masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

ケアマネジメント

利権化した主任ケアマネ研修の実態


今日は祝日である。そのため仕事が休みの日とも多いと思う。

週末を前にした木曜日の休みで、ほっと一息ついている関係者も多い反面、暦と関係なく働いている人によって、介護の現場は支えられている。祝日とはその人たちに思いを寄せて、感謝の念を新たにする日ではないかと思ったりしている。

現在自由業で暦に縛られていない僕は、毎日休みなのか仕事なのか、よくわからない日を送っている。しかし自由業とは自由に遊んでいては、一銭も稼げないという意味でもある。そうであるがゆえに月曜の夜に岡山から帰ってきた後、来週の金曜日に沖縄に飛ぶまでの間、講演がない時間を利用して自宅で事務仕事をこなす日々であるが、締め切りが迫っている連載原稿が複数あったり、講演スライドづくりに追われて遊んでいる暇がないことに感謝しなければならないだろう。

ところで今日の祝日は春分の日である。1年のうち昼と夜の時間がほぼ同じになって、今日から夏至迄、徐々に昼の時間が長くなるという日である。まさに春を感じる日と言えそうだが、皆さんの周りに春の足音は感じられるだろうか。そういえば長崎からは桜の開花のニュースが聴こえてきた。

登別も今年は春がいつもより早くやってきそうな気がする。既に氷点下となる日はなく、積雪ははるか前からゼロである。今年は桜の開花も早くなるかもしれない。ただし同じ道内でもオホーツクの方は大雪の予報が出ている。札幌も週末から寒の戻りがあり真冬日と雪の予報だ。やはり北海道は広いということだろう。

さて本題。一昨日19日(火)に行われた全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議で厚生労働省は、主任ケアマネジャー法定研修の受講費データを公表している。

それによると2017年度の全国平均額は4万3690円で、前年度(4万2840円)より850円高くなっている。最高は6万2000円の広島県、最低は2万996円の秋田県で、その格差は4万1004円となっている。

この費用とは何だろうか?会場費は公共の建物をほぼお金を掛けないで借りることができるし、資料代だってコピーを取って製本するだけで、印刷代がかかるわけではないからたかが知れている。そんな中で地域によってこれほどの費用負担の差が出るということは、講師に支払う費用に大きく左右されるということではないのだろうか。

しかしこの資格更新研修ほど意味がないものは他にない。ケアマネジメントの質の担保にも全くつながっていない無駄な研修である。(参照:ケアマネ更新研修の時間増加をどう見るか

そんな研修に参加して資格を取ったり資格を更新するために、介護支援専門員は毎回、忙しい仕事を調整して、お金をかけなければならない。費用負担は事業者が負担してくれるとしても、事業者にとってそれはまったく無駄な支出と言える。しかしこんな研修がなくならないのは何故だろう。そもそも日本介護支援専門員協会は、この研修の馬鹿さ加減を全く指摘せず、研修存続に躍起になっている。それは何故か?

主任ケアマネジャー法定研修の講師として、その地域の日本介護支援専門員協会役員が召集されている。つまり主任ケアマネ研修は、同協会の大きな利権になっているということではないのだろうか。

だから主任ケアマネの更新制度に反対の声を挙げなかったし、居宅介護支援事業所の管理者資格を主任ケアマネにするルール変更には、積極的に賛同・協力している。それは会員の利権を守るという意味と、協会役員連中が自らの小遣い稼ぎの場を守るという、極めてせこい意味合いがあるのではないかと疑いたくなる。

そして居宅介護支援事業所の管理者が、「主任ケアマネ」でなければならなくなったことで、今後その資格を取ったり、資格を更新したりする人の数は確実に増える。勉強にもならないから参加を望みもしないのに受講しなければならないケアマネが増えるのである。それは協会員の小遣い稼ぎの額が増えるということをも意味するものだ。それも協会が管理者要件を主任ケアマネとすることに賛同・支持した理由の一つではないかと、うがった見方をしてしまう。

それほど居宅介護支援事業所の管理者資格を主任ケアマネとすることは、現場の意見と異なっているのだ。

しかし協会役員・支部役員等の小遣い稼ぎのために、現場のケアマネジャーは忙しい業務の合間を縫って仕事を調整しながら、自分の小遣いの一部を削って参加費として支払ったり、自分の事業所の収益の一部を削って研修参加費を捻出しているわけである。馬鹿らしいと言ったらありゃしない。

だからそのことを積極的に賛同・指示した張本人である、日本介護支援専門員協会の小原副会長には大きな責任があるということになる。ところが小原副会長は、協会とずぶずぶの関係のマスコミに向けては、インタビューに答えてわけの分からない賛同理由を語ってはいるが、このルール変更に憤っている現場の介護事業経営者やケアマネに向けて、直接説明することを全くしていない。いつまでそのことから逃げ続けるのだろう。

どちらにしてもこんな協会に会費を支払い続けて、理不尽なルールを押し付けられる現場のケアマネジャーはあまりにも可哀そうだ。その馬鹿さ加減に気づいたほうがよい。

日本介護支援専門員協会が推し進める国のひも付き行動に対し、具体的に反対の声を挙げる方法は、日本介護支援専門員協会員にはならない、会員からは脱するという道しかない。

支部会員に加入しても、日本協会に加入する必要性はないんだから、少なくとも日本協会からは脱したほうが賢明な選択だろうと思う。そうしたうえで本当の意味で、「現場の介護支援専門員の声を代表する」新たな組織化に努めればよいと思う。

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憂い怒る介護支援専門員たち


僕の手元に、ある組織の公式文書の写しが届いた。

それは日本介護支援専門員協会の会長名で、各都道府県支部長あてに2月26日付で発出された文書の写しで、「居宅介護支援費の利用者負担導入阻止に向けた活動について 」というタイトルがつけられている。

その冒頭には次のようなお願いが書かれている。
『2018 年5月に都道府県支部長様宛に「居宅介護支援費の利用者負担導入」についてご意見を伺いました。何度か繰り返しのお願いをさせていただきましたが、10 支部より未だ回答がございませんので、再度各支部のお考えを伺いたいと思います。』

10もの支部が10カ月を過ぎようとしているこの時期までに回答を送っていないという現状は、日本介護支援専門員協会に対する信頼性と期待感の低さの表れではないのだろうか。支部がどのような意見を挙げても、日本協会という上部組織は聞く耳持たないし、何も期待できないから、意見募集に応えても意味がないと思われているように想像してしまう。

現状から言えば、居宅介護支援費の自己負担導入の流れは、かなり確実になる方向で進められている。これに日本介護支援専門員協会が反対するのは当然だろう。なぜならこのことは国民のメリットにならないだけではなく、保険給付費の抑制策にもならないし、居宅介護支援事業所にとっては利用者負担費用の徴収業務が増え、滞納金も発生するという2重苦・3重苦が予測される問題だからである。
(参照:居宅介護支援費の自己負担導入にメリットはなにもない

この問題に関して今どき、居宅介護支援費だけが自己負担なしであるということの意味がわからんとか、その理由を説明しろとか言っている馬鹿が多いが、それは単に勉強不足である。

もともと居宅介護支援費が全額保険給付されている理由は、「利用者個々の解決すべき課題、その心身の状況や置かれている環境等に応じて保健・医療・福祉にわたる指定居宅サービス等が、多様なサービス提供主体により総合的かつ効率的に提供されるよう、居宅介護支援を保険給付の対象として位置づけたものであり、その重要性に鑑みたものであり、その計画を現物給付の条件としている以上、利用者にその費用の一部を利用者負担とするのはそぐわないとしていたものである。」と国は説明していた。理由についてははっきりしており、全額給付を推奨していたのは国なのである。それをひっくり返しているだけに過ぎないのが、2021年度に居宅介護支援費に自己負担を導入しようという考え方である。

しかしこの流れは止まりそうにない。水面下では2021年からの自己負担導入が決まってものとしてレールが敷かれ、その方向で進められている。今更、国に対して発言力のないひも付き団体である日本介護支援専門員協会が何を言っても、この流れは変わらないだろう。変わるとしたら夏の参議院選挙で、「事件」といえるほどの予想外の結果がもたらされた場合のみだろう。

ところで今回の文書の末尾には、次のような文言が書かれている。

『日本介護支援専門員協会は、いつも皆様にお伝えしている全員参加型のチー ムとして活動したいと考えております。そのために現時点の状況についてご理解いただければ幸いです。』

何故このようなアナウンス文章をわざわざ入れたのかと考えると、その理由とは、昨年度の報酬改定議論の途中で、日本介護支援専門員協会の小原副会長が国に提出した意見書の内容が、現場の声を全く反映していないとして、会員にすこぶる不評を買っているからではないのだろうか。 事実、全国を旅する僕の耳には、「協会の役員の考え方は理解できない。」とする支部会員の声を数多く聞かされる。なぜその声を現執行部は拾おうとしないのだろうか?

今年1月に書いた「日本介護支援専門員協会はきちんと検証・説明責任を果たしてください」の中でも指摘しているが、小原副会長が中心となって国に挙げた意見書の中で、特定集中事業所減算を存続させる意見や、居宅介護支援事業所の管理者を主任介護支援専門員に限定することに賛成する意見を挙げている。それは現場の介護支援専門員の声とは言えず、少なくとも現執行部が今までとってきた態度は、「全員参加型のチー ム」とはいえず、現場を無視した役員中心のトップダウンのチームでしかない。

そのおかげで特定事業所集中減算は、27年以前のルールに戻した形で、福祉系3サービスに限定して残されるという意味の分からない形になった。このことはケアマネジメントの質を担保するものであると小原会長が存続要望の中で主張しているんだから、もう1年近くたっている時点であるのだから、1日も早く会員に対して、この減算を残したことに対する検証結果を明らかにすべきだ。

小原君、いつまでも逃げているのは卑怯だぞ。

ところで協会の賛同も得て実施された、居宅介護支援事業所の管理者要件を、主任介護支援専門員に限定する配置規準については、2021年度から完全実施されることになる。

日本介護支援専門員協会がこの管理者要件に賛同した過程で、今回の自己負担反対の意見を求めたような支部会員への確認作業は行われたのだろうか。行われたとして多くの会員が、そのことに賛成したという事実はあるのだろうか。僕が聴く限り、現場のケアマネジャーの多くは、この管理者要件の変更に、反対か懐疑的な人が多い。それなのになぜ「全員参加型のチー ム」と自称する協会が、組織を挙げて賛同するかのような意見を公言しているのだろう。

その看板に偽りありということではないのだろうか。そういう意味でこの組織を「悪の組織」と呼ぶのは言い過ぎかもしれないが、少なくとも現役員は2枚舌であるとの誹りは免れない。

それにしても全国で約4万件ある居宅介護支援事業所のうち半数以上の管理者が主任ケアマネ資格がない状態であることを考えると、3年で全事業所の管理者が資格取得することは困難と思われ、廃業もしくは吸収合併を余儀なくされる事業所も出てくるだろう。

そのことは「ひとり親方」の居宅介護支援事業所を嫌う国の意向と一致し、やがてこの基準を橋頭保に、居宅介護支援事業所の大規模化へもっていこうとする国の思惑に沿っており、国にとってそうした形で廃止事業所が出ることは痛くもかゆくもなく、むしろ歓迎されることではある。それに組した日本介護支援専門員協会という組織は、果たしてそれが現場の声と一致し、現場のケアマネを代表した姿勢だということができるだろうか。

つまり日本介護支援専門員協会並びに現役員は、現場の声とか、全員参加のチームとかいうスローガンを掲げながら、実際には会員の声を聴こうともせず、声なき声を拾おうともせず、ただ役員個人の価値観に偏った方向に突っ走ってきただけではないのか。

よってこの組織に寄りかかって何かを変えようとか、何かを実現しようとか考えても、それは無理というものだ。そんな幻想に寄りかかって収めている会費とは、無駄金・死に金でしかない。

そんなことに気づき始めている人がいる。組織を変えようと頑張ったけど、その努力が無駄と分かった人は、新しい道を探している。その過程でこの組織に会費を支払い続けることは、無駄であるだけではなく有害であることに気が付いた人もいる。

国の補助金でかろうじて死を免れた組織は、一生国のひも付き組織の域をせず、しかしその組織が一定の規模の会員を組織している限り、介護給付費分科会には組織の役員を、「介護支援専門員の利益代表」という形で参加させ、そこで国の出した文書なり意見なりに従わせれば、日本の大多数の介護支援専門員の賛同を得られたというアリバイ作りになるわけである。国が勝手に決めたことにはならないという理屈がそこで作られるわけである。

それは本当にこの国や、この国の社会福祉制度の向かうべき方向といえるのだろうか。実際にはケアマネジメントの方向も、真の国民福祉の向上とは異なるものかもしれないが、会費を支払う会員が多い限り、それは是とされるわけである。そうならないような行動をとろうとしている人が出始めた。

その行動に是非期待したいものだ。その行動を支援したいと思う。

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自立支援介護という名の欺瞞


今週末は大分市での講演予定が入っている。大分県内では今までも大分市や日田市で講演を行なっているが、大分空港を利用したことはいまだかつてない。

その理由は新千歳空港から大分空港までの直行便がないためである。そのため大分県内で講演を行なう場合は、直行便がある福岡空港に飛んで、そこから講演場所への移動手段を考えることになる。大分市へ移動する場合は、博多駅に移動しそこからソニックで現地入りする。そうすると新千歳空港を11時に経って、大分駅には16時30分頃に到着できる。だがこの時間では講演当日の移動では間に合わないために、金曜日に大分市に入り土曜日に講演を行ない、日曜日に北海道に戻るという2泊3日の旅となる。

このように3日間の滞在の中日だけに講演がある旅というのは、講演以外の時間帯にも余裕があるので、体にも心にも優しい旅である。だがその旅とは、あくまで講演という仕事がメインの旅であることをしっかり心して気を引き締めなければならない。特に受講者の方々は週末の土曜日という貴重な時間を使って講演を聴いてくださるので、その時間を無駄にしないように、有益な情報を伝えられるようにしっかりと準備したいと思っている。

今回の大分市での講演主催者は、「個別ケア研究会」という組織であり、そこは介護事業者が複数集まって県の補助金を委託されて自己学習する組織だそうである。今週末の講演はオープンなので、個別ケア研究会さんが呼び掛けて、大分市内の介護支援専門員や介護従事者の方々が集まる予定と聞いている。

その研修のために依頼を受けた講演テーマは、『揺らぐ介護理念〜介護とは何か?』である。

事務局担当者の方からは、『大分県は、自立支援型という言葉で介護現場へ指導が行われて数年が経ちます。また今回の介護保険改正においても、要介護度の改善に重きを置かれその期待に応えようとする介護現場も増えつつあります。福祉実践の積み上げである私たちの仕事と、今行政から求められるコトのズレは介護職と介護支援専門員の専門性を揺らすものでもあります。大分モデルの中心だからこそ、今一度「介護とは何か?」という問いを参加者と共に見つめ直す場にしたいと企画しました。』とコメントをいただいてる。

そうした考えを受けて僕が考えたこととは、「自立支援とは何ぞや」ということを改めて問題提起する必要があるだろうということである。そのうえで介護支援専門員に求められる役割を論ずる必要がある。

そのためには現在までの制度改正や報酬改定がどういう方向性を持って行われているのかを確認しながら、今後の介護保険の流れを読む必要がある。それにより被保険者や介護現場にどんな影響があるのかを考察しなければならない。

具体的に言えば、今年度の報酬改定と近直の制度改正の意味を解説しながら、次期改正で導入が見込まれている自立支援介護とは何かということとともに、それをどう考えるかを、人の暮らしの支援という方向と並べて論じ、ケアプランやケアマネジメントの在り方について問題提起したいと思っている。そこでは本来求められる介護支援の在り方をも同時に示す予定である。

厚労省は2021年の報酬改定に向けて、自立支援介護を推進するために、食事や排せつの状況、就寝や起床の介助など200項目以上にわたるデータを収集する予定である。それは介護事業者が実施したサービスの種類や頻度、どのような効果が得られたかなどのデータであるとしている。

そしてそのデータに基づいて効果を分析したうえで、2021年の報酬改定では、裏付けが取れたサービスの報酬を手厚くするという。それに先駆けて、効果が高い介護サービスについては、厚労省がガイドライン(指針)にまとめ、手法や手順などを具体的に紹介し、全国の介護サービス事業者にも採用を促す予定であるとしている。

しかしそれはある意味、介護の手法を厚労省の掌の中に取り込もうとするものである。厚労省が決めた方法論からはみ出してサービス提供して、余計なお金を掛けることを許さない手法である。

それは「自立支援介護」という耳障りの良い言葉で、国民や介護事業者の反発をできるだけ抑えて、国民の気づかないところで給付抑制を進める手法ともいえる。

それは介護事業者が実際に行っているサービスデータに基づいて、科学的根拠を持って導き出す手法だというが、「統計操作」・「不正統計」がお家芸であることが明らかになった厚労省のデータ分析に、どれほどの信頼性が持てるというのだろう。

介護支援専門員をはじめとした関係者の皆様に考えてほしいことは、自立支援という言葉に踊らされて、本当に必要な「自律支援」を失っていないだろうかということだ。

もともと介護支援とは、「共立」の考えに基づいて存在するものだ。そこでは自立の概念が問題とされなければならず、自立とはなんでも自力でできることではなく、自分で決めて人に頼ることも含まれる概念であるはずだ。そのことは介護保険法にもしっかりと、「その有する能力に応じた」という一文を冠づける形で示されている。そしてその能力とは、まさにケアマネジメントによってしか導き出すことができないものだ。

しかし国や県や市町村が主導する自立支援とは、その能力を無視し、それを測るアセスメントもすっ飛ばして、一定の型枠に人間の暮らしをはめ込むものでしかない。自立支援を唯一の価値とする人は、人の助力を余計なもの・悪と考えるのだろうか?

そこでは「介護保険からの卒業」などという馬鹿げたスローガンが高らかに叫ばれている。そのスローガンを何の疑問もなく受け入れる介護支援専門員には、ソーシャルワーカーとしての矜持は存在するのだろうか。行政の腐れスローガンに踊らされて、介護保険サービスを使わなくさせることが自立だと思っている輩には、「恥を知れ」と言いたくなる。

他からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動することを自律という。それは人に頼る、委ねるという選択権を持つことを意味し、人間が支えあう社会とは、共立する社会であることをも意味する。

人の暮らしを考えたときに、自立支援より自律支援が求められる時期が確かにあるのだ。

そもそも介護保険制度とは、介護を社会化し、障害を持つ人やその家族だけが頑張り続けなくてよい社会を創ろうという趣旨で創設されたものではないか。そのことを理解しない介護支援専門員や、行政のデータに踊らされる関係者によって、自立の概念は大きく歪められていくのである。

それによってまさに介護理念は揺らいでいくのである。そうならないために何が求められるかを、週末の大分市で議論する機会を得たいと思う。3月9日(土)は、コンパルホール(大分県大分市)で13:30〜3時間にわたってそのような話をする予定だ。参加希望者でまだお申し込みをされていない方は、是非お問い合わせいただきたい。

それでは大分市でお会いする皆さん、当日はよろしくお願いします。会場で愛ましょう。

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日本介護支援専門員協会はきちんと検証・説明責任を果たしてください


昨年4月の介護報酬改定から10カ月が過ぎようとしている今、そろそろその影響と結果が見えてきつつある部分がある。そこには早速検証が必要になる問題も存在するように思う。

例えば一定回数以上の生活援助中心型サービスを組み込んだ居宅サービス計画について、市町村に届け出義務が課せられたルールの検証も必要だ。

このルールは、財務省の調査資料(2017年6月公表)で、生活援助の利用は全国平均で月9回程度なのに「中には月100回を超えて利用」する例があるとして、最多で月101回の利用例がある北海道標茶町直営の居宅介護支援事業所の主任ケアマネジャー(精神保健福祉士)の居宅サービス計画がやり玉に挙がって、それをきっかけとして新設されたルールである。

しかし標茶町の当該計画は、精神疾患を持つ要介護3の女性の計画で、体調を崩して入院した後、精神状態が不安定になったために、「どうしたら落ち着いて生活できるか」として、担当者会議を開きケアプラン再作成した結果、昼と夕方の間にヘルパー訪問を増やし、より細かな見守りをしていくことになり回数が増えたもので、のちに町の検証でも適切な計画であったと認められている。つまり当該計画は、糾弾すべきプランではなく模範とすべきプランであると判明しているのである。

そういう意味では、市町村へ届け出義務が新たに課せられた居宅サービス計画も、正当な理由をきちんと説明して適性と認められれば良いだけだと言えるわけであるが、介護支援専門員にとっては、いちいちそのプランを理由を添えて市町村に提出する手間と、場合によっては地域ケア会議等に呼ばれて、計画の正当性を説明する手間が増えているわけである。なおかつ市町村によっては、正当な理由を一切認めず、一定回数以上の生活援助を組み込んだ計画を不適切と決めつけて、計画担当ケアマネジャーを糾弾するという、「介護支援専門員の公開処刑」と揶揄される状態も見られる。

このような状態を許しておいて良いわけがない。

しかしそもそもこのルールは、日本介護支援専門員協会が、意見書の中で、「特定のサービスの頻回な利用については、国民健康保険団体連合会のデータを活用する等、焦点化したケアプランチェックや地域ケア個別会議等による検討をお願いしたい。 」と、積極的に届け出をしてチェックを受けるように求めたものである。

このことに関連して同協会の小原副会長は、2017年12月14日07時00分に発信された、シルバー新報のインタビューに答えて、「一定以上の頻回なサービス利用などについては、地域ケア会議などの場でプランがチェックされる仕組みも必要だろう。」と語っている。

しかしこの考え方はおかしい。そもそも適正な計画のために存在しているのが、ケアマネジメントという援助技術であり、市町村のチェックがないと計画の正当性が示されないという論理は、ケアマネジメントの否定の論理でしかない。介護支援専門員の職能団体ともあろう協会が、そのような論理展開を行うことはあってはならない。そのようなことに考えが及ばないこの団体の執行部は、頭脳としての役割を果たしていないといえる。ケアマネジャーの資質云々を問う前に、日本介護支援専門員協会執行部の、役員としての資質を問えと言いたい。

そもそもこのチェックの導入とは果たして介護専門員の、「現場の声」を代表しているのか?大いに疑問である。

また、昨年の報酬改定に先駆けた議論の中では、特定事業所集中減算についても同協会は、その廃止にブレーキをかける結果をもたらした。

この減算については、会計検査院が疑問を呈し、「公正中立を確保するうえで、集中減算は有効な施策ではない」と指摘し、2016年3月に同院が国会へ提出した報告書では、「一部の事業所では減算が適用されないように集中割合の調整を行うなど、公正中立を推進する合理的な施策といえず、むしろ弊害を生じさせる要因となっている」とまとめた。これを受け同年5月の参議院決算委員会で、「ケアマネジメントの公正中立の確保に向け、現行施策の抜本的見直しも含め、そのあり方を十分に検討すべき」との決議がなされ、集中減算の廃止が検討された。

しかしこの流れを変えたのも日本介護支援専門員協会であった。前掲のインタビューで小原副会長は、「当協会では医師の関与や多職種協働が担保されている場合は対象から除外することを求めている。まずは利用までのプロセスに必ず主治医が関わる医療系サービスは対象から外すべきだと考える。」と述べ、同減算の全面廃止に反対し、福祉系サービスの減算継続を求め、前掲の意見書にもそのことを記している。

まったくもって意味のない減算を残したものであるとしか評価できない。この減算を残したことでケアマネジメントの質の担保が図られているのか。改訂から半年たった今、同協会は改めてそのことを検証・評価する必要がある。

また日本介護支援専門員協会の意見書では、居宅介護支援事業所の管理者要件について、「管理者を主任介護支援専門員とすべきと考える」としている。

その理由は、主任ケアマネになるためには、その前にケアマネ実務5年が必要とされて、その経験が質の担保になると小原副会長は論じている。

馬鹿も休み休み言えと言いたい。経験が質につながるなんてことがないことは、過去の様々なケースや、現状のケアマネジメントの実態が証明している。例えば、「訴訟概要・日本初のケアプラン作成義務についての判例1」で示した裁判で、ケアプランを作成していないという致命的な問題で敗訴したケアマネジャーは、実務経験5年以上の主任ケアマネジャーだぞ。このような例は枚挙にいとまがない。経験と質は比例しないというのは、子供でも分かる論理だ。

しかし日本介護支援専門員協会が加担して決定されたことによって、居宅介護支援事業所の管理者を主任ケアマネとするルールは、2021年度から完全実施(経過措置は3年のみ)されることになる。しかし現在約4万件ある居宅介護支援事業所のうち半数以上の管理者が主任ケアマネ資格なしの状態であり、今後約2年半の間に全事業所の管理者が資格取得することは困難である。

そのため資格者を引き抜こうとする動きも広がって、現在主任ケアマネがいる事業者も安心できない状態が生じかねない。・・・が・・・しかし、そもそもこの資格要件変更は何のためなのか。主任ケアマネがいない事業者は、主任ケアマネがいる大きな事業所に吸収合併されることを見越したものであり、それは即ち居宅介護支援事業所の大規模化への布石ではないのか?

日本介護支援専門員協会はそのことにも加担し、一人親方の居宅介護支援事業所をつぶすことに手を貸しているとしか言いようがない・・・。そのことは2021年までにしっかり検証されねばならない。

その前にケアプラン届け出義務と、特定事業所集中減算の福祉系3サービスの継続適用について、日本介護支援専門員協会は、それを推奨した意見書を書いたという責任があるのだから、それらによってケアマネジメントの質の担保が図られているという証明をしなければならない。

少なくとも協会員に対しては、その評価を明確に示す責任があり、それは同意見書を実質的に仕上げた小原副会長によって行われる必要があるだろう。

ということで小原クン、逃げずにきちんと説明責任を果たしなさい。

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AIによるケアプラン作成を否定する人は、何を恐れているのだろうか。


AI(人工知能)を使ってケアプランを作成しようという試みが行われている。それは主に、「居宅サービス計画」の分野で先行して行われており、既にケアプラン作成ソフトとして実用化されつつあるものも存在する。

今後は、そうしたケアプラン作成ソフトの開発競争が急ピッチで進み、実用化されたソフトが販売されていくだろう。そしてそうしたソフトの導入を図る事業者や、それを使うことを前提に業務を行なおうとするケアマネジャーが確実に増えていくだろう。施設サービス計画の作成にもAIソフトが普通に導入されていくようになると思う。

そのことを否定的に捉える必要はないと思う。ケアプランの作成は、ケアマネジャーの仕事の中核をなすものであるが、それにつながるアセスメントはAIにはできないし、アセスメント情報をソフトに打ち込むのも人の手に寄る必要がある。

ケアプランをAIが作成するといっても、ケアプランの全部をAIソフトだけで作成できるわけではないので、例えば長・短期目標はケアアンネジャーが設定し、それに沿ったサービススケジュールの候補がAIソフトによって示されることになるだけで、ケアプランの最終決定を行うのはケアマネジャーという専門職の手に寄らねばならないのである。その過程でAIの作成したスケジュールに手を加える必要性も判断できるわけである。

要は忙しいケマネジャーの仕事の一部を、AIケアプラン作成ソフトが手助けしてくれ、業務を効率化してくれるだけである。そのことを否定するなにものもない。

医療の現場では既に、画像診断の部分でAIが不可欠になりつつある。人が見逃してしまう画像変化、人によって判断基準にずれが生じかねない微妙な画像判定を、人より正確にAIが行うことができるようになっているのだ。

だからと言ってAIが医者にとって代わることはあり得ない。AIが患者の治療を行うことはできないのである。あくまでそれは医師の医療技術の一部を手助けするものに過ぎず、しかしそれによって治療効果を高めることにつながっていくものだ。

AIを使いこなすというケアマネジャーの考え方一つで、ケアマネジメント技術は高まるし、業務も効率化できるということでしかない。よってAIを導入したケアプラン作成ソフトの開発に、現場のケアマネジャーは積極的に協力すべきであると思う。そうしたソフトを使ったモデル事業にも、ケアマネジャーの職能団体を挙げて協力したって良いと思う。

人工知能がケアプランを作成するのであれば、一定の状態像に対して画一的なプランになるのではないかという心配もされているが、画一的プランの家元は、機械や人工知能ではなく、ケアマネジメントスキルの低いケアマネジャーという人間その人なのだから、その批判は当たらない。

あんたのケアプランより、AIが作ったケアプランの方が、ずっと臨機応変になっていて、利用者にとって有効だよと言われないように、ケアマネ自身のスキルを高める必要があるというものだ。

そもそも画一的なプランといっても、それは一定の状態像に適するサービスの組み合わせが体系化されているのか、そうではなく機械的に画一的にプランニングされて、効果につながらないものになってしまっているのかのどちらかという問題がある。前者ならある一定の状態像に最も適したプランの組み合わせを、人口知能がスタンダード化したという意味にもつながる。

その時に、その体系化されたプランに沿ったサービスが提供できない理由は何かという、新たな課題が見えるかもしれない。それはもしかしたらソーシャルアクションとして、資源開発につなげなけらばならない地域課題といえる可能性もあるわけだ。

そのことを施設サービスに置き換えると、もっとわかりやすくなる。

施設ケアマネジャーが、週に2回しか利用者を入浴させないプランを永遠に作り続け、それに何の問題意識も持ない現状を打破するきっかけが、AIによるケアプランかもしれない。

排泄ケアが必要な人に対する排泄ケアの時間が、全員同じ時時間に画一的に設定されているというおかしさについて、AIがダメ出ししてくれるかもしれない。

チーチーパッパの幼児向けの運動を、リハビリテーションと勘違いしているケアマネジャーに警鐘を鳴らすものが、AIソフトかもしれない。

感覚麻痺はどこから始まるのだろうか(前編・特養編)」・「感覚麻痺はどこから始まるのだろうか(後編・老健編)」で指摘したような、人の尊厳を無視したケアに気づかせてくれるきっかけになるものが、AIによるケアプランであれば、それに越したことはないのである。

AIによるケアプラン作成を否定する人は、いったい何を否定の根拠にしているのだろうか。いったい何を恐れているのだろうか。

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2019年の元旦を寿ぎます


明けましておめでとうございます。2019年の元旦は皆様にとってどのような日になっているでしょう。

全国の天気を見ると、日本海側は雪や雨の地域がありますが、太平洋側は概ね晴れているようです。登別は北海道地図で言えば、左下の沿岸沿い・太平洋側にあるため、晴れの元旦を迎えました。この地域の初日の出スポットは、「室蘭地球岬」という場所ですが、本日は7時3分頃に見事な初日の出がみられました。
地球岬の初日の出
わざわざその時間をめがけて写真を撮ったのかと思われる方がいるかと思いますが、これは知人から送ってもらった画像です。日の出の時間、僕はまだ夢の中でした。

今年の干支は猪で、「猪突猛進」がイメージされ、それをモットーより積極的に前に進もうと意気込んでいる人も多いと思いますが、実は今年の亥年とは、「己亥年」です。干支は十二支ですが、それは甲乙丙など10で構成されており、同じ干支は60年に一度しか巡ってこないのが本当のところです。

そこで「己亥年」の意味ですが、これは前の年の戌が文化繁栄を表すことから、その繁栄を維持するために守りに徹する年とされています。「猪突猛進」の年ではないのですね。

しかし我が国の2019年は、激動の匂いがします。天皇陛下の退位と、新天皇の即位という大きな出来事が控え、それに伴い元号も変わります。政治と経済の状況を見ると、消費税の10%への引き上げと、それに伴う介護報酬と診療報酬の改定、新処遇改善加算の導入などもあります。昨年末に発行したTPP11の影響もじわりじわりと国民生活に出てきそうです。

そうした激動の要素を見越して、それに合わせた変化に知恵を絞っている方も多いのでしょうが、人の暮らしに関わる仕事に就いている人は、今一度己の足元を見つめて、自分が立つべき基盤が揺らいでいないのかを確かめてから、確実な一歩を歩んでほしいと思います。

介護サービスを使う人が怠けている人だと思われては困ります。人に頼って生きていかなければならない人が、自立しようとしない人だと蔑まれては人権尊重の精神は大きく揺らぎます。相模原やまゆり園事件の犯人のような人間を生まないために、人間尊重とは、人権擁護とは何かという基本に立ち返って足元を見つめなおす時間が必要です。この部分については、「猪突猛進」は必要ないのです。

自立支援を目標にすることに異議はありません。しかしこの国のすべての国民が自立を目標に生きていかなければならないのかと考えると、それは少し違うような気がします。

自立支援より自律支援が大事ですし、上手に依存することでより豊かな暮らしが送れる人がいることも忘れてはなりません。

そもそもケアマネジメントとは様々な価値観を融合させる根拠を探し出す手法です。そうであるにもかかわらずアセスメントの前に目的ありきでは困るのです。それはある意味、特定の価値観への誘導であり、それを疑問なく受け入れることは洗脳されることと同じであることに気付いてほしいと思います。

対人援助の基本は、援助する側の価値観に偏らず、援助される人々の多様な価値観に寄り添って、そこに存在するニーズに合致するものは何かという個別性を徹底的に追及するものであるはずです。

答えありきの手法をケアマネジメントと呼ぶのはやめてください。そんなの偽物です。

法令を遵守することは大事ですし、その法令が意に沿わないからと言って、それを護らなくてよいということにはなりません。しかし法令ルールを疑問なく受け入れて、それが唯一絶対の正義だと思い込むことは間違いです。法令ルールも所詮は人の作文です。完璧なものはないし、時代のニーズや、個人の事情にマッチングしないものも多々あります。

法令を護りながらも、そこに存在する瑕疵を直していこうというソーシャルアクションは常に求められるし、法令ルールに沿いながらも、個別の事情やニーズにより近づける運用の手法がないかを探るのがソーシャルワークであり、その1技術がケアマネジメントではないですか。

国の言うがままにすべての人同じ方向を向かせようとするのは、役人の手法であり、対人援助の専門家がそれに手を貸してどうするのです。もっと対人援助の専門家としての矜持と誇りを持ってほしいと思います。

それとネットの住人には、「卑怯者」がうようよしていることを忘れないでください。匿名でしか人を批判できず、面と向かって意見を戦わせる覚悟のない卑怯者の意見など聞く耳さえ持つ必要はないのです。そんなものの発言に心を揺らせたり、気にする必要は一切ないということです。

せっかくの元日ですから、毒を吐くのはこの辺にして、穏やかに収めたいと思います。

この新しい年が、皆様にとって良い年になりますことをお祈りいたします。

今年も全国各地でたくさんの人にお会いすることとなると思います。少しでも介護の業界が良い方向に向かうように心をつなげてまいりましょう。

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国が誘導する「自立支援」に洗脳される先に起こること


平成最期の大晦日となる2018年の最後の日を、このブログ読者の皆様はどのように過ごしているだろう。

読者の方々は介護関係者の方が多いのだから、暦に関係なく働いている人も多いことだろう。そうした皆さんがいるおかげで、この国の様々な人の暮らしが支えられていることに誇りをもっていただきたい。そして今日も働いてくれている人に心より感謝を申し上げたい。

すでに休暇に入って、年末・年始はゆっくり休めるという人もいるだろう。どうか英気を養って年明けの仕事に備えていただきたい。どちらにしてもすべての皆さんにとって来るべき新しい年が良い年になることをお祈りしたい。

我が家は障害者福祉事業者に勤める長男が、一昨日の夜遅くに帰ってきて3日まで実家で過ごすことができるが、北電知内発電所に勤務している二男は、年末年始も出番で、一家3人だけの正月を迎える。

僕は年末に関係なく新年早々に出版予定の本のゲラを校正したり、講演スライドを作成したりして、あっという間に時間が過ぎていく状態だ。今日も朝からPCの前に張り付いて、気が付けばお昼になろうとしている。おなかがすいたので飯でも食おうかと思いつつ、その前に今年最後のブログ記事を書こうかと思い立ち、この記事の更新に取り掛かったというわけである。

ところで仕事に関する連絡は時期に関係なく入ってきており、昨日も来年予定している講演のテーマが決まったという連絡が入った。その講演とは、31年3月9日(土)13:30〜16:30にコンパルホール(大分県大分市)で行われる、「個別ケア研究会主催講演会」での講演である。

そこで3時間お話しするテーマは、『揺らぐ介護理念 〜介護とは何か?〜』に決まった。受講対象者の中心は介護支援専門員となる。

大分県といえば、和光市と並んで国がモデルとする「自立支援介護」のメッカでもある。その自立支援介護のおひざ元で、このテーマで話をすることになる・・・。

そこでは今後の介護保険の流れと、それにより起ること、想定される利用者と介護現場への影響等について解説することになるだろう。

2021年の報酬改定では、自立支援介護という方向で、新しい加算が各種サービスに新設されることになる。居宅介護支援におけるケアマネジメントの方向性も、国が言うとことの「自立支援」にシフトする方向に誘導される。今年度に導入された生活援助中心型サービスの一定数以上のケアプランの届け出義務はその序章である。

大分県はその流れに沿った方向で介護支援専門員などを指導しており、国の推奨する自立支援介護の先進地というわけである。そうであれば当日の講演内容とは、大分県が進めている自立支援介護とは、本当に大分県の人々の暮らしを護ることができるのかを問い直すものにならざるを得ない。

後期高齢者で、身の回りはなんとか自分で出来ている方であっても、家事能力が衰えることが生活障害となって独居が難しくなる方がいる。このとき家事能力の衰えを防ぐという発想のみでケアサービスを提供しても何の課題解決に結びつかないケースがある。自立支援という価値観だけでは解決しない問題もあるのだ。

できることを続けながら、できないことは誰かに頼って、暮らしの質を担保するという視点がないと、毎日頑張ってつらい思いを日常だと勘違いしなければ生きていけなくなる人がいる。

そもそも出来る能力に着目してサービスを結びつけようと発想が、出来ないことはだめなことだというという発想になっては困るのだ。生活課題はしっかり捉え、それに対するアセスメントをすることはネガティブではない。

出来ないものは出来なくて良い。出来ることをどのように生活の質に繋げていくかというのが自立支援ではないか。ここは頑張るけど、ここは助けてもらいましょうという発想がないと高齢者の暮らしは、ひどく辛いものになるだろう。それは長寿を苦行に変える行いでしかない。

そのような考え方を大分県の介護支援専門員さんなどが集まる場所で話してよいのかを考えながら、講演の構想を練っている。国の考え方に全面的に迎合する話はできないから、大分県の指導の方向性ともガチンコでぶつかるかもしれないとも考えている。

特に和光市で「介護保険制度から卒業」させられた人の後追い調査では、その1割の方が自費で、更新認定前と同じ介護サービスを利用しているとされる調査結果も示されている。そうであれば自立支援の結果として、要介護更新認定の結果が「非該当」とされて、介護保険サービスを使わなくてよいとされた「卒業生」の一部は、そのことを快く思っていないという意味である。介護保険からの卒業という名の下で、保険給付サービスが利用できなくなったことは、「本意」ではないということである。

それって自立支援ではなく、給付抑制ではないのか?そんな行為に介護支援専門員という有資格者が何の疑問もなく加担してよいのだろうか。

障害があり、生活の一部に支援が必要な人が望み、目指すものは何なのか。その人たちがすべて自立を支援されなければならないのかを考えたとき、問題提起のために下記のようなスライドを作ってみた。
3/9大分県個別ケア研究会主催講演会
このスライドを通じて僕が訴えることは何かということは、当日の講演のお楽しみとさせていただきたい。

この講演は資料代として参加料が500円必要になるが、どなたも参加できるオープン講演であるそうだ。講演案内は年明けの1月下旬になるそうであるが、正式にアナウンスされたときに、表の掲示板などで案内させていただこうと思う。お近くの方は是非会場までお越しいただきたい。

僕は今日これからゲラ校正の最終作業にかかって、できれば今日中に作業を終えたいと思っている。そのあと明日の元旦のうちに講演スライドを一本仕上げ、2日と3日は仕事をせず、朝から箱根駅伝を見ながら酒を飲みたい。そして4日と5日に残っている講演スライド2本を仕上げ、6日と7日で連載原稿を書く予定だ。今日が勝負である。

それでは読者の皆様、今年もお世話になりました。僕の勝手で乱暴なブログ記事を読んでいただき感謝です。でも来年も読者のためではなく、自分のためだけにここに思いを書き続ける予定です。勿論新年の最初の記事は、明日の元旦に書く予定です。

それでは皆さん、良いお年を迎えてください。皆さんにとって来るべき新年が幸多い年であるように祈っております。

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ケアマネ大削減元年の合格者の皆様へ


昨日の記事で紹介したように、僕は今、香川県高松市に滞在し、今日は朝からホテルパールガーデンで開催されている、「香川県老人福祉施設協議会研究大会」で講師と助言者を務めている。

午前中は2時間、「介護の誇り〜プロとしての意識改革〜」というテーマで話させていただいた。おかげさまで会場を埋めた230人を超える受講者の皆様の反応もよく、気持ちの良い状態で昼休みに入ることができた。

午後からは16:00まで分科会の助言者を務める予定だが、その前後に僕の著作本の販売とサイン会もさせていただく予定になっている。

この記事はお昼ご飯を食べながら書いている。そのためあわただしい中での記事更新で、深い考察記事は書けないため、ケアマネ試験に関する結果と、ケアマネジャーを対象にした僕の講演について紹介させていただきたいと思う。

ということで本題。

今年度の介護支援専門員実務研修受講試験に関連して、先週受験者数が1000人を超える17都道府県(全体の61.4%)の結果が公表された。それによると合格者数は3.177人で、合格率は10.5%となっている。この数字は昨年度より10.4ポイントも減っていることを示している。

ちなみに合格基準点は毎年、正答率70%を基準として、問題の難易度によって補正されるが、今年の合格基準点は以下の通りである。
介護支援  13/25点
保健・福祉 22/35点

そもそも今年度の受験者は、昨年度より一気に6割強も少ない37.5%にとどまっており、その中で合格率も低下しているとなると、地域によっては現役のケアマネジャーから勇退する人の数のほうが、ケアマネ実務に新たに就く人の数より大幅に多くなって、地域全体の現役ケアマネジャーの数が減るというところが出てくるだろう。

勿論、受験者が減った理由は介護支援専門員という資格に魅力を感じない人が増えているという意味もある。それは処遇改善加算で給与改善が図られている介護職員から、介護支援専門員に転身しようとする人が減っているという意味でもある。その中で合格者の数も減っているということは、試験のハードルもそれなりに高くなりつつあるということではないのだろうか。

しかしそのことは決して想定外のことではなく、むしろそれは国の誘導策に近いものであることは、「国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(前編)」・「国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(後編)」に記した通りである。

いうなれば今年の合格者は、介護支援専門員の大量生産時代を終焉させて、量より質の育成を目指した「元年」に誕生した期待の星であり、まさに少数精鋭の選ばれた人といえるのかもしれない。

合格者の皆様は、ぜひその期待に応えるように、介護支援専門員実務研修に臨んでもらいたい。

制度改正と報酬改定の度に、「介護支援専門員の質」が問題とされる状況をなくしていくために、是非自身のスキルを磨いて、この国のケアマネジメントの質を底上げする力になっていただきたい。

僕はケアマネ応援団として陰ながら力になりたいと思っている。また表立った活動としては、介護支援専門員に向けた研修講師も行っているが、近直の介護支援専門員向け講演としては、年が変わった1月29日(火)13:30〜17:00、千葉県松戸市の松戸市市民会館で行われる、「平成30年度介護支援専門員資質向上研修」で講演を行なう予定になっている。
松戸市介護支援専門員資質向上研修
ここでは90分の講演を2講演行う予定で、(講演機砲蓮◆最期まで自分らしく住み慣れたまちで暮らしていくために〜今さら聞けない、地域包括ケアシステム〜」、(講演供砲蓮◆介護保険制度の今後の展望〜介護支援専門員に求められることとは〜」というテーマを予定している。

参加無料とされているので興味のある方は、リンク先が張り付いた文字からダウンロードできるチラシに書かれている「問い合わせ先」まで連絡いただきたい。

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AIによるケアプラン作成を否定すべきではない


AI(人口知能)を利用したケアプラン作成ソフトの開発が進んでいる。現在それは居宅サービス計画の作成という部分が先行し、施設サービス計画作成は、そちらが軌道に乗って以降となるものと思われる。

ただし居宅サービス計画の分野においても、AIによるケアプラン作成が実用化されているわけではなく、実用化に向けたモデル事業が一部地域で始められているに過ぎない。

このことに関する最新の報道としては、「欠けている知識を補完! 新たなケアプランAIが登場 福岡で実証実験へ」というものがある。

この記事で紹介されているのは第2表の作成支援ツールであり、利用者のアセスメント情報を入力すると、「解決すべき課題」・「長期目標、短期目標」・「サービス内容」・「サービス種別」などが順に選択肢が示され、ケアマネはそれを選択しながら、加筆・修正するだけで居宅サービス計画が作成できるというものだ。

このことに関して、一部のケアマネジャーの声として、AIによるケアプラン作成だけで、居宅サービス計画作成業務が完結するわけではなく、業務軽減につながらないのではないかとか、コストパフォーマンスを考えると意味がないという声も聞こえてくる。

しかしモデル事業が始まったばかりの段階で、AIによるプラン作成をネガティブに評価する必要はない。

そもそも居宅介護支援事業所の介護支援専門員の質の差が指摘される中で、一部の介護支援専門員による居宅サービス計画がアセスメントとまったくつながっていない例もみられる。利用者が居宅介護支援事業所を選択する際に、「デイサービスを週2回くらい使いたいので計画を立ててくれませんか。」という希望を短銃に受け入れて、アセスメントを行う以前に、「週2回のデイサービス利用ありき」で計画を立てている人もいる。そこには利用者ニーズも、解決すべき課題の視点もなく、目標も課題解決には程遠い内容となっているケースがたくさんある。

AIソフトによって介護支援専門員の気づきが麩あることで、そのような質の低い仕事が減るとすれば、それは大いに利用すべきである。

要はAIソフトい支配されるのではなく、それを使いこなすことである。AIソフトが示したプランを参考にして、それに手を入れてより良いプランに結び付ければよいだけだし、その過程で介護支援専門員の業務負担が少しでも軽減できるのであれば、それに越したことはない。コストの問題にしても、今後研究が進んで実用化できる段階になれば、居宅介護支援費や施設サービス費の額に照らして、現実的に購入が進むコスト設定がされるはずであるし、そのことは後々の問題としてよいことだ。

例えば医療の分野では、AIソフトによる診断において、医師が見逃した病気を発見できるという実例もある。だからと言って医師が要らなくなるわけではなく、医師が気づかない病気を発見できたとしても、医師にしか気が付かず、AIソフトには見つけることができない様々な患者の様態が存在する。そして患者にしてみれば、医師不在のAIソフト明けの診断で、決して満足して、それに頼り切るという人はいない。

居宅サービス計画にしても、施設サービス計画であっても同様で、利用者がその息遣いを感じ取ることができ、血の通ったコミュニケーションを交わすことができる介護支援専門員という専門職があってこそ初めて、自分の暮らしの計画を立案をゆだねることができるのであり、AIソフトによるケアプランが実用化しても、介護支援専門員が必要なくなるということはない。それを活用してより良い計画を立てればよいだけの話である。

介護支援専門員という専門職が、機械やソフトを使いこなして、利用者からより信頼を得るような存在になればよいだけの話である。

そう考えると、もしかしたら今現在AIソフトによるケアプランを否定的に捉えている介護支援専門員とは、潜在意識の中で、自分の仕事ぶりに自信のない人なのかもしれない。

きちんとした仕事をしていると自負する介護支援専門員ならば、AIソフトによるケアプランを大いに利用すべきと考えてよいと思う。

自分の見識と知識・援助技術を高める道具の一つとしてAIケアプラン作成ソフトを利用する介護支援専門員であってほしい。

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ケアマネが負う義務を増やして制度が良くなるのか?


本年4月の介護報酬改定に伴って、居宅介護支援事業所関連では次の基準・通知・省令改正が行われている。

基準改正としては、利用者の意思に基づいた契約であることを確保するため、利用者やその家族に対して、利用者はケアプランに位置 付ける居宅サービス事業所について、複数の事業所の紹介を求めることが可能であることや、当該事業所をケアプラ ンに位置付けた理由を求めることが可能であることを説明することを義務づけ、これらに違反した場合は報酬を減額 (所定単位数の50/100に相当する単位数(運営基準減算))するとした。

いわゆる囲い込みを防ぐための基準改正であり、担当介護支援専門員から利用者に対して、公正中立なケアマネジメントを行ったうえで、サービス事業者を適切に選択することを明らかにする基準である。

もう一つの変更は通知改正であり、集合住宅居住者において、特定の事業者のサービス利用が入居条件とされ、利用者の意思、ア セスメント等を勘案せずに、利用者にとって適切なケアプランの作成が行われていない実態があるとの指摘も踏 まえ、利用者の意思に反して、集合住宅と同一敷地内等の居宅サービス事業所のみをケアプランに位置付けるこ とは適切ではないことを明確化するとしている。

サ高住等の入所条件として、併設の訪問介護等のサービスを利用しなければならないという不不適切ルールを押し付ける事業者が増え、そのことを当該事業所に併設された居宅介護支援事業所のケアマネジャーが推し進めているという実態が、この通知変更につながった。

省令改正では、訪問回数の多いケアプランについては、利用者の自立支援・重度化防止や地域資源の有効活用等の観点から、 市町村が確認し、必要に応じて是正を促していくことが適当であり、ケアマネジャーが、統計的に見て通常のケ アプランよりかけ離れた回数の訪問介護(生活援助中心型)を位置付ける場合には、市町村にケアプランを 届け出ることとされたが、これについては、「基準回数を超える生活援助プランの届け出について」で指摘した通り、この届出とケアプランチェックについては、届け出なければならない居宅サービス計画を作成することを躊躇(ちゅうちょ)しないいただきたい。

国が言う基準回数を超える生活援助中心型サービスを、居宅サービス計画に組み入れることは少しも/日付で恥ずかしいことではない。その計画回数に根拠さえあれば良いのだから、きちんとアセスメントした結果として、その必要性を説明できれば何の問題にもならないのである。

どちらにしても公平・中立なケアマネジメントにより、サービス事業者による不当な囲い込みをなくすための改正であることは間違いなく、それだけケアマネジメントへの信頼が揺らいでいるという意味にもとれ、このことについて居宅介護支援に携わる介護支援専門員は、危機感をもっておかねばならない。

こうしたルールの厳格化がさらに推し進められると、介護支援専門員の裁量が働く余地が著しく狭められ、それはある意味、型にはめられた利用者支援しかできなくなることにつながりかねず、ケアマネジメントによる適切な判断を阻害することになりかねないものである。

そう強く感じたのには理由があって、7/13付で介護保険最新情報Vol.664が発出され、そこでも居宅介護支援事業所の介護支援専門員にあらたなぎむがかせられているからだ。

この通知は住宅改修費についての改正通知である。

ご存知のように介護保険の住宅改修は償還払いであるが、工事前・工事後の必要書類のチェックが通れば、支給限度基準額( 20万円)の9 割( 18万円)を上限として利用者に住宅改修費が支給される。

住宅改修の種類としては、(1)手すりの取付け (2)段差の解消 (3)滑りの防止及び移動の円滑化等のための床又は通路面の材料の変更(4)引き戸等への扉の取替え (5)洋式便器等への便器の取替え (6)その他前各号の住宅改修に付帯して必要となる住宅改修がある。なお(3)については法施行当初は、屋外における段差解消、床材の変更及び手すりの取付けなどの工事については、玄関ポーチの工事を除き、住宅改修費の支給対象としていなか ったが、告示改正により、平成12年12月以降、玄関から道路までの(建物と一体ではない)屋外での工事も住宅改修の支給が可能となった。

これらは高齢者の自立を支援する役割を担っているが、価格の設定は住宅改修を行う事業者の裁量によるほか、事業者により技術・施工水準のバラツキが大きいなどの課題があるとされている。

そのため厚労省は今回、居宅介護サービス計画又は介護予防サービス計画を作成する介護支援専門員や地域包括支援センターの担当者に対し、複数の住宅改修の事業者から 見積もりを取るよう、利用者に対して説明することとする義務を課している。

さらに利用者が市町村に提出する見積書の様式もあわせて提示。改修の内容や材料費、施工費などの内訳が明確に把握できるものを作ったとして、これを活用するよう呼びかけている。

競合により、適切な価格につながるのであればよいのだろうが、実際には住宅改修は、ケアマネジャーの人脈をたどって、信頼できる職人に依頼することで、アフターフォローもしっかりしてくれるなどのケースが多く、業者間の合い見積もりで選んだ業者が必ずしも品質の高い改修を行ってくれるとは限らない。それは結果的に安かろう悪かろうの結果しか生まなかったり、融通を聞かせてくれることがなかったり、工期の遅れにつながるなどのデメリットの方が大きくなる可能性が高い。

介護支援専門員が負うべき義務を増やして制度が良くなるわけではあるまいと思うのである。

本末転倒の改正通知にならないことを願うばかりである。

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利用者にもコスト意識をという全国老施協の意見について


介護報酬改定が行われた新年度がスタートしてすぐに、3年後の介護報酬改定に向けた議論が始まった。

3年後のそれは、今回のように診療報酬とのダブル改定ではなく介護単独の報酬改定となる。そのため今回のように薬価の引き下げ分の財源があり、介護報酬もそのおこぼれにあずかることができたような恩恵を受けることもできず、非常に厳しい報酬改定になることが予測されている。

そこでは当然、今より厳しい給付抑制や財源確保の方策が模索されてくるものと予測される。

そのような中、過去に何度か議論の俎上にのぼりながら実現が見送られてきた「ケアマネジメントにかかる利用者負担の導入」(居宅介護支援費の自己負担導入)が、内閣府の今年度の骨太方針案の中で取り上げられており、政府が本気でこの導入を図っている姿勢が見て取れる。一部報道では、厚労省も利用者負担導入に向けて、早ければ2020年の通常国会への関連法改正案提出を目指す姿勢を示しているとされている。

この骨太方針に対して、全国老施協がこのたび提言をまとめているが、その内容とは、「ケアマネジャーのサービスを利用しているというコスト意識を持っていただく必要がある」と理解を示すものとなっている。

一方で、「ケアマネジメントへのフリーアクセスの観点は不可欠であり、過度の負担増によってサービス全般の利用を控えなければならない状況は避けるべき」として、「例えば500円や1000円といった定額の負担を求めることとしてはどうか」と提案している。加えて、「ケアプラン作成を介護支援専門員の業務独占とすることも念頭に、セルフケアプランに関して仲介業者などの関与の可能性について抑止する必要がある」と意見具申を行っている。

この問題についてはこのブログ記事の中でも、再三反対の意見を書いてきたが、老施協がいう「セルフケアプランに関して仲介業者などの関与の可能性について抑止する必要がある」の意味は、「居宅介護支援費への自己負担導入は、介護支援専門員の職が奪われるという意味でもあるんだぜ」で指摘した、介護サービス事業者によるセルフプラン作成の無料支援を見返りにした、サービスの囲い込みを意識したもので、その対策とみてよいだろう。

しかしそれを行いながら定額負担を導入することにより、「利用者が居宅介護支援というサービスを利用しているというコスト意識を持つ」ことにどのような意味があるのだろうか。

そもそもコスト意識とは、コストを効率化し最大限の利潤を上げるということである。居宅介護支援費のコストをもっと安くして、最大限の支援効果を挙げろとでもいうのだろうか。それではますます介護支援専門員の労働対価は底辺化してしまうぞ。

それとも利用者がコスト意識をもって、自身でサービス利用を控えよとでもいうのだろうか。それはもう脅しの世界でしかない。

利用者が居宅介護支援という業務にもコストがかかっていることを、自分の懐からもお金が出ることで実感したとして、だから居宅介護支援費をもっと安くしてほしいと思う人はいるかもしれないが、それでもって自分に対するサービスの質が下がったり、サービスが抑制されたりすることを望むわけはないし、お金をかけているという意識が、直接負担分を支払うことで実感した先には、「私のおかげで収入を得ているのだから、理屈をこねずに自分の言う通り働け」という支配意識が生まれるだけではないのだろうか。

つまりケアマネジメントへの自己負担導入は、自分の担当ケアマネを、ケアパートナーとして信頼する意識作りを阻害することとなり、そこでは利用者のケアマネに対する下僕意識だけが醸成される結果になりかねないと危惧するのである。いくら介護支援専門員が信頼を得るために努力しても、利用者の見る目が変わってしまうことで、関係性にも微妙な影響が出かねない。そういう意味でも居宅介護支援費の自己負担導入にはデメリットが大きいように思える。

しかもそうした中で介護支援専門員は、利用者自己負担分の請求業務や受領業務、それの付随する滞納者への催促と滞納金が発生した場合の処理という業務負担を新たに負わねばならず、必ずや生ずるであろう回収不能の滞納金による収益ダウンの結果責任を負わされることも予測される。

そういう形で仕事が増えて給料はほとんど増えないのであれば、居宅介護支援事業所の介護支援専門員などやっていられないと思う人が増えるのではないだろうか。

それにしてもこれだけ多くの痛みを国民に負わせようとしている中で、政治家はまったく痛みを負おうとしないばかりではなく、あきれたことにこの人口減少社会の中で、参議院議員の定数を6人も増やそうとしている。

まったくもってあきれた政治の中で、介護保険制度は歪められていくばかりのように思えて仕方がない。もっとまじめにこの国の将来象や、社会のセーフティネットを考える政治家や官僚はいないものなのだろうか。

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ケアプランの標準化は求められているのだろうか


ケアプランの標準化という言葉を耳にすることがある。

それはケアマネジメントの質の差をなくしていこうという意味なのだろうし、介護支援専門員の資質の差を小さくしていこうという意味であろうと思う。

確かに介護支援専門員ひとりひとりの資質の差は大きい。この人のおかげで多くの地域住民の暮らしの質が高められていると思えるような素晴らしい仕事をしている人がいる反面、平気で囲い込みプランを作成して、利用者の利益より自分の所属事業所の利益しか考えないような人も存在する。

知識や技術面での質の差も大きい。優れたソーシャルワーカーと評価できるケアマネジャーが数多くいる反面、ソーシャルワークの基礎知識や援助技術を全く持たないケアマネジャーも存在するのも事実だ。

しかしそうした個人の資質の差を、ケアプランの標準化という方向で改善することは不可能だろうし、個人の資質の差が存在する限り、ケアプランの標準化は単なる定型化した機械的ケアプランの大量作成にしかつながらないのではないだろうか。

ケアマネジャー全体の資質を高め、個人差を縮小していくためには、入り口の改善が不可欠だ。資格取得のための実務経験の見直しや、試験というハードルの引き上げが不可欠だろう。それはケアプラン作成という実務以前の問題である。

居宅サービスに限定してケアプランの標準化を考えると、問題はもっと大きい。居宅サービス計画は利用者に結び付ける社会資源を抽出し、その利用スケジュールを組み立てる構造になっているが、利用者に実際にサービス提供する事業所の考え方も、サービス提供方法も様々である。

サービス担当者会議で、介護支援専門員と居宅サービス事業所の担当者との、支援の方向性の統一を図ることはできたとしても、実際に利用者に提供されるサービスは、すべての事業者で統一されたものではないし、そのレベルにも差が生ずる。

例えば利用者に週2回の通所介護の利用が必要だとした場合でも、A事業所のサービス内容と、B事業所のサービス内容は全く同じではない。機能訓練の方法も、ADL支援の方法も異なってくる中で、通所介護を週2回利用するというスケジュールはあまり意味のあるものではなく、どの事業所のサービスを、どの程度利用者に結び付けるのかというマネジメントのほうが重要である。これは標準化できる問題ではないだろう。なぜならそれは個別化という問題だからである。

このように居宅サービスの各事業所ごとのサービスの質に差がある状態で、ケアプランの標準化を図ってどんな意味があるのかという疑問にも行き当たる。

そして現実を考えたとき、すべての介護サービス事業所のサービスの質など均等化できるわけがないことに気づく。そうであればケアプランの標準化など、ほとんど意味のないものであり、本当に求められるのはケアプランの個別化であり、その中で個々に利用者の暮らしぶりがよくなるように、支援の質を高めるということのように思う。

学者などが盛んに「標準化」を推奨するのには訳がある。彼らはケアマネジメント実務に携わって、利用者の暮らしの質を高めることを生活の糧にしているわけではないので、別な評価軸を作ってケアマネジメントを評価しなければ、「おまんまの食い上げ」につながりかねないのだ。そのため学者の物差しでケアマネジャーの仕事ぶりを測ることのできる標準という名の定型を構築しようとするわけである。

それらの考えは、利用者の暮らしの質とは必ずしもリンクしないことになる。このことはケアマネジメント実務に携わる介護支援専門員がしっかり理解しておかなければならないところである。

騙されてはならないのである。

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僕はケアマネサポーター


今日も北海道は良い天気に恵まれている。札幌で行われている「よさこいソーラン祭り」も天候に恵まれて盛り上がっている。

そんな北海道から、今日僕は東京に向かおうとしている。今13:00発の羽田便の搭乗待ちのため、「JALさくらラウンジ」でコーヒーを飲みながら、この記事を更新しているところだ。

今回の旅は、東京と静岡に向けた旅である。

明日は東京ファッションタウンビル(東京ビッグサイト)で行われる、内田洋行主催・地方自治情報化の“いま”と“これから”を考える公共ICTフォーラム2018 TOKYOで講演を行うが、こちらにはオープン参加で、介護関係者だけではなく、自治体職員や教職員も参加し、その規模も千人を超えるフォーラムである。僕の講演会場にも100名以上の参加者があると予測される。会場でお会いする皆さん、ぜひ声をかけて下さい。

その前に今日の夜は、「みなとパーク芝浦」で行われる、「みなと主マネ隊発足記念講演」でお話しさせていただく予定になっている。

港区のケアマネ協会には僕の大学の先輩もいて、日ごろから大変お世話になっている。メンバーの皆さんは、僕が上京しているときに合わせてオフ会を開いて遊んでくださる仲間たちだ。その仲間たちが、このたび主任ケアマネの新たな会を立ち上げるに際して、最初の勉強会に僕を講師として招いてくれたもので、非常に光栄である。勿論、講演後はオフ会も予定されている。

そのあと10日(日)の午後に、静岡市で行われる静岡県介護支援専門員協会・全体研修で講演を行うために、今日と明日の東京講演を終えた後、土曜日の午後から静岡に移動予定である。
(※ちなみに、フェイスブックで広島の「汁なし担々麺」を食べてみたいとつぶやいたところ、ファシリテーター株式会社の、小田代表取締役から、東京にも本場広島の支店があるとの情報をいただき、静岡行きの前に、小田さんがそのお店に案内してくださることになった!!こんな素敵なつながりと寄り道もうれしい!!)

静岡県に行くのは、昨年の浜松講演依頼であるが、静岡市では数年前にも今回の講演主催者である静岡県介護支援専門員協会さんに招かれて講演を行ったことがある。その際は制度改正の話をした記憶があるが、何年前の制度改正であったか・・・かなり以前になる。その時は受講者が700人くらい集まり、非常に驚いたという記憶がある。今回も静岡県内の介護支援専門員の皆さんが多数集まるのではないだろうか。

今日と日曜の講演は、このように介護支援専門員の職能団体の講演会であり、受講者は全員、介護支援専門員であるため、居宅介護支援を中心に介護保険制度改正と介護報酬改定の分析などを中心にお話しすることとした。ただもうこの時期であるから報酬改定の解釈はとうにできているだろうから、その部分はさらりと流して、不明な部分は質問に答えるとして、新しい制度や報酬体系の中で、ケアマネに求められている役割と使命というものについて語りたいと思っている。

僕の著書である「介護の詩〜明日へつなぐ言葉」の第三章 のテーマは、「あなたがいるから地域で暮らし続けられる」としているが、ここで言うあなたとは介護支援専門員のことである。その本を読んでいただいた方はそのことを理解してくれているだろう。そこでも書いているが、介護支援専門員の誕生によって日本の福祉の底辺は、確実に引き上げられたと僕は思っている。

それを証明したのが、3.11をはじめとした災害時のケアマネの活躍ぶりであった。そのことも紹介したいと思う。

なにはともあれ、介護支援専門員は利用者本位という言葉を、建前ではなく本音に変える代弁者であり、ケアプランは、その宣言書である。そのことをしっかり伝えてきたい。

それでは、港区と静岡市でお会いする介護支援専門員の皆さん、どうぞよろしくお願いします。

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基準回数を超える生活援助プランの届け出について


訪問介護の生活援助中心サービスについて、利用回数が統計的に見て通常の居宅サービス計画より多いとされる場合、居宅介護支援事業所は市町村に届け出なければならないというルールが本年10月から発効する。

このことに関して厚労省は、パブリックコメントを求めていたが、この度その結果が公表された。

パブリックコメントには165件の意見が寄せられたそうだ。

寄せられた意見としては、「市町村への届出の要否の基準となる生活援助の利用回数を示すことにより、ケアマネジャーが当該 回数に達しないよう生活援助の提供回数を抑制し、認知症や難病を持っている者や施設に入所できず やむを得ず在宅ケアを利用する者など、真に生活援助を必要とする利用者に対しても、生活援助の提供を躊躇することが懸念されるため、個々の利用者の生活実態を考慮したケアプランの作成を阻害す るものである。」・「ケアマネジャーのアセスメント・課題分析により作成したケアプランを市町村へ届出し、地域ケア会議で検証することは、関係者の負担が増えるだけでなく、ケアマネジャーの専門性の否定や裁量 権の侵害にあたると考える。」とされている。

これに対して厚労省側は、「今回の見直しは、利用者の自立支援・重度化防止や地域資源の有効活用等の観点から、より良いサービスに繋げていくため」とし、「あくまでも、より良いケアプランとするために内容の是正、再検討を促すものであり、利用回数を超えたことによって一律に利用制限を行うものではない。」とばっさりとそれらの意見を切り捨てている。

その結果、意見の大半は制度の中止を求めるものであるなか、利用回数は基準案通りとなり、それは以下の回数である。

・要介護1→ 27 回
・要介護2→ 34 回
・要介護3→ 43 回
・要介護4→ 38 回
・要介護5 →31 回


僕はかねてからパブリックコメントは、国が一応国民の意見を聞いたというアリバイ作りでしかなく、そこにどんな意見を寄せても何も変わらず、意味がないものと思っている。介護保険関連で言えば、居宅介護支援事業所の特定事業所注中減算が新設された際にもパブリックコメントが募集されたが、僕らがそこに意見を寄せた内容は結果にまったく反映されていなかった。

今回、反対意見の内容は示されたが、それに対して実質ゼロ回答で応じており、無視されたのと変りはない。意味がないパブリックコメントの募集で、それに応じた皆さんには「ご苦労様」というしかない。

ところで指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準について(抄) (平成 11 年7月 29 日老企発第 22 号厚生省老人保健福祉局企画課長通知)によると 、この届出は以下のように規定されている。

居宅サービス計画の届出(第 18 号の2) 訪問介護(指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(平成 12 年厚生省告示 第 19 号)別表指定居宅サービス介護給付費単位数表の1 訪問介護費の注3に規定する生活援助が中心である指定訪問介護に限る。以下この海砲いて同じ。)の利用回数が統計的に見て通常の居宅サービス計画よりかけ離れている場合には、利用者の自立支援・重度化防止 や地域資源の有効活用等の観点から、市町村が確認し、必要に応じて是正を促していくこと が適当である。このため、基準第 13 条第 18 号の2は、一定回数(基準第 13 条第 18 号の2 により厚生労働大臣が定める回数をいう。以下同じ。)以上の訪問介護を位置づける場合に その必要性を居宅サービス計画に記載するとともに、当該居宅サービス計画を市町村に届け出なければならないことを規定するものである。届出にあたっては、当該月において作成又 は変更(阿砲ける軽微な変更を除く。)した居宅サービス計画のうち一定回数以上の訪問 介護を位置づけたものについて、翌月の末日までに市町村に届け出ることとする。なお、こ こで言う当該月において作成又は変更した居宅サービス計画とは、当該月において利用者の 同意を得て交付をした居宅サービス計画を言う。 なお、基準第 13 条第 18 号の2については、平成 30 年 10 月1日より施行されるため、同 年 10 月以降に作成又は変更した居宅サービス計画について届出を行うこと。

ここで問題となるのは届け出が必要な「生活援助が中心である指定訪問介護」とは、身体介護に引き続き行われる生活援助が中心である訪問介護計画も含まれるのかということで、研修講師がそれも含まれると言い切っている地域もあるそうだ。

しかし解釈通知文をよく読むと、「別表指定居宅サービス介護給付費単位数表の1 訪問介護費の注3に規定する生活援助が中心である指定訪問介護に限る」とされている。

別表指定居宅サービス介護給付費単位数表の1 は訪問介護の種別についての説明がされており、以下の通りの内容となっている。
注2は、身体介護中心型サービスのみを提供するケース
注3は、生活援助中心型サービスのみを提供するケース
注4は、通院等乗降介助
注5は、身体介護が中心である指定訪問介護を行った後に引き続き所要時間30分以上の生活援助が中心である指定訪問介護を提供するケース

解釈通知文はこのうち、「注3に規定する生活援助が中心である指定訪問介護に限る」と書いているのだ。繰り返す「注3に規定する生活援助が中心である指定訪問介護」に限っているのである。よって注5に規定する「身体介護が中心である指定訪問介護を行った後に引き続き所要時間30分以上の生活援助が中心である指定訪問介護を提供するケース」は対象外としか読めない。

もし身体介護が中心である指定訪問介護を行った後に引き続き所要時間30分以上の生活援助が中心である指定訪問介護を提供するケースも該当するとしたら、老企22号の文章は、「別表指定居宅サービス介護給付費単位数表の1 訪問介護費の注3に規定する生活援助が中心である指定訪問介護及び注5に規定する生活援助が中心である指定訪問介護」となるはずである。

そうではないのだから届け出が必要な居宅サービス計画の生活援助が中心である訪問介護とは、身体介護が中心である指定訪問介護を行った後に引き続き行われる生活援助が中心である訪問介護は含まれないのである。

老施22号の通知文が変わらない限り、それ以外の解釈はあり得ないのである。

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次の改定の布石とされかねない市町村のケアプランチェック


指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第38号)の改正により、基準第13条第18号の2において、『介護支援専門員は、居宅サービス計画に厚生労働大臣が定める回数以上の訪問介護(厚生労働大臣が定めるものに限る。)を位置付ける場合に、当該居宅サービス計画を市町村に届け出ることとされている。』とされたことで、本年10月以降、居宅サービス計画に位置付ける訪問介護における生活援助中心型サービスについては、一定回数を超えた場合に、市町村に届け出が必要とされることになった。

そのうえで市町村は、地域ケア会議等でその計画が適正なものであるかチェックを行い、過剰サービスと認定すれば当該計画の作成者に是正勧告等を行うことになる。

届け出が必要な生活援助中心型サービスの回数は、直近の1年間(平成28年10月〜平成29年9月分)の給付実績(全国)を基に、各月における要介護度別の「全国平均利用回数+2標準偏差(2SD)」の回数を算出した上で、要介護度別に最大値となる月の回数を用いることとし、要介護状態区分に応じてそれぞれ1月あたり以下の回数とする案が示されている。(出典:厚生労働大臣が定める回数及び訪問介護(仮称)に関する意見募集について
・要介護1 27回
・要介護2 34回
・要介護3 43回
・要介護4 38回
・要介護5 31回


僕は今、様々な地域からの招待を受けて、介護保険施度改正や報酬改定に関する講演を行っている。それらの中には、介護支援専門員の団体向けの研修も含まれている。その際に、この届出とケアプランチェックについては、届け出なければならない居宅サービス計画を作成することを躊躇(ちゅうちょ)しないでくださいと言っている。

国が言う基準回数を超える生活援助中心型サービスを、居宅サービス計画に組み入れることは少しも恥ずかしいことではない。その計画回数に根拠さえあれば良いのだから、きちんとアセスメントした結果として、その必要性を説明できれば何の問題にもならない。

むしろこうしたルールができたことで、その届け出を嫌って、生活援助中心型サービスの回数が基準回数に達しないようにするということありきで計画されることによって、利用者ニーズに対応できなくなることの方が問題だ。

要介護3の方で、生活援助中心型サービスが月43回を超える利用が必要な人はたくさんおられる。必要性を一つ一つ積み上げていけば、国の示す基準回数を超えてしまう人は数多くいるわけである。そのことを計画担当介護支援専門員が、地域ケア会議などに参加して、市町村の担当者等にちきちんと説明できれば良いだけの話だ。

勿論、市町村の担当者等にもいろいろな資質の人がいて、届け出られたプランはすべて過剰なサービスだと思い込んでいる人もいないとも限らないので、ここの部分では介護支援専門員のソーシャルワーカーとしての「説明能力」・「交渉力」が問われてくることは言うまでもない。

この届出ルールは、必然的に市町村のケアプランチェック機能の強化につながっていくわけであるが、きちんとしたアセスメントに基づいた、根拠のある居宅サービス計画を作成している介護支援専門員にとってそれは何ら業務に支障となるものではなく、むしろ自分の立案した居宅サービス計画の根拠や意味を説明できる機会を得るという意味で、行政職員とのコミュニケーション機会の場が増えるなかで、より密接な関係性を創りあげることができるとともに、自らのスキルアップにもつながるとして、ポジティブに考えてほしい。ルールができてしまったんだから、ここはネガティブに考え続けても仕方がないわけである。

しかし一方で、このルールを橋頭保にして、次の報酬改定時に、さらに居宅サービス計画の縛りをきつくしようという動きも垣間見える。

市町村によるケアプランチェックとサービスの標準化
この表は、財政制度分科会(平成30年4月11日開催)資料84頁のものである。

これを読み込んで理解できることは、財務省は今回、訪問介護の生活援助を多く位置付けたプランの市町村への届け出が新たに義務化されたことに言及しながら、基準回数について訪問介護の生活援助中心型サービスに限らず、他のサービスにも広げて設定し、市町村がチェックできる居宅サービス計画の範囲を広げようとしているということだ。

その考えを来月にもまとめる政府への提言(建議)に盛り込む方針も示している。

財務省がそこで主張していることは、介護サービスの過剰な提供を防ぐ観点から、ケアプランの標準的な内容を作成・設定すべきというもので、標準化した居宅サービス計画を具体的に示すべきであるというものでもある。AIを使った居宅サービス計画の自動作成も、これにより一段と現実化するかもしれない。

しかしひとりひとり異なる生活環境とパーソナリティのを持つ要介護者のプランが本当に標準化できるのだろうか。僕はその標準化が進む先に明るい未来は見いだせない。

金太郎飴のような画一的計画によって、過度に抑制されたサービスしか利用できない要介護者の方々が、社会保障の光の当たらない部分で、文化的とは程遠い最低限の暮らしに甘んじる社会にしないためにも、居宅介護支援事業所の介護支援専門員の皆さんは、次期報酬改定に向けて、自らの作成する居宅サービス計画の根拠を、誰に聞かれてもきちんと説明できるスキルを確立せねばならない。

自社の利益誘導に終始した画一的サービス計画は、いずれAIの作成した居宅サービス計画にとってかわられるという危機感をもって、本当の意味でのアセスメントに基づくケアマネジメントを展開していかねばならない。

自動作成できる居宅サービス計画では決して解決できない課題に向き合っていかねばならない。

利用者の生活課題にアプローチして、一人一人の利用者の暮らしの質を向上させるという結果を出していく必要があることを忘れてはならない。

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管理者を主任ケアマネにすれば、ケアマネジメントの質向上に結び付くのか?


日本介護支援専門員協会という組織は、随分とおもしろい団体だ。会員の意見を代表するよりも、国に顔を向けた活動しかしていないように見えるからだ。その姿勢は糾弾にも値しない嗤うしかない姿である。

特に滑稽だったのは特定事業所集中減算について、2016年6月に会計検査院が、減収を避ける目的で意図的に集中割合を下げる事業所が多いとして、「集中割合を調整しようとすれば、必ずしも利用者本位のプランが作られていないことになる。ケアマネジメントのそもそもの趣旨に反する」・「(特定事業所集中減算というルールは、)合理的で有効とは言えない」と見直しを求めたことが、廃止議論につながったにもかかわらず、この協会が「利用までのプロセスに必ず主治医が関わる医療系サービスは対象から外すべきだと考える」などという訳の分からない意見書を出していることだ。最終的にはこの減算ルールは廃止されずに、前回改定前の福祉系3サービスだけ減算対象とするというルールに逆戻りしてしまった。

公正中立なケアマネジメントのために、福祉系3サービスの集中減算が必要だという理由がわからない。なぜそれを残したのか?少なくともこの協会が下らない意見書を出さずに大人しくしておれば、特定事業所集中減算というくだらないルールは廃止されていた可能性が高い。まったく何をしているのだか・・・。

居宅介護支援事業所の管理者を、「主任ケアマネジャー」に限定した基準改正について、この団体は賛成の立場をとっていることもおかしなことだ。

その理由について、ケアマネジメントの質向上のためとしているが、なぜ主任ケアマネを管理者にすればケアマネジメントの質が向上するのかという理由について、次のように理論づけしている。

1.主任ケアマネジャーになるためには、5年間の実務経験が不可欠になる。=管理者としての責務を十分に果たすには、やはり一定の経験値を積んでいることが必要になると考える。
2.主任ケアマネの研修では、個別事例の検討やスーパービジョン、後輩の育成や業務管理、リスクマネジメントに関するカリキュラムも含まれおり、これらを学んでいる人とそうでない人のどちらが相応しいか? それはやはり前者である。
3.主任ケアマネが管理者を担っている事業所の方が、他のケアマネが相談できる時間を設けていたりOJTを行っていたりする割合が高いと厚労省の調査でも裏付けらた。

以上の3点がその理由である。あほか!!

1については、もともとケアマネになるためには、様々な職種の実務5年というハードルがある。それを無視して、さらにケアマネ実務5年というキャリアを求めているということは、ケアマネの資格取得のための実務は無駄であるということに他ならない。その理由の本音部分は、その実務にはソーシャルワーク実務とは程遠い実務が含まれているとことであり、本来なら相談援助職以外の実務経験をキャリアに認めてはならないと主張すべきである。それをしないのは、協会会員に占める介護職員実務で資格取得した人たちの割合を無視できないからだろう。そもそもケアマネ資格取得後に5年ものキャリアを積まないとケアマネジメントの質が保てないのであれば、資格試験受講に必要な実務要件など失くしてしまえばよいし、それに加えて試験内容の見直しを行って、ケアマネ資格取得のハードルを高くした方がまだましである。なぜそれをせずして、国の提言に迎合することしかしないのだろうか。そもそも一定の経験値が必要だというなら、ケアマネ実務経験でよいだけの話で、主任ケママネでなけれなならないという根拠にはならない。屁理屈にもなっていないわ。

2についていえば、主任ケアマネの研修という短い時間で、経営から教育、ケアマネ実務まで広く学んでも、そんなものは付け焼刃に過ぎないということをまるで分っていない。それより大学4年間で、ケアマネジメントをはじめとしたソーシャルワークを専門に学び、なおかつ介護経営論や、社会教育論を学んでいる社会福祉士の方がよっほど知識は広く深い。そうした人材も5年の実務を経ないと介護支援専門員になれないことの方が問題で、それ以下の知識しかない人間が何に相応しいのか大いに疑問である。そもそもあの研修は、寝ていてもスクリーニングされずに資格が与えられるというハードルが低いどころか、ハードルのない研修である。そんなものでスキルが担保されるわけがない。どうせなら主任ケアマネも試験制にすれば?そういう提言もしないで、管理者要件を認めちゃうって意味わからん。突っ込みどころ満載の論理としか言いようがない。

3はまったくお笑いの世界である。データは読み取り方で、平気で嘘をつくことがわかっていないのか。というかどこから引っ張り出したデータかわからんが、全国的にそのような調査をしたのであれば、サンプル数や調査結果を具体的に示せと言いたい。そもそもOJTをはじめとした職場の教育・指導というのは、管理者がどういう資格を持っているかに左右されるのではなく、母体法人等のシステム上の問題だろう。スーパービジョンも試験のいらない資格者にできるとは限らず、個人のスキルという問題だろう。現にスーパービジョンのできない主任ケアマネなんて、そこいらにごじゃごじゃいるわ。そんな常識さえわかっていない連中が執行部として国の言うがままに同調意見を挙げるだけの団体に陥っていることに気が付かないのだろうか。それにしてもOJTやスーパービジョンが一管理者の資格(しかも眠って受講していても取得できる資格)で左右されると考える脳みその構造はいったいどうなっているんだ。わけわからん。

うがった見方をすれば、主任ケアマネ資格取得のための研修と更新研修を受講する人が増えれば、協会会員(特に執行部)にとっては、その講師役を務める機会が増えるなどの旨味があるのだろうと思ってしまう。そんなことはないだろうとは思うが、ここまでナンセンスな意見はそうでも考えないと理解不能である。

ところで特定事業所集中減算を元のルールに戻すことや、居宅介護支援事業所の管理者を主任ケアマネに限定することに賛成する意見は、全国各地の介護の場で活躍する介護支援専門員の声を代弁しているのだろうか。会員の声を代表しているのだろうか?

僕の講演を受講する介護支援専門員の方々に意見を聞くと、ほとんどが協会の姿勢に疑問を抱いている人々だ。つまり現場の声を代表していないのが、日本介護支援専門員協会の執行部の意見ではないのだろうか。

この協会の運営費は、国の補助金事業で賄われている部分があるので、それによってひも付き団体の域を出ず、会員より国に顔を向けざるを得ないということではないのか?

何より問題なのは、このような重要事項に関する組織の姿勢表明に際して、会員の意見を聴く機会をまったくもたずに、執行部の意見だけで「俺についてこい」方式ですべてを決めていることだ。これが民主的な組織といえるだろうか?

そのような団体に決して安くない会費を払い続けている会員のみなさんはお気の毒である。

どうせお金を使うならば、もっと現場の声を代表する別の団体を立ち上げて、そっちにお金を回したいものだ。


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人を社会資源としか見ないケアマネによって何が生まれるのか


報酬改定議論の中で、訪問介護費について「一定の間隔を空ければ一日に複数回所定の報酬を算定可能な現行の報酬体系は、必要以上のサービ ス提供を招きやすい構造的な課題があるという指摘がある。 」という考えが示され、その方向から議論展開された。

このことは居宅介護支援事業所の介護支援専門員に対する、居宅サービス計画の在り方に関する疑念にも結び付いた。必要以上のサービスを計画しているのではないかという意味である。

特に訪問介護における生活援助中心型サービスは、通常のケアプランよりかけ離れた利用回数の居宅サービス計画が存在するとして、利用者の自立支援・重度化防止や地域資源の有効活用等の観点から、市町村が確認・是正を促していくことが適当であるとされた。そのためケアマネジャーが一定の回数を超える訪問介護を位置付ける場合には、市町村にケアプランを届け出ることとし、届け出られたケアプランについて、市町村が地域ケア会議の開催等により検証を行うことになった。

そんな中で来年度以降、保険者には自立支援・重度化防止に向けた目標設定等を義務付け、目標を達成した市町村に自由に使える交付金を増やすという財政インセンティブ制度(報酬金制度)ができる。それは端的に言えば、一定期間の給付費抑制を評価することにもなる。

その中で居宅介護支援事業所の指定権限が都道府県から市町村に変更され、市町村の権限が強化されていくのだから、訪問介護の生活援助の制限も強化されていくことが予測される。

もともと生活援助中心型サービスについては、同居家族がある場合の制限ルールが存在している。しかしこうした制限が過度に機械的に当てはめられた結果、生活に支障をきたす例に枚挙がないことから、平成21年12月25日に、厚労省老健局振興課長通知、「同居家族等がいる場合における訪問介護サービス等の生活援助の取扱いについて」が発出され、同居家族に障害や疾病等がない場合であっても、介護疲れで共倒れの危険性がある場合や、日中就労で家事が実質困難な場合は、生活援助中心型サービスを適切に組み込むように通知している。

ここで一番問題となったのは、都道府県等(政令指定都市の場合は、区や市など)の行政指導担当課が、「同居家族がいる場合は、昼ごはんも事前に作り置きすることができるので、原則生活援助中心型サービスで対応することは認めない」などと一律機械的に支給制限をすることであった、

しかるにいまだにこうした一律機械的な制限を行っているところがあるそうだ。こうしたローカルルールは、保険者の権限が強化される来年度以降増えることだろう。その時に、利用者の暮らしをコーディネートするケアマネジャーが、こうした制限はもっともであると無批判に受け入れることで何が起こるだろうか。

就労している息子に、同居しているという理由だけで一律機械的に家事を押し付けることは、どんな結果をもたらすのかという想像力が必要だ。就労で疲れた体を鞭打ちながら作る夕食や朝食のみならず、自分が不在の際の家族の昼食準備さえ、一律機械的に押し付けるという暮らしの中で、本当に人間らしい暮らしの営みを継続できるかという視点が必要だ。

「同居家族に障害や疾病等がない場合であっても、介護疲れで共倒れの危険性がある場合」という状況を、個別状況に当てはめて、狭く考えるのではなく、より広く考えるほうが、人の暮らしの支援では必要なことだろう。それはサービスありきの計画ではなくて、必要性をアセスメントすることによって導き出すという意味に他ならない。

原則制限が正しいと言い切るケアマネが担当者であってはかなわない。

そもそも家族は、インフォーマルな支援者とか社会資源とかいう前に、血の通った人間そのものである。血の通った人間は、いつも頑張れないし、くじけることがある弱い存在だ。

社会全体で支えあうために生まれたはずの介護保険制度とは、皆がぎりぎりまで頑張らなくてもよくなる仕組みを作るという意味があったのではないのか。「それは家族が行うべきことでしょ。」・「同居家族がいる方の調理は、家族支援が基本だ」と簡単に断じる介護支援専門員は、介護の社会化というコンセプトや、強制加入保険で生ずる国民の権利との整合性をきちんと語れるのであろうか。

そうしたケアマネジャーは、家族が頑張って限界点に達する瀬戸際で、心が壊れていく様をみたことがあるのだろうか。

それともそうしたケアマネは、「国民の健康で文化的な最低限度の生活」を奪うことを目的として居宅サービス計画を立てているとでもいうのだろうか。

一律機械的制限が危険であるという視点がないケアマネに、本当の意味の暮らしの支援なんてできるわけがない。ろくでもないローカル行政ルールに縛られて、制限をすることが適正プランであると思い込んでいるケアマネに、この国の行く末を任せることなんてできないのである。

そんなケアマネはいらない。さっさと退場してくれ。
2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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今年満70歳となる高齢者は、「戦争を知らない子供たち」だったけど・・・。


介護支援専門員には、施設サービス計画や居宅サービス計画の作成に先立ち、利用者の課題分析を行うことが義務付けられている。

課題分析とは、「利用者の有する日常生活上の能力や利用者が既に提供を受けている指定居宅サービスや、介護者の状況等の利用者を取り巻く環境等の評価を通じて、利用者 が生活の質を維持・向上させていく上で生じている問題点を明らかにし、利用者が自立した日常生活を営むことができるように支援する上で解決すべき課題を把握すること」である。

よってこの課題の把握(アセスメント)の段階で、介護支援専門員は利用者の病歴を含めた生活歴をも把握することになろうし、現在の生活環境などの生活全般の情報等も知ることになる。

しかしそのことだけで現在の生活課題を把握して分析することは難しいだろうと思っている。どんなに優れたアセスメントツールを使おうとも、見えてこないものがあるからだ。

それはそれぞれの人々が生きてきた時代背景を知るということだ。そのことを知るには、この国の歴史を知ると同時に、その人がどのような社会情勢の中を生き抜いてきたかを知ることである。そんなことが個人別の年表を書くことで見えてくるのである。

例えば、現在デイサービスなどの通所サービスを利用する人は、70代にそろそろ達しようかという年齢の人が多くなっている。そのなかで今年で満70歳を迎える人は、もう戦後生まれの人であり、僕たちと同様に、「戦争を知らない子供たち」である。

しかしそれらの世代と、僕ら50代後半の年齢を迎える世代との違いとは、まだ戦後のにおいが残っている時代に生まれたか、そうでないかの違いにしか過ぎないかもしれない。

今年満70歳に達する人たちの生きてきた時代を、年表を見ながら紐解いてみよう。

それらの人たちが生まれる3年前が敗戦の年であり、新日本国憲法が発布されて2年後にそれらの人は生まれている。しかしその人たちが生まれた年(0歳児)に、日本はまだ米国の占領統治下にあり、GHQの占領はそれらの人が4歳になるまで続いている。

その人たちが7歳となる昭和30年に、電気洗濯機・自動式電気釜発売されている。逆に言えば、それまでは各家庭でお母さんたちが、朝ご飯の支度のために、早朝から起きて、かまどに火を入れるために大変な重労働を強いられてきたのかもしれない。その時6歳か7歳だった○○さんは、その母親の姿をしっかり記憶しているかもしれない。それらの人々が抱く母親のイメージは、そういう姿で、自分の子や嫁に、そうした姿を求めてしまってトラブルが生ずることもあったのかもしれない。

しかしそれらの人が18歳となる昭和40年、あのビートルズが初来日しており、日本は空前のエレキギターブームを迎え、それはやがてグループサウンズの大流行につながっている。今年70歳を迎える昭子さん(もちろん仮名である)が、20歳〜22歳となる昭和42〜44年の、グループサウンズブームはピークを迎え、全国各地のコンサート会場で、20歳前後の若い女の子が「失神」しているニュースが、連日のテレビ報道を賑わせていた。グループサウンズブームは、当時の若い女の子にとっては、失神ブームとイコールである。

今年からデイサービスに通うようになっ70歳の昭子さんは、23歳で結婚して翌年子供を産んでいたとする。その子が1歳になったとき、昭子さんは25歳の若い主婦だったが、その昭和48年に日本は第一次オイルショックを迎え、街中のスーパーマーケットからトイレットペーパーが消えた。昭子さんは1歳児を抱える主婦として、街中を駆けずり回ってトイレットペーパーを探し回ったという強烈な記憶を持った人だ。

そんな昭子さんが、70歳を目前にして認知症の症状が出てきたことが理由で、今年からデイサービスを利用するようになった時、トイレに度にトイレットペーパーを懐に入れて隠して持ち帰ろうとするのも当たり前といえる行為である。そんな風に理解的に共感できることを受容的態度というのではないだろうか。

昭子さんは、コンサート会場で失神している若いファンの一人だったかもしれない。そんな昭子さんにとって、デイサービスで小学校唱歌を唄わせられたり、演歌を歌わせたりすることはちっとも楽しくはない。なぜタイガースやテンプターズの曲を歌わないのか大いに不満である。同じ世代の男性利用者だって、三味線の音より、エレキギターでベンチャーズを1曲弾く機会を求めているのだ。チーチーパッパだけのデイサービスは、時代錯誤であり倒産して当然だ。

しかも今年70歳になる人たちが働きざかりの43歳の時に、バブル経済が崩壊しているのだ。(平成3年)。つまりそれらの人々はバブル真っ盛りの中で、企業戦士であったり、その妻であったりして、バブルの酸いも甘いも知り尽くしている人かもしれない。中には地上げに直接かかわっていた人もいるだろう。

さらに48歳の時に、携帯電話普及率は2桁に到達しているのだ。携帯電話を使いこなせないわけがないし、タブレットやスマートホンも普通に使える人たちであり、デイサービスで、それらの機器を使った文化活動が受けるのは、ある意味当然であり、そうした面からサービスメニューも考えていかないと選ばれる事業者にはなり得ない。

そんな事業者が厳しい時代に生き残っていけるはずはないのである。
ケアマネ向け介護報酬改定大解剖
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居宅介護支援の基準改正と報酬改定で思うこと


骨太の改革の中で社会保障費の自然増を、本来の伸びより半分の5.000億円に抑える政策の中で、診療・介護のダブル改定が行われる。そこでは単価の高い医療費から、単価の低い介護給付費への『付け替え』が誘導されることになる。

高齢者が病気を発症したり、持病を悪化させたりして、入院が必要になったとしても、その入院期間はできるだけ短くして、早く自宅等に退院させ、医療サービスよりも介護サービスを使って地域で暮らし続けることが求められていく。脳卒中モデルにしても、医療リハビリテーションが担うのは、急性期と回復期の一部のみで、それ以降は介護リハビリテーションを使うように政策誘導されている。

そのため次期介護報酬改定では、入退院に関する連携加算が強化される。例えば居宅介護支援費では、入院時情報連携加算について、現行の入院後7日以内の情報提供に加えて、入院後 3日以内に利用者の情報を医療機関に提供した場合を新たに評価するとともに、情報提供の方法(訪問又は訪問以外)による差は設けないこととしている。最も必要となる退院支援に関連しては、退院・退所時におけるケアプランの初回作成の手間を明確に評価するとともに、医療機関等との連携回数に応じた評価を行うことに加えて、医療機関におけるカンファレンスに参加した場合を上乗せで評価することとした。(※1

そのほか医療と介護の連携の強化策として、居宅介護支援事業の運営基準を改正し、入院時における医療機関との連携を促進する観点から、居宅介護支援の提供の開始にあたり、利用者などに対して、入院時に担当ケアマネジャーの氏名などを入院先に提供するよう依頼することを義務づける。(※2

さらに平時からの医療機関との連携促進として、利用者が医療系サービスの利用を希望している場合は、利用者の同意を得て主治医などの意見を求めることとされているが、この意見を求めた主治医などに対してケアプランを交付することを義務づける。(※3

末期がんの利用者に対するケアマネジメントも改正し、著しい状態の変化を伴う末期がんの利用者については、主治医などの助言を得ることを前提として、状態変化に応じたケアプランの変更のたびに、サービス担当者会議の招集を不要とすることなどにより、ケアマネジメントプロセスを簡素化する。(※4

質の高いケアマネジメントの推進として、居宅介護支援事業所における人材育成の取り組みを促進するため、主任ケアマネジャーであることを管理者の要件とする。これには3年間の経過期間を設けることとされている。(※5

公正中立なケアマネジメントの確保策としては、利用者との契約にあたり、利用者やその家族に対して、利用者はケアプランに位置付ける居宅サービス事業所について、複数の事業所の紹介を求めることが可能であることを説明することを義務づける。また、その事業所をケアプランに位置付けた理由を求めることが可能であることを利用者・家族に説明することも義務づける。(※6

訪問回数の多い利用者への対応は、訪問回数の多いケアプランについては、利用者の自立支援・重度化防止や地域資源の有効活用といった観点から、市町村が確認・是正を促していくことが適当。ケアマネジャーが、通常のケアプランとかけ離れた回数(*)の生活援助を位置付ける場合には、市町村にケアプランを届け出ることとする。
*「生活援助の全国平均利用回数+2標準偏差」を基準として2018年4月に国が定め、6ヵ月の周知期間を設けて10月から施行する。なお想定としては、生活援助について要介護2で月33回、要介護3で42回などがこれに該当するとされ、生活援助利用者の約2万4千人が対象となるとしている。(※7

障害福祉制度の相談支援専門員との密接な連携としては、障害福祉サービスを利用してきた障害者が介護保険サービスを利用する場合などにおける、ケアマネジャーと障害福祉制度の相談支援専門員との密接な連携を促進するため、特定相談支援事業者との連携に努める必要がある旨を明確にする。(※8

さらに居宅介護支援費に「ターミナルケアマネジメント加算」を新設する。対象となるのは、末期がんと診断され在宅で亡くなった利用者。利用者・家族の同意を得たうえで、死亡日と死亡日前14日以内に2日以上在宅を訪問し、主治医の助言を得つつ、本人の状態やサービス変更の必要性を把握し、適切な支援を行うことを目的としている。訪問により把握した利用者の心身の状態などを記録し、主治医や居宅サービスの事業者に提供することなどが要件とされる。なおケアマネが訪問した後、24時間以内に病院で亡くなったケースも含まれる見通しだ。体制要件として、夜間も連絡を受けられるようにし、必要に応じて柔軟に対応できる体制を整えておくことが前提となる。(※9

さてこれらの改定・改正内容について、ケアマネの某職能団体は、『良い内容だ』と評価しているそうである。特定事業者集中減算を福祉系3サービスだけ限定して残存させたのもこの団体である。(参照:職能団体としてどうなのかと思う某協会のこと

囲い込みを防ぐための、ケアプランの適切性の担保という意味合いからいえばこの方向性はおかしい。もともと囲い込みとは医療機関が、併設の通所リハビリ等に患者を囲い込むモデルから始まっているのだから、これを防ぐ竹には医療系サービスほどこの減算が求められるはずである。しかし実際には、この減算は意味がないと会計検査院が指摘しているのだから、いっそ廃止してしまえばよいものを、この団体の提言によって一部だけ残すという意味のないルールになってしまった。

本日の記事の(※5)もこの団体の要望で実現したことだ。しかし寝ていても資格付与される主任ケアマネが管理者を務めたからといって、どうして事業者の質を担保できるだろう。資格は仕事をしてくれないのだ。

主任ケアマネ資格を取るために、資格付与の講座受講者が増え、しかも5年に一度更新研修を受けることで、国や関連団体は、介護支援専門員から資金を回収するシステムが強化されたという意味だ。居宅介護支援事業者にしてみれば、管理者等がこの資格更新のため、5年ごとに多額の受講料を支払い、決して短いとは言えない期間、利用者支援業務から離れなければならない。効果より損失の方が大きいだろう。

このような国の意向にすり寄るような改定を『良し』とするのは、この団体が国の補助金なしで運営できない『ひも付き団体』である証拠だろう。こんな団体に頼っていては、いつまでたっても介護サービスの場で汗する介護支援専門員の皆さんの意思は、国に届かない。介護支援専門員の地位の向上もない。

こんな団体に支払う会費はムダ金そのものだろう。しかし残念なことに早く目を覚ましてほしい人が、現場には数多くいるのも事実だ。
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僕はケアマネ応援隊


長崎で4日目の朝を迎えた。

今日は滞在2日目に講演を行った長崎県総合福祉センターに再訪し、長崎県社会福祉協議会・福祉人材研修センター主催、虐待防止研修会にて4時間半の講演を行う。今回の講演旅行の最期を締める講演となり、明日8日ぶりに自宅に帰る予定だ。

講演後は初日と2日目にお付き合いいただいた、長崎市介護支援専門員連絡協議会の皆様と、3回目のオフ会を行う予定だ。何度も付き合いさせて申し訳ない。

昨晩は長崎市の隣町・時津町の居宅介護支援事業所の介護支援専門員さんの研修会で講演を行った後、研修事務局の皆さんとオフ会を行った。

11/30オフ会
11/30オフ会
長崎の4日連続オフ会は、どれもおいしい楽しいオフ会である。ちなみに昨日のメニューは、「食材だけを意識して、茶碗無視、しろ」をご覧いただきたい。

僕の著書、「介護の詩 〜明日へつなぐ言葉」の第三章のテーマは、「あなたがいるから地域で暮らし続けられる」としているが、これを読んでいただいた方はわかると思うが、ここでいうあなたとは、介護支援専門員のことである。

介護保険制度の創設により、介護支援専門員が誕生したことよって、日本の福祉の底辺は、確実に引き上げられている。

そのことを事実として介護支援専門の皆さんには伝えていきたい。

一方で、介護保険制度改正や介護報酬改定のたびに、ケアマネジメントの在り方が問われ、その一部の議論の中には、介護支援専門員の仕事ぶりを批判する論調も見られる。その実態と意味についても、丁寧に解説しているのが、僕の「ケアマネ向け講演」である。

しかしそこで一貫して主張しているのは、厚労省の老健局内部で、「介護支援専門員という資格は必要ない」というケアマネ不要論を唱えている人などいないという事実だ。

にもかかわらず、介護支援専門員の資格更新研修等で、「ケアマネ不要論」が存在するように脅す講師がいなくならない。それはなぜか・・・。そのことも含めて、介護支援専門員の職能団体の動き方なども解説しているところだ。

全国の介護支援専門員の皆さんに勇気とやる気を与えるお話に努めている結果、たくさんのケアマネジャーさんからお礼の言葉をいただき、つながり続けている僕は、誰にもまして幸せ者だ。

全国の介護支援専門員の皆さん、是非、講演依頼をお気軽に申し出てください。いつでもどこでも皆さんの応援に駆けつけます。空論ではないケアマネ実務論を語りながら、明日への活力を注ぎます。
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居宅介護支援の次期報酬改定のまとめ


昨日(11/22)午前中に開催された、第152回社会保障審議会介護給付費分科会資料が公開された。

昨日は居宅介護支援、介護老人保健施設、介護療養型医療施設及び介護医療院、短期入所療養介護のこれまでの議論がまとめられ、次期報酬改定の概要が示された。

このうち居宅介護支援事業所について僕が個人的に一番注目していたのは、公正中立なケアマネジメントの確保という面では、合理的で有効とは言えないとされていた、「特定事業所集中減算」が廃止されるかどうかについてである。

ところが蓋を開けてみるとビックリで、廃止でも継続でもなく、「 請求事業所数の少ないサービスや、 主治の医 師等の指示により利用するサービス提供事業所が決まる医療系サービスを対象サービスから除外。」、「平成30年度以降の対象サービスを訪問介護、通所介護、福祉用具貸与する。」という結論であった。何のことはない、減算対象サービスについて平成26年度までの福祉系3サービスを対象というルールに先祖返りしたに過ぎない。

この理由について資料では、「少なくとも医療系サービスと事業所が少ないサービスは除外する必要がある。 」という議論があったことが記されてはいるが、なぜ医療系サービスを対象から外さねばならず、福祉系サービスだけを対象としなければならないのかという理由は書かれていない。

少なくともこの問題を指摘した会計検査の結果についての報告書(平成28年3月 会計検査院)では、「特定事業所集 中減算は、ケアマネジメントの公正・中立を確保するという所期の目的からみて、必ずしも合理的で有効な施策 であるとは考えられず、むしろ一部の支援事業所においては、集中割合の調整を行うなどの弊害を生じさせる要 因となっていると考えられる状況となっていた。」とされているのみで、この状態が医療系サービスに特徴づけられるものであるということは書かれていない。そもそも 集中割合の調整を行うなどの弊害は、福祉系サービスにおいても同様である。それなのになぜ福祉系3サービスのみ、この減算対象から外さないのかは大いに疑問が残るところで、結局は医師会の力に、福祉系職能団体の力が及ばず、屈した結果ということになるのかと無力感を感じざるを得ない。

さてそのほかの改定ポイントをまとめてみよう。今回の報酬改定の目的は、地域包括ケアシステムの深化であり、何らかの疾病で入院した人を、できるだけ早く退院してもらい、地域での暮らしを支えることが重要とされているために、医療・介護連携の加算はより高く評価されている。

入院時情報連携加算
入院時情報連携加算について、現行の入院後7日以内の情報提供に加えて、入院後 3日以内に利用者の情報を医療機関に提供した場合を新たに評価するとともに、情報 提供の方法(訪問又は訪問以外)による差は設けない。

退院・退所加算
退院・退所加算については退院・退所後の円滑な在宅生活への移行に向けた医療機関や介護保険施設等との連携 を促進する観点から以下の通り評価する。
・ 退院・退所時におけるケアプランの初回作成の手間を明確に評価
・ 医療機関等との連携回数に応じた評価
・ 加えて、医療機関におけるカンファレンスに参加した場合を上乗せで評価


なおこの2つの加算に関連しては、連携の際に用いる新しい様式例が示されているので、目を通しておく必要がある。

末期の悪性腫瘍患者に対するケアマネジメント
末期の悪性腫瘍の利用者に対するケアマネジメントについては、計画変更の迅速性を求めて、事前に会議を行うなど一定要件をクリアしておれば、計画変更時のサービス担当者会議を開催しなくてよいこととしている。

特定事業所加算の見直し
質の高いケアマネジメントの推進に関連して、特定事業所加算について、他法人が運営する居宅介護支援事業所への支援を行う事業 所など、地域のケアマネジメント機能を向上させる取組を評価する新たな要件が加わっている。

また加算兇鉢靴鮖残蠅垢觧業所に課せられていなかった「地域包括支援センター等が主催する事例検討会等への参加」が、すべての加算事業所に義務化される。

運営基準の改正では、居宅介護支援事業所が利用者と契約する際にケアマネジャーから本人・家族へ説明すべき内容として次の要件を基準に追加する。
 
○ ケアプランに位置付ける居宅サービスについて、希望すれば複数の事業所を紹介してもらえること
 
○ その事業所を選んだ理由を明らかにするよう求める権利があること


この2点を明確に伝えなければ、「運営基準減算」に該当し、報酬の50%がカットされる。

区分支給限度額管理の計算式の見直しは行われていないが、これは別の議論になるのか、行われないのかは不明である。

それに関連して不必要なサービスを組み入れることの防止策として議論されていた集合住宅減算は、今回は導入されないこととなった。

利用回数の多い利用者への対応
訪問回数の多いケアプランについては、利用者の自立支援・重度化防止や地域資源の有効活用等 の観点から、市町村が確認・是正を促していくことが適当であり、ケアマネジャーが一定の回数を超える訪問介護を位置付ける場合には、市町村にケアプランを届け出ることとし、届け出られたケ アプランについて、市町村が地域ケア会議の開催等により検証を行うことになり、市町村は、ケアマネジャーに対し、利用者の自立支援・重度化防止や地域資源の有効活用等の観点から、サービス内容の是正を促すとして、ここでも市町村の権限が強化されている。
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独立・中立のケアマネジメントを続けている方の記念日


介護支援専門員の研修講師の中に、「このままだと介護支援専門員の資格は廃止されてしまう」と脅しのような発言をする人がいるが、そんな議論は国レベルでは全くない。

制度改正のたびに、ケアマネジメントの適正化が問題となっている事実はあるが、そうした議論のたどり着く先は、「ケアマネジャーの個人的資質に差があって、ケアマネジメントの品質の格差もあり、一部のケアマネジャーのケアプランは適切なマネジメントに基づいていないものもあり、そのことは問題ではあるが、能力の高いケアマネジャーは全国にたくさんいて、それらの人々に暮らしを支えてもらっている住民もたくさんいる。だからこの資格を創設したことは間違いではなかったし、歴史的にも意味がある。」という結論だ。

技術が先にあって資格が後付けされた医師や看護師に比べると、介護支援専門員という資格は、ケアマネジメントという技術はあっても、それを専門として職業にする人がいなかった中、国が介護支援専門員という資格を作ったことによって、そこからケアマネジメントの専門技術が磨かれていったという経緯から、常に国がその技術に介入することになる。そうした介入が常に行われるのが介護支援専門員という資格の宿命なのである。

そのためにいろいろなクレームは付くが、深くその技術を検証すればするほど、すごい介護支援専門員の存在も浮き彫りになってきて、結局この資格は必要なのだということに落ち着くのである。それだけ全国各地で、名もなき達人たちが活躍されているのだと思う。

そういう意味で、日夜利用者支援に汗する全国の介護支援専門員の皆さんは、胸を張って自分の仕事を誇ってよいと思うし、高い使命感を持って、さらなるスキルアップに努めてほしいと思う。

昨晩は、日夜利用者支援に関わっている介護支援専門員の方々や、その他の関係者の方と楽しい夜を過ごした。

静岡県浜松市で独立・中立型居宅介護支援事業所&社会福祉士事務所を経営している如庵(じょあん)さんこと、粟倉敏貴氏(参照:浜松のジョアンの家です)とは、介護保険制度が始まった当初からのお付き合いである。

自らの信念に基づき利用者本位を貫こうとした結果、どの法人にも属さず、あくまで中立な立場でのケアマネジメントを行うために活動している粟倉氏は、独立・中立型居宅介護支援事業所の、まさに草分け的存在と言って過言ではないだろう。

粟倉氏には過去にも様々な助言をいただいているところだ。(参照:ヒエラレキーを作り出しているのは国ではないのか?

そんな粟倉さんの、「指定居宅介護支援事業者 ジョアン」が、今年めでたく16周年を迎え、8/17(木)の夜に、「ジョアン開業16周年…を口実に浜松で一杯やろう会」が開催された。

この会がなぜこの日に開催されたかと言えば、ちょうど僕が、静岡県老施協が主催する研修講師として、浜松市に前日入りしているのを知った粟倉氏が、それに合わせて開催してくれたのである。ということで、当然僕もその会に参加してきた。
浜松オフ会
前列向って左端が粟倉氏である。昨日の会では、僕にとって初対面の方も多かったが、粟倉氏の縁でつながりを持つことができ、楽しく過ごさせていただいた。

この日の浜松飯メニューについては、本日更新の「masaの血と骨と肉」で紹介しているので参照していただきたい。

僕は本日の講演が控えていたので、2次会にラーメンをいただいて、日付が変わる前にホテルに帰った。次にご一緒する機会があることを祈っている。

ところで余談であるが、今回浜松入りの際に利用した富士山静岡空港で面白いものを発見。

うなぎコーラ
衝撃のビジュアル。うなぎコーラである。残念ながら買って飲む勇気はなかったが、写真画像をFBに載せたところ、「どんな味ですか?」と反響が強かった。帰りは羽田空港を利用するので、今回は飲む機会はなかったが、今度静岡空港を利用する際には、ぜひ味見に挑戦しようと思った。
(※ちなみに、本物のウナギは昨晩のウナギちらし、今日昼のうな重と、しっかり堪能した。)

さて、そろそろ講演会場に向かうとしよう。今日も夜にオフ会があるので、2夜連続で浜松の夜を楽しんできたい。


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成立した改正介護保険法はマイナーチェンジではないぞ


改正介護保険法などを含む「地域包括ケアシステムの強化のための介護保険法等の一部を改正する法律」は、先週末の25日に参議院厚生労働委員会で自民・公明両党と日本維新の会などの賛成多数で可決され、26日の参議院本会議でも可決・成立した。

森友問題、加計問題やテロ等準備罪法案審議が全面に出されて、介護保険法案については野党からのさしたる反対の声もなく、過去最低の審議時間で可決されてしまったが、この法案には重大な変更点があって、今後の制度運営に大きく影響しそうである。

介護業界にとってこのことは大ニュースといってよいはずだが、それに対する反響が思ったほどない。また巷のニュースでもその取扱いは大きくない。

介護保険法改正に関連して報道されている内容は、現役並み所得者とされる所得が年340万円以上(単身)などの介護保険サービス利用料が、30年8月から3割負担とされることである。

なるほどこれも大きな変更だ。特に27年度改正で、所得が年280万円以上(単身)など「一定の所得のある人」が2割とされたばかりで、その影響についての検証作業も行われていない状況で、さらなる負担増を求められる人がいることは大問題である。これによってサービスを抑制せざるを得ない人や、そのことで暮らしに困難が生じる人がいないことを願うのみである。

またこの変更によって、高額介護合算療養費の対象となる人が増えることが予測され、居宅介護支援事業所の介護支援専門員などが、この制度を活用するように利用者支援する必要性も増すだろう。そのことを忘れないでほしい。

2号被保険者の保険料が、段階的に総報酬割りに変更されることについても、大企業等のサラリーマン家庭にとっては、直接家計に影響する問題なので、大きく取り上げられるのは当然だろう。

しかしそれらの変更は、かなり以前から予測されていた範囲の域を出ない。それが証拠に、僕自身が2007年12月04日に書いた、「介護保険利用者1割負担は恒久的なものではない」で、自己負担割合は3割まで拡大されることを予測しているし、2号保険料の総報酬割りについては、「2号保険料の算定方式は変更は、財の再分配効果に繋がる」などで、そうすべきであることを主張し続けてきた。

だからこれらは既定路線であり、実施時期が来年度からになったに過ぎない。

今回新たに示された変更として介護医療院を新設(35年度までに介護療養病床を廃止)することや、介護保険と障害福祉のサービスを一体提供することを想定した「共生型サービス」の創設も報道されているが、それ以外にほとんど報道記事に書かれていないことで、大きな変更があることをご存じだろうか。

それはこのブログで再三取り上げている市町村のインセンティブである。(参照:報奨金で地域他付けケアシステムは深化するのか)これは制度の理念や根幹を揺るがしかねない大きな改革である。

このことを、あまり深刻に捉えていない関係者が多すぎるのではないかと心配している。特に改正法で一番影響を受けると思われる介護支援専門員から、そのことに関連した声が挙がってこないのはなぜだろう。それともこの大改革に気が付いていないのだろうか。

これによって市町村のケアマネジメント介入が深刻な問題となってくる。特に30年4月からは、居宅介護支援事業所の指定権が、都道府県から市町村に移り、市町村の指導権限が強化される中でのインセンティブの導入なのだから、報酬金を得るための市町村によるケアマネジメント介入強化が図られる。

そのモデルは和光市方式なんだから、介護保険サービスからの卒業を求められる利用者や、そのことを積極的に行うケアマネジメントが求められてくる。

しかし卒業者といわれる人々の後追い調査では、約1割の人がその後も自費(介護保険外の10割負担)でサービスを使っていたという数字も出されており、その実態は単なる給付制限でしかないことも明らかになっている。そうであるがゆえに来年度以降は全国津々浦々で、そうした矛盾に悩むケアマネジャーが増えるというわけである。

さらにこの問題に関連しては、社会保障審議会介護保険部会が、ケアマネジメント手法の標準化に向けた取組に取り組むことも資料に明記しているのだから(H28年12月9日の社会保障審議会介護保険部会の資料2)、アセスメントツールの統一に向けた動きが出てくる可能性も高い。そうなれば介護支援専門員は、今使っている慣れたた手法を捨てて、統一されたツール手法を学びなおす必要もある。ソフトだって新たに導入しなければならなくなる。

つまり、好む好まざるにかかわらず、居宅介護支援事業所の介護支援専門員の仕事ぶりが変えられるということだ。これは本当に大きな変更だ。介護支援専門員の職能団体は、このことについてなぜもっと意見を挙げないんだろうか。大いに疑問である。

またこの変更は(あえて改正という言葉を使わない)、他の分野にも及んでくる。、2018(平成30)年度介護報酬改定から、自立支援に向けたインセンティブを検討するとされているんだから、自立支援介護の名のもとに、何らかの成果に対する加算報酬が、各サービスに導入される可能性が高くなった。

それは人の自立を要介護度の軽度化という現象でしか評価しない、「自立支援の矮小化」という方向に流れかねない大問題でもある。

そもそもこの制度においては、アウトカム評価のエビデンスさえ存在していないのに、どうしてインセンティブという考え方につながるのか、大いに疑問である。

どちらにしても今回の介護保険制度改正は、決してマイナーチェンジではなく、制度の理念さえ揺るがしかねない大改革となっているのだ。しかもそれは給付制限という実態を複雑なルールの中でカモフラージュした大改悪である。

マスコミもこの程度のことには気が付いて、広く国民に知らしめるべきであると思うのである。

日総研看取り介護セミナー
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特定事業所集中減算は残るのか、廃止されるのか。


介護報酬改定に向けた議論は、いよいよ佳境に入りつつあるが、利用者負担の導入が見送られた居宅介護支援費については、今後具体的な論議が行われる。

基本サービス費の単価アップは望めないが、加算・減算の見直しが行われるものと思え、そのなかで僕個人としての最大の関心事は、特定事業所集中減算の見直し(廃止)が行われるかどうかという点である。

それは今後のケアマネジメントの評価にも関わってくる重大な問題だからである。

そもそも特定事業所集中減算については、そんなルールは必要ないことを、このブログでは何度も指摘してきた経緯がある。(特定事業所集中減算についての関連記事一覧

関連記事の中の、特定事業所集中減算の見直しが現実化という記事でもお知らせしているが、昨年6月に会計検査院が、減収を避ける目的で意図的に集中割合を下げる事業所が多いとして、「集中割合を調整しようとすれば、必ずしも利用者本位のプランが作られていないことになる。ケアマネジメントのそもそもの趣旨に反する」、「(特定事業所集中減算というルールは、)合理的で有効とは言えない」と見直しを求めたことが、廃止議論のきっかけになった。

そして昨年9月の社会保障審議会・介護保険部会では、その見直しを求める強い声が挙がり、厚労省も「介護報酬改定にあわせて検討する。」と明言しているところだ。

これらの経緯をみると、減算ルールの廃止は現実的なものと言えそうであるが、その後議論は中断しているような状態が続いている。

そんな中で、先月4/26の介護給付費分科会では、サービス付き高齢者向け住宅や住宅型有料老人ホームの入居者に対し、外部の介護サービスが過剰に提供されているのではないかという問題提起がされ、老健局の蒲原基道局長が、来年度に向けて対策を強化できないか検討していく意向を示している。

そうなると、これはケアマネジメントに対する制限強化につながる恐れがあり、特定事業所集中減算という制限は、残しておかねばならないという議論に向かう可能性もあり、予断の許さないところである。

ところでサ高住や住宅型有料老人ホーム入居者の過剰な外部サービスとは何だろう。4/26の会議では、大阪府が公表した報告内容において、一月の支給限度額に占める実際の介護費の割合について、サ高住や住宅型有料老人ホームが、特養より高くなっている点が問題視され、これが囲い込みによる過剰サービスではないかと指摘を受けたわけである。

しかしサ高住は、介護を必要とする高齢者が、外部のサービスを利用することを想定して居住する場所である。また住宅型有料老人ホームは、もともと住居だけを求めた人が入居した後に介護が必要ななった際には、外部のサービスしか利用できないホームである。

両方とも外部サービスであるがゆえに、特養のように暮らしの場に介護サービスが張り付いて、常時見守りができるという状態ではないために、回数や頻度を増やさないと、介護ニーズに対応できないという面がある。

サ高住入居者や住宅型有料老人ホームで介護を要する状態になった人の状態像を見ると、インフォーマルな支援者がいないことにより、必要なケアが受けられない要介護者である場合が多く、インフォーマルな支援者に代わるサービスとして、支給限度額ぎりぎりのサービスが必要な場合も多い。

つまり割合だけで判断できない部分があり、過剰なサービスという指摘が的外れで、必要なサービスである場合もあるということだ。

この点を精査せずに、ケアマネジメント批判が起こり、「同一事業者によるサービス規制」や「特定事業諸集中減算の継続」につながるとしたら、制度改悪に他ならなくなる。

介護支援専門員の職能団体や、サービス付き高齢者向け住宅、有料老人ホームの関係者は、この点について、もっとしっかり声を挙げるべきではないだろうか。

同時に、介護支援専門員の方々で、サ高住や住宅型有料老人ホーム入居者の居宅サービス計画を担当している方には、自らの計画を見直して、ケアマネジメント批判につながるような囲い込み前提の計画になっていないか、検証しなおしてほしい。

囲い込みでもなく、過剰なサービスでもないというしっかりとした理論武装ができないプランに終始している限り、介護支援専門員の専門性は疑われ続けることになり、制限も更に増えることになることを忘れてはならない。

世にとって必要で重要な「介護支援専門員」という資格を、そのように自らの手で貶めてはならないのである。

日本の福祉の底辺を確実に引き上げている、介護支援専門員という有資格者としての自覚と誇りを忘れないでほしいと思う。

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ケアマネジメント崩壊の危機


4/14の更新記事、「保険者の権限強化が図られている改正法案」などで懸念した、保険者による支援と称したケアマネジメントへの介入強化が、すでに行われている地域がある。

僕が管理する表の掲示板の「 要介護高齢者の入浴回数 」というスレッドを参照いただきたい。

書き込みを行った方は、は山口県内某市の居宅介護支援事業所の介護支援専門員である。

質問内容を要約すると、その市で行われた集団指導において、居宅サービス計画について、訪問介護等の入浴支援を位置付ける際に、その回数を特養の基準(週2回以上)を当てはめて、標準回数を3回としている。そして週4回以上入浴の計画を行うのは過剰サービスであると決めつけ、この場合4回目以降の入浴については、保険外サービスとすることを求めている。これがまともな指導なのかというものだ。

つまり給付制限のための市のローカルルールを居宅介護支援事業所の介護支援専門員に押し付けているわけである。

そのことはこの市の介護給付適正化委員会で協議した内容で、これは助言ではなく保険者としての指導と言い切っているわけだ。

実は週4回以上の入浴について保険外サービス費用徴収を認められているサービスは、現在存在する。

それは「特定施設入所者生活介護事業者が受領する介護保険の給付対象外の介護サービス費用について」(平成12年3月30日付け老企第52号厚生省老人保健福祉局企画課長通知。「老企第52号通知」)において、保険給付対象外の介護サービス費用として、人員配置が手厚い場合のサービス利用料及び個別的な選択による介護サービス利用料として、「標準的な回数を超えた入浴を行った場合の介助」として認められているものだ。

しかしこれは特定施設サービスという単品サービスにおいて、定められた介護給付費の中で、人員配置等を工夫して手厚くする経費を捻出するためという意味があり、居宅サービスとは全く意味が異なる。そして特定施設サービスを利用するに際し、母体である施設(有料老人ホームやケアハウス等)の入居要件として、そうした費用負担となることを説明・同意を得たうえで、その施設に入所して費用負担するのだから強制ではない。

だが居宅サービスに、このルールを一律適応するとなると、その地域に住んでいる人にとっては、否応のない強制ルールとなり不適切極まりない。

居宅サービスの場合は、ケアマネジメントで課題を導き出したうえで、その個別の状況に対応する社会資源を、その提供回数も含めて決定するのに、行政が個人の入浴標準回数まで定めるのは、個人の権利侵害でしかない。

しかも居宅サービスの場合、支給限度額上限というものが存在し、この範囲であればサービスは1割負担であるという定めがあり、支給限度額をどのサービスに対して、どのような具体的方法に割り振るかはケアマネジメントの範疇である。入浴という特定行為だけに制限を設けるのは明らかな越権行為だ。

個別アセスメントには、個人の生活習慣というものも含まれるが、障がいのないときに毎日入浴していたのに、障がいを持ち介護認定を受けたと同時に、1日おきの入浴さえ標準回数を超える贅沢サービスと決めつけるのは、ケツの穴が小さすぎる考え方ではないのか。

入浴支援の最低基準がいかに人の暮らしの質から考えて低い基準であるかということは、「週2回の入浴という基準をどう考えるか」で指摘したとおりであり、この基準を根拠にする「標準回数」なるものも、人の暮らしとして以下に質の低い回数であるかということがわかりそうなものである。

そもそもこのルールにより、支給限度額が残っているのに、訪問介護等の週4回目の入浴支援だけ保険給付対象にせず請求するという方法は、利用者に対する不適切請求ともされかねず、一市町村の判断で決定できる問題ではないだろう。

恐らくこのローカルルールは、来年度以降に市町村へのインセンティブが認められるルールが適用されることを見越して、給付制限を先行して行おうという考え方だろう。しかしこんなゆがんだルールは先進的でもなんでもない。行政権限に胡坐をかいたおごりでしかない。

このルールを本当に適用する市町村の担当者は、自分も週3回しか入浴してはならない。
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根拠なきローカルルールでどんな地域社会ができるというのか


僕が管理する、介護福祉情報掲示板では、介護保険制度に関する質問がたくさん書き込まれており、それに対して関係者が回答してくださっているが、その際には、「根拠」に基づいた回答を書き込んでいただくようにお願いしている。

その根拠とは、法令に沿ったものである必要があり、「行政指導担当者が、こう言っていた。」は根拠にならないと指摘している。

しかしながらこうした正論が通じないのが、ローカルルールである。

介護保険給付費は国定費用であり、その算定に関する基本ルールは国が定めているが、地域の実情に合わせて、国のルールに加えて地域ルールを独自に定めている地域がある。

その場合のローカルルールとは、国のルールより厳しく狭い制限ルールとしている場合が多いように思う。

例えばつい最近、訪問看護と訪問リハ同日利用というタイトルでスレ立てされたものに、訪問看護の複数事業者からのサービス提供の問題がある。

スレ立ての質問では、「同日の午前にA訪問看護ステーションから訪問看護を1時間、午後にB訪問看護ステーションから訪問リハを40分受けることは出来ないとケアマネから言われました。」という質問から始まっている。本当にそれは許されないのか、許されないとしたらどうしてかという疑問である。

この質問に対して僕は、「医師の指示があれば、複数の事業者の利用も可能であり、複数事業所からの訪問看護とリハビリの同日利用も可能です。」と回答した。

その後も他の方々からこの問題について、医療保険訪問看護に存在する制限ルールは、介護保険訪問看護には存在しないことなどが説明されている。

ここまでは一般市民の質問に、介護業界の人が根拠を元に説明している普通の展開である。答えも問題なく、そのまま問題解決となってスレッドが閉じられても良い。

しかしこのことについて、質問者が介護保険担当課に念のため確認したところ、次のような回答があったとの情報提供があり、逆に問題は複雑化している。

出来れば一か所の訪問看護ステーションからが望ましい。病院施設の訪問リハステーションからであれば問題は無い。複数の訪問看護ステーションからはプラン上に相当の理由があれば認められる。先ずはケアマネから文書で問い合わせしてください。文書でお答えします。実績であげた場合、却下で自費にはならないが、相当しくないと指導が入る場合があります。

まったくもってくだらないローカルルールである。そもそも複数の訪問看護ステーションの利用の必要性は、ケアマネジメントで判断すべき問題で、行政許可が必要になる問題ではない。

そもそも訪問看護からのセラピストによる自宅でのリハビリテーションは、訪問リハビリ事業者が少ない地域で、それに替わって行われるケースが多いもので、すべての訪問看護ステーションで対応できるサービスではない。よってこの部分のサービスとの組み合わせを考えるケースでは、主治医師が所属する医療機関併設の訪問看護ステーションでリハビリ以外の訪問看護を担当し、そのステーションではカバーしきれないセラピストによる訪問看護という名のリハビリテーション部分については、そのサービスに余力を持っている他のステーションのサービスを導入するということはレアケースでもなんでもなく行われている。

その際に、特段介護事情に精通しているわけでもない行政職員に、事前許可を求める必要性はまったくないといってよい。

その必要性を判断する方法・技法とは、介護支援専門員という有資格者が行うケアマネジメントという専門技術であり、その結果について何の根拠を持って医療や介護の素人である行政職員が、「許可・不許可」と判断するのだろうか。それともすべてのケースについて、ケアプラン適正化事業を適用するとでも言うのだろうか。なんとも暇な行政職員である。

そういえば先日、シンポジストとして参加したシンポジウムでも、利用者支援の際に、「この地域では、暫定プランを作成する際に、必ず予防プランと介護プランの両方の作成を求められるが、それがケアマネの負担になっている」という話を聴いた。

これもおかしい。国のルールでは、暫定プラン(つまり要介護認定結果が出ていない状態で、居宅サービス計画を作成しなければならない際の、居宅サービス計画)については、予防もしくは介護のどちらかの予測されるほうの計画書を作成しておればよく、予測が外れた場合は、遡ってセルフプラン扱いとして現物給付してよいというルールだ。

こんな問題に、国のルール以上の業務負担をケアマネに課したって、ケアマネジメントの質が上がるわけでもあるまい。根拠のない「こうしたほうが良い」という行政側の価値観で、勝手にルールが変えられて、ケアマネの業務負担だけが増えるルールだ。その負担を回避して暫定プランでのサービス利用を抑える傾向ともなれば、それは利用者のデメリットであり、すなわち地域住民のデメリットを増やしているに過ぎない結果となる。そんな簡単な理屈も分からない行政職は、制限するという権力によっているとしか思えない。

そんなふうにして裁量というものを「狭い了見」と勘違いしている行政職員が多すぎないか。

そもそも地域の専門職を信用しないような制限ルールで、一体どんな地域を創ろうとしているんだ。介護の専門職を信用しないようなルールを押し付けて、職域横断の多職種連携など構築できるわけがないではないか。

こうしたローカルルールが、地域包括ケアシステムを形骸化させることに気がつかないのはなぜだろうか。

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資格がなくなるという脅しでスキルは上がらない


昨日の記事から続く)
今回の九州講演は、福岡講演前日に新千歳からの直行便で福岡入りし、土曜日のケアマネゼミ・チーム篠木主催講演を終えた足で、熊本市で行われていた第3回アローチャート学会・熊本大会に直行した。

アローチャート学会も、土曜日の午前中から開催されており、アローチャートの伝道師・梅光学院大学こども学部・吉島豊録准教授の基調講演や、東洋大学ライフデザイン科・高野龍昭准教授の研究発表のほか、会員の皆さんからの事例報告などが行われていた。それらはすべて非常に興味がわく内容であったが、残念ながら聴くことはできなかったわけである。次の機会には、ぜひ拝聴したいと思う。

僕は二日目の日曜日に基調講演を依頼されていたが、初日終了後の19:00〜行われる懇親会に参加するために、福岡講演を終えた直後、会場から最寄の地下鉄駅まで送ってもらい、博多駅発18:36の新幹線に飛び乗った。懇親会場は、熊本駅のすぐ隣のホテルニュー大谷だったので、19:20分過ぎに会場入りすることができた。

会場にはたくさんの顔見知りの方々がいて、ハグしたり、握手したりして旧交を温めた。たくさんの方々と記念撮影させていただいたが、全部を載せきれないので、人数が一番多く写っている画像をアップさせていただく。

アローチャート学会3
吉島先生とは数ケ月ぶりの再会。横浜大会では海パン姿であったと聞いたが、この日の先生はダンディないでたちであった。

熊本講演
懇親会は大いに盛り上がり、2次会、3次会と日付が変わるまで大騒ぎであったが、僕の本番は翌日の午前9時からの講演だったので、ほどほどに飲むつもりだったが、いつものようにへべれけになるまで飲んだくれてしまった。

翌日の講演のテーマは、「介護保険制度改正に向けて求められるケアマネジメント」である。

制度改正の方向性や内容を理解するためには、この制度がどのような経緯と議論の中で誕生したのかを知っておく必要があると考え、介護保険制度誕生秘話から話を展開し、そして今、時期制度改正に向けて何が具体的に議論となっているのかを整理して示したうえで、僕の分析や予測を披露させてもらった。

そのなかで、介護支援専門員やケアマネジメントが同評価されているかというお話もさせていただいた。

アローチャート学会
研修会等でケアマネジメントの質を論じたり、介護支援専門員のスキルに関して語る講師の中には、叱咤激励のつもりなのか、ケアマネジャー・ケアマネジメントの質が問われており、国レベルで「介護支援専門員の資格なんて要らない」という議論がある、という人がいる。

しかしそれは事実とは異なる。個人レベルでケアマネ資格廃止論を唱えている人がいるかもしれないが、国レベルでは、介護支援専門員という有資格者は必要であるという認識であり、少なくとも厚労省内で介護支援専門員なんて要らないという議論など存在していない。

僕は研修会等で、厚労省老健局の方とご一緒する機械があるが、その際に、「ケアマネがいらないと言っている人がいるんですか?」という質問をしたりするが、そんなことはないという回答しか帰ってきたためしがない。

僕自身も介護支援専門員という有資格者を生んだことが、介護保険制度の功であると思っており、そのことは「介護支援専門員という資格に誇りを持ってください」という記事等で再三書いているところだ。

僕は介護支援専門員という資格を持った人々が、スキルを高める自己研鑽に務めるためには、脅し言葉はいらないと思っている。むしろこの国の福祉の底辺を引き上げている資格の誇りを持つことが、自己研鑽のための動機付けになると思う。

特にアローチャート学会のような、専門性の高い勉強をしている人々に、事実とは異なる情報を伝えて、間違った危機感を持たれても何の意味もない。それは百害あって一利なしだ。
だからこの日は、介護支援専門員という資格ができ、その有資格者が地域で活動されることによって、たくさんの高齢者が安心して地域で暮らしているという事実を認識していただき、この資格は決してなくなってよい資格ではないし、なくそうとしている人がいるという事実もないことを説明した上で、エールを送る内容の話をした。勿論、制度改正に向かって行うべきソーシャルアクション

会場の皆さんの反応から考えると、多くの方々に共感していただいたのではないだろうか。

僕はアローチャートの応援団として、この思考法や大会について、何度かこのブログで紹介させていただき、それが縁で吉島先生ともつながることができ、今回の大会にお招きを受けたのであるが、アローチャート学会の会員ではなかった。

ところが講演後のサプライズとして、吉島先生からアローチャートの名誉会員として認めるというお話を頂き、受講者の皆様の前で会員バッジの贈呈を受けた。なんと光栄なことであろうか。

アローチャート名誉会員バッチ授与
この名誉を汚すことがないように、今後も精進したいと思う。

アローチャート名誉会員
僕はこの日もあわただしい日程で、午後2時福岡空港発の便で北海道に帰らねばならず、講演を終えて、著作本の販売とサイン会を終えた後に会場をあとにしたが、予想以上のたくさんの方々に本を購入していただいた。そのことについても、この場を借りてお礼を申し述べたい。本当にありがとうございます。

それにしても、4月に発生した地震被害の爪あとがまだ深く残る熊本で、復興作業の傍ら、利用者支援に尽力している熊本の会員の皆様が、大会の開催が危ぶまれる中で、プライベートの時間を削ってまで大会準備に走り回り、この学会開催にこぎつけ、しかもこのような盛会のうちに学会を運営されたことに、あらためて経緯を称したい。本当にご苦労様でした。そしてありがとうございます。

大好きな九州の旅は、今回も思い出深いものになった。皆さんまた会いましょう。
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利用者がケアプランに向ける関心って何さっていう問題


ケアマネジメントの利用者負担(居宅介護支援費の利用者負担)導入について、「利用者のケアプランへの関心が高まり、質の高いケアマネジメントが推進される」 という意見がある。

僕はこうした考え方については全くもって理解ができない。

ケアプランの関心が、自己負担のあるなしに左右されると考える根拠は何だろう。

利用者も家族も、ケアプランに関心のある人は、自己負担の有無に関係なく関心を持つし、ケアプランに関心の無い人は、お金がかかろうとかかるまいと、関心は持たない。それとこれとは全く別問題である。

仮にケアプランに関心がある人がいたとしても、その関心が向けられる先は、質の高いケアマネジメントとケアプランによって自立支援の理念を達成されることではなく、「自分が望むサービスを使えるのか、費用もそれなりに納まるか」ということである場合が多い。

ケアマネに対し「良い事業所を選択してほしい」と希望する際にも、良い事業所の意味が、自分にとって都合よく、自分の望むようになんでも言うことを聞いてくれる事業所と担当者という意味であることも多いのだ。

利用者のこうした希望は、一概に否定できるものではないが、同時に表明された希望とニーズが合致しない場合には、きちんとそのことを説明して、正しい方向性に利用者の視線をむけていくことが品質の高いケアマネジメントということになる。

このときに居宅介護支援費の利用者負担金のあるなしは、ほとんど影響がない。むしろ「そうは言っても、それは必要のないサービスですから、そんなものを使うよりは、こうしたほうが○○さんにとって、良い暮らしに結び付きますよ。」という助言が受け入れられやすくなる因子のひとつが、ケアマネジメントに自己負担金がないということなのである。

利用者の権利意識は、自分が望むサービスを使うという方向に向けられる傾向にあり、暮らしが良くなるという方向には向かないことが多い。ましてや介護保険制度の理念である自立支援に目を向ける人はほとんどいないといってよい。

利用者が介護サービスを使う際に、最初に考えることは、暮らしが良くなるということではなく、使えるサービスがあるなら利用したほうが得であるということなのだ。自立支援が暮らしの質を向上させると考える人など、まずいない。それより自分の経済事情や身体状況を考えて、自身の損にならないようにサービスを使いたいという意識が先行しがちである。

よって居宅介護支援費の自己負担が導入された場合は、こうした権利意識がより強まることが予測され、例えば不必要と思える家事代行も、お金さえ払えばそうしたサービスを使えるのに、自分が支払って雇っているケアマネジャーが、なぜ自分の言うことを聞いて、望むサービスをプランニングしないのかという不平・不満を生みやすくさせる。

しかも一連の給付制限は、居宅介護支援事業所の顧客が減るという状態を生むのだから、顧客確保に精力を傾けねばならない介護支援専門員は、ケアマネジメントの質より、顧客である利用者の要求をすべて受け入れようとする傾向が強まる可能性がある。

その結果、マネジメントに関係なく、利用者の希望のみを重視する、「御用聞きプラン」が増えることは目に見えており、その傾向を居宅介護支援費への自己負担導入が一層あおることになる。よって居宅介護支援費の利用者負担導入は、ケアマネジメントの質を上げることにはならない。

介護サービス関係者は、介護サービスの消費者たる利用者が、自分たちと同じ目線で制度や法令に通じていると勘違いしていないか?そして消費者としては、当然持ちうる、ある種の「わがまま」を無視しすぎているのではないだろうか。

そもそも利用者および家族の、ケアプランへの関心の高さによって左右されるケアマネジメントのあり方って、それ自体が問題だろう。そんな考え方に理解を示すケアマネもどうかしている。

むしろそのような考え方に関しては、「介護支援専門員を馬鹿にしているのか」と怒るべきだと思うのだが・・・。そうではないところに、この制度や有資格者の問題点があるのかもしれない。
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人工知能の活用によるケアプラン作成について


介護大手のセントケア・ホールディングが、人工知能(AI)技術を持つ米ベンチャー企業と組み、要介護者の体調や症状に合った介護サービス計画を自動で作成できるシステムを開発したと報道されている。

それによると質の高い計画をこれまでの半分の時間でできるようなるそうで、生産性を高め深刻な人手不足を緩和するとともに、要介護者に最適なプランを提案する体制を整えるそうである。

これが実現すれば利用者・介護支援専門員双方にとって朗報ではないのだろうか。

実際の介護支援として使えるロボットは、ほとんどないが(自助具ロボットは別であるけど)、人工知能は、こうした作業には向いていると思う。

アセスメントツールという道具があっても、それを使いこなす人の能力によって、ケアプランの質の差が生じているのは事実だし、人工知能の活用によって、一定程度の質の担保につながることも期待できるのではない。(反論もあるだろうけど)、これによって介護支援専門員は、利用者やサービス事業者に直接かかわって、調整する時間を増やすことができるというメリットがある。

介護支援専門員の仕事は、ケアプランを作ることではない。ケアプランはあくまで、介護保険制度という枠組みの中で、ソーシャルワークという業務を展開する過程で必要とされる道具であり、その作成をロボットが担ったからといって、ケアマネの仕事が必要なくなるわけではない。

むしろこの部分を人口知能が担ってくれることで、新たな可能性が生まれることを期待したい。

好不調の波や、感情の揺れがない人工知能が、膨大な量のデータを記憶し、それを処理して作成する計画内容から、介護支援専門員に新しい気づきが生まれるかもしれない。それを使いこなす調整力は、介護支援専門員個人の資質にかかってくるが、ケアプラン作成作業という事務作業が減ることで、業務の主眼をそちらにシフトさせることができ、調整力のアップも期待できるのではないだろうか。

だから人工知能を利用してケアプランを作成することに拒否反応を示す必要はないし、そのことでケアマネジャーの仕事が奪われるなんて考える必要もない。

ただこのことが、人手不足の緩和策として考えられているのは、いささか的外れだと思う。介護支援専門員は、深刻な人手不足ではないのである。むしろケアプランの必要とされない地域支援事業や、保険外事業が増えて、介護給付の範囲が狭まることが予測される介護保険制度においては、介護支援専門員にも余剰人員が出かねないのだ。

するとここで報道されている、「人手不足の解消策」とは、実は介護支援専門員の状況を表すものではなく、保険給付制限に加えて、人工知能によるプラン作成で、居宅介護支援業務をはじめとしたケアマネ業務の省力化の果てには、居宅介護支援業務の縮小が図られて、介護支援専門員の人員整理が進み、それらの人々が、元職である介護職員に復帰することを期待する向きがあるのではないかと勘ぐってしまう。

まあそれはうがった見方で、実際にはそんなことはないのだろう。

どちらにしても介護支援専門員は、人工知能というものに過度に反応して、それと勝負することを考えるのではなく、コンピューターと同じように、それをうまく利用して、新しい業務展開の方向性を開拓するという考え方が求められる。

時代は確実に変わり、進んでいくのだから、革新された技術を生かさない手はなく、革新技術を使いこなす人が、これからのリーダー役になるということを忘れてはならない。
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特定事業所集中減算の見直しが現実化


23日に開催された社会保障審議会・介護保険部会では、居宅介護支援費の特定事業所集中減算について、見直しを求める強い声が挙がり、厚労省も「介護報酬改定にあわせて検討する」と明言した。

つまり厚労省も、その見直しを議論の遡上に挙げたという意味で、現在のルールがそのまま継続される可能性は低くなったと考えてよいのではないだろうか。

もともと福祉系3サービスに限定して始まったこの減算ルールが、ケアマネジメントに質の担保になっているのかという議論も検証も行われないまま、前回の報酬改定時に、減算適用の基準となる事業所の偏りの割合(集中割合)を90%から80%へ引き下げたうえで、その対象を全サービスに拡大したことによって、一気にその不満が高まったといえる。

23日の部会では、日本医師会の鈴木邦彦常任理事が、「効果の乏しい非常に不合理な仕組み。廃止すべき」と厚労省に強い不満をぶつけたそうであるが、福祉系3サービスに限定適用されていた際には、このルールに何の関心も示さなかった医師会が、自らの領域に減算ルールが及んできたことではじめて不満の声を挙げているのは、いかにこの部会が、当事者意識によってしか見直しの視点が提起されないかという証明で、利害関係が異なったり、重なり合ったりする当事者団体の委員を選任して運営することの限界を露呈しているといってよいであろう。

もっと滑稽なのは、日本介護支援専門員協会の姿勢である。

当日、日本介護支援専門員協会の鷲見よしみ会長も、「現場を混乱させている。有効ではない」と断じて再考を求め、減算ルール反対の意見書まで提出している。

しかし平成22年8月30日の介護保険部会では、同協会の前会長が、その内容と正反対の、「減算ルール大賛成」の意見を述べている。

その発言内容は、議事録によると、「事業者併設サービスの集中減算についてでございますが、今は、90%で集中減算ですね。90%以上行きますと、集中減算を受けることになりますが、この90%をどんどん下げていくということで、例えば70%とか、会員からのアンケートをとりましたら、50%という意見もあったところであります。ただし、地域の実情に配慮する必要があると思います。また、関連して、集中減算対象サービスは、現在、訪問介護、通所介護、福祉用具貸与事業、この3種のみに適用されております。これを、もっとほかのサービスにも広げていって、地域のサービスをうまくつないでいくという、こういうことを考えるべきだと思います。」という内容である。

これは個人の意見ではなく、介護保険部会の委員としての発言なのだから、協会は決して無関係ではいられない。そうであればこうした発言を過去に展開していたという矛盾を明らかにし、謝罪した上で、あらためて反対論を唱えるべきである。そうしない限り、どんなに立派な意見書をだしたとしても、日和見主義との謗りを受けても仕方がないだろう。

この減算ルールについては、僕は福祉系3サービスに限定されていた当時から反対論者であり、1年以上前にも、「本末転倒の減算ルールは即刻廃止せよ」という記事で、廃止の提言をしていたところである。

そもそも、利用者にとってもっとも適したサービス事業所を選ぼうとすれば、ホスピタリティ意識が高いと思われる事業所を集中的に選択するのは当然で、それは当該減算ルールを適用しない、「正当な理由」としては通用しない感覚的な問題であることも多いのである。しかしそうしたフィーリングも、ケアマネジメントのセンスとしては重要な要素になるのであって、もともと縛りをかけなければ、ケアマネジャーはサービス事業者と結託して、利益誘導のために、利用する事業所が偏るだろうという性悪説ルールは問題なのである。

利益誘導を問題視するならば、特定事業所集中という事象のみを見るのではなく、中立独立で単独運営できない居宅介護支援費の構造自体を問題視すべきなのである。

利用者の意向を無視した、サービス事業所選びがいつまで続けられるというのだろうか。利用者もそれほど馬鹿ではないし、お人よしではない。

そのような当然のことを考えても、この減算ルールはなくして問題ない。

厚労省も、会計検査院の勧告を受けて、はじめて見直し機運を感ずることに恥を知ってほしいと思う。
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熊本から発信する意味がある


アローチャートという言葉を聞いたことがありますか?それは何かご存知ですか?

アローチャートとは、収集された情報を、ケアプランに落とし込むまでのケアマネジャーの思考の足取りを、○(丸)や□(四角)、→(矢印)などの簡単な記号を使って図式化したものです。このチャートを使うことにより、利用者やケアチームのメンバーに分かりやすく説明ができ、ケアマネジャーが本来担うべき“専門性”が目に見える形になります。 様々な課題、絡み、原因、背景をたどり…そして課題の根っこ(本質)を明らかにする。アローチャートがあなたの思考の整理をサポートします。(アローチャート研究会公式ホームページより)

このブログでも、その優れた思考整理法については、何度か取り上げています。(アローチャート関連記事

その思考整理法を全国に広めている伝道師は、梅光学院大学の吉島 豊録先生です。見た目は強面の先生ではありますが、根はとても優しい素敵な先生です。そんな吉島先生や、アローチャート学会の会員の皆様から、直接お話を聞くことができるアローチャート学会第3回熊本大会が、H28年11月12日(土)、13日(日)に熊本県民交流会館パレアにて開催されます。

大会要項リーフレットは、こちらからご覧ください。

ご覧のように、僕は大会二日目の記念講演を行う予定です。介護支援専門員の皆様にエールを送る講演としたいと思います。

アローチャートのホームページには、次のような文章も書かれています。

『なぜケアマネジャーは疲れるのか。それは「膨大な書類」と「対人支援」の板挟みになっているからだ。人と向き合うのが本来なのに、パソコンに向かう業務だけが増え続ける・・・。』

まさにその通りと思います。アローチャートという思考整理法で、自分の思考を整理することによって、その悩みが少しでも解消するかもしれません。

それはこの学会の参加者が、毎回感じていることで、アローチャートを勉強しようと集う仲間が増え続けていることでも証明されているように思います。

皆様がご存知のように、アローチャート学会の第3回目の開催地域となる、「熊本県」は、この4月に大きな地震被害に見舞われました。その爪あとは深く、自宅に戻ることができない人もまだ数多くいます。

そのような中で、介護支援専門員の皆様は、被災地で暮らす人々の暮らし作りのために、昼夜走り回っています。その中には自ら被災したにもかかわらず、自分の担当者のために地域で頑張っている人もいます。そういう人たちが、この学会の準備をしてくれています。

そうであるからこそ、熊本という場所に集い、学び、発信する意味があるのではないでしょうか。今だからこそ、しなければならないことがあるのではないでしょうか。

僕自身は、たくさんの仲間が居て、何度か講演でお邪魔している熊本県ですが、地震災害の後に熊本に行くのは、この学会が初ということになります。まだ癒えぬであろう傷跡をしっかり見つめ、感じて、あらためて自分ができることを考えてこようと思います。

愛する仲間たちと、熊本でお会いできることを楽しみにしています。

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「断固反対」で署名活動-日本介護支援専門員協会というニュースに触れて


今月のCB newsの、快筆乱麻!masaが読み解く介護の今.3(2016/05/16)は、時期介護報酬改定時に導入が既成事実化しつつある、居宅介護支援費(ケアプラン作成)への、利用者自己負担導入について、反対の立場から書かせていただいた。

僕の連載は、有料サイトに掲載されているが、同じ時期の無料版のニュースには、ケアプラン有料化「断固反対」で署名活動-日本介護支援専門員協会 という記事が掲載されている。

それによると、日本介護支援専門員協会は、『ケアプランの有料化について、「この負担を強いることになれば、真にサービスを必要としている人が、必要な時に必要なサービスなどが利用できなくなる危険性がある」と指摘。その結果、介護保険制度の理念である、利用者の自立支援を著しく損ねることになると警鐘を鳴らし、有料化導入に強く反対している。』とされている。

どうもこの記事からは、ケアプランの有料化=利用者の自立支援を著しく損ねる、という論旨がつながってこない。これは担当記者の文章の問題なのか、日本海後支援専門員協会の理論展開の問題なのかは不明である。

おそらくこの論理の根幹には、僕が以前に「居宅介護支援費(ケアマネジメント)の利用者自己負担導入について」・「居宅介護支援費への自己負担導入は、介護支援専門員の職が奪われるという意味でもあるんだぜ」等で指摘しているように、利用者に媚を売って顧客確保しようとする居宅介護支援事業所が増えることと、お金のかからないセルフプランを無料で代理作成して、そのかわり利用者を囲い込むサービス事業者が増えることによる懸念したものとことを思われる。

そういう意味では、同協会の対応は、さもありなんといったところで、むしろ遅すぎる反応であると思う。

だってケアプラン有料化論は、前々回・平成24年の制度改正の頃から議論の遡上に上っていた問題で、いよいよ時期報酬改定では、その実現を図ろうとする勢力の、きな臭い動きが表面化してきたという情勢である。そうであればもっと早い段階で、反対の声で協会内部を統一し、「国民の不利益」という立場から反対の根拠を広くアピールすべきだった。

なぜならこの問題は、居宅介護支援事業の死活問題でもあり、強いては介護支援専門員という資格者の、おまんまの食い上げにつながりかねない問題だからである。

この自己負担化が実現すれば、お金を払ってケアプラン作成を依頼する人は確実に減るし、それに加えて、国は軽介護者のサービス利用を、介護給付からはずして、地域支援事業化して補助金方式に変えようとしているのだから、居宅介護支援の顧客は政策誘導で減っていくからである。居宅ケアマネの働く場が、どんどん失われていくのが、これから先の制度改正の目指す姿である。

しかしそのことは、介護支援専門員だけの問題ではなく、国民の福祉の低下でもある。介護保険制度以後、要介護高齢者は、すぐ身近に自分の担当と呼ぶことができる介護支援専門員がいるというだけで、安心感を持って暮らしていけるようになった。誰に相談するのかを考える必要がない状態=何かあったら、相談できる人がいるという安心感は大きい。

現に阪神・淡路大震災のときに存在していなかった介護支援専門員が、新潟地震以後、地域でどれだけ活躍したことか。行政が動く前にケアマネが状況把握して、助かったという要介護高齢者はたくさん居られる。そうしたケアマネジャーの中には、自らが被災者であるにもかかわらず、担当者の支援のために、被災地を駆けずり回っている人がいた。そういう人が少なくはないことにおいて、介護支援専門員の誕生は、この国の福祉の底辺を確実に上げているのである。

そういう人々が、支援活動を行う機械や場所をなくすことにつながるルール変更は、やはり改悪以外の何ものでもないのである。

そういう意味で、本来このことは、介護支援専門員だけではなく、国民全体が反対の声を上げるべき問題だと思うし、夏の参議院選挙の争点になってもよい問題である。

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サービスの品質向上のために利用者負担が必要だとする暴論


僕が毎月連載している、キャリアブレインのCBnews・快筆乱麻!「masaが読み解く介護の今」の、第3回の連載記事、「空論に過ぎない、ケアプランの有料化の効果」が、本日ネット掲載された。

ただし、この連載を始めとしたサイト全体を読むためには、会員登録が必要で、年会費もしくは月会費がかかるという有料サイトなので、会員登録をしていない方は読めないことをお断りしておく。

そういうわけで、僕自身が書いた記事ではあるが、ここにその内容を紹介することはできないが、居宅介護支援費の一割利用者負担がもたらすものは、ケアマネジメントの質の向上でなく、御用聞きケアマネの増加と、ケアマネジメントの存在しないサービス利用の増加であることを、かいつまんで説明している。

この問題について、CBnewsの連載記事では触れなかった部分に少し触れよう。

居宅介護支援費の利用者一部負担を導入しようとする人の論理のひとつに、利用者が1割負担しているという事実が、担当介護支援専門員に責任感を与え、その結果としてケアマネジメントの質が上がるという考え方がある。

馬鹿を言うなと言いたい。

まともな介護支援専門員ならば、利用者負担があろうとなかろうと、責任感を持って居宅介護支援業務に当たっているはずである。逆に言えば、利用者負担がないとそうした責任感が感じられない人が要るとすれば、そのスキルや考え方が問題なのであり、そういう人は、利用者負担があろうとなかろうと、きとんとした社会福祉援助はできないだろう。

そういう意味で、この理屈はずいぶん介護支援専門員を馬鹿にした理屈だと言わざるを得ない。

ところで、居宅介護支援費の1割利用者負担が実現したとして、全国各地の居宅介護支援事業所は、それに備えた新たな業務の見直しが必須だ。もともと居宅介護支援費は、国保連への電送請求を前提に、請求事務のシステムが作られているのだから、現金を取り扱うシステムにはなっていないかもしれない。それを次期改訂までに見直していく必要がある。会計処理の見直しも必要だろう。

介護支援専門員の月次ルーチンワークにも、利用者からの利用料徴収業務が加わってくる。本体法人などでその業務を行ってくれる場合でも、滞納者の支払い促しなどは、ケアマネにその責任が押し付けられるだろう。滞納金支払い促しで、ケアマネと利用者の関係が悪化して、ケアマネジメントが機能しなくなるケースや、契約が終了されるケースも想定されるだろう。

しかも居宅介護支援費は、業務増加分に見合って増額される見込みは薄い。それは居宅介護支援事業所の介護支援専門員の業務負担は増えるが、待遇は現状維持のままである可能性が高いことを意味している。

今だって、決して業務内容に見合った額とは言えない居宅介護支援費である。それが増額されずに、業務負担と責任だけを負わされることに、介護支援専門員の皆さんは気が付いているだろうか。このような理屈に納得できるというのだろうか。

僕は、居宅サービスをマネジメントする介護支援専門員の誕生によって、日本の福祉の裾野は広がり、国民の福祉は確実に向上していると考えている。地域で暮らす高齢者が、自分の担当者がいるという心理的な安心感だけでも、介護支援専門員という職種の存在は、もっと評価されてよい。

そういう意味からも、この改正案は納得しがたいのである。僕自身は、ケアマネ実務からは離れた、別の立場にいるが、ケアマネ応援団として、この改正案には徹底的に反対の立場である。

同時に、このようなに介護支援専門員を馬鹿にした改正案に、当事者なのに、ほとんど異議を唱えない介護支援専門員諸氏には、やや歯がゆい思いを感じているのである。

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糖尿病が悪化してもよいから食事制限をしたくないという人にどう対応すべきか


土日と祝日を、3日有休をとることでつなげて、帯広〜大阪〜奈良〜横浜と4会場で講演を行ってきたが、そのテーマは、「地域包括ケアシステムの中で社会福祉士に求められる役割」・「介護保険制度の今後の展望」・「認知症の人が地域で暮らすために」・「看取り介護の実践論」とそれぞれ異なった内容であった。

しかも奈良では、午前中の講演のあと、午後からは分科会の助言者を務め、社会福祉法人の地域貢献事業や、通所介護の在りかた、施設ケアマネジャーの役割りについて助言を求められたので、今回は7つのテーマについてお話ししてきたことになる。

その中で、施設介護支援専門員の役割りについて、誤解があるのではないかということについては、一昨日「施設ケアマネジャーは、相談援助職でありソーシャルワーカーですよ」という記事の中で指摘したところである。

その記事を書くきっかけになった分科会での発表の中で、「糖尿病があっても、食事制限しないで暮らしたいという人がいるかもしれない」という指摘があった。それに対して施設ケアマネが、どのような具体的対応をするのか、どのような施設サービス計画を立てるのかという結論は示されなかったし、その意向を踏まえた方向性というものも特段示されなかった。しかしそのような指摘がされたということは、そうした意向をくむ方向性があってよいのではないかという意味に捉えた人もいるだろう。現に僕にはそう聞こえた。

果たして介護施設は、そのような希望がある人が入所してきた場合に、糖尿病を無視して食事制限をしないで対応してよいものなのだろうか。

確かに居宅サービス計画書にしても、施設サービス計画書にしても、第1表には「利用者及び家族の生活に対する意向」を書く欄があって、介護支援専門員は、利用者や家族に直接面接したうえで、この意向を確認し、出来るだけそれに沿った計画を作成しなければならない。

そもそも社会福祉援助とは、支援者が何かをすることのみを目的としているわけではなく、利用者の自己決定を尊重して、自立支援を促すことを目的としている。そんな中で、「糖尿病が悪化しても構わない」、「食事制限はしないでほしい」という利用者本人の意思は、どのように汲まれるべきであろうか。

一番大事なことは、そのような意思を持つ人がいた場合、その人自身が糖尿病の悪化によって、どのような状態になるのかという正しい情報と知識を持っているのかということである。

多くの場合、糖尿病なんてたいした病気ではないから、そんなに無理して食事制限する必要はないのではないか、特に年を取った人が、これから若返るわけでもなく終末期に向かっていくのだから、本人の希望を無視してまで健康管理を厳しくする必要はないのではないかと考えているのではないだろうか。糖尿病の悪化より、食事制限のほうが辛く苦しいと思い込んでいるのではないだろうか。

しかし糖尿病の悪化をなぜ防がねばならないのかを考えてほしい。それは糖尿病の悪化そのものより、糖尿病の悪化によって生ずる様々な合併症により、身体が蝕まれるのを防ぐためである。

例えばそれは糖尿病性網膜症によって失明する恐れであり、例えばそれは脱疽によって手足を切断しなければならない恐れである。しかし糖尿病の進行過程では、それらの症状は、ある意味まだましな状態といえるのかもしれない。それほど糖尿病の末期は、悲惨な経過をたどる危険性があって、それは身体が徐々に腐りながら死に向かっていくという状態だから、激しい痛みと苦しみにのた打ち回りながら、人間としての尊厳も矜持も、すべて失うように死んでいくという状態といえる。

そのような末期を知る人ならば、「糖尿病は悪化してもよい」などという意向をそのまま受け入れることはできないはずである。対人援助の専門家としてのみならず、人としてそのような辛く苦しい終末期を迎えることを容認できるものではないと思う。

介護支援専門員として求められ支援とは、血糖値管理がどのようにされているのかを計画書に落として、医師がデータなどから判断し、療養食を必要と判断しているかどうかを確認することであり、療養食として食事制限が必要とされているならば、利用者や家族に、そのことをきちんと説明したうえで、制限を最小限にして、できるだけ食生活にストレスを感じない方法で、糖尿病の悪化を防ぐことができないのかということを、医師や管理栄養士とともに考え、その具体的方法を示すことが、施設ケアマネの役割りといえるのではないだろうか。

そこでは「制限はできるだけ緩やかに、最大限の制限ではなく最小限での制限で、ストレスのない方法」が考えられるべきで、「末期がどうなろうと、本人の意向に沿って何もしない」という判断があってよいとは思えないのである。

バイステックの7原則の中に、「自己決定の尊重」の原則があるが、そこでは「人が何かを自ら選択し決定する自由は、すべてが許可される免許と同じではない」と解説されている。そして市民法や道徳法から生ずる制限が存在するとされているが、「自分の体がどうなっても構わない」という自由は、道徳法から考えると許されることではないと言えるのではないだろうか。

それが道徳法とは別ものであるとしても、自己決定の制限には、「福祉機関の機能から生ずる制限」があるとされており、「福祉機関は、多かれ少なかれ、各地域において定められた機能を遂行する目的をもって組織されている」とされ、そのことは「各機関の規則、基準、受給要件の中に、また提供するサービスの種類などとして、具体的に表示されている」とし、「クライエントは、機関のこのような権利を尊重する義務を負っている。つまりクライエントは、サービスを求めるとき、その福祉機関がもっている機能の範囲内でサービスを求めなければならない」とされている。

そうであれば介護保険施設は、基準省令の中で、「(健康管理)第十八条  指定介護老人福祉施設の医師又は看護職員は、常に入所者の健康の状況に注意し、必要に応じて健康保持のための適切な措置をとらなければならない。」と規定しており、糖尿病の末期の悲惨な状態を防ぐための「健康保持のための適切な措置」をとらないという要求は、機関の機能を超えた要求であり、当然それは利用者に対しては、「機関の機能を超えた自己決定の制限」として、「それはできませんよ」といえるものではないだろうか。ただそのことを利用者自身に納得してもらう必要があることは言うまでもないことで、機械的に制限の斧を振りかざすことは避けるべきであり、そのためにソーシャルワーカーである相談員や介護支援専門員のアプローチが求められるのではないだろうか。

こんなふうに考えると、「糖尿病があっても、食事制限しないで暮らしたい」という意向を持ったケースがあるかもしれないということを、施設ケアマネの役割りの中で示すことは、その内容にそぐわず、あまり適切なこととは言えないのではないかと思ったりした。

少なくとも、そうした意向を持つ人の計画書について、第1表の「利用者及び家族の生活に対する意向」にその内容を書いておけば、その意向に沿った計画内容として良いのだという誤解が生じないように、きちんとそのことを明確にしておく必要性を感じ、そのことも含めて助言させていただいた。

介護支援専門員の専門性は、利用者とのラポール関係を作り出して、利用者の真のニーズと、施設サービスを結びつけるものであるのだと思え、意向を汲むことばかりに視点が偏れば、それは結果的に介護拒否と変わりのない計画にならざるを得ないのだから。

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介護支援専門員が持つべき使命感と誇り


要介護高齢者の暮らしを支えるために、様々な場所で頑張っている介護支援専門員の皆さんは、居宅サービスの場でも、施設サービスの場でも、利用者の暮らしを支える多職種協働チームの中で、扇の要役を担う必要がある。

そのために頑張っている介護支援専門員の中には、本当に素晴らしい人材が多く、いつも何かを教えられて、その姿勢に頭の下がる思いを持つことが多い。

一方では介護支援専門員間のスキルの差が問題視され、事業者都合のサービスを押し付け、利用者の意思や希望を無視したサービス提供に終始することに、何の疑問も良心の呵責も持たない、責任感と使命感がない介護支援専門員の存在が指摘されたりする。

事実、ソーシャルワーカーとしてのスキルに欠けたまま、先輩から教えられたサービス作成方法を唯一のよりどころとして、暮らしを支えるという視点のない、単なるケアプランナーと言ってよい人も存在することは事実だ。

そのために、たくさんの優秀な介護支援専門員がいるにもかかわらず、制度改正のたびに、介護支援専門員とケアマネジメント技術への批判が繰り返され、あたかもそれは制度の欠陥がすべて介護支援専門の不適切なケアマネジメントによるものであるかのごとく糾弾され、介護支援専門員は常に被告席に立たされるのが当然のような考えを持つ人もいる。

しかし実際には、今この国から介護支援専門員という資格をなくしてしまっては困る要介護高齢者はたくさん存在しており、決して介護支援専門員という資格はなくなってはならない資格であると言い切って過言ではない。

現に厚労省の誰かが、介護支援専門員などなくしてよいと言っているような事実もない。

介護支援専門員を対象にした講演・講義等で、「そんなことばかりやっていると介護支援専門員の資格などなくなってしまいますよ。」と脅迫している講師がいるが、どこにそのような事実があるのかと問いたい。叱咤激励するのはよいが、地域の中で、利用者の暮らしをしっかりと支えている数多くの介護支援専門員の方々に対して、それは余りにも失礼な脅し文句であるし、「介護支援専門員の質の差をなくそう」という声はあっても、「介護支援専門員をなくそう」なんていう声がないという事実をもってして、それは嘘八百の不敬な脅し文句でしかない。

ただ居宅介護支援事業所の介護支援専門員の中には、他に先輩も同僚もいない一人ケアマネとして、何事も自ら決断を迫られ、かつ事業経営者からは、利益誘導が求められることで、使命感とのはざまでもがき苦しんでいる人もいるようだ。どうかそのことに負けないで、妥協しないでいただきたい。自らの良心が、巨大な力につぶされそうなときは、働く場所を変えるという決断も必要だろう。志の高い介護支援専門員にとっては、それが唯一、自らの心が壊れない方法だという場合もあるのだ。

様々な問題に煮詰まって、周囲が見えなくなっている人も存在する。例えば表の掲示板の相談ケース。「自費ベッドにするなら、介護保険対応のベッドにすべき??」のなかでは、相談者である介護支援専門員の方が、軽度要介護者の特殊寝台利用のルールをきちんと把握したうえで、所属事業所の上司の命令は不適切ではないかと相談されている。

相談内容を読んだ印象では、この介護支援専門員さんは、まじめで、コンプライアンスの意識も高い人だ。おそらく優秀な人材なのだろうと想像する。

ただ事業所内で誰にも相談できず、上司から理不尽なプレッシャーをかけられているという環境の中で、視野が狭くなって、自由な広い発想ができなくなっているように思う。

保険給付の対象外サービス=全額自費利用という発想から、介護保険制度から離れて、保険外で対応する方法はないかということを同時にマネジメントしていかないと、袋小路に陥ってしまうときがあるのだ。

特に福祉用具貸与については、保険給付されるものであったとしても、1割負担でレンタルを継続していくほうがよいのか、保険給付を受けずに、自費購入して、「自分の所有物」として使う方が良いのかは、個人の考え方も絡んで多様な判断基準があるのだから、ここは柔軟に考えるべきである。

おそらくこのケースの質問者のような場合は、少しだけ煮詰まっているだけなので、ちょっとしたヒントを与えるだけで、きちんとした方向への発想の転換が可能であり、より高いスキルを経験の中で身につけていくことであろう。

そういう意味では、地域包括支援センターの主任介護支援専門員がアドバイザーになって実施する、「地域同行型実地研修」は、介護支援専門員が一人しかいない事業所などは大いに利用すべきだと思う。
(参照:問われる主任介護支援専門員の資質と力量

僕自身は現在、介護支援専門員の実務は行っていないが、厚労省認定のケアアンネジメントリーダーの認定も受けている立場でもあるし、職場では居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、施設ケアマネジャーの管理者の立場でもある。さらに実際にはケアマネジメント全般に対するスーパーバイザーの立場から指導することも多いので、介護支援専門員の方々を応援する人でありたいと思う。

全国で行う僕の講演でも、介護支援専門員の方々を対象にした講演は多い。それは介護保険制度全般に関するものであったり、介護支援船も人実務に関して居宅介護支援や施設サービスの違いを可たる者であったり、ケアマネジメント全般であったり、居宅サービス計画や施設サービス計画の作成方法であったりする。そこでは介護支援専門員に対して向けられた世間の評価を正しく明示したうえで、問題や課題を明らかにするが、決してそれで終わることなく、同時に、評価されるケアマネジメントについて、具体的に事実として明らかにしているつもりである。

介護支援専門員の使命感と誇りを失わないようにお話ししていくつもりである。

近直では、11月22日(日)13:00〜16:00愛媛県松山市で行われる「愛媛県地域包括支援センター協議会・ケアマネ部会研修」にて、「これからの介護支援専門員のあり方〜masaからのエール〜」というテーマでお話しする予定である。愛媛県の講演は2年ぶりになる。お近くの方は、是非会場までお越しいただきたい。

※なお同会場で同じ日の午前中に、「愛媛県老人福祉施設協議会主催研修」が行われ、そこでは「特養における看取り介護の実践〜本人・家族の思いを受け止めて〜」というテーマで、150分講演を行う予定である。看取り介護は、在宅・施設に限らず、すべての場所で、今後必要性が高まる介護で、どこでも安心して最期の時を過ごせることが、地域包括ケアシステムの基盤にもなる大事な介護である。こちらには職種を超えて数多くの方にお越しいただきたいと思う。

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居宅介護支援費への自己負担導入はケアマネ業務負担を増大させる


昨日このブログで報告した、「居宅介護支援費に利用者自己負担を導入することの是非についてのアンケート結果報告」について、そこに寄せられたコメントについて、いくつか感想を述べたい。

自己負担を導入することに「賛成」の意見に中に、「そもそも居宅介護支援費だけが自己負担がないのがおかしい」という意見が複数あった。

しかしこの意見は制度設計の根幹を理解していないように思えてならない。

居宅介護支援費に自己負担がない理由は、国は次のように説明している。

「利用者個々の解決すべき課題、その心身の状況や置かれている環境等に応じて保健・医療・福祉にわたる指定居宅サービス等が、多様なサービス提供主体により総合的かつ効率的に提供されるよう、居宅介護支援を保険給付の対象として位置づけたものであり、その重要性に鑑みたものである。」

この説明がわかりにくいと思うので、僕の言葉で、できるだけわかりやすく説明してみたい。

介護保険制度は自立支援のための制度だから、サービス利用に先立って、生活課題を把握したうえで、その解決につながる目標を設定するという形で、具体的な計画に基づいてサービス利用することが大事になるため、居宅サービス計画をサービス提供の前提にはしないものの、現物l給付化(サービス利用時に利用者が1割負担金のみを事業者に支払うことで利用できる仕組み)する条件として、居宅サービス計画作成を義務付けている。(計画がない場合は、償還払いでサービス利用しなければならない。)

この計画については、自分の計画は自分自身で立てられる(セルフプラン)ことにしているものの、専門的見地から自立支援の計画を立案する指定事業所に依頼できる仕組みにすることで、制度の理念に沿ったサービス利用が推進できる。かつ居宅サービス計画作成に関する専門的ケアマネジメントは、サービス利用そのものではないという特性を鑑みると、他のサービスとは差別化されるもので、現物給付の前提としていることもあわせて鑑みて、全額保険給付としているものだ。

このことについては、制度の理念や仕組みと照らして矛盾するものではなく、十分整合性のあるルールと言え、単純に他の居宅サービスが自己負担があるのだから同じにしなければおかしいという理屈にはならない。

また「制度上そもそもセルフプランが推奨されている」というコメントがあったが、そういう事実はない。セルフプランを推奨しているのは一部の民間団体のみであり、国や介護保険制度はそのことを可としているのみで、推奨しているわけではない。

「セルフプランでも可。この場合の給付管理は市町村業務とする」というルールは、居宅介護支援事業所によるプラン作成を、セルフプランができない場合の代替とみているわけではなく、逆に専門職による一連のケアマネジメントによるプラン作成を望まない人への代替手段として、セルフプランという地域行政職の業務負担が増える方法を、やむなく認めているものであり、むしろ推奨されているのは居宅介護支援なのである。

それはこの制度のために、介護支援専門員という新たな資格を創り、居宅介護支援という新たな事業を規定したことで証明されている。

利用者が権利意識を持ち、ケアマネが責任と義務を今以上に問われるから賛成。」という意見にも、僕は首をかしげる。

じゃあ今現在、「自己負担がないから、プランは適当でいいし、自分の意にそわなくてもいいよ」と言ってくれる利用者が何人いるだろう。勿論なかには、「無料だから、あんまり文句を言えないし、ケアマネ交代の希望も出せない」という人もいるのだろうが、それは圧倒的に少数派である。居宅介護支援事業が、無料で行われている事業ではなく、保険給付によって収入を得ており、職業として成り立っていることを多くの利用者が知っているという現状において、自己負担がないから担当者に責任と義務行使を求めずらいと考えている利用者の方が少ない。

1割負担があることで、介護支援専門員が、より責任感を感じて、適切なプランに結びつく」という意見も複数あったが、これもおかしな考え方だと思う。

1割負担がないということは、その仕事に対して、介護サービスを利用していない人も含めた、全ての国民の負担した費用が支払われているという意味である。そうであれば公費と保険料により収入を得ているということに責任を感じざるを得ず、その責任感を持てない人が、1割自己負担ということで、「より強い責任感」などもつことができるだろうか?持ったとしても、よれは一瞬の泡のように消えてなくなる責任感だろう。むしろ1割負担がないことで、指定事業者としての責任感を持てないというスキルの低さを反省すべきであろう。

自己負担があることで、より自立支援に結びつく質の高い居宅サービス提供につながる」という意見への反論は、このブログで繰り返し書いてきたので、あらためて反論するまでもないだろう。むしろ自己負担を導入することによって「御用聞きケアマネ」は増えることは間違いないだろう。(参照:居宅介護支援費(ケアマネジメント)の利用者自己負担導入について

賛成コメントの中で、「なるほど」と思ったのは、「少なくとも自己負担導入により、あまり必要性のない福祉用具のみの利用は減る」という意見である。たしかに必要性の薄い杖一本、車いす1台だけの貸与のために、毎月居宅介護支援費の1割負担が生ずるのは割に合わないと考えて、セルフプランにするか、貸与自体をやめようと考えるケースは増えるだろう。

自己負担賛成論では、「財源には限りがあるから、やむを得ない変更」という意見が、もっともうなづけるように感じた。

一方、多数意見となった「自己負担反対」のコメントは、どれもうなづけるものが多いが、特に『セルフプランと称して、居宅サービス事業所職員が無料でケアプランを代行作成し、その代償にみずから運営する事業所に利用者を誘導するような事が横行するのではないだろうか。』という意見を注目すべきだと感じた。

「系列法人サービスへの誘導」のために無料でセルフプランの作成を手伝う行為は、違法とはならない。

セルフプランは、アセスメントも給付管理もしなくてよいのだから、手伝うと称して、機械的に居宅サービス計画書1〜3を代理作成するだけであり、これには介護支援専門員の資格も必要としないし、適切なニーズを引き出す必要もないので、さほどの知識や技術も必要とせず、誰にでもできる行為であると言える。しかも特定事業所集中減算も適用されない。そもそも形は自己作成=セルフプランだから、行政指導の対象にもならない。

こうした行為を行う事業者は間違いなく増えるだろう。そしてそれは居宅介護支援費への支出を減らす結果となっても、必要のない居宅サービス利用を増大させる結果となり、給付費全体としてみれば増えるだろう。

このことと、自己負担があるがゆえに、利用者の希望を丸呑みしたプランを作成する御用聞きケアマネが増えることを考えると、財源負担をへらすという理屈も通用しない恐れが出てくる。やはり居宅介護支援費の、自己負担導入は問題が大きい。

それにしても、この自己負担問題に寄せられたコメントを読むと、賛成・反対の意見は異なっても、制度全体、ケアマネジメントの質という面からの主張がほとんどで、介護支援専門員の業務負担という部分から、賛否を判断した人が少ないことがわかる。これは介護支援専門員はじめ、多くの関係者が、制度の持続性・ケアマネジメントの質というものを真面目に考えている証拠で、自分の業務負担を念頭に置かずに、介護サービスの在り方を真剣に考えている結果と言えるのかもしれない。

しかし・・・である。それでいいのかと、あえて主張したい。

居宅介護支援費に、利用者負担を導入した際には、確実に指定居宅介護支援事業者に所属する、「介護支援専門員」の業務は増えるということだ。そしてそれに対する報酬は加算されるわけではなく、確実に発生するであろう自己負担金の滞納を考えると、収入は減るということだ。つまり業務負担は増え、給料は増えないどころか下がる可能性があるということだ。そのことに文句はないのだろうか。

会計処理を含めた未収金を処理する人って、居宅介護支援事業所の中では、介護支援専門員しかいないということを考慮に入れているのかということである。下記は、僕の講演ファイルのスライドの1枚であるが、このことを考えれば、自己負担金導入に賛成する介護支援専門員って、わが身を粉にしてまで働こうとする覚悟のある人ではないかと思ってしまう。
講演ファイルより
居宅介護支援費の利用者自己負担を導入した後のことを想像した時に、滞納金徴収の催促のために、定期的なモニタリング訪問以上の回数の、利用者宅訪問しなければならない介護支援船専門員の姿がちらついてならない。

今でさえ忙しく働いている当法人の居宅介護支援事業所の介護支援専門員の姿を見ると、これ以上の業務負担をかけられないと思うし、上に記したようなことにならねばよいのだがと祈る気持ちでいっぱいになる。

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居宅介護支援費(ケアマネジメント)の利用者自己負担導入について


3年後(2018年)の介護報酬改定議論の中で、厚労省は現在全額保険給付されている居宅介護支援費(居宅サービス計画作成などを含むケアマネジメント)について、利用者自己負担を導入する考えを示している。

このことは2012年の制度改正時にも一度議論されたが、その際は社会保障審議会介護保険部会の報告書に、賛成と反対の両論を併記したうえで議論し、見送りとなった案である。

今回再びこのことが取り上げられている背景には、6/30に閣議決定された、「経済財政運営と改革の基本方針2015」(骨太の方針)で、社会保障費の伸びを今後3年間で1.5兆円程度に抑える削減目安が示されたことと大きく関連しているだろう。

このことは過去3年間と比べて、介護報酬を2%以上削減し、その報酬レベルを2018年まで維持することで実現しようとするものだが、高齢者が増えることによる自然増分を考えると、そのあとも介護だけで毎年1.500億円〜2.000億円の給付削減をしなければ、その数値目標が実現できないことから、さらなる報酬減とともに、利用者負担の増加も考慮に入れなければならない。仮に居宅介護支援費の1割利用者負担が導入されれば、2014年ベースの給付費で試算すると、400億円の給付費削減効果があるのだから、国としてはぜひ実現させたいことだろう。

もともと居宅介護支援費が全額保険給付されている理由は、「利用者個々の解決すべき課題、その心身の状況や置かれている環境等に応じて保健・医療・福祉にわたる指定居宅サービス等が、多様なサービス提供主体により総合的かつ効率的に提供されるよう、居宅介護支援を保険給付の対象として位置づけたものであり、その重要性に鑑みたものである。」と国は説明していた。

その原則を崩しても、一部自己負担を導入せねばならないほど、財政健全化において、少子高齢社会にかかる費用はネックになってきているということである。

現在の流れから言えば、2018年には、この自己負担が導入されることになることは間違いないだろう。

その理由は、2012年の議論当時より、反対論が少ないことから判断できるものだ。例えば全国老施協は、これ以上の介護給付費の削減をさせないためにも、「肉を切らせて骨を絶つ」という戦略の中で、居宅介護支援費の自己負担導入を自ら提言している。

「肉を切らせて骨を絶つ」という戦略ほど、歴史的に見て成功例の少ないものは他になく、太平洋戦争時の特攻作戦も、その理屈を前面にして決行され、あの戦争の末路をさらに悲惨なものにしたように、高等な戦略とは言い難いが、他にもう知恵がないということなのだろう。そういう意味では、この国の介護保険制度が末路に向かっていると言えるのかもしれない。

僕個人の意見としては、居宅介護支援費の全額保険給付という意味も理解できるし、そのことは大いに意義深いものであったと評価するが、例えば特養の多床室の報酬が制度開始当初から比べて23%という大幅な削減をされているという状況の中で、介護給付費は3.6兆円から9.5兆円へととめどなく増えている現状を鑑みると、この制度を持続させるのであれば、理念に及ぶ部分も一部微調整が必要で、ケアマネジメントという制度の根幹に関連する部分の自己負担導入もやむを得ないと考えるものである。

ただし前記したように、それはあくまで財政事情を考慮して、よりましな方向は何かと考えたときに、やむを得ず選択するものであって、居着介護支援費の自己負担導入によって、ケアマネジメントの質が上がるかのような、まやかしの理屈は間違いであると同時に主張しておきたい。

自己負担導入に関して、まやかしの理屈を展開する輩は、このことで次のような効果あると言う。

・利用者がケアプランの内容に対する関心を高め、自立支援型のケアマネジメントが推進されるのではないか
・ケアマネジャーがより慎重に選ばれていき、それぞれが質を競い合うようになりプラスの効果が生まれる

馬鹿者と言いたい。居宅介護支援費に自己負担を導入すれば、自立型のケアプランが増えたり、ケアマネジメントの質が担保されるためには、利用者が「自立支援型のケアマネジメントを望んでいる」という前提条件がなければならない。それがなければこの考え方は成立せず「空論」の域を出ないからだ。

現実としては、利用者は自らの自立支援を求めてケアプラン作成を依頼するわけではなく、「暮らしがどうなる」ということより、まず「サービスを使いたい」ということからケアプランの作成依頼に至るのである。そして介護保険サービスは、お金を払えば使えるサービスなのだから、効果より利用そのものが目的化される傾向にある。ニーズよりデマンドからサービス利用を考えるのが人情なのである。

この時、ケアマネジメント能力のある介護支援専門員であれば、利用者のデマンドと真のニーズは違うことを適切に導き出し、説明し、自立支援型のサービス利用に持っていくであろうが、利用者負担導入により、逆にこうした利用者のデマンドより、真のニーズを導き出すケアマネジャーは避けられる可能性の方が高い。「金を払っているんだから言うことを聞け」と主張する利用者が増えるだろうし、金を払ってまで「指示」されることを嫌う利用者は、適切なケアマネジメントで真のニーズを説明してくれる介護支援専門員を「うるさく」感じて避けるケースが多くなるからだ。

その結果、利用者に「おもねる」居宅介護支援事業所の方が、利用者確保に繋がり収益を挙げることになるだろう。

このことは利用者負担の導入は、居宅介護支援事業における過度な利用者への「媚を売る」ことを助長させるという意味に置いて「御用聞きケアマネ」を増やす危険性はあっても、ケアマネジメントの質担保にはならないという結論となる。よって居宅介護支援費の自己負担導入理由を、ケアマネジメントの質向上のために必要と主張する人間は、よほどのイカレポンチであると言えるのだ。

さらに言えば、お金をかけずに自分の望むサービスだけを利用するために、自己負担の必要がないセルフプランでサービス利用するケースが増えるだろう。このことは、ケアマネジメントの存在しないサービス利用が増えることを意味し、そうであれば自立型のサービス利用につながるなんてことはあり得ないという結論しか導き出せない。そしてこのことは給付管理を市町村が行うということになるもので、市町村の事務負担が増え、そのことによって行政によるサービス抑制が行われるという結果さえ懸念される問題となるかもしれないのである。

どちらにしても居宅介護支援費の自己負担導入は、利用者の暮らしの質とケアマネジメントの質との関連で議論すべき問題ではないのである。むしろ両者の質の低下は懸念されるものの、財源と制度の持続性を考える中で、やむを得ない選択肢として議論されるべきである。

このように、もっと本音で財政論を展開しないと、少なくとも関係者の納得を得ることは難しいだろう。介護事業関係者は、国の審議会で机上の空論に終始するようなイカレポンチばかりではないのだから。

※この問題について、「居宅介護支援費に利用者自己負担を導入することの是非について」というアンケートを実施中です。(9/25まで回答期限)。是非皆様の意見をお聞かせねがいたく投票協力をお願いします。

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問われる主任介護支援専門員の資質と力量


本年4月以降の居宅介護支援費における特定事業所加算に『介護支援専門員実務研修における科目「ケアマネジメントの基礎技術に関する実習」等に協力又は協力体制を確保していること』が加えられた。

「ケアマネジメントの基礎技術に関する実習」とは、言うまでもなく、新しい体系となる介護支援専門員実務研修における実習を指すもので、そのためこの要件は、「28年度の介護支援専門員実務研修受講試験の合格発表日から適用」とされており、介護報酬Q&A Vol.1では、これに関して次のように解説されている。

問185 特定事業所加算に「介護支援専門員実務研修における科目「ケアマネジメントの基礎技術に関する実習」等に協力又は協力体制を確保していること」が加えられたが、この要件は、平成 28 年度の介護支援専門員実務研修受講試験の合格発表の日から適用となっている。新規に加算を取得する事業所又は既に特定事業所加算を取得している事業所は、当該要件は満たしてなくても、平成 27 年4月から加算を取得できると考えてよいのか。また、適用日に合わせて体制等状況一覧表の届出は必要であるか。

(答)適用日以前は、要件を満たしていなくても加算は取得できる。また、体制等状況一覧表は、適用日の属する月の前月の 15 日までに届出する必要がある。


↑つまり28年度の実務研修までに、実習受け入れの態勢を整える準備をしておけば、実際にそれまでに実習を受け入れていなくとも加算算定は可能であるという意味である。同時にこの要件に関しては、次のQ&Aも示されている。

問186 特定事業所加算に「介護支援専門員実務研修における科目「ケアマネジメントの基礎技術に関する実習」等に協力又は協力体制を確保していること」が加えられたが、実習受入以外に該当するものは何か。例えば、地域で有志の居宅介護支援事業所が開催する研修会の引き受けるといった場合は含まれるのか。
また、実習受入れの際に発生する受入れ経費(消耗品、連絡経費等)は加算の報酬として評価されていると考えてよいか。(実務研修の受入れ費用として、別途、介護支援専門員研修の研修実施機関が負担すべきか否か検討をしているため)

(答)OJTの機会が十分でない介護支援専門員に対して、地域の主任介護支援専門員が同行して指導・支援を行う研修(地域同行型実地研修)や、市町村が実施するケアプラン点検に主任介護支援専門員を同行させるなどの人材育成の取組を想定している。当該事例についても要件に該当し得るが、具体的な研修内容は、都道府県において適切に確認されたい。
また、実習受入れの際に発生する受入れ経費(消耗品費、連絡経費等)の取扱いについては、研修実施機関と実習を受け入れる事業所の間で適切に取り決められたい。


↑このように実務研修の実習以外にも、都道府県が認めるのであれば、「有志の居宅介護支援事業所が開催する研修会」も該当するとしており、都道府県との事前協議を行うことで、その範囲は広がる可能性がある。

また「等」に該当するのものとしては、「地域同行型実地研修」と「市町村が実施するケアプラン点検に主任介護支援専門員を同行させるなどの人材育成の取組」が具体的に示されている。後者については、主任介護支援専門員が同行する際に、実習中の介護支援専門員も同行させてプラン点検の実際を共に学ばせるという意味だろう。

前者の、「地域同行型実地研修」とは、「介護支援専門員地域同行型研修実施要綱」に基づいて行われる新しい研修事業で、市町村が実施主体となって行うものである。

この研修については、地域包括支援センターの主任介護支援専門員が、事前研修を受けて、アドバイザーに任命される必要がある。そしてアドバイザー、介護支援専門員の実務に従事している者であって、就業後1年を経過した介護支援専門員を地域同行型の研修の中で指導することとなり、具遺体的には、アドバイザーと受講者がそれぞれのケースのサービス担当者会議への出席及びモニタリング訪問により、受講者のサービス担当者会議での進行、調整、会議録作成に係る能力の習得及びモニタリング、事後調整のあり方を理解するとされている。同行演習の期間は、2〜3ケ月とされており、この間主任介護支援専門員は、適時に研修受講者に対してスーパービジョンを展開していくこととなる。

介護支援専門員地域同行型研修
そうすると、この「地域同行型実地研修」の事前研修で、アドバイザーについての事前研修を受けたとしても、3月にもわたる期間を通じて、実務に携わっている介護支援専門員に対してスーパービジョンを展開していくためには、付け焼刃の知識ではどうにもならず、スーパーバイザーとしての資質が求められてくるわけである。そこでは当然、居宅サービス計画作成に関して、アセスメントとプランを結びつけて解説する能力も必要になってくるであろう。つまり根拠となる思考法の説明も求められてくるわけである。

果たして現在、地域包括支援センターで、主任介護支援専門員の実務に携わっている人で、いったいどれだけの人が、その力量を持っているのだろうか?現在でもまともなケアプラン作成指導ができない主任ケアマネが多い現状を見ると、この事業に手を挙げたのは良いが、実際に3月の地域同行実習を通じて、有効なスーパービジョンを行うことができず、その資質に疑問符しかつけられない指導に終始する主任ケアマネの姿というものも、容易に想像できてしまう。それでは困るわけである。

中には主任介護支援専門員の資格取得動機が、特定事業所加算取得のためと勘違いしている人もいる。そして特段の資格試験もなく、講習を受けさえすれば取得できる、「主任介護支援専門員」という冠資格に胡坐をかいて、日頃の自己研さんを怠っている人も見受けられるが、「地域同行型実地研修」の実施主体となる地域包括支援センターでは、そういう主任介護支援専門員では、仕事にならないし、そうした人材に対しては、実習生からの事後クレームが多くなり問題となってくるだろう。

そうならないためにも、ケアマネジメントスキルを高めて、実務経験の浅い介護支援専門員に対して、的確なスーパービジョンが展開でき、居宅サービ計画の根拠を、アセスメントと計画内容を、言葉と文章で適切に結び付けて説明できる主任介護支援専門員の資質が求められてこよう。その資質のない主任介護支援専門員は、公の場で批判を受けることにもなりかねない。

スーパービジョンをどう展開できるかというイメージを、すぐに思い浮かべることができる主任介護支援専門員であるのかが問われているのである。スーパービジョンって何?というレベルでは、主任介護支援専門員という役割を担うことはできないのである。

そうしたプレッシャーはあるだろうが、この事業を自らのスキルアップの機会ととらえ、資質と力量の向上に努めてもらいたい。

現状を見渡すと、要介護状態になった以後の、高齢者の「生活の質」が、担当する介護支援専門員の力量と価値観によって決まってしまうと言えるような状態も見られる。(本来そうあってはならないと思うが、現実にはそのような問題も生じている。)そういう意味でも、介護支援専門員が担う責任は、極めて重要であると言わざるを得ない。

そのことの重大性を心して、この国に暮らすすべての人々が、安心と安楽の暮らしを続けられるように、介護支援専門員という立場から支援を行う人々が、日々の業務の中で、利用者から学び、スキルアップを重ねながら、その恩を利用者に返していく姿勢が必要となる。

そういう意味では「地域同行研修」を主任介護支援専門員と、実務経験の浅い介護支援専門員の双方が、お互い謙虚に学びあうという姿勢を持ちつつ、刺激を受け合って、双方のスキルアップの機会として有効なものにしていってほしいと思う。

どちらにしても地域包括支援センターの主任介護支援専門員の資質と力量が、その地域のケアマネジメントスキルに重大な影響を及ぼしていくのが、今回の「地域同行型実地研修」によって明らかになっていくだろう。

そして地域包括支援センターの主任介護支援専門員として、覚悟しておかねばならないことは、好む好まざるに関わらず、今後はスーパーバイザーとしてのスキルを磨いて、スーパービジョンを展開できないと、主任介護支援専門員としての仕事に行き詰まるということは確実である。

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地域ケア会議はなんのためにあるんだ?


居宅介護支援費における、特定事業所集中減算というルールは、ケアマネジメントを真っ向から否定し、介護支援専門員という有資格者の資質を否定するような、極めておかしなルールとしか言いようがない。(参照:本末転倒の減算ルールは即刻廃止せよ

このルールは、厚労省のお役人の傲慢さを現したものとしか言いようがないが、なぜこのような理不尽なルールを居宅介護支援事業所の介護支援専門員に課しているのかということを考えると、一昨年行われた「第2回介護支援専門員の資質向上と今後のあり方の関する検討会」で、日本福祉大学の野中構成員が発言した内容に答えがあると思う。野中氏の発言要旨は以下の4点である。(※筆者の解釈なので、発言の本旨と異なっているとしたらお詫びしたい。

・医師や看護師は技術があって制度ができた
・介護支援専門員は技術の前に制度ができた
・厚労省は医師を指導できないけどケアマネは指導できる
・医師は技術が先にあるから医師同士の評価ができる〜厚労省がこの評価をやったら技術は荒廃するが、ケアマネは技術の前に制度があるため、厚労省の考えひとつで制度の中で、どうにでも評価・指導できるという節がある。

実際には優れた介護支援専門員が地域にたくさん存在していおり、そういう人々にとって制限ルールなど必要としないし、それはむしろ利用者と一番マッチする社会資源を結びつけることを阻害するものでしかない。

しかし国の言い分は、一部の不適切プランに着目することで、ケアアンネジメントが機能していないとし、介護支援専門員の質の差が激しいという結論に達してしまう。そしてこの質を引き上げるために、制度のルールの中で不適切事例に制限をかけようというのが、特定事業所集中減算の意図であり、まさにお上による専門技術指導ができるという傲慢さが、このルールを生んでいるわけである。しかし貼り付けたブログ記事に書いたように、そのルールは本末転倒でしかない。

ところで特定事業所集中減算については、特定事業所の紹介率が80%を越えても、正当な理由があれば減算されないというルールがあり、正当な理由については、解釈通知にて次の6点が示されている。

1.居宅介護支援事業者の通常の事業の実施地域に訪問介護サービス等が各サービスごとでみた場合に5事業所未満である場合などサービス事業所が少数である場合
2.特別地域居宅介護支援加算を受けている事業者である場合
3.判定期間の1月当たりの平均居宅サービス計画件数が20件以下であるなど事業所が小規模である場合
4.判定期間の1月当たりの居宅サービス計画のうち、それぞれのサービスが位置付けられた計画件数が1月当たり平均10件以下であるなど、サービスの利用が少数である場合
5.サービスの質が高いことによる利用者の希望を勘案した場合などにより特定の事業者に集中していると認められる場合
6.その他正当な理由と都道府県知事(指定都市及び中核市においては、指定都市又は中核市の市長)が認めた場合

以上である。そしてこのうち5の「サービスの質が高いことによる利用者の希望を勘案した場合」については、どう解釈通知に、「(例)利用者から質が高いことを理由に当該サービスを利用したい旨の理由書の提出を受けている場合であって、地域ケア会議等に当該利用者の居宅サービス計画を提出し、支援内容についての意見・助言を受けているもの。」という記載がある。

さらに、平成27年度介護報酬改定に関するQ&A(Vol.2)の、【居宅介護支援】 特定事業所集中減算 では以下のような疑義解釈が示されている。

問26 訪問看護の場合、ケアプランに位置付けようとする時点で主治医と利用者との間で既に事業所が選択されていることが多く、これにより紹介率が80%を超えることについては正当な理由に該当すると考えてよいか。

(答)
特定事業所集中減算の正当な理由の範囲は「指定居宅サービスに要する費用の額の算定に関する基準(訪問通所サービス、居宅療養管理指導及び福祉用具貸与に係る部分)及び指定居宅介護支援に要する費用の額の算定に関する基準の制定に伴う実施上の留意事項について」(平成 12 年3月1日厚生省老人保健福祉局企画課長通知)(以下、「留意事項通知」という。)に示しているところであり、正当な理由の範囲として、サービスの質が高いことによる利用者の希望を勘案した場合などにより特定の事業者に集中していると認
められる場合(※)等が含まれている。
(※)利用者から質が高いことを理由に当該サービスを利用したい旨の理由書の提出を受けている場合であって、地域ケア会議等に当該利用者の居宅サービス計画を提出し、支援内容についての意見・助言を受けている場合等を想定している。なお、利用者から提出を受ける理由書は、当該利用者にとってサービスの質が高いことが確認できるものとし、その様式は任意のものとして差し支えない。


27年度からの新しい特定事業所集中減算は、判定期間が後期(9月1日から2月末日)からで、減算適用は来年度当初からになる。

そうすると今年度後期に、特定事業所の計画数が80%を超えたものについて、地域ケア会議で取り上げて欲しいという要望が寄せられ、その件数が多くなることが想定される。地域包括衣支援センターは、その要望に応えることがでいるのだろうか、というより、そのような要望に応える必要があるのだろうか?

地域ケア会議は、各事業所が抱える困難事例を、サービス担当者会議のメンバー以外の多方面の専門性を持つ構成員が、多職種協働で問題解決に向けた意見を出し合うことで、その解決を図ろうとするもので、困難事例等の検討を積み上げて、地域課題を掘り起こし、その延長線上に、地域住民の生活課題に対応すべく社会資源の開発や政策提言までつなげていくという、地域包括ケアシステムの基盤をなす会議であるはずだ。

それが特定事業所集中減算というルールに該当しない、正当な理由の検討に使われるというのはいかがなものだろう。検討に値するプランがその中にどれだけ存在するのだろうか?地域ケア会議以外で、この検討を行うとすれば、どこの何を活用するというのだろうか。

そう考えると僕は、「地域ケア会議等」、「支援内容についての意見・助言を受けている場合等」の「等」の解釈を狭めないで、等にはサービス担当者会議での検討を含めて考えるべきであると思っている。

減算を適用しないための事例提出など無意味だし、すべての正当理由プランを地域ケア会議で検討できるわけがないのである。

利用者に理由書を書かせて、さらに地域ケア会議等での検証作業を要するほど、介護支援専門員のケアマネジメントを疑う理由がどこにあるんだろう。介護支援専門員のアセスメントより、普段利用者を見たこともない他職種の意見を尊重するという理由がどこにあるんだろう。義務化しているサービス担当者会議をないがしろにするのもいい加減にしろと言いたい。

こうした一連のルールを検証すればするほど、特定事業所集中減算は、まったくもっておかしなルールとしか言いようがなく、早くなくさなければならないルールであると言って過言ではないだろう。

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横浜アローチャート学会で得ることができるもの


介護支援専門員という有資格者の仕事ぶりが、とかく批判の的になることがあるが、個人の質の差によるデコボクがあることは否定できないものの、地域の中に介護支援専門員という有資格者が根付いて活動している現状は、国民の福祉の向上の一翼を担っていると言って過言ではなく、その資格は決してなくして良いものではない。

介護保険制度が創設された際に、介護支援専門員という有資格者が誕生したことによって、この国の福祉の底辺は間違いなく引き上げられたと思う。
(参照:介護支援専門員という資格に誇りを持ってください

ただし課題とされている点については、きちんと整理して、解決していく必要がある。そのことが社会の信頼を生み、介護支援専門員がますます地域でなくてはならない専門資格であるという認識につながっていくであろう。

介護支援専門員全体のスキルを引き上げていくために何が必要なのか?介護支援専門員に向けられている社会の要請とは何か?今問われている問題とは何か?

今一番問題とされていることは、ケアマネジメントが機能しているのかということだ。給付制限に躍起になっている国は、不必要で過剰なサービスを、介護支援専門員がプランニングしているのではないかと目を光らせている。そうであれば、介護支援専門員は、計画に位置付けたサービスの必要性を明示できなければならないということである。

介護支援専門員が、ケアプラン(居宅サービス計画または施設サービス計画)を立案する際に行うアセスメントが、本当に計画された具体的サービスにつながっているのかが問われている。

アセスメントを無視した、サービスありきのケアプランとなっていないのかが問われている。

そこで必要とされる介護支援専門員の能力とは、ケアプランの根拠を、アセスメント結果と繋ぎ合わせて言語化し、チームメンバーに文章や言葉で説明できる能力である。

そのために制度改正議論の中では、ケアマネジメントのあり方が問われ、作成義務化はされなかったとはいえ、課題整理総括表・評価表という2つの新しい書式が作られ、介護支援専門員がサービス担当者会議や地域ケア会議等の場における多職種との情報共有や調整等に際して積極的な活用を促されている。そのために介護支援専門員の更新研修などでは、この新しい書式の作成訓練なども行わるであろう。

つまり課題整理総括表・評価表はケアプランの根拠を言語化するためのツールと言えるが、必ずしもこのツールを使わなければならないということでもなく、自分にとって言語化のための思考法を取ることが容易なほかのツールを使ってもよいわけである。

アローチャートという思考法がある。このことについては、このブログ記事でも何度か紹介してきた。(参照:アローチャート関連記事)。僕自身はケアマネ実務に就いているわけではないし、アローチャートを深く学んでいるわけでもないために、その思考法に精通しているわけではないが、吉島先生のお書きになった本を読んで、この思考法は優れていると感じたので、当施設併設の居宅介護支援事業所の介護支援専門員には、アローチャートを学ぶことを推奨し、昨年札幌で開催された勉強会には、新任の介護支援専門員を参加させ、しっかりアローチャートを勉強してもらっている。

第 2 回アローチャート学会 神奈川大会が、平成 27 年 7 月 11 日(土)13:00 〜 12 日(日)16:10までの日程で、横浜市従会館で行われる。開催要項は、張り付いたリンク先からダウンロードできるのでクリックしてご覧いただきたい、。

大会の趣旨は、「アローチャートを用いたアセスメント及び関連する理論の研 究・発表の場を提供することにより、アセスメント技術の向上を図ることを目的とする。」とされている。アセスメントとプランのつなぎ方に悩まれている方、ケアプランの根拠を言語化することに悩みを持っている方などは、この学会での学びは貴重で、必ず実務に役立てることができると思う。

学会ではアローチャートの伝道師・吉島豊録先生(梅光学院大学・准教授)の基調講演や、アローチャートの基礎講座が行われる予定になっており、アローチャートの初心者も精通者も、どちらも学びの機会となり得る内容になっていると思う。全国の仲間との交流もでき、新たなつながりも生まれる素敵な機会である。日程調整をして、是非ご参加を検討していただきたい。

なおアローチャートをより詳しく知りたい方は、アローチャートブログを参照していただきたい。

僕はあいにく日程調整がつかず、今回は参加できず残念である。来年のアローチャート学会には、必ず都合をつけて参加したいと思うので、それまで他の参加者の皆様の貴重なつながりを大事に育てていただきたい。

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本末転倒の減算ルールは即刻廃止せよ


5/20に行われた社会保障審議会・介護給付費分科会では、居宅介護支援費の、「特定事業所集中減算」に対して、「不合理」「本末転倒」などの批判の声が相次いだ。

異論を唱えた委員の意見は次の通りである。

ケアマネジャーの業務への影響が非常に大きい。利用者の状態に応じた適切なケアを提供するという目的に逆行している地域の状況によっては、良いサービスを提供する事業所のシェアがどうしても高くなってしまう場合がある。経営のために信頼できる事業所でも変わることになるが、そこに馴染んだ利用者の納得は簡単に得られない正当な理由があれば問題ないと言うが手続きは大変。現場の業務は非常に厳しく、なかなか対応するのは難しい民間介護事業推進委員会・山際代表委員

質の高い事業所、頑張っている事業者が不利益を被る悪法不適切な法人をチェックする仕組みは他にもあるはず。こんな不合理はすぐにやめるべきだ日本医師会・鈴木常任理事

サービスの質を高める努力をしているところなら、そこでサービスを受けてほしいと考えるのはむしろ当然それでも他を使わざるを得ない仕組みなら本末転倒日本慢性期医療協会・武久会長

各意見とも、「ごもっとも」と言える意見であり、この分科会の委員でもある日本介護支援専門員協会会長の発言が前面に出ていないことの方に疑問を感じる。

特定事業所集中減算は、介護支援専門員が居宅サービス計画を作成するに際し、自分が所属する法人の特定の事業者のみのサービス提供計画を立てるなどによって、利用者の選択を阻害する、「囲い込み」を防ぐことなどを目的としており、居宅サービスごとに、「特定の事業所の割合が80%以上」となった場合に、居宅介護支援費が200単位減算される仕組みだ。

厚労省は今年度の介護報酬改定で、このペナルティをさらに強化しており、減算対象となる居宅サービスを、それまでの福祉系3サービス(訪問介護・通所介護・福祉用具貸与)から全サービス対象に拡大し、「特定の事業所の割合が90%以上」としていたそれまでの占有割合を、「同80%以上」に引き下げて減算対象を拡大している。

本来のケアマネジメントは、利用者に最も適した社会資源を結びつける手法であり、その根拠となるアセスメントによって、サービスを提供する事業者の決定がなされるもので、結果として良い事業所とケアマネジャーが認めたならば、その事業所のサービス提供に偏った居宅サービス計画となることは、すべて否定されるべきものではない。

しかしそのことに信頼がおかれていないから、特定事業所集中減算などというルールが作られているものだ。

その減算ルールにも、80%を超えるに至ったことについて正当な理由がある場合においては、当該理由を都道府県知事(指定都市及び中核市においては、指定都市又は中核市の市長)に提出し認められれば減算されないというルールはあるが、山際委員が指摘している手続きの問題だとして、サービスの質の高さを利用者からの理由書の提出と、地域ケア会議等の助言などの厳しいルールを設けていることが問題であり、そもそもアセスメントの結果、その事業者が一番良いサービス提供をしてくれるという理由だけでは、「正当な理由の範囲」と認められないことが問題なのである。なんのためのアセスメントかと言いたい。基準省令の居宅サービス計画作成手順は、なんのためにあるのかと言いたい。

例えば、サービス付き高齢者向け住宅などの、箱ものに併設された居宅介護支援事業所が計画作成担当になった際に、同じく併設の訪問介護を限度額いっぱいまで計画するような問題を、この減算ルールによって防ごうとするものであろうが、そのような一部の不適切事業者のために、適切なアセスメントの結果として、最良の事業者を利用者に必要な社会資源として結び付けている結果、特定事業者の占有割合が8割を超えているというようなケースにまで、この減算ルールが及ぶ弊害は、囲い込みを防ぐという目的以上に支障となっているのが現実である。

そもそもこのような減算ルールがあったとしても、囲い込みを行う事業者は囲い込むのである。そういう事業者は、「特定の事業所の割合が80%以上で減算」というルールを都合の良いように解釈して、8割未満であれば囲い込んでもよいとして、ニーズ無視のプランを立てつづけるのであり、この減算ルールによって囲い込みはなくならないし、囲い込みを防ぐために、「利用者トレード」などと称した、担当利用者の変更が行われるという、別の弊害さえ生まれている。そうした現状を見ると、この減算ルールは、適切なアセスメントを阻害するものでしかなく、百害あって一利なしである。

利用者の選択肢が狭められる要素が満載な制度の設計図を修正しないまま、制限をつくって介護支援専門員の裁量を狭めることは、有能な介護支援専門員の活躍の幅を狭めることにしかならないことがなぜわからないのか。

このルールは次期介護報酬改定を待つことなく、即刻廃止してほしいし、介護支援専門員の職能団体は、組織を挙げてこの廃止の運動に取り組むべきである。都道府県レベルあるいは市町村レベルでの職能団体も、都道府県及び市町村の行政担当課に、ローカルな判断として広く介護支援船員の裁量権を認め、実質この減算ルールが機能しないように、正当な理由を「アセスメントの結果」だけで認めるように運動すべきである。

一言申し添えておくと、このような意味のない減算ルールではあるが、福祉系3サービスに限定して減算対象とするルールを受け入れたのは、当時の介護支援専門員の職能団体であり、その当時のその団体のトップについては大きな責任があると言いたい。その負の遺産がまっとうな介護支援専門員を苦しめているのである。

そういう歴史が繰り返されないような、しっかりした組織となるように、職能団体の会員は、執行部の監視機能を強化すべきではないのだろうか。

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求められるケアマネジメント


ドライブが趣味だという人は多いのだろうが、僕はその気持ちはあまりわからない。

車はあくまで移動手段であり、趣味で乗る気持ちにならないし、ほかに運転できる人がいるのなら、僕自身は運転したくないタイプである。

若いころは車をいろいろとチューンナップしていたし、駐車場で狭いスペースに車庫入れするアルバイトもしていた。バイクの免許も大型免許も持っているし、運転そのものが苦手だということではない。しかし今では車は乗れればよく、お金をかける気にもならないし、運転は億劫である。要するに年を取ったということであろうか。

しかし若いころを振り返っても、バイクで疾走することは好きだったが、4輪車を運転してもべつに爽快になることはなかった。車をチューンナップしていたのも、単なる格好つけであって、車そのものが好きだったということではなかったように思う。なぜこんなことを書いているのか?これから書こうとしている話題に少し関連して、ふと頭に浮かんだことを書いたに過ぎないので、深い意味はない。

さて、明日の土曜日は、道内深川市のプラザホテル板倉で行われる、「平成27年度北空知介護支援専門員連絡協議会総会・研修会」にて、「介護保険制度改正とケアマネジメントのあり方」をテーマに講演を行う予定が入っている。

実は同会で講演を行うのは2度目である。8年前の平成19年5月19日、今回と同じ会場で、「より良いケアプラン作成とは〜ニーズとデマンドの違いから考えるケアプラン作成方法」というテーマで講演を行ったことがある。ずいぶん前なので、今回担当している事務局の方も知らないかもしれないし、当時会員でなかった人が多くなっているだろう。

8年前の講演の際には、自家用車を運転して日帰りで行ってきた記憶がある。

今回も最初は自家用車で日帰りの予定を組もうかと思ったが、事務局の方から宿泊してはどうですかと提案されたので、自家用車ではなくJRを利用して移動することにした。運転が嫌いな僕にとっては、大変ありがたいことである。

登別から深川まで行くには、JRならいったん札幌に出て、札幌駅で乗り換える必要があるが、乗り継ぎ時間はさほどかからず、2時間30分くらいで現地に到着できる。高速道路を利用して車で移動しても同じくらいの時間であり、費用的には自家用車の方が安く済むが、今回は自分にとって楽な方法で移動することにした。2時間半運転して疲れるより、ゆっくり座りながら本でも読んで移動できる方が断然楽ちんである。

僕は就職するまで岩見沢市に住んでいたが、同市は南空知管内に属しており、深川市は北空知管内である。つまり実家があった場所から、さほど遠くない場所に深川市はあるということで、なじみのない地域ではない。しかも僕の父方の祖父と祖母が、60代のころ一時深川市内の温泉ホテルに住み込みで働いていたことがあり、(深川温泉ホテルと言う名称だったと思う。今は廃業しているが、その場所の向かいに今現在は特養が建っているはずだ。)僕の記憶の片隅には、小学校低学年の夏休みに、そこで何日か過ごした記憶がある。深川市はそういった思い出の場所でもある。

だが改めて考えると、いつも車で移動していたため、道の駅はなじみ深いが、JR深川駅を利用したことがないことに気が付いた。だから深川の駅舎もどんな形で、どんな雰囲気なのか全くわからない。深川駅前の様子もよくわからない。今回の初体験でじっくり観察してこようと思う。

今回は90分講演で、テーマは「介護保険制度改正とケアマネジメントのあり方」である。講演時間は90分なので、要点を絞って今後のケアマネジメントのあり方をわかりやすく解説したいと思う。特に注意が必要なことは、団塊の世代が後期高齢者になる2025年に向けた改革がどんどん推し進められる中で、その都度のルール変更に混乱したり、流されることがないようにすることだ。そのため国が描くグランドデザインとは何かということを明らかにして、介護支援専門員の立ち位置をしっかり把握できるような内容にしたいと思う。

当然制度改正というマクロな視点、居宅介護支援費の改定ルールというミクロな視点の両方の視点からケアマネジメントのあり方を考えることが大事になる。制度改正と報酬改定の中で、当面必要とされるケアマネ実務と、その時期的制約などにも触れていかねばならないだろう。しかし今回は90分の講演なので、それらをコンパクトにまとめて、必要な部分を伝えるということが重要となるだろう。

来月19日には、新潟県三条市で行われる新潟県ケアマネ協会総会・研修会でも、「介護保険制度改正を受けて〜居宅介護支援のあり方を考える」というテーマでお話をする予定になっているが、こちらは明日の倍の180分という時間をいただいている。そうなると次期改正へのソーシャルアクションにつながる問題の所在を、過去のルール改正を紐解いて考えるような内容も盛り込めるわけで、最近は時間が長ければ長いほど、僕としてはうれしくなるわけであるが、聴く側の立場、会場の時間の都合などで贅沢は言っていられない。与えられた条件の中で、最大限に努力して、受講者の方々の業務に役立つ内容にしたいと思う。

大事なことは、講師が話したいことより、受講者が聴きたいことは何かということを忘れないことだろう。

それでは、深川でお逢いする皆さん、明日はどうぞよろしくお願いいたします。

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ケアプラン目標期間は一律機械的でなぜ悪い


介護保険制度のルールでは、施設サービス計画と居宅サービス計画は、目標を定め、目標は長・短期に分け、さらにそれぞれの期間を定めなければならないことになっている。その根拠は、厚生省令第三十八号及び老企第22号、29号、43号、44号、45号等である。
(※なお訪問介護計画等の、各サービス事業所の個別計画については、その規定と異なることについては、長・短期目標が必要な計画、必要のない計画とその根拠。を参照いただきたい。)

ところで、この際の長短期目標の達成時期を示した「期間」について、例えば短期目標は半年、長期目標は1年などと機械的に設定することは許されるのかという疑問に対し、目標とはそれぞれの目標内容に沿って、それを解決するために必要な期間を示すものだから、一律機械的な設定は問題であると指摘する向きがある。そういう人々は次のように指摘する。

・目標期間が画一的なのは問題であり、個別に考えるべきだ。
・一律機械的な目標とは、アセスメントが行われていない証拠だ。
・目標内容によって達成期間は異なるから、当然内容により期間も違ってくるはずだ。


そうした主張は、一見正論に聞こえるが、はっきり言ってナンセンスだ。

例えば短期目標は『解決すべき課題及び長期目標に投階的に対応し、解決に結びつけるものである。』とされており、ひとつの長期目標に対し、複数の短期目標を設置する必要がある場合がある。長期目標についても、『解決すべき課題が短期的に解決される場合やいくつかの課題が解決されて初めて達成可能な場合には、複数の長期目標が設定されることもある。』とされている。

そうであれば一つの計画書の中に、10種類以上の長・短期目標が設定される場合も少なくないであろう。その時、一つ一つの長・短期目標について、その内容をすべて精査して、それぞれ目標期間を別に定めるなんてことが可能なのか?実際にそうしている介護支援専門員が何人いるのか?いるとしても、なんとナンセンスなことだろうか・・・。

目標期間がバラバラならば、その期間終了時点においてサービス計画書は見直しが必要である。その時に期間延長だけ行って軽微変更対応するとしても、見直しの手間は莫大なものになる。そんなに暇な介護支援専門員がいるとでもいうのだろうか?そもそも期間延長の軽微変更を前提にしているなら、初めからその期間にたいした意味はないということにもなる。

そう考えたとき、居宅サービス計画書及び施設サービス計画書の、「目標期間」については、長期目標と短期目標について、それぞれ相応の期間をあらかじめ定めて、サービス計画書の中で、統一しておいた方が良いという考え方が生まれるだろう。

それはおかしなことなのだろうか。全然おかしなことではないと言い切ろう。なぜなら、目標期間のとらえ方は法令上、次のように示されている。

・「長期目標」の「期間」は、「生活全般の解決すべき課題(ニーズ)」を、いつまでに、どのレベルまで解決するのかの期間を記載する。
・「短期目標」の「期間」は、「長期目標」の達成のために踏むべき段階として設定した「短期目標」の達成期限を記載する。

目標期間はそれぞれの生活課題ごとに検討して、それに応じたそれぞれの期間設定が必要だと主張する人々は、この期間を課題の内容に応じた目標の達成が可能な目安という意味の期間として設定すると考えているのだろう、そうであれば、それらの人は、「生活全般の解決すべき課題(ニーズ)が、いつまでに解決するのか」という期間目安をどこに置いているのか?

アセスメントで、この期間が引き出せるというのだろうか?あり得ない・・・。

人の暮らしは様々であり、そこに解決すべき課題が存在したとしても、それを解決するための目標を達成できる期間など、本来それは人智の及ぶところではない。神の領域である。

目標を立てて、それに向かって本人が達成に向けて努力し、その頑張りを周囲の人々が手を貸したり、励ましたりしながら支えることで、その目標が達せられることがあるのだろうが、その期間を事前に推し量ることなど不可能だ。

そう考えると、「いつまでに、どのレベルまで解決するのかの期間」の考え方は、「達成目標期間として、あらかじめ定めた期間で、達成度を評価し見直す」という考え方ができる。そうであれば、目標の期間をあらかじめ固定し、それに応じた達成度の評価を行うという考えの方がわかりやすい。その方が、利用者目標の検証という意味では合理的で、方針も明確になる。

よって短期目標を半年、長期目標を1年と機械的に定めて評価することは、なんら問題はない。それは法令に違反することではないし、ケアマネジメントの手法として「あり」と言えるのである。

そのことを否定する介護支援専門員は、自分が神のごとくなんでも評価できる能力を持っていると、勘違いでもしているのではないだろうか。
(目標期間を固定して設定する場合の考え方の一例)
サービス開始が2015年2月7日であるとした場合で、認定有効期間が2014年12月1日から2016年11月30日だとする。この場合、2年後の2016年12月1日以降は、新たな認定になるのは確実なのだから、2016年11月30日までの計画書が、現在の認定期間における計画書の目標期間の一応の目安になる。

僕は基本的に、長期目標は1年、短期目標は半年と定めて、計画書自体は短期目標の半年に合わせ、半年ごとに評価と計画の見直しを行っているので、最初の計画書は長期目標を2015年2月7日〜2015年11月30日までの10ケ月とし、短期目標を2015年2月7日〜2015年5月31日までの4ケ月とする。

そうすると5/31までの短期目標期間内で、5月中に短期目標の達成度を評価して、新規計画を見直すことで、再作成した2回目の計画書の長期目標を2015年2月7日〜2015年11月30日までの10ケ月は変わらず、短期目標だけが2015年6月1日〜2015年11月30日までの6ケ月となる。

そして2015年11月30日に短期目標と長期目標の達成具合を再検証し、3回目の計画書は長期目標を2015年12月1日〜2016年11月30日までの12ケ月とし、短期目標は2015年12月1日〜2016年5月31日までの6ケ月となる。

さらに2016年5月中に短期目標の達成度を検証し、4回目の計画見直しで、次の計画書では長期目標の2015年12月1日〜2016年11月30日までの12ケ月は変わらず、短期目標が2016年6月1日〜2016年11月30日までの6ケ月となり、その次の計画書は必然的に、2016年12月1日からの認定更新に合わせた計画書と期間設定になるということである。

これは老企29号で「なお、期間の設定においては「認定の有効期間」も考慮するものとする。」と定めた規定とも整合性がとれる考え方である。

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制限ルールの存在はケアマネにとっての恥辱だと心せよ


居宅介護支援費について、今まで訪問介護・通所介護・福祉用具貸与に限定されていた特定事業所集中減算の限定が外され、全サービスがこの減算の対象となった。(※実際の減算は平成二十七年九月一日から適用:半年間で割合調整ができるという意味だろう。)

※ 居宅介護支援の給付管理の対象となるサービス(このサービス全てが集中減算の対象となる)
訪問介護、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、通所介護、通所リハビリテーション、短期入所生活介護、短期入所療養介護、特定施設入居者生活介護(利用期間を定めて行うものに限る。)、福祉用具貸与、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、夜間対応型訪問介護、認知症対応型通所介護、小規模多機能型居宅介護(利用期間を定めて行うものに限る。)、認知症対応型共同生活介護(利用期間を定めて行うものに限る。)、地域密着型特定施設入居者生活介護(利用期間を定めて行うものに限る。)、看護小規模多機能型居宅介護(利用期間を定めて行うものに限る。)


今までこの減算が福祉系3サービスにだけなぜ適用されていたのかという理由を国は一度も説明しないまま、今回の改正で限定を外したわけである。

そこにある種のきな臭さは消えないわけであるが、一つ言えることは減算対象をすべてのサービスに広げることは、この減算ができたときからの国の方針であり、福祉系3サービスの限定は、まずこの3サービスを人身御供にして橋頭堡をつくり(ソフトランディングという意味も含めて)、そこから限定を外すための実績を積み上げて来たという意味だろう。

理由が不明瞭な福祉3サービスへの限定減算は、不公正で不公平であるというのが僕の主張であり、そのことに対しては強く抗議の声を挙げ続けていた。(参照:特定事業所集中減算に関するブログ記事

今回、この不公平については是正の方向に動いたわけであるが、それがもともとの国の思惑と一致した方向であることを考えると、所詮事業者は、国の掌の中でもてあそばされているのではないかという思いに沈んでしまうところである。

ところで特定事業所集中減算の目的とするところは、「囲い込み」を防いで、真に利用者に必要なサービス事業者を選択するということにあり、それがケアマネジメントの質の評価と結びついているものであるが、果たしてこの評価はケアマネジメントの質をある程度の水準に担保する目安になるのだろうか?

勿論減算規定には、特定事業所に集中しても減算対象とならない「特別な理由」が認められており、それは地域ごとに基準が多少異なるが、例えば計画するサービス事業者数が、居宅介護支援事業所の通常の事業の実施地域に一定数未満数しかない場合や、その事業所にしかない特別なサービスを利用する必要があるなどが、その理由に該当する。

しかし単に、「その事業所のサービスの質が高い」というだけでは特別な理由として認められない。しかし居宅サービス事業所のサービス内容や、そのレベルもマネジメントして、事業者を選ぶというケアマネジメントを考えるならば、その結果、特定の事業所に一定割合以上に集中してしまうということはあり得る分けで、集中減算というルールによって、計画担当利用者の一定割合の人に、担当ケアマネジャーの意図とは異なるサービス事業者を紹介せざるを得ないというケースが少なからず生ずるというデメリットも、この減算ルールによって生まれているのも事実である。

例えば僕のフェイスブックでは、この問題について、「訪問介護事業者ほど数の多くない訪問看護についていえば、計画件数も少ない中で、信用できる訪問看護ステーションに紹介利用者が集中するのはある意味当然の結果」などという意見も見られる。この意見には一理ある。

そうであれば事業者数の問題に限らず、担当介護支援専門員が、その事業所を選ぶ理由を明確にしたケースについては、ある程度それを信じて認めるという考え方があって当然のように考える。そう考えるとこの減算は果たしてあってよい減算なのかという議論に向かっていくだろう。

どちらにしても、こういう減算規定が設けられること事自体が、介護支援専門員という資格者に対する社会的信用度が低いという意味で、この減算の存在自体を恥と考えて、こうした減算が廃止されるためにはどうしたらよいのかということを考えながら、日々の居宅介護支援業務に誇りをもってあたる介護支援専門員でなければならないと思う。

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居宅介護支援の基準・報酬の見直しを検証する


介護報酬の改定に際しては、改定前年の介護事業経営実態調査(厚生労働省)の数値が重視されている。

この数字が介護事業経営の実態を表すものかどうかについては大きな疑問があり、例えば2014年度の同調査で特養の収支差率は8.7%とされたが、全国老施協の調査では収支差率4.3%(国庫補助金等特別積立金取崩額を除けば0%)であり、その数値は大きくかけ離れている。

この時、どちらのデータに信頼性が置けるのだろうか?常識的に考えれば、調査時期を決算後の特定時期に絞ってサンプル数が圧倒的に多い全国老施協の調査結果の方が、調査時期がバラバラで、サンプル数も少ない厚労省の調査より信頼性が高いと言えるのではないだろうか。

しかしながらそうした実態を無視して、乱暴な特養たたきと報酬減算が行われたわけである。

それはともかくとして、厚生労働省の経営実態調査においては、調査開始以来ずっと収支差率がマイナスの事業が存在する。それは居宅介護支援事業である。

2000年の制度開始以来、経営実態調査の収支差率が一度もプラスになったことがない事業が存続しうるというのもすごいことであるが、それに対して報酬を手厚くしない国の姿勢もどうかしていると思うのは僕だけだろうか。

この背景を考えるときに見逃してはならない通知文が、老企22号通知の、2 人員に関する基準(1)介護支援専門員の員数である。ここでは次のような文言が載せられている。

「介護支援専門員については、他の業務との兼務を認められているところであるが、これは、居宅介護支援の事業が、指定居宅サービス等の実態を知悉する者により併せて行われることが効果的であるとされる場合もあることに配慮したものである。」

つまり介護支援専門員は、居宅介護支援事業のみで報酬を獲得するのではなく、他の業務を兼ねてそちらの報酬を得ることが可能であり、それらをすべて含めて居宅介護支援事業の経営が可能となる理屈が一つ存在するのだろう。

同時に国は、介護支援専門員一人のみの事業所については、その担当者が怪我や病気で業務に就けなくなることに懸念を示しており、複数の介護支援専門員は配置されている居宅介護支援事業所を評価している。それが特定事業所加算の要件にもなっており、居宅介護支援事業単独での安定経営は、特定事業所加算算定事業となることで担保させようとしているのだろうと推察する。

さてその居宅介護支援の基準と報酬見直しの内容を振り返ってみよう。

平成27年度介護報酬改定に関する審議報告が出る直前の介護給付費分科会の議論では、福祉用具単品のサービス計画の場合は、計画作成等の手間がかかっていないのだから福祉用具貸与しか計画されていない利用者の居宅介護支援費については、減額する方向で話し合われていた。ところが報告書では、この方針があっさり覆され、福祉用具のみのプラン減額は取りやめとなっている。これは収支差率14年連続マイナスの影響だろうか?

認知症加算及び独居高齢者加算については、個人の心身の状況や家族の状況等に応じたケアマネジメントの提供であり、介護支援専門員の基本の業務であることを踏まえ、加算による評価ではなく、基本報酬への包括化により評価するとされた。この意味は、もともと認知症の人や、独居の人に対する適切なアセスメントを行うというのが居宅介護支援事業所の介護支援専門員の本来業務であり、求められる能力なのだから、それができない介護支援専門員がいるはずはないのだから(あるいは、いては困るのだから)その部分の報酬は加算ではなく包括化するというわけである。

これにより基本サービス費が引き上げられるのであろうから、そのことには文句はないが、もともと認知症加算及び独居高齢者加算については、ケアマネジメントの質確保のために、居宅介護支援の報酬全体を引き上げるのではなく、ケアマネジメントのアウトカム評価の仕組みを作る必要があるとして創られたものだという経緯を無視しているような気がしてならない。認知症加算及び独居高齢者加算については、認知症のない人や、同居の家族によるインフォーマル支援のある人のプランよりン「認知症の人や独居の人は、計画作成の際に工夫や専門知識がより必要で、なおかつ独居である、認知症であるという判断は、客観的にできるということから、基本報酬と区分できる費用として、加算評価することとしたものである。そうした過去の議論をすべてなしにして、それはもともとケアマネの業務でしょうという理屈には、過去の議論を無視しているという違和感を覚える。

訪問介護・通所介護・福祉用具貸与の福祉系3サービスに限っていた特定事業所集中減算は、「限定を外す」としており全サービスに対象拡大し、サービスの偏りの割合が90%以上である場合について減算を適用している割合を引き下げる方向で見直すこととしている。(短期入所にも適用される方向であろうと理解している。)

もともとこの減算が福祉系3サービスに限られて適用されていること自体がおかしいのである。その裏事情はあえてここでは触れないが、かねてよりその問題は指摘し続けている。(参照:特定事業所集中減算の問題 ・ パブリックコメントは国のアリバイ作り? ・ 日本介護〇〇〇〇〇協会は医療系利益団体にしか過ぎない、と思う。

もともと福祉系3サービスだけがなぜこの減算対象になるのかという明確な理由を、国は今まで一度も説明してこなかった。本来であればこの減算は、「囲い込み」を防ぐためのルールだから、通所リハビリや訪問看護、訪問リハビリテーションの提供事業所を、母体医療機関の併設事業所に限定させ、利用者を囲い込むことが問題とされていたという経緯を考えると、医療系サービスを除く理由がないはずだ。そう考えると特定事業所集中減算の対象サービスが、福祉系3サービスにこ限定されている意味は、特定事業所加算を新設した際の、プラスマイナスを相殺する取引として、人身御供にされた可能性が高いという意味である。(どの職能団体が、国と取引したテーブルの席についていたのかは想像に難くないが・・・。)その取引のほとぼりもさめたこの時期、この減算を適用しないという形で、医療系サービスの梯子も外されたというわけである。この減算が今後も必要であるとするならば、このことは極めて当然のことだろう。

その他、介護予防支援については、「介護予防・日常生活支援総合事業」の導入に伴い、介護予防サービス計画は、指定事業所により提供されるサービスと、多様な主体により多様なサービス形態で提供される新総合事
業のサービスを位置づけることを踏まえ、報酬は引き上げられることになっている。

また特定事業所加算については3区分として、主任介護支援専門員などの人員配置要件を強化するとしている。また、法定研修等における実習受入事業所となるなど人材育成に関する協力体制を整備している場合を算定要件に追加するほか、当該加算の算定要件のうち、中重度者の利用者が占める割合については、実態に即して緩和するとされている。

運営基準の見直しについては、居宅介護支援事業所と指定居宅サービス等の事業所の意識の共有を図る観点から、介護支援専門員は、居宅サービス計画に位置づけた指定居宅サービス等の担当者から個別サービス計画の提出を求めることとする規定が追加される。

現行の法令ルールでは、居宅介護支援事業所の介護支援専門員が居宅サービス計画を立案した場合、省令第三十八号第十三条十一で、「介護支援専門員は、居宅サービス計画を作成した際には、当該居宅サービス計画を利用者及び担当者に交付しなければならない。」と規定されていることから、居宅サービス計画に位置付けた居宅サービス事業所の担当者への居宅サービス計画書交付義務がある。

一方、「居宅サービス計画が作成されている場合は、当該計画の内容に沿って作成しなければならない」という法令規定がある個別サービス計画については、例えば訪問介護計画を例にとると、省令第三十七号第二十四条4において、「サービス提供責任者は、訪問介護計画を作成した際には、当該訪問介護計画を利用者に交付しなければならない。」としているだけで、居宅介護支援事業所の計画担当介護支援専門員には交付する義務がないのである。これは他のすべての個別サービス計画に共通するルールである。

このことから、今回の改正では交付義務のない訪問介護計画、通所介護計画等の個別サービス計画について、居宅介護支援事業所の介護支援専門員に、提出させる権限を与える運営基準改正を行うというものだ。なぜ居宅サービス事業所の省令を変更して、計画担当者への交付義務とせず、居宅介護支援事業者に提出命令の権限を与えたのかは疑問ののころことである。これにより自分が偉くなったと勘違いする介護支援専門員が出てこないことを祈るのみである。

地域ケア会議において、個別のケアマネジメントの事例の提供の求めがあった場合には、これに協力するよう努めることとする基準改正も行われるが、地域ケア会議で検討されるのは、居宅サービス計画のみならず、施設サービス計画もその対象となるのだから、この基準改正は施設にも加えられなければならないと思うが、施設基準の改正点には、その文言が今のところ出ていない。今後の確認が必要とされる部分であろう。

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居宅介護支援の報酬改訂と運営基準見直しの方向性と問題点


厚労省のサイトに掲載されている第115回社会保障審議会介護給付費分科会(11/19開催)資料の中から、居宅介護支援の変更点を検証してみたい。

福祉用具貸与計画は、居宅サービス計画の約50%に組み込まれており、その3%は福祉用具貸与のみの計画となっているが、その多くのケースは軽介護者で認知症の症状もないか、極めて軽度であり、自宅で家族の見守りの身によって暮らしているケースが多いため、福祉用具貸与のみのプランについては、ケアマネジメントの業務負担が軽減されていることを踏まえ、基本報酬居宅介護支援費については減額を行う。この場合、報酬基準上の利用者数の算定について、2分の1を乗じた数を加えることとするとしている。

後半部分の意味は、福祉用具貸与のみの計画費は削減(半額か?)するので、40件超の計画費の判断基準となる計画人数のカウントの際には、そのプランは0.5とカウントするという意味だと思う。

たしかに福祉用具貸与のみの計画を漫然と何年も継続し、ほかのサービスと連携を図らないままで居宅介護支援費を算定し続けてよいのかという指摘は、かねてよりあったところである。しかし居宅サービス計画の作成に係る一連の手順は、単品サービスでも複数のサービスでも変わらないわけであるから、ケアプラン作成作業に関していえば、福祉用具のみのプランでも手間がかからないということにはならない。しかし今回福祉用具貸与のみの計画であることと、その対象者が軽介護者が多いことを理由に、居宅介護支援費が削減されることは、居宅サービス作成業務が、ケアマネジメントのすべてではないことを改めて示したもので(ある意味、当然ではあるが。)居宅介護支援業務に占める居宅サービス計画の一連の作成業務に対する対価が、どれだけ含まれているのかという国の考え方が一部明らかになる可能性がある。

次に、「認知症加算及び独居高齢者加算については、個人の心身の状況や家族の状況等に応じたケアマネジメントの提供であり、ケアマネジャーの基本の業務であることを踏まえ、加算による評価ではなく、基本報酬に包括化し評価を見直す。」という部分であるが、これは現在の認知症加算150単位と、独居高齢者加算 150単位を廃止して、報酬包括にするという意味だが、その際に両加算の合計300単位が報酬に上乗せされることにはならないと予測する。

なぜならこの部分については対応案に、「認知症加算及び独居高齢者加算については、個人の心身の状況や家族の状況等に応じたケアマネジメントの提供であり、ケアマネジャーの基本の業務であることを踏まえ、加算による評価ではなく、基本報酬に包括化し評価を見直す。」と書かれているからである。要するに、認知症であるか、独居であるかによって生ずる問題は、ケアマネジメントにおいて個別評価し、その評価に基づいて個別対応する問題で、その部分だけを取り上げて加算報酬としていたことは間違いではないかというニュアンスが含まれ、本来業務としてしなけれないけないことをしているんだから加算はしないという意味で、この部分はむしろ加算をなくすという実質上の報酬削減になると予測できる。

特定事業所集中減算については、「対象サービスの範囲については、現在訪問介護、通所介護、福祉用具貸与が対象であるが、対象サービスの限定を外す方向で見直す。」とされており、「対象サービスの限定を外す」のであるから、全サービスが減算対象となる。

もともと福祉系3サービスだけがなぜこの減算対象になるのかという明確な理由を、国は今まで一度も説明してこなかった。本来であればこの減算は、「囲い込み」を防ぐためのルールだから、通所リハビリや訪問看護、訪問リハビリテーションの提供事業所を、母体医療機関の併設事業所に限定させ、利用者を囲い込むことが問題とされていたという経緯を考えると、医療系サービスを除く理由がないはずだ。そう考えると特定事業所集中減算の対象サービスが、福祉系3サービスにこ限定されている意味は、特定事業所加算を新設した際の、プラスマイナスを相殺する取引として、人身御供にされた可能性が高いという意味である。(どの職能団体が、国と取引したテーブルの席についていたのかは想像に難くないが・・・。)

その取引のほとぼりもさめたこの時期、この減算を適用しないという形で、医療系サービスの梯子も外されたというわけである。この減算が今後も必要であるとするならば、このことは極めて当然のことだろう。

とするならば・・・次期改正で、特養の入所要件が、原則要介護3以上となることについて、特養だけの問題であると他人事ととらえている人がいるとしたら、それは間違っていることに気が付くはずだ。次の次の改正からは、特養の入所制限を橋頭堡に、前例があるとして他のサービスの利用制限につながっていく可能性が高いということも理解せねばならないだろう。しかもそれは施設サービスに限らないという理解も必要だ。将来的には、このことを前例として、訪問介護の生活援助制限につながる可能性は極めて高いと考えられる。

特定事業所加算については、主任介護支援専門員等の人員配置要件の強化や、法定研修等における実習受入事業所となるなど人材育成への協力体制の整備について、算定要件に追加するとともに、特定事業所加算の算定要件のうち、「要介護状態区分が要介護3、要介護4及び要介護5である者の占める割合が100分の50以上であること。」については、実態に即した緩和を行った上で、変更の2区分を3区分に再編して算定の方向が示されている。

もともと国は特定事業所加算算定事業所だけが残っていけばよいと考えている節があり、独立中立型の居宅介護支援事業所で、ひとりで運営している事業所の報酬評価は、今回もまったく行われていない。一人開業はあくまで自助努力で運営すべしという方針になんの変化もない。頑張っている独立型居宅介護支援事業所にとっては、今回も大変冷たい改訂である。

2014年の介護事業経営実態調査では、居宅介護支援費と複合型サービス費の2サービスだけが収支差率がマイナスとなっているが、複合型サービス費は実質プラス改訂される方向であるものの、居宅介護支援費の基本サービス費は(報酬包括される加算部分を除いて)引き上げる方向性は示されていない。

このことは国が、居宅介護支援について、「一人のケアマネしか配属していない居宅介護支援事業所は、そのケアマネが病気やけがで休む場合、利用者に不利益が生ずる。」として覚えがめでたくないことを背景に、全体が収支差率プラスにならなくてもよいと考えている証拠になる。ぶっちゃけていえば、「ケアマネ一人配置の居宅介護支援事業所はなくなってもよい。」という意味で、国としては居宅介護支援のスタンダードは、あくまで特定事業所加算が算定できる事業所を想定しており、最低でも次期改正では3分類される特定事業所靴了残蠅できることを安定経営の目安にしているということである。

運営基準の見直しでは、「居宅サービス計画と個別サービス計画との連動性を高める」ことを理由に、「介護支援専門員等は、居宅サービス計画に位置づけた指定居宅サービス等の担当者から個別サービス計画の提出を求めるものとする。」としている。

現行の法令ルールでは、居宅介護支援事業所の介護支援専門員が居宅サービス計画を立案した場合、省令第三十八号第十三条十一で、「介護支援専門員は、居宅サービス計画を作成した際には、当該居宅サービス計画を利用者及び担当者に交付しなければならない。」と規定されていることから、居宅サービス計画に位置付けた居宅サービス事業所の担当者への居宅サービス計画書交付義務がある。

一方、「居宅サービス計画が作成されている場合は、当該計画の内容に沿って作成しなければならない」という法令規定がある個別サービス計画については、例えば訪問介護計画を例にとると、省令第三十七号第二十四条4において、「サービス提供責任者は、訪問介護計画を作成した際には、当該訪問介護計画を利用者に交付しなければならない。」としているだけで、居宅介護支援事業所の計画担当介護支援専門員には交付する義務がないのである。これは他のすべての個別サービス計画に共通するルールである。

このことから、今回の改正では交付義務のない訪問介護計画、通所介護計画等の個別サービス計画について、居宅介護支援事業所の介護支援専門員に、提出させる権限を与える運営基準改正を行うというものだ。

しかし多職種協働の趣旨からいえば、こうした権限を新たに法令に盛り込むのではなく、いっそのこと居宅サービス事業所の省令を変更し、居宅サービス事業所の個別サービス計画も、居宅サービス計画を作成している介護支援専門員に交付する義務を課したほうが、両者の協働の精神が見えやすくなると思うのは僕だけだろうか。

今回の改正では、介護支援専門員が各サービス事業所の担当者の上位に位置づけられ、特別な権限を持つことになってしまう。たしかに介護支援専門員は、居宅サービスを計画的に提供する際のチームにおける、扇の要役(まとめ役)となる必要はあるが、それはあくまで他の職種と対等な立場で、それぞれの専門性を引き出すという役割が求められる。

しかしケアマネに特別の権限を与え、指揮命令権を与えるような改正は、サービス担当者会議等に求められるコンサルティングの視点をなくさせる危険性を持つもので、サービス担当者が、各事業の専門家としての立場から、利用者視点で「もの申す」ということができなくなってしまう危険性が高い。そういう意味で、なぜ各サービス事業所に、居宅介護支援事業所の担当ケアマネへの個別サービス計画の交付義務を課さず、居宅介護支援事業所の介護支援専門員に、個別サービス計画の提出させる権限を与えるという方向に持っていくことについては、理解に苦しむ。

そのほか、地域ケア会議への個別のケアマネジメントの事例の提供の求めがあった場合には、これに協力するよう、指定居宅介護支援事業に関する運営基準に規定する方向性が示されているが、このことは地域ケア会議や地域包括機縁センターの職員が、ケアプランチェクをおこなう権限を持つものではなく、地域ケア会議を通じて困難事例を解決する道筋をみつけ、その積み重ねによて地域課題の抽出と、その課題解決に対応する社会資源開発と施策形成につなげるのだという根幹部分を間違ってはならないと思う。

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課題整理総括表及び評価表の意味と活用のための思考


ケアマネジメントのあり方を論じる、「介護支援専門員の資質向上と今後のあり方に関する検討会」では当初、「要介護となった主な原因疾患は把握できているが、生活全般の解決すべき課題(ニーズ)の原因と結び付けて記述する欄がない。そのため、課題の欄に原因を記述していたり、要因を記載していなかったりする事例が多く見られた。」などとして、計画書の新様式が検討された。

しかし「介護支援専門員の過剰な業務負担」に対する懸念の声が高まり、結果的には居宅サービス計画や施設サービス計画の標準様式の変更は行われなかった。

その代り、課題整理総括表及び評価表という新たな書式が作られた。しかしこれも「研修の場での活用」が推奨されてはいるが、介護支援専門員にその作成義務を負わせているわけではない。

当初この2つの新書式は、ケアプラン標準様式に組み込むことも検討されていたものだが、前述したように「過剰な業務負担」が懸念されたことにより、それも見送られ、別様式で研修等に活用ということに落ち着いたものだ。

今後この2つの新様式は、介護支援専門員の研修において活用されることになる。そしてその書式を活用できる介護支援専門員は、サービス担当者会議において、利用者の客観的な状況や、それを踏まえた介護支援専門員の見通しなどを利用者の生活を支える多職種間で情報共有をするために、新書式を活用することが求められていくだろう。

そもそも2つの新書式が必要とされる理由について、課題整理総括表及び評価表の活用の手引き(株式会社日本総合研究所)では、次のように解説している。

介護支援専門員について検討すべき課題として、「利用者像や課題に応じた適切なアセスメント(課題把握)が必ずしも十分でない」、「サービス担当者会議における多職種協働が十分に機能していない」、「ケアマネジメントにおけるモニタリング、評価が必ずしも十分でない」といったことが指摘されている。こうした指摘の背景には、介護支援専門員がどのように考えて課題を抽出したのかの経緯が文字化されていないために他の職種からは分かりにくいこと、課題把握等のプロセスには経験に基づく学習を要する一方で業務経験年数の短い介護支援専門員も多いことといった要因があると考えられる。

要するにアセスメントツールを用いた課題分析を行っているにもかかわらず、生活課題を引き出す際の考え方や、それがなぜ生活の課題になっているのかという理由等について、介護支援専門員の頭の中にとどまって言語化されていないため、チーム全員の共通理解ができていないことが問題視されたわけである。

もしかしたら言語化されていない理由は、最初からアセスメントによって課題を引き出す考えがなく、利用するサービスありきのプランで、アセスメントツールを単にアリバイ作りのための穴埋め作業にして、本当の生活課題を引き出していないという実態があるのかもしれない。

課題整理総括表とは、介護支援専門員の思考のプロセスを言語化して説明するものである。本来それはアセスメントを終了しておれば、その思考プロセスを書くだけだから、書き方がわからないということがあってはならないはずだ。にもかかわらず実際には、この課題整理総括表の記載方法に悩んでいるというケアマネが多い。そうであればそもそも介護支援専門員自身に、アセスメントツールの結果を読み込んで、課題を整理して言語化する思考回路があるのかということが問われてくることになる。課題整理総括表を埋める作業によって、この思考回路は自然と作られるだろうか?

この部分は例えば、アローチャートのような思考法をあらかじめ身につけている人の方が、新書式の目的である言語化が容易になると思われる。新書式を埋めることに躍起になるより、ごく自然に課題を整理して分析するという思考回路に繋がっていくアローチャートを学ぶ方が、新書式を使いこなすスキルを身につけるための近道になるかもしれない。
(参照:アセスメントは本当に行われているのか

もともと生活課題を見えにくくしているのは18年の改正時のICFの視点を取り入れたポジティブプラン導入の際に、「四訂・居宅サービス計画書作成の手引」(財団法人・長寿社会開発センター)が、背景要因を書くと「〇〇のため〇〇できない」のように、ネガティブな表現になりやすいので、「〇〇したい」とできるだけ簡潔に書く方がよいとし、その考え方を介護支援専門員の研修でひろめたために、ケアプランに背景要因を書かれなくなり、そのことで生活課題が明確ではない計画書が増え、課題解決に向けた適切な方目標や方法が言語化されにくくなり、ケアプラン自体がニーズに対応できないケースが増えたことによると考えている。

第2表の、生活全般の解決すべき課題(ニーズ)を、「したい」の山にしてはならないのだ。
(※詳しくは、講師著書「人を語らずして介護を語るな2(黒本)」P131の『生活課題を「したいの山」にしない工夫』を参照していただきたい。)

この部分の意識改革が求められるのではないだろうか。

なお前述した手引きには、「利用者等の意向を踏まえた結果、現時点ではニーズとしてケアプランに記載することが適切でない場合は、課題整理総括表において導き出したニーズであっても、ケアプランに記載しない場合がある。」と書かれており、課題整理総括表は、利用者に交付する計画書とは異なり、利用者にその内容を示さずに、サービス担当者間のみで活用する場合も十分想定されることが示されていることにも注意が必要だ。

また評価票については、「短期目標の達成状況を確認するものであり、目標の期間が終了した際に、サービスの担当者等とともに、目標の達成に向けてサービスを提供できたかどうかを振り返ることを目的としている。」とされているので、そうであれば短期目標自体が、達成度を評価できる具体的な内容でなければならないことは、今更言うまでもないことである。

どちらにしても、この書式は義務化されたものではないとしても、今後は法制化される「地域ケア会議」においても保険者から提出が求められる可能性もあり、様々な場面で介護支援専門員が使いこなす必要が生ずるだろう。

そうであれば、それを使いこなすために、この書式の目的や意味を知りながら、活用できるというスキルは身につけていかねばならないということになるだろう。

北海道では今月、前述したアローチャートの思考法を学ぶことのできる研修会が、小樽市(11/29)と札幌市(11/30)で行われる予定である。自らの思考過程を「見える化」することが可能となるアローチャートという思考法を身につけておくことは、今後の介護支援専門員の業務に必ず役立つものであろう。僕も何の予定なければ参加したかったが、僕自身が11/29に福岡講演を行うために道内にいない日である。しかしせっかくの機会だから、当施設併設の居宅介護支援事業所の介護支援専門員には参加してもらうことにした。勿論、出張扱いである。

両日の研修要項と申込書を下記に紹介しておこうと思う。道内の介護支援専門員は、この機会にぜひアローチャートを学んでみてはいかがだろうか。

アローチャート研修会 in 小樽(11/29)
アローチャート研修会 in 札幌(11/30)

実務に役立つ研修なので、参加の検討をしてはいかがだろう。

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サービス計画内容を成長させるって考え方があってもよい


施設サービス計画書を作成していると、この計画内容を基にしてサービス提供される人がいるということに対して大きな責任を感じることがある。

特に施設サービス計画の場合は、施設の中で介護職員がどのような介護支援を具体的に行うかという、個別対応の具体的方法を定めるので、居宅サービス計画のように、利用者に直接提供される具体的サービスは、居宅サービス事業所の責任において適切な方法を立案してもらうというような2階建てプランになっていないために、施設ケアマネの力量が、個人の生活の質を左右することに直結するという責任感を抱かざるを得ない。

勿論、施設サービス計画の作成目的は、よい計画書を作ることではなく、利用者に一番適切なサービスを結びつけるということであり、提供されるサービスがなぜ必要なのかという根拠を文字と文章で表現して、そのために具体的に何をするのかということを、サービス提供する人や、サービス提供される利用者や家族に双方に理解してもらうための道具が施設サービス計画書であるに過ぎない。つまり計画書はサービスの意味や内容や、その必要性を明らかにすると同時に、生活課題を解決した先に、どのような暮らしが実現するのかを明らかにするものだ。

そうであるがゆえに、利用者や家族が、その内容を読んでわかる文章表現も求められるわけである。専門家しか解読できないサービス計画書ほど意味のないものはないと思っている。

しかし計画書を最初から完璧な内容で作成することは難しい。定時見直しの再作成時に、前回の計画内容のお粗末さに気が付いて、自分の能力の低さに愕然とすることも多い。アセスメントツールの欄をいくら埋めても、それを読み取る視点が間違っていれば、まったく方向の違う内容で、意味のないプランを立てていることになる。そこに気が付いて、サービス内容に修正を加えることの繰り返しである。

ときにその内容修正は、大幅なサービスの見直しにつながる場合もあるが、前回の計画内容に加えて新たなケア内容を追加するということも多い。

最初につたない計画を作成してしまったことは、申し訳ないと思うが、紙の上のアセスメントだけではわからないことはたくさんあって、直接介護する人々が、日常援助の中で気が付くことが、本当のアセスメントには必要になるのだ。我々は計画作成の段階で、できるだけその気付きを吸い上げて、ケアプランに落とす努力をしているし、利用者の暮らしの質を引き上げることに資する計画内容に随時変えていくつもりなので、少しだけ時間をいただきたいと心の中でお願いするのみである。

そういう意味では、人の暮らしに係る支援計画は、修正するという視点ではなく、計画内容も成長させるという考え方があってよいのではないかと思ったりする・・・というかこれは自己弁護かな。

そもそも自分に知識がないことで、利用者の本当の生活課題に気が付かないことも多い。「求められる座高への配慮」で書いているように、座高が低い人が、我々と同じ座高の人が日常的に使うような高さのテーブルで食事をする場合、そこに置いた食器の中のものは見えなくなってしまから手を伸ばさないということも、座位姿勢の大事さに係る研修を受ける前には気が付かなかったことだ。だから日々の学びは重要になる。

特に毎日三度三度の食事摂取には、よく観察しないと見えてこない「生活障がい」が様々に存在する。前述した座高や座位姿勢の問題だけではなく、高齢者特有の視力障害によって食事摂取に支障をきたす例も多々あるが、その場合でも普段の暮らしの中で、特段視力が弱いことが障害となっておらず、食事以外の日常生活に支障が生じていないケースでは、視力の低下が食事摂取の障害になっていることを見逃しがちになる。

特に認知症の症状が少しでもある方の場合、すべて認知症のせいにしてしまい、本当の生活障害の要因を見逃してしまうことがある。

食事を自力摂取できる人で、副食として提供された焼き魚を、いつも食べないわけではないが、ある種類の焼き魚に全く手を伸ばすことがなく、残してしまう人がいた。その方は、軽度の見当識障害はあるが、コミュニケーションには問題がない人なので、「隣の皿のお魚も食べてくださいね」と声掛けしたりするが、それでも手を伸ばしてくれない場合は、その魚は嫌いな魚で食べたくないのだろうと、勝手に思い込んでしまったりする。

ところがある日その方の娘さんから、「母は若いころから魚は好きで、嫌いな魚はないはずです。」なんて言われて、あらためて考えると、白身の焼き魚はいつも手をつけないことに気がついたりする。それに加えて最近、白内障が進行して点眼薬が変わったが、白い皿に白い魚の切り身は、見えづらいのではないかという意見が出されて、ためしに色つきのお皿に、白身の焼き魚の切り身を乗せて提供すると、見事に手を伸ばしてくれたりする。だからと言って、皿に色がついておればよいわけでもなく、濃すぎる色や、単色ではない絵皿などは見づらさが解消せず、やはり手を伸ばしてくれないということもある。

こういう生活障害は、なかなか気づきにくいが、こうした気づきや新たに得た知識を、施設サービス計画に落とし込んでいくと具体的サービスに書く内容が増えていく。本ケースでは、「配膳時に食器の中の副食が見えやすいように皿の色や模様の工夫をします」などという計画内容が加えられたりする。

それでサービス提供者が、自分がすべきことを確実に理解できるようになれば良いが、あまりに計画書の内容量が多すぎると、読むだけで苦労して頭に入らないということにもなりかねず、計画作成者は、計画書に書くべきことと、ルーチンワークとしているから書かなくともよいだろうと切り捨てることを両方考えて、毎回熟慮しながら計画作成作業を行っているわけである。

そこには計画書を読む人の視点も必要だから、アセスメントやモニタリング時には、この計画書を読んでサービス提供者が具体的にすべきことを理解できるかを考えたり、あるいは「しなければならないこと」を書いていないことで実施できていないのではないかなどの確認作業は不可欠になる。

このようにサービス計画書は、その内容を進化させていくもので、それが成長するサービス計画の意味であるが、それは単に計画書に書かれている内容が増える、計画書の枚数が増えるということではなく、場合によっては、わかりやすくするために必要ない部分をそぎ落とすことも求められるのである。

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ケアマネ更新研修の時間増加をどう見るか


来年の介護保険制度改正では、介護支援専門員に係る研修制度の見直しも実施される予定になっている。課題とされている内容を追加するために研修時間が現在より長くなる。

変更が予定されている研修
・介護支援専門員実務研修(試験合格者対象:実務従事者基礎研修と統合)→研修時間が44時間から87時間に増加(平成28年度以降の試験合格者から実施予定)
・介護支援専門員専門研修(更新研修)→53時間から88時間に増加
・主任介護支援専門員研修→64時間から70時間に増加
・主任介護支援専門員更新研修→新たに追加

以上のような変更が予定されており、かつ研修終了時の終了評価を実施し、受講者の習熟度を評価することになっている。(合否を決めるわけではない。)

増加される時間では、権利擁護・成年後見制度・ケアマネジャーの職業倫理などの座学の追加のほか、高齢者の多い疾病を抱えた人のケアマネジメントや、看取りのケアマネジメントなどの演習も取り入れるとしている。

これらは「介護支援専門員の資質向上と、今後のあり方に関する検討会」で整理された内容等を踏まえた改正であろう。そこではすべてのケアマネジャーの質が問題となっているわけではなく、優れた援助技術をもって地域で活動しているケアマネジャーが存在する反面、事業者都合のプランや、一律機械的に支給限度額いっぱいまで自社サービスを組み込むという悪質なケアマネジメントを行っているケアマネジャーが存在すること、援助技術が低く利用者の暮らしを支えられていないケアマネジャーの存在することが指摘され、ケアマネジャー個々の能力の質の差が問題となっている。

この研修体制の見直しにより、介護支援専門員全体の質がある程度担保されることになるのだろうか。どうもそれは期待薄である。

実務研修や更新研修という義務研修の時間を増やし、詰め込む知識を増やしても、資格取得の間口が低く広い限り、質の差は埋まらない。前述したように、終了評価も合否判定ではなく、習熟度を自覚させるだけであるのだから、そのことも質の担保に結びつかない。せいぜい今までの研修のように、居眠りをしているだけで終了するという人は減るかもしれないという程度の変化しか生まないだろう。

それに僕は、演習というものの学習効果に疑問を持っている。僕自身は演習で話し合ったことが、実務に生かされたという経験はない。人のケースをいくら検討しても、ケース対象者に向かい合って、感情を交差させないとわからないことが多く、むしろそうした感情に対してアプローチすることが求められたりすることである場合も多くて、紙上のケースをいくら検討しても、机上の空論で終わる事例が多い。演習という時間を過ごすためにアリバイ作りの議論参加という、労多くして効なしという経験が多い。それは話し合いという形式だから、座学よりは眠くならずに、時にはテーマを外れて、お互いの職場の事情も話題にのぼり、様々な職場事情が垣間見られることで、話し合い自体は盛りあがるかもしれないが、それだけの話である。

また、ケアマネジャーの質の差が問題視されるのと同様に、研修講師の質の差も問題視される必要性がある。

表の掲示板のスレッド、「ひどいケアマネの更新研修」で指摘されているような、勉強不足の講師が何時間講義しようと、知識レベルや資質の向上には結びつかない。こちらが指導してやりたいような講義内容に終始する講師であれば最悪だ。金と時間を使って、どうしてそのような講義を聞かねばならないのか?これが自ら望んで受講した講演等なら自己責任と諦められるが、義務研修ということであれば、詐欺被害にあったと変わりない感覚に陥ってしまう。

しかし研修時間が増加するのだから、受講料も現在より高くなるのだろう。無駄な出費と時間の浪費が増えるだけではないのか?

研修機会があること自体は悪いことではないし、新しいカリキュラムを必要に総じて追加することは否定しない。しかしこれが資格更新のための義務研修であるとなると話は別である。義務研修であるなら、受講者がその研修を受講して役に立つという意識を持つことができる個々の研修内容の質の担保が求められる。研修主催者には結果責任も求められる。しかし全国で実施されるこれだけ長時間の講義において、各地でその内容を適切に伝えることができるスペシャリストたる講師を集められるなんてことはないだろう。講師の質がこれだけ大きい研修を義務化しても、受講者の質は担保できない。

事業者は、増えた研修時間だけ多く、介護支援専門員が実務に就けない時間を埋める必要が生ずるわけだから、サービスの質は低下するかもしれない。いいことなんてないような気がする。

そもそも質の高いケアマネジメントを展開している介護支援専門員は、義務研修がなくとも様々な研修参加を含めた勉強機会を自ら求め、最新の知識や援助技術の獲得に努めている。問題は、そうではない介護支援専門員であるが、そういう人は義務研修を受講しても居眠りしているか、内職しているか、講義を上の空で聞いて終わりという結果に終わるだけであることが多い。

そういう人が資格を得られないように資格取得の間口を変えるほうが、よっぽど質の担保に結びつくと思える。

そこを変えないで、研修時間をいくら増やし、新たなカリキュラムを組み込んでも、成果が上がることはないと思われる。

和歌山地域ソーシャルネットワーク雅(みやび)の皆さんが、素敵な動画を作ってくれました。ぜひご覧ください。


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ケアマネは、何でも屋ではないけれど・・・。


拙著、「人を語らずして介護を語るな2〜傍らにいることが許される者」(通称:黒本)の140頁に、「異説ケアマネ論〜何でもする人になるな」というコラムを書いている。

その中で僕は、介護支援専門員はオーケストラいえば、タクトを振る指揮者役であり、介護サービスをコーディネートするに際し、各サービス事業所の担当者や、施設における介護支援者と同じような直接援助技術を持つ必要はないし、計画された行為自体を自信が行う必要もない、としている。

さらに、通所サービス利用中に救急搬送が必要となり、誰も付き添う人がいない場合はどうしたらよいかという例を取り上げて、その場合は第1義的には、そのサービスを提供していた事業者が「人としての責任」・「直接サービス提供している事業者の責任」において対応するべきであり、その後の対応をどうするかという部分は、総合的に生活支援している介護支援専門員が中心になって具体的方策を考えるとしても、その場における通院対応は通所サービスの責任であると書いた。支援チームの要役を担うケアマネだとしても、こうした場合の家族が対応不可能な通院まですべてケアマネの責任や役割として、「しなければならない」ということではないはずだ。

家族ができないことを、なんでもケアマネジャーに任せればよい、という考え方は「違う」という共通理解を形成すべきであるとも書かせてもらった。

介護支援専門員は、なんでも任せてよい便利屋ではないのである。

しかし、同時に介護支援専門員は、相談援助の専門職として、利用者の生活全般の課題を解決するための総合的支援が求められている。この部分は、まさにソーシャルワーカーとしの役割なのだから、「自分の仕事の守備範囲ではない」と放り出すことは許されないのである。

何でも屋ではないが、相談援助の専門職としての総合的支援の一環として関わらねばならない部分があることも事実であり、この違いの判断ができるかどうかというのも、ケアマネのスキルということになってくる。

過日、フェイスブックでつながっている方から聴いた話である。その方のお母さまが、認知症となって介護支援を受けているのであるが、以前は訪問診療をしていた、「かかりつけ医師」がおり、介護更新認定などの「主治医意見書」は、その医師が書いていたのであるが、様々な事情があって、現在は訪問診療も中止しており、かかりつけ医師がいない状態で、介護更新認定の時期を迎えたとき、だれに主治医意見書を書いてもらうかを相談したところ下記のような状態になったというのである。

ケアマネさんに尋ねると「市に尋ねたら」と言われ、市役所に行って尋ねると、「地域包括支援センターへ」と言われ、地域包括支援センターへ行くと「お母さんを見ているケアマネさんに聞いてください」と言われ、一周回って、何の回答も得られないことが何度かあり、聞くのはムダ、と諦めていました。

こんな笑い話のような「現実」があってはならない。

介護保険法第二十七条3では、主治医の意見書について次のように定めている。

市町村は、第一項の申請があったときは、当該申請に係る被保険者の主治の医師に対し、当該被保険者の身体上又は精神上の障害の原因である疾病又は負傷の状況等につき意見を求めるものとする。ただし、当該被保険者に係る主治の医師がないときその他当該意見を求めることが困難なときは、市町村は、当該被保険者に対して、その指定する医師又は当該職員で医師であるものの診断を受けるべきことを命ずることができる。

このように主治医師の意見を求める、「責務」が市町村にあるのだから、市町村の窓口で相談するのは当然である。しかし指定医を持たない市町村もあるのだし、自分が担当している利用者が住む地域が、指定医がいる市町村であるかどうなのかという情報は、相談援助の専門職として、当然確認しておかねばならない情報である。そして指定医がいない地域であれば、自分が担当する利用者に、「かかりつけ医師」がいない場合の想定を行い、その場合にどうするのかという想定も行っていて当然である。

何よりも介護認定という、保険給付に必要不可欠な申請行為のサポートを、自分の役割ではないと考えるような介護支援専門員であっては困るわけである。そうであれば、指定医師をどうするのかという相談を受けて、まず市町村窓口で、紹介してくれる医師がいるかどうかを確認してみましょうというアドバイスを行うことがあってもよいと思うが、そのときに、利用者の家族の申請責任であると丸投げするのではなく、その確認や申請のサポートを行うという方向から、「たらいまわし」にならないように、市町村あるいは地域包括支援センター(委託事業者であっても市町村の機関であることは変わりないのだが。)との折衝行為に、ケアマネとして同行して調整するという行為が必要な場合もあり、これは一連のケアマネジメントの中に含まれる行為であろう。

もともと介護保険制度における居宅サービスのケアマネジメントは、様々な社会資源と利用者をつなぐ際の、申請行為を含めたマネジメントを、居宅介護支援事業所の担当介護支援専門員という専門職に担わせ、実質的に窓口を一つにして、利用者の利便性を図るというワンストップサービスの考え方があった。

その考え方は極めて正しい考え方で、現にそのことによって、利用者は地域の中で暮らす際に、自分を護ってくれる専門家、自分を護ってくれる担当者を得ることになったのである。

しかしこのシステムが予防給付と介護給付の分離により崩壊してしまったが、だからと言って介護支援専門員自身が、この窓口をさらに増やすかのような行為に走り、利用者の利便性を損なってはならないのである。

利用者の暮らしを護る専門職として、社会資源と利用者をつなぐ調整役としての責任を考えるのなら、当然介護更新認定時の申請手続きがスムースに行われ、利用者や家族に戸惑いや不安感を与えないようにサポートするのが介護支援専門員の役割である。

そうした責任感を持たない介護支援専門員は必要とされないであろう。

和歌山地域ソーシャルネットワーク雅(みやび)の皆さんが、素敵な動画を作ってくれました。ぜひご覧ください。


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