我が国で現在、介護職として働いている人の数は200万人をやや切る数字と推量される。

この数字は必要とされる介護職員数より20万人以上少ない数字で、介護人材不足を象徴する数字として取り上げられることもある。しかし介護職という職種だけにこれだけたくさんの人が携わっているという事実をも表す数字でもあるとも言える。

しかも職業として介護に携わっているのは介護職員だけではない。相談援助職や事務職も、介護事業者の中で実際には介護という行為に携わる場面は多々あるし、実際には介護職員とほぼ同じ役割を担っている他職種も見受けられる。このように介護職員としてはカウントされないが、事実上介護の一翼を担っている人を入れると、決して少なくない人が介護の仕事に携わっているのである。

そうであるがゆえに、これだけの人の資質をすべて一定以上に保つことは至難の業だ。事実として言えば、介護の専門職としての資質の個人差・いわゆる凸凹は非常に大きいと言わざるを得ない。

だからこそ日本の介護の場のどこかで、利用者に対して人として許されない行為が行われていたりする。そうした行為が虐待として報道されることになるが、それが介護事業での「氷山の一角」でしかなく、介護事業の闇は深いと世間一般に喧伝されたりしている。

しかし僕たちは氷山に隠れて海を漂う存在では決してない。実際には虐待とは無縁の事業者の方が多いことも事実であるし、虐待とは対極にある高品質サービスを目指し、実践している事業者も多々ある。それを支えている志やスキルの高い介護職員も数えきれないくらいたくさん居られる。ただしそれらのほとんどの人が、名もなき知られざる人々だ。

虐待はニュースになっても、日々繰り返される高品質なサービスや、感動的なエピソードはニュースにならない。あたかもそれは、人の幸福は人の不幸より報道価値が低いとみなされているかのようだ。

しかし介護事業におけるサービスの質は、全国津々浦々の介護事業者で働く一人ひとりの名もなき人々によって支えられているのだ。その人たちが名誉も待遇も顧みないところで、日々黙々と誰かの支えになることだけを目的として働き続けている。介護の仕事をしていなければ縁も所縁もなかったであろう人に関わって、その人たちの暮らしを支えているのだ。

名もなき人々が、誰かに幸せや喜びや笑顔を届けている姿も、介護職の真実の一つだ。

そういう人々がいるからこそ介護支援は初めて成立し、介護という行為が制度に組み込まれ、この国を支える原動力の一つとして存在しているのである。

例えば、8月25日に書いた記事に付けられたコメントを読んでいただきたい。

いごっそうさんという方の亡くなられた奥様のエピソードがそこには書かれている。不治の病と向き合いながら、病気になった自分だからこそ病気の人の気持ちがわかるとして、痛みを管理する麻薬を打たねばならないほどの状況でも他者に寄り添い、動くことができなくなるまで介護の仕事を続けていた人がいる。

それは売名・不遜・驕りといった言葉とは全く無縁の姿であり、あくまでも勤勉であり真摯であり謙虚であることを貫いている姿であると言えよう。

きっとそんな素敵で名もない介護職の方々が、日本全国にたくさん居られるのだろう。そんな方々が今この瞬間もどこかで誰かの支えとなっているのだろう。それはまさに人の目に触れない場所でも、綺麗な花を咲かせる名もなき花のような姿であると言えるだろう。

いつか僕は、全国に咲くそのような名もなき花たちのエピソードを集めて、本に書いて伝えたいと思う。そんな日が来ることを信じて、名もなくかけがえのない人々と繋がりあっていきたいと思っている。

※登録から仕事の紹介、入職後のアフターフォローまで無料でサポート・厚労省許可の安心転職支援はこちらから。

※リスクのない方法で固定費を削減して介護事業の安定経営につなげたい方は、介護事業のコスト削減は電気代とガス代の見直しから始まりますを参照ください。まずは無料見積もりでいくらコストダウンできるか確認しましょう。




※別ブログ
masaの血と骨と肉」と「masaの徒然草」もあります。お暇なときに覗きに来て下さい。

北海道介護福祉道場あかい花から介護・福祉情報掲示板(表板)に入ってください。

・「介護の誇り」は、こちらから送料無料で購入できます。

masaの最新刊看取りを支える介護実践〜命と向き合う現場から」(2019年1/20刊行)はこちらから送料無料で購入できます。