介護事業者が利用者に対してより良いサービスを提供しようとして介護サービスの品質を管理することは大事である。

日常の暮らしに用いる道具の進化などを含めた生活環境の変化応じて、利用者ニーズも常に変化していくため、そうしたニーズに合わせたサービスの質を考え続けることも必要不可欠である。

だからといって他の誰もまねできないすごい介護サービスを目指す必要なんてない。

すごいことをやり続けられる人間なんていないと思う。そんなことを求められてしまえば、どこかで壊れてしまうか、そのひずみによる劣悪な状態をどこかに創り出してしまうのが人間ではないのか。

すごい事なんて本来は非日常の出来事なのだ。私たちは特別な時間を創り出すために介護サービス利用者に関わるわけではない。私たちに求められていることは、介護支援を必要とする人の日常を創り出すために、手を差し伸べ、声をかけ、表情を見つめることなのである。

そこで求められることは、当たり前のことを当たり前に行うということだ。
心に咲く花
健康を害さないようにきちんと栄養がとれると同時に、食の愉しみを失わないように支援すること、トイレで排泄できる人の能力を奪わずに、移動や排泄動作や後始末の世話をすること、身体清潔を保つために入浴支援を行うだけではなく、日本人の生活習慣である湯船につかるという行為を失わないような日常を創ること・・・。

そうした日々の生活支援を粛々黙々とこなしつつ、介護サービス利用者が人としての尊厳を失わずに暮らしを送ることができるよう知恵を使い、手を差し伸べるのが介護という職業である。

だからこそ良いサービスを考える前に、普通の介護を考えて、普通や当たり前を失わないサービスの品質をきちんと担保したうえで、そこから出来ることを工夫しながら、サービスの質の向上に努めることが重要だ。

僕がレクチャーする介護事業のサービスマナーも同じことだ。利用者に対して特別なマナー意識を持つ必要があるなんて一言も言っていない。介護サービス利用者は、お金を払って介護サービスを利用する顧客である。お客様なのである。

お客様に対応する従業員がタメ口や馴れ馴れしい態度で接して良い職業なんてあり得ないのだ。介護や医療以外の職業では当たり前と思われているそうした接客意識を、介護サービスにおいても失わずに、ごくごく当たり前の接客をしようというのが僕の主張である。

そうした当たり前を積み上げていかないと、他者の尊厳や権利は簡単に奪われてしまうのである。

他者と争って介護事業経営の勝ち負けを考えることも間違っていると思う。競合する他の介護事業者と比べて勝ち負けを争って、勝ったとしても何が得られるというのだ。そこでの勝ち負けは経済上の勝敗にしか過ぎない。だが私たちは経済的争いよりもっと大事な使命を持っている。

それは介護サービス利用者の暮らしを護るという使命だ。勝ち負けを争った相手の介護サービスを利用している人の暮らしを壊してはならないのだ。

だからこそ介護事業は勝ち負けを争わず、正しいか正しくないかを争うべきものではないかと思う。

それは戦争ではなく、当たり前を積み上げる競争である。戦争は不幸しか生みださないのだから・・・。


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