masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

介護サービス全般

制度に翻弄されないために



介護保険制度の内容・改正の方向性・介護報酬構造と体型の変化の把握・・・介護事業に携わる者にとって、それはとても重要なことだ。

常に最新情報を取り込んで、その情報を読み込み分析し、表面で現れている変化のみならず、そこに隠されている意味や布石を読み取る能力は、今後の介護事業経営のために重要な要素となる。

介護事業経営者のみならず、管理職レベルまでは、その能力と努力が求められるし、情報感知能力と分析力が、管理職としての評価にもなるだろう。

制度を知るということは、制度に精通することに通ずる。しかしそのことによって制度に取り込まれて、制度の中でしか身動きが取れなくなるようなことがあってはならない。

制度を知るという意味は、制度の中でしか動けなくなるのではなく、制度の瑕疵や矛盾もしっかりと把握して、そのデメリットを受けないように最大限の努力をすることに他ならない。

時には制度に潜む問題をあぶり出して、物申して改善につなげるというソーシャルアクションも必要になるのである。制度に精通するということは、そういう意味や姿勢をも含めてのものである。
子福桜(コブクザクラ)
そこで忘れてはならないことは、私たちの携わる事業とは、対人援助という種類の事業であり、それは社会福祉制度の中で生まれ、存在してきた事業であるということだ。

その本質は介護保険制度が、利用者と事業者との契約によるサービスという仕組みとされた後も、変わらないものである。

そうであるかこそ、私たちは決して揺るがしてはならない姿勢を保たねばならない。

制度や報酬体系がどのようになろうとも、私たちが護るべきは利用者の暮らしなのである。その為の介護実践方法を常に模索していく必要があるのだ。

利用者が今いる場所で、できる限り自立支援の視点を含めた豊かな暮らしを送る日常介護が行われ、そこで安心して、安楽な状態で人生の最終ステージを過ごすことができる介護支援が必要とされているという本質を忘れないことが重要となるのだ。

その目的を果たすべく制度に向き合い、その目的を果たすことができるスキルを持つ人材を育み、そうした人材が力を合わせてその目的を達しようと日々努力するチーム作りをしていくことが私たちの使命である。その目的を達したとき、私たちは自分の職業に誇りを持つことができるであろう。

そうした使命と誇りを胸にして、制度改正など様々な世の中の変化に対応していく、柔軟で思慮深い対応が求められているのである。

そのことを忘れてはならない。






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介護事業理念を従業員に浸透させているか


理念とは、物事において「このようにあるべき」という、根本となる考えを意味するものであり、事業経営を考える場合、理念があるのか・ないのかという問題は非常に重要となる。

理念のない企業は、目的がなく、進むべき方向性も持たないことになるからだ。そうした企業は、リスクマネジメントもできずに、経営に行き詰まる確率も高くなる。だからこそ将来にわたって安定して企業経営を続け、従業員の暮らしを護るためには企業理念が必要不可欠となるのだ。

介護事業も同様で、介護事業経営の本質に関連して経営理念を持つことは重要となる。

介護事業における「経営理念」とは、「介護事業者としての社会的な存在意義」を文章化したものといえるだろう。

理念があるかどうかについては、サービス評価の項目にもなっているので、大多数の介護事業者は理念を持っており、公式サイト等でその内容を明らかにしている。

それは良いとして、中には介護経営理念をカードにして、ラミネート加工して首からぶら下げている事業者もある。

理念がパンフレット上にしかなく、従業員がそれを知らないのでは困るということでそのようなことを行っているのだろうが、それは漫画である。滑稽でみっともないことは止めろと言いたい。

理念とは首にぶら下げて歩くものではなく、経営者や従業員の心に深く浸透させるものである。

首にぶら下げて歩かねば浸透しない理念など、あって無きがごときものだ。理念に沿った介護実践を常に意識できるサービス提供をしておれば、そのような必要はなくなるのだ。
秋の校舎
ところで公式サイトに掲載された、介護事業経営理念について、いったい誰が読むことを想定しているのだろう。

多くの介護事業者は、地域の方々が介護サービスを選ぶ際に参考にすると思っているように感じる。

例えば特養の公式サイトを見ると、「アットホームな空間づくり」とか、「家庭的な雰囲気の中で、安らぎの環境を提供する」などという言葉が躍っている・・・それは明らかに顧客となる方や、その家族を意識した言葉である。

だが施設入所しようとする人のほとんどは、そのような理念は読んではいない。書いてあることを目にしても本当であると鵜呑みにしない。だから顧客に向けた理念提示はほとんど意味がないと思う。

むしろ人材不足の現在では、就職希望者がサイトにつなげたときに、そのハートをつかむ理念提示を考えた方が良い。

勿論、就職希望者がネットサーフィンして、たまたまサイトに繋がって募集に応募するなんて言うことはない。そんな幻想を抱いて提案しているわけではない。

しかし何かの縁で募集に応募しようとする人は、自分が募集応募しよとする介護事業者のサイトにつなげて、自分が就職するかもしれない職場はどんなところかと確認することが多いのだ。

採用試験や面接前に、就職希望先のサイトにつなげたときに、そこに掲げている理念も同時に確認することが多くなる傾向にある。その時に、ここに就職すればこんなふうに働くことができると感じられる理念提示は、それなりに意味がある。

就職希望者の心に響く理念がそこに掲示されておれば、そうした職場で働きたいという動機づけがより強くなるだろう。こうした部分で求職者の心をつかみ取ることも重要な人材対策である。

だからこそ、「人間尊重の施設・人権尊重の施設づくり」なんて理念提示は止めてほしい。

なぜなら、人間尊重は経営理念ではなく、対人援助においては価値前提であるからだ。事業の価値前提を理念に掲げるということは、よほど戦略性のない経営者と思われる。・・・少なくとも福祉援助の知識に長けている人材からは、そのように思われて仕方がないと思う。

自らが働いたとき、自らの能力が磨かれ定着して成長を図ることができる組織に就職したい・・・そういう動機づけを持つ人は人材人財に成長する可能性を持つ人だ。

そういう人たちを引き付ける理念提示に心掛けたいものだ。

利用者の個別ニーズに対応できる知識と援助技術を持つ対人援助のプロにより、日々安心と安楽の暮らしを支援します」なんていう理念はどうだろう・・・?これなら志の高い求職者に、「ここで働けば対人援助の知識と技術を得ることができる」というメッセージにもなるのではないか。

どちらにしても理念は経営者の思い・心もちである。それを従業員に正しく伝え、その理念を達成するための目標を掲げながら、日々実践するということに意味がある。

理念は念仏ではないのだから、唱えておればよいというものではないのである。






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日本の報道記者の見識・・・。


10/16(月) 17:25配信の南日本放送のWebニュースは次のような内容だ。(※記事文章を一文一句変えずに転載する
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
訪問先の住宅に侵入し現金5万5000円を盗んだ疑いで、44歳の介護士の男が逮捕されました。

住居侵入と窃盗の疑いで逮捕されたのは、鹿児島市高免町に住む44歳の介護士の男です。

鹿児島中央警察署によりますと、男は今年9月5日から10日間の間に、鹿児島市の80歳男性の自宅に3回にわたって侵入し、現金あわせて5万5000円を盗んだ疑いがもたれています。

男性の親族が現金が減っていることに気付き、普段から自宅に出入りしている介護士の男の職場に事実確認し、発覚しました。

その後、男と職場の上司が警察署を訪れ、「介護担当者が訪問先から現金を盗んだ」と話したため警察が捜査して、16日、男を逮捕しました。

取り調べに対し、男は容疑を認めているということです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
相も変わらず介護事業者に勤めているという立場を利用して、利用者の財産を搾取する輩が次々と明らかになることは、介護事業全体に対する信頼を損ないかねない由々しき事態だ。
介護職員の起こす事件が続出
これだけ連日、介護従事者の事件報道が続くと、「多くの介護事業者は虐待・不適切サービスを行ってはいないし、ましてや法に触れる窃盗などの事件とは無縁です」といくら僕らが主張しても、説得力は著しく削がれるだろう。

搾取する金銭の額は、いくらでもやってはならない犯罪行為だが、それにしてもわずか5万円程度の金銭を奪うために、自分の履歴に瑕がつき、前科者になるというリスクを負う気持ちが理解できない。

それと同時に、このような事件を起こした人間であっても、起訴猶予とか、執行猶予という形で自由の身になったときに、再雇用させる介護事業者があることも問題だ。

罪を憎んで人を憎まずとか、罪を一度犯したからと言って、一人の人間を社会から抹殺しないように、やり直しの機会を与えることも大事だとは言うが、そうであっても人の暮らしに深く介入し、密室化が簡単にされてしまう介護という職業には、こうした輩は二度と就いてはならない。

人を相手にしない職業で、人生の再生を図るべきである。

というのも僕の経験上、一度窃盗という行為に手を染めて、うまくいった経験がある人間は、そうした犯罪を繰り返す傾向が強いからだ。・・・というより手癖が悪い窃盗常習者が、その犯罪から完全に足を洗うことは極めて困難と言ってよいだろう。

そういう輩を再雇用してまで、介護事業経営の継続リスクを負う必要はない。利用者に被害が及ばないように別な仕事を探してもらおう。

こんなふうに最近2週間以内に、このブログの「事件・ニュース」というカテゴリーには、介護事業者で起きた事件を続けざまに3つも評論した。それも困ったことであることは前述したが、新聞記事報道も何とかならないかと思った。

報道記事で目立つのは、「○○の介護士〜」という表現である。

言葉狩りをしようと思っているわけではないが、僕はどうもこの介護士という表現に違和感を覚えるし、そんな言葉あるのかな〜と疑問に思ってしまうのだ。

介護職員の法定資格と言えば介護福祉士である。だからといって介護福祉士を略して介護士ということはない。

介護士という言葉は、マスコミ関係者がメディアを通じて勝手に使っている言葉にしか思えない。

資格を持たない介護従事者は訪問介護を除くと、「介護職員」である。(※訪問介護は訪問介護員:ホームヘルパーでも間違いではないだろう

事実を正確に伝えるべき報道記事を書く記者諸君は、この最も基本的な事柄くらい勉強してほしい。新聞は本来その国の文化を代表するもので、流行を追うものではないことを自覚してほしい。

ということで、この記事は福岡空港のさくらラウンジで更新している。

先週木曜日からの東京〜八幡浜市〜日田市の旅を終えて、今日はいったん北海道の実家に帰る予定だ・・・がしかし2日後の21日にはまた福岡にやってきて、22日はリファレンス駅東ビル 2階会議室Y-1(福岡県福岡市博多)で、「管理職・リーダーに求められる人材マネジメントの視点〜職員が生き生きと働き、定着できる職場の実現のために」(全日本民医連 九州・沖縄地方協議会主催研修)という講演予定が入っている。

そこでは介護事業者の実務に生かすことができる人材マネジメントの方法論を、本音で伝えたいと思うので、九州と沖縄の関係者の皆さま、3日後に愛ましょう。






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そして誰もいなくなる・・・。


共同通信社の調べによると、全国の市町村社協が経営する訪問介護事業所が、過去5年間に少なくとも約220カ所、廃止や休止されたそうである。

廃止や休止の理由は、都市部で一般の民間事業者との競合を理由に撤退するケースもあるが、多くはヘルパーの高齢化や人手不足、事業の収支悪化を理由としている。

しかし訪問介護事業所の数自体は増えているのだ。つまり顧客はいるということだ。そのような中で社協の訪問介護事業所がこれだけ減っているのは何故なのだろうか。

その理由は、民間に比べて社協の経営努力が足りないという意味なのだろうか・・・たぶんそうではないのだろう。

社会福祉協議会は、民間の社会福祉活動を推進することを目的とした営利を目的としない民間組織であり、市町村社協は多様な福祉ニーズに応えるため、地域の特性を踏まえ創意工夫をこらした独自の事業に取り組んでいるはずだ。

しかし営利を目的としないと言っても、サービスを提供するために必要な財源が天から降ってわいてくるわけではない。訪問介護を行う場合に、そこで必要となる人件費をはじめとした経費は、訪問介護事業所の収益の中で確保する必要があるのだ。

ヘルパー人材の確保が難しい中で人件費が高騰し、訪問介護の収入だけで事業経費を賄えなくなっているのだろう。

そもそも民間の訪問介護事業所が増えているのは、採算性の高い都市部などに事業所と人材を集中させて事業展開しているという意味もある。

しかし社共は、そうした地域を選んで事業展開するわけにはいかず、一軒一軒の移動時間が長く、採算性が低い過疎地域などで事業展開しているところが多い。そうした地域での事業運営が難しくなってきたという意味もあるのだろう。

これを受けて、次期報酬改定で訪問介護費を大幅にアップすることが対策となるのだろうか・・・しかし全国平均で4人に一人が65歳以上というヘルパーの高齢化が進んでいることを考えると、それも決定打にはならないように思える。

そもそも事業廃止は、訪問介護事業所に限ったことではない。
9/24北海道新聞一面トップ記事
上の画像は9/24の北海道新聞朝刊である。一面トップ記事に介護施設の事業休止が相次いていることが報道されている。

つまり訪問介護事業所を減らさないように対策しても、その付けは他のサービスに回され、介護事業全体の人材不足の解消にはならないということだ。

今後、特定技能の外国人にも訪問系サービスへの従事を認める動きもあるが、そうなった場合は、施設サービスに従事している外国人が、訪問サービスに回るだけの話で、訪問介護の有効求人倍率がほんの少し下がる分、施設サービスの求人倍率は上がることになる。

介護職員に占める外国人材数はわずか2.1%に過ぎないが、今後、量的・人的に受け入れの総量を増やすという議論はほとんどされていないのだから、外国人材の配置基準などの規制撤廃は、介護人材不足の解決には結びつかないという意味だ。

だからこそ介護労働の生産性を高めて、今より少ない人的資源でサービスを完結させようと、介護DXが推奨されているわけであるが、「看護・介護職員配置基準緩和の危うさ」で指摘したように、配置基準緩和は非現実的である。

さすれば、この問題を解決に導くためには、国の劇的な政策転換のもとに、「移民政策」の議論が進むことが唯一の道ではないかとさえ思ってしまう。

それだけ人材対策は手詰まり状態であると言えるのではないだろうか。

どちらにしても、介護事業における生産性の向上を実現する最たるものとは、介護実務に精通した職員を育てて定着させることであり、今、介護事業者としてできることは、人材マネジメントにより一層のお金と労力を注入することである。

そこをおざなりにしている介護事業者は、ごく近い将来、人が誰もいなくなったと言って廃業するしか道はなくなる。






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今年の敬老の日はどんな日でしたか?


大学を卒業して以来勤めていた社会福祉法人を退職し、独立開業してからもうすでに8年という歳月が経ちました。

この8年間はフリーランスとして全国各地で講演等の活動をしており、所属法人の勤務時間に縛られるということがないために、比較的自由に時間を使えています。この点がフリーランスの一番のメリットだと思っています。

社福に所属していた当時は、法人の規定の中で働いていましたので、自由にできない時間も少なくありませんでした。その為、講演依頼を受けても都合がつかずにお断りするケースも少なくありませんでした。現在はそのようなことがなくなり、ご依頼をくださる方にご迷惑をかけなくて済むようになっております。

社福所属当時の僕は、相談員や介護支援専門員の経験を経て、最終的には法人の総合施設長となりましたので、シフト勤務の経験はなく、土日祝祭日が休みで1日8時間勤務(拘束9時間)という就業形態でした。

その中で、祝日であるにもかかわらず必ず出勤しなければならない日というものがありました。それが今日=敬老の日です。

敬老の日は 2002年までは9月15日でしたので、その日に出勤。2003年からは9月の第3月曜日が敬老の日とされましたので、必ず3連休の最終日となるその日に出勤していました。

というのも、その法人では敬老の日に合わせて「お祭り」を行っていたからです。

そのお祭りは利用者や家族だけではなく、地域の方々も参加できるイベントでしたので、かなり大掛かりに実施されていました。だから祭りの前後の日も、準備や後片付けなどにも手がかかり、この時期は本当に忙しかった記憶があります。
風の盆
そんなイベントもコロナ禍では休止されている状態が続いていたと思います。しかし今年は3年ぶり、4年ぶりに敬老の日を祝うイベントを行っている介護事業者が多いのではないでしょうか。

ただし新型コロナウイルスは感染分類が変更されただけで、なくなったわけではないので、依然としてクラスター感染が発生している施設も少なくないようです。それに加えてインフルエンザが流行している地域もあるようで、感染予防対策に敏感にならざるを得ない事情があり、イベントはなるべく内輪でひっそりと行うというところも多いでしょう。

それぞれの事情に応じてイベント等は企画・実施されてしかるべきですね。ただしどちらにしても主役は、私たちの目の前に居る利用者の方々です。その方々にとって、日々の暮らしが豊かになるように、そのためのエッセンスとしてイベントが行われるべきであるという本質を忘れないで、できることすべきことを考え続けたいものです。

例えば敬老の日を前面に出して派手な形でお祝いをしても、日常に敬老の精神がないのであれば、それは何の意味もないことです。

イベントを盛大に行って利用者に参加してもらって、わずかな時間だけほんの少し愉しむ時間ができても、それ以外の日常を無表情で空しく日々を過ごしているとしたら、その空間には不幸という言葉しか浮かびません。

非日常のイベントを心から愉しむためには、平穏でなおかつ豊かな日常がなければならないということを忘れてはなりません。

特に介護保険施設や居住系施設の関係者は、ひとり一人が平穏で豊かな日常を創造するコーディネーターであると考えてほしいのです。

今日あるいはこの3連休を利用してイベントを実施している介護事業者の方々は、そこに居る利用者の方々の表情を追うだけではなく、イベントの前後の日の利用者の表情をしっかり見つめる眼を持ってほしいと思います。

誰かのあかい花になるために・・・。






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本物の介護とは人を幸せにするものです


昨日午後2時から配信したオンライン講演、「虐待防止」は168名もの方に視聴いただき感謝申し上げます。

配信元のシステムの不具合で途中講演を中断したりして、お聴き苦しい点があったことを深くお詫び申し上げます。まことに申し訳ありませんでした。今後の反省材料にさせていただきます。

今回の講演では、冒頭から実際に介護事業者を舞台に発覚した過去の虐待事例を複数ケース紹介いたしました。その中にはとても信じがたい卑劣な行為も含まれていたと思います。

このような行為が介護事業とは無縁なものであるようにしなければなりません。1件でもこうした行為が明らかになれば、発覚した虐待は氷山の一角に過ぎず、どこの介護事業者でも似たり寄ったりの虐待・不適切行為が隠されているのだろうと世間から疑われ、場合によってそれは介護事業=必要悪とみなされかねなくなります。

そうなってしまうとしたら、私たちはそういう職業に携わっていることを、胸を張って他者に誇ることができなくなります。むしろそうした仕事をしていることを隠さねばならなくなってしまいます。

あなたの家族はそのことを恥ずかしく思わないでしょうか・・・。
宿
しかし私たちがライフワークとして携わっている対人援助・介護事業とは、そのような恥ずべき職業ではないのです。

介護事業を通じて私たちが職業として行っている行為・仕事は、人の暮らしを豊かにして、人を幸せにする行為に他ならないのです。

それは介護という職業の使命でもあり、その使命を果たしていれば、私たちはそういう職業についていることを誰に対しても誇ることができるはずです。

在宅で暮らす方の中には、担当の介護支援専門員にいつでも相談できることを心の支えに生きている方がいます。胸の内・本音を語ることができる唯一の相手が介護支援者だと語る人も少なくありません。

施設入所者の方の中には、自宅で暮らすことにこだわるあまり、人の暮らしとは思われない劣悪な環境で長年放置状態に置かれていた人が、施設入所をきっかけにして生き方を再生し喜びに満ちた表情を取り戻す方がおられます。

昨日の講演では、母親を特養に預けたことを心苦しく思っていた娘さんのケースを紹介しました。

その娘さんが面会に行くとお母さんが、「昨夜ね、空気が乾燥してるなーと思ってたら、ケアさんがタオルを濡らして干しに来てくれたの。そして部屋を出る時に、布団のズレを直した後、寒くありませんかと優しく声を掛けてくれて、足元を軽くポンポンと叩いて空気を抜いてくれたのよ」と嬉しそうに話す姿を見て、自分のFBに、「介護職の気遣いはもちろんのこと、母親の笑顔が何より嬉しかった。」と書いています。

私たちは難しいことを求められているわけではないのです。ルーティンワークを黙々とこなすだけではなく、そこに「布団のズレに気が付く」という気遣いや、「寒くありませんか」とやさしく丁寧に声掛けする心配りが求められているだけなのです。

そのようなちょっとした配慮と丁寧さがあるだけで、誰かが幸せな気分になってくれるのです。それが介護事業の本質であり、私たちにはそういう結果をもたらすことが求められているのではないでしょうか。

そうした結果をもたらしていないとしたら、そこで行われているのは偽物の介護に似た行為にしか過ぎないのです。

そのような偽物の介護サービスが横行しないように、正しい知識と介護技術をきちんと得たうえで、それを伝えていく義務と責任があるのです。

そういう意味で、今後も様々なテーマでオンライン講演を配信してまいります。また全国どこでも依頼があれば、そうした話をするために足を運んでいきますので、聴きたいテーマの講演依頼の相談を遠慮なくしていただきますようお願い申し上げます。






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時を流さず積み上げる介護


介護サービスという目に見えないサービスは、誰に対しても同じことを行うことが平等ではない。

特定の人の、特定の身体や精神状況に合わせて、その状態に最もふさわしいサービスを提供することが大事で、すべての利用者に同じことをするのではなく、すべての利用者が豊かな暮らしを送ることができるように支援することが本物の平等である。

例えば認知症に人であっても、行動・心理症状(BPSD)が強く出ている人と、そうではなく落ち着いている人の両者がいた場合、前者により多くの時間と手間をかけて関わるのは当然である。

そしていま落ち着いている後者の方が、前者の方と同じような状態になった場合は、同じように時間と手間をかけることが平等であって、そうしないで後者の方に行動・心理症状(BPSD)が強く出た場合だけ、関わることをせずに放置してしまうのであれば、それは不平等ということになる。

例えば僕が総合施設長を務めていた社福の特養では、100名の利用者の中のノボルさん(仮名)というたった一人の方を登別漁港まで釣りに連れて行き、職員が数時間付きっきりで対応するなんてことをしていた。

ノボルさんは認知症のために自発動作がほとんどできなくなり、すべての動作に声掛け誘導が必要な人であった。尿意があるのに声を掛けないとホールに座ったまま失禁してしまうようなこともしばしばあった。

ある日、その方の奥様が面会に来て、「なんでこんなふうになっちゃたのかね。昔は家のことも何でも自分でする人で、晩御飯も登別漁港から魚を釣ってきて、自分でさばいて作ってくれるような人だったのに・・・。」と担当ケアワーカーに嘆いたのである。

しかしそれを聴いた担当者(20代の男性ケアワーカー)は、たまたま自分が釣りが趣味だったので、それなら気分転換に自分が非番の日にでもノボルさんを登別漁港に釣りに連れ出したいと僕に相談してきた。

しかしその行為がノボルさんの心身活性化に必要な行為であるなら、相談してきたケアワーカーの非番に釣りに連れていくのではなく、勤務している日に仕事として付き添うべきだと僕は考えた。その為、稟議書を提出し運転手を伴って公用車を交通手段として、登別漁港まで行ってくるように提案した。

たった一人のためのレク対応だってあってよいとアドバイスした。
登別漁港で釣り
そうして何度か、ノボルさんを釣りに連れ出すようになったことがきっかけで、無表情でホールに座り続けていたノボルさんの表情が豊かになり、発語が見られるようになり、ついには自発動作ができるようになるまでになった。
※実際には急激に変化したのではなく、長い時間がかかりながら徐々に変化し、結果的に大きな変化に結びついたケースである。

先日もこのケースを僕の講演の中で紹介したのだが、その講演を聴いた受講生から後日質問が届いた。その内容を要約すると、たった一人の利用者に複数の職員が長時間対応するコストや手間を考えると非効率すぎるのではないかというものだ。

いうなればコスパが悪く生産性の低い介護実務になりかねないという質問だと思う。

しかしこうしたことを行った結果、ノボルさんはその特養で数年間元気に暮らしていた。自発動作が増えていく過程では、尿意を感じて自分でトイレに行き排泄ができるようになるまでADLが改善した。

趣味だった釣りに連れ出すというきっかけを掴めなかったならば、もしかしてノボルさんはずっと無表情で自発動作がないまま、ADLも低下の一途を辿り、その状態で亡くなるという結末しかなかったのかもしれない。

そうならず、その後(釣りに照れだすようになってから後という意味)数年、お元気で豊かな暮らしを送ることができたのは、ノボルさんのニーズという、たった一人のニーズに対応して、その時に必要なケアとして時間を費やした結果ではないかと思う。

現にノボルさんのADLが改善した後は、介護職員のノボルさんに掛けるケアの手間は大幅に減っているのだ。この事実と向き合って、釣りに照れだす時間が無駄であったとか、意味がないと言える人はどこにいるというのだろう。

時間は限られている。介護サービスを提供する人員も限られている。だからと言って時間がない、人がいないと言って、必要なケアを放棄した先にはいったい何が残るのだろう。機械的作業の果てに、辛く苦しく悲惨な老後しか残らないのではないのか。

時間は有効に使うと流れない。それは積み重なるものなのだ。

ノボルさんのために、若い介護職員が貴重な時間を使ってマンツウマンでノボルさんの趣味に寄り添った時間は、流されずに積み重なって、その後のノボルさんの豊かな暮らしに結びついたのだ。これこそコスパの良い、生産性の高いケアと言えるのではないだろうか。

僕はそう信じている。だからこれからもそんなケアを行い続ける。
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甘えも許し、心は鬼にしない介護


対人援助サービスという職業で生活の糧を得ている僕らは、そこで出会う利用者の方々にとって誰よりも頼りにできる存在でなければならない。

金銭対価を得ている以上、プロフェッショナルとして利用者の役に立っているという結果が求められるのである。

しかしそのことを、運動選手のトレーナー役のように勘違いして、利用者の身体能力を引き上げることが支援者の役割だと勘違いしている人がいる。

心を鬼にして利用者の尻を叩き、自己責任という御旗を振ることが結果責任につながると勘違いしている人がいる。

介護支援とはもっと優しいものであるはずだ。時には人に甘えたいという感情も受容するものでなければならない。
すずらん
しかも後期高齢者の方々が多い要介護者は、自分が昨日まで維持してきた機能が失われていくことについて、ある種の恐怖の感情をもって不安に感じている人さえいる。

その人たちにとって私たち支援者が、単に自立することが大事だと訴える人であったり、機能を失わないように頑張れと言い続けるだけの人間になってはならない。年をとれば失う機能もある代わりに、その機能を補う知恵を伝えるために私たちがいるということを伝え続ける役割も大切になるのだ。

失う機能があることは、ある意味当然だと伝え、寄り添う役割もあるという意味である。

そもそも自立支援は介護支援の目的の一つに過ぎない。

生活の質(QOL)の向上や福祉の向上など、目的はもっと多彩だし、自立支援にしても無理強いするばかりが、そのことではないことを「利用者に頑張らせない自立支援マネジメント」でも指摘したが、利用者に直接的な介護を提供する介護職員は、誰よりもそうした勘違いをしないように注意しなければならない。

最も大事なのは、僕たちが利用者に関わることによって、「あなたに出会えてよかったわ」と利用者が思ってくれることだ。そして利用者自身が、「あなたに出会う前よりずっと暮らしが豊かになったわ」と感じ取れることだ。

そうした感情とは、利用者自身がどう感じるかという心の問題が占める割合が大きくなるのだから、利用者が嫌だと思う感情を無視して、法律の理念や法令ルールを押し付けてどうなる問題でもない。

心から利用者のことを大切に思い、その暮らしを少しでも良くしよう・豊かにしようと心掛ける先にしか、そうした結果は生まれないのである。

専門知識や援助技術は大切である。それなしでは結果を引き出し支援行為にはつながらない。しかしそれだけでも結果が引き出せないのが対人援助の難しさである。

ひとり一人、感情がことなるのが人間である。生活歴も違い、今置かれた生活環境も違う人たちが、まったく違った価値観を持つのは極めて当然である。

私たちの価値観をそれらの人に押し付けるだけでは、誰も幸せになれないのである。

だからこそ・・・私たち対人援助のプロは、心を鬼にして利用者を叱咤激励する人であってはならない。徹底的に利用者本位を貫き、それぞれの個性を大切にして、良い感情を引き出す努力を続けなければならない。

鬼コーチや鬼軍曹のような考え方は、介護を知らない官僚や学者に任せておけばよいのだ。

私たちがしなければならないことは、そうした机上の空論を展開する場の理屈を、介護実践の場に持ち込まないようにして、本物の介護実践を貫いて、徹底的に利用者の暮らしを護ることである。

それ以外のことは二の次、三の次でよいのである。
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プラス改定への追い風を止めないために必要なこと


来年度からの介護報酬改定に関連して、介護事業者にとって必要なプラス改定に向けた追い風が吹き始めていることについて昨日、「介護報酬アップへの追い風」という記事を書いて解説した。

しかしこのことが必ず大幅なプラス改定に結びつくとは限らない。昨日の記事でも指摘したように、問題は財源をどうするのかということである。

大臣や事務次官がインフレ基調に対応した思い切った報酬アップが必要だと主張していることに対し、今のところ国民の多くは関心を持っていない。

その発言の真意や、今後の議論の流れを注視しているのは、関係者にとどまっている。

しかし公費支出が伴う大幅な報酬引き上げには、国民の一定の理解が必要不可欠である。そのような理解が得られるのだろうか・・・。

特に今後改定議論が展開される中で、報酬アップの財源を確保するために国民の痛みが伴うとなった場合、果たしてどれだけの国民がそのことに理解を示し、痛みを受け入れてくれるだろうか・・・。

むしろ多くの国民が、保険料等の負担が増加することは認められないとして、報酬引き上げなど必要ないという声が挙がり、その声が大きなうねりとなって襲い掛かる可能性はないだろうか。

もしそうなれば、政治家もその声を無視できなくなるかもしれない。
夜景
そうならないために介護関係者が心しておかねばならないことがある。

それはとりもなおさず、介護事業が国民の暮らしにとってなくてはならないものであるということを、我々自身の実践で示すことに他ならない。

毎日、誰かを相手にサービスを提供する我々自身が、日々サービスの品質向上に努め、利用者の暮らし向きが良くなっているという結果を示すことで、介護事業が国民にとって必要なサービスであることを証明していかねばならない。

逆に介護サービスの場で、人の体や心を平気で傷つける虐待行為や不適切サービスが横行するとしたら、自分が痛みを負ってまでそのような事業にお金をかける必要はないと考える国民が増えるだろう。

毎月のように、日本のどこかで引き起っている介護事業を舞台にした虐待事例が、氷山の一角でしかないと思われるのであれば、国民の多くは介護事業に国費をこれ以上かけることを良しとしないという危機感を抱かねばならない。

そうならないようにするために、我々は自分の足元の介護サービスを見つめる目を失わず、私たちの提供するサービスが、「対人援助」としてふさわしい内容になっているのか、国民の福祉の向上に寄与しているのかを検証していかねばならない。

利用者の暮らしの質(QOL)向上のための視点と方法論をきちんと身につけなければならない。

それとともにそうしたサービスの質やアウトカムについて、広く国民にアピールしていく必要もある。

介護事業者の最大の弱点は、「情報発信力不足」だといわれることが多い。その弱点を克服して、我々の職場で虐待や不適切サービスが、氷山の一角に隠れるようにはびこっているという事実はないことを伝えなければならない。

大多数の介護事業者が虐待とは無縁の、「人の役に立ち、信頼されるサービス」を提供し続けていることをアピールする必要がある。

他人だよりでなく、自ら進んでその必要性を発信することで、多くの国民に声が届くのだということを信じて、各自がそれぞれのステージでそうした取り組みを行っていただきたい。

そのようにして介護報酬の引き上げの必要性を訴える声は、真に人を幸福に導く介護実践によってしか、人の心に響く言葉にならないことを忘れてはならない。
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人を手助けする動機づけなんて何でもよい


介護の仕事をしていると、時折第3者からいわれのない中傷を受けることがある。

自分は利用者に対して施しという意識を持って、支援行為をしているわけではないにもかかわらず、周囲の第3者から「あなたたちの親切は、結局のところ障がい者や高齢者を憐れんで、自分の善行にうっとりしているだけではないか」と言われたりする。

そう思われるほど、自分は利用者に対して上から目線で対応していたのだろうか・・・そんなふうに自己嫌悪に陥ることがあるかもしれない。

純粋に利用者を手助けしたいという気持ちで、対人援助という職業に携わっているのにもかかわらず、中傷的批判を受けるのは何故なんだろうと考えこむ人も少なくはないだろう。

しかしそんなことに思い悩んでいる暇はない。

自分自身の行動や業務姿勢に恥ずべき問題がないと確信できるなら、中傷も批判も気にする必要はないと思う。

人の感情は様々なのだから、第3者がどう思おうと勝手だと割り切る方が良い。介護支援に関わっていない第3者からそんな中傷を受ける理由は、結局のところ妬みでしかないと思った方が良いのである。
人を手助けする動機づけなんて何でもよい
だが手を差し伸べた相手から、直接批判を受けたらどう考えるべきなのだろうか。

例えば困っている人を見て手を差し伸べた相手から、余計なお世話と罵られて、『結局は自分がいい気持ちになりたいだけじゃないのか?』と批判されたりすることがあるかもしれない。

確かに私たちは、誰かに支援の手を差し伸べて助けるときに、いい気持になっているかもしれない。でも、対人援助に携わっていい気持ちになったらいけないのだろうか?なぜそんな心の問題まで指摘されなければならないのか?

私たちが自分の行為に酔ったり、良い気持ちになったとしても、それで助かる人がいればよいのではないだろうか。・・・そんなふうに思う。

介護サービス利用者の方の中には、「自分は、あんたらの自己満足に利用されたくはない」という人がいるかもしれない。

私たちの支援活動に自己満足の一面があったとしても、そんな否定的なことばかりいっていてもしょうがない。それを言ってしまえば人助けという行為は成り立たなくなる。

世の中には、心身に障害をもって日常生活の不便を生じ困っている人がたくさんいる。私たちはそういう人を助けたい。それだけである。

確かに同情されるのは嫌だろうし、頭を下げるのは不愉快だろう。

でも現実に助けが必要なのだから、それは素直に認めてほしい。『憐みの気持ちを持つな』と言われても、気持ちは私たちの努力でどうなるものでもなく、自然と湧きあがってくるものなのだから、それを言われるのはないものねだりだ。

だが、そんなふうな否定的感情を介護サービス利用者の方々が持つことは理解できないわけではない。

それだけ、「人の世話になる」ということは、心の重みになるのだろう。心苦しく思うからこそ自分の矜持を保つために、「自分の本心は、人の世話になんかなりたくないのだ」という思いをアピールするのではないか・・・同情や憐憫はいらないと訴える人の心の中には、複雑な思いが渦巻いているのだろうと想像する。

そうしたネガティブな感情も受け入れる必要があるのだろう。

バイスティックの7原則の一つに『受容の原則』があるが、それは利用者の思いを想像して察するという意味ではない。ひとり一人感情が異なる利用者の本当の気持ちなんてすべて察することができると思う方がどうかしているからだ。

察しようとして、わかろうとして、理解的態度に徹するのが受容の本当の意味なのだ。そこではわかったと思いこまないことも必要とされる。

だから利用者が訴えるネガティブな思いに耳を澄ますことは必要だ。そういう思いを受け止めつつも、それでもなおかつ必要な支援に結びつけようとするのが私たちの職業だろう。

だから・・・自分以外の誰かの豊かな暮らしを実現するために、遠慮なく手を差し伸べようと思う。

偽善だろうと中傷を受けようとも、自己満足だろうと批判されようとも、誰かの手を借りなければならない人がいるときに、私たちがその人たちに手を差し伸べることができるのであれば、その行為を行うことを遠慮したり、躊躇ったりする必要は全くないのである。

そもそも人の手助けをするという行為そのものが尊いのであって、そのための動機づけなんて何でもよいのである。

介護支援に携わる動機付けが自己満足であってもたとしても、誰も満足しない放置よりはよっほどましである。
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今時期の新人職員の表情に注意してください


5月の連休後に、学校や会社に行きたくない・なんとなく体調が悪い・仕事に集中できないなどの状態を総称して、「五月病」と呼ぶ。

この症状がきっかけとなり、退職に至る人も少なくない。つまりGW後に、精神的不調に陥って仕事を辞めてしまう人が多いのである。

それには次のような理由が考えられる。

就職などで環境が大きく変わった人が、緊張感をもって働き続け4月を乗り切ったとする。しかし本人も気づかぬうちに、仕事を覚えているさなかで様々なストレスを抱えることになる。夢中で仕事をしている最中は、そのストレスを感じる間もなく日々が過ぎていくが、まとまった休みの中で緊張感が緩んだことをきっかけに、様々な職場での悩み事を考え込むようになる。

そうした悩みごとが一気に心に重くのしかかり、緊張の糸が切れてしまうのである。その結果、休み明けに職場に足が向かなくなる。

これが、「五月病」の典型例である。
黄昏
しかし、「五月病」は、休み明けの人が職場に足が向かないという形で現れるだけではなく、世間がGWに浮かれ、多くに人が休んでいる間に、暦に関係なく働き続けていることに疑問を感じて症状が出る人も居る。

シフト勤務で世間の暦に関係なく働く介護事業者の場合は、このパターンが多くなる。

勿論、新人職員と言えども介護事業者に就職した時点で、土日祝祭日に関係なくシフトに入ることは承知している。しかしいざ自分が世間の喧騒とは異なる場所で、黙々と働くという現実に出会った時に、「この仕事を続ける限り、自分にはGWはないんだ。」と思って、それでよいのだろうかと感じる人がいる。

その時に、介護という仕事の面白さとか、誇りとかを伝えられる環境であるかどうかが問題となる。

仮に連休中の職場が普段より極端に配置人員が少なくなって、加重に業務負担がかかる状態の職場がある。それが一番危ない。新人がバーンアウトしやすい環境と言える。

人が足りないことで業務が廻らなくて新人はパニックになりがちだ。そこで仕事がいつもより雑になり、流れ作業の中で利用者とコミュニケーションもまともに取れなくなるかもしれない。そうした状況で、他の職員が利用者を物のように扱うような状態になると、新人は介護の仕事に誇りなんて感じられなくなる。

その為、「人の役に立てる仕事だと思って、介護職を選んだのに、ちっとも人の役に立てない仕事だ」と思い込んで、落ち込んでいく。

このようにして連休最中に、介護の仕事を続ける動機付けを失っていく新人職員は少なくないのである。

そうしないために、世間の暦がどうあろうとも、過度に配置職員を減らして業務を回すようなシフトを組まないことが大事である。

事務関連職員が全員公休で、介護職員だけが勤務している介護施設等は、そもそもそうした勤務慣例を見直す必要がある。祝日に事務関連業務を、介護職に押し付けるような勤務体制は良くないと考えるべきだ。

そのうえで新人職員が介護の仕事を続ける動機付けを失わないように、職場における新人職員の表情に注意し、無感情な表情で元気を失っていないかということに注意をしてほしい。

少しでもいつもと違う感じを見つけたら、優しく声を掛けて話を聴く時間を設けてほしい。自分のことを気にして、心の内を打ち明けられる人がいるというだけで、気分が変わる人も多いのである。

何よりも世間が休日である時期に、介護の仕事に従事している自分たちによって、豊かな暮らしを送ることがいる利用者がそこに居ることを実感できる仕事ぶりに徹してほしい。

本当に人に役立つ仕事に就いているということが実感できるなら、そこからバーンアウトする人間は劇的に減っていくことを理解してほしい。
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介護事業の常識は世間の非常識と言われ続けて


GW後半に入った今朝の登別は、暖房が必要ないほど温かな朝を迎えた。このところ天気の良い日が続き、きれいな青空が広がっている。

しかし風が強く、満開だったエゾヤマザクラは散り始めた木が多い。
登別市の今朝のエゾヤマザクラ
※画像は、僕の自宅近くにある恵愛病院の敷地内のエゾヤマザクラ。
それに代わって遅咲きの八重桜が咲き始めているので、登別市の桜はもうしばらく私たちの目を愉しませてくれるものと思う。

そのようなGWにシフト勤務で働き続けている方々には感謝の気持ちしかない。

しかし私たちの仕事とは、誰かの暮らしに直接向かい合っていることを忘れないでほしい。勤務してサービスを続けておればよいということではなく、その質が問題となることを忘れないでほしい。

例えば、介護事業の常識は世間の非常識と言われることがある。

介護業界に勤め始めてからは、実際にそのような状態を目の当たりにしたことが何度もある。

学卒者の若い職員が、自分よりずっと年上のサービス利用者に対して、「タメ口」で対応することがその代表例だ。

医療や介護以外の他産業なら決してそんなことは許されない。年齢差に関係なく、お客様に対して目上の者が目下の者に使う、「タメ口」で対応するなんてあり得ないからだ。

そういう意味では、介護従事者の心のどこかに施し意識が存在して、利用者に対して、「介護してやってる」という傲慢な上から目線になっているのだろうと思う。

プライバシーへの配慮の欠片もない排泄介助や、利用者の表情や希望を無視した流れ作業などもしかりである。

そうした無礼で、人情の欠片もない対応に終始している輩ほど、「家庭的」とか「かたぐるしくないように」とか、わけのわからない屁理屈で自分の醜い対応を擁護し続ける。

そんな人間は、はっきり言って知能が足りず知性がないとしか言いようがない。

そんな馬鹿が数多くはびこっているのが介護事業の一面の真実だ。人手が常に不足し、募集に応募する人間を闇雲に採用してしまう結果が、そのようなスキルの低い人間をはびこらせている一因でもある。

介護はサービス業であり、利用者は顧客であるという常識を持つことのできない輩がはびこっている限り、介護の職業が他産業の平均年収より低いままである状態は解消しないだろう。

介護のプロであると誇ることができた初めて、全産業平均以上の年収を求める声が社会に届き、社会が認めるのだということを理解せねばならない。

その為に自らのスキルアップ図り、サービスの質の向上という結果を出さねばならないのである。

それが結果的には、「介護サービス利用者の生活の質の向上」に繋がり、「国民の福祉の向上」となっていくのである。

そこを目指さない限り、介護事業の未来に光は注がない。
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ワンオペ夜勤の現実的改善方法はあるのか?


一人の従業員がすべての業務をカバーしなければならないワンオペは、過酷な労働環境を生む可能性が高い勤務スタイルだ。

しかし介護労働の現場では、ワンオペとならざるを得ない時間帯が実に多い。特に介護保険施設やその他の居住系施設(特定施設やグループホーム:以下GH等)における夜勤業務はワンオペとなることが多い。

仮に施設内全体で複数の職員が夜勤業務に就いていたとしても、自分が担当するフロア内は、夜間を通じてワンオペとならざるを得ない介護施設は少なくないだろう。

それを解消する方策は果たしてあるのだろうか?

昨今の介護人材不足の状況を考えると、ワンオペ解消は必ずしも介護労働環境の改善とは言えない面もある。それは諸刃の刃であると言えるのではないか・・・。

なぜなら仮に法令でワンオペを禁止した場合、今までワンオペとせざるを得なかった時間帯に人の配置を増やすことで、それ以外の時間帯で人の数を減らさざるを得なくなるからだ。

夜勤のワンオペを解消したら、日中に人が足りずに業務が回らなくなったり、その時間帯に勤務する職員に過重労働が強いられたりする恐れがある。

このようにワンオペ解消の代償として、複数職員で対応する時間帯にひずみが生ずることは避けられないと思う。

介護労働のワンオペ解消を叫ぶ人たちの気持ちはわかるが、それらの人たちが働いている場所で、ワンオペをしなくてよいほど人材が揃っているのだろうか。

揃っていないとしたら、ワンオペを解消した後の負の遺産をどうするのかという考えを持ったうえで、ワンオペ労働解消の訴えをしているのだろうか・・・。いったいどのような対策があるのだろうか。

介護人材が今より増えるなんてことはない現実と向かい合って、それでもなおかつワンオペ解消を叫ぶことができるのだろうか・・・。
夕暮れ
この問題については過去に、「介護ワンオペ夜勤解消は現実的か?」という記事を書いて、国がワンオペ解消の具体策を出す可能性は低いし、ワンオペ解消に向けた姿勢を見せることさえ難しいのではないかと解説した。

だからこそリンクを貼った記事で示したように、ワンオペ夜勤をせざるを得ない複数の介護施設及び医療機関を網羅するワンオペ支援センターとでもいうオペレーションセンターを設立する考え方があってよいと思う。

勿論オペレーターとのやり取りだけで根本的な問題が解決できるとは限らない。ヘルプに駆け付けられる人材が居なければ意味がないというケースもたくさん存在するからだ。

そこをどうするのかを考えると、事実上解決策は見いだせないというのが本音だ。

そうであれば、フロア内ワンオペは仕方がないものとして、施設内ワンオペをできるだけなくす方向で考えていくしかないように思う。

人が少ない現実では、小規模対応を基本サービスにしたままでの、ワンオペ解消なんて不可能だと思うのである。

GHは3ユニットが最大なんていうルールもなくして、ユニット数の上限は撤廃したらどうだろう。

介護保険施設やそのほかの居住系サービスは、事業規模の拡大を図り、ある程度以上の規模をもって、できるだけ多くの夜勤者が施設内で連絡を取り合える形を目指すという、「よりまし」な対策しか取れないのではないだろうか。

GHと介護保険施設では、夜勤者一人で対応する利用者の人数に著しく差があるが、この差も本当にあってよいのかという議論も必要ではないだろうか。

それってネガティブ過ぎる考え方なのだろうか・・・。

どちらにしてもこの問題は、1法人・1事業所だけで解決できる問題ではないので、市町村が支援する形で地域ごとに問題解決を図っていく必要があると思う。
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人としてごく当たり前の責任感


介護の職業に就くにあたって、志(こころざし)を高く持つということは大事だ。

その志を現実の介護という職業に生かして、より高品質なサービスの実現に寄与できればそれに越したことはない。

だからといって高い志を持つことが、介護という職業を選ぶにあたっての必要絶対条件ではない。ここを取り違えてはならないのである。

正直いうと、介護の職業に就く動機づけなんて何でもよいのである。

人それぞれの事情があるのだから、たまたま介護という職業に出会って、自分が目指した職業ではないけれど、その職に就いたという人がいたって良いのである・・・というか、そのような人がたくさんいるのが介護関連事業の実態でもある。

そうした人たちに特別な思いを持てと指導したとしても、そんなものを持つことができない人も多い。そもそも思いとは、個人の感情なので、他人が押し付けて持つことができるようなものでもない。

ないものねだりをしないで、もっと現実的に対人援助のプロとしてスキルアップできるように導くのが、管理職や指導者の役割である。
御衣黄(ぎょいこう)
登別に桜が咲くのはGW前後であるが、市内には花の色が緑の、「御衣黄(ぎょいこう)」という桜が咲く場所がある。

桜の色も様々であるように、人の考え方も様々なのだから、その人の価値観に合わせた色違いの様々な花を咲かせる手伝いをすることが大事になる。

様々な理由で介護の仕事を選んだ人が、一旦就いた介護の仕事を続けたいと思う動機づけを得られるかどうかとうことが一番重要なのだ。

そういう動機づけを与えられる職場環境であるか、そういう動機づけを与えられるように導く指導者やリーダーがいるかどうかが問題だ。

たいした動機づけもない状態で介護の職業を選んだ人であっても、実際にこの仕事をやってみて、人の暮らしに介入して、人の人生の幸福度に自分が大きな影響を与えることの意味と役割を感ずることができるのであれば、その人は介護人材として大きな成長を遂げることができるだろう。

だからこそ、自分の関わり方ひとつで関わる人の尊厳を護ることができる反面、逆にその尊厳を奪い、心を殺して不幸のどん底に沈めてしまう恐れさえあることを知らしめてほしい。

利用者によそよそしく思われないようにと考えて、言葉を崩して失礼な態度で接することが、いかに人の尊厳を傷つける元凶になっているかを理解させる指導が必要なのである。

よそよそしさを感じさせることを恐れるよりも、馴れ馴れしく無礼な態度を恐れる対人援助のプロを育んでほしい。

誰かの人生の幸福度に影響を与える仕事であるからこそ、介護という職業には社会的使命があることを理解するように導いてほしい。

ごく当たり前に、人の暮らしを支えるという責任感を持つことができる教育が求められることを忘れないでほしいのである。
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くだらない理由で志ある若者をやめさせないでください


令和4年度は金曜日が年度末最終日となったため、新年度(令和5年度:2023年度)のスタートは先週の土曜日となった。

しかしシフト勤務者ではない事務系職員等の休みの日に新年度が始まっても、実質何もできないのが現状だろう。その為、令和5年度のスタートは実質今日からとなっている介護事業者が多いのではないだろうか。

新卒者等が多く含まれる新入社員の入社式も、今日の午前中に実施したところが多いのではないかと思う。

そこに臨んだ新人職員が、将来介護業界を支える人財に成長させてほしいと切に願う。そのためには、新人を迎え教育する立場の職員の皆様が、若く希望に燃えるその人たちが胸に抱いている志を成し遂げる手助けをする人であってほしい。(参照:希望を誇りに繋げる職場であってほしい
日本風景
介護福祉士養成校を卒業して介護事業者に入職する若者たちは、「介護の仕事を通じて人の役に立ちたい」と思っている人が多い。

自分が生きる意味を、介護の仕事で他者の暮らしを支え、その人たちの暮らしぶりを豊かにするという行為に見出そうとしているのである。

そういう若い芽を摘むような作業指導はやめてもらいたい。経験がなく技術が拙い若者たちが、目の前にいて手を差し伸べる利用者に対し、不器用でも丁寧に対応しようとしているときに、その行為より作業を優先して、乱暴でも良いから手早く機械的に対応させるような指導をしないでほしい。

利用者の方々を、物を扱うように、決め事だけが行われておればよいかのような指導をしないでほしい。それはあの悪名高いアクシストシステムと同じである。

利用者の声に耳を傾けて、丁寧な対応をしている新人に向かって、「一人にそんなに時間を掛けていたら仕事は終わらない」的な指導もいい加減にしてほしい。

今、彼ら新人たちがそんなふうに丁寧な対応をしてくれることで、認知症の人たちは行動・心理症状を起こさずに落ち着いてくれているのかもしれない。あなたたちが忙しそうに駆け回って、認知症の人の表情を無視していた時に、混乱して落ち着かなくなったその人たちの行動に対応するために、どれだけの手間と時間がかかったのかを思い出せと言いたい。

介護福祉士養成校を卒業した志のある若者たちの幾人かは、毎年のように短期間で介護事業者を退職してしまう。

その理由は、利用者をまるで物のように扱い、仕事は全部流れ作業になっているといった職場環境に心を痛めたり、人生の先輩に対する口の利き方を知らない人が多くて、まるで赤ん坊や幼児に対する言葉かけをする人がいるのに、誰も注意しないという状況にストレスを感じてバーンアウトしてしまうのである。

その中には、先輩職員のタメ口対応にめげずに、自分だけは丁寧語で利用者対応を続けていたら、先輩たちから、「あの新人は、いい恰好しいだ」と陰口をたたかれ、陰湿ないじめにあってやめていく卒業生もいたりする。

そういうくだらない理由で、介護業界は毎年貴重な人材を失っているのだ。本当につまらないことである。

そしてそうしたくだらない理由でよい人材を失って、ますます人手が足りなくなり、忙しくて十分な利用者対応ができないと言い訳しているのだ。それは誰のせいかと言いたい。

一日も早く、そのまちがいと悪循環に気づいて、志の高い人が安心して働き続けられる介護事業を確立してほしい。

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業界用語を変えて意識を変えよう


介護事業とは、サービスを利用する人の暮らしに深く介入しながら、その人の暮らしを護ったり、暮らしぶりを豊かにする職業である。

その為にはサービス利用者の心を護る必要がある。そして心を護るためにはデリカシーのない対応で、利用者の尊厳を傷つけないように細心の注意を払う必要がある。

介護事業におけるサービスマナー意識は、そのための必須アイテムである。

しかしこのことを全職員に理解さえようとしても、なかなか意識が変わらない職員も少なくない。施し意識から抜け切れず、馴れ馴れしい無礼な態度が、堅苦しさを利用者に感じさせない態度だと思いこんだり、年上の人に対しては極めて失礼な言葉遣いであるタメ口が、親しみやすさを表す言葉遣いだと勘違いする輩がなかなかいなくならない。

その為、サービスマナー意識を浸透させて、サービス利用者の方々に適切な態度で接しようとスローガンを掲げても、全職員の足並みが揃わずに、志半ばでサービスマナー意識の向上をあきらめてしまう介護事業経営者・管理職もいる。

そうしないように、全職員にサービスマナー意識を浸透させるには、経営者や管理職の覚悟が必要だと僕は言い続けてきた。

僕が定期的にマナー指導を行っている事業者では、信賞必罰のルールを徹底し、マナーを護って利用者対応している従業員には必ず賞を与え、それができないし従業員がいれば必ず罰している。

そのようにして意識改革を図っているわけであるが、もう一つ行っている工夫がある。

それは実態に合わない業界用語を変えて、マナー意識が向上する方向の新呼称に直すことである。

古来から言葉には、不思議な力が宿っており発した言葉どおりの結果を現す力があるという考え方がある。それが、「言霊」とも言われ由縁である。
誰かのあかい花になるために
誰かの心を癒すために、誰かの心に咲く花のような存在になれるように呼称を工夫してみてはどうだろうか・・・。

思えば介護業界には長く不可思議な職名がはびこっていた。僕が特養に入職した当時の職名は生活指導員であり、介護職員は寮母だった。

人生の大先輩である高齢者の方々に何を指導せよと言うのか・・・寮母に至っては、飯炊きおばさんかと言いたくなるような呼称でしかなかった。

僕がこの呼称を変えたのは、介護保険制度以前である。介護保険制度以後、生活相談員は生活指導員となり、寮母は介護職員となったが、その前から僕が勤務していた特養では、ソーシャルワーカーケアワーカーという呼称に変えていた。

同じように変な呼称はまだ数多くある。例えば利用者・・・。介護サービスを利用する人をそう呼ぶのは必ずしも間違いではない。しかし利用者を単なるユーザーであると思い込むから、馴れ馴れしい態度で対応して良いと勘違いする輩がなくならないのである。だから利用者ではなく、お客様と呼ぶべきだと僕は思う。

そしてお客様に対してふさわしい対応とは、どのような態度や言葉遣いで接することなのかということを理解させるべきであると思う。

僕が今定期的にマナー講師を務めている特養では、数年前から短期入所の入退所の呼び方を変えた。

短期入所は滞在サービスで、一時的に利用するものでしかないから、「入所・退所」ではおかしいと思い、さらに短期入所を利用するお客様に対するサービスマナー意識を向上させる呼び方はできないかと考えた。

すると滞在サービスは宿泊サービスと同様ではないかということに気が付いた。

その為、その特養ではショートステイ利用者の方のサービスの利用を、「チェックイン」と呼び、サービスの終了を、「チェックアウト」と呼ぶようにした。

もともとその特養は、サービスマナー意識の高い特養で(※だからこそ僕が定期的にマナー講師を務めているわけであるが)、この呼称変更で劇的に何かが変わったということはない。

しかしチェックイン・チェックアウトと呼ぶことは、お客様自身には心地よく聞こえているらしい。「何か良いところに泊まりに来たという気分になります」と言ってくださるお客様(利用者の家族も含む)が居られたりする。

お客様が気分良くなる方向への呼称変更は、それだけで大きなメリットであるし、そのことが職員の意識変化につながるなら、それに越したことはない。

是非皆様の職場でも、おかしな呼称・意味が違うのではないかと思える言葉をピックアップして、それを直していくということをしてみてはいかがだろう。

そんなことが、「介護の常識は、世間の非常識」という状態をなくしていく第一歩になるかもしれない。
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希望を誇りに繋げる職場であってほしい


先週SNS上では、卒業式の話題が数多く取り上げられていた。

卒業と一口に言ってもそれは様々な舞台からの卒業であるが、その中には4月から社会人としてスタートを切る方々も数多く含まれている。そして当然その中には、介護福祉士等の介護職としてスタート地点に立とうとしている人達の姿も垣間見られた。

僕とつながっているSNSでは、そういう人たちの話題が数多く書き込まれていた。
さくらそう
しかし最近の介護事業者は、年がら年中退職者補充の採用が行われていて、4月からの新年度に一斉に新入職員が入職して盛大に入社式を行うという状況ではないというところが多い。

それだけ人材難が深刻であるということだろう。

そのことは同時に、人が少ないから闇雲に募集に応募した者を採用し、ろくな教育も行わずに現場に放り出すということも常態化させている。そんなふうに現場に放り出された人は、知識も技術も未熟なまま介護職として働き続けなければならない。

そのことが介護サービスの質を悪化させる原因にもなっている。

そうした未熟な介護職員が数多く働く介護事業者で忙しく利用者対応する人の中には、利用者の心に寄り添うなんてことは考えることもできず、利用者をまるで物のように扱い、介護という行為を単に機械的で乱暴な肉体労働に貶めている人たちさえ存在させることになる。

そんな場所に就職した新人は不幸だ。せっかく希望を胸に介護職としてスタートした場所に希望が存在しないどころか、自らが利用者に不幸を運ぶ存在となるかのような作業員と化す指導が行われていくからである。

そんな場所では、利用者の方々の哀しい表情も苦しいという訴えも無視しなければ作業が終わらない。毎日、「嫌だ」・「助けて」という声を耳にしながら、その声が聴こえないふりをして、黙々と先輩から指示された作業をこなす労働に、どんな価値を見出せというのだろう。そこに面白みを感じろと言えるのだろう。

そんな仕事に誇りを持てるのだろうか・・・。

介護という仕事に誇りを持てない人たちが数多く働き、その人たちが指導役となって新人職員に仕事を教えている職場では、「理想と現実は違う」という言葉が頻繁に飛び交う。しかしそれは介護の仕事に誇りが持てず、介護の知識も技術も拙い、本当の介護ができない人々の戯言だ。

介護福祉士養成校を卒業する生徒たちは、2年間の学業のさなかに、様々な場所で誇りある介護職の先輩たちに出会って、そういう人になりたいという希望をもって卒業していくのだ。

その子たちの理想とは、現実そのものであり、その子らにとっての希望なのである。

そ鵜であるにもかかわらず、一部の人たちは、自らの現実が貧しいものであるというだけで、押しなべてすべての介護現場が、自分たちのようなスキルの低い人間で動いていると勘違いして新人に恥ずべき現実を押し付けているのだ。

介護事業という、人の暮らしに深く介入すべき職業の拠点が、そのような場所であってはならない。

だからこそ入社式はしっかりと行い、新入職員に希望と夢を与えるステージを用意してほしい。

そのうえで新人職員が夢を追うことができ、希望を失わずに、その夢と希望を介護の誇りに繋げる新人教育をしてほしい。そういう教育ができる介護の場であってほしい。

そういう職場は理想ではなく、現実として数多くあることを理解してほしい。
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プラセボ効果に学ぶこと


特養に勤め始めた当時、良い意味で人を欺く行為は、必要な対応として行われていることを初めて知った。

例えば心気症状(※心身に過度のこだわりに特徴付けられる心理的障害)があって、夜間不眠を頻回に訴える方に対して、コーヒーを飲む際に入れるクリーミングパウダーを、「睡眠薬」と偽って呑んでもらうと、安心して眠ることができる人が居るというものだ。

心気症状で不眠を訴える人に本物の眠剤を投与することで、過剰な薬剤効果で昼夜逆転が生じたり、副作用によってふらついて転倒骨折に結びつくことを防ぐための偽薬対応である。

しかしそのような偽物の薬が、なぜ睡眠効果をもたらすのだろうか。これがいわゆるプラセボ効果と言われるものである。

フラセボ効果【placebo effect】とは、「プラシーボ効果」とか「偽薬効果」ともいわれ、効果のないはずの成分でつくられた薬剤(偽薬)によってもたらされる効果を現わす言葉だ。

フラセボ効果がもたらされる前提には、その薬が効果がないことは薬を処方した医師は知っているが、患者はそのことを知らず、その薬に効果が必ずあると信じていることである。その前提がないと効果は現れないと言われている。
黄昏
このように、プラセボ効果はオカルトではなく、思い込みによって起こる科学的な現象だ。その根底にあるのは体にもともと備わっている自然治癒力だと言われている。

プラセボ効果をより高める複合要因も存在する。

偽薬のフラセボ効果は、薬を投与する医師と患者の関係性が良いほど、治療意欲の高い患者ほど効果が高まると言われている。

また効果に対する期待度が高すぎても、低すぎても効果は薄く、中程度の期待度で最も効果が出るとも言われている。

このことは私たちの介護サービスの場で、もっと広く利用できるのではないだろうか。

例えば機能訓練。・・・毎日黙々と機能訓練に励む利用者は、それによって必ずしも機能が向上するわけではない。加齢と廃用という現実に向かい合って、機能低下のスローダウンを目的として機能訓練に励む人は、毎日一生懸命頑張っているのに、徐々に自分の身体機能の衰えに絶望するかもしれない。

しかしその時に、この訓練は確実に自分のために効果があると思いこも事ができるなら、絶望は希望に変えることができるだろう。

だからこそ私たちは、介護サービスの場で懸命に何かに取り組む利用者の方々の、その取り組みが必ず効果があると励まし続ける人になる必要がある。

過度に頼られる関係ではなく、自分が利用者の方々に、人として信頼できると思われ、介護のプロとして適切なアドバイスを受けられる人と認識されたうえで、「そのことは必ず効果があります」と励ますことができれば、それによって効果をもたらすことができるのではないだろうか。

通所サービスの機能訓練・リハビリテーション、認知症リハビリなどに関わる関係者は、こうした考えを頭の隅において、利用者に関わることで、新しい視点を得られるかもしれない。

私たちが自信なさげに、「こんなことやって何になるのか」という考えが態度に出るような対応に、何の効果も期待することはできないだろう。少なくともそのことだけは自覚しておく必要があると思う。

既に様々な実験で、期待や快楽によって免疫力が高まるということは立証されているが、プラセボ効果はそのことと深く関連しているものと思える。

だから私たちは利用者に対して希望を与え、幸せを感じてもらえるような関りを持つ必要があるのだ。

「辛い・・・辛い」と嘆く人が居るとしたとき、辛いという文字に「」を足せば幸せに変わるということを思い出して、幸せに変える「一」をつなぐ介護を目指してほしいと思う。

それが私たちの目指す介護ではないだろうか・・・。
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記録上達、無駄な努力


介護保険事業は国費保険料を財源とした事業であるために、そうした財源を正しく使っているのかという適格性が常に問われる。

その為、行っていることの正当性を証明するために数多くの場面で正確な記録が求められる。

介護現場もしかりで、支援記録をはじめとして、各種加算の算定要件に関わる記録が多種多様に求められている。

介護保険制度創設以降、こうした記録すべき事柄が増え続け、それが介護の場の職員に過度な負担を与えている。そして記録のために肝心の介護がおざなりになるなんて言う本末転倒な状況が生まれかねないということが懸念されるようになった。

その為、書類の削減・記録作業の軽減が制度改正・報酬改定の主たる議論の中に組み入れられているが、そこで行われていることは事務作業の軽減策でしかない。

肝心の介護職員や看護職員の記録の削減・省力化は全く手つかずの状態で放置されていると言って過言ではない。

そんな中で、支援記録等を簡潔でわかりやすく書くように、介護職員も記録能力の向上が求められるわけである。・・・ずっと昔からその状態に変わりはない。

つまり介護の場の主戦略である介護職員等の記録の上達は、過去にさかのぼって大きな課題でとなっているが、いまだにその実効性が現れたことがないのだ。

例えば記録する能力の上達を目的に、書式の統一とか簡素化とかも進められているが、そもそも記録する能力の問題を、書式やシステム論にすり替えるから、何十年も同じ課題と実効性のない取り組みの繰り返しに終わっているのである。

ここを根本から変えなければ意味はない。
文章を書く苦しみ
もともと良い書き手は、良い読みでからしか生まれない。(参照:文章を磨く能力を得るために

しかしそうした能力を磨くことができる年齢にも限界というものがある。社会人としていっぱしの価値観が出来上がった年齢以降に、改めて良い読み手になって文章力を鍛えるという地道な作業を続けられる人はそう多くない。

ほとんどの人は20歳前に獲得した文章力がそのまま、己(おのれ)の作文スキル・記録能力になっているのだ。

それを今更引き上げようとすることに無理があるし、介護職員にとっては、介護という行為そのものが重要なスキルなんだから、記録の上達なんてことに無駄なエネルギーを遣わせないようにした方が良いのではないだろうか・・・。「記録も介護業務のうちだ。」なんて、何の意味もない阿保なことは云わないで、ここは発想転換すべきではないのか。

そこで記録作業こそICT化すべきだと主張したい。

タブレットに自分が行った行為を言葉で録音し、内蔵したIAでその言葉を読み取って、簡潔な文章化を図るなんて言う技術は既に出来上がっているだろう。

そうした技術を介護の場にあうようにプログラミングして、行為を行いながらタブレットに話しかけ、それがそのまま個人別の支援記録・バイタル等の記録と連動されて表示されるようになれば、介護職員の業務は劇的に軽減される。

ここに知恵と技術を集中すれば、使えるアプリなんてすぐできそうな気がする。そしてそれは莫大な利益にもつながると思えるので、IT能力の高い方は、是非そうした方向でアプリ作成に取り組んでいただきたいと思う。

どちらにしても薹が立った人たちの、記録能力を上達させようなんてできもしなことに時間とエネルギーを使ってはならない。もっと現実的で、なおかつ過去になかった斬新な方法で、記録業務を根本から改善してほしいと思う。
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介護支援の敷居を低くするために


札幌西区発寒に拠点を置く、完全リモートワークの居宅介護支援事業所、「株式会社279(つなぐ)・つなぐ手ケアマネセンター」が無料配信しているオンライン講演の12月分と1月分の講師役を務め、昨日が第2回目の配信をし終わった。

前回は、愛称を人生会議としたACP(アドバンスケアプランニング)の歴史や、なぜそれがが重視されるようになったかという背景を話すとともに、そうした概念がない状態で起こった悲劇などについて、実際のケースを紹介して理解してもらった。

そこではリビングウイルの支援としての人生会議に重点を当てて話したが、そうなるとどうしても延命治療を控えてもらい、苦痛を取り除く緩和治療・緩和ケアというものが前面に出てくる。

しかし人生会議をもっと一般化するためには、死とか命とかをイメージする前に、ごく自然に自分の生き方の延長に、旅立ちの準備の話し合いをしておきたいと思えるような形が必要と思う。
北国の冬の夕日
そのため人生会議のとっかかりは、もう少しソフトな終活支援とした方が、入口のハードルが低くなると思い、昨日はそのことをメインにして話をした。

終活とは何か、終活の具体例、エンディングノートに記しておきたい3つの思い、終活セミナーの企画運営の事例等に触れ、最後にケアマネジャーが支援した看取り介護の実践例を話し、次回4月は看取り介護支援をオンライン配信することを予告した。

120名を超える方が視聴してくれたが、どのように感じてくれただろう・・・。

多死社会に入っている我が国では、終末期支援スキルが、すべての対人援助のプロに求められてくるので、ぜひそれぞれのステージで、命を燃やす人生の最終ステージの支援ということをテーマにして、学びの場を設けていただきたい。

さて僕はその講演を終えた後、講演場所から1時間もかからない小樽市に移動して、講演主催者の方々などとオフ会を愉しんだ。(参照:masaの血と骨と肉・北海道弁で冷たいは、しゃっこいです。

今回泊まったホテルは、スタッフが一人も常駐していない無人ホテルである。

チャックインからチェックアウトまで人間の対応がされないで済ます方式だ。・・・コンビニの無人化も進んでいるが、ホテルもこんなスタイルが主流になって、人手不足・人員不足社会に対応していくのだろう。

介護事業もその流れに乗って、人の削減が可能になるのだろうか・・・。介護DXとして、どこまで人手をかけずにサービス提供ができるようになるのだろう。

だが人手をかけないサービスとは、顧客自身の能力に期待しなければならない面が多々あることに気づかされる。

能力がある人はそれを苦にせず、むしろ他人と対面して応接するわずらわしさがないことを歓迎する人も多いのだろう。

自らの本意ではなく、心身に障害を抱え、生活上の不便を数多く抱える人が、そうした仕組みの社会にどれだけ対応できるのだろう。

介護サービスを必要とする人だって、他人に個人領域に深く介入されて、根掘り葉掘りプライバシーを詮索されることを好む人はいないと思う。

そうであるにもかかわらず生きる不便に遭遇している人々は、そうされなければ日常生活に支障をきたすために、不本意ながら介護サービスを利用せざるを得なくなっているのだ。

そうした人々は果たしてDXの波に乗って、オートメーションの流れの中で生きていけるのだろうか・・・。人にものを尋ねることもできない状態で、すべて自己責任で完結する生き方を受け入れることができるのだろうか・・・。

無人のホテルに泊まりながら、そんなことをかなえている。

・・・と同時に、心身の障害を持つ人々に寄り添う自分であるからこそ、そこで何ができ、他人がかかわるわずらわしさを感じさせる以上に、愛を感じてもらえる方法がないかと考えている。

勿論、愛や優しさの押し売りをするつもりはないし、自分の価値観を押し付け、他人に煩わしさを感じさせるつもりはない。

しかし温かな手を差し伸べて欲しい人もいるだろうと思う。

そんな誰かのあかい花になることができる方法に思いを寄せているとことだ・・。
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介護従事者の本音が経営者に伝わっていないのではないか


僕は社会福祉法人の総合施設長という立場で、介護事業経営にあたって結果を残してきた実績があるため、介護事業経営者向けの研修講師を務める機会が多い。

同時に社会福祉士・介護支援専門員・家庭生活総合アカウンセラーなどの資格を持ち、ソーシャルワーカーとしての実務や、ケアマネジャーとしての実務も数多くこなしてきたため、それらの有資格者向け実務研修講師も務めるとともに、介護実務のコーディネート実績も数多いために、介護職員に向けた介護実務研修実務講師も務めている。(参照:masaの講演予定と履歴

つまり介護事業経営者・管理職・現場リーダー・実務職員等、すべての職種や立場の人々生の声を聴く機会が常にあるのだ。

だからこそ感じることは、介護保険制度改正に関連した今後の介護の在り方を考える際に、経営者や管理職と、相談援助や介護等の実務に携わる職員の意識の乖離が見られるということだ。

特に介護人材不足に対する対策において、この意識の差が激しいと感じることが多い。

例えば介護助手に関する意識差・・・。入所要件の厳格化で、原則要介護3以上の暮らしの場となっている特養では、食事介助が必要な人が大幅に増えており、自力で食事摂取できる人が少なくなっている。

当然そのことは食事介助時間の増加につながっており、入所要件厳格化以前の食事時間内では、食事介助が必要なすべての人に対する摂食介助が終わらない施設が多くなっている。そのことがそれ以外業務時間に食い込んで、さらに業務が回らなくなる状態を生んでいる。
介護保険制度改悪
この際に、経営者や管理職は、介護助手を活用して食事介助を行ってもらい、介護職員の業務負担を減らせばよいと考える人が多い。

しかし介護職員からすれば、それは心外なことであり、食事介助という大切で、かつ知識も技術も必要な行為を、介護職員になれない人に担わせて良いのかという声が挙げられている。

食事は「」ではないのだから、食事介助とは単に食わせて終わりという行為ではない。食事の愉しみを失わないように、おいしく食べられるように、姿勢や雰囲気・声掛けにも気を遣いながら介助する必要がある。これを介護職員になることができない助手にまかせては、介護の質が落ちるだけにとどまらず、誤嚥等の介護事故が頻発する恐れはないのか・・・。介護職員は、それらの職員への指導と見守りで、食事介助そっちのけで精神的負担が増えてバーンアウトしてしまうのではないか・・・。

この実証事件を、食事介助が必要ない人が多い在宅復帰型老健で行ってもしょうがないのだ。特養の助手導入モデル事業は、特養で行わねばならない。

介護保険施設の職員配置基準の3:1を4:1まで緩和することもしかりである。

そもそも3:1とか4:1とか言ったとしても、それ自体に職員は興味がない。これは利用者総数(前年度平均)に対しての職員配置比率でしかなく、日や時間によっては一人の職員10人以上に対応しなければならない状況は当たり前に生まれているので、比率そのものを問題視する介護職員は多くはない。

それより配置基準緩和に合わせて、実際に働く職員が削減されたとき、今より業務が厳しくならないのか、有給休暇を気兼ねなくとることができるのかという問題への関心が高いだけである。

ところが配置基準緩和の実証事件を行っている施設では、シフトを最大限に回して、職員の有給休暇等を考慮に入れないで行っているケースが多い。しかも実証実験期間が短い期間であるから、その期間だけなら何とか頑張るという、職員の最大限の努力の中で実証しているというに過ぎない。

最小限の人員で業務を回す期間が、永遠続くとなったら、「話は違う」という職員が多いことを、経営者や管理職は知っているのだろうか・・・。

職員は現場を取り仕切るリーダーや管理職に、そうした不安の声を挙げているのだろうが、人員削減ありきの実証実験は、経営者等の旗振りで行われているため、管理職は旗振り役の経営者等に、「それは無理です」という職員の声を挙げられないという状況も見られる。

介護の場で働く人々の、「真実の声」が届かないモデル事業結果によって、とんでもない改悪が行われてしまうことを強く懸念している。
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運営基準に沿わない対応根拠はBCPに定めおくこと


コロナ感染第8波は、北海道ではピークダウンを迎えたが、そのほかの地域は以前と厳しい状況にある。

感染の波といっても、若年層や壮年層で健康な人にとっては、現在の状況は致死率がゼロという、「ただの風邪」というレベルの問題かもしれない。

しかし高齢者や持病のある方にとっては、依然としてコロナは重篤な状態になりかねない危険な病である。

そういう意味では、高齢者施設におけるクラスター感染は深刻な問題といってよいが、12/26時点でのクラスター発生状況は、過去最多だった前週より更に69件多くなったと報告されている。

そのような中、昨日僕が管理する表の掲示板に、「コロナクラスターにおける特養での食事回数」というスレッドが建てられた。

感染者等が休まずを得ず職員不足が生じたため、業務が回らないという理由で食事の提供回数を3回/日から、2回/日に減らすことは問題ないのかという質問である。

リンクを貼りつけたスレッドにも書いた通り、介護保険施設の運営基準を定めた省令には、食事の提供回数の定めはない。

しかしそれは食事提供回数は勝手に介護保険施設が決めてよという意味ではなく、食事は朝・昼・夕と日に3回摂ることが社会常識であり、法令に定めるまでもないという意味でしかない。

現にQ&A等では、食事を朝・昼・夕に分けて提供することを前提とした疑義解釈が示されているし、さらに「老企第43号 介護老人福祉施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準について」の12食事の提供(基準省令第14条)では、(3)適時の食事の提供についてとして、『食事時間は適切なものとし、夕食時間は午後6時以降とすることが望ましいが、早くても午後5時以降とすること。』という定めもある。(※この規定は、夕食をなしにすることは得あり得ないという規定であり、朝・昼食もなしにすることはあり得ないことを示している。

よって入浴支援を最低限2回/週しなければならないのと同様に、食事も日に3食、朝・昼・夕に分けて提供していなければ、「適切な時間に提供していない」として運営基準違反で指導対象となる。

これはコロナ禍という特殊な状況でも同じなのだろうか・・・。それを確認するため、厚労省サイトのコロナ特例通知を確認してみよう。

コロナ特例としての人員基準等の臨時的な取扱いを読んでみても、配置基準を満たさなくても良い特例や、定員超過を認める特例は示されているが、介護施設等で介護支援に関する運営基準を満たさなくてよい特例は示されていない。(※文字リンク先を参照してほし

よって介護や食事の最低基準は遵守する必要があると言ってよい・・・。しかし実際に介護職員等が感染によって出勤できない場合に、この基準をすべて遵守して仕事を回すことは不可能であることは、誰が考えても当たり前のことである。

その場合は緊急避難として、運営基準に沿わない対応もやむを得ないとされるのは当然だ。現に北海道で最初にクラスター感染を起こした札幌市の老健施設は、入浴や食事の基準を満たさない期間が生じたが、それに対して運営指導が行われたという事実はない。

よって厚労省通知がない特例も、緊急やむを得ない場合は認められると考えてよいのだ。

しかし後々、利用者や家族、はたまた外野からいわれのない非難やクレームを受けないために、この緊急避難にも根拠を与えておきたい。

その根拠を行政担当課との事前協議に求めたとしても、行政担当課が明確に許可を与えてくれるとは限らないし、スピード感が求められる緊急対応に即応した判断が示される可能性は低いだろう。

よって他の根拠を求めなければならない。それが業務継続計画BCP)である。
事業継続計画BCP
BCPは2021年の基準改正で全介護事業者に策定義務が課せられている。(※ただし2024年3月いっぱいまでに策定すればよいという経過措置期間がある

BCPは災害や感染症が発生するなどの有事に、事業継続ができなくならないように策定すべきものであり、緊急事態を乗り切り事業廃止にならないようにする方策を盛り込むものだ。

よってBCPの中に、緊急時の対応(業務継続計画発動基準、対応体制等)をきちんと盛り込んで、いつ・いかなる時に、緊急避難対策を取るかということを明確にしておく必要がある。

そのうえで職員が欠勤せざるを得なくなった際の、職員出勤率毎の介護の優先順位を決めておくことが重要だ。

出勤率によっては、3大介護と呼ばれる、「食事」「入浴」「排泄」もすべて基準通りに支援できなくなる恐れがあり、その際にどの介護を優先的に行うべきかを決めておく必要がある。

当然、食事は最優先して提供しなければならないものであるが、それも1日に3食という基準が護れなくなる想定もしておく必要がある問題だ。

BCPで最も重要なことは、『人命を護るために優先しなければならないことは何か』ということであり、運営基準に沿わない対応も必要になる場合があるという想定の中で、人命を護る最低限の介護の在り方を盛り込んでおく必要があるのだ。

それを拠り所として運営基準に沿わない対応が行われたとしても、根拠があっての緊急避難だとして、誰もそのことに文句はつけられないだろう。

だからこそ緊急避難の対応発令の時期や内容がBCPにきちんと盛り込まれていることが重要になるのだ。

今後BCPを策定する介護事業者は、このことをきちんと盛り込んで策定をしなければならないし、既にBCPを策定し終得ているという介護事業者も、今一度、このような内容が盛り込まれているかを確認してもらいたいと思う。
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説明責任って大事だよなあ


仕事柄、ホテルに宿泊する機会が多い。

その数はコロナ禍以前よりは少しは減っているが、それでも毎月1回以上全国のどこかのホテルに宿泊している。

コロナ禍直前は、東京オリンピックが控えている時期でもあったためか宿泊料金が高騰し、東京都内などは目が飛び出る価格で、予算内の安い宿を探すのに難儀することも多かった。しかしコロナ禍で宿泊料金は最安値と言えるレベルに振れた。

外国人客が戻ってきた最近も、徐々に宿泊料金が上がってきたとはいえ、以前ほどの高値にはなっておらず、予算内の価格で泊まることができるので助かっている。

そんなホテルであるが、最近では感染予防対策のためか、はたまたコストダウンのためか、アメニティグッズを部屋置きしなくなったところが増えている。チェックインの先に、フロントカウンターに置いてあるものを、必要なものだけ自分で持っていくスタイルである。

男性である僕の場合、アメニティグッズといっても髭剃りと歯磨きセットがあればよく、他の化粧品類などは使わないので、それで全く問題はない。

しかし以前に何度も宿泊しているホテルで、部屋に髭剃りと歯磨きセットが置いてあったのに、新たに宿泊してそれがなく、いざ使う段になってフロントに確認して、部屋置きをやめたというアナウンスを受けて、慌ててカウンターまで取りに出かけるということが何度かあった。

別に取りに行くこと自体は構わないが、すっかりくつろいで風呂に入ろうとして下着姿であったり、部屋着に着替えている場合などは、アメニティグッズを取りに行くためだけに、着替えを行って靴を履いて部屋を出るという手間になる。これには閉口してしまうのである・・・。

おそらくホテル側からすれば、アメニティグッズを部屋に置かなくなってかなりの期間が経っており、それが当たり前だから改めて宿泊客全員にアナウンスする必要はないと考えているのだろう。

しかしそういうシステムではない以前にそのホテルを利用している客にとって、それは寝耳に水という状態といっても良く、「聴いてないよ」状態でしかない。
ホテルの自動チェックイン
ここはチェックインの際に、丁寧に都度説明するというのが客商売であるならば当たり前であると思う。

近頃は自動チェックインのホテルも増えて、そもそも接客しないから説明しないという理由もあるかもしれないが、それならば自動チェックインのシステムに、説明をする機能を入れなければならないと思う。

この説明をきちんと行うのか、省いて当然と思うのかが、ポスピタリティ―が高いか低いかという違いにもなってくるのではないのかと思ったりする。

お客様」・「〇〇でございます」と、いくら丁寧に声を掛けられても、丁寧な説明がされないとなると、接客として意味がないように感じてしまう。それは僕が単なるアナログ人間でしかないからなのだろうか・・・。

私たちの介護事業も立派な接客業である。ホテルマンのような丁寧な対応や言葉遣いは大いに真似たいと思うが、過度なデジタル対応にならないように気を付ける必要はあるだろう。

私たちのお客様とは、心身に何らかの不自由を持つ方々であるのだから、対応に漏れがないように丁寧な説明は省けない。説明不足が即、生活障害となりQOLの低下につながりかねないのだから、ホテル業の接客の比ではないほど、そのことには注意が必要だ。

私たちの提供する介護サービスを利用されている方には、できる限りそのことによって豊かな暮らしを送る結果に結びついてほしい。単にサービスを利用するだけではなく、より良い気持ちになっていただきたい。

そうした結果を強く意識し、そのためにお客様に私たちができ得る限りのおもてなしをしようとする気持ちを、ポスピタリティ―精神と呼ぶのだろう。

おもてなしは気持ちの問題なので、マニュアル化できない。それぞれの従業員の心のうちに湧いてくるのを待つしかないのが、ポスピタリティ―精神でもある。

だからこそそのような気持ちを持つことができるように、お客様に対する対応を日ごろから丁寧に、適切に行うというサービスマナー意識は重要であり、その意識の中に丁寧なる説明責任というものも含まれてくるのだと思う。

年の瀬に、このことを今一度振り返って、自分がこの1年、介護サービス利用者の方々に対し、おもてなしの精神をもって真摯に対応できたか、必要な説明責任を果たしていたかを振り返って、自分自身の通信簿をつけてほしいと願う。
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高齢者が大人として愉しめるクリスマスを・・・。


今年も押し詰まって、残すところあと9日間となった。明日はクリスマスイブである。

クリスマスには雪が似合う。特に北海道の場合は、雪のないクリスマスは何となく物足りないように感ずる。しかし今年のようにドカ雪が続くと、いい加減にしてくれと言いたくなる人が多いかもしれない。(※登別は昨日から雪が雨に変わり、雪があらかた溶けてしまったが、今また雨が霙に変わって風も強く、これから吹雪になる気配が漂っている・・・。

さて今年は暦の関係でイブが土曜日、クリスマスが日曜日になっている。そのため介護事業者では、クリスマスをお祝いする行事を一足早く今日行っているところが多いのではないだろうか。

日本人にとってクリスマスは宗教的な色彩は薄く、暦の上での大切な季節行事となっている。今、高齢者といわれる年齢の人たちにとっても、クリスマスを祝うことは生活習慣であると言ってよいだろう。だからこそ介護事業者内でクリスマス行事を行おうとすることは大いに結構だと思う。

むしろ3年以上続いているコロナ禍の中で、暮らしの中で様々な不便を強いられている方々が多いのだから、クリスマスという日を利用して、介護事業者の中で、ささやかながらも心から愉しむことができるひと時を、利用者の方々に提供していただきたい。
メリークリスマス
だがそこで行われる行事とは、大人が参加して、大人とて愉しむものであるということを忘れないでほしい。

一般家庭でもクリスマスを祝う家庭は少なくないが、そこで大人が紙で作ったトンガリ帽子をかぶっているとでもいうのだろうか。サンタの帽子をかぶった高齢者が、クリスマスソングを歌っているとでもいうのだろうか・・・。

世間一般的には、大人が参加するクリスマス会とは、もっとシックで大人びたお祝いをしている。呑んで騒いで唄うことがあっても、ジングルベルや赤鼻のトナカイなんて唄わない。

介護事業者がなぜ大人のシックな行事のあり方に視線を向けず、チーチーパッパの行事に走るのだろう。

幼稚園児が喜ぶ行事を行ってもしょうがないのだ。それは知らず知らずのうちに、介護サービスを利用する人を見下しているという意味ではないのだろうか。

幼児が愉しむようなクリスマス会を、何の疑問を持たず平気で行っている介護事業者の存在が、世間の偏見を生む元凶にもなっているのである。

認知症の人に対して幼児言葉で話しかけるのが当たり前だとか、心身に重たい障害を持つ人が、一人の尊厳ある大人として接してもらえないだとか、そんな風潮に結びつくものが、介護事業者における行事・イベントの仕方にかかっているのかもしれない。

かつて僕が働いたことがある千歳市の老健施設は、利用者を子ども扱いする行事を平気で行っていた。(参照: 遠足のある高齢者介護施設の違和感 )

そこには一般家庭ではあり得ない非日常が数多く存在しており、まさに収容施設そのものにに化していた。そして従業員はそのことに全く気が付かずに、日常的に利用者を子ども扱いするような不適切な対応に終始しており、そんなところに長く勤務していてはならないと思って退職するに至ったが、その選択は間違っていなかったと心から思っている。

大人を大人としてみない扱いが、人を小ばかにした対応につながるのである。人権侵害をなんとも思わない感覚麻痺に繋がってしまうのである。

そうならないように、年末にかけて数多く行われる行事の数々を、大人が大人として愉しめるものであるように見直してほしい。

人権尊重とは、そのような日常のチェックと見直を続ける不断の努力によって揺るぎないものになるのである。
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偽善であっても良いのじゃないのか


対人援助という職業に関わる人間が、すべて高潔な人格の持ち主とは限らない。

良い面もある反面で、悪い面を持っている人も介護の仕事をしている。

しかしそれをことさら問題視する必要はないと思う。むしろそれは当然であるとも言える。人には誰しも多面性というものがあり、一つの傾向だけを貫いて生きている人は、そう多くはないのだろうと思うからだ。

そもそも多面性を持っていることを自覚していない人も多いし、自分が良かれと思っている一面も、他人から見れば汚いとか、おかしいとか思われることもあるのだ。

神ならざる人間は、清く正しいことだけを貫いて生きていくなんてことができるわけがなく、いろいろな一面を持ちながら、時には間違った方向に向かったり、迷いながら進んだりしなければならないのである。

そもそも清廉潔白で、高潔な心根の持ち主だけが介護者にふさわしいなんてことにはならない。

冷酷非道な人間で、人を傷つけることに何のためらいもない人間が介護という職業に携わって、関わる人々の心を殺してしまうのでは困るが、そのような冷酷な心根の持ち主ではない限り、対人援助の仕事に関わって悪いわけではない。

ごく普通の人が携わることができる職業が介護である。
ほっこり
感情ある人間だから、時には喜怒哀楽の心に揺れながら、対人援助という仕事に関わっていくことも当然である。

ただしどのような職業であっても、自分の生まれながらの性格むき出しで仕事をこなしながら、その責務を果たすことができるなんてことにはならない。

その職業に求められる結果責任を全うするためには、その職業に見合ったスキルを身に着け、経験を重ねて熟練の域に達する努力が求められるのだ。職業人=その道のプロフェッショナルであるという使命感をきちんと持って、自らを成長させる努力を怠ってはならない。

だからこそ自分の感情がどのように揺れやすく、その心の動きが対人援助という仕事の場面でどのような影響を与えるのかを自覚し、できるだけそうした影響がでないように自らをコントロールするための自己覚知は重要になる。(参照:価値観が変化する自分を覚知するために

そのように自分を厳しく戒めて、利用者に真摯に関わろうとする態度は常に忘れてはならないと思う。

しかし時として利用者に接している自分の姿を、「偽善だ」と評されることもある。

自分が対人援助の場で、利用者に相対している際に行っている行為やその際の態度を、本心からではないうわべだけの善行であると評されるのは心外ではある・・・。しかし悪行に走るよりそれははるかにましだろうと思う。

仮にそこで行われていることが偽善であったとしても、その行為によって感謝の気持ちを持つ人が一人でも世の中に増えれば、それは善行以外の何ものでもないと思う。

むしろ偽善者と批判する人は、偽善ほどの人に感謝される行為をほかに行っているのかと問いたい。

世に偽善が増えて、それによって暮らしが豊かになる人が増えるのであれば、それは否定される行為ではないと思うし、そもそも偽善と真の善行の境目なんてあって無いようなものだろう。

むしろ介護という職業に携わっている人々は、偽善であっても善を重ねる行為に終始してほしいと思う。

聖人君子によって成り立つ職業が介護ではなく、ごく普通に生きている平凡な市民が、当たり前の感覚を失わずに、他者の暮らしに寄り添うことが、介護という仕事の本質である。

人を幸せにする前に、自分が関わることで、決してそれ以前よりその人が不幸にならないようにすることが、私たちが心せねばならないことではないだろうか・・・。
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ブラックな職場ならば辞めるのもストレスコーピング


仕事にストレスはつきものだ。どんな職業に就いている人であっても、誰しもが多少のストレスは抱えているものだ。それが全くない労働者なんて、この世に存在するとは思えない。

そもそもストレスには、仕事のパフォーマンスを高める良いストレスも存在する。問題はそれを超えた過度なストレスが原因でメンタルヘルス不調に陥ることである。(参照:メンタルヘルス不調とストレスについて考える

特に感情労働と言われる介護の仕事は、利用者の感情にも巻き込まれて過度なストレスを抱えやすい労働環境にあるともいわれる。その状態を労働者個人の精神論として放置していては、現実的かつ具体的な問題が生じた場合に正しく対処できなくなる危険性が高い。

そのためにストレスマネジメントを行って、正しく対処するという考え方が必要になる。それがストレスコーピングである。(※問題に対処する、切り抜けるという意味の英語copeに由来している言葉。※ストレスチェック〜ストレスマネジメントで終わらずに、ストレスコーピングまでの過程を踏むことがメンタルヘルス不調の予防と改善には重要となる。

ただし一言付け加えておくべきは、介護という仕事のストレスを、利用者への虐待という方法に結びつけるような人は対人援助に向いていない人だということだ。

そういう人の対処法とは、介護以外のほかの職業を探すしかない。人に関わらない職業を探しなさいと言いたい。

ただしメンタルが低下すると仕事のパフォーマンスが下がることも事実だ。その状態で利用者の方々に相対することは、ケアサービスの質にも影響し、不適切なサービスに結びつく恐れがある。

そのためストレスに対する、自己防衛策を持っておく必要があり、ストレスコーピングは必要不可欠になるのである。

今週金曜に予定している東京都社会福祉協議会会員に向けたオンラインでのサービスマナー講演では、そのことを詳しく解説する予定になっているが、ここでも少しそのさわりのみを紹介しておきたい。
2022年の冬シーズン・北海道の初雪
まず最初にストレスマネジメントを行う必要があるが、この場合にはストレスの原因に関わる人間関係が自分にとってマイナスかプラスかを判断してみることが大事だ。

例えば自分の相談に対して文句を言ったり厳しく叱咤するような人との関係はマイナス、共感を得られたり相談に乗ってもらえる人間関係はプラスなどと判断しメモしておく。ストレスコーピングでは、プラスに働く人との繋がりを大切にすることを意識するのである。

東社協オンライン講演では、こうしたストレスコーピングを、「問題焦点(解決型)」・「情動焦点」・「認知的再評価型」・「気晴らし型」等に分けて解説し、「やってはならないストレス発散方法」にも触れてわかりやすく解説する予定だ。

特に問題焦点(解決型)コーピングでは、ハラスメントなどのストレッサーに対して、直接相手に「やめてください」と伝えて、問題となる状況が再発しないように働きかけることも必要になるが、それも通用せず上司に状況を訴えても働きかけてもらえないようなブラックな職場については、「職場をやめる」という選択の一択しかなくなる場合もある。

しかしこうした選択も自分の身を護るためには必要だと理解することが大事だ。

僕が管理している表の掲示板には、「自分の職場が虐待や不正をしている」という書き込みが時々ある。「それを何とか変えたいのだが変わらない。でも自分があきらめてやめてしまっては、利用者さんを見捨てることになる」というジレンマを抱えている人が少なからず見られる。

しかし利用者を見捨てないために、不正や虐待をしている職場の環境を我慢して仕事を続けるというのはやりすぎ耐え過ぎでしかない。それは自分の身を亡ぼすことに繋がりかねない危険な行為だ。

介護報酬の不正受給や、過酷な労働環境の放置は事業者の怠慢でしかない。しかし悪いのが事業者でも、職場が問題を起こせば当然働いている人間にも被害が及ぶという理解が必要だ。

だからこそ環境が変わらないようであれば、職場を変えることも検討しなければならないのである。勇気を持って辞める決断をすることは、悪質な業者を減らすことにつながると考えるべきだ。

なにより介護業界にとっての最大の損失は、介護人材として貴重なスキルを備えている人が、メンタルヘルス不調でこの業界を去ってしまうことなのである。そうなる前に自分を護る行動として、職場を変えるという選択をしていただきたい。

そして実際に退職を決断した際は、虐待や不正の証拠を集めて、匿名でも良いから告発することが求められるソーシャルアクションである。
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何にもしなくてよい人から生まれる何でもできるケア


僕が総合施設長を務めていた社会福祉法人では、介護保険制度の創設の前年に特養の規模を50床から100床に拡大し、ショートステイベッド数も10床増やしたほか、それまで行っていなかった通所介護事業を始めた。

そのため経営規模が大きくなることに対応して、新たに職員を募集して雇用する必要が生じた。その際にはすでに介護保険制度が創設されて、翌年に新制度がスタートを切ることが決まっていた。

当時すでに法人の事業経営部門で頭脳役を担っていた僕は(※当時の肩書は業務課長)、措置から契約となる介護サービス事業は、そこで大きな変革を迫られてくると考え、時代にマッチしたサービスの在り方に変えていく必要を感じていた。

そのタイミングで多くの新入社員が入職してくるのだから、色に染まっていない新人の力を借りながら、新しい法人のカラーを作っていこうと準備を進めていた。

当時は明治・大正生まれの人に代わって、昭和生まれの高齢者の方々が徐々に特養に入所するようになってきた時期でもある。その方々の生活習慣やニーズに合わせたサービスが必要になること感じていた。

そのため、「サービスの品質向上」が急務と考え、様々な変革に取り組んできた。

例えば、毎日入浴できる特養にしようとした改革も、その戦略の中で行ったことだ。【参照:介護の質を上げる工夫の具体例(入浴支援1)
メルヘンの丘
逆に言えば、それまでは入浴支援は曜日を決めて週2回しかしていなかったわけである。

その当時は月曜日と木曜日は午前が特浴支援、午後が一般浴と中間浴支援の日としていた。すると月曜日と木曜日はいつも間にか、「入浴日」という概念が出来上がってしまっていた。

入浴日は入浴支援がメイン業務で、食事介助や排せつ介助などのルーティンワークと合わせて入浴支援ができておれば何も問題ないと考えがちであった。

しかし一人の利用者が入浴する時間は、着替えや誘導の時間を入れても30分程度である。入浴していない時間の方がずっと長いのである。そうであるにもかかわらず、職員は「入浴日」であるとして、入浴支援にかかりきりになり、他の事柄に目を向ける意識が薄れていたように感じた。

入浴し終えた利用者、入浴する時間がまだずっと先の利用者は、ひたすら他の人たちの入浴支援が終わるのを待つだけか、テレビの前に座らされて、見たくもない番組を見せられているだけという状態も見受けられた。

この状態を何とか変えようと思い、介護職員と様々な意見交換を続ける中で考えついたのは、「入浴支援を行う日に、入浴支援を何にもしない人」である。「レンタル何にもしない人」よりずっと以前に、僕の特養では「何にもしない人」という役割を創っていたのである。

当番制で代わる代わるこの役割となった職員は、基本介護のルーティンワークからも外れ、ユーティリティーで利用者に目配りしながら、話し相手になるなどが求められる役割とした。ホールにただ座っているだけでも業務であるとみなされるのである。

しかし本当に休みのように何にもしない職員はおらず、何がその中でできることがないかを探し、提案するようになった。そしてその役割を担った職員は、いつの間にか他の職員が入浴支援に携わっている間に、入浴していない利用者が、楽しんで体を動かし、心身活性化につながる活動の企画と運営をする役割を持つようになった。

当然一人ではできることに限界があるので、提案された内容が良いものであるとすれば、相談員などの他職種が手伝ったり、ボランティアを定期導入するなどで、できることを進化させていった。

その過程の延長線上に、入浴支援でほとんどの職員が一日の業務を終えるような日をなくそう。なおかつ利用者は入浴したいときに入浴でき、それ以外の時間もできるだけ自分の「やりたいこと」を見つけて生きがいをもって日々の暮らしを送るようにしようという、暮らしの改革につながっていったのである。

こんなふうに人の暮らしの支援に重要なのは、現状に甘んじることなく、常に変動する利用者のニーズにアンテナを張ってそれに応えようとする姿勢である。「利用者本位」という言葉を、建前ではなく本音に変える本物の介護サービスである。

1.施設サービスは日常性になることによって、一定の品質が保たれるが、日常性は惰性につながる。
2.実践水準は内部的に更新するとともに、外部情報が取り入れられて更新されなければならない。


暮らしの質を護り向上させるために、私たちは常にこの2つの戒めを意識しておく必要がある。
masaが読み解く介護の今
医療介護CBニュースの連載「快筆乱麻masaが読み解く介護の今」の今月号の連載記事、「本気で取り組むべきは介護職員の記録削減」は文字リンク先から参照ください。
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よく理解できない介護助手活用論


介護人材不足を補うために、「介護助手」を積極的に活用する考え方が示されている。

間接的な業務をサポートする介護助手を活用することで、介護職員の負担軽減と生産性の向上につながるとも言われたりする・・・。

そもそも「介護助手」とは何ぞや・・・。それは介護施設で掃除や洗濯、配膳など間接的な業務を担って介護職をサポートする職員を指すそうである。

その人たちを増やすことで、介護職員の業務負担が減って、より少ない介護職員で業務を回せるというのだろうか・・・。

この議論が僕には理解できない。これが40年前に議論されている問題であるなら、多少理解できる。なぜなら40年前の1980年代前半なら、特養の介護職員は「寮母」という職名で、直接介護業務のほか、掃除や洗濯などすべての業務を抱え込んでこなしていたからだ。

しかし高齢者の重介護化が進行し、介護職員の身体介護を行う手間や時間が増え、掃除から洗濯までも含めて、利用者の身の回りのお世話をすべて介護職員だけで担うのは不可能という状況が生まれ、多くの特養では、洗濯や掃除はそれを専門に行う職員を介護職員とは別に雇用するか、外部業者委託という形で、間接業務のアウトソーシング化を行い終えているからだ。

今更この部分の業務を、「介護助手」導入論で、介護の生産性向上とか介護職員の業務負担軽減と言っているのは、時代錯誤も甚だしいと思う。

いやそうではなく、掃除や洗濯以外の間接業務を洗い出して、それを専門に行う「介護助手」をもっと積極的に導入することには意味があるという人がいるかもしれない。・・・本当にそうだろうか。
秋のつり橋
例えば配膳しかできない介護助手がいた場合、なるほど助手が配膳している間に、介護職員は食事摂取介助を行うことができるのだから、自分で配膳をすべて終えてから食事摂取介助するより時間はかからず食事介助を終えることができるだろう。だがそれは何分の差なのだという問題でしかなく、ほとんど意味のある業務削減とは思えない。

こんなことで介護の生産性が高まると本当に思っている人間がいるとしたら、それって介護のド素人だ。

しかも食事摂取介助を行えない職員が配膳だけをする際に、きちんと指示通り適切な配膳業務ができるのかという不安さえ生ずる。介護助手という名の、仕事のスキルの低い人たちへの指示・注意で疲弊する職員も増えそうである。

17日の社保審・介護保険部会では、こうした介護助手を人員配置基準上の介護職員として取り扱うことの議論の準備を進めると厚労省担当者が述べている。

まったくひどい議論だと思う。洗濯業務専門職や掃除業務専門職が、配置基準上の介護職員と認められて、それをもって鯛利用者比3:1基準を満たすのだから、介護職員募集に応募がなくても問題ないと考えるのは、おつむの弱い経営者だけだろう。

そんなことで介護人材不足対策のお茶を濁されては、介護実務に携わる介護職員にとってはたまったものではない。そんな暴挙に走れば、介護実務はますます加重労働になり、介護職員になろうとする人材は減ってしまうだろう。

そもそも配置基準緩和策が盛んに議論されているが、それって介護人材確保に意味があることなのか?多くの介護施設では、介護職員の利用者比3:1という基準配置のみでは業務が回らないから、それ以上の配置をしており、そのための人材不足が嘆かれているのだ。

僕が総合施設長をしていた特養は、従来型多床室が中心の非ユニット型特養だったが、それでも職員配置は対利用者比2:1に限りなく近くしていた。そうした業務を的確に回すための職員が不足している現状で、介護業務の実態を無視した低い配置基準をいじってもあまり意味はないと言える。

そうした実態を見ずして、基準配置を緩和すれば介護人材対策になるという考え方自体がどうかしている。

机に座って仕事を完結させている人間が、机上の論理でひねくり出せる介護人材対策なんて糞にもならない。

同じように、直接的介護ができない介護助手なんて、いくら増やしたところで糞にもならず、介護人材対策とは言えないことも指摘しておこう。
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いつか来た道を連想させるSOMPOケアトップの発想


特養の介護職員はともかく忙しい。

現在では利用者全員が要介護3以上の方々となっているので(※特例入所を除く)、ほとんどの方が移乗や排せつに何らかの支援の手を必要とするし、食事が自立で摂取できる人も少ない。

そのため特養の介護職員のケアの総量は、介護保険制度創設時とは比べ物にならないほど増えている。

看護・介護職員の配置は対利用者比3:1以上になっているとは言っても、それは雇用者全員の数を基準にした比率でしかなく、日中は一人で10人に対応したり、夜間は30人に対応したりしなければならない。

しかも介護という支援行為は、後回しにできず今対応しないとならないことが多い。例えば、「おしっこをしたいのでトイレに連れて行って。」という人が複数人数重なったからと言って、おしっこをするのに順番をつけて、前の人の順が終わるまで排せつするのを待ってもらうということは難しい。その場で同時に2人とか3人とかのトイレ介助が必要になることは日常茶飯事である。

しかし一人の職員で対応できることには限界があるのだから、対応できないことも出てくる。そうした部分で利用者に不利益を生じさせることは心苦しいが、やむを得ない状況も生まれてくる。

こうしたとき、インカムを通常装備して、ヘルプを求める行為に時間をかけないで、他の介護職員が駆け付けられる体制であれば、利用者に不便をかけたり、不利益を生じさせることは大幅に減少するだろう。

インカムや見守りセンサーとは、こうした目的で使うのが本来だろうと思う。

しかし国は、こうしたテクノロジーの導入を、人員配置基準緩和とリンクさせて考えており、ただでさえ少ない人員をさらに削ることが、「介護の生産性向上」であるとしている。

これに関して千葉県の幕張メッセで開催されていた展示会「医療・介護・薬局Week」で10/14、業界最大手のSOMPOケアの鷲見隆充代表取締役が講演を行い、「テクノロジーや介護助手などを導入し、施設によっては、3対1以下の人員配置にオペレーションを変更した場合でも、変更前後で利用者のQOL、職員の負担などに重大なネガティブインパクトが生じないことを、定量的に確認できることを目指している」と説明した。

少子高齢化がさらに進行し、全産業で労働不足になるわが国では、介護人材の確保がさらに難しくなり、このままでは介護事業経営が立ち行かなくなるとして、SOMPOケアが人手をかけずに効率的に介護を行う方法を、業界の先頭に立って創設するという意気込みを示した発言だと思う。

その気概や良しとしておこう。しかしである・・・。その方向にトップが前のめりになっている姿勢を、メディアを通じて流すことはいかがなものだろう。

このように、「人手を現在より削ってもネガティブインパクトが生じない」という前提で導き出す定量データに、どれほどの信頼性があるのだろう。
いつか来た危険な道
SOMPOケアのトップである代表取締役という立場の人が、公の場で発言して多くのメディアが取り上げて報道している発言を、真っ向から否定できるデータを、そのトップの下で働く従業員が表に出すことができるだろうか・・・。

業界最大手のトップが、結論ありきのような講演を行っていること自体が、SOMPOケア関係者にとっては大きなプレッシャーだ。そのため定量化するための取り組みの評価には、様々な忖度が働いてくるだろう。よって今後、SOMPOケアだ示す定量化された結論を、私たちは疑いの目で見ざるを得ない。

そもそもSOMPOケアとは、あのメッセージを買収して業界最大手になった企業で、メッセージが行っていた悪名高いアクシストシステムを踏襲したケア実践を行っているという。(※文字リンクはアクシスとシステムが介護現場を破壊しているとして告発した、「Sアミーユ川崎幸町での転落死の逮捕報道に際しての声明/東京北部ユニオン・アミーユ支部」の声明文である。参照していただきたい。

声明文ではアクシストシステムを、「自分の仕事をこなすので精一杯で職員同士の協力・協働ができないシステムだ。」と糾弾しているが、SOMPOケアトップの考え方と一連の発言は、まさにそのシステムをさらに規模を大きくして広げようとするもので、「いつか来た道」を連想させるものでしかないように思う。

利用者のニーズに沿えずに、不便をかけたことを心の負担に感じる介護職員は多いが、そんなことを考える暇なく、自動的・機械的に業務を回せば心の負担は少しは減るかもしれない。しかしその代わりに、そうしたシステムに乗っかって黙々と作業労働をこなす介護職員は、正常の感覚を麻痺させて、利用者を待たせても、苦しませても、悲しませても何も感じなくなる。

そんなふうにアクシストシステムで心を壊した従業員がいて、アクシストシステムで狂った従業員に殺されたり、暴力を振るわれた何の罪もない高齢者が存在したのは、つい最近のことである。

それを繰り返すことになるのではないかと、非常に危惧している。

SOMPOケアの鷲見隆充代表取締役の最近の発言のいくつかは、かつてメッセージの会長だった橋本俊明氏が、メッセージが日本の介護のトップランナーになると高らかに宣言していた頃の内容と重なって聞こえるのである。

とても心配である・・・。このことについて、SOMPOケアで働く人々自身はどう思っているのだろうか。
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人と相対する職業という意味を考える日々


対人援助という職業は、自分以外の誰かの人生に深く関わる職業だ。

そんなことは今更言うまでもないといわずに、そのことをもう少しだけ深く考えてほしい。

この職業を通じて関りを持つ利用者の方々とは、もし自分がこの仕事を選んでいなかったならば出会うこともなかった人たちなのである。

つまり対人援助という仕事に携わらなかったとしたら、自分の人生の中で決して交差することのない人が、自分を頼って支援の手を待っているのである。

自分は自らの意思でこの職業を選んだ。それは他の職業に就いたなら関りを持つことのなかった人々の人生に、自らの意思で深く関与しているという意味だ。

それは縁と呼ぶべきなのか、宿命と呼ぶべきなのか・・・。どちらにしても、自らの意思で対人援助という仕事を選んだ以上は、そこで出会った人々の人生に深く関与する責任を果たさねばならない。

人から与えられたのではなく、自ら選んだ道が、自分以外の誰かの人生に関わるという職業だ。そう言う職業を仕事としてではなく、生き方として選んだと思いたい。

介護サービス利用者の側からこのことを考えると、自分の人生に深くかかわる支援者が、どういう考え方の持ち主で、どのような支援スキルを持っているのかということは、支援を受けた後の人生の豊かさに関わってくる問題である。

それだけ支援者の人となりは重要であるという意味になる。

そのような重要な役割を、私たちは好む好まざるにかかわらず担っているのである。

その使命と責任を忘れないでいたいと思う。
キタキツネ
私たちがその使命を果たすためには、結果責任を常に意識しなければならない。

私たちと出会ってしまった利用者の方々の人生が、私たちと出会う前より豊かになるという結果を求めればならない。

そうしないと私たちの存在意義が失われてしまう。もしも出会った人々が、自分と出会うことで不幸になるとしたら、何のために自分は対人援助という仕事を選んだのかわからなくなってしまうのである。

結果を出すためには、日々努力し続ける必要がある。知識や技術を積み重ねるのは、他人の暮らしに深くかかわり、個人の生活空間に深く介入する以上当たり前のことだ。

努力だけでは何の価値もなく、結果がすべての世界だと自覚しなければならない。

やっていることが正しいと思っても、そこに存在する利用者がその結果を好ましく思ってくれるかどうかが問題だ。答案の答えは私たちが出すのではなく、利用者が出すのだということを決して忘れてはならない。

勤勉・真摯・謙虚、そして器の大きさ・・・。それらのどれか一つが欠けていても人の暮らしに寄り添う資格は無い。

売名・不遜・おごり、そして器量の狭さ・・・。そのどれか一つでも私たちの中に潜んでいれば、知識や技術もいつか自分を裏切る。

そういう職業を・・・そういう生き方を私たちは自ら選んでいるのである。その重さや尊さを決して忘れてはならない。
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軽々しく「介護職負担軽減」って言うな


9/28に行われた、「全世代型社会保障構築会議」で、政府は介護分野について、事業所の行政手続きの「原則デジタル化」を打ち出した。

事業所の指定申請、報酬請求、実地指導(運営指導)に関する書類について、国が定めた全国統一的な標準様式を用いることを、一定の拘束力を持たせた形で自治体などに要請していく。あわせて、今年度下期から段階的に運用を始める「電子申請・届出システム」を書類提出の手段とすることを原則化する。

書類の様式、提出方法などが自治体ごとにバラバラな状況を改め、介護現場の事務の効率化、生産性向上につなげる狙いがあるという。

このため9/29には厚労省から自治体あてに、「電子申請・届出システム」を実際に使っていくことを速やかに導入を要請する通知を発出した。

それに関連して、介護の書類に押印・署名はいらないので、一部の自治体で残っている事業所の指定申請、報酬請求などの押印欄も削除するように求めてもいる。

厚労省は遅くとも2025年度までには、この原則化に実効性を持たせる法令上の措置も講じる方針だそうである。(※ここまでは新聞報道の受け売り・・・。

このことは介護事務の観点から言えば、介護事業者も歓迎すべきことだと思う。介護事務業務のデジタル化の当初は、慣れないシステム運用に戸惑うことがあったとしても、そのシステムが軌道に乗れば、アナログ業務よりずっと時間と労力を掛けずに、業務が流れていくと思う。

それは間違いなく介護事務業務の省力化・業務負担軽減にはつながると考えるし、大いに歓迎されることだとも思う。

介護事業者における事務担当者は、科学的介護情報システム(LIFE)への情報提出のための業務が増え、さらに3種類に増えた処遇改善加算の事務などの業務が加わり、大幅な業務負担増となっている。

にもかかわらず、介護職員ほど待遇は改善されていないという状況もある。そうした事務担当者の方々の負担が少しでも減ることは良いことだ。大いに推進してもらいたいと思う。

・・・がしかし、このことを、「介護職員の負担軽減、勤務環境の改善、人材の確保につなげたい考え。」としている点については異議を唱えたい。
介護事務
なぜ介護事務負担の軽減が、介護職員の業務軽減や環境改善につながるんだ?そんなことはあり得ない。

国は介護事務の負担と、介護職員の業務負担をもっと明確に分けて考えてほしいと思う。

特に介護業務そのものではない、介護職員が担わねばならない事務負担というものにスポットを当てて考えてほしい。

例えば利用者同意の捺印や署名を廃止できたとしても、それを廃止する条件として、支援記録に同意した記録があればよいとするならば、その支援記録は誰が書くのかを考えなければならない。多くの介護事業者では、支援記録は介護職員が担当する記録とされているのだ。

LIFEへの情報提出にしても、入力作業は事務職が行うので、その作業のデジタル化や省力化を進めることは事務職員にとってありがたいことだが、そもそも入力事務担当者に、入力情報を手渡すのは、主に介護職員だ。

ADL情報はBIを測定する機能訓練指導員が事務担当者にデータをまとめて渡すとしても、認知症の状態は、関心・意欲の低下や意思疎通面の状態を情報提出することが求められているので、その情報はリアルタイムに利用者に接する介護職員がまとめて事務担当者に渡すことになる。つまりデータ提出作業がデジタル化されて、その作業が省力化されても、介護職員の負担は減ることにはならないのである。

さらに制度改正・報酬改定の度に新しい加算が増えて、その加算の算定要件をクリアしている証明として、ケアの実施記録が増えている。介護職員の事務作業負担は、書類削減・事務作業省力化の流れの中で、ちっとも減っていないのだ。

厚労省はこの現実をしっかりとらえてほしい。しかし事務作業の削減を、あたかも介護職員の事務作業削減と混同するかのような分析に終始している感がある。

それはまるで事務作業削減で、介護職の業務負担が減っていると自ら思い込んで、自己陶酔しているかのようだ。勘違いも甚だしい。

介護職員の業務を削減し、介護職員が働く環境をよりよくして、介護職を目指す人が増えるためには、今国が行っている事務作業削減方針は、何の意味もないことを理解したうえで、本気で介護職員の間接業務である、「記録」の削減に取り組んでいただきたい。
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心に咲く花を大切に育てる介護


株式会社マイナビの医療・介護の経営支援サイト・メディカルサポネットに毎月、「菊地雅洋の激アツ!介護経営塾 〜選ばれる介護事業所であり続けよ〜」というテーマで連載記事を書いています。

今月の連載記事、「介護事業におけるメンタルヘルスに関する一考察」は昨日アップされています。

メンタルヘルス不調は、誰にでも起こり得る問題です。それは介護事業者にとっては、貴重な人材を失いかねない大きな損失であるとともに、従業員のメンタルヘルス不調を防ぐ責任が雇用側にあるというコンセンサスが形成されている今日においては、従業員がメンタルヘルス不調に陥った場合には、事業者側に損害賠償責任も生じかねない問題となります。

またメンタルヘルス不調の当事者になってしまう人は、それによってそれまでのキャリアをすべて失い、人生の設計図を見失ってしまうだけではなく、家族関係も崩壊してしまうほどの大きな問題になりかねません。

そういうことを防ぐためにも、昨日アップされている連載記事を参照願いたいと思います。

それと共に自分がメンタルヘルス不調に陥らないための、日ごろの心がけも必要なことを知ってください。仕事に対する思いを忘れないことも大事です。介護事業者で働こうとした当初の自分の気持ちを振り返ってみることも大メンタルヘルス不調の予防策になり得ると思います。

だからこそ、どうぞ思い出してみてください。

介護という職業を選んでいるあなたが、最初にその仕事をしようという動機付けはいったい何だったのでしょうか?

今介護の仕事を続けている、あなたはそのことを覚えていますか?

人それぞれいろいろな理由があって、介護という職業を選んだのでしょうし、その動機付けはいろいろであって良いと思います。

しかし介護という職業が、他者の暮らしに寄り添い、心身の不自由な部分を補うために手を差し伸べつ仕事であることを知らない人はいないでしょうから、少なくともそうした人に手を貸しながら、頑張って仕事を続けようとする覚悟や思いは持たれていたのではないでしょうか。

その思いの強さは人それぞれだと思います。ほんの軽い気持ちで、「介護の仕事に携わろう」と思ったって構わないとも思います。思いは膨らませればよいだけの話なのですから。

自分の心の中に、ある日何気なく湧いてきた介護を職業にしてみようかという気持ちは、心の中に花の種が撒かれたという意味なのではないでしょうか。その種に水をまき、芽ぶかせ、花として咲かせることが大事だと思います。(※下記画像は北海道美瑛町の風景。
北海道美瑛町の夏景色
決してその花が枯れることがないように、肥料と水を撒いて大切に育て続けることはもっと大事になります。

その時、一番の必要になるものとは、あなたが最初に介護の仕事をしようと思った動機づけとつながる何かではないでしょうか。

逆に今あなたが働いている場所で、あなたが介護の仕事をしようと思った動機づけと正反対のものしか存在しないとしたら、この仕事を続けようとは思わないのではないでしょうか。その場合は、咲く場所を変える必要もあると思います。(参照:人によって合う職場は異なります

誰かの役に立ちたい。自分の力で誰かの暮らしを少しでも支えられる。自分が仕事をするだけで、「ありがとう」と言ってくれる人がいる。寂しそうに一人ぼっちで佇んでいる人のそばに、自分が寄っていくだけで笑顔になってくれる。人に話せないようなことを、自分にそっと打ち明けてくれる。

そんな何気ないことが、花を咲かせる肥料になってくれることでしょう。

そかしそれは日常の絶え間ない暮らしの支援の中でしか生まれません。特別な何かではなく、当たり前として、そこに何気なく存在しているものなのです。

だからどうぞ利用者の方々の表情を見る目を失わないでください。利用者の方々の喜怒哀楽をしっかり見つめてください。怒りや哀しみの感情を見つけらるからこそ、喜びや幸せを運ぶことができるのです。それが喜怒哀楽に寄り添うという意味なのです。

どうぞそのことを忘れない人になってください。
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自分の価値観とイメージの中でしか仕事ができない人は素人


最近できたばかりの介護型有料老人ホーム(特定施設)を訪ねる機会があった。勿論、見学ではなく仕事である。

最近の建物は非常に立派だ。設備調度品も高級感が漂っているが、それだけではない。

セキュリティもしっかりしていて、外部の人間が勝手に玄関ホールに入ることなんてできない。

だからこそ、訪問者の呼び出しに素早く対応するシステムがセットで充実している必要があると思うのだが、呼び出しコールスウィッチを押しても、誰も対応してくれずにオロオロしてしまうことがある。

施設内のどこにいてもコールに対応できる端末を持って歩けばそのような問題は起きないのだから、そうした配慮もきちんとしてほしいと思う。
スマート対応
そうしないと高セキュリティも意味がない。高機能の密室空間を作りたいのなら別な話であるが、介護事業者はそうなってはならないだろう。

サービスを提供する職員の意識も新たにしていかねばならない。

入所・居住系施設も団塊の世代の人々が利用者の中心層を占めるようになっている。その人たちは日本の高度経済成長期を支えてきた人々である。上下関係に厳しい姿勢を持つ人が多いその世代の人々は、サービス提供者の顧客に対する対応にも厳しい視点を持っている。

そうであるからこそ、サービス提供者の馴れ馴れしい無礼な態度に腹を立てたり、傷つく人も多いのである。

そういう意味からいえば、抗議の声を発することができない認知症の人、重度の身体障害を持つ人に対しては、より一層の配慮と注意が必要だ。

いつまでも幼児言葉で利用者に呼びかけることが、家庭的な雰囲気を作り出すという馬鹿げた価値観から抜け出せない人は、新しいシステムを完備した高品質空間には向かない古い体質の人として排除されていかなければならない。

新しい施設には、いろいろな前職の人が介護職員として集まってきているので、その価値観も様々だ。

しかし新しい場所で、新たな仕事を始める以上、自分の価値観は横に置いておいて、新たに所属した事業者の理念を受け入れ、その理念を実現するためのルールを護って業務にあたっていかねばならない。それができない人は、その場所に居てはならない人である。

個人の価値観と、勝手なルールの下で仕事をしたいというなら、自分で事業を起こすか、無法な職場を見つけるしかないことを肝に銘ずるべきである。

僕が訪ねた高機能で最新の有料老人ホームの中にも、いろいろな職員の姿が存在した。

家族対応が丁寧なのに、利用者対応はぞんざいな態度の人も居る。認知症でない人に丁寧語で対応しているのに、認知症のある人にはタメ口対応の人も混じっている。それらの人は無差別平等が原理原則となっている対人援助の場で、その原理原則を犯してふるまう、無法な姿になっている自分に気が付いていないのだろうか。

こういう人たちに、当該老人ホームの経営主体はどのような教育を行って、介護の場に身を置かせているのだろうかと少々疑問を持った。

経営アドバイスを求められた訪問調査であったので、後日問題点として歯に衣着せず指摘させていただいた。

そもそもサービスの品質を維持・向上させるためには、内部情報だけに頼ってはそれは実現しない。内部情報の更新だけで事を収めようとする場所は、惰性によって日常にマンネリズムと感覚麻痺を生み出す結果になるのである。

だからこそ僕に経営アドバイスを求めるなどして、外部情報を取り入れてそれを防ごうとしても、肝心の職員が外部の情報と波長を合わせられない感性のままではどうしようもない。

そうしないために事業主体は、就業時の雇用契約を結ぶ際に、職場の理念とルールを明確に伝え、それを護ることを仕事を続ける条件とする必要がある。

従業員はそれぞれ、長年生きてきた中で自分固有の価値観を持っていて当然だが、職場という社会集団に組み入れられて働く以上、自分の価値観が職場の理念やルールに優先することはないことを理解し、どうしても自分の価値観が職場の理念やルールと合致しない場合は、その職場に勤めないという選択をしなければならないのである。

どちらにしても、自分の価値観とイメージの中でしか身動きできない人は大人とは言えず、それもかなり幼稚で知性に欠ける人であるとしか言えない。

すべての介護従事者は、職場の理念とルールに波長を合わせられる知的な大人に成長してほしいものである。
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技術革新を進めてほしい介護機器


25日に開催された第95回社会保障審議会介護保険部会の議題は、「介護人材の確保、介護現場の生産性向上の推進について」であった。(資料はこちら)

そこではセンサーやICTといった新たなテクノロジーのフル活用や介護助手の配置、これらに伴うオペレーションの見直しなど、業務の効率化や職員の負担軽減を図る施策を推進する方向性が確認されたが、それを直ちに人員配置基準の緩和に結びつけることへの慎重論が相次いだ。

それはある意味、良識ある判断ができる委員によって議論が展開されているという意味だろう。

特にUAゼンセン日本介護クラフトユニオン・染川朗会長の、「介護現場の生産性向上を後押しすることに異論は全く無い。ただ目的は、職員の負担軽減や不安解消、労働環境の改善、サービスの質の向上であるべき。介護施設は工場ではなく、介護を必要とされる方の住まい」という意見には、全くもってその通りであると拍手を送りたい。

日本医師会の江澤和彦常任理事の、「効率化の名のもと生活を作業化してはならない」という意見にも大きくうなづける。

僕もこのブログでは、再三にわたって人員配置基準緩和には反対の意見を書いてきている。(参照:アナログ規制で配置基準緩和へ ・介護労働を舐めている経団連

介護の場で働く人々のニーズと一致していない施策に走らないように、今後も力強く反対意見を唱えてもらいたい。

そもそもテクノロジーの活用による生産性の向上と、配置基準緩和をセットで考える必要はないわけである。

まず必要なのはテクノロジーの革新・進化によって、介護の場で使える機器を増やすことである。かけ声だけで使えない機器を並べ立てても、まったく意味のない議論で終わるのだ。本当に介護業務に役立つ機器が、様々な介護場面で使うことができ、それが業務の効率化や職員の負担軽減につなげることを図るのが第一。

それ以外のことは、業務の効率化がなった暁に考えればよいことではないのか。
人員配置緩和で介護崩壊
人に替わってテクノロジーが介護労働の一部を担うことができるという前提で議論が進み、人員配置の緩和がありきの介護の生産性向上議論は、利用者を物扱いする議論でしかないように思うし、結果的に生産性の向上を目的化すれば、機械的作業に終始して、利用者の良い・悪いという感情を無視して終わる結果にしかならない。

例えば僕が今一番注目している介護機器は、「自動体位変換機能付きエアマット」である。

僕自身は介護の場で使ったことがない機器だが、使っている人に聞くと完全に人の手をかけなくて良いわけではないが、省力化はかなり図ることができるようだ。

そもそも日本の技術水準から言えば、人の手による体位交換を必要としない、フルオートマチックの自動体位変換機能を持たせることは可能だと思う。

そうなると是非そのマットを体位交換が必要な利用者数に応じた数の導入を図りたい。そうすれば介護職員の業務負担は大幅に減ることは間違いがない。二人介助で体交しなければならない利用者もいると思うが、もしそれが機器によって代替されるなら、一気にその時間二人の介護職員が他の介護業務に携わることができるのである。

体位交換という介護業務が必要になくなると、特に夜勤業務の劇的業務軽減につながり、介護の在り方が飛躍的に変わると思う。

それと共に高機能スマートベッドの開発を進めて、技術進歩と低価格化を進めてほしい。

特養で暮らす利用者は、1日の2/3程度の時間をベッド上で過ごすのだから、ベッドの性能向上は重要だ。

寝ながらしてバイタルチェックが自動化することはもちろん、生体反応をキャッチして看護室でモニター管理できれば、利用者の状態変化に素早く適切に対応できる。自動体温計や自動血圧計をもって利用者一人一人の部屋を回ってバイタルチェック等をしなくて済むようになれば、看護職員が利用者にバイタルチェック以外で直接対応できる時間も大幅に増える。

看取り介護も劇的に変わる。スマートベッドの導入で、暗い寂しい部屋で一人寂しく旅立たせるような、「施設内孤独死」は100%防ぐことができる。むしろ1時間以内の旅立ちの兆候がつかめるようになって、家族等がそこに集まり、手を握って声を掛けながら旅立つケースが増えるだろう。

そんな高機能ベッドが必要なのか、必要だとしてもそれを購入する費用はどう捻出するのかなんて言う議論は、電動ベットの開発時にもあった。1983年に僕は新設の社福が経営する特養に就職したが、その年に新設された特養には電動ベッドが1台もなかった。

それが5年後には全ベッドの5割が電動化され、10年後には全ベッドが電動ベッドに替わった。今現在特養のベッドが電動ベッドでない方が珍しいではないか。そんなふうに必要なベッドは、普及するのである。

スマートベッドと自動体位変換装置付きマットの組み合わせが、「常識」になる日もそう遠くはないと思う。むしろできるだけ早くそうなる介護業界であることを期待したい。
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介護の仕事のモチベーション


今、僕は札幌に向かって車を走らせている途中だ。

北海道最大の介護商談型展示会、『CareTEX 札幌』の会場である、「アクセスサッポロ」で講演を行うための移動である。

今日の講演は15:10〜16:10の予定で、「本物の科学的介護とは〜根拠ある介護実践から得られるもの」というテーマである。

急ぐ旅でもないので、高速道路を使わず一般道を走行しながら、お昼時になったので食事のために入ったお店でこの記事を更新している。

今日は講演後に名刺交換会も予定しているので、どんな人とつながることができるか楽しみにしながら会場に向かっている。

ところで講演会の質疑応答場面で、参加者から質問がなかなかでないときに、「今日のテーマ以外の質問でも構いませんよ。」と投げかけるときに、「長い間、介護という仕事のモチベーションを保つ秘訣はありますか?」という質問を受けることがある。

だが正直なところ僕自身は、自分のモチベーションを保つために努力をしたという経験はもっていない。知らぬ間に介護施設の業務にのめりこんで、ずっとモチベーションを保ってきたというのが本当のところだ。

少なくとも自分自身で、そのモチベーションを保つ努力をしてきたということはない。

それはひとえに環境に恵まれたということなのかもしれない。

僕が最初に就職した社会福祉法人は、僕が就職した年に設立された法人であったために、オープニングスタッフであった僕は、様々な仕事を任されて、自分で決めたことを実現できる機会に恵まれたことが、自分の中でのモチベーションを保ち、さらに向上させ続けることに繋がってきたのではないかと考えている。(参照:老人ホーム今昔物語

経験者と言えば医療機関で看護助手(というより、当時で言う付添いさん)の仕事をしていた人しかおらず、それらの人を含めてスタッフ全員が、特養の仕事をするのは初めての経験だったので、大学で福祉を学んだ僕を頼ってくれたことがモチベーションに繋がったのだろう。

さらにサービスの品質が貧弱な状態から、その向上を目指す過程で、工夫と変化を実感できたことも大きかったと思う。
誰かのあかい花になるために
誰かのあかい花になろうとする自分と、その考え方に共感してくれる仲間がそこに居たことも、モチベーションを保つ大きな要因だったろう。

業務の方法がアナログ一辺倒だったものが、デジタル化していく過程も面白かったし、措置制度から介護保険制度に変わるという、戦後最大の福祉改革の真っただ中を経験できたことも大きい。

そもそもモチベーション(motivation)とは、「刺激・やる気」という意味でつかわれることが多い。「動機づけ」という意味も含まれる。

それを動機づける要素には、「外発的動機付け」と「内発的動機付け」があると言われている。

外発的動機付けとは、外部から動機付けとなる要因が与えられるものだ。企業においては営業成績によるインセンティブや昇給昇格など、人為的な「誘因」により動機付けを行うことが外的動機付けになる。メンバーにとっては分かり易い指標であるが、効果が一時的なものと言われ継続的な成長には結びつきにくい動機でもある。

一方で、内発的動機付けとは、自分自身の内面が要因となり動機付けが行われることを指す。仕事に対してのやりがいやスキルアップのための資格取得など、自分自身が感じ行動に移すことに繋がる動機である。内発的動機付けは、自分自身の内面からくるため効果は持続しやすく成長につながると動機でもある。

さすれば職場環境に左右されない、内発的動機付けにつながる、「思い」を、持ち続けることが大事なのではないかと思う。

職場環境が悪いとか、上司や仲間の理解がないとか、そうした外部の問題を理由にして、あきらめてしまうことが道ベーションを失う一番の原因だと思う。自分以外の何かのせいにして自らの思いを消し去ってしまうのでは、モチベーションなんて常にバブルで終わってしまうだろう。

自分がこの世に生まれ、生かされている意味を考えたとき、人と人の間で生きていることとは、自分以外の誰かのために手を差し伸べる使命や責任を持つことではないか・・・そんなことを思いながら、今も僕はこの仕事を続けているのだと思う。

消えてなくならない思いをしっかり胸に抱き続けること・・・他者への思い・・・。それがモチベーションをなくさない最大の要因と言えるかもしれない。

どちらにしてもモチベーションを維持するためには、マイナス思考は厳禁だ。

介護業界もいろいろと厳しい風にさらされることが多いが、それでもなおかつ、誰かのあかい花になろうとする人が全国にたくさんいて、その人たちとつながりあうことで、きっとまぶしい未来が来るであろうと信じて前に進むことが大事だろうと思う。
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科学できない感情と向かい合う難しさ


科学的介護とは、「こうすればこうなる」というふうに、原因と結果に因果関係を求め、それに即した介護実践を行う方法論のことを指すものだ。

科学的介護を確立することで、全国のどこでも・誰が行っても、一定程度以上の介護の質が担保できるという意味でもある。

それとともに人手が益々少なくなる世の中だから、介護人材の確保もままならないので、その代わりに科学的介護実践によって介護業務の生産性を高めることも目的の一つとしている。現在より人手をかけずに介護サービスが完結できるようにすることを睨んでもいるというわけである・・・。

しかしそのような介護実践が本当に可能なのだろうか・・・。

そうした疑問が生じざるを得ない理由は、介護の場では理屈では説明できない難しい問題が多々生ずるからである。そしてその原因は、多様性がある人間の感情という最も個別性が高く、個性的な問題と向き合わねばならないことにある。

僕が経験したケースを例に挙げてみよう。

特養に入所している70代の女性Kさんは、四肢に障害があり要介護4の認定を受け、日常生活全般に援助を要する状態である。ただし認知機能には問題はなく、記憶もクリアで意思決定能力には何ら問題のない人だった。

当時その施設の総合施設長だった僕から見ると、Kさんはいつも笑顔を絶やさず、性格は穏やかな感じに見えた。

しかし実際に介護を行う職員の目線から見えるKさんは、少し違った印象を与える方だったようで、人の好き嫌いがはっきりしており感情の起伏も激しく、時に介護職員に対して厳しい言葉を投げつける人というものだった。

Kさんが特に攻撃の的とするのは若い女性職員であり、年配の女性職員や男性職員には、比較的穏やかに接する傾向があったようである。
罵声を浴びる介護職員
若い女性職員の介護の仕方が気に食わないと、声を荒げて人格攻撃するようなこともあったらしく、一部の職員は、「Kさんは怖い」という気持ちを抱いて業務に就いているような状態も見られた。

Kさんは四肢に障害があるが、上肢は軽度麻痺で巧緻動作の援助を行えば食事は自力摂取可能だった。下肢障害は上肢より重度で、立位の際に足に力を入れて立ち上がる際の動作協力はできるものの、歩行や立位保持は困難であった。

そのため移乗介助が必要なのだが、気に入らない職員の介護を受ける際に、本来は力を入れることができる足に全く力を入れず、動作協力をしないという問題があった。

動作協力してもらえない職員にとっては、体重の重たいKさんから全体重をあづけられる移乗介助は非常に困難な介助となり、時としてそれは二人介助を要するのではないかという意見も出された。

しかし動作協力してもらうことができる職員にとって、Kさんの移乗介助はなんら問題のない簡単な行為であったため、二人介助が必要となる意味が理解できなかった。

ケアカンファレスで、こうした職員間の意識差が明らかになったことで、Kさんが動作協力したり・しなかったり、介助する人を見て変えていることが分かったのである。

こうした状態は、動作協力してもらえない職員にとっては、ある種のイジメと捉えられても仕方のないことのように思えた。しかもその理由が、「若くてかわいくて周りからちやほやされそうで憎らしい」という本人に責任のない理不尽な理由でしかないのだからどうしようもない・・・。(※断っておくが、実際に僕たちが当該職員をちやほや持ち上げていたという事実はない

しかし動作協力しないことで、介助中の転倒事故ということもあり得るので、こうした差別的行為は、Kさんにとってもリスクのある行為と言え、それは一つもメリットのある行為とは思えなかった。

そのためKさんに対して、相談員や介護支援専門員が面接して気持ちを確認したり、改善のお願いをしたりするなどの努力をしたが、その場では理解してくれたような態度を取ってくれたものの、介護場面での人を見ての差別的扱いは終始変わらなかった。

面接場面・話し合う場面では、その都度納得してくれるような反応を見せてくれるのであるが、相変わらず気に入らない職員への動作協力はしてくれないままであった。人の感情は、簡単に変えられないという証拠だろうか・・・。

それは私たちのアプローチの方法が悪かったのかもしれないし、努力不足と誹られても仕方のないことだとは思うが、どちらにしても感情のある人間相手だからこそ、このような困難が生ずるのである。

ここは理屈でどうこうできる問題ではないのだ。

こうした科学できない人の感情と毎日向き合って、その都度対応策を考えなければならないのが介護という職業なのである。そうした職業のうち、どの程度の行為を科学的に結果に結びつけられるのだろうか。

科学的介護という言葉が盛んに唱えられる時代に、私たちはそうした非科学的なものにも向き合いつつ、現場発の根拠ある介護実践に努めようと毎日思い悩み、考え続けている。

厚労省の人たちは、こうした日々の介護実践に努めようとしている人がいることを知っているのだろうか・・・。そしてそのアウトカムをどう評価しようというのだろうか。
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海の日に思うことを徒然なるがままに・・・。


サラリーマン時代は、月曜日の祝日はとても嬉しく貴重なものだった。土日の休みに続く3連休を首を長くして待ち望んだものである。

同時に3連休の最終日の夜が近づくにつれ、何となく物悲しい気持ちになった。せっかくの休みが今日で終わって、明日からまた仕事だと思うと、何となくブルーな気持ちになるのが常だった。

しかしそんなサラリーマン生活を終え、フリーランスとして仕事をしていると、暦上の祝日は何の意味もなさないものになった。今朝も起きてから今日が祝日だと気づいた。僕にとっては祝日もいつもの朝と何も変わらない日になっている。

だからと言って、「毎日が日曜日」というわけではない。現役を引退したわけではなく、作家・講師・コンサルタントとして仕事を頂いている身なので、やること・しなければならないことはたくさんある。

むしろ暦と関係なく仕事をする身であるから、「今日は休みを取って仕事をしないでおこう 」と決めない限り、毎日仕事をし続けることになる。現に一昨日も昨日も外出する暇がないほど、デスクワークで1日が終わってしまった。

だがその状態はありがたいことだ。することが何もなければ、そのまま干上がってしまうのがフリーランスの身分だからである。

さて仕事と言えば、小濱介護経営事務所の小濱道博代表が主宰する介護事業経営支援の専門家ネットワーク、「C-MAS介護事業経営研究会」の全国大会に、数年前からご招待を受け、講師やシンポジストとして参加させてもらっている。

ありがたいことにその大会に今年も招待を受けた。
C-MAS全国大会2022
コロナ禍以後2年間は東京のスタジオからオンライン配信となっており、会場で受講者の方とお愛することはできなかった。しかし今年は3年ぶりに会場開催となるようだ。

巷では感染第7波も話題になっているが、行動制限はしないようだし、そもそも講師がマイクに向かって話すだけの講演会で、換気を十分行って人と人との適正距離を取れば感染リスクは生じない。それに10月になれば波も収まっているだろう。

さて今年の大会も豪華メンバーだ。介護業界で知らぬ人はいない辻川氏と藤田氏という、2人のカリスマ介護経営者が登壇するほか、NPO法人未来をつくるkaigoカフェの高瀬比左子代表が大会初登場となる。

高瀬さんは、毎回大人気の「未来をつくるkaigoカフェ」の主催者でもある。僕とは10年以上前に、僕の出版記念シンポジウムにご来場いただいて、お愛して以来の知り合いである。

10月21日に秋葉原でどのような絡みができるか今から楽しみである。

秋葉原UDX NEXT GALLERY 「NEXT-1」は、JR秋葉原駅からすぐの会場となるので、是非たくさんの方にご来場いただきたい。

正式な案内チラシができれば改めて紹介するので、よろしくお願いします。

今年の大会では、今後の介護事業経営について貴重な情報が届けられるだろう。骨太の方針に謳われた、介護事業の大規模化・協働化の動き、次期制度改正や報酬改定に向けた動きなど、話題は豊富である。

関係者の皆様は、是非10/27の予定を今から空けておいていただければ幸いである。それでは秋の秋葉原でお愛しましょう。
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黄金の3年は介護業界にとっての暗黒の3年にならないか?


第26回参議院選挙は、自民党単独で改選過半数、自民・公明の与党は参院全体(248議席)の過半数の125議席に加え、改選議席(124)の過半数の63議席を大きく上回る結果となった。(最終獲得議席数は、参議院選挙2022を参照ください。)

その一方で、全国老施協の組織内候補で複数の介護関連団体が推薦した、「そのだ修光氏」は、自民の比例当選者に入ることはできず落選の憂き目を見た。

今日から政治の世界は、衆議院の解散がなければ次の参院選が行なわれる2025年の夏まで、選挙を心配せずに国政の課題に取り組むことができる、「黄金の3年」に入ることになる。

ただしここでいう黄金とは、国民の審判を受ける機会がない期間という意味で、政治家にとって票を気にせず国民に痛みを強いることができるという意味である。

介護保険の国民負担増・給付制限も遠慮なくできるという意味であり、介護業界に吹く逆風の防波堤となる大きな政治的要素である、「組織内議員」を失ってしまった影響は、今後大きなうねりとなって介護業界全体を呑みこんでいくやもしれない。

加えて複数の介護業界団体が推薦した候補者の得票数が低く、自民党の比例順位も下位から9番目に沈んだ結果は、介護は票にならないという印象を強く与え、介護業界の声を政界に届きにくくする要因ともなり得る。

それは政治にとっての黄金の3年が、介護業界にとっては暗黒の3年につながりかねないことを意味する。
国会議事堂
2008年から議論の俎上に上っている、「居宅介護支援の利用者負担導入」も、1〜3割の利用者負担が導入されることによって、年間約590億円の財政効果が見込まれるという声に押され、中立性を損なって御用聞きケアマネが増えるとか、逆に不必要サービスをふやして給付費増加につながると指摘する声がかき消されつつある。(参照:ケアプラン有料化にメリットはゼロどころか・・・。

自己負担の2割負担者や3割負担者の拡大も必至となるだろう。

通所介護関係者にとって最も関心の高い、「要介護1と2の利用者の地域支援事業化」についても、多くの地域でボランティアによるサービス提供が進んでおらず、通いの場の整備が遅れている事情にもかからわず、介護給付からの除外が早まる可能性がある。

当然それは訪問介護福祉用具貸与の軽介護者の介護給付除外に結びついていく。

被保険者の拡大議論にも拍車がかけらられる。もともと介護保険制度は、20歳からの保険料負担という設計で進められてきたので、現在は40歳以上となっている2号被保険者の範囲の拡大議論も進められるだろう。その速度も早まるかもしれない。

3号被保険者創設も現実化する可能性がある。(参照:3号被保険者創設の布石が隠されている制度改正

そんなふうに国民の痛みを伴う利用者負担増と、給付制限が強化される介護保険制度改正・介護報酬改定につながる可能性が高くなった。

暴露ユーチューバーや、政治を語れない元アイドルが大量の得票を得て当選している中で、介護職員だけで210万人を超える数を持つ介護業界が、たった一人の組織内候補・推薦候補を当選させられないという現状が何をもたらすのかを考えると背筋が寒くなる。

それも介護業界全体の自己責任ということに帰していくのだろう。(割を食うのは非介護職員へ続く。)
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七夕に思うこと


世間では今日、七夕ということで盛り上がっているが、多くの道民にとってそれは8月7日を意味し、今日7月7日は七夕ではない。

北海道の多くの地域が旧暦で七夕祭りを行う風習があるからだ。(※外部リンクの参考記事はこちら)

しかし世間一般の七夕気分に目と耳を塞いでいるほど道民は偏屈ではないので、8/7が七夕としている地域の人たちは年に2回七夕気分を味わうことができるということになる。なんともお得な気分ではないのか・・・。
七夕
そんな世間が七夕の今日、僕は午後から鳥取市の社会福祉法人さんに向けてオンラインセミナーを配信予定だ。今日依頼されたテーマは、「介護施設における人材育成について」であり、「人財」となる職員をどう育て、定着させるノウハウを話す予定になっている。

そうしたテーマは、空論理想論になっては何も意味がなく、聴くだけ時間の無題なってしまうので、僕が介護の場で実際に職員を育成し、定着させてきた事実に基づいた方法論を具体的に語る予定だ。同時に採用した人がすべて、法人の人材〜人財になることはあり得ず、教育課程では人物の見極めが必要で、そこで管理職として決断せねばならぬこともあることを明らかにしたいと思う。

人と人が向かい合う介護事業においては、人材が何より重要だ。そんなことは今更言うまでもないことだが、その人材が不足する状況に拍車がかかっている。生産年齢人口の減少が止まらないからだ。

そこで国は、介護事業におけるテクノロジー活用を促し、人の手をできるだけかけずに生産性を向上させる方向に舵を切っている。

7/5の社会保障審議会・介護給付費分科会(持ち回り開催)でも、このことが議論され、厚労省は、見守り機器やインカムなどを導入した介護施設の夜間業務にフォーカスする実証事業を行うことを明らかにしている。

既に特養では、見守り機器を導入するなどした場合に夜間配置加算の配置条件が緩和されているのと同時に、インカムなどを併用することによって配置基準も緩和されている。

しかしルールがそうなったからと言って、安易に人を削減配置することについては、様々な支障が出ることを、「特養で夜勤する人がいなくなるかもしれない緩和策」で指摘している。

しかし国は、人をセンサーやICT・AIなどの新たなテクノロジーに置きかえて、人材不足を解決しようとする方向にまっしぐらだ。

厚労省の担当者は、「まだもう少し(施設類型などを)広げる余地があるのではないかと想定される」と説明しているそうだが、これは現在の緩和策が、特養・地域密着型特養・短期入所生活介護に限定されていることから、これを老健や介護医療院・短期入所療養介護・特定施設等にも広げようと模索されるものと思われる。

これらの具体的動きは、参議院選挙が終わった後に一気に加速される。(参照:参院選後に大きく動く制度改正

関係者はそれらの動きに注目するのと同時に、あらゆる機会を通じて必要な声を挙げていかなければならないと思う。

どうやって声を挙げたらよいのかわからないというのであれば、せめて自分の意見に耳を貸してくれるような代弁者を応援すべきだ。

例えば来るべき参議院議員選挙にも、自分の声を国政に届けてくれる花王製のある候補者に1票を投じてほしい。

政治力がないと何も動かないという一面もあるので、介護業界の利益を代表してくれる国会議員の存在は大きいと考えなければならない。

リンクを貼った記事でも紹介しているが、今回の選挙では、全国老人福祉施設協議会の組織内候補であり現職である、園田 修光氏(自民党)を、全国老人保健施設協会・日本認知症グループホーム協会・ 日本介護支援専門員協会・日本福祉用具供給協会・全国介護事業者連盟・日本在宅介護協会・障がい者福祉研究所が推薦支持している。

しかしこれらの支持団体は、いずれも選挙には弱いという体質を持っていることも、リンク記事で解説している。

そんなわけで園田氏の現況は、当落線上で懸命に頑張っている最中とのことである。再度国政の場で、介護事業者の声を代表した活動ができるかどうかについては非常に微妙な状況だそうだから、もっと皆さんの力が必要だ。介護関係者は是非、次の日曜日は投票所に必ず行き、そのだ修光氏へ、清き1票を投じていただきたいと思う。くれぐれもmasaと書かないようにしていただきたい・・・。

介護の場で頑張っている人達の、その声を国に届ける第一歩が、そうした投票行動であることを忘れてはならないのである。
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24時間巡回サービスが普及しないのは居宅ケアマネのせい?


介護事業における経営戦略を立てる上で、情勢分析が大事なことは言うまでもない。

逆に言えば、誤った情勢分析の上に立てられた経営戦略は何の意味もなく、それは道を誤るものにしかならないということになる。

そのことを考えると24時間巡回訪問サービスである、「定時巡回・随時対応型訪問介護看護」の未来は暗いと言わざるを得ない。

というのも6月22日に行われた「全国定期巡回・随時対応型訪問介護看護協議会」の総会で、このサービスが普及せず収益が上がらない最大の要因は、「ケアマネに定期巡回サービスの特徴が十分に認知されていない77.6%)」と分析しているからである・・・。

馬鹿言うなと言いたい。定期巡回・随時対応型訪問介護看護が制度に位置づけられたのは2012年4月からである。それから10年も経っているのに、あらゆる社会資源と利用者とのマッチングを考えなければならない介護支援専門員が、そのサービスの実態を知悉していないなんていうことはあり得ない。

居宅ケアマネの多くは、そのサービスの実態も問題点も熟知しているのだ。にもかかわらずこのサービスが浸透していない理由は、利用者ニーズではないからだ。

特に自宅の鍵を預けて夜中も勝手に他人が部屋まで入るサービスに、拒否感を抱く利用者や家族がまだ多いということに尽きる。
24時間巡回サービス
特に女性利用者は、男性の巡回訪問介護員への拒否感が強い・・・こうした分析ができない限り、このサービスは普及しない。

そもそも夜間も含めて24時間対応する定期巡回・随時対応型訪問介護看護とは、本来ならば要介護度が高い方が住み慣れた自宅で暮らし続けられるように、定期巡回しながら随時も対応できるモデルのはずである。

そのモデルにおいては、要介護4と5のひとり暮らしの方でも、このサービスを利用して自宅で暮らし続けることも想定されている。

にもかかわらずこのサービスを実際に利用している人は、要介護1の人が最も多く、要介護2の利用者と合わせると過半数を超えている。要介護4以上の利用者は全体の3割にも達していないのである。

これは身の回りのことがある程度できる方がこのサービスを使っているということと、重介護者の場合は、家族が介護をされているケースの補完としてサービスが利用されていることを現わしているのだと思う。

逆に言えば、そうした状況の人しか使い勝手が悪いということだ。随時対応といっても多くの場合、それは通報に応えるのみで、実際の訪問で解決するような状態ではなく、定時訪問は利用者の状況に合わせて時間組みがされておらず、定時訪問時間に利用者が合わせているという実態があるのだ。

つまり24時間巡回サービスによって一人暮らしの重介護者が暮らしを支えられるという構造になっていないのである。

こうしたサービスそのものに内包された問題に目を向けず、サービスが浸透しない原因をケアマネジャーの理解不足という外部要因にすり替えて分析しても、このサービスが劇的な広がりを見せることはなく、幻想的な現状分析による誤った経営戦略の元凶になるだけだろう。

よってこのサービスの未来は暗いものとしか言えない。

SNSでこの問題を指摘した際、そこにコメントを書いてくれたあるケアマネジャーがいるが、そのコメントをそのままこの記事の最後として紹介しておく。

何でもケアマネのせいにすればよいってもんじゃない。日中であっても他人が家に入る支援に対して拒絶感があるのに、夜間に、それもカギを預けてまで支援してほしいというニーズそのものがないのに。分析方法が間違っているのか、分析力がないのか。このままでは、このサービス種別は、都会限定のサービスになってしまいます。

うなづくしかない意見である。定期巡回サービスの関係者諸君は、こうした意見を十分かみしめていただきたいと思う。
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人に向かい合う職業であるという意味


私たちの仕事は、「対人援助」とも呼ばれ、様々なパーソナリティを持った人間に向かい合う職業だ。

介護保険サービスの場合は、その主な対象は65歳以上の1号被保険者の高齢者の方々である。よって多くの場合、自分より人生経験を重ねた顧客に対してサービス提供をしなければならないという意味になる。

だからこそ人生の先輩に対して失礼がないのと同時に、お客様に対して失礼な態度を取らないように、「サービスマナー」を身に着けて、適切な対応に心掛ける必要がある。

私たちは対人援助を通して生活の糧を得ているのだから、そこでは対人援助のプロ・介護のプロとしての態度に徹する必要があるのだ。

そこでは相手の最も喜ぶ態度で接しようなんて考えるより先に、相手に失礼がない態度に徹したうえで、おもてなしの心を忘れないことが大事である。

親しみやすさよりも礼儀正しさの方が、プロとして求められる態度なのだ。
誰かの花になる介護
なぜなら他人の気持ちなんて、神様でないとすべて理解することは不可能だからである。親しみやすい態度だと思って接したら、馴れ馴れしく失礼だとされることは良くあることだ。そうならないように、礼儀正しく接することこそが、対人援助のプロとして求められるのである。

ここを勘違いしている人間が多い。言葉や態度を崩すことが、親しみやすさだと勘違いしている輩も多いのが、介護事業従事者の特徴でもある。

その最大の理由は、長引く介護人材不足の影響で、募集に応募した人間を適正判断することなく、闇雲に採用してしまう介護事業者が多いからだろう。

そうした状況で、対人援助としての知性に欠ける頭の不自由な輩が、たくさん介護の仕事をしているのだ。

それと同時に、管理者管理職の中にも対人援助の本質がわかっていない頭の不自由な輩が数多く混じっており、そうした事業者ではトップに立つ人物が率先して、馴れ馴れしい無礼な態度で利用者の心を折ったり、傷つけたりするという状態が見られている。

しかしそんな状態を反省さえしない理由は、そうした傷つきやすい人の心というものを理解できないほど、その連中が知性と知識に欠けているからに他ならない・・・。

そんな恥ずべき存在にならないように、きちんとした知性を身に着けよう。サービスマナー意識は、その知性の一端を成すものである。

私たちは、仕事以外では決して向かい合うことはない他者の、最もプライベートな空間に踏み込んでいくのである。そこでは利用者が他人に見られたくない・知られたくない部分も全てさらけ出させているという側面があるのだ。

介護とはそうした宿命を持つ職業でもある。そうした職業に従事する者としての責任と使命を忘れてはならない。

利用者の心の奥深くまで、私たちの一つひとつの振る舞いが影響を与えていくのだということを決して忘れず、だからこそ人の心を傷つけたり、心を殺してしまう要素があるものをできるだけ排除しなければならないのである。

聖人君子や天使になる必要なんかないが、人生の先輩に対する敬意や、お客様に対してとるべき態度を忘れない人になる必要があるのだ。

このことを理解できない人は、介護事業に携わるべきではない。他者の暮らしに介入する仕事をすべきではないのである。
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介護ワンオペ夜勤解消は現実的か?


牛丼チェーン大手の店舗で、一人で夜勤をしていた女性スタッフが朝方に倒れて亡くなったことを受けて、医療職・介護職・福祉職でつくる労働組合の「なくせワンオペ!プロジェクト」が10日に声明を発表した。

その声明は、介護事業でのワンオペ夜勤も労働者の安全管理に欠くとして、複数配置を原則として基準や報酬を引き上げるようにと訴える内容だ。

今更言うまでもなくワンオペとは、ワンオペレーションの略であり、勤務時間に求められる作業をすべて一人でこなすことを意味している。

介護事業におけるワンオペ夜勤は、利用者が全員眠っている時間だから可能だろうと安易に考えられている節がある。しかしそんなことはあり得ず、眠らずに徘徊する人や、不眠を訴える人に対応したり、排泄介助を行ったりするなど様々な状況に随時対応しながら、一人ですべての判断をし、利用者に必要な介護をこなさねばならない。

そうであるがゆえに、その業務は飲食業よりも過酷だと言え、なくせワンオペ!プロジェクトの声明は決して不当要求ではないし、労働者側からすれば極めてまっとうな主張と言ってよい。

しかし国の方針は全くこれに逆行しているといってよい。例えば2021年度の基準改正では、「見守り機器等を導入した場合の夜間における人員配置基準の緩和」が行われている。

この新基準を適用することで、夜勤時間帯に一人で60人もの利用者に対応しなければならないワンオペ時間帯が増える結果になっているのである。(※参照:特養で夜勤する人がいなくなるかもしれない緩和策

さらに国は、2024年度の制度改正・報酬改定に向けて、ICTなどの活用による業務の効率化を引き続き後押ししていく構えを見せている。

例えば今月4日に宮崎県宮崎市で開催された日本介護支援専門員協会の全国大会で、老健局「認知症施策・地域介護推進課」の笹子宗一郎課長が講演し、「より少ない人手でも回る医療・介護の現場を実現することが必要」・「日本全体が同様の状態になる。医療・介護だけが例外ということはない」と述べている。

このように国は、業務の効率化による配置基準緩和を推進しようとしているわけであるが、それは結果的に介護労働におけるワンオペ夜勤を増やす結果にならざるを得ない。少なくとも現行ワンオペ対応している業務やその時間帯に、今以上に人手をかける改正を行う姿勢ではない。

なくせワンオペ!プロジェクト」の声明は、それに異を唱えたものであり、正論がちがちの声明であると言ってよいが、果たして国はその主張に少しで耳を傾ける姿勢を見せるだろうか・・・。
ワンオペ介護の実態
今のところそれは期待薄と言うしかないが、そもそも介護事業におけるワンオペ夜勤を解消しようとして、仮に介護報酬がその分上がると想定しても、介護事業のワンオペ夜勤をすべて解消できるほど人材を確保できるのだろうか?

それは甚だ疑問で、頭の痛い問題である。

さすれば現実的に介護事業におけるワンオペ夜勤を解消させるためには、現行夜勤者一人しか配置する必要のない1ユニットのGHなどをなくして、事業規模の拡大を図る中で複数の夜勤者を配置することにより、ワンオペ夜勤を解消するしか方策はないように思う。

介護人材を確保することは今でさえ難しいのに、小規模の事業所までくまなく複数夜勤者が確保できるほど、介護人材の数を確保することは考えにくい。そして今後はその困難さがさらに増すからである。

現実には小規模事業者をなくすことはできないから、なくせワンオペ!プロジェクトの声明は無視されて終わる可能性が高いのが現状である。

しかも施設単位で観ればワンオペ夜勤ではない一定規模施設の夜勤業務も、ユニット単位・フロア単位はワンオペ対応と言え、そこにも問題は存在すると言える状態だ。

そう考えると、複数の職員で夜勤体制を組める事業の場合でも、実質ワンオペ夜勤とならぬような工夫が必要とされるのではないだろうか。例えばインカムを夜勤者の通常装備品であると意識改革し、夜勤中はフロアを横断して夜勤者同士がコミュニケーションを随時取れる体制にする必要があるのではないかと思う。

ワンオペを解消できない小規模事業についても、インカムを通常装備した夜勤者が、外部のオペレーターと随時更新可能なシステム構築を考えてはどうか。

市町村ごとにワンオペ夜勤をせざるを得ない複数の介護施設及び医療機関を網羅するオペレーションセンターを設立するようにするなども考えられてよいと思う。そちらの方が全事業所の夜勤者を複数にするより現実的だろう。「より少ない人手でも回る医療・介護の現場を実現することが必要」というなら、この部分に予算出動することがあっても良いのではないのか・・・。

ワンオペ夜勤には、ワンオペ勤務している職員の問題とは別に、その交代要員として自宅で待機している職員の問題も浮き彫りになってくる。多くの場合待機手当がない状態で、何かあったら誰それが対応当番という慣例で夜を過ごしている人が数多くいる実態も問題にされなければならない。

だからこそ社会全体の労働力が減る中での、介護労働におけるワンオペ夜勤の解消を、外部機関の連携なども含めて真剣に考えなければならないと思う。

そうであるにもかかわらず、この問題に対する国の姿勢はあまりに消極的で、腰が重い。

もしかしたら、ワンオペ夜勤が国レベルで問題視されて、本気で対策しようとするためには、介護事業者でもワンオペ夜勤者の死亡ケースが発生して、それによって利用者がケアを受けられなくなるという問題が発生しなければならないのだろうか・・・。

それではあまりに対応が遅いと思うのであるが、それが現状のような気がして恐ろしい限りである。
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アナログ規制で配置基準緩和へ


IT環境整を備したいと考えている介護事業者向けに、どんな補助金を活用できるのかを解説するオンラインセミナーを、(株)内田洋行が無料配信するそうである。

配信日時は6月24日(金)14:00〜15:00となっており、こちらから申し込みができる。

無料で視聴できるセミナーで、補助金を活用できる方法が見つかるかもしれず、見て損はないだろう。興味がある方は是非、申し込んでいただきたい。ただし講師は僕ではないことを了承していただきたい。
IT環境整備
介護事業者もこのようにIT環境整備は不可欠な世の中になっている。

とはいってもアナログ対応をすべて、『前時代的』と切り捨てることが良いことなのかは疑問だ。ということで今日の本題はそちら・・・。

介護事業においても、IT環境整備による職場のデジタル化が重要だといっても、政府の、デジタル臨時行政調査会が、介護保険制度に関係してくるとは思わなかった・・・。しかし6/3の同会資料を読むと、決して無関係ではないことがわかる。

介護事業におけるスタッフの常駐・専任を課す職場のルールが、代表的な"アナログ規制"に位置付けられて、改革対象となっているのだ。

そのため一括見直しプランに、介護事業所の管理者の常駐を改めることを「確定事項」として明記している。(※こちらの9ページ)

このことに関しては、資料7-2 (別紙)17頁も参照しておくとわかりやすい。

そのため次の制度改正・報酬改定時には現行の運営基準を改正し、利用者に直接関わらない業務はテレワークが可能なことを明確に定めるなど、必要な措置が講じられることになる。

対象のサービスとしては、訪問介護や居宅介護支援、福祉用具貸与などが挙げられているが、さらにその種別は拡大する可能性が高い。

もともと施設長・管理者というのは、介護実務を行うことが主たる仕事というわけではなく、経営や運営に関する業務を行うのが主になるのだから、介護実務の場にいる必要はない。むしろ外部の機関とのやり取りなどをスムースにこなせる環境にいた方が良いのだから、これは歓迎すべき改正ではないか。

また特養や老健に、「置かなければならない」とされている事務職員についても、人員配置基準を緩和し、例えばテレワークなどが可能なことを明確にする方針を打ち出している。

ただこれは少し心配である。僕個人の経験で言えば、特養の事務員というのは事務の専門家であると同時に、よろず対応役である。

時には利用者の通院等の運転業務に、時には利用者の様々な日常品の修理屋さん役としてなど、マルチな対応ができる万能職種として活躍している人が多いのではないか。そこに居ることで、施設利用者の方々の日常対応に欠かせない役割をこなす職員が、テレワークでしか対応できない存在になることで、利用者の生活の質に影響するだけではなく、介護職員の業務負担増加につながりはしないかという懸念も生ずる。

暮らしの一部分を切り取って介入できる居宅サービスと、暮らし全体に介入しないとならない施設サービスではここが異なるのだ。

時として、直接介護をしない事務職員は、介護サービスが提供される同じ空間に居てくれるだけで、ありがたい存在になるのである。だから事務職員のいなくなる介護施設を創ってはならないのだ。

このあたりは慎重に対応していただきたい。アナログがすべて、時代遅れ=いらないものというわけではないことを理解してほしい。

また利用者に直接関わる業務についても、運営基準を緩和できないか検討すべきとされている。

それらも今後、厚生労働省の審議会などで具体策をめぐる議論が進められることになるが、これは諸手を挙げて歓迎できる問題ではない。

既に制度改正議論では、ICTなどの機器導入による配置基準緩和が検討されているが、そのことは介護の場で働く人々のニーズと一致していないし、安易に配置基準緩和を進めてしまえば、ケアの品質が劣化せざるを得ないだけではなく、介護職員の業務負担増加とバーンアウトにつながりかねない問題であることは、このブログで何度も指摘している。(参照:介護労働を舐めている経団連

人と人との関係や、人と人とが向かい合って心を通じ合う仕事は、アナログ対応が望まれることも多いのだ。便利なデジタル対応では生まれない結果が、不便であるけれど、その不便さが心地よいアナログ対応には存在するのである。
誰かのあかい花になる介護
対人援助という仕事においては、便利・不便では割り切れない部分や、割り切ってはならない部分が含まれていることを決して忘れてはならない。そもそもアナログは規制すべきものというわけでもないと思う。

もっとアナログ対応の温かさとか、優しさを感じ取れる世の中が心地よいのではないだろうか。

それを忘れてしまった時に、私たちは人として大事な何かを失ってしまうかもしれない。そんな危機感を僕は心のどこかに抱いている・・・。

それは前時代的人間で、現代のスピード感についていけない者の、負け犬の遠吠えなのだろうか・・・。
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感じの良さというスキルを大事にしてください


今後の介護事業における最大の懸念は、人材が確保できずに事業継続できなくなることだ。

制度改正議論でも、この問題の解決が最大の課題となっており、現役世代が急減していく中で、今後の人材確保の難しさを指摘して手を打たねばならないという声が高まっている。

つまり必要な介護人材の確保は困難だと結論付け、今ほど人手を掛けなくても良い介護事業の在り方を、制度全体の整備の中で模索しようとしているのである。

人によるインプットを減らして、自立支援や暮らしの保障などのアウトプットを今以上に引き出すために、介護事業にも生産性の向上が求められているというわけだ。科学的介護の確立もそのために必要とされるのである。

人間でなくてもできる業務をテクノロジーで代替して、介護業務の大幅な効率化を図ろうとする考え方も、その一環として語られているわけである。

しかしその方法を語っている連中が、実際には自分で介護業務をしたことがない連中だから始末が悪い。介護業務の本質を無視して、そのわずかな部分でしかない表面だけを見て、自分がやったこともない行為を、「できるだろう」と決めつけて、機械や素人に任せてよいとする部分を削り取っているだけだ。

その典型が、「間接業務を補助的なスタッフに任せること」である。業務の一部を切り取って、そこを素人のボランティアや一度現役をリタイヤした高齢者に任せて介護業務が減ったとでもいうのか?

そもそも連続した業務の中にある一部分を切り取ったからと言って、そこのつながりが消えたことを補う業務負担も新たに生じている。例えば食事介助を補助的スタッフに任せたとしても、利用者の食事摂取の状況(摂食状態や食事に関する反応など)は情報として引き継がれなければならず、その伝達時間は新たに生ずる業務時間である。ここをおざなりにすると、介護業務に支障が生じてかえって生産性が下がるという事態になりかねないし、最悪の場合、介護事故につながってしまう。

そのほか間接的業務の一部しか任せられない人間の指導や見守り、はたまた尻ぬぐいのためにかえって業務負担が増えたという喜劇も生まれているのではないか。

どちらにしても今、介護サービスの場では、生産性を高める介護という名目の、利用者不在・事業者主体の介護が横行し始めている。

なぜかと言えばそうする方法は簡単だからである。例えば介護という行為を、極めて単純な作業と割り切り、利用者の思いやニーズに寄り添うことを一切せずに、決め事を機械的にこなして、それが終われば次の作業に移ればよいのである。

もっと具体的に言えば、介護業界から退場したメッセージという大手介護事業者が行っていたように、「ライン」と称するシフト表に基づいて15分単位で労働を管理し、介護職個人の裁量で高齢者と接する時間は一切ない方法で介護サービスを提供する、「アクシストシステム」に、ICTや介護ロボット(見守りセンサーを含む)を紐づけて、新しいチャレンジによって生まれた画期的なシステムだと喧伝すればよいだけの話である。

そうした単純作業に専念して、機械的介護を黙々とこなすことで、介護の生産性が向上したと言いふらしている事業者もあるのだ。

そんな形の生産性の向上を図ろうと思えば、今この瞬間からできるのである。

生産性の向上を介護サービスにも求めること自体は、決して否定するものではないが、それがこんな結果を生んでよいのだろうか。

僕は人としてそんなことは許されないと思う。僕が人としてこの世に生かされて、介護という職業にかかわっている時代に、介護をそのような行為に貶めることは恥ずかしいと思う。

介護は感情労働なのだ。感情を持った人に相対する仕事である。感情とは物事や対象に対して抱く気持ちのことであることは今更言うまでもない。喜び・悲しみ・怒り・諦め・驚き・嫌悪・恐怖などの人の心に寄りそい、できるだけ良い感情をもってもらうように努めるのが、介護という職業に従事する者の使命だ。

なぜならこの職業とは、誰かの人生の幸福度に影響する仕事だからである。
感じの良い支援者
だから僕はすべての関係者に、「立派な支援者になる前に、どうぞ感じの良い支援者になってください。」と呼び掛けている。

要領よく仕事をサクサクとこなし、仕事が手早いことは良いが、それだけで利用者は幸せにはならないのだ。

多少要領が悪くても、仕事の手が遅くとも、人当たりが良くて、その人がいるだけで何となく空気が和らぐ・・・そんな人が側にいてくれた方が、人の心は和いで、幸せを感ずることができるのだ。

介護という仕事が、そうした職業であることを誇りに思いたい。人の幸せを運ぶ行為を介護と呼びたい。

だから世の中の流れに乗って、先進的で優れた介護を行っていると言われながら、その陰に涙にくれる人を隠してしまうよりも、世の流行には載っていないかもしれないけれど、目の前の利用者からは、常に感じよく思われる介護のありようを創りたい。

誰かを慰める花でありたい・・・。
誰かを慰めるあかい花

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対人援助という職業の使命を果たすために


僕は今、兵庫県に滞在している。

今朝宿泊していた明石市のホテルをチェックアウトした後、現在JRで甲子園口に向かっている最中の車内である。

駅にはグローバルウオーク代表取締役の幸地 伸哉クンが迎えに来てくれるはずだ。・・・しかし彼は、過去に僕を講師に呼んでいながら、宿泊ホテルの予約を入れていなかったり、講演会場にPCを持ってくるのを忘れたりして、「幸地刑※下記画像を参照ください」を受けた過去があるので油断ならない。
幸地刑
※幸地刑を受け、踏まれている幸地社長。

今日は甲東ホール(兵庫県西宮市)で、19時から2時間の講演を行うため西宮に向かっているが、ホテルのチェックイン時間にもまだ早いために、幸地クンとお昼を一緒に食べて、時間つぶしをする予定にしている。

おそらく彼は、「講演まで時間があるから、呑みましょう!!」と誘ってくるに違いないが、そのような誘惑に負けないように注意したいと思う。きちんと素面でベストな状態で講演しようと思うのである。

さて今日は、「介護職の使命」というテーマで講演を行うことになっている。

前にも書いたが、使命はお飾りではない。使命は果たさなければ意味がないのだ。

介護サービスは、人の暮らしを支えるために必要とされるサービスなのだから、その使命を果たさねばならない。

人の手によるサービスであるがゆえに、提供される介護サービスに差ができることがあっても仕方がないとはいえ、その差が不幸になるか・幸福になるかの違いであっては困るのである。

すべての介護支援者の関わりが、関わる人の暮らしをより豊かなものとしなければならない。そうした結果責任を負う介護サービスでなければならないのである。

そのために必要な知識や技術をきちんと伝える講演にするつもりである。

しかし志をいくら高く持っても、国の制度設計がそれに水を差すような風に見えて仕方ないのが、このごろの制度改正議論である。

昨日の社保審・介護保険部会で厚労省は、次期改正について「介護ニーズの増大と労働力の制約への対応を両立させ、制度の持続可能性を確保すること」を基本的な考え方に据える方針を示している。

要するに介護を必要としている人が増える中で、介護サービスを担う人材確保のめどはたっていないので、介護サービスの運営基準に変えて、とりあえず最低限のサービス確保を目指すという意味である。

これによって機器導入を勧めるなどの対策をとることを条件にして、配置基準緩和するなどの対策を拡充する議論が行われることになるが、それはすなわち介護の質は顧みず、最低限の介護量を確保するだけの結果を招くことになる。

利用者のニーズも最大限に切り捨てられることになるのだが、だからと言って一人の介護従事者が担う仕事量が減ることはない。見守り機器の性能がいくら向上しようとも、見守り機器の反応で駆けつけるのは人間なのである。

配置基準が減らされた介護サービスの場で、人に替わってロボットが介護をしてくれる現状ではないので、介護実務者の労働負担は増すことはあっても減ることはない。それは介護労働を厭う人を増やす結果となり、介護人材はさらに枯渇していく結果を招きかねない問題だ。国は自らの施策で、介護人材を益々減らすことに気が付かないのだろうか・・・。

仮に、次期改正で人員配置基準緩和が実現されたとしても、介護事業経営者はそうした策に安易に乗らないで、独自の人材確保策を取る必要があることを肝に銘じてほしい。

国の間違った人材対策に、安易に乗った事業者から真っ先に残材は流出し、介護事業経営危機に直結するという危機感を持っていなければならない。

そのうえで、介護という職業に誇りを持てるような介護サービスの質を目指して、事業経営していくことが、人材が集まる介護事業者に結びつくことを信じてほしい。

ということで本日は、結果責任を果たし、介護という職業の使命を全うする方法論・実務論をたっぷり2時間熱く語ろうと思う。
仕事の使命

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本物のユニットケアとは何かを追求する


来る5/16(月)に、兵庫県明石市のグリーンヒルホテル明石で行われる、「兵庫県老人福祉事業協会東播磨ブロック総会」で、施設長や管理職の皆さんに向けて、「これからの介護事業経営を考える」というテーマで講演を行う予定になっている。

このように受講者の方々が、講演会場に集まって行われる研修会に講師として招待を受けることは大変ありがたいことだ。同時にこうした会場講演が以前のように数多く行われてほしいと思う。

プロ野球などは観客の人数制限も行わずに試合を行うなど、コロナ対策は新しいステージに入っているのである。コロナ感染者がゼロになることはないことはほぼ間違いがないとも言われている。そうであれば新規感染者が常に存在する社会を前提に、新しい一歩を踏み出していかねばならない。

オンラインでは伝わらない思いや、オンラインではつながらない人脈が会場講演の自粛で失われて久しい。そのことは日本の介護事業における貴重な財産を失い続けている状態である。どうぞそのことに気が付いてほしい。

研修会や講演会などは、換気をきちんと行うことで感染リスクはほとんどないことが明らかになっている。そろそろ介護業界も新ステージに乗り遅れないようにしてほしい。

ところで明石市での講演について、現地に前日に入りして講演翌日に北海道に帰る予定を組んでいる。これは航空機の減便対応が続いているために、当日入りでは講演開始に間に合わなくなる恐れがあるためと、講演当日に帰るのでは、あまりにも夜遅くの北海道着で、新千歳空港から登別へ帰る交通手段がなくなってしまうからである。(※そういう意味では、できるだけ早く航空機も通常運航に戻ってほしい・・。

そのため講演前後に時間的余裕が結構できので、西宮の我が友・幸地伸哉クングローバルウォーク 代表取締役)に、「呑もうぜ!!」と声をかけた。(※下記画像は、幸地社長と西宮の姉御・ノリ姉さんとの呑み会模様。コロナ騒動の前だから、随分一緒に飲んでいない・・・。
幸地社長とmasaの呑み会
すると、「勿論呑む!!がしかし・・・。明石なら合わせてこっちでも勉強会できたらいいな。」といわれ、呑む前に同社のグループ内勉強会でも講演を行うことになった。(※外部の方も参加可能です。

幸地社長の会社は、訪問介護や介護タクシー事業を行っているが、それに加え今年4月からGHの経営にも乗り出したそうである。そこで新たに雇用して頑張って働いてくれている職員の皆さんに、改めて介護事業の使命と誇りを伝えたいという思いがあるようだ。

そのため講演テーマは、「介護職としての使命」とするように依頼を受け、それに合わせて昨日までに講演スライドを作成し、今朝メールで幸地社長に配布資料用のPPTを送付した。

介護職の使命を概念として示すことは簡単である。しかし使命は全うすることに意味があるのであって、概念を知っていても、その使命とかけ離れた仕事ぶりであっては何にもならない。

介護という仕事には、そういう使命が確かにあるよね。」で終わっては何の意味もないのである。

私たちは介護のプロとして、その職業に就いて生活の糧を得ているのであるから、介護という仕事の使命を全うし、結果を出さねばならない。そうしなければ介護という職業についている意味がなくなる。

しかしそうした結果を出せるのであれば、自らの職業に誇りを持つことができるし、そのことで人生は豊かになるのである。

だからこそ自らに、『結果責任』を常に求める姿勢が大事である。

対人援助における結果責任とは、私たちが介入することによって、介入した相手の暮らしぶりが良くなることである。

西宮講演では、単に介護職の使命とは何かを伝えるのではなく、その使命を全うするためには何をどうすればよいのかということを具体的に伝える予定である。それは結果に結びつく方法論である。

それは単なる理念や理想ではなく、誰もがやる気にさえなれできる実践論だ。当然その方法論には根拠が伴っている。科学的介護なんて僕は20年前から実践してきているんだ・・・。

例えばGHのケアの基本は、いうまでもなくユニットケアである。しかしそれを単なる小規模対応とか、利用者と支援者間で馴染みの関係性を築き上げたうえでケアすることと考えている人が多い。

しかしそれはユニットケアの本質を表した考え方ではない。ユニットケアの本質とは、利用者のニーズに沿った生活支援型ケアを意味するものである。そのことをわかりやすく、かつ具体的に伝えるのも西宮講演における目的の一つである。

そしてこの方法(ユニットケア:生活支援型ケア)とは、何もGHの専売特許ではないのだから、従来型特養などでも取り入れてよいのである。そうするだけでケアの品質はアップするし、今まで実現できなかったことも、できるようになる可能性がある。

だからこの講演は、ぜひ多くの介護関係者に聴いてほしいのである。

前述したように、この研修会は外部の方にも開放したオープン講演だ。受講希望の方は、事前申し込みと、受講料3.000円の振り込みが必要なので、ご希望者は文字に張り付けたリンク先からチラシと申込書をダウンロードして、受講申し込みをしていただきたい。

なお、当日の講演のために作成したエール動画をユーチューブで観ることができるので、ぜひ下記をご覧になっていただきたい。

それでは皆さん、5/17(火)は甲東ホール(兵庫県西宮市)でお愛しましょう。
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基準緩和が招く介護の加重労働化


10年ほど前の介護業界には、国に対する介護人材の確保のための積極的な対策を求める声が満ちていた。

厚労省のお役人が講師を務める研修会でも、いつも人材確保の要望の声が挙がり、そのたびに講師役の厚労省職員は、「皆さんの要望を上に挙げます」と言って締めくくって終わりということが多かった

しかし介護職員を確保できずにショートステイを休止する特養が増えたり、職員不足から指定定員の受け入れができなくなる介護施設も出てきて、国もついに重たい腰を上げざるを得ない状況となっていった。

そんなふうにして国としてとり得る具体的な施策が徐々に示されるようになったが、その対策は的外れで結果の伴わないものが多かった。(参照:国の人材確保策は、いつも兵力の逐次投入 ・ 潜在介護福祉士は、いないのと同じ

そのため相変わらず、「介護人材不足」という問題解決には至っていない。むしろ少子高齢化が進む中で、その問題は一段と深刻化して、特に訪問介護は惨憺たる状況になっている。(参照:国が訪問介護を見捨てる理由

生産年齢人口の減少が止まらずに、社会全体の労働力が減っていることを鑑みて、自国の人材だけで、この問題を解決しようとすることは無理があると気が付いた国は、経済対策としてではなく、介護人材対策として外国人労働者を受け入れる方向にシフトを切った。

例えば、入管法を改正し(2017年9月1日施行)、在留資格に「介護」を加える変更を行うなどの施策がそれである。

このように介護分野に外国人労働者が増える対策も取ってきたが、当の外国人労働者がこぞって日本の介護事業者に就職して、かつ定着するという状況は生まれていない。

むしろコロナ禍によって、外国人労働者の増加速度は著しく鈍り、外国人によって日本の介護人材不足がある程度補われるという構想も崩れ始めている。

そのため国は介護業界の人材不足を、介護職員となる人の数を増やすのではなく、人に替って機械が補う部分を増やして、現在より少ない配置人員で介護事業を回す施策に舵を切りなおしている。

例えば前々回の報酬改定では、特養等の夜間配置加算の要件として、見守り機器を一定台数以上備えた施設の加配人数の緩和を行った。さらに昨年度の報酬改定では、夜勤配置基準そのものの緩和を行って、夜間勤務する職員数を減らす方策をとっているのもその一つである。

しかしそのことは実際には、介護現場の疲弊と、更なる離職につながっていることは、「夜間配置の試行期間が終わりますが・・・。」で情報提供しているところだ。
※下記画像は、"登別市札内原野の夕間暮れ(ゆうまぐれ):本文とは直接関係ありません。
登別市札内原野の夕間暮れ(ゆうまぐれ)
しかし国のこうした施策は今後も進められていくのである。

現に昨年度(2021年度)基準改正では、育児・介護休業法による育児の短時間勤務制度を利用する場合に加えて、介護の短時間勤務制度等を利用する場合にも、週30時間以上の勤務で「常勤」として扱うことを認めたほか、「常勤換算方法」の計算に当たり、職員が育児・介護休業法による短時間勤務制度等を利用する場合、週30時間以上の勤務で常勤換算での計算上も1(常勤)と扱うことを認めた。

これは介護事業経営者にとってはありがたい改正であったろう。

他の常勤職員より短い時間の勤務であっても、常勤1とされることによって、職員が育児・介護休業を取得した場合に、パート職員等を募集しなくて良くなったからである。

しかしそれは現場の介護職員にとってはたまったものではないのである。今までより数時間働く時間が少ない人が事業者内で増え、それでも常勤1だから配置基準はクリアしているとして、代替職員を増やしてくれないということは、時短職員以外の仕事が増えるということである。

毎日やらなければならないことは減っていない中で、人が減らされた分を残された人間でフォローしなければならないのである。キャパが有り余っている状況で仕事が増えるならともかく、人材不足の影響で現状の介護労働は既に、キャパを超えた重労働になっているのである。

従来型とユニット型を併設する場合における介護・看護職員の兼務を認めるという改正は、従来型とユニット型の両方の仕事をしている看護・介護職員については、一人の職員で従来型常勤1とユニット型常勤1の基準を満たすという意味であり、それまで兼務して常勤換算していた分0.〇〇人分の加配職員をいらなくしたという意味である。これも介護事業経営者にはありがたくとも、介護実務に就く職員は、加重労働リスクとしかならないルール変更である。

同じようにサテライト型居住施設において、一定条件化で生活相談員を置かなくてよくした改正も、単に本体施設の相談員の過重労働につながるだけであるし、全職種・全職員に過重労働を強いて人材不足を補うという方向に向かいつつあるのだ。

こうした介護労働の過重労働化という方向性は、2024年の制度改正・報酬改定でも様々な要件に組み入れられていくだろう。

その時に、その状況に介護事業者の職員が疲弊してバーンアウトしないように、安易に人減らしに走ったりしないことと、現場の職員が働きづらい環境に置かれていないか等をチェックする視点が介護事業経営者や管理職に求められるだろう。

この対策が介護事業経営上の大きな課題であり、その課題を克服することが人材確保にも成功して、事業経営上の勝ち組に結びつくのだと思う。
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価値観の多様性に寄り添う対人援助


今日のブログを更新するにあたっては、事前に何も考えていないので、思いつくままのことを殴り書きのように綴るつもりだ。よって支離滅裂な文章になるかもしれないことを、あらかじめお断りしておく。

さてさて何を書くべきか・・・そういえば、他人には優しく、かつ自分には厳しくあれと言われることがある。僕が若いころは、ソーシャルワーカーの先輩にそう言われたこともある。

しかしそれは、『言うは易く行うは難し』という故事・諺の典型と言える態度である。

だれしも自分と自分の暮らしが大切だと思うだろうし、自分という主体が存在する以上、そう考えることはある意味当然ともいえる。

そうであるがゆえに、自分にとって都合の良くないものはであると考えてしまいがちである。そのために、「自分には優しくて、他人には厳しく」ふるまう人はたくさんいるのも事実だ。

自分自身を振り返っても、自分には甘いと思う。常に己に厳しい態度をとり続けることなんてできないというのが本音である。

しかし対人援助という仕事に携わる専門職であるなら、「他人には優しくかつ自分には厳しくあれ」という言葉を常に念頭に置いて、自分自身を戒めたいと思う。

少なくとも利用者と直接相対している場面では、自分に対してより、相手に対する優しさを失わないでいたいと思っている。
人にやさしく
誰かの暮らしという、他者の最もプライベートな空間に介入する対人援助の職業では、そうした戒めがないと、知らず知らずのうちに相手の心の傷や悩みに気が付かぬまま、その傷をえぐり、悩みを深くするような態度に終始してしまう恐れがあるからだ。

それは自分が欲する仕事の仕方ではないし、そんなことになれば自らが自分の職業を人に誇ることができない、単なる作業に貶めていることになると思うからだ。

人を相手にする職業であるがゆえに、仕事に熟練するということは、「なれ合い・鈍感・無神経」に直結しかねない。そうした戒めを胸に抱いておかないと、自分自身を、『悪気がなくとも人を傷つける人』に貶めてしまうというのが、対人援助という職業の特性でもある。

だからこそ私たち対人援助者は、常に自分を律する気持ちを持たねばならない。

自分が欲するものがそこにあったとしても、それより優先してしなければならないことがないかを考えなければならない。

湧きあがる欲望や欲求などに流されるばかりでは、楽な方に逃げる一方になり、結果的にそれは良くない方向に自分を誘う結果になることが多いからだ。

それらの感情を抑えて我慢することが己を律することであり、そうした態度をとることが己に勝つことにつながるのだ。それは困難であっても自分が進むべき道に誘(いざな)うことにつながり、幸福な人生につながるのである。

そのように自分を律することは必要だが、他人をその枠にはめて断じることは出来ない。

誰もが異なる価値観を持つ現実においては、他者の心情や取り巻く環境を加味して、杓子定規な価値観に陥らず、各事案に適した方法を取っていくという考え方が必要だ。

特に利用者に対しては、規律を求めるのではなく、希望のありかを探す方向で物事を考えて進めていきたいと思う。甘えを許さないという必要はない。私たちは利用者を教育する立場ではないのである。甘えることさえもニーズに変える方向を見出せばよい。その方法論を創り出せばよいのである。それが人間の暮らしに相対するプロとしての専門性ではないのか・・・。

それが本当の意味での、「利用者本位」ではないかと思う。

そんなふうにして、「利用者本位」という言葉を建前ではなく、本音だと言えるような対人援助者でありたい。そうでなければ自分の職業に誇りを持つことはできないと思うからだ。

対人援助という職業において、その仕事の目的を誤る最悪の態度とは、他人を律しようとして自分を律しないことである。

自らがそうした態度をとる人間にならないために、少なくとも利用者に向ける目線は優しい目線でなければならないと思っている。

それは科学とは対極にある、目に見えないという存在なしでは語れないものだ。だからこそ言えることはただ一つ・・・科学的介護が必ずしも人の幸せにつながるとは言えないということである。

人間愛が零れ落ちた介護は、誰も欲しないということである。
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利用者の世代交代に対応しないと生き残れない


団塊の世代とは、1947年〜1949年の3年間に生まれた世代の人たちを現す言葉である。

それらの方々は今年2022年に、73歳〜76歳に達する。

2022年1月の段階で団塊の世代を含む70歳〜74歳の人口は964万人であり、総人口に占める割合は約7.6%と、人口構造上でも大規模な集団であるが、それらの人々が今、介護サービスを利用する人の中心層になっている。

だから過当競争で倒産事業者数が増えていた小規模通所介護事業所も、団塊の世代の方々がサービス利用してくれるようになったことで、再び息を吹き返しているのである。

だがそれに甘えて、サービスの品質をおざなりにすると、顧客から選ばれなくなり、あっという間に廃業に向かわねばならないことになる。

なぜなら団塊の世代の方々とは、様々な情報媒体を使いこなして、自分に合った介護サービスを利用しようとする傾向にあるからだ。人から勧められた事業所をおとなしく選ぶだけで収まらないし、気に入らないことがあればシビアに事業所を選びなおす傾向が強い。

そこで問題となるのが、その人たちはどのような時代背景を生きてきたのだろうかとうことだ。それを探ることが、その人たちのニーズを探ることになるからだ。

団塊の世代の最終年次である1949年生まれの人を例をとると、15歳(1964年)の時に最初の東京オリンピックが行われており、この時期は、「いざなぎ景気(〜1970年)」と重なっている。そして社会人となって以後、第1次及び第2次オイルショック円高不況・バブル景気を経て、リーマンショックに至るまで現役世代として社会の第一線で働いていた世代である。

そして2009年〜2014年に60歳〜65歳となっているので、おそらくこの時期に定年退職を迎えた方が多いのだろうと想像する。

しかし第一線の仕事から退いても、体が元気なうちは社会参加して、役割を失わないようにしようと、アルバイトを続けていた人も多いだろうし、ボランティアやシルバー人材として活躍されてきた人も多いと思う。

それらの人が70歳を迎えようとするあたりから、悠々自適の生活を考えていく段階で、「コロナ禍」という状況に遭遇したことをきっかけに、仕事や活動から身を引いて、介護サービス利用に至ったというケースも多いのかもしれない。

その人たちと通所介護事業所で交わす話題は、小学校唱歌の思い出ではなく、ビートルズやベンチャーズかもしれないし、思い出の中に戦時中のものはなく、バブル崩壊前後の浮かれた日本経済の話題を欲しているかもしれないわけだ。

印象に残って人に話したい事件も、学生運動時の騒擾や、あさま山荘事件と連合赤軍による総括と称した連続リンチ殺人であるのかもしれない。・・・いや、もしかしたらオウム真理教事件になるのか?

どちらにしてもその人たちは、つい最近まで社会の第一線で活動してきた人である。そういう人たちが介護サービスの顧客の中心層になっているということは、その人たちのニーズに対応しないと、介護事業経営は成り立たなくなるということだ。

例えば今年70歳になる人(昭和27年:1952年生まれ)は、どのような時代背景を生きてきたのだろうか。

そのことを理解するために、その人たちの生きてきた時代を年表にして表すことで理解してほしい。
今年70歳になる人の年表
このように今年70歳に達する人は、携帯電話やインターネットは当たり前に利用していたし、PCのみならずスマホやタブレットも使える人たちであると想像できるのだ。
※団塊の世代の人は、70歳の人に3年〜5年プラスした年表を書けばよい

その人たちが介護サービスを利用するようになった途端に、「チーチーッパッパ」の活動を強いられたらどう思うだろうか?そんな介護事業にはそっぽを向くだろう。

だからこそ、「認知機能トレーニングをスタンダードメニューに」や「地域住民から選ばれる通所介護のサービスメニュー」で示したような工夫が必要になるのである。

時代の変化のスピードは、20年前より確実に早くなり、変化の波も大きくなっているのだ。いつまでも高齢者が最新テクノロジーに対応できないなんて思い込んでいてはならない。ネットおたくの高齢者だって介護サービスを利用してくるのである。

介護事業関係者は、こうした利用者の世代交代に伴うニーズ変動に敏感になっていかねばならない。

そうしたニーズに対応することは顧客確保だけではなく、新たな要介護高齢者が望む高品質サービスにつながるのだから・・・。
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実地指導は運営指導に


新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、昨年度(2020年度)の自治体の実地指導などの件数が減ったことで、指定の取り消し・効力停止の処分を受けた介護事業者数が、前年度から44件減少し、109件となっているそうである。

ところで行政指導に関連して、全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議資料の、総務課介護保険指導室の2ページに、指導指針の改正点について次のように記されている。
---------------------------------------------------------
介護保険施設等指導指針の主な見直しの内容
○実地指導について指導形態を次の ↓及びとする。
_雜逎機璽咼垢亮損楙況指導(個別サービスの質(施設・設備や利用者等に対するサービスの提供状況を含む)に関する指導)
∈把禊霆狹運営体制指導(運営基準等に規定する運営体制に関する指導)
J鷭契禅畛愼魁焚短仕の介護報酬請求の適正実施に関する指導)
上記のうち、施設・設備や利用者等の状況以外の実地でなくても確認できる内容(上記◆↓)については、介護保険施設等の負担増にならないよう十分配慮し、情報セキュリティの確保を前提として、オンライン会議システム等を活用することが可能である旨を明記する。
なお、このことにより、実地指導の名称を「運営指導」に改める。

○運営指導の実施頻度については、原則、指定等の有効期間(6年)内に少なくとも1回以上とする。なお、施設サービス・居住系サービスについては、現行での実施状況等を踏まえ3年に1回以上の頻度で実施することが望ましいこととする。

○運営指導の標準化・効率化を推進する観点から、以下について明記する。
・標準的な確認すべき項目・文書による実施
・標準化・効率化により所要時間の短縮
・同一所在地や関連する法律に基づく指導・監査の同時実施
・確認する書類等の対象期間の限定
・電磁的記録により管理されている書類等のディスプレイ上での内容確認
・事務受託法人の活用
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現行の実地指導の一部(新指導形態△鉢)をオンライン対応に変えることができるとしており、名称も「運営指導」に変えられることになることは覚えておいた方が良いだろう。

介護関係者の一部では、実地指導という言葉さえ理解できずに、いまだに「監査」なんて言っている人がいる。そういう人たちには改めて意識変化を促したい。

介護保険制度における現行の「監査」とは、介護給付費適正化システムを分析し、特異傾向を示す介護サービス事業者を抽出して行われるものである。
実地指導から運営指導へ
もっとわかりやすく言えば、不適切運営や不正請求等が疑われるグレー事業者の調査に入って、ブラックであることを確認して、「勧告」や「命令」・「一部停止」・「全部停止」・「指定取消」処分することを想定して行われる行政検査が、「監査」なのである。

それは、まともな経営を行い適切に運営されている介護事業者にとって、ほとんど関係のないものだ。監査とは無縁の事業経営・事業運営に努めていただきたいと切に願う。

実地指導から運営指導に名称が変更されたことを機会に、この名称区分の理解も関係者に促したいところである。

今回の指針見直しは、2019年以降の指針見直しの流れが踏襲されているとみてよく、それはより多くの介護事業者の実地指導を行うために、指導の標準化・効率化を図ることが目指されているものである。

例えば、「確認する書類等の対象期間の限定」も2019年度に既に示されたもので、原則として実地指導の前年度から直近の実績に係る書類とされていることの再確認という意味だろう。

また実地指導当日に提出する資料の部数は1部とし、すでに自治体に提出している文書については「再提出を求めず、自治体内での共有を図る」とされているので、こうしたルールをローカルルールと称して変えないように周知しているという意味もある。

どちらにしても、「運営指導」とは、介護事業者が適切な事業運営を行い、利用者に対して一定以上のサービスの質を担保するように、行政職員が助言を行うものである。

日ごろ法令に沿った経営と運営を行っている事業者にとって、それは介護事業者が気が付きにくいルール視点を示してくれるものでしかなく、恐れるような性格のものではない。運営指導の場は、行政の専門家と、介護事業の専門家が建設的な意見交換ができる場として、歓迎すべき機会であることと考えるべきである。

そのような運営指導に対して、「運営指導対策」の研修を受けたり、コンサルを受けたりすることの意味が分からない。そんな対策をとるよりも、法令を読み込んで根拠に基づく事業運営をすればよいだけの話である。

行政指導に対策する費用ほど、ばかげた支出はないのである。このあたりも介護事業経営者や管理職の方々に、しっかりと理解を促したいところである。

なお課長会議資料の説明は、オンラインで行われる予定になっているが、「ただ今準備中です。準備でき次第、厚生労働省動画チャンネル(YouTube)に掲載します。」とアナウンスされているので、一部の解釈は解説を待つ必要がある。

例えば、新指導形態△鉢がオンラインで調査された場合、,砲弔い討脇映度内に必ず事業者に出向いて行われることになるのだろうか。このあたりは確認しておきたいところである。
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