僕が管理する介護福祉情報掲示板には、時々どうでもよいような質問が書き込まれたりする。
どうでもよいってどういう意味かというと、あまりにもくだらない質問という意味だ。そういうスレッドには答えになっていないような、どうでも良いレスポンスをつけてしまう。
例えば先日建てられた、「自分が休みの日に利用者を見かけた」というスレッド・・・。
簡単に言えば、自社の介護サービスを利用している顧客と街で出会ったら声をかけるべきかどうかという話である。
そのスレッドは、声もかけずにやり過ごした顧客が、そのあと転んで怪我をしたので、声をかけて何らかの対応をすべきだったのかという意味の質問と思えた。
それに対して僕は、声をかけて対応しないと何らかの危険が予測される人であるのかどうかなどの情報が足りないとして、回答不能という意味のレスポンスをしている。
ただし質問が、「自社の介護サービス利用者と街で出会った場合に、公休であっても声をかけるべきかどうか?」であるとするなら、その答えは単純である。

答えは、「挨拶するのが当たり前」である。
顔は知っているけど誰かはわからないなど希薄な関係性の人であれば別だが、街で知り合いに出会ったら挨拶するのは当たり前のことだ。なぜなら挨拶とは、人への敬意を表すもので、人と人の間で生きていく人間にとって欠かせないものだからである。
顔見知りであるその人が自社の顧客であればなおさら、「いつもご利用いただいてありがとうございます」という気持ちを込めて、「おはようございます」・「こんにちは」・「良いお天気で何よりですね」程度の挨拶をすることはあって当然だ。
それは公休であろうと勤務中であろうと関係のない問題で、お客様に対する礼儀、年上の知り合いの方に対する礼儀であろう。
声をかけないという例外があるとすれば、何らかの理由であらかじめ利用者から、「プライベート空間で逢った場合は、知らないふりをして声を掛けないでほしい。」と釘を刺されている場合のみだろう。
そうでない場合は声をかけるし、そのお客様が認知機能などの低下で安全な状態を保つことができないと判断できる場合は、ご家族に連絡するなど何らかの対応もすることも当然だろう。そのことも人として当然の行為であり、公休であろうと勤務中であろうと関係のない問題である。
同時にこうした質問に対して、「声をかけずに対応しなかったとしても、その人が法的に利用者が怪我を負った責任を取る必要はない云々。」というレスポンスは要らずもがなである。
そんなの当たり前のことであり、そんな責任論を振りかざしても何にもならないのである。
知性とか品性とかいう問題以前に、顧客という知り合いに出会った際にも挨拶を欠かさないという常識を持ってほしいと思う。それもサービスマナーの一部である。
そういうマナーを知らない・理解していない人が多いのも介護事業者に勤める人の特徴だ。だから顧客に対して失礼なタメ口対応を直せない人が多いのである。
まったく恥ずかしい限りである。
※経営の道を極めるメディア「経道」に、介護事業経営者として、「北海道介護福祉道場あかい花 代表 菊地雅洋」のインタビュー記事が掲載されました。

「特別ではなく、日常を支える介護を育てる──北海道介護福祉道場あかい花が目指す人材教育のかたち」をクリックして参照ください。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
※別ブログ「masaの血と骨と肉」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。
北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。
・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。
・masaの看取り介護指南本「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
どうでもよいってどういう意味かというと、あまりにもくだらない質問という意味だ。そういうスレッドには答えになっていないような、どうでも良いレスポンスをつけてしまう。
例えば先日建てられた、「自分が休みの日に利用者を見かけた」というスレッド・・・。
簡単に言えば、自社の介護サービスを利用している顧客と街で出会ったら声をかけるべきかどうかという話である。
そのスレッドは、声もかけずにやり過ごした顧客が、そのあと転んで怪我をしたので、声をかけて何らかの対応をすべきだったのかという意味の質問と思えた。
それに対して僕は、声をかけて対応しないと何らかの危険が予測される人であるのかどうかなどの情報が足りないとして、回答不能という意味のレスポンスをしている。
ただし質問が、「自社の介護サービス利用者と街で出会った場合に、公休であっても声をかけるべきかどうか?」であるとするなら、その答えは単純である。

答えは、「挨拶するのが当たり前」である。
顔は知っているけど誰かはわからないなど希薄な関係性の人であれば別だが、街で知り合いに出会ったら挨拶するのは当たり前のことだ。なぜなら挨拶とは、人への敬意を表すもので、人と人の間で生きていく人間にとって欠かせないものだからである。
顔見知りであるその人が自社の顧客であればなおさら、「いつもご利用いただいてありがとうございます」という気持ちを込めて、「おはようございます」・「こんにちは」・「良いお天気で何よりですね」程度の挨拶をすることはあって当然だ。
それは公休であろうと勤務中であろうと関係のない問題で、お客様に対する礼儀、年上の知り合いの方に対する礼儀であろう。
声をかけないという例外があるとすれば、何らかの理由であらかじめ利用者から、「プライベート空間で逢った場合は、知らないふりをして声を掛けないでほしい。」と釘を刺されている場合のみだろう。
そうでない場合は声をかけるし、そのお客様が認知機能などの低下で安全な状態を保つことができないと判断できる場合は、ご家族に連絡するなど何らかの対応もすることも当然だろう。そのことも人として当然の行為であり、公休であろうと勤務中であろうと関係のない問題である。
同時にこうした質問に対して、「声をかけずに対応しなかったとしても、その人が法的に利用者が怪我を負った責任を取る必要はない云々。」というレスポンスは要らずもがなである。
そんなの当たり前のことであり、そんな責任論を振りかざしても何にもならないのである。
知性とか品性とかいう問題以前に、顧客という知り合いに出会った際にも挨拶を欠かさないという常識を持ってほしいと思う。それもサービスマナーの一部である。
そういうマナーを知らない・理解していない人が多いのも介護事業者に勤める人の特徴だ。だから顧客に対して失礼なタメ口対応を直せない人が多いのである。
まったく恥ずかしい限りである。
※経営の道を極めるメディア「経道」に、介護事業経営者として、「北海道介護福祉道場あかい花 代表 菊地雅洋」のインタビュー記事が掲載されました。

「特別ではなく、日常を支える介護を育てる──北海道介護福祉道場あかい花が目指す人材教育のかたち」をクリックして参照ください。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
※別ブログ「masaの血と骨と肉」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。
北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。
・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。
・masaの看取り介護指南本「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。


感動の完結編。
