masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

介護サービス全般

介護支援の敷居を低くするために


札幌西区発寒に拠点を置く、完全リモートワークの居宅介護支援事業所、「株式会社279(つなぐ)・つなぐ手ケアマネセンター」が無料配信しているオンライン講演の12月分と1月分の講師役を務め、昨日が第2回目の配信をし終わった。

前回は、愛称を人生会議としたACP(アドバンスケアプランニング)の歴史や、なぜそれがが重視されるようになったかという背景を話すとともに、そうした概念がない状態で起こった悲劇などについて、実際のケースを紹介して理解してもらった。

そこではリビングウイルの支援としての人生会議に重点を当てて話したが、そうなるとどうしても延命治療を控えてもらい、苦痛を取り除く緩和治療・緩和ケアというものが前面に出てくる。

しかし人生会議をもっと一般化するためには、死とか命とかをイメージする前に、ごく自然に自分の生き方の延長に、旅立ちの準備の話し合いをしておきたいと思えるような形が必要と思う。
北国の冬の夕日
そのため人生会議のとっかかりは、もう少しソフトな終活支援とした方が、入口のハードルが低くなると思い、昨日はそのことをメインにして話をした。

終活とは何か、終活の具体例、エンディングノートに記しておきたい3つの思い、終活セミナーの企画運営の事例等に触れ、最後にケアマネジャーが支援した看取り介護の実践例を話し、次回4月は看取り介護支援をオンライン配信することを予告した。

120名を超える方が視聴してくれたが、どのように感じてくれただろう・・・。

多死社会に入っている我が国では、終末期支援スキルが、すべての対人援助のプロに求められてくるので、ぜひそれぞれのステージで、命を燃やす人生の最終ステージの支援ということをテーマにして、学びの場を設けていただきたい。

さて僕はその講演を終えた後、講演場所から1時間もかからない小樽市に移動して、講演主催者の方々などとオフ会を愉しんだ。(参照:masaの血と骨と肉・北海道弁で冷たいは、しゃっこいです。

今回泊まったホテルは、スタッフが一人も常駐していない無人ホテルである。

チャックインからチェックアウトまで人間の対応がされないで済ます方式だ。・・・コンビニの無人化も進んでいるが、ホテルもこんなスタイルが主流になって、人手不足・人員不足社会に対応していくのだろう。

介護事業もその流れに乗って、人の削減が可能になるのだろうか・・・。介護DXとして、どこまで人手をかけずにサービス提供ができるようになるのだろう。

だが人手をかけないサービスとは、顧客自身の能力に期待しなければならない面が多々あることに気づかされる。

能力がある人はそれを苦にせず、むしろ他人と対面して応接するわずらわしさがないことを歓迎する人も多いのだろう。

自らの本意ではなく、心身に障害を抱え、生活上の不便を数多く抱える人が、そうした仕組みの社会にどれだけ対応できるのだろう。

介護サービスを必要とする人だって、他人に個人領域に深く介入されて、根掘り葉掘りプライバシーを詮索されることを好む人はいないと思う。

そうであるにもかかわらず生きる不便に遭遇している人々は、そうされなければ日常生活に支障をきたすために、不本意ながら介護サービスを利用せざるを得なくなっているのだ。

そうした人々は果たしてDXの波に乗って、オートメーションの流れの中で生きていけるのだろうか・・・。人にものを尋ねることもできない状態で、すべて自己責任で完結する生き方を受け入れることができるのだろうか・・・。

無人のホテルに泊まりながら、そんなことをかなえている。

・・・と同時に、心身の障害を持つ人々に寄り添う自分であるからこそ、そこで何ができ、他人がかかわるわずらわしさを感じさせる以上に、愛を感じてもらえる方法がないかと考えている。

勿論、愛や優しさの押し売りをするつもりはないし、自分の価値観を押し付け、他人に煩わしさを感じさせるつもりはない。

しかし温かな手を差し伸べて欲しい人もいるだろうと思う。

そんな誰かのあかい花になることができる方法に思いを寄せているとことだ・・。
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介護従事者の本音が経営者に伝わっていないのではないか


僕は社会福祉法人の総合施設長という立場で、介護事業経営にあたって結果を残してきた実績があるため、介護事業経営者向けの研修講師を務める機会が多い。

同時に社会福祉士・介護支援専門員・家庭生活総合アカウンセラーなどの資格を持ち、ソーシャルワーカーとしての実務や、ケアマネジャーとしての実務も数多くこなしてきたため、それらの有資格者向け実務研修講師も務めるとともに、介護実務のコーディネート実績も数多いために、介護職員に向けた介護実務研修実務講師も務めている。(参照:masaの講演予定と履歴

つまり介護事業経営者・管理職・現場リーダー・実務職員等、すべての職種や立場の人々生の声を聴く機会が常にあるのだ。

だからこそ感じることは、介護保険制度改正に関連した今後の介護の在り方を考える際に、経営者や管理職と、相談援助や介護等の実務に携わる職員の意識の乖離が見られるということだ。

特に介護人材不足に対する対策において、この意識の差が激しいと感じることが多い。

例えば介護助手に関する意識差・・・。入所要件の厳格化で、原則要介護3以上の暮らしの場となっている特養では、食事介助が必要な人が大幅に増えており、自力で食事摂取できる人が少なくなっている。

当然そのことは食事介助時間の増加につながっており、入所要件厳格化以前の食事時間内では、食事介助が必要なすべての人に対する摂食介助が終わらない施設が多くなっている。そのことがそれ以外業務時間に食い込んで、さらに業務が回らなくなる状態を生んでいる。
介護保険制度改悪
この際に、経営者や管理職は、介護助手を活用して食事介助を行ってもらい、介護職員の業務負担を減らせばよいと考える人が多い。

しかし介護職員からすれば、それは心外なことであり、食事介助という大切で、かつ知識も技術も必要な行為を、介護職員になれない人に担わせて良いのかという声が挙げられている。

食事は「」ではないのだから、食事介助とは単に食わせて終わりという行為ではない。食事の愉しみを失わないように、おいしく食べられるように、姿勢や雰囲気・声掛けにも気を遣いながら介助する必要がある。これを介護職員になることができない助手にまかせては、介護の質が落ちるだけにとどまらず、誤嚥等の介護事故が頻発する恐れはないのか・・・。介護職員は、それらの職員への指導と見守りで、食事介助そっちのけで精神的負担が増えてバーンアウトしてしまうのではないか・・・。

この実証事件を、食事介助が必要ない人が多い在宅復帰型老健で行ってもしょうがないのだ。特養の助手導入モデル事業は、特養で行わねばならない。

介護保険施設の職員配置基準の3:1を4:1まで緩和することもしかりである。

そもそも3:1とか4:1とか言ったとしても、それ自体に職員は興味がない。これは利用者総数(前年度平均)に対しての職員配置比率でしかなく、日や時間によっては一人の職員10人以上に対応しなければならない状況は当たり前に生まれているので、比率そのものを問題視する介護職員は多くはない。

それより配置基準緩和に合わせて、実際に働く職員が削減されたとき、今より業務が厳しくならないのか、有給休暇を気兼ねなくとることができるのかという問題への関心が高いだけである。

ところが配置基準緩和の実証事件を行っている施設では、シフトを最大限に回して、職員の有給休暇等を考慮に入れないで行っているケースが多い。しかも実証実験期間が短い期間であるから、その期間だけなら何とか頑張るという、職員の最大限の努力の中で実証しているというに過ぎない。

最小限の人員で業務を回す期間が、永遠続くとなったら、「話は違う」という職員が多いことを、経営者や管理職は知っているのだろうか・・・。

職員は現場を取り仕切るリーダーや管理職に、そうした不安の声を挙げているのだろうが、人員削減ありきの実証実験は、経営者等の旗振りで行われているため、管理職は旗振り役の経営者等に、「それは無理です」という職員の声を挙げられないという状況も見られる。

介護の場で働く人々の、「真実の声」が届かないモデル事業結果によって、とんでもない改悪が行われてしまうことを強く懸念している。
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運営基準に沿わない対応根拠はBCPに定めおくこと


コロナ感染第8波は、北海道ではピークダウンを迎えたが、そのほかの地域は以前と厳しい状況にある。

感染の波といっても、若年層や壮年層で健康な人にとっては、現在の状況は致死率がゼロという、「ただの風邪」というレベルの問題かもしれない。

しかし高齢者や持病のある方にとっては、依然としてコロナは重篤な状態になりかねない危険な病である。

そういう意味では、高齢者施設におけるクラスター感染は深刻な問題といってよいが、12/26時点でのクラスター発生状況は、過去最多だった前週より更に69件多くなったと報告されている。

そのような中、昨日僕が管理する表の掲示板に、「コロナクラスターにおける特養での食事回数」というスレッドが建てられた。

感染者等が休まずを得ず職員不足が生じたため、業務が回らないという理由で食事の提供回数を3回/日から、2回/日に減らすことは問題ないのかという質問である。

リンクを貼りつけたスレッドにも書いた通り、介護保険施設の運営基準を定めた省令には、食事の提供回数の定めはない。

しかしそれは食事提供回数は勝手に介護保険施設が決めてよという意味ではなく、食事は朝・昼・夕と日に3回摂ることが社会常識であり、法令に定めるまでもないという意味でしかない。

現にQ&A等では、食事を朝・昼・夕に分けて提供することを前提とした疑義解釈が示されているし、さらに「老企第43号 介護老人福祉施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準について」の12食事の提供(基準省令第14条)では、(3)適時の食事の提供についてとして、『食事時間は適切なものとし、夕食時間は午後6時以降とすることが望ましいが、早くても午後5時以降とすること。』という定めもある。(※この規定は、夕食をなしにすることは得あり得ないという規定であり、朝・昼食もなしにすることはあり得ないことを示している。

よって入浴支援を最低限2回/週しなければならないのと同様に、食事も日に3食、朝・昼・夕に分けて提供していなければ、「適切な時間に提供していない」として運営基準違反で指導対象となる。

これはコロナ禍という特殊な状況でも同じなのだろうか・・・。それを確認するため、厚労省サイトのコロナ特例通知を確認してみよう。

コロナ特例としての人員基準等の臨時的な取扱いを読んでみても、配置基準を満たさなくても良い特例や、定員超過を認める特例は示されているが、介護施設等で介護支援に関する運営基準を満たさなくてよい特例は示されていない。(※文字リンク先を参照してほし

よって介護や食事の最低基準は遵守する必要があると言ってよい・・・。しかし実際に介護職員等が感染によって出勤できない場合に、この基準をすべて遵守して仕事を回すことは不可能であることは、誰が考えても当たり前のことである。

その場合は緊急避難として、運営基準に沿わない対応もやむを得ないとされるのは当然だ。現に北海道で最初にクラスター感染を起こした札幌市の老健施設は、入浴や食事の基準を満たさない期間が生じたが、それに対して運営指導が行われたという事実はない。

よって厚労省通知がない特例も、緊急やむを得ない場合は認められると考えてよいのだ。

しかし後々、利用者や家族、はたまた外野からいわれのない非難やクレームを受けないために、この緊急避難にも根拠を与えておきたい。

その根拠を行政担当課との事前協議に求めたとしても、行政担当課が明確に許可を与えてくれるとは限らないし、スピード感が求められる緊急対応に即応した判断が示される可能性は低いだろう。

よって他の根拠を求めなければならない。それが業務継続計画BCP)である。
事業継続計画BCP
BCPは2021年の基準改正で全介護事業者に策定義務が課せられている。(※ただし2024年3月いっぱいまでに策定すればよいという経過措置期間がある

BCPは災害や感染症が発生するなどの有事に、事業継続ができなくならないように策定すべきものであり、緊急事態を乗り切り事業廃止にならないようにする方策を盛り込むものだ。

よってBCPの中に、緊急時の対応(業務継続計画発動基準、対応体制等)をきちんと盛り込んで、いつ・いかなる時に、緊急避難対策を取るかということを明確にしておく必要がある。

そのうえで職員が欠勤せざるを得なくなった際の、職員出勤率毎の介護の優先順位を決めておくことが重要だ。

出勤率によっては、3大介護と呼ばれる、「食事」「入浴」「排泄」もすべて基準通りに支援できなくなる恐れがあり、その際にどの介護を優先的に行うべきかを決めておく必要がある。

当然、食事は最優先して提供しなければならないものであるが、それも1日に3食という基準が護れなくなる想定もしておく必要がある問題だ。

BCPで最も重要なことは、『人命を護るために優先しなければならないことは何か』ということであり、運営基準に沿わない対応も必要になる場合があるという想定の中で、人命を護る最低限の介護の在り方を盛り込んでおく必要があるのだ。

それを拠り所として運営基準に沿わない対応が行われたとしても、根拠があっての緊急避難だとして、誰もそのことに文句はつけられないだろう。

だからこそ緊急避難の対応発令の時期や内容がBCPにきちんと盛り込まれていることが重要になるのだ。

今後BCPを策定する介護事業者は、このことをきちんと盛り込んで策定をしなければならないし、既にBCPを策定し終得ているという介護事業者も、今一度、このような内容が盛り込まれているかを確認してもらいたいと思う。
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説明責任って大事だよなあ


仕事柄、ホテルに宿泊する機会が多い。

その数はコロナ禍以前よりは少しは減っているが、それでも毎月1回以上全国のどこかのホテルに宿泊している。

コロナ禍直前は、東京オリンピックが控えている時期でもあったためか宿泊料金が高騰し、東京都内などは目が飛び出る価格で、予算内の安い宿を探すのに難儀することも多かった。しかしコロナ禍で宿泊料金は最安値と言えるレベルに振れた。

外国人客が戻ってきた最近も、徐々に宿泊料金が上がってきたとはいえ、以前ほどの高値にはなっておらず、予算内の価格で泊まることができるので助かっている。

そんなホテルであるが、最近では感染予防対策のためか、はたまたコストダウンのためか、アメニティグッズを部屋置きしなくなったところが増えている。チェックインの先に、フロントカウンターに置いてあるものを、必要なものだけ自分で持っていくスタイルである。

男性である僕の場合、アメニティグッズといっても髭剃りと歯磨きセットがあればよく、他の化粧品類などは使わないので、それで全く問題はない。

しかし以前に何度も宿泊しているホテルで、部屋に髭剃りと歯磨きセットが置いてあったのに、新たに宿泊してそれがなく、いざ使う段になってフロントに確認して、部屋置きをやめたというアナウンスを受けて、慌ててカウンターまで取りに出かけるということが何度かあった。

別に取りに行くこと自体は構わないが、すっかりくつろいで風呂に入ろうとして下着姿であったり、部屋着に着替えている場合などは、アメニティグッズを取りに行くためだけに、着替えを行って靴を履いて部屋を出るという手間になる。これには閉口してしまうのである・・・。

おそらくホテル側からすれば、アメニティグッズを部屋に置かなくなってかなりの期間が経っており、それが当たり前だから改めて宿泊客全員にアナウンスする必要はないと考えているのだろう。

しかしそういうシステムではない以前にそのホテルを利用している客にとって、それは寝耳に水という状態といっても良く、「聴いてないよ」状態でしかない。
ホテルの自動チェックイン
ここはチェックインの際に、丁寧に都度説明するというのが客商売であるならば当たり前であると思う。

近頃は自動チェックインのホテルも増えて、そもそも接客しないから説明しないという理由もあるかもしれないが、それならば自動チェックインのシステムに、説明をする機能を入れなければならないと思う。

この説明をきちんと行うのか、省いて当然と思うのかが、ポスピタリティ―が高いか低いかという違いにもなってくるのではないのかと思ったりする。

お客様」・「〇〇でございます」と、いくら丁寧に声を掛けられても、丁寧な説明がされないとなると、接客として意味がないように感じてしまう。それは僕が単なるアナログ人間でしかないからなのだろうか・・・。

私たちの介護事業も立派な接客業である。ホテルマンのような丁寧な対応や言葉遣いは大いに真似たいと思うが、過度なデジタル対応にならないように気を付ける必要はあるだろう。

私たちのお客様とは、心身に何らかの不自由を持つ方々であるのだから、対応に漏れがないように丁寧な説明は省けない。説明不足が即、生活障害となりQOLの低下につながりかねないのだから、ホテル業の接客の比ではないほど、そのことには注意が必要だ。

私たちの提供する介護サービスを利用されている方には、できる限りそのことによって豊かな暮らしを送る結果に結びついてほしい。単にサービスを利用するだけではなく、より良い気持ちになっていただきたい。

そうした結果を強く意識し、そのためにお客様に私たちができ得る限りのおもてなしをしようとする気持ちを、ポスピタリティ―精神と呼ぶのだろう。

おもてなしは気持ちの問題なので、マニュアル化できない。それぞれの従業員の心のうちに湧いてくるのを待つしかないのが、ポスピタリティ―精神でもある。

だからこそそのような気持ちを持つことができるように、お客様に対する対応を日ごろから丁寧に、適切に行うというサービスマナー意識は重要であり、その意識の中に丁寧なる説明責任というものも含まれてくるのだと思う。

年の瀬に、このことを今一度振り返って、自分がこの1年、介護サービス利用者の方々に対し、おもてなしの精神をもって真摯に対応できたか、必要な説明責任を果たしていたかを振り返って、自分自身の通信簿をつけてほしいと願う。
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高齢者が大人として愉しめるクリスマスを・・・。


今年も押し詰まって、残すところあと9日間となった。明日はクリスマスイブである。

クリスマスには雪が似合う。特に北海道の場合は、雪のないクリスマスは何となく物足りないように感ずる。しかし今年のようにドカ雪が続くと、いい加減にしてくれと言いたくなる人が多いかもしれない。(※登別は昨日から雪が雨に変わり、雪があらかた溶けてしまったが、今また雨が霙に変わって風も強く、これから吹雪になる気配が漂っている・・・。

さて今年は暦の関係でイブが土曜日、クリスマスが日曜日になっている。そのため介護事業者では、クリスマスをお祝いする行事を一足早く今日行っているところが多いのではないだろうか。

日本人にとってクリスマスは宗教的な色彩は薄く、暦の上での大切な季節行事となっている。今、高齢者といわれる年齢の人たちにとっても、クリスマスを祝うことは生活習慣であると言ってよいだろう。だからこそ介護事業者内でクリスマス行事を行おうとすることは大いに結構だと思う。

むしろ3年以上続いているコロナ禍の中で、暮らしの中で様々な不便を強いられている方々が多いのだから、クリスマスという日を利用して、介護事業者の中で、ささやかながらも心から愉しむことができるひと時を、利用者の方々に提供していただきたい。
メリークリスマス
だがそこで行われる行事とは、大人が参加して、大人とて愉しむものであるということを忘れないでほしい。

一般家庭でもクリスマスを祝う家庭は少なくないが、そこで大人が紙で作ったトンガリ帽子をかぶっているとでもいうのだろうか。サンタの帽子をかぶった高齢者が、クリスマスソングを歌っているとでもいうのだろうか・・・。

世間一般的には、大人が参加するクリスマス会とは、もっとシックで大人びたお祝いをしている。呑んで騒いで唄うことがあっても、ジングルベルや赤鼻のトナカイなんて唄わない。

介護事業者がなぜ大人のシックな行事のあり方に視線を向けず、チーチーパッパの行事に走るのだろう。

幼稚園児が喜ぶ行事を行ってもしょうがないのだ。それは知らず知らずのうちに、介護サービスを利用する人を見下しているという意味ではないのだろうか。

幼児が愉しむようなクリスマス会を、何の疑問を持たず平気で行っている介護事業者の存在が、世間の偏見を生む元凶にもなっているのである。

認知症の人に対して幼児言葉で話しかけるのが当たり前だとか、心身に重たい障害を持つ人が、一人の尊厳ある大人として接してもらえないだとか、そんな風潮に結びつくものが、介護事業者における行事・イベントの仕方にかかっているのかもしれない。

かつて僕が働いたことがある千歳市の老健施設は、利用者を子ども扱いする行事を平気で行っていた。(参照: 遠足のある高齢者介護施設の違和感 )

そこには一般家庭ではあり得ない非日常が数多く存在しており、まさに収容施設そのものにに化していた。そして従業員はそのことに全く気が付かずに、日常的に利用者を子ども扱いするような不適切な対応に終始しており、そんなところに長く勤務していてはならないと思って退職するに至ったが、その選択は間違っていなかったと心から思っている。

大人を大人としてみない扱いが、人を小ばかにした対応につながるのである。人権侵害をなんとも思わない感覚麻痺に繋がってしまうのである。

そうならないように、年末にかけて数多く行われる行事の数々を、大人が大人として愉しめるものであるように見直してほしい。

人権尊重とは、そのような日常のチェックと見直を続ける不断の努力によって揺るぎないものになるのである。
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偽善であっても良いのじゃないのか


対人援助という職業に関わる人間が、すべて高潔な人格の持ち主とは限らない。

良い面もある反面で、悪い面を持っている人も介護の仕事をしている。

しかしそれをことさら問題視する必要はないと思う。むしろそれは当然であるとも言える。人には誰しも多面性というものがあり、一つの傾向だけを貫いて生きている人は、そう多くはないのだろうと思うからだ。

そもそも多面性を持っていることを自覚していない人も多いし、自分が良かれと思っている一面も、他人から見れば汚いとか、おかしいとか思われることもあるのだ。

神ならざる人間は、清く正しいことだけを貫いて生きていくなんてことができるわけがなく、いろいろな一面を持ちながら、時には間違った方向に向かったり、迷いながら進んだりしなければならないのである。

そもそも清廉潔白で、高潔な心根の持ち主だけが介護者にふさわしいなんてことにはならない。

冷酷非道な人間で、人を傷つけることに何のためらいもない人間が介護という職業に携わって、関わる人々の心を殺してしまうのでは困るが、そのような冷酷な心根の持ち主ではない限り、対人援助の仕事に関わって悪いわけではない。

ごく普通の人が携わることができる職業が介護である。
ほっこり
感情ある人間だから、時には喜怒哀楽の心に揺れながら、対人援助という仕事に関わっていくことも当然である。

ただしどのような職業であっても、自分の生まれながらの性格むき出しで仕事をこなしながら、その責務を果たすことができるなんてことにはならない。

その職業に求められる結果責任を全うするためには、その職業に見合ったスキルを身に着け、経験を重ねて熟練の域に達する努力が求められるのだ。職業人=その道のプロフェッショナルであるという使命感をきちんと持って、自らを成長させる努力を怠ってはならない。

だからこそ自分の感情がどのように揺れやすく、その心の動きが対人援助という仕事の場面でどのような影響を与えるのかを自覚し、できるだけそうした影響がでないように自らをコントロールするための自己覚知は重要になる。(参照:価値観が変化する自分を覚知するために

そのように自分を厳しく戒めて、利用者に真摯に関わろうとする態度は常に忘れてはならないと思う。

しかし時として利用者に接している自分の姿を、「偽善だ」と評されることもある。

自分が対人援助の場で、利用者に相対している際に行っている行為やその際の態度を、本心からではないうわべだけの善行であると評されるのは心外ではある・・・。しかし悪行に走るよりそれははるかにましだろうと思う。

仮にそこで行われていることが偽善であったとしても、その行為によって感謝の気持ちを持つ人が一人でも世の中に増えれば、それは善行以外の何ものでもないと思う。

むしろ偽善者と批判する人は、偽善ほどの人に感謝される行為をほかに行っているのかと問いたい。

世に偽善が増えて、それによって暮らしが豊かになる人が増えるのであれば、それは否定される行為ではないと思うし、そもそも偽善と真の善行の境目なんてあって無いようなものだろう。

むしろ介護という職業に携わっている人々は、偽善であっても善を重ねる行為に終始してほしいと思う。

聖人君子によって成り立つ職業が介護ではなく、ごく普通に生きている平凡な市民が、当たり前の感覚を失わずに、他者の暮らしに寄り添うことが、介護という仕事の本質である。

人を幸せにする前に、自分が関わることで、決してそれ以前よりその人が不幸にならないようにすることが、私たちが心せねばならないことではないだろうか・・・。
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ブラックな職場ならば辞めるのもストレスコーピング


仕事にストレスはつきものだ。どんな職業に就いている人であっても、誰しもが多少のストレスは抱えているものだ。それが全くない労働者なんて、この世に存在するとは思えない。

そもそもストレスには、仕事のパフォーマンスを高める良いストレスも存在する。問題はそれを超えた過度なストレスが原因でメンタルヘルス不調に陥ることである。(参照:メンタルヘルス不調とストレスについて考える

特に感情労働と言われる介護の仕事は、利用者の感情にも巻き込まれて過度なストレスを抱えやすい労働環境にあるともいわれる。その状態を労働者個人の精神論として放置していては、現実的かつ具体的な問題が生じた場合に正しく対処できなくなる危険性が高い。

そのためにストレスマネジメントを行って、正しく対処するという考え方が必要になる。それがストレスコーピングである。(※問題に対処する、切り抜けるという意味の英語copeに由来している言葉。※ストレスチェック〜ストレスマネジメントで終わらずに、ストレスコーピングまでの過程を踏むことがメンタルヘルス不調の予防と改善には重要となる。

ただし一言付け加えておくべきは、介護という仕事のストレスを、利用者への虐待という方法に結びつけるような人は対人援助に向いていない人だということだ。

そういう人の対処法とは、介護以外のほかの職業を探すしかない。人に関わらない職業を探しなさいと言いたい。

ただしメンタルが低下すると仕事のパフォーマンスが下がることも事実だ。その状態で利用者の方々に相対することは、ケアサービスの質にも影響し、不適切なサービスに結びつく恐れがある。

そのためストレスに対する、自己防衛策を持っておく必要があり、ストレスコーピングは必要不可欠になるのである。

今週金曜に予定している東京都社会福祉協議会会員に向けたオンラインでのサービスマナー講演では、そのことを詳しく解説する予定になっているが、ここでも少しそのさわりのみを紹介しておきたい。
2022年の冬シーズン・北海道の初雪
まず最初にストレスマネジメントを行う必要があるが、この場合にはストレスの原因に関わる人間関係が自分にとってマイナスかプラスかを判断してみることが大事だ。

例えば自分の相談に対して文句を言ったり厳しく叱咤するような人との関係はマイナス、共感を得られたり相談に乗ってもらえる人間関係はプラスなどと判断しメモしておく。ストレスコーピングでは、プラスに働く人との繋がりを大切にすることを意識するのである。

東社協オンライン講演では、こうしたストレスコーピングを、「問題焦点(解決型)」・「情動焦点」・「認知的再評価型」・「気晴らし型」等に分けて解説し、「やってはならないストレス発散方法」にも触れてわかりやすく解説する予定だ。

特に問題焦点(解決型)コーピングでは、ハラスメントなどのストレッサーに対して、直接相手に「やめてください」と伝えて、問題となる状況が再発しないように働きかけることも必要になるが、それも通用せず上司に状況を訴えても働きかけてもらえないようなブラックな職場については、「職場をやめる」という選択の一択しかなくなる場合もある。

しかしこうした選択も自分の身を護るためには必要だと理解することが大事だ。

僕が管理している表の掲示板には、「自分の職場が虐待や不正をしている」という書き込みが時々ある。「それを何とか変えたいのだが変わらない。でも自分があきらめてやめてしまっては、利用者さんを見捨てることになる」というジレンマを抱えている人が少なからず見られる。

しかし利用者を見捨てないために、不正や虐待をしている職場の環境を我慢して仕事を続けるというのはやりすぎ耐え過ぎでしかない。それは自分の身を亡ぼすことに繋がりかねない危険な行為だ。

介護報酬の不正受給や、過酷な労働環境の放置は事業者の怠慢でしかない。しかし悪いのが事業者でも、職場が問題を起こせば当然働いている人間にも被害が及ぶという理解が必要だ。

だからこそ環境が変わらないようであれば、職場を変えることも検討しなければならないのである。勇気を持って辞める決断をすることは、悪質な業者を減らすことにつながると考えるべきだ。

なにより介護業界にとっての最大の損失は、介護人材として貴重なスキルを備えている人が、メンタルヘルス不調でこの業界を去ってしまうことなのである。そうなる前に自分を護る行動として、職場を変えるという選択をしていただきたい。

そして実際に退職を決断した際は、虐待や不正の証拠を集めて、匿名でも良いから告発することが求められるソーシャルアクションである。
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何にもしなくてよい人から生まれる何でもできるケア


僕が総合施設長を務めていた社会福祉法人では、介護保険制度の創設の前年に特養の規模を50床から100床に拡大し、ショートステイベッド数も10床増やしたほか、それまで行っていなかった通所介護事業を始めた。

そのため経営規模が大きくなることに対応して、新たに職員を募集して雇用する必要が生じた。その際にはすでに介護保険制度が創設されて、翌年に新制度がスタートを切ることが決まっていた。

当時すでに法人の事業経営部門で頭脳役を担っていた僕は(※当時の肩書は業務課長)、措置から契約となる介護サービス事業は、そこで大きな変革を迫られてくると考え、時代にマッチしたサービスの在り方に変えていく必要を感じていた。

そのタイミングで多くの新入社員が入職してくるのだから、色に染まっていない新人の力を借りながら、新しい法人のカラーを作っていこうと準備を進めていた。

当時は明治・大正生まれの人に代わって、昭和生まれの高齢者の方々が徐々に特養に入所するようになってきた時期でもある。その方々の生活習慣やニーズに合わせたサービスが必要になること感じていた。

そのため、「サービスの品質向上」が急務と考え、様々な変革に取り組んできた。

例えば、毎日入浴できる特養にしようとした改革も、その戦略の中で行ったことだ。【参照:介護の質を上げる工夫の具体例(入浴支援1)
メルヘンの丘
逆に言えば、それまでは入浴支援は曜日を決めて週2回しかしていなかったわけである。

その当時は月曜日と木曜日は午前が特浴支援、午後が一般浴と中間浴支援の日としていた。すると月曜日と木曜日はいつも間にか、「入浴日」という概念が出来上がってしまっていた。

入浴日は入浴支援がメイン業務で、食事介助や排せつ介助などのルーティンワークと合わせて入浴支援ができておれば何も問題ないと考えがちであった。

しかし一人の利用者が入浴する時間は、着替えや誘導の時間を入れても30分程度である。入浴していない時間の方がずっと長いのである。そうであるにもかかわらず、職員は「入浴日」であるとして、入浴支援にかかりきりになり、他の事柄に目を向ける意識が薄れていたように感じた。

入浴し終えた利用者、入浴する時間がまだずっと先の利用者は、ひたすら他の人たちの入浴支援が終わるのを待つだけか、テレビの前に座らされて、見たくもない番組を見せられているだけという状態も見受けられた。

この状態を何とか変えようと思い、介護職員と様々な意見交換を続ける中で考えついたのは、「入浴支援を行う日に、入浴支援を何にもしない人」である。「レンタル何にもしない人」よりずっと以前に、僕の特養では「何にもしない人」という役割を創っていたのである。

当番制で代わる代わるこの役割となった職員は、基本介護のルーティンワークからも外れ、ユーティリティーで利用者に目配りしながら、話し相手になるなどが求められる役割とした。ホールにただ座っているだけでも業務であるとみなされるのである。

しかし本当に休みのように何にもしない職員はおらず、何がその中でできることがないかを探し、提案するようになった。そしてその役割を担った職員は、いつの間にか他の職員が入浴支援に携わっている間に、入浴していない利用者が、楽しんで体を動かし、心身活性化につながる活動の企画と運営をする役割を持つようになった。

当然一人ではできることに限界があるので、提案された内容が良いものであるとすれば、相談員などの他職種が手伝ったり、ボランティアを定期導入するなどで、できることを進化させていった。

その過程の延長線上に、入浴支援でほとんどの職員が一日の業務を終えるような日をなくそう。なおかつ利用者は入浴したいときに入浴でき、それ以外の時間もできるだけ自分の「やりたいこと」を見つけて生きがいをもって日々の暮らしを送るようにしようという、暮らしの改革につながっていったのである。

こんなふうに人の暮らしの支援に重要なのは、現状に甘んじることなく、常に変動する利用者のニーズにアンテナを張ってそれに応えようとする姿勢である。「利用者本位」という言葉を、建前ではなく本音に変える本物の介護サービスである。

1.施設サービスは日常性になることによって、一定の品質が保たれるが、日常性は惰性につながる。
2.実践水準は内部的に更新するとともに、外部情報が取り入れられて更新されなければならない。


暮らしの質を護り向上させるために、私たちは常にこの2つの戒めを意識しておく必要がある。
masaが読み解く介護の今
医療介護CBニュースの連載「快筆乱麻masaが読み解く介護の今」の今月号の連載記事、「本気で取り組むべきは介護職員の記録削減」は文字リンク先から参照ください。
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よく理解できない介護助手活用論


介護人材不足を補うために、「介護助手」を積極的に活用する考え方が示されている。

間接的な業務をサポートする介護助手を活用することで、介護職員の負担軽減と生産性の向上につながるとも言われたりする・・・。

そもそも「介護助手」とは何ぞや・・・。それは介護施設で掃除や洗濯、配膳など間接的な業務を担って介護職をサポートする職員を指すそうである。

その人たちを増やすことで、介護職員の業務負担が減って、より少ない介護職員で業務を回せるというのだろうか・・・。

この議論が僕には理解できない。これが40年前に議論されている問題であるなら、多少理解できる。なぜなら40年前の1980年代前半なら、特養の介護職員は「寮母」という職名で、直接介護業務のほか、掃除や洗濯などすべての業務を抱え込んでこなしていたからだ。

しかし高齢者の重介護化が進行し、介護職員の身体介護を行う手間や時間が増え、掃除から洗濯までも含めて、利用者の身の回りのお世話をすべて介護職員だけで担うのは不可能という状況が生まれ、多くの特養では、洗濯や掃除はそれを専門に行う職員を介護職員とは別に雇用するか、外部業者委託という形で、間接業務のアウトソーシング化を行い終えているからだ。

今更この部分の業務を、「介護助手」導入論で、介護の生産性向上とか介護職員の業務負担軽減と言っているのは、時代錯誤も甚だしいと思う。

いやそうではなく、掃除や洗濯以外の間接業務を洗い出して、それを専門に行う「介護助手」をもっと積極的に導入することには意味があるという人がいるかもしれない。・・・本当にそうだろうか。
秋のつり橋
例えば配膳しかできない介護助手がいた場合、なるほど助手が配膳している間に、介護職員は食事摂取介助を行うことができるのだから、自分で配膳をすべて終えてから食事摂取介助するより時間はかからず食事介助を終えることができるだろう。だがそれは何分の差なのだという問題でしかなく、ほとんど意味のある業務削減とは思えない。

こんなことで介護の生産性が高まると本当に思っている人間がいるとしたら、それって介護のド素人だ。

しかも食事摂取介助を行えない職員が配膳だけをする際に、きちんと指示通り適切な配膳業務ができるのかという不安さえ生ずる。介護助手という名の、仕事のスキルの低い人たちへの指示・注意で疲弊する職員も増えそうである。

17日の社保審・介護保険部会では、こうした介護助手を人員配置基準上の介護職員として取り扱うことの議論の準備を進めると厚労省担当者が述べている。

まったくひどい議論だと思う。洗濯業務専門職や掃除業務専門職が、配置基準上の介護職員と認められて、それをもって鯛利用者比3:1基準を満たすのだから、介護職員募集に応募がなくても問題ないと考えるのは、おつむの弱い経営者だけだろう。

そんなことで介護人材不足対策のお茶を濁されては、介護実務に携わる介護職員にとってはたまったものではない。そんな暴挙に走れば、介護実務はますます加重労働になり、介護職員になろうとする人材は減ってしまうだろう。

そもそも配置基準緩和策が盛んに議論されているが、それって介護人材確保に意味があることなのか?多くの介護施設では、介護職員の利用者比3:1という基準配置のみでは業務が回らないから、それ以上の配置をしており、そのための人材不足が嘆かれているのだ。

僕が総合施設長をしていた特養は、従来型多床室が中心の非ユニット型特養だったが、それでも職員配置は対利用者比2:1に限りなく近くしていた。そうした業務を的確に回すための職員が不足している現状で、介護業務の実態を無視した低い配置基準をいじってもあまり意味はないと言える。

そうした実態を見ずして、基準配置を緩和すれば介護人材対策になるという考え方自体がどうかしている。

机に座って仕事を完結させている人間が、机上の論理でひねくり出せる介護人材対策なんて糞にもならない。

同じように、直接的介護ができない介護助手なんて、いくら増やしたところで糞にもならず、介護人材対策とは言えないことも指摘しておこう。
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いつか来た道を連想させるSOMPOケアトップの発想


特養の介護職員はともかく忙しい。

現在では利用者全員が要介護3以上の方々となっているので(※特例入所を除く)、ほとんどの方が移乗や排せつに何らかの支援の手を必要とするし、食事が自立で摂取できる人も少ない。

そのため特養の介護職員のケアの総量は、介護保険制度創設時とは比べ物にならないほど増えている。

看護・介護職員の配置は対利用者比3:1以上になっているとは言っても、それは雇用者全員の数を基準にした比率でしかなく、日中は一人で10人に対応したり、夜間は30人に対応したりしなければならない。

しかも介護という支援行為は、後回しにできず今対応しないとならないことが多い。例えば、「おしっこをしたいのでトイレに連れて行って。」という人が複数人数重なったからと言って、おしっこをするのに順番をつけて、前の人の順が終わるまで排せつするのを待ってもらうということは難しい。その場で同時に2人とか3人とかのトイレ介助が必要になることは日常茶飯事である。

しかし一人の職員で対応できることには限界があるのだから、対応できないことも出てくる。そうした部分で利用者に不利益を生じさせることは心苦しいが、やむを得ない状況も生まれてくる。

こうしたとき、インカムを通常装備して、ヘルプを求める行為に時間をかけないで、他の介護職員が駆け付けられる体制であれば、利用者に不便をかけたり、不利益を生じさせることは大幅に減少するだろう。

インカムや見守りセンサーとは、こうした目的で使うのが本来だろうと思う。

しかし国は、こうしたテクノロジーの導入を、人員配置基準緩和とリンクさせて考えており、ただでさえ少ない人員をさらに削ることが、「介護の生産性向上」であるとしている。

これに関して千葉県の幕張メッセで開催されていた展示会「医療・介護・薬局Week」で10/14、業界最大手のSOMPOケアの鷲見隆充代表取締役が講演を行い、「テクノロジーや介護助手などを導入し、施設によっては、3対1以下の人員配置にオペレーションを変更した場合でも、変更前後で利用者のQOL、職員の負担などに重大なネガティブインパクトが生じないことを、定量的に確認できることを目指している」と説明した。

少子高齢化がさらに進行し、全産業で労働不足になるわが国では、介護人材の確保がさらに難しくなり、このままでは介護事業経営が立ち行かなくなるとして、SOMPOケアが人手をかけずに効率的に介護を行う方法を、業界の先頭に立って創設するという意気込みを示した発言だと思う。

その気概や良しとしておこう。しかしである・・・。その方向にトップが前のめりになっている姿勢を、メディアを通じて流すことはいかがなものだろう。

このように、「人手を現在より削ってもネガティブインパクトが生じない」という前提で導き出す定量データに、どれほどの信頼性があるのだろう。
いつか来た危険な道
SOMPOケアのトップである代表取締役という立場の人が、公の場で発言して多くのメディアが取り上げて報道している発言を、真っ向から否定できるデータを、そのトップの下で働く従業員が表に出すことができるだろうか・・・。

業界最大手のトップが、結論ありきのような講演を行っていること自体が、SOMPOケア関係者にとっては大きなプレッシャーだ。そのため定量化するための取り組みの評価には、様々な忖度が働いてくるだろう。よって今後、SOMPOケアだ示す定量化された結論を、私たちは疑いの目で見ざるを得ない。

そもそもSOMPOケアとは、あのメッセージを買収して業界最大手になった企業で、メッセージが行っていた悪名高いアクシストシステムを踏襲したケア実践を行っているという。(※文字リンクはアクシスとシステムが介護現場を破壊しているとして告発した、「Sアミーユ川崎幸町での転落死の逮捕報道に際しての声明/東京北部ユニオン・アミーユ支部」の声明文である。参照していただきたい。

声明文ではアクシストシステムを、「自分の仕事をこなすので精一杯で職員同士の協力・協働ができないシステムだ。」と糾弾しているが、SOMPOケアトップの考え方と一連の発言は、まさにそのシステムをさらに規模を大きくして広げようとするもので、「いつか来た道」を連想させるものでしかないように思う。

利用者のニーズに沿えずに、不便をかけたことを心の負担に感じる介護職員は多いが、そんなことを考える暇なく、自動的・機械的に業務を回せば心の負担は少しは減るかもしれない。しかしその代わりに、そうしたシステムに乗っかって黙々と作業労働をこなす介護職員は、正常の感覚を麻痺させて、利用者を待たせても、苦しませても、悲しませても何も感じなくなる。

そんなふうにアクシストシステムで心を壊した従業員がいて、アクシストシステムで狂った従業員に殺されたり、暴力を振るわれた何の罪もない高齢者が存在したのは、つい最近のことである。

それを繰り返すことになるのではないかと、非常に危惧している。

SOMPOケアの鷲見隆充代表取締役の最近の発言のいくつかは、かつてメッセージの会長だった橋本俊明氏が、メッセージが日本の介護のトップランナーになると高らかに宣言していた頃の内容と重なって聞こえるのである。

とても心配である・・・。このことについて、SOMPOケアで働く人々自身はどう思っているのだろうか。
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人と相対する職業という意味を考える日々


対人援助という職業は、自分以外の誰かの人生に深く関わる職業だ。

そんなことは今更言うまでもないといわずに、そのことをもう少しだけ深く考えてほしい。

この職業を通じて関りを持つ利用者の方々とは、もし自分がこの仕事を選んでいなかったならば出会うこともなかった人たちなのである。

つまり対人援助という仕事に携わらなかったとしたら、自分の人生の中で決して交差することのない人が、自分を頼って支援の手を待っているのである。

自分は自らの意思でこの職業を選んだ。それは他の職業に就いたなら関りを持つことのなかった人々の人生に、自らの意思で深く関与しているという意味だ。

それは縁と呼ぶべきなのか、宿命と呼ぶべきなのか・・・。どちらにしても、自らの意思で対人援助という仕事を選んだ以上は、そこで出会った人々の人生に深く関与する責任を果たさねばならない。

人から与えられたのではなく、自ら選んだ道が、自分以外の誰かの人生に関わるという職業だ。そう言う職業を仕事としてではなく、生き方として選んだと思いたい。

介護サービス利用者の側からこのことを考えると、自分の人生に深くかかわる支援者が、どういう考え方の持ち主で、どのような支援スキルを持っているのかということは、支援を受けた後の人生の豊かさに関わってくる問題である。

それだけ支援者の人となりは重要であるという意味になる。

そのような重要な役割を、私たちは好む好まざるにかかわらず担っているのである。

その使命と責任を忘れないでいたいと思う。
キタキツネ
私たちがその使命を果たすためには、結果責任を常に意識しなければならない。

私たちと出会ってしまった利用者の方々の人生が、私たちと出会う前より豊かになるという結果を求めればならない。

そうしないと私たちの存在意義が失われてしまう。もしも出会った人々が、自分と出会うことで不幸になるとしたら、何のために自分は対人援助という仕事を選んだのかわからなくなってしまうのである。

結果を出すためには、日々努力し続ける必要がある。知識や技術を積み重ねるのは、他人の暮らしに深くかかわり、個人の生活空間に深く介入する以上当たり前のことだ。

努力だけでは何の価値もなく、結果がすべての世界だと自覚しなければならない。

やっていることが正しいと思っても、そこに存在する利用者がその結果を好ましく思ってくれるかどうかが問題だ。答案の答えは私たちが出すのではなく、利用者が出すのだということを決して忘れてはならない。

勤勉・真摯・謙虚、そして器の大きさ・・・。それらのどれか一つが欠けていても人の暮らしに寄り添う資格は無い。

売名・不遜・おごり、そして器量の狭さ・・・。そのどれか一つでも私たちの中に潜んでいれば、知識や技術もいつか自分を裏切る。

そういう職業を・・・そういう生き方を私たちは自ら選んでいるのである。その重さや尊さを決して忘れてはならない。
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軽々しく「介護職負担軽減」って言うな


9/28に行われた、「全世代型社会保障構築会議」で、政府は介護分野について、事業所の行政手続きの「原則デジタル化」を打ち出した。

事業所の指定申請、報酬請求、実地指導(運営指導)に関する書類について、国が定めた全国統一的な標準様式を用いることを、一定の拘束力を持たせた形で自治体などに要請していく。あわせて、今年度下期から段階的に運用を始める「電子申請・届出システム」を書類提出の手段とすることを原則化する。

書類の様式、提出方法などが自治体ごとにバラバラな状況を改め、介護現場の事務の効率化、生産性向上につなげる狙いがあるという。

このため9/29には厚労省から自治体あてに、「電子申請・届出システム」を実際に使っていくことを速やかに導入を要請する通知を発出した。

それに関連して、介護の書類に押印・署名はいらないので、一部の自治体で残っている事業所の指定申請、報酬請求などの押印欄も削除するように求めてもいる。

厚労省は遅くとも2025年度までには、この原則化に実効性を持たせる法令上の措置も講じる方針だそうである。(※ここまでは新聞報道の受け売り・・・。

このことは介護事務の観点から言えば、介護事業者も歓迎すべきことだと思う。介護事務業務のデジタル化の当初は、慣れないシステム運用に戸惑うことがあったとしても、そのシステムが軌道に乗れば、アナログ業務よりずっと時間と労力を掛けずに、業務が流れていくと思う。

それは間違いなく介護事務業務の省力化・業務負担軽減にはつながると考えるし、大いに歓迎されることだとも思う。

介護事業者における事務担当者は、科学的介護情報システム(LIFE)への情報提出のための業務が増え、さらに3種類に増えた処遇改善加算の事務などの業務が加わり、大幅な業務負担増となっている。

にもかかわらず、介護職員ほど待遇は改善されていないという状況もある。そうした事務担当者の方々の負担が少しでも減ることは良いことだ。大いに推進してもらいたいと思う。

・・・がしかし、このことを、「介護職員の負担軽減、勤務環境の改善、人材の確保につなげたい考え。」としている点については異議を唱えたい。
介護事務
なぜ介護事務負担の軽減が、介護職員の業務軽減や環境改善につながるんだ?そんなことはあり得ない。

国は介護事務の負担と、介護職員の業務負担をもっと明確に分けて考えてほしいと思う。

特に介護業務そのものではない、介護職員が担わねばならない事務負担というものにスポットを当てて考えてほしい。

例えば利用者同意の捺印や署名を廃止できたとしても、それを廃止する条件として、支援記録に同意した記録があればよいとするならば、その支援記録は誰が書くのかを考えなければならない。多くの介護事業者では、支援記録は介護職員が担当する記録とされているのだ。

LIFEへの情報提出にしても、入力作業は事務職が行うので、その作業のデジタル化や省力化を進めることは事務職員にとってありがたいことだが、そもそも入力事務担当者に、入力情報を手渡すのは、主に介護職員だ。

ADL情報はBIを測定する機能訓練指導員が事務担当者にデータをまとめて渡すとしても、認知症の状態は、関心・意欲の低下や意思疎通面の状態を情報提出することが求められているので、その情報はリアルタイムに利用者に接する介護職員がまとめて事務担当者に渡すことになる。つまりデータ提出作業がデジタル化されて、その作業が省力化されても、介護職員の負担は減ることにはならないのである。

さらに制度改正・報酬改定の度に新しい加算が増えて、その加算の算定要件をクリアしている証明として、ケアの実施記録が増えている。介護職員の事務作業負担は、書類削減・事務作業省力化の流れの中で、ちっとも減っていないのだ。

厚労省はこの現実をしっかりとらえてほしい。しかし事務作業の削減を、あたかも介護職員の事務作業削減と混同するかのような分析に終始している感がある。

それはまるで事務作業削減で、介護職の業務負担が減っていると自ら思い込んで、自己陶酔しているかのようだ。勘違いも甚だしい。

介護職員の業務を削減し、介護職員が働く環境をよりよくして、介護職を目指す人が増えるためには、今国が行っている事務作業削減方針は、何の意味もないことを理解したうえで、本気で介護職員の間接業務である、「記録」の削減に取り組んでいただきたい。
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心に咲く花を大切に育てる介護


株式会社マイナビの医療・介護の経営支援サイト・メディカルサポネットに毎月、「菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 〜選ばれる介護事業所であり続けよ〜」というテーマで連載記事を書いています。

今月の連載記事、「介護事業におけるメンタルヘルスに関する一考察」は昨日アップされています。

メンタルヘルス不調は、誰にでも起こり得る問題です。それは介護事業者にとっては、貴重な人材を失いかねない大きな損失であるとともに、従業員のメンタルヘルス不調を防ぐ責任が雇用側にあるというコンセンサスが形成されている今日においては、従業員がメンタルヘルス不調に陥った場合には、事業者側に損害賠償責任も生じかねない問題となります。

またメンタルヘルス不調の当事者になってしまう人は、それによってそれまでのキャリアをすべて失い、人生の設計図を見失ってしまうだけではなく、家族関係も崩壊してしまうほどの大きな問題になりかねません。

そういうことを防ぐためにも、昨日アップされている連載記事を参照願いたいと思います。

それと共に自分がメンタルヘルス不調に陥らないための、日ごろの心がけも必要なことを知ってください。仕事に対する思いを忘れないことも大事です。介護事業者で働こうとした当初の自分の気持ちを振り返ってみることも大メンタルヘルス不調の予防策になり得ると思います。

だからこそ、どうぞ思い出してみてください。

介護という職業を選んでいるあなたが、最初にその仕事をしようという動機付けはいったい何だったのでしょうか?

今介護の仕事を続けている、あなたはそのことを覚えていますか?

人それぞれいろいろな理由があって、介護という職業を選んだのでしょうし、その動機付けはいろいろであって良いと思います。

しかし介護という職業が、他者の暮らしに寄り添い、心身の不自由な部分を補うために手を差し伸べつ仕事であることを知らない人はいないでしょうから、少なくともそうした人に手を貸しながら、頑張って仕事を続けようとする覚悟や思いは持たれていたのではないでしょうか。

その思いの強さは人それぞれだと思います。ほんの軽い気持ちで、「介護の仕事に携わろう」と思ったって構わないとも思います。思いは膨らませればよいだけの話なのですから。

自分の心の中に、ある日何気なく湧いてきた介護を職業にしてみようかという気持ちは、心の中に花の種が撒かれたという意味なのではないでしょうか。その種に水をまき、芽ぶかせ、花として咲かせることが大事だと思います。(※下記画像は北海道美瑛町の風景。
北海道美瑛町の夏景色
決してその花が枯れることがないように、肥料と水を撒いて大切に育て続けることはもっと大事になります。

その時、一番の必要になるものとは、あなたが最初に介護の仕事をしようと思った動機づけとつながる何かではないでしょうか。

逆に今あなたが働いている場所で、あなたが介護の仕事をしようと思った動機づけと正反対のものしか存在しないとしたら、この仕事を続けようとは思わないのではないでしょうか。その場合は、咲く場所を変える必要もあると思います。(参照:人によって合う職場は異なります

誰かの役に立ちたい。自分の力で誰かの暮らしを少しでも支えられる。自分が仕事をするだけで、「ありがとう」と言ってくれる人がいる。寂しそうに一人ぼっちで佇んでいる人のそばに、自分が寄っていくだけで笑顔になってくれる。人に話せないようなことを、自分にそっと打ち明けてくれる。

そんな何気ないことが、花を咲かせる肥料になってくれることでしょう。

そかしそれは日常の絶え間ない暮らしの支援の中でしか生まれません。特別な何かではなく、当たり前として、そこに何気なく存在しているものなのです。

だからどうぞ利用者の方々の表情を見る目を失わないでください。利用者の方々の喜怒哀楽をしっかり見つめてください。怒りや哀しみの感情を見つけらるからこそ、喜びや幸せを運ぶことができるのです。それが喜怒哀楽に寄り添うという意味なのです。

どうぞそのことを忘れない人になってください。
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自分の価値観とイメージの中でしか仕事ができない人は素人


最近できたばかりの介護型有料老人ホーム(特定施設)を訪ねる機会があった。勿論、見学ではなく仕事である。

最近の建物は非常に立派だ。設備調度品も高級感が漂っているが、それだけではない。

セキュリティもしっかりしていて、外部の人間が勝手に玄関ホールに入ることなんてできない。

だからこそ、訪問者の呼び出しに素早く対応するシステムがセットで充実している必要があると思うのだが、呼び出しコールスウィッチを押しても、誰も対応してくれずにオロオロしてしまうことがある。

施設内のどこにいてもコールに対応できる端末を持って歩けばそのような問題は起きないのだから、そうした配慮もきちんとしてほしいと思う。
スマート対応
そうしないと高セキュリティも意味がない。高機能の密室空間を作りたいのなら別な話であるが、介護事業者はそうなってはならないだろう。

サービスを提供する職員の意識も新たにしていかねばならない。

入所・居住系施設も団塊の世代の人々が利用者の中心層を占めるようになっている。その人たちは日本の高度経済成長期を支えてきた人々である。上下関係に厳しい姿勢を持つ人が多いその世代の人々は、サービス提供者の顧客に対する対応にも厳しい視点を持っている。

そうであるからこそ、サービス提供者の馴れ馴れしい無礼な態度に腹を立てたり、傷つく人も多いのである。

そういう意味からいえば、抗議の声を発することができない認知症の人、重度の身体障害を持つ人に対しては、より一層の配慮と注意が必要だ。

いつまでも幼児言葉で利用者に呼びかけることが、家庭的な雰囲気を作り出すという馬鹿げた価値観から抜け出せない人は、新しいシステムを完備した高品質空間には向かない古い体質の人として排除されていかなければならない。

新しい施設には、いろいろな前職の人が介護職員として集まってきているので、その価値観も様々だ。

しかし新しい場所で、新たな仕事を始める以上、自分の価値観は横に置いておいて、新たに所属した事業者の理念を受け入れ、その理念を実現するためのルールを護って業務にあたっていかねばならない。それができない人は、その場所に居てはならない人である。

個人の価値観と、勝手なルールの下で仕事をしたいというなら、自分で事業を起こすか、無法な職場を見つけるしかないことを肝に銘ずるべきである。

僕が訪ねた高機能で最新の有料老人ホームの中にも、いろいろな職員の姿が存在した。

家族対応が丁寧なのに、利用者対応はぞんざいな態度の人も居る。認知症でない人に丁寧語で対応しているのに、認知症のある人にはタメ口対応の人も混じっている。それらの人は無差別平等が原理原則となっている対人援助の場で、その原理原則を犯してふるまう、無法な姿になっている自分に気が付いていないのだろうか。

こういう人たちに、当該老人ホームの経営主体はどのような教育を行って、介護の場に身を置かせているのだろうかと少々疑問を持った。

経営アドバイスを求められた訪問調査であったので、後日問題点として歯に衣着せず指摘させていただいた。

そもそもサービスの品質を維持・向上させるためには、内部情報だけに頼ってはそれは実現しない。内部情報の更新だけで事を収めようとする場所は、惰性によって日常にマンネリズムと感覚麻痺を生み出す結果になるのである。

だからこそ僕に経営アドバイスを求めるなどして、外部情報を取り入れてそれを防ごうとしても、肝心の職員が外部の情報と波長を合わせられない感性のままではどうしようもない。

そうしないために事業主体は、就業時の雇用契約を結ぶ際に、職場の理念とルールを明確に伝え、それを護ることを仕事を続ける条件とする必要がある。

従業員はそれぞれ、長年生きてきた中で自分固有の価値観を持っていて当然だが、職場という社会集団に組み入れられて働く以上、自分の価値観が職場の理念やルールに優先することはないことを理解し、どうしても自分の価値観が職場の理念やルールと合致しない場合は、その職場に勤めないという選択をしなければならないのである。

どちらにしても、自分の価値観とイメージの中でしか身動きできない人は大人とは言えず、それもかなり幼稚で知性に欠ける人であるとしか言えない。

すべての介護従事者は、職場の理念とルールに波長を合わせられる知的な大人に成長してほしいものである。
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技術革新を進めてほしい介護機器


25日に開催された第95回社会保障審議会介護保険部会の議題は、「介護人材の確保、介護現場の生産性向上の推進について」であった。(資料はこちら)

そこではセンサーやICTといった新たなテクノロジーのフル活用や介護助手の配置、これらに伴うオペレーションの見直しなど、業務の効率化や職員の負担軽減を図る施策を推進する方向性が確認されたが、それを直ちに人員配置基準の緩和に結びつけることへの慎重論が相次いだ。

それはある意味、良識ある判断ができる委員によって議論が展開されているという意味だろう。

特にUAゼンセン日本介護クラフトユニオン・染川朗会長の、「介護現場の生産性向上を後押しすることに異論は全く無い。ただ目的は、職員の負担軽減や不安解消、労働環境の改善、サービスの質の向上であるべき。介護施設は工場ではなく、介護を必要とされる方の住まい」という意見には、全くもってその通りであると拍手を送りたい。

日本医師会の江澤和彦常任理事の、「効率化の名のもと生活を作業化してはならない」という意見にも大きくうなづける。

僕もこのブログでは、再三にわたって人員配置基準緩和には反対の意見を書いてきている。(参照:アナログ規制で配置基準緩和へ ・介護労働を舐めている経団連

介護の場で働く人々のニーズと一致していない施策に走らないように、今後も力強く反対意見を唱えてもらいたい。

そもそもテクノロジーの活用による生産性の向上と、配置基準緩和をセットで考える必要はないわけである。

まず必要なのはテクノロジーの革新・進化によって、介護の場で使える機器を増やすことである。かけ声だけで使えない機器を並べ立てても、まったく意味のない議論で終わるのだ。本当に介護業務に役立つ機器が、様々な介護場面で使うことができ、それが業務の効率化や職員の負担軽減につなげることを図るのが第一。

それ以外のことは、業務の効率化がなった暁に考えればよいことではないのか。
人員配置緩和で介護崩壊
人に替わってテクノロジーが介護労働の一部を担うことができるという前提で議論が進み、人員配置の緩和がありきの介護の生産性向上議論は、利用者を物扱いする議論でしかないように思うし、結果的に生産性の向上を目的化すれば、機械的作業に終始して、利用者の良い・悪いという感情を無視して終わる結果にしかならない。

例えば僕が今一番注目している介護機器は、「自動体位変換機能付きエアマット」である。

僕自身は介護の場で使ったことがない機器だが、使っている人に聞くと完全に人の手をかけなくて良いわけではないが、省力化はかなり図ることができるようだ。

そもそも日本の技術水準から言えば、人の手による体位交換を必要としない、フルオートマチックの自動体位変換機能を持たせることは可能だと思う。

そうなると是非そのマットを体位交換が必要な利用者数に応じた数の導入を図りたい。そうすれば介護職員の業務負担は大幅に減ることは間違いがない。二人介助で体交しなければならない利用者もいると思うが、もしそれが機器によって代替されるなら、一気にその時間二人の介護職員が他の介護業務に携わることができるのである。

体位交換という介護業務が必要になくなると、特に夜勤業務の劇的業務軽減につながり、介護の在り方が飛躍的に変わると思う。

それと共に高機能スマートベッドの開発を進めて、技術進歩と低価格化を進めてほしい。

特養で暮らす利用者は、1日の2/3程度の時間をベッド上で過ごすのだから、ベッドの性能向上は重要だ。

寝ながらしてバイタルチェックが自動化することはもちろん、生体反応をキャッチして看護室でモニター管理できれば、利用者の状態変化に素早く適切に対応できる。自動体温計や自動血圧計をもって利用者一人一人の部屋を回ってバイタルチェック等をしなくて済むようになれば、看護職員が利用者にバイタルチェック以外で直接対応できる時間も大幅に増える。

看取り介護も劇的に変わる。スマートベッドの導入で、暗い寂しい部屋で一人寂しく旅立たせるような、「施設内孤独死」は100%防ぐことができる。むしろ1時間以内の旅立ちの兆候がつかめるようになって、家族等がそこに集まり、手を握って声を掛けながら旅立つケースが増えるだろう。

そんな高機能ベッドが必要なのか、必要だとしてもそれを購入する費用はどう捻出するのかなんて言う議論は、電動ベットの開発時にもあった。1983年に僕は新設の社福が経営する特養に就職したが、その年に新設された特養には電動ベッドが1台もなかった。

それが5年後には全ベッドの5割が電動化され、10年後には全ベッドが電動ベッドに替わった。今現在特養のベッドが電動ベッドでない方が珍しいではないか。そんなふうに必要なベッドは、普及するのである。

スマートベッドと自動体位変換装置付きマットの組み合わせが、「常識」になる日もそう遠くはないと思う。むしろできるだけ早くそうなる介護業界であることを期待したい。
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介護の仕事のモチベーション


今、僕は札幌に向かって車を走らせている途中だ。

北海道最大の介護商談型展示会、『CareTEX 札幌』の会場である、「アクセスサッポロ」で講演を行うための移動である。

今日の講演は15:10〜16:10の予定で、「本物の科学的介護とは〜根拠ある介護実践から得られるもの」というテーマである。

急ぐ旅でもないので、高速道路を使わず一般道を走行しながら、お昼時になったので食事のために入ったお店でこの記事を更新している。

今日は講演後に名刺交換会も予定しているので、どんな人とつながることができるか楽しみにしながら会場に向かっている。

ところで講演会の質疑応答場面で、参加者から質問がなかなかでないときに、「今日のテーマ以外の質問でも構いませんよ。」と投げかけるときに、「長い間、介護という仕事のモチベーションを保つ秘訣はありますか?」という質問を受けることがある。

だが正直なところ僕自身は、自分のモチベーションを保つために努力をしたという経験はもっていない。知らぬ間に介護施設の業務にのめりこんで、ずっとモチベーションを保ってきたというのが本当のところだ。

少なくとも自分自身で、そのモチベーションを保つ努力をしてきたということはない。

それはひとえに環境に恵まれたということなのかもしれない。

僕が最初に就職した社会福祉法人は、僕が就職した年に設立された法人であったために、オープニングスタッフであった僕は、様々な仕事を任されて、自分で決めたことを実現できる機会に恵まれたことが、自分の中でのモチベーションを保ち、さらに向上させ続けることに繋がってきたのではないかと考えている。(参照:老人ホーム今昔物語

経験者と言えば医療機関で看護助手(というより、当時で言う付添いさん)の仕事をしていた人しかおらず、それらの人を含めてスタッフ全員が、特養の仕事をするのは初めての経験だったので、大学で福祉を学んだ僕を頼ってくれたことがモチベーションに繋がったのだろう。

さらにサービスの品質が貧弱な状態から、その向上を目指す過程で、工夫と変化を実感できたことも大きかったと思う。
誰かのあかい花になるために
誰かのあかい花になろうとする自分と、その考え方に共感してくれる仲間がそこに居たことも、モチベーションを保つ大きな要因だったろう。

業務の方法がアナログ一辺倒だったものが、デジタル化していく過程も面白かったし、措置制度から介護保険制度に変わるという、戦後最大の福祉改革の真っただ中を経験できたことも大きい。

そもそもモチベーション(motivation)とは、「刺激・やる気」という意味でつかわれることが多い。「動機づけ」という意味も含まれる。

それを動機づける要素には、「外発的動機付け」と「内発的動機付け」があると言われている。

外発的動機付けとは、外部から動機付けとなる要因が与えられるものだ。企業においては営業成績によるインセンティブや昇給昇格など、人為的な「誘因」により動機付けを行うことが外的動機付けになる。メンバーにとっては分かり易い指標であるが、効果が一時的なものと言われ継続的な成長には結びつきにくい動機でもある。

一方で、内発的動機付けとは、自分自身の内面が要因となり動機付けが行われることを指す。仕事に対してのやりがいやスキルアップのための資格取得など、自分自身が感じ行動に移すことに繋がる動機である。内発的動機付けは、自分自身の内面からくるため効果は持続しやすく成長につながると動機でもある。

さすれば職場環境に左右されない、内発的動機付けにつながる、「思い」を、持ち続けることが大事なのではないかと思う。

職場環境が悪いとか、上司や仲間の理解がないとか、そうした外部の問題を理由にして、あきらめてしまうことが道ベーションを失う一番の原因だと思う。自分以外の何かのせいにして自らの思いを消し去ってしまうのでは、モチベーションなんて常にバブルで終わってしまうだろう。

自分がこの世に生まれ、生かされている意味を考えたとき、人と人の間で生きていることとは、自分以外の誰かのために手を差し伸べる使命や責任を持つことではないか・・・そんなことを思いながら、今も僕はこの仕事を続けているのだと思う。

消えてなくならない思いをしっかり胸に抱き続けること・・・他者への思い・・・。それがモチベーションをなくさない最大の要因と言えるかもしれない。

どちらにしてもモチベーションを維持するためには、マイナス思考は厳禁だ。

介護業界もいろいろと厳しい風にさらされることが多いが、それでもなおかつ、誰かのあかい花になろうとする人が全国にたくさんいて、その人たちとつながりあうことで、きっとまぶしい未来が来るであろうと信じて前に進むことが大事だろうと思う。
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科学できない感情と向かい合う難しさ


科学的介護とは、「こうすればこうなる」というふうに、原因と結果に因果関係を求め、それに即した介護実践を行う方法論のことを指すものだ。

科学的介護を確立することで、全国のどこでも・誰が行っても、一定程度以上の介護の質が担保できるという意味でもある。

それとともに人手が益々少なくなる世の中だから、介護人材の確保もままならないので、その代わりに科学的介護実践によって介護業務の生産性を高めることも目的の一つとしている。現在より人手をかけずに介護サービスが完結できるようにすることを睨んでもいるというわけである・・・。

しかしそのような介護実践が本当に可能なのだろうか・・・。

そうした疑問が生じざるを得ない理由は、介護の場では理屈では説明できない難しい問題が多々生ずるからである。そしてその原因は、多様性がある人間の感情という最も個別性が高く、個性的な問題と向き合わねばならないことにある。

僕が経験したケースを例に挙げてみよう。

特養に入所している70代の女性Kさんは、四肢に障害があり要介護4の認定を受け、日常生活全般に援助を要する状態である。ただし認知機能には問題はなく、記憶もクリアで意思決定能力には何ら問題のない人だった。

当時その施設の総合施設長だった僕から見ると、Kさんはいつも笑顔を絶やさず、性格は穏やかな感じに見えた。

しかし実際に介護を行う職員の目線から見えるKさんは、少し違った印象を与える方だったようで、人の好き嫌いがはっきりしており感情の起伏も激しく、時に介護職員に対して厳しい言葉を投げつける人というものだった。

Kさんが特に攻撃の的とするのは若い女性職員であり、年配の女性職員や男性職員には、比較的穏やかに接する傾向があったようである。
罵声を浴びる介護職員
若い女性職員の介護の仕方が気に食わないと、声を荒げて人格攻撃するようなこともあったらしく、一部の職員は、「Kさんは怖い」という気持ちを抱いて業務に就いているような状態も見られた。

Kさんは四肢に障害があるが、上肢は軽度麻痺で巧緻動作の援助を行えば食事は自力摂取可能だった。下肢障害は上肢より重度で、立位の際に足に力を入れて立ち上がる際の動作協力はできるものの、歩行や立位保持は困難であった。

そのため移乗介助が必要なのだが、気に入らない職員の介護を受ける際に、本来は力を入れることができる足に全く力を入れず、動作協力をしないという問題があった。

動作協力してもらえない職員にとっては、体重の重たいKさんから全体重をあづけられる移乗介助は非常に困難な介助となり、時としてそれは二人介助を要するのではないかという意見も出された。

しかし動作協力してもらうことができる職員にとって、Kさんの移乗介助はなんら問題のない簡単な行為であったため、二人介助が必要となる意味が理解できなかった。

ケアカンファレスで、こうした職員間の意識差が明らかになったことで、Kさんが動作協力したり・しなかったり、介助する人を見て変えていることが分かったのである。

こうした状態は、動作協力してもらえない職員にとっては、ある種のイジメと捉えられても仕方のないことのように思えた。しかもその理由が、「若くてかわいくて周りからちやほやされそうで憎らしい」という本人に責任のない理不尽な理由でしかないのだからどうしようもない・・・。(※断っておくが、実際に僕たちが当該職員をちやほや持ち上げていたという事実はない

しかし動作協力しないことで、介助中の転倒事故ということもあり得るので、こうした差別的行為は、Kさんにとってもリスクのある行為と言え、それは一つもメリットのある行為とは思えなかった。

そのためKさんに対して、相談員や介護支援専門員が面接して気持ちを確認したり、改善のお願いをしたりするなどの努力をしたが、その場では理解してくれたような態度を取ってくれたものの、介護場面での人を見ての差別的扱いは終始変わらなかった。

面接場面・話し合う場面では、その都度納得してくれるような反応を見せてくれるのであるが、相変わらず気に入らない職員への動作協力はしてくれないままであった。人の感情は、簡単に変えられないという証拠だろうか・・・。

それは私たちのアプローチの方法が悪かったのかもしれないし、努力不足と誹られても仕方のないことだとは思うが、どちらにしても感情のある人間相手だからこそ、このような困難が生ずるのである。

ここは理屈でどうこうできる問題ではないのだ。

こうした科学できない人の感情と毎日向き合って、その都度対応策を考えなければならないのが介護という職業なのである。そうした職業のうち、どの程度の行為を科学的に結果に結びつけられるのだろうか。

科学的介護という言葉が盛んに唱えられる時代に、私たちはそうした非科学的なものにも向き合いつつ、現場発の根拠ある介護実践に努めようと毎日思い悩み、考え続けている。

厚労省の人たちは、こうした日々の介護実践に努めようとしている人がいることを知っているのだろうか・・・。そしてそのアウトカムをどう評価しようというのだろうか。
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海の日に思うことを徒然なるがままに・・・。


サラリーマン時代は、月曜日の祝日はとても嬉しく貴重なものだった。土日の休みに続く3連休を首を長くして待ち望んだものである。

同時に3連休の最終日の夜が近づくにつれ、何となく物悲しい気持ちになった。せっかくの休みが今日で終わって、明日からまた仕事だと思うと、何となくブルーな気持ちになるのが常だった。

しかしそんなサラリーマン生活を終え、フリーランスとして仕事をしていると、暦上の祝日は何の意味もなさないものになった。今朝も起きてから今日が祝日だと気づいた。僕にとっては祝日もいつもの朝と何も変わらない日になっている。

だからと言って、「毎日が日曜日」というわけではない。現役を引退したわけではなく、作家・講師・コンサルタントとして仕事を頂いている身なので、やること・しなければならないことはたくさんある。

むしろ暦と関係なく仕事をする身であるから、「今日は休みを取って仕事をしないでおこう 」と決めない限り、毎日仕事をし続けることになる。現に一昨日も昨日も外出する暇がないほど、デスクワークで1日が終わってしまった。

だがその状態はありがたいことだ。することが何もなければ、そのまま干上がってしまうのがフリーランスの身分だからである。

さて仕事と言えば、小濱介護経営事務所の小濱道博代表が主宰する介護事業経営支援の専門家ネットワーク、「C-MAS介護事業経営研究会」の全国大会に、数年前からご招待を受け、講師やシンポジストとして参加させてもらっている。

ありがたいことにその大会に今年も招待を受けた。
C-MAS全国大会2022
コロナ禍以後2年間は東京のスタジオからオンライン配信となっており、会場で受講者の方とお愛することはできなかった。しかし今年は3年ぶりに会場開催となるようだ。

巷では感染第7波も話題になっているが、行動制限はしないようだし、そもそも講師がマイクに向かって話すだけの講演会で、換気を十分行って人と人との適正距離を取れば感染リスクは生じない。それに10月になれば波も収まっているだろう。

さて今年の大会も豪華メンバーだ。介護業界で知らぬ人はいない辻川氏と藤田氏という、2人のカリスマ介護経営者が登壇するほか、NPO法人未来をつくるkaigoカフェの高瀬比左子代表が大会初登場となる。

高瀬さんは、毎回大人気の「未来をつくるkaigoカフェ」の主催者でもある。僕とは10年以上前に、僕の出版記念シンポジウムにご来場いただいて、お愛して以来の知り合いである。

10月21日に秋葉原でどのような絡みができるか今から楽しみである。

秋葉原UDX NEXT GALLERY 「NEXT-1」は、JR秋葉原駅からすぐの会場となるので、是非たくさんの方にご来場いただきたい。

正式な案内チラシができれば改めて紹介するので、よろしくお願いします。

今年の大会では、今後の介護事業経営について貴重な情報が届けられるだろう。骨太の方針に謳われた、介護事業の大規模化・協働化の動き、次期制度改正や報酬改定に向けた動きなど、話題は豊富である。

関係者の皆様は、是非10/27の予定を今から空けておいていただければ幸いである。それでは秋の秋葉原でお愛しましょう。
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黄金の3年は介護業界にとっての暗黒の3年にならないか?


第26回参議院選挙は、自民党単独で改選過半数、自民・公明の与党は参院全体(248議席)の過半数の125議席に加え、改選議席(124)の過半数の63議席を大きく上回る結果となった。(最終獲得議席数は、参議院選挙2022を参照ください。)

その一方で、全国老施協の組織内候補で複数の介護関連団体が推薦した、「そのだ修光氏」は、自民の比例当選者に入ることはできず落選の憂き目を見た。

今日から政治の世界は、衆議院の解散がなければ次の参院選が行なわれる2025年の夏まで、選挙を心配せずに国政の課題に取り組むことができる、「黄金の3年」に入ることになる。

ただしここでいう黄金とは、国民の審判を受ける機会がない期間という意味で、政治家にとって票を気にせず国民に痛みを強いることができるという意味である。

介護保険の国民負担増・給付制限も遠慮なくできるという意味であり、介護業界に吹く逆風の防波堤となる大きな政治的要素である、「組織内議員」を失ってしまった影響は、今後大きなうねりとなって介護業界全体を呑みこんでいくやもしれない。

加えて複数の介護業界団体が推薦した候補者の得票数が低く、自民党の比例順位も下位から9番目に沈んだ結果は、介護は票にならないという印象を強く与え、介護業界の声を政界に届きにくくする要因ともなり得る。

それは政治にとっての黄金の3年が、介護業界にとっては暗黒の3年につながりかねないことを意味する。
国会議事堂
2008年から議論の俎上に上っている、「居宅介護支援の利用者負担導入」も、1〜3割の利用者負担が導入されることによって、年間約590億円の財政効果が見込まれるという声に押され、中立性を損なって御用聞きケアマネが増えるとか、逆に不必要サービスをふやして給付費増加につながると指摘する声がかき消されつつある。(参照:ケアプラン有料化にメリットはゼロどころか・・・。

自己負担の2割負担者や3割負担者の拡大も必至となるだろう。

通所介護関係者にとって最も関心の高い、「要介護1と2の利用者の地域支援事業化」についても、多くの地域でボランティアによるサービス提供が進んでおらず、通いの場の整備が遅れている事情にもかからわず、介護給付からの除外が早まる可能性がある。

当然それは訪問介護福祉用具貸与の軽介護者の介護給付除外に結びついていく。

被保険者の拡大議論にも拍車がかけらられる。もともと介護保険制度は、20歳からの保険料負担という設計で進められてきたので、現在は40歳以上となっている2号被保険者の範囲の拡大議論も進められるだろう。その速度も早まるかもしれない。

3号被保険者創設も現実化する可能性がある。(参照:3号被保険者創設の布石が隠されている制度改正

そんなふうに国民の痛みを伴う利用者負担増と、給付制限が強化される介護保険制度改正・介護報酬改定につながる可能性が高くなった。

暴露ユーチューバーや、政治を語れない元アイドルが大量の得票を得て当選している中で、介護職員だけで210万人を超える数を持つ介護業界が、たった一人の組織内候補・推薦候補を当選させられないという現状が何をもたらすのかを考えると背筋が寒くなる。

それも介護業界全体の自己責任ということに帰していくのだろう。(割を食うのは非介護職員へ続く。)
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七夕に思うこと


世間では今日、七夕ということで盛り上がっているが、多くの道民にとってそれは8月7日を意味し、今日7月7日は七夕ではない。

北海道の多くの地域が旧暦で七夕祭りを行う風習があるからだ。(※外部リンクの参考記事はこちら)

しかし世間一般の七夕気分に目と耳を塞いでいるほど道民は偏屈ではないので、8/7が七夕としている地域の人たちは年に2回七夕気分を味わうことができるということになる。なんともお得な気分ではないのか・・・。
七夕
そんな世間が七夕の今日、僕は午後から鳥取市の社会福祉法人さんに向けてオンラインセミナーを配信予定だ。今日依頼されたテーマは、「介護施設における人材育成について」であり、「人財」となる職員をどう育て、定着させるノウハウを話す予定になっている。

そうしたテーマは、空論理想論になっては何も意味がなく、聴くだけ時間の無題なってしまうので、僕が介護の場で実際に職員を育成し、定着させてきた事実に基づいた方法論を具体的に語る予定だ。同時に採用した人がすべて、法人の人材〜人財になることはあり得ず、教育課程では人物の見極めが必要で、そこで管理職として決断せねばならぬこともあることを明らかにしたいと思う。

人と人が向かい合う介護事業においては、人材が何より重要だ。そんなことは今更言うまでもないことだが、その人材が不足する状況に拍車がかかっている。生産年齢人口の減少が止まらないからだ。

そこで国は、介護事業におけるテクノロジー活用を促し、人の手をできるだけかけずに生産性を向上させる方向に舵を切っている。

7/5の社会保障審議会・介護給付費分科会(持ち回り開催)でも、このことが議論され、厚労省は、見守り機器やインカムなどを導入した介護施設の夜間業務にフォーカスする実証事業を行うことを明らかにしている。

既に特養では、見守り機器を導入するなどした場合に夜間配置加算の配置条件が緩和されているのと同時に、インカムなどを併用することによって配置基準も緩和されている。

しかしルールがそうなったからと言って、安易に人を削減配置することについては、様々な支障が出ることを、「特養で夜勤する人がいなくなるかもしれない緩和策」で指摘している。

しかし国は、人をセンサーやICT・AIなどの新たなテクノロジーに置きかえて、人材不足を解決しようとする方向にまっしぐらだ。

厚労省の担当者は、「まだもう少し(施設類型などを)広げる余地があるのではないかと想定される」と説明しているそうだが、これは現在の緩和策が、特養・地域密着型特養・短期入所生活介護に限定されていることから、これを老健や介護医療院・短期入所療養介護・特定施設等にも広げようと模索されるものと思われる。

これらの具体的動きは、参議院選挙が終わった後に一気に加速される。(参照:参院選後に大きく動く制度改正

関係者はそれらの動きに注目するのと同時に、あらゆる機会を通じて必要な声を挙げていかなければならないと思う。

どうやって声を挙げたらよいのかわからないというのであれば、せめて自分の意見に耳を貸してくれるような代弁者を応援すべきだ。

例えば来るべき参議院議員選挙にも、自分の声を国政に届けてくれる花王製のある候補者に1票を投じてほしい。

政治力がないと何も動かないという一面もあるので、介護業界の利益を代表してくれる国会議員の存在は大きいと考えなければならない。

リンクを貼った記事でも紹介しているが、今回の選挙では、全国老人福祉施設協議会の組織内候補であり現職である、園田 修光氏(自民党)を、全国老人保健施設協会・日本認知症グループホーム協会・ 日本介護支援専門員協会・日本福祉用具供給協会・全国介護事業者連盟・日本在宅介護協会・障がい者福祉研究所が推薦支持している。

しかしこれらの支持団体は、いずれも選挙には弱いという体質を持っていることも、リンク記事で解説している。

そんなわけで園田氏の現況は、当落線上で懸命に頑張っている最中とのことである。再度国政の場で、介護事業者の声を代表した活動ができるかどうかについては非常に微妙な状況だそうだから、もっと皆さんの力が必要だ。介護関係者は是非、次の日曜日は投票所に必ず行き、そのだ修光氏へ、清き1票を投じていただきたいと思う。くれぐれもmasaと書かないようにしていただきたい・・・。

介護の場で頑張っている人達の、その声を国に届ける第一歩が、そうした投票行動であることを忘れてはならないのである。
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24時間巡回サービスが普及しないのは居宅ケアマネのせい?


介護事業における経営戦略を立てる上で、情勢分析が大事なことは言うまでもない。

逆に言えば、誤った情勢分析の上に立てられた経営戦略は何の意味もなく、それは道を誤るものにしかならないということになる。

そのことを考えると24時間巡回訪問サービスである、「定時巡回・随時対応型訪問介護看護」の未来は暗いと言わざるを得ない。

というのも6月22日に行われた「全国定期巡回・随時対応型訪問介護看護協議会」の総会で、このサービスが普及せず収益が上がらない最大の要因は、「ケアマネに定期巡回サービスの特徴が十分に認知されていない77.6%)」と分析しているからである・・・。

馬鹿言うなと言いたい。定期巡回・随時対応型訪問介護看護が制度に位置づけられたのは2012年4月からである。それから10年も経っているのに、あらゆる社会資源と利用者とのマッチングを考えなければならない介護支援専門員が、そのサービスの実態を知悉していないなんていうことはあり得ない。

居宅ケアマネの多くは、そのサービスの実態も問題点も熟知しているのだ。にもかかわらずこのサービスが浸透していない理由は、利用者ニーズではないからだ。

特に自宅の鍵を預けて夜中も勝手に他人が部屋まで入るサービスに、拒否感を抱く利用者や家族がまだ多いということに尽きる。
24時間巡回サービス
特に女性利用者は、男性の巡回訪問介護員への拒否感が強い・・・こうした分析ができない限り、このサービスは普及しない。

そもそも夜間も含めて24時間対応する定期巡回・随時対応型訪問介護看護とは、本来ならば要介護度が高い方が住み慣れた自宅で暮らし続けられるように、定期巡回しながら随時も対応できるモデルのはずである。

そのモデルにおいては、要介護4と5のひとり暮らしの方でも、このサービスを利用して自宅で暮らし続けることも想定されている。

にもかかわらずこのサービスを実際に利用している人は、要介護1の人が最も多く、要介護2の利用者と合わせると過半数を超えている。要介護4以上の利用者は全体の3割にも達していないのである。

これは身の回りのことがある程度できる方がこのサービスを使っているということと、重介護者の場合は、家族が介護をされているケースの補完としてサービスが利用されていることを現わしているのだと思う。

逆に言えば、そうした状況の人しか使い勝手が悪いということだ。随時対応といっても多くの場合、それは通報に応えるのみで、実際の訪問で解決するような状態ではなく、定時訪問は利用者の状況に合わせて時間組みがされておらず、定時訪問時間に利用者が合わせているという実態があるのだ。

つまり24時間巡回サービスによって一人暮らしの重介護者が暮らしを支えられるという構造になっていないのである。

こうしたサービスそのものに内包された問題に目を向けず、サービスが浸透しない原因をケアマネジャーの理解不足という外部要因にすり替えて分析しても、このサービスが劇的な広がりを見せることはなく、幻想的な現状分析による誤った経営戦略の元凶になるだけだろう。

よってこのサービスの未来は暗いものとしか言えない。

SNSでこの問題を指摘した際、そこにコメントを書いてくれたあるケアマネジャーがいるが、そのコメントをそのままこの記事の最後として紹介しておく。

何でもケアマネのせいにすればよいってもんじゃない。日中であっても他人が家に入る支援に対して拒絶感があるのに、夜間に、それもカギを預けてまで支援してほしいというニーズそのものがないのに。分析方法が間違っているのか、分析力がないのか。このままでは、このサービス種別は、都会限定のサービスになってしまいます。

うなづくしかない意見である。定期巡回サービスの関係者諸君は、こうした意見を十分かみしめていただきたいと思う。
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人に向かい合う職業であるという意味


私たちの仕事は、「対人援助」とも呼ばれ、様々なパーソナリティを持った人間に向かい合う職業だ。

介護保険サービスの場合は、その主な対象は65歳以上の1号被保険者の高齢者の方々である。よって多くの場合、自分より人生経験を重ねた顧客に対してサービス提供をしなければならないという意味になる。

だからこそ人生の先輩に対して失礼がないのと同時に、お客様に対して失礼な態度を取らないように、「サービスマナー」を身に着けて、適切な対応に心掛ける必要がある。

私たちは対人援助を通して生活の糧を得ているのだから、そこでは対人援助のプロ・介護のプロとしての態度に徹する必要があるのだ。

そこでは相手の最も喜ぶ態度で接しようなんて考えるより先に、相手に失礼がない態度に徹したうえで、おもてなしの心を忘れないことが大事である。

親しみやすさよりも礼儀正しさの方が、プロとして求められる態度なのだ。
誰かの花になる介護
なぜなら他人の気持ちなんて、神様でないとすべて理解することは不可能だからである。親しみやすい態度だと思って接したら、馴れ馴れしく失礼だとされることは良くあることだ。そうならないように、礼儀正しく接することこそが、対人援助のプロとして求められるのである。

ここを勘違いしている人間が多い。言葉や態度を崩すことが、親しみやすさだと勘違いしている輩も多いのが、介護事業従事者の特徴でもある。

その最大の理由は、長引く介護人材不足の影響で、募集に応募した人間を適正判断することなく、闇雲に採用してしまう介護事業者が多いからだろう。

そうした状況で、対人援助としての知性に欠ける頭の不自由な輩が、たくさん介護の仕事をしているのだ。

それと同時に、管理者管理職の中にも対人援助の本質がわかっていない頭の不自由な輩が数多く混じっており、そうした事業者ではトップに立つ人物が率先して、馴れ馴れしい無礼な態度で利用者の心を折ったり、傷つけたりするという状態が見られている。

しかしそんな状態を反省さえしない理由は、そうした傷つきやすい人の心というものを理解できないほど、その連中が知性と知識に欠けているからに他ならない・・・。

そんな恥ずべき存在にならないように、きちんとした知性を身に着けよう。サービスマナー意識は、その知性の一端を成すものである。

私たちは、仕事以外では決して向かい合うことはない他者の、最もプライベートな空間に踏み込んでいくのである。そこでは利用者が他人に見られたくない・知られたくない部分も全てさらけ出させているという側面があるのだ。

介護とはそうした宿命を持つ職業でもある。そうした職業に従事する者としての責任と使命を忘れてはならない。

利用者の心の奥深くまで、私たちの一つひとつの振る舞いが影響を与えていくのだということを決して忘れず、だからこそ人の心を傷つけたり、心を殺してしまう要素があるものをできるだけ排除しなければならないのである。

聖人君子や天使になる必要なんかないが、人生の先輩に対する敬意や、お客様に対してとるべき態度を忘れない人になる必要があるのだ。

このことを理解できない人は、介護事業に携わるべきではない。他者の暮らしに介入する仕事をすべきではないのである。
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介護ワンオペ夜勤解消は現実的か?


牛丼チェーン大手の店舗で、一人で夜勤をしていた女性スタッフが朝方に倒れて亡くなったことを受けて、医療職・介護職・福祉職でつくる労働組合の「なくせワンオペ!プロジェクト」が10日に声明を発表した。

その声明は、介護事業でのワンオペ夜勤も労働者の安全管理に欠くとして、複数配置を原則として基準や報酬を引き上げるようにと訴える内容だ。

今更言うまでもなくワンオペとは、ワンオペレーションの略であり、勤務時間に求められる作業をすべて一人でこなすことを意味している。

介護事業におけるワンオペ夜勤は、利用者が全員眠っている時間だから可能だろうと安易に考えられている節がある。しかしそんなことはあり得ず、眠らずに徘徊する人や、不眠を訴える人に対応したり、排泄介助を行ったりするなど様々な状況に随時対応しながら、一人ですべての判断をし、利用者に必要な介護をこなさねばならない。

そうであるがゆえに、その業務は飲食業よりも過酷だと言え、なくせワンオペ!プロジェクトの声明は決して不当要求ではないし、労働者側からすれば極めてまっとうな主張と言ってよい。

しかし国の方針は全くこれに逆行しているといってよい。例えば2021年度の基準改正では、「見守り機器等を導入した場合の夜間における人員配置基準の緩和」が行われている。

この新基準を適用することで、夜勤時間帯に一人で60人もの利用者に対応しなければならないワンオペ時間帯が増える結果になっているのである。(※参照:特養で夜勤する人がいなくなるかもしれない緩和策

さらに国は、2024年度の制度改正・報酬改定に向けて、ICTなどの活用による業務の効率化を引き続き後押ししていく構えを見せている。

例えば今月4日に宮崎県宮崎市で開催された日本介護支援専門員協会の全国大会で、老健局「認知症施策・地域介護推進課」の笹子宗一郎課長が講演し、「より少ない人手でも回る医療・介護の現場を実現することが必要」・「日本全体が同様の状態になる。医療・介護だけが例外ということはない」と述べている。

このように国は、業務の効率化による配置基準緩和を推進しようとしているわけであるが、それは結果的に介護労働におけるワンオペ夜勤を増やす結果にならざるを得ない。少なくとも現行ワンオペ対応している業務やその時間帯に、今以上に人手をかける改正を行う姿勢ではない。

なくせワンオペ!プロジェクト」の声明は、それに異を唱えたものであり、正論がちがちの声明であると言ってよいが、果たして国はその主張に少しで耳を傾ける姿勢を見せるだろうか・・・。
ワンオペ介護の実態
今のところそれは期待薄と言うしかないが、そもそも介護事業におけるワンオペ夜勤を解消しようとして、仮に介護報酬がその分上がると想定しても、介護事業のワンオペ夜勤をすべて解消できるほど人材を確保できるのだろうか?

それは甚だ疑問で、頭の痛い問題である。

さすれば現実的に介護事業におけるワンオペ夜勤を解消させるためには、現行夜勤者一人しか配置する必要のない1ユニットのGHなどをなくして、事業規模の拡大を図る中で複数の夜勤者を配置することにより、ワンオペ夜勤を解消するしか方策はないように思う。

介護人材を確保することは今でさえ難しいのに、小規模の事業所までくまなく複数夜勤者が確保できるほど、介護人材の数を確保することは考えにくい。そして今後はその困難さがさらに増すからである。

現実には小規模事業者をなくすことはできないから、なくせワンオペ!プロジェクトの声明は無視されて終わる可能性が高いのが現状である。

しかも施設単位で観ればワンオペ夜勤ではない一定規模施設の夜勤業務も、ユニット単位・フロア単位はワンオペ対応と言え、そこにも問題は存在すると言える状態だ。

そう考えると、複数の職員で夜勤体制を組める事業の場合でも、実質ワンオペ夜勤とならぬような工夫が必要とされるのではないだろうか。例えばインカムを夜勤者の通常装備品であると意識改革し、夜勤中はフロアを横断して夜勤者同士がコミュニケーションを随時取れる体制にする必要があるのではないかと思う。

ワンオペを解消できない小規模事業についても、インカムを通常装備した夜勤者が、外部のオペレーターと随時更新可能なシステム構築を考えてはどうか。

市町村ごとにワンオペ夜勤をせざるを得ない複数の介護施設及び医療機関を網羅するオペレーションセンターを設立するようにするなども考えられてよいと思う。そちらの方が全事業所の夜勤者を複数にするより現実的だろう。「より少ない人手でも回る医療・介護の現場を実現することが必要」というなら、この部分に予算出動することがあっても良いのではないのか・・・。

ワンオペ夜勤には、ワンオペ勤務している職員の問題とは別に、その交代要員として自宅で待機している職員の問題も浮き彫りになってくる。多くの場合待機手当がない状態で、何かあったら誰それが対応当番という慣例で夜を過ごしている人が数多くいる実態も問題にされなければならない。

だからこそ社会全体の労働力が減る中での、介護労働におけるワンオペ夜勤の解消を、外部機関の連携なども含めて真剣に考えなければならないと思う。

そうであるにもかかわらず、この問題に対する国の姿勢はあまりに消極的で、腰が重い。

もしかしたら、ワンオペ夜勤が国レベルで問題視されて、本気で対策しようとするためには、介護事業者でもワンオペ夜勤者の死亡ケースが発生して、それによって利用者がケアを受けられなくなるという問題が発生しなければならないのだろうか・・・。

それではあまりに対応が遅いと思うのであるが、それが現状のような気がして恐ろしい限りである。
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アナログ規制で配置基準緩和へ


IT環境整を備したいと考えている介護事業者向けに、どんな補助金を活用できるのかを解説するオンラインセミナーを、(株)内田洋行が無料配信するそうである。

配信日時は6月24日(金)14:00〜15:00となっており、こちらから申し込みができる。

無料で視聴できるセミナーで、補助金を活用できる方法が見つかるかもしれず、見て損はないだろう。興味がある方は是非、申し込んでいただきたい。ただし講師は僕ではないことを了承していただきたい。
IT環境整備
介護事業者もこのようにIT環境整備は不可欠な世の中になっている。

とはいってもアナログ対応をすべて、『前時代的』と切り捨てることが良いことなのかは疑問だ。ということで今日の本題はそちら・・・。

介護事業においても、IT環境整備による職場のデジタル化が重要だといっても、政府の、デジタル臨時行政調査会が、介護保険制度に関係してくるとは思わなかった・・・。しかし6/3の同会資料を読むと、決して無関係ではないことがわかる。

介護事業におけるスタッフの常駐・専任を課す職場のルールが、代表的な"アナログ規制"に位置付けられて、改革対象となっているのだ。

そのため一括見直しプランに、介護事業所の管理者の常駐を改めることを「確定事項」として明記している。(※こちらの9ページ)

このことに関しては、資料7-2 (別紙)17頁も参照しておくとわかりやすい。

そのため次の制度改正・報酬改定時には現行の運営基準を改正し、利用者に直接関わらない業務はテレワークが可能なことを明確に定めるなど、必要な措置が講じられることになる。

対象のサービスとしては、訪問介護や居宅介護支援、福祉用具貸与などが挙げられているが、さらにその種別は拡大する可能性が高い。

もともと施設長・管理者というのは、介護実務を行うことが主たる仕事というわけではなく、経営や運営に関する業務を行うのが主になるのだから、介護実務の場にいる必要はない。むしろ外部の機関とのやり取りなどをスムースにこなせる環境にいた方が良いのだから、これは歓迎すべき改正ではないか。

また特養や老健に、「置かなければならない」とされている事務職員についても、人員配置基準を緩和し、例えばテレワークなどが可能なことを明確にする方針を打ち出している。

ただこれは少し心配である。僕個人の経験で言えば、特養の事務員というのは事務の専門家であると同時に、よろず対応役である。

時には利用者の通院等の運転業務に、時には利用者の様々な日常品の修理屋さん役としてなど、マルチな対応ができる万能職種として活躍している人が多いのではないか。そこに居ることで、施設利用者の方々の日常対応に欠かせない役割をこなす職員が、テレワークでしか対応できない存在になることで、利用者の生活の質に影響するだけではなく、介護職員の業務負担増加につながりはしないかという懸念も生ずる。

暮らしの一部分を切り取って介入できる居宅サービスと、暮らし全体に介入しないとならない施設サービスではここが異なるのだ。

時として、直接介護をしない事務職員は、介護サービスが提供される同じ空間に居てくれるだけで、ありがたい存在になるのである。だから事務職員のいなくなる介護施設を創ってはならないのだ。

このあたりは慎重に対応していただきたい。アナログがすべて、時代遅れ=いらないものというわけではないことを理解してほしい。

また利用者に直接関わる業務についても、運営基準を緩和できないか検討すべきとされている。

それらも今後、厚生労働省の審議会などで具体策をめぐる議論が進められることになるが、これは諸手を挙げて歓迎できる問題ではない。

既に制度改正議論では、ICTなどの機器導入による配置基準緩和が検討されているが、そのことは介護の場で働く人々のニーズと一致していないし、安易に配置基準緩和を進めてしまえば、ケアの品質が劣化せざるを得ないだけではなく、介護職員の業務負担増加とバーンアウトにつながりかねない問題であることは、このブログで何度も指摘している。(参照:介護労働を舐めている経団連

人と人との関係や、人と人とが向かい合って心を通じ合う仕事は、アナログ対応が望まれることも多いのだ。便利なデジタル対応では生まれない結果が、不便であるけれど、その不便さが心地よいアナログ対応には存在するのである。
誰かのあかい花になる介護
対人援助という仕事においては、便利・不便では割り切れない部分や、割り切ってはならない部分が含まれていることを決して忘れてはならない。そもそもアナログは規制すべきものというわけでもないと思う。

もっとアナログ対応の温かさとか、優しさを感じ取れる世の中が心地よいのではないだろうか。

それを忘れてしまった時に、私たちは人として大事な何かを失ってしまうかもしれない。そんな危機感を僕は心のどこかに抱いている・・・。

それは前時代的人間で、現代のスピード感についていけない者の、負け犬の遠吠えなのだろうか・・・。
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感じの良さというスキルを大事にしてください


今後の介護事業における最大の懸念は、人材が確保できずに事業継続できなくなることだ。

制度改正議論でも、この問題の解決が最大の課題となっており、現役世代が急減していく中で、今後の人材確保の難しさを指摘して手を打たねばならないという声が高まっている。

つまり必要な介護人材の確保は困難だと結論付け、今ほど人手を掛けなくても良い介護事業の在り方を、制度全体の整備の中で模索しようとしているのである。

人によるインプットを減らして、自立支援や暮らしの保障などのアウトプットを今以上に引き出すために、介護事業にも生産性の向上が求められているというわけだ。科学的介護の確立もそのために必要とされるのである。

人間でなくてもできる業務をテクノロジーで代替して、介護業務の大幅な効率化を図ろうとする考え方も、その一環として語られているわけである。

しかしその方法を語っている連中が、実際には自分で介護業務をしたことがない連中だから始末が悪い。介護業務の本質を無視して、そのわずかな部分でしかない表面だけを見て、自分がやったこともない行為を、「できるだろう」と決めつけて、機械や素人に任せてよいとする部分を削り取っているだけだ。

その典型が、「間接業務を補助的なスタッフに任せること」である。業務の一部を切り取って、そこを素人のボランティアや一度現役をリタイヤした高齢者に任せて介護業務が減ったとでもいうのか?

そもそも連続した業務の中にある一部分を切り取ったからと言って、そこのつながりが消えたことを補う業務負担も新たに生じている。例えば食事介助を補助的スタッフに任せたとしても、利用者の食事摂取の状況(摂食状態や食事に関する反応など)は情報として引き継がれなければならず、その伝達時間は新たに生ずる業務時間である。ここをおざなりにすると、介護業務に支障が生じてかえって生産性が下がるという事態になりかねないし、最悪の場合、介護事故につながってしまう。

そのほか間接的業務の一部しか任せられない人間の指導や見守り、はたまた尻ぬぐいのためにかえって業務負担が増えたという喜劇も生まれているのではないか。

どちらにしても今、介護サービスの場では、生産性を高める介護という名目の、利用者不在・事業者主体の介護が横行し始めている。

なぜかと言えばそうする方法は簡単だからである。例えば介護という行為を、極めて単純な作業と割り切り、利用者の思いやニーズに寄り添うことを一切せずに、決め事を機械的にこなして、それが終われば次の作業に移ればよいのである。

もっと具体的に言えば、介護業界から退場したメッセージという大手介護事業者が行っていたように、「ライン」と称するシフト表に基づいて15分単位で労働を管理し、介護職個人の裁量で高齢者と接する時間は一切ない方法で介護サービスを提供する、「アクシストシステム」に、ICTや介護ロボット(見守りセンサーを含む)を紐づけて、新しいチャレンジによって生まれた画期的なシステムだと喧伝すればよいだけの話である。

そうした単純作業に専念して、機械的介護を黙々とこなすことで、介護の生産性が向上したと言いふらしている事業者もあるのだ。

そんな形の生産性の向上を図ろうと思えば、今この瞬間からできるのである。

生産性の向上を介護サービスにも求めること自体は、決して否定するものではないが、それがこんな結果を生んでよいのだろうか。

僕は人としてそんなことは許されないと思う。僕が人としてこの世に生かされて、介護という職業にかかわっている時代に、介護をそのような行為に貶めることは恥ずかしいと思う。

介護は感情労働なのだ。感情を持った人に相対する仕事である。感情とは物事や対象に対して抱く気持ちのことであることは今更言うまでもない。喜び・悲しみ・怒り・諦め・驚き・嫌悪・恐怖などの人の心に寄りそい、できるだけ良い感情をもってもらうように努めるのが、介護という職業に従事する者の使命だ。

なぜならこの職業とは、誰かの人生の幸福度に影響する仕事だからである。
感じの良い支援者
だから僕はすべての関係者に、「立派な支援者になる前に、どうぞ感じの良い支援者になってください。」と呼び掛けている。

要領よく仕事をサクサクとこなし、仕事が手早いことは良いが、それだけで利用者は幸せにはならないのだ。

多少要領が悪くても、仕事の手が遅くとも、人当たりが良くて、その人がいるだけで何となく空気が和らぐ・・・そんな人が側にいてくれた方が、人の心は和いで、幸せを感ずることができるのだ。

介護という仕事が、そうした職業であることを誇りに思いたい。人の幸せを運ぶ行為を介護と呼びたい。

だから世の中の流れに乗って、先進的で優れた介護を行っていると言われながら、その陰に涙にくれる人を隠してしまうよりも、世の流行には載っていないかもしれないけれど、目の前の利用者からは、常に感じよく思われる介護のありようを創りたい。

誰かを慰める花でありたい・・・。
誰かを慰めるあかい花

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対人援助という職業の使命を果たすために


僕は今、兵庫県に滞在している。

今朝宿泊していた明石市のホテルをチェックアウトした後、現在JRで甲子園口に向かっている最中の車内である。

駅にはグローバルウオーク代表取締役の幸地 伸哉クンが迎えに来てくれるはずだ。・・・しかし彼は、過去に僕を講師に呼んでいながら、宿泊ホテルの予約を入れていなかったり、講演会場にPCを持ってくるのを忘れたりして、「幸地刑※下記画像を参照ください」を受けた過去があるので油断ならない。
幸地刑
※幸地刑を受け、踏まれている幸地社長。

今日は甲東ホール(兵庫県西宮市)で、19時から2時間の講演を行うため西宮に向かっているが、ホテルのチェックイン時間にもまだ早いために、幸地クンとお昼を一緒に食べて、時間つぶしをする予定にしている。

おそらく彼は、「講演まで時間があるから、呑みましょう!!」と誘ってくるに違いないが、そのような誘惑に負けないように注意したいと思う。きちんと素面でベストな状態で講演しようと思うのである。

さて今日は、「介護職の使命」というテーマで講演を行うことになっている。

前にも書いたが、使命はお飾りではない。使命は果たさなければ意味がないのだ。

介護サービスは、人の暮らしを支えるために必要とされるサービスなのだから、その使命を果たさねばならない。

人の手によるサービスであるがゆえに、提供される介護サービスに差ができることがあっても仕方がないとはいえ、その差が不幸になるか・幸福になるかの違いであっては困るのである。

すべての介護支援者の関わりが、関わる人の暮らしをより豊かなものとしなければならない。そうした結果責任を負う介護サービスでなければならないのである。

そのために必要な知識や技術をきちんと伝える講演にするつもりである。

しかし志をいくら高く持っても、国の制度設計がそれに水を差すような風に見えて仕方ないのが、このごろの制度改正議論である。

昨日の社保審・介護保険部会で厚労省は、次期改正について「介護ニーズの増大と労働力の制約への対応を両立させ、制度の持続可能性を確保すること」を基本的な考え方に据える方針を示している。

要するに介護を必要としている人が増える中で、介護サービスを担う人材確保のめどはたっていないので、介護サービスの運営基準に変えて、とりあえず最低限のサービス確保を目指すという意味である。

これによって機器導入を勧めるなどの対策をとることを条件にして、配置基準緩和するなどの対策を拡充する議論が行われることになるが、それはすなわち介護の質は顧みず、最低限の介護量を確保するだけの結果を招くことになる。

利用者のニーズも最大限に切り捨てられることになるのだが、だからと言って一人の介護従事者が担う仕事量が減ることはない。見守り機器の性能がいくら向上しようとも、見守り機器の反応で駆けつけるのは人間なのである。

配置基準が減らされた介護サービスの場で、人に替わってロボットが介護をしてくれる現状ではないので、介護実務者の労働負担は増すことはあっても減ることはない。それは介護労働を厭う人を増やす結果となり、介護人材はさらに枯渇していく結果を招きかねない問題だ。国は自らの施策で、介護人材を益々減らすことに気が付かないのだろうか・・・。

仮に、次期改正で人員配置基準緩和が実現されたとしても、介護事業経営者はそうした策に安易に乗らないで、独自の人材確保策を取る必要があることを肝に銘じてほしい。

国の間違った人材対策に、安易に乗った事業者から真っ先に残材は流出し、介護事業経営危機に直結するという危機感を持っていなければならない。

そのうえで、介護という職業に誇りを持てるような介護サービスの質を目指して、事業経営していくことが、人材が集まる介護事業者に結びつくことを信じてほしい。

ということで本日は、結果責任を果たし、介護という職業の使命を全うする方法論・実務論をたっぷり2時間熱く語ろうと思う。
仕事の使命

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本物のユニットケアとは何かを追求する


来る5/16(月)に、兵庫県明石市のグリーンヒルホテル明石で行われる、「兵庫県老人福祉事業協会東播磨ブロック総会」で、施設長や管理職の皆さんに向けて、「これからの介護事業経営を考える」というテーマで講演を行う予定になっている。

このように受講者の方々が、講演会場に集まって行われる研修会に講師として招待を受けることは大変ありがたいことだ。同時にこうした会場講演が以前のように数多く行われてほしいと思う。

プロ野球などは観客の人数制限も行わずに試合を行うなど、コロナ対策は新しいステージに入っているのである。コロナ感染者がゼロになることはないことはほぼ間違いがないとも言われている。そうであれば新規感染者が常に存在する社会を前提に、新しい一歩を踏み出していかねばならない。

オンラインでは伝わらない思いや、オンラインではつながらない人脈が会場講演の自粛で失われて久しい。そのことは日本の介護事業における貴重な財産を失い続けている状態である。どうぞそのことに気が付いてほしい。

研修会や講演会などは、換気をきちんと行うことで感染リスクはほとんどないことが明らかになっている。そろそろ介護業界も新ステージに乗り遅れないようにしてほしい。

ところで明石市での講演について、現地に前日に入りして講演翌日に北海道に帰る予定を組んでいる。これは航空機の減便対応が続いているために、当日入りでは講演開始に間に合わなくなる恐れがあるためと、講演当日に帰るのでは、あまりにも夜遅くの北海道着で、新千歳空港から登別へ帰る交通手段がなくなってしまうからである。(※そういう意味では、できるだけ早く航空機も通常運航に戻ってほしい・・。

そのため講演前後に時間的余裕が結構できので、西宮の我が友・幸地伸哉クングローバルウォーク 代表取締役)に、「呑もうぜ!!」と声をかけた。(※下記画像は、幸地社長と西宮の姉御・ノリ姉さんとの呑み会模様。コロナ騒動の前だから、随分一緒に飲んでいない・・・。
幸地社長とmasaの呑み会
すると、「勿論呑む!!がしかし・・・。明石なら合わせてこっちでも勉強会できたらいいな。」といわれ、呑む前に同社のグループ内勉強会でも講演を行うことになった。(※外部の方も参加可能です。

幸地社長の会社は、訪問介護や介護タクシー事業を行っているが、それに加え今年4月からGHの経営にも乗り出したそうである。そこで新たに雇用して頑張って働いてくれている職員の皆さんに、改めて介護事業の使命と誇りを伝えたいという思いがあるようだ。

そのため講演テーマは、「介護職としての使命」とするように依頼を受け、それに合わせて昨日までに講演スライドを作成し、今朝メールで幸地社長に配布資料用のPPTを送付した。

介護職の使命を概念として示すことは簡単である。しかし使命は全うすることに意味があるのであって、概念を知っていても、その使命とかけ離れた仕事ぶりであっては何にもならない。

介護という仕事には、そういう使命が確かにあるよね。」で終わっては何の意味もないのである。

私たちは介護のプロとして、その職業に就いて生活の糧を得ているのであるから、介護という仕事の使命を全うし、結果を出さねばならない。そうしなければ介護という職業についている意味がなくなる。

しかしそうした結果を出せるのであれば、自らの職業に誇りを持つことができるし、そのことで人生は豊かになるのである。

だからこそ自らに、『結果責任』を常に求める姿勢が大事である。

対人援助における結果責任とは、私たちが介入することによって、介入した相手の暮らしぶりが良くなることである。

西宮講演では、単に介護職の使命とは何かを伝えるのではなく、その使命を全うするためには何をどうすればよいのかということを具体的に伝える予定である。それは結果に結びつく方法論である。

それは単なる理念や理想ではなく、誰もがやる気にさえなれできる実践論だ。当然その方法論には根拠が伴っている。科学的介護なんて僕は20年前から実践してきているんだ・・・。

例えばGHのケアの基本は、いうまでもなくユニットケアである。しかしそれを単なる小規模対応とか、利用者と支援者間で馴染みの関係性を築き上げたうえでケアすることと考えている人が多い。

しかしそれはユニットケアの本質を表した考え方ではない。ユニットケアの本質とは、利用者のニーズに沿った生活支援型ケアを意味するものである。そのことをわかりやすく、かつ具体的に伝えるのも西宮講演における目的の一つである。

そしてこの方法(ユニットケア:生活支援型ケア)とは、何もGHの専売特許ではないのだから、従来型特養などでも取り入れてよいのである。そうするだけでケアの品質はアップするし、今まで実現できなかったことも、できるようになる可能性がある。

だからこの講演は、ぜひ多くの介護関係者に聴いてほしいのである。

前述したように、この研修会は外部の方にも開放したオープン講演だ。受講希望の方は、事前申し込みと、受講料3.000円の振り込みが必要なので、ご希望者は文字に張り付けたリンク先からチラシと申込書をダウンロードして、受講申し込みをしていただきたい。

なお、当日の講演のために作成したエール動画をユーチューブで観ることができるので、ぜひ下記をご覧になっていただきたい。

それでは皆さん、5/17(火)は甲東ホール(兵庫県西宮市)でお愛しましょう。
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基準緩和が招く介護の加重労働化


10年ほど前の介護業界には、国に対する介護人材の確保のための積極的な対策を求める声が満ちていた。

厚労省のお役人が講師を務める研修会でも、いつも人材確保の要望の声が挙がり、そのたびに講師役の厚労省職員は、「皆さんの要望を上に挙げます」と言って締めくくって終わりということが多かった

しかし介護職員を確保できずにショートステイを休止する特養が増えたり、職員不足から指定定員の受け入れができなくなる介護施設も出てきて、国もついに重たい腰を上げざるを得ない状況となっていった。

そんなふうにして国としてとり得る具体的な施策が徐々に示されるようになったが、その対策は的外れで結果の伴わないものが多かった。(参照:国の人材確保策は、いつも兵力の逐次投入 ・ 潜在介護福祉士は、いないのと同じ

そのため相変わらず、「介護人材不足」という問題解決には至っていない。むしろ少子高齢化が進む中で、その問題は一段と深刻化して、特に訪問介護は惨憺たる状況になっている。(参照:国が訪問介護を見捨てる理由

生産年齢人口の減少が止まらずに、社会全体の労働力が減っていることを鑑みて、自国の人材だけで、この問題を解決しようとすることは無理があると気が付いた国は、経済対策としてではなく、介護人材対策として外国人労働者を受け入れる方向にシフトを切った。

例えば、入管法を改正し(2017年9月1日施行)、在留資格に「介護」を加える変更を行うなどの施策がそれである。

このように介護分野に外国人労働者が増える対策も取ってきたが、当の外国人労働者がこぞって日本の介護事業者に就職して、かつ定着するという状況は生まれていない。

むしろコロナ禍によって、外国人労働者の増加速度は著しく鈍り、外国人によって日本の介護人材不足がある程度補われるという構想も崩れ始めている。

そのため国は介護業界の人材不足を、介護職員となる人の数を増やすのではなく、人に替って機械が補う部分を増やして、現在より少ない配置人員で介護事業を回す施策に舵を切りなおしている。

例えば前々回の報酬改定では、特養等の夜間配置加算の要件として、見守り機器を一定台数以上備えた施設の加配人数の緩和を行った。さらに昨年度の報酬改定では、夜勤配置基準そのものの緩和を行って、夜間勤務する職員数を減らす方策をとっているのもその一つである。

しかしそのことは実際には、介護現場の疲弊と、更なる離職につながっていることは、「夜間配置の試行期間が終わりますが・・・。」で情報提供しているところだ。
※下記画像は、"登別市札内原野の夕間暮れ(ゆうまぐれ):本文とは直接関係ありません。
登別市札内原野の夕間暮れ(ゆうまぐれ)
しかし国のこうした施策は今後も進められていくのである。

現に昨年度(2021年度)基準改正では、育児・介護休業法による育児の短時間勤務制度を利用する場合に加えて、介護の短時間勤務制度等を利用する場合にも、週30時間以上の勤務で「常勤」として扱うことを認めたほか、「常勤換算方法」の計算に当たり、職員が育児・介護休業法による短時間勤務制度等を利用する場合、週30時間以上の勤務で常勤換算での計算上も1(常勤)と扱うことを認めた。

これは介護事業経営者にとってはありがたい改正であったろう。

他の常勤職員より短い時間の勤務であっても、常勤1とされることによって、職員が育児・介護休業を取得した場合に、パート職員等を募集しなくて良くなったからである。

しかしそれは現場の介護職員にとってはたまったものではないのである。今までより数時間働く時間が少ない人が事業者内で増え、それでも常勤1だから配置基準はクリアしているとして、代替職員を増やしてくれないということは、時短職員以外の仕事が増えるということである。

毎日やらなければならないことは減っていない中で、人が減らされた分を残された人間でフォローしなければならないのである。キャパが有り余っている状況で仕事が増えるならともかく、人材不足の影響で現状の介護労働は既に、キャパを超えた重労働になっているのである。

従来型とユニット型を併設する場合における介護・看護職員の兼務を認めるという改正は、従来型とユニット型の両方の仕事をしている看護・介護職員については、一人の職員で従来型常勤1とユニット型常勤1の基準を満たすという意味であり、それまで兼務して常勤換算していた分0.〇〇人分の加配職員をいらなくしたという意味である。これも介護事業経営者にはありがたくとも、介護実務に就く職員は、加重労働リスクとしかならないルール変更である。

同じようにサテライト型居住施設において、一定条件化で生活相談員を置かなくてよくした改正も、単に本体施設の相談員の過重労働につながるだけであるし、全職種・全職員に過重労働を強いて人材不足を補うという方向に向かいつつあるのだ。

こうした介護労働の過重労働化という方向性は、2024年の制度改正・報酬改定でも様々な要件に組み入れられていくだろう。

その時に、その状況に介護事業者の職員が疲弊してバーンアウトしないように、安易に人減らしに走ったりしないことと、現場の職員が働きづらい環境に置かれていないか等をチェックする視点が介護事業経営者や管理職に求められるだろう。

この対策が介護事業経営上の大きな課題であり、その課題を克服することが人材確保にも成功して、事業経営上の勝ち組に結びつくのだと思う。
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価値観の多様性に寄り添う対人援助


今日のブログを更新するにあたっては、事前に何も考えていないので、思いつくままのことを殴り書きのように綴るつもりだ。よって支離滅裂な文章になるかもしれないことを、あらかじめお断りしておく。

さてさて何を書くべきか・・・そういえば、他人には優しく、かつ自分には厳しくあれと言われることがある。僕が若いころは、ソーシャルワーカーの先輩にそう言われたこともある。

しかしそれは、『言うは易く行うは難し』という故事・諺の典型と言える態度である。

だれしも自分と自分の暮らしが大切だと思うだろうし、自分という主体が存在する以上、そう考えることはある意味当然ともいえる。

そうであるがゆえに、自分にとって都合の良くないものはであると考えてしまいがちである。そのために、「自分には優しくて、他人には厳しく」ふるまう人はたくさんいるのも事実だ。

自分自身を振り返っても、自分には甘いと思う。常に己に厳しい態度をとり続けることなんてできないというのが本音である。

しかし対人援助という仕事に携わる専門職であるなら、「他人には優しくかつ自分には厳しくあれ」という言葉を常に念頭に置いて、自分自身を戒めたいと思う。

少なくとも利用者と直接相対している場面では、自分に対してより、相手に対する優しさを失わないでいたいと思っている。
人にやさしく
誰かの暮らしという、他者の最もプライベートな空間に介入する対人援助の職業では、そうした戒めがないと、知らず知らずのうちに相手の心の傷や悩みに気が付かぬまま、その傷をえぐり、悩みを深くするような態度に終始してしまう恐れがあるからだ。

それは自分が欲する仕事の仕方ではないし、そんなことになれば自らが自分の職業を人に誇ることができない、単なる作業に貶めていることになると思うからだ。

人を相手にする職業であるがゆえに、仕事に熟練するということは、「なれ合い・鈍感・無神経」に直結しかねない。そうした戒めを胸に抱いておかないと、自分自身を、『悪気がなくとも人を傷つける人』に貶めてしまうというのが、対人援助という職業の特性でもある。

だからこそ私たち対人援助者は、常に自分を律する気持ちを持たねばならない。

自分が欲するものがそこにあったとしても、それより優先してしなければならないことがないかを考えなければならない。

湧きあがる欲望や欲求などに流されるばかりでは、楽な方に逃げる一方になり、結果的にそれは良くない方向に自分を誘う結果になることが多いからだ。

それらの感情を抑えて我慢することが己を律することであり、そうした態度をとることが己に勝つことにつながるのだ。それは困難であっても自分が進むべき道に誘(いざな)うことにつながり、幸福な人生につながるのである。

そのように自分を律することは必要だが、他人をその枠にはめて断じることは出来ない。

誰もが異なる価値観を持つ現実においては、他者の心情や取り巻く環境を加味して、杓子定規な価値観に陥らず、各事案に適した方法を取っていくという考え方が必要だ。

特に利用者に対しては、規律を求めるのではなく、希望のありかを探す方向で物事を考えて進めていきたいと思う。甘えを許さないという必要はない。私たちは利用者を教育する立場ではないのである。甘えることさえもニーズに変える方向を見出せばよい。その方法論を創り出せばよいのである。それが人間の暮らしに相対するプロとしての専門性ではないのか・・・。

それが本当の意味での、「利用者本位」ではないかと思う。

そんなふうにして、「利用者本位」という言葉を建前ではなく、本音だと言えるような対人援助者でありたい。そうでなければ自分の職業に誇りを持つことはできないと思うからだ。

対人援助という職業において、その仕事の目的を誤る最悪の態度とは、他人を律しようとして自分を律しないことである。

自らがそうした態度をとる人間にならないために、少なくとも利用者に向ける目線は優しい目線でなければならないと思っている。

それは科学とは対極にある、目に見えないという存在なしでは語れないものだ。だからこそ言えることはただ一つ・・・科学的介護が必ずしも人の幸せにつながるとは言えないということである。

人間愛が零れ落ちた介護は、誰も欲しないということである。
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利用者の世代交代に対応しないと生き残れない


団塊の世代とは、1947年〜1949年の3年間に生まれた世代の人たちを現す言葉である。

それらの方々は今年2022年に、73歳〜76歳に達する。

2022年1月の段階で団塊の世代を含む70歳〜74歳の人口は964万人であり、総人口に占める割合は約7.6%と、人口構造上でも大規模な集団であるが、それらの人々が今、介護サービスを利用する人の中心層になっている。

だから過当競争で倒産事業者数が増えていた小規模通所介護事業所も、団塊の世代の方々がサービス利用してくれるようになったことで、再び息を吹き返しているのである。

だがそれに甘えて、サービスの品質をおざなりにすると、顧客から選ばれなくなり、あっという間に廃業に向かわねばならないことになる。

なぜなら団塊の世代の方々とは、様々な情報媒体を使いこなして、自分に合った介護サービスを利用しようとする傾向にあるからだ。人から勧められた事業所をおとなしく選ぶだけで収まらないし、気に入らないことがあればシビアに事業所を選びなおす傾向が強い。

そこで問題となるのが、その人たちはどのような時代背景を生きてきたのだろうかとうことだ。それを探ることが、その人たちのニーズを探ることになるからだ。

団塊の世代の最終年次である1949年生まれの人を例をとると、15歳(1964年)の時に最初の東京オリンピックが行われており、この時期は、「いざなぎ景気(〜1970年)」と重なっている。そして社会人となって以後、第1次及び第2次オイルショック円高不況・バブル景気を経て、リーマンショックに至るまで現役世代として社会の第一線で働いていた世代である。

そして2009年〜2014年に60歳〜65歳となっているので、おそらくこの時期に定年退職を迎えた方が多いのだろうと想像する。

しかし第一線の仕事から退いても、体が元気なうちは社会参加して、役割を失わないようにしようと、アルバイトを続けていた人も多いだろうし、ボランティアやシルバー人材として活躍されてきた人も多いと思う。

それらの人が70歳を迎えようとするあたりから、悠々自適の生活を考えていく段階で、「コロナ禍」という状況に遭遇したことをきっかけに、仕事や活動から身を引いて、介護サービス利用に至ったというケースも多いのかもしれない。

その人たちと通所介護事業所で交わす話題は、小学校唱歌の思い出ではなく、ビートルズやベンチャーズかもしれないし、思い出の中に戦時中のものはなく、バブル崩壊前後の浮かれた日本経済の話題を欲しているかもしれないわけだ。

印象に残って人に話したい事件も、学生運動時の騒擾や、あさま山荘事件と連合赤軍による総括と称した連続リンチ殺人であるのかもしれない。・・・いや、もしかしたらオウム真理教事件になるのか?

どちらにしてもその人たちは、つい最近まで社会の第一線で活動してきた人である。そういう人たちが介護サービスの顧客の中心層になっているということは、その人たちのニーズに対応しないと、介護事業経営は成り立たなくなるということだ。

例えば今年70歳になる人(昭和27年:1952年生まれ)は、どのような時代背景を生きてきたのだろうか。

そのことを理解するために、その人たちの生きてきた時代を年表にして表すことで理解してほしい。
今年70歳になる人の年表
このように今年70歳に達する人は、携帯電話やインターネットは当たり前に利用していたし、PCのみならずスマホやタブレットも使える人たちであると想像できるのだ。
※団塊の世代の人は、70歳の人に3年〜5年プラスした年表を書けばよい

その人たちが介護サービスを利用するようになった途端に、「チーチーッパッパ」の活動を強いられたらどう思うだろうか?そんな介護事業にはそっぽを向くだろう。

だからこそ、「認知機能トレーニングをスタンダードメニューに」や「地域住民から選ばれる通所介護のサービスメニュー」で示したような工夫が必要になるのである。

時代の変化のスピードは、20年前より確実に早くなり、変化の波も大きくなっているのだ。いつまでも高齢者が最新テクノロジーに対応できないなんて思い込んでいてはならない。ネットおたくの高齢者だって介護サービスを利用してくるのである。

介護事業関係者は、こうした利用者の世代交代に伴うニーズ変動に敏感になっていかねばならない。

そうしたニーズに対応することは顧客確保だけではなく、新たな要介護高齢者が望む高品質サービスにつながるのだから・・・。
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実地指導は運営指導に


新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、昨年度(2020年度)の自治体の実地指導などの件数が減ったことで、指定の取り消し・効力停止の処分を受けた介護事業者数が、前年度から44件減少し、109件となっているそうである。

ところで行政指導に関連して、全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料の、総務課介護保険指導室の2ページに、指導指針の改正点について次のように記されている。
---------------------------------------------------------
介護保険施設等指導指針の主な見直しの内容
○実地指導について指導形態を次の ↓及びとする。
_雜逎機璽咼垢亮損楙況指導(個別サービスの質(施設・設備や利用者等に対するサービスの提供状況を含む)に関する指導)
∈把禊霆狹運営体制指導(運営基準等に規定する運営体制に関する指導)
J鷭契禅畛愼魁焚短仕の介護報酬請求の適正実施に関する指導)
上記のうち、施設・設備や利用者等の状況以外の実地でなくても確認できる内容(上記◆↓)については、介護保険施設等の負担増にならないよう十分配慮し、情報セキュリティの確保を前提として、オンライン会議システム等を活用することが可能である旨を明記する。
なお、このことにより、実地指導の名称を「運営指導」に改める。

○運営指導の実施頻度については、原則、指定等の有効期間(6年)内に少なくとも1回以上とする。なお、施設サービス・居住系サービスについては、現行での実施状況等を踏まえ3年に1回以上の頻度で実施することが望ましいこととする。

○運営指導の標準化・効率化を推進する観点から、以下について明記する。
・標準的な確認すべき項目・文書による実施
・標準化・効率化により所要時間の短縮
・同一所在地や関連する法律に基づく指導・監査の同時実施
・確認する書類等の対象期間の限定
・電磁的記録により管理されている書類等のディスプレイ上での内容確認
・事務受託法人の活用
---------------------------------------------------------
現行の実地指導の一部(新指導形態△鉢)をオンライン対応に変えることができるとしており、名称も「運営指導」に変えられることになることは覚えておいた方が良いだろう。

介護関係者の一部では、実地指導という言葉さえ理解できずに、いまだに「監査」なんて言っている人がいる。そういう人たちには改めて意識変化を促したい。

介護保険制度における現行の「監査」とは、介護給付費適正化システムを分析し、特異傾向を示す介護サービス事業者を抽出して行われるものである。
実地指導から運営指導へ
もっとわかりやすく言えば、不適切運営や不正請求等が疑われるグレー事業者の調査に入って、ブラックであることを確認して、「勧告」や「命令」・「一部停止」・「全部停止」・「指定取消」処分することを想定して行われる行政検査が、「監査」なのである。

それは、まともな経営を行い適切に運営されている介護事業者にとって、ほとんど関係のないものだ。監査とは無縁の事業経営・事業運営に努めていただきたいと切に願う。

実地指導から運営指導に名称が変更されたことを機会に、この名称区分の理解も関係者に促したいところである。

今回の指針見直しは、2019年以降の指針見直しの流れが踏襲されているとみてよく、それはより多くの介護事業者の実地指導を行うために、指導の標準化・効率化を図ることが目指されているものである。

例えば、「確認する書類等の対象期間の限定」も2019年度に既に示されたもので、原則として実地指導の前年度から直近の実績に係る書類とされていることの再確認という意味だろう。

また実地指導当日に提出する資料の部数は1部とし、すでに自治体に提出している文書については「再提出を求めず、自治体内での共有を図る」とされているので、こうしたルールをローカルルールと称して変えないように周知しているという意味もある。

どちらにしても、「運営指導」とは、介護事業者が適切な事業運営を行い、利用者に対して一定以上のサービスの質を担保するように、行政職員が助言を行うものである。

日ごろ法令に沿った経営と運営を行っている事業者にとって、それは介護事業者が気が付きにくいルール視点を示してくれるものでしかなく、恐れるような性格のものではない。運営指導の場は、行政の専門家と、介護事業の専門家が建設的な意見交換ができる場として、歓迎すべき機会であることと考えるべきである。

そのような運営指導に対して、「運営指導対策」の研修を受けたり、コンサルを受けたりすることの意味が分からない。そんな対策をとるよりも、法令を読み込んで根拠に基づく事業運営をすればよいだけの話である。

行政指導に対策する費用ほど、ばかげた支出はないのである。このあたりも介護事業経営者や管理職の方々に、しっかりと理解を促したいところである。

なお課長会議資料の説明は、オンラインで行われる予定になっているが、「ただ今準備中です。準備でき次第、厚生労働省動画チャンネル(YouTube)に掲載します。」とアナウンスされているので、一部の解釈は解説を待つ必要がある。

例えば、新指導形態△鉢がオンラインで調査された場合、,砲弔い討脇映度内に必ず事業者に出向いて行われることになるのだろうか。このあたりは確認しておきたいところである。
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呑んべえにとって注意が必要な法改正


飲酒運転は決して行ってはいけない行為だが、前夜ついつい深酒をしてしまい、お酒が残った状態で出勤してしまう会社員は少なくない。

しかしその状態は、酒気帯び運転とされる危険性もあるので注意が必要だ。

警察が抜き打ちのアルコール検査を路上で行うのは夜に限っており、二日酔いで出勤する途中で検問に引っかかって酒気帯び運転で捕まったという話はあまり聞かない。だからといってその状態が良いわけがないので深酒には気を付けたいものだ。

酒気帯び運転となるほど酔いが残っていなくとも、酒臭い息のまま出勤してくる職員は少なからず存在する・・・。自分の過去を振り返っても、そうした状態がなかったなどとは決して言えない。
深酒注意
しかし新年度から介護事業者で、「運転業務」に携わる職員は、今以上に前夜の深酒と二日酔いに注意する必要がある。

なぜなら道路交通法の改定規定が、介護事業者にも適用されるからである。

対象となるのは乗車定員が11人以上の自動車を1台以上有する事業者または、その他の自動車を5台以上有する介護事業者である。改正適用は2段階となっていることにも注意が必要だ。

これらの介護事業者については、4月から運転前後のドライバーの状態を目視などで確認することにより、酒気帯びの有無をチェックし記録する義務が課せられる。

さらに10月以降は、ドライバーの酒気帯びの確認を目視ではなく、アルコール検知器を用いて行う義務が生ずる。さらにアルコール検知器を常に有効に保持する義務も課せられることになる。

4月時点では、二日酔いと目視できる人・酒臭い状態の人の運転業務は禁じられることになるだろう。10月以降では呼気1リットル中アルコール0.00mg以外は運行自体不可となる。

よって酒気帯びではない状態でも、酒臭ければ運転できなくなるのである。

運転業務ができない職員が一人でも出れば、通所サービスやショートステイの送迎業務に大きな支障が出る恐れもある。

なお10月以降に課せられる、「アルコール検知器を常に有効に保持する義務」については、以下のことを行っておく必要がある。

[毎日確認]
・電源が確実に入ること
・損傷がないこと

[週1回以上確認]
・酒気を帯びていない者がアルコール検知器を使用した場合にアルコールを検知しないこと
・アルコールを含有する液体又はこれを希釈したものを、口内に噴霧した上でアルコール検知器を使用した場合に、アルコールを検知すること。


なお白ナンバーの事業者がアルコールチェック義務を怠れば、罰則は「安全運転管理者の解任命令」・「5万円以下の罰金」の2点が予定されている。

あまり重い罰則ではないといっても、違反が明らかになれば対人援助に関する事業者として、車両運行の責任を果たしていない=車両の安全運航管理を怠っている=利用者の人命を軽視しているとして、道義的責任が強く問われかねない。

よってアルコールチェック対象事業者のみならず、すべての介護事業者は、車両運転業務に携わる職員に、翌日に残らないお酒の量を自己管理することの重要性を伝え、飲みすぎない意識付けを行う必要がある。

翌日の車の運転を考え、お酒を呑み終える時間を早めるなどの翌日業務を考慮した飲み方を意識させる啓蒙教育が、今から必要とされるだろう。
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介護関係者に求められるエッセンシャルワーカーとしての責任


先週2日の衆議院・厚労委員会で後藤厚労相は、感染者や濃厚接触者に対応したホームヘルパーに支払う特別手当について、既存の補助金を使って公費で賄うことが可能との認識を示した。

補助金には上限が設定されているが、個別協議によって上限を超えて金額を上乗せすることも可としているので、ヘルパーへの特別手当をこのスキームで補助できると明言したのである。

訪問介護の関係者などから、「感染者らを支えるヘルパーに手当なしというのは、あまりに理不尽で不公平。」という声が挙がっていることに対し、「そんなことはない。国はきちんと補助制度を整えているのに、都道府県がその運用を理解していないのが問題だから、改めて疑義解釈を示す」という意味である。

それを受けて3/4付で、「介護保険最新情報Vol.1039」が発出された。

それによれば既に通知されている、「新型コロナウイルス感染症流行下における介護サービス事業所等のサービス提供体制確保事業」の中の実施要綱3(1)イ(ア)の「割増賃金・手当」がヘルパーへの特別手当にあたり、これは全額公費による支援となっていることを改めて示したうえで、次の点を強調している。(※筆者がわかりやすいようにまとめたものを下記に示す

訪問介護員に支給される特別手当は、社会通念上、適当と認められる水準であれば問題なく支給でき、全額補助対象とすることができる。金額は事業所判断で決定して良く、例えば1回のサービスでヘルパーが得る給料と同水準とすることも可能である。

・既に、「かかり増し経費の補助金を基準額(訪問介護事業所の場合は32万円)まで使っている場合も、国と協議(個別協議)し、承認を受けた場合という条件付きで、基準額を上回って補助対象とすることを認める。

※訪問介護が32万円が上限とされていることについては、(実施要綱)介護サービス事業所等のサービス提供体制確保事業【別添3】新型コロナウイルス感染症流行下における介護サービス事業所等のサービス提供体制確保事業(基準単価)に記されているので確認しておいてほしい。(筆者注

・感染者や濃厚接触者に対応したことの証明書は必ずしも必要ない。

以上のとおりである。なお後藤厚労相は2日の委員会で、この手当を昨年4月分まで遡って申請することも可能と表明しているのことも付記しておく。

オミクロン株が蔓延した感染第6波の中で、感染者や感染者との濃厚接触者に訪問介護サービスを続けている訪問介護事業者からは、「新型コロナウイルスの感染者、濃厚接触者に対応するホームヘルパーに支援を。十分な手当や報酬の加算などを出して欲しい」という切実な声が出されていた。

今回その訴えが国に届いた形になる。補助金の特例支給の申請を是非行って、対応した訪問介護員にもれなく特別手当が支給されるようになってほしい。

自らの感染リスクを顧みずに、利用者対応に日夜勤しむ訪問介護員にとって、それは当然の手当であると思うからだ。

しかし特別な手当てを受け取る当事者の皆さんには、「それを受け取って当然だ」という考えだけで終わってほしくない。
介護の矜持
国費によって特別手当が支給される介護従事者は、「社会機能維持者」(エッセンシャルワーカー)であるとして認められたという意味がある。それは同時に、エッセンシャルワーカーとしての使命や責任を果たす必要があるということでもあるのだ。

是非そうした使命感をもって、責任を果たす仕事ぶりであってほしい。そして介護事業者全体が、かかりまし経費の補助などを受ける立場にあるのだから、その責任は、介護職員のみならず、すべての介護関係者に求められるのだと考えてほしい。

例えば訪問介護とは、利用者の最もプライベートな空間に踏み込んで、利用者の人生の一部分に深く関わる仕事であり、利用者の人生の幸福度に、決定的な影響を及ぼしかねないという責任があることを改めて自覚してほしい。

そのような仕事であるにもかかわらず、そのサービスの場で品のないジョークやタメ口などのぞんざいな態度に、知らぬ間に傷ついている誰かがいつもどこかに存在し続けているということを忘れないでほしい。(参照:世間が介護事業に向ける不信の根はどこにあるのか

だからこそ、よそよそしさを恐れるより、無礼で馴れ馴れしい対応で、利用者の尊厳や誇りを奪い、心を殺してしまうことを恐れる人でいてほしい。

介護とは利用者を心にかけて護る仕事である。そのためには、自らの心無い言葉で人を傷つけてしまうことを誰よりも恐れる必要があることを理解してほしい。

どうぞあなたの笑顔と、丁寧な対応で、心から幸せになる人を一人でも多く増やしてください。

貴方が頑張って、笑顔になる人が一人だけでも増えたとき、世の中の幸福度は少しだけアップするのですから・・・。
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顧客からのクレーム対処方法の確立が急務


今年の北海道は例年以上に気温が低く、かつ雪が多くなっている。3月を目前にした今日も道路わきにはうずたかく雪が積まれ道幅が狭くなっている。雪解けも例年より遅くなるのだろう。

そんな厳しい冬だからこその景色も見られる。
氷瀑(ひょうばく)
僕の家からほど近い場所に登山口がある名峰・鷲別岳(わしべつだけ)の麓にある「スダレの滝」の氷瀑(ひょうばく)が迫力ある姿を現している。沢水や伏流水がつららとなって幾重にも下がり、幻想的な雰囲気を醸し出している。一度見に来て損のない景色を、雪が降らない地域の方にもいつか見に来てほしいと思う。

さて話は変わって本題に移ろう。

埼玉県ふじみ野市で起きた立てこもり殺人事件については、「介護事業者にとって他人ごとではない『たてこもり殺人事件』」という記事を書いて、介護関係者も同じようなトラブルに巻き込まれかねず、十分注意すべきだと警鐘を鳴らした。

ところが本件は、実際に介護事業者がこのトラブルに巻き込まれかねなかった状況であることが明らかになっている。

渡辺宏容疑者(66)=殺人容疑で送検=が事件当日、在宅クリニック関係者のほかに、かつて利用していた介護保険事業者も自宅に呼び出そうとしていたことが分かったのである。

容疑者が、「集金のついでに線香をあげにこい。それが筋だろ」と要求して録音が残っており、朝日新聞デジタルがその録音をダウンロードできるようにネット配信している。(※録音は文字リンクをクリックして視聴いただきたい

この音声を録音しているのは間違いなく介護事業者であろう。

このように顧客からのクレームについて、きちんと録音しておくことがまず大事である。設備も含めてそうしたシステムを構築しておくことは、今後の介護事業には必然となる。

そういう意味では、この介護事業者のリスクマネジメントは優れていると思う。

またこのような理不尽な要求と、聞くに堪えない暴言を投げかける相手に対して、電話を受けている職員は実に冷静で適切な対応を行っていると思う。

毅然とした態度を崩さずに、言うべきことも言っている。さらにムッとする気持ちを抑えて落ち着いて応対しようとする気持ちも伝わってくる。敬服すべき態度だと思う。心より拍手を送りたい対応ぶりである。

こうした電話対応ができる職員がいてくれることは心強い。是非そう言う面での教育もしっかり行っておくべきだ。

当該事業者側は訪問を断っているが、仮に集金に訪問していたら被害にあった可能性もある。そういう意味では、クレーマーへの対策は今後急務になる。

いかなる理由であったも、「線香を上げにこい」と訪問要求を受けた場合、「当事業所は、すべてのお客様に、そのような個別対応はしておりません」などと冷静に応えることができるような対応の統一を図っておく必要があるだろう。

2021年度から介護事業者には、ハラスメント対策の強化が求められている。(※これは労働施策総合推進法において職場におけるセクシュアルハラスメントパワーハラスメントの防止のための雇管理上の措置を講じることが義務づけられていることを踏まえた基準改正として義務化されたものである。)

その中には介護事業者側や従業員側に非がないにもかかわらず、顧客が怒鳴り散らしたり恫喝してきたりするカスタマーハラスメント防止のための方針の明確化等の措置を講ずることも求められている。

よって介護事業者はハラスメント対策のガイドラインを作成して、そこに理不尽なクレームに対しては毅然とした対応を行うことを明記しておくとともに、相手側の要求に応じてはならない事柄(従業員が個別に居宅訪問して謝罪するなど)を具体的に記しておく必要があるだろう。

この点は早急に対策しなくてはならないと思う。なぜならそれは従業員を護るための対策であるのだから、スピード感をもって対策せねばならない問題であることを理解せねばならない。
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スキルの低い人の妥協に巻き込まれてもしょうがない


介護サービス利用者に対して、「ため口」で接している従業員の中には、「利用者の状況に応じて言葉を使い分けている」と屁理屈を捏(こ)ねる連中がいる。

だがそういう連中は、自分が常に利用者の置かれた状況や相手の気持ちを常に正しく把握できるという神業でも持っているというのだろうか?

そんな常人ではない能力に期待するより、介護サービスを利用されているお客様に失礼のない、使い分ける必要もないマナーのある丁寧な言葉遣いに徹する方が、サービスの品質を担保できるというものだ。

そもそも言葉遣いを無理に使い分けると、「差別している」という誤解を与えかねない。使い分けている側が、利用者の個別性に応じた対応だと考えていたとしても、使い分けられる側は、「自分にだけ失礼な態度だ」とか、「他の人と異なり無礼に対応された」と思われてしまえば、相手を傷つけてしまう結果にもなりかねないのだ。

現に言葉を状況に応じて使い分けているという連中に限って、利用者にはタメ口なのに、その家族に対しては丁寧な言葉で対応していたり、認知症の方にはタメ口で対応し、認知症ではない人には丁寧語で対応していたり、ありらかに自らの価値観によって差別対応しているとしか思えない人もいるのである。

スキルの低い人たちの考える世界基準や業界平均とは、所詮それらの輩には見えていない低い山である。我々はすでにそこを登り切って頂の上から、別の高い山を目指しているのだ。はっきり言ってレベルが違うのだ。

だから今後は、タメ口対応が修正できない輩を、「レベチくん」と呼ぶことにしようかと思っている。

どちらにしても介護施設にはびこる「介護の常識は世間の非常識」という状態は、自分の価値観レベルで考える感覚麻痺に起因していることが多いのだ。

自分だったら家族と同様に馴れ馴れしく話しかけられても、窮屈でなくて親しみを感じられるからそれでいいやという感覚が、タメ口で利用者に接して恥じないレベチくんを大量生産してしまうのである。

そういうレベチくんに、「職員が利用者にタメ口で接する施設に、自分が入所したいと思いますか?」と尋ねても、「自分はそれでいいや」という風に開き直って終わりになる。

そのようにスキルの低い人間の、低い見識や意味のない妥協に巻き込まれては何も変わらないのである。

そういう意味では、「自分が入りたい施設」レベルで物事を考えても意味はないのだ。今どき従業員に、「自分が入所したい施設を創りましょう」などと訴える経営者や管理職も時代遅れであるし、センスがないとしか言いようがない。

そんな呼びかけは、介護のプロフェッショナルという意識を薄れさせるだけである。

だから・・・介護施設が目指すべきは、「自分が入所したい施設づくり」ではないのだという理解を持ってほしい。
大切な人
私たちが目指すべきは、「自分がこの世で最も大切に思う人を、安心して任せてよい施設づくり」であり、「自分が愛する人を、安心して入所させられる施設」なのである。

そうした意識をもって介護事業経営や、管理職業務にあたってくれる人が増えることで、きっと介護業界は少しでも良い方向に変わるはずである。

自分自身をそのに変えようとしたり、変わろうとする経営者や管理職の方が、一人でも増えることを期待したい。
目指すべき介護施設とは
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できることを探す介護


対人援助に関わる人のスキルとして最も重要なものは、「想像力」と「創造力」という、「2つのそうぞう力」だと思っている。

考えることを怠ける人、考えるだけで実行しない人は、対人援助の仕事に向かないのだから、何か別な職業を探したほうが良いとさえ思うのである。

そんな対人援助という業務に携わるうえでの僕のモットーの一つは、「制限は馬鹿でもできる」・「可能性探しは専門職の大切なスキル」である。

介護業界には、想像力に欠け何も創り出せない人も少なくはないことも事実だ。しかもそういう人はネガティ思考で、「〜しない」理屈を、「できない理由探し」から考える傾向があるように見える。

可能性を探せないから、自らの行動にも制限をかけているのである。

夜間の入浴支援や、週2回しか行わない入浴支援を毎日に変える提案をしても、「利用者全員がそれを望んだら対応できない」というあり得ない想定で反対したり、「人員不足」を理由に反対するだけで、工夫を全くしようとしない姿勢に終始する人は、果たして介護の仕事にやりがいを感ずることができるのだろうか。

利用者に対して、「ため口対応」をやめて、丁寧な態度で接しようとする呼びかけに、「忙しくて、とてもそんな余裕はない」という屁理屈にもならない言い訳もされたりする。やりがい云々の前に、やる気があるのかという問題だ。

人間は様々な可能性を持つ存在なのだ。
スタッフ
僕たちにももっとできることがあるし、利用者の方々にも隠された能力はたくさんあるはずだ。両者の可能性を信じて、「できないこと」ではなく、「できるかもしれないこと」を考えたときに、初めて視野が広がり、すべきことが見えてくるのではないだろうか・・・。

そして、そこに生まれる暮らしの質は違ってくるのではないのだろうか。

10年以上前に書いた、「暮らしの場での制限は最小限に」という記事の中で紹介した〇さんは、当時80歳代の後半の方であった。

その記事に書いたように、僕たちは食べることが大好きな〇さんの希望を最大限に尊重するには、何ができるのかということを一番に考えた。

糖尿病という持病をお持ちの方であるのだから、食事療法としての食事制限は必要なことは承知したうえで、だからと言って杓子行儀な対応でよいとは考えなかった。制限が必要であるからこそ、制限の中で最大限に許される例外探しをあきらめなかった。

できないことを前提とする介護はしたくなかったのである。

その〇さんは、僕がその施設を退職したときには、まだお元気だったであったが、先日元の職場の部下から、彼女の訃報を受け取った。

長年暮らした施設で、「看取り介護」を受けた〇さんの最期は、家族や職員に見守られて安らかだったそうである。享年95歳・・・。大往生と言ってよいのではないだろうか。

仮に〇さんが施設入所する前に入院していた医療機関から指示された通りの食事制限を行っていたとしたら、〇さんはもっと長生きができたのだろうか。しかしそれが〇さんの望む暮らしではなかったであろうことは、容易に想像がつく。

希望を最大限にかなえようと、周囲の人々が心を合わせて制限を最小限に絞る工夫を20年近く続けてきた結果、看取り介護になる直前まで〇さんは、好き物を食べ続け、95歳という年まで生きることができ、天寿を全うされたのである。

できることを探し続けた介護によって、それは実現できたことなのだ。そのような介護の方法は、教科書にも載っていないし、今後LIFEのフィードバックで示すことができる方法論でもない。

僕たちが利用者に真剣に向かい合って、僕たちの支援によって生活の質が左右される責任を重く受け止め、対人援助のプロとしてそこで果たすべき使命を全うしさえすれば、介護は必ず人に幸福を運ぶ行為になるはずだ。

介護とは、心にかけて護る行為なのだから・・・。
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インカム導入・活用が必然になる介護事業


後期高齢者の数が増え続ける中で、生産年齢人口の減少が止まらない我が国の事情を鑑みれば、介護人材不足問題は解消の手立てがないばかりか、その状況は一層悪化することが予測できる。

そのため介護業務のあらゆる部分に、人に代わる機器を活用することも必然となってくる。

もちろん人に代わって介護ができるロボットは存在しないわけだから、人が行っている介護業務すべてを機器に代替できるとは思えない。しかし今使える技術は積極的に介護事業に取り入れていくという考え方をしていかないと、介護業務が回りきらずに、そこから介護職員が離れて事業経営自体が難しくなる恐れがある。

だが介護サービスの場の職員が使いこなせない機器を、業者の宣伝文句に惑わされて購入して、介護職員に活用を強制しても、そのことはストレスになるだけで、やがてそうした機器自体が倉庫の肥やしになるだけである。そしてそうしたストレスに鈍感な事業者からは、有能な人材は流出していくのである。

だからこそ使える機器とはどのようなものかということを、現場目線で考えなければならない。

例えば、介護記録などをICT化してパソコン・タブレット・スマートフォンなどで作成することにより、介護スタッフが手書きの書類作成に取られていた事務仕事の時間が短縮されるだろう。

居宅介護支援や訪問介護等の訪問系サービスでは、タブレットやスマホなどのガジェットで記録することによって、利用者宅や移動の合間に記録ができ、帰社して記録するという必要がなくなる。こうした機器は積極的に活用を促したいものだ。

夜勤業務が伴う施設系サービスでは、見守り機器の導入が必然である。見守り機器は、「人の動きを見守って何かあったら知らせる」という機能は優れているので、活用することで定時見回りが必要なくなるというだけでも、夜勤業務の負担減につながる。

ただしそのことで配置人員を削減するのは藪蛇であるということは、「嫌な予感しかしない介護のデジタル推進」などで指摘している通りだ。

その他の機器の中で、施設サービスに限らず事業所内で介護業務が完結するサービスで、ぜひ利用を促進してほしいものとして、「インカム」が挙げられる。

介護業務は自分の手足を使って、利用者に直接サービス提供する業務が主となるのだから、ハンドフリーであることが必要になる。そして介護を行う場へ何かを持ち運ばなければならないという手間も省きたいところだ。その点でインカムは介護業務に適した機器であるといえる。
介護事業所のインカム利用
インカムは耳にかけておくだけで、様々な情報のやり取りができるのだから、介護を行いながら必要な連絡が可能になる。

緊急時のヘルプを求める連絡も、必要な介護行為を中断することなく行えるし、人が少ない中で介護と連絡を同時対応しなければならないときに非常に便利である。

インカムとナースコールを連動させることによって、素早いコール対応も可能になるだけではなく、介護・看護職員全員がインカムを装着して、双方向で情報のやり取りができる状態で仕事をするのが当たり前となっている特養では、連絡のために取られていた時間を大幅に短縮する効果が見られている。

その特養では入浴業務時の利用者の移動の連絡や、職員の呼び出し・離席する時の連絡を内線で行っていたが、職員を探す時間や待つ時間が長くかかり、全体の運営が遅れ残業が必要になることも多かった。しかしインカム導入後は、そうした状態が大幅に改善し残業が減ったという効果も見られている。

このようにSOSを出したい時や連絡事項がある時など、PHSや内線などで職員を探すことに大きな時間を割くという状態が改善させるだけで、業務は効率化し負担軽減につながるのである。

インカムを導入している介護事業者はまだ多くはない。しかしインカム導入で業務負担が軽減できることが広く理解されれば、積極的にその導入を検討する施設・事業所は増えるものと思える。

むしろそうした業務負担軽減の機器導入にお金をかけない事業者は、介護職員を大事にしていない事業者として、働きたくない職場とみられるかもしれない。逆に言えば、インカムを積極的に導入しているという事実だけで、介護人材が魅力を感じ募集に応募が増えることにつながる可能性もあるのだ。

今後の業務の効率化を考えるならば、その導入は不可欠になるだろうし、3年後あるいは5年後には、インカムを装着して介護業務を行うことが当たり前になっているのではないかと想像する。
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2022年もよろしくお願いします。


ブログ読者の皆様、明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

去年までは新年最初のブログを元旦に更新していましたが、今年は正月3が日を完全休養に充てようと考えて、ブログ更新も今日まで休んでおりました。

しかしやはり新年最初の講演内容が気になり、元旦から講演スライドの手直しをしたりして、完全休養の夢はかないませんでした。でもそれはある意味、嬉しいことですね。皆様とお逢いできる機会が新年早々からあるということですから。

北海道は年末から年始にかけて大荒れの天気となり、空の便だけではなく、JRや都市間バスなども欠航・運休が相次ぎ、帰省やUターンに大きな影響が出ました。しかし僕が住む登別市は大した雪も降らず、比較的穏やかな天候となりました。
室蘭地球岬の初日の出
この地域の初日の出スポットである、室蘭市の地球岬でも、元旦の朝の初日の出を拝むことができました。ただしずっと氷点下の気温で厳しい寒さには閉口しています。

今年の介護業界にも穏やかな風が吹いてくれることを祈るばかりですが、なかなかそうはならないようです。

今年は次の介護保険制度改正に向けた本格的議論が始まりますが、その時議論される内容については、年末に「2021年から2022年へ向けて〜介護業界はどうなるか。」という記事を書いて解説していますので、そちらを参照ください。

さて僕にとっての新年1月と言えば、いよいよ延期していた新刊の出版記念セミナーが開催される月であります。そこにぜひ皆様にもお越しいただきたく紹介いたします。

1月28日(金)午後2時から日本橋社会教育会館で行われる、「きみの介護に根拠はあるか〜本物の科学的介護とは」出版記念セミナー「今こそ介護の行方を問う」の会場にぜひお越しください。

このセミナーにおける僕の講演では、「介護人材不足問題」にも深く切り込んで、いかに人材を確保して介護事業を安定して経営していけるかということに対する提言も行う予定です。

訪問介護員の成り手がなくなる状況に、危機感を持って講演するゲスト・小島美里氏(特定非営利活動法人 暮らしネット・えん代表理事)の講演内容とリンクする部分もあるかと思いますが、僕の場合は、国がどうにかしてくれるのを待つのではなく、介護事業者として何をどうすべきかということについて語りたいと思います。

そもそもこの問題については、国がいくら介護労働の単価を高めたとしても解決不能な問題があります。

介護事業者から離職する人の3人に一人は就業1年未満の人なのです。その原因は何かを探り、その根本原因に対応をしない限り、いくら介護職員の給料を上げても、募集に応募する人が増える一方で、離職する人の数もそれに比例して増えるだけです。そして永遠に介護人材不足の問題は解決しないのです。

ここに早急に手を打って、他の事業者に先駆けて有能な人材を確保しましょう。

そのほか会場には、介護関係者の方々が数多く集まる予定ですので、「介護職員処遇改善支援補助金」の配分をどのように決めたのかなどの情報交換もできると思います。
masa
僕もただ単に会場で講演するだけではなく、受講者の方々と積極的に交流をしたいと思っております。ですから会場ではお気軽に声をかけていただき、名刺交換をさせていただきたいと思います。

認知症の簡易診断と予防トレーニングができるアプリ、「コグエボ」の無料デモもお試しください。それはきっとセミナーを徐行された方々の所属事業に使えるアイテムになると思います。

会場では様々な発見があると思います。発見とは、自分が見たくないものをつぶさに観察することから生まれることにも気が付くはずです。

そんなふうにして、是非会場でたくさんの方々とお愛したいと思いますので、奮ってご応募くださいますようお願い申し上げます。
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2021年から2022年へ向けて〜介護業界はどうなるか。


今年も残すところあと12時間弱となった。果たしてこのブログ読者の皆さんにとって今年はどんな年であったろうか。

振り返って思い出すことは、やはりコロナに関連した問題であろうか。それとも報酬改定であったのだろうか・・・。はたまたオリンピックとか、総選挙や首相交代劇等の政治劇であったろうか。

いろいろあった2021年であるが、苦しいことも辛かったことも、後から振り返るとどれも思い出になっていく。変えられない過去を思い悩むことはやめて、変えられる未来をポジティブに考えながら前に進みたい。
大晦日の風景
コロナ禍以後、僕は全国各地に出向く機会は減っているが、今年は昨年よりもその数は増えている。同時にオンラインでの講演や会議は日常化したために、ネットを通じた出会いも多かった。来年もきっと良い出会いがたくさんあるだろう。そう考えるだけで希望を胸にして生きていけるような気がする。

このブログの読者の皆様にとっても、来るべき2022年が幸多い一年になることを祈りたい。

ここを訪れる方は何らかの形で、「介護事業」に関わっている方だと思う。勿論、介護の仕事をしていたが今は別な職業に就いている人や、リタイヤされて仕事をしていないという方もいらっしゃるだろう。そうであっても僕の記事を読んでくださっているという意味は、介護という職業に興味を持ち続けてくださっているということだと思う。

だから大晦日の今日も介護事業に関連した話題を書く。

来年2022年は、2024年度の介護保険制度改正に関する本格的議論が始められる年である。それに先駆けて財務相の諮問会議、「財政制度等審議会」・「財政制度等分科会」は今年、社会保障費を抑制する観点から介護に関する施策として以下の内容をまとめている。
・利用者負担の見直し (原則2割とすることや2割負担の対象範囲の拡大を図ることを検討する)
・介護人材確保の取組とICT化等による生産性向上 ・ケアマネジメントの在り方の見直し
・多床室の室料負担の見直し (介護老人保健施設・介護医療院・介護療養病床の多床室室料相当額について基本サービス費等から除外するよう見直す)
・地域支援事業(介護予防・日常生活支援総合事業)の事業費上限超過の抑制
・区分支給限度額の在り方の見直し
・居宅サービスについての保険者等の関与の在り方
・軽度者に対する居宅療養管理指導サービス等の給付の適正化
・介護サービス事業者の経営状況の把握(事業報告書等の報告・公表の義務化)


生産性向上に関しては、2022 年6月までに施行される「社会福祉連携推進法人制度」 の積極的な活用を促すなど、経営主体の統合・再編等による介護事業所・施設の運 営効率化を促す施策を講じていくことも求めている。

またケアマネジメントの見直しについては、2024年度介護報酬改定での利用者負担導入だけでなく、福祉用具の貸与のみを行うケースについては報酬の引下げを行うことなどを盛り込むよう提言している。

これらはまだ政府や内閣の方針にはなっていないが、2024年度の介護報酬改定や制度改定を巡る議論の中で、すべて俎上に乗せられてくることだろう。

さらに政府の、「社会のデジタル化推進方針」を受けて、介護事業に対してもICTやセンサー、インカム、ロボットの導入、周辺業務のアウトソーシング、これらに伴う業務オペレーションの整理などを進めることを前提に、 人員配置基準の3:1から4:1への緩和が提言されており、このことも議論の俎上に上ってくることは間違いがない。

しかし配置基準緩和とは、単に基準改正にとどまらず報酬単価にも影響してくることを忘れてはならない。現行の基本サービス費には人件費分も含まれているが、その計算根拠となる人員配置を緩和するという意味は、緩和された基準に基づいて基本サービス費単価を見直すという意味である。当然その単価は下げられることになる。

こうした厳しい改正議論が進んでいくことになるし、補助金で介護職員の給与を多少上げられるとはいっても、介護人材確保は益々厳しい状況になっていく。その中で介護事業経営者の悩みは尽きることはないだろう。

そのような介護事業経営者を含めて、志を高く持つすべての介護関係者の方々にエールを送るとともに、皆様の声を国に届ける努力も続けていきたいと思う。

同時に皆様の下に隠された情報も含めて様残な情報を伝えていきたい。それは単なる伝聞に依らず、表だてられている情報に隠されている意図などを深堀りして、事実のみならず真実を届けていきたいと思う。

どうぞ来年もよろしくお願いします。そしてこのブログを訪れているすべての方々にとって、2022年が良い年になることを願っています。できればそうした方々とお愛したいので、1/28の出版記念セミナーの会場までお越しいただきたいと思います。張り付いたリンク先から申し込んでください。

それで皆さま、良いお年を迎えてください。新年は1/4(火)〜記事更新を始める予定です。FBの方は、元日から正月3が日も書き込みする予定ですので、そちらもご覧ください。
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介護支援者は歯車の一つではありません


今年も残すところわずか5日間になりましたね。

この時期に日本列島には過去最大の寒波が到来し、山陰・北陸・東北などでも日本海側を中心に大雪になっています。皆さんご無事でしょうか。事故等にはくれぐれもお気を付けください。

もうすぐ新しい年を迎えるわけですが、そうはいっても介護関係者の皆様は、年末・年始もシフト勤務で、暦に関係なく働かれる方が多いと思います。

そのような方々に心よりのエールを送ります。皆様が頑張って働いてくれることで、護られている様々なものがあるのです。それはあなたたちが、この国を支える重要な存在となっているという意味でもあります。

どうぞそのことに誇りを持ってください。

よく労働者は、組織の歯車の一つになぞらえられることが多いのですが、介護支援に係る方々は、欠けても補充が効いて問題がまったくないという歯車の一つではないと思います。・・・いやそうならないようにしなければならないと思っています。

勿論、僕やあなたがいなくなっただけで、介護支援に支障が出るなんてことになっては困るので、僕やあなたに替わるものが他にあり、介護支援に支障が出ないシステムを創っておくことは大事です。だからと言って、僕やあなたが利用者の方々にとって、唯一無二の存在である必要がないということはないのです。「替わりになる人はいるかもしれないでしょうが、あなたに寄り添ってほしいの」と思ってもらえる関係性を築きたいものです。

人に知られたくない恥ずかしい部分を含めた、利用者の方々のプライベート空間に介入し、心のひだにも踏み込んで関わりを持たねばならない介護は、歯車や機械よりも、もっと責任がある心を持った存在として利用者に相対する必要があると思います。

そんなふうに介護支援が必要な人にとって、実際に手を差し伸べる人は、すべてかけがえのない存在になってほしいと思います。そのためには、一人一人の支援者が使命を胸に、結果責任を負う存在となる必要があると思っています。
かけがえのない介護
貴方がいることで、貴方の目の前にいる人が幸せになり、笑顔にもなります。しかし時にあなたがいることで、目の前の人は哀しみ、涙するかもしれません。・・・どちらの存在になるのかは、あなた次第です。

どうぞ機械の歯車のように、自らの意思が効かない仕事しかできない存在にならないでください。

そのためには、どうぞ強い意志と確かな使命感もって、自らを律する人になってください。

そんなふうにして、どうぞ利用者のQOLを護り・向上させる存在でいてください。

ところが国は介護支援者を歯車の一つにして、デジタル機器と人をつないで、業務を機械的に回そうとしています。

政府の「規制改革推進会議」は12/20の会合で、ICTやセンサー・インカム・ロボットの導入・周辺業務のアウトソーシング等、業務オペレーションの最適化・効率化などを進めていけば、配置基準3:1を4:1にすることも可能としています。

首相も介護労働のデジタル化を進める方向性で発言しています。しかしそのような業務省力化は幻想であって、デジタル機器の導入と、配置基準緩和をセットで進める先には、「介護の荒野」しか生まれないことは、「嫌な予感しかしない介護のデジタル推進」で指摘したとおりです。

介護職員を歯車化しようとして大失敗した実例もあります。

職員が複数の利用者を4階のベランダから投げ殺すという「Sアミーユ川崎幸町事件」を引き起こしたメッセージという大手介護事業者では、「アクシストシステム」という独自の業務管理システムを創り出して、15分単位で1人1人の細かい業務が決められ、「ライン」と称するシフト表に基づいて15分単位で労働を管理し、介護職個人の裁量で高齢者と接する時間は一切ない方法で介護サービスを提供していました。

そのような機械的業務の推進によって、職員は歯車の一つである役割を果たすことにエネルギーを使い切ってしまい、利用者に対する配慮とか、心づかいというものが一切できなくなりました。

そのためメッセージ全体で暴言や暴力が横行し、介護業界から退場しなければならなくなったのです。

そうならないために何をしたらよいのか、あるいは何をしてはならないのか・・・。2022年という新しい年に向けて、私たちは今、様々なものからその答えを求められているのだと思うのです。

その答えを私たちの実践の中で自信を持って示すことができるように、志を同じくする仲間と繋がりあって、情報発信を続けていきたいと思います。そのため今年も大みそかまで、このブログ記事は更新する予定です。よろしくお願いします。

今日の〆として、世間の暦の関係なく、いつも介護支援に汗をかいてくれる皆さんにエール込めて、「地球」という唄を送ります。・・・同じ地球に立って、貴方をずっと待っていたい・・・利用者の方々にとって、私たちがそんな存在になることができる願いを込めて、どうぞ視聴ください。

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嫌な予感しかしない介護のデジタル推進


昨日(12/21)夜、岸田首相が記者会見を行って、社会のデジタル化に注力する方針を強調した。

その中で代表例として取り上げられたのが、「介護」である。首相曰く、「例えば、介護施設の人材配置規制などの合理化を進めていく」・・・。

要するにICTやAI・センサー・インカム・介護ロボットなどの活用や、業務オペレーションの効率化などを進めることとあわせて、介護施設の人員配置基準を緩和するという意味だろう。その内容を来春までに一括改正プランとして取りまとめることを示した会見となった。

このブログで再三指摘しているが、最先端機器類を活用することは大いに結構なことである。大いに賛成だ。そのことは業務負担の軽減につながり、それが進むことで介護の仕事を辞めなくて済む人も増えて定着率の向上にはつながる可能性があるからだ。

さらに介護業務がテクノロジーを活用した社会の最先端業務であると印象付けられれば、そのことで介護の仕事に就きたいと思う人が増え、介護人材の増加につながる可能性も否定しない。

しかしテクノロジーの活用と、人員配置基準の緩和をリンクさせてしまえば、本末転倒な結果にならざるを得ない。

少ない配置の中で、人が減った分をテクノロジーがすべて代替してくれるならよいが、そんな便利な機器は世の中に存在していないからである。(参照:特養で夜勤する人がいなくなるかもしれない緩和策

テクノロジーを活用することで、介護労働の生産性が劇的に高まることはなく、人の配置が少なくなった場所では、介護労働者が今よりさらに疲弊するか、それを防ぐためにはケアサービスの質と量を落とすしかないのである。・・・その負の影響を被ることになるのは、介護サービス利用者という社会的弱者なのである。

今年度の基準改正では特養の夜勤について、全ての入所者に見守りセンサーを導入し、夜勤職員全員がインカム等の ICT を使用するとともに、職員の負担軽減や職員毎の効率化のばらつきに配慮し、委員会の設置や職員に対する十分な休憩時間の確保を含めた安全体制等の確保を行っていることを要件として配置基準緩和が行われた。

4月以降、3月以上の試行期間を経たうえでしか配置人員は緩和で機内規定であるため、最短でも7月からしか配置人数を減らせなかったわけであるが、配置緩和を適用しようとした施設では、試行している期間に、「これ以上職員配置が減らされたら仕事が回らないし、自分の心身が持たない」として、本格緩和を前に退職を決めた職員が相次いだケースがある。
過酷なワンオペ夜勤
実際に僕のコンサル先でも、新たに見守り機器とインカムを導入したが、それらを使って実務に携わっている職員のアンケートでは、配置基準を緩和することに9割以上の人が不安を感じ、4割以上の職員が配置緩和をした場合に、「退職・転職を考える」という回答があった。そのため機器導入はしたものの、配置緩和は適用せず、従前の配置人数で今も対応している。

この配置基準緩和の問題とは別に、介護業界では、「ワンオペ夜勤」が問題となっており、それは労働基準法にも違反するのではないかという議論も沸き起こっている。にもかかわらず機器導入による夜勤の配置基準緩和は、「ワンオペ休憩なし16時間夜勤」などという過酷な勤務を生み出している。

これは大きな社会問題ではないか。政府が勧める介護のデジタル推進は、この問題をさらに根深く大きな問題として広げることになりかねない。

そもそも介護施設の看護・介護配置基準は、対利用者比3:1となっているが、その基準通りに運営できている施設がどれだけあるだろう。

それは配置基準を下回って運営しているという意味ではなく、そんな基準では介護業務が回らないので、配置基準以上の職員を配置してやっと業務が回っているという意味だ。現に非ユニット型の従来型特養であっても、2:1か、それに近い職員配置でやっと業務を回しているのが現状だ。

テクノロジーの導入で、その業務負担がある程度軽減できたとして、それはやっと実際の配置規準に近い配置で業務が回るかもしれないという程度の問題でしかなく、現行の配置基準をさらに緩和して、緩和された配置基準通りの職員配置で業務が十分に回るわけではないのである。

ということで昨日の首相記者会見の内容とは、介護実務に就いたことがない人の、「幻想的作文」でしかなく、その実現の先には介護事業が荒野となる未来しか浮かばない。

所詮デスクワークしかしたことがない人々の戯言レベルの政策でしかないように思える。
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人材育成にこそ求められる生産性向上の条件


12/2更新記事「介護サービスそのものに生産性向上を求める弊害」より続く。
多くの介護事業者は職員募集の際に、「未経験者歓迎」とか、「介護未経験の人でも安心して働くことができます」などといった広告を載せている。

そんなふうにして介護未経験者にも、親切に介護実務を教えることができると謳っているのである。

だが個人的にはこれほど信頼できない広告もないと思っており、そのような広告は誇大広告でしかないと感じている。

なぜなら未経験者を歓迎し、未経験者が安心して働くことができるように介護技術を教える方法が確定しておらず、すべて介護現場に丸投げしているだけの事業者が多いからだ。

しかも丸投げされた職員自身が、教育の仕方を教わっていないのだから、ただ単に日常業務をするのを見せて、それをそのまま覚えさせるのが、「教え方」だと思い込んでいることが多い。

自分が何となく覚えた業務の方法を、何となく後輩に伝えるやり方で、未経験者が介護実務をこなすことができるところまで行き着かせようとするわけである。

しかし教えるべき内容や手順も統一されていない状態で、単に先輩が個人的感覚で仕事の手順を伝えるだけだから、そうした手順で行う必要があるという根拠も示されないし、場合によっては昨日と今日で全く異なる方法を教えている状態が生まれる。昨日覚えたことが、今日の学びに生かすことができないだけではなく、昨日の学びが無駄になったり足かせになるという混乱が生ずるわけである。

そんな状態で知識や技術が的確に伝わるわけがない。そのために職場内で数多くの、「我流」が生まれてしまうのだ。

そうした場での介護教育の効果は著しく低くなり、教えを学ぶという部分の生産性は極めて低くならざるを得ない。この部分こそ生産性の向上が求められるのではないだろうか。

そのためにはまず、事業者内に教育担当部署若しくは担当者を設けて介護知識と技術を伝える教育者を育てることから始めねばならない。

その際には、経験者=教育ができる人という誤解をなくすことが必要になる。人を教え育むスキルは、介護職員としての仕事のスキルとは異なるのだ。介護の仕事をそつなくこなすことができても、そのコツを人に伝えるのが苦手な人は、教育担当にはなり得ないのである。

教育部門がきちんと教育者としてのレベル指標を設けて、そのレベルに合った立ち位置をここの職員に与えることが大事だ。
スタッフレベル指標
※図は僕が総合施設長として管理していた社会福祉法人で用いていたレベル指標
職員の中には、たくさん経験があり介護の仕事が滞りなくできる人であっても、人に教えるのは苦手であるという人もいる。そういう人はこの指標のLEVEL4と認定し、その立ち位置で毎日の介護業務に励んでもらえばよいのである。

LEVEL5以上に認定した、「上級スタッフリーダー」は、一定期間ごとに職場内で研修を受けて、教育の仕方を覚えるとともに、職場内で教えるべき仕事の手順や内容を統一するための意見交換を行う必要もある。

当然のことながら介護技術を統一的に伝えるための、「介護マニュアル」は、実務に使えるものに整理して、それを用いる必要もある。(参照:介護マニュアル3亳続説

そうしたOJTとしての実務教育のシステムを整えたうえで、教育部門はOJTに送り出す前の基礎知識を学ぶ場として、実務研修前の座学のプログラムを実施することも大事だ。

就業初日から、OJTと称して介護実務の場に、新人職員を放り出すなんていう状態をなくすことが、まずは求められるのである。

人を効果的に育てることができる環境とシステムがあり、各場面で適切に教育できる人材がいる職場は、人材は集まりも集まる定着するのである。そうした職場は人間関係を含めた職場環境も良くなっているはずだ。

そうした職場を目指して、人材育成の生産性向上を図ってほしい。なお人材マネジメントについては、そうしたテーマの講演で、より詳細・具体的に方法論を示しているので、是非僕の「介護人材マネジメント関連講演」を受講したり、依頼したりしていただきたい。

そうした内容についての依頼や問い合わせについては、気軽に連絡をしてほしいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
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介護サービスそのものに生産性向上を求める弊害


介護の職業は、「生産性が低い」と批判されることが多い。

その状況を変えるために、様々な業務改革が求められている。ICTやAI搭載ロボット等を有効活用することもその方向性の一つである。

しかし人がいない場所で、AIロボットが勝手に介護をしてくれるならよいが、そんな便利なロボットは存在していないために、AI搭載ロボットを準備したり、メンテナンスに時間を掛けねばならず、それらを使いこなすために労力が取られて、逆に生産性が低下するという馬鹿げたことも起こっている。・・・ICTもしかりである。

そもそも生産性の向上とは、「投入資源を有効活用して、最大限の成果を生み出すこと」を意味している。少ないインプット(資源)で、より多くのアウトプット(成果)を出すと「生産性が高い」とされるわけである。

介護においてそれを求めるなら、介護サービス利用者の都合や感情を無視して仕事を機械的にこなせばよいということになる。

一定時間内にしなければならない業務を、利用者が嫌だと言っても、ちょっと待ってと言われても、そんな感情を無視して、サービス提供側の都合を優先して、とにもかくにも決められた業務をその場で完結させれば、人手と時間を最小限に抑えられるので、生産性自体は向上するのだ。

例えば食事介助は、徹底的に栄養補給のための行為と割り切って、ひたすら口に入れて飲み込むことのみを目的化して詰め込めばよい。そうするために食事メニューも、味や見た目を一切無視して、食べやすく飲み込みやすくて、栄養補給できるものでありさえすればよい。

そうすれば少ない人数で、たくさんの人に栄養を補給できて時間もかけずに済む。そうした介助に徹すれば生産性は大いに高めることができるのだ。食事を愉しむという人にとって最大の喜びを排除すことと引き換えにすれば・・・。

そのような機械的業務で、実際に生産性を向上させていたのが、「メッセージ」という大手介護事業者であった。

メッセージでは、「アクシストシステム」という独自の業務管理システムを創り出して、15分単位で1人1人の細かい業務が決められ、「ライン」と称するシフト表に基づいて15分単位で労働を管理し、介護職個人の裁量で高齢者と接する時間は一切ない方法で介護サービスを提供していた。

そんなふうに少ない人数で合理的に運営する方針を立て、対人援助であるにもかかわらず、相手のスピードにあわせたコミュニケーションや対応がが失われていく職場環境がそこでは絶対的なものとされていたのである。

その結果、生産性は高まったのかもしれないが、メッセージは『Sアミーユ川崎幸町事件』という一連の虐待事件と、今井被告による殺人事件を引き起こしたことによって、介護業界から退場せざるを得なかったのである。

特に複数職員の虐待事案については、のちに当事者となった加害職員が、アクシストシステムによって精神的に疲弊し、機械的作業によって利用者の感情に寄り添うという気持ちを失い、感覚をどんどん麻痺させて、利用者に対する暴言・暴力を何とも思わなくなったと告白している。

※下記画像がSアミーユ川崎幸町での虐待場面を利用者の家族が隠し撮りした画像である。

このように生産性の向上を目指す介護事業者においては、ことごとく利用者ニーズを無視した対応が見られている。

つまるところ対人援助という感情労働では、業務を中断して利用者の感情に向かい合うという非効率な部分が非常に重要な要素となるために、生産性の向上は即ち、サービスの品質の低下に直結する問題となってしまうのではないかと思う。 

だからこそ介護サービスそのものに生産性の向上を求めるのは間違っているのだと思う。

介護事業における生産性の向上を求める部分があるとするなら、それは介護事業経営の部分ではないのだろうか。

特に生産年齢人口が減っている現状を鑑みると、介護事業経営の肝は人材育成なんだから、ここを効率化して、有能な人材を育てて定着させることが一番必要とされることだ。

職員育成・教育の部分では間違った方法によって生産性が低下している状況が見られる。こお部分での生産性向上を図る余地があると思うのであるが、そのことは明日具体的に論ずるとしよう。(12/3更新記事に続く)
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報われない努力は、足りていない努力と思おう


何かと話題の日本ハムファイターズ・新庄剛志新監督。

明日30日はファイターズのファンフェスタが札幌ドームで行われる予定だが、新庄ビックボスが参加するということで、北海道では民放地上波で、フェスタが完全生中継されることになった。

19時〜21時までのゴールデンタイムと呼ばれる時間帯のテレビ番組を変えてしまうのだから、すさまじい新庄フィバーである。

そのビックボスが自身のTwitterで、「努力」についてつぶやいている。

努力をしてない人間ほど、すぐ人のせいにし、不貞腐れ自分から逃げる」・「地味な努力こそ派手になれる…。

新庄ビックボスは、派手なパフォーマンスのイメージで捉えられることが多いが、現役時代誰よりも練習を怠らない人であったということを、多くの関係者が証言している。

メジャーリーガーだった当時は、そんな努力に見向きもされず、日本人であるという理由だけで干されて、自分よりずっと成績の悪い白人選手を使い続けた監督の下でもプレーしていた時期もある。それでも決して腐ることなく、努力をし続けたのである。誰も見ていない場所で・・・。

そんな努力を現役を終えるまでずっとやり続けたことが、今につながっていると言えるのではないのだろうか。

そうした努力とは、スポーツだけに求められるものではないことは今更言うまでもない。努力の必要のない仕事なんてあり得ない。

しかも求められる努力とは、決して表に出るものではなく、終わりのあるものでもない。毎日コツコツと、地味に続けていくのが努力の本質である。

なぜなら努力は誇るものではなく、当たり前にするものだからである。

僕たちも介護の場で、そうした努力を続けていかねばならない。人の暮らしに関わっているのだから、これで十分というで立ち止まってしまえば、昨日までの利用者ニーズにしか対応できなくなる。

それは明日からの暮らしに対して、利用者が求めていることには少しずつ足りなくなることかもしれないのである。

介護サービス利用者の方々が、今日良かったと思ってくれることをし続けることも必要だ。しかし介護を必要としている人は、日々困ることが違ってくるのだ。特に高齢になればなるほど心身の衰えは、どんなに頑張ろうと止められないのである。

自立支援が大事なことはわかっているし、人の手を煩わせず自分で何もかもできたらと願う気持ちは誰しも持っている。

その願いや思いも通じなくなる状態変化というものに直面するというのが、介護サービス利用者の方々の現実問題なのである。

そこでは昨日良かれと思った方法論が、今日から全く通用しなくなるということも、ごく普通にある。その変化や新たな対応に、「気づく努力」は、僕たちに毎日求められていくのである。

しかし努力は必ず報われるとは限らない。人の頑張りはすぐに結果に結び付くものではないからである。

でもそれは努力も時には人を裏切ると考えるのではなく、今は努力の途中であって、それに報いる結果は努力をし続ける先にきっと現れるのだと思ってほしい。決して途中であきらめてほしくない。

利用者に丁寧で温かい対応がしたいと思って日々努力しても、周囲がちっとも同調してくれない、変わってくれないと思っている人がたくさんいると思う。だからと言って、あなた自身がその努力をやめてしまえば、その努力に報いる結果は決して現れることはなくなってしまうのである。

あきらめずに努力をし続ける限り、その先には新しいステージが存在することを信じてほしい。

他人と過去は変えられなくとも、自分と未来は変えることができるのである。

僕は北海道の片田舎から毎日コツコツと情報発信をし続けている。インターネットを通じた情報発信を行うようになったのは、介護保険制度創設と時期をほぼ同じくしているので、21年以上そのことを続けている。

もしそんなことを続けていなかったら、出版社数社から自著本を何冊も上梓することもなかったろうし、今のように執筆や講演という仕事をいただいて、そのことによって対価を得ることもなかったろう。

何より僕の主張に耳を貸してくれる人はいなかったろう。

しかし地道な活動をし続けていることによって、「介護サービスの割れ窓理論」を知ってくれる人や、賛同してくれる人もたくさん増えたし、介護事業におけるサービスマナーの必要性を意識してくれる人も全国にたくさん増えている。

竹内理論による水分の大量強制摂取という、根拠なき悪魔のごとき不適切ケアを、批判糾弾する声は僕だけしか挙げていなかった時期もある。

しかし情報発信をし続けたことによって、虐待ともいえる強制水分摂取の実態を告発する情報が集まりだし、僕の意見に賛同する声が増え、それは竹内理論実践施設の声を席巻していった。そして今ではその方法論が間違っていたと、その方法論を推奨していた団体も自己批判するようにまでなった。

介護事業者の数は、介護保険制度がスタートした2000年以降に急激に増えている。だからこそ知識の浅い状態で、過去の間違った方法論に洗脳されたまま、ちっともそこから抜け出せないで、品質の低いサービスにとどまっている状態も見受けられる。

だからこそそうした人々に、変える努力を促すとともに、その人たちが間違った状態に気が付くための、伝える努力もし続けなければならない。

その努力に終わりはないのだと思う。逃げないで続けて、介護によってこの国の未来に光が射すようにしたい。

介護支援が必要な人たちの豊かな暮らしの実現・・・それが介護にとっての「派手さ」であると思っている。
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介護事業における無駄な支出の最たるもの


11月11日の介護の日に更新した、「経営視点のない人材マネジメントは無駄で成果なし」という記事の中で、介護事業者の無駄な支出に触れたが、それ以上に無駄で無意味な支出がある。

それは定期的に行われる行政による実地指導に備える支出である。

介護事業経営相談に応じて、P/L(損益計算書)をチェックする際に、それに関する支出を見つけた場合は、なぜそんな支出が必要になるのかを徹底的に検証することにしている。

実地指導に備える支出といっても、資料をコピーしたりする際の支出や、必要な記録を整理するために職員が残業をする際に支出する時間外手当等が無駄だと言っているわけではない。

実地指導のために必要な最低限の業務支出というものは当然あり得るわけで、それは必要経費である。

問題となるのは、実地指導を過度に恐れて何か指摘されたら大変なことになると思い込んでいる事業者が、実地指導対策として経営コンサルタントに対策研修を行ってもらう際の支出や、事前の実地指導対策として模擬訓練を行なったり、必要書式の調査してもらったり助言を受けたりするために支出していることである。

それこそまったく無駄な支出である。

そもそも介護事業者の中で、定期的な実地指導に対して誤った認識を抱いている人があまりに多いような気がしてならない。

実地指導とは不正を暴き出すために行われるものではないのだ。不適切運営や人員配置基準違反、虐待などがあるという前提で行われるのは、「監査」であり、「GH虐待が発覚したむかわ町穂別の社会福祉法人の人権軽視」という記事で紹介した、8/13に胆振振興局からの連絡を受けて、むかわ町が急遽行った調査は、「監査」である。

監査は、このように抜き打ち的に行われるが、実地指導は行政側と事業者側が日時調整したうえで、その際に備え置くべき書類等も事前に示された中で行われるものである。

このように事前に日時やチェック書類が示されたうえで定期的に行われる、「実地指導」とは、そうした監査とは異なるということを理解せねばならない。

実地指導は介護事業者の適正運営を手助けする行政指導であって、法令解釈の誤解を正すなどの、「助言」を主たる目的にしている。それは介護事業者が不適切運営を行っているという前提で行われるものではないのである。

まともに経営されている介護事業者であれば、多少の指摘事項があるからと言って、それが問題視されるわけではないのである。運営基準等の解釈に誤解や見落としがあるだけで、即指定取り消しという事態にはならないのだから、どういうアドバイスを受けられるかと楽しみながら実地指導を受ければよい。

費用返還指導があっては困るという人がいたりするが、それは算定基準を理解していないで間違った請求をしているか、不正請求をしていない限りあり得ないことで、日ごろから事務担当者等が算定要件をチェックして、正しい請求を行っておればおればよいだけの話だ。

仮に間違った請求をしていた場合は、実地指導で書類を整えても、間違った請求分は返還する必要があるのだ。それを隠した場合、そのこと自体が指定取り消し事由になってしまうので、実地指導で慌てふためくのは無駄でしかない。

僕が社福の総合施設長を務めている間は、実地指導の際に担当職員等に伝えていたことは、『指導担当者は介護事業者に行政指導をすることが仕事なんだから、何にも指摘事項がないとがっかりするべさ』・『口頭指導レベルでは、少しは指摘できる事柄も残しておいてやった方がいいっしょ。』ということである。

そしていざ実地指導の当日は、僕が管理するネット掲示板に、「実況中継」と称するスレッドを立ち上げ、現在進行形で指導担当者がどんな書類をチェックして、どのような質問をしているのかということを含めて、その結果まですべてリアルタイムで情報提供していた。

指導担当者によっては、そのことを知っており、「これは書かないでくださいね」なんてよく言われたものである。

実地指導なんてその程度のものであり、むしろ行政職員と忌憚のない意見交換をできる貴重な機会であると考えるべきである。

そのな場に、実地指導をアドバイスするコンサルなんて必要なく、実地指導対策をアウトソーシングして、そこにお金をかけるほど無駄なことはないのである。

そういう意味では、実地指導対策の研修に参加することも、時間と金の無駄でしかない。

運営基準と介護報酬の算定基準を読み込んで、それに沿った経営と運営を普通にしておれば、そのような無駄な支出や、時間の使い方はいらなくなるのである。

実地指導対策をアウトソーシングしなければならないような事業者は、経営者を変えるか、担当職員を変えるかせねばならないということだ。

くれぐれも実地指導対策などというくだらないお金の使い方をしないようにしてほしい。

いつまでも実地指導対策として、外部の人間のアドバイスに頼っている介護事業者は、将来的に経営に行き詰まる可能性が高い。そういう職場に勤めている人は、一刻も早く転職先を探した方がよいだろう。
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感動話の影に放置される哀しみがあっては意味がない


介護事業に長年携わっておれば、そこで刻んだ様々なエピソードの中に、人に語れば感動される話なんて山ほど手に入れることができる。

だけどそれが何だと言いたい。

僕たちが求められているのは、利用者の方々の日常支援である。介護を必要とされる方々が、「ごく普通の暮らし」を送ることができるように、支援の手を差し伸べることなのである。

心身に障害を持つ人は、「普通の暮らし」を送ることに支障を来すような様々なバリアに向かいあっている。そのバリアを取り除いて、暮らしを送るための不便が生じないようにアプローチすることが何より大事である。

そうした日常を創り出したうえで、そこに感動的なエピソードが加えられるとしたら、それは歓迎されるべきことだろう。

しかしそうしたエピソードを創り出すことを目的化してはならないのだ。それはあくまで日常のケアの品質を高めた結果として生まれるものでしかない。

むしろ感動的なエピソードの影で、哀しみや苦しみ、痛みや不安に震えている人がいないかということが問題なのである。

誰かの悲嘆の上に積み上げられる感動なんて何の意味もないのだ。

僕たちがどんなに努力しようと、僕たちが向かいあう全ての人を一斉に幸せにしたり、笑顔にしたりするなんてことは出来ない。けれども僕たちの目の前にいる一人一人の哀しみや苦しみ・不安に寄り添うことは出来るはずだ。

哀しんでいる人や苦しんでいる人の傍らに寄り添って、そこから抜け出すには何が必要かということを考え続けることが必要だ。やがてその人たちが笑顔になれるとしたら、そこで僕たちも一緒に笑い合えばよい。

生活支援とはそういうことの繰り返しなのである。特別なことより日常を大切にしなければならないのが、「介護」なのである。そしてそれこそが対人援助の本質といえるのだ。

しかし、「人はパンのみにて生くるものに非ず」ともいう。日常を淡々と創り出しながらも、心弾む機会も創っていきたいと思うのは当然である。

特別な日やイベントは、人の心に潤いを与える大切なエピソードでもある。

だがそこでも勘違いをしてはならない。介護サービスを利用している人を、全員集めて行うイベントを、すべての人が愉しむことができるなんていうことはあり得ないのだ。

好みの問題を別にしても、その時に置かれたその人の状況によっては、愉しむ余裕もなく、愉しめる気持ちになれない人もたくさん居られるのである。

そうした人を無理やり人が集う場所に引っ張り出しても、心身の活性化なんてできるはずがない。

だからこそ何かに参加しないという権利もしっかり護らねばならない。

皆が集う場所に楽しんで参加できない人がいるとしたら、その理由を探り、その人にあった別の活動を探したり、作ったりすることも大事である。ポケットの中に一つの道具しか入れていないのでは選びようはないが、ポケットの中身を増やして、利用者の選択肢を広げることが介護支援者には求められるのだ。

だが人によっては、参加しない理由を詮索されることさえ嫌う人がいる。その思いも受容しなければならない。

自分ではない第3者の暮らしに深くかかわる仕事ということは、そうしたデリケートな思いにも気を配らねばならない仕事なのである。

そもそもQOLとは、いやな活動に参加しても向上することはない。その当たり前のことを忘れずに、それでもなお、「暮らしの潤い」を求めて一人一人の心持ちに思いを寄せ、工夫のための知恵を傾けるのが私たちの仕事である。

そうした精神作業が伴う介護という仕事に、誇りをもって取り組んでほしい。そのことが一条の光となって誰かの心に届くことを、それが希望というものになるということを信じて、「あきらめない介護」を続けてほしいと心から願う・・・。
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介護事業の問題は質の差を生み出す意識の差


僕が管理する、「介護福祉情報掲示板」には、様々な情報や意見が書き込まれている。

その中には、介護の質に関する質問も多いが、それに関しては事業者間の格差が見て取れ、現在の社会状況や、一般国民のライフスタイルとはかけ離れた劣悪な対応に終始している事業者も存在する。

例えば、「特養での生活について」というスレッドでは、朝7時から一斉に食事介助を開始するために、早朝4時台から利用者を無理やり起こして、食事場所に連れて行って放置している状況などが記されている。

こうしたひどい介護が行われている事業者が多数派ではないと思うが、いまだに利用者の尊厳や希望を無視した、「劣悪処遇」がはびこっている事実も浮かんでいる。

介護職員の処遇改善の必要性を、多くの国民の皆様に理解していただき、公費をそれに充てることを受け入れていただくためには、利用者に対するこうした劣悪処遇をなくしていく努力をしなければならない。

利用者に対する劣悪処遇を放置して、介護職だけ処遇改善するなんて都合の良いことを、国民が許してくれるわけがないのである。

劣悪処遇が残っている職場で働いている人々は、そうした観点からもその状態を問題視して、改善に取り組んでほしい。

そうした問題提起に対して、反論したり耳を貸さない人の中には、「そうはいっても人が少ないからどうしようもない。」として、改善できない状態を自分たちが置かれた環境のせいにして、自分自身が何かを変えようとする努力を放棄してしまっている人がいる。

しかしそのような考え方は間違っている。今までも、そしてこれからも、現状を変えるために一番求められるのは、そこで働く人の考え方の変革と、たゆまぬ工夫と努力なのである。

例えば僕は特養の相談室長時代に、毎日利用者が入浴できる特養にしようと考え始め、その実現の工夫と努力を行い、配置人員を増やすことなくそのことを実現した。(参照:介護の質を上げる工夫の具体例・入浴支援

思いが現実を変えてきたという、「事実」があるのだ。

事業者間のサービスの質は、このような意識差が深く関連しているのである。利用者の暮らしより、自分たちの働き方・楽な方法を優先させて考えることによって奪われる、「暮らしの質」もある。

普通の生活では夜寝るときに寝巻に着替え、朝起きて日課活動に参加するために日中着に着替えるのが当然だが、意識の低い介護施設では、日中着としてスゥットスーツを着せたまま、夜も着替えさせずそのまま寝かせて、それが利用者の利便性だとうそぶいているところもある。(参照:着たきり雀を正当化する劣悪ケアを許すな

意識が低いまま、感覚麻痺が横行する場所では、こうした劣悪処遇の方が当たり前になってしまうのである。そんな場所で自分が暮らしたいと思うのだろうか・・・。

そういう意味では、こうしたサービスの質の差を生み出す元凶とは、人員配置を含めた職場環境の差というより、そこで働く職員の意識の差といった方がよいように思う。

当然その意識につながっているのが、トップの考え方であり、事業者の掲げる理念とか、理念を実現するためのシステムといったものも関係してくることは否定できないが、それらを含めて改善しようという意識を職員自身が持たないと、トップも組織も何も変わらないのである。

今年度の介護報酬改定では従前の改定以上に、「暮らしの質の向上」に関連する要件が加えられている。

例えばそれは、「食事の時間や嗜好等への対応について、画一的ではなく個人の習慣や希望を尊重する。」という内容であったり、「多床室でのポータブルトイレ利用は、原則として認めない。」であったり、「おむつ交換にあたって、夜間、定時に一斉に巡回してすべての入所者のおむつ交換を一律に実施するような対応が行われていないこと。」であったりする。

このように自立支援一辺倒であるかのようだった介護保険制度の理念実現の方向が、少しだけQOLに向かって舵取りがされているのである。

その具体的内容については、明後日21日のアローチャート全国大会における僕のオンライン講演で説明する予定であるが、制度のかじ取りが変わっているのに、サービスの場の職員がその意識についていけないのでは時代に取り残される。

時代に取り残されるだけならよいが、それは団塊の世代の方々に選ばれないサービスになって、自分たちの生活の糧を奪われるか、それが護られたとしても、劣悪処遇に見合っただけの対価しか得られずに、底辺労働に甘んじる結果になりかねないという意味でもある。

だからこそ意識変革を目指してほしい。

介護サービスの場で利用者の方々に向かい合う職員の皆さんは、意識をより高く持って、現状より質の高いサービスの実現を目指してもらいたい。

それを実現することは、自分や自分の職業が社会から求められているという意識を持つことにつながることであり、自分自身の存在意義を知ることにつながるのである。

それは何より幸福なことであり、モチベーションアップにもつながることである。それが実現できる場所には、「介護うつ」なんて存在しなくなるのである。
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介護マニュアル3亳続説


介護マニュアルのない介護事業者は存在しないだろう。しかし問題は、その中身である。

果たして職員はそのマニュアルを読んでいるだろうか?その存在さえ知らない職員はいないだろうか。

そこで試していただきたいことがある。それは皆様の職場にある、「介護マニュアル」を、A4冊子にして、その厚さを測ってもらいたいのである。

その厚さが厚ければ厚いほど、中身が濃いと言えるだろうか・・・それは大きな間違いである。厚ければ厚いほど、読む意欲が失われて、存在価値がないものになるというのが本当のところだ。

よく考えてほしい。

介護マニュアルを一度読んだだけで、介護実務を覚えるなんてことは出来ない。介護マニュアルは一度精読したうえで、介護実務の概要を掴む必要がある。一通り読まねばならないものであるのに、そのこと自体が苦行になるほど分厚いマニュアルでどうなるというのだ。

しかも分厚いマニュアルになればなるほど、読んでいる途中で最初に読んだ項目部分の内容なんて、すっかり頭から消え失せてしまう。通読・精読させなければならないのに、その入り口で躓くことになりかねないのだ。

さらにマニュアルとは、実技に際して読み直さねばならないものだ。今やろうとしている介護実務を、マニュアルで確認しながら仕事を覚えていくのである。実地の場で自分自身が行う際に、行う行為や注意事項を確認するために繰り返し読む必要があるのだ。

そんなふうに徐々に実務を覚えるために読むマニュアルは、本来新人職員はそれを仕事中にいつも持ち歩く必要がある。それが分厚くて重たいものなら仕事の邪魔にしかならない。

そのようにマニュアルを読み直す必要があるのに、各項目の分量が多すぎて何ページにも渡るものなら、読み直す意欲自体が消え失せてしまう。結果、マニュアルを読む手間を省き、マニュアルに沿わない我流の介護が横行することになる。

それが介護マニュアルが形骸化する一番の要因だ。読まれなくなったマニュアルは存在しないものと同じである。だからこそマニュアルのボリュームが問題となるのである。
マニュアルの厚さの限界
上の画像のスマホの左側にある冊子の厚さは、ちょうど3个任△襦マニュアルとして使えるものにするためには、この厚さが限界であり、それ以上厚いマニュアルは、誰も読まないか、読んでも覚えられないものとなると考えてほしい。

3个茲蝓△任るだけ薄くすればするほど、介護職員にとって読むことが容易になるのである。だからこそ要点を短くまとめる文章力のある人が、このマニュアルを作成すべきである。
介護マニュアル・食事介助例
上の画像は、僕が作成した介護マニュアルの、「食事介助」の項目である。食事介助マニュアルがA4・1枚にも満たない、これだけの分量で収まるのである。

ところが食事介助の項目だけで数ページに渡って書かれている介護マニュアルもある。それは長すぎる説明文でしかない。マニュアルとしては使い物にならない代物といわざるを得ない。

職員教育が目的なんだから、文章で伝わる部分の図解はいらないし、ましてやイラストなど必要ないのである。

だからこそ介護マニュアルは、介護実務に長けた人が作成するという考えを捨てなければならない。

介護マニュアルを作成するにふさわしいのは、介護の専門家ではなく、文章の専門家である。

文章の専門家が介護実務に長けた人の行為を客観的に見て、その人のアドバイスを受けながら、その行為を文章化することがマニュアル作りには必要である。

そうした文章力がある人が介護事業者に居ない場合も多いので、その部分は外部委託しても良いのである。

僕が人材育成コンサルに入る事業者では、介護マニュアルの見直しから始めることが多い。実務に生かすことができるマニュアルがあって、初めて介護事業者の職員教育・育成システムが機能するからである。

そもそも介護マニュアルだけで介護技術を覚える事なんて不可能だ。先輩の行っている行為を見ながら知識や技術を身に着けていくことが、「仕事を覚える」ことの基本になるのである。その時に、見て覚えた仕事の確認や振り返りに必要になるものがマニュアルなのである。

介護マニュアルが、論文のようにくどくて長い文章になる原因は、マニュアルだけで仕事内容をすべて伝えて、マニュアルを読んだだけで仕事が覚えられるようにしなければならないという観念から抜け出せないでいるからではないか。

介護という行為、そこで必要とされる知識や技術は、文章だけで伝えられるものではないと割り切って、本当に伝えなければならないことだけをマニュアル化するという考えが必要なのだ。

職場で従業員が、仕事中にそのマニュアルを読んで使えるものになっているか・・・そのことが大事なのであり、マニュアルがあるだけで使われていないのでは全く意味がないという、「極めて当たり前」のことに気づかねばならない。

介護マニュアルをいかに薄い冊子にしていくことができるのかが、今後の介護事業者の人材確保に直結する問題とリンクしていくかもしれないことにも気が付いてほしいものだ。

厚さ3mmを超えた介護マニュアルを後生大事にしないで、早速改正・改善に努めてほしい。
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確定的な介護未来予想図に基づく事業戦略(前編)


2024年度の介護報酬改定は、経済復興策最優先の政策も相まって、非常に厳しい改定になると予測する人が多い。

消費税アップ分の報酬改定を含めると、3期連続してプラス改定となっている介護報酬であるだけに、2024年度改定時は、2015年度のマイナス2.27%並みかそれ以上の厳しい改定予測も成り立つ。

しかし改定時の社会情勢にってはどうなるかわからない部分もある。今年度の改定も、その議論が始まった当初はマイナス改定が必至だと言われていたが、コロナ禍という状況が報酬改定にとっては追い風となり、財源が厳しい中でもプラス改定となったわけである。

だから3年ごとの報酬改定のプラス・マイナスや、その率をあらかじめ予測してもしょうがないという面がある。特に介護報酬はサービス種別ごとに差が出るのだから、それらをすべて予測することは不可能である。

だからと言って報酬改定の動向を全く無視して、今後の介護事業戦略を立てることは困難だ。

そう考えたとき必要になるのは、近直の報酬改定状況を後追いしたり、次の改定予測を立てて、それに基づいて経営戦略を考えるのではなく、もう少しマクロな視点から中・長期的な流れを読んで戦略立てすることだ。

日本の高齢者人口の現状や今後の推移を考えたとき、「団塊の世代」という他の世代とはボリュームの大きさがまったく異なる世代が、来年から75歳に達し始めることをまずは念頭に置かねばならない。

その世代の人々は2029年に全員80歳に達し、2039年に90歳に達することになり数を減らしていくが、その世代を追うように、今度は団塊ジュニア世代という次の塊が、2039年にすべて65歳以上となっていくのである。

この状況を踏まえたうえで介護事業戦略を考えねばならない。

例えば、『令和2年版度高齢社会白書』によれば、日本は長期の人口減少過程に入っているが、65歳以上の人口は増加傾向にあり、その数は2042年にピークを迎え、その後は減少に転じると推計してている。この予測はほぼ正確だろうと思える。

つまり介護サービス利用者は、少なくとも2042年までは増え続けるのである。

現在介護給付費の総額は、年間11兆円を超え12兆円に達していると推計されているが、その額は自然増分だけで年間1兆円ずつ増えていくとされている。

しかし税金を国に納める企業の収益は、コロナ禍によって減っているし、所得税を納め年金保険料を負担する生産年齢人口は減り続けているのだから、国の財政は厳しさの一途を辿るのである。

だからこそ国は、社会保障費の自然増を極力抑える政策をとらざるを得ず、一人にかける介護給付費単価は減らされていくことは必然だ。その政策の先には、現在介護給付されているサービスのうち、軽度者の訪問介護や通所介護を、単価の低い地域支援事業に振り替えていくというものがある。

つまり介護サービスの顧客数は増えるが、顧客一人あたりから得られる事業収益は減るということだ。

だからいつまでも地域密着型通所介護を1事業所経営しているだけで、従業員の定期昇給を行いながら事業経営を続けられるなんてことはあり得ないわけである。そういう事業所は根本的な経営体質の改善を図っていかなければ、近い将来廃業せざるを得なくなるのである。

つまり介護事業経営は、必然的に規模拡大と多角経営を目指し、スケールメリットを働かせて収益を確保しながら、どのサービス種別の単価が減られされても、他のサービスでそれを補えるというリスクヘッジを念頭に置く必要があるのだ。

しかし前述したように、介護給付費だけを考えてもサービス利用者が増えるために、その額は年間1兆円増えていくのが確実なのだ。介護給付費だけでも2028年にはその額は20兆円に達する。

コロナ禍の影響で感染対策費などとして、介護市場にはさらに国費等が投入されているのだから、保険外の周辺費用を含めると、介護市場は2025年には100兆円を超える巨大なマーケットとなる。

だからこそ事業規模の大型化と多角経営に成功した事業者は、拡大し続ける介護市場の中で、大きな収益を獲得し、巨額な資産を持つことが可能になるわけである。

さて長くなったので、この続きは次回(明日)更新の記事に書きたいと思うので、「確定的な介護未来予想図に基づく事業戦略(後編)」を引き続き読んでいただきたい。
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闇に灯(とも)る月明かりのように・・・。


中秋の名月とは、もともと旧暦8月15日の夜に見える月のことをいいます。

それが新暦では9月21日になるわけです。

昨晩21日(火)は、その中秋の名月が8年ぶりに満月の日付と一致した夜になりました。皆様の地域では月が見えたでしょうか。

道内は昨晩、雲が多い地域が多かったのですが、雲の合間から月が見られる時間もあって、そのタイミングを見計らって写真撮影する人の姿が数多く見られました。

そのためインスタグラムなどのSNSには、夕べからまん丸い月の写真が次々とアップされています。皆さん撮影がお上手ですね。
五稜郭を照らす月
画像は北海道函館市・五稜郭に浮かぶ中秋の名月で、知り合いから送っていただいた画像です。

燦燦と降り注ぐ太陽の光に希望を感じることも多いのですが、淡くほのかに照らしてくれる月明かりは、太陽のない時間の闇を振り払ってくれる、とても心強い灯(ともしび)です。「月明かりを頼りに夜道を歩く」というふうに言われたりしますが、闇を払ってくれる月の灯は、とても頼りになる存在です。

制度がどうなろうと、科学がどんなに進歩しようと、世の中には不公平なことや理不尽なことがたくさん存在し続けます。それは文明がどんなに発達しても決してなくなるものではないのでしょう。

光が降り注ぐ場所がある反面に、影は必ず生まれるのです。

私たちが従事する、「対人援助」という仕事は、そうした不公平や理不尽に手を差し伸べたり、光が当たらない影の部分に灯りをともす仕事です。それはまるで闇に浮かぶ、ほのかな月の灯のようではないですか。

私たち一人ひとりは、世界中に降り注ぐ希望の光にはなれなくとも、その陰に隠れて震える人を見つけ、そっと闇を払うことができるように灯をともす存在になり得るのではないでしょうか。

その灯りは、私たちの身の回りの人にしか届かないものかもしれません。私が一人で世界中に光を降り注ぐことなんてできないのです。でもほのかな灯りを届ける人がつながり広がれば、払われる闇も広がるのです。

そっと差し伸ばす手の届く場所で、わずかな灯りであっても、それを届けることが出来れば、世界は少しだけ明るくなるのです。

私たちの仕事の本質とはそういうものではないのでしょうか。

だからこそ、私やあなたができることは小さなことかもしれませんが、その小ささを決して恥じることなく、行い続けていくことが大事なのではないでしょうか。できることだけで良いから、確実にし続けることが私たちに与えられた使命ではないでしょうか。

私たちの届ける灯りは、とてもほのかで、それは私たち自身さえも気が付かぬ程度の明るさでしかないかもしれません。しかしそのほのかな灯は確実に闇を払い、その闇の中で立ち往生していた人の支えになるのです。

そう信じて、今日も明日も小さな灯をともし続けませんか・・・。優しい月明かりのように、誰かが迷い込んでいる闇を払っていきたいと思いませんか。

どうぞ、同じ思いでつながる人が増えていくことを願います。どうぞ、そういう方々と繋がり続けたいと思います。

そしてどうぞ、私たちとともに手を指し伸ばし続ける人でいてください。
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