介護の仕事が他の職業に比べて尊い職業であるという考え方は間違っていると思う。
職業とはすべからく社会に必要とされているものであって、全ての職業に社会的価値がある。そういう意味で尊くない職業なんてないからだ。
そもそも職業や職種に貴賤があるわけではない。
だからと言って自分の就いている職業に誇りを持つということは悪いことではない。だがその際に思い違いをしてはならないこととは、自分の就いている職業を他の職業と比べて尊いと思うことではなく、自分自身が社会的意義を持つ職業に就いて、その役割を十分に果たしていることに誇りと感ずるのが本来だろう。
介護という職業に就いている人は、その職業に対して社会が求めている役割を自分自身が十分に果たしていることをもって誇りと感じてほしい。その評価は、目の前の一人一人の利用者が、あなたがそこに居てくれてよかったと感じてくれているかどうかという結果でしか測れない。

介護という職業は3Kあるいは5Kなどと呼ばれ、危険で・きつく・汚く・暗く・臭い職業だと揶揄されている一面もある。
だがそのようなネガティブな一面を超えて、他者の暮らしに深く介入して、そこで誰かの暮らしを支えるということにやりがいを感じられる仕事でもある。
他者の幸福・他者の笑顔を自らの幸福と笑顔に結びつけることができるのであり、そのことを感じられる人にとって、この上ない素晴らしい職業である。
それに加えて時代のニーズに沿って、社会のセーフティネットとなり得るという部分に使命を感ずることもできる。例えば毎年要介護者数が10万人以上増加し、その総数が700万人を超える社会において、介護サービスの世話になることなく一生を終える人はごく少数であるといえるのである。
介護事業はそのニーズに応えるとともに、介護が必要となりながら生き続ける人を支え、その人々の人生の最終ステージまでの道程を導くという役割を持つことは紛れもない事実だ。
だからと言って、全ての人がそのことを誇らしく思えるわけではない。そんなことは意味がないという価値観を持つ人も少なくないだろう・・・それはそれで良いのだ。
他人には好き嫌いがあり向き不向きもある。価値観だって千差万別である。介護という仕事を通して、他者の生活の質を高めることにやりがいや生きがいを感じ取ることができない人は、他の職業で自分の役割を見出せばよいだけの話だ。
介護の職業を好きになれないのに無理して続けてその役割を果たすことなく、そこで利用者に喜びを与えずに哀しみをもたらし、心身を傷つけるような行為に及ぶ人間になっては困るのだ。そんな人間は介護という職業に就いてはならないのである。
介護事業経営者や管理職には、自らが経営・管理する事業において、従業員が社会的使命を感じられ、その役割を果たしてやりがいや喜びを得られているのかという検証が不可欠になる。
いくら給与が上がっても、オフィスを最新設備で飾っても、対人援助場面で向かい合う利用者の表情が無表情であったり、辛い・哀しいという声なき声が聴こえる環境であるなら、そこに人材は張り付かないだろうし、そんな事業を続ける意味はないといえるのではないだろうか。
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感動の完結編。
