行われた。

参議院議員選挙の応援演説のために奈良市を訪れていた安部元首相が、凶弾に倒れ命を奪われたニュースが世界中を駆け巡った昨日・・・私たち日本人は今、何を考え、どのような行動をとるべきなのだろうか。
卑劣な銃撃
現時点で犯行の動機は曖昧さが残されたままだが、いかなる理由があろうと、それは頭のおかしい人間の戯言(たわごと)である。

いや犯人を人間と呼ぶのもはばかられる思いである・・・。

どちらにしても思想や言論を暴力で封ずる行為ほど、卑劣で汚い行為はない。それは最も恥ずべき行為であり、人として許される行為ではない。この暴挙には一片の道理も見出すことはできない。

もしかしたら犯人は、精神的な疾患を患っている可能性も捨てきれない。しかし拳銃や爆弾まで製造していたのだから、犯意や善悪の判断力は失っていないのだろう。

この非常に理不尽な結果を招いた今回の襲撃事件について、銃所持の問題や、警備上の問題も盛んに取り上げられているが、どんなに銃規制を厳しくしても、警備に万全を期したとしても、所詮は人間の行うことであり抜け穴やほころびはなくならない。

そもそも選挙のたびに、すべての要人を完璧に守り抜くことなんて不可能だ。

それより言論を暴力で粉砕しようとすることの野蛮さをもっと世に訴えるべきだと思う。そうした罪を憎む気持ちが浸透せねばならない。

すべての人々が、このような凶行によりた人の命が奪われるという理不尽さを噛みしめ、再びそのような凶行が繰り返されないために、自分自身が何をしたらよいのかを真剣に考える必要があるのではないか。

建設的議論を交わし合い、意見の違う相手にも敬意をもってふるまえる社会にしていかなければ、日本人は民度が低いと、世界中から冷笑を受け続けることになるだろう。

同時に言論であっても、匿名で言葉の暴力が飛び交う社会の危うさを理解しなければならない。その危険性をもっと指摘し合いながら、他者への優しさを失わない社会を目指していくべきではないのだろうか。

どちらにしても今回のような暴挙が繰り返される日本にしてはならない。

だからこそ明日の参議院議員選挙の投票権は放棄せず、今後の日本社会を少しでも良い方向に導いてくれる人に向けてその権利を行使しなければならないとも思う。

亡くなられた安部元首相のご冥福を祈るとともに、元首相が安らかに眠りにつくためにも、私たちは平和を護る民であることを貫く覚悟を示す必要があると思う。・・・合掌。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

投票行動を制限しかねない政治不信


告示が明日に迫った参議院議員選挙・・・。候補者ポスター掲示板が街のいたるところに立ち始め、選挙モードに入った組織も多いことだろう。だが国民はさほど盛り上がってはいない。

その理由の一つは相次ぐ国会議員の不祥事に呆れさせられることが多いことだろう。随分たちの悪い恥知らずが当選者に含まれていて、国民はしらけムードだ。

その一人が、18歳の女性との飲酒パパ活疑惑により、与野党から議員辞職を求める声が上がっているにもかかわらず、その疑惑に対する説明責任も果たさずに雲隠れしている吉川赳衆院議員である。

この人は所属政党であった自民党を離党して責任を取ったつもりでいるようだが、もともと選挙区で敗れたものの、重複立候補者の中で最下位での比例復活だから、その政党を離脱したら、議員も辞めるのが筋だろうと思うが、そうした理屈は通用しないらしい。

こういう人が国会議員であるという事実は、私たちの投票行動がいかに無駄なものであるかという思いにつながってしまう。

そんな中で投票率を挙げなければならないとか、国民の持つ権利を放棄するなと言われても、素直に耳を貸すことはできない。

私たちの先輩が血のにじむような努力をして、全国民が一定年齢以上になれば分け隔てなく投票できる権利を獲得した歴史を知ったとしても、せっかくその権利を行使した結果が、国家の反映や国民の願いなどどこ吹く風かと嘯くような、知性の欠片もない輩が国政の場で国費を無駄遣いするだけの結果にしかならないとしたら、いっそのこと投票しないという行動で、意思を示す道を選ぶ人が増えて当然だ。
犬養毅首相に婦人参政権を訴える市川房枝さん
去年発覚した無免許運転を繰り返した都議会議員の問題と言い、今回の問題と言い、まったく選挙民を馬鹿にしているとしか言いようがない。

ひとり一人にとって大事な投票権を行使させる対象となっている人物は、そのことに対する責任感をもっと抱いてほしい。そういう責任感を持てない人は、立候補するなと言いたい。

そのような中で参院選が行われるわけだが、その結果いかんにかかわらず、参院選後から介護保険制度改正に関する議論が進展し、特に国民の痛みに直結する利用者負担増・保険料負担増・給付制限について大きく動き出すことになる。(参照:参院選後に大きく動く制度改正

今夏の参院選が終われば、次の参院選は3年後である。しかも衆院選も昨年行われたばかりなので
当面の解散総選挙もないとされており、国政選挙は早くとも2年以上先になるとも噂されている。

国政に大きな影響を与える東京都議会選挙のような地方選も先だ。

そのため参院選後は、政治家が選挙の洗礼を受ける時期がかなり先にある時期ということになる。国会議員にとってそれは、「ゴールデンシーズン」到来を意味するわけである。

近直に選挙がないこの時期に、できるだけ早く国民の反感を買うような政策を成立させてしまい、次の選挙はその記憶が薄れ、ほとぼりが冷める時期にしたいという意図が働くのである。

介護保険制度を巡る、「国民の痛み」が伴う政策も、この時期に一気に決定される懸念がぬぐえない。

居宅介護支援費の自己負担導入、2割負担者と3割負担者の拡大、要介護1と2の対象者の訪問介護・通所介護・福祉用具貸与の地域支援事業化、福祉用具貸与のみの居宅介護支援費の引き下げetc。

こうした利用者負担増、給付制限策が参議院選挙後に次々と打ち出され、決定されていく恐れがある。

介護関係者のみならず、国民はこのことをしっかり監視していかねばならない。

同時に選挙区の区割り変更程度でお茶を濁そうとする政治改革に、「NO」の声を挙げて、もっと鋭くスピーディーに改革進展を促す声を挙げていかねばならない。

国民の声を無視した、「やりたい放題」の政治に我慢して、おとなし過ぎる国民に甘んじていてはならないのである。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

骨太の方針2022紛糾後の顛末と介護報酬への影響


今週初めに書いた、「骨太改革2022に盛られた毒と次期介護報酬の動向」でお知らせした、骨太の方針2022を巡る紛糾は、今週に入って何とか収まった。

月曜日の情報提供記事を書いただけで、その後の顛末を書かないのは、書きっぱなしの誹りを免れないと思うので、今日現在までの流れや、今後の情勢予測などについて簡単にお知らせしておこうと思う。

月曜日に、「骨太改革2022に盛られた毒と次期介護報酬の動向」という記事を書いたわけであるが、その直後に自民党の政務調査会が開催され、骨太の方針2022は、先週に示された文章の一部が修正されたうえで全体会の同意を得た。

その後、内閣に送られ7日夕刻に正式に閣議決定された。

決定された骨太の方針2022では、紛糾のもととなった、「〜骨太の方針2021に基づき〜」という文言はそのまま残されており、予算キャップははめられたままである。

しかし、「ただし重要な政策の選択肢を狭めるようなことがあってはならない」という文章が新たに加えられているのだ。

これによって予算キャップははめられているものの、そのキャップは臨機応変に外すことができるとされたわけで、財政積極派の意見が取り入れられたことになる。これによって紛糾は収まったのである。

ただし一言加えておくと、自民党の政務調査会で同意を得た骨太の方針2022には、脚注が付けられており、その内容は財政出動には増税が不可欠であると読める内容であった。

この脚注を巡って、財政積極派からけしからんとする意見が出て、財務省がこれに反発し、再度紛糾しかけたそうである。

最終的にその脚注の扱いは政調会長預かりとなり、その場を収めたのである。その後どうなったかというと、高市早苗政調会長の裁量で、最終的にこの脚注は骨太の方針2022から削除されている。

財政積極派からは英断という声が聴こえてくる決断である。

よって閣議決定された骨太の方針2022には、財務省の増税誘導文章は載せられていないのである。この攻防においては、財務省は惨敗したということになるだろう。・・・ただ財務省が敗者のまま、黙っておとなしく身を引くとは思えない。

怒り心頭の財務省の復讐戦がこれから始まって、その反撃の矛先は真っ先に高市早苗政調会長に向けられ、更迭せよという動きも出てくることが予測される。

高市会長は、言うまでもなく安部前首相の懐刀で、現在も前首相の影響力が強い理由の一つは、彼女の地位と存在にある。

参院選後に党三役の交代論が必ず出てくると思うが、その時に高市氏の処遇がどうなるかで、今後の内閣の姿勢が垣間見えるので注目の的だ。

そうした動きはともかくとして、財務省の今後のしっぺ返しが、介護・診療報酬改定に向かないとも限らないので、警戒が必要である。
イメージ5
加えられた文言を改めて見てみよう。「ただし重要な政策の選択肢を狭めるようなことがあってはならない」となっている。

おそらく、「重要な政策」とは防衛費が一番先に位置づけられると思われるが、岸田内閣が唱える新資本主義としての経済対策も、ここに含まれてくる可能性がある。

間違いなく介護は、ここに含まれてこない。というよりそもそも例外的な財政出動がされるのは、非社会保障費であって、社会保障費は、「高齢化の事前増分の増加にとどめる」というキャップがはまっていて、それを取り外す例外も認められていないのである。

そのような情勢の中で、骨太の方針2022には、「必要な人材が確保されることを目指し、現場で働く方々の更なる処遇改善に取り組んでいく」と明記されていることから、次期介護報酬改定での処遇改善加算の上積みは確実だと思われる。

一方政府の説明では、「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心というこれまでの構造を見直し、能力に応じて皆が支え合うことを基本とする」としているので、利用者自己負担の2割・3割対象の拡大は確実視され、さらに給付抑制の観点から基本報酬はマイナス改定もあり得る状況である。月曜の記事に書いたように、後期高齢者医療制度の負担段階に合わせて変更する案が有力だ。

そうなると処遇改善加算を除いた改定率は、2015年度のマイナス2.27%並みかそれ以上の厳しい改定予測が成り立つ。処遇改善加算のアップ分を含めて、マイナス改定を最小限に抑えたというアリバイづくりが行われる懸念がぬぐえない。

そうならないように、介護業界は次の参院選で推薦候補を確実に当選させるとともに、政治的な勢力を拡大する取り込みにも力を入れていかねばならない。

経営面では、マイナス改定にも備えた準備が必要だ。

居宅サービスは、顧客確保を確実に行って事業規模の拡大を視野に入れねばならない。地域密着型通所介護の単独運営だけで、何年も続けて事業継続できるわけがないと考えるべきだ。

施設サービスはベッド稼働率をできるだけ100%に近づけていく努力が必要だ。特にショートステイは、午前退所・午後入所などという形で1ベッドで1日につき二人分の給付費を算定できるのだから、そうしたサイクルでサービス提供できるようにしていかねばならない。

厳しい情勢の中であるからこそ、知恵を酷使した事業戦略が必要になることを忘れてはならない。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

アナログ規制で配置基準緩和へ


IT環境整を備したいと考えている介護事業者向けに、どんな補助金を活用できるのかを解説するオンラインセミナーを、(株)内田洋行が無料配信するそうである。

配信日時は6月24日(金)14:00〜15:00となっており、こちらから申し込みができる。

無料で視聴できるセミナーで、補助金を活用できる方法が見つかるかもしれず、見て損はないだろう。興味がある方は是非、申し込んでいただきたい。ただし講師は僕ではないことを了承していただきたい。
IT環境整備
介護事業者もこのようにIT環境整備は不可欠な世の中になっている。

とはいってもアナログ対応をすべて、『前時代的』と切り捨てることが良いことなのかは疑問だ。ということで今日の本題はそちら・・・。

介護事業においても、IT環境整備による職場のデジタル化が重要だといっても、政府の、デジタル臨時行政調査会が、介護保険制度に関係してくるとは思わなかった・・・。しかし6/3の同会資料を読むと、決して無関係ではないことがわかる。

介護事業におけるスタッフの常駐・専任を課す職場のルールが、代表的な"アナログ規制"に位置付けられて、改革対象となっているのだ。

そのため一括見直しプランに、介護事業所の管理者の常駐を改めることを「確定事項」として明記している。(※こちらの9ページ)

このことに関しては、資料7-2 (別紙)17頁も参照しておくとわかりやすい。

そのため次の制度改正・報酬改定時には現行の運営基準を改正し、利用者に直接関わらない業務はテレワークが可能なことを明確に定めるなど、必要な措置が講じられることになる。

対象のサービスとしては、訪問介護や居宅介護支援、福祉用具貸与などが挙げられているが、さらにその種別は拡大する可能性が高い。

もともと施設長・管理者というのは、介護実務を行うことが主たる仕事というわけではなく、経営や運営に関する業務を行うのが主になるのだから、介護実務の場にいる必要はない。むしろ外部の機関とのやり取りなどをスムースにこなせる環境にいた方が良いのだから、これは歓迎すべき改正ではないか。

また特養や老健に、「置かなければならない」とされている事務職員についても、人員配置基準を緩和し、例えばテレワークなどが可能なことを明確にする方針を打ち出している。

ただこれは少し心配である。僕個人の経験で言えば、特養の事務員というのは事務の専門家であると同時に、よろず対応役である。

時には利用者の通院等の運転業務に、時には利用者の様々な日常品の修理屋さん役としてなど、マルチな対応ができる万能職種として活躍している人が多いのではないか。そこに居ることで、施設利用者の方々の日常対応に欠かせない役割をこなす職員が、テレワークでしか対応できない存在になることで、利用者の生活の質に影響するだけではなく、介護職員の業務負担増加につながりはしないかという懸念も生ずる。

暮らしの一部分を切り取って介入できる居宅サービスと、暮らし全体に介入しないとならない施設サービスではここが異なるのだ。

時として、直接介護をしない事務職員は、介護サービスが提供される同じ空間に居てくれるだけで、ありがたい存在になるのである。だから事務職員のいなくなる介護施設を創ってはならないのだ。

このあたりは慎重に対応していただきたい。アナログがすべて、時代遅れ=いらないものというわけではないことを理解してほしい。

また利用者に直接関わる業務についても、運営基準を緩和できないか検討すべきとされている。

それらも今後、厚生労働省の審議会などで具体策をめぐる議論が進められることになるが、これは諸手を挙げて歓迎できる問題ではない。

既に制度改正議論では、ICTなどの機器導入による配置基準緩和が検討されているが、そのことは介護の場で働く人々のニーズと一致していないし、安易に配置基準緩和を進めてしまえば、ケアの品質が劣化せざるを得ないだけではなく、介護職員の業務負担増加とバーンアウトにつながりかねない問題であることは、このブログで何度も指摘している。(参照:介護労働を舐めている経団連

人と人との関係や、人と人とが向かい合って心を通じ合う仕事は、アナログ対応が望まれることも多いのだ。便利なデジタル対応では生まれない結果が、不便であるけれど、その不便さが心地よいアナログ対応には存在するのである。
誰かのあかい花になる介護
対人援助という仕事においては、便利・不便では割り切れない部分や、割り切ってはならない部分が含まれていることを決して忘れてはならない。そもそもアナログは規制すべきものというわけでもないと思う。

もっとアナログ対応の温かさとか、優しさを感じ取れる世の中が心地よいのではないだろうか。

それを忘れてしまった時に、私たちは人として大事な何かを失ってしまうかもしれない。そんな危機感を僕は心のどこかに抱いている・・・。

それは前時代的人間で、現代のスピード感についていけない者の、負け犬の遠吠えなのだろうか・・・。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

骨太改革2022に盛られた毒と次期介護報酬の動向


6/3(金)の午後に行われた自民党の政務調査会(会長は高市早苗衆議院議員)は、5/31に示された、「経済財政運営と改革の基本方針骨太の方針)」の原案を承認し、政府内閣に送るための通過儀礼ともいえる会合だった。

ところがその場が大荒れとなり、結局結論が出されないまま先送りされた。何が問題となったのだろう。そこを解説したい。

2018年以降の骨太の方針では、「2025年度のプライマリーバラン黒字」が最大の目標として掲げられ、そのために社会保障関係費を高齢化による増加分におさめ、さらに非社会保障関係費3年間で0.1兆円程度とするという、『予算キャップ制』が大方針として取られてきたわけである。

よって2019年度〜2021年度までは、このキャップがはめられて予算編成がされていた。そして実績ベースではその通りに予算出動されて、非社会保障費は年間3百数十億円ずつしか増加させてこなかった。つまり予算キャップは、決して外されることはなかったのだ。

ところが骨太の方針2022の原案作りの過程では、コロナ禍による経済停滞等の影響を受け、この予算キャップを外すべきだという意見が強く推し出された。

そして、「経済あっての財政」という財政積極派の意見が通り、財務省がその意見に屈した形で、「2025年度のプライマリーバラン黒字」という考え方が盛り込まれなかったのである。

つまり社会保障費は自然増分に納めるけれど、「非社会保障費は年間3百数十億円ベースの予算組み」という枠ははめないという意味である。

ところが財務省はこれに屈せず、骨太の方針2022の中に秘かに毒を盛っていたことが政調会の中で明らかになった。それが大紛糾の原因である。

その毒とは、骨太の方針2022・第5章、「当面の経済・財政運営と令和5年度予算編成に向けた考え方」の2-である。

ここでは、「令和5年度予算において本方針及び骨太方針2021に基づき、経済財政一体改革を着実に推進する」と書かれていたのである。

これについて若手議員から、「骨太方針2021に基づき、経済財政一体改革を着実に推進するということは、『予算キャップ制』という意味で、既に予算の上限をはめているという意味ではないか』という質問が出された。

その質問に対しての回答は、予算キャップ制は外されていないということを認めるものだった。

これに対し積極財政派の議員から猛反発の声が挙がったのである。特に財政再建派との調整を重ね、譲歩を重ねてきた調整役ともいえる西田昌司政調会長代理(参議院議員)の怒りはすさまじいものだったと言われている。

今年度予算組では、『予算キャップ』をはめないということで事前調整でいったん着地させたのに、財務官僚が原案文章作りの段階で、「仕掛け」を組み入れてきたという怒りであり、なおかつそれに迎合する財政再建派の一部議員(※多分、稲田朋美議員を指していると推察する)の度重なる財務省寄りの発言に対しての怒りである。

ということで3日は結論が出されなかった。そういう意味で今週の自民党・政調会が大注目だ。財政民主主義の立場で言えば、政治家がその責任においてしっかりその内容を決めておくのが本来だから、財務省の仕掛けを外して、予算キャップをはめない予算組の方針が示されるのか・・・。

ただしそうなったとしても、非社会保障関係費の予算出動を拡大するという意味でしかなく、社会保障費は、「高齢化の自然増分におさめる」という方針はそのまま引き継がれる。よって介護報酬改定は厳しい予測にならざるを得ない。

5/25にまとめられた財政審の提言では、「介護保険の利用者負担を原則2割とすること、2割負担の対象範囲の拡大を図ること、現役並み所得(3割負担)の判断基準を見直すこと」を要請している。居宅介護支援のケアマネジメントの10割給付をやめることも求め、「利用者負担の導入は当然」と踏み込んでいるので、これらが議論の俎上にのぼることは間違いない。

利用者自己負担については、いきなり2割負担が原則とされることはないが、後期高齢者医療制度並みの所得割合とする議論が行われるだろう。(※下記図参照
介護保険と後期高齢者医療制度の負担段階の所得
このように、後期高齢者医療制度の2割負担対象者は、介護保険の2割対象者より年間所得が80万円低い層で区切られているのだ。

そのためこの基準を介護保険も後期高齢者医療制度並みに均すことで、3割負担の基準も同じように変更する議論が行われるのではないだろうか。この場合、介護保険の3割負担の対象者は、現行より43万円所得の高い人が対象とされるために、3割負担の一部の対象者が2割負担と負担軽減されることになるが、2割負担者をその分増やすことで財政的な問題はクリアできるとされるのである。

このように2割負担の対象拡大を2024年度から行ったうえで、将来的に2割負担をスタンダードにすることが模索されるだろう。

どちらにしても国民の痛みはさらに増すことは間違いないところだ。・・・ということで、政治家の痛みが全く検討されない場所で、このように改正議論が進むわけである。

だからこの議論は、参議院議員選挙前には出てこないのだろう。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

最低賃金引き上げが介護人材不足を助長する恐れはないか


5/31に示された、「経済財政運営と改革の基本方針骨太の方針)」の原案は、財政を立て直すことが最優先であった政策を転換させ、「経済あっての財政」という方針を打ち出したうえで、プライマリーバランスゼロ政策に縛られない予算出動に含みをもたせた内容となっている。

この部分では財務省は内閣に惨敗したわけである。それがかなりのストレスであることは、20日未明に都内の電車内で財務省の前総括審議官が乗客を殴るなどの大立ち回りの末、逮捕されたことにも現れているという人も居るほどだ・・・。

しかしその反動は、2024年度の介護・診療報酬ダブル改定で、事業者により厳しい単価引き下げと、国民負担増という形でリベンジを図ってくる恐れがある。

政府の最重要課題も経済復興なのだから、経済対策としての処遇改善加算の見直し以外の費用は抑えようとする動きがあっておかしくない。よってこの戦いはかなり厳しくなることを覚悟しなければならない。

ところで骨太の方針2022では、最低賃金の全国平均を1.000円以上とする目標が示されていたが、昨日政府は、この目標を2025年度に実現することを目指すと表明した。

現在の最低賃金・全国平均額は930円であり、わずか70円のアップであるが、人材不足と人件費の高騰で悩みが多くなっている介護事業者にとってそれは大問題である。介護施設の場合だと業者委託が多い調理や掃除の委託費用の増大にもつながってくる。

この引き上げ分は、2024年度の報酬改定時に盛り込んでもらうか、2025年度の臨時改定で盛り込んでもらうかの措置が必要だと思うが、パート職の比率が高い事業者では、最低賃金引き上げ分が全額カバーされない恐れがある。その分収益を挙げなければならない。

2021年度の訪問介護は、身体介護・生活援助・通院等乗降介助の単位数が、すべて1単位増という悲惨な結果に終わったが、次の報酬改定が同じレベルで終われば、訪問介護事業は崩壊する恐れがある。
加重労働
それにも増して深刻なのは、パート労働者の勤務時間に関連する問題である。

パート労働者は、主婦の傍ら短時間労働をしている人が多く、税金がかからない範囲で働きたいと希望している人が多い。また健康保険等については夫の扶養に入っている人が多いために、税金を支払っても良いが、扶養からは外れたくないという人もいる。

それらの方は、それぞれ年収の壁というものを意識して、年間労働時間を調整している。

年収の壁という文字に張り付いたリンク先を見ていただけると、その壁が良く理解できると思うが、このうち特に106万と130万が高い壁となっているパート労働者が多い。

その壁を超えないように年末の12月に勤務調整するので、この月にパート労働者の勤務時間が極端に少なくなったりする。そのため年末の介護事業者は、通常勤務している職員に過重負担がかかってしまう傾向がある。

実は介護事業者における職員の勤務時間減という問題は、昨年度の制度改正・報酬改定時にも生じている問題だ。

例えば、「常勤」の計算に当たり、職員が育児・介護休業法による育児の短時間勤務制度を利用する場合に加えて、介護の短時間勤務制度等を利用する場合にも、週 30 時間以上の勤務で「常勤」として扱うことを認める改正が行われている。

このように介護の場において配置すべき職員基準がどんどん緩和されているのだ。経営者にとってそれは歓迎されるべき改正かもしれないが、人が減って同じ仕事をこなさねばならない職員にとっては、それは過重負担が身に降りかかる結果となり、バーンアウトのリスクを高める問題である。

この傾向が最低賃金引き上げによってさらに助長されるわけである。

あなたの職場は、その負担に耐えきれるだろうか?それとも現在よりさらに休みが増える分、パート職員等を増員できるだろうか?

今日の更新記事は以上であるが、ここでお知らせをしておきたい。

メディカルサポネット」の僕の連載コーナー、「菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 〜選ばれる介護事業所であり続けよ〜」に、先ほど9回目の更新記事がアップされた。今回は、【「生きる」を支える看取り介護に必要なたった1つのこと】としている。

看取り介護については、日常介護の延長線上に必ずあるものとして、今後はすべての介護関係者に、その知識と支援スキルが求められてくるので、是非一読願いたい。

記事全文は無料登録で読むことができるので、登録がお済みでない方は、これを機会に登録をお願いしたい。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

参院選後に大きく動く制度改正


今年の夏に参議院議員選挙が行われることは、今更言うまでもない。

この国政選挙は決して介護業界にも無関係ではない。特に現在行われている介護保険制度改正議論には大きく関連した問題で、参議院選挙前には、政党や政治家から給付制限・国民負担増という、「国民の痛み」につながる考え方は示されないのが普通だ。

政党として、政治家としてそんな発言をしてしまえば、票を減らしかねないからである。

よって現在は、「国民の痛み」につながる改正具体案は、財務省や厚労省等が設置した各種委員会が国に提言するという形で表面化しているに過ぎない。

これが選挙を終えると一変する。結果がどうあれ、制度の持続性を担保させるために、財源に見合った給付制限と国民負担増という方向が、政治の場でも具体化してくることは間違いのないところだ。

通常で言えば国政選挙は来年は行われないのだから、政権党は国民受けのしない政策にも手を付けやすくなる。介護保険サービス利用の際の自己負担割合について、2割負担者や3割負担者の対象範囲を広げる方向にも舵を切りやすい情勢が生まれるといってよい。

そのため2024年の制度改正・報酬改定に向けて、介護事業者や国民に対する厳しい風は、参院選後に一気に強まる可能性が高い。

そこで介護事業者は手をこまねいているだけでは、政治的逆風に吹き飛ばされる恐れがある。

そうした危機感の表れともいえる動きが5月27日にあった。

この日夕方、介護サービス事業者らで組織する団体がこぞって参議院会館に集合し、来る参院選に向けて、「介護業界の利益を代表する候補者」の支援方針を表明する会見を行った。

その候補者とは、全国老人福祉施設協議会の組織内候補であり現職である、園田 修光氏(自民党)である。

今回は全国老施協のほかに、全国老人保健施設協会・日本認知症グループホーム協会・ 日本介護支援専門員協会・日本福祉用具供給協会・全国介護事業者連盟・日本在宅介護協会・障がい者福祉研究所が一堂に会した。

各団体の間を取り持ったのは、全国老人保健施設協会の東憲太郎会長だそうである。そのためこの日も、「介護業界は一致団結することが必要だ」と呼びかけている。

このように介護関係団体がこぞって一人の候補者を支援することは、過去にはあまり記憶がない。そういう意味では、過去にない大きな集票能力が期待できるかもしれない。
選挙応援
国政選挙では、全国老施協は大きな苦渋を舐めた過去も持っている。故・中村博彦氏という剛腕会長を国政の場に送り出すことに成功した半面、中村氏が現職期間中の中間で行われた参院選では、支援候補者をめぐって組織の分裂が起き、その結果、候補者も落選させて国会議員を2名輩出することに失敗した歴史もある。

そもそも特養等を経営する社会福祉法人を中心として組織されている全国老施協は、会員数のわりに集票能力が低いという特徴がある。

特養や通所介護の職員は女性が多いことがその理由であるとも言われている。組織として特定候補者を支援し、その選挙に協力したとしても投票は別であり、一家の主である夫の会社が支援する候補者に票を投ずる傾向があるからだ。

このように選挙運動への協力が、そのまま投票行動に結びつかないのが、全国老施協会員の特徴でもある。

他の介護関連団体も似たような傾向があるとはいっても、今回のように事業種別を超えた介護関連団体が横断的に手を結ぶことは、かつてない大きな集票能力につながるのではないだろうか。

関係者も大いに期待値を高めていることだろう。介護業界全体にとってみれば、それは決して悪いニュースではないといえよう。

なぜなら介護報酬の動向は、決して政策と関係のない問題ではないのだから、介護業界の意見を代表する政治家の存在は、決して小さな存在ではないのである。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

小6の6%以上がヤングケアラーという事実と向かい合って


全国各地で入学式のシーズンである。

中学や高校の入学式に参加する学生たちにとって、私たちが携わる介護という職業やそれに付随する問題は、彼らの日常とはかけ離れた問題であるように思いがちである。

しかし実際にはそうした若者の中にも、介護問題に向き合って暮らしている人がいるのだということがわかる調査結果が厚労省から示された。

4/7に厚労省が公表したヤングケアラーの実態把握を目的とした調査研究結果では、世話をしている家族が「いる」と答えた小学6年生6.5%もいることが明らかにされている。

この数字には少なからず驚かされた・・・。

ヤングケアラーという言葉は、世間的にはまだまだ浸透していないかもしれない。

それは、『家族に介護を要する人がいるために、大人が担うようなケアの責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている18歳未満の子供』を意味する言葉である。

そこに小学生も含まれているのである。ヤングケアラーの小学6年生が6.5%ということは、100人の小学6年生を集めたら、そのうち6人以上は介護にかかわっている確率が高いという意味になる。

これは決して低い数字とは言えないと思う。介護の度合いには個人差があるのだろうか、これほど多くの小学生がケアに関わっているとは驚きである。

自分の小学生時代のことを思い起こすと、介護問題とその時代は結びつかない。
23145314_s
調査対象は厚労省が決め、それに基づいた学年を対象にしており、小学6年生などを対象としたのは今回が初めてとのことである。もし調査対象を小学1年生まで広げたら、どれだけ低学年の児童が介護にかかわっているのだろうと思ってしまう・・・。

ただし調査結果を見ると、小学6年生以外では中学2年生が5.7%、高校2年生が4.1%、大学3年生が6.2%などとなっており、年齢が高ければヤングケアラーの割合が増えているわけではないという結果となっている・・・これは調査サンプル数が少なくて、何かの要因で偏りのある結果が示されており、必ずしも日本全国の平均を表すものではないことを示しているように思える。

普通に考えれば、年齢が高くなればなるほどケアに関わる確率は高くなるのではないのか・・・。

それはともかく、ケア対象者との関係性では、兄弟・姉妹や父母が多く、中学生以上では祖父母も少なくなかったという結果になっている。さすれば小6がケアしている対象とは、兄弟・姉妹ということになるのだろうか。

どちらにしてもヤングケアラーと呼ばれる人たちが、介護に関わることによって、私生活や学業にどのような影響があるのかということが、全国的に検証されなければならない。

ヤングケアラーは、自分が介護の担い手になって様々な問題を抱えても、それが当たり前と思い、受け入れたり、あきらめたりしてしまう傾向が強く、誰にも相談しないまま、問題があってもそれが社会の闇に深く隠れてしまうという傾向にあるようだ。

さすればヤングケアラーの支援も大きな課題となるが、そのためにはまず発見することが重要であることがわかる。

しかしヤングケアラーが介護を行う対象とは、前述したように高齢者とは限らない。

下に張り付けたユーチューブ動画で紹介されているように、若くしてALSなどの難病を患ったシングルマザーである自分の親を高校生の一人息子が介護している例がある。うつ病などの精神疾患を抱えた兄弟・姉妹等を支援するケースも多い。

介護支援の対象者も、高齢者や障碍者という区分だけではくくれないのである。

そうであるからこそ、縦割りの所管を打破した連携が必要だ。学校等の教育機関と、保険・医療・福祉・介護との情報がどこで交換され集約されていくのかを真剣に考えなければならない。

例えば地域包括支援センターが担当するケースの中で、たまたまヤングケアラーがそこに存在することが明らかになったときに、地域包括支援センターとしてできることは何か、どこの誰と連携を図らねばならないのかという具体策を、地域の中で話し合う場を設けることが必要である。

学校で教師がヤングケアラーを発見するためには、「欠席・遅刻が多い」・「表情が暗い」・「宿題ができていない」等、子どもが本来やるべきこと、やれていなくてはいけないことが「できていない」というサインを見逃さないと言われているが、サインを発見したときにどこにつなげるかという具体策がないと問題解決には至らない。

必要な福祉サービスの手配が必要になることは共通認識だろうが、誰がどのような方法でその手配を行うかということも明確にしておかねば、いざというときに誰も動けない・動かないということになりかねない。

小学生だからヤングケアラーになることはないという固定概念をなくして、それぞれの家庭の状況を把握して、早期対応するといっても、早期対応の具体策を頭に入れておかねば動きようもない。

それらのことを具体的に話し合う場を作り、その場から具体策を発信することがまずは必要だろうと思う。調査あって支援なしという状態を作ってはならないのである。

なおヤングケアラーについて紹介した北海道文化放送(UHB)のニュース映像がユーチューブでダウンロードできるので、参照していただけるよう下記に張り付けておく。

希望を胸に新しいスタートに立つ若者の未来が明るいものであるように願うとともに、その人たちが新しい希望に満ちた国を創ってくれることを願ってやまないが、そのためにもヤングケアラーという問題に、もっと光が当たって、その人たちにたくさんの温かな支援の手が届く世の中になることを期待したい。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

呑んべえにとって注意が必要な法改正


飲酒運転は決して行ってはいけない行為だが、前夜ついつい深酒をしてしまい、お酒が残った状態で出勤してしまう会社員は少なくない。

しかしその状態は、酒気帯び運転とされる危険性もあるので注意が必要だ。

警察が抜き打ちのアルコール検査を路上で行うのは夜に限っており、二日酔いで出勤する途中で検問に引っかかって酒気帯び運転で捕まったという話はあまり聞かない。だからといってその状態が良いわけがないので深酒には気を付けたいものだ。

酒気帯び運転となるほど酔いが残っていなくとも、酒臭い息のまま出勤してくる職員は少なからず存在する・・・。自分の過去を振り返っても、そうした状態がなかったなどとは決して言えない。
深酒注意
しかし新年度から介護事業者で、「運転業務」に携わる職員は、今以上に前夜の深酒と二日酔いに注意する必要がある。

なぜなら道路交通法の改定規定が、介護事業者にも適用されるからである。

対象となるのは乗車定員が11人以上の自動車を1台以上有する事業者または、その他の自動車を5台以上有する介護事業者である。改正適用は2段階となっていることにも注意が必要だ。

これらの介護事業者については、4月から運転前後のドライバーの状態を目視などで確認することにより、酒気帯びの有無をチェックし記録する義務が課せられる。

さらに10月以降は、ドライバーの酒気帯びの確認を目視ではなく、アルコール検知器を用いて行う義務が生ずる。さらにアルコール検知器を常に有効に保持する義務も課せられることになる。

4月時点では、二日酔いと目視できる人・酒臭い状態の人の運転業務は禁じられることになるだろう。10月以降では呼気1リットル中アルコール0.00mg以外は運行自体不可となる。

よって酒気帯びではない状態でも、酒臭ければ運転できなくなるのである。

運転業務ができない職員が一人でも出れば、通所サービスやショートステイの送迎業務に大きな支障が出る恐れもある。

なお10月以降に課せられる、「アルコール検知器を常に有効に保持する義務」については、以下のことを行っておく必要がある。

[毎日確認]
・電源が確実に入ること
・損傷がないこと

[週1回以上確認]
・酒気を帯びていない者がアルコール検知器を使用した場合にアルコールを検知しないこと
・アルコールを含有する液体又はこれを希釈したものを、口内に噴霧した上でアルコール検知器を使用した場合に、アルコールを検知すること。


なお白ナンバーの事業者がアルコールチェック義務を怠れば、罰則は「安全運転管理者の解任命令」・「5万円以下の罰金」の2点が予定されている。

あまり重い罰則ではないといっても、違反が明らかになれば対人援助に関する事業者として、車両運行の責任を果たしていない=車両の安全運航管理を怠っている=利用者の人命を軽視しているとして、道義的責任が強く問われかねない。

よってアルコールチェック対象事業者のみならず、すべての介護事業者は、車両運転業務に携わる職員に、翌日に残らないお酒の量を自己管理することの重要性を伝え、飲みすぎない意識付けを行う必要がある。

翌日の車の運転を考え、お酒を呑み終える時間を早めるなどの翌日業務を考慮した飲み方を意識させる啓蒙教育が、今から必要とされるだろう。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

嫌な予感しかしない介護のデジタル推進


昨日(12/21)夜、岸田首相が記者会見を行って、社会のデジタル化に注力する方針を強調した。

その中で代表例として取り上げられたのが、「介護」である。首相曰く、「例えば、介護施設の人材配置規制などの合理化を進めていく」・・・。

要するにICTやAI・センサー・インカム・介護ロボットなどの活用や、業務オペレーションの効率化などを進めることとあわせて、介護施設の人員配置基準を緩和するという意味だろう。その内容を来春までに一括改正プランとして取りまとめることを示した会見となった。

このブログで再三指摘しているが、最先端機器類を活用することは大いに結構なことである。大いに賛成だ。そのことは業務負担の軽減につながり、それが進むことで介護の仕事を辞めなくて済む人も増えて定着率の向上にはつながる可能性があるからだ。

さらに介護業務がテクノロジーを活用した社会の最先端業務であると印象付けられれば、そのことで介護の仕事に就きたいと思う人が増え、介護人材の増加につながる可能性も否定しない。

しかしテクノロジーの活用と、人員配置基準の緩和をリンクさせてしまえば、本末転倒な結果にならざるを得ない。

少ない配置の中で、人が減った分をテクノロジーがすべて代替してくれるならよいが、そんな便利な機器は世の中に存在していないからである。(参照:特養で夜勤する人がいなくなるかもしれない緩和策

テクノロジーを活用することで、介護労働の生産性が劇的に高まることはなく、人の配置が少なくなった場所では、介護労働者が今よりさらに疲弊するか、それを防ぐためにはケアサービスの質と量を落とすしかないのである。・・・その負の影響を被ることになるのは、介護サービス利用者という社会的弱者なのである。

今年度の基準改正では特養の夜勤について、全ての入所者に見守りセンサーを導入し、夜勤職員全員がインカム等の ICT を使用するとともに、職員の負担軽減や職員毎の効率化のばらつきに配慮し、委員会の設置や職員に対する十分な休憩時間の確保を含めた安全体制等の確保を行っていることを要件として配置基準緩和が行われた。

4月以降、3月以上の試行期間を経たうえでしか配置人員は緩和で機内規定であるため、最短でも7月からしか配置人数を減らせなかったわけであるが、配置緩和を適用しようとした施設では、試行している期間に、「これ以上職員配置が減らされたら仕事が回らないし、自分の心身が持たない」として、本格緩和を前に退職を決めた職員が相次いだケースがある。
過酷なワンオペ夜勤
実際に僕のコンサル先でも、新たに見守り機器とインカムを導入したが、それらを使って実務に携わっている職員のアンケートでは、配置基準を緩和することに9割以上の人が不安を感じ、4割以上の職員が配置緩和をした場合に、「退職・転職を考える」という回答があった。そのため機器導入はしたものの、配置緩和は適用せず、従前の配置人数で今も対応している。

この配置基準緩和の問題とは別に、介護業界では、「ワンオペ夜勤」が問題となっており、それは労働基準法にも違反するのではないかという議論も沸き起こっている。にもかかわらず機器導入による夜勤の配置基準緩和は、「ワンオペ休憩なし16時間夜勤」などという過酷な勤務を生み出している。

これは大きな社会問題ではないか。政府が勧める介護のデジタル推進は、この問題をさらに根深く大きな問題として広げることになりかねない。

そもそも介護施設の看護・介護配置基準は、対利用者比3:1となっているが、その基準通りに運営できている施設がどれだけあるだろう。

それは配置基準を下回って運営しているという意味ではなく、そんな基準では介護業務が回らないので、配置基準以上の職員を配置してやっと業務が回っているという意味だ。現に非ユニット型の従来型特養であっても、2:1か、それに近い職員配置でやっと業務を回しているのが現状だ。

テクノロジーの導入で、その業務負担がある程度軽減できたとして、それはやっと実際の配置規準に近い配置で業務が回るかもしれないという程度の問題でしかなく、現行の配置基準をさらに緩和して、緩和された配置基準通りの職員配置で業務が十分に回るわけではないのである。

ということで昨日の首相記者会見の内容とは、介護実務に就いたことがない人の、「幻想的作文」でしかなく、その実現の先には介護事業が荒野となる未来しか浮かばない。

所詮デスクワークしかしたことがない人々の戯言レベルの政策でしかないように思える。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

地域崩壊の足音


すでに人口減少社会となっているわ我が国では、生産年齢人口の数が急速に減り続けていますが、それに反比例するように後期高齢者を中心にした高齢者の数は増え続けています。

その上昇曲線は2042年頃まで続く推定されていますが、それは要介護者もその時期まで増え続けるのに、その支え手の数は今以上に少なくなるという意味です。

そうした深刻な問題については、「潜在介護福祉士は、いないのと同じ」などで再三指摘しているところです。

しかしその問題の深刻さにも地域差は歴然と存在します。

例えば総務省が公表した2020年国勢調査の確定値によると、北海道内の総人口に占める65歳以上の割合は初めて30%に達し、歌志内市や夕張市など道内5市町村では50%を超えており、これらは限界自治体と呼ばれています。
道内の高齢化率
一方で道内の生産年齢人口は1955年の調査以来、初めて300万人を割っており、北海道の介護人材確保は全国平均より厳しい状況であることが数字で示されています。

しかも北海道の中でも地域差はあって、郡部はより厳しい状況にあるのです。介護サービスを利用したい人はいても、サービスを提供できる職員が集まらないという現象は、札幌などの一部の市を除いて、さらに加速して起こってくるのです。

介護職員の給料が月額9.000円上がっても、人がいないのだからどうしようもありません。道内の介護事業関係者は、この現実をしっかり見つめなければなりません。

それは介護事業者が経営を続けていくうえで必要不可欠となる人材対策について、国の施策に頼っても意味がないということを現わしているのです。そこで何をすべきか・・・。

私たちに今求められているのは、「どうにかなる」という思考回路ではなく、「どうにかするのだ」という主体的な思考回路での人材対策なのです。各事業所に求められるのは、職員の定着化を向上させたうえで、その介護事業者で働きたいという動機づけを与えることです。それが介護事業経営として最も重要な課題となります。

本来、介護事業経営に勝ち負けがあってはならず、自分の所属事業者だけが勝ち残っても、地域全体から見てそれが福祉の後退を意味すれば問題になるのですが、事業経営を続けるための人材の確保面では、厳然と事業者間格差が生じ、その部分での勝ち負けは存在することになってしまうのです。この部分で負け組は、事業経営ができなくなるという意味になります。

どうぞ介護事業経営を続けるための確かな知恵を得てください。職員が安心して働けるように事業者内で人材教育がきちんと行われていますか?おざなりで機械的な教育に陥っていませんか?その成果として職員が定着していますか?

そんなふうに自分の職場が、安定して人材確保ができる事業体質を創りあげているかということを、今一度検証し直してほしいと思います。

国の政治に訴えることも必要でしょう。しかしその期待に必ず応えてくれるという幻想は持たないでください。まず自分自身でできることを最大限に行っていきましょう。「夜間オンコールのアウトソーシングを考える」・「注目に値する通所サービスの共同送迎」で紹介した業務の一部をアウトソーシングする方法や、ICTやAI搭載ロボットを使った業務の省力化といった工夫も、場合によっては必要になるのです。

そうした工夫や努力を全くしないで、「なんとかなる」という甘えた考え方はやめましょう。

どんな方法が自分の職場に合った方法で、業務の省力化につながり人が集まる方法になるのかを真剣に考えて、積極的に取り得る方法を取り入れていかねばなりません。ここはお金を掛けるべきところなのです。

介護人材が十分集まらないところでは、地域包括ケアシステムが成り立たなくなり、それは即ち地域が崩壊することを意味します。そうしてはならないのです。

この問題については、1/28(金)に日本橋教育会館(東京日本橋人形町)で行う、「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは」の出版記念セミナー、「今こそ介護の行方を問う」でもテーマとして取り上げます。「介護ヘルパーが消える日〜介護サービス崩壊に立ち向かう〜」として小島美里氏が特別講演を行うとともに、僕を交えたトークセッションでも議論します。

当日は是非会場までお越しいただき、生の議論を聴いていただければと思います。読者の皆様と会場でお愛できることを楽しみにしております。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

介護職等の給与改善策に対する的外れな批評について


社会全体で格差が広がっていると言われることが多い。

それがあたかも、長期政権となった前安倍政権の「負の遺産」のように語られることがある。特に社会保障政策について、前政権は十分な対策をしてこなかったような論評に出くわすことがあるが、そうした論調には違和感を抱かざるを得ない。

前政権は消費税を10%に引き上げることが出来たこともあって、高齢化の進行に対応する形で政府の規模を大きくして、社会保障の充実に取り組んだのである。

その他、高齢者に偏っていた社会保障を「全世代型」に切り替え、欧米のような格差拡大を何とか防いできたのである。その実績は決して否定できない。

安倍首相が抱いていた本来の理想は、「小さな政府」の実現により、財政の健全化を図るというものであったろうと思うが、前述したように前政権下では不本意ながら、「大きな政府」となることによって社会保障政策を推進したのである。

特に政権の終盤時期に起きた予想外のコロナ禍で経済が停滞する中、大きな財政出動をせざるを得なかったが、それによって介護業界も恩恵を受けて、「コロナ倒産」がほとんど起きなかったという評価はあってしかるべきである。

それでも格差が広がっていると感じるのは、経済成長の歪みが起因していると思える。アベノミクスの恩恵が大きかった場所と、そんな恩恵がちっとも与えられなかった場所との差が、大きな格差につながっているのではないのか。

さすれば格差は社会保障政策によって生ずるのではなく、経済政策が大きく影響すると言えるのではないか。

そもそも社会保障政策とは、市場経済で生じた歪みを是正する目的で対策されるセーフティネットなのだから、社会保障政策で社会の格差をすべて消滅させるということは不可能である。

少なくともそれは資本主義社会の論理にはなり得ない。

ところで岸田内閣は、前政権の経済政策を引き継いでいないことは、今更言うまでもないことだろう。

新政権は新自由主義的な経済政策から転換し、成長と分配をすすめ中間層を拡大していく、「新しい資本主義」を掲げているのである。

その政策における格差解消策とは、社会の「」の再分配政策と、分配された財によって消費拡大と経済活性化という循環を創り出すというものだ。

その一環として介護職員等の給与改善交付金が補正予算に組み込まれるのである。

だから今回話題になっている介護職員等の給与改善策も経済対策であるという理解が必要だ。

この対策によってもなお、全産業平均給与と介護職の平均給与との差は埋まらず、介護人材対策になっていないと批判する人がいるが、それは的外れな批判だ。

この政策は経済政策であって、この政策によって他産業との平均給与格差を完全になくそうとしているわけでも、介護人材対策を完結させようとしているわけでもないのである。

だからこそ我々介護関係者は、今回の補正予算措置で、介護職員の給与改善は完結するわけではなく、道半ばであるという理解を促す努力をしつつ、今回の給与改善策とは別に、一日も早く介護職員の平均給与を全産業平均並みに引き上げるように訴えていくべきである。

そこでは介護は社会の重要なセーフティネットであり、経済市場を支える要素でもあることを強調する必要がある。そこにお金をかけるということは、決して無駄な支出ではないという情報発信が求められるのだ。

そしてその財源は、財の財分配機能が発揮できる形で、社会的弱者や中間層が負担することがないように、富裕層が負担する形にすべきことも提言していかねばならない。

そういう意味では全額国庫負担が正しい方法であるし、それが来年10月以降に介護報酬財源からの支出になることは問題であると反対の声を挙げるべきなのである。

なぜなら介護報酬財源に移行された途端、そこでは被保険者負担が伴うことになる。

すると財源確保のために自己負担割合が2割や3割の層を拡大するという、決して富裕層とは言えない被保険者のさらなる負担増が行われたり、介護給付から地域支援事業化するサービスを拡大するなどの、介護支援を必要とする社会的弱者の給付制限につながりかねないからだ。

そうした情報発信や提言を行わないで、批判と文句ばかり垂れ流してもしょうがないし、そんなことでは何も変わらないのである。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの看取り介護指南本看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)Amazonから取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。

介護業界は新首相に期待を寄せて良いのか・・・。


一国の政権トップが変わるということは非常に大きな出来事である。

それは国の政治体制が変わるのみにとどまらず、様々な仕組みが変わるかもしれないことを意味しており、一人一人の国民の暮らしに直接影響が及ぶ可能性もある出来事でもある。だから決して他人事とは言えない。

一方で我が国においては、「誰がトップに立っても、自分の暮らしに影響はない」・「世の中も大して変わりないだろう」・「結局は同じこと」と冷めた見方をする人も多い。

介護業界も、政治トップが変わるたびに何かを期待し、何かを裏切られてきた歴史がある。そのことを思い浮かべて、過度な期待をしない人が多い。

過去を振り返ると、自民党から民主党に政権交代が行われた際、介護業界には大きな変革の期待があった。

その時政権党となった民主党は野党時代に、「介護職員の給与を月額5万円アップする」と言っていたからだ。しかし政権を取った途端にそれは反故にされてしまった。

その後の介護を巡る政策は、自民党政権時代とほとんど変わりなく、政治家はパフォーマンスに終始するだけで、実質の改革には全く手を出さなかった印象が強い。

つまるところ事実上、この国やこの国の制度を動かしているのは、「官僚」であるということが、改めてクローズアップされる結果となっただけの話である。

そんな苦い思いから、政治に何も期待しないとして、選挙の際に投票に行かない介護関係者は実に多い。そんなふうに政治や政局に興味のない人も数多く働いているのが介護業界の一面でもある。

ところで、100代目の内閣総理大臣となる岸田文雄・自民党新総裁は、政策として社会の『財』の再分配を政策に掲げている人だ。

そのため一昨日の総裁就任後の記者会見では、「公的価格の見直しを訴えてきた。看護師、介護士、保育士の方々の給料は、仕事の大変さに比べて低いのではないか」と指摘したうえで、「こうした方々の給料は国で決められる。国が率先して公的価格を適正に引き上げることを考えたらどうか。それを呼び水として、民間の給料の引き上げにも広げていくことができるのではないか」と発言し、数十兆円の経済対策を行い、広く国民所得を引き上げることを表明している。

歴代の総裁で、就任会見時に介護の話題に触れた人はいただろうか。僕自身はあまり記憶にない。

そういう意味で、すこし毛色の違った会見内容に介護関係者の期待は膨らんでいると思う。SNSでも関係者が、今後の政治は介護業界に順風となるだろうと期待する声がたくさん書き込まれている。

本当にそうなればよいが、果たしてその期待に応える結果が示されるだろうか。

自民党の副総裁には、財政中立を頑として守り、プライマリーバランスの黒字化を目指す麻生太郎氏が座って、長老として睨みを利かせていくのである。そのような中で、介護関連支出の大盤振る舞いといういうことはあり得ないと思うのは僕だけではないだろう。

新総裁が給与所得に関して、看護師と介護職員を同列に語っているのも気になる。看護師は国民の平均給与所得より高い年収を得ているにに比べ、介護職員と保育士の年収は、それを大きく下回っているという相違がある。

それを同列に論じられてしまえば、介護職員の待遇改善は、看護師の高給与に飲み込まれて玉虫色となっていく。その結果、どこかの段階でお茶を濁して終わりということになりかねない。

そんな疑念はぬぐえないものの、コロナ禍の中で頑張っている介護職員の姿もクローズアップされている今だからこそ、新しい政治の光が介護業界を照らすことを期待したい。

アフターコロナは、経済対策がまず優先だという人が多いが、国の経済を支えるのは、国民が安心して暮らすことができるセーフティネットがあってこそのものであることを忘れてはならない。

今日のグローバル社会は、雇用・年金・医療・福祉・介護といったセーフティネットが制度として機能していないと、財政を支える国の市場経済そのものが破綻する可能性が高いもので、国が責任を持って国民の暮らしを支える仕組みを整える必要がある。

そういう意味では、「大きな政府か小さな政府か」・「官か民か」・「競争か平等か」といった旧来の二分法とは別の「第三の道」として、「福祉を拡充する小さな政府」を目指していくことが今後求められるのではないかと思う。

新しい政治には、その方向に舵取りすることを大いに期待したいところだ。

それにしても各報道に見られる、「介護士」という言い方は何とかしてほしい。そんな職名も資格も存在していない。資格を示す言葉なら、「介護福祉士」であるし、職種を示すなら、「介護職員」である。勝手に職名をつけるなと言いたい。
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)を出版社から取り寄せる方は、こちらをクリックしてください。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。






※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

介護保険制度の一面の真実


国が介護保険制度の施行に踏み切った目的の一つは、「介護」をビジネスの舞台に引っ張り上げることにであったことは否めない。

人類が経験したことがない超高齢者社会が進行する日本で、毎年1兆円以上の社会保障費が膨らむ中で2015年には、「団塊の世代」と呼ばれるとんでもないボリュームの集団が高齢者世代に組み入れられることがわかりきっていた。

その状態を放置して従前のままの措置中心の高齢者福祉制度を続けていれば、高齢者福祉に掛けるお金が膨らんで財源不足となり、この国の福祉制度は機能しなくなるし、健康保険制度も崩壊するという危機感が当時の厚生官僚を中心として広がっていった。

その危機感が、「高齢者介護対策本部」の立ち上げにつながっていったものである。

そこに至る議論において、従前までごちゃまぜだった医学的治療を主とした「医療」と、生活の支援・身体の介助を主とした「介護」とを切り分け、ある一定年齢に達した場合、介護は誰しも必要になるものであり必要不可欠なものという大義名分を得て、国民を介護保険という公的保険制度に強制加入させ、新たな保険料を徴収する仕組みを整えたのだ。

そこで役人が描いた絵図とは、介護を市場原理によって自立させ、高齢者福祉をビジネスとして民間営利企業にアウトソーシングすることである。

つまり介護保険制度によって、介護はビジネスとなり、資本の論理の上に乗せられたという主張は、あながち間違った考え方とはいえないのである。

介護が資本論理の上に乗ったビジネスとなったのだから、助けられるためにはお金が必要だ。保険サービス利用における利用者負担とは、そういう意味で導入されたものである。

これによって介護保険制度は、お金のある人を救い、お金のない人は救えないという一面も持たざるを得なくなっている。区分支給限度額を超えたサービスを利用できるのは、お金持ちだけであるという事実がそれを証拠立てている。

民間営利企業は、お金持ちを積極的に救うことにより、制度外の収益までひっくるめて大きな利益を獲得することができるわけである。逆にいえばそのことは、保険制度内のごくわずかなサービスの対象にしかならない人が、制度からはじき出される理由や要素にもつながっているわけだ。

そんなことも含め、国はその裏の事情も熟知したうえで、介護を民間営利企業にアウトソーシングさせる際に、参入希望事業者の目の前においしそうな餌を撒いている。

この国で介護ビジネスは、最も安定した右上がりの成長産業となる」・「介護は最も有望なビジネスである」という言葉がこの国のありとあらゆる場所で陰に陽に語られていた時期がある。そんな言葉に踊らされて、介護業界に進出した民間営利組織も少なくない。

そんな介護事業者にとって確かに制度施行後数年間は旨味もあった。後に介護バブルと称される単価の高い介護報酬と、国が国民に対して介護サービス利用を盛んに促す政策によって、経営能力がなくとも介護事業さえ立ち上げれば、自然と介護事業経営者の懐が潤う状態が続いたからだ。

この時期に国は、サービス利用は国民の権利なのだから、認定を受けた方は遠慮なくサービスを利用してくださいと、国民に向けて盛んに呼び掛けていた。

しかし一旦介護保険制度が国民に認知され、サービス利用が促進されると、国は掛けた梯子を外しにかかった。

即ち介護サービスを介護給付と予防給付に分断し、サービス利用を抑制するシステムを導入するとともに、利用抑制の網は報酬改定ごとに引き絞ることができるようにした。

サービスの抑制は、ケアプランの適正化という名の下でも実行され、あたかも居宅介護支援事業所が作成するケアプランが、過剰サービスの温床になっているかのように印象操作し、利用者を囲い込むサービス事業者が制度を危うくしているという印象操作も行いながら、国民の権利として利用できるサービスの範囲を狭めていった。

そのため区分支給限度額上限までサービス利用しているプランは過剰サービスそのものであり、そうしたプランンによるサービス利用者まで白い目で見られるような、いわれのない批判や糾弾が相次いで行われた。

しかし要介護4とか5の人が、在宅で一人暮らしを続けるなら、区分支給限度額上限までサービスを使っても、まだ足りないことは当然であり、限度額を超えた全額自己負担ができないために施設入所を余儀なくされるという多くの人々の事情が世間の耳目にさらされることはあまりに少ない。

こうした歪んだサービス抑制論が横行するのに加えて、介護事業者が大きな利益を挙げているとして介護報酬の引き下げが断行されるようになった。

そこでは全国展開している大企業が、いかに先行投資して人員を集めていたとしても関係なく、投資を回収できないまま報酬は切り捨てられていく。

そのため介護事業者は、運営コストを削る企業努力を続け、事務経費や人件費を圧縮・効率化しようとした。しかしその結果、さらに利益が生じていれば容赦なく報酬は切り捨てられるのである。

介護従事者の平均給与の低さとは、国のこの姿勢に根本原因あるにもかかわらず、それがあたかも介護事業経営者の搾取のように論理のすり替えが行われ、その見返りに介護職員の処遇改善加算や特定加算が新設されていった。

しかしその結果、小規模事業者では経営者が無休で頑張って、介護職員と同等程度の給与水準で介護職員に手当てを支払い続けているという状態が起きたり、事業経営自体に支障をきたして、従業員の雇用を護れなくなるなどの事態も起きている。

介護保険制度はもはや存在しさえすればよく、国民の福祉の向上とは建前だけの目的となりつつあるのは、こうした一面が、制度運用の中で行われ続けていることが最大の原因なのである。このことに気づかねばならない。

それは役人の支配論理の結果というに等しい。だからこの国の唯一の高齢者介護制度は、決して高齢者の豊かな暮らしを保障する制度とは言えないわけである。

いつまでも制度に幻想を抱いていても始まらない。現実を見つめつつ、その中でよりましな方向に踏み出すために、できることを粛々と続けていきながら、必要なことはついては毅然と物申してゆく先に、少しだけ光は射すのではないだろうか。

そういう意味でも、サービスの場からの生の声としての情報発信は重要なのである。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※介護事業経営に不可欠なランニングコストをリスクゼロで削減できる新情報を紹介しています。まずは無料診断から始めましょう。電気代でお困りの法人・個人事業主様へ、電気コスト削減!【ライトでんき】





※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

介護事業者の退職者対応の在り方と退職者希望者が知っておくべきこと


僕は長年、社福が経営する特養と通所介護等の総合施設長を務めてきた。

そこは職員の定着率が高い法人であったが、それでも年間数人の退職者が出る年はある。その際、どのような理由で退職を申し出た職員であっても、退職を翻意するように説得したことはない。

僕に退職を申し出る前に、退職意思を伝えるべき直属の上司が、退職を申し出た職員に翻意を促す説得を行っている際には、「そのようなことを行う必要はありません」と指導していた。

退職するという決断に至るまでに、その人は様々なことを考えて決めているのだろうし、それは強い意志と重たい判断に基づく決定で、他人が何を言おうと簡単に考え方が変わるとは思えないからだ。

ただし僕自身はソーシャルワーカーとして実務を行ってきたので、そこで必要となる説得術も学んでいるから、僕が本気で説得しようと思えば、幾人かの人の気持ちは翻意できたであろうと思う。

しかしそのような形で、思い悩んだ末の本人の決断を変えたとして、果たしてその後の仕事ぶりに影響しないだろうかと思ってしまうのである。誰かに説得されてしぶしぶ仕事を続けたとして、業務のパフォーマンスは下がるだろう。それは利用者対応という対人援助の一番大事な部分に支障をきたしかねないという意味だ。

そうならないように、退職を申し出た職員に翻意を促す説得に入るのではなく、気持ちよく今までの仕事ぶりをねぎらって、新たなスタートに向けるエールを送りだした方がお互いのためだ。ここで説得に当たって両者が気まずくなって、縁あって一度働いた職場に、退職した人が退職後に一度も訪ねてこれなくなるというのは、つながりあった人同志として寂しいことだ。そうなってはならない。

退職理由を事細かく聞き出そうとするのも無意味だ。退職者の心の中には色々な思いがあって、その中には上司や同僚に対する不満や不平がある場合も少なくないだろう。しかしそのような自らの心のひだを、正確に表現できる人は少ない。

多くの場合、それらの不平・不満は、「人間関係」という表現で完結されてしまう。よって退職理由を事細かく詮索する事業者側の行為は、退職者を傷つけるだけで、あまり意味のない行為だと思っている。

退職を申し出た人には、理由を詮索することなく快く送り出したうえで、寿退職などの明らかな理由が見いだせない人に対しては、「もしあなたの退職理由が、この職場や職場の誰かの不当な行為による問題であるとしたら、退職後でもよいから、知らせてくださるとありがたいです。」と頼めばよい。それ以上の詮索は無意味であるだけでなく、ハラスメントになりかねない。

ところで介護事業者の中にも、退職を申し出る時期を3カ月前などと期限を規定しているところがある。しかし就業規則でそうした規定を設けていたとしても、それは無意味で、従業員はその規定に縛られる必要がないことを理解しているだろうか。

労働者の意思による退職(辞職)は、原則として「自由」である。つまり、退職(辞職)という従業員の行動を、介護事業者は拒むことができないのだ。

ただし退職に関する主なルールは、労働基準法ではなく民法で規定されており、いつでも労働者の意思だけで勝手に退職しても良いというわけではない。

働く期間を限定せずに雇用契約を締結している場合は、正社員、派遣社員、アルバイト・パートに関係なく、「期間の定めのない雇用契約」に該当し、労働者は、いつでも自由に解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する。(民法627条1項)

介護事業者の多くの従業員はこの、「期間の定めのない雇用契約」に該当するだろう。

仮に介護事業者と、「○年○月○日まで働く」と期間を定めた労働契約を結んだとする。例えば僕がコンサル先の事業所の業務実態を知るために、1月あるいは半年などの雇用契約を結んで管理職として勤める場合などがこれに当たる。この場合、やむを得ない理由に該当しない限り契約期間の途中での退職(辞職)は原則的にできない。しかし一般従業員の場合は、こうした雇用契約形態はほとんどないから、この規定はレアケースに適用されると考えてよい。

よって介護事業者に勤める大多数の従業員は、退職2週間前にその意思を申し出ることで、2週間後に退職できるのである。これを介護事業者が阻止することはできず、行えば法律違反を問われることになる。

民法における、「2週間前までの退職(辞職)の申し入れ」よりも長い期間の申し入れ義務を会社が就業規則に定めていても無効なのである。就業規則は法律を超えられないからだ。

この際、民法の2週間ルールはともかくとして、職場の就業規則である退職金の支給ルール等で、3月前の退職申し出がないと退職金の支払いがされないとされていた場合はどうなるのだろう。

そのような規定があっても無効とされる判例が示されている。退職金制度がある職場において、一定期間働いている人が退職後に、退職金が支給されているという事実があるならば、合理的理由がない限り、民法で規定された退職申し出時期を超えた退職申し出期間を理由に、その支給を行わないことは認められないとされているのである。

この点でも労働者は護られていることを理解したほうが良い。

なお法律の規定にかかわらず、雇用契約時に明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。この場合は2週間前の申し出も必要なくなる。

このことは民法ではなく、労働基準法15条2項に規定されていることも理解してほしい。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※介護事業経営に不可欠なランニングコストをリスクゼロで削減できる新情報を紹介しています。まずは無料診断から始めましょう。電気代でお困りの法人・個人事業主様へ、電気コスト削減!【ライトでんき】





※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

1.57ショックさえ懐かしく思える惨状


僕の大学時代の所属は文学部社会福祉学科である。

現在のカリュキュラムのように、そこから高齢者福祉専門課程とか、福祉計画専門課程とかのコースに分かれてはいなかったので、社会福祉全般について4年間の専門教育を受けたわけである。

ただしその中でも得意、不得意の科目があって、老人福祉論は不得意な学問で、「可」で何とか単位を取った。

僕の得意科目は、「児童福祉分野」であり、実習も児童相談所で行っている。だから卒業後に、特養で高齢者福祉に係るようになった以後も、自分の専門分野と言ってよい児童福祉の領域にはいつも興味を寄せていた。

1990年(平成)はそのような時期であったが、その年に児童福祉と高齢者福祉関係者に大きなインパクトを与えたのが、「1.57ショック」であった。

この年厚生省(当時)が、「平成元年人口動態統計」を公表したが、その中の合計特殊出生率が1966年(昭和41年)の丙午の年の1.58を下回り、統計史上最低の1.57になった。そのニュースが老人福祉法を改正する法案を審議する国会開催中に明らかになったことで、このままでは日本の高齢者福祉制度は崩壊するとして、そのショックが国会を駆け巡ることになった。

同時に児童福祉分野では、政府・全国団体・地方自治体などから次々と児童福祉施策に関する提言や計画が公表されるきっかけにもなった。

合計特殊出生率 (合計出生率)とは、1人の女性が一生の間に何人の子を産むかを表す数字で、1974年(昭和49年)から一貫して減少傾向をたどっていたが、まさかその数字が1.57まで落ち込むことは誰も予測していなかったわけである。

子供は一人では産めないわけで、合計特殊出生率が2を下回っているということは、一組二人の夫婦が一生の間に産む子供の数が2未満であるということになり、これは人口の減少が止まらないことを表す数字でもある。このままでは日本という国は、次第に社会の活力を失い、経済力も低下していくことがわかってはいたが、そのスピードがあまりにも早いことがわかり、日本中にショックをもたらしたわけである。

ところがその数字にショックを受けた過去など、終わりの始まりに過ぎないということが、今はわかってきた。それ以降も合計特殊出生率の低下が止まらない今日、それは高齢者介護問題の終わりの始まりでもある。

厚生労働省が昨日(6月4日)、昨年の人口動態統計を発表したが、合計特殊出生率が前年から0.02ポイント下がって1.34となっている。地域別で最も低いのは東京都の1.13。最も高いのは沖縄県で1.86だった。

このように1.57ショックどころの騒ぎではないわけだ。

2020年に国内で生まれた日本人の子どもは84万832人と、前年より2万4407人(2・8%)減って過去最少となり、90万人を初めて割り込んで「86万ショック」と呼ばれた19年の86万5239人から、さらに大きく減ったわけである。この数字は政府の推計よりも3年早い減り具合だ。

しかも婚姻数も前年より12・3%減の52万5490組と急減し戦後最少となっている。新型コロナウイルスの影響も重なり、日本の少子化が加速していることがわかるが、それはここ数年のうちに合計特殊出生率が回復する見込みがないことを示すものだ。

すると昨年生まれた子供が小学生に上がる2026年頃は、小学校の教室にさらに使われない空き教室が増えることになるばかりではなく、その子らが成人式を迎える2040年には、生産年齢人口の数が国の予測よりはるかに少ないことになる。

そこで次のグラフを見てほしい。
団塊の世代と団塊ジュニア世代の動向を見据えた改革
このように2040年になると、団塊の世代は90歳を超え、急激にその数を減らしていくが、その時に団塊ジュニア世代がすべて65歳以上になるわけである。

団塊の世代の介護を、団塊ジュニア世代が支えていたような次の塊が我が国には存在しないのだから、2040年になると高齢者の数は減って、要介護者の数も減って、特養も通所介護も今より数が減っていくことになるが、そこで働く生産年齢の人の数は今以上に少なくなり、その減少数とスピードも、いま国が予測している数とスピードを上回ることになる。

つまり国の施策はそこに追いつかないのである。

2021年度の制度改正と報酬改定は、2040年度を睨んだ施策を取っているものだが、それをさらに加速した制度改正と報酬改定が2024年度に向けて必要になるということだ。財源と人材がさらに減ることにどう対応するかというために、より厳しく強い施策がとられていくことになるということだ。

そんな中で今後20年以上、介護事業を続けていくつもりの事業者は、人材対策を国に頼ってはならないと覚悟すべきだ。国に頼るだけでは人材は確保できないことを前提にした人材確保と育成システム策を独自で構築しなければ事業が続けられなくなる。

今まではそんなものがなくてもなんとかなった事業者であっても、今後は何とかならないのだ。今ここから始めないと、少子化の進行過程で数年のうちに事業廃止に追い込まれることを覚悟しておかねばならない。

これは脅しではなく、現実である。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※介護事業経営に不可欠なランニングコストをリスクゼロで削減できる新情報を紹介しています。まずは無料診断から始めましょう。電気代でお困りの法人・個人事業主様へ、電気コスト削減!【ライトでんき】





※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

働き手がさらに減る介護事業に求められる視点


北海道は6/1に2020年国勢調査の速報値を発表した。(※国の速報値は、コロナ禍の影響で公表が遅れているが、今月中に公表予定だとされている)

それによると昨年10/1現在の道内総人口は522万8885人で、2015年の前回調査の確定値より15万2848人(2.8%)減り、減少数・減少率ともに1920年(大正9年)の調査開始以来、最大となった。

札幌周辺と一部リゾート地などで人口が増える一方、残る多くの地域で減少が続いており、僕の生活圏域でも、室蘭市は6千人以上、登別市は3千人以上の人口減である。かつて鉄の街として栄えた室蘭市の人口は82.457人となり、いよいよ8万人割れが現実のものとなりつつある。

人口減の原因は死亡数が出生数を上回る「自然減」と、就職や進学で道外に出て行く人が転入者を超過する「社会減」が同時進行していることによるものだ。

自然減とは、死亡者数が出生者数を上回っていることだから、少子高齢化の波は変っていないことになる。しかも来年から団塊の世代(1947〜49生まれの人を指す)の人たちが75歳に達することになるため、後期高齢者の数はさらに増えることになる。つまり若者の減少数の方が高齢者の減少数をはるかに上回り、働き手となる生産年齢人口はさらに減っているのである。

ところで団塊の世代が来年から75歳に達していくということは、介護サービスの利用ニーズが高い後期高齢者の数が、来年から3年間は爆発的に増えていくことを意味する。そのため通所介護などの顧客は増え、顧客確保に困らず事業拡大のチャンスが到来する地域が全国各地にたくさんできるという意味だ。しかしそこで働き手となる人材がさらに不足するという意味でもある。

後期高齢者が増え、生産年齢人口がさらに減る中で、いかに介護事業者は人材を確保できるかが事業戦略としてより重要になってくる。今もそれは重要だが、今後はさらにそれが重要になり、今は何とかなっている事業者であっても、なんとも立ち行かなくなる事業者が増えることになる。

北海道の状況から言えば、郡部はますます人手が不足するが、札幌周辺の市町村も、札幌への人材流出がさらに進み、介護人材のドーナッツ現象(札幌だけに人材が集中し、札幌周辺の市町村の人材がスカスカとなる)がさらに進むだろう。

そのような中で小規模通所介護事業者等は、一時的に団塊の世代の方のサービス利用で懐が潤う事業所が多くなるだろうが、そこで事業戦略を練り直してほしい。人がいないから人手がかかる事業規模の拡大を図る必要はない考えるのは間違った事業戦略だと気が付いてほしい。人手が足りない社会では、事業者内で人手を臨機応変に手当てできる体制がないと、職員の疲弊は激しくなるのだ。それは職員の定着率が下がって、事業が立ち行かなくなる最大のリスクだ。

事業者規模を拡大して、事業者内で職員を育成しながら、足りない事業所に臨機に手当てできる規模とシステムの構築が緊急課題だ。

事業規模の拡大は、事業収益を確保して経営リスクを減らすことにもつながる。

2024年の介護報酬改定は、診療報酬とのダブル改定でもあり、それはアフターコロナの中で、社会保障より経済優先の中で行われる改定である。当然厳しいマイナス改定も視野に入れておかねばならない。

事業規模の拡大は、提供できるサービス種別を拡大することにもつながるので、少ない事業種別で、そこが削減された場合に収益減に直結するリスクを、他のサービスで補うという可能性を高める必要不可欠な戦略だ。

社会福祉法人が、いつまでも特養と通所介護を併設した1施設・1事業所だけで経営できる時代ではなくなるのである。広域型施設を1施設しか持たずに、収益性が見込めない地域密着型特養を併設している施設は特に危ない。

そのため今後は同地域の複数の社会福祉法人が、真剣に合併統合を考えざるを得ない時代に足を踏み入れていることを忘れてはならない。

介護人材を事業所内で育て、事業者内で回して必要な場所に手当てできる規模とシステムの構築。それができるかできないかで、10年後の立ち位置がまったく違うものになるのである。

そのノウハウをしっかり手に入れて、正しい事業戦略が立てられているのかを今一度法人・事業者全体で検証し直してほしい。問題があれば、知恵は何時でもお貸しします。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※介護事業経営に不可欠なランニングコストをリスクゼロで削減できる新情報を紹介しています。まずは無料診断から始めましょう。電気代でお困りの法人・個人事業主様へ、電気コスト削減!【ライトでんき】





※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

コロナ禍でも死者数は増えていませんが・・・。


今日も自宅の近くに咲く、「エゾヤマザクラ」の画像紹介からスタートしたい。
4/29の自宅近くの桜
桜の画像を撮影し始めた一昨日から気温が下がって、蕾のまま咲く気配がなくなった。昨日より少しだけ蕾が膨らんだような気がするが、5月にならないと花を咲かせるつもりはないのだろうか・・・。

さて世間は今日からGWということのようだが、僕は今日から連休明けのオンライン講演に向けたスライドづくりに取り組む予定だ。5月は介護事業者の職員研修として、介護技術の基礎からサービスマナー、チームケアや人材育成、そして看取り介護まで総合的にレクチャーする機会が多くなる。

今日は看取り介護の講演スライド最新版を完成させる予定である。
看取り介護講演スライド
2021年度の介護報酬改定では、施設サービス及び居住系サービスの看取りに係る加算の算定要件において、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」等の内容に沿った取組を行うことを求めている。

その意味は、ACP(人生会議)の取り組みを介護事業者のスタンダードなサービスとすることによって、利用者が住み慣れた場所で終末期を過ごすということが当たり前になることにつなげたいとう目的に沿っている。

死者数が増加する我が国では、これから先死ぬためだけに医療機関に入院することができなくなる。

終末期という状態になるまでに住んでいた場所で、そのまま看取り介護が出来なければ、2030年には約160万人の死亡者のうち、47万人ほどが死に場所の定まらない「みとり難民」になりかねないのである。

ではいったいどれほど死者数は増えているだろうか・・・。ということで昨年の死者数を調べてみた。

2021年2月22日に厚生労働省が発表した人口動態統計によると、2020年の死者数は138万4544人で前年より9373人(0.7%)減となっている。あれっ?減っているじゃないか・・・。

昨年はコロナ禍によって死者数が大幅に増えているかもしれないと思っていたら、事実はそうでなかったのである。

その原因は何かということを探るために、同省が昨年9月分まで発表している死因別の死亡数(概数)を読むと、前年同期より最も減少したのは呼吸器系疾患で約1万6千人減っていた。内訳は肺炎(新型コロナなどを除く)が約1万2千人、インフルエンザが約2千人減っていたことが分かった。

新型コロナウイルスの蔓延により、感染予防対策として手洗いが励行されるなどの影響で、季節性インフルエンザが大幅に減っていることは実感していたが、それが死者数の減少にもつながっていることがよくわかる数字だ。

それに加えて、巣ごもりによって人の移動・接触が大幅に減っていることが、肺炎の予防にもつながった可能性が高い。そういえば昨年度はノロウイルス感染症も大流行しなかった。だからと言ってこの数字が、将来の我が国の人口推計を見直すような問題にはならないと思う。

今後は団塊の世代の人たちの自然死が否応なしに増えてくるので、死者数の減少は一時的なものにとどまり、今年以降毎年その数は増加していくことになることは確実だからだ。

だからこそすべての人が住み慣れた、「暮らしの場」で安らかに終末期を過ごすことができる地域社会にする必要がある。しかそれは決して非現実的なことではなく、昭和40年代まで、日本中のすべての地域で普通に行われていた看取り方を取り戻すことに過ぎない。

住み慣れた場所で死の瞬間を迎えることは、それまでの間にこの世で縁を結んだ人々とのつながりを再確認する時間を持つことができるという意味だ。残された人々の心に残る様々なエピソードを刻む時間を持つことができるという地域社会だ。

そうすることによって誰かの大事な人の命は、残された人々の心につながり、永遠のものとなるだろう。

そうした地域社会が実現すれば、医療機関に入院していた人が、最期の時間を過ごすために住み慣れた地域の中の、「暮らしの場」に戻ってくることができる。そういう人は、最期の時間を家族と過ごしながら、通所介護で入浴したり、短い時間だけでも他者との交流を行なったりすることができるようになる。

看取り介護スキルは、施設サービス・居住系サービスに努める人だけに求められるのではなく、すべての介護関係者に求められてくるのだ。

看取り介護とは、人が最期の瞬間まで生きる喜びを感じることができることを信じて、そうした生き方を支える介護である。どうかそのことを理解し、日常介護の延長線上に、ごく当たり前のこととして看取り介護があるのだということを忘れないでほしい。

介護に関連した仕事をしている人は、看取り介護スキルを磨いて、自分が担当する人の最期の時間が安らかで、人として意味がある時間となるように手を差し伸べてほしい。

すべての介護関係者が、誰かの人生の最終ステージに手を差し伸べることができるように、必要な知識をしっかり身に着けていただきたいと願う。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※介護事業経営に不可欠なランニングコストをリスクゼロで削減できる新情報を紹介しています。まずは無料診断から始めましょう。電気代でお困りの法人・個人事業主様へ、電気コスト削減!【ライトでんき】





※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

署名・押印はいらなくなっても説明・同意は必要です


25日に発出された介護保険最新情報Vol900は、【「押印を求める手続の見直し等のための厚生労働省関係省令の一部を改正する省令」の公布等について】であり、法令又は慣行により国民や事業者等に対して紙の書面の作成・提出等を求めているもの、押印を求めているもの又は対面での手続を求めているものについて、今後は押印を求めないこととするとしている。

介護施設・事業所が自治体へ提出する申請書等も新たな様式とするとしたうえで、押印欄がある旧様式については、手書きによる打ち消し線を引くなど、これを修正して使用することができる。

このことに関連しては、介護報酬改定の5つの柱のうち、「4.介護人材の確保・介護現場の革新」の、「文書負担軽減や手続きの効率化による介護現場の業務負担軽減の推進」の中で、次の3点が示されている。
○ 利用者等への説明・同意について、電磁的な対応を原則認める。署名・押印を求めないことが可能であることや代替手段を明示する。
○ 諸記録の保存・交付等について、電磁的な対応を原則認める。
○ 運営規程等の重要事項の掲示について、事業所の掲示だけでなく、閲覧可能な形でファイル等で備え置くこと等を可能とする。


このため今後国は、ケアプランや各サービスの計画書、重要事項説明書などの同意を利用者から得る際の押印についても、必ずしも必要ないことをルール上明確にする考えを示している。

これらの効率化がいつから有効になるか現時点で定かではないが、少なくとも来年4月からの介護報酬改定の際には、利用料金等の説明・同意について、いちいち全利用者から同意書を取る必要もなくなるし、ケアプラン等の署名・同意もいらなくなる。

とはいっても利用者や家族に、メールで料金変更のお知らせ文書を送りつけて済むという問題ではない。いらなくなるのは署名や押印であって、説明と同意は必要であることを忘れてはならない。

すると来年4月の報酬改定に伴う料金変更等の説明は、各事業者ごとに行わねばならないことに変わりはない。しかしその際の同意については口頭で構わないので、同意書を作成する必要はなく、業務日誌等でだれがいつ同意したのかという記録で良いことになる。また説明についてもいちいち対面して行う必要はなく、メールで変更内容のお知らせ文を送り、電話でその内容を説明し同意を得た記録を残しておけばよい。

しかし利用者全員に電話で説明を行うのは、かえって手間である。そこで考えられる方法は、例えば介護施設なら、一度は利用者や家族を集めて説明会を行う機会を持ってよいと思う。そこで説明を受けた人については、口頭で同意をいただき記録に残しておけばよい。そしてその説明会を動画録画しておき(スマホでの録画でも十分だ)、それをユーチューブ等にアップしたうえで、当日説明会に来ることができなかった人については、メールで料金変更のお知らせ文を送り、そこに説明会の動画をダウンロードできるURLを書いて知らせ、その説明を見たうえで同意する旨をメールの返信もしくは、電話で返答いただくようにお願いしても有効となるだろう。

居宅サービス事業所も、あらかじめ説明動画を録画して、それを見ていただいて口頭同意をいただくだけで良いだろう。同じ説明を何回もしないように、動画録画は推奨される方法だ。

ケアプラン同意等についても、利用者本人ではなく家族から同意を得る場合には、メールと電話を使った同意が主流になってくるかもしれない。

おそらく利用料金の請求書・領収書等の押印もいらなくなり、電磁的方法で請求書・領収書の発行も可能とされるだろう。(※ちなみに確定申告などで必要な領収書は、既に押印がなくても有効とされている。)

これらをいちいち郵送する必要がなくなれば、事務処理業務は大幅に削減されることになる。喜ばしいことだ。

そうなると問題は、内部決裁文書の扱いになる。

行政への申請文書をはじめ、請求書や領収書も押印が必要なくなるのに、内部文書だけ押印が必要で、判子を常に職場に備え置く必要があるというのはおかしい。内部決裁の押印文化もやがて消えゆき、確認も署名のみということになっていくだろう。もしかしたら署名さえ必要ない確認方法が各事業者ごとに発案されていくかもしれない。それも大いに結構だ。

どちらにしても文書をよく確認もしないで、判子を押すことだけに時間をとられるということがなくなることは良いことだ。押印が必要なくなることで、逆に文書内容を確かめる習慣がつくかもしれないし、そのことはポジティブに捉えたら良いのではないかと思う。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※介護事業経営に不可欠なランニングコストをリスクゼロで削減できる新情報を紹介しています。まずは無料診断から始めましょう。電気代でお困りの法人・個人事業主様へ、電気コスト削減!【ライトでんき】





※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

脱ハンコは賛成?反対?


政府が旗を振っている行政手続きのIT・デジタル化の推進と、「脱ハンコ」や「ハンコ廃止」は論理的につながらないという主張がある。

IT・デジタル化の推進に必要なのは、「押印の省略」なのだそうで、判子・印鑑という日本文化は残していかねばならないのだそうである。しかし判子が存在すれば、押印という行為はなくならないだろう。どこにそのような必要性があるのかは大いに疑問だ。

押印が必要なくなれば、ハンコは使い道がないのだから、「ハンコ廃止」で何が悪いのかと言いたい気持ちもある。
《※ちなみにハンコとは、個人や組織がその当事者であることを証明する印のことを意味し、印鑑は捺印をした時に紙や書類などに残る文字や絵(印影)を表すので、意味するものは違うのだそうだ。》

そもそもハンコを押した書類が、個人の同意等の証明になるという信頼性は徹底的に揺らいでいる。現に介護サービスにおいても、ハンコが不正に使われていた事件が明らかになっている。

京都府八幡市の社会福祉協議会のケアマネジャーが、利用者に無断で印鑑を不正使用した問題が発覚したのは2019年5月のことであった。ネット上ではこのケアマネの机の中に、たくさんの印鑑が入れられている下記画像が拡散されている。
ケアマネによる印鑑不正使用事件
このケアマネが自分の机の引き出しに保管していた印鑑は145本。このうち利用者の許可を得ていたのは24本のみだった。

印鑑の保管は10年ほど前から慣例となっていたそうである。印鑑は、このケアマネが自費購入していたもので、その判断もケアマネ個人によるものだったそうである。そしてこれらの印鑑を使って、居宅サービス計画書とサービス利用票の同意欄に勝手に押印していたそうだ。さらに毎月一度以上義務付けられている利用者宅へのモニタリング訪問を行うことなく、訪問したように装う証明として印鑑を使用していたとのことだ。

つまり判子を使って押印するという行為は、何の意味もなしていないということだ。証明の証拠として押印が必要であるという考え方は通用しないのである。むしろ判子さえ押されておれば、それだけで何かの証拠として有効だと考えることで、奪われているものがあるということも本件のような事件は示しているのだ。そして判子が存在しなければ、このような不正は起きなかったとも言えなくもない。

だから判子なんかなくても、別な方法で有効性が証明される方が正しいという考え方があってよい。判子がない方が、本当の証明となる知恵に結び付く早道が生まれるのではないかという考え方も当然あってよい。自署した文字を電子媒体で送るデジタル署名なんかは、印鑑よりずっと個人の証明として有効な方法と言えるかもしれない。

ケアマネのモニタリング訪問や、居宅サービス計画等の同意にしても、印鑑を押す問う行為がなくなっても、例えば現在はほぼすべての人がデジカメ内蔵のスマホもしくは携帯を持っているのだから、それを利用すればよい。説明に対する口頭同意の場面を動画撮影し、利用者個人別にファイル保存しておけば良いだけの話だ。その方が説明に同意していることの明らかな証拠となるだろう。

そっちの方がよほど信頼性が高い証明と言えるのではないのだろうか。

ハンコがなくなっても仕事に支障を来さないどころか、業務の省力化にもつながると思う。事実僕はそれを実感している。

僕は仕事上、請求書や領収書を発行しなければならないことも多い立場であるが、最近の脱ハンコは、その仕事に大いに良い影響を与えてくれている。

つい最近までは、請求書や領収書に必ず印鑑を押して郵送せねばならなかった。これが脱ハンコの流れの中で、押印は必要ないというふうなってきたので、郵送する必要はなく、請求書や領収書をメールに添付するだけで良くなっている取引が多くなった。

それによってアナログ作業が減って、デジタル作業ですべての取引業務が完結するので、タイムラグもなくなるし、何より作業が楽になる。印鑑を使わないことによるデメリットは全くないので、今のところ脱ハンコは、いいことずくめである。

こうした形での業務省力化は、介護業界全体の業務を考えても必要になると思う。そのためにはハンコ文化・印鑑絶対主義から脱することが何よりも求められるのではないだろうか。
※昨日masaの徒然草に、「(新情報)介護・医療事業に実績のある新電力でコスト削減を」という記事を書いて情報提供しているので、そちらも是非参照願いたい。
※介護事業経営に不可欠なランニングコストをリスクゼロで削減できる新情報を紹介しています。まずは無料診断から始めましょう。電気代でお困りの法人・個人事業主様へ、電気コスト削減!【ライトでんき】


登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。




※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

まやかしの自立支援


今わが国では毎日2.000人以上の割合で65歳以上の高齢者が増え続けている。

日本社会は確実に老い続けているのだ。

生物学的にこの老いを止めるのには爆発的な出生率の改善がなければならず、奇跡的にそれが起きたとしても、実際の社会の若返りには数十年の歳月が必要になる。

その為、老い続ける社会であっても、できるだけ活力を失わないように、老いても元気な人を数多く創り出そうとしている。それは社会が老いることによって必要になる社会費用をも減らすために必要な政策だと考えられている。

だからこそ高齢者にも自立を促して、できるだけ国全体の老いをカバーしようというのだ。

しかし人間の生理は止められない。そんな政策には限界があるし、無理があるとなぜ官僚は気が付かないのだろう。

人の細胞の死滅を防ぐ手立てがない限り社会の老いを止めることはできない。社会の老いに伴って増える後期高齢者がずっと自立した生活を続けられるなど夢のまた夢である。介護保険制度が理念にしている自立支援も、官僚の自己満足もしくはアリバイ作りの意味しかない、社会的な若返り効果には全くつながらない妄想だ。

今行おうとしていることは、二十歳の時にマラソンランナーだったからという理由で、65歳になった老人に42.195キロを3時間程度でなら走れるだろうとして、それを強要させるようなものだ。それは無理難題というより、荒唐無稽なことであることには皆が気が付く。それなのに介護保険サービスを利用できる要介護高齢者の一番の課題と目標が、「自立」であるという矛盾になぜ気が付かない人が多いのだろうか。

この問いかけに反論する人はこう言う。「いや、介護保険法が目指す自立支援とは、身体機能の維持・向上という狭い概念ではなく、高齢者のニーズに沿った暮らし、希望する暮らしを実現するために必要な社会資源を最大限有効に結び付けようとするもので、生活の質にも着目しているのだ」と・・・。

嘘を言うな。騙されるもんか。

だってそういいながら介護報酬の改定の方向性は、年々各種サービスに医学的リハビリテーションエクササイズを求めるものではないか。医療関係のリハビリの専門家が全く配置されていないサービスについては、外部の医学的リハビリテーションの専門家が介入する方法を加算対象とし、その適用サービスを改定の度に広げているではないか。

通所介護は、機能維持と改善の効果が出やすい要支援者にはサービス利用させずに、要介護者に対してはバーセルインデックス数値を測定し国に報告することを促し、その数値が悪かったらわずかな単位の加算さえ与えないのだ。まさに身体機能に特化した数値結果が求められているわけだ。

こんなふうに介護保険で言うとことの自立支援の建前は、「身体機能の維持改善に特化したものではない」であるが、実際の評価は身体機能の医学的改善に特化されている。

なるほど地域包括ケア研究会報告書(平成30年度)を読むと、「今までできていた生活動作などができなくなっても、本人の意思決定のもとに行われる自分らしい生活を支援する取り組みが自立支援である」と書いてある。しかし本人が希望しても、「あなたは要支援者だから、介護給付サービスは受けられません」と言われ、「市町村のサービスしか利用できないあたたは、市町村の決め事の中でしかサービス利用できません。」と言われる。それが地域包括ケアシステムであると言われてしまうのだ。

介護給付サービスを受けている人は、「本人の意思決定のもとに行われる自分らしい生活支援」を受けることはより難しいともいえる。担当ケアマネにその理解がない場合簡単に、「そんな希望は単なるデマンドであって、サービスに結び付けられません。真のニーズは別にあります」なんて説教されて終わりである。

せめてケアプランには、愛情と優しさというエッセンスを少しだけ加えてほしい。

介護保険サービスは建前だらけでなって、ありもしない効果を厳めしい言葉で装飾しているに過ぎない。

介護保険部会をはじめとする、有識者が集うとされている国の各種委員会も、ありもしないエビデンスがすぐそこにあるかのような議論に終始して、幻の自立支援を祭り上げるばかりだ。おまけに行きつく先は相も変わらず財源論である。

財源は大事だが、それは政治家が主導して考えるべきことで、サービスの実務に携わる人が集まる職能団体の代表が真っ先に主張する問題ではないだろう。

財源がないと宣う政治家や高級官僚は、現役を退いた後も左団扇で何不自由ない暮らしを送る一方で、庶民の暮らしは、年を取るたごとにますます貧しく暗いものになっている。高齢化の進行はその時期が長く続くという意味にしか過ぎない。そうであれば政治家や官僚は、その財源たる国費を無駄遣いしていないのか。財政再建を国民に痛みだけ求めて成し遂げようとはしていないのか。そんなことももっと議論されるべきである。

本当の所、この国の財源はどこでどのように使われているのだろうか。社会の、「財」の流れはどうなっているのだろうか。

介護保険制度とは社会福祉の制度である。社会保険方式を取り入れているから福祉制度ではないという詭弁に流されてはならない。社会福祉を放棄する政府などあり得ないからだ。

そうであれば社会福祉制度とは本来、社会の「財」の再分配機能を持たねばならないことを再認識して、そうした観点から制度を組み直す必要があるのではないか。介護保険制度改正を議論する場で、「社会の財の再分配機能」の検証が行われていないのは、全く無責任と言えるのではないのか。

今この国では65歳以上の就業者数が900万人に迫る勢いで増え続けているが、それは高齢者が元気で仕事に生きがいを持っているからではない。働かないと生きていけない人が増えているからだ。それは喜ぶべきことなのか・・・。

日本という国が、いつまでも自立していないとまともな暮らしを送れない国であってはならないと考えるのは間違っているのだろうか・・・。

自立を高らかに唱える制度が、本当に高齢者の暮らしを最後まで守ってくれるのだろうか・・・。少なくとも介護サービス実務に携わる関係者は、国が示したルールを無批判に受け入れてはならないと思う。

なんでも反対は良くないが、本当の答えは法ルールにあるのではなく、我々が関わる人々の暮らしの中にあることを伝えていかねばならないのである。その行動だけは続けていかねばならないし、つなげていかねばならない。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※リスクのない方法で固定費を削減して介護事業の安定経営につなげたい方は、介護事業のコスト削減は電気代とガス代の見直しから始まりますを参照ください。まずは無料見積もりでいくらコストダウンできるか確認しましょう。




※別ブログ
masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

生産性向上論の落とし穴


政府は17日に臨時閣議を開き、経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太の方針2020)を正式決定した。

資料に目を通して最初に飛び込んできた印象的な文字は、サブタイトルの、「危機の克服、そして新しい未来へ」である。新型コロナウイルスの流行が続く現在の状況について、「時代の大きな転換点」と位置付け、社会変革を断行する意志が前面に出された内容になっている。

介護分野については、「介護・障害福祉施設に対する個室化など環境整備や在宅サービスも含めた感染拡大防止のための支援を行っていく。」ということが最初に記されている。これも感染予防対策を強く意識したものと言え、今後の新設施設・増築施設については多床室の建設はさらに難しくなるだろう。

新築や増改築の際に多床室をあえて設置しようとする施設がある理由は、個室料金の支払いが困難となる経済的理由のある人の救済策としている場合が多いが、今後は感染予防がまず第一に考えられることになり、経済的困窮者への配慮や支援がおざなりになる恐れもあり、この点に注意していかねばならない。

さらに言えば、この風潮は現在存在する介護施設等の多床室が、「感染拡大の温床」のように蔑視される危険性を内包している。そうした偏見が生まれないように監視していくという考え方も必要だと思う。

資料ではさらに介護分野については他分野と同様に、「ニューノーマル」への移行を目指す構想が示されており、それは以下のような文章になっている。

『感染症の下、介護・障害福祉分野の人手不足に対応するとともに、対面以外の手段をできる限り活用する観点から、生産性向上に重点的に取り組む。ケアプランへのAI活用を推進するとともに、介護ロボット等の導入について、効果検証によるエビデンスを踏まえ、次期介護報酬改定で人員配置の見直しも含め後押しすることを検討する。介護予防サービス等におけるリモート活用、文書の簡素化・標準化・ICT化の取組を加速させる。医療・介護分野のデータのデジタル化と国際標準化を着実に推進する。』

このように介護の最大のテーマは、「生産性の向上」であるとされているのだ。そのために機器を有効利用して、人の労力をできるだけかけずに介護サービスを提供するとともに、その促進に向けた(あるいはそれに見合った)人員配置規準の見直しを行うとされているのだ。(参照:機械や技術が人に替わることができるという幻想社会が生み出すもの ・ 人員基準緩和は介護報酬改定にどう影響するか

生産性の向上とは、「投入資源を有効活用して、最大限の成果を生み出すこと」を意味している。

つまりより少ないインプット(資源)で、より多くのアウトプット(成果)を出すと「生産性が高い」ということになるのであり、業務効率化とは生産性を高めるための方法論であることがわかる。

しかし介護という対人援助領域において、アウトプット(成果)は時として、数値化できない人の感情という問題に落ち着いたりするのである。この部分を無視して数値化できるアウトプット(成果)だけを見て、人手と時間を掛けないサービスが推奨され、そうした間違ったサービスが横行するに至ったときに、サービスの受け手の満足感は切り捨てられる恐れがある。

認知症の人に十分なコミュニケーションを取っても、認知症の人は、落ち着いていたその時の記憶をすぐに失ってしまうので、そのようなコミュニケーションを重視する仕事ぶりは生産性が低いとして、そうしたコミュニケーションの時間も省かれるのが、「生産性向上の論理」でもある。

サービスの受ける人の満足度は無視して、決められた仕事を素早くこなしてあとは手を掛けないというのが生産性向上論理の一面でもある。満足の最大値は無視して、最小限度のサービスを提供しておれば、生産性は向上したと評価されるのである。

このようにまず目標ありきの生産性の向上論は、利用者ニーズを無視した事業者都合のサービスをはびこらせる結果になる危険性を持っているのである。生産性が低いという言葉で、「暮らし」が切り捨てられる場面が、これからますます増えるという懸念がぬぐえないのだ。それは即ち国民の福祉の質の低下そのものではないだろうか。

それを誰がどう監視し、直していくのかが問われてくるのではないだろうか。

どちらにしてもこれからの介護サービスは、多床室から個室への切り替えが求められ、会議等のリモート化が促進され、介護ロボット等の機器導入が国策的に進められていく。

さすればこれらの機器を動かす電気の使用量も増大するのだから、電力料金のコスト削減がそのまま介護事業経営に大きく影響することになる。だからこそ電力料金削減はプロにお任せ!電子ブレーカーで電力料金を賢くコストカット!などで固定費を削減する努力は不可欠だろう。

※リスクのない方法で固定費を削減して介護事業の安定経営につなげたい方は、介護事業のコスト削減は電気代とガス代の見直しから始まりますを参照ください。まずは無料見積もりでいくらコストダウンできるか確認しましょう。

登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。




※別ブログ
masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

悪平等を許してはならない理由(わけ)


対人援助に携わる人間にとって、「無差別平等」の精神を常に忘れないことは重要である。

私たちの差し伸べる手は差別なく、みなひとしなみに届けられなければならない。そうしなければいかなる行為も社会福祉にはならず、ただの欺瞞とわがままの行為にすり替わってしまう。

しかし皆が等しければそれですべてが許されるということにはならない。平等だけを目的化する欺瞞ほど、人を不幸にするものはないのだ。なぜならそこでは低き方向への均等化が意図される恐れが生まれ、人が良い状態や、幸福な状態にならなくとも、均等均一ならば良いというおかしな考えが生まれかねないからだ。

特に対人援助は、人の暮らしに関わる問題であり、平等の精神が単なる機会均等とすり替えられ、すべての人間が社会の底辺で息をひそめて生きていくような状態も、大多数がそうであれば許されるという誤解につながることを、何よりも恐れなければならないのである。

そのため社会福祉援助の領域では、無差別平等に人が幸福になるという方向が歴史的にも模索されてきており、今もそれは続いているという理解が必要とされるのだ。

こんなふうに私たちが求める平等とは、人がより良い状態で生きていくのにより必要な方向に実現化されるという視点が必要になる。そうした右上がりのベクトルをイメージしながら、無差別平等の精神を忘れないという戒めが必要だ。

ところがこの平等の精神や意味を、自分にとっての都合の良い理屈として悪用する人がいたりする。例えば昨日の記事でも話題にした兵庫県の井戸知事は、国が決めた慰労金の支給方法にいちゃもんをつけて、一旦は兵庫県では慰労金を支給しないと決めた経緯があり、そのことの批判を受けて記事に書いている会見につながった。

しかし井戸知事を支持する一部の関係者等からは、知事の考えや発言を擁護する声もある。その中には、「知事は、慰労金の支給対象は介護施設、障害者施設は含まれているが、児童福祉施設などの児童福祉分野が入っていないのは不公平であるという理由で、不支給や支給先限定という判断をしたもので、そこにはそれなりの理屈がある。」という意見がある。

しかしこれこそ、「悪平等」の典型で、支給されない分野があるのだから、支給されない方に横並びさせることが平等になり、不公平感を生まないという、権力者側の傲慢なる屁理屈でしかない。

児童福祉分野が慰労金支給の対象に入っていないことを不公平と考えるなら、国が予算化した慰労金をすべての対象者にくまなく配ったうえで、児童福祉分野にも同じような対策を求めていくというソーシャルアクションを起こすことこそ、すべての人が等しく良い暮らしを送ることができる道につながるのであって、低きに慣らすことを平等だと勘違いしてもらっては困るのである。

「介護職は何にもしていない」という問題発言に加えて、平等の精神を捻じ曲げて政治を行なおうとする点においても、井戸知事は政治家としての資質がないと烙印づけされてしかるべきである。

この悪平等は介護業界の至る所にはびこっているので注意が必要だ。特に処遇改善加算については、この加算によって給与改善されない職員と、改善される職員の両方が生ずることから、処遇改善されない職員の不公平感を慮るという理由で、加算算定せず給与改善しないという低い方向で横並びさせる事業者が存在する。

特定加算の場合も、医療機関と併設されている介護事業者の場合、医療機関に同様の加算がないことから、医療機関職員とのバランスが取れないとして、加算算定可能な介護事業者の職員が、それを算定支給されずに泣き寝入りの状態が続いているケースもみられる。

このように加算算定できるのに、あえて算定せず待遇改善を行っていない事業者は、まさに悪平等の屁理屈の渦に巻き込まれて方向性を見失っている事業者と言ってよく、それに気が付いていない状態で経営が続けられている場所に明るい未来はない。そうした職場に勤めている人は、一日も早く職場を替えたほうが良いだろう。信頼できる転職支援サイトなどを利用するのも一つの手である。

繰り返しになるが、平等とは単なる機会均等ではないのである。それは個によって異なる状況にも対応して判断や処理などが偏っていないことを云うのであって、要介護3で認知症があるという状態像の人が、等しく同じケアサービスを受けるということでもない。

認知症の人でも、症状やパーソナリティに違いがあるのだから、それに適応した最もふさわしケアサービスの方法を探して提供されるのだから、個々のサービス内容は違って当然である。

不平等な状態とは、ある人には最も適したサービスの方法を一生懸命に探してサービスに結び付けているのに、ある人にはそのような努力もせずに、漫然と画一的なサービスに終始してしまうことである。

対人援助という領域に関わる私たちはこの違いを常に意識して、人を幸せにしない悪平等を徹底的に排除するように、権力者の傲慢なる屁理屈と戦っていかねばならないのである。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※リスクのない方法で固定費を削減して介護事業の安定経営につなげたい方は、介護事業のコスト削減は電気代とガス代の見直しから始まりますを参照ください。まずは無料見積もりでいくらコストダウンできるか確認しましょう。




※別ブログ
masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

怒りの火に油を注いだ兵庫県知事会見


昨日行われた兵庫県の井戸知事の記者会見があらたな波紋を呼んでいる。

原則全ての介護職を対象に20万円(感染者が発生した、あるいは濃厚接触者に対応した事業所の職員)、もしくは5万円(感染者、濃厚接触者がいない事業所の職員)を支給するとした、「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援事業」における慰労金について井戸知事は、「何にもしていないのになんで慰労金を出すのか。全く説明がつかないような税金の使い方は、兵庫県としてはやる気はない。慰労金だからなんでもいいやという話にはならない」と発言し、国の方針に従わずに一律支給をしない方針を示していた。(参照:兵庫県知事を迷走させる感染対応慰労金騒動

昨日の会見で同知事は、この方針について関係者から再考を求められ軌道を修正したとして、コロナ禍において、「一定の役割」を担った介護職にも慰労金を支給する考えを示した。

しかしそれは国の方針をそのまま受け入れるという意味ではなく、独自の対象者の範囲を定めて支給決定するというものだ。そこでは幅広い介護職が支給対象に含まれるようにするとはいっても、国の実施要綱より敢えて細かいルールを設ける形は維持した。

つまり兵庫県の独自支給基準を定めて、それに該当する職員のみに慰労金を支給するということであり、この基準から漏れた人に慰労金を支払わないのだから、兵庫県以外でこの慰労金の支給を受けることができる人と同じ条件でも、兵庫県では慰労金がもらえない人が少なからず出てくるということになる。

一旦、国の方針に従わないという形で、腕振り上げた拳の行き場所がなくなっては知事としての自分の面子が立たないということで、このような姑息なルールに変えたのだろう。まったくこの知事は往生際が悪いというか、性格がねじれているというか本当に救いようがない。

これによって受給漏れする介護職員等は、ますます不公平感を強く持たざるを得ない。他の県に住んでいれば受給できる慰労金を、知事の面子や対面だけのために受け取れない方々は、お気の毒でしょうがない。受給漏れに該当する方は強く抗議すべきだ。

しかし今回の方針変更で慰労金を受け取れることになった介護関係者も、その怒りの火は収まっていないだろう。

なぜなら兵庫県の介護関係者の怒りの根本理由は、お金が受け取れるかどうかという問題以前にあるからだ。それは知事が介護関係者について、「何にもしていない」と発言したことなのである。

そしてこのことは兵庫県の介護関係者だけの問題ではなく、全国の介護関係者が憤慨すべき問題である。井戸知事が慰労金支給の制限ができるのは、兵庫県の介護事業者に勤める人のみだが、井戸知事が、「コロナ禍に何にもしていない」と罵声を浴びせた対象は、全国すべての介護事業者職員であることに他ならないからである。

しかし介護事業者に勤めている人で、コロナ禍以後に何もしなかった人などいるはずがない。介護職員以外の様々な職員が、自分の職務の中で感染予防や感染拡大防止のために、新たな対応を毎日迫られたのである。介護事業者職員は好む好まざるにかかわらず、目に見えないウイルスと戦いの場に置かれていたのである。

それに加えて偏見とも戦わなければならなかった人も多い。介護事業者に勤めているというだけで、ウイルスに感染しているような目で見られるだけではなく、実際に配偶者が介護事業者に勤めている場合、その配偶者が感染していないと証明を求められたり、一定期間の自宅待機を求められたりしたケースも報告されている。介護職をしているというだけで、自分の子供が保育園に通うことを拒まれたケースもある。

休業補償や助成金の支給対象にならない休みを取らざるを得なかった介護関係者は、全国に数えきれないほど存在するのである。

そんな人たちにとって20万とか5万とかいう慰労金は、決してその労務に見合った価値の金額ではない。ほんのご褒美という程度の支給金額なのに、それさえも渋る兵庫県知事の傲慢で不遜な姿勢は、全国の介護関係者がこぞって糾弾すべきではないのだろうか。

そもそも昨日の会見では、このような混乱をもたらしたことも、介護関係者に対する件(くだん)の問題発言についても、その謝罪は一切していないのである。そんなことが許されて良いのだろうか。

本人はもういい加減に年でもあるし、多選批判も出てくるほど長く知事を務めているので、次の選挙なんて出なくても良いと考えて、言いたい放題のような感じがしてならない。

権力ボケなのか老害なのか、どちらにしても人生の晩節を汚す醜い姿しかそこには見当たらない。
※リスクのない方法で固定費を削減して介護事業の安定経営につなげたい方は、介護事業のコスト削減は電気代とガス代の見直しから始まりますを参照ください。まずは無料見積もりでいくらコストダウンできるか確認しましょう。

登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。




※別ブログ
masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。

霞が関の頭脳・永田町の権力


介護報酬の改定内容やその額は、極めて公明正大な議論のもとに決定されているという。

それは永田町や霞が関が勝手に決めているわけではなく、各領域の専門家の意見を聴取したうえで、専門部会での議論を経て決定されているので、国の考え方を押し付けるものでもなければ、誰かに都合の良い方向に偏った報酬体系になるわけではないという。

しかし本当にそうだろうか。

来年4月は介護報酬改定の時期である。しかし次期改定は介護報酬の単独改訂であり、診療とのダブル改定であった前回のように、薬価引き下げ財源のおこぼれが介護報酬に回ってくるわけでもない。介護報酬の一部を削る分しか財源がない中で改訂議論が進んでいる。

だからこそ霞が関は財政難を理由に、従来の介護報酬の枠組みを見直して枝葉をカットしようとしている。しかし現在の報酬体系において何が太い幹なのか、枝葉なのかは人によって見解の相違があるところだ。しかも官僚は現場を知らない。だからこそ関係者に意見を聴いているという。

しかし彼らが普段接している人たちは、彼らのシステムの中で利益を共有している人たちである。業界人・専門家といっても、霞が関と利害関係が一致する人たちが、霞が関とタッグを組んで新しい介護報酬の枠組みを決めるのである。そういう人達は官僚にとって耳障りなことは言わないし、官僚はそういう人たちと組んでいる限り居心地が良い。

耳の痛い話の方が国益にかなって良い話だなんて言っている官僚がいれば別だが、そんな人がいるなんていう話は聞いたことがない。

そうした人たちにとってのパワーメカニズムから外れた部分から、介護報酬は削られていく。それが彼らの言うところの枝葉である。

それが時には自立支援介護と呼ばれたり、科学的介護と呼ばれたりするわけだ。それは単に国民受けのするキャッチコピーにしか過ぎないもので、自立支援も科学的根拠もまやかしでしかない。そんな実態は存在しないのである。

老人保健法で失敗した医学的リハビリテーションエクササイズ中心の自立支援が、介護保険制度においてだけ実現・成功すると思う方がどうかしている。医者もセラピストも確立できていない自立支援が、どうして介護の領域で実現可能だといえるのだろう。そんなことはあり得ない。

ましてや地域包括ケアシステムと名乗っているだけで、その実態が、「地域丸投げシステム」にしか過ぎないシステムの中で、国が呪文のように唱える自立支援も科学的介護も実現できるわけがない。

そこでお金のかけない多職種連携が機能して、協働作業が難なく行われてバラ色の未来が待ち受けているというのは、もはや幻想を通り越して詐欺の世界である。

いやそうではない。過去に失敗した自立支援とは異なるエビデンスが、地域包括ケアシステムには組み込まれていると霞が関から声が聴こえてくるが、そのエビデンスがいつどこの誰にきちんと渡されているというのだろう。

誰もその中身を明確に説明できないものをエビデンスなどと宣う(のたまう)のは、まやかしでしかない。

それとも認知症の人に水を飲ませれば、認知症が治るという邪教的妄想を、本当に信じている人が霞が関にいるというのだろうか。それをエビデンスと言っているのだろうか。過剰に水分を摂取させて、内臓のダメージに伴う水分過多を原因とした疾患をすべて無視して、日中無理やり便器に座らせて排泄を強要するだけの介護を、「自立支援介護」と呼べるとでもいうのだろうか。

しかもその排泄自立とは、紙パットへの排泄は失禁ではないとまやかしながら、トイレで排泄するために体幹機能障害のある人が、何十分も便器に無理やり座らされて放置され、その苦痛の訴えを見ないふり・聞こえないふりして実現させるものだ。それは誰のための排泄支援だというのだろうか。

本当にそれを信じているとしたら、そのレベルはカルト宗教の信仰と変わりない。少なくとも人の暮らしに謙虚に寄り添おうとして、生活の質を少しでも引き上げるために手を差し伸べるような姿勢はそこに存在しない。

一方で介護の場では、マスクや消毒薬が不足するなどの様々な困難の中で、濃厚接触を恐れず利用者の方々の暮らしに寄り添いながら、できるだけ不便をかけないように工夫を重ね利用者の方々の暮らしの質を維持しようとしている人々がいる。

その人たちの存在によって支えられているのは、介護サービスの利用者だけではなく、この日本そのものだ。

本来ならば、そんな人たちが気持ちよく働くことが出来る基盤となるような報酬体系を作るのが霞が関の仕事であり、そのことをきちんと検証して法案を通すのが永田町の役割ではないのだろうか。

頭脳も権力も国民に向けて使ってほしいと思うのは、この日本では幻想でしかなく、ないものねだりなのだろうか・・・。
理想の介護事業者をお探しの方は、こちらに無料登録ください。

※4/4〜新しいブログmasaの徒然草を始めました。こちらも是非ご覧ください。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せられます。

カリスマ経営者のお二人とのコラボ


株式会社はっぴーライフ代表取締役等を務める辻川泰史氏といえば、「朝まで生テレビ」や「バイキング」などに介護業界を代表するコメンティーターとして出演することでおなじみの方も多いだろうし、現在ケアペッツCEO等として活躍している藤田英明氏といえば、日本介護福祉グループの創始者で、「お泊りデイサービス」の発案者・仕掛け人としてご存知のい方も多いだろう。

ご両社とも日本を代表するカリスマ介護事業経営者である。

そんなお二人が、若いころから僕の管理するネット掲示板を使ってくださっており、親交を結んでくださっていることは、僕にとって実に光栄なことである。

そんなお二人とそろって講演講師を務めたのは2年前のC-MAS全国大会が初であったと思うが、昨日2年ぶりに熊本で3人タッグを組んで、研修講師を務める機会を得た。
89678871_2798423913568233_6033332618743775232_o
辻川泰史氏の講演
89945662_2798424116901546_6351690094532886528_o
藤田英明氏の講演。

コロナウイルスの感染予防のため、日本中でイベントが自粛ムードであるが、介護事業は待ったなしである。差し迫った課題に対応する猶予期間はなく、コロナウイルスのせいにして立ち止まることが許されない課題もあるってことを理解しなければならない。介護事業がぽしゃって困るのは、従業員とお客様であることを忘れてはならないのだ。

今回の講演は、熊本の有料老人ホーム『たいじゅ四方寄』 代表取締役・緒方 伴泰氏の主宰する「魁!介護塾」の今年度最後の研修で、塾の卒業式も兼ねているので新年度に先送ることはできず、当初の規模の1/10に受講者等を縮小して開催したものである。

辻川氏と藤田氏のお二人のフェイスブックからそれぞれのコメントを紹介したい。

(辻川氏のフェイスブックより)
昨日は緒方社長主催の魁!介護塾のセミナーでした。
僕ら世代からしたら介護福祉業界レジェンドのmasaさんと一緒に登壇させて頂き光栄でした。
コロナウィルスの影響が多くのイベント、セミナーが中止されている中、開催を決断した緒方社長の判断もよかったと思います。過度な自粛はよくないと思います。
このセミナーでは来期からはじまる、魁!介護塾という緒方さんが主宰する経営者の会の第二期メンバーの募集も兼ねています。あと2社ほど空きがあるそうです。講師陣も豪華メンバーです。
詳細はこちらのHPを確認ください。

(藤田氏のフェイスブックより)
先程まで明治学院大学社会福祉学科の後輩の緒方 伴泰 (緒方伴泰)くんが主催する「魁!介護塾」の打ち上げに参加してましたー!!
なんとマサさんこと菊地 雅洋 (Masahiro Kikuchi)レジェンドもいらっしゃり、今度対談イベントをすることになりました!!

お二人のカリスマ経営者の方から、「レジェンド」と呼ばれて光栄である。
89966443_2793215727423318_2634437762891120640_n
オフ会もご一緒させていただき、楽しい一日を過ごさせていただいた。また3人でトークする機会もありそうで、今から楽しみにしている。

読者の皆様もぜひ楽しみにしていただきたい。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せられます。

国民だけに痛みを求める制度改正


昨年12月16日の介護保険部会で、「介護保険制度の見直しに関する意見」の素案が出されたことにより、今後、諮問・答申が行われ、通常国会に法案が提出され、審議・可決という流れになる。

そのため今後の議論は制度改正から、21年度の介護報酬改定にシフトしていくが、これらはすべて介護保険制度の持続可能性を高めることが最大の目的とされていく。そのため改正と改定の実態は、サービス利用の抑制策の強化と、国民負担の増加でしかない。

こんなふうに政治改革や行政改革が全く行われない中で、社会保障費の伸びを抑える政策が続けられているのだから、痛みを負うのは国民ばかりである。

そのため介護保険制度は、ますます使いずらい制度になっている。

社会保障費に関連する国民負担もどんどん増え続けており、次の介護保険制度改正も決して小さな改正ではないことは、「今回の介護保険制度改正はプチ改正ではない」で指摘しているところだ。

いうなれば介護保険制度の給付は、2000年に制度がスタートした当時が最大で、それ以降3年ごとの改正の度に縮小の一途をたどっているわけだ。強制加入の社会保険料を支払わねばならなくなるにあたっては、給付を最大限に見せて、それ以降は縮小させ続けるという手法は詐欺師の手口と同じと言っても良いのかもしれない。

しかも国民の痛みはそれだけではない。

例えば医療費については、一定の所得がある後期高齢者(75歳以上)による医療費の窓口負担を、現在の原則1割から2割にするとし、団塊の世代が75歳以上になり始める2022年度初めまでの実施を目指し、枠組みを検討していくことになっている。

加えて2017年の介護保険法の改正により、2号被保険者の保険料負担は、2017年8月から年収が高い人により多く支払ってもらう「総報酬割」へ段階的に移行しているが、この改正が2020年から全面施行となる。そうなれば主に大企業で働く会社員の介護保険料が4月から大幅に上がり、年1万円を超える負担増になる人が続出することも見逃してはならない。

財源には限りがあるのだから、それは仕方がないことであると国は言う。

超高齢社会であり、少子高齢社会であることを考えると、国民負担はもっと増やしていく必要があるし、給付は必要なところにだけ重点的に行って、必要性の薄いところは、「小さなリスク」とみなして、自己責任でカバーしなさいと国は言う。

一方で政治改革は一歩も進まず、選挙制度改革にかこつけて国会議員の数はむしろ増えている。

それで仕事をしているならいいが、国会議員たろうというものが、一番大事な新型コロナウイルスの感染症対策の会議をほっぽり出して、地元の講演会や新年会という場所での、「呑み会」に参加しているという破廉恥ぶりだ。そいつが国民の見本となると豪語して、育休をとって職務を放棄しようとしている。

IR(統合型リゾート)を巡る汚職で逮捕された国会議員が、その身分のままで、だれも責任を取らせようとしない。そんな連中に血税は使われ続けている。そもそもIRが推進される理由は、経済発展のためなのか、巨額の利権のためなのか・・・。

そんな傲慢で破廉恥な国会議員を挙げればきりがないのが、今の政治家の現状だ。

政府・内閣に人事権を握られた官僚も事なかれ主義がさらに蔓延し、政治家の言いなりである。しかしそうは言いながら、握った利権は決して放そうとせず、利権のためには国民生活は二の次・参の次である。

国民は年金で生活ができずに、定年を年々延長され、老体にムチ打ちながら働き続けなければならないのに、官僚は天下って、席に座っているだけで年収何千万円という世界である。

こんな国が民主国家で、先進国と言えるのだろうか。

そんな中で唯一称賛されるべきは、一方的に痛みを負わされ続けている国民が、暴動も起こさず、さしたる文句も愚痴も言わずに、粛々・黙々と日々の労働と納税に汗を流し続けていることだ。なんと素晴らしい国民性だろうか・・・。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せられます。

新成人に考えてほしいこと


今年の北海道の雪の少なさは、全国ネットのニュースでも報道されているため、昨日まで滞在していた長崎県の各地でも、お会いする皆様の多くの方から、「今年は雪が少ないそうですね。」と言われた。

全くその通りで、僕の記憶する限りでも今年のように雪が少ない冬は初体験である。札幌では雪まつりの雪像を作るための雪がないため、近隣市町村から雪を運んでいる始末である。

だからと言って、「雪が少ない=温かい」ということではない。雪は少ないが、気温は氷点下の日が多く、「凍れる」ことには変わりないわけだ。そもそも雪は温かいのである。真冬に雪が積もって家が雪に覆われると保温効果が高まるのだ。雪国に住んでいない方々は、そのあたりの感覚がわからないらしい。

わかりやすい例が、「雪の下キャベツ」である。

秋に収穫したキャベツを、冬の間雪の中に埋めておくと甘みが増しておいしくなるから、ブランドキャベツとして高値が付く。しかし今年は雪が少なく、地域によってはキャベツを雪の中に埋められずに、氷ってしまい廃棄しなければならなくなっている。こんなふうに農家の方々にとっても、この小雪は大きな打撃である。

ところで今日は成人の日である。成人式を昨日のうちに行った自治体も多いそうであるが、今日も全国各地で新成人が式典に臨んでいることだろう。この国の将来を担う若者たちに、前途ある未来が開かれることを心から望みたい。

成人とはいっても20歳の若者たちの中には、大人になり切っていないのに、大人の振りをする若者の姿がたくさん見受けられる。その姿は時に初々しく感じることもあるが、一部の若者の暴走する姿は、大人の目から見れば、「恥ずかしい姿」・「醜態」にしか映らない。

成人式の会場周辺で、日本酒の一升瓶をラッパ飲みする若者がいるが、そんな吞み方をする姿が格好良いと思うのはどうかしている。大人になれば、酒を呑めるということは自慢でも何でもない。逆に、「大酒呑み」という言葉は、酒呑みを蔑む意味を含んでいることに気が付いてほしい。

精神科医療機関には、お酒を止められずに苦しんで治療を受けている人が何万人もいる世の中だ。酒は吞んでも呑まれるなと言うが、そうしたコントロールができない人は、お酒で数々の失敗を重ね、お金を失い、人間関係を失い、最後は健康さえ失い、そのまま閉鎖病棟で一人寂しく死んでいく人さえいる。

大人になるということは、酒やたばこを自制してたしなめるということを、世間様が認めてくれるという意味だ。だから自分自身の判断で酒やたばこを呑んだり、吸ったりすることを許されるわけである。

どうかそんな風に、自分を律することができる大人になってほしい。

式典で暴れ、大声を出し、暴走する姿を格好良いと思ってみる人はほとんどいない。そうした姿を演じている本人も、数年後に家庭を持ち子供が生まれたならば、そんな姿を子供に見られたくないと後悔する人がほとんどだ。

一方では成人式会場で、「大人の仲間入りをしたのだから、責任感と自覚を持って、この国に貢献する人間になりたい」とインタビューに答えている若者がいたりする。その姿はとても凛々しい。大人の自覚を持って発言する姿は、暴力と暴言に終始する姿より、よほど勇気が感じられる。

この国は若い人たちが担っていくのだ。若い人たちの力で、この国の明日は切り拓かれるのである。どうぞそんな風に、この国を支える人になってほしい。

エネルギーにあふれた若い命と力を、私たちはうらやましく見つめながら、様々なバトンを渡していこうと考えています。どうぞそのバトンを受け取る手を差し伸べてください。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せができるようになりました。

介護ボランティアを贖罪のアリバイ作りに利用するな


連日ワイドショー等で取り上げられている、「芸人」の裏営業問題・・・。

その問題の本質は、裏営業と呼ばれる直営業問題ではなく、反社会勢力とのつながりの問題であり、事実を嘘で隠そうとした倫理上の問題なんだろう。

それはどうでもよいとして・・・所属事務所から「謹慎処分」を受け、活動自粛をやむなくされた芸人の一部が、介護事業者でボランティア活動をしながら、「反省の姿勢」を見せていることが報道され始めている。

芸人だとて、その身分より先に一個人としての存在があるのは当然だから、ボランティア精神を抱いて、介護サービスの場で様々な活動を行うことは問題ないし、むしろそのことは歓迎されてよいことだと思う。本当の意味でボランティア精神を発揮できる場として、介護施設等で、「できること」をすることに対して批判する何ものもない。

また活動を自粛している間に、自分の手に職をつけようとして、「介護」の勉強をしようとする動機づけはあってよいと思う。その結果、将来介護の担い手の一人として活躍してくれる人が、一人でも多くなることは社会的にも意義があることだろうと思う。

しかし・・・である。

連日の報道内容を見ていると、芸人が招待を受けて活動した場の主催者が、反社会勢力であるということはとは知らなかったとはいえ、そういう場で営業し収入を得ていたことについて、反社会勢力の人の被害を受けた方々の感情を考慮して、その反省と贖罪の気持ちを込めて、介護の場でボランティア活動に励んでいるとされている。

いい加減にしてほしい。介護の場は誰かの贖罪の場ではないし、介護という行為は、「罰」ではない。

介護労働は、対人援助という行為を支える専門技術であるし、介護の仕事は、他の仕事に比して特別な位置にあるものではなく、ごく普通の社会活動である。

そうであるにもかかわらず、所属事務所等から処分を受けた芸人が、介護ボランティアをしながら反省して、活動再開に備えているということになれば、介護サービスの場を罪人が懲役刑を受けている場とイメージする人がたくさん出てくる。活動できない芸人が簡単にできる労働として、「底辺労働」のイメージも生まれてこようというものだ。

そもそも一芸人が介護事業者等でボランティアをしていることが、どうしてこんなに話題になるんだ?何らかの形でそれをマスコミにリークしているという証拠ではないか。

僕は今、フリーランスの立場なので、自分の時間を使って様々なボランティア活動を行っているが、そんなことは業界関係者にさえ漏れていない。活動する場所にいる人しか知らないことだ。

本来ボランティアとは奉仕なのだから、無償の行為である。それはその活動で金銭を得ないというだけにとどまらず、名誉さえ得ない行為であるべきで、奉仕によって名が売れることは最も恐れられるべきことで、避けるべきことなのだ。

芸人が本当の意味で反省と贖罪の気持ちを込めて、社会に貢献できる活動の一つとして、介護サービスの場におけるボランティア活動をしているなら、そのことをマスコミに報道させるなと言いたい。知られてもそれを公表しないように頼めと言いたい。そうした活動を、誰からも顧みられない状態で黙々と続けてみろと言いたい。

そうしていないということは、何らかの意図があると勘繰られてもしょうがないし、こんな風に世間に介護ボランティアをしていることが喧伝されているという事実は、その行為の実態が「売名行為」であるという疑いを持たれても仕方がないと思う。

その売名行為に介護労働が利用されて、社会の底辺労働のイメージが広がっていくのは迷惑である。

介護の場は、芸人の「悔悟の場」ではないのだ。(※このフレーズは、FBで浜松のジョアンさんこと、粟倉さんがつぶやいていたフレーズをパクったものである。粟倉さん事後承諾で許してください。)

マスコミはもっと、介護労働とはどのようなものかということを勉強してもらいたい。そして心してもらいたいことがある。

ボランティアを安易に、「崇高な行為」と祭り上げるようなことがあってもならない。同時に介護ボランティアを、「罪滅ぼし」にもっともふさわしい行為とするような印象操作があってはならないのである。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せができるようになりました。

死因変化が示唆していること


僕が新卒で特養に入職した昭和58年当時、日本人の死因のトップは脳血管疾患(脳出血・脳梗塞など)で、その次に心疾患、がんという順位で続いていたと記憶している。

しかし昭和60年代に入ると、がんが死因のトップになり、次に心疾患が続き、脳血管疾患は3番目になっていった。脳血管疾患による死亡者が減った背景にはCT検査などの確定診断の充実や、脳外科手術の手技の進化といった背景があると言われていた。

その状況が長く続いていたが、先に厚労省が公表した人口動態統計によると、2018年の日本人の死因は1位がん、2位心疾患、3位老衰となり、脳血管疾患が4位に下がっている。

この死因変化からは、二つの意味を読み取ることができるのではないだろうか。

まず最初にそれが意味することとは、脳血管疾患では即、死ぬことができなくなったということである。

医療技術の進化で脳血管疾患を発症したからと言ってそのまま死に直結しない人が多くなるからと言って、この疾患そのものが劇的に減少しているわけではない。しかもこの疾患の特徴は、一旦発症した場合症状が治まったとしても、麻痺という後遺症が残る可能性が高いということである。そして脳血管疾患になった人が、一般の人と比較して特段に寿命が短くなるというデータはない。むしろ病気になったことをきっかけにして、酒やたばこを控え、血圧管理などの医療ケアを定期的に受ける人が多くなることで、寿命は延びている可能性もある。

どちらにしても60代で脳血管疾患を発症した人は、その後手足等の麻痺を抱えたまま長い期間生きる可能性が高いということになる。その期間は25年〜30年というスパンであると考えられる。そうした方々が、手足の麻痺という不自由を抱えて、どう暮らしていくのかということに、我々は深く関わる仕事をしている。今後そういう人がさらに増えるのである。

病気が発症した当初は自分の運命を呪い、絶望と慟哭の中にいる人も多いだろう。それがやがてあきらめの気持ちに変わり、さらに病気を受け入れ、新しい生活に向けて頑張ろうとする意欲に結び付くように、それぞれの過程の中で、医療看護職として、相談援助職として、介護職として、栄養士としてなど様々な立場で、どのように関わっていくかという姿勢が問われてくるだろう。

時には専門職として関わる姿勢より、そっと肩に手を置いて優しさを伝えるような、人としての姿勢が問われてくるかもしれない。そこで何ができるかを考え続けたい。

さて死因変化のもう一つの意味についても考えてほしい。老衰死が増えているということは、高齢死者数が増えているという意味だ。今後の地域社会では、医療機関のみならず、介護施設や在宅など様々な場所で、老衰で亡くなる高齢者が増えてくるのだ。

老衰とは自然死なのである。そうであれば自然死を阻害しないための備えが必要になる。

老衰の最終段階では口から食物を食べられなくなる。この時に胃婁を増設して経管栄養を行なえば、死までの期間は引き延ばすことができる。それも月単位ではなく年単位での引き延ばしが可能になる。しかしそれは老衰という自然死を阻害するだけの行為になるかもしれないということだ。

自然死を阻害された人は、その後死を迎えるまでの間、誰とも意思疎通ができないまま、痰の吸引などの行為のたびにもがき苦しんで生きるかもしれない。実際にもがき苦しむためだけに活かされている人が、現在この国に何万人いることか・・・。それが長寿世界一ニッポンの一面でもある。

そうしないために、すべての人々が意思のあるうちに、「リビングウイル」の宣言ができる地域社会を創ることが理想だ。地域包括ケアシステムにおける医療・介護連携、多職種連携の目的の一つに、「地域住民に対するリビングウイルの支援」があるべきだ。
(※リビングウイルとは、「生前意思」又は「いのちの遺言状」といわれており、「自分の命が不治かつ人生の終末期であれば、延命措置を施さないでほしい」と宣言し、記しておくことである。延命治療を控えてもらい、苦痛を取り除く緩和治療・緩和ケアに重点を置いた支援に最善を尽くしてもらうための宣言でもある。

昨年の介護報酬改定で、居宅介護支援費に新設された、「ターミナルケアマネジメント加算」は、末期のがんの人に対する支援行為にしか算定できないが、今後の地域社会では老衰による在宅死が増えるのであるから、そういう人に対するリビングウイルの支援から終末期支援までがつながっていくために、次期報酬改定では、その加算の対象はすべての終末期支援対象者としてほしいと僕は訴え続けている。

是非その実現も図ってほしいものだ。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せができるようになりました。

損保ジャパンの介護事業への配転計画の裏を読む


損害保険会社大手の「損保ジャパン日本興亜ホールディングス」といえば、「ワタミの介護」や「メッセージ」を買収し、介護事業部門においても大手と言ってよい企業である。

同社が、西日本で最大の介護事業者だったメッセージを買収したきっかけは、「Sアミーユ川崎幸町事件」であったと記憶している。

3階のベランダから利用者3人を投げ殺したとされ、1審で死刑判決を受け控訴中の今井被告事件のほか、複数の介護職員が利用者に罵声を浴びせ、乱暴に利用者をベッドに放り投げているなどの隠し撮り映像がユーチューブにアップされ、その後の調査で全国の有料老人ホーム「アミーユ」で同じような虐待行為が発覚したことで、親会社である「メッセージ」が介護事業経営を続けることが不可能となり、損保ジャパン日本興亜に事業譲渡した経緯について鮮明に記憶している関係者は多いことだろう。

ところで月曜日の夜にネット配信されたニュースでは、損害保険ジャパン日本興亜が、ITを活用することで業務の効率化を進め、2020年度末までに従業員数を17年度比で4000人程度減らす方針であることが報道されている。それは同社の全体の約15%に相当する数ということであるが、希望退職者の募集は行わず、余った従業員は介護などを手掛けるグループ企業に配置転換し、新卒採用も抑えるとしている。

要するに本業の合理化で余った従業員を、後発事業として抱え込んだ人手の足りない介護事業に配転するというものだ。

これによって同社は、本業の生産性がアップし、さらに生産性の低いと言われる介護事業に、本業で鍛え上げた人材を貼りつけることで、そちらの生産性も向上させるとともに、介護事業の人材不足も一気に解決し、介護業界のトップランナーとして走り続ける条件を備えるということになるだろうか。

そして一つの企業だけで、新たに4000人もの介護人材を生み出すことが、介護業界全体の人材不足を少しでも補う効果につながるのだろうか。

しかしそうは問屋が卸さないだろう。

配転される人たちは、介護の仕事に就くことを望んでいるわけではあるまい。そして介護の仕事に対する興味も知識もあるわけでもあるまい。損害保険を扱う業務をしていた人が、いきなり介護の業務に臨んでも、事務作業くらいしかできる仕事はないかもしれない。しかしは配転先の介護事業者が求めているのは事務作業を行う人ではなく、介護業務を行う人材である。

そうであれば企業グループ内の配転だからと言って、「ああそうですか」とすんなり配転に従うとは限らない。配転を拒んで辞めてしまう人もいるだろう。

望まぬ形で配転された人も、時とともに介護業務に慣れて、そこで新たな人材として張り付くなんて言う期待はできない。覚悟を決めて配転に従ったとしても、いざ介護の仕事に就いてみると、やはり自分の適性ではないと気が付いて、短期間で辞めていくのが落ちではないだろうか。

しかし大手企業がそんなことを理解できないわけではないだろう。ということはこの配転の方針には裏があるということではないのか。

つまり合理化=首切りというイメージは、企業にとってマイナスにしかならないために、そう思われないように、世間に対しては希望退職も募集せずに、内部の移動だけで合理化を進めるという印象操作を行って、その実態とは、余剰人員をまったく畑の違う異業種へ配転させることで、相当数の職員が自分の望まない仕事に嫌気が差して、辞めていくことを見越したものではないのかとうがった見方をしてしまう。

このような形で介護事業者に配転させられる人が、すべて介護事業者の戦略となるわけがない。その一部の人達には介護の仕事の適性がなく、あらたな職場で何かをしでかす恐れだってないとは言えない。適正も希望も鑑みない配転は、「介護うつ」の予備軍を大量に作り出すかもしれない。

配転から1年後に、その人たちが何人介護業界に残っているのか、3年後には何人になっているのかを調べることは、こうした配転の効果と実情を考えるうえで、興味深い統計データになるのではないだろうか。しかしその数字は、決して表には出ることはないのだろうと想像する。

どちらにしても、余剰人員として無理やり専門外の業界に配転させられる人々には、お気の毒としか言いようがない。無理をして精神と身体を病まないようにしていただきたい。

ただし断っておくが、介護とは本来、人の暮らしを支え、誰かの心に咲く赤い花になることができる、誇りある職業である。転職動機に利用されるような職業ではないのだ。適性のない人や、介護の仕事に興味がない人にとっては、「辛い」ものになるだけの話である。

その時、「辛い」という文字に「一」を足して、「幸福」に換える動機づけが持てる人は、介護の仕事に変わっても幸せでいられるだろう。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せができるようになりました。

生命って何だろう・・・。


今日書くことは、多くの方に共感されることはないだろうと思いながら書いている。

このブログは僕の勝手な思いを書きなぐる場所で、人からとやかくいわれる覚えのない場所であって、不快になるならわざわざつなげて読むなと言ってよい場所なので、共感されないことは気にしていない。だけどこれから書こうとしていることは微妙な問題なので、誤解されても困るなと思う。今日書くことは、どっちが良いとか悪いとかいう問題を超えて、別の見方も必要なのではないかという意味の問題提起だということだけは理解いただきたい。

さて本題。総務省が「こどもの日」にちなんで公表した推計によると、今年4月1日時点の15歳未満の人口は前年より18万人少ない1533万人となっているそうだ。

これはとても深刻な問題である。社会全体が老化し活力がなくなるばかりではなく、将来日本という国の国際的な影響力が今よりずっと低下していくことも意味している問題だからだ。

それとともに全産業にわたる人手不足も、さらに深刻になることを意味している。介護業界の最大の悩みも人手不足だが、それは日本全体で生産年齢人口が減り、全産業で人手が足りなくなっていることと繋がっている問題だから、介護難民を生まないためにも、介護業界でサービスの品質競争を促して、介護支援を必要とする人のQOLを担保するためにも、子供の数を増やすことが一番求められることである。

そうであれば社会保障政策として少子化を止め、子供を増やす施策を実現することが政治家に求められると思うのだが、その成果が出るのには10年も20年もかかり、すぐに結果がわかるという問題でははないために票につながりにくい。そのため目先の利益誘導に走って票を獲得しようとする政治屋ばかりの現在、そんな大局観を持った政治活動は期待薄なのだろう。(※政治家ではなく、あえて政治やと呼ぼう)

ところでこの問題と直結しているのは出生者数である。手元にある最新データは2017年度統計である。それによると2017年の新生児は94万1,000人で、調査以来はじめて100万人を割り込んだ2016年(平成28年)の97万6,978人に続き、出生数は2年連続で100万人以下となっている。おそらく2018年度はもっと少なくなっているはずだ。しかしこの出生数には闇が隠されている。

作家であり、医師でもある帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい)氏は、自身の小説の中で、「出生者数と同じ数程度の人工中絶が毎年行われている」と書いている。勿論小説はフィクションであり、この記述自体に何の根拠も証明責任もないし、このことを実証する表立った数値データは存在しない。しかしそれは極めて事実に近いと言われている。

出生率の低下で将来の行く末が懸念されているその国で、出生数と同じだけの堕胎(だたい)が行われているのである。

人工中絶に関して最近話題になったことと言えば、アメリカ・アラバマ州のケイ・アイヴィー知事が、5月14日に人工妊娠中絶を全面的に禁止する法案に署名したことである。これにより母体の健康を損なう以外は人工中絶が認められず、レイプなど性的暴行の被害による妊娠でも中絶が認められないという全米で最も厳しい法律が制定され、人権団体などが抗議の声を挙げている。

この話題については、我が国のテレビ等の報道番組やワイドショーでも取り上げられ、有識者とされるコメンティターが、「レイプ被害者が、レイプによって妊娠させられたケースまで、中絶を認めないのは、女性の権利侵害に等しい」とコメントし、それに対して多くの共感の意見が寄せられていたりする。

その意見を否定するつもりはないし、反論するつもりもない。そもそも僕はアメリカのその法律の是非については、論評する立場にるわけではないことも自覚している。

そのうえで一つだけ意見を述べておきたいことがある。

女性の権利(あるいは人間の権利と表現しても良いのかもしれない)を護るために、場合によっては人工中絶もありとする人たちは、人工中絶される対象となるものにも、すでに生命が宿っていることをどう考えるのだろうか?ということである。

人工中絶によって闇から闇へ葬られる胎児もしくはエンブリオ(受精後8週間以降を胎児と呼び、8週目までをエンブリオと呼ぶ)も生命である。心臓をはじめとした内臓の各器官はすでに人として形成されているばかりではなく、脳も形成されているということをご存じだろうか。

つまり胎児もしくはエンブリオとは、母親の子宮の中に宿されているという以外は、この地球で生きている人と何ら変わりのない存在であるわけである。そうであれば人工中絶とは、すでに生命として存在しているものの命を奪うことに他ならない。母体から離れて人として生きている人を殺せば殺人であるが、母体に宿る胎児もしくはエンブリオの命を奪っても殺人とならないというのは、本来おかしことなのではないだろうか。

人の権利を護るために中絶も必要な場合があると評論する人は、人工中絶で奪われるものも生命であるということを知っているのだろうか。知っていたとしたら、そのことと命の尊さを敬うことと、どのように整合性が取れると主張するのだろうか。

胎児もしくはエンブリオが、人として法律で認められている存在ではないということは僕も十分承知している。しかし法律論だけで生命は語れないのではないか。法的責任や法的問題とは別問題として、「生命とは何ぞや」という視点から議論されるべき問題ではないだろうか。

その中でわが国では、毎年胎児もしくはエンブリオの生命が、出生数と同じ数くらい人工中絶で奪われているということを真剣に考えるべきである。

その先には、「赤ちゃんポスト」とか、子供ができない夫婦が不妊治療のために何千万円も使っているという問題も関連してこようが、その前に、医療科学が発達した今日であるからこそ、貧困を理由にしない「赤ん坊の間引き」がこれほど数多く行われ、その問題が実に軽く取り扱われているという事実について議論すべきではないだろうか。

今日・今この瞬間も、せっかくお母さんの体に宿った命がむなしく消えていくことをどう考えるのかを真剣に議論すできではないのだろうか。それは僕やあなたと変わりのない「生命体」であるという事実とともに・・・。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せができるようになりました。

安全のための不便をどこまで受け入れられるかという問題


GWが終わる前に、登別は桜が満開になった。今日の夕方から雨になる予報なので、昨日から今日にかけてが一番見ごろではないだろうか。

登別温泉に観光でいらしている方は、明日からの仕事に備えて、今日帰るという人も多いと思う。帰る直前に登別温泉街道の「桜のトンネル」を通って、エゾヤマザクラを満喫してもらいたい。ただし運転中の方は、桜に気を取られてハンドル操作を間違えないように、一旦止まって桜を愛でていただきたい。
登別温泉街道の桜
僕も昨日、温泉まで行って桜の写真を撮ってきた。道道登別温泉線:通称温泉街道の両側に咲く桜は、今の時期ほとんどエゾヤマザクラで、ソメイヨシノよりピンク色が濃い桜である。
登別温泉街道の桜
場所によっては桜のトンネルに入ったような景観になる。なおエゾヤマザクラが散った後は八重桜が咲くことになる。
わかさいも本舗前の一本桜
登別東インターチェンジを出てすぐのところにある、「わかさいも本舗」の前にある一本桜は、この辺りでは有名な大木である。是非その桜も見てってほしい。
鷲別川沿いの桜
こちらは温泉から少し離れているが、僕の自宅のすぐ横、鷲別川沿いの桜である。ここは僕のウオーキングコースでもある。しばらくの間は、桜に癒されながら歩いたり、散り際になると桜吹雪の舞う中を歩いていられそうである。

さて本題に移ろう。GWに行楽地などに出かけた人のユータンで渋滞のニュースが流れている中、毎日のように交通事故の報道は尽きない。その中には、高齢ドライバーの正常とは言えない運転による事故も多々含まれている。

そのことに関連して先週金曜日に、「能力の衰えを自覚してからでは遅い運転からの勇退」という記事を書いた。

僕が主張したいことは、こういう事故が増えて困るねで終わるのではなく、こういう事故を防ぐ具体的対策を急がねばならないということである。

高齢ドライバーが認知機能が衰える前に、一定年齢に達したら自主的に免許の返上をするのが当たり前の世の中になるに越したことはないけれども、それができない現状を鑑みると、運転免許には年齢上限を設けてもやむを得ないと思う。それだけ高齢ドライバーが、自らの認知機能低下に気が付かずに引き起こされる事故は増えているし、それによる悲劇の悲惨さは深まるばかりである。

現にその記事を書いた当日の夜には、福岡県春日市で74歳の女が運転する軽乗用車に、8歳の女の子と6歳の男の子がはねられて病院に搬送されるという事故も起きている。

事故を起こして逮捕された容疑者の女は、「太陽がまぶしくて信号を確認せず進入してしまった」と供述しているというが、正常な判断力がある人が信号を確認できない状態で交差点に突っ込むだろうか?・・・これも判断力の低下が疑われるケースである。

何らかの運転制限を設けないと、こうした事故は減らせないという主張に対して、「それはそうだけれども、同時に高齢者の移動手段を確保する手立てが必要だ」という声が挙がる。

それはその通りと思うし、リンクを貼りつけた先週の記事をはじめ、このことに関連した僕の記事の中では、しっかりそのことも含めて書いている。具体的には、各自治体の責任でコミュニティバスを走らせたり、「介護予防・日常生活支援総合事業」の中で実施できる、送迎サービスをすべての市町村で行うなど、いくらでも方法は考えられる。(参照:免許返納者の移動支援に保険給付

しかし4/19の池袋の事故や、5/3の福岡市春日町の事故に関して言えば、その地域で本当に高齢者が運転しなければ暮らしが成り立たないような不便があるだろうか。両地域とも立派な都会で、公共交通機関を使うだけでも、十分暮らしが成り立つ地域ではないのか。その地域に関して言えば、自家乗車に変わる高齢者の移動手段など、議論する必要がないと思うし、そういう地域は日本全国にたくさんあるはずだ。

すでに公共交通手段が十分整備されているなど、自分で運転しなくても生活に支障のない地域で先行して高齢者の運転制限ルールを設けたって良いのではないのか。なにも日本中のすべての地域で、高齢者の移動手段が十分確保されてから制限ルールによる対策を行うという必要はないだろう。

不便のレベルも、もっと考え直さねばならない。

都会の人は1時間に1本しか路線バスがないと不便だというが、北海道であれば1時間に1本もバスがあれば十分便利な移動手段である。東京で暮らす人は山手線を使って一本先の駅に移動するが、田町から品川に移動する距離なら、北海道の人はためらわず徒歩で移動するだろう。

そんな風に「不便という意識レベル」にも地域格差があるのは事実だが、それを乗り越えて、すべてが便利で快適ではなくとも、人の命を守るための方策を早急に構築していく必要があるのではないだろうか。特に幼い命・社会的弱者が判断力の低下した人の運転する凶器から命の危険にさらされないように、安全と安心の地域社会を創っていく方策は必要ではないのだろうか。

超高齢社会となり、認知症の人や認知症予備軍の人が増えるのは当たり前なのだから、それに備えて安全と安心の地域社会を創るための新ルールを作るという考え方は、あって当然だろう。

未来のある子供たちや若者たちが、判断力が低下したことに気づかない人の理不尽な交通事故によって命を奪われないようにするために、その対策は待ったなしで急がれているのである。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せができるようになりました。

誰もが介護の仕事に合うわけではありません


今日は新年度が始まって最初の土曜日である。

1日の月曜日に入職した新人にとっては、この週は仕事を覚えようと必死に一日一日を過ごした1週間であったろう。どうかその疲れをとるために、この土日はゆっくりと休養に努めてもらいたい。先は長いのだから、ゆっくり確実に仕事を覚えてくれればよい。

志をもって介護の仕事に就いた人にとって、介護という仕事をまじめに覚えていく先には、きっと仕事の結果を出すことができ、志を遂げることができるだろう。そして介護という仕事は、誇りを抱ける職業だということが実感できるだろう。ただしそのためには自らを高める努力とともに、職場もきちんと評価して選ぶという考え方が必要だ。

対人援助という仕事は、そこで関わる人々を敬い幸せにするために存在する仕事だ。その目的を達しようとしない職場は、本来志を高く抱く人々がいるべき場所ではない。利用者を顧客としてみることなく、サービスマナーのかけらもなく、プロ意識の欠如した素人と見まごうサービス提供しかできない職場では、本当の意味で対人援助の目的は達することはできない。

そういう場所に長くいると、自らの意思とは関係なく意識も低きに流されてしまう危険性がある。だから早い段階で、そういう職場を「見切る」という視点も求められる時代である。

そうすることで、そういう職場に従業者が集まらずに、事業継続ができなくなることは、将来的にはこの国の福祉の向上につながるのである。

そんなことをしていたら事業者がなくなって、サービス提供を受けられない人が大量に生まれるのではないかと心配する向きもあるが、介護事業経営者がこの業界で食っていこうとするならば、必然的に従業員や利用者が集まる方向への、「サービス競争」が始まるのが市場原理である。そのためにも駄目な介護事業者から人材がいなくなる形をできるだけ早く創りあげないとならない。

介護に向かない経営者や、人の尊厳を傷つけても何とも思わない従業員による劣悪サービスを含めて、玉石混合でもってサービスの量を担保するなんてことは、人の命や暮らに係る職業には本来あってはならないのだ。本来あってはならないことが、今存在しているという恐ろしさに気が付くべきだ。

例えば介護事業者に入職した新人の中には、まだ十分仕事も覚えていないのに、いきなりシフト勤務に組み込まれて、この土日も休みではないという人がいるかもしれない。しかし基礎研修やOJTも十分ではない状態で、就業1週間目からシフト勤務に組み込むような職場は、サービスの質に関心がないと言ってよい。利用者に最低限のことさえ行えばよしとするような事業者には将来性がないと判断しても良い。そんなところには「見切り」つけて、できるだけ早い段階で職場を変える判断をしても良いのだ。そんな場所で頑張り続けても、介護スキルなど高まらないからだ。

多くの職場で、新規雇用者に対して「試用期間」が設けられているように(試用期間は労働基準法上は規定がなくても良いとされ、法人の任意事項である)、従業員の側も職場に対して、「試用期間」という視点を持つべきである。

就業前にいくら良い餌を吊り下げていても、それが全くのまやかしで、従業員や顧客を食い物にするブラックな事業者は、従業員の側から見捨てたって良いのである。それだけ介護事業者とは玉石入り混じった様々な職場があるという実態があるのだ。より良い人材は、より良い職場を選ぶ権利と機会があるのだということを知るべきだ。

同時に「自分に対する見切り」という視点も大事だ。

自分自身が本当に介護の仕事に向くのかも考えてほしい。人間性がどうのこうのという問題ではなく、人にはそれぞれ特性があって、その特性の中には職業と合う・合わないという特性も含まれるのだ。介護の仕事と合わないことが、イコール社会人としての資質がないとか、品性が低いとかいう問題ではないのだから、基礎研修やOJTを通じて、介護という職業が自分に合わないと気づいた人は、一日も早くこの業界から去って、別の仕事を探すべきだ。

自分に合わない仕事を嫌々ながら続けていくことで、その仕事が性に合ってくるなんてことに期待しないほうが良い。介護とはそんな簡単な仕事ではないのだ。この仕事を続けて、人の暮らし向きを少しでも良くすることが自分の喜びであり、自分のモチベーションだと思えない人は、誰かの極めてプライベートな領域に足を踏み入れることがあってはならないのだ。

いやいや仕事をやり続けて、半年後に辞めてしまうのであれば、いっそ今のうちにやめてくれた方が良い。そんな人をこれから先、半年間も教える職員にとって、そのゴールが教えた職員の退職であれば、教育訓練に費やした時間がすべて無駄になってしまう。そんな無駄な時間は、できるだけ短い方が良いわけである。

だからこの時期、自分に見切りをつけて辞めようとする人を引き留めてはならない。

1日に入職して、急に体調不良を理由に休みを取った新人の中には、既に退職届を出した人もいる。今では自分で退職の申し出や、手続きができない人に替わって、それを行ってくれる、「退職代行」という職業があるのだから、その傾向は強まっていると言えるのかもしれない。自分で退職を申し出ることができない理由が、その人自身にあるのか、雇用側にあるのかは微妙な問題であるが、どちらにしても、ここしばらくは企業側・雇用者双方の取捨選択があって当然の時期だと割り切った方が良い。

良い人材や、良い職場を求める時期というのは、この時期だけとは限らないのだから、良い介護事業者を目指そうとする人、良い介護事業所に所属したいと求める人双方が、見極めを行いながら、求める方向を目指していけばよい。

そのような形で、人材確保の勝ち負けがついていくのが、現在の介護業界の雇用事情である。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。


masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
TSUTAYAのサイトからは、お店受け取りで送料無料で購入できます。
キャラアニのサイトからも送料無料になります。
医学書専門メテオMBCからも送料無料で取り寄せ可能です。
アマゾンでも送料無料で取り寄せができるようになりました。

予見しにくい不安定な社会状況の中で考えること


僕が以前勤めていた社会福祉法人の年末年始の休暇は31日〜3日までであった。そこは今日が仕事始めとなっているだろう。

しかし今年の1月4日は金曜日になっているため、今日1日出勤して、明日・明後日は通常のお休みという人も多く、正月気分が完全に抜けるのは7日(月)からになるのではないだろうか。

そもそも仕事始めが7日からだという職場も多いことだろう。僕の最新刊が今月上梓される予定になっているが、その出版元も7日が仕事始めである。そのためゲラの最終校正の締め切りが7日に設定されていたが、今朝無事校正ゲラを発送した。これによって最終の原稿校正作業が行われ、いよいよ印刷・製本されて出版にこぎつけることができる。

僕にとって2年ぶりに出版する6冊目の自著本となる、「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」は文字に張り付いたリンク先で先行予約できるので、是非参照していただきたい。

ところで昨日の3日は正月帰省していた人のUターンが始まり、飛行機や列車も混雑していたのではないかと思うが、熊本では震度6弱の大きな地震があったとのことである。このため九州新幹線も博多〜熊本間が終日運休とのことで、今日の仕事始めに間に合わなくなってしまった方もいるのではないだろうか。

熊本にお住いの方々は3年前の地震を思い出して、さぞや怖かったことであろう。幸い大きな被害があったという報道はされていないが、今後も大きな被害がないことを祈っている。

さて新しい年の介護を巡る状況はどうだろうか。今年は報酬改定が行われた翌年に当たるので、本来ならば3年後の報酬改定に備えた議論が行われるものの、制度運営に影響する大きな改正や改定は行われないのが通常である。

しかし今年10月には、2年連続となる介護報酬の改定(プラス0.39%)と区分支給限度額改定や、新処遇改善加算の新設が予定されている。

そのほか、地域支援事業実施要綱において国が定める額を上限として、市町村が定めることとしている介護予防・日常生活支援総合事業のサービスのうち、指定事業者により提供されるサービス(従前の介護予防訪問介護又は介護予防通所介護に相当するサービス及び緩和した基準によるサービス)の単価も、介護給付の訪問介護及び通所介護、予防給付の介護予防支援に倣(なら)って見直しを 行うことになっている。

改定される報酬の新単価は、今月中に公表される予定であるが、それはいずれも消費税が現在の8%から10%に上がることの対策であったり、その分を財源とした対策であったりするわけである。

先送りになっていた別枠公費負担も導入した保険料の軽減も、消費税増税が実現すれば完全実施される予定だ。この意味は非常に重要であることは参照ブログで示しているので、ぜひリンク先を読んでいただきたい。(参照:保険料負担軽減のための別枠公費投入の意味

だが消費税増税が予定通り行われるかどうかは、今後の経済状況で左右される問題でもある。そうであれば近頃の状況は、本当に消費税増税が行われるかどうかが怪しくなっているといえるのではないか。

昨年のクリスマス(25日)の東京株式市場は、世界経済の鈍化を警戒する売り注文が広がり、日経平均株価は急落している。終値は前週末比1010円45銭安の1万9155円74銭となり、2万円を割り込んで1年8カ月ぶりの安値をつけた。

その後の反発で株価は一転上昇に転じているが、それも一時的なものと考えられており、最終的に株価は前年より下がって終わっているし、今年はさらに下がるのではないかと予測する専門家が多い。案の定、本日4日の東京株式市場の日経平均株価(225種)は大幅に下落して始まり、2万円の大台を割り込んでいる。

株価の低迷は増税の一番の足かせである。夏の参議院議員選挙結果も影響してくるかもしれない。

軽減税率やキャッシュレスのポイント還元などの増税に備えた対策が進められており、増税再延期はないのではないかという声も強いが、不透明・不確定な要素がたくさん存在する中で、近い将来の予見も難しくなっている。

そんな中このブログや表の掲示板では、今年も最新の情報を発信し続け、さらに各種情報の分析を続けていく予定である。混とんとする情勢分析の一助になれば幸いである。

ところでブログや掲示板に関しては、今月18日に予定している沖縄講演で、「masaの裏掲示板解釈講座」というテーマでお話しすることになっている。講演主催者の方から、「介護現場の経営者、現場のメンバーは、菊地先生の(masa)介護福祉情報の掲示板見てる方がとても多いので、話題になった or 最近のトピックス等を解説含めて話してもらいたい」と要望を受けている。

過去に何百回も講演を行なっているが、そのようなテーマで話をするのは初めてである。今日からその講演スライドづくりにかかる予定で、そんな内容にしようかと今一生懸命考えている最中だ。なお沖縄ではその前日も「介護事業のサービスマナーセミナー」を行う予定になっている。おそらく沖縄でそのような専門セミナーが開かれるのは珍しいことではないかと思う。そういう意味でも、是非両セミナー会場に、たくさんの沖縄の皆様においでいただきたい。

ということで沖縄の皆さん、是非張り付いたリンク先のセミナー案内をご覧いただきますようお願い申し上げて、本日の記事を締めたいと思う。どうぞよろしくお願いいたします。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・masaの最新著作本「介護の誇り」は、こちらから購入できます。


新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行予定)の先行予約はこちらからお入りください。

休みが多くなってますますゆとりがなくなる介護事業者


今日は金曜日である。暦通りに休みをとれる職業についている方々は、今日頑張れば1週間の勤務を終えて、土日の休日がやってくる。そのため少しは元気が出ている人がいるかもしれない。

介護事業者に勤務する方も、事務系などの職種の方は、ほとんど暦通りの勤務となっているのではないだろうか。そのため5日間の勤務の疲れを癒すことができる土日の休日を楽しみにしている人も多いだろう。

しかし暦に関係なく働かねばならない介護職員などの皆さんにとって、週末という言葉はあまり意味がないし、定期的に土日が休みとなる職種をうらやむ気持ちを持っている人もいるかもしれない。

そうであったとしても、休みを取ることができる日は不定でも、土日・祝祭日を休むことができる職種と同じ数の休日が取れる介護職員はまだ幸せである。

介護事業者によっては、職種ごとに勤務時間を変えている場合があり、事務系職員の年間勤務時間数と介護職員の勤務時間数を、異なった時間で規定している事業者があって、後者が前者に比べて長い勤務時間を強いられている場合がある。

このことは法令上許されており、介護保険制度上の常勤換算時間も、職種ごとに異なってもよいことになっている。しかしそれは同じ事業所内の労働者としては不公平な状態と言え、今後の介護事業における労務管理という視点で考えると、そうした状態は是正されるべきである。

そもそも事務系職員より、介護職員の労働時間が明らかに長いような職場は、介護職員が働こうとして選ばれる職場にはならないだろうし、定着率も低下せざるを得なくなる。人材を求めるなら、そのような勤務時間格差をなくしていく方向で職場改革が進められなけれなばならない。

そんな状況を考えたとき、来年の祝日と休日の特例や、労働改革による有休の付与ルールの改正は、介護事業者にとって非常に悩ましい問題である。

皇太子さまが新天皇に即位される来年5月1日と、即位礼正殿の儀が行われる10月22日を来年に限って祝日とする特別法案は今週火曜日(12月4日)の衆院本会議で可決され、本国会で成立の見通しとなった。これにより来年のGWは10連休となる。
2019年に限っての休・祝日追加
政府はこの10連休で「ゆとりのある生活を実現する狙いもある。」としているが、暦通り休めない介護事業者などは、この間の人手の確保のために、「ゆとり」がさらに削られ厳しい運営が強いられる。この間に働いてくれる人の確保と、その人たちに別の時期に休みを与えるために、さらに人手がかかるため、勤務シフトに無理難題が生ずる恐れが大である。

土日祝祭日を休業日としている通所介護などは、この暦の通りに休業すれば10日間全く収入が途絶ええるということになる。この暦通りに休業した場合に、10日間ずっとサービスを受けることができない通所介護に嫌気をさして、利用者が逃げていかないかという不安も生ずるだろう。そんな通所介護事業所に計画担当ケアマネジャーがそっぽを向く恐れがある。

そのため来年度のみ暦にとらわれず営業しようとしても、就業規則や運営規定を変えなければならない事業者もあるだろう。それは決して簡単なことではない。

居宅介護支援事業所はこの時期、翌月の利用表・提供表を利用者や事業者に届けたり、給付管理や請求に係る業務を行う時期なので、とてもではないが暦通りに休んでいられないのではないだろうか。

そういう意味では、この法案を迷惑に思う介護事業者の方も多いのではないだろうか。というより介護事業関係者にとって、こんな連休は迷惑極まりないとしか言いようがない。

それに加えて「働き方改革」の年次有給休暇の改正によって、来年度からすべての事業者で、年10日以上の年休が与えられている働き手に、有給休暇を5日以上消化させなければならない義務が課せられている。(参照:年次有給休暇の改正対応はできていますか

比較的大きな規模の法人ならば、すでにこの規定はクリアできているのだろうが、単体のグループホームや、小規模通所介護のみを経営している事業者では、その義務化だけでも大きな負担となっているのに、10連休は「ゆとり」どころか、事業危機でさえある。

シフト勤務の職員にとっても、暦通りに休めない分どこかで休みが取れて年間休日が増えるといっても、そのために勤務している日は、休みが増えた人の分の仕事を替わって担わねばならないというのが実情だろう。

とすれば休日数が増えて楽になっているのかどうかは微妙なところである。むしろ様々なしわ寄せにより肉体的な負担は増え、疲労感は増してしまうのかもしれない。そうした意味でも、恒常的に人手不足に陥っている介護事業者にとって、この休日増加は悩ましい問題だ。

事業管理者は来るべきGWのシフトに頭を悩ませながら、この年末年始を過ごさねばならないかもしれない。お気の毒なことである。

ということで、この連休法案の成立を待ち望んでいるのは、医療や介護と関連のない公務員だけではないのだろうかと思ってしまうのである。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・masaの最新著作本「介護の誇り」は、こちらから購入できます。

政治権力に屈する人、媚を売って頼り切る人


僕が管理する表の掲示板に10/10にスレ立てされた、「処遇改善加算不支給と最低賃金以下労働・多数書類偽造について 」をご覧いただきたい。

このスレッドは、処遇改善加算の不正受給ならびに不正支給に関する質問であるが、レスポンスの中に複数の人が、「事業者の不正を議員(おそらく地方議員)がもみ消している(あるいはもみ消される恐れがある)」という情報を書いている。

こんなことが本当にあるとしたら由々しき問題であるが、そんな状態が放置されたままにされ、そのことで不正の告発が無意味であると考える人がいること自体が問題である。

一昔前なら一般市民は権力の横暴に屈する以外の術(すべ)を持っていなかった。しかしインターネットを通じて個人が全世界につながって情報をやり取りできる時代に、そのような権力の横暴が隠されたまま見逃され、まかり通るわけがないのである。

特に双方向の情報交換ツールであるSNSが発達したこの時代には、誰しもが匿名で告発者になることができる。どのような権力を持つ政治家と言えども、社会的不正義を行ったことがSNSを通じて公にされた場合、政治的生命が絶たれかねないのである。そんなことは政治家自身が分かっているだろう。

よって当該スレッドに書かれているような議員の不正もみ消しなどあるわけがないと思うわけであるが、もしそれが本当に行われているなら、匿名でも何でも良いから、証拠となる情報とともにネット上で告発するのが本当の意味での社会正義というものだ。それもソーシャルアクションのひとつといえるのではないだろうか。

僕はネット上でほとんど匿名性を持たないが、自分の周囲でそのような愚かな行為が行われておれば、まずしかるべき機関に通報するだろう。それで埒が明かない場合は、迷わずネットを通じて告発するだろう。証拠のある不正告発を、そうした方法で行うことは許されることであるし、むしろ必要な行為であると考えている。

不正が政治権力によってもみ消される状態を知りながら、それと闘おうともせず、あきらめてしまう人は、権力に迫害される弱者の立場に逃げているだけに過ぎない。それは不正を行っている人、その不正をもみ消そうとしている人と、罪のレベルはたいしたかわりがないとさえ思う。そうならないでもらいたい。

政治がらみでは、もう一つネットを通じて大きな問題点が示された。10/30に書いた「介護事業者にさらなる逆風」の中で、来年4月から年次有給休暇の付与日数が10日以上の労働者に対し、1年間で最低「5日」は会社が労働者に年次有給休暇を取得させる(「5日」については会社が時季指定権を持つ)義務が大企業、中小企業を問わずすべての事業者に課せられたことを指摘したところ、僕のフェイスブックに、福岡の介護事業経営者の方が次のようなコメントを書いてきた。
-----------------------------------
「年次有給休暇につき、9月より気になり、市議より国会議員に確認をとってもらいました。回答としては、中小企業は該当しない事、また、あくまで労働者が取得を希望した場合のみ該当するそうです。また、罰則規定に該当する要件は取得希望者の申請のうち5日以内を企業が拒否し、労働者が労働基準監督署に訴え、監督署より企業に是正勧告をされ、従わない場合に適用されるそうです。全ての労働者に取得させる事を義務化したのではなく、取得希望の労働者に取得させる為に、5日以内の取得を拒否する企業に対し罰則を設けたことが新しい制度であり、全ての労働者に5日以上の取得を義務化したものではないとの回答でした。」
-------------------------------------
一見論理的でなるほどと思われそうな内容ではあるが、しかしこの情報はまったくの出鱈目(でたらめ)である。この義務は中小企業にも課せられるし、このことに関連して7/18に厚労省は企業側が年休の消化日を指定したのに従業員が従わずに働いた場合、消化させたことにはならないとの見解を示し、企業側にとっては指定した日にきちんと休んでもらう手立ても課題となると公式見解を示しているのだ。だから上に書かれた議員情報は、すべからく間違っており、有休を与えなければならないのは、「年次有給休暇の付与日数が10日以上のすべての労働者」である。(参照:中小企業も対応しないと罰則がある!?「有給休暇の義務化」について【働き方改革】

上の偽情報は、政治家という権力者に頼り切って、成立した法案の法文を読むという当然の過程も経ないまま、与えられた情報を垂れ流しているだけの無責任情報とも言える。根拠を確認することがないまま、こういう形で一議員の誤った見解を、正しい情報として拡散する行為で、来春に備えようとしていた中小企業主が、それを取りやめて損害を生じたら賠償責任も問題になりかねない。

政治家とコネクションを作るのは良いが、そのコネに頼り切って自らの思考回路を鈍らせてはなんの意味もない。

政治家が言っている、というのも何の根拠にもならないことになぜ気が付かないのだろうか?

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・masaの最新著作本「介護の誇り」は、こちらから購入できます。

人口減少社会の中で


昨日は成人の日で、各地で成人式が行われたことと思う。(※登別市は成人の日の前日7日に成人式が行われたが、そういう地域も多かったのではないだろうか。)

新成人の皆さんには心よりお祝いをしたい。ところで毎年、成人式を荒らす心無い新成人の暴挙が話題となるが、今年はそのようなニュースは聞こえてこない。自覚ある新成人が多かったのであろうか?とにもかくにも人前で一升瓶の酒をラッパ飲みするのは格好いい行為ではない。酒に強いのは何の自慢にもならないことに気が付いてほしい。(呑んべえの僕が言うのだから間違いない。)

そんな中、新成人を祝う側の「晴れ着業者」が、成人式当日に店を閉じて責任者に連絡が取れず、楽しみにしていた晴れ着を着れなくなった新成人がたくさん居たというニュースが巷に飛び交っている。一生に一度の晴れの日に味噌をつけられたような新成人の方々は本当に気の毒である。新成人の手本になるべき大人が、このような行為に及ぶことは決して許されることではない。当該業者の経営陣は、人として許されないと思う。

それはともかく、今年の新成人の数も昨年より減少している。

総務省統計局が公表している平成30年1月1日現在の人口推計によると、新成人の人口は123万人(男性63万人、女性60万人。)で、総人口に占める割合は前年と同じ0.97%で、8年連続1%を下回った。

新成人人口
人口推計を開始した昭和43年からの推移をみると、第1次ベビーブーム(昭和22〜24年)世代の昭和24年生まれが成人に達した昭和45年の246万人をピークに新成人人口は減少し、昭和50年代後半から再び増加したのち、平成7年から減少傾向が続いている。さらに、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、今後も新成人人口は減少傾向で推移し、平成37年(2025年)には110万人を下回ると見込まれている。

30代の女性の出産数が増えたことで、合計特殊出生率(一人の女性が一生のうちに出産する子供の平均数)が2012年から上昇に転じているが、その数値はわずか1.44であり、人口維持のために必要な合計特殊出生率2.07には遠く及ばず、人口減少を解消する数値にはなっていない。

これは日本の人口減少がさらに進むという意味であり、生産労働人口が減って、様々な産業の人手不足がさらに深刻化するという意味にもつながる。この問題がAI・ロボットの進化により解決に向かうだろうか?

人工知能を持ったロボットで代替できる仕事も多いだろうから、その開発は大いに期待したい。ただし全産業がロボットで代替できるとは限らず、人の確保はより重要になることも間違いがない。

介護の分野でも、見守りロボットは実用化が進んでいるが、実際の介護行為を代替できる人工知能ロボットは存在していない。力の必要な行為と巧緻性が必要な行為が混在する介護という仕事を、個別のボディメカニズムに配慮した形でそれぞれの動作をつないで、一連の介護支援という行為につなげることができる介護ロボットが完成するのはいつのことになるだろう?それが開発できたとして、一般市民がそれを使って介護支援を受けられるコストになり得るのだろうか?まだまだ気の遠い話である。

しかも高齢者介護支援ということに限って言えば、我が国の人口ピラミッドには大きな問題が存在している。

日本の出生数と出生率1900-2010
社会保障に関連して、地域包括ケアシステムの構築と深化の必要性が叫ばれている一番の要因は、1950年代に生まれた団塊の世代の人々が65歳に達した2015年、その方々が後期高齢者となる2025年を見据えて、この塊(かたまり)の人々をどう支えるかという視点が主眼となっている。

その方々が90歳となって、徐々にその数が減っていく2040年ころまでが、高齢者介護の正念場であると指摘する向きもある。しかし2040年以降、高齢者の数がどんどん減る中でも、介護業界の人手不足の問題は解決しないどころか、その問題はさらに深刻化する。

なぜなら現在、団塊の世代の人々が介護支援を必要な状態になりつつあると言っても、団塊の世代の人々を支えるもう一つの塊が人口ピラミッドの中に存在しているからだ。それは1970年代の第2次ベビーブーム時代に生まれた人々であり、団塊の世代の数より少ないと言っても、団塊の世代の人々が高齢期になっている時期に、生産労働人口として一定の塊となって存在しているのである。

しかし2040年以降、団塊の世代の人々の数が急激に減る中で、その第2次ベビーブームの世代の人々が70代になってくるわけだが、その塊を支える塊は存在しない。第3次ベビーブームが存在していないからだ。

そうなると204年以降、介護事業者の数は減少することになり、廃業する介護事業はの数も多くなるが、少なくなった介護事業者で働く従業者を探すことは、現在よりされに難しくなるということになる。

事業者数が減るから、人材確保・人員確保の問題も解決することにはならないのである。これは極めて深刻な問題である。その解決に有効な回答は、いまだに示されていないというのが実状だ。
2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・masaの最新著作本「介護の誇り」は、こちらから購入できます。

投票日のセミナーで考えたこと


来年4月からの介護報酬改定は、6年に一度の診療報酬とのダブル改定である。

それは日本国民の命と暮らしに直結する改定であると言って良いものだ。しかしその最中に行われた政権選択選挙でもある衆議院議員選挙で、そのことが全く争点にならなかったという事実は、介護保険制度や報酬改定の方向性は、政治主導ではなく、官僚の掌の中で決められ、動かされているという意味だ。

その証拠に、介護保険制度が誕生した以後、2度の政権交代があったにもかからわず、この制度にはほとんど影響が及ばず、制度の改正や報酬改定の方向は、2003年に当時の老健局長であった中村秀一氏が作成した、「2015年の高齢者介護」に書かれている流れの域を出ることなく、進められている。

そんな中で、総選挙も終わり、いよいよ昨年度の介護経営実態調査の結果が公表され、そのデータを分析しつつ、次の報酬単価が決められることになる。

一部の報道によれば、その結果は、介護事業者全体の収益率が3%であるとされている。これが本当だとすると大変なことである。前回、平成27年の報酬改定時に参考とされた平成25年の介護経営実態調査では、介護事業者全体の平均収益率が8%強となっていたため、この数字は他産業の平均収益率である5%と比べて高い数値であるとして、介護報酬を3%以上下げる根拠にされた。

それが今回は5ポイントも下がり、民間他産業の収益率を2%下回っているという。そうであるにも関わらず、財務省は次の介護報酬も下げろと主張し、厚労省もそれに対してさしたる反論も行なっていない。

そもそも選挙期間中に介護経営実態調査の結果を公表せず、介護給付費分科会も開催しなかった理由は、予想以上の介護事業経営の不信ぶりが目につく調査結果であり、それに基づいてなおかつ介護報酬を引き下げる議論が展開されれば、国民の批判を招き、選挙結果に影響しかねないという理由だそうである。

そんなことが許されて良いのだろうか?介護業界の関係者は、もっとこのことに反対の声を強く挙げるべきである。同時にそうした反論を封じるための情報操作として、、データを改ざんするなどして、国にとって都合の良い数字が出てこないとも限らないことを考え、示された数値の根拠を求めていくことも必要だろう。

僕は先週金曜日に期日前投票を済ませ、土曜日に大阪に飛んで、土日の2日間は大阪で講演を行って、今北海道に帰る機内でこの記事を更新している。

台風の影響で、札幌は雨となり、欠航便もかなりでているが、どうやら僕は無事に着陸できそうである。明日は室蘭で所用をこなした後、木曜日からは再び大阪〜愛媛〜宮城の旅が続き、次に北海道に戻るのは月末になる予定だ。

昨日の日総研セミナー・新刊『介護の誇り』出版記念セミナー・感覚麻痺・不適切ケアの芽を摘む!〜介護保険施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策は、足元が悪い中、投票日と重なったにもかかわらず多くの皆さんに会場に足を運んでいただいた。記念すべき第一回セミナーとしては上々の滑り出しとなり、受講者の皆様の反応も上々であった。

次は11/11の東京セミナーの予定だが、翌日11/12の名古屋セミナーの実施は決まっているものの、東京の方は申込者が実施人数に後少しで達する人数で、受講申し込み者を募っているところだ。

このセミナーでは、介護の品質アップを図ること方法論、集客、職員教育の具体策、メンタルヘルス管理など、多岐にわたって、これからの介護事業のあり方を考えるだけではなく、最新の国の動向などの情報提供にも努めるので、決して時間とお金を無駄にさせないつもりである。

東京都内の方、その近くにお住いの方、是非知り合いを誘ってセミナー人数で参加していただきたくお願い申し上げます。
日総研出版社主催・「介護の誇り」出版記念セミナー・感覚麻痺・不適切ケアの芽を摘む!〜介護保険施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策の詳細と申し込みはこちらからダウンロードしてください。
介護の誇り出版記念セミナー
介護の誇り出版記念セミナー開催日程

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・masaの最新著作本「介護の誇り」は、こちらから購入できます。

介護報酬改定は社会問題である


巷の話題はそろそろ総選挙一色となりつつあるが、その争点に介護報酬改定又は介護報酬と診療報酬のダブル改定が取り上げられないのはなぜだろう。

介護職員だけで全国に170万以上の人々が働いていることを考えると、そのほかの介護関係者を含めた数は決して日本を動かすに足りない数ではないはずだ。それなのに抑制され続ける介護報酬を引き上げる必要性を訴える政治家はほとんどいない。介護業界の発信力が問われていると思う。

そんな中で、全国老施協など7団体が、介護報酬の引き上げを求める業界の署名を内閣総理大臣や財務大臣、厚生労働大臣へ11月中旬にも提出する予定で運動を開始したとのことである。

どうせ何も変わらないと最初からあきらめて何もしないことが一番の罪だから、関係団体がこうした形でアクションを起こすことは良いことだと思う。しかしその時期はあまりに遅きに失しているのではないのだろうか。

介護報酬の諮問・答申は、来年1月中旬とすでに決まっているのだから、改定議論は年内に終了していることになる。11月中旬に署名が届けられて、改定議論にその結果が何らかの影響を与えるかどうかを考えたとき、その時期の署名結果などほとんど意味がなくなるのではないか。

しかも解散総選挙という、国民の声が直接国に届けることができる時期を失してしまえば、当選後の議員は、今後しばらくは解散の恐れはなくなり、2年以上の任期は見込めるわけで、そんな中で報酬改定が行われても、どの議員もほとんど興味を向けないのではないか。

しかし介護報酬の現状は大変な状況を生みつつある。前回の報酬引き下げで経営が苦しくなった事業者がたくさん倒産の憂き目にあっているが、それは現在介護事業に参入しているすべての事業者にとって他人ごとではない。いつ自分がのっかっている事業の梯子を外されるかわからないというのが、現在の介護報酬改定の方向性である。

来年の介護報酬改定で、給付抑制の最大のターゲットになるのは、サ高住や住宅型老人ホームの囲いこみサービスであるが、それはいったん国が架けた梯子をいきなり外すことと同じ意味だ。

なぜなら全国にたくさんサ高住を建設するように、補助金や税金を優遇したのは、サ高住が地域包括ケアシステムの基盤となる、高齢者の心身状態に応じた住み替え先と位置付けられたからである。そうであるがゆえに、住み替えは奨励され、そこに住んで外部のサービスを受けることを奨励していたわけだ。その時に国が示していたイメージ図が下記である。
サービス付き高齢者住宅と介護保険の連携イメージ
この図を見てわかるように、サ高住に診療所や介護サービス事業所を併設して、そこからサ高住を中心にしたサービス提供を奨励するかのようなイメージを示している。

つまりサ高住の収益モデルとは、高齢者の住み替えを促進して空き部屋を作らずに運営するだけではなく、そこに併設の外部サービスを張り付けて、暮らしの場と介護サービスをセットで提供しながら収益を挙げるという、「囲い込みモデル」であったはずなのに、次期報酬改定では集合住宅減算の強化など、この部分の収益モデルをぶち壊す方向が示されている。

このことに関連して、北海道では有料老人ホームなどを中心に事業展開していた、大手介護グループが事業撤退するというニュースが大きく取り上げられた。札幌地裁に自己破産を申請した介護施設運営のほくおうサービス(札幌)など、グループ5社の道内23施設を継承する予定だった福岡市の福祉施設運営会社「創生事業団」は、札幌など4市の8施設に関しては事業を継承しない方針を固めた。そのため施設は廃止となり、転居を余儀なくされる入居者は少なくとも約340人に達しているという。

現状の介護報酬で収益を挙げられず、経営が行き詰った介護事業を、別会社が買い取って再生させようとしても、次期報酬改定では有料老人ホームがさらに厳しい経営状況にさらされることが明らかなのだから、事業継承しないというのはごく当たり前の経営判断だ。こんな事業者は、来年度以降さらに増えてくるだろう。

そういう意味では、事業経営できないほどのひどい介護報酬改定が行われているという意味であり、それは行き場のない介護難民を多数生むという意味でもあって、これはもう政治問題といえるのではないだろうか。

このことが総選挙の争点として、クローズアップされないのは、やはり介護業界の発信力のなさという自己責任に帰していくのかもしれない。

日総研出版社主催・「介護の誇り」出版記念セミナー・感覚麻痺・不適切ケアの芽を摘む!〜介護保険施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策の詳細と申し込みはこちらからダウンロードしてください。
介護の誇り出版記念セミナー
介護の誇り出版記念セミナー日程

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・masaの最新著作本「介護の誇り」は、こちらから購入できます。

嵐の中で。


今朝は風の音で目が覚めた。家が揺れるような大風の轟音のせいであるが、その時間にはまだ台風18号は弘前沖ということで、北海道には上陸していなかった。

しかし雨風はすでに尋常ではなく、僕が住む登別市のカルルス地域では、降り始めからの雨量がすでに170ミリを超えており、土砂災害などの心配がある。

今日はごみの日で、ステーションまでごみを投げに(ちなみに北海道ではごみ捨てを、ごみ投げという)行った際に、傘を一本つぶしてしまった。こんな日はカッパではないと無理だと知った。

台風は先ほど桧山沖に上陸したとのことで、今回のコースは、ここ登別もかすっているので、これからますます心配である。

そもそも道民は台風に慣れていない。昨年も連続して2本の台風が直撃したが、それは北海道地図の右側の道東のことであり、函館から日本海沿いの今回のコースではなかった。この地域の人だと台風の進路上にいた経験がない人も多いので、これからがちょっと心配である。

今日は道内の空と海と陸のすべての交通手段も欠航や運休が相次いでおり、3連休を道内で過ごして、帰ろうとしていた観光客の皆さんは大変だろう。明日の仕事をキャンセルしなければならない人も大勢いると思う。

逆に今日が祝日ということで、JRが止まっていても、通勤の足を直撃して大混乱という状況ではないことが、せめてものことである。そうはいっても、今日も働いている人にとっては、大変な状況だろう。

今現在の登別市は、雨風が弱まり小康状態である。これから再び雨風が強くなるのか、このまま収まるのかよくわからないが、予報では雨風のピークは、これから夕方にかけてということだから、引き続き警戒が必要だ。そのため僕は今日一日、家にこもって講演スライドづくりに専念する予定だ。一歩も外に出ないでおこうと思う。

こんなふうに嵐の祝日であるが、日本の状況も嵐の中にいるようだ。いつ上空をミサイルが飛んでいくかわからないという緊迫する国際情勢の中、衆議院が突然解散されるという。

民進党の敵失と、有力野党政党の準備不足の中、与党の勝利を見越して一気に解散にもっていこうというのだろうが、そこに大義はあるのか?選挙で国民に審判をあおぐべき争点とは何なのか?

それがあるとすれば、この時期、来年の診療報酬と介護報酬のダブル改定に向けた議論が進む中で、制度改正も含めた問題が大きな争点になって良いのではないのか?

超高齢社会が進行する中で、必要とされる介護の担い手がいなくなりつつある。このことは国民の健康と福祉に直結する大問題であると思うのだが、そのことが争点になる気配は今のところない。

このことを選挙の争点にできないのは、政治家の問題ではなく、我々業界関係者の問題ともいえるのかもしれない。介護事業に関わる人々の、発信力不足がその原因かもしれないという意味である。

そのことを猛省しながら、世の人々に今何が必要かを問う活動の重要性を改めてアピールしたいと思う。そういう意味では、このブログを書き続けるという意味も、少しはあるのかもしれない。

それにしても僕らが投票すべき価値のある候補者はいるのだろうか?それが最大の問題であるが、我々の思いを実現する候補者を見つけて1票を投じたい。棄権は物申さぬという意味になるので、くれぐれもそうしないようにしたいものだ。

日総研出版社主催・「介護の誇り」出版記念セミナー・感覚麻痺・不適切ケアの芽を摘む!〜介護保険施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策の詳細と申し込みはこちらからダウンロードしてください。
介護の誇り出版記念セミナー
介護の誇り出版記念セミナー日程

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・masaの最新著作本「介護の誇り」は、こちらから購入できます。

新聞の役割り、ペンの用い方


今朝、宅配された朝刊を見てふと気づいたことがある。お盆の売り出しなどの宣伝が一段落したためか、広告チラシが1枚も入っておらず、朝刊のみで届けられている。

これは珍しいことだ。いつもなら数種類の折り込みチラシが必ず入っている。

インターネットニュースの普及などで、最近の若者などは、新聞離れが進んでいて、一人暮らしの人がわざわざ新聞をとることもなくなってきつつある。それでも新聞に折り込まれているチラシの情報が必要だとして、新聞を定期購入する人もいると聞く。特に新聞の折り込みチラシは、ネット情報にはない近直の地域店舗情報であるために、決してなくならないニーズだと思う。

そんな折り込みチラシが1枚も入っていない新聞は、僕の目にはやけに寂しげでか細く映る。

さて一方、新聞記事はどうだろう。今朝の朝刊記事では世界選手権の400mリレーで、日本が銅メダルに輝いたという記事が1面に踊っているが、同じ報道記事はネット上では昨日朝に速報されているものだ。

また全米プロゴルフ選手権で、松山選手がメジャー初制覇を逃したことは、今朝のネットニュースで盛んに報道されているが、新聞にはそのことは1行たりとも載っていない。

そういう意味では、速報性で新聞はインターネットにかなわないことははっきりしている。

そうであれば読者としては、宅配してくれるとは言っても、わざわざお金を払って、新聞を定期購読する必要はないと考える人は増えるだろうか。しかし今現在、僕のように新聞を定期購読している人の中には、ネットを使いこなしている人も含まれるはずだ。それらの人は、新聞報道と、ネット上の報道をどう差別化してみているのだろうか。

僕自身はあまり意識したことはないが、ネット報道の場合は、あくまで自分が興味あることを目にした部分を、クリックして追いかけて、そのことの情報を得るということに終わっているような気がする。

一方、新聞からは、自分が興味ある情報のみならず、様々な情報を知らず知らずのうちに得る結果につながっているように思う。自ら調べようとしてつなげなくても、そこに活字として存在しているニュースを、何気なく見てしまうというのが、アナログの紙面の特徴のような気がする。

例えば今朝の北海道新聞は、終戦の1月前の昭和20年7月14日、15日に、米軍による北海道空襲が行われて多大な犠牲者が出たことについて書かれており、記録には残されていない犠牲者についての記事が掲載されている。こうした記事は、紙面に乗せられているからこそ目にすることができるもので、よほどそのことに興味のある人ではない限り、ネットで調べてたどり着くような種類の記事ではないだろうし、ネットサーフィンの途中でたまたま目にするという可能性も極めて低い記事だろうと思う。

しかしこの史実は、道民として知っておくべきものだし、この記事を目にして初めて、終戦からわずか月前に北海道各地が米軍の攻撃を受け、記録に残っていない数多くの犠牲者が出たことを知った人も多いのではないだろうか。そのことはとても意義のあることだと思う。

そもそも新聞とは本来、その国の英知を代表する言論媒体であるはずだ。新聞記者の方々は、そのことに使命感と誇りをもってほしい。

国家や政治家におもねるような記事を書いたり、言論操作を目的とした記事を書くなど、記者の風上にも置けない筆の使い方に恥を感じてほしい。矜持をもってペンを用いてほしい。

介護関連の報道記事も、国の発表をうのみにして、介護サービスの場の感覚とかけ離れた内容となっている記事も多い。偏向データでゆがめられた情報を、そのまま記事にしている安易な姿勢も見られる。

専門家の意見を多角的、多方面から聞いて、裏をとって記事にするという姿勢は常に必要なはずだ。

単に世の中を流行を追うのではなく、この国の英知を代表する言論機関・言論媒体としての新聞の役割を忘れないでほしい。

そういう意味では、イデオロギーの違いを攻撃しあう新聞社間の喧嘩に終始する姿勢もどうかとは思う。


新刊「介護の誇り」出版記念セミナー・感覚麻痺・不適切ケアの芽を摘む!〜介護保険施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策の詳細と申し込みはこちらからダウンロードしてください。
※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・masaの最新著作本「介護の誇り」は、こちらから購入できます。
・「介護の詩・明日へつなぐ言葉」送料無料のインターネットでのお申し込みはこちらからお願いします。
・「人を語らずして介護を語るな 全3シリーズ」の楽天ブックスからの購入はこちらから。(送料無料です。

受動喫煙防止の原案〜個室は規制対象外。


2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、厚生労働省は1日、医療施設の「敷地内禁煙」などを盛り込んだ受動喫煙防止のための強化策の原案をまとめた。

それによると老人福祉施設は「屋内禁煙」とし、建物内の喫煙室の設置も認められないが、一人部屋(個室)については、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)といった施設の種類を問わず、規制の対象外とされている。

この問題は、『国民だけに痛みを求める政治は貧しい』でも取り上げたが、職員は仕事中に全面禁煙としても良いだろうが、利用者については喫煙者の権利も認め「分煙」として、喫煙場所を別に設けることでよいのではないか。受動喫煙の問題もそれで解決する。

しかし、建物内の喫煙室の設置も認めないとされた今回の決定で、多床室しかない特養等は、建物内で喫煙できないことになる。個室・ユニット型の特養なら、全室で喫煙可能なのに、従来型施設であれば、個室利用の方しか喫煙できないということになる。それとも多床室を利用している人は、喫煙するときだけ他の誰かが利用している個室で喫煙させてもらうというのだろうか。

この原案がそのままルールになると、現在喫煙コーナーを設けている個室のある介護施設は、その場所での喫煙も禁止され、個室で喫煙してもらうことになるんだろうか。きちんと分煙され、安全に喫煙が行われている施設では、今後、個室内での喫煙となることによって、火の取り扱いなどの見守り対応などの職員の手間は、喫煙室がなくなる分、今以上にかかることになる。それも何かおかしな話のような気がしてしょうがない。

そのことを考えると、「建物内の喫煙室の設置も認められない」という原則は、少なくとも居住系施設にはそぐわない原則ではないのだろうか。

喫煙される習慣のある方にとっては納得できないのではないか。

これが公民館などの一時的な利用施設なら、その方針も理解できるが、暮らしの場である高齢者施設の場合、利用者の喫煙機会を実質的に奪いかねないが、喫煙という行為は、そういう風に奪われても良い行為なのだろうか。非喫煙者である僕が考えても、それは行き過ぎた考え方のような気がする。どうして建物内の喫煙室の設置も認められないのだろう。分煙で十分じゃないか・・・。

何度の言うが、僕は非喫煙者だ。だから自分のことを考えて禁煙より分煙と主張しているわけではない。また喫煙者の4割、非喫煙者の9割以上が、受動喫煙に不快感を抱いていることも知っているし、僕自身も他人の吐き出す煙草の煙で、衣類に煙草臭がついたり、食べ物の味が分からなくなったりするのとは迷惑に感じることもある。

だからといって、それらの問題も分煙を徹底すれば解決する問題だ問い思え、高齢者の住まいにまで禁煙ルールを押し付けるのはどうかと思う。

そもそも特養で煙草を吸っている人は、その習慣を何十年も続けている人だ。それらに人たちが、国が新しいルールを定めたからといって、自分の居住スペースでは禁煙を強いられることに納得するだろうか。

納得しないといっても、今後は各施設の鬼のような厳しい管理者や相談員から、煙草を取り上げられるのかもしれない。少しかわいそうに思う。

というのも僕には、亡くなった父と母の喫煙に関する思い出があるからだ。

父は急死する数年前の数ケ月、医療機関に入院していた期間があった。当然入院中は喫煙禁止であり、入院患者であるから喫煙コーナーを利用することもできない。しかし当時、父の唯一の楽しみは、一服の煙草を吸うということだったので、付き添っていた母は、散歩と称して外に連れ出し、内緒で煙草を吸わせていた。

そのときの父は、本当においしそうに煙草を吸っていたそうである。その父も母も、すでにこの世に居ないが、そのことは僕の思い出として記憶されており、ほほえましく思える記憶になっている。

もしかしたら、そんなふうまでして父に煙草を吸わせなければ、父の寿命は数年延びた可能性があるのかもしれない。しかしそんなことにどんな意味があるのだろう。父はそのとき、母親に煙草を吸わせてもらったことを間違いなく感謝し、喜んでいることだろうと思う。それは父の人生にとって、意味深いことであったとさえ言ってよいと思う。

そんなことを考えると、今回国が一律の基準で、多床室の居住系施設利用者の、喫煙機会を奪うような施策は、あまりに乱暴すぎると思うのである。

看取り介護セミナー
日総研出版社主催・看取り介護セミナーのお申込みは、こちらからダウンロードしてください

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

介護の詩・明日へつなぐ言葉」送料無料のインターネットでのお申し込みはこちらからお願いします。
人を語らずして介護を語るな 全3シリーズ」の楽天ブックスからの購入はこちらから。(送料無料です。

国民だけに痛みを求める政治は貧しい


昨年10月、厚生労働省は受動喫煙の具体的な強化策のたたき台を明らかにした。

それによると高齢者が利用する施設や居住系サービスなどは、原則として建物の中はすべて禁煙にする構想が描かれており、違反を繰り返す場合には、建物の管理者や喫煙した本人に罰則を科す可能性も指摘している。

さらに塩崎厚労相は東京五輪に向け、10/14の会見で、「WHO(世界保健機関)によると日本の対策は世界最低レベル。日本は『スモークフリー社会』への歴史的な一歩を踏み出さなければいけない」と意欲をみせた。
 
これにより今後、特養等の介護施設の全面禁煙も議論の遡上に昇り、実現化が図られていく可能性がある。そのことは求められる方向性なのだろうか。

僕は非喫煙者であるから、受動喫煙対策強化には大いに賛成である(参照:私は、コレデ!!煙草をやめました。)。しかし特養という生活施設を全面禁煙にすることには疑問を抱かざるを得ない。

特養等の介護施設は、公費で運営され不特定多数の人が住む公共の場であるという性格を持つ。そのためにより高い公衆道徳が求められる場であるともいえる。そのことは十分理解できる。しかしそこには、個人の生活空間も存在しており、そこでは利用者の権利やプライバシーが最大限護られなければならないことは言うまでもない。

しかも特養は要介護高齢者の一時的な滞在場所ではなく、終生施設という性格を持つ。そうであるがゆえに、そこで全面的に禁止される行為があるとすれば、それは生涯取り上げられる行為ということになる。喫煙という行為が、そのような形で取り上げられて、一生涯許されない行為といえるのだろうか。

我が国では。喫煙者の権利が護られるのみで、非喫煙者の権利がおざなりにされる傾向が強いという批判があることも承知している。喫煙という行為が健康被害につながり、禁煙することで健康悪化を防ぐことができるとしたら、結果的にそのことは本人の利益につながるという考え方もあるだろう。だからといってそれを強制できるわけでもあるまい。
  
これから特養に入所してくる団塊の世代の人々は、愛煙家の多い世代である。それは単にニコチン中毒であると切り捨ててよいものではなく、その人たちが生きてきた時代背景が煙草を友とする習慣を作り上げてきたともいえ、高齢期まで続いてきた生活習慣を強制的に取り上げてよいとは思わない。

人に迷惑をかけないのであれば、喫煙というささやかな楽しみまで奪う必要はないのではないだろうか。

だとすれば、そこに一時的にしか滞在しない職員は仕事中に全面禁煙としても良いだろうが、利用者については喫煙者の権利も認め「分煙」として、喫煙場所を別に設けることでよいのではないか。受動喫煙の問題もそれで解決するだろう。

もともと分煙という考え方があるにもかかわらず、いきなりの全面禁煙という考え方になぜ至るのだろう。そこに住まう人々の嗜好は一顧だにされない理由は何だろうか。

僕がこの業界に就職した当時、特養には今より若くて元気な高齢者も多かったが、飲酒を禁止している特養が多かった。当時はまだ水洗化されていない施設もあったが、そういう施設では汲み取り式の便槽に酒瓶やビールの空き缶が大量に捨ててあったという話も聞いた。つまり飲酒を禁止された人が、便所で隠れて飲酒していたのである。そんな悲しい場面を作り出す制限が必要だろうか?

高齢期まで続いてきた趣味、嗜好、生活習慣は、お上の一言で取り上げてよいものではないのではないだろうか。健康に悪いからという理由があっても、個人の嗜好を国が奪う権利はないはずだ。

それにしても、この国の政治家にしても官僚にしても、国民に対し痛みと我慢は簡単に求めてくるが、自らが血を流すことは少ない。「先ず隗より始めよ」という精神は存在しないのだろうか。

介護施設を全面禁煙にして、利用者の喫煙機会を奪う前に、議員宿舎や厚労省の官舎の全面禁煙を実施し、永田町と霞が関の国の施設をすべて全面禁煙にしろよと言いたい。

※もう一つのブログ「masaの血と骨と肉」、毎朝就業前に更新しています。お暇なときに覗きに来て下さい。※グルメブログランキングの文字を「プチ」っと押していただければありがたいです。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

介護の詩・明日へつなぐ言葉」送料無料のインターネットでのお申し込みはこちらからお願いします。
人を語らずして介護を語るな 全3シリーズ」の楽天ブックスからの購入はこちらから。(送料無料です。
新刊出版のご案内
きみの介護に根拠はあるか
新刊「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは(2021年10月10日発売)のamazonからの取り寄せはこちらをクリックしてください。
masaの講演案内
当ブログ管理人masaの講演予定は、こちらからご覧下さい。講演依頼もこのページからできます。
Weekuly Access

    記事検索
    Blog Search
    Google
    WWW を検索
    このブログ内を検索
    ↑こちらにキーワードを入れて過去のブログ内記事を検索できます。
    masa's book 6
    表紙画像(小)
    新刊「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から(2019年1月20日発売)のネットからの購入はこちらをクリックしてください。送料無料です。
    masa's book 5
    新刊介護の誇り
    「介護の誇り」はこちらから購入できます。
    masa's book 4
    介護の詩(うた)  「介護の詩(うた)」はこちらから購入できます。
    masa's book 3
    人を語らずして介護を語るなTHE FINAL 誰かの赤い花になるために  感動の完結編。 「人を語らずして介護を語るな THE FINAL 誰かの赤い花になるために」。 はこちらから購入できます。
    masa's book 1
    表紙カバー、帯付き
    書籍化第1弾「人を語らずして介護を語るな〜書籍masaの介護福祉情報裏板」 はこちらから購入できます。
    Facebook
    masaのフェイスブックはこちらからアクセスしてください。
    Recent Comments
    Archives
    Categories
    Access Counter
    • 今日:
    • 昨日:
    • 累計:

    QRコード
    QRコード