従業員募集に応募してきた人を採用する際に、筆記試験と面接による選考を行うのが通常の手続きだ。

社福の総合施設長を務めていた当時は、この採用面接を僕も担当していた。しかし短い時間で応募者の適性を判断できるはずもなく、面接で好印象を持った人物であっても、採用後に問題があることが明らかとなって、試用期間中に辞めていただいたケースも少なくない。

試用期間と言えども労働契約自体はすでに成立している。そのため些細な理由で簡単に解雇するわけにはいかない。

しかし試用期間中の解雇については、通常の解雇よりも広い範囲で解雇の自由が認められており、合理的理由により使用者が解約権を行使できるものと解釈されておる。例えば入社後の勤務態度が極めて悪く、協調性もなく、周囲の業務にも悪い影響を与える場等はこの解約権が行使できる。

されど試用期間は労働基準法等の定めがないため、この期間を設けていない事業者も存在する。それはリスク管理がなっていない状態なので、必ず試用期間を定めてもらいたい。

しかし試用期間の定めが問題をすべて解決するわけでもない。試用期間中には問題ないと思われた人が、本採用後に本性を現して、介護事業には不向きであることが明らかとなった場合、この解約権は行使できないからだ。

そもそも試用期間を長期間設定することは不適切とされ、通常は3月程度が適正期間とされているが、その期間中に完全に人物を見極めることは可能かと問われれば、首を傾げざるを得ない。

見極めができるように、新人指導担当者にはあらかじめその期間は適格性・協調性を評価し、不適格者を見抜く期間であることを伝え、その役割を与えていたとしても、必ず漏れは生ずるというのが本当のところだ。

それほど人物の見極めは難しい・・・というより可能なのかという疑問さえ抱かざるを得ない問題でもある。

将来、その見極めが正確にできるAIが誕生するだろうか・・・その確率もかなり低いだろう。
皆既月食
過去に経験したこんなケースがある。

採用後、試用期間中に問題なく業務を覚えていった介護職員が、入職後半年を経過し、一人前の業務がこなせると判断されて、いよいよ指導職員がつかない状態で夜勤に入ることになった。

当該職員が数回夜勤業務を行った後に、目に見えてきた変化がある。それは当該職員が夜勤中に担当すしていたフロアの、認知症の人の行動・心理症状が目立ってきたのである。

しかも当該職員が夜勤〜夜勤明けにかけての行動異常が目立っていた。その後、周囲の関りで落ち着きを取り戻しても、当該職員が夜勤に入ると再び行動・心理症状が現れるのだから、当該職員が夜勤中に、その利用者と関わる際の対応に問題があるとしか思えなかった。

認知症の人は、自分の置かれた状況を正しく理解することが困難である。自分の身に何が起きているかを訴えることも困難な人が多い。ましてや自分にとって脅威となる対応を取る相手が誰なのか、その時どんな不都合を受けているのかを訴えることは難しい。

ただし記憶障害があっても、自分にとって脅威となる人物が誰なのかということは覚えている。

記憶障害とは、海馬という神経回路の不全によって、ここにたまって記憶されるエピソード記憶や意味記憶・手続き記憶が障害されるものであるが、怖い・嫌だ・嫌いだという感情の記憶は海馬を通さず、小脳に残っているので記憶されるからだ。

行動・心理症状を悪化させた認知症の人にとっては、当該職員の夜勤中の行動が脅威だったのだろう。

その為、当該職員については夜勤業務から外すだけではなく、直接介護業務からも外して、移動させることにした。その後、自己都合対象に至っている。

このように認知症の人に対する何らかの脅威となる行動も、夜勤中のワンオペ対応中の行動であれば、その不適切さを証明するのは難しい。隠しカメラで動画撮影でもしない限り証拠となるものが存在しないという難しさがある。

だが私たちは知っている。認知症の人の行動・心理症状は、私たちのケアの鏡であり、認知症の人の異常行動が何より明らかな不適切ケアの証明であるということを・・・ただしそれは、労働基準法上は明確な証拠とはされないだけである。

どちらにしても認知症の人は記憶障害や見当識障害によって様々な混乱が生じている・・・今自分がどこにいるのか、なぜ自分はここに居るのか、周りにいる人はいったい誰なのかと不安を抱えながら生き続けなければならない。

そのような様々な不安を常に抱えてるということを、周囲の人が理解して混乱を治める働きかけを行うにはどうしたら良いのかを考え続けるのが認知症ケアである。

そのことだけはまぎれもない真実である。
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