看取り介護とは、この世で燃やし続けた命の灯(ともしび)が消えゆく瞬間をある程度予測できる時期に行われる介護である。
そこで行うべきケアとは、日常的ケアと何ら変わるものはない。
ただし看取り介護であるからこそできる介護もある。
それは人生の最終ステージを生きる期限が、あとどのくらいかということを意識するからこそ実現できること・・・それは限りある期限の中で、看取り介護対象者と遺される者の双方に意味がある、最後のエピソードづくりである。
看取り介護に関わる介護関係者には、このエピソードづくりのための支援の重要性を意識してほしい。
そういう意味では、看取り介護とは最期のエピソードづくりの支援行為であると言い切っても良いと思う。
僕が総合施設長を務めていた社会福祉法人の特養では、そうした支援行為は頻繁に、かつ積極的に行われていた。
その一例を紹介しよう。
89歳の女性入所者・カツコさんが看取り介護対象となった際のエピソードである。その女性の身元引受人でキィーパーソンだったのは60代の長女であった。
その長女に看取り介護計画の同意を頂いた際に、相談されたことがある。
その内容とは、カツコさんは、6人兄弟の下から2番目の長女として出生したが、その下にとても可愛がっていた妹がいる。もう兄弟で残っているのは、この二人の姉妹だけである。しかしお互い家庭を持つ身になってから家も決して近くにないし、年を取って体も丈夫でないことから、もう10年も逢っていない・・・でもカツコさんが看取り介護を受けることになった今、その妹に連絡すべきかどうか悩んでいる。なぜなら妹も病気持ちで、姉の死期が近いことを知ればショックを受け、病気が悪化しても困ると思うというものだ。
だが僕は長女に連絡した方が良いと云った・・・その妹が愛する姉の死を後から知らされる方が辛いと思うし、姉妹共に高齢で病弱の身となった今、きっと姉がどのように暮らしているか心配しているのではないか。その方がよほど体に悪いのではないかとアドバイスしたのである。
そのアドバイスを受け入れた長女は、僕の施設から約300キロ離れた地域に住むカツコさんの妹宅に連絡を入れた。その結果、妹の長男が電話を受け、カツコさんが登別市の特養で暮らしながら、もう少しで命の灯が消えようとしているという内容を妹に取り次いでくれた。
その結果、連絡から3日後に妹さんは長男の送迎で僕の施設にやってきた。そして姉・カツコさんが暮らす居室を訪れ、最後の別れの時間を持つことができた。
残念ながらその時期には、すでにカツコさんの意識はぜい弱な状態になっており、会話はできなかった。しかし妹さんの、「姉さん、会いに来たよ。会いたかったよ。」という声はきっと届いていたのではないだろうか・・・。
少なくとも、病弱な身を顧みることなく遠くからわざわざ足を運んできた妹さんにとって、その再会の時は意味あるものとなったであろう・・・こういう機会をつくる支援も私たちの大切な役割であり、使命である。
こうしたとき特養に初めて訪れた家族の方々に、馴れ馴れしい無礼なタメ口で接する従業員が誰一人としていないことにホッとしたものである。
看取り介護対象者の方に対しても、きちんと丁寧な言葉遣いで接し続ける従業員を育てていたから、遠くから始めて特養に訪れた方々も、タメ口対応などに憤慨するようなことがなく、悔いのないお別れができることを誇りにも思った。
こうしたサービスマナーに徹した対応も、日常介護から看取り介護までつながって続いていくものである。
それは看取り介護の場を哀しくさせないために必要不可欠な態度であり、看取り介護の場を逝く人・遺される人、双方にとって意味のある場にするための唯一無二の態度だと思っている。
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