様々な職業がグローバル化していく中で、介護の職業はよりローカル化することが求められている。

世界基準よりも、個人基準に寄り添うことが求められるのが介護という職業である。それは個人の暮らしというものが、様々な個性や個別事情を持っていて、その暮らしを営む人自身の価値観で何事も決められるのが基本だからである。

そのため介護という職業には、常に困難な問題が伴う。Aさんの暮らしの専門家は、Aさん以外あり得ないわけであるが、そこに私たちは対人援助の専門家として関わらなければならないからだ。

個人の暮らしの専門性と、私たちの専門性が、そこでバチバチと火花を散らせば、介護はとても怖くて辛いサービスとなってしまう。それはもはや対人援助とは言えなくなるかもしれない。

そうならないように、私たちは利用者の最もプライベートな空間に足を踏み入れるときに、利用者の個性や意向を最大限に尊重しながら、その人の内面にも目を向けて、表明された意思や希望を受容するとともに、表明できない心の声を聴きとろうとする必要がある。

認知症などで意思確認できない人が利用者の場合は、その人にとって何が一番必要なのかということを読み取って、その意思を代弁することも求められてくる。

そこでは、「私たちは、あなたの暮らしの専門家にはなれないけれど、あなたの暮らしをともに支える専門家なのですから、どうぞ私を寄り添わせてください。」と言う姿勢が必要だ。「傍らに寄り添ってあげる人」になるのではなく、「傍らに寄り添うことが許される者」になろうとする姿勢が求められるのだ。

そのような精神作業を日々黙々とし続けていくのが、「介護」という職業である。

そういう意味で、介護という職業は決して派手な職業ではない。むしろ地味で目立たない仕事を積み重ねていくことが介護という職業の宿命だ。

社会の片隅で、ひっそりと息をしている人の傍らに寄り添い、その人たちの暮らしを支えながら、そのことを表立てることもなく、一つのひとつの仕事の成果を世に訴えることもなく、黙々と日々の暮らしに寄り添うのが介護という職業である。

介護が支える誰かの行為にゴールがあるとも限らない。人の暮らしをさせている職業であるからこそ、「生きる」を支えるために、いつ果てるともない毎日繰り返される行為を支え続ける必要がある。

その繰り返しを尊いことだと思いながら、昨日と今日と明日をつなげていくのが介護の使命だ。

そういう意味では私たちは大きな仕事はできないかもしれない。目の前にいるたった一人の誰かしか笑顔にできないかもしれない。

しかし私たちの目の前にいる、その人を笑顔にしなければ、世界から哀しみはなくならない。私たちの目の前にいる、その人を幸せにしなければ、世界から不幸がなくなることはない。
大きな愛
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