木村拓哉主演の、「教場」(フジテレビ)という正月特番ドラマの中で、主人公の風間教官が生徒に対して、「警察官として一番大切な資質は、見て見ぬふりをしないこと」だと教えていたというエピソードが紹介されていた。

ドラマはとても面白かったが、この言葉にぐっとくるものがあった。

「見て見ぬふりをする」とは、他人の不正や不誠実な行いを、とがめないで見逃す様を表した言葉であり、よく使われる言葉である。だが日常場面でその言葉を使うことがあっても、そのことに特に感銘を受けることはない。

しかし人の道として、プロフェッショナルのスキルとして、この言葉を当てはめると、とても深いものが見えてくるように思えた。

僕たちが長い人生を生きる中で、見て見ぬふりをすることは決して少なくないはずだ。誰しもが思い当たることは一つや二つで済まないだろう。そんなことはなかったことにしてほしい時、無意識にその行為をなかったものと思い込むために、みなかったことにする心理が働くこともある。

そうしたことが対人援助の場で頻繁にあるとしたら、そこでは私たちが見たくはない何かが行われているという意味だ。私たちにとって現実になってほしくない様々な状況がそこに存在しているということだ。

それはもしかしたら私たちが目にしたくないような、利用者の哀しい姿かもしれない。

例えば、おむつが濡れていることが明らかで、おむつを使用している本人もその気持ち悪さを訴えているにもかかわらず、その声を無視して時間にならないとおむつを交換しないという状況・・・。

要介護高齢者の心の支えになろうとしているのに、同僚や先輩がその方々に荒々しく接していて、それをとがめられない自分の姿・・・。

第3者がいないからと言って、利用者を小ばかにしたりなじったりする言動や陰口が日常化している職場環境・・・。

食事介助を行いながら、利用者を無視するかのように職員同士で、仕事とは全く関係のない会話を交わしている姿・・・。

流れ作業のような介護業務に終始する中で、感情を無視され、機械的に扱われる利用者が、世話になっているのだからしかなないとあきらめている哀しい姿があること・・・。

私たちが介護の業務を通じて、いつの間にかそのような状況を、「見て見ぬふりをする」ようになってはいないだろうか。見えていたものに目をつぶり、見ようとしないで、ないものと思い込んでいないだろうか。

介護を受けるということは、介護を受ける人が人に知られたくない、人に見られたくない恥ずかしい部分をさらけ出して、自らの身体を介護をしてくれる人に委ねなければならない行為だ。そこでは介護を行うものとして、目に見えない利用者の羞恥心にも心を寄せる必要があるはずだ。そうした心配りが欠けたときに、介護サービス利用者は、まるで物のように扱われ、心を閉ざさねば介護が受けられなくなるのだ。

だからこそ私たちは目に見えないものも感じ取るスキルが必要とされるのだ。ましてや目に見えているものから目を背けて、見て見ぬふりをすることは決して許されないのである。

後輩から介護者のスキルで一番大切なものは何かと聞かれたときは、木村拓哉演じる風間教官の言葉を、そのまま介護の仕事のスキルに当てはめて次の言葉を後輩に送ったらどうだろう。

「介護事業に携わる者がすべからく求められる一番大切な資質は、見て見ぬふりをしないことである。」・・・その言葉を送りたい。

そして自分が勤める職場で、「見て見ぬふりをする」という行為をできる限りなくしていこうではないか。そんな行為が頻発する介護の場は、哀しみの場でしかないのだから。

「見て見ぬふりをする」という行為がなくならない介護の場は、長くいてはいけない場である。さすれば転職するかどうかの基準もそこに置くことが出来るかもしれない・・・。
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