介護サービス利用者に対して、「ため口」で接している従業員の中には、「利用者の状況に応じて言葉を使い分けている」と屁理屈を捏(こ)ねる連中がいる。

だがそういう連中は、自分が常に利用者の置かれた状況や相手の気持ちを常に正しく把握できるという神業でも持っているというのだろうか?

そんな常人ではない能力に期待するより、介護サービスを利用されているお客様に失礼のない、使い分ける必要もないマナーのある丁寧な言葉遣いに徹する方が、サービスの品質を担保できるというものだ。

そもそも言葉遣いを無理に使い分けると、「差別している」という誤解を与えかねない。使い分けている側が、利用者の個別性に応じた対応だと考えていたとしても、使い分けられる側は、「自分にだけ失礼な態度だ」とか、「他の人と異なり無礼に対応された」と思われてしまえば、相手を傷つけてしまう結果にもなりかねないのだ。

現に言葉を状況に応じて使い分けているという連中に限って、利用者にはタメ口なのに、その家族に対しては丁寧な言葉で対応していたり、認知症の方にはタメ口で対応し、認知症ではない人には丁寧語で対応していたり、ありらかに自らの価値観によって差別対応しているとしか思えない人もいるのである。

スキルの低い人たちの考える世界基準や業界平均とは、所詮それらの輩には見えていない低い山である。我々はすでにそこを登り切って頂の上から、別の高い山を目指しているのだ。はっきり言ってレベルが違うのだ。

だから今後は、タメ口対応が修正できない輩を、「レベチくん」と呼ぶことにしようかと思っている。

どちらにしても介護施設にはびこる「介護の常識は世間の非常識」という状態は、自分の価値観レベルで考える感覚麻痺に起因していることが多いのだ。

自分だったら家族と同様に馴れ馴れしく話しかけられても、窮屈でなくて親しみを感じられるからそれでいいやという感覚が、タメ口で利用者に接して恥じないレベチくんを大量生産してしまうのである。

そういうレベチくんに、「職員が利用者にタメ口で接する施設に、自分が入所したいと思いますか?」と尋ねても、「自分はそれでいいや」という風に開き直って終わりになる。

そのようにスキルの低い人間の、低い見識や意味のない妥協に巻き込まれては何も変わらないのである。

そういう意味では、「自分が入りたい施設」レベルで物事を考えても意味はないのだ。今どき従業員に、「自分が入所したい施設を創りましょう」などと訴える経営者や管理職も時代遅れであるし、センスがないとしか言いようがない。

そんな呼びかけは、介護のプロフェッショナルという意識を薄れさせるだけである。

だから・・・介護施設が目指すべきは、「自分が入所したい施設づくり」ではないのだという理解を持ってほしい。
大切な人
私たちが目指すべきは、「自分がこの世で最も大切に思う人を、安心して任せてよい施設づくり」であり、「自分が愛する人を、安心して入所させられる施設」なのである。

そうした意識をもって介護事業経営や、管理職業務にあたってくれる人が増えることで、きっと介護業界は少しでも良い方向に変わるはずである。

自分自身をそのに変えようとしたり、変わろうとする経営者や管理職の方が、一人でも増えることを期待したい。
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