高齢であることを理由にして、病気の治療は必要ないという判断はあってはならない。そんなことは今更云うまでもない。
高齢であっても治療すれば回復可能な病気に対しては、救急対応を含めた積極的治療が必要である。このことに例外はない。(※参照:高齢者に必要な治療を行わないことを看取り介護とは言わない)
だが看取り介護は、そうした治療が必要ない状態を指し、「医師により一般に認められている医学的知見から判断して回復の見込みがないと判断し、かつ医療機関での対応の必要性が薄いと判断された者」が関係者合意(※本人及び家族、医療・看護・介護支援チームの合意)によって対象となるのである。
この場合は救急救命処置は必要ではなくなる。看取り介護対象者でも、死の直前にはバイタルの著しい変化(低下等)がみられるなど、身体状態の変化が現れるが、それは死を目前にした自然の摂理であり、治療をして改善する必要がない状態である。(※参照:救急車を呼ばなければならない看取り介護ってあり得るのか?)

このことをしっかり理解しておく必要がある。それと同時に看取り介護対象者や家族に対して、事前にそのことを十分説明してコンセンサスを得ておく必要がある。その説明とコンセンサス形成の場が「人生会議(ACPの通称)」である。
このことに関して2021年報酬改定・基準改正では、サービス種別横断的に看取り介護加算・ターミナルケア加算の算定要件及び運営基準として、看取りに係る加算の算定要件において、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」等の内容に沿った取組を行うことが求められたほか、27年基準改正では介護医療院の基本報酬の算定要件及び施設サービス計画の作成において、同様に取り組みが求められた。
つまり人生会議を介護サービス提供システムの中に組み込んでおく必要があるのだ。その際に特に重要となることとは本人の意思尊重であり、意思表示できない方については、家族からの聞き取りを中心として意志推定することが必要となる。
本人の意思が確認できる場合は、その意思に沿った支援内容を考えることになるが、意思は心身の状況と共に変化することが考えられるため、人生会議は繰り返し行い、リアルタイムで意思確認していく必要がある。
では人生会議をどの程度の頻度で行ったら良いのだろうか。このことに関しては大きな業務負担増につながらないように、介護事業で必ず行わねばならない定期会議とセットで行うことを推奨したい。
例えば施設サービス計画書や各居宅サービス計画書は半年ごとや3月ごとといった頻度で再作成する必要があり、その際には必ずケアカンファレンスが行われることになる。そこには利用者や家族も参加できるのだから、この機会を逃す手はない。
つまりケアカンファレンスの中で、人生会議を同時に行って、終末期における医療や介護に対する意思確認を行うようにすればよいのである。
それを繰り返し真剣に行っておれば、看取り介護中に救急搬送するか否かなどという愚かな議論に陥ることはないわけだ。
先日僕が管理する表の掲示板では「家族希望で、終末期前に救急搬送をしない判断」というスレッドが建てられたが、このように看取り介護の本質を理解しない従業員がいる場所で、人生会議もアリバイ作りでしか行われていない結果、看取り介護とは言えない偽物の支援が行われているという実態がある。
看取り介護とは何か、そこにつながる人生会議では何が話し合われるべきかを今一度真剣に問い直してほしい。
僕の著書、「看取りを支える介護実践―命と向き合う現場から」もその理解につながる内容を網羅しているので、是非参照してほしい。
回復不能で看取り介護の対象となった人を救急搬送するのは、看取り介護対象者を苦しめる行為にほかならず、同時にそのことは看取り介護を行うべき介護事業者の責任を放棄するものだということを理解してほしい。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
※別ブログ「masaの血と骨と肉」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。
北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。
・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。
・masaの看取り介護指南本「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。
高齢であっても治療すれば回復可能な病気に対しては、救急対応を含めた積極的治療が必要である。このことに例外はない。(※参照:高齢者に必要な治療を行わないことを看取り介護とは言わない)
だが看取り介護は、そうした治療が必要ない状態を指し、「医師により一般に認められている医学的知見から判断して回復の見込みがないと判断し、かつ医療機関での対応の必要性が薄いと判断された者」が関係者合意(※本人及び家族、医療・看護・介護支援チームの合意)によって対象となるのである。
この場合は救急救命処置は必要ではなくなる。看取り介護対象者でも、死の直前にはバイタルの著しい変化(低下等)がみられるなど、身体状態の変化が現れるが、それは死を目前にした自然の摂理であり、治療をして改善する必要がない状態である。(※参照:救急車を呼ばなければならない看取り介護ってあり得るのか?)

このことをしっかり理解しておく必要がある。それと同時に看取り介護対象者や家族に対して、事前にそのことを十分説明してコンセンサスを得ておく必要がある。その説明とコンセンサス形成の場が「人生会議(ACPの通称)」である。
このことに関して2021年報酬改定・基準改正では、サービス種別横断的に看取り介護加算・ターミナルケア加算の算定要件及び運営基準として、看取りに係る加算の算定要件において、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」等の内容に沿った取組を行うことが求められたほか、27年基準改正では介護医療院の基本報酬の算定要件及び施設サービス計画の作成において、同様に取り組みが求められた。
つまり人生会議を介護サービス提供システムの中に組み込んでおく必要があるのだ。その際に特に重要となることとは本人の意思尊重であり、意思表示できない方については、家族からの聞き取りを中心として意志推定することが必要となる。
本人の意思が確認できる場合は、その意思に沿った支援内容を考えることになるが、意思は心身の状況と共に変化することが考えられるため、人生会議は繰り返し行い、リアルタイムで意思確認していく必要がある。
では人生会議をどの程度の頻度で行ったら良いのだろうか。このことに関しては大きな業務負担増につながらないように、介護事業で必ず行わねばならない定期会議とセットで行うことを推奨したい。
例えば施設サービス計画書や各居宅サービス計画書は半年ごとや3月ごとといった頻度で再作成する必要があり、その際には必ずケアカンファレンスが行われることになる。そこには利用者や家族も参加できるのだから、この機会を逃す手はない。
つまりケアカンファレンスの中で、人生会議を同時に行って、終末期における医療や介護に対する意思確認を行うようにすればよいのである。
それを繰り返し真剣に行っておれば、看取り介護中に救急搬送するか否かなどという愚かな議論に陥ることはないわけだ。
先日僕が管理する表の掲示板では「家族希望で、終末期前に救急搬送をしない判断」というスレッドが建てられたが、このように看取り介護の本質を理解しない従業員がいる場所で、人生会議もアリバイ作りでしか行われていない結果、看取り介護とは言えない偽物の支援が行われているという実態がある。
看取り介護とは何か、そこにつながる人生会議では何が話し合われるべきかを今一度真剣に問い直してほしい。
僕の著書、「看取りを支える介護実践―命と向き合う現場から」もその理解につながる内容を網羅しているので、是非参照してほしい。
回復不能で看取り介護の対象となった人を救急搬送するのは、看取り介護対象者を苦しめる行為にほかならず、同時にそのことは看取り介護を行うべき介護事業者の責任を放棄するものだということを理解してほしい。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
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感動の完結編。
