僕は満55歳を迎える年の3月末に、社会福祉法人の総合施設長という職を辞した。
社福のトップという地位をその年で捨てるのは勿体ないと云われることが多かったが、その社福の母体は特定医療法人であり、僕の立場は母体法人の下部組織の総合施設長であった。
つまりそれはあくまで組織の一員という立場であり、独立経営者ではなかった。
そんなふうに組織人として長く生きてきた。それはある意味、気楽な立場でもあった。社会がどのような変化を起こそうとも、給料表に基づいて年々確実に昇給していく。社福という一つの組織のトップに立ってしまった僕は出世争いとも無縁で、定年(※当時の法人規定では60歳)まで毎年引き上げられる安定した給料と賞与を受け取ることができるはずだった。
だがそのような暮らしに飽きて、もっと自由に生きる術はないかと大それたことを考え始めたのが50歳を過ぎてからである。社福のトップとはいえ、その上に母体法人があり、そのトップから理不尽な要求をされても受け入れねばならない立場にうんざりもしていた。
そして数年かけて準備を進め、退職後の目途も立ったので、長く勤めていた法人に希望退職を願い出た。強い引き留めはあったが、それで考え方を変えることがないほど当時の決心は硬かった。
だが退職した直後に別の組織からの誘いがあり、そこでは副業としてフリーランス活動も認めると保障されたので、他の分野の勉強もかねて1年間だけそこに就職した。その組織も56歳になる年の5月末で退職した。
その後、たまたま雑文を書いたり講演を行うことで収入を得たりできたため、組織に属さなくても何とかなるだろうと思いながら、あまり深く考えずにフリーランスという立場で活動を続けるようになった。

しかし世の中とは思い通りにいかないもので、フリーランスとして本格的な活動を始めてすぐにコロナ禍が始まった。
組織に属さない者にとって、それは未曽有の逆風といっても良いもので、場合によっては無収入となるような危機にも見舞われた。
その際には国が急遽支給を決めた持続化給付金に救われたり、リモート化が一気に進んだことで、逆にオンライン業務の受注が増えて収入に繋がったりするなどの運にも恵まれた。
そうした幸運の基盤になっているのは人の縁である。サラリーマン時代に培った様々なご縁が今の僕を支えてくれているように思う。何よりの財産はそうした人脈であると実感している。
おかげさまで今年はフリーランスに専念してから10年を経る年に入った。仕事も順調であるが、何より通勤時間という無駄な時間がないため、1日を有意義に過ごしている。毎日時間を自由に使えることで精神的に開放された気分にも浸ることも多い。
このように一度、組織を離れてしまうと、もう二度と組織に戻る気にはならない。それほど今の立場と状況は自分にとって最善と言える。
今、多くの職場では定年が大幅に延長されているが、その年になることを待たずに組織から独立したいと考えている人も少なくないだろう。
その決断は各々の自己責任の範疇にあるものと思うが、一つ言えることは、同じ後悔をするならば、実行しなかったことを後悔するより、実行したことを後悔する方が、人生としてははるかに豊かであると云えるということだ。
結果に吉凶はあるだろう。だが行動する・実行したという行為は、一つの生きた証につながるのではないだろうか。
そんな人を僕も陰ながら応援したいと思う。
※CBニュースの連載、「快筆乱麻masaが読み解く介護の今129〜ケアマネ資格更新制度廃止で研修受講ルール厳格化」がアップされました。

資格更新制度を廃止したと言っても、研修受講義務が残され、しかもその義務がさらに厳格化されているのですから、更新制度廃止は意味のないものとなっています。こちらから記事参照ください。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
※別ブログ「masaの血と骨と肉」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。
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・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。
・masaの看取り介護指南本「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
社福のトップという地位をその年で捨てるのは勿体ないと云われることが多かったが、その社福の母体は特定医療法人であり、僕の立場は母体法人の下部組織の総合施設長であった。
つまりそれはあくまで組織の一員という立場であり、独立経営者ではなかった。
そんなふうに組織人として長く生きてきた。それはある意味、気楽な立場でもあった。社会がどのような変化を起こそうとも、給料表に基づいて年々確実に昇給していく。社福という一つの組織のトップに立ってしまった僕は出世争いとも無縁で、定年(※当時の法人規定では60歳)まで毎年引き上げられる安定した給料と賞与を受け取ることができるはずだった。
だがそのような暮らしに飽きて、もっと自由に生きる術はないかと大それたことを考え始めたのが50歳を過ぎてからである。社福のトップとはいえ、その上に母体法人があり、そのトップから理不尽な要求をされても受け入れねばならない立場にうんざりもしていた。
そして数年かけて準備を進め、退職後の目途も立ったので、長く勤めていた法人に希望退職を願い出た。強い引き留めはあったが、それで考え方を変えることがないほど当時の決心は硬かった。
だが退職した直後に別の組織からの誘いがあり、そこでは副業としてフリーランス活動も認めると保障されたので、他の分野の勉強もかねて1年間だけそこに就職した。その組織も56歳になる年の5月末で退職した。
その後、たまたま雑文を書いたり講演を行うことで収入を得たりできたため、組織に属さなくても何とかなるだろうと思いながら、あまり深く考えずにフリーランスという立場で活動を続けるようになった。

しかし世の中とは思い通りにいかないもので、フリーランスとして本格的な活動を始めてすぐにコロナ禍が始まった。
組織に属さない者にとって、それは未曽有の逆風といっても良いもので、場合によっては無収入となるような危機にも見舞われた。
その際には国が急遽支給を決めた持続化給付金に救われたり、リモート化が一気に進んだことで、逆にオンライン業務の受注が増えて収入に繋がったりするなどの運にも恵まれた。
そうした幸運の基盤になっているのは人の縁である。サラリーマン時代に培った様々なご縁が今の僕を支えてくれているように思う。何よりの財産はそうした人脈であると実感している。
おかげさまで今年はフリーランスに専念してから10年を経る年に入った。仕事も順調であるが、何より通勤時間という無駄な時間がないため、1日を有意義に過ごしている。毎日時間を自由に使えることで精神的に開放された気分にも浸ることも多い。
このように一度、組織を離れてしまうと、もう二度と組織に戻る気にはならない。それほど今の立場と状況は自分にとって最善と言える。
今、多くの職場では定年が大幅に延長されているが、その年になることを待たずに組織から独立したいと考えている人も少なくないだろう。
その決断は各々の自己責任の範疇にあるものと思うが、一つ言えることは、同じ後悔をするならば、実行しなかったことを後悔するより、実行したことを後悔する方が、人生としてははるかに豊かであると云えるということだ。
結果に吉凶はあるだろう。だが行動する・実行したという行為は、一つの生きた証につながるのではないだろうか。
そんな人を僕も陰ながら応援したいと思う。
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資格更新制度を廃止したと言っても、研修受講義務が残され、しかもその義務がさらに厳格化されているのですから、更新制度廃止は意味のないものとなっています。こちらから記事参照ください。
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感動の完結編。
