笛吹けど踊らず・・・一生懸命働きかけているのに、相手が全く反応してくれない状態をそう呼ぶが、介護事業者でも経営者や管理者の働きかけに、従業員の反応が鈍い状態は多々見られる。

そして、その状態がそのまま介護事業者の組織力の弱さとして指摘されることがままある。

介護事業者が組織として何かに取り込もうとする際に、従業員がなかなか一枚岩になって取り組むことが難しいという状態は決して珍しいことではない。

そのような介護事業者体質が先の国政選挙にも影響して、介護関連団体の推薦する候補者が下位落選の憂き目にあうという状態に通じているのではないだろうか。
(※参照:国政選挙で介護関連立候補者に票が集まらない理由 ・ 無敵の人
笛吹けど踊らず
だがその状態もやむを得ないだろうと腑に落ちてしまうことにも思い当たる。従業員が経営者や管理職を尊敬できない状態が生み出されており、そのことが組織力を弱めていると思い当たるのである。

昔々の話であるが、僕が長年勤めた社会福祉法人は僕が就職した年に設立された法人だった。

そこはショート併設の特養のみを運営するところから始まったが、土地は理事長が寄付したものの、建物や設備は国の補助金と、残りの資金は全額市からの補助金で設立運営された施設であった。つまり市におんぶにだっこの状態でスタートを切ったという意味だ。

その見返りか何か知らないが、僕が就職した時点で施設長を務めていたのは、市の部長からの天下りの人物だった。そしてその人から4代続けて市からの天下り施設長が続いた。

その中には特養の管理業務など一切しない名ばかり施設長といえる人もいた。自分の気分と興味で、特養運営に口を出すだけで、やり方は従業員に丸投げして、評論だけするといった状態である。

「役所に行く」が口癖の人もいたが、役所で何をしているのか、本当に役所に行っているのかさえ不明であり、役所から帰ってきたら散髪したのが明らかな状態である人もいたりして、従業員のモチベーションを爆下がりさせるような人も少なくなかった。

そういう人に限って、「交際費」という名目の領収書を数多く切らせていたりした。明らかに自分の吞み代じゃないかと思った・・・そういう人物が笛を吹いても、従業員がその笛に合わせて踊るわけがない。尊敬できない人の音頭は、ただの騒音でしかないのである。

その社福が初めて天下りではない施設長として任命されたのが僕である。5代目の施設長として、当時は地域で一番若い施設長として任命された僕は、そうした天下り施設長を反面教師として、それらの人とは全く違う仕事をした。

ケアの品質向上を理念で終わらせず、具体的方法論をトップダウンで示す形で行うようにしただけではなく、そこで出された成果を積極的に情報発信した。

地域だけではなく全国に向けて、北海道の片隅で働く名もない社福職員が、専門職として何を考え何を行っているかを発信して、そのことをモチベーションアップの動機づけに結びつけた。

施設長が施設に不在の場合も、どこに行き何をしているかを従業員に見える化・聴こえる化を図って、施設長の行動をできるだけオープンにした。勿論、あいまいな名目の支出・使途不明金のような交際費など一切発生させず、収益についてはできるだけ従業員福祉の向上と待遇改善に回した。

社福トップとして事業規模を拡大して、従業員の確保面でも、大幅に雇用人数を増やして定着率を高めながら単年度赤字にならぬよう安定経営を実現させていた。

だから僕が社福トップを務めている間に限って言えば、僕の笛で踊る従業員が大多数であったと自負うしている。

このように経営者自身が使命感を持って、己の仕事ぶりを誇ることができる姿勢を見せない限り、経営者の笛に踊る従業員を生み出すことはできないと思う。
メディカルサポネットの連載、菊地雅洋の一心精進・激動時代の介護経営の最新記事が8/4更新アップされています。
菊地雅洋の一心精進・激動時代の介護経営〜Vol.8
今回のテーマは、「(第8回)介護事業の命運を左右する職員研修の在り方」ですので参照ください。


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