22日の介護給付費分科会では、訪問介護・訪問入浴・訪問看護・訪問リハビリ・居宅療養管理指導の論点が検討された。(参照:第189回社会保障審議会介護給付費分科会資料

このうち訪問介護では、「ターミナルケアや看取りに訪問介護員が関わることが不可欠となることから、適切に評価すべきではないか。」として、看取り介護加算の新設が検討課題に挙げられた。

死者数が増える中で、医療機関のベッド数が減る日本社会では、死ぬためだけに医療機関に入院しなくて済むように、居所で最期の瞬間まで、「生きる」支援が重要になる。

地域包括ケアシステムの目的の一つも、住まいがそのまま看取り介護の場となることであるのだから、在宅者の看取り介護を支えるチームの一員となる訪問介護員の役割も益々重要になるという意味では、訪問介護にも看取り介護加算を新設することは当然だろうと思え、来春の報酬改定でその実現が図られることは間違いないだろう。

このことに関連して看取り介護スキルを含めた教育面では、「本人の意思決定支援が重要であり、このような倫理面も含めた研修を各種サービスで充実していくべきではないか。」として、人生会議(ACP)に関与するスキルアップを念頭に置いた課題も示されている。

同日の会議でも、ヘルパーを対象とした適切な看取りに関する研修を充実させるとともに、それを受けやすい環境の整備を図るよう促す声が挙がっている。

そのため今後は、訪問介護員だけではなく、施設・居宅サービスにかかわるすべての関係者に、看取り介護に関する知識を得る機会が重要視されることになる。

そういう意味でも、「看取り介護研修」はとても重要となってくるが、そこで誰が教えるのかということが一番の問題となってくる。当然そこでは医師や看護師を講師に迎えようとする考え方が生まれてくるだろう。しかし僕は看取り介護研修の講師として、医師や看護師はふさわしくないと思っている。

そもそも僕自身や、僕が総合施設長を務めていた社会福祉法人でも、過去に医師や看護師を招いて、ターミナルケア・看取り介護に関する研修を行なた経験はあるが、そのどれもが役に立たなかった。そのため結果的に、僕のいた法人の看取り介護の講師役は、僕自身が務めることが多かった。(参照:看取り介護研修週間について。 ・ 看取り介護研修週間2011

医師や看護師は、ターミナルケアに関する知識と対応技術を備えた職種であることに異議はない。

だからと言ってその講師としてふさわしいかというと首をかしげる。研修講師というのは、自分が知っている知識をひけらかすだけでは意味がないからだ。受講者はどのような行為に対する知識不足の状態なのかを理解し、課題解決のためにどのような知識を求めているかという理解をもとにして、伝えるべき内容を決める必要がある。

自分だけが実践できるターミナルケア・看取り介護の方法であってはならず、チームとして機能するための情報や知識を伝えねばならないのだ。

その為には、医療職と異なり、できる行為に制限がある介護職員等が、できない行為がある中で抱える不安についてもアプローチして、行為として行えないことがあっても、看取り介護の実践の場では、そのことが支障にならないことを伝えねばならない。

医師や看護師から見て、介護職員に単に、「やってもらいたいこと」を話したって意味はないわけである。

介護施設等の居住系施設や居宅という医師や看護師が常時いるわけではない中で、どのように看取り介護が実践できているのかという実態を知悉した上での講義でなければ意味はない。医療機関でしか通用しない方法論も必要ない。

このブログで何度も指摘してきたが、看取り介護に関わる者は、終末期に起きる身体状況の変化に対応する知識などを備え置く必要はあるが、それはあくまで介護の知識であって、看取り介護の知識ではないことを知らねばならない。私たちが向かい合う人が、すべて看取り介護を受けて死を迎えるわけではなく、私たちは急死・突然死にも向かい合う必要があるからだ。

そして看取り介護とは、病状等が回復不能な状態で、かつ延命治療を行わずに概ね半年以内に死を迎えると予測される人に対して行われる介護を意味していることを理解する必要がある。そこで求められるのは、死期が迫ってくるという不安を抱える人の心の支えとなるともに、リビングウイルの視点から苦痛取り除くための医療サービスを結び付けながら、安心と安楽のうちに最期の瞬間を迎える過程を支える日常支援であり、特別な介護ではないという理解も必要だ。

終末期判定があいまいになり、余命診断もしない状態で、「看取り介護対象者」だと決めつけるのはは、「未必の故意による死への誘導」ではないだろうか?夜間の見回りと見回りの間に息が止まっているのは、「孤独死」ではないのか?看取り介護だからと言って、密室の中で日中でも部屋を真っ暗にして放置されている人もいる。それって、「見捨て死」ではないのだろうか?

そんな問題提起と、そうしたことをなくすための具体策も必要だ。

同時に死期がある程度予測されているからこそできることがある。それは旅立ちの瞬間までの間に、この世で縁を結んだ人たちとエピソードを刻みながら、別れを意識した時間を過ごすことである。そのために心を込めて、心にかけて護るという介護の本質を実現することができるのが、「看取り介護」であることを伝えるのが、看取り介護研修講師の役割である。

そんな講師役を京都地域包括ケア推進機構、一般社団法人京都府老人福祉施設協議会、 一般社団法人京都市老人福祉施設協議会共催・施設看取り介護導入研修において、2年連続で務めることになった。

昨年は2日間で6時間の講義を行ったが、今年度は来年1月と2月に、3回に分けてオンライン講演を行なう予定になっている。その内容は以下の通りである。 

看取り介護実践の基本
第1回:ヾ納茲蟆雜遒隆霑鍛亮
・看取り介護とはどのような介護か
・介護施設で看取り介護が求められる背景
・看取り介護に備えるために必要とされるリヴィングウイルの支援とは何か
・死を語る意味とは愛を語ることに他ならない

第2回:看取り介護の開始から終了までの手順
・判定〜説明同意〜計画作成〜連絡・連携〜実施〜終了〜評価までの具体的な流れ
・必要な書式
・求められるPDCAサイクル
・看取り介護加算の算定要件
・職員のメンタルケア
・遺族のグリーフケア

第3回:4納茲蟆雜遒亮尊
・介護施設で行われた看取り介護の事例
・看取り介護の今後の課題 〜Whitコロナの人生会議と看取り介護
・スピリチュアルペインの受容
・命の尊さを理解しながら看取り介護に関わる姿勢

今回も看取り介護の不可欠な基礎知識と、実践に即した方法論を、わかりやすく伝え、受講された皆さんが、看取り介護実践の場で、不安なく適切な支援ができるようになる講義に努めるので、是非楽しみにしてほしい。

今回は会場でお愛できないが、画面を通じて繋がり愛ましょう。
命の尊さ
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