次期介護保険制度改正のテーマの一つに、「ケアマネジャーのシャドウワーク」が挙げられている。
そのため10/9に行われた社保審・介護保険部会の資料2では、ケアマネジメントの諸課題が整理されたうえで、地域ケア会議などを生かし地域包括支援センターを中心に居宅介護支援のケアマネジャーら関係者も協力する枠組みを今後さらに推進する必要があるとしており、これもケアマネジャーのシャドウワークを解消するための取り組みの一つだと説明された。
しかしシャドウワークってなくすべきものなのか?失くしてしまって本当に良いのか?
シャドウワークの本来の意味とは、無報酬の労働ではあるが、報酬や対価が発生する労働のために不可欠な労働であり、その意味で間接的には報酬が発生しているとみなすことのできるものという意味である。
つまりシャドウワークとは単なる、「ただ働き」ではなく、ある意味あって当然のことであるという理解も必要なのだ。
例えば居宅介護支援事業所の介護支援専門員(以下、居宅ケアマネと略)。彼らは担当者の在宅生活を支えるために、自立支援や生活の質の向上を目的として居宅サービス計画を立案するなどの一連のケアマネジメントに対する報酬を得ている。
そこにおける顧客とは担当利用者であり、その利用者の暮らしを支えている家族等のキーパーソンは顧客ではない。よって家族支援は居宅ケアマネの本来業務には含まれないと云える。
だがそうだからと言って、家族が在宅介護を行う上で様々な悩みを持っている状態を、居宅ケアマネは、「自分の仕事ではない」として放置できるだろうか。

そんなことはできないと考えるのが普通だし、むしろ悩みを抱える家族の相談にも応じて、介護者の心の負担を取り除くことによって、その家族は在宅で利用者を支え続けることにつながるかもしれない。そうなれば居宅介護支援も継続でき、そのことで居宅介護支援事業所は収益を挙げ続けられるわけである。このように利用者のみならず、その家族の相談援助行為が間接的な報酬の発生につながるのだ。これこそがシャドウワークの本来の意味だ。
それは極めて重要であって、シャドウワークは決してなくして良いものではないと思う。
そもそも国がシャドウワークという言葉を持ち出したのは2024/3/10回開催のシンポジウムで、当時の厚労省老健局長が、「ケアマネジャーの皆さんはシャドウ・ワークが非常に多い」と述べ、無償で行うケアマネ業務があることを指摘したことがきっかけだ。
この際に老健局長とあろう者が、シャドウワークの本来の意味を知らないわけがない。
そうであればこの発言の背景には、明確な意図があると考えるべきだ。その意図とは介護給付費を要望通りに引き上げできない代わりに、シャドウワークと思われる部分を保険外費用請求=利用者自己負担で賄おうという考え方だろう。
居宅ケアマネの待遇改善や、物価高等に対応した居宅介護支援事業所の経営改善のために居宅介護支援費を引き上げるような財源支出は難しいので、それに代わって保険外費用を算定しやすいようにして収益確保できるようにしたいという思惑が見え隠れしているのである。
そのような国の尻馬に、ケアマネジャーが乗ってほしくない・・・。
そもそも保険外サービスを明確にして収益を確保させようという政策に実効性はあるのか。例えば介護認定申請代行は料金徴収できるのに、それを無償サービスとしている居宅ケアマネが圧倒的に多い現状を考えると、保険外サービスがケアマネの収入増に結びつくという考え方には疑問符をつけざるを得ない。
それ以上に懸念されることは勘違いするケアマネが増えてしまうことだ・・・直接的な報酬を算定できないシャドウワークが悪者で、保険外費用を請求できないケアマネジメント関連業務は行う必要がないと考えてしまえば、すべき支援も見失われ、裕福な人しか救われなくなってしまう世の中になる恐れがある。
居宅介護支援及びケアマネジメントが、そのような社会的風潮を生み出すとしたら、ケアマネジャーの仕事そのものが人を救えず人に誇れないものに貶められてしまう。
僕はそれを決して望まない。
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