masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

介護支援専門員

野合は利権しか生み出さない


昨日は新元号の発表の話題で、日本中が沸き立っていたが、その由来・出典となった万葉集の関連書籍が、今日あたりから書店で大いに売れるのではないだろうか。僕も時間が合ったら書店に行って、関連本が売っていないか探してこようと思ったりしている。

そんな喧騒の中での新年度のスタートの日であったが、このブログを読んでくださる方々にとって、それはどのような日であったろうか。新しい職場で新たな一歩を踏み出した人も多いのではないかと思うが、それぞれのステージで素敵な花を咲かせてくれることを願ってやまない。

年度が変わったことをきっかけにして、いろいろな動きもみられる。現在所属している組織の在り方に疑問を感じて、あらたな活動を模索している人もいる。そういう人たちに新しい径が開かれるようにお手伝いをする機会も多くなるという予感がしている。

今日の記事は、そのことに関連した話題に触れて筆を進めようと思う。

日本介護支援専門員協会という組織が、「現場の声を代表する組織」とか「全員参加型のチー ム」を標榜しているにもかかわらず、それはまやかしで、実際には極めて非民主的な役員中心の運営組織でしかないことを、このブログ内で様々な批判記事を書いて指摘してきた。

このブログ記事には拍手という機能が張り付いているが、通常の記事にはその数は二けたになることも珍しいのに、協会の批判記事を書くとその数字の桁数が全く違ってきて、何百ときには何千という拍手数がつく。

それだけ日本介護支援専門員協会の運営姿勢に疑問と怒りを感じている会員が多いということではないだろうか。

僕が一番批判していることは、昨年の介護報酬改定に向けた一連の議論の中で、日本介護支援専門員協会が居宅介護支援事業所の管理者を主任ケアマネに限定することに積極的に手を貸したこと、そして特定事業所集中減算の全面廃止に賛同せずに、福祉系3サービスに対する減算存続を求めたことなどであるが、その「意見書」を書いた小原副会長をはじめとした協会の役員は、批判記事に対する賛同者数の多さをどう感じているのだろうか。

そのような中で、関東のとある地域の会員の方々が、この組織の姿勢に憤りを感じて、改革の意思のないことに幻滅し、新たな活動を模索しようという動きがある。日本協会に頼らない新たな活動の先には、「新組織」をつくろうという動きにもつながる可能性がある。それはあくまで可能性の話で、選択肢の一つにしか過ぎないが、一つの小さな動きが大きな流れをつかむことだってあるのだから、そのことに注目していきたいと思う。

当然のことながらそれをよく思わない人もいるだろう。せっかくの全国組織から脱退するのは、組織そのものの弱体化につながり、それはそのまま会員の利益に反する行動につながるのではないかという声もあるだろうが、そもそも所属組織が自分の利益を代表していないと感じてとる行動は、組織の利益と反して当たり前である。

新たな可能性を求めて、既存の組織運営の方針とは全く違う方向で活動する先に、志を同じくする人が新組織を求める結果も必然と言える。その活動が小さくて知名度はない組織から始まるとしても、目指すものを同じくする仲間が集まるような透明性があって、民主的な運営組織であれば、やがて独善的で硬直的な組織を凌駕して先頭に立っていくことも可能となるだろう。

そうした動きに対して、批判的な目を向ける人も多いだろう。例えば介護業界全体を見渡した場合、社会保障費の自然増を抑制する政策の中で、2021年度の制度改正・報酬改定は、より規模しいものになると予測されるのだから、業界団体が一枚岩になって、それに対抗した備えが必要となると考えと、介護業界は組織を統合して大きな勢力を持って、統一対応するべきだと考える人もいる。

そういう人たちは、福祉系の職能団体が各個ばらばらに存在するのではなく、大同団結を図るべきだと考えているから、介護支援専門員という職業を持つ人の利益を代表する組織が複数存在するようになることには反対するだろう。

しかし共通の目的を持てなくなった人々が、一つの集団としなって組織形成することは困難だ。

共通するものもないばらばらの集団が、まとまりなく集まることを「野合」という。それは政治の世界で、選挙に勝つ目的のためだけに異なる政党が急に新党を作って合併したりする状態のときなどに、批判的に使われる言葉でもある。

組織の方針に反した考え方を持つ人が、しがらみや権力に縛られて自分が信じる活動ができなくなるのは、非民主的な組織運営でしかなく、それは一部の役員の独裁につながりかねない。考え方が異なる人がそこにしがみついて離れなれないことこそ野合である。

野合は一部の権力者の利益にしかつながらない。そういう野合より、群雄割拠を経て正常な民主的組織をまとめ上げようとする人々の活動は、支持されてしかるべきではないのだろうか。

僕はそうした人たちにエールを送りたいと思う。

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日本介護支援専門員協会の遅すぎるアリバイ作り


日本介護支援専門員協会が3月18日付で、「介護保険制度改正及び介護報酬改定に関する調査への周知協力について(お願い) 」という文書を、会長名で都道府県支部長 宛てに送っている。

そこでは『当協会では、社会保障審議会介護保険部会等における制度改正等の議論を 行う上で参考資料となるデータを収集することを目的として、「介護保険制度改正及 び介護報酬改定に関する調査」(平成 31 年3月 15 日、日介支専協第 30-0350 号)を 実施しております。 この調査は、居宅介護支援事業所に所属する介護支援専門員の会員から無作為に 抽出した 1,000 名の会員が対象となっておりますので、回収率を上げるためにも、 貴支部におかれましては、アンケートが届いている会員の皆様への周知等のご協力 を賜りたくお願い申し上げます。』としてアンケートの回答を求めている。

3月15日付のアンケートとは、「介護保険制度改正及び介護報酬改定に関する調査票」 というものだ。その中で居宅介護支援事業所の管理者の要件が主任介護支援専門員になったことについて賛成か反対かという意見を求めている。
日本介護支援専門員協会のアンケート
今更こんな意見を聞いてどうするんだ?管理者要件は既に変更されており、居宅介護支援事業所の管理者が主任介護支援専門員に限定される配置規準については、2021年度から完全実施されることになっている。既に経過措置期間なのだから、今更誰かが文句を言って変更されるものではない。このアンケートでは、「見直しが行われる予定です。」とされているが、見直されているのである。ここでもインチキを通そうとするのだろうか。

そもそも管理者要件の変更については、日本介護支援専門員協会として賛成だという意見書を小原副会長が書いて、国に挙げているではないか。その意見書を書くときには、会員に全く意見を求めずに、もう決まったことをここで意見を求めてどうするんだ。

というかこれは明らかに、現場に意見を聞かずに、小原副会長が賛同の意見書を書いた誤りを糊塗するための、後付けのアリバイ作りである。ひどい態度と言うしかない。それはこの会がいかに「現場の声を代表していない」かということの証明である。同時に、同会が「全員参加型のチー ム」であると喧伝していることはまやかしでしかないことの証明でもある。

今会員に尋ねなければならない一番の設問とは、「2018年の介護報酬改定時にとった協会役員の一連の行動を、あなたは支持しますか?」でなければならない。

そして「日本介護支援専門員協会は、特定事業所集中減算の廃止に反対しましたが、あなたはこれを支持しますか?」・「特定事業所集中減算は、ケアマネジメントの質の担保につながっていますか?」という問いかけを行わねばならない。

そのように大事な問いかけを削っておいて、自分たちの地位を護るためのアリバイ作りのアンケートに時間を使わなければならない会員は可哀そうである。こんなアンケートにも会員の貴重な会費が使われていることを考えると、まったく無駄な会費支出をしているとしか思えない。

そもそも日本介護支援専門員協会ほど非民主的な組織はなく、一部の支部では支部会員となる条件として、日本介護支援専門員協会の会員になることを強要している。日本介護支援専門員協会に加入しなければ、支部会員にしてやらないという強権発動を行って、それは当然だと思っている支部役員が幅を利かせているわけである。その結果、僕のフェイスブックには次のようなコメントが寄せられることになる。

うちの県は県協会に入ったら自動的に日本協会に強制加入です。毎年協会費用が引き落とされてます。県協会には入ってるメリットはありますが、日本協会は定期的に来る協会誌は情報古いし、いろんな雑誌者の広告ばかり入っていて、正直紙と郵便費用の無駄。いつも開封することなくゴミ箱行きです。更新更新って、主任は取るときはそんなこと言ってなかったのに、後からそんなんつけてサギです。時間とお金かけてますから捨てるわけにもいきませんしね。悩ましいです。

こんな風に思っている会員が全国にたくさんいるのだろう。これが協会役員が言う「全員参加型チーム」の実態であり、それって「全員が役員の奴隷チーム」でしかない。まったくどうしようもない組織である。

それにしても、加入したくもない日本介護支援専門員協会にも入らないと、地元である支部組織に加入させないというやり口は、やくざの上納金とさして変わらないものである。こんなひどいルールを定めている支部役員は、自分がやっていることの意味を理解できているのだろうか。

小権力に酔う器の小さい支部役員が牛耳る組織というのが日本介護支援専門員協会である。現場の声の代表という偽物の看板を背負った役員によって運営されている非民主的組織によって、介護支援専門員という資格者の社会的地位や評判は、地に落ちていくのである。

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利権化した主任ケアマネ研修の実態


今日は祝日である。そのため仕事が休みの日とも多いと思う。

週末を前にした木曜日の休みで、ほっと一息ついている関係者も多い反面、暦と関係なく働いている人によって、介護の現場は支えられている。祝日とはその人たちに思いを寄せて、感謝の念を新たにする日ではないかと思ったりしている。

現在自由業で暦に縛られていない僕は、毎日休みなのか仕事なのか、よくわからない日を送っている。しかし自由業とは自由に遊んでいては、一銭も稼げないという意味でもある。そうであるがゆえに月曜の夜に岡山から帰ってきた後、来週の金曜日に沖縄に飛ぶまでの間、講演がない時間を利用して自宅で事務仕事をこなす日々であるが、締め切りが迫っている連載原稿が複数あったり、講演スライドづくりに追われて遊んでいる暇がないことに感謝しなければならないだろう。

ところで今日の祝日は春分の日である。1年のうち昼と夜の時間がほぼ同じになって、今日から夏至迄、徐々に昼の時間が長くなるという日である。まさに春を感じる日と言えそうだが、皆さんの周りに春の足音は感じられるだろうか。そういえば長崎からは桜の開花のニュースが聴こえてきた。

登別も今年は春がいつもより早くやってきそうな気がする。既に氷点下となる日はなく、積雪ははるか前からゼロである。今年は桜の開花も早くなるかもしれない。ただし同じ道内でもオホーツクの方は大雪の予報が出ている。札幌も週末から寒の戻りがあり真冬日と雪の予報だ。やはり北海道は広いということだろう。

さて本題。一昨日19日(火)に行われた全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議で厚生労働省は、主任ケアマネジャー法定研修の受講費データを公表している。

それによると2017年度の全国平均額は4万3690円で、前年度(4万2840円)より850円高くなっている。最高は6万2000円の広島県、最低は2万996円の秋田県で、その格差は4万1004円となっている。

この費用とは何だろうか?会場費は公共の建物をほぼお金を掛けないで借りることができるし、資料代だってコピーを取って製本するだけで、印刷代がかかるわけではないからたかが知れている。そんな中で地域によってこれほどの費用負担の差が出るということは、講師に支払う費用に大きく左右されるということではないのだろうか。

しかしこの資格更新研修ほど意味がないものは他にない。ケアマネジメントの質の担保にも全くつながっていない無駄な研修である。(参照:ケアマネ更新研修の時間増加をどう見るか

そんな研修に参加して資格を取ったり資格を更新するために、介護支援専門員は毎回、忙しい仕事を調整して、お金をかけなければならない。費用負担は事業者が負担してくれるとしても、事業者にとってそれはまったく無駄な支出と言える。しかしこんな研修がなくならないのは何故だろう。そもそも日本介護支援専門員協会は、この研修の馬鹿さ加減を全く指摘せず、研修存続に躍起になっている。それは何故か?

主任ケアマネジャー法定研修の講師として、その地域の日本介護支援専門員協会役員が召集されている。つまり主任ケアマネ研修は、同協会の大きな利権になっているということではないのだろうか。

だから主任ケアマネの更新制度に反対の声を挙げなかったし、居宅介護支援事業所の管理者資格を主任ケアマネにするルール変更には、積極的に賛同・協力している。それは会員の利権を守るという意味と、協会役員連中が自らの小遣い稼ぎの場を守るという、極めてせこい意味合いがあるのではないかと疑いたくなる。

そして居宅介護支援事業所の管理者が、「主任ケアマネ」でなければならなくなったことで、今後その資格を取ったり、資格を更新したりする人の数は確実に増える。勉強にもならないから参加を望みもしないのに受講しなければならないケアマネが増えるのである。それは協会員の小遣い稼ぎの額が増えるということをも意味するものだ。それも協会が管理者要件を主任ケアマネとすることに賛同・支持した理由の一つではないかと、うがった見方をしてしまう。

それほど居宅介護支援事業所の管理者資格を主任ケアマネとすることは、現場の意見と異なっているのだ。

しかし協会役員・支部役員等の小遣い稼ぎのために、現場のケアマネジャーは忙しい業務の合間を縫って仕事を調整しながら、自分の小遣いの一部を削って参加費として支払ったり、自分の事業所の収益の一部を削って研修参加費を捻出しているわけである。馬鹿らしいと言ったらありゃしない。

だからそのことを積極的に賛同・指示した張本人である、日本介護支援専門員協会の小原副会長には大きな責任があるということになる。ところが小原副会長は、協会とずぶずぶの関係のマスコミに向けては、インタビューに答えてわけの分からない賛同理由を語ってはいるが、このルール変更に憤っている現場の介護事業経営者やケアマネに向けて、直接説明することを全くしていない。いつまでそのことから逃げ続けるのだろう。

どちらにしてもこんな協会に会費を支払い続けて、理不尽なルールを押し付けられる現場のケアマネジャーはあまりにも可哀そうだ。その馬鹿さ加減に気づいたほうがよい。

日本介護支援専門員協会が推し進める国のひも付き行動に対し、具体的に反対の声を挙げる方法は、日本介護支援専門員協会員にはならない、会員からは脱するという道しかない。

支部会員に加入しても、日本協会に加入する必要性はないんだから、少なくとも日本協会からは脱したほうが賢明な選択だろうと思う。そうしたうえで本当の意味で、「現場の介護支援専門員の声を代表する」新たな組織化に努めればよいと思う。

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憂い怒る介護支援専門員たち


僕の手元に、ある組織の公式文書の写しが届いた。

それは日本介護支援専門員協会の会長名で、各都道府県支部長あてに2月26日付で発出された文書の写しで、「居宅介護支援費の利用者負担導入阻止に向けた活動について 」というタイトルがつけられている。

その冒頭には次のようなお願いが書かれている。
『2018 年5月に都道府県支部長様宛に「居宅介護支援費の利用者負担導入」についてご意見を伺いました。何度か繰り返しのお願いをさせていただきましたが、10 支部より未だ回答がございませんので、再度各支部のお考えを伺いたいと思います。』

10もの支部が10カ月を過ぎようとしているこの時期までに回答を送っていないという現状は、日本介護支援専門員協会に対する信頼性と期待感の低さの表れではないのだろうか。支部がどのような意見を挙げても、日本協会という上部組織は聞く耳持たないし、何も期待できないから、意見募集に応えても意味がないと思われているように想像してしまう。

現状から言えば、居宅介護支援費の自己負担導入の流れは、かなり確実になる方向で進められている。これに日本介護支援専門員協会が反対するのは当然だろう。なぜならこのことは国民のメリットにならないだけではなく、保険給付費の抑制策にもならないし、居宅介護支援事業所にとっては利用者負担費用の徴収業務が増え、滞納金も発生するという2重苦・3重苦が予測される問題だからである。
(参照:居宅介護支援費の自己負担導入にメリットはなにもない

この問題に関して今どき、居宅介護支援費だけが自己負担なしであるということの意味がわからんとか、その理由を説明しろとか言っている馬鹿が多いが、それは単に勉強不足である。

もともと居宅介護支援費が全額保険給付されている理由は、「利用者個々の解決すべき課題、その心身の状況や置かれている環境等に応じて保健・医療・福祉にわたる指定居宅サービス等が、多様なサービス提供主体により総合的かつ効率的に提供されるよう、居宅介護支援を保険給付の対象として位置づけたものであり、その重要性に鑑みたものであり、その計画を現物給付の条件としている以上、利用者にその費用の一部を利用者負担とするのはそぐわないとしていたものである。」と国は説明していた。理由についてははっきりしており、全額給付を推奨していたのは国なのである。それをひっくり返しているだけに過ぎないのが、2021年度に居宅介護支援費に自己負担を導入しようという考え方である。

しかしこの流れは止まりそうにない。水面下では2021年からの自己負担導入が決まってものとしてレールが敷かれ、その方向で進められている。今更、国に対して発言力のないひも付き団体である日本介護支援専門員協会が何を言っても、この流れは変わらないだろう。変わるとしたら夏の参議院選挙で、「事件」といえるほどの予想外の結果がもたらされた場合のみだろう。

ところで今回の文書の末尾には、次のような文言が書かれている。

『日本介護支援専門員協会は、いつも皆様にお伝えしている全員参加型のチー ムとして活動したいと考えております。そのために現時点の状況についてご理解いただければ幸いです。』

何故このようなアナウンス文章をわざわざ入れたのかと考えると、その理由とは、昨年度の報酬改定議論の途中で、日本介護支援専門員協会の小原副会長が国に提出した意見書の内容が、現場の声を全く反映していないとして、会員にすこぶる不評を買っているからではないのだろうか。 事実、全国を旅する僕の耳には、「協会の役員の考え方は理解できない。」とする支部会員の声を数多く聞かされる。なぜその声を現執行部は拾おうとしないのだろうか?

今年1月に書いた「日本介護支援専門員協会はきちんと検証・説明責任を果たしてください」の中でも指摘しているが、小原副会長が中心となって国に挙げた意見書の中で、特定集中事業所減算を存続させる意見や、居宅介護支援事業所の管理者を主任介護支援専門員に限定することに賛成する意見を挙げている。それは現場の介護支援専門員の声とは言えず、少なくとも現執行部が今までとってきた態度は、「全員参加型のチー ム」とはいえず、現場を無視した役員中心のトップダウンのチームでしかない。

そのおかげで特定事業所集中減算は、27年以前のルールに戻した形で、福祉系3サービスに限定して残されるという意味の分からない形になった。このことはケアマネジメントの質を担保するものであると小原会長が存続要望の中で主張しているんだから、もう1年近くたっている時点であるのだから、1日も早く会員に対して、この減算を残したことに対する検証結果を明らかにすべきだ。

小原君、いつまでも逃げているのは卑怯だぞ。

ところで協会の賛同も得て実施された、居宅介護支援事業所の管理者要件を、主任介護支援専門員に限定する配置規準については、2021年度から完全実施されることになる。

日本介護支援専門員協会がこの管理者要件に賛同した過程で、今回の自己負担反対の意見を求めたような支部会員への確認作業は行われたのだろうか。行われたとして多くの会員が、そのことに賛成したという事実はあるのだろうか。僕が聴く限り、現場のケアマネジャーの多くは、この管理者要件の変更に、反対か懐疑的な人が多い。それなのになぜ「全員参加型のチー ム」と自称する協会が、組織を挙げて賛同するかのような意見を公言しているのだろう。

その看板に偽りありということではないのだろうか。そういう意味でこの組織を「悪の組織」と呼ぶのは言い過ぎかもしれないが、少なくとも現役員は2枚舌であるとの誹りは免れない。

それにしても全国で約4万件ある居宅介護支援事業所のうち半数以上の管理者が主任ケアマネ資格がない状態であることを考えると、3年で全事業所の管理者が資格取得することは困難と思われ、廃業もしくは吸収合併を余儀なくされる事業所も出てくるだろう。

そのことは「ひとり親方」の居宅介護支援事業所を嫌う国の意向と一致し、やがてこの基準を橋頭保に、居宅介護支援事業所の大規模化へもっていこうとする国の思惑に沿っており、国にとってそうした形で廃止事業所が出ることは痛くもかゆくもなく、むしろ歓迎されることではある。それに組した日本介護支援専門員協会という組織は、果たしてそれが現場の声と一致し、現場のケアマネを代表した姿勢だということができるだろうか。

つまり日本介護支援専門員協会並びに現役員は、現場の声とか、全員参加のチームとかいうスローガンを掲げながら、実際には会員の声を聴こうともせず、声なき声を拾おうともせず、ただ役員個人の価値観に偏った方向に突っ走ってきただけではないのか。

よってこの組織に寄りかかって何かを変えようとか、何かを実現しようとか考えても、それは無理というものだ。そんな幻想に寄りかかって収めている会費とは、無駄金・死に金でしかない。

そんなことに気づき始めている人がいる。組織を変えようと頑張ったけど、その努力が無駄と分かった人は、新しい道を探している。その過程でこの組織に会費を支払い続けることは、無駄であるだけではなく有害であることに気が付いた人もいる。

国の補助金でかろうじて死を免れた組織は、一生国のひも付き組織の域をせず、しかしその組織が一定の規模の会員を組織している限り、介護給付費分科会には組織の役員を、「介護支援専門員の利益代表」という形で参加させ、そこで国の出した文書なり意見なりに従わせれば、日本の大多数の介護支援専門員の賛同を得られたというアリバイ作りになるわけである。国が勝手に決めたことにはならないという理屈がそこで作られるわけである。

それは本当にこの国や、この国の社会福祉制度の向かうべき方向といえるのだろうか。実際にはケアマネジメントの方向も、真の国民福祉の向上とは異なるものかもしれないが、会費を支払う会員が多い限り、それは是とされるわけである。そうならないような行動をとろうとしている人が出始めた。

その行動に是非期待したいものだ。その行動を支援したいと思う。

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特定処遇改善加算によってケアマネがいなくなる?


10月に消費税が10%に引き上げられる際に、増税分を財源として政府パッケージとして新設される「特定処遇改善加算」については、3/19(火)に行われる、「全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議」の中で解釈通知が示されることになる。(※張り付いた文字リンクは、このブログの新加算についてのカテゴリー記事一覧である。)

そこでの最大の注目点は、この加算の支給を法人単位としてよいのか、事業所単位にとどまるのかという問題である。

仮に後者であれば、特養と通所介護を併設している事業者では、両者の職員給与格差が問題となり、人材流出の元凶となりかねないという問題がある。よって支給については法人単位に落ち着くだろうというのが僕の予想である。なぜなら国も法人内の格差は問題であることを理解しており、そうさせないために対策を行うと考えるからである。

ところで現在まで示されている新加算の算定及び支給要件によって明らかになっていることは、この加算の支給方法は、事業者にある程度裁量権を持たせているため、特定処遇改善加算の算定事業者においては、介護支援専門員も加算による給与改善が行われる可能性があるということだ。しかしその平均改善額とは、経験ある介護福祉士の平均改善額の1/4以下であることが条件であり、仮に経験ある介護福祉士の平均月額改善額が4万円の場合、その事業者における介護支援専門員の月額平均改善額は1万円以下となる。

それほどの格差が存在するとしても、現在より給与が少しでも改善するのであれば良いのだが、事業経営者の考え方一つで、介護支援専門員の給与改善は行わないという判断もありなので、新加算のおこぼれが回ってこない介護支援専門員も多いことだろう。

そもそもこの加算は居宅介護支援事業所では算定できないのだから、居宅介護支援事業所の介護支援専門員にとって、この加算による給与改善はないことが確定している。

今年度の介護支援専門員実務研修受講試験を受けた人の数が、昨年度より一気に6割強も少なくなり37.5%にとどまる中で、合格率が過去最低の10.5%となり、新たに介護支援専門員として業務ができる人の数が全国で3.177人しかいないというのが今現在の状況である。そうであれば現役の介護支援専門員の数が減少する地域が各地で数多く出てくるだろう。そうした中で、新加算により経験ある介護福祉士や、その他の介護職員の給与が上がり、介護職員の平均年収が介護支援専門員より高くなることは確実で、その年収は介護支援専門員より上回る可能性が高い。

それによって近い将来、介護支援専門員のなり手がいなくなるのではなかと懸念する声が挙がっている。しかしそれは一部の介護関係者からの声にとどまっており、国がそのことに問題意識を持っているという現状にはない。

それは「国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(後編)」で指摘したように、介護支援専門員の活動領域を今後狭めていこうという意図を国が持っているからにほかならず、同時に介護職員から介護支援専門員に転身しようとする人の数が減ってもかまわないと考えているからに他ならない。なぜなら介護職員の平均年収が改善されて、介護支援専門員に転身しようとする介護職員が減ること自体は、国の思惑と合致することだからである。数が圧倒的に不足しているのは介護職員に他ならないからだ。

介護支援専門員になろうという動機づけを失う介護職員が多くなったとしても、給料の多寡だけで相談援助職を目指す人ばかりであるということはなく、例えば夜勤などのシフト勤務ではない職業を求める人や、相談援助を仕事にしたいと考える介護職員はいなくならないし、そもそも介護職員以外の相談援助の専門職は、実務経験を経たのちに介護支援専門員の資格を得ようとするだろう。

例えば措置制度の時代、特養は公務員準拠の給与とされ、特殊業務手当というものがあり、それは寮母(現在の介護職員)が16%であり、生活指導員(現在の相談員)はその半分の8%でしかなかった。学歴が同じであれば両者の給与はほぼ同じであったため、この手当てにより給与は寮母の方が高く、かつ夜勤を行う分さらにその給与差は広がっていた。

それでも寮母ではなく、相談援助職という専門職になりたいとして大学などで専門にその勉強をする生活指導員のなり手の確保に困ることはなかったわけである。だから介護支援専門員になろうとする介護職員が減るとしても、もともと相談援助職を目指そうとする人が、将来介護支援専門員になることによって、介護支援専門員の必要数は確保できるとみているわけである。

相談援助職と介護職は、本来違う専門性を持つ職種であり、介護職の経験を根拠に、介護支援専門員という相談援助職になる道を作ったことは、専門職の確保がままならなかった制度創設時の特定的措置であった。もともと介護職の5年実務によって介護支援専門員実務研修受講試験受験資格を与えるということは、当初案にはなく制度施行直前に滑り込みで決定されたものである。

よってある程度介護支援専門員の数が充足した今日、受験資格資格の既得権をはく奪することは難しくとも、介護職員の確保を優先する待遇改善施策の中で、徐々に介護支援専門員となる職種のターゲットを絞っていこうというのが国の意図としてあることを理解しなければならないだろう。

介護支援専門員など、その他の職種に加算の恩恵がないからと言って、加算そのものを否定しる考え方はいただけない。この加算によって、経験のある介護福祉士の給与は確実に改善されるのだから、加算以外の収益でその他の職種の給与も改善される可能性が高くなっているとポジティブに考え、さらに新加算の支給範囲や要件を拡充する橋頭保と考えればよいだけの話だ。

それにしてもこの加算を介護支援専門員にも支給すべきだという声を挙げているのが、介護支援専門員の職能団体である、「日本介護支援専門員協会」ではなく、介護業界の労働組合「UAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)」であったというのが何とも不思議に思えてならない。

日本介護支援専門員協会という団体が、現場のケアマネジャーの声を代表せず、その利益代表ではないということが、このことでも証明されているように思う。

そのような団体に毎月せっせと会費という名の上納金を収めている介護支援専門員の方々は、本当にお気の毒である。その無駄と滑稽さに一日も早く気が付いてほしいものだ。

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日本介護支援専門員協会が介護支援専門員の代弁者ではない理由


僕は介護支援専門員の熱烈なサポーターである。

僕はその資格を持っているが、介護支援専門員の実務に携わっているわけではないし、今後もその実務を行う予定もない。その僕がなぜ介護支援専門員を応援しているのかという理由ははっきりしている。介護支援専門員の存在によって、暮らしが支えられている人がたくさんいるからだ。介護支援専門員が地域の暮らしを護っているといっても過言でないからである。

この資格が誕生して以来、その有資格者の皆さんが地域での様々な支援活動の実績を積み上げていることが、「日本の福祉の底辺」を確実に引き上げているということは、過去にこのブログ記事の中の様々な話題の中で取り上げて書いてきた。(参照:過去の関連記事一覧

介護支援専門員という資格と、その資格を根拠に働く人は、この国にとってなくてはならないものになっているのだ。だからこそ、こうした大切な人々を護ると言いながら、実際には国の操り人形のような活動しかしていない「嘘つき団体」を許すことはできない。

介護支援専門員の皆さんの活動を支える職能団体の存在は大切だとは思う。都道府県レベルや市町村レベルの介護支援専門員の職能団体は、頑張って会員に寄り添い、研修機会などの学びの場を与えて、その声を代表する活動を行っているところも多い。そうした団体については大いに応援したい。

しかし日本介護支援専門員協会という組織は別である。その組織にも、現執行部にもまったく信用が置けない。

そもそも日本介護支援専門員協会は、決して現場の介護支援専門員の声を代表する組織ではない。むしろその存在は、介護支援専門員にとって、そして国民にとって、百害あって一利なしの団体であると思っている。

日本介護支援専門員協会が、現場の介護支援専門員の声を代表していないという証拠はいくつかある。例えばその組織率の低さは、この団体が職能団体の体をなしていないことの証明でもある。ここ数年組織率が挙がっているそうだが、どのレベルで組織率の上昇を論じているのかと、むしろ悲しくさえなる組織率の低さだ。

しかし組織率が劇的に改善しない最大の理由は、制度改正や報酬改定のたびに、現場の会員の意識とは乖離した執行部の思い込みと価値観だけで、協会の声としてわけのわからない要望をし続ける組織の馬鹿さ加減に、多くの介護支援専門員がそっぽを向いているからに他ならない。現場の介護支援専門員にあきれられているという事実を、現執行部が感じていないこと自体が、会長をはじめとした役員が、雲の上でぼけている証拠である。

かといってこの団体は、非会員にだけあきれられているというわけではない。会員の声だけは代表しているのならば、会員の指示は受けられるのだろうが、決して実情はそうではない。

例えばこのブログ記事には「拍手ボタン」という機能がある。デフォルトで張り付いているので、僕もそのまま表示しているが、そこはいつもは数人程度〜多くても60人程度の拍手数である。ところで今年に入って僕はこのブログの中でいくつか協会を批判するブログを書いたが、「日本介護支援専門員協会はきちんと検証・説明責任を果たしてください」という記事には、普段数人しかクリックしないその拍手ボタンが、現時点で708人という過去最高人数の人がクリックしている。

いかに日本介護支援専門員協会と、その意見書のばかばかしさにあきれている人が多いかという証明である。

それだけではなく昨日まで僕は9泊10日の講演旅行をしていたが、その間にこの記事の話題に触れて、日本介護支援専門員協会会員の方々から多数、賛同の声をいただいている。会費を支払いながら、会員を続けていながら、今回と役員にあきれている人が多いのだ。

その中には記事の中で書いた通り、小原副会長がなぜ、このことの批判にこたえようとしないのかという疑問の声を口にする人も数多くおられた。小原クン、自分たちがしたことの検証もしないまま、知らんふりを決め込んむだけで、いつまでも逃げ切れると思ったら大間違いだぞ。

しかしこの協会が一番信用が置けない理由は何かと言えば、それは過去の執行部の方針により、日本介護支援専門員協会そのものが、国の補助金によってなんとか存続が可能になったという経緯があるからだ。つまり日本介護支援専門員協会は、国の「ひも付き団体」であるという誹りを免れず、制度改正や報酬改定でまともに意見を言えない団体なのだ。

しかしこの団体が国の資金援助を受けて存続した経緯を知らない会員もいるのが現状ではないか。その方々は、「国から日本介護支援専門員協会に渡される7.700万円」を今一度確認して、その独立性がいかに怪しいかを確認してほしい。

2021年の報酬改定は、昨年と今年の2年連続にわたる介護報酬の+改定によって、それが足かせになり、より厳しい改定になる。それに先駆けて行われる制度改正においては、サービス利用時の自己負担割合について2割負担を標準として、段階的に1割負担を失くしていく方向で議論が進められる。

そんな中でこの協会の姿勢がまたもって問われるわけだが、国のひも付きで生き残った団体に大きな期待などとせられるわけがないし、国を動かす力があるわけがない。

こんな団体にいつまでも頼っていないで、協会の会員であることは都道府県レベルにとどめたほうが良い。そして現執行部の影響力がない、国のひもがついていない新しい全国組織を創設する方が、よほど介護支援専門員にとって明るい未来が開けるだろう。

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日本介護支援専門員協会はきちんと検証・説明責任を果たしてください


昨年4月の介護報酬改定から10カ月が過ぎようとしている今、そろそろその影響と結果が見えてきつつある部分がある。そこには早速検証が必要になる問題も存在するように思う。

例えば一定回数以上の生活援助中心型サービスを組み込んだ居宅サービス計画について、市町村に届け出義務が課せられたルールの検証も必要だ。

このルールは、財務省の調査資料(2017年6月公表)で、生活援助の利用は全国平均で月9回程度なのに「中には月100回を超えて利用」する例があるとして、最多で月101回の利用例がある北海道標茶町直営の居宅介護支援事業所の主任ケアマネジャー(精神保健福祉士)の居宅サービス計画がやり玉に挙がって、それをきっかけとして新設されたルールである。

しかし標茶町の当該計画は、精神疾患を持つ要介護3の女性の計画で、体調を崩して入院した後、精神状態が不安定になったために、「どうしたら落ち着いて生活できるか」として、担当者会議を開きケアプラン再作成した結果、昼と夕方の間にヘルパー訪問を増やし、より細かな見守りをしていくことになり回数が増えたもので、のちに町の検証でも適切な計画であったと認められている。つまり当該計画は、糾弾すべきプランではなく模範とすべきプランであると判明しているのである。

そういう意味では、市町村へ届け出義務が新たに課せられた居宅サービス計画も、正当な理由をきちんと説明して適性と認められれば良いだけだと言えるわけであるが、介護支援専門員にとっては、いちいちそのプランを理由を添えて市町村に提出する手間と、場合によっては地域ケア会議等に呼ばれて、計画の正当性を説明する手間が増えているわけである。なおかつ市町村によっては、正当な理由を一切認めず、一定回数以上の生活援助を組み込んだ計画を不適切と決めつけて、計画担当ケアマネジャーを糾弾するという、「介護支援専門員の公開処刑」と揶揄される状態も見られる。

このような状態を許しておいて良いわけがない。

しかしそもそもこのルールは、日本介護支援専門員協会が、意見書の中で、「特定のサービスの頻回な利用については、国民健康保険団体連合会のデータを活用する等、焦点化したケアプランチェックや地域ケア個別会議等による検討をお願いしたい。 」と、積極的に届け出をしてチェックを受けるように求めたものである。

このことに関連して同協会の小原副会長は、2017年12月14日07時00分に発信された、シルバー新報のインタビューに答えて、「一定以上の頻回なサービス利用などについては、地域ケア会議などの場でプランがチェックされる仕組みも必要だろう。」と語っている。

しかしこの考え方はおかしい。そもそも適正な計画のために存在しているのが、ケアマネジメントという援助技術であり、市町村のチェックがないと計画の正当性が示されないという論理は、ケアマネジメントの否定の論理でしかない。介護支援専門員の職能団体ともあろう協会が、そのような論理展開を行うことはあってはならない。そのようなことに考えが及ばないこの団体の執行部は、頭脳としての役割を果たしていないといえる。ケアマネジャーの資質云々を問う前に、日本介護支援専門員協会執行部の、役員としての資質を問えと言いたい。

そもそもこのチェックの導入とは果たして介護専門員の、「現場の声」を代表しているのか?大いに疑問である。

また、昨年の報酬改定に先駆けた議論の中では、特定事業所集中減算についても同協会は、その廃止にブレーキをかける結果をもたらした。

この減算については、会計検査院が疑問を呈し、「公正中立を確保するうえで、集中減算は有効な施策ではない」と指摘し、2016年3月に同院が国会へ提出した報告書では、「一部の事業所では減算が適用されないように集中割合の調整を行うなど、公正中立を推進する合理的な施策といえず、むしろ弊害を生じさせる要因となっている」とまとめた。これを受け同年5月の参議院決算委員会で、「ケアマネジメントの公正中立の確保に向け、現行施策の抜本的見直しも含め、そのあり方を十分に検討すべき」との決議がなされ、集中減算の廃止が検討された。

しかしこの流れを変えたのも日本介護支援専門員協会であった。前掲のインタビューで小原副会長は、「当協会では医師の関与や多職種協働が担保されている場合は対象から除外することを求めている。まずは利用までのプロセスに必ず主治医が関わる医療系サービスは対象から外すべきだと考える。」と述べ、同減算の全面廃止に反対し、福祉系サービスの減算継続を求め、前掲の意見書にもそのことを記している。

まったくもって意味のない減算を残したものであるとしか評価できない。この減算を残したことでケアマネジメントの質の担保が図られているのか。改訂から半年たった今、同協会は改めてそのことを検証・評価する必要がある。

また日本介護支援専門員協会の意見書では、居宅介護支援事業所の管理者要件について、「管理者を主任介護支援専門員とすべきと考える」としている。

その理由は、主任ケアマネになるためには、その前にケアマネ実務5年が必要とされて、その経験が質の担保になると小原副会長は論じている。

馬鹿も休み休み言えと言いたい。経験が質につながるなんてことがないことは、過去の様々なケースや、現状のケアマネジメントの実態が証明している。例えば、「訴訟概要・日本初のケアプラン作成義務についての判例1」で示した裁判で、ケアプランを作成していないという致命的な問題で敗訴したケアマネジャーは、実務経験5年以上の主任ケアマネジャーだぞ。このような例は枚挙にいとまがない。経験と質は比例しないというのは、子供でも分かる論理だ。

しかし日本介護支援専門員協会が加担して決定されたことによって、居宅介護支援事業所の管理者を主任ケアマネとするルールは、2021年度から完全実施(経過措置は3年のみ)されることになる。しかし現在約4万件ある居宅介護支援事業所のうち半数以上の管理者が主任ケアマネ資格なしの状態であり、今後約2年半の間に全事業所の管理者が資格取得することは困難である。

そのため資格者を引き抜こうとする動きも広がって、現在主任ケアマネがいる事業者も安心できない状態が生じかねない。・・・が・・・しかし、そもそもこの資格要件変更は何のためなのか。主任ケアマネがいない事業者は、主任ケアマネがいる大きな事業所に吸収合併されることを見越したものであり、それは即ち居宅介護支援事業所の大規模化への布石ではないのか?

日本介護支援専門員協会はそのことにも加担し、一人親方の居宅介護支援事業所をつぶすことに手を貸しているとしか言いようがない・・・。そのことは2021年までにしっかり検証されねばならない。

その前にケアプラン届け出義務と、特定事業所集中減算の福祉系3サービスの継続適用について、日本介護支援専門員協会は、それを推奨した意見書を書いたという責任があるのだから、それらによってケアマネジメントの質の担保が図られているという証明をしなければならない。

少なくとも協会員に対しては、その評価を明確に示す責任があり、それは同意見書を実質的に仕上げた小原副会長によって行われる必要があるだろう。

ということで小原クン、逃げずにきちんと説明責任を果たしなさい。

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今だからこそ確認してほしい地域包括ケアシステムとは何かということ


地域包括ケアシステムという言葉を知らない介護関係者はいないと思います。

しかし改めて、「地域包括ケアシステムとは何ですか?」と質問を受けたときに、瞬時にその答えを出せますか?瞬時にその答えが浮かばなくとも、じっくり考えて自らの言葉で第3者に説明することはできますか?

答えられたとしても、あなたのその答えは、介護関係者ではない一般市民の方が聴いて理解できる説明になっていますか?

一般市民に説明しても理解されないものであるとしたら、そのシステムは本当に存在していると言えるのでしょうか。

あなたがイメージする「地域包括ケアシステム」を言葉で説明したとき、医療関係者とその考え方を共有できますか?

立場の異なる関係者が様々なイメージを持っているとしたら、それは共通項のないシステム理解でしかありません。そのような状態で、どのようにして協働ができるのでしょう。目的と目標をどう共有できるというのでしょう。

ですからいま改めて職場で、仲間内で、それぞれが抱いている「地域包括ケアシステムとは何か。」という概念理解を確認しあってほしいのです。ただしそこで概念確認だけで終わってはなりません。そのシステムはそもそもなぜ求められているのか、そのシステムが目指しているものは何かということも確認しておかねばなりません。それが一番の問題なのですから。

間違ってはならないことは、地域包括ケアシステムを構築することは目的ではないということです。システムはあくまでその先の結果を生み出すための方法にしか過ぎません。地域包括ケアシステムを構築することによって、そのシステムが有効に機能することによって、どんな地域社会ができると考えられているのか、その目指す結果をきちんと見据えて、すべての関係者がそのことの考え方を共有する必要があるのです。

そうしなければ多職種連携や多職種協働は、掛け声だけで実体のないものになります。だって目的意識が異なっていたり、微妙な温度差がある中で、協働作業も連携もあり得ないではないですか。意識が別々だけれどチームを組んで一緒に働いているという状態は、それぞれが別の軸の上ににって、バラバラに動いているに過ぎないのです。

多職種協働のチームを組んで成果を挙げるには、目的と目標をしっかり分けて考え、チーム全員がそのことを理解して物事に対処する必要があります。しかしシステム概念の理解があいまいなままでは、目的や目標もぼやけてしまいますよ。ここはしっかり理解するように努めましょう。

31年1月29日(火)13:30〜17:00、松戸市市民会館(千葉県松戸市)で行われる、「松戸市明第2東地域包括主催・介護支援専門員資質向上研修」で行う2講演のうち、前半の(講演機砲蓮◆最期まで自分らしく住み慣れたまちで暮らしていくために〜今さら聞けない、地域包括ケアシステム〜』というテーマです。そのテーマは事務局の方から頂いたものですが、とてもタイムリーなテーマだと思います。

なぜなら地域包括ケアシステムという言葉がすっかり根付いているのに、そのことの概念があいまいになりつつあるのが、今この時期だからです。関係者の中には、その意味を理解しないまま、言葉だけを使っている人もいます。

そのため松戸市の講演では、地域包括ケアシステムとは何かについてしっかり伝えながら、地域包括ケアシステムによって作りたい仕組みとは何かを明らかにしたうえで、関係者に求められる役割と、具体的に求められる行動を明らかにする予定です。

どうぞご期待ください。参加希望の方は、張り付いたリンク先から申し込みください。まだ間に合います。

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介護支援専門員の未来を語ろう


かねてより僕は、「ケアマネ不要論を唱えている国の関係者はいない!!」と主張してきた。

ケアマネ不要論なるものを口にしているのは、国関係者と直接話し合いもしたことがない介護支援専門員であり、特に日本介護支援専門員協会の会員(執行部に籍を置く人である場合が多い!!)がそのような幻の不要論を唱えている。

介護支援専門員の資格更新研修等で、講師役を務める協会会員が講義の最中に、「こんなことをしていると介護支援専門員という資格は無くなりますよ」と根拠のない脅しを行っているのが、ケアマネ不要論の実態である。それは人を教える資質のない人間の単なる「こけおどし」でしかない。

そんな意味のない情報伝達しかできない講師は、壇上を去れと言いたくなる。

このことに関連して、僕も連載記事を書いているシルバー産業新聞の、1月10日付の一面を飾っている新連載の中で、国際医療福祉大学大学院の石山麗子准教授が次のように述べている。

「ケアマネジャーの資格はなくなるのですか」。私が厚生労働省の介護支援専門官をしていた頃から現在も頻繁に受ける質問だ。結論から言えば私の答えは「NO」である。

このような見解を示したうえで、ケアマネジャーの資格がなくなるかのような話が出る理由として次の2点を挙げている。
ー匆駟歉秧概腸颪覆標の場でケアマネジャーの資質議論が繰り返され、その中にはケアマネジャーの批判だけではなく、否定ともとれる意見が混じっていること
⊆匆饐霎が第四次産業革命と言われる方向に向かい、IOTやICT技術が徐々に導入され、AIの研究も進んでいる中で、ケアマネジャーの仕事がそれにとって代わられるのではないかと思う人もいること


,砲弔い討蓮◆こんなにも公の場で批判し続けられる職種が他にあるだろうか。」と問いかけたうえで、そのことを悲観する必要はなく、批判や指摘は「ケアマネジャーへの期待」であるとしている。そしてケアマネジャーは、批判や指摘を否定と捉えるのではなく、それをバネとして、それを糧として未来を切り開く底力を持つ必要性を訴えている。

さて、石山さんの△慮解については、その通りだと思う。その考え方は僕が1/15に書いた「AIによるケアプラン作成を否定する人は、何を恐れているのだろうか。」で書いた内容にも通ずる考え方なので、是非そちらも参照願いたい。

しかし石山さんの,紡个垢觚解について、僕は別の視点から考えなければならないと思っている。ケアマネ批判の本質は、石山さんが言うほど優しい理由ではないし、その批判が「期待」の裏返しであるとか、「期待」に通じるものであると考えるのは甘い分析と言わざるを得ない。

ケアマネ批判の本質とは、介護支援専門員という資格を創ってやったのは、「俺たち・私たち」だという、厚労省官僚の思い込みによるものだ。介護支援専門員という資格は、国が作ってやった資格であるのだから、国が考えた通りになれ!!という思いに端を発した問題なのである。

医師や看護師は、資格以前に医師業務や看護業務が存在していて、それを専門に行う人がいた。資格はそれに対して後付けで創られたのだ。国がその仕事ができる人を資格者として認め、その資格による業務独占権を認めたのは、先に技術と技術者が存在していたからである。

しかしソーシャルワークの一技術でしかないケアマネジメントを専門にして、生活の糧を得ている人間などいなかった。そうした状況で、その技術を中心にして報酬を得られる仕組みを作り、その業務を担う、「介護支援専門員」という資格を新たに国が創設したわけである。

資格の前に技術があり、技術者がいた医師や看護資格とは、この根底が異なっているわけである。特に居宅介護支援事業所という組織は、そこで行うべき業務の仕組みを含めて、すべて国が設計して世に産み落としたものであるという考えが強い。

だから国は介護支援専門員の技術展開をするステージも、「国が与えてやったもの」として、ケアマネジメントの向かう方向も、国が見据えた方向と同じでないと気に入らないわけである。その方向に向かうように批判の矛先を向けるわけである。

資格を作ってやったから、その方向に技術を向かわせようとして、専門技術への介入という、医師や看護師に対してはできないことを、介護支援専門員に対してだけは行うことができると考えているわけである。

そうした考えが根底にある中で、厚労省が考えている通りにケアマネジメントが機能して、給付調整(その実態は給付制限・給付抑制だが)の役割を果たしていないという思いが、ケアマネへの批判につながっていることに他ならないのである。

だから常に介護支援専門員は糾弾されるのである。優れたスキルの介護支援専門員が何人いたとしても、その人の仕事ぶりが国の意に沿わないとレッテル針がされた場合、国はそのマネジメントの仕方はけしからん、として批判の矛先を介護支援専門員という資格に向け、ケアマネジメント技術に介入しようとするわけである。それが「ケアマネジメントのあり方委員会」等の実態である。それは「期待」とは別な次元での批判と言ってよいものだ。

そして自分たちが批判できる、「作ってやった資格」であるからこそ、そのありようを変えることは欲しても、その資格を失くすことまでは国も役人も欲していないというのが実態である。

だがいくら介護支援専門員を被告席に立たせて糾弾しようとしても、地域の福祉の底辺は、介護支援専門員の存在により確実に引き上げられているという実態があり、介護支援専門員は既に要介護高齢者にとってなくてはならない介護支援者であるという事実の前で、その批判は先細っているのが実態である。その批判は、介護支援専門員全体向けることが難しくなり、あり方委員会の結論も、個人の資質の差を埋めようという内容で、お茶を濁して終わらねばならなかったのである。

それだけ頑張っている介護支援専門員は、全国各地にたくさん存在しており、その人たちは「いなくなっては困る」存在だということなのだ。

このように地域で活躍する有能な介護支援専門員の存在は、国も認めるところで、そもそも前述したように、その資格を失くしてしまうような考え方は、国としてもさらさらないわけである。だから実体のない「ケアマネ不要論」という脅し文句におびえる必要はないし、そのようなことを口にする講師に対しては、受講席からその根拠を問いただす声を挙げるべきである。そもそもそんな不要論は存在しないので、根拠など示すことはできないのは目に見えているのだから、その時は大いにそのような脅しに抗議していただきたい。

僕は介護支援専門員として様々なステージで活躍する皆さんの応援団として、その地位の向上のためのお手伝いをする存在でありたいと願っている。

その活動の一つは、介護支援専門の皆さんに最新の情報をわかりやすく伝えながら、介護支援専門員の皆さんが元気になれるお話をすることである。

来る1月29日(火)13:30〜17:00、松戸市市民会館(千葉県松戸市)で行われる、松戸市明2西・明2東・東部包括共催・介護支援専門員資質向上研修でも、そうしたお話をしようと思っている。

当日は90分の講演が2本予定されておりテーマは、『(講演機最期まで自分らしく住み慣れたまちで暮らしていくために〜今さら聞けない、地域包括ケアシステム〜』・『(講演供介護保険制度の今後の展望〜介護支援専門員に求められることとは〜』としている。

誰でも無料で参加できるオープンセミナーであり、講演名に張り付いたリンク先から問い合わせと申し込みができるので、お近くの方は是非会場にお越しいただきたい。

松戸で介護支援専門員の未来について語り合いましょう。

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日本介護支援専門員協会々長の年頭所感に覚える違和感


日本介護支援専門員の公式Webに、同協会・会長の「年頭所感」が掲載されている。

この協会の公式サイトの大部分は、会員専用の情報で埋まっており、非会員にはどうでもよいような「協会からのお知らせ」しか見ることができない。(※ただしログインして閲覧する会員専用サイトも、たいした情報は流されていない。)

よって同協会の会員以外にはどうでもよいサイトであるが、年頭所感は非会員にも見てもらいたいのか、非会員もアクセスできるトップページに掲載されている。

その所管の中では、介護支援専門員という有資格者の存在意義について触れ、「人間の尊厳を最大限に尊重した生活に寄り添う存在として、絶対不可欠な存在になっています。」という一文が載せられている。

何故ここで介護支援専門員が「絶対不可欠な存在」であるとアピールする必要があるのか。そもそも国の関係者で、介護支援専門員が不要な資格だとか、その有資格者が必要ないとか言っている人はいない。個人の資質の差によるケアマネジメントの質の差が大きすぎることが問題視されてはいるが、だからと言って介護支援専門員は不要な資格者であると言ってる官僚はいないのである。

介護支援専門員不要論を唱えているのは介護支援専門員自身である。それは日本介護支援専門員協会という職能団体に所属している人間である場合が多い。

介護支援専門員の資格更新研修等で、講師役を務める協会会員が講義の最中に、「こんなことをしていると介護支援専門員という資格は無くなりますよ」と根拠のない脅しを行っているのが、現状で唯一のケアマネ不要論だ。しかしそこで例示される不適切対応等は、一部の資質が劣る介護支援専門員の行いでしかなく、介護支援専門員の仕事ぶりのスタンダードを現したものではない。

むしろ全体でみると介護支援専門員という有資格者の存在で、暮らしが支えられている人は多く、介護支援専門員の存在によって、確実に地域の福祉の底辺は引き上げられているのだ。

そういう意味でも、そうした講師の脅しに似た発言は叱咤激励にもなっておらず、その講師自身の伝達力のなさと、見識の低さを現すものでしかない。

この状況を放っておいて、年頭所感で存在意義を強調したってどうしようもない。要するにこの会長も現状認識が甘いと言わざるを得ないのである。

所感の中では、「厚生労働省などのアンケートについては、是非ご協力いただけたらと思います。」と呼び掛けているが、過去において様々なアンケートが行われたが、それに協力した会員の「現場の声」を国が取り上げられて、日々地域で汗する介護支援専門員の苦労が報われことがあるだろうか。そんな試しがない。すべて国のいいようにデータ操作がされているだけではないか。

協力するというが、現在日本介護支援専門員協会が国に対して行っているのは協力ではなく、迎合に過ぎない。協会の意見が国を動かして現場の介護支援専門員が報われるのではなく、言いなりになって、ますます書類仕事は増え、それに見合った報酬は支払われず、仕事は益々大変になっていく。

特定事業所集中減算だって、会計検査院が廃止の提言を行い、厚労省も廃止してもいいよと言っていたのに、「それは待ってください。全部廃止するのではなく、福祉系サービスだけ残してくださいと」意見具申しているのが、この協会の小原という副会長であることは周知の事実である。(参照:職能団体としてどうなのかと思う某協会のこと

おかげで意味のない福祉系3サービスだけ限定の集中減算は今も残されたままである。その結果、ケアマネジメントの質が担保されているというのか?そんなことはなく、良い事業所を利用者全員に紹介できないという意味のない制限の壁を作っているだけではないか。件の副会長が行ったことは、結果的に協会会員をはじめとした介護支援専門員に対し、味方が後ろから銃撃したという結果にしか過ぎない。

それはまさに現場の声と乖離した運動を、この協会の執行部が行っているという証明である。そうした状況も踏まえずに、国のアンケートに協力しましょうと呼びかける意味がわからん。

この協会が、国にものを言えない最大の理由は、運営資金の面で国のひも付きになっているからに他ならない。研究助成金という名目等で、国から過去にいくら協会に国費が注入されているんだ・・・。

そんな中で組織率が非常にに低い現状を鑑みると、この組織がソーシャルアクションの機能を持つことが不可能であることははっきりしている。こんな組織に加入して、決して安くもない会費を搾り取られている会員の方は、「お気の毒」と言うしかない。

そういう意味でこの年頭所感は、現状認識がない建前と欺瞞に満ちた、KY発言というしかない。こんな所感を新年早々サイトにアップするより、「あけましておめでとうございます」の一言で挨拶したほうがよっぽどましである。

執行部のこの体たらくぶりを見ると、この組織には何の期待も抱けないことがわかる。会費を払い続けている人は、そろそろ見切りをつけたほうが良い。

そうしないと、こんな組織に加入・依存している自身の見識が疑われることになりかねない。

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ケアマネ大削減元年の合格者の皆様へ


昨日の記事で紹介したように、僕は今、香川県高松市に滞在し、今日は朝からホテルパールガーデンで開催されている、「香川県老人福祉施設協議会研究大会」で講師と助言者を務めている。

午前中は2時間、「介護の誇り〜プロとしての意識改革〜」というテーマで話させていただいた。おかげさまで会場を埋めた230人を超える受講者の皆様の反応もよく、気持ちの良い状態で昼休みに入ることができた。

午後からは16:00まで分科会の助言者を務める予定だが、その前後に僕の著作本の販売とサイン会もさせていただく予定になっている。

この記事はお昼ご飯を食べながら書いている。そのためあわただしい中での記事更新で、深い考察記事は書けないため、ケアマネ試験に関する結果と、ケアマネジャーを対象にした僕の講演について紹介させていただきたいと思う。

ということで本題。

今年度の介護支援専門員実務研修受講試験に関連して、先週受験者数が1000人を超える17都道府県(全体の61.4%)の結果が公表された。それによると合格者数は3.177人で、合格率は10.5%となっている。この数字は昨年度より10.4ポイントも減っていることを示している。

ちなみに合格基準点は毎年、正答率70%を基準として、問題の難易度によって補正されるが、今年の合格基準点は以下の通りである。
介護支援  13/25点
保健・福祉 22/35点

そもそも今年度の受験者は、昨年度より一気に6割強も少ない37.5%にとどまっており、その中で合格率も低下しているとなると、地域によっては現役のケアマネジャーから勇退する人の数のほうが、ケアマネ実務に新たに就く人の数より大幅に多くなって、地域全体の現役ケアマネジャーの数が減るというところが出てくるだろう。

勿論、受験者が減った理由は介護支援専門員という資格に魅力を感じない人が増えているという意味もある。それは処遇改善加算で給与改善が図られている介護職員から、介護支援専門員に転身しようとする人が減っているという意味でもある。その中で合格者の数も減っているということは、試験のハードルもそれなりに高くなりつつあるということではないのだろうか。

しかしそのことは決して想定外のことではなく、むしろそれは国の誘導策に近いものであることは、「国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(前編)」・「国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(後編)」に記した通りである。

いうなれば今年の合格者は、介護支援専門員の大量生産時代を終焉させて、量より質の育成を目指した「元年」に誕生した期待の星であり、まさに少数精鋭の選ばれた人といえるのかもしれない。

合格者の皆様は、ぜひその期待に応えるように、介護支援専門員実務研修に臨んでもらいたい。

制度改正と報酬改定の度に、「介護支援専門員の質」が問題とされる状況をなくしていくために、是非自身のスキルを磨いて、この国のケアマネジメントの質を底上げする力になっていただきたい。

僕はケアマネ応援団として陰ながら力になりたいと思っている。また表立った活動としては、介護支援専門員に向けた研修講師も行っているが、近直の介護支援専門員向け講演としては、年が変わった1月29日(火)13:30〜17:00、千葉県松戸市の松戸市市民会館で行われる、「平成30年度介護支援専門員資質向上研修」で講演を行なう予定になっている。
松戸市介護支援専門員資質向上研修
ここでは90分の講演を2講演行う予定で、(講演機砲蓮◆最期まで自分らしく住み慣れたまちで暮らしていくために〜今さら聞けない、地域包括ケアシステム〜」、(講演供砲蓮◆介護保険制度の今後の展望〜介護支援専門員に求められることとは〜」というテーマを予定している。

参加無料とされているので興味のある方は、リンク先が張り付いた文字からダウンロードできるチラシに書かれている「問い合わせ先」まで連絡いただきたい。

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国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(後編)


国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(前編)より続く
今年度から介護支援専門員の受験要件の見直しが適用され、法定資格のない介護職員だけの実務経験だけでは受験要件に該当しないという、受験資格の厳格化が実施されたことは周知のとおりである。

これも国の政策誘導の一つであり、介護保険制度が誕生から昨年度までのような、「介護支援専門員の大量生産」の必要性は薄くなったと国は感が他のだろう。そうであれば同時に、介護支援専門員より足りない介護職員が、介護支援専門員の資格を取って介護実務をしなくなる状況をできるだけなくそうと考えたという結論にたどり着く。

むしろ国としては介護支援専門員の受験者については、もっと職種を絞って、相談援助の専門家に絞りたいというのが本音だ。しかし既得権益というものを無視できずに、すべての介護職をそこから除外することはできなかった。そのため法定資格という言葉を用いることで、体の良い形で一部の介護職実務経験者追い出しルールを作ったわけである。それが証拠に相談援助職については救済措置により法定資格がなくても受験資格から外れないようにしているわけである。

ただしこの受験要件の厳格化によって、大幅に受験者数が減ったということにはならない。

このことについては、11/6に書いた「介護支援専門員実務研修受講試験の受験者の大幅減について」という記事の中で僕は、受験者数の減少は、受験要件が法定資格を有する者などに厳格化されたことによるものではなく、処遇改善加算の支給対象に介護支援専門員が含まれていないことの影響もあるということを指摘しているところである。

受験者数が6割減ったという事実があったとしても、法定資格者以外の受験者が昨年までの受験者の6割を占めていたなんて言う事実はないからだ。

むしろ年収という生活に直結するものが、この受験者減に影響しているのだ。

介護職員処遇改善交付金以来、現行の介護職員処遇改善加算まで続く、介護職員の給与改善策の効果が徐々に表れてきた段階で、すでに一部の地域では夜勤手当を含めると、介護職員の方が介護支援専門員より年収が高くなり、しかも介護職員の待遇改善はさらに続けられる政策がとられる見込みが確実になったことで、将来を見据えて介護職からケアマネへの転身を目指さない人は確実に増えているというわけである。

そこにはお金のために介護支援専門員を目指す人を減らして、相談援助を職業にしたいという動機づけを持つ人だけが介護支援専門員を目指す方向にもっていくという思惑がある。それは介護支援専門員の資格を得た後に、その業務に興味を持てずに辞めてしまったり、業務スキルがない状態で質の低い業務しかできない状態に陥る人を、あらかじめスクリーニングしようという意図もある。

それも国の政策誘導の結果といえるのだ。介護支援専門員の数の確保より、介護職員の数の確保を優先するために、介護職から介護支援専門員へ転身して、介護職員の数が減少することを是としない方針転換が水面下で行われているのである。それでも介護支援専門員は将来的には充足するという意味もある。

介護職員をまず減らさないことを優先し、介護支援専門員が一時的に減った分については、政策的に介護支援専門員の必須業務を減らして対応しようというのである。

勿論、地域によっては今現在も介護支援専門員のなり手が少なく、居宅サービス計画書の作成担当者が見つからない住民がいて、そうした地域では、居宅介護支援事業所の介護支援専門員がケアプラン作成数の限界を超えて受けている事例があることも国はわかっている。それでもなおかつ今後はそうした状況が解消でき、将来的には今の介護支援専門員の数が維持されれば、介護支援専門員の数余りが生ずるとみているのだ。

それはなぜだろうか。例えば介護支援専門員のなり手が減り続けた先に、今現役の介護支援専門員がリタイヤすることを考えたとき、介護支援専門員の数が足りずに、サービス利用ができない国民が生ずるのではないかと国は考えないのだろうか。

それにはカラクリが隠されているのだ。いやそれは今後に向けた国の強い意図が隠されているといってよいだろう。

その意図とは、政策的に必要な居宅サービス計画数を減少していく方向に誘導していくという意味である。計画すべき居宅サービス計画の数が減るのであれば、それに対応する計画担当者としての介護支援専門員の数は少なくて済むということだ。

そのための次の一手は、居宅介護支援費の自己負担導入である。このことについて僕は「御用聞きケアマネを増やす悪政」として反対意見をこのブログ記事の中で再三唱えてきたが、いよいよ2021年の報酬改定時には、自己負担が導入される可能性が高くなっている。

それが定率負担なのか定額負担なのかは、今後の議論の流れで決まってくるが、どうやら自己負担導入の流れは止められないようである。するとここで起こることは、自己負担しなくてよいセルフプランの増加である。

制度が複雑になった状況で、セルフプランなんてそう増えるものではないと考えている人が多いが、ここでいうセルフプランとは、純粋な意味で利用者自身が作成するプランではなく、法令ルールの隙間を縫って、「サービス事業者が、自社サービスの囲い込みを目的に、無料でセルフプランを作成支援する」ということである。(参照:居宅介護支援費への自己負担導入は、介護支援専門員の職が奪われるという意味でもあるんだぜ

これによって居宅介護支援事業所の顧客は減ることになり、介護支援専門員の仕事も減るということになる。

さらに2021年の報酬改定時には、要介護1と2の人の訪問介護の生活援助が地域支援事業に移行される可能性が高くなった。もしかしたら福祉用具貸与も同様の取り扱いとなるかもしれない。

これによって相当数の居宅サービス計画が必要とされなくなることが予測され、この部分のケアマネの仕事も奪われていくわである。

しかも2021年の改定は序章にしか過ぎない。国の描くグランドデザインの中には、介護保険給付対象を、重・中度の要介護者に絞るというものがある。

つまり将来的には介護保険給付対象者は要介護3以上にして、それ以外の人は、原則として地域支援事業の対象とするか、もしくは自己負担で保険外サービスを利用してもらうという考え方である。

先般、「介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせて提供する場合の取扱いについて 」が発出され、保険外サービスの提供の弾力化が図られた意味は、利用者に保険外サービスに馴染んでもらおうという意図が隠されているのである。

そして徐々に、軽度者に対する保険給付できるサービス種類を減らしていくという意図があり、その結果、居宅介護支援事業所の介護支援専門員の仕事が大幅に減るために、その数は今より6割減っても対応できるという意味になる。

それはとりもなおさず個々の質の差を均等化するきっかけになるかもしれないということまで国は見据えているわけだ。

その考え方や政策誘導の方向性が正しいとは言わないが、そうした方向に進んでいるという事実に目をつぶってはならないのである。

はっきり言ってこうした状況下で、その背景分析をしてものを言わない職能団体(例えば日本介護支援専門員協会など)は一体何をしているんだという問題でもある。

どちらにしてもそのようなレールの上を走っていることを、介護支援専門員をはじめとした関係者は理解する必要があるだろう。

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国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(前編)


来年10月の消費税引き上げに併せて創設する新たな処遇改善加算については、介護事業者の人手不足の解消が目的とされており、介護職員のうちキャリアを重ねた人材を優遇し、その将来を描きやすくしてこの分野に関心を持つ人を増やしたり、離職する人を減らしたりする狙いがある。

そのため勤続10年以上の介護福祉士の給与を月額8万円改善することをベースに予算措置や支給方法が議論されているところだ。

この際に、「経験・技能のある介護職員」の範囲については事業者に一定の裁量を与え、基本は勤続10年以上の介護福祉士とするが、それは同一法人の経験に限定せず「介護業界勤続年数が10年」の介護福祉士も対象として扱えるようにする予定である。さらに介護福祉士の資格はないが有能なベテランも含めるなど、より柔軟な運用を認めることも検討していくとしている。

また新加算の支給対象は、現行の処遇改善加算III以上の加算対象事業者が条件とされる可能性が高く、他職種への配分も一部条件付きで認めていくことも検討されている。(※他職種への支給割合の制限などが検討される。)しかしこの場合でも、介護職員が配置されていない訪問看護事業所や居宅介護支援事業所などは加算対象にならないことになる。

ということは介護施設のケアマネジャーは、法人の考え方ひとつで、「新処遇改善加算」のおこぼれにあずかることができるかもしれない。しかし居宅介護支援事業所のケアアンネジャーは、そのおこぼれにさえあずかれず、1銭ももらえないというのが現時点での方向性である。

このことに関連して、介護業界の労働組合「UAゼンセン日本介護クラフトユニオン(NCCU)」が11/16に記者会見を開いた。

その会見では、来年10月の消費税引き上げの際に新設される「新処遇改善加算」について「介護従事者全体の処遇を改善すべき」と主張し、特にこの加算が居宅介護支援事業所を対象外としていることについて、「ケアマネと介護職員の賃金は近接してきた。これが新加算で逆転することになれば、ケアマネを目指す人はさらに少なくなる」・「ケアマネジャーには介護福祉士の資格を持っていて経験を積んでいる人が多い。そういう人たちを蚊帳の外に置いていいのか」と指摘している。

NCCUのこの主張・提言はまさに正論であり、拍手喝さいを送りたいと考えている関係者は多いだろう。組合員にとってはまさに現場の声を代表して発言してくれている内容であり、組合員の期待に十分応える活動を行っているという証拠でもある。

僕もこうした意見を堂々と主張することには大いに拍手を送りたいという気持ちはある。

しかしこの主張が極まてまじめに行われているだけに、痛々しさも感じざるを得ない。それはなぜか・・・。

そもそも政府や厚労省が、介護支援専門員を対象外にして介護職員の給与を引き上げることで、介護支援専門員より介護職員の給与ベースが高くなることや、そのことで介護支援専門員のなり手が減ることを考えていないわけがないからである。

そのことを織り込んだうえで、なおかつ介護職員を中心にした給与引き上げ策とし介護支援専門員は他の職種として介護職員と区分しているのは、介護職員の確保を最優先にして、介護支援専門員の確保は二の次で良いと考えているからに他ならない。

むしろ国は介護支援専門員の資格を得るための条件となる、「実務経験」について、範囲を広げすぎたことを、ここにきて後悔している向きがある。

2000年の制度施行前に、介護支援専門員の資格を得ることができる実務について議論された当初は、介護福祉士も介護職員も、その実務に入っていなかった。しかしそれでは必要とされる介護支援専門員の数の確保が難しいとして、介護職まで実務範囲を広げたという経緯がある。

しかしそのことによって、介護の現場で体力的な負担を感じるようになった介護職員が、基本的に夜勤をしなくてもよく、デスクワークが中心となる介護支援専門員の資格を取得して、介護実務から離れてしまったことが、介護職員不足の一因となっているという考え方が生まれてきている。

さらに数の充足が懸念された介護支援専門員については、その数がすでに十分確保されており、むしろ今現在問題となっているのは、介護支援専門員の個人の資質の「格差」であるという問題意識が生まれており、その解決の方策とは、資格取得後の実習等でどうにかなる問題ではなく、受験資格のハードルを上げ、受験問題の難易度も高めることで是正しようという動きがあるのだ。

それが証拠に、今年度の介護支援専門員の実務研修受講試験を受けた人の数が、昨年度より一気に6割強も少なくなり、37.5%にとどまっていることについては、11/6に書いた「介護支援専門員実務研修受講試験の受験者の大幅減について」という記事で指摘しているところだが、そのことが問題であると指摘しているのは、外部の評論家や事業関係者のみで、国がそのことに危機感を感じて対策を検討しているという事実はない。

つまり介護支援専門員の受験者数が減っていることも、権謀術数に長けた国が仕掛けた罠だし、新処遇改善加算でさらの介護支援専門員のなり手が減ったとしても、その見返りに介護職員が増えればよいと考えているのである。よってNCCUの正論で、国がその姿勢を変えることはないのである。

しかしなぜ国は介護支援専門員の数が減っても問題ないと考えているのだろうか。制度の行く末にそのことは負の遺産とならないと考えるその根拠とは何だろうか。

そのことについては、長くなるので明日の記事に続きを書きたい。
国の隠された思惑とはケアマネの政策的削減(後編)に続く。

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介護支援専門員実務研修受講試験の受験者の大幅減について


今日は11時から大阪グランフロントのITフェアで介護事業におけるICTの実用化などについて、制度改正と合わせた講演を行う予定で、いつもより早い時間に記事更新している。

ということで本題・・・。

今年度の介護支援専門員の実務研修受講試験を受けた人の数が、昨年度より一気に6割強も少なくなり、37.5%にとどまっているそうである。

その理由について、今年度から受験要件が、法定資格を有する者などに厳格化され、介護福祉士の資格のない介護業務の実務経験だけで試験を受けられなくなった影響が出ているのだろうと論評されている。

このことを介護支援専門員のなり手がなくなることにつながる問題であると深刻に考えて論評している向きもある。

しかし僕はこのことに関しては、違う意見を持っている。

受験資格の見直しに絞っていえば、制度開始から18年を経た今、その制度によって誕生し、制度運営の中心的役割を担ってきた介護支援専門員の成り手は今のままでよいのかを真剣に考える時期に来ており、そのきっかけとなるのが受験資格の見直であると考えてもよいのではないかと思う。

そもそもソーシャルワークの1技術であるケアマネジメントについて、それに精通した人に与える資格であるにもかかわらず、そのベースになるソーシャルワークの基礎知識と援助技術を持たない者にも受験資格を与えてきたことがよかったのかどうかを検証しなおす時期である。

介護の実務経験のみで、介護支援専門員実務研修受講試験の受講資格を与えるという考え方は、この制度を創設する際の当初にはなかった。しかし法案が国会審議を通過した後、制度の具体的運用方法を組み立てる際に、制度あってサービスなしという状況を創らないために、介護支援専門員という資格者をある程度の数まで誕生させる必要性が叫ばれ、介護の実務のみの受験資格を認めたという経緯がある。

介護サービスの現物給付化の手段として、事前のケアプラン作成を要件としているにもかかわらず、そのプランを作成できる有資格者の数が利用者の数に追いつかないと、介護保険制度は絵に描いた餅となる恐れがあったために、急遽、介護実務のみの受験資格を認めたのである。

その結果、資格試験の受験ハードルはずいぶん下がり、そのおかげで介護支援専門員の数が足りずに、ケアプラン作成待ちの利用者が困惑するという事態は避けられたが、資格試験のハードルを下げたことでソーシャルワークの質の低下を招いたり、介護支援専門員個々の質の差が目立つなどという弊害もみられるのは事実だ。

さらに介護支援専門員という新たな資格ができたことが、夜勤を伴うハードな介護業務を避けて、その資格を目指そうとする新たな目標を創った反面、そのことで介護従事者の数の減少に拍車をかけるという面も見られたということも否めない。これは果たしてこの国の介護の現実を検証しなおしたときに、よいことだったのか、ゆがんだ方向ではなかったのかを、一度立ち止まって考えるべき時に来ている。

受験資格の見直しと、受験者の減少は、そのことを考えるきっかけになるとポジティブに評価してもよいのではないだろうか。

現在、居宅介護支援事業所も介護施設も、介護支援専門員が足りないという状況ではない。逆に介護支援専門員の資格を持ちながら、その実務に携わっていない人も多い。

介護施設であれば、介護支援専門員の資格を有した人が、介護支援専門員と介護職員を兼務している人も多いが、その実態は介護職員でありながら、何ケースかのケアプラン作成業務をこなすだけのケアプランナーに陥って、ソーシャルワークなど全く行っていない状況も見られる。こうした弊害についても洗いなおす作業が必要だ。

介護支援専門員の大量生産という時期に終わりが来たことが、個々の質の差を均等化するきっかけになるかもしれないし、待遇改善のきっかけになるかもしれないという面もあるのだから、ことさら受験者の数の低下を嘆く必要はないのではないだろうか。

受験資格や試験内容のハードルを上げて、実務者のスキルの向上を図るという考え方を否定する必要性は全くないといってよい。

それは意味のない更新制度や主任ケアマネ制度を漫然と続けるよりもよりましな方向であると思える。

そもそも今回の受験者数の減少を、受験資格の見直しの影響という一点から評価することは間違っている。法定資格者以外の受験者が昨年までの受験者の6割を占めていたなんて言う事実はないからだ。受験要件の見直しは受験者数減のきっかけに過ぎず、別の要因があることを知るべきである。

処遇改善加算の対象とならない介護支援専門員は、加算対象職種となっており、かつ夜勤手当などがつく介護職員より年収が低い例も多々ある。来年10月に支給されることが確実視されている新処遇改善加算の対象職種は、介護職員以外にも広がる可能性があるといっても、介護職員が配置されていない居宅介護支援事業所は対象外であるとされている。

一定件数を超えた生活援助が含まれる居宅サービス計画の届け出義務と、それをめぐる過度な行政介入を、ケアマネ公開処刑と揶揄する向きもある。

そんな中で、数十人の人生に深く介入するケアマジメントの業務の負担を考えたとき、介護支援専門員という仕事の将来を悲観する関係者も増えている。そのことが試験を受験しなければならない負担と相まって、受験者数の減少につながっているという認識が必要だ。

受験資格の見直しのみにターゲットを絞った受験者数減の議論は、笑止千万でしかない。

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アドバンス・ケア・プランニングの基盤となるケアマネの役割り


敬老の日を前に厚生労働省は14日、全国の100歳以上の高齢者(15日時点)が昨年より2014人多い6万9785人に上ると公表した。このうち女性が88.1%を占めているそうである。

都道府県別では、島根が6年連続で最多の101.02人で、鳥取の97.88人、高知の96.50人が続く。一方、埼玉は32.90人で29年連続の最少となり、次いで愛知36.78人、千葉39.34人の順となっているそうだ。

島根と鳥取に長寿高齢者が多いのは、神の国出雲のご利益だろうか・・・。

かつて「人間50年」と言われたわが国では、長生きすることが人生の最大目標とされていたことがある。その目標は達成されたわけではあるが、一方わが国では意思疎通ができない状態で、医療器具をつけたままで、ずっとベッドに横たわる高齢者の数も多い。

北大病院の医師である、宮本顕二氏と宮本礼子氏ご夫妻は、その共著本「欧米に寝たきり老人はいない〜自分で決める人生最後の医療より 」(中央公論新社)の中で、ある療養型病床の日常風景を次のように記述している、

「病床の約7割の方が経管栄養か中心静脈栄養でその半数の方が、痰がつまらないように気管切開され、チューブが入っている。それらの患者さんに看護師が数時間おきに気管チューブから痰の吸引を行っているのであるが、吸引のたびに苦しむ患者の姿がそこにある。意識がない患者でも体を震わせて苦しむ姿がある。」

経管栄養が不必要だとか、悪者であるという論理は乱暴すぎるが。経管栄養が必要な人もおられる。しかし決して対象者のQOLを高めない状況が、本人の意思とは関係なく、延命のみを目的として経管栄養にしているケースによって生じている現状があることも事実だ。長寿国ニッポンの一面が、「悲惨なる延命」で支えられているとすれば、これは悲劇でしかない。

そうした状況を少しでも改善するための意識は高まっていると思える。例えば医療現場では、最期の迎え方を患者本人と家族、医師らが継続的に話し合う「アドバンス・ケア・プランニング」(ACP)の取り組みが進んでいる。

また政権与党である自民党は、終末期医療のあり方を規定した新法作成の検討に入っているが、そこではACPの考え方を盛り込み、患者の意思決定のあり方の透明化を医療現場に促す内容にしようと模索されている。

どちらにしても、今後の終末期医療の在り方を考える延長線上に、終末期を経管栄養によって伸ばす是非も含まれてくるだろう。その時に一番重要な点は、「患者本人の意思決定とその確認」であることは間違いない。

しかし終末期になった後に、その人の意思を確認することは難しくなる。よって意思決定ができ、その意志を表明することができる時期から、自分はどうしたいのか、どのような支援を受けたいのかということを確認するために、一人一人の国民がリビングウイルを宣言しておくことが求められるのだ。

そのことを実現する支援者も必要になる。しかしリビングウイルの宣言に関わる支援も、宣言する本院が終末期になってからでは困難となるのである。

そうすると終末期医療に関わるチームのうち、誰がリビングウイルの宣言のための支援を行うことができるだろうかと考えたときに、介護支援専門員は、利用者が終末期になる前から支援担当者として関わっている場合が多いことに注目してよいのではないかと考えている。

病状が悪化する前、意思確認ができる状態の時期から関わりを持っている介護支援専門員だからこそ可能となることがある。それがリビングウイルの宣言のための支援であり、そのことの役割をもっと意識した活動が、介護支援専門員には求められるのではないだろうか。

このことは介護支援専門員の皆さんに強く訴えていきたいと思う。近直の介護支援専門員の団体に向けた講演は福島県いわき市で予定されている。(参照:masaの講演予定

3.11以降、僕は福島県に何度かお邪魔して講演させて講演させてもらっているが、10月13日(土)・14:00〜16:00、いわき市文化センター(福島県いわき市)で行われる、「福島県介護支援専門員協会主催公開講演会」で、「看取り介護を通して考える〜生きるを支える〜」をテーマに120分お話しさせていただく予定がある。

その際には、今日ここで書いた内容を含めた話をしてきたいと思う。福島県の皆さん、よろしくお願いします。

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ケアマネが負う義務を増やして制度が良くなるのか?


本年4月の介護報酬改定に伴って、居宅介護支援事業所関連では次の基準・通知・省令改正が行われている。

基準改正としては、利用者の意思に基づいた契約であることを確保するため、利用者やその家族に対して、利用者はケアプランに位置 付ける居宅サービス事業所について、複数の事業所の紹介を求めることが可能であることや、当該事業所をケアプラ ンに位置付けた理由を求めることが可能であることを説明することを義務づけ、これらに違反した場合は報酬を減額 (所定単位数の50/100に相当する単位数(運営基準減算))するとした。

いわゆる囲い込みを防ぐための基準改正であり、担当介護支援専門員から利用者に対して、公正中立なケアマネジメントを行ったうえで、サービス事業者を適切に選択することを明らかにする基準である。

もう一つの変更は通知改正であり、集合住宅居住者において、特定の事業者のサービス利用が入居条件とされ、利用者の意思、ア セスメント等を勘案せずに、利用者にとって適切なケアプランの作成が行われていない実態があるとの指摘も踏 まえ、利用者の意思に反して、集合住宅と同一敷地内等の居宅サービス事業所のみをケアプランに位置付けるこ とは適切ではないことを明確化するとしている。

サ高住等の入所条件として、併設の訪問介護等のサービスを利用しなければならないという不不適切ルールを押し付ける事業者が増え、そのことを当該事業所に併設された居宅介護支援事業所のケアマネジャーが推し進めているという実態が、この通知変更につながった。

省令改正では、訪問回数の多いケアプランについては、利用者の自立支援・重度化防止や地域資源の有効活用等の観点から、 市町村が確認し、必要に応じて是正を促していくことが適当であり、ケアマネジャーが、統計的に見て通常のケ アプランよりかけ離れた回数の訪問介護(生活援助中心型)を位置付ける場合には、市町村にケアプランを 届け出ることとされたが、これについては、「基準回数を超える生活援助プランの届け出について」で指摘した通り、この届出とケアプランチェックについては、届け出なければならない居宅サービス計画を作成することを躊躇(ちゅうちょ)しないいただきたい。

国が言う基準回数を超える生活援助中心型サービスを、居宅サービス計画に組み入れることは少しも/日付で恥ずかしいことではない。その計画回数に根拠さえあれば良いのだから、きちんとアセスメントした結果として、その必要性を説明できれば何の問題にもならないのである。

どちらにしても公平・中立なケアマネジメントにより、サービス事業者による不当な囲い込みをなくすための改正であることは間違いなく、それだけケアマネジメントへの信頼が揺らいでいるという意味にもとれ、このことについて居宅介護支援に携わる介護支援専門員は、危機感をもっておかねばならない。

こうしたルールの厳格化がさらに推し進められると、介護支援専門員の裁量が働く余地が著しく狭められ、それはある意味、型にはめられた利用者支援しかできなくなることにつながりかねず、ケアマネジメントによる適切な判断を阻害することになりかねないものである。

そう強く感じたのには理由があって、7/13付で介護保険最新情報Vol.664が発出され、そこでも居宅介護支援事業所の介護支援専門員にあらたなぎむがかせられているからだ。

この通知は住宅改修費についての改正通知である。

ご存知のように介護保険の住宅改修は償還払いであるが、工事前・工事後の必要書類のチェックが通れば、支給限度基準額( 20万円)の9 割( 18万円)を上限として利用者に住宅改修費が支給される。

住宅改修の種類としては、(1)手すりの取付け (2)段差の解消 (3)滑りの防止及び移動の円滑化等のための床又は通路面の材料の変更(4)引き戸等への扉の取替え (5)洋式便器等への便器の取替え (6)その他前各号の住宅改修に付帯して必要となる住宅改修がある。なお(3)については法施行当初は、屋外における段差解消、床材の変更及び手すりの取付けなどの工事については、玄関ポーチの工事を除き、住宅改修費の支給対象としていなか ったが、告示改正により、平成12年12月以降、玄関から道路までの(建物と一体ではない)屋外での工事も住宅改修の支給が可能となった。

これらは高齢者の自立を支援する役割を担っているが、価格の設定は住宅改修を行う事業者の裁量によるほか、事業者により技術・施工水準のバラツキが大きいなどの課題があるとされている。

そのため厚労省は今回、居宅介護サービス計画又は介護予防サービス計画を作成する介護支援専門員や地域包括支援センターの担当者に対し、複数の住宅改修の事業者から 見積もりを取るよう、利用者に対して説明することとする義務を課している。

さらに利用者が市町村に提出する見積書の様式もあわせて提示。改修の内容や材料費、施工費などの内訳が明確に把握できるものを作ったとして、これを活用するよう呼びかけている。

競合により、適切な価格につながるのであればよいのだろうが、実際には住宅改修は、ケアマネジャーの人脈をたどって、信頼できる職人に依頼することで、アフターフォローもしっかりしてくれるなどのケースが多く、業者間の合い見積もりで選んだ業者が必ずしも品質の高い改修を行ってくれるとは限らない。それは結果的に安かろう悪かろうの結果しか生まなかったり、融通を聞かせてくれることがなかったり、工期の遅れにつながるなどのデメリットの方が大きくなる可能性が高い。

介護支援専門員が負うべき義務を増やして制度が良くなるわけではあるまいと思うのである。

本末転倒の改正通知にならないことを願うばかりである。

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介護支援専門員の矜持を胸に


介護保険制度は関連法がたくさんあるので、その改正内容をいちいち把握するための確認作業が面倒である。しかしそのことを怠っていると、ルールの変更を失念して不利益を被る場合があるので、情報の収集と確認を常に行っておかねばならない。

ただし常に新しい情報を確認することを厭わないという気構えさえあれば、厚労省の通知等は誰であってもインターネットで最新のものが確認できる。よって確認方法に悩むという必要はない。要はその情報をいかに整理して理解できるかという点が重要であって、僕が管理する表の掲示板などのように、最新情報を明らかにしながら、その内容の理解につながる意見交換を行っていることは、それなりに意味があることだと自負している。この点はインターネットがなった時代とは隔絶の感があるところだ。是非こうしたツールを利用して情報収集に努めていただきたい。

さてそんな情報の一つとして「介護保険最新情報Vol.659」が6月27日付で発出されている。

これはいわゆる「第8次分権一括法」が27日に施行されたことに関連するもので、介護支援専門員の処分に関して都道府県の裁量権を広げた内容となっている。

介護支援専門員の登録は済ませているものの、介護支援専門員証の交付は受けていない場合や、資格の期限が過ぎたのに更新研修を修了していない場合などでも、介護支援専門員の業務を引き続き行っている人に対して、都道府県はその事態を把握した際に、現行ルールでは直ちに登録を取り消す処分を行う必要があった。

このルールを改正して、都道府県が介護支援専門員証の交付申請を速やかに行ったり、更新研修をすぐに受講したりするよう本人に指示できるルールとしている。

ただし都道府県が悪質と判断したケースについては、従前と同様に直ちに登録が取り消されるし、都道府県が当該指示を行ったにもかかわらず、なお介護支援専門員証の交付を受け ることなく業務を継続した場合は、「情状が特に重い場合」に該当すると して登録を消除することとなっている。

このようなルールに改正された理由は、本人の責めに帰さない事由等が認められたことによるものだ。例えば単に介護支援専門員証の交付手続きを失念していた場合などの情状酌量の余地があるケースについて、都道府県の裁量で救うことができるように柔軟な対応を可能にしたものである。更新研修を受講していなかったケースも単なる失念といってよいかという議論はあるだろうが、悪質か否かという判断をケースごとに行うという裁量が都道府県に認められたことは正しい方向であるといえるだろう。

こうした方向にルールが改正されたことは、単に都道府県の裁量権の拡大ということだけではなく、それだけ介護支援専門員という有資格者の存在の必要性が高まっているということだと意識してほしい。要らない資格ならこのような救済策は取られないのだ。

介護支援専門員という有資格者の存在が、この国の福祉の底辺を確実に引き上げており、地域社会で要介護者が暮らし続けるために必要不可欠な存在になっているからこそ、事務処理の不手際だけで、その仕事ができなくなることは社会の損失であるとされたのである。このことをしっかり理解してほしい。

巷では、「介護支援専門員不要論」などという言葉を口にする関係者もいなくはない。しかしそのような言葉を軽々しく口にする人は極めて無責任であると言ってよい。そのような論理に根拠も実体もなく、制度設計者である国やその部局の中で、介護支援専門員という資格が要らないという議論もないし、不要論が唱えられている事実もないからだ。

勿論、個々の介護支援専門員のスキルに差があるという事実は否めず、中には介護支援専門員としてどうなのかという人物がいることも否定しないが、だからといってそのことを不要論として一把一絡げで論ずるのはあまりにも乱暴で無責任である。

要介護者にとって、介護支援専門員という資格を持つ人が担当者として存在していることが、いかに安心な暮らしにつながっているかを、その存在がなかった頃と比較して考えれば、この資格をなくすことがいかに無謀といえるかに気づくだろう。

そのためには介護支援専門員全体のスキルを一定以上に担保する方策と自助努力は求められるであろうが、介護支援専門員という資格そのものに劣等感を抱くような論調があってはならないし、その資格を持つ人々は、その資格に誇りと使命感を抱いて、さらに自分を磨く研鑽・努力をすべきであると考えていただきたい。

介護支援専門員は間違いなく社会にとって必要で、地域住民にとって不可欠な存在であるといってよい。そのためにもスキルを磨く不断の努力が求められるのである。

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僕はケアマネサポーター


今日も北海道は良い天気に恵まれている。札幌で行われている「よさこいソーラン祭り」も天候に恵まれて盛り上がっている。

そんな北海道から、今日僕は東京に向かおうとしている。今13:00発の羽田便の搭乗待ちのため、「JALさくらラウンジ」でコーヒーを飲みながら、この記事を更新しているところだ。

今回の旅は、東京と静岡に向けた旅である。

明日は東京ファッションタウンビル(東京ビッグサイト)で行われる、内田洋行主催・地方自治情報化の“いま”と“これから”を考える公共ICTフォーラム2018 TOKYOで講演を行うが、こちらにはオープン参加で、介護関係者だけではなく、自治体職員や教職員も参加し、その規模も千人を超えるフォーラムである。僕の講演会場にも100名以上の参加者があると予測される。会場でお会いする皆さん、ぜひ声をかけて下さい。

その前に今日の夜は、「みなとパーク芝浦」で行われる、「みなと主マネ隊発足記念講演」でお話しさせていただく予定になっている。

港区のケアマネ協会には僕の大学の先輩もいて、日ごろから大変お世話になっている。メンバーの皆さんは、僕が上京しているときに合わせてオフ会を開いて遊んでくださる仲間たちだ。その仲間たちが、このたび主任ケアマネの新たな会を立ち上げるに際して、最初の勉強会に僕を講師として招いてくれたもので、非常に光栄である。勿論、講演後はオフ会も予定されている。

そのあと10日(日)の午後に、静岡市で行われる静岡県介護支援専門員協会・全体研修で講演を行うために、今日と明日の東京講演を終えた後、土曜日の午後から静岡に移動予定である。
(※ちなみに、フェイスブックで広島の「汁なし担々麺」を食べてみたいとつぶやいたところ、ファシリテーター株式会社の、小田代表取締役から、東京にも本場広島の支店があるとの情報をいただき、静岡行きの前に、小田さんがそのお店に案内してくださることになった!!こんな素敵なつながりと寄り道もうれしい!!)

静岡県に行くのは、昨年の浜松講演依頼であるが、静岡市では数年前にも今回の講演主催者である静岡県介護支援専門員協会さんに招かれて講演を行ったことがある。その際は制度改正の話をした記憶があるが、何年前の制度改正であったか・・・かなり以前になる。その時は受講者が700人くらい集まり、非常に驚いたという記憶がある。今回も静岡県内の介護支援専門員の皆さんが多数集まるのではないだろうか。

今日と日曜の講演は、このように介護支援専門員の職能団体の講演会であり、受講者は全員、介護支援専門員であるため、居宅介護支援を中心に介護保険制度改正と介護報酬改定の分析などを中心にお話しすることとした。ただもうこの時期であるから報酬改定の解釈はとうにできているだろうから、その部分はさらりと流して、不明な部分は質問に答えるとして、新しい制度や報酬体系の中で、ケアマネに求められている役割と使命というものについて語りたいと思っている。

僕の著書である「介護の詩〜明日へつなぐ言葉」の第三章 のテーマは、「あなたがいるから地域で暮らし続けられる」としているが、ここで言うあなたとは介護支援専門員のことである。その本を読んでいただいた方はそのことを理解してくれているだろう。そこでも書いているが、介護支援専門員の誕生によって日本の福祉の底辺は、確実に引き上げられたと僕は思っている。

それを証明したのが、3.11をはじめとした災害時のケアマネの活躍ぶりであった。そのことも紹介したいと思う。

なにはともあれ、介護支援専門員は利用者本位という言葉を、建前ではなく本音に変える代弁者であり、ケアプランは、その宣言書である。そのことをしっかり伝えてきたい。

それでは、港区と静岡市でお会いする介護支援専門員の皆さん、どうぞよろしくお願いします。

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居宅介護支援費の自己負担導入にメリットはなにもない


今年度の報酬改定で見送られた居宅介護支援費の利用者自己負担導入について、すでに3年後の報酬改定でもその議論が再燃することが明らかになっている。

このことについて僕は、過去のブログ記事でも再三、反対の声を挙げている。

それは、自己負担導入がケアマネジメントの質の向上につながらないだけではなく、居宅介護支援事業所の介護支援専門員が、利用者のニーズに沿わない「表明された希望」にのみ従う、「御用聞き」状態を助長するというのが、その主な理由である。

どこぞの大学教授か何か知らないが、学者がそのことに一点の理があるようなことを言っているが、それは現場を知らないボケ論理でしかない。

居宅介護支援費の利用者自己負担導入とは、ケアマネジメントが正当に機能しなことにつながる由々しき問題であるのだ。

そのこととは別にこの問題を、居宅介護支援事業所の経営的な視点から考えてくると、利用者自己負担の導入は、居宅介護支援事業所の収益を悪化させる要因にもなるということを、「居宅介護支援費への自己負担導入は、介護支援専門員の職が奪われるという意味でもあるんだぜ」という記事で解説している。

セルフプランの作成を無料で支援して、その見返りに自分の所属法人のサービスに利用者を囲い込もうという事業者は確実に存在するし、自己負担導入が実現したら、そうした事業者は増えるだろう。

そこではケアマネジメントの質など存在さえしなくなる。リンク先を張り付けた記事で指摘しているが、このことは合法的に行われてしまうので、行政指導が及ばない問題となり、事実上野放しで行われる。そのことだけでも大問題だ。

それに加えて、国保連への請求だけではなく、利用者への請求という業務が増える負担も、居宅介護支援事業所の介護支援専門員が負わねばならない。しかしこの業務は単に費用を請求して支払いを受けるにとどまらず、支払いが滞る人に対する催促などの様々な手間が付随することになる。そうであっても一定割合の未収金は必ず生ずることは、現行の居宅サービス事業者や介護施設の利用者負担の滞納率を見れば明らかだ。この問題の責任(未収金の集金等)も担当介護支援専門員が負うことになる。

つまり居宅介護支援事業所の介護支援専門員は、居宅サービス計画を作成し、給付管理をしながら利用者支援を行うだけではなく、利用者自己負担分の請求と受領に関する一連の業務負担が増える中で、顧客減と一定割合の利用者負担分の滞納という収益減リスクにさらされることになる。これによって業務が増えて給料が減る介護支援専門員が多くなるかもしれない。

そもそも現在でさえも、忙しい業務に追われているのに、そのような業務負担と受領責任を負うことを良しとするのだろうか。

有能な介護支援員の方々が、プライベートの時間であっても、常に利用者のことを頭の片隅で考えながら、日々の支援行為に当たっている姿を見るにつけて、そのような状態に居宅介護支援事業所の介護支援専門員を置きたくないというのが、僕の反対理由の一つにもなっている。

居宅介護支援事業の中で、介護支援専門員の方々が、その能力をより発揮できるための働きやすい環境をつくり、その能力がより発揮できるようにすることが、国民の福祉の向上や地域包括ケアシステムの深化には、より重要なことではないのだろうか。

それほど介護支援専門員という有資格者は、この国の福祉の底辺を引き上げ、この国の福祉の質を支える重要な役割を担っているのである。

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利用者負担率増加議論に思うこと


僕は1999年の秋に行われた、第1回の介護支援専門員実務研修受講試験に合格している。いわばケアマネ1期生というわけである。

しかしその時、介護支援専門員とは何をする人なのかということは明確には示されていなかった。

介護施設の介護支援専門員については、施設のケアプランをつくる義務を担う人で、それまでの相談員業務とさして変わらないというイメージは持っていたが、居宅サービスを担当する介護支援専門員については、漠然と居宅サービスの計画をつくる人というイメージしかなかった。

その後、居宅介護支援事業所の業務内容が具体的に示されたのは、その冬のことであった。確か年末に近い時期であったと記憶しているが、気温がかなり下がったある日、凍えるような寒さの中を、札幌の厚生年金会館(当時)まで出向き、そこで道の説明を受けた記憶がある。(※時期の記憶はあいまいで、もしかしたら年明けだったかもしれない。いずれにしても尋常ではない寒さの日であったことは間違いない。)

その会場で、第1分冊と第2分冊という分厚い説明資料を初めて受け取って、居宅介護支援業務について説明を受けたわけである。

その時初めて、居宅介護支援事業所とは何かということを知り、その中で介護支援専門員とは、居宅サービス計画を作成するだけではなく、給付管理業務という「お金の計算と請求業務」を行うことを知った。

介護支援専門員は文系出身の人が多いだろうし、事務員は実務経験にはならないために、利用料の計算や請求業務に携わった経験のある人は少なかっただろうから、これには驚いた人が多いだろう。しかも後に、居宅介護支援事業所においては、居宅サービス計画を作成するだけでは報酬が発生せず、給付管理を行って初めて収入を得られることを知り、二重の驚きとともに、そうした業務に自分が携わることができるだろうかと不安を持った人も多かったのではないだろうか。

ただ実際に、その業務に就いてみると、給付管理業務は簡単な算数ができればこなせる程度の業務で、なおかつ大部分は、コンピューターソフトが自動計算してくれることになり、その業務に対する不安や負担感は解消されたように思う。

しかも給付管理業務は、介護支援専門員にとって、決して付帯業務ではなく、主業務として大切であることが分かってきた。それは利用者の懐具合を知り、それに見合ったサービスを考えるうえで、必要不可欠な業務であるという理解を促すものだったのである。

居宅サービスを利用する人の経済事情は様々で、負担能力に関係なく応益負担となった介護保険サービスにおける1割負担が、まったく問題とならない人もいれば、自己負担が生活費に影響する人もいて、居宅サービス計画とは、心身ニーズだけを考えれておればよいわけではないことを知った介護支援専門員も多いだろう。

その時に僕が考えたことは、1割負担でさえも暮らしに影響を与える状況を考えると、未来永劫この負担率が続くわけでもないだろうから、利用自己負担割合が増えたときに、サービスを抑制して必要な支援が受けられない人が出てくるのではないかということである。

しかし介護保険制度は、その持続可能性を担保するとして、走りながら改革が行われており、その結果、一定以上の所得者については既に2割負担となり、今年10月以上は、さらなる高所得者の3割負担も導入される。

しかし4月25日に行われた財政制度等審議会で財務省は、介護保険利用者負担割合の一律2割負担を提案している。

さらにこのことについては経団連が、軽度者の負担割合の引き上げを求めており、次期報酬改定に向けて利用者負担割合の見直し論議が避けられないところとなっている。

我が国では、2025年まで75歳以上の人口が急速に伸びていく。それ以降は、75歳以上の人口増は落ち着くが、85歳以上の人口が伸びていく中で、40歳〜64歳の第2号被保険者も減少し、現役世代が減少していくという情勢変化が確実となっている。そのため高齢者の「支え手」が財政・サービス両面で急速に縮小していくのも確実だ。そんな中で、利用者負担率の増加をはじめとした、国民の痛みを求める傾向がより強くなることも必然の状況ではある。

しかし団塊の世代より年金収入が減る世代が高齢期を迎えるという視点が一方で必要となり。社会保障費は、社会のセーフティネットであるという視点も忘れてはならない。

それは我が国の経済をも支える基盤でもあるのだから、応益負担だけではなく、応能負担の考え方も取り入れて、暮らしに困窮しない減免制度の導入が、一律の負担増の条件として求められることを指摘しておきたい。

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ケアマネと障害者福祉の相談支援専門員との連携について


誤解されがちな共生型サービスは、居宅介護支援基準改正とリンクしているから続く)
介護保険制度と障害者福祉サービス制度に共生型サービスが位置付けられた意味は何だろうか。

介護保険事業者からすれば、今後経営体質の強化を求められる状況で、高齢者福祉サービスだけではなく、障害児・者のサービス分野に参入し、事業拡大を図っていく第一歩になるという意味もあるかもしれない。

しかし共生型サービス誕生のもともとの意味は、障害児・者の方々の福祉援助の継続性を見据えたものであることは言うまでもない。

障害児・者の方々は、 障害福祉サービスとしての・居宅介護、重度訪問介護・生活介護、自立訓練(機能訓練・生活訓練)・短期入所・児童発達支援、放課後等デイサービスを継続利用している人が多いわけである。それらの方々が65歳に達するなどで、介護保険の被保険者となった場合、サービスの適用関係によって、原則介護保険サービス利用に移行しなければならない。つまりその時点で、障害福祉サービス相当のサービスが介護保険サービスとして存在しておれば、それまで利用していた 障害福祉サービスが利用できなくなるわけである。

しかし共生型サービスが誕生したことで、 障害福祉サービス事業所が、介護保険制度における、障害福祉サービスとの相当サービスの指定を受けることで、障害児・者の方々は介護保険の被保険者になった以後も、利用事業所を変えることなく、継続して介護保険サービスを利用できるわけである。

障害児・者の方々にとって、このことは介護保険の被保険者になった以降も、自分が信頼できるなじみの職員に継続して支援を受けることができるという意味にもなり、求められていたことでもある。

確かに昨年度までにおいても、介護保険と障害福祉サービスの指定を別々に受ければ、同じ事業所によって両者のサービスが提供できる仕組みはあったが、両者の基準が異なっており、その壁は高かったと言え、今回の改正により、その壁をなくし、なおかつ高齢者の方と障害児・者の方が同一事業所内で同時一体的にサービスを利用できることにもなったわけであり、その違いは大きいと言える。

今回は介護保険制度における訪問介護と通所介護、短期入所生活介護において、このことが実現するわけだが、今後を見据えると共生型サービスは、他の分野にも拡大する可能性が高い。

ところで共生型サービスによって、障害児・者の方々が、介護保険の被保険者になった以降も、それ以前に利用していたサービス事業所で、継続してサービス利用できるケースが増えたとしても、それまでと全く同じようにサービスが受けられることにはならない。

介護保険サービス利用に移行した場合、サービスを現物給付化するためには居宅サービス計画の作成が必要になり、自己作成以外では、居宅介護支援事業所の介護支援専門員にその作成を依頼する必要がある。これは障害児・者の方々にとっては、自分の日常支援の「主担当者」が変わることを意味している。
(※居宅サービス計画がない場合は、サービスは現物給付化されずに、償還払いで利用することになる。)

障害者福祉サービスを利用する場合、一部サービスを除いて「相談支援専門員」による相談支援やサービス利用計画の作成が必要とされている。つまり障害福祉サービス利用者には、相談支援専門員という担当者がいる場合が多いわけである。その担当者が介護保険サービス利用に移行した後は、居宅介護支援事業所の介護支援専門員に替わるケースが多くなる。

当然のことながらその時に、新たに担当者となるケアマネと、それまで担当していた相談支援専門員との連携が求められるわけである。そのため今回、障害福祉サービスを利用してきた障害者が介護保険サービスを利用する場合等における、ケアマネジャーと障害福祉制度の相談支援専門員との密接な連携を促進するため、指定居宅介護支援事業者が特定相談支援事業者との連携に努める必要がある旨を明確にする省令改正が行われたわけである。居宅介護支援事業所の介護支援専門員は、この省令改正の意味を理解しているだろうか?

障害福祉サービスと介護保険サービスでは費用負担形態が異なることも大きな問題である。

住民税非課税世帯などに属する障害児・者の方々の、障害福祉サービス利用に関わる負担はゼロであるが、介護保険サービスに移行した時点で、原則1割負担に移行するために、利用者の方々にとっては、いきなり利用者負担が発生して、経済的に困窮する可能性があるのだ。そのためにサービス利用も抑制してしまうかもしれない。

そのために新たに担当者となるケアマネジャーは、費用負担の丁寧な説明が求められるだけではなく、障害福祉分野の費用負担減免制度も知っておかねばならない。例えば障害福祉サービスには、「高額障害福祉サービス等給付」がある。これは世帯における利用者負担額の合計が大きくなり、一定の基準額(月額負担上限額)を超える場合、申請を行うと世帯のサービス利用料(利用者負担額)の合計と基準額との差額が支給(償還)される制度であり、障害福祉サービスと介護保険サービスの併用の場合も該当する。(※障害福祉サービスのうち、居宅介護(=訪問介護)、生活介護(=通所介護)、短期入所を60歳〜65歳になるまで継続して利用している場合、介護保険に移行すると自己負担分は、障害福祉から償還払いされる。)

しかしそれはあくまで申請による償還払いであり、担当者がその制度を知らずに、申請がされない場合、償還も受けられないので注意が必要だ。

将来的には、介護保険制度と障害福祉サービスは、より密接の関わってくることも視野に入れて、今後、介護支援専門員は、障害福祉サービスの勉強もしていく必要があるだろう。

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管理者を主任ケアマネにすれば、ケアマネジメントの質向上に結び付くのか?


日本介護支援専門員協会という組織は、随分とおもしろい団体だ。会員の意見を代表するよりも、国に顔を向けた活動しかしていないように見えるからだ。その姿勢は糾弾にも値しない嗤うしかない姿である。

特に滑稽だったのは特定事業所集中減算について、2016年6月に会計検査院が、減収を避ける目的で意図的に集中割合を下げる事業所が多いとして、「集中割合を調整しようとすれば、必ずしも利用者本位のプランが作られていないことになる。ケアマネジメントのそもそもの趣旨に反する」・「(特定事業所集中減算というルールは、)合理的で有効とは言えない」と見直しを求めたことが、廃止議論につながったにもかかわらず、この協会が「利用までのプロセスに必ず主治医が関わる医療系サービスは対象から外すべきだと考える」などという訳の分からない意見書を出していることだ。最終的にはこの減算ルールは廃止されずに、前回改定前の福祉系3サービスだけ減算対象とするというルールに逆戻りしてしまった。

公正中立なケアマネジメントのために、福祉系3サービスの集中減算が必要だという理由がわからない。なぜそれを残したのか?少なくともこの協会が下らない意見書を出さずに大人しくしておれば、特定事業所集中減算というくだらないルールは廃止されていた可能性が高い。まったく何をしているのだか・・・。

居宅介護支援事業所の管理者を、「主任ケアマネジャー」に限定した基準改正について、この団体は賛成の立場をとっていることもおかしなことだ。

その理由について、ケアマネジメントの質向上のためとしているが、なぜ主任ケアマネを管理者にすればケアマネジメントの質が向上するのかという理由について、次のように理論づけしている。

1.主任ケアマネジャーになるためには、5年間の実務経験が不可欠になる。=管理者としての責務を十分に果たすには、やはり一定の経験値を積んでいることが必要になると考える。
2.主任ケアマネの研修では、個別事例の検討やスーパービジョン、後輩の育成や業務管理、リスクマネジメントに関するカリキュラムも含まれおり、これらを学んでいる人とそうでない人のどちらが相応しいか? それはやはり前者である。
3.主任ケアマネが管理者を担っている事業所の方が、他のケアマネが相談できる時間を設けていたりOJTを行っていたりする割合が高いと厚労省の調査でも裏付けらた。

以上の3点がその理由である。あほか!!

1については、もともとケアマネになるためには、様々な職種の実務5年というハードルがある。それを無視して、さらにケアマネ実務5年というキャリアを求めているということは、ケアマネの資格取得のための実務は無駄であるということに他ならない。その理由の本音部分は、その実務にはソーシャルワーク実務とは程遠い実務が含まれているとことであり、本来なら相談援助職以外の実務経験をキャリアに認めてはならないと主張すべきである。それをしないのは、協会会員に占める介護職員実務で資格取得した人たちの割合を無視できないからだろう。そもそもケアマネ資格取得後に5年ものキャリアを積まないとケアマネジメントの質が保てないのであれば、資格試験受講に必要な実務要件など失くしてしまえばよいし、それに加えて試験内容の見直しを行って、ケアマネ資格取得のハードルを高くした方がまだましである。なぜそれをせずして、国の提言に迎合することしかしないのだろうか。そもそも一定の経験値が必要だというなら、ケアマネ実務経験でよいだけの話で、主任ケママネでなけれなならないという根拠にはならない。屁理屈にもなっていないわ。

2についていえば、主任ケアマネの研修という短い時間で、経営から教育、ケアマネ実務まで広く学んでも、そんなものは付け焼刃に過ぎないということをまるで分っていない。それより大学4年間で、ケアマネジメントをはじめとしたソーシャルワークを専門に学び、なおかつ介護経営論や、社会教育論を学んでいる社会福祉士の方がよっほど知識は広く深い。そうした人材も5年の実務を経ないと介護支援専門員になれないことの方が問題で、それ以下の知識しかない人間が何に相応しいのか大いに疑問である。そもそもあの研修は、寝ていてもスクリーニングされずに資格が与えられるというハードルが低いどころか、ハードルのない研修である。そんなものでスキルが担保されるわけがない。どうせなら主任ケアマネも試験制にすれば?そういう提言もしないで、管理者要件を認めちゃうって意味わからん。突っ込みどころ満載の論理としか言いようがない。

3はまったくお笑いの世界である。データは読み取り方で、平気で嘘をつくことがわかっていないのか。というかどこから引っ張り出したデータかわからんが、全国的にそのような調査をしたのであれば、サンプル数や調査結果を具体的に示せと言いたい。そもそもOJTをはじめとした職場の教育・指導というのは、管理者がどういう資格を持っているかに左右されるのではなく、母体法人等のシステム上の問題だろう。スーパービジョンも試験のいらない資格者にできるとは限らず、個人のスキルという問題だろう。現にスーパービジョンのできない主任ケアマネなんて、そこいらにごじゃごじゃいるわ。そんな常識さえわかっていない連中が執行部として国の言うがままに同調意見を挙げるだけの団体に陥っていることに気が付かないのだろうか。それにしてもOJTやスーパービジョンが一管理者の資格(しかも眠って受講していても取得できる資格)で左右されると考える脳みその構造はいったいどうなっているんだ。わけわからん。

うがった見方をすれば、主任ケアマネ資格取得のための研修と更新研修を受講する人が増えれば、協会会員(特に執行部)にとっては、その講師役を務める機会が増えるなどの旨味があるのだろうと思ってしまう。そんなことはないだろうとは思うが、ここまでナンセンスな意見はそうでも考えないと理解不能である。

ところで特定事業所集中減算を元のルールに戻すことや、居宅介護支援事業所の管理者を主任ケアマネに限定することに賛成する意見は、全国各地の介護の場で活躍する介護支援専門員の声を代弁しているのだろうか。会員の声を代表しているのだろうか?

僕の講演を受講する介護支援専門員の方々に意見を聞くと、ほとんどが協会の姿勢に疑問を抱いている人々だ。つまり現場の声を代表していないのが、日本介護支援専門員協会の執行部の意見ではないのだろうか。

この協会の運営費は、国の補助金事業で賄われている部分があるので、それによってひも付き団体の域を出ず、会員より国に顔を向けざるを得ないということではないのか?

何より問題なのは、このような重要事項に関する組織の姿勢表明に際して、会員の意見を聴く機会をまったくもたずに、執行部の意見だけで「俺についてこい」方式ですべてを決めていることだ。これが民主的な組織といえるだろうか?

そのような団体に決して安くない会費を払い続けている会員のみなさんはお気の毒である。

どうせお金を使うならば、もっと現場の声を代表する別の団体を立ち上げて、そっちにお金を回したいものだ。


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特定事業所加算犬離蓮璽疋襪呂なり高い


本年4月からの介護報酬改定では、居宅介護支援事業所のうち、特定事業所加算を算定している事業所について、地域における人材育成の責務を強く意識した評価がされており、他法人が運営する居宅介護支援事業所への支援を行う事業所など、地域のケアマネジメント機能を向上させる取組を評価している。

そのため次の1項を加算要件に加えている。
(12)他の法人が運営する指定居宅介護支援事業者と共同で事例検討会、研修会等を実施していること。

これは特定事業所加算機銑まですべてに共通の要件であり、来年度から他法人の居宅介護支援事業所との事例検討会や研修会を共同開催しないと特定事業所加算の算定ができなくなる。そのため共同開催に向けた準備を早急に始めなければならない。ちなみに共同研修会を行う際には、是非僕を講師としてご招待いただければありがたい。

また特定事業所加算の要件であった、(8)地域包括支援センター等が実施する事例検討会等に参加していること、という要件については、本年度まで加算兇鉢靴陵弖錣らは外れていたが、来年度からはこの要件が兇鉢靴了残衢弖錣砲眥媛辰気譴燭里如△垢戮討硫短算業所が、地域包括支援センター等が実施する事例検討会等に参加しなければならなくなる。

また来年度からは特定事業所加算が新設された。

特定事業所加算機銑靴砲弔い討蓮該当する区分の加算を算定するもので、併算定ができないものであるが、については、機銑靴里い困譴を算定していることが要件となっているので、現在算定している加算気發靴は兇發靴は靴鵬辰┐董∧算残蠅できる加算であり、特定事業所加算算定事業者としては、できるだけこの犬盪残蠅靴燭い箸海蹐任△襦

しかしその算定要件は、かなりハードルが高いと言える。算定要件を以下に示す。

ニ 特定事業所加算()  次に掲げる基準のいずれにも適合するこ と。
(1)前々年度の三月から前年度の二月までの間において退院・ 退所加算 イ、 ロ、 イ、 ロ又は の算定に係る病院、 () () () () () 診療所、地域密着型介護老人福祉施設又は介護保険施設との連携の回数(第八十五号の二イからホまでに規定する情報の提供を受けた回数をいう。)の合計が三十五回以上であるこ と。
(2)前々年度の三月から前年度の二月までの間においてターミ ナルケアマネジメント加算を五回以上算定していること。
(3)特定事業所加算 、 又は を算定していること。


つまり前々年度の三月から前年度の二月までの間において退院・退所加算の算定に係る医療機関等との連携を年間35回以上行うとともに、ターミナルケアマネジメント加算(新設)を年間5回以上算定していることが算定要件となっている。

このうち(1)の退院・退所加算の算定に係る医療機関等との連携を年間 35回以上行うことについては何とかクリアできそうなハードルのような気がする。問題は(2)のターミナルケアマネジメント加算(新設)を年間5回以上算定するというハードルの高さである。

ターミナルマネジメント加算(400単位)の算定要件は以下のとおりである。

在宅で死亡した利用者(末期の悪性腫瘍の患者に限る。)に対して、別に厚生労働大臣が定める基準に適合しているものとして 市町村長に届け出た指定居宅介護支援事業所が、その死亡日及び死亡日前14日以内に2日以上、当該利用者又はその家族の同意を得て、当該利用者の居宅を訪問し、当該利用者の心身の状況等を記録し、主治の医師及び居宅サービス計画に位置付けた居宅サー ビス事業者に提供した場合は、1月につき所定単位数を加算する

今問題となっているのはわが国の死者数の増加であり、2010年と2030年を比較すると、その数が47万人以上増えることが予測されている。国民の8割以上が医療機関で死を迎えている現状を考えると、この数は脅威で、医療機関のベッド数が減少することと相まって、すべての国民が暮らしの場で安らかな死を迎える社会を作ることが差し迫った課題である。そうしないと莫大な数の看取り難民が生じかねない。

そのため地域包括ケアシステムの一つが、死ぬためだけに入院しなくてよい社会を作るために、医療介護連携をはじめとした多職種連携で、暮らしの場での看取り介護・ターミナルケアの実施が求められているところである。そのために居宅介護支援事業所の介護支援専門員にも、居宅での看取り介護により積極的に介入してもらうために、ターミナルケアマネジメント加算が新設されたという意味がある。

しかし現在我が国の自宅での死亡率は13%程度である。年々このポイントは少しずつ増加しているが、居宅サービスを利用しながら生活している人を担当する居宅介護支援事業者の介護支援専門員の担当利用者が、年間何人程度お亡くなりになっているのだろう。

仮に担当利用者が40人だとして、それらの利用者のうち年間5名の方が自宅で亡くなっているという介護支援専門員はそう多くはないのではないだろうか?

さらにこの加算は、算定対象者を「末期の悪性腫瘍の患者に限る」としている。果たして自分の担当利用者が年間5人以上、末期がんで亡くなっているという介護支援専門員は存在するだろうか?これは相当高いハードルだ。

新加算犬蓮∩亜糠度の三月から前年度の二月までの実績により算定するものであり、最速でも来年度からしか算定できないが、それにしても算定率はかなり低くなると思う。

居宅介護支援事業所の介護支援専門員が在宅での看取り介護に関わること自体が意味があるのだから、ターミナルケアマネジメント加算算定実績は、一人でもあればよいのではないかと思ったりする。

そちらにしても、居宅介護支援事業所の介護支援専門員には、今後より積極的に居宅生活を送る場所で、最後まで安心して暮らすための支援として、暮らしの場での安心と安楽な看取り介護という視点が求められてくるわけである。

そういう意味では、僕が全国各地で行っている、「看取り介護講演」に、今後はより多くの居宅介護支援事業所の介護支援専門員の皆さんにも参加いただきたい。
2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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介護支援専門員の責務


僕はかねてから、介護支援専門員の誕生によって、日本の福祉の底辺は確実に底上げされていると考えている。

特に居宅介護支援事業所ができ、そこに所属する介護支援専門員が、居宅サービス計画作成担当者として地域の要介護高齢者の、「担当者」として存在していることは重要な意義がある。それは地域で暮らしに営む要介護高齢者にとって、自分に何かがあれば、いつでも相談でき、いつでも駆けつけてくれる介護の専門家がいるという意味で、これほど心強いことはない。

3.11のときも、地齋地では要介護高齢者の「担当者」である介護支援専門員の獅子奮迅の活躍があった。自分や家族が被災しているにもかかわらず、自分が担当する利用者を探して、避難所を訪ね歩く介護支援専門員の姿が見られた。その中には、家族の安否が不明であるにも関わらず、自分の担当利用者の安否を確認しようと、被災地を駆けずり回っている人もおられた。

家族を失って泣きながら、被災地で支援業務を続けている人々の姿を見ると、ただただ頭が下がる思いで、かける言葉さえ失った。そんな素晴らしい対人援助の専門家を誕生させたのが、介護保険制度という制度でもある。

しかし昨今のケアマネジメントの質議論でも問題になることだが、日本の福祉の底辺を引き上げる原動力になっている介護支援専門員がいる反面、利用者の暮らしより事業者の利益優先の仕事しかしてくれない介護支援専門員も存在することは事実だ。

とくに利用者が連絡をとろうとしても、様々な理由をつけて、なかなか連絡が取れない介護支援専門員がいたりして、利用者が困惑している状況がみられる。連絡が取れない理由も様々であるが、中には職場の会議中であることを理由にして、利用者からの電話連絡を取り次がない事業所がある。

しかしこれは法令違反である。

指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準について(平成11年7月29日付け老企第22号)の、2人員に関する基準、(1)介護支援専門員の員数
介護支援専門員は、指定居宅介護支援事業所ごとに必ず1人以上を常勤で置くこととされており、常勤の考え方は(3)の[1]のとおりである。常勤の介護支援専門員を置くべきこととしたのは、指定居宅介護支援事業所の営業時間中は、介護支援専門員は常に利用者からの相談等に対応できる体制を整えている必要があるという趣旨であり、介護支援専門員がその業務上の必要性から、又は他の業務を兼ねていることから、当該事業所に不在となる場合であっても、管理者、その他の従業者等を通じ、利用者が適切に介護支援専門員に連絡が取れる体制としておく必要がある。

いかなる理由があろうとも、事業所に介護支援専門員がいる場合、営業時間中は「相談等に対応できる体制」でなければならず、「重要な会議」を理由に、電話を取り次がないことは運営基準違反である。ましてや営業時間中に、事業所に不在であるからといって、連絡方法も不明という状態は許されないのである。

事業者や介護支援専門員からみれば、とるに足らない理由であったとしても、直接電話連絡してくる利用者にとっては、それは重要な問題であり、即応していほしい状況が存在しているのである。その気持ちにより沿うことが、ソーシャルワーカーたる介護支援専門員に一番求められる姿勢であり、その気持ちを忘れてしまっている状態は、介護支援専門員としての重大な欠陥を抱えている状態といっても過言ではないだろう。

この国にとってなくてはならない有資格者である介護支援専門員として、その仕事の誇りを胸に地域で活動するためには、一番大切なのは地域で暮らす一人一人の住民であり、自分が縁あって担当する一人一人の利用者の暮らしを護るということが何よりも優先されるという基本を忘れないでほしい。

不安な気持ちになったときに、いつでも相談できる誰かがいるということが、いかに心強いことかということを理解すれば、利用者からの連絡に「取るに足らない相談事」などありえず、利用者にとってそれは、いついかなる時でも重要な相談事であると考えてほしい。

そういう介護支援専門員がいることによって、要介護高齢者の方々は、今日も安心して地域の様々な場所で暮らしを営み、心安らかに新年を迎えられるのではないだろうか。
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僕はケアマネ応援隊


長崎で4日目の朝を迎えた。

今日は滞在2日目に講演を行った長崎県総合福祉センターに再訪し、長崎県社会福祉協議会・福祉人材研修センター主催、虐待防止研修会にて4時間半の講演を行う。今回の講演旅行の最期を締める講演となり、明日8日ぶりに自宅に帰る予定だ。

講演後は初日と2日目にお付き合いいただいた、長崎市介護支援専門員連絡協議会の皆様と、3回目のオフ会を行う予定だ。何度も付き合いさせて申し訳ない。

昨晩は長崎市の隣町・時津町の居宅介護支援事業所の介護支援専門員さんの研修会で講演を行った後、研修事務局の皆さんとオフ会を行った。

11/30オフ会
11/30オフ会
長崎の4日連続オフ会は、どれもおいしい楽しいオフ会である。ちなみに昨日のメニューは、「食材だけを意識して、茶碗無視、しろ」をご覧いただきたい。

僕の著書、「介護の詩 〜明日へつなぐ言葉」の第三章のテーマは、「あなたがいるから地域で暮らし続けられる」としているが、これを読んでいただいた方はわかると思うが、ここでいうあなたとは、介護支援専門員のことである。

介護保険制度の創設により、介護支援専門員が誕生したことよって、日本の福祉の底辺は、確実に引き上げられている。

そのことを事実として介護支援専門の皆さんには伝えていきたい。

一方で、介護保険制度改正や介護報酬改定のたびに、ケアマネジメントの在り方が問われ、その一部の議論の中には、介護支援専門員の仕事ぶりを批判する論調も見られる。その実態と意味についても、丁寧に解説しているのが、僕の「ケアマネ向け講演」である。

しかしそこで一貫して主張しているのは、厚労省の老健局内部で、「介護支援専門員という資格は必要ない」というケアマネ不要論を唱えている人などいないという事実だ。

にもかかわらず、介護支援専門員の資格更新研修等で、「ケアマネ不要論」が存在するように脅す講師がいなくならない。それはなぜか・・・。そのことも含めて、介護支援専門員の職能団体の動き方なども解説しているところだ。

全国の介護支援専門員の皆さんに勇気とやる気を与えるお話に努めている結果、たくさんのケアマネジャーさんからお礼の言葉をいただき、つながり続けている僕は、誰にもまして幸せ者だ。

全国の介護支援専門員の皆さん、是非、講演依頼をお気軽に申し出てください。いつでもどこでも皆さんの応援に駆けつけます。空論ではないケアマネ実務論を語りながら、明日への活力を注ぎます。
12/9(土)に仙台で介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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ローカルルールに物申す姿勢がなければ・・・。


介護保険制度は、介護保険法に基づいた制度ではあるが、その解釈や運用の一部については、管轄の地域行政担当課の判断によることがある。いわゆるローカルルールという問題である。

様々な地域事情があり、住民ニーズも地域によって異なるので、ある意味そうしたローカルな判断とルールは必要な場合もある。

例えば「指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準」(平成十一年三月三十一日厚生省令第三十八号)の第13条21項で「介護支援専門員は、居宅サービス計画に短期入所生活介護又は短期入所療養介護を位置付ける場合にあっては、利用者の居宅における自立した日常生活の維持に十分に留意するものとし、利用者の心身の状況等を勘案して特に必要と認められる場合を除き、短期入所生活介護及び短期入所療養介護を利用する日数が要介護認定の有効期間のおおむね半数を超えないようにしなければならない。」とされているが、ここでいう概ねの範囲は、地域のショートステイ資源状況や、その他のサービスとの兼ね合いで、地域行政がその範囲をローカルルールとして定めおくことは有りだろう。

だからと言って地域行政のローカルルールをすべて受け入れるのではなく、地域住民のニーズに合致していないルールや、サービス事業者にとって著しく不利益をもたらすルールについては、ソーシャルアクションの一環として物申し、変える提言をしていくことが必要な時がある。

悪法にも諾々と従うだけの態度は、傲慢な行政をのさばらせるだけだ。悪法だからといって守らなくてよいということにはならないが、守ったうえで、改善のアクションを起こすのは市民の権利であり義務である。

介護保険制度上の運用ルールで言えば、その事業に携わる専門家の責任と義務において、間違ったローカルルールには物申していくのが筋である。このことを決して忘れてはならない。

表の掲示板で、居宅介護支援事業所のモニタリング減算についての質問があった。

リセットルールを使ったショートの連続利用においては、ショートステイ事業所での滞在期間が1月を超える場合がある。そのためある一定期間は自宅に利用者がいないことになるために、担当ケアマネジャーの義務として定められている月1回の自宅訪問時のモニタリングができないことになる。

運営基準減算に該当した場合、当該者の基本単位数の5割を減算し、減算状態が2か月以上継続している場合、2ヶ月目より所定単位数を 算定しないというルールになっているため、ショート利用中は、この減算に該当するのかという質問である。

しかし法令で定められたリセットルール等を使って、ショートステイを長期間利用することは認められていることであり、その期間は利用者が家にいないのであるから、利用者宅訪問による面接とモニタリングは物理的に不可能である。よってこの場合は、減算対象とされない「特段の事情」に該当するとして、通常の居宅介護支援費が算定できるという解釈がされており、ほぼその通りのルールで運用されてきている。

しかるにある関係者から、当該スレッドのコメントとして、これにもローカルルールがあって、例えば以下のようなルールで運用されているというコメントがあった。

・「緊急的に長期間の短期入所が必要となった月は減算なし、翌月以降も短期入所を継続して利用して自宅に帰れない場合は保険者に相談」
・「短期入所を1ヶ月通じて利用をした1ヶ月目は減算なし、2ヶ月目は減算が必要」
・「そのような状況になったら、保険者に申請書や届出を提出して了承をもらうようにする」


もともと法令上で認められているショートの連続利用であり、そのルールを踏襲している限りにおいて、保険者に確認も届け出も必要とされない。これに緊急も計画的な場合も扱いの違いはない。そういう意味ではずいぶん勝手なローカルルールが横行しているといえるわけであるし、そういうルールを作る保険者担当者の頭はかなりいかれているとしか思えない。

そしてこうしたルールがあるという事実があるとしても、それに諾々と従うだけで何のアクションも起こしていない当該地域の関係者は、いったい何をしているのかといいたいところだ。

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ヒエラレキーを作り出しているのは国ではないのか


僕の知る限り、公表されている介護事業経営実態調査の最新データは、平成26年度のものであると思うが(違っていたら指摘してください)、それを見ると居宅介護支援事業所の収支率は、−1.0%である。

調査対象事業で収支率がマイナスとなっているのは、居宅介護支援事業所と複合型サービスだけで、居宅介護支援事業所は2000年の制度開始以来ずっと収支率がマイナスである。

そうであるにもかかわらず、次期報酬改定においても居宅介護支援事業所の収支率改善のために、基本サービス費を引き上げる必要があるのではないかという議論は全くない。

その理由の一つは、解釈通知老企第22号の、2 人員に関する基準(1)介護支援専門員の員数にある。ここでは、「介護支援専門員については、他の業務との兼務を認められているところであるが、これは、居宅介護支援の事業が、指定居宅サービス等の実態を知悉する者により併せて行われることが効果的であるとされる場合もあることに配慮したものである。」と規定している。つまり介護支援専門員は、居宅介護支援事業のみで報酬を得るのではなく、他の業務を兼ねてそちらの報酬を得ることが可能であり、それらをすべて含めて居宅介護支援事業の経営は成り立つという理屈である。

兼務を認めているからと言って、単独で事業経営が難しいことを想定した事業を、制度の中心に据えてどうするのだと言いたい。

さらに国は、居宅介護支援事業所が単独で安定経営を目指すのであれば、事業規模を大きくして主任介護支援専門員のほか、介護支援専門員を複数配置して、「特定事業所加算」を算定できる運営をすべきだと考えている。

しかしこのことは「囲い込み」を否定する制度の理念と矛盾していると言えるかもしれない。事業規模を大きくするためには、事業経営母体の体力が必要で、大きな母体が経営する居宅介護支援事業所は、母体のサービス事業を優先利用する傾向にあるからだ。どちらにしてもこの加算を算定できない事業所は、事業単独では赤字でもやむを得ないという報酬設定はあまりに乱暴だろうと思う。

そんな中で、経営母体の方針により、利用者本位の支援がゆがめられることを嫌って、本当の意味の独立・中立のケアマネジメントを目指す人々が、居宅介護支援事業所を自ら立ち上げて、一人ケアマネ兼管理者として、各地域でその専門性を発揮しながら、利用者支援に携わっておられる。

しかしそのことについても国は否定的な見方をしている。

どういう意味かといえば、金曜日に書いた、「居宅介護支援の論点」でも示しているように、「介護支援専門員一人のみの事業所については、その担当者が怪我や病気で業務に就けなくなることが懸念される。」という理屈である。

その理屈がいかにおかしいかということを、僕のフェイスブックにコメントしてくださった方がいる。本日はコメントを書いてくださった、浜松市の独立・中立型居宅介護支援事業所「ジョアン」の管理者兼介護支援専門員・粟倉 敏貴氏の許可を得て、そのコメントを転載させていただく。
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医師や弁護士に対して「一人親方でやっていて病気や事故になったらどうする?」なんて愚問はしませんよね。当人が患者やクライエントの治療や弁護を継続している最中に不測の事態があれば、他の同業者が(前任者と全く同質の仕事ができないにせよ)代わって請け負えば良い話です。ケアマネジャーに関してのみ執拗にそんな議論がされるのは、失笑を禁じ得ません。
政策側には、過去、業界を混乱させた一部の「一人勝ち」「自分さえ良ければ」型の一人親方に対するアレルギーがあるのでしょうか。
(粟倉氏のコメント)
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まったくその通りである。厚労省は介護支援専門員という資格を、「作ってやった」という意識があるから、自分たちの考え方ひとつで、どのようにもできるし、しなければならないと考えているのではないだろうか。

技術が先にあって、資格が後からできた医師には言えないことも、介護支援専門員にはズバズバ言いたい放題というところが見えなくもない。しかしこのことは国自らが意味不明のヒエラレキーを創りあげているようなもので、医師と介護支援専門員の間に、見えない高い壁を作っているようなものだ。その結果、「医療関係者が連携をとりにくい相手1位はケアマネ」で紹介したように、医師とケアマネのそれぞれが連携しずらさを感じている。まさに無意味なヒエラレキーが、連携を阻害している状態と言えよう。

地域包括ケアシステムとは、多職種連携が基盤になるのだから、それを阻害する一番の要因となるヒエラルキーをなくすためにも、国の居宅介護支援事業に対する考え方は、根本から見直されるべきであるし、当然その際に、独立・中立ケアマネジメントを目指す一人ケアマネ事業所は、もっと高く評価されるべきである。

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居宅介護支援の論点


19日に行われた社保審・介護給付費分科会では、居宅介護支援事業所、特養、特定施設の報酬改訂議論が行われた。

議論の中心となったのは、居宅介護支援である。その論点はすでに5日の分科会資料で示されており、以下の4点である。

1.居宅介護支援事業所における人材育成の取組を促進する観点から、居宅介護支援事業所の管理者のあり方についてどのように考えるか。
2.公正中立なケアマネジメントを確保する観点から、特定事業所集中減算のあり方や利用者やその家族に対する説明・同意プロセス等についてどう考えるか。
3.退院後に円滑に必要な居宅サービスを受けられるようにするために、入院時を含めた医療機関と居宅介護支援事業所との更なる連携に向けた取組みについてどう考えるか。
4.末期の悪性腫瘍の患者に係るケアマネジメントについてどう考えるか。


1については、「7/5開催の社保審・介護給付費分科会の論点」で解説した通り、管理者要件を主任ケアマネに限定したい国の意向が強くにじみ出ている。

その根拠として「厚労省の昨年度の調査結果によると、主任ケアマネが管理者に就いているところは全体の44.9%。そうでないところと比較して、事業所内の検討会を定期的に開催していたり、後輩の相談に乗る時間を設けていたりする割合が高い。」と報告されているが、データをどこから求めているのか首をかしげたくなるような理屈だ。検討会の定期開催などほとんどの事業所で行っているだろうし、上司が部下や後輩の相談に乗るのも当たり前のことではないか。ことさら主任ケアマネが管理者の事業所がそれを行っているというデータを出されても、こじつけとしか思えない。

これに対して委員からは、「主任ケアマネには研修を受ければ誰でもなれる。資質や技能のない人を排除する仕組みが必要。」(日本医師会・鈴木邦彦常任理事)という意見も出されているが、国はこの意見を逆手にとって、「主任ケアマネの資格試験導入」の動きを見せている。

管理者を主任ケアマネに限定〜主任ケアマネ資格取得試験の導入と、それに伴う研修の実施〜資格更新研修という形の集金システムがますます充実するというわけである。しかもこうした変更が、居宅介護支援費の額を据え置いたまま行われる可能性が高い。居宅介護支援事業所もしくは、そこに所属する介護支援専門員は、収入が増えないのに義務支出がおのずと増えざるを得ないというわけである。この矛盾が介護給付費分科会の中で全く議論されていないのはどうしてだろう。介護支援専門員の職能団体はいったい何をしているのだろうか?

それとこの問題で、もう一つ気になることがある。仮に居宅介護支援事業所の管理者が主任ケアマネに限定された場合(もちろん経過期間は設けられるのだろう)、一人ケアマネの事業所の場合、例外なく主任ケアマネの資格を取得しなければならないことになる。しかし国が主任ケアマネを管理者とするメリットとして挙げている、事業所内の定期検討会とか後輩の後輩の相談に乗るという事柄は、一人の事業所であるがゆえに、事業所内ではその機会はないと言える。そうであれば一人ケアマネ事業所にとって、管理者が主任ケアマネに限定されることは、(仮にその資格取得がスキルアップにつながるとしても)費用負担の増加というデメリットにしかならないわけである。それをどう考えるのかということを見据えると、一部の情報として、「一人ケアマネ事業所は廃止し、統合再編する」という考えがあるとされている。

独立・中立のケアマネジメントを行っている一人ケアマネ事業所にとって、これは由々しきことだ。しかし僕自身も、厚労省の関係者とお話をする機会がある際に、よく聞く話は、「一人ケアマネ事業所が、いくら頑張っているといっても、その人が病気や怪我で、仕事ができなくなったらどうするの」ということである。

このように管理者兼務の一人ケアマネ事業所に対し、国は極めて冷たいのだ。加えて居宅介護支援については、特定事業所加算を算定できる規模の事業所をスタンダードとするために、居宅介護支援費自体の引き上げは行わないという国の基本姿勢が垣間見える。

となると居宅介護支援事業所は、一定規模の事業所に向けて、強制的に統廃合が進められていく可能性があるということだ。この辺りは注視していかねばならない。

2については、特定事業所集中減算の廃止議論が中心であるが、その方向性は支持する意見が多いものの、「何らかの歯止めは必要。より効果的な手段を抜本的に考え直して欲しい」(全国市長会の代表・大西秀人高松市長)という意見もある。このことは市町村のケアプランチェックの強化という形で行政機関の介入強化が図られ、自立支援の名のもとに事業者への縛り強化と介護サービス事業所の選別へとつながっていく恐れがあり、その阻止を図るための行動が求められるところである。

さらに適切なケアマネジメントという部分では、サービス付き高齢者向け住宅や有料老人ホームで暮らす高齢者のケアマネジメントを適正化する必要性が唱えられている。「自分の施設の入居者を囲い込み、儲けを増やす目的で過剰にサービスを提供している事業者が後を絶たない 」という意見と共に、厚労省は、サ高住などに併設されているケアマネ事業所はそうでないところと比べて移動時間が短いとのデータを提示しており、居宅介護支援費の「集合住宅減算」が新設される可能性が高まった。

3については、診療報酬とのダブル改定なので、さらなる連携強化の加算が、介護・診療両報酬で検討されることになる。

4については、スピード感を持った支援がより求められてくるわけであるが、2号被保険者の場合、がん末期は特定疾病として介護保険サービスの導入が可能という意味で、それは患者にとっては、介護サービス利用=がん末期の告知(宣告)という意味になる。よってこの部分での精神的負担との兼ね合いが必要となり、デリケートな議論とならざるを得ない。がん告知と余命宣告が当たり前になりつつある時代だからこそ、慎重な議論が求められるとことである。

どちらにしても居宅介護支援事業者にとって、さらに規模しい縛りが、介護給付費を据え置いたままで行われるという厳しい方向性しか見えない議論である。
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医療関係者が連携をとりにくい相手1位はケアマネ


CBニュースが、2017年06月29日 11:00にネット発信した記事で、「医療関係者はケアマネジャーを、ケアマネジャーは医師を、最も連携が取りにくい相手と考えている」というアンケート結果を明らかにしている。

ちなみにこの記事を書いている記者は、快筆乱麻!masaが読み解く介護の今の担当者の方である。まあそれはともかく、このアンケート結果は実に興味深い。

ケアマネが、医師を最も連携が取りにくい相手と考えているのはなんとなく理解できる。いわゆる、「敷居が高い」という状態で、そもそも連携のためのアポイントさえ取れない、とる方法がないと考えているのかもしれない。

そもそも医師の中には、他職種との連携の必要性を感じていない人も多く、患者の担当ケアマネジャーという立場であっても、それがどうしたという態度の人もいる。連絡をすること自体を嫌う人もいる。医師は連携するのではなく、指示命令するものだと決めつけている人もいるから、連絡するだけで怒られたりする場合もあるので、この「敷居高い感」はなくならないだろう。

そういう意味では、医療関係者ではないすべての職種では、最も連携が取りにくい相手は医師であると考える傾向にあるのではないだろうか。

一方医療関係者が、「ケアマネジャーが最も連携が取りにくい相手」と考える理由については、配信記事の中で、「知識が乏しいことが多く明確に状況を説明できない」というふうに、ケアマネジャーの医療的知識について不安を覚える医師が多い、というふうに解説されている。

しかしそうであれば、連携をとりにくい相手としては下位に位置する「事務職」などは知識が乏しくはないと考えているのだろうか。そうではないだろう。

おそらく医療関係者が、ケアマネを連携のとりにくい相手だと考える一番の理由は、「連携しなければならない相手先として、一番に挙げられる職種がケアマネジャーである」という理由だと想像する。それゆえ自身の要求が伝われないことにジレンマを感じている医療関係者が多いということではないだろうか。

医療関係者が連携をとりにくくはないリハビリスタッフなどは、そもそも同一医療機関の中で、連携しあうシステムの中に位置する職種であるという意味があろうし、連携のとりにくい職種として、ケアマネジャーより、ヘルパーが下位にある理由は、医療関係者がヘルパーと直接連携する必要はなく、ケアマネジャーを通じて連携する相手先だと考えているからではないのだろうか。

それにしても医療関係者が指摘する、「ケアマネジャーの知識不足」とは一体何だろう。もっと具体的に、○○の関しての知識というふうに指摘してもらいたい。

まさかケアマネに対し、医師と同じ医療知識を求めているわけではあるまい。どの部分の、どんな知識を求めているかがもっと具体化されないと、知識不足と指摘されたケアマネジャーにとっては心外なことに思える。

その内容によっては、連携の障害となるものの実態は、ケアマネの知識不足ではなく、医療関係者の伝達力不足であったり、連携に臨む姿勢であったりするのではないだろうか。

対人援助における連携とは、「複数の人(非専門職も含む)及び機関が、利用者支援という目的を共有し、単独では解決できない課題に対して、主体的に協力関係を構築して、目的達成に向けて取り組む相互関係の過程」である。そして協力とは、誰かの力を借りる前に、自分の担当領域を自分自身の力でしっかりカバーするという前提によって成り立つものである。

自分と異なる専門性をもった人に、自分がカバーしきれない領域のコンサルテーションを受けるという意味として協力を仰ぐのである。その時に自分と同じ知識をメンバー全員に求めるものではないはずだ。

勿論、他職種や他領域のことをまったく知らないと、所属意識の弊害が発生して、思考が自分の専門領域のみの利益に偏る恐れがあり、他のメンバーの役割りや思いを理解しようとする態度は、多職種連携の基盤であるともいえる。そういう意味でケアマネジャーには、医療関係者とのコミュニケーションスキルとして、最低限の医療知識や看護知識は必要とされるわけであるが、それ以上でも、それ以下でもないはずである。

ケアマネジャーとしても、忙しい医師に対し、ケアマネと同様の介護保険制度の知識を求めているわけではないはずだ。

このあたりのことを踏まえて、指摘されているケアマネの知識不足という部分については、もっと具体的内容を示してほしいと思うのである。
看取り介護セミナー
看取り介護セミナー2

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ケアマネの犯罪は資格者への信頼を損ねる由々しき問題


2017年6月14日 8時17分付で、 産経新聞 が配信した記事を転載させていただく。リンクを貼ったほうが良いのかもしれないが、数日後にリンク先の記事は消えてしまうために、コピペして転載することをお許しいただきたい。
---------------------------------------------(転載ここから。)
訪問介護で出入りしていた女性宅でキャッシュカードなどを盗み、現金約320万円を引き出したとして、兵庫県警兵庫署は13日、窃盗などの疑いで、神戸市須磨区のケアマネジャー、常陰(つねかげ)珠世容疑者(55)を逮捕した。「預金は頼まれて引き出した」と容疑を否認している。

逮捕容疑は4月18〜26日、同市兵庫区の会社役員の女性宅で通帳2通とキャッシュカード2枚を盗み、銀行から現金約320万円を引き出したとしている。

女性が4月26日に入院した際、カードなどがなくなっているのを親族が発見。探していたところ、5月2日に女性が死亡した後、常陰容疑者が「預かっていた」と返しにきたという。

----------------------------------------------(転載ここまで。)
まったくとんでもないケアマネがいるものである。しかしこのようなことが起きると、何の落ち度もない清廉潔白なケアマネまで影響が及ぶことになる。

いまでも苦々しく思い出すのは、介護保険制度が施行された直後の2001年4月3日に起こった、「和歌山ケアマネ、利用者殺人事件」である。あの事件直後、多くのケアマネが、利用者宅に訪問時に、玄関先から中に入れてもらえないという状況が生じたものだ。

本件は殺人という事件とは異なるが、ケアマネという資格の信頼を揺るがせるという意味では、同じような意味を持つ恐れさえある。

居宅介護支援事業所の介護支援専門員は、居宅介護支援の事業が、指定居宅サービス等の実態を知悉する者により併せて行われることが効果的であるとされる場合もあることに配慮され、他の業務との兼務を認められているために、容疑者は介護支援専門員兼訪問介護員として、2つの立場で利用者支援に携わっていたと思われる。

盗難されたといわれるお金を、容疑者が返しに来たと報道されているが、これはおそらく、遺族が預金通帳がないことに気づいたことを知って、盗難の発覚を恐れて、「預かった」と嘘で逃れようとしたものではないかと想像できる。

このように容疑者は、「預金は頼まれて引き出した」と犯行を否定しているとのことであるが、そもそも介護支援専門員にしても、訪問介護員にしても、預金を預かるという業務はないし、ましてやその預金を引き出すことは許されていない。利用者の預金通帳を持ち、その通帳からお金を引き出した時点で犯行は成立していると言われても仕方がないと思う。ましてや利用者の死後、引き出した預金を自身の手元に置いていたのだから、言い逃れはできないだろう。

こうした犯罪の影響は、お金にまつわる行為にとどまらない。例えば「ケアマネとて人間だから、犯罪者になり得る。」と考えられて、不信感をもって疑って係わる必要がある、と考えられてしまうこと自体が問題で、そのことによって信頼関係を創るという、援助の根底が揺らいでしまうことが大問題なのだ。そのような影響を受けるケアマネが、全国津々浦々にいることだろうと想像し、非常に残念に思う。自分が行った行為とは無関係な場所で、自分の資格や、自分の仕事に不信感を持たれてしまうことは本当に困ったことである。全国のケアマネジャーの皆さんの、憤りの声が聞こえていそうである。

それにしても本件で疑問なことは、預金通帳のお金を、なぜケアマネが引き出すことができたのかということである。暗証番号を聞き出して、キャッシュカードを使ったとしか思えない。なぜなら金融機関の窓口では、本人以外の家族でも、簡単に預金を引き出すことはできないからである。

僕はかつて、母親の成年後見人に任命された経験があるが、息子というだけでは預金は引き出せなかったし、後見人となってその資格で初めて預金管理や、引き出しを行うことができたことを考えると、その取扱いは厳重であったと記憶している。

本件のこの辺りの状況がどうであったのかを知りたいところである。どちらにしても、このような事件が起きた直後であるから、ケアマネに対する風当たりは強くなり、いわれのない非難中傷を浴びることもあるかもしれないが、それにめげずに、黙々と使命を果たしていく以外にないだろう。

全国各地で頑張っている介護支援専門員の皆さんに、改めてエールを送りながら、このような事件が二度と起きないことを願いたいと思う。

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ケアプランの目標の書き方を考える


介護支援専門員という有資格者が作成すべき、施設サービス計画書と居宅サービス計画書(以下ケアプランと略す)については、一定のルールだけを押さえておれば、それぞれの表現方法は自由である。

つまり「書き方」には特徴があって良いわけであり、定型文を当てはめて作成するようものではない。

しかし表現方法にも工夫が必要だ。ケアプランは自分が読んでわかればよいというものではなく、サービス提供する側と、提供を受ける側の双方が読んで理解できるものでなければならない。よって介護支援専門員には、介護の専門家にも非専門家にも、両者にわかりやすく伝えるための国語力・文章力が求められる。

「決めれる」・「起きれる」などのら抜き言葉でしか文章表現書できないケアマネがいたりして、物書きから見ればそれは表現力としてどうかとは思う。この部分はできるだけ丁寧な表現に注意をしてもらいたいと思ったりするが、これも時代なのかなと思ったりもする。ただそこはあまり重要視しなくても良いところかもしれない。要はいかに伝わるかである。

さらに伝わる言葉で文章を書くことができるというスキルに加えて、サービス計画書が何を目的にしているかということにも注意を払っていただきたい。

第1表の総合的援助方針は、支援チームが何のために行動するかという方向性を示すところであり、チームケアの目的を示す内容を書かなければならない。ここはある意味、「理想」が含まれてよい部分である。利用者の理想的な暮らしぶりに目を向けて、そこにたどり着く道しるべとなる行動方針が見えさえすればよく、場合によってそれは抽象的で長期にわたるものであっても良いし、どこまで行ってもたどり着かないと思える内容かもしれない。そうであっても目指すものである限り、それはかまわないわけである。

一方で第2表に記載する「長期目標・短期目標」については、総合的援助方針で示した目的を達成するために、定期的・定量的に測定できる具体的目標でなければならず、測定不能な具体性に欠ける内容であってはならないし、ある時期までに達成可能なものである必要がある。

長・短期目標の期間について、それぞれの目標の内容によって、その期間は異なるべきだと考える人がいるが、馬鹿を言うなと言いたい。忙しいケアマネが、一つの計画書について、それぞれの目標それぞれに期間を違えて設定し、その期間ごとにいちいちモニタリングを行うなんてことは現実的ではない。この期間はサービス計画書ごとに、長期目標は1年、短期目標は半年などと最初から期間を固定して定めても良いものだ。なぜなら目標期間とは、定期的に達成度を測定するという意味であり、その期間と考えてよいからだ。(参照:長・短期目標の期間について考える1 ・ 2 ・ ケアプラン目標期間は一律機械的でなぜ悪い

長短期目標について、さすがに以前のように、一つのケアプランの中で利用者目標と事業者目標が混在しているような計画書は少なくなったように思え、ポジティブプランの観点から、利用者目標に統一されるようになりつつあることは良いことだと思う。(参照:ケアプランの目標は誰の目標か?

しかしいまだに解決すべき課題に、「穏やかに過ごしたい」などと意味の分からない表現しかされていない場合がある。そこにはまったく課題要因が見えない。「したい」という表現にこだわるあまり、何が解決策につながるかわからない課題になってしまっているケアプランが多い。(参照:第2表・生活全般の解決すべき課題(ニーズ)に何を書くべきか? ・ 生活課題を「したいの山」にしない工夫。

ここで考えたいことは、「穏やかに過ごす」を解決すべき課題ではなく、目標とするのはどうだろうかということである。

これもいただけない。「穏やかに過ごしているかどうか」ということは、果たして定量的に測定できるのだろうか?仮に本人に「穏やかですか?」と尋ねても、穏やかの基準が質問者と回答者にずれがあり、それは本当の答えにはならない場合が多い。結果的にその評価は、あくまで評価する人の主観に過ぎず、客観的指標とはなり得ない。穏やかに過ごしている状態像を、もっと具体化して表現して、客観的に評価できる内容とする必要がある。

この場合、穏やかではなくなる具体的要因は何かを考え、その具体的な事象が起きないようにするための目標とすべきである。例えばそれは「排泄の失敗がない」かもしれないし、「定期的に家族と面会できる」であるのかもしれない。これなら定期的・定量的に客観的評価が可能になる。

また長期目標にしても、短期目標にしても、一つの目標に複数の評価が必要になる内容は避けるべきである。「健康状態を維持できる」なら、「健康が維持できているか」という評価で済むが、「健康を維持して、日課活動を継続できる」であれば、一つの目標なのに、「健康が維持できているか」ということと、「日課活動が継続できているか」という両方の評価が必要になる。仮に健康が維持できているのに日課活動が継続できていない場合、健康維持と日課活動を続けられることが必ずしもリンクしていないということになり、この二つの事柄は別々に評価しないと課題解決につながらない可能性が高まる。

長短期目標は複数設定可能なのだから、評価が複数必要な目標を立てるのではなく、1目標1評価を基本にして、複数の目標を設定するほうが、より適切な評価につながるという考え方も必要なのである。

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ケアマネジメント崩壊の危機


4/14の更新記事、「保険者の権限強化が図られている改正法案」などで懸念した、保険者による支援と称したケアマネジメントへの介入強化が、すでに行われている地域がある。

僕が管理する表の掲示板の「 要介護高齢者の入浴回数 」というスレッドを参照いただきたい。

書き込みを行った方は、は山口県内某市の居宅介護支援事業所の介護支援専門員である。

質問内容を要約すると、その市で行われた集団指導において、居宅サービス計画について、訪問介護等の入浴支援を位置付ける際に、その回数を特養の基準(週2回以上)を当てはめて、標準回数を3回としている。そして週4回以上入浴の計画を行うのは過剰サービスであると決めつけ、この場合4回目以降の入浴については、保険外サービスとすることを求めている。これがまともな指導なのかというものだ。

つまり給付制限のための市のローカルルールを居宅介護支援事業所の介護支援専門員に押し付けているわけである。

そのことはこの市の介護給付適正化委員会で協議した内容で、これは助言ではなく保険者としての指導と言い切っているわけだ。

実は週4回以上の入浴について保険外サービス費用徴収を認められているサービスは、現在存在する。

それは「特定施設入所者生活介護事業者が受領する介護保険の給付対象外の介護サービス費用について」(平成12年3月30日付け老企第52号厚生省老人保健福祉局企画課長通知。「老企第52号通知」)において、保険給付対象外の介護サービス費用として、人員配置が手厚い場合のサービス利用料及び個別的な選択による介護サービス利用料として、「標準的な回数を超えた入浴を行った場合の介助」として認められているものだ。

しかしこれは特定施設サービスという単品サービスにおいて、定められた介護給付費の中で、人員配置等を工夫して手厚くする経費を捻出するためという意味があり、居宅サービスとは全く意味が異なる。そして特定施設サービスを利用するに際し、母体である施設(有料老人ホームやケアハウス等)の入居要件として、そうした費用負担となることを説明・同意を得たうえで、その施設に入所して費用負担するのだから強制ではない。

だが居宅サービスに、このルールを一律適応するとなると、その地域に住んでいる人にとっては、否応のない強制ルールとなり不適切極まりない。

居宅サービスの場合は、ケアマネジメントで課題を導き出したうえで、その個別の状況に対応する社会資源を、その提供回数も含めて決定するのに、行政が個人の入浴標準回数まで定めるのは、個人の権利侵害でしかない。

しかも居宅サービスの場合、支給限度額上限というものが存在し、この範囲であればサービスは1割負担であるという定めがあり、支給限度額をどのサービスに対して、どのような具体的方法に割り振るかはケアマネジメントの範疇である。入浴という特定行為だけに制限を設けるのは明らかな越権行為だ。

個別アセスメントには、個人の生活習慣というものも含まれるが、障がいのないときに毎日入浴していたのに、障がいを持ち介護認定を受けたと同時に、1日おきの入浴さえ標準回数を超える贅沢サービスと決めつけるのは、ケツの穴が小さすぎる考え方ではないのか。

入浴支援の最低基準がいかに人の暮らしの質から考えて低い基準であるかということは、「週2回の入浴という基準をどう考えるか」で指摘したとおりであり、この基準を根拠にする「標準回数」なるものも、人の暮らしとして以下に質の低い回数であるかということがわかりそうなものである。

そもそもこのルールにより、支給限度額が残っているのに、訪問介護等の週4回目の入浴支援だけ保険給付対象にせず請求するという方法は、利用者に対する不適切請求ともされかねず、一市町村の判断で決定できる問題ではないだろう。

恐らくこのローカルルールは、来年度以降に市町村へのインセンティブが認められるルールが適用されることを見越して、給付制限を先行して行おうという考え方だろう。しかしこんなゆがんだルールは先進的でもなんでもない。行政権限に胡坐をかいたおごりでしかない。

このルールを本当に適用する市町村の担当者は、自分も週3回しか入浴してはならない。
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設立記念講演で語ること


各種職能団体や介護保険施設の設立○○周年の記念講演を依頼されることがある。

それは非常に光栄なことである。晴れやかなお祝いの式典で、僕ごときが記念講演を行ってよいものだろうかと恐縮するが、同時にそういう場にふさわしいお話をしようと身も引き締まるというものだ。

今週土曜日もそういう場でお話をする機会をいただいている。

4月22日(土)、枚方市立メセナひらかた会館で枚方市介護支援専門員連絡協議会・15周年記念式典が行われるが、その中で記念講演として、「これからのケアマネジャーに求められるもの」というテーマでお話しする予定である。

張り付いたリンク先に書かれているように、この式典及び記念講演会は、非会員でも参加料1000円を支払えば参加できるそうである。加えて18:30〜ひらかた仙亭にて行われる記念会(懇親会)にも参加できるそうなので、お近くの方は今からでも参加を検討していただきたい。

記念講演は、介護支援専門員に向けた内容とは言っても、今回は来年度の介護報酬改定に向けた内容や、介護保険制度改正法について触れるので、全ての関係者に参考となるものだと考えている。

それは、単に制度がどう変わるかという話ではなく、介護保険制度がなぜ誕生し、それはどのような意味があったのかという歴史的経緯を踏まえた内容である。介護サービスのプロと呼ばれる人々には、そうした経緯を理解した上で、今後の制度のありようを考えてほしいと思っている。

特にこの制度の中心的役割を担っている介護支援専門員の皆さんには、そのことを十分承知したうえで、制度の変換に対応するスキルを身に着けていただきたい。

介護保険制度
こんなファイルも示したうえで、介護保険制度創設にはどのような意味があったのか。そこで誕生した介護支援専門員という資格は、どのように評価すべきなのかを解説したい。

じゃあ今はどうなの?これから制度はどう変わっていくの?今回の改正法案で一番注目すべきは、利用者負担3割なの?介護保険制度に代わる制度の構想はえがかれているの?

そんなお話をしてみたい。そのうえで介護事業者には何が求められてくるのかを、ともに考えたい。お楽しみに。

それでは会場でお会いしましょう。
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主役を置き去りにした包括ケアにしないために


地域の主役は、地域行政ではなく、サービス事業者でもなく、地域住民である。

そのことに少しの異論も差し挟む余地はないはずなのに、地域包括ケアシステムのなかに住民参加の姿は極めて見えにくい。そのシステムが機能するために必要とされる多職種協働にも、地域住民の協働の視点が抜け落ちていることが多い。

それはなぜか。うがった見方であるが、ここに本当に住民が主体的に参加すれば、お金をかけないシステムにならない恐れがあるからではないのか。

国が地域包括ケアシステムを推奨する一番の理由は、少しでも給付費用を削るためである。それは地域住民のニーズにすべて応えないことを前提にした、限られた財源を主役に置くシステムとも言え、地域住民が主役になっては困るのではないだろうか。そのために国も住民をシステムの中に積極的に取り込むということを、あえて求めていないのではないかと思う。

そのようなシステムではあるが、責任と義務だけは地域の行政機関やサービス事業者に丸投げするというのが、多職種協働という言葉の意味でもある。

このブログで何度も指摘しているように、国が地域行政に求めている地域包括ケアシステムというものは、社会保障財源には限りがあるとして、その財源を効率化・重点化して、お金をかけるべきとこところにはかけざるを得ないが、その代わりにお金をかけなくて良いところをピックアップして、そこにかけていたお金を削り取るというシステムである。財源のかけ方も、出来高に応じた青天井の金の使い方ではなく、年額上限を設定した中でお金を使うという方法が基軸となる。

さらにその設定金額を下回るようなサービス抑制につながる状態が生じたら、報奨金を出すシステムを導入するというのが、次期制度改正であり、お金をかけないためのシステム作りという意味が、地域包括ケアシステムと呼ばれているに過ぎない。(参照:報奨金で地域他付けケアシステムは深化するのか

つまり地域行政担当課に下駄を預けっぱなしにして創造する地域包括ケアシステムは、自己責任と自己負担という言葉で、数多くの地域住民を切り捨てたうえで、地域の保健・医療・福祉・介護関係者には、多職種連携という言葉で、体の良い義務感を背負わせて、金のかからない周辺業務を強い、制度の光の当たらない部分には目を背けて、ないふりをするというシステムでもある。地域支援事業の総合事業はその隠れ蓑である。

全国横並びサービスではなく、地域の特性に応じた工夫を求めるといっても、そこでは安かろう悪かろうサービスが地域の特性であるかのように取り繕われる恐れがある。いやその可能性が高い。

地域福祉の質は、地域の関係者に多職種協働というお金のかからない耳障りの良い義務感を背負わせながら、地域行政・地域介護事業者に丸投げされただから、国はその結果にまで関与しない。すべて地域包括ケアシステムに組み込まれている関係者の責任である。

財源をできるだけかけないためのシステムとして、地域包括ケアシステムの構築していくことを、「深化」という言葉で現わし、そうしたシステムを急ごしらえしようとすればするほど、上記のような取り繕いの形骸化システムにならざるを得ない。

そんな中で、切り捨てられる人を放置しないために存在するのが介護支援専門員ではないか。

給付抑制のためにサービス利用させないと、切り捨てることが間違ってると、論理的に異を唱える方法がケアマネジメントではないのか。

地域包括ケアシステムを、地域住民に光が当たるべく、真に必要とされるシステムに向ける実践者が介護支援専門員であるし、それこそが求められるケアマネジメントの方向性だと思う。この使命を強く訴えていきたい。

今後予定されている講演予定では、介護支援専門員の職能団体会員からご招待を受けているものもあり、地域包括ケアシステムの中で求められるケアマネジメントに関連した講演も予定している。

一番近い日付のものとしては、今週末の土曜日に静岡県三島市で行われる「三島市介護支援専門員連絡協議会研修会」で、「介護の誇り 心が動く介護 〜これから求められるケアマネジメント」というテーマでお話ししてくるが、そこでは制度改正の方向性に関する最新情報の提供を行うとともに、そこでできること、すべきことを本音でお話ししてくる。僕以外の誰も指摘していない制度の真実が明らかになるだろう。

介護支援専門員の使命
このスライドは、そんな厳しい状況下であっても、どのような時代であっても、介護支援専門員として根底に持っていなければならない使命感とは何かについて語ろうとして作った講演ファイルの中の、スライドの1枚である。

このことは綺麗ごとでもなんでもなく、介護支援専門員がいつか存在意義が問われる時が来るとしても、この根幹さえ守っておれば決してその存在が揺らぐことがないという、根っことなる考え方だと思う。そのことを含めて伝えてきたい。

静岡県で講演するのは2度目である。数年前に静岡県介護支援専門員協会からお招きを受け静岡市で講演したことがあるが、その時は受講者数が550名を超える大盛況となった。今回は三島市介護支援専門員協会さんのお招きで、三島市で土曜日の午後2時から150分の講演を行う予定になっており、参加申込者もすでに150名を超えているそうである。

前回の静岡入りの際は、静岡空港を利用して当日入りしたが、今回は冬の移動ということもあり、三島市の位置も考えて、羽田空港経由で品川〜新幹線を利用して前日入りする予定である。そのため2泊3日の余裕ある行程表となった。

講演を終える日の土曜の夜は、講演主催者の方々とのオフ会が予定されているが、前日入りの金曜日の夜は、フェイスブックでつながっている方が、地元のおすすめ店を紹介してくれたので、そこで一献交わす予定にしている。もしかしたら明後日・金曜日の夜遅くまで三島駅付近を徘徊しているかもしれない。

それでは三島市でお会いする皆さん、どうぞよろしくお願いします。久しぶりの静岡県を堪能してきます。

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医療系サービスを計画する際に勘違いするケアマネのこと


指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準(平成十一年三月三十一日厚生省令第三十八号)の第13条は、指定居宅介護支援の具体的取扱方針を定めており、主に居宅サービス計画作成手順とモニタリングについて規定している。

そこでは19項、20項規定として次のルールを定めている。

十九、介護支援専門員は、利用者が訪問看護、通所リハビリテーション等の医療サービスの利用を希望している場合その他必要な場合には、利用者の同意を得て主治の医師又は歯科医師(以下「主治の医師等」という。)の意見を求めなければならない。

二十、介護支援専門員は、居宅サービス計画に訪問看護、通所リハビリテーション等の医療サービスを位置付ける場合にあっては、当該医療サービスに係る主治の医師等の指示がある場合に限りこれを行うものとし、医療サービス以外の指定居宅サービス等を位置付ける場合にあっては、当該指定居宅サービス等に係る主治の医師等の医学的観点からの留意事項が示されているときは、当該留意点を尊重してこれを行うものとする。


↑ここには別に難しいことが書かれているわけではなく、介護支援専門員の義務として、居宅サービス計画に医療サービスを位置付ける場合にあっては、「医師の意見を求める」、「医師の指示により計画する」と書かれている。このことに解説が必要となる部分もない。

ところがどこをどう読み間違えるのか、このルールが医師の指示書を必要としていると勘違いするケアマネがいなくならないのである。

求められているのは医師の指示であり、その指示内容を確認して、担当ケアマネが指示を受けた事実について、いつどこでどのような指示をされたのかということを記録しておればよいだけの話でしかない。

医療機関側や医師本人に対して、「指示書」などの文書発行を求める必要は無いのである。このことは今更の問題と思うが、僕が管理する介護福祉情報掲示板では、このことを勘違いした質問が再三繰り返されている。

つい最近も、居宅サービス計画に医療系サービスを位置づける際にも指示書が必要だと勘違いしている介護支援専門員が、訪問看護を計画するに際して、医師の指示の証明として訪問看護ステーション宛に発行された、「訪問看護指示書」の写しをもらって保管しているというケースが報告されている。しかしこの指示書はあくまで訪問看護ステーションに対する指示であって、居宅介護支援事業所がその写しをもらって保管したとしても、居宅サービス計画に訪問看護という医療系サービスを位置づけるに際して、居着介護支援事業所の計画担当介護支援専門員が、医師に意見を求めたことにも、指示を得たことにもならない。

よって指示書の写しを取る以外に、医師へのアプローチが全くされていないのであれば、居宅介護支援事業所の運営基準からみれば、基準省令13条の19項および20項違反となり、実地指導の際は運営指導対象となってしまう。そのことで、即居宅サービス計画が無効となったり、居宅介護支援費の返還指導になることはないと思われるが、だからたいした問題ではないとはいえない。

そもそも居宅サービス計画作成ルールという、居宅介護支援の根幹を成す部分の法令ルールの理解ができていないということは、介護支援専門員としての資質が問われかねない問題である。

法令を読み込むという意味は、文章をしっかり読むという意味である。

もともと介護支援専門員には、伝える力としての文章力が求められているが、書く力は、書いて学ぶだけではつかない。書く力は、読む力がついて始めて視につくのである。優れた文章家は、常に読者から生まれるのだ。

そういう意味では、介護支援専門員は日ごろから、文章を読むことを習慣にしなければならない。文章を読むことを厭わず、面倒くさがらずに、法令文も落ち着いて、しっかり読み込んでほしいと思う。
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特定事業所集中減算の見直しが現実化


23日に開催された社会保障審議会・介護保険部会では、居宅介護支援費の特定事業所集中減算について、見直しを求める強い声が挙がり、厚労省も「介護報酬改定にあわせて検討する」と明言した。

つまり厚労省も、その見直しを議論の遡上に挙げたという意味で、現在のルールがそのまま継続される可能性は低くなったと考えてよいのではないだろうか。

もともと福祉系3サービスに限定して始まったこの減算ルールが、ケアマネジメントに質の担保になっているのかという議論も検証も行われないまま、前回の報酬改定時に、減算適用の基準となる事業所の偏りの割合(集中割合)を90%から80%へ引き下げたうえで、その対象を全サービスに拡大したことによって、一気にその不満が高まったといえる。

23日の部会では、日本医師会の鈴木邦彦常任理事が、「効果の乏しい非常に不合理な仕組み。廃止すべき」と厚労省に強い不満をぶつけたそうであるが、福祉系3サービスに限定適用されていた際には、このルールに何の関心も示さなかった医師会が、自らの領域に減算ルールが及んできたことではじめて不満の声を挙げているのは、いかにこの部会が、当事者意識によってしか見直しの視点が提起されないかという証明で、利害関係が異なったり、重なり合ったりする当事者団体の委員を選任して運営することの限界を露呈しているといってよいであろう。

もっと滑稽なのは、日本介護支援専門員協会の姿勢である。

当日、日本介護支援専門員協会の鷲見よしみ会長も、「現場を混乱させている。有効ではない」と断じて再考を求め、減算ルール反対の意見書まで提出している。

しかし平成22年8月30日の介護保険部会では、同協会の前会長が、その内容と正反対の、「減算ルール大賛成」の意見を述べている。

その発言内容は、議事録によると、「事業者併設サービスの集中減算についてでございますが、今は、90%で集中減算ですね。90%以上行きますと、集中減算を受けることになりますが、この90%をどんどん下げていくということで、例えば70%とか、会員からのアンケートをとりましたら、50%という意見もあったところであります。ただし、地域の実情に配慮する必要があると思います。また、関連して、集中減算対象サービスは、現在、訪問介護、通所介護、福祉用具貸与事業、この3種のみに適用されております。これを、もっとほかのサービスにも広げていって、地域のサービスをうまくつないでいくという、こういうことを考えるべきだと思います。」という内容である。

これは個人の意見ではなく、介護保険部会の委員としての発言なのだから、協会は決して無関係ではいられない。そうであればこうした発言を過去に展開していたという矛盾を明らかにし、謝罪した上で、あらためて反対論を唱えるべきである。そうしない限り、どんなに立派な意見書をだしたとしても、日和見主義との謗りを受けても仕方がないだろう。

この減算ルールについては、僕は福祉系3サービスに限定されていた当時から反対論者であり、1年以上前にも、「本末転倒の減算ルールは即刻廃止せよ」という記事で、廃止の提言をしていたところである。

そもそも、利用者にとってもっとも適したサービス事業所を選ぼうとすれば、ホスピタリティ意識が高いと思われる事業所を集中的に選択するのは当然で、それは当該減算ルールを適用しない、「正当な理由」としては通用しない感覚的な問題であることも多いのである。しかしそうしたフィーリングも、ケアマネジメントのセンスとしては重要な要素になるのであって、もともと縛りをかけなければ、ケアマネジャーはサービス事業者と結託して、利益誘導のために、利用する事業所が偏るだろうという性悪説ルールは問題なのである。

利益誘導を問題視するならば、特定事業所集中という事象のみを見るのではなく、中立独立で単独運営できない居宅介護支援費の構造自体を問題視すべきなのである。

利用者の意向を無視した、サービス事業所選びがいつまで続けられるというのだろうか。利用者もそれほど馬鹿ではないし、お人よしではない。

そのような当然のことを考えても、この減算ルールはなくして問題ない。

厚労省も、会計検査院の勧告を受けて、はじめて見直し機運を感ずることに恥を知ってほしいと思う。
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介護保険制度がもたらしたもの


2000年4月1日から施行された介護保険制度。

その成立までの経緯については、「介護保険・夜明けの雷鳴1」、「介護保険・夜明けの雷鳴2」、「介護保険制度へと続く道」で詳しく解説しているところである。

この制度は、「走りながら考える」と言われた制度で、制度施行後に修正が行われ続けており、今も様々な瑕疵や不具合が存在することも事実であるが、この制度が誕生したことで生じた様々なメリットも多い。

例えば国全体としてみれば、強制加入の社会保険料という新しい財源を確保したことが、最大のメリットであるといえるかもしれない。

消費税を1%でも上げようとすれば、大きな政治問題となり、それは時の政権を揺るがしかねないほどの国民の反発が予測される我が国において、一定年齢に到達した人で、日本国に住所を定めた人が全て、介護保険料という社会保険料を支払うことが義務化されるという、「国民の痛み」は、さしたる反発もなく比較的スムースに国民に受け入れられ、それが定着している。このことだけでも大きな改革といえるであろう。

また国民にとっては、この制度の創設によって、使える介護サービスの種類と量が増え、さらに営利企業などを含め、様々な民間事業者が保険給付サービスに参入することで、多様なサービス形態が生まれ、結果的にそれは国民の選択肢を増やすことになったというメリットも評価できることだろう。(参照:介護保険制度の功罪 その2

このような様々なメリットの中でも、国民にとって最大のメリットは何かといえば、僕個人としての意見で言えば、「介護支援専門員」という有資格者が誕生したことであると言いたい。

特に在宅の方々で、介護保険の給付サービスを受ける際に、居宅介護支援事業所の介護支援専門員によって居宅サービス計画を作成してもらっている場合、その方々には、介護に関する専門知識を持った担当者が常に存在するようになった。それだけでも大きな利益だと思う。

今の時期、台風が何本も日本列島を直撃して、地域によっては大きな災害に備えた対応が必要になっているが、そういう地域で、いかなる状況であっても、自分の身を案じてくれる担当者がいるという安心感は大きいだろう。それが介護支援専門員の存在の意味でもある。

3.11の時には、自分が被災者であるにもかかわらず、自分の担当利用者を探して被災地を走り回る介護支援専門員が、何人もいたことを知っている。こういう人たちによって、地域の福祉は支えられているし、介護支援専門員の誕生によって、日本の福祉の底辺は確実に底上げされていることは、このブログや各地の講演で、何度も声を大にして唱えている。

そういう意味で、僕は介護支援専門員の応援団だ。勿論、僕自身も介護支援専門員の資格は持っており、資格更新研修も受けてはいるが、その実務に携わっているわけではないので、当事者とは言えず、あくまで熱狂的なサポーターと思ってもらってよい。

時には介護支援専門員に向けて、厳しことも言ったりするが、それは介護支援専門員に対する期待を込めた叱咤激励であると捉えていただきたい。

おかげさまで、介護支援専門員の方々の職能団体をはじめとした組織から、講演を依頼されることも多い。masaの講演予定を参照いただくとわかるように、近直の9月22日(木:秋分の日)に岐阜県大垣市で行う講演も、対象は介護支援専門員を対象にしたものである。

事務局の方からは、そこで話してほしい内容として以下の通り要望をいただいている。
・介護保険制度の今後の動向
・CMに必要な資質と能力
・CMだからできること、だからできないこと(事例を混じえて)
・終末期(看取り)のご利用者様にCMとしてどのように本人・ご家族に関われば良いか(CM個人としてチームとして)
・CM業務の中で生じるジレンマやストレスの解消法について


2時間という限られた時間であるから、このすべてについて深く話すことはできないが、できるだけ要望に沿って、その内容を含めてお話ししようと考えている。

11月に熊本で行われる、第3回アローチャート学会も、頑張っている介護支援専門員さんたちが、たくさん集まる勉強会だ。

先日は、設立17年を迎えるという静岡県の三島市介護支援専門員連絡協議会さんから講演依頼をいただき、来年2/18に行われる研修会でお話をさせていただけることになった。

大阪府の枚方市介護支援専門員連絡協議会さんからも連絡をいただき、来年度早々の4/22に記念すべき同会の15周年記念講演の依頼をいただいている。

日本全国の介護の最前線で頑張っておられる介護支援専門員の皆さんに、熱いエールと最新の情報を伝えてきたいと思う。

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台風の日でも、来てくれる「あなた」のこと


台風が北海道に上陸することはきわめてまれである。

その理由は、北海道周辺の海水温が低いので、北海道に近づくほど台風の勢力を保つことができなくなり、温帯低気圧に変わる例が多いし、偏西風の影響で直撃のコースを外れる台風が多いからである。

気象庁によると、北海道に台風が上陸するか、上陸しなくとも近くを通って重大な影響を与える数は、年平均1.8回ということだ。

ところが今年は、すでに3本の台風が上陸したほか、甚大な被害という形で影響を与えた台風の数は合計6本となっている。しかも短期間に集中しているために、河川の氾濫を始めとした被害は日に日に拡大している。

昨日の台風10号も、上陸はしなかったものの、北海道を掠めて通った際に、道内は風と雨で大荒れの状態となった。

僕の住む登別も、海岸沿いの地域の世帯に対して避難勧告が出ていたし、一部の道路は通行止めになっていた。さらに停電した地域もあり、一部地域ではまだ電気が復旧していない状態だそうである。

僕の家や家族に被害は無かったが、隣家のバイク用のテント(車庫として使っている)が風で飛ばされてしまっていた。

今朝は風雨も収まりつつあったが、道路の通行止めは続いており、迂回路を通りながらの通勤は、いつもより大幅に時間を要する結果をもたらした。

僕は現在、片道90キロを自家用車で通勤しているので、その間の台風の爪あとをつぶさに目にすることができる。大きな看板が倒れているところや、木々の倒れている場所も目立っている。道路にもいろいろなものが落ちている。飛ばされた網戸が雨に濡れていたりする。

それでも登別〜千歳間は、さほどの被害が大きくなかったようだが、十勝方面等は、河川の氾濫などで浸水した家や道路もあり、亡くなられた方や怪我を負った方も居る。今朝僕が家を出た時点では、冠水した道路に立ち往生した車の屋根に昇って救助を待っている人もいた。一刻も早く救助してほしいものだ。

そんな状況ではあるが、一昔前と明らかに異なっていることがある。それは介護保険サービスを利用している高齢者の方であれば、(セルフプラン利用者を除いて)担当の介護支援専門員がいて、安否確認をしてくれるということである。

勿論、法令上どこにも、災害時に介護支援専門員が、担当利用者の安否確認をしなければならないという規定は存在しない。そうであっても、昨日〜今日の様な北海道の状況下で、自分の担当している利用者の安否確認をしようとしないケアマネは居ないだろう。あの3.11のときも、自分が被災者であるのに、自分の担当者の安否確認のために、被災地を走り回っていた介護支援専門員を何人も知っている。

介護支援専門員とは、そういう「人種」であると思う。

そしてそういう専門職の人たちが、全国津々浦々に居る。

これはとてもすごいことだ。どんな小さな村にも、居宅サービスを利用する高齢者を見守り、支援する担当者がいるということは、国民の福祉の目に見える向上であるといってよいし、それは介護保険制度が生んだ、一番の功績であるといってよい。

困っている、困っていないに関係なく、何かあったら声をかけてくれる自分の支援担当者がいるということに勝る安心感は無い。

こんな状態だから、北海道では今日も事業を休止している介護サービス事業所がある。普段デイサービスに通っている独居の高齢者の方で、家から一歩も出ることができない人がいるかもしれない。特段被害が無くとも、外出できずに食料や水に不自由しているやもしれない。

そんな人たちにとって、わずかな時間でも訪問して声をかけてくれるケアマネは、本当に頼りになる存在であると思う。そういう人たちに代わって、その人たちの心の声を伝えたい。「あなたが居るから、毎日安心して暮らせるのです。」と・・・。

そんな介護支援専門員って、すでにこの国にとって、居なければ困る存在である。

そういう職業に就いている介護支援専門員の皆さんは、どうぞそのことに誇りを持ってほしい。僕はその誇りを護るために、影に日に、自分のできることを続けていくことを約束したい。

そんな僕が、岐阜県大垣市で介護支援専門員の皆さんに、直接お話しする機会がある。

28年9月22日(木:秋分の日)の13:30〜15:30、ロータスケアセンター(岐阜県大垣市)の内覧会にて、「ケアマネジャーの地域活動と多職種連携」をテーマにして講演を行うので、お近くの方は、この機会に是非、新しい施設の見学がてら、お越し願いたい。

それでは当日、大垣市でお逢いしましょう。

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サービスの品質向上のために利用者負担が必要だとする暴論


僕が毎月連載している、キャリアブレインのCBnews・快筆乱麻!「masaが読み解く介護の今」の、第3回の連載記事、「空論に過ぎない、ケアプランの有料化の効果」が、本日ネット掲載された。

ただし、この連載を始めとしたサイト全体を読むためには、会員登録が必要で、年会費もしくは月会費がかかるという有料サイトなので、会員登録をしていない方は読めないことをお断りしておく。

そういうわけで、僕自身が書いた記事ではあるが、ここにその内容を紹介することはできないが、居宅介護支援費の一割利用者負担がもたらすものは、ケアマネジメントの質の向上でなく、御用聞きケアマネの増加と、ケアマネジメントの存在しないサービス利用の増加であることを、かいつまんで説明している。

この問題について、CBnewsの連載記事では触れなかった部分に少し触れよう。

居宅介護支援費の利用者一部負担を導入しようとする人の論理のひとつに、利用者が1割負担しているという事実が、担当介護支援専門員に責任感を与え、その結果としてケアマネジメントの質が上がるという考え方がある。

馬鹿を言うなと言いたい。

まともな介護支援専門員ならば、利用者負担があろうとなかろうと、責任感を持って居宅介護支援業務に当たっているはずである。逆に言えば、利用者負担がないとそうした責任感が感じられない人が要るとすれば、そのスキルや考え方が問題なのであり、そういう人は、利用者負担があろうとなかろうと、きとんとした社会福祉援助はできないだろう。

そういう意味で、この理屈はずいぶん介護支援専門員を馬鹿にした理屈だと言わざるを得ない。

ところで、居宅介護支援費の1割利用者負担が実現したとして、全国各地の居宅介護支援事業所は、それに備えた新たな業務の見直しが必須だ。もともと居宅介護支援費は、国保連への電送請求を前提に、請求事務のシステムが作られているのだから、現金を取り扱うシステムにはなっていないかもしれない。それを次期改訂までに見直していく必要がある。会計処理の見直しも必要だろう。

介護支援専門員の月次ルーチンワークにも、利用者からの利用料徴収業務が加わってくる。本体法人などでその業務を行ってくれる場合でも、滞納者の支払い促しなどは、ケアマネにその責任が押し付けられるだろう。滞納金支払い促しで、ケアマネと利用者の関係が悪化して、ケアマネジメントが機能しなくなるケースや、契約が終了されるケースも想定されるだろう。

しかも居宅介護支援費は、業務増加分に見合って増額される見込みは薄い。それは居宅介護支援事業所の介護支援専門員の業務負担は増えるが、待遇は現状維持のままである可能性が高いことを意味している。

今だって、決して業務内容に見合った額とは言えない居宅介護支援費である。それが増額されずに、業務負担と責任だけを負わされることに、介護支援専門員の皆さんは気が付いているだろうか。このような理屈に納得できるというのだろうか。

僕は、居宅サービスをマネジメントする介護支援専門員の誕生によって、日本の福祉の裾野は広がり、国民の福祉は確実に向上していると考えている。地域で暮らす高齢者が、自分の担当者がいるという心理的な安心感だけでも、介護支援専門員という職種の存在は、もっと評価されてよい。

そういう意味からも、この改正案は納得しがたいのである。僕自身は、ケアマネ実務からは離れた、別の立場にいるが、ケアマネ応援団として、この改正案には徹底的に反対の立場である。

同時に、このようなに介護支援専門員を馬鹿にした改正案に、当事者なのに、ほとんど異議を唱えない介護支援専門員諸氏には、やや歯がゆい思いを感じているのである。

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居宅介護支援費への自己負担導入は、介護支援専門員の職が奪われるという意味でもあるんだぜ


再来年の報酬改定時に、現在全額保険給付されている居宅介護支援費に、利用者1割自己負担が導入されることが既定路線化されつつある。

このとについて僕は、利用者に自己負担が生ずることで、より質の高いケアマネを求める結果にはならず、より自分の言うことを素直に聞くケアマネを求める傾向が強くなると予測している。

それは、デマンドではなくニーズを重視するケアマネジメントが疎まれ、利用者への「媚を売る」介護支援専門員が選ばれる傾向が強くなるという意味であり、そのことによって、利用者の言うがままに、不必要なサービスも含めてプランを立てる「御用聞きケアマネ」を増やす結果となり、ケアマネジメントの質担保には結びつかないと指摘してきた。

しかも1割負担分の費用を徴収する業務(請求業務と現金受領にかかわる業務)が、あらたに居宅介護支援事業所の業務に加わるが、確実に発生するであろう自己負担金の滞納を考えると、滞納者に対する督促業務が介護支援専門員の業務に加えられ、かつ回収率が100%となることは不可能であると予測され、居宅介護支援事業所の収入は減る可能性が高い。つまり業務負担は増えるが、給料は増えないどころか下がる可能性があるということだ。

ところで、居宅介護支援費に自己負担が導入されるということは、利用者負担額は、加算を除いた基本サービス費だけで、要介護1及び2の人で月額1.042円、要介護3以上の人で、1.353円の負担となる。この負担増は決して軽くはない。

そこで考えられることは、お金のかからないセルフプランが増えるということだ。

そう言うと、セルフプランが作成できる人なんて少ないだろうという反論が聞こえてきそうだが。、セルフプランは、何も利用者が自分ひとりで作成するものとは限らず、第3者が作成支援と称して、実際には作成代行したものを利用者が市町村の窓口に提出するというものが含まれてくる。

誰がその様な作成支援をしてくれるのかというと、訪問介護事業所などの居宅サービス事業者である。無料で作成支援する代わりに、その事業者のサービスを優先的に利用するという条件を付けるケースが増えるだろう。

無料でセルフプランの作成を手伝うという行為は、保険給付とは関係のない行為で、そこに資格は必要とされないし、作成代行ではなく、作成を手伝うためのアドバイスの体裁を整えれば、代行業務ともならず違法性も問われることはない。

セルフプランの給付管理は、市町村が行うことになるために、市町村の窓口レベルで、そのようなセルフプランは受理されないのではないかという意見もあるが、市町村は利用者本人がセルフプランを作成すること自体を拒否する権限はなく、提出されたプランが、アドバイスを受けただけで、自己作成したものだと主張されれば、それを受理しないわけにはいかない。

これによって市町村業務は大幅に増加するが、その部分に予算を手当てしようとしても、給付管理したからと言って市町村に保険収入が入ってくるわけではない。

市長村は、果たしてこのことを想定しているだろうか。その状況を諾として、黙々と給付管理業務をこなす職員を手当てできるだろう。

そう考えると、この問題は、市町村業務の問題としても、もっと深く議論される必要があるはずだが、そのような視点からの議論は皆無である。

また、このことによって、居宅介護支援のサービスの質云々ということとは別に、顧客の絶対数が減ることによって、経営が厳しくなり、人員削減や給与引き下げをしなければならない居宅介護支援事業所も出てくるという結論にもなる。

今後、介護保険給付が、要介護3以上の中重度者しか使えなくなるような政策誘導と相まって、居宅介護支援事業は非常に厳しい逆風を受けざるを得ないだろう。

転職を真剣に考えなければならない介護支援専門員が増えるというのが、次期制度改正・報酬改定の示す方向でもある。

本来ならば、そうならないために、介護支援専門員の職能団体等は、もっと反対の声を高く上げねばならないはずなのに、そのようなアクションはまったく見えない。呑気この上ないと思うのは、僕の杞憂だろうか。

自分の仕事が奪われるかもしれないという状況に、これだけ大人しい職種というのも、何とも珍しい限りである。

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実効性のある施設サービス計画とは。



このブログの読者の皆様にお伝えしたいことがある。それはこのブログの更新時間についてである。4月から職場を変え、勤務形態が変わったので、更新時間が少し遅い時間にずれているが、今現在新しい職場のルーティーンが見えてきた段階で、この状況を鑑みると、平日の記事更新は午後1時を超えた時間になることが多いだろうというお知らせである。

どちらにしても、基本的に平日は記事更新していく予定である。さて本題に移ろう。

毎月大阪で行っている社団法人みらい福祉研究所主催の、「介護ビジネスアカデミー大阪校研修・施設ケアマネ・相談員向け実務講座」では事前課題を示して、それぞれの参加者がその課題に沿ったレポートを提出することになっ平成十一年三月三十一日厚生省令第三十九号ている。

第1回目の課題レポートの中で、「施設サービス計画書」を作成しても、それが単なる書類だけの意味しかなく、それに沿ったサービス提供が行われていないので、そこを改善したいという内容のレポートがあった。

平成十一年三月三十一日厚生省令第三十九号の特養の部分を見ると、(基本方針) 第一条の二 において、「指定介護老人福祉施設は、施設サービス計画に基づき、可能な限り、居宅における生活への復帰を念頭に置いて、入浴、排せつ、食事等の介護、相談及び援助、社会生活上の便宜の供与その他の日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行うことにより、入所者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるようにすることを目指すものでなければならない」とされている。

この規定は介護保険3施設共通のものなので、もし施設サービス計画の内容が実行されていないとしたら、運営基準違反であるし、そもそも施設サービス計画は、利用者(もしくは家族)の同意を得て初めて本プランとなっており、その意味は、施設サービス計画の内容でサービス提供するという契約なので、それを実施できていない施設は、契約違反として損害賠償の請求をされても仕方ないともいえ、そのことは大問題である。

しかし実際には、施設サービス計画の内容さえ知らないという介護職員や、看護職員がいることも事実で、そのことを特段問題視していない施設も存在することも事実だろう。

本来このことは、施設管理者が危機意識をもって変えていかねばならないことなのだろうし、施設の介護支援専門員が、いくら頑張っても、施設管理者や他の職種の人々に問題意識がないと、変わっていかないのだろう。

しかし時間と労力をかけて作る施設サービス計画が、行政指導の為の紙切れに過ぎなくなるのでは多大な無駄で、それは大きな事業損失であるともいえるわけで、何とか生きた計画にしたいものである。

そのためには、まず施設の介護支援専門員としてできることは、施設サービス計画が現場の共通言語となり得るように、最低限の基本サービス(移動・食事・排せつ・入浴等)を読みとることができるケアプラン作成が求められサービス現場の専門家(看護職員、セラピスト、栄養士、相談員、介護職員等)の意見を踏まえ、実効性のある協働作業を行い、さらに読んでわかる施設サービス計画とする必要がある。

つまり介護支援専門員にとっては、第3者に分かりやすく伝える文章力も必要なスキルが需要になるということだ。

そのうえで基準省令では、第37条で、「第八条第二項に規定する提供した具体的なサービスの内容等の記録 」が義務として書かれており、当然そのことは、施設サービス計画に沿ったサービス提供が行われているという記録でなければならないことを、全職員に周知したうえで、支援記録には、かならず施設サービス計画が実施されているかどうか、されていないとすれば何が原因かを、必ず書くという施設内ルールを作る方法が考えられる。

最も重要なことは、サービス担当者会議(ケアカンファレンス)を伝達の場で済ますことなく、それぞれの専門家が情報を持ち寄り、サービスの具体的内容について触れた話し合いができ、かつ利用者との契約責任を果たすという意識を持ちうるものにすることが大事だと思う。

この点、僕が今働いている新しい職場のサービス担当者会議は、教材ビデオにできるほど優れた方法で行っているように感じた。僕が初めて参加した会議では、施設サービス計画を本プランにする過程で、すべての職種が、本当の意味で協働作業を行っていた。これなら計画の実施に、それぞれが責任感を持つはずだと感じた。

当施設のサービス担当者会議への家族の参加率は、実に7割を超えており、その場で利用者および家族の意思確認がしっかり行われていた。さらにそれをニーズに変換するがごとく、リハビリ・看護・介護・栄養の専門家が、施設サービス計画原案の担当部分の目標や予後の見込みなどを分かりやすく説明して、家族の意見を聴きながら、それに的確に答え、課題と目標とサービス内容を明らかにしている。

介護支援専門員は、司会進行役というだけではなく、認知症などの理由で会議参加が難しい利用者の代弁者となって、各セクションの意見と、ケアプラン内容をつなげて、全体の計画内容を説明し、同意を得ている。

この過程で、この施設サービス計画は、施設ケアマネが作成した計画ではなく、施設として作成した計画であり、自分たちが説明したことを実行する責任が生ずることを、ごスタッフ全員が無意識のうちの自覚するように思えた。

僕の目にそれは、単なるアリバイ作りの会議ではない、実効性の高いサービス担当者会議に映った。

施設サービス計画は、利用者及び家族にとっては、どのようなサービスを受けることができるかが明確になることによって、安心してサービス利用ができると共に、施設サービスを利用する目的や意味を認識できることに繋がる。

事業者(職員)にとっての意味は、施設サービス計画という共通言語としてのサービス指針を持つことによって、チームとして必要な具体的支援方法を確認理解することができ、 利用者の生活課題やサービスの目的を理解することで事後のサービス評価が可能となるのである。

施設サービス計画は、そういう意味でも重要なツールであり、決して書式だけで終わらせて良いわけがない。そして実効性のある計画とは、施設内での多職種協働が、計画作成の時点から行わる必要があるものだと思う。

ぜひそうした形で、実効性のある施設サービス計画を作成していただきたい。

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施設ケアマネジャーは、相談援助職でありソーシャルワーカーですよ


施設の介護支援専門員の立場と役割が、まだまだ理解不足である現状がある。

そもそも施設の介護支援専門員として発令を受けている本人が、施設ケアマネってどのような存在なのかを理解していない場合がある。そういう人たちが、束になって施設ケアマネの役割論を作ろうとしても、それは的外れなものにならざるを得ない。

施設ケアマネがどのような存在で、施設内でどのような業務を担うのかということを、一言で表すとしたならば、『施設で提供するサービスの目的や方法を言語化できるソーシャルワーカー』と表現でき、そこでは様々なものを繋ぐ調整力が求められるのである。

勘違いして欲しくないことは、施設ケアマネの仕事が、ケアマネジメントに特化して考えられることである。ケアマネジメントは、社会福祉援助技術の一つに過ぎず、施設ケアマネは、施設サービス計画というツールによって、その内容の展開と検証作業の過程で、ケアマネジメント技術を使いこなす必要はあっても、それはソーシャルケースワークの展開の過程にしか過ぎず、ケアマネ業務の全てではない。

さらに言えば、ケアマネジメントとは、基準省令第12条に書かれているアセスメントからモニタリングまでの、施設サービス計画作成過程のみではなく、施設サービス全体をコーディネートする一連の過程をも全て含んだものである。相談援助職として調整する過程もマネジメントの範疇である。それをマニュアル化できるとでも言うのだろうか?

相談援助職という基盤があってこその、ケアマネジャーであり、『相談員の仕事を兼務しているから、施設ケアマネの業務に専念できない。』というのは、極めて馬鹿馬鹿しい理屈であり、本来相談援助そのものである相談員業務と、ケアマネ業務は切り離すことはできないものなのである。

施設ケアマネと相談員の関係性を考える際には、専門看護師と看護師の関係性を当てはめるのがわかりやすい。

専門看護師とは、複雑で解決困難な看護問題を持つ個人、家族及び集団に対して 水準の高い看護ケアを効率よく提供するための、特定の専門看護分野の知識・技術を 深めた看護師であり、施設ケアマネとは、まさに介護保険制度とケアマネジメントのスペシャリストとしての知識と技術を持った専門相談員なのである。

専門看護師が、看護師業務をしていたら専門看護師業務ができないと嘆いたら、お前馬鹿かと言われるように、介護支援専門員が相談員業務をしていたら、ケアマネ業務が出来ないと嘆くことほど滑稽なことはないのである。

そもそも法令上の施設サービス計画作成過程では、サービス担当者会議と他職種への照会は同列に書かれ、やむを得ない事情がなくても、会議を開かずに照会のみで計画を作成して良いことになっている。これは居宅介護支援事業所の居宅サービス計画作成ルールと異なっているルールであり、それは同一施設内の他職種連携は、会議を行わなくても容易に可能であることに配慮したものであることに加え、もともと相談員が施設内で様々な連絡調整の役割を担っており、そのことが評価されているという意味もあるのだ。

施設ケアマネとは、相談援助の専門技術を身につけたソーシャルワーカーなのだから、相談員の中でスーパーバイザーとなり得る、相談援助職のリーダーであり、施設内の頭脳であり、PDCAサイクル構築の旗振り役である。

そして施設によって様々な暮らしが存在するのだから、そこでの業務内容が違ってくるのは、ある意味当たり前のことであり、無理な雛形に業務統一する必要はないものである。ソーシャルワークとは、本来その枠を取り払って、臨機応変に対応することが求められるのである。

ケアマネ実務を経験したこともなく、施設ケアで結果を出したこともない大学教授が何を教えたのか疑問だが、施設ケアマネが、相談員としての役割を基盤としているという根本理解のないままの施設ケアマネ業務マニュアルなど、全く意味のないものといえよう。

ここの部分の理解がないケアマネ専門部会は、非常に残念な存在である。

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介護支援専門員のサポーター役として伝えたいこと


4年前まで僕は、四国には一度も行ったことがなかった。沖縄や九州には何度もお邪魔していたのに、四国は縁遠かった。

しかし2012年7月に愛媛県老人福祉施設協議会と、愛媛県地域包括支援センター協議会の2団体からお招きを受けて、始めて四国の地を踏み、松山市内で「看取り介護講演」と「ケアプラン作成実務講演」を行う機会をいただいた。

その時のことを思い出すと、飛行機の中から四国を眼下に見下ろしながら、着陸する瞬間まで窓から眺めて興奮していた覚えがある。

その後、徳島と高知でも講演を行う機会を複数回いただいており、四国で講演を行っていないのは、香川県だけになった。

最近、登別にも「うどん専門店」ができているが、うどん県の「香川県」でうどんを食べるまでは、他の場所で「うどん専門店」に入って食事はしないようにしている。(笑)ただなかなか香川県からは、お声がかからない。

ところで愛媛県老人福祉施設協議会と愛媛県地域包括支援センター協議会さんからは、2012年、2013年に続いて、3度目のお招きを受け、11/22(日)に午前と午後に分けて講演を行う予定になっている。愛媛県講演は4回目になる。(松山市で3回、宇和島市で1回)

11/23(月)は勤労感謝の日の祝日なので、22日は3連休の真ん中に当たる。介護業界の人々は、暦の休みはあまり関係ないとは言っても、暦通りに休みを取れる人もいて、それらの人はせっかくの連休の真ん中に、わざわざ勉強しようという気にならないのかもしれないし、休みが取れる人がいるということは、その分代わりに働いている人も多いということになって、研修会に参加できるシフトになっいる人自体が少ないと言える日かもしれない。

しかし講師を務める僕にとって、道内から直行便がない四国講演は、どうしても講演前後の日も移動日としなければならず、今回のように3連休の真ん中に講演日が設定されていることは、仕事を休まずに済み好都合である。大変ありがたい。

今回の愛媛県松山市講演も、前日の土曜日の18時過ぎに現地入りして、日曜日に午前と午後に、合計5時間30分の講演を行い、祝日の月曜日に北海道に戻る予定を立てている。

22日(日)9:30〜12:00までは、愛媛県老人福祉施設協議会主催の看取り介護研修で、「特養における看取り介護の実践〜本人・家族の思いを受け止めて〜」をテーマにしている。こちらは受講対象が、愛媛県老人福祉施設協議会会員施設職員とされており一般の型の参加はできないそうである。

一方、13:00〜16:00まで行う、愛媛県地域包括支援センター協議会・ケアマネ部会研修については、オープンで一般参加も可能ということである。席にもまだ余裕があるそうなので、お近くの介護支援専門員の方は、是非会場までお越しいただきたい。

テーマは、「これからの介護支援専門員のあり方〜masaからのエール〜」としており、介護保険制度改正及び介護報酬改定において介護支援専門員に何が求められたのかを解説するとともに、新しいルールの解釈の確認とその意味などを紐解いてみたい。

そのうえで地域包括ケアシステムとは何かを明らかにし、そこで介護支援専門員がしなければならないことを考えてみたい。

どちらにしても僕は介護支援専門員の皆様のサポーターである。それが証拠に、僕はかねてより「介護支援専門員という資格者の誕生によって、この国の福祉の底辺は確実に上がっている」と言っている。そういう立場からの助言・提言をしてきたい。

そんな中で、介護支援専門員の資質向上と今後のあり方の関する検討会の中で、ケアマネジメントの質が問われ、介護支援専門員にはいろいろな注文が付けられたが、それは果たして何に起因した議論であったのかということを検証してみる必要がある。

そこで問題視された、アセスメントの結果とケアプランの整合性を問うならば、いまだにケアマネ更新研修などで、講師が教科書として使うことがある、「四訂・居宅サービス計画書作成の手引」(財団法人・長寿社会開発センター)のいい加減な内容にも触れないとならないだろう。

そこでは、『背景要因を書くと「〇〇のため〇〇できない」のように、ネガティブな表現になりやすいので、「〇〇したい」とできるだけ簡潔に書く方がよい。』と解説している。そのことが、いかに介護支援専門員の目を曇らせているかということを具体的に指摘してくる予定である。

悪書「四訂・居宅サービス計画書作成の手引」
この画像の計画内容を疑問に思わないケアマネは、実務を行っていないケアマネとしか思えず、当日午後からの講演では、この辺りの解説もする予定である。僕の著書「人を語らずして介護を語るな2(黒本)」P131の『生活課題を「したいの山」にしない工夫』でも、このことを痛烈に批判し、正しい方法を提示しているので、参考にしていただきたい。

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介護支援専門員が持つべき使命感と誇り


要介護高齢者の暮らしを支えるために、様々な場所で頑張っている介護支援専門員の皆さんは、居宅サービスの場でも、施設サービスの場でも、利用者の暮らしを支える多職種協働チームの中で、扇の要役を担う必要がある。

そのために頑張っている介護支援専門員の中には、本当に素晴らしい人材が多く、いつも何かを教えられて、その姿勢に頭の下がる思いを持つことが多い。

一方では介護支援専門員間のスキルの差が問題視され、事業者都合のサービスを押し付け、利用者の意思や希望を無視したサービス提供に終始することに、何の疑問も良心の呵責も持たない、責任感と使命感がない介護支援専門員の存在が指摘されたりする。

事実、ソーシャルワーカーとしてのスキルに欠けたまま、先輩から教えられたサービス作成方法を唯一のよりどころとして、暮らしを支えるという視点のない、単なるケアプランナーと言ってよい人も存在することは事実だ。

そのために、たくさんの優秀な介護支援専門員がいるにもかかわらず、制度改正のたびに、介護支援専門員とケアマネジメント技術への批判が繰り返され、あたかもそれは制度の欠陥がすべて介護支援専門の不適切なケアマネジメントによるものであるかのごとく糾弾され、介護支援専門員は常に被告席に立たされるのが当然のような考えを持つ人もいる。

しかし実際には、今この国から介護支援専門員という資格をなくしてしまっては困る要介護高齢者はたくさん存在しており、決して介護支援専門員という資格はなくなってはならない資格であると言い切って過言ではない。

現に厚労省の誰かが、介護支援専門員などなくしてよいと言っているような事実もない。

介護支援専門員を対象にした講演・講義等で、「そんなことばかりやっていると介護支援専門員の資格などなくなってしまいますよ。」と脅迫している講師がいるが、どこにそのような事実があるのかと問いたい。叱咤激励するのはよいが、地域の中で、利用者の暮らしをしっかりと支えている数多くの介護支援専門員の方々に対して、それは余りにも失礼な脅し文句であるし、「介護支援専門員の質の差をなくそう」という声はあっても、「介護支援専門員をなくそう」なんていう声がないという事実をもってして、それは嘘八百の不敬な脅し文句でしかない。

ただ居宅介護支援事業所の介護支援専門員の中には、他に先輩も同僚もいない一人ケアマネとして、何事も自ら決断を迫られ、かつ事業経営者からは、利益誘導が求められることで、使命感とのはざまでもがき苦しんでいる人もいるようだ。どうかそのことに負けないで、妥協しないでいただきたい。自らの良心が、巨大な力につぶされそうなときは、働く場所を変えるという決断も必要だろう。志の高い介護支援専門員にとっては、それが唯一、自らの心が壊れない方法だという場合もあるのだ。

様々な問題に煮詰まって、周囲が見えなくなっている人も存在する。例えば表の掲示板の相談ケース。「自費ベッドにするなら、介護保険対応のベッドにすべき??」のなかでは、相談者である介護支援専門員の方が、軽度要介護者の特殊寝台利用のルールをきちんと把握したうえで、所属事業所の上司の命令は不適切ではないかと相談されている。

相談内容を読んだ印象では、この介護支援専門員さんは、まじめで、コンプライアンスの意識も高い人だ。おそらく優秀な人材なのだろうと想像する。

ただ事業所内で誰にも相談できず、上司から理不尽なプレッシャーをかけられているという環境の中で、視野が狭くなって、自由な広い発想ができなくなっているように思う。

保険給付の対象外サービス=全額自費利用という発想から、介護保険制度から離れて、保険外で対応する方法はないかということを同時にマネジメントしていかないと、袋小路に陥ってしまうときがあるのだ。

特に福祉用具貸与については、保険給付されるものであったとしても、1割負担でレンタルを継続していくほうがよいのか、保険給付を受けずに、自費購入して、「自分の所有物」として使う方が良いのかは、個人の考え方も絡んで多様な判断基準があるのだから、ここは柔軟に考えるべきである。

おそらくこのケースの質問者のような場合は、少しだけ煮詰まっているだけなので、ちょっとしたヒントを与えるだけで、きちんとした方向への発想の転換が可能であり、より高いスキルを経験の中で身につけていくことであろう。

そういう意味では、地域包括支援センターの主任介護支援専門員がアドバイザーになって実施する、「地域同行型実地研修」は、介護支援専門員が一人しかいない事業所などは大いに利用すべきだと思う。
(参照:問われる主任介護支援専門員の資質と力量

僕自身は現在、介護支援専門員の実務は行っていないが、厚労省認定のケアアンネジメントリーダーの認定も受けている立場でもあるし、職場では居宅介護支援事業所のケアマネジャーや、施設ケアマネジャーの管理者の立場でもある。さらに実際にはケアマネジメント全般に対するスーパーバイザーの立場から指導することも多いので、介護支援専門員の方々を応援する人でありたいと思う。

全国で行う僕の講演でも、介護支援専門員の方々を対象にした講演は多い。それは介護保険制度全般に関するものであったり、介護支援船も人実務に関して居宅介護支援や施設サービスの違いを可たる者であったり、ケアマネジメント全般であったり、居宅サービス計画や施設サービス計画の作成方法であったりする。そこでは介護支援専門員に対して向けられた世間の評価を正しく明示したうえで、問題や課題を明らかにするが、決してそれで終わることなく、同時に、評価されるケアマネジメントについて、具体的に事実として明らかにしているつもりである。

介護支援専門員の使命感と誇りを失わないようにお話ししていくつもりである。

近直では、11月22日(日)13:00〜16:00愛媛県松山市で行われる「愛媛県地域包括支援センター協議会・ケアマネ部会研修」にて、「これからの介護支援専門員のあり方〜masaからのエール〜」というテーマでお話しする予定である。愛媛県の講演は2年ぶりになる。お近くの方は、是非会場までお越しいただきたい。

※なお同会場で同じ日の午前中に、「愛媛県老人福祉施設協議会主催研修」が行われ、そこでは「特養における看取り介護の実践〜本人・家族の思いを受け止めて〜」というテーマで、150分講演を行う予定である。看取り介護は、在宅・施設に限らず、すべての場所で、今後必要性が高まる介護で、どこでも安心して最期の時を過ごせることが、地域包括ケアシステムの基盤にもなる大事な介護である。こちらには職種を超えて数多くの方にお越しいただきたいと思う。

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問われる主任介護支援専門員の資質と力量


本年4月以降の居宅介護支援費における特定事業所加算に『介護支援専門員実務研修における科目「ケアマネジメントの基礎技術に関する実習」等に協力又は協力体制を確保していること』が加えられた。

「ケアマネジメントの基礎技術に関する実習」とは、言うまでもなく、新しい体系となる介護支援専門員実務研修における実習を指すもので、そのためこの要件は、「28年度の介護支援専門員実務研修受講試験の合格発表日から適用」とされており、介護報酬Q&A Vol.1では、これに関して次のように解説されている。

問185 特定事業所加算に「介護支援専門員実務研修における科目「ケアマネジメントの基礎技術に関する実習」等に協力又は協力体制を確保していること」が加えられたが、この要件は、平成 28 年度の介護支援専門員実務研修受講試験の合格発表の日から適用となっている。新規に加算を取得する事業所又は既に特定事業所加算を取得している事業所は、当該要件は満たしてなくても、平成 27 年4月から加算を取得できると考えてよいのか。また、適用日に合わせて体制等状況一覧表の届出は必要であるか。

(答)適用日以前は、要件を満たしていなくても加算は取得できる。また、体制等状況一覧表は、適用日の属する月の前月の 15 日までに届出する必要がある。


↑つまり28年度の実務研修までに、実習受け入れの態勢を整える準備をしておけば、実際にそれまでに実習を受け入れていなくとも加算算定は可能であるという意味である。同時にこの要件に関しては、次のQ&Aも示されている。

問186 特定事業所加算に「介護支援専門員実務研修における科目「ケアマネジメントの基礎技術に関する実習」等に協力又は協力体制を確保していること」が加えられたが、実習受入以外に該当するものは何か。例えば、地域で有志の居宅介護支援事業所が開催する研修会の引き受けるといった場合は含まれるのか。
また、実習受入れの際に発生する受入れ経費(消耗品、連絡経費等)は加算の報酬として評価されていると考えてよいか。(実務研修の受入れ費用として、別途、介護支援専門員研修の研修実施機関が負担すべきか否か検討をしているため)

(答)OJTの機会が十分でない介護支援専門員に対して、地域の主任介護支援専門員が同行して指導・支援を行う研修(地域同行型実地研修)や、市町村が実施するケアプラン点検に主任介護支援専門員を同行させるなどの人材育成の取組を想定している。当該事例についても要件に該当し得るが、具体的な研修内容は、都道府県において適切に確認されたい。
また、実習受入れの際に発生する受入れ経費(消耗品費、連絡経費等)の取扱いについては、研修実施機関と実習を受け入れる事業所の間で適切に取り決められたい。


↑このように実務研修の実習以外にも、都道府県が認めるのであれば、「有志の居宅介護支援事業所が開催する研修会」も該当するとしており、都道府県との事前協議を行うことで、その範囲は広がる可能性がある。

また「等」に該当するのものとしては、「地域同行型実地研修」と「市町村が実施するケアプラン点検に主任介護支援専門員を同行させるなどの人材育成の取組」が具体的に示されている。後者については、主任介護支援専門員が同行する際に、実習中の介護支援専門員も同行させてプラン点検の実際を共に学ばせるという意味だろう。

前者の、「地域同行型実地研修」とは、「介護支援専門員地域同行型研修実施要綱」に基づいて行われる新しい研修事業で、市町村が実施主体となって行うものである。

この研修については、地域包括支援センターの主任介護支援専門員が、事前研修を受けて、アドバイザーに任命される必要がある。そしてアドバイザー、介護支援専門員の実務に従事している者であって、就業後1年を経過した介護支援専門員を地域同行型の研修の中で指導することとなり、具遺体的には、アドバイザーと受講者がそれぞれのケースのサービス担当者会議への出席及びモニタリング訪問により、受講者のサービス担当者会議での進行、調整、会議録作成に係る能力の習得及びモニタリング、事後調整のあり方を理解するとされている。同行演習の期間は、2〜3ケ月とされており、この間主任介護支援専門員は、適時に研修受講者に対してスーパービジョンを展開していくこととなる。

介護支援専門員地域同行型研修
そうすると、この「地域同行型実地研修」の事前研修で、アドバイザーについての事前研修を受けたとしても、3月にもわたる期間を通じて、実務に携わっている介護支援専門員に対してスーパービジョンを展開していくためには、付け焼刃の知識ではどうにもならず、スーパーバイザーとしての資質が求められてくるわけである。そこでは当然、居宅サービス計画作成に関して、アセスメントとプランを結びつけて解説する能力も必要になってくるであろう。つまり根拠となる思考法の説明も求められてくるわけである。

果たして現在、地域包括支援センターで、主任介護支援専門員の実務に携わっている人で、いったいどれだけの人が、その力量を持っているのだろうか?現在でもまともなケアプラン作成指導ができない主任ケアマネが多い現状を見ると、この事業に手を挙げたのは良いが、実際に3月の地域同行実習を通じて、有効なスーパービジョンを行うことができず、その資質に疑問符しかつけられない指導に終始する主任ケアマネの姿というものも、容易に想像できてしまう。それでは困るわけである。

中には主任介護支援専門員の資格取得動機が、特定事業所加算取得のためと勘違いしている人もいる。そして特段の資格試験もなく、講習を受けさえすれば取得できる、「主任介護支援専門員」という冠資格に胡坐をかいて、日頃の自己研さんを怠っている人も見受けられるが、「地域同行型実地研修」の実施主体となる地域包括支援センターでは、そういう主任介護支援専門員では、仕事にならないし、そうした人材に対しては、実習生からの事後クレームが多くなり問題となってくるだろう。

そうならないためにも、ケアマネジメントスキルを高めて、実務経験の浅い介護支援専門員に対して、的確なスーパービジョンが展開でき、居宅サービ計画の根拠を、アセスメントと計画内容を、言葉と文章で適切に結び付けて説明できる主任介護支援専門員の資質が求められてこよう。その資質のない主任介護支援専門員は、公の場で批判を受けることにもなりかねない。

スーパービジョンをどう展開できるかというイメージを、すぐに思い浮かべることができる主任介護支援専門員であるのかが問われているのである。スーパービジョンって何?というレベルでは、主任介護支援専門員という役割を担うことはできないのである。

そうしたプレッシャーはあるだろうが、この事業を自らのスキルアップの機会ととらえ、資質と力量の向上に努めてもらいたい。

現状を見渡すと、要介護状態になった以後の、高齢者の「生活の質」が、担当する介護支援専門員の力量と価値観によって決まってしまうと言えるような状態も見られる。(本来そうあってはならないと思うが、現実にはそのような問題も生じている。)そういう意味でも、介護支援専門員が担う責任は、極めて重要であると言わざるを得ない。

そのことの重大性を心して、この国に暮らすすべての人々が、安心と安楽の暮らしを続けられるように、介護支援専門員という立場から支援を行う人々が、日々の業務の中で、利用者から学び、スキルアップを重ねながら、その恩を利用者に返していく姿勢が必要となる。

そういう意味では「地域同行研修」を主任介護支援専門員と、実務経験の浅い介護支援専門員の双方が、お互い謙虚に学びあうという姿勢を持ちつつ、刺激を受け合って、双方のスキルアップの機会として有効なものにしていってほしいと思う。

どちらにしても地域包括支援センターの主任介護支援専門員の資質と力量が、その地域のケアマネジメントスキルに重大な影響を及ぼしていくのが、今回の「地域同行型実地研修」によって明らかになっていくだろう。

そして地域包括支援センターの主任介護支援専門員として、覚悟しておかねばならないことは、好む好まざるに関わらず、今後はスーパーバイザーとしてのスキルを磨いて、スーパービジョンを展開できないと、主任介護支援専門員としての仕事に行き詰まるということは確実である。

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横浜アローチャート学会で得ることができるもの


介護支援専門員という有資格者の仕事ぶりが、とかく批判の的になることがあるが、個人の質の差によるデコボクがあることは否定できないものの、地域の中に介護支援専門員という有資格者が根付いて活動している現状は、国民の福祉の向上の一翼を担っていると言って過言ではなく、その資格は決してなくして良いものではない。

介護保険制度が創設された際に、介護支援専門員という有資格者が誕生したことによって、この国の福祉の底辺は間違いなく引き上げられたと思う。
(参照:介護支援専門員という資格に誇りを持ってください

ただし課題とされている点については、きちんと整理して、解決していく必要がある。そのことが社会の信頼を生み、介護支援専門員がますます地域でなくてはならない専門資格であるという認識につながっていくであろう。

介護支援専門員全体のスキルを引き上げていくために何が必要なのか?介護支援専門員に向けられている社会の要請とは何か?今問われている問題とは何か?

今一番問題とされていることは、ケアマネジメントが機能しているのかということだ。給付制限に躍起になっている国は、不必要で過剰なサービスを、介護支援専門員がプランニングしているのではないかと目を光らせている。そうであれば、介護支援専門員は、計画に位置付けたサービスの必要性を明示できなければならないということである。

介護支援専門員が、ケアプラン(居宅サービス計画または施設サービス計画)を立案する際に行うアセスメントが、本当に計画された具体的サービスにつながっているのかが問われている。

アセスメントを無視した、サービスありきのケアプランとなっていないのかが問われている。

そこで必要とされる介護支援専門員の能力とは、ケアプランの根拠を、アセスメント結果と繋ぎ合わせて言語化し、チームメンバーに文章や言葉で説明できる能力である。

そのために制度改正議論の中では、ケアマネジメントのあり方が問われ、作成義務化はされなかったとはいえ、課題整理総括表・評価表という2つの新しい書式が作られ、介護支援専門員がサービス担当者会議や地域ケア会議等の場における多職種との情報共有や調整等に際して積極的な活用を促されている。そのために介護支援専門員の更新研修などでは、この新しい書式の作成訓練なども行わるであろう。

つまり課題整理総括表・評価表はケアプランの根拠を言語化するためのツールと言えるが、必ずしもこのツールを使わなければならないということでもなく、自分にとって言語化のための思考法を取ることが容易なほかのツールを使ってもよいわけである。

アローチャートという思考法がある。このことについては、このブログ記事でも何度か紹介してきた。(参照:アローチャート関連記事)。僕自身はケアマネ実務に就いているわけではないし、アローチャートを深く学んでいるわけでもないために、その思考法に精通しているわけではないが、吉島先生のお書きになった本を読んで、この思考法は優れていると感じたので、当施設併設の居宅介護支援事業所の介護支援専門員には、アローチャートを学ぶことを推奨し、昨年札幌で開催された勉強会には、新任の介護支援専門員を参加させ、しっかりアローチャートを勉強してもらっている。

第 2 回アローチャート学会 神奈川大会が、平成 27 年 7 月 11 日(土)13:00 〜 12 日(日)16:10までの日程で、横浜市従会館で行われる。開催要項は、張り付いたリンク先からダウンロードできるのでクリックしてご覧いただきたい、。

大会の趣旨は、「アローチャートを用いたアセスメント及び関連する理論の研 究・発表の場を提供することにより、アセスメント技術の向上を図ることを目的とする。」とされている。アセスメントとプランのつなぎ方に悩まれている方、ケアプランの根拠を言語化することに悩みを持っている方などは、この学会での学びは貴重で、必ず実務に役立てることができると思う。

学会ではアローチャートの伝道師・吉島豊録先生(梅光学院大学・准教授)の基調講演や、アローチャートの基礎講座が行われる予定になっており、アローチャートの初心者も精通者も、どちらも学びの機会となり得る内容になっていると思う。全国の仲間との交流もでき、新たなつながりも生まれる素敵な機会である。日程調整をして、是非ご参加を検討していただきたい。

なおアローチャートをより詳しく知りたい方は、アローチャートブログを参照していただきたい。

僕はあいにく日程調整がつかず、今回は参加できず残念である。来年のアローチャート学会には、必ず都合をつけて参加したいと思うので、それまで他の参加者の皆様の貴重なつながりを大事に育てていただきたい。

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本末転倒の減算ルールは即刻廃止せよ


5/20に行われた社会保障審議会・介護給付費分科会では、居宅介護支援費の、「特定事業所集中減算」に対して、「不合理」「本末転倒」などの批判の声が相次いだ。

異論を唱えた委員の意見は次の通りである。

ケアマネジャーの業務への影響が非常に大きい。利用者の状態に応じた適切なケアを提供するという目的に逆行している地域の状況によっては、良いサービスを提供する事業所のシェアがどうしても高くなってしまう場合がある。経営のために信頼できる事業所でも変わることになるが、そこに馴染んだ利用者の納得は簡単に得られない正当な理由があれば問題ないと言うが手続きは大変。現場の業務は非常に厳しく、なかなか対応するのは難しい民間介護事業推進委員会・山際代表委員

質の高い事業所、頑張っている事業者が不利益を被る悪法不適切な法人をチェックする仕組みは他にもあるはず。こんな不合理はすぐにやめるべきだ日本医師会・鈴木常任理事

サービスの質を高める努力をしているところなら、そこでサービスを受けてほしいと考えるのはむしろ当然それでも他を使わざるを得ない仕組みなら本末転倒日本慢性期医療協会・武久会長

各意見とも、「ごもっとも」と言える意見であり、この分科会の委員でもある日本介護支援専門員協会会長の発言が前面に出ていないことの方に疑問を感じる。

特定事業所集中減算は、介護支援専門員が居宅サービス計画を作成するに際し、自分が所属する法人の特定の事業者のみのサービス提供計画を立てるなどによって、利用者の選択を阻害する、「囲い込み」を防ぐことなどを目的としており、居宅サービスごとに、「特定の事業所の割合が80%以上」となった場合に、居宅介護支援費が200単位減算される仕組みだ。

厚労省は今年度の介護報酬改定で、このペナルティをさらに強化しており、減算対象となる居宅サービスを、それまでの福祉系3サービス(訪問介護・通所介護・福祉用具貸与)から全サービス対象に拡大し、「特定の事業所の割合が90%以上」としていたそれまでの占有割合を、「同80%以上」に引き下げて減算対象を拡大している。

本来のケアマネジメントは、利用者に最も適した社会資源を結びつける手法であり、その根拠となるアセスメントによって、サービスを提供する事業者の決定がなされるもので、結果として良い事業所とケアマネジャーが認めたならば、その事業所のサービス提供に偏った居宅サービス計画となることは、すべて否定されるべきものではない。

しかしそのことに信頼がおかれていないから、特定事業所集中減算などというルールが作られているものだ。

その減算ルールにも、80%を超えるに至ったことについて正当な理由がある場合においては、当該理由を都道府県知事(指定都市及び中核市においては、指定都市又は中核市の市長)に提出し認められれば減算されないというルールはあるが、山際委員が指摘している手続きの問題だとして、サービスの質の高さを利用者からの理由書の提出と、地域ケア会議等の助言などの厳しいルールを設けていることが問題であり、そもそもアセスメントの結果、その事業者が一番良いサービス提供をしてくれるという理由だけでは、「正当な理由の範囲」と認められないことが問題なのである。なんのためのアセスメントかと言いたい。基準省令の居宅サービス計画作成手順は、なんのためにあるのかと言いたい。

例えば、サービス付き高齢者向け住宅などの、箱ものに併設された居宅介護支援事業所が計画作成担当になった際に、同じく併設の訪問介護を限度額いっぱいまで計画するような問題を、この減算ルールによって防ごうとするものであろうが、そのような一部の不適切事業者のために、適切なアセスメントの結果として、最良の事業者を利用者に必要な社会資源として結び付けている結果、特定事業者の占有割合が8割を超えているというようなケースにまで、この減算ルールが及ぶ弊害は、囲い込みを防ぐという目的以上に支障となっているのが現実である。

そもそもこのような減算ルールがあったとしても、囲い込みを行う事業者は囲い込むのである。そういう事業者は、「特定の事業所の割合が80%以上で減算」というルールを都合の良いように解釈して、8割未満であれば囲い込んでもよいとして、ニーズ無視のプランを立てつづけるのであり、この減算ルールによって囲い込みはなくならないし、囲い込みを防ぐために、「利用者トレード」などと称した、担当利用者の変更が行われるという、別の弊害さえ生まれている。そうした現状を見ると、この減算ルールは、適切なアセスメントを阻害するものでしかなく、百害あって一利なしである。

利用者の選択肢が狭められる要素が満載な制度の設計図を修正しないまま、制限をつくって介護支援専門員の裁量を狭めることは、有能な介護支援専門員の活躍の幅を狭めることにしかならないことがなぜわからないのか。

このルールは次期介護報酬改定を待つことなく、即刻廃止してほしいし、介護支援専門員の職能団体は、組織を挙げてこの廃止の運動に取り組むべきである。都道府県レベルあるいは市町村レベルでの職能団体も、都道府県及び市町村の行政担当課に、ローカルな判断として広く介護支援船員の裁量権を認め、実質この減算ルールが機能しないように、正当な理由を「アセスメントの結果」だけで認めるように運動すべきである。

一言申し添えておくと、このような意味のない減算ルールではあるが、福祉系3サービスに限定して減算対象とするルールを受け入れたのは、当時の介護支援専門員の職能団体であり、その当時のその団体のトップについては大きな責任があると言いたい。その負の遺産がまっとうな介護支援専門員を苦しめているのである。

そういう歴史が繰り返されないような、しっかりした組織となるように、職能団体の会員は、執行部の監視機能を強化すべきではないのだろうか。

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自己負担割合が2割になる人への支援


8月から、1号被保険者で一定以上所得者の方については、介護保険サービス利用時の自己負担割合が2割になる。

その要点については昨年書いた「一定以上所得者の2割負担について要点をまとめてみた」で詳しく解説しているので、そちらを参照してほしい。

ところで2割負担になる人については、「介護保険最新情報 Vol.391」で示されているが、これは各市町村が所得実態を把握し、通知するとしているので、被保険者やその担当居宅介護支援事業所等がこれに関する申告業務を行う必要はない。

しかし担当ケアマネ等が、このことに関して何もしなくてよいかと言えば、そうではないと言えるだろう。

現在の1号被保険者のうち、5人に一人が2割負担の対象となるとされているが、2割負担となるすべての人が、毎月の支払額が倍増するわけではない。なぜなら高額介護サービス費という制度があって、1号被保険者の所得に応じた1月の負担限度額が決まっており、これを超えた分は払い戻しされるからである。(多くの自治体が償還払いとしている。)

負担限度額は、世帯非課税で年金収入80万円以下等の方は、15.000円(月額)、それ以外の方で、世帯全員が非課税の方は、24.600円(月額)、課税世帯で現役並み所得者でない方は、37.200円(月額)となっている。

なお同一世帯内の第1号被保険者に現役並み所得相当の者がいる場合に、その世帯の負担の上限額を 44,400円とするとしており、現役並み所得相当の者の基準は、高齢者医療と同様とされており、課税所得145万円以上となっている。 ただし課税所得145万円以上の場合でも、同一世帯内の第1号被保険者の収入が 1人のみの場合383万円 2人以上の場合520万円 に満たない場合には、一般に戻す(上限37,200円)とされている。

2割負担になる人は上限44,400円か、37,200円のどちらかの対象であろうと思われるが、この高額介護サービス費は、自動的に適用されるのではなく、申請が必要とされ、該当者は申請のあった月の翌月初日からその適用を受けることになる。これについては市町村が勧奨対象としている世帯もあるが、そうでなければ自らその対象かどうかを判断して申請しなければならない。

よって施設入所者、居宅サービス利用者にかかわらず、介護サービスを利用しているすべての1号保険者に係る介護支援専門員等のソーシャルワーカーは、その対象になるかどうかの判断と、申請支援を行う必要があるものと思われる。是非この部分の申請漏れがないように注意していただきたい。

さらに減免は高額介護サービス費だけではないことの理解も必要だ。高額介護サービス費は、毎月の負担上限額を超える自己負担額について給付される費用であるが、それとは別に、高額介護合算療養費という負担軽減制度がある。

世帯内の同一の医療保険の加入者の方について、毎年8月から翌年7月までの1年間にかかった医療費の自己負担額と介護保険の自己負担額(高額療養費及び高額介護(予防)サービス費の支給を受けた額を除く。)を合計し、一定の基準額を超えた場合(501円以上の場合に限)、超えた員額が払い戻される制度である。

ただし医療保険・介護保険の自己負担額のいずれかが0円である場合は支給されない。また、70歳未満の医療保険の自己負担額は、医療機関別、医科・歯科別、入院・通院別に21,000円以上ある場合に合算の対象となり、入院時の食費負担や差額ベッド代等は含まないとされている。

各世帯の負担限度額は下記表を参照いただきたい。
高額介護合算療養費2
これも基本的には申請によるものなので、介護支援専門員などの介入が求められるところだろう。

2割負担の対象になる人は決して、「高所得者」ばかりではない。この基準は、「一定以上所得者」なのだから、自己負担割合が1割負担から2割負担に増えることで、経済的に困窮する可能性のある人もいる。サービスを抑制せざるを得ない人もいるだろう。その中で、利用できる減免制度の利用しないことで、必要なサービスを受けられなくなることは問題であり、この辺りは申告漏れがないようにしなければならない。

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制限ルールの存在はケアマネにとっての恥辱だと心せよ


居宅介護支援費について、今まで訪問介護・通所介護・福祉用具貸与に限定されていた特定事業所集中減算の限定が外され、全サービスがこの減算の対象となった。(※実際の減算は平成二十七年九月一日から適用:半年間で割合調整ができるという意味だろう。)

※ 居宅介護支援の給付管理の対象となるサービス(このサービス全てが集中減算の対象となる)
訪問介護、訪問入浴介護、訪問看護、訪問リハビリテーション、通所介護、通所リハビリテーション、短期入所生活介護、短期入所療養介護、特定施設入居者生活介護(利用期間を定めて行うものに限る。)、福祉用具貸与、定期巡回・随時対応型訪問介護看護、夜間対応型訪問介護、認知症対応型通所介護、小規模多機能型居宅介護(利用期間を定めて行うものに限る。)、認知症対応型共同生活介護(利用期間を定めて行うものに限る。)、地域密着型特定施設入居者生活介護(利用期間を定めて行うものに限る。)、看護小規模多機能型居宅介護(利用期間を定めて行うものに限る。)


今までこの減算が福祉系3サービスにだけなぜ適用されていたのかという理由を国は一度も説明しないまま、今回の改正で限定を外したわけである。

そこにある種のきな臭さは消えないわけであるが、一つ言えることは減算対象をすべてのサービスに広げることは、この減算ができたときからの国の方針であり、福祉系3サービスの限定は、まずこの3サービスを人身御供にして橋頭堡をつくり(ソフトランディングという意味も含めて)、そこから限定を外すための実績を積み上げて来たという意味だろう。

理由が不明瞭な福祉3サービスへの限定減算は、不公正で不公平であるというのが僕の主張であり、そのことに対しては強く抗議の声を挙げ続けていた。(参照:特定事業所集中減算に関するブログ記事

今回、この不公平については是正の方向に動いたわけであるが、それがもともとの国の思惑と一致した方向であることを考えると、所詮事業者は、国の掌の中でもてあそばされているのではないかという思いに沈んでしまうところである。

ところで特定事業所集中減算の目的とするところは、「囲い込み」を防いで、真に利用者に必要なサービス事業者を選択するということにあり、それがケアマネジメントの質の評価と結びついているものであるが、果たしてこの評価はケアマネジメントの質をある程度の水準に担保する目安になるのだろうか?

勿論減算規定には、特定事業所に集中しても減算対象とならない「特別な理由」が認められており、それは地域ごとに基準が多少異なるが、例えば計画するサービス事業者数が、居宅介護支援事業所の通常の事業の実施地域に一定数未満数しかない場合や、その事業所にしかない特別なサービスを利用する必要があるなどが、その理由に該当する。

しかし単に、「その事業所のサービスの質が高い」というだけでは特別な理由として認められない。しかし居宅サービス事業所のサービス内容や、そのレベルもマネジメントして、事業者を選ぶというケアマネジメントを考えるならば、その結果、特定の事業所に一定割合以上に集中してしまうということはあり得る分けで、集中減算というルールによって、計画担当利用者の一定割合の人に、担当ケアマネジャーの意図とは異なるサービス事業者を紹介せざるを得ないというケースが少なからず生ずるというデメリットも、この減算ルールによって生まれているのも事実である。

例えば僕のフェイスブックでは、この問題について、「訪問介護事業者ほど数の多くない訪問看護についていえば、計画件数も少ない中で、信用できる訪問看護ステーションに紹介利用者が集中するのはある意味当然の結果」などという意見も見られる。この意見には一理ある。

そうであれば事業者数の問題に限らず、担当介護支援専門員が、その事業所を選ぶ理由を明確にしたケースについては、ある程度それを信じて認めるという考え方があって当然のように考える。そう考えるとこの減算は果たしてあってよい減算なのかという議論に向かっていくだろう。

どちらにしても、こういう減算規定が設けられること事自体が、介護支援専門員という資格者に対する社会的信用度が低いという意味で、この減算の存在自体を恥と考えて、こうした減算が廃止されるためにはどうしたらよいのかということを考えながら、日々の居宅介護支援業務に誇りをもってあたる介護支援専門員でなければならないと思う。

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見えない涙を見逃さない役割りが求められる


今後の介護支援専門員に求められる重要な役割は何かと聞かれたら、あなたはどのように答えるだろうか?

介護支援専門員が担うべき役割は様々で、答えを一つに絞るのは難しいかもしれない。しかし介護保険制度始まって以来の大改正が控える今、あえて一つの答えを出すとすれば、それは地域包括ケアシステムの幻想を振り払って、新制度の中で零れ落ちる住民ニーズを拾い上げる役割りであると言えるのではないだろうか。

そのためにはまず介護支援専門員が、地域包括ケアシステムの構築が急がれている背景には、財源論が存在するということを理解する必要がある。

地域包括ケアシステムとは、「ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみな らず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常 生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制(平成25年3月地域包括ケアシステム研究会報告書)とされているが、同時にそれは、団塊の世代が全て75 歳以上となり、医療ニーズを併せ持つ要介護者の増大が見込まれる2025年に向けて、保険料と公費で支えられている介護保険制度の持続可能性を高めるために必要とされているという側面があるのだ。

つまり地域包括ケアシステムとは、限りある財源を必要性の高い部分に効率的に投入するという目的があり、必要性の薄い部分へは、できるだけ公費を投入しないという意味につながる。

その中で医療と介護の役割分担と連携を強化するという意味は、2014年度の診療報酬改定において、地域包括ケア病棟の新設など医療機関の病床区分の再編を行い、入院期間の短縮を図り、在宅復帰機能を強化したという流れの川下に、次期介護保険制度改正が位置し、介護の分野でも在宅生活の限界点を更に高め、要介護度の高い高齢者が在宅生活を続けるための支援を強化するという意味がある。
(※なお、「ニーズに応じた住宅が提供されることを基本」という意味は、地域社会で在宅生活を送る場所は、必ずしも「自宅」とは限らず、要介護者の状態像に応じた「住み替え」を求めているということにも注意が必要である。)

このように地域包括ケアシステムとは、財源削減論と一体的に考えられるシステムであるということを理解せねばならない。このシステムが構築された先に、薔薇色の地域社会ができるなんて考えるのは間違いなのである。むしろ地域包括ケアが目指す在宅生活の限界点を更に高めるという意味は、インフォーマル支援の限界点を高めるという意味も含んでおり、それは家族などの介護負担が今以上に増える可能性を内包したシステムである。そして軽介護者(要支援者含む)については、できるだけ公費をかけずに、自己責任という名の自助を求めていくシステムでもある。

介護支援専門員にそうした理解がないと、インフォーマルな支援者の悲鳴に気が付かずに、システムの奥深くに、システムの光が当たらず泣いて暮らす地域住民を増やす結果になりかねないのである。

地域包括ケアシステムとは、少子高齢社会において十分な財源確保が難しい時代において、必要最低限のサービスを担保するというシステムでしかないことを十分理解しておいてほしい。

そこでは国がすべての介護ニーズに対応する財源を確保することは不可能なので、地方自治体に一定の財源と権限を与え、その限られた財源の中で、地方自治体ごとに知恵を絞って最低限のセーフティネットの構築することを促すシステムであり、そうであるがゆえに地域格差は確実に生じるであろうし、限られた財源であるがゆえに、そのシステムの恩恵を受けずに、自助が強く求められる住民も増えるのである。

地域包括ケアシステムという名のもとに構築される、できるだけお金をかけないシステムの中では、零れ落ちる住民ニーズが出てくるだろう。その時に介護支援専門員に求められる視点は、こぼれ落ちたニーズを、不必要な介護ニーズと決めつけない視点である。それは必要性が薄いのではなく、地域包括ケアシステムというものが対応していない瑕疵(かし)であると考える必要がある。瑕疵は繕う必要があるのだ。

その時に介護支援専門員には、利用者視点からの代言機能がより強く求められるだろう。

例えば、法制化される地域ケア会議を、行政によるケアプランチェックの場と勘違いせず、行政機関と一体となって個別課題の検討を積み重ね、地域課題を抽出する場であるという共通理解のもと、その課題を解決する社会資源を構築するソーシャルアクションにつなげていくという考え方が重要になってくる。

どちらにしても地域包括ケアシステムによって、要介護高齢者は地域の中で手厚く支援されるという幻想を持たないことが大事である。

介護支援専門員は、徹底的に利用者の視点に立って、システム上の瑕疵をみつけ、修正のためのアクションが求められることを自覚する必要があるだろう。
見えない涙
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