介護の職業に就くにあたって、志(こころざし)を高く持つということは大事だ。

その志を現実の介護という職業に生かして、より高品質なサービスの実現に寄与できればそれに越したことはない。

だからといって高い志を持つことが、介護という職業を選ぶにあたっての必要絶対条件ではない。ここを取り違えてはならないのである。

正直いうと、介護の職業に就く動機づけなんて何でもよいのである。

人それぞれの事情があるのだから、たまたま介護という職業に出会って、自分が目指した職業ではないけれど、その職に就いたという人がいたって良いのである・・・というか、そのような人がたくさんいるのが介護関連事業の実態でもある。

そうした人たちに特別な思いを持てと指導したとしても、そんなものを持つことができない人も多い。そもそも思いとは、個人の感情なので、他人が押し付けて持つことができるようなものでもない。

ないものねだりをしないで、もっと現実的に対人援助のプロとしてスキルアップできるように導くのが、管理職や指導者の役割である。
御衣黄(ぎょいこう)
登別に桜が咲くのはGW前後であるが、市内には花の色が緑の、「御衣黄(ぎょいこう)」という桜が咲く場所がある。

桜の色も様々であるように、人の考え方も様々なのだから、その人の価値観に合わせた色違いの様々な花を咲かせる手伝いをすることが大事になる。

様々な理由で介護の仕事を選んだ人が、一旦就いた介護の仕事を続けたいと思う動機づけを得られるかどうかとうことが一番重要なのだ。

そういう動機づけを与えられる職場環境であるか、そういう動機づけを与えられるように導く指導者やリーダーがいるかどうかが問題だ。

たいした動機づけもない状態で介護の職業を選んだ人であっても、実際にこの仕事をやってみて、人の暮らしに介入して、人の人生の幸福度に自分が大きな影響を与えることの意味と役割を感ずることができるのであれば、その人は介護人材として大きな成長を遂げることができるだろう。

だからこそ、自分の関わり方ひとつで関わる人の尊厳を護ることができる反面、逆にその尊厳を奪い、心を殺して不幸のどん底に沈めてしまう恐れさえあることを知らしめてほしい。

利用者によそよそしく思われないようにと考えて、言葉を崩して失礼な態度で接することが、いかに人の尊厳を傷つける元凶になっているかを理解させる指導が必要なのである。

よそよそしさを感じさせることを恐れるよりも、馴れ馴れしく無礼な態度を恐れる対人援助のプロを育んでほしい。

誰かの人生の幸福度に影響を与える仕事であるからこそ、介護という職業には社会的使命があることを理解するように導いてほしい。

ごく当たり前に、人の暮らしを支えるという責任感を持つことができる教育が求められることを忘れないでほしいのである。
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