masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

要介護認定

介護認定申請や判定にも改正点があります


今年2月に発出された介護保険最新情報Vol.924は、老人福祉法施行規則等の一部を改正する省令の公布について告知する内容だった。

この通知が発出されたことも忘れている人がいるかもしれないが、この通知は4月からの介護認定の申請や判定に関係する内容が含まれている。

以下の新規定が4月からの申請や判定において適用されることを改めて確認しておいてほしい。
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2 介護保険法施行規則(平成11 年厚生省令第36 号)の一部改正(改正省令第2条関係)
(1) 医療保険の個人単位被保険者番号の活用(第 35 条、第 37 条、第 40 条、第 42条、第49 条、第51 条、第54 条、第55 条の2及び第59 条関係)
・要介護認定申請等の申請書の記載事項に、医療保険被保険者番号等を追加すること。

(2) 要介護更新認定・要支援更新認定における有効期間の延長(第 41 条及び第 55条関係)
・認定審査会が判定した被保険者の要介護状態区分が、当該被保険者が現に受けている要介護認定に係る要介護状態区分と同一である場合等には、要介護更新認定における有効期間の上限を48 か月間とすること。要支援更新認定についても同様とすること。
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このように4月以降の介護認定審査委の際は、医療保険被保険者番号が必要になり、この確認のために申請時の確認書類として健康保険の被保険証の持参が必要であるとする保険者が多くなっている。被保険者証を持たないで窓口申請に出向いた場合、申請ができないというケースが数多く報告されているので、申請代行を行っている方はご注意いただきたい。

なお介護認定申請の代行ができる条件については、「申請代行について」を参照していただきたい。

登別市の認定審査委員を務めている僕にとっては、(2)についても忘れてはならない改正である。4月審査分から48カ月まで認定期間を延長する判断が求められてくるからだ。

ただし48カ月まで延長できるのは、更新申請で前回と介護度に変更がない場合のみで、かつ今後の状態の急激な変化が予測されないケースとされており、新ルールによる延長期間を表にすると下記のようになる。
要介護認定期間の延長について
なお、32分以上52分未満の状態(要支援2か要介護1)の維持・改善可能性にかかる審査判定を行った場合で、状態が不安定であるという理由で要介護1と判定したときは、概ね6カ月以内に介護の手間が増大する可能性がある状態であるため、認定期間も6カ月以内に設定するのが適当であるというルールに変更はない。

介護保険制度がスタートした2000年度は、要介護認定期間が原則6カ月で、期間延長もなかったところから始まり、延長期間は12カ月、24カ月、36カ月、48カ月と延びてきている。

また当初の延長可能ケースは、要介護4以上に限定されていたルールも現在は撤廃され、状態区分に関係なく延長できることになっている。

今後は前回認定結果と同じ結果の場合は、認定有効期間を48カ月に延長するケースが増えるだろう。

そうなると、「4年間も認定結果を更新しなくても良いのか?」・「状態像の変化に対応しない不適切な区分支給限度額につながりかねないのではないか?」などの疑問の声も挙がってこようが、それは期間延長されるたびに、いつも沸き起こってくる批判の声と同様だ。

しかし過去の認定期間延長が何か大きな問題につながったことがあるだろうか。そんなことはなかったと断言してよいのである。

そもそも認定期間なんでなくてよいというのが僕の持論である。(参照:介護認定期間の延長は是か非か ・ 要介護認定の新ルール等を受けて考えたこと

介護認定は原則申請によって行われることになっているのだから、新規申請以外は状態変化による区分変更申請を原則にすればよいだけだ。そうすれば認定審査数も大幅に減るのだから、判定にくその役にも立たない、「医師意見書」に掛かる経費や、認定調査・審査会にかける経費も削減できる。

国全体から見ると、その経費削減は大きい財源支出減につながると言えるのではないのか。

認定期間がなくなれば、認定審査の遅れによる暫定利用も大幅に減る。要介護認定結果の予測が外れて全額自己負担が生ずることを恐れて、サービスの暫定利用さえできないケースも減るのだから、有効認定期間の撤廃はデメリットを埋めて余りあるメリットが生まれるのだ。

次の報酬改定時に、認定期間の60カ月の延長案が出される前に、そのような漫才をやめて、有効認定期間の撤廃を図っていただきたいと思う。
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要介護認定の新ルール等を受けて考えたこと


今日の夕方、僕は今年最後となる、「介護認定審査会」の審査に臨む予定になっている。そのため事前に送られてきた資料を読み込んでいるが、今日は審査上限の35件より少ない23件の審査予定だ。

認定期間が最長36カ月に延長されたことが、審査数の減少に影響していることは間違いなく、それは決して悪いことではない。審査すべき申請が多すぎて審査会にかけられずに認定が先送りされ、サービスが利用できなかったり、暫定プランで利用せざるをえなかったりするケースが減ることのメリットは大きいと思うからだ。

そのことに関連したルール変更が、来年度から実施されることが決まった。

16日に行なわれた社保審・介護保険部会では、厚労省より介護認定期間の48カ月までの延長が提案され、同会の承認を得た。

これによって2021年度の審査ケースからは、更新の前後で要介護度に変化がなかった高齢者については、認定期間が最長48カ月に延長される。要介護度に変化があったケースについては、現在と同様の36カ月が最長の認定期間であることに変わりはない。

期間延長で状態変化が要介護度に正しく反映されないのではないかと懸念する声も聞こえてくるが、そんな心配はいらない。そもそも要介護認定には状態変化の対応した、「区分変更申請」という方法が認められ、その申請いつでも制限なくできるのだから、要介護認定を受けてる本人もしくは家族、あるいはその支援担当ケアマネジャーが、常に要介護者の状態像に注意して、随時区分変更を申請すればよいだけの話だ。

そういう意味で僕は、「認定期間」そのものを廃止しても問題ないと思っており、「介護認定期間の延長は是か非か」という記事の中でも、そのことを主張している。

サービスの調整機能を果たしていない区分支給限度額も必要ないと思っているので、認定区分自体をもっと簡素化すればよいと思っている。(参照:要介護認定廃止議論に欠けている視点求められる要介護認定の見直し

何よりも、審査に必要な情報がほとんど書かれていないにもかかわらず、それがないことによって審査に着手できない元凶ともいえる、「医師意見書」の廃止を強く求めたいものである。(参照:やっぱり医師意見書は必要ない?

どちらにしても認定期間は最長48カ月に延長されるのだから、介護支援専門員に対して規準省令で課している、「短期入所生活介護及び短期入所療養介護を利用する日数が要介護認定の有効期間のおおむね半数を超えないようにしなければならない。」というルールも必要ないとして、削除すべきだろう。30日のリセットルールと、30日超えの減算ルールでのみで、一般入所と変わりのないショート利用なんて十分防止できるのであるから、これはいらないルールだ。

ところで要介護認定に関連しては、もう一つルール変更が行われる。それは認定調査に関する変更で、市町村が社会福祉協議会などの「指定事務受託法人」に認定調査を委託した場合のみ、介護支援専門員以外の職種の者に調査委託が可能とするというものだ。

調査が可能になる職種については、看護師や社会福祉士、介護福祉士が想定され、それは今後決定されるそうであるが、そのことも別に問題となるような新ルールではないだろう。

そもそも市町村の職員であれば、現在でも何の資格もなくとも認定調査ができるわけであるし、認定調査の判定ルールは全国共通であり、調査員の裁量が及ばないガチガチの基準が決められているのだから、そのルールに沿って調査を行えばよいだけである。

そもそも介護支援専門員の養成課程に、認定調査スキルを得られるようなカリキュラムが存在するわけでもなく、簡単な調査員研修を受けるだけで実施できる調査だ。はっきり言って専門性がさほど問われるわけでもない調査を、介護支援専門員に限定して委託しなければならないルールの方がおかしい。そういう意味では、職種調査職種を広げる条件を、「指定事務受託法人」に限る必要もないだろう。

調査委託を介護支援専門員限定しているからこそ、法人内のケアマネが鉛筆を舐め、調査票を作為的に埋めて、自法人の収益にプラスになるような要介護度の重度化誘導が行われているケースもないとは言えない現状がある。そうであるがゆえに調査が可能となる職種を広げて、利益相反のない第3者による調査の可能性を広げるという意味でも、この改正は求められる方向だ。

おそらく「指定事務受託法人」に限って認められた今回のルールは、期間限定的なルールに終わりるだろう。そして近い将来には、すべての調査においてケアマネ以外の有資格者による調査が認められるようになるだろう。

こんなふうに次期介護保険制度改正の議論は終結に向かっている。今後は12/16の社保審・介護保険部会の資料の(案)の通り、諮問答申が行なわれて、国会で審議可決することになるのだろう。

その内容は、国民批判が強まると予測される給付制限と負担増は見送って、その実現は消費税増の余韻が消えた後の、国民の関心が薄れた際に密かに確実に行おうという先送りに過ぎず、今回は痛みを負う層を現役並み所得者層と低所得者層に限定して実施するのである。

しかもその対象者の負担増加と、その額を決める論理はかなり乱暴で粗雑でさえある。この改悪で、生活苦に泣く低所得者が増えることは間違いないところであり、現場の支援者、特に介護支援専門員を含めたソーシャルワーカーは、その支援の視点が不可欠になることを忘れないでほしい。

そしてこの厳しい流れは来年度早々に始まる介護報酬改定論議に引き継がれていくことになることを忘れたはならない。

その介護報酬改定議論に影響を与えるのが確実な、介護報酬の風上にある来春の診療報酬改定においては、薬価がマイナス0.99%、材料価格がマイナス0.02%としたうえで、基本報酬は消費税財源を活用した救急病院における勤務医の働き方改革への特例的な対応分を除くとが、実質プラス0.47%で、全体の改定率は、マイナス0.46%に決定された。

そうなると2018年と2019年の2年連続でプラス改定とされている介護報酬は、診療報酬のように基本報酬のプラス財源となった薬価のマイナス分のような財源がない中で、今回の制度改正で給付抑制や自己負担増が十分実現できなかったという影響を受け、かなり厳しいマイナス改定が確実である。

自立支援介護の実現に向けたインセンティブ報酬が拡充されると言われる中で、基本サービス費が下がるサービスは広範囲に及ぶのではないだろうか。

どちらにしても年明け早々からの関係諸機関の動きや、報酬改定議論に先駆けて飛び交う情報を敏感に察知するアンテナが求められ、それに応じた戦略の見直しが介護事業者に迫られていることを覚悟せねばならない。

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ルールに沿って認定しているが、おかしなルールもある


登別市の認定審査委員の任命を受けていることについて、一昨日の記事でも書いたが、実際の認定審査に関して疑問に思うことがある。

今日はそのことに関する記事を、羽田空港に向かう空の上から書いてみようと思う。

介護認定審査会における認定を行う際には様々なルールがあり、そのルールに沿った審査が求められている。

これは認定の尺度が地域ごとに異なっては困るから全国共通ルールとして定められているものだ。例えばある特定の人が、違う市町村に転出したとしても、その人の状態像に変化がなければ、認定結果も変わらないということが原則になっている。

だからこそ審査委員は、そのルールに精通して審査に臨まなければならない。しかしルールとして首をかしげたくなるものもある。

そんなルールの一つに特定疾病の確認がある。申請者の年齢が65歳未満である2号被保険者の場合、審査に入る前に医師の意見書で病名を確認し、それが特定疾病に該当するかどうか確認しなければならない。

特定疾病とは加齢に伴って生ずる心身の変化を起こす疾患とされているので、例えば脳出血でも、それが外傷性脳出血と診断名に書かれていれば、特定疾病には該当しなくなる。このように特定疾病に該当しないと判断した場合、申請そのものが無効とされ、審議の対象から外すことになる。

加齢に伴う疾患としての、「脳血管障害」である脳出血・脳梗塞・くも膜下出血については、「特定疾病」と認められるので、確認を行ったうえで通常の審査手順を踏んで2次判定に結び付けることになる。

ただし審査会では、「脳血管障害」という病名だけで、それを特定疾病と判断することは許されていない。脳血管障害という病名がつけられている医師意見書の診断については、かならずCT、MRIなどの画像所見が必要とされているからである。

これは審査会にCT、MRIなどの画像を提出せよという意味ではなく、医師意見書の中に画像診断して病名を判断したという所見が書かれていればよいという意味である。

だから脳血管障害と認められる病名が書かれている意見書については、画像所見が書かれているかどうかまで審査会で確認せねばならず、特定疾病と認められる脳出血と書かれていても、画像診断所見が書かれていない場合、審議に入れずに、医師意見書の書き直しをするように事務局に依頼して、そのケースは審議しないことになる。

これってルールだから仕方ないとしても、「画像診断を行って病名を付けた」ということを、審査員会で確認する必要性は著しく低いと思われる。画像診断という根拠が是非とも必要だというのであれば、審査会で確認する前に医師意見書の作成手順にそれを明確に書いておき、作成・提出する際に事務局段階でそれを確認して、書かれていないケースは受け付けないようにすればよいだけの話ではないか。

医師意見書としての体裁が整っているかどうかは、事務局レベルで判断できる問題である。体裁が整っている意見書の記載内容が、介護の手間に影響するかどうかを確認するのは審査会だとしても、書式としての体裁が整っているかまで審査会で判断するのは時間の無駄というしかない。

認定期間が36カ月まで延長された理由は、認定審査数しなければならない申請が増え続けて、認定審査が追い付かなくなってきているという理由によるものだ。そうであれば差戻が必須の体裁の整っていない意見書のケースを審査会に挙げて、いちいち審査できないということを決めるという無駄なケースを省略していくことも必要だ。(※そもそも介護認定期間なんてなくしても良いのである。そのことについては、「介護認定審査の見直しについて」を参照いただきたい。

こんな確認まで審査委員会の責任において行う必要はないと言っておきたい。

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介護認定審査委員現任研修を受けて


僕が登別市の介護認定審査委員に任命されたのは、介護保険制度創設から4年後にあたる2004年4月からであったと記憶している。

前任者が2期4年の任期を終えた後を引き継ぐ形で審査委員を受けたわけだが、それは当時特養の施設長をしていたからではなく、この地域(胆振中部地域)の社会福祉士会の推薦委員という立場であった。そしてその立場は今も変わらず、社会福祉士会からの推薦を受けて登別市介護認定審査委員を続け、今年で早15年となる。

審査会での立場は当初からは変わっていて、一審査委員という立場から、現在は合議体の副長という立場で、審査の際は司会進行を務めている。
(※長は医師と決まっており、長と副長はかわるがわる審査会に参加し、重複参加することはない)

審査会は毎週木曜日で、3つの合議体のうち、2合議体が審議する形をとっており、現在1回の審査会で30件〜35件の判定を行っている。

講演で全国を飛び回ることが多い僕であるが、月に1回もしくは2回の審査会に参加義務があるため、そのためだけに地元の登別に戻ってくることもある。つい先日も水曜日に四国で講演を終えて、木曜日の午後に登別に戻って審査会に出席し、翌金曜日の朝の便で東京に飛んで午後から講演ということもあった。審査会がなければ木曜日に東京入りしているところだが、そうもいかないときがある。

それでも年を通じて何度かは、どうしても地元に帰ることができない日程となっていることがあり、その際は長となっている医師の方にお願いして、審査会の出席順番を替わっていただくことになるが、いつも一方的に僕からお願いするのみで、心良く変更を引き受けてくださる合議体長には、大変ありがたいと思うと同時に、いつも大変恐縮している。新井先生いつもありがとうございます。

さてそんな審査委員には、毎年1回現任研修の受講案内が来る。その研修を受講しなければ認定審査委員を続けられないという訳ではないが、大切な市民の介護認定に係る身としては、毎年きちんと研修を受講して、審査の尺度となる全国統一の基準を確認し、勝手な判断や価値観が審査結果に影響を及ぼさないようにしたいと思い、案内が来たらできるだけ参加するようにしている。

そんな研修が昨晩19:00〜21:00まで、胆振総合振興局で行われた。かなり遅い時間帯の実施である理由は、審査委員の多くは現役の医師・保健師等の医療関係者や、介護施設の施設長や相談員などの介護関係者であり、通常業務が終わってからの研修としているのだろうと思う。

ここでは介護保険の概況説明や介護認定審査会の役割や審査方法などの確認を行った後、模擬審査として、与えられた事例について実際に審査を行い、結果を出した後に、模範となる結果と比較するということをやるわけであるが、ベテラン審査委員が多いので、ほぼ間違いのない結果を示すことになる。それで日ごろの審査の方法にも自信が持てるという意味では、効果はあるのだろうと思うことにしている。

しかし総合振興局の職員による前段の説明は不必要だ。介護認定者数の推移等の介護保険情報は、関係者であれば常に最新データに触れており、今更確認する必要はない。ネット情報が普及したデジタルの時代に、アナログ時代と同じ情報提供でお茶を濁すような研修はいらない。しかも医療参事なる人物の講義は、単なる資料の朗読である。小学生でもあるまいし、資料を読み上げてもらわないと理解できない人間がそこに居るわけではない。本当にこうした講義はどうにかして失くしてもらいたいものだ。

引き続いて講義に臨んだ保健環境部長は、さすがに朗読だけではなかったが、今この時点で1分間タイムスタデイによる基準時間とは何ぞやということの説明に何分も時間を費やしていた。そんな説明受けるまでもなく、わかってるわ。自分が介護保険制度に精通していることを自慢したかったのだろうが、研修の性格と内容、受講者が誰かということをもう少し考えて、もっと実のある内容にしてほしいものである。あくびが出てたまらなかったわ・・・。

そもそも1分間タイムスタデイの理屈を理解していなくても、2次判定の際の基準時間の変更判断基準なんて、審査委員であればそれぞれが持ってるわ。そんな説明に時間を使うなら模擬審査での読み込み時間をもっと与えてくれと言いたくなる。どちらにしても行政職員の講義で、役に立つ講義に出会ったことがない。もっと真剣に、「伝える」とは何かということを学んでほしいものだ。

という訳で不満も一部抱えながらも、まじめに研修を受講しているのである。こうして全国共通の物差しから外れることなく、かつ個人の状況判断をできるだけ正しく行って、市民の皆さんに不利益を与えない介護認定に努めているので、これからもよろしくお願いいします。

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認定審査で心がけていること


介護保険制度が創設されて以来、登別市の介護認定審査委員を務めている。

登別市の介護認定審査会は3つの合議体に分かれている。審査会は毎週木曜日の午後6時から市役所で開催されることになっており、審査は2つの合議体が並行実施して行う場合が多い。介護保険制度が始まった当初は、審査する数が今より少なかったため、審査のない週もあったが、今現在はそのような週はほぼなくなり、予定されているすべての週で審査が行われている。

それぞれの合議体の「長」は、医療系職種の代表として医師が務めることが慣例化しており、「副長」については福祉系の職種から選任されることも慣例になっている。

僕は地元の「社会福祉士会推薦委員」として、認定審査員会のメンバーになっているため、福祉職委員でありかつ委員としての経験も長いためか、「副長」の一人として選出されている。

合議体の審査では、「長」と「副長」が同時に審査に加わることはなく、かわるがわる審査会に臨み議長役となる。僕の場合、地元にいるのは1年のうち半分にも満たないため、審査会の予定が入っているのに、参加できない場合がある。その時は「合議体長」に日程変更をお願いしているが、いつも一方的に僕の方からの交代のお願いばかりなので恐縮している。新井先生いつもありがとうございます。

審議は更新認定及び区分変更認定のみの審査の場合は、議長を含め3名で審査し、新規認定ケースが含まれる場合は、議長を含めて5名で審査を行うことになる。

ということで今日は、僕が議長として参加する合議体が審査を行う日なので、それに備えて朝から資料を読み込んでいるところだ。今日の審査は新規認定がないので3人体制で行うことになっているが、同時刻に別の合議体が、新規認定を含めた審査会を5名体制で行う予定になっている。

1回の審査数は35件が上限である。今日は新規認定ケースが別合議体に回っているため、審査数は26件と最近ではあまりないくらい少ない審査数だ。

毎回審査会の時間は30分前後で終わることが多い。なぜそのような短い時間で審査を終えることができるかと言えば、参加委員がそれぞれ事前に審査資料を読み込んでいるからに尽きる。僕の場合は、資料読み込みに2時間程度の時間を費やすことが多い。

もし審査会に一人でも資料を読み込んでいない委員がいて、審査会の席上で初めて目を通すようなことがあるとしたら、審査時間はゆうに数時間に及ぶだろう。しかしそのことを理解している委員ばかりなので、事前に資料を読み込むだけではなく、議論となるであろう要点整理もしっかりしてくれている。

そのため一次判定判定の結果を変えることなく、すんなり判定ができるケースは、あっという間に審査が終わる。これは2次判定で変えることができるもの、変えられないものが何であるかという判定ルールをしっかり理解していることも関連している。

一次判定判定結果に疑問があるケースであっても、資料を読み込み論点が整理できているので、全員の疑問点は似通ってくる。そのため疑問となる情報を整理して、足りない情報は事務局に手元にある、「概況調査」に書かれていないかを確認し、お互いの疑問点を整理する議論もスムースに進むことが多く、審議が紛糾して結論を出すのに時間が掛かるということはあまりないし、仮に議論が割れた場合でも、論点が出し尽くされた時点で、決を採って審査結果に結び付ける。

ここは議長の進行にかかっていると言ってよい。だからと言って結論を急いで、審議が十分尽くされないという事態を生じさせてはならないことは十分理解している。

認定審査に対して、世間一般の人や介護関係者の中には疑念を拭い去れない人がいるかもしれない。例えばそれは正確な審議が行われているのかとか、給付抑制のために軽度誘導がされているのではないかという不振感を持つ人がいるという意味だ。

しかし少なくとも認定審査委員の中に、給付抑制のために審査結果を作為を持って誘導しようとしている人はいないと断言しておく。

そもそも要介護認定は、全国一律の基準に基づき、公正かつ的確に行われることが重要であるとされ、現在の審査は介護認定審査会委員テキスト2009改訂版(平成27年4月改訂)に基づいて、このルールの範囲の中で行われるもので、ルールを外れた審査が行われようとすれば、事務局からの指摘もあるし、そもそも全審査委員が定期的に研修を受けて、ルールからの逸脱がないようにしている。

むしろ審査委員が恐れているのは、認定結果がそのまま認定申請者の不利益につながらあにかということである。そのため一次判定で非該当とされたケースについては、本当にそのままで良いのだろうかということが慎重に審議される。この部分で機械的な処理はまったくと言ってよいほどないと断言できる。

そもそも一次判定はコンピューター判定であるし、それを変更するためには、それ相応の変更理由が必要である。つまり個人の裁量権はあくまで審査ルールの中の裁量でしかなく、何らかの忖度が行われる余地はないのである。そして過去から現在にわたって行政担当者から、給付制限的な判定への誘導や示唆があったという事実はない。公正・公平な審査に努めているのである。

審査委員の立場から言えば、申請者像と判定結果の乖離がみられる一番の原因は、そもそも人の暮らしを要介護状態区分というもので分けてあぶり出す方法には限界があり、認定ソフトがすべての人の状態像を正確に表すことは不可能だと思っている。

加えてほとんど判定資料にならない何も書いていない医師意見書だとか、特記事項を読んでも意味がわからない調査員の文章だとかが、それに追い打ちをかけていると感じている。

どちらにしても認定審査委員が、個人の価値観で認定結果を歪めることはないことを改めて断言しておきたい。きわめてまじめに審査しているのである。

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主治医意見書の記載が負担だというのなら・・・。


3月27日に報告された、中央社会保険医療協議会・診療報酬改定結果検証部会の「医療従事者の負担軽減、働き方改革の推進に係る評価等に関する実施状況調査」によると、医師が「負担が非常に大きい」・「負担が大きい」と感じている業務では、「主治医意見書の記載」が59.1%で最上位となっている。

そして「主治医意見書の記載」については、他職種に実施、または補助してほしいと思っているとの回答が多かった。・・・ということは、他職種が医師に比べて暇だと思っているのだろう。

しかし仮に「主治医意見書の記載」を医師以外の誰かが実施または補助できるとしても、診断に関することは他の職種の者が業務として行うことはできないのだから、代行できることとは、医師がメモしたことや口頭で指示した内容を代筆したり、PC入力してプリントアウトりする程度にとどまる。それでは大した業務軽減にはつながらないだろう。

というかそれほど業務負担になっているほど、まじめに医師は意見書を書いているのだろうか?医師意見書を丁寧に書いている医師などあまりいないというのが僕の実感である。

僕は介護保険制度がスタートした年から、登別市の認定審査委員を務めているが、認定審査の際に医師意見書が必須の資料だと感じたケースは1件もないと言い切ってよい。参考程度に見ることはあるが、それがなくても審査はできる。

そもそもほとんど何も書いていない意見書もある。特記すべき事項が書かれていないだけではなく、患者氏名と生年月日、診断名だけ殴り書きして終わりという意見書もある。調査票を読むと、明らかに重度の認知症であることがわかる人の医師意見書の診断名に、「高血圧」とだけしか書かれておらず、認知症に関する記述が一切ないこともある。

要介護1相当の場合は、予防給付である要支援2とするか、介護給付となる要介護1とするかについては、認知症の自立度が重要なファクターであるが、その際に医師の判断と調査員の判断が異なることがある。その際にも医師意見書の判定内容より、調査員が書いた調査票の判定が正しいと思われるケースの方が多い。中には判定基準を確認しているのか疑わしい医師意見書の判定もある。

そもそも認知症の自立度判定は、判定項目そのものをみなくとも、調査票の内容から審査員はそれを判断することができるので、その部分でも医師意見書が必要不可欠ということにはならない。

そんな医師の意見書の作成料金は1件につき新規が(在宅)5,000円(施設)4,000円、継続の場合は(在宅)4,000円(施設)3,000円とされている。ほとんど何も書いていない意見書でも、これだけの費用が支払われているわけである。財源問題が給付抑制につながっている今日、この費用こそ無駄であって削減すべき費用ではないのだろうか。

しかも医師の意見書が介護認定には必要不可欠とされていることによって、審査には大きな弊害も生まれている。それは、「医師意見書の遅れを何とかしてくれ!!」で指摘しているように、作成依頼しているにも関わらず、意見書の提出が遅くなって審査ができないという弊害である。

医師の意見書が挙がってこないことによって、認定審査ができないケースがある。この場合、認定結果を待つ申請者は、認定結果が出る前に「暫定利用」でサービスを利用することはできるものの、審査会で認定結果が非該当となった場合、保険給付が受けられないことになって、暫定利用したサービス分をのちに全額自己負担せねばならないために、それを恐れてサービス利用ができないというケースさえある。

それもすべて、忙しくて大きな業務負担であると言って、医師意見書を書いてくれないという医師の都合に他ならない。

であれば・・・医師の意見書の業務を減らすことは根本的に難しいことを鑑みると、いっそのこと認定審査の仕組みを大幅に変えて、医師の意見書を廃止してはどうなのだろう。完全に廃止しない場合も、医師の意見書がなくとも認定審査を行うことを基本するルールに変えて、認定審査の際にどうしても医師の専門的意見が必要なケースのみ、審査会の求めで医師の意見書を書くというルールに変えるべきではないだろうか。

そんな風にして医師の意見書が審査資料として必要ではなくしたとしても、審査結果自体は今と違いは出ないし、審査そのものに支障が来たすようなこともないだろう。

それで意見書が遅れて審査ができないという弊害は無くなるし、財源負担も減るのだから、これは一石二鳥、いや一石三鳥の効果があると言ってよいのではないだろうか。

医師意見書の作成が業務負担だと言って嘆いている医師も、それがなくなれば喜ぶのではないだろうか。

そうした医師意見書廃止論に医師会が反対するなんておかしい。もし反対するなら会を挙げて、医師意見書の提出が遅れないように取り組めと言いたい。

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介護認定審査の見直しについて


僕は今、羽田空港に向かうための搭乗待ちの時間を利用して、新千歳空港のJALさくらラウンジで、この記事を更新しているところだ。

明日10時から、あいおいニッセイ同和損保新宿ビル(東京都渋谷区)で行われる、東京都高齢者福祉施設協議会、生活相談員研修講師を務めるために、これからJAL便で羽田空港に飛んで、今日と明日の2日間、新宿のホテルに泊まる予定だ。

この時期の道外講演は、道内との気温差が激しくて、服装をどうしようかと大いに迷うところだ。北海道はまだまだ冬の装いであるが、今日の新宿は予想最高気温が20度に達している。春物のコートもいらないくらいで、今現在の僕の服装で歩くと恥ずかしい気がしないでもない。しかし無理して薄手のコートで道内移動を行って、風邪でも引いてはかなわないので真冬の装いで上京する。都内でお会いする皆さん、季節感のない服装を笑わないでください。

今回の東京講演は、特養や通所介護等の相談員さんに向けたもので、報酬改定の解説も大きなテーマとなっている。参加者は当初定員の200名を大きく超えた応募者があって、席を増やしたそうである。相談員という1職種に限った研修で、こんな人数になるのはさすが東京である。そしてそのような大都会で、僕のような田舎者の講義を聴きたいと希望してくれる人がたくさんいることに感謝して、できるだけ有効な情報提供に努めたいと思う。

明日の講演は午前中の2時間(10:00〜12:00)だけだが、午後の部も参加予定だ。ただし13時から日経BP社が発行している日経ヘルスケアの取材を受けるため、一旦会場の外に出るが、取材が終わったら会場に戻り、研修後半の講義を受講した後、懇親会に参加して明後日北海道に帰ってくる予定である。

その前に今日も予定が入っている。新宿のホテルに着くのが3時半前後となるが、午後4時半から内田洋行の担当者の方と、6/8(金)に東京ファッションタウンビル(TFT)(東京都江東区)で行うセミナーの打ち合わせを行った後、午後7時からは前夜祭のオフ会である。

オフ会については、北星学園大学の先輩で、東京でケアマネをしている方が仲間を集めて、大門の店を予約してくれている。セミナーの打ち合わせの後、大江戸線に乗って移動予定だ。先輩(といっても女性の方であるが)と呑むのは昨年の10月に三田オフ会以来である。ちなみにここには僕の小中学校時代の同級生も一緒に参加予定である。

明日は午前10時からの講演なので、あまり飲み過ぎないようにしないとな・・・。こんなふうに上京する際は、結構予定が立て込んで、忙しいスケジュールになることが多い。

さて話は変わるが(というかここからが今日書きたかった本題)、介護保険制度に関連しては、介護認定審査のルールの改正も行われている。4月以降に申請された分の介護認定において、24カ月を限度としていた認定期間を、36ケ月まで延長できることになっている。
見直し後の認定期間
僕は登別市の会議認定審査委員も務めており、合議体では議長を務める立場にあるが、認定期間の延長には大いに賛成である。というより区分変更申請ができる仕組みがあるのだから、認定期間の定めなどなくて良いとさえ思っている。よって4月以降の申請ケースについては、審査の際に今回の期間延長を積極的に適用する所存である。

さらに認定審査に関しては、6日に行われた全国介護保険・高齢者保健福祉担当課長会議において、認定審査の簡素化案が別に示されている。

次の6点の要素をすべて満たすケースについては、認定審査を事実上廃止して、コンピューターの1次判定のみで認定を行うなどの案が示された。
(6つの要件)
1)65歳以上の高齢者
2)更新申請
3)1次判定の要介護度が前回の認定結果と一致
4)前回の認定の有効期間が12ヵ月以上
5)1次判定で要介護1、要介護2となった場合は、状態の安定性の判定(状態安定性判定ロジック)が「安定」と出ている
6)1次判定の基準時間がもう1つ重い要介護度に至るまで3分以上ある


厚労省が2016年度の実績をもとに調べたところ、対象となるのは年間の全申請の22.7%とのことだ。該当するケースの97.1%は、1次判定と2次判定の結果が同じだったと報告されている。

これらのケースについて1次判定結果をそのまま認定結果にするといっても、認定審査会の開催自体を省略することができるわけではない。厚労省は案として、前もって審査委員の同意を得ておき、審査会では対象者のリストを確認するだけで1次判定の結果をそのまま採用する手法を例示し、その実施時期等については市町村の判断であるとした。

しかしこの簡素化では、認定審査の時間は減るものの、それにかかる経費が削減できるわけではない。つまり認定審査委員の負担を軽減できるだけの簡素化で、あまり意味を見出すことができない。求められるのは、何も書いておらずに審査の参考にならない医師の意見書ではないのだろうか。状態変化があるのも関わらず、いつも同じ内容で提出される医師意見書さえある。

医師意見書がなければ認定ができないというケースはほとんどないので、これを廃止するだけで、経費は削減できる。そっちの方が求められる改革といえるのではないのだろうか。

そもそも介護保険制度の持続性を考えるならば、認定審査自体がいらなくなる方向で議論が進めばよいと僕は考えている。そのことについては、「要介護認定廃止議論に欠けている視点」で詳しく解説しているので、興味のある方はそちらを参照願いたい。

っと、飛行機の出発時間が迫ってきた。それでは今日、明日、東京でお会いする皆さん、どうぞよろしくお願いいたします。

※すべての居所で看取り介護・ターミナルケアの取り組みがますます必要になります。年3月24日(土)午後14:00から、電気ビル共創館(福岡県福岡市)で看取り介護セミナー行いますので、お近くの方はぜひおいでください。
無題

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求められる要介護認定の見直し


登別市の認定審査委員として、要介護認定審査に関わっており、僕は合議体の副委員長として毎回議事進行役を務めているが、平均して30ケースほどの認定を行う審査会自体は、30分もかからずに終えることが多い。

しかしそれは各認定審査員が、事前に一次判定調査資料等を読み込んでいるからであって、事前の準備としては審査会の何倍もの時間をかけている。

それだけ介護認定結果というものは、申請者にとって、暮らしを左右するほどの重みがあるものだと考えており、けっして機械的に処理するということにならないように自戒し、特記事項などを読み込んで、個別の諸事情をくみ取る努力は惜しまないようにしている。だから資料の読み込みにもかなりの時間をかけている。

しかし毎回のことであるが、資料を読み込んでいる際に、憤りに似た感情を覚えることが多い。

昨日の日曜日も、東京講演から帰ってきてすぐの時間から、今週木曜日に審査する29件の資料を読んでいたが、ほとんど何も書いておらず、認定の参考にならない医師の意見書が多すぎるのにイラついていた。

その事実は別な角度から考えると、医師意見書がなくても認定審査に支障のないケースがほとんどだということだ。

そうであれば、医師意見書が全ての審査ケースに必要ではないという結論を導き出さざるを得ない。こんなものに公費をかける必要はないと思う。このことはなぜ議論の遡上に昇らないのだろうか?

現在、介護給付費分科会では、認定期間を最長3年間にするルール変更が議論されているが、認定審査そのもののあり方をもっと議論しても良いのではないか。

要介護認定と、その区分は必要だとしても、現在のような7区分に分ける必要があるのかということも議論されるべきである。

要介護状態区分によって支給限度額が違っているが、そんな区分が果たして必要だろうか?区分支給限度額管理自体が必要だろうか?

区分支給限度額がなくなれば、不必要なサービスが増えるという人がいるが、自己負担の伴う介護サービスの量が、限度額管理がなくなるからといって青天井になることはないだろう。そのことはケアマネジメントがきちんと機能することで調整できる問題である。

このブログで何度か指摘しているが、現在の区分支給限度額は全体でも5割程度しか使われていないのである。つまり区分支給限度額は、サービスの調整機能を果たしておらず、逆にサービスが必要な人にとっては、それがあるが故に、自己負担10割となるために、サービスの一部を経済的理由によって抑制し、使えないというデメリットにしかなっていない。

そういう意味では、区分限度額管理の面から介護認定のあり方を考えるのはナンセンスである。

ただし要介護状態区分に応じたサービス単価が設定されていることには、それなりの意味があるだろう。要介護状態区分に関わらず、単価が均一化されてしまえば、結果的に手がかからない元気な高齢者を優先的に受け入れる事業者が多くなり、認知症や重度の身体障害がある方のサービス利用が難しくなるという可能性があるか。同じ報酬単価なら、手のかからない人を受け入れてサービス提供しようという考えが生まれることは容易に想定できるからだ。

そのため要介護認定自体が廃止されてよいことにはならないだろう。

それにしても現在のような7区分に分ける必要性はなく、軽介護・中介護・重介護といった3区分程度で十分ではないだろうか。

そして認定も、全てのケースに医師意見書を必要とするのではなく、基本的に認定調査のみで判定し、2号被保険者の特定疾病の診断に限定して、医師の意見を求めるというような方法に変えることを検討するべきではないのだろうか。

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介護認定期間の延長は是か非か


厚労省は次期制度改正時に、現在最長2年まで延長できるとされている介護認定期間について、最長3年まで延長できるように、ルールを変更しようと検討している。

このことについて、高齢者の状態像は変化しやすいのだから、そんなに期間を延ばしても良いのかとか、それは行政の怠慢ではないかとか、いろいろな批判的意見が聞こえてくる。

そんな声を聞くと、人間というものはなかなか保守的な考えから抜け出せず、新しいことを取り入れるときの壁は高くする傾向が強いなあと思ったりする。

もともと認定期間がどのくらいが適当かというエビデンスなど存在していない。当初の半年〜1年にしても、現在の1年〜2年にしても、科学的な根拠も何もないといってよいのだ。2年なら良くて3年ならなぜだめなんだろう?3年より、2年のほうがよりましと考える理由はなんだろうか?

そもそも認定の期間が必要かどうかということも怪しい。

僕の個人的意見としては、認定期間など無くともよいし、あるのならばその期間は最長5年でも、10年でも、長ければ長いほど良いと思っている。区分変更申請は、いつでもできるんだから、期間延長で被保険者が不利益をこうむることは無いからである。

まったく状態変化がなく、必要なサービスにも変化がないのに、認定期間があるがゆえに、その都度更新申請を行って認定調査を受け、認定審査会で判定を受けなければならないというのは、利用者自身にとっての大きな負担であるし、財源論から言えば随分無駄な費用がそこにかけられているように思えてならない。

認定審査の役に立たない医師意見書に一体いくらの公費がかけられているというのだろう。財言論から給付制限に走って、軽度者のサービスを削減して、使えない制度にするより、認定調査と、認定審査にかける費用を国民のサービスに回したほうがよほどましな制度になる。

認定作業が遅れて要介護状態区分(要支援状態区分)が確定しないまま、暫定プランでサービス利用せねばならないケースも多発しており、「改訂関係Q&A・vol2の52(暫定プラン)は机上の空論」で示したように、暫定プラン中のサービスに支障が出たり、サービス利用を控えたりせざるを得ないケースがある。更新認定結果がなかなかでないことで、居宅サービス計画の作成作業に支障が出ると感じるケアマネも多いはずだ。

認定期間が延長されればそのようなケースは確実に減る。それだけでもメリットは大きい。

要介護状態区分にしても、現在のように7区分も必要ない。例えば非該当・要支援・要介護もしくは、軽介護・中介護・重介護といった3区分程度で十分だ。

区分支給限度額管理による、サービス量の調整機能の面から、その必要性を唱える人がいるが、そもそも区分支給限度額が無いからといって、不必要なサービス利用が増えることにはならない。そのことはケアマネジメントがきちんと機能することで調整できる問題であるし、本来そのためのケアマネジメントでなければならないはずだからである。

もともと自己負担がある介護サービスであるのだから、要介護度に応じた区分支給限度額が無いからといって、その利用される量が青天井になることは無い。それが証拠に、現在の区分支給限度額は全体でも5割程度しか使われていないのである。

つまり区分支給限度額は、サービスの調整機能を果たしておらず、逆にサービスが必要な人にとっては、それがあるが故に自己負担10割となるために、サービスの一部を経済的理由によって抑制し、使えないというデメリットの方が大きいのである。
(参照:要介護認定廃止議論に欠けている視点

要介護状態区分など、もともと定規自体がひん曲がっていて、地域によって、審査会によって差があるのが現状で、尺度として正確なものではないのだから、それを拠りどころに物事を考えること自体がどうかしている。そんなものを頻回に認定しなおす必要性など無いのである。

延長結構、それより期間設定そのものの有効性や、是非を議論すべきではないだろうか。

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介護認定期間の延長を認めない保険者はなぜ存在するのか


この時期、介護保険制度改正について、各地で研修会が行われている。その中で、厚生労働省の方を講師として呼んで、最新情報を伝えるとアナウンスしている研修会も多い。

しかしそうした研修会に参加して、厚労省の担当者の話を聴いた方々は、新たな知識を得たと喜んでいる方が多いのだろうか?僕の耳に聞こえる範囲では、そうした方は意外と少なく、知っている範囲の情報の確認にとどまったという意見が多い。

しかしそれはある意味当然である。厚労省の方は、新しい制度について誰よりも詳しく理解しているし、専門知識もあり、色々な情報を持っており、その中には明らかにされていない情報も入っている。

しかし公の場で発言できることは、その立場上制限があって、知っていること、持っている情報をすべて開示できるわけではない。それらの方々が講師としてレクチャーする際に明らかにできることとは、現時点での公表情報についての解説であり、それを国の方針通りに説明するしかない立場である。

だから日頃からインターネット等で、新鮮な情報を手に入れて、その通知文等を読み込んで勉強している人にとっては、厚労省の担当者の講演で新たな情報を得るということにはならない。むしろそうした講演・講義が役立ったと感じる人は、公表される情報をリアルタイムに読み込んでいない人である。

だから国の担当者を呼ぶより、責任ある公の立場ではない人で、情報分析ができ、公表された情報の背景にあるものや、そこから読み取れる今後の見込み等を語ることができる講師の方が、我々にとっては役立つ情報を与えてくれるのである。

だからこの時期に、無理をして国から講師を呼ぶ必要はないし、国から講師が派遣されるからと言って、大いなる期待を胸に研修会場に向かってはいけないのである。

話は変わるが、昨晩僕は、「介護認定審査委員研修」を受講してきた。時間は仕事を終えた19:00〜21:00まで。認定審査委員だからといって、この研修を必ず受講しなければならないわけではないが、要介護状態区分等の審査という責任ある立場にいる以上、義務研修ではなくとも、自分の知識の確認やその向上に努める義務はあると考え、毎回参加するように心がけている。

しかし毎回がっかりさせられるのも事実である。この研修は前後半に分けると、前半部分は介護保険制度の運営状況などの行政情報の説明、後半は要介護認定の平準化を目的として、実際のケースを使った認定審査のグループワークである。

今回も制度改正に伴う行政説明があったが、国や道の資料の説明というより、読み上げで、新たな情報は皆無である。自分より情報知識のない人の話を聴く苦痛を味わっただけである。

後半のグループワークも、取り上げられた事例が、あまり意見が割れるような問題を含んだ事例ではなく、「どうしてこの事例を選んだのだろう?」と深読みしたが、最後に事務局より解説がされたが、それは模擬審査で導き出された結果と同じで、解説も特に必要としないような事例であった。就業後の遅い時間に研修を行わせるにしては、何ともお粗末な研修内容であった。

そんなわけであまり議論するこもなかったために、グループワークも指定時間前に終わってしまい。後は参加者の雑談というふうになった。その中である地域の審査委員から、要介護3以下の状態区分の人について、24ケ月までの期間延長を認めていないという愚痴情報があった。

要介護認定期間については、更新認定について原則期間は12ケ月であるものの、ケースの状況を確認して、3ケ月〜24ケ月までの設定可能な認定有効期間の範囲が示されており、これは審査委員会の審査の結果決められるもので、要介護1の人であっても、前回も同じ介護度と期間で、今回も状態像が変わっていないと判断できるならば、そのことを根拠に24ケ月まで期間延長できることになっている。

それを保険者のローカルルールで認めないことに、何の意味があるんだ?期間延長することで誰かが不利益を被るとでもいうのだろうか?期間延長しないことでより実態に即した要介護状態区分が担保されるなんて言う理屈も成り立たないはずだ。

むしろ延長を認めているルールを無視して、機械的に期間延長制限することによって、認定審査にかかる費用は増えることになり、それは国民負担を無駄に増大させる結果にしかならない。

そもそも認定期間については、それがどの程度の期間が適正なのかという根拠は存在せず、期間などなくしてもよいのではないかという議論さえある。区分変更申請という方法があるのだから、その意見は一理あるのだ。

次期制度改正においても、現在12ケ月までしか認められていない更新認定時の前回要支援→今回要支援、前回要支援→今回要介護、前回要介護→今回要支援 についても、介護予防・日常生活支援総合事業を市町村全域で実施している場合に限り、認定有効期間を原則12か月としたうえで、上限24か月に延長し簡素化する方針が示されている。

そんな中で、頑なに要介護状態区分の低い対象者の期間延長を認めないという保険者の姿勢は笑止千万である。

それは小役人の浅く狭い見識による公費の無駄遣い以外のなにものでもなく、こういう無駄遣いこそなくしたいものだと思う。小人が小権力の座にいることの弊害以外のなにものでもない。

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認定審査委員研修の模擬審査で考えたこと


昨夕18:00〜21:00、胆振総合振興局(室蘭市)で行われた「平成25年度介護認定審査会委員現任研修及び運営適正化研修」に参加してきた。

当日、対象となっていたのは、登別市・室蘭市・伊達市・西胆振(洞爺湖町・壮瞥町)の認定審査会委員と保険者事務担当者である。

この研修は、介護認定の平準化を図ることが目的で行われているもので、介護認定審査会における認定過程とルールを正しく理解するとともに、認定調査のルールも理解し、地域ごとに認定基準に差ができないように定期的に実施される研修である。

審査会委員は、毎年必ずこの研修を受けなければならないということではないが、要介護状態区分を審査判定する責任があるのだから、自分の判断基準の中から、思い込みを排除して正しいルールを確認するためにも、できるだけ時間が許す限り受講に努めているところである。

さて内容であるが、前半の約1時間は、「介護保険制度の現状と課題」・「末期がん等の方への要介護認定について」・「主治医意見書について」・「要介護認定の適正化について」・「要介護認定の概要」について講義を受けるものである。

基本的には国が作成したペーパーの伝達研修であるから、講師の裁量が働く余地はあまりなく、講義の8割がパワーポイント配布資料の「読み上げ」である。よってパワーポイントを使って画面に資料内容を映しているのであるが、そのスクリーン画面を見ている人はほとんど居らず、画面に背を向けたまま、あるいは横を向いた姿勢で(後半はグループワークなので、席がグループ毎になっており、画面に向かって机が並べられているわけではないので)、机上の資料を読み続けるという異様なスタイルになる。

講師も資料を読み上げるだけではまずいと思うのか、途中で自分の考え方や解説をさしはさもうとするのだが、解説と言っても、我々が知っている程度の内容で、解説の中にも突っ込みどころ満載の間違いも垣間見える。笑いを取ろうとしてか、いらないプライベートのエピソードなどがそこに挿入されて、極めて分かりづらい講義となってしまっている。あんたが筋トレ好きで、ベンチプレスで何キロ挙げようと私らには関心ないって言いたくなる。いっそのこと、配布資料の「読み合わせ」に終始した方がよさそうである。

なお「末期がん等の方への要介護認定について」は、二次判定前に死亡する人が2割を超えている現状から、できるだけ速やかに審査・判定をしてほしいという趣旨であろうが、判定が迅速にできない理由は、審査会に提出する資料(主に医師意見書)の遅れが理由なのだから、これを認定審査会に頼まれてもどうしようもないというのが個人的な感想である。

「要介護認定の適正化について」・「要介護認定の概要」では分かっているつもりでも、忘れかけていたルールを確認できたので、個人的にはそれなりの成果を感じた。

データから見える地域の状況では、登別市の場合、高齢化率が高い割に、要介護認定を受ける人が少なく、認定者は軽度認定者が多く、認知症や障害高齢者の割合が低いと分析されていたが、その理由は不明である。

二次判定の変更率は、全国平均が13.2%であるのに比べ、登別市は15.3%と高くなっている。それだけ審査会の二次判定機能が発揮されていると言ってよいのだろうか?これは微妙なところである。

ところで登別市のお隣の室蘭市は、変更率8.5%と、西胆振の4%に次ぐ低さである。西胆振は認定件数が少ないことがあって、他市と比較にならない部分があるが、人口90.000人以上で、高齢化率が30%を超え、1号被保険者の認定率15.3%の室蘭市の二次判定の変更率がこれだけ低いのには、何らかの理由があるのだろう。噂によると制度開始直後の保険者事務局が、国の変更ルール以上の厳しい縛りで、審査委員にそのルールを強く守ることを促す担当者がいたことが影響しているという声も聞く。どちらにしても低すぎる変更率である。

後半の2時間は、3ケースの模擬審査というグループワークで、2次判定を行った。2ケースはさほど疑問の余地を差し挟むものもないケースで、全てのグループで結果は同じとなるであろうと思えるケースであったが、1ケースのみ判断に迷うケースがあった。というか模擬審査になじまないケースと言ってよいと思う。

それは一次判定で、基準時間42.7分で要介護1とされているケースである。調査項目2-5排尿、2-6排便の項目にチェックがないが(介助されていない)、特記事項には次のような記述がある。

(2-5)トイレで排尿は行うが、失禁も多く居室は尿臭が強い状態。嫁によると下着を取り替えてもどこかに隠して尿臭がひどくなっている
(2-6)排便の行為も自分で行っている。「介助されていない」としたが、嫁がトイレ掃除をするが、便がついた手を水タンク面でぬぐっており、便が付着しているのを注意しても否定して困っているとの事

本ケースを、特記事項勘案して二次判定で、「要介護2」としたグループがほとんどであったが、正解は一次判定の確定時に、2-5と2-6のチェックを「一部介助」に変えて、一次判定をやり直すというものである。

なるほど、調査員テキスト82頁には、「実際の介助方法が不適切な場合」という項目があり、「介助されていない」状態や、「実際に行われている介助」が、対象者について「不適切」であると認定調査員が判断する場合は、その理由を特記事項に記載した上で、適切な「介助の方法」を選択し、認定審査会の判断を仰ぐことができる。

以上のように記載され、「実際の介助方法が不適切な場合」の具体例の中に、「介護抵抗のため適切な介助が提供されていない場合」という記述もあり、本ケースはこれに該当するため、2-5と、2-6は、チェックなしではなく、一部介助を選択した上で、一次判定をやり直すと、基準時間が58分になるので、要介護2という一次判定を確定して、そこから審査を継続するというものである。

しかし一次判定の確定時に、2-5と2-6のチェックを修正して一時判定をやり直す、という判断は可能でも、その結果が58分で要介護2に変わるというロジックまで、審査委員が判断できると思う方がどうかしていないか?一次判定ソフトのロジックが、そこまで審査委員に説明されていない現状では、この模擬審査は成り立たないと思う。机上の空論と言って差し支えないだろう。

ところで、この研修時間は何とかならないものだろうか。仕事に支障が出ないように18:00開始なんだろうが、夕食も食う時間がとれない時間設定で、21:00までって異常じゃないか?しかも平日の月曜日に・・・。仕事に支障が出ないということを考えれば、土日の日中だって良いだろうに。

実際には予定時刻より早い20:20頃に終了したが、そうであるなら講義途中の休憩など入れずに、早めに終了するようにノンストップで行えばよいと思った。喫煙者のための喫煙タイムになぜ非喫煙者がつきあわねばならないのか、甚だ疑問である。

役人の考えることはようわからんわい。
介護の詩

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要支援者の認定期間延長について

厚生労働省は6日、要支援者(要支援1・要支援2)の有効期間を最長24ケ月に延長する検討に入った。

要介護認定期間については、厚生労働省令で定める期間内において有効(法第28条第1項)とされているが、現在の省令では要支援認定及び要介護認定について、次のように定めている。

要支援認定期間
• 新規申請 - 3か月〜12か月(6か月が標準)
• 区分変更申請 - 3か月〜12か月(6か月が標準)
• 更新申請(更新前:要支援1〜2⇒更新後:要支援1〜2) - 3か月〜12か月(12か月が標準)
• 更新申請(更新前:要介護1〜5⇒更新後:要支援1〜2) - 3か月〜12か月(6か月が標準)

要介護認定期間
• 新規申請 - 3か月〜12か月(6か月が標準)
• 区分変更申請 - 3か月〜12か月(6か月が標準)
• 更新申請(更新前:要介護1〜5⇒更新後:要介護1〜5) - 3か月〜24か月(12か月が標準)
• 更新申請(更新前:要支援1〜2⇒更新後:要介護1〜5) - 3か月〜12か月(6か月が標準)

今回要支援者の認定有効期間も、要介護認定と同様に更新認定について(更新前:要支援1〜2⇒更新後:要支援1〜2)、24か月まで期間を延長できるように省令を変更しようというものである。その理由は、認定業務にあたる市町村の負担軽減が狙いとし、2015年度からの実施を目指すものである。

要支援者の訪問介護及び通所介護については、2015年度から3年間の経過期間を設けた上で、段階的に市町村の総合事業への移行方針が示されており、それによる市町村事務も増えることから、認定事務負担軽減は、それともリンクしていると思える。

このことについては今日の北海道新聞朝刊でも報道されているが、その記事の中で、「市民福祉情報オフィス・ハスカップ主宰者」のコメントが次のように掲載されている。
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介護認定は「病気や障害による『介護の手間』にかかる時間を測定する」と行政から説明されてきた。個人の心身の状態と市町村の業務量とは関係がないし、軽度者の訪問・通所介護の市町村事業への移行も、利用者のニーズではなく行政の一方的な方針だ。そのために介護保険制度の基本である要介護認定の仕組みを変えていいのか疑問だ。(北海道新聞1/7朝刊より引用)
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しかしこの意見はどうだろうか?訪問・通所介護の市町村事業への移行への疑問はともかくとして、要支援者の認定有効期間を延長することが、果たして「介護保険制度の基本である要介護認定の仕組みを変える」というような大げさなことなのだろうか?

僕はそうは思わない。認定期間延長とは、「認定期間を24ケ月にしなければならない」のではなく、更新認定の場合で、要支援認定〜要支援認定の場合、基本は12ケ月であることに変わりはなく、理由がある場合、その期間を24ケ月に延長できるということに過ぎず、認定審査会の審査のうえで、その理由づけとともに24ケ月を上限に延長される。仮に要支援〜要支援の更新認定が、機械的に24ケ月に延長されるようなことがあっても、被保険者は自らの意思で区分変更を申請できるものであり、延長された期間によって何らかの拘束を受け、不利益につながるものではない。

そもそも認定有効期間が要支援者と要介護者で違っている理由自体が明確な根拠がないものである。要支援者のみ状態像が変化しやすいというなにものもない。むしろ認定有効期間が本当に必要なのかということが議論されても良いと思う。僕は認定期間そのものをなくしても良いのではないかとさえ思っている。

なぜなら状態変化があれば、いつでも区分変更申請ができるわけであり、一旦決まった認定期間は絶対的なものではないからである。

まったく状態変化がなく、必要なサービスにも変化がないのに、認定期間があるがゆえに、その都度更新申請を行って、認定調査を受け、認定審査会の審査の上で判定されるというのは、利用者自身にとっての大きな負担であるし、財源論から言えば、随分無駄な費用がそこにかけられているように思えてならない。

「個人の心身の状態と市町村の業務量とは関係がない」というが、予測を超えた要介護認定申請者数の増加は、市町村事務を滞らせており、そのために介護保険法27条11項規定「認定審査は当該申請のあった日から三十日以内にしなければならない。」とされているにもかかわらず、事務作業が間に合わず、申請から三十日以内の審査判定ができずに、同法に定められた「当該申請に係る被保険者の心身の状況の調査に日時を要する等特別な理由がある場合には、当該申請のあった日から三十日以内に、当該被保険者に対し、当該申請に対する処分をするためになお要する期間(次項において「処理見込期間」という。)及びその理由を通知し、これを延期することができる。」という例外規定で対応する例が多発している。

これによって要介護状態区分(要支援状態区分)が確定しないまま、暫定プランでサービス利用せねばならないケースも多発しており、「改訂関係Q&A・vol2の52(暫定プラン)は机上の空論」で示したように、暫定プラン中のサービスに支障が出たり、サービス利用を控えたりせざるを得ないケースがある。

これは明らかに利用者にとっての不利益である。要支援者の更新認定期間の延長は、これらの不利益を多少とも軽減する効果はあるだろう。

「病気や障害による『介護の手間』にかかる時間を測定する」という「介護保険制度の基本である要介護認定の仕組み」とは、認定期間ではなく、要介護認定の仕組み=認定ソフトそのものである。今回これは変わっておらず、そう言う意味において北海道新聞に掲載されているコメントは的はずれであると言って良いだろう。

期間延長大いに結構である。

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要介護認定廃止議論に欠けている視点


日頃からお世話になっているKさんのフェイスブックに、次のような情報が書かれていた。

(ここから転載部分)
東京都内の講演会で桜美林大学大学院の白澤政和教授が提言。
介護保険制度に要介護認定は必要ではない。そのための年間2,800億円もかかっている。そのくらいなら介護従事者の処遇改善などに回すべきだ。医療と違い介護だけに認定という歯止めが存在している。これで良いのかもう一度検討すべきである。現在の認定項目は身体機能面に限定されており、本来の介護の必要度を示す尺度になっていない。
将来的には要介護認定制度を廃止する方法について検討していくべきであり、ケアマネジャーを始めとする専門家に信頼を置き、自由裁量を与える必要があるだろう。

(以上、転載終わり)

介護保険制度改正論議の中でも「認知症の人と家族の会」が要介護認定廃止の提言を行っていたという経緯がある。

それらを含めた要介護認定廃止論とは、要介護状態区分がなくてもケアマネジメントが機能しておればサービス利用に支障はないという考え方に基づくものだ。むしろ要介護状態区分があることによって、軽度者であっても必要なサービスがあるのに、それを抑制して使えない弊害の方が大きいので、莫大な費用をかけてまで要介護認定を行う必要はないという主張である。

そのことは十分理解できる理屈である。

要介護認定を廃止する場合、区分支給限度額も廃止されることになるが、そうなれば不必要なサービス利用が増えたり、現在「非該当」と認定されている人がサービスを使うようになって、給付費が増大するとの懸念があるだろうが、そのことはケアマネジメントがきちんと機能することで対応可能だろうし、本来そのためのケアマネジメントでなければならないはずだからである。

現行でも下記の図でわかるとおり、区分支給限度額は全体でも5割程度しか使われていないのである。つまり区分支給限度額はサービスの調整機能を果たしておらず、逆にサービスが必要な人にとっては、それがあるが故に自己負担10割となるサービスの一部を経済的理由によって抑制し、使えないというデメリットの方が大きいということは言えるであろう。

区分支給限度額
つまり要介護認定がなくなって、区分支給限度額管理が必要なくなっても、そのことによってサービス利用が大幅に増加することにはならないということだ。

そう言う意味では区分支給限度額という給付上限をなくしても、適切なマネジメントによって適正なケアプランが作成されるという結果の方が求められるわけだし、そういう方向で介護認定廃止が議論されることはやぶさかではない。

むしろ必要なサービス量の目安である区分支給限度額より、実際のサービス利用量が全体平均でこれだけ下回っているという意味は、ケアマネジメントが機能して必要なサービスを選別した結果、低いサービス利用率になっているという評価ではないことに注目すべきだ。つまり、この数字から国が指摘していることは、必要なサービスを利用者に結びつけるケアマネジメントが十分に行われていないのではないかという評価なのである。

そうであれば白澤教授が提言する、「ケアマネジャーを始めとする専門家に信頼を置き、自由裁量を与える必要があるだろう。」ことと、国の評価には大きな乖離があるということになる。

それを是正し、ケアマネジメントが信頼を得る方策はあるのか?例えば地域包括支援センターの主任介護支援専門員とは、本来地域のケアマネジメントの質担保の取り組みが主たる役割としてあるのだから、そろそろ地域包括支援センターは予防プラン作成に全職員が駆けずり回る状況をやめて、主任介護支援専門員も「知識や技術」がなくても研修受講さえすれば「なれる」という状況もやめて、配置義務のある主任介護支援専門員のスキルを担保する一定の資格・資質審査を設けた上で、実際に主任介護支援専門員が地域の各サービス事業所のケアプランチェックを定期的に行い、評価することにすれば、ケアマネジメントの評価が可能となり、自由裁量を専門職に与えて良いという根拠に結びつくかもしれない。

そしてその先に介護認定がいらない、という結果になれば、認定に係る莫大な費用や、認定ソフトを変えるためだけに定期的に浪費される国費も必要なくなり、財源論から考えてもメリットがある。そうであれば大賛成だ。

しかし・・・である。僕はこういう理屈を十分承知しているが、それでも完全に要介護認定を廃止すべきだという立場になれない。

なぜなら、要介護認定を廃止した場合、施設サービスや、通所介護、通所リハビリ、居宅介護支援などのように、要介護状態区分に応じたサービス単価で提供しているサービスの単価基準をどこに求めるかという問題が生じてくる。逆にこれらのサービスで要介護状態区分がなくなり、単価が均一化してしまえば、結果的に手がかからない元気な高齢者を優先的に受け入れ、認知症や重度の身体障害がある方の利用が難しくなるという可能性がある。同じ報酬単価なら、手のかからない人を受け入れてサービス提供しようという考えが生まれることは容易に想定できるのだ。ここは対策が別に必要だ。

しかし僕はこのことに良い対策が浮かばないのである。だから短絡的に要介護認定を廃止して良いという結論を出せないでいる。

例えば、サービス単価を均一化せず、ケアマネジメントの結果を尺度にしてサービス単価を決めることが可能ではないかという考え方がある。

しかしそれは絶対に行なってはならないことである。なぜならケアマネのアセスメントの中に、サービスを利用する際の価格決定の責任を担わすことは、価格決定に関わった当事者が利用サービス計画を立てることになり、公平性や中立性が求められるべきケアマネジャーを、そういう立場に置いてよいのかという疑問が生ずるからである。

要介護認定を廃止すればケアマネジメント能力が今以上に問われることには異存はないが、それ以前に、ケアマネジメントをサービス利用の価格決定の尺度にすることは本来あってはならないし、ケアマネジャーが価格決定の当事者になってはならないのである。そんな結果になれば、自分の作成したプランの中のサービス価格も自由設定でいるという意味に通じ、その尺度と当事者によるサービス利用の決定には客観性はほとんど存在しなくなるからである。
ケアマネジャーはむしろ、よりサービス事業者とは別個の視点から、サービス評価を行う専門職にしていかないと、単なる営利目的営業マンとして、低い位置づけでしかなくなるだろう。

別な方法として、現行の認定調査を利用しながら、認知症等のチェックが加わったチャートを利用して、その結果でサービス利用の単価を決めるという考え方もあろうが、それは事実上要介護認定を残すのとかわりないといえる。なぜならそのチャートを中立的に評価する必要があるからだ。そうであればここには新たな手間と費用が生ずると考えざるを得ない。だから要介護認定をなくすという議論は単純ではないのだ。サービス価格の尺度が別に必要になれば、そこに必ずお金がかかるという理解が同時に必要なのである。

現行の要介護認定は保険者によるものだという意見があるが、それは認定審査会という専門機関による審議過程を経ているだけに、それなりの客観性は存在するのだから、要介護認定をなくしてしまった後に、サービス価格は軽度者も重度者も同じであって良いという論理が成立する可能性がない限り、認定費用が莫大すぎるという一方向からの視点でしかみない廃止議論は極めて問題である

白澤教授の提言は、サービス利用の適切性は要介護状態区分による区分支給限度額がなくなっても問題ないという一方向からしか見ておらず、サービス利用の価格差をどう見るのか、価格差をなくしてよいのか、その時に介護の手間のかかる人がサービスを使いにくくなる恐れはないのかについてまったく検証されていない。学者が公の場で発言する内容としては極めて無責任である。

関係者は、このような意見に安易に同調するのではなく、認定廃止後のデメリットを丁寧に検証するべきである。

例えば認定費用の綿から考えれば、認定結果を出す際にほとんど資料価値としての意味のない「医師意見書」が多い現状を鑑みた時、それを廃止するだけで、どれだけの費用が削減できるのかを具体的に示したうえで、認定の簡素化によるスピードアップと、費用削減を第一段階として行なったうえで、さらにその先に認定廃止というソフトランディングの方策を考えることも必要ではないのか?(参照:やっぱり医師意見書は必要ない。)

無駄な費用削減は求められることだが、デメリットの手当に対する提言のない廃止論は、どう考えても無責任の謗りは免れない。

要介護認定をなくしても、利用者のサービスを利用する権利が守られるのであれば、それを廃止するほうが良いことは間違いない。だからこそこの部分の丁寧な議論は不可欠である。そこをおざなりにして、煽りに乗るだけではこの制度は良くならない。

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介護・福祉情報掲示板(表板)

認定審査会資料のずさんな取り扱い

今朝の登別は今シーズン初めての本格的な降雪になった。

国道の路面も圧雪・アイスバーンで、通勤の車もノロノロ運転でしか前に進まず、いつもより時間をかけて職場に着いた。デイサービスの送迎も今日は時間がかかっている。いよいよ本格的な冬将軍の到来である。朝礼でも職員に注意を促したが、公私ともに運転には十分気をつけてほしい。

ところで雪国の住宅では珍しくない「玄関フード」というものを知らない人がいるのだろうか?雪が降らない地域の人にとっては聞きなれない言葉なんだろうか?

genkanちなみに左の画像は我が家の玄関先の写真である。本来の玄関を囲っている硝子戸が「玄関フード」である。これは風雪が直接玄関を開けた時に家屋に入り込むのを防ぐためにあるもので、普通玄関に鍵はかけるが、玄関フードに施錠することはない。

ところでなぜ「玄関フード」の説明を詳しくするかといえば、今日の記事で指摘する問題は、この玄関フードの存在が大きく関わっているため、玄関フードというものが何かということが理解出来ない人が読めば首を傾げる部分があると思ったからである。

さて本題。僕は登別市の介護認定審査員を務めている。認定審査は毎週木曜日18:00~行われているが、僕自身が参加する審査会は月1回~2回である。審査会の担当に当たった場合、審査会資料は前の週の週末・土曜日に自宅に宅配便で届けられる。そのため今週12/2(木)に僕の参加する審査会が行われるため、一昨日(11/27)午前中に審査会資料が届けられた。

ところがタイミング悪く当日急用ができ、二時間ほど我が家に誰もいない時間が生じた。この間に「認定審査会資料」を届けるため宅配業者が我が家を訪れたらしい。通常、宅配業者が配達に訪ねた家が留守の場合「不在連絡票」を郵便受けに挟んで、配達物は持ち帰るはずである。

ところがである。要件を終えて自宅に戻った僕の目にとまったものは、玄関の外、玄関フード内に無造作におかれた「認定審査会資料」の封筒であった。留守であるため、宅配業者がそのまま玄関フード内に置いて行ってしまったものと思える。幸いなんの事故もなく僕の手に届いたからいいようなものだが、鍵の掛かっていない玄関フード内に、外から丸見えの状態で、重要な資料が入った封筒が放置されていたことになる。悪意の第三者が持っていかないとも限らない。その場合不在連絡票もない状態では、持ち去られた事実さえ僕にはわからないではないか・・・。どちらにしても、これは事故がなかったから良かったという問題ではないだろう。一体宅配業者の社内規定はどうなっているんだろう。受領書に受領印やサインをもらわない状態での荷物の受け渡しがあり得るんだろうか?

すぐに宅配業者には不適切な対応ではなかったかと連絡を入れた。その結果、当然のことながら荷物の受け渡し方法としては不適切であるということで、担当課長や配達担当者が謝罪に来たが、この問題は資料を受け取る僕と宅配業者の問題ではなく、貴重な市民の個人情報を管理する市と、その情報を必要な機関や個人に配送する宅配業者間の問題であろうと考える。僕としては、玄関フードに数時間この資料が放置されている状況が生じたことを市の担当課に連絡して、あとのことは市と宅配事業者の問題ということになるだろう。

おそらく市の責任がどうのこうのということではなく、宅配業者の配達員の問題ということなんだろうと思うが、認定審査会資料というのは、個人は特定できなくとも、認定調査票の内容と特記事項や医師意見書すべて入っているのだから、市から宅配業者に配送を委ねる際にも、一定の注意事項を支持した上で配送契約が行われているものと思え、その注意や指示が機能していない状態は、配送契約の根本的見直しが必要になることも考えられるだろう。

それとも単純な郵便物と同様に、個人情報に関する配慮がなく、単なる荷物として宅配業者に委ねられているのだろうか?そうであればそのこと自体を問題にせねば、重要な市民の個人情報がどこかで第三者に渡ってしまうことが否定できない。これは極めて由々しき問題ではないかと思う。

僕としては今朝、この事実を市に連絡し、他の審査委員にも情報提供して、同様に事がなかったかを調査するとともに、今後の対策についての善処と、関係者にその内容の周知を求めたところである。

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伊達市介護保険課の「通知」は世間の非常識

当市は北海道の胆振地方という場所に所在する。そして当市のお隣の室蘭市の、そのまたお隣の市と言えば「北の湘南」と呼ばれるほど気候が良く、退職後には「是非住みたい街」とされて伊達市がある。

その名の通り、仙台伊達藩からの移住者が中心になって開拓した歴史のある街であり、登別が伊達藩の家臣である「片倉家」所縁の地であることと共通点がある。
(登別には片倉町という町があるが、これは片倉家所縁の場所だ。また当施設の近くのテーマパークが伊達時代村とされているのも、当市が仙台伊達家の家臣団によって開拓された街だからである。)

その伊達市の被保険者の方で、住所地特例で当施設に入所されている方がいる。

その方の介護認定の有効期間が今月末(22年10月31日)までなので、9月2日に更新申請を提出し、意見書も遅くならないように9月中に提出した。同市は施設入所者の認定調査も市の職員により行われているので、その調査を待ち、終了後認定結果を待っていた。

ところが10月も20日を過ぎようとしているのに、音沙汰がなく、しびれを切らし同市の認定担当課に当施設の担当ケアマネから連絡させたところ、至極当然のように「認定を待っている人が多くて結果は来月になるかもしれません」と言われた。

冗談ではない。この方は要介護2である。まかり間違って要介護1相当とでも結果が出たら要支援2になる可能性も0ではない。多分それはないとは思うが、万が一ということがあるので、こちらは、そうであるがゆえに介護保険法で定められた「認定期間終了の60日前から申請可能」であるというルールのぎりぎりの最長期間で申請を挙げているのだ。認定有効期間を過ぎて認定審査会にかけることなど絶対に納得できない。

そこで担当ケアマネに替って(文句を言うのは僕の役回りにされているので・・・。)僕から直接、伊達市の担当者に電話をかけた。電話口に出たのは声の愛らしい女性担当者である。僕のなぜ認定をしてくれないのかという疑問に対し、当該利用者のみならず、他にもたくさんの方が待っているから当然であるような言い方をする。

・・・普段女性にはトコトン優しい僕ではあるが、仕事は別である。あまりに当然という態度にカチンときたこともあって法律論で迫った。

『介護保険法27条11項規定によれば、そもそもこの法律では審査は「当該申請のあった日から三十日以内にしなければならない。」としているのに、なぜ法律を守らないんですか?なるほど、この規定には例外規定があって「該申請に係る被保険者の心身の状況の調査に日時を要する等特別な理由がある場合には、当該申請のあった日から三十日以内に、当該被保険者に対し、当該申請に対する処分をするためになお要する期間及びその理由を通知し、これを延期することができる。」とされていますが、逆に言えば当該申請に対する処分をするためになお要する期間及び理由を通知しないと延期も出来ないんでしょ?』

『保険者が法律を守らないで事業者に何を指導できるんですか?行政は法律遵守する義務はないんですか?』等など、実際はもっといろいろな突っ込みを入れた。(突っ込みではなく文句だろうと言っている人もいる。)

ところがその時、伊達市担当者から出てきたのが以下のような驚くべき言葉である。

伊達市担当者「システム上は延期の通知されているんですけど・・・。」

・・・目が点になりながら、こう返した・・・。
僕「ええっ?システム上の通知って、誰に通知してるんです?」
伊達市担当者「いえ施設には知らせてないってことで、処理上は・・・」
僕「では施設以外の、家族とかに知らせてるっていうことですか?」
伊達市担当者「いいえ、そういうことでもないんですけど・・・。」
僕「あのねえ、あなた日本語の意味知ってる?(こういうことを言うから嫌われる)通知ってのは、告げ知らせること、だよ。誰に知らせてるの?」
伊達市担当者「・・・知らせてはいません。」

つまり伊達市は、国の監査等があることに備え、役所内のシステム上では、認定は介護保険法27条に基づいてきちんと行っており、遅延する場合も、被保険者に定められた通知を出していることにしている、という意味ではないか?システム上の通知ってそれ以外考えられんだろう。

これって完全な違法行為ではないのか?市役所がこんなことをして許されるのか?あいた口がふさがらない。

なおこの方の認定については「月内に行います」ということだ。そんなの当然で、それを有難くも何とも思わないが、遅延する際の通知ルールを無視しているのはなぜか、今後はどうなのかについて、別途正式な回答を待っているところである。今のところなしのつぶてだが、まさかこのままうやむやにするつもりではあるまい。逃げんなよ。

どちらにしても、伊達市の地域密着型サービスの関係者をはじめ、伊達市の指導を受ける立場にある人に言いたい。伊達市自体が法律を守っていないんだから、そこの市役所職員の運営指導や、行政指導など何の意味もないぞ!!法律を守らん奴らのいうことなど聞く必要がないぞ!!

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要介護認定をなくせない理由

先日書いた「区分支給限度額利用率から考えること」で明示しているように、居宅の介護サービスは実際には区分支給限度額の半分ほどしか使われていない。

このことについて、あの評判の悪い新認定ソフトを作った筒井孝子女史は「区分支給限度額をきちんと使わないプランは不適切でケアマネジメントがきちんとできていない証明である」と言っているそうだが、全くこの人が分かっていないことがこの発言でもわかる。区分支給限度額とは、その状態像の人に対する最大限の支援を行ったときに必要になるサービス利用上限の目安で、平均値がこれを下回ることはある意味当然で、全員がこの上限まで使っているとしたら、それは必要なサービス上限としては「足りない」という意味になるものである。まあこの人が、この程度の理解力しかないことは既に分かり切ったことだからしょうがないか。

ところで、それにしても5割程度の利用率しかない実態を考えると、このことは同時に区分支給限度額が、サービス利用の上限目安としてはあまり機能していないという意味で、サービス利用は別の尺度によって決められていることを証明している。

そのことはケアマネジメントの良否の問題ではなく、人間の生活がいかに複雑な要素で組み立てられているかという問題としてみるべきである。

つまり、その尺度とは本来は「ケアマネジメント」そのものであるべきなのだが、実際には利用者の経済事情とか、本人や家族の希望とか、家族関係とか、住環境などといったものが含まれていると言える。

だからサービスを使わない理由は調査しても「これだ」というものは出てきにくいだろう。あえて言うとしたら、それは様々な個別事情であり、その根本原因は介護サービスを使っている多くの人が、公的介護保険だけではないインフォーマルサービスに支えられている部分が大きく、むしろ公的介護保険はインフォーマルサービスを補完する形で使われるケースが多いということだろうと思う。

しかしどちらにしても、このサービス利用実態を考察した時分かることは「区分支給限度額がないと必要のないサービスがとめどなく使われてしまう。」ということにはならないということである。

そうであれば、このように平均すると5割程度しかサービス利用実態がないにも関わらず、この区分支給限度額を超えて10割自己負担でサービスを使っている人がいるという状況は、それらの人はやはり区分支給限度額内のサービスだけでは足りず、それ以上の支援がないと居宅における生活が支えられないという意味になり、ということは区分支給限度額の現在の機能は、必要な人のサービスを制限してしまうマイナス面しかないということになる。

よってこの区分支給限度額は撤廃すべきであるという意見が出てくるのは当然であると言える。

しかしその延長線上、あるいは同じ視点から要介護認定をなくしてしまえ、という意見が出てくるのは少し首を傾げてしまう。

なぜなら要介護認定がなくしてしまったとき、保険給付対象者が現在の非該当者も含めたすべての人となることが良いのか、という問題があることがまず1点。ここまでケアマネジメントによって判断せよということになって本当によいのだろうか?

さらに問題となるのは、要介護度別に重度区分に厚く支払われている介護報酬の問題がある。

例えば施設サービスにおける報酬は要介護1が一番低く、段階的に要介護5が一番高く設定されている。そうなると要介護認定が無くなってしまえば、施設入所者は一律同額の介護報酬とせざるを得ないであろう。

そうであれば、同じ報酬なら、ただでさえ人手不足で重労働とされている施設サービスにおいては、手のかからない自立度の高い人の方を優先的に入所させるということが行われるのは目に見えている。いやいや施設入所判定基準を厳しくすれば大丈夫だという人がいるだろうが、入所判定など、判定する側のさじ加減でどうにでもあるものだろうし、今現在、重要な判定要素となっている要介護状態区分をなくしてしまうんだから、より一層不透明でファジーな判定にならざるを得ず、住民ニーズに合致する形での厳密な入所判定は期待薄だろう。

そうなったとき、実際には施設入所の必要性が高い、重介護が必要な状態の人が施設入所できなくなり介護難民となってしまう可能性が高い。

そういう意味では、そうした状況を生まない唯一の方法は、要介護認定により状態区分を分けて、介護度別報酬区分を残すことだと考える。

ただし、予防と介護の給付を区分して、7段階もの細かい状態区分は必要ないと思え、例えば軽度・中度・重度などの3段階への簡素化認定区分に変えていく検討はあってよいだろう。

しかし要介護認定についての一番の問題は、この判定ソフトがころころ変わり、そのたびに数十億円の国費(認定ソフト2009への変更時はモデル事業も含めて20億円の国費がかけられたが、その後の再々見直し等にいくらかあったのかは明らかにされていない)が支払われ儲けている奴らがいるということだ。

そういう意味では基本となる認定は見直して残しても、数年単位で変えてはならず、最低でも10年単位でそれを基本とするものでなければ信頼できる尺度とはならないだろう。

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区分支給限度額利用率から考えること

平成22年度介護給付費実態調査(3月審査分)によると区分支給限度額の平均利用率は次の通りとなっている。

(状態区分)→(支給限度額)→(受給者一人当たりの費用額)→(支給限度額に占める割合)
1.(要支援1)→( 4.970単位)→( 2.337単位)→(47.0%)
2.(要支援2)→(10.400単位)→( 4.142単位)→(39.8%)
3.(要介護1)→(16.580単位)→( 6.648単位)→(40.1%)
4.(要介護2)→(19.480単位)→( 9.059単位)→(46.5%)
5.(要介護3)→(26.750単位)→(13.255単位)→(49.5%)
6.(要介護4)→(30.600単位)→(16.527単位)→(54.0%)
7.(要介護5)→(35.830単位)→(20.084単位)→(56.1%)

以上である。これをみると、区分支給限度額はサービスを使う上限という尺度としては、あまり機能していないということになる。

むしろサービス利用は、支給限度額上限とは関係のない尺度で決定されているということになり、そういう意味ではケアマネジメントがきちんと機能してサービス利用されているという解釈も成り立つもので、先に出された地域包括ケア研究会報告書が「アセスメントやケアカンファレンスが十分に行われておらず、介護支援専門員によるケアマネジメントが十分に効果を発揮していないのではないかとの指摘がある。」と報告していることには根拠がない「いいがかりである」という証明となり得るかもしれない。

特に一人当たりの費用は、要介護状態区分が高くなるほど確実に上がっている点をみると、状態像に合わせたケアサービスが提供されている証拠とも言える。但し、要介護状態区分4または5の方の状態像を鑑みたとき、これらの人々は寝返りや食事摂取も自力で出来ない方がほとんどであることを考えると、かなりのインフォーマル支援が、保険給付サービスが対応しない部分を補っており、そのことが区分支給限度額の6割にも満たない利用額平均に反映していると言える。

つまり、この調査をインフォーマル支援がない独居高齢者に絞って行えば、かなりその数値には違いが出てくることが予測できる。

例えば高齢者専用住宅で、外部サービスを利用しながら独居で生活するケースを想定すれば、要介護4あるいは5の方は、支給限度額を目いっぱい使ってサービスを受けても、ぎりぎりであるか、まだ足りないことが考えられ、高齢者専用住宅に入居しているこれらの方々が支給限度額いっぱいのサービスを使いきっている現状は、必ずしも事業者のサービス供給過多、ケアマネジメントに基づかない不必要サービスと言い切ることは出来ない。

そもそも支給限度額は想定される状態像に合わせたサービス上限目安を示しているもので、状態像が似通った人々が特定の住居で生活しているのであれば、同じようなサービスが必要というのは論理としては間違っておらず、要介護状態区分の高い人が複数上限いっぱいのサービスを使っていること自体を否定することは出来ない。要は客観的評価がきちんと定期的に出来ているかが問題であろう。

であれば現行の支給限度額は、本当にサービスを必要とする人に対する、そのサービスを抑制する意味しかなく、逆に考えればそれは必要なサービスを経済的理由から受けることができない弊害に繋がっているデメリットの方が大きいのではないかといえる。

そう考えると支給限度額は必要なく、支給限度額を定めた要介護状態区分も必要ないという論理にも繋がってくる。それはケアマネジメントによってサービス提供の内容がすべて決まったとしても、現行のサービス利用状況が支給限度額の6割にも満たない状況から考えれば、それによって不必要なサービスが大幅に増えるなんて言うことにはならないという考え方である。

そういう意味では制度改正論の中で「認知症の人と家族の会」が要介護認定廃止の提言を行っていることは、あながち荒唐無稽の意見とも言えない。

ただこの場合、施設サービスや、通所介護、通所リハビリ、居宅介護支援などのように、要介護状態区分に応じたサービス単価で提供しているサービスの単価基準をどこに求めるか、どのような方法で平均値を定めるかは難しいところで、逆にこれらのサービスで要介護状態区分がなくなり、単価が均一化してしまえば、結果的に手がかからない元気な高齢者を優先的に受け入れ、認知症や重度の身体障害がある方の利用が難しくなるという可能性があり、ここは対策が別に必要だ。

どちらにしても支給限度額がないと不適切で不必要なサービスが増えて困るという論理によって、これをなくさないのは、支給限度額内で対応できない重度の要介護高齢者の問題を考えた時に、あまり説得力のある理屈にはならないと思う。

例えば地域包括支援センターの主任介護支援専門員とは、本来地域のケアマネジメントの質担保の取り組みが主たる役割としてあるんだから、そろそろ地域包括支援センターは予防プラン作成に全職員が駆けずり回る状況をやめて、主任介護支援専門員も「知識や技術」がなくても研修受講さえすれば「なれる」という状況もやめて、配置義務のある主任介護支援専門員のスキルを担保する一定の資格・資質審査を設けた上で、実際に主任介護支援専門員が地域の各サービス事業所のケアプランチェックを定期的に行い、評価することにすれば、支給限度額など必要なくなるんではないか。

そしてその先に介護認定がいらない、という結果になれば、認定に係る莫大な費用や、認定ソフトを変えるためだけに定期的に浪費される国費も必要なくなり、財源論から考えてもメリットがあるのではないだろうか。

※本日の記事内容と関係のないことを本日の記事の末尾に書かせてもらうが、今日8月6日は広島・原爆の日だ。そして8月9日は長崎・原爆の日を迎える。この両日は我々日本人が決して忘れてはならない「祈りの日」である。人類でこれほど凶悪で凶暴な兵器被害を受けた国の民として、人類が犯した最大の暴挙と不幸を、未来永劫伝えていかねばならない。

原爆の詩2編
この川に逃げて死にたる友らなり水きらめくは友らの眼(まなこ)

水を乞ひわが足首を掴みし手 その橋わたる足首熱く

浅田石二 作詞「原爆許すまじ」はこちらをクリック。

合掌。

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やっぱり医師意見書は必要ない?

今日は道の集団指導があるため、これから会場に向かわねばならない。そのため記事更新をいつもより早い時間に行っている。それにしても昼飯食う暇あるかな?まあとりあえず本題に入るとしよう。

依頼している医師意見書がなかなか書かれないことによって、介護認定が遅れるケースがあることについては過去にいくつかの記事で指摘している。
(参照:医師意見書の遅れを何とかしてくれ ・ 医師意見書の提出期限はなぜ守られないのか

そして、こうした問題に加えて医師の診察が前提となる介護認定では、緊急的な介入が必要なケースの対応ができなくなるケースがあることについて「医師意見書がないケースの特例認定を」という記事を書いて、救済策を提言している。

僕の地域では相変わらず、医師意見書が挙がって来ない、催促してもまだ書いてくれていない、という理由で「認定審査会」に挙がらず、要介護状態区分判定がされないで、サービスを暫定利用しているケースが無くならない。

このことを考えると、医師意見書のないケースの特例認定を検討するより、医師意見書が本当に認定審査に必要な書類かということを真剣に検証すべきではないかと思い始めている。

僕は地域の認定審査委員を務めているから、実際に認定審査を行って感じることを正直に言うと、医師意見書を2次判定の参考にするケースはないとは言えない。しかしその数は極めて少ない。しかも調査員が書いた特記事項と、医師意見書の記載内容の矛盾が生じた場合、よくよく概況調査や基本調査の内容と比べた時に、ほとんどのケースが調査員の特記事項の方が正しい状態像を現わしている。

この理由は、調査票に矛盾を感じる内容が記載されている場合、市町村の事務局は調査員に直接問い合わせて状況確認を行うことができるが、医師意見書の記載内容については、なんらかの矛盾を感じたとしても、事務局から問い合わせを行わないという原則になっているからだと思える。

解読不可能な文字で傷病経過や特記事項を書いてくるケースも多いし、明らかに前回書いた意見書の日付だけを変えたものが挙がってくる場合がある。現状とかけ離れた傷病経過が書いてあるのだ。これでは参考にしようがない。

そして最も考えねばならないことは、審査会に挙がる医師意見書の何割かは(決して少ない数ではない)病名しか書いておらず、審査の参考にすべき内容の記載がまったくないものもあるという事実である。

つまり、医師意見書を必要としない認定が事実上行われているケースが数多くあるということだ。介護認定に医学的見地からの意見を参考にする必要性は非常に怪しいのである。

現在、介護保険改正議論の中では介護認定そのものをなくして、サービスの必要性はケアマネジメントで決めろとか、認定を行うにしても認定区分を簡素化して3段階くらいの区分にしろという議論があるが、認定審査について医師意見書をなくせという議論は聞こえてこない。

しかし仮に介護認定は必要であるとして、なおかつ認定審査の実態を知っている人々が、この仕分けを行うとしたら、真っ先に考えることは意見書のない認定審査、ということではないだろうか?

もちろん医師意見書によって二次判定で一次判定結果が変更されるケースがあるのだから必要だと考える人もいるだろう。しかし先に指摘したように判断基準にならない意見書を書く医師がいる現状は、既にいくつかのケースで医師意見書がないのと同じ状態で判定を行っているという事実がある。このことは医師意見書がない状態のモデルケース的な判定が行われているという意味と同じである。しかもそれによる弊害は特に認められていない。さらに意見書提出が遅れて認定できないケースが全国でたくさんあって、そのことによりサービスが利用できなかったり、後に想定外の結果が出ることによって、暫定プラン利用時のサービスに1割負担以外の自己負担が生じたりするなど、利用者の不利益につながる状況が出ている事実から考えれば、意見書があるメリットより、デメリットの方が大きいと言わざるを得ない。

改正介護保険制度で介護認定はやはり必要とした場合には、このあたりの検証を含めて認定審査の方法を考え直す時期に来ているのではないだろうか?

なお、医師意見書だけではなく、最近では要介護認定自体が必要ないのではないか、という論議があり、その廃止を国に要望している団体もあることは皆さんもご存じだろう。

僕は、個人的にはそれもあながち現実離れした意見と否定することはできないと考え始めている。その事を明日の記事で検証してみたい。明日の記事更新をお楽しみに。
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医師意見書の遅れを何とかしてくれ!!

医師意見書が遅れて認定審査ができないケースの問題点を以前に記事で指摘したことがある。
(参照:医師意見書の提出期限はなぜ守られないのか

しかし今回、一般論としての問題ではなく、当事業所に降りかかった問題として医師意見書の遅れによる認定審査ができないことで困っている。

通所介護の利用者で、現在要支援2の方が、4月末で認定有効期限を迎えるため、更新申請を行い既に認定調査も終わっている。しかもこの方は、状態像がやや変化しており、調査員による認知症高齢者自立度の判定も?aとされており要介護1に認定される可能性もあるが、同時に4群のBPSD関連項目はチェックに該当する行動はあまりなく、要支援2のままという可能性もある微妙なケースで、審査会でどのように審議されるかが問題となるケースである。(1次判定結果は要介護1)

ところが肝心の認定審査が「医師意見書の提出が遅れている」という理由で開催できず、とうとう今月の認定審査が不可能になった。別に申請が遅れていたわけでもなく、単純に医師意見書が催促しても書いてくれないことが原因だ。

よって来月5月当初からの当該利用者のサービスは暫定プランで利用するしか現物給付化する方法はないわけである。しかし暫定プランと行っても、要支援2か要介護1か不明な状態で、どうすれば良いのか?Q&Aでは結果が予測される方の暫定プランを立てて、予測が外れれば遡ってセルフプランとする取り扱いも認められてはいるが、予測自体が難しいケースなのである。

しかも通所サービスと予防通所サービスでは、その提供サービスも微妙に異なってくる。アクティビティサービス部分などは「要支援者と要介護者を必ず物理的に区分する必要がある」なんていう変なルールもあるし、簡単に暫定サービスが可能だということで解決できるような問題ではないのである。しかも連休があるから、5月の審査会は第2週からしか始まらない。本当に困った問題である。

仕方がないので、今回は地域包括支援センターが暫定予防プランを立て、当事業所併設の居宅介護支援事業所が暫定介護プランを立て、それに応じて通所介護計画も予防と介護の2種類の計画を立てることとした。実際のサービス利用も整合性を持たせるように、予防で行っていた運動器向上訓練の内容を「個別機能訓練計画」として、どちらに転んでも問題がないように計画内容を工夫している。何ともいらぬ手間である。しかも当事業所の問題だけならともかく、仮に一次判定結果通り「要介護1」と認定された場合、予防の暫定プランは無駄になり、地域包括支援センターには少なからず迷惑をかけることになる。心苦しいことである。

意見書を書く医師も、診療に急がしいなどそれなりの理由があるんだろうが、利用者にとって意見書が遅くなって審査ができないという不利益のことを少しでも考えたことがあるのかと大いに疑問を持つところである。

これに対して意見書を依頼する保険者の立場は極めて弱く、ひたすら提出をお願いするしかない。強制力が伴う罰則等も何もないのが現状である。確かに意見書を書いてくれる医療機関がないと審議ができないのだから「そんなことを言うなら他に頼めば」といわれても困るので、強く出られないのは理解できるが、この状態が制度が続く限り放置、放任され続けてよいのだろうか?

以前に「医師意見書がないケースの特例認定を」という記事を書いたことがあるが、こういう問題が無くならない限り、医師意見書は利用者の利益より不利益要素が大きいとして、意見書が必要ない審査の方法も制度改正のテーマになってもよいのではないかと思う。

医師意見書がないと正しい審査判定ができないケースがどれくらいあるのか、審議資料としてたいした価値のない実態となっていないのかという全国調査を実施して、審査判定に必要な資料の見直し議論を行うべきではないだろうか。

市町村の認定審査会という公的認定機関があるのだから、この調査は案外簡単である。無作為に抽出した審査会について、審査結果を出すたびに、医師意見書と特記事項の内容が参考資料として有効だったか否かを同時に結果として出せばよいことである。その結果、多くの審査で「医師意見書があってもなくても結果は同じ」あるいは「医師意見書はまったく判定に必要な資料ではなかった」という割合を評価できるはずである。

必要性が薄いと考える割合が低ければ、これは必要な判定材料であると証明できるし、非常に高い割合を示せば、あんなにお金のかかる意見書作成をあえて求める必要がないという結果に繋がるだろう。

こうした調査自体は、さほど費用をかけずに可能となるであろうし、この経費(調査認定費)に対する事業仕分けもあってよいように思う。

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情報操作される介護認定混乱問題

介護保険制度に関連する各種サービス事業者にとって、今年度は制度改正も報酬改定もないので比較的平穏な新年度を迎えることになった。

昨年の今時期は、新報酬体系の算定届などで慌ただしかった事業担当者も多かっただろうし、何より現場を混乱させたのは要介護認定のソフト及びテキスト改変問題である。結局この問題は揺れに揺れ、経過措置の導入後、テキストの再々々改正が行われ、なんとなくうやむやのうちに問題に終止符を打たれたが、一連の過程に対し「なぜこのような混乱が起こったのか」という疑念を強く持っている人も多いだろうし、これで問題が解決したのか?と疑問を持ち続けている人も多いだろう。

この問題に関して表の掲示板で次のような情報提供があった。

『4回にわたる「要介護認定の見直しに係る検証・検討会」でなんとか要介護認定改正時の大混乱は一段落したと考えられて、解禁になったのか、最近は社会保障審議会介護保険部会の委員の方等から「今回の要介護認定改正はなぜ大混乱に陥ったのか」といった暴露話を講演等でお聞きすることが増えてきました。要約すると、厚生労働省内の派閥争いの結果、それまで要介護認定調査員テキストを作成していたグループがごっそりとその担当を抜け(させられ)てしまい、後を引き継いだグループが白紙に近い状態からテキストを作成することになってしまった。このことが、今回の大混乱の原因で、この混乱の中で責任者である課長をこの件の責任問題から守るために混乱直前に老健局から異動させている。といったものです。』

しかし、これは大ウソであり、まったく不正確な情報である。(情報を書き込んでくれた方の問題ではなく、公の場でこうした発言をしている関係者の問題である。)もしこのことが社会保障審議会委員の口から直接語られているとしたら、これは明らかに責任逃れのための「情報操作」である。

この問題の内部事情に詳しい方からも、このスレッドを読んで「怖いのは、こういう不正確な情報が短い文章のみで伝えられてしまうことで真実が隠され、逆に事実でない不正確な情報を真に受け興味本位に書く習慣が、回りまわって自分達や同じ介護の世界の人に対しての不利益になって跳ね返ってくることです。」という懸念が僕に寄せられており、全く同感なので、その方から指摘されたことを含めて真実でない部分は、ここで指摘しておきたい。

>混乱の中で責任者である課長をこの件の責任問題から守るために混乱直前に老健局から異動させている

まずこれが大ウソである。確かに当時の担当課長は将来を嘱望されている人であり、一応の問題終息の後に異動しているが、だからといってこの問題から身を守るための異動という指摘は間違いである。なぜなら担当課長の異動(実態は出世コースへの栄転である)は、この問題が表出する前に決まっていたものであり「責任問題から守るために異動させた」とする見解は的外れもよいところである。逆にこの問題が表面化した後に、課長の転出時期を目途に問題解決のためのタイムスケジュールが決められ、結果的には4月の経過措置⇒その後の結果集計⇒検討検証会議での報告⇒間をおかずに収束宣言。これによって課長は「混乱を収めた課長」と言うことで転属に花を添えた形での栄転となっている。
※(なお現時点で語れる範囲の中での「本当の裏話」としては、この中の集計結果については、選挙が近かったため、あまり早い時期に発表すると突っ込まれるので、報告を引き伸ばした事実がある。公式には「結果はまだ出ていない」と言いつつ「結果を見ると思ったよりひどかった。」と内部では評価されていた。〜つまり国が意図したよりも軽度化は実際には大きかったという意味であり、これについては後述する。)

第一、当時の課長は介護認定の担当責任者ではなく報酬単価を決める担当責任者であり、要介護認定問題で責任をとる立場にはなかった。ただ当時の野党である民主党議員等との懇談会(通称:ウラ検討会)で、この問題について協議するにあたり、大臣がその場に出るわけにもいかないので、課長がこの問題の答弁に出て「軽度化はあり得ない」と言い切り、山井議員(現厚生労働省政務官)から「もし軽度化したら首をかけますか?」と突っ込まれ、うろたえたこという事実はあるが、しかし軽度化が明らかになった後も、同議員をはじめとした民主党の協議委員会参加者が課長の責任を問う声を挙げなかったという意味は、課長が責任者ではなく板挟みの立場であることを皆が知っていたからである。なお一言加えておくとすれば実際の責任者は、当時の課長補佐で、この方は責任をとって配置換えされたと言われている。

また今回の混乱の元凶が
>要介護認定調査員テキストを作成していたグループがごっそりとその担当を抜け(させられ)てしまい、後を引き継いだグループが白紙に近い状態からテキストを作成することになってしまった

と指摘していることも事実に反する。省内に派閥争いがないとは言わないが、それは社会保障審議会も同じことである。この問題に関して言えば過去のテキスト担当者と作成メンバーが違っていることは別に特別なことではなく、厚生労働省に限らず国の内部ではどこでも一定の年数が過ぎれば担当者が転属になるのは当たり前である。結果的に過去の作成メンバーと大幅なメンバーの入れ替えがあったとしてもそのことに特別な意図などない。しかも「白紙に近い状態からテキストを作成」という指摘も間違いだ。調査テキストは白紙から作ったわけではなく、元のテキストを土台・参考にして作っているし、以前に集めた膨大なデータや、その分析資料はしっかり残っている。そもそも厚生労働省の優秀な頭脳をもった人々が白紙の状態でテキスト作りを始めたからと言って、あんな変な軽度化ルールを「間違って」作ってしまったなんてことが本当にあり得ると思っているんだろうか。大幅にメンバーが替って白紙の状態からテキストを作ったからおかしな調査判定ルールになった、なんてことはあり得ないのである。国の役人の能力はそれほど低くはない。こんな話を鵜呑みにしてはいけない。

一つ言えることは、今回のソフトロジック(樹形図)、つまり筒井チームが作ったロジックと中間評価項目とが連動して理論どおりに動くコンピュータ一次判定ソフトについては過去のロジックから大きく変わっていると言ってよいと思う。筒井研究員自体は、テキストの内容に関知していないとされているが、もともと2000年の最初の認定ソフト開発時には当初メンバーに連なっていた同氏が、それこそ内部の派閥争いで厚労省の担当者と軋轢が生じて最終的にソフト開発メンバーから外されている。しかし今回は当時のしがらみを知らなかった厚生労働省の担当者によって呼び戻されてソフト開発の中心的枠割を担ったことで、このロジックはすべて新たしいものに変えた(ただし筒井さん自身は2000年からデータ調査に関わっていたので、過去のロジックもよく知っている方である)というだけで、テキスト変更の問題とは別問題なのである。

よって社会保障審議会委員の発言なるものは根拠がないし、それを聞いた受講者もこのテキスト問題とロジック変更問題を混同してしまっているから、間違った認識が広がっているんだろうと思う。

ではこうした発言をする関係者が何故いるのか?その意図は何か?という問題であるが、一言で言えばそれは自らの責任逃れ、自己防衛の理屈を作るために情報操作の意図をもって実情を隠して、事実に近い嘘を喧伝しているんだろうと思う。「私の責任ではない」と言いたいということに尽きる。自らが関与し責任があるなら、今後の委員の任命にも支障を来すからであろう。

では根本的な混乱の要因とは実際には何だったんだろう。テキストが白紙の状態から事情を知らないメンバーで作ったことが原因であるということは「嘘」であることは指摘した通りである。ではそれ以外の根本原因とは何か?この答えは案外簡単である。

この混乱問題の根本原因は、単に厚生労働省が初めから認定調査結果を軽度化しようとしていたことにあり、その結果が思った以上に結果に反映され過ぎ、かつそのことに国民や関係者が予想より早く気がつき、反応が素早く厳しいものだったこと、つまり「やり過ぎちゃって」「はやく問題がでちゃって」「ばれちゃった」ことで大臣が表面に出てこざるを得ない状態になったことだ。そして20億円かけて作った新ソフトを捨てて元のソフトに戻すことはできなかったので、それ以外の方法で、できるだけ安く、時間がかからない形でお金をかけて作ったソフトを使えるように「善処した」結果なのである。

最初から軽度化ソフトを作ろうとしていた証拠は昨年、共産党の小池議員が見つけて表面化した厚生労働省の内部文書「10%非該当の人を作れば、54億円経費節減できる。」で証明されている。どのような理屈をつけても、介護給付費の引き上げ分を認定の軽度誘導で飲み込んで全体の給付費アップをできるだけ少なくしようとした意図は確かにあったのだ。最初のテキストルールだって白紙の状態で作ったから変なルールになっちゃたんではなく、きちんと意図をもってそれまでのルールと180度方向を変えて作ったのだ。そのことがこの問題の根底にあることを理解しないと変な情報操作に惑わされてしまう。

しかしこれだって、何も厚生労働省の官僚が給付制限をしようと思い立ったわけではなく、財源負担を抑制する方策を大臣はじめ、お偉方から求められて、やむなくこうした方策しかないとした結果で、しかし問題が表面化した後は、大臣からも梯子を外され、逆に突き上げられたという可哀想な側面もあるわけで、単純に「誰が悪者か」なんて決めつけられない問題だ。

繰り返すが、この問題の混乱の根本原因は、厚生労働省の作業チームの問題ではないということだ。給付抑制に繋がるソフトロジックを作ろうとした目に見えない圧力に関連して、ソフト開発作業チームも知らず知らずのうちにこの流れに乗せられて、検討委員会もこれに加担する結果になったという事実がそれを証明している。黒幕は表面に出ていないということだ。

だから後から間違いに気がついても正直に謝れないし、自分のせいじゃないってことで、いろいろ自己弁護している関係者がいるんだろう。だからこの手の話、このことに関わった委員などの「今だから言える裏話」ほど当てにならないものはないということだけは理解しておくべきである。本当の裏話など関係者が現職でいる間に語れるわけがない。

裏話にも、さらなる裏があるということだ。いま語られていることは特にそうだということを肝に銘じてほしい。

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医師意見書がないケースの認定特例を

今晩、認定審査会が予定されている。僕にとっては今年最初の審査である。12月の僕の所属合議体の審査はなかったので、2月ぶりの審査である(とはいっても今月は来週と2週連続なのだが)。ということで(どういうことだ、という突っ込みは無視します。)今日の記事は認定審査会に関する内容にしようと思い立った。

介護保険制度上の各種サービスを受けるためには「認定」を受けることが必須である。(特定高齢者の介護予防事業を除く)

そして要支援あるいは要介護の認定を受けるに際しては、申請後に認定調査を受けることと、医師の意見書を書いてもらうことが必須である。両者とも申請者の費用負担はない。

認定調査は、市町村の調査員が申請者の都合に応じて自宅まで訪問調査に来てくれるから、さほど負担になることはないが、医師意見書については実際に医療機関で診察を受けた結果作成することになる。

この場合、普段から「かかりつけ医師」がいる場合は、その医師に依頼すれば意見書を書くためだけの受診は必要ないが、問題となるのは、普段医療機関に受診していないなどで「かかりつけ医師」がいない場合である。その場合、市町村が意見書を書く医師を紹介してくれるが、意見書を実際に書いてもらうためには診察行為が必ず必要で、受診をしなければならない。申請してサービスを受けるためには、そのことは当然だろう、自己責任だろうと言われるが、しかしこのことがネックとなり必要な時に、必要なサービス利用に結びつかない事例がある。

例えば在宅独居の高齢者が、認知症の初期段階が疑われて、生活が成り立たなくなった場合に、家事援助等のサービスを早急に導入したい場合でも、かかりつけ医がいないと医師意見書の作成の為の受診が必要となる。当座、早急にサービスを利用するために受診を勧めても、本人に認知症の自覚がない場合や、生活上の問題に不便の自覚がない場合、受診を拒否して思うように意見書作成に繋がらないケースがある。しかし時間は待ってくれないので、日に日に生活上の困難が積み重なっていく。

認定結果が出なくても暫定プランによるサービス利用は可能だと言っても、予防と介護の境界線のケース等、いつまでも要介護(あるいは要支援)状態区分が確定しないままでのサービス利用は難しい。このことは「改訂関係Q&A・vol2の52(暫定プラン)は机上の空論」で指摘している通り、実際にはサービス提供方法について認定結果が出ないと確定できないことによって暫定プランのサービス利用を拒む事業者がある実態があり、このことにも配慮すべきではないか。

さらにひどい例になると、意見書を書くための受診協力を得られないという理由で、申請自体をあきらめてしまうケースがある。地域包括支援センターに家族が相談しても「申請がまず先」「申請して結果が出ないと動けない」というように、地域包括支援センターの本来の役割を放棄するような対応も報告されているから問題は複雑である。(本来、そのような申請支援も地域包括支援センターの枠割だろうに。)

このような場合、意見書を書く医師が自宅に「訪問」するのが難しいのであれば、特例として、医師の意見書を要しない「認定調査」だけの「特例認定」という制度を作れないだろうか?

認知症の初期の場合は、専門医による確定診断や、専門的見地からのアドバイスが重要であるから意見書が必要なくても「受診」は必要なのであるが、介護サービスを実際に導入して、担当ケアマネやサービス担当者との関係が築かれ、とりあえず生活が支えられた後に、必要な受診につなげていく、という方法もあろうし、認定の為だけの受診強要で、そうした関係づくりさえできない、ということがあるとしたら、それこそ問題である。

初回認定の場合、認定期間は最長でも半年なのだから、この間の要介護度が医師の診断がない状態であっても特別大きな問題とはならないだろう。というより医師意見書自体が、さほど認定に重要なツールとなっているのか?という疑問もあり、このあたりの特例は柔軟に認めてよいのではないだろうか。

制度開始から10年たっているのだから、認定の方式も、実際に高齢要介護者が谷間なく救済できる方法に、すこしシフトを変えて行った方が良いと思う。特に認定審査は予防給付と介護給付という、サービスの方法が異なる方式に変更される以前にできた審査ルールであるのだから、見直しは必要だろう。

いつまでも現行方式が最善であるはずがないのだから、認定ソフトの見直しにかける経費やエネルギーを、審査方式の検証作業に「仕分け」した方がよっぽどいい。

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新要介護認定検証委員会は議論の方向性を間違えるな!!

先週金曜日の午後6時30分から、当地域における「介護認定審査会委員現任研修及び運営適正化研修」が行われた。

夜9時少し前に終了したが、暦の上での3連休直前の夜の研修としては何ともお粗末な内容で閉口した。
(※とはいっても僕は土曜も出勤で、実質的な休日は日曜のみであったので、連休は関係ないと言えば、関係ないのであるが・・・。)

テキストを読めばわかるようなことを字の小さいパワーポイントファイルの棒読み説明で何の意味があるんだろう。その内容も「坊主のお経」でもあるまいし、国のアナウンスをコピーしただけのもので、新情報も、分かりやすい解説も皆無である。

こんな研修会なら「テキストのこの部分を読んで審査会に臨んでください」と文書で周知するだけで十分である。まったく時間の無駄である。

ところでこの研修会ではまったく触れられていなかったが(だいたい、そのような情報も持っていないんだろう)10月申請分から適用される修正ルールの掲載されているテキストを監修しているのは、厚生労働省老健局の天本老人保健課長補佐である。この人、9月末に新政権の担当者との協議の場で、要介護認定のルール変更問題を説明した際に、新テキストでは「審査会の役割についても言い回しを変えていますので、審査会の裁量権が増えています。」と説明している。ただ僕はそのことがどの部分のことを指しているのか分からなかったので、審査委員研修の説明で確認しようとしたら、先週の研修会での説明では「今回変わったのは調査ルールだけで、審査会の機能や方法は変わっていません。」と胆振支庁保健福祉部長は明言していた。

天本課長補佐の認識や見解は、都道府県には伝わっていないという証明であり、結果的にそれは現場の審査会にも伝わっていないということに他ならない。よって審査会で1次判定を変更できる審査員の裁量権は非常に狭いまま運用されることになり、これによって変更されない1次判定が増えたことをもって「精度が上がった」と勘違いされては困るのだ。一律機械的な判断基準に押し込められただけなのである。

また一旦報告書を提出して一区切りをつけた「検証委員会」は継続審議されることになっている。今度は再々々変更された認定ルールにおける「一次判定結果」が実際に本年3月までの結果と比べてどうなっているかを調べるものである。厚生労働省の主張はルール変更によって要介護状態区分の出現率は以前と同様の分布状態になった、といっているので、これを証明する検証委員会である。

このシミュレーションをしている関係者からの情報も随時入ってきているが、どうやら軽度判定に変更されるケースは相変わらずあるものの、反面ルール変更前の判定では見られなかったケースで重度変更となるケースも同じ程度に出てきているそうである。

その違いを見てみると、共通点があって「食事」と「移動・移乗」に関わるところで選択肢が変わったケース(自立⇒一部介助へ)が重度変更となっており、そう言った意味では、厚生労働省が望んでいた結果になりそうだということである。

しかしそれは4月から9月末までの調査判定方法がいかに軽度化誘導ルールであったかが、これによって証明されているという意味でもあるのだ。

ただこれが是正されたというのが「結論」として今後出される見込みでる。

しかし本当にそうか?状態区分ごとの出現率が前年と変わらないとしても、以前の記事で主張したように後期高齢者が増えている現状では本来、要介護4以上の重介護者の自然増があるのが普通で、出現率の比率分布が変わっていないということは、この自然増がどこかで(おそらく認定ソフトのロジックそのものによって)カットされているという意味だし、同時に分布は同じでも重度変更・軽度変更がほぼ同じ割合で生じているということは、状態が変わらないのにソフトのロジック変更で認定結果が変わってしまっているという人が多数存在するという意味である。

これこそが問題である。「軽度化したから悪い」とか「軽度化しなかったら問題ない」ということではなく、介護サービスを使うための尺度がコロコロ変えられ、そのたびに莫大な国費が支出され、それによって儲けている連中がいて、そのことのよって権益が生まれている、という問題なのである。

今回のソフトはデータが古いから新しくしたといっているが、そもそも介護の行為時間に時代差なんてあるわけがない。調査方法も基本は「1分間タイムスタディ」という方法に変わりはないんだから、データの違いは、サンプルが変わった結果でしかなく、それはどちらが正しいと言えるものではないし、新しいほうが実態に近いとも言い切れない。

そして今回はソフトの判定ロジックが大きく変えられているので、それによる結果の違いが生じているが、それが「正しい判定」であるという根拠はまったくない。機械的な判断基準が増えているので調査員が頭を使わなくてよい部分が増えたから「よくなった」というのであれば、なんのための調査だよ、といいたい。

であれば、そのようなあいまいな理屈によって、わずか10年の間に尺度そのものが何度も変えられ、心身の状態が変わっていないのに認定結果だけが揺れ動くということそのものがおかしい。しかも1度のソフト改正にはモデル事業も含めると400億円もの巨額な税金が使われるのである。

このこと自体がおかしいと考えない検証委員会では意味がないと思う。

これだけ金をかけ、経過措置をとらざるを得ないような混乱を生んだ結果が、どうなっているのか、そのことが問題の本質であり、新ソフトの導入の具体的成果と意味を説明できないのであれば国民の税金は無駄に使われたということである。

国と開発に関わった学者の言い訳のような「理屈」を鵜呑みにする検証会であってはならないのである。

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介護予防は偽りのスローガンだ!

介護保険制度における状態区分は現在7段階である。

そのうち要支援1と要支援2は2006年の制度改正から「介護予防サービス」と呼ばれ、要介護1以上の「要介護者」とサービス利用ルールが異なっている。

定額報酬サービスがあったり、予防プラン担当が地域包括支援センターに割り振られ利用者の選択性がないなどのルールのほか、要支援者は施設サービスが使えなかったり、介護タクシー利用ができないといった制限が存在している。区分支給限度額も要支援2になれば要介護1の約6割(要介護1が165.800円で、要支援2が104.000円)に減らされてしまう。

そしてこのことが実際には介護予防どころか、身体機能の低下のリスクになっている事例がある。

先日出演した「のりゆきのトークde北海道」では、生放送中に視聴者からのテーマに沿った生の声を集めて紹介するコーナーがあって、放送中にもひっきりなしに電話がなり、オペレーターが対応している。その中で寄せられた方の声の中に以下のようなものがあった。

自分は現在要介護2である。その前は要支援2であった。さらにその前は要介護2であった。

下肢の障害で入院していたのだが、リハビリの成果で歩行ができるようになり、要介護2の状態で在宅復帰して生活していた。ところが更新申請で要支援2とされ介護タクシーが使えなくなった。家から病院までは片道タクシーで3000円以上かかり、1回の通院で6000円以上のお金がかかるため、外来診療やリハビリに通えなくなり、自宅で生活を続けたが、足の指が曲がってしまって徐々に歩けなくなって在宅生活が難しくなり再入院した。現在は要介護2であるが、在宅復帰を目指してリハビリを続けているが、状態が良くなって自家に戻っても、すぐ認定が変わると介護タクシーが使えないので前と同じになるので心配である。


要約すると以上のような内容である。

都市部で公共交通機関が整備され、医療機関が生活圏域に多数存在する地域と、北海道の郡部で、タクシー以外に移動手段がなく、医療機関自体が市町村にない地域ではサービスの必要性がまったく異なるのである。特に移動手段がタクシーしかない地域では、実際に週1回の通院であろうと1回に5000円も6000円も通院費に使う経済的余裕のない世帯にとって介護タクシーは命綱である。それが「要支援2」になると使えない。

普通の感覚で考えるなら介護の状態区分が軽度化するということは「元気になる」と同義語であるはずだ。本来それは喜ばれるべきことである。しかしこの国の介護保険制度では、元気になって要介護から要支援になれば「サービスが使えない」として多くの人々が嘆き、困る結果にしかなっていない。これが制度の欠陥ではなくていったい何なのだろう。

しかも介護タクシーを使わない通院支援であっても、予防訪問介護は定額報酬で週の利用回数が決められ、その中でサービス提供時間だけが利用者と事業者の契約で決められるものとしているため、不定期でしかもサービス提供時間が不確定な通院支援は、定額報酬サービスの中に組み入れることが難しく、通常の定額報酬サービスとは別個の保険外サーサービスとされる事例も多い。そうであれば余計に経済的弱者にとって、その支援を受けることは困難になる。

介護予防という名のもので、実際には要支援者を施設から追い出し、在宅者に対しては通院手段を奪うような給付制限により、必要な医療を受けられない高齢者を数多く生み出したのが2006年(平成18年)の制度改正であり、まさに「改正」とは制度を良くするためではなく、単に制度を持続させさえすればよいという考え方にほかならず、それも財源理論からしか考えられていないと断定できる。

新予防給付が始まった翌年に僕は、兵庫県篠山市における「2007ひょうご地域ケア包括研究大会」に講師およびシンポジウムのオブザーバーとしてお招きいただいた。そのシンポジウムにおける僕(オブザーバー役)と龍谷大学教授・池田省三氏(介護給付費分科会の委員でもある)とのやりとりを再現しておく。

池田氏「介護予防サービスはエビデンスがあるサービスだから、現場できちんと取り組まれれば介護予防の効果は必ず出てくる。」

masa「池田先生は介護予防サービスの方法にはエビデンスがあるって言ってますけど、そのエビデンスのある方法論ってどこに存在しているんです?現場の全国津々浦々の介護サービス事業者にどうやって伝えられて、実際にどこでそのエビデンスがある方法が実行されているんです。僕は通所介護事業所の施設長でもありますが、そんな方法論をどこからも渡されていませんよ。」

池田氏「実際には国会を通過する時点でそれはぐちゃぐちゃにされちゃったんだよね(厚生労働省の矢田療養型病床転換推進室長に向かって)あれで駄目になったんだよね。」

まったく馬鹿馬鹿しい。現場に渡されていない方法をエビデンスがあるなんて公の場で言うこと自体が、この教授のインチキさの証明である。少なくとも給付分科会での彼の発言は国の代弁者の役割で、国民や介護現場の声なき声の代弁者ではないことの証明である。

結果として介護給付費分科会委員である池田教授があの場所で述べている意味は、正しくは「介護予防のエビデンスのある方法論は介護サービス現場に下ろされていない。よってこの国のスタンダードとしては存在せず、ある特定の場所で、ある特定の専門家だけが行うことができる方法論に過ぎない。」という事実に他ならないということである。じゃあ何のための予防給付なのか?実態はサービス抑制による給付制限であることは明らかなのである。

介護保険制度を本当に介護が必要な人々にとって役立つ制度にするためには、制度設計の基本から180度考え方を変えなければならない。

政権交代がそのきっかけになることを切に希望するものである。

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化粧(メーク)

あまりプライベートのことばかり書かないほうがよいと思うし、福祉や介護に関する意見や情報を書くことを期待されていると思うので、今日はしっかりその方向で書こうと思ったが、昨日のテレビ初出演について書かなければ「もう遊んでやらない」という仲間がいるため、今日はどうしてもそのことに触れねばならない。

しかし専門情報の発信も大事なので、番組のテーマであった「新しい介護認定ルール」に関連して新情報・現時点でのオフレコ情報を、このブログの読者にだけ教えたい。

まず10月からの認定調査ルール変更(ほとんどが以前のルールに戻したもの:僕は番組の中で、これは「厚生労働省が頭を下げないで、実質謝ったという意味」と発言した。)によって、要介護認定結果の軽度化は「ない」として経過措置がなくなった件であるが、実はこの「経過措置廃止(認定結果が変更になったら元の介護度に戻す措置)」は政権交代によって再度、廃止して良いのかということが、厚生労働省内で検討され9/29の夜遅くまで協議されていたという事実をお知らせしておく。僕らの仲間にも様々な問い合わせがあったそうである。その背景には「ルール変更で軽度化はない」といっている(新ソフトのロジックを作った)結城准教授のデータが「信用できないのでは?」とう意味があるのだろうが、結果的に今回は「ルール変更により軽度誘導にはなっていない」として経過措置は廃止を正式に9/30に決めたというのが真相のようである。

同時に経過措置がない期間があったので、その際に非該当に認定された方は、国から再申請を呼びかけるということにしたようである。であるなら、この時期に軽度判定された方々は区分変更申請を行った方が良いという意味にもなる。

ところで結城准教授については、4月時点で軽度化がないというデタラメを堂々と語っていたという事実があり、結果的にそれは非該当が倍増するということでうそがばれ、しかもその際に経過措置がありそれにより結果が元に戻っていることを無視して「2次判定で元に戻っているので問題ない」という「お惚け発言」で信用は失墜しているのである。よって、この話には続きがあり、引き続き新しいルールにおける結果のデータを出すように依頼されている関係者が複数いる、という事実も合わせてお知らせしておきたい。実際に新調査ルールで26人の担当者を5人の別の調査員がシミュレーションした事業所では、10月ルールでも5人(19%)が前のソフトと比べて軽度判定されているということである。専門家5人が同じデータを調査して一致した結果であるから、この信頼性は高い。軽度化はなくなっていないというのが事実だろう。

そうであれば正式な結果データにより今度「嘘」がばれたら結城准教授はどう責任をとるのだろう。少なくとも表舞台からは退場願わねばならない。

なお、このことに関連して一旦最終報告書を出して終了したはずの新認定の「検証委員会」(表の会議)は継続するという新情報も入っている(マスコミ発表はまだされていないと思う。)

さて、僕のテレビ初出演に関しての話題であるが、今回出演した番組では、わずか10年しか経過していない介護保険制度において、サービス利用の「入り口」の基準である要介護認定が3回も方法が変えられ、状態が変わっていないのに結果だけが変わる不安を国民は抱いているということを申し上げた。特に本年4月に、これほど急いでソフトを改正しなければならない必要性はまったくなかったと発言した。今回のソフト改正では全体で10億以上の費用がかかっているそうである。これが10年で3度もソフト改正しているもう一つの意味である。新政権はこうした無駄遣いや、官僚と業者の不透明な関係にもメスを入れるべきである。そもそもこんな費用をかけずにサービスに回した方がずっと国民の為になる。入り口としての基準はある程度の期間一定の尺度で統一すべきであり、それは5年とか10年とかのスパンで考えられなければならないし、変える理由はその時の尺度の判定に決定的な瑕疵があったり、次の世代の尺度に誰しもが納得できる信頼性がある場合に限られなければ、データの更新ということを理由にした公費の垂れ流しが続けられるだろう。なにしろ今回のソフト改正では、モデル事業などを含めると約20億円の国費が「認定ソフトを変える」だけに使われているのだ。無駄すぎる。

さらに番組では、認定調査ルールの変更によっても軽度化はなくっていないという観点から様々な問題点が出演者それぞれから指摘された。

ビデオ映像で出演した札幌市の認定審査委員の奥田さんは、認定調査も国の枠の中で揺れ動き、審査会がそれを変更する裁量を奪われ形骸化している実態を述べ、こんな意味のない審査ならいっそ、介護認定などなくしてしまえば、札幌市で年間9.000万円以上も使われている審査費用が介護サービスに回せると提言していた。(奥田さん、ずいぶん思い切った発言でしたね。驚きました。)
※認定に関わる費用は毎年400億円がかかっている(勿論、これは審査の費用のみならず、調査や意思意見書費用を含んだものである。)

僕はそれに意見を求められたが、調査や審査が形骸化している実態から考えても、一理あると感じて、そういう方向性も考えられて良い。そもそもサービスは区分支給限度額などなくても、ケアマネジメントが正しく行われれば不必要なサービスは心配しなくてよいし、支給限度額制限で必要なサービスを使えない人が出ないためにも(必要ならサービス利用の限度額制限は必要ないという意味)考えられて良い案だという方向で発言した。

勿論、必要もないのに支給限度額ぎりぎりまでのサービスを使わせるような悪徳事業者が現在でもあるので、そういう利用が横行する心配から、その意見に首をかしげる人がいるだろうが、それは現在も同じで、それを防いだり取り締まったりするシステムは別に厳しく設ければよいわけだし、この部分には連座制をより厳しく適用して、そういう事業者は排除されるようにしていくことである程度その問題は防げるだろう。完全に悪徳業者がなくならないのはどのルールでも同じで、必要な観点は「よりまし」な制度に上昇カーブを描いて変えていくという視点であり、変な制度でも続きさえすればよいという持続性重視オンリーの制度改正が一番ダメである。

施設サービスだって、措置時代は、利用者の状態で利用単価が変わるなんていうことはなく、そうであったって何の支障もなかったんだから、要介護認定そのものをしないか、単純にサービスの利用是非だけを決める認定で区分を撤廃してしまうことによって、現在認定にかかっている審査会費用・調査費用・医師意見書作成費用がなくなれば国全体で400億の経費捻出になるので、荒唐無稽の意見では決してない、と言えるであろう。

介護認定ソフトの改正の目的は「地域による認定のばらつきを是正する」のが目的とされ「地域ごとに要介護認定状況に違いがあるのは不適切である」という考え方に基づいている。しかし人間の状態像は様々で、現行の7区分のどこかに分類することが出来ると考えるほうがどうかしているのである。暮らしの場のインフラ整備状況や、人付き合いで、介護の方法論や量が変わってくるのは当たり前ではないか。

それを「ばらつき」が不適切という理由で、全国一律の基準にはめ込むほうがどうかしている。しかもその方法は、認定調査でも、認定審査でも、調査員や審査員の「考える余地」をできるだけ排除して機械的な調査と審査になるシステムを作っているということに現場の関係者は気づかねばならない。

新しい認定調査の方法が「わわりやすい」とか「今までより、すっきりした」と言う関係者もいるのは事実であるが、それは実は「あまり考えなくても機械的に結果が出せる」というだけであるということに気がついてほしい。

調査員も審査員も、個別の利用者を考えなくなってどうするんだ。担当ケアマネだけが考えても解決しない「公費給付の基準」であり「実質利用者が使えるサービスの量を決める基準」なんだぞ。

福祉や介護というものは、周囲の支援者が一生懸命考えなくなることが退廃の始まりであるということを忘れないでほしい。

さてテレビに出演して「はじめてわかった」ことであるが、まず台本はあるようでまったくないに等しいことがわかった。(共演者によるとNHKはそうではなく台本絶対主義であるらしい。)流れの中にどこでCMや他のコーナーが入るかということを書いているだけが台本で、番組中の発言はすべて自分の頭の中で考えた自分の言葉で、それも生放送の中で司会者の問いかけに即応しなければならないので、初出演者にとっては当惑もあった。

それにしても、テレビに出るということはメークが必然であるということだとわかった。何でも「てからないように」するために必要なんだそうである。僕も顔に色を塗り、髭剃り後の赤くなっている部分を隠したりした。考えてみれば化粧なんてしたことがあったろうか・・・と考えたら、あった。

高校2年生のとき学校際で劇を行ったのであるが、そのとき僕が脚本と監督を務め、喜劇を作った。それもあの有名な「夕鶴・鶴の恩返し」をベースに、主人公の「つう」が実は鶴であることに変わりはないが、過去に「与ひょう」にいじめられた仕返しをするという設定で、最後に「つう」が鶴の怨霊に化け、与ひょうをいじめるのであるが、そのとき監督件脚本家の僕を含めた数名が鶴の「しもべ」役になって「白鳥の湖」のBGMに合わせて与ひょうを囲んで踊るのだが、そのとき白いワイシャツに白タイツをはいて、顔も白く化粧をして舞台に登場した。それ以来の化粧である。

ちなみに、そのときの喜劇は大うけで、まじめな劇しか賞が取れないという伝統を破り、2年生ながら見事最優秀賞を取ったのである。ということは僕には脚本家か、映画監督の素質のほうがあるのかもしれない・・。道を間違えたのではないかと、メークをしながら過去を思い出して考えた・・。

それにしても、ぜひこのことははっきりいっておきたいが、「水野 悠希」アナウンサーはかなりの美形である。「ナマ水野」は、お美しかったワイ。うらやましいだろう〜!!

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テレビに出ます。

自分にとっては、あまり喜ばしいことではなく、むしろ気の重たいことだし、他人に自慢するようなことでもないので静かにしておこうと思っていたが、自分の日記的性格の強いブログで、人生初体験の出来事に触れないほうが不自然なので一応ご紹介しておきたい。

明後日10/1(木)にコメンティーター(?)としてテレビに初出演する。しかも生放送である。

とはいっても北海道のローカル番組なので、北海道以外の人が見ことはできない。

番組はUHBで平日9:55〜11:20まで放送している「のりゆきのトークDE北海道」という情報番組で、聞くところによると道内では人気番組で、視聴率も15%を超えているらしい。もちろん放送時間から考えてもわかるように、僕自身はそのような番組があることも知らなかったし、見たこともなかった。しかし妻や周囲の人々に聞くと、結構見ている人が多いようだ。その番組の10/1のテーマが「混乱する要介護認定」となっており、副題に「わずか4ヶ月で修正され、悲鳴を上げる要介護認定。そこで問題点を洗い出し今後の対策を考えます。」とされ、そのテーマに則っての議論(?)に加わるということで出演を依頼されたものである。

もともと番組に出演する気持ちなどまったくなかったのであるが、同番組で介護認定の問題を取り上げるということで、ある方の紹介から同番組のディレクターの取材を受け、基礎知識を持ってもらうための情報提供と軽く考えて、いろいろとお話をしたのが始まりである。


お話が終わったときに「番組に出演して、是非話を聞かせてほしい」と言われたので、当初は丁重にお断りさせていただいたが、日ごろお世話になっている方の紹介でもあり、その方が諸事情から出演できないピンチヒッターという意味もあって、最終的にお引き受けせざるを得ないはめになってしまった。

しかし前述したように、生放送の番組で、テレビ初体験の僕が何かまともなことをしゃべれるのか、まったく自信はない。台本や打ち合わせはあるそうだが、司会者の問いかけにその場で答えなければならず、しかも過去の出演者によれば「打ち合わせていないことを聞いてくる」ということが多いらしい。ディレクターからは何をしゃべってもよいと言われているが、このブログでいつも発信している内容を、テレビでそのまま発言してよいのだろうか?そりゃちょっと過激すぎるだろう。

テーマからもわかるように、今回の要介護認定ソフトの変更、再三にわたる基準変更は、結果的に要介護認定方法を変えることが、正確な基準を生みだすためではなく、軽度誘導の為ではないかという疑問に基づき、国民にとって必要な認定方法とは何かを議論する主旨だろうと思う。

僕自身の考えでは、確かに新ソフトは1次判定ロジック自体が軽度誘導の結果を生んでいると思う。つまり認定調査の判断基準の変更が行われた後も、新しい認定ソフトにより結果が軽度に出る人が増えると思っている。これについて国は1万人のデータを抽出したモデルでは06年のソフト改正時や、昨年4月の結果と、要介護状態区分の分布状態・出現率は同じであると言っているが、そもそもいつの年度も同じような要介護状態区分の出現率であることのほうに意図的なものを感じるし、仮に意図的なものがないとても「出現率が同じだから軽度誘導ではない」という理屈はおかしいと思う。なぜなら後期高齢者の数が増えている現状を鑑みれば当然、要介護4とか5の出現率は自然増で上昇するはずである。それが上昇していないことをもって考えれば、自然増部分がそっくり過去のソフト改正で飲み込まれてしまっており、それはまさに軽度誘導だと考えるのである。

ただ僕はそのことより、むしろ10年しかたっていない介護保険制度において、過去3度もソフトを変え、現在の4代目のソフトにするという必要性があるのか、ということを主張したいと思っている。国はこのことについて「介護サービスを受ける入り口である要介護認定の信頼性を高めるため地域ごとのばらつきをなくして最新の介護の手間を反映させる」としている。

つまりは国が考える枠組みに当てはめて個人差による誤差を少なくするという意図であり、このことは機械的判断基準と表裏一体をなし、個別性の評価の為の2次判定の存在を否定しかねないものだし、そもそも「最新の介護の手間」というが、手間に関わる時間がわずか10年間の間に大きく違ってきたと考えるほうがどうかしている。むしろ困難に頻繁にソフトが改正され、状態が変わっていないのに認定結果が変わることの方が「入口の信頼性」を損なうものだろう。

百歩譲って、その信頼性を高めるというなら、なぜこんなに急いで議論も尽くさず、何度も判定方法を変えなければならないソフトを使おうとするのであろう。また信頼性を高めるというのであれば、今までのソフトがオンボロという証明なんだから、なぜそのオンボロソフトを作り続けている1業者が、今回もまたソフト開発に携わっているのか、結果を出さない業者は排除すべきだろう。

こうしたことを中心に述べてみたいと思う。

出演者は他に、今回のソフト改正に関して厚生労働省内に存在した「10%非該当の人を作れば、54億円の経費節減ができる」という内部文書の存在を明らかにした、共産党の小池晃参議院議員、岩見沢シーズネットの岩見太市代表等である。

僕はあまりうまくしゃべれないと思うが、出演前に、これは言っておいてくれ、ということがあれば是非、この記事のコメント欄に書き込んでいただきたい。

なお道内の関係者の皆さんは10/1の同番組は決して見ないでいただきたい。これだけは是非お願いしておく。

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要介護認定基準緩和に騙されてはいけない

今日、介護保険制度関連のニュースとして、テレビ・新聞等で大きく取り上げられているのは「要介護認定基準の緩和」である。

そのニュースとは「4月から新しい基準で実施されている介護保険の要介護認定について、厚生労働省は28日、74の調査項目中43項目を旧基準に沿って緩和する大幅な見直し案を同省の専門家会議に示し、了承された。新基準導入後、介護保険サービスが受けられない人や軽度と認定される人の割合が増えたための措置。10月1日申請分から適用する方針。」というものである。

しかしこれは問題の根本解決でも、なんでもなく、小手先のごまかしで問題をうやむやにしているだけで、これによって対策をしたという事実だけをもって批判の矛先を変え、現在行っている「希望者には従前の介護度を適用する」という経過措置もなくしてしまって、結果的には介護判定ソフト2009を使った要介護認定を既成事実化してしまい、これをスタンダードにしようとする意図である。つまりこの修正とは、あくまで認定調査ルールにおける判断基準の変更であり、緩和といっても「43項目を旧基準に戻す」というだけの話で、新しい基準ではなく、元と同じにしたに過ぎず、さらにオンボロ新認定ソフト2009のロジックは少しも変えないという意味なのである。

そしてこのことは新介護認定ソフトが軽度誘導ソフトだと問題視され、検討会まで立ちあげられてやり玉に挙がった当時から最終的な「落とし所」として考えていた既定路線に他ならない。
(このことはこのブログや表の掲示板で数か月前から結果を予言していて、その通りになったという事実がある。)

もともと今回の軽度認定が増える問題は、7/14の各メディアで「新基準で非該当が倍増した」と報道された厚生労働省の6万人調査の結果によるとされているが、この原因はソフトロジックの問題と、認定調査ルールの変更の問題という2重の構造があったもので、後者だけを今回の措置で元に戻したものである。よって新判定ソフト自体の軽度誘導ロジックは何ら変更されないのである。

何しろ厚生労働省は最初から介護認定2009のロジックは正しいとしているのである。

そして正しいという意味の裏は「軽度誘導ではない」という表向きの理屈ではないのだ。この理屈は本音ではなく建て前であることを関係者は知るべきである。

その裏には、もともと今回のソフト改正は、介護認定の軽度誘導で給付費を削減するという「真の目的」のためのソフト開発という意味があるのだ。

その証拠は某党の国会議員が見つけて表面化した厚生労働省の内部文書「10%非該当の人を作れば、54億円経費節減できる。」という考え方に基づくものであり、舛添大臣がそのことをどれだけ承知しているか知らないが、同大臣も4/1の衆議院議員労働委員会で「新しい基準でやるというのは、前と比較しようがないんですよ。だから今回の認定基準でいいという方が委員の中に半分おられるわけですよ。何で変えるんだと逆に言っています。」と新判定ソフトが軽度化しても前の基準とは比較対象にはならず、問題なしと発言していることでも証明されている。

しかしその際に、大臣の約束として実際の新ソフトの影響を集計でみて対策を考えると発言した事実があり、その結果は7月か8月に出るとしていたもので、その集計結果による対策が今回の措置である。

だから新判定ソフトはもともと「給付費を54億円経費節減」するためのロジックであり、そのロジックには間違いがないのでソフト自体の変更はないわけである。

よって国民から総スカンのオンボロロジックといわれるソフトであっても、厚生労働省の意図には合致しているわけで、これを開発したり、検討会でこれを擁護する国の御用聞き委員は、国から評価され、ある者は国の別の委員会の席を与えられ、ある者は大学で准教授から教授へと昇進のレールを確保するというわけである。

だから今回の基準緩和によっても、21年3月以前の認定結果と同じ数値に戻ることはなく、対策をしたので「ロジックに間違いのない」新判定ソフトによる判定に国民全体が納得しなさい、という押し付けという意味に過ぎないのである。

基準緩和とは、そういう意味でしかない。

しかし単なる「43項目を旧基準に戻す」という変更であったとしても、認定審査委員と調査員には、戻したルールの周知のための講習が必要だし、その講師役を務める都道府県担当者に対する伝達講習も必要だし、時間と税金がここでも使われることにある。

そういう意味ではオンボロソフトによる混乱は、国民の負担を増やし、役人やソフト開発に携わった国の御用聞き委員どもの私腹だけを肥やす結果になるのである。

日本という官僚主義国家は、まったく面白いシステムの国である。

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一次判定ソフトはなぜ変えられる。

昨日、新認定ソフトに関する検討会が開かれた。そこでは報道でもご存じの通り被該当の出現率が大幅に増えている結果が報告されている。

関係者にとっては、すでに予測された結果で、今更であるが、施設在所者と在宅者の軽度化比率の違いなど事前に僕の手元に入っている細かな情報は報道されていない。また被該当のみならず要介護状態区分の軽度認定について、特に要介護5の出現率の低下も問題視してほしいという思うが、国はなかなか細かな分析結果を表に出そうとしない。

しかも少しお呆けになった委員は経過措置で結果が変わらなかったことを「2次判定で元に戻しており新ソフトによる1次判定の影響はない」とお馬鹿な見解を述べている。
(※結城淑徳大准教授の発言要旨1次判定はかなり軽度になるが、2次判定できちっと戻される。大きく見積もれば、軽度化と重度化はなかった」)

経過措置の特例で認定結果に関係なく従前通りの要介護状態区分に認定されていることも理解していないだろうか?こういう脳みその固まった馬鹿連中により、この国の大切な問題が審議されていると思うと何とも情けなくなる。この人、もう引退されたほうがよい。

この問題に関しては28日に最後の検討会を行って、経過措置を含めた最終的な結論が出されるようである。一番よいのは新判定ソフトを一時凍結して事実上闇に葬ってしまうという方向であるが、この開発にかけた費用の無駄遣いという指摘を受けないために「そういう結論には何が何でもしない」というのが国の当初からの方針である。よってその結論にはあまり期待しないほうがよいだろう。

ところで、この新ソフトのオンボロぶりや、新調査ルールの軽介護認定への誘導ぶりは過去の記事(参照:カテゴリー要介護認定)で書いているので今日は違った角度から一次判定ソフトの問題を考えてみたい。

介護保険制度ができたのは2000年である。ちょうど今年は制度創設10年目に入っている。

この間、一部のルール改正や報酬改定、制度改正など様々な変更が行われてきたが、制度を利用するために必要不可欠な要介護認定を導き出すための一次判定ソフトは実に3度も変更されている。

2000年4月の制度開始時にサービスが使えるように、その前に要介護認定審査を行わねばならず、その時に開発されたのが一次判定ソフト1999である。その後、認定ソフト1999では「運動能力の衰えていない認知症」 の対象者の判定が正しく認定結果に反映されないとして、改正されたのが一次判定ソフト2002である。

次にソフトが変更されたのは2006年である。これは当然のことながら同年4月の制度改正により、新予防給付が創設され、要支援及び要介護状態区分が6段階から、要支援が1と2に分けられ7段階に変更されたことによるものだ。

そして今回の新一次判定ソフト2009である。これは介護に要する時間を割り出している基礎データ(1分間タイムスタディ)が古く実態と乖離されているとされ、調査項目の見直しと同時にソフト変更がされたものである。

このように一番長期間使われた一次判定ソフトでも丸4年間でしかない。人間の生活支援に関わる基準時間の基礎データや、それを基にした介護状態の区分判定方法を、そのような短い期間で変える必要があるのだろうか。認定期間が2年に延長されている人は、場合によって2度か3度ごとに違ったソフトで一次判定を受けることになる。認定ソフト2006による審査を1度しか受けないまま、次の判定は2009の適用となる人も多い。そうなれば身体状況や生活状況が全く変わっていないのにソフトの変更だけで要介護度や、それに伴う支給限度額が変更され、サービスに影響することとなる。

これでは、なんとも信頼性の薄い基礎データであるといえ、それはとりもなおさず現行のすべての要介護認定結果が根拠の薄弱な区分であるということになり、その結論は、そうした信頼性の薄いあいまいな基準に基づいて国民の税金や保険料が使われていることに他ならない。

しかも過去の一次判定ソフト改正の結果からみれば、それはすべて軽度判定が増える形になっており、この変更の主たる目的が判定の軽度化による給付費抑制であることは見え見えである。(参照:要介護認定の見直しの背後にある影

今回のソフト改正も、4月の報酬改定で実施された介護給付費3%アップ分を、少しでも軽度判定によって飲み込もうとする政策の一環に過ぎないのである。これにより実態に近い正確な判定ができるなんてことは、厚生労働省の官僚はだれも考えていないし、全国一律の基準で「地域によるばらつきをなくす」という意味は、厚生労働省が意図する判定結果に近付けるという意味以外のなにものでもない。

どうせ判定基準として曖昧な基準であるのだから、継続性の方が大事で、3年や4年でころころソフトを変えないで、継続性のある一律の基準で、全国レベルでの判定ルールを生活実態に即して統一し、その上で平準化を図るべきである。

ソフト改正にだって、かなりの費用がかかっている。そして研究開発する人々の懐に入って行く金は、すべて国民の税金である。その結果が、いつもオンボロソフトでしかない現状は、全く無駄遣いとしかいいようがない。

そういう意味でも、ソフト開発に係る関係者だけが肥える「変更」など必要はない。開発にかかわった某教授をはじめ、この結果は万死に値する国費の無駄遣いであると認識すべきだ。

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旧介護認定ソフトと新ソフトによる1次判定結果の比較

僕が審査に関わっている近直の認定対象ケース30件を、旧ソフトと新ソフトの一次判定結果の違いとして検証してみたい。審査件数30件はすべて更新認定で前回は旧ソフトによる一次判定である。

その結果、
前回結果より軽度判定→11件
前回結果より重度判定→9件
前回結果と同様→10件     以上合計30件である。

前回結果より軽度判定」のうち5件は明らかに身体状況に変化が生じた(状態が改善した)結果であり、ソフトのロジックの影響ではないと考えられる。
しかし4件は状態像がほとんど変わらないのに結果だけが軽度に判定されている。
また2件については状態が前回より明らかに悪化(重度化)しているのに結果が軽度判定されている。

前回結果より重度判定」のうち7件は明らかに状態が悪化しているので身体状態変化と考えてよいだろう。
しかし2件はほとんど変化がないのに重度判定となっている。

それぞれの理由や意味について分析してみたい。

1.状態像が変わらないのに結果が軽度判定されたケースについて
要介護5→要介護4、介護1→要支援1、要支援2→要支援1、要支援1→非該当、以上4ケース4パターンとなっている。

この理由を結果から読み取ると、
(1)下肢筋力低下などで日常席活に支障があることから麻痺のチェックが入っていたケースが、実用的ではないあの調査における動作が出来てしまえば、全てチェックがつけられない(下肢なら麻痺や筋力低下があっても座位で膝が伸ばすことができたり、仰臥位で膝から下が持ち上げられれば脚が完全に伸展しなくとも「ない」と判定する仕組み)という新調査判定ルールの影響であると考えられる。

(2)理解力低下や認知症による行動障害が介護の基準時間に反映されていないケースで、基準時間の中のロジックである認知症加算の対象にならないケースは、認知機能が悪化して周辺症状が出現しても基準時間が増えず、逆にソフトロジックの変化で機能訓練時間や間接介助時間が減ることによって軽度判定に影響している。

(3)食事介助のチェックが調査方法の変更によって変わって、食卓で食物を食べやすい状態に魚の骨をとったりする介助が一部介助と認められなくなったことにより、チェックが外れる(介助されていないを選択する)ことによって食事に関する基準時間が減って軽度判定に影響している。

以上の3つの要因が大きいと考えられる。


2.状態像が前回より明らかに悪化(重度化)しているのに結果が軽度判定されているケースについて
要介護2→要介護1、要介護1→要支援1の2ケース・2パターンである

(1)要介護2→要介護1
拘縮等の判定基準が変更されたことから、他動的に動くことでチェックがはずれている。そのほか、起き上がりが「できない」〜「できる」に変更されている。しかし3群と4群のチェックが増え、認知症状の悪化が明らかに見て取れるのに認知症加算からはずれ、この部分が0分であることにより判定結果に反映されていないケース

(2)要介護1→要支援1
洗身と爪きりが自力で出来なくなっているが、麻痺の(状態像が変わっていないにも関らず)調査方法が変わったことによりチェックがすべてはずれ軽度判定となっているケース。


3.変化がないのに重度判定となっているケースについて
要介護1→要介護2、要支援1→要支援2の2ケース・2パターンである。

(1)要介護1→要介護2
いわゆるソフトの逆転現象ではないかと思われる。このケースは調査方法の変更により麻痺と拘縮のチェックが外れている。すると機能訓練時間や清潔保持などの時間が逆に長くなって判定されているものと読める。

(2)要支援1→要支援2
これも寝返り、起き上がり、座位保持などのチェックが外れているが、感情が不安定にチェックが入り、麻痺、拘縮のチェックが外れている。しかし間接介助時間の時間がアップする結果になって重度認定されているケースである。

以上である。

なお、今回の新ソフトでは2群3群は、あまり意味がなく、むしろ4群にチェックつけると、大幅に基準時間が上がるロジックになっているそうである。

また麻痺は一つつけただけでは基準時間に影響せず上がらない。2つでも上がらない。3つつけると基準時間が上がるように出来ている。今回は、一つ一つ積み上げるのではなくて、状態像に合わせた組み合わせによって反応するようにソフトを組替えたということらしい。

しかしこのことは同時に麻痺の判定方法が変わっており、日常生活に実用的でなくとも調査動作が出来ればチェックがつかないので、麻痺にチェックをつけるケースが大幅に減っている。よって結果的に軽度誘導となっていると結論付けても良いであろう。

このソフトのオンボロぶりが明らかになって、軽度認定者が増えるということが問題になり、厚生労働省は現在、更新申請のみ前回の介護度を希望に応じて適用する「経過措置」という姑息な対応を行っているが、同省によれば6月10日を期限として、全国の都道府県に、新認定の結果を提出するように伝えてあるとのことなので、結果の発表とあわせて、今後の対応方針を明らかにすることになるだろう。

しかし、どうやら厚生労働省は、このソフト自体の凍結はしない、というのが基本方針で、調査ルールの一部見直しや、ソフトのロジック変更による基準時間の見直しでお茶を濁したい、というのが本音のようである。

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介護認定期間の最長2年は意味があるのか

新判定ソフトによる混乱はとどまることを知らず、とうとう見切り発車の新ルールはそのままで、申請者の希望に応じて「新しい認定ソフトと新ルールによる審査・判定された要介護度が従前の要介護度と異なる場合は従前の要介護度とする。」というまったく馬鹿馬鹿しい経過措置が適用されることになった。

要するに、この新ソフトの一次判定ロジックと調査判定ルール、2次判定の審査ルールの検証が不十分だから、新判定が状態像を正しく反映しない結果となっている恐れがあり、その検証の期間が必要で経過措置を作ったということである。そうであるなら、わかりにくい不公平な経過措置を設けるよりも、検証が終わるまでオンボロの新判定ルールを全て凍結して、従前の審査・判定で対応すべきである。(厚生労働省は新判定ソフトを凍結せよ

実際に新しい調査ルールで1次判定を行うと軽度判定されるケースが多い。

特に影響が大きいのが食事摂取の新判定ルールで、今までは食卓で、魚の骨をとったり、副食を食べやすくきるなどの介助があれば「一部介助」を選択していたものが、それらの行為については介助に含まないとされ「自立」と判定せざるを得ず、この部分の1次判定への影響は大きい。

その状態は特記事項に書いて、2次判定で審査せよ、ということになっているが、その裏では、厚生労働省の内部文書で「介護認定審査会の委員の関与を減らし」ということが書かれており、実際に新認定ルールでは1次判定を変えられる要素が極端に制限されている。国は口では一次判定のコンピューターの判定を二次判定で救いますと説明するが、その本音は、二次判定を形骸化して、判定結果に対する批判への緩衝材の役割しか負わせたくないということである。

今回の経過措置にしても、審査判定結果を反故にして、従前結果を適用するんだから審査判定の意味はない。こんなものにかける時間や費用は無駄である。認定審査委員も随分とコケにされたものである。

その介護認定審査会の委員を務めている。僕は制度当初からの委員ではなく、制度開始前のモデル事業から関わっている委員の方から見れば2世代目の委員ということになるだろう。

それでも2002年からの委員だから、様々な認定審査ルールの変更も経験してきている。現在は合議体の副長を務めているので、審査会に当たっては議長役になる。

新しい認定ソフトと判定ルール問題はあまりに馬鹿馬鹿しいし、別な記事の繰り返しになっても「くどい」と思われるので(参照:「新認定基準も軽度誘導へ前編中篇後編」)今日は前段の愚痴でとどめて、別の問題提起を行いたいと思う。

それは介護認定期間の問題である。

現在認定期間は新規の場合は半年間、更新認定の場合は原則1年間が有効期間で、ケースごとに審査会が判断して、認定有効期間を短縮したり、延長したりできることになっている。そして延長できる最高の期間は2年が限度である。これは2004年4月に改正されたルールである。(参照:要介護認定期間2年延長可能に

それ以来、この期間延長のルールについては見直しが行われていない。

認定期間を延長するか短縮するかは、各合議体の裁量権であり、審議の結果によるもので、特別な基準があるわけではないし、市町村がルールを別に定めているわけでもない。

僕の所属する合議体では、基本的に更新された認定結果が要介護状態区分4以上の場合に延長を検討している。この場合でも病状が不安定であったり、状態変化の可能性がある場合は延長を行わない。要介護状態区分が3以下の場合は基本的には延長は行なっていない。重度変更がいつあるか予測できないからである。

今のところ認定有効期間を2年間に延長をしたことによる不利益が生じて困る、というような不服の声は聞かない。期間延長されていても認定期間内に状態変化があれば区分変更申請はできるのであるから問題はないであろう。

むしろこの延長期間の2年という制限は必要なんだろうかと疑問に思うことがある。

四肢麻痺でほとんど日中もベッドに臥床状態、ADL全介助で、排泄もオムツやカテーテルで対応し、食事もできず経管栄養で対応しているケースで、毎回1次判定から要介護状態区分が5である場合、今後要介護状態区分が軽度変更される可能性はみえない。

よくあるケースで、すべて全介助で食事を経口から摂っている方が、えん下困難になり経管栄養になった場合、1次判定結果が食事の基準時間が減って要介護5から要介護4に下がるケースがある。しかし実際には、そうした方は、えん下不能状態で、日常生活全介助であり、介護の手間が減っているわけではないし、2次判定で元通りの要介護5と判定されるケースが多いだろう。

経管栄養に移行しただけで食事介助がなくなったからといって、日常生活全介助で寝返り援助も必要な状態の人を要介護4以下に軽度認定するなんていうことはほとんどあり得ないからである。

そう考えると、ごく常識的に「この方は今後状態変化、病状変化があったとしても要介護状態区分が軽度変更されることはあり得ない」と判断できる要介護5の人は必ずいると思う。

そのときの認定期間は必要なんだろうか。場合によって「認定有効期間を特に定めず」として区分変更申請がない限り、現行の要介護状態区分を有効にする取り扱いがあって良いのではないだろうか。

認定審査だって1件につき決して安くはない費用がかかっている。これがなくなれば医師意見書の作成料、調査票の作成料、審査に関わる費用が相対的に減るのである。再審査の必要性がないものはポジティブに審査対象から外していってよいのではないだろうか。

保険料の滞納が認定期間を定めないことで増えるという懸念に対しては、滞納の罰則は別に定められているんだから影響は少ないだろう。

それによる国民の不利益は考えられないと思うし、誰も迷惑をこうむらないと思うのである。
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厚生労働省は新判定ソフトを凍結せよ。

今朝、共同通信の配信ニュースとして新要介護認定の問題が一斉に報道されている。記事内容は

厚生労働省は9日、4月から導入したばかりの新たな要介護度の認定基準で要介護度が軽くなっても、利用者の申請があれば3カ月から最長で2年間、現在の要介護度に基づいて引き続き同じ介護サービスが受けられるようにする方向で検討に入った。

新たな基準では、これまでのサービスが受けられないなどの指摘があり、導入直後の異例の運用見直しとなる。

対象者は、認定の更新時に心身状態が変わらないのに要介護度が軽く判定された利用者。

新基準では、介護の必要度を調査する際に実際の行為に着目し、必要な介護でも行われていなければ、調査票で「介助されていない」を選択するとした。この影響などで要介護度が軽くなった場合、従来通りのサービスが受けられなくなる可能性があるため、厚労省が来週にも設置する有識者らの検証委員会で運用見直しを提示。市町村の意見を聞きながら調整を進める。

新基準導入をめぐっては、介護関係団体から「今より要介護度が軽く判定されるのでは」など不安の声が上がり、厚労省は3月下旬に基準を一部修正。しかし「修正は表現を変えただけ」など批判の声は収まらず、導入直後に運用を見直す事態となった。

経過措置では、市町村が最終的な要介護認定を行う前に、結果を利用者に通知。一定期間内に利用者から申し出があれば、新基準での判定ではなく旧基準に基づき決定された今の判定結果を継続する。


というものである。まったく馬鹿げた考え方である。

そもそもこの問題の根本は、新要介護認定ソフトのロジックと、新しい調査判定ルールが、結果として介護(予防)状態区分の軽度誘導にしか繋がっておらず、旧ソフトよりはるかに心身の状態像を正しく現していないということではないか。そんな問題ある判定結果を導き出すソフトやルールを放置して、その場しのぎの経過措置だけ設けてどうするのだ。

『必要な介護でも行なわれていなければ「介助されていない」を選択するルールの結果、要介護度が軽くなる』という意味は、介助されていない=自立、と同じ介護標準時間にしかならない結果によるもので(参照:介護認定・国の姑息なごまかし)、こんなルールはもともとおかしいと批判されているものであり、それは根本から無くさねばならない問題であり、経過措置でお茶を濁しても意味はないのである。

しかも「心身状態が変わらないのに要介護度が低く判定された」ことを(調査項目が一部変わっているのに)どう判断せよというのか、ここでもローカルルールが乱れ飛び、混乱が助長される結果しか生まない。

「一定期間内に利用者から申し出があれば新基準の判定ではなく、旧判定を有効にする」というのでは全国共通の基準という目的も意味をなくし、審査会の判定を無意味なものに貶め、同じ状態でもサービスに対する本人の希望の状況により支給限度額が違ってくる結果は公平性も何もかもふっとばしてしまうだろう。

認定結果を不満として申し出る間のタイムラグにおけるサービス利用をどうするのかという問題も生じよう。

そもそも実際の認定結果と異なる区分支給限度額やサービス利用料金を適用させる為の事務処理に対し、人手と費用がいくらかかると考えているんだろう。まったく国費の無駄遣いでしかない。しかもその利用ルールは益々複雑怪奇なものになって、専門家でも混乱するであろう。

経過措置など国の「姑息な問題隠し」に過ぎず、ほとぼりが冷めて新判定に対する批判の声が聞こえなくなった時点で本格的に軽度判定を既成事実としてしまおうという姿勢でしかない。

経過措置で2年間も有効にしない判定に意味など皆無である。審査すること自体が空しい。そのような審査など不必要だ。

厚生労働省は即刻この新判定ルールを凍結すべきだ。幸い新判定は4/1申請分からしか適用させていないので、今すぐ凍結すれば再審査対象は最小限にとどまるはずである。再審査するとしても経過措置適用より、よほど時間と費用はかからないだろう。

おかしな判定結果が増大することが明白で、事実上厚生労働省もそれを認めているから経過措置を考えているんだから、そういう姑息な処理ではなく、恥を忍んでも新ソフトを即刻捨てるべきである。そうしたってどうせ省内で責任をとるような人はいないんだろうし・・。

一度新判定ルールをすべて凍結して、認定調査結果のルールもあらためて見直し、ソフトのロジックの際検討を行って1年後、2年後に適用させたったよいではないか。オンボロの軽介護誘導ロジックのままで、見切り発車したものをどのまま走らせておれば、故障箇所がどんどん広がって修繕不能になるぞ。13日にも発足するという検証会議で即刻凍結を決断すべきだ。

それにしてもモデル事業のときから問題を指摘され、2転3転した新判定ソフトを検証不十分なまま時間切れで審議不十分なまま押し切って世に出した要介護認定調査検討会の座長・開原成允 国際医療福祉大大学院長の責任は重い。(モデル事業を行ったソフトをさらに改正しているのに、その検証がされていないではないか)

この人物が新たに発足する検証会議に専門家として参加するなんていう破廉恥なことはないだろうな。そのときには関係者は大いに罵倒の声を挙げようではないか。

少なくとも彼を「有識者」と呼ぶのはやめようではないか。

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介護認定、国の姑息なごまかし

今週、どこの職場でも新旧職員の入れ替わり等で大変あわただしかっただろう。

この状況は表の掲示板のアクセス数に如実に反映され、年度末の3/31には、久々にアクセス数が10.000件を割り、新年度がスタートした4/1にはさらに、この数字が下がり1日のアクセス数は9.088件だった。しかし4/2からは元に戻りつつある。

介護施設や居宅サービス事業所にとっては、新年度という忙しさに加えて今月中(道の場合は15日まで)に新介護報酬の届出を出さねばならないのでなおさら忙しい。

僕の施設でも全職員がそれぞれの業務で忙しいが、特に事務のコバくんは、加算届けに必要な書類作りに大変である。日常生活継続支援加算に必要な「認知症自立度薫幣紊瞭所者の比率」や「対入所者6:1以上の介護福祉士割合」などは、ショートのサービス提供体制強化加算との兼ねあいもあって、本体施設と併設ショートの職員按分などが必要だし、なにより面倒なのは夜間職員配置加算の夜勤者常勤換算数を算出し、その勤務状況を証明する書類作りである。

なぜなら当施設の場合、ケア単位を4つのグループに分けているのであるが、それぞれのグループでサービス状況に合わせた勤務時間を設定している。そのため早出・日勤・遅出・超遅出など呼び方は同じでも、それぞれのグループでその勤務時間はまるで違うのである。

例えば早出の時間にしても早朝6:00からが勤務開始のグループがある反面、7:00や8:00が早出勤務開始というグループもあるのだ。これはそのグループ内でリーダーを中心としてケアスタッフが必要なケアサービスに応じて独自に決めている時間で、それに基づいて運営規定を定めているので仕方ないことだが、計算式を打ち込むシートを作る事務職員からすれば、勤務時間が違う形態がたくさんあるということは作業的には大変なことである。愚痴をこぼしながら頑張っているので120円の缶コーヒーを買ってあげた。なんと優しい施設長かというお礼の言葉はない。逆に新たな表計算ファイルを作っている最中は「今、話しかけないで下さい。」と怒られたりしている・・・。

ハイ、申し訳ございません。15日の届出に間に合うような書類を整備するのは君の双肩にかかっているので頑張ってほしい。

しかしコバくんが頑張るのはある意味当たり前である。そのことをたくさんの読者を前にして、強く主張したい。

なぜなら今日という日が、プロ野球の開幕日であることに原因がある。皆忙しい中、ファイターズブルーの空を見上げて心はここにあらずの状態ではあるが、しかし今年に限っては涙を飲んで我がファイターズの応援にドームに足を伸ばせない状況である。にもかかわらず当施設の事務系では、ひとりコバくんだけが、午後から休みをとってドームに出かけるのである。このヤロー、ずるいぞ!!もっと働け!!罰当たりメ!!・・どんな罵声を浴びせても彼は僕らを無視してひたすらドームを目指して高速を走って行くことだろう。

しかも生意気にもあのグランドに張り出したフィールドシートをゲットしたそうである。きっとファールボールが飛び込んで頭に当たって、月曜は包帯を巻いて出勤するだろう。うーん悔しい。ダルと岩隈のWBCコンビの投げあいを生で見たくない人はいないのである。あんまり悔しすぎるから話題を変えよう。

さて要介護認定の4月申請分から、いよいよ新判定ソフトで一次判定が実施されている。僕の施設に入所されている方で、4/1に区分変更申請を申し出た方がおり、この方は早速、新判定ソフトと新しい調査および認定ルールが適用されることになり、早速調査委託を受け新判定ルールの調査票を挙げたところ、市内第1号と言われた。まあそんなことはどうでもよい。

このことについてはソフトの改悪だけではなく、認定調査ルールも改悪され、介助されていない行為は、すべて自立と判定される矛盾を「新認定調査ルールも軽度誘導へ(前編)(中編)(後編)」で指摘していたところであるが、このブログの影響ではないが、その後、紆余曲折があって、3月も半ばを過ぎた時期に、さらに認定調査ルールの一部が変わるともに、介助されていないことで「自立(介助なし)」とされていた項目が「介助されていない」に変更された。

この変更は、例えば、寝たきりの方の移乗援助の場合等が該当し、3月始めまでのルールでは、移乗行為を行っていない場合「自立(介助なし)」を選択することになっていたが、急遽の変更で選択項目が「介助されていない」に変わっている。

この変更に係る報道としては次のような記事がある

厚生労働省老健局老人保健課は3月16日付で、4月からスタートする新たな要介護認定についての通知を各都道府県介護保険担当課などに行った。重度の寝たきりなどで介助が行われていない場合、当初は「自立(介助なし)」と判定するとしていたが、「介助されていない」に改める。4月からの新要介護認定では、重度の寝たきりなどで「移乗・移動」の機会のない場合などは、「自立(介助なし)」と判断することになっていたが、これに対して介護関連団体などから修正を求める声が上がっていた。今回の見直しにより、重度の寝たきりで、例えば1週間以上「洗顔」が行われていない人の場合、「介助されていない」を選択し、特記事項に「介助が足りない(洗顔が十分になされていない)」といった内容を詳しく記載することになる。また、これまでの認定に比べ、要介護度が軽度に判断されるのではないかとの懸念に対しては、一概に低く判定されるものではないと説明している。』

あたかもこの変更で問題点が改善したかのような印象を与える報道内容となっている。

しかし騙されてはいけない。問題の本質は何も変わっていないのだ。3/16の変更は、文言を「自立(介助なし)」から「介助されていない」に変えただけに過ぎず、介護の基準時間を導き出す樹形図の枝は「介助されていない」を選択しても、「自立」を選択するのと同じ結果になる。

つまり一次判定ロジック自体はまったく変わっていないのであり、まるで子供だましの「ごまかし変更」に過ぎない。

このような厚生労働省の態度は、一般国民に対しあまりに不遜であるといってよいだろう。

案の定、先週の参議院厚生労働委員会では、今回の一連の改正が要介護度を低く誘導する為であることを示した内部文書の存在が明らかになっている。

その内容は、3月までの要介護認定結果について「要介護1」と「要支援2」の比率に地域差がみられるうえ、厚生労働省の想定(3対7)と異なり、「5対5」となっている現状を「問題点」として指摘し、その原因を「介護認定審査会委員が判定基準を拡大解釈している」と分析。「対策」として「介護認定審査会委員の関与を減らし、地域差をなくすとともに当初想定していた割合に近づける」としている。さらに、要介護認定者数の推移についての分析では、「平成21年度の制度改正により、不適切な重度変更を是正し、要介護(要支援)認定者を適正な分布に戻す」という内容となっている。

これによって今回のソフトと認定調査ルールの変更が「軽介護誘導ではない」という厚生労働省の見解が嘘であることが証明された。

何より問題なのは、同省が騙している対象は国民全部であるということだ。省ぐるみの嘘と欺瞞は振り込め詐欺以上にたちが悪い。

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新認定調査・特記事項の書き方。

介護認定ソフト2009の問題は何度も書いているので同じことは書きたくないが、いかに国が理屈をこねくり回しても、軽度変更ソフトであり、軽度変更の認定調査及び審査ルール変更であり、姑息な給付費抑制策であることは言い逃れしようがない。(参照:ブログカテゴリー:要介護認定

認定審査員研修では、今までの認定ルールとの整合性について「今までが原則に則っていない部分があったもので、今回示されたルールが原理原則である」という国の主張を強調して説明している。

しかも審査員テキストの過去の記載内容はすべて削除とされ、認定調査や審査に関連して出された過去のQ&Aもすべて削除廃止であり、4月以降の審査及び調査にそこで示された考え方は一切適用されないとのことである。

反論の余地を与えない頑な姿勢であり「お上のお達しは絶対」で新ルールについては、過去の解釈を引っ張り出して反論はさせない、つまりは「問答無用」というわけである。

さて新しい認定審査基準で以前と一番大きく変わった点は、今まで2次判定で検証すべき項目とされていた

1.日常生活自立度の組み合わせによる要介護度別分布
2.要介護度変更の指標
3.状態像の例

以上の3項目が削除され検討しないことになっている点である。そして実際の審査では最初に一次判定結果を確定させる手順は今までと同じであるが、その際に「認知症及び障害高齢者の日常生活自立度」が適切に選択されているかを調査票と特記事項から読み取って確認することになっている。まあこれは良い。

その後に一次判定の妥当性を審議して、介護認定結果を導き出すわけであるが、この際には「介護の手間にかかる審査」であって「状態像の判定審査」ではないという理屈の元に、基本的に一次判定結果として示された介護の基準時間以上の手間がかかっているかという点のみを審議対象とすることになっている。

つまり一次判定で示された基準時間より多くの介護の手間がかかる、あるいはかからないと認められ、実際の介護は基準時間より長い、あるいは短いと結論付けた場合のみ変更が可能となる。よって、実質的に検証されるのは「要介護等基準時間の行為の区分毎の時間」のみであり、他のいかなる検証も行えないのである。

さらにこの点については「特記事項または主治医意見書に具体的な介護の手間を読みとることができない場合は、一次判定を変更することはできない。」というルールが明記されており、審査委員の裁量権を著しく狭めているのである。審査委員が「できない」ことがさらに多くなっているので、審査をきちんとしていないから要介護度が正しく出ないのではなく、オンボロソフトの結果変更ができない仕組みになっているということが最大の問題なのである。

調査員の方々はこの点をよく理解していただきたい。

しかも基本的に一次判定で、自立・一部介助・全介助等のチェックした部分については、一次判定の基準時間に「正しく反映されている」という非常に嘘っぽい前提があって、例えば認知症の方の2次判定において単に「精神・行動障害」の項目が「ある」にたくさんチェックが入っているのに基準時間が少ないからといって、そのチェックの数や分布だけを根拠に基準時間がもっと長いであろうという結論は出せないのである。あくまでそれに対応した「特記事項または主治医意見書に具体的な介護の手間を読みとる」ことが不可欠なのである。

審査員テキストでは「高齢であることや、時間を要するとの記載だけでは変更することは不可」とされ、ただし「高齢であることによって、コンピューターでは反映できない介護の手間が具体的に発生している場合に、それを明らかにした上での変更は可能」としている。明らかにする根拠は、特記事項か主治医意見書の記載内容以外ない。

しかし主冶医意見書の記載内容に一次判定結果以上の介護の手間の記載がされるなんて期待はほとんど持てない。それが記載される意見書など、過去の例からいって1割にはるかに満たない微々たるものだろう。

よって調査員の特記事項が重要になるのであり、そこに介護の手間に関わる記述内容があるかという点が2次判定では最大の根拠なのである。では具体的にどのような記載内容が介護の手間を一次判定の基準時間に上乗せできる根拠になるんだろう。

例えば認知症のBPSDを介護の手間として一次判定結果に上乗せできない文章、できる文章の記載例として次のように書かれている。

「ひどいもの忘れによって認知症の様々な周辺症状がある」という記載内容では「状態像」のみしか記載されていないため、審査会において介護の手間を勘案できない、としている。2次判定に介護の手間を勘案する為には、この文章を「認知症によって排泄行為を適切に理解することができないため、家族が常に排泄時に付き添い、あらゆる介助を行わねばならない。」と修正すれば「排泄の付き添いや見守り、後始末など」という介護の手間が具体的に発生していることが明らかになっているため、2次判定で基準時間を上乗せできるのである。調査員の皆さんは是非このルールを理解しておいてほしい。

また、体重の重たい人の移乗介助の特記事項に「体重が重たい為、移乗介助には非常な困難を要し、毎回の移乗にかなりの時間がかかる。」と記載されても、このことは2次判定で基準時間を長く見る根拠にできない。なぜなら移乗行為自体は1分間タイムスタディの数値から困難性があっても一人の介助者が行う行為の標準時間が一次判定の基準時間に反映されるとされ、いかに困難でも「介助者一人で行っている移乗行為そのものの時間」は勘案されているとしているからである。

この場合、特記事項が「体重が重たい為、移乗介助には非常な困難を要し、毎回二人の介助者で移乗介助している」と書かれた場合は、二人分の介助時間が含まれているんだから1分間タイムスタディの数値以上の時間が実際にはかかると判断できて、基準時間にその分を上乗せして判定できる。

食事介助にしても、今回の新判定ルールでは食卓において食材を切ったり、魚の骨をとるなどの行為が「一部介助」と認められなくなって摂食行為が行えればすべて「自立」である。しかし実際に食事を摂るという行為は、魚の骨をとったり、果物の皮をむいたりしないと不可能なわけで、この点は特記事項にそうした援助がないと「食事が摂れない」という状況を具体的に書いていただければ2次判定で勘案できるだろう。

薬の内服にしても、新調査ルールでは「飲む時間や量」を判断できなくても口に自分で入れて飲めさえすれば「自立」なのだから、「飲む時間や量」を判断できないことによる危険性や、そのことに対する援助の手間が具体的にわかるように記載していただければ、調査結果は自立でも実際には支援が必要だとして基準時間を長く勘案できるのである。逆に言えば、そうした特記事項の記述内容がないと、「飲む時間や量」を判断できない認知症の方の内服に関わる支援時間は「0分」とみなす以外になくなるのである。

来月1日以降の申請分からは、すべて新ソフトを使った一次判定と新ルールによる調査・認定となる。調査員の皆様には、こうした観点から審査員が介護の手間を一次判定で出された基準時間以上に勘案できる内容の特記事項の書き方を工夫していただきたい。

それがせめてもの国の姑息な介護給付費抑制政策への現場の抵抗である。

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介護保険法第27条は死文なのか!!

施設入所者にとって要介護認定というのは居宅サービスを使っている方とは違った意味で重要な意味を持つ。

もし更新認定で要介護状態区分ではなくなった場合(要支援または非該当)、施設を退所しなければならないということになるし、同時に要介護状態区分によって毎日の利用自己負担費用が違ってくるという意味もある。

よって更新認定をし忘れて、遡っても要介護認定されない日があるという意味の「空白」期間を作ることは決して許されない。こういうことがないように特養の基準省令では、第六条第2項において「指定介護老人福祉施設は、要介護認定の更新の申請が遅くとも当該入所者が受けている要介護認定の有効期間の満了日の三十日前には行われるよう必要な援助を行わなければならない。」とその責任と義務が定められている。

ところが、上述した「空白」とは、まったく別の意味の要介護認定結果が出されていない「空白日」というものが存在する。

それは要介護度等が不明な状態の日という意味で、なぜそのような空白日が生ずる可能性があるかといえば、認定結果自体は申請日に遡って有効となるものの、当該利用者の認定を行う介護審査会が現行の要介護認定期間より遅れて開催され、更新前の要介護認定期間が過ぎてしまうことによって生ずるものである。区分変更申請の場合は、これは致し方ないが、定期的な更新申請でこのような状況が生じることは問題である。

なぜなら、この空白日の結果は後でわかれば良いという問題ではないからだ。確かに認定の効力は申請日まで遡るが、仮にこの際の結果が「要介護」ではなく、要支援とか非該当になってしまえば空白日の施設利用の費用を利用者が全額支払わねばならないという問題があるし、同時にサービス契約上も「費用をあらかじめ利用者に対して示すことができない」という不適切な状況が生ずるからである。

よって認定期間が切れる寸前になって申請して、認定期間内の審査が不可能である、という状況を防ぐ為に、施設の担当者は、各利用者の認定期間をきちんと管理把握しておき、認定期間終了の60日前から申請可能であるというルールを活用して、できるだけ60日前に申請手続きを行うようにしている。こうすれば調査も審査も認定期間内に行われ何の問題も生じない。

ところで当施設に東京都足立区が保険者になっている方がいて、2月末が認定期間終了となっていた。

東京都は被保険者の数も多いだろうし、認定審査にかかる数もたくさんあるだろうということは容易に想像がつくので、認定期間内に審査が行うことができない状況にならぬよう、1月始めに早々と申請を挙げ、依頼された医師の意見書も1/14には医療機関から送付してもらった。

ところが認定調査は保険者側の考え方、都合により、当施設に委託されず外部の事業者によって行われた。

それは良い。ところが2月の中旬を過ぎても、結果も結果の遅延通知もまったく送られてこない。そこで担当者から足立区介護保険課に問い合わせたところ、その回答が振るっている。「審査にかけるケースがたくさんあって、その方がいつ審査会にかかるかわかりません。調べようにも数が多いのですぐに答えられません」というものである。

こんな回答で納得できるわけもなく、早急に責任ある回答を再三求めたところ(もちろん僕の指示である)「審査会は3月に入ってから行います。」と回答があった。とんでもない、それでは空白日が生ずるではないか。ここで、やりとりは担当者から僕に変更して強く抗議した。なぜそんなことになるんだと迫ったところ、最初は申請が遅かったのではないのとか、事実ではない言い訳をしていたが、結果的には認定調査を委託した事業所からの調査結果が遅く届いた、という回答である。

冗談ではない。委託事業者が調査結果を送るのが遅くなったといっても、それは施設の責任でも、利用者の責任でもない。それは保険者と委託事業者の問題であって、調査そのものの実施責任は保険者にあるんだから保険者の責任において処理すべき問題である。「そんなことで空白日を生じさせて万が一要介護に認定されないなど、利用者に不利益が生じたら足立区は責任をとるのか」と強く迫った。

しかし「自分ではわからない」「あとから責任者から連絡させる」「係長が不在なので後日連絡する」という逃げの対応に終始し、待っていた連絡もない。それやこれやでとうとう昨日2/26になってしまい、こちらから何度目かの問い合わせを行い善処を迫ったが、審査を前倒して3/2に行う、との回答であった。

ここで大抵の施設は引っ込むのだろうが、どうも納得いかず、法27条11項規定について持ち出させてもらった。そもそもこの法律では審査は「当該申請のあった日から三十日以内にしなければならない。」としている。

すると相手は例外規定を持ち出す。しかし例外規定とは「当該申請に係る被保険者の心身の状況の調査に日時を要する等特別な理由がある場合には、当該申請のあった日から三十日以内に、当該被保険者に対し、当該申請に対する処分をするためになお要する期間(次項において「処理見込期間」という。)及びその理由を通知し、これを延期することができる。」というものである。

しかしこの利用者に限っていえば「心身の状況の調査に日時を要する等特別な理由」など存在しないし、百歩譲ってそれに該当するとしても、足立区から「当該申請に対する処分をするためになお要する期間(次項において「処理見込期間」という。)及びその理由を通知」という条件に該当するような遅延通知は送られてきていない。

これは明らかに「法律違反」ではないかと抗議した。法律違反と言うのは少し言葉が強すぎたかなと少し反省の思いはあるが、施設入所者にとっての介護認定結果の意味を、当該保険者職員はあまりに軽率に考えすぎているのではないかと強く感じたゆえの発言である。

結果的に、この方の認定審査は昨日行い、今日結果を通知してもらった。その結果に基づいて午前中にサービス担当者会議を行い、3/1からの新しいケアプラン(施設サービス計画)を作成した。明日、本人及び家族に説明同意を頂く予定で、ぎりぎり駆け込みセーフである。

今回このように、ぎりぎりの日までもめた一番の要因は、保険者が介護保険法27条に沿った対応を行わなかったことが最大の原因である。特に30日以内の審査が出来ない場合でも、申請のあった30日以内に「処理見込期間」を記した遅延通知を出すという事務処理を行っていないという怠慢が「施設利用者の要介護度」の意味を重く受け止めていない証拠ともいえると考える。

しかも致命的なのは、施設担当者からの問い合わせに当初から「真摯に対応する」という態度をとらず、「被保険者が膨大な数なんだから審査が遅れるのは当たり前、いちいちその理由を一人ひとりのケースごとに確認できない」という対応で終始しようとした点である。双方の信頼関係を築くことができなかった大部分の責任は保険者である足立区にある。

さらに「放っておけば、期間も迫っているしどうしようもないとあきらめるだろう」的な態度で、自ら約束した連絡を行わず放置した点に問題がある。施設側はこのことで保険者に対する一層の不信感を増幅させ「強い態度に出ねば埒があかない」という思いを持たざるを得なくなった。

当然、その後のやりとりの僕の言葉や態度は強いものにならざるを得ず、妥協や言い訳を一切許さない態度に終始せざるを得なかった。相手も不快だったろうが、そうした対応をせねば話が進まない状況を作り出した原因を考えてもらいたい。

おとなしく穏便に処理することを「是」としている施設(あるいは施設長)ばかりではないことを知るべきである。こちとら喧嘩はお手のものなのである。(したいわけがないが。)

なぜなら、そこで不利益を受けるのは施設でも、施設長でもなく、利用者であるからだ。我々は利用者の権利や利益を守るのが商売であり、その点では引けないものがあるし、戦わねばならない時があるのだ。

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エンドレス・レイン

今日のタイトルは記事の主題とは直接関係がないのであるが、大切な約束事があるので、そのことをまず書く。

先週は「のぼりべつケアマネ連絡会」の公開講演会と「北海道社会福祉士会日胆地区支部」の市民公開セミナーがあった。そのどちらも僕は主催者として参加していたが、おかげさまで両方とも、たくさんの市民や関係者の皆様の来場をいただき大盛況に終わった。

社会福祉士会のセミナーは、毎年終了後に地区会員の交流を深める為に「懇親会」を行っている。今年はそこにもいつもより多い参加者が集まって大いに盛り上がった。土曜の夜であったので(宴会は17時から始まったが)僕は最後までお付き合いさせてもらい午前様で帰った。

tosi&masa
2次会たけなわな折、何かの話題でX-JAPANのトシの話題になった。彼は僕の施設に来て歌っていったこともあるので(貼り付いている画像は当時、施設長室で撮った僕とトシのツーショット写真である)、ついつい口が滑って「エンドレスレインはトシより俺の方がうまく唄える!」と馬鹿な発言をしてしまった。んなわけないだろうに、この発言を流さず厳しく突っ込んできたのは地域包括のY大先生と老健のK氏である。

「カラオケで証明してもらおう!!」ということになった。勘弁してくれ・・・。と謝っても鬼のY大先生は許してくれない。

ということでカラオケに直行。トシより歌がうまいはずないじゃん。しかもエンドレスレイン・・・あんな高いキィーの音がどうして出るんだ。声帯も最近鍛えてないし(鍛えてても同じじゃろ、と言われそうだが・・)。と言うことで私の酔った勢い発言がいかに「デタラメ」であったかが証明され、そのことを今日のブログに書いて反省することを条件に許していただいた。

endlessrainendless2




「わたくし、ついついよっぱけて、嘘をついてしまいました。すみません。安田大先生はじめ、クドウさん、O塚さん他(名前は出せませんが)2名の麗しい白老の女性陣。反省しております。」以上です。しかし声の出ないエンドレスレインのカラオケ・・・皆さん大合唱で結構盛り上がっていましたね。これも嘘つきの僕のおかげってことで・・・。

ところで本題。(ここからは、まじめな怒りモードで。)

先週お伝えした「新認定調査ルールも軽度誘導へ(前編)(中編)(後編)」の関連で、道に質問を挙げたところ、その回答が先週末に送られてきた。これは研修会場で担当者が「質問がある方は後日担当者へ直接送ってほしい。その際にはきちんと回答する」といっていたものだ。しかし「きちんと回答する」としていたその内容がまったくふざけたもので答えになっておらず閉口した。研修会場での呼びかけは胆振保健事務所の建前でしかないのだろうか。

以下にQ&A方式で質問と回答を列挙する。

Q1. 今回の研修で触れられていませんでしたが、新テキストでは(第2群排尿、排便)→(後始末の判断)について「旧テキスト;後始末にはポータブルトイレや尿器等の掃除も含む」とされていたものが新テキストでは「トイレやポータブルトイレ、尿器等の排尿、排便直後の掃除:81ページ.84ページ」に変更されています。これは「直後」という文言があることからタイムラグが生ずる尿便器やトイレの掃除は後始末の援助には含まれないとされる判断となってしまう、という意味でしょうか。またそうだとしたら、どのくらいの時間を置いての掃除が対象とならないのでしょうか。市町村のローカルな判断が行われないような明確な判断となるように善処をお願いしたいと思います。

A1. 選択に迷う場合はテキストの選択基準で選択肢を選び、テキストの記載(p10、p21)を参考に、選択根拠を特記事項に記載してください。

Q2. 今回の調査方法で麻痺・拘縮の確認のために自分で行ってもらう、あるいは他動的に動かす、という行為が調査員に求められていますが、どんなに注意したところで日頃の状態を詳しく知ることのない調査員がそうした行為を行うことにより、骨折などの事故までつながらなくとも、調査後の「痛み」の訴えなどが利用者や家族からクレームとして出された場合、責任の所在は調査元である市町村にあると理解してよいのでしょうか。

A2. 様々な御不安があるかと存じますが、実際に行ってもらう、または他動的に動かす行為については、対象者に十分ご説明の上、対象者の同意のもと、状態に配慮し、痛み等を確認しながら実施していただけますようお願いします。なお、痛み、骨折等の事故発生時の対応につきましては、認定調査を受託する際の契約に基づいて行われます。

Q3. 今回の研修で、認定ソフト2009に変更した理由について、説明者は教科書に書いている内容に沿った形での説明を行っていましたが、その中で、1分間タイムスタディが現行のものは13年の古いデータで現在の高齢者の現状と乖離しているかのような説明がされております。しかし高齢者の状態像や、障害者の状態像が現在と10年前に大きな違いがあるという具体的データは存在せず、1分間タイムスタディの調査内容自体をなぜ変更する必要があったのかということについての説明は一切ない中で新データの方が正確な介護の基準時間を現すとする説明には納得がいきません。調査対象の状況より調査時点のロジックによる抽出対象データによる違いの方が大きく「差」として現われるのが1分間タイムスタディの問題点であり、今回のこの調査にしても「認知症の対象者の行動の見守り時間」などがデータから除外されているという大きな問題があるにも関わらず、一方的に古い1分間タイムスタディのデータが1次判定の制度を低くしているという説明は問題があるのではないか?1分間タイムスタディデータは客観的な介護の基準時間を求めるには意図的な誘導が働きやすい調査方法であるとの指摘が一方であることを無視した説明ではないのかと疑問を感じざるを得ません。
1分間タイムスタディデータを介護の基準時間の拠り所にすること自体が、その時々のソフト開発者の都合で要介護度を誘導できるという問題ではないのでしょうか。どちらにしても公の場でエビデンスが認められていないデータ値の根拠のない正確性を公務員が宣伝するのは問題あるのではないでしょうか。

A3. 要介護認定の基本設計は、申請者の状態像を数量化し、この値とタイムスタディイデータとの関連性を分析することで、「介護の手間」の総量である要介護認定等基準時間を推計しています。この推計時間を利用することで要介護度を決定するという方式が採用されています。推計時間は、高齢者実態調査とモデル事業の結果に基づくものです。詳細についてはテキストのp3からp6をご参照ください。

Q4. 今回の調査ルールでは自立という項目が「1.自立(介助なし)」という選択肢に変わっているため、例えば能力勘案していた口腔清掃などは、実際の能力がなくても習慣的に行なっていない場合については「自立(介助なし)」を選択せねばなりません。服薬が必要のない人のケースも同様で、能力がなくても服薬自体の必要がなければ「自立(介助なし)」となると考えられます。
高齢者夫婦世帯で両者に軽度の認知症があり洗身が不十分だった場合は現行調査では「能力を総合的に勘案して判断」だったため「2.一部介助」又は「3.全介助」とされていたケースが新ルールでは「不足となっている介助に基づいて判断」であるから介助が行われていなければ体にのみがわいていようと何があろうと「1.自立(介助なし)」となります。また整髪も髪の毛がない人の場合、身体能力がどのようであっても「自立」であるから、例えば四肢切断の方でも、髪の毛がある方は「全介助」、髪の毛がない方は「自立(介助なし)」です。
薬の内服も「薬の飲む時間や量を本人が理解する能力については問わない」であるから、時間や量を理解できない軽度認知症の独居者が、ともかくめちゃめちゃな時間に口にしておれば「自立」とせざるを得ません。こうした変更は明らかに現在の介護度を導き出す基準時間より、それが短く判定される結果となると予想されますが、これが全て認定審査で換算されるとは限りません。都道府県単位で一般市民にこうしたロジックの変更による基準時間の変更の結果、要介護度が変更される可能性があることを何故周知しないのですか?認定調査委員にクレームがつけられた時点で、都道府県に挙げればよいという問題ではないように思え、調査員や審査会へのクレームが予測されると思うのですが。

A4. 調査項目や選択基準が改定されているため、一次判定において基準時間が短くなる場合だけでなく、長くなる場合もあります。
「介助の方法」で評価する項目については、個々の行為の能力から介助が不足または過剰と考えられる状況を二次判定において適切に評価できるよう、テキストを参考に特記事項に具体的に記載願います。
また、調査項目や調査方法が前回と一部変更となっている点につきましては、調査時の調査目的等の説明においてご配慮願います。
住民に身近なサービスに関する啓発は市町村の役割で、北海道としましては、その市町村を支援する立場で協力し、普及啓発を図りたいと考えております。

(以上)

1についてはテキストに書かれていない「直後」の判断基準を聞いているのに「選択基準で選択肢を選べ」と回答している。回答者は日本語が苦手なのか?直後の概念として、一部介助の選択基準の目安を聞いているのに、これでは自立か一部介助か選択が不可能ではないか。本当に真面目に回答する気がないのだろう。

2は要するに都道府県は関係ないよ、という回答にしか過ぎない。

3も「うるせいこといちいちいちゃもんつけるな。」とでも言いたいのか、質問の答えになっていない。聞いてもいないことを回答してどうするんだろう。単にテキストを読め、で回答終わりなら説明会などいらないし、そこで「質問して」と呼びかけるべきではない。これでは「回答する。する。」といって実際には何も答えない「するする詐欺」と同じようなものだ。

4についても「調査項目や選択基準が改定されているため、一次判定において基準時間が短くなる場合だけでなく、長くなる場合もあります。」としているが、実際には明らかな軽度判定が少なくとも13項目であるのに、重度判定と思える項目はわずか3項目ではないか。足し算引き算と言う単純な問題と考えてもこういう回答にはならんだろうに、うるさい質問には杓子行儀に機械的に答えておけばよいという役人的な発想しかなく、現場の疑問や不安に丁寧に対応するという真摯さのかけらもない回答である。

こんな回答を得る為に質問事項を考えるのはエネルギーの無駄でしかないと思った。胆振保健福祉事務所保健推進係・保健師のお役所的・役人的対応にがっかりするだけである。

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新認定調査ルールも軽度誘導へ。(後編)

(一昨日、昨日からの続き〜まとめ)

今回の新判定ルールが現在のルールとどのように変わっているのかを、新旧両テキストの記述の違いとしてまとめた表を「北海道」が作成し、資料として認定調査員研修参加者に配っている。それを転記するので見ていただきたい。

※なお1項目だけ新認定ソフトの適用の範囲は国の方針が変更されているので除外させていただいた。(資料では8の全般:新旧のいずれ:とされている部分。)よって元資料は29項目であるが、ここには28項目しか載せていない。


(項 目)→(内 容)→(現行ルール)→(新ルール:太字で示す)→(テキストページ数)
以上の順で書くので確認してみてほしい。

1.(全般)→(調査の評価軸)→(明示されていない)→(3つの評価軸を明確に示す)→(3)
2.(全般)→(評価軸)→(明示されていない)→(能力)→(22)
3.(全般)→(評価軸)→(明示されていない)→(介助方法)→(26)
4.(全般)→(評価軸)→(明示されていない)→(有無)→(29)
5.(全般)→(調査の原則)→(日頃の状況を総合的に勘案して判断)→(「目に見える」「確認しうる」という事実によって調査を行うことを原則とする)→(9)
6.(全般)→(迷う場合)→(<判断に迷うとき>に解説されている)→(選択に迷ったら迷わず特記事項へ)→(10)
7.(全般)→(Q&A)→(テキストを補完する位置づけ)→(現行のQ&Aはすべて廃止)→(指導者研修質疑より)
8.(概況調査)→(記載方法と留意)→(解説なし)→(解説あり)→(19)
9.(第1群)→(麻痺・拘縮)→(日常生活に支障がある場合に評価)→(「有無」を評価(日常生活上の支障は評価しない)支障がある場合は特記事項に記載)→(33、37)
10.(第1群麻痺の有無)→(手足や足趾のみの麻痺)→(「6.その他」を選択する)→(「1.ない」を選択し特記事項に記載)→(32)
11.(第1群拘縮の有無)→(肘関節の拘縮)→(「3.肘関節」を選択)→(「1.ない」を選択し特記事項に記載)→(36)
12.(第1群拘縮の有無)→(手指関節の拘縮)→(「6.その他」を選択する)→(「1.ない」を選択し特記事項に記載)→(36)
13.(第1群寝返り、起き上がり、座位保持、立位保持)→(実際に行ってもらった状況と、日頃の状況が違う場合)→(より頻回な状況に基づいて判断)→(実際に行ってもらった状況で判断)→(42、44、46、49)
14.(第1群座位保持)→(時間の目安)→(10分間程度)→(1分間程度)→(45)
15.(第1群歩行、立ち上がり)→(自分の膝につかまらないとできない場合)→(「2.何かにつかまればできる」を選択する)→(「1.つかまらないでできる」を選択する)→(50、53)
16.(第1群歩行)→(途中で中断しながら5mを歩く)→(明示されていない)→(「3.できない」を選択)→(50)
17.(第1群洗身)→(独居等の為、日常的に洗身を行っていない)→(能力を総合的に勘案して判断)→(不足となっている介助に基づいて判断)→(58)
18.(第1群つめ切り)→(爪がない場合:四肢切断等)→(能力を総合的に勘案して判断)→(「1.自立(介助なし)」を選択する)→(61)
19.(第2群食事摂取)→(食べやすくする為の介助)→(食卓でのきざみ等を含む)→(小さく切る、ほぐす等、食べやすくするための介助は含まない)→(79)
20.(第2群排尿、排便)→(「3.一部介助」の選択基準)→(例示の1項目のみ該当する場合をいう)→(一連の行為に部分的に介助が行われている場合をいう)→(81、84)
21.(第2群口腔清掃)→(行う習慣がない場合)→(能力を総合的に勘案して判断)→(「1.自立(介助なし)」を選択)→(88)
22.(第2群整髪)→(頭髪がない場合)→(頭を拭く等の類似行為によって判断する)→(「1.自立(介助なし)」を選択)→(94)
23.(第2群外出頻度)→(一定期間)→(調査日より概ね過去1カ月)→(調査日より概ね過去3カ月)→(98)
24.(第2群外出頻度)→(評価軸)→(活動の状況を総合的に勘案して判断)→(外出頻度を評価)→(101)
25.(第4群精神・行動症状)→(評価軸)→(日常生活への支障については周囲の人に与える影響について総合的に勘案して判断)→(当該行動があったか、なかったかという事実)→(116)
26.(第5群薬の内服)→(内服していない場合)→(能力を総合的に勘案して判断)→(「1.自立(介助なし)」を選択)→(135)
27.(第5群薬の内服、金銭の管理)→(入院等で能力はあるが介助が発生している場合)→(能力を総合的に勘案して判断)→(実際に行われている介助の状況で判断)→(135、138)
28.(第5群薬の内服)→(飲む時間や量の理解)→(薬の飲む時間や量を理解し〜)→(薬の飲む時間や量を本人が理解する能力については問わない)→(134)

以上である。さらに昨日の記事で指摘しているが、道の資料に載せられていない分としては

(第2群排尿、排便)→(後始末の判断)→(後始末にはポータブルトイレや尿器等の掃除も含む)→(トイレやポータブルトイレ、尿器等の排尿、排便直後の掃除)→(81、84)と変更になっており、「直後」という文言があることからタイムラグが生ずる尿便器やトイレの掃除は後始末の援助には含まれないとされる判断となってしまう。

(※このほかにもここに載せられていないことで、新テキストと旧テキストの違いがあれば、指摘してほしいとのことなので、気付いた方は、ここのコメントに書き入れてください。僕から道に送っておきますから。

このようにみると、現在より介護の手間がかからないという方向に誘導する結果となっていることは明白である。(逆に手間のかかる方向への変更と考えられるのは16.25.27くらいか)

仮に認定ソフトが変更されず、現在のソフトで一次判定を行ったとしても、この調査ルールの変更だけで要介護度が軽度変更されるケースがたくさんあるだろう。

まさにダブル改定である。

よってソフトのロジックと、判定結果のルール変更で、現行介護状態区分より軽度変更されるケースは間違いなく増えるだろう。そうなると仮にこの新ソフトの導入が全国一律の評価基準の客観性を高める結果になるとしても、それは同時に要介護の重度者を判定方法によって減らす影の目的を覆い隠す理屈であるとしかいえないであろう。

これによって状態が変わっていないのに更新認定で軽度変更される対象者が数多く出現するのは明らかだ。そしてそれはソフト自体の基準時間等のロジック変更の影響より、調査判定方法のルール変更が大きく影響するものである。これが全て認定審査で換算され一次判定結果より重度の認定を受けられるとは限らないことも明白である。

そうなると、国は都道府県を通じるなどして一般市民にこうしたロジックの変更による基準時間の変更と調査判定ルールの変更の結果、要介護度が変更される可能性があることを周知すべきではないのか?

認定調査委員にクレームがつけられた時点で、都道府県に挙げればよいという問題ではないように思え、調査員や審査会へのクレームが予測される状態を放置せず、きちんとした国の説明責任を果たすべきである。

専門家だけが知っておれば良いという問題ではないはずだ。なぜならその影響を最も受けるのは、審査判定を受けるその人自身であり、それは地域で生活する一般市民そのものであるからである。

どちらにしても国民全体に影響のある、こんなに大きな「国が決める」ルールの変更が国民の耳にほとんど届かない形で行われるのは問題である。

戦中の「大本営発表」でもあるまいし、IT社会といわれる現状で、それを利用周知することもなく、都合の悪い情報は流さず、都合の良いことだけを喧伝している。

こうしたお上の都合優先の情報管理姿勢に国民全体が大いに声を挙げるべきである。

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新認定調査ルールも軽度誘導へ。(中編)

(昨日からの続き)

今回の新しい調査ルールで最初に気付くことは、麻痺・拘縮の判定方法が現在の方法とはまったく異なっているということである。

麻痺・拘縮については、現在は「手足の筋力障害や麻痺が日常生活の支障になっているか」を判断することになっており、軽度の麻痺等があっても「日常生活に支障がない」と調査員が判断すれば「なし」となる。しかし新調査ではこの「日常生活に支障があるかないか」はまったく考慮せずに良いとされており、実際に行為を行ってもらって「できない」場合は「ある」としてその部位を選択することになっている。

これだけを書けば、それでは今まで日常生活上の支障がないとして「ない」とされていた同じ人が「ある」になって、軽度誘導ではなく重度誘導ではないか、という疑問が当然出てくるであろう。しかし実際にはそうではないのである。

まず麻痺について実際に利用者に行ってもらっての結果で判断されるが、麻痺の有無は左右上下肢のみを座位か仰臥位で手足が前か横に広げられれば「ない」を選択する。つまりこれさえできれば、いかなる日常生活上の支障があっても、着替えの困難性があっても、肩の高さ以上に挙上させられないケースもすべて「なし」である。

拘縮の場合も同じく自分ではまったく動かせない人であっても、他動的に肩の高さまで腕が前や横に上がれば「なし」を選択する。この場合、着替えの為、肩以上に腕を上げる動作が難しい人でも肩関拘縮は「なし」とされる。

(骨が脆くなっている人に対する、こうした他動的作業はなれた介護者でない場合、よっぽど気をつけないと骨折事故などを起こすぞ!!調査による痛みの出現や骨折という問題が必ずでてくるだろう。)

さらにいえば、これは実際に行われた動作によって確認する為、麻痺の場合、行うことが困難な人については「1週間以内に頻回な状況」で判断するとはいっても、認知症で動作理解がなく動作を行えず「できない」と判断して上下肢にチェックが入るケースが出てくるだろう。すると動ける認知症のケースの場合、ここにチェックが入るほうが基準時間が下がることはよく知られているロジックであり、そのことで認知症の方の要介護度が下がるケースも出てくるだろうから、調査員や認定審査員にはこの部分のより慎重な判断が必要とされる。

さらに新調査ルールでは、座位保持が現在では10分以上保てないケースは「できない」とされていたものが、新ルールでは一挙に目安となる時間が短縮され1分間程度座位がとれれば「できる」と判定をしなければならない。また自分の膝などを掴んで立ちあがったり、歩いたりする場合「何かにつかまればできる」としていたものが「できる」に変更されている。

一番基準時間に大きな影響が出やすい食事摂取に至っては、今まで「一部介助」の対象とされていた食卓において食べ物を食べやすい状態に切ったり、細かくしたり、魚の骨をとったりする行為がすべて認められなくなり「自立」とされる。これは大きな軽度判定への影響となるだろう。

同じく基準時間に大きな影響がある排泄の介助については、排尿・排便ともに「トイレの水洗」も一連動作として新たに定義上に明示されたが、これは現行の解釈を定義の中に文章化したに過ぎず、変更ではない。

それより問題なのは排泄の一連の行為の定義について現在は「後始末にはポータブルトイレや尿器等の掃除も含む」としていうものが、新ルールでは「トイレやポータブルトイレ、尿器等の排尿、排便直後の掃除」に変更されている。つまり「直後」という文言があることからタイムラグが生ずる尿便器やトイレの掃除は後始末の援助には含まれないとされる判断となってしまうことである。そうだとしたら、どのくらいの時間を置いての掃除が対象とならないのか?市町村のローカルな判断が行われないような明確な判断となるように善処を含めて、現在道に問い合わせているところである。

また自立という項目が「1.自立(介助なし)」という選択肢に変わっているため、大幅な軽度誘導が成されている。

例えば能力勘案していた口腔清掃などは、実際の能力がなくても習慣的に行なっていない場合については現在は「3.全介助」であったが、新ルールでは「自立(介助なし)」を選択せねばならない。

服薬が必要のない人のケースも同様で、能力がなくても服薬自体の必要がなければ「自立(介助なし)」である。ということは同じ状態像でも慢性疾患等の服薬をしているか、否か、だけで要介護度が違ってくる可能性があるということだ。ここでの問題は単に服薬が必要ではない人だけではなく、服薬管理が不可能で受診にもつながっていない人も、適切受診を行って服薬管理している人より介護度が低くなるという問題である。

高齢者夫婦世帯で両者に軽度の認知症があり洗身が不十分だった場合は現行調査では「能力を総合的に勘案して判断」だったため「2.一部介助」又は「3.全介助」とされていたケースが新ルールでは「不足となっている介助に基づいて判断」であるから介助が行われていなければ体にのみがわいていようと何があろうと「1.自立(介助なし)」となる。

整髪も髪の毛がない人の場合、身体能力がどのようであっても「自立」であるから、例えば四肢切断の方でも、髪の毛がある方は「全介助」、髪の毛がない方は「自立(介助なし)」である。

薬の内服も「薬の飲む時間や量を本人が理解する能力については問わない」であるから、時間や量を理解できない軽度認知症の独居者が、ともかくめちゃめちゃな時間に口にしておれば「自立」である。

こうした変更は明らかに現在の介護度を導き出す基準時間より、それが短く判定される結果となるであろう。

ところで今回の道の調査員研修では、この変更点を現在のルールと比較した表を道が作成して資料として配布している。それを(断わってはないないが公の研修で出されている資料なので出処を明らかにしておれば問題ないだろうから)紹介しようと思ったが、今日も長くなってしまった。明日の記事で転載して確認してみたい。

(明日へ続く)

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新認定調査ルールも軽度誘導へ。(前編)

新しい介護認定ソフト2009による一次判定と、新たなルールによる審査適用については当初、認定期間の始まりが本年4月1日からの分とされていた。(新規認定期間が4/1以降のケースは、申請日に関係なく全て新判定によるとされていたという意味。)

そうなると更新申請において新規認定期間が4/1から始まりの分が含まれることになり、申請が60日前からできることにより1/31申請分から新ソフトと新ルールによる認定作業が必要なケースが出てくるということになって、各地で認定審査員研修や認定調査員研修が急がれていた。

ところが国から都道府県等に必要なデータが送られてこないことから、認定ソフト2009の新基準認定審査事務に必要なソフト開発が遅れ、新認定が3月以降しかできない市町村が続出して悲鳴が上がっていた。そうした事情があってか先週になって、国は唐突に、新ソフトによる調査と認定作業は「4/1申請分」から適用するとするルール変更を行った。

このため定期見直し分については4/30に認定期間が終了するケースについては、3月中に申請したものは旧ソフト、4/1以降に申請を出したケースのみ新ソフトと、同じ認定期間でも新旧両ソフトで別な判定を行うという混在が出現するものの、3月末までに認定期間が切れる分の更新分は全て旧ソフトと現行方法による審査判定となり4月前の調査および判定は新ソフトと旧ソフトの混在はなく、審査員や調査員で今年度限りで任期を終えるものについては新判定ルールの研修を受ける必要は必ずしもなくなった。

ところで僕は認定審査員研修を3/9に受講する予定であるが(これも今回の適用期間変更で2/16から延期されたものである)、認定調査員研修を先週受講してきた。その理由は審査員を行っていない地域の調査を行うことがあるためである。

そこで気がついたこの新ソフトに関する「隠されたロジック」について今日は書こうと思う。

昨年書いた「新判定ソフトで要介護5は激減?」の中で、状態がまったく変わらない「要介護2」の対象者が、新判定ソフトでは「要支援2」と変更されるケースがあることと、新ソフトによる要介護5の出現率が現行より2割少なくなっていることを紹介している。

しかしこれはあくまで新ソフトの一次判定のロジックにおける結果であり、現行の調査基準をこのソフトに当てはめると、そのような違いが出現するというだけである。

ところが認定調査員研修を受講して驚いたのは、実は今回変更されているのは新ソフトの調査項目の変更(削除14項目、追加6項目の計74項目に変更)と1分間タイムスタディのやり直しによる介護の基準時間を導き出す樹形図の変更だけではなく、調査方法と調査結果の判定方法も変えられていることである。それもすべて軽度誘導の方向に変更になっている。

その内容を具体的に示す前に確認してほしいことは、今回の新ルールにおいては、調査結果を導き出す判断基準について、現行の基準は各項目すべて「能力」「介助方法」「精神・行動障害等の有無」が評価軸として混在しており調査する人によって解釈や判断基準にばらつきが大きかったことから、今回の判断基準では調査項目別に「能力で評価する項目(18項目)」、「介助の方法で評価する項目(16項目)」、「麻痺・拘縮や精神・行動症状の有無で判断する項目(21項目)」に分け、判定方法も変えられている、という点である。

(※お笑いなのは、認定調査員研修で説明する道の担当者が、このテキストの解説(つまり旧ソフトから新ソフトに変えた言い訳)を無批判にレクチャーすることである。主体性のかけらがない解説というのは役人としては適正なのかもしれないが、現場の調査員に一律にそういう説明で通すとき、彼らは国の情報操作の片棒を担ぐ役割に成り下がるということに気がついているのだろうか?そもそも1分間タイムスタディによる基準時間の導き出し方が13年度のデータを使用しているから不正確という理由は、高齢者の状況がその時と違うからと言っているが、具体的にどこのどのような状況が違うのかについて言及されていない。調査する対象より、調査する目的と対象作業により、これが著しく違ってくる:つまり基準時間は客観データというより誘導が働きやすいデータであるということの批判や理解がない説明は笑止千万である。

しかし「調査する人によって解釈や判断基準にばらつきが大きかった」ことが、この方法の変更によってなくなるかと言えば、そんなことはなく、実際に「有無」で判断する21項目については解説で「一定期間(調査日より概ね過去1週間)の状況において、より頻回に見られる状況や日頃の状況で選択する。」として調査員の解釈判断が不可欠な部分を残している。変更ロジックの一貫性、論理の整合性のなさがここでも現われているということである。

しかしそんなことより、さらに大きな問題点が、調査結果の判断の方法変更による一次判定結果の「軽介護誘導」である。これにより要介護5の出現率は旧ソフトより2割減どころか、もっと増えるであろうと予測されるのである。

具体的には、どこがどう変わっているのだろう。これは調査員研修を受講した方は既に十分承知だろうが、あらためて旧調査方法と比較することにより、その「政策誘導」が如実に明らかになるので、あらためてここで示してみたい。

しかし長くなったし時間もなくなってしまった。この続きは明日書こうと思う。
(明日に続く)

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新判定ソフトで要介護5は激減?

新判定ソフトによるモデル事業が行われてきたが、11/25の「要介護認定調査検討会」において、このソフトによる介護認定が平成21年4月1日以降の更新分の判定から実施されることが正式決定された。

もちろんモデル事業などセレモニーに過ぎないので、多くの関係者はこの決定が既定路線であることは承知だったろう。

今後、各市町村にこの新判定ソフトが来年1月中に配布され、2月の審査会から新基準の1次判定結果によるケースが審査対象となってくる。その後、新旧判定が一時的には混在するが新基準において判定を行うケースが随時増えて行くことになる。

今後のタイムスケジュールとしては以下の通りとなる。

1.マニュアルの配布(12月〜1月)
2.新判定ソフト配布(1月中旬)
3.平成21年3月で有効期間が満了する者の更新申請の受付開始(有効満了期間の60日前から)
4.平成21年4月全面施行。

82項目から74項目に変更される「介護認定ソフト2009」は現在の認定ソフトの項目との比較を、ここで再確認してみよう。

(追加項目;6項目)
1.話がまとまらず、会話にならない
2.買い物
3.簡単な食事の調理(献立を含む)
4.人の都合を考えないで自分勝手に行動する
5.意味もなく独り言や独り笑いをする
6.集団への参加ができない

(削減項目;14項目)
1。(1-2)関節の動く範囲の制限(肘関節)
2.(1-2)同上(足関節)
3.(4-1)じょくそうがありますか
4.(4-1)じょくそう以外で処置や手入れが必要な皮膚疾患等はありますか
5.(4-1)飲水
6.(5-5)電話の利用
7.(6-4)介護者の指示への反応
8・(7のウ)実際にないものが見えたり、聞こえること
9.(7のカ)暴言や暴行
10.(7のソ)火の始末や火元の管理ができないこと
11.(7のチ)不潔な行為を行う(排泄物を弄ぶ)こと
12.(7のツ)食べられないものを口に入れること
13.(10-1)日中の生活
14.(10-3)環境等の変化

である。追加項目のうち「話がまとまらず、会話にならない」人や、「人の都合を考えないで自分勝手に行動する」人は我がスタッフにもいるかもしれない?
「意味もなく独り言や独り笑い」を僕の息子は時折している。
「集団への参加ができない」人はたくさん心当たりがある・・・。

それはさておき、モデル事業における現行ソフトとの一次判定の比較は、一致が57.6%、現行ソフトより重度判定が22.6%、同軽度判定が19.8%であるとし、2次判定では、この新ソフトの1次判定との一致率が63.2%、重度変更が16.7%、軽度変更が20.1%であるとして、結果「全国における各要介護(要支援)状態区分の出現割合については一次判定、二次判定ともにほぼ現行の審査判定と同等である」と結論付けている。この結論が意味不明である。

現行ソフトとほぼ同じ結果であるなら、何故変える必要があるのか、それにより精度が上がるなんてことにはならないではないか。

そもそもこのソフトの変更は「精度を上げる」ためではなく、「認定のばらつきを防いで平準化させる」のが目的である。つまり調査員の判断が全国一律で迷わないようにする、という項目変更がされたのであり、同時に影では審査会の変更の裁量権を著しく狭めたルールを押し付けることにより「平準化」の名の元に、要介護度が重く出るケースを減らして、2次判定でそれを変更できない仕組みを作り上げているのである。まったくひどいソフトである。

僕の調査では、状態がまったく変わらない「要介護2」の対象者が、新判定ソフトでは「要支援2」と変更されるケースが抽出されているが、それ以上に大きな問題がある。

11/25の「要介護認定調査検討会」で、鳥羽委員から「新ソフトによる要介護5の出現率が現行より2割少なくなっている」と指摘がされている問題である。現場の関係者は注視すべきである。特に認定審査に関わる関係者は、このことを十分把握しておくべきだ。

結論からいえば、この新ソフトは一番介護が必要な「現行認定における要介護5の利用者」の支給限度額が減らされる可能性が高いソフトになっているのである。姑息な介護給付費抑制手段といってよい。

この検討会や新ソフト作成に関わった当事者が何といおうと、事実として、このソフトは介護度が出にくく、現行ソフトより軽度変更者が増えることに間違いはない。

困惑する高齢者に説明が必要になるケースが増えるだろう。

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新介護認定ソフトは何をもたらすか。

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厚生労働省は既に、要介護認定を全面的に見直す方針を固めている。

2008年度に各市町村で新認定ソフトによるモデル事業を実施し、2009年度には新認定ソフトによる認定審査をスタートさせたい、というのが国の思惑である。

その理由として、現在の判定では基礎データが古く市町村間のばらつきも指摘されており抜本的な見直しが必要と判断したということである。調査内容については心身の状態をきめ細かく把握するため判定に必要な認定調査票に「洗濯を1人でできるか」といった日常活動や「損得の判断力」といった認識機能などを問う項目を追加している。

さらに手続きも簡略化するとしている。

さて、それはどういう意味があり、どのような結果をもたらすのであろうか。

おそらく調査項目の見直しは、その内容を見てわかるように、高齢者だけではなく若い障がい者をも含めた認定基準に対応していると思える。つまりこの認定ソフトの改定の一面は、介護保険の適用年齢を引き下げることに対応したソフトともいえるのである。

また「手続きも簡略化」の意味するところは、現行のソフトでは要支援2と要介護1の区分が出来ず、要介護1相当として結果を出し、予防給付(要支援2)か介護給付(要介護1)かの判断は認定審査会の2次判定で導き出す方式をとっているが、新ソフトではコンピューターの1次判定の際に、要支援2と要介護1の区分をコンピューターによる判定として行うものである。

しかもである。ここに大問題が隠されている。

新判定ソフトでは、現行のソフトで1次判定結果が「要介護2」とされるケースの一部を何と「要支援2」と判定するロジックになっているのである。2段階も軽度に認定されるロジックが一部の状態像にかかってきているのである。

つまり現在、要介護2で介護給付サービスを受けている人で、状態に何の変化もなく、認定調査結果も変わらないのに(一部新項目は増えたり、現行の項目で削除になっている項目はあるが)、新判定ソフトでは「要支援2」と判定されるケースがあるということだ。

新判定ソフトを使った介護認定において認定審査会で予防から介護に変更するルールは明らかにされていないが、現行のルールを鑑みると審査会のその裁量は著しく狭いものであり、そのまま1次判定を踏襲して判定結果を「要支援2」とせざるを得ないケースは多いのだろうと考える。

すると認定ソフトが変わっただけで、状態が変わっていないのに介護サービスを受けられなくなる人が数多く出現するという結果となる。

この割合についてであるが、現行の判定で「要介護1相当から要介護1と判定された者」+「要介護2と判定された者」のうちの3割程度が「要支援2」という1次判定結果が出る、と予測されている。おそるべきロジックである。

実はこのことは2006年2月に書いた『介護保険制度、次期改正への布石。〜この改正で見える二つの「影」』のなかで僕は「次回の改正では予防給付の範囲を、認知能力の悪化していない要介護2の一部にまで広げるという議論が必ず出てくるということである。」と予測しているが、その懸念が制度改正以前にソフトの改定で実現してしまうことになる。つまり新判定ソフトとは明らかな給付抑制ソフトである。

利用者にとっても大変な問題であるが、同時にそれは居宅介護支援事業所の顧客がますます減ることも意味している。居宅介護支援事業所は生き残ることができるだろうか。

居宅介護支援費に給付管理加算をつけて引き上げるという議論は、実は介護給付の対象者自体が減ることを前提にしている節がある。介護サービスの計画数が減った分を、居宅介護支援費引き上げ財源に考えているということで全体のパイ自体はできるだけ引き上げない方向である。このような「取り引き」に一部の業界団体が乗っかっているかのような動きも見え隠れしている。

そのような動きを考えると、おそらく国は体力があり「特定事業所加算」を算定できるような規模以上の事業所だけが残れば良いと考えているのではないか。言葉は悪いが制度当初に問題視され否定されていた「囲い込み」を行ってサービスを一元的、多角的に提供する事業者の方が費用対効果が高くなることに着目して、それが居宅介護支援費を大きく引上げなくても済む「安上がりのサービス体系」として、暗黙のうちにそれを推し進める政策誘導をしているのではないだろうか。

同時にこのことは、要支援2の対象者が増えることにおいて、それは「予防サービス対象者」が増大することを意味しているが、それらの予防プランを地域包括支援センターが担うことをも意味している。しかしこれだけ増え続ける予防プランに地域包括支援センターの手が回っていくのだろうか。

そのことを疑問視したとき、見えてくるのは「地域支援事業」を含めた予防サービスは、将来的には予防プランも必要としない保険外の市町村事業に変えたいというのが国の本音ではないかということである。

この2つの考え方はまったくの杞憂なのだろうか。そうであれば良いのであるが・・・・。

ともかく間もなく各市町村で始まる新ソフトによるモデル認定事業の際には、調査員も認定審査委員もこのことに注目して、必要な意見を現場から大いに発信していただきたい。

市町村の担当者の方々についても、新判定ソフトが「改正」であるから、それに沿ったルールの理解のためにモデル事業があるなんていう馬鹿げた呪縛を解いて、心静かに冷静にその問題点を見つめて共に考えてほしい。

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認定調査代行は保険者の下請けではない。

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介護保険施設利用者の方々はいうまでもなく要介護者の方々である。当然定期的に要介護認定調査を行って審査判定を受けなければならない。

この認定調査は施設に委託してくる市町村が多い。現在、当園利用者の調査については隣町の白老町については保険者自身が全件調査を行っているが、他はすべて施設に調査代行を委託依頼してくる。

この際に調査票がマークシート方式など保険者独自の指定書式でないと認めないという保険者の調査代行はできる限り受けないようにしている。(多分その保険者の判定ソフトに対応するためだろう。)中には国が定めた指定書式以外の余分な用紙の記載を求めてくる保険者もあり、これは絶対に受けない。(参照:恵庭市の認定調査書式に物申す。

しかしそうはいっても日頃お世話になっている近隣の保険者だけは指定書式でも断わらずに受けるようにしている。

しかし勘違いしてほしくないのは、代行調査に対して委託料が支払われているからといって、施設は保険者の下請け機関でも、出先でも出張所でもないということだ。委託及び受託契約はあくまで対等な立場で結ばれているものであり、保険者は、そのことに関して施設に対する指揮命令権などもっていないはずである。

そもそも委託費用など、この地域で言えば1件2.500円+消費税である。こんなものを年間100件や200件行ったところで施設の収益上では何の意味もない。調査にかける職員の業務負担と事務経費を考えれば施設にとっては負担あって利益なしである。

それでも受託しているのは、行政と施設双方が協力し合ってスムーズに制度運営をするという観点で、受託側としては大いにボランティア精神を発揮しているのである。ここを勘違いしている保険者の担当者がいるのではないか?

調査内容に対する特記事項の書き方など保険者から確認する必要があるケースは当然出てくるだろうが、それはあくまで対等の立場での確認作業であり、保険者が最初から調査員を指導するという態度である場合がある。何を勘違いしているんだい。

場合によっては最初から代行調査の内容を事実に基づかないかのように疑っての問いかけがある。代行調査に対する信頼ができないのであれば最初から調査を委託などせずに保険者自身が全件調査すればよい。施設はそれで何も困ることはない。

施設の代行調査の正確性が疑われる事例が確かに過去にはあって、状態像より重度に認定する為に虚偽の調査結果を報告していた施設の問題が取り上げられたことがある。制度の根幹に関わる問題であるから、このような施設は厳しく罰せられるべきだが、しかしそれもすべて施設側に調査を丸投げしているから起こることで、一人の対象者に対する調査は数回に一度は保険者自身が行って整合性を確認すれば防げる問題である。

しかし虚偽に調査報告して実態より重度に介護認定がされてしまえば、施設利用者の場合は毎月の1割負担分の利用料金が上がってしまう。居住費と食費が自己負担化されている現在、そのような利用料金のアップは利用者や家族が受け入れるわけもなく、事実はすぐに明るみになるであろう。実際問題としてそういう取扱いなど出来ないはずである。状態像が実際に変化したことで区分変更申請することさえもしぶる人もいるくらいなのであるから・・。

先月から当施設で問題としていたのは、隣市より特記事項の記載が問題であるとして再提出を求められた認定調査の問題である。詳しくは「室蘭市介護保険課認定調査係の理不尽な要求」をご覧になっていただきたいが、状態像が変わっていないから特記事項も変わらないのに、何回もの調査で続いて同じ特記事項であるのはおかしいという意味のわからない要求である。

結果的に(貼り付けたスレッドを見ていただければわかるが)その要求は取り下げられたものの、こうした指導は当施設に対してだけではなく、他の機関の代行調査に対しても行われており中には調査費用を返還させられたケースもあったという情報提供があった。

明らかな不正調査ならともかく、状態像の変わらない人まで特記事項の変更を求めるのは疑問である。これは1施設の問題ではなく、この地域で行われる認定調査と要介護認定という広い問題として捉えねばならず、1保険者の勝手な解釈で介護認定調査の方法に国の定めのないおかしなローカルルールが適用されるのは問題と思う。

そのため今回の問題について保険者としてどう考えているのか、正式な見解を聞きたいと思った。
要介護認定代行調査に関する質問状」を送ろうと考えている。その結果については後日、報告したい。

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特記事項・書きゃあよいってもんじゃない。

前にも似たようなことを書いた覚えがあるが、認定審査会にそなえて事前に資料を読んで自分なりの検討作業をする際に一番困るのは特記事項の文字が読みづらい認定調査票を解読することだ。

医師の意見書も解読不能なものは多いが、記載されている文章の量が違うし、事前に調査結果と合致しているか確認する為の作業として考えたときの特記事項の読みづらさは、意見書のそれと同列では論じられない。

文字のうまい下手はともかく、嫌がらせかと思うくらいの癖文字がある。

市の調査員の文字が癖文字であると最悪で、毎回その文字の調査票が数件混じっている確率が高いので毎度のように、ひねくれた文字の解読に無駄な時間を費やさねばならない。

このストレスは当然ながら、審査判定に必要な事前準備に支障を来たす要素になる。この文字の調査票の特記の書いてある量が多い場合、すべて読む気力さえ失いかねない。文字解読でエネルギーを使うため、他の調査票の読み込みが浅くなることもままある。

いい加減に市直営の調査くらいは、すべて手書きを禁じてもらいたい。別に難しい問題ではないだろうに、何故この部分の改善や指導をしようとしないのか実に不思議である。

また特記事項を書いてくれることはありがたいのであるが、何を書いているのか意味不明の文章を長々と書いている調査票もある。特記事項の記載によって調査結果の実態や、結果のチェックだけでは伝えられない個々の状況を判断できるならよいが、逆に特記事項を読むことによってチェックをつけた意味がわからなくなる場合がある。

さらに贅沢を言えば、あまり特記に書かなくてよい「当たり前のこと」を長文で書いてある場合も困るのである。「そりゃあ書かなくてもいいよ」という部分が多いと、肝心の必要な特記を見逃しかねないので逆に神経を使って疲れてしまう。まあ役目だからこれは仕方ないだろうとあきらめはつく。最初に書いた解読不能な癖文字の問題よりは随分ましではある。

認定審査会の認定結果に不満を持つ調査員等は「きちんと特記事項を読んでいるのか」という疑問を持っている人が多いが、審査委員の立場から言えば、限られた時間で協議する審査会で特記事項を読まないで審議に臨むことはあり得ないということである。

しかしながら何割かの調査員の特記事項の記載方法は、調査方法をわかっていないと思える内容もあるし、何割かの調査員の判断はルールと違っている誤解が見られる。

そして何より、調査員は現行の審査判定のルールとシステムを知らずして批判をしている人が多いということである。

特に予防給付か介護給付かで、利用者のサービスに大きな違いが出ることぐらい審査委員はすべて承知している。だからここの判定は慎重に行っており、安易に思い込みや機械的作業で行うことはないように心得ている。

ところが国のルールは、この部分の判定に対して、審査委員の裁量権を非常に狭く設定して、一次判定の結果をできるだけ「機械的」に判断させようとしており、かつその結果は限りなく予防給付に誘導的なものである。

この部分をきちんと実態に沿った判定に導く為には、審査委員のルール理解の努力も必要だが、調査員の制度ルール理解と、調査の結果と特記事項の書き方の関連を良く知る努力は不可欠なのである。

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認定審査員及び調査員研修の疑問に道から回答

先月25日に書いたブログ「介護認定調査の混乱要因」の中で、1月に行われた介護認定審査員と介護認定調査員の両研修における演習の中で感じた疑問について(内容については貼り付けた1/25のブログで再度確認してみてほしい。)、研修終了後に所定の質問票に疑問を書いて事務局に提出していたが、その回答が昨日届いた。

結論から言えば、当日、特に認定調査員研修の演習のなかで事務局が示した見解はやはり間違っている部分がある。調査員の研修への参加者の皆さんでこのブログを読まれている方は、是非注意してほしいし、他の参加者の皆さんにも伝えていただきたい。

質問は3点。認定審査に関して1点。調査に関して2点である。以下に質問と回答をQ&A方式で示す。(繰り返しになるが演習事例の詳しい内容や疑問の詳細は1/25のブログを参照しながら確認いただきたい)

認定審査会に関するもの

<認知症自立度の確定について>
Q.介護認定平準化マニュアルP18によれば、認定調査と主治医意見書の両者が認知症自立度「自立又は機廚両豺隋⊆動的に「自立又は機廚罰猟蠅垢襪海箸読みとれる記述がある。しかし、これはあくまで特記事項等の内容から介護認定審査会が最終的に確定するものではないのか?ここの部分の審査、審議をしてはならないという意味か?
 同じくP19において、認定調査と主治医意見書の自立度が分かれた場合、蓋然性評価が「A又はB」の場合に自動的に「自立又は機廚班床舛擦茲箸いΦ述があるが、蓋然性評価はあくまで参考で、これを参考にしながら審議して介護認定審査会判定で最終的に「自立又は機徊瑤蓮岫彊幣紂廚犯獣任魏爾垢里任呂覆い?ここも蓋然性評価が「C又はD」の場合以外は審議をしてはならず、自動的に認知症自立度を「自立又は機廚箸擦茲箸いΠ嫐なのか?

A.ご質問をいただいた2つの状況については、ご指摘の通り介護認定審査会で検討して判定していただくものです。
 介護認定審査会における検討内容については、基本は「認定調査委員、介護認定審査会委員テキスト2006vol.2.平成19年11月」であり、介護認定平準化マニュアルは参考資料としてお使いいただきたいと思います。

認定調査に関するもの

<2-3座位保持について:事務局回答とQ&Aの矛盾について>
Q.座位についてはテキストでは端座位としているが、認定支援ネットワーク回答(2007.11.20現在)3ページ2番目にはベッド上の長座位も可とされている。

A.ご指摘の通り、どのような状況が座位を保持した状況であるのかは調査対象者の日頃の状況に基づき判断しますが、ベッド上の長座位も含みます。

<4-4飲水:事務局回答とQ&Aの矛盾について>

Q.4-4について認定支援ネットワーク回答(2007.11.20現在)P5(下から3つめ)では、適正量の判断ができてもコップに水が注がれていれば「見守り」とされている。そもそも事務局が根拠としている水筒やペットボトルとコップは違うのではないか。

A.演習事例4-4飲水の特記事項については、テキストの補足説明の「水筒やペットボトル等を手の届く範囲においてもらって、自分で適正量を判断して飲める場合」と判断して「自立」を選択しております。
 しかし、水等を自分ではポット等から湯飲みに注げない場合のように、コップに注いで手もとにおく必要がある場合(例えば視力や握力の低下など)は、認定支援ネットワークの回答どおり「見守り」を選択します。
 演習事例の特記事項には、水等をコップに入れる必要性の記載がありません。介護の必要性を特記事項に記載いただくと「自立」か「見守り」かの判断ができます。

ということである。つまり審査委員会に関する「介護認定平準化マニュアル」は参考資料とはいうが、実際のルールとは違うことを書いているのであるから混乱要素にしかならず「読まないほうが良い資料」である、と結論付けてよい。百害あって一利なしの参考書である。

また調査員研修の演習の事務局が示した見解も、疑問で、床に手をついた状態で端座位だから「できない」ということにはならない。床での長座位とベッドでの長座位が違うという根拠に欠けるからである。

水分摂取に至っては、特記で水等をコップに入れる必要性を読みとれない、と回答しているんだから回答の中の『自分で適正量を判断して飲める場合」と判断して「自立」を選択しております。』という判断自体に根拠がないということになり、演習の中で調査員の結果判断を誤りとした事務局の見解自体に根拠がなくなる。

調査結果として書かれている「見守り等」を調査員は適正量が飲めないと判断しているからそう結論付けたと判断する以外になく、事務局が言う理由で「自立」に変えることは完全に間違っているということである。

実際に当日の僕の演習グループのメンバーの数人は、事務局の回答でコップに入れておいておいても自力でそれを飲めれば「自立」であると判断するという間違った理解で帰った人がいるのである。(その方々には一応、間違ってると思うので後から確認しなさいと言っておいたが、どうなったか・・。)

百歩譲って疑問が生ずる場合、再調査ということであり、演習で示したように、あの特記で調査結果を覆して「自立」が正しいと決め付けることはできないというのが正解である。

細かなことだが、平準化をうたい文句にする以上、正しい解釈は常に求めなければならず、主催者側が混乱を招く説明、あやふやな見解を示すこと自体が平準化の弊害であろう。

質問票に対する回答において『自分で適正量を判断して飲める場合」と判断して「自立」を選択しております』と『演習事例の特記事項には、水等をコップに入れる必要性の記載がありません』という相反する二つの解釈を並列させ回答をぼかしてしまうのは、あまりに役人的答弁であり、調査結果の平準化を促進する目的には合わない回答と感じる。

現場の混乱を避けるには事務局の回答は、本来あの事例では判断できない部分を憶測で回答してしまった、と正直に言うだけで結構である。

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介護認定調査の混乱要因

21日の昼から夜にかけて当地域の認定審査委員の平準化研修と認定調査員の定期研修があり、両方を受講してきた。

認定調査はほとんど行っていないのであるが、審査委員を務めていない他市の調査委託の場合、担当する介護支援専門員が業務の都合で調査ができない際など、僕が替わって行うことがあるので調査員の定期研修も受けておかねばならないのである。

ただ認定調査員の研修受講は、審査委員としても調査ルールの確認になったり、調査員が何を求められているか知ることができたり、それなりに有意義であると思う。(行政説明は無駄であると思う。介護認定の実施状況など資料を読めばわかるし、余計なコメントなど自分なりの分析の邪魔でしかない。)

ところでこの研修(両方とも)に出て感じることは、全国一律の認定基準を守るために、調査と認定の方法の平準化が大事だという国の考え方はわかるが、実際には認定調査の判断基準や、審査における変更の根拠に差異を無くすこと自体は難しいということである。

状態像の例がいくら近くても、そこは赤い血の流れた人間が、様々な他者との人間関係や環境の中で生活しているので、一つのルールや規準が当てはまらないことも多いのである。

さらに問題なのは、調査規準を明確にすべく国から出されているQ&Aに矛盾があるという問題がある。

今回の両研修の演習の中で、僕が問題と思った2つの項目についての判断を例に挙げてみたい。

調査項目2-3(座位保持)について、事例ケースでは調査結果が「つかまれば可」となっているが特記事項では「床に座っているが床に手をついて支えている」と書かれている。

テキスト24ページでは「座位とはいす(車いす)に座った状態、もしくはベッド上での端座位の状態をいう」とされているので、当然例示の調査内容は長座位となっており調査結果と特記事項は不整合で判断結果に問題があることになる。事務局も正解として端座位ではないから結果と特記事項は不整合という結論を出している。(特記の通りなら4.できないが正解)

しかしである、実は「認定支援ネットワーク」の2006/8/4・Q&Aでは

Q.認定調査員テキストの中でこの項目の補足説明に「ここでいう座位とはいす(車いす)に座った状態、もしくはベッド上での端座位の状態をいう」とあります。ということはベッド上での生活をしている人が長座位で上半身を支えられ起き上がっている状態(ベッド上で寝ている体勢から上半身だけギャッジアップにて上体を起こしている状態)は10分程度できたとしてもこの状態は端座位ではないため「3.支えてもらえばできる」ではなく「4.できない」という判断でよろしいですか。

A.ギャッジベッドや車椅子の背もたれが支えとして機能し、座位保持ができる場合は「3.支えてもらえばできる」と判断します。また、どのような状態が座位を保持した状態であるかは調査対象者の日頃の状況に基づいて判断します。判断に迷う場合はその状況を「特記事項」に記入してください。

とされているのである。ギャッジベッドの背もたれが支えとして機能するという状態は端座位ではあり得ない。テキストと矛盾した回答が存在していることが判断基準を狂わす問題となっている。

同じく4-4(飲水)であるが、演習事例では調査結果が「見守り等」であるが特記事項に「コップに水などを入れテーブルにおけば自分で飲むことができる」とされている。

これについても事務局の判断は、テキスト46ページの選択肢の判断基準「自立」の補足説明に水筒やペットボトル等を手の届く範囲に置いてもらって、自分で適正量を判断して飲める場合を含むとしている。特記事項の内容から「見守り」ではなく「自立」と判断できる。と演習事例の調査結果が間違いであると指摘している。

僕はこの見解には疑問があって、コップとペットボトル等は違うだろうと思ってるし、「飲むことができる」と「適正量を判断できる」という意味は根本的に違うと思う。

しかしそもそも認定支援ネットワークの2006/10/23・Q&Aでは適正量の判断など問題ではなくコップに注ぐ介助をされておれば「見守り」であるというものがあるのだ。

Q.飲水量を適切に判断できる寝たきりの方で、通常は介護者がその都度用意してあげるが、仮にペットボトル等を手の届く範囲に置いておけば飲水ができるかどうか質問すると「飲水できる」と答えた場合は「自立」と判断するのか。それとも実際の介助の状態から「見守り」と判断するのか。

A.自分で水道やペットボトル等から水、お茶、ジュース等をコップや茶碗に入れて適正量を判断し飲める場合は「1.自立」を選択してください。また、適正量の判断ができても茶わん、コップ、吸い呑みに入れられたものを手の届く範囲に置く場合は「2.見守り等」を選択してください。

とされている。同日に同じく出されている回答の中では「適正量を調整する為介護者が茶わん、コップ、吸い呑み等に入れられたものを手の届く範囲に置く場合は2.見守り等を選択してください」というものもあり、両者は並んで記載されているが矛盾ともとれる。

これでは現場の調査員が判断に迷うのは当然だろう。

なおこの2つの問題については正式に質問事項としてQ&Aとの矛盾をどう考えたらよいかと挙げており、後日道から正式回答をくれることになっている。

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1分間タイムスタディの目的外使用?

要介護認定の見直しの流れ等については「要介護認定の見直しの背後にある影」にも書いたが、今、特養や老健で新しい介護の基準時間を設定する為のデータ収集として「1分間タイムスタディ」が行なわれている。

このことについて全老施協主催の「女性フォーラム」のなかで中村会長が語っている内容が興味深い。

1分間タイムスタディは新しい介護認定の基礎データとなるだけではなく次の報酬設定の基礎データにもなるというのである。その内容を読んで、なるほどと思ったので、その発言要旨をまとめてみる。

(老施協会長発言要旨)
厚生労働省が「1分間タイムスタディ」を特養、老健で実施しているが、そのデータとして
1.多床室とユニットケア型の介護量の差
2.日中と夜間のケアに基づく介護量の差
3.要介護度別の介護量の差

以上にも注目して調査しているが、これに顕著な差が出れば、次期介護報酬単価にも大きく影響する。「私たちにとって死活問題のデータだ」とし、例えば、多床室がユニットケア型に比べ介護量が少ないとされた場合、両者には大きな報酬単価差が生じ、多床室は「生活支援型」ではないとされ、報酬が大幅に減額される可能性に言及している。

また障害者自立支援法と同様に「日中介護」と「夜間介護等」の分離の為のデータともなり得る恐れがあると指摘している。加えて、介護度別で介護量が大きく差がでれば介護量が少ない軽介護者は介護保険から外すという根拠データになりかねないと指摘している。
(要旨以上)

つまり次期介護報酬では一律報酬を下げるんではなく、有資格者の配置等の加算など、サービスの品質保持に関する評価を設け、メリハリをつけ報酬増となる場合もあり得る、という考えを社会援護局長が表明していることは「次期介護報酬改訂に関する社会援護局長の考え方から見えるもの」で書いている通りであるが、その前提に、既存施設の多床室単価の引下げがまずありき、という考え方があるという意味である。

なるほどと思った。しかも1分間タイムスタディ自体の積算介護時間というものには胡散臭さ、実態との乖離があり、データの読み方でどうにでも取れる部分が排除できない。まず多床室報酬減ありきでデータを読む、ロジックを作り上げる。そういう可能性だってあるわけである。

しかし多床室の介護の手間は、個室における手間よりかかる場合がある。例えば、個室で着替えや排泄の援助を行う場合は、入り口から室内が見えない状態にすればプライバシーを守って、羞恥心に配慮したケアが出来るが、多床室であれば、それに加えて、ベッドの周りを囲むプライベートカーテンを引いたり、衝立を立てたり、更には物音や臭いにも配慮が必要となり、声かけにも、同室者の方に迷惑をかけたり、遠慮をさせないよう、様々な手間と労力がより必要になる、ということについては以前にも指摘している。

つまり個室のほうが多床室よりアメニティは高いが、介護の手間が多床室に比べて大きくなるわけではない。

導線上の問題、それが広がるというのであれば、それは施設全体の問題で居室の中の介助の問題ではないだろう。ここをきちんとみることが可能なのか?なんとも怪しい限りである。

これ以上、多床室の報酬が引き下げられたら、だれも多床室の施設を経営したくなくなるぞ。でもそのとき困るのは経済的負担に耐えられない層の高齢者自身ではないか。社会福祉のサービスは守られるのかという問題が一つある。

生活支援型というケアの品質は1分間タイムスタディで測れる問題ではないだろう。報酬にメリハリをつけて質を評価する、という次期報酬改定の自体とは、全体のパイを下げ、ユニット型施設に報酬を厚くした分を、既存の施設、特に多床室をターゲットに下げるというなら、非常に危うい改革といわねばなるまい。

経済的弱者には霞を食わせて生きろ、というのだろうか。

しかもである、会長の話によると老健局の考え方は「特養に入っていること自体が尊厳を支えるケアではない。生活支援機能施設はユニットケア型であり、ユニット型以外は施設でないと言っている」と発言している。

これでは既存施設でサービスの向上に努めている現場職員は浮かばれない。

せめて準ユニット加算でもとらなければ「駄目な施設」という烙印を押されているということなのか?ユニットケアが形だけで、ソフトが伴わないところだって数ある。既存施設でも加算算定はできていなくても個別ケアに取り組んで成果を上げている施設がある。そういうのは全部無視なのか?

形や建前より、利用者や家族の顔を見て、声を聞く、という血の通ったアウトカム評価が必要ではないか。

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要介護認定の見直しの背後にある影

先週末、共同通信社から配信され、新聞各社などで報道されている「要介護認定の見直し」。
しかしそのこと自体は別に新しいニュースではなく、介護認定ソフトは、見直し・修正することが決まっていた。そして2002年のソフト改正では行われなかった基礎データである1分間タイムスタディの見直しも既方針である。

それは、昨年の制度改正で新たに要介護者と要支援者の区分が変更になったのに、判定ソフトのロジック自体は変更がなく、審査会で要介護1相当となった対象ケースを要支援2と要介護1に振り分ける作業を行っているわけであるが、この要介護1相当も1次判定から要支援2と要介護1という判定ロジックに組み替えることは出来ないか、という考えが始まりであった。

その中で、82項目の基本調査の結果、介護に要する時間を割り出している基礎データ(1分間タイムスタディ)も古いデータとされ、実態と乖離が見られることで見直しが求められることになった。

ただ、今回の報道により見えてくる部分は、この見直しの中心が、予防と介護の区分の明確化ではなく、実はその軸足は障害者福祉制度が介護保険に組み入れられることを想定して、若年者の要介護状態をも表せるロジックを組み込もうとするものだ、ということである。

洗濯や掃除、炊事がどの程度できるか、を問う「家や地域での日常活動」や、一人で外出可能か、時候のあった服を選択できるか、を判断する「日中の過ごし方」という調査項目に追加し、100項目を超える調査内容となっている。障害者と高齢者の介護サービスの統合の既成事実化が様々な場面で行われていくということであろう。

介護認定について言えば、手続きの簡素化を行うといっても、調査自体は項目が増えた分だけ時間もかかり、内容によっては正確を問うには本人以外への聞き取りも必要になってくる。

しかも肝心な点は、項目がいくら増えても実際の状態象に近い判定結果に結びつくとは限らないということだ。むしろ調査項目が増えるということは、それに対して介護の手間を導き出す樹形図の枝が増え、複雑化する、という意味であり、そこには当然逆転現象(あきらかに介護の手間がかかる項目を選択すると基準時間が減る;あるいはその全く逆)の出現率も高くなるということだ。

現在のソフトでも、下肢の筋力低下が「ある」にチェックされているものの「筋力低下」のチェックをはずすだけで1次判定が1ランク上がるケース等がある。新ソフトでも 、時候のあった服を選択できる人のほうが、出来ない人より1次判定が重度に出るなんていうケースがあり得るわけだ。

1分間タイムスタディの結果を、あの複雑な樹形図に落として介護の手間時間を出し、その積算時間を判定基準時間としている限り、枝の分れ方により逆転現象が起こってくることを完全になくすことは不可能に近いからである。

だから過去に使われた要介護認定ソフト1999も、今の2002も逆転現象が解消されていない正確性に欠くオンボロソフトである、と言われているのである。

「実態と乖離が見られる」という現象は、基礎データの集積を新たに行って改善できる問題ではないと思う。

そもそも居宅で介護しているケースの介護の手間の時間も、施設や医療機関で基礎データ集積が行われている。実態と乖離するのは当たり前だろう。こうした状況を見ると、新たな認定ソフトも正確性や介護の現状に即した判定を導き出せるものにはならないだろう、という結論を導き出さざるをえない。

そういう意味での期待は持てないのである。

それよりも心配なのは、過去の介護認定ソフト改訂でもみられた「操作」が行われないかという危惧である。

要介護認定ソフト1999から2002への変更理由については「運動能力の衰えていない認知症」 の対象者の判定をより正確に出来るように、ということでルールが一部変更されたが、それよりもその際の変更では、1999で要介護2と判定していた層も要介護1に取り込む判定ソフトとなっている。

そうすると「介護保険制度の向かう方向に関する1考察。」でも指摘しているところであるが、介護予防サービスの範囲を要介護2の一部まで広げたいという国の意向は、ルールを変えなくても新判定ソフトで、現在の要介護2の認知症でない層まで要支援2に取り込むロジックにすれば目的が達せられ、眼に見えないところで批判を受けない形でそういう方向にしてしまう可能性が排除できないのだ。

しかし我々は、出来あがったソフトのロジックをいくら検証して、問題点を指摘しても、何も変えられない。一方的に与えられる側である。作る側の見識に頼るしかないか・・。

どちらにしても新ソフトで「オンボロ」が修正される、という期待はしてはいけないということである

介護・福祉情報掲示板(表板)

真実を伝えない報道〜シルバー新報の報道をどう読むか。

表の掲示板でも議論になっているが、新聞報道がおかしい。

記者の見識が問われるような情報の垂れ流し的記事が目に付く。真実を伝えるべき新聞が、第三者である他の機関から出された情報を考察もせず伝える役割のみに成り下がっているのではないか?

問題となったシルバー新報の記事の一部を抜粋する。

『 「治療法がない進行性の難病(脊髄小脳変性症)で歩行困難。独居で買い物に二時間かかる」「末期がんで腹水があり、歩行できない状態。ターミナルと判断されていた」・・。新しい認定システムが始まって更新認定をする人が増える中、明らかに予防にはなじまない状態像にある高齢者が、要支援1・要支援2と判定されたり、要介護1でも福祉用具が必要なケースが続出している。
全日本民主医療機関連合会(全日本民医連)が七月末までに認定を行った利用者の事例を全国から集め、一六一人について分析した調査結果で明らかになった。″給付カット″と見なされるケースでも、認定が適正に行われれば救済されるケースもある。調査は、改正介護保険の検証を行うため、全国二○都道府県・八六の加盟事業所から新予防給付や福祉用具の利用制限の対象となる要介護1の利用者一六一人分の事例を集めて分析したものだ。』

問題の本質がわかっているのか?

全日本民医連という団体が発表したという『結果』については3つの別な問題がある。それこそが問題なのであり、そこへの分析がなく、単に予防にはなじまない状態像にある高齢者が、要支援1・要支援2と判定されたという事実と要介護1でも福祉用具が必要なケースが続出という事実だけを伝えてもしょうがない。

その原因が何か、ということに踏み込まないと社会的な提言とはならないではないか。

まず今回の改正で新しい要介護認定一時判定ソフトにおいては「要介護1相当」に該当する場合は、予防給付か現行の介護給付か認定審査会で判断することになる。

つまりシルバー新報が伝えている状況はおそらく要介護1相当と1次判定結果が出されたケースを、2次判定で要支援2と判断した場合や、要支援1の1次判定結果がそのまま確定されたケースが大半を占めると思える。

しかし、一次判定結果の中には、既に予防給付か現行の介護給付かという推定が記載されており、介護給付にする条件は極めて厳しいし、審査会の裁量の及ぶ範囲は非常に少ない。
つまり「要介護1相当」を「要介護1」と判定するためには、次の2つの条件に該当することが確認されなければならない。

1.疾病や外傷等により心身の状態が安定していない状態。
(1)脳卒中や心疾患、外傷等の急性期や慢性疾患の急性増悪期で、心身の状態が不安定であり、医療系サービス等の利用を優先すべきもの。
(2)末期の悪性腫瘍や進行性疾患(神経難病等)により、急速に状態像の不可逆的な悪化が見込まれるもの 等

2.認知機能や思考・感情等の障害により十分な説明を行なってもなお、新予防給付の利用に係る適切な理解が困難である状態。
(1)「認知症高齢者の日常生活自立度」が概ね彊幣紊任△觴圓任△辰董一定の介護が必要な程度の認知症があるもの。
(2)その他の精神神経疾患の症状の程度や病態により、新介護予防給付の利用に適切な理解が困難であると認められるもの。

この条件に合うかどうかを、特記事項と主治医意見書から総合的に判定しなければならず、上記の条件に合致しなければ予防給付相当となり「要支援2」としなければならない。(要支援1の場合は、2次判定で要介護1相当以上の重度変更をしなければ要支援2に確定しなければならない:要支援1の1次判定が出る方の調査票のチェック項目は極めて少なく、重度変更できる理由付けが極めて困難だ)

従って、例えば個別の状況を介護審査会資料から読み取り、判定対象者が予防サービスは適さない、ということを理由に「介護給付が適当」という判断ができないのだ。

このような判断について「手引き」では「個別のサービスの適否の判断及び具体的なサービス計画の作成は介護認定審査会で行なうものではなく、対象者の心身の状況等の周辺環境を踏まえ、対象者の希望に基づきケアマネジメントで実施する」とバッサリ切り捨てている。

そうするとシルバー新報が報道した

「治療法がない進行性の難病(脊髄小脳変性症)で歩行困難。独居で買い物に二時間かかる」という状態と「末期がんで腹水があり、歩行できない状態。ターミナルと判断されていた」の両者が予防給付に判定されたということの意味はぜんぜん違ってくる。

つまり前者は「進行性の難病」であっても「独居で買い物に二時間かかる」 という状態であっても、介護給付(要介護1)と判断するためには上記の1の(1)に該当するという判断をするしかないが、どう考えても、これには該当できず要支援2とせざるを得ない。

これは、判定ルール自体の問題であり、もともと予防効果のエビデンスのない介護予防サービスの対象者選定ルール自体に大きな瑕疵があるという問題である。

一方、後者は、明らかに本来「介護給付相当」つまり要介護1と認定すべき (2)末期の悪性腫瘍や進行性疾患(神経難病等)により、急速に状態像の不可逆的な悪化が見込まれるもの 等に該当するケースであり、ルール上でこれは介護給付(要介護1以上)と判断すべきケースで、これを予防給付(要支援2)と判断したのであれば、それは制度ルールの問題ではなく、審査会と当該審査会の委員の明らかな判断ミスである。それを指摘しない市町村の事務局も姿勢が問われる。

だから両者がどちらも予防給付と認定されたからといって、同じテーブルで問題点を追求することは間違いである。

福祉用具レンタルの問題は、これとはさらに別個の問題で、要介護1でなくとも要支援1や要支援2でもベッドレンタル等が必要な状態はあり、これは判定基準の問題ではない。

この3つの問題を区別せず論じても、改革へのアクションにはならないだろう。

問題点や原因がどこにあるのか、他の機関から出された情報であるなら、なおさらそれを新聞紙上に掲載する際に記者はしっかり「裏を取る」努力をすべきだし、「裏を取る」という意味には他機関が示した結果を検証するということも含まれるはずだ。

それがない新聞報道ほどお粗末なものはない。

介護・福祉情報掲示板(表板)

運動能力の低下していない認知症高齢者の判定

以前にも書いたが、当施設の利用者の中に、実際の状態と、要介護認定結果がかけ離れていると思える方がいる。実際の状態像より要介護認定結果が明らかに低いのだ。

過去3回の認定調査を受けたが、いずれも要介護2と判定されている。調査のとき提供する情報に変わりはないのでソフトで出される1次判定自体は仕方ないが、認定審査会が、特記事項や医師意見書の内容を精査しているのかと疑うケースである。

おそらく認定審査員が、この1次判定ソフトの仕組みを知らない、無理解であることから正しい判定に結びついていない例だと思う。

この方は、以前、他の施設から転所されてきた方であるが、重度の認知症で、特に清潔援助に対する介護拒否が激しく、入所時は髪の毛から体まで、真っ黒な状態であった。

現在も、何とか(表現は悪いが、だましだまし)週2回はシャワーを浴びていただいている状態で、感情には日内変動があり、不穏状態や居室への引きこもりも見られ、人に対する極度の警戒感から、居室の掃除や、必要な介護に入る際も、時間や手間のかかるケースであり、暴力的行為や不穏、興奮、徘徊が見られる、いわゆる「運動能力の低下していない認知症高齢者」の事例である。

さて、ここで運動能力の低下していない認知症高齢者の判定(2段階アップのチェックがつく仕組み)を復習していただきたい。

一次判定は基本調査とCPS(主治医意見書の理解および記憶の4項目、すなわち短期記憶・日常の意思決定を行うための認知能力・自分の意思の伝達能力・食事)から求められる。

主治医の意見書の一次判定入力項目はこの4項目である。

しかし、実際には、このCPSの内容を入力しなくても、『運動能力の低下していない認知症高齢者の指標のチェック』がついてくる。これは厚生労働省が主治医意見書の記載漏れの場合にもしっかり対応していたためだ。すなわち、医師意見書の短期記憶は調査票の問題行動の短期記憶、日常の意思決定を行うための認知能力は、5-6の日常の意思決定、自分の意思の伝達能力は6-3の意思の伝達、食事は4-3の食事摂取、この4項目をCPSに替えて新一次判定に反映させている。

(CPSの記載がされている場合はこちらが優先される)

具体的には、このチェックがつく条件として

1.認知症高齢者自立度が掘↓検■佑つ障害老人自立度が自立、J、Aであり、1次判定が自立〜2であること。(3以上はこのチェックは絶対つかない)


2.79項目のうち、立ち上がり、洗身、食事摂取、上衣の着脱、日常の意思決定を行うための認知能力・自分の意思の伝達能力・短期記憶のチェック、主治医意見書のCPSの記載内容(上に記したように記載もれの場合は入力しない)によりスコア化させ、該当するスコア以上になるとまずチェックを一つ上げる。
(ここであげた項目にチェックが入らない場合は、チェックが入らない)

3.上記の2点を満たし、さらに問題行動のうち『暴言暴行』『大声を出す』『介護に抵抗』『常時の徘徊』『外出して戻れない』『一人で外に出たがる』『火の始末』『不潔行為』『異食行動』の9つの中で何項目に該当するかで、要介護度が2段階上がる。

すなわち自立の場合は1項目以上、要支援の場合は2項目以上、要介護1の場合は4項目以上、要介護2の場合は6項目以上が該当すれば2ランク上がる。しかしあくまでそれは、1と2の条件をクリアした上でのチェック、ということになる。

つまり一つ目のチェックがつかないケースは二つ目のチェック項目の判定は1次判定ソフトでは行われないのだ。

すると、かなり問題行動がシビアで、介護の手間として厳しい状況があって7郡に数多くのチェックが入って、特記にも詳細が書かれていても、1.2.3.4.6群にチェックが少ない場合、5群にチェック項目がかなりあっても、最初のチェックがつかないので「運動能力の低下していない認知症高齢者」 の認定とならず、要介護1で問題行動が数多くある、という1次判定があり得るのだ。

今回取り上げたケースも、この例で、問題行動を勘案して、1次判定の1から要介護2へ1ランクアップしたものと思えるが、問題行動の内容から判断すると、このケースは4が相当と思う。

つまり、1次判定ソフトの仕組みを知っておれば、この方は要介護1にチェックが二つ入って、要介護3と1次判定が出される状態像に極めて近く、さらに、問題行動の内容の介護拒否や暴力行為、引きこもりなどを勘案すれば充分、要介護4と判断されても、おかしくないケースである。

判定ルールを守るのは良いが、認定審査委員であれば、このような判定ソフトの仕組みは勉強して、『運動能力の低下していない認知症高齢者の指標のチェック』は正しくつかない例があることも認識して認定審査に関わっていただきたい。

※なお判定ソフトの仕組みについては、数年前、サイト相互リンクしている、「介護系検索エンジンYAHOO KAIGO 」の管理人様にメールで教えていただいた情報を元にしています。

介護.福祉情報掲示板(表板)

医師意見書の提出期限はなぜ守られないのか。

新予防給付という新たなサービスが導入されたことにより新しい問題が出現している。

通所サービスや訪問介護等の場合、定額報酬(新予防給付)と出来高払い(介護給付)というまったくルールの違うサービスを両者の指定を受けたひとつの事業所でサービス提供しているわけだから、どちらの対象であるかということが非常に重要な問題になる。

ところが認定結果が遅れて、どちらの対象かわからないと困ったことになる。

暫定プランといっても両者のサービス提供方法は異なるし、通所サービスの場合は、両者の空間区分を明確にしたり、予防であれば予防の選択サービスの実施など、介護とは別メニューでサービス提供しなければならない問題もあり、認定結果が予測に反して出された場合、遡って該当サービスを行った、ということにはできないし、無理に行おうとすれば不正請求が問われる恐れがある。

だから要介護1相当で予防か介護か判断がつきにくいケースについては、特に認定遅れによる暫定プランでのサービス利用という状況は避けてもらいたい。いや、避けてもらわねば困る。

ところが当地域でも新予防給付が6月から始まっているというのに、5月認定切れの方のうち未だ認定結果が出ていないケースがある。どのくらいの数と率かは定かではないが、僕の管理する通所サービスでさえ、すでに2件あるのだから、そう少ない数ではないと想像できる。

しかし、これは保険者の怠慢でもなければ、審査会の審査遅れでもない。

多くは認定に必要な資料がそろわない、それも医師意見書の未提出で審査判定ができないことによるものがほとんどである。

なぜそういえるかといえば、事業所も困るので「いつ認定結果が出るか」担当ケアマネを通じて問い合わせてみると意見書が出され次第、認定審査にかけるので、という答しか返ってこないからだ。

これは本当に困ったことだ。

我々も認定調査に関わっているが、調査票の提出期限を守らないなんていうことはほとんどありえない。

しかし当地域だけでなく、全国あらゆる地域で、医師意見書の提出期限が守られず認定遅れに繋がるケースが多いことはよく聞かれる。

しかしそれに対する具体的対応となると、ほとんど何も行われていないのが現状ではないだろうか。

これでは医師意見書が認定の為の必要不可欠な資料というより、認定遅れにつながるファクターとして有効性が問われる問題にもなりかねない。

認定調査は1次判定に必要な調査であり、それにより導き出された1次判定結果を、審査会において、医師意見書と調査員の特記事項の内容を合わせて審議して、最終的な認定結果が導き出されるわけである。

高齢者の状態像は医学的見地からの判断も必要不可欠であろうことは納得できるし、ここの部分の判断材料として医師意見書は確かに必要とは思う。ケースによって意見書は参考にしなくても良い場合もあろうが、だからといって一律必要がないということにはならず、「いらない」という議論は乱暴すぎる。

しかし医師自らが、その有効性を否定するような資料提出の遅れを放置している問題。加えて、ほとんど判断材料として価値のない「何も書いていない」意見書が提出されている場合もあり、これは問題だろうし、改善に向けた議論が必要である。

提出期限の厳守とあわせて、意見書に対する指導という面の方策作りに、国も重い腰を上げる必要があると思う。保険者任せで解決できる問題ではないだろう。

この問題はサービス利用者の著しい不利益を放置する、ということを意味していることをしっかり受け止めて議論されるべきだ。

介護給付費分科会でこうした問題が取り上げられないのはなぜなんだろうか。

介護・福祉情報掲示板(表板)

要介護度決定過程の信頼性

介護認定審査の結果について個々のケースで見ると、本当に調査員の特記事項を読んで勘案して判定しているのだろうかと疑問に思えるケースがある。

僕は施設ではケアマネとして利用者の調査を行なうし(認定審査委員をしていない市外のケースのみ)、同時に審査委員として審査判定に加わっているが、特記の内容は、どちらの立場の場合も重要と思うから、調査員としては正確に記すことを心がけるし、審査委員としては、それを読み込んで、状態像を実態に近く把握したいと思っている。

特に一時判定ソフトは樹形図から要介護基準時間を導き出しているから、できるという項目が、できないになってしまうと逆に時間減になるなどの逆転現象もあるし、明らかに介護が必要としない方の規準時間が要介護1の時間を示し、それより手間のかかる方の基準時間が要支援の時間しか出ないということも多く、とても正確な要介護度を導き出すツールとはいえないのだ。

それにあまり信頼を寄せすぎては、介護現場の本当の手間は反映されない。

運動機能の衰えていない認知症の方の場合は特にそうだ。たしかにそれに対応するソフトに途中で変更したというが、それでも項目に乗らない生活上の問題行動というのは実際にはあるし、問題行動の内容によっては、1項目のみでも大変な手間がかかる場合がある。

例えば、ある認知症の方は、運動機能にまったく衰えがないものの、他者に対する不信感が強く、人間関係が拒否的で、居室に引きこもり傾向にある。そして介護をまったく受け付けず、特に着替えと入浴に対し強い拒否がある。拒食傾向もみられる。

この場合、いかに身体保清への援助ができるかという点と、適切な栄養摂取ができるかが非常に重要なポイントになり、入浴と着替えに結びつけるためのアプローチには多大な時間と労力が必要であるし、食事量のチェックや、適量摂取のための環境づくりと誘導にも気を使わねばならない。

というよりその方の状況の観察力や、安定への配慮といった目に見えない対応が大切なのだ。

そういうものは、ほとんど基準時間には反映されない。

問題行動の項目としては数が多くないから、運動機能の衰えていない認知症高齢者の1段階重度変更のチェックはつくが、2段階変更のチェックはつかない。

歩行や移動能力に問題はないし食事摂取機能や排泄も問題ないし、介護拒否で手がかけられないことが多くここも自立をチェックせざるを得ないから一時判定は要介護1にチェックがついた2になる。

しかしこういう方の介護の労力は要介護3ないし4に匹敵するというのが実感だ。そのことは、きちんと特記事項に書いている。なぜ排泄が自立にチェックがあるのか、食事摂取へのアプローチや着替え、入浴の誘導のために、その行為を行なっていない状況で、いかに手間と時間をかけているのか記述する。

しかし保険者によるのだが、そのことが勘案される確立が著しく低いと感じる保険者がある。

同時に保険者の職員が調査に入る場合、そのことを言葉で十分伝えているんだが、調査員がそのことを特記にきちんと落としているのか、はなはだ疑問な結果となってくることもある。これは生活実態を身近で知ることのない人間が調査を行なう場合の最大のデメリットだ。

実態に即した介護度を決定しないと、要介護度への信頼感は薄れてしまう。

特に改正制度下では、予防と介護では大きな違いがあるのだから、調査の信頼性、審査の信頼性は大きな問題だ。

介護・福祉情報掲示板(表板)

要介護認定モデル事業の審査判定(2)

審査会を終えての感想を少し書く。

審査会の裁量範囲が狭すぎるのではないかと書いた昨日の印象は変わらなかった。

(参照)新しい審査判定の流れ−(認知症自立度評価ロジック樹形図含む)

2次判定で要介護1相当に該当するとした場合、特記事項や主治医意見書、新たな項目である「認知機能・廃用の程度の評価結果」などを見て審議を行なうが、最終的には今回新たに加わった、コンピュータの1次判定による予防給付相当か介護給付相当かのチェックを確認し、それが正しいものか否かを審議する。

しかし基本的に国が決めているルールは、予防給付相当とされているものを要介護1にするためには、状態の安定性がないか、認知などの状況が予防介護の理解に不適であるか、大きく分けるとこの2点しか変更理由を認めておらず、それ以外の理由による変更は認めていない。

しかも介護給付相当とされているものについては、廃用の程度を吟味して、予防給付が適当ではないかという可能性を審議しなければならない。

つまり要介護1のハードルは、要支援2と比べて極めて高いといわざるを得ないのだ。

だが人の生活や状態像は様々である。健康状態が安定しており認知がある程度保たれている高齢者でも、年齢や身体機能の状態で、予防より介護が必要だと想像できる状態もあるのだ。それらは、すべて端数処理のごとく無視しなければならない。

人が審議するデメリットだけをみた方法論である。血の通った人間、特に有識者とされている構成メンバーの審議の方法がこういう形で良いのだろうか。

おそらく、1次判定ソフトは国が当初目指した「要介護1の7〜8割を予防給付に」という目標が達せられるロジックで組まれているんだろう。

ところが要介護認定1次モデル事業において、要介護1のうち予防給付対象がコンピュータによる1次判定で78%であったのに、2次審査会の判断で24%が重度に変更された結果、最終的に予防給付の対象となる「要支援2」に認定された人は6割に下がった。

このことについて国は「2次審査会で客観的な判断ができるよう修正することで当初の目標の7から8割まで予防給付対象の割合は引き上げられる」としている。ここが2次モデル事業で試したいところなのだろう。

しかし実際に審査会に求められているのは「客観的な判断」ではなく「国が決めたルールから外れない」ことなのである。

状態が安定しており認知機能が保たれているけど、何とか頑張って身の回りのことを行っている後期高齢者。特に90代の在宅高齢者が、ちょっと家事や身の回りの世話を手伝ってもらって生活の質を保とうとしても、まず予防ありき、でマネジメントされてしまうとき、制度とのミスマッチが生ずる。そのことで様々な問題が起きてくるだろう。

その責任を全て負うのが新予防給付のマネジメントの担当者であってはたまらない。

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