今年もいよいよ押し詰まってきて、2018年も残すところあと8日間となった。

今日はクリスマスイブであるが、今年はこの日が振り替え休日で、先週の土曜からの3連休最終日に当たっている。そのため今日が公休の人も多いだろう。居宅サービス事業者も休業日としているところもあるだろうし、介護施設の場合は、シフト勤務者以外は休みではないだろうか。

そのためクリスマスの行事は、連休前に前倒しして済ませたか、明日25日に行う予定の介護事業者も多いと想像する。

しかしその時、高齢者福祉事業の中で行われるパーティーとして、ふさわしい節度のあるやり方というものが意識されているだろうか。高齢者を幼児扱いするかのようなくだらないイベントに陥っていないだろうか。

イベントやパーティーの主催者が、場を盛り上げるために、クリスマスらしい服装をするのは良いだろう。サンタクロースの帽子をかぶって、舞台でアトラクションを行うことも特に問題とは言えないだろう。

しかしそうした行事を楽しんでもらうために参加していただいている人にまで、望んでいない仮装を強いるのはおかしなことだと思う。自ら進んで望んでいる人ならともかく、決してそうではない人に対し、紙で作った先のとがった円柱の帽子やサンタの帽子をかぶせたり、派手な衣装を着せたりして、職員がその姿を見て「かわいい」なんて言っているのは、大人の尊厳に対する冒とくでしかない。それは虐待といってよい行為だ。

認知症の人が、そのようなことを望んで意思表示をしているわけでもないのに、「きっとそうしたいと思っているはずだ。」なんて忖度し、その気持ちを代弁しているなどと宣う輩がいるが、その忖度や代弁は、認知症の人を「幼児化」する価値観でしかない。大人を馬鹿にした目線である。

一般家庭で行われるホームパーティーで、高齢者が仮装したり、帽子をかぶったりしているとでもいうのだろうか。そんなことはなく、むしろ優雅におしゃれしてパーティー会場に向かうシックな高齢者の方も増えているのだから、アトラクションを行う楽しませる側はともかく、それを見て楽しむ立場にある人の行事参加を支援するのであれば、介護事業者のパーティー会場に入場する際にも、おしゃれなスーツやドレスを着こんでいただき、女性は化粧をしてもらい、シックに料理やイベントを楽しむという方法を思いつかないのは何故なのだろうか。

この状態を問題視せずに、感覚が鈍磨していくことによって引き起こされた、ひどい人権蹂躙が過去にもあった。

例えば数年前に不適切運営を指摘されたグループホームのクリスマスパーティーでは、利用者の頭に帽子の代わりに女性用のストッキングをかぶせて、その姿を見て職員が笑っていたという報道もされていた。このように人を馬鹿にした行為はエスカレートして、何でもありの不適切状態の中で、「嫌だ」という思いを的確に訴えることができない認知症の人の人権は蹂躙され続けるわけである。

そのことに気づかない介護事業者の職員は、悪気はないかもしれないが、人の心をズタズタに切り裂き、尊厳を殺し続ける存在になっている。恥ずかしいことだ。恐ろしいことだ。

ジングルベルなどのクリスマスソングを唱和するにしても、本当に大人である利用者がそれを唄うことを望んでいるのかを真剣に考えなければならない。大人が楽しむインベントの在り方を、徹底的に考え抜かないと、介護事業とはしょせん、人権無視の施しで終わっているということになってしまう。

特に介護事業者の中には、人材とは言えない数合わせだけに必要とされているスキルの低い人員がいることが事実なのだから、経営者や管理者、リーダーという立場の人たちが、徹底的に大人を馬鹿にしたような行事を排除するという考え方がないと、人を馬鹿にした行事によって生じる観念が、日常ケアにも影響を与え、その品質は人生を長く生きてきた人にとって耐えられない低レベルのものになりかねないのである。

先日、「介護業界の異常さとは何か」という記事の中で、丁寧語を日常会話の中で使いこなせない低レベルの職員の問題を指摘したが、その記事に対し、「認知症や高次脳障害のある人は、単語レベルでしか言葉の理解ができないので、その場合に丁寧語ではない言葉も必要だ」というアホ丸出しのコメントを書いてきた輩がいた。

そういう人がいるのなら、その人にだけ言葉を変えて接すればよいだけの話である。基本対応を護ったうえで、特殊性や個別性に応じた臨機の対応変化が求められるのは当然のことである。しかし言葉遣いという点で言えば、その個別対応は極めてレアケースでしかない。

そもそも介護のスタンダードを、人の心を傷つけないレベルに担保するためには、日常会話のスタンダードを低米語としなければならないと論じているのに、例外的な個別の事案の指摘をしてどうしようというのだろうか。議論というレベルにさえならないコメントを、恥も外聞もなく書き込むことができるのは、ポリシーの問題ではなく、単にネットの匿名性に胡坐をかいているだけだろう。

このように頭の悪い連中が、介護職員としてはびこっているのだから、その連中が益々勘違いしないように、介護事業を引っ張るリーダーは、偏見を作らない事業運営という観点から、大人を幼児化する視点を様々な場面から排除する意識が欠かせないのである。

認知症の人であればなおさら、その人が認知症になる前に、どのような生活を送っていたのか、その人の周囲には、その人にどのような思いを寄せる家族や友人がいるのかということもひっくるめて考えて、今そこに居る人にふさわしい状態を考えてほしい。

大人の心や尊厳を、サービス提供者の勝手な価値観で殺さないでほしい。

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