令和3年度の介護報酬改定で施設サービスに新設された、「自立支援促進加算」の算定要件に関連するQ&Aで、おもしろい内容が示されている。

おもしろいと言っても、それはファニーという意味ではなく、なんで今更こんなことを大げさに示さねばならないのかという意味で、「おもしろい」と思ったのである。

その内容とは、Q&A Vol10・問10の、『支援計画の実施にあたっては、原則として「生活全般において、入所者本人や家族と相談し、可能な限り自宅での生活と同様の暮らしを続けられるようにする」とされるが、具体的にはどのような取組を行うことが求められるのか。』という回答の中に、下記のような一文が示されていることである。

起床後着替えを行い、利用者や職員、家族や来訪者とコミュニケーションをとること

↑この回答を読んで、「何を当たり前のことを書いているのか」とか、「こんなことが加算算定要件になり得るのか」と考えた人は、常識的で正常な判断能力のある人だと思う。

この加算で求めているのは、日中できるだけ離床して他者とコミュニケーション機会を持つことである。その理由は、「中重度の要介護者においても、離床時間や座位保持時間が長い程、ADLが改善すること(Q&A Vol10より)」であるとされている。

他者と交わるのが嫌いな人は、そんなコミュニケーション機会はいらないと言われるかもしれないが、そうであっても昼夜逆転を防いだり、日中の活動性を高めて心身活性化するために、きちんと寝床から離れて、日課活動を行うことができるように準備することは大事な支援である。

そうした日常支援が暮らしを営む人にとってメリハリとなり、生きる意欲につながることも少なくない。

そのために寝巻から日中着に着替えを行うことは、身だしなみという意味以上に大事な行為であり、ADL支援として重要視されなければならない行為である。

ところが寝巻と日中着の着替えを軽視し、着たきり雀を大発生させている介護施設は決して少なくない。

僕が大学卒業後に就職した特養は、僕が就職した年に新設された施設だったので、介護職員(当時は寮母と呼称されていた)は、短大の保育課の新卒者のほか、医療機関で付き添い婦として介護経験を持った人が雇用されていた。

そのため医療機関の入院患者に対する方法論が、そのまま用いられる傾向が強く、病衣で1日過ごす入院患者と、施設利用者が同じように考えらる傾向にあった。そのため寝巻と日中着の着替えが行われずに、着衣の交換は入浴介助の際の週2回のみで、着たきり雀状態で利用者が過ごしているのが普通の状態だった。

僕はそれは暮らしの場の方法論ではなく、世間一般の考え方では非常識であると考え改善に取り組んだ。しかし医療機関の方法論と価値観にどっぷりつかった当時の介護職員の考え方と、その方法論を変えるためには多大なエネルギーと時間を要し、寝巻と日中着の着替えを行うことが当たり前の支援方法となるには数年の期間を要した。

昭和の介護施設は、そんな施設が多かったのではないかと思う。

しかしそのような介護施設が昭和の遺物であるかと言えば、そうとも言えない。僕が総合施設長を務めていた社会福祉法人の特養では、入浴支援の際にしか着替えの支援を行わないということは、過去の遺物になっており、毎日の着替え支援は当たり前であったが、僕が5年ほど前に1年だけ務めた千歳市の老健施設は、ケアの品質が昭和のままだった。

老健だからリハビリテーションを行うため、利用者は動きやすいトレーニングウエア(ジャージやスゥエットスーツ)を着ている人が多かったが、そうした日中着から寝巻に着替えることなく、夜もそのまま眠らされる人が多かった。

着替えをしているのは自分で着替えができる人だけで、ひどいケースになると、着替えの介助が必要な人の利用契約時に、「老健はリハビリ施設だから、起きてそのまま訓練できるように、スゥエットスーツのまま寝ましょう」・「本人の負担になるので、夜と日中の着替えがなくて良いような楽な着衣を着せてください」なんて家族に説得することもあった。

本当に驚いたが、そういう施設はまだそこに存在したのである。着替えをしなくて楽なのは、利用者ではなく、「職員でしょう」と言いたくなるが、そういう理屈が通用しないほど、世間の常識とその老健の常識は乖離していた。

しかし寝巻から日中着への着替え支援を毎日行っていないという意味は、下着の交換も行っていないということだ。下着は汚れていなくとも、寝汗などを吸い込んで不潔になるものなので、毎日交換が当たり前であるが、その老健では下着も入浴時のみの交換という不潔な状態が当たり前になっていた。それは劣悪ケアと言ってよい状態だろう。

老健は特養と異なり、利用者の私物の洗濯は施設で行う必要はなく、家族等が行うことになっているのに、この劣悪さはただただ、「着替えの支援」という当たり前の支援行為を省いていることによるものだ。

つくづく老健とは、暮らしの場ではなく、医療機関と同じなんだなと感じたものである。(もちろん、そのようなケアの品質の低い老健ばかりではないと承知してはいるが・・・。)

こういう清潔支援の不徹底は、ウイルス予防の漏れにもつながりかねない問題である。その施設は、「きれいにする」という意味のクリアという言葉を施設名に入れてはいるが、どこをとってもクリアではなかった。

現在その施設は母体の精神科医療機関に隣接する場所に移転し、建物自体は新しくなっているが、どうやらケアソフト自体は旧態依然のままらしい。

そうした施設がまだ多いという意味で、Q&A Vol10・問10のような疑義解釈を発出しなければならないとしたら、この国の介護施設のケアレベルは決して世界に誇ることができるものではないと言えるのではないだろうか。

着たきり雀を正当化し、毎日の下着交換や、寝巻から日中着下の着替えを行わないという非常識が、介護施設からなくならないことには、本当の意味で利用者の暮らしは護ることができないのである。
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