masaの介護福祉情報裏板

介護や福祉への思いを中心に日頃の思いを綴ってみました。表の掲示板とは一味違った切り口で、福祉や介護の現状や問題について熱く語っています!!表板は業界屈指の情報掲示板です。

施設サービス

特養が閉鎖される時代の介護


有料老人ホームが経営難となって、突然閉鎖されて利用者の行き場がなくなり困っているというニュースを時折聞くが、特養も経営難から閉鎖を検討するケースがみられるようになった。

先週報道されたのは、愛知県岡崎市に本部を置く社会福祉法人が、静岡市で経営している特養3施設の閉鎖を検討しているというものだ。閉鎖の理由は、「人材不足で、入所者受け入れに制限が生じて経営難に陥った」というもので、現在もぎりぎりの職員配置で運営を何とか続けているという状況だそうである。

この法人は2017年にも三重県で運営していた保育所を突然閉鎖するなどの方針を示し、他の社会福祉法人が引き継ぐなどした経緯があり、経営方針の無計画性や無軌道ぶりが暗に批判されるような報道がされているところだが、それが真実かどうかは、一連の報道だけでは判断できない。

閉鎖を検討している3施設の10月2日現在の合計利用者数は132名ということであるが、同市内の特養と老健施設で、全員を受け入れることは可能という情報も伝えられている。そうであれば社会福祉法人としての姿勢に疑問を持たれ、先々経営に不安要素が満載のこの法人の施設からは一日も早く退所して、別な施設の中で新たな暮らしを再構築した方がよいように思う。ただその行く先の一部が、老健施設という中間施設であることには一抹の不安を感じざるを得ない。

特養に入所している人は、そこを終生施設と思っている人も多いので、利用者やその家族の不平や不安は容易に想像できる。本当にお気の毒だと言わざるを得ない。

それにしても人材不足・人員不足は決して対岸の火事ではないので、今後も似たようなケースが全国のどこでも起こりかねないと言わざるを得ない。現に特養の一部ユニットが人員不足で開設できなかったり、ショートステイを開始できない特養は決して少なくない。

施設を建てさえすれば、サービス提供に必要な人材が集まるという時代ではないことは当たり前のことであり、この部分の事業戦略は練りに練っても満ち足りることはないので、事業拡大を検討している法人等の担当者は、このことを他人ごとと思わずに、反面教師として新たな戦略を考えていく必要がある。

特養という暮らしの場は、地域福祉の柱の一つで、最終的なセーフティネットともいえるものなのに、そのネットの網の目が破れてしまう人材問題に、有効な一手がなかなか見せない状況は深刻である。

しかしそのネットの崩壊とは、介護業界の崩壊を意味するだけではなく、社会全体のセーフティネットの崩壊を意味するのだから、この部分はもっと政治的に考えられてよいと思う。経済市場を支えるのも、安心して高齢期も暮らすことが出来る地域社会があってのことだからである。

今のままでは真面目に介護事業経営している法人でも、人材不足で事業拡大は難しくなり、増え続ける介護ニーズに対応したサービスの量の確保はますます難しくなるだろう。しかし量の確保だけを考えてしまえば、自ずとサービスの品質の格差は広がり、劣悪な介護しかできない介護施設も増えてしまうことだろう。

そう考えると国全体の介護の在り方を根本から考え直さないとならない思う。

特に人材難は、カンフル剤が必要だ。介護を職業とする人が増えるように、国費はもっとこの部分にかけてもよいのではないだろうか。

ただしそのことは簡単に実現しないであろうことも容易に想像がつく。そうであるからこそ介護事業者とすれば、職員が定着する職場環境を整え、人材が張り付き育つシステムを独自で整備する必要がある。

その対策は、待った無しである。

明日はそのことに関連して、『介護施設の人手不足に打ち勝つ〜定着率の向上とより良い介護』というテーマで、大阪グランフロントで講演を行う。受講予定人数は140名を超えているが、そこで人材確保に結びつく具体策を示してきたいと思う。

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老健の今後は、その歴史から考えたほうがわかりやすい


台風の影響で長崎に1日足止めされたために、仕事の予定もなかった昨日は、長崎市内を少しだけ散策した後、ホテルに籠って原稿書きに専念できた。

そんな風に考えると、足止めの一日も決して無駄ではなく、短い人生の中で神様が意味のある日として創ってくれた日であると思える。人生に無駄なことなど何もない。

しかもそんな一日の終わりには、うれしいことがあった。長崎の友から素敵な連絡をいただいて、夜ご一緒させていただいたのである。

連絡いただいた方は、2017年に研修講師として僕を招いてくれて以来、僕が長崎市内で講演を行うたびに、時間があれば会場に駆けつけてくださり、僕が1人呑みを予定していると知ると、仲間を集めてにぎやかに慰めてくださる素敵な人である。

一昨日も飛行機が欠航して一日滞在が延びたことをインスタグラムでつぶやいたとたん、「明日の夜、ご一緒させて頂けたらと思ったのですが、如何でしょうか?〜私の縄張りで不自由はさせません!笑」と温かいメッセージを送ってくださり、「かぶ膳」という日本酒が豊富にそろい、料理がおいしい店で懇親会を行った。その模様は、「masaの血と骨と肉〜固いもの苦手ってあなたの、歯はさび、てませんか?」を参照いただきい。

さて今回の長崎講演の初日は、長崎県老健協会主催市民公開講座での基調講演。とはいっても受講者のほとんどは老健関係者で一般市民は、400人を超える受講者のうち1割にも満たないようだった。その中で、「住み慣れた場所で自分らしく過ごすためには〜その時、老人保健施設の役割とは〜」というテーマで講演を行った。

関係者の中には医師の方々の姿も数多く垣間見られたが、それらの方々にも僕のメッセージを伝えられるようにするには、老健誕生の経緯から、介護保険制度に根拠法に変わるまで、そして現在に至るまでに、老健を巡ってどのような議論が行われ、どのように報酬体系や運営基準が変えられてきたのかという方向から、今後の役割を考えたほうがわかりやすいと思ったし、それはおそらく老健経営者でもある医師の皆様より、僕の方が知識と情報があると思ったからである。

例えば老健は中間施設と呼ばれるが、それは居宅と医療機関をつなぐ中間施設という意味だと考えている人が多い。

しかし老健創設のきっかけとなった社会保障制度審議会の意見書(S60.1.24) では、「重介護を要する老人には、医療面と福祉面のサービスが一体として提供されることが不可欠で、医療機関と特別養護老人ホームを統合し、それぞれの長所を持ちよった中間施設を検討する必要がある。」として、当初の中間施設の意味とは、「医療機関と特養の中間的機能を持った施設」と明記されているわけだ。

それが全国7カ所のモデル事業の成功の結果を受けて、徐々に社会的入院と言われる長期入院を続ける高齢者を家庭に復帰させるための新し い施設=医療機関と居宅をつなぐ中間施設という概念の確立という方向に変わっていったという歴史を知ることも重要である。

さらに老人保健法から介護保険制度に根拠法が変わった際の役割混乱として、長期入所者が増え在宅復帰機能の低下がみられたことも知っておいてほしい。

そのため2002年8月に剛腕と呼ばれた、中村秀一氏が老健局長に就任した際には、「在宅復帰機能のない老健は、老健の看板を下ろせ!!」と批判されるという、「中村ショック」というトピックスがあった。

そうした状況を踏まえて、在宅復帰機能を補完するために、老健からの訪問リハビリが新設されるなどの歴史を経る中で、いくつかの役割混乱を乗り越え、さらに介護医療院の誕生により、療養型老健が歴史的使命を失いつつある中で、昨年度の介護報酬改定において、在宅復帰・在宅療養支援等指標による機能分化が進めあっれるという改革につながっていった点を解説させていただいた。

さらにそのことを踏まえた上で、老健に課せられた新たな課題、今後の経営戦略などを示させていただいたつもりである。

そこではここは老健は医療機関ではなく介護施設だと言いながら、同じ口で都合に合わせて、老健は生活の場ではなく在宅復帰を目指した滞在施設だという使い分けを行っている人がいることについて批判させていただいた。そして在宅復帰を目指す施設だとしても、そこにも暮らしはあるのだから、暮らしの質を無視した治療的関わりのみの視点は介護施設とは言えないという辛口批判もさせていただいた。

老健関係者の皆さんにとって、そんな僕のメッセージはどのように耳に届いたろうか?

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老健と特養、どっちが良い施設?=不毛な議論


大きなシンポジウムなどの一部を担当する講師としてご招待を受ける際に、講師控室などで他の講師の方々とご一緒することがある。それらの方々は様々な立場の方々であるが、パネルディスカッションのパネラーなどを仰せつかって、他のパネラーの方々と打ち合わせをする際には、かなり突っ込んだ話をすることになる。

そんな場面では僕は、自分よりずっと社会的地位のある方に対して、歯に衣着せぬ意見を投げかけていることがあるかもしれない。大変申し訳なく思うが、言うべきことを言っておかないと後で後悔することになるので、どうしても本音が出てしまう。

ところでそうした場面では、医師の方々とご一緒することも多いが、その中には特養に対する偏見をお持ちの方が少なくない。

先日もあるシンポジウムの打ち合わせ会場で、「特養に入所している人は可哀そうだね」と言われた。理由を聞くと、「老健に入っている人は、きちんとセラピストがリハビリを行って、目的持って意欲的に生活できるけど、特養の場合、利用者は何の目的もなく、することもなくて意欲を失って過ごしている。」というのである。

全国にたくさんある特養の中には、そんな特養が全くないとは言いきれないが、多くの特養がそうだと思っているとしたら、そては間違った認識であるし、偏見である。

その偏見の元になっているものとは、「特養には医療の専門職の介入度合いが少ない」ということではないのかと思えてくる。医療知識のない施設長が管理している場所で、高齢者の暮らしが支えられるのかという上から目線をひしひしと感じてしまうのである。

しかし在宅復帰が目的で、そのための機能が一番重視される老健と、看取り介護を最終ステージする暮らしの場である終生施設としての役割が樹脂される特養とを同じ土俵で論じても始まらないと思う。

高齢者に様々なニーズがあるように、介護施設にも様々なニーズに対応した、いろいろな目的の施設があってしかるべきで、老健の機能を求める人は老健を利用すればよいし、特養の機能を求める人は特養を求めればよいだけの話で、老健の存在価値が特養の存在価値より高いなんて言うことにはならないわけである。

そもそも、「リハビリを行って、目的持って意欲的に生活できる」と言うけれど、それは暮らしの一場面を切り取って評価しているに過ぎない。老健で暮らしている人は、確かに週2回以上のリハビリを行い、個別リハビリも行っている人が多いが、リハビリテーションを行っていない時間帯に、ほとんど部屋に閉じこもってベッドの上で過ごしている人も多い。セラピストが関わるわずかな時間だけを取り上げて評価してもしょうがない。

暮らしの質とは総合的な問題で、例えば多くの特養では、セラピストの配置がなくとも生活リハビリと称して様々な活動を行っている。部屋への引きこもり対策として、豊富な趣味や娯楽メニューが存在している点は、老健と比べ物にならない。

僕が1年だけ勉強のために務めた北海道千歳市の老健は、週2回しか利用者を入浴させていない生活を、「当然」と考え、小学生のように高齢者を、「遠足」に連れ出すのが心身活性化メニューだとしていた。職員は日常的に利用者に、「タメ口」で接しており、被保護者でお小遣いに困っている人に対し、トイレ介助を行う際に、「高いよ」という笑えないジョークで、利用者の心をズタズタに殺していた。

しかし僕がトップを務めてた特養は、希望すれば毎日入浴でき、夜間入浴も可能だった。外出機械は集団ではなく、個別のニーズに沿って持たれており、日常の買い物や居酒屋での食事などへも連れ出すことができていた。利用者への日常会話も、「丁寧語」が基本とされて、「わかりました」ではなく、「かしこまりました」と言える職員がそこには居た。

その部分を取り上げて比較すると、どちらの利用者の幸福度が高くなるのかは言うまでもないことだ。

要するに、比べるべきは事業種類ではなく、個別のサービスの質だということだ。医者が経営し、医者の価値観でしか評価されない場所に、本当に生活の質は存在するのかという観点も大事になる。

一般論として老健の利用者が特養の利用者より幸福だとする価値観は、端から見れば世間知らずの知性のかけらも感じ取れない価値観である。

そんな人も大きなセミナーの演者の一人として壇上に登り、医療や介護について語っているのだから、受講する方々にはくれぐれも、本物と偽物を見分けてほしいと思うのである。

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老健施設が役割として求められているもの


長崎県の老健協会からお声がけをいただき、10/11(金)13:40〜長崎ブリックホール 国際会議場にて、「住み慣れた場所で自分らしく過ごすためには〜その時、老人保健施設の役割とは〜」というテーマで、90分お話をさせていただく機会をいただいた。

この講演会は市民公開講座として開催されるもので、老健関係者が多いものの、一般の方の参加もあるとのことで、市民レベルで理解できる話をしてほしいと依頼を受けた。

そうであればどのような流れの中で老健施設が誕生し、どのような転換点があったのかを説明しながら、昨年の報酬改定時に新たに老健に求められたことを解説することが必要ではないかと考えた。

老健の誕生のきっかけとなった意見書やモデル事業、その後の法的位置づけなど一連の過程を解説しながら、老健とはどのような施設かということを紐解くことが、老健に求められる役割を理解するためには一番わかりやすい方法であると考え、現在講演内容を構想しているところである。

老健とはどんな施設なのかというレベルまで講演内容を引き下げては、参加者の多数を占める老健関係者には退屈な講演になるのではないかという心配の声が聴こえてきそうだが、果たしてそんなことになるだろうか。

例えば、老健施設が中間施設と呼ばれていることを知らない関係者はいないだろう。しかし中間施設とは、いったい何と何の中間施設なのかということや、いつからそうされているのかということを正確に答えられる人は、現在の老健関係者の中にどれだけいるのだろう。

「中間施設って、医療機関と居宅の中間だろう」って簡単に答えている人が多い。それは間違いではないが、老健が誕生する経緯を見たときに、老健という新しい施設を創ろうとした構想段階で、社会保障審議会が「中間施設を検討する必要がある。」という意見書を出した時点では、医療機関と居宅の中間施設という意味ではなかったのである。そのことを知っている人はどれだけいるだろう?

老健施設がはっきりと医療機関と居宅をつなぐ、「中間施設」としての位置づけが確定したのは、昭和62年2月から全国7カ所で実施された、「老人保健施設モデル施設の指定事業」以降のことである。

このモデル事業は予測以上に良い結果が出た。というのも病院ではリハビリの時間内で筋肉・関節の訓練を行うが、老健モデル施設では身心のケアを十分に行い自立を促し、日常の行動全般に訓練・リハビリを組み入れ、生活に生きがいを持たせたことにより大きな効果が見て取れた。そのことによって社会的入院と言われ、長期入院を続ける高齢者を家庭に復帰させるための新しい施設としての可能性が見いだされたのである。この結果によって老健施設とは、医療機関と居宅をつなぐ中間施設という概念が確立したのだ。

そうであればモデル事業以前の意見書の段階での中間施設とは何だったのだろう。その答えは、当日の講演会場、「長崎ブリックホール 国際会議場」で明らかにすることになるだろう。

それと老健の今日までの短い歴史を振り返ると、「役割混乱とその修正」というキーワードが出てくる。過去2度にわたる大きな役割混乱の時期を乗り越え、昨年の報酬改定では、その混乱の収束のための大改革が行われたという意味があるように思え、そのことも当日の講演で明らかにしたい。

ちなみにモデル事業以降の流れは以下のようになる。

S62.11 老人保健審議会において、「老人保健施設の施設及び人員並びに設備及び運営に関する基準について」を答申
S62.12 国会報告
S63. 1 「老人保健施設の施設及び人員並びに設備及び運営に関する基準について」公布
S63. 4 老人保健施設の本格実施
H 9.12 介護保険法成立(根拠規定が老人保健法から介護保険法に移行)
H12. 4 介護保険法施行

勿論、介護保険以降の老健の改革・改定についても触れることになる。そこには「中村秀一ショック」というキーワードも出てくることになる。

同時に僕からの提言として、「老健の役割や機能を都合の良いように使い分けてはならない」ということを指摘してきたい。

時にはここは医療機関ではなく介護施設だと言いながら、時には老健は生活の場ではなく在宅復帰を目指した滞在施設だという使い分けを都合よく行いながら、施設目線での介護サービスの提供が目立つ老健が多い。しかし在宅復帰を目指す施設だとしても、そこにも暮らしはある。だからこそ暮らしの質を無視した治療的関わりのみの視点は介護施設とは言えないと思う。そもそもリハビリテーションの本来の意味は、全人的復権=人としての権利を取り戻すものであるということを考えると、もっと利用者視点に沿ったサービスの在り方が考えられてよいと思う。

そうしたことも含めて、老健のターミナルケアについても、中間施設として矛盾しないことなどを語る内容になっている。

これらの内容は、僕が老健施設のわずか一年という短い勤務経験があるから語ることができる内容ではなく、老人保健法の時代から、老健の誕生と推移を見ながら、裏側の政治的な動きや、官僚の思惑をも知る立場にあったからこそ語ることができる内容と言え、他では聞くことができないと思う。

そういう意味で他では聞くことができないとても面白い講演になると思うので、聞き逃しがないようにしてほしい。

市民公開講座ということでどなたでも参加できると思うので、お近くの皆さんは是非会場にお越しいただきたい。期待は裏切りません。

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逝った人からのメッセーズが送られてくるデスカンファレンス


2015年の報酬改定時に、特養の看取り介護加算の算定要件が改定され、PDCAサイクルの構築が義務付けられる中で、「看取り後のケアカンファレンス」が義務付けられている。

そのためこの加算を算定している施設については、必ずデスカンファレンスを開催することになっているはずである。しかしそうした施設でも、看取り介護対象外であった、「急死した人」に対するデスカンファレンスが行われていない場合が多い。

しかし本来のデスカンファレンス目的を考えたならば、看取り介護の実施の有無にかかわらず、それは実施すべきである。

なぜならデスカンファレンスで検証すべきは、「看取り介護中に、何が行われたのか」ではなく、看取り介護の実施時期も含めて、亡くなられた方が施設で暮らしていた間の、私たちが提供したサービスが適切なものであったのかという振り返りであり、それはまさに、「〇〇さんに対する日ごろのケアのあり方」という、ケアの個別性が問われているからである。

しかし看取り介護加算を算定していない特養の場合、利用者が亡くなった後の、デスカンファレンスを一度も行ったことがないという施設が少なからず存在している。それはあまり褒められたことではない。

むしろひとり一人のケアサービスのありようを検証すために、デスカンファレンスだけではなく、退所カンファレンスとして、在宅復帰や医療機関への入院による退所、施設変更のための退所など、すべての退所ケースを検討する機会として、退所カンファレンスも行われるべきである。

前述した看取り介護加算の算定ルール上の、「看取り後のケアカンファレンス」以外に、法令上デスカンファレンスや退所カンファレンスは求められていないが、施設サービスの品質を維持・向上させる、「動機づけ」を生むためには、こうしたカンファレンスが必要不可欠であると考え、退所者が出た場合は、必ず検証のカンファレンス(以下デスカンファレンスとのみ表記)を行うシステムを構築すべきである。

こうした振り返りの機会を持つことによって、職員は必然的に、退所された方に対してどのようなケアサービスが提供されたのかということや、それは果たして適切なものであったのかを考えることになるが、それは単に過去を振り返ることにとどまらず、これから先、今までと同じようなサービスの状態で良いのか、あるいは変えるべき問題があるのかということを検討することにつながるのである。

デスカンファレンスとは、そういう意味で、介護施設の「未来を照らし、未来に導く」検証作業なのである。

デスカンファレンスを通して、職員は対象者が亡くなるまで教えてくれていたと感じていた事が、カンファレンスを通して亡くなったあとでも教えて下さる事の多さ、その大切さを改めて痛感することができる。

さらに誰かの限りある人生の最終場面に、その時期を意識して関りを持つことで、そこで打ち出された課題を一つ一つ改善していくためには、どんな事をしたらよいかと具体的に考える事ができるようになっていく。

そのような意味で、個別の利用者支援を考えるための最後のカンファレンスは、反省・後悔するためだけのものではなく、施設で生活している方たちに、これから活かす・繋げるためのものであると考えるべきである。

看取り介護についていえば、限られた命の時期を周囲の人たちが意識する中で行われる介護であり、対象者の人生の最終ステージにおいて、エピソードを刻み、その記憶を残された人の心に刻んでいくことが大切になる。そのためには利用者の生活史の中でどのようなエピソードがあったかという情報も必要で、特に家族との関係性を表すエピソードが、最期の場面で必要とされる場合がある。

だからこそ家族と一緒に「看取り介護対象者が、その方らしく生きるために何ができるか」を考えるようになる。そうなると職員は、普段からの家族との関わりを大切にし、いろいろなエピソードを聞き出しておきたいという気持ちが湧き上がってくる。それは利用者のみならず、家族との良好な関係性を築くきっかけにも結び付いていく。

そして日常のほんの小さな「気づき」を行動に変える力がついていくのである。それはまさに一番近くで気付く人、一番近くで代弁する人としての介護施設職員の役割を肌で感じ取れるようになることにもつながる。

そんな形で精神面・技術面の向上を目指そうとするスタッフの前向きな姿勢が養われていく。そこにカンファレンスという他職種との率直な意見交換の場を加えることで、それぞれの職員が自分の意見をしっかりと伝える力をつけることができるようになっていくのである。

そこでは、看取り介護になってからの援助よりも、日頃の援助こそが大切であることが再確認できるようになっていくことなるだろう。

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介護施設の空きベッドが埋まらない理由と対策について


介護保険制度ができる以前、特養が利用者確保に困るということはなかった。

しかし介護保険以後、グループホームが爆発的に増え、特定施設も増加した。それらは介護保険制度上、「居宅サービス」に分類されているものの、事実上はすべて要介護高齢者の暮らしの場である。(参照:グループホームは在宅であるという誤解

よってGHも特定施設も、事業経営上は特養と競合するサービスと考えてよいものだ。

しかもあらたな高齢者の居所としてサ高住が誕生し、全国にたくさん建設されるようになった。そこに外部のサービスを貼りつけることによって要介護高齢者が暮らすことが可能となっており、重介護者の住み替え場所の選択肢の一つとなっている。

こんなふうに要介護高齢者の居所の選択肢が増える中で、特養の入所要件が厳格化され、入所対象者は原則要介護3以上となっている。さらに全国にたくさん建設されたサ高住では、空き部屋が埋まらずに入居料金等のダンピングを行うところも増えており、入所費用が一番安いと言われる特養との価格差が縮まっている。

なおかつ現在心身の状態に合わせた住み替えが必要な人たちは、年金が一番充実した状態で受け取れる人が多く、入所費用がネックになって特養以外には入所できないという人はあまりいなくなっている。都市部の特養に空きがなく、周辺市町村の特養に入所していた人たちの中には、都市部にサ高住ができて空き部屋があるのだから、そこに住み替えるという動きも出てきた。

また地域によっては高齢化のピークは越えてしまい、高齢者人口そのものが減っている地域もある。そこでは施設サービス利用者自体が減っている。

そうした諸々の事情が相まって、特養の待機者が減り、なかには空きベッドが埋まらないという特養もぼちぼち出てきた。相談員が地域を営業回りする光景も普通にみられるようになった。(※当然その影響は、特養の待機者が数多く入所している老健にも及び、老健でベッド稼働率が低下する傾向もみられている。)

そのような事情も相まって、表の掲示板では「営業してますが、稼働率は改善しません。 」というスレッドが立てられ、特養のベッドの稼働率低下で経営に影響が出ているので、どのように顧客確保をしたらよいかという相談がされている。

しかしその施設の考え方はおかしく、稼働率が上がらない理由を検証もせずに、施設名の入ったボールペンとポケットティッシュ、クリアファイルなどを配るという方法で集客しようとしている。

全く馬鹿げたことだ。そんなことで自分や自分の大切な家族の身を預ける場所を決めるとでも思っているのだろうか。

特養が地域住民から選んでもらえず、空きベッドが生じている一番の原因は、「サービスの質が悪いから」であり、特に団塊の世代が特養を敬遠する一番の理由は、「特養に入所したら、週2回しか入浴できないから」なのである。ここの処方がきちんとできなれば集客はままならず、特養だとしても廃業の憂き目にあうのが、これからの時代である。

現にその相談者も、「空床がある原因はショートのリピート率が低いこともあると思います。一度だけ使ってその後は他の施設に流れてしまいます。だから、ショート利用した方は入居申し込みまではいきません。」と書いている。つまりショート利用者が一度サービスを利用して、そのサービスに満足できずに、むしろ懲り懲りして逃げているのである。その最大の理由は何かという検証作業を行わずして、ベッド稼働率のアップなどあり得ない。

これからの時代、施設サービスの顧客の主力も団塊の世代の人々に移ってくる。日本の経済成長を支えたその世代の方は、サービスに付加価値を求めてきた世代でもあり、介護サービスに対しても、単に身体介護をしてくれるというだけでは選択対象とはしてくれないし、サービスを利用した際に、不快な思いをすることを一番嫌う傾向にある。

その方々に選んでもらう施設サービスとは、顧客満足度が高まるサービスである。利用者に不快な思いをさせた際に、「そんなつもりはなかった」という言い訳は一切通用しないのである。だからこそ顧客に不満を与えないように、サービスマナーを確立することは重要なのだ。

これからの施設サービスは、運営基準通りのサービスだけを提供しておればよいという時代ではない。運営基準をきちんと守ったうえで、さらに品質の高いサービスを提供していかないと、特養も顧客から選択されないのである。

質の高いサービスの基盤は、職員が職業人としてきちんとサービスマナーを護った先にしか生まれない。しかし職員すべてが介護サービスとしてのサービスマナーを身に着けた先には、ホスピタリティの精神が生まれる可能性があるのだ。サービスの品質に加え、真のおもてなし精神がある職員がいるという付加価値は、多くの顧客が求めているものであり、顧客確保の事業戦略上は一番の武器となる。

そのために職員のサービスマナー教育は欠かせなくなる。そんなふうに組織改革の必要性に気づき始めた事業経営者・管理者・管理職の人々も多いと思う。その方々にはぜひ覚悟をしてほしい。

職場の組織風土はあっという間に悪化するが、よくなっていくのには時間がかかるのである。しかし時間がかかるからこそ財産になると考えてあきらめないことが大事だ。

経営者や管理職は部下に思いを伝え、丁寧に説明して、厳粛に実行する覚悟が求められる。さらにこうした風土をつくるためには、組織全体で外部の講師を招いた場で、学ぶ機会が得られることが有効な手立てとなる。

言葉遣いや態度を直せない職員に、口を酸っぱくして説得することはあまり意味がない。それより納得のための「学びの機会」をぜひ職場全体で持ってほしいものだ。説得ではなく、納得させるためには、職場の上司以外の第3者から評価を受けたり、話を聴く機会を設けたりすることも必要だ。

そのようなお手伝いが必要な際は、ぜひ気軽にメールで連絡願いたい。実務に即生かすことができるサービスマナー講座を行って、組織改革のお手伝いをします。

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人員配置基準緩和で喜ぶ職員なんて存在しない


介護施設の人材不足に対する解決策の糸口さえ見えない今日、人材は充足しないのだから介護ロボットを活用して人間の労力の省力化を図り、人の労力がいらなくなった分、配置基準を緩和して一度に働く職員の数を減らし、職員を分散配置することで介護人材の絶対数不足に対応しようという考え方が生まれている。

このことは「次期制度改正に向けた財務省の資料を読んで」の中でも少しだけ触れているが、この中で僕は、「介護ロボットの導入で、本当に人の配置を少なく出来るのかという、介護現場の不安など一切無視しないと、人手不足には対応できないとしているわけである。」と論評した。

しかしこの論評は、少し言葉足らずの感があり、意味がわからなくなくもない。読者にその真意が伝わっていないかもしれないと思うので、このことについて詳しく解説したい。

23日に公表された、財政制度分科会(平成31年4月23日開催)資料の中で、このことに触れている部分は85頁である。

介護事業所・施設の経営の効率化について」というタイトルがつけられたこのページでは、「介護施設の設備・運営基準については、長らく変更されておらず、近年の介護ロボットやICT等の普及効果が反映されていない。 」として、「介護ロボット等の設備に応じて設備・運営基準や報酬に差を設けるなど、生産性向上に向けたインセンティブを強化し、底上げを図るべき。」としている。

この提言には、新たなテクノロジのフル活用とセットで人員配置基準を緩和することが念頭にあると言われており、自民党の厚生労働部会が4月18日にまとめた提言の中でも、タブレットやウェアラブル、センサーなどを使って安全性を確保することを前提として、「人員基準を緩和すべき」と打ち出している。さらに根本匠厚労相も「より少ない人手でも回る現場を実現する」と語っており、実用化されているセンサーロボットなどを導入した介護施設などの夜勤配置職員などを定めた人員配置規準の見直しを視野に入れている。

人間の手足に少しでも替わることができる介護ロボットができるのならそれに越したことはないし、そうした介護ロボットをぜひ開発してほしいと思う。そうしたロボットが本当に誕生したならば、人に替わってロボットを導入して、人員配置は少なくしても良いだろう。しかし現実には人に替わる介護ロボットは存在していないし、人の動作を一部援助する装着ロボット等も、使い勝手が悪いために実際の介護の場で実用化しているとは言えない状況がある。

そんな中で見守りセンサーなどは、巡回しなくてもよいスペースや時間を作り出すことができる点では、すでに夜勤を行う介護職員等の業務の一部を省力化することに貢献しているといってよいだろう。

だからといって、そのことで人手を減らせるのかといえば、それは全く別問題である。

見守りセンサーは、見守っている対象者の異常を感知・通報できるだけで、その対応はできないのだという、ごく単純な問題を考えなければならない。

見守りセンサーの活用で、夜勤時間帯の見回り回数が減ったからと言って、即夜勤者の数を減らしてしまえば大変なことが起こる。見守りセンサーが人に替わってカバーできることとは、「見守り」そのものに過ぎず、夜勤者が定期巡回せずにセンサーが常時見守ってくれた結果、何事もない場合はそれでよいのだが、見守りセンサーが反応した場合、そこに駆けつけて対応しなければならないのは夜勤者なのである。

つまり見守り対応を夜勤者に変わってセンサーロボットがしてくれるので、夜勤時間帯の定時巡回の必要がなくなって、その分夜勤労働の省力化は図られるのは事実だが、そこで夜勤配置職員そのものを削ってしまえば、いざセンサー反応があった時の対応に支障を来し、配置職員数を削られた分、配置されている職員の労働負担が増えることになる。

労働負担が一時的に増えるだけならよいが、配置職員数が削られてしまうことで、対応そのものが困難になるケースも出てくるだろう。それは即ち利用者のサービスの質の低下につながるだけではなく、対応が必要な人の命の危険となり得る問題で、それは劣悪な介護環境につながりかねない問題ともいえる。

タブレットやウェアラブルなど、ICTをいくら活用しても同様の問題が生じ、要介護者等に人間と同様に対応できるロボットでない限り、配置人員を減らしたら対応困難になる場面は増え、そこで働いている人間はさらに疲弊していくのである。

そもそもリンクを貼りつけた資料の85頁の表の中で「人員を基準より多く配置する状況が常態化」という記述があるように、現在でも人員配置基準以上の職員配置をしている介護施設が多いのは何故かということを考えてほしい。

従来型特養は看護・介護職員:利用者の配置比率は、配置基準上では3:1とされているが、多くの特養ではそのような配置では業務が回せないために、2:1に近い配置をしている。

配置規準をさらに緩めたところで、業務が回らない以上実際の配置職員を削ることは困難である。

ところが配置規準が下がれば、それを根拠として、何が何でも職員数を削ろうとするブラック経営者が必ず現れる。夜勤業務が回らないなんてことは無視して、緩和された基準人数だけを配置しておればよいだろうと考える施設経営者も出てくるだろう。

そうなるとそこで働く職員は最悪の労働環境の中で最低限の仕事しかしない工夫をするか、バーンアウトするしかなくなる。どちらにしても人員基準緩和は、実際に働く職員に対するメリットは何もない。そのことを歓迎する介護職員は存在しないだろう。

実際には人に替わることができる介護ロボットがない現状であるにもかかわらず、政治家や官僚が、「センサーやタブレットによって人手がいらなくなる」という幻想を抱くことにより緩和される最低配置基準によって、介護労働は益々重労働となり、職員は益々疲弊していくのである。

それが介護人材不足の処方箋であるという考えは大きな間違いなのである。

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看護・介護職員配置規準を2:1にする提言について


昨日から統一地方選挙がスタートして、これからしばらく選挙モードに染まる地域が多い。

政治にも選挙にも興味がないという人も多くなっているが、この国の国民すべてが、一定年齢以上になった時に「選挙権」が得られるようになったのはそれほど昔ではない。女性に選挙権がなかったという信じられない時代がつい最近まであったのだ。その時代に選挙権を手に入れるために、血のにじむような運動を続けた方がいて、今の制度になっていることを考えると、その権利を安易に放棄するのはあまりにも情けないことだ。是非選挙権を行使するという形で、国や地方自治体に物申していただきたい。(参照:私を選挙に連れてって!!

夏には参議院議員選挙も行われるが、全国老施協も推薦議員をもう一人国会に送ろうと、活動を活発化している。とても立派な候補者が立候補するので、僕も応援したいと思う。

先日、その候補者の方と老施協の推薦者の方のトークショーを聴く機会を得た。その中で両者は、特養等の配置規準の「3:1基準」について、あまりにも現場の業務実態とかけ離れた基準であり職員を疲弊させているので、その基準を「2:1」にするように運動したいと話されていた。

ご存知のように現在特養の人員配置規準では、「介護職員及び看護職員の総数は、常勤換算方法で、入所者の数が三又はその端数を増すごとに一以上とすること。」とされている。

これを「入所者の数が二又はその端数を増すごとに一以上とする」と変更するために運動するという意味だろう。当然そのために雇用職員を増やさねばならないのだから、それに見合った金額に基本サービス費(介護給付費)を引き上げるという意味も含まれていると理解した。

つまり施設サービス費を引き上げて、職員配置を2:1とするという改正を訴えるということだ。

しかし僕はそのことには賛同できない。それは日本の人口様態と雇用状況を考えると、その配置が困難となる事業者が続出するだろうと思うからだ。

日本の人口構造を見ると第一次ベビーブーム(1947年〜1949年)に生まれた人が大きな塊となって、他の世代より圧倒的に数が多い。その団塊の世代と呼ばれる方々が全員後期高齢者に達する2025年から、その方々が90歳になって数が減っていく2040年くらいまでが、高齢者介護問題の正念場であるという見方がある。

しかし団塊の世代に次ぐ塊として、1971年から1974年までに生まれたに生まれた団塊ジュニア世代(第2次ベビーブームで誕生した世代)の方々が存在したいることにより、その世代の方々が団塊の世代を支える介護人材としても大きな塊となっていると言える。

ところが団塊の世代の方々が減っていく2040年以降に、団塊ジュニア世代の方々が70歳となるのだ。その中で生産労働人口はさらに減り続ける。しかも我が国には第3次ベビーブームが存在しなかったために、団塊ジュニア世代を支える次の塊の世代は存在しないことになる。

つまり2040年以降に高齢者の数が減り、介護事業者の数が今のレベルで必要とされなくなっていく過程においても、高齢者の数の減少を上回るスピードで介護従事者の成り手が減少していくために、人員・人材確保はますます難しくなるのである。

そのため今後の高齢者介護を支える人材を、日本人だけで賄おうとすることには無理があることは明白で、外国人労働者をある程度受け入れ、介護人材として組み入れていかねばならないとして、外国人技能実習制度に関する法改正を行い、職種に「介護」を追加するとともに、その期間を5年に延長した。さらに入管法を改正し、特定技能により介護分野で最長5年の滞在を可能とするとともに、介護福祉士の資格を得た外国人は永住も可能としたのである。

しかしそうした外国人が長期的にみて日本の介護人材問題を解決する切り札になるとは思えない。(参照:人材確保は多方面・多角的視野で

つまりいくら介護給付費が引き上げられて、職員給与を改善できたとしても、生産年齢人口の絶対数が減る社会で、介護労働にだけ今より多くの労働力が供給されることはあり得ないのだ。その中で配置規準が引き上げられ2:1にされたとき、その配置規準をクリアできない事業者が続出する恐れがある。

配置規準が満たされない場合の人員欠如減算は、3カ月は3割減算であるが、3カ月目以降は5割減算となる。その減算を受けてもよいという事業者はないが、人口減少社会の中で、容易に雇用者が増えるわけもなく、2:1をクリアできない事業者は少なからず存在するようになる。そうすると減算単位では運営継続は不可能なので、事業廃止に追い込まれる施設が続出しかねない。それは即ち施設サービスという社会資源が失われるということを意味し、介護施設に入所できない「介護難民」を大量に生み出すことにつながってしまう。

よって現在の少子高齢社会で、生産年齢人口の枯渇に対する切り札的政策が存在しない中での配置基準引き上げは無謀というしかない。むしろ配置規準を2:1に引き上げて基本サービス費を上げるのではなく、配置規準を現在のままにして、別に看護・介護職員配置加算を新設して、2:1以上の配置を行う施設には、加算で対応すれば良いのではないかと考える。

職員の雇用・定着のシステムを整備して、配置規準を基準以上に配置できる施設は、当然介護の質も向上する要素があるということなのだから、配置規準加算は単なる体制加算ではなく、職員を配置基準以上に配置して、高品質なサービスを提供できるというアウトカム評価にもつながっていくものと思え、より現実的な方法ではないかと思う。

全国老施協の推薦候補も、その方法での改正を訴えたほうが、現場の経営者の賛同を得やすいと思うんだけどなあ・・・。

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自分が入所したい施設を目指そうなんて馬鹿なこと言ってるから施設介護は良くならない


僕が大学を卒業して初めて就職した社会福祉法人は、開設したばかりの法人で、僕が就職した月に50床の特養をオープンさせることになっていた。つまり僕はオープニングスタッフの一人として、社会人のスタートを切ったわけである。

その時、どのような施設を作るのかということについて、当時の施設長から、「自分や自分の家族が入りたいと思える施設づくりをしましょう。」といった話を聞かされた。

その施設長は市役所からの天下りで、熱海のホテルで数日間泊まり込んで研修を受けただけで得られる資格で施設長になった人だったので、介護の知識は素人と言ってよいレベルであった。

しかし素人レベルだったのは僕も同じである。大学で社会福祉を専門に学んだとはいっても、就職したばかりで、社会福祉援助の仕事を経験したことのない状態で何もわからない若造に、社会人の経験を積み重ねた施設長の言葉は決して軽いものではなかった。だから自分がこれからスタッフとして働く特養を、自分が入りたくなるような良い施設にしようとう意気込みを持って仕事に臨んだ。

しかし「自分が入所したい施設」ってどんな施設なのかということは、スタッフ個々のイメージに任されていたため、「○○を○○しなければならない」という具体的な指示はなく、「自分が入所したい」という要素は、広く浅く、どうとでも捉えられたというのが実情ではなかったのではないか。

そこでは「自分が入所したい施設づくり」と唱えられながら、入浴は週に2回しかできない状態が長く続いていたし、おむつ交換は定時にしか行われておらず、おむつをしている人の排泄感覚は無視されていた。食事や入浴・排せつをするためには、意味もなく廊下に何十分も並んで順番待ちをしなければならないなど、1日の生活を終えるためには必ず行列に並ばねばならない生活が強いられていた。それが「自分が入所したい施設を目指そう」と唱えている施設の実態であった。

そうした実態を変えることができたのは、介護サービスを自分目線ではなく、利用者目線で見直したことによってであり、「自分が入りたい施設はさておき、施設を今実際に利用している人は何を求めているのだろうか」ということを徹底的に考えるようになって以後のことである。

そういえば「自分が入所したい施設を目指そう」というような言葉は、その施設長だけが言っていたわけではなく、周りを見ると、いろいろな場所で、いろいろな人がお題目のように唱えていた。そしてその言葉は今もなお介護業界で唱えれらており、職員に向かって、「自分が入所したい施設を目指そう」と訓示している施設長なり、管理者なりが全国にたくさん存在する。

しかしそんなことを言っている人がたくさんいるにもかかわらず、地域住民がこぞって入所したいと思える施設がそこかしこに存在するという話はあまり聞かない。週2回しか入浴できないという、囚人並みの生活を強いている特養もそこかしこに残存している。

特養は長い間待機者が数多くいて、施設によっては100人待ち、200人待ちが珍しい状態ではなかった。しかしそれはその施設が、地域住民から絶大な支持を受けている結果ではなく、単に障害を持って行き場のない人が、仕方なく選んでいる場所に過ぎなかったとう実態がある。「自分が入りたい施設」ではないけれど、入所を申し込んで待機しなければならなかったのが、特養の実態であった。

そもそも地域住民から選ばれるサービスの質を考えたとき、果たして「自分が入所したい施設」などという基準がそれにつながるのだろうか。

介護とは関係のないレベルで他の商売を考えたとき、ヒット商品はどのように生まれるかを考えてほしい。顧客に選ばれる商品とは必ずしも自分が選びたい商品と一致しない例は枚挙にいとまがなく、例えば自動車販売の場合、自分が乗りたい車を開発することが、ヒット商品の開発につながらないことは多い。ヒット商品を生み出すためには、自分の価値観や好みに偏った考え方をしないで、顧客が何を求めているかという、「顧客ニーズ」を徹底的に調査・分析する必要があるのだ。

自分の好みというレベルで考えていては、自分という個人の価値観が絶対的なものになりすぎて、多様なニーズに対応する柔軟性を失ってしまうことが多い。

そもそも仕事とはおもしろいものである反面、面倒くさい様々な作業が伴うものなので、自分の好みレベルで物事を考えていては、「自分ならこれでもいいや」という妥協が生まれてしまうのである。施設サービスという介護労働を商品とする場合、肉体労働をできるだけ軽くするために、自分ならこれで良いという安易な妥協が生まれることも、「自分が入りたい施設づくり」というお題目で正当化されてしまうのである。

介護施設にはびこる「世間の非常識が介護の常識」という状態も、自分の価値観レベルで考える感覚麻痺に起因していることが多いのである。自分だったら家族と同様に馴れ馴れしく話しかけられても、窮屈でなくて親しみを感じられるからそれでいいやという感覚が、タメ口で利用者に接して恥じない馬鹿者を大量生産してしまうのだ。

「自分が入りたい施設」レベルで物事を考えるから、介護のプロフェッショナルという意識を薄れさせ、家族ではないプロが提供する介護サービスが求められるのに、家族レベルの馴れ馴れしい無礼な態度をも生み出してしまうわけである。

介護施設が目指すべきは、「自分が入所したい施設づくり」ではないのだ。真に必要とされていることは、介護施設の利用者を顧客と正しく認識し、「顧客が選びたくなる施設づくり」であって、地域住民のニーズを徹底的に調査し分析する介護事業経営が求められているのである。

自分は〜・自分が〜」ではなく、「お客様は〜・お客様が〜」という視点が求められており、今介護施設を利用している人・利用しようとしている人の時代背景や生活習慣を見つめ、それらの人たちのニーズを徹底的に追及することこそが求められているのである。今後、介護事業の利用者層としても、大きな塊となってくる団塊の世代の人々はどう思うだろうかという視点から見ないと、介護事業経営などままならなくなる。

だからいまだに職員に対して、「自分が入りたい施設づくりを目指しましょう」なんて言っている施設のトップや管理職はその手腕を疑われるし、対人援助の専門家としてのボキャブラリーには重大な欠陥があり、介護事業を管理するためのセンスがないと言っても過言ではないのである。

いい加減に個人の感性に頼る、「介護サービスの品質管理」はやめていただきたいものだ。

顧客ニーズに合わせた、具体的な施設サービスをシステムに組み込むために、何をどうしたらよいのかという具体的指示が伴う職員教育をしてほしいものである。

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施設業務の切り分けを考えるお寒い頭脳


厚生労働省は来年度から、特養や老健などの施設で介護職員が担っている業務を整理・分類する取り組みを本格化させるそうである。

その構想とはベッドメイキングや清掃・配膳など、必ずしも高度な専門性を必要としない業務を切り分け、地域の元気な高齢者などに任せていくということだ。それは深刻な人手不足の解消やサービスの質の向上につなげる対策として考えられているとのことである。そのため自治体などと連携してパイロット事業を始め、そこから全国に展開していく計画だそうである。

アホも休み休み言えといいたい。こんなものにお金をかけてどうするのだ。

そもそも施設介護は、資格の要らない仕事であり、介護業務も業務独占ではないのだから、各施設でいろいろな人が、いろいろな仕事をしている。現場レベルで業務の切り分けは終わっているのだ。

僕が管理していた特養や通所介護では、洗濯や清掃は介護職員とは別に専門に行うパート職員を雇用していた。僕が1年間だけ事務次長職で勤めていた老健では、ベッドメイキングは運転手として雇用されていた複数の男性職員が、運転業務がない時間に行っていた。

そんな例を示すまでもなく、既に多くの介護施設では、ベッドメイキングや清掃などは付帯業務として、介護職員の業務からは切り分けて業者委託をおこなったり、介護職員以外の職員が対応していたりするわけである。今更パイロット事業にお金をかけて考えなければならないような問題ではない。

そもそも配膳を手伝う介護ができない職員がいて、どれだけの介護職員の仕事が減るというんだ。それで配置職員を一人でも、二人でも減らすことができるとでもいうのだろうか。

介護ができない職員が配膳している間、介護職員は食卓テーブルに座って配膳を待っているわけにもいくまい。そうであれば介護職員が配膳するという行為自体は無くならないわけで、そこで省力化できるものとは、いったいどれだけの時間であり、業務内容なんだ?むしろ利用者の顔を覚えられない介護ができない職員が、食札をみながらオロオロしている姿にイラついたり、それらの人に指示することに時間を取られたりするのではないのか?

介護職員以外の職員が配膳している間に、食事介助を始められると言っても、それはどれだけの時間差なんだ?そもそもそのような配膳を続けているバタバタした状態で、落ち着いて食事を楽しむことができるかを考えたとき、この切り分けはとんでもなく「暮らしの質」を無視したものにしかならないことがわかるだろう・・・。わからないとしたら、相当の素人か、馬鹿である。頭が良くて知能指数が高い馬鹿ほど、始末の悪い存在はないのである。

仮に切り分けた簡単な業務を「地域の元気な高齢者などに任せていく」ことができるとしても、それが少しは介護施設業務の省力化につながるとしても、毎日3度3度の食事場面で、切れ目なく任せられる人が施設に来ると考えるほうがどうかしている。

老健ではリハビリの一環として、卓球や花札、麻雀、トランプなどを行う相手として、地域の高齢ボランティアがその役割を担っていることがあるが、毎日切れ目なく来てくれる高齢者などいない。仮に最低賃金程度のお金を支払って雇用するとしても、そのような人が本当にいるのかは疑問である。

対価を得る労働だとしても、最低賃金程度で、切り分けられた「誰でもできる業務」を担当する人に、どれほどの責任感が要求できるというのか。突然休んで、そのフォローに時間がとられたり、逆に労務管理は増えて大変になるだけだろう。元気な高齢者だからといっても、それらの人たちが責任感を持って安定的・継続的に働いてくれるのかという問題だ。そんなの無理だ。

そもそもこのことは人材対策にはあり得ず、人員対策にしか過ぎない。とりあえず飯食わしたり、寝かせておく場所を作ったり、掃除したりする人員を確保すれば、介護業務が回ると考えるとしたら大間違いだし、そのことで介護業務を回す方向にもっていってしまえば、利用者の暮らしの質は間違いなく低下せざるを得ない。

なぜなら介護業務を切り分けるという意味は、施設で暮らす人たちの日常の暮らしの連続性を断ち切ることとイコールだからである。そこでは業務の都合に、暮らしを合わせるという集団ケアの弊害が、一段と進む結果にならざるを得ない。それは国が施設サービスに対して批判してきた状態そのものではないのか。そんなことも理解できないのだろうか。

知能指数は高くても、汗をかいて介護労働をしたことがない馬鹿者どもが、厚労省というお屋敷の中で、デスクに張り付いて考えた結果がこれである。こんなものに国費を浪費するのが仕事かと言いたい。

こんな意味のないことを考えて、良い対策ができていると思い込んでいる連中は、机上の論理にどっぷりつかって、本当に必要なものが見えなくなっていることにさえ気が付いていない。予算付けすれば、それが実績になるのだから、それだけで満足しているのだろう。そういう連中が本当の意味で、この国のことを考えているとは思えない。官僚という名にも値しない。

くだらない机上の対策を練っている暇があったら、本当に介護現場では何が起きて、何を求めているかを知るために、1週間でも3日でもいいから、介護施設で実習でもしろよと言いたくなる。

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介護施設の食費・居住費の標準費用引き上げ議論


12日に開かれた社会保障審議会・介護給付費分科会では、来年10月の消費税率の引き上げとあわせた介護報酬の改定(増税分の引き上げ)に関連して、老施協や老健協の代表委員などから、食費と居住費の標準費用の引き上げを要望する声が挙がった。

食費と居住費については、平成17年10月から保険外費用とされ、原則的には利用者が自己負担する費用である。しかし低所得者の方などが負担できない事態が発生しないように、費用負担段階3段階までの利用者に対しては、特定入所者介護サービス費(補足給付)が支給され、利用者は負担段階に応じた費用負担軽減が受けられることになっている。

この際に第3段階の人までが補足給付を受けることができる条件として、食費や居住費の費用設定額が標準費用を超えないこととされているのである。4段階の利用者については、もともと補足給付がないことから、標準費用を超えて費用設定して全額自己負担としている施設も多いが、3段階までの人の設定費用をそれと同じくすると、補足給付もないために費用負担ができずに施設入所が継続できない人も出てしまうわけで、ほとんどの施設は第3段階までの費用設定を標準費用と同額で行っているわけである。

しかし今、実際に食費や居住費にかかっている費用が、標準負担額より上回っているということになっているというのだ。それはすなわち施設が持ち出して負担しているという意味になり、経営を圧迫する要素になっていることになる。この状態を是正してほしいというのが、今回の要望である。

この費用は現在、食費は日額1380円である。居住費はタイプによって異なるが、例えば特養の多床室なら日額840円となっている。施設の建築コストや維持・管理コストなどの上昇で、居住費の標準額も実際より低い額となっているとは思われるが、今日はとりあえずその議論は置いておいて、食費の標準費用額について考えてみたい。

そもそも食費とは何かということを今一度確認すると、それは「食費の設定に当たっては、食材料費及び調理に係る費用に相当する額を基本とすることと」(平成17年10月改定関係Q&A 追補版・【共通】 ガイドライン・特別な食事)とされている。つまり食材料費のほかに調理員の人件費がここに含まれてくるわけである。

一方で標準費用の設定根拠は何かといえば、それは総務省の家計調査が根拠になっている。その食費が1日平均1380円ということで、それが17年以降現在までも変わっていないということなのである。

なるほど近直の総務省の家計調査をもとに作成した世帯人数ごとの平均の食費を見ると、単身世帯(つまり一人暮らし世帯)の平均の食費は42,623円/月となっており、1日当たりは約1400円となっている。単身者はコストパフォーマンスが低いために、世帯人数が増えるとこの額は低下する傾向にあるため、介護施設で集団給食を提供することを考えると、この費用より20円/日安い1380円という標準費用は特に問題ないように見える。

しかし平成17年当時と現在を比較すると、食材料費はさほど大きな価格上昇はないのかもしれないが、調理員の人件費コストはかなり違ってきているのではないだろうか。調理員の人員確保も難しい状況と、食費が自己負担化されたことをきっかけにして、調理部門を外部委託する施設も増えているが、調理受託専門業者も人手不足に陥って、人材・人員確保の費用負担が増えている。それはそのまま介護施設との調理委託契約料金の上昇にもつながっているわけで、実際に食事提供のコストは標準費用を上回っている場合が多い。

特に第3段階までの人が多く入所利用している既存型特養にとって、標準費用額と実際のコストとの差額は、深刻な経営問題になっている。

勿論、食費の標準費用を引き上げることは、補足給付額が増えることで給付費の増加につながり、それは2021年の定時介護報酬改定の足かせにもなりかねないし、第4段階の人にとっては、さらなる自己負担増につながるかもしれない問題で、消費税アップ分の費用負担増加と合わせると決して小さな問題ではないが、施設運営に絶対必要なコストが、事実上施設の持ち出しとされている状況は今後の介護施設経営に大きく影響してくる問題なので、その額が適切なものなのかという是正議論は必要不可欠だろう。

食事は、利用者にとって最大の愉しみであり、なおかつそれは命の源でもあり、健康を保つために必要不可欠なものである。

そうした大切な食事提供の費用が、施設の持ち出しで経営を圧迫するとして、食材などを安かろう悪かろうものにしないとならないとしたら、それは利用者の愉しみを奪い、健康を奪う結果になりかねない。

そのあたりの視点も含めて、適切な標準費用額を今一度考え直してほしものである。

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老健施設の今までとこれからを紐解いてみた。


医療機関に入院した高齢者が、在宅復帰するためにリハビリテーションを行う施設として誕生し、医療機関と自宅をつなぐ中間施設と呼ばれて老人保健法に位置付けられた、「老人保健施設」(以下、老健と略)は、2000年4月以降、介護保険法に位置付けられる介護保険施設の一つとなった。

主管する法律が老人保健法から介護保険法に変わった後の老健は、利用者の在籍期間が長くなった際に、収入が減るというルールがなくなったことから、一部の施設では在宅復帰率が著しく低下し、中間施設としての機能不全が懸念される状態がみられた。

そこに大ナタを振るったのが、2002年8月に老健局長に就任した中村秀一氏である。

中村氏は老健局長に就任する直前に、医療保険と医政を担当する厚生労働省大臣官房審議官として、戦後初めて診療報酬をマイナス改定した剛腕として評判が高かったが、老健局長就任後もその剛腕を振るって、私的諮問機関を立ち上げて、「2015年の高齢者介護」をまとめ上げたことでも知られている。

その中村氏が局長就任後最初に批判したのが、「在宅復帰率の低い老健」であり、「在宅復帰機能のない老健は看板を下ろせ」として様々な改革を迫った。その際に在宅復帰が進まない理由の一つとして、在宅療養支援機能が低いという地域事情が挙げられたところから、老健施設自体にも在宅療養支援機能を持つ必要があるとして、2003年〜老健施設から訪問リハビリテーションを行うことを可能にしたのである。

つまり老健の訪問リハビリテーションとは、単に併設事業として運営可能という意味合いではなく、老健の基本機能として実施することが求められたものなのである。よって老健の訪問リハビリは、老健から在宅復帰した人、その予定がある人に対して必要な支援機能として、「実施しなさい」という意味合いが濃いものであるといえる。当然、老健併設の通所リハビリテーションも同じ機能が求められており、単なる併設事業という括りで考えてはならないのである。

さてそのような経緯を踏まえて、2017年に地域包括ケア強化法が改正された後、(介護保険法第8条第28項)に示されている老健の定義が、「介護老人保健施設とは、要介護者であって、主としてその心身の機能の維持回復を図り、居宅における生活を営むことができるようにするための支援が必要である者に対し、 施設サービス計画に基づいて、看護、医学的管理の下における介護及び機能訓練その 他必要な医療並びに日常生活上の世話を行うことを目的とする施設。」<平成29年6月2日公布、平成30年4月1日施行>と変更されたのである。(緑色の部分が付け加えられた文章。)

これにより老健は、在宅復帰・在宅療養支援のための地域拠点となる施設であり、かつリハビリテーションを提供する機能維持・改善の役割を担う施設として法的に位置づけられたことになる。

さらに地域包括ケア強化法改正では、新たな介護保険施設として介護医療院が創設されている。これにより介護療養型医療施設の廃止後の転換先として創設された「療養型老健」は、その歴史的な使命は失われたと言って過言ではないだろう。

そのため本年4月からの介護報酬改定では、「療養強化型老健」の区分が廃止され、「療養型老健」に一元化された。これによって療養強化型を算定していた施設は、基本サービス費が下がることになった。

さらに介護療養型老人保健施設から介護医療院に転換する場合について、療養室の床面積や廊下幅等の基準緩和等が図られているのだから、将来的に老健施設から療養型という冠がついた分類はなくなっていく方向であると予測される。

また療養型以外の老健は、「在宅復帰・在宅療養支援等指標」によって区分されることになり、そのポイントが20未満の老健は「その他」に区分され、基本サービス費が前年度と比較して概ね2%減算される他、短期集中リハビリテーション実施加算など14の加算が算定できなくなった。これは実質ポイント20未満のその他型老健の事業撤退を促しているルールである。

もしかすると次の報酬改定時には、「その他」の区分自体が消滅し、一定ポイント以下の老健は、報酬算定不可=事業撤退、という大ナタが振るわれる可能性だってゼロとは言えないのである。

また「在宅復帰・在宅療養支援等指標」によるポイント区分が、未来永劫 20ポイント60ポイントを基準に区分されると考えるのも間違っている。このポイントは法改正しなくとも変えられるために、国の考え方一つで引き上げが可能なのである。20ポイントぎりぎりで基本型老健の基準をクリアしている施設は、ホッとしている暇などなく、次の改訂で最低ポイント基準が引き上げられても困らない準備が必要だ。

また4月の報酬改定では、在宅復帰率が50%に達していなくとも強化型が取れるルールとなっているが、これは老健の在宅療養支援機能を評価したものであり、老健の機能が施設完結型ではなく、地域に向けたものであることを十分理解しなければならない。・・・この意味が分かるだろうか?

現在、在宅強化型老健の報酬を算定している施設の中には、入所条件として一定期間後の退所を条件としている施設がある。そうした老健入所後のリハビリテーションの効果や予後に関係なく、利用者を一定期間を経たというだけで退所させ、退所先の確保も利用者に責任を押し付け、退所後のフォローも全く行わない老健が存在する。次の改訂では、こうした在宅療養支援に無関心な老健に鉄槌を振るう改正が行われるかもしれない。

老健関係者は、そのこともしっかり理解すべきである。

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施設相談員の役割として最も求められること


役割分担があいまいな組織は目的を達成できないより続く)
台風20号が近づいている松山空港から、まもなく北海道に向けて飛び立つ予定だ。午後はすでに欠航予定便が出ているのでフライト予定が半日ずれたら、今日は北海道に帰ることができないことになったかもしれない。そうなると明日の仕事にも影響するので、予定通り飛行機が運行されることになってホッとしている。松山でお世話になった皆さんありがとうございます。次は11月にやってきますので、よろしくお願いします。

さて本題に入ろう。介護施設の相談員の役割は多岐にわたることは言うまでもないが、その中で最も重要な役割は何かといえば、僕は迷わず「ベッドコントロール」であると言いたい。

この役割は、特養が措置施設であった頃に生活相談員が生活指導員と呼ばれていた時代から変わりはないともいえるが、しかしベッドコントロールの中身(仕事の内容)はずいぶん変わってきている。

僕が最初に特養の生活指導員として採用された時には、ベッドコントロールといっても、待機者の多くはすでに市町村の名簿に登録されている人たちで、施設職員が営業する必要もなく、市町村職員との調整連絡を終えた後に、利用者の家族と具体的な入所に向けた調整を行うだけだった。

僕の場合は新卒時から、新設施設のオープンに関わったわけであるが、自分の足を使って市町村の様々な機関を回る必要はなく、市役所の老人福祉係に行けば、特養の入所相談であふれていたので、その中から措置権者である市の意向を確認しながら入所優先順位等を決めて、それに沿って入所予定日を決めるだけでよかった。

措置費時代のベッドコントロールとは、このように市町村の窓口代行業務のようなものであった。市町村に特養入所を申請した順番に、入所予定順が決められていたので、空きベッドが生じた場合にも、施設の相談員はどの市町村の人を入所させるかを決めるだけで、決められた市町村から次に入れるべき人の情報は自動的に上がってくるものだった。そのためさしたる苦労もないし、ベッドコントロールしているという意識にも欠けていたように思う。

それが少し変化したのが介護保険制度以後のことである。措置時代と異なり入所順番は待機した順ではなく優先入所という制度ができ、それらのルールに基づいて総合的に入所順位を決めるために、施設内の入所判定委員会が必要となった。相談員はその判定員会を立ち上げる担当者となり、会の規約や入所判定ルールを作成する業務を担ったりした。そして入所判定員会が定期的に開催されるようになった後は、原資料となるデータ管理の中心的役割を担いながら、判定結果に基づく入所調整を行うのが、その時期のベッドコントロールであった。

しかしそうであっても基本的には、そこでも待機者確保に苦労することはなく、数多く待機している人の入所順を適切に調整するという役割が主であり、入所予定者がいなくて調整できないということはあり得なかった。

それが少しずつ変わってきたのが今日の介護施設を巡る状況の変化である。サ高住などの高齢者の多様な住み替え場所が全国各地に整備されるにつれて、介護保険施設はいつも満床、いつも待機者確保に困らないという状況ではなくなりつつあるという状況は、全国的な傾向へと拡大しつつある。

福祉医療機構の「特別養護老人ホームの入所状況に関する調査」(3/29)によると、直近 1 年間で利用率が低下したとする施設は約2 割あり、理由として約3 割が他施設との競合激化を挙げている。 さらに待機者が減少したとする施設は約49%あり、理由として他施設との競合激化や要介護2 以下が入所要件から外れたことを挙げた施設が全体の約8 割を占めた。 そして直近 1 年間で、医療的ケアや認知症への対応が困難であることなどを理由に、入所申込者に対し入所を打診できなかった施設は約 4 割あったというのである。

そのため待機者がゼロという特養もぼちぼちみられるようになり、地域の関係機関に営業回りをして利用者を確保するという必要性を感じている相談員が増えているのが実情だ。

そのような中で相談員の最大の役割であるベッドコントロールとは、単なる入所日程の調整業務という意味ではなく、特養に空きベッドが生じないように、計画的に入退所業務を管理するという意味合いが濃くなっているのである。

そのためには、空きベッドが生じてから、おっとり刀で待機者名簿を繰るという業務スタイルでは、時代にマッチングして生き残っていけなくなることは明白で、 常に地域に向けて情報発信をするとともに、アンテナを地域の様々な機関に向けて、何かあったらすぐに適切な情報をキャッチするという、ソーシャルワーカーとしての情報収集能力が問われてくるのである。

適切なベッドコントロールを行う優秀な相談員になろうとするならば、施設の中だけで業務を完結させることは不可能であると考え、施設で職員との関係をつなぐのと同様に、地域に出て行政機関や関係職機関と常に顔をつなぎ、関係を紡ぐ状態にしておく必要があるのだ。

相談員が施設内で介護業務を兼務している暇などないわけである。

介護事業者という組織全体が、そうした相談員の役割を理解し、相談員がその役割を果たすことができる動きができるように、組織内の業務システムを見直していく必要がある。それができるかできないかが、今後の生き残り戦略の重要な視点となってくるわけで、ここの発想転換ができない事業者は、近い将来消えてなくなるか、大手の事業者の吸収合併されて消滅していくかしかないわけである。

顧客確保が事業経営戦略上、重要な課題となりつつ今日において、相談援助職の役割を問い直して、ベッドコントロールの意味を正しく時代に合わせて理解し直すということは、今後の事業経営に欠かせない視点であるということを理解しなければならない。

そこまで目が回らない事業経営者は、そろそろ退場の時期を見据える段階でありことを自覚すべきである。

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二重名簿の実態


お盆休みで明日あたりまで休みという企業が多い中、介護事業者はお盆休みという規定がない事業者が多い。

僕が30年以上勤めた社会福祉法人も、そのあと1年だけ勤めた医療法人もお盆休みの規定は特になく、暦通りに働くのが当たり前であった。勿論、有給休暇などでお盆に休みをとる職員はいたが、それはあくまで有休消化の範囲でしかなかった。

現在僕はそうしたサラリーマン暮らしから卒業し、フリーランスで講演活動と執筆活動により収入を得ているため、世間の暦は関係なく、今日も締め切りが迫った連載原稿の仕上げに向けてデスクに張りついている。連載は月単位で7本抱えているので、常にお尻に火がついているような状態だ。それに加えて秋に出版する本の執筆作業も佳境に入っているので、さながら作家のような気分である。まあ物書きとしての収入も、毎月一定額得ているので、場合によっては「介護作家」と名乗ってもやぶさかではないだろう。

ところでこの暮らしに入る前に、特養を中心とする施設の総合施設長を退職した後、1年間(正確には13カ月)老健で勤務した経験がある。もともと特養を退職したのは、今のようなスタイルの活動をしたかったからであるが、たまたま縁あって北海道の主要空港がある地域の医療法人から声がかかったので、医療系サービスの勉強もしてみようと思って、そこでお世話になった。

その間は、登別から片道2時間かかるその施設に自宅から通っていた。とうのも生活の拠点を移してまで、その施設で長く働くつもりはなく、医療系サービスの実務を学ぶということだけが目的だったからである。そこでの職名は事務次長だったが、実際にさせられていた仕事は相談員業務としてのベッドコントロールが主であった。しかし老健のベッドコントロールとは、利用者目線のそれではなく、事業者の都合によるコントロールで、介護の手が回らないから食事介助が必要な人は入所させないなどの、正当な理由によらないサービス提供拒否がまかり通っていた。発言力の強いお局介護主任等の勝手な考え方が、施設運営に暗い影を落としているという実態があった。

恐ろしいことに、そこには2重帳簿ならぬ2重名簿が存在していた。いわゆる利用者の「部屋割り表」であるが、名簿上の部屋割り表は実際に利用者が利用している部屋と異なる内容となっていた。つまり名簿は実地指導などの行政指導に対処するための架空の部屋割りであったのだ。

その施設は多床室が中心の老健で、4人室のほか従来型の個室や2人室があったが、部屋の利用定員が守られていなかったのである。僕が就任した当時、その施設では「ロタウイルス」という、子供が感染することが多いウイルス感染が流行しており、感染者の隔離などが行われていた。この施設の現場を仕切っているのは、看護師長であったが、その人の判断でこの施設は簡単に「面会禁止」ができてしまう施設で、その間家族であっても、利用者が施設内でどのような扱いを受けているのか、自分の目で確認することはできない実態にあった。そこでは名簿と異なる部屋にいきなり移動させられ、ある期間に何度も部屋替えが行われるということもあった。

盗人にも三分の理という諺があるように、感染予防のためというなら、そのことに一部の理があるのかもしてないが、こうした頻回な居室移動は感染症とは関係のない理由でも行われてた。

そこは2階が認知症専門棟で、1階の一般棟より手厚く職員配置がされていたが、逆に言えば一般棟の介護力は至極貧弱で、少しでも手のかかる人がいると現場が回らないとして、職員の都合で一般棟の人を認知症専門棟の居室に変えるなど居室移動が日常的に行われたいた。その時も名簿上では、居室変更した人はもとの一般棟の居室にそのままいるかのような操作が行われていた。なぜなら一般棟から認知症専門棟に変更された人は、本来の定員をオーバーし、一人室に2人対応するなどの公にできない不正行為による処理されていたからである。

当然利用料金は、実体と異なる名簿上の料金が請求されていたわけで、国保連・利用者両者への不正請求が行われていたものと想像できる。そもそも本来の居室定員よりオーバーして、定員以上の人数で居室利用させているだけで運営基準違反である。それに加えて不正請求と、それを糊塗する2重名簿の作成は悪質極まりないが、残念ながらそのことを指導改選する権限は僕に与えられていなかったし、長年にわたって染みついたその体質が、僕一人の存在で変わることはないと感じたので、予定よりかなり早い時期であったが、1年働いた時点で見切りをつけてやめさせてもらった。

ガバナンスもコンプライアンス意識も存在しない職場に、そのままいたら自分自身の倫理観も狂いかねないという危機感を覚え続けた1年間であったが、そういう実態の職場が存在するということを自ら確認できたことは無駄ではなかったとポジティブに考えている。

医師や看護師という経営の素人が、経営の本質を学ばず、公費を運営しておればよいというぬるま湯の中で創りあげられる組織とは、えてしてこんなようなものだ。

そいつらは実地指導さえ乗り切ればよいと考えているのだから、実地指導で明らかにならない不正は、不正だとも思っていない。行政指導がなければよい施設だと勘違いしているのだから救いようがないのである。

9.25・尾張一宮講演
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夜勤職員配置加算の整理について


8月6日付で「平成 30 年度介護報酬改定に関する Q&A(Vol.6)(平成 30 年8月6日)」 が発出された。

この中で、一部の地域で混乱が生じていた、「夜勤職員配置加算」(特養及び短期入所生活介護)の考え方が整理されているのでまとめてみたい。

本年4月の介護報酬改定の目的の一つは、地域包括ケアシステムの推進とされており、 それは中重度の要介護者も含め、どこに住んでいても適切な医療・介護サー ビスを切れ目なく受けることができる体制を整備することであった。

3年前の制度改正で入所要件が厳格化され、原則要介護3以上の要介護者の住み替え場所とされた特養については、その機能を一層強化するために、入所者の医療ニーズへの対応強化が図られた。

その一つが夜間職員配置加算の強化であり、従前の加算(従来型及び経過的)、加算(ユニット型及びユニット経過的)に加えて、夜勤時間帯を通じて、看護職員を配置していること又は喀痰吸引等の実施ができる介護職員を配置している場合(この場合、登録喀痰吸引等事業者として都道府県の登録が必要)(※このブログ記事では以下、有資格者、と表記する。)については、新設された加算(従来型及び経過的)、加算(ユニット型及びユニット経過的)が算定できることになった。

従前からの気鉢兇了残衢弖錣蓮◆嵬覿个鮃圓Σ雜鄂Πおよび看護職員の数が、最低基準を1以上上回っている場合に、各区分に応じて算定できる。」とされていた。
夜勤を行う職員の数は、1日平均夜勤職員数とする。1日平均夜勤職員数は、暦月ごとに 夜勤時間帯(午後 10 時から翌日の午前5時までの時間を含めた連続する 16 時間をいう。) における延夜勤時間数を、当該月の日数に 16 を乗じて得た数で除することによって算定し、 小数点第3位以下は切り捨てるものとする。 》

これに加えて4月からの新設要件として、「入所者の動向を検知できる見守り機器を入所者数の100分の15以上設置するか、見守り機器を安全かつ有効に活用するための委員会を設置し必要な検討を実施のいずれかに適合している場合は、最低基準を0.9以上上回っておる場合に算定」が追加されている。

今回新設された靴鉢犬砲弔い討蓮↓気鉢兇陵弖錣鬟リアしたうえで、さらに夜勤時間帯を通じて有資格者が配置されていることを評価したもので、当然のことながら新設された靴鉢犬蓮↓気鉢兇茲蟾發っ碓明瀋蠅箸気譴討い襦

しかしこの加算は、月ごとに(機法繊吻検砲い困譴の加算を算定している場合、 同一月においてはその他の加算は算定できない。そしてこの加算を気發靴は兇鮖残蠅垢襪、靴發靴は犬鮖残蠅垢襪は事前に届け出が必要で、届け出ていない区分の加算を算定することもできない。

よって靴發靴は犬瞭呂噂个鮃圓辰討い詁値椶、月を通じて連日資格者を夜勤配置できると予定していたのにもかかわらず、その職員の急な病欠等で資格者が配置できない日が生じた場合、亀擇哭兇陵弖錣魯リアしているとして、その日のみ気發靴は兇鮖残蠅靴茲Δ箸靴討癲△修譴呂任ないわけである。しかし1日でも有資格者がいない方といって、すべての日が靴發靴は犬了残蠅できなくなるわけではなく、有資格者が配置されない日のみ加算算定しないということになっている。このことについて、新たなQ&Aでは次の通り解説している。

「夜勤職員配置加算は、月ごとに(機法繊吻検砲い困譴の加算を算定している場合、同一月においてはその他の加算は算定できないため、喀痰吸引等ができる職員を配置できる日とできない日がある場合に、要件を満たした日についてのみ夜勤職員配置加算(掘法◆吻検砲鮖残蠅垢襪海箸浪椎修世、配置できない日に(機法◆吻供砲硫短擦鮖残蠅垢襪海箸呂任ない。よって、喀痰吸引等ができる職員を配置できない日がある 場合は、当該月においては夜勤職員配置加算(掘法◆吻検砲任呂覆(機法◆吻供砲鮖残蠅垢襪海箸望ましい。」

つまり加算は月単位で種別が決まっているので、掘↓犬鯑呂噂个討い訃豺隋△修陵弖錣帽腓錣覆ては低い要件の機↓兇硫短擦鮖残蠅垢襪里任呂覆、その日に限って加算算定そのものができなくなるのであるが、あらかじめそうした事態が予測されるのであれば、靴筬犬瞭呂噂个鮗茲蟆爾押⊃靴燭豊気筬兇瞭呂噂个吠僂┐堂短擦鮗茲襪海箸望ましいという意味である。

しかしこの「望ましい」という表現は悩ましい表現でもある。今後実地指導上、都道府県によってこの部分の指導に温度差が出ることは間違いのないところではないだろうか。例えば靴發靴は犬鯑呂噂个道残蠅靴討い觧楡澆砲いて、その算定ができない日が月に複数回あったり、そういう月が続いていたりして、それでもなおかつ連日気發靴は兇鮖残蠅垢襪茲蟷残蠱碓未高くなっている場合に、そのことを通知違反だとして強力に指導してくる、「ひねくれた」行政指導担当者がいるかもしれないので、注意が必要である。

なおその他にも今回のQ&Aでは次のことが明確にされた。

・夜勤職員配置加算(掘法◆吻検砲砲弔い討蓮延夜勤時間数による計算ではなく、夜勤時間帯を通じて職員を配置することにより要件を満たすものである。なお、夜勤時における休憩時間の考え方については、平成 21 年 4 月改定関係 Q&A(vol.1)問 91 と同様に、通常の休憩時間は勤務時間に含まれるものと扱って差し支えない。

・同一建物内にユニット型及びユニット型以外の施設(介護老人福祉施設、地域密着型介護老人福祉施設)が併設されている場合には、両施設で合わせて要件を満たす職員を1人以上配置することで、双方の施設における加算の算定が可能であり、施設とショー トステイの併設で一方がユニット型で他方が従来型であるような場合については、両施設の利用者数の合計で、20 人につき1人の要件を満たす夜勤職員を配置することで、 双方の施設における算定が可能である。
※ 平成 21 年 4 月改定関係 Q&A(vol.1)(平成 21 年3月 23 日)の問 84 については削除する。

以上である。ほぼこれで夜勤職員配置加算の疑問は消えたのではないかと思われる。

介護福祉業界の人材ケアマネジメントセミナー
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介護施設の常識が世間の非常識であることを感じた一瞬


スマートフォンやタブレットが普及して、動画が簡単に撮影できる時代である。さらにインターネットは日常に欠かせないツールとなり、SNSを利用していない人が少数派になっている。そのため日常のさりげない映像や画像がSNSにアップされるようになった。

その中には介護施設の日常場面がアップされているものも珍しくはない。

介護施設などの利用者が、その中で楽しそうにしている映像・画像に心を癒されることもある。しかしそこに映る人にきちんと承諾をとって撮影したうえで、ネット配信の同意も得ているのだろうかと心配になることもある。どんなに素敵な笑顔でも、不特定多数の人が見ることができるネット画像として配信されることを好ましく思わない人もいるはずで、このあたりの配慮を常に忘れないでほしいと思う。

それとともに、良かれと思ってネット配信している映像が、世間の常識から乖離していると思われるものもあり、介護施設等の非常識さが見て取れるものもある。

先日、僕とフェイスブックでつながっている人の配信映像を見て、そのことを強く感じた。

今、各地で猛暑となっていることから、介護施設でも涼やかに過ごすためにいろいろな工夫がされている。そんな一場面がSNSを通じて映像配信されていた。

その映像とは、ある特養がお昼ご飯の時に、「流しソーメン」を行って、利用者の方がそれを食べているシーンである。そのこと自体は、被写体となっている方に同意をいただき撮影して配信しているとしたら何も問題ないだろうとは思う。

しかしわすか十数秒のその映像に僕は涼やかさを感じることはできず、不快感しか持つことができなかった。そして介護の現状がこれでいいのかと憤りさえ感じた。介護施設の非常識が、このような場面でも存在していると思わざるを得なかった。

その映像では、竹で作った本格的な流しソーメンのレーンに、「そうめん」を流し入れて、入所者と思しき女性がそれを食べる様子が写されていたのであるが、ソーメンが女性の前に流されてきたとき、画像に飛び込んできたのは、誰かの腕である。画面にいきなり出てきたその腕は、素手のまま流しソーメンのレーンに突っ込まれ、その素手でソーメンを掴んで流れを止め、女性利用者が箸でそれをすくって食べている。

僕がそこで感じたものは、涼やかさでもなく、ほのぼのとした気分でもなく、気分の悪さでしかなかった。

素手でソーメンを掴んだ人は、事前に手をよく洗って不潔な状態ではないのだろうと想像する。しかし自分が口にして食べるものを、素手で掴んで箸ですくわせている状態が普通の食事シーンとしてあり得るだろうか?ましてや素手でソーメンを掴んでいる人は、調理専門の人ではなく、自分以外の他の人の食事介助も同時に行っている人であったとしたらどうだろう。ソーメンをすくえない人の介助が必要であるならば、せめて素手ではなく箸を使って流れを止めるお手伝いをするくらいの配慮があってもよいだろう。

僕は決して潔癖症ではないが、素手でレーンに流れるそうめんを掴むことに涼やかさもさわやかさも感じないし、そんな流しソーメンを行う意味も分からない。

素手で麺を掴むくらいなら、流しソーメンなどせずに、最初から器に盛ってソーメンを出してくれと思う人がいても当たり前ではないだろうか。僕自身であれば、そんな流しソーメンは決して食いたくない。僕にはその場面は楽しそうに食わせてさえおけば何でもありみたいな映像に映って哀しい。

どちらにしても世間一般的に言えば、流しソーメンのシーンで、第3者が麺を素手でつかんで流れを止めるなどということを行なえば非難の的になる。それが介護施設では当然の介護として行われるとしたら、やはり、「介護の常識は世間の非常識」と言わざるを得ない。

フェイスブックでつながっている人は、匿名であっても、ある程度知り合いの関係の人である。しかしこの映像を放置して、その施設で似たようなことが繰り返されるのを見ないふりをしてよいということにはならないと思ったので、「世間の常識とは乖離している状態ではないか」ということをコメントとして書き込んだ。

その直後に、「気づきませんでした」として、その映像は削除されたのであるが、削除したからよいということではなく、その施設内で僕のような非難の声があったことについて話し合ってもらいたい。

職員すべてが、その状況がおかしいと気づく人になってもらいたい。

介護施設の中には、嫌だという思いを素直に訴えることができない人もいるのだ。それらの人々の代弁者になるのが我々の務めである。

代弁できる人とは、利用者の様々な思いに気づく人である。仮のそのことを利用者本人が不快に思わないとしても、自分や自分の親が同じことをされて、少しでも嫌な思いを持つのではないかと思われる行為ならば徹底的に行わないように配慮しなければならない。そうしなければ人権というものは簡単に奪われてしまうし、人の尊厳などなきものにされてしまうのである。

対人援助というのは、それほどデリケートなものだと考えてもらいたい。

そしてインベントや行事というものは、利用者のために行っているものであるというごく当たり前の視点に立ち返って、利用者目線からその在り方を考えてもらいたいものだ。

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中間施設という言葉を都合よく使い分ける老健の欺瞞


在宅復帰率を高めるために、中間施設というよりは通過施設としか言えないような老健があるという問題を昨日の記事で指摘したが、中間施設という言葉を施設側の都合の良い理屈で使い、利用者に対するサービスの品質を著しく低下させている老健も存在している。

外から見ているとこうした問題になかなか気が付きにくいのだが、特養という生活施設から老健という施設に転職し、千歳市の老健で1年間働いて感じた問題がこの問題である。このことも老健施設の存在意義が問われるもう一つの問題といえる。

在宅復帰施設であり、そのことを中間施設と表現している老健ではあるが、場合によっては認知症専門等を持つ場合がある。その場合対象者は、認知症日常生活自立度が概ねa以上の方となっているため、中・重度の認知症の方が数多く入所しているわけである。

老健の目的や機能からして、当然そこでは専門的な認知症リハビリテーションが行われ、在宅復帰を目指すものでなければならないはずだが、僕がそこで見たものは、認知症リハビリテーションといえる代物ではなかった。

麻雀・花札・トランプ・お絵描き・簡単な計算・・・学習療法とは程遠い「遊び」に近い活動が認知症リハビリと称されていた。それらの活動メニューであっても、心身活性化効果は期待できるのかもしれないが、これって通所介護でも特養でも行われているような活動メニューで、老健も同じなんだなあという感想しかなく、専門的な認知症リハビリテーションというものに触れて、新たな学びを得ようとした僕の目論見は外れたといってよい。

当然と言っては何だが、そこでは(一般棟も含めて)在宅復帰率は極めて低く、認知症専門棟に何年も暮らしている人がたくさんおられ、実質的にそこは生活の本拠となっており、リハビリテーションンのための一時的な滞在場所という感はなかった。退所する場合も、その後の居所は特養であったりグループホームであったりするケースがほとんどで、在宅復帰はまれであった。

にもかかわらず、老健が中間施設で暮らしの場ではないという理屈によって、利用者の暮らしの質はほとんど無視されていた。入浴は最低基準の週2回で十分とされ、一人としてそれ以上の回数の入浴を試みるということもされていなかった。汗をかきながらリハビリテーションに励む施設で、週2回しか入浴できないことが普通の生活といえるのかという感覚を持った職員は皆無だった。

日常的に着替えをしない利用者も、「いるのが当たり前」的な雰囲気で、日中着がそのまま寝間着とされている大勢の人がいた。これは僕が以前施設長を務めていた特養と大きく違う点だ。

そういえば夕食の早出しもひどい状態だった。昼食が12時からなのに、それを食べ終わった人が、食事介助に時間がかかるという理由で、夕食を夕方5時前から食べさせられていたりした。さすがにそれはおかしいと指摘した覚えがある。一番驚いたのは、人手が足りないので食事介助が必要な人は一般病棟には入所させないと宣言している介護主任がいたことだ。堂々とした法令違反を通す姿は、もう笑うしかなかった。

暮らしの場である特養と同じように、長期の利用になっている利用者が多くなっているにもかかわらず、中間施設であり在宅復帰のための一時的滞在場所だからという理屈を都合よく使いながら、自分たちのやりやすいように利用者の生活に枠をはめて、暮らしの質など顧みないというのがその老健であった。

このように介護施設という看板を下ろしてほしいような老健も存在するのだ。

その原因が中間施設という意味を、自分たちの都合の良い方向で使うという結果であるとしたら、ずいぶん都合の良い便利な冠をつけたものだということになる。中間施設という意味を、在宅復帰機能という観点から今一度考え直さなければならないと思う。

そして中間施設といえども、そこに一定期間の暮らしがある以上、当たり前の暮らしを送るために何が必要なのかを、今一度生活者の視点から問い直さねばならないと思うのである。

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単なる通過施設は中間施設とは言えない


介護老人保健施設は、本当に存在意義があるのだろうか。

在宅復帰機能とか、中間施設とかいうが、本当にその機能を果たし、その役割を担っているだろうか。そうではないとしたら老健の存在意義は非常にあいまいなものになってしまう。

今年度の老健の報酬改定は、地域包括ケア強化法による改正(介護保険法第8条第28項)<平成29年6月2日公布、平成30年4月1日施行>の新規定に、「介護老人保健施設とは、要介護者であって、主としてその心身の機能の維持回復を図り、居宅における生活を営むことができるようにするための支援が必要である者に対し〜以下略」という文言が加えられたことで、老健が在宅復帰支援施設であることがより明確化されたことが大きく影響した。

そのため一定の在宅復帰・在宅療養支援機能を有する施設が基本型として評価されたものであり、従前の在宅強化型よりも在宅復帰・在宅療養支援をより進めている施設については、報酬上更に高く評価されている。

報酬区分も大きく変わっており、療養型以外の老健については、在宅強化型・基本型・その他の3分類とされたが、この3分類は一定の要件(退所時指導・地域貢献活動・充実したリハビリ体制など)のほか、「在宅復帰・在宅療養支援等指標」によって区分されることになり、指標の合計数値が20以上60未満のものを基本型として評価することになった。そして60以上が在宅強化型、20未満が「その他」(新設)介護保健施設サービス費(検砲箸覆辰討い襦

その他」として分類された老健は、概ね2%減算された報酬単位になるだけではなく、短期集中リハビリテーション実施加算など14の報酬加算が算定できないとされた。これらの中には、2017年度中には算定出来ていたものもあり、それらも含めて大減算である。

こうした状況を念頭にして、その他に分類された老健は経営を維持できるかと考えたとき、それは非常に困難なことであると思え、「その他」の施設は基本型に移行できない場合は、経営撤退を余儀なくされるということになる。

一方で在宅強化型として一番高い報酬を算定しようとすれば、在宅復帰率とベッド回転率を高めることが必須のわけだが、だからといってそうした老健が中間施設として機能しているかといえばどうも怪しい状況が見て取れる。

それらの老健の中には、入所の条件として最初から3月に限った入所という契約を行い(違法性が疑われる契約であると指摘しておきたい。)、期限が来た場合、否応なく利用者を退所させる施設がある。しかもその場合、利用者もしくは家族に行き場探しを押し付け、相談員は適切な退所支援をすることなく、単なる追い出し屋になっている老健も存在する。

それは中間施設でも在宅復帰施設でもなく、一時つなぎの単なる通過施設だ。

こうした老健にもニーズがあるのは、医療機関の入院期間が短縮される中で在宅復帰がままならず、医療機関の入院期間と在宅復帰強化型老健の入所期間を通算した期間の中で、自宅以外の次の居所を決めるケースが多いのが理由であるが、そこでの老健は中間施設の機能を果たしているとはいい難い。

なぜなら国が老健に期待する在宅復帰機能とは、老健のリハビリテーションの機能が利用者の心身機能の向上につながる結果を求めているのであり、加えて利用者が在宅に復帰した後のアフターフォローとして、訪問リハビリや通所リハビリで継続的に関わりながら、心身機能の低下を防ぐ関わりをも継続していくことを求めたものだからだ。

自宅以外の暮らしの場としての居所を見つけるための「つなぎ機能」しか果たさない老健は、リハビリテーションの結果責任を負っていない施設として、評価できない施設といってよいだろう。

その意味を理解することなく、リハビリテーションの提供の結果、利用者がどうなったかということにも関係なく、契約時の入所条件として、一定期間ごとの退所を求める老健は、その存在意義が問われてくることになる。

国民と関係者自身が、その存在意義を問わねばならないと言いたい。

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特養が実現できる、ゆりかごから看取りまでの共生社会


今年度から介護保険と障害者福祉サービスに位置付けられた共生型サービスとは、介護保険サービスとしては短期入所生活介護と通所介護・訪問介護の3サービスである。

ところで施設サービスである特養は、居宅サービスとしての短期入所生活介護の指定を受けている施設がほとんどだ。また通所介護を併設している特養が一般的である。さらに訪問介護事業所を併設している特養も多い。

ということは新設された3つの共生型サービスのすべての指定を受けて、障害児・者と高齢者へのサービス提供を同時一体的に行う特養が誕生し、そうしたサービス形態が今後増えていくと考えてよいのだろう。

勿論、介護保険サービスを提供する特養の併設事業所が共生型サービスの指定を受けるのは、介護保険の共生型サービスではなく、障害福祉サービスの共生型サービスであり、訪問介護にあたる居宅介護、通所介護にあたる生活介護、短期入所介護にあたる短期入所サービスが、特養の併設事業所の中で提供されていくことになる。

しかも最近の特養の動向をみると、人手不足という状況の中で、子供を産んでも辞めなくてよい特養、子供を育てながら働くことができる特養というコンセプトにして、託児所や保育所を併設する特養が増えている。

つまり特養と併設されたスペースに、ごく日常的に幼児がいることも珍しくなくなっているということだ。そこではお母さんが働く場所である特養に、保育園に通う幼児が訪れて、母親だけではなく、特養利用者とコミュニケーションを交わすという姿が日常的にみられる。

当然そうした空間でも、特養や併設事業所、保育所などの空間区分は明確にされているわけであるが、そこに居る人々がコミュニケーションを交わしたり、交流機会が生まれたりすることは当然ある。報酬算定上の法令ルールの範囲であれば、むしろそうした機会は積極的につくられてよいわけである。

それはまさに子供と大人、健常者と障害者がごく日常的に集う地域共生社会であり、小さなコミュニティともいえる。

そういう場所で、幼児は障害児・者や高齢者とコミュニケーションを交わしながら、この社会がいろいろな人の存在によって成り立っており、すべての人間は存在そのものに価値があるという人間尊重の価値前提を持つことができる可能性がある。

そして特養という場所で、看取り介護を受けている人とも接触する中で、人の命の尊さやはかなさにも触れることができるかもしれない。それは人格形成上、決してデメリットのあることではなく、むしろ必要なことなのではないだろうか。

特養が持つ日常生活支援から看取り介護までの機能を最大限に生かしながら、そしてその機能に加えて併設施設や、保険外サービスの機能もそこに加えることで、特養は、「ゆりかごから看取り介護まで」というサービスを実現できる、新たなコミュニティとなり得ると思う。それは地域包括ケアシステムの中で、特養に求められる役割といえるのではないだろうか。

僕は来月8日(日)に、長崎県の五島市で講演を行う予定になっている。五島市は五島列島・福江島にある市である。そこでご招待いただいた社会福祉法人さんの20周年記念講演の中で、「地域における介護の未来のつくりかた」というテーマでお話しするが、その内容は主催者の方から次のように要望されている。

過疎化、少子高齢化が進む離島においてはあらゆる逆風が吹いています。そんななか夢を持ち続け、介護を充実させ、島を持続するアイデアなどをご披露いただければと考えています。』

この要望に応えるためには、まさに特養を拠点にした新たなコミュニティづくりが必要ではないかと考えた。そこでは僕が今まで実践してきた「看取り介護」のケースの中から、逝く人と残された人々の間に生まれる様々なエピソードとともに、そのことを語りたいと思い、今準備を進めている最中だ。

なお翌日の7/9(月)も同市の五島市福江総合保健福祉センターで、介護事業者向けの3時間講演を行う予定になっているので、同氏の関係者の皆様には、是非会場までお越しいただきたい。

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施設ケアマネが居宅サービス計画を作成しなければならなくなったという事実


新年度(2018年度:平成30年度)からの介護報酬改定では、特養と老健の報酬上、入所者に対して居宅における外泊を認め、当該入所者が、入所している施設により提供される在宅サービスを利用した場合は、1月に6日を限度として所定単位数に代えて1日につき一定の単位数(特養560単位/日・老健800単位/日)が算定できることとなった。

このことについて過日、僕はこのブログ記事で、「施設の業務だけで忙しい職員を、一時的とはいえ施設業務から離脱させて、外泊者へのサービスのために利用者宅に訪問させてサービス提供できるのかを考えたときに、施設職員の労務負担の増大が予測され、現実的ではないような気がする。」と書いた。(参照:特養利用者が自宅に外泊した時に算定できる新報酬は現実的か?

ところがその後、この外泊時のサービスは、利用者が入所施設の施設の職員が外泊先に出かけてサービス提供するだけではなく、外部の居宅サービス利用を調整することでも算定できるという話が聞こえてきた。どういうことかと思っていたが、そのことが解釈通知(案)で明らかになった。(※案なので、今後の変更可能性あり。)

外泊時在宅サービス利用の費用について
外泊時在宅サービスの提供を行うに当たっては、その病状及び身体の状況に照らし、医師、看護・介護職員、支援相談員、介護支援専門員等により、その居宅において在宅サー ビス利用を行う必要性があるかどうか検討すること。
当該入所者又は家族に対し、この加算の趣旨を十分説明し、同意を得た上で実施するこ と。
外泊時在宅サービスの提供に当たっては、介護老人福祉施設の介護支援専門員が、外泊時利用サービスに係る在宅サービスの計画を作成するとともに、従業者又は指定居宅サー ビス事業者等との連絡調整を行い、その利用者が可能な限りその居宅において、その有する能力に応じ、自立した日常生活を営むことができるように配慮した計画を作成すること。
家族等に対し次の指導を事前に行うことが望ましいこと。
イ 食事、入浴、健康管理等在宅療養に関する指導
ロ 当該入所者の運動機能及び日常生活動作能力の維持及び向上を目的として行う体位変 換、起座又は離床訓練、起立訓練、食事訓練、排泄訓練の指導
ハ 家屋の改善の指導 ニ 当該入所者の介助方法の指導
外泊時在宅サービス利用の費用の算定期間中は、施設の従業者又は指定居宅サービス事業者等により、計画に基づく適切な居宅サービスを提供することとし、居宅サービスの提供を行わない場合はこの加算は対象とならないこと。
加算の算定期間は、1月につき6日以内とする。また、算定方法は、5の(14)の ↓ 及びい鮟猴僂垢襦
利用者の外泊期間中は、当該利用者の同意があれば、そのベッドを短期入所生活介護に活用することは可能であること。この場合において外泊時在宅サービス利用の費用を併せて算定することはできないこと。

外泊時在宅サービス利用の費用については、外泊時費用との併算定ができないことは、報酬告示にも記されている。今回これに加えГ砲茲辰董外泊時費用を算定しない期間であっても、当該利用者の空きベッドを活用して短期入所者を受け入れている場合も、この費用が算定できないことが明らかになったので、この点にまず注意が必要となる。

それにも増してすごい新ルールが、この算定要件の中に含まれている。それはのルールであり、外泊時費用を算定しない間は、別に居宅サービスを使えるということであるが、それは当然一般の在宅者と同じルールで、居宅サービスの保険給付利用ができるという意味であり、しかしそのための居宅サービス計画は、その間に居宅介護支援事業所の介護支援専門員に計画してもらうのではなく、利用者の籍がある介護施設の介護支援専門員が担当するというルールだ。

これはたまげた。しかし施設ケアマネの経験しかない人が、外泊期間中の6日間に限ると言っても、居宅サービス計画を作成できるのだろうか?そんな余裕が施設ケアマネにあるだろうか。

計画作成に当たっては、施設ケアマネに指定居宅サー ビス事業者等との連絡調整を行う義務を課しているが、居宅介護支援に必要とされる、「サービス担当者会議」などの一連の過程までは求められないものと思われる。なぜならこの計画の作成に関する保険請求項目は存在しないため、そのようなルールで縛りをきつくはできないからだ。

それにしてもこの費用を算定するには、多職種でその必要性を検討し、利用者もしくは家族に説明同意するだけではなく、 で示されている家族への事前指導も必要になる。それに加えて外部サービスの利用調整と、居宅サービス計画の作成という業務負担を考えると、わずか6日間しか算定で着ない費用のために、施設ケアマネがそこまで頑張れるかというと、それもなかなか厳しいのではないだろうか。

それやこれやを考えると、やはりこの費用の算定率は低くならざるを得ないと思うわけである。

※すべての居所で看取り介護・ターミナルケアの取り組みがますます必要になります。年3月24日(土)午後14:00から、電気ビル共創館(福岡県福岡市)で看取り介護セミナー行いますので、お近くの方はぜひおいでください。
無題

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新入職員に向けた身体的拘束適正化研修の内容について


国が発出すべき解釈通知をいち早く載せていた埼玉県のサイトから、解釈通知と留意事項が今朝になって削除された。フライングを国にとがめられたのだろうか?どちらにしても1日も早い国からの正式文書の発出が待たれるが、今のところ解釈通知は22日までには出そろうという情報が入っている。しかしQ&Aはそのあとになるので、場合によっては4月にずれ込む恐れがある。事業者は大変だろう・・・。

さて昨日の書いた「身体拘束廃止未実施減算が適用されないための準備は終わっていますか」の中で、身体的拘束適正化のための定期的な研修実施の頻度は、年2回以上とされたが、同時に「新規採用時には必ず身体的拘束適正化の研修を実施することが重要である。」とされたが、Q&Aで、「施行以後、最初の身体拘束廃止に係る委員会を開催するまでの3ヶ月の間に指針等を整備する必要があるため、それ以降の減算になる。」とされたために、身体拘束廃止についての新人研修も6月まで実施しなくとも良いことになっている。

しかし同時に考えなければならないことは、このような研修を採用月内に行うことができない施設でよいのかということだ。新人教育の在り方が問われる問題である。

経験不問は応募動機にはなるけれど・・・。」という記事の中でも指摘しているが、、就業初日から、OJTと称して先輩職員に金魚の糞のように張り付いて、仕事を手伝いながら、先輩職員の仕事のやり方を覚えるだけの業務指導はOJTとは言えないし、それは新人教育の方法としては最悪の方法である。

職員募集に応募があり、採用した新人が事業を支える人材としてしっかり育つ職場には、それなりに特徴があるのだ。そうした職場で共通しているのは、新人教育に費用と時間をかけて、じっくり新人を育てるシステムが存在しているということだ。

そういう事業者では、実務に入る前の基礎研修システムがしっかり組み立てられており、基礎知識を得るための座学研修期間を経たうえで、その知識を現場の実務で確認するためにOJTが行われている。そして一定期間は指導者が固定化されて根拠あるOJTが行われ、振り返りの相談指導がきちんと組み込まれているのだ。

きちんと人材を育てようと思えば、1週間なり2週間なりの座学指導期間がなければならず、その期間中に最低の基礎知識として、「身体拘束廃止の原則」を学ぶ機会がなければならない。

つまり身体的拘束適正化のための新人向け研修の実施は、減算対策として行われるような問題ではなく、事業者の基礎となる新人教育の一環として行われるというのが正しい理解である。そのことは事業者のアイデンティティー(identity)にもつながる問題であろう。

よって来月、新人が入職する予定の事業者については、きちんと来月中の早い段階で、この研修を行うべきであり、それを行わない事業者・行えない事業者であっては、人材が育たず、人材が張り付かない事業者となる危険性が高いという意味にもなろう。

ところで新人教育として、身体拘束廃止についてどの程度の内容を盛り込むべきかという問題がある。この時期には、たくさんの知識が詰めまれるので、身体拘束廃止に関しても、あまり深い知識を求めるのは、新人にとって酷である。

入職月の研修はいわば入門編なのだから、身体拘束廃止についても、概論でよいだろう。知識を深めていくのは仕事を徐々に覚えていく時期にリンクさせていけばよいので、2回目以降を見据えてプログラムを考えたい。するとこの時期に学んでほしいことは、以下の3点である。
1.身体拘束が原則禁止となっている施設はどう規定されているのか。
2.身体拘束の対象となる具体的行為とは何か
3.身体拘束を例外的に行う「緊急やむを得ない場合」はどのように規定されているか。

以上の3点に絞って、30分程度の講義を行えば十分ではないだろうか。この研修は最低でも年2回は行わねばならないので、具体的なケースの分析などは、その後の研修で行えばよいと思う。

講師役は相談援助職員など、施設内の職員で問題なく実施できるだろう。そのほか、施設内研修として、虐待防止など総合的な研修を行いたい場合などは、是非僕にも講師依頼をいただければと思う。

※すべての居所で看取り介護・ターミナルケアの取り組みがますます必要になります。年3月24日(土)午後14:00から、電気ビル共創館(福岡県福岡市)で看取り介護セミナー行いますので、お近くの方はぜひおいでください。
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身体拘束廃止未実施減算が適用されないための準備は終わっていますか


4月からの報酬改定では、介護保険施設(特養・老健・療養型医療施設・介護医療院)や特定施設、認知症対応型共同生活介護の身体拘束廃止未実施減算について、現行の5単位/日減算から、改定後は、10%/日減算に変更されている。

さらに減算規定は次のように変更されている。

5 介護福祉施設サービス
(5) 身体拘束廃止未実施減算について
身体拘束廃止未実施減算については、施設において身体拘束等が行われていた場合ではなく、 指定介護老人福祉施設基準第 11 条第5項の記録(同条第4項に規定する身体拘束等を行う場合 の記録)を行っていない場合及び同条第6項に規定する措置を講じていない場合に、入所者全員について所定単位数から減算することとなる。具体的には、記録を行っていない、身体的拘束の適正化のための対策を検討する委員会を3月に1回以上開催していない身体的拘束適正化のための指針を整備していない又は身体的拘束適正化のための定期的な研修を実施していない事実が生じた場合、速やかに改善計画を都道府県知事に提出した後、事実が生じた月から3月後に改善計画に基づく改善状況を都道府県知事に報告することとし、事実が生じた月の翌月から改善が認められた月までの間について、入所者全員について所定単位数から減算することとする。

このように4月以降、やむを得ない事情により身体拘束を行った場合の記録を行っていない場合に加え、身体的拘束適正化検討委員会の3月ごとの開催、身体的拘束適正化のための指針作成と、身体的拘束適正化のための定期的な研修実施の3項目が新たに求められた。

このうち適正化委員会と職員研修は4月にすぐ実施する必要はないが(※新入職員がいる場合は研修実施が必要:後述)、6月までに実施する必要がある。また「身体的拘束適正化のための指針」については、施行以後、最初の身体拘束廃止に係る委員会を開催するまでの3ヶ月の間に整備する必要があるため、それ以降の減算になる。

指針の内容については、解釈通知で次のよう内容を盛り込むことが定められている。
施設における身体的拘束適正化に関する基本的考え方
身体的拘束適正化のための委員会その他施設内の組織に関する事項
身体的拘束適正化のための職員研修に関する基本方針
施設内で発生した身体的拘束の報告方法等のための方策に関する基本方針
身体的拘束発生時の対応に関する基本方針
入所者等に対する当該指針の閲覧に関する基本方針
その他身体的拘束適正化の推進のために必要な基本方針


内容的にはさほど面倒くさいものではない。事務レベルで即作成できる内容だろう。作成していない施設は今日から早速作成作業に取り掛かる必要がある。

また身体拘束適正化員会についても細かく規定されている。

(3)身体的拘束等の適正化のための対策を検討する委員会(第6項第1号)
同条第6項第1号の「身体的拘束等の適正化のための対策を検討する委員会」(以下「身体 的拘束適正化検討委員会」という。)とは、身体的拘束の適正化のための対策を検討する委員会であり、幅広い職種(例えば、施設長(管理者)、事務長、医師、看護職員、介護職員、生活相談員)により構成する。構成メンバーの責務及び役割分担を明確にするとともに、専任の身体的拘束適正化対応策を担当する者を決めておくことが必要である。 なお、身体的拘束適正化検討委員会は、運営委員会など他の委員会と独立して設置・運営することが必要であるが、事故防止委員会及び感染対策委員会については、関係する職種等が身 体的拘束適正化検討委員会と相互に関係が深いと認められることから、これと一体的に設置・ 運営することも差し支えない。身体的拘束適正化検討委員会の責任者はケア全般の責任者であることが望ましい。また、身体的拘束適正化検討委員会には、第三者や専門家を活用することが望ましく、その方策として、精神科専門医等の専門医の活用等が考えられる。 指定介護老人福祉施設が、報告、改善のための方策を定め、周知徹底する目的は、身体的拘束適正化について、施設全体で情報共有し、今後の再発防止につなげるためのものであり、決して従業者の懲罰を目的としたものではないことに留意することが必要である。 具体的には、次のようなことを想定している。
身体的拘束について報告するための様式を整備すること。
介護職員その他の従業者は、身体的拘束の発生ごとにその状況、背景等を記録するとと もに、,陵夕阿暴召ぁ⊃搬療拘束について報告すること。
身体的拘束適正化のための委員会において、△砲茲衒鷙陲気譴浸例を集計し、分析す ること。
事例の分析に当たっては、身体的拘束の発生時の状況等を分析し、身体的拘束の発生原 因、結果等をとりまとめ、当該事例の適正性と適正化策を検討すること。
報告された事例及び分析結果を従業者に周知徹底すること。
適正化策を講じた後に、その効果について評価すること。

↑業務負担としては決して少なくはないが、必ず実施しなければならない業務として、施設のシステムに組み入れる必要がある。太字で示した点は特に注意が必要である。

身体的拘束適正化のための定期的な研修実施の頻度は、年2回以上とされたが、同時に「新規採用時には必ず身体的拘束適正化の研修を実施することが重要である。」とされたため、新規採用者がいる場合には必ず実施する必要がある。4月は、新たに入職する職員がいる施設が多いだろうが、これも6月まで猶予が与えられている。

その研修実施の準備も今からしておかねばならない。指針に基づいた研修プログラムの作成も必要となり、研修の実施内容についても記録することが必要である。(研修は施設内研修で差し支えなし)この研修で、外部講師を求める場合は、是非お声をかけていただきたい。

どちらにしてもこの準備が滞っている施設は、これから半月間、大変な準備が必要となる。


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施設新規入所者の暫定プランは、ほぼあり得ない。


介護保険法第8条24号は、この法律において「介護老人福祉施設」とは〜施設サービス計画に基づいて、入浴、排せつ、食事等の介護その他の日常生活上の世話、機能訓練、健康管理及び療養上の世話を行うことを目的とする施設と定めている。

この条文により、施設サービス計画はサービスの要件とされている。(老健・療養型医療施設も同様。)

この条文を盾に取れば、施設サービス計画のない状態で施設サービスを提供した場合、その間の介護報酬は算定できないと指導されても仕方がないのである。このことは居宅サービス計画が、居宅サービスを現物給付化する手段として定めている点(同法41条第6項)と著しく異なっている。(※よって居宅サービスの場合、居宅サービス計画のない状態での利用は、償還払いとなるだけで、報酬返還指導はあり得ない。)

このため介護施設に新規入所する人がいる場合に、入所日のその時点で施設サービス計画が必要になる。しかしその際、入所前に十分なアセスメントができないことから、入所時点で暫定プランを立てて、入所後に改めて正規のプランを立て直すと考えている人がいる。表の掲示板には、施設入所時の暫定プランを、正式なプランに変更する際に、計画作成日や同意日をいつの時点にすべきなのかという質問がたまに書き込まれることがある。

しかしそもそも入所時にアセスメント情報が不足している中で作成するプランは暫定プランとは言わない。

暫定プランとは、要介護・要支援の新規申請、区分変更申請など、認定申請後に要介護度(要支援度)が確定するま での間に作成する計画のことを指し、第1表の要介護状態く欄に記載できない状態で作成するサービス計画のことを言う。

しかし特養の場合は、原則要介護3以上でないと入所できないし、老健や療養型医療施設であっても、要介護1以上ではないと入所できない。そのため入所後でないと認定結果が出ない状態では、後に保険給付がされず全額自己負担となる恐れがあるため、認定結果が出る前の入所はほぼあり得ない。よって新規入所時に暫定プランによる対応を行うということも、ほぼあり得ないケースである。
(※入所後の更新認定及び区分変更の場合は、前認定期間とのタイムラグが生じて暫定プランの状態になることは考えられる)

よって施設の新規入所の場合でも、その時点から暫定ではない計画が求められるのが介護保険法第8条に定められている法令ルールである。

ただしこの場合アセスメント情報が不十分な場合も十分考えられるんだから、入所前のインテーク情報をもとに、老企29号で規定された課題分析標準項目を網羅したアセスメントを行い、サービス担当者会議等の一連の過程を経たうえで、とりあえず施設サービス計画を立案しておくという考え方があって良い。この場合入所後終週間後にアセスメント情報が十分整った段階で、計画の再作成をするという手順が正しい方法である。勿論この際には、省令第三十八号第十三条に定められた一連の過程を経た、施設サービス計画の再作成という意味になり、2回目の計画作成である。

入所時点で作成しなければならない計画も、本プアランであるから、本来は長・短期目標の期間を設定し、(著しい状態変化がない限り)短期目標の終了期間を目安に見直しを行うのが筋である。しかし入所直後のアセスメント情報は不十分であることを踏まえ、入所後○○日後を目安に、アセスメントを十分に行って、その時点で本格的な施設サービス計画を立案するという考え方があっても良い。(前述したように、この場合も2回目の計画書となるが)

この際は、入所時点の計画書の長・短期目標については、老企第29号の「原則として開始時期と終了時期を記入することとし、終了時期が特定できない場合等にあっては、開始時期のみ記載する等として取り扱って差し支えないものとする。」という規定を当てはめて、終了時期を記載せずに運用することも可能である。

どちらにしても入所直後のプランも暫定ではなく、本プランであり、当然のことながら施設サービス計画作成日は入所前か入所日である、計画の同意日も入所日より後になることはあり得ない。

ただし老企22号解釈通知には、以下の規定がある。

指定居宅介護支援等の事業の人員及び運営に関する基準について(平成11年老企第22号)<H24.4.1改正>
(7)指定居宅介護支援の基本取扱方針及び具体的取扱方針
(略)
 なお、利用者の課題分析(第六号)から居宅サービス計画の利用者への交付(第十一号)に掲げる一連の業務については、基準第一条に掲げる基本方針を達成するために必要となる業務を列記したものであり、基本的にはこのプロセスに応じて進めるべきものであるが、緊急的なサービス利用等やむを得ない場合や、効果的・効率的に行うことを前提とするものであれば、業務の順序について拘束するものではない。ただし、その場合にあっても、それぞれ位置付けられた個々の業務は、事後的に可及的速やかに実施し、その結果に基づいて必要に応じて居宅サービス計画を見直すなど、適切に対応しなければならない。

よって新規の入所が急に決まる場合などで(緊急入所や虐待原因の措置入所等)、効果的・効率的に行うことを前提とするものであれば、「業務の順序について拘束するものではない。」という規定を適用し、サービス担当者会議などの手順は前後しても構わないわけである。しかしそれも暫定プランではなく、本計画としての取り扱いとなるという理解をしていただきたい。
ケアマネ向け介護報酬改定大解剖
2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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身体拘束廃止未実施減算の適用を受けないために


来年4月からの介護報酬改定時に、従前からある身体拘束廃止未実施減算について、身体拘束のさらなる適正化を図る観点から運営基準と減算幅が見直される。

身体拘束については、介護事業者でそれを行うことは原則認められていないが、生命に危険が及ぶ行為を防ぐ対策として緊急・やむを得ない場合に、一時的な身体拘束を行うことは例外として認められている。

具体的に言えば、介護施設で一番多く行われている身体拘束とは、胃瘻増設者がチューブを引き抜いてしまうために、それを行わないように一時的に手を拘束する行為だと思う。

胃瘻チューブを引き抜く際に、胃壁に傷をつければ生命の危険にかかわるからであり、かつ胃瘻造設者を24時間隙間なく見守り、チューブ抜去という行為を防ぐことが困難だからである。ほとんどの施設で行われている、例外的身体拘束とは、経管栄養に関連した危険行為を防止するための行為であろうと(僕の経験上)想像するのである。

認知症の人が動きまわって危ないから、その行動を制限するために、ベッドから降りられないようにするなどの行為は、例外的拘束としても許されていないので、この部分は勘違いのないようにしていただきたい。

現在は、例外的な身体拘束を行った場合に、「その態様及び時間、その際の入所者の心身の状況並びに緊急やむを得ない 理由を記録しなければならない。」という規定に基づき、緊急やむを得ず一時的に身体拘束する理由や、実際に身体拘束を行っている状態(時間や場所等)を記録することで1日5単位の減算は免除されることになる。
(※なお実地指導等では、それが本当に一時的な状態であることが確認されるとともに、身体拘束廃止委員会等で、常に例外的な身体拘束もしなくてよい方策が話し合われることが求められている。)

今回の見直しは罰則も重くするという意味で減算幅を大きくする。今は1日5単位としているが、「1日の報酬の○○%(例えば10%など)」という形に改める考えだ。そして従来の記録だけでは、減算対象となり、早急なる体制づくりが求められる。

新たに加えられる要件は以下のとおりである。

・身体拘束等の適正化を図るため、次の各号に掲げる措置を講じなければならない。
1.身体的拘束等を行う場合には、その態様及び時間、その際の入所者の心身の状況並びに緊急や むを得ない理由を記録すること
2.身体拘束等の適正化のための対策を検討する委員会を3月に1回以上開催するとともに、その 結果について、介護職員その他従業者に周知徹底を図ること
3.身体拘束等の適正化のための指針を整備すること
4.介護職員その他の従業者に対し、身体拘束等の適正化のための研修を定期的に実施すること

なおこの減算規定は、地域密着型介護老人福祉施設・認知症対応型共同生活介護・地域密着型特定施設入居者生活介護にも適用されるが、その3サービスの委員会については、運営推進会議を活用できることになる予定だ。

さて新しい要件を確認しよう。

僕が施設長をしていた特養では、身体拘束廃止委員会を毎月開催して、やむを得ない事情で身体拘束を行っている方についての現況報告として、どの時間帯でどういう状況で身体拘束を行っているのかを報告し、それに対してそれをしなくてよい方策はないか毎回話し合っていた。そのため1と2は、従前からの体制でクリアできるはずである。

3についても、身体拘束廃止に向けたマニュアルを作成していたので、この見直しをかけて、指針として新たに作り直せばよいだけなので、ここの作業も負担といえるほどのものはないだろう。

4については、今のところ頻度は示されていないが、おそらく年1回程度の研修が義務化されると考えてよいだろうが、施設によってはすでにこれも実施されているかもしれない。どちらにしても職員の内部研修は定期的に行われているはずだから、ここのテーマに必ず年1回以上、身体拘束廃止に向けた取り組みについての研修内容を組み入れればよいだけの話である。

そう考えると、この減算ルールは、さほど大きな変更ではないように思え、指針を整備し、身体拘束廃止委員会をきちんと機能させ、定期的に職員研修で身体拘束廃止に向けた内容を組み込むだけで、要件該当するので、くれぐれも未実施減算適用にならないように注意していただきたい。

適用されなければ、減算単位がいくら引き上げられたところで、何も影響がないのだから・・・。

※ちなみに僕は今日これから仙台に向かう予定だ。明日10:00〜16:00ショーケー本館ビル(宮城県仙台市)で行われる『介護の誇り』出版記念セミナーで、感覚麻痺・不適切ケアの芽を摘む!〜介護保険施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策をテーマに5時間の講演を行うためだ。今日は移動日で、仙台の夜は一人呑みしている予定である。仙台でお会いする皆さん、どうぞよろしくお願いします。またこのセミナーは年明けの2月に、福岡と岡山で開催予定であるので、下記を参照の上、たくさんの皆様に受講申し込みをお願いしたいと思う。こちらもどうぞよろしくお願いします。

2/24(土)は福岡で、2/25(日)は岡山で、介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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施設サービスのアウトカム評価加算は確実に算定せねばならない


先週財政審議会が建議を麻生副総理に提出し、介護報酬のマイナス改定を求めたが、どうやら来年4月からの介護報酬は、小幅のプラス改定に落ち着く方向である。

しかしそれは処遇改善加算のアップ分を含んだ改定率であり、さらに次期報酬から取り入れられる自立支援介護という概念により、いくつかの成果報酬が新設され、従前の加算についても、成果により結びつくものが高く評価されることになる。

このようなアウトカム評価に重点的に報酬が配分されるのだから、多くのサービス種別において基本サービス費は下がることになる。それゆえ今後の介護事業経営を鑑みると、細かく加算を拾って、減算対象とならないようにルールを読み込むことが求められる。

さて加算費用が新設され、それを算定しないと苦しい経営を迫られることのもう一つの意味は、その結果、必然的に記録書類は増えることになり、次期介護報酬改定以降、収益を確保するためには、現場職員の記録という間接業務負担の増加が強いられるということだ。これは本来、国も介護サービス現場も目指している方向性とは真逆なものであるが、アウトカムを評価しようとすればするほど、その結果の記録だけではなく、定められたルールや手順に基づいているのかという確認書式が必要になる。困ったものであるが、その覚悟は、いまから現場の職員に促しておいたほうが良い。

さて自立支援介護について、施設サービスを例に取り上げると、昨日の記事で指摘した通り、排せつの機能向上(介護支援の手間の軽度化)については、必ず算定しなければならない加算である。その具体策は昨日の記事で示しているが、今後報酬告示や解釈通知で具体的な手順が示された後、それを実務に応用する方法について、講演などで明らかにしていく予定である。すでにこのことは大阪市老連研修として具体化している。そのほか全国の介護施設関連の研修でも、新しい加算の算定に関わる講演が可能なので、是非お声かけいただきたい。

おっと本題からそれた。施設サービスにおける、もう一つの自立支援介護・アウトカム評価加算としては、褥瘡管理についての加算が新設される予定である。

介護老人福祉施設、介護老人保健施設において、以下の要件を満たす場合、加算算定が可能になる。なお介護療養型医療施設および新設の介護医療院については、褥瘡対策のための診療計画に基づく取組みが、褥瘡対策指導管理として評価されているため、この加算は新設されない。

褥瘡管理についての加算算定要件は以下のとおりである。
入所者全員に対する要件 入所者ごとの褥瘡の発生に係るリスクについて、「介護保険制度におけるサービスの質の評価に 関する調査研究事業」において明らかになったモニタリング指標を用いて、施設入所時に評価する とともに、少なくとも3月に1回、評価を行い、その評価結果を提出すること
,良床舛侶覯漫∬黶譴糧生に係るリスクがあるとされた入所者に対する要件 ・関連職種の者が共同して、入所者ごとに褥瘡管理に関する褥瘡ケア計画を作成すること。 ・褥瘡ケア計画に基づき、入所者ごとに褥瘡管理を実施すること。 ・,良床舛亡陲鼎、少なくとも3月に1回、褥瘡ケア計画を見直すこと

モニタリング指標の例としては、「寝返りを自ら行っているか」・「座位を保持できるか」・「既往歴があるか」などが提示されており、リスクが認められた場合には、関連職種が共同して、褥瘡予防の計画を個別に策定し、それに基いてケアを実践することが求められている。

このように加算算定には、「褥瘡ケア計画」が必要になるが、おそらくこれは施設サービス計画の中に落とし込んでおけば、別途作成する必要はないとされるだろう。褥瘡の管理は、褥瘡の有無にかかわらず、そのリスクのある人は施設サービス計画で、すでに対策が計画されているはずなので、従前よりこのことで手間や仕事が増えるわけではないと考える。

また運営基準上、褥瘡対策委員会の設置が義務付けられ定期開催(毎月)されている施設がほとんどだろうから、計画作成や評価の協働作業は、この場で行えばよいだけである。

問題はモニタリング指標という指定書式で評価を定期的に行わねばならない点で、ここの作業負担は増えることになる。しかし物事をポジティブに考えるとしたら、書式や指標をどうするか考える必要がなく、指定のものを活用して、その内容を埋めるだけだから、作業的には難しいことではない。担当者は、その業務をルーティン化するように努めることが求められる。

また褥瘡ケア計画は、3月に一度モニタリングを行い、その計画を見直さねばならず、施設サービス計画の短期目標を半年に設定し、その頻度で定時見直しを行っていた施設は、3月ごとの定期ケアカンファレンスと計画見直しが求められるのだから、ここは大きな業務負担になる。

老健の場合は、3月ごとの入所判定継続会議と、施設サービス計画の見直しを連動させている施設が多いため、この頻度は負担増にならないものと思える。

どちらにしてもこの加算は、褥瘡の有無に関係なく、褥瘡予防の管理を定期的に行っていることに対する評価なのだから、皮膚保清援助など、広くその管理は考えられるので、特養ならばほぼ全員に算定できる加算と考えて、算定ができないという状態にならないように、今から準備を進めるべきである。

その一方で、減算要件が厳しくなっているものがあるので、体制整備が遅れて減算になってしまわないような対策も必要である。そのことは明日のブログ記事で論じようと思う。
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仙台から始まる介護イノベーション


本気で何かをやろうとしている人たちは、本当に魅力あふれる人たちだ。

本物の介護施設を創ろうと、理念を高く掲げる人たちが、仙台にまったく新しい地域に開かれた施設を創りあげた。高い理念を掲げるだけではなく、その理念を実現するために、開設前から職員教育にもお金をかけている。オープンが11/1で、それまで一銭も介護給付費が入らないのに、オープニングスタッフの教育は、オープン前に十分すぎるほど時間とお金をかけて行っている。

外観
仙台駅から車で約20分ほどの泉区という場所の、高速道路沿いにそのガラス張りの施設は創られている。設計した人も、この施設の母体法人の特養の施設長さんであり、1級建築士の資格を持った川西さんであるが、空間デザインを担当しているのが、Lokal Japan Incの島直哉氏である。

そして介護技術は、元気の素の上野文規氏がみっちり仕込み、僕が締めの講座を担当した。リハビリもリハビリコンサルタントの奥山卓氏が監修している。ここで働くことができる職員は幸せである。

現にこの人材不足の折に、オープニングスタッフ募集にはたくさんの応募があり(200人以上の応募があったと聴いている)その中から優秀なスタッフを選んで、教育訓練がされている。

内覧会には500人以上の見学者が押しかけ、毎日入所契約が進んでいる。
事務室
玄関を入ってすぐが事務室だが、ここもオープンスペースだ。

相談室
ガラス張りの相談室から見えるのはスタッフのミーティングスペース。申し送り等は基本、立ったままでipadを利用して行うようだ。

廊下
横断歩道のある廊下。この横断歩道は、環境コーディネーターが提案した歩行練習の歩幅で創られているとのこと。床材選びも在宅復帰の為の運動をインドアで練習が出来るように、歩行にわずかにのストレスをかける視点から選んでいる。リズムタウン仙台のサービスとは、施設内だけで完結するものではないということで、そうした意味でも地域とつながっている空間といえるだろう。

ロビー
素敵なロビーは、各階で趣が異なっている。

リハビリコーナー
リハビリコーナー2
リハビリコーナーには、ゴルフのパットができるスペースもある。

リズムタウン仙台4
僕が気に入った手作りタイル張りの壁。これも各階によって全然異なるものを使っている。この緑のタイルが良かった。

リズムタウン仙台3
遊び心満載の非常階段。左手に見える本は、実は壁紙である。秘密基地をイメージした議場階段とのことである。ちなみに後ろ姿は、斉藤ボス。

ショートステイ専用棟
ショートステイ専用棟の入り口ロビー。

居室
居室。

浴室
トイレ
浴室とトイレ。

祈祷室
これからの特養にはいろいろな国の方が入所したり、働いたりすることを想定した祈祷室まである。イスラム文化の方も安心して働くことができる。

カフェ
併設されているカフェは、そのまま地域交流スペースに活用できる。この日もカフェだけ利用の地域住民の方が何人も申込み見えていた。

リズムタウン仙台の求人サイトはこちらをクリックしていただきたい。施設のコンセプトや内容もよくわかると思う。

12/9(土)に仙台で介護の誇り出版記念セミナー介護施設・事業所で虐待を発生させない〜介護サービス質向上の具体策を行います。お近くの方は是非この機会にこちらをクリックしてお申し込みください。


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感覚麻痺はどこから始まるのだろうか(後編・老健編)


感覚麻痺はどこから始まるのだろうか(前編・特養編)より続く)
その老健は、僕が勤めていた特養の30年前の状態がそのまま残っているかのようで、入浴は一人につき週2回させておれば良いという意識でサービスが提供されていた。

そしてそのことに疑問を持つ職員は誰一人としておらず、一人の利用者が週2回入浴しておれば、良い暮らしを送っているかのような錯覚を起こしている職員がほとんどであった。

リハビリ施設である老健で、午前中に入浴させられた人が、午後からリハビリに汗を流しても、次に風呂に入れるのはその3日後であることに異議を唱える職員は存在していなかった。

こうした意識は、他の様々な場面にも影響が出て当然で、言葉遣いに気をつけようという掛け声や張り紙があるのだが、それは単なる見せかけで、利用者の対しての「ため口」は当たり前で、その中には利用者に対する罵声も含まれるという状態であった。その状態がどんな状態を生じさせるかというと、利用者でトイレ介助が必要な人に対して、「排泄の手伝いをお願いしたら、高いよ、といわれた。」という苦情につながった。

金銭を要求されてショックを受ける利用者からの苦情という、とんでもないことが起こるわけである。当事者となった介護職員は、「冗談」のつもりで発言したのかもしれないが、そのことがジョークにはならないということさえわかっていない職員がいるという意味だ。こんなふうに感覚がマヒしているのだからどうにも救いようがない。長年そうした感覚で介護を行っているのだから、正論が耳に入り込む隙間もなくなっている。

これを何とか変えようとしても、現場では看護師長の考え方が絶対で、その価値観から外れる考えはことごとく排除され、それに次ぐ、異常に権限の大きな介護主任が「介護負担の多い利用者は受けられない」という、およそ介護施設とは言えない論理がまかり通っていた。

そうであるがゆえに、食事も栄養摂取の域を出ない、愉しみとは程遠い状態が、そこかしこに見られた。例えば夕食時間であるが、その老健は、いまだに午後5時からという一般家庭では考えられないような早い時間に夕食介助がスタートするのであるが、その早い時間よりさらに早く、食事介助の手間のかかる人に対して、「早出し」が行われていた。つまり午後4時台に夕食介助を行うという意味だ。

しかしこれは職業倫理上の問題にとどまらず、法令違反でもある。なぜなら老健の運営規定を定めた、「老企第44号 介護老人保健施設の人員、施設及び設備並びに運営に関する基準について」の17食事の提供(基準省令第19条)(3)適時の食事の提供について

食事時間は適切なものとし、夕食時間は午後6時以降とすることが望ましいが、早くても午後5時以降とすること。

↑このように定められており、明らかにその老健の早出しは、運営基準違反である。しかしそうした法令を理解し、コンプライアンスの視点をもってサービス提供のあり方をチェックする担当者は皆無であった。そもそも法令をきちんと読んで、それに沿った運営を行おうと考える管理職もいない状態で、長年運営を続けているのだから困ったものである。

遠足という行事が存在し、それがとても良いケアだと思い込んでいる職員が多かったのも、こうした環境でサービスの質とは何ぞや、という意識や議論が存在していなかったからだろうと思う。(参照:遠足のある高齢者介護施設の違和感

看護支援や介護サービスの方法は、看護師と介護主任の感覚と価値観で、すべての「流れ」が決まってしまうので、僕のような新参者が、いくら経験と知識があっても、その流れを止めることは難しかった。勿論、それは僕の力不足といわれても仕方のない問題でもあり、その批判は甘んじて受けようと思う。

どちらにしても、そのまま僕がそこに居続けても、権限を与えてもらわない限り変えられるものはないと考えたし、そこでは僕自身の感覚自体も麻痺してしまうので、働き続ける意味を失った。しかしそのこともポジティブに捉え、その経験を反面教師として今後に生かし、介護施設の実態も、良質のサービスと、そうではなく収容施設と見紛うような介護施設も存在している事実を理解し、良いサービスを選ぶため、良いサービスを創るために何が必要かを、訴え続けていきたいと思う。

週2回の入浴支援は人の暮らしとして考えるとあまりにも少なすぎると考える人と、それで十分だと考える人では、提供するサービスの質も自ずと違ってくるだろう。このブログの読者は、どちらの考え方をする人が創るサービスを選ぶのだろうか。

どちらにしても、人の暮らしの質を考えない人が数多くはびこる介護の場では、感覚麻痺が生じやすく、介護施設の常識は世間の非常識という状態を生み出すことになるだろう。そこはもう介護施設ではなく、入所する方々にとっては、悔悟施設でしかないと言えよう。

介護の誇り出版記念セミナー
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本物の特養を作ろうとしている人たちのこと


一昨日の記事昨日の記事にかけて、介護サービス事業者にとって、人材確保がいかに大きな課題であり、そのために人材を教育して定着させる取り組みや、従業員の福利厚生を充実させることが、いかに重要かを指摘した。

しかしそのような取り組みを行っている事業者がどこにあるのかという声が聞こえてきそうだ。では実際に、そんな取り組みを行っている素敵な事業者を紹介したい。そしてそんな事業者が、今新しい施設を作り、まったく新しいチャレンジを始めようとしていることも知ってほしい。

大阪に本拠を置く社会福祉法人・基弘会の川西収治施設長とは、大阪市老連さんの研修会に呼ばれるようになって以来のお付き合いである。その川西施設長からの依頼で、大阪で人材育成事業の講師としてお手伝いさせていただいた。その育成事業である「介護ビジネスアカデミー」を主催する「一般社団法人みらい福祉研究所」の代表が、株式会社オールスターLobでもある斉藤喜夫氏であること知り、以来親しくお付き合いをさせていただいている。

その川西施設長と齋藤代表が、「本物の特養をつくる」という話を当時からしていた。川西施設長は、特養の施設長なのに1級建築士の資格をお持ちで、介護ビジネスアカデミーの会場だった寺田町のおしゃれなビル(SKアカデミービル )も、自分で設計して建てちゃった人である。齋藤代表は、仙台で介護事業所リズムを運営する傍ら、日本全国だけではなく中国など外国でも介護コンサルタントを行う、介護事業経営のエキスパートである。

そのお二人がタッグを組んで特養を設置運営する。社会福祉法人・基弘会さんが運営主体であるが、同法人が拠点を置く大阪ではなく、斉藤さんの拠点である仙台に特養を建てて運営するというのだ。

この二人がタッグを組むのだから、尋常な施設ではないはずだと思ったところ、案の定、建築素材は釘1本からこだわって選び抜き、利用者にとって快適に暮らせる空間であり、かつ従業員にとって働きやすいく、働き甲斐を感じ取れる施設をつくろうと様々な工夫とアイディアと愛情が満載の施設ができる。勿論一番大事なサービスの品質については、理念を高く掲げ、その実現に向けた事前教育システムから、体制作りまで万全を期してオープンに向かっている。まさに本物の特養である。

リズムタウン仙台
その本物の特養を含めた、まったく新しい介護施設がいよいよ11月に仙台でオープンする。その名は、「リズムタウン仙台」。特養(ショートステイ併設)と小規模多機能型居宅介護の他、クリニックや一般の人も利用できるレストランや交流スペース、ウェルネス&スクールも併設した、まったく新しいコンセプトの複合施設である。高速道路のすぐわきに建ち、白い色とガラスがひときわ目立つ外観である。僕もまだ実物を見ていないので、来月訪問するのを楽しみにしている。

こちらのページをご覧いただきたい。

僕が昨日提言した福利厚生の充実という点については、「有給休暇や年金・退職金制度をはじめ、介護休暇、お誕生日休暇、親孝行休暇、資格取得支援制度などなど。使い倒すのが大変な位てんこ盛りの制度」で職員をサポートしている。

一昨日提言した教育システムについては、あの上野文則氏が監修し、「イチから学べる正しい介護技術」を学べるシステムが組み入れられている。その監修に基づいて継続的に教育に当たる、「みらい福祉研究所」は、もともと介護に特化した職業紹介と、人材教育を事業としている。そこの職員は介護経験者で構成され、介護現場で働くスタッフが自信を持ってイキイキと長く働けることができる人材育成に取り組んでいる。そこの代表を務めていた土田さんも、介護に精通した看護師さんであり、現在はオールスターLobのコンサルタントとして関わっており、その指導には定評のある方で、万全の教育システムが敷かれている。

そのため根拠にも続いた介護技術が正しく学ぶことができ、介護未経験者の方も安心して働くことができるし、いつでもその技術が確認チェックできるという、職員にとっては頼もしい学びのシステムを組み込んだ施設なのである。ちなみにこの部分では、オープン直前に僕もお手伝いする機会を持っており、オープニングスタッフに向けた、「看取り介護」の講師役を務めされていただく予定になっている。

さらに言えば、ここの教育システムは、別の事業所でも実績があり、斉藤代表の事業所で仕事をして知識と技術を磨いたたくさんの方々が、今現在、全国のいろいろな場所で、経営コンサルタントや介護技術指導者として活躍している。別なステージにはばたくことができる学びのシステムを備えているというわけである。

それだけではなく女性が長く働くためのシステムとか、おしゃれに格好よく働くことができる様々なアイテムなど、かゆいところにも手が届くようなサポートシステムを備えている。

11月のオープンに向けて、現在もスタッフ募集をしているので、正しい介護技術を学び、人を幸せにしたい人、将来独立して介護経営したい人など、志のある方は、是非応募してみてはどうだろう。

ただし、この施設は応募者は誰でも歓迎するわけではないことが募集ページに書かれている。

「自分だけ与えられた仕事をこなせば良い」とか、「ただ同じことを繰り返して時間が過ぎるのを待ってたい」という人には向いてないと思います。

そのうえで
私たちが求めているのは、百戦錬磨の介護の神のような人ではありません。正直、経験や技術はあまり重要視していません。大事なのは、『楽しく働きながら、利用者のためになる仕事を追求したい!』という想いを持っているかどうかということ

だそうである。そんな考え方に共鳴する人は、このチャンスを逃さないで、是非キャストに加わってみてはいかがだろう。詳しくは職員募集のページを、くまなく読んでいただきたい。仙台の近くに住んでいる方だけではなく、全国の様々な場所に住む人も、わざわざ仙台まで引っ越してでも勤める価値のある施設だと思うのである。

川西さん
川西さん(向かって右):伊丹空港にて。
56歳直前のmasa
右端が齋藤代表。
土田さん
オールスターLobコンサルの土田さんも素敵な笑顔で指導してくださること間違いない。こんな素敵の方々と出会えるだけではなく、一緒に仕事ができる機会なんて、そうあることではないだろう。ここにキャストとして加わることができる、このチャンスを是非多くの皆様に手に入れてもらいたい。

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遠足のある高齢者介護施設の違和感


特養から老健に移って勤務した時、同じ介護施設とは言えその違いに驚かされることが多かった。それはカルチャーショックといっても良いもので、両者の違いに唖然とした。

特養は「暮らしの場」であることを目指して、世間一般の日常と比べながら、普通の暮らし方を目指す場所であったが、老健は、毎日の暮らしの中に、「非日常」が普通に存在しており、それに疑問を持つ人もほとんどいない場所であった。老健だから・・・中間施設だから・・・という言葉での制限が数多く行われていた。

勿論老健は生活施設ではなく、中間施設であり滞在施設なのだから、暮らしの場を目指す特養と同じということにはならないが、僕から見ればそこは介護施設というより、医療機関という印象が強かった。

もしかしたらそれは老健という施設種別の問題ではなく、僕が勤めていた老健という個別の問題であったのかもしれないが、僕にとっては違和感を常に覚えていた場所であったことは事実である。

そういえばその老健施設の行事の中で、「遠足」というものがあったのにも驚いた。普通遠足とは、単に徒歩で日帰りで行く小旅行という意味ではなく、教育的意味合いを持った行事である。

すなわち遠足とは、「教師が児童・生徒を校外に引率して、さまざまな実地の経験や見聞をさせることをいい、通常は幼稚園から小・中学校段階にかけて行われる日帰りのものをさす。 」ものであり、それは身体の鍛練や集団規律の訓練を目的としたもので、高齢者支援の場で使うような言葉ではないというのが、僕の認識である。

そこで行われていることも、集団でテーマパークなどに出かける一大行事だった。デパートに集団で買い物に行くことも「遠足」と称されていた。

思い起こせば、特養も20年前は同じことをしていたように思うが、集団処遇の批判を受け、個別ニーズに対応したケアを模索する過程で、買い物や外出を「非日常的な行事」として行うのではなく、行きたい人が行きたいときに行きたい場所に行くという方法を模索し、施設全体で行うことはなく、天気の良い日に無計画でも、「地域に出かけることができる」ように変わっていった。
(参照:地域に出る、という意味

そういう歴史や過程を知る身としては、集団行事的な外出は、ずいぶん遅れているケアスタイルだと思ったし、遠足なんて言葉を介護施設の利用者行事につかっていることは、大いに疑問だった。

僕は今後、新しい特養のオープンスタッフ教育にも関わることになるが、この辺りの違和感を普通に持つことができる感覚を伝えていきたいと思う。

介護施設は集団生活の場ではなく、強いられた共同生活の場に過ぎないのだ。そこで集団生活だからという論理で様々な自由や権利が制限されることは許されない。施設の管理者の考え方で、利用者の暮らしの質が左右されることがあってはならない。人の尊厳や自由は、最大限に護られる必要があるのだ。

介護施設のルールが、利用者の権利を無視して、オーナーや管理職の考え方で決まるというのも前時代的である。そのようなスティグマはなくしていかねばならないだろう。

介護の知識や援助技術とは、そうした人権意識を基盤とした上に成り立つもので、事業主体の都合で人権意識が揺らぐとしたら、そんなもの対人援助でもないし、人の暮らしを護るべき介護とは呼べない。


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特養の次期報酬改定を読む


来年度の介護報酬改訂議論は、居宅サービスから始まり、前回7/19の介護給付費分科会で初めて施設サービスの中で、特養の報酬改定に向けた資料が示された。

その中で論点として挙げられているのは次の4点である。

1.介護老人福祉施設の入所者のプライバシーに配慮した上で、一人ひとりのニーズに即したケア を実現するために、どのような方策が考えられるか。
2.介護老人福祉施設における看取りや医療ニーズへの対応をさらに進めるために、どのような方 策が考えられるか。
3.施設等における身体的拘束廃止に向けた取組をさらに進めるために、どのような方策が考えら れるか。
4.介護老人福祉施設における障害者支援について、どのように考えるか。


このうち1.3.4については、とってつけたような内容で、喫緊(きっきん)に何かをしなければならないという差し迫った問題があるわけではなく、課題がないと困るので挙げておこう的な内容のような気がしてならない。この部分での大きなルール変更には結びつかないのではないのだろうか。

考えてみれば平成27年度からの介護報酬改定時に、特養については、入所要件の厳格化(原則、要介護3以上)という大きな改革を行うと同時に、光熱水費の額の見直しや、多床室の光熱水費以外の室料の自己負担化など大きな変更が行われたばかりであり、次期報酬改定ではそのような問題は特になく、プチ改定となるのではないだろうか。

その中で前回同様、「看取り介護」が取り上げられているのは、死者数が増えるわが国で、2040年には47万人を超える、「看取り難民」が出現しかねないという問題があり、特養のみならず、介護施設すべてに看取り介護・ターミナルケア機能の充実が求められているという背景があることによるものだ。

資料にも書かれているが、平成27年度介護報酬改定では、施設での看取りをより推進する観点から、看取り介護加算につい て、医師その他の職種による協議の上、看取りの実績等を踏まえ看取り指針の見直しを実施するこ と等を新たに要件として、死亡日以前4日以上30日以下の期間における単位数の引き上げがされた。

基本サービス費が大幅に引き下げられた中で、この加算を算定することは、特養の経営上より重要になることで、特養での看取り介護実施の促進を図ったものである。

このことに関連して、本年3/22に行われた、『医療と介護の連携に関する意見交換(第1回)』では、「多くの特別養護老人ホームでは看取りに積極的に取り組んでいる一方で、 一部の特別養護老人ホームでは、看取りに際して入所者を医療機関に搬送 している。」・「特別養護老人ホームにおいては、多くの施設で看取りを行っている一方 で、必要な体制の確保ができていない、施設の方針として看取りを行わな い等の理由で看取りを行っていない施設が約 10%ある。」という指摘がされた。

そして、「特別養護老人ホーム及び居住系サービスの入所者の看取り期における医 療ニーズに適切に対応するため、特別養護老人ホーム及び居住系サービス が提供するべき医療の範囲と、外部の医療機関等が提供するべき医療の範 囲について、どのように考えるか。 」という課題が検討されるべきとされている。

それを受けての報酬改定論議であり、すべての特養で看取り介護が実施できるように、外部の医療・看護サービス(訪問診療や訪問看護)の導入促進が検討されているわけである。

例えば特養利用者に対する訪問診療については、がん末期などの対象者については認められているが、これをすべての利用者を対象にしてはどうかという議論が、診療報酬改定議論と並行して行われる可能性が高い。訪問看護も同様に規制を撤廃する必要がないかという議論に向かうだろう。

しかしこのことは極めて的外れな議論であると指摘しておきたい。

なぜなら今の体制であっても8割以上の特養が看取り介護を実施できる体制があると言っているのだ。(※ただし、その中には看取り介護加算は算定していても、実際は施設内孤独死をさすているだけの特養もあり、看取り介護とはいいがたい状態で利用者を死なせている施設もある。筆者はそれを看取り介護とは認めていない。)そうであれば残り1割強の特養が看取り介護を実施できないのは、医療体制の問題ではなく、看取り介護に対する考え方とケアサービスの力量の問題である。

看取り介護を特別視したり、看取り医療と勘違いしている施設において、その実施が阻まれているだけである。そうした施設は、外部の訪問診療や訪問介護の規制がいくら緩和されても、それを使いこなして看取り介護を実施できるようになるとは思えない。

そもそも看取り介護は、ケアサービスが中心になって、脇を適切な医療と看護で支えるというものであり、ここが有機的に結びつかないと品質を保つことは難しい。ただでさえ難しい多職種連携を、施設内チームのみならず、外部の他機関を交えてとろうとするのは、よほど腕の良いコーディネーターが必要で、今現在看取り介護ができていない施設に、そのような力量があるのかを考えると、それは極めて疑わしいと言えよう。

厚労省が、特養利用者に対する外部の医療・看護サービスの導入促進を図る先には、将来的に特養の医務室設置義務や医師配置義務をなくし、外部の医療との連携だけで特養が運営できるようにしようとする意図も見え隠れしている。それはとりもなおさず基本サービス費の引き下げの方便である。つまり医師配置部分の費用を基本サービス費から削って、利用者の医療対応を外部のサービスに委ねようという形を模索しているようにしか感じられないのだ。特養経営者はこのことにもっと危機感をもって、異を唱えるべきではないだろうか。

むしろ特養の機能を考えるなら、医師配置がされ、その中できちんと最後の瞬間までケアサービスを提供できる特養の看取り介護加算は、もっと単価が引き上げられてよいと主張すべきで、外部のサービスとの組み合わせで看取りを行うサービスとの差別化を、より図る方向で議論すべきではないかと思う。

※全国7ケ所で行ってきた「看取り介護セミナー」はいよいよ岡山セミナーを残すだけとなりました。まだ申し込み間に合いますので、お近くの方は是非会場までお越しください。
無題


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利用者本位を貫く先に生まれるもの


特養に勤め始めた当初、利用者の入浴支援が午前中から行われていることをおかしなことだと感じた。そこには入浴介助というプログラムは存在していたが、人の暮らしを支えるための入浴支援という行為は存在していないように思えた。

勿論、一般家庭でも朝風呂を習慣にしている人はいるだろうし、社会人現役世代でも、出勤前にシャワーを浴びて出かける人もいるだろう。しかしそれらの人は、おそらく毎日のようにその習慣を続けているだけではなく、仕事帰りや、夕食前後にも入浴する習慣がある人が多いのではないだろうか。

しかし僕が特養に初めて入職した当時、入浴支援は週2回しか行われていないのが現実で、その中で午前中に入浴させられている人たちは、その日午後から汗をかいても、その後2日なり、3日なり、その汗を流すこともできないという生活スタイルであった。

それは人の暮らしとしてどうかと疑問に思いながら、その後何年も様々なバリアによって改善を行えないまま過ぎ、やっと2000年の介護保険制度への移行がきっかけとなって、毎日入浴支援が行われる体制へと改善することができた。

その時に、日中に汗をかいた人々が、夕食後にゆっくりとその汗を流して眠ることができるように、希望する人には夜間入浴も実施できるように提案した。当然そのためには、遅出などのシフトの見直しが伴い、それまでより遅い勤務時間で出勤しなければならない介護職員が増えるとともに、その分日中の勤務者が減るということになるわけで、日課プログラム全体の見直しも必要となった。そのため、そのことに対しては根強い反対意見があった。

反対者の理屈の中には、「全員が夜間入浴を希望したら対応できない。」という意見まであった。しかしこれは反対のための反対論でしかない。

当時、実際に夜間入浴を希望されていた方は、100人の利用者中、わずか3名である。それだけの希望者しかいないのに、全員が夜間入浴を希望するという、ありえない想定で反対する人の考え方こそ、介護の質を劣悪なものにする根源であると考え、そうした考え方がいかにネガティブで、人の暮らしを支える現場で不必要なものであるのかということを認識してもらうために、時には強い言葉と態度で、反対論者には教育的指導を行いながら、現状からの脱皮を図った。

そもそも入浴支援で、我々が一番困るのは、入浴が必要なのにお風呂に入ってくれないという介護拒否であって、喜んで入浴支援を受けてくれる人ばかりなら、何も苦労はないわけである。だから全員が毎日、夜間入浴したくなる施設であれば、喜んでその体制に向けて改善・進化すべきであるが、そのような可能性は少ないだろう。

そんな紆余曲折を経て、夜間入浴希望者のニーズにも応えられるようにしたが、毎日夜間入浴をしたいという方はおられず、日中の入浴に加えて週1〜2回の夜間入浴を希望する人が数名おられた中で、曜日限定での夜間入浴支援が今でも続けられている。勿論、日中の入浴支援は毎日が基本となっている。そんな施設もあるという事実に、週2回しか入浴支援をしない施設の人々は、何も感じないのだろうか。

入浴一つ取り上げても、それだけの違いがあるということは、ケア全般に対する利用者本位の考え方は、様々な場面で差となって表れてくるということだ。この施設間格差は、僕自身が体験的に感じているところであり、全体の水準の引き上げのためには、利用者本位という言葉を、建前ではなく本音に変えることが必要だろうと思う。

そのためには自分が生活の糧を得ている職業の使命感を意識し、その仕事に対する誇りを抱く必要があるということだ。

入浴支援という行為を、利用者本位の視点から考え直す時に、業務負担は増えるのかもしれない。介護業界全体が人手不足の中で、そのような負担増に職員は耐えられるのかという声が聞こえそうだが、利用者本位を貫こうとする職場で、実習する学生は、その職場に就職したいと言う。そういう職場には就職希望者が集まる傾向が強い。

介護職員の募集に応募がなく、雇用しても短期間に職員が辞めていく職場では、どんなに介護を切り捨てて、業務を軽減しても、常に職員不足で現場は疲弊していく。しかしその原因は、介護という職業に誇りを持つことができないレベルの低いサービスの実態そのものであったりする。人手不足を理由としてケアレベルが下がることを仕方ないとする考え方は、さらに人が集まらないという悪循環を引き起こす最大の要因で、そのようなネガティブな考え方のリーダーを現場に持つ施設・事業所には将来はないだろう。

利用者本位を貫いて、高品質なサービスを提供しようとする事業者には人が集まり、離職率が低下し、援助技術と知識に長けた指導者が生まれる傾向もみられる。

そういう意味では、財源も人的資源も厳しい時代に、生き残っていく事業者とは、対人援助サービスの根源である、「人間愛」の精神を忘れることなく、人の暮らしを支えるための利用者本位の精神を貫く事業者ではないだろうか。
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人の幸福度につながるアウトカムって何だろうか?


介護福祉士養成校の臨時講師を務めるようになって、かれこれ10年以上の月日が経っている。

僕が現在受け持っている授業は、社会福祉主事の資格取得のための講義と演習である。演習の場合は、小グループで生徒同士が討議する時間があるが、その際にはどんな話し合いが行われているかを確認するために各グループを廻って歩くことが多い。

しかし自由な議論を促すためには、あまり近づき過ぎずに見守るということも必要になり、遠くから全体を見渡すという時間もある。

数年前のそんな時に、教室の片隅に置かれた本が目に留まって、それを手にして開いたところ、印象的な和歌が目についた。

その本は、「NHK介護百人一首」という句集で、あとから調べたところ、NHKが介護に関わる方々から広く短歌を募集し、その中から100首を選んで句集として発刊しているということが分かった。

僕は当時、本業として特養の総合施設長を務めていたが、僕が偶然本を手にして最初に開いたページに載せられていた和歌は、特養に入所した夫の様子を、80歳代の妻が詠んだ和歌だった。(和歌の解説文にそのことが書いてあったと記憶している。)その句は次のような句であったと記憶している。

「やわらかな 日差しあふれる特養に 私を忘れた あなたが笑う」

この句を詠んだ妻の気持ちを想像すると、次のようなことではないのだろうか。

『決して望んだわけではないが、やむにやまれぬ事情で特養に入所せざるを得なくなった夫のことを心配していた妻ではあるが、入所後の夫の様子を見ると、妻である自分の顔も忘れてしまっている夫ではあるにもかかわらず、入所した施設の職員が親身になってお世話をうけており、夫はそんな特養の暮らしの中で、常に笑顔で暮らしている姿を見て安心した。』

僕にはこんな情景が浮かんだ。「やわらかな日差し」とは、単なる天候のことを詠んだわけではなく、その場の温かい柔らかな雰囲気を詠んだ文章ではないのだろかとも思った。

どちらにしても、特養という新たな居所で、笑顔で暮らしている夫の姿を見て安心している妻の気持ちが伝わってくる和歌である。妻のほっとした様子が創造され、ほのぼのとした気持ちにさせられた。とても素敵な和歌だと思った。

同時に、この和歌に詠まれた夫が暮らしている特養の、温かい介護も目に見えるように感じられて、とても素晴らしい特養なのだと思った。

よく言われることであるが、特養に自ら希望して入所する人はいないといわれる。そうであったとしても、我々介護関係者は、そのことを否定するのではなく、家庭・自宅が一番だと考える気持ちをもっともだと受容し、そうであるがゆえに、自宅より良い特養をアピールするのではなく、入所したくなかった施設であるとしても、いったん入所したら、退所したくなくなるような施設サービスを創りあげればよいと思う。

家族や自宅に勝つ特養である必要はない。家族や自宅が一番であったとしても、第二の居所として満足いただける暮らしをつくればよい。

家族にしても決して身内を特養に入所させるのを望まないかもしれない。その気持ちをも受容して、心配だろうけれども、私たち特養関係者も、利用者やご家族や、周囲の人々の気持ちを察しながら、皆さんが安心できる場所になるように努力しますよという結果を、利用者の笑顔という形で示すことができるようにすればよい。

そういう意味では、利用者の表情とか満足感が、特養のアウトカムなのであって、それは決して要介護度の改善という数値で示されるようなものではない。

しかし9日に政府が閣議決定した「骨太の方針」では、このようなアウトカム評価はまったく無視されている。「経済財政運営と改革の基本方針2017」として示されている介護関連の要旨では、「自立支援に向けた介護サービス事業者に対するインセンティブ付与のためのアウトカムなどに応じた介護報酬のメリハリ付け」という言葉で、加算=報酬金として、介護サービスの質を数値で評価しようとする方向性が改めて示された。

数値化できない利用者や家族の満足感より、政府の決めた方向性=介護費用の削減に向かう方向性を評価しようというわけである。

自立支援という名の業者の尻たたきは、利用者の尻を叩く方向から、利用者の頭を打ち付けて、その表情から笑顔を消し去る方向へと舵を切っていくかのようである。
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法令ルールを知らないのか、守る気がないのか・・・。


僕は昨日の勤務をもって老健実務から卒業したが、約一年間老健施設で実務を行う機会を得たことで、老健という施設の実情・実態を理解できただけではなく、特養という施設を外から見ることによって、特養に対する見方も変わったような気がする。

特養が暮らしの場として、老健より優れた面が多々あることが改めて理解できたが、その反面、暮らしの場とか生活施設という冠に胡坐をかいて、日がな一日天井を睨んで暮らす生活を利用者に強いている特養もあったりする。そこに本当の意味での暮らしはあるのだろうか?

そう考えると、介護施設を選ぶ際には、施設種別だけで選択するのではなく、個々のサービス内容を精査して選ばないとベストの選択には結びつかいことを改めて強く感じている。そうであるがゆえに、今後特養の経営にかかわっていく際には、誰からも選択される高品質なサービスを提供できる暮らしの場を目指そうとする一人一人の職員の意識づけが大事になると、改めて強く感じている。

ところで老健は、在宅復帰を目指すリハビリ施設であるが、実際には在宅復帰が難しく、サ高住やグループホーム、特定施設、特養などへ入所する間のつなぎの施設として利用されているという側面がある。

よって老健から特養へ入所する際の調整業務も多くなるわけであるが、その際に法令ルールに沿っていない、特養側の勝手なルールの押し付けと思われる場面に遭遇することがある。

例えば日常の移動に車椅子が必要な人であっても、自分専用の車いすを持っているとは限らない。老健に入所している人の場合、老健の備品である車椅子を使っている人が多いが、特養に入所する際に、個人専用の車いすを持参するように求められることがある。これは明らかな法令違反である。

一般型の車いすは、介護用品として施設側が備えおく必要があり、数が足りないから持参させるなどは許されていない。個人専用の特殊な車いすが必要な場合は、個人負担で車いすを購入・持参していただいても良いが、それ以外の理由で、車いすの個人購入やその持参を求めることは許されていない。このような基本的なルールをなぜ護ろうとしないのか、それともそのようなルール理解がないというのだろうか。

どちらにしてもこうしたやり取りを行う調整役は、相談援助職であり、施設の頭脳ともいえる相談援助職が、ルールを無視したり、ルールを知らずにおかしな取り扱いを押し付けたりするのは恥ずかしいことである。

このことは老企第54号通知で考え方が示されているが、この内容をさらに詳しく解説した北海道の通知文によれば、徴収できない費用例と、徴収可能な費用例が以下のように示されているので、参考にしていただきたい。

保険給付の対象に含まれるものの具体例 (徴収不可) 】
・車椅子、歩行器、杖、ポータブルトイレ、しびん等
・寝具類(ふとん、シーツ類)、失禁シーツ、エアマット、体位交換用クッション等
・おむつ、おむつカバー等
・食事用・介助用のエプロン、おしぼり、ティッシュ等
・清拭タオル
・私物以外の洗濯代(おむつ、寝具類に係るもの等)
・おやつ代(入所者全員を対象に提供するもの)
・機能訓練に係る材料費等
・健康管理費用(定期健康診断等)
・通院の際の交通費
・行事関係経費(レクリエーション、入所者全員が参加する定例行事等)
・作業療法等機能訓練の一環として行われるクラブ活動
・教養娯楽関係(談話室にあるテレビ、ビデオ、カラオケ、CD等の設備及びソフト、新聞、雑誌等)

その他の日常生活費の具体的な範囲について徴収可能
・入所者の希望によって、身の回り品として日常生活に必要なものを施設が提供する場合に係る費用
・入所者の希望によって、教養娯楽として日常生活に必要なものを施設が提供する場合に係る費用
・健康管理費(インフルエンザ予防接種に係る費用等)
・預かり金の出納管理に係る費用

その他の日常生活費とは区分される費用(サービス提供とは関係のないもの)※その他の日常生活費とは別に徴収可能
・冷蔵庫、電話、テレビ使用料
・個人専用の家電の電気代、電話代
・洗濯機、乾燥機使用料(コイン式)
・クリーニング代(業者への取り次ぎ)
・嗜好品(菓子、酒、タバコ等)
・個人用の新聞、雑誌等
・入所者(個人)の趣味活動に係る材料費等
・希望者を募り実施する旅行等の実費

以上である。基本法令は理解した上で、しっかり守らなきゃあだめだからね。齟齬を指摘したり、変えるためのソーシャルアクションが受け入れられるには、法令を守ったうえでのアクションが必要になることを忘れてはならない。

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処方内容を書く施設サービス計画への疑問


本日をもって、現在勤めている職場を退職いたします。明日からは片道2時間通勤からやっと解放されます。やはりこの通勤ロスは無理がありました。今後は単身でも職場の近くから通い、通勤時間をできるだけ短縮します。

老健の業務に就いて約1年余り、自分としては今後に生かせる良い経験になりました。

これから次のステップに向けて準備期間を経る予定です。拠点を道外に移す予定があるため、秋に予定していた介護福祉士専門学校の講義も、6月と7月に前倒ししてもらいました。専門性の高い授業を担当してますので、いきなり辞任ということになっても他の講師が見つからないので、今年度の授業は責任もって全うします。

そんなわけで、ここ数ケ月は講演・授業講義・執筆などフリーランスで活動しながら、次の仕事に就く準備をします。そのことは後日、詳しくお知らせします。

1年あまり勤めた老健から得た知識は、次の仕事にも生かしていこうと思います。

それにしても老健は生活施設ではなく、滞在施設・中間施設という意味合いもあるからでしょうか、規則が特養より圧倒的に多い印象が残っています。

特養の仕事が長かった僕から見れば、そのことは随分窮屈なことだなと思ったりしていました。勿論それは利用者からすればという意味ですよ。そのことも今後何らかの記事として、こちらで論評する機会があると思います。ともかくネタはたくさんあります。

もうひとつ、僕が印象深かった老健の特徴を挙げるとすれば、老健は介護施設とされていますが、組織的・意識的には医療機関ですね。そうであるがゆえに、「暮らし」より「治療」が優先される場面が多々見られました。そのことも後日書きますが、今日は老健の施設サービス計画を見て気づいた点を一つ指摘しておきます。

老健はリハビリ施設ですし、短期集中リハビリテーション実施加算などを算定する関係上、そのことが全員の計画に載ってくるのは当然ですが、そうであるがゆえに計画内容が固定化する傾向が見て取れました。AI(人工知能ロボット)によってケアプランが立てられるようになると、こうした感じになるのかなあと思ったりしました。気をつけないと課題や目標が金太郎飴のように、全部同じ顔になりがちな傾向にあります。そのことは良いとして、健康管理を目標にしたサービス内容に、利用者一人一人の処方内容をすべて書いていることには、少なからず疑問を抱きました。

つまり老健内で服薬している薬を、基本的にはすべて施設サービス計画のサービス内容(2表)の中に落とし込むことに対する疑問です。

これ他の老健でも同じなんでしょうか?

しかしこれって問題ありですね。これ計画書ですから、多職種協働の会議の中で決めて実行することを書くのが基本ですが、処方内容を決定するのは会議ではなく、医師の判断でしかできないわけですから、その指示を受けて服薬支援するだけであり、処方内容をすべて書くのはどうかと思っています。

そもそも処方される薬は、サービス計画書の期間中に何度も変わるでしょう。そうすると処方内容をサービス計画書の2表「サービス内容」に書いてしまっている場合、処方内容が変わるたびに、計画書を変更する必要があります。

仮に治療方針や目的が変わらずに、処方内容だけ変えるのだから、それは軽微変更だろうと判断できるとしても、何もしなくても良いということにはなりません。老企29号で、「軽微な変更については、当該変更記録の箇所の冒頭に変更時点を明記しつつ、同一用紙に継続して記載することができるものとする。」と規定されているんですから、処方内容をすべて2表に落とし込んでいる場合、処方が変わるたびに計画書の冒頭に変更時点を明記しつつ、同一用紙に継続して変更された処方薬を記載していないと、運営基準違反となり指導対象です。

ですから僕が以前勤めていた特養で、僕が施設サービス計画を作成していた時は、処方内容は具体的サービス内容ではなく、アセスメント情報として記録するだけで、2表のサービス内容には「服薬支援を行う」等の表記しかしていませんでした。それで十分でしょう。アセスメント情報は、アセスメントした時点での処方内容という意味ですから、これは計画期間中に処方が変わっても変える必要はありません。

例えば施設サービス計画に健康管理で服薬支援が必要な状態を入れるとしたら、第2表のサービス内容に書くべきは下記の3通りでよいのではないでしょうか?

・薬剤調整を行う(医師:適時)
・副作用の確認を行う(看護職員:随時)
・服薬支援を行う(介護職員:毎食後)


昼夜逆転を防ぐなどで眠剤調整が必要な際も、同じように計画書に落とすことができます。これなら薬剤が変わるたびに、軽微変更の手順を踏む必要はありません。こうした形で、少しでも介護支援専門員の仕事を省力化すべきではないかと思ったりしました。

ただこの施設では、この方法が通例になっており、僕の管轄でもないし、指導を仰がれてもいないので、特段の指摘はしてきませんでした。でもあまり良い方法とは言えないことは確かですね。軽微変更ルールに基づいた対応をしているかどうかは不明ですが、一応指摘しておいたほうが良いのかもしれません。

帰る前に対応しましょうか。

とにもかくにも、軽微変更は計画書をいじらなくともよいと考えているケアマネが多いのですが、それは間違いだという理解を今一度深めて下さいね。2表のサービス内容に書くべきこと、書かなくて良いことも今一度整理して考えてみてください。

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特養入所ルールの変更が及ぼしている影響


GWの最中の5/5に毎日新聞が配信したニュースでは、同社が2月、東京都、大阪府と全国の政令市で特養ホーム計1.000施設を対象に実施し359施設から回答を得たアンケート結果について報道している。

それによると要介護3を「将来の退所の可能性を考慮して入所を見合わせる例があるか」との問いに66施設(18.4%)が「ある」と回答。うち6割程度が「次の認定で2以下に下がりそうなら見合わせる」(首都圏の施設)としたそうである。

記事では特養の入所要件の厳格化で、原則要介護3以上でないと特養入所ができなくなった弊害が、このような入所制限につながっているのと同時に、「要介護4、5を7割以上にすれば介護報酬で高い加算をつけており」として、この比率が下がることを恐れた特養側が、要介護3の人の入所も制限していることを示唆している。

この加算とは「日常生活継続支援加算」のことであり、36単位(一般型特養)のこの加算を算定することは、介護報酬が大幅に下げられた中では事業継続に必須な条件である。

この加算は、過去半年〜1年の新規入所者に占める要介護4以上の利用者が7割に満たなくとも、同じく過去半年〜1年の新規入所者に占める認知症自立度がランク薫幣紊粒箙腓65%以上もしくは、新規入所者に占める喀痰吸引等の特定医療行為が必要な利用者の割合が15%以上でもよいわけであるが、要介護4以上の割合をクリアして算定している事業者にとって、この割合を切るわけにはいかないため、新規利用者の入所に際し、その割合を維持するために、要介護4以上の人を優先させていると思われる。

この割合は、あくまで過去半年〜1年の新規入所者に占める割合だから、入所後に状態が改善して、要介護状態区分が軽度変更されても問題ないわけだから、そのことの阻害要因にはならないが、新規の利用者については常に一定程度のスクリーニングを要することとなり、要介護3の方々が常に一定程度入所対象からはじかれることにつながっている。

しかもそれは必要性の高い利用者を優先入所させるという省令基準からすれば、必ずしも不適切な対応ではなく、法令に沿った優先入所として取り扱うことができるわけである。

ただこれは特養待機者が減っていない都市部だからできる対応だ。地方ではそもそも待機者が減っており、このような選別ができない状態になっている。

地方ではむしろ要介護1と2の人を対象にした、「特例入所」を活用しないことには、ベッドが埋まらないという施設が増えている。

特例入所の要件とは下記の要件である。
 ’知症で、日常生活に支障を来すような症状等が頻繁に見られること
◆|療障害・精神障害等を伴い、日常生活に支障を来すような症状等が頻繁に見られること
 深刻な虐待が疑われること等により、心身の安全・安心の確保が困難な状態であること
ぁ|運叛ぢ單家族等の支援が期待できず、地域での介護サービス等の供給が不十分であること

待機者が大幅に減って、利用者が見つけられない施設では、この要件に該当するのか疑わしい人も、特例入所の対象にしている事例がみられる。逆に特例入所を厳しく制限しているローカルルールがある地域では、そのことで空きベッドが増えている現象もみられる。

特養の空きベッドについて」でも解説しているが、すでに高齢化のピークが過ぎ、高齢者の数自体が減っているという地域では、要介護3以上に限定した利用者集めに限界を生じているのである。

一方で都市部では、加算算定のために要介護3の人がなかなか特養に入所できない状態を生んでいる。それは国の施策が介護難民を生んでいるという意味にならないのだろうか。

特養の入所要件を原則要介護3以上とし、特例入所というわかりづらくて事務処理手続きが煩雑な方法でしか例外入所ができず、さらには介護報酬も、要介護度の高い人を数多く受け入れないと収益が上がらない構造にするという政策誘導は、地方では空きベッドを生じさせる大きな要因をつくり、建設補助金を無駄にさせ、都市部では介護難民を大量発生させる要因となる結果を招いている。

それは完全に利用者ニーズとかけ離れた失政だったと言えるのではないだろうか。

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週2回の入浴という基準をどう考えるか


2000年に介護保険制度が施行された意味は、戦後初の福祉制度大改革という意味があり、施設サービスも措置から契約への変更という中で、意識改革・機構改革など発想の大転換が求められる時期だった。

その当時、特養のソーシャルワーカー部門のトップを勤めていた僕は、その改革の流れに乗って施設サービスの大改革を行いたいと思い、例えば夕食時間を午後6時以降にするなどの見直しに着手した。

そのときに入浴についても大幅に見直し、毎日入浴ができる方法はないか、夜間入浴も実現できないかと、法人に増員を含めた様々な要求を行った。

その背景には、介護給付費は介護保険制度創設当初が一番高く設定され、措置費の頃より収益アップが見込まれていたため、人件費支出を増やすことができる事業計画を立案することができたという面がある。

その結果、正規及び非正規職員をそれぞれ増員し、プログラムを見直すことで日中の入浴支援については、ほぼ毎日実施できるようになって、毎日入浴したいという希望がある利用者や、一日おきに入浴したいという利用者の希望にも応えることができるようになって大変感謝された。

ショートを利用する人が、利用日に入浴できない日があるなどということもなくなり、1泊2日の利用をする人が、両日入浴することも可能になった。

夜間入浴については、人員配置の都合上、毎日実施はできなかったが、しかし夜間入浴を希望する人は、ごく少数ということもあって、それらの方々の希望に沿って、曜日指定で夜間入浴支援ができるようにもなった。このことも大変喜ばれたが、そんな些細なことで喜ばれるというのは、それまでがいかに良くない生活環境であったかという意味にもなる。

ご存知のように特養の入浴については、指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準(平成十一年三月三十一日厚生省令第三十九号)で、「第十三条 2 指定介護老人福祉施設は、一週間に二回以上、適切な方法により、入所者を入浴させ、又は清しきしなければならない。」と定められており、週2回入浴支援できておれば法令上の違反とはならない。

しかしこの基準はあくまで、人の暮らしとして最低限保障しなければならない基準であって、サービスの質をこれ以上下げれば、「人の暮らし」とはいえない劣悪な環境であるという意味である。

つまり週2回の入浴しかできない暮らしは、人間として最低限の暮らしを担保するものでしかなく、十分なる質の暮らしとは言えないのである。

むしろ世間一般的な入浴習慣を考えると、週2回しか入浴できないことは、かなり質の悪い暮らしとさえ言える。僕の場合、毎日朝晩入浴している生活を何年も続けているので、そのような暮らしは耐えられない。

だから施設サービスを考える人は、この基準をクリアしているからよしとするのではなく、なんとか最低限の基準をクリアしているレベルでしかない自施設のサービスを、もっと利用者のために向上させないとならないと考えるべきである。

そう考えずに、現状を護ってさえいればよいとするのなら、自分自身が週2回しか風呂に入らない生活スタイルに切り替えて、自らそういう生活を続けなければならないと思う。

高齢者介護施設は、利用者にとっていろいろと頑張る場である。私たちならたいした運動量でもない活動でも、高齢で身体の様々な障害を抱えた人たちにとっては、大変な運動である。時には額に汗を流しながら、平行棒で歩行訓練をしている人もいる。

そんな人たちが、運動後も汗を流せず、入浴回数が週2回に限られているという状態を想像してほしい。それって普通といえるだろうか。

国は現在、日本の介護を海外輸出しようと考えている。しかしそうした国の基準が、週2回しか入浴できないという水準で良いのだろうか。それは恥ずべき基準といえるのではないだろうか。

そしてその基準さえ守っておれば良しとする事業者もまた、恥を知るべきではないのだろうか。

しかもこの基準が、とんでもないところに波及して、恐ろしい給付制限につながりつつある。それはかねてから僕が、「保険者の権限強化が図られている改正法案」などで懸念を示したいたことであり、その懸念が現実になりつつある。

明日の大阪府枚方市介護支援専門員連絡協議会・15周年記念講演でも、そのことは情報提供してきたいと思う。

詳しい内容については、週明けの月曜日更新の記事で紹介したうえで、そのあほらしさを糾弾してみたい。
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要介護2以下の特養への特例入所を機能させる通知改正


平成27年の介護保険制度改正では、特養の入所条件の厳格化として、入所対象者を原則要介護3以上とルール変更した。

しかしこのルールには例外があって、要介護1と2の対象者でも、一定の要件に該当する場合は、特例入所として、入所を認めることになっている。

その要件は以下のいずれかに該当する場合である。

・認知症で日常生活に支障をきたす行動や意思疎通の困難さが頻繁にみられる

・知的障害・精神障害などを伴い、日常生活に支障をきたす症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁にみられる

・深刻な虐待が疑われることなどにより、心身の安全・安心の確保が困難

・単身、あるいは同居家族が高齢、または病弱で支援が期待できない。かつ、地域での介護サービスや生活支援の供給が不十分


しかし市町村によっては、このルールがまったく機能していない状況がみられる。場合によっては、入所申込の段階で、要介護2以下であるという理由だけで申請を受け付けず、特例入所の検討もしていない施設も見られる。それは運営基準違反である。(参照:特養へ入所できる対象者の変更について

こうした不適切な申請不受理が行われている理由は二つあって、利用者確保に困っていない地域では、給付費単価が低い特例入所対象者を忌避する傾向があることと、そうでない場合は、そもそも特例入所ルールの理解が十分ンされておらず、特例入所を判断するシステムが機能していないということだろう。

そのような背景があり、特例入所すべき人の行き場所がなくなっているケースがみられることから、国は3月26日に、『指定介護老人福祉施設等の入所に関する指針について(平成 26 年老高発 1212 第1号厚生労働省老健局高齢者支援課長通知) 』を改正し、介護保険最新情報Vol.587で周知している。

それによると、特養の入所申請用紙に、特例入所の要件となる4点のいずれかに該当するかどうかを本人や家族が簡単に伝えられるチェックボックスを設けるよう要請している。チェックの付いた書類が帰ってきた際には、「申し込みを受け付けない取扱いは認めない」と明記。この場合は市町村と速やかに情報を共有し、その人の置かれた状況を客観的に捉えたうえで決めるよう求めた。なおチェックが無かったら各施設の判断に委ねるとも付記している。

特例入所のルール自体は変更されていないが、この通知改正により、特例入所というルールがより周知されやすくなったと言えるし、それに該当する人の申請がしやすくなったと言えるのではないだろうか。よって今後は、特例入所ルールを使った、要介護1と2の人の特養入所が増える可能性が高い。

どちらにしても、門前払いがなくなること自体は良いことだ。

しかし今この時期にこのような通知が出されたということは、要介護1と2の方々が、実際に門前払いをされているという事実があるからにほかならず、特例入所が機能していないという意味である。

特養の関係者ならば、要介護状態区分に関係なく、軽度認定者であっても事情により在宅生活が難しいケースがあることは十分わかっているはずだ。その時、特養の門が完全に閉ざされていれば、行き場のない高齢要介護者が制度の陰で、悲惨な状態になることも承知しているはずだ。そのことに特養関係者が真っ先に対策しようとせねばならないはずだ。

確かに要介護1と2の介護報酬単価は低く、そういう方々を受け入れるのを経営上の視点からためらうのも理解できるが、我々の職業は、まず第一に人の命と暮らしを護るべき使命があることを忘れてはならない。せっかく特例入所というルールがあるのだから、そのルールを活用して、制度の陰を払う努力をすべきなのに、光を指すことを拒む関係者がいることは大いに問題にすべきことである。

このようなルールを設けないと、特例入所のルールが徹底しないという点に関していえば、特養関係者は、大いに反省してほしいものである。
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地域交流スペースを活用しない手はない


特養などの居住系施設が新設される際に、多目的な活動に活用できる利用料無料の開放スペースとして、「地域交流スペース」を設置する施設が多い。

しかしその利用実態は千差万別で、地域住民の方々が全く利用していないどころか、その存在さえ知らないというケースも多い。そうした場合、そのスペースはまったく使われない空き部屋になっているか、いつの間にか荷物の置き場所となり、倉庫化している施設もある。

これは極めてもったいないことだ。そもそも多目的スペースにも、国などの建設補助金が使われているとしたら、それこそ無駄な費用で、財源不足を助長させていると言われかねない問題である。

地域交流スペースがあって、地域住民が無料で多目的に使えることをホームページで告知しているといっても、そもそもそのサイトのアクセス数が、1日一桁であっては、それは関係者しか見ていないという意味で、広報の意味はまったくないといっても過言ではない。広報を形骸化させるホームページは百害あって一利なしである。それはホーム管理者の自己満足でしかない。

場合によっては広報の方法をもっとアナログ化して、紙媒体で地域住民に伝える必要もある。

そもそも多目的利用の下駄を、地域住民に預けっぱなしでよいわけがない。むしろこうしたスペースで何ができるのかを施設側が提案することも必要だ。地域交流スペースを積極的に使っていただけるようにアイディアを示すべきなのである。

バザー会場や、作品展示会などとして利用するためには、利用する人だけではなく、そこに訪れる来場者にとっても敷居が高くてはならない。まずは施設側が、そのスペースに地域住民を招いて、施設側主催のイベントを行うなどの関わりが必要なのではないだろうか。会議場として使う場合は、会議に必要な設備も貸し出せるようにしておかないと、利便性は低いといわざるを得ない。

そしてできれば多目的スペースを、イベント的に使う場所という概念を飛び越えて、日常のサロン的な使い方ができ、毎日のようにそこに誰かが訪れて何かができるスペースにすることが大事である。

このことは単に、多目的スペースがあるからという意味ではなく、介護施設が地域包括ケアシステムの中で、住民が日常的に利用できる場所であると意識づけるためにも大事なことだ。それは介護施設が、住民の住み替え場所の選択肢の一つとして、広く認知される第一歩といえるし、ケア付き集合住宅としての品質管理のための、地域住民の目線を感じ取るためにも求められることである。

施設サービスの品質管理を考えるならば、実践水準は内部的に更新するとともに、外部情報が取り入れられて更新されなければならない。住民の目が施設内に常に存在するということは、常に外部情報が取り入れられる環境にあるということであり、そういう意味でも地域住民が日常的に施設を利用することはもっと推奨されるべきである。

地域によっては特養などの介護施設に空きベッドが生じている。そしてその理由が、利用者がいないというケースもある。そうであれば地域交流スペースを活用した地域住民との交流は、将来の顧客確保にもつながる条件の一つにもなり得る。

たくさんの地域住民が、なじみの場所として施設のスペースを使うことは、将来的に長く施設とかかわりを持ちたいという動機付けにもつながるだろう。つながりが存在する限り、そのつながりの幅は広がり、その長さは時間軸を超える長さになっていく可能性がある。

予測もしない輪がそこで生まれる可能性も含めて考えると、地域交流スペースという場所には、無限の可能性があるということになる。その活用の手段を、固定観念を取り払って考えていく必要があるのではないだろうか。

使われておらず、がらんどうと化した地域交流スペースを見るたびに、そんな思いがかずめるのである。
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特養の空きベッドについて


僕が始めて入職した特養は新設の施設で、昭和58年4月1日に開設であった。そこで僕は、当時生活指導員と呼称されていた相談援助業務に従事し、入所調整に関わった。その際、オープンから2週間で50床のベッドは満床となった。それでも待機者はなくならなかった。

介護保険制度が開始される前年の平成11年、その特養はベッド数を100床に増床したが、そのときもほぼ2週間で増設ベッドは埋まり、さらに待機者もまだいる状態だった。

しかし現在、特養の待機者は大幅に減っているだけではなく、空きベッドが出来るという事態が生じている。

みずほ情報総研が、6日に公表した調査結果では、特養の25%以上に空床が生じているとされている。

その詳細は、こちらのネットニュースから確認してほしいが、空床の状況には、大きく分けて二つの要因がある。

一つは利用者ニーズはあるのに、介護職員等のスタッフ不足から、利用者を受け入れられないために、定員までベッドを稼動できないという事業者側の理由である。

特にこの状況は都市部に多くみられる。僕は何度か、特養の職員向け研修として招待を受け、施設内でお話をさせていただく機会があるが、そういう施設の中でも都市部の特養では、スタッフ不足から一部のユニット(あるいはフロア)が開店休業状態の施設も複数あった。

一般入所は定員まで受け入れているが、ショートステイの対応ができないとして、ショート専用ベッドがあるのに、指定返上した施設もある。都市部を中心に人手不足は深刻な状況を招いている。

一方、都市部を除いた地方では、そもそも特養入所を希望する人がいないために、空きベッドが埋まらないという現象が起きている。その理由は、その地域ではすでに高齢化のピークが過ぎ、高齢者の数自体が減っているという場合もあるし、もっと便利な生活が送れる周辺年のサービス付き高齢者向け住宅などへの住み替えがすすんでいる場合もある。

このことに加えて、特養の入所基準が、原則要介護3以上となって、要介護1と要介護2の方が入所出来る、特例入所のルールも余り機能していない地域も多く、入所対象者が探せないという地域も多い。

前者の場合は、少ないスタッフに対応した利用者受け入れということで、収益上の問題はあまり生じないだろうと考える向きがあるが、費用対効果を下げることにもなり、事業経営リスクであることは間違いないし、後者の場合は、深刻な収入不足を招いて、事業経営そのものを危うくするかもしれない。

ただしこの状況は、今のところ、「極端な稼働率低下」にはつながっていないことが唯一の救いである。

今後報酬改定でも、施設サービス費は基本報酬のアップが見込めない状況で、介護職員処遇改善加算のみアップされるという中で、人件費率はさらに上がっていくことが考えられ、その他の加算算定と稼働率アップによる収益確保が命題となるために、スタッフの数と質はさらに求められてくるわけである。

そのような中で、スタッフ不足がベッド稼働率を下げている地域でも、きちんとスタッフが確保できて、ベッド稼働率の高い施設もある。

利用者確保が困難とされる地域の中で、人気が高くて待機者が多い施設もある。

特養を経営する事業者は、この違いについて何が原因で生じているのかを深く分析して、就職希望者と利用者に選択される法人体制を真剣に考え、組織改革していく必要がある。空きベッドが生ずる要因を、地域課題、施設の個別課題に分けて分析する必要もあるだろう。

ただし今後を予測すると、2025年に団塊の世代が後期高齢者となる中で、ますます介護需要は増え続ける中で、人手不足は深刻化するが、同時に政府は、病院ベッド(病床)数を115万〜119万床と、現在よりも16万〜20万床減らす目標を示しており、そこでは慢性期のベッド数が大幅に削減されるのだから、人手不足による空きベットはさらに増えるが、特養の入所希望者は増える可能性がある。この見極めも大事になる。

どちらにして指定されたベッドが稼動していない状況は、各地域の介護保険事業計画の達成に齟齬をきたすだけではなく、そこにかけられる補助金等の財源の無駄が生じているということになるのだから、財源不足が給付制限を招いている現状で、国としても、各法人・各自業者の問題として傍観しているわけには行かないのではないだろうか。

指定権者も、単に計画に応じた法人が手を挙げて認可するのではなく、職員を確保して定員を満たす利用者を受け入れてサービス提供が可能か、あるいは利用者の恒常的確保の目途が立つのかなどの判断が必要ではないのだろうか。

そういう意味では、事業指定のありかたの見直しという方向性が論じられても良いのではないのだろうか。

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受動喫煙防止の原案〜個室は規制対象外。


2020年の東京五輪・パラリンピックに向け、厚生労働省は1日、医療施設の「敷地内禁煙」などを盛り込んだ受動喫煙防止のための強化策の原案をまとめた。

それによると老人福祉施設は「屋内禁煙」とし、建物内の喫煙室の設置も認められないが、一人部屋(個室)については、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)といった施設の種類を問わず、規制の対象外とされている。

この問題は、『国民だけに痛みを求める政治は貧しい』でも取り上げたが、職員は仕事中に全面禁煙としても良いだろうが、利用者については喫煙者の権利も認め「分煙」として、喫煙場所を別に設けることでよいのではないか。受動喫煙の問題もそれで解決する。

しかし、建物内の喫煙室の設置も認めないとされた今回の決定で、多床室しかない特養等は、建物内で喫煙できないことになる。個室・ユニット型の特養なら、全室で喫煙可能なのに、従来型施設であれば、個室利用の方しか喫煙できないということになる。それとも多床室を利用している人は、喫煙するときだけ他の誰かが利用している個室で喫煙させてもらうというのだろうか。

この原案がそのままルールになると、現在喫煙コーナーを設けている個室のある介護施設は、その場所での喫煙も禁止され、個室で喫煙してもらうことになるんだろうか。きちんと分煙され、安全に喫煙が行われている施設では、今後、個室内での喫煙となることによって、火の取り扱いなどの見守り対応などの職員の手間は、喫煙室がなくなる分、今以上にかかることになる。それも何かおかしな話のような気がしてしょうがない。

そのことを考えると、「建物内の喫煙室の設置も認められない」という原則は、少なくとも居住系施設にはそぐわない原則ではないのだろうか。

喫煙される習慣のある方にとっては納得できないのではないか。

これが公民館などの一時的な利用施設なら、その方針も理解できるが、暮らしの場である高齢者施設の場合、利用者の喫煙機会を実質的に奪いかねないが、喫煙という行為は、そういう風に奪われても良い行為なのだろうか。非喫煙者である僕が考えても、それは行き過ぎた考え方のような気がする。どうして建物内の喫煙室の設置も認められないのだろう。分煙で十分じゃないか・・・。

何度の言うが、僕は非喫煙者だ。だから自分のことを考えて禁煙より分煙と主張しているわけではない。また喫煙者の4割、非喫煙者の9割以上が、受動喫煙に不快感を抱いていることも知っているし、僕自身も他人の吐き出す煙草の煙で、衣類に煙草臭がついたり、食べ物の味が分からなくなったりするのとは迷惑に感じることもある。

だからといって、それらの問題も分煙を徹底すれば解決する問題だ問い思え、高齢者の住まいにまで禁煙ルールを押し付けるのはどうかと思う。

そもそも特養で煙草を吸っている人は、その習慣を何十年も続けている人だ。それらに人たちが、国が新しいルールを定めたからといって、自分の居住スペースでは禁煙を強いられることに納得するだろうか。

納得しないといっても、今後は各施設の鬼のような厳しい管理者や相談員から、煙草を取り上げられるのかもしれない。少しかわいそうに思う。

というのも僕には、亡くなった父と母の喫煙に関する思い出があるからだ。

父は急死する数年前の数ケ月、医療機関に入院していた期間があった。当然入院中は喫煙禁止であり、入院患者であるから喫煙コーナーを利用することもできない。しかし当時、父の唯一の楽しみは、一服の煙草を吸うということだったので、付き添っていた母は、散歩と称して外に連れ出し、内緒で煙草を吸わせていた。

そのときの父は、本当においしそうに煙草を吸っていたそうである。その父も母も、すでにこの世に居ないが、そのことは僕の思い出として記憶されており、ほほえましく思える記憶になっている。

もしかしたら、そんなふうまでして父に煙草を吸わせなければ、父の寿命は数年延びた可能性があるのかもしれない。しかしそんなことにどんな意味があるのだろう。父はそのとき、母親に煙草を吸わせてもらったことを間違いなく感謝し、喜んでいることだろうと思う。それは父の人生にとって、意味深いことであったとさえ言ってよいと思う。

そんなことを考えると、今回国が一律の基準で、多床室の居住系施設利用者の、喫煙機会を奪うような施策は、あまりに乱暴すぎると思うのである。

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別れかたの配慮が、より必要な老健


僕は30年以上、特養で仕事をしていたので、同じ介護施設である老人保健施設がどのように運営されているのかを知る機会はなかった。

僕が以前勤めていた社会福祉法人の母体であった医療法人も、老健施設は経営していたし、そこは自分の庭のように何かあるたびに足を運んでいたが、老健の実務が理解できるほど深く関っていたわけではないので、内側のことはわからないことが多かった。

勿論、制度の中の老健の位置づけは十分理解していたし、特養と老健の違いや共通点などは、わかっていたつもりであるが、所詮それは老健を外側からした見たことがない立場での理解であり、老健の実務に就いてはじめて理解できることも多かった。

老健には老健の性格というものがあるということを、昨年の4月から徐々に理解しつつあるというのが僕の現状である。

例えば老健の在宅復帰機能と中間施設という性質について、外から感じるものと内側から感じるものは、若干の違いがあることを実感している。

それは僕だけの感覚かも知れないが、特養で働いていた際には、あまり感じなかった感覚がそこには存在している。そしてそのことによって、利用者の方々へのソーシャルワーカーとしての関わりの際に、特養とは別の「配慮」が必要だと痛感しているのが、現在の僕の心境である。

特養の場合は終生施設としての性格が全面で出されており、入所した方々が最期の瞬間まで安心して過ごすための関係性を築いて、それに向けて様々な暮らしの支援方法を考えればよかったが、老健が仮にターミナルケアを提供できる機能を持っていたとしても、それはあくまで状況に合わせた結果でしかなく、ターミナルケアで完結することを目的とした施設ではない。

老健は、あくまで在宅復帰が最大の目的であり、自宅に復帰しない場合でも、利用者が新たな居所へ移行することを前提にしている施設である。

よって老健利用者は、老健を生涯の居所とすることにはならず、老健で一定期間のリハビリを受けた後に、自宅もしくは特養やサ高住、グループホーム等の居所となる場所に移り住むことになっている。つまり在宅復帰機能を中核機能として持っている老健の中間施設としての役割は、自宅と医療機関の中間という概念から、新たなる居所と医療機関の中間施設へと変わりつつあり、それは地域包括ケアシステムが、心身の状況に応じた、「早めの住み替え」を前提としていることと、決して矛盾する概念ではなく、むしろ中間施設の概念は、地域包括ケアシステムの中では、さらに広くしてよい概念といえる。

しかしここで問題となるのは、すべての老健利用者の方々が、老健が終生施設ではなく、中間施設であると認識しているわけではないうことである。

在宅復帰老健の場合、最初から滞在期間を示して、それ以上の期間はいられないことを前提に入所を受け付けている場合もあるが、そうではない一般型老健だと、入所時点で中間施設であることの意味について説明を受けていたとしても、利用者の方が老健の中で暮らしを営むにしたがって、そこでずっと暮らせるものだと思い込んでしまう場合がある。環境に慣れ、職員との関係性が深まることで、別な場所に移動したくはないと思う人が多数おられる。それも人情であり、ある意味当然の感情であると思う。

いずれ退所する必要があると認識していたとしても、いざ他の居所に変わろうとする際に、そのことに否定的な感情を抱いたまま、老健を退所せざるを得ない人も居るということである。

そういう中で、ソーシャルワーカーは退所支援として、次の居所探しのお手伝いをするわけであるが、この際に、利用者の思いに鈍感となって、老健は一定期間の滞在の後に退所するのが当たり前であるという態度で利用者に接することで、心が傷つく人がいる。哀しむ人が居る。そのことに配慮しない退所支援はありえないし、話の持っていき方にも細心の注意が必要になるのである。

それは医療機関の入退所支援でも言えることであるが、法律やルールに基づいた退院であっても、そのことを機械的にこなすなら、この業務は何もソーシャルワーカーではなく、対人援助の専門知識を持たない事務担当職であっても良いわけである。

その業務が、対人援助の専門家に担わせているという意味は、人はルールの中で動く必要があっても、その際に一定の配慮をしないと、本当の意味での支援にはつながらないという意味である。

心を残して別れなければならない人への精神的支援はもちろんだが、同時に老健施設の中には、いずれここで暮らせなくなるという不安を持つ人がいて当たり前であるという視点から、そういう不安を持つ人に、どういう配慮が求められるのかということを常に考えていく必要があるのだろうと思う。

家族のもとに帰る可能性がなくなった人が、家族が特養入所申請をしたことで精神的に落ち込むことは、当然予測されなければならず、そうした時に、どんなふうに事実を伝えるのかということにマニュアルは存在しない。

ソーシャルワーカーの伝える力は、国語力が基盤になるが、そこに心というエッセンスが加わらないと、誰かの哀しみを見逃してしまう結果となる。

だからソーシャルワーカーの言葉には、魂を込めなければならないのである。

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生活施設での飲酒について


特養から老健に職場を変えて、一番感じる「相違点」は、老健のほうが圧倒的に規則・規制が多いという点である。

これはある意味やむを得ないことのように思う。それぞれの施設の成り立ちや目的、性格が異なるからである。

例えば酒や煙草は、老健では基本的に禁止しているところが多いそうである。(※正確なデータに基づいた見解ではないので、間違っているという意見があれば指摘していただきたい。)そのことにも根拠や理由があるといってよい。

老健の基準省令において規程されている基本方針には「看護、医学的管理の下における〜」という一文があり(特養の基準にはこの一文がない)、老健でサービスを受ける限り、その管理下での制限というものは存在して当然とも言える。

老健は基本的に在宅復帰を目指すために、機能回復を図ることを目的にしたリハビリテーションを実施する滞在施設であるのに対し、特養は生活施設であり、そこで一生涯暮らし続ける人もいるという点で、嗜好品についての考え方にも大きな差が出てくるのはやむを得ないところだろう。

以前僕が勤めていた特養の場合は、嗜好品に対するルールは比較的緩やかだった。煙草は喫煙場所の指定はあるものの、喫煙という行為そのものは禁止されていなかった。勿論、火の取り扱いができない人の制限はあったが、それは一般社会でも同じことだろう。

家族によるおやつの持ち込みも、食事制限のある方以外は、家族の良識に任されている状態で、問題があれば都度担当者職員からお話させていただくということで済んでいた。

おやつなどの食料品の持込について言えば、老健の場合、利用者間でおすそ分けしあうという問題があり、何らかの制限をしないと、栄養管理上の大きな問題になりかねないが、特養の場合も同じ状態がないとはいえないものの、重度介護者が多いという背景から、利用者同士で食べ物の交換を行うことができる人は限られていたので、職員が注意して居れば対応可能であったということもある。

お酒についても、僕自身ものん兵衛であることから、飲ませないことより、どうしたら飲むことが許されるかという方向で考えていた。そもそもそれが唯一の愉しみである人もいて、長年飲酒習慣を持っているのに、特養に入所するという理由だけで、その習慣を強制的に禁ずるのは問題だと考えていた。

アルコール中毒の既往歴がなく、特段禁酒しなければならない身体状況の人以外は、晩酌するのも自由だったし、施設側から日本酒やビールなどを提供する行事も毎月のようにあった。それで何かが問題となるようなこともなかった。

そんな特養においても、飲酒が許されるかどうか議論になったケースがある。

例えば糖尿病があるのに、お酒を飲んでよいのかという問題である。健康面を考えると当然、飲酒は駄目なわけである。しかし制限はストレスにもなる。その場合は、医師とも相談しながら、数値が悪化しないのであれば、○○〜程度なら良いのではないかなどと、できるだけ飲む機会を奪わないように考えたことも多い。ただし糖尿病の場合は、合併症で苦しむことは最悪の状態を招くので、飲酒以外のストレス解消法を模索することが多かった。何事もバランスである。

ショートステイの利用者で、朝からお酒を飲む人がいた。朝ごはんはほとんど食べず、日本酒をコップ一杯飲んで終わりという人である。この場合も、ずっと飲み続けているわけではなく、昼や夜はご飯も食べてくれるので、そういう生活を長年続けているのだから、ショートステイの期間だけ、そのことを許さないというのも意味がないように思えた。最終的には利用者ご本人の判断に任せたが、それで特段問題があったわけではなく、何年間かその状態でショート利用は継続していた。

どちらにしても特養の場合は、こうした問題は、利用者の判断力が衰えていない限り、施設側の決め事を強要するのではなく、リスク等の説明責任を果たした上での、利用者自身が判断するべきだろうと思う。

公衆道徳を守るということは当然なので、共同生活場所のルールは守ってもらう必要はあるが、集団生活ではないので、その言葉で、利用者が本来持つべき個人の権利を侵害する規制が許されるわけではないという視点も必要である。(参照:特養に集団生活の論理は通用しないぞ

バイスティックの7原則のひとつである、「自己決定」の尊重は、ここでも貫かれる必要がある。勿論、自己決定とは、すべてが許容される無制限なものではないので、制限を伴うものだという理解があって当然である。

同時に僕たちソーシャルワーカーには、できないことよりも、できることを探す専門家であり、制限する専門家ではなく、制限を緩やかにできないかを探る専門家であろうとする姿勢が求められるのだと思う。

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地域包括ケアシステムにおける介護保険施設の存在意義


地域包括ケアシステムとは、日常生活圏域で、急性期入院を除く医療・介護・予防・住まい・生活支援サービスという5つのサービスを、一体的かつ適切に利用できる提供体制を全国につくるというものである。

しかしその5つの要素がすべて日常生活圏域に存在するとは限らない。限界集落といわれる地域ではなくとも、地方の小さな町の日常生活圏域すべてにおいて、この5つの要素を一体的にサービス提供するのは至難の業である。

このため2013年3月に、地域包括ケアシステム研究会がまとめた「地域包括ケアシステムの構築における 今後の検討のための論点」では、地域包括ケアシステムについて、「地域包括ケアシステムでは、生活の基盤として必要な住まいが整備され、そのなかで高齢者本人の希望にかなった住まい方が確保されていることが前提になる」と解説している。

つまり高齢期になった場合、心身機能の衰えが考えられ、その場合には心身機能に応じた、「住み替え」によって、現在の状況に合った居所を確保し、そのあらたな「住まい」を基盤として医療・介護・予防・生活支援サービスが一体的・適切に提供される仕組みであるという意味になり、当初の5つの要素が横並びとされた概念うち、一番先に「住まい」の確保を優先して考えるシステムになっているのである。

このことは高齢者が必要とするサービスがすべて存在する日常圏域に住み替えるという意味にとどまらない。

地域包括ケアシステムといっても、そのシステムを構築した地域に住んでいれば、自動的にサービスが自らに向けて提供されるわけではなく、それらのサービスを一体的に適切に利用するためには、サービスを利用する側の能力も必要とされるという側面もある。

そうであれば判断能力の衰えた認知症の人などは、このシステムの中で適切なサービスを受けるために、インフォーマルもしくはフォーマルな支援を必要とする場合が多いということになる。勿論、支援チームにはアウトリーチの視点が求められるので、声なき声を拾い上げ、積極的に介入していくことも求められるが、支援ニーズのある人すべてを発見できるわけではないのだから、自分がいま住んでいる日常生活圏域の範囲内で、自らのニーズを代弁してくれる誰かのいる場所への住み替えという意味も含まれている。

そのことを示した概念が、「ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみな らず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制」というものである。

介護サービス関係者であれば、「地域包括ケアシステムとは何か?」という質問に対し、即座にこの概念を示すことができなければならない。そうでなければこのシステムの中で自分が何の役割を担い、何をすべきかが見えてこない恐れがある。

ところでこのシステムは、地域で創るシステムであるが、居宅サービスのみのシステムではなく、施設サービスをも含めた、地域全体のシステムであるという理解が必要だ。

よって介護施設は、このシステムの中でそれぞれ役割を持っており、その役割に沿ったサービスの質が求められてくる。場合によっては、現在の体質を変えなければ、地域包括ケアシステムの中に組み入れられない施設となり、消えてなくなるべき施設というレッテルを貼られる。

例えば特養の場合は、重介護者の暮らしの場として、住み替えの候補となるべき居所である必要がある。そうであれば特養がその住み替え先の一つとして選択されるためには、施設サービスという概念を飛び越えて、重度要介護高齢者の終末期を含めた暮らしを支える、ケア付き集合住宅としての機能が求められていくのは必然の結果である。

集団生活という言葉に代表されるような、施設側の価値観やルールを押し付ける旧態然の施設サービスでは、このシステムから退場しなければならない。(参照:特養に集団生活の論理は通用しないぞ

療養型老健を除く老健施設は、そのリハビリ機能を最大限に発揮し、身体機能を高めて地域で暮らし続けることを支援する施設機能をさらに求められるが、それは一度きりの機能ではなく、加齢とともに身体機能が衰えるたびに、何度も繰り返し利用して、身体機能の向上を図る施設である必要がある。それと同時に、最終的には回復不能の終末期にも対応できる施設としての多機能性が求められてくる。

つまり老健が地域包括ケアシステムの中で担うべき機能は、看護小規模多機能型居宅介護の施設版といった機能で、それを「大規模多機能型施設」と表現しても良いのかもしれない。

療養型老健と介護療養型医療施設(2018年度からさらに6年の経過措置で存続)及び、それに替わる「介護医療院」については、特養がカバーできるキャパを超えた重度医療対応者の暮らしを支える場所として存在することになるのだろう。これらの施設では、経管栄養の人が数多くなると思われるが、同時にリビングウイルの視点から、食事の経口摂取が出来なくなった場合にどうしたいのかという利用者本人の意思を、意思確認できる間に確認しておく運動を推進する拠点となっても良いのではないだろうか。

こうした機能を持った施設が、日常生活圏域の中に存在している中で、その他の介護サービスや医療サービス、生活支援が複合的に提供されるシステムが求められているのであり、そういう意味で、地域包括ケアシステムの完成形とは、居宅サービスと施設サービスの区分がなくなる体制のことであるともいえるわけである。

ひとついえることは、そのシステムの概念をあいまいなままにして、地域包括ケアシステムとは何かという質問に満足な回答をできない人が、地域包括ケアシステムをお題目のように唱えても意味がないということだ。

自分の所属事業だけの方法論も考えてもシステムにはならないということだ。

さらに言えば、自らが縦割りの対応しかできない人が、このシステムの中で多職種協働が必要だと語っても、何の説得力も持たないということだ。

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喜怒哀楽を包み込む場所


居住系施設のホームページなどに、「明るい笑顔があふれる施設」などという表記がされていることがある。

しかしそれは嘘だ。

そのような明るい笑顔ばかりがあふれている施設は存在しない。施設の中には、笑顔のほかにも、様々な感情が常に存在し続けている。だがそのことを恥じる必要もない。

居住系施設が、利用者の笑顔を追及し、すべての人が幸福に暮らせるようにサービスの質を高めようとすることは当然あってよいし、笑顔あふれる施設作りという理念を掲げることを否定する何ものもない。

しかし人の感情は様々だ。良かれと思って僕たちが対応した結果に、すべて肯定的な反応が返ってくるわけではない。それもごく自然なことである。

そのときに笑顔あふれる施設という看板やキャッチフレーズは、僕たちの目を曇らせるだけだろう。

笑顔以外の表情を作るときの、利用者の感情を見逃してはならない。そのためにはその感情を否定しないことである。自分の施設ではそのような負の感情を利用者に与えることはないなどと決め付けないことが大事だ。

目指すものが常に実在するわけではないし、ないものが実在するかのような表現は、顧客だけでなく、内部の職員にも間違った意識を植え付けかねない。

むしろ僕たちは、そこには様々な感情が存在し、笑顔の裏に隠された様々な感情が生まれ続けることを常に意識すべきである。

僕たちがどんなに暮らしやすい施設にしようと努力したとしても、複数の人間が暮らしている場所には、そこに暮らす人々の負の感情が必ず交差している。それは喜怒哀楽の感情を持つ人としてごく当たり前のことだ。人はいつも笑って過ごすわけではないのだから・・・。

こんなに頑張って、こんなにいいケアを提供しているのだから、きっと利用者みんなが満足しているだろうというような考え方が一番良くない。そうした考えは、利用者の感情変化に鈍感となり、利用者が今感じていることと意識のずれを生じさせる。

そのことは利用者への関心が薄れるということと同じ意味である。それがなぜ恐いかといえば、利用者の負の感情を見逃す先に、必要なケアの放棄という状態が作り出しかねないからである。

お正月の居住系施設には、たくさんの利用者の暮らしがある。

そこは恵まれた環境で、行き届いたケアサービスが提供され、おせち料理を始めとした豪華でおいしい食事が連日のように提供されているのかもしれない。職員は誠心誠意の心で接しているのかもしれない。

しかし同時にそこには、自分の家で新年を迎えられない人の悲しみやあきらめがあるかもしれない。面会に来ない家族に対する憤りがあるかもしれない。周囲にたくさんの人々がいたとしても、身内が一人も居ない孤独に打ちひしがれている人がいるかもしれない。

笑顔の裏側に隠された慟哭があるのかもしれないのだ。

僕たちはそうした心の機微を常に意識して、その心にそっと寄り添う気持ちを忘れない人であるべきだと思う。

僕たちがそのときに、すべてのさびしい人々の心の拠りどころになるなんてことはできないし、すべての哀しさを優しさで包み込むこともできない。自分はさほど偉大な存在ではない。

しかしさびしい気持ち、哀しい心、怒りの感情、あきらめの思いを持つ人々の心のありようを想像し、その思いを受け止めて、その思いに共感することはできるだろう。そのときにはじめて、様々な思いを持った人が求めるものが、少しだけ理解できるのではないだろうか。

居住系施設のサービスとは、幸せと笑顔を押し売りすることではなく、人の喜怒哀楽を包み込んで、受容し、そういう思いを持つ人々を思い続けることである。

笑顔を作るより先に、悲しい人やさびしい人を愛することである。その先は僕たちがつくるのではなく、僕たちが寄り添う人々が自らつくりだすのだ。

路傍に咲くあかい花は、ただそこに美しく咲こうとするだけで、決して誰かに何かを与えようとしているわけではない・・・。

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地域包括ケアシステムにおける老健の役割


老人保健施設は、要介護老人の心身の自立を支援し、家庭への復帰を目指す施設として、1986年 11月の老人保健法改正により創設された。

法の精神と目的に沿った老健の機能とは、疾病等の急性期治療を終え在宅復帰するために入所した利用者に対し、個別リハビリテーションを含んだ医学的・治療的リハビリーテーションエクササイズを中心にサービス提供して、身体機能の改善を目指すことである。その結果として在宅復帰の目的が遂げられることを目指すものだ。

この機能と目的に着目した表現として、老健は「中間施設」と呼ばれることも多い。つまり本来の中間施設とは、医療機関と自宅の中間という意味であった。

2000年に介護保険法が施行されたことにより、老健も介護保険法の中に、介護老人保健施設として位置づけられるようになったが、その機能自体は変えられなかった。

しかしこの頃から、老健の中間施設機能に変化が見られ、医療機関と自宅をつなぐ施設というより、特養入所の待機施設という色合いも濃くなり、在宅復帰率の低下と入所期間の長期化が問題となり始めた。

2002年に老健局長に就任した中村秀一氏は、戦後初めて診療報酬をマイナス改定とするなど、豪腕といわれた人であり、後に「地域包括ケアシステム」の教科書的役割を担う「2015年の高齢者介護」を作った人であるが、その中村氏が就任直後に、「在宅復帰機能のない老健は看板を下ろせ」と老健批判の狼煙を上げ、2003年報酬改訂では、老健から訪問リハビリが派遣できるようにして在宅復帰支援機能を強化した。

それは2006年の報酬改定時の試行的退所とか、在宅復帰率の実績加算の新設につながっていった。

その後、医療及び介護療養病床の廃止論議の中で、廃止後の入院患者及び利用者の受け皿としての転換先として、老健が考えられるようになり、療養型老健が創設されるなど、長期療養する老健施設も生まれた。

さらに地域包括ケアシステムは、「ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみならず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制」(平成25年3月地域包括ケアシステム研究会)と定義づけされ、要介護高齢者の暮らしの場の多様化が求められてきたことから、老健が特養や、グループホーム、サ高住等へつなぐ間のリハビリ施設としての役割も否定されなくなった。

そうした中で老健は大別して、療養型、一般型、在宅復帰強化型という分類化がされていったが、そこでは同時にターミナルケアの役割も期待されるようになり、2015年の介護報酬改定時に示された資料(改定の要点)では、「老健でのターミナルケア・看取りは、利用者の長期間の在宅療養支援の結果として行われるものであり、このような観点からターミナルケア・看取りを評価。」と解説されている。

つまり老健の在宅復帰機能とターミナルケアの機能は、相反する機能ではなく、在宅復帰を目指す先に、高齢期の終末をも支える機能を併せ持つという意味で、両者は矛盾しないと考える必要があるのだ。

具体的に言えば、在宅復帰した人に対しては、老健からの訪問リハビリなどで、退所後のフォローを行いながら身体機能維持に努めるが、加齢とともに身体機能を維持できなくなるケースも多く、そのために一定期間自宅等で過ごした後に老健に再入所し、再び在宅復帰を目指すというケースが増えてくる。こうした利用を複数回繰り返すことで、ずっと施設入所したまままではなく、一定期間は自宅等で過ごすことができる人がいる。そしてそれらの人が老衰などで回復不能な終末期になった時点で、なじみの職員がいる老健で終末期を過ごすことを求め、老健に入所してターミナルケアを受けるというケースが考えられる。

このように老健で行われるターミナルケアは、老健で過ごしている人がそこで身体状況が変化して終末期を迎えるというケースにととまらず、何度か老健を利用しながら在宅で生活していた利用者が、自宅等で終末期の状態になり、その対応が自宅等では難しいことを理由にして、ターミナルケアを受けることを目的に、老健に入所するというケースがあるということだ。

特養の看取り介護では、このようなケースはほとんど見られない。そういう意味では、老健のターミナルケアとは、住み慣れた地域で暮らし続ける取り組みを行った結果、最終的に安心・安楽の場所として選択されるという意味で、それは地域包括ケアシステムの中で求められる重要な役割といえるのではないだろうか。

そう考えると、地域包括ケアシステムの中での老健の役割とは、在宅復帰を目的とした施設内のリハビリテーション機能だけではなく、要介護高齢者が住みなれた地域に戻った後の、利用者の居所における訪問リハビリテーション機能を併せ持つと同時に、最終的には加齢等の理由で回復不能になった場合であっても、最期まできちんと対応できるターミナルケア機能を持つことが求められているといえよう。

来るべき2017年には、こうした老健の機能強化が課題となり、ターミナルケアができる老健が、より一層求められるであろう。
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安住の棲家に、在宅復帰理念は必要なのか


特養の基準省令(厚生省令第三十九号)では、(基本方針)として第一条の二に、「指定介護老人福祉施設は、施設サービス計画に基づき、可能な限り、居宅における生活への復帰を念頭に置いて〜。(以下略)」と、在宅復帰を念頭に置く義務が定めている。

このことを否定するつもりはないが、特養は仮住まいで、自宅こそがその人にとっての心のやすらぐ居所であると考える必要もないだろう。

地域包括ケアシステムの中で、特養が重度要介護者の住み替え場所のひとつとして選択され、そこでは看取り介護の機能を併せ持つ終生施設としても期待される現状を考えた場合、そこで住みつづけることが出来るように、品質の高いケアサービスを提供するという考え方があっても良いだろう。

誰しも自分の住み慣れた自宅で生活を続けたいと考えるのは当然である。しかし地域包括ケアシステム研究会が2013年3月にまとめた報告書では、地域包括ケアシステムの定義を「ニーズに応じた住宅が提供されることを基本とした上で、生活上の安全・安心・健康を確保するために、医療や介護のみな らず、福祉サービスを含めた様々な生活支援サービスが日常生活の場(日常 生活圏域)で適切に提供できるような地域での体制」としているように、人類がかつて経験したことがない超高齢社会において、心身の状態に応じた住み替えは、ニーズに沿った住宅の確保という意味なのであり、それはサ高住だけではなく、グループホームや特養など、広く考えられて良いものなのである。

いやそれは、広く考えられなければならないものだ、といえるのかもしれない。そうしないと真のニーズに応じられない可能性があるからだ。

住み替える人にとって、住み替えは勇気がいることだし、本位でない場合もあるだろう。高齢者になればなるほど、その思いは強いだろう。

そうであるからこそ、特養に入所するケースでは、利用者の意に沿わない形で、家族が説得して、(あるいは説得もせず無理やりという形で)利用者本人が納得しないまま入所するというケースも少なくない。

そのとき僕たちは、「ここは家より、ずっと良い場所です」とアピールすべきだろうか?僕はそうは思わない。僕たちがいくら頑張っても、清潔な環境と暖かいお部屋で、おいしい食事や希望に沿う介護を提供したとしても、古くて寒いお家であっても、住みなれた家で家族に囲まれて暮らすことに勝るものはないと考える人がいて当然である。

そうであれば、「ここはお家にかなわないし、僕たちは家族になれないけれど、住んでみたら満更ではないと思えるようにお手伝いしますから、なんとか暮らしてみてくれませんか」という思いを持って、そうであってもいつかは、ここで暮らし続けたいと思えるように、「入所したいとは思わなかったが、入所した後は、住んでみたら、もうここから別の場所には行きたくない。」と思ってもらえるように、僕たち自身が知識を高め、技術を磨いて、ニーズに沿った高品質サービスを作り上げていくだけである。

その結果が、たまたま自宅に戻ることであっても良いが、常に「居宅における生活への復帰を念頭に置いて」考えて何かを行うことが、人の幸せに結び付くということでもあるまい。

今ここで笑顔になってもらえるために何をすべきか、ここでの暮らしが快適に思えるように、何が必要かを考えることこそが僕たちに求められており、僕たちにできることであって、特養という場所で、旅立ちの日まで過ごすことを目標にしたって、それは決して罪なことではないはずだ。

原則要介護3以上が入所基準となった現在、特養に入所する人たちの多くは、要介護3に区分される状態が固定化し、多くの方が身体機能上は回復困難で、徐々に衰えていく人たちである。その中には、家族介護の限界点に達して、最終的なセーフティネットの役割として特養に居所を求めてくる人たちがいる。

80歳代の人のインフォーマルな支援者も50歳代である。その人たちに十分なる愛があったとしても、それらの人も高齢者とともに老いていくわけである。

そうした人たちにとって、特養の介護の目的が在宅復帰であることは重荷にならないのだろうか。生活施設とか、暮らしの場とか表現される特養の在宅復帰機能は、目標ではなく結果であってよいし、それも、たまたまの結果であって何が悪いのだろうか。

そもそも特養が、利用者にとってのあらたな自宅になって何が悪いのだろう。

特養からの在宅復帰率が低いことを批判する人々は、そこにどんな問題があると考えているのだろう。

努力していないから在宅復帰が進まないのではなく、人が幸せに住むための、不断の努力をしている結果が、元の自宅を恋しく思わなくて良い暮らしにつながっているということに、考えが及ばないのはなぜだろう。

介護保険制度は、官僚や学者が考えて創り、直し続けているが、官僚や学者が考えて実現した安住の棲家など、この世のどこに存在しているというのだろうか。

※明日は博多で見逃せない講演があります。
リーガルソーシャルワークチーム篠木ゼミ特別講演会
博多近くの、医療・福祉・介護関係者の皆さま、リーガルソーシャルワークを見逃さないでください。
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利用者確保に困り始めた特養


インターネットを酷使して情報を得ることのできる社会では、最新の情報をリアルタイムで得ることが難しくなくなっている。

そういう意味では、情報を得ることに関する「地域差」は存在しなくなったといってよく、中央官庁の情報も、地方に住む一個人が素早く手に入れることができる時代になったといえるだろう。

しかしそのような時代であっても、手に入れることができるのは、ネット上の文字や数値であって、その文字や数値の周辺に存在している、「空気」までは手に入れることはできない。

それは直接、その場面に存在する誰かが感じるもので、その感じたものを得るためには、人と直接やり取りしないとならない。それが極めて重要であったりする。特養を巡るこのところの変化も、担当者が現場で肌で感じているが、表立ってはいない情報である。

このところ僕は、北海道を本拠にしながら、週末は大阪を中心に、東京・仙台・福岡・岡山等を回りながら、そこで全国各地の介護関係者の方々とお会いしているが、その中に特養の入所担当業務を行っている人がいる場合、直接尋ねることがある。

それは、「利用者確保に困っていませんか?」ということだ。

それはつい最近までありえない質問だった。特養はどこであっても満床であることに加え、数多くの待機者を抱えているのが当たり前であったからだ。しかし「既に存在している空き箱(その1)」でも指摘しているように、特養の「実質待機者」が居なくなり、空きベッドが埋まらないという状況は、一地域・一施設の問題ではなく、全国的な問題へと広がりを見せているのである。

その実態を数値としてではなく、入所担当者の実感として知りたいというのが、僕の質問の意味である。そこでわかることは、特養待機者は地域を問わずに確実に減少しており、利用者の新規確保は、思った以上に困難になっていると感じている相談援助職員が多いということだ。しかもその状況は、この1年〜半年の間に、急激に変化しているといってよいものだ。

それは特養の入所要件が厳格化されて、原則要介護状態区分3以上の人を対象としたルール変更の影響だけではなく、要介護高齢者の自宅以外の場所への「住み替え」の選択肢が多様化し、年金で支払える額であれば住む場所の種類は問わないという人が増え、それに対応して、介護サービスをセットで考えても、特養の費用とそう変わらない額で暮らすことができる居所が増えているという意味である。新設サ高住の空き部屋が埋まらないために、ダンピングするサ高住があることも影響している。

同時にその中には、介護が必要な状態になっても、自分が望む暮らしをしたいと考え、そのためにはお金がかかっても自分の希望が聞き入れられる場所を望んだ結果、特養以外の居所を選択する人もいることを意味している。場合によっては、より暮らしやすい場所を求めて、特養から別の特養への住み替えというケースも見られている。それはまさに待機者がいないから可能になる選択方法ともいえる。

どちらにしても、特養が何もしなくとも利用者確保に困らない時代ではなくなっているのである。そのために入所担当の相談員のルーチンワークに、地域への営業周りが当たり前に考えられるようになっている地域がある。(※ただしこういう業務を相談員に押し付けている法人は、生き残っていけない法人になると思う。これからの法人経営を考えると利用者確保は、事業所単位ではなく、法人単位で行う必要があるからだ。そのことは別の機会に論じよう。)

しかし僕はこのことを否定的に考える必要は無いと思う。少なくとも高齢期の居所の選択肢が広がるということは、国民にとって、地域住民にとって悪いことではない。

勿論、介護施設サービスを主力に、事業経営する法人とって、そのことは重大な問題であり、利用者確保ができなければ即、経営困難に繋がるものだ。そうであるならば、利用者に選択される特養にしていく努力が求められる。良い施設サービスだけ残って、サービス水準の低い施設がなくなることは、むしろ健全といえるのである。

利用者本位という言葉が建前でしかなく、サービスの品質意識も無く、顧客に対するホスピタリティなどどこ吹く風で、職員対応は個人の資質任せで、顧客に対してタメ口で接することが当たり前という特養は、つぶれて当然である。なくなってよい施設である。

サービスの質の関係なく、何をしても、何をしなくても一緒で、開設さえできれば利用者確保に困らないという状況の方がどうかしているのである。利用者の生活の質というものに対する意識の無い特養は、暮らしの場としての存在意義が無いのである。暮らしの場であれば、看取り介護ができないなんていっている特養も、そろそろ業界から退場してもらっても良いのである。

よって今後の特養経営には、本当の意味でのサービスの品質管理が不可欠になる。

ホームページやパンフレットで、いくら美辞麗句を並べて宣伝しても、実質が伴わない特養は消滅していくだろう。

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在宅強化型老健のやばい実態


僕は全国老施協の会員施設の勤務が長かったので、老施協関係者の方の知り合いは多く、全国各地の老施協研修講師としても声がかかる機会は多かった。しかしかねてより老健協会の研修会にも講師として呼ばれる機会はあり、千葉県や宮崎県の老健協会のように、繰り返しお声をかけていただいているところもある。

そんな僕が、4月から老健で勤務するようになったのであるが、北海道の老健協とはあまりつながりがなく、道内での老健協研修会には参加したことがない。そんななか、昨日は遠く南の、鹿児島老健協の方から声をかけていただき、来年3月鹿児島県老人保健施設大会で講演を行うことになった。(参照:masaの講演予定)。

老健の関係者の方々とつながりができるのは、今の僕にとっては貴重な機会である。ということで今後は、このブログでも老健の話題が増えるかもしれない。さて本題。

介護老人保健施設(以下、老健と略する)は、厚生省令第四十号の(基本方針)第一条の二で「〜その者の居宅における生活への復帰を目指すものでなければならない。」と定められているように、在宅復帰機能を持つべき施設である。

その在宅復帰機能をさらに高めるために、在宅復帰率やベッド回転率が一定条件を上回ることで加算算定できたり、より高い報酬を算定できたりする仕組みも取り入れている。このため現在の老健は、一般型老健・在宅復帰加算型老健・在宅復帰強化型老健という区分もできるのである。

しかしその老健の在宅復帰機能にも「ゆがみ」が見えたりする。

本来それは、リハビリテーションの機能レベルをきちんと担保し、その目的に沿ったサービス提供の結果、在宅復帰に繋がるものであるが、ベッド回転率と在宅復帰率を一定割合以上に保ち、「高い報酬を算定する」ということ自体を目的化して、あらかじめ入所期間を1月〜3月などと定めて、入所契約を結んでいる施設がある。

特に在宅復帰強化型老健の場合、報酬単価自体が高く設定されており、在宅復帰率やベッド回転率が算定要件を下回ると、その報酬を算定できなくなるために、そうならないようにあらかじめ在宅復帰を条件に、入所期間を定めている場合がある。

そしてそのような老健では、相談援助業務が、体のよい追い出し業務になっている場合がある。

しかしこのことは厳密に言えば運営基準違反である。

なぜなら次のQ&Aは、すべての介護施設に適用されるもので、在宅復帰強化型老健だとて例外ではないからである。

平成12年介護報酬Q&A Vol.1 【短期入所生活介護、短期入所療養介護】 「短期入所」と「施設入所」の違い

Q. 短期入所的な施設サービスの利用について、短期入所サービスとして行う場合と施設サービスとして行う場合の明確な基準はあるか。

A. 短期入所サービスについては、その運営に関する基準において「サービスの内容及びその利用期間等について利用申込者の同意を得なければならない」とされており、あらかじめ利用期間(退所日)を定めて入所するという前提がある。  したがって、あらかじめ退所日を決めて入所する場合、そのサービスは短期入所サービスであり、このようなサービス利用を「施設入所」とみなすことは、短期入所の利用日数に一定の限度を設けた趣旨を没却する結果につながるため、認められないものである。


このようなQ&Aがあるのも関わらず、期間を制限した利用を常態化していることは、明らかな運営基準違反であり、入所期間を定めた契約は、いくら重要事項として説明・同意を得ているといっても、それは法令上許されない無効契約ということになる。

ただしこのことはなかなか表面化しない。契約書自体に期間を定める旨を書いていない場合が多く、口頭で約束させられている場合がほとんどだからである。よって指導対象になっているケースもほとんどない。

だからといって、この状態を放置しておいてよいのだろうか。しかしいずれこの取り扱いは大きなしっぺ返しを食らうことにつながりかねない。

在宅強化型老健は、24年の報酬改定時に制度上位置づけられた新しい形の老健であり、老健の本来機能を発揮して中間施設としての機能を高める狙いがあった。しかしその後の3年間でその形の老健は思ったほど増えなかった。

それは在宅強化型老健が、既存型老健よりも収益率が低かったからである。その理由は在宅復帰を支援する専門職(訪問リハのセラピストなど)を数多く配置することによって、人件費がかさむことと、ベッド回転率と在宅復帰率を高めるために、ベッド稼働率が下がることにより収入自体が減ったことであった。

このため前回の報酬改定では、施設サービス費が件並み減額される中で、このタイプの老健は基本報酬が上げられている。それはこの老健をもっと増やしたいという意図が、国側にあるからであり、その意味は、老健のリハビリ機能を強化して、在宅に復帰できる人を増やすというアウトカムを求めているからである。

そうであるにも関わらず、アウトカムと関係なく、期間を定めた入所契約で、この高い報酬を算定している施設があることの実態が明らかになったとき、老健に対する縛りがさらに厳しくなることは容易に予測できる。

それは自らの首を絞めている状態ともいえるわけである。

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老健と特養の時間の流れ方の違い


現在勤めている老健と、それまで勤めていた特養の業務を比較すると、老健の業務の流れは、スピード感が求められると実感している。

特養に入所してくる人は、「新しい暮らしの場」を求めている場合が多く(※本人が求めるのではなく、家族が求めている場合が多いが)、終生施設として、いったん入所された方は、お亡くなりになるまで、特養に暮らし続けることになる場合がほとんどだ。必然的に、入退所は頻繁ではなく、月に2〜3ケースもあるかないかで、それなりに忙しい入退所支援業務も、どこかゆったりした流れの中で行われている。

しかし老健はそうではない。老健の基本機能は在宅復帰施設であり、医療機関と利用者の居宅の間に位置する「中間施設」として誕生した。地域包括ケアシステムの中では、利用者の地域での住まいは、元の自宅に限らず、介護施設を含めた居住系施設や、サ高住も含まれてきているために、中間施設としての役割は、医療機関と、それ他の多様化する住まいとの間に位置するという意味に変化してきているが、どちらにしてもリハビリテーションサービスを提供して、次の居所選びを行う場所としての機能が中心になっている。

そのため入退所は月単位ではなく、週単位で考えねばならず、毎日のように入退所支援業務がある。そのためゆったり構えている暇はないという感じである。

しかも利用者が他の医療機関に入院する場合の取り扱いがまったく異なる。

特養の場合、入院者が出ても、基本的にベッドを空けておき(ショート空床利用として使うことは可能)、3月間は利用者の籍を置いたままで、それ以内の退院は、即利用再開となる。その際は再入所ではなく、継続入所状態だから、再契約も必要ない。

そのため急な入院が出たとしても、入院準備に忙しさを感じても、いったん入院してしまった後は、退院が決まるまで何かアクションをする必要が、とりあえずはない。

しかし老健はそうはいかない。入院=退所であるから、退所手続きとともに、その退所の補充の入所支援を行う必要があるし、入院のために退所した人が、医療機関から退院する場合には、再入所手続きを行わねばならないから、その支援を退所直後から行わねばならないことになる。

だから予測していない急な入院が発生すれば大変なことになることが多いが、この予想外の入院=退所が、結構日常的だから大変である。

例えば、その日の午前中に入所相談がある場合で、待機者がいない状態である場合も、居室に空きがないと待機となるので、すぐに施設入所したい希望者についてはお断りせざるを得ないということになる。それなのに、午後から急な入院が発生して、入所できるベッドができても、待機者がいないことで、午前中にお断りしたケースの方に連絡を入れて入所を打診するという可能性もあったりして、予測のつかない状況でバタバタ動かねばならないことが実に多い。

それに加えての日常業務が、これでもかこれでもかと押し寄せてくるのだから、一日があっという間で、朝仕事を始めて気が付いたら退勤時間だということが実に多い。まあ、そんな忙しさを楽しんではいる。

当施設は、100人定員のうち、半分の50床が認知症専門棟であるために、在宅復帰加算を摂れる施設ではないが、これが在宅復帰型老健や加算型老健ならば、もっと速い流れの中で動いているのだろうと想像すると、介護保険施設と一言で表現したとしても、それぞれの施設種別ごとに様々な特徴があるのだなあと感心したり、驚いたりしている。

ところでそのような特徴を持つ老健施設であるが、もうひとつ特養との違いは、看護職員は数多く配置され、看護職員が毎日夜勤を行っているということである。当施設で言えば、毎日介護職員が4人、看護職員が1人夜勤をしている。

そのために胃瘻などの経管栄養の対応も可能で、そのキャパも結構ある状態だ。にもかかわらず、ターミナルケアを行っていない。ターミナル状態の方は、系列の医療機関に転院して看取ることになるそうだ。

しかしそれはもったいのないことだ。職員はターミナルケアに関わり、そこでうまれる様々なエピソードに触れることで、介護という職業の使命感を持つことができ、介護職に携わることに誇りを持つことができる。それが就業意欲のアップにもつながり、介護職員の定着率のアップにもつながることは、僕の過去の経験則からも明らかである。(参照:地域包括ケアシステムの中での老健の機能を考える

そのために何とか、この施設でもターミナルケアに取り組めないかと思案中である。

とくに来年10月、この施設は母体法人の敷地内に新築移設し、渡り廊下で母体法人ともつながる予定なので、医療支援もよりスムースにおこなわれる体制になるだろう。

そういう状況もあるのだから、近い将来何とかターミナルケアを実施す体と思う職員が増えるように、何か企んでいきたいと思ったりしている。

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哀しみや苦しみが存在する場所


高齢者介護施設には、様々な哀しみや苦しみが存在する。その場所に、たくさんの笑顔が生まれるように、僕たちがいくら努力を続けてようも、いくつかの哀しみや苦しみが存在するということは、まぎれもない事実である。

僕たちがその場所で、どんなに豊かな暮らしを創ろうと努力したとしても、介護施設の中の哀しみや苦しみが全て消え去ることはないのかもしれない。なぜならば、感情を持つ人間が、いつも楽しい感情だけをもって過ごすことはありえないからだ。

僕たちが日常的に、哀しい思いや、苦しい思いを持つのと同様に、どんなに僕たちが努力しようと、介護施設の中でうごめく様々な感情の中には、僕たちに推し量ることができないつらい思いもあるのだろう。

そういう事実から目を背けてはいけない。その現実を見て見ぬふりをして、自らの職場である介護施設の中には、喜びの感情だけが存在するかのように捉えてしまっては、そこは幻想空間でしかなくなり、誰か第三者の感情に鈍感となり、見えない涙を見逃してしまうだろう。

昼間、僕が話しかけると一瞬おびえるような表情をした後に、はにかんだような笑顔を見せてくれる○○さんは、失語症で言葉を発することができない。脳血管障害の後遺症で、右片麻痺があって利き腕が動かせない状態だ。それでも決して日中、つらそうな表情を僕たちに見せることはなく、笑顔で応じてくださる方だ。

そんな○○さんが、夕方人の居なくなった暗い談話コーナーで、一人机に向かっていた。帰りが遅くなった僕が、その姿をみかけて、ご挨拶の声をかけようとしたとき、彼女が机に突っ伏すように、声なき状態で泣いているのがわかった。

何か大きなトラブルがあったとは聞いていないし、周囲の様子にも異常な状態は見られない。それなのに、しずしずと流れる涙の中に沈んでいる○○さんがそこにいた。

その時僕は、声を変えようとしたが、思い直してしばらくそっと見つめることにした。

人知れず涙を流す人がいたときに、声をかけるだけがやさしさではなく、そっと見守り、泣きたいだけ泣かせてあげるほうがよいかもしれないと思い直したからだ。

人に見られたくない涙もあるかもしれないと思い直したからだ。

やがてひとしきり泣いたあと、○○さんは車椅子を操作して、お部屋の方向に向かっていった。

思わぬ病気に見舞われ、その後遺症で利き腕のある半身が麻痺し、言葉も出なくなって、思いさえ十分伝えられないというもどかしさ。そうした状態で、不自由な生活を送る身になった不幸・・・。そうした様々な思いが、○○さんの頭の中を駆け巡って、日が沈んだ後の寂しさとあいまって、一人涙を流していたのではないだどうか。

そんなときには、どんな言葉もわずらわしいだけで、癒しにはならないだろう。ひとしきり泣き続ける時間があることのほうが、心の痛みを和らげてくれるのではないだろうか。

僕たちはただ、その人たちの深い悲しみや、人知れない哀しみを知ることで、いつかその傷が癒される日が来ることを祈るのみである。そういう日がいつか訪れるためには何が必要かを考えて、今いる場所でできることを探し続けるのみである。

人知れず涙を流す人たちが、僕たちに笑顔で応じてくれることに思いを馳せ、その笑顔に応えられる暮らしを作ろうと努力し続けることだけしか、僕たちにはできない。

そんな時、心に深い哀しみを抱えている人生の先輩に向かって、タメ口で話しかけることなど僕にはできない。深い心の傷を、僕たちの何気ない言葉でえぐらないように、真摯に丁寧に語りかけることしか僕にはできない。

笑顔の向こう側にある、見えない涙を見逃さないように、丁寧に暖かく語り掛けることしか僕にはできない。

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