masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

こころ

まずは「感じの良い介護支援者」を目指そう


今更言うまでもないことだが、介護の仕事は、利用者の暮らしに深く介入し、自分以外の他者の最もプライベートな領域に踏み込む仕事である。

そんなことは解り切っているという人が多いだろうが、このことは常に介護支援者が自分の胸に置いておかねばならないことだ。

なぜなら、介護の仕事が利用者が羞恥心を持つような行為にまで及ぶことの配慮を忘れたときに、介護支援は人の心を傷つけることに気が付かない、デリカシーに欠ける業務に変貌するからだ。

介護が必要な高齢者にとって、介護支援者の対応の仕方そのものが、自分の暮らしの質に直結するものであり、介護支援者の言動一つで、心が踊ったり沈んだりすることも多い。

だからこそ介護を職業としているすべての人は、常に利用者に対してベストのパフォーマンスを心掛けるべきである・・・。

しかし人間である以上、間違いは犯してしまうし、感情も揺れ動くのは当然のことで、常に一定のパフォーマンスに終始することは極めて困難であると言わざるを得ない。

ましてや経験の浅い人であれば、援助技術の基本を忘れて、間違った方法で失敗をしてしまうことがあるかもしれない。

そんなことはあってはならないと言うが、技術というものは実地の中で経験を重ねて、時には失敗を教訓として、初めて身につくものが多いのだ。感情のある人間が、同じく感情のある人に対して行う仕事の業(わざ)とは、教科書に書くことができない、文字や言葉に置き換えられない様々な領域に及ばざるをものなのである。経験でしか得られないものが必要とされるのが介護という仕事の宿命でもある。

そんなふうにちょっとしたコツが必要になるデリケートな仕事が介護である。だからこの仕事は決して、AIを搭載したロボットでも替わることができないのである。

そのような介護の仕事だからこそ、利用者と初めて向かい合った当初からベストのパフォーマンスを展開するということは難しい。

だからと言ってその状態を当たり前であるから利用者に対して、「我慢しろ」という態度であってはならない。それはプロとして恥ずかしい態度でしかない。

そうであれば私たちにはいったい何が求められるのだろう・・・。

私たちが介護という仕事の中で、利用者に対して最低限担保すべきこととは、ベストのパフォーマンスを展開できない場面でも、決して嫌な思いを利用者にさせないようにする態度を身に着けることだと思う。

申し訳ございません」は優しい言葉であり、「ありがとうございます」は温かい言葉だ。そうした優しくて、温かい言葉を介護の仕事をする中で、普通に使いこなせるようにしたいものだ。

そうした優しさと温かさをもって介護の仕事に励むならば、あなたはきっと素晴らしく立派な介護支援者になることができるだろう。しかし最初から立派な介護支援者にならなくても良いのである。

利用者の方々に、嫌な思いを味合わせない対応。利用者の方々が不快にならないための対応。そういうことを繰り返す先に、仕事を通じてあなた自身が人間的に成長し、いつか人から見習われるような介護支援者になるのである。

だから私たちが最初に目指すのは、「感じの良い介護支援者」である。

サービスマナーを身に着けることは、感じの良い介護支援者になるための絶対条件であり、「介護サービスの割れ窓理論」を理解することは、誰からも求められる介護支援者に成長するための必要条件なのである。

是非そうした態度と理論を身に着けて、この国を支える介護支援者になっていただきたい。

家族と同じように言葉を崩して会話しなければ、親和性を伝えられないとか、タメ口が家庭的な雰囲気につながると勘違いしている輩は、いつまでも「感じの悪い奴」のままである。

その醜い姿に一日も早く気づいてほしいものだ。
感じの良い支援者
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優しさの条件


対人援助の職業には、エビデンスにはならないスキルが求められる。

愛とか優しさはエビデンスにならないし、そんなものに頼る介護は信用できないという人がいるが、時として大きな問題を解決する糸口が、支援者の愛情ある対応や、ちょっとした優しさであったりする。

優しさに欠ける対応によって、認知症の人の行動心理症状はエスカレートする。愛のない言葉かけによって、看取り介護を受けて旅立っていかれる人やその家族が泣いている。

愛情を積み上げ、優しさを忘れないだけで、介護の質は高まり、課題解決にもつながっていくのだ。

そのような不確かなものに頼らなければならない不安や不確かさを嘆くのではなく、愛情や優しささえもスキルに組み込んでしまえばよいのだ。それを持てない人は介護のプロとして認められないようにすればよいのだと思ったりする。

なぜならば対人援助とは、まさに人に相対する職業であり、決して理論化できない人の感情と正面から向き合わねばならないからだ。

人の感情は、こうした場面でこのように対応すれば必ずこうなると言えるものではなく、同じ場面で同じように対応しても、相手が違えばそこで生まれる感情も異なってくるのだ。

喜怒哀楽とは、それぞれの個性ある人の内面に生まれるものなのだから、同じ場面・同じ状況でAという人が喜びの感情を抱いているのに、Bという人は哀しみを抱いてしまうことがある。

そうした不確かな感情に向き合う私たちは、どんな感情に向かい合っても、その感情に巻き込まれずに冷静に対応するというだけではなく、感情ある人と向き合う仕事に喜びを抱き、その感情をできるだけ温かく受け止め、やるせない思いを包み込む人であることが求められるのだろうと思う。

それが他人のプライバシーに踏み込んで生活の糧を得ている私たちの責任だと思っている。

だからと言って自分の性格を変えて優しい人になれと言っているわけではない。そんなことは不可能だし、そんな必要もない。

対人援助に携わる人々にも個性があって、性格的に優しい人と、そうは言えない人があるのは当然だ。しかしどんな職業も自分の性格を丸出しにして全うできる職業はないのである。それぞれの職業のプロとしてスキルを磨く必要があるのだから、利用者に愛情と優しさを持って接するというスキルを身に付ければよいのだ。

愛情を持って優しく接する方法論の中にこそ、私たちが求める答えが存在するのだと信じることが大事だ。

優しさの優という文字は、人を憂える(うれえる)と書く。それは、「よくないことになるのではないかと心配する気持ち」を表す言葉である。向かい合う利用者の様々な事柄に憂える気持ちを持つことが大事だ。私たちが憂えることをしないで放置すれば、壊れてしまう人がそこに居るかもしれないのだ。そうしない唯一の方法は、憂える私たちがそこでできうる限り、愛情と優しがある態度で接することだ。

だが人に優しくするためには条件がある。人に優しくするためには、自分に強くなる必要がある。他の感情に負けないで、愛情を持ち優しさを忘れないという強い心が必要だ。

私たちは自分の中に渦巻くあらゆる感情に身をよりかけることができる。怒りにかませて粗暴にふるまうことほど楽なことはない。自分の感情を抑えたり、自己覚知しようとする努力が必要ないからだ。しかしその感情をぶつける相手が、自らの職業として支援の手を差し伸べる人であれば、そこで関係性は途絶え、私たちの職業が目指すゴールにも決してたどり着くことは出来なくなる。それは職業人としてあるまじき態度であると言ってよい。

優しさに徹する人は、「格好つけてる」・「勘違いしている」・「ポーズがうまいよね」などと様々に揶揄され、時には批判を受けることさえある。しかしそれは優しさを失わないで利用者に接することができない愚か者のやっかみに過ぎない。自分ができない行為に嫉妬する能力の低い人間の戯言に過ぎないのである。そのような愚者の戯言に負けて流されてしまわない強さが必要なのだ。

だから自分に強くなって、優しくなる必要があるのだ。

他人になんか強くなる必要はない。虚勢・意地・暴言・暴力・粗暴。どれをとっても私たちの仕事に必要なものはない。

そんな覚悟を持って、毎日人に向かい合うことを続ける先に、新しい未来が生まれるのだと信じてほしい。きっとそれはあなた自身を照らす光にもなるだろう。
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優しさとは何だ

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広島の空・長崎の空2020


今年も暑い夏がやってきた。

戦後75回目の広島原爆の日と長崎原爆の日は、コロナ禍で式典の規模などが縮小する中で行われることになった。しかし人々の平和を祈る気持ちは決して変わることはない。そしてあの戦争で失われた多くの御霊、広島と長崎の原爆投下で失われていった御霊を悼む気持ちも決して変わることはない。

ところで、今年の平和式典における首相のあいさつの文面が、両会場とも酷似しているとして、被爆者から「何のために被爆地まで来たのか。ばかにしている」と怒りの声が挙がっているそうだ。しかし一国の首相とはいえ、たかが政治家の挨拶の言葉に目くじらを立てたってどうしようもない。そのような挨拶しかできない人を可哀そうだなと思えばよいだけである。

ただし世界で唯一の被爆国である国のトップが、自らの言葉で平和の祈りと誓いを語らないのは、残念であるというより、勿体ないことであると思う。自分の思いを伝えようとしない言葉は、何の意味もなさないからだ。

そういえばこの国は、国連で決議されている核兵器禁止条約に署名・批准を拒否している国である。その国のトップが、平和式典で何を言おうと、天国でその言葉を聞く御霊には何も響かないだろう。そんな言葉は単なるセレモニーでの空しい騒音でしかないのだから、そんなものに腹を立てたり、憤ったりすること自体が無駄なことである。

心を静かにして天に召された御霊を悼み、平和を祈り続けることが何よりも大事ではないかと思う。

平和式典が75回目ということは、あの戦争が終わってから75回目の夏が来ているという意味だ。すぐ近くに敗戦の日である8月15日も迫っている。戦争の生きた語り部はどんどん減っているが、まだこの国にはあの戦争を体験した多くの方々が残っている。それらの方々の戦争体験が、生の声として後世に伝えられていく期間もそう長くは残されていない。そうであるからこそそうした機会を貴重に思わねばならない。

同時に高齢者介護・対人援助に携わっている私たちは、あの戦争を経験して、たくさんの愛する誰かを失った哀しい人々の最晩年期に関わっているのだということを強く自覚しなければならないと思う。

戦争で心に深い傷を負った人々を、私たち自身の心無い言葉や態度で傷つけることがないように最大限の配慮をしなければならない。それが介護サービスの割れ窓理論の意味でもある。

対人援助・介護サービスに携わる私たちが、誰かのあかい花になろうとすることは、この国に生まれ育ったすべての人々が、平安の暮らしを送るために必要な最強アイテムでもある。

この国の平和と、人々の心の平安を祈りながら、「LOVE〜明日につなぐ言葉・長崎編」を御覧になっていただきたい。そして私たち一人ひとりが、介護サービスの場で何ができるのかを、改めて考えていただきたい。

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自然災害に向かいあって生きる


7月4日未明に熊本県南を中心に発生した豪雨水害によって、たくさんの人が被害を受けている。心よりお見舞い申し上げたい。

今日午前5時現在、鹿児島県の万之瀬川と加世田川で氾濫危険水位に達しているとの心配な情報も入っている。宮崎県も大雨とのことだ。これ以上の被害が出ないことを祈るしかない。九州各地の皆さん、身の安全にくれぐれも注意してください。

ところで今回の大雨被害の中でも介護関係者がショックを受けたのは、球磨村の特養の浸水被害である。

一昨日の夕方に僕の別ブログ、「masaの徒然草」に、「熊本県の特養水没事故により死者多数の悲報に触れて」という第1報を書いたが、被害にあった施設で心肺停止状態で見つかった14人はいずれも入所者だったことが判明している。残る入所者51人は5日、全員が救助されたそうである。

報道記事では、「死亡」や「死者」という言葉を使わず、「心肺停止」とされているがその理由は、医師による死亡診断がされてはいないが、呼吸が停止していることが明らかであるという意味だろう。何とも痛ましい災害死である。特養という終の棲家で、安心して暮らしていた人の身に、突然ふりかかった災害死という悲劇に対して言葉を失ってしまう思いだ。

被害にあった特養は、球磨川に注ぐ支流の脇に建てられていたそうである。今回の災害は、球磨川という本流が決壊したことにより、支流がせき止められ逆流する、「バックウォーター」という現象が起きたことによるとの見方もあり、浸水が始まってから1階部分が浸水するのもあっという間の出来事だったのだろう。かつてない雨量と川の決壊によって、垂直避難も間に合わないほどの未曽有の災害だったのだと思う。

現に報道でも、1階の入所者を2階に移していた最中に施設内にどんどん水が入ってきて津波のような状態になってどうしようもなかったという証言が伝えられている。

亡くなられた人に心よりご冥福を祈るとともに、このような災害で大切なご家族を奪われた遺族の方々にも心より弔意を捧げたい。

お仲間を失い、自分自身も大変怖い思いをされた生存者の方々の心のケアも大事だ。それは利用者のみならず、施設に勤めている全職員に向けても必要だろう。中にはもっと利用者を救える判断ができたのではないかと悩んでいる人がいるかもしれない。どうか責任を抱え込まないでほしいと思う。

日ごろ災害に注意する意識をいくら持っていても、私たちは想像を絶する自然の力の前に、無力であることも多いのだ。あれもできた、これもしたかったということは、結果がわかってから気が付くことで、予測の範囲を超えた出来事の最中に、すべてベストの判断や選択ができる人は多くはない。くれぐれも過度に自分を責めないでほしいと思う。

勿論、命を失ってしまった人に思いを寄せることは大事だ。

今回の災害で亡くなられた方の命の重みは、大災害で何万人もの人が亡くなった時の一人一人の命の重みと変わらない。だからその命が失われたことを私たちは深く胸に刻まねばならない。このように失われた尊い命、誰かにとってかけがえのない方々が、生まれ変わってまたこの国に生まれたいと思うことができる国を創ることを目指して、一人ひとりの国民が今いる場所で、今できることを続けて行く責任があるのだと思う。

このような大きな災害が起こったからと言って、私たちは自分の日常を変える必要はないと思う。日常の中でできることで支援協力をしていくべきではないのだろうか。今はとりあえず後方支援として義援金等の募金に協力することが最も求められているのではないだろうか。

今朝ネット検索したところ、熊本災害基金<2020熊本水害支援>というサイトにヒットした。今後様々な機関によって義援金が受け付けられていくだろう。

自分のお金をどのように使ってほしいかを、それぞれの皆さんが判断して、最も有効にお金を使ってもらえるところに寄付をすることが大事ではないだろうか。

今は亡くなられた方に思いを馳せ、被害を受けられた方の身を慮り、一日も早く平穏な日が戻ることを祈るのみである。合掌。
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爆ぜるに蒼し(はぜるにあおし)


人にはそれぞれ、「言い分」や「理屈」がある。しかし頑張らない人間のそれは、「言い訳」であり、「屁理屈」にしか過ぎない。

ある行為ができるかどうかは、やってみなければわからない。手足を動かすだけではなく、頭を使って行動を起こして初めて、「できる」・「できない」が評価できるのだ。

何もしようとしないで、最初からできないと決めてかかる人間が、何を主張しようと遠吠えにしか過ぎない。そんな声には反論することさえ無駄だ。黙って無視すればよい。

介護サービス事業の中で職を得て、そこで利用者対応することで生活の糧を得ている人間にとって、利用者は、「顧客」そのものである。それは疑いようのない事実で、この理解ができない人は社会人としてのスキルがないと言える。

自分のお客様が目の前にいて支援を求めているのだから、顧客対応にふさわしい態度や言葉遣いというサービスマナーを身につけて、マナーに徹した顧客対応を行うことは、特別なことではなくごく当たり前のことである。

そのことをいつまでも理解できない人が介護のプロを名乗ってはならないし、名乗る資格もない。そんな輩はその場所にいることさえ許されないと言える。とっとと介護の仕事を辞めて、別の仕事を探しなさい。・・・しかし顧客対応ができない人間にできる仕事が果たしてあるのだろうか。少なくとも医療や介護業界以外では、顧客にタメ口で接するという対応は許されていない。それほどこの業界が温いということだ。

お客様に対してより良いサービスをしようと考えるのは、極めて健全で当たり前の考え方である。介護業界の人手が足りないことも、待遇が決して良くないことも、それを否定する理由にも材料にもならない。

そもそも仕事に真剣に取り組むならば、顧客に対するホスピタリティ精神はごく自然に湧き上がってくるものだ。人の役に立つために、対人援助の仕事に就きたいという動機づけを持つ人ならばなおさら、それは極めて自然で当然の心持である。

現に年齢に関係なく、マナーに徹した対応を行っている人がいる。高品質なサービスを実践している人がいる。

介護施設で人手が足りないから週に2回しか利用者を入浴させられないと嘆いている向こう側には、同じような人員配置で、利用者の希望に応じた入浴回数を確保している施設がある。その違いは文句や愚痴を言っている暇と無駄をなくし、知恵も用いて黙々と手足を動かしていることによるものなのかもしれない。

僕は自分の実践として、マナーーに徹し、顧客ニーズを追求した高品質サービスを実現してきた。このブログに書いていることにフィクションはなく、すべて行ったという事実なのだから、それほど明確な根拠はほかにない。

だから僕が講演で話す内容も実践論である。理想論ではないのだ。それがなぜできないという人がいるのだろう。それは単にやりたくないだけではないのか。面倒な方法や、つらい径を選びたくないだけではないのだろうか。

勿論苦労せずにお金を稼げるのなら、それに越したことはない。しかしそれでよい待遇を与えてくれというのはあまりに図々しい。そんな都合の良い方向に世の中は流れるわけがないのである。

同じ介護の仕事の中で実績を上げ、それに応じた対価を得ている人をやっかむ人がいるが、自分もそうなれると信じて実践すればよいとつくづく思う。

才能がないとか、運が悪いというのも言い訳だ。人には向き不向きもあるだろうし、才能というものもきっとあるんだろう。

しかし生まれ持った能力なんて、仕事の成果を左右するほど大きなものではない。

本当の意味の才能とは、天から与えられるものではなく、自分で掘り起こし作り上げるものだ。必死に仕事をし、階段を一歩一歩歩いてきた人間にだけ見出すことができるものが才能である。

懸命に前に進んでいる人が頂上にたどり着こうとしたときに、何もしようとしない人間は麓(ふもと)でこうつぶやく。「奴には俺と違う才能があるからな」・「奴は運に恵まれただけさ」・・・。

馬鹿を言うな。頂上にたどり着こうとしている人間は、麓で骨休めしている奴やより何十倍も、何百倍も努力を重ね、汗をかき、辛い思いを飲み込んできているのだ。怠けてこなかったのである。

それに比べて若さがあって、時間も体力も感性もあるやつがなんで怠けるんだ。なんでそんなところで停まって愚痴ばかり言っているんだ。それは評論にもなっていない世迷言だぞ。

それに気づかずに老いていき、仕事の上でも敗残者になるのも勝手だが、どうせなら食うためだけではなく、自分の職業に使命ややりがいを感じ取れる道を探し・選んだ方が良いのではないだろうか。
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心を見える化される日も必要なのかな。


1日に発出された介護保険最新情報842で示された通所サービスとショートステイの算定特例が極めて評判悪い。

この特例は、「感染拡大を防止する事業所の対応を適切に評価する措置」であり、通所サービスでは実際にサービスを提供した時間の報酬より2区分上位の報酬を毎月一定の回数に限り算定でき、ショートの場合は緊急短期入所 受入加算を一定回数上乗せして算定できるというもの。

おそらく6月請求分からが対象となると思われるが、自動的・機械的に高い報酬を算定できるわけではなく、特例算定の前提如件として、『介護支援専門員と連携の上、利用者からの事前の同意が得られた場合には〜(以下略)』という風に釘をさす文章も明記されている。

そのため特例算定についてはすべて、後の実地指導において確認されることになろうと思え、その時に同意をいただいたという証拠になるのは同意書をおいて他になく、同意書の取り交わしは必須である。(※算定要件に同意の記録で良いという記載がある場合は、この限りではないが、今回の特例算定はそのような記載がない。)

さらに給付管理を行う担当ケアマネジャーにも十分理解を得ていなければならないが、関係者からは、同じサービスを受けていて、日によって額が異なる状況がおこり利用者の理解が得られないとか、同意を得られた人だけ高い報酬を算定するのは、同意を得られない人と比べて不公平が生ずるとか、計画担当ケアマネが必要性を認めず給付管理上の対応をしてくれないという苦情が続出している。

このように自己負担の伴う特例は問題が大きすぎる。いっそのこと特例算定の上乗せ分については、自己負担をなしにするなどのルールが必要ではないだろうか。

さて話は変わるが今日は6月最初の週末である。緊急事態宣言が解除され、街に人手が戻りつつあるが、東京の新規感染者が一時一桁数になったのに、昨日は20超えてきている。北九州でのクラスター感染も収まっていない。

これ以上感染が広がらないように、まだまだ警戒が必要で、この週末が休みの人もまだまだ不要不急の外出は控えたほうが良いのではないかと思う。家でゆっくりと疲れをとる週末も良いのではないだろうか。そんな方には、『実在する「ボロ宿」を巡りながらドラマは展開します』で紹介しているような無料動画を是非愉しんでいただきたい。

ところで6月と言えば、『父の日』がある。再来週の日曜日がその日になるが、僕は息子たちから何かもらえるだろうか・・・。お父さんがお元気な方は、是非ありがとうの言葉を添えて、気持ちを形にして贈ってほしい。

僕が父を失ってから14年、母を失ってから13年経っているので、自分の両親に物を贈る機会はない。物を贈ることさえできなくなる別れは、ある日突然やってくるのだということを身に染みて感じている。

生前父や母に逢うのは、正月とお盆くらいのもので、それが永遠に続くとは思ってはいなかったが、14年前と13年前のその日に、永遠の別れが来るとは思ってもみなかった。

仕事も一番忙しい時期だったので、孫の顔を見せに帰省することもほとんどないまま「孝行のしたい時分に親はなし」という言葉は、まさに僕のような薄情な息子のためにある言葉なのかもしれない。

今、ご両親か、そのどちらかがお元気な方は、それが当たり前ではなく、永遠に続くものではないということを思い出して、もしかしたらお別れのカウントダウンが始まっているかもしれないことを心にとめておいてほしい。

感謝の気持ちは、言葉にしないと伝わらないものではないかもしれないが、自分が思ったほど気持ちは相手に伝わらないことも多い。それが人の性でもあるのだから、せめて記念の日には、大切な人に照れずに言葉を贈りたい。その時には感謝の気持ちを形のあるものに込めても良いのではないだろうか。『言葉は心を超えないから、記念の日には心を形にして贈りたい』という記事も是非参照していただきたい。

今朝のニュースでは、高知県の小学校臨時教員が3.11でたくさんの犠牲者を出した宮城県石巻市立大川小学校の児童の遺族3人に殺害予告の手紙を送って逮捕されたと報道されていた。犯人は児童8人が殺害された大阪教育大付属池田小にも遺族殺害予告の手紙を送ってるらしい。

狂っていると思う。こんな仕打ちは心の傷がいえない遺族にとっては2重の苦しみにしかならない。なぜこんな人間がいるのか、しかも小学校の教員なのか理解に苦しむ。

どうぞ人を愛し、人に優しい世の中でありますようにと祈ることしか僕にはできない。短い人の一生で、傷つけあって生きていくのは無駄な過ごし方でしかないと思う。人に対する関心は、愛情のある方法で向けてほしいと思うのである。

どうぞ優しさが、人の心を癒すために、何より必要であることを忘れないでください。あなたは人を愛するために、この世に生まれ、生かされているのですよ・・・。
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僕の原点


僕の学生時代の専攻は児童福祉であり、実習先は児童相談所や児童施設であった。そこでたくさんの子供たちとの出会いがあり、その中で僕は福祉の道へ進む動機づけとか覚悟を持つに至った。

父親に犯されて妊娠してしまった中学生。親の離婚と育児放棄という状況の中で、生きるために盗みを覚え常習化た小学生の兄弟。継母から虐待を受け、口がきけなくなった小学生。すべて僕が学生時代の実習中に出会った真実のケースだ。

人はいつも正しくは生きていけないのかもしれませんが、せめて大人が子供の心を壊すことがなくなって欲しいと思った。子供の心を壊す親や大人を心から憎んだ。子供を産んだら親としての責任を果たせと言いたかった。いつまでも男と女をやってないで、きちんと親になれと言いたかった。

そんな僕の原点を書いた下記のブログ記事を、まだ読まれていない方には是非読んでいただきたい。
Think about my Daughter 〜「もうひとつの少年期」との出会い
Think about my Daughter 2 〜 僕は天使ぢゃないよ。
Think about my Daughter 3 〜 彷徨(さすらい)
Think about my Daughter 4 〜 最終章:光と影。
THINK ABOUT MY DAUGHTER 2

2005年11/9にこのブログを立ち上げて以来、こんなふう僕の心の叫びを様々に書きなぐってきた。ここは僕のその時々の心情を素直に正直に表す場であり、他人の意見を聞く耳は持たない場所でもある。他人の意見やアドバイスなんてくそくらえだ・・・そんなふうに考えてずっと思いを書き続けている。

それが嫌だとか不快ならつなげるなよと言い続けている。勝手にアクセスして嫌だも読みたくないもないだろうと思う。反論があるなら顔と本名をさらして堂々としかるべき場所で意見しろと思ったりする。そんなわがままで勝手な場所であることを許せる人だけ読んでくれれば良い。

不幸とか幸福とか、好きだとか嫌いだとかという形のない概念は、それを感じる主体によって違ってくるんだろう。だから今の状況が、全ての人に不幸だとか、幸福だとかいうことはできないし、嫌われてもすかれてもどうでもよいと思う。何が正しいのかということの答えは誰も出せない。

現代社会とは、世界中の出来事がモニターの前にいれば瞬時に把握できたり、どんなに遠くにいる人ともリアルタイムでコミュニケーションがとれる便利な社会にはなった。コロナウイルス禍で在宅テレワークが増えてくると、それがスタンダードになっていく職場も増えていく。

そうした状況の中で、人と人のふれあいが希薄になったり、苦手になったりする人が増えるかもしれない。そこでは少しずつ「人に対する優しさ」が失われてしまうような気がしてならない。モニター画面で完結する仕事では、ともに仕事をする人、仕事の対象となる人のリアルタイムの心臓を思いやる必要性が乏しくなるからだ。

僕はそれはとても嫌なことだと思う。

この年になって蒼臭いといわれるかもしれないが、社会全体の優しさが失われていくことに対して、「それは違う」という声を出し続けようと思う。人が人を思いやれない社会はまっとうな社会ではないと言い続けたい。

社会のひずみや影の部分にも目を向けていきたい。光り輝く部分は誰にでも見ることができる。そうではない影を見つめて、光の当たらない場所を温めてくれる存在がないと、人の生きる路には険しさしかなくなる。

地域社会から優しさの量が減り続けるのであれば、人は苦しさから逃れる術を失ってしまう。
人の心は真っ白なキャンパスである
※介護事業経営者の方は、ランニングコスト削減のために、「収益減に対する自己防衛策としてリスクとコストゼロで電気料金を賢くカットしましょう」を是非参照してください。

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命について考えさせられる様々な死の風景


死は誰の身にも訪れる。それは誰しも知っていることであるが、自分や自分の身近な人が、今日突然死の瞬間を迎えることを予測している人は少ない。

健康な人であればなおさら、その人が今日急に命を失うとは思わない。しかし実際には突然の死はたくさんある。日本では一日平均3.279人が死んでいるのだ。その中には、健康に何の問題もなく、死と遠い場所にいると思われていた人が、予測できない理由で死という現象に見舞われることもある。その中には理不尽と思えるような、「死に方」も存在する。

普段そのようなことをあまり深く考えることはないが、「悼む人」という小説を読んだり、それを原作にした映画を観た影響もあってか(参照:悼む人は愛と憎しみ、罪と許しのドラマです。誰に愛され誰を愛し誰に感謝されたことがあるかを思い出してください。)、介護関連の仕事をしている最中に、そこに関連した様々な死のニュースが気になった週である。

5/18、京都府長岡京市内の民家で、76歳の夫が72歳の妻の首を絞めて殺害した後、自らも首をつって死亡しているのが発見された。夫は直前に、「介護に疲れた。2人で楽な道を選ぶことにした」という遺書を長男に送り、長男から通報を受けた向日町署員が、二人の遺体を発見している。

先週の11日には埼玉県入間市でも53歳の息子が、疾患を負った83歳の母親の介護に絡み、「母親を切り、自分も死のうと思ったができなかった」と通報し殺人未遂で逮捕されている。母親は手首を切ったものの命を失わなくて済んだが、これは殺人未遂というより、介護疲れを理由にした心中未遂である。

介護疲れを理由にした心中事件は、介護保険制度が創設され、介護の社会化が叫ばれてもなくならない。数が少なくなったかどうかは不明であるが、人の死の問題は、数の比較をしてもどうしようもないだろう。5/18の心中の遺書のあて先となった長男の方にとって唯一無二のご両親を、このような形で亡くした哀しみは計り知れない。

この世の中は、こうした悲劇から逃れられないのだろうか・・・。

20日午前に奈良県五條市で一家五人が亡くなった火災事故は、寝室に油をまいて放火した無理心中とみられている。遺書があると一部で報道されたが、それは誤報でメモ書きが残されているものの、遺書ではないとのことである。

この一家の主は社会福祉法人の高齢者介護施設で、施設長に就任したばかりという報道もされている。心中の原因が何かはわかっていないが、8歳と6歳と2歳の幼い子供3人を何故道連れにしなければならなかったのか・・・。この一家の主のFacebookには、今も幸せそうにしか見えない5人の家族写真がアップされたままである。それを見るとやっぱりどんな理由があろうとも、家族を巻き込んで死を選択してはならないと思ってしまう。

コロナウイルス関連では、5/20に厚生労働省が介護施設で新型コロナウイルスに感染して亡くなった高齢者の人数について公表している。その数は19日時点で少なくとも61人で、介護施設内で亡くなった高齢者は23人ということだ。

61人−23人=38人は、介護施設内で発症したが、亡くなった場所は入院先の医療機関という意味なのだろう。クラスター感染が発生している札幌の老健内では15人が亡くなっていることがわかっているのだから、その数は公表された23人の65%以上に上っている。ということはやはりこれは異常な数字としか言いようがない。

陽性となった利用者が発生したとの報告を受けた札幌市が、医療機関への転院をせずに施設内での継続介護を求めたことによって感染が拡大し、施設内死者数が増えたと思われるわけであるが、そのことは結果的に同施設の感染者を見捨て、「命の選択」が行われた結果ではなかったのかという検証・議論は、後々必ず必要となるのではないだろうか。

蛇足として書くが、道内のクラスター感染発生施設では、退職者もかなりの数に上っている。そして退職者の状況をみると、看護職員の退職比率が介護職員のそれよりかなり高くなっている。

このように看護職員の方が介護職より感染拡大の場から離脱割合が高い理由は、感染症の恐ろしさを介護職員が十分知っていない結果であるとしたら、それはある意味恐ろしいことであるように思った。
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そこには誰かの特別な人しか居ません


一般市民、平凡なサラリーマン、普通の主婦・・・本当は、この世の中にそんな人はいない。

そこに存在する一人ひとりが誰かにとっては特別な人である。みんなが誰かにとってかけがえのないたった一つの存在なのだ。

僕たちの職業とは、そういう一人一人の大切な魂と向き合う職業だ。だからこそ介護という職業を仕事として選んだのではなく、生き方として選んだと思ってほしい。誰かにとって大切なたった一人の人だという意識を忘れないことから、僕たちに求められるバイスティックの7原則の一つ、「個別化の原則」の理解も始まるのである。

介護サービスの利用者や家族の方々の中には、病気や症状を人の上に冠づけするのは許し難いことだと訴える人がいる。

認知症になって、行動心理症状がある方も、家族にとっては、「認知症高齢者」ではない。そのかけがえのない人は、家族を養ってくれた頼もしいお父さんでしかない。哀しい時、苦しい時に抱きしめてくれた優しいお母さんでしかない。

そういう親に、認知症という冠をつけて呼ばれることを毛嫌いする家族もおられることを理解しなければならない。介護サービスの場で、認知症の○○さんと利用者を表現することは、職業上必要不可欠なことではない。そんな冠などつけずに、○○さんというだけで良い時の方が多い。それなのになぜ無神経な冠をあえてつけて利用者の方々を表現せねばならないのだろうか。

ましてや認知症を、「ニンチ」とわけの分からない略語で呼び、「あの人ニンチだから」・「あの人は、ニンチじゃない」とか平気で言っている人にはデリカシーの欠片も感じられない。そんな人が看護や介護の専門家面するのは、傍からみれば滑稽で醜くさえある。

家族が愛したお父さん・お母さんを私たちはもっと大切に思わなければならない。家族のそうした思いをもっと大切にしなければならない。

人を愛するとは、どういうことを言うのだろうか。男女の恋愛や家族愛以外にも、人間愛というものが存在することを僕たちは知ってはいるが、それをどう考えればよいのだろうか。そんなことを考えながらふと思うことは、誰かのために自分が少しだけでも損をしても良いと思えれば、それは愛と言えるのではないだろうかということだ。

人間愛をあまり高みに置く必要はないのではないかということだ。日常の何気ない心配りに人の情けや愛を感じながら暮らしていくほうが、僕たちはもっと幸せになれるのではないだろうか。誰しもが誰かから愛されていると思うことで、曇って見えなくなっていたものに、少しだけ日が差すのではないのだろうか。

人は誰しも、ずるかったり卑しかったりする部分を持っている。それを否定したって始まらない。そんな一面は誰にでもあるけれど、それにもまして人は愛し愛される存在である。そのことを忘れないで、希望の光は誰にでも差すと信じて生きていく方が心安らかだ。否定的な部分や暗い未来ばかりを考えて自らの心を苦しめる必要はない。

人間の存在の豊かな部分、明るい方向性を少しだけ意識して考えるだけで、きっと明日は変わると思う。辛いという文字は、「一」を足すだけで幸せに変わる。僕たちの職業は、誰かにこの、「一」を足すための職業だ。そして一を足す人を選ばない職業である。どんな人だって幸せになる権利はあるし、私たちは裁く人ではなく、支援する人なのだから・・・。

年を取ったからといって誰も仙人にはならない。性格も過去も様々だ。それらの個性は個別化しても、幸せをつなげる行為に差をつけることがあってはならない。

無差別平等の精神は、対人援助の支援者が常に意識しなければならないテーマだ。しかし無差別平等とは、一律均等に同じことをするという意味ではない。必要な人に必要な支援を行い、同じ必要性のある人であるのにその差をつけてはならないことであって、必要のない人に支援の量や質が変わってくるのはごく当たり前のことである。

人は感情を持った生き物だ。喜怒哀楽は誰にでもあるし、心があるから思い悩みもする。しかし感情があり、感ずることができるから、人は幸せになることができる。生きる意味を見出すこともできるのだ。

だからこそ怒りも哀しみも受容しなければならない。怒る人の思いに寄り添い感情を鎮め、哀しい人に寄り添い宥めることが大切だ。喜びや安楽は、その先にきっとやってくるものだから・・・。

介護事業に携わる人とはそんな存在であることを願ってやまない。介護事業経営者の方々には、従業員がそんな思いを持って介護サービスに従事できる職場を創ってもらいたい。
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頭を垂れる稲穂のように


僕は決して度量の広い人間ではないし、謙虚な人間でもない。

むしろネット上ではかなり生意気な人間と思われているようだが、本当の自分はそれほど生意気な奴ではないと思う。だからと言って決して人格者とは言えないことも事実だろう。

だが自分がプロとして対人援助に関わる場所で、利用者や家族に対して、傲慢にみられることがあってはならないと思っている。同時に仕事で関わる関係者との関係も、勝手に上下関係を作って、人を見て態度を変えることはしてはならないと思っている。

その理由は、若いころに小人物が権力を持ったと勘違いして偉そうにふるまう醜さを、嫌というほど知ったからである。

今のようにネット情報がある時代ではない当時、国からの通知はすべて市町村の行政担当課から介護事業者に流されていた。そうした時代の介護事業者に対する行政担当課の影響力は、今では想像ができないほど強いもので、社会福祉法人の若い一職員からすればそれはまさに、「御上様」であった。

その時代に、何かにつけ偉そうにふるまう役人がいる一方で、それとは反対に、若造ともいえる当時の僕に対しても、丁寧に接してくれるずっと年上の行政職の方がいた。そうした姿に触れて、後者のような人にならなければならないという思いを心に刻んだものである。
実るほど頭を垂れる稲穂かな
実るほど頭を垂れる稲穂かな」という諺は、対人援助という場でこそ実践しなければならない態度だと思ったものだ。

今、世間はコロナ渦に見舞われ、普通ではないことに満ち溢れているが、その中で介護関係者が今まで見せたことがない裏の顔をのぞかせたりしている。誰にでも嫌な面や異常な面があるのだろうが、その顔をどの場面で出すのかで、その人間の品性と度量が知れるというものだ。

算定特例をあたかも自分の権力のように、一方的に通告して実施するだけの介護事業所が存在したりする。計画変更をするのが当たり前のごとく、変更結果を通告するだけのケアマネジャーがいたりする。多職種連携や協働という言葉は単なるお題目に過ぎないのかと言いたくなる。そんなふうな勝手な振る舞いがこの業界に蔓延している。

介護施設は今、制限のオンパレードだ。面会制限・外出制限。それが当たり前だと思う人と、申し訳ないがやむを得ないと思う人の対応は自ずと異なる。その対応の仕方によって、利用者や家族の心の持ちようは変わってくるのだ。

利用者や家族にあたかも制限が施設の権限であるかのように横柄に命ずる人がいる。それによって利用者や家族は憤ったり、哀しんだり、あきらめたりしてしまう。そんなことは許されるのだろうか。

逆にこちらが恐縮するほど頭を下げて、申し訳なさそうに制限をする理由を説明してくれて、同意を求める人がいる。

同じ制限でも、伝え方で制限を受ける人々の心持は変わろうというものだ。対人援助に携わる関係者は、人の心を慮って伝えるという心配りを忘れないでほしいと思う。

特に制限を受けているのは高齢者の方であることを忘れないでほしい。その人たちは来年の桜を確実にみることができるのだろうか?その人たちは、あと何回自分の愛する家族と会うことができるのだろう?

職員は堂々と外から通ってきている場所で、なんの配慮もなくだらだらと面会制限と外出制限を続け、桜を見る機会も、愛する家族と会う機会も失わせる権利が誰にあるのだろうか。PCやスマホやタブレットを利用して、画面を通じたコミュニケーションをとれば十分だと言ってよいのだろうか。

そのような制限を続ける権限を持つ資格があなたにあるというのだろうか。

知性とは、生業(なりわい)や人にひけらかすために身に着けるものではない。困難に直面したときに、どう立ち向かうべきかを教えてくれるのが知性だ。普通ではない様々な特別なことをしなければならない今こそ、その知性を生かして人に優しい介護事業であることを望む。

勤勉真摯謙虚そして器の大きさ、それらのどれ一つが欠けても人の暮らしに寄り添う資格は無い。売名不遜おごり。どれか一つでも潜んでいれば、知識や技術も人を裏切る。
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風そよぐ


他人のことは解らない。過去のことならなおさらだ。

相談援助職が物知り顔に、誰かの相談に乗ったとて、そこで相談している人の心が見えるわけではない。相談者の気持ちが理解できたような気になっても、それは幻想にしか過ぎないのかもしれない。

だからこそ僕たちは援助を求める人に対し謙虚でなければならないと思う。己の心の中に、他人に対する傲慢さが存在したとしても、目の前の相談者に対しては誰よりも謙虚であろうと思う。

プライベート空間の自分と、仕事をしている自分は違ったって良いのだ。仕事に臨むもう一人の自分を作り上げることもプロの技量だ。

そのために常に自己覚知に努め、受容とは何かを問いかけつつ、答えのない答えを追い続ける。そうし続けることでかろうじて誰かのプライベート空間に踏み込むことが許されるのだと思っている。自分に甘えず、自分の全知全能を鍛えることによって、はじめて他人の心深く介入することが許されるのだと自戒している。それが僕のプロとしての矜持だ。

人が選ぶことのできる道が複数ある時に、どちらの道を選べば正解かなんて誰にも分らない。僕の正解とあなたの正解は違うのかもしれない。迷うのは当たり前だ。でも選ばねばならない。

だったら選んだあとはくよくよ他の道程の結果を考えずに、選んだ道が正しかったと思う方が良い。どうせ考えるならば、少しはましに思える方に考える方がよい。ときどきは信じたくなる方に考えてやらないと、自分の心がつぶされてしまう。

人の暮らしに向かい合い、結果を求めなければならない仕事に就いている人は、「強い人」だと思われる時がある。強くないとだめだという人もいる。

だが強い弱いは簡単に判断できる問題ではない。人はそれぞれある状況には強いけれど、別の状況には弱い。誰かを支える力もあれば、誰かに支えてもらわないと倒れてしまうこともある。それでよいのだと思う。そして支えるというのは、実際に手を貸すことだけではないのだと思う。

人を苦しめるものは、往々にして目に見えない何かである。暗闇の中での想像は、たとえ愛している人でも怪物にしてしまうときがあるものだ。

今僕たちは目に見えないウイルスと闘いながら、日々未知の事柄と相対している。そんな中ですべて正しく対応できる人なんているはずがない。しかしひとたび正しくない行動をとったと誰かに思われたら、たちまちネット上ではその行動を糾弾する言葉があふれ出てくる。

匿名という形で実態を隠した糾弾の言葉は、それだけで暴力だ。そんなものを気にする必要はないし、そんなものに負けないでほしい。

真実を見極めることが大事だ。暗闇の中で愛する誰かを怪物と間違えないように息を継ぎたい。

週末に休みを取れる人は、仕事のことをすっかり忘れて、一日中好きな映画でも見たほうが良いかもしれない。ギスギスした心を安らげるように、童心に還ってみるのもいのかもしれない。(参照:今話題の鬼滅の刃(きめつのやいば)・全26話も無料で見ることが出来ます。

北海道は今からが桜の季節だ。風にそよぐ桜の花びらを見つめて、少し先にある、「」を感じても良いのではないだろうか。

絶望とは、我々を殺すためではなく、我々の中に新しい生命を呼び覚ますために存在するのだ。

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差別はウイルスを駆逐しない。人を救うのは憎しみではなく愛である。


新型コロナウイルス感染症のために、世界中が大変な状況になっているのはわかるが、『自分さえよければ良い的な思考回路』によって、差別的言動を正当化するような風潮に傾いているのが少し気になる。

自分がウイルスに感染しているのを知りながら、悪意を持ってそのウイルスを拡散しようとするような輩は糾弾されてしかるべきである。ウイルス感染リスクが高い場所に、何の対策もなく出入りして感染するような軽率な行動があるとすれば、そのことは非難されてよい場合もあるだろう。

しかし不運にしてウイルスに感染した人が、すべて悪人のようにレッテルが貼られ、感染していない自分こそが正義で、正しい人間だと思い込むのはどうかしている。

ましてや感染者が多い地域や感染した人や家族を、蔑視するような言動が許されてよいわけがない。

感染に注意しながら通常の日常生活を送っていたにもかかわらず、どこで感染したかも不明な状態で、感染症を発症してしまった人もいる。テレワークのできない職業では、混みあう電車で通勤を続けなければならない人も多いはずだ。そういう意味では今感染していない人も、それは偶然と幸運の結果でしかないのかもしれない。

そんな状況の中で、感染者数が多い地域の人が、自分の生活圏に入り込むことを許されないことのような表現で罵倒するのは行き過ぎであると思う。

感染予防のための行動自粛要請に応えることは国民の義務ではあるが、よんどころなく移動しなければならない事情は存在するのだから、その際は感染予防対策に十分配慮するように一人一人が注意して、自分が感染源にならないように促すだけで十分じゃないのだろうかと思う。

少なくとも、「〇〇の人間は来るな」的な表現が日常化して、あたかもそれが正論化される社会は危険である。それが許される風潮があるとすれば、それはどこかが狂っている。何かが壊れかけているとしか言いようがない。

そうした危惧や、危機感を抱くことは間違っているのだろうか?

ウイルス感染に関するあらゆる差別の延長線上には、感染者に寄り添って対応する医師や看護職員、介護職員等とその家族に対する差別と偏見が必ず生まれてくるのは明らかだ。それが正当化される社会は怖い社会だ。

感染者や、その人たちに対応する人に対する差別的表現を許しておくことは、この国の根を腐らせることにしかつながらない。そうであってはならないと思う。

感染予防対策は大事だ。私たち一人一人が自覚を持って、自らを護り他者に迷惑を及ばせないように行動自粛することも大事である。だからと言って感染者に対して、過度の自己責任を求めたり、糾弾したりする必要はない。もっと優しい社会であってほしい。

今こういう時だからこそ、人に優しくする心を失わないでほしい。人が人を思いやるところから、感染予防は始まるのではないかということに、常に思いを至らせてほしい。

人類は様々な困難に打ち勝ってきた歴史を持っている。その時、困難を克服した一番の要素とは、決して憎しみではなかったはずである。人類が困難を乗り越える根底につめにあったものは、人間愛であったのではないだろうか。

人を蹴落とす競争だけで人は豊かになれないのである。人が豊かに反映する根底には、必ず人間愛と、それに基づく知恵があったということを忘れないでほしい。

愛は地球を救うという言葉は、どこかのテレビ番組の謳い文句を超えて、唯一無二の真実を表現しているかもしれないのである。
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限りある時間の中で


今日の午前中に、日本プロ野球界に大きな功績を残された野村克也氏の訃報が全国を駆け巡った。

先月21日にはヤクルトのOB会に参加して、車いすに乗りながらもお元気そうにスピーチしていたことを考えると、突然の訃報で驚いた方が多いだろう。しかし84歳という没年から考えると、決して寿命が短かったわけではないし、自宅で暮らされて未明に救急搬送され、そのまま帰らぬ人になったという一面は、人の世話になるような長患いすることがなかったともいえるわけで、旅立ち方としてはある意味、うらやましい姿といえるのかもしれない。

こんなふうに人は誰しも、限りある時間の中を生きている。終わりがいつ来るのかを知ることはできないとしても、終わりは確実にやってくる。

身分に関係なく、能力に関係なく、人には限られた時間しか与えられていない。肉体的な生命には永遠は存在しないのだ。

限られた時間の中で名声を得て、その名を残したとしても、残された名声が社会活動をするわけではない。名を残すことにどれほど価値や意味があることなのかは誰にもわからない・・・。

だからこそ今この時間を、「生きる」ことを大切にしたい。自分に与えられた時間の中で何ができるのかを考え続けたい。

人は間違える生き物だ。過去を振り返って自分の行為がすべて正義と正当性に満ちているなんてことはありえない。しかし同時に人は、振り返ることが出来、正すことが出来る生き物でもある。そうであれば過去を悔やむより、未来を変えるために自分が変わることを恐れないで生きたいと思う。

そういう意味では、残されている時間とは過去の自分を変えたり、今の自分を高めたりするために残っている時間ともいえるのではないだろうか。

そんな限りある時間の中で、これから先も僕はたくさんの人と出会っていくのだろう。今まで、そしてこれから紡いできた縁・紡いでいく縁を大切にしたい。つながっている人、つながっていく人に感謝したい。

運の良しあしは確実に存在していると思う。そんな運というのは、なにからつながっているんだろう。

それはもしかしたら、この世に生まれた者に与えられている、「使命」と関係しているのかもしれない。何か運が良いことが起きたら、それは自分に与えられた使命を全うさせるために与えられた、「幸運」だと思うことにした方がよいのかもしれないと思っている。その使命を探し続ける旅が、自分に与えられている時間なのかもしれない。

対人援助という職業の中で、たくさんの人生を見てきた僕が今思うことは、物質の豊かさと人の幸福は比例しないということだ。もしそれが比例するのだとすれば、お金持ちの人はすべて幸せになっているはずだ。しかし実際にはそうではない。

お金がたくさんあっても、心の豊かさを得られないことにもがき苦しんでいる人は多い。お金があるがゆえに、家族で憎しみあっている人もいる。そしてそれは時として事件となって社会の表面に現れることもある。

心の豊かさは、幸せと感じる感性の高い人が得られるものかもしれない。小さな出来事に感謝でき、何気ない日常に喜びを感じ取れる人の心は豊かだ。地位や名誉やお金に縛られないで、小さな幸せを感じ取れる人の心は豊かである。

その心の豊さを、人生の敗残者の言い訳だと決めつける人の心は貧しいと思う。大きな幸運に恵まれても、もっと恵まれている人がいると考えて、そのことに喜びを感じない人の心は貧しいといえるのではないだろうか。

どちらにしても、人がこの世に生まれ生かされていることには意味があるのだと思う。そこにいる一人一人の命に使命が存在するのだと思う。その必然を考え続ける旅が人生だ。

そんなことを考えていると、『望まれず生まれてくる人などいない』という、ゆずの唄のフレーズが思い浮かんできた。

久しぶりに、「ワンダフル・ワールド」を聴きたくなった昼下がりである。

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74回目の終戦の日に思うこと


大型の台風10号がお盆の日本列島を直撃することになった今日は、74回目の終戦の日である。

今日行われる政府主催の全国戦没者追悼式は、戦後生まれの天皇陛下が初めてお言葉を述べられる追悼式でもある。そのことを想うと、時代は確実に変わってきていると言えるかもしれない。(※ちなみに今上陛下と筆者は恐れ多いことに同い年である。)

戦争体験のある人が減り、近い将来確実にそれらの人がいなくなる日本において、戦争の記憶を風化させてはいけないという声も根強い。しかし終戦から15年後に生まれた僕に、その戦争を語るなんてことはできない。

ただ僕が働く場所には、たくさんの高齢者の方が存在し、数多くの戦争体験を持っている人が少なからずいる。しかしそれらの人は、いくらお話し好きの人でも、戦争中の話をすることは少ない。中には戦時中の記憶を一切封印している人もいる。・・・それだけ悲惨な体験の時期だったのではないだろうか・・・。

戦争を体験した人たちは、日常的に愛する誰かとの突然の別れを経験してきた人たちである。こんな風に文字にするのはたやすいが、それがいかに哀しみと慟哭に満ちた体験かということに思いを馳せるとやりきれなくなる。

それに加えて、物がない貧しさや、食べるものがないひもじさ、自分の命がいつ失われるかもしれない儚さを毎日体験してきた人たちが介護施設にはたくさんおられる。あの戦争を生き延びたという思いを持つ人たちにとって、「命の尊さ」というものは、僕たちが思うそれよりももっと重たいものなのかもしれない。

それらの人たちの晩年が、少しでも豊のものになってほしいと思う。それは金銭と物質的な豊かさではなく、心の豊かさという意味である。せめてあの悲惨な時期に生き延びた人たちが、「長生きしてよかった」と思われる時期にしたい。そのためにできることがあるし、しなければならないことがある。

それらの人達の哀しみや苦しみを見逃さずに、そこに寄り添う勇気が必要だ。それが介護の本質だと思う。

「こんなことになるなら、あの時に死んでおけばよかった」と思われる社会や地域であっては、あまりにも悲しい。

そうであるにもかかわらず、つい最近も介護施設における虐待が報道されている。人手が足りなくて、やりたくても十分なことができないという現実があることはある程度理解できる。しかし人が苦しんでいるのがわかりきっているのに、それを無視して放置することなんて理解できない。どうしてそんなことができるのだろう。

40度近い熱が出ていた人を放置し、床ずれができて痛がっている人を放置し、処方薬を本人以外に投与し、多数の入所者に身体拘束をしていた熊本県菊池市の有料老人ホームの職員も、人の子であり人の親であるはずだ。介護の専門職と言う前に、人として何が問われているかを考え直してほしい。

介護サービスの場で、僕たちの手を必要としている人たちがいる。しかしその人たちがいるおかげで、今この日本の繁栄と平和があるのだ。

明日の食べ物の心配をする必要もなく、命の不安に毎日おびえなくともよい環境。大切な人がいつ目の前からいなくなるかを心配しなくてよい日常。それは自然発生したものではなく、戦中・戦後を生き抜いた人たちが努力して整えてくれたものである。

そういう感謝を忘れないための日が、「終戦の日」である。戦争を知らない世代に、そのことを伝え、すべての人の命と平和に敬意を払う日が、この日ではないのだろうか。

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広島の空・長崎の空2019


中学1年生の時、親からフォークギターを買ってもらい、シンガーソングライターを目指して、一生懸命フォークソングの弾き語りの練習をしていた思い出がある。

その時、吉田拓郎の唄は僕らの教本とも言えた。そんな拓郎の唄の中で、この暑い時期になると思い出すのは、「夏休み」という唄だ。

文字に張り付いたリンク先から、その歌詞を見ることができる・・・。しかしこの歌詞にはどんな意味と思いが込められているのかということを、その当時真剣に考えたことはなかった。というより夏休みがあった少年時代を懐かしむ唄としか思っていなかった。

消えてしまった麦わら帽子や田んぼの蛙。どこに行ったか分からなくなった、「あの時逃がしてあげた」トンボ。それは季節が移り替わったという意味だとしか思わなかった。

綺麗だった「姉さん先生」が、もういなくなった理由も、月日が流れたという意味だとしか思っていなかった。

しかし数年前偶然にユーチューブの下記の動画を見る機会があり、違う解釈があるということを知った。
夏休み (本当は切ない反戦歌だった?) 吉田拓郎

麦わら帽子や田んぼの蛙。あの時逃がしてあげたトンボは、原爆で一瞬のうちに消えたということか・・・。綺麗だった姉さん先生も、あの原爆で命を失ったということだろうか・・・。

確かにそういう意味にもとれる歌詞だ。そういえば吉田拓郎は鹿児島県出身とはいえ、大学は広島商科大学卒業だから、青春時代の一時期を広島で過ごしたことになる。さすればそんな拓郎が、被爆地広島で、原爆の悲惨さと戦争の理不尽さに思いを寄せて書いたのが、「夏休み」という唄なのだろうか。

事の真偽は解らない。本当にこの唄が原爆の悲惨さを唄ったものだと断言はできないが、ユーチューブの動画を観ると、「さもありなん」と思えてくる。そしてこんな行為を二度と繰り返してはならないと、そう思いながら毎年この時期になるとこの動画を観る習慣がついた。

そして今年も暑い夏が来た。

毎年「広島原爆の日」である日8月6日と、「長崎原爆の日」である8月9日にかけてのいずれの日かに「広島の空・長崎の空」という同じタイトルでブログを書いている。今日は旅の途中の列車の中でこの記事を更新している。

人類史上最も野蛮な行為と言える、「原爆投下」からすでに74年。それはそのまま太平洋戦争が終わってから今日までの年数を現す数字でもある。

被爆者の方々の平均年齢は今年82歳になったそうだ。その方々が、「生き証人」として、被爆地で何があったかを語ることができる期間はそう長くはない。そもそも平均寿命が82歳ということは、多くの生き証人の方々とは、8歳前後で被爆された方々であり、成人で被爆した人はもうほとんどいなくなっているということかもしれない。だからと言ってこの非道で無慈悲な行為を、決して忘れさせてはならないし、すべての人類に忘れさせないように伝え続ける必要がある。

日本人の中でも、広島県と長崎県にお住まいの方や、ゆかりのある方の思いは特に強いものだろう。その思いを決して忘れないように、すべての日本人が広島と長崎に思いを寄せ、祈る日が8/6と8/9という日である。それは原爆被害にあわれ亡くなられた方々に対し、心からそのご冥福を祈る日でもある。

僕は今、遠軽に向かう列車に乗りながらこのブログ記事を更新している。今晩JA介護センターみどりデイルームで行われる「介護事業におけるサービスマナー研修」の講師を務めるためである。

こんな風に日々高齢者介護サービスについて仲間と学びあうことができるのも、平和な国日本に住み、生きている間に一度も戦争という悲惨な体験を持つことなく過ごせているおかげである。そのことを当たり前と考えずに、平和が続くことへの感謝と努力を忘れないようにしたい。

平和で豊かな国という冠にほころびが見え始めているというが、僕は今までその恩恵を十二分に受けてきているので、その平和と豊さを次代につなげる仕事をしたいと思う。人の暮らしに関わる仕事のやり方を、人の尊厳と幸福を護る方法として伝えていくことも、そのことに関係ないことではないと思っている。

今日という日に深い祈りを捧げるとともに、一日一日が大切な日であることを心して、限りある命をそんな方向に使い切りたい。

広島と長崎の青い空に思いを馳せながら・・・。

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心遣いが見えるときに生まれるもの


岡山に行くといつもお世話になる、川上道子元中国学園大学中国短期大学専攻科教授から、次のようなエピソードを紹介された。

『ある家族の思いを聞いたことがあります。母親を特養に預けたことを心苦しく思っていた。面会に行くと、「昨夜ね、空気が乾燥気味なので、タオルを濡らして干しておきますね。と。そして部屋を出る時に、布団のズレを直した後、足元を軽くポンポンと叩いて空気を抜いてくれたのよ。」と嬉しそうに話す。娘としては、介護職の気遣いはもちろんのこと、母親の笑顔が何より嬉しかったと言われていました。若い男性介護職の優しさに触れたお話でした。』

このエピソードを僕の講演でも紹介しようと思い立ち、川上先生のお許しを得て早速次のようなスライドを作成した。
心づかい
このスライドは、早速明後日の北九州講演で使う予定だ。

というわけで僕は今、福岡行きの飛行機に乗っている最中だ。今回の講演は社会医療法人・北九州病院さんの介護系職員研修として行うものだ。

講演は2日間にわたっており、明日は介護支援専門員の皆様が受講対象で、「介護支援専門員に求められる役割〜医療・介護連携からターミナルケアマネジメントまで〜 」というテーマで講演する。そこでは先の報酬改定について、多職種連携という部分ではどのような方向性が盛り込まれ、介護支援専門員に対しては、どのようなメッセージが込められているのかを解説したうえで、今後の方向性を指し示す予定である。講演時間は90分を予定している。

明後日は10:10〜16:10という長丁場の講演で、介護職員さんが受講対象となっており、「介護のプロとして求められる実践力〜サービスマナーから看取り介護まで」がテーマである。その中で上記のスライドを紹介することにしている。

スライドに書いたように、「この笑顔をつくるものは何か?」ということについて、講演の中で、僕が今まで実践して結果を出してきた様々なケースを通して得た答えを示してきたいと思う。それは実際に僕が仲間とともに行ってきたことだから、理想でも幻でもない実践論である。

だからこそ、やろうと思う人は誰でもできることだ。講演を聴いて、「良い話で良かったね」だけでは終わらない、すぐにでも実行に移すことができる方法論である。あとはやる気があるかどうか、継続する覚悟があるかどうかにかかっているので、そこにつながるモチベーションを上げるような話をしてきたい。

心を込めると何もしないのに笑顔になってくれる人がいる。それは心は見えなくとも、心遣いが見えるからかもしれない。心遣いができる職員を数多く生み出すためにも、マナー教育は不可欠となる。明後日の講演テーマはそれらをすべて網羅したものであり、時間もたっぷりあるため、十分伝えることができると思う。受講した内容を深めて確認するためにグループワークの時間もとっている。北九州病院の皆さん、よろしくお願いします。

対人援助とは目に見えない、「心配り」なしで語ることのできない職業だと思う。しかし心を配るという態度は決して介護報酬上のアウトカム評価の対象にはできない。そういう意味では国が目指す「アウトカム評価につながる介護報酬」=「自立支援介護」とは、その程度のものでしかなく、それを目指すだけで、人を幸福にできないことは明らかである。

ではどうしたらよいのか・・・。根拠ある実践方法の中に心配りというエッセンスを加えるやり方を、伝え続けることでしかその答えは出ない。その答えを伝えていきたい。

そもそも心配りができる仕事は、精神論で創り出すものではなく、自然発生もしない。それはプロフェッショナル意識の中で生まれるものだ。

心配りというのは、ホスピタリティに相通じるものであるが、それが生まれるか否かは、組織風土や職場環境にも左右される。それを創り出す環境とシステムが必要になることも忘れてはならず、そのための考察はおざなりにできないことを、事業経営者は常に意識しなければならない。

心を込め、心を配るだけで、幸せになってくれる人がいるとするなら、こんな素敵なことはない。お金をかけずともできる方法で、誰かが笑顔になってくれるとしたら、それに越したことはない。

そしてそれは案外簡単に手に入れることができる習慣なのかもしれない。そんなふうに思える、目からうろこの話をしてきたいと思っている。

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風が吹いている。


自分は人と比べて優れた存在ではない。むしろ劣ることが多い存在だ。人より誇ることのできる何ものも持っていない。

物心つくころから、そんな風に思い続けてきた。だからこそ人前で、背伸びして実際の自分より良い自分を人に見せようとしていたこともある。その傾向は年を取った今もなくなっていない。

自分のありのままをさらけ出すのは怖いことだ。恥ずかしいことだと思う自分も確かに存在している。若いころはそんな自分を隠して、違う自分を人前で演じることにエネルギーを使うことが多かった。そんなことに疲れて、人の目を気にしない場面が増えてきたように思う。それは自分が少しだけ図々しくなったからに過ぎず、人生に達観したとか、正直になったということではない。人前で自分を飾ることが面倒くさくなっただけだ。

同時に人前で自分を飾ることを少しずつ恥ずかしく思うようになってきた。飾っても飾り切れない人間の本質というものは、誰かの目には見えているのだろうと思う。

いつまでたっても人の目は気になる。人の声が気にかかる。・・・しかしそれはそれでよいのではないかと思うようになった。人は人の中で生きているのだから、周りの人を無視できる方が異常だ。周りのことが気になるのが当たり前だ。それが人間という存在だろう。

僕の人生はもう半分以上過ぎている。若いころと異なり、明日不慮の出来事があってももったいない人生ではないと思う。

世に名を残そうとも思わない。消えてなくなった時に、誰かの記憶に残る必要もない。できれば汚名だけは残したくないと思うだけだ。自分の「老い」に気づかずに、世に迷惑をかけるようなことがないように祈るのみだ。

人は老いる。それは自然の摂理であり、恥ずべきことではないが、だからといって誇ることでもない。老いを自覚し静かに隠棲できることを祈るのみである。

自分は、自分より人生をずっと長く生きてきた高齢者の方々の、最もプライベートな部分に関わることで、「生活の糧」を得てきた。これはある意味異様なことである。異常なことといってもよいかもしれない。人生の先輩に向かって、自分は恥ずかしくない姿で相対してきたのだろうか。

生活支援と称してずいぶん失礼なことをしてきたような気もする。法律に触れるような悪行をしたわけではないが、若気の至りという言葉だけでは済まない業を負うような行為がなかったとは言えない。生意気な行為を繰り返して今の自分があるのかもしれない。そんな繰り言を言っても始まらないし、聞く側の人は迷惑なだけだろう。だから「ごめんなさい。」は自分の心の中だけでつぶやいていればよい。別な誰かには「ありがとう。」と心から声をかけるのみだ。

風はそこにただ吹いているだけなのに、ある時は身を切るように冷たく、ある時は何より心地よく爽やかだ。風は風という存在でしかないのに、自分の身の上の中でその存在感が変わってくる。それを感ずる人のありようで顔を変えているかのようだ。喜び勇むのも、思い悩むのも、地上のほかの存在のせいではなく、身の上のせいでしかない。哀しい自分は誰より哀しいが、うれしさで満ち足りた自分がどこかにあったことや、これからも確かにあることを忘れてはならない。

誰のせいでもなく、誰の責任でもなく、僕は僕として今ここにある。

これから僕はどこに行くのかは、僕も知らない。僕の行こうとする道だけがそこに伸びているわけではない。行きつく先も想像できない。そこにたどり着くのが明日になるのか、はるか遠い日になるのかもわからない。だから人生は面白いと思っていればよい。

不安や心配があって当然だ。それがすべてなくなるのは人としての歩みをやめるときだろう。

人生が面白くないと思うのも自由だが、どうせ自分で自由に決めることができることなら、面白くないことを選ぶ必要もない。面白いと思い込んでおればよい。

ずいぶん年を取ったと思いながら自分が歩んだ道を振り返るのもよいのだろうが、振り返った道に自分の足跡があるわけではない。ただそこには見えない風が吹いているだけだ。

だから今はまだ人生を語らずの心境である。

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思いに気づく、おもいやり。


介護の仕事に専門性を求めようとしたときに、〇〇療法などという言葉に専門性を感じて、なにもかもを療法にしたがる人がいる。

しかし療法という言葉だけが独り歩きして、療法として行われる行為が介護サービス利用者にとって意味のないものになるばかりではなく、至極滑稽で迷惑な行為になっていることもある。それは専門性とはかけ離れたものとしか言えない。

介護というものは特定の病状や非日常をターゲットにするわけではなく、一人一人の生活者の日常の暮らしにアプローチするものであり、極めて個別性の高いプライベート空間に介入していく行為である。そこではある領域のプロ意識以前に、生活者としての常識感覚が必要とされることが多く、療法よりも行為そのものが重要になってくることが多いのだ・・・わかりにくい表現かな?

わかりやすい例として、「化粧療法」なるものを取り上げてみたい。

化粧療法とは、スキンケアやメイクなどの化粧を行うことによって、心身機能やQOLの維持向上など健康寿命の延伸をめざす、アンチエイジングのための療法と言われている。それは高齢者全般を対象とするだけではなく、認知症の人の心身活性化を目指して実施されることも多い。

それが効果的な場面もあるだろう。

しかしそれよりももっと重要な視点が介護には必要なのだ。介護の専門性とは、化粧を療法にすることではなく、女性が化粧をしていきたい場所や、会いたい人を失わないようにすることである。

認知症の人であっても、化粧をしたいと思える日常をつくることこそ、心身機能の活性化につながるし、QOLの維持向上にとって求められることだ。

化粧療法と称する時間をとって、その時に綺麗になったと周りがはやし立て、その瞬間に認知症の人の良い症状を引き出すことに意味がないとは言わないが、化粧療法の前後の日常で、その人が無表情で誰ともコミュニケーションを交わさずにいたとしたら、その療法とは一体何のためにあるのかということになる。

それはまるで、療法という冠がつけられた行為を行う時間をつくるためだけを目的とした行為でしかなく、療法によって日常が良い影響を受けているとは言い難い。化粧をするための目的となる行為があってこそ、日常は変わるのではないのだろうか。

化粧品メーカーの販売戦略に踊らされて、化粧を療法化する介護施設で、日常はどのように創られているのだろうか?

もっと当たり前に豊かな日常を考えて、それに向かった支援の在り方を創造してもらいたい。

離床の目的は、単にベッドから離れることではない。人は行きたい場所があり、会いたい人がいるからこそ、生きたいと思うのである。会いたい人と会うときには、できるだけ見た目もきれいでいたい。そのために女性は化粧をしたくなるし、身だしなみを整えたいと思うのだ。

女性にとって化粧とは、人に会うために施すごく当たり前の生活習慣だから、そんなものを療法にしてはならないのである。

服装をはじめとした身だしなみを整えることは、人と会うために必要な支援行為である。つまり整容介助の意味は「当たり前の暮らしの援助」の域を出ないし、他に意味を見出す必要もない。

だからこそ化粧をして、きれいな服を着て、身だしなみを整えることは重要であり、介護支援を必要とする人が、「生き生きと暮らす」ためには、重要かつ必要不可欠な支援なのである。

逆に言えば、会いたい人のいる場所に行くときに、髪の毛が乱れたままの寝ぐせの状態で、目やにも付いたまま、寝間着も着替えずにそこに連れていかれるとしたら、そんな場所でその人たちが、生き生きと暮らすなんて無理である。

そんな場所で、「生きたくはない」と思われるかもしれない。そんな風に人前に出されるとしたら、もういっそのこと自分というものはこの世に存在しないものと考えて、誰とも会いたくないと思い込み、会いたい人がいることを無理に忘れ、本当の自分を殺して無表情で息をするだけの存在になろうとしている人がいるのかもしれない。

みんなと食事を摂る場所に、車いすで連れていかれる人で、寝間着を着たままでいる人が無表情であることが多いのは、案外そんな理由かもしれない。

利用者の思いに気づき、その思いに寄り添おうという、「思いやり」が失われてしまった場所では、そんなことにも気が付かないのだろう。

それはとても哀しい介護の現実と言えるのではないだろうか。

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祈り・思い。


痛ましいという表現では表したりない悲惨な事件が昨日川崎で起きました。

罪を憎んで犯人を憎まずという言葉がありますが、日本中の大多数の人々が、19人を殺傷した犯人には憤りと憎しみを感じているのではないでしょうか。

被害を受けて亡くなられた方のご冥福を心から祈ります。

けがをされた方も、身体・精神両面の後遺症が心配です。一日も早いご回復を祈ります。突然愛する子や夫を奪われた遺族の方々の気持ちを慮ると、とてもやるせない思いになります。その人たちの哀しみが癒される日は来るのでしょうか・・・。

ある日このように、自分の家族の命が理不尽に奪われたとしたらと考えると背筋が寒くなります。本当に悔しくて、悲しくて、せつない事件です。

犯人が自殺してしまった今、本当の犯行動機なんて明らかにならないでしょう。今後こうした事件を防ぐ手立てだってないでしょう。

自殺を前提にして、その道連れにこうした犯行に及んだとしたなら、この犯人にはどんな罵声を浴びせても、どんな裁きを与えたとしても、それが足りるということはないと思います。しかし罵声も司法の手も届かないところに行ってしまった人間に対して、どう対処したらよいというのでしょう。あまりにも卑怯で、人でなしの犯行と言えます。

命を奪われた人、けがをした人に何の落ち度もありません。送り迎えをしていた学校の安全対策にも全く問題はありません。これ以上の対策なんてあり得ません。それでもこうした事件が起こってしまう。私たちは何をどのように考えてこれから暮らしていけばよいのでしょうか。

狂った人間が凶器を持って無差別に無抵抗な人を襲うなんてことを想像して暮らしている人なんていません。そんなこと考えていたら1秒とて普通の暮らしを送ることはできません。気をつけなさいって言われても、何をどう気を付けたらよいのかわかりません。

考えれば考えるほど憤りの気持ちでいっぱいになってしまいます。憤ってもどうすることもできない現実に、さらに腹が立ってきます。

私たちにできることは、もう二度とこうした悲劇が起きないことを祈ることだけです。

そして尊い命が理不尽に奪われ、幼い子供たちが恐怖の中で心身に傷を負ったという現実を直視し、あらためて儚い命の尊さをかみしめて、命は護られなければならないものだということを伝えていくことだろうと思います。

私たちは対人援助の仕事に携わっているのですから、誰よりも人の暮らしに深く介入していくことになります。そこは命を育む場所ですから、誰よりも命の尊さを想い抱きながら日々の職務に携わっていかねばならないと強く感じております。

殺伐とした世の中においても、人の心が荒廃しないように、真摯に一人一人の暮らしに関わっていくということを続けていくことしかできません。そんなことがこのような悲劇に対して何の意味もないことはわかっていますが、できることを続けることで、あきらめたり、投げやりになったりすることがない姿勢を示さなければと思います。

せめてそのことだけは忘れないようにしなければ、虚しさしか残らないような気がするからです。

それが私たちの生きざまにつながっていくのだろうと思います。

介護という職業を仕事としてではなく、「生き方」として選んだと思いながら、この職業の中で、そんな生き様を刻んでいきたいと思います。

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生命って何だろう・・・。


今日書くことは、多くの方に共感されることはないだろうと思いながら書いている。

このブログは僕の勝手な思いを書きなぐる場所で、人からとやかくいわれる覚えのない場所であって、不快になるならわざわざつなげて読むなと言ってよい場所なので、共感されないことは気にしていない。だけどこれから書こうとしていることは微妙な問題なので、誤解されても困るなと思う。今日書くことは、どっちが良いとか悪いとかいう問題を超えて、別の見方も必要なのではないかという意味の問題提起だということだけは理解いただきたい。

さて本題。総務省が「こどもの日」にちなんで公表した推計によると、今年4月1日時点の15歳未満の人口は前年より18万人少ない1533万人となっているそうだ。

これはとても深刻な問題である。社会全体が老化し活力がなくなるばかりではなく、将来日本という国の国際的な影響力が今よりずっと低下していくことも意味している問題だからだ。

それとともに全産業にわたる人手不足も、さらに深刻になることを意味している。介護業界の最大の悩みも人手不足だが、それは日本全体で生産年齢人口が減り、全産業で人手が足りなくなっていることと繋がっている問題だから、介護難民を生まないためにも、介護業界でサービスの品質競争を促して、介護支援を必要とする人のQOLを担保するためにも、子供の数を増やすことが一番求められることである。

そうであれば社会保障政策として少子化を止め、子供を増やす施策を実現することが政治家に求められると思うのだが、その成果が出るのには10年も20年もかかり、すぐに結果がわかるという問題でははないために票につながりにくい。そのため目先の利益誘導に走って票を獲得しようとする政治屋ばかりの現在、そんな大局観を持った政治活動は期待薄なのだろう。(※政治家ではなく、あえて政治やと呼ぼう)

ところでこの問題と直結しているのは出生者数である。手元にある最新データは2017年度統計である。それによると2017年の新生児は94万1,000人で、調査以来はじめて100万人を割り込んだ2016年(平成28年)の97万6,978人に続き、出生数は2年連続で100万人以下となっている。おそらく2018年度はもっと少なくなっているはずだ。しかしこの出生数には闇が隠されている。

作家であり、医師でもある帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい)氏は、自身の小説の中で、「出生者数と同じ数程度の人工中絶が毎年行われている」と書いている。勿論小説はフィクションであり、この記述自体に何の根拠も証明責任もないし、このことを実証する表立った数値データは存在しない。しかしそれは極めて事実に近いと言われている。

出生率の低下で将来の行く末が懸念されているその国で、出生数と同じだけの堕胎(だたい)が行われているのである。

人工中絶に関して最近話題になったことと言えば、アメリカ・アラバマ州のケイ・アイヴィー知事が、5月14日に人工妊娠中絶を全面的に禁止する法案に署名したことである。これにより母体の健康を損なう以外は人工中絶が認められず、レイプなど性的暴行の被害による妊娠でも中絶が認められないという全米で最も厳しい法律が制定され、人権団体などが抗議の声を挙げている。

この話題については、我が国のテレビ等の報道番組やワイドショーでも取り上げられ、有識者とされるコメンティターが、「レイプ被害者が、レイプによって妊娠させられたケースまで、中絶を認めないのは、女性の権利侵害に等しい」とコメントし、それに対して多くの共感の意見が寄せられていたりする。

その意見を否定するつもりはないし、反論するつもりもない。そもそも僕はアメリカのその法律の是非については、論評する立場にるわけではないことも自覚している。

そのうえで一つだけ意見を述べておきたいことがある。

女性の権利(あるいは人間の権利と表現しても良いのかもしれない)を護るために、場合によっては人工中絶もありとする人たちは、人工中絶される対象となるものにも、すでに生命が宿っていることをどう考えるのだろうか?ということである。

人工中絶によって闇から闇へ葬られる胎児もしくはエンブリオ(受精後8週間以降を胎児と呼び、8週目までをエンブリオと呼ぶ)も生命である。心臓をはじめとした内臓の各器官はすでに人として形成されているばかりではなく、脳も形成されているということをご存じだろうか。

つまり胎児もしくはエンブリオとは、母親の子宮の中に宿されているという以外は、この地球で生きている人と何ら変わりのない存在であるわけである。そうであれば人工中絶とは、すでに生命として存在しているものの命を奪うことに他ならない。母体から離れて人として生きている人を殺せば殺人であるが、母体に宿る胎児もしくはエンブリオの命を奪っても殺人とならないというのは、本来おかしことなのではないだろうか。

人の権利を護るために中絶も必要な場合があると評論する人は、人工中絶で奪われるものも生命であるということを知っているのだろうか。知っていたとしたら、そのことと命の尊さを敬うことと、どのように整合性が取れると主張するのだろうか。

胎児もしくはエンブリオが、人として法律で認められている存在ではないということは僕も十分承知している。しかし法律論だけで生命は語れないのではないか。法的責任や法的問題とは別問題として、「生命とは何ぞや」という視点から議論されるべき問題ではないだろうか。

その中でわが国では、毎年胎児もしくはエンブリオの生命が、出生数と同じ数くらい人工中絶で奪われているということを真剣に考えるべきである。

その先には、「赤ちゃんポスト」とか、子供ができない夫婦が不妊治療のために何千万円も使っているという問題も関連してこようが、その前に、医療科学が発達した今日であるからこそ、貧困を理由にしない「赤ん坊の間引き」がこれほど数多く行われ、その問題が実に軽く取り扱われているという事実について議論すべきではないだろうか。

今日・今この瞬間も、せっかくお母さんの体に宿った命がむなしく消えていくことをどう考えるのかを真剣に議論すできではないのだろうか。それは僕やあなたと変わりのない「生命体」であるという事実とともに・・・。

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看護技術がartではなくなった理由


ナイチンゲールの著書である「看護覚え書」(1860年)は13の章で構成されている。

それはクリミア戦争(1853〜1856)において、イギリス軍の野戦病院に赴た際の看護実践に基づいた内容であり、それぞれの章で書かれていることを要約すると以下のようになる。

1.空気を適切な温度に保ち、換気を十分にすることが大切
2.きれいな水を与え採光などに気を配ることが大切
3.チームの中でリーダーが他の看護師の言動にすべて責任を持つことが大切
4.騒音や内緒話など、不必要な物音は患者さんに不安を与える
5.よい環境の変化が気分転換となり、回復につながる
6.体調などに合わせて、食べられるようにすることが大切
7.栄養バランスが大切
8.こまめにシーツ交換し寝具の環境衛生に努めることが大切
9.健康維持や回復のためには、陽光が必要
10.こまめに掃除を行い、清潔を保つことが大切
11.体を拭いて清潔を保つことが大切
12.よけいな話をして、却って不安を与えず、励まして勇気を与えることが大切
13.表情や顔色、排泄物などを観察して患者さんの体調を確認することが大切


ナイチンゲールは、そのほかにも戦闘で傷ついた兵士に、「故郷に帰る」という動機づけを持たせることにより、勇気を与えることが大切だとも述べている。

上記の内容を読んでわかるように、これらは現在看護というより介護として行われている行為がほとんどである。現代の看護師はこれらの行為より、「もっと高度な看護技術」を行っているとして、看護覚え書きに書かれている行為を、「介護職員」に丸投げしてしまっているような看護現場もある。

その結果患者に勇気を与えるどころか、上から目線の傲慢な言動で、屈辱と不満しか与えない看護師が増殖している。患者を不安にさせない技術など一切持たずに、その存在そのものが不安要素だとしか思えない看護師がそこかしこに存在する。僕が1年間勤めていた千歳市の老健や、その母体病院(精神科)においては特にその傾向が強くみられた。

ナイチンゲールは「看護覚え書」の中で、看護技術をスキル(skill)という言葉ではなく、アート(art)という言葉で表現している。しかし眉に手をかざして患者を見つめることをしなくなった現代看護を、アート(art)と表現することはできない。

介護はそれと同じ轍を踏まないようにしなければならない。

介護は今、看護職が放棄した大事な行為を担っているといっても過言ではない。その行為を介護の更なる下請け職をつくって手渡すのでは、介護職の存在価値そのものがなくなってしまうという危機感を持つべきである。

介護という行為は本来、どこかの場面を切り取って行うことができる行為ではないのだ。介護支援を必要とする人々の暮らしとつながっている行為であるということが、介護の本質である。そのつながりを切ってしまうような専門分化は必要とされないのである。

人を見つめ、身体上の小さな変化を見逃さず、声なき声を聴き、心の動きをも見失わない姿勢が何より求められる。介護技術をいかに高めようと、ナイチンゲールがその著書の中で書いた行為を、誰にでもできる「程度の低い行為」だと勘違いしてはならない。

介護をアートにする必要はないけれど、介護が人の暮らしを護り、人が人として生きていく過程を支援する行為であることを忘れないようにせねばならない。介護という職業を通じて、人の役に立つ喜びを感ずる人であってほしい。そのために何が必要かを日々考えてほしい。

介護とは単なる動作支援ではなく、人の行為を支援するものだからこそ、ナイチンゲールが挙げた13項目が必要かつ大切なものになることを忘れてはならない。

そうであれば介護職のアイデンティティの確立や、学問としての介護の体系化が課題だとされて点についていえば、ナイチンゲールの考え方をそのまま当てはめてもよいのではないのか。ナイチンゲールは「看護覚え書」で看護を学問として確立した功績があるとされているが、ナイチンゲールが当時唱えた看護学とは、前述したように今は介護として行われている行為がほとんどなのだから、それを当てはめればよいだけの話だと思うのだが、それを当てはめて説明できる介護教師がいないということなのだろうか。

そんなことは僕なら簡単にできるのにと思うのである。

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73回目の終戦の日


日本は今日、終戦の日から73年目を迎えている。

73年前の8/16以降に生まれた人はすべて、「戦争を知らない子供たち」というカテゴリーにひとくくりにできることになる。僕らもそのくくりの中にいる。

終戦の日なのか、終戦記念日というべきなのか、はたまた敗戦の日と呼ぶべきなのかは人さまざまに考え方があろうが、どのような形であれ、73年前の今日、あの悲惨で無謀な戦争に終止符が打たれたことは、今この国で平和を謳歌している日本人にとって幸福なことだと思う。

戦争には結果があって、当事国は勝者と敗者に分かれるが、敗者だけではなく勝者にあってさえなお、戦争は悲劇であることに変わりはない。戦争という争いがなければ生まれなかった悲劇が、勝者の側にも、敗者の側にもそこかしこに生まれていくのが戦争の本質だ。一方で、戦争であったからこそ生まれた幸福というものは存在しない。戦争は不幸しか生み出さないのだ。

自然の順番とは逆に、自分より若い命が先に奪われる場面に遭遇する「逆縁」が日常的だった異常な時代に、何よりも大事な我が子の命が、健康な体のままで奪われていくときの親の気持ちはいかばかりのものであったろう。「お国のため」とは言いながら、若い身で命を投げ捨てなければならなかった息子の死出の姿を見守る親は、どのような精神でその悲劇を耐え忍んだのだろうか。

日常に「死」があることに、当時の日本人は、どのように忍びぬいたのであろうか。

終戦によってそのような悲劇渦巻く時代には終止符が打たれたといえる。そん後の平和な時代に生まれた人は、戦争がないという幸運の中で、豊かな社会の恩恵を受けているといえる。

一方で平和ボケの日本人も、そろそろ未来永劫この平和が続く保障がないことに気づき始めている。この平和を守っていくために何をしなければならないのかを真剣に考えないとならない時代であることを実感している。

そうであれば、あの戦争体験者がまだ残っているこの時代に、その方々があの戦争中に経験した悲劇や、その中で抱いた哀しみの感情を拾い集めて、次代に伝えていく必要がある。戦争体験を語ることのできる歴史の証言者たちも、あと20年もしないうちに居なくなるかもしれない。最期の証言者たちがいるこの時代に、目を覆わず耳をふさがずに、どの戦史にも載せられていない名もなき一市民の悲惨な体験談を語り伝えてもらう必要がある。

戦争が終わった昭和20年(1945年)という年は、終戦の年であると同時に、たくさんの日本人が、たくさんの非戦闘員である無辜の民が、無差別に命を奪われた年である。米軍が上陸して陸戦が行われた沖縄で、人類史上最も無慈悲で残酷な原爆被害にあった広島と長崎で、そして日本軍が制空権を牛なったことにより無差別に爆撃された全国各地で、たくさんの悲劇と惨劇が繰り返された。

日本の都市の中では京都市と並んで、札幌市がほとんど被害を受けなかったという奇跡はあるが、北海道全体を見渡すと、終戦の日の1月前である7/14〜7/15にかけて大空襲が行われ、室蘭・釧路・根室・函館・小樽・帯広・旭川を心に甚大な被害が生じた。そこのは戦史に決して載ることがない幾多の哀しみと慟哭が存在していたであろうことは想像に難くない。

今日という日は、すべての戦没者の冥福を祈りながら、この国が再び間違った方向に進むことがないように誓いを胸に刻む日である。平和な時代に生まれたことに感謝しながら、その礎となっているのは何かということにも思いをはせ、いつか来た道を進まない知恵を大切にしなければならない。

そして改めて命の尊さをかみしめながら、命と向かい合う対人援助という職業の中でできることにも、思いを寄せたいものである。

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自立型介護施設で暮らしたいですか?


人は生きるためには自立する必要があるのかもしれない。でもそれは生きるための目的や目標ではないはずだ。

心身に何らかの障害を抱えている人であれば、日々の暮らしを営むためには、その障害を克服して自立することが目標の一つになるのだろう。

しかしながら、その場合でも最大目標が「自立」であるというのは間違っている。ある目標を達成するために、身体的にも精神的にも「自立」が求められることはあったとしても、それだけが目的化されるのはおかしいし、そんな暮らしの中で生きるのは苦行でしかない。

一般論で言えば、自立を目的に生きている人はいないのである。

しかしながら介護保険制度の目的の一つが「自立支援」であることから、対人援助とは誰かを自立させるためにあると勘違いする輩がなくならない。持続できる制度であることのみに偏った制度改正や報酬改定により、介護保険制度とは国民の尻を叩き続ける制度となってしまっているが、そのことに洗脳されてはならないのである。

できる行為を失わないように支援することは大事だが、それは自立が最大の目標だからではなく、できることを続けることによって実現できることがあり、それはその人の幸せにつながるかもしれないからである。自立が目的ではなく、自立の先にある「暮らしの質」が本当の目的なのである。

そうであれば自立できない人に、それを強要するのではなく、誰かが力を貸すことで手に入れることができる「暮らしの質」を求めたって良いのだと思う。

人間は独りぼっちでは生きていけないが、その意味は、人に頼ることができることで社会生活は成り立つという意味だ。

身体機能に障害がある人であっても、自分の意志がしっかりしていれば、他人からの支配・制約などを受けずに、自分自身で立てた規範に従って行動することができるのだ。その時には人に頼る、委ねるという選択権を持てばよいだけの話で、人に頼ることができるという素晴らしさを忘れてはならないのである。そのことを「自律」と呼ぶのであって、本来介護保険の目的も自立支援ではなく、自律支援であるべきだ。

精神の病などで意思決定ができない人に対しては、周囲の人々が、その人は何がしたいのかを慮って物事を決定するという代弁機能が求められるが、それは人間にしかできない尊い行為ではないのか。だから僕は、アドボケイトのもう一つの意味は「傍らにいることを許される者」になることだと主張している。

そんな風に人は、周りの誰かに頼って生きていくことができるという素晴らしい存在ではないのだろうか。頼ることのできる素晴らしさを忘れていないだろうか。委ねることができる人がいることの尊さを失っていないだろうか。頼ること・委ねることは、共立できるということなんだから・・・。

しかしながら自立支援が最大目標であるかのように勘違いした(あるいは洗脳された)人は、エビデンスのないキャッチフレーズだけの自立支援介護を最高のものだと勘違いしてしまっている。その最たる例は、「竹内理論」と称される、根拠のない強制水分摂取であり、その理論の実践で亡くなガラ暮らしている高齢者が全国にたくさんいるというのが、この国の実態だ。それは恥ずべき姿だ。

さらに恐るべきことに、暮らしの場であるはずの特養にさえ的外れの自立支援が強制される傾向が見える。「お世話型介護施設から、自立型介護施設への脱却」というキャッチフレーズを使って、自立できない高齢者の尻を叩き続ける施設が出現している。いったいいつまで人は頑張り続けねばならないのだろうか。80年も90年も頑張って生きてきた人が、さらに自立を強要される施設で、安心した暮らしを営むことはできるのだろうか。そこで暮らしたいと思うだろうか。

人の暮らしとはもっと多様性があるものだろう。一つの目的だけで表現できない多様性の中に生きるからこそ人生は豊かになるのではないのか。

自立型と謳う介護施設は、その多様性を喪失させてしまうだけのように思えてならない。せめてケアマネジメントをはじめとした、我々の対人援助の視点は、頑張らなくてもよい介護を模索しなければならないのではないだろうか。

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不寛容な時代に持つべきプロの矜持


現代社会は不寛容な社会だ。そしてその不寛容さがピークに達しているのが今という時代ではではないだろうか。

誰もが自分以外の他人を許そうとしない。ネット上では、いつも過度な言葉狩りが行われており、一言の失言も許されないかのようだ。

失言を狩る人間の、その尻馬に乗ろうとする輩も数知れない。それらの多くは、自分の言葉ではなく、誰かの言葉に便乗して人を罵る輩である。せめて自分の言葉を持てと言いたい。

周囲に染まらぬ異分子は抹殺されるのが当たり前という論理がまかり通っているのが今の日本だ。

それはなぜだろう。いつの頃からか社会も個人も希望を失って、その閉塞感が人を保身に走らせているからではないのか。保身は卑屈さの元凶だ。その卑屈さが自分自身の中身を腐らせて、その鬱屈した感情が自分と毛色の違う人間や少数派に向けられるのだ。

周囲と毛色が違う人々を攻撃し排斥しようとする限り、自分は人から攻撃を受ける立場にならないし、卑屈さを感じなくてすむのである。そういう人間が常に攻撃できる誰かを探すことができるツールがインターネットだ。SNSは探し出したターゲットを最も攻撃しやすいツールである。そこでは一般大衆という名の化け物が、不正を糾弾されている人間には問答無用で罵声を浴びせ、自分より上座に居るものの転落を喜ぶ。無抵抗な人間には際限なく悪意を振りかけるのだ。

そんな歪んだ感情が、善意のある人々に牙を向ける例も枚挙にいとまがない。それはさもしい姿でしかないが、それによって傷つき立ち直れない弱者が存在するという事実から、僕たちは眼をそむけて良いものだろうか。

対人援助の世界では、すべての従業者が底辺の暮らしを送りながら強制労働させられているかのような印象操作がされることが多くなった。そういう世界だから虐待する人間がマジョリティーで当たり前であり、それを否定する人間が偽善者とののしられるかのような傾向もみられる。

そんな中では、周囲の誰しもが感動するエピソードは、作為のあるポエム化だと冷笑される。そんなことはないと主張するものなら、悪例や例外をマジョリティー化するさらなる印象操作でもって、本当に綺麗なものさえ「キラキラポエム」という表現でひとくくりにして悪意を持って罵倒される。

それはあたかも五体満足でないものは影に隠れて表に出るなと烙印づけしているかのようだ。

そういう悪意とは戦うべきだし、悪意に対しては悪意を投げつけて糾弾しても良いと思っている。そうした悪意に対する感情は歯に衣着せず、素直に表現すべきだ。介護・福祉に対するスティグマは徹底的に排除しなければならないからだ。

実践が伴わない空虚な人間が語る素敵な物語の中には、フィクションのキラキラポエムもあるだろう。しかしそんな表現とは無縁の経験を、僕たちはたくさん持ち合わせているのである。そういう経験ができなかったレベルの人間に、それはフィクションだろうとか、ポエムだろうと否定される筋合いは一切ない。俺のレベルまで上がってから文句を垂れろと言いたい。

相談援助職とは、ある意味そういう戦いの先頭に立つべき職種である。護るためには戦わねばならないときがあるのだ。

そんな仕事に自分は向かないなんて甘えないでほしい。

仕事の向き・不向きなんていうのは、結局のところその人間の我儘に過ぎないのではないだろうか。

相談員にしろ、事務員にしろ、介護職員であっても、看護職員であっても、医師ですら最初からプロであるわけがない。仕事を続けるうちにソーシャルワーカーは、相談援助職としての頭になっていくし、医師は医師の思考回路になってくのだ。

ある職業に就いて、その中の専門職として役割が与えられてしまえば、素質があるとか、ないとか泣き言は言っていられない。その職業で食っていかねばならないのだから、職業を選択した時点でプロになろうとするのは、社会人として最低限の義務ではないだろうか。

他人と違う道を歩けば、他者とは違う景色がみられる反面、それは時として棘の道かも知れない。未舗装の曲がりくねった道で、時にはぬかるみに足をとられて、どこにたどり着くかもわからない不安に胸を押しつぶされそうになることもあるだろう。しかしそれは自分だけが陥っている状態ではなく、誰しもが多かれ少なかれ経験していることではないのだろうか。そこから逃げようとしている者に、他に行くべき場所があるのだろうか。そんな場所があるわけがない。

その道のプロと呼ばれる人々は、ある一定の性格を持ち合わせた人ではないし、特別な才能がある人とも限らず、多くは諦めないで一つの道を歩み続けた人である。

そういう意味では、器用に何でもできる人がプロらしく見えるわけではなく、不器用に一つの道しか進めない人の方がプロらしく見えるってこともあるのかもしれない。不器用に確実に道を歩むことができる人にしかできないことがあるのかもしれない。

プロになるのに向き不向きは大した問題ではないということだ。だから今いる場所で、どっしり居座ってプロを目指す方が、ポジティブで確実な明日が迎えられると思う。

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権力に求められるもの


介護事業者にとって、行政は間違いなく権力だ。どんなに小さな保険者の、経歴の浅い担当者であっても、指導権限を持って事業者に臨む担当者は、権力そのものである。

彼らは指定権限や指導権限を持つだけではなく、ローカルルールという公的議決を経ない規範さえ創りだせる。行政処分という伝家の宝刀も振るうことが可能だ。介護事業者は、その権力の斧にひれ伏さねばならない場合も多い。

しかし権力を持つものは政治家や行政職員だけとは限らない。

介護事業者においても、経営者や管理者・管理職は一般職員に対して権力をふるうことができる立場だ。小規模の事業者で、事業経営経験も浅く、スキルが伴わない管理職であっても、職員にとっては大きな権力者である。それは一般職員にとって、自分の生活さえも左右される権力といえるかもしれない。

だが一般職員にも、ある種の権力が備わっている場合がある。

例えばどんなに若く、社会的な地位や名誉もない職員であっても、介護施設などのサービスの場で利用者に相対した時、認知症や重度の身体障害を抱えた利用者に対して、どのような行為を行うのかを自らの一存で決定できるという介護従業者は数限りなく存在している。

夜勤時間帯に、フロアにたった一人のサービス担当者として存在する介護職員は、ある意味、利用者にとっての絶対権力者として存在すると言えるのではないだろうか。

そう考えると、人間はある場面では権力に恐れおののき、それにひれ伏す立場であるとしても、場面が変わるだけで、誰かに対して権力を振るう立場に立つ可能性があると言えるのではないか。そうであるがゆえに、権力とは何か、それをどのように使うのかということを常に考える必要もあるのではないだろうか。

知恵のある人間として権力とは何か、権力に求められるものは何かを考えなければならない。この世に人として生まれ、生きるものとして、権力はどのようにつかわれるべきかを考えないと、人は不幸を振りまくために存在してしまうことになる。

僕はそんなふうになりたくないので、権力は常に正義と一体でなければならないと考える。正義のない権力などただの暴力に過ぎないからだ。

そんな権力など存在しない絵空事だと笑ってはならない。

例えば介護支援の場が常に正義にあふれ、正しい方向に進んでいるとは言わない。そこには歪んだ介護が存在することを否定しない。昨日発覚した和歌山県橋本市の老健での虐待事件では、24歳の男性職員が、夜中に大声で叫ぶ96歳の女性入所者に腹を立てて、当該女性の顔や胸に熱湯をかけ、重傷のやけどを負わせたとして逮捕されている。フロアのたった一人の夜勤者として、全ての行為の決定権を持つ絶対権力者が、認知機能が低下するというハンデキャップを負った弱者に対して、正義なき権力を振るった結果が、このような非道な行為に結びついている。

正義を伴う権力を絵空事だと笑う人は、このような行為を是とするか、やむを得ないとあきらめる人である。それではあまりに情けないし許されない。僕はこんな行為を是とすることはできないが、それ以前に手にした力の使い方を間違えないように、人として持つべき心について、常に正論を語り合わねばならないのだと考える立場である。

正論が常に通じる社会はないと論ずる人がいるが、だがそれを以て高邁を画餅と断じるのは妥協ではなく迎合である。理想を掲げることが絵空事だというのは卑怯者の言い訳である。

正論はいつの世でも愚鈍で生真面目で幼稚な真理だ。だからこそ子供にも理解できる。どんな浅学の人間にでも通用する。

所詮人間は自分の決めた規範から逸脱できないようになっている。そうであれば自分の規範は、正義をもって規定したい。

その時、自分の正義に逆らえば、その人は一生自分を責めるようになる。何かの折に思い出し、そのたびに良心の呵責に苦しむ。もちろん正直さが安寧をもたらすわけではなく、自分だけの正義を貫けば周囲との軋轢や現実からのしっぺ返しもあるだろう。どちらを選択してもそれぞれの試練が待っている。そうであれば人としてこの世に生まれたことを感謝する立場から、他人を不幸にだけはしたくないという立場でものを考えたい。

そう考える人が介護の現場にいるだけで、利用者は安心できるのではないか。それを目指さぬ対人援助者とは、どこに存在意義があるというのか?

そのような考え方を笑って馬鹿にする輩とは議論する必要も感じない。愚かなものに倫理を説いたところで無意味である。愚かだから学習能力もない。そんな輩は糾弾することすらもったいないから、嗤うしかない。

僕達の業界の職能団体の中にも、嗤うしかない団体が存在している。そこに会費を支払っている人は不幸だと思うが、それも自己責任だ。そんな話はまた明日の記事に引き継ごうと思ったりしながら、いつものように、自分の心の叫びを書きなぐっている。

それがこのブログの本質である。そんな文章にお付き合いいただいている方々には、心より感謝している。


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咲こうとする人の姿からもらう勇気と希望


介護×経営で「介護現場から未来を変える」人材を輩出する、をスローガンにしているKAIGO LAB SCHOOLの修了式(卒業論文発表会)に参加し、6名のファイナリストの卒論発表を聴いてきた。

どなたも情熱にあふれ、かつ理論的な発表であった。しかもそこにはソーシャルアクションにつながる提言が含まれており、中には地域の中で新しい実践活動を始めて、介護支援の新たな基盤づくりをしている人もいて、大変感銘を受けた。

発表者の中には、他産業に従事している際に、「うつ病」になって仕事ができなくなった後、たまたま介護の職業に就く機会を得ることができた中で、介護の職業を通じて「うつ病」という病気に向き合い、乗り越え、それを治癒することができたという発表があった。

その方は今、介護事業所の管理者を務めているわが身を振り返って、介護はストレスが多く、「うつ病」になりやすい職業ではなく、「うつ病」の人を立ち直らせることができる職業が介護であるという立場からの提言をされていた。

発表者が「うつ病」という病気を、介護という職業の中で克服した理由や条件もいくつか挙げられていた。

介護という新たな未知な職業に就いたとき、自分ができないことはともかく、できることだけを確実に行おうとしたことが、精神科領域の行動療法の効果をもたらしたのではなかという点。

ちょっとした行為で、利用者や同僚から、「ありがとう」といわれ、感謝されることが多い職業に、喜びを感じることができる自分がいたこと。

何より、うつ病という病気で働けなくなったことに、家族を含めた周囲の人々の理解が得られず、怠けているとか、さぼっているという誤解を受け続けたことで、人が自分のありのままを受け入れることの難しさを知る反面、それを理解的に受け入れる喜びやうれしさを知る自分がいたため、介護の職業の中で出会う、認知症の人や、障害を抱えた人の気持ちを理解することに努めた結果、そのことで心の繋がりが生まれたことなどが挙げられていた。

とても良い発表を聞いた。6人の若者には心より感謝したい。

僕も北海道の登別という場所で、毎回2年をかけて5本の「あかい花」を育てている。(参照:5本のあかい花

あかい花道場は、KAIGO LAB SCHOOLと異なり、どこからも資金提供を受けず、あくまで僕のポケットマネーだけで行う活動だ。その理由は、今まで僕が介護という職業を通じて得てきたいろいろな対価を、社会にお返しするという意味だからだ。さらにどこからのしがらみも束縛も受けないためには、わずかであっても資金提供を受けることはできないと考えたためでもある。

そしてその活動内容も、表に出すことはほとんどなく、生徒が誰かも紹介することもない。彼らと僕は師弟関係ではなく、僕はあくまできっかけと兆(きざ)しに過ぎず。彼らは実践の中で、彼らの花を咲かせる必要があるからだ。

KAIGO LAB SCHOOLが、毎年20名の卒業生を送り出しているのとは異なり、僕の道場は、2年間で最高5人の卒業生しか出せないが、そんな小さな活動であっても、体と資金が続き、希望者がいる限り継続していこうと思う。

そんな思いを新たにする一日だった。それにしても、「ありがとう」といわれることを当たり前と思いこまず、その言葉に喜びを見いだせる感性は素敵だ。その言葉に喜びを感じることができる人は幸せだ。
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本当にありがとう。君たちの未来に幸多かれと祈っています。

どうぞ日本の介護の新しいスタンダードを創る人になってください。
2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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街も暮れゆく


日中の最高気温が20度に達した沖縄県名護市での講演を終え、昨日午後の飛行機で北海道に帰り、降り立った千歳空港の午後5時30分の気温は氷点下3度だった。日本は広い。

そういえば南国の沖縄では「紅葉」の季節はないそうである。そうした常緑の沖縄では、桜祭りが1月に行われるというのにも驚く。

こんなふうにして今年も日本全国をまわり歩いて講演を行い、様々な人々との出会いがあった。そんな旅の中で思うことは、南北に長い日本では、その地域地域で様々な慣習があり、暮らしがあるということだ。

地域包括ケアシステムとは、そうした地域の慣習や、そこで暮らす人々の日々の営みを護ることを目指すものでなければならない。そのシステムがお題目に終わってもならないし、その言葉が給付制限の方便として使われることがあってはならない。

そのためには徹底的に人を見つめ、人を思い、人を護ることが、我々対人援助に携わる者の使命だということを自覚しなければならない。保険・医療・福祉・介護は、経営主体の目的が達せられるために存在するのではなく、この国に暮らす人々の命と暮らしを護るために存在するのだという根幹となるものを揺るがせてはならない。

我々のミッションとは、事業者が潤うこと以前に、支援を受ける人々がこの国で幸福な暮らしを送るということが実現するためのものである。勿論、経営母体の基盤が揺らいでは、支援行為自体が成り立たないので、収益を上げながら経営を続けるためのミッションも必要になる。しかしそれが利用者の生命や生活の質に優先されるものではないことを自覚せねばならない。

残念なことに介護業界には、事業者目標さえ達せられれば、利用者の暮らしの質などどうでもよいと考えている人も存在する。科学的根拠のない理論を普及させるために、利用者の悲哀を無視して、根拠のない行為を続けている事業者も存在する。竹内理論による大量の強制的水分摂取は、その最たるものである。しかし今月22日にNHKがその欺瞞的理論を紹介する番組を放送した。これによって水分の大量摂取が行われて命を落とす人が出てくるかもしれない。NHKはその責任をとれるのだろうか?

脱水によるせん妄は、脱水状態でなくなれば改善するだろうが、大量の水分摂取で認知症が治ることなどありえないことがなぜ理解できないのか。アルツハイマー型認知症は、脳の神経細胞が壊死して症状がおこるのであり、脳細胞が再生しないのに、どうして水分摂取で認知症が改善するなどと言うインチキ理論がまかり通るのだろう。

その番組内容を批判したスレッドが、表の掲示板に立っているが、今更こんな議論がされることが残念である。洗脳介護とはかくも恐ろしいものである。

竹内理論による洗脳介護、そこで行われている人権を無視した強制水分摂取は虐待そのものである。そうしたことを行わずとも、認知症の方々の行動・心理症状は改善することは、カンフォータブルケアの実践でも証明されている。

竹内理論の実践としての、利用者を引きずり回す歩行介助や、舌を血豆だらけにして無理やり口をこじ開けて行う水分摂取は、利用者の家族には見えない場所で密室化されて行われる。カンフォータブルケアの実践は、誰にでも目が届く場所でオープンに行われる。どちらが優れた実践なのかということは、今更言うまでもない。

こんな間違った介護方法がこれ以上広がらないように、科学的根拠に基づいた介護の方法論が浸透するように、来年も僕は全国をまわって伝え続けていくだろう。

介護の質を護る実践論を伝え続けていく。2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、「介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策」を行う予定である。

人々の暮らしを護る介護実践の具体策を示すセミナーに、是非たくさんの方においでいただきたい。1月に入ったら、このセミナーに備えて是非2月の勤務調整を行っていただき、多くの皆様に参加していただきたい。ぜひよろしくお願いします。

介護の仕事に携わっている人は、年末年始に関係なく働いている方が多いだろう。今日が仕事納めという人もいるかもしれない。僕は2/1まで講演を一時お休みするが、1/4に締め切りとなっている連載原稿の執筆をはじめ、原稿書きで予定が埋まっている。皆さんも体に気を付けて新年を迎えていただきたい。今年のブログ記事は、今日を書き納めにする予定である。

新年は元旦から記事更新する予定であるが、大晦日の酩酊具合によっては予定を変更するかもしれない。

それでは読者の皆さん、今年も僕の拙いブログ記事を読んでいただき心より感謝申し上げます。どうぞ良い年をお迎え下さい。


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広島の空・長崎の空2017


北海道から遠く離れた九州ではあるが、僕は九州の全県で講演経験があり、今現在も毎年数多くの講演依頼を受けて、年間最低10回以上訪問機会がある場所である。

そのためか九州はとても好きな場所で、それは食べ物やお酒がとてもおいしいだけではなく、とても素敵な人がたくさんいて、そんな人たちとの繋がりが広がり続けている場所であり、次はいつ行くことができるかと、いつも心待ちにしている。

そんな九州の窓口を開いてくれた最初の講演地は、長崎県であった。

それが何年前のことか忘れてしまっているが、長崎市や佐世保市、島原市などで過去に数多くの講演機会をいただいている。今年も長崎港からさらに船で100分かかる新上五島町からもご招待を受け、飛行機とバスと船を乗り継いで、2日がかりでたどり着く11月の講演旅行を、今から楽しみにしている。

そのようなご縁をいただいている長崎県の長崎市は、鎖国時代には西洋に開かれた窓口として栄え、開国後も外国人居留地が設けられるなど特異な歴史と文化を育んできた街でもある。そこは海、山、川などの自然と、道路、橋、建築物等の人工的な構造物によって構成される美しい街だ。

しかし72年前の今日、その街は炎と放射能に覆われ、焼き尽くされた過去がある。

昭和20年8月9日午前11時02分に長崎市浦上地区に原爆が投下された。当時の長崎市の人口はおよそ24万人。その年の12月末までに73.844人が亡くなった。

その3日前、8月6日午前8時15分に広島市に原爆が投下れた際には、当時の広島市の人口35万人(推定)のうち9万 - 16万6千人が被爆から2 - 4か月以内に死亡したとされる。

生き残った人々の人生も無残なものに変えた許されざる行為が、原爆投下である。

毎年、広島原爆の日か長崎原爆の日に、このタイトルでブログ記事を書いているが、年々平和が奪われる脅威が迫っているように思えてならない。この平和な国を守るために僕たちには何ができるだろうかを改めて考えたい。

先ほど11:02に、ここ登別市でも黙とうの合図となるサイレンが鳴り響いた。3日前の8:15にも鳴り響いたであろう(僕は岡山滞在中で聞いておりません)同じサイレンの音を聞きながら、今日も深く頭を垂れ祈りを捧げた。

無辜(むこ)の民を情け容赦なく無差別に殺傷する行為は、人類史に残る汚点である。そのような被害を受けた国に住むものとして、戦争を体験した世代、戦争を知らない世代に関わらず、その理不尽さと平和の尊さを訴え続けていかねばならない。

そんな国の政府は、唯一の戦争被爆国でありながら、7月に国連で採択された核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しなかった。僕にはその姿勢はさっぱり理解できない。恥ずかしいことだと思う。

復興した美しい街並みを見ながら、あの日の長崎、あの日の広島に思いを馳せ、この平和を守り続けるために何ができるのかを考えなければならない。

そしてあの戦争で亡くなったすべての人々に対し、安らかなれと心より祈り、この平和で美しい街並みを、永遠に守り続けることを誓いたい。

悲劇を繰り返さないでと祈り続けたい。



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気づきは才能ではない


対人援助の場は、人の感情が様々に交差する場所である。

そこで僕達は、うごめく感情の渦に巻き込まれないように冷静に対処すると同時に、そこで行き交う感情に敏感になり、見えない涙を見逃さないようにしなければならない。

人は誰も、自分がいる場所に、たくさんの哀しみが存在することを欲しないだろう。欲しないからこそ、そんなことはないという否定的な感性で物事をとらえてしまい、無意識のうちに哀しみや苦しみなどの、否定的感情を見ないようにしてしまうことがある。そこに存在する涙を見逃してしまうことがある。

しかしそれでは現実を変えることはできない。あるものをなかったことにしたり、臭いものに蓋をするのではなく、正しく現状把握して、変えなければならないものは変えようとせねばならないし、失くさなければならないものは取り除かねばならない。

介護施設で大きなイベントをするときに、そこに参加して喜んでいる人の感情にだけ触れようとするのは間違っている。イベントが行われているその同じ場所で、そこに参加することなくベッドの上で横たわっている人は、今何を感じ、何を思っているのかを考えなければならない。

アトラクションを観て笑っている人の傍らで、つまらなそうにしている人や、苦しそうな表情の人がいるのはなぜかを考えなければならない。

大きなイベントの後で、職員がそれをやり切ったという充実感を味わっているまさにその時に、「祭りの後の寂しさ」に表情を曇らせている人はいないかを考えなければならない。

トイレ介助のたびに、長い時間廊下に並ばされる日常を強いられている人たちの表情はどうだろう。その時に、その人たちはどんなことを考えているのだろう。

食事をする愉しみとは程遠い食事摂取をされている人は、そのことをどう思っているのだろう。

プライバシーのかけらもない、排せつ介助や着替え介助を受けている人たちは、恥ずかしさを感じていないのだろうか。それは慣らされて飼われていろといってもよい状態ではないのだろうか。

年下の介護職員にタメ口で話しかけられ、それに対して丁寧語で答えている利用者の思いはどこにあるのだろう。

サービス提供者の都合で、午前中から入浴させられている人が、この暑い最中に午後から汗をかいても、その汗を流す機会もない暮らしを強いられている人は、そのことに何の不満も持っていないのだろうか。そもそも運営基準で入浴支援は週2回以上と定められているからと言って、週2回しか入浴できない生活を強いられている人は、それで満足しているというのだろうか。

よろこびの表情、うれしさの感情だけではなく、辛い・苦しい・哀しいという感情に、誰よりも敏感にならねばならないのが、僕たち対人援助に関わる者の役割りではないのだろうか。

しかしそうした気づきは、才能・能力によって左右されるものではないと思う。そうした気づきは、僕たちの目の前にいる一人一人の方々への関心の寄せ方で左右されるものだろうと思う。対人援助の職業に携わる限り、専門職の姿勢として、一人一人の利用者に関心を寄せることが何よりも大事だ。

無関心は最大の罪である。
心の痛み


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心で泣いて叱る愛


非常勤講師として教壇に立っている介護福祉士養成校の学生の半分は、20歳前後の若者である。

彼ら、彼女らは熱意もやる気もあるのだが、いかんせんそのやる気を示す方向性が違っていたり、ちゃらんぽらんであったりすえることが多い。知識もまだ拙(つたな)く、自分の思いを正しく言語化する術(すべ)を持っていない。

教壇に立つ身としては、学生に対して単に介護の基礎知識を暗記させるのではなく、人として成長させるのが務めと考えているので、彼らのやる気を正しい方向に向かわせ、他者に誤解されないように、彼らの素直な思いを伝えることができるようになる訓練を心がけている。特に学生たちが目指すものは、対人援助の専門家になるということなのだから、人に対して優しく思いやることの意味や、その思いをどう表現するのかということを伝えたいと思っている。

そのため時には、叱咤激励の意味を込めて、強い言葉で叱ることもある。しかしそれは感情にまかせての怒りの発露とは違うと思っている。

僕が6月と7月に担当している授業は、社会福祉演習という授業で、高齢者に限らず社会福祉全体を網羅する事例研究を、演習授業という形で行う授業だ。4人〜5人のグループで、毎回司会進行役、記録係、発表者を順番で担当しながら、それぞれの役割の責任を負い、決められた課題についてグループの意見をまとめて、発表を行うというものだ。

発表者は指定された時間内で発表を終えるだけではなく、指定時間以下の発表も許されないというルールを設けている。

学生にとって上限時間内で話すより、下限時間以上に話をすることのほうが難しいのが実態で、グループでまとめた意見を、単に棒読みするだけではこの下限時間はクリアできない。そのために発表者には、自分の意見を交えながら工夫して話をすることが求められる。そしてどうしても下限時間をクリアできない場合は、授業に関係のないプライベートのことでもなんでもよいから、「話をする」時間が下限時間を超えればよいとしている。

ドメスティック・バイオレンスが行われている家庭で育った子どもが、そのことによって受ける影響に関する演習発表では、自分がその体験者であることを滔々と語る子もいたりして、その話は一教師の講義より学生の心を打つ内容であったりする。僕自身の学びにもなる。

幼児虐待の事例演習では、しつけのための暴力と、虐待といえる暴力はどこに線引きがあるのかという疑問が呈されたりする。

これらの疑問に対して僕は、正答を示すことはできないだろうが、疑問に対する僕なりの見解を示すことは避けることができない。教師の務めとして、疑問に真摯に応えることは避けて通ることができないからである。

僕は二人の子を育てた親として、その意見を述べる。僕自身は、暴力がしつけになるとは思わないが、どうしても子の頬を、自分の掌で打つ必要がある場合、それは自らの感情に任せての行為ではないと思う。親が子の体を痛める行為を行うときは、親の感情で暴力をふるうということではなく、心で泣きながら、自分の掌の痛みも厭わずに、子の頬を打つのだろうと思う。そこにあふれんばかりの愛情があるからこそ、その行為は許され、それはしつけになるのだろうと思う。

そういう前提のない暴力は、すべて虐待行為である。年端のいかない子を、力の強い大人が、その力でもって支配するだけの行為を、「しつけ」とは言わない。愛情の伴わない、「教育」はあり得ないのである。

しかし、最初から親であった親はいない。誰しも親になるときは、初心者なのである。だから間違えることもある。子をやったことがある親であっても、親をやったことのない親は、間違えるのである。だから感情に任せて、子に怒りをぶつけてしまう親も時に入るのだろう。その時に愛情があって、後悔する気持ちがある親なら、愛するあなたのお子さんは、間違うあなたを許してくれるのではないだろうか。

過去に発達心理学を学び、児童福祉の専門家を気取っていた僕であっても、この程度の見解しか示すことはできないが、そのことを心をこめて、真摯に伝えるのが、僕の授業に臨む姿勢である。

そしてこうした教育の場が、僕にとって何よりやりがいのある場所になりつつある。その授業もあと数日で終わり、その授業を受けている学生たちとの別れが近づいている。あと数回の授業で、学生たちに何をどれだけ手渡すことができるかを、寂しさとともに、思う日々が続いている。

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この国で生かされている者として


自然は人々に多くの恵みを与えるが、時に甚大な被害も与える。人類の歴史とは、その繰り返しである。

僕たちが生きるこの時代に、僕たちのすぐ近くでも、大きな自然災害が繰り返し起こっている。そしてそのたびに尊いたくさんの命が失われていった。

僕たちに今できることは、失われた命に思いを馳せ、亡くなられた人々を偲び、祈ることだけである。

今日は、あの阪神大震災から22年目にあたる日だとして、朝からそれに関連するニュースが流されている。大震災の記憶が風化していることや、被災者の高齢化など様々な問題が指摘されている。確かに六千人以上がなくなった大災害が起こった日であるが、その報道時間も年とともに減っているように思う。そして今、神戸に立ち寄っても、あの震災の爪あとを感じるような風景は見えない。

しかしそこで暮らしを営む人々は、僕のような旅人が見ることのない爪あとをまだ感じているのかもしれない。現に震災復興住宅の中での高齢化が問題になっている。そこに住まう人々は、あの震災で家を失った人々であり、そのなかには家族を失った人がいるのかもしれない。

肉親や知人を失った人々の哀しみは決して風化することも、消えてなくなることもないのだろう。

僕たちが、それらの人々の思いを察しようとしても、決してその思いに届くことはないのだろうが、せめて僕たちは、大きな災害が起こったその日に、あらためて命の尊さを思い、失われた人々の無念をかみしめて、残された者たちにできることを精一杯考えたいものだ。この日本という国の中で、何ができるかを考えたいものだ。

今日が阪神大震災の起こった日であることを意識したわけではないが、昨日自分のフェイスブックに、次のような思いを綴った。

人とはどのような存在だろう?

「人は愛するもの」、「愛情を持って接することができるもの」、「想いを寄せ、想いをつなげられるのが人」、「想いのネットワークでつなげられるのが人」。・・・そう思いたい。この答えが的を射たものではないとしても、人ということを語る上で、他者に対して「思い」を馳せる存在としての人を考えることは大切だろうと思う。人を支え、人から支えられる存在として、人の間と書いて「人間」と呼ぶことができる存在として、自らの存在や、人の存在を考えていくことは大事なことだと思う。だから人は愛するものだという場所から、自分や他人を見つめることがあっても良いと思う。

3.11や熊本地震で被災された数多くの人々、命を失った数多くの方々がいる。そうした地域で、日々の支援活動に汗をながし続けている我々の仲間たち全てに思いを寄せて、出来る限りの愛を持って、これからもそれらの人々を想い続けることが、この世に生まれ、今この瞬間もこの世に生かされている我々の務めではないかと思ったりする。


偶然このような思いを綴ったのにも何か意味があるのかもしれない。過去の災害では、僕と縁のあった方々も被害にあわれている。それらの人々にどのような思いを伝え、何を祈ろうとするのかを、今一度深く考えたい。

阪神大震災が起こったのは午前5時46分だったか・・・。早朝の眠りから覚めないまま、命を落とした人がいるのかもしれない。着の身着のままで避難した人々も、この冬の寒さでさらにつらい思いをしただろう。

僕が今ここでできることといえば、頭を垂れて、思いを寄せることだけである。その思いを文字にして伝えることだけである。

今年成人式を迎えた若者が生まれていない日の出来事である阪神大震災。

あの時は介護保険制度も誕生していなかった。3.11や熊本大地震と阪神大震災の違いは、地域の中で支援を必要とする高齢者に、介護支援専門員という担当者がいるか、いないのかという違いでもあって、しかしそのことは、非常に大きな違いであり、介護保険制度によって誕生した、介護支援専門員という有資格者の存在意義は大きいことを、このブログでは何度も指摘してきた。

その思いは今も変わりない。

そうであるからこそ、その資格を持った人々が、使命と誇りを持って人の暮らしを護ることを応援すると同時に、使命感のない、支援スキルのない人に対しては厳しい言葉を投げつけることもある。

しかしその言葉は、他人に対するものという意味だけではなく、自らにも投げかけているものであり。自らの心に問い続けるものでもある。

自分が今この国で何ができるのかを、同じ職業を持ちながら、志半ばで命を絶たれた人の思いを感じながら考えて生きたい。

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2017年の元日を迎えて


明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いしたします。

今年も何事もなく無事に新年を迎えられますたことに感謝しています。我が家は専業主婦の妻のほか、長男は札幌で障がい者福祉関係の仕事に就いており、次男は地元室蘭の一般企業で働いておりますが、どういうわけか、本来は暦に関係ないはずの僕と長男がここ数年は暦どおりの休みで、一般企業に働いているけど、エネルギー部門で、管理が必要な次男だけが、大晦日も元旦も出勤ですが、それでも平穏なお正月を迎えられております。

今年は30年以上働いた職場を退職し、新しい職場に移って迎えた正月になりますが、おかげさまで新たな職場でもストレスなく勤務できており、希望を胸に新しい年を迎えられました。これもひとえに周囲の皆様のおかげです。

介護事業者は、ますます厳しい風を受けます。

来年の介護報酬と診療報酬のダブル改定は、安倍内閣の骨太方針により、社会保障費の伸びを2018年まで、現状の毎年1兆円から五千億円に抑えられるのだから、給付帆自体は増大しますが、単価は抑えられる中で、サービスの効率化が必要な薄利多売戦略の中で、利用者である要介護高齢者から求められる事業者は、顧客をしっかり確保して成長できる反面、知恵のない小規模事業者は淘汰されていきます。、

しかしそういう厳し次代であっても忘れてはならないのは、我々の仕事は書類や数字を相手にしているのではなく、目の前に「利用者」というかけがえのない人々に向かい合っているという事実です。その人たちの命や暮らしを無視した事業戦略であるなら、恥ずべきこと以外何でもありません。

僕たちが相対する人々の笑顔が、今年は去年より多く見られるような「関わり」でなければ、我々の存在意義はありません。僕はそのことだけは忘れません。それが違うという場所からは退場します。それはセンチメンタリズムではなく、僕の生きる証です。

今年も僕たちの周りからたくさんの笑顔を作り出して、社会全体の幸せにつなげていきましょう。

スインクグローバリー・アクトローカリーの精神は、今年も僕にとって大切なキーワードです。

それでは皆さん、今年もよろしくお願いします。誰かの赤い花になるために、カッコ悪くても熱く生きましょう。
無題

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死のある日常風景


幼い頃、親戚の葬儀に出た記憶はほとんどない。祖父や祖母が亡くなったのも、社会人になって以後のことだから、もしかしたら本当に葬儀に出たことはなかったのかもしれない。

どちらにしても、自分の周りに「死」というものが存在することを実感することは少なく、それはずっと遠い場所にあるように考えていた。

高校生のときに、クラスメイトの親が亡くなり、その葬儀に出たことは鮮明に覚えている。親の死に遭遇する同級生がいるということで、死というものが自分達と、さほど遠くに存在するものではないという思いを抱いた覚えがある。

それ以来、葬儀に出る機会は徐々に増えていったが、葬儀に出るからといって、それが死というものを考えることにつながらず、礼を失して恥をかかないようにセレモニーをこなすような意識に気が傾いていったように思う。

そんな風にして、死というものは僕にとって相変わらず、獏(ばく)としたもので、日常に転がっているものではなかった。

僕が社会人として初めて就職した場所は、特別養護老人ホームであった。その施設は僕が就職した半年前に創設された法人が、僕が社会人としてスタートする初日に、特養をオープンさせるという新設施設であった。

特養というものが、介護が必要な高齢者施設である以上、健康な方ばかりが入所してくるわけではないことは理解していたし、設備基準として、「霊安室※下記注釈参考」がある以上、そこで亡くなる方がいるということも十分理解していたつもりであった。
(※設備基準は、その後改正され、現在の特養には霊安室を設備しなくて良いことになっている。)

しかしその特養がオープンした1週間後、ひとりの利用者が亡くなられた。入所後5日目の死であった。

決して病状が悪化しているわけではなく、特養に入所できるくらい安定していた方が急変して亡くなられた。思えば目の前で息を止める人を見たのは、そのときが始めてだったように思う。・・・ショックだった。

周囲では僕と同じようにショックを受けた、新卒の介護職員が泣いていた。

ちなみにその当時は、介護福祉士という資格もなく、男性の介護職員も居らず、専門学校で保母の資格をとった女性が介護職員として雇用されることが多かった。泣いていた職員も、保育の専門学校を卒業したばかりの二十歳の子だった。

その後、僕の回りに日常的に死が存在するようになった。職場では、毎年何人もの利用者が亡くなり、その都度涙を流すような職員も居なくなった。相談員(当時は指導員という職名だった)としての僕は、ご遺族に弔意を述べながらも、空床を埋めるための業務を淡々とこなすようにもなった。いつの間にか誰かの死に対して動揺することもなく、ショックを受けることもなくなった。

それは成長したのではなく、単に慣れただけである。慣れたというもうひとつの意味は、心が麻痺したという意味ではないだろうか。人の死に慣れ、感性を鈍らせていただけである。

しかしそれは駄目なことだと思うようになった。尊い誰かの生命の灯が消えることに、慣れて惰性で仕事をするのでは、対人援助の専門家としての成長はないように思った。

人の死を悼み、哀しく思う感情を失うことは、成長ではなく鈍化にしか過ぎないと思うようになった。感情を失うことは、他人の感情に気がつかなくなることのように思った。

統制された情緒関与の原則が大事であることは理解しているし、人の感情に巻き込まれては困るので、遺族の悲しみに同化する必要はないが、人として縁を得て接してきた一人の命が燃え尽きたとき、そのことに感情を震わせないことがプロフェッショナルだとは思えなくなった。

人として一人の命が失われたことの哀しみを持ちながら、なおかつ職場というステージで、冷静さを失わずに、自らの使命を全うすることがプロの態度と、慣れと惰性で仕事をこなすことは違うのではないのか。

哀しくない自分がそこにいるとすれば、なぜ自分が今心を震わせていないのだろうかということを考える、もう一人の自分を持っていることが必要なのかもしれない。

そんな風に思うようになった。

それは自分が親しいものを送る立場になったから持つようになった思いかもしれない。祖父や祖母だけではなく両親をも看取り、死が自分と意外と近い場所に対峙していることに気がついたからかもしれない。肉親の死というものに向き合ったことが大きいのかもしれない。

それが僕が肉親から渡された、命のバトンなのかもしれない。そう思いながら、僕は看取り介護の場面にスタッフの一人として参加し、対象者やその家族に向かい合っている。それが「生きるを支える」という意味だと思っている。(明日に続く)
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豊かなる心はどこにあるのか


福祉援助は、もともと救貧対策として始められた経緯がある。

そのため「物とお金の豊かさ」を現わす「福」と、「心の豊かさ」を現わす「祉」という文字を組み合わせて表現されている。

そして祉より先に、福があるという意味は、まず人として生き得る最低限のものを得ることを目的としており、それが充足してはじめて心の豊かさが生まれることを現わしている。

つまりここで言う、「物とお金の豊かさ」とは、決して贅沢な暮らしを現わしているわけではないということだ。

何が贅沢で、何が最低限なのかという尺度は存在しておらず、時代とともにその概念も変わっていく。よってその判断は難しいところだ。

現在の我が国の社会情勢を見ると、自家用車は贅沢品ではなく、それは生活を支える収入を得るための移動手段であったり、日常生活を営む上で必要不可欠なツールである場合が多い。例えば公共の交通網が発達していない地域においては、高齢者の暮らしを支える物品を得るために不可欠な移動手段が自家用車であったりする。それらの地域で、そうした人たちは、自家用車が運転できなくなった瞬間から暮らしに困るわけである。

PC、スマートフォン、タブレット、携帯電話も、それを使いこなして生活するのが当たり前の世代にとっては、なくてはならない生活ツールである。なにをもって贅沢であるといえるのかは、難しいところである。

これはもう政治の問題だ。ソーシャルワークの専門技術の中で判断できる問題ではない。

しかしいくら物を手にしたところで、それが心の豊かさにつながるとは限らない。満足しない人の心に豊かさは存在しないからだ。

ある意味、物やお金で済むことなら、問題は複雑ではない。それを手に入れるための過程はともかく、結果としては、目に見えるものを手に入れさえすればよいだけだからである。

そのことに加えて、心の豊かさを求める人々の思いを、僕たちソーシャルワーカーは大切にしなければならないし、求めるものを探すために手を差し伸べる必要がある。

僕たちソーシャルワーカーは、そんなふうに、暮らしを支えるだけではなく、人の心を豊かにするために何が必要かと考え続ける責務がある。答えはひとつではないのかもしれないし、答えが見つからないこともあるだろう。そうであっても目の前の一人ひとりの利用者が、僕たちと縁を結んだ結果、暮らしぶりが良くなることのみならず、心の平安を得て、日々の暮らしに満足して暮らしてもらうために何が必要かを考え続ける必要がある。

そのためには、僕たち自身の感性を磨き、人の心のひだに敏感になり、喜怒哀楽に敏感になる必要がある。そして僕たち自身の中で、人に感謝する心や、人とつながりあうことを尊く思う謙虚な気持ちが必要だ。

対人援助における冷静な対応の基盤は、冷徹な心ではない。冷静な対応の基盤は、人に対する熱い思いである。その熱い思いを失ったときが、ステージを去るときなのかもしれない。

施設サービスの場は、衣食住が満ち足りた場である。しかしそこには満ち足りた思いを持つことができないたくさんの人たちがいる。衣食住が満ち足りても、心の平安が得られない人がいる。心の豊かさを得られない人が存在している。

その人たちが求めているものは、誰かとの関係性である。それが途切れてしまったと感じている人は、途絶えた関係性を紡ぎなおそうと、家に帰るという。雪が降る中を、除雪するために帰るという。すでに亡くなった夫や妻のもとに帰ろうとする。

それは或る意味当然である。それは僕たちが説得してどうこうする問題ではない。その思いに心を寄せて、満ち足りない思いを分かろうとするだけだ。

認知症の記憶障害とか、見当識障がいという捉えかたではなく、人の心のひだを見つめることがもとめられているのだ。そしてそうした形で寄り添うとし続ける限り、僕たちの思いは必ず伝わると信じている。

そんな考え方の先にエビデンスは生まれないといわれても良い。

エビデンスは必要でも、もっと求めるべきものがあるからだ。人の思いを大切にする先にしか見つけられないものがあるからだ。

この思いを言葉や文章で伝えられたときに、僕のつながりは永遠となっていくのかもしれない。
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強くなくても歩いて行けるさ〜大阪に向かう空から


介護施設には様々な人生がある。

中間施設といわれ、終生施設ではない老健にも、仮住まいとはいえそれぞれの暮らしがあり、暮らしの中にうまれる様々なエピソードがある。僕たちはそのエピソードの中に刻まれる1人物なのかもしれない。

それにはどんな意味があるのだろう。

僕は職業柄、いろいろな施設を渡り歩いているような人の相談にも応ずることもあるが、人によっては、特定の人物との出会いが、苦々しいだけの思いにしかなっていないことがある。そういう人と出会ってしまったことを悔いる気持ちだけを持ち続けている人がいる。

僕たちが対人援助のプロであるならば、結果的に相手にそのような思いをもたせてはならない。

良かれと思った結果が、相手にとって苦々しいものになってしまった時に、僕たちはそのことを、たまたまの結果であるとして忘れ去ってはならない。

できるなら、僕はそれらの人の人生の中で、良い記憶として残らなくても、消してしまいたい悪い記憶になりたくはない。できることならば、僕がかかわる人々に、さわやかな笑顔を運びながらも、風のように消え去ってしまう存在でありたい。

高齢者の人生の一部に関わる関係者は、誰かの人生の一部に深く介入しているという事実に目を向けるべきだ。望む・望まないにかかわらず、僕たちの存在が、誰かの人生に何らかの影響を与えてしまうという意味を考える必要があると思う。

そんな僕にも、若い頃の失敗はたくさんある。もしかしたらそれは、関わった人々にとって、禍々しい記憶になっているのかもしれない。そうだとしたら、その時に出会った人達には本当に申し訳なく思う。取り返しのつかない失敗ではあるが、そのことを繰り返さないというのが、僕の唯一の贖罪である。その思いは、きっと一生消えることはない。

対人援助とは、それだけ重たい職業だ。その重さを自覚したとき初めて、その使命が見えてくる。そしてその使命を達成しようとする日々の努力があればこそ、我が胸に誇りを抱くことができるというものだ。

それが人から見れば、つまらないプライドだとしても、人はパンのみで生きるにあらずの精神を忘れず、道なき道を探し、歩いて行こうと決めている。

人が思うほど、僕は強い人間ではない。しかし、自分が思うほど、僕は弱い存在でもないはずだ。

そう信じて、今だからできることを続けていこうと誓った。そんな思いとともに、僕の日常が存在し、僕という個性がつくりだされている。そういう僕に共感してくれる人々に出会うために、僕の旅はここにある。

暦を見ると既に6月があっという間に過ぎている。今年も残すところあと半年だ。今年は僕にとって、新しい空へ飛び立つ年だった。しかし挑戦はここで終わりではない。今の職場が最後の職場だとも思ってもいない。やりたいことがあれば、また新しい空に向かって飛び立って行くかもしれない。求められるのであれば、別の大地に根をおろすことだろう。そこに希望という光が見えたなら、きっと迷うことはないだろう。

7月というこの季節は夏といってよいと思うが、今年の北海道は時折震えるような寒い日があって、どうも夏らしくない。しかしこの大地にも熱い太陽が照りつける真夏の日が来て、やがて落ち葉の季節を迎え、厳しい冬がやってくるのだろう。

それでも僕は、北海道という場所が好きである。冬の寒さや厳しさを誰よりも知ってはいるが、それを厭う気持ちにはならない。それでも新しいチャレンジの時は、この愛すべき大地から旅立つかもしれない。それも選択肢の一つであるし、その選択を狭めるほど老け込む年でもあるまい。

巡りくる季節の中で、半年後・一年後の自分がどこにいるのか、何をしているのか、今はそのことを考えるのが一番の楽しみである。幻想に終わったとしても、夢見ることは許されることだろう。夢は若者たちだけの専売特許でもないのだから。

今僕は、愛する北海道から大阪に向かう旅の空にいる。今日からの3日間は、大阪市老連主催・看取り介護セミナーmasaの介護福祉情報裏板・リアル!2016本音のトークライブin大阪介護の陣VOL1介護甲子園コラボセミナーin東京 と講演の旅が続く。

今日の講演主催者、大阪市老連さんとはもう5年以上前からのお付き合いで、毎年複数回僕の講演を企画していただいている。今年も今日の講演のほか、8月5日(金) は、masaの連続研修第 2 弾『高齢者虐待の実態と防止策』 〜 感覚麻痺や鈍感さ を生み出さないために…私たちがすべきこと〜 を企画していただいており、さらに9月にも、第3回講演を予定している。大阪介護の陣も3回シリーズなので、この3月は、2つの大阪講演が抱き合わせで実施されることになっている。

そうした自己表現の場がある僕は、幸せ者であると思う。そういう場所を作ってくれるのも、心を繋げている仲間の存在があるからだ。

そういう人たちへの感謝の思いは、志を同じくする人の抱く思いを、僕が代わりに伝え続けていくことだろう。そういう形でしかご恩返しはできないが、そんな不器用なやり方があってもよいだろう。

関空を見下ろす空の上で、着陸態勢に入った飛行機の中で、そんなことを思いながらこの記事を書いている。

大阪の大地に、今日はジリジリとした熱い太陽が照りつけている。

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迷ったときは愛のある方に向かって。


人の暮らしとは、もっとも個別性のある領域だ。その部分は、他人からしてみれば最も非専門的な領域であって、個人の暮らしの専門家が存在するとすれば、暮らしを営む本人しかない。

僕たちソーシャルワーカーは、その最も個別的で、非専門的な領域に踏み込んで、誰かを支える仕事を行うという難しい立場に置かれている。そうであるがゆえに、常に謙虚でなければならない。

答えは僕たちの側に存在するのではなく、援助する人の側に存在するものであって、僕たちが道を示すのではなく、目の前の誰かが道を見つけ出すために、僕らができ得るお手伝いをするという考え方が必要だ。

真摯に、謙虚に、かつ熱い思いを持って歩きつづけること。それが僕の唯一のモットーだ。そしてその戒めを忘れたときが、身を引くときだろうと思っている。

そこにはあらかじめ存在する正解はない。正解を導き出すために、様々な過程を踏んで、ともに歩んでいかねば行き着かない場所に答えは存在する。だがその答えがすべて人を幸せにする答えとは限らない。答えが誰かの心を傷つけることだってある。そのときに、傷ついた人に何ができるかが、僕たちに問われていることだ。

僕の著作シリーズ第1弾の「人を語らずして介護を語るな。 masaの介護福祉情報裏板」の、第5章 今生きている現実と社会という章の、「お金で人生は買えないというが――消えた年金問題の傷痕」で取り上げた方は、酒とばくちに身を取り崩して家族を捨てた過去を持っていた。

幼い子と妻を捨てた過去を持つその人は、身体が不自由になって特養に入所してきたとき、身寄りもなく、親しい知人さえ存在しなかった。

その人の支援を担当したとき、僕はこの人を天涯孤独の状態のまま送ってよいのかと迷った。

その人が医療機関に入院していたとき、行政の戸籍調査によって、その人の子にあたる人の存在が分かっていて、すでに人の母になっているその人の連絡先も分かっていた。

しかし僕の前に、本ケースに関わっていた医療機関のソーシャルワーカーが連絡をした際に、戸籍上はともかく、すでに人としての縁が切れた人で、自分とは何の関係もないので、今後一切の連絡をしないでほしいと強く拒否されたという引継ぎを受けていた。

その人に何もアプローチせずにいてよいのだろうかと思った。

高齢となり、身体の自由が利かなくなった利用者の方にとって、過去にひどい仕打ちをしたとはいえ、実の子供に会いたいという気持ちはあるのだろうと想像した。しかし同時に思うことは、幼い頃に十分な世話もしてもらえず、母親とともに捨てられて貧困のどん底のような生活を強いられた娘にとって、実の親とはいえ、情はわかないだろうし、その存在さえ疎ましく思っている状況は、容易に想像がついた。憎しみの感情しかないのかもしれないとも思った。

そういう人に、戸籍上の親子であるという理由だけで、何らかのアプローチをしては、娘さんんいとっては、心が傷つく以外の何ものでもないのかもしれないとも思った。

しかし・・・迷ったとき、僕はより愛情を感じる方法に舵をとることにしている。人の愛を信じることにしている。そのためまず手紙をしたため、実の親であるその人が、僕の勤めている施設に入所していることと、本人の状況と、連絡することを強いる手紙ではないことを懇々と書き連ね、ご本人は口には出さないが、本心では会いたがっているのではないかという想像も書き、できうるなら何らかの形で連絡をいただければありがたい旨を書いて送った。

その手紙には何の反応もなかった。

しかし反応がないことを、僕はよい方向に捉え、そんな手紙を送ったことをなじる連絡もないことをポジティブに考え、その後数ケ月置きに、その人の近況を伝え続けた。それから数年、手紙に対する反応がないままその利用者は、「看取り介護」の対象になった。

そのことを書き送った数日後、道外のとある街から、娘さんが施設を訪れてくれた。なくなる数日前に、意識が薄れている中で、数十年ぶりの親子の対面が実現した。わだかまりがすべて消えたわけではないだろうが、実の親がそこで命の炎を消そうとしている姿を見て、娘さんの頬には一筋の涙が流れた。

憎しみも怒りも、すべて洗い流す涙だったのかもしれない。

娘さんが帰られた翌日、その利用者は旅立たれた。そのお骨は、娘さんによって引き取られていった。

そのような結果や、その結果に結びつく一連の過程での対応が、よかったのかどうかは分からない。しかし僕は、そこに確かに愛が存在し、愛によって人が救われることを信じた。

それだけである。

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生きる証を支える介護


新しい職場では毎日いろいろなことを覚えていく必要があるが、如何せん年をとると記憶力は弱くなる。

そういう意味では、現在は自分の記憶力の衰えを思い知らせれる日々を過ごしているともいえるわけである。ただそれは僕に限ったことではないだろう。

人は年を取るごとに忘れてしまうことが多くなるだろうし、人生全般を見つめれば、覚えていることの何倍も忘れていることのほうが多いのだろうと思う。もともと人間とは、実に多くのものを忘れてしまう生き物だということだ。

しかしたくさんの忘れ物の間隙を縫うように、人はいくつもの思い出を創り出し、その記憶を抱えて生きている。それは時に、人の支えにもなるものだ。

それはきっとその人にとって、何にも替えがたい宝物だと思う。さまざまなエピソードを刻みながら生きる証を感じていくということにおいて、思い出=記憶は命の「歩み」そのものである。

しかしその記憶を保持できない人々がいる。認知症という症状は、病気や怪我などさまざまな要因で発症するが、多くの場合きおくが保持できない状態となる。さかのぼって過去の記憶も失われていくことが多い。

それは生きる証を見つけられなくなるという意味であり、存在していたはずの生きる証を失っていくという意味である。

そうなると人は、心を失ってしまうかもしれない。怖いことだろう、つらいことだろう、苦しいことだろう、哀しいことだろう。

そんな人々が僕たちの目の前にいる。僕たちはその人たちにどのようにして心の平安をあたえることができるのだろうか。どのように安心してもらえるのだろうか。介護とは、エピソードを失っていく人に対して、できることを探す支援行為でもある。その為に僕たちにはなにができるだろうか。

認知症のケアだとか、認知症の理解だとかいう言葉を、簡単に口にしてしまう自分に嫌悪感を覚える瞬間がある。

果たして僕は、認知症の人の心の支えになっているのだろうか。その人たちの苦しみや哀しみに寄り添うことができているのだろうか。

その人たちに、本当の意味で思いを寄せているのだろうか。

もっと自分に厳しくありたい。もっと学んで成長したい。もっと人の気持ちを察する自分でありたい。僕の心の中の声がそう叫んでいる。僕の魂がそう叫んでいる。

もうすこし前に進んでいきたい。そんな僕と付き合ってくれる仲間とつながりあいながら、みんなで一歩先に進んで生きたい。
生きる証

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弱いことは恥ずべきことではない


人は強くなくてよいのです。

弱い存在だからこそ、人の痛みがわかるのだから・・・。ありのままの弱さと、向き合う自分でいたいと思います。強さを手に入れるより、弱さを超えられる自分でありたいと願います。

弱い自分と同じように、強く見えても、弱い誰かがいることを忘れないでいたいのです。

そういう人には、弱さは決して恥ではないと、エールを送る人になりたいのです。

そのために、昨日より1センチだけ、あなたに近づけさせてください。

私たちソーシャルワーカーは、誰かが困り、私たちを必要とするときには、最速のスピードで駆けつけようとします。

でも私たちがあなたに寄り添うときには、一緒にゆっくり歩きたいのですよ。駆け足では、見逃してしまうものがあるからです。あせっては間違ってしまうことがあるからです。誰かの暮らしの下に、踏みつけられるほかの誰かの暮らしがあってはなりません。踏みつけないように、見逃さないように、ゆっくりと歩きましょう。

私たちソーシャルワーカーが介入する場所は、個人の暮らしという、もっとも個別で非専門敵領域です。そこに踏み込まなければなりません。そこでは対人援助の専門性など通用しないことがあります。私たちが持つ価値観など、額ほどの狭いものなのです。だから私たち自身が、いつも正確な答えを持っているわけがないのです。

ただ私たちは、私たちの力を必要とする人の心のありようを想像して、その心にどう寄り添うかを真摯に考え続けるのみです。

答えを探して見つけるのは、あなた自身なのです。私たちは、その時に答えを見つける人に勇気を与えるために。、そこに寄り添うのみです。あなたの心が折れそうになった瞬間に、エールを送って、前を向けるように応援するのが、私たちの役目です。あなたにはきっとできる。そう信じてエールを送らせてください。

そうであるからこそ、近づかなければならないのです。見えるまで、わかるまでの距離に・・・。

どうぞ私たちを、すこしだけあなたのいる場所においてください。そして少しだけ、あなたの心もちを伝えてほしいのです。伝え方はどんな形でもよいのですよ。遠慮せずに泣いてください。遠慮せずに叫んでください。

私たちは、その涙と叫びの中に潜む、あなたの真実を見逃さないように努めます。やがて涙と叫びが、笑顔と歓喜の声に変わる明日を信じて、懸命に心を寄せようとするでしょう。愛すべきあなたのために。愛すべき誰かのために。

あなたの心がわかる距離・・・少しずつ少しずつ、そこに近づく歩みを続けるのが、ソーシャルワークです。それは牛歩の歩みかもしれませんが、でもそれは終わりのない歩みです。

あきらめることのない歩みです。もしよろしければ、あなたも一緒に歩き始めませんか・・・。

・・・誰かの赤い花になるために。

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大人の階段


昨日、一昨日のフェイスブックは、つながっている人たちの子供さんの成人式に関する情報が多かった。

ほとんどの記事が、晴れやかな笑顔の写真とともに、子供たちが成長する過程でのいろいろな苦労話が語られて、しんみりしたり、ほのぼのしたり、自分の育児を思い出したりさせていただいた。成人式というセレモニーを経て、立派な大人に育ってほしいと切に願う。

そんなことを言いながら、果たして自分が、「立派な大人」かと問われれば、「そうだ」という自信はない。「大人げない」とか、「いくつになっても」という言葉とは、一生付き合っていかねばならないような身としては、新成人に偉そうなことは言えないなと思ったりする。

それにしても毎年のように、「荒れる成人式」のニュースが伝わってきて、本当に残念に思う。今年は成人式の会場で、殺人(過失致死になるかもしれないが)という事件まで起こった。それは取り返しのつかない過ちである。

成人式の会場で、わざわざ酒を呑むという神経も解せない。正直言って、僕自身は成人式を迎える前に、酒も煙草も常習化していたが、(煙草は現在はやめている。)式典会場で酒を呑むということをしようとは思わなかったし、周囲を見渡しても、そのような人間はいなかった。退屈な式典挨拶も、我慢して聞いていた記憶がある。

そもそも式典会場で酒を呑んだり、正体なく酔っ払う姿を他人に見せて、何が面白いのだろうか。その姿が格好良いなんて思っているとしたら、それは大いなる勘違いだ。酒を呑んだり、煙草を吸ったりできるのは、特殊能力でもなんでもなく、ただ単に習慣性の問題である。適応の問題があって、酒を呑めない人や煙草を吸えない人はいるが、それはハンデキャップではなく、誇るべきことだ。酒を呑めても、煙草を吸えても何の自慢にもならない。むしろそのことは、格好悪い姿につながることが多いのである。

そのことは、自分が酔っぱらった姿をあとで見たくはないということでも証明されている。

僕は20代で煙草をやめることができたが、そのことは心から良かったと思っている。その反面、酒をやることができない今の自分は残念でもあり、恥ずかしくもある。オフ会でお酒をいくら呑んでも、ただの呑兵衛の証明にしか過ぎず、決して自慢できることでも、格好の良い姿でもないからである。

でも好きなものは一生やめられないだろう。だからといって、厳粛なセレモニーを台無しにするような、正体を失った姿を人に見せたくはない。

それらの会場で暴れる人たちは、その姿を将来、自分の子や孫に見せることができるだろうか。見せることができたとしても、それは恥の姿でしかなく、子や孫が哀しむか、憐れむ姿でしかないことを肝に銘ずるべきである。「若い頃はやんちゃだった」という姿を自慢したいなら、もっと人の迷惑にならない場所でのパフォーマンスにしてほしい。

自分たちから見える、現在の大人の姿を否定するのは良い。「あんな大人になりたくない」という気持ちを持ち続けて、自分なりに「まっすぐ」進もうとすることは良いだろう。

しかしそれは社会の規範を全て打ち破ることではないはずだ。人として大事なことと、生きるためにしなければならないことの違いに、腹を立てることはあっても、それを打ち破るために人に迷惑を掛けてよいということにはならない。

むしろ自分なりのまっすぐさを見つけるためには、他人に対する愛を注ぎ続ける必要があることに気付いてほしい。人を愛する大切さを知ることが、この世に人として生まれ生きることの意味だと気が付いてほしい。

人を愛するとは、誰か特定の人だけではなく、人間という存在そのものへの尊敬の念であるということを知ってほしい。他人から見て美しい姿とは、人を愛するまっすぐな姿であることを自覚してほしい。

新成人に考えてほしいことは、君たちが10代で、子供から大人へ変わって行くまさにその時に、あの3.11がおこったということだ。あの震災で、たくさんの大切な命が失われた国で、君たちは20歳という年齢を迎えたということだ。被災地にはまだ、無念のうちに亡くなったたくさんの人達の魂が漂っている。大切な誰かを失ったたくさんの人が、嘆き続けている。

この世で、愛することができなくなった人々の、思い出にすがることだけを生きがいとしている人たちがいる。その人たちに顔を向けることができる人であってほしい。

あの震災を決して忘れず、人を愛することができるという意味を考えてほしい。人を愛する尊さを感じてほしい。

僕から、新成人に贈る言葉があるとすれば、」それは、「どうぞ人を愛するまっすぐな姿を、美しいと思える人になって下さい。」という言葉だろうか。

(※僕が立ち上げた任意団体の名刺ができましたので、少しだけ紹介します。)
名刺
名刺裏面

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聖夜に光を


今年のクリスマスイブは、雪のない夜となった。

僕が物心ついて以来、イブの夜に雪がないという記憶はなく、初めての経験のように思える。

雪は北国の住民にとっては、決して幻想的なものでも、歓迎されるものでもなく、厳しい冬の象徴に過ぎない。時にそれは生活障がいそのものである。だから雪の少ない冬は歓迎されはしても、忌まれる状態ではないはずだ。しかしイブの夜に白い雪が見えないのはなんとなく寂しく感じたりする。それはきっと贅沢な感情なのだろう。人間とは勝手な生き物である。

僕の家庭の話をすれば、二人の子供もすでに社会人として巣立っており、クリスマスを一家で祝う時期も過ぎているので、特別な日ではなくなりつつある。それでも子供が家に居るとなれば、夜の食事はクリスマスらしいメニューを並べることになるが、不在であれば、特段の献立が並ぶこともないだろう。

そんなクリスマスではあるが、この日を迎えると毎年のように思い出す事がある。

それは自宅で過ごすことができない子供たちのことであり、クリスマスを自宅で迎えることができない子供たちのことである。

学生時代のある時期、僕は児童福祉の現場で、実習生あるいはボランティアの学生として関わっていたことがある。

12月24日の夜は、児童相談所の一時保護施設内や、児童養護施設のホールで、そこで過ごす子供たちにプレゼントを配り、ささやかなパーティーを開いたりしていた。

様々な事情で家族と暮らすことができなくなった子供たちが、そこには多数存在していた。親のない子、親があっても一緒に暮らすことができない子。幼児から中学生まで、様々な年齢の子供達がそこには居た。

その時僕は、僕が暮らす同じ国で、世間の喧騒とは別なところで、世間のクリスマスとは無縁の暮らしを送っている子供たちが存在することを始めて知った。

彼らが本当に欲しかったものは、物としてのプレゼントではなく、親から普通にプレゼントを贈られる暮らしであったはずだ。しかしそれは現実としては、手に入れることが最も困難なものだった。しかも、そうした状況に子供たちを陥らせた原因も親であったという哀しい現実がある。子供の愛し方を間違ってしまう親、子供の愛し方を忘れてしまった親、親としての自覚も責任感もない親。・・・罪のない子供たちが、そこでどんなに傷つけられたことか・・・。

その時出会った子供たちも、すでに中年と呼ばれる年齢に達している。彼ら、彼女らは、いまどんなクリスマスイブを迎えているだろう。希望の光は彼らを照らしてくれているだろうか・・・。毎年そのことが心にかかる。

でき得るならば、全ての子供たちのその後が、幸福であってほしいと願ってやまない。多感な子供の時期に、家でクリスマスを過ごせなかった分、その後の人生が幸多いものであってほしいと願ってやまない。彼ら、彼女らが、かわいい子供の傍らで、プレゼントを渡すことのできる家庭を作っていることを願ってやまない。

ひとりひとりの子供たちの顔を思い浮かべながら、毎年そんなことを考えている。

同時に思うことは、今も日本中に、クリスマスを自宅で過ごすことができず、親から祝ってもらうことができない子供たちがいるのだろうということだ。親から普通にプレゼントを贈られる暮らしの存在しない子供たちの胸の内を想像すると、言葉にできない哀しみの感情でいっぱいになる。

クリスマスを楽しむ人々の心や、幸せな気分を味わう人に水を差すつもりはない。この時間をおおいに楽しんでほしい。

しかし同時に、世間の喧騒とは離れた場所で、ひっそりと生きる人々がいることを、心の片隅に置きながら、我々が人として何をできるのかということを、少しだけ考える時間を持ってほしいと思う。そしてその思いが重なり合うことで、この国の未来が少しでも明るくなることを祈ろう。

聖夜の祈りは、ジングルベルの音が届かない場所に向けた祈りである。
ジングルベルの届かない場所


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約束の場所へ


400人、200人、120人、330人。この数字は10月中の道外4会場での、講演受講者及び受講予定者の数である。

いずれも定めた定員いっぱいの受講者で会場が埋まり、定員以上に受付できない会場では、たくさんの皆さんに事前に来場をお断りするということもあったそうである。それらの方には本当に申し訳ないと思う。またの機会があったら、これに懲りずに是非会場にお越しいただきたい。

それにしても、こんなに多くの方が僕の講演を受講するために来場してくださっている。本当にありがたいことだ。そういう人々と、一瞬の交流機会であったとしても、同じ場所で同じ空気を吸いながら、お話をさせていただく機会を持てる僕は幸せ者だと思う。

来場者すべての方と直接お話ができるわけではないが、言葉を交わさなかった人であっても、どこかで思いはつながっていくのだと信じていたい。来場者の全ての方が、僕の講演を聴きたいと望んでいるわけではなく、中には職場の業務命令であるから、仕方なく会場に来られる方もいるのだろうと思う。それらの方々にも、できる限り思いがつながるように、自分なりに努力をしている。思いが伝われば、きっと縁がつながって、どこかで何かが変わることを信じていたい。僕たちの職業には、まだまだ変えなければならないものが存在するのだ。そしてそれは一人では変えられるものではなく、皆が思いを一つにして良い方向に変えなければならないものだからだ。

一人の百歩より、百人の一歩が大切な時がある。」というのは、そういう意味である。

講演会場に来てくださる人の数が多ければ良いというわけではないし、少ない人数でもお話しする内容も、情熱も変わりはないのであるが、思いをつなげることができる人の数は、多ければ多いほどよいと思う。だからたくさんの人が、全国の色々な場所で、僕の話を聴きに来てくださることは、ありがたいことなのである。

何が大切かと言っても、最後は人と人の繋がりに勝るものはない。そのことを何よりも大切にしたい。そして僕がもっとも広げていきたい繋がりとは、対人援助とは何かを考え続ける人とのつながりだ。。

「対人援助」とは、困っている人に力を貸すことだ。何かを替わって「してあげる。」のではなく、少しだけ手を差し伸べ、心を寄せることで、その人にとって良い方向に自ら進むことができるように、力を貸すことだと思う。

介護とは、心にかけて護るという意味である。そうであるからこそ、我々は介護という行為が伴う職業を選択した瞬間から、人を不幸にするような関わりを一切せずに、だれかが幸せになるために力を貸すという「約束」を結ぶことになるのだと考えている。そういう約束をできない人は、この職業を選ぶべきではないと思う。いくら人手不足が深刻な問題だからと言っても、数合わせで、約束を守れない人を集めても対人援助にはならないと思う。

人を幸せにすることは、時に簡単で易しく、時に困難で難しいと思う。その人のことを思い、愛し、微笑むだけで、幸せになってくれる人がいる。幸せになれない理由がわからずに、何をしても幸せになれない人がいて、悩むこともある。でも我々は約束しているのである。「あなたを幸せにします」と・・・。僕たちは約束の場所に向かって、歩み続ける使命を持っているのである。

約束の場所
そこにたどり着くために、一緒に歩み続けてくれる仲間を探し続けたいと思う。声を掛け合い、肩をたたき合って、方法は違っても、目指す場所を同じくする仲間たちとの繋がりを大切にしたい。

僕自身は、誰にでも好かれる優しいタイプではないことを自覚している。誰かにとって耳障りなことも遠慮なく言うし、激辛な表現もするタイプなので、人から嫌われることも多い。自分自身も人の好き嫌いは激しく、誰とでもあわせることができて、打ち解けることができるタイプではない。一度嫌いになった人間と、表面だけ取り繕ってわだかまりがない風に付き合える器用さもない。

そうした人格上の欠点がある自分ではあるが、「対人援助」というステージ上のことに関しては、向かう場所が同じであれば、小異を捨てて協力し合う自覚は持っている。そんな僕にも、応援してくれる仲間がたくさんいることに感謝し、そのことを勇気に変えて、これからも信じた道を歩んでいきたいと思う。

330人以上の方から申し込みのある、青森県での「むつ下北老人福祉協会職員研修会」は、10/30(金)の開催である。案内では定員を定めていないので、まだ申し込み可能だろう。どなたでも無料で参加できるので、お近くの方は是非参加申し込みをしていただきたい。

また11/1(日)に、テクノプラザかつしかで行われる、「葛飾区介護サービス事業者協議会主催の認知症研修」も、どなたでも無料で参加できる研修会である。こちらは申し込みの必要はなく、当日直接会場まで来て頂ければ入場できるとのことである。同日に介護フェアー2015も行われ、様々なブースが設置されているので、こちらもお楽しみいただきたい。

約束の場所へ、一緒に向かう人々と繋がっていくことに胸を弾ませながら、一日一日を大切にし、目の前の一人ひとりの利用者の皆さんの暮らしと命を、愛おしく感じていたい。介護の力を信じて、介護の誇りを忘れずに。

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広島の空・長崎の空2015


今年もまたあの日がやってくる。

日本人が・・・いや、人類が決して忘れてはならない日。8月6日・広島原爆の日、8月9日・長崎原爆の日。

終戦は広島原爆の日から9日後、長崎原爆の日から6日後のことである。敗戦間際の小国に・・・、たくさんの非戦闘員が犠牲になることが確実な場所に・・・、人類を破滅に導く恐れのある無慈悲な兵器である原爆を投下するという行為は、人類としてあってはならない行為だったと思う。いかなる理由も理屈も通用しない、許されざる行為であったと思う。人は神を超えて誰かを裁こうとしたとき、悪魔になるしかないのだろう。原爆投下とは、そのような所業である。

ところが、原爆投下に関するアンケートに対し、「やむを得なかった」と答える日本人がいるという事実がある。そういう意見の持ち主がいるということが非常に残念で、悔しいことに思えてならない。繰り返しになるが、原子爆弾という兵器を使用することは、いかなる理由があったとしても、人類として、「してはならない行為」でしかなく、それは歴史を何年刻もうと許される行為ではない。

私たちはそのことを心に刻み、いつどこであっても、同じ行為を繰り返してはならないことを全世界に訴えていくべき国の民である。原爆投下がやむを得ない行為であったなどとは、口が裂けても言ってはならないのである。決して行ってはいけない悪魔の所業であると訴え続けなければならないのである。

1987年から2006年まで、広島原爆の日の8月6日に、「長崎から広島に向かって平和について歌う」ことを目的に、長崎で無料の野外コンサートを続けていた歌手の、さだまさしさんは、そのコンサートのテーマ曲、「広島の空」の中で、被ばくした叔母の言葉として、次のようなフレーズを入れている。

もう恨んでいないと 彼女は言った
武器だけを恨んでも 仕方がないと
むしろ悪魔を生み出す
自分の心を 恨むべきだからと


そして唄の中でさださんは、「繰り返さないで」と何度も訴えている。もう恨みに思わないことは必要かもしれない。しかし決して許してはならないし、忘れてもならない。人類最大の罪、愚行・・・。日本人として、そのことを許しはしないが、恨むのではなく、繰り返さないことを訴え続けていくことは必要だろう。それは戦争を知らない世代の僕達にもできることだ。そして次の世代へ伝えていくべきことだ。

その日を迎えるにあたって僕達は、原爆が投下された日に、苦しみもがきながら亡くなっていった多くの方々に対して思いを寄せて、頭を垂れ手を合わせて、安らかなれと祈るとともに、その人たちの犠牲の上に成り立っている平和を守る誓いを胸にするだけである。

そしてもうひとつ、戦争を知らない僕達にできることがある。今年はちょうど戦後70年に当たる年だそうである。

僕が勤める特養の利用者の平均年齢は、8/1現在で男女合わせて、87.38歳である。そうであればその方々は、青年期にあの終戦を迎えたことになり、一番輝いている青春時代を、戦火と貧しさの中で過ごした可能性が高い。一番楽しいはずの時期を、自分の命がいつ奪われるかもしれないという恐怖に震え、愛する人をいつ失うかもしれないという思いを抱きながら過ごしていたのではないだろうか。

そういう人たちが、辛い青春時代を経て、戦後の日本の復興に汗を流し、このような平和で豊かな日本を作ってくれた。その人たちが、人生の最晩延期を迎えたときに、心身が衰え人の手を借りて生活せざるを得なくなったとしても、長生きして良かったと思える人生を、最期の瞬間まで過ごすことができるようにお手伝いすることは、戦争を知らない世代の、僕達にこそできることではないだろうか。

今週末は、大阪と奈良で講演を行うことになっているが、ちょうどその日は、広島原爆の日と、長崎原爆の日を挟んだ日になっている。(奈良講演は、まだ席があります。)

そこでは誰かの人生の最晩年期に係る関係者の一人として、その使命と責任を伝えてこようと思う。辛く哀しい青春期を過ごして、やがて復興日本の礎となってきた人々が、この国に生まれ、この国で天寿を全うする喜びを感ずることができる一助になることの大切さを伝え、その思いを共にする仲間と繋がってきたいと思う。

さださんが繰り返さないでと伝え続けてきた思いも一緒に共有しながら。そんな祈りを込めて・・・。


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風に立つ日々


物事には表があれば裏もある。人がこの世で生きていく上では、本音ばかりではなく、時には建前も必要になるだろう。そもそも自分が常に正しいわけではないのだから、自らの欲しない様々な要求に応えていくことも必要になる時があるだろう。

だからと言って決して揺るがすことのない、自分のなかでの信念を持っていなければ、人は自分自身の存在価値うというもの見失ってしまうのではないのだろうか。それでも良いという人はいるのかもしれないが、それを空しいと感じる人は多いのだと思う。だから人は、己の信念とは何かということを常に問いかけて、その答えを探す旅を人生になぞらえるのではないのだろうか。

別に格好をつけようとは思わないが、自分の中で確固たるものを持っていたいと思う。これだけは揺るがせてはならないというものを持っていたいと思う。特に自分が生活の糧を得ている職業に対しては、それが自分の人生の方向性を決定づけるものとして大きなウエートを占めるものだと思うから、真摯にそこに向かい合いたいと思っている。

その職業として、僕は対人援助の仕事を選んだわけであるから、その職業に真摯にかかわるとしたら、援助を必要とする人々の暮らしの質が向上するという結果を出す必要があると思う。そのためには自分自身の専門性を磨く努力を日々続け、自らの資質を向上させることが必要だと思う。このことに関しては表も裏もなくしたいと思う。本音だけで、建前などいらないと思う。

忘れてはならないことは、自分を磨く努力をしておればよいということではないということだ。自分を磨く目的は、援助を必要とする人々の暮らしぶりがよくなるという結果を出すためだから、結果責任が伴うということだ。自分が努力して頑張ったけど、結果を出す事は出来なかったでは駄目なわけである。結果を出せないとしたら、その原因を探り、自らの方法論なり、環境なり、考え方なりを変える必要があるかもしれない。努力に酔うことがあってはならないのだ。

僕は社会福祉援助の専門知識を学び、相談援助業務の専門職として、今の職業に関わるようになった。

勿論初めからすべて良い結果を出せたわけではないし、現在でも時々間違えることがあることも事実だ。しかしそのことを仕方ないとは思っていない。利用者にとって、よい結果を常に出さねばならないと思っているし、間違いがあってはならないと思っている。なぜなら人の暮らしに関わる援助者が大きな間違いを犯してしまったときに、それはしばしば取り返しのつかない結果につながるからである。人の命まで奪う結果にならなくとも、人の心を傷つけ、人の心を奪ってしまうとき、それは決して癒えることのない痛みとして、深い傷跡を残してしまうからである。

それらのことを教えてくれたのは、学校での勉強や、職場での訓練ではなく、利用者の方々からの教えであった。それは時として、認知症の人の哀しい表情であったり、意思疎通のできない利用者の家族の苦情であったり、手足の動かない人の涙であったりした。知識や援助技術がないという罪深さを、利用者の方々や、その家族から教えられてきて今の僕がある。そういう意味では、僕自身は数多くの罪深い行為を重ねてきたと言えるのかもしれない。

後輩たちにはそういう思いを持たせたくないから、揺るがない確固たる僕の思いを伝えているのが、現在の僕の全国での講演の意味でもある。その中には施設や介護サービス事業所の相談員や、ケアマネジャーといった相談援助職を対象にした講演も多い。その時にメッセージとして送りたいことは、「立派な相談援助者になる前に、どうぞ感じの良い相談援助者になって下さい」ということだ。

相談援助が必要な人とは、誰かの相談するだけで、自らが答えを出せる人もいるのだ。相談援助職は、相談できるという環境を作るだけでよい場合も多いのだ。だから立派過ぎて近づきがたい存在になってはいけないし、気軽に相談できる人になる必要がある。

ところで僕の管理するインターネット掲示板には、全国のいろいろな方の書き込みがあるが、時には利用者の家族の方から悲痛な書き込みがされることがある。以下もその一つでである。

父はアルツハイマー型認知症で、在宅介護はかなり困難になりつつあります。症状出現時にケアマネに相談すると主治医に相談してとの言葉のみで何の助言も得られないとのことです。サービスの相談をするのにお願いしても、忙しかったからとかなり日にちが経ってからの返答です。仕事終了間際なのか、相談の電話を入れると早く切りたい感がひしひしと伝わってくるとのことです。なので相談もできにくい状態になっています。

相談しにくいケアマネは、資格を返上してください。結果責任を取らず、暮らしを支援しないケアマネは看板を下ろして下さい。その方が世のため人のためです。

家族は不安でいっぱいです。皆さんはわかっていることかもしれませんが、私たちは些細なことでも不安な気持ちになってしまいます。家族にもわかりやすい言葉で、どうかやさしく対応してください。家族からの切なる願いです。」というコメントを書かざるえ終えない人がいるということは、対人援助の専門家の不適切な態度によって、心に傷を負ってまう人がいるということである。そんな相談援助者に存在価値があるだろうか。

相談援助の専門家であるなら、人の心の弱さに思いを及ばせ、人の心が傷つけられることを何よりも恐れる人になる必要があるのではないだろうか。

僕はそういう相談援助者や介護支援者を目指してほしいと思う。そのための理念や方法論を伝えることが、自分の使命だと思っているし、存在価値ではないかと考えている。そういう考え方を受け入れてくれる仲間と繋がっていきたいと考えている。

そのためには譲れないものには、譲れないとして断固たる態度を取らなければならないこともある。

だから僕のことを受け入れてくれるたくさんの仲間がいくれる反面、僕を嫌うたくさんの人もいて、それらの人を毎日創りだしているようなものである。

そんなふうにして温かな仲間と繋がりあっている場所以外では、毎日冷たい逆風に身をさらしている。全く損な人生である。

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愛することができる喜びに感謝して

今週は東日本大震災から4回目の3.11を迎えるに当たり、関連した報道がたくさんなされた1週間であった。

ブログやツイッター、フェイスブックなどのSNSにも、3.11に関連した話題がたくさん書き込まれた。被災地に暮らす人々や、当事者である人々の回顧録、メッセージはどれも心を打たれるものであった。あらためて20.000人以上の人が亡くなったことの哀しみを感じる一週間であった気がする。

10日から11日にかけては、寒冷前線の影響で日本中が大荒れの天気になったが、それもまるで天が3.11を嘆き哀しんでいるように思えてならなかった。

ところで今年は、阪神大震災から20年目の年でもある。そう考えると、この日本という国は、この20年の間に、「大震災」と呼ばれる災害に2度も見舞われたことになる。それ以外にも新潟の大地震など、大きな地震被害は数多くあった。そうであればこれから先の20年も、そうした大地震と遭遇しないということにはならず、自然の脅威と向き合う対策が必要になるというのが、この国と、この国の民の宿命である。

その時に僕たちは何を考えれば良いのだろうか。

本来の復興とは、元通りにするだけではなく、同じ被害を繰り返さないように、新たな安全な生活環境を創ることだと思うのであるが、しかし現実のこの国の対応は、原発問題一つをとっても、全くコントロールされていない汚染水を、アンダーコントロールと言ったり、未来志向とは程遠い対応しか見えない。新しい安全な国土を創るという視点が垣間見えないのはなぜだろうか。

3月11日に、東京電力の社長が社員に向けて発したメッセージも、国民感情からはかけ離れたものだと思う。「被災地に雇用を」という以前に、あなたが口にすべきことは、まず「廃炉」だろうと言いたい。権力と金の亡者には、そのような当たり前のこともわからず、苦しんでいる被災者の姿さえ見えないのかと嘆きたくなる。

一連の報道の中には、「震災を風化させてはならない」という論調が見られたが、今現在、「風化」という言葉を使うべきではないと思う。なぜなら風化とは、災害等の対策が収束して、その記憶が無くなっていくことをいうものであるからだ。しかし東日本大震災と、それに伴う原発事故は全く収束していない。そんな時に、風化もくそもあるものかと言いたい。

行方不明者の方々の数も、いまだに2.000人を超えているそうである。最愛の人を失い、その遺体さえも発見できない人々の慟哭・・・。しあわせな家庭で暮らしていた家族を失い、ひとり孤独に生きている人々の哀しみ。そうしたものが渦巻くこの国で、僕たちは一体何をすればよいのだろうか。

愛する人を失った人々の哀しみを考えたとき、僕たちは愛する誰かがそこにいることの幸せをより強く感ずるべきである。それは恋愛感情にとどまらない、人間愛というレベルで考えるべきものだと思う。

亡くなった子供の弁当を作り続けている人がいる。亡くなった子供に手紙を書き続けている人がいる。行方不明の子供の骨を、この4年間ずっと探し続けている人がいる。自分が生き残って、家族が死んだことに負い目を感じて生きている人がいる。

そういう国に僕たちは生きている。そういう国で、僕たちは対人援助という仕事に携わっている。

そうであれば、僕たちは目の前にいる人々の支援行為に関わる際に、そこにいる人々に、人間としての愛情を注ぐことができることに感謝すべきである。人を愛することが日常的に必要になる職業に就いていることに感謝すベきである。愛すべき人々が、僕たちの支援の手を必要としてくれていることに感謝すべきである。

愛する人々の、普通の暮らしを護る介護。求められているのは何も特別なことではなく、当たり前のことでしかないのだということを忘れないでいてほしい。誰かのプライベート空間に介入して関わる以上、礼儀や基本知識と援助技術が求められるのは当然であるが、そこには人間として、普通に抱くべき他者に対する尊敬の念と、人としての愛情が必要であることをあらためて感じてほしい。

それは特別なスキルではなく、ごく当たり前の人としての姿勢でしかない。
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君は青空を見たか・・・。


三十数年前、まだ学生だった僕は児童福祉を専門に勉強していた時期があった。

僕は実習生として、ボランティアとして、児童相談所の一時保護や養護施設、障がい児施設等でたくさんの子供たちに出会った。しかし当時、学生で二十歳前後の年齢の僕は、指導者としての資質があるかないかもわからない状態で、知識や技術も拙い存在でしかなかった。だから子供たちにとって僕は、決して「先生」という存在ではなかった。

むしろ僕は、そこで子供たちからたくさんのことを教わった。僕がそれまでの20年間で体験した世界とは全く異なる世界を生きていた子供たちの人生・・・人生というにはあまりにも短い期間の中で、当時の僕には想像もできないほど過酷な環境に置かれ、辛い苦しい体験を持つ子供たち。僕はそうした子供たちの兄貴分として、ただ話を聴いたり、一緒に遊んでやることしかできなかった。

それらの子供達にとって、僕は一瞬でも心の安らぎにつながる兄貴のような存在になるだけでよいのではないかと思ったりしていた。しかしなかには心をなかなか開いてくれずに関係が途切れてしまった子供もいた。あの時もっとできることがあったのだろうか・・・今でもその答えが見つからない。

その時、僕の周りには子供たちだけではなく、それらの子供たちに関わるたくさんの大人たちの姿もあった。児童福祉士や指導員という立場の大人たちは、本当に真剣に子供たちと向かい合っていた。僕にとって、それらの大人がまばゆい存在であった。

今、少年犯罪などの事件が起きると、必ず周囲の大人たちの問題が同時に論ぜられ、時に児童相談所や教育委員会の「事なかれ主義」的な、不適切な対応が問題となることがあるが、僕が当時かかわった専門職の人々は、プライベートな時間も削って、本当に真剣に子供たちに向かい合っていたように思う。

だから僕はそれらの人々を尊敬していたし、同時に自分の力のなさを感ずるとともに、自分がもっと知識を磨いて、何かできる人になりたいと感じた。社会福祉の仕事に就きたいと思ったのは、その時の経験があるからだと思う。一方ではバイトや遊びに明け暮れながら、こんなふうに結構真面目に福祉の勉強に取り組んでいた。学生時代はそんなふうな数年間であった。

その当時のことは、このブログ記事でも何度か紹介してきた。
※参照:「Think about my Daughter〜もうひとつの少年期との出会い」・「Think about my Daughter2〜僕は天使ぢゃないよ。」・「Think about my Daughter3〜彷徨」・「Think about my Daughter4〜最終章:光と影。」・「小さな瞳が見ようとしたもの。」・「瞳を閉じて」・「ジングルベルの音が届かない場所

その子たちに向けた思いを拙著「人を語らずして介護を語るな」(全3巻)にも書いている。もう立派な中年の域に達しているであろう彼ら、彼女らが、今は幸せな人生を送ってくれていることを願ってやまない。暗くて長いトンネルを歩き続けた彼らが、青空の下で笑顔になれて、光が降りそそぐなかで、つましくとも幸せな人生を歩んでいることを願っている。

勿論、その子らのその後の消息は分からないわけであるし、知ろうとする必要もないわけである。

この三十数年間そうした消息に触れることは皆無であったが、ある席で偶然知った消息が2件。

ひとりは良い旦那さんに恵まれ、しあわせな家庭をつくっているとのこと。しかも現在彼女は登録ヘルパーとして頑張っているらしく、いわば同業者である。「あんたのブログも時々見ているようだけど、あの時の若い実習生が書いていることは教えておらんわ。」と言われた。それでよい。ずっと教えないでくださいとお願いしてきた。あの時の実習生が、今幸せに暮らしている人の人生に再度関わる必要はないと思う。知らない場所から幸せを願う応援団の一人として存在しているだけでよいだろう。

「ただなあ・・・。〇〇は残念なことになったなあ。」、、、そんな話も聞かされた。僕よりずっと若い人が命を失うという悲報の主が、当時関わりを持った子供であることに現実感を感じられずにいた。残念でならない。

彼の短い人生に光が降りそそいだ時期がどれだけあるのだろうか。彼の見上げた先に青空は見えていたのだろうか。いや、きっと彼なりのしあわせと安らぎの時期はあったはずだ。そのことを信じたいと思う。短い人生ではあったが、彼が生きてきたその期間に彼は懸命に自分の歴史を刻んだという意味があると信じたい。

その死の顛末も知ることになったが、それは書かない。ただ静かに冥福を祈ろう。合掌。安らかに・・・安らかに・・・。

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だいじょうぶ・・・MY FRIEND


君はなぜ介護の仕事を選んだのですか?君はどうしてこの場所に来たのですか?

君がその決断をしたときに見ていた未来は、どんな未来だったのでしょう?きっとその時の君の胸には、理想という光が指し、理想を実現するための希望というものがあったよね。

それはね、きっとそこに現実に存在し、君の目にしっかり見えていたものだと思うよ。君は間違ってはいなかったはずだよ。君の抱いた未来への希望、君が思い描いた理想は、決して幻ではなく、現実に存在するものであったはずなんだ。

「理想と現実は違う」なんて偉そうに言っている奴は、理想さえ描けない心寂しき人でしかないんだよ。それは経験を積んだ熟練者ではなく、ただただ年数を無駄に過ごしてきた未熟者のたわごとでしかないんだよ。

理想という目標に手が届く方法を探そうとしない人の経験談など、下世話なゴシップ記事ほどの役にも立たないものさ。聴くだけ無駄というものさ。僕たちはそんなは話や言葉を聞くほど暇じゃないし、たわごとに付き合っているほどお人よしじゃないよね。置いて行けばよいだけの話さ。そういう人はね。

対人援助の場で、人を信じず人を幸せにできない人間のたわごとは、聴くだけ時間の無駄でしかない世迷言さ。見てごらん、そういう言葉しか発することのできない人間の哀しい哀れな現実を。その醜い姿を。自分には見えないから、その姿が恥ずかしくないだけなのさ。かわいそうだね。

僕たちにはそんな人間に関わっている暇はないし、しなければならないことが山ほどあるし、何より僕や君を待っていてくれる人がいるよ。君を必要としている人がいるんだよ。そのことを忘れないでほしいと思うよ。

対人援助の職業は、誰かの暮らしに寄り添う職業だよね。でもそれは一番プライベートな部分に関わるという微妙な位置に立つという意味でもあるんだから、人の心の機微を察して、けっしてそこに土足のまま踏み込まない配慮が必要だよね。そっと、そっと手を伸ばすという心配りが必要だよね。その心配りを忘れたとき、僕たちは深い悲しみに沈んだ心に出会ってしまうかもしれないよね。

君が見たい誰かの表情って、哀しいつらい表情のなのかい?決してそうじゃないだろう。人の苦しむ表情や、辛そうな表情、哀しみの涙を見てうれしいと思う心は普通ではないよね。僕たちが求める「普通」ってその程度のものなんだ。白黒つけるのに悩む普通ではなく、誰もが分かり合える当たり前の心を失うことを恐れるというだけのことさ。だってその心を失うことを感覚麻痺っていうんだろう。人の不幸に何も感じないことを、人の心を失うっていうんだろう。

介護って、誰かを幸せにできる職業だから誇りを持つことができるんだよね。せっかくそういう職業に就いているんだから、自らの手でその職業を誇りを持つことができない位置に引きずりおろす必要はないよね。誇り高き職業にするために、僕たちが護らなければならないものってなんだろう。僕たちが踏みとどまらなければいけない場所ってどこだろう。そのことを一緒に考えていこうよ。

きみが輝いていられる介護を創ろうとすれば、きっと仲間は無数にいるはずなんだ。君が心を閉ざしていた時に見つけられなかった仲間が君の存在に気が付いてくれるはずなんだ。大丈夫。君は決して一人じゃないし、決して一人にさせはしないよ。

介護は無限に広がるしあわせ樹形図を描くことができる職業なんだ。そこで優しい笑顔で人に接することができる君は、誰かの心に咲く赤い花なんだ。

どう頑張っても、僕らはやがて死んでしまうよね。その時まで何を残せるのかな。それは人々のたくさんの笑顔と、新たな笑顔を生むかもしれない、たくさんの赤い花の種じゃないかな。そのことを信じて、一緒に繋合っていこうよ。一人の100歩より、100人の一歩が必要な時があるんだ。だからあきらめないで一歩ずつゆっくり歩んで行こうね。

最後に、昨日僕が自分のフェイスブックに書いたたわいのない独り言を君に送るよ。

個体としての僕らの存在は永遠ではないけれど
思いをつなげれば僕らの魂は永遠になり得るのかもしれない。
100年後に讃えられる介護を作るために
僕らの世代で変えられるものがある。
僕らの世代で変えなければならないものがある。
その思いをつなげて
誰かの赤い花になろうとする人を増やし
咲く花の種をまき続けることで
魂は永遠なるものに変わるかもしれない。
涙を乗り越えて、笑顔で包んで
誰かの心に咲く花の種を撒きつづけることでしか変わらないものがある
僕が変えることができなかったものは
僕が枯れた後の新しい種が変えればよい
次はどこでどんなふうに種を撒こうか・・。
そのことだけを考え続ければよいのかもしれない。


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ジングルベルの音が届かない場所


バブルと呼ばれたころ、クリスマスイブとは若いカップルのために存在する日であるかのような印象があった。

しかし僕たちが生まれたころから、日本人の慣習に根付いていたクリスマスとは、本来は子供たちのための日であったのではないだろうか。

サンタクロースの存在を、いつまで信じていたのかは記憶にないし、何歳まで親からクリスマスプレゼントを買ってもらっていたのかという記憶もなくなっているが、幼いころクリスマスとは、1年のうちに1番豪華なプレゼントをもらう日であったという記憶がある。

クリスマスイブの夜は、母親手作りの料理を囲んで、一家団欒の夕食を楽しみ、いつもより遅く寝ると、翌日は枕元に願っていたクリスマスプレゼントが置かれている。そんな光景が思い浮かぶ。

自分が親になった時、自分の子供のころの記憶の中にあるクリスマスを再現するかのように、自分の子供たちにクリスマスプレゼントを買って、夜彼らが眠った後に、枕元にプレゼントをそっと置いた記憶もある。

しかしそんな夜、僕はジングルベルの音が届かない子供たちのことを思い出したりしていた。そして今も、クリスマスが近づくと、彼ら彼女らのことを思いだし、今彼らがクリスマスイブの夜を、しあわせに過ごしているのだろうかと考えたりすることが多い。

大学生時代、僕は北星学園大学文学部社会福祉学科というところに在籍し、社会福祉の勉強をしていた。そして社会福祉の中でも、児童福祉を専門に勉強し、児童養護施設や児童相談所などで実習やボランティア活動をしていた。

ちょうどその時期は、日航ジャンボ機の御巣鷹山への墜落事故で亡くなった、歌手の坂本九さんが毎週日曜日の朝の生番組で、北海道の社会福祉の現場をレポートしていたころであった。そのため道内全体に社会福祉という言葉や考え方が、広く一般住民の方々にも浸透していった時期であったと記憶している。

そのような学生時代に、児童福祉の現場で出会ったたくさんの子供たち。

しかし彼らの暮らしとは、僕の想像の範囲をはるかに超える、過酷な状況というにふさわしい暮らしぶりであった。

そのことは、2005年にこのブログの中で書いた、『Think about my Daughter〜もうひとつの少年期との出会い』、『Think about my Daughter2〜僕は天使ぢゃないよ。』、『Think about my Daughter3〜彷徨』、『Think about my Daughter4〜最終章:光と影。』に詳しく書いているので、興味のある方はそちらを読んでいただきたい。

そこで紹介した子供たちは、世間の喧騒とは別なところで、世間のクリスマスとは無縁の暮らしを送っていた。

僕はある時期、そうした子供たちが保護され暮らしていた場所に、クリスマスプレゼントを届けるボランティア活動もしていたが、彼らが本当に欲しかったものは、物としてのプレゼントではなく、親から普通にプレゼントを贈られる暮らしであったのかもしれない。しかしそれは現実としては、手に入れることが最も困難なものであった。

しかも、そうした状況に子供たちを陥らせた原因も、親であったという哀しい現実がある。子供の愛し方を間違ってしまう親、子供の愛し方を忘れてしまった親、親としての自覚も責任感もない親。

学生時代、知識もなく、社会経験もない僕ではあったが、子供たちが置かれた過酷な状況を直視せず、そこに背を向ける親に、「子供を産んだ後まで、いつまでも男と女ばっかりやってんじゃねえ。親になれ。」と罵声を浴びせたい気持ちになったことは、一度や二度ではなかった。

そうした子供たちと、僕自身が関わった時期は、ごく短い期間でしかない。そのあとその子供たちがどのように大人への階段を昇って行ったのかを僕は知らない。果たして、彼らが成長して大人になっていく過程で、ジングルベルの音色が、彼らの耳にも届いたのだろうか・・・。

そして、その子供たちと同じような境遇に置かれて、今日もジングルべルの音色が届かない場所で、クリスマスケーキもクリスマスプレゼントも無縁な暮らしを送っている子供たちがいるのだろうと思う。その子供たちにジングルベルの音色が届く、普通の暮らしが訪れることを願ってやまない。

リンクを貼り付けた2005年位書いた記事のタイトル、Think about my Daughterは、函館出身のバンドGLAYの楽曲のタイトルから借用させてもらったものだ。

社会福祉とは、究極的には人類すべての幸福を実現することを目的とするものだ。自分が所属する場所の、自分の担当する誰かだけが幸せになればよいというものではない。だから競争で他事業者を蹴落とすことなど社会福祉とは相いれないものだと思う。弱肉強食の市場原理も相容れないものだ。

ただし僕たちがこの世でできることは限られている。世界中の人を僕の手で幸せにできるなんてことはありえない。だから自分の目の前にいる人はせめて幸せにしたい。自分が手の届く範囲には、自分の心からの愛を届けたい。それが社会福祉を学んだものの責任であると思う。

GLAYのThink about my Daughterの中には、次のようなフレーズがある。
人は弱い心受け止めて、矛盾すら抱きしめて生きるんだ

人の世にうずくまる病んだ瞳に傷ついているなら、時々は時々は大きな声で泣き叫んでごらん

足元に微笑んだ名もない花たちが、力強さになる


僕たちの手の届く場所にいる人々が、大人も子供も全ての人々が、幸せになるように、それらの人々の力強さになるために、誰かの赤い花でありたい。

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心の中の青空を信じて


介護サービスの中に潜む「闇」。それはしばしば、そこで働く人々の心の闇として語られることがある。

つい先日もグループホームの夜勤中に、二人の利用者に熱湯をかけて大やけどを負わせた20代の介護職員が再逮捕(窃盗容疑で既に逮捕済み)されたことが報道された。

認知症という症状を持たれている人人々の、安全な暮らしを護るべきグループホームで、何の抵抗も訴えもできない人々に、熱湯を浴びせるという卑劣な行為に及ぶ理由は何か?ストレスという言葉だけで片付けられる問題ではないだろう。

しかも残念なことに、介護サービスの場では、そのような人として許されない虐待行為や犯罪行為が、過去から現在にわたって存在し続けているという哀しい事実がある。

全国で130万人以上が介護職員として働いている現状において、そのような行為に及ぶ職員は、一握りの職員だけだと言っても、対人援助という名のもとに展開されるサービスの場で、そこで生活の糧である収入を得ている当事者が、手を差し伸べるべき人々の体に危害を加え、心をつぶしている事実が毎年も続けて、何件も明らかになっている。そしてそれが氷山の一角でしかないと語られる現状の哀しさ・・・。大多数の職員が虐待とは無縁であるといっても、一般市民はそのことを信じてくれるのだろうか?

いや仮に信じたとしても、同時に虐待を繰り返す人間が、「介護のプロ」という仮面をかぶりながら、密室の中で何をしているのかわからない状態が存在している限り、その人数の多寡にかかわらず、介護サービス全体に対する不信感は拭い去れないであろう。

今後、団塊の世代の人々が、後期高齢者となり、より介護支援が必要とされるようになる2025年〜2040年には、今より100万人の介護職員の増加が必要だと言われる。しかもこの数字は、今現在の介護職の数に上乗せしないとならない数字だから、退職者補充を考えると、新たに介護のなり手となる人の数はもっと多い。急激に後期高齢者の数が増える中で、介護職員の数の確保もありとあらゆる手段を講じて行う必要がある。そんな状況で、どんな人間が介護を職業とするのかわからないという心配もある。

その中では、一握りのひどい奴らといっても、その数も莫大な数になってしまうだろう。そして心に闇を抱える者に、傷つけられる人も莫大な数に上りかねない。

しかしそれは、他人事ではなく、いずれ介護を必要とする僕たち自身や、僕たちの愛する子や孫にも返ってくる問題である。

だから一握りでも、心の闇を抱えた職員をなくしていかねばならない。あきらめないで虐待や不適切サービスが無縁な場所に、介護サービスをしていかねばならない。そのために自分にできることは最大限に続けていこうと思う。

僕にできることは、全国の様々な人々が集う場所で、対人援助の使命と誇りを伝え、造らねばならない介護サービスの具体像と、具体的な方法論を示し続けていくことだろうと思う。理念を理想で終わらせることなく、僕たちができる方法を示して、対人援助の場で、誰からも後ろ指を指されない介護サービスを実現していきたい。あきらめないで。

人の心は、暗い闇を抱えるためのものじゃない。人の心とは、雲の向こう側にある青空を信ずるために、希望をかかえるものだ。

人は誰もみな、胸の奥にきっと、青空を持っている。
そのことを信じて、人の胸の中の青空を広げる介護を創る。
広がった青空のもとでしか、花は咲き乱れないから。
闇の中では、赤い花の存在が見えなくなってしまうから。
心の中の青空

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愛する人と「死」について語りあう意味


先々週、「終活」に関連したセミナーで特別講演を行った北九州市で、地元のFMラジオに出演してきた。

番組の進行方法は、僕がラジオパーソナリティからインタビューを受ける形で、その内容は終活セミナーを翌日に控え、その中で僕がどのような話をするのかというものが主である。

自分が口から食べることができなくなったときにどうしたいか、回復不能の終末期と診断されたとき、どのように最期の瞬間を過ごしたいのかを、元気なうちに、若いころから考えて、周囲の人に意思表示しておくことが大事である。特に自分が愛する人と、その思いを確認しあうことが大事であり、今この瞬間から、そのことを考えて話し合ってほしい。講演内容はそのようなものになることを伝えた。

パーソナリティの方は、僕よりずっと若い女性の方であったが、ご両親はまだ元気であるそうだ。そしてそのご両親も、やがて口から物が食べられなくなって、亡くなる時が来るかもしれないことは十分理解できていると言っておられた。しかしそのことを今から予測して、両親の思いを確認するということは、親子であっても遠慮があって、なかなかできないとおっしゃられていた。

両親が、自分が口から物を食べられなくなったときにどうしたいのか、あるいは死についてどのように考えているのかを確認するのは、「縁起の悪い話」をするようで、なかなかできることではないと思ってしまうが、どう考えたらよいのかと質問を受けた。

その時僕はこういった。

自分の最愛の人の死について語ることは、自分の一番愛する人がどのように最期のときを過ごしたいのかを確認し、自分の最愛の人の望みをかなえ、その人が一番そうしてほしいという状態で最期のときを「生きる」ために必要なこと。愛する人を最後まで愛し続けることであると・・・。

この言葉を聞いて、パーソナリティの方は、「自分の中でスーッと入るものがあった。」とおっしゃられた。

リビングウイルやエンディングノートとして、その思いを記録に残しておくという方法があるが、自分と死は、まだ遠い関係にあるだろうし、明日すぐに認知症になるわけではないから、そのような記録は、もっと時間が経ってから書こうかどうか考える人が多い。

しかし健康で判断能力に問題ない時期に、自分の一番身近な人同士で、自分がどうされたいのか、自分の愛する人がどうされたいと思っているのかを確認しておかないと、本当の思いを確認できないまま、いざという時を迎えてしまうということもあるのだ。いや、そういう人のほうが多いのが現状なのである。

事前に確認しておいた思いについて、その考え方に変化があるなら、その都度その思いを伝えておけばよいのだから、このことは元気なうちに、若いうちから身内同士で話し合っておくという習慣をつけたほうが良いのではないかと思う。そういうことが求められる社会になっているのだと思う。

自分や、自分の家族の死に触れて話をすることは、縁起が悪いと考えるのではなく、自分や自分の愛する人が、一番望む形で最期の瞬間まで自分らしく生きるために、そのことは必要なのだと考え、その思いを語り合うことこそ、最高の愛情表現だと考えてほしい。

最愛の人であるからこそ、最後の瞬間はどのように過ごしたいのか、最後の瞬間をどのように迎えたいのかを確認し、その思いを実現することこそ、最高で最後の愛情表現なのだ。

愛情があるからこそ、その人に任せられる。愛する人だからこそ、本音の希望を伝えることができる。その時に任せるという意味は、任せる人にすべて決めてもらうということではあっては、任せられる人にあまりにも心理的負担が大きい。任せる人が愛する人であるからこそ、その判断が心理的負担とならないように、自分はこうしてほしいという希望をきちんと伝えておくべきだ。思いをつなげて、それを護ってもらうべきである。そうすることによって、結果がどうなろうと、任せられて判断した人が、心に傷を負うことはなくなるだろう。

最期の瞬間をどう過ごしたいのか。意思表示ができなくなった後に、口から食物が摂取でいなくなったときどうしてほしいのか。そのことを確認して、その意思に基づいて、希望を実現する。それが最愛の人に贈る最高の愛であると考えるべきだと思うし、それは思いを伝える人、伝えられる人、双方が相手から最高の愛を送られているという意味だ。

思いや希望を伝える、思いや希望を伝えてもらうということには、そういう意味もあるということだ。

ところで、このブログ記事を読んで、自分がその時になったらどうしたいのかを、周囲の親しい人、特に一番愛する誰かと確認しあうことが大事であると共感してくれたあなた。

「早速確認しようと思うけど、それは旦那じゃないわね。」って・・・。そりゃないぜ。

和歌山地域ソーシャルネットワーク雅(みやび)の皆さんが、素敵な動画を作ってくれました。ぜひご覧ください。


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あの日に思いを馳せながら


あの日からまだ3年なのか、もう3年なのか・・・。人それぞれに様々な思いはあるだろうが、一つだけ言えることは震災はまだ終わっていないということだ。

そして大切な家族や、友人や、知人など、様々なものを失った人々の哀しみは続いているということだ。

震災関連死を含めると、亡くなった方の数は2万人を超えるそうだが、亡くなった方々の関係者にすれば、自分の愛する誰かが亡くなったということは、2万分の1の死ではない。

震災直後に北野たけしさんが次のように発言している。
人の命は、2万分の1でも8万分の1でもない。そうじゃなくて、そこには「1人が死んだ事件が2万件あった」ってことなんだよ。

まさにあの日から今までに、「1人が死んだ事案が2万件以上あった」という意味で、ある人の死の周辺には、残された数多くの方々の哀しみが無数に存在していて、その傷跡がうずき続けているなかで迎える3年目のこの日ではないかと思う。

そうしたたくさんの人々が、頑張って前を向いて歩んでいるのだろうが、それらの人々の中にも、この日が近づくこと自体に恐怖を感じている方がいる。この日が近づくだけで、やるせない思いが湧き上がってくることに戸惑う人がいる。そうした人々の心の傷は、どうしたら癒すことができるのだろうか・・・。私達はそれらの人々にどう向き合っていけばよいのだろうか。どんな言葉をかければよいのだろうか。

答えを見つけられない自分がもどかしい。

直接被害にあわなかった僕らは、それらの人々に思いを馳せて、そっと見守ることしかできないのかもしれない。

復興支援に必要な事を、できる範囲で続けていくことしかできないのかもしれない。

あの日は金曜日だった。僕はその日、福岡市で「地域包括ケアシステムとは何か」という講演と、「介護保険制度改正」に関する講演を、午後から2本続けて行っていて、夜遅くにホテルに帰るまでそのような大災害が起きている事を知らなかった。テレビのニュース画像を見て、この日本に今起きている事だとは信じられなかった。

地震が起きた時間は午後2時46分18秒。そのとき被災地では我々と同じく介護サービスに従事していた仲間もたくさんいたはずだ。それらの人々の中には、あの震災で一瞬のうちに命を失った人もいる。たくさんの仲間が志半ばで天に還っていった。

僕たちはそうして失われていったたくさんの人々の魂に対して、安らかなれと祈りを捧げるしかないのだろうか。しかしあのような未曽有の災害があった国の民だからこそ、その時に命を失ってしまった人々が、この世でやり残したことがあるとしたらなんだろうかと考え続けるべきではないかと思う。

対人援助サービス・介護の現場で命を失っていった仲間は、何をしたかったのかを考え続けなければならないのではないと思う。

少なくともそれらの人々は、人を幸せにするために何をするべきかを考えながら、日々の業務に携わっていただろうということを信じ、それらの方々がやりたかった事を、後に残された我々の手で成し遂げていく必要があるのではないだろうか。

天に召された多くの仲間に対して、何か供養になるものがあるとしたら、我々自身の手で恥ずかしくない介護サービスを創り上げていくことしかないのではないだろうか。

僕のこのブログを読んでくれていた人の中にも、あの震災で命を落としてしまった人がいるかもしれない。その人達にできることは何か?恩をどのように返すことができるのだろうか。

それはきっと、それらの人々が共感してくれた思いを、文字にして伝え続けることなのかもしれない。僕は無力な一市民でしかないが、自分の無力さを恥じて何もしない人にはならないでおこうと思う。思いを伝えることだけはできるし、幸いにして毎日4.000人近い人が、その思いを読んで、何かを感じてくれているんだから、それらの人々に伝えることが僕の役割なのかもしれない。それが僕の使命なのかもしれない。そのことはできる限り続けていくべきなのかもしれない。あの日の直後に僕の本を避難所で泣きながら読んでくれた方もいる。(参照:たった1冊の大切な財産

伝えることが僕にできることなのかもしれない。その結果、亡くなっていった仲間たちが実現を目指したものに、少しだけ近づけるのであれば、それが僕にできることだろう。そのことを天から見守ってくれる人がいることを信じていたい。

そして、介護サービスの質を高め、誰しもが幸せになる介護を作っていったとしたら、神に召された多くの人々がよくやったと言ってくれて、また再び生まれ変わって、この国で介護という職業についてくれると信じていたい。

去年も、一昨年も同じことを考えながら過ごしていた。今日という日は、そういう日である。

今日のこの記事のタイトルは、「あの日に思いを馳せながら」としたが、あの日に思いを馳せることができる我々と異なり、あの日の事を思い出したくはない人々が被災地にはたくさんいるのだと想像する。思いを馳せるなんて甘い事を言ってほしくないと思っている人もいるのかもしれない。そんなこともふと考えたりしている・・・。それらの人々の心が安らぐために何ができるのかを考え続けていこうと思う。

合掌。

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