去る8月13日、埼玉県朝霞市の通所介護事業所に勤めていた65歳の介護職員の男が、お泊りデイを利用していた85歳の男性利用者に殴る蹴るの暴行を加え怪我を負わせたとの容疑で逮捕された。
容疑者は男性のトイレを介助する際に、「言うことを聞かない相手にむかついた」と犯行動機を述べているそうだ。
犯行のあった通所介護事業所は24時間365日対応が売りで、容疑者は夜勤専門で週1日程度勤務する介護職員だったそうで、同僚からは、「可もなく不可もない普通の職員といった印象。」とみられており、言葉遣いが乱暴だったり接し方が手荒だったことはなかったと云われている。
だがプライドの高さが目立っていたようで、自称・介護キャリア20年を自慢にして自らプロ介護士と名乗っていたらしい。さらに、「こうあるべき」という思い込みが強い様子がうかがわれていたという。

容疑者は認知症の人が日課で決められた行動をとらず、決まった時間に食事をとらないことも許せない様子であったそうだ。そのため他の従業員からは、「頭が固い」と評価されていたようである・・・それは介護という職業に不向きな性格と言えるのではないのか。
今後、同じような暴力事件を引き起こさないためには、通所介護事業所の教育・指導の在り方を検証しなおさねばならない。
キャリアの驕りともいえる感情を持つ者にどう対処・指導するのか、週1度の夜勤専門職という職種への教育は十分であったのか、そもそもそうした就業形態を認めてよいのかなどの検証が必要だと思う。
それにしても厄介なのは「人間のプライド」というものだ。年を重ねるごとに、そうしたプライドは頑迷固陋(※頑固で正しい判断ができない・かたくなで物の道理にくらい)に繋がり、多様な価値観や他者の行動原理を認め難いものとなってしまう。
それは対人援助という職業にとって、最も邪魔で必要ない考え方だ。
自分を律するために自分を縛るルールを持ち、それを頑なに護ろうとすることは認めるとしても、そのルールを他人に当てはめ、自分と同じようにそのルールに従わせようとする考え方はあってはならない。
ましてや介護という職業は、それぞれ違った感情・価値観を持つ人間に相対する職業であり、様々な感情と価値観を否定せずに受容するところからスタートする職業である。
そう考えると本件の容疑者は、介護の職業に就いてはならない性格の人であったと思われ、そういう人物を管理職等の眼が届きにくい週1回の夜勤業務のみという形で雇用したことが重大な結果に結びついたとも云えなくもない。
本件が起きた介護事業所は、そうした点を十分検証し、暴力事件を個人の責任として終わりにせず、組織で犯罪防止に努めることはできなかったことを反省しなければまらない。それは道義上の責任として必要不可欠だろう。
それと共に全ての介護関係者は、本件から教訓を得ておく必要がある。それは多様な感情と価値観に向かい合う対人援助のプロが了見が狭い状態に陥ったとき、それは対人援助のプロとして失格の烙印を押されるにとどまらず、人生を踏み外すという自身の身を誤らせる結果に繋がってしまうのであるという教訓だ。
「自分はこうありたい」「これだけは大切にしたい」という思いは大切にせねばならないが、くれぐれもその考えを他者に押し付けようとしてはならない。
そもそも介護サービス利用者は、教えられるために介護サービスを利用しているわけではない。それらの人々は、暮らしの豊かさを求めて介護サービスを利用する人々であり、我々にとってのお客様であることを忘れてはならないのである。
※9/4(金)13:30〜15:00まで無料視聴できるオンラインセミナー、「次期介護報酬改定の方向性と介護事業者が取るべき経営戦略」を配信します。

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・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。
・masaの看取り介護指南本「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
容疑者は男性のトイレを介助する際に、「言うことを聞かない相手にむかついた」と犯行動機を述べているそうだ。
犯行のあった通所介護事業所は24時間365日対応が売りで、容疑者は夜勤専門で週1日程度勤務する介護職員だったそうで、同僚からは、「可もなく不可もない普通の職員といった印象。」とみられており、言葉遣いが乱暴だったり接し方が手荒だったことはなかったと云われている。
だがプライドの高さが目立っていたようで、自称・介護キャリア20年を自慢にして自らプロ介護士と名乗っていたらしい。さらに、「こうあるべき」という思い込みが強い様子がうかがわれていたという。

容疑者は認知症の人が日課で決められた行動をとらず、決まった時間に食事をとらないことも許せない様子であったそうだ。そのため他の従業員からは、「頭が固い」と評価されていたようである・・・それは介護という職業に不向きな性格と言えるのではないのか。
今後、同じような暴力事件を引き起こさないためには、通所介護事業所の教育・指導の在り方を検証しなおさねばならない。
キャリアの驕りともいえる感情を持つ者にどう対処・指導するのか、週1度の夜勤専門職という職種への教育は十分であったのか、そもそもそうした就業形態を認めてよいのかなどの検証が必要だと思う。
それにしても厄介なのは「人間のプライド」というものだ。年を重ねるごとに、そうしたプライドは頑迷固陋(※頑固で正しい判断ができない・かたくなで物の道理にくらい)に繋がり、多様な価値観や他者の行動原理を認め難いものとなってしまう。
それは対人援助という職業にとって、最も邪魔で必要ない考え方だ。
自分を律するために自分を縛るルールを持ち、それを頑なに護ろうとすることは認めるとしても、そのルールを他人に当てはめ、自分と同じようにそのルールに従わせようとする考え方はあってはならない。
ましてや介護という職業は、それぞれ違った感情・価値観を持つ人間に相対する職業であり、様々な感情と価値観を否定せずに受容するところからスタートする職業である。
そう考えると本件の容疑者は、介護の職業に就いてはならない性格の人であったと思われ、そういう人物を管理職等の眼が届きにくい週1回の夜勤業務のみという形で雇用したことが重大な結果に結びついたとも云えなくもない。
本件が起きた介護事業所は、そうした点を十分検証し、暴力事件を個人の責任として終わりにせず、組織で犯罪防止に努めることはできなかったことを反省しなければまらない。それは道義上の責任として必要不可欠だろう。
それと共に全ての介護関係者は、本件から教訓を得ておく必要がある。それは多様な感情と価値観に向かい合う対人援助のプロが了見が狭い状態に陥ったとき、それは対人援助のプロとして失格の烙印を押されるにとどまらず、人生を踏み外すという自身の身を誤らせる結果に繋がってしまうのであるという教訓だ。
「自分はこうありたい」「これだけは大切にしたい」という思いは大切にせねばならないが、くれぐれもその考えを他者に押し付けようとしてはならない。
そもそも介護サービス利用者は、教えられるために介護サービスを利用しているわけではない。それらの人々は、暮らしの豊かさを求めて介護サービスを利用する人々であり、我々にとってのお客様であることを忘れてはならないのである。
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感動の完結編。
