お盆休みで明日あたりまで休みという企業が多い中、介護事業者はお盆休みという規定がない事業者が多い。

僕が30年以上勤めた社会福祉法人も、そのあと1年だけ勤めた医療法人もお盆休みの規定は特になく、暦通りに働くのが当たり前であった。勿論、有給休暇などでお盆に休みをとる職員はいたが、それはあくまで有休消化の範囲でしかなかった。

現在僕はそうしたサラリーマン暮らしから卒業し、フリーランスで講演活動と執筆活動により収入を得ているため、世間の暦は関係なく、今日も締め切りが迫った連載原稿の仕上げに向けてデスクに張りついている。連載は月単位で7本抱えているので、常にお尻に火がついているような状態だ。それに加えて秋に出版する本の執筆作業も佳境に入っているので、さながら作家のような気分である。まあ物書きとしての収入も、毎月一定額得ているので、場合によっては「介護作家」と名乗ってもやぶさかではないだろう。

ところでこの暮らしに入る前に、特養を中心とする施設の総合施設長を退職した後、1年間(正確には13カ月)老健で勤務した経験がある。もともと特養を退職したのは、今のようなスタイルの活動をしたかったからであるが、たまたま縁あって北海道の主要空港がある地域の医療法人から声がかかったので、医療系サービスの勉強もしてみようと思って、そこでお世話になった。

その間は、登別から片道2時間かかるその施設に自宅から通っていた。とうのも生活の拠点を移してまで、その施設で長く働くつもりはなく、医療系サービスの実務を学ぶということだけが目的だったからである。そこでの職名は事務次長だったが、実際にさせられていた仕事は相談員業務としてのベッドコントロールが主であった。しかし老健のベッドコントロールとは、利用者目線のそれではなく、事業者の都合によるコントロールで、介護の手が回らないから食事介助が必要な人は入所させないなどの、正当な理由によらないサービス提供拒否がまかり通っていた。発言力の強いお局介護主任等の勝手な考え方が、施設運営に暗い影を落としているという実態があった。

恐ろしいことに、そこには2重帳簿ならぬ2重名簿が存在していた。いわゆる利用者の「部屋割り表」であるが、名簿上の部屋割り表は実際に利用者が利用している部屋と異なる内容となっていた。つまり名簿は実地指導などの行政指導に対処するための架空の部屋割りであったのだ。

その施設は多床室が中心の老健で、4人室のほか従来型の個室や2人室があったが、部屋の利用定員が守られていなかったのである。僕が就任した当時、その施設では「ロタウイルス」という、子供が感染することが多いウイルス感染が流行しており、感染者の隔離などが行われていた。この施設の現場を仕切っているのは、看護師長であったが、その人の判断でこの施設は簡単に「面会禁止」ができてしまう施設で、その間家族であっても、利用者が施設内でどのような扱いを受けているのか、自分の目で確認することはできない実態にあった。そこでは名簿と異なる部屋にいきなり移動させられ、ある期間に何度も部屋替えが行われるということもあった。

盗人にも三分の理という諺があるように、感染予防のためというなら、そのことに一部の理があるのかもしてないが、こうした頻回な居室移動は感染症とは関係のない理由でも行われてた。

そこは2階が認知症専門棟で、1階の一般棟より手厚く職員配置がされていたが、逆に言えば一般棟の介護力は至極貧弱で、少しでも手のかかる人がいると現場が回らないとして、職員の都合で一般棟の人を認知症専門棟の居室に変えるなど居室移動が日常的に行われたいた。その時も名簿上では、居室変更した人はもとの一般棟の居室にそのままいるかのような操作が行われていた。なぜなら一般棟から認知症専門棟に変更された人は、本来の定員をオーバーし、一人室に2人対応するなどの公にできない不正行為による処理されていたからである。

当然利用料金は、実体と異なる名簿上の料金が請求されていたわけで、国保連・利用者両者への不正請求が行われていたものと想像できる。そもそも本来の居室定員よりオーバーして、定員以上の人数で居室利用させているだけで運営基準違反である。それに加えて不正請求と、それを糊塗する2重名簿の作成は悪質極まりないが、残念ながらそのことを指導改選する権限は僕に与えられていなかったし、長年にわたって染みついたその体質が、僕一人の存在で変わることはないと感じたので、予定よりかなり早い時期であったが、1年働いた時点で見切りをつけてやめさせてもらった。

ガバナンスもコンプライアンス意識も存在しない職場に、そのままいたら自分自身の倫理観も狂いかねないという危機感を覚え続けた1年間であったが、そういう実態の職場が存在するということを自ら確認できたことは無駄ではなかったとポジティブに考えている。

医師や看護師という経営の素人が、経営の本質を学ばず、公費を運営しておればよいというぬるま湯の中で創りあげられる組織とは、えてしてこんなようなものだ。

そいつらは実地指導さえ乗り切ればよいと考えているのだから、実地指導で明らかにならない不正は、不正だとも思っていない。行政指導がなければよい施設だと勘違いしているのだから救いようがないのである。

9.25・尾張一宮講演
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