介護事業におけるICTの活用は、介護業務負担の軽減と人員配置基準緩和の方向から語られる機会が多くなっている。

しかし介護サービス利用者自身がICTを活用することで生まれる、「新たな可能性」も多々存在する。

それがQOLの向上につながるのであれば利用者メリットと言える。そういう方向で大いにICT活用を、介護サービス利用者に対しても推奨すべきである。

では利用者がケアサービスを受ける中で、具体的にどのような場面で、どういうふうにICT活用できるのだろうか。そのことを僕の実践例として紹介しておきたい。

例えば僕が過去に関わった、「看取り介護」のケースでは、オーバーヘッド型のVR(バーチャルリアリティ)機器を利用した、「利用者の思い」を実現する方法が、一定の効果を現わしている。

看取り介護の際に重要となることは、限られた時間を意識する中で、遺されるものと逝くものの間で様々なエピソードを心に刻んでいくことだと思う。そう言う意味からいえば、VR利用によって、今までできなかったエピソードが刻まれ始めていると言え、VRは看取り介護にとって重要な役割と意味を持つ機器となっている。

自分の死期が近いことを自覚している看取り介護対象者の方は、自分の死後について思いを巡らせ、家族や親しい人にその思いを伝える人も多い。しかし終末期の心身状態の影響で、その思いが実現でいないことも少なくない。VRは、過去に実現できなかった看取り介護対象者の、「思いの実現」を図ることができる機器として重要な意味を持つ。

末期がんで余命3月とされていたTさん(73歳)のケースが、そのことを証明してくれた。

Tさんは50代で最愛の奥様に先立たれ、その位牌を護ってきた方である。70歳になるまで自宅で奥様の位牌と共に暮らしていたが、糖尿病の悪化から合併症を併発され、介護を要す状態となり特養に入所された。それからわずか2年後に肝臓がんを発症し、転移による末期がんと診断された。

Tさんがお元気なころから繰り返し行われてきた人生会議において、仮に終末期になった場合は告知を望むとされていたため、末期がんの診断結果も、余命診断もすべて本人に隠すことなく告げられている。

そのためTさんは自分の死期が間近いことも受け入れており、むしろそれは先立たれた奥様に再会できることであると言われていた。

だから自分の生きる時間が日々削られていくことには恐怖心を持っておられない。失われていく一日一日を、愛おしく感じながら心安らかに過ごされている。

そんなTさんがある日、ふと思いついたことがある。自分が特養に入所して以来、不在となった自宅の仏壇と、そこに祀(まつ)られている妻の位牌は、いったいどういう状態になっているだろう。そう考えると位牌がある仏間の状態も気になって仕方がなくなった・・・。「死ぬ前に、何とかもう一度自宅に帰りたい。そして仏間と仏壇の様子を見に行きたい。」・・・そんな思いを、相談員に伝えた。

しかし地理的事情や身体状況から、一時的でも自宅に帰省することは難しい状況だった。そこで利用されたのがVRである。

Tさんの思いは、相談員から長女に伝えられた。実はTさんが特養に入所された後、自宅には長女がその家族と暮らしており、仏壇の位牌も長女の家族によってきちんと護られてる。その様子をスマホ動画で撮影して、その画像を送ってもらい、VRでその様子をTさんに観ていただいた。
看取り介護におけるVR活用
VRを利用すると、自分がそこに居るように画像を観ることができる。Zoomなどを使ってPC画面で自宅の様子を見るよりリアルな感覚で、VR画面に映っている場所に自分が居る感覚で画像を観ることができる。

Tさんが不在となった後の家全体の様子、仏間と仏壇の位牌の様子、家の畑に咲いている花・・・そんなものをそこに居るかのようにすべて確認することができて、安心したTさんは、「俺もあの仏壇に入って、妻と一緒に家を見守ることができるなあ」と言いながら、その1月後に何の未練もないかのように、静かに安らに旅立っていかれた・・・。

こんなふうに、「自宅の様子を見たい」・「昔ドライブしたときの景色をもう一度見たい」・「行くことができなかったパリの景色を見たい」等の思いを、VR機器を通じて実現できるかもしれない。

そうなると今、コロナ予防対策で、面会制限が続く中の看取り介護にも、VR機器を通じた別の可能性が生まれるかもしれない。

モニター画面では交わすことができないコミュニケーションも、VR機器であれば、対面と変わらない感覚で可能となる可能性もある。

使い方は無限に広がると思う。当然看取り介護場面以外にもその利用は広げることができるだろう。

ということで介護施設等ではオーバーヘッド型のVR機器を最低1台は備えおきたいものである。

なお、今日紹介したケースの紹介も含めた、「看取り介護講演」が大阪市老連より7/1に配信予定である。

ただしその申し込み締め切りは、本日6/17(金)となっている。駆け込みでの申し込みは、本日中に大阪市老連主催・看取りケア研修会、「コロナ禍における看取り介護と家族の支援(ケア)〜最期まで幸せを守りたい」の文字リンク先からお願いしたい。
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