多死社会の中で、医療機関の病床数を減らす政策が進められる我が国では、暮らしの場が療養の場となり、そこで旅立つというライフステージが当然であると考えられる社会になっていく。
現在のように死者の7割以上が医療機関で「死」を迎える社会ではなくなるのである。
だがそれは医療の後退でもなければ、国民の福祉の低下でもない。むしろ求められることだ。
考えてみてほしい・・・今からわずか60年前の昭和40年代は、我が国の死者数の過半数は自宅で亡くなっていたのである。
親が死期を迎えた家庭では、その報に接した子供たちが実家に駆けつけ、死の床についている親の枕辺で思い出を語り、感謝の言葉を口にしながら親を看取っていたのである。
訪問診療も訪問看護も訪問介護もない時代に、家族みんなで親を看取る家庭が当たり前だったのだ。そこで様々なエピソードが生まれ、それが遺された家族の思い出となり、記憶として遺り続けていたわけである。そんなふうに命のバトンリレーが行われていたのである。
今後の日本社会は昭和40年代以前の、命のバトンリレーを取り戻す機会に恵まれた社会になるといってよいだろう。

今からちょうど15年前のある日・・・僕が総合施設長を務めていた特養では、当時78歳のテルさんが最期の時を迎えようとしていた。
そこに5歳下の妹・ユミさんが最期のお別れを告げるために訪れた。お二人が会うのは実に20年ぶりだった。
終戦時、テルさんは13歳でユキさんは8歳。母親が早くに亡くなっていたため、ユキさんにとってテルさんは姉でもあり、母親がわりでもあった。寄り添うように生きてきた姉妹であったが、双方が嫁に行き、姉は北海道に残ったものの、妹は夫の仕事の事情で東京に移り、さらに20年前から南米ペルーに住むことになって、それ以来会う機会がなかった。
そうした事情を持つ姉妹が、姉が最期の時を故郷の特養で過ごしていることを知り、20年ぶりに帰国して再会したわけである。だが姉は既に言葉を発することはできず、意識も朦朧とした状態で、妹が会いに来たことも認識できないと思われた。そんな姉に対し、涙ながらに盛んに感謝の気持ちを述べていた妹・・・その時に奇跡は起こった。
枕辺で涙している妹とに対し、覚醒して目を開けた姉が微笑みかけて、「あら、いたの・・・。」と声をかけた。だが何気ないその声は妹にとって、何よりかけがえのない声であり、一生の思い出に変わる声でもあった。自分が来たことを姉がわかってくれたと感動させる声であったのだ。
神様はきっといるのだろうとそんなことさえ思わせた瞬間である。
そのような看取り介護場面が多々生まれるのが、今後の日本社会ではないのかと思う。だからこそ全ての介護関係者に看取り介護スキルを身に着けてほしい。
そのような願いを込めた講演会『「死」を語ることは、「愛」を語ることに他ならない』を8/22(金)18:00〜19:30までの予定で埼玉県川口市に新設されるメディケアホームかなう川口で行う予定である。

この講演会はどなたでも無料参加できるオープン講演会だが、会場の広さの関係で事前申し込み先着50名限定の席しか確保できない。
その為是非お早めにこちらのチラシをDLしたうえでQRコードを読み取って申し込んでほしい。
今からちょうど1週間後の8/22(金)、川口市の講演会場で愛ましょう。
※筆者の講演予定はこちらからご覧ください。講演依頼はあかい花公式Web右上の✉をクリックしてお気軽に相談・お申し込みください。
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感動の完結編。
