(対人援助におけるサービスマナー確立の課題2より続く)
介護事業者におけるサービスマナーの確立は、今後の事業経営におけるリスクマネージメントとしても求められている。そのことは昨日の記事で詳しく解説したつもりだ。
しかし東社協以外の職能団体で、サービスマナーに特化した研修を定期的に実施しているという話は聞かないし、サービスマナーに特化していなくとも、介護事業におけるサービスマナーをメインにした研修会を開催している都道府県や職能団体があるという話は聞こえてこない。それだけこの問題に鈍感な関係者が多いのではないだろうか。
これでは介護業界全体のマナー向上は不可能であると思ったので、東京に次ぐ第2の都市である大阪市でこの研修を行なえないかと画策した結果、大阪市老連さんのご協力でそのことが実現する。
来年2月14日に大阪で初めて「介護事業者におけるサービスマナー研修」が実施されることについては、先週木曜日の記事でお知らせしたところである。
ところでこの計画を立てた段階で、サービスマナー研修を実施する時期がどうなのかという話があった。本来サービスマナーとは、経験の浅い職員が学ぶべきテーマで、2月という年度末より、年度が替わった4月以降の新入社員が多い時期の方が有効ではないかという声もあった。
しかし介護事業に限って言えば、新人教育として「サービスマナー研修」を行うのは、ほとんど意味がないといえる。
新人教育としてサービスマナー教育が有効になる唯一無二の条件とは、新人以外の従業員のサービスマナーが確立されているということである。そういう環境下において、新人は入社した時点で座学においてその基本的考え方と実践方法を学んで、そのうえで実地教育として、サービスの現場で先輩職員の言動を手本にして、座学で学んだサービスマナーを、OJTを通じて実践法として身に着けることができる。
しかし残念なことに、多くの介護サービス事業者では手本となる先輩職員がいないというのが現状だ。サービスマナーとは何か、なぜそれが必要かを理解していない集団の中に、サービスマナーを学んだ新人を放り込んでも、座学で学んだサービスマナーを実践に活かせるわけがない。汚らしい「ため口」が飛び交っている現場に、丁寧語を基本としなさいと教えた職員を放り出しても、1日もかからず先輩職員の汚いため口に侵されて、新人職員の言葉遣いも汚いものとなり、礼儀に欠ける顧客対応に終始する職員に成り下がるだけである。
よって新入社員より先に、新人の教育係となる今いる職員にサービスマナーが何たるかを教え、サービスマナーに沿った対応を、介護サービスの場で実践できるように教育せねばならないのである。特に介護サービスの場でリーダーの立場にある従業員に、サービスマナーを徹底させる教育訓練が求められるのだ。
そういう意味で来年2月14日の大阪市内での「サービスマネー研修」には、大阪周辺の介護事業者の中で、実践リーダーとなっている人たちにたくさん参加してもらいたい。僕からのバレンタインデーの贈り物は、清々し礼儀のある清々しいによって引き出せる従業員のホスピタリティの精神と、それによって生まれる利用者の方々の心からの笑顔である。
想像してみてほしい。
忙し業務の中でナースコールに対応するのが遅れそうなときに、「少々お待ちください」といえることが当たり前の職場を。そして改めてコール対応する際に、ごく自然に利用者に対し「お待たせいたしました」と声をかけることができることが当たり前である職場を。
利用者から何かを要求されたとき、ごく自然にすべての職員が「かしこまりました」といえる職場を。
利用者に対して適切性に欠ける対応があった時、「失礼しました」、「申し訳ございません」という言葉が自然に発することができることが、職員として当然の対応であると考え実践されている職場を・・・。
しかしこれらの言葉は、「8大接客用語」と言われており、一般的なサービス業においては、ごく自然に従業員が使いこなしている言葉である。コンビニではアルバイトの学生がごく自然に使いこなしている言葉なのだ。言葉遣いを知らないなどと揶揄される若者が、小遣い稼ぎの場で普通に使いこなしている言葉にすごない。それと同じ言葉遣いで顧客である利用者に接することができないことの恥ずかしさを知るべきだ。
そういう言葉で接することができるのが「理想」などと言っている職場は、現実レベルが低すぎるだけなのである。
しかるに介護事業者では、「ちょっと待ってね」・「待った?」・「わかったよ」・「ごめんごめん」なんて言葉が、利用者に対し頻繁に発せられている。このことが不適切極まりないということにさえ気が付かないデリカシーに欠ける職員がわんさかいるわけだ。
そんな言葉しかつかえない職員も、そんな言葉遣いを放置している管理職にも、恥を知れと言いたい。
サービスマナーを身に着けるということは、こうしたレベルの低い現実を直すということにほかならず、無礼で醜い対応を介護事業の場からなくしていくということに過ぎないのである。
さほど難しいことを学べと言っているわけではなく、それもできないというのなら介護給付費を挙げるなどという主張はおこがましいとしか言えず、安かろう悪かろうサービスにとどまっていても仕方がないと言われてしまう。
そもそも人を幸福にしないサービス、おもてなしの精神のないサービスは対人援助であるといえないし、そんなものを社会福祉と呼ぶのは笑止千万なのである。
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