僕は自身の著作本が何冊か出版されており、なおかつ20年以上介護関連冊子等で連載も続けているため、「作家」と名乗っても良いのではないかと勝手に思っている。
だがそれはあくまで自称レベルなので許してほしいと思う。
どちらにしても子供の頃から「書くこと」を苦にしたことはない。同時に書き方を誰かに教えてもらった経験はなく、僕の筆力はすべて自分自身の経験と感性の中で育まれてきたと言って過言ではない。
そんな僕に対して、「介護事業における記録の書き方」といったテーマの講演を依頼してくださる方もおり、過去には全国様々な講演会場で、それに類する講演を行ってきた。
介護記録で重要なことは、要点を簡潔に、かつ重要なことを漏らさず正確に記録するということである。そのことを詳しく丁寧に解説して伝えてきたつもりである。
だがそうしたことを説明し、具体的な文章を明示しても、受講者が仕事の記録にそれを生かせているかと考えると疑問符がつく。そうした講演を受講した方々が、それによって記録の書き方を理解し、日々の記録が上手になったかというと、どうもそんな気はしない。
書き方を教わったことがない僕が本を書けるということを逆説的に考えれば、書くという能力は才能なので、いくら教わっても文章がうまく書けない人もいるということになるのではないか。
僕以外の人で、教えるのが上手な人から書き方を教わっても、もともと文章を書くのが苦手だとか、嫌いだという人が、にわかに書き方がうまくなるような変化は生まれないような気がしないでもない。
繰り返しになるが、書く能力は才能なのである。持って生まれたものとは言わないまでも、幼いうちに身に着けた能力以上のものを、大人になってから引き上げられるものではないように思うのだ。しかも文章は書く練習をしてもうまくならない。文書をうまく書くためには、読むことが好きになって、たくさんの多様なジャンルの文章を読む必要があるのだ。
そもそも介護職というプロの対人援助者は、人に接し心身を支える能力があるだけで十分ではないのか・・・肉体的にも精神的にもハードな職業に就いている人で、そこでプロとして仕事をこなしている人に、さらに文章がうまくなるように書物を読んだり、そこで何か真髄を得るような努力を課すのは酷ではないか。

介護という仕事に長けているなら、それ以上のものを求める必要はないのではないか・・・そんなふうに思うことも多い。
だが介護実務の場は、様々な場面で記録が求められる場でもある。運営基準や加算算定要件に沿った対応ができているかを証明するものは記録しかないから、利用者対応したあらゆる場面で、細かな記録を証拠として残しておかねばならない。
それをどうするのかを考えたとき、それは介護職員の能力として求めるのではなく、それこそAIに丸投げして任せようと考えてよい時代に到達していると思う。
行った行為をAIに「〜を記録して」と言えば正確に必要書式に記録してくれる。介護職員は今行った行為をAIに言葉で伝えるだけで、それを支援記録・業務日誌等に見合った内容に整理してまとめるAI搭載アプリも既に存在している。記録するのはAIの得意技なのだから、そうして設計と設定でAIを使いこなせばよいのである。
各事業者内の生産性向上委員会はその旗振り役となって、介護職が記録業務から解放されるように取り組みを進めてもらいたい。
この委員会の最大の目標として、「介護職の記録業務からの解放」というスローガンを掲げてほしい。
※メディカルサポネットの連載、「菊地雅洋の一心精進・激動時代の介護経営」の第17回配信記事が5/21午前中にアップされました。

今回のテーマは、「厳しい物価高に介護事業者はどのように対応すべきか」です。文字リンク先を参照願います。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
※別ブログ「masaの血と骨と肉」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。
北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。
・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。
・masaの看取り介護指南本「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
だがそれはあくまで自称レベルなので許してほしいと思う。
どちらにしても子供の頃から「書くこと」を苦にしたことはない。同時に書き方を誰かに教えてもらった経験はなく、僕の筆力はすべて自分自身の経験と感性の中で育まれてきたと言って過言ではない。
そんな僕に対して、「介護事業における記録の書き方」といったテーマの講演を依頼してくださる方もおり、過去には全国様々な講演会場で、それに類する講演を行ってきた。
介護記録で重要なことは、要点を簡潔に、かつ重要なことを漏らさず正確に記録するということである。そのことを詳しく丁寧に解説して伝えてきたつもりである。
だがそうしたことを説明し、具体的な文章を明示しても、受講者が仕事の記録にそれを生かせているかと考えると疑問符がつく。そうした講演を受講した方々が、それによって記録の書き方を理解し、日々の記録が上手になったかというと、どうもそんな気はしない。
書き方を教わったことがない僕が本を書けるということを逆説的に考えれば、書くという能力は才能なので、いくら教わっても文章がうまく書けない人もいるということになるのではないか。
僕以外の人で、教えるのが上手な人から書き方を教わっても、もともと文章を書くのが苦手だとか、嫌いだという人が、にわかに書き方がうまくなるような変化は生まれないような気がしないでもない。
繰り返しになるが、書く能力は才能なのである。持って生まれたものとは言わないまでも、幼いうちに身に着けた能力以上のものを、大人になってから引き上げられるものではないように思うのだ。しかも文章は書く練習をしてもうまくならない。文書をうまく書くためには、読むことが好きになって、たくさんの多様なジャンルの文章を読む必要があるのだ。
そもそも介護職というプロの対人援助者は、人に接し心身を支える能力があるだけで十分ではないのか・・・肉体的にも精神的にもハードな職業に就いている人で、そこでプロとして仕事をこなしている人に、さらに文章がうまくなるように書物を読んだり、そこで何か真髄を得るような努力を課すのは酷ではないか。

介護という仕事に長けているなら、それ以上のものを求める必要はないのではないか・・・そんなふうに思うことも多い。
だが介護実務の場は、様々な場面で記録が求められる場でもある。運営基準や加算算定要件に沿った対応ができているかを証明するものは記録しかないから、利用者対応したあらゆる場面で、細かな記録を証拠として残しておかねばならない。
それをどうするのかを考えたとき、それは介護職員の能力として求めるのではなく、それこそAIに丸投げして任せようと考えてよい時代に到達していると思う。
行った行為をAIに「〜を記録して」と言えば正確に必要書式に記録してくれる。介護職員は今行った行為をAIに言葉で伝えるだけで、それを支援記録・業務日誌等に見合った内容に整理してまとめるAI搭載アプリも既に存在している。記録するのはAIの得意技なのだから、そうして設計と設定でAIを使いこなせばよいのである。
各事業者内の生産性向上委員会はその旗振り役となって、介護職が記録業務から解放されるように取り組みを進めてもらいたい。
この委員会の最大の目標として、「介護職の記録業務からの解放」というスローガンを掲げてほしい。
※メディカルサポネットの連載、「菊地雅洋の一心精進・激動時代の介護経営」の第17回配信記事が5/21午前中にアップされました。

今回のテーマは、「厳しい物価高に介護事業者はどのように対応すべきか」です。文字リンク先を参照願います。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
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感動の完結編。
