北海道で人材育成に携わっている僕としては、とても残念に思えることが道内の看護専門学校で起こっていた。

北海道南部の江差町にある道立江差高等看護学院と紋別市の紋別高等看護学院で、学生が複数の教師から「ペンでぶっ刺すぞ」などの暴言を浴びせられ、適切な指導を受けられず留年や退学に追い込まれた。

この件に関して10月12日、第三者調査委員会は52件のパワーハラスメントがあったと認定した。

認定内容の発表の場で委員会座長は、「教師が個人個人の教育観に基づき教育をしていてハラスメントが発生した」と述べている。

これを受けて鈴木北海道知事は、13日に会見を開き謝罪するとともに、道はパワハラで留年や退学となった生徒らの救済策を検討している。同時にパワハラ行為が認定された職員については処分の検討を行っている。

留年と退学の救済は1日も早く行ってもらいたいが、仮に救済策が実施されたとしても、学生の心の傷が癒されているかどうかが心配なところだ。トラウマとして心に傷を負ったまま、看護の場で仕事をするようになった時に、ふとしてきっかけでその傷口に何かが触れて、その人物を破壊しかねないのがパワハラ被害者の特徴だ。

そうした被害をもたらしているのが、看護教育に携わる教育者であることが哀しすぎる。

果たしてこれらの教員は、人材育成や教育とはどういうことかということを理解しているのだろうか。

確かに教育指導の一面には、スクリーニングという意味を持たせる必要もある。看護という人の命に深く係る仕事であるからこそ、向き不向きを見極めてふるい落とすことは、将来患者になる人たちのためだけではなく、自分の適性に気が付かずに、自分に向かない看護という仕事に就いて苦行を続けることになりかねない学生自身のためでもある。

しかしそれは教育指導の本道ではない。人材育成のための教育の本道とは、人の成長を期待し、能力を発揮できるように知識と気づきを与えることだ。

そうした教育課程では、時として生徒を叱る必要もある。

人材不足が叫ばれる介護業界では、叱ると辞めることを恐れて、介護実務の場で後輩を叱れないことが後進が育たない一つの要因でもある。だからこそ叱る勇気を失わない指導者の態度が時として必要になることは確かだ。

しかし叱る目的は、教える人に自らの欠点を自覚させ、併せて長所を気づかせることにあることを忘れてはならないのである。

そのためには叱った後で、事後的なフォローをすることが必要になる。そうすることで叱責前の状況よりもスキルを引き上げることができるからだ。そうしたフォローや努力をする義務と責任が教員にはあるのだ。

教育者は叱責や指導の必要性を明確にして、教える者にそのことをしっかり伝える責任があることを忘れてはならない。

そもそも叱ることとは、怒りを生徒にぶつけることではないのである。

ましてや人をからかったり、できない奴と烙印づけたりすることは教育にならないし、そうした態度をとる教員は、教育者としては失格である。というより今回報道されている暴言が本当だとしたら、それはすなわち人間として失格といってもいかもしれない。

感情的に怒りをぶつけて行動を修正させようとする人は指導者には向かない。そうした態度を改められない人は教育者という立場から身を引かねばならない。

本件の加害教員の責任は厳しく追及される必要があるし、そういう人はもう2度と教壇に立たせないことが必要になると思う。

本件によって志半ばで看護職の道を閉ざされた人たちは、本当にお気の毒だと思う。救済策は早く広く適用して、閉ざされた道を開くようにしていただきたいと切に願うのみである。
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