最近、DXという言葉を耳にしたり・目にしたりする機会が増えた。

DXとは、「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略称で、デジタル技術によって、ビジネスや社会や生活の形を変える(Transformする)ことである。

介護分野でもその言葉が使われる機会が増えており、例えば、「高齢者人口の更なる増加と生産年齢人口の減少を見据えて、介護制度の改革を進めることが重要ではないか。あわせてDX等の著しい進展に対応した介護サービス提供体制の改革を進めていく必要があるのではないか」という文言が、介護保険部会の資料に書かれていたりする。

平たく言えばそれは、「要介護高齢者の増加に対応する介護人材の確保は不可能なので、それはあきらめてデジタル技術の進化に頼ろう。」という意味だ。

介護労働もそれに合わせた仕事ぶりに変えていく必要があって、その対応が遅れた事業者については、自己責任で足元の問題解決に努め、国にそれ以上頼ろうとするなという警告も含まれている。

しかし介護という感情労働は、力と巧緻性が織り交ざって対応されなければならない行為で、機械がとって替わることができない部分も多く、デジタル技術に合わせた労働形態変化といっても、機械が見守る場所の職員配置数を削減するという、きわめて危険で安易な方法に結びつくだけの結果にならざるを得ない。

つまり介護DXによって救われない暮らしや命が出てくるだけではなく、DX化という名のもとに、それまで救えた暮らしを、見捨てるという結果も生み出すことにつながっていくのだ。

だがそんなことは国も織り込み済みで、介護DXによってもなおかつ対応できない部分は、「どうしようもない」として切り捨てざるを得ないと考えているのだろう。

なぜなら国が一番恐れているのは、介護人材が不足することではなく、介護人材の不足に対して、「無為無策」だと批判されることである。よって介護現場のニーズや介護現場で働く人の声なんかに関係なく、何か対策しているという姿勢を示す必要があるのだ。
姥捨て山
それがDXの推進策である。それによって実現するのは、新しいスタイルの姥捨て山である。

介護DXの推進は、「介護職員の働く環境の改善に向けた取組の検討」として、介護サービス事業者の経営の見える化や優良事例の横展開、ICT・ロボットの活用等による現場の生産性向上、行政手続のデジタル化等による業務効率化、経営の協働化・大規模化等による人材や資源の有効活用という具体策が検討されることになるが、それが見据えるものは配置基準の削減である。

それによって介護職員の働く環境はさらに過酷になるだけで、環境改善なんて絵に描いた餅ほどの現実味のないものだ。

同時に介護DXの推進の先には、医療・介護DXの推進を睨んだものになるが、それは医療患者・介護サービス利用者の個人情報を、パッケージで医療・介護事業者が共有化を図るという問題につながる問題でもある。

そうなると医療・介護サービス利用者は限りなく人としてではなく、番号として管理され、人としての豊かさを失った老後の暮らしを覚悟する道につながっていくだろう。

これからの20年間は、年を取って豊かな暮らしを送れるなんて妄想を描かずに、年を取ったらこの国で生きられることだけに感謝して、できるだけ早くあの世に旅立ってくれと促されるのが落ちなのである。

私たちの老後は、そういう社会で生きるのだということをことを覚悟させるための世論操作・大衆誘導が行われているとみるべきである。

この考えが被害妄想であると笑い飛ばせるなら、それに越したことはない。
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