昨日8/15は終戦記念日。僕は戦後生まれだから、太平洋戦争当時のこの国の暮らしがどうであったかということは想像の域を超えない。
しかし戦争体験者から、様々なエピソードを聴かされる機会は少なくなかったように思う。
僕が初めて特養の相談員(※当時の職名は生活指導員)として社会福祉法人に就職した当時は、戦争が終わって40年弱という時期であったため、特養の利用者の多くの方は自身の戦争体験を持ち、その記憶を語ってくれた。
「トシさんの戦争体験」で紹介した手紙も戦争の語りべと言える人からのメッセージだった。
日常的に自分の命が危険にさらされ、知り合いの命が消えていくのが当たり前のような毎日を過ごした経験を持つ人々・・・愛する誰かが死んでいくことにも慣れてしまうような日々を過ごした方々がその体験を語ってくれた。
それと同時に固く口を閉ざす方も少なくなかった。
認知症(※当時は、痴ほう症と言われていた)ではなく、記憶力も衰えていないにも関わらず、戦時中の話題に及ぶと貝のように口を閉ざしてしまうのである。
そういう人たちにとって、戦争とは、軽々しく口にできないような悲惨な体験ではなかったのだろうか。
その心情を想像すると、この平和な時代に生まれ育ってきた僕たちの世代は、なんと幸運な世代であるのかということに気づかされる。
しかし今年はもう戦後78年・・・。特養の利用者も戦後生まれの方が増えている。
戦時中に出生された方だとしても、その当時は幼児期であった方が多くなり、戦争の記憶もほとんどない人が増えている。特養の利用者さえも「戦争を知らない子供たち」の世代に移り変わっているのだ。
そんなふうにしてやがてこの国は、「戦争を知らない子供たち」の世代しか住まない国になっていく。その人たちが、さらに後世に戦争の悲惨さや平和の尊さを伝えていくことができるのかが問題である。
しかし世界を見渡せば、今も戦争は行われている。思い返せば僕自身が生きてきた時代で、世界のどこにも戦争が行われていなかった時期というのは、ほとんどないように思える。
たまたま今の日本は戦争とは無縁なだけで、いつこの平和が破られても不思議ではないことに思いを馳せる必要があるのではないだろうか。
僕はたまたま社会福祉法人に就職し、対人援助という職業を通じて利用者の命や暮らしと向き合ってきた。
しかしそれも平和な社会であるからできる仕事であったのかもしれない。過去の戦争では、戦地において他者の支援を必要として生きなければならない人の命や暮らしは、簡単に切り捨てられてきたという歴史もあるのだ・・・。
だからこそ自分より若い世代に、僕が戦争体験者から伝えられたエピソードの数々を伝えていく必要があるのだと思う。戦争を体験した人の思いを、その人たちにこの世で相見えることがない若い世代にもつなげていく必要があるのだと思う。
そんなことを思いながら過ごした終戦の日・・・同時にこの平和な時代で、最も安心すべき介護サービスの場が、利用者の身体や心を傷つける場ではないように、ごく当たり前の介護実践を護るべきことを強く誓ったりもした。
明日はそな思いも込めて、「虐待防止」をテーマにした無料オンライン講演を配信するので、(ID):846 1504 9714(パスコード):279279を使って、午後2時までにZoomに入っていただきたい。
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その中で、「空襲で背中に火傷を負ったご婦人へのケア」のお話しの印象が強かったことがとても心に残っています。私の祖父も終戦の際に満州より九州へ引き揚げる事が出来、中には、ほんの少しの違いでシベリアへ捕虜となり過酷な生活を強いられた知人の方々もあったと、父づてに聞いた事を記憶しています。
祖父はもう他界しており、また生前、戦争中の話はほとんどされませんでした。今、思えばどれほど過酷であったのかが想像される思いが致しました。
戦後78年、すぐに80年、100年と月日は経過し、その記憶の伝承も希薄になる事は必然ですが、ご縁があって高齢者介護に携わる者として、子や孫にもバトンをつなぐ努力を続けていこうと思いを新たに致しました。
そしてご利用者の皆さまが人生の晩年の時を少しでも幸せに感じて頂けるよう、誠実な介護を護っていきたいと思います。乱筆失礼致しました。
masa
がしました