昨日は海の日で、GW以来の久しぶりの祝日。暦の上では先週末からの3連休となった。

シフト勤務者が多い介護関係者にとって、それはあまり関係がないのかもしれないが、事務関連の職種の方などは休みをとれた人が多いのではないかと思う。そういう方々は今日以降頑張って、休みなく働いてくれたシフト勤務の方々の公休を増やして心身をリフレッシュさせてあげるように努めてほしい。

そうした職場環境づくりも、人を定着させて育てるためには必要だろうと思う。是非このことは軽く考えないで、対策をとってほしいところである。

さて3連休についていえば、観光地の登別市は昨年とは違った光景が見られた。天候は土曜日だけが雨だったが、日・月の2日間は良い天気に恵まれ行楽日和であったことから、温泉街などでも人出がかなり見られた。観光客が少なくなっていた温泉街に、やっと賑わいが戻ってきた観がある。

様々なイベントも復活したり新規開催されたりして、コロナ禍以前の状態に戻りつつあることが実感できる連休だった。

こうした日常が普通に存在することほど幸せなことはない。

新型コロナウイルス自体が無くなっているわけではなく、第9波という状況も見られるので引き続き警戒を・・・そんな話も聞こえてくるが、個人的感想を言えば感染状況に定点確認に一喜一憂するのもいい加減に止めてもらいたいと思う。

人類はこれからずっと先まで、季節性インフルエンザと同じように新型コロナウイルスと付き合っていかなければならないのだ。そのことを鑑みた新しい視点で暮らしを考えていかねばならない。そうであれば感染の波を数えたりすることなんはナンセンスだと思う。感染予防対策に引き続き注意するなんてことは誰しもがわかっていることで、有識者が呼びかけたって大した意味はない。

それよりも我々がもっとしなければならないことがあるのではないだろうか・・・それは非日常が続いたコロナ禍の3年間を振り返ってみることである。何が正しくて、何が行き過ぎて、何が間違っていたのかを考えねばならない。
カスタマーハラスメント対策
例えば先月記事配信した、「人権を護るとは何をすることなのか。」に、7/4付でコメントが書き込まれている。

投稿主は80歳代の女性で、老人ホームを退去した方だと自己紹介されている。まずはそのコメントを原文のまま転載させていただきたい。
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転載ここから
80代の老婆です、いつも読ませていただき共感と共に安堵と希望を与えていただき感謝しています。

実は老人ホームを退去し新しい住まいである賃貸マンションに引っ越して1年3ヶ月経ちました。

退去の理由は、勿論コロナ禍の人権侵害でした、
外出自粛、面会禁止、その他諸々の対応にウンザリでした、動物園の動物じゃないんだから~とぼやき続ける日々が今となっては懐かしいです。

80才過ぎての引っ越しは本当に大変でしたが、富士山を眺めながら食事できる幸せを満喫しています。
先のことはわかりませんが、今願ってることは、施設はゴリゴリですのでか「野垂れ死に」でもいいのでこのまま自由に生ききりたいと考えています。

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面会自粛・外出制限・・・それらはすべて理由があって行ったことであり、必要であったと言い切っている施設関係者は、このコメントを読んでどう感じただろう。

このような声は無視されてよいのだろうか・・・僕は決してそうは思わない。おそらく全国の至る所で、同じような思いを持つ人はいて、しかし声を挙げられないでいるのだろうと思う。

クラスター感染を防ぐためにやむを得なかった制限も確かにあろうと思う。同時に年単位に及ぶ面会制限は、果たして正当な制限で、行き過ぎはなかったのかも検証されなければならない。

面会制限をしていながらクラスター感染を複数回引き起こしている介護保険施設がある傍らで、同じ地域に面会制限を全く行わず、職員と同じ感染予防対策をとれば家族面会も可能としていた施設が、一度もクラスター感染を引き起こしていないという実例もある。

その違いや原因の検証も不可欠だ。

コロナ禍による面会制限が始まった2020年4月には、大阪市西淀川区で感染防止のため面会制限が行われた特養から、「親孝行がしたい」として50代の息子が90代の母親を退所させ引き取った翌日、無理心中するという事件も起きている。・・・この息子にとっては、面会ができない特養に母親を入所させ続けているより、二人で死を選ぶ方が親孝行であったということか・・・。

どちらにしても日常ではなく、異常な状態がそこかしこに起こっていたのが、コロナ禍の社会であったという事実に向き合って、その検証を行うことがこの時代に生きたものの責任だと思う。

少なくとも、今後に向けて制限を行う場合も、より多くの特例を認める条件や、制限する場面や期間を最小化するための対策を練る必要はあるだろう。

それを全くしないで、コロナ禍を過去形に追いやるだけの人であれば、対人援助という職業の責任を果たしていないと批判されても仕方がない。

コロナ禍で介護事業者の制限が広がる過程で、巷では介護事業を、「必要悪」なんて言っている人がいたという事実を受け止めなければならない。だからこそ僕たちはこの時代を生き、この時代の中でコロナ禍の介護サービスを提供した者の責任として、しっかり後世に教訓を伝える責任があると思う。

今だからこそ見えるものをしっかり見つめ、今だからこそ拾える声に耳を澄まし、冷静かつ温かいまなざしをもって振り返る作業が求められるのだと思う。

歴史の証言者とは、私たち自身であることを忘れてはならない。
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