昨日、(蝓縫螢屮疋ゥ魁璽櫂譟璽轡腑鷦膾鼎離ンラインセミナー、「看取り介護実践の視点〜基本から応用まで」の2回シリーズ最終回を配信した。
看取り介護オンライン講演
1回1時間で2回シリーズだったので、入門編としては聴きやすかったのではないかと思う。

さらに詳しい内容を学びたいという方は、もう少し時間の長い看取り介護講演を受講していただくか、あるいは僕の著書、「看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」を読んでいただきたい。

看取り介護は、死を看取る介護という意味ではなく、人生の最終ステージの、「生きる」を支える介護だ。

回復不能の終末期であり、旅立ちの時が近いことがわかっているからこそ、その貴重な時間を意識して人生最期の時期にエピソードを刻むことができる。そのエピソードづくりを支援するのが看取り介護である。

だからこそ終末期判定や余命診断は極めて重要になる。ここの部分をあいまいにしたり、おざなりにしたりする看取り介護があってはならない。看取り介護が1年も2年も継続するんあてことはあり得ないのである。

貴重なお別れの時間で様々なエピソードを刻むことができるからこそ、逝く人と遺される人との命のバトンがリレーできるのだ。看取り介護はそのバトンをつなぐ支援でもある。

そのためには逝く人が人生最期の場面で、どこでどのように生きたいのか、どんな医療支援や看護・介護支援を受けたいのかを確認しておくことが重要なポイントになる。そのためには人生会議(ACP:アドバンスケアプランニング)の過程を経て、対象者の意思確認若しくは意思推定を行い、支援チーム全体がその意思に沿って関わり方を統一することが重要である。

看取り介護では、食事を経口摂取できなくなる時期を経て死に至るが、その際も不必要な経管栄養や点滴を行わないことが安楽につながる。何も食べておらず、何も呑んでいなくとも、体液が排出されるのは、身体が氏の準備をしている証拠である。

この際に強制的に栄養や水分を体に注入すると、身体が悲鳴を上げるかのように、手足はむくみ、目は充血し、痰が絡んで看取り介護対象者を苦しめる。

特に喀痰は、自分で輩出できる人には何の障害にもならないが、意識レベルが低下する看取り介護対象者にとっては、吸引が必要となる一番の苦痛要因だ。痰が絡むという苦痛、それより苦しい痰を吸い出すという行為が必要なくなるように、痰につながる不必要な栄養・水分補給は決して行わないようにしたい。

ただしそのことは事前に対象者もしくは家族に十分説明して、納得していただく必要がある。

それがないまま、看取り介護支援チーム間の専門職の理解だけでことを勧めると、取り残された看取り介護対象者と家族は不安しか抱かない。

医療や看護・介護の専門職と、そうではない人の知識には思った以上の差があることを理解して、丁寧で親切な説明が求められるのであり、それこそが看取り介護計画書の説明・同意の際に必要とされるのだということを理解しなければならない。

できればその説明は、医師が同席する場で行いたい。看護師やケアマネジャー及びソーシャルワーカーだけがいる場で説明するより、医師が同席している場所で、「終末期の点滴は、苦痛にしかなりません」と説明された方が、対象者や家族は安心できるからだ。

死は、生きている人間は誰も経験したことがない未知のものである。だからこそ医師という専門職から、安心できる言葉を期待する人は多いことは、看取り介護に関わっている人なら容易に理解できるだろう。
登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※介護事業経営に不可欠なランニングコストをリスクゼロで削減できる新情報を紹介しています。まずは無料診断から始めましょう。電気代でお困りの法人・個人事業主様へ、電気コスト削減!【ライトでんき】





※別ブログ「masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。