地域ケア会議は、特定の高齢者のケースを取り上げて支援の組み立て方を多職種で検討する中で、高齢者福祉に関連する地域課題を抽出する目的を併せ持つもつものだ。

いわば地域包括ケアシステムを実現・深化させるための肝となるのが地域ケア会議であるともいえる。

ところが実際には地域ケア会議が機能していない自治体が多い。

メンバーが固定化してしまった自治体では、代り映えのないメンバー間で、持ち回り方式で困難ケースと呼ばれるものが提出されるが、いかにもおざなりなケース検討が形式的に行われて終わりとなっている。
形式化し不活発に陥る地域ケア会議
そこでは新たな地域課題が抽出されることはないし、困難ケースに対応する目にうろこの支援策・方法論が生まれることもない。

意味のないダラダラとしたケース検討が、形式的に繰り返されるだけなのだから地域包括ケアシステムなど文字として存在するだけで、実際にシステムがそこにあることを住民が実感できることもない。

そうした地域では、高齢者介護が未だに個人的問題で、社会化されていないという実態が浮き彫りとなる事件が起きることも少なくない。

今月1日、鹿児島県いちき串木野市で、64歳の息子が母親を放置死させたとして保護責任者遺棄致死の疑いで逮捕された。

容疑者は2026年4月上旬から5月上旬までの間に、いちき串木野市金山の住宅で、同居していた当時92歳の母親を、介護が必要にもかかわらず放置して死亡させた疑いが持たれている。母親を放置後、行方をくらましていた息子は『介護に疲れた』と警察に出頭したとのこと。

死亡した母親は車いすを使用していて、デイサービスにも通っていたということだが、放置現場となった自宅は、息子と二人暮らしをしており近所の人との交流はほとんどなかったという。

こうした問題をあるまじき行為と断罪することはたやすいが、それで何が変わるというのだろう。こうした事件が繰り返されないように建設的な議論ができないものだろうか・・・。

介護の社会化をうたい文句に創設された介護保険制度であるが、こうした事件が起きる度に、それが実現できていないことが感じ取れる。

だからこそ、こうしたケースがなぜ発生したのかを地域ケア会議の議題とすべきではないだろうか。

容疑者は近所との付き合いがなかったというが、母親はデイサービス利用をしていたのだから、居宅ケアマネがケアプラン作成担当者として関わっていた可能性が高い。

親を放置死させた後に警察に出頭して、『介護に疲れた』という前に、担当ケアマネにその言葉を発してSOSを出せなかったのは何故かということを検証する必要がある。

もしケアマネに相談できていたら、緊急的なショートステイ利用や、施設入所の検討といった支援も行われていたのではないのか。そうした支援に結びつかなかった原因を徹底的に解明してほしい。

それができない限り、地域包括ケアシステムは永遠に幻のまま終わってしまうだろう。
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