看取り介護対象者の最終段階では、すべての人が食事を摂取できなくなります。

嚥下機能が低下して食事摂取が困難となるケースがほとんどですが、それ以前に食事を摂取すること自体が苦行になり、そんなに頑張って食事を摂らせなくても良いのではないかと医師に上申し、医師判断で禁食に至るケースもあります。

食事は人の生命を維持するために必要不可欠なものですので、食事を全く摂れなくなった時点で、最期の瞬間へのカウントダウンが始まります。だからこそ禁食という判断は軽い判断ではありませんし、慎重かつ厳格な医学的見地に基づいて判断されることになります。

でも安らかに人生の最終場面を過ごすということを鑑みるのでしたら、毎回の食事摂取そのものが苦行であることがわかりきっている状態で、それを続けて死期を引き延ばすということは、本来の看取り介護の目的に沿わない行為と言えるのも事実です。それは看取り介護の際に必要とされる、「安心と安楽」を阻害する行為でしかありません。

だからこそいつの時点で禁食とすべきかは、尊厳ある生き方という面からも考えなければなりません。安易に回復不能と判断しないこととともに、人生の最終場面を安楽に過ごすことも同時に考える必要があります。この判断のバランスが重要なのです。そのためには看取り介護対象者への関心を持ち続け、小さな変化にも気が付く五感を研ぎ澄まし、そして何より看取り介護対象者に人間愛を寄せ続ける気持ちが必要不可欠になってきます。

食事とは命をつなぐ栄養であり、健康つかさどる大切な行為であることを十分理解し、そのことを尊重しつつも、それは食事を愉しむことができるという前提があって、初めて成り立つことであると考えることも大事なのです。

毎回の食事が苦行であるにもかかわらず、その状態が回復しないとわかっているのに、生きるためだと仕方なく食事を続けている人などいるはずがないのです。それは普通の状態ではないのです・・・。

僕は全国各地で講演を行う機会を持っていますが、その際、講演の最後にその地域の介護関係者の方々にエールを送る動画を会場で流すことが多いです。その動画には、その土地土地の名物・食文化ともなっている食べ物の画像に、『食は栄養以前に人の最大の愉しみです』という画像を入れています。
食事とは人の最大の愉しみ
上の画像は2/7に講演を行なう千葉市の会場で上映する動画の一場面です。食事摂取介助はとても大切な行為で、正しい介護事業として食事摂取介助法を学ばねばなりませんが、それは命を繋ぐだけのえさを与えるかのような介助法であってはならず、食事の愉しみをきちんと護る介助法でなければならないと思います。

皿の上に乗せられた料理の見た目や、臭い、味、そして他人の口の中にそれらの食事を運ぶ介助者の配慮・・・それらがすべて揃ってこその食事介助であることを忘れてはならないと思うのです。

食事の介助を受ける人の口に食べ物を運びながら、食事介助する職員が利用者の表情に注意を払わず、介護者同士で業務連絡のような会話を交わして姿を恥ずかしく思ってほしいのです。その姿がどれだけ配慮に欠け、プロとして恥ずかしい食事介助法であるかということが理解できるようになってほしいと思います。

食事の愉しみを奪う食事介助をなくしていくことも、僕の大切な役割だと思っています。

ちなみに上の画像が含めれている動画、「LOVE〜明日へつなぐ介護・千葉市編」は下記からご覧になれます。

緊急事態宣言が解けない千葉市の、介護関係者の方々にエールを送る動画です。でも動画の内容は、すべての介護サービス関係者の方に共通してエールを送ることができる内容になっていますので、千葉市以外の地域の方も是非ご覧ください。千葉県外の方には、千葉市ってどういう所かもわかる内容になっているので面白いですよ。

5分40秒程度の動画ですので、週末のひと時をその視聴時間に割いて、介護の使命と誇りを今一度思い出してほしいと思います。
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